「You me」と一致するもの

R.I.P. Mark Stewart - ele-king

文:野田努

「彼らはついに、変化とは、改革を意味するものでも改善を意味するものでもないことに気がつくだろう」——フランツ・ファノンのこの予言通り、世界は変わらなくていいものが変えられ、変わって欲しいものは変わらない。憂鬱な曇り空に相応しい訃報がまた届いた。その少し前にはジャー・シャカの訃報があり、今朝はマーク・スチュワートだ。いったい、坂本龍一といい、シャカといいマークといい、あるいは昨年から続いている死者のリストを思い出すと、勇敢な戦士たちがあちら側の世界に招かれている理由がこの宇宙のどこかに存在しているのではないかという妄想にとらわれてしまう。ファノンはまた、「重要なのは世界を知ることではない、世界を変えることだ」と言ったが、その意味を音楽に込めた人がまたひとりいなくなるのは、胸に穴が空いたような気分にさせるものだ。

 一般的に言えばマーク・スチュワートは、ブリストル・サウンドのゴッドファーザーだが、10代半ばのぼくにとってはファンクの先生だった。ジェイムズ・ブラウンが発明し、白いアメリカで生きる黒い人たちから劣等感を削除し前向きな自信を与えたこの決定的な音楽の語法を、ザ・ポップ・グループというバンドはパンクの文脈に流し込んだ。それだけでもどえらいことだが、ブリストルという地政学のなかで生まれたこのバンドは、実験音楽であると同時に脳内をふっとばす低音ダンス音楽でもあり、当時UKで起きていた移民文化にリンクするダブという概念もそこに混ぜ合わせたばかりか、さらにまたそこに、60年代のポスト・コルトレーンから広がる炎の音楽=フリー・ジャズにも手を染めていたのだった。

 カオスとファンクとの結合に相応しいそのバンドのディオニソスこそ、マーク・スチュワートに他ならなかった。彼らが標的にしたのは、資本主義であり植民地主義だったが(残念ながらいまや重要なトピックとなっている)、こうした政治的主張と音楽との融合において、最高にクールで、圧倒的に迫力があり、創造的で快楽的でもあったロック・バンドがいたとしたら、彼らだった。

 ザ・ポップ・グループとしてのずば抜けた3枚を残し、マークはザ・マフィアを名乗ってからもその手を緩めなかった。エイドリアン・シャーウッドとダブ・シンジケートのメンバーといっしょに録音したシングル「Jerusalem」(1982)とアルバム『Learning To Cope With Cowardice』(1983)は、〈ON-U Sound〉がダブの実験において、どこまでそれをやりきれるのかという、もっともラディカルな次元に没入していた時代の輝かしい記録である。サウンド・コラージュとダブとの境界線を曖昧にし抽象化した “Jerusalem” 、奈落の底から立ち上がるアヴァンギャルド・ゴスペル・ルーツ・ダブの名曲 “リヴァティ・シティ” はここに収録されている。

 新しい音楽のスタイルの出現をつねに肯定的に捉えていたマークが、ヒップホップを無視するはずがなかった。ザ・マフィアを経てソロ名義になった彼が最初に発表した、傑出したシングル「Hypnotized」と 『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade(民主主義というヴェイルに包まれた時代が終わりを告げようとしているとき)』(1985)は、オールドスクール・ヒップホップの拠点から、シュガーヒル・ギャングの主要バックメンバー3人を引き抜いての制作で、これらはシャーウッドのダブの新境地によってインダストリアル・サウンドのルーツにもなった。

 このように、マークや〈ON-U Sound〉系の音楽にすっかり魅了されたファンの度肝を次に抜いたのは、1987年の決定的なシングル盤「This Is Stranger Than Love」だった。エリック・サティにはじまり、粒子の粗いヒップホップ・ビートがミックスされるこの曲には、90年代のブリストルを案内することになるスミス&マイティが参加し、のちのちトリップホップの先駆的1枚としても認定されている。

 この頃、マークはハウス・ミュージックへの共感を示していた。じっさい、1990年にリリースされた『Metatron』に収録された「Hysteria」は、都内のテクノ系のパーティでもよくかかっていたし、1993年に初来日した際のステージは、その数年前まではダンス・ミュージックのヒットメイカーだったアダムスキーとふたりによるパフォーマンスだった。渋谷のオンエアーのステージに登場し、あの大きな身体を豪快にゆらしながらあちこち動き回り、胃袋のそこから鳴らしているかのような彼の独特のヴォーカリゼーションを、ぼくの記憶から消そうたって無理な話である。

 個人的な思い出を言うなら、もうひとつある。1999年の話だが、ぼくはロンドン市内の図書館に隣接した、コーヒー一杯1ポンドほどの食堂で、マークと待ち合わせて、会って、話を聞いたことがある。これにはいくつかの不安と驚きがあった。携帯が普及する以前の話なので、彼に指定されたその場所に、時間通りにほんとうに彼が来てくれるのか、行ってみなければ確認のしようがなかった。また、ぼくに言わせれば、自分のスーパーヒーローのひとりが、日本からダブについての話を聞きに来ただけの(つまり、彼の作品のプロモーションでもないでもない)小さなメディアのために、ブリストルという地方都市からわざわざロンドンまで来てくれるのかという心配も、じゅうぶんにあった。だいたいこういう場合は、せめてそこそこ気の利いたレストランでおこなうというのが、ひとつの作法のようなものとしてある。しかしカネのない学生同士が待ち合わせるようなその広い場所に、マークはぼくよりも先に来て、ひとり、どこにでもあるような丸いテーブルのイスに腰掛けていた。

 これは奇遇としか言いようがない。先日亡くなったジャー・シャカの話も、そのときマークから嫌というほどされた。〈ON-U Sound〉における実験旺盛な時代の(マークにとっての)重要な影響源のひとつは、ジャー・シャカだった。ぼくは幸運なことに、1992年と1993年にロンドン市内の公民館で開催されていたシャカのサウンドシステムを経験していたので、マークの話にすっかり納得した。なるほどたしかに、ロンドンにおけるシャカのシステムは、それ自体が実験的といえるほど、あり得ない低音とあり得ない音のバランスで、原曲をまったく別のものにしていたのである。

 彼の長いキャリアのなかで、ぼくにしてみれば、出さなければ良かったのにと思った作品もある。何年か前に、再結成したザ・ポップ・グループとして来日したこともあったが、いくらそこで往年の代表曲を演奏しようとも、初来日におけるアダムスキーを従えてのよれよれのライヴのときの異様な緊張感を味わうことはなかった。が、そう、しかそれもいまとなっては贅沢な話なのだ。

 マーク・スチュワート、ザ・ポップ・グループ、ザ・マフィア、これらの影響力はものすごいものがある。マッシヴ・アタックやポーティスヘッドどころか、バースデー・パーティ(ニック・ケイヴ)のようなバンドだって、あのディオニソスがいなければ違ったものになっていただろう。

 フランツ・ファノンは、「抑圧された人たちは、つねに最悪を想定する」と言ったが、マークは逆で、未来に対して楽観的だった。新しいもの、若い才能をつねに褒め称え、あれだけ深刻な社会問題を取り上げてきたのに関わらず、よく笑う、あの豪快な佇まいの彼には、根っからの楽天性があった。いまぼくはそれをがんばって思い出そうとしているが、地のはるか暗い底から、ダブのベースとファンクの力強いリズムをともなって、彼の絶叫が呪いのように聞こえてくるのである。



文:三田格

 坂本龍一が83年に初めてラジオのレギュラー番組を持った「サウンドストリート」の第1回目を聞いていたら、『B2~Unit』を録音しているスタジオにスリッツのメンバーが毎日遊びに来るんだよと話している箇所があった。そして、お気に入りだというスリッツの曲をかける際に「ザ・ポップ・グループの兄弟バンド、いや、姉妹バンドです」と紹介し、ザ・ポップ・グループについてはなんの説明もなかった。第1回目の放送にもかかわらず、彼のラジオを聞いているリスナーはザ・ポップ・グループのことは知っていて当たり前といった雰囲気だった。ザ・ポップ・グループはその前年、セカンド・アルバムがリリースされると急に音楽誌で持ち上げられ、当時、大学生だった僕は波に乗ろうとする大人が大挙して現れたような気がしてしょうがなかった。ファーストに比べて明らかにフリーキーなセンスは薄まり、様式化が進んでいるというのに唐突に興奮し始めた大人たちの言動はどうにもナゾで、あの時のイヤな感じは40年経ってもいまだに身体から抜けてくれない。「ザ・ポップ・グループ」というネーミングがあまりにアイロニカルだったせいで、それはなおさらグロテスクに感じられ、資本主義的な文脈でアノニマスを気取ったネーミングはそれ自体がポップ・アートになっているという印象を倍増させる効果まであった。当時の音楽メディアがシーンを取り囲んでいた状況はXTC“This Is Pop”やPIL“Poptones”といったタイトルにも滲み出し、キング・オブ・ポップがトップに立つ日もすぐそこに迫っていた。ポップはもはや社会をテーマとして表現されるタームではなく、コマーシャリズムという姿勢に取って代わり、そのことに無自覚ではいられなくなった制度そのものを彼らは名乗っていたのである。消費主義が勢いを増す80年代の入り口でポップを対象化できなければ表現者の主体性が失われるという不安や焦燥をザ・ポップ・グループというネーミングは見事に集約していた。さらにセカンド・シングル“We Are All Prostitutes(私たちはみな金銭のために品性を落とす売春婦だ)”というタイトルはさすがに言い過ぎだと思ったけれど(いまだに少し抵抗がある)、ポップ・ミュージックをやるためにそこまで考えなければいけないのかという状況について認識できたことは大きかった。また、ザ・ポップ・グループについて何かを考えることはただの大学生でしかなかった僕が平井玄さんや粉川哲夫さんといった思想家たちと深夜ラジオで議論ができるパスポートになったことも僕にとっては少なからずだった。

 多大なインパクトを伴って現れたザ・ポップ・グループは、しかし、あっという間に解散してしまった。ザ・ポップ・グループはすぐにもピッグバッグとリップ・リグ&パニックに分かれてマテリアルやジェームズ・ブラッド・ウルマーといったフリー・ファンクの列に加わり、“Getting Up”や“You're My Kind Of Climate”がその裾野を大いに広げてくれたものの、マーク・ステュワートだけがどこかに消えてしまった。ザ・ポップ・グループが不在となった81年は僕にはパンク・ロックから続く狂騒が少し落ち着いたように感じられた年で、地下に潜った動きやドイツで始まった新たな胎動にも気づかず、個人的には音楽に対する興味が少し薄れた時期でもあった。日本では「軽ければ正義」といった風潮が蔓延し始めた時でもあり、TVをつければホール&オーツやシーナ・イーストンばかり流れていた。これが。しかし、82年になると様相が一変する。「破壊」と「創造」が必ずセットで訪れるものならば、82年はパンクによって破壊されたポップ・ミュージックが見事に再構築を成し遂げた年だと思えるほど、あらゆる場面に力が漲っていた。アソシエイツやキュアー、スクリッティ・ポリッティにファン・ボーイ・スリーと数え切れないアイディアが噴出し、それぞれが持っていた独自のヴィジョンはニュー・ロマンティクスから第2次ブリティッシュ・インヴェンジョンへと拡大していく。リップ・リグ&パニックやピッグバッグが先導したブリティッシュ・ファンクはディスコ・ビートとあいまってその原動力のひとつとなり、ナイトクラッビングがユース・カルチャーのライフスタイルとして完全に定着したのもこの時期である。ほんとに何を聞いても面白かった。ひとつだけ不満があるとしたら、それはダブの可能性が思ったほど翼を広げなかったことで、フライング・リザーズやXTCのアンディ・パートリッジによるソロ作など、ダブをジャマイカの文脈から切り離して独自の方法論に持ち込むプロデューサーが期待したほどは増えなかったこと。ダブよりもファンクというキーワードの方が大手を振るっていたというか。マーク・ステュワートがマフィアを率いて“Jerusalem”を投下したのはそんな時だった。

