「You me」と一致するもの

interview with BADBADNOTGOOD (Leland Whitty) - ele-king

 トロント出身の3人組のバンド、バッドバッドノットグッド(以下BBNG)の、5年ぶりとなるニューアルバム『Talk Memory』がリリースされた。
 BBNGは、トロントの有名大学、ハンバーカレッジのジャズ・プログラムで出会った、アレックス・ソウィンスキー(ドラム)、チェスター・ハンセン(ベース)、リーランド・ウィッティ(サックス、ギター)から成るバンドで、数多くのアーティストとのコラボレーション活動で知られている。2010年結成以後、ヒップホップを中心とした楽曲のインストゥルメンタル・カヴァーが注目され、その後自身の作品リリースと並行して、ゴーストフェイス・キラーと共作アルバムを発表し、ケンドリック・ラマーをはじめとする人気アーティストの楽曲プロデュースを手がけるなど、彼らはつねにバンドの外の世界と混じりあいながら活動を進めてきた。MFドゥームダニー・ブラウンサンダーキャットフランク・オーシャンからスヌープ・ドッグ、ブーツィー・コリンズまで、彼らの共演者は枚挙に暇がない。
 2014年、彼らが初めてレーベルと契約したアルバム『III』のリリース時、大阪にある小規模ライヴハウス、CONPASSで彼らのライヴを見た。当時、彼らを形容する新世代ジャズという言葉が指す音楽は、いまほど振り幅が広くなく、ヒップホップのビートを強調する生演奏といったイメージがあったが、実際見たライヴはむしろロック・バンドの印象に近かった。レイドバックするグルーヴよりも、前に前に繰り出す音の波動が、衝動的なエネルギーと同時に発散されていて、演奏する彼らもオーディエンスも同じようなフィーリングを交換し合っていた。終演後もバンド・メンバーは観客と写真を撮り合い、自分たちの写真をコラージュした手作り感満載のステッカーを手渡しで配っていた。
 数年が経ってリリースされた2016年のアルバム『IV』には、作り込まれた緻密な作風があり、ライヴのカジュアルな印象との違いに驚いたが、その後の大規模な世界ツアーの反響を見ると、彼らの演奏は大きな会場になっても以前のライヴと変わらないテンションを持っていることがわかった。そして、なぜここまで多くのアーティストが彼らとコラボレーションしてきたのか合点がいった。
 インタヴューでも答えてくれているが、ツアー中にウッドブロックを紛失してしまったことがあり、空になったウィスキーの瓶を用いた、「ジムビームのパーカッション」の演奏が盛り上がりメディアでも取り上げられていた。その曲はケイトラナダと作った “Lavender” だったのだが、この曲を聴いた筆者の子供たちが、手元にあった割り箸をとっさに掴み、思い思いにリズムを取りはじめたのには驚いた。この様子に、瓶を叩く彼らの姿が重なり同じ音楽を共有するというリアルな感覚を覚えたからだ。なるほど、彼らの音楽には、共に音を出したくなる魅力があるのだろう。今年 TikTok で大ヒットした “Time Move Slow” のリメイク動画も、同じような衝動から生まれたに違いない。BBNGの音楽がここまで広がりを見せるのは、音楽への衝動を引き出す力が、彼らの活動の中に備わっているからなのだと思う。
 さて、今回のニュー・リリースは、どんなメンバーがコラボレーションに加わっているのだろう。過去と現在を繋ぎ新たな文脈で自己を表現する、地域も時代性も異なるアーティストが集結している。ブラジルの伝説的なアレンジャー/プロデューサーのアルトゥール・ヴェロカイ、マンチェスター出身で現代のUKシーンを代表するプロデューサー、フローティング・ポインツ、アンビエント/ニューエイジの巨匠、ララージ、デトロイトのジャズとクラブ・ミュージックを体現するドラマー、カリーム・リギンス、そのデトロイトでハープをジャズに取り入れた先駆者、ドロシー・アシュビーを継承するブランディー・ヤンガー、Pファンクの真髄を知るLAのプロデューサー/サックス奏者、テラス・マーティン。さらに、UKからジョー・アモン・ジョーンズ、日本では Ovall といった世界中のミュージシャンが先行シングルをカヴァーし、このリリースは大きなプロジェクトへと発展しはじめている。
今回のインタヴューは、サックスやギターなど複数の楽器を操るマルチプレイヤー、リーランド・ウィッティが担当してくれた。非常に温和な対応が印象的だった。

メロディに関しては、歌えるようなメロディを作ろうと心がけているよ。歌えるようなら愛着も湧くし、記憶に残りやすいと思うから。その代わりテクスチャやサウンドをユニークなものにしたり、ハーモニーを少し複雑なものにしたりする。

少し前の話からはじめたいのですが、前作の『IV』の成功で世界を飛び回ってツアーをしてきたと思います。その中で印象的な経験を教えてください。

リーランド・ウィッティ(Leland Whitty、以下LW):そうだね、僕たちは確かにツアーで世界各地を回ることができた。その思い出はひとつひとつが特別なものだけど、特に印象に残っているのは、ホームのトロントにある Massey Hall という会場でやったギグ。レッドブルが主催のイベントで、たくさんの友人を誘って彼らと一緒に演奏することができて、弦楽部門も入れることができた。トロントを象徴する、とても美しい会場なんだ。僕たちは今までに Massey Hall で数多くの公演を見てきたから、自分たちがそこでギグをやるということは僕たち全員にとって特別なことだった。もうひとつ印象に残っているのは、サンパウロでアルトゥール・ヴェロカイの前座を務めたとき。彼のセットはオーケストラが入っていて、その最後の4曲で僕たちもジョインして、僕たちがいままでずっと大好きな曲として聴いてきた、アルトゥール・ヴェロカイの曲を、彼のオーケストラと一緒に演奏した。感激するほど素敵な体験だったよ。あの機会があったから、アルトゥール・ヴェロカイとの関係性を確立できたと思う。

この数多くの経験が『Talk Memory』にフィードバックされていると思いますが、曲作りからレコーディングまでのプロセスを教えてください。

LW:様々な場所でライヴをしてきたという経験は、今回のアルバムの大きなインスピレーションになっている。僕たちは、とても長い間、アルバム『IV』のツアーをしていたから、その期間に、アルバムの曲を進化させて、形を変化させていったり、即興演奏を長く取るようにしていった。そうしたことで、曲がさらに自由になっていったという実感があったから、それを今回のアルバムの音楽に反映させたかった。今回のアルバムの考え方としては、全てが前もって作曲され、練習されているということだった。レコーディングの2ヶ月前に曲が完成されていたものが多かったと思う。だから曲は、とても新鮮なもので、かつ、丹念に練習されていたから、レコーディングのプロセスはとても手短に、シームレスにおこなうことができた。自分たちがどういう演奏をして、何を成し遂げたいのかということが既に明確になっていて、自信もついていたからね。だからレコーディングのときは、ライヴでおこなう即興演奏のような感じはあまりなかったんだ。

でも今回のアルバムには即興された部分も収録されていますよね?

LW:その通り。全ての曲は、それぞれメロディ、ハーモニー、形の構成が全てでき上がっているんだけど、そこに大抵、ひとりかふたり分のソロを入れられる余白が残してあるから、そこで即興ができるようになっているんだ。元々の構成をしっかり作って、それに自信を感じられるようになっていたからこそ、即興をするというときに、より自由に演奏することができたと思う。

ツアーのインスピレーションと言えば、新録に収録されている “Open Channels” ではウッドブロックのリズムが印象的でしたが、もしかすると、ツアーでお馴染みになったジムビームのボトルパーカッションを使っていまか?(笑)

LW:ハハハ! アルバムでもそうすれば良かったね! 実際に使ったのは本物のウッドブロックだよ(笑)。“Lavender” という曲をライヴで演奏したときに、曲にはサックスのパートがないから、僕はパーカッションをやったんだけど、パーカッションが行方不明になっちゃったから、ジムビームのボトルをシンバルのスタンドにくっつけて、それを使ったんだ。

盛り上がっていましたよね。BBNGの曲を聴いていると、耳に残るメロディがあって、70年代のレコードと重なるようなときがありますが、過去のそれとは異なる何かが混じって新鮮な響きなり、それがBBNGの個性になっている気がします。曲作りではどんなことを意識していますか?

