「Ord」と一致するもの

Mr Twin Sister - ele-king

 逃げたい。そう思うことは何も間違っていない。いや、というよりむしろそう思ったのなら一目散に逃げ出してしまったほうがいい。でも、なぜか、みんな、逃げない。
 ポピュラー・ミュージックにはある種の逃避性が具わっている。それは、目の前のつらい現実から遠く離れて浮遊しているかのような錯覚を引き起こす音響上の効果のことで、そういったサウンドに耽溺しているリスナーにたいしてはしばしば「現実逃避だ」とのそしりが寄せられるけれど、そのような非難の声は間違っている。なぜなら、音楽を聴いてもけっして現実から逃避などできないのだから。
 心地よく快適な音に身を浸したリスナーはまず間違いなく翌朝、いつもどおり会社なり学校なりに赴きいつもどおり自らのタスクをこなすことだろう。もちろんなかにはめんどくさくなって一日二日休んだりする人もいるかもしれないが、そのままどこかの山奥なり海底なり北国なり南国なりを目指して逃げて逃げて逃げて、ひたすら逃げて、そのまま二度ともとの生活に戻らないような人間はそうそういない。すくなくとも現行の秩序下で流通している音楽は、それがどれほど逃避を促す響きを有していようとも、じっさいに人を逃避させることはない。それはどこまでもリスナーをつらい現実へと引きとどめる。ようは一時的に気分を紛らわせる嗜好品とおなじで、音楽もまた資本主義社会があらかじめ用意しているあめ玉のひとつなのである。
 それでも。たとえ一時的であったとしても。音楽が私たちをつらい現実のくびきから解き放ってくれるのなら、それはとても素晴らしいことじゃないか――かつてチルウェイヴやドリーム・ポップをドライヴさせていたのは、そのような動機だったのではないか。

 トゥイン・シスターは引きこもりというわけではないが、そんな10年代初頭のムーヴメントとリンクするかたちで頭角を現してきたバンドである。にもかかわらず彼らはセカンド・アルバムにおいて、その文脈から距離をとることを願うかのようにテクノを導入し、作風(と名義)を変えてみせた。そして彼らはこのたびリリースされたサード・アルバムにおいてもまた、いくらか作風を変えている。
 今回とくに目立つのは、ジャズとファンクの要素だ。それはエリック・カルドナのサックスが夜のムードを演出する“Alien FM”や、ぶりっとしたベースが絶妙なグルーヴを生み出す“Tops And Bottoms”によく表れているが、加えてもうひとつ、“Taste In Movies”や“Jaipur”に見事に昇華されているように、ダブもまた本作の大きな特徴だろう。アンドレア・エステラのルーツを表現するためにスペイン語で歌われる“Deseo”においてそれは、ダブ・テクノとして実を結んでいる。いやはや、なんとも完成度は高い。

 興味深いのは、それらジャジーだったりファンキーだったり機能的だったりする曲たちが、昂揚や夢見心地なムードからは距離を置いているところだ。このどこか覚めた感じ、よそよそしい感じはいったい何に由来しているのだろう。
 中盤の“Buy To Return”では「返品するために買う」という消費をテーマにしたと思われるリリックが登場するが、歌詞のうえでより決定的なのは最後の“Set Me Free”だろう。「死ねば平穏になれるだろうか/それでも私の一部は泣き続けるだろうか?/べつの終わりを待っている」と歌われる同曲は、現代社会の出口のなさを表現しているとしか思えない。どれだけ逃げたつもりになっても、私たちはつねに囲いこまれている。「セット・ミー・フリー」という悲痛なフレーズが、霧がかったダブの彼方へとむなしく消えていく。
 この最終曲へとたどり着いたとき、本作のアートワークもまた強烈な意味をともなって私たちのもとへと迫ってくる。ジャケに掲げられたどこか悲しげなマリオネットは、エステラが手ずから制作したものだそうだけど、この構図を見るとオーディオ・アクティヴの『SPACED DOLLS』を思い出さずにはいられない。逃げたつもりでいても、手綱はしっかりと握られている――そのような逃避の不可能性こそが、本作を昂揚やハピネスから遠ざけているのではないか。

 もはやチルウェイヴやドリーム・ポップといったタームとはほとんど縁のないサウンドへと到達したミスター・トゥイン・シスター、彼らが前作で名を改め、段階を踏んでサウンドを変容させていったのは、現実逃避が現実逃避にならないこと、むしろ一時的な現実逃避こそが現実への隷属をより強固にすることに気がついたからなのではないか。
 子どもの頃は『デ・ジ・キャラット』がお気に入りだったというアンドレア・エステラ、高畑勲が亡くなった際には「あなたの暗闇のおかげで私は自分の暗闇を乗り切ることができた」と意味深な言い回しで追悼の辞を述べていた彼女は、他方で何度かインスタに綾波を滑り込ませていることから察するに、少なくとも一度は碇少年の「逃げちゃダメだ」という言葉の意味をかみ締めたことがあるにちがいない。それが社会の要請の強烈な内面化であること、そこから逃れようとしても逃れられないこと、資本主義に外部など存在しないということ、音楽がときに私たちをそのようなつらい現実へとつきかえす門番でもありうること――つまりは、山奥なり海底なり北国なり南国なりを目指して逃げて逃げて逃げて、ひたすら逃げて、そのまま二度ともとの生活に戻らないなんてことがどうしようもなく不可能であること、彼らがドリーミーなムードと手を切ったのは、そういった絶望を真摯に受け止めるためではないだろうか。

Kode9 - ele-king

 名ミックスCDシリーズ「Fabric」の最終作をベリアルとともに担当して話題をかっさらったばかりのコード9が、なんと、年末に来日ツアーを敢行するとの情報が飛び込んでまいりました。昨年は日本のゲーム音楽にフォーカスしたコンピ『Diggin In The Carts』のリリース記念イベントのために来日していたコード9ですが、今回の12月29日の東京公演@CIRCUS TOKYOでは3時間のロング・セットを披露予定とのこと。12月30日の大阪公演@クリエイティブセンター大阪では《THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING》パーティに出演、そちらは Cassy、D.J.FULLTONO の追加出演も決定しています。年末年始へ向けてすでにさまざまなイベントの情報が出てきていますが、これまた見逃し厳禁な案件です!

〈Hyperdub〉のボス、KODE 9が年の瀬Asia tourを敢行!!

