「Ord」と一致するもの

Courtney Barnett - ele-king


 コートニー・バーネットは左利き。ジミ・ヘンドリックスも左利き、カート・コバーンもそう。
 コートニー・バーネットはミニマリズムの短編作家のような歌詞をあたたかいメロディとグルーヴィーな8ビートに乗せる。
 彼女は空想して、曲を書いて歌う。
 傑作『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』から3年、待望のセカンド・アルバムがリリースされる。
 『テル・ミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール』。
 君は本当にどのように感じているんだい?



Courtney Barnett - Nameless, Faceless


コートニー・バーネット (COURTNEY BARNETT)
『テル・ミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール (TELL ME HOW YOU REALLY FEEL)』

発売日:2018年5月18日(金)

Amazon: https://amzn.asia/19I5TnP
iTunes/ Apple Music: https://apple.co/2EsIthe
Spotify: https://spoti.fi/2Hgdoem

■COURTNEY BARNETT プロフィール
1988年、豪生まれ。2012年、自身のレーベルMilK! Recordsを設立し、デビューEP『I’ve got a friend called Emily Ferris』(2012)をリリース。続くセカンドEP『How To Carve A Carrot Into A Rose』(2013)は、ピッチフォークでベスト・ニュー・トラックを獲得するなど彼女の音楽が一躍世界中に広まった。デビュー・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット』(Sometimes I Sit and Think, Sometimes I Just Sit)を2015年3月にリリース。グラミー賞「最優秀新人賞」にノミネート、ブリット・アウォードにて「最優秀インターナショナル女性ソロ・アーティスト賞」を受賞する等、世界的大ブレイクを果たし、名実元にその年を代表する作品となった。2018年5月、全世界待望のセカンド・アルバム『テル・ミー・ハウ・ユー・リアリー・フィール』をリリース。
https://courtneybarnett.com.au/

 ニュートラル・ミルク・ホテルの『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』。私が、アメリカに来るきっかけを作った、エレファント6の代表作が20周年を迎えました。
 このアルバムが〈マージ〉より発売されたのは、1998年2月10日。20年前の先週の土曜日で、このアルバムは2000年になるまでに伝説になりました。ニュートラル・ミルク・ホテルことジェフ・マンガムは、『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』をリリースした後、シーンから姿を消したのです。

 ジェフは、ルイジアナ州のラストンの3人の友だちで作った音楽集団、エレファント6(E6)の創設者の一人で、「音楽で世界を変えよう」というコンセプトでE6ははじまりました。ジョージア州アセンスに拠点を置き、アップルズ・イン・ステレオ、オリヴィア・トレマー・コントロール、エルフ・パワー、オブ・モントリオール、ミュージック・テープスなど、60年代のサイケ・ポップから枝分かれした、現代的方向を持ったバンドとのネットワークを広げていきました。
 デンバーのアップルズ・イン・ステレオのペット・サウンズ・スタジオでレコーディングされた『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』は、90年代に愛されたインディ・レコードというだけでなく、時代を超えてもっとも愛された1枚になりました。
 当時のE6は、インディ・ロックのブームの中心でもありました。90年代のジェフは、96年に1枚目の『オン・アヴェリー・アイランド」をリリースし、カウチ・サーフィンをしながらツアーを続け、たくさんのE6プロジェクトに参加しました。ステレオがあるところに行くと彼がいる、とまで言われるほど精力的に活動していました。そしてセカンド・アルバムにあたる『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』を1998年に発表、その年に北アメリカ、ヨーロッパをツアーした後、シーンから唐突に姿を消しました。


 私は1996年頃、アセンスに居て、毎日、E6の仲間と過ごしていました。当時、インディ・バンドを見るためにアメリカ中を旅をしていた私は、LAでアップルズ・イン・ステレオ、オリヴィア・トレマー・コントロール、ミュージック・テープスのショーを見て以来、彼らのファンになりました。彼らのコミュニティ、彼らの音楽に引き込まれ、誘われるままにアセンスに来たのです。
 そこにいる人たちはみんなミュージシャンでした。オリヴィア・トレマー・コントロールの家に居候していると、いろんな人がやって来ました。狭いアセンスのコミュニティでは、すぐに他のバンドとも仲良くなり、彼らの音楽に没頭していきました。ユニークな音楽人に囲まれ、居心地もよく、こうして私はアメリカに住もうと決心します(結局NYに引っ越すのですが、NYにいると、彼らに定期的に会えるのです)。
 ミュージック・テープス/ニュートラル・ミルク・ホテルのジュリアンの家を毎日のように訪ね、彼の夢(サーカス/遊園地のようなショー)を聞くようになった頃、ハウスメイトのジェフにもよく会いました。彼は少し挨拶した後、直ぐに奥に引っ込み、ベッドルームでレコーディングしていました。ジェレミー(NMHのドラマー)と一緒に家に行っても、2人はベッドルームからなかなか出て来ませんでした。
 ジェフはほとんどど引きこもっていて、町を歩く、必ず顔見知りに会うアセンスでも、彼の姿を見かけることはほぼありませんでした。レコーディングに没頭していたのでしょう。そういう意味では、近くにいるのにニュートラル・ミルク・ホテルはいつも遠く感じました。
 それでもしかし、『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』は、他のどのE6アルバムよりたくさん聴きました。子供の頃の幻想的な夢と機能しない家族について、アンネ・フランクの日記に影響され、ナチスに人質になった彼女を助けたいと夢見るファンタジー、セクシャルな描写を暗喩に含んだ歌詞、倒れそうな無限の勢いのギターと涙を誘うシンギング・ソウやブラス楽器の音が、よりドラマティックにサイケデリックに1曲1曲を磨いています。まるでホーンのように力強く響く彼の声からは悲しみが漂います。そして何度聴いてもアルバムの神秘的な部分には触ることはできません。
 2002年のピッチフォークのインタヴューで、ジェフは、「音楽は癒されるためにある」と語っています。しかしこれは癒しではなく、もっと切迫詰まっている気がします。

