「You me」と一致するもの

Pole - ele-king

 ヴラディスラフ・ディレイの新作も迫力あったし、ベアトリス・ディロンはUKだけど彼女のアルバムにはベルリンのミニマル・ダブからの影響を感じたし、そしてPole(ポール)の5年ぶりの新作もかなり良さげです。

 1998年に登場したPoleことステファン・ベトケは、当時数多あるベーシック・チャンネルのフォロワーたちのなかでも抜きんでた存在のひとつで、彼自身のレーベル〈~scape〉の展開とともにミニマル・ダブを進化させたイノヴェイターでもある。2003年に〈ミュート〉から5枚目のアルバムを出しているが、この度はそれ以来の同レーベルからのリリースで、5年ぶり9枚目のアルバムとなる。(2017年にはベルリンの前衛シーンの伝説、コンラッド・シュニッツラーとの共作も出している)

 新作のタイトルは『フェイディング』。“記憶の喪失”がコンセプトで、ふとケアテイカーを思い出す人もいるかと思うが、認知症になった母親が作品の契機にあるそうだ。「自分の母親が当時認知症にかかっていて、彼女が91年にもわたって積み上げてきた彼女の記憶すべてを無くしていく様子を見ていたんだ。まるでその様は、生まれたてで彼女の人生がはじまったばかりのような感じに思えた。まさしく、まだ中身が空っぽの箱のような」
 それでサウンドはどうかと言えば、アンビエント、ダブ、そしてジャズが少々といった感じの構成だが、音の空間性が素晴らしく、その重いテーマに対して音は決して重々しくはない。クラブで鳴らすというよりは、あきらかに家で聴く音楽で、これは注目してもいいでしょう。リリースは11月6日(金)です。

■「Röschen」 (Official Audio)

Pole
Fading

Mute/トラフィック

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interview with Jessy Lanza - ele-king

 ジェシー・ランザは……、いやこれはもう、柴崎祐二君あたりが喜びそうなポストモダン・ポップのアーティストだ。カナダ出身で米国に移住した彼女と、その才能はJunior Boys名義の諸作で保証済みのカナダ在住のプロデューサー、ジェレミー・グリーンスパンとのコンビによって作られるエレクトロ・ポップな音楽は、過去現在のいろんな音楽の美味しいところの組み合わせによって作られているが、今回のアルバムで言えば、アレキサンダー・オニールもその影響に含まれる。
 80年代にポストパンクなんかを聴いていたリスナーからすると、ブラコンの代名詞はその対極の文化だったりするのだが、ジェシーと同じく〈ハイパーダブ〉のミサもジャネット・ジャクソンとブランディなどと言っているし……。もうこれは完全に文脈(歴史)は削除され、その表層(残響)だけが舞い上がっていると、しかしこれが時代におけるひとつのセンスであって、あるいはこれこそヴェイパーウェイヴがはからずとも描いたのであろうリアル無きあとの我らが幻影世界なのだろうけれど、この先の話は柴崎君に任せるとして話をジェシーに戻そう。
 そう、とにかくジェシー・ランザ(&ジェレミー・グリーンスパン)は、そのポストモダン的感性と抜群のミックス・センス(フットワーク、エレクトロ・ファンク、ハウス、ニューオーリンズのバウンス……そしてYMO等々、すべてがフラットな地平における広範囲および多方面からの影響のハイブリッド)によって2016年のセカンド・アルバム『Oh No』を作り上げ、いっきに評価を高めている。たしかに、シカゴのゲットー・ダンスと細野晴臣を混ぜ合わせるというのはなかなかの実験であり、まあ、その前にも彼女はカリブーの『Our Love』(2014)で歌っていたり、あるいは90年代から活動しているベテランのテクノ・プロデュサー、モーガン・ガイストとも共作したりと、シンガーとしての才能は早くから認められてきたのだろう。技巧的にうまい歌手ではないが、彼女には雰囲気があるのだ。
 去る7月、ジェシー・ランザは待望の3枚目『All The Time』をリリースしたばかりで、すでに欧米ではかなりの評判になって露出も多い(なぜか彼女は日本では過小評価されている)。今作をひらたく言えばよりポップになった作品で、まだ世界がコロナでパニックになる直前に聴いた先行発表の“Lick In Heaven”には、ぼくも心躍るものがあった。
 ほかに推薦曲を挙げておくと、フットワーク調の“Face”、ディープ・ハウス調の“Over And Over”、メランコリックなダウンテンポの“Anyone Around”や“Badly”、ブラコンの影響下なのだろう“Alexander”や“Ice Creamy”、あぶく音とアンビエントの“Baby Love”……と、すでにアルバム収録の10曲のうちの8曲も挙げているではないですか。総じてスウィートで、ファッショナブルで、洗練されていて、良く比較されるFKAツィグスより軽妙で、グライムスと違って自身のエゴよりも楽曲が優先されている。息抜きにはちょうど良いアルバムだが、もしジェシー・ランザと対面で話す機会があったら言ってあげたい。君が好きな音楽はその当時はね……いや、でもいまマライア・キャリーやニュー・エディションを聴いたら良かったりするのかな?

