「You me」と一致するもの

YYU - ele-king

 「Can I watch you?」という言葉が、プレイヤーが故障でスキップしたかのように「I watch you」に短縮され、こだまする。この気味の悪い演出で締めくくられるにも関わらず、このカセット・テープは通して聴いても不気味な印象はなく、鬱屈していながらも不思議と爽やかでさえある。ジェームス・ブレイクは「愛の限界」をつきつけられ悲哀のポルターガイストを引き起こしていたが、YYUことベン・シュトラウスによる『タイムタイムタイム&タイム』は、決して贅沢ではないアパートの一室において、雨の降る町を横目に歌う地縛霊/背後霊めいたアヴァン・フォークのカセット・テープ作品である。

 タイニー・ミックス・テープスはこの作品のスタイルを「vaporwave, post-dubstep, avant-folk, wonky, footwork」と形容している。うさんくさいと思われるかもしれないが、ヴェイパーウェイヴ以外は納得のいくところだ。実際、僕もそれらを思い浮かべた。基本的にフィーチャーされているのはYYU自身と思われるフォーク風の弾き語りなのだが、エディットのされ方には、ジュークのBPMと細かいカットアップと、拍を把握しづらいポスト・ダブステップ的なリズムなんかがたしかに息づいている。そして、それが自慢げに披露されるわけでもなく、なにげなくさらっと聴くことができてしまう調合の妙には驚いた。クラシック・ギターとIDMの組み合わせとしてはローリー・モンクリーフを思い出したが、ローリーがあくまでトラックのうえに自らの歌を乗せていたのに対し、YYUは自らの弾き語りそれ自体をカットアップの対象のひとつと捉えている。さらには、今作にはアンビエント/ドローンの下敷きがそれとなく挟み込まれている。

 「vaporwave」というタグづけに関しては......とにかくタイニー・ミックス・テープがその語を言いたかったんだろう。ここには、正直なところレトロ・フューチャリスティックなヴィジュアルもなければ、ニュー・エイジを嘲るような舞台演出も、資本主義のもとでテクノロジーだけが現在進行形で果てもなく加速することへの懐疑的な戯れもない。あるのは、めまぐるしく毎日がすぎるのを感じている生活者の呻きのような歌である。そういう意味では、これはヴァーチャル・プラザから帰宅した、なんとなく肩こりを感じる生活者の歌とも言えるかもしれないね、タイニー・ミックス・テープス。
 ピッチが上がっていたり下がっていたりしてどれが地声なのか判断し難いほどだが、なんにせよ、声は疲れている。発語しているのはわかるが、滑舌はうやむやにされており、言葉はなかなかききとれない。明るいようでもあれば、哀しいようでもあるが、そのどちらをも悟らせないかのように、上手なヴォーカルはその内面を語らない。しかし、がむしゃらなフィンガー・ピッキングでクラシック・ギターの弦が弾き倒される音が、ときに叩きつけられるビートが、そしてそのジュークやポスト・ダブステップを思わせる複雑なリズムが、平坦に聴こえるヴォーカルの奥底に切迫したエモーションが胎動しているのを示唆しているようでもある。 

 この作品にはYYUなりにコンセプトがあるようだ。それはタイトルを見てもらえばなんとなく感じられるだろう。ボっとしていたらあっという間に過ぎ経っていってしまう「とき」をつかまえようとしており、そのための手がかりとして「反復」が試みられているようだ。今作でのカットアップ&ループは、ヒップホップのサンプリングのようなスムースなループではない。先述したスタイルで並べられたタグが示唆するとおり、不自然なタイミングでカットされ、ときにポリリズムを用いて、リスナーをつまづかせるようにループしている。ある数秒の「とき」が決して平坦に流れることなくたえず不自然に「反復」され、その「とき」と時間軸とを引き剥がすことによってその両方の存在をリスナーに印象づけてつかまえさせる。そしてエディットはやはり繊細になされている。

 オープニングから「タイム」という語がサンプラーの連打で繰り返される。ピッチの下げられた声が「&」「&」と繰り返す"&&&&"。えんぴつでリビングのテーブルを叩いたかのようなビートの"yyyy"。メランコリックな音色のオルゴールの節をタイトルで視覚化した"ll l l l"ののち、カセット・テープは長い沈黙を経て、B面へと続く。この沈黙でさえ、音楽を聴取することで逆に忘れられてしまう可能性のある「とき」という概念をはっきりと聴き手に認識させようとするものであるかのように思える。
 B面は、自らの弾き語りを途中からカットアップしピッチを変えリズムを変え「タイム」を反復させる"&time"で始まる。つぎの"4.55am-aloneholdingmybreath"つまり「午前4:55―ひとり自分の息を止めている」......夜もふけ朝になろうとするころにまだ眠りにつけない生活者が描写されている。ここには歌はなく、誰かの意味不明な歌の節がカットアップされ、休まらない頭のなかで絶えず反響してしまっている(それこそメディアファイアードのように)。ジュークの高速ハイハットを思わせるリズムは、日常の記憶(「とき」)の駆け巡るっているようで、睡眠中に脳が記憶の整理をしているという話を想起させる。あるいは眠りにつけないまま意識が過剰に働いてしまっているかのようでもある。いずれにしろ、ここにはタイトル通りに、痛々しく、息(生き)苦しい気分が閉じ込められている。高速のギターが印象的な"when you said that"ののち、センチメンタルなピアノと動悸のようなフロアタムの音、そしてまたやってくる高速BPMのリズムが印象的な"11pm breakfast sandwich"――「午後11:00 朝食 サンドイッチ」が、バイオリズム(体内時計)が狂ってしまった生活者の「とき」の経過を示唆する。「どこで」「あんた」という意味不明な日本語がサンプリングされ、日本のバンドtoeを思わせる激しいドラミングとアナログ・シンセがフューチャーされた"(((*~*~ under that"を経て、冒頭でも挙げた、女性的なピッチのヴォーカルが「Can I watch you?」と歌う"i haven't left"――「私は......離れてない」でカセット・テープはA面へ戻る。