【東京公演】
TITLE: KODE 9 ASIA TOUR in TOKYO
DATE: 2018.12.29 (SAT)
OPEN: 23:00

LINE UP:
KODE9 (Hyperdub / UK) -3hours set-
Romy Mays (解体新書 / N.O.S.)
and more...

ADV: ¥2,500
DOOR: ¥3,000

プレイガイド:
【ローソンチケット: L-CODE (75574) / イープラス: https://eplus.jp / Peatix: https://hyperdubkode9.peatix.com/ / RA: https://jp.residentadvisor.net/events/1193428

VENUE: CIRCUS TOKYO
〒150-0002
東京都渋谷区渋谷3-26-16
03-6419-7520
https://www.circus-tokyo.jp

【大阪公演】
TITLE: THE STAR FESTIVAL 2018 CLOSING
DATE: 2018.12.30 (SUN)
OPEN: 21:00~ ALL NIGHT

LINE UP:
Peter Van Hoesen (Time to express / Berlin)
Metrik (Hospital Records / UK)
Cassy (Kwench / UK) -NEW-
Kode9 (Hyperdub / UK) -NEW-
yahyel
EYヨ (Boredoms)
AOKI takamasa -live set-
BO NINGEN
環ROY
SEIHO -live set-
Tohji (and Mall Boyz)
D.J.FULLTONO -NEW-
YUMY

VJ: KOZEE
LIGHTING: SOLA

OPEN AIR BOOTH:
YASUHISA / KUNIMITSU / MONASHEE / KEIBUERGER / AKNL / MITSUYAS / DJ KENZ1 / 81BLEND / GT

ADV: ¥3,500
DOOR: ¥4,000
GROUP TICKET (4枚組): ¥12,000 (別途1ドリンク代金¥600必要)

プレイガイド:
【チケットぴあ: P-CODE (133-585) / ローソンチケット: L-CODE (54171) / イープラス https://eplus.jp / Peatix: https://tsfclosing.peatix.com/

VENUE: Creative center osaka (Studio partita & Black chamber & Red frame)
〒559-0011
大阪市住之江区北加賀屋4-1-55 名村造船旧大阪工場跡
06-4702-7085
https://www.namura.cc/

TOTAL INFO:
https://thestarfestival.com/

KODE9 (コードナイン)
コードナインは、ブリアルや、今は亡きDJ ラシャド、ほか多くのアーティストが所属するレーベルとして有名な〈ハイパーダブ〉の主宰者である。自身のレーベルからは、ザ・スペースエイプと共同で2枚のアルバム、10枚以上のシングルをリリースしており、さらに〈K7〉、〈リンス〉、〈オンユー・サウンド〉、〈ワープ〉、〈ドミノ〉、〈ゴーストリー〉、〈テンパ〉、〈リフレックス〉などのレーベルからもリリース、リミックス、DJコンピレーションを手掛けてきた。ヨーロッパ全域、北アメリカ、アジアなど広範囲においてDJをしてきた彼は、《ソナー》、《コアチェラ》、《グラストンベリー》、《ミューテック》、《アンサウンド》といった最先端のエレクトロニック・フェスティバルでパフォーマンスを披露。去年の夏、コードナインは最新EP「キリング・シーズン」を、2014 年に他界したザ・スペースエイプとともにリリースした。本名のスティーヴ・グッドマン名義では、2010 年に、著書『ソニック・ワーフェア』をMITプレスから出版。人工頭脳文化研究団(CCRU)の一員であった彼は、AUDINTという音波研究組織の一員でもあり、(トビー・ヘイズとともに)、北アメリカとヨーロッパでインスタレーションを作成し、2014 年には、「マーシャル・ホントロジー」プロジェクト(本/レコード/印刷物)を発表している。2015年にはともに制作をしてきたスペースエイプ、DJラシャドを失った喪失感から制作に取り組んだというソロ名義でのファースト・アルバム『ナッシング』をリリースした。そして、2018年にはコード9とブリアルが〈Fabric〉のミックス・シリーズ最終章に登場し大きな話題となった。
https://www.hyperdub.net/

▶〈Hyperdub〉を主宰するKODE 9と、レーベルを代表するアーティスト、BurialがミックスCDシリーズの頂点たるFABRICシリーズの最終章に登場!
Fabriclive 100 "Kode9 & Burial"
https://www.fabriclondon.com/store/FABRICLIVE-100-vinyl.html

BES & ISSUGI - ele-king

 今年2月に話題のジョイント・アルバム『VIRIDIAN SHOOT』を発表したBES & ISSUGI。なんと、同作のリミックス盤『VIRIDIAN SHOOT - Remix & Instrumentals』が12月26日にリリースされます。『VIRIDIAN SHOOT』収録曲のリミックスやインストゥルメンタルはもちろん、GWOP SULLIVANがトラックを手がけた新録音源“HONEY”まで収録されるとのこと。『VIRIDIAN SHOOT』の新たな魅力が浮かび上がる1枚に仕上がっている模様です。

BESとISSUGIによるクラシック確定なジョイント・アルバム『VIRIDIAN SHOOT』収録曲のリミックスとインストに新曲も加えたスペシャルなエディションがリリース決定!

◆ SWANKY SWIPE / SCARSとしての活動でも知られる国内ヒップホップ・シーンでもっともドープなラッパー、BES。MONJU / SICK TEAM のラッパーとしても活動し、16FLIP の名でビートメーカーとしても類稀なるセンスを発揮するなどシーン内外で圧倒的な存在感を放っているラッパー、ISSUGI。ともにリスペクトし合うこの両者が手を組み、今年2月にリリースしたジョイント・アルバム『VIRIDIAN SHOOT』!
◆ 5月には東京・池袋BEDでCARHARTT WIPのサポートによるリリース・パーティを開催し、そのダイジェスト映像を OLLIE MAGAZINE とのコラボレーションで YouTube にて公開。アルバムリリース後、全国約20箇所にも及ぶライブツアーを周る中、8月にはリリース・パーティを福岡でも開催し、また Skateboader/Videographer の森田貴宏氏(FESN)とのスケートボードとヒップホップの化学反応を映し出した Redbull 企画によるジョイント・ムービーの制作等、それぞれのソロ活動として並行し、BES & ISSUGI としての活動も継続している最中、新たなるプロジェクトのリリースが決定!
◆ 今作は『VIRIDIAN SHOOT』収録楽曲のリミックスと前作と今作から選んだインストゥルメンタル、さらにGWOP SULLIVAN による BES & ISSUGI としての新録音源も加えてパッケージしたスペシャルなエディション! リミキサーには、DEVIN MORRISON、GWOP SULLIVAN、16FLIP、GRADIS NICE、DJ SCRATCH NICE が参加。『VIRIDIAN SHOOT』同様にマスターピースとなる事は確実!