見渡してみると、怒っている人ってとても多いのよ。何でそんなに怒ってるの? って思わされる。地下鉄に乗っているときとか、周りにたくさん人がいるからイライラするのは簡単なのよ。

いまNY? カナダ?

JL:いまはシリコンバレーにいる。

シリコンバレーはどんな様子ですか? 後ろに木がたくさん見えますが……

JL:ここ数ヶ月、自分の自宅から離れたところに住んでいるのよ。義家族と一緒に過ごしているから、高校生に戻ったみたい。家の離れにツリーハウスがあるから、そこをスタジオみたいにして使っているの。

この数か月、ほとんどを家で過ごしていると思うんですが、日々どんな風に暮らしていますか?

JL:このツリーハウスをスタジオにするためにいろいろと設置していじったりしていた。それもひと通り落ち着いたから、いまは新しい音楽を作っているところ。『All The Time』のMVを作ったりしていたわ。ツアーができないから、アルバムを出したあともどうにかして忙しくしなきゃって感じ。

作品を出して、ライヴをやって、プロモーションしてという音楽ビジネスのルーティーンがいま通じなくなっていますが、こうした難しい事態をどう考えていますか?

JL:まさにその変化の過程だから、何もわからないっていうのが正直なところ。ライヴができるようになるまでには、まだかなり時間がかかるっていう状況を飲み込んでいる最中ね。幸いなことにいまは家族と一緒にいるから、精神的には安定しているかな。はっきり言って、災難よ。

答えは誰もわからないですからね……。いま、考え中というところでしょうか?

JL:そう。どうすればいいかなあ・・・って、考えているところ(苦笑)。

よく聴いている音楽をいくつか教えて下さい。やはり、ご自宅でもポップに拘った選曲なんでしょうか?

JL:バンドキャンプで友だちの曲を聴くことが多いわ。メインストリームのアーティストではないけど。ただ、音楽を聴くより本を読む時間の方が多いの(笑)。断然多いわね。アルバムが完成したあと、ちょっと疲れちゃって。ベッドに寝転んで本を読んでいたい気分だったのよ。

何を読んでるんですか?

JL:『SNSをやめるべき10の理由』みたいな本(おそらく『今すぐソーシャルメディアのアカウントを削除すべき10の理由』のこと)があるんだけど、それがけっこう面白いのよ。

ツリーハウスでそれを読んでるんですね(笑)。

JL:そうそう(笑)。いま読んでるのはそれで、他にはマヤ・アンジェロウの『歌え、翔べない鳥たちよ』も素敵だった。この2週間で読んだのはその2冊かな。

この状況で悲しくて落ち込むこともあると思うんですが、いまの話だと、そんなときも音楽を聴くよりも本ですか?

JL:そうね。いまはベッドでゆっくり本を読む時間にはまっているの。

『All The Time』はコロナ前に制作された作品ですが、それがコロナ渦にリリースされたことを、あなたはどんな思いで見守っていましたか?

JL:もちろん、もともとはツアーの予定もあったからそれができなくなったのは悲しい。でも、ライヴ配信でDJセットの配信をしたりとか、ツアーに行っていたとしたらできなかったことができた。それはポジティヴなことだと思う。それに、MVにも充分時間がかけられたしね。いつも通りツアーをしていたら、忙しくなって逃していたかもしれないことにゆっくり向き合えたのは、この状況のなかで良かったことね。

でも、こういう暗いご時世において、あなたの音楽はワクワクするものだと思います。その音楽面に関して、ジェレミー・グリーンスパンとあなたはどんな関係性で進めているのですか?

JL:作業自体は別々に進めたわ。私はニューヨークにいて、彼はカナダのハミルトンにいたから。会わないといけないときは私が車でニューヨークからカナダに行ってた。私の家族がカナダにいるから、そういう意味でもちょうど良かったの。週末にカナダまでドライブして、音楽を作って、また車で戻ってくるっていうのは楽しかったわ。彼との曲作りはエキサイティングだし。

ニューヨークからカナダまで車を運転するんですか?

JL:そうなの。ニューヨークで大きなバンを持っていて、それはこっち(シリコンバレー)にも持ってきたんだけど、それで8時間ぐらい。8時間って聞いたら長いけど、運転していると楽しくてあっという間よ。

『Pull My Hair Back』や『Oh No』では、いろんなクラブ・ミュージックを折衷しながら作っていましたが、今作の『All The Time』において参照した音楽があれば教えて下さい。

JL:今回のアルバムを作っているときはセンチメンタルな気分だったのよね。ホームシックになってたし。だから、郷愁を感じるような、エモーショナルなシンガーソングライターの曲なんかが心に刺さってた時期だった。そういう感情をアルバム作りに落とし込んでいたわ。

ということは、具体的な音楽というよりは、そのときの感情を活かして作ったという方が近いでしょうか? もしくは、本や映画からインスピレーションをもらいますか?

