「You me」と一致するもの

interview with Animal Collective (Panda Bear) - ele-king

「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。

 2021年10月、アニマル・コレクティヴのニュー・アルバム『タイム・スキフズ』からファースト・シングルとして切られた “プレスター・ジョン”。思わせぶりなタイトルのその曲を聴いたときに驚いたのは、伸びやかなアンビエンスをたっぷりと含んだドラムの響きを中心としたバンド・アンサンブル、そしてパンダ・ベアとディーキンとエイヴィ・テアが歌声を重ねて織り上げたメロディに、生き生きとしたよろこびのようなものが備わっていたことだった。バンド・アンサンブルのよろこび! そんなものをアニマル・コレクティヴに期待したことなんて、一度もなかったからだ。20年近いキャリアにおいて、彼らがバンド然としていたことなんて、ほとんどなかった。それほどの変化、これまでにない試みを、その曲に感じた。

 今回、パンダ・ベアことノア・レノックスに、『タイム・スキフズ』についてインタヴューをするにあたって最初にやったのは、このアルバムがどこからはじまっているのかを探ることだった。新作に至るまでの道のりを、少し振り返ってみよう。
 2016年の前作『ペインティング・ウィズ』は、ディーキンは不在で、パンダ・ベア、エイヴィ・テア、ジオロジストの3人がつくったアルバムだった。その後、2018年の『タンジェリン・リーフ』はパンダ・ベア以外の3人がつくったもので、これはコーラル・モルフォロジック(海洋学者のコリン・フォードとミュージシャンのJ.D.・マッキーからなるアート・サイエンスのデュオで、危機に瀕している珊瑚礁の美しさ、その保護などを映像作品やイヴェントを通して伝えている)とのコラボレーション、そして「国際珊瑚礁年」を祝すことを主眼にした映像作品だった。そして、2020年には『ブリッジ・トゥ・クワイエット』という、2019年から2020年にかけてのインプロヴィゼーションを編集した、抽象的なEPを発表している(もちろん、この間、メンバーはそれぞれにソロでの活動もしている)。
 2019年のライヴ動画を YouTube で見て気づいたのは、パンダ・ベアがドラム・セットを叩き、ディーキンを加えた4人でライヴをしていたことだった。そこには、いかにも「バンド」といったふうの並びで、新曲を集中してプレイする4人がいた。どうやら、『タイム・スキフズ』は、このあたりからスタートしているらしい。とはいえ、『タイム・スキフズ』という作品を、アニマル・コレクティヴがふつうのロック・カルテットとしての演奏を試みただけのアルバムだとしてしまうのは早計だ。

 プレス・リリースには、「成長した4 人の人間関係や子育て、大人としての心配事に対するメッセージを集めたものでもある」と綴られている。ひたすら音の遊びを続けていた4人の少年たちは、2022年のいま、誰がどう見ても「大人」の男たちである。言うなれば、『タイム・スキフズ』は、彼らが「成熟」という難儀なものをぎこちなく受け入れて、それをなんとか音に定着させたレコードとして聴くことができるだろう。
 子ども部屋のようなスタジオのラボで音に遊んでいたアニマル・コレクティヴのメンバーは、いま、それぞれの活動拠点で、その地に根づいた市民社会や共同体、家族のなかで生きている。そんなことを象徴し、『タイム・スキフズ』を予見させた出来事として、彼らがあるアルバムのタイトルを変更したことが挙げられる。『ブリッジ・トゥ・クワイエット』と過去のカタログを Bandcamp でリリースするにあたって、バンドは、“Here Comes the Indian(インディアンがやってきたぞ)” という2003年のデビュー作の題を “Ark(箱舟)” へと改めた。なぜなら、彼らは、当初のタイトルを「レイシスト・ステレオタイプ」だとみなしたからだ。
 今回のインタヴューでパンダ・ベアは、「アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについて」バンド内で意見をシェアしたと語った。それは前記のことと直接的に関係しているだろうし、現にこのアルバムには “チェロキー” というネイティヴ・アメリカンの部族、および彼らの文化が残る土地に由来する曲が収められている。
 4人の「元少年たち」が、極彩色のサイケデリックな夢を描いていたインディ・ロック・バンドが、なぜいま「アメリカのバンドであること」について考えなければいけなかったのか。それは、パリ協定からの離脱を断行し、議会襲撃事件を煽り、ツイッターから締め出されたあの男のことを思い出さなくても、じゅうぶんに理解できる。

 だからといって、身構える必要もない。最初に書いたとおり、『タイム・スキフズ』は、バンド・アンサンブルの自由で清々しいよろこびが詰まったLPである。ぼくにとっては、あの素晴らしい『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』や『ストロベリー・ジャム』に次ぐフェイヴァリットだ。
 さて。前置きはこれくらいにして、パンダ・ベアの言葉を聞こう。

ドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとかじっくり考えて。感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。

いま、どちらにお住まいですか? そちらは、パンデミックの影響はどんな感じでしょうか?

パンダ・ベア(PB):リスボンだよ。コロナはオミクロンの波が来て2、3週間感染拡大が続いていたけれど、ようやく終わりに近づいてきたところなんだ。感染者数は激増しても入院や死亡者数がかなり抑えられていたから、それなりにうまくいったと言えるんじゃないかな。(編集部註:取材は1月中旬)

まずはディーキンがバンドに戻って、4人で再び演奏や作曲をするようになった過程や理由を教えてください。

PB:10代でバンドをはじめたときにもともとのアイディアとしてあったのが、緩くつながる集団というか、必ずしも毎回4人全員が参加するというものではなかったんだよ。それぞれがいろんなことをやる、っていう考え方が気に入っていたんだ。その時々で呼び名も変えていいかもしれないし、ジャズのミュージシャンがよくやっているみたいに、その時参加している演奏者の名前がバンド名になる、みたいな。たとえば、トリオとして集まって5年くらいライヴやレコーディングを精力的にやる。でも、それぞれが他の人とも組む。そうやって常に変化し続けるというのが、グループの最初のアイディアだった。でも一時期はそのアイディアから遠ざかっていたような気がするんだよね。2006年頃の4年間くらいは従来的なバンドの周期だったというか、レコーディングして、ツアーをして、というのをひたすら繰り返していて。でもこの7、8年くらいはもともと持っていたエネルギーを取り戻した感じがあって、僕としてはすごく気に入っているんだよ。それによって新鮮味を保つことができると思うし、次がどうなるか予測できないのがいいと思う。お互いが柔軟に、自由に、いろんなことができるようにしたいんだ。そして、今回はこれを作るということに関して、全員が一致していたんだよ。

なるほど。2019年に4人が演奏しているライヴ動画をいくつか見たら、セットリストは新曲ばかりでした。『タイム・スキフズ』 の作曲や制作がはじまったのは、2019年頃でしょうか? 制作プロセスについて教えてください。

PB:最初の曲作りからアルバムのリリースまでの期間は、たぶん今回が最長だと思う。もちろん、パンデミックが事態をさらに悪化させたわけだけど、たぶん、たとえパンデミックがなかったとしても、僕たちにとっては構想期間がかなり長かったと思う。曲ができるまでのサイクルは、普段はもっと短いからね。その(2018年の)ニューオリンズのミュージック・ボックス(・ヴィレッジ)という場所でやったライヴは全部新しい曲で構成していて、その多くが最終的に『タイム・スキフズ』の曲になったんだよ。とにかくそれが制作の初期段階で、たしか2019年の前半にそれがあって、ナッシュヴィルの郊外の一軒家に全員で集まったのが2019年8月。そこからさらに僕も曲を書いて、ジョシュ(・ディブ、ディーキン)も曲を持ち込んで、デイヴ(デイヴィッド・ポーター、エイヴィ・テア)もさらに数曲を持ってきて、3週間くらい、曲をアレンジしながらうまくいくものとそうじゃないものを仕分けて、そのあと9月、10月頃にアメリカ西海岸の短いツアーがあって、12月にはコロナが中国を襲って、クリスマス後、1月初頭にまた集まって、最終的なアレンジをしたり曲を仕上げたりといったセッションをして、そのあとすぐにレコーディングをするつもりだった。そうしたら、知ってのとおりコロナの波が来て、2020年3月にスタジオ入りする予定だったんだけど、でも2月にはそれが叶わないことがはっきりしてきた。それからは、「じゃあ、どうするか」という話になって、「リモートでやるならどうするか」といったことを諸々話しあって、結局、2020年夏の終わり頃にリモートで作業を開始したんだ。だから、選曲はどことなく、「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。でも、かなりいいものに仕上がったと思うよ。

実際、『タイム・スキフズ』は、本当に素晴らしいアルバムです。長いキャリアにおける最高傑作だとすら思います。さて、本作をレコーディングした場所は、アシュヴィル、ボルティモア、ワシントン、リスボンと4か所が記されています。それは、いまおっしゃったように、4人がリモートでレコーディングした場所ということですよね。

PB:そう。一度も同じ場所に集まることなくレコーディングしたからね。

それぞれの場所でどんなレコーディングをしたのか、それらをどう組み合わせていったのかを教えてください。

PB:ジョシュはキーボードをメインにやって、あとは自分が担当するヴォーカル・パートを録って、ブライアンが電子系、モジュラー・シンセ、サウンド・デザインといった感じのものを、デイヴはベースで、それは僕らにとっては新しいことで、あとは歌だね。それから、他にもクロマチック・パーカッションとか細々したもの。それで、僕は最初、自分のところでドラムを録ったんだけど、その録音がいまひとつで、それでリスボンのちゃんとしたスタジオに2日ほど入って、今度はしっかりマイクも何本も使って再度ドラム・トラックを全部やって。それで、自分たちでミックスしたものをロンドンのマルタ・サローニのところに送ったんだ。

ミキシングを担当したマルタ・サローニと仕事をすることになった経緯や、彼女のミキシングがどうだったのかを教えてください。彼女は、ブラック・ミディからボン・イヴェール、ホリー・ハーンダン、ビョーク、トレイシー・ソーン、デイヴィッド・バーンなど、幅広いミュージシャンと仕事をしていますよね。

PB:彼女のミキシングには大満足だよ。素晴らしい仕事をしてくれたと思う。きっかけが思い出せないけど……ケイト・ル・ボンの曲かな……いや、ちがうかも。ビョークのミックスをやったのはわかってるんだけど(『Utopia』、2017年)。とにかく、彼女の手がけたいくつかの作品がすごくよくて、それでお願いしたい人のリストに入れてあったんだ。そして、最初に何人かにミックスをお願いしたなかで、彼女のものがこのアルバムに合っていて。もちろん他の人のものもすべて素晴らしかったんだけど、彼女の視点が今回の音楽に適していたんだ。

最近のライヴでは、あなたがドラム・セットを叩いていて驚きました。このアルバムでも全曲で叩いていますね。近年のアニマル・コレクティヴにおいて、これは珍しいことでは?

PB:ドラムが自分の第一楽器であるとは言わないけど、アニマル・コレクティヴにおいては、まあ、僕が「ドラムの人」だね。ドラムが必要となったら、デフォルトで僕がやる感じになっているよ。ある意味、今回、これまでとはぜんぜんちがったドラムの演奏方法を考えたというのが、曲作り以外での僕のいちばん大きな貢献だったと思う。まず、いろんなドラマーの YouTube の動画を見まくったんだよ。ジェイムズ・ブラウンのドラマーのクライド・スタブルフィールドだったり、ロイド・ニブ、バーナード・パーディ、カレン・カーペンターだったり。そして僕はドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとか、そういったドラムのサウンドについてじっくり考えて。演奏のパターンについて考えるよりも、感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。だから、そういった演奏をするために、毎日練習して、それまで自分が達していなかったレヴェルを目指した。考えてみたら、そもそもそれが昔ながらのアプローチなのかもしれないけど、自分にとってはまったく新しいことだったんだよ。

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アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。

あなたのそんなドラム・プレイもあって、アルバムからは生のバンド・アンサンブルが強く感じられます。そもそも、どうしてこういうサウンドになったのでしょうか? これは、バンドにとって、原点回帰なのでしょうか?

PB:ある意味ではそうで、別の意味ではちがうと思う。楽器を使って、演奏ベースで何かをやるっていうことで言うと、たしかに初期の頃を思い出させるものがある。『ペインティング・ウィズ』(2016年)や『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』(2009年)は、もっとサンプルを駆使した、完全にエレクトロニックの領域のものだった。『センティピード・ヘルツ』(2012年)では今回のような方向性を目指したというか、音楽のパフォーマンスという側面に傾いて、ステージ上で汗をかくといいうような、理屈抜きのフィジカルなところを目指していたと思うんだ。だから、創作面では、振り子のように行ったり来たりしているんだよね。前回とは逆の方向に振れるというか。まったくちがう考え方をすることでそれがリフレッシュになるし、それで自分たちがおもしろいと思いつづけられて、願わくはオーディエンスにとってもそうであればいいなって。そういうことについての会話があるわけではないけれどね。だからそれが目標というわけではないけど、でも気づくと結構そうなっているんだ。

タイトルのとおり、アルバムのテーマは「時間」なのでしょうか?

PB:それもテーマのひとつだね。音楽がタイム・トラヴェルの乗り物みたいなものだ、という話をしたことは覚えているよ。時間を戻したり進んだりさせてくれるものだよな、っていう。その音楽に思い出があったりして、だから大好きなんだけど、聴くのが辛い時期があったりもする。自分のなかで思い出と音楽が融合して、大好きなんだけど聴くと辛い時期が蘇ってしまうから聴けない、とかね。それだけ強力に時間と結びついていることがある。そういうことは、作る上ですごく考えていたね。特にいまの時代は家に閉じ込められがちだから、いまという時間、あるいは、その閉じた空間から抜け出すというのが、僕らがやりたいと願っていたことで。それから、他にも、アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。それは、これまであまりやってこなかったことだと思うんだ。

なるほど。それに関連するのかもしれませんが、アルバムについて、エイヴィ・テアのステイトメントに「最近、よく考えるのは、どうして音楽を作るのかということ、そして音楽が今、与えてくれるものは何なのかということだ」とあります。このことについてのあなたの考え、そしてそれを『タイム・スキフズ』でどう表したのかを教えてください。

PB:これまで、音楽をキャリアとして、仕事として20数年やってきて、そうすると、やっぱり「自分はまだこれをやっているけど、じゃあ、そこにどんな意味があるのだろう?」と考えるようになる。どうして他の人に聴いてもらうために作っているのか、自分は何を成し遂げたいのか、といった問いが絶えず浮かぶようになって。おそらく、その答えは、常に変わるんだけどね。でも、同時に、根幹的な部分にはふたつのことがあって、ひとつは、自分が1日また1日と生きていく上で、すごく楽しいものだということ。何かアイディアが浮かんでそれを形にすることにはちょっとした興奮があるし、もし出来がよければ達成感もある。そして、それで元気になれる。もうひとつには他の人とのコミュニケーション方法だということで、願わくは、それが愛とリスペクトを広めることに繋がってほしい。そのふたつが僕にとって音楽をやる根拠で、そこは変わらないね。それが今作の音楽にも表れていることを願うけど、あからさまに表現されているってことはないと思う。ただ印象としてそうであれば嬉しいよ。

また、そのステイトメントには、「楽曲はリスナーをトランスポートさせる能力を持っている」とあります。これは、まさにアニマル・コレクティヴやあなたの音楽を表した言葉だと思うんですね。物理的な移動が困難になったいま、「音楽がリスナーをトランスポートすること」についての考えを教えてください。

PB:それに関して、果たして音楽よりいい方法があるのかっていうくらい……。まあ、僕はゲームをよくやるんだけど、それは音楽とはまたぜんぜんちがう種類で、自分の脳を忙しい仕事に従事させることによって瞑想状態が生まれるというもので。僕がゲームをすごく好きなのは、ある意味、自分のスイッチをオフにできるからなんだよ。脳の、何かについて心配している部分をゲームで陣取るというか。音楽はもっと……作用としては似ているけど、かなりちがう。もっと会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって……。でも、考えれば考えるほど、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。たまに、プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、っていう。でも、ゲームはひとりの経験だから……。いや、やっぱり話せば話すほど、同じなんじゃないかと思えてきた(笑)。

ははは(笑)。音楽=ゲームですか。ところで、「音楽がリスナーをトランスポートすること」は「リスナーを現実から逃避させること」とも言い換えられますよね。逃避的な音楽はいいものなのでしょうか、悪いものなのでしょうか? どうお考えですか?

