「You me」と一致するもの

Jun Togawa - ele-king

 1981年に歌謡テクノユニット“ゲルニカ”に参加して本格的な音楽活動を開始した戸川純。そこから今年で40周年となるのを記念し、アルファ/YENレーベル時代にリリースしたソロデビューアルバム『玉姫様』(1984年)と、ライヴアルバム『裏玉姫』(1984年)が、カラーヴァイナル仕様のLP盤で再発売されることが決定した。『裏玉姫』は当初カセットテープだけで発売されたもので、今回が初のLP化。濃厚な個性と多彩な活動で80年代を牽引し、現在も後進の女性ロックアーティストに多大な影響を与え続けている彼女の足跡を振り返る重要な機会となりそうだ。

〈シンガーソングアクトレス 40周年記念 『玉姫様』『裏玉姫』VINYL REISSUE〉
2021.9.29 IN STORE
完全生産限定盤
各定価:¥4,070(税抜価格¥3,700)
発売元:ソニー・ミュージックダイレクト


戸川 純/玉姫様
30cm 33 1/3rpm Vinyl: MHJL-198
Original release: 1984/1/25
●完全生産限定盤
●2021年ニューカッティング
●クリアレッドヴァイナル(透明赤)仕様
●封入特典:特製ステッカー
ゲルニカ活動休止を受け、自己プロデュースで1984年リリースしたソロデビューアルバム。女性の生理をテーマにしたタイトル曲や、バロック曲(パッヘルベルのカノン)に自作詞を付けた「蛹化(むし)の女」を含み、唯一無二の世界観が存分に表現された本作は、彼女を一躍80年代サブカル女王の地位に押し上げた。現在も日本の女性ロック史に刻まれる名盤としての存在感を放っている。
Side 1
1. 怒濤の恋愛
2. 諦念プシガンガ
3. 昆虫軍
4. 憂悶の戯画
5. 隣りの印度人
Side B
1. 玉姫様
2. 森の人々
3. 踊れない
4. 蛹化の女


戸川 純とヤプーズ/裏玉姫
30cm 33 1/3rpm Vinyl: MHJL-199
Original release: 1984/4/25
●完全生産限定盤
●2021年ニューカッティング
●クリアピンクヴァイナル(透明ピンク)仕様
●封入特典:特製ステッカー
前作『玉姫様』と同年に、当初カセットテープだけで発売された初のライヴアルバムを、今回初めてアナログLP化。1984年2月19日、東京・ラフォーレミュージアム原宿で収録。バックのヤプーズ(泉水敏郎/中原信雄/比賀江隆男/立川芳雄/里美智子)と共に全編パンクでハイテンションな演奏を展開。現在でも戸川純のライヴの大詰めで歌われる「パンク蛹化の女」収録。
Side A
1. OVERTURE
2. 玉姫様
3. ベビーラヴ
4. 踊れない
5. 涙のメカニズム
Side B
1. 電車でGO
2. ロマンス娘
3. 隣りの印度人
4. 昆虫軍
5. パンク蛹化の女

戸川 純 ソニーミュージック特設サイト
https://www.110107.com/jun_togawa40th/


同じく初ヴァイナル化されるヤプーズ作品。

8月18日(水)発売
ダイヤルYを廻せ!
品番:PLP-7171
価格:¥3,850 (税込)(税抜:¥3,500)
★初回生産限定
ダダダイズム
品番:PLP-7172
価格:¥3,850 (税込)(税抜:¥3,500)
★初回生産限定

 戸川純のユーチューブ「戸川純の人生相談」もはや18回目を迎えています! 戸川純が欽ちゃんファミリーに?


https://www.youtube.com/watch?v=7kahgnKElao

 「泣きすぎた」「悶々とした」「整理がつかない」「まっすぐ家に帰れない」など様々な副反応を引き起こしている『映画:フィッシュマンズ』ですが、なんと、東京オリンピックのCMに“SLOW DAYS”が使われています。


https://www.youtube.com/watch?v=Ea3zr8b4STM

 スペイン放送協会のCMです。スペインの人にはこう見えているということなんでしょう……。

 そして、『映画:フィッシュマンズ』の公開と同時に各サブスクでHONZIのソロ・アルバム『ONE』(96)『TWO』(00)のストリーミングも始まっています。詳しくは『永遠のフィッシュマンズ』に書いた通りですが、ZAKのプロデュースによる『ONE』、佐藤伸治の逝去を受けて“いい言葉ちょうだい”をカヴァーした『TWO』と、傾向がぜんぜん異なる2枚のアルバムです。A-Decade-In-Fakeのメンバーとして17歳でデビューしたHONZIさんはフィッシュマンズとはまったく異なる音楽的バックボーンを有し、幻想的な作風を存分に楽しむことができます。
 ちなみに『永遠のフィッシュマンズ』で柏原譲に「やけになってて」と指摘されていたHONZIさんがこれでもかと爆発していた演奏はおそらく「宇宙 日本 奥田イズム」のツアー・ファイナル、野音での“Go Go Round This World”ではないでしょうか。ほとんどノイズと化しているキーボードに敢然とアンサンブルをかませていくフィッシュマンズの演奏がまたスゴいです。

SPARTA - ele-king

 新しい音楽に出会ったときのわくわく感がある。

 実を言うと、トラップ以降に登場したオートチューンをかけて歌うフロウのラップが苦手だった。もちろんなかには好きな曲もある。ただ自分がなんでしっくりこないのかずっとわからなくて、「俺は時代に付いて行けてないのか」、なんなら「本当はヒップホップ好きじゃないんじゃないか」というレベルで悩んでいた。

 最近 SPARTA のライヴを観る機会があった。新型コロナウイルスの感染拡大予防対策で、観客は声出し禁止の公演だったので、演者からするとやりづらさもあったはず。だがその状況で SPARTA は音楽でコミュニケーションをとりながら素晴らしいパフォーマンスをしていた。彼は KOHH からの影響を公言していて、いわゆるトラップ以降の歌うフロウを多用する。だけどめっちゃ好きだった。なにせ彼は歌がうまいのだ。声量もしっかりあって、オートチューンを使いこなしてる感じがあった。

 そこから仙人掌鎮座DOPENESSMoment Joon とマイクリレーした Red Bull RASEN、さらに ISSUGI、SANTAWORLDVIEW との “POSSIBLE” を見て「間違いなく好き」と確信した。

 じゃあ SPARTA は何が違うのかと『兆し』もがっつり聴いてみると、とにかくメロディーが多彩なのだ。特に自分はもともとUKロックが大好きで、USのグランジ・ムーヴメントの時期に青春を過ごしたから、感覚的に音楽の好き嫌いをメロディーで決めている節があることに気づいた。トラップの歌はメロディーというよりあくまでリズム重視のフロウで、ラップほど角がなく、聴いていてバラエティに欠ける気がしてしまい、それが自分のなかの違和感につながっていた。

『兆し』は SPARTA のメロディー・センスがさらに際立つ作品だ。トラックもメロディアスだが、そこに引っ張られすぎない。SPARTA のアプローチが独特で、ラップと歌の引き出しも多い。だが奇をてらっている感はなく、全体的な印象はあくまでオーセンティック。だから新しい音楽に出会ったときのわくわく感がある。

 個人的に好きな曲はまず “One By One”。同じくメロディー・センスに定評のあるプロデューサー・KM との相性の良さを感じさせる。単語単位で押韻していく「でかいでかい舞台 狭い世界向かい 深く誓い/願う未来 偉大 偉大 未開 開き 明るい兆しと朝日が登るよう」というラインが特に好きだ。CM曲に起用されればいいのに。次の “Jungle feat. anddy toy store” も四つ打ちのヒップホップ好きとしてはたまらない。プロデューサーの Mizukami はアルバムの前半3曲を手がける No Beer Team のメンバーでもある。客演の anddy toy store とスイッチする場所も面白い。

 いちばんのお気に入りは、これまた KM トラックになるが先行曲 “Stay Humble” だ。トラックと SPARTA の個性が絡み合い、複雑なメロディーとグルーヴを作り出している。音楽へのひたむきさをポジティヴに表現した強力なフック「Gold chain Money n Bitchで?/見てる先はその上/まだまだ足りないって/お金でも買えない/誰も教えない/俺ならできるはず」もいい。力が出る。「辞めちゃいけない人生を」というラインに説得力を持たせる。

 メロディーやラップのアプローチは複雑でユニークだが楽曲としてはキャッチー。しかもリリックのステイトメントはポジティヴ。背伸びしない自分の言葉をラップにしているのもいい。こういう人を “センスがいい” と言うのだと思った。

 まずは1曲目 “Narrow Road” を聴いてみてほしい。ニコラス・ジャーによる憂いを含んだヴォーカルがエディットされ、デイヴ・ハリントンによる蠱惑的なギターが空間を引き裂いている。グリッチと、いくつかの細やかな具体音。アンビエントの要素もある。シングル曲 “The Limit” やサイケデリックな “I'm The Echo” で聴かれるジャーの高い声のある部分はどこかボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンを想起させ、“The Question Is To See It All” ではハリントンがロック・ギターの種々のパターンを披露、“Inside Is Out There” では感傷的なピアノが曲全体の強烈なサイケデリアを中和している。あるいは、アルバムの随所で顔をのぞかせる、中期カンの即興性。本作にはじつにさまざまな音楽のアイディアが凝縮されている。
 ダークサイドは、ふたりがソロではできないことをぶつけあい、美しく結晶化させるプロジェクトだ。ジャーの側から眺めればこれは、『Space Is Only Noise』をバンド・サウンドと衝突させた作品であり、ハリントンの側から眺めればこれは、即興のダイナミズムを編集によって制御し、電子音響の氷室へと封じこめた作品である。このアルバムではカンのように、セッションとエディット双方のすばらしいマジックが発動している。
 だれかひとり圧倒的なスターがいて、そいつが180度世界を塗り変える──物語としてはわかりやすいが、現実はそうではない。ポップ・ミュージックは組み合わせであり、幾多の先人たちの試みを後進が継承し、新たな創意工夫をもって前進させていく。ダークサイドは、そんなポップ・ミュージックの本質そのものを表現しているようだ。

 デイヴ・ハリントンについて補足しておこう。マルチ・インストゥルメンタリストの彼はNYのインディ・ロック・バンド、アームズの元メンバーとしても知られているが、もともとはジャズに入れこみ、ビル・フリゼールやジョン・ゾーンから影響を受け、ニッティング・ファクトリーでプレイするなど、当地の即興シーンで活躍していたギタリストだ。
 ダークサイドでの成功のあとも即興演奏家として活動をつづける一方、2018年にはバロウズ作品に登場する「ドリーム・マシーン」なる装置を具現化するコンサートを企画、ザ・マスター・ミュージシャンズ・オブ・ジャジューカ、イギー・ポップ、ジェネシス・P=オリッジオリヴァー・コーツ、ジーナ・パーキンス、グレッグ・フォックス、〈PAN〉のビル・クーリガスら、そうそうたる顔ぶれに召集をかけてもいる。
 ダークサイドが最初に注目を集めたのは2011年の「Darkside EP」。その後2013年に彼らはダフトサイド名義でダフト・パンクのアルバム『Random Access Memories』をまるごとリミックス、オリジナルとは似ても似つかぬ特異なサウンドへとつくり変えている。同年にはファースト・アルバム『Psychic』もリリースされ、サイド・プロジェクトの域を超える高評価を獲得するに至った。ツアーも精力的にこなし、2014年におこなわれたライヴは2020年に音盤化されている。それから8年のときを経て届けられたのが、今回の新作『Spiral』だ。
 録音は2018年だという。なぜこのタイミングで? 『Spiral』の魅力はサウンドだけではない。たとえば “Lawmaker” のリリック。「彼は必要な治療法を知っている/人びとは喜び笑う/これまでどれほど大変だったか/でもそれも楽になる、と人びとは口にする」「彼は白衣を着ていた/だがその手には議員の指輪」。この背筋が凍る歌詞からは、2020年以降のパンデミック下における政治的なあれこれを連想せずにはいられない。きわめてタイムリーだ。
 注目の新作について、ジャーとハリントン、双方がメールで質問に答えてくれた。

俺たちは音楽制作を、内側から外側へとおこなっている。そして俺は個人的には、音楽がつくられているときには、なるべく、いま現在のその瞬間をたいせつにしたいと思っている。(ハリントン)

まずはダークサイドの基本的なことからお聞かせください。スタートは2011年のようですが、このプロジェクトはどういう経緯で、どういう意図のもとはじまったものなのでしょう?

デイヴ・ハリントン(Dave Harrington、以下DH):2010年に、ニコがアルバム『Space is Only Noise』のツアー・バンドを結成するというときに、ウィル・エプスタイン(ニコラス・ジャーのライヴ・バンドのメンバー)からニコを紹介されたんだ。俺はそのバンドの一員となり、一緒に練習をしたり、即興演奏をしたりして、2011年の初めからツアーを開始した。 その年の夏、ニコと俺はツアーのオフの日に、ホテルの部屋で一緒にジャムをはじめて、それが結果として俺たちのファーストEPになった。それ以来、俺たちは一緒に演奏をして、音楽をつくり、実験的なことや即興的なことをやっていたというわけさ。

ニコラス・ジャー(Nicolás Jaar、以下NJ):デイヴが答えてくれたね :)

ニコラスさんによれば、ダークサイドは「ジャム・バンド」で「休みの日にやること」とのことですが、つまりこのプロジェクトにはある種の気軽さがあるということでしょうか?

NJ:そう、ダークサイドはデイヴと一緒に音楽をつくるという美しい体験がもとになっているんだ。そのプロセスは、穏やかで、長い視点を持っている。彼と一緒にいるとき、自分は2021年に向けて音楽をつくっているという感覚がないんだ。俺たちは、どんな場所にでも、いつの時代にも存在していられるという感覚がある。

デイヴさんはダークサイドを「ぼくらが一緒に音楽をつくるときにあらわれる、部屋のなかの三番めの存在」と説明していますが、三番めの存在ということは、たんに1+1ではなく、ふたりで為しえること以上のなにかがこのプロジェクトにはある、ということでしょうか?

DH:俺たちが一緒にこのプロジェクトをやるときは、普段とはちがうことをしていて、アプローチも普段と異なったり、アイディアも普段とはべつのものを使うようにしている。ダークサイドらしいと感じられるアイディアを追求する余白をつくるようにしているんだ。もちろん、そういうアイディアは俺たち個人の嗜好や探求心から来ている部分もあると思うけれど、俺たちがダークサイドとして音楽をつくるときは、基本的ななにかを共有しているという実感があるんだ。

俺たちは鏡をのぞいて正直にならなければいけなかった。ごまかしなどいっさいせずに。でも俺たちは未来を見据えることもできなかった。すべては、現在という瞬間に感じる直感を原動力にするのが狙いだった。(ジャー)

「ダークサイド」という名前にしたのはなぜですか? おふたりそれぞれの活動では出せないダークな部分を出そうということ?

NJ:最初は冗談でつけたんだけど、それが定着したんだ。ありえないほど壮大な名前だよね、いろいろな意味で大きすぎる! でも、こういうのって一度選んでしまうと変えるのが難しいから、俺たちはダークサイドのままなんだよ!

