「You me」と一致するもの

Oracle Sisters - ele-king

 何か見たり聞いたりしていて「最高」という言葉がよく出てきてしまうのだけど、その「最高」はいつのそれと比べてどうかというのではなくて、その瞬間他の存在は一切忘れて頭の中にそれしか浮かばなくなるということなのではないかとぼんやりと考えたりする。この幸せはこの前の幸せと比べてどれくらいの幸福なんだろうなんて考えずにただ湧き上がってくるこの感覚を楽しむ。幸せの種類も、好きな音楽の種類もいろいろあって年齢を重ねるごとにヴァリエーションが増えたり減ったりするのだろうけれど、いまこの瞬間に感じる幸福はたとえ明日には消えてしまうのだとしてもきっと唯一無二のものなのだ。

 そんなことをパリを拠点に活動する3人組のバンド、オラクル・シスターズを聞きながら頭に浮かべる。ギリシアのイドラ島(アルバムのタイトル『Hydranism』にもその形を残している)で録音されたというこのアルバムは柔らかく暖かい光に溢れリゾート感を漂わせそして少しの寂しさを滲ませている。明るすぎてもダメだし明るいだけでもダメで、大事なのはきっとそのバランスなのだろう。1曲目の “Tramp Like You” を聞けばそれもきっとすぐにわかるはずだ。あっという間にノスタルジックな空気に包み込むピアノの音と静かに寄り添うアコースティック・ギター、耳に飛び込んでくるファルセット・ヴォイスは抜群の抜け感で、思い出に包まれた幸福なまどろみが訪れる。そうして曲が終わる頃には頭の中のしがらみや他の全ては抜け落ちて、ただひたすらにこの喜びに満ちた音が生み出す心地の良さの中にどっぷりと浸かり込んでしまうのだ。

 バンドのインタヴューによるとこのアルバムは古いカーペット工場を改装したスタジオでレコーディングされたものだと言う。機材をロバで運び、古い井戸の中でヴォーカルを録音し、かって絨毯を織っていた部屋、その必要がなくなった後にそこで暮らす人びとがダンスを躍るボールルームとして利用されていたというその部屋でピアノやアコースティック・ギターを録音する。レコーディングしていた時期に嵐が島にやってきて島の封鎖が発表された。船は出ず誰もそこから出られなくなった。そんな中でオラクル・シスターズは風でカタガタと震えるスタジオに籠もってアルバムを制作した。
 だからということもないのかもしれないけれど、しかしこのアルバムからはどこか浮世離れしたような少し不思議な雰囲気が漂ってくる。それは外の嵐から逃れた、陽光にあふれた島の日常の風景を思い描いたものだったのかもしれないし、あるいは現実の暗いトーンが空想上の幸せな世界に影を与えているのかもしれない。とにかくこの音楽は逃避的な喜びの音楽であるのと同時にどこか憂いを帯びていて、それがこの心地の良さにより一層の深みを与えている。きっと悲しさも喜びもどちらもあるから幸せを見つけられるのだ。

 あぁそれにしてもこのアルバムの音楽はなんと幸福な瞬間に溢れていることか。響き渡るサックスの音と体を静かに突き動かすようなドラム、叫びだしたくなる気持ちが我慢できなくなってしまったみたいに漏れ出る掛け声、“Hot Summer” はノスタルジックにいまを映し出し、“RBH” のギターのリフはまるで冷えたサイダーの泡みたいに心を騒がし、そうして余韻を残して消えていく。それはまごうことのない快感で、このシンプルな音の気持ち良さが何度も幸福感を連れてくる。
 そしてアルバムの後半はもっと60年代を感じさせる曲が増える。黄金時代のマエストロたちの小品のように気取らずにさりげなく装飾が施されたアレンジ・ワーク 、ユリア・ヨハンソンがヴォーカルを取る “Ruby on the Run” ではこれ以上がないくらいのタイミングでストリングスが入ってきて、その瞬間にたまらない快感に包み込まれるのだ。

 このアルバムはそうであるのが当たり前かのように自然体でノスタルジックな幸福感を作り出している。それはポラロイドや使い捨てのカメラを使って撮った写真のようにいまのこの瞬間に違ったタッチを加えていく。たとえばオールウェイズのエヴァーグリーンの青春感、あるいはビーチ・フォッシルズの消えない輝き、そしてオラクル・シスターズはそれらよりもくすんだオフビートな喜びを運んでくるのだ。輝きがこぼれ落ち、地面に吸い込まれたそれが再び芽吹く姿を眺めるような、ここにあるのはそんな音楽だ。
 もちろんその瞬間にならないとわからないことではあるけれど、この音楽はたとえ10年前に聞いていたとしても、あるいは10年後に聞いたとしてもきっと最高だって思えるようなそんなタイムレスな幸福感に満ちている。現実を描いた空想の音楽は古ぼけてはいても決して古くはならないのだ。

Amnesia Scanner & Lorenzo Senni - ele-king

 2018年に出た『Another Life』は強烈だった。以降も実験的かつコンセプチュアルな電子音楽を送り出しつづけている〈PAN〉のデュオ、ヴィレ・ハイマラとマルッティ・カリアラから成るアムニージャ・スキャナーが初めての来日を果たす。今年出た最新作ではいま話題のNYのアーティスト、フリーカ・テット(OPN最新作収録曲の、あの印象的なMVも手がけていましたね)とコラボしていた彼らだが、今回の東京公演はハイマラとそのテットのコンビで敢行。
 また同時にミラノからネオ・トランスの先駆者、みずからを「レイヴ・シーンの覗き屋」だと称するロレンツォ・センニも来訪、東京と大阪の2か所をめぐる。東京では上記アムニージャ・スキャナーと、大阪ではSoft Couとの共演だ。エレクトロニック・ミュージックの前線に触れるまたとない機会。お見逃しなく。

WWW & WWW X Anniversaries

Local 25 World -FIESTA! 2023-
Amnesia Scanner & Lorenzo Senni

2023/11/17 FRI 18:00 at WWW X
早割 / Early Bird ¥3,900 (+1D) *LTD / 枚数限定
TICKET https://t.livepocket.jp/e/20231117wwwx

LIVE:
Amnesia Scanner [DE/FI / PAN]
Lorenzo Senni [IT / WARP]

+++

4F Exhibition: TBA

curated by ippaida storage / Soya Ito
artwork / painting: Nizika 虹賀
layout: pootee

https://www-shibuya.jp/schedule/017250.php

現代ポップ&レイヴ・アートの伝説2組、ベルリンからAmnesia Scannerを待望の初来日、イタリアからLorenzo Senniを8年ぶりに迎えた世界を巡るサウンド・アドベンチャーLocal Worldが本編25回目となるWWWの周年パーティを開催。

2016年12月渋谷WWWを拠点に始動、本年7年目を迎えるイベント・シリーズ兼ディレクターLocal World本編第25回がベルリンからAmnesia Scannerを待望の初来日、イタリアからLorenzo Senniを8年ぶりに迎えWWWの周年イベントとして開催。

10年代前期の元流通/レーベル業のmelting botからイベント業への変換機に生まれたLocal Worldはクラブとアートにおけるコンテンポラリーな電子音楽のモードを軸に立ち上げ当初の脱構築期(Deconstructed)から始まり、アジアやアフリカを念頭に多種多様なサウンドとリズムのキュレーションしながら世界各国のアーティストを招聘、並行してディレクションを務めるWWWの最深部”WWWβ”を基盤に新しいローカル・シーンを形成する担い手としてコロナ禍では下北沢SPREADを拠点にハイパーポップ期へと突入、都内のクラブにてメディアのAVYSSのイベント制作やアーティストのリリース・パーティのサポート含む断続的な活動を続け、本年からWWWにカムバックを果たす。下記のテキストとフライヤーのアーカイヴ・リンクから本パーティを始め前身のシリーズBONDAID、過去のブッキングやツアー・プロモーターとしての活動リストが確認出来る。

Local 1 World EQUIKNOXX
Local 2 World Chino Amobi
Local 3 World RP Boo
Local 4 World Elysia Crampton
Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox
Local 6 World Klein
Local 7 World Radd Lounge w/ M.E.S.H.
Local 8 World Pan Daijing
Local 9 World TRAXMAN
Local X World ERRORSMITH & Total Freedom
Local DX World Nídia & Howie Lee
Local X1 World DJ Marfox
Local X2 World 南蛮渡来 w/ coucou chloe & shygirl
Local X3 World Lee Gamble
Local X4 World 南蛮渡来 w/ Machine Girl
Local X5 World Tzusing & Nkisi
Local X6 World Lotic -halloween nuts-
Local X7 World Discwoman
Local X8 World Rian Treanor VS TYO GQOM
Local X9 World Hyperdub 15th
Local XX World Neoplasia3 w/ Yves Tumor
Local XX1 World DJ Sprinkles
Local XX2 World Oli XL
Local XX3 World Pelada
Local XX4 World Piezo & Liyo

Lorenzo Senni Japan Tour 2023

トランスのその先へ!〈Warp〉から最新アルバムをリリースするイタリアの鬼才、現代レイヴ・アートの始祖Lorenzo Senni待望の来日ツアー開催。

11/17 FRI 18:00 at WWW X Tokyo w/ Amnesia Scanner [DE/FI / PAN]
https://t.livepocket.jp/e/20231117wwwx

11/19 SUN 18:00 at CIRCUS Osaka w/ Soft Cou [IT]
https://eplus.jp/sf/detail/3980020001-P0030001

今回のテーマ”FIESTA!”は8年前の2015年11月にLorenzo SenniとInga Copelandを招いてWWWで開催したLocal Worldの前身イベントBONDAIDの記念パーティBONDAID#7 FIESTA!から踏襲し、10年代のエレクトロニック・ミュージックの文脈において最重要な現代ポップ&レイヴ・アートの伝説とも言える2組、ニューヨークのフリーカ・テトを迎えた新形態のオルタナティブ・エレクトロ・デュオAmnesia Scanner(本公演ではフリーカ・テトとヴィレ・ハイマラのみ出演)をベルリンから、トランス系脱構築レイヴの始祖Lorenzo Senniをイタリアから迎えた”祝祭”をコンサートと展示を通して表現する。

またLorenzo Senniは11/19日に大阪公演をCIRCUS OSAKAにて予定、両公演追加アクトの詳細は後日発表となっている。

[プロフィール]


Amnesia Scanner [DE/FI / PAN]

Amnesia Scannerはベルリンを拠点とするフィンランド人デュオ、ヴィレ・ハイマラとマルッティ・カリアラ。2014年に結成されたグループの活動範囲は、作曲、プロデュース、パフォーマンス、そしてクリエイティブな演出と循環に及ぶ。システムの脆弱性、情報過多、感覚過多への深い憧憬を特徴とするAmnesia Scannerは、現在をカーニバル化する。ストリーミング・プラットフォームが主流となり、アーティストとファンの間のフィードバック・チャンネルがより直接的になるにつれて、音楽やライブ・パフォーマンスの聴き方がどのように進化しているかを含め、彼らの作品の中核には、現代の体験がどのように媒介されているかという関心がある。

2014年のミックステープ『AS Live [][][][][]』をベースに、グライム、トラップ、レイヴのデータ・リッチなメッシュと、2015年のオーディオ・プレイ『Angels Rig Hook』で絶賛された機械仕掛けのナレーターを織り交ぜた。その直後には、アーティストのハーム・ヴァン・デン・ドーペルとビル・クーリガス(PANの創設者)とのサイバードローム・オーディオ・ビジュアル・プロジェクト、Lexachastを発表した。純粋なAmnesia Scannerの領域に戻ると、Young Turksの2枚のEP(ASとAS Truth)が2017年に到着し、デュオがますます知られるようになった没入的な環境を、ダークなレイヴ・ツールの研磨されたコレクションに抽出した。Angels Rig Hookの実体のないヴォーカリストは、デュオ初のLP『Another Life』(2018年 PAN)で "オラクル "として姿を変えて戻ってきた。このアルバムは、ポップな曲構成とアヴァンギャルドなEDMをカップリングし、子守唄から過熱したドゥームバトンやニューメタル・ギャバまでスイングする。2021年、Amnesia Scannerはセカンド・フル・アルバム『Tearless』をリリースした。このアルバムは「地球との決別の記録」であり、サウンド的にもメロディ的にも、彼らの特徴であるオーヴァークロック・ポップという作品の幅を広げている。ラリータ、LYZZA、コード・オレンジがアムネシア・スキャナーに加わり、迫り来る崩壊へのボーダレスなサウンドトラックを作曲している。

Amnesia Scannerは、デンマークの大規模なRoskilde FestivalからベルリンのBerghain、ロンドンのSerpentine Galleriesまで、幅広い会場や環境でパフォーマンスを行ってきた。デザインとビジュアル・ディレクションは、PWRとコラボレーションしている。ヴィレ・ハイマラは、独立して、デヴィッド・バーン、FKAツイッグス、ホリー・ハーンドン、アン・イムホフなどのアーティストのために作曲し、プロデュースもしている。Amnesia Scannerでの活動以外にも、マルッティ・カリアラは建築家、文化批評家、クリエイティブ・シンクタンク「ネメシス」の共同設立者でもある。

https://pan.lnk.to/STROBE.RIP

https://www.youtube.com/watch?v=mgbSR7f4K-o&ab_channel=AmnesiaScanner
https://www.youtube.com/watch?v=3MzBSV-_mjQ&ab_channel=AmnesiaScanner
https://www.youtube.com/watch?v=N8mT3-YvmxE&ab_channel=AmnesiaScanner
https://www.youtube.com/watch?v=5CEmVTzmzpw&t=143s


