「Ord」と一致するもの

interview with Tofubeats - ele-king

 この数年、若いアーティストに接してしばしば感じるのは、とにかくきちんと自分たちのことを説明する、ということだ。そして、そう感じる相手はたいてい25歳前後の人びとだったりする。乱暴な世代論を振り回すようで恐縮だが、彼らのことを「プレゼン世代」と呼んでみてもいいだろうか? これは三田格さんがずいぶん前にふと口にされた言葉で、どんな意味でどんな対象を指すものだったかは覚えていない。けれど、こちらのインタヴューや問いかけに対して「べつに……」と靴を見つめることもなく、「言うことはない、ただ感じてくれ」とそっくり返ったりもしない、むしろエントリーシートに書き込むような慎重さと戦略性でもって回答する、ある世代のアーティストたちには、そうした呼び方を当てはめてみたくなる。村上隆『芸術闘争論』ではないけれども、音や作品を神秘化しないできちんと説明していかなければ外に伝わらないという感覚が、はじめから骨身に沁みているとでも言おうか。あるいは、調子のよかった頃の日本の空気にかすりもしていない年齢の人たちにとっては、そうしたことは不況や世知辛さと結びついたひとつの倫理観として内面化されているのかもしれない。説明せずにわかってもらおうだなんて、貴様(=自分)何様だ──「プレゼン」とは、そんなことでは生きていけないぞという、したたかさと謙虚さのあらわれであるようにさえ思われる。


Tofubeats
First Album

ワーナーミュージック・ジャパン

J-PopHouseHip-Hop

初回限定盤
Tower Amazon


通常盤
Tower Amazon

 筆者にとってtofubeatsは、音楽のフィールドにおいて、そんな「プレゼン」をもっともシャープに、鮮やかに、また自身を被検体のようにして提示しているアーティストのひとりだ。彼が「説明」するのはなにも彼自身の音楽についてばかりではない。自身の出自でもある〈マルチネ・レコーズ〉などネット・レーベル界隈の動向、そして国内に限らないインターネット・アンダーグラウンドのトレンド、ハウスやテクノ、Jポップへの愛、音楽産業の現在と行く末、地元としての、あるいはニュータウンという特殊性を帯びた場所としての神戸、対東京というスタンス、80年代や90年代カルチャーへの憧憬の感覚……彼が「インターネット時代の寵児」と呼ばれるのは、ネット云々というよりも、ポスト・インターネットの情報空間において物事を効率よく整理・翻訳し、適材を適所にはめてプロダクトを生み出すことができるというプロデューサーとしての才を指してだろう。さまざまな文脈を縫い、串刺しながら、彼の饒舌な「説明」は、音やパフォーマンスとなり、ひいてはある世代やカルチャー自体を翻訳するものとなった。そのふるまいは、プレゼンせずにはやっていけない世知辛い時代を生きる20代にとって頼もしく輝かしいロールモデルとなろうし、彼らの感覚やその生活の悲喜こもごもを容れられる器であったからこそ、「水星」はスマッシュ・ヒットとなったのではないか。

 いま彼の饒舌とプレゼンは、ようやくメジャー・デビュー・アルバムというかたちでさらに大きなフィールドに手をかけようとしている。その名も「First Album」。以下読んでいただければわかるように、tofubeatsの「説明」は、ドメスティックな範囲を越えて、Jポップ=日本を世界へ伝えていくという大きな目標へ向かって一歩距離をつめた。彼にいま見えているものはどんなものだろうか。意外にもちょっとしたエクスキューズからはじまったこのインタヴューには、しゃべらないtofubeats──音楽をつくり聴くこそがただひとつの喜びだというtofubeatsの姿と、そんな彼に音楽についてしゃべらせてしまう状況の不幸さとを垣間見る思いもする。けれども不幸と言ってはすべてが不幸で終わってしまう。「景気がいいって、いいじゃないですか」と言うtofubeatsは、日本のプレゼンを通してそんな空気とたたかうつもりなのかもしれない。「音楽サイコー!」という偽らざる本心をあえて冒頭で宣言し、それを空転させないために、みずからツモって上がる覚悟の勝負を彼は仕掛ける。『First Album』はその遠大な取り組みの「first」だ。そして、それが世間や業界に対すると同時に「人生を進めるため」の勝負であり、音楽がサイコーであることを証明するための自らへの勝負でもあることに、心を動かされる。

■tofubeats / トーフビーツ
1990年生まれ。神戸で活動するトラックメイカー/DJ。〈Maltine Records〉などのインターネット・レーベルの盛り上がりや、その周辺に浮上してきたシーンをはやくから象徴し、インディでありながら「水星 feat.オノマトペ大臣」というスマッシュ・ヒットを生んだ。
くるりをはじめとしたさまざまなアーティストのリミックスや、アイドル、CM等への楽曲提供などプロデューサーとして活躍の場を広げる他方、数多くのフェスやイヴェントにも出演、2013年にはアルバム『lost decade』をリリースする。同年〈ワーナーミュージック・ジャパン〉とサインし、森高千里らをゲストに迎えたEP「Don't Stop The Music」、藤井隆を迎えた「ディスコの神様 feat.藤井隆」といった話題盤を経て、2014年10月、メジャー・ファースト・フルとなる『First Album』を発表。先のふたりの他、新井ひとみ(東京女子流)、okadada、の子(神聖かまってちゃん)、PES(RIP SLYME)、BONNIE PINK、LIZ(MAD DECENT)、lyrical schoolら豪華なゲスト・アーティストを招いている。


やっぱりポップになったんだなあと思いますね。

それこそ『lost decade』をリリースするころ、tofubeatsって人は、メジャーという場所にするっともぐりこんで、古くなった業界の論理とかルールを自分たちがおもしろいように書き換えようとしているんだなってふうに見えました。そういうモチヴェーションとか野心をビリビリと放出していましたよね。

TB:はい、はい。

それで、今回満を持してメジャーからのファースト・アルバム──その名も『ファースト・アルバム』がリリースされるわけですけども、ここに至って、何かを書き換えている手ごたえみたいなものはありますか?

TB:うーん、書き換えたところもあれば、折れたところもあるアルバムだというか。「折れる」というか、順応した部分もあるなと感じますね。前のアルバムは、スキットが入って17曲でフルだったんですけど、今回はスキットがなくて18曲、聴き味が重たくないものになっていると思います。けっして明るいアルバムではないんですけど、するりと聴いてもらえるんじゃないかなと。それを考えると、やっぱりポップになったんだなあと思いますね。数字のこととかを考えたんだなー、みたいな。

ああ、なるほど。

TB:そこからバランスを取るために、後半のような流れがあるかなと思いました。

ご自身のことなのに、言い回しからもう、すごく客観的な見方をされてますね。

TB:いや、すごく短期間でアルバムを制作しなければならなくて。そういう事情もあって、シングルにぶつけるアルバムの曲というのは、ほんとに1ヵ月くらいでガーっと作ることになったんですよ。すごくタイトでしたね。

それこそ、アルバムという単位はどうなんですか? tofubeatsはシングルで問題提起してきたアーティストだと思いますし、それこそツイッターのタイムラインで音楽を聴いていくような世代でもありますよね。アルバムにすると、問題を出し終わったものを集めるような感じがありませんか?

TB:そうですね、だから、本当は全部アルバム・ヴァージョンにしたかったんです。それが時間の関係でどうしても無理だったというのが正直なところですね。

アルバム・ヴァージョンにするというのは、たとえばどんな感じになります?

TB:“おしえて検索”とかって、もともとそういうふうにアルバム・ヴァージョンをつくる予定で、サビ前にジュークっぽいパートがあったりとかシーケンスが入ったりとか、いくつかの要素を忍び込ませてあったんですよ。で、アルバムになるとそこを全部808に変えたりとかできたなーと……。そういうアイディアはいくつかあったんですよね。それをかたちにする時間が足りなかったので、それならばもっとちゃんと新しい曲を入れたほうがいいなって思いました。


前はもっと、3~4ヵ月あったんで、「自分なくし」みたいなことを最後にできたんですよ。

でも、グッとパーソナルな、小品みたいな曲も入ったんじゃないですか?

TB:そうですね、時間が本当になかったから、自分を切り売りしていく方向になっていくというか……。

ははは。

TB:前はもっと、3~4ヵ月あったんで、「自分なくし」みたいなことを最後にできたんですよ。だから自分でも聴けるアルバムになっているんですけどね。

自分なくし! では“ひとり”みたいな曲は?

TB:もっと推敲したかったなというのはありますね。

へえー。ロックやフォークとの差というところかもしれないですけど、ある種の表現領域においてはパーソナルなものがゆるされるというか、自分の切り売りってけっして悪いことではないですよね?