LW:感情に訴えかけるような音楽を作ろうという意識はある。メロディに関しては、僕たちそれぞれのアプローチがあると思うけれど、僕個人としては、歌えるようなメロディを作ろうと心がけているよ。メロディに関しては、知性に訴えるものである必要はないと思っていて、歌えるようなら愛着も湧くし、記憶に残りやすいと思うから、僕個人はそういう面を大切にしている。その代わりテクスチャやサウンドをユニークなものにしたり、ハーモニーを少し複雑なものにしたりする。それが君の言っていることかもしれないね。メロディを、より現代的で個性的なものへと昇華させる。それにしても、僕たちの音楽が古くて馴染みのある感じに聴こえるというのは嬉しいことだね(笑)

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僕たちはアルトゥール・ヴェロカイの大ファンだから、一切のディレクションをしなかったんだ(笑)。そしたら彼はアレンジの音楽を作曲して、スタジオを予約して、ミュージシャンを雇って、録音した音楽を僕たちに送ってくれた。それを聴いた僕たちは一瞬で圧倒されたよ。

新作について、話を移しますが、今作はBBNGの初期の作品の影響となったアーティストのオマージュとのことですが、まずその点についてお聞きしたいです。

LW:僕たちがアルトゥール・ヴェロカイを知ったのは、MFドゥームが彼をサンプリングしていたのがきっかけだった。だからこのふたつのコネクションは非常に強い影響だと思う。特にBBNGの初期の影響はジャズとヒップホップだからね。ジャズをサンプリングしたという影響も大きかったし、サンプリングという技術のおかげで、僕たちは、ブラジル音楽や、その他のジャンル──MFドゥームを発見していなかったから聴いていなかったかもしれないジャンル──の音楽という世界への扉が開けた。だからアルトゥール・ヴェロカイとMFドゥームからは強い影響を受けている。今作に関して言えば、僕個人としてはブラック・サバスやマハヴィシュヌ・オーケストラ、マイルス・デイヴィス、フローティング・ポインツなどもたくさん聴いていたよ。

他にもたくさんの共演者がいますが、過去の音楽を継承しながら自分の色を作っている現在のアーティストや、現在の音楽シーンで新たなイメージで活躍しているベテランがいて、地域も世代も幅広い人選になっていますね。

LW:人選についてはその通りだと思うね。実際に会ってレコーディングしたのは、テラス・マーティンカリーム・リギンスのふたりだけで、それは僕たちがロサンゼルスでこのアルバムをレコーディングしていて、彼らがロサンゼルスにいるアーティストたちだったという理由から。元々彼らとはツアーをしているときに知り合って、交友がはじまった。もちろんそのずっと前から彼らのことは知っていたけど、彼らのライヴを実際に聴いてから、より刺激を受けた。だからこのふたりと一緒にレコーディングできたのはラッキーなことだった。その後に、アルバムのメイントラックを全て撮り終えたんだけど、パンデミックが発生してしまったから、残りのゲストたちとのやりとりは全てEメールだったんだ。まあそれもあって、国や地域性を特に意識せずに、誰とコラボレーションしたいかということを自由に考えることができた。でもやっぱり、ゲストたちと仕事をするときは、同じ空間で一緒に音楽をやる方が断然いいよ。今回はララージブランディー・ヤンガー、そしてアルトゥール・ヴェロカイに自分たちの音楽を送ってという形になったけれど、彼らとコラボレーションできたのは素晴らしい体験だった。

ゲストとはそれぞれどんなやり方でレコーディングをしたのでしょうか? コンセプトやイメージを共有するために取った方法を教えてください。

LW:最初に(リモートで)コラボレーションしたのはアルトゥール・ヴェロカイだった。僕たちは当初からストリングスのアレンジを音楽に加えたいと思っていて、自分たちでアレンジをしようかと考えていたんだけど、誰かがアルトゥール・ヴェロカイに頼んでみようと提案したんだ。アルトゥール・ヴェロカイは非常に多作な人で、いまでも数多くのアーティストたちのプロジェクトを手掛けているにもかかわらず、僕たちのプロジェクトに関わることに対しても快諾してくれた。僕たちはアルトゥール・ヴェロカイの大ファンだから、彼に対して「あなたが手がけるものなら何でも、僕たちの音楽にぴったりとはまると思います」と言って一切のディレクションをしなかったんだ(笑)。そしたら彼はアレンジの音楽を作曲して、スタジオを予約して、ミュージシャンを雇って、録音した音楽を僕たちに送ってくれた。それを聴いた僕たちは一瞬で圧倒されたよ。
 その次に依頼したのはララージだったかな。僕たちはララージの音楽もずっと聴いてきていて、今回の “Unfolding” という曲に彼の美しいテクスチャを全体的に加えたら、素敵なアンビエントな曲になって、とても合うと思った。彼とはZoomで連絡を取り合っただけで、実際にはまだ会ったことがないんだ。ララージは自宅にスタジオのセットアップができていたから、そこで録音してもらった。
 ブランディー・ヤンガーも、彼女の自宅でレコーディングしてもらったんだけど、彼女は僕たちにいわゆる「贅沢な悩み」を与えてくれた。彼女は “Talk Meaning” の演奏を3テイク分、送ってくれたんだけど、3つともすごく素晴らしくて、ひとつずつが個性的なものだったから、選ぶのがすごく難しかったんだ。しかもそれが、アルバムを完成させてミックスへ送る直前の、パズルの最後のピースだったんだ。

アルトゥール・ヴェロカイに関しては何の指示もしなかったということですが、他のゲストたちとはコンセプトやイメージを共有したのでしょうか? それとも音楽をゲストに送るだけで後はゲストに任せるという感じでしょうか?

LW:ほとんどの場合、ゆるい感じの指示しかしない。例えば、ララージのときは、彼特有のドローンな感じを曲全体に纏わせてくれたらいいと思って、そういう漠然とした感じを伝えた。僕たちの指示がなくても、ララージは自分で選択した道を歩んで、最終的にあの仕上げ方をしていたと思うけれどね。ブランディーの演奏に関しては、ジャズで言う「コンピング」という、メロディーに合わせて伴奏する形式に近かった。ハープはとても美しい響きを持つ楽器だし、彼女の演奏も素晴らしいから、僕たちの漠然とした指示だけでも良いコラボレーションになった。“Unfolding” と “Talk Meaning” はどちらもオープンな曲というか、余白が十分に残された曲だったから、ララージもブランディーも自分たちが望むような演奏ができたと思う。

アーティストのたまごのような人たちにとって、他の人たちとアイデアを共有したり話し合ったりすることのできるコミュニティがあるということは、お互いの成長を助けるという意味でとても大切だと思う。

前作は自分たちのスタジオでのレコーディングで、今回はLAのヴァレンタイン・スタジオでの録音ですが、どんな違いがありましたか?