 83年に入ってすぐに輸入盤が届いた“Jerusalem”は祭りに投げ入れられた石のようだった。さらなる興奮を覚えた者もいれば、白けて避けてしまった者もいたことだろう。“Jerusalem”はジャケット・デザインがまずはザ・ポップ・グループと同じ刺激を回復させていた。紙を折りたたんだだけのジャケットもラフで無造作なら、引っ掻き傷のような文字はナイトクラッビングやニュー・ロマンティクスとは異なる文化の健在を表していた。ザ・ポップ・グループが放っていたヴィジュアルと言語による挑発はすべてマーク・ステュワートによるものだったと再確認させられた瞬間でもあり、“Jerusalem”やカップリングの““Welcome To Liberty City””などインダストリアル・ミュージックとダブをダイレクトに結びつけたサウンドは鮮烈のひと言で、カリブ海を遠く離れたダブ・サウンドがポップ・ミュージックの再構築ではなく「パンクの再定義」と評されたのもなるほどだった。様式化されたパンクやマイナー根性に支配されたアンダーグラウンドとは異なり、不遜で広く外に開かれた攻撃性はそれこそパンク直系であり、アソシエイツやスクリッティ・ポリッティに覚えた興奮とは異なる次元が存在していたことを一気に思い出させてくれた。パンク・ロックに触発された言説に「誰でも音楽ができる」というワン・コード・ワンダーとかスリーコード万能論のようなものがあり、その通りチープな音楽性が勢いづくという局面が当時から、あるいは現代でも少なからず存在している。それとは逆にパンクが高度な音楽性と結びついてはいけないというルールがあるわけもなく、パンクがトーン・ダウンした時期にファンクやジャズをパンクと結びつけたのがザ・ポップ・グループだったとしたら、マーク・ステュワート&マフィアは同じくそれをダブやレゲエと結びつけ、もう一度、同じインパクトまで辿り着いたのである。それはやはり並大抵のクリエイティヴィティではなかった。追ってリリースされたファースト・アルバム『Learning To Cope With Cowardice』ではさらにその方法論が縦横に展開されていた。どれだけテープを切ったり貼ったりしたのか知らないけれど、“To Have A Vision”や“Blessed Are Those Who Struggle”の目まぐるしさは格別だった。

 90年代に入ってからマーク・ステュワートがアダムスキーを伴って来日し、ボアダムズなどが出演するイヴェントで前座じみたステージやったことがあった。アダムスキーというのはレイヴ初期にコマーシャルな夢を見たスター・プロデューサーの1人で、レイヴがヒット・チャートとは異なるオルタナティヴな磁場を独自に切り開いた頃にはバカにされて放り出された存在だった。マーク・ステュワートとアダムスキーというのは、つまり、水と油のような組み合わせだったのに、これがそれなりに泥臭いテクノとしてまとまったステージを成立させていた。『Learning To Cope With Cowardice』やその後のソロ・アルバムでもそうなんだろうけれど、マーク・ステュワートのサウンドはおそらくエイドリアン・シャーウッドの力によるところが大きく、マーク・ステュワートという人は自身のアイデンティティと音楽性がそれほど強くは結びついていないのだろう。シンセーポップかと思えばニュービートとあまりに節操がなく、サイレント・ポエッツにザ・バグと交際範囲も度を越している。彼にとって大事なことは極左ともいえるメッセージを伝えることであり、イギリスでは活動家と認識されるほど明確に権力と対峙することで、確か自分のことをジャーナリストと呼んでいた時期もあった。とはいえ、彼はやはりヴォーカリストだった。目の前でマイクを握りしめていた時の存在感は圧倒的で、彼の声には独特の張りがあり、彼が敬愛していたらしきマルカム・Xに通じるカリスマ性も申し分なかった。

 ある時、インタビューを始めようと思ったらマーク・ステュワートに「腕相撲をしよう」と言われて彼の手を思いっきり握ったことがある。当たり前のことだけれど、彼の手は暖かく、少しがさがさとしていて分厚かった。あの手に二度と力が入らないと思うとやはり悲しく、どうして……という気持ちにならざるを得ない。R.I.P.

interview with Alfa Mist - ele-king

 現代のジャズ・シーンで、ヒップホップやビート・ミュージックなどを融合するスタイルの新世代のミュージシャンは少なくないが、そうした中でも独自のカラーを持つひとりがイースト・ロンドン出身のアルファ・ミストである。ピアニスト/ラッパー/トラックメイカー/プロデューサー/作曲家と多彩な才能を持つ彼は、コンテンポラリー・ジャズからジャズ・ロックやフュージョン、ヒップホップやR&Bなどクラブ・サウンドからの影響のほか、映画音楽やポスト・クラシカルを思わせるヴィジュアライズされた音像が特徴で、繊細で抒情的なメロディはときに甘美な、ときに物悲しい世界を演出していく。どちらかと言えば内省的で思索的な作品が多く、人間の心理などをテーマにしたダークで重厚な曲調もアルファ・ミストの作品の特徴のひとつと言えるだろう。

 2015年に発表した『ノクターン』以降、2017年の『アンティフォン』、2019年の『ストラクチャリズム』、2021年の『ブリング・バックス』とアルバムをリリースし、シンガーのエマヴィーと共作した『エポック』はじめ、ドラマーのリチャード・スペイヴンと組んだ44th・ムーヴでの活動、トム・ミッシュ、ユセフ・デイズジョーダン・ラカイロイル・カーナーなどとのコラボと、多彩に自身の可能性を拡大してきたアルファ・ミスト。
 そんな彼が『ブリング・バックス』以来2年ぶりとなるニュー・アルバム『ヴァリアブルズ』を完成させた。長年の演奏パートナーであるカヤ・トーマス・ダイクはじめ、ギタリストのジェイミー・リーミングなど、『ブリング・バックス』から演奏メンバーに大きな変動はなく、基本的にはこれまでの路線を継承する作品と言えるが、南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーした作品や民族調の作品、さらにこれまであまりなかったハード・バップ調の作品と、また新たな表情を見せてくれるアルバムとなっている。コロナで中断を余儀なくされていたライヴ活動も再開し、この5月には2019年以来となる来日公演も予定しているというアルファ・ミストに、『ヴァリアブルズ』について話を訊いた。

放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。

アルバムの完成とリリース、おめでとうございます。アルバムをリリースしたいまの気分はいかがですか?

アルファ・ミスト:ありがとう。アルバムをリリースすると、作品が自分の元を離れてほかの皆のものになる。もう僕のものではなくなるんだ。だから、すごく落ち着くんだよね。

なるほど。ニュー・アルバムは2021年の『ブリング・バックス』以来、2年ぶりとなりますね。『ブリング・バックス』はコロナによるパンデミック後にリリースされた作品で、そうした体験も曲作りに反映されたのではと思います。その後ツアーなども再開し、少しずつ日常を取り戻す中で『ヴァリアブルズ』は作られていったと思いますが、『ブリング・バックス』から『ヴァリアブルズ』に至る中で何か音楽的な変化などはあったのでしょうか?

アルファ・ミスト:『ヴァリアブルズ』を作っていた期間は、既にライヴを始めていたんだ。その影響は少しあったのかなと思う。ライヴをすることでエネルギーが増して、より高いエナジーが生まれるんだ。だから、『ヴァリアブルズ』はそのパワーを反映しているんじゃないかと思うんだよね。パンデミックで家に閉じこもっているときと外に出ているとき、そこにはふたつの異なる感情とエネルギーがある。僕は家にいるのが好きだから、パンデミック中に家にいるのは心地よくはあった。でも今回、再び外に出てライヴで演奏していたことは、間違いなく『ヴァリアブルズ』に対するアプローチに影響を与えたと思う。

今回のアルバムに参加するメンバーですが、『ブリング・バックス』で演奏の中心となったジェイミー・リーミング(ギター)、カヤ・トーマス・ダイク(ヴォーカル、ベース)、ジェイミー・ホートン(ドラムス)、ジョニー・ウッドハム(トランペット)らが引き続いて行っているのでしょうか? ジェイミー・リーミングの印象的なギターが聴けるので、ほぼ同じメンバーでやっているのかと。ほかに新たに参加するミュージシャンなどはいますか?

アルファ・ミスト:ほとんどのメンバーが同じなんだけど、ドラムのジェイミー・ホートンの代わりに、今回はジャズ・ケイザーに参加してもらっているんだ。彼女は本当に素晴らしいドラマーで、僕がユーチューブで公開している『ブリング・バックス』のライヴ・ヴァージョンでもドラムを演奏してくれている。僕はライヴで一緒に演奏しているミュージシャンと一緒にアルバムを作ることが多いんだよ。ジャズ以外のメンバーは以前と同じだ。

ジャズ・ケイザーはアルバムに何をもたらしてくれたと思いますか?

アルファ・ミスト:彼女だけじゃなく、全てのミュージシャンが自分自身の精神を高め、自分自身の音と声をしっかりと伝えてくれたと思う。それが音楽の一番素晴らしい部分だからね。彼女に関して言えば、僕やカヤやジェイミー・ホートンは独学で音楽を勉強したミュージシャンなんだけど、ジャズ・ケイザーはちゃんとアメリカのバークレー音楽院に通ってジャズ・ミュージックを学んで作ってきたミュージシャンなんだ。だから、彼女の演奏はすごくバランスが取れている。その状況に合ったことをすぐにできるのがジャズなんだよね。それに、彼女には彼女にしか奏でられない音があるし、それがサウンドに違いをもたらしてくれたと思う。

これまでリリースした『アンティフォン』ではメンタル・ヘルスや家族コミュニティについての兄との会話が、『ストラクチャリズム』では議論文化や個人的な成長についての姉との会話がモチーフとなっています。今回のアルバムでは何かモチーフとなっているものはありますか? 「いま自分がどこにいるのか?」「どうやってここに来たのか?」というのが『ヴァリアブルズ』におけるあなたの問いかけとのことですが。

アルファ・ミスト:今回のテーマ、またはモチーフは「無限の可能性」。つまり、あらゆる可能性がアルバムのテーマなんだ。ほんの少しだけど、人生の中で僕はいくつかの決断をしてきた。そして、そのおかげでいまの自分が存在している。それは君にも、誰にでも同じことが言えるんだ。ひとつの小さな決断。例えば僕が学校に通っていたとしたら、放課後歩いて家に帰るか、それとも公園に寄って帰るという決断とでは、ふたつの異なる結果が生まれるよね? 『ヴァリアブルズ』ではほとんどの曲が全く異なる仕上がりになっているんだけど、そこには僕がそのうちの一曲から一枚のアルバムを作ることができた可能性があり、つまりは10枚のアルバムができ上がる可能性が存在していたことになる。そして、それは僕が歩むことができたかもしれない10本の異なる道なんだ。だから、『ヴァリアブルズ』は基本的に僕自身が興味を持っていて、作ることができる様々な音の可能性を表現した作品なんだよ。今回はそれを一枚のアルバムに収めた。そして、僕はオーストラリアのアニメーター/ビデオグラファーのスポッドとコラボをして、彼がヴィジュアルのコンセプトを作ってくれたんだ。僕が彼に歌詞と各曲に込めた思い、そして無限の可能性というアイデアを伝え、あのいろいろなものが動き続け変化し続ける作品を作り上げた。動き続け、変わり続ける。それこそ人間だからね。今回のアルバムでは、僕はそのアイデアに興味を持っていて、それを作品に反映させたんだ。

そのアイディアはいつ頃から頭の中にあったのでしょうか?