 YYUは過去作品からすでに自らのフォークをIDM風にカットアップする試みをしていたようだが、今作『タイムタイムタイム&タイム』はジュークやポスト・ダブステップという複雑なリズムのベース・ミュージックを取り込んだ。それが狙ったのか偶然なのか分からないが、いや、おそらく狙ったのだろう、結果的には注目されうる要素として機能している。おまけに、スクリュー的な加工やエコーやカットアップおよびスムースでない不自然なループ、そしてNew Dreams Ltd.(ニュードリームス株式会社。いや、「新しい夢限られた」か)の「関連会社」の作品が話題を呼んだ〈ビア・オン・ザ・ラグ〉からのリリースということで、ヴェイパーウェイヴの波にも脇道で乗ることになった。メディアファイアードのレヴューではあえて言及しなかったが、同レーベルはそもそもヴェイパーウェイヴ専門レーベルというわけではないし、今作もあくまで非常に人間的な生活感やエモーションが表れている点において、ヴェイパーウェイヴの夢想的な態度とは真逆の性格をもつ作品である。しかし、情報デスクVIRTUALのバズののちに、それとは真逆のこういったフォーク作品をリリースをしかける〈ビア・オン・ザ・ラグ〉の、ヴェイパーウェイヴに頭を悩ます批評家たちを喰ったような姿勢はこれからも注目を集めるだろう。タイニー・ミックス・テープスはまんまとハメられてしまったわけだ。なにに? しかし、それはあくまで、ヴェイパーウェイヴに、なのだった。

 最後に、YYU自身からの日本語によるメッセージを紹介しよう。

 「私の床の上に音楽終日たくさんのとたくさん遊ばせてみましょう」。
 YYUは無邪気な音楽なのであって、ヴェイパーウェイヴのようなポップ・アートのテロリズム(?)と混同する必要はまるでない。しかし、彼は今作で「とき」を捉まえることができたのだろうか。この亡霊のような生活者は満足(成仏)できたのだろうか。彼が出した結論は、「あなたを見てる」ということだけ。ちょっと背筋がくすぐったい。

Sacred Tapestry - ele-king

Vektroid=Polygon WizardVektordrum=LASERDISC VISIONS=MACINTOSH PLUS=情報デスクVIRTUAL=FUJI GRID TV=INITIATION TAPE=ESC不在
 が与えられたとき、
Vektroid=〈NEW DREAMS LTD.
 が成り立つので、
〈NEW DREAMS LTD.〉=New Age-Psychedelic-Chillwave=Vaporwave
 であることより、
Vektroid=Vaporwave
 が言える。

 そう、ヴェイパーウェイヴとは、Vektroidを名乗る、アメリカ在住と思しき謎の人物による自作自演行為である。これが確かであるなら、ヴェイパーウェイヴは同時代の現象とはとても呼べないばかりか、小規模なアンダーグラウンド・コレクティヴでさえない。いわば偽装、詐術である。人がウェブ上に人格を持ちこんで以来、いわゆる「ネカマ」を標榜するユーザーが常に一定数、存在しているが、最初はそのような悪戯心からはじまったのであろうヴェイパーウェイヴも、少しずつ自らの意味付けを重くしていき、おそらくは自然な呼吸ができなくなってしまったのだろうと想像される。電子音楽史的には、ソロ活動者の伝統的な変名活動の一種と見るかもしれないが、この尋常ではないアカウント数は、ちょうどSNS上でサブ・アカウントや裏アカウントを取得し、陰口やエゴ・サーチ(ウェブ上自己検索)に耽る現代人の奇妙な分裂性、そしてそれを生む抑圧の構造に似ている。

 彼(彼女?)への追跡は、いまのところふたつの作品で行き詰まる。ひとつは、今年の5月に本人名義(Vektroid)でリリースされている『Color Ocean Road』で、同作のBandcamp上でのタグが、Vektroid(ヴェイパーウェイヴ)に関するほぼすべてのネタバレになっているが意味深だ。そして、いまさら隠すまでもないのか、最初からVektroid のSacred Tapestry名義であることが明記され、8月にSoundcloud上でのストリーミング・リリースとなった本作『Shader』が、〈NEW DREAMS LTD.〉という擬似レーベルの一応の区切りらしいのである。いわゆる「なかの人」であったVektroidが、このような撤退の素振りを見せている理由はいくつも推測される。悪ふざけでやっていたことが発見され、無視できない規模に広がってしまってビビッてしまったとか、単純に(超ニッチな規模とは言え)有名になってしまってウザくなったとか。もちろん、翻弄される私たちを見て、いまごろベッドの上で笑い転げている可能性もあるが......。