 1998年のツアー後、ジェフはオバマ政権の夜明け(2009年頃)まで世間に姿を見せませんでした。「ウォール・ストリートを占領せよ」でソロ・ショーをした後、2013年には突然バンドを再結成し、世界中をツアーしました。BAMでのショーを見ましたが、歳をとり、髭を蓄えたジェフの声はまったく衰えを感じさせず、人びとは彼を救世主のように見ていました。

 1998年はプレ・インターネット期で、レコード屋に通い、1枚のCDを何度も聴いて、フライヤーを見ながらショーに通った時代です。足で探して辿り着いた彼の言葉だから特別に響いたのかはわかりませんが、「何か正直な物のために開いている窓は、長くは続かない」という“エアロプレインの窓”は、たしかにその後直ぐ閉じられました。
 『イン・ジ・エアロプレイン・オーバー・ザ・シー』は、90年代のインディ・ロック黄金時代に存在しましたが、10年後の2008年にその年もっとも売れたレコードになりました。後から発見した人が語り継ぎ、どんどん伝説化していったのでしょう。20年経ったいまでも強烈な力を放つ、E6の、インディ・ロックの代表作なのです。


Neutral Milk Hotel
In The Aeroplane Over The Sea

Merge Records(1998)

スリー・ビルボード - ele-king

 年頭からH&Mの広告と日本テレビの番組に人種差別があったとして騒ぎになり、2社はかなり異なる対応を示した。南アで起きた店舗の打ち壊しやコラボレーターからの契約解除などH&Mに選択の余地はなく、即座に謝罪した上で「多様性と包括性のためのグローバル・リーダー」を新たに雇い入れたと発表、つまりは落ち度があり、そのマイナスは改善されることになるとアナウンスが行われたのに対し、一方の日本テレビは「差別意識はなかった」という声明を出したのみで、新たな世界観を企業が取り入れていくという姿勢は見せなかった。H&Mと同じ対応でもいいし、世界的にポリティカル・コレクトネス(PC)の行き過ぎで表現がいま非常に窮屈な思いをしているから日本テレビはあえてPC表現に挑戦していきますと宣言するとか、何かしら主体性を見せるいい機会だったと思うのに、それをせず、実質的に旧態依然としてやっていくとしか言っていない。「差別意識がなかった」ということは単に勉強不足だったということを自白しているだけで、それをいったらH&Mにも差別意識はなかっただろうし、世界の動向をトレンドとして学習した上でさらに面白い番組をつくっている例はいくらでもあるんだから、日本テレビだけでなく今後のTV業界のためにももう少し何かステートメントや企業としての方向性を出すべきだったのではないだろうか(韓流に駆逐されるまで日本のTV業界が東アジア全体に番組を売っていた時代もあったんだし~)。たとえばマーティン・マクドナー監督『セヴン・サイコパス』はコリン・ファレル演じる主人公が映画の脚本を書きながら、ああでもない、こうでもないとストーリーを考えるたびにPCが立ちふさがり、PCとの格闘自体がひとつの見せ場となっていた。あれがすでに6年前。日本テレビも自分たちが置かれている現状をそのままドラマ化してしまうとか、やり方はいくらでもあるだろうに。

 PCと格闘しながらいかにしてB級アクションを成立させるかという課題に取り組んだ『セヴン・サイコパス』に「目には目をではマイナスにしかならない」とかなんとかいうセリフがあった。それは全体を貫くテーマではなく、話の勢いに押し流されて出てきた思想のようにも思えたけれど、マクドナー監督にとってはそれが堂々とした新作のメイン・テーマとなった。『セヴン・サイコパス』から一転、非常にシリアスな演出とブラック・ユーモアが混ざり合った『スリー・ビルボード』は「目には鼻を、鼻には口を、口には顎を」とすべてのボタンがかけ違う復讐の連鎖が核となっている。娘をレイプで殺された母親ミルドレッド(フランシス・マクドーマンド)は町の入り口に立つ3枚の広告看板をすべて買い取り、警察に早く犯人を逮捕しろという広告文をデカデカと載せる。『セヴン・サイコパス』でマフィアの親分を演じたウッディ・ハレルソンが引き続き、今度は警察署長のウィロビーとして登場し、警察はサボっているわけではなく、手掛かりが何もないことをミルドレッドに説明する。ウィロビーは町の人気者で、彼が末期ガンに犯されていることは町の誰もが知っている。同じく『セヴン・サイコパス』でとびきりのサイコパスを演じたサム・ロックウェルはウィロビーの部下ディクソンとしてタッグを組み、ここでもかなり乱暴な役回りを演じている。黒人と見れば叩きのめし、広告会社に乗り込んで社長を窓から放り出す。町はだんだん騒然となっていき、誰もがミルドレッドさえ広告を出さなければこんなことにはならなかったと思い始めた頃、ウィロビーはガンを苦にして自殺してしまう。