LW:前作『IV』は自分たちのスタジオでレコーディングしたから時間的な余裕があった。前作も今作もテープに録音されたものなんだけど、テープ録音をするときは、ある特定の姿勢でその録音方法に取り組まないといけないんだ。だけど、前作は時間的な余裕があったから、細かいことを気にして直したり、セッティングを変えたり、完璧なシンセのトーンを見つけようとしたりして、時間を贅沢に使っていた。僕はオーバーダブを何度もやって、自分のパートや演奏に対して過剰に批判的になって、完璧なものが撮れるまで録音を延々とおこなっていた。でも、LAのヴァレンタイン・スタジオでレコーディングしたときは、状況は全く違うものだった。主な理由としては、スタジオ・エンジニアのニックがものすごく早いペースで仕事をする人で、僕たちがどんな提案や難題を彼に投げても、つねにレコーディングする準備ができているというタイプの人だったからなんだ。だからニックはバンドのもうひとりのメンバーみたいな感じだったよ。さっきも話したように、今回のアルバムでは、曲を事前にしっかりと練習していたから、自分たちがやりたいことが明確になっていた。だから今回のレコーディングの方が、前回よりもずっと少ないテイク数で終了した。通常なら、僕たち全員が満足するものが撮れるまで何度もレコーディングするんだけど、今回は全ての曲が4テイク以下で済んだ。

前回のように、レコーディング機材のセッティングは頻繁に変えて工夫しながら録ったのですか?

LW:セッティングは少し変えたけれど、全ては僕たちがアクセスしやすいようにセッティングされていた。機材に関しては、ヴァレンタインは60年代に作られたスタジオだから、そこにあった機材の多くは、僕たちが最も好きな60年代という時代からのものなんだ。そういう機材に囲まれてレコーディングできたのもアルバムに影響を与えたと思うよ。保存状態が完璧なヴィンテージのマイクや、美しいミキシング・コンソールや外付け型のプレアンプやイコライザーなどは、アルバムのプロダクションに大きな影響を与えたと思う。楽器に関しては、僕たちはトロントからLAに行ったから、必要最低限のものしか持っていかなかった。僕はサックスとフルートを持っていき、チェスターはベースを持っていき、アレックスはシンバルを持っていったけれど、それ以外のものは全てスタジオに完備してあった。ギターやアンプなど素晴らしいコレクションが備わっていたよ。僕がいままでに触ったピアノや聴いたピアノの中で最も美しい音を出すスタインウェイのグランド・ピアノもあったし、フェンダーローズもあった。そういう素晴らしい楽器がたくさんあったから、実際に自分たちでそういう楽器を弾いてみると、とても良い刺激になった。

いまの時代は技術革新が進んでいるから、スマートフォンやノートパソコンを使える人なら誰でも、良い作品を作ることが可能だと思う。でも僕は音楽というものは、それ以上に、コラボレーションが基盤となっている活動だと思っている。様々な人たちと様々な環境で一緒に仕事をしていくという技術を身につけることは非常に重要なことだと思うから、それが将来、不要なものとしてなくならないことを願うよ。

全体の音質作りに関して参考にした作品はありますか?

LW:今回のアルバムのプロダクションや音質作りに関しては、ディアンジェロを参考にした部分があった。だからアルバムをディアンジェロのアルバム『Voodoo』を手掛けたラッセルに仕上げてもらったことはとても重要な意味合いがあった。それから、ブラック・サバスやマハヴィシュヌ・オーケストラ、ジミ・ヘンドリクスといったもう少しヘヴィーな音楽も参考にしたし、ルディ・ヴァン・ゲルダーが手掛けた昔のジャズ、例えばコルトレーンやウェイン・ショーターなどによる素晴らしい音響のレコードも参考にした。プロダクションやアレンジメントやテクスチャや即興に関しては、アルトゥール・ヴェロカイのレコードを今回も参考にしているよ。

ラッセル・エレヴァードはこの新作にどのように関わっていますか?

LW:彼は素晴らしい音楽をたくさん手掛けてきたレジェンドだ。そんな人と一緒に仕事ができたということ自体が光栄で素晴らしい経験だった。彼とスタジオに入って、彼の作業を実際に見ることができたら最高だったんだけど、パンデミックの影響で残念ながら、彼と実際に会って仕事をすることはできなかった。アルトゥール・ヴェロカイとララージとブランディー・ヤンガーがオーバーダブをしたパートはデジタルでレコーディングされたんだけど、それ以外の僕たちのパートは全てアナログでレコーディングされたものだった。それをラッセルに送ることによって、ラッセルはそのプロセスを引き継いでくれた。彼はミキシングのときはプラグインを一切使わないし、素晴らしいアナログ処理の機材を所有している。彼は僕たちの素材を全て上手にまとめ合わせてくれて、温かみのある層を加えてくれた。それにミキシング・エンジニアとしての絶妙さというのにも長けていて、アルバム全体にかけて、テクスチャやトーンのニュアンスを絶妙に調節してくれた。曲を書いて演奏した僕たちでさえあまり気づかない箇所も彼は微妙な処理をしてくれて、音楽全体を素晴らしいものに仕上げてくれた。

ところで、新作から逸れますが、初期の活動場は、アレックスのお父さんが持っていて提供してくれた地下室だったり、チェスターのお父さんがあなたたちの好きなヤマハ・シンセサイザーの CS-60 を探し回って見つけてくれたりと、ファミリーの応援が垣間見られるエピソードを記事で読みました。家族やコミュニティとの関わりもBBNGの活動の重要な点だと感じますが、あなたたちが家族やコミュニティとどのように関わり合ってきたのか教えてください。

LW:そうだね、家族は僕たちにとってものすごく重要な存在だ。アレックスの父親のビルは、昔からバンドのいちばんの支援者だった。ビルはいつも僕たちのことをライヴ会場まで車で連れていってくれたんだ。ライヴのときは、機材を車に積んだり、降ろしたり、会場内へ運んだりしないといけないから、彼のサポートは本当に心強かったよ。最近はパンデミックの影響であまりバンドの家族と会うことができなくなってしまったけれどね。僕の両親はカナダにいるんだけれど、かなり遠く離れているから、ここ2年くらい会っていないんだ。でも今度トロントにまた引っ越してくるからもうすぐ会える。僕の両親も僕の音楽活動をずっとサポートしてくれているよ。コミュニティに関しては、アーティストのたまごのような人たちにとって、他の人たちとアイデアを共有したり話し合ったりすることのできるコミュニティがあるということは、お互いの成長を助けるという意味でとても大切だと思う。ただそれも最近のパンデミックのせいで、ライヴが開催されなくなってしまったから、友人に会う機会も減ってしまったし、友人のアーティスト活動をサポートするのも難しくなってしまった。でも、通常の状況においては、そういうコミュニティ内でサポートをし合って、成長していくということが僕にとってはとても大切なことだったね。

最後に、これからの音楽シーンに関して思うことを教えてください。

LW:いまの時代は技術革新が進んでいるから、スマートフォンやノートパソコンを使える人なら誰でも、良い作品を作ることが可能だと思う。それはすごいことだと思うし、多くの人にそのアクセスがあるということは良いことだと思う。でも僕は音楽というものは、それ以上に、コラボレーションが基盤となっている活動だと思っている。様々な人たちと様々な環境で一緒に仕事をしていくという技術を身につけることは非常に重要なことだと思うから、それが将来、不要なものとしてなくならないことを願うよ。人と一緒に音楽をやることの良い点というのは、コミュニティが育まれ、広がっていくということ。そのコミュニティが、個人やアーティストとして成長できる場になるし、活躍する機会も増えて行くと思う。お互いの成長や発展をサポートし合っているコミュニティに多く広く所属している方が、成功する機会も増えていくと思うんだ。音楽業界で成功するのは難しいことだと思うけど、人と関わっていく技術や、コミュニティを大切にするということは成功する上でとても役に立つと思うよ。

Pat Fish(Jazz Butcher) - ele-king

 10月7日の朝、Twitterを見たら「パット・フィッシュ(ジャズ・ブッチャー)さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申します。」というGlass Modern Recordsの公式アカウントのツイートが目に飛び込んで来た。
 しばらく言葉を失った。慌てて検索し、その情報がどうやら間違いではないことを確信すると、三十数年前に買い揃えたレコードを引っ張り出して1stアルバムの『In Bath Of Bacon』から聴き直しはじめた。
 ザ・ジャズ・ブッチャーは、自分の中で五本の指に入るくらい好きなアーティストだ。そんなクラスの人が亡くなるのは8年前の大滝詠一以来だろうか。