TB:まあ、そうっすね。だから『First Love』(宇多田ヒカル)とかをすげえ聴いて、「パーソナルなこととか言ってもまあいっかー!」みたいな。……そのような気持ちになったきっかけが『First Love』の15周年記念盤(2014年発売)ですね。

おっと! なるほど、『First Love』と『ファースト・アルバム』。

TB:そのエディションで宇多田さんの手書きの歌詞とか見て、「まあ、これが日本でいちばん売れたんだったら、俺も(パーソナルな曲づくりを)やっちゃっていいか!」と。

ははっ。だから、なぜそこでそんなエクスキューズが必要なんですか(笑)。そういうところがすごくおもしろいですけれどもね。では、“ひとり”がパーソナルな曲だといっても、一周回った視点があるわけですね。

TB:これでもちゃんと、(自分のことを)言わないようにしてるんですよ。自分のことを書いてしまうと他人が共感できなくなるというんでしょうか……そういう目線は必要じゃないですか? 「自分のことのように書かなければなりません」というのが基本にあるにせよ。
 あと、思い入れがある曲は人前でやりにくいというか。なぜ僕が“No.1”をライヴであんなにやるかというと、思い入れがぜんぜんないからなんですよね。曲のテクノロジーとしてはすごく好きなんですけど。ある意味では健全なんだと思いますね。そういう曲は自分でも扱いやすいし、外に広まっても自分が傷つかない。

その「健全」の線引きが興味深いですね。わたしくらいの世代だと──まあ、一概に世代の問題と括れないですが、いわゆるロック、オルタナティヴが入口だったりすると、音楽が生々しい一人称と結びつくことにとくに違和感もないというか。そこを忌避する感覚に、やっぱりちょっと差を感じますね。

TB:なんか、そういうふうに思っちゃうんですよね。

なるほどー。


Jポップって、狭い点に絞って作っていくほど、最終的に大きな容れ物になるというか、いろんな人に受け入れられるものになっていくというか。

TB:あと、自分の作った曲ならば、どんなにクソな曲だったとしても、それを作っていたときのことを思い出すというか。だから、そういう個人性みたいなものはなにも意識しなくても出てくるから、あとで薄めるくらいがちょうどいいという気もするんです。
 実際、自分の中でも成功した曲というのは“水星”とか“No.1”とかなんですけど、あれは何にも考えないで作った曲でもあるんですよね。“LOST DECADE”とか思い入れがあるけど、だからこそライヴでもやんないし。

野田:逆にファンは“水星”みたいな曲に思い入れがあると思うんだよね。

TB:そうそう、だから「容れ物」になるってことなんですよね。空っぽの物を出すというのは。Jポップって、狭い点に絞って作っていくほど、最終的に大きな容れ物になるというか、いろんな人に受け入れられるものになっていくというか。「思い」みたいなものは、意識しなくても自分が作ったものであるかぎりは入ってしまうものだとも思いますし。

野田:たとえば「生々しい自分をさらけ出す」というような、ちょっと上の世代がやってきたことへのアンチ・テーゼだったりはしない?

TB:どうなんですかね? 好きなアーティストはあまりそういう感じではないかもしれないですね。BONNIE PINKさんとかすごく好きなんですけど、彼女がはたして自分のことをそんなに歌っているのかというと……わからないですからね。
 でもべつに自分をさらけ出すというような表現が嫌なわけではぜんぜんないです。むしろ、最近のアイドルとかの手法に対して思うところが大きいですね。「こんなに大変でした!」みたいに説明するのとかって、そんなに品のいいやり方じゃないなというか。まあまさにいまこのインタヴューがそうだ!ってのもあるんですが(笑)。

ストーリーはもとからあるものじゃないですか。

 最近そういう音楽が増えている気はしますかね。ストーリーを意図的に作ろうとしている。ストーリーはもとからあるものじゃないですか。たとえば僕だったら「インターネットから出てきました」「インターネットに救われました」みたいな(笑)。それは本当の話ではあるけど、自分から吹聴するものでもないというか、そういう部分での品のよさとか塩梅っていうのはあるじゃないですか。

たしかに、利用しているわけではないですよね。

TB:最近だと「インターネット時代の寵児」みたいによく書かれて、ダルいなーみたいな(笑)。

野田:はははは! それは書かれるよね。

TB:いや、書いてもいいですし間違ってるわけでもないですけど──新幹線がある時代に生まれたから東京まで来れる、みたいなもので、インターネットがあったからデビューできた、というところはありますからね。かといって僕はべつに〈マルチネ〉のスポークスマンでもないし。〈マルチネ〉だけがネットレーベルというわけでもない。

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冒頭で「音楽サイコー」とかって言ってますけど、あれは言わせてるんですよね、台本書いて。


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初回限定盤
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通常盤
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「インターネット時代の寵児」という言い方もそうなんですけど、トーフさんたちは、インターネットのなかにもストリートが存在してるんだということをいちはやく象徴したアーティストでもありますよね。そんな人たちにとってクラブとかハコでのライヴとか、具体的な場所を持ったイヴェントってどういうものだったんですか?

TB:状況のひとつっていうか、自分にとってはそこまで大きなものではないですね。家で音楽を聴く、電車で音楽を聴く、そういう中にクラブで音楽を聴くという状況もあるっていうような。自分の性格としては家が好きだし、家で聴くのが好きっていうところがあるんですけどね。関西ではもうDJほとんどやってないし。

野田:Seihoくんとやったりしてたじゃない?

TB:あれは1回だけですよ(昨年dancinthruthenights、sugar's campaign、PR0P0SEの3組で行われたイヴェント〈fashion show〉)。夕方の時間帯にやったやつで、そういうのもやっぱり楽しいんですけど……。
 最近は「音楽はライヴがいいよね」ってノリがありますよね。あれってライヴがいいというよりも、みんながiTunesとかでいろんなものを家で聴けるようになったから相対的にいいって感じられるだけであって、CDの売り上げが下がってライヴの質が上がるというようなことではぜんぜんないと思うんですよ。それも環境のひとつってことです。クラブに行ったらクラブの聴き方があるし、自分の曲でもクラブでかけるものはアレンジがちがう。

なるほど。『lost decade』も今作もそうですけど、パーティが終わるところからはじまりますよね。「バイバイ、ありがとう」っていう。あれは何か意図があるんですか?

TB:前回が終わりからはじまって、今回も終わりからはじめたかったんですけど、かつ外からはじめたくって。

外?

TB:前回は「わー」ってパーティが終わって、部屋で僕が「ふぅ……」って小芝居して、ってカットになるんですけど、今回は某野外フェスのときの録音なんですよ。で、そのまま曲に入っていくんです。

はい、はい。

TB:だから、家を出たってことを暗に示しているというか。……まあ、自分だけにわかることなんですけど。

あ、そうなんですね。

TB:デビューしたぞ、と。

なるほどー。

TB:だから、前回と同じなんですけど、家は出たぞと。

へえー。磯部涼さんのご著書を思い浮かべたりしたんですけどね、「音楽が終わって、人生が始まる」って。

TB:ああ、そういう気持ちもあるかもしれません。あとは、あそこで「音楽サイコー」とかって言ってますけど、あれは言わせてるんですよね、台本書いて。

おおっ、なるほど。私はあの「音楽サイコー」についてぜひ訊きたかったんです。

TB:このアルバムありきでやってますね。「こんなふうに言ってね」ってライヴ前に伝えて。

あの「音楽サイコー」ってなんなんですか?

TB:もう、メジャー行ってもやりたいことはそこっていうか。音楽がやりたくて、それをやるために最善の策は何かって考えて、いまはひとまずメジャーに行って、アルバムを出してみたりしているわけなんですけど、そういうことをわかってほしいというか。
 たとえば、僕は森高(千里)さんといっしょにやって、この曲を森高さんに食われたとは思ってないし、藤井(隆)さんもしかりで、僭越ながらそういうメジャーな仕事を通して音楽への入り口のひとつを作れたらって思います。あとは、いままで僕の音楽を聴いてきてくれた人たちも裏切りたくないとも思いますし。後半のインスト群とかオカダダさんとの曲とかもそうですね。大人が絡むことで煩雑さが増したりすることはあるんですけど、そういう中で最善のことをやってるよってところを見せたい。

うん、うん。

TB:1ヵ月半でアルバム作れっていうのも、無茶な話じゃないですか。もっと時間をかけたかったというのは断言しておきたいです。……でも、大変だったぶん、前のアルバムより直感的なものにはなってるかなと思いますね。前のはなんか、病気のときに作ってるなって感じがするんですよね(笑)。今回は畳み掛けるようなところがあります。昔の曲も入っているんですけど、限られた中ではよくやったほうなんじゃないかと。


シングルに毎回すごいカロリーを使ってるんですよ。“Don't Stop The Music”とか“ディスコの神様”とかは、すごく個人的にもプレッシャーがかかっていたんです。

野田:前のアルバムから1年以上経つから、もっとはやく出してもよかったんじゃないかって気もするけどね。

TB:そうですね。でもシングルに毎回すごいカロリーを使ってるんですよ。“Don't Stop The Music”とか“ディスコの神様”とかは、芸能の世界も絡むという意味でこれまで作ったことないものでしたし、何よりすごく個人的にプレッシャーがかかっていたんです。

野田:いつも自信たっぷりみたいに見えるけどねー。

TB:やっぱりメジャー・デビューということもあるし、そのわりに数字的にそれほど跳ね返りがあったわけでもなかったり。そんななかで「もうどうでもいいやー」って感じで“CAND\\\LAND”みたいな曲ができたのはよかったですけどね。あんまり気にしていてもしょうがないなって。

でも“CAND\\\LAND”って大事な曲ですよね。

TB:そうなんですよね。

どっちかというと、「音楽業界の仕組みを変えてやる」っていうよりも、「お茶の間にとんでもないものを流してやる」っていう方向で。

TB:そうそう(笑)。


パラパラとトリル(Trill)っていうのはやりたくて。

〈マッド・ディセント(Mad Decent)〉とパラパラ。

TB:2年前からパラパラとトリル(Trill)っていうのはやりたくて。トリルは作れたんですけど、パラパラはできなくて、勉強した結果やっと生まれたんですよ。幸いヴォーカルもリズムも間に合って、アルバムに入ることになりました。今回作った中でいちばんうれしかった曲ですね。締切の2日前にトラックダウン用のヴォーカル・データが届いて……それがイヴェントの会場の楽屋だったんですけど(〈音霊OTODAMA SEA STUDIO〉@鎌倉由比ヶ浜)、その場でトラックダウンして、その日にかけました(笑)。

へえー。アルバムの腰の位置で、重要な役割をもった曲だと思います。

TB:ていうかこの曲がなかったら、アルバムのイメージがだいぶ変わっちゃうんじゃないですか? だから相当慌てて、急いで入れてよかったです。

Jポップ革命であると同時に、Jポップによって外を変えるんだっていうような、tofubeatsの意志みたいなものが通ってますね。

TB:どっちかというとその後者を目指していて、「Jポップというコンテクストを説明するチャンスを与えてもらっている」と思ってますね。Jポップってめちゃくちゃいいものだって思うんですよ。BONNIEさんとかも世界的に売れるはずの人だと思っているんですけど、まだ誰もそれを説明できていなくて……というか、ピチカート(・ファイヴ)とかは、それを説明できていたからそのままKCRWとかにも出ていたわけで、そういうことがなんでいまないんだろうなって感じますね。彼らがKCRWの公開収録で日本語のまま歌を歌っていることがけっこう衝撃で。