 この作品に描かれているのはあからさまなリベラルの理想である。ミルドレッドが娘を殺したレイプ犯を何が何でも捕まえようとする理由は追って明らかになっていくにせよ「正義を行え」という主張に間違いがあるわけではない。彼女は方法論に過剰な逸脱があり、問題があるとしたら「性急さ」ということに尽きるだろう。彼女の行動はウィロビーの死を早めたように受け取られ、そのことで多くの軋轢を生み出すけれど、実際には彼女の行動とウィロビーの死には関係がない。自殺を選んだウィロビーにはそれがわかっている。(以下ネタばれ)ウィロビーは自殺するにあたってミルドレッドやディクソンに手紙を残しておく。この手紙が人種差別主義者であり、とんでもない暴力警官だったディクソンを変えることになる。サム・ロックウェルの演技は誰もが感嘆するところで、大いなる説得力を持っていた。僕もまったく文句はない。しかし、冷静に考えてみると、オルタ右翼やネトウヨは「愛されることがなかった」からヘイトに走っているだけで、そうでなければもっといい人間だったはずだという考え方がディクスソンの変化を裏打ちしていることにも思い当たる。スティーヴン・キングは映画『エクソシスト』を評して、ヒッピーは子どもたちに悪魔が取り憑いた状態で、悪魔を取り除けば子どもたちはまたいい子に戻るというメッセージを読み取っていた。それと同じで、ヘイトや人種差別をする人たちも元はいい人で、一時的に悪魔が取り憑いているような状態だとリベラルは考えていると、そのように『スリー・ビルボード』は設定しているとしか思えなくなってくる。教育程度の差もこの作品では丁寧に表現されているので一筋縄ではいかないけれど、共和党主義者からしてみればリベラルこそ悪魔憑きなのである(さらにご丁寧なことにアメリカ南部が舞台であるにもかかわらず宗教は無力だとして否定される場面もきちんと挿入されている。そういう部分も抜かりがないというのか、甘く見ているというのか)。ヒッピーも思想であり、オルタ右翼も思想であって、どちらも一時的な気の迷いではすまないライフ・スタイル以上のものがある。「愛されたか」「愛されなかったか」ではこの溝を飛び越えることは不可能だろう。だけど、それを観せようとして、実際に最後まで観せてしまうのが『スリー・ビルボード』なのである。

 この作品が上手いなと思うのはマイノリティの配置の仕方である。実にさりげなく、目立たない場所にメキシコ移民や黒人たちが置かれている(『ゲーム・オブ・スローンズ』のピーター・ディンクレイジもキャスティングされている)。話がクライマックスに入ってくると、その人たちがあっと思うようなところにいたことに気づかされる。デル・トロ『シェイプ・オブ・ウォーター』のようなわざとらしさがない。ミルドレッドは彼らのおかげで決定的な孤立には追い込まれない。マイノリティがすべからく「いい人」であることもリベラルの価値観に裏打ちされている側面だし、主要な役回りを与えられていないだけだろうとも言えるけれど、誰ひとり悪い人がいるわけではないのに悲劇は起き、それがどんどん深まっているというのがこの作品の背景をなしている現実認識なのである。物語の終盤、ミルドレッドとディクソンは仮想の「敵」を共有するまでとなり、この映画のブラック・ユーモア性は最骨頂に達していく。誰もがやるべきことをやっている。それは間違いない。

『スリー・ビルボード』予告映像

JASSS - ele-king

 〈Modern Love〉のアンディ・ストットやデムダイク・ステアらが(結果的にだが)牽引していた2010年代のインダストリアル/テクノの潮流は、2016年あたりを境界線に、ある種の洗練、もしくはある種の優雅な停滞とでもいうべき状況・事態になっている。それはそれで悪くない。インダストリアル/テクノはロマン主義的なテクノという側面もあるのだから退廃こそ美だ。
 しかし、その一方でサウンドは、ボトムを支えていたビートはレイヤーから分解/融解し、複雑なサウンドの層の中に溶け込むようなテクスチャーを形成する新しいフォームも表面化してきた。分かりやすい例でいえばアクトレスローレル・ヘイローの2017年新作を思い出してみれば良い。ビートとサウンドの音響彫刻化である。
 つまり洗練と革新が同時に巻き起こっている状況なのだ。すべてが多層化し、同時に生成していく。時間の流れが直線から複雑な線の往復と交錯と層になっている。いささか大袈裟にいえば2020年以降の文化・芸術とはそのような状況になるのではないか。

 今回取り上げるスペインのサウンド・アーティストJASSSは、そのような状況を経由した上での「新しさ=モード」を提示する。彼女にとって「新しさ」とはフォームではなくモードに思えた。スタイルや形式は、その音楽の中で並列化しているのだ。
 JASSSは、2017年に、ミカ・ヴァイニオと共作経験のある(『Monstrance』)、カルト・ノイズ・アーティスト、ヨアヒム・ノードウォール(Joachim Nordwall)が主宰する〈iDEAL Recordings〉からファースト・アルバム『Weightless』をリリースした。私はこの作品こそ現代のエクスペリメンタル・テクノを考えていくうえで重要なアルバムではないかと考えている。
 2010年代以降のインダスリアル、ドローン、テクノなどの潮流が大きな円環の中で合流し、2017年「以降」のモードが生まれているからだ。どのトラックも形式に囚われてはいないが大雑把に真似ているわけでもない。個性の檻に囚われてもいないが猿真似の遠吠えにもなっていない。ときにインダスリアル(の応用)、ときにアフリカン(の希求)、ときにタブ(の援用)、ときにアシッド(の記憶)、ときに硬質なドローン(の生成)、ときにEBM(の現代的解像度アップ)、ときにジャズ(の解体)など、1980年代以降の音楽要素を厳選しつつも自身の音楽へと自在にトランスフォームさせているのだ。それゆえどのトラックにも「形式」を超える「新しさ」が蠢いている。「個」があるからだ。