レーベルが〈マタドール〉になったのはどういう経緯で?

NJ:〈マタドール〉から連絡が来て、〈マタドール〉からリリースするのが合っていると思ったから。ちょうどそのときに俺とデイヴは、『PsychicPsychic』の収録曲となったダークサイドの音楽をつくっていたからね。

〈マタドール〉のカタログでいちばん好きなアルバムを教えてください。

DH:ワオ。〈Matador〉の歴史は長いから、好きな作品はほんとうにたくさんあるよ。選ぶのが難しいけど、〈Matador〉の新譜でいちばん好きなのは、すばらしいエムドゥ・モクターの『Afrique Victime』だね。 あのレコードは最高だよ。

NJ:キャット・パワーのアルバムは、俺の青年時代にすごく大事なものだった!

今年はダフト・パンクが解散しました。彼らについてコメントをください。

NJ:最高なバンド。

ニコラスさんはここ数年のあいだ、アゲンスト・アール・ロジックとしての作品やFKAツイッグスのプロデュース、自身のソロ作など活動が多岐に渡っていますが、そのなかで大きな転機となる仕事はありましたか?

NJ:とくにこれという瞬間があるわけじゃない。でも、『SIRENS』のツアーが終わったときに、人生のちょっとした転機が訪れた。俺はニューヨークを離れてヨーロッパに移り、酒やタバコ、その他もろもろをやめた。2017年以降、すべてのことが俺にとっては違うように感じられたけれど、それは外から見てもわからないかもしれないね :)

デイヴさんは、デイヴ・ハリントン・グループやライツ・フルアレセント(Lights Fluorescent)としての作品がある一方、Chris Forsyth たちとのセッション盤もリリースされていますが、ご自身のなかではそれぞれどういう位置づけなのでしょう?

DH:俺は即興演奏が大好きでね。即興演奏のような音楽の練習の仕方をしていると、刺戟的で驚くようなコラボレイションにつながっていく。自分にその気さえあればね。俺はそういうコラボレイションにすごく興味を持っている。俺が興味を持っている音楽にはさまざまなモードやギアがたくさんあるんだ。そういったさまざまな音楽──たとえそれらが根本的に異なる音楽であるとしても──を追求することを自分にとっての練習の一部として認めれば認めるほど、さまざまな状況のなかで挑戦することができ、さまざまな音楽のシナリオに貢献できるということがわかった。 多様性はインスピレイションにつながるということ。

デイヴさんは、チボ・マットの羽鳥美保ともカセットを出していたようですね。どういう経緯で彼女とセッションすることに? また、たったの35本限定だったようですが、いつかわれわれ一般のリスナーが聴くチャンスは訪れるのでしょうか?

DH:ミホはほんとうにすばらしいミュージシャンだよ! 最後に会ったのはもう2年近く前だから、また彼女と一緒に演奏したい。彼女に電話して、あのカセットのことを聞いてみようかな。いつかちゃんとリリースできたら嬉しいからね。ミホと俺は、ニューヨークの即興/ジャズ界のミュージシャンのネットワークを通じて知り合った。俺の記憶が正しければ、ふたりとも大規模なアンサンブルの即興コンサートに招待されたんだけど、そのときに意気投合して、その大人数のバンドのなかでも、ふたりのあいだにおもしろい瞬間があった。その後、彼女は俺のバンドであるメリー・プランクスターズと一緒に何度かライヴに参加してくれた。俺と彼女は即興演奏にたいするアプローチがとても似ているから、その後も一緒に音楽をつくろうと思ったのは自然な流れだったね。

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俺にとってこの2枚のレコードは、ある瞬間の記録であり、イメージであると同時に、それらはつねに未完成であり、人びとがこの2枚を聴き、俺たちがこの2枚に収録されている曲を演奏し、探求していくなかで、この音楽は生き続け、変化していく。(ハリントン)

前作『Psychic』は高い評価を得ました。今回、それがプレッシャーになることはありましたか?

DH:俺が(ニコラスと)ふたたび一緒に音楽をつくりはじめ、『Spiral』の制作に取り組んだのは、ニコと一緒に音楽をつくりたいと思ったからだった。またふたりで音楽をやりはじめたら楽しくて、刺戟的で、作曲のプロセスは自然に勢いを増していった。俺たちは音楽制作を、内側から外側へとおこなっている。そして俺は個人的には、音楽がつくられているときには、なるべく、いま現在のその瞬間をたいせつにしたいと思っている。いろいろと外部要因について考えすぎても気が散漫してしまうから、その音楽でその瞬間に起こっていることに集中するほうが気分的にも良い感じがする。だからつねにそういう姿勢でいたいと思っているんだ。

NJ:俺たちはプレッシャーを感じていたとは思うけど、なにかをつくりたいなら、そういうプレッシャーのことはまったく気にしないほうがいいってことをわかっていたんだ。

制作はどういうプロセスで進められるのでしょう? 今回はふたりでニュージャージーはフレミントンのスタジオにこもったそうですが、役割分担のようなものはあるのでしょうか?

DH:今回はじつは、ニュージャージー州に家を借りてそこに滞在していて、そこに小さな、持ち運び可能なレコーディング機材を設置していたんだ。家で料理したり、裏庭に座って話をしたりしながら仕事をするのは素敵だった。俺たちの役割としては、歌うのはいつもニコで、ギターを弾くのはいつも俺だけど、それ以外はふたりともその瞬間の感じによってなんでもやるよ。

NJ:制作プロセスはすごく楽しかった。デイヴと一緒に音楽をつくっていく過程がすごく楽しいんだよ。デイヴと一緒にいると、音楽制作は独自の世界なんだと感じる。アルバムのアートワークに写っているオーブみたいな。その世界のなかでは、独自の方法ですべてが屈折されたり、維持されたりする。デイヴと一緒に音楽をつくっていると、俺はすぐべつの世界に迷いこむ。それは喜びであり、俺自身の仕事からの休暇でもあるんだ。

録音時期は2018年とのことですが、今作をつくるにあたりインスパイアされたものはありますか? 音楽でも、音楽以外のもの/出来事でも。

DH:インスピレイションは、ふたりが「一緒にジャムをしたい」「また一緒に音楽をつくりたい」という想いからはじまり、そこからすべてが流れていった。

“The Limit” は前作収録曲 “Golden Arrow” にたいする自分たち自身からの応答のようにも聞こえます。そのような意識はありましたか?

NJ:それはなかったね :) でも、そういうふうに捉えてくれてすごく嬉しい :)) !

今回の新作『Spiral』と前作『Psychic』との最大のちがいはどこにあると思いますか?

DH:俺はこの2枚のレコードのなかに存在していて、そのときの感情がどんなものであるかを知っている。レコーディング過程の記憶やイメージもあるし、俺たちがそのとき、どんな世界にいて、どんな生活をしていたのかということを覚えているから、これについて話すのは難しい。俺にはちがいや対照というものは見えないし、類似点も見られない。俺にとってこの2枚のレコードは、ある瞬間の記録であり、イメージであると同時に、それらはつねに未完成であり、人びとがこの2枚を聴き、俺たちがこの2枚に収録されている曲を演奏し、探求していくなかで、この音楽は生き続け、変化していくものだと考えている。

NJ:『Psychic』のときの俺たちはもっと野心的な心境にあった。『Spiral』においては、俺たちの原動力は野心からくるべきじゃないと考えていた。俺たちは鏡をのぞいて正直にならなければいけなかった。ごまかしなどいっさいせずに。でも俺たちは未来を見据えることもできなかった。すべては、現在という瞬間に感じる直感を原動力にするのが狙いだった。

“Lawmaker” のリリックは、奇しくも2020年以降のパンデミック下における政治を連想させます。録音時は、どのような状況をイメージしてリリックを書いていたのですか?

NJ:たしかにこの曲の歌詞は、いまとなっては奇妙な響きがあるよね。でも俺たちはアルバムのすべてを2018年に作曲したんだ。俺たちが語ろうとしていたのは、ある種の人間(男性)についての物語で、俺たちはそういう人間から成長して卒業したいと思っている。つまり、周囲の人たちにたいして規則や条件を課すような人間のこと。人びとを癒すのではなく、締めつけるような法律の社会に生きている人間。その法律は、共感や思いやり、あるいは愛と呼ばれるものを生み出すのではなく、分離や孤立を主な目的としている。

俺たちが抜け出そうとしている軸は、野心、キャリア、お金、仕事かもしれない。それ以前には、宗教や君主制が、多くの物事が動く軸になっていたようだ。俺たちの世界にとって次なる軸とはなんだと思う?(ジャー)

アルバム・タイトルの『Spiral』にはどのような意味がこめられているのでしょう?

NJ:『Spiral』という名前は、俺たちの新曲に使われている言葉なんだ。これがその歌詞だよ──「もしそれが螺旋を巻いたら、方向に関係なく、きみの顔をそこに見た(And If It Went Into A Spiral, Regardless Of Direction, There I Saw Your Face)」。これは最愛のひとの顔について歌っている。地面の位置が不明瞭でも、そのひとの顔は正しいほうを向いている、ということ。螺旋は、俺たちの時代の状況をあらわしていて、それは自分のなかへと入っていく動き(そこにはナルシシズムの意味合いももちろんある)。だけど、もっとポジティヴな意味合いとして、物事を複数の視点から見るという可能性でもあり、螺旋は軸のまわりに沿った複数の視点を提供してくれる。その軸はまだ定義されていない。俺たちが抜け出そうとしている軸は、野心、キャリア、お金、仕事かもしれない。それ以前には、宗教や君主制が、多くの物事が動く軸になっていたようだ。俺たちの世界にとって次なる軸とはなんだと思う?

報道によれば、ニューヨーク州ではワクチン接種率が70%に達したため、ほぼすべての制限が解除されたそうですね。日本は政府がほぼなにも有効なことをしないため、まだまだパンデミックの真っ最中です。にもかかわらず一ヶ月後にはオリンピックが強行開催される予定になっています。『Spiral』のリリース日は、ちょうど開会式の日にあたります。そんな状況でこのアルバムを聴くリスナーにメッセージをお願いします。

DH:世の中には、俺たちの音楽を聴くという選択をしてくれるひとたちがいることを知って、いつも謙虚な気持ちになる。俺たちがつくった音楽が、どんな小さな形であれ、だれかの人生の一部になれるということは、とても光栄なことだと思う。このような形で俺たちと時間を共有してくれるすべてのひとたちに感謝しています。

NJ:日本の現状(2021年7月8日現在)を見ると、日本ではまだひどい緊急事態の状況なんだね。オリンピックは、他の多くの団体と同様に、「通常通りの営業」を継続することを第一に考える、金目的の団体だ。俺たちが生きているこの時代では奇妙なことが起こっていて、世界の一部では通常の生活に戻りつつある一方で、他の地域では危機が残酷な形で進行している。これはとても重要なことで、俺たちはオリンピックを見ながら、このことについて考えなくてはいけないと思う。俺たちは、豊かで、主に「西洋」の国々の視点からでは、この世界をほんとうに見たり理解することはできないのだと。

R.I.P. Biz Markie - ele-king

 ヒップホップ・シーンの中でも唯一無二なユーモアあふれるキャラクターで、多くのファンから愛されていたラッパー、Biz Markie (本名:Marcel Theo Hall)が7月16日、メリーランド州ボルチモアの病院にて亡くなった。享年57歳。妻である Tara Hall に看取られながら、息を引き取ったという。
 死因は発表されていないが、一部では糖尿病による合併症と報じられている。Biz Markie は2010年に2型糖尿病と診断され、昨年には糖尿病治療の入院中に脳卒中になり、一時は昏睡状態になっていたとも伝えられていた。その後、意識は回復していたものの闘病生活は続き、今年7月頭には Biz Markie が亡くなったという噂がインターネット上で広まり、代理人が否定のコメントを発表するという騒ぎも起きていた。

 1964年にニューヨーク・ハーレムにて生まれ、その後、ロングアイランドにて育ったという Biz Markie。ちなみに同じくラッパーの Diamond Shell は彼の実兄であり、Biz Markie のバックDJを務めていた Cool V は彼の従兄弟にあたる。
 10代半ばからラップをはじめた Biz Markie は80年代初期にはハウス・パーティや学校のパーティにてマイクを握り、徐々に活躍の場を広げていき、その後、クイーンズを拠点とするロデューサー/DJの Marley Marl 率いる Juice Crew の正式メンバーとなる。Juice Crew 加入当初は当時、人気アーティストであった MC Shan や Roxanne Shante のライヴのサポート・メンバーとしてステージに立ち、ヒューマンビートボックスを披露。1986年にリリースされた Roxanne Shante のシングル「The Def Fresh Crew/Biz Beat」にも Biz Markie のヒューマンビートボックスが使用されており、このシングルは彼にとって最初のリリース作品となった。
 Biz Markie 自身がデビューを飾ったのが、同じく1986年にリリースされた 1st シングル「Make The Music With Your Mouth, Biz」で、Marley Marl がプロデュースを務めているが、Biz Markie 自身も曲の制作に深く関わっており、お得意のヒューマンビートボックスも披露している。また、このシングルも含めて、Biz Markie の初期の作品のリリックのいくつかを彼の盟友でもある Big Daddy Kane が手がけていたこともファンの間では有名な話だろう(Biz Markie が曲のテーマやコンセプトを伝えて、それを Big Daddy Kane がリリックにしていた)。
 1988年には 1st アルバム『Goin' Off』、翌年には 2nd アルバム『The Biz Never Sleeps』をリリースし、この 2nd アルバムからシングルカットされた “Just A Friend” はビルボードの総合シングル・チャートで最高9位に入るなど、Biz Markie 自身にとっても最大のヒット曲になった。一方、1991年にリリースされた 3rd アルバム『I Need a Haircut』では、収録曲 “Alone Again” における Gilbert O'Sullivan (ギルバート・オサリヴァン)の楽曲からのサンプリングが著作権侵害にあたるとして訴えられ、アルバムは一時販売停止に。これまでヒップホップ作品のサンプリングに関してはグレーゾーンの扱いであったが、この件以降、メジャー・レーベルではサンプリングに関して著作権所有者に事前に確認することが一般化していくことになる。
 心機一転を図った、1993年リリースの 4th アルバム『All Samples Cleared!』(このタイトルも最高!)からは、ディスコ時代の大ヒット曲である McFadden & Whitehead “Ain't No Stoppin' Us Now” をバックにヘタウマな歌を炸裂させた “Let Me Turn You On” が大ヒットして、Biz Markie の健在っぷりを強く印象づけた。そして、2003年には結果的にラスト・アルバムとなってしまった『Weekend Warrior』を発表している。

 その愛されるキャラクターによって、広く音楽シーンから支持されていた Biz Markie は様々なアーティストの作品にフィーチャリングされており、同じ Juice Crew の Big Daddy Kane や Kool G Rap & DJ Polo を筆頭に、Beastie Boys、De La Soul、Beatnuts、Princ Paul、Cut Chemist といったヒップホップ勢に加えて、Usher や Nick Cannon といったR&Bシンガーの作品にもゲスト参加。さらに1997年にリリースされた The Rolling Stones のシングル「Anybody Seen My Baby」にて、前出の 1st シングル「Make The Music With Your Mouth, Biz」のカップリング曲 “One Two” がサンプリングされたことも大きなニュースとなった。さらに彼のキャラクターは音楽シーンを飛び越えて、人気子供番組『Yo Gabba Gabba!』への出演でも話題を呼び、映画『Men In Black II』ではヒューマンビートボックスをする宇宙人役での出演も果たしている。