[アルバム情報]
アーティスト: BES & ISSUGI (ベス&イスギ)
タイトル: VIRIDIAN SHOOT - Remix & Instrumentals (ヴィリジアン・シュート - リミックス&インストゥルメンタルズ)
レーベル: P-VINE / Dogear Records
品番: PCD-25269
発売日: 2018年12月26日(水)
税抜販売価格: 2,500円

[トラックリスト]
01. 247 - 16FLIP REMIX
02. NO PAIN MO GAIN - GRADIS NICE REMIX
03. NO PAIN MO GAIN - GRADIS NICE REMIX2
04. HONEY / Prod by GWOP SULLIVAN
05. BIL feat. MICHINO - GWOP SULLIVAN REMIX
06. RULES - 16FLIP REMIX
07. HIGHEST feat. 仙人掌, Mr.PUG - DEVIN MORRISON REMIX
08. BOOM BAP - DJ SCRATCH NICE & 16FLIP REMIX
09. 247 - 16FLIP INSTRUMENTAL
10. HIGHEST - GWOP SULLIVAN INSTRUMENTAL
11. RULES - 16FLIP INSTRUMENTAL
12. HIGHEST - DEVIN MORRISON INSTRUMENTAL
13. BOOM BAP - DJ SCRATCH NICE INSTRUMENTAL
14. WE SHINE - GRADIS NICE INSTRUMENTAL
15. BOOM BAP - DJ SCRATCH NICE & 16FLIP INSTRUMENTAL

*BES & ISSUGI - BOOM BAP (BLACK FILE exclusive MV “NEIGHBORHOOD”)
https://youtu.be/BWZTCfCvhYo

*BES & ISSUGI “RULES” (Official Video)
https://youtu.be/HDdNxzvk_RA

[BES & ISSUGI - Profile]
SWANKY SWIPE / SCARS としての活動でも知られ、SCARS『THE ALBUM』(06年)、SWANKY SWIPE『Bunks Marmalade』(06年)、ファースト・ソロ・アルバム『REBUILD』(08年)といったクラシック作品をリリースし、人気/評価を不動のものとしたラッパー、BES(ベス)。〈DOGEAR RECORDS〉に所属し、MONJU / SICK TEAM / DOWN NORTH CAMPのメンバーとして、そしてソロ・アーティストとしてこれまでに膨大な音源をリリースしてきたISSUGI(イスギ)。今年リリースした『VIRIDIAN SHOOT』以降もお互いにソロ・アルバムを1枚ずつリリース。2人のフロウは今日も水のように流れる。

Renick Bell - ele-king

 つい5年前は本当にベース・ミュージックがブームだったのかと思うほど、最近はベースの存在感がない。ウエイトレスやアフロビートはパーカッションやドラムが曲を推進していくし、食品まつりもジュークからベースを抜いてしまった。OPNに至っては「窓が割れるから」という意味不明な理由でベースを遠ざけている。もちろんドラムン・ベースがダンスホールを取り込み、サンダーキャットも超絶技巧でクラブ・ジャズの改良には余念がない。しかし、パブリック・エナミーが「ベース!」と叫んで30年、ついにあのマジック・ワードがクラブ・ミュージック全体を覆うことはなくなり、必ずしも相撲界が貴乃花を必要としない事態と同じことになっている。ヒトラーが演説するときは土のなかに埋めたスピーカーから低音を出していたように、低音は共同体意識を増強させるものだと言われてきた。ということはクラブ・ミュージックと共同体意識はとっくに乖離し、SNSで結びついた村がたくさん集まったもの(=それは90年代に流行った島宇宙論を踏襲する構造)にクラブ・ミュージックも等しくなったということだろう。フロアでSNSを見ている人は多い。5年前のベース・ミュージックは最後のあがきだったのかもしれないし、孤独を誤魔化すためのニュー・エイジがマルチカルチャリズムを否定し、共同体意識のイミテーションづくりに邁進している現状にも合点が行く。EDMの合言葉はちなみに「フューチャー・ベース」である(大笑い)。
 ベースレスのトレンドを決定づけたのはアルカだろう。彼のデビュー作『ゼン』(13)はインダストリアル・リヴァイヴァルを洗練させ、刺々しい感触だけを残して下部構造を捨ててしまったことでステータスをなした。これが様式性として反復・強化され、レイビットやロティックに至る過程はここ数年の白眉だったといっていい。たいていはハードにするか、グラマラスに盛り付けるかで、オリジナルを超えた気分を味わえた。しかし、その本質はファッションであり、それに耐えうるだけのものをアルカは用意していたといえる。「死」を内包したファッションほど強いものはない。ジョイ・ディヴィジョンしかり、ドレクシアしかり。『ゼン』はそうした古典のひとつに数えられる作品になるだろう。