 ザ・ジャズ・ブッチャーとの出会いは高校年の頃。御茶ノ水の輸入盤屋を漁っていて「モノクローム・セットが好きな人に! バウハウスのデビッド・J参加」と書かれていた2ndアルバム『A Scandal In Bohemia』(1984)に興味を惹かれて買ったのが最初だった。どちらのバンドも好きだったからだ。
 とは言うものの、手元にある『A Scandal In Bohemia』はキングのNexusレーベルから出ていた国内盤なので、輸入盤屋で購入したという記憶と矛盾がある。まぁ、三十数年前の話だから、しょうがない。
 とぼけたマンガが描かれたジャケットから、それがシリアス一辺倒のバンドではないことはわかっていたが、聴いてみるとネオアコっぽい曲、ガレージ・パンクっぽい曲、果ては童謡っぽい曲(しかも調子っぱずれなコーラスが入る)と、曲調はとりとめないのだけれど、ちょっとザラついた感触の歌声がそれらを上手くまとめていた。なんといっても全編に漂うユーモアのセンスが肌にあった。確かにモノクローム・セットと通じるものは感じる。
 しばらく『A Scandal In Bohemia』を狂ったように聴いたが、このザ・ジャズ・ブッチャーに関する情報は音楽誌には全く出てこない。もちろんネットで調べることなんて出来ない時代だ。頼りは国内盤についていた森田敏文氏の書いたライナーノートのみ。ジャケットを見ると4人組のバンドだと思ったけれど、どうやらザ・ジャズ・ブッチャーというのはヴォーカルのソロ名義でもあるらしい。ん? どういうことだ? 

 その後もレコード屋で見かけると購入していたのだが、ミニアルバムやらコンピレーションやらライヴ盤やらが多く、なかなかディスコグラフィーが把握できなかった。
 しかもこの頃発売されたサイコビリーのオムニバスにも、参加していたりして、もうなんだかよくわからない。
 途中でザ・ジャズ・ブッチャー・コンスピラーシーなんて名前になってたのも意味不明だったし。
 でも、情報が限られていたこの頃は、こんなことがよくあった。愛聴しているのに、そのバンドのことをよく知らなかったりするのは珍しいことではなかった。そしてその情報不足の得体のしれ無さが、まだザ・ジャズ・ブッチャーには似合っていたのだ。

 1988年の『Fishcotheque』からは、どインディーなグラス・レコードから名門のクリエイションへと移籍。以前よりも少しマジメになったような印象もあったけれど、唐突にJ.B.C.名義でローリング・ストーンズの“We Love You”を打ち込みダンストラックでカバーしてみたりと、わけのわからなさは健在だった。
 アラン・マッギーが「オアシスでもうけた金で、俺はジャズ・ブッチャーのアルバムをリリースし続けるのさ」と言ったなんて記事を読んだこともあったけれど、愛されてたんだなぁ、ジャズ・ブッチャー。
 クリエイション移籍以降も新譜が出れば買い続けていたけれど、正直グラス時代ほど熱心に聴き込むことはなかった。いや、それでもたまに聴くと「あれ、この時期のも悪くないな」なんて思ったりはしてたけれど。

 そして90年代後半からは次第にリリースの間隔も空いていき、ザ・ジャズ・ブッチャーの活動もフェードアウトしていった。
 でも、自分の中ではずっと重要なアーティストだった。『A Scandal In Bohemia』収録の“Girlfriend”はDJをやる時の定番だったし(あと初期のギタリストだったマックス・エイダーのソロ“My Other Life”も!)、ここ最近はサブスクリプションサービスをチェックする時にはザ・ジャズ・ブッチャーのアルバムがどれくらいあるかを目安にしていた。

 2018年に彼が「なんらかの病気」ということで治療の費用をクラウドファンディングしていると聞いた時はドキリとしたのだけれど、それからずっと闘病していたのだろうか。
 そういえば、彼がパット・フィッシュという個人名をクレジットするようになったのは1990年の『Cult Of The Basement』以降なので、あんまりパット・フィッシュという名前はピンと来ない。自分にとっては、彼はやっぱりザ・ジャズ・ブッチャー、もしくはブッチなのだ。
 お疲れ様、ブッチ。

Bonobo - ele-king

 ジャンルとしてのダウンテンポがある。90年代初頭に生まれたクラブ・ミュージックのサブジャンルで、スロー・テンポ(90bpmほど)のビートと雰囲気のあるメロディアスな上物、そして折衷的な構造に特徴を持ち、トリップホップからチルウェイヴ、ヴェイパーウェイヴなんかもそれに該当するものがあったりする。日本ではサイレント・ポエツが有名だが、欧州にはたくさんのダウンテンポ作家がいて、UKのボノブはその代表格のひとり。2017年の『マイグレーション』はダウンテンポの高みにある作品で、全英チャートでトップ5入り、米ビルボードのダンス・アルバム・チャートでは1位を記録した。
 このたび、このダウンテンポの真打ちが、5年ぶりとなる待望の最新作『Fragments』を年明けの2022年1月14日にリリースすることを発表した。
 合わせて新曲“Rosewood”のMVも公開。
 
Bonobo - Rosewood

https://bonobo.lnk.to/fragments/youtube

 最新アルバム『Fragments』には、シカゴ発の新世代R&Bシンガー、ジャミーラ・ウッズ、88risingの日系R&Bシンガー、Joji(ジョージ)、ジョーダン・ラカイ、LAのシンガー‏/マルチインストゥルメンタリスト、カディア・ボネイなどのゲストがフィーチャーされている。
 また、新曲“Rosewood”を聴いても察することができるように、『Fragments』はなんでもダンス寄りの内容らしい。数曲のバラードもあるようだが、アルバム全体としてはダンスフロアに向けて作られているという。ボノボいわく「自分がどれほど、満杯のオーディエンスとその律動、互いにつながっている人々が大好きだったか、何度も思いだした」
 ってことは、ダウテンポを極めた達人の新たなる挑戦になるのだろうか……

 なお、『Fragments』は2022年1月14日 (金)にCD、数量限定のCD+Tシャツセット(ニール・クラッグが手がけたアートワークを採用)、LP、デジタルでリリース。国内盤CDには解説が封入され、ボーナストラック「Landforms」が収録。また、Oカード付きのamazon限定CDも発売予定。LPはブラック・ヴァイナルの通常盤、レッド・マーブル・ヴァイナルの限定盤、特殊パッケージにアートプリントが封入されたクリスタル・クリア・ヴァイナルのデラックス盤、限られたお店だけで手にはいるゴールド・ヴァイナルのストア限定盤で発売。さらに、レッド・マーブル・ヴァイナルの限定盤は数量限定でサイン入りの発売も予定されている。



Bonobo
Fragments

Ninja Tune / Beat Records
release: 2022/01/14

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12132
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12133

tracklist:
国内盤CD
1. Polyghost (feat. Miguel Atwood-Ferguson)
2. Shadows (feat. Jordan Rakei)
3. Rosewood
4. Otomo (feat. O’Flynn)
5. Tides (feat. Jamila Woods)
6. Elysian
7. Closer
8. Age of Phase
9. From You (feat. Joji)
10. Counterpart
11. Sapien
12. Day by Day (feat. Kadhja Bonet)
13. Landforms (Bonus Track)

Mark Hawkins - ele-king

 2020年、ブラック・ライヴズ・マター運動の盛り上がりのなかで、さまざまなDJ/アーティストがステージ・ネームの変更を迫られた。白人が黒人を想起させるような名前を使用することは、そこにリスペクトの感情があろうとも「文化の盗用」とされたのだ。こうして、UKのレジェンドDJであるジョーイ・ネグロはデイヴ・リーに、USのブラック・マドンナはブレスド・マドンナに、オランダのデトロイト・スウィンドルはダム・スウィンドルに、そしてUK出身で現在はベルリンを拠点とするマーク・ホーキンスは、彼のよく知られたマーキス・ホークス(Marquis Hawks)名義を捨て、以降はその本名のみを使用するに至った。