アルファ・ミスト:アイデア自体はずっと前から頭の中にありはしたんだ。でもいまになって、それをじっくりと音楽で表現したいと思うようになったんだよね。僕のアルバムのほとんどは、僕の頭の中で交わされる会話から生まれたもの。それが今回は「変化するもの」だったんだ。特別何か理由があったわけではなく、ただそれについて表現したいと思った。もしかしたら、それは自分がこれまでずっと自分が何を考えるかとか、自分のメンタルヘルスのことを話してきたからかも。それってつまりは、自分が自分のことをどう思うかってことだよね。でも、「無限の可能性」はそれとはちょっと違う。自分のことではなくて、いまの自分に自分を導いてきた出来事や行動についての話だから。

僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は人生はそんなものじゃない。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。

面白いですね。では、いくつか収録曲について聞かせて下さい。“フォワード” は1950年代から60年代にかけてのチャールズ・ミンガスやマックス・ローチのようなビッグ・バンドによるハード・バップ調の始まりです。ジャズ・ロックやフュージョン的ないままでのあなたの作品にはあまりなかったタイプの曲ですが、これまでとは何か違うイメージが生まれてきたのでしょうか?

アルファ・ミスト:これはさっき話した可能性に関係している。僕が最初にピアノを習ったとき、できる限りジャズ調の音楽を作り続けて、もっとジャズよりの音楽を作り続けて、さらに時間をさかのぼって伝統的なものを作ることだってできたわけだよね。つまり、それができる可能性もあったということ。この曲はその可能性についての曲で、自分が伝統的な曲を作ろうと精一杯頑張ってみたらどんな曲ができるかが形になっているんだ。だから、この曲では自分自身は普段はあまり演奏しないけれど、聴くのは大好きな、僕自身が心から尊敬している音楽で幕を開ける。作りたければ、こういう曲だけでアルバムを作ることもできるんだけど、この要素はあくまでも自分が好きなたくさんある要素のひとつで、全てではない。でも、これも僕が持っている可能性のひとつなんだ。確かにいままでこういう音楽も好きだということを、自分の音楽で説明したことはなかったかもしれない。ずっと好きではあるんだけど、こういうサウンドを取り入れようとしたことはなかったかも。だからこそ、今回のアルバムにそれを取り入れたかったんだと思う。

今回はそういった音楽を作る心の準備がもっとできていたと思いますか?

アルファ・ミスト:そうなんだ。聴くのが好きだからって、演奏したくてもそれが演奏できるとは限らない。この曲だってそれを完全に演奏できてるとは思わないしね。でも、これは僕が持つ可能性なんだ。僕が聴いてきた素晴らしい音楽ではないけれど、僕が作った僕のヴァージョンなんだよ。

チャールズ・ミンガスやマックス・ローチの話を続けると、彼らは作品に人種差別の反対など政治的な主張を投影することもあり、ジャズとポエトリー・リーディングの融合なども試みました。それは現在のジャズとヒップホップやラップの関係にもなぞることができると思います。あなたはこれまでジャズとヒップホップの融合をおこなってきて、自分でラップもしますし、『ブリング・バックス』では著述家のヒラリー・トーマスのポエトリー・リーディングもフィーチャーしていましたが、こうした活動は何か意識しておこなっているのでしょうか?

アルファ・ミスト:インストの音楽だと、アーティストのメッセージが伝わりきれないと思うんだ。でも、スポークンワードやポエトリー・リーディングが入ると、はっきりとそのアルバムの内容が伝わって誤解が生まれにくくなる。メッセージによりフォーカスを置くことができるんだよね。だから、これまでのアルバムではそうやってメッセージや内容をよりクリアにしてきた。でも、今回のアルバムではそこから一歩引いているんだ。一曲だけラップしている曲があるけどね。あの曲だけは自分が何を言いたいかをはっきりと伝えたかったから。でも、今回は全ての曲でラップをしてはいない。今回はリスナーに曲の解釈をまかせたかったんだ。全ての人が僕と同じように育ったわけじゃない。だから、僕が作ったものを全ての人が僕と全く同じように受け取る必要はないんだよ。今回は自分の経験や生き方、感じ方に合わせて皆に自由に曲から何かを感じて欲しいと思った。そういうわけで、『ヴァリアブルズ』ではメッセージを明確にすることから一歩引いたんだ。ラップをしているのは1、2曲だけ。その曲以外は曲の解釈はリスナー次第で、その人の好きなように理解して、好きなように感じて欲しい。その曲が何を意味するかは、聴く人自身で決めて欲しいんだ。

それによって、より多くの人が作品に繋がりを感じることができるかもしれませんね。

アルファ・ミスト:その通り。そうすることで、より多くの人を迎え入れることができるからね。

今回のアルバムでは数少ない、あなたがラップを披露している “ボーダーライン” では自然対育成の議論をしているとのことですが、具体的にどんなメッセージを持つ曲なのでしょう?

アルファ・ミスト:そう、その曲では自分が言いたいことがかなり明確だった。だから、はっきりとそれを示しているんだ。僕は静かで閉鎖的で貧しい環境で育った。これまで一度もロンドンを出たことはなかったし、自分のまわりにあるものしか見たことがなかったんだ。僕の友人たちやまわりにいる人たちは、誰もが成功するために戦っていた。そして僕らは、僕らと同じような人たちの中に、3つのタイプの成功者しか見たことがなかったんだ。そのうちふたつはテレビで見る人たち。有名なミュージシャンかサッカーみたいなスポーツ選手。そしてもうひとつはテレビに映っていない人たちで、僕たちの地域でTVに映っていない有名人とは犯罪者だったんだ。自分たちの目で実際に見ることができた有名人は犯罪者たちだけ。だから僕たちは、有名になる方法はミュージシャン、スポーツ選手、犯罪者、その3つしかないと思っていたんだ。でも本当は、人生はそんなものじゃない。僕たちはただ狭い世界の中にいたから、それを知らなかっただけなんだ。そんな風に視野が狭くなってしまう理由はたくさんあって、それは子どもたちのせいじゃない。その地域がそういう場所になってしまっていたから、仕方がないんだよ。目にするものがそれしかないことが問題なんだ。成功したいというパッションをもっていても、建築家にもなれることなんて知らなかった。誰もができる普通のことでも成功できるなんて知らなかった。それが可能だなんて思いもしなかった。有名になるにはその3択しかないなんて間違った考え方なんだけど、僕らはそれが間違いだと知らなかったんだ。“ボーダーライン” では昔そんな風に考えていたあの頃に心を戻し、そこから抜け出そうとしているんだ。
 多くの物事を見れば見るほど、そこから抜け出せる。例えば僕の場合、ロンドンを出てから田舎や木々、家、木を見るようになった。そういうのって、それまではテレビでしか見たことなかったのに。あるひとつのエリアを出れば、自分の知っているもの以上のものがこの世にはたくさん存在していることに気づき、マインドが広がるんだよ。だから、旅ってすごく良いものだと思うんだ。違う国や異なる文化圏に行けば、問題が自分だけのものでないことにも気づけるし、ある地域でこういう人間でいなければいけない、みたいなプレッシャーもなくなる。自分の世界以外にも世界は存在し、異なる生き方をしている人たちがいるということを知ると、僕はとても落ち着くんだよね。リラックスして、より大きなヴィジョンで物事を考えることができるようになる。そうなれば自分が好きなことができるし、存在することが心地よくなるんだ。

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ドラムだけはグルーヴやリズムを計算して作ってる。僕にとってドラムはすごくテクニカルなもので、結構特殊な考え方でリズム・パターンのことを考えるから。でもハーモニーに関してはほとんどがフィーリングなんだ。

“エイジド・アイズ” はカヤ・トーマス・ダイクの繊細な歌声が美しいフォーク調のナンバーです。彼女とは長年に渡ってコラボを続けていますが、どんな魅力を持つミュージシャンですか?

アルファ・ミスト:彼女は本当にすごい。単にミュージシャンとしてだけじゃなく、僕がこれまでに出した全てのアルバムのアートワークも手がけてくれているんだ。もちろん今回のアルバムのアートワークもそう。彼女は素晴らしいヴィジュアル・アーティストでもあるんだよ。ヴォーカルに関しては、彼女は僕と違うタイプだと思う。僕は自分ができることを見つけて、それを磨いていこうとするタイプなんだけど、彼女はたまにいる、何をやっても上手いアーティストだから。たまに何でもできるうらやましい人たちっているよね(笑)。彼女もそのひとり。そんな彼女と一緒に仕事ができるなんて最高だよ。いま、彼女は自分の作品にも取り組んでいるところなんだけど、それがリリースされるのが待ち遠しい。『ヴァリアブルズ』がリリースされるのは〈アンチ〉だから違うけど、僕のレーベルの〈セキト〉では、僕のまわりにいる素晴らしいミュージシャンたちの背中を押し、彼らの作品をリリースして、世界に広げていきたいんだ。去年はジェイミー・リーミングのアルバムを出したし、ジョニー・ウッドハムも最近ジェイ・スフィンクス(JSPHYNX)の名義でアルバムを出した。僕は自分のまわりで音楽を作っている人たち皆に輝いて欲しいんだよね。そして、その光を世界とシェアすることで、そのミュージシャンたちが前進することができる。その力になることが僕の望みなんだ。

カヤの声のどんな部分が特に素晴らしいと思いますか?

アルファ・ミスト:彼女の声は今年録られたものに聴こえない。いつの時代の声なのかわからない部分が魅力なんだ。1960年代の声にも聴こえるし、1970年代の声にも聴こえる。彼女のあの時代を超えた独特の声は本当に素晴らしい。声に込められた彼女の感情が、僕たちをタイムスリップさせてくれるんだ。

自分がいま作る作品をタイムレスなものにするのは、すごく難しいことですよね。

アルファ・ミスト:かなりね。“今” という時代に縛られたサウンドにしないためには、目をつぶって周囲にあるものを全部シャットダウンしなければいけない。まわりから気をそらされることなく、ただただ自分が好きなものを作ろうとしないと。それができれば時代に縛られない作品を作ることができると思う。

タイムレスな音楽を作るということは、あなたにとって重要なことなのでしょうか? 何か意識してそうしようとはしていますか?