 JASSSは『Weightless』以前もベルリンのレーベル〈Mannequin〉からEP「Mother」(2016)、EP「Es Complicado」、〈Anunnaki Cartel〉からEP「Caja Negra EP」をリリースしていたが、『Weightless』で明らかにネクスト・レベルに至った。そのトラックメイクはしなやかにして、柔軟、そして大胆。そのうえ未聴感がある。
 何はともあれ1曲め“Every Single Fish In The Pond”を聴いてほしい。メタリック・アフリカン・パーカッシヴな音とインダストリアルなキックに、硬質で柔らかいノイズや微かなヴォイスがレイヤーされる。そして中盤を過ぎたあたりからアシッドなベースが唐突に反復する。どこか「インダストリアルなバレエ音楽」とでも形容したいほどのコンポジションによって、重力から逃れるような浮遊感を獲得している。続くA2“Oral Couture”も同様だ。ミニマル・アシッドなサウンドを基調にさまざまな細かいノイズが蠢くトラックメイクは優雅ですらある(スネアの入り方が人間の通常の身体性から少しずれたところをせめてくる気持ちよさ)。そしてB1“Danza”もアフリカン・インダストリアル・ミニマルとでも形容したいほどに独創的。さらに電子音のカットアップによる解体ジャズとでもいいたいB2“Cotton For Lunch”は、フランスのミュジーク・コンクレート作家ジーン・シュワルツを思わせもした。C1“Weightless”以降はインダスリアル・ミニマルなサウンドにダブ効果を導入したEBM的なトラックを大胆に展開する。
 全8曲、テクノ、インダスリアル、電子音響、ダブなど、さまざまなエレクトロニック・ミュージックのモードを自在に操りながらJASSSはわれわれの使われていない感覚を拡張する。どのトラックも、ビートはあっても重力から自由、硬質であっても物質的ですらない。ちなみに本作の印象的なアートワークを手掛けたのは、2017年に〈PAN〉からアルバムをリリースしたPan DaijingでJASSSのサウンドが持っている独特の浮遊感をうまく表現しているように思えた。

 『Weightless』を聴くとJASSSが特別な才能を持ったサウンド・アーティストであると理解できる。そしてその音からは壊れそうなほどに鋭敏な感受性も感じてもしまう。例えばミカ・レヴィ=ミカチューのように映画音楽にまで進出してもおかしくないほどのポテンシャルを内包した音楽家ではないか、とも。いや、もしかするとポスト・アルカと呼べる存在は彼女だけかもしれない(言い過ぎか?)。
 なぜなら、JASSSは技法やスタイルの向こうにある「音楽」を構築しているからである。ポスト・インダストリアルからアフター・エクスペリメンタル。コンセプトよりも分裂。もしくは物語よりもテクスチャー。 新しい音、モード。 その果てにある「個」の存在。
 20世紀以降、大きな物語が終焉したわけだが、それは21世紀において小さな物語が無数に生産されたことも意味する。それを個々のムーヴメントと言いかえることもできるが、JASSSはそのような個々の潮流ですらも手法(モード)として取り込み、単純な物語化に依存していない。テクノもエクスペリメンタルも包括した「音楽」の実験と創作に留まり続けている。それは停滞ではない。自分の音楽を希求するという意味では深化である。

Mark Pritchard - ele-king

 ベース・ミュージックへの傾倒から一転し、穏やかで叙情性に満ちた美しいアルバム『Under The Sun』を作り上げたUKテクノのベテラン、マーク・プリチャード。その新たな作品『The Four Worlds』が3月23日にリリースされる。先行公開された“Come Let Us”のドローンとヴォイスを聴く限り、前作の路線を引き継ぎつつもまた新たな試みをおこなっているようである。はたして「4つの世界」とは何を意味するのか? 待て、しかして希望せよ。

MARK PRITCHARD

新作『THE FOUR WORLDS』3月23日リリース決定
新曲“WATCH COME LET US FEAT. GREGORY WHITEHEAD”公開
MVを手がけたのは気鋭アーティスト、ジョナサン・ザワダ

マーク・プリチャードが、トム・ヨークやビビオが参加した2016年のアルバム『Under The Sun』のサウンドをさらに追求した8曲入りの新たな作品集『The Four Worlds』を3月23日にリリース決定。アートワークを手がけた気鋭アーティスト、ジョナサン・ザワダによるミュージック・ビデオとともに、新曲“Come Let Us feat. Gregory Whitehead”が公開された。

Mark Pritchard - Come Let Us (feat. Gregory Whitehead)
https://youtu.be/Eq8uo6dv4Y4

label: Warp Records
artist: Mark Pritchard
title: The Four Worlds

iTunes: https://apple.co/2nPwaAg
Apple: https://apple.co/2nLw8do

Taylor Deupree - ele-king

 20年にわたり良質な電子音楽を上梓し続けてきたニューヨークのレーベル、〈12k〉。その主宰者にして自身も卓越したサウンド・アーティストであるテイラー・デュプリーが、ニュー・アルバム『Fallen』を2月25日に発売する。リリース元は、これまでも彼の作品を送り出してきた東京の〈SPEKK〉。来るべきその新作は、なんとピアノをメインに据えた作品になっているという(自身初の試みだそう)。これは楽しみ。

坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンとのコラボなど、これまで20年以上にわたり電子音響シーンをリードしてきた〈12k〉主宰テイラー・デュプリーによる最新作〈SPEKK〉よりリリース!!

坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアンとのコラボなど、これまで20年以上にわたり電子音響シーンをリードしてきたテイラー・デュプリーによる最新作は、自身も初の試みというピアノを中心に添えた作品! タッチを抑えた鍵盤の音がうす暗い霧の中に消えていっては、新たな音が生成される輪廻転生のような世界観。永遠と鳴り響く、夢の果てのサウンド。

◆Taylor Deupree による作品概要

腰を落ち着けてアルバムを制作する際には、通常技術的なコンセプトと楽曲的なコンセプトを先に決め集中するための手助けとします。例えば楽器の音色を制限することだったり、何か特定の作曲方法を決めたりと。それは様々なプロセスの探求につながり、またアルバムの焦点がぶれないようにもしてくれます。私の前作『Somi』はそのように焦点をあてた、とても意図的な作品でした。ただ時にはもっとリラックスして、思い浮かぶことを形にしたい時もあります。本作『Fallen』はそのような作品で、今回唯一の自分に課したルールは、初めてピアノを中心の楽器として捉えるアルバムを作ることでした。時には『Fallen』をソロピアノ作にしたかったのですが、探求を押し進むにつれピアノにモデュラーやMOOGシ ンセ、テープマシーンやちょっとしたギターを添えたくなったのです。『Fallen』は軽い感じで作り上げるリラックスしたアルバムにしたかったのですが、結局は制作に1年半以上費やし、これまでの中でも一番時間がかかった作品のひとつとなりました。また、私のプライベートのとても暗くしんどい時期と重なりました。アルバムの進行が進むにつれ、ソロピアノは瞬く間に消えゆき崩壊やノイズが前に出てきたのですが、半分壊れたテープマシーンや無数のゴーストエコーが正直なピアノを隠し、抽象性が自己やその音楽をも隠してくれるようでした。ある意味、『Fallen』は私の以前のアルバム『Northern』に似ており、自由な精神に溢れる作品を目指したものの、最終的には場所と時の作品となったのです。

CATALOG NO: KK037
ARTIST: Taylor Deupree (テイラー・デュプリー)
TITLE: Fallen (フォレン)
LABEL: SPEKK
RELEASE DATE: 2018/02/25 (sun)
PRICE: オープンプライス
MEDIA: CD
BARCODE: 4560267290379

[トラックリスト]
1. The Lost See
2. Paper Dawn
3. Unearth
4. Small Collisions
5. The Ephemerality of Chalk
6. Sill
7. For These In Winter
8. Duskt

◆Taylor Deupree プロフィール

テイラー・デュプリー(1971年生)は米NY在住のサウンド・アーティスト、デザイナー、写真家。世界中のレーベルからコンスタントに作品を発表する傍ら1997年にはデジタルミニマリズムに焦点をあてた音楽レーベル〈12K〉を設立し、マイクロスコピックサウンドと呼ばれる電子音響シーンを築く。自身の音楽以外にも、他者とのコラボレーションも大切にしており、坂本龍一やデヴィッド・シルヴィアン、ステファン・マシューなど数々のアーティストと作品を制作。また、YCAMやICCなどの場所でサウンド・インスタレーションや数々の写真展も行っている。アコースティックな音源や最先端の技術を用いながらも、その作品の根底にあるものは自然の不完全さや、エラー、空間性の美学である。

◆Taylor Deupree サイト
https://www.taylordeupree.com/
◆SPEKK サイト
https://www.spekk.net/
◆レーベルショップ ※先行予約中!!
https://naturebliss.bandcamp.com/

GEIST - ele-king

 昨年出た YPY 名義のアルバムも記憶に新しい日野浩志郎。バンド goat の牽引者でもある彼が2015年より続けている大所帯のオーケストラ・プロジェクトをさらに発展させた公演が、3月17日と18日、大阪の名村造船所 BLACK CHAMBER にて開催される。イベント名は《GEIST(ガイスト)》。マルチチャンネルを用いた音響により、空間全体を使って曲を体験できる公演となるそうだ。ローレル・ヘイロー最新作への参加も話題となったイーライ・ケスラー、カフカ鼾などでの活動で知られる山本達久らも出演。詳細はこちらから。

GEIST

Virginal Variations で電子音と生楽器の新たなあり方を提示した日野浩志郎(goat、YPY)の新プロジェクトは、自然音と人工音がいっそう響き合い光と音が呼応、多スピーカー採用により観客を未知なる音楽体験へと導く全身聴取ライヴ……字は“Geist

島根の実家は自然豊かな場所にあって、いまは、雨が降っている。その一粒一粒が地面を叩く音をそれぞれ聞き分けることはもちろんできないから、広がりのある「サー」という音を茫と聞く。やがて雨があがり陽が射すと、鳥や虫の声が聞こえてくる。家の前の、山に繋がる小さな道を登っていけば、キリキリキリ、コンコン、と虫の音がはっきりしてくる。好奇心をそそられ、ある葉叢に近づくと音のディテイルがより明瞭に分かる。さらに、たくさんのほかの虫の声や頭上の風巻き、鳥の声、葉擦れ衣擦れなどを耳で遊弋し、小さな音を愛でる自分の〈繊細な感覚〉に満足、俄然興が乗り吟行でもせんかな、いや、ふと我に返る。と、それまで別々に聞いていた音が渾然となって耳朶を打っていることに気づきなおしてぼう然する。小さな音が合わさって、急に山鳴りのように感じる。……。「〈繊細な感覚〉なんてずいぶんいい加減なものだ」と醒めて、ぬかるんだ山道で踵を返す。きっと、あの時すでに“Geist”に肩を叩かれていたのだ――。

【日時】
2018年 3月17日(土)
昼公演 開場:13:30 開演:14:00
夜公演 開場:19:00 開演:19:30

2018年 3月18日(日)
昼公演 開場:13:30 開演:14:00
夜公演 開場:19:00 開演:19:30

【会場】
クリエイティブセンター大阪(名村造船所跡地) BLACK CHAMBER
〒559-0011 大阪市住之江区北加賀屋4-1-55
大阪市営地下鉄四つ橋線 北加賀屋駅4番出口より徒歩10 分
https://www.namura.cc