JL:本や映画は、音楽作りにかなり影響するわね。映画の映像とかセリフを参考にすることがけっこうある。それと合わせて、怒りの感情を抱いたときに曲を書いたりするの。なんで感情がこんなにかき乱されてるのか、なんでこんな気持ちになっているのかわからなくて、それを消化するために曲を書く感じ。だから、1ヶ月後とかにそのとき自分が作った曲を聴くと、その感情が思いっきり表われてて面白いのよ。

他のアーティストの音楽を聴いて、それを参考にしたり、感化されたりということもあるんでしょうか。もし具体的な例があれば、教えてください。

JL:もちろん、それもある。このアルバムを作っているときは、アレクサンダー・オニールの曲をたくさん聴いていたの。今回、かなり影響を受けたわね。彼の音楽がどんなものか知りたくて、カヴァーしてみたりもして。それを自分の音楽に反映させたの。

たとえば“Face”なんかユニークな曲だと思いましたが、あのリズムはどこから来ているんですか?

JL:あの曲は、モジュラーでいろいろと実験をしていたときにできた曲なの。今回のアルバム作りの前に、機材をたくさん買ったのよ。使い方がわからないものもいろいろ買って、いじってみようと思って。だから、あんな感じでちょっと変わった曲になったの。

そういう実験をしながらレコーディングしたんですか?

JL:そうそう。細切れに録音して、それをあとから組み合わせた。

今回は、よりポップなアルバムを作りたかったの。キャッチーで、みんなに覚えてもらえるような曲を作ることが今回の目標だったから。それがいちばん表われているのが“Lick In Heaven”かなと思うわ。

“Lick In Heaven”をはじめ、今作はより歌のメロディラインがはっきりしているというか、すごく気を遣っていると思ったんですね。やはりそこは意識しました?

JL:今回は、よりポップなアルバムを作りたかったの。キャッチーで、みんなに覚えてもらえるような曲を作ることが今回の目標だったから。それがいちばん表われているのが“Lick In Heaven”かなと思うわ。

ちなみに歌詞についてのあなたの考えを教えて下さい。あなたにとって良い歌詞とはどんなものなのでしょう?

JL:今回のアルバムに関して言えば、全体的に怒りが反映されているのよ。さっきも少し言ったけど、自分がなぜこんなに怒っているのかがわからないっていう感情がすごくあったの。制作当時にね。いつも怒っているような人になりたいわけでは全然ないのに、そうなってしまったから、それを自分の音楽作りに活かしたのね。最終的には、怒りっぽい自分を受け入れてた。(編注:とくに1曲目の“Anyone Around”、そして“Lick In Heaven”にも怒りがあります)

怒りの原因は何だったんですか? 自分でもわからない?

JL:あはは、それがわからないからさらにイライラしたのよ(笑)。原因になるようなことは何もなかったの。具体的にはね。でも、他人の苛立ちに気づいてしまって、それに影響されたっていうのはあるかもしれない。見渡してみると、怒っている人ってとても多いのよ。何でそんなに怒ってるの? って思わされる。アルバムを作っているときもそれを考えてた。ポジティヴに、平和な毎日を送った方がいいってわかってるのに、なんでわざわざ怒るんだろうって。

ニューヨークという、都会にいるときにその怒りを感じていたっていうことですか?

JL:そうね。地下鉄に乗っているときとか、周りにたくさん人がいるからイライラするのは簡単なのよ。いちど気になりはじめたら、ずっと気になってしまう。みんなが敵みたいに思えてくるというか。被害妄想よね。無数の他人の中で毎日過ごすのは、なかなか大変なことだから。

そういう感情を抱えていながら、キャッチーでポップなアルバムを作ったというのが面白いですね。

JL:どのアルバムのときも、そのとき抱えている感情とは逆の音楽性にしたいのよ。今回に関して言えば、自分がずっと醜い状態だったから(笑)、それとは逆の音楽を作りたかった。それが、感情の整理に役立つのよ。そう考えると、これは音楽に関しても歌詞に関しても言えることだけど、自分の感情を昇華させられるようなものがいいものだと思うわ。

この夏はどんな風に過ごす予定ですか?

JL:ずっとこのツリーハウスかな(笑)。カナダにも行きたいけど、アメリカとカナダの移動がまだ無理だから。最初は7月に解禁されるって言われていて、そのあと8月になって、またそれが延期になっちゃった。だから、しばらくはここにい続けるしかないわね。

でもすごく居心地が良さそうですよね。

JL:最高よ。空気もきれいで、ずっといても全然平気な環境だから、ちょうどよかったかも。

また、ライヴ配信などの予定もありますか?

JL:それが次の大きなプロジェクトね。実は、アルバムを最初から最後までプレイする配信を計画中なの。このツリーハウスで、いつもとはちょっと違うセットにしてやろうかなと思ってる。

KURANAKA 1945 × GOTH-TRAD × OLIVE OIL - ele-king

 KURANAKA a.k.a 1945 主催のパーティ《Zettai-Mu》が9月13日に梅田 NOON にて開催される。GOTH-TRAD、OLIVE OIL、mileZ ら豪華な面々が出演。5月にはライヴ・ストリーミングで「Zettai-At-Ho-Mu」が開催されていたが、今回はリアルに会場へと足を運ぶもの。コロナ時代における音楽やダンス、クラブのあり方を探っていくイヴェントになりそうだ。感染拡大防止対策をとりつつ、ぜひ参加してみてください。