PB:たしかにそうで、逃避できるっていうのはいいことではあるけど、それがいきすぎるのは心配だね。特にいまの時代、お互いのことが必要だし、繋がりを持ちつづけるべきだと思うから、逃避しすぎるのはどうかと思う。閉じこもったり逃げたりする理由がありすぎない方がいい。だから、現実から気を逸らすものではなくて、コミュニケーションだったり、薬であったりすることが望ましいかな。

では、具体的にアルバムの曲について聞かせてください。“Walker” は、スコット・ウォーカーに捧げた曲だそうですね。スコット・ウォーカーは、私も大好きなアーティストです。彼のどんなところに惹かれますか?

PB:彼の声がすごく好きで、彼は僕がもっとも好きなシンガーのひとりなんだ。自分で歌う時、以前はもっと柔らかいというか弱い感じだったんだけど、でもスコットの声にすごく影響を受けたんだよね。彼の声には強さがあるというか、胴体から出てくるみたいな声と歌い方で、それに彼の歌は非常に男っぽい感じがしてかっこいいと、個人的に思う。それから、彼がキャリアの初期に大成功して、でも「自分の道はこっちじゃない」と感じて、常に探求を続けて、自分なりのキャリアを築いていったという部分にも超刺激を受けたしね。

音楽は会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって。でも、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、って。

フェイヴァリットの曲はありますか?

PB:全部好きだよ。超変な実験的なやつも好きだし、アートっぽいものも好きだし。でも、いちばん好きなのは『スコット2』(1968年)とか『スコット3』(1969年)とかの番号がついたアルバムかな。

“チェロキー” についてお伺いします。ノースカロライナのチェロキーは、ネイティヴ・アメリカンのチェロキー族の文化がいまも残る土地だそうですね。これは、どうやってできた曲なのでしょうか? 先ほどおっしゃっていた、「アメリカのバンドであることと折り合いをつける」ということが関係しているのでしょうか?

PB:そうだね。この曲がそのもっともあきらかな例で、これは自分たちにとって、いまアメリカのバンドであることがどういうことなのかを考えた曲だと思う。チェロキーというのはデイヴの家の近くの地域で、たしかハイキングに行ったりもするらしいし、彼はこの曲でその問いに向き合っていると思うよ。

デイヴが書いた曲なんですね。

PB:そう。なんというか、曲の内容について、バンド内で「これはどういう意味か?」ということを逐一話していると思われているかもしれないけど、実際はそういうことはあまりやらないんだ。たまに「この一節、すごくいいけど、何を考えて書いたの?」とか聞くことはあるけど、でも「曲を書いた。内容はこうだ。さあ、君たちはどう思う?」的なことはほとんどなくて、ただそのまま受け止めることが多い。だから、残念なことに「何についての曲ですか?」と訊ねられても「ええと……」となっちゃうんだよね(笑)。僕個人にとっての意味はわかるけど、デイヴの代弁はできないからさ。

わかりました。本日はありがとうございました。日本で4人のライヴを聴ける日を心待ちにしています。

Jana Rush - ele-king

 去る2021年、野心的なアルバム『Painful Enlightenment』を送り出したシカゴの気鋭のフットワーク・プロデューサー、ヤナ・ラッシュ。新作ミニ・アルバムの発売がアナウンスされている。リリースは3月25日、〈Planet Mu〉より。現在、リード・シングルとしてDJペイパルとの共作曲 “Lonely” が公開中なのだが……これはオーネット・コールマンですね。ジャジーなムードに注目。

https://planet.mu/releases/dark-humor/

interview with edbl - ele-king

 現在、もっとも音楽シーンが活気づいている街として注目を集めるサウス・ロンドン。ジャズ、ヒップホップやR&B、ロックやインディ・ポップ、フォークやシンガー・ソングライター系とさまざまな分野で新しい才能が次々と登場してきているのだが、そうした中で2019年頃より話題となっているのが edbl である。edbl とはエド・ブラックウェルによる個人プロジェクトで、もっぱら彼はプロデューサー/トラックメイカー/ギターなどの楽器演奏に徹し、ビート集からシンガーやラッパーたちとのコラボ作品をリリースしている。タイプとしてはネオ・ソウルやR&B、ローファイ・ヒップホップなどをサウンドの基調とし、ギター演奏が中心となるためにシンガー・ソングライター的なアプローチも交えている。同じサウス・ロンドンやロンドン全体で見ると、トム・ミッシュロイル・カーナージェイミー・アイザックあたりの次を担うアーティストと目される存在だ。

 シングル数曲がスポティファイの人気プレイリストにピックアップされるなどして注目を集めた後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリース。こうしてイギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集め、これら音源をまとめた日本独自の編集盤として『サウス・ロンドン・サウンズ』を2021年にリリース。そして今回、昨秋に発表した新作の『ブロックウェル・ミックステープ』も日本でリリースされる運びとなった。そんな edbl に音楽をはじめたころまで遡り、どのようにして現在のスタイルを築き、新作を含めて様々な作品を作っていったのか、そしてこれからどこへ向かっていくのかなどを訊いた。

ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。

昨年リリースされた日本独自の編集盤の『サウス・ロンドン・サウンズ』に続き、日本では2枚目のアルバムとなる『ブロックウェル・ミックステープ』をこの度リリースしますが、まだあなたの経歴やプロフィールが広く伝わってはいませんので、改めて音楽をはじめたきっかけなどから伺います。もともとはリヴァプール近郊のチェスターという町に生まれ、7歳でギターを手にしたときからあなたの音楽人生はスタートしたそうですね。どんなきっかけではじめたのですか?

edbl:僕はチェスターで育ったんだけど、生まれたのは実はドイツのハイデルベルクという街なんだ。でもそこには1年くらいしかいなかったから、僕の地元はチェスターということになるね。ギターをはじめたきっかけとしては僕には3人の姉がいて、彼女たちはみんな幼い頃から楽器を弾いていたんだ。だから自分も取り残されないように、楽器を弾ける年齢になったらすぐに何かをはじめたいと思っていた。母親はギターが少し弾けて、姉のうちのひとりもギターを弾いていた。当時の僕はギター・サウンドのアーティストを聴いていてギターがかっこいいと思っていたからギターを選んだ。それがいまに至るというわけだよ。

いまも作曲はギターからはじめることが多いそうですが、ギターという楽器のどこに魅力を感じたのでしょう? また影響を受けたり好きだったギタリストはいますか?

edbl:ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。僕はギターの教師もやっているんだけど、教師をやっていて特にそう感じる。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。だからすぐに入り込むことができる。そういう点に魅力を感じたね。僕はあまり辛抱強いタイプではないから、ギターですぐに何かを演奏できるようになったときは感激した。すぐにギターが大好きになって、そこからいろいろと積み上げていった。
ギターを学び続け、周りの友人でもギターを弾いてる人がいたから社交的なつながりも生まれ、10歳くらいのときに友人と曲を作ったりしていたよ。遊びで作った曲だから酷いものばかりだったけどね。曲はすごく酷かったけど、作曲するのはすごく楽しかった。そういうギターの様々な魅力があったから僕はギターをずっと続けてきた。僕はいままでに素晴らしいギタリストたちと一緒に仕事をしてきたけれど、僕自身はギタリストにすごくハマっていたというわけではないんだよ。僕は幅広いポップ・ミュージックを聴いて育った。ロックを聴いていた時期も少しはあったけど、このギタリストが特に好きで聴いているとか、ギターのテクニックやバトルにすごく興味があるという感じではなかったんだ。自分が聴いている曲をギターで弾ければそれで良かった。

そうなんですね。では、最初は主にどんな曲を弾いていたのでしょう?

edbl:ギターを習う人なら誰でも最初に習う4~5曲を弾いていたよ。 ザ・モンキーズの “アイム・ア・ビリーヴァー” や、ボブ・ディランの “ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア”、ヴァン・モリソンの “ブラウン・アイド・ガールズ” など、ギターの名曲と言われるような曲だよ。もう少し大きくなってからはビューティフル・サウスというイギリスのバンドを聴いていたから、彼らの曲を弾いていた時期もある。それからアコースティック・サーフ系のジャック・ジョンソンも。当時の僕はそういう音楽がとても好きで、ジャック・ジョンソンの音楽はほとんどがアコースティック・ギターが基盤の曲だったから、曲を聴いて練習さえすれば彼のアルバムとほぼ同じようなサウンドが自分でも出せる。それができるのが楽しかった。

レーベルなどの情報ではティーンのときはブラーとかフォールズとか、主にギター・サウンド系のロック・バンドを聴いていたとあります。友だちとバンドも組んでたそうですが、やはりそうしたロックを演奏していたのですか?

edbl:うーん、ロックではなかったと思う。イギリス以外で人気があったかどうかわからないけど、当時はインディー・ポップというジャンルがイギリスにあって、僕たちのバンドもそういう音楽をやっていたんだ。ギター・サウンドも入っているけれどポップの要素も強くて、アメリカのバンドで近いものだとストロークスだと思うけど、ストロークスよりもっとポップな感じの音楽なんだ。ヴァンパイア・ウィークエンドやザ・シンズもインディー・ポップに入ると思う。アークティック・モンキーズはインディー・ポップではないけれど、僕たちのバンドは彼らの影響を受けていたね。そういう感じの音楽をバンドではやっていた。アップテンポなポップ・ソング。ウォンバッツというリヴァプール出身のインディーズ・バンドがいちばん近いかもしれない。

ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。ロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。ライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。

そのときはカヴァー曲をやっていたのですか? それともオリジナルの楽曲も作っていたのでしょうか?

edbl:最初はカヴァー曲ばかりやっていたけれど、オリジナルの曲も作っていたよ。作曲は主に僕がやっていたけれど、他のバンド・メンバーと一緒にやることもあった。とても楽しかったよ。誰かと一緒に音楽を作るという経験はあのときが初めてだったかもしれない。そしてでき上がった曲をライヴで披露していた。僕たちのバンドは別に有名でもなんでもなかったけど、バンド・メンバーと一緒に曲を作って、それをライヴで演奏するというのはすごく楽しかったよ。

その後リヴァプール・インスティテュート・フォー・パフォーミング・アーツ(LIPA)に進学して音楽を本格的に専攻するのですが、親友のアディ・スレイマンとの出会いがあり、あなたの音楽人生にも大きな影響を与えることになります。まず彼の影響でR&Bやヒップホップ、ソウル系のサウンドに嗜好が変わったそうですね。その頃は具体的にどんなアーティストを聴いていましたか? また自身の楽曲制作にもそうした影響が表われはじめたのですか?

edbl:もちろんだね! 大学に入って自分とは全く違う音楽の嗜好を持つ人たちと出会ったことは、ものすごく大きな影響になった。影響とか以前にとても楽しかったんだ。様々な種類の音楽を初めて聴くという体験は最高だったよ。その経験が僕自身の楽曲制作を形成していったと思う。大学に入学した当初はインディー・ポップやインディー・ロックを聴いていて、自分もバンドをやってそういう音楽を歌ったりしていた。さっきも話したけどアメリカだとストロークスとか、イギリスにはインディー・バンドがたくさんいて、ザ・ウォンバッツやザ・ピジョン・ディテクティヴズなど。当時はそういう音楽が大好きだった。大学には僕と全く違う背景だけれど、同じように音楽に対する熱意がある人たちばかりがいた。そのときにローリン・ヒルやエリカ・バドゥ、ディアンジェロといったアーティストたちを教えてもらったんだ。それまで僕は彼らのことを聴いたことがなかった。
 ヒップホップも同様で、それまで僕はヒップホップをそんなに聴いてこなかったし、ヒップホップがどういうものであるのかさえもよく知らなかった。でも大学で仲良くなった女友だちがいろいろ教えてくれた。当時はスポティファイ以前の時代だったから、ハード・ドライヴで音楽を保存していたんだ。だから大学ではハード・ドライヴを持ってお互いの寮の部屋を訪ねて音楽を交換していた。そのときにア・トライヴ・コールド・クエスト、ジュラシック・ファイヴなどのヒップホップを教えてもらった。僕はとにかく全てを吸収したよ。すごく楽しい経験だった。その頃からR&Bやヒップホップを好んで聴くようになったね。そして自然にR&Bやヒップホップを作曲したり制作することに喜びを感じるようになっていった。

また学生時代の最後はアディ・スレイマンのバンドにギタリストで参加し、アジア・ツアーもおこなったそうですね。楽曲も彼と一緒に作っていて、その頃の作品はエイミー・ワインハウスの影響が強かったそうですが、あなたにとってアディはどんなパートナーでしたか?

edbl:あの頃は本当に最高な時期だったよ。そもそもアディとの関係は友だちとしてはじまったんだ。大学がはじまって数週間のうちに、いろいろな人たちが集まって一緒にセッションをしていた。LIPA にはギタリストを必要としているシンガーがたくさんいるし、誰かのためにギターを弾きたいというギタリストもたくさんいるからね。大学がはじまったその週くらいにアディを見かけたから、「僕たちのセッションに参加しないか?」と彼を誘ってみたんだ。そこで彼の歌声を聴いた。それは当時もいまも素晴らしい声だ。いちばん近い表現として「男性版のエイミー・ワインハウス」と言えるかもしれないけれど、彼女の声とはやはり全く違うソウルフルでユニークな声をしている。そのときは確か2010年だったと思うけど、彼に「君のためにギターを弾きたい」と言ったのを覚えているよ。彼もそれを快諾してくれた。さっきも話したように、僕と彼は最初は友だちからはじまったんだ。だから一緒に遊びに行ったり、くだらない冗談を言い合ったりしていた。それから音楽を一緒に作るようになった。
 その後大学2年のときに彼と一緒に住むことになった。大学3年のときも一緒に住んでいた。音楽を作るようになったのは一緒に住みはじめてからだったね。一緒に住んでいたからとても自然な形で音楽制作ができた。家で彼が歌いはじめたら僕がそれに合わせてギターを弾くという、そんな感じだった。それがよかったんだと思う。彼の曲で “ロンギング・フォー・ユア・ラヴ” というのがあるんだけど、それは僕が作ったギターのループがガレージバンドという音楽アプリにあったから、それを彼に聴かせたんだ。そしたら彼は「すごくいいね!」と言ってその場でループに合わせて曲を作りはじめた。それが彼にとってヒット曲になったんだ。一緒に住んでいた頃は、そういういくつもの小さなセッションが自然に起こっていた。
 そして僕たちの音楽もお互いに上達していった。学生時代の最後はアディが音楽業界から注目されるようになって、僕たちが卒業する頃にはアディはマネージメント契約やパブリッシング契約、レーベル契約を結んでいて、彼は音楽をフルタイムでできるようになった。そして彼のチームに僕を招いてくれたから僕もフルタイムで音楽ができることになった。

LIPA ではアコースティッキー・ギター・シンガー・ソングライター(Acoutic-y Guitar Singer Song Writer)という自身のプロジェクトをやっていたそうですが、これはどんなものだったのですか?

edbl:大学時代にアディと一緒に音楽制作ができたのは素晴らしいことだったけれど、僕は昔から自分だけの作曲もしてきて、オリジナルの曲を作ることも好きでやっていたんだ。だから大学では別のバンドにも所属していて、そこでも作曲をしていた。最初のころに完成された曲は先ほど話したようなインディー・ポップ調の曲が多くて、フル・バンドで演奏するようなものだった。でも、僕は自分ひとりでギターを弾いてフォークっぽい音楽やフィンガー・ピッキングをするギター音楽を演奏するのも好きだった。だから自分の本名である「エド・ブラック(ブラックウェル)」として音楽を公開しはじめた。それがフォーキーでシンガー・ソングライター寄りの音楽なんだよ。
 その名義でギグを何回かやって、楽曲もスポティファイに載っているけれど、そこまでの人気は出なかった。僕としても売れるために作っていたわけではなくて、楽しいからやっていただけだった。edbl もまさかここまで広まるとは思っていなかったけどね。edbl 名義の音楽とは全く違うけれど、僕はいまでもフォーキーな音楽を作るのが好きだから、去年も曲をひとつ公開したよ。「エド・ブラック」名義で少しプロダクション色が強いけれど、やはりフォーキーな感じの曲。まあ僕が好きでやっている個人プロジェクトみたいなものだね。

なるほど。では「edbl」というプロジェクト名は「エドブラ」と発音するのですね!

edbl:そうだよ!