 最後に日本との繋がりを記して終わりたい。日本にも数多くのファンを持つ Biz Markie だが、90年代半ばにはすでに初来日を果たしており、その後、ライヴやDJなどで何度も日本を訪れている。2015年にはヒップホップ・フェス《SOUL CAMP》に出演し、その2年後の2017年の来日公演が最後となった。さらに日本のヒップホップ・シーンからも人気の高かった彼は、テイ・トウワ(TOWA TEI)、dj honda、DJ HASEBE、NIGO といった日本人プロデューサー/DJの作品にもゲスト参加している。

 “Make The Music With Your Mouth, Biz”、“Just A Friend”、“Let Me Turn You On” 以外にも “Nobody Beats the Biz”、“Vapors”、“Spring Again” といった数々のヒップホップ・クラシックを残し、さらに “Picking Boogers” や “Toilet Stool Rap” のようないままでのヒップホップの楽曲にはなかったユーモアあふれる歌詞の世界観でヒップホップの可能性を広げてきた Biz Markie。これからも彼の楽曲は愛され続けるであろうし、誰も Biz Markie を倒すことはできない。

Eli Keszler - ele-king

 初めてイーライ・ケスラーの音楽を聴いたとき、全身に稲妻のような衝撃が走ったことを今でもよく覚えている。全く新しいタイプのドラマーだと思った。あまりにも斬新で、攻撃的かつ快楽的なサウンドだと感じた。あれは2010年に〈ESPディスク〉からリリースされた『Oxtirn』だっただろうか。あるいはその2年後の2012年に〈PAN〉から出た『Catching Net』を先に聴いたのかもしれない、ともかく散弾銃のように無数の小さな音の礫が降り注ぐ聴覚体験は実に新鮮なものだった。かつて1960年代にやはり〈ESPディスク〉からリリースされたアルバート・アイラーの傑作『Spiritual Unity』にも参加しているドラマーのサニー・マレイは、定型ビートを刻むのではなく五月雨のようにシンバルをひたすら叩くことで装飾的なノイズを生み出す革新的なパルス奏法を確立したが、粒子状の打撃音を過剰なまでに高速で散りばめていくケスラーの奏法は約半世紀の時を経てこうしたパルス奏法を異次元へと押し上げたと言ってもいいだろう。すなわちケスラーは稀代のドラマー/パーカッショニストなのであり、しかしながら驚くべきことに、彼がこのたび〈LuckyMe〉からリリースした最新作『Icons』では、こうした卓越した打楽器奏者としての側面は極限まで削ぎ落とされ、抑制され、ほとんど自己主張することのない音楽へと結実している。これは一体どういうことなのか。

 新作の内実に踏み込む前に、まずはその経歴をあらためて振り返っておきたい。イーライ・ケスラーは1983年に米国マサチューセッツ州ボストン近郊のブルックラインでユダヤ系の家庭のもとに生まれた。母はプロのダンサー、父は医療機器の販売業者だったがアマチュアのミュージシャンでもあり、独学でギターやヴァイオリンなどを演奏していたという。8歳の頃よりドラムの演奏を始め、11歳の頃には作曲にも取り組み始めたケスラーは、10代の頃はロック/ハードコア系のバンドを組んでいたそうだが、他方ではジャズや実験音楽にも親しみ、とりわけエルヴィン・ジョーンズのような偉人のパフォーマンスを目の当たりにした体験がその後の人生を左右することになる。「このレベルで演奏したい」*──そう思ったケスラーは並々ならぬ執念で勉強に打ち込み、セシル・テイラーをはじめ数多くの先進的なジャズ・ミュージシャンを輩出したことでも知られるニューイングランド音楽院へと進学。ピアニストのアンソニー・コールマンとラン・ブレイクらに師事し、ドラマー/パーカッショニストとして修練を積むとともに作曲などを学んだ。卒業後はロードアイランド州プロビデンスで音楽活動を始め、のちにニューヨークへと拠点を移すこととなる。2006年に自ら〈R.E.L〉というレーベルを立ち上げると、自身のリーダー作や参加ユニット作をはじめ盟友の多楽器奏者/作曲家アシュリー・ポールらの作品を発表。自主レーベルを除くと、同じく親交の深いアーティスト/音楽家ジェフ・マレンが運営する〈Rare Youth〉から2008年にソロ作『Livingston』をリリースしており、続く作品が2010年の『Oxtirn』だった──のちに「Oxtirn」はケスラー、ポール、マレンのトリオ・プロジェクト名として使用されるようになる。

 先に音楽活動と書いたが、ケスラーの活動は音楽にとどまらず多岐にわたっていることも見逃せない。ヴィジュアル・アーティストとしてアブストラクトなドローイングを数多く発表、ほぼ全てのリーダー作でアルバム・アートワークを手がけているほか、サウンド・アーティストとしてインスタレーション作品も多数制作しているのだ。サウンド・アーティストとしての彼の特徴はなんといっても細く長いワイヤーである──そう書くとアルヴィン・ルシエが1977年に発表した《Music on a Long Thin Wire》を想起される方もおられるかもしれないが、ワイヤーの微細な振動をピックアップしてスピーカーから流すことで一種のフィードバック回路を形成するルシエの作品とはコンセプトが大きく異なり、ケスラーの場合は多数のワイヤーをそれぞれに設置された金属製の棒が打ちつけ、それによって生じた打撃音が空間へと共振していくところにポイントがある。たとえば2011年にボストン芸術センターで発表された《Cold Pin》は、壁面に無数のピアノ線を設置し、モーターによって回転する金属製の棒が打ちつけることによって巨大なピアノを内部奏法するかのような低く鈍い音響を生み出していく。同年にルイジアナ州の旧ポンプ場に設置した《Collecting Basin》はスケールの大きな作品で、約6~60メートルのピアノ線を巨大な給水塔から周囲に張り巡らし、やはり同様の原理で金属製の棒を打ちつけて深い残響音を伴うサウンドを発生させる。他にも多数のインスタレーション作品を手がけており、特に近年はワイヤーを使用しない展示もおこなっているほか、ヴィジュアル・アートとグラフィック・スコアとライヴ・パフォーマンスとサウンド・インスタレーションが渾然一体となった試みもあるため詳細は別稿に譲るが、いずれにしてもこうした展示活動のもっとも核にある基本的なコンセプトは彼自身の言を借りるならば「特定の目的のために使用されている空間から、他の可能性を導き出すこと」**と言い表すことができるだろう。

2011年にボストン芸術センターで披露されたインスタレーション作品《Cold Pin》の映像。

 なかでも特筆すべきは《Cold Pin》である。実は《Cold Pin》はもともと単独のインスタレーション作品であるだけでなく、アンサンブル作品の一部としても機能するように構想/制作されていた。そしてケスラー、ポール、マレンのほかトランペットのグレッグ・ケリーとファゴットのルーベン・ソン、チェロのベンジャミン・ネルソンが参加したセクステット編成でインスタレーションとともにライヴ・パフォーマンスをおこない、その模様が2011年に〈PAN〉から『Cold Pin』として音盤化されたのだ。そこへさらに弦楽四重奏とピアノがインスタレーションとともにケスラーの作曲作品を演奏するヴァージョン、また《Cold Pin》と《Collecting Basin》のインスタレーションのみの録音などを加えた2枚組のアルバムが2012年の傑作『Catching Net』なのである。冒頭で述べたようにとにかくケスラーのドラミングに圧倒されてしまうのだが、いまあらためて聴き返すと極めてコンセプチュアルに構成されたサウンド・デザインの方が耳を引く。というのも、高速連打するケスラーのドラミングの背後で、管弦楽とギターがインスタレーションの自動演奏と共振しながら非常に緩やかに動く抑制されたドローンを形成しているのだ。もしもここからケスラーの音を取り除くならば、あたかもリダクショニズムの戦略を取った即興演奏あるいはヴァンデルヴァイザー楽派の作曲作品とも近しい響きになるのではないだろうか。客演しているグレッグ・ケリーが1990年代後半からゼロ年代にかけていわゆる弱音系即興のシーンでも活動してきた人物であることを考えるなら、ケスラーはおそらくこうした文脈を踏まえた上で作品制作に取り組んでいたはずだ。それはパラダイム・シフトを経た即興音楽を「超高速とほとんど静止しているかのような遅さの両方で発生する動きに惹かれる」***と語るケスラー流の美学によって昇華しようとした試みだったとも言える。そして振り返るなら『Oxtirn』もやはり、多重録音されたケスラーの激烈な演奏に比して客演しているアシュリー・ポールのクラリネット等は静的なドローンを形成しており、美学的に一貫した部分があると指摘することもできる。

 だが2006年から2012年まで毎年リーダー作を出してきたケスラーは、2013年以降、しばらくソロ・アルバムの制作という点では沈黙を続けるようになる。もちろん音楽活動や展示活動は精力的に継続しており、アルバムも2014年にオーレン・アンバーチとのデュオ作『Alps』はリリースしている。とはいえ『Catching Net』に続くリーダー作はなかなか発表されなかったのだ。この間の事情についてケスラーは「一つの理由は私にとってレコードとは何かということを考えていたからです(……)私はレコードというフォーマットを、ある種の閉ざされた空間としてイメージし始めました──聴くことで生まれる環境を利用して、あなたが入ることのできる閉ざされた世界を定義するのです。私は(次のレコードを)何か他のものと関連させたくありませんでした。私のインスタレーションのように、自己完結したものにしたかった」****と述べているが、たしかに『Catching Net』は初期の代表作と言ってよいものの録音作品としてのみ完結しているわけではなく、サイト・スペシフィックなインスタレーションやパフォーマンスが音盤の外部に広がっていたのだった。いわば録音芸術としてのアルバム制作へと向かうための方途を考えて続けていたのだろう。もう一つ。ケスラーが『Catching Net』をリリースした〈PAN〉はドイツ・ベルリンを拠点とするレーベルだが、主宰者であるビル・コーリガスとの縁もあって、ケスラーはヨーロッパのクラブで頻繁にライヴをおこなうようになっていた。強力なサウンドシステムでダンスフロアを揺さぶるという特異な空間でのパフォーマンスの経験も彼に大きな影響を与えた。あるいはダンスフロアに向けた演奏経験が、自己完結した録音芸術としてのアルバム制作へと赴く契機となったのかもしれない。

 2016年、およそ4年の空白期間を経て発表されたリーダー作『Last Signs of Speed』は、これまでと大きく異なる作風へと変貌を遂げていた。長尺のトラックが特徴的だった以前の作品とは打って変わり、5分前後の短い楽曲を多数収録した作品に仕上がっていたのだ。もちろんそれだけではない。即興色の強い実験的な──すなわち結果が不確定的な演奏がノイジーでカオティックな展開を生んでいたそれまでの作風に対し、明らかに演奏の中に周期性が、ミニマルな反復構造がもたらされるようになっていたのである。目眩く差異の産出から繰り返しが孕むズレの摘出へ。さらに重低音を効かせたキックやタム、あるいはグロッケンシュピールやピアノのフレーズの使用からは、クラブ・ミュージックの突然変異体のような様相も聴かせる。いわばケスラーの音楽の「音楽化」が進められたのだが、しかしながらまだアブストラクトなドラミングは健在だった。その後、知られるようにローレル・ヘイロー『Dust』(2017年)やワンオートリックス・ポイント・ネヴァー『Age Of』(2018年)への参加、さらにこの両者のライヴ・セットでの活動を経て、2018年にリリースした『Stadium』ではより一層「音楽化」が推し進められることとなる。サウス・ブルックリンからマンハッタンへと拠点を移したことが反映されているというこのアルバムでは、穏やかなメロディがグルーヴィーなベースラインに乗せられ、曲によってはフィールド・レコーディングや囁くようなポエトリー・リーディングを織り交ぜながら、洗練されたエレクトロ=アコースティック・ミュージックとでも言うべき内容に結実している。ケスラーのドラミングは複雑でアブストラクトな打点を散りばめながらも反復構造のうちにビート感を創出していく演奏で、人力ドラムンベースのような技巧性を聴かせるところもあった。

 最新作『Icons』は、さまざまな点で前作『Stadium』における試みを継承/深化した作品だとひとまずは言うことができる。一聴してまずわかるのは、卓越したドラマー/パーカッショニストとしてのケスラーの演奏がほとんど後景に退いているということだ。それはこれまで見てきたように『Catching Net』まではアルバムの大部分を占めてきた異次元のパルス奏法が、クラブでの演奏経験や電子音楽家たちとのコラボレーションを経て「音楽化」へと向かうことで、徐々に録音芸術を手がけるうえで必ずしも前面に打ち出すべき手段ではなくなってきたということでもあるのだろう。ただし具体的に重要な変化だと思われるのは、『Stadium』をリリースした後のケスラーがセンサリー・パーカッションとタングドラムを積極的に使用するようになっていったということである。センサリー・パーカッションはドラムを演奏する際の打撃の位置や強さ/速さなどに応じて電子音響を非常に精密にコントロールしながら鳴らすことができる機材で、かたやタングドラムは水琴窟のような音色で音階を奏でることのできる楽器だが、こういった道具を取り入れることによってメロディやベースライン、ハーモニーといった音楽的要素をあくまでも打楽器をツールとしたままこれまで以上にバラエティに富んだ形で生み出すことを可能にした。結果的に本盤はドラマー/パーカッショニストのリーダー作とは思えないような繊細なサウンド・デザインが施された録音芸術としてまとめられている。唯一従来のケスラーらしいパルス奏法が5曲目の “Rot Summer Smoothes” では聴けるが、むしろ箏のような音色で奏でられる民族音楽風のメロディが醸すインパクトの強さの方が前面に出ている。あるいはギター・シンセでネイト・ボイスが客演した3曲目 “The Accident” では技巧的な人力ドラムンベース風の演奏を披露しているものの、ケスラー特有のランダムノイズのようなドラミングという観点から聴くならばむしろ妙技を封印していると言うこともできる。

昨年配信されたライヴの映像。センサリー・パーカッションとタングドラムを使用している。

 しかしながらこうした表面的な特徴以上に『Icons』をユニークな作品に仕立て上げているのは、やはりフィールド・レコーディングの多用である。ケスラーによれば本盤はコロナ禍でロックダウンが実施された2020年3月以降に主な制作が進められたという。まるで廃墟のように不気味に静まり返ったマンハッタンに彼は留まり、街中に繰り出しては街路や公園で環境音のレコーディング作業をおこなっていった。そのときの印象は次のような言葉で綴られている。

(……)救急車、抗議活動、ヘリコプターなどの激しい状態から、美しくて奇妙な、穏やかな静寂のような状態まで、街が揺れ動いているように見えた。僕はそこで、何か奇妙で美しいことが起こっていると思ったんだ。*****