Lorenzo Senni [IT / WARP]

ダンス・ミュージックのメカニズムや動作部分のたゆまぬリサーチャーであり、尊敬されるエクスペリメンタル・レーベルPresto!!!の代表であるこのイタリア人ミュージシャンは、この10年で最もユニークなリリース『Persona』(Warp 2016年)、『Quantum Jelly』(Editions Mego 2012年)、『Superimpositions』(Boomkat Editions 2014年)を手がけている。

2016年にWarpと契約し、EP「Persona」は、デジタル・カルチャーと音楽の分野で最も有名で、最も長く続いている年間賞の1つであるプリ・アーツ・エレクトロニカで名誉ある「Honorary Mention」を受賞した。Pointillistic Trance(点描トランス)」や Rave Voyeurism(窃視レイヴ)という造語で自身のアプローチを表現するロレンツォ・センニは、トランスから脊髄を引き抜き、目の前にぶら下げるサディスティックな科学者のようである。

彼の作品は、90年代のサウンドとレイヴ・カルチャーを見事に解体し、その構成要素を注意深く分析して、まったく異なる文脈で再利用できるようにしたもので、反復と分離を重要なコンセプトとして、多幸感あふれるダンス・ミュージックに見られる”ビルドアップ”のアイデアを出発点として、高揚感はほどほどに、より内省的な作品を作り、暗黙のうちに感情の緊張とドラマを保っている。

Presto!!! レコードの創設者として、DJスティングレイ、フローリアン・ヘッカー、パルミストリー、エヴォルなど、国際的に高く評価されているアーティストのアルバムをリリースしてきた。レコードの創設者として、DJスティングレイ、フローリアン・ヘッカー、パルミストリー、エヴォルなど、国際的に評価の高いアーティストのアルバムをリリース。映画、演劇、映画音楽の作曲も手がけ、ユーリ・アンカラニの受賞作『ダ・ヴィンチ』や『ザ・チャレンジ』のサウンドトラック、ウェイン・マクレガーの『+/- Human』(コンピューター制御のドローンとロイヤル・ナショナル・バレエ団のダンサーによるダンス・パフォーマンス)などがある。また、アメリカの歌手ハウ・トゥ・ドレス・ウェル(How To Dress Well)の音楽も手がけ、テート・モダン(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)、MACBA(バルセロナ)、カサ・ダ・ムジカ(ポルト)、MACBA(バルセロナ)、Auditorium Nazionale Rai(トリノ)、Auditorium Parco della Musica(ローマ)、Zabludowicz Foundation(ロンドン)、ICA(ロンドン)などでLasers & CO2 Cannonsを含む作品を展示し、パフォーマンスを行っている。

https://linktr.ee/lorenzosenni

https://www.youtube.com/watch?v=qNlbN_YZHFY
https://www.youtube.com/watch?v=0UH2tqHTi_M&ab_channel=LorenzoSenni
https://www.youtube.com/watch?v=v_AjXH0xu4A&t=174s&ab_channel=LorenzoSenni
https://www.youtube.com/watch?v=X2Yh8zkC-0g&ab_channel=ka1eidoscopic2

インタビュー@eleking “パンデミックの中心で「音楽を研究したいだけ」と叫ぶ!”
https://www.ele-king.net/interviews/007574

インタビュー@SSENSE “ロレンツォ・センニ:情熱の規律”
https://www.ssense.com/ja-jp/editorial/music-ja/lorenzo-senni-discipline-of-enthusiasm?lang=ja

interview with Ed Motta - ele-king

 人間ウーファーとでも言いたくなるようなダイナミックな歌声の巨漢、エヂ・モッタは1971年、ブラジル・リオ生まれ。ブラジルを代表するソウルマン、故チン・マイアの甥にあたり、子どもの頃からソウルやロックを聴いて育った。88年、17歳でファースト・アルバムを発表。ソウル~ファンク系のシンガー・ソングライターとして人気を確立した。
 97年、70~80年代のソウル、ファンクを散りばめた名盤『Manual Prático para Festas, Bailes e Afins Vol.1(パーティー・マニュアル)』が日本でも発売された。2000年代には Mondo Grosso の『MG4』、坂本龍一がジャキス&パウラ・モレレンバウム夫妻とのユニット、Morelenbaum2/Sakamoto でアントニオ・カルロス・ジョビンの名曲をリオで録音した『Casa』にゲスト参加した。
 「俺がブラジル音楽を聴き出したのは1992年以降に過ぎない。でも聴き始めてからレコードをコレクションしまくり、今では全部持ってるぞ(笑)」と豪語。数万枚のレコード・ライブラリーはブルース、ソウル、ロック、ジャズ、映画音楽、クラシック、そしてブラジル音楽など広範囲に及び、日本のジャズ、シティ・ポップのコレクションも豊富だ。
 自身の音楽も2000年代以降、幅を広げてジャズや映画音楽などを取り入れ、2013年のアルバム『AOR』は日本でもヒット。同年の来日公演では山下達郎の「Windy lady」も歌った。
 50代を迎えたエヂ・モッタが10月20日、世界同時リリースした最新作が『Behind The Tea Chronicles』。全曲、エヂが作詞作曲し(歌詞は英語)、リオを中心にデトロイト、プラハでもレコーディングを行なった。彼の音楽の多彩なバックグラウンド、映画に対する愛と知識などを反映した、美食家エヂ・モッタの真髄ここにあり!と言える新作だ。メール・インタヴューで全曲についてコメントしてくれたので、鑑賞の参考にしてほしい。

レコード・コレクターとして、僕はこの数年間、実に多くのことをリサーチしてきた。この趣味は、毎日人生について教えてくれるんだ。

『Behind The Tea Chronicles』からは、R&B/ソウル、ジャズ、ブルース、フィルム・ミュージック、AOR、そしてスティーリー・ダンの音楽など、さまざまな要素が聴き取れる。君が書いた歌詞が映画のストーリーのようであることも含め、フィルム・ミュージックの要素が強いと感じた。コロナ禍で外出できずにいた期間、家で多くの映画を見ていたことの影響がある?

エヂ・モッタ(以下EM):音楽以外にも、僕はティーンの頃からずっと映画に夢中で、80年代後半には名作映画のファンジンを自主制作していたんだ。僕は妻のエヂナ(注:漫画家、イラストレイター)と一緒に、以前は毎晩、映画を2本、見ていた。だから映画は僕にたくさんの情報と感情を与えてくれるし、それは僕の音楽制作に繋がっているよね。レコード・コレクターとして、僕はこの数年間、実に多くのことをリサーチしてきた。この趣味は、毎日人生について教えてくれるんだ。

約3年に及ぶコロナ禍はあなたの音楽、そしてこのアルバムの制作プロセスに何か影響を与えた?

EM:もともと僕は、基本的に自宅にいるんだ。本当にたまにしか外出しないから、僕の生活はそもそもロックダウンのような感じでね。このアルバムのいくつかのパートを録音したスタジオも家の2階にあるし、本、映画、ピアノ、ワイン、僕の大好きなものは全部家の中にあるからね。

アルバムの制作プロセスについて聞きたい。まずベーシックなレコーディングをリオ郊外の自然に囲まれた環境にある、ホシナンチ・レーベルのスタジオで行なった理由は? ちなみにホシナンチ・レーベルは近年、レチエリス・レイチのアルバムなどを通じて日本でも注目されている。

EM:これは実務的な理由でホシナンチ・スタジオは、最近ではブラジルのベストのスタジオなんだ。僕はいつも、どうやったらベストのサウンドが録音できるのかを研究して、彼ら(注:ホシナンチのスタッフ)はオーディオ・マニアで、たくさんのマイクを所持していて、素晴らしい録音機材も揃っている。おかしな話だけど、都会のほうが好きな僕にとって、自然の中で過ごすのは結構おかしな気持ちになるのだけど、それでも良いサウンドで録音したいからね。

ストリングスの録音をプラハのスタジオで、ホーンズの録音をデトロイトで行なった理由と、手応えは?

EM:ミュージシャンがどこを起点に活動しているかってことだね。アメリカのビッグ・バンドの伝統とヨーロッパのクラシック音楽、それぞれのミュージシャンのサウンドから力を借りたかったんだ。

USAで行なったバッキング・ヴォーカルの録音に、ポーレット・マクウイリアムス、フィリップ・イングラムが参加したことが興味深い。彼(彼女)とは録音の前から知人だった? それともカマウ・ケニヤッタの紹介?

EM:私は彼らのことを、彼ら自身のプロジェクトで知ったんだ。ポーレットはたくさんの名作をレコーディングしているし、フィリップの Switch は素晴らしいバンドだよね。カマウはヴォーカルだけでなく、ホーン・セクションも手伝ってくれた。僕は彼らがとても複雑なハーモニーを驚くべき仕事の速さで録音してくれて感動したよ。素晴らしいね! とてつもないよ!

これから、各曲についてコメントしてほしい。まず “Newsroom customers” には、君が書いた歌詞にストーリーがあり、編曲は映画音楽を想像させる。参考にしたものは?

EM:音楽的にはブラジリアン・ミュージックらしいコード・チェンジとパーカッションが目立つ、ソウル・ミュージックとブラジル・ミュージックをブレンドした楽曲だと思っている。ストリングスは、僕が1990年にリリースしたセカンド・アルバムでとても重要な役割を果たしたんだけど、今回もストリングスを録音する機会を得たことが光栄だったし、楽しめたよ。この曲のストーリーは、偉大な作家になる才能を持っていたライターがマフィアとつるみ始めるようになる話だ。この曲でのマフィアは、アート・ビジネス、音楽、映画などのことを描写している。この曲を作るにあたって、僕が好きなふたつの映画、ビリー・ワイルダーの『地獄の英雄(Ace In The Hole)』、アレクサンダー・マッケンドリックの映画『成功の甘き香り(Sweet Smell Of Success)』(注:共に50年代のUSA映画)からも影響を受けていると思うよ。

歌詞がSF的な “Slumberland” の発想は?

EM:“Slumberland” の名前はアニメーション映画の創設者であるウィンザー・マッケイのコミック・ストリップ作品『夢の国のリトル・ニモ(Little Nemo In Slumberland)』から来ているんだ。「彼らはスウィートな妖精のように塔の中でタバコを吸って、毎日繰り返される悲痛な “善意の誇示”」という歌詞に、現実離れしていてシュールな雰囲気が漂っていてね。ミックスを終えたとき、チャールズ・ステップニーやボーンズ・ハウの気持ちになったよ。サンシャイン・ポップだ。

僕が音楽を制作するときに、スティーリー・ダンはいつも側にいるんだ。アレンジやミックスの段階でかなり影響を受けていると思う。

“Safety far” のファンキーなサウンドの参考にしたものは?

EM:ノーマン・コナーズ、スティーヴィー・ワンダー、リオン・ウェアらの、面白いコード・チェンジを使って洗練されたソウル・ミュージック。この曲は既に20万回以上、Spotify でプレイされていて、とても嬉しいね(注:再生回数は2023年10月初頭現在)。

“Gaslighting Nancy” のサウンドは、スティーリー・ダンへのオマージュ? それだけではなく別の音楽の要素もあるように思う。

EM:この曲は、かなりボサノヴァのコード・チェンジを利用しているんだ。特にブリッジでね。アントニオ・カルロス・ジョビン風だよ。でも僕が音楽を制作するときに、スティーリー・ダンはいつも側にいるんだ。アレンジやミックスの段階でかなり影響を受けていると思う。リリックについては、ジョージ・キューカーの映画『ガス燈(Gaslight)』に関係があるね。

ミシェル・リマ(ピアノ他)とふたりだけで録音した “Of Good Strain” が、アルバムの中で効果的だ。日本で言えば “ワビ” “サビ” のような。この曲のコンセプトは?

EM:「wabi」「sabi」という用語を知れて嬉しいよ! そうだね、これはミニマリズムだ。この曲はブロードウェイ・ワルツで、フランク・レッサー、サイ・コールマン、ハリー・ウォーレンといったレジェンドな作曲家たちから影響を受けたよ。曲のストーリーは、手塚治虫のアダルトなグラフィック・ノベルに関連しているかもしれないね。現実的でファンタスティックだ。

“Quatermass has told us” は歌詞もサウンドもSF的だ。この曲のコンセプトは?

EM:『クウェイターマス』は、BBCで最初に放送されたサイエンス・フィクションのテレビ・シリーズで、最終的にはカラー放送で3つの映画が公開されたんだ。アルバムの中で最もファンキーな曲で、いちばん複雑なコード・チェンジが繰り広げられる。僕の中ではジェネシスのアルバム『Wind And Wuthering』と、坂本龍一のコードが偶然、出会ったかのような曲だ。

“Buddy longway” でのエヂ・モッタは、ブルースマン?