 テキサス出身で多摩美を出てから東京で教師をしているというレニック・ベルによる今年、2枚目のアルバム『ターニング・ポインツ』はベースレスの流れにあって、どこかアルカの様式性に反旗を翻し、ベース・ミュージックが持っていたヴァイブレーションへの回帰を促そうと、必要以上にもがき苦しんでいる印象を残す。パーカッションを多用し、曲が進むにつれてビートの叩き方はだんだんとマイク・パラディナスのような暴走状態となり、かえって淀んだ空気を引き立てている。作曲方法はプログラムとインプロヴィゼーションとオープン・ソースを使った自動作曲を混ぜ合わせたアルゴレイヴと呼ばれるもので、ライヴでは二度と同じことが繰り返されないことが特徴だという。そのようにして出来上がったサウンドがオウテカと比較されるのもなるほどで、それはファッションの外側に抜け出したいという衝動を意味しているのだろう、そのような葛藤を共有できるレーベルはむしろ〈パン〉ではないのかと思うけれど、『ターニング・ポインツ』はアイワやジェイ・グラス・ダブスをリリースしてきたカセット・レーベル〈シーグレイヴ(海の墓場)〉からとなった(デビュー・シングルはリー・ギャンブルの〈UIQ〉、デビュー・アルバムはレイビット主催の〈ハルシオン・ヴェイル〉から)。この、痒い所に手が届かないもどかしさは近い将来、何かを生み出すのではないかという予感に満ち、どこか先が読めてしまうアルカ・フォロワーよりも僕には新鮮だし、未完成の魅力がこれでもかと詰まっている。テクニックが向上したら面白くなくなってしまうという可能性もはらんではいるものの、だとしたら、楽しめるのはいまだとも言えるし(ウェルメイドしか聴かないという人には、だからオススメしませんけれど)、“ Splitting”によるビートの躓き具合なんて、期せずしてJ・ディラを乗り越えているとも言える(多分、違うと思うけど)。3月にリリースされた1作目の『ウェイリー(用心深い)』ではまだここまでパーカッションがボカスカ打ち鳴らされることはなかった。ベースで曲を転がすのではなく、パーカッションやドラムでグルーヴを生み出そうとした結果、このようなフリーク・ビートが導き出されることになったのだろう。この先どっちに向かうのかは見当もつかないけれど(自分で『ターニング・ポインツ』といっているぐらいだし)、いい意味で洗練されていけばいいなと思う。

 アルゴレイヴについて詳しくは→https://www.renickbell.net/doku.php?id=about


Fit Siegel Japan Tour 2018 - ele-king

 フィット・シーゲルは、21世紀のデトロイトのアンダーグラウンドの主要人物のひとり、オマーSの〈FXHE〉から登場し、DJ Sotofettとのコラボレーション作品でいちやく脚光を浴びたDJ/プロデューサー。12月に初来日が決定した。
 we must go there!

■Fit Siegel Japan Tour 2018
12.15 (SAT) 東京 Nakameguro Solfa
- Fit Siegel Japan Tour 2018 supported by bamboo -

ROOM 1
FIT SIEGEL (FIT Sound/FXHE)
COMPUMA
KABUTO (DAZE OF PHAZE/LAIR)
U-T (bamboo)
FAT PEACE (bamboo)

ROOM 2
Wataru Sakuraba
DJ Razz
DAIZEN (LAMERACT)
kenjamode (Mo’House)
Takuya Honda
bungo

Open 21:00
Door 3000yen / With Flyer 2500yen / Entry Before 11PM 2000yen

Info: solfa https://www.nakameguro-solfa.com
東京都目黒区青葉台1-20-5 oak build.B1F TEL 03-6231-9051

自身の主宰するレーベルFit Sound、ディストリビューション会社”Fit Distribution”を運営し現在のデトロイトのミュージックシーンを根底から支えるFIT SIGELが来日。2012年にOmar Sのレーベル、FXHEからのリリースを皮切りに今年度はDJ Sotofettとのプロジェクト、S & M Trading Co.でのリリース、現在のデトロイトアンダーグラウンドの支柱となるアーティストの来日に期待が高まる。競演には、長いキャリアの中で今もなお、日々フレッシュでユニークなジャンルを横断したイマジナリーな音楽世界の探求を続けFit SiegelもNYで氏のMIX CDを購入しラブコールを送るCOMPUMA、自身の主宰するパーティーDAZE OF PHAZEでは世界各地の実力派DJを招聘しながらも、世界のアーティストを相手に全く引けを取らないプレイで日本国内のパーティークオリティを見せ続けるKABUTOを始め、各地で活躍するDJが集結。年の瀬に相応しいスペシャルな一夜となっている。

12.16 (SUN) 大阪 Compufunk Records
- Compufunk Records feat. FIT Siegel -
Guest: FIT Siegel (Fit Sound/FXHE)
MITSUKI (Mole Music)
COTA (NIAGARA)
DJ Compufunk

Open 18:00
Advance 2000yen with 1Drink
Door 2500yen with 1Drink

Info: Compufunk Records https://www.compufunk.com/?mode=f3
大阪市中央区北浜東1-29 北浜ビル2号館2F TEL 06-6314-6541


FIT Siegel (Fit Sound/FXHE)
FIT Siegel(a.k.a FIT)は、デトロイト・アンダーグラウンドの支柱となるべく、静かに立ち上がっている。Underground Resistanceの本部、Submergeの”Mad” Mike Banksから音楽制作を学び、2012年にOmar Sのレーベル、FXHEから『Tonite』でデビュー。
O.m.a.r - S & L'Renee『S.E.X.』のリミックス制作に関わったり、Gunnar WendelことKassem Mosseとのコラボレーション、FIT Featuring Gunnar Wendel『Enter The Fog』をFXHEからリリース。2015年リリース作、FIT Siegel名義でのEP『Carmine』は各方面から高く評価されることとなった。2018年にはDJ Sotofettとのプロジェクト、S & M Trading Co.『Metal Surface Repair』をリリースしている。レーベル"Fit Sound"とディストリビューション会社"Fit Distribution"を運営し、そこにはURやFXHEの持つ猛烈なDIY精神を内在している。
DJとしては、ジャンルレスなアプローチを好み、DiscoやPunk~現在デトロイトで作り出される異例なテクノやハウス・ミュージックを自由に横断する。自身のDJ活動や音楽制作と並行して、レーベルとディストリビューション運営の役目を平衡し、今後もその創造的追求を極めていくだろう。

Facebook https://www.facebook.com/fitofdetroit/
Soundcloud https://soundcloud.com/fit


Aphex Twin - ele-king

 先日ロンドンで話題となったエイフェックス・ツインのポップアップ・ショップが、東京は原宿にも出現します。12月1日(土)と12月2日(日)の2日間のみの限定オープンです。強烈なテディベアを筆頭に、さまざまなグッズが販売される模様。ロンドンでは即完売となった商品も多かったそうですので、このチャンスを逃すわけにはいきませんね。詳細は下記をば。

ロンドンに続き、エイフェックス・ツインのポップアップストアが東京・原宿にて2日間限定オープン!