 そう、単に人間の気配が失われたロックダウン下の音環境に興味を覚えただけではなく、非常事態における喧騒と静寂の相反するサウンドスケープの同居に「何か奇妙で美しいことが起こっている」と感じたというのだ。そこには5月にジョージ・フロイドが殺害されたことに端を発するBLM運動の怒りの響きも混ざり合っていたことだろう。そしてこうした相反するものが同居することによる混沌とした状況を聴き取ろうとする彼の感性は、先に引用した「超高速とほとんど静止しているかのような遅さの両方で発生する動きに惹かれる」という美学的態度と相通ずるものがある。だがそれは同時に次の問題も孕んでいたはずだ。かつて「特定の目的のために使用されている空間から、他の可能性を導き出すこと」をひとつの核としてインスタレーションの制作をおこなっていた彼にとって、未曾有のパンデミックに覆われて機能不全に陥った都市空間をどのように捉え直すことができるのか、という問題である。もはやマンハッタンはインスタレーションを設置しなくとも従来と同じような意味では特定の目的のために使用されることがなくなってしまった。街路も公園も不要不急の人間が存在していてはならない空間となった。ではインスタレーションも意味を失ったのだろうか。そうではない。むしろコロナ禍で空間はこれまでとは異なる新たな目的に資するように強固に方向づけられてしまったのだ。不要不急の人間が存在することのできない空間には自由もオルタナティヴな可能性もあり得ない。それは他の可能性を覆い隠す動きでさえある。

 そのように考えるならば、マンハッタンで録り溜めたフィールド・レコーディングをアルバム制作に使用したことは、録音された空間の響きから「他の可能性を導き出す」ためのひとつの手段だったと言うこともできるだろう。だがケスラーは単にロックダウン下のマンハッタンの音環境を使用するだけではなく、東京・渋谷の富ヶ谷公園やウクライナ・キエフのペチェールシク大修道院、またはクロアチア・ムリェト島のオデュッセウス洞窟、さらには中国・深圳の華強北電気街など、2019年以降に録音してきた世界各国のサウンドスケープを使用しているのだ。そしてアルバムでは子供の掛け声や教会での合唱、鳥の鳴き声、流れる水の響き、親子の会話など音源が判別できるサウンドがある一方で、大部分は具体的に録音された場所や状況を特定することが困難なノイズとなっている。それはパーカッションの即物的な響きとほとんど渾然一体となっていると言ってもいい。限りない加速と静止に近い緩慢さの両端から発生する音に美学を見出すケスラーにしてみれば、ここにはさまざまな時間感覚で流れる空間のサウンドスケープが何層にも折り畳まれていると言うこともできるのではないか。そしてそれらのフィールド・レコーディングを取り巻くように楽器演奏によるビートがもたらす音楽的な時間もまた流れている。ビートという点では『Icons』は全体的に実に緩やかで、ダウナーな印象さえもたらすミニマルでアンビエントな音楽だ。そのためともすると低速方向に振り切っているように聴こえるかもしれないが、おそらく本盤はケスラーのこれまでの作品のなかでももっとも豊富な種類の時間感覚が多層的に織り込まれたアルバムとなっていることだろう。

 『Icons』が醸し出すダウナーな雰囲気は、マンハッタンで孤立した状態で制作していたことと無関係ではないはずである。これはケスラーに限らず多くのミュージシャンにも言えることだが、一時的にせよライヴ・スペースが閉鎖されることで他者とコミュニケーションを取るためのフィジカルな空間を失うと、必然的に内省の時間が増えるものだ。そのことがどのぐらい深く関わっているのかは定かではないものの、少なくとも本盤はケスラーにとって極めてプライベートなアルバムでもある。収録楽曲中もっとも異色と言うべき4曲目の “Daily Life” で、旧ソ連出身の文化批評家でケスラーの妻でもあるアンナ・カチヤンが客演しているからだ。女声のポエトリー・リーディングが続くこの楽曲で、ケスラーのドラム演奏は靄のようにくぐもった響きの中に沈んでおり、ほとんどミュジーク・コンクレートと化した音楽内容は続く5曲目がケスラー流のパルス的ドラミングが聴かれる “Rot Summer Smoothes” であることも相まってより一層際立っている。そのセンスはやはり単なるドラマー/パーカッショニストではなく、より広くアーティスト/コンポーザーと呼ぶべきものだ。そして実はケスラー自身、自らを「ドラマーだとは思っていない」と明言したことさえあるのだった。『Stadium』のリリース後、まだパンデミックが到来するとは誰もが予想だにしなかった2019年のインタヴューで彼は次のように語っている。

 正直なところ、私は自分のことを第一にドラマーだとは思っていません。コンポーザーでありアーティストだと思っていて、ドラムは演奏するときに使う楽器なんです。ドラムを演奏しなければならないという義務感もありません。そのおかげで、必ずしもドラマーとしての役割に囚われることなく演奏することができるようになったと思います。つまり、ドラマーとしての役割を果たすことはあるにせよ、ドラムという楽器の遺産に参加しなければならないという義務感はありませんし、それは最初から私のアティテュードだと思っています。******

 ケスラーが卓越したドラマー/パーカッショニストであることは疑いない。それはジョー・マクフィーとのデュオ作『Ithaca』(2012年)やジョン・ブッチャーとのデュオ作『First Meeting - #8』(2021年)など、フリー・ジャズ/フリー・インプロヴィゼーションの世界で活躍する即興演奏家とのセッションにもはっきりと刻まれている。だが同時に、彼は最終的にドラマーであることを目的として活動しているわけではないのだ。それはこうも言い換えられるだろう。すなわちドラムを用いた表現から、あらかじめ決められた目的とは異なる別の可能性を導き出すかのようにして音楽を紡ぎ出しているのだと。その結果コロナ禍で生まれ落ちたひとつの録音芸術がマルチプルな速度が埋め込まれた『Icons』なのである。そしてケスラーが、フリー・ジャズやサウンド・アート、現代音楽、あるいは電子音楽やアンビエント・ミュージックなど、さまざまなジャンルとの関わりを持ちながら、そのどこにも完全には属すことがないということも同様のアティテュードのもとにある。彼にとってこうした諸々のジャンルと関わることは、そのジャンルの正統性に奉仕するためではなく、あくまでも創作活動におけるひとつの手段として、あらかじめ定められた目的とは異なる別の可能性を見出すために降り立つ場所としてあるのだろう。そして楽器にしてもジャンルにしても、革新者というのはいつもこのようにまるで別の文脈からトリックスターのようにやってきて、あらぬ方向へと飛び去るときにはこれまでにない地殻変動をもたらしてしまっているものなのだ。


* Marc Masters "How Playing Drums in Clubs Helped Eli Keszler Make His New Album" Vice, 1st December 2016. https://www.vice.com/en/article/9avzvd/eli-keszler-last-signs-of-speed-feature-interview
** Steph Kretowicz "Turning the Manhattan Bridge into a piano" Dazed & Confused, 8th October 2013. https://www.dazeddigital.com/music/article/17491/1/turning-the-manhattan-bridge-into-a-piano
*** Michael Barron "Space, Speed, Stasis" Frieze, 10th February 2017. https://www.frieze.com/article/space-speed-stasis
**** Marc Masters "How Playing Drums in Clubs Helped Eli Keszler Make His New Album".
***** 『Icons』プレスリリースより。
****** "An Interview with Eli Keszler" Sunhouse, 30th August 2019. https://sunhou.se/blog/eli-keszler-interview/

interview with Ravi Coltrane - ele-king

 ジョン・コルトレーンの夫人にして、自らもピアニスト/オルガン奏者/ハープ奏者として活動したアリス・コルトレーン。ジョンの生前最後のバンド・メンバー及びコラボレーターで、1967年の死別後はソロ活動に転じ、〈インパルス〉や〈ワーナー〉などに数々の作品を残している。1970年代にはファラオ・サンダースやジョー・ヘンダーソンらと共演し、『プター・ジ・エル・ドード』(1970年)、『ジャーニー・イン・サッチダナンダ』(1971年)、『ユニヴァーサル・コンシャスネス』(1971年)など、現在のスピリチュアル・ジャズの源流となるような作品をリリースする。スピリチュアル・ジャズやフリー・ジャズと言っても、彼女の場合はインドの思想や音楽に影響を受けたメディテーショナルなサウンドが特徴で、一方『ジ・エレメンツ』(1974年)や『エタニティ』(1976年)ではエキセントリックな電化ジャズ・ファンクを見せ、1980年代以降の作品は宗教色やゴスペル色が強まり、ニューエイジ・ミュージックやヒーリング・ミュージックとして捉えられるものも少なくない。後進のミュージシャンにも多大な影響を与えてきたが、そうした後進にはジョンとの息子であるサックス奏者のラヴィ・コルトレーンがおり、そのはとこにあたるフライング・ロータスもアリスの影響を受けた血縁者のひとりである。

 2007年に没するアリス・コルトレーンだが、生前の彼女は演奏活動以外ではヒンディー教に入信し、教育活動にも力を注いできた。1980年代は商業音楽から身を引き、教育や礼拝で使う音楽をプライヴェートで制作している。1982年に自主制作で発表した『トゥリヤ・シングス』もそうした作品で、オルガン演奏のほかに彼女の初めての歌声も聴くことができる貴重な録音だ。今年は〈インパルス〉の創立60周年を記念し、アリスの〈インパルス〉時代のアルバムが次々とリイシューされていくが、それと同時にこの『トゥリヤ・シングス』が新たに『キルタン~トゥリヤ・シングス』として蘇る。この初CD化に際してラヴィ・コルトレーンが企画に関与し、新たにミックスとマスタリングを施したものとなっているそうだ。そこにはある理由が存在するのだが、ラヴィ自身にその理由や『トゥリヤ・シングス』にまつわる話、さらにアリスとの思い出などを尋ねた。


リリースのタイミングがいまこの時期だったというのは、偶然なのかどうかわからないけど、世界がこの音楽を聴くタイミングはいまなんじゃないか、と思うんだ……。みんなをひとつにし、世の中を悩ませる物事に癒しをもたらすのではないかと思っている。

この度アリス・コルトレーンが1982年にカセット・テープで発表した『トゥリヤ・シングス』が、『キルタン~トゥリヤ・シングス』として初CD化されます。当時アリスは商業的な音楽活動から身を引き、東洋思想に傾倒して宗教音楽や音楽教育に力を注いでいたのですが、このテープも音楽教育の一環として彼女の生徒たちに配るために作られたものでした。今回CD化をおこなうに至った経緯についてお聞かせください。あなたも参加したアリスの生前最後の作品『トランスリニア・ライト』(2004年)の制作中に、この音源が再発掘されたそうですが。

ラヴィ・コルトレーン(Ravi Coltrane、以下RC):そうだね、母が当時メジャー・レーベルの契約の責務を離れて、あらゆる意味でメジャーな音楽シーンから遠ざかって、スピリチュアルな道に突き進んでいた(註1)、という君の見解は正しい。母は1960年代も1970年代もスピリチュアルな方向性に動いていたんだけど、1980年代には完全にスピリチュアル方面に従事していたようだね。当時の彼女が作っていた音楽は、そのスピリチュアルなコミュニティに向けてのみ制作していたようだ。『トゥリヤ・シングス』は特に彼女のアシュラム(註2)のメンバーに向けてのものだった。カセットのみのリリースで、商業的なリリースではなかったんだ。そうした音楽は教育のものでもあったけど、彼女の生徒たちとコミュニティを高揚させるものでもあった。

註1:スピリチュアルについてはさまざまな意味があるが、そのなかに霊的なものや精神世界があり、現代では占星術やヒーリング、ヨガなどの分野から、カルト宗教やオカルト世界においても用いられる。アメリカでスピリチュアルに関する顕著な例として、1960年代から1970年代にかけて大きなうねりを生んだニューエイジ・ムーヴメントがあげられる。人間性の解放を謳うニューエイジ・ムーヴメントは、反戦運動やヒッピー・カルチャーといった当時の世相や風潮とも結びつきを見せ、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーが提唱したインドの瞑想思想とコミットして精神世界へ足を踏み入れていった芸術家や作家、知識人がいた。著名なところでザ・ビートルズ、シンガー・ソングライターのジョン・デンバー、女優のシャーリー・マクレーン、アップル創業者のスティーヴ・ジョブスなどがいるが、アリス・コルトレーンも時代的にこうしたニューエイジ・ムーヴメントの影響を受けたひとりだった。
註2:ヒンドゥー教における山間の僧院のことで、この場合はヨガなどのセミナーをおこなっていたと考えられる。

 1970年代の母は年に数回に渡りインドへ旅をしていて、年によっては数回以上訪れたこともあった。そして行くと数週間滞在していたものだ。ヒンドゥー教などを学び、スピリチュアル・グル(註3)やアドヴァイザーなどを探し求めていた。伝統的なヒンディー語の曲や歌を学んだりしていくにつれて、自分でもその手の音楽の作曲をするようになった。サンスクリット語や古代のヒンディー語の言葉で歌われるような楽曲を作るようになったんだ。『トゥリヤ・シングス』というタイトルになったのは、20年以上の音楽キャリアを積んできた母が初めて自分の声をスタジオでレコーディングしたからなんだ(註4)。母はかなり若いときから音楽活動をしていて、1958年の後半から1959年にパリでしばらく活動をしたりした。そうしていろいろなキャリアを重ねていったから、この手の新しいタイプの音楽を作るという風になったときでも、もうすでにそれに対する準備は整っていたんだ。

註3:グルはサンスクリット語で師や指導者を指し、ヒンディー教における精神修養の先生を意味する。アリス・コルトレーンはグルのひとりであるサティヤ・サイ・ババに師事している。
註4:トゥリヤとはアリス・コルトレーンのヒンディー教の改宗名であるトゥリヤサンギータナンダを由来とする。

 オリジナルの『トゥリヤ・シングス』を初めて聴いたときのことを覚えているよ。レコーディングがおこなわれた1981年、僕はまだ16歳だった。母の声をレコーディングとして聴いたことがなかったので、ものすごくパワフルな声で母が実際に歌っているということに驚いた。非常にユニークで豊かなアルトの音域だった。母がもともとリリースしたオリジナルの『トゥリヤ・シングス』は好きだったけど、2004年にいままでに聴いたことのなかったあるミックスを発見したんだ。オリジナルの『トゥリヤ・シングス』では聴くことがなかった録音を発見したんだよね。1982年のオリジナル版には重ね録りしたパートがたくさん入っているけど、2004年に発見したものは1982年ヴァージョンの元になったと思われる音源で、母の歌と自身でウーリッツァー(註5)を伴奏した録音が入っていただけのものだったんだ。ほとんどファースト・テイクで、修正などはほぼ入っていない作品だった。それに母はストリングスやシンセサイザーのアレンジ、嵐や風の効果音を付け足して1982年にリリースしたんだ。

註5:楽器メーカーのウーリッツァー社はエレクトリック・ピアノ、オルガン、シンセサイザーなど様々な鍵盤楽器を製作していたが、アリス・コルトレーンはセンチュラ・プロフェッショナル・オルガン・ウィズ・オービット・III・シンセサイザーというアナログ・シンセ内蔵オルガンの1971年製805型を愛用していた。