EM:そうだよ! 田舎のブルースマンさ。僕はキャリアの最初の頃からブルースマンが大好きでね。サン・ハウス、ブッカ・ホワイト、スキップ・ジェイムスとか。“Buddy longway” は、70年代のフランスのコミックのキャラクターなんだ。

“Shot in the park” も、1本の映画を見ている想いにさせられる曲だ。コンセプトは?

EM:この曲は、不良のボーイフレンドにキャリアを台無しにされた歌手のことを歌った、とてもフィルムノワールな曲だ。音楽的にはドナルド・フェイゲンの『Nightfly』へのラヴ・レターだよ。このアルバムでのブルースの使われ方は本当に見事で、音楽に対する私のヴィジョンを変革させたんだ。

“Deluxe refuge” も映画のような歌詞と曲で、サウンドにはサンバ・ジャズの要素も感じる。この曲のコンセプトは?

EM:タブラを含んだエレクトリック・ジャズ・サンバで、『刑事コロンボ』に登場する宝石窃盗団の物語のように、冒険的なムードで楽曲を盛り上げているよ。

“Tolerance on high street” は “bluesy jazz cinema” な曲だ。コンセプトは?

EM:この曲もブロードウェイから影響を受けた。ホーギー・カーマイケルとハロルド・アーレンは僕のお気に入りの Blue-Jazzy コンポーザーで、ふだんからよく聴いている。彼らのクラシックである “Skylark” や “Blues In The Night” をよく歌っているよ。僕はこの曲に30s~40sのムードを感じるかな。

ピアノを弾きながら歌う “Confrere’s exile” の歌詞が印象的だ。この曲(歌詞)に、どんなメッセージを込めた?

EM:この曲は密度、感情、複雑さが詰まった、アルバムの中でいちばん奥深い曲だね。リリックはたぶん成熟についての僕の詩的なヴィジョンで、このリリックは中性的な雰囲気を作り出すのが狙いだったんだ。

アルバム・タイトル『Behind The Tea Chronicles』について。約10年前、リオの君の家を訪れたとき、君が「ワインのほかに最近、Tea をコレクションしている」と話していたことを覚えている。一口に Tea と言っても、日本の “お茶” を含め世界中にさまざまな種類の Tea があるが、中でも君の好きな Tea は、どの国のどんな Tea?

EM:ヴェージャ・オンライン(注:ブラジルの大手サイト)でお茶とワインについてのコラムを連載していたことがあって、エミリアーノという有名なホテルのために莫大なお茶のリストを作ったこともある。日本のものだと玉露がお気に入りで、eBay で複合されたヤツを見つけたこともある。他には台湾の Oolong High Mountain というお茶が大好きだね。

ブラジルを代表するレコード・コレクターとして、最近はどんな音楽を中心に dig している? 国籍、ジャンルを問わず、思いつくままにあげてほしい。

EM:数え切れないほどたくさん聞くよ。これが最近のベスト10かな。

1) Mariano Tito - Mariano Tito Y Su Orquestra De Jazz (ARGENTINA)
2) Lasse Färnlöf - The Chameleon (SWEDEN)
3) Ion Baciu Jr. - Jazz (ROMENIA)
4) Claudio Cartier - Claudio Cartier (BRASIL)
5) The Galapagos Duck - The Removalists OST (AUSTRALIA)
6) Michel Sardaby - Night Cap (MARTINIQUE)
7) Fernando Tordo - Tocata (PORTUGAL)
8) Pacific Salt - Jazz Canadiana (Canada)
9) Louis Banks - City Life (INDIA)
10) Heikki Sarmanto Sextet - Flowers In The Water (FINLAND)

最後に、日本のジャズ、シティ・ポップについて。最近、知って、気に入ってる音楽家・歌手は?

EM:日本の音楽はいつも僕のスピーカーから鳴ってるね。これがトップ5かな。

1) 鷺巣詩郎 with Something Special - Eyes
2) 松本弘&市川秀男カルテット - Megalopolis
3) 濱田金吾 - Midnight Cruisin'
4) 丸山繁雄 - Yu Yu
5) ゲルニカ - 電離層からの眼差し

Irreversible Entanglements - ele-king

  優れた演奏以外に、今日のジャズが何を意味するのかという問題は1990年代から議論されている。草の根の黒人解放という政治性との明白なコネクションを無くした——その歴史やノスタルジーやプロ根性はあるとしても——今日の名人芸などに意味などあるのだろうか? グレッグ・テイト『フライボーイ2』

 「結局のところ、人びとがジャズを見捨てたのは良いことだったのかもしれない。というのも、ジャズはより資本主義に適した音楽製品に成り下がったわけだから」、これはムーア・マザーの昨年のアルバム『Jazz Codes』の最後に曲において、作家トーマス・スタンレーが皮肉たっぷりにつぶやく言葉である。しかしこの後に続く言葉は、そうした過去との訣別を宣言している。いまやジャズは「生きた音楽として再発見」されて、「計量的安定性という牢獄の鉄格子から解き放たれる」のだ、と彼は言う。
 冒頭に引用したグレッグ・テイトの言葉は2011年の原稿からの抜粋だが、テイトがいまも生きていたら彼の憂いは、まあ、少なくとも軽減されていただろう。なぜならここ数年のブラック・ジャズは、シャバカ・ハッチングスをはじめ、今年アルバムを出したハープ奏者のブランディー・ヤンガー、それからゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーの拠点〈Constellation〉から作品をリリースする前衛主義者マタナ・ロバーツ……、ことに名門〈インパルス〉(*ジョン・コルトレーン、ファロア・サンダース、アーチー・シェップ、アリス・コルトレーンなどの作品を出してきた)に関して、欧米のジャズ・ファンたちは、最近のリリース──サンズ・オブ・ケメット、ザ・コメット・イズ・カミング、シャバカ&ジ・アンセスターズという、反迎合主義的な攻めのリストゆえに、長い低迷期を抜けいま往年の輝きを取り戻しつつあるんじゃないかと気の早い話に喜んでいたりする。喜びがたとえそれがつかの間のものだったとしても、最近その機運を高めたのがイレヴァーシブル・エンタングルメンツによる、ここに紹介する最新作なのだ。

 それにしても……である。このグループ名、古くはアインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、近年ではワンオートリックス・ポイント・ネヴァーに並ぶ憶えにくさだ。とくに日本人にとっては。まあ、とにかくそのイレヴァーシブル・エンタングルメンツ(以下、IEと略)、和訳すると「不可逆的なもつれ」なる名のクインテットは、広くはムーア・マザー(カマエ・アイエワ)という詩人/音楽家/活動家が在籍しているフリー・ジャズ・グループとして認識されているし、ぼく自身もそのように説明してきてしまった。が、しかしそれは、この5人組を説明する上では不適切である。というのも、集団であること、コミュニティであること、人が集まることをこのバンドは、それ自体がひとつのコンセプトといってくらいに大切にしている。この音楽は、抗議デモを契機に生まれているのだから。
 彼らが初めて会ったのは2015年4月の、無実な黒人を射殺したニューヨーク市警への抗議活動として開催された音楽とトークの一夜においてだった。その次に彼らが会ったのは、音楽スタジオだった。そこで1日かけて録音したデビュー・アルバムが、ホテルのラウンジでかかるような、ムーディーでスムーズなジャズである可能性は低いだろう。2017年にリリースされたそのアルバム『Irreversible Entanglements』は、怒りのこもった抗議音楽集だった。
 サックス奏者のキアー・ノイリンガー、トランペット奏者のアキレス・ナヴァロ、ベーシストのルーク・スチュワート、ドラマーのチェザー・ホルムズ、それから詩を担当するカマエ・アイエワ(ムーア・マザー)の5人は、それ以降も、フリー・ジャズのイディオムを応用しながら、真っ向からの政治的な抗議──反植民地主義、反再開発、反独裁化など──としての2枚のアルバムを録音し、シカゴのインディ・レーベルからリリースしている。だからそんなわけで、クインテットにとって4枚目のアルバムとなる『Protect Your Light』が〈インパルス〉からのリリースになったことは、「ついに来たか!」というか、ちょっとした嬉しい話なのだ。

 もっともこの新作は、彼らの闘争的な過去3作と違って、スピリチュアル・ジャズに寄った平和な音色にはじまっている。オープナーの“Free Love”はいたって優美で、コルトレーンたちが表現してきたその宇宙的な愛を受け継ごうとしているかのようだ。IEの音楽とは、「伝統に敬意を表しながらも、それに反抗する音楽であり、未来を主張しながらも現在に語りかける音楽」というのが彼らによる説明なのだが、それはまさにその通りで、ここには本当にいろいろなものが注がれ、スパークし合っているのだろう。 “至上の愛” を体内に注入しながらもそれとは違うもの出し、過去の再評価ではなく、現在のサウンドで人びとを鼓舞する。リズミックな躍動感をもって、ゴスペルの影響がうかがえる表題曲“Protect Your Light”には、その前向きなパワーがみなぎっている。
 ジャズ史においては聖地であろう、有名なルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオで録音された今回のアルバムは、長尺のインプロヴィゼーション主体だった過去作と違ってわりと短めの、ある程度アレンジされた曲が8曲収録されているが、それらはスタジオ内でのオーヴァーダブを施されたことで空間的な、繊細な音響となっている。このことからも、IEが本作をより多くの人に届けたいと思っていることはたしかで、たとえば叙情感たっぷりのサックスが激しいドラミングに重なる、もっとも政治色の強い“Our Land Back”のような曲でさえも、サウンドに艶があり、アイエワの詩の朗読が聴き取れなくても、楽曲それ自体の魅力に引きこまれる。ほかの曲もそうだが、ドラムとベースが創出するグルーヴは素晴らしく、ジャズの伝統に沿いながら、これはもう、ダンス・ミュージックとしても機能できるかもしれない。内蔵に響くような、烈火のごときIEが暴れている“Soundness”を聴けば、よし、立ち上がるぞ、という気持ちになるし、反復するビートにエレクトロニック・ノイズが渦を巻く“root <=> branch”で語られるアイエワのシンプルな言葉は胸の奥に響いてくる。

  飛ぼう/私たちは自由になれる
  苦しみから自由になれる
  闘いから自由になろう
  自由になろう/飛ぼう
  すべての悩みから自由になろう
  何ものにも縛られない
  自由になろう

 いまパレスチナで起きていることを思えば、これは祈りである。それはそうとして、ブラック・ジャズの闘争史をよく知るこのクインテットが、いちどは途絶えてしまった歴史をたぐり寄せて、火を点けようとしていることは自明だ。彼らを取材した『Wire』誌は、その炎を讃えながらも、「 “アメリカのクラシック音楽 ” としてのアカデミックな名声と敬意にジャズ業界が溺れるなかで、どんな反乱も結局は短命に終わる運命にあるのでは、という問題がある」と慎重な見解を見せている。それに、「より資本主義に適した音楽製品」としてのジャズだってこの先もずっと聴かれるだろうし、いくらいま〈インパルス〉が攻めに出ているからと言って、60年代〜70年代とは比べようのないくらいに趣味が細分化された現代では、音楽の反乱が昔のようにひと塊の何かとなって突進するなんてことも、可能性はなくはないが高くはないだろう。
 いやいや、そんなふうに “文化への期待値を下げる” のが資本主義リアリズムだとマーク・フィッシャーは言っているじゃないか。この夏IEは、ジャズのシーンに留まらず、インディ・ロックやラップやエレクトロニック・ミュージックのフェスティヴァルでも演奏しているのであって、やはり、何かが動いていると思いたい。「いま、ジャズはラザロのように蘇る」とムーア・マザーの『Jazz Codes』のなかで作家トーマス・スタンレーが言ったように、ああ、それは真実だったと。

 新作『Again』はワンオートリックス・ポイント・ネヴァーにとって記念すべき10枚目のオリジナル・アルバムにあたる。さらに今年は2010年代を代表する名作『R Plus Seven』からちょうど10年の節目でもある。いい機会だし、ここでダニエル・ロパティンの15年以上におよぶキャリアをおさらいしておきたい。オリジナル・アルバムは当然として、さまざまな相手と積極的に関わっていくところもまた彼の大きな特徴ゆえ、コラボやプロデュース仕事にも光を当てる。

主要作品紹介

 まずはやっぱりダニエル・ロパティン本人がメインとなる作品から聴いていくべきでしょう。というわけでワンオートリックス・ポイント・ネヴァー名義のオリジナル・アルバムを中心に、サウンドトラックや一部のEPもピックアップ。最初期の3枚は入手困難なため、かわりに編集盤を掲載している。

1

Oneohtrix Point Never
Rifts Software (2012)

いまとなっては入手困難な2007年のデビュー・アルバム『Betrayed In The Octagon』、2009年の『Zones Without People』、そしてNYの〈No Fun Productions〉から送り出された『Russian Mind』(同2009年)の初期3枚に、カセットやCD-Rで出ていた音源などを加えたコンピレイション。当初は09年に〈No Fun〉からリリース。3年後、再編集のうえ自身のレーベルから出し直したのがこちら。まだ素朴にシンセと戯れている。ロウファイ文脈を意識させる曲もあり。

