この20年のあいだにリリースされた日本の音楽において、傑出したプロテスト・ミュージックに何があるのかと言えば、ぼくのなかでは、たとえばゆらゆら帝国の『空洞です』と坂本慎太郎の『ナマで踊ろう』が思い浮かぶ。が、その解説はいまはしない。いまはそんな気持ちになれない。イギリスでウェット・レグが売れるのも理解できる。いまは誰もが楽しさに飢えているのだ。
しかしその背景は決して幸福なエデンなどではない。『物語のように(Like A Fable)』——この思わせぶりな言葉が坂本慎太郎の4枚目のアルバム・タイトルで、前作『できれば愛を』が2016年だからじつに6年ぶり、オンラインメディアがそのみだらな馬脚を現す前の話で、ドイツはなかば理想的な環境先進国だと信じられて、円安もいまほど深刻に思われていなかった時代の話だ。いや、無粋なことは言うまい。いまは誰もが楽しさに飢えているのだ。ぼくだってそうだ。しかしそんなものどこにある?
この難問に対峙したのが、『物語のように』ではないのだろうか。アルバムは、キャッチーで、ポップで、メロディアスで、スウィートなのだ——と、知性も教養もない言葉を連発してしまった。このインタヴューの終わりには、(いつになるのかわからないが)語彙の多さに自信を持つ松村正人なる人物の文章が入ることになっているので、そのときが来たら自分の程度の低さはいま以上に際立つだろう。それでもかまわない、このアルバムをなるべく早く紹介すること、なるべく多くの人に聴いてもうこと、それがいまの自分に与えられた使命なのだ。
取材日は、5月だというのに寒い雨の日で、場所は恵比寿リキッドルーム。その日は公演がなく、場内の明かりや人気も無く、がらーんと静かで、広々としているが暗く寂しい空間だった。これが取材の演出だとしたら見事なものだ。坂本慎太郎は、変わりなく、いつものように言葉少なめに淡々と話してくれた。一見、エネルギーが欠如しているように見えるかもしれないが、アルバムに収録された各曲を聴いたら改心するだろう。それから、そう、最後にあらためて言っておくことがある。ぼくは必然的に、この2年ほど世界の無慈悲な変化に対しての反応をおもに音楽を通して見てきているが、『物語のように』もそうしたなかの1作である。(野田)
本当は全部青春っぽい歌詞にしたいんですけど。『アメリカン・グラフティ』もそうだし、ロカビリーとかも。でもやっぱり、俺が学園生活の恋愛とか喧嘩とか、自分のないもの出せないし、青春ぽくも読めるけどリアルな自分の年齢のぼやきにも取れるギリギリを狙っていて。
■すべての曲が魅力的で、無駄がないというか、ぼくの印象を言うと、メロディアスで、スウィートなアルバムだなと、キャッチーなアルバムでもあると、そう思いました。もっとも坂本慎太郎のアルバムにはつねに際どさがあって、言葉もメタファーになっていることが多いので、その表面の下にあるものが何なのかをお話いただければと思います。インターネットに載るインタヴューですから、どこまで話していただけるかわからないですけど。
坂本:はい。
■"それは違法でした"は何がきっかけで作られた曲なんですか?
坂本:歌詞ってことですか? きっかけはなんですかね。ポロッとできたんですけど。
■何か出来事があって、それがきっかけではなかった?
坂本:うーん……。
■でもこれ、コロナ以降、ぐしゃぐしゃな世のなかになってからのアルバムなわけですよね?
坂本:はい。曲はコロナ前から作り溜めてたんですけど、歌詞がなかなかできなくて。
■何かあった都度に書き留めたというより、最近ばーっと書いたんだ?
坂本:早くても去年の夏くらい。1年以内に全部書いてる。
■じゃあアルバム作りの起源みたいなものがもしあるとしたら、いつになるんですか?
坂本:えーと、去年7月にLIQUIDROOMでライヴをやって、フジロックもやったのか。たぶんフジロックが終わってから、バンドで今回の曲の……いや、その前からやってるな。6月とか7月とかに曲をリハーサルしだして、12月にレコーディングをはじめたんですよ。それまでに8曲ほど練習して、でもその段階では全部の歌詞ができてるわけじゃなくて。できてるのもあったんですけど。3月に完成したんですけど、レコーディングしながら曲作り足したり、歌詞完成させたりという感じですね。
■それだと起源はどこになるんだろう?