 この音楽に今日まで手を出さなかった人のために最低限のことを確認しておくと、ひと昔前の企業紹介ヴィデオの人畜無害なBGMを悪意でリミックスし、その残滓を無国籍でグロテスクなオフィス・カームとしてグチャグチャに混ぜ合わせたような産物だと思ってもらえばいい。ピッチ操作(スクリュー)された日本語音声や、意味が含まれているのか判断できない漢字の無作為なカット&ペースト、あるいは、使い古されたテレビ・コマーシャルの背景や古いコンピュータの起動音を引用したような痕跡も散見される。本作はその集大成とも言える内容だ。
 冒頭、日本の航空会社(?)のコマーシャル・ナレーションをスクリュー・ループさせた" LD・VHD "からはじまり、本作をヴェイパーウェイヴの作品と認識することが可能になる。だが、以降の曲でVektroid はそこを離れていく。続く"花こう岩 Cosmorama"では、動物の声や環境音などを散りばめつつ、"ドリーミー"以降、"移住"、"新たな夢 Spirited Child"では、最終的にはアンビエントに、互いに曲の区別がつかないくらい抽象的に、テンポ・ダウンしながらドロドロと覚醒していく。いわば前掲したタグのうち、new ageとpsychedelicがひたすら強調されていると言える。本作をヴェイパーウェイヴの終わり、そしてポスト・ヴェイパーウェイヴの始まりとするなら、その先にはさらに際どい世界への接近が待っているのかもしれない。
 ラストとなる"凍傷"は、ヴォイス・サンプルの操作という、一見、ヴェイパーウェイヴ的手法を悪乗りさせただけの音で、しかし私たちはそのような音でどこまでトリップできるのか、試しているようでもある(曲の後半部は凄まじい距離をゆらゆらと飛んでいく)。 かつてのヒッピーが目を付けた東洋の神秘主義と直結するのか、しないのか、分からないが、本作のサイケ趣味は相当の深度を行っていると言える。初期の活動で優先させていた、ある種のリラクゼーション・ミュージックとしての効用は、ここではサイケデリックの快楽主義に逸れているが、ロー・アートとしてのカウンター精神は引き継がれている。

 こうしたネタバレが済んだためか、「ヴェーパーウェイヴは終わった」と『Tiny Mix Tapes』が報じているが、これにはそれなりの根拠がある。2011年の11月以降、Polygon WizardとしてのYouTubeへのアップロードは途絶えているし、これ以降、〈Beer on the Rug〉からの有料配信/フィジカル・リリースが増えている一方で、本当に悪ノリしていたころのZIPファイルの削除がはじまっているのだ。目下、もっとも怪しいのはMEDIAFIREDやMIDNIGHT TELEVISION、COMPUTER DREAMSなどの「いかにも」な名義のアーティストだが、これらがどこまで繋がっているかは分からない。Vektroidの別名義かもしれないし、単なるフォロワーかもしれない。もっとも、ここまでやればどれだけ疑われても仕方がないとも言え、わざわざロシアのSNSであるvkにアカウントを取得した░▒▓マインドCTRL▓▒░が、今年の6月からヴェイパーウェイヴのネタバレ的投稿を続けているのも気にかかる。
 
 すべては気まぐれの愉快犯だったのだろうか? いか、仮にそうだとしても、ごく個人的な自己相対化の体験として、ヴェイパーウェイヴに出会って以降、それまで聴いていた音楽の聴こえ方がまったく違うものになってしまったことは強調しておきたい。ゼロ年代後期に『Pitchfork』が中心となって盛り立てたUSインディの音楽が、オルタナティブと呼ばれつつもどこか形骸化してしまったことを強引に暴き立てるような、問答無用の暴力性をそこに含意として感じたのだ。いわば、旧来の音楽環境が「本当に」荒廃したあと、つまり『Pitchfork』的なインディ音楽でさえも存続が危ぶまれるような季節が到来したときに、どのような音楽が立ち上がるのか、その最悪のシミュレーションを見せられているようなのだ。また、90年代の前半的な価値観に注がれる視線の向こうには、科学がまだギリギリのところで無邪気に、未来への希望として信じられていた頃の記憶を掘り起し、それをあえてディストピア的な反論として突き付け返しているようでもある。
 
 まったく......自分で書いておきながら、本当に妙な時代になったものだ。ヴェイパーウェイヴ----ウェブをシーンの中心に据えた最初の、小さな、そして本格的なこのアンダーグラウンド音楽は、ゼロ年代以降に生じた星の数ほどのマイクロ・ジャンル(音楽の部分的な傾向に依拠した曖昧な細分化カテゴリー)をめぐる2010年代以降の可能性、その示唆を多分に含んだ最初の衝撃(アンダーグラウンド2.0)だったと言える。
 残された〈Beer on the Rug〉を中心としたポスト・ヴェイパーウェイヴはこれからも展開していくにしても、同時代のムーヴメントやそれに代わる何かがどのように提起されるか、私はその一端を見た気がした。つまり、ある新しい音楽が「現象として面白い」という以前に、「本当に現象なのかどうかさえ分からないから面白い」ことがあり得るのだということを!
 もっとも、ヴェイパーウェイヴは多くの音源が2011年に流通し、その起源は音楽的にはJames Ferraroではないかと言われている。そうした文脈を踏まえた上での体系的な研究結果は、斎藤辰也君がいつか発表してくれるだろうが、個人的にはむしろ、本作におけるnew ageとpsychedelicの拡張路線の延長に立つ存在として、〈AMDISCS〉というレーベルに注目しているが、その話はまた今度。いまはただ、この悪趣味なサイケデリック・ミュージックの奥底に沈んでいたい。どこまでも、もっともっと深く。すべての音が溶け、その意味を失くしてしまうまで----。

Mediafired™ - ele-king

Mediafired™ - Pixies

"we had Pepsi™ sponsorship" misssequence(メディアファイアード™本人。上記動画のコメント欄にて)

 違法ダウソしてますか?™
 愉快なコマーシャル映像まで作られたオンライン・ストレージ〈メガアップロード〉は、違法ダウンロードの温床となっていたとされ、現在は閉鎖されている(https://www.megaupload.com/)。いっぽう、おなじく人気だったオンライン・ストレージ〈メディアファイアー〉は存続してはいるが、共有が違法と思われるファイルについては積極的に削除しているようだ。アーティスト名やタイトルとともに「mediafire」を入力してグーグル検索すれば音源ファイルが見つかりますよと友人に教えられたのは3年ほど前。いま同じことをしても、ダウンロードへのリンクは見つけづらい状況だろう。それが道理なのかもしれない。しかし、利用するか否かに関わらず、オンライン文化も全盛だというのに息苦しい出来事だなとも感じる。™