アメリカ人とか海外の人に向けてその人たち用の曲を作るんじゃなくて、あくまで自分たちが日本人であるということを通していかないと。醤油を売るみたいな感じで、そのままを海外に売るというか。

 ああいうのを見て勇気づけられるところがあるし、宇多田さんがUtada名義でそこまでセールスを伸ばせなかったけど、アメリカ人とか海外の人に向けてその人たち用の曲を作るんじゃなくて、あくまで自分たちが日本人であるということを通していかないと。醤油を売るみたいな感じで、そのままを海外に売るというか、そういうことがちゃんとできたらいいなっていうのはずっと思っています。だから、BBCのレディオ1に出られたことで、それをちょっと証明できたかなと思います。好きなことをやっていれば大丈夫なんだなって思えました。Jポップから影響を受けたことを恥ずかしがらずにいていいんだと。

野田:なるほどね。ピチカートは本当に人気があったけど、半分オリエンタリズムとして受けてたところもあるからね。

TB:それでもいいんです。僕がR・ケリーを聴いていいなと思うように、R・ケリーが僕のを聴いていいなと思うことだってあると思ってるんですよ。

野田:日本人が海外でウケるときのパターンってふたつあると思っていて、三島由紀夫として売れるか、村上春樹として売れるか。

TB:三島由紀夫的な見方をされてもオッケーですよ。

野田:なるほどね(笑)。

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Jポップって、日本のポップスじゃなくて「J-POP」っていうひとつのジャンルなんだってことなんです。

TB:そもそも(ボーエン)bo enとかの話を聞いていると、Jポップっていうのは何かしら海外にないものをもっているんだろうなあと思わせられるんですよね。ボーエンなんて、曲をアップするときに「J-POP」ってタグをつけるわけですよ。ぜんぜんJポップじゃねえじゃんって思うんですけど、つまりはJポップって、日本のポップスじゃなくて「J-POP」っていうひとつのジャンルなんだってことなんです。
 宇多田ヒカルだってそうですよ。あれはR&Bじゃないんですっていう。

野田:まあ、R&Bだけどね。

TB:いやいや、ちがうんですよ。それっぽくなってますけど、あんなメロディであんなアレンジでっていうのはありえない。日本語で、プロデューサーにもあのメンツが集まらないとあんなふうにはならないってところがありますよ。

野田:いまフランスでJハウスっていうか、日本の90年代初頭のハウスを集めまくっているコレクターが増えているみたいだけどね。そこでは、たとえば宇多田ヒカルとかもすごく好んでかけられたりしている。でもその理由の一つはとても単純で、日本語で歌われているのがたまらないっていうんだよ。

TB:そうなんですよね。母音に合わせて作られる音楽の感じとか、そういうものがすごくいいと思うんですよね。

野田:これだけいろんな音楽がアーカイヴされているのに、外国人からみると日本はブラックボックスになっている。

TB:だからレッド・ブルだったか〈BOILER ROOM〉だったか、日本のレコードだけを1時間えんえん聴くっていう企画をやってましたよね。日本の音楽ばっかりを集めているコレクターの家で、まったく曲名とかも明かさないまま日本の音楽をかけつづけるんですよ。僕らは日本語もわかるし、「ああ、じゃがたらかかってるわー」とかって感じなんですけど、海外からしたらマジでブラックボックスで、コレクターは曲名すら出そうとしないし、レーベルだけ見せて、でもお前ら読めへんやろ日本語、みたいな感じでドヤ顔なんです。

野田:なるほどねー。


tomadが言っている言葉ですごく好きなのが、「動かずに旅をせよ」っていうもので。自分にとっては、音楽が、Jポップが、動かずに旅をするためにできることなので……。

日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とかの頃とはちがうかたちでおもしろがられたり参照し直されたりするタイミングなのかもしれませんが、その機運にパッケージを乗せてやろうというようなもくろみがあったりしますか?

TB:tomadが言っている言葉ですごく好きなのが、「動かずに旅をせよ」っていうもので、BBCとかだって、いかに神戸から動かずに世界に音を届けるかっていうところで得た結果のひとつなんですよ。自分にとっては、音楽が、Jポップが、動かずに旅をするためにできることなので……。

野田:“インターネット時代の寵児”じゃない(笑)。

TB:いやいや(笑)、tomadとか師匠がいての僕なんで。

野田:あ、師匠って位置づけなの?

TB:や、もうなんていうか──

社長?

TB:あ、社長はありますけど、なんていうんだろう、困ったときに電話する人ではありますね。

ああー。

TB:人生に悩んだときに電話する人がふたりいて、──あ、3人かな、まずはマネージャーの杉生さん。あと、tomad、オカダダです。

杉生:全員ロクでもないじゃねーか。

TB:うん。あと、全員無職。

杉生:俺は無職じゃないし!

(tofu注:全員マネージャー、社長業とDJとして働いていますのでこれはジョークです。悪しからず。)

(一同笑)


やっぱりいい曲を作って出すことがうれしくてやっているわけですからね。バンドキャンプでこれまでにリリースしてきた曲って、僕いまだにすごく好きで。

まあ、そんなふうに「インターネットつないでヴァカンス」とか「wi-fiあったらどこでもいい」(“#eyezonu”)みたいなことをいちはやく体現してこられたわけですけれども、一方で、いまは状況がそれに追いついちゃってるところもあると思うんですね。そのなかで次にtofubeatsはどんな存在になっていくんですかね。

TB:ふつうにもっとミュージシャンになりたいというのはありますね。いまは、言ってるばっかりのヤツですからね(笑)。

野田:ははは!

いやいや、それが輝いてますから。

TB:言ってることとかスタンスとか、そんなんばっかりですから(笑)。でも。やっぱりいい曲を作って出すことがうれしくてやっているわけですからね。バンドキャンプでこれまでにリリースしてきた曲って、僕いまだにすごく好きで。ああいうときの気持ちをメジャーでもうちょっと出せないかなって思いますね。
 今回だと“衣替え”とかそれにちょっと近いです。

うんうん!

TB:でもBONNIEさんを呼ぶことによってちょっとコマーシャルになっていて、バランスがとれたかなって思います。ほんとに、音楽を作って人に聴いてもらうっていうのが好きなので、そのときどきでそれに適した状況に自分をもっていくってことですかね。


ゲームよりも人生を進めたい、って。

なるほどなあ。音楽っていうところでは、トーフさんにひとつ切ない姿勢みたいなものを感じるんですよ。冒頭の「音楽サイコー!」の話に戻りますけどね、あのちょっと薄っぺらなパーティ感とか、あるいは「音楽」に対する執拗な自己言及──「朝が来るまで終わる事の無いダンスを」とかもそうですけど、本当に音楽の真ん中で十全にそれを味わいきっている人は、そんなに音楽音楽って言わない気がするんですよ。じつは音楽に対して距離がある、みたいな。そこになにか非常に切実で切ない、リアルで生々しいものがあるように感じるんです。

TB:ああ……、でも音楽くらいしか本当に楽しいことがないというか。それ以外に楽しいことなんてあんのか、みたいな。

野田:じゃあ、けっこう素直な言葉なんだ?

TB:そうっすね、ゲームよりも人生を進めたい(※)って書いてますけど、ヒップホップってよくゲームってふうにたとえたりするじゃないですか。僕はそんなにおっきい枠では楽しめへんというか、そんな俯瞰できひんみたいなところがあるんです。音楽をやっていてそれをゲームだなんてふうには言えないです。

※「ゲームに良く例えるけど/本当は俺は人生を進めたい」(“20140803”)

ああ──

TB:だって音楽しかやったことがないし、それこそ中1のころから曲を作っていて。カヴァーとかコピー・バンドとかもしたことがなくて、でもそれのおかげで作った音楽をインターネットで他人に褒めてもらったりとか、それこそtomadとかとも友だちになれて、いまのこの状況があって……。音楽を作ったはいいけど、それを乗せてくれる電車のようなインターネットがなかったら、すべてがないですからね。

そうかもしれないですね。

TB:でも音楽を「流す」って言うように、音楽は流れもんで、つまりは無くなるものでもありますよね。それから、自分の好きなものが変わっていってしまうという、いい意味でも悪い意味でも切ないようなところがある。
 ドラマの最終回とかってむやみやたらによかったりするじゃないですか。でもJポップってそういうことのような気もするというか。そのために作られている音楽でもあるし。

最終回にJポップがめちゃくちゃ効いてくるっていうのは、ありますよね。

TB:軽薄であるがゆえによいみたいなところがありますよね。というか、そういうJポップが好きなのかな。でも軽薄であることがかなしいというような切なさもある……。

いい、切ない回答です。そんなに音楽が好きな人がなぜこんなに「音楽音楽」って言わなきゃいけないのか。

TB:だからそれは、さっき言ったように「説明しなきゃわかってもらえない」っていう。

野田:なるほどね。

音楽が昔ほど若者カルチャーの超真ん中ってわけじゃなかったりもしますしね。

TB:それは、ありますね。

野田:むしろ「インターネット」ってキーワードのほうが取り沙汰されてしまったりするしね。

そんなところに対する、「こんなに音楽がただ好きなのになあ」っていう感じが、ヒリヒリくるんですよ。ペラっとした「音楽サイコー」から。

TB:そうかもしれないです。結局、音楽を作っても音楽的なバックがあんまりないというか。先日初めてバンドで自分の音楽をやってもらったんですけど、あれって自分への音楽的なバックがあるものだなって思いますね。あとは音楽をやることでお金をもらって生活がよくなって機材を買ったりすることができるとか、それも音楽によるバックだと思います。
 でもたとえば自分の音楽が売れて、自分の顔をさして「めんどくさい」とか言われたりするようになったとしたら、それははたして音楽で得しているのか。そういう芸能的な部分での葛藤もあるにはありますね。メジャーでもし自分がうまくいくことがあれば、ちやほやされたいだけで音楽をやっている人と自分とは何かがちがうんだっていうことを証明したいなとは思いますね。──そういうのを否定したくはないですし、証明もまったくできていないんですけれども。

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藤井さんは本当に音楽が好きで、ただの音楽オタクで。みんなに知ってもらいたいなという部分もあります。僭越ですけれども。


Tofubeats
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いやいや、藤井隆さんとの曲(“ディスコの神様”)なんて、まさにそういうところでつながっているんじゃないですか?