坂本:デモテープみたいなのは前のアルバム出してからコツコツ作ってたんで。
▲:いちばん古いのなんなんだろう?
坂本:1曲目ですね。これだけ家でデモテープを作ったときの音をそのまま使ってて。
■リズムは、エレクトーンかなんかのプリセット音?
坂本:これはマエストロの古いリズム・ボックス。家で録ったやつで、歌とホーン・セクションだけスタジオで生で録りました。
■この曲を1曲目に持ってきたのって何?
坂本:……他に置き所がないから。
一同:(笑)。
■アルバムを前半と後半に分けて考えました?
坂本:分けては考えないですけど、流れは考えました。
■それはサウンドの流れ? 言葉の流れではなくて?
坂本:言葉の流れも関係するのかもしれないですけど、曲を聞いててしっくりくる流れを考えました。いまはそんな聴き方する人いないらしいですね。
一同:(笑)。
坂本:前の取材で「今回曲順は考えたんですか?」と聞かれて、「当然考えましたけど」と言ったら、いまは曲順を考えない人がいると言われて衝撃を受けました。
■サブスクの悪影響だね。
坂本:前回は2016年に出たんで、日本にspotifyが入る直前だったんですよね。だから今回は、あのときとは全然状況が違う。
■ぼくからするともったいない聴き方だよね。アルバムを楽しむというのは音楽ファンからしたらひとつの醍醐味だから。
坂本:でもアルバムがそういう作りになってなければ意味はないですよね。そういう風に作られてるものだったら意味があるけど、作る方がそれを放棄してたら、通して聴く意味もなくなってきてるし。
▲:じゃあなんでそういう人たちはアルバム出すんですかね? シングル出し続ければ良いじゃないですか。
■シングルで出し続ける人もいるんだろうね。ぼくはそういう風潮に関しては否定派なんですけど、いまはその話は置いといて、『物語のように』に話を戻すと、前半と後半というか、"スター"の前と後ろでアルバムの雰囲気が違うかな、と感じたんですよね。
坂本:ここで変えようとは意識してないです。流れでこういう流れがいいかな、とは思いましたけど。
■松村君どう思った?
▲:まさしくそう思いました。A面とB面という考え方なのかな、と。"スター"より前の方がヴァリエーションがあって。
■深読みをさせてもらうと、坂本君のこれまでのアルバムって、つねに時代を意識しながら作られてたと思うんですね。で、こういう時代になって、ものすごい暗い時代になってしまって、それですごく暗い音楽を作るんじゃなくて、ものすごく意識して甘くてメロディアスな音楽を作ろうとしたんじゃないかな、というのがひとつ。もうひとつは、"スター"以前の曲の歌詞というのは、すごく捻りがあるというか、意味を深読みできる言葉が並んでいると思ったんですね。それに対して"スター"以降の曲は、もうちょっと優しさが前面に出ている。だから、薄暗くはじまって、明るく終わるみたいな感じがしたんだけど。
坂本:そうですか。でもまあ最初におっしゃった、明るい曲にしようとしたというのはその通りで、そういうの目指してました。
■すごくメロディーが際立っているという風に思ったんですよ。松村君は?
▲:思いました。"恋の行方"の落とし方が、やっぱり明るい感じというか。
坂本:あれ明るいですか(笑)? じゃあ良かったです。明るいっていってもあれが俺のできる明るさの限界ですけど。
■アンビヴァレンスみたいなものは坂本慎太郎の特徴なのかなと思うけど、今回は1曲目がレゲエな感じで、2曲目はソウル・ミュージックな感じで、サウンドだけ聴くとアップ・リフティングなんだけど、歌詞をよく聴いていくと、決して楽天的ではない。
坂本:たしかに最初の2曲がそういう印象あるのかもしれないですね。
■表題曲の"物語のように"だって……
坂本:明るくないですか?
■いや、明るいか(笑)。明るいけども、ここで歌われている感情というものが、単純に昔は良かった、ということなのか。あるいは現在に対する皮肉なのか。どっちが強いんだろうか?