アルファ・ミスト:あえてタイムレスなものを作ろうとはしていない。でも、自分が作っている音楽が、自分自身が好きな音楽であることは常に意識しているし、自分の音楽にとって重要なことだね。心がけているのは新しいトレンドに乗ることなく、皆がやっているから自分もやらなければいけないというプレッシャーを感じることもなく、自分の音楽を作ること。周囲を見渡して何かを真似することだけは絶対にしないようにしている。もしいまの流行りで自分が気に入ったものがあればそれを取り入れることはしていいと思うし、まわりで何が起こっているのか見渡すことはもちろんある。でも、それはあくまでも耳を傾けてほかのこと、新しいことを学び視野を広げるためなんだ。それを取り入れたとしても、それがもし本当に自分が好きだから取り入れたのだとしたら、そのサウンドは自分から発信しているものにちゃんと聴こえると思うしね。例えそれが自分のまわりにあるもの、影響を受けたものから生まれたものであっても、ちゃんと自分自身が心から好きなものである限り、それは自分の作品に聴こえると思う。

“アフォ” は南アフリカのフォーク・シンガーのボンゲジウェ・マバンダラをフィーチャーしていて、牧歌風の野趣溢れる楽曲となっています。これもいままでのあなたの作品とは異なるタイプの楽曲かと思いますが、彼と共演するようになったきっかけは何でしょう?

アルファ・ミスト:彼は南アフリカの出身で、彼が自分の言語で曲の歌詞を書いたから、タイトルも彼につけてもらったんだ。南アフリカって11言語くらい話されているらしいんだけど、彼がそのうちのどの言語で歌詞を書いたのかはわからない。僕はもちろんその言語を理解できないから、内容を知るために英語に訳してもらわなければいけなかったしね。彼の音楽には本当に強い感情が込められているんだ。僕は自分が音楽を聴くときに感情を求める。だから、自分の音楽にもそれをもたせたいと思って彼を選んだよ。彼とのコラボは僕にとって、一緒に演奏をしたことのないミュージシャンとの初めてのコラボだった。これまでお互いをそこまで知らないアーティストと一緒にコラボしたことはなかったからね。でも、今回は彼を招くことが重要だと思ったんだ。前に南アフリカに行ったときに南アフリカの音楽シーンの素晴らしさ、彼らが作る音楽の素晴らしさを知って、とにかくボンゲジウェと一緒に作品を作りたいと思ったんだよ。

いま自分がいる場所にたどり着くまでに、僕たちは様々な決断を下してきた。誰もがそれぞれに全く異なる旅路を歩んできた。このアルバムは僕たちがいまいる場所にたどり着くまでに通過しなければならなかった様々なチェック・ポイントのようなもの。

彼とはどのようにして一緒に仕事をする機会を得たのでしょう?

アルファ・ミスト:まず、僕が彼の音楽を見つけたんだ。どうやって見つけたのかまでは覚えてないけど、スポティファイとか、オンラインのどこかだったと思う。僕はフォーク・ミュージックを演奏している黒人ミュージシャンに興味があるんだけど、ギターを使ったアフリカ音楽を探していたときに彼の音楽を見つけたんだ。聴いてすぐに、すごく良いと思った。そしたら、ラッキーなことに僕のマネージメントが彼と以前仕事をしたことがあって、彼らがボンゲジウェに連絡してくれたんだ。

“サイクルズ” はあなたのエレピにギターやサックスなどが絡んで織り成すメランコリックなサウンドが特徴的です。『ブリング・バックス』やそれ以前からもこうしたダークで抒情的なサウンドがあなたのトレードマークと言え、それは映画音楽にも通じるものですが、こうしたサウンドの原風景となっているものは何でしょう?

アルファ・ミスト:多分、それだけが僕が作れるサウンドなんじゃないかな。僕はヴィジュアル・アートに興味があるし、さっきも言ったけど僕にとって感情と音楽は繋がっているから。僕が興味を持っていること、夢中になっていること、感じていることが自然と音楽に反映されているんだと思う。音楽を作るときは、できるだけ自分に対して正直で、リアルである必要があると思うんだよね。僕はそうやってアルバムを作ってきたから、多分僕が持っている感情が音楽に伝わって、そのヴィジュアルを思い起こさせるものができ上がってるんじゃないかな。

意識的にそのようなサウンドを作ろうとしているわけではないんですね?

アルファ・ミスト:そうではないね。もちろん、数学的に音楽を作ることもきっと楽しいとは思うけど。僕自身もドラムだけはグルーヴやリズムを計算して作ってる。僕にとってドラムはすごくテクニカルなもので、結構特殊な考え方でリズム・パターンのことを考えるから。でもハーモニーに関してはほとんどがフィーリングなんだ。ピアノもギターもそう。ドラムと違って僕はピアノの全てを知らないし、技術的に正しく弾くことができない。知らないことも多いし、自分の頭の中にあるものをどうにかそれを使って表現してみようという段階にいるんだ。でも、それが逆にいいと思う。決まりを知ってしまうと、そこから動けなくなってしまうからね。あえてマスターし過ぎず、新しいことを自分で自然に発見し続けていくほうがいいと思うんだ。

“ゲンダ” は民族音楽調の作品で、土着的なリズムが特徴です。アフリカ音楽など何か題材となっているものがあるのでしょうか? ロンドン生まれの黒人第2世代として、あなたのルーツが反映されているのかなと……

アルファ・ミスト:僕の母親はウガンダ出身で、僕はロンドンで生まれたけど、家系的にはウガンダ人。そしてウガンダ語で、「Genda(ゲンダ)」というのは「Go Away(あっちへ行きなさい)」という意味。子どもの頃、母はよく僕にウガンダ語で話しかけてくれた。母が話していたのはウガンダで話されている言語のひとつ、ルガンダ語。僕はその言葉を理解することはできたんだけど、英語で返事をしても通じるからルガンダ語を自分で使うことはなく、学ぶ必要性もなかったから話すことはできないんだ。子どもに話すときって、指示することが多いよね? だから最初に覚えたのは、「止まれ」、「こっちに来なさい」、「あっちへ行きなさい」だった。でも “ゲンダ” は「消えろ」みたいな厳しい言葉ではなくて、遊び感覚で使う感じ。僕にとってこれは親近感がある言葉で、母がそう言っていたのをよく覚えているんだ。
“ゲンダ” では僕の姪っ子が一緒に歌ってくれている。彼女に歌ってほしかったんだ。僕と姉はロンドンで生まれたけど、親がウガンダ生まれだった。でも姪っ子は、もちろん僕らの次の世代で、親からさえもルガンダ語を聞かずに育つわけだよね。“ゲンダ” を聴いたら、ウガンダの人たちは「それは正しいアクセントじゃない」ってきっと言うと思う。でも、ロンドンに住んでいる僕らにとってはあれが僕らのアクセントなんだ。僕にとっては正しい発音はどうでもよかった。それよりも、僕にとってリアルなものにするほうが大切だったからね。ウガンダに行ってウガンダの聖歌隊に歌ってもらうことだってできたのかもしれないけど、それは僕がしたいことではなかった。そうじゃなくて、姪っ子にそのフレーズを教えて、ふたりで一緒に歌いたかったんだ。それが、僕たち家族の言語だから。あれは楽しい経験だったし、曲を想像以上にリアルにしてくれたと思う。

サウンド的にも参考にしたものは特になかったですか?

アルファ・ミスト:もしかしたら、リズム的にはアフリカ音楽の影響を受けているかもしれない。でも僕にとっては、全てがアフリカの影響だと言えるんだけどね。だって、僕はアフリカ人だから。まあでも、ビートは特にアフリカ音楽の影響があると思う。アフロ・ビートみたいなフィーリングかな。あの曲のハーモニーはすごく感情的で、コーラスはどちらかといえば悲しい感じだと思うんだけど、ビートはすごく生き生きしていて、僕にとっては南アフリカのアマピアノを思い起こさせる。生き生きしたビートと静かで悲しげなハーモニーの組み合わせ。実際のアマピアノとは全然違うかもしれないけど、僕自身があの曲を説明するとしたらその言葉を使うかな。

“BC” はマハヴィシュヌ・オーケストラのようなジャズ・ロックで、“ヴァリアブルズ” もジェイミー・ホートンのギターがジョン・マクラフリン張りに印象に残ります。マハヴィシュヌ・オーケストラやリターン・トゥ・フォーエヴァーなど、1970年代のフュージョン・サウンドが何かあなたに影響を及ぼしているところはありますか?

アルファ・ミスト:僕にとっての1970年代の魅力は、70年代に作られた5枚、10枚、15枚のアルバムがあったら、そのどれもが全然違う作品であり得ること。だから、“70代フュージョン” って言葉があるんだよ。ジャンルをどうカテゴライズしていいかわからない音楽がたくさんあったから。ギターが3本あっても4本あってもいい。それくらい何でもアリだったからね。マハヴィシュヌ・オーケストラもそうだった。ディストーションのかかったギターの上にストリングスが乗せられ、ドラムもあったり。あの頃は、全ての人びとが自分独特のアプローチを持っていた。僕はあの自由なアプローチとスピリットに影響を受けていると思う。“BC” はジャングルやドラムンベースの影響も受けている曲だけど、演奏のアプローチは70年代と同じで、ほとんどが即興なんだ。演奏してみるまで何が起こるかわからない。そして何かが起これば、それをそのまま活かす。そんな感じ。それは僕が好む音楽へのアプローチで、よく人びとは僕の音楽をジャズと呼ぶけど、ジャズではそうしたことがしょっちゅう起こっている。この曲では、ジャズ・ミュージシャンや70年代のフュージョン・サウンドのアーティストのように、自分がやりたいことを数分間やり続けて音楽を作っていく、というアプローチとスピリットをエンジョイしているんだ。

“4th Feb(ステイ・アウェイク)” はロイ・エアーズのようなメロウ・グルーヴにラップをフィーチャーしています。一方で後半から女性のワードレス・ヴォイスとストリングスが登場し、前半とはまた異なるムードを持つ楽曲となっています。こうした異質の要素を融合するところもあなたの才能のひとつだと思いますが、いかがでしょうか?