2

Oneohtrix Point Never
Returnal Editions Mego (2010)

フェネスやジム・オルークなどのリリースをとおして実験的な電子音楽の第一人者ともいうべきポジションを築いていたウィーンのレーベル、〈Editions Mego〉からリリースされたことが重要で、これを出したがゆえにOPNは注目しないわけにはいかない音楽家の仲間入りを果たした。まずは冒頭のノイズにやられる。以降のドローンやサンプルの美しさといったら。

3

Chuck Person
Chuck Person's Eccojams Vol. 1 The Curatorial Club (2010)

当時は正体が伏せられていたため、ダニエル・ロパティンがヴェイパーウェイヴの先駆者のひとりでもあったことを知る者はリアルタイムではいなかったはずだ。退屈な仕事の合間にポップ・ソングをスクリューさせてつくった楽曲たちの集まり。いくつかはもともとYouTubeで発表されている。某超有名ポップ・スターも異形化されている。

4

Oneohtrix Point Never
Replica Software / Mexican Summer (2012)

人気作にして代表作のひとつ、通算5枚目のアルバム。自身のレーベル〈Software〉がチルウェイヴやローファイ・サウンドの拠点だった〈Mexican Summer〉傘下に設立されたのは見過ごせないポイントで、まさにインターネット時代を表現するかのごとく謎のノイズや音声が縦横無尽にサンプリングされていき、美しいシンセと合体させられていく。ジャンクなものが放つ美。

5

Oneohtrix Point Never
R Plus Seven Warp (2013)

エレクトロニック・ミュージックの名門〈Warp〉への移籍は事件であると同時に、納得感もあった。音響はデジタルなものに変化、種々の声ネタや切り刻み、反復の活用などでかつてない個性を確立した名作で、以降ロパティンが繰り広げることになる数々の冒険の起点になった6枚目のアルバム。今年でちょうど10周年。

6

Oneohtrix Point Never
Garden Of Delete Warp (2015)

メタルにハマっていた少年時代を回顧、過剰な電子音でポップ・ミュージックのグロテスクさを表現した7枚目。音声合成ソフト Chipspeech を用いた奇妙なポップ・ソング “Sticky Drama” は、これまでとは異なるファンを獲得するにいたった。のちに「半自伝的3部作」の第1作として位置づけられることに。

7

Oneohtrix Point Never
Good Time (Original Motion Picture Soundtrack) Warp (2017)

サフディ兄弟監督作の劇伴。これまでもソフィア・コッポラ作品などに作曲で参加していたロパティンの、本格的なサウンドトラック仕事としては2作目にあたる(OPN名義では初)。とにかくダークで緊張感に満ちている。最後はイギー・ポップの歌で〆。カンヌでサウンドトラック賞を授かった。

8

Oneohtrix Point Never
Age Of Warp (2018)

中世の民衆からインスパイアされたコンセプチュアルな8枚目。自身の歌を初披露。チェンバロ、ダクソフォンなど音色もかなり豊かになっている。加速主義で知られる哲学者ニック・ランド(CCRU)から触発された “Black Snow” の詞も注目を集めた。本作直後のライヴ・ツアー「MYRIAD」ではイーライ・ケスラーらとバンドを結成。

9

Oneohtrix Point Never
Love In The Time Of Lexapro Warp (2018)

『Age Of』の続編的な位置づけのEP。最大の注目ポイントは日本の巨匠、前年にOPNがリミックスを手がけていた坂本龍一からの返礼リミックスで、繊細な音響空間を味わうことができる。テーマが抗うつ剤なのはロパティンが時代に敏感な証。

10

Daniel Lopatin
Uncut Gems (Original Motion Picture Soundtrack) Warp (2019)

邦題『アンカット・ダイヤモンド』のサウンドトラック。サフディ兄弟監督とは2度目のタッグだ。名義が本名に戻ったのはただの思いつきだそう。スティーヴ・ライシュ風あり、芸能山城組風あり、アシッドありと、じつに多彩な1枚。声楽やサックス、フルートが新鮮に響く。

11

Oneohtrix Point Never
Magic Oneohtrix Point Never Warp (2020)

ロックダウン中の内省の影響を受け、自身の原点たるラジオ放送(「ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー」はラジオ局「106.7(ワンオーシックス・ポイント・セヴン)」のもじり)をコンセプトにした通算9枚目。初期を思わせるシンセ・サウンドからバンド風、ラップ入りの曲、歌モノまで、まさにラジオを聴いているかのように展開していく。のちに「半自伝的3部作」の第2作として位置づけられることに。

12

Oneohtrix Point Never
Again Warp (2023)

満を持してリリースされた通算10枚目、聴きどころ満載の最新アルバム。意表をつく弦楽合奏(指揮はロンドン・コンテンポラリー・オーケストラ創設者のロバート・エイムズ)にはじまり、OpenAI社の生成AI、存在感を放つリー・ラナルドのギター、さりげなく参加しているジム・オルークなど、注目ポイントが盛りだくさん。「半自伝的3部作」の完結編にあたるそうだ。

コラボレーション&プロデュース作品

 孤高の精神、ただひとり屹立するやり方はOPNの流儀ではない。MVやアートワーク含め、いろんな作家たちと積極的に関わろうと試みるのはダニエル・ロパティンという音楽家が持つ魅力のひとつだ。というわけでここではコラボ作&プロデュース作を見ていくが、あまりに数が多いため厳選している。以下を入口にほかの作品にも注目していただけたら。

13

Borden, Ferraro, Godin, Halo & Lopatin
FRKWYS 7 RVNG Intl. (2010)

ダニエル・ロパティンのみならず、ジェイムズ・フェラーロやローレル・ヘイローなど、当時若手でのちに2010年代のキーパースンとなる面々がミニマル・ミュージックの巨匠デイヴィッド・ボーデンを囲む。いま振り返ると歴史的なコラボレイションだ。サイケ感もある魅惑のアンビエント。

14

Ford & Lopatin
Channel Pressure Software (2011)

ロパティンが同級生のジェイムズ・フォードと組んだシンセ・ポップ・プロジェクト、ゲームズ名義から発展。そのレトロな佇まいは、素材をスクリューさせる『Eccojams』とはまたべつの切り口から80年代を再解釈しているともいえる。歌モノも楽しい。

15

Tim Hecker & Daniel Lopatin
Instrumental Tourist Software (2012)

00年代後半以降におけるアンビエント~ドローンの牽引者ティム・ヘッカーと、『Returnal』や『Replica』で音楽ファンを虜にしていた当時新進気鋭のロパティンとの組み合わせは、時代を象徴するようなコラボだった。どこまでもダークなサウンド。寂寥の極致。

16

Anohni
Hopelessness Secretly Canadian (2016)

ルー・リード作品に参加したことから注目を集め、アントニー・アンド・ザ・ジョンソンズとして大いに賞賛された稀代の歌手による改名後第1作。ロパティンはハドソン・モホークとともにプロデューサーとして貢献しており、OPNらしい音色も確認できる。

17

DJ Earl
Open Your Eyes Teklife (2016)

まさかフットワークにも挑戦していたとは。ダンス・カルチャーとは接点を持たないように見えるOPNとシカゴのシーンにおける最重要クルー〈Teklife〉との合流は、当時もかなり意外性があった。3曲で共作、ミックスも担当している。

18

David Byrne
American Utopia Nonesuch / Todomundo (2018)

巨匠デイヴィッド・バーンとのまさかの出会い。OPNはたまに「現代のイーノ」と形容されることがあるが、まさにそのブライアン・イーノらに交じって作曲と演奏で5曲に参加、4曲目ではそれこそイーノ風のシンセを響かせている。

19

The Weeknd
After Hours XO / Universal Music Group (2020)

本格的にメジャー・シーンに進出することになったターニング・ポイントが本作かもしれない。『Uncut Gems』時に共作したトロント出身のポップ・スター、ウィーケンドの4枚目。このときはまだ関与は3曲のみだが、次作『Dawn FM』ではがっぷり四つに組むことになる。

20

Moses Sumney
GRÆ Jagjaguwar (2020)

インディ・ロック・シーンとも接点を持つガーナ系シンガー・ソングライターのセカンド・アルバムに、ロパティンはシンセ演奏と追加プロデュースで参加。サムニーのソウルフルなアヴァン・ポップ・サウンドをうまく補強している。

21

Charli XCX
CRASH Asylum / Warner Music UK (2022)

関わっているのは1曲のみではあるものの、UKのポップ・スターとも接点を有していたとは驚きだ。ここでは〈PC Music〉のA・G・クックと “Every Rule” を共同プロデュース。しっとりしたシンセ・ポップを楽しもう。

22

Soccer Mommy
Sometimes, Forever Loma Vista (2022)

ナッシュヴィルのシンガー・ソングライターの3枚目を全面プロデュース。ロパティンは基本的には黒子に徹しているものの、スウィートなポップ~シューゲイズ・サウンドの影に、たまにその存在が感じられる。

※当記事は小冊子「ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーとエレクトロニック・ミュージックの現在」掲載の文章をもとに、加筆・修正したものです。


interview with Róisín Murphy - ele-king

私がこれまでリリースしてきた全てのアルバムに共通するコンセプトがある。それはモロコのときから続いているテーマで、個人主義と自由。そして繊細さと降伏する勇気。

 まさかの〈Ninja Tune〉からのリリースとなったシンガー、ロイシン・マーフィーの新作アルバム『Hit Parade』。プロデューサーというかほぼ共作といった方がいいだろう、アンダーグラウンドの、ジャーマン・ハウスのトップ・プロデューサー、DJコッツェが今回そのサウンド全体を担っている。ロイシンは、アイルランドに生まれ、そして1995年、UKのトリップホップの隆盛とともにシェフィールドのマーク・ブライドンとのユニット、モロコにてキャリアをスタートさせている。ある意味でUKのお家芸ともいえるダウンテンポ~トリップホップを、シンガーによる、UKのダンス・カルチャーを出自に持ったポップ・フィールドでの展開を示したアーティストとも言えるだろう。なんというか当時は、UKブレイクビーツの牙城だったことを考えれば〈Ninja〉からのリリースもどこか因縁めいたものを感じてしまう。そして2005年以降、ソロに転じてからのファースト・ソロは、マシュー・ハーバートにプロデュースを頼んだり、また2020年前後の〈Skint〉からの近作では、エレクトロ・ハウス系のベテラン・プロデューサー、〈DFA〉からもクロックド・マン名義でリリースするリチャード・バレット(その正体は元スウィート・エクソシストのDJパーロットという、実はシェフィールド人脈)とともに、しっかりと大箱系のハウス、エレクトロ・ディスコを展開、そのキャリアはほとんどダンス・カルチャーとともにある。

 そして本作へと至るDJコッツェとの出会いは、コッツェの2018年の『Knock Knock』で、コッツェ・オファーによるコラボにて2曲でスタートしている。DJコッツェといえば2000年代中頃、いわゆる〈Playhouse〉などのエレクトロニックなジャーマン・ディープ・ハウスと、ケルンの〈Kompakt〉あたりのミニマル・テクノを結ぶ当時のドイツ産ハウスの、オリジナリティ溢れるトップ・アーティストとも言える存在だ。ヒップホップに出自を持ちDMCのドイツ大会で準優勝もしている。その卓越してテクニックもあって、2000年代中頃、当時のヨーロッパのDJなどに取材した折に、「現在のヨーロッパで優れたDJは?」というような質問に対して返ってくるのは、自分の経験則でしかないが多くの場合、彼の名前だったことも覚えている。また2000年代初頭にはポップなエレクトロ・グループ、インターナショナル・ポニーで、ドイツの〈Columbia〉からそれなりのヒットを飛ばすなど実は昔からメジャーなポップ路線も含めてマルチな才能を持ち合わせているミュージシャンでもある。ある意味でこうしてみてみるとふたりの相性というのも不思議と乖離したものではなさそうだ。チョップ&早回しのヴォーカル、ソウルやディスコのストリングス・サンプルが重層的に絡み合う、どこかノスタルジックでウォーミーなダウンテンポやハウスを展開、そこにときにアンニュイに、ときに茶目っ気たっぷりに表情豊かに歌いあげるロイシンのヴォーカルとともに、どこかおとぎの国に迷い込んだようなサイケデリックなクラブ・ポップスを作りあげていく。なにより、彼女のキャリアの根底たるダンス・ミュージックへの愛を多分に感じることのできるアルバムだ。DJコッツェのキャリアを考えれば、ヒップホップからハウスまでを横断した『DJ-KICKS』のようなDJ的なコラージュ、サンプリング・センスを背景に、さらにそうしたセンスを楽曲へと昇華した『Knock Knock』のサウンドを、ロイシンというシンガーの声なくしてはできなかったポップ・アルバムとして1枚に作りあげたと言ってもいいだろう。
 先月、二次性徴抑制剤に関する発言で物議を醸した彼女だったが、今回無事取材に応じてくれた。

ムーディーマンの大ファンだから(笑)。彼はいつだって私の最初の選択肢。

今回のアルバム1枚のコラボレートへと発展したのは、2018年のDJコッツェの『Knock Knock』への参加、つまりはそのリリース少し前からスタートしていると思いますが、まずはその突端となった『Knock Knock』収録曲でのコラボレートはどのようにスタートしたのでしょうか? コッツェからどのようなオファーがきたんでしょうか?