坂本:えー。
■どうして"物語のように"なの? あと英語表記だと「Like a fable」でしょ? storyとかromanceとかではなくて。fableって作り話とか童話みたいな意味じゃない? それがなぜタイトルになったのかな。
坂本:なぜと言われると……なぜなんですかね。
■あのさ、ele-kingでニュース出したときに、めちゃバズったんですけど、曲目のリスト載せるじゃないですか。多くの人が曲名のリストに反応してるんだよね。
▲:曲名がひとつのメッセージだな、とは思いました。
坂本:なんていうんですかね、考えが先にあって作っているわけじゃないんですよね。考えてないこと歌っているわけでもないんですけど、もっとイタコ的というか、無意識にポロって出た言葉に対して、これどういう曲になるんだろ、と考えて曲にするということが多くて。考えて歌詞を作るとあんまり面白くないというか、曲としてこじんまりしちゃうんですよ。これ("物語のように")の最初の歌い出しは「紙芝居」となってますけど、そこが物語のように、に繋がっていって曲になったという感じですね。
■意図せず「物語のように」という言葉ができたということか。
坂本:それに対して後付けで何か言うことはできるかもしれないけど、正確に言うと考えてないです。
[[SplitPage]]そうですか。でもまあ最初におっしゃった、明るい曲にしようとしたというのはその通りで、そういうの目指してました。明るいっていってもあれが俺のできる明るさの限界ですけど。
■リスナーから、「坂本さん、これは現在がひどいから過去への郷愁を歌ってるんですか」と訊かれたら、なんと答えます?
坂本:それもありですけど、あんまり「昔はよかったね」とか言いたくないんですよ。
■それはよくわかるよ。コロナ禍はどんな風に過ごしてました?
坂本:もともとずっと籠ってるようなタイプなんで、ライヴはなくなりましたけど、普段の生活はそんなに変わってないです。よく考えるとライヴもそもそもやってなかったから。飲みの誘いが無くなって、その分作業に専念できる、というところでした。
▲:作業というのは曲作りの?
坂本:曲を作ったり、考えたり、でしたね。
■「好きっていう気持ち」とか「ツバメの季節」という2枚のシングルを出しましたが、これはどういう気持ちだったんですか? これらの曲は、坂本君にしたらすごく素直にセンチメンタルな、当時の気持ちを表現したのかなと思ったけど。
坂本:あれは、コロナになってライヴとか、アメリカ・ツアーを予定してたのが全部飛んじゃって、やることないから宅録っぽいアルバムでも作ろうかなと思って。古いリズム・ボックスとか好きだから。そういうイメージで作業をはじめたんですけど。1回ライヴをやるかもみたいな感じになって、スタジオにメンバーと入ったんですね。ちょっと練習してたんですけど、ライヴがやっぱりできないことになって、練習していたのが無駄になったし、スタジオも予約していたので、せっかくだし今作ってる新曲をバンドでやってみたら、ひとりで作ってるよりみんなで生でやるほうが面白いな、と思って。それでシングルにしたんですよ。アルバムにするには曲が全然足りなくて、アルバムにいくのも先になりそうだし、そのときあった4曲をシングルで出したんですよね。だから、その時期のムードとか思ってることがそのまま出たって感じ。だけどちょっと、今回のアルバムはあんまりメソメソしたこととか言いたくなかったので、また違う感じになってると思うんですけど。
▲:アルバムはそういう(シングルの)感じじゃなくしようと思って作ったんですが?
坂本:いや、全然イメージが湧かなくて、歌詞が難しいなと思って、コロナになってますますですけど。インストの音楽だったらできるかもしれないけど、歌詞がある曲をわざわざリリースするときに、どんな言葉を歌うとしっくりくるかが難しくて。なんとか、こんな感じだったら歌えるかな、となったのが、さっきの4曲だったんですけど。ただそういうことがアルバムでやりたかったわけじゃなくて、もうちょっと突き抜けたものにしたかったんで。
■それはすごいわかりますね。
坂本:「コロナで大変だ」みたいな感じとか、「社会状況がキツいね」みたいなのを出すんじゃなくて、そこを抜けていく、突き抜けていく感じを出したかったんです。
■コロナだけじゃなくて、オリンピックがあったり、小山田圭吾君のこともあったり、海外だとBLMもあったり、戦争があったり、この3年ですっかり世界が違うものになっちゃったじゃない。
坂本:もちろんそういうの全部、感じてるし、それぞれに言いたいこともありますけど、全部を超越したような、スカッとした楽しい気分になれるような……
■たしかに1曲目、2曲目はそんな感じでてる(笑)。突き抜けるような。
坂本:うまく言えないんですけど、見ないようにして、無理して明るく、というのではなく、こういう状況にありながら楽しめる、というすごい細いラインを模索して、なんとかここにきたという感じなんですけど。
■素晴らしい。
▲:これまでのアルバムのなかで作るのはいちばん大変だったですか?