 メディアファイアード™ことジョアン・コスタ・ゴンサルヴェス(Joao Costa Goncalves)もポルトガルでそういった違和感をすこしは抱えているに違いない。今作『ザ・パスウェイ・スルー・ワットエヴァー』はあからさまに他者の著作物をカットアップして作られたものだ。素材となった曲を収録順に並べると、クイーンの“イニュエンドウ”/ヴァン・ヘイレンの“キャント・ストップ・ラヴィン・ユー”/インナー・サークルの“スウェット(アララララロン)”/ケイト・ブッシュの“嵐が丘”/バックストリート・ボーイズの“アイ・ウォント・イット・ザット・ウェイ”と、そうそうたる有名どころばかり――MOR(Middle Of the Road)的である。いずれも古い。商業的にも旬を過ぎたものであって、〈メディアファイアー〉にアップされていたとしてもちょっとイケてないではないか。™

 ビートルズやマイケル・ジャクソンをおなじように剽窃したジョン・オズワルドの『プランダーフォニック』との大きな違いとして、今作には過剰にエコーがかけられていることが挙げられる。これは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーのダニエル・ロパーティンによる『チャック・パーソンズ・エコージャムズVol.1』の、80年代のアダルト・コンテンポラリー(日本でいうAOR)やソウルの一節をループさせエコーの海に浸した手法「エコージャム」であり、「エコージャム」はタグの一種でもある(ちなみに、同アルバムの楽曲にダニエルがレトロな映像をつけたプロジェクト〈Sunsetcorp〉――斜陽企業がヴェイパーウェイヴの起こりだと思われる)。™

 今作でループさせられている一節一節は、ガンガンにエコーをかけられ、まるで巨大な聖殿に響き渡っているかのように祝祭的ですらある。景色はまるで真っ白で、鳩がパタパタと飛び立っていく画が見えるようだ。しかし、そんな演出とは対照的に、チョップとループのタイミングも展開も聴き手に心地よさを与えるものとはけっして言えないほど荒々しい。ピッチは原曲より低くされたりしながらも、スピードは上げられていたりする。祝祭的な響きをもちながらも、ポップソングがゾンビのように知性のないうめきを上げているようでもある。仕事中などにわけもなくなにかの歌の一節が脳内ループしてしまう体験に等しい。非常にストレスフルである。荒々しいが繊細に編集されている。ジェームス・フェラーロはポップ/ロックがリビングでつけっぱなしのMTVから垂れ流され平坦な環境音となり死んでいる様子を捉えたが、今作ではメディアファイアード™によってポップスがゾンビとして目覚め、リスナーに襲いかかってくる。™

 カセットのB面には「shit's cold / roam as you are」というサブタイトルがついているが、「私、キャシーよ!帰ってきたの。とても寒いから、窓から入れてちょうだい」と歌うケイト・ブッシュと、別れた恋人への未練を歌うバックストリート・ボーイズに対してメディアファイアード™が吐き捨てた言葉なのだろう。それらの曲名は“ピクシーズ”なんてバンド名がもろにつけられていたり、ソニックユースの曲名だったり、ニルヴァーナの“イン・ブルーム”の歌詞(“Spring Is Here”“Tender Age”)が引用されていたりする。俗なポップスに対して自分の趣味――すなわち自分にとっての聖(ノイジーなロック)をぶつけていく幼稚で原初的な対抗意識を演出している。™

 『ザ・パスウェイ・スルー・ワットエヴァー™』が『プランダーフォニック』のようなカルト的な支持を得ることはないだろう。なにしろ元ネタが基本的にcheezyでダサい懐メロからだ。しかし、それらはストレスフルな編集がなされているぶん原曲以上に印象的でもある。繰り返すが、編集は凝っている。最後の曲のアウトロでは飛行機が風を切る音が聞こえるが、これは“アイ・ウォント・イット・ザット・ウェイ”のミュージック・ヴィデオのイントロで挿入されている音だ。そう。つまり、そういうことだろう(I want it that way)。™

[UK Bass Music, Darkwave, etc] - ele-king

Darkstar - Timeaway



 『ノース』への大胆な方向転換の直後に〈ハイパーダブ〉から〈ワープ〉へ移籍したダークスターによる2年ぶりの新曲。ヴァイナルは11月20日に発売される(https://bleep.com/release/39342-darkstar-timeaway)。野田編集長はいまだにデュオだと思っていたみたいだが、『ノース』の時点ですでにヴォーカルにジェームス・バタリーを迎えたトリオになっている。
 プロデューサーにはワイルド・ビースツ/スペクタクルズ/エジプシャン・ヒップ・ホップなども手がけたリチャード・フォーンビーを起用しており、「イギリス北部ペナイン山脈のどこか深いところ」にある「ヴィクトリア調のジェントルの邸宅」を借りて録音されたアルバムは、来たる2013年初頭にリリース予定とのこと。
 この録音場所がなるほどと思えるほど、"タイムアウェイ"の旋律は、荘厳なエコーでメランコリーなイメージを讃えている。ダブステップ期もいまは昔。たださえ意外な方角へ舵をきった『ノース』以上にヴォーカルとハーモニーがフューチャーされ、いくぶんか明るくなった印象もあるが、陰鬱さを讃える美学はよりいっそう磨かれている。

 ダークスターのYouTubeアカウントには、レコーディング中のスローモーション映像にドローン/アンビエント風で静かな音楽を添えたものが"Nowhere"として4つアップされている。

 忘れもしない2011年4月9日、ロンドンはショーディッチにあるヴィレッジ・アンダーグラウンドというヴェニューにて、ダブステップのダも知らなかった僕がダークスターを観た。日本では聴いたことがないほどバカデカいベース音に全身を震わせられたとき、心臓を潰されて死ぬかと本気で思った。おおきな教会を改修したような広い会場。酒で酔っ払い喋りまくる、カルチャーめいたオーディエンス。機材トラブルによる1時間近くの遅延を経て、不穏な空気が拭えないなか、殺気だちながら透き通った目の青年が喉を震わせた。