RM:そう。私の最初のソロ・アルバムをプロデュースしてくれたマシュー・ハーバートから私のメールアドレスをもらって彼が連絡してきて。そして、その時点で彼は他にもたくさんの音源を持っていて、そのうちのいくつかが私にピッタリだと思ったみたいで、その後も私に曲を色々と送り続けてくれた。その後、あるときそれぞれがリモートで作業できるようにするために、彼と同じ音楽ソフトウェアを使って欲しいと言ってきた。そこから今回のアルバムの作業がはじまって。何年もの間、私たちは作業しては休み、作業しては休みを繰り返しながら、一緒に曲を作っていった。何ヶ月も作業しないときもあったし、かと思えば、3日間超集中して曲作りをしたときもあった。あの頃はそれぞれ他のプロジェクトで忙しかったし、作業ができるタイミングを見つけながら、マイペースにゆっくりと制作を進めていって。だから、すごくリラックスしながら作ることができた。

今回は〈Ninja Tune〉からのリリースとなりますが、彼らとの契約が本作の制作より先でしょうか? それとも、契約よりも前にコッツェとのコラボが自発的におこなわれたのでしょうか?

RM:レコードは〈Ninja Tune〉との契約より前に完全に完成していた。レコードができ上がってから、いくつかのレコード会社を回って曲を聴いてもらったんだけど、私はそのとき数曲聴かせることができれば、くらいに思っていたのね。でも、どのレコード会社も一度曲を聴かせると、アルバムの全曲を聴きたがった。そのときに、自分たちが何か特別な作品を作ったんだな、と気づいて。

新作『Hit Parade』をDJコッツェとのコラボレーションで最終的にアルバム1枚を制作しようと思った明確な理由があればお教えください。

RM:彼のように並外れたプロデューサーから仕事を依頼されたら、ノーとは言えない。私の中の好奇心が、彼のような才能ある人と仕事がしたいって背中を押した。彼みたいな人と仕事をしたらどんな発見があるんだろうってワクワクした。

DJコッツェのプロデューサーとしてのすごいところはどこでしょうか?

RM:彼はとにかく本当に素晴らしい耳を持っていると思う。私が気づかないどんな音でも細かにハッキリと聴き取れるのよね。だから、彼は余計な音を取り除くことができる。それがいい音かよくない音かを明確にして、使うか使わないかを決めていく。ある意味とても分析的なやり方ね。それは作品にとってすごく重要なことだと思う。あまり同じ空間で彼と作業することはなかったけど、彼との作業はすごく心地よかった。ひとりで作業する時間も多かったけど、彼と作業しているときは、一日中やりとりをしたり、電話で会話をしたりして、すごく親密だった。

先ほどの話だと長い間制作がすすめられたようですが、今回はあなたがABLETON LIVEの使い方を覚えるところからはじまり、文字通りインターネットを介しておこなわれたようですね。ネットでの制作はどのような体験でしたか?

RM:初めてだったから最初は大変だった。これまでもひとりで曲を書いたことはあるけど、レコーディングはプロデューサーの夫がやってくれたり、ヴォーカルを調整したければロンドンの小さなスタジオに行ってエンジニアと一緒に作業していたから。でも今回は、全て自分の家での作業だった。それがいちばんの違いだった。だから、作業時間が本当に自由だった。掃除や洗濯をしながらも作業できたし、メロディを思いついたらそれをその瞬間に録音できたし、それをそのままレコードに使うことだってできた。それは私にとってすごく新鮮だった。

私にとって最も偉大な音楽教育者たちはDJたちだった。あらゆるダンス・ミュージックに精通し、あらゆるジャンルやスタイルをミックスできる人たち。

全体的に、ふたりがとにかくコラボーレションを楽しんでおこなったことが伝わってくるサウンドだと思います。ですが実際は、ピッチフォークのインタヴューによれば、あなたが作った仮歌が例えば4つの曲に分かれたり、ちょっとしたしゃべり声をヴォイス・サンプルに使われたりと、そのコラボレートはかなりトリッキーで驚かされる瞬間ばかりだったようですね。

RM:私のインタヴューの音声をYouTubeからサンプリングしたり、彼に私が送った音声メモを使ったりした。あのレコードにはたくさんの私が散りばめられている。そういう要素を使って、レコードに質感や感覚を加えたかったの。ただ曲を1曲聴いているだけじゃなくて、同時にいくつか音を聴いている感覚というか。ラジオを聴いていて複数のラジオ局の音が聴こえてくるときってあるでしょ? あんな感じ。トリッキーというか、予期せぬ幸運ばかりだった。ルールもなければ目指すジャンルもなかったし、全てが私たちの中から自然に出てくるものだった。

あなたからサウンドに関してなにかリクエストやコンセプトを伝えるなどはあったんですか?

RM:いや、リクエストは許可されてなかった(笑)。彼はそんなタイプのDJじゃないから(笑)。でも彼はとても分析的だから、それについて話し合うことは多かったかもしれない。例えば、彼は彼なりに分析して、その曲はもうダメだって曲に見切りをつけようとしたことがあって。でもそこに私が入って、いや、これは本当にいい曲だと思うって意見を言うことはあった。それは今回のレコード制作における私の役割の一部だったと思う。この音、この曲はよくないって思い込んでしまっている彼を一度止めて考え直させること。曲づくりと歌詞を書くこと以外に、捨てる必要のないものを捨てようとしていないかを明らかにするのも私の仕事だった。

曲ごとに、たとえば、あなたの仮歌から始まったり、もしくはコッツェからガイドとなるループやBPMが指定されたりなど、起点・出発点は異なったのでしょうか?

RM:制作方法はどの曲もほぼ同じだった。彼がバッキング・トラックを送ってくれて、私がそれに乗せてこれでもかってほど歌って、それを全て彼に送った。そして、そこからリズムやアレンジメントを変えたり変えなかったりという感じ。デモのまますごくシンプルにでき上がるときもあれば、複雑なときもあった。テニスの試合みたいな感じね。例えば “CooCool” や “The Universe” のような曲は最初のヴォーカルがそのまま使われているし、逆に “Two Ways” や “You Knew” はオリジナルものと全然違うの。

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シネイド・オコナーは、アイルランドの新しい一面を世界に見せてくれた人だった〔……〕完全にアイコン的存在だった。だから一時期、10代のときは彼女みたいな格好をしていた時期もあった。

今回の制作でもっとも困難だったことはなんでしょうか?

RM:ソフトウェアの使い方を学ぶことだったと思う。でも少なくとも、私の夫がプロデューサーだから、彼にいろいろ教えてもらえたのは助かった。いまだに使い方をマスターしたわけじゃなくて、ヴォーカルをレコーディングするとか、ハーモニーをレコーディングするといった自分にとって必要なことができるだけだけど、まずは自分だけでそれができるようになることが最優先だった。

歌詞に関して、今回はアルバムを通してコンセプトなどはありましたか?

RM:歌詞に関しては、私がこれまでリリースしてきた全てのアルバムに共通するコンセプトがある。それはモロコのときから続いているテーマで、個人主義と自由。そして繊細さと降伏する勇気。それは、つねに私の作品に存在しているコンセプト。

先日リリースされた先行シングルではムーディーマンをリミキサーに迎えていました。彼を起用したのはあなたのアイディアですか?

RM:そう。私がムーディーマンの大ファンだから(笑)。彼はいつだって私の最初の選択肢。

『Hit Parade』というタイトルは、どのような意味でつけたんでしょうか?

RM:DJコッツェが、「もし脱落せずに僕との作業を続けてくれたら、君を『ヒットパレード』や『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出して有名にしてあげるよ」って冗談で言ってたんだけど、もう『ヒットパレード』も『トップ・オブ・ザ・ポップス』もやってないでしょ(笑)? だからその皮肉が面白いって思ってそのタイトルにしたの。「トップ・オブ・ザ・ポップス」、いい番組だったよね。いまはもうあの番組が成り立つほどのポップ・スター自体が存在していない気がする。

話しは変わりますが、あなたの少し上の世代になるかと思いますが、同じくアイルランド出身のシネイド・オコナーが先日亡くなられました、あなたにとって彼女はインスピレーションを与えてくれるシンガーのひとりでしたか?

RM:もちろん。私は子どもの頃、12歳でアイルランドからイギリスに引っ越したんだけど、私が引っ越したとき、彼女のような存在の人がいてくれたのはとても幸運だった。シネイド・オコナーは、アイルランドの新しい一面を世界に見せてくれた人だったから。そのおかげで、私のようなアイルランド人の子どもたちは生きやすくなったと私は思う。昔、イギリスではアイルランド人に対する人種差別がけっこうあった。アイルランド人は、穴を掘ったり道路を作ったりする建設業者、労働者階級の人たちが多く、そのステレオタイプが強かったから、イギリス人とは別の人種だという扱いを受けていた。でも、ティーンエイジャーだった私にとって、シネイド・オコナーのような人たちがいたおかげで、アイルランド人がただの貧しい人種ではなく、それ以上に大きな展望を持った現代的な人間であり、クールでとても重要な存在なんだという誇りを持つことができた。それは私にとってすごく大切なことだったと思う。美しかったし、彼女は完全にアイコン的存在だった。だから一時期、10代のときは彼女みたいな格好をしていた時期もあった。ショートヘアにしたりなんかして。

シェフィールドの人たちが皆DIYでいろいろなことをやっていて、音楽文化に貢献しているのを見てすごくいいなと思った。マンチェスターやロンドンに比べるとシーンは小さかったけど、もっとDIYでもっと活動的で、特徴があったと思う。

あなたのキャリアはそのスタートから、DJカルチャー/ダンス・カルチャーとともにあると思うのですが、今回のようなDJ出身のアーティストとのコラボレーションはあなたのクリエイティヴィティ、もしくはアーティストとしてのキャリアになにをもたらしたと思いますか?

RM:私たちは、ある特別な音楽を作ろうとしたわけじゃなくて、ただ木が成長するように今回のアルバムを作った。でもDJカルチャーに関して話すなら、私にとって最も偉大な音楽教育者たちはDJたちだった。あらゆるダンス・ミュージックに精通し、あらゆるジャンルやスタイルをミックスできる人たち。DJパーロットやウィンストン・ヘイゼル(注:〈Warp〉のファースト・リリースとなったフォージマスターズのひとり)のような人たちね。何年もの間、私は彼らのようなDJたちに興味を持っていて、週に3、4回くらい、シェフィールドのいろんなヴェニューに彼らのプレイを見に行っていた。彼らのセットは毎回違っていたし、その度に、私は新しい何か、音楽同士の繋がりを学ばせてもらっていた。彼らは音楽に関する百科事典のような知識を持っていて、のちに私の人生の中に入り、その知識を私と共有してくれた。それは私にとって本当に大きな意味があり、重要なことだった。彼らのおかげで、私のダンス・ミュージックとのつながりは、うわべだけの関係ではなく真の関係に築き上げられていった。私はそういう環境で育ってきたし、その中でDIYであること、自分自身の音楽を自分自身のシチュエーションの中で作ることを学んでいった。

またモロコが結成されたのも1990年代前半のシェフィールドですよね。当時のシェフィールドのシーンはどのような雰囲気だったのですか?