TB:そう、あの人も本っ当に音楽が好きな人なんですよね。

最初は、なにかコンセプチュアルに藤井隆というアイコンが引っぱり出されてきているのかなと思ったんですよ。tofubeatsだし。でも曲を聴いて実際に感じるのは、音楽つながりなんだなあというような。

TB:そうそう、藤井さんはすごくジョディ・ワトリーが好きで、しかも高校生のときに〈ブルーノート〉に観にいっていたりとかしてるわけなんですよ。前もスタジオで、「96年にオランダで買ったレコードが思い出せないんです。“エターナリー”って言ってる……」とかって突然言い出して、何を言ってるんだろうと思っていたんですけど、実際に探したらその曲があったりしたんですよね。本当に音楽が好きで、ただの音楽オタクで。そういうことをインタヴューとかの端々から感じていたからこそ、この人にオファーしようって思ったんです。

そういうキラキラとしたマジックが、メジャーというステージでは可能になるんだなというところはありますよね。

TB:それに、藤井さんがこんなに音楽が好きなんだっていうことを、これを通じてみんなに知ってもらいたいなという部分もあります。僭越ですけれども。

なるほど。すごく素敵な話ですよ。それに、遊び場がひとつ増えた、広がったというところもあるんじゃないですか?

TB:いやー……。そうですね、ほんとにBONNIEさんとか、藤井さんとか、〈ワーナー〉に来ないとできないことではあったので。

その一方で、ERAさんとかPUNPEEさんとか、前作のひとつのインディ感からは異なるものにもなっていると思いますが。

TB:それはでも、今度出るアナログとか、企画段階のリミックス盤とかには自分に近いところからブッキングしていて。
 とはいえ、アルバム自体はこのかたちでラッピングしておかないと、自分のやっていることがいっしょすぎてしまうし、そこはメジャーから出すということを意識しました。

野田:どんな人たちなの?

TB:BUSHMINDさん、STARRBURSTさん、(DJ・)HIGHSCHOOLさん、MASS-HOLEさん、ENDRUNさん、SH-BEATSさん、YOSHIMARLさんです。

野田:うわ、すごいね(笑)。


いっぱい曲が入っていれば、嫌な曲を消してもふつうのアルバムくらいの分量は残る。聴いている人が金額的に得なもの、というところでアルバムを考えています。

ところで、アルバムという単位についてもうちょっと掘り下げて訊いていいですか? いまは、タイムラインで1曲単位の消費、しかも1時間後に消えていてもおかしくないようなものを追ったりするわけじゃないですか。トーフさんはそういうところで生き生きと呼吸をしている人ですが、それに対してアルバムというのは、それこそ産業的に完成されたひとつのフォームでもありますよね。

TB:このアルバムについては、俺ならこう並べるってだけですけどね。あとは、いっぱい曲が入っていれば、嫌な曲を消してもふつうのアルバムくらいの分量は残る。このあたりの気持ちは『lost decade』のときと変わらないですね。聴いている人が金額的に得なもの、というところです。ただ、プレイリストありきでは作ってないですけどね。
 通常のメジャーのアルバムの作り方だったら、2曲めに自分のラップなんて絶対に入れずに“Don't Stop The Music”をもってくるわけですけれど、そういうことはやってないです。あと、CDで出しているのはあくまで〈ワーナー〉とサインしているからで、でもディスク2がついていて安い。

「安い」「お得」というのも、コンセプチュアルに仕組まれているように感じますね。

TB:でも、安いっていうのは会社の提案なんですよ。2枚組で2,400円って、頭おかしくなっちゃったのか? って思いました(笑)。

(一同笑)

真ん中にも思いきって4曲ほどインストが入っていたりするじゃないですか。

TB:あれはもう絶対に入れたくて。

“Populuxe”とかが好きです。

TB:あれは60年代のアメリカの、郊外開発のときのキーワードなんです。ニュータウンについていろいろ研究しているときにぶちあたった単語で、けっこう好きだったのでデモ曲のタイトルにしていたんですが、それをそのまま使いました。

どういう意味なんです?

TB:60年代に、郊外に一戸建てを買ってわりとリッチに暮らすっていうようなスタイルが流行って、そのころのひとつの価値観を表す言葉というか。ポップでデラックスっていうことなんです。成金というとまたちょっとニュアンスがちがいますけど。

ああ、なるほど。

TB:郊外での暮らしが、いわゆるサバーブっていう感じのものになっていって、レッチワースみたいな、田園都市の根幹を成す考え方と合流していくという。でも、曲に使用しているのは単純に単語が好きだからですね。曲自体はポリリズムがやりたかったというだけのものなんです。4拍子と5拍子の。菊地成孔とかもやってるから俺も、って。

野田:意識するの?

TB:いえ、意識するわけじゃないんですが。でもJAZZDOMMUNISTERSを聴いていて、本当に菊地成孔さんのラップはいいなあって思って。あのアルバム、僕はすごく好きで。というか菊地さんのラップが好きなんですよ。やっぱりラッパーってパーソナリティなんだなってことをヒリヒリ感じました。もう、そいつがおもしろいかどうかってのが大きいなって。

そういえば、これも素朴に気になっていたんですが、トーフさんって二次元カルチャー的な入口が意外にないですよね。アニメとか、あるいはニコニコ動画、ボカロみたいな文脈がない。

TB:それは意識的にやってますね。日本のものを世界に明け渡すにあたって、ニコ動にアップしていたら外国人は見ないので。

なるほど。言語の問題を措いても、特性ともいうべき独特の閉鎖性がありますよね。弾幕が流れて画像がブロックされますし(笑)。

TB:あとは、ボーカロイド周辺の雰囲気があまり自分の肌には合ってないみたいで。思っている以上にクローズドなものがあるのかなと思います。いってみれば、シカゴ・ハウスとかよりもずっとハードコアなんじゃないですか? 初音ミクを使わなきゃいけないっていうのは。


707って使わなきゃいけないものだったけど、そこからいろんな発明が生まれてきたわけじゃないですか。でも初音ミクはどう彼女を運用していくかみたいな部分が大きい気がします。

野田:なんで(笑)?

TB:いや、それこそいちばん病んでいたころのデトロイト・テクノくらい開いていないというか。

野田:909を使わなきゃいけない、っていう?

TB:キャラなわけだから、「初音ミクはこんなこと言わない」みたいな次元も生まれてきたりするわけですよね。アイディアで何かが入れ替わっていくのではなくて、キャラクターとしての閉鎖性とプラグインとしての機能の制限が複雑に絡み合っているみたいに見えて、自分からするとちょっと面倒くさいというか。そもそもキャラに思い入れがなければ参入しにくいですし。最終的にその閉じまくった複雑さが海外でパーンとウケたりもしてますが、自分には向いていないなって思いますね。
 707って使わなきゃいけないものだったけど、そこからいろんな発明が生まれてきたわけじゃないですか。でも初音ミクって、それを使って発明をしたりしようというものではない。どちらかというと、どう彼女を運用していくかみたいな部分が大きい気がします。

予算をかけて作れた時代の音楽が好きなんだなって自分で思います。そしてそういう人たちの音楽はブックオフにあるんです。

なるほど、では反対に、昔ながらでメガな受け皿について。単に個人的なルーツなのかもしれないんですけど、BONNIEさんだったり森高さんだったりって、「芸能」とか「テレビ」とかに象徴される種類の豊かさが反映されたものだと思うんですね。そのへんはわざわざフォーカスしたものなんですか?

TB:半分意識的で半分そうじゃないかもしれませんね。BONNIEさんとか、予算をかけて作れた時代の音楽が好きなんだなって自分で思います。そしてそういう人たちの音楽はブックオフにあるんです。

なるほど(笑)。

TB:だから僕が出会いやすかった。ということに尽きます。BONNIE PINKさんとか、1万円札を持っていけば全部かえる揃うと思います。言い方は最悪に聞こえるかもしれませんが。森高さんも全部ブックオフだし、藤井さんもそうだし、今回お呼びしているなかで、誰ひとりとしてリアルタイムで正規盤を買っている人はいないです。残念ながら。

(一同笑)

TB:だから今回はじめて還元ができるという言い方もできるかもしれないですね。

では、それなりに素直に自分の背景でもあるわけですよね。

TB:そうですね。あとは、景気がいいっていうのはいいなって思います。そんな時代の音楽に憧れている部分はありますね。

いかにお金をかけないかっていう工夫合戦が、ある種の音楽を進化させてきた側面もありますけどね。

TB:それもあると思います。でも、だからこそ「音楽、音楽」って言わなきゃいけないのかもしれない。

ああ、なるほど。

TB:ハイプなものではまったくなくなってますから。音楽は。

今日なんかは、テレビの収録もあったわけですよね。テレビ出演につながってくるというのは、トーフさんにとって大きいことですか?