11月22日(木)、エイフェックス・ツイン自身の公式SNSから動画がポストされ、ロンドンと東京での新たなオフィシャル・グッズの発売が発表された。その2日後にスタートしたロンドンのストア/通販では即完商品が続出。それに続き、今週12月1日(土)と12月2日(日)の2日間限定で、東京・原宿にエイフェックス・ツイン・ポップアップストアがオープンする。

今年、傑作の呼び声高い最新作「Collapse EP」をリリースし、シルバー・スリーヴ付の豪華パッケージ盤や、“T69 collapse”のMVも大きな話題となったエイフェックス・ツイン。彼の代表曲のMVから飛び出てきたようなグッズの数々やクラシックロゴTなど、レア化必至のグッズが勢揃い!

APHEX TWIN POP-UP STORE

開催日程:12/1 (土) - 12/2 (日)
12/1 (土) 12:00-20:00
12/2 (日) 12:00-18:00

場所:JOINT HARAJUKU (東京都渋谷区神宮前4-29-9 2F)
詳細・お問い合わせ:www.beatink.com

APHEX TWIN RETAIL ITEMS


『Donkey Rhubarb』テディベア
全高25cmのクマのぬいぐるみ
色:タンジェリン/ライム/レモン
オリジナルボックス入り
販売価格:¥5,000(一体)


『Windowlicker』傘
外側にエイフェックス・ツイン・ロゴ、内側に顔がプリントされたジャンプ傘。取手にはロゴが刻印され、木の柄を採用。
販売価格:¥8,000


『Come To Daddy』Tシャツ/ロンパース
サイズ展開:S、M、L、XL、キッズサイズ、ロンパース
販売価格:¥4,000


『CIRKLON3 [ Колхозная mix ]』パーカー
サイズ展開:M、L、XL
販売価格:¥6,000


『On』ビーチタオル
エイフェックス・ツインのロゴが織り込まれたビーチタオル
サイズ:70 × 140cm
販売価格:¥6,000


『Ventolin』アンチポリューションマスク
エイフェックス・ツインのロゴがプリントされたマスク。ロゴの入った黒いケース入り。 Cambridge Mask Co.製。ガス、臭気、M2.5、PM0.3、ホコリ、煙、病原体、ウイルス、バクテリアを防ぐ。
販売価格:¥9,000


『T69 Collapse』アートプリント
世界限定500枚。ポスターケース入り(額縁はつきません)。
サイズ:A2
販売価格:¥4,000


また今回のオフィシャル・グッズ発売に合わせて、公式には長らく配信されていなかった“Windowlicker” “Come To Daddy” “Donkey Rhubarb” “Ventolin” “On”のミュージック・ビデオがエイフェックス・ツインのYouTubeチャンネルにて公開されている。

Windwlicker (Director's Cut)
Directed by Chris Cunningham
https://youtu.be/5ZT3gTu4Sjw

Come To Daddy (Director's Cut)
Directed by Chris Cunningham
https://youtu.be/TZ827lkktYs

Donkey Rhubarb
Directed by David Slade
https://youtu.be/G0qV2t7JCAQ

Ventolin
Directed by Steven Doughton with Gavin Wilson
https://youtu.be/KFeUBOJgaLU

On
Directed by Jarvis Cocker
https://youtu.be/38RMZ9H7Cg8



初回限定盤CD


通常盤CD

label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Collapse EP
release date: 2018.09.14 FRI ON SALE


期間限定「崩壊(Collapse)」ジャケットタイトル


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Selected Ambient Works Volume II
BRC-554 ¥2,400+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2978


abel: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: ...I Care Because You Do
BRC-555 ¥2,000+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=7693


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Richard D. James Album
BRC-556 ¥2,000+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=8245


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Drukqs
BRC-557 ¥2,400+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9088


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Syro
BRC-444 ¥2,300+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2989


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Computer Controlled Acoustic Instruments Pt2 EP
BRE-50 ¥1,600+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2992


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: AFX
title: Orphaned Deejay Selek 2006-08
BRE-51 ¥2,400+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2944


label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: Aphex Twin
title: Cheetah EP
BRE-52 ¥1,800+税
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2994

Paul Frick - ele-king

 ミヒャエル・エンデが時間泥棒をテーマに『モモ』という童話を書いたのが1973年。オイルショックを経た戦後ドイツの労働争議が最初のピークを迎えるのが1984年。このように並べてみると、その間に挟まれているクワフトワークの”The Robot”が(前作に収録されたマネキン人形から歩を進めた発想だったとしても)どこか単純作業や長時間労働に対するカリカチュアとして「聞かれた」可能性も低くないと思えてくる(経済成長が激化したインドでも労働者をロボットに見立てたS・シャンカー監督『ロボット』で同じく”The Robot”が使われていた→https://www.youtube.com/watch?v=NEfMZbbpsAY)。実際の単純労働はトルコ移民が担い、『Man-Machine』には自分たちがドイツ人であることから逃げ、戦後長らく「ヨーロッパ人」と名乗りたがっていた風潮に対してドイツ人としてのアイデンティティを再確認するために(デザインはロシア構成主義だけど)戦前のドイツに見られた「SF的発想」に回帰するという意図があった(”Neon Lights”はフリッツ・ラング監督『メトロポリス』がモチーフ)。さらに言えばDAFは明らかにナチスの労働組合であるドイッチェ・アルバイツフロントの頭文字を「独米友好」とモジることで二重にパロディ化し、パレ・シャンブルグも西ドイツの首相官邸を名残ることで「ヨーロッパ人」と名乗ることの欺瞞に違和感を示した面もあったのだろう(ここから小沢一郎によってパクられる「普通の国」という再軍備のキーワードまではあと少しだったというか)。

 いずれにしろ、3年前にドイツの小学生たちが演奏する”The Robot”がユーチューブでけっこうな話題になったように、ドイツでは一般レベルでも”The Robot”が定番化していることはたしかで、現在のドイツでこの感覚をもっとも受け継いでいたのがブラント・ブラウア・フリックということになるだろう。最初はクラフトワークをジャズっぽく演奏していた3人組で、3人ともクラシックの素養が高く、彼らはこれまではアコースティック・テクノ・トリオと称されることが多かった。水曜日のカンパネラにも中期のクラフトワークを思わせる”クラーケン“を提供していたBBFは、しかし、このところコーチェラにも出演するなどすっかりポップ・ソングの旗手と化してしまい、”Iron Man”でデビューした当時の面影は薄れかけていたものが、メンバーのひとり、ポール・フリックが〈アポロ〉からリリースしたセカンド・ソロ・アルバム『2番目の植物園(?)』はグリッチとジャズをまたいで合間からクラフトワークも垣間見える地味な意欲作となった(自分ではこれがファースト・ソロ・アルバムだと言っている)。作品の中心にあったのは「日常性」、あるいはその「詩情」というありふれたもので、特に興味を引くものではない(録音の時期から考えてもメルケルの引退声明によってカタリーナ・シュルツェがドイツの政界に君臨するかもしれないといった動きが本格化する前の「日常」だろうし)。