 その歌とオルガンだけの元の音源を聴いたときに、僕はそれにいたく感動した。彼女のヴォーカルとウーリッツアーのパフォーマンスの深みのある感覚を体感できたんだ。いままで重ね録りをしていたことで聴くことができなかった細部がクリアに見えてきた。
 そうして2004~2005年ぐらいからいままでずっと気になっていた音源だったんだ。できることなら重ね録りの部分が入っていない、アリスの歌と伴奏のみのこの最初のヴァージョンをリリースしたいと思っていた。これらのパフォーマンスには慈愛が感じられたんだよね。

これを聴くと僕は当時のみんなで集まる日曜日の礼拝に戻ることができる。母はオルガンの前で演奏し、このような歌をみんなで歌いはじめる。より直接的に、パーソナルな形で音楽と繋がる方法だと思ったんだよね。

今回のCD化にあたってはウーリッツァーと歌声のみにフォーカスし、なるべく最初のテイクに近づけたミックスやマスタリングがおこなわれているそうですね。

RC:もともと『トゥリヤ・シングス』は1982年に個人的にリリースされたものだったけど、インターネットの普及によってシェアされたりして人の手に渡ってきた。そうしたこともあって、アリス・コルトレーンのファンはこの1982年ヴァージョンをすでに知っていると思う。多くの人たちはオリジナル・リリースのファンでもあり、この1982年のヴァージョンもみんな大好きなんだよね。
 でも、僕が聴いてみて思ったのは、2004年に発見したファースト・テイクのオルガンとアリスの声だけのほうが、アリスの本当の世界を体験できるんじゃないかなということなんだ。実際に1980年代当時の母が演奏しながら先導するキルタンの礼拝に出るとこういう感じのものだったよ。場合によっては20~30名ほどの人びとが部屋のなかにいて、母がオルガンの前で演奏するという感じのものだった。当初はできればこのファースト・テイクを世に出したいと思っていたのだけれど、残念ながらそれはただのミックス・テープで、CDとしてきちんとリリースできるような録音状態ではなかった。
 そうするなかで昨年に1982年版のマスター・テープ(1981年の録音時の24トラック・マスター)が見つかって、それを元にファースト・テイクに近づけるように編集することを思いついた。僕もリモートでミックスとマスタリング作業に立ち会って、こうして今回リリースする『キルタン~トゥリヤ・シングス』はファースト・テイクに近い形で歌とオルガンにフォーカスしたものになったんだ。これを聴くと僕は当時のみんなで集まる日曜日の礼拝に戻ることができる。母はオルガンの前で演奏し、このような歌をみんなで歌いはじめる。より直接的に、パーソナルな形で音楽と繋がる方法だと思ったんだよね。

企画者、プロデューサーとして、いま『キルタン~トゥリヤ・シングス』を再リリースする意味についてお聞かせください。

RC:タイミングが全てだと思っている。物事というものは、それぞれが持つ適切なタイミングでおこなわれなければならないと思っている。『キルタン~トゥリヤ・シングス』は2004年とか、2005年とかにリリースされてもよかった。2010年、もしくは2015年にリリースされてもよかった。でも2020年、僕たちは地球上に住むうえでもっとも大変な時期をいま迎えていて、2021年も僕らはまだヒーリングを求めている。この惑星上ではヒーリングに対してのニーズが高まっているんだ。高い意識と人としての強いコネクションをみんな求めている。人類はひとつのファミリーとして、お互いを認識するようになっている。このような音楽は人びとをまとめてくれて、人びとのスピリットを高揚させると思う。リリースのタイミングがいまこの時期だったというのは、偶然なのかどうかわからないけど、世界がこの音楽を聴くタイミングはいまなんじゃないか、と思うんだ……。みんなをひとつにし、世の中を悩ませる物事に癒しをもたらすのではないかと思っている。

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最新のものはつねに取り入れていた。テクノロジーの変化が彼女のスピリチュアルな人生への探求心と結びついて、音楽的な変遷や変化をもたらしたんじゃないかな。そして、変化とは局所的なものではなく、全てのものが有機的に移り変わっていったという感じだね。

今回のタイトルに用いた「キルタン」とは音楽に合わせて神の名前を唱えながら祈りを捧げるという、一種の「歌うヨガ」を指しているそうですね。あなた自身はこの作品についてどのように理解していますか?

RC:僕はこのCDは宗教音楽だとは思っていない。これはスピリチュアル・ミュージック(註6)、ディヴォーショナル(祈りの)・ミュージックだと思っている。ひとつの宗教教義を歌っているものではないと思っているし、全ての神聖な音楽を表わすユニヴァーサルなものだと思っている。この音楽を表現するとしたら、そういった言葉がいちばん適切だと思うんだ。献身的な愛というテーマを通して心と繋がる、スピリットと繋げてくれるものだし、この音楽はどこか優美で、幸福に満ちて、喜びに溢れている感じがする。母はこの音楽をサウンド・オブ・ピース(平和の音)、サウンド・オブ・ラヴ(愛の音)、サウンド・オブ・ライフ(生命の歌)と表現していた。幸福のサウンドとも言っていた。これらの音楽を聴いて瞑想していても、一緒にチャントをしていても、スピリットを高揚させてくれるものなんだよね。意識を引き上げてくれるんだ。それがこの音楽が作用するものだと思う。

註6:スピリチュアル・ミュージックはいろいろな解釈ができるが、たとえばヒーリング・ミュージック(癒しのための音楽)もそのひとつと言える。

オリジナル・カセットをリリースした〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉はアリスが設立した出版会社だったのですか? ほかにも『ディヴァイン・ソングス』『インフィナイト・チャンツ』などいくつか作品をリリースしていますね。

RC:そうだね、あれは彼女の作品をリリースしていくひとつのルートだった。そして、これは商業的な目的ではなく、個人的に使っていくために作られたもの。彼女のスピリチュアル・レコーディングがほとんどで、ほとんどの作品はカセットで録音されていた。チャント(註:サンスクリット語の歌や詠唱を指すと思われる)やそれらの翻訳を載せたブックレットが添えてあったんだけど、〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉はそうしたものの出版もおこなっていた。母はそのほかに本を2冊書いていて、1冊は『モニュメント・エターナル』、もう1冊は『エンドレス・ウィズダム』といって、2冊とも〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉から出版されている。

この作品がリリースされた1982年、あなたはまだハイ・スクールの学生だったのですが、当時のアリスの状況や本作について覚えていることはありますか? 1982年はあなたの兄であるジョン・コルトレーン・ジュニアが交通事故で亡くなった年でもあり、家族にとっていろいろ辛いことがあったかと思いますが。

RC:そうだね、そうした意味では家族にとってとても辛い1年だった。ジョンが突然車の事故で亡くなってしまうというのは、僕らも全く予想していなかったことで、本当にショックだった。でも母の力によって僕らは乗り越えることができ、先を進むことができたんだ。とても大変な時期であったけど、母は自分の夫の死ともうすでに向かい合っていた。3人の子供の父親を亡くして、そのころにはもう自分の母親と父親もすでに亡くしていた。人生のこういった移り変わりは避けられないものなんだ。もちろん家族にはなるべく長く周りにはいて欲しいと思うものだけど、神がそのときだと決めたら、そのときはくるんだ。そして、そうした不幸が訪れても、母のスピリチュアルな道への信念と鍛錬が彼女へ必要な力を与えてくれ、残っている子供たちがしっかりと支え合って生きていくことを可能にしてくれた。それは彼女自身が自分の内面に向かい合ったことによって可能になった。音楽というものがつねに癒しにつながっていたと思うし、スピリチュアルな目標みたいなものも癒しになっていたと思う。

1967年のジョン・コルトレーンとの死別後、アリスは心の探求からヒンディー教に傾倒し、1978年にトゥリヤサンギータナンダに改名しました。1975年にカリフォルニアでインド哲学のヴェーダーンタ学派のセンターを設立するなど、音楽、宗教、哲学、教育を繋ぐ役割を担う存在だったのですが、こうしたアリスの活動についてはいかが思われますか?

RC:1967年当時、僕はまだ2歳だった。父が亡くなり、母はスピリチュアルなものに目覚めた頃だったけど、とても幼くて何が起こっていたのか自身でも理解していなかった。そして僕ら家族が1971年にカリフォルニアに移り住んだ当時、僕はやっと6歳になった。でも振り返ると、その1967年から1971年の間、母はあらゆることを体験していたんじゃないかな。彼女自身のスピリチュアルな目覚めに気づき、神へ自分を捧げていくという決意、そして自分の子供たちを育てていきながら生きていくという責任、そのふたつを両立させていくということの確信を得ていたんだと思う。
まわりの友だちの母親と比べて、母はとてもユニークな存在だった。友だちが家に訪ねてくると、僕たち家族の様子を見て「これは何の宗教?」って訊かれるんだ(笑)。「一体何が起こっているの?」って(笑)。子供のころはそういった質問に答えられなかったのを覚えている。でも、それが僕らのママだったし、彼女の歩んだ道筋は驚くべきものではあったけど、思いやりのある母親で、愛情をたっぷりと注いでくれたよ。僕らの面倒もよくみてくれたし、必要なものは全て与えてくれた。一緒に遊んでもくれた。「かけっこしようよ」って言うと、スニーカーを履いて一緒に走ってくれたり。とても早かったよ。僕ら全員を抜くぐらい早かった。馬も飼っていて、馬に乗ってレースをしたりもした。映画館や遊園地にも連れてってくれていた。普通の親がやってくれることは全てやってくれていた。同時に母はとてもユニークなアヴァンギャルドな音楽を作って、国中をツアーして、音楽を演奏していた。スピリチュアルな道のため、インドへも旅行していた。色々な肩書きを持っていて、フルタイムで仕事をしていたよ。とてもユニークな人生を歩んでいたと思う。

彼女にとって、音楽というものは仕事としてやっているものではないんだ。何かの波長みたいなものと繋がって演奏するものだから、タイミングが合わないとその波長とは繋がることができない。

演奏家としてのアリスに関して話を伺います。もともとジャズ・ピアニストとしてスタートし、ジョン・コルトレーンのグループでも演奏してきたわけですが、1968年以降のソロ活動ではハープ奏者としての印象も強いです。ほかにもオルガンやシンセサイザーを演奏し、作曲やアレンジを含めたトータルでのサウンド・クリエイター的な側面を見せる彼女ですが、サックス奏者であるあなたから見て、彼女はどんなミュージシャンだったと思いますか?

RC:うん、そうだね、君の言うとおり母はいろいろやっていたね。僕にとっては、母の存在はそうした全ての活動に携わった音楽家だった。ミュージシャンとしてフルに活動していたよ。毎日家でも母の音楽は聴いていたし……。コンサートとかにも同行して一緒に行っていたよ。自分のコンサートに子供たちを連れていっていたんだ。コンサートのバック・ステージの記憶は結構ある。「演奏が終わるまで静かに待っていてね! コンサートは90分で終わるから、それまでふざけたり、遊び回ったりするのはダメよ! 終わったら帰ってくるから」って言われて(笑)。それが僕のいちばん古い母の思い出だよ。とにかく音楽には没頭していた。スタジオにもコンサート会場にも一緒に行ったね。
 僕が中学のときに最初にクラリネットをプレイしはじめたときも、基本的に母が僕の先生だった。母は仕事や自分のやっていることに対して、つねに熱心に取り組んでいた。最も崇高な形で自分の音楽、クリエイティヴィティを表現することに情熱を注いでいた。素晴らしいミュージシャンだったよ。

1970年代前半のアリスは、ファラオ・サンダース、ジョー・ヘンダーソン、カルロス・サンタナなどいろいろなミュージシャンと共演し、宇宙をテーマにした独特の世界観を持つ音楽を作りました。一般的にスピリチュアル・ジャズと呼ばれるこれら作品は後世にも多大な影響を及ぼし、あなたの親戚のフライング・ロータスもその影響を受けたひとりかと思います。一方、1980年代以降のアリスの作品はニューエイジ・ミュージックやヒーリング・ミュージックにカテゴライズされるものが多く、ゴスペルや宗教色が強いです。こうした彼女の変遷についてはどのようにとらえていますか?

RC:母の音楽の変遷に限らないけど、後になって分析して、スタイルやジャンル分けしたりするのは簡単なことだ。これはそう、あれはそうじゃないと言うのは楽だ。でも、その渦中にいるものからすれば、自分のスタイルが変わったという風には思わないんだよ。進化として捉えている。成長、前進としてみている。母もそうだったんじゃないかな。
 母は新しいテクノロジーに関しても、つねに目を向けていたので、70年代に多くのアナログ・シンセサイザーが出てきたとき、そういった楽器に対しても興味を持っていたんだ。そういうサウンドを追求したりしていた。そういった意味では、最新のものはつねに取り入れていた。テクノロジーの変化が彼女のスピリチュアルな人生への探求心と結びついて、音楽的な変遷や変化をもたらしたんじゃないかな。そして、変化とは局所的なものではなく、全てのものが有機的に移り変わっていったという感じだね。「今度はこのスタイルでやって、こうやって変えて」という意識でやっていたわけではないと思うんだ。そういう感じではなかった。自然な成り行きのなかでの前進だったと思う。ひとつのロジカルなステップがまた次のロジカルなステップに導いてくれる感じだね。

フライング・ロータスは子どものころ毎週アリスのもとを訪れていたそうですが、彼もこの作品を聴いていたのでしょうか?

RC:はとこのスティーヴ(フライング・ロータス)は、母の姉妹の孫なんだよね。母とその姉妹、つまり僕から見て叔母のマリリンはとても仲が良かった。スティーヴのお母さんのタミーはマリリンの娘で、僕の従姉妹にあたるんだ。タミーと僕の姉は1日違いで生まれたんだよ。1960年の10月にね。タミーは僕にとって従姉妹というよりも、姉のような存在だったけどね。カリフォルニアですごく近くに住んでいて、一緒に育ったような感じ。もともと母の一族のほとんどがデトロイトに住んでいたんだけど、叔母のマリリンは子供たち二人、タミーとメルヴィンを連れてロサンゼルスに移り住んだんだ。その後すぐ1971年に母もカリフォルニアに移り住んだ。だからマリリンたちと僕ら家族はとても近しい関係だったんだ。
 スティーヴが生まれたときも覚えている。ひとつの大きな家族のようなものだったね。スティーヴは母とも時間をいっぱい過ごしていたし、年上の従兄弟たちともいっぱい時間を過ごしていた。僕とか僕の兄弟、姉などと時間を過ごすことも多かった。彼はとても才能のある人だよ。ずっと才能があったと思う。

『トランスリニア・ライト』での共演などを通して、あなた自身はアリスから直接的に学んだことはありますか?