アルファ・ミスト:あの曲ではラップがチェロの四重奏に変わる。あのチェロの部分では、ペギー・ノーランっていうチェロ奏者に参加してもらったんだ。僕は人が予測できないことをするのが好きなんだよね。例えば、まさかラップが最後にはストリング・カルテットに変わるなんて、誰も考えないと思う。そこで、僕はラップもストリングスも好きだから、それをひとつの曲で取り入れることにしたんだ。そのふたつを分けないといけないという決まりはないしね。ラップのトラックって普通の曲と違って実はいろいろなものが共存できるものだと思うんだ。それがヒップホップだと僕は思う。僕が音楽を作り始めたときは、映画のサントラを持ってきて、そこにドラムやベースを乗せたりなんかもしてた。でもいまは最初から自分で作っているので、もっといろいろなことができるんだよね。自分が好きなものを、気分次第で好きに組み合わせることができる。それが楽しいんだ。

最後に、リスナーに向けて『ヴァリアブルズ』が持つメッセージをお聞かせください。

アルファ・ミスト:僕からのメッセージは、この世には様々な方法や道があるということ。いま自分がいる場所にたどり着くまでに、僕たちは様々な決断を下してきた。そして、誰もがそれぞれに全く異なる旅路を歩んできた。このアルバムは、僕たちがいまいる場所にたどり着くまでに通過しなければならなかった様々なチェック・ポイントのようなものなんだ。その過程であらゆる可能性を探っている。さっきも言ったように、10曲のトラックとは10種類のアルバムができる可能性だからね。

ありがとうございました。

アルファ・ミスト:ありがとう。6月に来日して、ショーで皆に会えるのを楽しみにしているよ。

アルファ・ミスト来日公演情報

6月5日(月):Billboard Live OSAKA
6月7日(水):Billboard Live TOKYO
6月8日(木):Billboard Live YOKOHAMA

詳細はこちら:https://smash-jpn.com/live/?id=3896

Yo La Tengo - ele-king

 COVID-19というパンデミックがもたらした衝撃は、三波にわたり音楽を襲ったようだ。

 第一波は、フィオナ・アップルの『Fetch the Bolt Cutters』のようなアルバムで、パンデミック以前に作曲・録音されたものだが、閉塞感や孤立というテーマ、また、自宅で制作されたような雰囲気が、ロックダウン中のリスナーの痛ましい人生と、思いもかけぬ類似性を喚起した。

 第二波は、2020年の隔離された不穏な雰囲気の中で録音された作品群のリリース・ラッシュである。ニック・ケイヴとウォーレン・エリスの『Carnage』のように、緊張感ただよう分断の感覚を音楽に反映させたケースもあった。ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『Styles We Paid For』では、離れ離れになってしまったロック・ミュージシャンたちが、電子メールで連絡を取り合いながら、デジタルに媒介された現代において失われつつある繋がりについて考察している。また、パンデミックによるパニック状態を麻痺させようと、アンビエントな音の世界に浸ることで、絶叫したくなるような静けさの中に安心感を生み出そうとしたアーティストたちもいた。ヨ・ラ・テンゴが短期間でレコーディングした、即興インストゥルメンタル・アルバム『We Have Amnesia Sometimes』の引き延ばされたようなテクスチャーとドローンは、一見するとこの後者の反応に当てはまるように思われる。

 しかしながら、この作品は、パンデミックが音楽にもたらした第三の波、つまり、リセットと再生という方向性を示しているのかもしれない。そこで登場するのが、このバンドの最新アルバム『This Stupid World』である。

 ヨ・ラ・テンゴについて、「過激な行動」や「激しい変化」という観点から語るのは、誤解を招く印象を与えるかもしれない。このバンドは、1993年の『Painful』で自身のサウンドを確立して以来、30年間にわたってその領域を拡張してきたわけだが、彼らがいままでに作ってきたどんな楽曲を聴いても、すぐに「これはヨ・ラ・テンゴだ」とわかるバンドである。それは、彼らの音楽がすべて同じに聴こえるという意味ではなく、彼らがいま占めている領域が、紛れもなく彼らのものであるように感じられるということだ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが、わずか5枚のアルバムで切り開いた道は、いまやヨ・ラ・テンゴが20枚近いアルバムで包括的に探求し、拡張しており、たとえ彼らがその道の先駆者でなかったとしても、ヨ・ラ・テンゴこそがこれらの道を知り尽くした、影響力ある道案内だと言っても過言ではないだろう。

 簡単に言うと、ヨ・ラ・テンゴは自分たちがどのようなバンドであるかを理解しているのだ。彼らが長年にわたって起こしてきた変化というのは、総じて、甘美なものと生々しいものの間の果てしない葛藤に対して、様々な取り組みをしてきたことによる質感の移り変わりであると言える。彼らは、身近にあるツールを使って、角砂糖から血液を抽出するための様々な方法を模索してきたのだ。そして、ここ10年間は『Fade』や『There’s a Riot Going On』のようなアルバムにおいて、その過程のソフトな一面の中に、彼らが抱えている様々な不安を包み込んでいる傾向があった。

『We Have Amnesia Sometimes』は、ある意味、そのような優しい世界への旅路の集大成のように感じられた。だが一方で、この作品は、メンバーだけが練習室にこもり、中央に置かれた1本のマイクに向かって演奏したものが録音されたという、非常に生々しいアルバムでもあった。その撫でるような感触は確かに心地良いものだったが、このアルバムはメロディーを削ぎ落とし、彼らがノイズと戯れ、ポップな曲構造から完全に遊離したもので、ジョン・マッケンタイアがプロデュースを手がけた『Fade』にあった滑らかなストリングスのアレンジメントからは完全にかけ離れていたものだった。それはリセットだったのだ。

 では、『This Stupid World』はどのような作品なのだろうか。バンドは今作のプロダクションにDIY的なアプローチを全面的に取り入れており、7分間のオープニング曲 “Sinatra Drive Breakdown” から、かすれたような、粘り強い前進力がこのアルバムに備わっている。規制が緩和され、パンデミックより先のことが考えられるようになったとき、音楽シーンにいる多くの人が感じたものがあったが、それは、周囲の快適さが、抑圧されていた衝動に取って変わり、その衝動が爆発する出口を求めているという感覚だった。この曲はその感覚を捉えている。新鮮な気持ちで世界へと飛び出し、全てを再開するという感覚。再び人と会い、再び何かをしたいと思い、再び一緒に音を出す。もう2年も無駄にしてしまったのだから、いまこそが、それをやるときなのだ。

 同時に、ヨ・ラ・テンゴが確実にヨ・ラ・テンゴであり続けていることは、決して軽視すべきことではない。A面の最初の数秒から、ヨ・ラ・テンゴであることはすぐに認識でき、彼ら自身もそのことに対して完全な確信を持っている。『This Stupid World』は、彼らの過去30年におけるキャリアのどの時点でリリースされてもおかしくないアルバムであり、誰にとっても驚きではなかっただろう。このアルバムの48分間は、3面のレコード盤という、通常なら忌まわしいフォーマットで構成されているのだが、ヨ・ラ・テンゴらしい遊び心と妙な満足感がある。A面は、ゾクッとするようなディストーションと力強い威嚇が暗闇から唸り声を上げ、2曲目の “Fallout” はバンドがこれまで書いた曲の中で最も快活で生々しいポップ・ソングであり、A面を締めくくる “Tonight’s Episode” は、絶え間なく鳴り続けるフィードバック音の中、シンプルなグルーヴが柔らかに跳ねている。B面では、ジョージア・ハブリーがヴォーカルを取って代わり、“Aselestine” では最も甘美なスポットライトが彼女に当たり、ヨ・ラ・テンゴの抑えの効いたサウンドへの基調が打ち出されていく。そして、最終的には、メロディーと、むさ苦しいノイズ・ロック、テクスチャーのあるドローンといった、彼らのコアとなるスタイルへと回帰する。B面の最後は、永遠にループする仕様(ロックド・グルーブ)になっており、これはちょっとしたイタズラ心か、あるいはアルバム最後の2曲を聴くために、最後のレコードを取り出す時間をリスナーに与えるためのものだろう。

 最後の面では、ヨ・ラ・テンゴのノイズ・ロック的な側面がさらに深く掘り下げられており、何層にも重なったフィードバックとディストーションの中にリスナーを没入させていく。“Fallout” が、はるか彼方の海底からつぶやくように再び現れると、音楽は音程を外すように溶け出し、シンセ・ドローンの疲れながらも希望感ある流れに取って代わり、その雰囲気からデヴィッド・リンチを彷彿とさせるようなドリーム・ポップが浮き彫りになる。この2曲は、このアルバムを見事に締めくくるトラックであり、ここ数年ロウが追求してきた、激しい音の暴力と心が震えるような美しさの衝撃的な共存というものに、ヨ・ラ・テンゴがいままでになく近づいていることを示す2曲ではないだろうか。だが彼らはそれをヨ・ラ・テンゴらしく、最初から最後までやり遂げている。彼らは自分たちが何者であるか知っているが、『This Stupid World』では、その認識がより一層強く感じられるのだ。


by Ian F. Martin

The shock to the system delivered by the COVID-19 pandemic seems to have hit music in three waves.

The first was with albums like Fiona Apple’s “Fetch the Bolt Cutters”, written and recorded before the pandemic but where the theme of being trapped and the secluded, homemade atmosphere evoked unexpected parallels with the bruised lives of locked-in listeners.

The second was the initial rush of releases that were recorded in the atmosphere of isolation and unease of 2020. In some cases, like Nick Cave and Warren Ellis’ “Carnage”, this meant channeling that tense sense of fragmentation into the music. In Guided By Voices’ “Styles We Paid For” it meant dispersed rockers working by email to reflect on the loss of connection in digitally mediated lives. Others sought to anaesthetise the panic, using ambient sonic furniture to craft a sense of security out of the screaming silence. It’s this latter response to the situation that the drawn-out textures and drones of Yo La Tengo’s speedily recorded, improvised instrumental album “We Have Amnesia Sometimes” seemed on the face of it to fall into.

However, it perhaps also points the direction towards a third wave of influence brought to music by the pandemic: one of reset and even rejuvenation. It’s here that the band’s latest album, “This Stupid World” comes in.

Talking about Yo La Tengo in terms of radical moves and sharp shifts often seems like a misleading way to discuss them. This is a band where, at least since the expansion of their sound mapped out in 1993’s “Painful”, you can hear almost anything they’ve done over those thirty years and instantly know it’s them. This is not to say that their music all sounds the same so much as that the territory they occupy now feels so indisputably theirs. Paths blazed by The Velvet Underground over a mere five albums have now been explored and expanded by Yo La Tengo so comprehensively over nearly twenty albums that even if they weren’t the first, they’re these roads’ most immediately recognisable travellers and most influential stewards.

To put it simply, Yo La Tengo know what sort of band they are. The ways they have changed over the years have generally occurred in the shifting textures of their varying approaches to the endless struggle between the sweet and the raw — in finding different ways, with the tools at hand, to get blood from a sugarcube — and over the past decade or so, albums like “Fade" and “There’s a Riot Going On” have tended to wrap up whatever anxieties they have in the softer side of that process.

In some ways, “We Have Amnesia Sometimes” felt like a consummation of that journey into gentle fields. It was also a very raw album, though, recorded by the band alone in their practice room, playing into a single centrally placed microphone. There was certainly something soothing about its caress, but it was an album that stripped away melody and let them play with noise, liberated entirely from pop song structures — as far as the band has ever been from the smooth string arrangements of the John McEntire-produced “Fade”. It was a reset.