TB:まあ、大きいことですねー。ありがたいです。営業の方とかも、こんなやつをテレビに出させてくれて。でも一方で、それで数が動くことの切なさみたいなものもありますね。知名度っていうのはそんなところで上がっていくんだなって。

いまだテレビは大きいんですね。

TB:まずは聴いてもらうところからはじめなきゃいけないので、それは本当にありがたいんですが。ただ、自分が本当に音楽が好きなので、音楽を好きじゃない人に届けるという概念があまりよくわかんないです。実際出ると反響はあるんですけどね。
 やっぱりそういうことを感じるために神戸にいるという部分もあります。世のなかそんなに信用できないなっていうことを、神戸にいるとよく感じられるというか。

ははは! ここにいると麻痺するんですかね?

TB:そんな気がします。あとはスピードを遅らせたい。結局は「中の人」になっていっちゃうだろうし、就職もしないで音楽をやる仕事に入ってきてしまったので、きっと他の人からずれていくと思うんです。それを遅らせたいという気持ちはありますね。


何の手も借りない、自立したポップス──それはもしかしたらポップスと言わないのかもしれないですけどね──そんなものになれたらいいなって思うんですよね。

方向としても、さらにプロデューサーという感じになっていくんですかね? いまやっていることもコンセプターとしての気質みたいな部分もそうかと思いますが。

TB:プロデューサー側になれたらいいなと思うんですけどね。繰り返しになりますけど、音楽を作って、聴いてもらうことがうれしいわけなので。でも本音を言うと、自分でいいなと思える曲ができた瞬間がいちばんうれしいです。それ以上はないですよね。

なるほど。でもそのあたりが次のステップということになっていくわけですね。

TB:そうですね。あまり内向的にならないようにしようと思います(笑)。

ははは! そこは、内向的になってもいいんじゃないですか?

TB:いや、もっとEDMくらいの開き方をしていかなきゃぐらいに思ってますよ(笑)。

野田:EDMにはならなくていいけど、ポップスは目指してほしいよね。

TB:いまは、何かに寄りかからなくていいポップスをやっている人がいないですから。AKBもEXILEも、何か別のものとポップスを掛け合わせたものじゃないですか。何の手も借りない、自立したポップス──それはもしかしたらポップスと言わないのかもしれないですけどね──そんなものになれたらいいなって思うんですよね。ポップスとしてひとつで立ってるもの。

よくわかりますよ。

TB:がんばるって言うしかないんですけどね! よく言われんですよ、「〈マルチネ〉の人柱」って。僕が突入していくと、みんながそこにつづいてくれるわけです。いちばん若いので、鉄砲玉として働きますよ。

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いや、ほんとに、“Shangri-La”のときのインタヴューを読んで“No.1”を作ったんですよ、僕は。

野田:20年前にはたくさんいたタイプだと思うんだよね。いまは少ないけど。

TB:そうそう、そう思います。マリンさんとか寺田創一さんとかテイトウワさんとか、そういう人たちにシンパシーを感じるんですよ。

野田:まあ、こうやって話していると思うけど、すごく石野(卓球)とかに似てるよね。デビューした頃の。アマチュア時代にいちばん人気があったのが“N.O.”っていう曲なんだけど、それは石野が唯一自分の本心を吐露している曲なんだよね。

TB:ああー! でも、そうですね。

野田:でも、彼はそれをメジャーで出すこともライヴで演奏することも嫌がったし、レコーディングし直すことも拒否してるんだよ。それはやっぱり、自分のことを正直に歌っているから。

TB:ああー! なんですかその話。それ聞いて、今日すごいよかった!

野田:言ってることいっしょでしょう。

TB:いや、すごくわかります! “Shangri-La”とかはなんも考えてないっていう感じがするんですよ。

野田:そう、あれはエンターテインメントで芸なのね。

TB:いや、ほんとに、“Shangri-La”のときのインタヴューを読んで“No.1”を作ったんですよ、僕は。たしか、“Shangri-La”の歌詞を考えるためにスタジオを借りたけど、歌詞が出てこなくて、「瀧がトロフィーって言ったんだよね」みたいなことを言っていて……。「トロフィー」って言葉は歌詞には入れなかったけど、いちばん売れた曲だからあれは「トロフィー」だったんだな、っていうような話で。で、そうか、縁起のいい言葉を曲名にすればいい曲になるんだなって思って、先に“No.1”というタイトルを決めてから作りはじめたのがあの曲なんです!

野田:はははは!

TB:だからいまの話をきいてちょっとビビったっすね。

野田:正直な自分は出したくないっていう考え方は、すごくあるよね。

TB:そういうのは人の考えであれ嫌だから、今回のアルバムも、会社から“朝が来るまで終わる事の無いダンスを”を入れませんかって提案されたとき、快諾はしたんですが、思うところはあって。たまたま『WIRED』の原稿とかでそのことについて説明することができたのでよかったですが、もし何の説明もなくこの出したら、すごくやるのが嫌になっただろうなって思います。
 何度かその曲を人前でやる機会をもらったんですが、なんか、風営法の問題が盛り上がっているときにすごく運動で使われたんですよね。結構ショックでしたね。


自分が大事に作った曲が自分の手を離れていくっていう感覚はわかりました。アルバムを出すというのはそういう理由かもしれませんね。出ちゃったんだから、どうとられてもしょうがない。

そうなんですか? 意図はどうあれ、アンセミックにも響くような大きさのある曲ではありますよね。

TB:たしかに、自分が大事に作った曲が自分の手を離れていくっていう感覚はわかりました。こういうことかあって。でも世の中にあんまり期待しないっていうところもあるので、ポジティヴな意味で諦めていますけどね。……アルバムを出すというのはそういう理由かもしれませんね。出ちゃったんだから、どうとられてもしょうがない、諦めるというような。

野田:でも、なんで風営法のキャンペーンに使われるのがダメなの?

TB:いや、風営法のために作ったものじゃないからですよ。僕は反対というわけでもなかったし。でもこの曲のおかげで風営法反対の公演とかへの出演依頼がめちゃくちゃ来たんですよね。

へえー!

TB:風営法に反対だっていうことを一回も言ったことがなかったのに。それで勝手にキャンペーン・ソングみたいになってるのがつらかったので、クリエイティブ・コモンズをつけてフリー・ダウンロードにしたんですよ。もう、知らぬ存ぜぬということで。音楽はそういうものから自由だからいいのに。

野田:政治に利用されるのが不本意だったのね。

TB:ダンス・ミュージックってそういうものじゃないじゃないですか。「イエーイ!」みたいな……あ、そうでもないか(笑)。

(一同笑)

TB:でも、505っていいなみたいな、そういう気持ちを僕は大事にしたいんですよ。「505に宿ってるソウル」とかじゃなくて、もっと「いいよねー」みたいなところを。だから、“ディスコの神様”みたいなものが売れたら、とても景気がいいじゃないですか。
 SMAPではじめてオリコンの1位を獲った曲が“Hey Hey おおきに毎度あり”なんですよ。その話がめっちゃ好きなんです。あんな歌詞のものがオリコンの1位っていう──あんな、っていうのは1周まわって最高だっていうような意味なんですけど。あんな曲が1位を獲るというのは、つくづく景気のいい時代だったんだなって。

505っていいなみたいな、そういう気持ちを僕は大事にしたいんですよ。

さっき言っていたような、空っぽのものがいいと思う理由は、そのへんにもありますね。しかもそれが受け入れられているのはある意味で健全だと思います。みんな薄っぺらいラヴ・ソングがどうこうって揶揄したりしてますけど、薄っぺらいラヴ・ソングが売れていることがどんだけいいことかって話ですよ。

野田:まあ、でも、景気がよかった頃ってメガ・ヒットはないんだよね。みんなが平均的に売れていたってだけで。むしろ景気が悪くなってからミリオンが出るようになる。

TB:それは、言われてみればそうですかね。“らいおんハート”とか“世界に一つだけの花”とかの頃はもう不景気だって思うっす。

でも、tofubeatsの仕事というのは、自分がバーっと売れればいいという種のことではないですよね。

TB:自分の曲が育ってほしいなって思いますね。

そうですね。それが種を生むというか、ひとつの状況を準備できたらっていう。でも、そんなふうに何かを引き受けてやるぞっていうのが、メジャーになるということかもしれないですね。

TB:そうですね、プロ野球選手になったって感じです。プロの二軍の人よりうまいアマチュアの人ってぜったいいるはずじゃないですか。でもプロはプロって看板はらなきゃいけない。僕にしたって僕よりいい曲書く人なんていっぱいいるわけです。

でも、音楽って、ぜんぜんなにも引き受けなくてもいいものじゃないですか。

TB:そうかもしれないですけど、引き受けること以外にメジャーがやれることって、いまそんなにないなって思います。

野田:本来ならそういうプロ意識って、こんなふうに公言しなくてもよかったものなはずなんだけどね。でも公言しなければならないくらい、一種のアマチュアリズムがはびこっている部分はあるんじゃないかな。

そうですね。今日は非常に心強い言葉がきけました。

野田:でも10年後ぜんぜんちがうことを言ってるかもしれないよ(笑)。

TB:歌は世につれ……ですよ。そこは変わっていけばいいと思います(笑)。


次回は紙ele-kingに掲載された過去のインタヴューをお届けします!