RC:(苦笑)音楽というものにはタイミングがあり、そのタイミングで作らなければならない、ということを学んだね。そのときが来たらレコーディングをしなければならない、ということを学んだ。タイミングが合わないときはレコーディングはおこなわない、ということもね(笑)。『トランスリイア・ライト』に関わった当時の僕は、24時間いつでもレコーディングできるようにスタジオを借りていたんだ。僕自身はスタジオに毎日8~9時間いることに慣れていたからね。何か作業して、休憩を取って、また戻って作業をする、というのを繰り返していた。スタジオを完全に朝から晩まで貸し切り状態で予約するんだけど、母は午後にやってきて1、2曲弾いたら、「今日はこれでいいわ」って言って帰ってしまうんだ。「ママ、まだ2時間しかやってないよ。スタジオは1日中借りているんだけど」って僕が言うと、「今日の分はこれでいいわ。充分録れたから。明日また戻ってきてやるわ」って言うんだ。
 彼女にとって、音楽というものは仕事としてやっているものではないんだ。何かの波長みたいなものと繋がって演奏するものだから、タイミングが合わないとその波長とは繋がることができない。そのタイミングが合わないと、「今日はここでおしまい。明日また戻ってやろう」ということになるんだ。言うなれば、辛抱強く待つことを覚える感じかな。身体とスピリットがもっとも繋がる瞬間を待ち、その瞬間に起こるべきことが促されるように根を張り、瞬間を待つことかな。例えばほとんどのジャズ・ミュージシャンは朝に演奏をしたがらない。朝に音楽を演奏するのがとても奇妙な感じがするんだ(笑)。夜に演奏するほうがとても自然に感じられるし、そういった時間帯のイヴェントのほうが身体に馴染んでいる。朝起きて、食事も何回かとって、太陽が落ちて、また違う時間帯になって、完全に違うエネルギーが流れている。だから、母の言うことはよくわかる。スタジオのなかでも同じようなことが起きるんだ。その音楽を作る適切な時間を作らなければならない。そのタイミングが来ないときは、もうその日は待ってもダメなんだ。

〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉のほかの作品について先述しましたが、今後もアリスの音源の再発や未発表音源の発掘などの計画はありますか?

RC:母は存命中にたくさんの音源を残してきた。〈アヴェイター・ブック・インスティチュート〉をやっていた期間はレコード会社には所属していなくて、〈インパルス〉やその親会社の〈ABC〉との契約も切れ、〈ワーナー〉との契約も切れていた。でも、音楽はずっと作り続けていたんだ。1980年代は完全にスピリチュアルのコミュニティに向けての音楽のみを制作していた。レコーディングもずっと続けていた。レコーディングした音源はいっぱいあるんだよね。適切な時期が来たらリリースしたいとは思っているんだ。

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アリス・コルトレーン入門のための10枚

選・文:小川充

1. John Coltrane, Alice Coltrane / Cosmic Music
Coltrane Recording Corporation (1968) → Impulse! (1969)


※ジャケは〈インパルス〉盤

ジョン・コルトレーンの死の翌年に発表された作品で、彼が生前に録音した2曲と死後にアリス・コルトレーンが録音した2曲を収録。ファラオ・サンダース、ラシード・アリらコルトレーン・グループ最終期のメンバーも参加。タイトルどおり宇宙をテーマに掲げ、それを曼荼羅になぞらえたインド密教や古代エジプトの宇宙観に彩られる。音楽的にはフリー・ジャズと形容できるが、“The Sun” におけるアリスのピアノの深遠で孤独な美しさは筆舌に尽くしがたい。

2. Alice Coltrane / Huntington Ashram Monastery
Impulse! (1969)

アリスがハープの演奏をはじめたのはジョン・コルトレーンの死後に放ったソロ第1作の『A Monastic』(1968年)からで、第2弾となる本作ではラシード・アリ、ロン・カーターとのトリオ編成で、レコードのA面でハープ、B面でピアノをメインにフィーチャーした構成。全体的にモード奏法に則った演奏で、トリオというシンプルな編成だからこそ万華鏡のように煌めくハープの演奏が際立つ。ヒンディー教の改宗名となる “Turiya” や “Ashram” “Jaya Jaya Rama” など、ヒンディーやサンスクリット語のタイトルやワードが用いられのはこのアルバムからで、彼女がインドの精神世界に没入していく様子がうかがえる。

3. Alice Coltrane featuring Pharoah Sanders and Joe Henderson / Ptah, The El Daoud
Impulse! (1970)

ジョン・コルトレーン後継者の最右翼だったファラオ・サンダース、それに並ぶ存在のジョー・ヘンダーソンというサックス奏者2名を迎えたアルバムで、ステレオの右チャンネルにファラオ、左チャンネルにジョー・ヘンを配した録音となっている。インド哲学やヒンディー教への帰依を示す “Turiya & Ramakrishna” がある一方、ジャケットのデザインや “Blue Nile” のように古代エジプト文明をモチーフとする曲もある。その “Blue Nile” は神秘的なハープとフルートに導かれるモーダルなスピリチュアル・ジャズの傑作。

4. Alice Coltrane featuring Pharoah Sanders / Journey In Satchidananda
Impulse! (1971)

前作に続いてファラオ・サンダースと組み、ラシード・アリ、セシル・マクビーという強力なリズム・セクションを擁した〈インパルス〉時代の最高傑作。ビート詩人のアレン・ギンズバーグも師事していたインテグラル・ヨガのグル、スワミ・サッチダナンダとの交流に触発されて作った作品で、タンブーラなどインドの古典楽器も交えた演奏がおこなわれる。特に表題曲でのハープとタンブーラによるラーガを取り入れた演奏は、アリスによるスピリチュアル・ジャズとインド音楽の交わるひとつの到達点と言える。

5. Alice Coltrane With Strings / World Galaxy
Impulse! (1972)

大規模なストリングス・セクションとの共演で、アリスはピアノ、オルガン、ハープ、タンブーラ、パーカッションなどをマルチに演奏するほか、オーケストラ・アレンジもおこなっている。自作曲も演奏するが、ジョン・コルトレーンの代表曲の “A Love Supreme” と彼の定番演奏曲であった “My Favorite Things” もやっている。その “My Favorite Things” では前半のオルガンを中心としたサイケデリックで混沌とした演奏から、後半の壮大なストリングスに彩られた世界へと昇華していく様がドラマティック。

6. Joe Henderson featuring Alice Coltrane / The Elements
Milestone (1974)

ジョー・ヘンダーソンとの再共演で、アリスはピアノ、ハープ、タンブーラなどを演奏。周りをチャーリー・ヘイデン、マイケル・ホワイト、レオン・ンドゥグ・チャンクラー、ケネス・ナッシュら猛者が固め、火・空気・水・土という世界の物質を構成する四元素から名付けられた4曲を収録。土着的なアフロ・ジャズの “Fire” やドープなジャズ・ファンクの “Earth” などはジョー・ヘンのカラーが強い作品で、アリスにとってはある意味で異色作とも言えるが、彼女の参加作の中でもっともブラック・ジャズ、スピリチュアル・ジャズ色の強い作品でもある。“Air” はアリスならではのインド音楽とフリー・ジャズのエクスペリメンタルな邂逅と言える。

7. Devadip Carlos Santana & Turiya Alice Coltrane / Illuminations
Columbia (1974)

ラテン・ロック・バンドのサンタナのリーダーであるカルロス・サンタナとの共演作。ジャズ勢とのコラボをいろいろ行うカルロス・サンタナだが、ジョン・コルトレーンの熱烈なファンでもあり、その未亡人のアリスとの共演が実現した。サンタナのメンバーのほか、ジャック・ディジョネットやデイヴ・ホランドなどマイルス・デイヴィスのグループで活躍してきた面々が参加。カルロス・サンタナはアリスについて「至高で独創的な音楽家」、「自身にとってストラヴィンスキーやレナード・バーンスタインのような存在」と高く評価しており、彼女のスピリチュアルな啓示がカルロスの精神を高みへと導き、彼の作品中でもっとも信仰心に満ちたアルバムとなった。“Angel Of Air” や “Angel Of Water” など、ストリングスを用いた壮大で高揚感に満ちた世界が展開される。

8. Alice Coltrane / Eternity
Waner Bros. (1976)

〈インパルス〉から〈ワーナー〉へ移籍しての第1作で、チャーリー・ヘイデン、ジェローム・リチャードソン、ヒューバート・ロウズ、サンタナのアルマンド・ペラザらと共演。時代的にはジャズのフュージョン化が進んでいた時期で、アリスの音楽にもさまざまなスタイルとの融合が見られる。そのひとつがエキセントリックな電化ジャズ・ファンクの “Los Caballos” で、パーカッシヴなラテン・リズムとアナログ・シンセ内蔵オルガンが入り乱れた演奏は圧巻。アリスのアグレッシヴさが表われた貴重な録音と言えよう。“Spiritual Eternal” や “Spring Rounds From Rite Of Spring” における映画音楽のようなスケールの大きいオーケストレーション・アレンジも光る。“Om Supreme” はゴスペルとソフト・ロックが出会ったような不思議な混声コーラスを聴かせる。

9. Alice Coltrane / Transcendence
Waner Bros. (1977)

以前のジャズ・ミュージシャンたちとのセッションから打って変わり、インドの伝統楽器の演奏者、ストリングス、コーラス隊を交えるほかは管楽器、リズム・セクションなどが入らない異色の編成で、アリスも鍵盤類やハープ、タンブーラなどを多重録音する。アリスのマルチ・クリエイター、トータルなサウンド・プロデューサーぶりが発揮された作品であり、インド音楽へのさらなる傾倒が伺える。ニューエイジ・ミュージックやヒーリング・ミュージックへ進む分岐点となったアルバムだ。ハンドクラップとコーラスで綴る “Sivaya” はインド風ゴスペルと言うべきか。

10. Alice Coltrane / Translinear Light
Impulse! (2004)

2007年に没したアリスにとって生前最後の録音となったアルバム。息子のラヴィ・コルトレーンがプロデュースとテナー・サックスなどの演奏で参加し、さらに弟のオーラン・コルトレーンもアルト・サックスを演奏する。ほかにチャーリー・ヘイデンやジャック・ディジョネットなど長年に渡る共演者も参加。“Blue Nile” や “Jagadishwar” など自身の代表曲の再演のほか、“Walk With Me” や “This Train” などゴスペルや民謡も演奏する。表題曲や “Blue Nile” などに見られるように全体的にモーダルな演奏で、ラヴィの演奏も父、ジョン・コルトレーンを彷彿とさせる。アリスとしては1960年代の原点の時代に立ち返ったような作品集と言えよう。

interview with 食品まつり a.k.a foodman - ele-king

 早口である。食品まつりはとにかく早口である。同じ副詞を繰り返しながら異なる内容に切り替わっていくしゃべりはさながらジュークにも等しい。ジュークみたいにしゃべるからジュークをつくるようになったのか。それともジュークをやっているうちに話し方もジュークみたいになったのか。副詞を多用せず、主語と述語の結びつきをもう少し明確にすれば黒柳徹子のようなしゃべり方になるのかもしれないけれど、そのようにする必要は感じられない。黒柳徹子のようにしゃべると音楽性が変わってしまう気がするということもあるけれど、慌てたようにしゃべり、人と話をするときに焦りがちな食品まつりが、今回のように「やすらぎ」というコンセプトを掲げることには自然と説得力を感じるからである。ジュークなのに「やすらぎ」。このような矛盾した命題をクリアーしていく、その特異な音楽性。あるいは変革の予感。そして、何よりも食品まつりはいま、日本のアンダーグラウンドから世界に向けて独自の音楽的ヴィジョンを発信し、日本からオリジナルな音楽が生まれるという実績を積み重ねている最中なので、黒柳徹子にかまけているヒマはないのである。サン・アロウのレーベルからリリースされた『ARU OTOKO NO DENSETSU』から2年10ヶ月、〈ハイパーダブ〉から新作をリリースした食品まつりに換気のいい部屋で話を訊いた。

コロナになって、ライヴもあまりできなくなって〔……〕深い意味もなくて、アジフライをSNSにアップしたりして、そういう日常の楽しみの比重が大きくなってきたというかな。身の回りの楽しみというか。

チャレンジャーですよねー。

食品まつり(以下、食まつ):そう言っていただけると。

真価がわかるのは2~3年後かなという気がするぐらい、戸惑いもあります。

食まつ:ああ、そんな。

こんなに変えちゃうものかなという……思い切りが良すぎて。

食まつ:はい。

これは制作期間は? 『ARU OTOKO NO DENSETSU』が終わってから?

食まつ:そうですね。『ARU OTOKO』が終わって、制作をはじめたのが去年の7月ぐらいからなんですけど、だいたい1ヶ月ちょいぐらい。

早いんですね。『EZ MINZOKU』はコンセプトを決めてつくり込んだもので、『ARU OTOKO』は何も決めないで思いつくままにつくったということでしたけど、今回は?

食まつ:今回はコンセプトがあって、まず音的な面は、自分が20代前半にギターとパーカッションで友だちと名古屋の路上で演奏していた時期がけっこうあったんですけど、友だちがギターをじゃかじゃか鳴らして、僕がそれに合わせてパーカッションというか、小さなタイコを合わすみたいな。そんな感じでやっていて、たまに自作の曲もやったりして、あんま考えもナシに路上で遊んでただけなんですけど、お酒を飲みながらやっているとセッションみたいになって、パカパカやってると通りすがりの酔っ払いも入ってきたりして。

(笑)。

食まつ:それが楽しかったという記憶があって。そんな大して上手くもないんですけど、やっているうちにトランス感が産まれる気がして。

トランスということは、人が聞いてるとかじゃなくて……

食まつ:自分たちがただ楽しくなって。上昇していく感じになって。それが面白いなって。で、これを打ち込みでやったら面白いんじゃないかなというアイディアはけっこう前からあったんです。そういうのがボンヤリとあって。それがひとつ。で、コロナになって、ライヴもあまりできなくなって、最初はちょくちょく名古屋のクラブには遊びに行っていたんですけど、そういう機会もなくなって。

うん。

食まつ:で、家の周りとかしか行くところがなくなって、自分は名古屋の外れに住んでるんですけど、その辺をうろうろしてたら、高速道路の入口があって、パーキング・エリアに裏から入れるというのを発見したんですね。「裏から入れるじゃん」と思ってパって入って、で、食堂があったんで、ちょっと入ってみようと思って、なんとなく頼んだのがアジフライで……

あー、ツイッターであげまくってましたね。

食まつ:「アジフライ、美味しい」ってなって、そこからハマっちゃって。週5ぐらいの勢いでパーキング・エリアに行っちゃって。

週5(笑)。

食まつ:そう。で、まあ、深い意味もなくて、アジフライをSNSにアップしたりして、そういう日常の楽しみの比重が大きくなってきたというかな。身の回りの楽しみというか。

今回のアルバムで意識したのは全曲同じように聞こえるということなんですよ。〔……〕自分の好きなアルバムというのは、似た感じの曲が並んでるのが多いなというのがあって。ベーシック・チャンネルとか。

なるほどコロナの影響なんですね。

食まつ:そうですね。そっから入っていって、そんなことやってるうちに、やっぱアルバムをつくんなきゃいけないなってなって。なんとなくボンヤリと自分の中で2~3年に1枚つくんなきゃいけないかなというのがあって。

けっこう空きましたもんね。

食まつ:そうなんですよ。それでパーカッションとギターのアイディアと、今回、いろいろと日常で経験した楽しいことを合わせた感じは面白いかなって。

20代前半に感じたことを振り返るというノスタルジーではなく?