RM:私本当に素晴らしかった。たくさんの人たちがいて、みな音楽を作り、パーティーをして、スタジオを作っていた。当時、シェフィールドにはデザイナーズ・リパブリックっていう素晴らしいデザイン・スタジオあったし、〈Warp〉もあったし、重要なアンダーグラウンドのダンス・ミュージック・シーンが存在していた。そして世界中の音楽が広がっていた。だから、素晴らしいDJやプロデューサーたちから音楽を学びたければ、シェフィールドを出る必要は全くなかった。様々な活動をしている人たちが周りにたくさんいたから。私はその前マンチェスターに住んでいて、マンチェスターのクラブ・シーンにどっぷり浸かっていたし、レコード屋を回ってレコードを買い漁っていた。でもシェフィールドに引っ越したとき、シェフィールドの人たちがみなDIYでいろいろなことをやっていて、音楽文化に貢献しているのを見てすごくいいなと思った。マンチェスターやロンドンに比べるとシーンは小さかったけど、もっとDIYでもっと活動的で、特徴があったと思う。私にとって新たな扉を開く鍵をくれた場所だと思うし、自分では気づけなかった可能性の存在を教えてくれる場所だった。

今後の予定を教えてください。

RM:いまのところはアメリカでのツアーと、いくつかライヴをすることになってる。南米にも行くし、ヨーロッパにも行く。イギリスでもライヴがあるし、あと、来年の夏はいくつかフェスティヴァルにも出る予定。前回日本に行ったのは相当前で、マシュー・ハーバートと一緒だった。もう20年くらい前じゃないかしら。私の子どもたちが日本の文化が大好きで。だから、また日本に行けたら嬉しい。

KODAMA AND THE DUB STATION BAND - ele-king

 『かすかなきぼう』から『ともしび』へ。こだま和文とザ・ダブ・ステーション・バンドは自分たちの役目を理解している。この暗い暗いご時世で、せめてもの心のこもった温かいレゲエを演奏すること。荒涼寂寞たる気持ちを抱えた人が、この音楽を聴いて少しでも幸せな気分を味わえるなら、バンドは本望なのだ。『ともしび』を再生しながら、ぼくは少しばかり良い気分になる。トランペットの音色は綿のように溶けて、トロンボーンの太い音色がその繊細な響きに温度をもたらす。ドラム、ベース、ギター、鍵盤は、惚れ惚れとするコンビネーションを見せ、いろんな表情を描いている。いつも思っていることだけれど、日本にザ・ダブ・ステーション・バンドがいて本当に良かった。来るものを拒まず、敷居も低く、大らかで、そしてこんなにも心が温まる演奏が立川方面にある。
 『ともしび』はカヴァー集だが、ザ・ダブ・ステーション・バンドはもともとカヴァーを得意としてきたバンドで、最初のアルバム『 In The Studio』(2005)も、半分くらいがカヴァーだった。続く『More』(2006)も8割がカヴァーで、むしろ8割ほどオリジナルだった『かすかなきぼう』のほうがこのバンドでは異例だったが、今回は初の全曲カヴァー集だ。
 ここでは古い曲ばかりが演奏されている。ピート・シーガーによる反戦歌 “花はどこへ行った” にはじまり、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズによるポジティヴ・ヴァイブレーション満開の “Is This Love” 、50年代のジャズのスタンダード曲 “Fly Me to the Moon” 、『ティファニーで朝食を』で、主演女優のオードリー・ヘプバーンが劇中で歌った “Moon River” 、そしてこだま和文のほとんどテーマソングといえるほど、何度も録音している1962年のオールディーズ “The End of the World” 。この曲は、1992年の傑作『クワイエット・レゲエ』および、同年にリリースされた、こだまプロデュースのチエコ・ビューティーの隠れ名盤『BEAUTY'S ROCK STEADY』にも収録され、また、このバンドでもすでに『More』で再演している(もちろんライヴでも演奏されている)。オリジナルはおそらく男女の別れを歌った曲だろうが、こだまは曲に別の意味を与え、この社会のなかの弱き人たちの絶望的な悲しみと希望の両義性を表そうとしている、とぼくは考える。
 『トップボーイ』において、絵に描いたように不幸な家庭環境で育った元万引き少年のジェイソンが死ぬ場面ほど、切なく悲しいところはない。あの長編ドラマで、もっとも感傷的なシーンといえば、ジェイソンを死なせるにいたった放火の実行犯、拝外主義の若者のひとりにサリーが襲いかかり、何度も何度も血まみれになっても殴打し、そしてそのまま夜の海のなかに入って泣くシーンだろう。こうした、不条理極まりない、いかんともしがたい現実(悲劇)を前にどうしたらいいのか。ダシェンはサリーにいう。「俺はわからなくなる。俺たちがやっていることに価値はあるのか」、まさに実存は本質に先立つというヤツで、1960年代の空気を知っているこだま和文ももまた、まごうことなき実存主義的なヒューマニストである、ということは言うまでもないかもしれない。だが、それがアナクロニズムでないことは、UKでは『トップボーイ』が流行って、日本では多くの小中学生が『君たちはどう生きるか』を読んでいるわけだから、いろんなものが重なって、時代はこだま和文とザ・ダブ・ステーション・バンドと共鳴していると。いや、これはこじつけではないですよ。
 ほとんどがインストゥルメンタルだが、“The End of the World”ほか、ヴォーカル入りも数曲ある。たとえばキャロル・キングの曲の洒脱なカヴァー “You've Got a Friend” は、本作におけるもっともキャッチーな曲のひとつとなっている。ちなみに今回もっともファンキーなのは“ゲゲゲの鬼太郎” の主題歌のインストゥルメンタル・カヴァー、もっともニヒルなのはこだまが歌うじゃがたらの “Tango” のカヴァーで、それまでの甘い雰囲気とは打って変わってこだまのヴォーカリゼーションはひどく毒づいている。
 “Tango”はドラッグ中毒者を描いた曲としても知られているが、21世紀のTVドラマ『トップボーイ』では、それこそ食いかけのハンバーガーが散らかっている生活から抜け出すため、最下層を生きるギャングたちは商売にこそするが決してドラッグをやらないし、自分の仲間が(大麻以外の)ドラッグをやらないようつねに気をつけている(そう、売りこそすれ、やりはしない。これは後期資本主義の暗喩でもある)。だからと言うわけじゃないが、“Tango” はもう、ぼくには昔聴いたときの印象とは違って、より切羽詰まって聴こえる。そして、アルバムにおける唯一の汚れ役であるその曲に続くアルバムのクローサー・トラックは、こだまのもうひとつのテーマ曲といえる “What a Wounderful World(この素晴らしき世界)” のカヴァー、ルイ・アームストロングのこの有名曲もまた、こだまは両義性(二面性)をもって演じているわけだが、じっさいアルバムでは2回演奏される。『ともしび』の面白い構成である。 
 もうひとつ面白いと思ったのは、ジャケットのアートワークだ。これは、新橋駅あたりの地下道のワゴンで売ってそうなどこかの業者の作った名曲集か何かみたいで、その手のCDのように道ゆく酔っぱらいがふらっと偶然買うなんてことがあればいいのに、と思う。誰かの家で再生されて部屋を少しだけ暖めはするだろうし、そのためのこれはささやかな「ともしび」なのだ。


※ライヴ情報:『リリース記念 ♪ともしび♪ LIVE』2023/10/25(水)@WWW

Sprain - ele-king

 世の中には聞いた瞬間に意識が持っていかれてしまうような音楽と、その良さに気がつくのに時間がかかる音楽がある。そして、スプレインの音楽はその両方を兼ね備えた音楽なのではないかと自分は思う。ロサンゼルスのスローコア・バンド(そうだと思っていた)スプレインの2ndアルバムからの先行トラック “Man Prpposes, God Disposes” がスピーカーからふいに流れた瞬間にあっというまに意識が持っていかれてしまった。やっていた作業が手につかなくなり、手を止め、手持ちぶさたになって、そして意味もなく鼻を触ったり顎を触ったりする。とにかく落ち着かない気分になってスプレインの名前を確認し、白黒の奇妙なポーズをとったアートワークについて思いを巡らせる。そうして頭に出てくるのは白黒のディス・ヒートの写真だ。ぶれた被写体と奇妙なポーズのディス・ヒートよりも鮮明ではっきりしていて、そこに時代の隔たりを感じもする。あぁしかしここにはストリングスのイントロダクションからポスト・パンクのサウンドの上で唾を飛ばすように喋り歌う現代的なシュプレヒゲザング、ノイズと共に訪れる小さなカオス、それを抜けた先に訪れる静寂がある。何が起こっているのかはっきり理解することはできないが、何かが起きているということは容易にわかるエネルギーが渦巻いている。

 同時代的な感覚で言うとスプレインは初期のブラック・ミディのポスト・パンクの性急さ、あるいはカナダ出身のデライラ(Deliluh)の持つ儀式めいた恐ろしさをもっているのかもしれない。アルバム全体を通して自己と対峙する世界に触れるような描き方から HMLTD が今年、2023年に出した素晴らしい2ndアルバム『The Whorm』のことも頭によぎったが、しかしアプローチがまったく違う。HMLTD がインタールードを挟み演劇的に強調しスポットライトを当てるかのごとく次々に場面を展開し物語を形作っていたのに対して、スプレインは重苦しい白黒の映像、長回しで表現するタル・ベーラの映画のようなやり方を試みている(それよりもずっと過激であるのかもしれないが)。アルバムの収録時間が1時間36分、全8曲のうち20分を超える曲が2曲、10分超えの曲が2曲、それらをつなぐカットも主人公が活躍するような物語もそこに存在しない。白黒のロングショットの時間と暴力的である種グロテスクなエネルギーのひずみの中にぼんやりと浮かんでくるものを意味だと聞き手が受け取るような、このアルバムはそんなアルバムのように感じられる。
 上に名前を挙げたようなバンドの40分前後のアルバムに慣れ親しんだ身としては、長すぎると二の足を踏んでしまいそうな収録時間だが、しかしこの音楽は聞きはじめるとダレることなく非常に魅力的に進んでいく。たとえば24分あまりの “The Commercial Nude” はひっかくようなノイズにはじまり、コラージュのカオスから、アコースティク・ギターで小さな諦めを吐露するような厳かな展開に入り、そうして気がつけば壮大な感情の波に飲み込まれ、突き抜けた先の虚無にたどり着く。わかりやすい静と動も境界線が消え滑らかに溶け合うような美麗さもなく、それぞれの要素が形を残したまま何事もなかったかのように現れる。どこかにたどり着くための過程ではなくて、その場に存在することが重要だというように、目の前の出来事について思いを巡らせているうちに気がつけば時間が流れていく。

 あるいはそれはスプレインがこのアルバムで楽曲ではなくて音楽が流れる空間を作り出しているからなのかもしれない。浸るでも聞くでもない、そこに存在する音楽を半自覚的な状態で眺めるような感覚。それは心地の良いものではなく小さな緊張感と不安を伴ってのもので、レイランド・カービーのアルバム、たとえば『Sadly, The Future Is No Longer What It Was』、で聞かれるような美しいものが壊れ失われていくピアノの音が鳴るなかで、スローコア由来の轟音ギターのが重ねられる “The Reclining Nude” のハッとさせられるような瞬間や、ブラック・ミディの1stアルバムに HMLTD のヘンリー・スピチャルスキーが参加したかのような “God, or Whatever You Call It” の曲中に何度も訪れる余韻と解放が生み出す感情を作り出し、そうしてそれらが頭の中にはっきりとしないイメージとして残り続ける。

 おそらくこのアルバムはひとつのジャンルに寄ったものでも、ジャンルがきれいに混ぜ合わされたものでもダメだったのだろう。40分のコンパクトにまとめられた収録時間でもきっとうまくはいかなかった。必要だったのはある種の異物感と、それが同じ場所でおこなわれているということだったのだ。ひとつの部屋で同じ人間に別の出来事が起きているような不条理さ、何かを切り取ったものではなく垂れ流しにも思えるような時間のなかで生成される薄ぼんやりとした感情こそが大事なのではと考えるが、しかしそれもはっきりとはわからない。スプレインの音楽は刺激的で即効性のあるサウンドであるのと同時に得体のしれない音楽でもある。わからないものをわからない状態のまま受け入れることを求めるような、このアルバムはおそらくそんなアルバムで、いまはそれがことさら新鮮に感じられる。

interview with Shuta Hasunuma - ele-king

 非常に微細な音にたいして、異様に感度の高いひとがいる。日本でいえば坂本龍一が筆頭だろう。けして強くは自己主張することなく、ただ静かに聴かれることを待つ『async』のさまざまな音の断片たちは、卓出した感受性(と理論)によってこそ鳴らされることのできたある種の奇跡だったのかもしれない。その坂本の〈commmons〉に作品を残す蓮沼執太もまた、そうしたタイプの音楽家だと思う。
 これまで蓮沼執太フィル、タブラ奏者 U-zhaan との度重なるコラボ、歌モノにサウンドトラックに数えきれないほどの個展にインスタレーションにと、2006年のデビュー以来八面六臂の活躍をつづけてきた彼。本日10月6日にリリースされる新作『unpeople』は、15年ぶりのソロ・インスト・アルバムとあいなった。
 エレクトロニカの隆盛が過ぎ去った2006年、まだブレイク前のダーティ・プロジェクターズをリリースしていた米オースティン〈Western Vinyl〉から蓮沼はデビューを飾っている。爾来、飽くことなく生楽器と電子音とフィールド・レコーディングの融和を探求しつづけてきた冒険者。そんな彼がもっとも羽を伸ばして制作に打ち込める形式がソロのインスト・アルバムといえるだろう。

 といっても、新作には多彩なゲストが参加している。ジャズとポスト・ロックを横断するシカゴのギタリスト、ジェフ・パーカー。今年みごとな復帰作を発表したコーネリアス灰野敬二。〈Rvng Intl.〉からも作品を発表するNYの前衛派ドラマー、グレッグ・フォックス。さらにはコムアイから沖縄の伝統音楽をアップデイトする新垣睦美まで、まるで異なる個性の持ち主たちが勢ぞろいしている。
 おもしろいのは、曲単位だと各人の特性が存在感を放っているにもかかわらず、アルバム全体としてはしっかり統一がとれているところだ。具体音から電子音、ギター、ドラムに三線、人声までが並列かつ高レヴェルに組みあわされる新作は、蓮沼の持つ鋭い感受性と長年の経験で培われたにちがいない編集力とがともに大いに発揮された魅力的な1枚に仕上がっている。

 彼はそして、たんに感覚のひとであることに満足しない。読書家でもある蓮沼は、今回のアルバムを「unpeople」と題している。人民(people)ではない(un-)もの。振りかえれば2018年、蓮沼執太フィルのアルバム・タイトルは『アントロポセン』だった。日本語では人新世──ようするに、産業革命以降の人間の活動が大きく地球を変えてしまっているのではないか、そんなふうに人間中心的でいいのか、という問いだ。
 当時は──魚の骨や鳥や虫を歌った cero に代表されるように──人間を中心に置かない発想がポピュラー・ミュージックにも浸透しはじめてきたタイミングだった。蓮沼もまたしっかり時代の気運に反応していたわけだけれど、彼は読書が音楽体験をさらに豊かにしてくれるかもしれないことを教えてくれる稀有な音楽家でもあるのだ。その点も坂本龍一とよく似ている。
 なにより大事なのは、そういった難しいテーマや実験的なサウンドに挑みながらも、彼の音楽がある種の聴き心地のよさ、上品さを具えている点だろう。マスに開かれながら、しかし媚びることなく冒険をつづけること。そんなことを実現できる音楽家は、そうそういない。

録ることよりも聴くことがたいせつだと思っています。録ったものからなにを聴きとるか、なにを発見できるか。フィールド・レコーディングっておなじ音は絶対に録ることができない。そこは魅力だと思います。

ソロのインスト・アルバムとしては15年ぶりということですが、なぜこのタイミングでふたたびソロのインスト・アルバムをつくろうと思ったのですか?