 ウィル・ソウルの〈AUS Music〉やグラスゴーの〈Dixon Avenu Basement Jams〉、近年はロンドンにあるクラブ、Fabricの運営する〈Houndstooth〉から多くのハウス、テクノをリリースしてきたマーク・ホーキンス。フルレングスとしては4作目に当たる『The New Normal』は、タイトルの通り「ニューノーマル」(新たな常態)を標榜しており、それがコロナ禍を経たニューノーマルであるのは明白だが、それと同時に、かつてのエイリアスを捨て本名のみで活動することを決断した、マーク・ホーキンス自身のニューノーマルを打ち出しているようにも感じられる。

 オープナーの“Can’t Let You Do This”や、2018年にコラボ歴のあるジェイミー・リデルを招聘した“Let It Slide”を聴くとわかるが、彼が過去の12インチでやってきたアンダーグラウンドなダンス・ミュージックの質感は残しつつ、それぞれのトラックはマーク・ホーキンスとヴォーカル陣によるメロディアスなセンスに下支えされており、このふたつにはフロア・バンガーとしてのサウンドと歌心を持ったポップ・ソングとしての資質の両方がしっかりと詰まっている。また、ジョヴォンのような90年代のニューヨークにおけるハウスから影響を受けたという“Lazy Sunday”や、ガラージめいたリズムが展開されるクローザーの“Se5”など、よりクラブ/フロア向けのインスト・サウンドもありながら、他方では“No One Can Find Us”や“You Bring the Sunshine”など、サンプルパックから引用したメロディアスなヴォーカルが含まれるポップなダンス・トラックもあり、それらが12曲のあいだでバランスよく配置されている。

 こと日本においても、コロナ禍が最悪の出来事だったことは言うまでもないが、以前に紹介したアンソニー・ネイプルズと同様、この時期をクリエイテヴィティの発露にうまく活用したことはマーク・ホーキンスにも言える。彼は一貫して地下で鳴っているダンス・ミュージックを提供し続けているが、この失われた時間においてルーツや理想をより深く見つめ直すことによって、『The New Normal』ではアンダーグラウンドなハウス、テクノにとどまらないサウンドを提示することに成功している。そこには、眩しさすら感じるチル・ソングもあれば、エレクトロニックなファンクのリズムもあり、ポップ・ソング顔負けのメロディアスなヴォーカル物があり、もちろん、思わず体を動かしたくなるハウスもあるのだ。マーク・ホーキンスのこれら多彩な楽曲群は、やはりコロナ禍によって孤独に自身を見つめる時間が多くなったことが少なからず影響しているのだろう。20年以上ものキャリアを誇るヴェテランのDJが、かつてないほどフロアから遠ざかった帰結としてホーム・リスニングの側面を強めつつ、同時に、そこには彼の持ち場と言うべきフロアのエネルギーやダイナミクスがしっかりと注入されているのだ。

 『The New Normal』はマーキス・ホークスを捨てたマーク・ホーキンスの初リリースである。RAやピッチフォークを含め、海外のメディアがまだ取り上げていないのが疑問だが、少なくとも僕が聴いた感じでは、今作はその音に身を委ねたくなる素晴らしいダンス・ミュージックに違いない。大局的にはコロナ禍があり、個人的にはステージ・ネームとの決別を迫られるなど、彼にとっては二重の苦しみがあったはず。しかし、今作が鳴らす音を聴いていると、あるいはヴァイヴァ・ホーキンスによるアートワークが示すように、マーク・ホーキンスとしてのニューノーマルは、晴天の空が広がる海のようにとても前向きで清々しく感じられる。マーク・ホーキンスいわく、今作は「トロピカル・ビーチでモヒートを飲みながら、大音量で聴く」アルバムだそう。どんなときでも、ときに難しく考えずに楽しむことは大切だと、そんな当たり前のことを教えてくれている。

CAN - ele-king

 〈ミュート〉からCANのライヴ・シリーズ第二弾の詳細が発表された。今回の音源は1975年のイギリスのブライトンでのライヴから。『ライヴ・イン・ブライトン 1975』(LIVE IN BRIGHTON 1975)として、12月3日にCD2枚組のフォーマットで発売される。
 レーベルによるとアルバムには、ミヒャエル・カローリのヴォーカルがあり、ヤキ・リーベツァイトの信じがたいドラムがあり、彼らのヒット曲“Vitamin C”のジャム・セッションがあるそうだ。現代だから可能になったライヴ盤。楽しみに待ちましょう。

 


 
CAN
LIVE IN BRIGHTON 1975

2021年12月3日発売
解説: 松村正人 / 海外ライナーノーツ訳

Tracklist
[CD-1]
1. Brighton 75 Eins
2. Brighton 75 Zwei
3. Brighton 75 Drei
4. Brighton 75 Vier
[CD-2]
1. Brighton 75 Fünf
2. Brighton 75 Sechs
3. Brighton 75 Sieben

Saint Etienne - ele-king

 いまの若い世代はどうかわからないけれど、少なくともぼくの世代あたりまでは、日本にはイギリスのポップ・カルチャーへの強い憧れがあった。いまとは比較にならないぐらい、ある時期までのイギリスは文化の吸引力がすごかったのだ。そして音楽はつねに文化の中心だった。で、その最初の爛熟期=スウィンギング・ロンドンに象徴される60年代のポップ・カルチャーを快く思っていなかった同国の政治家がトップに立ったのは、1979年のこと。セイント・エティエンヌは、快楽を目的とする人生を否定したその人=マーガレット・サッチャーが11年続いた首相の座を退任した1990年にロンドンで結成されている。バンド名はフランスのフットボール・チーム、ASサンテティエンヌから取られた。
 そして、サラ・クラックネル、ボブ・スタンリー、ピート・ウィッグスの3人によるポップ・カルチャーに恋した音楽は、スウィンギング・ロンドンと当時はまだ最先端だったハウス・ミュージックとを調合し、ニール・ヤングの深いラヴソングを甘美なラウンジ・ミュージックへと変換してみせた。彼らはポップにおけるイギリス的なるもの、すなわちセンスの良いスタイリッシュな折衷主義を強調したわけで、これが90年代初頭の日本で受けないはずがなかった。