当時はアディ・スレイマンとのコラボ、自身のプロジェクトのほか、さまざまなシンガー、シンガー・ソングライターとのセッションをおこなって自身の音楽を磨いていったわけですが、たとえばどんな人たちとセッションしていましたか? また、そうした出会いがいまに繋がって、あなたの作るトラックとシンガーとのコラボという現在のスタイルへなっているわけですよね?

edbl:その通りだと思う。でもコラボレーションの多くは大学時代以降のものが多いんだ。大学時代は音楽をプロデュースするということにあまり興味を感じていなかった。僕はライヴ演奏をするギタリストだったからギグをやるのが大好きで、いろいろな人たちと一緒に、もしくはあるバンドのギタリストとして演奏することが多かった。だから一時期は4つか5つのアーティストたちのギタリストをしていたこともある。ギグをたくさんやってすごく忙しい時期だった。いまでもギグは大好きなんだ。コラボレーションに関して言うと、LIPA では作曲の授業があった。他人と一緒に同じ空間で「じゃあ何か作ってみよう」という経験はそのときが初めてだった。全くのゼロからという状態で。そりゃ最初は不安だったけれど、徐々に慣れていったし、同じ大学の知り合いや顔見知りだったからそこまで違和感があったというわけじゃなかった。
 楽曲のプロダクションをはじめたのは、その後の時期に友人とポップ調の曲を作るようになってからだった。その曲をプロデュースする人が必要になって、僕たちはロジックというソフトウェアの基本的な操作を知っていたから、まずデモを作ってそこから曲を作り上げていった。ロジックはいまでも使っているよ。でも、これは大学を卒業してから数年経ってからの話なんだ。

では在学中はセッション・ギタリストとして、大学の仲間や他のアーティストたちとギグをやっていたということですね?

edbl:そうなんだ。アディとも一緒にやっていたし、僕はナイン・テールズというバンドをやっていて、そのギグもやっていた。それから『サウス・ロンドン・サウンズ』にも参加しているジェイ・アレキザンダーという人と一緒にギグもやって、音楽もリリースしていた。それ以外にもシンガーと一緒にギタリストとしてギグをやったり、バーのギグでカヴァー曲を演奏したりもしていた。だからいろいろな人たちと数多くのギグをこなしていたんだよ。

LIPA 卒業後はアディと一緒にロンドンに出てきて、彼のツアーに参加するほか、ソングライター、ビートメイカー、ミュージシャンとしての自身の活動も展開していきます。リヴァプールとロンドンではやはり環境も大きく変わりましたか?

edbl:確かに慣れるまでには時間がかかったね。実はアディと僕は、リヴァプールからロンドンに移る間にノッティンガムに引っ越したんだ。ほんの9ヶ月という間だったけどね。すぐにロンドンに移住するには少し抵抗があったけれど、リヴァプールには大学で3年間もいて遊びまくっていたから(笑)、まずリヴァプールを離れたいという思いもあった。だから静かに音楽の仕事ができる所ということでノッティンガムに移ることにしたんだ。でも実際のところ、最初はそう簡単に行かなかった。先ほど話したように、僕とアディが作曲をしはじめた頃は同じ屋根の下で暮らしていたから、セッションが自然に起きて作曲できていたんだけど、ノッティンガムに移ってからは「今日は曲を作ろう」と決めて作業をしようとしていたから、少し強制的な感じがあったんだ。僕たちはもともと友だち同士だからすぐに気が紛れてしまうし、あまり強制的に作曲することに慣れていなかった。だからノッティンガムにいる時期はそこまでたくさんの曲ができなかった。ノッティンガムはひとつの移行期だった。
 そしてロンドンに移った。ロンドンに移ったことは正しい選択だと思っているし、僕たちはロンドンに移ってよかったと思う。でもロンドンは大都市だし、僕はロンドンに知り合いがそんなに多くいなかったから最初は不安もあった。ロンドンでもアディと一緒に住んで、僕たちは作曲を続けていた。ロンドンに移ってよかったのは、僕が他の人たちとセッションしたり、音楽の仕事をするようになったということだね。ノッティンガムではアディとしかしていなかったから。ロンドンに移ってからは人脈を広げて、色々な作曲家などと一緒に仕事をするようになったんだ。イギリスのプロデューサーや作曲家の多くはロンドンに集まっているから、僕にとっては最適な街だった。

サウス・ロンドンのブリクストンを拠点にしていますが、デヴィッド・ボウイの生まれ故郷だったり、ザ・クラッシュの曲の舞台になったりと、ロックのイメージが強い街です。サウス・ロンドンの音楽の盛り上がりが日本にも伝わる昨今ですが、そのなかでもブリクストンのいまのシーンはどんな感じですか?

edbl:僕個人は特に影響を受けてはいないんだけれど、ブリクストンの歴史でもうひとつ加えるとしたらカリブ地域の影響が多々あるということだね。ブリクストンにはレゲエ音楽やカリブ料理屋がたくさんあって、カリビアンのコミュニティーがある。デヴィッド・ボウイの生まれ故郷でもあるけれど、そういう一面も大きい。サウス・ロンドンは最高だよ。僕はいままでにロンドンの3カ所に住んだけれど、その全てが南の街だからサウス・ロンドンには馴染みがあるんだ。
 ロンドンは都市自体がとても多様な都市だから、シーンについては答えるのは難しいな。たとえばハウス・ミュージックが好きな人がいたら、ロンドンの南にも東にも北にも、その人が楽しめるシーンがあると思う。それはダブステップやポップスや、僕のシーンとされているR&Bやソウルでも同じことが言えるんだ。ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、僕の経験からすると特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。サウス・ロンドンというかロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。それからライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。全てが混在している都市なんだ。

最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思う。

あなたのキャリアに戻りますが、ソロ・アーティストとして2019年に “テーブル・フォー・トゥー” でデビューし、その後 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” “ビー・フー・ユー・アー” “アイル・ウェィト” など精力的にシングル・リリースをおこないます。特にアイザック・ワディントンと組んだ “ザ・ウェイ・シングス・ワー” がスポティファイの人気プレイリストにいろいろピックアップされたことにより、あなたの人気に火がつきはじめます。ストリーミング時代ならではの露出の仕方かと思いますが、何か意識してアプローチしていったところはあるのでしょうか?

edbl:そうだね、ストリーミングは僕の場合は上手くいったけれど、ブレイクするのに苦戦するときもある。僕は自分の楽曲がいくつかでき上がってきた時点で、一般の人たちに聴いてもらうにはスポティファイかアップル・ミュージックに載せるのが妥当だと思った。フィジカルという形式で音楽を出すのもひとつの案で、僕は日本などでそれができたことを幸運だと思っているけれど、最近のリスナーはストリーミング・サーヴィスを使って音楽を聴いているからね。だからスポティファイに自分の音楽を載せることは当然の決断だった。幸運なことにスポティファイは僕の音楽に対して最初からとても協力的で、当時の僕は無所属のアーティストだったけれど、僕の音楽をスポティファイのプレイリストに加えてくれた。スポティファイの協力があったからこそ、僕のいまのキャリアを築くことができたと思う。

だいたい自宅のリヴィングで楽曲を作っているそうですが、まずギターでコードを弾き、それをロジックに落とし込んでビートを作っていくことが多いそうですね。それから、シンガーなどのゲストとはときに対面して、ときにはデータのやり取りでメロディや歌詞をつけ、それをまとめて楽曲を完成させるというスタイルですか?

edbl:いい質問だね。そうだよ。いまインタヴュー中の僕がいるのがちょうどリヴィング・ルームで、ここで作曲をしているんだ。作曲の流れもいま君が言った感じで合っているよ。具体的な作業はアーティストごとに違ってくるけれどね。大抵の場合、僕は3つの異なったスタート地点から作業をはじめるようにしている。まず、僕は一緒にやるアーティストのオリジナル楽曲を聴くんだ。デモやすでにリリースされているものなどをね。そしてギターかピアノを使ってコードのループを作ってみる。3つくらいのヴァージョンを作っておくことが多いかな。そしてアーティストがミーティングなどに来たときに、その3つのアイデアを聴かせると、そのうちのどれかひとつか、場合によってそれ以上を気に入ってくれる。ひとつもないときは、じゃあ他のことをやってみようということになるけど(笑)。たいていの場合はアイデアのうちのひとつは気に入ってくれて、それを基盤にして曲を作っていき、僕はビートを作っていく。
 でもメロディや歌詞に関しては、アーティストによって取り組み方が違うから僕も毎回アーティストに合わせて作業を進める。アーティストによってはひとりで座って、静かな環境でハミングしながら、スケッチを1時間くらい続けてから「よし、できた!」と言ってヴァースやコーラスを歌ってくれる人もいる。他のアーティストだと、僕に聴こえるように歌って、たくさんのヴォイス・メモを録音して、聴いている僕が「それいいね!」と言ったりする。そして僕が「この部分をこうやって、ああいうふうにやってみるのはどうかな?」と提案したりもする。こちらのほうがよりコラボレーション色が強い作業と言えるかもしれない。歌詞に関しても、作詞は僕の得意分野ではないから、アーティストに全てを任せて、僕はプロデュース面を強化する場合もある。
 でもアーティストによっては作詞がそこまで得意ではない人もいるから、そういう場合はふたりでテーブルに座ってお茶を飲みながら、一緒に歌詞を書き上げたりする。僕の関与度はアーティストによって違うんだけど、僕はアーティストであると同時にプロデューサーとしての視点が強いから、いつの場合もできる限りアーティストに融通の利く対応をしたいと思っている。アーティストはひとりひとり全く違う人たちだからね。

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歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。

その後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリースし、イギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集めます。これら音源をまとめて日本から『サウス・ロンドン・サウンズ』がリリースされ、昨秋にリリースした新作の『ブロックウェル・ミックステープ』もリリースされる運びとなりました。ロンドンに出てきてからすっかり世界的に注目される存在となったわけですが、これまでの自身の歩みを振り返ってどう思いますか?

edbl:とても驚いていると同時に感激しているよ。僕は大学を2013年に卒業したから、音楽業界に入って様々な活動を続けて10年近くになるんだ。アディのバンドや他のアーティストたちと演奏したり、作曲やプロダクションもたくさんしたし、バーでのギグやウェディング・バンドなど数多くの活動をしてきた。それは全て僕の旅路の一部であり、最高の経験だった。先ほどの質問にもあったように、僕は2019年の夏に4つの曲をリリースしたんだけど、当時は何の期待もしていなかった。フォーク・シンガー/ソングライター名義のエド・ブラックみたいな反応で、気に入ってくれる人はいるだろうけれど、何万人ものリスナーがつくとは思っていなかった。でも最初に edbl に対して比較的たくさんの人が好意的な反応を示してくれたときは、本当に勇気づけられたよ。最初はほんのわずかな人数だったけれど、ある程度のファンベースがあるとわかった時点で『edblビーツ』第1集のような作品を作ることに対して価値を見出せる、僕の音楽を聴いてくれる人がいるとわかっているほうが作曲の励みになるし、背中を押されている感じになる。まあ、僕の音楽を聴く人が誰もいなくても僕は音楽を作り続けると思うけれど……。
 しかも僕の成長はとても自然で段階的なものだったからよかった。たった1曲をリリースして一夜で有名人になる、というパターンではなかったからね。それはそれで楽しいと思うけれど(笑)、edbl プロジェクトの良いところは2019年以来、順調に上昇を続けてきている点だね。今後は edbl プロジェクト以外の仕事をやらなくて済むだろう。去年も数多くの edbl プロジェクト以外の仕事を止めることができて、edbl プロジェクトに集中することができたからね。それはとても嬉しいことなんだ。僕の夢は edbl プロジェクトだけをやっていくことだから、いまはまさに夢を実現しているところだよ。とても最高な流れで、自分はとても幸運だと思っている。

日本では同じロンドンのトム・ミッシュ、ロイル・カーナー、ジェイミー・アイザック、ジョーダン・ラカイなどに比較されることもありますが、あなたの場合は彼らのように自ら歌ったりせず、あくまでギターを中心としたマルチ・ミュージシャン/トラックメイカーに徹して、歌はゲスト・シンガーに任せるといった印象があります。そのあたり、何か自身のサウンドやスタイルに対するこだわりはありますか? また、自分で歌をやらないのには何か理由があるのでしょうか?

edbl:歌に関して僕は少し変わっているのか、僕はいままでバンドをやって歌っていたし、フォーク・サウンドのエド・ブラック名義では歌っているから、歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。だから edbl プロジェクトでは、当初から自分の歌よりも他の人の声を使っていた。僕もときにはビートに合わせて歌って、メロディを考えたりセッション中に何かを思いついて、それを曲に使ったりするんだけど、大抵の場合メロディを作曲したり歌詞を書いたりするということは、edbl プロジェクトとは全く違った次元のことだと僕は捉えているんだ。僕は自然に素敵なR&Bのメロディを思いつくことができないからね。少なくともいまの段階では。でも今後はそういう要素も edbl プロジェクトに加えていきたいと思っているんだ。
 それから僕の声は、シンガー・ソングライター寄りの声だと個人的に思っているところがある。それをもっと edbl プロジェクトのサウンドに合うような声になるようにしている最中なんだ。でも僕は歌うのが嫌いってわけじゃないんだよ。『ブロックウェル・ミックステープ』の “ネヴァー・メット” というニック・ブリュワーというラッパーが参加している曲は、僕がコーラスを歌っているんだ。それはクレジットに掲載していないかもしれない。大ごとにしたくなかったからね。最初は僕が歌ったものを録音して、他の人にこのパートを歌ってもらおうと思っていたんだけど、音源をミックスしたら自分の声でも悪くなかったから、そのまま自分の声を使うことにした。たくさんのゲストを起用するのも良いけれど、自分でできることが増えればそれに越したことはないからね。
 それから磯貝一樹という日本人のギタリストと作品をリリースする予定があって、その作品では僕が歌っているよ。作品の大部分がインストゥルメンタルなんだけど、それに合わせたメロディがいくつか思い浮かんだから、僕がヴォーカルを加えることにした。とても楽しい体験だったよ。だから自分が歌うということに関しては、まだ練習中で徐々にビルドアップしていきたいと思っている。いつか僕だけのヴォーカルが使われている曲を発表することができるかもしれない。そういう曲を作りたいとは思うけれど、サウンド的にマッチしているものでなくてはならないと思うんだ。

僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。

それは楽しみですね! 『サウス・ロンドン・サウンズ』でもそうでしたが、『ブロックウェル・ミックステープ』もほぼ1曲ごとにシンガーやラッパーが入れ替わり、そうしたいろいろなコラボを楽しみながらやっている印象があります。こうしたシンガーたちとは日頃のセッション活動から交流を深め、それが発展して作品に参加してもらったり、コラボしているのですか?