蓮沼:じつはソロのインストのアルバムをつくろうと思って重い腰を上げたわけではないんです。音楽活動自体は休むことなくずっと続けているのですが、展覧会やアート・プロジェクト、サウンドトラックなど、自分ではないだれかのためにつくることが多くて。もちろんそれらも自分のためのものではあるんですけれど、録音された音源としてはそうではないことが多い。そういった、いろんなひとのためのプロジェクトとプロジェクトの合間合間に、少しずつ自分の音をつくっていくことをはじめたのがそもそものきっかけですね。なので「インストのアルバムをつくるぞ!」と意気込んだわけではまったくないんです。徐々に未完成の音源がたくさんできていって、「これをどうにかして世に出したい」という気持ちから動き出したのが今回のプロジェクトです。とはいえやはり、外から見たら15年も空いていることになりますよね。

蓮沼執太フィルもご自身がメインのプロジェクトですよね?

蓮沼:そうですね。ただ、メンバーが決まっていて、楽器の編成も決まっていますから、彼らが演奏するための旋律やフレーズを作曲していくことは、はたして自由といえるのかなと思うこともあって。ぼくがヘッドではあるのですが、活動を長くつづけていくためにみんなで決めて進めることにしているんですよ。喧嘩になることはないんですが、とはいえやはり制限はあります。それを自分の音楽といっていいかは……少なくとも今回の新作とはやはりちがいますね。

インストという点を除けば、ソロの前作にあたるのはヴォーカル入りの『メロディーズ|MELODIES』(2016年)ですよね?

蓮沼:歌っているんですが、もともとは声をつくるところからはじめたコンセプチュアルなアルバムですね。途中から歌モノに舵を切りました。ぼくはフィルでも歌っていますので、歌があることが蓮沼執太のイメージになっている方もいらっしゃるかもしれませんが、基本的につくっているのはインストなんです。

今回、15年ぶりというよりは『メロディーズ』から地続きの感覚でしょうか?

蓮沼:いろんな活動が地続きだと思います。フィルの活動も、それ以外のプロジェクトで音楽をつくる経験も。今回アルバムのかたちに至るまでにいろいろなことがありましたので、それらが大きな川のように流れているイメージです。

今回の取材にあたり00年代の初期のソロ作品も聴いたのですが、グリッチ感が強く、アルヴァ・ノトの影響を感じました。当時のエレクトロニカはきれいな音を目指すものが目立ち、そんななかでパルス音やノイズを入れることは、時代にたいするひとつのアンサーだったのかなと思ったのですが、いかがでしょう。

蓮沼:ぼくはエレクトロニカの時代よりちょっとだけ遅いんですよね。カールステン・ニコライも池田亮司さんも好きなのですが、彼らが活動されはじめたのはぼくが音楽をやりはじめる10年以上前ですので、直接的な影響というわけではないですね。学生時代、プログラミングで音を生成するのが趣味だったんです。MAXやSuperColliderでいっぱいノイズをつくって、ばんばんレコーディングして自分の音色を入れていったり。同時に環境音にも関心がありましたし、そういうものが合わさって「音楽をつくってみよう」となりました。

アカデミックな音楽教育を受けたわけではないんですね。

蓮沼:まったく受けていないですね。ワークショップでプログラミングの講習を受けたりはしましたけれど、完全に趣味でやっていました。最初は、就職したくないと思ってアルバムをつくる方向に行った感じです。電子音も好きでしたけど、サウンド・アートとしてのフィールド・レコーディングも好きで聴いていましたし、そういったものが音楽の世界にあるんだ、と少しずつわかっていった感じです。

理工系だったんでしょうか?

蓮沼:いえ、専攻は経済でしたね。数学が得意だったので経済学を選んだんです。もともとはマルクスから入っていったんですけど、違和感もあって、その後環境経済学というものがあることを知りました。文化人類学やフィールドワーク、エコロジーなどにも関心がありましたので、その勉強をしているときにフィールド・レコーディングもはじめましたね。

フィールド・レコーディングは蓮沼さんの音楽の大きな特徴のひとつです。フィールド・レコーディングのどこに惹きつけられますか?

蓮沼:最近フィールド・レコーディング流行していますよね。ぼくは、録ることよりも聴くことがたいせつだと思っています。録ったものからなにを聴きとるか、なにを発見できるか。フィールド・レコーディングっておなじ音は絶対に録ることができない。そこは魅力だと思います。

たとえば鳥の声のように、ピンポイントで「この音が欲しい」というような場合、ほかの音も入ってきちゃうと思うんですが、そういうときはどうされていますか?

蓮沼:ある特定のものだけを狙うようなことはしないんです。もう少しコンセプチュアルで。たとえば森にも道路にも、ただ生活を送っているだけでは気づかないリズムやハーモニー、周期性があって、記録された音源を聴くとそれに気づけたりするんですよ。そういった大きいリズムや小さいリズムの発見は、既成の音楽からは得られづらい。そういうものをたいせつにしたい思いがぼく自身の根本にあるような気がしていますね。
ただ、たとえば、オリヴィエ・メシアンとかオノ・ヨーコさんみたいに鳥の声を記譜したりして音楽にするアプローチがある一方で、「音符に記譜しなくても、音として録らなくてもいいじゃないか、そのまま聴けばいいじゃないか」という思いもあるんです。マイクで録った音をヘッドフォンを介して聴くことと、じっさいに鳴っている音をそのまま聴くこと、どちらも音楽的に面白いです。

普段から持ち運べる録音機材を携帯していて、あとで聴き返して使いどころを見つけるというようなやり方なのでしょうか?

蓮沼:音楽をつくる素材としてフィールド・レコーディングをするという考え方がありますが、ぼくはそれはいっさいないんです。よく誤解されるんですが。もちろん録った音を使っているんですが、曲のためだけに録っているわけではなくて。観察する行為それ自体が目的だったり……アーカイヴとして録音している場合がほとんどですね。「いい音だったから使う」というようなことはまったくないです。「よし、今日はいい音を録りにいくぞ」ってマイクとレコーダーを持って出かける、ということはしないです。
 それに、「いまの、いい音だったな」と思って録ろうとしても、いい音ってまず録れないんですよ。ぼくたちは音を耳だけで聴いているわけではないんです。いろんなシチュエーションがあって「あ、いい音だ」って思うんですね。いい音だと思って録っても、たいていいい音にならない(笑)。なのでぼくの場合は、あらかじめコンセプトやテーマがあってレコーダーをまわすことが多いですね。

そういった音への関心は、幼いころから?

蓮沼:そうですね。そもそも音が好きなんだと思います。音楽よりも音が好きというタイプなのではないでしょうか。完成されたもの、上手なものもいいですが、未完成だったり、そのまま存在しているだけのような芸術も好きですので。

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ぼくたちは音を耳だけで聴いているわけではないんです。いろんなシチュエーションがあって「あ、いい音だ」って思うんですね。いい音だと思って録っても、たいていいい音にならない(笑)。

蓮沼さんの音楽のもうひとつ大きな特徴として、電子ノイズがありますよね。アンダーグラウンドでは珍しくない試みですが、蓮沼さんはより広い層に、クリーンなものだけではない音の魅力を伝えようとしているように感じました。

蓮沼:どんな音楽にもノイズは存在します。オーケストラにもノイズはありますし、極論をいえば生きているだけで社会にはノイズはある。それが音楽作品にも入ってくるんじゃないかな……。それと、エラーや失敗、ミスは通常ネガティヴなこととしてとらえられますが、ぼくはそういう偶然起きたことを面白く思うタイプなんです。グリッチももともとはエラーからはじまっていますよね。30代に入ってからアナログ・シンセサイザーを使うようになったんですが、サイン波をいじるだけでグリッチが発生するんですよ。それを変調させることでいわゆるシンセの音になっていく。そのアナログのアルゴリズムが身体的にわかってきて、その観点から見てもやはりどんな音にもノイズは含まれている。100%ピュアなものってないのではないかと思いますね。
電子音のいいところは、基本的に出しっぱなしなところです(笑)。音楽の世界でそんなものってほかにないですよね。とくに初期のシンセサイザーは電源につないだら、オシレーターはずっと鳴らしっぱなしで、それをどう制御していくかみたいなところがある。ふつう、音はポンとアタックがあって、徐々に消えていくものですが、電子音はずっとブーンと鳴りつづける。大げさにいえばそこに永遠性があります。そこにも惹かれますね。

蓮沼さんの音楽では、そうした電子音ときれいなピアノの旋律が一緒になっていたりします。それらは蓮沼さんのなかで同列ですか?

蓮沼:空間性のない電子音と空間性を含む生楽器の響きは音として同列ですね。もしかしたらぼくの場合はもう少しサウンド寄りに捉えているかもしれません。

サウンド寄りというのは?

蓮沼:音楽になっていないというか(笑)。いや、音楽として成立してはいるんですけれど、いわば「弱い音楽」で、非音楽的な要素が多い状態がいいな、と。

「弱い音楽」って素敵なことばですね。

蓮沼:最近ほんとうにそう思っていて。音楽が溶けていく状態というか。

どんな音楽にもノイズは存在します。オーケストラにもノイズはありますし、極論をいえば生きているだけで社会にはノイズはある。それが音楽作品にも入ってくるんじゃないかな……。

新作はソロ・アルバムですが、多くのゲストが参加してもいます。各々の個性がけっこう出ているように感じたんですが、それぞれどういう流れでオファーしていくことになったのでしょうか。

蓮沼:今回の曲は2018年ころからつくりはじめているんですが、当時はブルックリンに住んでいました。日本にいたころよりは仕事をおさえていましたので、わりと自分の音楽をつくる時間がとれて、未完のものがたくさん溜まっていったんです。そこで、「この音だったらジェフ・パーカーに弾いてもらったほうがいいかもしれない」のようにアイディアが浮かんで、オファーしていった流れです。

なるほど、では以前セッションした録音が残っていて、それを流用したのではなく、新作のためにオファーしていったのですね。

蓮沼:灰野敬二さんとの曲(“Wirkraum”)はセッションから生まれていて、そういう経緯でした。灰野さんとはコロナ禍に何度か一緒にライヴをしたことがあって、そのときのリハーサルですね。灰野さんは歌うのみでギターは弾かないというルールがあって、このリハをやったときは笛を吹いたりしていらっしゃったんですが、こんな機会はなかなかないですからずっとレコーダーをまわしていました。3時間くらいのセッションでしたが、それをチョップして、さらにぼくが音を重ねて完成させましたね。

それは日本で?

蓮沼:日本ですね。

ジェフ・パーカーとは以前から面識があったんでしょうか? 4曲目でジャズ的なムードが来たなと思ったら彼が参加していたので驚きました。

蓮沼:共通の知人がいました。連絡先を教えてもらって、「聴いてみてほしい」とデモを渡したんです。そうしたら「いいよ」という反応で嬉しかったですね。ジェフ・パーカーの大ファンなんです。

“Selves” では、小山田さんがけっこうロッキンなギタープレイをされていますよね。小山田さんとはどういう経緯で?

蓮沼:小山田さんとは2020年に渋谷で即興演奏をやったことがあって、互いに「いいね」「またやろう」という話になっていたんです。今回の制作中にそのときのレコーディングを聴いて、「この部分いいな」と思うものがあって。それで、「この感じで一緒にできませんか?」とお尋ねしたらOKしてくださったんです。ある程度 “Selves” の骨格をつくって小山田さんにお渡ししたら、ギターを入れて返してくださいました。

それはいつごろですか?