坂本:そうですね。歌詞が、途中からできてきたんですけど、途中まではできる気がしなかったですね。無理矢理考えてもダメなのはわかってるんで。
▲:そういうときはひたすら待つんですか?
坂本:あと散歩ですね。
■ちなみに、言葉が出てきたきっかけとかなんかあるの? その後の方向性を決めたような。
坂本:最初にできたのが、"物語のように"という曲なんですけど。曲自体はけっこう前からあって、自分のなかでは悪くはないけど、とくに新基軸な感じもしないし、と寝かせてあった曲なんですけど、ある日言葉がハマって。歌詞ができる前からスタジオで演奏してたんですけど、デタラメ英語みたいな感じで。でも歌詞ができて日本語で歌ってやってみたら急に良くなって。なんてことない曲だと思ってた曲でも、言葉がハマると急激に曲になるというか、その感じを実感して。それから、簡単な言葉とか、さりげない言葉でピタッとハマって、キラキラさせる、みたいな方向性がちょっと見えたかもしれないです。
▲:"物語のように"の一節が最初に出てきたんですよね? この一節が最初に降ってきた、と。
坂本:そうなんですけど、"物語のように"という曲で「物語のように」から歌い出すといまいちかな、と思って……
▲:なるほど(笑)。それで同じ譜割りで言葉を探して?
坂本:割とスルッと出たんですけどね。
■ちなみにその次の曲、"君には時間がある"もキャッチーな曲なんですけど、この歌詞はやっぱり自分の年齢があって、若い「君」ということでいいんですか?
坂本:この曲ができたとき、まだ歌詞はなかったんですけど、なんとなくアルバムが見えてきたと思ったんです。「こんな感じの曲ばっかりのアルバムにしたいな」と。ただデモの雰囲気を変えずに歌詞を乗せるのが大変でした。デタラメ英語で歌ってる譜割りを崩したくなかったし、あと曲のイメージが変わっちゃう、というところで苦労したんですけど。だから野田さんが言ったようなことを言いたくないなと思って。
■(笑)。
坂本:いわゆる「我々には残り時間がない」とか、そんなこと言いたくないなと思って。本当はもっと馬鹿馬鹿しいことを言いたかったんですけど、サビのところで「君には時間がある」という言葉がハマっちゃうと、もう動かしようがなくて。
■なるほど(笑)。
坂本:安田謙一さんから、「君にはまだ時間がある」「僕にはもう時間がない」の「まだ」と「もう」を省略してますね、と言われて。それ言うとさっき野田さんが言った意味になっちゃうから、俺は単に忙しい、お前は暇だ、という意味も入れたくて。最初は逆に考えてたんですよ。「俺は時間があるけど、そっちにはない」みたいな。でもそれはそれで反感買うかな、と思って。
一同:(笑)。
坂本:いろいろ考えて、そういうマイナーチェンジはしてるんですけどね。
■音楽の歌詞って、サウンドと一緒になって初めて意味を成す、ということなんだけど。でも、歌詞だけ読むとすごくディープにも取れるようなね。
坂本:だから、本当は全部青春っぽい歌詞にしたいんですけど、誤解を恐れずに言うと(笑)。自分が求めてる音楽はそういうやつなんだけど。
▲:『アメリカン・グラフティ』みたいな?
坂本 そうそう。そういう単なるラヴ・ソングみたいなのなんだけど、歌詞で言ってるのとは違うこと表現してるみたいなの、あるじゃないですか? 『アメリカン・グラフティ』もそうだし、ロカビリーとかも。でもやっぱり、俺が学園生活の恋愛とか喧嘩とか、自分のないもの出せないし、青春ぽくも読めるけどリアルな自分の年齢のぼやきにも取れるギリギリを狙っていて。
■なるほどね(笑)。「未来がどうなるかわからないから、いまを楽しもうよ」という風にも聞こえるよね。
坂本:そうですね。一応ギリギリのところでやったつもりなんですけど。
▲:その通りになってると思います。
坂本:でもたしかに野田さんが言ったようなことももちろん入ってますけどね。
■いろんな意味にとれるから面白いんだよね。
坂本:たぶん若い子が聴いたら、そういう風にはとらないと思う。
■リスナーの立場によって変わってくるのかな、と思うよ。
坂本:同世代とかは、正しくとると思うんですけど(笑)。
■“まだ平気?"の歌詞も面白いなと思ったんですよ。
▲:2番の韻の踏みかたとかも素晴らしいと思いました。
■これはなんで出てきたの?