edbl:コラボに至るには様々な方法があるよ。去年あたりからは面識のないアーティストとの連絡の取り合いがベースとなって、コラボに至ったケースが増えたね。その流れとしては、まずスポティファイなどで気に入ったアーティストを見つけたら、DMやメールなどで連絡を取りあう。その逆もあって、僕の音楽を聴いたアーティストが一緒に仕事をしたいと僕に連絡をくれるときもある。この時点では何の面識もない初対面同士だから、最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。それに、音楽を作る作業はときにはパーソナルなことも関わってくるし、心の痛みを伴うこともある。だからそのためにも、お互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思うんだ。そういう意味での「セッション」、つまりメールやスポティファイやインスタグラムでのやり取りから関係性が生まれるときもある。
 でも僕がプロデューサー活動をはじめたばかりの頃は、全く別の方法でコラボレーションをしていたんだよ。自分が作ったビートがあったら、自分の知り合いのなかからそのビートに合う人で、僕のプロジェクトに参加してくれそうな人を考える。いまでは幸運なことに、僕にはある程度の土台ができているから、コラボレーションしてくれる人の幅も可能性も増えた。数字が全てというわけではないけれど、アーティストによっては僕のフォロワー数やリスナー数を見て、「この人はこういう活動をしてきて、成功しているな」と一目で分かりやすい方が、仕事をしたいと思う人もいるだろう。でも駆け出しの頃の僕はそんな実績もなかったし、フォロワーもいなかったから、知り合いのなかで誰がこのトラックに参加してくれるだろうということを考えていた。
 最初にリリースした4つのシングルもそういう流れで作られたんだ。“シンメトリー” という曲にフィーチャーされているティリー・ヴァレンタインは、僕が edbl プロジェクト以前に作曲やプロダクションのデュオをやっていたときに知り合ったんだ。だから edbl プロジェクトの数年前から一緒に作曲をしたことがあった。そして edbl プロジェクトをはじめたときに、この音楽のスタイルにはティリーがぴったりだと思った。そうやって彼女とコラボレーションすることになった。
 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” で歌っているアイザック・ワディントンに関しては、実は当初はジェームス・ヴィッカリーというアーティストにこの曲を歌ってもらっていたんだ。イギリスの素晴らしいR&Bのアーティストだよ。でも僕がこの曲をリリースしたいと思った時期に彼はアメリカのマネージメント会社と契約を結んでいたから、契約上の都合で彼の音源はリリースできなくなってしまっていた。そこでまた振り出しに戻ってしまったんだけど、いろいろなタイミングが重なって結果的にとても良いものが生まれた。ちょうどその頃の僕はアディとツアーをしていて、マチルダ・ホーマーというアーティストがアディのサポート・アクトだった。そしてアイザックはマチルダのバンドでピアノを弾いていた。ふたりは恋人同士でもあったと思うけど、僕たちはみんなで一緒にツアーをしていて、僕はアイザックの声をすごく気に入っていた。そこでアイザックに、「僕が作ったビートがあるんだけど、この曲で歌ってくれないか?」と頼んだら彼もビートを気に入ってくれて曲で歌ってくれた。そんな流れだった。
 それから、“ビー・フー・ユー・アー” のジェイ・アレクザンダーは、先ほども話したけれど大学の友だちで、長いこと一緒に作曲をしていた。だから彼とのコラボレーションはとても自然な流れだった。そして4つ目のシングルでコフィ・ストーンが歌っている “アイル・ウェイト” は、アイザックのときと似たような流れで、コフィはアディのバーミンガム公演のサポート・アクトだったから、僕はコフィと知り合いになり、自分で作ったビートがあるからそれに参加してくれないかと彼に頼んだんだ。
 こんな具合に最初の頃はとても自然な流れでコラボレーションが生まれていた。僕自身も音楽活動を長く続けていたおかげで、アディとツアーする状況に恵まれ、その場にいた様々なアーティストたちに声をかけて曲に参加してもらうように頼むことができた。先にある程度の関係性が築けていたほうが、断然一緒に仕事をしやすいと思う。全く知らない他人から連絡を受けていたら、アイザックもコフィも「この人は誰なんだろう?」って思うかもしれないけれど、先に友人としての関係性ができていれば、彼らに「暇なときに家に来て、何か一緒に作ってみないか?」と気軽に誘うことができる。だから僕は当初からとても才能ある人たちと自然にコラボレーションするという機会に恵まれていたと思う。

『ブロックウェル・ミックステープ』ではヌビアン・ツイストのチェリース・アダムス・バーネットも参加していますが、他はまだあまり日本では知られていないシンガーが多い印象です。あなたから見て特にオススメのアーティスト、注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:このプロジェクトの魅力のひとつは、様々なアーティストとコラボレーションできることなんだ。『ブロックウェル・ミックステープ』でもある程度名の知れたアーティストから、ロージー・Pのようなまだ1曲しか曲をリリースしたことのない新人まで、幅広いアーティストたちに参加してもらっている。ロージー・Pはまだすごく若くて、とても才能がある。彼女は素晴らしいよ。僕はそういうアーティストたちに、このプロジェクトという基盤を提供してあげられることを嬉しく思っている。そうするとこのプロジェクトが彼らの旅路の一部になっていく。
 オススメのアーティストに関して言うと、edbl の楽曲に参加してくれたアーティストは全員聴いてもらいたいと思う。僕が彼らと一緒に仕事をしたのは、彼らが素晴らしいアーティストだと思ったからだし、彼らのオリジナル作品もとても素晴らしいからね。それに歌のスタイルも多様だ。ラップする人もいるし、オルタナ・インディーっぽい人もいるし、ジャズを歌う人もいるし、ソウルのヴォーカリストもいる。僕がいままで一緒に仕事をしてきたアーティストたちで、特に気に入っているのはチェリース、それから “シンプル・ライフ” で歌っているエラ・マクマーレイ。彼女も新人で、“テイク・イット・スロウ” というとても美しい曲をリリースしているからぜひ聴いてみて欲しいね。それはすごくオススメ。とにかく、edbl の楽曲に参加しているアーティストはみんなチェックしてもらいたいね。

ありがとうございます。では、あなたのミックステープにはいないアーティストで最近注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:もちろん! 最近の注目というか、僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。彼はロイル・カーナーやジョイ・クルックスといった、僕も大好きなアーティストたちともコラボレーションをしてたりする。彼も去年とても素晴らしいアルバムを出したね。

『ブロックウェル・ミックステープ』の楽曲は、いままでの流れからのネオ・ソウルやローファイ・ヒップホップ調のものがある一方で、“ネヴァー・メット” や “レモネード” のようなディスコとジャズ・ファンクがミックスしたスタイルが出てきているのも印象的です。このあたりはアンダーソン・パークキートラナダ、トム・ミッシュなどにも通じる流れですが、新しいスタイルへの挑戦と捉えてもいいですか?

edbl:その点に気づいてくれて嬉しいよ。僕が音楽を作ると、自然にローファイ・ヒップホップ調のBPMが90~100くらいのものができるんだ。そこが自分の心地よい領域というか得意分野なんだと思う。でもときにはハウスやディスコに近いものを作るときもある。そういうスタイルも大好きだからね。でも自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。そういう楽曲を作るのは楽しかった。そこで今回の “ネヴァー・メット” や “レモネード” のような曲ができたときに、マネージャーにそれを送ってこの edbl プロジェクトに合っているか尋ねてみたんだ。マネージャーは新しいスタイルの曲はテンポが速かったり、コードの感じが少々違うかもしれないけれど、edbl らしいサウンドの要素は十分入っているから、プロジェクトとの一貫性はあると言ってくれた。これらの曲ができ上がったエピソードも面白いんだよ。
 “レモネード” は僕がフォローしている、素晴らしいプロデューサー/マルチ演奏者でカウントという人がいるんだけど、その人がビート・チャレンジという企画をしていて、彼の作ったドラム・ループを無料でダウンロードして好きに使えるように提供したんだ。僕はそれをダウンロードして “レモネード” のトラックを作った。そして以前も一緒に仕事をしたキャリー・バクスターにそのトラックを聴かせたら、ヴォーカルで参加したいと言ってくれたので、彼女は僕の家に来て “レモネード” の歌詞を書き上げたんだ。
 そして、ニック・ブリュワーが参加してくれた “ネヴァー・メット” のときはまた違ったアプローチで、僕とニックは音楽的な背景が全く異なっていた。むしろ共通点がほとんどなかったくらいだった。だから話し合いの時間を長くとって、お互いが納得する妥協点を探ろうとした。すると僕たちはマック・ミラーが大好きだということがわかり、マック・ミラーにはアンダーソン・パークと一緒にやっている曲で “ダング” というのがあって、僕はその曲がすごく好きだったからそれをニックに聴かせたんだ。ニックもその曲を気に入ってくれたから、その曲が “ネヴァー・メット” の基盤になったんだよ。この2曲は自分の得意分野より少し外れたものだったけれど、普段とは違うスタイルに挑戦するのは楽しかったし、そういう挑戦を今後も続けていきたいと思っている。

自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。

“アイ・エイント・アフレイド・ノー・モア” “B.D.E.” “ブレス・サムシング・ニュー” のようなボサノヴァを取り入れた曲もあなたの魅力のひとつです。“ブレス・サムシング・ニュー” はロージー・Pの歌声が少しトレイシー・ソーンを彷彿とさせるところもあり、エヴリシング・バット・ザ・ガールのようなネオ・アコを想起させました。ギター・サウンドを特徴とするあなたならではですが、特にボサノヴァやブラジル音楽の影響を意識したところはありますか?

edbl:影響はあると思うけれど、それはおそらく無意識的なものだと思う。僕はトレイシー・ソーンもエヴリシング・バット・ザ・ガールも知らないから、いまメモしておいたよ。このインタヴューの後にチェックしてみるね。僕はアコースティック・ギターが昔から大好きで、子どもの頃からアコースティック・ギターを学んでいて、クラシック・ギターの練習もしていたから楽譜を読むこともできる。エレクトリック・ギターをはじめたときは、クラシック・ギターが嫌いになったことも一時期あったけど、親にやめないように説得させられて続けていた。でも続けて本当に良かったと思っている。右手と左手のテクニックがとても流暢になるからね。そのおかげで僕はフィンガー・ピッキングやリズム基調のギター演奏が得意になったんだと思う。
 それからアディと一緒に活動していたとき、彼はエイミー・ワインハウスにすごくハマっていて、AOL Sessions という動画(https://www.youtube.com/watch?v=OTpcLir9pQo)を見せてくれたんだ。エイミーはまだとても若くて、バンドはついているんだけどアコースティックな演奏で、ナイロン・ストリングのギターがメインになっている。僕もナイロン・ストリングのギターは昔から持っていて、いまでも使うことがあるよ。エイミーのギタリストを務めているフェミという人は素晴らしいギタリストで、非常にリズミックでもある。僕はその影響を受けて、自分自身もリズミックなギタリストであると自覚している。僕はギター・ソロやリード・ギターなどはあまり得意ではないというか、できることはできるけれど、自分の強みだとは思っていない。昔からリズミックなギターの演奏が好きで、ギターをドラムのように叩いたりするときもあるくらいなんだ。そういう影響からボサノヴァ調のリズムや楽曲が生まれたんだと思う。意識的にブラジル音楽を聴いてきたわけではないんだけど、ブラジル音楽などのリズムは昔から大好きだった。

ではネオ・アコやフォーク系のアーティストからの影響はいかがでしょうか?

edbl:edbl のサウンドにはあまり影響していないと思うけど、影響は確かに受けていると思う。僕が大好きなフォーク・ギターのアーティストはベン・ハワード。それからボンベイ・バイシクル・クラブというバンドも大好き。インディー・ロックのバンドなんだけど、彼らの2枚目のアルバムはアコースティックで見事だった。それからダン・クロールという LIPA の先輩で素晴らしいシンガー・ソングライターや、マリカ・ハックマンも好き。マイケル・キワヌカのソウルフルなフィンガー・ピッキングも大好きだし、ボン・イヴェールのようなオルタナティヴなフォークのサウンドにも大きな影響を受けている。いまでもそういう音楽は大好きだよ。edbl プロジェクトに影響を与えているとしたら、おそらく無意識的なところから来ていると思うけれど、多様な音楽的背景があるのは大切なことだと思うからね。

“B.D.E” や “ブレス・サムシング・ニュー” ではホーンとの見事なアンサンブルも披露しています。シンガーだけではなく、こうしたホーン・プレイヤーがあなたのサウンドに彩りをもたらしているわけですが、彼らのようなミュージシャンとも日頃からいろいろセッションしているわけですか?

edbl:そうなんだ、僕はトランペットの音が大好きでね、理由はわからないけれどジャズの影響からかもしれない。それにアディも昔から自分の音楽にホーンを取り入れていて、僕たちがフル・バンドとギグをやりはじめた頃からずっとトランペット演奏者を入れていた。僕は以前にもホーン・プレイヤーとセッションをしたことはあったけれど、ツアーしたのはあれが初めてだった。音色がとても素敵で、シンプルな表現をしているときでも、その場の雰囲気を盛り上げてくれる。トランペットやサックスを吹く姿も様になっているし、音も最高だ。
 アディのツアーに同行していたのはマーク・ペリーという演奏者だった。そして僕が『edbl ビーツ』第1集の制作をはじめたとき、僕はこの作品にミュージシャンに参加してもらいたいと考えていた。幸運なことに僕はアディのツアー・バンドの素晴らしい演奏者たちを知っていたから、マークに声をかけて参加してもらった。でも実はマークにはかなり過酷な労働をさせてしまったんだよ。1日で7曲か8曲分の演奏をしてもらったからね。トランペットという楽器は実際にあまり長い間演奏することができないらしい。長時間演奏すると口が痛くなってくるそうなんだ。だから彼の貢献にはとても感謝しているよ。彼にはあの日かなり無理をさせてしまったけれど、結果としてとてもいいものができた。
 それからジェイミー・パーカーというピアニストともよく一緒にセッションをしているよ。彼も最近オリジナルの作品を作るようになって、僕も一緒に作ったりしているんだ。それも楽しみなプロジェクトだ。だから僕は様々なミュージシャンたちと日頃からセッションしているよ。トランペットのマークとは edbl プロジェクトを開始した当初から一緒に仕事をしてきて、いまでもその関係は続いているんだ。

いまはコロナもあったりしますが、普段はライヴ活動もおこなっているのでしょうか? アルバムではゲスト・シンガーも多いので、メンバー集めも大変そうですが……

edbl:2020年の初めの頃に「今年は edbl のライヴができたらいいな」と思っていたんだけど、パンデミックが起こってしまったから実現できなくなってしまった。でもパンデミックは edbl プロジェクトにとっては良いことだったと振り返ってみれば思うんだ。その当時、僕はまだたくさんのギグやバーでのライヴをやっていたんだけど、その全てがパンデミックの影響で中止になった。それは残念なことで、僕は手持ち無沙汰になってしまったけれど、同時に edbl プロジェクトやプロダクション作業に集中する時間ができたということだった。僕のスケジュールに変更がなかったら、これほどまでの時間はなかったからね。ある意味で不幸中の幸いだったのかもしれない。パンデミックがあったから僕は毎日自宅にこもり、パソコンでビートを作り続けていた。そして徐々に技術的にも上達していった。
 でもライヴ活動はつねに頭の片隅にあるよ。自分が音楽に夢中になって、音楽で生計を立てていきたいと思ったのもライヴ音楽からの影響だからね。だから edbl のライヴをやりたいとは思っていたし、どうやって再現するのかも考えていた。
 そして去年はブッキング・エージェントと契約を結び、来年の3月にイギリスでヘッドライナーとしてのライヴをおこなうことが決定したんだ。ものすごく楽しみだよ! でも同時に、これが edbl としての初ライヴだから不安もあるけれどね。アーティストは最初にライヴを重ねて知名度を上げて、曲のレパートリーを増やしていくパターンが多い。アディと僕がライヴ活動をはじめた頃は5曲くらいしか持ち歌がなかった。ライヴで演奏する曲を増やすためだけにアディが作曲していた時期もあったんだよ。ライヴの日までに書いている途中の曲を完成しなければいけないというときもあった。でも僕のいまの状況はそれとは真逆で、僕はすでに90曲以上の楽曲があるけれど、3月のライヴが初のライヴとなる。それはそれで自分が最も得意な曲を選んで演奏できるからいいんだけど、ヘッドライナーですでにチケットが完売しているライヴが、自分にとって初めてのライヴというのは緊張するよ。最高な体験になるのは間違いないと思うけどね。
 ライヴのセッティングに関しては、なるべく多くのゲスト・アーティストたちに参加してもらって、曲ごとにステージに上がってもらって、僕と共演する形にしたいと思っている。ライヴ・バンドがついているから、僕はギターに専念して演奏できるし、アーティストもライヴ・バンドと共演できる。いろいろなゲストたちに自分の歌う曲の番になったらステージに上がってもらって、次の曲はまた別のゲストにステージに上がってきてもらうという感じにしたいんだ。ツアーをするときはヴォーカリストひとりに同行してもらうことになると思う。大勢のゲストをツアーに同行させたい気はもちろんあるけれど、それは何かと大変になってしまうからね。

では最後に今後の活動予定や、何か新しいプランがあればお願いします。

edbl:僕はこれからもいろいろなアーティストたちとコラボレーションをしていくから、今後はさらにビッグなアーティストたちと一緒に仕事ができたらいいと思う。ロイル・カーナーやジョイ・クルックスなどは僕が聴いてきたアーティストで、いつかぜひ仕事をしたいと思っている人たちだから、彼らのようなビッグなアーティストたちとも仕事をしたいし、より幅広い分野の人たちと仕事をしていきたいと思っている。それから先ほども話したけれど、日本人ギタリストの磯貝一樹とのコラボレーション作品をリリースする予定で、それは日本でもリリースされると思うよ。とても楽しみだ。
 また今年は比較的短い作品をリリースしようと考えているんだ。ビート集やミックステープを作るのも楽しいんだけど、かなりの作業量で、ビート集は19曲ずつ収録されているからミックスの作業が結構大変なんだよ。だから今年はもっと短い、EPのような作品をリリースしていこうと思っている。EPにつきひとりのアーティストとコラボレーションをして、4、5曲を収録するような感じで、そういうのをいくつかやろうと思っている。楽しみだよ。あとはライヴ活動だね。最初のライヴは3月にあって、6月にはブロックウェル・パークという公園のフェスティヴァルに出演するよ。この近所にある公園なんだ。だから今回のミックステープは『ブロックウェル・ミックステープ』というのさ。今年はそれ以外にもいくつかライヴができたらいいと思ってるよ。

DJ Stingray 313 - ele-king

 これは嬉しいニュース。昨年の「Molecular Level Solutions」リリース時に予告されていたとおり、DJスティングレイのファースト・アルバム『F.T.N.W.O.』が、彼自身の主宰する〈Micron Audio〉から4月11日にリイシューされる。アートワークも刷新された模様。
 もともと同作は2012年にベルギーの〈WéMè〉からリリースされていた作品で、長らく入手困難な状態がつづいていた。これを機に、ドレクシアの魂を継承する第一級のエレクトロを堪能したい。

 なお今回のリイシューに先駆け、〈Micron Audio〉からはコペンハーゲンのプロデューサー Ctrls によるEP「Your Data」もリリースされる。2月28日。そちらもぜひチェックをば。
 

Loraine James - ele-king

 昨年〈Hyperdub〉より『Reflection』という快作を送り出したエレクトロニック・ミュージックのプロデューサー、ロレイン・ジェイムズが新作を発表する。
 ワットエヴァー・ザ・ウェザー(Whatever the Weather:どんな天気であれ)なる新たな名義で、同名のファースト・アルバムが〈Ghostly International〉より4月8日にリリースされる。
 アンビエント・プロジェクトと報じられているが……公開されている先行シングル “17℃” はジャングルの再解釈といった感じですね。いずれにせよ要チェックなのは間違いなし。
 ちなみに、2021年を振り返る紙版エレキング最新号には、ロレイン・ジェイムズのインタヴューが掲載されています。そちらもぜひご一読を!