蓮沼:去年の末くらいだったと思います。

そうすると、おそらく新作『夢中夢』をつくっているのと近いタイミングですよね。

蓮沼:そうそう、ちょうど新作をつくっているというお話も聞きました。

“Sando” にはコムアイさんと、雅楽演奏者の音無史哉さんが笙で参加されています。

蓮沼:じつはこの曲はもともと、表参道のクリスマス・イルミネーションのためにつくった曲だったんですよ。完全にコミッションで。コムアイさんにはそのとき声を入れてもらって、異なるアレンジでじっさいに街で流れていたんですよね。コロナ中でしたが。でもそれだけでは終わらせたくないなという思いがあって、しっかりアレンジしなおしました。
音無さんはフィルにも参加してもらっているんですが、このときはまだ加入前ですね。ティム・ヘッカーが雅楽をやったことがありましたよね。そのとき音無さんもレコーディングに参加していたんです。今回の曲と合いそうだと思ってお声がけしました。

音無さんは最後の曲にも参加していますね。この2曲と、新垣睦美さんが三線、三板(さんば)などで参加されたエレクトロニカの “Fairlight Bright”。この3曲がアルバムに独特の質感をもたらしていると思いました。

蓮沼:九州大学の城一裕さんという方がいて。The SINE WAVE ORCHESTRA というプロジェクトなどをやられているんですが、九大のスタジオにフェアライトCMIがあると伺って、かなり触らせてもらいました。その音でつくったのが “Fairlight Bright” です。ただ、そのままだとたんにフェアライトなだけだなと思って、新垣さんに参加していただきました。新垣さんも以前、『メロディーズ』を出したときのツアーの沖縄公演で参加していただいていたんですね。それで相談して快諾いただいて。

“Vanish, Memoria” ではグレッグ・フォックスが、なんともいえないドラムを叩いていますね。彼もおそらくニューヨーク在住ですよね。

蓮沼:ほんとうになんともいえないドラムですよね(笑)。ぼくがブルックリンにいるときに知り合って、友人のひとりです。今回の曲は、もともとは蓮沼執太フィルのために書いてもらった曲なんです。でもタイミングが合わなくてレコーディングができていなかった。お気に入りの曲でしたので、なんとかしたいと思い、ドラムは残しつつ、管楽器や弦楽器のパートをすべてシンセに変換して、石塚周太くんにギターをお願いして、という流れで完成させました。この曲のグレッグと石塚くんにかんしては、最初にひとが決まっているかたちでしたね。

多くの方とコラボされているアルバムですが、いちばん大変だったのはどの曲でしょう?

蓮沼:コラボレーションの曲ではないですが、2曲目の “Emergence” かなあ。ビート主体の曲なんですが、これは苦労しました。通常の曲であれば、ふだんから素材をたくさんつくっていますので、その素材さえよければわりとすぐ完成させられるんですよ。でもこの曲は、なかなか完成に向かわない素材ばかりで。5つのセッション・ファイルを組み替えて無理やり1曲にしたのが “Emergence” なんです。それぞれ完成を夢見ていた5つの素材が一緒になった曲ですね。「emergence」ということばには「創発」という意味があって、異なるものが合わさることでそれぞれちがう要素が独自の働きをするというような考え方があるんです。セッション自体は5つともそれぞれ生きていたんですが、それを一気にまとめたほうがよさが際立つというか、足し合わせることでコントラストや不思議な展開が生まれました。これまで曲づくりでそういうことはあまりしたことがなかったので、大変でしたね。

基本的には音楽は人間ありきですよね。そこで、人間中心的すぎることをいい加減そろそろ見なおしたほうがいいのではないかと考えるようになりました。コロナも大きかったですね。アテンション・エコノミーというか、行きすぎた資本主義はどうにかならないか、みたいなこともコロナ中には考えていました。

アルバム・タイトルについてもお伺いしたいのですが、ひとを意味するピープルに否定の「un-」がついています。直訳すると「非‐人びと」といいますか、これにはどのような意図が?

蓮沼:人間を否定したいわけではないんです。「人間よ、いなくなれ」ということではない。ただ、「人間はいなくなるのか?」というひとつの問いの、トリガーのようなものになればいなと思ってつけました。2018年に出した蓮沼執太フィルのセカンド・アルバムのタイトルが『アントロポセン』だったんですが、それ以前からパウル・クルッツェンが提唱している人新世という言葉含めて、人類の活動が地球に及ぼす影響だったり、エコロジーに関心がありました。同時期に資生堂ギャラリーで「 ~  ing」という個展もやっているんですが、そのときも本格的に「人間とモノ」とか「人間と社会」の関係性を見直さなければいけない時期に来ているんじゃないか、という思いがありました。当時、それこそ学生のころに読んでいたエコロジーの思想だったり、現代的な資本主義にかんする本をたくさん読み直しました。その後、コロナ禍になってしまいましたけれど、それらの影響がかなり色濃く出たタイトルになっているんじゃないかなと思います。

読み直していたのは、どういう本でしたか?

蓮沼:12曲目の “Wirkraum”。タイトルは、ユクスキュル&クリサートの『生物から見た社会』(岩波文庫)という本からとりました。「Wirkraum」は、環世界の諸空間のひとつで、作用空間と呼ばれています。目を閉じて手足を自由に動かすとき、われわれは方向と広がりを認識できます。この空間のことを指します。前述のセッションのときに、灰野さんが目を閉じて、両手を回したんです。このとき、ぼくのなかで空間の認識を考える瞬間があって、最終的にこのタイトルになりました。古い本ですので鵜呑みにしているわけではないんですが、ものごとを考えるうえで現代でもヒントになると思います。ほかには、エマヌエーレ・コッチャというひとの『植物の生の哲学』という本だったり。ジル・クレマン、ティム・インゴルド、ティモシー・モートン、竹村真一さんなど。コッチャもそのあたりの思想家たちと同様に語られるような方で、「植物には哲学や思想がある」というようなことをいっています。逆に、フロランス・ビュルガ『そもそも植物とは何か』という著書は、植物には感覚も知性もない、といい切った、鋭い角度の論考でとても興味深い本です。社会学分野だと、京都賞を受賞したブルーノ・ラトゥール『地球に降り立つ』という本もよく読みました。

とても興味深いです。そういった背景を踏まえてアルバムを聴くと、またちがった音の世界が広がるように思います。

蓮沼:そうした背景はデザイナーの田中せりさんにもお伝えしていて、アートワークにもあらわれていると思います。まずはひとが映らない窓を撮影して。窓って人間がつくったものですよね。その窓からのぞく環境が、時間とともに変化していくものはどうでしょうとご提案いただいて、配信のシングルはそういうふうにしています。
音楽って結局は、人間の可聴範囲で聴ける音でつくられるものですよね。どう考えても人間以外のものに音楽は無理だと思うんです。もちろん植物とか、あるいは酵母に音を聴かせるみたいな実験もあるんですけど、基本的には音楽は人間ありきですよね。そこで、人間中心的すぎることをいい加減そろそろ見なおしたほうがいいのではないかと考えるようになりました。コロナも大きかったですね。アテンション・エコノミーというか、行きすぎた資本主義はどうにかならないか、みたいなこともコロナ中には考えていました。

そこまでいろいろと深く考えて音楽をつくっている方って、日本ではなかなかいないと思うんですよ。それこそ坂本さん亡きあと、蓮沼さんがそれを担っていくことになるのではないかと、期待をこめて思っています。

蓮沼:いやいや。みんなでやっていきましょう、という感じです(笑)。

坂本さんの思い出や印象深かった出来事があれば教えてください。

蓮沼:ぼくは坂本さんの息子・娘の世代にあたりますので、坂本さんもおそらくそういう年代の子、という感じで接してくれていたのではないかなと思います。ぼくがニューヨークに引っ越したときもたくさんお世話になりました。ぼくも映画や文学やアートが好きですが、坂本さんにはいつも「どうして、そこまで知っているんですか!?」と驚かされました。そうやってさまざまな分野のお話ができる音楽家はほかにいないですね。たとえば映画監督と映画の話をして共感したりすることはありますが、音楽家と「夏目漱石の……」と明治文学の話にはなかなかならない。

坂本作品でいちばんお好きなのは?

蓮沼:デイヴィッド・トゥープと即興演奏されたレコーディング作『Garden of Shadows & Light』。かっこいいですよね。

おお、そこでトゥープとの作品があがるのはなかなかないですね。

蓮沼:すごくいい即興だなと思います。ああいうふうにご自身がやってきた音楽を解体できること、解体して即興でみせることはふつうのひとには絶対にできない。技術をこえたところで、ものすごいことをされています。坂本さんの音楽の展覧会のようなことを考える思考や方向性って、ぼくがサウンド・インスタレーションでやろうとしていること、いわゆる音楽とは異なる美術の手法を導入してどう時空間をつくりあげるかということと、近しいと思うんですね。空間の話もよくしてくださいました。そんな話ができるミュージシャンはほんとうに少ないです。

蓮沼さんはソロからインスタレーション、フィルまで非常に多くのプロジェクトを抱えておられますが、ご自身の音楽活動の核になるもの、ホームはどこにあると思いますか?

蓮沼:うーん、難しいですね……悩みます。もちろん中心には核がありますが、それらがすごく大きな円を描いて、その円周がホームになっている感じですかね。中心ではなく。つねに自分が動きまわっていて、いつの間にかこことあそこがつながっているというようなことが多くて。移動するホームですよね。

遊牧民のような。

蓮沼:それも、地図を見て「次は右に行くぞ!」というように動いているのではないというか。問題意識をもってつくることもあれば、たまたま行きつく場合もある。かならずしもレコーディング作品をつくることがホームでもないですし。もちろんレコードをつくることも自分にとってすごくたいせつなことなんですが、ホームではないですね。いろんなところを移動していくホームですね。

今後のご予定をお聞かせください。

蓮沼:新作が出るころには終わっていますが、恵比寿のPOSTというギャラリーでリリース記念の展示をやります。写真がメインの展覧会で、その写真が撮影された場所でフィールド・レコーディングした音と、『unpeople』の各曲で使ったトラックからひとつの音を選んだものと、片方ずつ鳴っている展示です。そのあとは、『unpeople』のパフォーマンス&インスタレーションをやる予定で、準備をしているところです。

『unpeople』特設サイト
https://un-people.com/

蓮沼執太
1983年東京都生まれ。蓮沼執太フィルを組織して、国内外での音楽公演をはじめ、映画、演劇、ダンスなど、多数の音楽制作を行う。最新のリリースに蓮沼執太&U-zhaan『Good News』(日本 / 2021)。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、パフォーマンス、ワークショップ、プロジェクトなどを制作する。2013年にアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)のグランティ、2017年に文化庁・東アジア文化交流史に任命されるなど、国外での活動も多い。主な個展に「compositions : rhythm」(Spiral、東京 / 2016) 、「作曲的|compositions」(Beijing Culture and Art Center、北京 / 2017)、「Compositions」(Pioneer Works 、ニューヨーク/ 2018)、「 〜 ing」(資生堂ギャラリー、東京 / 2018) 「OTHER “Someone’s public and private / Something’s public and private」(void+、東京 / 2020) などがある。また、近年のパブリック・プロジェクトやグループ展に「Someone’s public and private / Something’s public and private」(Tompkins Square Park 、ニューヨーク/ 2019)、「太田の美術vol.3「2020年のさざえ堂—現代の螺旋と100枚の絵」(太田市美術館、群馬 / 2020)など。
第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
www.shutahasunuma.com

WAAJEED JAPAN TOUR 2023 - ele-king

 昨年、“ Motor City Madness”が話題になって、〈トレゾア〉からアルバム『Memoirs of Hi-Tech Jazz』をリリースしたデトロイトのワジードが来日する。

 日程は以下の通り。

 10.21 (SAT) CIRCUS TOKYO
 Info: CIRCUS TOKYO https://circus-tokyo.jp/event/waajeed/
 10.22 (SUN) ASAGIRI JAM ’23
 Info: ASAGIRI JAM https://asagirijam.jp

 ワジード(Waajeed)ことRobert O’Bryantは、ミシガン州デトロイト出身のDJ/プロデューサー、アーティスト。10代のとき、デトロイト・ヒップホップを代表するグループ、Slum VillageのT3、 Baatin、J Dillaと出会い、DJやビートメイカーとしてSlum Villageに参加。奨学金を得て大学でイラストレーションを学ぶ時期もあったが、Slum Villageのヨーロッパ・ツアーに同行しに、音楽を生業とすることを決めた。
 2000年にはSaadiq (Darnell Bolden)とPlatinum Pied Pipersを結成し、ネオソウルやR&B色強いサウンドを打ち出した。Platinum Pied Pipersとして、Ubiquityよりアルバム『Triple P』、『Abundance』がある。2002年からレーベル〈Bling 47〉を主宰し、自身やPlatinum Pied Pipers名義の作品のほか、 J Dillaのインスト・アルバム『Jay Dee Vol. 1: Unreleased』や 『Vol. 2: Vintage』をリリースしている。
 2012年、レーベル〈DIRT TECH RECK〉を立ち上げ、より斬新なダンス・ミュージック・サウンドを追求している。Mad Mike Banks、Theo Parrish、Amp Fiddlerとのコラボレーションを経て、2018年、ワジードとしてのソロ・アルバム『FROM THE DIRT LP』を完成させた。2022年、最新アルバム『Memoirs of Hi-Tech Jazz』をドイツのテクノ名門、〈Tresor〉から発表。

https://linktr.ee/waajeed
https://www.instagram.com/waajeed/
https://twitter.com/waajeed_

Waajeed - Motor City Madness (Official Video) (2022)

Dames Brown feat. Waajeed - Glory (Official Video) (2023)

Church Boy Lou - Push Em' In the Face (Official Music Video) (2023)

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