Call Super - ele-king

 2014年を印象づけるひとつのキーワードが、「IDM/エレクトロニカ」である。ARCAもそうだし、FKAトゥイングスも、AFX人気も、いろいろなところにそれが伺えるだろう。年のはじまりがアクトレスのリリースからだったというのも象徴的だ。
 ニッチではない。この現象は実に説明しやすいもので、最初の「IDM/エレクトロニカ」ブームのときと同じく、アンチEDM(反・飼い慣らされたレイヴ)ってことだろう。対立軸がはっきりしているほうがシーンは面白くなる。
 とはいえ、『スージー・エクト』がダンス・カルチャーと対立しているわけではない。むしろクラブとベッドルームとの境目を溶解して、両側に通じているというか。ロンドンの〈ハウンズトゥース〉が送り出す、ジョセフ・リッチモンド・シートンによるコール・スーパーのデビュー・アルバムも2014年らしい、聴き応えのあるエレクトロニカ作品だ。

 2011年にデビューしばかりのコール・スーパーは、明らかにハウス/テクノのクラブ・ミュージックの側にいた。フィンガーズ・インクをモダンにアップデートしたような……、いや、それをほんとどコピーしたヴォーカル・ハウスである。が、活動の拠点を〈ハウンズトゥース〉に移してからの彼は型を外す方向に向かい、家聴きされることを意識したであろうこのファースト・アルバムでは、OPNとクラブとの溝を埋めるかのようなエレクトロニック・ミュージックを試みているわけだ。

 『スージー・エクト』を特徴付けているのは、エイフェックス・ツインの『セレクティッド・アンビエント・ワークス』を彷彿させるほどの、圧倒的なロマンティックさにある。押しつげがましくない程度に、緊張感のあるリズムをキープしながらも、ドリーミーで、なんとも恍惚としたサウンドを展開、曲によってはフルートやオーブエの生音まで入っている。また、そのリズムもテクノ/ハウス一辺倒ではなく、ボンゴの演奏を活かしたパーカッシヴな心地よさ、ダブの陶酔、アンビエント、いろいろある。つまり、工夫はあるが、屈託のない音楽なのである。

DEAN BLUNT - ele-king

 元ハイプ・ウィリアムスの片割れ、もっとも不可解なプロデューサーのひとり、ディーン・ブランドがYuTubeで彼の新しい12インチの片鱗を発表した。

 また、もう1曲の“50 Cent”も発表されている(https://www.youtube.com/watch?v=YQfwPziK-SA)。
 アルバムは11月に〈ラフトレード〉からリリースされる予定。そのタイトルは……『ブラック・メタル』(なはははは……)。

Arca - ele-king

 今年、E王にしなかったことを悔やんだ1枚が FKAトゥイグスの『LP1』なんですけど、そこでも主要プロデューサーとして話題になったアルカのニュースです。現在アルカは、10月29日に待望の初のフィジカル・リリース(デビュー・アルバム『Xen』)を控えていますが、先行シングルのPVが公開されました。

シングル「Thievery」ミュージック・ヴィデオ(ディレクター:ジェシー・カンダ)

 と同時に、なんと、ビョークの次作のプロデューサーがアルカに決定したというニュースまで舞い込んで来ました。いや~、すごい勢いですな。

YOUNG ANIMAL - ele-king

最近よくかける曲を選びました

不定期でWASTELAND、偶数月の第一土曜日にDEUZEBRAというパーティーを京都で主催中。

2014. 10. 4 (SAT) DEUZEBRA@Spanish Harlem Latin Club
DJ: KAZUMA / RILLA / YOUNG ANIMAL

2014. 11. 15(SAT) WASTELAND@SOCRATES
DJ: Ooshima Shigeru / HARA / YOUNG ANIMAL

https://twitter.com/YoungAnimal240

DJ SHINYA (JAPONICA / BUTTER) - ele-king


1
UCND - TERRA INCOGNITA EP PART 1 (INCL.DJ NATURE REMIX)

2
COFFEE & CIGARETTES BAND - LOVE THING (7EDIT) / TOKYO HYO-RYU (ON THE RUN EDIT)

3
BACAO RHYTHM & STEEL BAND - BACAO SUAVE

4
DIGGS DUKE - THE UPPER HAND & OTHER GRAND ILLUSIONS

5
JOHN GIBBS AND THE UNLIMITED SOUND OF STEEL ORCHESTRA - J'OUVERT
(LORD ECHO REMIX)

6
MR. SCRUFF - WE ARE COMING (MAX GRAEF REMIX)

7
UC BEATZ - UNTITLED TRACK 1 / UNTITLED TRACK 2

8
MANNMADEMUSIC / ROUGH TIMES EP

9
STEPAK-TAKRAW - PHAT FAT JACKSON / CHANG MOI

10
ORLANDO JULIUS WITH THE HELIOCENTRICS - JAIYEDE AFRO

京都のセレクト・レコードショップJAPONICA music storeのバイヤー。
アナログ制作/パーティー・オーガナイズもしております。
https://www.japonica-music.com/
https://soundcloud.com/dj-shinya

Masahiko Takeda - ele-king

in the bag


1
V.A. - First Recitation [Récit Records]

2
Takashi Himeoka - Francis [Croisiere Musique]

3
Yudai Tamura - Subterranean [The Rabbit Hole]

4
Sepp - Basorelief Edict [Uvar]

5
Cristi Cons - Nutatia [[a:rpia:r]]

6
Mayday - TicTicTic [Pheerce Citi]

7
Farben - the sampling matter ep [Farben]

8
Philipp Priebe - The Being of the Beautiful [IL Y A]

9
Rick Wade - Waveheart [Harmonie Park]

10
Pantha Du Prince & The Bell Laboratory - Elements of Light [Rough Trade]

https://masahikotakeda.com/


1
HOLDEN - The Illuminations (Arpsolo) - border community recordings

2
Commodity Place - Ahura Mazda’ - électronique.it records

3
SHOCKS - PULSE - ESP

4
CRUISE FAMILY - BE PART OF IT(CLUB MIX) - not not fun records

5
PANACUSTICA - loto a : rat’s poem.cosmic metal mother - food & music lab,rama

6
COSMIC HANDSHAKES - the delicate details - M1S-SESSIONS

7
PRINS THOMAS’ - Bobletekno (DJ Sotofett’s Ride-On-411-Disco-Mix) - FULL PUPP

8
LEISURE CONNECTION - WAVE RIDING - NO SOUND IN SPACE

9
COLDFEET - IN MY LUCID DREAMSKARMA RMX - SPECTRUM WORKS

10
Kim Brown - People’s Republic - just another beat

blog : https://djkazushi.blogspot.jp
Twitter : https://twitter.com/DJ_KAZUSHI
Face Book : https://www.facebook.com/kazushi.minakawa

DJ Schedule
14.9.27(sat) MAJIO EXHIBITION CLOSING PARTY@仙台PANGAEA
14.9.28(sun)寺フェス&神社フェス@仙台 徳泉寺&榴ヶ岡天満宮
14.10.1(wed) TRAVESSIA@神宮前bonobo
14.10.3(fri) @阿佐ヶ谷Cafein
14.10.4(sat) immix@東高円寺GRASSROOTS
14.10.24(fri) BASED ON KYOTO Releace Party@仙台PANGAEA
14.11.1-3 FLOWER CAMP@長崎 トリカブト生活科学研究所
14.11.29(sat) @鹿児島

Goth-Trad in Mexico - ele-king

チョルーラのレコード屋ディスコフレニアを訪れたGoth-Trad (Photo by Karenillo)
チョルーラのレコード屋
ディスコフレニアを訪れたGoth-Trad
(Photo by Karenillo)

 日本のDJ、プロデューサーのゴストラッドが、メキシコに来るというニュースを知ったのは、プエブラ州都プエブラの郊外の町、チョルーラのレコード屋、ディスコフレニアを経営するリカルド・グスマン(通称ニック)のフェイスブックの書き込みだった。何でも、ディスコフレニアの1周年記念と、彼が所属するプエブラのベース・ミュージック・コレクティヴ、アンダーベースのパーティで、ゴストラッドを呼ぶというのだ。
 ゴストラッドは2014年8月に初のラテンアメリカ・ツアーで、ブラジル(リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロ)、アルゼンチン(コルドバ)、米国(デンバー)、メキシコ(カンクン、メリダ、グアナファト、メキシコシティ)をまわり、それを締めくくるのが、プエブラ州都プエブラとなったわけだ。
 私が住む首都メキシコシティの電子音楽シーンは、業界人のたまり場となるだけで盛り上がりに欠けるので、車で片道3時間かけても、ニックの仕切るプエブラのイヴェントへ行くと決めた。ニックはジャイアンのようなキャラで、突っ走り過ぎるのがタマにキズなのだが、その強引さと頼もしさでパーティを確実に成功させる。私はメキシコ在住8年目だが、記憶に残るほど楽しいイヴェントには、ニックが関わるものが多い。
 ところで、ゴストラッドとメキシコというのに違和感を覚える人もいるかもしれないが、メキシコとベースミュージックは相性がいいと思う。たとえば、メキシコでは1970年代から存在するゲットーの路上サウンドシステム=ソニデロの発展により、低音を効かせたメキシコ独自のクンビアが根強い人気を誇っている。若者の間ではルーツやダブのレゲエ・イヴェントも頻繁に行われているし、ドラムンベースやダブステップも好まれている。日本の某音響メーカーの人がメキシコで売れるスピーカーは、音質よりもとにかく低音が響くものだと言っていて、その確信を深めたものだ。

プエブラのイベント風景


 イヴェント当日の8月30日。メキシコ人の私の夫を運転手に、メキシコ人の友人たち3人と、日本人の友人1人を含める計6人が、無理矢理自家用車に乗り込んで、プエブラへ向かった。
 高速道路へ入るときに、メキシコ人たちは皆一斉に胸の前で十字を切って、道中の無事を祈る。かつてはその仕草に「大げさだな」と驚いたけど、カトリック教徒が人口の8割以上のメキシコでは一般的だ。物騒な話だが、メキシコの人びとは、いつ死んでもおかしくないと常に自覚している気がする。山間部では大雨でスリップして横転した車も見て、夫が再び十字を切った。
 プエブラに着いたのは夜11時ごろ。会場の「アコピオ・ブラボー」は、世界遺産に登録される華やかなプエブラ中心部から少し離れた住宅街に位置するが、今回のイベントが、なぜかロードレースのゴール地点となっていて、たくさんの自転車乗りたちが入り口にたむろっていたので、すぐにわかった。