電気グルーヴ - ele-king

 ウィー・アー・バック宣言から2ヶ月、電気グルーヴ、ついに完全復活である!
 2019年3月のピエール瀧の逮捕を受け、一時は全作品が出荷停止~配信停止状態になっていた電気グルーヴであるが、去る23日、コロナの影響で開催が延期されたフジロックの配信番組において新曲 “Set you Free” のMVが公開され、昨日、配信も開始となった。
 新たなマネジメント会社「macht inc.」を設立してから初となるリリースで、シングルとしては2018年1月の「MAN HUMAN」以来2年半ぶり、アルバムを含めると2019年1月の『30』以来1年半ぶりのリリースとなる。作詞・作曲・プロデュースを石野卓球が、アディショナル・プロダクションを agraph が担当。
 驚くべきは、アンビエント・タッチのハウスが描くこの暗い時代におけるこのポジティヴなヴァイブだが、「おまえを自由にする」というメッセージの込められたタイトル、そしてその「Set you Free」と「先住民」をかけることば遊びなど、相変わらずというか、表現にもますます磨きがかかっている。
 ここまで来たらもう電気が止まることはないでしょう。まずはこの曲を耳にぶち込んで、卓球&瀧の新たな船出を大いに祝福しよう(配信はこちらから)。

電気グルーヴ、2年半振りのシングル「Set you Free」配信開始

電気グルーヴの新曲「Set you Free」が、8月24日より各配信ストア及びサブスクリプションサービスでリリースされた。

https://linkco.re/DY8tPG5n

同楽曲は、8/23に行われた「FUJI ROCK FESTIVAL'20 LIVE ON YOUTUBE(DAY3)」内でMUSIC VIDEOと共に初公開されたもの。
シングルとしては、「MAN HUMAN」(2018年1月)以来、約2年半振りとなる。

作詞・作曲・プロデュースは石野卓球、ギターを吉田サトシ、アディショナルプロダクションを牛尾憲輔(agraph)が手掛け、ミックスは石野卓球と兼重哲哉、マスタリングは兼重哲哉が担当。

ジャケットはMUSIC VIDEOと同じく、田中秀幸(FRAME GRAPHICS)が手掛けた。

尚、「Set you Free(Video Edit)」MUSIC VIDEOは、「FUJI ROCK FESTIVAL’20 LIVE ON YOUTUBE DAY3(リピート放送)」(8/24(月)07:00から)で配信される。
FUJI ROCK FESTIVAL チャンネル → https://www.youtube.com/fujirockfestival

[“Set you Free”クレジット]
Denki Groove are Takkyu Ishino and Pierre Taki
Produced by Takkyu Ishino
Lyric and Music by Takkyu Ishino
Guitar : Satoshi Yoshida
Additional Productions : Kensuke Ushio(agraph)
Recorded at Takkyu Studio, STUDIO Somewhere
Mixed by Takkyu Ishino, Tetsuya Kaneshige
Mastered by Tetsuya Kaneshige
Designed by Hideyuki Tanaka(Frame Graphics)

[電気グルーヴ プロフィール]
1989年、石野卓球とピエール瀧らが中心となり結成。1991年、アルバム『FLASHPAPA』でメジャーデビュー。1995年頃より、海外でも精力的に活動を開始。2001年、石野卓球主宰の国内最大級屋内ダンスフェスティバル“WIRE01”のステージを最後に活動休止。それぞれのソロ活動を経て、2004年に活動を再開。以後、継続的に作品のリリースやライブを行う。2015年、これまでの活動を総括したドキュメンタリームービー「DENKI GROOVE THE MOVIE?-石野卓球とピエール瀧-」(監督・大根仁)を公
開。
2016年、20周年となるFUJI ROCK FESTIVAL’16のGREEN STAGEにクロージングアクトとして出演。2019年、結成30周年を迎えた。


Bruno Major - ele-king

 コロナ禍によってミュージシャンの活動もいろいろ制限を受け、それによって音楽制作や表現方法も変わらざるをえない部分がある。ロックダウン下にあるときはスタジオに行くこともできないし、人と会うこともままならないので、自宅にスタジオがある人はひたすらそこに籠ってひとりで曲を作る。ブルーノ・メジャーのセカンド・アルバム『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ(素敵なことを終わらせるために)』の1曲目の “オールド・ソウル” は、恋人と別れた直後に自己憐憫の情から3週間も家にこもり、一日3食すべてウーバーイーツで済ませるときのための曲ということだが、図らずもコロナの状況下にとてもマッチする内省的な曲である。この曲に限らず『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』に収められた曲はどれも内向きで、またギターやピアノの弾き語りなどシンプルな演奏に乗せて切々と飾り気のない心情を吐露していくものが多い。もちろんラヴ・ソングとかもあるけれど、もっとシリアスに自分の内面に向き合い、己の存在について問いかけているのが『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』である。こうしたアプローチもコロナの状況下ならではかもしれない。