 カチャカチャと小さなものが壊れるように細かく叩き込まれるパーカッションやベルなど微細なビートが楽しい曲が多く、音の素材はフィールド録音や切り刻まれたブレイクビーツなどかなり多岐にわたるらしい。それらはつまり、2000年前後にドイツで特に隆盛を誇ったエレクトロニカの方法論を意識的に踏襲したものといえ、妙な近過去ノスタルジーに彩られているとも言える。移民問題がドイツに重くのしかかる直前のドイツであり(注)、もしかするとその時期が無意識の参照点になっているのかもしれない。ポール・フリックは録音中、資本主義にも社会主義にも馴染めない人々を描写した小説家ウーベ・ヨーンゾンがナチズムの台頭から2次大戦までを描いた『Anniversaries』にも多大な影響を受けたそうで(未訳)、”Karamasow(カラマーゾフ)“と題された曲では、そうしたある種の歴史絵巻のような感覚が無常観に満ちた曲として表されてもいる(プチ『ロング・シーズン』ぽい)。そうした寄る辺なさはBBFの近作とは異なって、本当にどの曲も頼りなく、宙に漂うがごとく、である。そうした感覚はジャーマン・トランスのマーミオンも曲の題材にしていた“Schöneberg”(ベルリンの地名)でようやく安堵感へとたどり着き、焼き物を題材にしたらしきエンディングの“Gotzkowsky Ecke Turm”で幕を閉じてくれる。この弱々しさが、小学生たちの演奏する”The Robot”とともに、むしろ、外交でことごとく失敗を重ね、EUでさえ維持が難しくなってきたドイツのいまを表しているのではないだろうか。
 ああ、マッチョだったドイツが懐かしい。

注:ドイツがヨーロッパ中に移民を受け入れるよう先導してきたのはナチス時代に亡命を図ったドイツ人を受け入れてくれた周辺国に対する恩返しの意味もある。

Richard Devine - ele-king

 本作はIDM/電子音響作家リチャード・ディヴァイン、6年ぶりの新作である。IDMマニアからは伝説化しつつあるディヴァインだが、彼のツイッター・アカウントなどをフォローしていれば、日々配信されるモジュラーシンセを用いたサウンドの断片は耳(目)にすることはできる。また、YouTubeのアカウントでも、そのモジュラー音源の映像を観ることは可能である。

https://www.youtube.com/watch?v=o791hgNvGIg
https://www.youtube.com/watch?v=sQOVpUVDPys

 だがそれはいわば日々のサウンド実験の中間報告のようなもので、こうしてアルバムとしてまとまったサウンドを聴くことはやはり重要である。今のディヴァインのサウンドの方向や嗜好性などのモードが手に取るように分かってくるし、同時に彼がいかに才能に溢れた電子音楽家であるかということも再認識できる。それに何よりも彼自身が作品として追い込んでいった電子音響の結晶と構造体を一気に十数曲も聴取できるのだ。これは素晴らしい体験である。

 本作でもリチャード・ディヴァインは電子音による生成、持続、律動、音響、リズムを、とことんまで追及しているように感じられた。モジュラーを駆使したグリッチ・ミュージックの進化形とでもいうべき音に仕上がっているのだ。00年代のコンピューター・エディット/コンポジションの時代を経て、10年代後半的なモジュラーシンセ特有のフィジカルな音響生成に至った、とでもいうべきか。このアルバムは、確かにあの時代、つまり00年代のグリッチ音響作品としてのIDMを継承した電子音響である。電子音楽マニアにとって新たな聖典といえよう。

 リチャード・ディヴァインの経歴を簡単に振り返っておこう。ディヴァインは1977年生まれ、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のグリッチ以降の電子音楽を代表するエレクトロニック・ミュージック・アーティストである。彼は1995年〈Tape〉からファースト・アルバム『Sculpt』をリリースし、以降、いくつかのEPを継続的にリリースした。
 しかしリチャード・ディヴァインが、われわれの知る「リチャード・ディヴァイン」へと変貌を遂げたのは、2001年に〈Schematic〉からリリースされたセカンド・アルバム『Aleamapper』と2002年に同レーベルからリリースされたサード・アルバム『Asect:Dsect』からではないか。特に『Asect:Dsect』は、エイフェックス・ツインやオウテカなどの90年代IDMの最良の部分を継承しつつ、00年代初頭のグリッチ・ミュージックの方法論を洗練・交錯させた名盤で、今でもコアなエレクトロニック・ミュージック・ファンに愛されている重要なアルバムである。
 2005年に〈Sublight Records〉から『Cautella』をリリースした後、アルバムのリリースは途絶えた。ジミー・エドガーとの「Divine Edgar EP」をはじめ、いくつかのEPを発表したが、次のアルバムのリリースまでなんと7年の月日を必要とした。そして2012年、〈Detroit Underground〉から新作『Risp』を発表する。7年の月日をかけただけのことはあり「10年代仕様の複雑かつ見事な電子音響/IDM作品」となっており、マニアは大いに歓喜した。
 本作『Sort\Lave』は、前作『Risp』から6年ぶりのアルバムである。10年代のリチャード・ディヴァインは寡作だが、それはむろん諸々の「状況」の問題もあるだろうし、電子音楽/音響の方法論と形式がある程度、固まってきた時代ゆえ熟考を要する時代になったからともいえなくもない。じじつ、長い時間をかけて制作された『Sort\Lave』は電子音楽の可能性に満ちている。それは何か。一言でいえば「電子音楽におけるサウンド/オブジェの結晶化」ではないかと私は考える。

 リチャード・ディヴァインは直接的にはオウテカからの影響の大きいアーティストだ。緻密な音響と伸縮するようなリズム=ビートを追及しているからである。そしてそれはテクノ/電子音響による音響彫刻の実現化でもあった。彼にとってリズムはダンスを目的するものだけではない。サウンドの時間軸を操作するための要素なのだ。
 その意味でオウテカの8時間に及ぶ集大成的なボックス・セットがリリースされた本年に『Sort\Lave』がリリースされたことは象徴的な出来事といえよう。IDM以降のサウンド・オブジェクトの最新型がここに揃ったのだから。