 日本でのステージが実現することを期待しよう。


Dazed and Confused Live PART 2 with Darkstar & Gang Gang Dance

 これは先述の〈DAZED LIVE〉での映像。ダークスターはもちろん、トリのSBTRKTも凄かった。1時間以上も時間が押した結果、ギャング・ギャング・ダンス終了後には25:30近くなりオーディエンスは続々と帰ってしまった。ガラガラの会場にイラついていたように見えたが、SBTRKTは圧倒的にベスト・アクトだった。

Trimbal - Confidence Boost (Harmonimix)



 ロンドンのグライム系ラッパーであるトリンバル(元ロール・ディープ・クルー、基本的にはトリム名義)と、ジェームス・ブレイクの別名義ハーモニミクスによる作品のミュージック・ヴィデオ。ツイッターを見ていても、発表されると同時に瞬く間に話題となっていた。リリースは〈R&S〉から。撮影は、ザ・トリロジー・テープスの記事でも紹介したロロ・ジャクスンである(と、このようにウィル・バンクヘッドの陰がロンドンの地下水脈では散見される)。
 ミスター"CMYK"がトリムの叩きつける言葉を名義のごとくハモるその後ろでは、ノイズが大胆にブーストしている。

ポーズをとれ。
アイツがどれだけ信頼を寄せていようと知ったこっちゃないなら。
ポーズをとれ。
ガール、自分の服を着て自分がイケてると思ったなら。
ポーズをとれ。
きみが問題を抱えているなら、気にするな、
誰も知ったこっちゃない。
ポーズをとれ。ポーズをとれ。
Strike a pose.

 ポーズをとっているのかはわからないが、時折出てくるジェームス・ブレイクがイケメンであり可愛いことは間違いない。

Eaux - i



 〈ソーシャル・レジストリー〉に在籍していた気高く美しいシアン・アリス・グループ(Sian Alice Group)は解散してしまったが、そのメンバーであったシアン・エイハーンとベン・クルックにステフン・ウォリントンが合流したトリオがオー(EAUX)だ。
 11月に発売される新作EP『i』からタイトル曲が先行公開された。以前にリリースしていた両A面7インチ『Luther / No More Power』はダークなシンセ・ポップで、それこそ女性ヴォーカルの気高いダークスターという印象だったが、今作はほぼインストゥルメンタルである。ドラムがいないため、打ち込みのリズムにベンのギターやステファンのシンセを被せるかたちに落ち着いている。シアンは1音節の語を繰り返し発語する。

i i i i i i i i i
gotten gotten gotten gotten

 ジ・XXの新譜の先行試聴会で思い出したのが、サウンドこそ違うが、似た編成のオーだった。こちらはメランコリーを秘めていながらも甘美な部分を見いださせようとはせず、むしろ厳しさをたずさえる姿勢は、シアン・アリス・グループから通じているものだ。
 これだけではまだなにも分かる気がしないので、EPの発売を待ちたい。

Eaux - Luther

Zomby - Devils

https://twitter.com/ZombyMusic/status/256219187247210496

 ゾンビー(Zomby)が1分半ほどの新曲"Devils"をツイッター上で突如フリーでリリースしている。おそらくアルバムには収録しないということなのだろう。ゾンビーが「5人目のビートルズ」と称える亡き父親を弔った『デディケイション』とはずいぶん違う忙しなさがある。EP「Nothing」にも高速ビーツのトラックはあったが、今作にはより不安を煽るような態度がある。
 ツイッターも相変わらず順調に挑発的でブッ飛ばしているし、次のアルバムはダークで扇動的なものになりそうだ。

 他にもホット・チップのアレクシス・テイラーから、彼がチャールズ・ヘイワード/ジョン・コクソン/パット・トーマスとともに組んでいるアバウト・グループ(About Group)のアルバムが完成したということと、彼のソロEPが12月にドミノからリリースされるという報告を受けました。これは喜ばしい。

 ちなみに、今日ご紹介したアーティストはすべて〈ザ・トリロジー・テープス〉主宰のウィル・バンクヘッドと関わりがある。

JET SET 2012.10.15 - ele-king

Chart


1

Trimbal - Confidence Boost (R&S)
ご存じ時代の寵児James BlakeがHarmonimix名義でWiley率いるRoll Deepの元メンバーTrimbalとのタッグで作り上げたポスト・ポストUkベース/ヒップホップ・アンセム!

2

Lapalux - Same Other Time (Brainfeeder)
初来日も果たしているポストR&Bを牽引するビートメイカー=Stuart HowardことLapaluxが、類い稀な音楽センスを存分に披露した深化したコズミック・ソウル全5トラックを披露! これまた話題に上ること間違いなし!

3

Prins Thomas Orkester - Oving Ep (Full Pupp)
2年前にリリースされた自身の過去楽曲をバンド・リワークした大注目の作品!片面1曲、2枚組12"という贅沢な仕様も嬉しい"こだわり"の逸品です

4

Felipe Venegas - Critmical Baco (Cadenza)
Hoehenreglerからの前作"Tutu Calling Ep"や同レーベルからの"I Ching"等も大好評、チリの気鋭Felipe Venegasによる最新作!

5

Southern Shores - New World
昨年のデビューEp「Atlantic」が最高だったトロントの新星Southern Shores。2枚目のEpも当店大人気のCascineから!!ダウンロード・コード封入。

6

Sascha Dive - Move On (Oslo)
自身の主催するDeep Vibesを中心に、TsubaやOslo傘下のL.l.f.o.から数々の傑作を生み出すフランクフルトの才人Sascha Diveによる最新作品!

7

Dj Nu-mark - Broken Sunlight Series 4 (Hot Plate)
MochillaからリリースされたミックスCd『Take Me With You』でも感じられた質感で挑んだシリーズ第4弾! Quanticを迎えたスチール・パン入りトロピカル・グルーヴ、辺境アフロビートを収録したダブルサイダー!