So what does that make “This Stupid World”? Well, the band have fully embraced a DIY approach to production, which from seven-minute opener “Sinatra Drive Breakdown” gives the album a scratchy, insistent forward momentum. It captures that feeling many of us in the music scene felt as restrictions relaxed and we start thinking beyond the pandemic, the comfort of the ambient giving way to a repressed urgency seeking an outlet from which to explode. The feeling of lurching out into a world where we are starting again, fresh: meeting people again, wanting to do something again, making a noise together again. We’d wasted two years already and now was a time to just do it.

At the same time, it’s important not to understate the extent to which Yo La Tengo are always definitively Yo La Tengo. From those first few seconds of Side A, the band are immediately recognisable and completely assured in themselves — “This Stupid World” is an album they could have released at any point in the past thirty years and surprised no one. Even in how the album’s 48 minutes are sequenced over the usually cursed format of three sides of vinyl manages to be both playful and strangely satisfying in a distinctly Yo La Tengo way. Side A growls out of the darkness in squalls of thrilling distortion and reassuring menace, second track “Fallout” as fizzy and raw a pop song as the band have ever written, and side closer “Tonight’s Episode” hopping softly around its simple groove beneath a constant hum of feedback. Side B flips the story with Georgia Hubley taking vocals for one of her sweetest spotlight moments in “Aselestine”, setting the tone for a tour through the band’s more sonically restrained side, eventually returning to their core conversation between melody, skronky noise-rock and textured drones. It ends on a lock-groove — perhaps born from a sense of mischief or perhaps to give the listener time to whip out the last disc for the final two songs.

The final side digs even deeper into Yo La Tengo’s noise-rock side, immersing the listener in layers of feedback and distortion, “Fallout” reappearing in a distant, submarine murmur before the music slips out of tune and dissolves, giving way to tired but hopeful washes of synth drone, crafting Lynchian dreampop out of the the ambience. These two tracks make for an intriguing exit to the album, and together form perhaps the closest the band have yet come to the devastating coexistence of harsh sonic violence and heart-stopping beauty explored over the last few years by Low. They way they do it is Yo La Tengo all the way, though: they know who they are, but on “This Stupid World” they’re just more so.

Boris - ele-king

 去る2022年、30周年記念アルバム『Heavy Rocks』をリリースしたBoris。同作を引っ提げたツアーは北米、オーストラリアをめぐり終え、今月末からは欧州ツアーがはじまる(最終日は6月8日、スペインのプリマヴェーラ・サウンド)。それに先がけ、昨年LAおよびサンフランシスコでおこなわれたパフォーマンスの映像が公開されている。チェックしておきましょう。

RUBEN MOLINA “CHICANO SOUL” DJ & TALK SESSION IN JAPAN

「若者にとってバリオ・ライフは時にハードなのだ。だからタフでいなければならず、そうした強迫観念から感情的であることは抑えられる。ガールフレンドができたとしても、正直に自分の気持ちを打ち明けることさえも困難にさせてしまう。ラヴ・バラ―ドはそんな彼らの声を代弁してくれるのだ」(『ローライダーマガジン日本版』85号。著者によるルーベン氏へのインタヴュー。2008年)

 独特の「甘さ」をひとつの特徴として捉えられるメキシコ系アメリカ人たちが奏でる「チカーノ・ソウル」。いまやロサンゼルスやサンアントニオのメキシコ系コミュニティを越えて、注目のジャンルとして世界中で熱烈なファンを多く生んでいる。ご存知のようにビッグ・クラウンやダプトーンといったNYのインディペンデント系レーベルがとくに力を入れてロサンゼルスのアーティストたちの作品を次々とリリース。昨今のヴィンテージR&Bサウンドのリヴァイバルの動向にも大きく貢献しているのは間違いないだろう。そんなシーンの立役者である『CHICANO SOUL~RECORDINGS & HISTORY OF AN AMERICAN CULTURE』(邦題『チカーノ・ソウル~アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』(サウザンブックス))の著者、ルーベン・モリーナ氏が遂に日本にやってくる。

 出身は、ロサンゼルス・チャイナタウンに近い古いチカーノ・バリオ、フロッグタウン。公民権運動とロー・ライダーの嵐が吹き荒れた70年代に青春時代を送り、ストリート事情に精通する市井の研究家であり、サザン・ソウル・スピナ―ズと名乗るOGらによるDJクルーの一員でもある。今回は大阪と東京の2カ所でDJとトークのイベントを行う。会場ではヴィンテージのチカーノ・ソウルが鳴り響く予定だ。またトークではロー・ライダーやソウル音楽との関係などをフロッグタウンの経験に言及しながら紐解いていくという。そんな貴重な来日イベントを前にルーベン氏のインタヴューを敢行した。(文:宮田信)


 

■書籍『チカーノ・ソウル~アメリカ文化に秘められたもうひとつの音楽史』を執筆しようと思った経緯について教えてください。メキシコ系アメリカ人演奏家による英語の録音についての情報はほぼ皆無でしたので大きな挑戦だったと思いますが。

ルーベン:「アフリカ系アメリカ人の歌手のレコードを集め始めたのは1966年か1967年で、13歳か14歳の頃です。主にラジオで流れていた音楽です。当時ロサンゼルスではラジオで流れるチカーノ・バンドはほとんどなく、ダンス・パーティに行くにはまだ幼くて、結局イーストサイドサウンド(イースト・ロサンゼルスで生まれた若いチカーノによるR&Bやロックの演奏)に辿りついたのは1969年の頃でした。それから30年後、ディマスⅢの“You’ve Succeeded”というレコードを聴いていて思わず惚れ惚れしてしまったのです。作家のクレジットにディマス・ガルサという名前があり、そのレコードがテキサス州サンアントニオのものであることを知り、かの地まで飛んでいって彼を探し出さねばと思ったのです。その途中にジョー・ジャマやロイヤル・ジェスターズ、サンライナーズ・バンドの面々と出会い、「いったい60年代にはどのくらいのチカーノたちがソウル・ミュージックを演奏していたのだろう」と思い巡らしていたのです。しっかりと調べ上げて、本にまとめようと決心したのです。確かにこの本の前にはそうしたものについて書かれたものは僅かでした。しかし、チカーノ・コミュニティは過去を大切にする傾向があり、この本を完成させる為に、多くの録音、写真、インタヴューを集めることできたのです。

■あなたが「チカーノ・ソウル」と呼んだ多くの録音はたしかに黒人音楽から大きく影響を受けたハイブリッドな音楽です。しかし、この本のタイトルである「チカーノ・ソウル」にはダブル・ミーニングを感じさせています。単純に音楽のことだけではなく、メキシコ系アメリカ人による独創的な創造性、社会的意識、また誇りの意味も込められているように思います。

ルーベン:たしかにブラック・ミュージックはアメリカの若者たち、特とくにチカーノ・コミュニティに大きな影響を与えました。最初は若いミュージシャンがレコードで聴いたものを真似してカバーを録音していましたが、熟練してくると、ソウルフルな音楽アレンジで自分たちの曲を作るようになったのです。タイトルに二重の意味を持たせたかったのは、その通りです。そう、チカーノ・アーティストは黒人の音楽をコピーしていましたが、そうした音楽が彼らの魂を掴み、創造力を発揮してひとつのジャンルが生れていったのです。それこそがチカーノのやり方なのです。

■チカーノたちの公民権運動は1970年代中盤まで続きました。あなたが育ったフロッグタウンでのリアクションはどんなものでしたか?チカーノという言葉をどのように当時の若者たちは使い始めたのでしょう?

ルーベン:チカーノという言葉は、ドン・トスティが1948年に録音した “CHICANO BOOGIE”というタイトルの曲があるように、私たちの歴史のなかでは何十年も前から使われています。1960年代の公民権運動の時代に広まり、80年代までに広く使われるようになりました。私の住んでいたバリオでは、私の世代はチカーノとして育ち「イースト・ロサンゼルス・ライオット」として知られる反戦行進に参加した者もいました。メキシコにより深くルーツをもつ人のなかにはよりアメリカ的だと考えこの言葉を好まない人もたくさんいましたが、私たちの多くは自分たちをチカーノだと考えてきたのです。「チカーノ・ソウル」というタイトルに、当時のフラッシュバックを招くかもしれないという不安もありましたが、快く受け入れられ、自分の青春時代やチカーノ・コミュニティの苦悩について考えるきっかけにもなったのです。

■ロー・ライダーであることもラサ(チカーノ)のアイデンティティを表現する政治的なアクションだと思います。あなたはチカーノという意識をどのように培ってきたのですか?

ルーベン:私はアメリカで生まれ、家族も何世代もアメリカに住んでいますが、幼い頃、自分が何者であるかを知ろうとしたとき、「白人の国、アメリカ」が自分は何者なのかと教えてくれました。要するにダークスキンの子供で、メキシコ人で、トラブルで、必要とされていないといった感じ方です。ところがチカニスモは私にプライドを芽生えさせ、本当の自分を教えてくれました。その意味で、私は白人の国、アメリカに感謝しているともいえるでしょう。

■驚いたことに、執筆から出版を全てひとりでこなし、それを自費でなさっています。一番苦労したのはどんなことでしょう?

ルーベン:企画を始めた時点で、自分ひとりの力でやらなければとわかっていました。出版社は、大きな売上をもたらすことができる定評あるライターか大学の先生しか使いたがりません。私は独学で文章の書き方や出版ソフトの使い方を学びました。編集者や印刷業者に支払うお金も自分で用意したのです。営業するのが一番大変でした。しかし、本が売れ始めたら、新しい世代のチカーノの子供たちに誇りを与えていると実感できたのです。彼らは自分たちのコミュニティの過去を見つけ、いまでは彼らのなかからコミュニティの歴史のなかに埋もれてきた他のテーマを記録調査している人も出て来ています。

■いま、新しい世代のチカーノ・ソウルがブームになっています。また多くのコレクターが古いチカーノたちのレコードを探しています。この本がそのきっかけに大きく貢献していると思います。そんなことを予想していましたか?

ルーベン:当初、レコード・コレクターからは「そんな本を出せばレコードの価格が上がる」と怒られました。私もそれについて考えましたが、歴史の方がはるかに重要だと思ったのです。この本がきっかけで、新しい世代のレコード・コレクターも増えました。若いコレクターがチカーノ・グループやメキシコのレコードを探しているのをよく見かけるようになりました。それは私たちの文化や誇りにとって良いことです。そんなことが起こるとは思ってもみませんでしたが。

■この本は大学のチカーノ・スタディーズに大きな衝撃を与えたと思います。どのように受け止められましたか?