 入場の際にガタイのいい警備員からボディチェックが入り、銃刀や、ドラッグ、酒を所持していないかチェックされる。だいたい、どの場所でもこのチェックは怠らないので、メキシコの夜遊びはハコに入ってしまえば意外と安全だ。
 中に入ると、そこはクラブではなく、民家の中庭のようだった。ステージは、コンクリートの土台に簡素なテーブルが置かれているだけ。照明やスモーク、音響などは完備し、頭上には雨よけの大きなシート屋根も張ってあった。ドリンクを売るスペースでは、カクテルも販売している。ちょっと村祭りっぽい雰囲気だ。
 すでにニックがDJをはじめていて、ルーツ・レゲエを中心にかけていた。音響もいい感じだ。続いてアンダーベースの代表のケインスターBが、ダブやダブステップをかける。ふたりともアナログを使っているのがいい。その後、地元のブレイクビーツのアーティスト、ルイドがライヴを披露する。彼は足下もおぼつかないほどラリっていたのだが、信じられないほど機敏に観客の反応を汲み取って、ラテン、レゲエ、ヒップホップ、ゲームミュージックを盛り込んだ演奏で楽しませてくれた。深夜1時をまわった頃には入場者数はさらに増えて、ゆうに500人は居る。

 そして、いよいよゴストラッドの登場だ。前半はダブステップでもかなりノリのいい曲をかけていた。10年ほど前にゴストラッドの演奏を日本で見たが、当時はインダストリアルな轟音を操る印象があったので、そのギャップにちょっと戸惑う。
 しかし、次第に、硬質な音が耳を刺激してきた。複雑なビートと、変化する太いベースで、みるみるうちに音像を作り上げる。この闇を求めていたんだ! と、私は心で叫んだ。数日前に行われたグアダラハラ公演の現地メディアのレポートでは、「骨や脳味噌をシャッフルする音響体験」と書かれていたほどの、ゴストラッドの奏でる強いうねりに合わせて、皆が身体を揺らしている。
 会場には、学生も、おっさんも、おばちゃんも、ヘルメットを被った自転車乗りたちも、外国人も、金持ちのボンボンやピンヒールでこけそうになってる女も、フラフープのダンサーも、火を操るヒッピーな曲芸師たちもいて、ありとあらゆる人たちがごちゃ混ぜになって踊っている。一緒に来た夫や友人たちも心から楽しんでいるようだ。ジャンルや嗜好はもはや関係なく、この空間に響く闇を共有する人たちがいた。

 会場内の写真を撮っていたら、スティーヴ青木みたいな男が、声をかけてきた。「ここの場所の名前知ってる? ここはアコピオ・ブラボー(日本語だと“歓喜の集積所”)っていって、いろんないいパーティやってるよ。へへ、実は俺ここに住んでるの。え? 取材しにきたの? 俺の家が日本のメディアに載るの? ヒャッホ〜!」......やっぱり、人の家だったのか。でも、メキシコシティのハイプなクラブより、確実に多くの人を満足させてるのだから、この民家パーティは凄い。

プエブラのイベント風景


Goth-Trad   (Photo by Miho Nagaya)
Goth-Trad
(Photo by Miho Nagaya)

 ゴストラッドの出演後には、米国のダブステップ・シーンを牽引するジョー・ナイスのDJがはじまり、フロア(というか庭)は歓喜の渦に包まれていた。ゴストラッドが、しばらくジョーのDJを楽しんでいたところを割り込んで申し訳なかったが、ラテンアメリカ・ツアーを終えての感想を語ってもらった。今回なぜツアーが決まったのだろうか?

 「ブラジルのサンパウロのオーガナイザーから最初にやりたいという声が上がって、それからアメリカのエージェントがラテンアメリカ周辺に声をかけて、10本公演が決まった。サンパウロでは、俺がやっているような、プログレッシヴなベースミュージックのシーンは小さいみたい。他の国と同様に、コマーシャル寄りなブロステップやトラップは人気がある。
ダブステップを7、8年やってきて、その集大成的なアルバム『New Epoch』を2年前に出したけど、現在は自分が昔やってたノイズやインダストリアル寄りの音を振り返っている。今日の後半でやったような、インダストリアルとエクストリームなベース・サウンドとをミックスした音は最近の傾向。このところ以前に比べて米国からの依頼が多くて、ここ3年間は、年に2回ツアーを回って来た。米国ってブロステップのイメージが強いかもしれないけど、アンダーグラウンドのお客さんは、より新しい音を求めていると感じる。実際、今アメリカには、TriangleやType、Ghostlyなど面白いレーベルもたくさんあるしね。しかし、ラテンアメリカは初めてだから、ダブステップのDJという印象を持たれているだろうし、実験的な方向性を露にするときは、大丈夫かなーと思うんだけどね。でも今日は盛り上がって嬉しかった! ブラジルでも実験的なことやると、なんだ? 面白い! って反応があったし、皆新しいものを求めている気がする」

 今回のツアーでは、メキシコでの公演が最も多く、計5都市を巡るものだった。

 「メキシコは、まずリゾート地のカンクンへ行って、オーガナイザーはダブステップに興味はあるけれど、普段野外でサイケトランスのパーティをやってる子たちで。そんな感じだったから少々不安ではあったし、全然ダメなサウンドシステムだったけど、やれることはやった。客層はサイケトランスのイベントに来ている子たちだったと思うけど、結果的に盛り上がって良かったな。
 メリダはアートギャラリーcvのクルーで、彼らは音楽に詳しくて、いわゆるベース・ミュージックだけじゃなく、日本のバンドやノイズ・シーン、GodfleshとかSunn O)))みたいなバンドの話でも盛り上がって、ダブステップ以外の新しいアプローチも受け入れられる。ただカンクン同様にシーンははじまったばかりで、サウンドシステムは不十分だったね。
 グアダラハラはメキシコで2番目の都市だから、木曜だったけど300人くらい集まった。会場は昨年できたハコで、サウンドシステムはイマイチだったけど、他の場所よりは良かった。  
 しかし、首都メキシコシティは、ハコのサウンドシステムがモニターも外の音も全くダメで、フロアは埋まってたけど、基本的に自分が楽しめなかった。音がクソだったとオーガナイザーに伝えたけどね。メキシコシティよりも、グアダラハラのほうが盛り上がったのには、音質の問題がある。いいプレイしても音がショボかったら何にもならない。
たとえば、リオ(ブラジル)は千人以上、コルドバ(アルゼンチン)は800人以上のお客さんが入ったけど、両方とも良いサウンドシステム(のクラブ)を使ってるから人が集まってると思うんだ。
 そこまでお金をかけれる事情もあるのかもしれないけど、音の設備は自分がやってるような音楽の要だから、ちゃんとしてほしい。
 今回に限ってってわけじゃないけど、イベントをオーガナイズしてくれたプロモーターに対して、こういうネガティヴなことは正直あんまり言いたくないんだよね。ただ、自分の音のためにも言わなきゃいけないし、何よりシーンの発達には一番重要なことだから、過去の自分の経験して感じたことは素直に伝えるようにしている。
 あとメキシコは、時間にとてもレイジー(苦笑)。アルゼンチン、ブラジル、デンバー(米国)はちゃんとしてた。でもメキシコは本当にユルい! メリダ、グアダラハラはしっかりしてたけど、メキシコシティはとくにひどくて、まず、約束時間から30分遅れそうって連絡がきた後に、そこから2時間近く待たされた。で、理由は『交通渋滞がすごくて』とか。それ言い訳にならないから(笑)。そういやカンクンの人たちも、メキシコ人の(あと5分)は30分の意味だから、って言ってたな(笑)。俺はそこでブチ切れたり、もうギグやらないとか言わないけど、なかには遅刻に厳しいアーティストだっているわけだしね」

 欧米や日本で活躍しているアーティストにとったら、やはりメキシコの全般的ないい加減さは、ハンパないのだろう。では、良かった面はあったのか?

 「お客さんの反応が良かった。とくにグアダラハラとメリダ 、そして今日のプエブラは本当に面白かった! しかし、この会場って、人の家らしいよね。なんか、それもよくわからないというか.....(笑)。今日のギグが良かったのは、後半の実験的な音の方で盛り上がったから。わかりやすいDJやるのは、パーティ的には無難でいいかもしれない。でも、その場所の音楽の偏差値を伺いながら、それに合わせてDJやるのは、見に来てる人たちに対して、すごく失礼だから。"GOTH-TRADがいわゆる「DUBSTEP」をプレーする"と期待されてるのは自分でもよくわかってるんだけど、やはり、自分が今一番新しくて最高だと感じるセットを、どんな場所でもやらなきゃ。今回のツアーでは、全部その姿勢でやりきった。新しい試みに対して受けがよかったり、反応がなかったりする場所もあったけど、今回10箇所ギグできて、強い手応えがあった。
 総括したら、メキシコは良かったよ。ダメだな〜嫌だな〜ってことも全部含めて、すごく楽しい経験だった。あと、実際に訪れたことで、ラテンアメリカの見方が変わったね。ラテンだから陽気っていうよりも、ラテンだからこそ暗い部分が結構あると気づいた。意外に意外にエクスペリメンタルでダークな音/アートが好きな層も多いし。ラテンアメリカがヨーロッパとは違うのは、やはり侵略された歴史があるからかもなと思う。本当にまた、ぜひ来たいね」

 今回のプエブラのイベントを仕切ったアンダーベースの代表のケインスターBと、ディスコフレニアのニックにも今日の感想をきいた。ゴストラッドの作品をリリースするUKのレーベル、〈ディープ・ミディ〉のことは好きだが、ゴストラッドのことはイベントをブッキングするまで知らなかったそうだ。プエブラは大学都市で、若者の熱気が常にある場所だ。音楽のイベントも頻繁に行われていて、レゲエやアフロビート、ベースミュージックのシーンもあり、ふたりはその中心にいる。
 「ゴストラッドが才能あるアーティストだと理解していたけど、メキシコで認知度の低いアーティストを呼ぶのは大きな課題だった。でも俺たちはよくやったと思ってる。彼は凄いよ。とてもエネルギーにあふれ、観客をカタルシスへ誘いながら、自由に実験する術も知っている」(ニック)
 「僕たちクルーは懸命に働いていたので、あまり楽しめなかったけど、ゴストラッドのセットは、素晴らしかったよ。皆を瞬発的にトランス状態へ導き、踊らせた。そのビートで魔法にかけたんだ。それが観客ひとりひとりの顔にも表れていたよ。ゴストラッドは最高の夜を作り上げていた」(ケインスターB)