 セイント・エティエンヌが2012年にリリースした『Words and Music by Saint Etienne』というアルバムは、トップ・オブ・ザ・ポップスをきっかけに“世界を探検する“ことを覚えた10代の若者の話からはじまる。『NME』のポール・モーリー(80年代の人気ライターのひとり)が書いた記事を読み、〈ミュート〉や〈ファクトリー〉や〈ZOO〉、それからニュー・オーダーやデキシーズに夢中になるという、ひとりのインディ・ミュージック・ファンの思春期のストーリーが描かれている。また、同アルバムにはドナ・サマーやKLFへのオマージュも含まれていたりするのだが、このように、セイント・エティエンヌの音楽においてはポップ・ミュージックそのものが主題であり、コンセプトにもなり得ている。
 1992年の彼らの魅力的なシングル「Nothing Can Stop Us」の裏ジャケットの写真は、ソファーに座ってビリー・フューリー(マルコム・マクラレンも愛した50年代UKのロックンローラー)を表紙にした雑誌を手にしているヴォーカルのサラだ。そして同曲を収録した1991年のデビュー・アルバム『Foxbase Alpha』は、彼らの部屋にあるレコード・コレクションとその時代のロンドンにおけるポップ・カルチャーから生まれた作品だった。レトロなポップ・ミュージックを切り貼りしたそのアルバムは、海外では「インディ・ポップ」、日本では「インディ・ダンス」と括られているジャンルのひな形であり、いまだそのジャンルを代表するクラシカルな1枚となっている。
 しかしながらセイント・エティエンヌにおけるもっとも輝かしい瞬間はその次のアルバム『So Tough』にある。前作以上にサンプリングを駆使し、ポップのいろんな輝きをつなぎ合わせ、巧妙なスタジオ・ワークによって完成させた彼らのセカンドは、『ファンタズマ』が90年代渋谷のレコード文化から生まれた作品であると言うのなら、ある意味似たようなアプローチをもって、それより先立つこと4年前に多彩なポップ・カルチャー(この作品においてはフレンチ・ポップ、ヒップホップ、エレクトロニカ、そして映画などなど)をなかば感傷的にブレンドした作品だった。ポップ・ミュージックを愛する者たちのためのエレガントで洗練されたポップ・ミュージック。しかもそれは、いかにも90年代的な陶酔感を有した、けだるく甘美なサウンドでいっぱいだった。そんなポップの腕のたしかな調理人であるセイント・エティエンヌが『Foxbase Alpha』から30年目の今年、90年代末を主題とする新作を出したと。しかも通算10枚目になるそのアルバムが、じつにメランコリックで悲しみに包まれているとなれば、これはもう、放っておくわけにはいかない。
 というのも、思慮深いセイント・エティエンヌが、90年代がテーマだからといって自分たちの過去の焼き直しなどしないことは、まあ想像がつく。ジョン・サヴェージやサイモン・レイノルズ、マーク・ペリーまでならまだしも、ダグラス・クープランドにまでライナーを依頼するほど音楽評論や読書が好きな彼らの創作行為には、大まかに言って批評性も備わっている。彼らが現在という地点からあの時代をどのように描くのかは、まったくもって興味深いところだ。
 

字幕
「失われた黄金時代としての90年代後半の楽天主義を振り返りますか?」
「それは、素朴で妄想と愚かさの時代だったと思いますか?」
「あなたはすべてを憶えていますか?」
「記憶の霧を通して」 
「あなたには確信がありますか?」

 だいたいこの、『私はあなたに伝えようと努力してきた(I've Been Trying To Tell You)』という含みのある言葉をタイトルにしたアルバムは、手法的には『So Tough』を踏襲しながら、じつになんとも不思議な作品で、たとえばバンドのトレードマークであるサラの歌がまともに入った曲が、1曲と言えるのか2曲と言えるのか3曲と言えるのか、まあそんな感じなのだ。アルバムの大半がインストで、たまに聞こえるサラの声はサンプリングされた断片としてミックスされているか、さもなければ亡霊のごとく靄のなかで歌っているかのようで、これは明らかに『スクリーマデリカ』よりも『メザニーン』やボーズ・オブ・カナダのほうに寄っている。
 さらに奇妙なことだが、たとえば“Little K”や“Blue Kite”といった曲のなかには、ある種ヴェイパーウェイヴめいた響きや反復もある。かつてそこにあったリアルの喪失。90年代初頭の快楽主義を謳歌する人生観や無垢だったダンス・カルチャーは、90年代後半になるとトニー・ブレアを通じてエリートたちのものになるか、もしくはおおよそすべてがただの娯楽産業へと姿を変えた。
 あるいは、ベリアルがレイヴ・カルチャーのレクイエムを作ったように、本作もまた叶わなかった夢への痛みをもった鎮魂歌と言えるのかもしれない。今回のサウンドは、「インディ・ポップ」というには少し無理があって、エレクトロニカやトリップホップ、アンビエント・ポップなどと呼んだほうがまだしっくりくる。いずれにしても本作には、90年代のセイント・エティエンヌが武器として持っていたスタイリッシュなレトロ・ポップのパッチワークはない。だが、ここにはリスナーを惹きつける力がたしかにあり、ぼくはけっこう気に入っている。とくに冒頭の“Music Again”〜“Pond House”は圧巻で、そして後半に待っている2曲──“I Remember It Well”から“Penlop”にかけてのいささかホーントロジーめいた展開もみごとだ。それは亡き者たちの囁きであり、アンビヴァレンスであたかも終わりの合図のようでもあるのだけれど、が、しかしセイント・エティエンヌがその甘美な響きを失うことはなかった。最後に収録された“Broad River”という、フォーキーなアンビエントは、とくに目新しいサウンドではないが、ぼくにはずいぶんグッと来る。きっとノスタルジーに浸ることが、この曲においては許されているのだろう。 


 

Radiohead - ele-king

 本日10月2日は『Kid A』リリース21周年。ということで、11月5日に発売を控える話題のリイシュー盤『Kid A Mnesia』の、高音質ライヴ上映会の開催がアナウンスされている。
 発売日の前日に当たる11月4日、東京のヒューマントラストシネマ渋谷、大阪のシネリーブル梅田の2館で開催。完全招待制とのことで、詳しくは下記を。

RADIOHEAD
今日は何の日?

世紀の名盤『Kid A』発売21周年!!
話題の再発盤『Kid A Mnesia』リリースを記念して
東京/大阪の超高音質映画館でライヴ上映イベント開催決定!!

レディオヘッド4thアルバムにして “音楽史における20世紀最後の名盤” とも謳われる『Kid A』が本日10月2日に発売21周年を迎えた。

来月11月5日には『Kid A』とその双子作品である『Amnesiac』の発売20/21周年を記念して、未発表/レア音源を追加したひとつの3枚組作品『Kid A Mnesia』のリリースが控える中、発売日前日の11月4日に東京はヒューマントラストシネマ渋谷、大阪はシネリーブル梅田の映画館2館でライヴ上映イベント(無料/完全招待制)が開催されることが決定。本日よりBEATINKのTwitterにて参加者の募集が開始。当選した来場者には当日非売品ポスターがプレゼントされる。

なお、ヒューマントラスト渋谷およびシネリーブル梅田に導入されている音響システム「odessa」は、映画の魅力を最大限引き出すため専用に開発されたカスタムメイドのスピーカーシステム。音の輪郭はもちろんのこと、音の余韻・消え際まで繊細に再現できるのが特徴となる。映画館の音を最適に調整するプロ集団ジーベックス協力のもと、今回の条件下でレディオヘッドのライヴが映画館上映されるのは世界初となっており、ファン必見のイベントとなっている。

[イベント内容]
RADIOHEADライヴ上映会
○日時
2021年11月4日(木)*スタート時間は会場によって異なる
○場所
・東京:ヒューマントラストシネマ渋谷
〒150-0002東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocotiビル 8F
*上映開始時間は決定次第ご案内

・大阪:シネ・リーブル梅田
〒531-6003 大阪府大阪市北区大淀中1丁目1-88 梅田スカイビルタワー イースト 3F・4F
*上映開始時間は決定次第ご案内

○上映内容
未定

○応募方法
BEATINKのTwitterアカウントの該当ツイートにて募集
https://twitter.com/beatink_jp?s=21

11【注意事項】
※ご来場の際は、当館にて行われているマスク着用をはじめとした新型コロナウイルス感染症予防対策へのご協力をお願いいたします。
ご協力いただけない場合には、ご鑑賞をお断りさせていただく場合がございます。
※当館の『新型コロナウイルス感染予防の取り組み』については下記URLをご覧ください
https://ttcg.jp/topics/2020/05201300_10996.html

※新型コロナウイルス感染拡大の状況によって、開催日時を変更させていただく場合がございます。予めご了承ください。

※イベント内容は、予告なく変更または中止になる場合がございますので、予めご了承ください。

■その他、混雑状況など詳細につきましては、劇場までお問い合わせ下さい
ヒューマントラストシネマ渋谷 TEL:03-5468-5551
シネリーブル梅田 TEL:06-6440-5930