ルーベン:大学では誰も研究していないからと油断していた教授たちよりも、学生たちの方が先にこの本を支持してくれました。あれから何年も経ったいま、学生たちのなかには、自分たちで研究し本を書こうとしている人も出て来ています。

■5月のツアーではどんなレコードを用意するつもりですか?最近はチカーノ・ソウルの他にジャマイカのソウル・カバーのレコードも蒐集していらっしゃるようですが。

ルーベン:まだどんなレコードを引っ張り出すかは分からないです。もちろんジャマイカ、ソウル、チカーノは持っていく予定です。

■今回の初来日では何人かの仲間も一緒に来るようですが。彼らについて教えてください。

ルーベン:テキサス州サンアントニオの超有名なレコード・コレクター、ヘクター・ガレーゴスも一緒にDJをやる予定です。また、カリフォルニア州サンノゼ出身のドキュメンタリー監督/プロデューサー、ヘスス・クルスも来ます。ヘススは、サザン・ソウル・スピナーズを題材にしたドキュメンタリーを制作中で、この旅に同行して撮影する予定です。またダイジェスト版をどこよりも早く今回のツアーでお見せ出来たらと思っています。

■最後に日本でチカーノに興味のある人へメッセージをお願いします。

ルーベン:『チカーノ・ソウル』の日本での出版から3年、皆さまにサポートして戴き感謝しています。日本の音楽愛好家がチカーノやその文化から生まれてくる音楽に興味をもってくれなければ、何も起きませんでした。日本へ行くことに少し緊張していますが、同時にとても興奮しています。音楽や本のファンの方々とお会いできることを楽しみにしています。 皆さんもぜひ足を運んで、今回のプロジェクトを応援してください。

☆5月19日(金)大阪・東梅田 do with café

Open:18:30/Talk Start:20:00
予約¥3,900 / 当日¥4,500(+1ドリンク別途)

☆5月21日(日)東京・代官山 晴れたら空に豆まいて
Open:18:00/Talk Start:20:00
予約¥3,900 / 当日¥4,500(+1ドリンク別途)

<ご予約・お問い合わせ>

晴れたら空に豆まいて 03-5456-8880(15-22時)
MUSIC CAMP, Inc. 042-498-7531(月・水・金11-20時)

e-mail: chicanosoul2023@m-camp.net 
※メールでご予約される場合は件名を「チカーノ・ソウル イベント予約」としていただき、
お名前・ご連絡先電話番号・ご希望会場(大阪/東京)をお書き添えください。
オフィシャル・サイト⇒ http://www.m-camp.net/ChicanoSoul2023.html

Fridge - ele-king

 キエラン・ヘブデンがフォー・テットをはじめるまえに組んでいたポスト・ロック・バンド、フリッジの01年作『Happiness』が20周年記念盤となって蘇る。“Cut Up Piano and Xylophone” や “Long Singing” など美しい音世界が魅力のアルバムだ。現在 “Five Four Child Voice” がリード曲として公開、さらに同曲の2007年のライヴ映像も公開されている。発売は5月26日です。

Four TetことKieran Hebden率いるFridgeが2001年にリリースした名作『Happiness』のリリース20周年記念盤が5/26リリース決定。リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス映像が公開。

Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディションが5/26にリリースされることが決定致しました。

リード・シングルとして「Five Four Child Voice (Remastered)」がリリース、加えて、この曲を演奏した2007年のライヴ・パフォーマンス「Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)」が公開されました。

Fridge “Happiness – Anniversary Edition” 5/26 release

Artist: Fridge
Title: Happiness
Label: PLANCHA / Temporary Residence Ltd.
Format: CD(国内流通仕様盤)
※帯・解説付き
Release Date: 2023.05.26
Price(CD): 2,200 yen + tax

ポストロックとエレクトロニカが交錯し、フォークトロニカへも派生しようとしていたゼロ年代初頭を彩った不朽の名作の20周年記念盤が登場。Four TetことKieran Hebdenが学友であったAdem Ilhan、Sam Jeffersと共に1996年に結成したFridgeが2001年にリリースした『Happiness』がリリース20周年を記念し、リマスタリングし、ボーナス・トラックを加えた新装パッケージのアニヴァーサリー・エディション。ポストロックxエレクトロニカの超絶名曲にしてフォークトロニカの源流になったいう説もある超名曲「Long Singing」収録。

1996年に学友のKieran Hebden、Adem Ilhan、Sam Jeffers によって結成されたFridgeは、初期は驚くほど多作で、最初の4年間で10枚のシングルと4枚のアルバムをリリースした。メジャーレーベルに短期間在籍した後、トリオはこれまでで最も焦点を絞ったアルバム(Eph、1999年)をリリースした後、フリッジは4枚目のアルバム『Happiness』を発表した。

2001年に最初にリリースされた『Happiness』は、広大で田園的な傑作であり、アコースティック・クラッター、エレクトロニックな探求、ヒップホップ・プロダクション・テクニック、実験的なロック・アレンジの革新的なミックスです。Kieranの今をときめくソロ・プロジェクトであるFour Tetとともに、『Happiness』は1990年代の典型的な自己真面目なエレクトロニック、インディ〜アヴァンロックの最も説得力のある要素を引きずり出し、それらを折衷的なフォークやスピリチュアル・ジャズと組み合わせて、新しい世紀へ向けたものへと昇華した。さらに驚くべきことに、彼らはなんの気負いもなく、当時のあらゆるアルバムとは一線を画す完成度の高い作品を完成させたのだ。

当時のムーヴメントであったポストロックとエレクトロニカが交錯していくような極めて完成度の高い作品であるが、何といっても白眉は本編最後を飾る9分にも及ぶ「Long Singing」。エレクトロニックなサウンドとアコースティックな音色がミニマルながらエモーショナルなメロディに乗って重なり合っていきながらピークを迎えた後に徐々に減っていく。その構築美で聴かせるポストロック〜エレクトロニカ史上に輝く珠玉の名曲。また、フォークトロニカの源流のひとつであるとも言われており、20年の時を経ても未だ色あせていない。

『Happiness – Anniversary Edition』は、Fridgeのキャリアを決定づけたこの傑作の20周年記念リイシュー。 Kieran Hebdenがオリジナルのマスター・テープから細心の注意を払って復元、再構築、リマスタリングしたこのアルバムの音質は、かつてないほどオリジナルの録音を尊重しています。

01. Melodica & Trombone
02. Drum Machines & Glockenspiel
03. Cut Up Piano & Xylophone
04. Tone Guitar & Drum Noise
05. Five Four Child Voice
06. Sample & Clicks
07. Drums Bass Sonics & Edits
08. Harmonics
09. Long Singing
10. Five Combs (Bonus Track)

Restored and remastered by founding member of Fridge, Kieran Hebden (aka Four Tet)

"Five Four Child Voice (Remastered)" out now

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Fridge – Live at Bardens Boudoir, London, England (August 9, 2007)
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Buffalo Daughter - ele-king

 昨年は力作『We Are Time』を発表、また『New Rock』と『I』のアナログ盤はそっこうで売り切れと、そうです、日本のオルタナティヴにおけるリジェンドと呼んでいいでしょう、結成30周年のバッファロー・ドーターが、なんと、新進気鋭のLAUSBUBを迎えてのライヴを開催する。これはもう行くしかない。

Buffalo Daughter presents Neu Rock with LAUSBUB

2023年6月25日 (日) 開場 17:00 / 開演 18:00
@表参道WALL&WALL

出演:
Buffalo Daughter
LAUSBUB

【チケット情報】
前売入場券:¥4,000 +1drink ¥700
<販売期間:4/6 18:00〜6/24 23:59>

当日入場券:¥4,500 +1drink ¥700
<販売期間:6/25 17:00〜>

チケット購入URL(ZAIKO):
https://wallwall.zaiko.io/item/355562

WALL&WALLオフィシャルイベントページURL:
http://wallwall.tokyo/schedule/20230625_buffalodaughter_lausbub/

■Buffalo Daughter プロフィール

シュガー吉永 (g, vo, tb-303) 大野由美子 (b, vo, electronics) 山本ムーグ(turntable,vo)

1993年結成以来、ジャンルレス・ボーダーレスに自由で柔軟な姿勢で同時代性溢れるサウンドを生み出し続けてきたオルタナティブ・ロック・バンド。ライヴにも定評がありワールドワイドで大きな評価を得ている。
2021年9月に、現在最新作となる8thアルバム 『We Are The Times』をワールドワイドでリリース。7年ぶりのアルバムは長い期間の色々な思いが惜しみなく曲の中に凝縮され、パンデミックにより大きな変化を迎えた世界の確かな指標を示す作品となった。
2022年は日本でのツアーに加え6月に行われたメルボルンでのRising Festivalに出演。
結成30周年を迎える2023年は、1998年にリリースした『New Rock』(Grand Royal)と、2001年発売の『I』(Emperor Norton Records)のアナログ盤を、それぞれボーナストラックを収録した2枚組で再発。2023年5~6月には3つのアルバムを提げパンデミック後初の北米ツアーを行う。
official site: https://buffalodaughter.com
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■LAUSBUB (ラウスバブ) プロフィール

2020年3月、北海道札幌市の同じ高校の軽音楽部に所属していた、岩井莉子と髙橋芽以によって結成されたニューウェーブ・テクノポップ・バンド。
2021年1月18日、Twitter投稿を機に爆発的に話題を集め、ドイツの無料音楽プラットフォーム”SoundCloud”で全世界ウィークリーチャート1位を記録。同時期に国内インディーズ音楽プラットフォーム”Eggs”でもウィークリー1位を記録。同年6月18日、初のDSP配信となる配信シングル『Telefon』をリリース。翌日6月19日 初の有観客イベント「OTO TO TABI in GREEN (札幌芸術の森)」出演。
2022年11月16日には初フィジカル作品となる1st EP「M.I.D. The First Annual Report of LAUSBUB」をリリース。

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COMPUMA - ele-king

 昨年、ソロ・アルバム『A VIEW』を発表し、さざ波のようにその評判が広がったことは記憶に新しい。COMPUMAの、アルバム・リリース後に渋谷WWWにおいておこなわれた初ライヴの模様がDVDとして発売される。内田直之がさらにダブミキシングを加え、映像作家・住吉清隆がその世界の映像化を研ぎ澄ませる。注目しましょう。
 なお、『A VIEW』のアナログ盤もリリースされるようで、こちらは限定300枚。詳しくはレーベル・ブログをチェック

アーティスト:COMPUMA
タイトル:A VIEW MOVIES(LIVE DUB)
リリース日:2023年4月28(金)
レーベル:SOMETHING ABOUT
品番:SOMETHING ABOUT 006
フォーマット:DVD+Download Code
値段:2000円(税抜)
流通:SOMETHING ABOUT / ブリッジ

■LP
アーティスト:COMPUMA
タイトル:A VIEW
リリース日:2023年4月28(金)
レーベル:SOMETHING ABOUT
品番:SOMETHING ABOUT 005 LP
フォーマット:LP2枚組+Download Code
値段:4500円(税抜)
流通:SOMETHING ABOUT

■レーベル詳細URL(近日公開予定)
https://compuma.blogspot.com

Oval - ele-king

 グリッチの開拓者、オヴァルが新作を発表する。ピアノの導入でリスナーを驚かせた『Ovidono』(2021)以来のアルバムだが、先行配信中の “Touha” を聴くかぎりどうやら今回もピアノがフィーチャーされているようだ。『Romantiq』と題されたそれは5月12日に世界同時発売。かつてグリッチで世界を震撼させたマーカス・ポップが目指す「ロマンティック」とはいかなるものになるのか? 期待しましょう。

OVAL(オヴァル)
『ROMANTIQ』(ロマンティック)

THRILL-JP 57 / HEADZ 258 (原盤番号:THRILL 590)
価格(CD):2,200円+税(定価:2,420円)
発売日(CD):2023年5月12日(金) ※ 全世界同時発売
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561399527