食まつ:そうですね。ギターとパーカッションを使うということだけ決めて。

確かに “Yasuragi” “Shiboritate” “Parking Area” “Minsyuku” といったあたりはギターありきの曲だと思いました。

食まつ:そうですね、ギターのじゃかじゃかした感じやパキパキした感じで。

自分で弾いて?

食まつ:いや、プラグ・インとサンプリングを分解して組み替える、みたいな。自分ではぜんぜん弾けないので(笑)。押尾コータロー、ヤバいなとかも思ってたりしたので。バカテクの。

全部、リズム・ギターですよね。リズム・ギターに対する強い関心が?

食まつ:そうですね。まさにリズム・ギターですね。

『ARU OTOKO』がすごくいいと思っていたので、最初は「え?」と思ったんですけど……

食まつ:(笑)。

一番違うのはなんだろうと思ったら、メロディがなくなってるんですね。シンセが入ってなくて、そのせいなのか、シュールな感じがしないと思ったんですよ。『ARU OTOKO』にあった凄みがなくなって、即物的になってるんだと。音だけが置かれていて、精神的な部分を膨らませる気がないなって(笑)。

食まつ:かもしれないですね。音自体はフィーリングでつくってるだけだったんですけど、今回のアルバムで意識したのは全曲同じように聞こえるということなんですよ。

全部同じ? そうだったかなあ(笑)。

食まつ:そういうイメージだったんですよ(笑)。

自分ではそうなんだ? “Sanbashi” はまったく違うと思うけど。

食まつ:ああ、あれはそうですね(笑)。自分の好きなアルバムというのは、似た感じの曲が並んでるのが多いなというのがあって。ベーシック・チャンネルとか。大体、似た感じじゃないですか。

一堂:(笑)

パラノイアックにやりたいんだ?

食まつ:今回は統一感を持たせたくて。『ARU OTOKO』がいろんな世界に行ってたんで、つくってる期間も今回は短めだったし、夏だったので、汗かきながらいろんな場所に行って集中してつくっていたということもあるのかなって。記憶としては曲をつくってるというより汗だくになって自転車で走ってるという記憶の方が残ってるんですよ。めちゃくちゃ日焼けして。曲つくってるのに、肌が黒いっていう。

一堂:(爆笑)

食まつ:「どういうこと?」っていう。

いいじゃないですか(笑)。

食まつ:体も引き締まってきて(笑)。つくりながら面白いなって思ってて。

コロナっぽくないですねー。

食まつ:そうですね。健康的になって。

僕は、今回はコンセプトがあるとしたら日本の伝統的なリズムをテーマにしたのかなと思ったんですよ。

食まつ:それに関してはなんも考えてなくて。

そうなんだー。“Michi No Eki” がお経を読むときのリズムに聞こえたり、“Numachi” はまた三三七拍子やってるなーとか、“Food Court” は聴くたびに印象が変わるんだけど、チンドン屋っぽく聞こえたりね、〈ハイパーダブ〉からリリースするにあたって日本のリズムを海外のリスナーに意識させてやろうと考えたのかなって。

食まつ:無意識に出たのかもしれないですけど、手癖というか、自分がよく使うパターンというか、あと、けっこう、間(ま)を意識したところはあったかもしれないです。

日本のリスナーよりもイギリスの人にはどう聞こえるのか興味あるというか。

食まつ:ああ、確かに。

コロナで困ってるミュージシャンは多いと思うんですけど、ユーチューブで楽器の弾き方や解説をはじめた人がたくさんいて、そのなかでロサンジェルスに住んでる日本人のジャズ・ドラマーの人が日本のリズムについて解説していた動画あったんですよ。

食まつ:はい。

いろんな国から来てる人たちと演奏する機会が多いから、みんな自分の国のリズムについて話すのに自分だけ日本のリズムがわかっていなかったと。悩んじゃったらしいんですよ、「お前の国のリズムは?」と訊かれて。

食まつ:なるほど。

それで、その人が見つけたのが千葉県のお寺でお経を読んでいる動画で、言われてみるとヘンなリズムなんですね。カカッカッカッ……みたいな。

一堂:(笑)

確かに面白いリズムなんですよ。西洋のリズムではないしね。食品さんもジュークから入って、洋楽のリズムでスタートを切ってるわけだから、日本のリズムを意識すると、今回の作品みたいになるのかなあと思って。

食まつ:ああ。そう言われるとそんな気もして来ますねえ。

でも、意識的ではなかったんですね。

食まつ:そうですね。日本のビートを意識したのは三三七拍子だけでした。つーか、あんまり意識してしまうと、そのままになってしまうというか。

パラパラとか阿波踊り的な。そこが日本的だなって。上半身だけで踊る感じ。

食まつ:そうかもしれないですね。

ベースを入れないせいもあると思うんだけど、そのことにはアンビヴァレンツな感情もあるんですけど(笑)。

食まつ:このアルバムをつくる前にUKの CAFE OTO っていうヴェニューがあって、ロックダウンで困っているミュージシャンを救済する意味もあるんですけど、そこがやってる〈タクロク〉というレーベルから去年、僕も「SHIKAKU」というEPを出していて。それがちょっと今回のアルバムの青写真的な意味もあって、カクカクとしたビートをつくりたいというコンセプトで。全体にカクカクしてて(笑)。それをつくったことがアルバムに影響してるなあと自分でも思うんですけど。

うん。「ODOODO」みたいなEPとはぜんぜん違いますよね。よくこんなにつくり分けられるなって。

食まつ:あれは〈マッド・ディセント〉から出てるし、もうちょい広い層に聞いてもらいたいなというものなので。あんまりやってなかったような曲もやってみたりして。ハウスとか。実験で。

そうでしたね。

食まつ:いままで聞いてなかった人からも「よかったよ」って声かけられたんですよ。

広がりがあったんだ。最後に入ってた “Colosseum” というのは何かのサンプリングなんですか。あのメロディは個人的にツボだったので。

食まつ:あれはサンプルを細かく切って並べる感じです。

ああ。じゃあ、ああいうメロディの曲があるわけじゃないんだ。

食まつ:そうですね。

でも、今回は『YASURAGI LAND』から完全にメロディをなくすと。それは初めから決めてたんですね。

食まつ:あんまり意識してなかったですけど、言われてみると確かにメロディはあんまりないか……

まったくないですよ。意識していないなんてスゴいなー。

食まつ:言われてみるとそうですね。

一堂:(笑)

食まつ:自転車で走ってたのが必死だったという記憶の方が濃くて。

一堂:(笑)

そうかもしれないけど、最後に家でトラック・ダウンとかするわけですよね。そのときに物足りないとは思わなかったと。

食まつ:そうですよね(笑)。

満足してるんですよね(笑)。

食まつ:そうすね(笑)。

一堂:(笑)

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「休んで下さい」という感じですね。座敷とかで寝転んでお茶でも飲んで……みたいな。

タイトルが「やすらぎ」じゃないですか。いま、脳内物質はドーパミンじゃなくてオキシトシン志向だというトレンドというか、傾向がありますけど……

食まつ:いや、なんか、「やすらぎランド」とかありそうじゃないですか。地方には。

東京以外の雰囲気は僕はぜんぜんわからないんだけど、そうなんだ?

食まつ:ありそうなんですよ。「やすらぎランド」って響きもいいし、あとまあ、ゆったりした曲もあるし。だったら『YASURAGI LAND』かなあって。

実際に「やすらぎランド」を建てちゃったらいいんじゃない?

食まつ:そうすね(笑)。

僕の印象だと東京の中心よりも、その周辺の方がシャレた名前を店につける気もするんだけど。「シャトレーゼ」とか。

食まつ:ああ、地方とか田舎の方ががんばっちゃうのかもしれないですね。

東京の方がダサい名前が多いような……名古屋だとなんのイメージもないんだけど。

食まつ:ああ。わけのわかんない名前の店もいっぱいありますよ(笑)。

まあ、でも、そのタイトルにするということは、「ここに来て安らいで下さい」ということなんですよね。

食まつ:「休んで下さい」という感じですね。座敷とかで寝転んでお茶でも飲んで……みたいな。

最初、タイトルだけ見たときに、『ARU OTOKO』からシンセが醸し出す雰囲気が受け継がれてるのかなと予想したんですよ。アンビエントっぽいような。でも、実際にはリズムがチャカポコ来たなっていう(笑)。

食まつ:確かにそうすね(笑)。

まあ、でも、それが和風のリズムに聞こえたところで、まったく違うアルバムだなと思って。それこそYMOが出てきたときに「テクノお神楽」と評されたことがあったんですよ。それに倣うと「ジュークお神楽」みたいだなあというか。実際にはどこもお神楽じゃないんだけど。

食まつ:ああ、なるほどー。

まあ、日本っぽいニュアンスがあるということですよ。でも、それで「ジューク感」があるのがスゴいというか。

食まつ:今回は割にあるかもしれないですね。

意識しなくても「和風が滲み出るのはいい」と、コムアイさんも理想のように言ってたけど。

食まつ:そうですね、意識的に出すんじゃなくて、やっているうちに自然に出るみたいなものはあるのかもしれないですね。そこの部分のコントロールは自分でも意識してるところで、無理に出そうとするとよくないから。

無理に出さないということは、日本の伝統的なリズムの音楽も聞いたりはしてるということ?

食まつ:詳しくはないですけど、割と好きで聴いたりはしてます。津軽三味線とか。

ああ、聞くんですね。“Michi No Eki” でフィーチャーされている Taigen Kawabe(ボー・ニンゲン)のヴォーカルも祝詞っぽく聞こえたりね。あれも偶然?

食まつ:歌い方はこちらから少し指示させてもらったりしたんですけど、メロディとかは自由にやってもらいました。あれは、歌が入ってからトラックはつくりかえたんですよ。

あ、そうなんだ。

食まつ:毎回、そうなんですよ。歌もの系は、歌に合わせてトラックは変えちゃうんです。

へー、そういうもんなんだ。

食まつ:毎回、そうすね。

細かいんですね。ちなみに物足りない面があるとすれば、全体にダイナミズムがもうちょっとあってもよかったかなというのはありますね。

食まつ:あー、海外のレヴューでは「ライト」とか「フュージョン」という風に書かれていたので、そういう風に聞こえるのかなとは思いました。「ジャズ・フュージョン」に聞こえるとか。

YMOに近づきましたね。

食まつ:(笑)確かに。最初にコード9にデモを送った段階で坂本龍一の『エスペラント』の雰囲気があると言われて。

ああ、それは素晴らしい。坂本龍一がやりきったと言ってたアルバムですね。あれはいい。

食まつ:それと、映画のサントラで、なんちゃらスカイ……

『リキッド・スカイ』?

食まつ:あ、そう、そう。そのふたつのフィーリングがあると彼は言っていて。

『リキッド・スカイ』ねー。なるほどね。

食まつ:『エスペラント』も聴いてみたらなるほどと思ったし、『リキッド・スカイ』もめちゃくちゃシンパシーを感じる音でしたね。ヘンな音がずっと鳴っていて。

わかる、わかる。映画は観ました?

食まつ:いや、観てないです。

映画も面白いよー。ロードショーで観たんだけど、監督が音楽もやっていて、これはヘンと思ってサントラを探したんですよ。コード9も面白い聞き方しているなあ。そもそも〈ハイパーダブ〉から出ることになった経緯は?

食まつ:デモを送ったっていう。ジュークをつくりはじめたきっかけが〈ハイパーダブ〉のDJラシャドだったし、ジェシー・ランザのリミックスをやったりして多少の交流もあったので。で、メールで送ったら、これいいじゃんていうことになったという。返事が早かったんですよ。

なるほど。どこにもない音をつくったという感じもあるし。

食まつ:いや、いや。

そういう野心はあるわけでしょ。

食まつ:毎回、それはそのつもりです。「これが自分です」という感じでつくろうと思ってて。

仲間がいない感じって、どんな気分?

食まつ:ほかにないものをつくりたいという気持ちは最初からずっとあるので……ずっと同じことをやっているというか。

アルバムはそうしようということですよね?

食まつ:そうです、そうです。

「ODOODO」や「DOKUTSU」といったEPはそこまでじゃないというか。

食まつ:そうですね。あの辺はライヴでやって反応が良かった曲を録音してる感じですね。ライヴでやる曲はあんまりアルバムに入れなかったりして。リズムがバシバシというか、ライヴとアルバムの印象は変えてるかもしれないです。

それだけアルバムは特別視してるということですよね。

食まつ:めちゃくちゃしてますね。洋服のブランドみたいに、コレクションというか、何年から何年までの方向性をアルバムが決めるという意味で自分のなかではいちばん重要ですね。

やっぱり陽気な要素もありつつ気持ち悪いというのがけっこう好きというか。ユーモアがあって、シリアスになりすぎないのが好きですね。

もう次に考えてることはあるんですか?

食まつ:やっぱりアフリカですかね。〈ニゲ・ニゲ〉の人たちも聴いてくれてるみたいなので。シンゲリのセットをやったこともあるんですよ。やっぱり陽気な要素もありつつ気持ち悪いというのがけっこう好きというか。ユーモアがあって、シリアスになりすぎないのが好きですね。

『YASURAGI LAND』を誰かにリミックスしてもらうとしたらどの辺が?

食まつ:ああー。考えてなかったなあ。誰だろう? 今まで自分の曲をリミックスしてもらうという経験が……

ない?

食まつ:1回だけありますかね。2012年に広島の CRZKNY(クレイジーケニー)さんていうジュークをやっている方が1曲だけやってくれたことがあって。

それだけですか? じゃあ、コード9にやってもらおう!

食まつ:そうですね。踊れる感じにしてもらうとか。

ぜんぜん違う感じの人がいいですよね。昨日の夜、それを考えていてオールタイチとか名前が浮かんじゃって、それじゃ同じになっちゃうなって。

食まつ:(笑)ちょっといま、思ったんですけど、ベースとかキックが入っているのを想像して聴いてもらうのもいいかなって。

頭で音を足す?

食まつ:そういう聞き方もできるかなって。そうすればいくらでも頭のなかでヴァリエーションがつくれるというか。やっぱり想像の余地を残したいなっていうのがあるんですよ。

70年代に、数寄屋橋に日立ローディープラザというライヴハウスというか、音楽教室みたいなハコがあって。

食まつ:ええ。

バンドが目の前で演奏するんですけど、聴いている人には全員、卓があって、自分の好きなミックスでそのライヴを録音してカセットで持って帰れたんですよ。ベースをカットしたい人はベースのメモリはゼロにしてしまうみたいな。

食まつ:へえー。

パンタ&HALの演奏を録音した覚えがあるんだけど、最初にひとりずつ楽器の音を鳴らしてくれるので、ギターとかドラムを自分の好きな音量に調節してね。誰も真剣にバンドを見ないから、演奏している人たちはやりにくかったらしいんだけど。オーディエンスはずっと卓と格闘してて。

食まつ:(笑)。

そういう感じで好きな感じで聴いて欲しいと。ちょっと違うか。

食まつ:すごいですね、それ。自分で揚げれる揚げ物屋さんみたい。

“Aji Fly” に繋げたな。

食まつ:それぐらい自由に聴いて欲しいのはありますね。こんだけスカスカなんで、ベースとキックを入れるだけですべての曲の印象が変わると思うんですよ。

そうですよね。最後に、課外活動が多くてぜんぜん追いきれてないんですけど、課外活動でやった自信作はなんですか?