HTC渋谷
https://ttcg.jp/human_shibuya/topics/2021/07272157_13653.html  

CL梅田
https://ttcg.jp/cinelibre_umeda/topics/2021/03121449_13989.html

label: XL Recordings / Beat Records
artist: RADIOHEAD
title: KID A MNESIA
release date: 2021.11.05 FRI ON SALE


国内盤3CD:
XL1166CDJP ¥3,500+税(税込 ¥3,850)
[国内盤特典]歌詞対訳・解説付/ボーナス・トラック5曲収録
高音質UHQCD仕様

輸入盤3CD:XL1166CD
限定盤3LP(レッド・ヴァイナル):XL1166LPE
通常盤3LP(ブラック・ヴァイナル):XL1166LP

日本盤3CD+Tシャツ:
XL1166CDJPT1(日本盤3CD+Tシャツ)*サイズS-XL ¥7,500+税

限定レッド・ヴァイナル+Tシャツ:
XL1166LPET1(限定レッド・ヴァイナル+Tシャツ)*サイズ S-XL ¥11,250+税

BEATINK.COM
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12094

Gina Birch - ele-king

 もっとも重要なポスト・パンク・バンドのひとつ、ザ・レインコーツのメンバー、ジーナ・バーチがジャック・ホワイト主宰のレーベル〈Third Man Records〉から初のソロ作品(7インチ・シングル)を発表した。そのタイトルは「フェミニスト・ソング」で、曲の出だしはこんな感じ。「私はフェミニストかって訊かれたらこう言う、無力なんてまっぴらだ。孤独なんかくそ食らえ」、この怒りに満ちたアンセミックで強力な曲は、そのコーラスで「都会の女の子、私は戦士だ!」と繰り返している。同曲はすでにザ・レイコーツのライヴでも披露されていたが、この度初めての録音となった。なおミックスはキリング・ジョークのユースが担当しており、彼は同曲のアンビエント・ミックスでもその手腕を発揮している。現在は配信でも聴けるが、7インチ盤は10月末にはお店に出回っている予定。


Little Simz - ele-king

 2019年に発表した前作『GREY Area』が非常に高く評価された Little Simz。StormzyHeadie One とも肩を並べるUK屈指のラッパーとなった彼女の最新作『Sometimes I Might Be Introvert』は、歌詞とサウンド両面で、自身のルーツと向き合いながら、同時に現在の自分をも表現した作品となった。

 彼女の本名は Simbiatu Ajikawo。フッドの仲間は「SIMBI」と呼ぶ。タイトルを和訳すると「たまに内向的になるの」。本作は、ラッパーとして成功した「Simz」と素の「SIMBI」というキャラクターとパーソナリティの乖離と融和を描いている。ちなみにタイトル(『Sometimes I Might Be Introvert』)の頭文字を取ると「SIMBI」になる。

 サウンド面をサポートするのは幼なじみの Inflo こと Dean Josiah Cover。その正体は長らく謎に包まれていたが、実は Little Simz 作品では常連のシンガー・Cleo Sol(Cleopatra Nikolic)、Kid Sister(Melisa Young)とともに活動する SAULT のメンバーであった。アフロ、ファンク、ジャズ、ヒップホップ、パンク、ニューウェーヴ、ハウス、ガラージ、ドラムンベース……さまざまな要素をロンドンらしくミックスして、バンドのダイナミックな演奏で表現しているのが特徴だ。

 話はアルバムから少しだけ逸れるが、Little Simz が昨年配信したEP「Drop 6」に収録されていた “one life, might live” のベースラインは、Roni Size & Reprazent のクラシック “Brown Paper Bag” へのオマージュ。これがオバマ夫妻のプレイリストに入ってたというエピソードはなんというかいろいろ想像力が広がって最高だった。ちなみに同曲のプロデューサー・Kadeem Clarke はおそらく SAULT 周りのコレクティヴのメンバーで、Discogs を見ると『Sometimes I Might Be Introvert』の “Standing Ovation” にも参加しているとのこと。

 私は当初、このサウンド・プロダクションや、“Introvert” と “Woman” の豪華絢爛なMVに夢中になった。だが本作はリリックも素晴らしい。

 冒頭を飾る “Introvert” の1ヴァース目ではコンシャスなラッパー「Simz」として世界中でいまも続く差別について心を痛める。2ヴァース目は「SIMBI」として27歳の女性としての心の弱さをさらけ出す。そしてアウトロに女優のエマ・コリン(Netflix のドラマ『クラウン』でダイアナ妃を演じている)による、後に続くストーリーの幕開けを予感させるナレーションが入る。

 続く “Woman” はナイジェリアの血を引く彼女がアフリカ系の女性をエンパワメントするナンバー。この曲のリリックは、サウンドに負けず劣らず、言い回しがかわいくてしゃれているのだ。ナイジェリア、シエラレオネ、タンザニア現地の話題を交えながら「Woman to Woman I Just Wanna See You Glow/Tellen What’s Up(女性同士 あなたが輝くのを見たいの/みんな元気でやってる)」と語りかけたり、ブルックリンのレディーたちに「Innovative just like Donna Summer in the 80’s/Your time they seeing you glow now(80年代のドナ・サマーみたいに革新的/最盛期のあなたをみんな見てる。輝いてるよ)」と言ってくれたり。男性ですらこんなにテンションが上がるんだから、女性ならブチ上がることは必至だろう。

 だがおそらくこれは社会的な「Simz」の言葉。もちろん「SIMBI」自身もそう感じているんだろうけど。“Two Worlds Apart” では徐々に「SIMBI」の顔が見えてくる。なかなか結果ついてこなかった活動初期。昼の仕事をしながらラップを書き続けていた。“I Love You I Hate You” ではアーティスト活動が厳しい反面、音楽への捨てきれない愛を語る。そのリリックに、なんらかの問題を抱えている実父との関係を重ねるあたりが彼女がリリシストとして評価される所以だろう。

 いとこの Q によるモノローグ “Little Q Part 1” を経て、名曲 “Little Q Part 2” では彼女が育った地域がどんな場所であったかをラップする。Q は14歳で一家の主にならざるを得なかった。兄は刑務所で、父は行方不明だから。ストリートで銃を突きつけられ、病院で二週間も意識不明だったという。だが Little Simz の最近の Instagram には、その Q が大学を卒業する写真がアップされていた。Q は彼女とは違う方法で貧困から抜け出したのだ。

 “Speed” はアルバムで最も攻撃な1曲。サウンドは SAULT 的だ。緊迫感あるタイトなベースラインからは活動初期に彼女が切磋琢磨してきたことが思い起こされる。リリックも自身を認めないシーンに対するフラストレーションに満ちている。次の “Standing Ovation” へは曲間なくシームレスにつながる。自らのラップでクィーンになった彼女は、「スタンディング・オベーションを受けてもいいと思う。10年間じっと耐えて働いてきた」と胸を張る。1st アルバム『A Curious Tale of Trials』のジャケットには、王冠をかぶった女性が描かれているが、それを実際に手に入れたのだ。いま改めて 1st アルバムを聴くと、サウンドの本質はあまり変わってないように思える。“Standing Ovation” には「Still running with ease marathon not a sprint(軽々走ってるの/マラソンみたいに/徒競走じゃないよ)」というラインがある。つまり目先のトレンドを資本主義的に追いかけるのではなく、自分の信じる表現を突き詰めるということ。だからこの曲はことさらゴージャスでエモーショナルなのだ。「どうだ!見たか!」と。