8

Daphni - Jiaolong (Jiaolong)
CaribouまたはManitoba名義でもお馴染みDan Snaithが、美麗音響工作やフリーキーな仕掛けも満載のレフトフィールド・ハウス/ミニマル特大傑作を完成しました!!

9

V.A - International Feel A Compilation (International Feel)
2009年のリリースを皮切りに度肝を抜くクオリティーの作品を次々に世界に送り出してきた、ウルグアイのInternational Feelを120%堪能出来るコンピレーション!

10

Kylie Auldist - Changes / Nothin' Else To Beat Me (Tru Thoughts)
オージー・ファンク最高峰バンド、Bamboosの女性ヴォーカリスト。最新サード・ソロ・アルバム『Still Life』からの素晴らしい2曲を収録した限定7インチ!!

DJ END (B-Lines Delight / Dutty Dub Rockz) - ele-king

B-Lines Delight/Dutty Dub Rockz主宰
栃木のベース・ミュージックを動かし続けて10数年。へヴィーウェイト・マッシヴなDrum&BassパーティーRock Baby Soundsystemを主宰。同時に伝説的なレコード・ショップBasement Music Recordsでバイヤーを務め栃木/宇都宮シーンの様々な下地を作った。現在はDutty Dub Rockzに所属、北のリアルなベース・ミュージックの現場を作り出すべくスタートしたパーティーB-Lines Delightを主宰している。
https://soundcloud.com/dj-end-3
https://b-linesdelight.blogspot.com/
https://duttydubrockz.blogspot.com/

DJ END REWIND CHART


1
Ten Billion Dubz - One Drop Banger / Depth Charge - Dub
https://snd.sc/OVQonJ

2
Negatins - Crimson Horn - Dub
https://snd.sc/WVlYBF

3
DD Black - Deep Cover - Dub
https://snd.sc/OVQaNo

4
Altered natives - Tenement Yard Vol 3 - Eye4Eye Recordings
https://boomkat.com/downloads/568053-altered-natives-tenement-yard-vol-3

5
Zed Bias - Heavy Water Riddim - Digital SoundBoy
https://snd.sc/U6Z3QB

6
Dusk&Blackdown - Wicked Vibez feat.GQ - Keysound
https://youtu.be/WwcpxmPugoI

7
Pearson Sound - Clutch - Hessle Audio
https://snd.sc/OxrOtd

8
New York Transit Authority - Off The Traxx(VIP) - Lobstar Boy
https://snd.sc/SQWPIY

9
Bounty Killer vs Dub Phizix - Cellular Phone Rags (1TA's Killer Dancehall Refix) - Free Mp3
https://snd.sc/WVoBDF

10
Death Grips - NO LOVE DEEP WEB - Free MixTape
https://snd.sc/PzjW5N

Bob Dylan - ele-king

 ボブ・ディランはふたご座の男である。
 ほかにふたご座の男といって思い浮かぶのは、モリッシー、ポール・マッカートニー、太宰治、荒木飛呂彦、プリンスなどがいる。
 モリッシーの陰気な叙情、ポール・マッカートニーの聡明なキャッチーさ、太宰治の決め文句、荒木飛呂彦のナルシシズム、プリンスの天才に基づく詐欺師臭さ。のすべてが『Tempest』にはあると思った。というか、ディランにそのすべてがあるのだ。
 
      **********

 わたしはディランとは不幸な出会い方をした。ガロの『学生街の喫茶店』がいけなかったのである。金髪にブリーチした亀の子だわしのような頭で通学していたパンク娘には、あの世界はどうにもしゃらくさい。だから、多感な時期に彼を聴くことはしなかった。しかも、最初に聴いたのが、ダブリンの中古レコード屋で売られていた『Slow Train Coming』だったと書けば、熱心なファンの方々には「ゴスペルから聴いたのか」と鼻で笑われてもしょうがない。
 とは言え、このアルバムには"Gotta Serve Somebody"が入っていた。この曲にはジョン・レノンのアンサーソング事件というのがあり、いきなりクリスチャンになって「人は誰かに仕えなければ」などと言い出したディランに対し、レノンがぶち切れて"Serve Yourself"(己に仕えろ)という、まるでアコースティック・パンクのようなパロディ曲を書いた。という有名なエピソードがある。(わたしはこの話が個人的に好きで、久しぶりに2曲続けて聴いたらやっぱり爆笑してしまったが、しかしこのServe Yourself問題というのは、現代にも深い影を落としている。というのも、人間がServe Yourselfを貫くというのは実はたいへん険しい道であり、だからこそ人はナショナリズムだの民族主義だのといった仕える対象を探してしまう。この点は、日本でも坂口安吾が「人間は可憐で脆弱で愚かなので、堕ちぬくには弱すぎる」と的確に指摘している)

 『Tempest』は、ジョン・レノンへのトリビュート曲で終わっている。
 列車に揺られている"Duquesne Whistle"ではじまり、タイタニック号が沈んでいる"Tempest"で不気味に幕を閉じたかと思ったら、最後は故人に捧げる歌だった。という構成のためか、これがディランの最終アルバムになるという説も囁かれたが、本人は否定している。
 が、ディランが死を見ているのはたしかだろう。いや、彼は昔から死を意識していたと主張するファンもおられようが、71歳の人間が見ている死はそういうのとは違う。遺作になるかもしれない。という気持ちがふとよぎる年齢の人間は、「これが俺だった」というアルバムを作りたいのが人情だろうし、近年のディランがひたすらプレ・ロック時代のサウンドに安住しているのはそうした心情があるのからなのかと思う。そう考えれば、プレ・ロックなディランの35作目が、彼をロックに向かわせた旧友へのトリビュート曲で終わっているというのは、実に思わせぶりな辻褄の合わせ方だ。
 「己に仕えろ!」と吠えたレノンは、レノンという偶像に仕えていた男に撃たれて死んだ。一方、ディランのクリスチャン期は飽きっぽい彼らしくすぐ終わり、その後も長いソウル・サーチングの旅を続けている。生存者にはギルトのような感情が残ることが多いが、ディランの"Roll On John"には、例えば『The Filth and The Fury』でシド・ヴィシャスを想って泣いたライドンの哀切や、「不良少年とキリスト」で太宰を偲んで慟哭した安吾の痛みはない。それは遺作を意識する年齢になった人間が書くトリビュートだからかもしれないし、これは本当はレノンに捧げた曲ではないからかもしれない。だとすれば、この曲はプレ・ロックの雄、ディランから、死んだと言われて久しいロックという音楽に向けての、「Shine your light. Move it on」というメッセージなのかとも思えてくる。