Bonobo - ele-king

『Fragments』の仕上がりがすこぶるよい。せっかくなので作者であるボノボの進化の過程をふりかえってみよう。
 ボノボことサイモン・グリーンが英国南部のブライトンに生まれたのは1976年、前年には CAN がこの地でおこなったライヴの模様が先日出た未発表のライヴ盤『Live in Brighton 1975』でつまびらかになったが、まだ生まれてもいないサイモンは当然その場にいあわせていない。他方で長ずるに音楽の才能を開花させ20代前半には地元のクラブ・シーンを中心に頭角をあらわしはじめたグリーンはミレニアム期に地元の〈Tru Thoughts〉のコンピにクァンティックらとともにボノボ名義で登場、2000年には同レーベルから『Animal Magic』でアルバム・デビューもかざっている。くすんだジャズ風の “Intro” にはじまり、個性的な組み立てのビートが印象的な “Silver” で幕をひく全10曲は、形式的にはブレイクビーツ~ダウンテンポに分類可能だが、細部のモチーフがかもしだすエスニシティやトリップ感とあいまってラウンジ的な風合いもただよっている。むろんすでに20年前のこととてサウンドにはなつかしをおぼえなくもないが、いたずらにテクノロジーに依存しすぎないグリーンの音楽的基礎体力が本作を時代の産物以上のものに仕立てている。その3年後、ボノボはこんにちまで籍を置く〈Ninja Tune〉から2作目の『Dial 'M' For Monkey』をリリース。ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』をモジったタイトルがあえかな脱力感をさそう反面、スピードに乗せた場面転換は本家もかくやと思わせるほどスリリング。フルートやサックスの客演、サスペン仕立ての設定もあって、前作よりもジャズのニュアンスがせりだしているが、そのジャズにしても、キレよりもコク重視のハードバップ風味だった。

 管見では、ワイルドな表題の上記2作をもってボノボの野生期とみなす。形式的にはダウンテンポという先行形式に範をとって自身の立ち位置を定めるまでの期間とでもいえばいいだろうか、母なる森から音楽シーンという広大な平原にふみだそうとするボノボの冒険心を感じさせる黎明期である。むろんそれによりボノボの歩みがとどまることもなかった。むしろ野生期の記憶をふりはらうかのようにボノボの歩幅は伸張していく。前作から3年後の2006年の『Days To Come』──「来たるべき日々」と名づけたサード・アルバムはその例証ともなる一枚といえるだろう。サウンドは機材環境を刷新したかのようにクリアさを増し、アルバムも全般的にみとおしがよくなっている。とはいえボノボらしいオーガニックさは減じる気配なく、グリーンはみずから演奏する生楽器のサウンドや民俗楽器のサンプル・ソースとデジタル・ビートを巧みに組み上げている。ヴォーカリストの起用も本作にはじまるスタイルであり、インド生まれのドイツ人シンガー、バイカと同郷のフィンクを客演に招き、現在につながるスタイルの完成をみた。その基軸はなにかといえば、種々雑多な記号性とそれにともなうサウンドの多彩さと耳にのこるメロディといえるだろうか。サイモン・グリーンのセールスポイントはそれらを提示するさいのバランス感覚にある。クンビアであれアフロビートであれ、ベース・ミュージックであれ、ボノボはそれらをフォルマリスト的にもちいるのではなく、響きに還元し自身の声として構成する。グリーンはアーティストであるとともに第一線で活躍するDJでもあるが、ボノボのカラーはDJカルチャー以降の音楽観の反映がある。2006年の『Days To Come』、次作となる2010年の『Black Sands』ではサウンドのデジタル化がすすんだせいでその構図はより鮮明になっている。これをもって私はボノボの技術革命期と呼ぶが、このころはまた作品の評価とともにボノボの認知度が高まった時期でもあった。
 呼応するように『Black Sands』でボノボはミックス作を発表しフルバンドでのツアーにものりだしていく。グリーン自身も、このころを境に拠点をブライトンからニューヨークに移し、余勢を駆るかのごとく制作入りし2013年にリリースした『The North Borders』では “Heaven For The Sinner” にエリカ・バドゥが客演するなど話題に事欠かなかった。作風は彼女が参加したからというわけではなかろうが、ニューソウル~R&B風の流麗さと、ダブステップ以後のリズム・アプローチをかけあわせてうまれた2010年代前半の空気感をボノボらしいリスニング・スタイルにおとしこむといった案配。さりげない実験性とくっきりした旋律線がかたどるフィールドはボノボの独擅場というべきものだが、その領域はクラブのフロアとリスニング・ルームの両方にまたがっているとでもいえばいいだろうか。没個性におちいらない汎用型という何気に難儀なスタイルを確立したのが『The North Borders』であり、本作をもって私はボノボの認知革命期のはじまりとする。ものの本、たとえば数年前の大ベストセラー『サピエンス全史』では認知革命なる用語をもって「虚構の共有による人類の発展」と定義するが、サピエンスではなくボノボをあつかう本稿においては「創作上の発見による音楽的な飛躍」となろうか。これはサイモン・グリーンの内面の出来事ともいえるし、ボノボの音楽が私たちにもたらすものともいえる。この場合の認知はかならずしも意識にのぼらないこともあるが、2013年の『The North Borders』以降、2017年の『Migration』、最新作の『Fragments』とこの10年来のボノボの3作が認知革命期におけるボノボの長足の進歩を物語っているのがまちがいない。
 とりわけ「断片」と題した新作『Fragments』ではこれまでの方法論の統合、それもボノボらしい有機的統合をはかるにみえる。

 『Fragments』は “Polyghost” のミゲル・アトウッド・ファーガソンによるポール・バックマスターばりの流れるようなストリングスで幕をあける。場面はすぐさま題名通り陰影に富む “Shadows” へ。この曲に客演するUKのシンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイをはじめ、『Fragments』には4名のシンガーやかつてグリーンがプロデュースを担当したアンドレヤ・トリアーナのヴォイス・サンプルなど、12曲中5曲が歌もの。その中身も、シルキーなラカイから “From You” でのジョージの雲間にただようようなトーン、〆にあたる “Day By Day” でのカディア・ボネイのポジティヴなフィーリングにいたるまで多彩かつ多様。それらの要素を最前から述べているグリーンのバランス感覚ともプロデューサー気質ともいえるものが編み上げていく。『Fragments』という表題こそ認知革命期らしく抽象的だが、むろんその背後にはこの数年のグリーンの経験と思索がある。ブライトンからニューヨーク、ニューヨークからロサンゼルスへ、拠点を移しツアーに明け暮れたこの数年の生活が導くインスピレーションは2017年の『Migration』に実を結んだが『Fragments』における旅はそれまでとは一風かわったものだった。というのも2019年にはじまった『Fragments』の制作期間はパンデミック期とほぼかさなっており、物理的な移動はままならなかった。この期間グリーンはあえて都市を離れ、砂漠や山、森などの自然にインスピレーションをもとめたのだという。そのようにして時機をうかがう一方で、リモートによるコラボレーションもすすめていったとグリーンは述べている。シカゴの歌手で詩人のジャミーラ・ウッズとコラボレートした “Tides” もこのパターンだったようだが、アトウッド・ファーガソンの弦、ララ・ソモギのハープ、グリーンの手になるリズム・セクションとモジュラー・シンセが一体となり、潮のように満ち引きをくりかえすこの曲はアルバム中盤の要となるクオリティを誇る。しからば制作の方法は作品の質に関係ないのかと問えば、そうではないとボノボは答えるであろう、生き物が環境の変化に適応するように音楽家が制作環境に順応することはあっても、音楽が進化の過程を逆行することはないと。
 進化とはいつ来るとは知れない未来へ向けて手探るようになにかをすることであり、不可逆の時間(歴史)の当事者として現在を生きつづけることでもある。アンビエントやノンビートにながれがちな昨今の風潮をよそに、ダンス・ミュージックにこだわった『Fragments』の12の断片こそ、ボノボの次なる進化の起点であり、その背後にはおそらくサイモン・グリーンの音楽という行為へのゆるぎない確信がある。

Cantaro Ihara - ele-king

 70年代ソウルのマナーを取り入れたグルーヴィなサウンドで注目を集めるミュージシャン、イハラカンタロウ。彼によるウェルドン・アーヴィンのカヴァー「I Love You」が7インチで2月2日にリリースされる。イハラ本人による訳詞が印象に残る、メロウな1曲です。ミニライヴも予定されているとのことなので、下記をチェック。

 ちなみにウェルドン・アーヴィンはニーナ・シモンのバンド・リーダーだったキイボーディストで、ブラック・アーツ・ムーヴメントとリンクした“To Be Young, Gifted and Black” の作詞者として知られている。90年代にはモス・デフとコラボ、2002年の死の後にはマッドリブが丸ごと1枚トリビュート・アルバムをつくったり、Qティップがその名をシャウトしたりするなど後進への影響も大きい(ドキュメンタリー「Digging for Weldon Irvine」にはジェシカ・ケア・ムーアも登場しコメントを述べている)。

Weldon Irvineによるレア・グルーヴ~フリー・ソウルクラシック「I Love You」を日本語カヴァーした“イハラカンタロウ”最新シングル解禁! 完全限定生産7インチシングルの発売も記念してタワーレコード渋谷店でのインストアライヴも決定!

70年代以降のソウルやAORをベースに幅広い音楽スタイルやエッセンスを吸収したサウンドで現代のクロスオーヴァー・ソウルを体現する“イハラカンタロウ”。本日解禁となるWeldon Irvineの名曲「I Love You」日本語カバーは、全国各地のラジオ局でパワープレイも続々決定するなど現代のジャパニーズ・ソウルとも言うべきメロウ&グルーヴィーなサウンドで好評を得ています! さらに極上のメロディと洗練されたアレンジやコードワークで聴かせる自身の新曲「You Are Right」と「I Love You」とのカップリングによる7インチシングル発売を記念して、2/6にタワーレコード渋谷店でのインストアライヴも決定、お見逃しなく!

・「I Love You」(Official Audio)[日本語歌詞字幕付き]
https://youtu.be/dMyNM4NzAT4

イハラカンタロウ インストアイベント
■日時:2月6日(日) 15:00~
■会場:TOWER VINYL SHIBUYA(タワーレコード渋谷店6F)
■内容:ミニライブ&サイン会
■参加方法:観覧フリー

詳細はこちら
https://p-vine.jp/schedules/145605

【リリース情報】
アーティスト:イハラカンタロウ
タイトル:I Love You / You Are Right
7inch Single (2022.2.2 Release)
レーベル:P-VINE
品番:P7-6291
定価:¥1,980(税抜¥1,800)

[Track List / Digital Single]
・I Love You (2022.1.19 Release)
・You Are Right (2022.2.2 Release)

[Purchase / Streaming / Download]
https://p-vine.lnk.to/T4f5Ij

【イハラカンタロウ プロフィール】
1992年7月9日生まれ、作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまで手がけるミュージシャン。都内でのライヴ活動を中心にキャリアを積み2018年に1st EP『CORAL』を発表、聴き心地の良い歌声やメロディ、洗練されたアレンジやコードワークといったソングライティング能力の高さで徐々に注目を集めると、2020年4月に1stアルバム『C』(配信限定)、同年12月にはアルバムからの7インチ「gypsy/rhapsody」をリリースし各方面から高い評価を受ける。またギタリスト、ミックス&マスタリングエンジニアなど他アーティストの作品への参加など幅広い活動を行なっている。

Twitter:https://twitter.com/cantaro_ihara
Instagram:https://www.instagram.com/cantaro_ihara/

Burial - ele-king

文:小林拓音

 周知のようにブリアル*は2007年の『非真実(Untrue)』を最後に、アルバム単位でのリリースを止めている。なのでこの新作「反夜明け(Antidawn)」はおよそ14年ぶりの長尺作品ということになるわけだが……2ステップのリズムを期待していたリスナーは大いに肩透かしを食うことになるだろう。本作にわかりやすいビートはない。もちろん、これまでも彼はシングルでノンビートの曲を発表してきた。今回はその全面展開と言える。
 厳密には、冒頭 “Strange Neighbourhood” の序盤、聴こえるか聴こえないかぎりぎりの音量で4つ打ちのキックが仕込まれている。それは “New Love” の中盤でも再利用されているが、そちらではより聴取しやすいヴォリュームで一瞬ハットのような音がビートを刻んでもいる。あいまいで、小さく、すぐに消えてしまう躍動。間違ってもフロアで機能させるためのものではない。それらは数あるパッチワーク素材のひとつにすぎず、うまく思い出せない遠い記憶のようなものだ。

 明確なダンス・ビートの不在を除けば、変わっていないところも多い。トレードマークのクラックル・ノイズ。もとの素材がわからなくなるまで激しく加工されたヴォーカル。サウンドトラックなどから引っ張ってきたと思しき上モノたち。“路上生活者(Rough Sleeper)”(2012)以降のブリアルを特徴づけてきた、聖性を演出するオルガン。
 あるいは、しゃりしゃり/かちゃかちゃと鳴る金属的な音。咳払い。雨の音。虫の歌。謎めいたキャラクターの震え声。その他いくつかの、あたかも具体音のごとく響く断片たち。その大半はおそらく(フィールド・レコーディングではなく)ヴィデオ・ゲーム(の、さらに言えばユーチューブにアップされた動画)からサンプルされたものだろう。とりわけ強く印象に残るのは “Antidawn”、“Shadow Paradise”、“Upstairs Flat” の3曲に忍ばせられた、ライターで火をつける音だ。

 コラージュはブリアルの音楽を成り立たせるもっとも重要な技法である。今回もそのうち元ネタ特定合戦が開始されるにちがいない。たとえば最後の “Upstairs Flat” で二種類の音色に分散されて奏でられている旋律。下降時の音階が異なるので間違っているかもしれないが、たぶんこれ、エイフェックス『SAW2』収録曲(CD盤でいうとディスク2の8曲め、通称 “Lichen”)じゃないかと思う。直前に挿入されるたった2音のパーカッションも “Blue Calx” に聞こえてしかたがない。
 ダンスを出自とするブリアルの音楽がアンビエントとしての可能性を秘めていることはあらためて確認しておくべきだろう。クラックル・ノイズを過去性の刻印として解釈するのもいいが、それは無個性かつ無展開であるがゆえ周囲に溶けこむ音にだってなりうる。