 ジェイムズ・ブレイク、サム・スミス、サンファトム・ミッシュなど、ここ10年ほどを振り返ってもイギリスは優れた男性シンガー・ソングライターを生み出してきた。そしていま、その新たな1ページに付け加えられようとしているのがブルーノ・メジャーである。かつて〈ヴァージン〉とレコード契約を結ぶもののうまくいかず、不遇を囲うなかでシェイクスピアの劇中音楽を作るなど、とにかく曲を書きまくった。2016年からの2年間で400ほどの曲を書いたそうだが、そうやって2018年にファースト・アルバムの『ア・ソング・フォー・エヴリー・ムーン』を発表する。部分的にはトム・ミッシュ、ジェイムズ・ブレイク、サム・スミスなどに通じるところも感じさせるというのが世間一般の評価だが、もっとも近いと感じさせるのは伝説的なシンガー・ソングライターの故ニック・ドレイクだろうか。『ア・ソング・フォー・エヴリー・ムーン』から2年ぶりの『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』でも、ギターの弾き語りに薄っすらとストリングスを絡めた “フィグメント・オブ・マインド” などにニック・ドレイクの影を見ることができる。実際のところニック・ドレイクの『ピンク・ムーン』を聴いてブルーノはソングライターになろうと思ったそうだ。

 『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』の制作はロサンゼルスに赴き、ビリー・アイリッシュの兄でもあるプロデューサーのフィネアス・オコネルとの共同作業で行なわれた。フィネアスが主にリズム・トラックを手掛け、“ザ・モスト・ビューティフル・シング” のようなカントリー調の曲を生み出している。アコースティック・サウンドと歌とリズムのバランスという点では、“タペストリー” に顕著なようにジェイムズ・ブレイクのプロダクションに影響を受けた曲作りも見られる。でもそれだけでなく、シンガーとしてはチェット・ベイカーやエラ・フィッツジェラルドから、ギターはジョー・パスからとジャズ・ミュージシャンからも影響を受けている。アマチュア時代はジェローム・カーンやコール・ポーターら往年のジャズの作曲家をいろいろ研究し、それを現代風に再構築して SoundCloud にアップするということもやっていた。今回のアルバムでは “リージェント・パーク” がまさにそうした作りの曲で、歌い方もチェット・ベイカー風である。プーマ・ブルーやジェイミー・アイザックなど、いまのサウス・ロンドンのアーティストはチェット・ベイカーの影響を受けている人が多いのだが、“オールド・ファッションド” のレトロで枯れた味わいもまさにそんな感じである。

 ブルーノはほかにもランディ・ニューマン、ビリー・ジョエル、ポール・サイモンからの影響を口にしていて、今回はランディ・ニューマンの “シー・チューズ・ミー” をカヴァーしている。2017年発表のアルバム『ダーク・マター』に収録された曲のカヴァーで、本家ランディのスタンダードなアレンジをモダンに換骨奪胎したユニークなものだ。レトロさと現代性をうまく融合させて新しいものを作るという点では、FKJ あたりとも比較されるべき才能を持っている。『トゥ・レット・ア・グッド・シング・ダイ』に関するインタヴューでブルーノは、「マーティン・スコセッシ監督の映画『ディパーテッド』の冒頭で、ジャック・ニコルソンの “I don't want to be a product of my environment. I want my environment to be a product of me” (俺は環境に左右されたくない。環境を俺の手で生み出したいんだ)という台詞がある。まさに真理とも言える言葉で、ひとつの音楽だけでなく、自分が影響を受けてきたすべてのものをインスピレーションにしながら、自分自身の環境、音楽を作り出すことが大事だと思うんだ」と述べている。ジャズ・スタンダードや古典的なポピュラー・ソングなどベーシックな作曲方法を土台とした上で、いろいろな影響を糧に自身の歌や声を編み出していく、そんな彼らしい発言だ。レトロななかにもモダンな佇まいを感じさせる、そんなタイムレスさがブルーノ・メジャーの音楽にはある。

Bibio - ele-king

 歳のせいか、音楽を聴いて涙を流すなんてことはめっきり減ってしまったけれど、いまでも年に一度くらいはそういう瞬間が訪れる。2019年でいえばそれは、ビビオの “Lovers Carving” を聴いたときだった。
 同曲を収める「WXAXRXP Session」は〈Warp〉の設立30周年を祝うべく録音された企画盤で、いわゆるアコースティックな形式でヴォーカルを際立たせつつ(おもに)10年前の『Ambivalence Avenue』収録曲を再演するという内容だったわけだけど、なかでも “Lovers Carving” に惹きつけられてしまったのは、たぶん、大胆にアイリッシュ・トラッドへと舵を切ることで新境地を開拓し(ながら、従来の彼のフォーキーな側面が好きなファンにもアピールし)た、その時点でのビビオの最新型である『Ribbons』のスタイルが接ぎ木されていたからだと思う。
 もちろん、感傷や懐古がなかったといえば嘘になる。でもそれだけじゃない。生まれ変わった “Lovers Carving” は、ある楽曲がまったく異なる姿へと変身しうることの素朴な驚きを呈示してもいたし、また、ノスタルジーをこそ主武装とするアーティストが自己言及を試みることの意味について考える、そのきっかけを与えてくれてもいた。いまビビオは、そして、自己言及に自己言及を重ねがけしている。新作『Sleep On The Wing』収録の “Oakmoss” において彼は、2019年版 “Lovers Carving” で接ぎ木したパートの旋律を移調し、再利用しているのである。