01. Zauberwort(ツァオバーヴォルト)
02. Rytmy(リートミー)
03. Cresta(クレスタ)
04. Amethyst(アメティスト)
05. Wildwasser(ヴィルトヴァッサー)
06. Glockenton(グロッケントーン)
07. Elektrin(エレクトリン)
08. Okno(オクノ)
09. Touha(トウハ)
10. Lyriq(リューリク)
11. Romantic Sketch A(ロマンティック・スケッチ A)
12. Romantic Sketch B(ロマンティック・スケッチ B)

Total Time:46:20

Tracks 11, 12…日本盤CDのみのボーナス・トラック

All music written, arranged and produced by Markus Popp
Artwork by Robert Seidel

'90年代中盤、CDスキップを使用したエポック・メイキングな実験電子音響作品を世に送り出し(2022年発表されたPitchforkの『The 150 Best Albums of the 1990s』にて1995年作『94diskont.』が132位にランクイン)、エレクトロニック・ミュージックの新たな可能性を提示し続け、世界中にフォロワーを拡散させた独ベルリン在住の音楽家、オヴァル(OVAL)ことマーカス・ポップ(Markus Popp)。
2020年1月リリースの『SCIS』(THRILL-JP 51 / HEADZ 243)以来のワールドワイド・リリース(米シカゴの老舗インディー・レーベルThrill Jockey Recordsより)となるオヴァルの最新アルバム『ROMANTIQ』にて、マーカス・ポップがまたしてもエレクトロニック・ミュージックの可能性を刷新した。
「ASMR 2.0」とも呼ばれた、2021年12月に発表された女優Vlatka Alecとのアートプロジェクト作品(マーカス自身のレーベル、UOVOOOからのOVAL名義でのリリースとなった)『OVIDONO』(Soの豊田恵里子も参加)でのクリエイションも反映させ、『OVIDONO』のアルバム・カヴァーを担当したデジタル・アーティストRobert Seidel(ロバート・サイデル。ドイツのイエナ出身で、現在はベルリンを拠点に活動。『ROMANTIQ』のアートワークも担当)とのオーディオ・ヴィジュアルなコラボレーション(2021年9月に開館したDeutsches Romantik-Museumのグランド・オープニング用のコラボレーション)が契機となり、多様な建築物かのように立体的な音空間を創り出している。
かつてのフォークトロニカ、ポスト・クラシカルとは一線を画した、2010年の『O』以降、職人芸のように磨き上げた、生楽器(オーガニック)とエレクトロニクス(デジタル)の境界線を曖昧にした独特なブレンドが、新たな領域に達し、所謂音楽家的なコンポーザー、メロディーメイカーとしての才能が一気に開花したかのような、圧倒的にオリジナルでロマンティックな音楽を創り上げた。
‘膨大な情報量を、見事に昇華し、これまでの作品の中でも最高峰に美しく洗練された、ノスタルジックでありながらフューチャリスティックでもある、情緒豊かな大傑作アルバム。

アルバムからの先行シングルとなった9曲目「Touha」(トウハ)のHEADZヴァージョンのMusic Video(video by Robert Seidel)は現在、以下URLにて限定公開中。
https://www.youtube.com/watch?v=itRb-9EkhC8

◎ 全世界同時発売(2023年5月12日)
◎ 日本盤CDのみのボーナス・トラック2曲収録
◎ 日本盤CDのみマーカス・ポップ本人によるマスタリング音源を使用(デジタル配信は、ワールドワイド版のThrill Jockey盤と同様に、Rashad Beckerによるマスタリング音源を使用)
◎ 日本盤CDのみマーカス・ポップとロバート・サイデルのお気に入り画像をメインに使用した、Thrill Jockey盤とは異なるオリジナル・デザインのジャケット。

African Head Charge - ele-king

 エイドリアン・シャーウッド主宰の〈On-U〉を代表するグループのひとつ、81年にパーカッショニストのボンジョ・アイヤビンギ・ノアとシャーウッドによって開始されたダブ・プロジェクト、アフリカン・ヘッド・チャージ。なんと『Voodoo Of The Godsent』(2011)以来となる、12年ぶりのオリジナル・アルバムが発売されることになった。ボンジョの暮らすガーナの都市名が冠された新作『ボルガタンガへの旅』は7月7日発売。現在新曲 “Microdosing” が公開されている。やはりかっこいい……
 そしてなんとなんと、おなじく12年ぶりに来日公演も決定!! 詳細は後日とのことだが、首を長くして待っていようではないか。

African Head Charge
ヤーマン!!!!
パーカッションの魔術師、ボンジョ、

パーカッション奏者のボンジョ・アイヤビンギ・ノアとUKダブのパイオニアとして知られるプロデューサーのエイドリアン・シャーウッドを中心に結成された〈On-U Sound〉の伝説的プロジェクト、アフリカン・ヘッド・チャージが12年ぶりの新作『Trip To Bolgatanga』を7月7日に発売することを発表、同時に新曲「Microdosing」をMVと共に解禁した。また、12年ぶりの来日も決定しており、後日詳細が発表される予定となっている。

African Head Charge - Microdosing
https://youtu.be/DELmBbsI0jM

アフリカン・ヘッド・チャージが、12年ぶりのニューアルバムとともに〈On-U Sound〉に帰ってきた。タイトルは『Trip To Bolgatanga』で、結成メンバーであるボンジョ・アイヤビンギ・ノアがレコーディングを主導し、彼の盟友でともにグループを動かしてきたエイドリアン・シャーウッドが再び制作の指揮に携わった。

アルバムの間隔が大きく空いたことに関して、ボンジョは次のように述べる。「12年という時間が経つ間、私はガーナで家族と過ごしていたけど、創作は続けていた。まだまだ自分には世に問うべきことがたくさんあるってことは、きっとわかってもらえるだろう。人生の中で、この時期は仕事もしたかったけど、家族との時間も大切にしたかった。毎日を愉快に過ごしながら、創作にも精を出した。何といっても幸せなことがあれば、いっそう創作に前向きになれるものだし、最大の幸福は家族といることなんだから」

今回のアルバムのサウンドによって『My Life In A Hole In The Ground』や『Songs Of Praise』といったアフリカン・ヘッド・チャージの往年の名作が思い起こされるのは確かだが、だからといって彼らの音楽がすでに進化を止めていると思い込むのは誤りだ。名パーカッション奏者の彼は言葉を続ける。「ドラム演奏にしても、詠唱するようなチャントの歌唱にしても、できるまでには時間がかかる。私はひたすらガーナ全土に赴いてドラム奏者たちに会ってきた。ファンテ、アキム、ガー、ボルガタンガといったあらゆる部族が、それぞれに異なるドラムの文化を持っている。僕はできる限り多くを学び、組み合わせてひとつの形にしようと模索している。これは料理に似ている。すべての材料、例えばヤム(ヤマイモ)、バナナ、カボチャを混ぜ合わせると、そこに施す最終的な味付けが肝心だ。私は音楽をそういうふうに捉えている。さまざまな要素を集め、それを味わえば『いいね、これはいい味付けだ。いいね、これはいいサウンドだ』という言葉が出てくる。これこそがアフリカン・ヘッド・チャージの存在意義なんだ。ありとあらゆる組み合わせを追求して、それをエイドリアンのところに持って行けば、さらに新しいものを作るために彼が力を貸してくれる」

プロデューサーを務めるエイドリアン・シャーウッドも同じ意見だ。「アフリカン・ヘッド・チャージにふさわしい素材を選び抜き、それからオーバーダビングやミキシングを楽しみながら完璧なものに仕上げていくということをずっとやっている。これまで常にいい関係で仕事を続けてきたけれど、今回のアルバムで自分たちは史上最高の結果を出せたと思う」

グループが40年以上に渡って活動してきた中でも、今回のアルバムは、音楽の本質を共有する大家族のようなメンバーたちが現場に戻ってきた印象がある。マルチな楽器奏者のスキップ・マクドナルドと、彼とタックヘッドでともに活動するダグ・ウィンビッシュのふたりは、さまざまなトラックに参加してその力を発揮している。かつて90年代初めにアフリカン・ヘッド・チャージに関わっていたドラムのペリー・メリウスが、正統派の重厚なリズムを3つの楽曲に加えている。ここに新鮮な顔ぶれが数多く加わっていることも見逃せない。管楽器やリード楽器は、ポール・ブース、リチャード・ロズウェル、デイヴィッド・フルウッドが務める。キーボードにはラス・マンレンジとサミュエル・ベルグリッター。ギターはヴィンス・ブラック。さらにはシャドゥ・ロック・アドゥ、メンサ・アカ、アカヌオエ・アンジェラ、エマニュエル・オキネらによるパーカッション、イヴァン・“チェロマン”・ハシーによるストリングス、ゲットー・プリーストによる力強い歌声が加わる。そして特別ゲストとして、伝統楽器コロゴの名手キング・アイソバがボーカルで参加するとともに伝統的な2弦リュートの巧みな演奏を披露している。

過去のアルバムでは世界各地から集めたエッセンスを一緒くたに混ぜ合わせていたのに対し、ニューアルバムにおいてアフリカン・ヘッド・チャージはただひとつの場所を念頭に置いている。『A Trip To Bolgatanga』とは、ボンジョにとって現在の生活拠点であるガーナ北部を巡る音楽の旅だ。これは幻想的な旅路の記録であり、そこに現れる風景を象徴する、さまざまなハンドパーカッションや人々が唱和するチャントの歌声を補強するように、轟くベース音、変化を加えた管楽器、余分な音をカットするエフェクト、騒々しいワウペダルの効果、何かにとりつかれたようなブードゥー教のダンスミュージック、合成されたうねりのサウンド、コンガのリズム、何層にも入り乱れる電子楽器のエフェクト、ブルースの影響を感じさせる木管楽器、ファンキーなオルガンの音などが加わっている。〈On-U Sound〉の作品がすべてそうであるように、何度繰り返し聴いてもその度に細かいディテールに関する新たな発見がある。このサウンドは大がかりな音響システムで聴かなければ、その真価を理解することはできないだろうし、そうなった暁には、いかなる相手が競合しようとも太刀打ちできずに叩きのめされることだろう。

アフリカン・ヘッド・チャージの最新作は7月7日にデジタル、CD、LPで7月7日に発売!国内盤CDにはボーナストラックが追加収録され、歌詞対訳と解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(蓄光ヴァイナル)、日本語帯付き仕様盤(蓄光ヴァイナル、歌詞対訳・解説書付)で発売される。さらに、国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPは、数量限定のTシャツセットでも発売される。

label: On-U Sound
artist: African Head Charge
title: A Trip To Bolgatanga
release: 2023.07.07

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13353

国内盤CD Tracklist
01. A Bad Attitude
02. Accra Electronica
03. Push Me Pull You
04. I Chant Too
05. Asalatua
06. Passing Clouds
07. I’m A Winner
08. A Trip To Bolgatanga
09. Never Regret A Day
10. Microdosing
11. Flim 18 (Bonus Track)


蓄光ヴァイナル

蓄光ヴァイナル(暗闇ではこのように光ります。)

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316