坂本:これも曲が先にあって、こういう譜割りのメロディがハマってたんですけど、それを崩したくなくて、けっこう苦労したんですよね。やっぱり考えすぎると真面目っぽくなっちゃうし。
■最初の2曲が時代を捉えようとしていると思ったんだよね。
坂本:どちらかというと、ぼくは後半みたいな、1、2曲目以外の曲だけで10曲作りたかったんですけど、まあいいのかなと思って(笑)。
一同:(笑)。
▲:でも流れとしてはこの2曲と繋がりもけっこうありますしね。場面として分けて考えることもできるアルバムだと。
坂本:一応流れはあるんですけど、そういう風に聴く人はいないらしいので。
■いや、まだそんなことないんじゃないですかね。
▲:シングルを順番に並べてるような聴こえかたもするな、と思って。
■A面B面A面B面という感じで? なるほどねー。いやーでも2曲目をB面にするのもったいないな。
一同:(笑)。
▲:そういう話じゃないですよ(笑)。アルバムの構成ということでも、聴き方をいろいろ考えさせるアルバムだな、と感じました。
[[SplitPage]]歌詞が難しいなと思って、コロナになってますますですけど。インストの音楽だったらできるかもしれないけど、歌詞がある曲をわざわざリリースするときに、どんな言葉を歌うとしっくりくるかが難しくて。
■サウンド・プロダクションで、今回テーマはありました? 僕はちょっと、清志郎と細野(晴臣)さんがやったHISを思い出したりもしました。あれも歌謡曲的な、あるいはフォーク・ロックの雑食性と突き抜けた感じがあって。
坂本:ぼくは、けっこう、ロックっぽく……
■ロックっぽく?
坂本:いま聴いて格好良く聞こえるようなエレキギターの感じとかを出したいなと思ったんですけど。ソロになってからはあんまりエレキギターを全面に出してこなくて、比重が少なかったので。世の中的にもエレキギターの立場が悪くなってるので。
■ギターの音がクリアに聞こえていますよね。
坂本:あとは、オールディーズっぽい感じとか、アメリカン・ポップスの感じとか、ロカビリーの感じとか、サーフ・ギターとか……そういう感じは昔から好きだけど、今回はちょっと多めかもしれないですね。
▲:サーフ・ロックぽいといえば、4曲目のギターはなにを使ってるんですか?
坂本:ジャガーですね。中村(宗一郎)さんの。
■SGの音じゃないですもんね。5曲目は?
坂本:えーと、わからない(笑)。
■ご自分のSGだけじゃなくて、いろいろ使ってる、と。
坂本:メインは中村さんのジャガーかもしれないですね。
▲:そういうところで、サウンド的には昭和35年代感というか、60年代前半の感じがありますね。
坂本:60年代前半は好きですね。
■どうしてそのコンセプトが?
坂本:前から好きだし、さっき言った、モヤモヤしたのを突き抜けていく感じのイメージがあるんですね。キラキラして。
■"愛のふとさ"なんかはボサノヴァっぽいですよね。
坂本:この曲だけなんか違うんですよね。こういうのも1曲あっていいのかなと思って。これもデモ・テープのなかに入ってて、でもロックぽくないし、テイスト違うかな、と思ったけど、まあいいか、と。
一同:(笑)。
■今回のアルバムでは、僕の好きな曲のひとつだけど。
坂本:うん。曲としてはすごく良くできたかな、と。
■あと、1曲目のレゲエっぽい感じもいいなぁ。
坂本 レゲエっぽいですか?
■レゲエっぽいよね?
▲:ホーンの入り方とか、初期のダンス・ホールっぽいですよね。なんでトロンボーン入れようと思ったんですか?
坂本:それは西内(徹)さんが……。
■あのトロンボーンはすごいハマってたね
坂本:このトロンボーンは僕のアイデアですけど、2曲目のホーン・セクションは西内さんが考えてて、トロンボーンとサックスでやりたいというから任せて。で、スタジオにKEN KENと来て、1曲目はまだ途中段階で歌詞もなかったんだけど、この曲にも入れたらいいな、と思って、その場で。
▲:1曲目ってトラックとしてはワン・コードでやってるんですか?