 計30分未満とトータル・ランニング・タイムが短いためだろう、EP扱いしているサイトもちょいちょい見かけるが、レーベルの品番的にはアルバムであるところのこの『Sleep On The Wing』は、『Ribbons』とおなじ遺伝子を有する作品である。たとえば『Ribbons』を特徴づける要素のひとつであったバッハ~バロックからの影響は、本作においても “A Couple Swim” や “Awpockes” といった楽曲から聴きとることができる(前者はもともと、ジブリも一枚噛んだ2016年のアニメ映画『レッドタートル ある島の物語』のために提供された曲)。あるいは、おなじく前作を際立たせる要素のひとつであったヴァイオリンも、くだんの “Oakmoss” や表題曲 “Sleep On The Wing” で大いに活躍の場を与えられているわけだが、こと弦にかんして注目すべきは “The Milkyway Over Ratlinghope” と “Watching Thus, The Heron Is All Pool” の2曲だろう。まるでチェロのような響きを聞かせるその低音は、18世紀のヴァイオリンをもとにビビオ当人が独自の改造を施したヴィオラによって奏でられており、その創意工夫が清冽なメロディと合流することですばらしい情感を生み出している。

 他方、軽快なハンドクラップがダンスへの欲動をかきたてるジグ “Miss Blennerhassett” からはビビオの民俗的なものにたいする関心がうかがえるし(曲名は映画『ウィズネイルと僕』の登場人物に由来)、冒頭から唐突にキャッチーなベースラインをぶちこんでくる異色の “Crocus” は、絶妙な音響上の「揺れ」を強調することで彼の飽くなき実験精神を伝えてくれてもいる。そういった「現在」のビビオの冒険心を体現するアプローチとともに、フィールド・レコーディングを駆使した “Lightspout Hollow” や “Otter Shadows” によくあらわれているような、初期ビビオを想起させる独特のテープの触感も本作の聴きどころだろう。

 彼があえて古い機材を利用したり音質を劣化させたりするのは、ある特定の過去の時代──それは往々にして「あのころは良かった」という根拠なき感慨を人びとに与える──を思い出させるためではないと、ビビオ本人は最新インタヴューで力説している。彼が音を歪ませ、濁らせ、粗く処理するのはずばり、クリーンさを除去するためなのだ。おなじくボーズ・オブ・カナダのフォロワーであるタイコとは正反対のアプローチと言えるが、それはたとえば再開発に代表されるような、過剰なまでの潔癖主義にたいするささやかな反抗であると、そう考えることも可能だろう。
 おなじインタヴューのなかで彼は、興味深い事例を語ってくれている。〈Warp〉と契約する以前、大学で音楽のテクノロジーについて教えていた彼は、単純なギターのループを録音したデモを用意し、それをカセットに入れてふたたび録音、さらにそれをカセットに入れて録音するというプロセスを何度も繰り返した。その各段階の音を学生たちに聞かせたところ、ほとんど全員がもっとも損傷の激しい録音を好んだという。
 この実験は、何度も何度も傷つき、ぼろぼろになっていくことのポジティヴな可能性を示唆している。いうなれば劣化することの肯定であり、汚れていくことの称揚である。ここに “Lovers Carving” から “Oakmoss” へと至る、自己言及の重ねがけが結びつく。どんなかたちだっていい、過去に耽溺するのではなく変わっていくこと、変化することそれじたいをビビオのノスタルジーは肯定しているのだ。そのあまりに力強い肯定の連鎖に、わたしたちは涙を流してしまうのだろう。

Félicia, Akira, Takuma - ele-king

 なんでもイギリスではコロナ禍ではクラシック音楽が売れているそうで、ま、家にいる時間の多いいま楽しめるのは「家聴き」ということなのでしょうか。
 渡邊琢磨の新プロジェクトによる作品が素晴らしい。これは、彼が音楽を手掛けた映画『まだここにいる』(染谷将太監督、脚本・菊地凛子)のサウンドトラックを素材に再構築(recomposed)した曲からなる新作で、アキラ・ラブレーとアンビエント・ミュージシャンのフェリシア・アトキンソンとの共作でもある。
 ロバート・アシュレー風の声とピアノを美しいアンビエントに変換する“The Rain”やイーノ風アンビエントの最良なところを拡張した“その時間にかけ橋が生まれる”、ミニマル/ドローンの美的世界“Particle”、情感たっぷりの“まだここにいる”の4曲。アンビエント好きにはhighly recommendです。

渡邊琢磨 / Akira Rabelais / Félicia Atkinson
『まだここにいる』original soundtrack recomposed
Inpartmaint Inc.
※デジタル配信でのリリース

【渡邊琢磨】
宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。大学中退後ニューヨー クに渡り、キップ・ハンラハンと共同作業でレコーディングを行う。同作には映像作 家ジョナス・メカスらが参加。04 年、内田也哉子、鈴木正人らとバンド [sigh boat] を結成。07 年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアー 18 カ国 30 公演 に バ ン ド メ ン バ ー と し て 参 加。楽 曲「The World Is Everything( ア ル バ ム 『Sleepwalkers』収録曲 ) を共作。14 年、自身が主宰する弦楽アンサンブルを結成。 自身の活動と並行して映画音楽も手がける。近年では、冨永昌敬監督『ローリング』 (15)、吉田大八監督『美しい星』(17)、染谷将太監督『ブランク』(18)、ヤングポー ル監督『ゴーストマスター』(19)、ほか。