       ************

 などと、まじめに思索に耽りそうになってしまうが、騙されてはいけないと思う。
 なにしろ彼は、一筋縄では行かないふたご座の男だからだ。
 モリッシーの陰気な叙情、ポール・マッカートニーの聡明なキャッチーさ、太宰治の決め文句、荒木飛呂彦のナルシシズム、プリンスの天才に基づく詐欺師臭さ。のすべてを併せ持つディランは、実に老獪な詩人である。
 個人的には、"Scarlet Town"のような曲の歌詞にその真骨頂を感じる。

 In Scarlet Town, you fight your father's foes
 Up on the hill, a chilly wind blows
 You fight 'em on high and you fight 'em down in
 You fight 'em with whiskey, morphine and gin
 You've got legs that can drive men mad
 A lot of things we didn't do that I wish we had

 死によって結ばれる若い男女の悲劇について歌ったスコットランド民謡の替え歌、ならぬ替え詩の筈が、すっかり酒場でぐだをまいている爺さんの喋りみたいになってしまっているが、聴いた人々は、「Scarlet Townとは米国のことだ」とか「hillとは政府だ」とか眉間に皺を寄せて考え込み、「深遠すぎてわからない」と放心するのである。

 ボブ・ディランは、老齢化ではなく、老獪化している。

dj kamikaz - ele-king

dj kamikaz

clockwise recordings再始動しました!
私自身の活動としては、六本木bullet'sにて開催されている"Metropolis"に定期的に出演しています!clockwise recordingsのこれからの動きはチョコチョコ報コックしまっすので。ツイッターやgoogle検索とかをチェケラッチョしてみてください。
今回はちょっと古めから今現在までの曲で、雰囲気の良い曲をまとめてみましたので。
https://soundcloud.com/kazakami

Chart


1
Airhead - Black Ink

2
Matthewdavid - Being Without You

3
Jeremiah Jae - $easons

4
Ras G - Yea

5
Nicole Willis&The Soul Investigator - Soul Investigator's Theme(Heralds of Change Remix)

6
dj klock - machine live @Niigata club JunkBox 2004 12/4

7
dj klock - untitled(2003 out take)

8
himeshi - Break my heart

9
shlohmo - Places

10
RLP - Minovsky Physics

Goku Green - ele-king

 今年の3月のことである。写真家の植本一子は「とうとう眉毛を整えたラッパーが出てきたぞ! と石田さん(夫であるECDのこと)が鼻息荒く教えてくれた」とツイートしていた。SALUのことだ。それがひどく印象に残ってしまい、機会あってECDにインタビューした際に、「SALUをはじめとする若手ラッパーについて、どう思いますか?」とたずねてみた。返答は思いがけないものだった。「SALUは作られているといった感じがするんだけれど、北海道のGoku Greenというラッパーは天然で......どちらかというと、僕に近い気がする」。もちろんこれは眉毛の話なんかではなく。

 ECDが1996年の七夕の日に日本語ラップ史に残るイベント「さんピンCAMP」を主催したのは有名な話だが、Goku Greenはそのちょうど1年後に生まれた。音楽好きの両親のもと、スヌープやボブ・マーリーを師と仰ぎながら育ち、高校入学と同時に本格的に音楽制作をはじめる。そして、昨年秋に無料ダウンロードで発表されたミックステープ『ハッパ・スクール』を契機にシーンの注目を集めることになる。ウィズ・カリファやカレンシーといった、いわゆるUSストーナー・ラップ直系のスムースでメロディがかったフローが持ち味で、SALUとはラップ・スタイルが近似しているためによく比較されていた(ともに影響を受けたアーティストとしてボブ・マーリーを挙げている)。しかし、前出のECDの言葉が端的に表しているように、この二者には違いがある。似たようなフローのなかにおいても、アクセントや節回しから90年代~00年代の日本語ラップの潮流を汲んでいるSALUに対して、GOKU GREENは、荒削りな原石としての輝きがある。発声法やトラックへ合わせたデリヴァリーしかり、洗練という意味では、SALUの方が上手かもしれない。だが、必ずしもスキルの優劣が音楽の良し悪しに直結するものではないことを僕らは知っているし、彼はそういうタイプの歌い手でもない。ヴォーカルのかぶせやエディットも最小限の簡素なつくりで、少々危うさもつきまとうボーカルだが、なにより華があるのだ。彼が「生まれながらのMC/ナチュラル・ボーン・ラッパー」と言われるゆえんであり、ECDに「天然」と指摘されもするそんな屈託のなさは、あるいは、かつての5lackの「テキトー」と言いかえてもいいのかもしれない。