 宴は続いていたが、私たちメキシコシティ組は長旅のために、プエブラを後にした。運転手である夫は、また高速道路に入る前に十字を切り、車をかっ飛ばした。メキシコシティに着いたら、台風の接近でバケツをひっくり返したような大雨が降っていた。にも関わらず、町は目を覚まし、活発に蠢いている。メキシコシティは東京と同様に町のスピードが速い(時間にかなりユルいが)。ふと、東京の空気を懐かしく感じた。友人たちを家へ送り届けた後に、私たちは自宅のあるダウンタウンへ着いた。奇しくもメキシコシティ国際マラソン大会の開催日で、無数のランナーたちが、どしゃ降りのなかスタートを切ったところだった。「朝早くから、ずぶ濡れになって無茶するよなあ」と言ったあとに、「うちらも楽しむために相当無茶したよな」と、夫と笑いあった。疲れた身体を引きずりながらも、こんな充足感に満ちた朝を迎えたのは久々だった。

Agradecimiento a: Acopio Bravo,Underbass (https://www.facebook.com/underbasspuebla)y Discofrenia(https://www.facebook.com/Discofrenia

メリダのギャラリーresonanteでのゴストラッドのDJ

RESONANT - GOTH TRAD from Resonant on Vimeo.

Aphex Twin - ele-king

 彼の前に道は無し、とは言わないが、彼のうしろに道ができたのは事実だろう。エイフェックス・ツインとは、ポップにおける重要な分岐点である。クラフトワークやNYのガラージ・ハウスは理解できたとしても、92年のコースティック・ウィンドウの諸作や160bpmのハードコア・アシッドの「Digeridoo」、青いレーベル面にTHE APHEX TWINというスタンプが押されただけの12インチに関してはさっぱりだった、という人は少なくなかった。いや、その前にそんなものチェックもしてないか。ディスコの文脈では到底聴けたものではなかったろうし、一種の権威たちから評価されなかったものの代表格が、シカゴのアシッド・ハウス、デトロイトのUR、UKのジャングル(あるいはガバ)、そしてエイフェックス・ツインなのである。
 ことAFXに関しては、公に聴かせる音質としては掟破りなまでに歪んだTR606とTB303、それまでの宅録文化の標準クオリティからすればありえない音質……この点に関しては初期シカゴ・ハウス/デトロイト・テクノが先だが、しかしAFXのそれは、退行的な、機械をいじりながらほくそ笑んでいる、ただの子供のいずらに感じられなくもなかった。
 が、しかし、ある世代以降になると、そしてある人たちにとっては、彼の荒削りなテクノ・サウンドは悦び以外の何ものでもなかった。それは来るべき時代のはじまりを意味したのだから(で、実際にそうなった)。
 AFXが、それ以前のUKテクノ(ハウス)──ア・ガイ・コールド・ジェラルドや808ステイト、ベイビー・フォードやLFO──とは異質の存在感をはなっていたことは、デビュー当時の彼が、メディアから天才児扱いされるいっぽうで、「bedroom bores(こもり系)」、「ゲームボーイ世代」などと揶揄されていたことからもうかがい知れる。彼からは、旧来のポップスター文化がよくは思っていなかったパーソナリティー──恋人を誘って外に出かけるようなことはなく、部屋にこもってマニュアル片手に機材をいじり続けるような、ある種のオタク性──が前面に匂ってはいたが、ウケ狙いのDJをすることはなかったし、人に媚びることもなかった。リチャード・D・ジェイムスには、人が求めるようなロックのイディオムというものがなかったし、話題のロック・バンドからのリミックス依頼に関しても「そんなバンド、知らないし」と言う始末だった。

 だからこそ彼は歴史の起点に、ポップに新たな流れをもたらす起爆剤になりえたのだ。彼はメディアから賞賛され、顔が売れてからも、匿名性を捨てず、基本ひとりで作り、作品それ自体においてはアンダーグラウンドな姿勢を崩さなかった(『 ...I Care Because You Do 』以降の露悪的自己パロディも反ポップスター的な性格のねじ曲がった表出とも言えなくはない)。
 彼は、初期アシッド・ハウスやURの過剰さ、アホらしいジャングル(ときにはガバ)とコネクトしながら、最高にいかれた曲を作り、最高にロマンティックな曲を作った。こと90年代前半のエイフェックス・ツイン名義の作品には、無邪気で、彼のドリーミーな気質が録音されているわけだが、僕が『サイロ』の1曲目の“Minipops 67”を最初に聴いて思ったのは、「これって“Analogue Bubblebath”(92)じゃん」、だった。

 冒頭のドラムに続いて入る太いシンセ音とメロディは、間違いなくあの頃の「サウンド」だ。目隠しで聴かされても誰の曲かわかる。録音の良さや緻密に変化する曲のディテールには20年以上の経験が反映されてはいるものの、その出だしが暗示するように、『サイロ』には誰もが思い抱いているであろうAFXテイストが通底している。驚きはないが、親しみやすい作品である。ユーモアはあっても、聴き手を困惑させるような意地悪さもない。「あ、AFXだ」と、20年ぶりにケレンミのない、まとまりの良いアルバムになったと言えるだろう。
 1曲目が“Analogue Bubblebath”なら、2曲目の“Xmas_Evet10”は、『Surfing On Sine Waves』(92)を彷彿させる曲で、当時の言葉で言えば「リスニング系テクノ」だ。美しいメロディは、ある世代にとってレイヴのオプティミズムがいっぱい詰まったあの時代の空気を思い出させるかもしれない。今回のスリーヴ・デザインに使用されているAマークも、『Chosen Lords』(06)のときよりもはるかに、1周まわったからなのか、新鮮に感じられる。リチャード・D・ジェイムスは、「On」(94)以前の、自由気ままに作っていた頃の自分に戻っているんじゃないだろうか……そう思わせなくもないし、実際それは少しあるだろう。

 20年以上前の、機材で埋め尽くされた彼のベッドルームは、クラブのダンスフロアと田舎の牧草地帯の両方に通じていたものだが、『サイロ』にもそのふたつの側面がある。リチャード・D・ジェイムスはエレクロニカ/IDMの起点にもなった人なので、年齢を考えても、そちら側に大きく振れるということも予測されたわけだが、結果、そうはならなかった。
 ひとつ驚きがあったとすれば、『サイロ』ではファンク、ダンス・ビート/ジャングルにこだわっているということである。“4 Bit 9d Api+e+6”なる曲は、アシッディなシンセのうねりとドレクシア直系のマシン・ファンクとの結合だ。ストリングスの入り方はAFXらしいドリーミーな響きを有しているが、ドライで硬質な質感は、クラウトロッカーのメビウス&プランクの一連の作品とも似てなくはない。
 相変わらずよくわからない曲名の“Circlont6a”や“Circlont14”は、コースティック・ウィンドウ名義で試みていたような、悪戯っぽく、コミカルなトラックで、『サイロ』が楽しみながら作られた作品であることをほのめかしている。とくに高速ブレイクビートの“Circlont14”には、リチャード坊(©三田格)の子供っぽさが、あまりにも真っ直ぐ出ている。曲の細部において暴れまわる電子音は、玩具を持ってドタバタ騒ぎまくる幼児そのもので、ふたりの子供がいながらも自身もここまで子供でいられるのは、ある意味すごいとしか言いようがない(笑)。紙エレキングのインタヴューでは、「自分は成熟することを拒否していると言えるだろう」「シニカルな大人になりたくないから」と答えているリチャード・D・ジェイムスだが、『サイロ』を3回目に聴いたとき、僕はこの音楽のあまりの無心さに涙したことを告白しよう。

 実を言えば、『サイロ』を聴きながら「そーいやー、リチャード・D・ジェイムスって、デビュー当時はURのファンだったよなー」と思い出したのは、“Syro U473t8+e”のリズムがURの“Moor Horseman On Bolarus 5“”に似ているからだ。もちろんAFXにあのような勇敢な突進力はない。その代わりに何があるのかは、もう繰り返して述べる必要もないだろうけれど、たとえば、クライマックスとして配置された2曲のドラムンベース、“Papat4”と“S950tx16wasr10”には、彼の「ガール/ボーイ」哲学、いわばシャルル・クロス的ナンセンスが猛スピードで炸裂している。
 ダンスを意識していたとしても、いかんせんガキなので、セクシーに踊っているのではない(やはり、どうがんばっても、グルーヴィーには踊れないだろう)。ただただ身体を動かし、ぎゃーすかと騒いでいる、風に感じられる。試しに、まず覚えられない曲名の“S950tx16wasr10”を僕は5歳の娘に聴かせることにした。反応は予想通りで、AFXの最高作のひとつ、“Girl/Boy Song”の系譜の小刻みなブレイクビートに合わせて彼女は身体をガタガタと震わせた。サブベースが部屋に響くなかで、「ヘンな音楽ー」と感想をもらしたが、良かった、そう言われなければAFXではないのである。

 とはいえ、オリジナル・アルバムでは最後の曲になる“Aisatsana”は、クラスター&イーノ/レデリアスのソロ作品並みにロマンティックな曲だ。彼にとっては異例とも言える、とても真っ当なピアノの独奏によるアンビエントで、13年ぶりの新作を締めるには充分なほど美しい曲である。

 ひとつ種明かしをすれば、あわててスペシャル・リクエストのアルバムをレヴューしたのも、音楽的に『サイロ』と重なるところが多々感じられたからである。『Selected Ambient Works 85-92』(92)がそうだったように『サイロ』も時代と切り離される作品ではない……なんて書きながらも、ここしばらくのあいだAFXばかり聴いていたのですっかり洗脳されてしまったですよ。まずいよなぁ……。

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