 本作は独自仕様のユーロラック・モジュラー・システムとふたつの Nord G2 Modular ユニットを用いて制作された。トラックの時間軸は一定の反復に縛られず、自在に伸縮している。なかでも12分20秒に及ぶ1曲め“Microscopium Recurse”を聴くと、彼のサウンドの生成と時間軸のコントロールがこれまで以上に自由になっていると分かる。2曲め“Revsic”では一定のビートがドラムンベースのように高速で構築されているのだが、いつしかその反復は伸縮し、非反復的に進行するエクスペリメンタル・テクノ・トラックである。

 アルバムには全12曲が収録されているが、どのトラックもモジュラーによる生々しい電子音が生成しており、電子音に対する耳のフェティシズムとテクノ的な律動と、それを内側から伸縮させてしまうようなタイム・ストレッチ感覚に満ちていた。
 そう、彼の音は、電子音による一種のマテリアル/オブジェなのである。それゆえリチャード・ディヴァインは、最近の電子音楽家にありがちな(?)ポエティックな「思想」は希薄に感じる。いわば音を彫刻のように生成・構築するいまや数少ないサウンド・マテリアリストといえよう。

 もしも仮に電子音楽に新しい可能性があるとすれば、それは抽象的な枠組みに収まらざるをえない「未来」(ユートピアであれディストピアであれ)のようなものを羨望する思想ではなく、具体的な諸々の音の組織体を提示してきた過去から放たれた「一瞬」を掴まえていく意志と行動、つまり創作/制作のただ中にこそあるのではないかと私は考える(そしてその意志の持ちようは聴き手側も変わらないはずだ)。
 音の煌めきに敏感であること。音の運動を捉える大胆かつ繊細な感性を持っていること。数学的といえる整合性と逸脱への関心を交錯させていること。
 過去の煌めきから放たれたものの参照・理解・応用から、現在の閃光=音響が生まれる。リチャード・ディヴァインはそれをよく分かっているのだろう。彼はどこか数学者や科学者のような思考と手つきでトラックを生み出し続けている。本作は、そんな数学者のような電子音響作家によって生み出された新しい音響のオブジェ/構造体なのだ。

Wen - ele-king

 ワイリーが起源だとされるウエイトレスはファティマ・アル・ケイディリシェベルなど応用編の方がどんどん突っ走っている印象が強いなか、さらにウエイトレスとニューエイジを結びつけたヤマネコ『Afterglow』やオルタナティヴ・ファンク風のスリム・ハッチンズ『C18230.5』など適用範囲がさらに裾野を広げ、原型がもはやどこかに埋もれてしまったなあと思っていたら、そうした流れに逆行するかのようにウエイトレス以外の何物でもないといえるアルバムをウェンことオーウェン・ダービーがつくってくれた(以前はもっとクワイトやダブステップに近いサウンドだった)。ファティマ・アル・ケイディリやスラック『Palm Tree Fire』からは4年が経過しているし、何をいまさらと言う人の方が多いだろうけれど、なんとなく中心が欠如したままシーンが動いているというのは気持ちが悪く感じられるもので、それこそデリック・メイが1992年あたりにデトロイト・テクノのアルバムを出してくれたような気分だといえば(ロートルなダンス・ミュージックのファンには)わかってもらえるだろうか。つまり、このアルバムが4~5年前にリリースされていれば、もっと大変なことになったかもしれないし、ボディ・ミュージックを意識したようなストリクト・フェイス『Rain Cuts』などの意図がもっとダイレクトに伝わったのではないかなどと考えてしまったのである。ウエイトレスが何をやりたい音楽なのかということを、そして『EPHEM:ERA』はあれこれと考えさせる。それはとんでもなくニュートラルなものに思えて仕方がなく、ファティマ・アル・ケイディリによるエキゾチシズムやシェベルによるアクセントの強いイタリア風味など、応用編と呼べるモード・チェンジが速やかに起きてしまった理由もそこらへんにあるような気がしてしまう。それともこれはアシッド・ハウスが大爆発した翌年にディープ・ハウスという揺り戻しが起きた時と同じ現象だったりするのだろうか。「レッツ・ゲット・スピリチュアル」という標語が掲げられたディープ・ハウス・リヴァイヴァルがとにかく猥雑さを遠ざけようとしたことと『EPHEM:ERA』が試みていることにもどこか共通の精神性は感じられる。悪くいえばそれは原理主義的であり、変化を認めないという姿勢にもつながってしまうかもしれない。いずれにしろウエイトレスが急速に変化を続けているジャンルであることはたしかで(〈ディフィレント・サークルズ〉を主宰するマムダンスは「ウエイトレスはジャンルではない。アティチュードだと発言していたけれど)、全体像を把握する上で『EPHEM:ERA』というアルバムがある種の拠り所になることは間違いない。

 思わせぶりなオープニングで『EPHEM:ERA』は始まる。そして、そのトーンは延々と続いていく。何かが始まりそうで何も始まらない。立ち止まるための音楽というのか、どっちにも踏み出せないという心情をすくい取っていくかのように曲は続く。うがっていえばいまだにブレクシット(これは反対派の表現、肯定派はブレグジット)の前で迷っているとでもいうような。“RAIN”はそうした躊躇を気象状況に投影したような曲に思えてくる。動けない。動かない。続く“BLIPS”あたりからそうした精神状態がだんだん恍惚としたものになり、停滞は美しいものに成り変わっていく。ここで“ VOID”が初期のアルカに特徴的なノイズを混入させ、美としての完成を思わせる。そこでようやく何かが動き始め、後半はウエイトレスとUKガラージが同根のサウンドだということを思い出させる展開に入っていく。それらを引っ張るのが、そして、“GRIT”である。「エフェメラ」とはフライヤーやチラシのように、役割を終えればすぐになくなってしまう小さな印刷物のことで、ポスターや手紙、パンフレットやマッチ箱などのことを言う。“GRIT”はさらにそれよりも儚いイメージを持つ「砂」のことで、『EPHEM:ERA』にはどこか「消えていくもの、失われていくもの」に対する愛着のようなものが表現されている。『EPHEM:ERA』のスペルをよく見ると、ERAの前がコロンで区切られており、「すぐになくなってしまう小さな印刷物の時代」という掛け言葉になっていることがわかる。それはまさにウエイトレス=無重力に舞うイメージであり、エフェメラに印刷されて次から次へと生み出される「情報」の多さやその運命を示唆しているのではないかという邪推も働いてしまう。膨大な量の情報が押し寄せ、誰もそのことを覚えていない時代。クロージングの美しさがまたとても際立っている。