【Akira Rabelais】(アキラ・ラブレー)
米テキサス南部生まれ、ロサンゼルス在住の作曲家 / ソフトウェア設計者 / 作家。 ビル・ディクソンに作曲、電子音楽および編曲を学び、カリフォルニア芸術大学では 電子音楽のリーダーであるモートン・スボトニックおよびトム・エルベに師事。音や 映像を歪めたりノイズを加えることができる自作のソフトウェア『Argeïphontes Lyre』を制作。アキラ・ラブレーはソフトウェアを書くことを詩を書くことになぞっ ており、例えば数あるフィルターを「形骸化蘇生法」「ダイナミック FM 音源」「時間 領域変異」「ロブスター・カドリール」など独特な言葉で綴っている。彼の作り出し たものは、数学の持つ完璧な美しさと言葉の情緒を以て、私たちを別次元へと誘う。

【Félicia Atkinson】(フェリシア・アトキンソン)
1981 年フランス生まれ。レンヌ在住。2008 年、エコール・デ・ボザールで MFA (Master of Fine Arts With honors) を取得し、パフォーミング・アートの可能性を 探求するボリス・シャルマッツと共に人類学およびコンテンポラリーダンスを研究。 彼女の作品はインスタレーション、彫刻、詩、絵画、ドローイング、パフォーマンス、 音楽など多岐に渡り、数多くレコード・リリースやライブ上演、世界各地の実験音楽 シーンやアートフェアへの参加など、国際的な活動を行っている。フランスを拠点と するインディペンデント出版レーベル・Shelter Press にて、バルトロメ・サンソン と共に共同発行人を務める。

Marie Davidson - ele-king

 君はマリー・デヴィッドソンを憶えているかい? そう、2018年に『Working Class Woman』(w.ele-king.net/review/album/006626/)なるシニカルでユーモラスで挑発的なダンス・アルバムによって世界を笑って踊らせたカナダのプロデューサーのことです。
 彼女がPierre Guerinea(DFAからの作品で知られる)とAsaël Robitaille(Orange Milkからの作品で知られる)の2人と組んだ新プロジェクト、Marie Davidson & L’Œil Nuのアルバムが出ます。
 まずはリリック・ヴィデオ。

 「このレコードはカネを生まない/負け組の見解を調査中/用語なんか気にしない/これは反逆の故障/あなたのアドヴァイスなんか要らない/あなたの政治的アジェンダになんか興味ない/あなたの意図は株式市場のように変動/あなたのスタイル、計算されすぎ」……
 前作はクラブ・ミュージックであることが通底していたけれど、今回のアルバムはハウスやシンセポップはもちろんだが、ギター・ポップからフレンチ・ポップ、はたまたバロック音楽までとヴァラエティーに富み、ポップ作品としての完成度がそうとうに高い。やっぱこの人、才能あるなー。


※Marie Davidson & L’Œil Nuの『Renegade Breakdown』は〈Ninja Tune/ビート〉より9月25日発売

Sufjan Stevens - ele-king

 コロナ禍で経済が落ち込んでいるなか、巷の噂ではゲーム業界は調子良さそうじゃないですか。昔エレキング編集部にいた橋元優歩もゲーム業界だし……。
 そんな折りにスフィアン・スティーヴンスの新曲はずばり“Video Game”。軽めの80年代風エレポップで、MVには10代のTikTokダンサーが大フィーチャーされております。うーん、これは面白い!

 「I don't wanna play your vdeo game....」。ラナ・デル・レイにも同名曲があって、彼氏の家に行ったけど彼氏はゲームに夢中で「一緒にやらない?」みたいな、これって昔からある風景なんですが、スフィアンの曲における“TVゲーム”は、なんつうか、ニューエイジへのアイロニーというか、メタファーですね。「あなたの神になんてなりたくない/自分自身の信者になりたい/宇宙の中心になんかなりたくない/自分の救世主になりたい/あなたのTVゲームなんかやりたくない」

※スフィアン・スティーヴンスのニュー・アルバム『The Ascension(昇天)』は9月25日リリース。

第4回 映画音楽と「ヤバい奴」 - ele-king

 最近家の近所で大量のミミズが死んでいる。
 夜になると近くの公園から大量のミミズが這い出て、蠕動する体をアスファルトに擦り付けながら幅およそ4メートルの道路を横断しようとする。どうやらその先に新しい土地があると信じているらしいが、そこに辿り着く者がいるようには思えない。毎朝律儀にのぼる太陽は彼らのことなど気にかけない。夏の日差しに焼かれ、干からび、蟻に食われることさえなく、風にその形を削り取られてゆくままになっている。この毎夜行なわれるミミズたちの狂気的な行進が報われる日は来るのだろうか。毎日のようにSNSのフィードに最悪のニュースが流れてくるのを目にしていると、人類もまたこの行進の最中なのだろうかと思わずにはいられない。しかし、より良い方向へ世界を変えようとする意志やエネルギーが存在していることも確かだ。そしてその希望と絶望的現実の狭間で「変われ!!!」と叫ぶ映画が公開された。豊田利晃監督の『破壊の日』だ。