 静寂はそして、ことばを引き立たせる。ブリアルを特徴づける闇夜と孤独は、冒頭 “Strange Neighbourhood” ですでに十分すぎるほど表現されている。「通りを歩く/夜になると/行き場がない/どこにもない/通りを歩く(Walking through the streets / When the night falls / There is nowhere / Nowhere to go / Walking through the streets)」。この「行き場がない(Nowhere to go)」は、「ひどい場所にいる(I'm in a bad place)」とのフレーズが印象的な表題曲 “Antidawn” でも繰り返され、「夜になると(When the night falls)」のほうも “Shadow Paradise” でふたたび顔をのぞかせている。どうしようもない閉塞感。それを、まったく出口の見えない資本主義と接続したくなる気持ちもわからなくはない。

 が、ポイントはそこではない。「Antidawn」にはまとまった長さが与えられている。ゆえに各曲のことばは照応し、シングルでは発生しようのなかった相互作用が際立っている。
 たとえば “Shadow Paradise” では、孤独に抗うかのように何度も「ちょっとだけ抱きしめさせて(Let me hold you for a while)」というフレーズが繰り返されている。「こっちに来て、愛しいひと/暗闇のなかへ連れていって(Come to me, my love / Take me to the dark)」「いっしょに夜のなかまで連れていって(Take me into the night with you)」と、つねにだれかの存在がほのめかされているのだ。
 この「you」はほかの曲にもこだましている。“Strange Neighbourhood” では「あなたがこっちにやってきた(You came around my way)」と、“Antidawn” では「あなたが入れてくれたら(If you let me in)」と、“Upstairs Flat” では「いちばん暗い夜のどこかにあなたがいる/そこに行きたい(You're somewhere in the darkest night / I wanna be there)」というふうに。

 最大のテーマであるはずの闇夜や孤独を凌駕するほど、本作には「あなた」が横溢している。そしてそんな「あなた」を「わたし」は求めている。「あなた」とはライターであり、星だ。「あなた」がいれば暗闇のなかでも歩いていける、と。
 いやもちろん、2007年の “Archangel” も「あなた」を求めていた。でもそれは2ステップのリズムの勢いに任せて放たれる、「きみを抱きしめる/ひとりじゃ無理、ひとりじゃ無理、ひとりじゃ無理」という、幼く、ひとりよがりで、一方的な願いだった。「Antidawn」はちがう。今回の「わたし」はどこか控えめだ。大人になったということかもしれない。なにせあれから14年のときが過ぎているのだ。
 ダンス・ビートの放棄、静けさの醸成、ことば同士の照応。かつてとは異なるアプローチで「あなた」と出会いなおすこと。いまブリアルは初めて本格的なアンビエント作品に取り組むことで、ほんとうの意味で他者に出会おうと努めているんだと思う。多くのひとが内省にとらわれたパンデミック以後の世界にあって、外からやってくるものへと向かうその姿勢はきっと重要な意味を持つにちがいない。

* 日本では「ブリアル」と表記されることが多いが、実際の発音は「ベリアル」のほうが近い。

HYPERDUB CAMPAIGN 2022
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文:キム・カーン
翻訳:箱崎日香里

 ブリアルのブルータリストなネイバーフッドにようこそ──「Antidawn」はブリアルのこれまでで最も無防備で生身の作品だろうか?

 彼の最新作──45分という長尺を考慮すればもはやアルバムと呼ぶべきに思えるが──で、唯一聞こえてくるビートは、ポトポトという雨音だけだ。これまでのブリアル作品でもお馴染みのこの音は、彼が毎日のように雨が降り続くイギリス出身であることを物語っている。

 ひとたび「Antidawn」の世界に足を踏み入れると、その舞台セットに飲み込まれる。1曲目 “Strange Neighbourhoods” が女性の咳払いとともに幕を開けると、たちまちひとつの物語のはじまりが告げられる。いわば、ブリアルのロックダウン・サーガとでも呼べるだろう。

 「You came around my way(私のところに来たんだね)」というささやきが荒涼とした景色の中に一陣の風をかき立てたのち、きらめくチャイムに招き入れられて、共感覚によってグレーに彩られた、物語の舞台となるとある地区の姿が現れてくる。トラックは中ほどでブレイクダウンに入り(ブリアルのダンス・ミュージックのバックグラウンドがまだ完全に消失してはいない証だろう)、そのあとに聞こえる「my love」の哀しげな呼びかけが、本作の主人公と思われる人物の感情を揺さぶる。

 続くタイトル・トラックは Ronce を思わせるASMRではじまり、主人公に新たな試練が降りかかる。

I'm in a bad place / with nowhere to go
(まずい状況にいる/行く先もない)

 不穏なシンセの暗闇の中を、ときおりチャイムの輝きが照らす。

you're one of them / I'm not your kind
(あなたは彼らの仲間だ /私はあなたたちの仲間じゃない)

 ここから登場人物たちのコミュニケーションがはじまると、少しずつ物語が肉付けられてゆく。チャイムのきらめきの緊張感が高まっていく先には、ブリアルが構築したこの不毛の地の中の小休止が見えてくる。

 “Shadow Paradise” で響くオルガンの音は、ロックダウン中にブリアルは教会をよく訪れたのだろうかと想像させる。曲はブリアルが変化していくのと同じように多幸感に満ち溢れている。そこに随伴するのは管楽器風のシンセ音や母性的なヴォーカルだ。次の箇所は故ソフィーのトラックに入っていても違和感がないであろうし、まるで生温かい抱擁のようだ。

There's one / alone in our reverie / ...I'll be around
(誰かがいる/たったひとりで私たちの幻想のなかに/……わたしはそばにいる)

 登場人物たちが新たな愛(New Love)を見つけると同時に、「Antidawn」の物語も動き出す。

ever since I was young / I wanted to get away / free beyond everything / for you
(幼い頃からずっと/ここから離れたかった/全てから解放されて/あなたのために)

 若い恋人たちの逃避行を、「For you」の反復の間にちりばめられたメロディーの断片が彩る。無限に増大するような重層的な音のテクスチャに、チャイムの閃きと、そこここで鳴るヴァイナルのクラックル・ノイズが重なり合う。次の瞬間、シーンはシンプルなアンビエント・パッドの音に合わせて無邪気に踊る主人公たちへと切り替わり、やがてトラック中盤でブレイクダウンに入る。「Come unto me / Come on come on」と手つかずの野原を奔放に跳びはねるふたりの蜜月はここでピークを迎えて終息へと向かい、オルガンの厳粛な響きがシンセのアルペジオをかき消すと、ふたたびブリアルの雨が降ってくる。

 「New way / my way」の声が響く “Upstairs Flat” は傷心の主人公を映し出し、呼吸音とクラックル・ノイズが細心の注意をもって重ねられた低いドローン・シンセが、新しいフラットの未知の環境を照らし出す。

I won't be there / when you're alone
(私はそこにいない/あなたがひとりのとき)

 甘くほろ苦いヴァイオリンのメロディーが闇に響く。「Come get me」の声で曲は静まり、雨音とともに終わりを迎える。

 私たちはディストピア世界のサバービアを描いたひとつの物語を聞き終え、すべての登場人物に出会い、彼らのストーリーや名前を知り、そして彼らが一礼して舞台を去ったのち、静寂のなかに取り残される。ひょっとしたら、ビートがないブリアルは、それを失う前のブリアルと同様に素晴らしいのではないか。そんな思いを巡らせながら。

 パンデミック以降の世界で、ペリラ(Perila)やウラー(Ulla)スペース・アフリカといった多数のアーティストがサウンド・コラージュやASMRをアンビエントのフィールドに持ち込む中、ブリアルの「Antidawn」はこのアンビエント界における新世代の蜂起を静かに補完している。

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Text: Kim Kahan

Welcome to Burial’s brutalist neighbourhood. Is this Burial at his most vulnerable yet?

The only beats we really hear on his newest EP - although at a meaty 45 minutes it can be considered an album at this point - are the pattering of rain, typical of Burial’s output to this point. Telling that he’s from England, where it rains everyday.

Heading into Antidawn, we’re struck by the mise en scene. A feminine clearing of a throat signals the beginning of the first track, "Strange Neighbourhoods". At once this appears as the telling of a story, potentially the Burial lockdown saga.

Whispers “you came around my way” stoke the wind that swirls around a barren landscape. Chimes twinkle as they welcome us to the neighbourhood which my inner synaesthesia unanimously agrees is grey. The song enters a breakdown halfway (it becomes apparent that Burials’ dance music background has not disappeared just yet) before emerging with a plaintive voice calling out “my love”, stirring emotion for what we presume is the protagonist of the album.

The title track "Antidawn" begins with a Ronce-esque ASMR fumbling and another trying time for our character “I’m in a bad place / with nowhere to go” and ominous synth is punctuated by chiming that glimmers in the darkness. We then start to see the story fleshed out with conversations as the character begins to communicate “you’re one of them / I’m not your kind”. Twinkling intensifies and we start to see the hint of respite in this barren land of Burial’s construction.

"Shadow Paradise" welcomes organs and we wonder if Burial visited church much during lockdown. The song is about as euphoric as Burial gets, with piping pads and a maternal vocal “there’s one / alone in our reverie / ...I’ll be around” which wouldn’t be out of place on a Sophie (RIP) track and feels like a lukewarm hug.

The story of Antidawn moves on as they find "New Love", “ever since I was young / I wanted to get away / free beyond everything / for you”, snatches of melody intersperse the “for you”s as the young lovers elope through the track. Vinyl crackles back and forth as chimes twinkle over a million multiplying textures. The next moment sees them dancing along innocently simple ambient pads before heading down to a breakdown mid-track. Bounding through fields of wild abandonment “come unto me / come on come on” as the lovers enter the post-honeymoon phase and it winds down, arpeggio synth disappears as the organ solemnly ploughs on and the rain comes down in true Burial style.

"Upstairs Flat" sees the protagonist post-heartbreak, “new way / my way”, entering the unknown of a new flat as deep, droney synth kicks in, breaths and crackles layered carefully on top. “I won’t be there / when you’re alone” as the bittersweet melody of violin punctuates the darkness. “come get me” and the song calms down, as rain comes in and the song finishes.

We feel like we’ve just listened to an entire story about a suburban dystopia and met all the characters and learnt all their stories and their names and then they’ve bowed out again and we feel alone in the silence. And we think that maybe Burial without beats is just as good as Burial with them.

In this post-COVID world we have seen artists such as Perila, Ulla, Space Afrika and more bring sound collages and ASMR to the ambient landscape and Burial’s Antidawn quietly complements this modern ambient rebellion.

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文:髙橋勇人

 COVID-19が猛威を振るう中でも、ソロ・シングル「Chemz / Dolphinz」(2020)、フォー・テットトム・ヨークとの12インチ「Her Revolution / His Rope」(2020)、ブラックダウンとのスプリット「Shock Power of Love E.P.」(2021)と、コンスタントに作品を出してきたブリアル/ウィル・ビーヴァンは、45分にも及ぶ「Antidawn」で2022年の幕をこじ開けた。
 発表に際して公開された写真には、降り頻る雪のなか、楽しそうに両手を広げる本人の姿がある。マスクをしていることから、これはパンデミック中に撮られたものであることがわかる。今作は彼からの「近況報告」なのだろう。
 「Antidawn」にはビートがなく、スタイルとしては2019年のシングル集『Tunes 2011-2019』でも顕著だったアンビエント的なサウンド・コラージュであり、楽曲や映画からサンプリングされたであろうスポークン・ワードが音の流れを牽引している。前述のシングルでは、レイヴ・スタイルのハードなビートで、フロアの期待に答えつつ、自身の表現の幅を増幅させていたのに比べると、今作には明瞭な新しさはない。
 現在、電子音楽シーンではエクスペリメンタル/アンビエントの新たな光が、緩やかな木漏れ日のように、意気消沈した世界へと降り注いでいるのに気づいている方は多いだろう。ウラーやペリラ、あるいは日本のウルトラフォッグの参加作品などで知られる、ASMR的感覚、牧歌性、ときにメタリックな美学を繋ぐドイツの〈Experiences Ltd.〉(最近〈3XL〉に改名?)。イーライ・ケスラーや主宰のひとりでもあるフェリシア・アトキンソンを擁する、ミュジーク・コンクレートやエレクトロニクス/アコースティックを行き来しサウンド/ソニックの可能性を探求するフランスの〈Shelter Press〉。アーティスト、レーベルとともに、この勢いは衰えを知らない。作風的には「Antidawn」はその流れに連なっている、といえる。

 今回もブリアルのインスピレーションは彼の周囲からやってきているようだ。過去作を振り返ってみても、路上生活者(Rough Sleeper)、ねずみ(Rodent)、盗まれた犬(Stolen Dog)など、ブリアルは(特にロンドンでは頻繁に目にする)日常の構成物から楽曲のタイトルを採用してきた(そしてイルカ(Dolphinz)など彼が好きなもの)。
 「Antidawn」が奇妙深いのは、「奇妙な近所(Strange Neighbourhood)」や「上の階のフラット(Upstirs Flat)」といった日常的アクターが、造語である「反夜明け(Antidawn)」、「影の楽園(Shadow Paradice)」、「新たな愛(New Love)」といった抽象的で幻想的な面をも醸し出すタームで繋がっているという点だ。
 ブリアルは『Untrue』(2007)収録の “In Macdonalds” などがそうであるように、日常風景にかすかに存在する非日常性を サウンドで描くのに長けたアーティストでもある。「Antidawn」をその尺度で考えるならば、これらのタームが放つ印象は、ロックダウンによる隔離生活によって、日常と非日常の境目が人連なりに曖昧になっていく世界/生活と違和感なく連想できる。45分はそのサウンドスケープであり、ここでは踏み込まないが、スポークン・ワードはそこに広がるドラマツルギーとして考え得られる。ジャケットのイラストはその住人なのかもしれない。
 ブリアルは今作において一層エモーショナルになっているようだ。雨の音で緩やかにはじまる1曲目は、荘厳なオルガンを経て、徐々に電気グルーヴの “虹” のシンセ・フレーズにも似た優美なメロディにまで展開する。2曲目ではドローン・サウンド上で言葉が舞い、彼のシグニチャー・サウンドであるフィルターがかかったノイズやウィンドチャイムを機に、その表情が変わっていく。一曲のうちにいくつもの楽曲が組み込まれているような構成であり、そのアレンジも「Antidawn」を起伏のあるドラマとして醸成している。

 ここにないものはビートなのだが、それはある種、ブリアルと現実のダンスフロアを繋ぎ止めていたダンスというリアルな身体性の欠如であるとも考えられる。言葉においても、孤独や救済に焦点が当てられるものの、肝心なそこで生きる者の顔は曖昧なままだ。
 対照的に、現在のシーンでは身体や自意識への回帰、あるいはその問い直しが顕著におこなわれている。例えばブリアルのホームである〈Hyperdub〉から、2021年にデビュー・アルバム『im hole』を出したロンドン拠点のアヤは、自分の出自をラップ/詩で歌い、複雑なポリリズムとプロダクションは、入り組んだ身体のようにその言葉を基礎づけている。
 同年、先の〈Shelter Press〉からアルバム『17 Roles (all mapped out)』をリリースしたテキサスの前衛ドラマー/電子作家のクレア・ロウセイが頻繁にテーマにするのは、自身の肉声と機械によるエッセイの読み上げと、涙腺を緩やかに刺激するアンビエントを経由した、身体とそこを横切っていく人間関係だ。
 世界に再び太陽が登ろうとする2022年、私たちが聞くべきなのは、待ち受ける関係性のしがらみを再び生き抜いていくヴァイタリティに溢れたそのようなサウンドではないか。閉じきった2020年のような「Antidawn」が位置している太陽が登らない世界は、そこからは少し遠いように思える。
 愛、ドラッグ、ジェントリフィケーション、移民、階級、リズム&低音の科学が渦巻くUKガレージやダブステップとの緊張関係のなかで『Untrue』生まれたように、アンダーグラウンド主義者ブリアルは何かの中心との距離をとりつつも、そこと呼応することができる作家だ。「Antidawn」がロックダウンの世界であるならば、次はそのアフターの世界になる。「上の階のフラット」で/から彼が何を見たのか、次の長編作にその答えを待つ意味は大いにある。