【料金】
前売り2500円 当⽇3000円

【ウェブサイト】
https://www.hino-projects.com/geist

【作曲】
日野浩志郎

【出演者】
Eli Keszler
山本達久
川端稔 (*17日のみ出演)
中川裕貴
安藤暁彦
島田孝之
中尾眞佐子
石原只寛
亀井奈穂子
淸造理英子
横山祥子
大谷滉
荒木優光

【スタッフ】
舞台監督 大鹿展明
照明 筆谷亮也
美術 OLEO
音響 西川文章
プロデューサー 山崎なし
制作 吉岡友里

【助成】
おおさか創造千島財団

【予約方法】
お名前、メールアドレス、希望公演、人数を記載したメールを hino-projects@gmail.com まで送信ください。またはホームページ上のご予約フォームからも承っております。

【プロフィール】

日野浩志郎
1985年生まれ島根出身。カセットテープ・レーベル〈birdFriend〉主宰。弦楽器も打楽器としてみなし、複合的なリズムの探求を行う goat、bonanzas というバンドのコンポーザー兼プレイヤーとしての活動や、YPY 名義での実験的電子音楽のソロ活動を行う。ヨーロッパを中心に年に数度の海外ツアーを行っており、国内外から様々な作品をリリースをしている。近年では、クラシック楽器や電子音を融合させたハイブリッドな大編成プロジェクト「Virginal Variations」を開始。

Eli Keszler
Eli Keszler(イーライ・ケスラー)はニューヨークを拠点とするアーティスト/作曲家/パーカッション奏者。音楽作品のみならず、インスタレーションやビジュアルアート作品を手がける彼の多岐に渡る活動は、これまでに Lincoln Center や The Kitchen、MoMa PS1、Victoria & Albert Museum など主に欧米で発表され、注目を浴びてきた。〈Empty Editions〉や〈ESP Disk〉、〈PAN〉、そして自身のレーベル〈REL records〉からソロ作品をリリース。ニューイングランド音楽院を卒業し、オーケストラから依頼を受け楽曲を提供するなど作曲家としても高い評価を得る一方で、最近では Rashad Becker や Laurel Halo とのコラボレーションも記憶に新しく、奏者としても独自の色を放ち続けている。

山本達久
1982年10月25日生。2007年まで地元⼭⼝県防府市 bar 印度洋を拠点に、様々な音楽活動と並行して様々なイベントのオーガナイズをするなど精⼒的に活動し、基本となる音楽観、人生観などの礎を築く。現在では、ソロや即興演奏を軸に、Jim O'Rourke/石橋英子/須藤俊明との様々な活動をはじめ、カフカ鼾、石橋英子ともう死んだ⼈たち、坂田明と梵人譚、プラマイゼロ、オハナミ、NATSUMEN、石原洋withFRIENDS などのバンド活動多数。ex. 芸害。青葉市子、UA、カヒミ・カリィ、木村カエラ、柴田聡子、七尾旅人、長谷川健⼀、phew、前野健太、ヤマジカズヒデ、山本精⼀、Gofish など歌手の録音、ライヴ・サポート多数。演劇の生伴奏・音楽担当として、SWANNY、マームとジプシーなど、主に都内を中心に活動。2011 年、ロンドンのバービカン・センターにソロ・パフォーマンスとして招聘されるなど、海外公演、録音物も多数。


Event details - English -

Following “Virginal Variations”, a project which explored a new way of merging electronic and acoustic sounds, Koshiro Hino (from goat and YPY) presents his latest composition, titled “Geist”. Set in an immersive environment with interacting sounds and lightings, “Geist” invites audience to a new world of live music experience which people listen sounds with their whole body.

My home in Shimane is located in a nature-rich environment, and now, it’s raining outside. Needless to say, I cannot hear each of the raindrops hitting the ground, so I hear the rain’s “zaaaaa” sound that spreads in space. Soon after, the rains stopped and sunshine began to pour, and I started to hear the sounds of birds and insects. As I walk up the small path that connects from my home to the mountain, those insects’ buzzing and creaking sounds became more clear. As I get closer to the trees, the sound details became more distinct. With my ears, I observed closely a myriad of sounds from other insects, the wind blowing above, birds, rustling leaves and my own clothing. I enjoyed my ‘delicate sensibility’ that appreciates those little sounds, thinking, “Maybe I suddenly get excited and start composing a poem…” But soon later, I came back to myself. And suddenly, I got stunned, realizing that the sounds I heard separately now forms a harmonious whole and hits my ears. Those little sounds became one, and I hear it as if the mountain is rumbling... “The ‘delicate sensibility’ is so unreliable. “ I recalled myself and walked back the muddy path. — And by then, I now believe that I had already made my encounter with “Geist”.

[Date / Time]
Saturday, March 17, 2018
Day time performance Open: 13:30 Start: 14:00
Night time performance Open: 19:00 Start: 19:30

Sunday, March 18, 2018
Day time performance Open: 13:30 Start: 14:00
Night time performance Open: 19:00 Start: 19:30

[Venue]
Creative Center Osaka (Old Namura Ship Yard) BLACK CHAMBER
4-1-55, Kitakagaya, Suminoe Ward, Osaka City, Osaka 559-0011
https://www.namura.cc

[Price]
Advanced ¥2500 Door ¥3000

[Website]
https://www.hino-projects.com/geist

[Composed by]
Koshiro Hino

[Performers]
Eli Keszler
Tatsuhisa Yamamoto
Minoru Kawabata (*only on the 17th)
Yuuki Nakagawa
Akihiko Ando
Takayuki Shimada
Masako Nakao
Tadahiro Ishihara
Nahoko Kamei
Rieko Seizo
Shoko Yokoyama
Koh Otani
Masamitsu Araki

[Staff]
Stage direction - Nobuaki Oshika
Lighting design - Ryoya Fudetani
Stage art - OLEO
Sound engineering - Bunsho Nishikawa
Co-direction - Nashi Yamazaki
Production - Yuri Yoshioka

[Supported by]
Chishima Foundation for Creative Osaka

[Reservation]
To reserve your seat(s), please send an email to hino-projects@gmail.com with your name, your contact, number of people, and the performance date you wish to visit.