 この二ヶ月の間のことを思い返す。もしかしたらもっと長かったかもしれない。体感は一週間ぐらい。豊田監督から映画の劇伴を依頼されてから公開までの期間は、だいたいそれぐらいだったように思う。これが僕にとって初めての映画音楽の制作だった。
 緊急事態宣言解除直前のある日、幡ヶ谷の小さな喫茶店で僕は豊田監督から映画の話を聞き、資料のデータが入ったUSBと共に劇伴音楽の制作を依頼された。「プリントアウトしようとしたけどコンビニのコピー機がUSBを読み込まなくて」と言って、監督はザックリとしたあらすじを話してくれた。その時はそれだけだったが、その中に面白さの気配が満ちていた。USBスティックをポケットに入れながら「やります。一応データ確認してからまた返事しますけど、でも、やります。とりあえずデータ確認しますが」という中途半端な返事を二、三度して、その幡ヶ谷の小さな喫茶店を後にした。家に帰る道中、頭の中では既に作曲が始まっていた。帰宅してすぐに MacBook Pro にUSBを挿し、データを確認しながら豊田監督に「やります」のメッセージを送った。そして、MacBook Pro に頭を突っ込み、数日で曲のラフが出来上がる。この時点では映画の冒頭約10分の劇伴を作る予定だったのだが、このあと監督の無茶ぶりによって大幅に増えることになる。
 というわけで「ここと、ここと、ここと、ここも作ってくれない?」と言われ大幅に増えたのだが、その増えた箇所のほとんどが「ヤバい奴」が出てくるシーンだった。以前にどこかでも書いたことがある気がするが、僕は曲を作るときにマインドセットをしっかりとやるタイプで、特定の世界を自分の中に作り込んでから作曲を始める。そういえば渋川清彦さんは、出演するにあたって監督から「狼入れてこい」と言われたそうだ。シーザーを理解するためになんとやらというのは、こういう場合にはうまく機能しないようで、僕はその「ヤバい奴」を何種類か入れる必要があった。この制作のスタイルについて、憑依型のシャーマンのようだと思うことがしばしばある。(脱魂型の人もいるのだろうか)シャーマンが自身に神や霊を憑依させた後に、それを祓ったり抜いたりする儀式が必要なように、僕も毎日就寝前に入れた「ヤバい奴」を抜く儀式が必要だった。うまくいかないとよく眠れなかったり悪夢を見たりする。悪夢は好きなので大歓迎だが、眠れないのは心身によくない。いずれこれを利用していい感じの悪夢を積極的に見る方法を編み出そうと思う。
 制作に集中したいタイミングで、ありがたいことに本格的な梅雨が訪れて外界への誘惑を片っ端から断ち切っていってくれた。作業は順調に進んで音楽は仕上がった。そして無事、映画は公開された。ここに至るまでのストーリーが少し雑だが、ネタバレしたくないし、自身の作品を詳しく説明するということほど野暮なこともそうないので、このあたり勘弁してもらいたい。とにかく劇場で観て、何かを感じて欲しい。あ、そうそう、音の最終調整を音響デザインの北田さんと東宝のスタジオで行なったのだが、その時、自分の感覚では程よく心地良い感じで音圧や低音の量を調整したので、まさか公開後に爆音や轟音と言った感想がたくさん出てくるとは思わなかった。物足りないなと思った人は、是非サウンドシステムを積んだパーティーに遊びに来てもらいたい。

 そして梅雨が明けて、ここ数日は灼熱の太陽が照りつける日々が数日続いている。「今年は冷夏になります」と言った誰かを恨んでみるが、数日前まで「7月なのに長袖来てるよ!」とか言ってたことを思い出してため息をつく。降り続く雨と肺にカビが生えそうな湿気は非常に不快だったが、もし今年オリンピックをやっていたら気温の面は意外と大丈夫だったかもしれない。そういえば『破壊の日』は当初、あらゆる利権と思惑が絡み合った東京オリンピックに向けて「強欲という疫病を祓う」という目的で構想が始まったそうだ。結果として本物の疫病が訪れて東京オリンピック自体は中止になったが、強欲をはじめ元々人類の中に巣食っていたものが新しい疫病に引き寄せられたかのように噴出し、結果として祓わなければいけないものが増えた。映画の公開前夜に行なわれた前夜祭では渋川さんと切腹ピストルズが宮益御嶽神社で祝詞をあげたあと、渋谷の街で練り歩きを行なった。車道を使ったデモの申請の都合で左折しかできなかった結果、宮益坂を下り、スクランブル交差点を左折し、246を左折、そしてヒカリエとスクランブルスクエアの間を抜けて、宮下公園の前を通るという、見事なまでに強欲の塊の中を抜けて行くコースとなった。Protest Rave をやってる者としても新しい抗議行動の形が見えるような気がして、思わず熱くなってしまった。
 特に宮下公園に対しては、渋谷区が公園を Nike に売ってホームレス排除をやっていた頃に抗議活動に参加したこともあって特別ムカついている。弱者やストリートに息づく文化を排除して、金を持ってる “勝ち組” たちのために作られた庭で飲むスターバックスのコーヒーは美味いですか? そこに入ることを拒否されたもの達が視界に入らない高台から眺める渋谷の景色は美しいですか? 空中庭園が限られた者たちのユートピアだって、SFの定番をよく分かっているじゃないか。そしてSFの定番では、もちろんバビロンは滅びる。Babylon must fall.

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