食まつ:いろいろあるんですけど、アイドルで金子理江さんの、2017年に出た trolleattroll 名義のやつなんですけど、相対性理論の真部(脩一、現・集団行動)さんと一緒にやった “lost”(https://www.youtube.com/watch?v=qcTBIw8ux00 )ですかね。パーカッシヴな曲で、いま聴くと『YASURAGI LAND』に繋がるなって。メロディは真部さんなんですけど。あと、去年、釜山ビエンナーレっていう芸術祭があって、コロナの時期でもなんとか開催されて、10人のミュージシャンが曲を提供したんですけど、僕も参加して、それはけっこう好きですね。

そこでしか聴けない曲?

食まつ:レコードにもなってるんですけど、韓国語なんですよ。

調べてみます(……と言ったものの、さっぱりわからず)。

〈Hyperdub〉からの最新作『Yasuragi Land』発売を記念したリリース・パーティー
“Local World x Foodman - Yasuragi Land - Tokyo 2021”の開催が決定!

昼のコンサート(8月8日開催)とサウナと水風呂の2フロアに別れた夜のクラブ・ナイト(9月11日開催)の2部構成

名古屋在住のエレクトロニック・ミュージック・プロデューサー、食品まつり a.k.a foodman。〈Hyperdub〉より最新作『Yasuragi Land』を発売したことを記念し、リリース・パーティーの開催が決定! 今回のイベントはクラブ&モードなアドベンチャー・パーティ Local World と SPREAD での共同開催となる。土着、素朴、憂いをテーマに南は長崎、北は北海道、Foodman に纏わるアーティスト含む全国各地からフレッシュな全20組が集まる昼のコンサート(8月8日開催)とサウナと水風呂の2フロアに別れた夜のクラブ・ナイト(9月11日開催)の2部構成、2021年の湿度と共に夏のボルテージを上げるサマー・イベント。

Local World x Foodman - Yasuragi Land - Tokyo 2021

SUN 8 AUG Day Concert 16:00 at SPREAD
ADV ¥3,300+1D@RA *LTD70 / Club Night DOOR ¥1,000 OFF

LIVE:

7FO
cotto center
Foodman
machìna
NTsKi
Taigen Kawabe - Acoustic set -

DJ: noripi - Yasuragi set -

SAT 11 SEP Club Night 22:00 at SPREAD + Hanare
ADV ¥2,500+1D@RA *LTD150 / DOOR ¥3,000+1D / U23 ¥2,000+1D

- 70人限定 / Limited to 70 people
- 再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter

・サウナフロア@SPREAD

LIVE:
Foodman
JUMADIBA & ykah
NEXTMAN
Power DNA
ued

DJ:
Baby Loci [ether]
D.J.Fulltono
HARETSU
Midori (the hatch)

・水風呂フロア@Hanare*

LIVE:
hakobune [Tobira Records]
Yamaan
徳利

DJ:
Akie
Takao
荒井優作

artwork: ssaliva

- Hanare *東京都世田谷区北沢2-18-5 NeビルB1F / B1F Ne BLDG 2-18-5 Kitazawa Setagaya-ku Tokyo
- 150人限定 / Limited to 150 people
- 再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter

食品まつり a.k.a foodman

名古屋出身の電子音楽家。2012年にNYの〈Orange Milk〉よりリリースしたデビュー作『Shokuhin』を皮切りに、〈Mad decent〉や〈Palto Flats〉など国内外の様々なレーベルからリリースを重ね、2016年の『Ez Minzoku』は、海外は Pitchfork のエクスペリメンタル部門、FACT Magazine、Tiny Mix Tapes などの年間ベスト、国内では Music Magazine のダンス部門の年間ベストにも選出された。その後 Unsound、Boiler Room、Low End Theory に出演。2021年7月にUKのレーベル〈Hyperdub〉から最新アルバム『Yasuragi land』をリリース。Bo Ningen の Taigen Kawabe とのユニット「KISEKI」、中原昌也とのユニット「食中毒センター」としても活動。独自の土着性を下地にジューク/フットワーク、エレクトロニクス、アンビエント、ノイズ、ハウスにまで及ぶ多様の作品を発表している。

Local World

2016年より渋谷WWWをホームに世界各地のコンテンポラリーなエレクトロニック/ダンス・ミュージックのローカルとグローバルな潮流が交わる地点を世界観としながら、多様なリズムとテキスチャやクラブにおける最新のモードにフォーカスし、これまでに25回を開催。

Local 1 World EQUIKNOXX
Local 2 World Chino Amobi
Local 3 World RP Boo
Local 4 World Elysia Crampton
Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox
Local 6 World Klein
Local 7 World Radd Lounge w/ M.E.S.H.
Local 8 World Pan Daijing
Local 9 World TRAXMAN
Local X World ERRORSMITH & Total Freedom
Local DX World Nídia & Howie Lee
Local X1 World DJ Marfox
Local X2 World 南蛮渡来 w/ coucou chloe & shygirl
Local X3 World Lee Gamble
Local X4 World 南蛮渡来 -外伝- w/ Machine Girl
Local X5 World Tzusing & Nkisi
Local X6 World Lotic - halloween nuts -
Local X7 World Discwoman
Local X8 World Rian Treanor VS TYO GQOM
Local X9 World Hyperdub 15th
Local XX World Neoplasia3 w/ Yves Tumor
Local XX0 World - Reload -
Local XXMAS World - UK Club Cheers -
Local World x ether

https://localworld.tokyo

イベント詳細はこちら
Day Concert: https://jp.ra.co/events/1452674
Club Night: https://jp.ra.co/events/1452675

Goldie - ele-king

 ベリアルが “Inner City Life” をリミックスしたり、スケプタとのコラボ曲 “Upstart” が話題を集めたりしたのが2017年。後進にも大きな影響を与えているゴールディーだが、このたび1995年のアルバム『Timless』の25周年記念盤がリリースされている。ゴールディー本人監修によるリマスターが施されており、レア曲やリミックスを収めたボーナス・ディスク付きのCD3枚組仕様。未聴の方は、ぜひこの機に。

ドラムンベースの金字塔作品が25周年を記念してリマスター復刻

4ヒーローの『Parallel Universe』と双璧をなすゴールディーによるドラムンベース初期の金字塔『Timeless』が発売25周年を記念してアニバーサリー・エディションとして未発表発掘&リマスター復刻! ソリッドなビートとフューチャリスティックな流線形サウンドをミックスしてアンダーグラウンドなクラブ・サウンドをネクストレヴェルへと引き上げたシーンのマイルストーン的な一枚。いま聞いても全く色あせることのない、まさに「タイムレス」なマスターピース。


アーティスト名:GOLDIE(ゴールディー)
アルバム・タイトル:Timeless - 25 Year Anniversary Edition(タイムレス 25周年記念盤)
商品番号:RTMCD-1480
税抜定価:2,700円
レーベル:London Records
発売日:2021年7月18日
直輸入盤・帯/英文解説日本語対訳付

◆ドラムンベースというイギリス独自のジャンルを4・ヒーローやロニ・サイズらと共に開拓し発展させ、00年代以降のベース・ミュージックのシーンにも大きな影響を残したUKクラブ・シーンの生ける伝説ゴールディー。

◆その名声を決定づけたデビュー・アルバム『Timeless』の発売25周年を記念した再発企画(オリジナル発売は1995年、ロンドン・レコード/FFRRからのリリース)。

◆ダイアン・シャーラメインのボーカルをフィーチャーしたリード・シングルの「Inner City Life」は、UKチャートのトップ40へと躍進し、ドラムンベースという音楽ジャンルが、アンダーグラウンドなクラブ・シーンから飛び出し広く一般的な注目を集める最初のきっかけとなった、歴史的にも重要な90年代クラシックス。

◆壮大なシンフォニーの「Timeless」、盟友ロブ・プレイフォードとの問答無用な直球ドラムン「Saint Angel」、メイズのベース・ラインが炸裂した「A Sense Of Rage」、意表を突くイーノのシンセが異郷トリップを誘う「Sea Of Tears」、生ドラムでレイドバックした「State Of Mind」、クリーヴランド・ワトキスのジャジーなチルアウト曲「Adrift」などなど、バラエティに富んだ楽曲群が、ゴールディーのアルバム・アーティストとしての新たな側面を、見事にあぶり出しております。まさに「タイムレス」なマスターピース。

◆本人監修によるリマスター、レア曲やリミックスを収めたボーナス・ディスク付きの3枚組。

◆クラフトワークやテクノのガイド本などの著作もあるジャーナリストのティム・バーによる解説の日本語対訳を添付予定。

[収録楽曲]

CD1
1-1a Inner City Life
1-1b Pressure
1-1c Jah
1-2 Saint Angel
1-3 State Of Mind
1-4 This Is A Bad
1-5 Sea Of Tears
1-6 Jah The Seventh Seal

CD2
2-1 A Sense Of Rage (Sensual V.I.P. Mix)
2-2 Still Life
2-3 Angel
2-4 Adrift
2-5 Kemistry
2-6 You & Me

CD3
3-1 Timeless [Instrumental]
3-2 Kemistry (VIP Mix)
3-3 Angel (Grooverider Re-edit)
3-4 State Of Mind (VIP Mix)
3-5 Still Life (VIP Mix) [The Latino Dego In Me]
3-6 Saint Darkie
3-7 Inner City Life [4 Hero's Part 2 'Leave the planet mix')
3-8 [re:jazz] - Inner City Life
3-9 Sensual

食品まつり a.k.a foodman - ele-king

〈Hyperdub〉からニュー・アルバム『Yasuragi Land』を送り出したばかりの食品まつり。同作の発売を記念し、リリース・パーティが開催されることになった。昼の部(8月8日開催)と、「サウナ」「水風呂」の2フロアにわかれた夜の部(9月11日開催)の2部構成という、ユニークな開催方式です。食品まつりとゆかりのあるアーティストを含む全20組がかけつける……これは行きたい!

Local World x Foodman - Yasuragi Land - Tokyo 2021

世界で最もピースな電子音楽家FoodmanによるUKの名門〈Hyperdub〉からの最新アルバム『Yasuragi Land』のリリパがクラブ&モードなアドベンチャー・パーティLocal WorldとSPREADにて共同開催!

土着、素朴、憂いをテーマに南は長崎、北は北海道、Foodmanに纏わるアーティスト含む全国各地からフレッシュな全20組が集まる昼のコンサートとサウナと水風呂の2フロアに別れた夜のクラブ・ナイトの2部構成、2021年の湿度と共に夏のボルテージを上げるサマー・イベント。

■SUN 8 AUG Day Concert 16:00 at SPREAD

ADV ¥3,300+1D@RA *LTD70 / Club Night DOOR ¥1,000 OFF

LIVE:
7FO
cotto center
Foodman
machìna
NTsKi
Taigen Kawabe - Acoustic set -

DJ: noripi - Yasuragi set -

・70人限定 / Limited to 70 people
・デイ・コンサートの前売チケットで9/11クラブ・ナイトのドア料金が1000円割り引かれます / Advance tickets for the day concert will get you 1000 yen off the door price for the club night on 11th Sep
・再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter


■SAT 11 SEP Club Night 22:00 at SPREAD + Hanare

ADV ¥2,500+1D@RA *LTD150 / DOOR ¥3,000+1D / U23 ¥2,000+1D

サウナフロア@SPREAD

LIVE:
Foodman
JUMADIBA & ykah
NEXTMAN
Power DNA
ued

DJ:
Baby Loci [ether]
D.J.Fulltono
HARETSU
Midori (the hatch)

水風呂フロア@Hanare*

LIVE:
hakobune [tobira records]
Yamaan
徳利

DJ:
Akie
Takao
荒井優作

artwork: ssaliva

・Hanare *東京都世田谷区北沢2-18-5 NeビルB1F / B1F Ne BLDG 2-18-5 Kitazawa Setagaya-ku Tokyo
・150人限定 / Limited to 150 people
・再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter

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EVENT PLAYLIST
https://soundcloud.com/meltingbot/sets/local-world-x-foodman-yasuragiland

前売リンク
Day Concert https://jp.ra.co/events/1452674
Club Night https://jp.ra.co/events/1452675

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食品まつり a.k.a foodman

名古屋出身の電子音楽家。2012年にNYの〈Orange Milk〉よりリリースしたデビュー作『Shokuhin』を皮切りに、〈Mad decent〉や〈Palto Flats〉など国内外の様々なレーベルからリリースを重ね、2016年の『Ez Minzoku』は、海外はPitchforkのエクスペリメンタル部門、FACT Magazine、Tiny Mix Tapesなどの年間ベスト、国内ではMusic Magazineのダンス部門の年間ベストにも選出された。その後Unsound、Boiler Room、Low End Theoryに出演。2021年7月にUKのレーベル〈Hyperdub〉から最新アルバム『Yasuragi land』をリリース。Bo NingenのTaigen Kawabeとのユニット「KISEKI」、中原昌也とのユニット「食中毒センター」としても活動。独自の土着性を下地にジューク/フットワーク、エレクトロニクス、アンビエント、ノイズ、ハウスにまで及ぶ多様の作品を発表している。

[最新作リリース情報]
食品まつり a.k.a foodman - Yasuragi land [Hyperdub / Beatink]
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11814

Local World
2016年より渋谷WWWをホームに世界各地のコンテンポラリーなエレクトロニック/ダンス・ミュージックのローカルとグローバルな潮流が交わる地点を世界観としながら、多様なリズムとテキスチャ、クラブにおける最新のモードにフォーカスし、これまでに25回を開催。

Local 1 World EQUIKNOXX
Local 2 World Chino Amobi
Local 3 World RP Boo
Local 4 World Elysia Crampton
Local 5 World 南蛮渡来 w/ DJ Nigga Fox
Local 6 World Klein
Local 7 World Radd Lounge w/ M.E.S.H.
Local 8 World Pan Daijing
Local 9 World TRAXMAN
Local X World ERRORSMITH & Total Freedom
Local DX World Nídia & Howie Lee
Local X1 World DJ Marfox
Local X2 World 南蛮渡来 w/ coucou chloe & shygirl
Local X3 World Lee Gamble
Local X4 World 南蛮渡来 -外伝- w/ Machine Girl
Local X5 World Tzusing & Nkisi
Local X6 World Lotic - halloween nuts -
Local X7 World Discwoman
Local X8 World Rian Treanor VS TYO GQOM
Local X9 World Hyperdub 15th
Local XX World Neoplasia3 w/ Yves Tumor
Local XX0 World - Reload -
Local XXMAS World - UK Club Cheers -
Local World x ether

https://localworld.tokyo

label: BEAT RECORDS / Hyperdub
artist: 食品まつり a.k.a foodman
title: Yasuragi Land
release date: 2021/07/09 ON SALE
* 輸入盤LPは8月中旬発売

国内盤特典:ボーナストラック追加収録 / 解説書封入
CD予約: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11814
LP予約: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11815

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