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interview with Boris - ele-king

 幕開けとともに閉塞感が増しつつある2022年の世相を尻目にボリスは加速度を高めていく。起点となったのは2020年の夏あたり、最初の緊急事態宣言が明けたころ、主戦場ともいえるライヴ活動に生じた空白を逆手に、ボリスは音楽プラットフォーム経由で多くの作品を世に問いはじめる。新作はもちろん、旧作の新解釈やデジタル化にリマスター、ライヴやデモなどのオクラだし音源などなど、ザッと見積もって40あまりにおよぶ濃密な作品群は、アンダーグラウンド・シーンの牽引車たる風格にあふれるばかりか、ドゥーム、スラッジ、シューゲイズ・メタルの代表格として各界から引く手あまたな存在感を裏打ちする多様性と、なによりも生成~変化しつづける速度感にみちていた。
 なぜにボリスの更新履歴はとどまるところを知らないのか。そのヒントはルーツにある轟音主義に回帰した2020年の『NO』と、対照的な静謐さと覚醒感をもつ2022年の『W』——あわせると「NOW」となる2作をむすぶ階調のどこかにひそんでいる。
 取材をおこなったのは旧年12月21日。同月だけで彼らはBandcampにライヴ盤と3枚のEP(「Secrets」「DEAR Extra」「Noël」)をあげており、前月にはフィジカルで「Reincarnation Rose」をリリースしていた。いずれも必聴必携だが、クリスマス・アルバムの泰斗フィル・スペクターが聴いたら拳銃をぶっぱなしかねないドゥーミーな音の壁と化したワム!の「ラスト・クリスマス」(「Noël」収録)と、「Reincarnation Rose」EPの20分弱のカップリング曲「知 You Will Know」の水底からゆっくりと浮上するような音響性が矛盾なく同居する場所こそボリスの独擅場であり、その土壌のゆたかさはおそらく今年30年目を迎える彼らの歴史に由来する。
 そのような見立てのもと、最新アルバム『W』が収録する「You Will Know」の別ヴァージョンに耳を傾けると、浄化するようなサウンドと啓示的なタイトルに潜む未来形の視線までもあきらかになる。現在地からその先へ――Atsuo、Takeshi、Wataのボリスの3者に、30年目の現状と展望を訊いた。

スタジオでの作業は日々絵を描きつづけるような、どんどんアップデイトされていくような感じなんです――Atsuo

ボリスは海外を中心にライヴ活動がさかんですが、このコロナ禍で制約があったのではないかと想像します。実際はどうでしたか?

Atsuo:こんなに(海外に)出ていないのは何年ぶり? という感じだよね。

Takeshi:ぜんぜん行っていなかったのは2006年よりも前だよね。それ以降は毎年かならず行っていたもんね。

2006年より前というのは、いかに長く海外での活動をされているかということですよね。でも逆に、ライヴ・バンドのメンバーに取材すると、ツアーがなくなって最初は悲しかったけど、ツアーしない時間にいろんな発見があったという意見もありました。

Atsuo:前はツアーをしなければ食べていけないと思っていましたから。コロナに入ってアルバムをすぐに作ってBandcampで2020年の7月に出したんですけど、その反応がすごくよくて世界中のリスナーからガッチリサポートしてもらえたんです。Bandcampの運営とか、楽曲の管理を自分たちでやりはじめたらツアーに出るよりも、経済的によい面もあって、制作にも集中できた。あと、すごく大変なことをしていたんだ、という実感もあります、ツアーに出るということが(笑)。その反面、あらためて再開するのも大変かなと思っています。いちおう今年は米国ツアーを予定してはいるんですけどね。

アメリカはどこをまわられるんですか?

Takeshi:全米をほぼ1周する感じです。

「周」という単位を聞くだけでも大変そうですよね。

Atsuo:感覚を戻すのがね。ほんと体力も落ちているんで。コロナ以前の状態まで自分たちのコンディションを戻さなければならないというのはたしかに大変です。

Takeshi:オフ無しで7本連続とかね。

ツアーと制作中心の生活ではメンタル面での違いはありますか?

Atsuo:スタジオでの作業は日々絵を描きつづけるような感じなんです。そういった生活のほうが個人的には好きなんですけどね。新曲を作ってレコーディングしていると精神的にはめっちゃ安定するんですよ。日々新しい刺激が自分に返ってくると、やっぱりいいなと思います。コロナ禍で気づいたのは、自分の性質が絵描き的というか、描いて作られていく感覚に惹かれるということでした。いわゆるバンドマンとはちょっと違う感覚というか、描き続けていかないと完成しない、その感覚が強いです。

Wataさんはコロナ禍でご自分の生活や性格の面で新たな気づきはありましたか?

Wata:家にずっといてもけっこう大丈夫でした(笑)。

意外とインドアだったんですね。Takeshiさんは?

Takeshi:ライヴができなかっただけで、あとはあまり変わらなかったですね。スタジオにもしょっちゅう入っていたし。音楽が生活に占める割合は変わらないどころか、逆に増えた気がします。

Atsuo:制作ペースは上がっているものね。

Wata:スタジオはふつうに使えていたので、思いついたらスタジオに入ってセルフレコーディングして家にもってかえって編集して。

Takeshi:前はその合間にツアーのリハーサルがあったりして、制作に集中できない局面もあったんですけど、コロナ禍では制作に没頭していました。

Atsuo:今回のアルバム『W』はリモート・ミックスなんですね。

リモート・ミックスとは?

Atsuo:担当していただいたエンジニアが大阪在住で、そこのスタジオの音響を「Audiomovers」というアプリで共有して、オンラインで聴きつつzoomで話し合いながらミックスを進めました。家の環境で聴けるのでかえってジャッジもしやすかったりするんですよね。

東京で録った素材を大阪に送ってミックスしたということですか?

Atsuo:そうです。今回はBuffalo Daughterのシュガー(吉永)さんに制作に入ってもらったので、シュガーさんに音源をいったんお送りして、シュガーさんからエンジニアさんへ素材が行き、確認しながらミックスという流れです。

通常のスタジオ・レコーディングとはちょっと違った工程ですね。

Atsuo:僕らはもう20年以上セルフレコーディングなんです。リハスタで下書きしたものを完成品に仕上げていくスタイルです。ミックスだけはエンジニアに手伝ってもらっています。

その前の曲作りの段階はふだんどのような感じなんですか。

Atsuo:曲はリハスタでインプロした素材をもとに編集して曲の構造を作り、必要であれば肉づけするというプロセスでできあがります。CANと同じです。

Wata:最初は作り込んでいたけどね。

Takeshi:初期のころはわりと普通のバンド的だったね。

Atsuo:うん、リフを作って、何回繰り返したらここでキメが入ってとか決めていたね。セルフレコーディングをはじめたあたりからいまの方法になっていきました。いわゆるレコーディング・スタジオではどうしても「清書」しなければならない状況になると思うんですよ。それが苦痛で(笑)。間違えちゃダメというのがね。でも間違えたり、逸脱することに音楽的なよさがあったりするじゃないですか。だったら自分たちで録れば、たとえ失敗しても問題ない(笑)。そのぶんトライできるというか。

Takeshi:曲を作る工程は、みんながそれぞれ素描をしていて「こんなのが描けたんだけど」と互いに見せ合うような感じです。そこでやり取りしながら色を入れていったり、線が決まっていったり、そういった感じです。

Atsuo:いわゆるバンド的な曲作りだと、下書きみたいなリハーサルを何度も重ねてレコーディングがペン入れみたいなイメージな気がするんですね。清書するというのはそういう意味なんですが、僕らはそうじゃなくて下書きから一緒にドンドン塗り重ねて描き上げていく感じですね。

KiliKIliVillaとはインディペンデントにおける基本理念を共有している感覚があります。KiliKiliVilaの契約は利益が出たら折半なんですね。それは欧米ではごく普通のことなんですが、国内でそれをやっているレーベルはある程度以上の規模では極端に少なくなる。――Atsuo

プロセスを重視するからなにがあっても失敗ない?

Atsuo:失敗も2回繰り返すと音楽になる。そういう観点から以前はガチガチに決め込んでいた構成も、失敗を受け入れられる意識になり、(演奏の)グリッドも気にならなくなりました。反対に、ポストプロダクション全開な作り方を試した時期もありましたけどね。同期などを使っていた時期です。いまは自分たちにしかできない方向、グリッドレスな方向に行っています。

方向性の変化はどんなタイミングでおとずれるんですか?

Atsuo:そのときどき好きなことをやっているだけです。これだけ長いあいだやっていると、なにをやっても世間的な評価は変わらないんですよ。であれば好きなことをやったほうが単純に楽しい。それこそカヴァーとかやると、高校のころやっていた楽しい感じを思い出したり。

若々しいですね(笑)。

Atsuo:(笑)楽しいことをやっていたいとは思いますよ。とくにいまのような状況下では各自の死生観みたいなものも露わになってきますし、楽しいことをしないと意味がないですよね。

とはいえコロナ禍で音楽をとりまく状況は厳しくなりました。たとえば今後どのようにバンドを運営していくかというような、現実的な話になったりしませんか?

Atsuo:ずっとインディペンデントでやってきてレーベルに所属することもなく、すべてを自分たちで舵取りしてきたんですね。原盤もほとんど自分たちで持っています。コロナ禍では自分たちで判断して行動するという、ずっとやってきたことがあらためて重要な気がしています。

KiliKIliVillaから出すのでも、いままでと体制は変わらないということですね。

Atsuo:体制は変わりませんが、環境はよくなりましたよ。たまたま知人を介しての紹介だったんですけど、KiliKIliVillaとはインディペンデントにおける基本理念を共有している感覚があります。KiliKiliVilaの契約は利益が出たら折半なんですね。それは欧米ではごく普通のことなんですが、国内でそれをやっているレーベルはある程度以上の規模では極端に少なくなる。レーベルの与田(太郎)さんからそういう契約だと聞いたときも、自分たちには普通のことなので、「はい、お願いします」――だったんですが、いざまわりを見渡すと日本でそれをやっているレーベルはあまりない。インディペンデントにおける価値観もシェアできるし、やりやすいですよね。そういうインディペンデントにおける美意識を共有している方がKiliKiliVillaのまわりにはたくさんいるので、いろいろなことがスムーズですね。

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それこそ高校生のころの感じというか、影響を受けたことを直で出してしまうような。――Atsuo

レコーディング、作品づくりに話を移します。ボリスは2020年夏にアルバム『NO』を出し、2021年はBandcampを中心にデジタル・リリースを含めるとかなりの数の作品を出されています。そして2022年の第一弾アルバムとして『W』が控えています。『W』の制作はいつからはじまったんですか?

Atsuo:『NO』のレコーディングが終わった時点で『W』の方向性が見えてきて、『NO』をリリースする前には『W』のレコーディングは終わっていました。

『NO』は2020年の7月です。一度目の緊急事態宣言が解除になってしばらくしたころ。

Takeshi:そうですね、その年の6月には終わっていたんですよ。

同時進行ですか?

Takeshi:『NO』が先に終わって、その後にすぐつづく感じでした。つながっている感じといいますか。

『NO』が「Interlude」で終わっていたのが不思議でした。

Atsuo:出す時点で『W』が決まっていたので、2枚でひとつという感じでした。

ということは制作前に2枚にわたる構想をおもちだった?

Atsuo:『NO』の終わりごろにそうなった感じですかね。

では『NO』はもともとどういう構想のもとにたちあがったのでしょう。

Atsuo:いま思えば現実逃避だったかも(笑)。とりあえずスタジオに入って肉体的にもフルのことをやって、疲れてすぐに寝てしまうような、現実を見なくてすむようにしたいというコンセプトだったかもしれません(笑)。不安な感じやネガティヴなエモーションを音楽でポジティヴな方向に昇華する、それが表現の特性だと思うんですね。無意識にそのことを実践していたのかもしれないです。

そういうときこそ曲はどんどんできそうですね。

Atsuo:それはもう(笑)。

Takeshi:血と骨に刻み込まれているから(笑)。

Atsuo:それこそ高校生のころの感じというか、影響を受けたことを直で出してしまうような。『NO』のときはわりとTakeshiと僕のルーツにフォーカスしていました。僕がメインのヴォーカルをほとんどとって、曲作りの段階からこれはツアーでやろうともいっていました。僕がヴォーカルでサポート・ドラマーを入れてやるんだという前提があって、いまは実際そういうライヴ活動をしていますからね。そこで僕とTakeshiにフォーカスしたので『W』ではWataの声にピントを当てて――ということですね。

僕も高校のときはパンク、ハードコアの影響をもろに受けていて、『NO』ではノイズコアの方向に突き進んでいきました。Takeshiとそういった部分を共有できるのはソドム。カタカナのソドムのノイズコアな感じが大好きだったんです。――Atsuo

おふたりのルーツというのはひと言でいうとなんですか?

Takeshi:パンクとハードコア、ニューウェイヴも聴いていて、いちばん衝撃を受けたのはそのあたりの音楽なので、初期衝動とともに、身体に染みこんでいます。そういったものがコロナでグッと閉塞感が高まったたタイミングでウワーッとあふれでてしまった(笑)。

Atsuo:僕も高校のときはパンク、ハードコアの影響をもろに受けていて、『NO』ではノイズコアの方向に突き進んでいきました。Takeshiとそういった部分を共有できるのはソドム。カタカナのソドムのノイズコアな感じが大好きだったんです。『NO』はイタリアのF.O.A.D.というパンク~ハードコアのレーベルにアナログ化してもらったんですけど、そのレーベルがソドムの再発(『聖レクイエム + ADK Omnibus』)をしたんですよ。そういう流れもあってF.O.A.D.に決めたという(笑)。

高校時代ソドムをカヴァーしていたんですか?

Atsuo:ソドムはやっていなかったですね。『NO』では愚鈍の「Fundamental Error」をカヴァーしています。

原点回帰的な側面があったんですね。

Atsuo:あとはロック・セラピー。実際僕らは高校時代、そうした激しい音楽を聴いて精神を安定させていたところがあったんですね。

ことに思春期では激しい音楽が精神安定剤の役割を果たすのは、わが身に置き換えてもそう思います。

Atsuo:ヘヴィメタルが盛んな国は自殺率が低いという話を耳にしたこともある(笑)。精神に安定をもたらすメタルといいますか。それもあって『NO』はエクストリームなんだけどヒーリング・ミュージック的なおとしどころになっていきました。自分たちにとってもそういう効果がありましたし。

『NO』というと否定のニュアンスが強いですが、『W』と連作を成すことで激しさや衝動に終始しないボリスの現在(NOW)のメッセージを感じますよね。そのためのWataさんの声という気がします。

Atsuo:チルなんだけど逆に覚醒できる感じになっていったんですね。

『W』にはシュガー吉永さんがサウンド・プロデュースで入られていますが、かかわりはいつからですか?

Wata:EarthQuaker Devicesというアメリカのエフェクターメーカーから「Hizumitas」という私のシグネチャー・モデルのファズが出たんです。そのメーカーの親睦会が2016年にあって、そこで初めてお会いしました。

Atsuo:TOKIEさんもその集まりで初めてしゃべったのかな。そこからシュガーさんがライヴに来てくださったり、だんだんつながりでできていきました。もともとBuffalo Daughter、好きでしたしね。『New Rock』のレコ発とか行きましたもん。

意外なようなそうでもないような。ともあれ90年代的なお話ですね。

Atsuo:自分のなかではBuffalo Daughterはインディペンデントな位置づけ。ゆらゆら帝国などともに認知度が高かったですし、そういう日本の状況からの影響も当時は受けていました。

シュガーさんの手が入ったことでもっとも変化したのはどこでしょう?