 おそらくここまでが『GREY Area』で成功するまでの彼女。“I See You” はラヴ・ソング。「Simz」ではなく完全に「SIMBI」の瞬間。この瞬間がないと不安で押しつぶされそうになる。活躍し続けるためには自由(完全に「SIMBI」の瞬間)を犠牲にしなくてはいけない。周りもみんな王座を狙ってるから。“The Rapper That Came To Tea” では Little Simz の心情をエマ・コリンが代弁する。本作の狂言回しであると同時に女神でもある彼女は、困惑する Little Simz を「いまのままでいい。そのままでスターになれる」と励ます。“Rollin Stone” は非常にユニークな曲で、前半は「Simz」で、後半は「SIMBI」になる。この曲から彼女はこれまで二律背反だった概念を統合して自己肯定する方向に歩みはじめる。“Rollin Stone” 後半のサウンド感が次の “Protect My Energy” のリリックの内容につながる。群れない。本当の仲間のみ、あるいはひとりでいることでポジティヴなエネルギーを蓄える。以前、彼女の Instagram で、車での移動中に編み物をしてる動画が上がっていた。何も考えずに集中して心を落ち着ける瞬間なのかな、と思った。

 結局彼女は自分自身を信じて進むしかないと気づく。もしくは言い聞かせる。その過程がインタールードの “Never Make Promises”。そしてアフリカのブルータルな舞踏の躍動を感じさせる “Point and Kill” へ。彼女の中にある表現への強い欲求が、アフロ・ルーディな Obongjayar のヴォーカルとともに、ひしひしと伝わってくる。次の “Fear No Man” へも曲間なくつながる。こちらはアフロビート。呪術的なパーカッションとコーラスに乗せて、ポジティヴな自信をラップする。さらにインタールード “The Garden Interlude” でも自分を信じるように念を押すように言う。このあたりに Little Simz の本質があるような気がする。自分を信じると言うのは簡単だが、多層的に思考が走り続ける脳内でそれを実行し続けるのは難しい。そんな繊細な本音は、これまで「SIMBI」が言ってきた。だがいまはもう「Simz」として言える。それが “How Did You Get Here” だ。

 ラストの “Miss Understood” は自分と世間のギャップに病むこと、さらに極めて個人的な家族とのトラブルについて歌っている。結局、自分自身の問題が片付いても、次から次へと新しい苦悩は外からやってくる、ということなのかもしれない。神話的なスケールで己の葛藤を歌いながら、最後をシニカルなコメディーのように締めるあたりに、やはり彼女はUKのアーティストであるなと感じてしまう。

 『Sometimes I Might Be Introvert』は昨年のロックダウン中に Inflo とスタジオに籠って制作された。その間、世界は分断していた。そこで何を歌うか。彼女はあえてフォーカスを自分自身に絞った。ナイジェリアにルーツを持つ、ロンドンで生まれ育った、27歳のラップする女性。強くて弱くて大胆で繊細。矛盾すら自分の一部。誰の中にもあるカオスと向き合って作品に落とし込んだ。自分を世界に合わせるのでなく、自分を信じて、自分の世界を作り出す。それが本作のメッセージだ。

 それはサウンドにも顕著に表れている。彼女はロンドンにいながらUSのヒップホップ/R&Bに強く影響されてきた。同時に『GREY Area』でUSツアーを経験した。憧れの Lauryn Hill のツアーにも参加した。そんな彼女のサウンド的バックグラウンドを前述の SAULT 的解釈、つまりさまざまな人種で溢れかえり、レゲエやグライム、アフロなど、世界各国の有名無名の音楽が鳴り響く、2021年のロンドンのストリートの視点から表現したアルバムなのだ。そこに「Simz」と「SIMBI」の物語をミュージカル的に聴かせるオーケストラ・アレンジが加わる。個人の内面を語っているのに、神話的なスケール感と奥行きがある。ゆえに『Sometimes I Might Be Introvert』は2021年を代表するアルバムだ。そして Little Simz をさらなる高みに導く作品となる。

Seimei - ele-king

 東京を拠点に精力的に活動をつづけるコレクティヴ/レーベルの〈TREKKIE TRAX〉。この夏は仮想空間サーヴィスの VRChat 内でワールド・ツアーを敢行したことも話題になった彼らだが、旗揚げからの中核メンバーである Seimei がなんと、キャリア初のソロ・アルバムをリリースする。
 タイトルは『A Diary From The Crossing』、レーベルはカナダの〈WET TRAX〉で、本日10月1日発売。パンデミック下で書き溜められたトラック9曲が収録され、オールドスクールなテクノやハウスなど4つ打ちがメインの内容になっている。10月24日にはリリース・パーティも開催予定。
 ちなみに、10月29日発売の『ele-king臨時増刊号 仮想空間への招待──メタヴァース入門』では Seimei(&futatsuki)のインタヴューを掲載しています。ぜひそちらもチェックを。

Seimeiがキャリア初の1stテクノアルバム「A Diary From The Crossing (ア・ダイアリー・フロム・ザ・クロッシング)」をカナダのWET TRAXからリリース!

東京を拠点に活動するレーベルTREKKIE TRAXを主宰する傍ら、DJ/トラックメーカーとして日本のみならず、これまでアメリカや中国、韓国など世界各国でDJを行い、自身のレーベルナイトのオーガナイズや、OUTLOOK FESTIVAL JAPAN LAUNCH PARTY、EDC Japan等のフェスに出演してきた『Seimei (セイメイ)』。block.fmでのTREKKIE TRAX RADIOやイギリスのGilles Petersonがスタートしたラジオステーション、Worldwide FMでのマンスリープログラムのホストを務め、さらに直近のニュースではロンドンのラジオ局Rinse FMのBen UFOがホストを務めるプログラムにゲストミックスの提供も行ったそんな彼が、2021年10月1日(金)満を辞してデビューアルバム『A Diary From The Crossing (ア・ダイアリー・フロム・ザ・クロッシング)』を自身のレーベルではなくカナダの『WET TRAX (ウェット・トラックス)』からリリースした。

Nina KravizやEllen Allienといった著名なDJも楽曲をサポートするWET TRAXとSeimeiの交流は、Seimeiが書くマンスリーチャート内で同レーベルの看板アーティストであるdj genderfluidの楽曲をレビューしたことから始まった。コロナ禍でDJのブッキングが次々とキャンセルされる中、作りためていたというDJユースなテクノトラックをWET TRAXのA&Rにデモとして送ったところ、アルバムリリースを提案され、今回のリリースへと繋がった。

タイトル通り、コロナ禍における社会の閉塞感を打開したいというアーティストの気持ちが込められた『Don’t Bend My Life (ドント・ベンド・マイ・ライフ)』や、本人に多大な影響を与えたというデトロイトテクノのシンセワークを彷彿とさせる『Kaleidoscope (カレイドスコープ)』、SeimeiのDJスタイルにも通ずるエモーショナルかつトランシーなハードテクノの『Log In Log Out (ログイン・ログアウト)』、『Another Dimension (アナザー・ディメンション)』など、今年始めのロックダウン中に彼が感じ取った想いや情緒が反映されたアルバムとなっている。また、シカゴゲットーテックの要素を含んだミニマルトラック『Clap Your 808 (クラップ・ユア・エイト・オー・エイト)』や硬いヨーロピアンテクノを思い起こさせるアシッドチューン『HABK (エイチ・エー・ビー・ケー)』など、オールドスクールなハードテクノやハードハウス、そしてアップリフティング・トランスに影響を受けた四つ打ちダンストラックが9曲収録されている。

10月24日には、レーベル公認のアルバムリリースパーティーをCarpainterと主催するハードテクノパーティー『Lost Memories (ロスト・メモリーズ)』の第二回を兼ねて『渋谷Another Dimension (アナザー・ディメンション)』にて開催されるのでこちらも要チェックだ。

Seimeiからのリリースコメント

このアルバムは、2021年頭に宣言された緊急事態宣言とそれに伴うロックダウン中に作られました。タイトルにもある通り、渋谷近くの自宅でコツコツ日記的に作った曲をコンパイルしています。そもそもSeimei名義でテクノをリリースするのが初めてでリリースしてくれるレーベルがなかなか見つからなかったんですが、WET TRAXという素晴らしいレーベルがサポートしてくれることになり、本当に感謝です。閉塞感にまみれた昨今ですが、ぜひ楽しんで聴いて下されば幸いです。

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