Dream Wife - ele-king

 先日おこなわれた第60回グラミー賞は、後味が悪いものになってしまった。今回のグラミー賞は性差別撲滅運動 Time's Up に賛同する白いバラで彩られ、さらにケシャが自身のセクハラ体験に基づいた曲“Praying”を披露するなど、性差別に批判的な姿勢を打ちだしていた。しかし蓋を開けてみれば、受賞したアーティストの多くが男性だった。
 このような矛盾を晒したグラミー賞は多くの批判を受けた。BBCは『Bruno Mars grabs (nearly) all the Grammys - but where were the women?』という記事でその矛盾を取りあげ、NPRは人種差別的な現在のアメリカ政府に例える辛辣な言葉を残している。

 これらの指摘に対し、グラミー賞の会長であるニール・ポートナウは、「女性たちはもっと努力しなきゃいけない」と言ってのけた。当然この発言も批判され、チャーリーXCXといった多くのアーティストが反応している。
 筆者もポートナウの発言にはあきれるしかなかった。例えばエレクトロニック・ミュージックに限っても、エリゼ・マリー・ペイド、エリアーヌ・ラディーグ、スザンヌ・チアーニなど、多くの女性たちが素晴らしい作品を残し、音楽史を前進させてきた。こうした史実を無視して、「努力しなきゃいけない」と言ってしまう男がグラミー賞の会長という現実は、笑い話にすらならないほど虚しい。

 この虚しさに一筋の光を差してくれたのが、『Dream Wife』と名づけられた爽快なアルバムだ。本作を作りあげたのは、イギリスのドリーム・ワイフというバンド。メンバーは、ラケル・ミョル(ヴォーカル)、アリス・ゴー(ギター)、ベラ・ポドパデック(ベース)の3人。2015年、ブライトンのアート・カレッジで3人が出逢ったのをきっかけに結成されたそうだ。サウス・ロンドンを盛りあげているシェイムやHMLTDといった新世代バンドとも交流があり、こうした繋がりを経由して3人にたどり着いた者もいるだろう。
 筆者がドリーム・ワイフを知ったのは、2016年に観た“Kids”のMVだった。このMVで3人はピンクを基調としたファッションを身にまとい、おまけに映画『ヴァージン・スーサイズ』を連想させるシーンも飛びだすなど、ガーリーとされるイメージを打ちだしていた。面白いのは、そのイメージの中でダンベル運動をするといった、男性的なマッチョさを散りばめていたことだ。こうしたMVを作るのが、ドリーム・ワイフ(理想の妻)というアイロニーたっぷりなバンドなのだから、惹かれるまでに時間はかからなかった。あきらかに3人は“女性”という言葉にまとわりつく固定観念を壊そうとしている。だからこそ、『Radical』『Skinny』のインダヴューでは性差別について積極的に発言したりもするのだ。

 そんな3人にとって本作はデビュー・アルバムとなる。一聴して驚かされたのは、必要最小限のプロダクションしか施されておらず、ゆえにひとつひとつの音がとても生々しいこと。音程が外れるほどシャウトするヴォーカル、ラウドでドライな質感が印象的なギター、タイトなリズムを刻むベースとドラムという構成は、虚飾なんてごめんだとばかりの躍動感あふれるサウンドを響かせる。
 そのサウンドはパンクを基調としているが、甘美なコーラス・ワークを披露する“Love Without Reason”があれば、“Spend The Night”ではブロンディーに通じるスウィートな風を吹かせたりと、引きだしはかなり多い。パンク・スピリットと80年代ニューウェイヴのセンスが共存しており、X-レイ・スペックスやエラスティカ、2000年代以降ではストロークスといったバンドを連想させる音楽性だ。この感性はおそらく、3人が公開しているスポティファイのプレイリストでもうかがえる幅広い嗜好が滲み出た結果だろう。プレイリストを見てみると、ロックを中心にピーチズやノガ・エレズといったエレクトロニック・ミュージック寄りのアーティストも選ばれており、3人の豊穣な音楽的背景がわかる。

 女性として生きることについて歌われたものが多い歌詞は、パンク・スピリット旺盛なバンドだけに怒りを隠さないが、それ以外の感情も多く込められている。“Love Without Reason”では文字通り愛について歌い、“Spend The Night”は孤独さを醸す言葉であふれているといったように。
 なかでも筆者が惹かれた歌詞は“Somebody”だ。2016年にレイキャヴィクでおこなわれたスラットウォークをモチーフに作られたこの曲は、まっとうな権利のために戦う女性たちに連帯の意を示すなかで、怒りに混じる切実さや哀しみといったさまざまな感情の機微を描いている。

 非常に質の高い本作を聴いても、まだ「女性たちはもっと努力しなきゃいけない」と言う者もいるだろう。しかし、もっと努力すべきなのは女性たちじゃない。女性たちに正当な評価があたえられない仕組みを作ってしまった者たちのほうだ。

yahyel - ele-king

 続報が届きました。ヤイエルが3月7日リリースのセカンド・アルバム『Human』から新曲“Pale”を解禁、MVも公開されています。一見静かで落ち着いた曲に聞こえますが、後ろのほうで色々とおもしろいことが起こっています。ビデオも独特の雰囲気を醸し出していて、ますますアルバムへの期待が高まります。あわせて全国ツアーの詳細も発表されていますので、下記よりチェック。