Atsuo:エレクトロニカというか電子音的なアプローチはシュガーさんの手腕です。ローが利いたキックであるとか。でも聴いてすぐにおわかりになる通り、僕らの演奏にはグリッドがないんですよ。録音はスタジオで適当に録っているのでリズムも揺れまくっているんですが、それを前提にシュガーさんは縦の線をプログラムしてくれてバンドのノリに合うような感じでアレンジを追加してくれました。曲の構造はほぼ決まっていましたが、シュガーさんに、曲の間口を広げてもらったというか、見える、聴けるアングルを増やしていただいたという感じです。サウンド・プロデュースの依頼ではありましたが、曲が並んで、今回の個展はこんなテーマなんだ、というようなものが見えてきたとき、どのようにプレゼンテーションしてもらえるのか? そういった感覚です。

ちなみにボリスがいままでやってきた外部との協働作業というと――

Atsuo:成田忍さん、石原洋さん、NARASAKIさんにも1曲手がけていただいたことがあります。

Takeshi:あとはコラボレーションが多いですね。

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僕らはバンドというものに対するこだわりは強いですよ。だけど、バンドの運営や方法論で音楽の可能性が閉じられるのがイヤなんです――Atsuo

さきほどAtsuoさんは自分が歌うとき、別のドラマーに叩いてもらっているとおっしゃっていましたが、フォーメーションみたいなもがどんどん変わっていっていいというお気持ちがあるということですか?

Atsuo:僕らはバンドというものにたいするこだわりは強いですよ。だけど、バンドの運営や方法論で音楽の可能性が閉じられるのがイヤなんです。

でもそれはアンビバレンスですよね?

Atsuo:はい。だから基本この3人で音楽の可能性を広げたい、新しいものを追究して作っていきたいという思いもあって、シュガーさんへサウンド・プロデュースをお願いしたり、新しい血としてサポートのドラマーに入ってもらったり、以前は栗原(ミチオ)さんに入ってもらったこともありました。

そうでした。最近なにかと栗原さんのお話をしている気もしますが、栗原さんが参加された『Rainbow』がペダル・レコードから出たのが2006年ですね。

Atsuo:その後で正式にサポートで入っていただいて、本格的にツアーをまわるようになったのは2010年から11年あたりでした。

Takeshi:栗原さんはサポートと言うよりも、僕らの認識としては4人目のメンバーだったんですよ。当時新しいアルバムのデモを作っていたときも、栗原さんがいる体でやっていましたから。

Wata:2014年の『Noise』だよね。

Takeshi:曲に必要なギター・パートが1本ではなくて2本、無意識にそうなっていたんですね。ある程度までかたちになってきたときに栗原さんが離脱しなくてはならなくなって、いままで作った曲をどうしよう?ってなったときに、4人のアレンジだったものを3人用にリアレンジをする必要になり、それでWataが死にそうになるという(笑)。

Wata:『Noise』の何曲かは栗原さんの音も入っているんですよ。デモで弾いていたテイクをそのまま使ったりしました。私は栗原さんと同じようには弾けないので、どうしようって(笑)。

Atsuo:3人であらためて完成形を作らなきゃならなかったので、それは大変でした(ため息)。

Wata:すごく助けてもらっていたので、いなくなったときは心細かったです。演奏面ではとくに。

Atsuo:でもあの時期があったのでWataもヴォーカルに集中できるようになった。

ボリスは3人ともヴォーカルをとるのがいいですよね。

Wata:ヴォーカルというほど歌えているかはわからないですけどね。

Atsuo:さっき言っていたエフェクターメーカーのSNSでWataのことを「ボリスのギター、ヴォーカル」と紹介していたんですが、「いや、ヴォーカリストじゃないし」と本人がつぶやいているのを耳にした憶えがあります(笑)。

Wata:ヴォーカリストというよりは楽器的な感じ、ヴォイスという言い方が近いです。主張とかメッセージを伝える役割ではなくて、楽器の一部として存在している声ですね。

でも『W』ではメイン・ヴォーカルをとっていますよね。プレッシャーはなかったですか?

Wata:最初から音響的という作品内でのイメージはあったので構えたりはしはなかったです。

歌メロはWataさんが書かれた?

Wata:メロディはTakeshiです。

Atsuo:ほとんどの手順としては楽曲ができあがって、仮の歌メロをTakeshiがインプロで作って、曲ごとに見えたテーマをもとにふたりで歌詞を書くんですけど、Wataが歌うという前提だと出てくる言葉も違ってきますよね。

Wata:私は歌詞にはタッチしていないですけどね。ふたりが書く詞も、言葉で風景が見えてくるような内容なんですね、主張とかメッセージではなく。

Takeshi:逆に『W』では自分だと歌わないような言葉を歌わせることができたともいえるんです。Wataの口から出てくるであろうと想像した言葉だったり旋律などを使えたりしたので。

Atsuo:歌詞においてはWataの担当は「存在」ですよね。

歌詞も全員で書いているというイメージなんですね。

Atsuo:その点もKiliKiliと考え方が通じているんですよ。僕らは楽曲の登録も連名なんです。たとえばWataはじっさい歌詞を書いていないけれども作詞者はバンドとして登録しています。それはWataの存在があるからその言葉が生まれてくるという理由です。バンドというのはそういうものだと思うんです。

それならメンバー同士のエゴがぶつかって権利問題に発展するということもなさそうです。

Atsuo:エゴを聴きたいリスナーもいるとは思うんですよ、誰が曲を担当し、歌詞を書いているのかということですよね。そこをはっきりさせたいリスナーは多い気がします。

レノン、マッカートニーもそうですし、はっぴいえんどでも細野さんの曲と大瀧さんの曲は違いますから、そういう腑分けの仕方も当然あるとは思うんですが、ボリスの場合みなさんはキャラが立っているのにエゴイスティックな打ちだし方はしていないですよね。

Atsuo:自然とそうなったんですが、共通している考え方は、いちばん大事なのは「ボリス」という存在、バンドということなんですよね。

そのスタンスをとりながら、今年で――

Atsuo: 30年。

エゴという意識は僕らは薄いと思いますね。自分にとって音楽、曲というのは、言いたいことを言う場ではないんですね。曲のかたちがだんだんできてきて、仮のメロディを乗せたときに、「こういう言葉が乗るよな」と導かれるというか委ねるというか。――Takeshi

30年といえば、ひとつの歴史ですが、長くつづけてこられた秘訣はなんですか?

Atsuo:さっきも言ったようなエゴとかが音楽の可能性の狭めるのが僕らはイヤなんです。

そこもCANと同じですね。リーダーがいない、けっして誰かが中心ではない。

Atsuo:傍から見たら僕がリーダーに見えるかもしれませんが、いちばん雑務をしている、ただのアシスタントなんですよ(笑)。

与田(KiliKiliVilla):その考えを持っているだけでバンド内の格差を生まなくなりますよね。イギリスはバンドに権利が帰属することが多いですが、日本だと作詞作曲で個人を登録する習慣があります。そういったことを長いことみてきて、イヤな思いもしてきたから若いバンドにこういう登録の仕方があるから、そうしてみない?とアドバイスすることもけっこうあります。ボリスはそれを自分たちでやっていたという驚きはありましたよね。

日本の場合芸能界の習慣ともいえますよね。

Atsuo:だからバンドの地位が低いといいますか、フロントマンとバックバンドという序列のヒエラルキーになっていく。そういうビジネスモデルが主体になっている気がします。

Takeshi:エゴという意識は僕らは薄いと思いますね。自分にとって音楽、曲というのは、言いたいことを言う場ではないんですね。曲のかたちがだんだんできてきて、仮のメロディを乗せたときに、「こういう言葉が乗るよな」と導かれるというか委ねるというか。音にしても、僕はほっとけば、ガンガン弾き倒しちゃうんですよ。でも、バンドやとその音楽を主体に考えれば、曲がそうなりたいであろうというコードストロークや弾き方に自然になっていきますよね。楽器をもっているミュージシャンのエゴではなく、楽曲のほうへ自分を寄せていくというか、ボリスで音楽を作っているときはそういう感じになっていますね。

Atsuo:CANとの違いは音楽的な教育を受けているかどうかということかもしれないです。僕らは独学ですからね。外部とは共有できるかはさておき、バンド内での音楽言語はいろいろあるんですけどね。

とはいえ共演は多いですよね。秋田昌美さん(MERZBOW)、灰野(敬二)さん、エンドン、カルトのイアン・アストベリーなど、ボリスはいろいろなバンドやミュージシャンと共演していますが、他者と同じ場を作るには共通言語を見出す必要があるんじゃないですか?

Atsuo:秋田さんは誰とでもできるし、誰とでもできないと言えますからね。

Takeshi:秋田さんとやるときはおたがい干渉していないよね。

Atsuo:それもエゴがないということなのかもしれないですね。自分たちの曲を放り出していますからね。秋田さんで埋め尽くされてもぜんぜんかまわないというか、それで自分たちの曲が新しく立ち上がる感じを聞きたいというのがまずあるので。シュガーさんにしてもバンドのグリッドレスな感じを尊重してくれたので、『W』ではうまくいったんだと思います。

■ボリスにとって今年はアニバーサリーイアーですが、アメリカ・ツアーのほかに計画していることがあれば教えてください。

Atsuo: 『W』もKiliKiliで30周年記念第1弾アルバムと言っているので、第何弾までいけるか挑戦しようと思っています(笑)。アルバムはだいぶ録り進んでいるし。

KiliKiliからは昨年暮れに「Reincarnation Rose」が出ていますが、あれを聴くとやりたいことをやったらいいやという感覚を受けますよね。極端なことをいえば、売れなくてもいいやというような。

Atsuo:そもそも売れようと思ったことはないですよ。

とはいえ「Reincarnation Rose」もメロディはキャッチーじゃないですか。

Atsuo:キャッチーさは大事ですが、売れたいというのは違うんですよね。ヘヴィな曲でもキャッチーかそうでないかという判断基準がある。楽曲の世界観がしっかり確立されたとき、初めてキャッチーと言えるのかもしれないですね。

さきほどソドムとか栗原さんとかの話が出ましたが、70年代、80年代、90年代とつづく東京のアンダーラウンド・ロックシーンの牽引車は片やボリス、片やゆらゆら帝国というような見え方もあると思うんですよ。このふた組にはアンダーグラウンド、モダーンミュージックのようなセンスをポップアートにしているような側面があると思うんですね。ゆらゆら帝国とボリスはぜんぜん音楽性が違うけど、出てきているところってすごく近いところだったりするじゃないですか?

Atsuo:同じスタジオを使っていたり、近いようで遠い感じですか。いちばんの違いはメタル以降の文脈だと思うんですね。

ボリスはメタルにもリーチしていますよね。

Atsuo:海外では完全にメタル・バンドあつかいですね。

Takeshi:自分たちでメタルだと言ったことはないんですけどね。でも向こうから手を差しのべてくるんですよ。

メタルにもいろいろありますが、どのようなメタルですか?

Takeshi:メタル・シーンの裾野が欧米では広いというか、単純に規模が違います。

Atsuo:ドローン・メタルというジャンルがあるんですよね。僕らはそのオリジネイター的な扱いではありますね。SUNN O)))とかですね。あとはシューゲイズ・メタル、シューゲイズ・ブラックという呼び名もあって、そういった風合いも感じさせるようで、総じてポスト・メタル的な言われ方をします。

Takeshi:何かと後ろについてくるんですよ、メタルって(笑)。

Atsuo:日本と海外だとメタルという言葉がカヴァーする領域に差があると思うんですね。向うはものすごく広い。あのスリル・ジョッキーがメタル的な音楽性のバンドをリリースするくらいですから日本とは捉え方が違いますね。

日本だとどうしても様式的なものというイメージが強いですよね。

Takeshi:いわゆるカタカナの"ヘビメタ"のイメージなんですよね。

Atsuo:僕らは速く弾くよりはシロタマを伸ばしたいほうなので(笑)。もっとオーガニックなんですよね。音を伸ばしてそこでなにが起こってくるかというドローン・ミュージック的な方法を結果的にメタルに取り入れている。

一方でアメリカには日本のアンダーグラウンド・ロックの熱心なリスナーも多いですよね。

Atsuo:かつては音楽好きが最後のほうにたどりつく辺境という位置づけでしたよね。

いまではボリスや、それこそメルツバウやボアダムスのような方々の活躍で日本のアンダーグラウンド・シーンは一目置かれている気もします。

Atsuo:でも気をつけておきたいのは、一目を置かれると同時に大目にみられている部分もあるんですよね。日本人だからメチャクチャやっても許されるというか。

それを期待されているともいえないですか?

Atsuo:並びがボアダムス、ギター・ウルフ、メルト・バナナですよ。ルインズにしても。

ややフリーキーな音楽性ですが、いい意味で根がないからからフリーキーさなんじゃないですか?

Atsuo:それはそうかもしれない。

ボリスも、みなさんの佇まいも相俟って欧米の観衆に独特な印象を与えるのではないでしょうか? Wataさんなんかはすでにアイコニックな存在だし。でも「Reincarnation Rose」のMVはもうちょっと説明があってもいいかと思いました。

Wata:私以外のメンバーもあのなかに女装して参加していると思われていますよね。

そう思いました。検索してはじめて知りましたよ。

Atsuo:けっこうちかしい友だちからもAtsuoとTakeshiはどこにいるの? って訊かれましたもん。

ついにマリスミゼルみたいになるのか、いまからその展開は逆に攻めているというか、真の実験性とはこういうことをいうのだろうかと、いろいろ考えましたよ。それもアーティスト・エゴの薄さからくる展開なのかもしれないですね。あれは反響も大きかったですよね?

Atsuo:すごかったですよ。最初に写真を公開したときは、「ボリス、ヴィジュアル期に突入」とか書かれました。発表前はコスプレとか言われるかなと思っていましたけどね。

どなたのアイデアですか?

Atsuo:流れなんですよ。シュガーさんとTOKIEさんにMVに参加してもらうアイデアは最初からあったんです。それだったらドラムもよっちゃん(吉村由加)にお願いしようということになって。衣裳はpays des feesというランドにお願いして、TOKIEさんもWataも一緒にお店に行って衣裳合わせをして、メイクとウイッグに関してはビデオの監督のアイデア。当日ヘアメイクさんとかも入ってできあがったのがあれだったんですが、当日までメンバー自身どうなるかわからなかったです。

Takeshi:自分も知らなかった。PVの撮影だと聞いてスタジオに行ったら、あのメイクを済ませたみなさんがスタンバイしていて「えっ!?」って、なったんですよ。

Atsuo:写真を公開した直後の反応はこっちも不安になるような感じだったんですが、翌日にはMVが出て、音を聴いてもらえればふつうにロックですし、わかっていただけたと思います。

30年経ってもまだまだノビシロあるな、ボリスと思いました。

Atsuo:(笑)。でもそんなふうにみなさんの頭のなかにいろんな考えが湧き起こっていたのだとしたら、やってよかったと思いますよ。

Broadcast - ele-king

 90年代半ばから10年代初頭にかけて活躍したバーミンガムのバンド、ブロードキャスト。1995年にヴォーカリストのトリッシュ・キーナン(2011年1月14日急逝)とベーシストのジェイムズ・カーギルによって結成された同バンドは、翌96年に〈Wurlitzer Jukebox〉からデビュー、ステレオラブの〈Duophonic〉からもシングルを送り出している。
 その後〈Warp〉に移籍した彼らは、97年に初期シングル集『Work and Non Work』をリリース。以降、3枚のオリジナル・アルバムと1枚のコラボ・アルバム、1枚のサウンドトラックともう1枚の編集盤を残している。そのポップかつサイケデリックな音楽は、ボーズ・オブ・カナダとともに憑在論の文脈においても語られてきた。
 そんな彼らの主要作は2015年に一度リイシューされているのだが、このたびさらなるリイシューとレア音源のリリースがアナウンスされた。
 タイトルは三つ。ひとつは、03年と05年に発表されたシングル尺のCDを合体した『Microtronics』。もうひとつは、09年にツアー会場のみで販売された『Mother Is The Milky Way』。最後は、96年10月から03年8月にかけて録音されたBBCラジオのセッション音源集『BBC Maida Vale Sessions』。いずれもリマスタリングが施される。発売は3月18日。フォーマットはそれぞれCD/ヴァイナル/デジタルの3形態が用意されている。
 現在『BBC Maida Vale Sessions』より “Sixty Forty” が公開中。かつて〈Warp〉20周年のコンピにて初公開された、ニコのカヴァー曲だ。シューゲイズなギター・アレンジと「べつの機会はあるの?」という歌詞が、せつなすぎる……。予約・試聴はこちらから。

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