 そんな彼のデビュー作は『ハイ・スクール』と題された。それはたんに、彼の日常の大きな比重を占めている場所を指しているのだろうか。大半の曲で歌われる内容は、ショーティー、マネーにウィ―ド......いずれもオーソドックスなヒップホップ・テーマの例に漏れないものばかりだが、「高校」という主題からはおおよそかけ離れているし、自分が高校生ということに言及している詞も少ない。にもかかわらず、こうしたタイトルをつけているのは、全編にただようモラトリアムなムードと、それを許している自身の生活・環境を考えてのことだろう。いわば、想像と夢に耽ることを許された時間。"キャン・ユー・フィール・イット"で聴けるライン「人生の計画は考えないでノリはEasy」なんてすがすがしいほどだ。また、"ネボー・ギャング"なんていう、彼らの仲間内で使われているキュートなスラングのように、ヒップホップ・マナーでもっていかに日々を楽しむかというゲームを行っているようなフシも感じとれる。今作が描き出す彼の日常は、"ドリーム・ライフ"の意味を「夢の日々」、もしくは「夢のような日々」のいずれに解釈するにしろ、現実感に付随する重さをきらい、若さに満ちた確証の持てない希望を、個人的な願望に置きかえて歌っている。ラップ・スタイルとしては、やはり5lackの系譜に連なるとは思うが、ストーナー・ラップの括りでいえば、ファンタジーを織り交ぜて東京という街を描出し、楽観的にも厭世的にもとれる平熱的な語り口を持つ詩人、ERAをも思い出させる。だがGOKU GREENはより初々しく甘酸っぱく、ドリーミーでポップだ。つまり、グリーンはグリーンでも、ストーンというよりはエヴァー・グリーン。思いがけないドラマに導かれた彼に言わせれば、ヒップホップのクリシェ「Life's A Bitch(人生はクソだ)」よりは、「Ma Life Iz Like A Movie」なのである。



 『ハイ・スクール』リリース後、GOKU GREENは8月にフリーのミックステープ『ダーティ・キッズ』を発表。こちらは発表直後から長らくダウンロードできなかったのだが、つい先ごろ2曲追加した形で再度発表された(ダウンロードはコチラ→)。『ダーティ・キッズ』はミックステープらしいつくりで、というのも、いくつかは既存の曲のビート・ジャックもので、フリースタイルでサクッと録ったような印象。だが、前半部を聴くだけでもビート・アプローチが確段にうまくなっていることがわかる。キャッチーなフックとフローのメロディ・センスは健在で、多幸感あふれるクローザー・トラック(その名も"ネボー!!!")まで心地よく聴かせられてしまう。総じて言えることではあるが、非常に軽い聴きざわりで、それが快い。目玉はLil'諭吉プロデュースの"キャンディ・キャンディ!!!!"で、テーマ・パークのメルヘンチックなBGMをサウス寄りのバウンシーなトラックにアレンジしたような好トラックだ。また、ニコラップをフィールドに活躍する気鋭のラッパーRAqやYURIKAといった客演陣は、非常に完成度の高いヴァースを提供しており、こちらも聴きごたえ十分。

 今年に入ってAKLO、LBとOtowaなど、ミックステープを主戦場として活動していたアーティストが有償かつフィジカルでのリリースを果たしている。そんななかでもGOKU GREENはミックステープ『ハッパ・スクール』のみを足がかりに、1年と経たずインディ・ヒップホップ専門の新興レーベル〈BLACK SWAN〉の第1弾アーティストとしてデビューを果たした。このアクションのはやさには「非メインストリームに潜むすばらしい音楽やアーティストを自由に紹介すること」をレーベル・ポリシーとして掲げる〈BLACK SWAN〉の強い思いがあったようだ。それにしても、THE OTOGIBANASHI'Sをはじめ、『REV TAPE』にも収録され話題となっていたdodoや、早くから騒がれていたRIKKIに、12月に〈LOW HIGH WHO?〉からデビューする女子高生ラッパーdaokoなどなど新たな世代の胎動と加速する若年化の波は、けっしてアイドル業界にかぎった話ではない。そんな過渡期ともいえるなか、先鞭をつけるかたちで若干16歳のGOKU GREENがアルバム・リリースを果たしたことの意味は大きい。長い目でみれば、『ハイ・スクール』は、ひとつの指標になり得る作品なのではないか。そう思ってしまうほどに、GOKU GREENはフレッシュで、ヒップホップ・ドリームをふたたび、僕らに夢見させてくれるのだ。

倉本諒 - ele-king

Dreampusherというワンマン・バンドで今年から後ろ向きに活動しています。愛称はドリシャです。
先日M. Geddes Gengrasとのセッションをレコーディングしました。気が向いたら形にします。

Crooked TapesからはNNF主催Britt BrownとAlex Brownによる負のオーラ全開のデュオ、Robedoorの"City of Scum"と、Metal Rougeの"Live Dead Elk"をリリースします。
というかもうしてます。ウェブの更新が億劫なだけです。
https://crooked-tapes.com

ジャケのアートワーク及び刷りを手掛けた若手Samantha GrassのLPが〈NNF〉から出ました。2ないし3色x500枚以上のいままでにない量で初めて腰をやられました。
DIYの肉体の限界に挑みます。

他もろもろ、あくまでコッソリとやったり目論んだりしているやらいないやらしてます。

2012 summer-autumn Smoker's Delight


1
M.Geddes Gengras / Personable LP (Peakoil)

2
Pete Swanson / Alone Together #5 7'(Emerald Cocoon)

3
Sean McCann & Matthew Sullivan / Vanity Fair LP(Recital One)

4
Sewn Leather / Feel The Lack CS(Chondritic Sound)

5
Ras G / El-Aylien Pt. II : C.razy A.lien 7'+CS(Leaving Records)

6
OM / Advaitic Songs LP (Drag City)

7
Sylvester Anfang II / John Changs Komische Hand : Moordende Maan 7'(the Great Pop Supplement)

8
Swans / The Seer LP(Young God)

9
Villains / Road to Ruin LP(Nuclear War Now !)

10
EYEHATEGOD / New Orleans is the New Vietnam 7'(A389 Recordings)
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