坂本:ワン・コードですね。
▲:Cのワン・コードですよね。そのうえでリズムが変わっていく。
坂本:リズムがシャッフルのリズムと、エイトのリズムの2種類あって、リズム・ボックスがシャッフルになってて、リフが8ですね。
▲:ものすごく気持ち悪いですよね(笑)。でもその気持ち悪さに気づく人もどれだけいるのかな。
坂本:すごいねじれた感じにはなっていて、フワーっというのはスティール・ギターの音なんですけど、あれがシャッフルの周期で出てくるのでリフとズレて、ちょっと変な感じになっています。
▲:私は、こういうことをロバート・ワイアットとかがやりそうだなと思いました。すごく面白い。ところで、フジロック以降、ライヴはやってないんですか?
坂本:その後に福井のフェスに出ただけですね。
▲:これ(アルバム)が出たあとはツアーは予定されているんですか?
坂本:ツアーというほどじゃないですけど、東京とか大阪とかではやりますね。
▲:いまはだいぶライヴもやりやすいですよね。
坂本:ただ、俺もあんまり人混みに行きたくないから、来てくれとは言いづらいですね。人のライヴとかでぎゅうぎゅうだったりすると、行くの怖いので。それが染み付いてて。マスクしない人がワーワーやってるところに行きたくないって思っちゃうから。そういう状況で自分がやるのも抵抗あるし、どこからが安心でどこからがやばいという線引きは難しいんですけど、なんとなくあるじゃないですか。まあ大丈夫そうだな、とか、ここはちょっとやばいから早く出よう、とか。そういうことをどうしても考えちゃうんで。
■模索しながらやるしかないみたいな。
坂本:あと、俺はそもそもライヴやりたくなかったから。でもやりだしたら楽しいや、と思ってたんですけど、ライヴをやれなくなっても元に戻るだけというところあるんですよね。
■海外からオファーが来ると思うんですけど、それは行かないようにしてるの?
坂本:アメリカは延期の延期で今年の6月だったんだけど、それはこっちからキャンセルしましたね。
▲:まだ不安だということで?
坂本:あのーすごい赤字になりそうで。例えばもし隔離とかになっちゃうと……。
▲:隔離は自腹ですもんね。
坂本:全部補償してくれるわけじゃないから。向こうの滞在費とかこっちで払わなきゃいけなくなるし、お客さんも来るかわからないし。向こうでメンバーとかスタッフとかが感染して隔離というときにどうしていいかわからないし。
いまはライヴをやれば楽しいし、いい感じでやれるならやりたいけど。どういう場所でやるか、というのも関係してくるな、と思います。円安で飯も高いしね。
▲:レコードの輸入盤もますます高くなりますね。海外の配信は多いですか?
坂本:まあ多いですよ。ブラジルが多いんですよ。サンパウロとか。ブラジルで人気のあるO Ternoというバンドと一緒にやったから、それ繋がりだと思います。
▲:今回のアート・ワークは何かメッセージはあるんですか?
坂本:いや……とくにない、と言っちゃうと終わっちゃうか(笑)。
一同:(笑)。
坂本:まあこういう感じがいいかな、と思って。
■坂本君にとって、いま希望を感じることってなんですか?
坂本:希望を感じること。うーん……(長い沈黙)。
■乱暴な質問で申し訳ないですけど。
坂本:うーん、なんですかね? なんかありますか?
■酒飲んで音楽聴いて、サッカー観たり……、これは希望じゃないか(笑)!
坂本:個人的なことで真面目に言うと、いい曲を作ることには制限がないじゃないですか? 何となくでも、こういう曲が作りたいというのがある限り、それに向かって何かやる、ということは制限ないから、それはいいな、と思う。あと、楽しみで言えば、酒飲んで……みたいな、それくらいしかない(笑)。でも作品作っておかないとね。良い作品作っておけば、しばらく酒飲んでてもいいかな、と。それなしだとちょっと飲みづらいというか。
一同:(笑)。
■自分を律してると。
坂本:ほぼ冗談ですけど。でも、時代が変わって、世界の境界線が音楽においてはなくなっているので、曲を出すとタイム・ラグなく外国の人も曲を聴いてくれるじゃないですか。で、直接リアクションがあったりするし。
■ぼくも海外の人から感想を言われるのは、昔はなかったので、嬉しいですね。そういう文化の良きグローバリゼーションというのはあるよね。
坂本:悪い方もいっぱいあって、インターネットとかだとそっちが目立つじゃないですか。でも普通にラジオで最近買ったレコードかけると、その本人からコメントきたりとかありますね。それは昔とは違うかな、やっぱり。
▲:たしかにそれは希望かもしれないですね。