John Grant - ele-king

 星占いの恋愛運の欄を見ればよく「好きな異性がいるあなたは……」と書いているように、世の大半のラヴ・ソングはヘテロセクシュアルを前提として作られている。たいていの場合世界はマジョリティの原理で動いているのだから、べつに驚くことでもないのかもしれない。だがいっぽうで、まるで同性愛がこの世に存在しないように示し合わされているような不気味さもそこにはあって……たとえば、学校の教科書にLGBTを掲載する必要があるのは特別扱いするためではけっしてなく、「思春期を迎えると誰もが自然に異性に興味を持つようになります」といったような嘘を性教育の現場からなくすためだ。あるいは、教科書に載らない性や愛について描くことがポップ・ソングにはできるのかもしれないが、ゲイを表明している作家によるゲイ・テーマの歌ですら「これはゲイの歌と言うよりは、普遍的な愛の歌である」といったような聞こえのいい言葉がその存在を隠そうとすることもしょっちゅうだ。では、僕たちの愛と人生が息をできる場所はどこにある?

 ジョン・グラントのラヴ・ソングは、「普遍的」などという一見優しげな言葉にけっして取りこまれない明確さと具体性でゲイである自身の性と愛、そして人生を繰り返し描いてきた。しかも彼は優れたリリシストでもあった。厳格なキリスト教の家庭で育ったために両親にゲイであることを受け入れられなかったこと、セックス中毒やゲイ・サウナ(ハッテン場)での放蕩、そしてHIV感染。そうした事柄が、皮肉やサーカスティックな笑いとともにダイナミックに描写される。もちろん彼の歌はすべてのゲイを代表するものではないが、エルトン・ジョンやジョージ・マイケルやボーイ・ジョージといった大スターとはまったく異なる場所から、ゲイ中年のありのままの姿を曝け出した。その歌たちは弱さやみっともなさを晒し続け、そしてなおも誰かと心を通わせることや幸福を諦められずにいる。
 ソロ4作目となる『ラヴ・イズ・マジック』においてもまったく変わっていない。50歳となったグラントは、息子がゲイであることを受け入れずに死んでいった母親のこと、アイスランドで見つけたボーイフレンドとの別れ(前作『グレイ・ティックルス、ブラック・プレッシャー』では彼との蜜月が歌われている)、そしてゲイとして老いていくことの孤独感を赤裸々に綴る。赤裸々に……というより、まるでそれらが隠されることをはっきりと拒むように。ジョン・グラントの歌は、いま表舞台で称揚される多様性の華やかさが見落としているクローゼットの奥にしまわれた魂の声をもノックする。
 サウンド的にはもっともシンセ・ポップ色が強いものとなっており、これはエレクトロニック・ミュージック・グループであるラングラーのベンジとグラントが組んだクリープ・ショウの経験が反映されたものだ(ベンジは本作に参加している)。アナログ・シンセが醸すどこかノスタルジックな響きはジョン・グラントのメロディと声の物悲しさとユーモアの両方を増幅させ、『ラヴ・イズ・マジック』を複雑なペーソスに満ちたものにしている。たとえば“Tempest”はシェイクスピアではなく80年代のアーケイド・ゲームの名前だそうだが、そこではレトロなゲームのサウンドを引用しながら物寂しく愛が懇願される。まんま80年代シンセ・ポップ風の“Preppy Boy”では、アメリカのアイヴィー・リーグ的価値観で育った中年を揶揄しつつ、彼との秘かな同性愛関係をほのめかす(「彼に電話番号を渡したんだ/離婚したあとだったから」)。例によってグラントは道化として振る舞っているし、彼の書くストーリーはある種のゲイ的な内輪ネタとしてそれなりに笑えるのだが、それらはつねにどこか悲しい。最初はプーチンについての歌だったが、「彼はトランプよりも賢い」ことに気づいてドナルド・トランプのことを強烈な卑語で描写するものになったという“Smug Cunt”のような曲でさえ(「小さな子どもみたいに振る舞って/高いオモチャでオナニーする/きみが黙らないから、彼らがきみを遊ばせるだけ」)、柔らかな電子音とグラントの深いバリトンでメロウな響きになる。
 だから、ファンキーなエレクトロ・ポップ“He's Got His Mother's Hip”のような曲もジョン・グラントらしい愉しい曲だが、“Is He Strange”のようなリッチなバラッドにこそ彼の本領が発揮されているのだろう。かつて「きみの愛の前ではすべては色褪せるんだ」と歌っていたグラントは、同じ男に向けていまは「きみをがっかりさせたことを、ただ申し訳なく思う」とつらそうに頭を下げる。あるいはタイトル・トラックの“Love Is Magic”。そこで彼は「愛は魔法/きみが好むも好まないも/そんなに悲劇的でもないさ/それはたんなる、きみが買った嘘にすぎない」とエレクトロニック・ブルーズに乗せて朗々と歌う。もしジョン・グラントの個人的で生々しく、悲しい自画像である歌がそれでも普遍的なのだとしたら、それは、彼が愛のことを嫉妬や惨めさ、別離や性感染症も伴ったものとして、それでも「魔法」と呼ぶからだろう。

 いっぽうで、クロージングの“Touch And Go”は自身でなく、アメリカ軍の情報を漏洩させた元陸軍兵でありトランスジェンダーであるチェルシー・マニングについて描いたものだという。ソウルの甘い調べで、「チェルシーは蝶、彼女は羽化したんだ/彼女を網(ネット)で捕まえることはできない/彼女には内なる自由があるから」と優しく擁護する。『新潮45』の件を思い出さずとも、LGBとTは別物であり、それらは連帯することはできないという偏狭な意見はいつも現れて、僕たちの気持ちを挫かせる。だがグラントの歌の柔らかく、毅然とした反論はどうだろう。奇しくもこの曲は、#WontBeErased時代に響くスウィートなプロテスト・ソングとなった。

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