ヤイエル、待望のセカンド・アルバム『Human』から
新曲“Pale”をミュージック・ビデオとともに解禁!
初となるレコ発ツアーのチケット一般発売は明日から!
新たに仙台公演も決定!

yahyel
- Human Tour -

2016年12月に渋谷WWWにて行われたワンマンは、デビュー・アルバム『Flesh and Blood』の発売日を前に完売。その後も、FUJI ROCK、VIVA LA ROCK、TAICOCLUBなどの音楽フェスへの出演も果たし、ウォーペイント(Warpaint)、マウント・キンビー(MountKimbie)、アルト・ジェイ(alt-J)ら海外アーティストの来日ツアーでサポート・アクトにも抜擢されるなど、活況を迎えるシーンの中で、独特の輝きを放ち続けたyahyel(ヤイエル)が、1年3カ月の時を経て、2度目のワンマン・ライヴ、そしてレコ発ツアーが決定!

anemone - ele-king

 ユニットとは「虚構的存在」である。二人以上、三人未満で何らかの名を名乗ること(4人以上はグループ、もしくはバンドだ)。その類まれな「虚構性」。名乗った時点でそれぞれの人格は、ユニットという虚構的存在へと吸収される。いや包括されるとでもいうべきか。人格とも違う「存在」がそこに生成する。ユニットという「存在」の「現実化」。
 日本のエレクトロニカ・レーベルの老舗〈PROGRESSIVE FOrM〉からリリースされた anemone のファーストアルバム『anemone』を聴いたとき、私はそんな「ユニットという存在」がもたらす虚構性の魅惑を強く感じた。存在と非存在のあいだに鳴り響く、ロマンティックな光のようなエレクトロニカ・ポップ・ユニットの誕生とでもいうべきか。
 まるで繊細な和菓子のようなエレクトロニック・サウンドの折り重なりと、華のように、もしくは夢のように、やがて消え入りそうな儚いヴォーカルが交錯し、全曲12曲アルバム1枚にわたって、ひとつの(そして12の)小さな物語が語られ、意識の欠片のような詩情を鳴らす。それはときに光のように強く、ときに空気のように儚く、ときに消失する心のように切ないものだった。まさにニュー・ロマンティック。それが私を強く魅了した。世界のむこうへ。音の彼方へ。意識の儚さへ。電子音楽の美しさへ。声の官能性へ。電子音、シンセサイザー、ピアノ、声、ギター、グリッチ・ノイズ、エレクトロニクスが光の雨のように降り続ける感覚……。

 anemone は日本在住、1992年生まれのトラックメイカー ninomiya tatsuki と中国在住のヴォーカリスト Yikii による「日中デュオ」とアナウンスされている。2015年、ninomiya tatsuki と Yikii はSoundCloud上に公開していたお互いのトラックに惹かれ、競作を始めたという。そうして名曲“夢うつつ”が2016年に生まれたらしい。「初めて人と音楽を作る楽しさを見出した」。そう思った ninomiya は、Yikii にユニットの結成を提案する。anemone の誕生である(記念すべき“夢うつつ”は本作10曲めに収録されている)。アルバムは1年ほどの時間をかけて丁寧に制作されたのだろう。夢の光のようなアトモスフィアを放ち、誕生の祝福と消失の儚さの両方を持っている作品に仕上がっていた。

 本アルバムの曲は、どれも儚い光のようだ。Yikii のヴォイスも、ninomiya tatsuki のトラックも、ロマンティックな虚構性をまとっているのである。
 例えば2曲め“killing me softly”を聴いてほしい。ゆっくりと時間に浸透するかのごとき可憐なピアノのアルペジオと、シルキーな声が交錯する中、さまざまなサウンド・エレメントが優しくトラックをコーティングする。そのサウンドの虚構のような脆さ、儚さ。そして何より曲が良い。細やかな和声・コード進行で展開し、単なるミニマリズムでは終わらない慎ましやかなドラマ性が生まれている。

 記憶を慈しみ、しかし、その純粋性ゆえ、自らの手で記憶を消失させてしまうようなイノセントな残酷さを象徴するようなソングライティングとアレンジメント。そのムードは“insomnnia”という曲にも強く感じた。

 さらには光の粒子のごとき電子音と淡いアンビエンスに Yikii のヴォーカルがレイヤーされ、液晶のロマンティシズムとでも形容したい“tablet”(曲中盤のラップパート? も素晴らしい)、光と影がガラスの欠片の中に結晶するかのような短いインスト・トラック“vain”、Yikii のリーディング的なヴォイス/ヴォーカルと深海の交信を思わせるエレクトロニクス、ファットなビートの交錯が耳に心地よい“pain”、グリッチ・ノイズと旋律が交錯する“requiem”など、どの曲も、どのトラックも声と電子音が記憶の深層心理に響くような見事な出来栄えである。フランス印象派の響きに、オリエンタリズムの香水を落としたエレクトロニカ・ポップ・アルバム。

 ここでアートワークに改めて目を向けてみると、やや逆光気味のアートワークにも「光」の儚さが満ちていた。まさに「夢うつつ」である。それは虚構への希求でもあるのかもしれない。このユニットは自らを虚構の中に封じこめることによって世界の醜さを一掃し、類まれな美的感覚を差し出そうとしているのではないか。いわば「虚構内存在」としての「印象派オリエンタル・エレクトロニカ・ポップ・ユニット」として……。
 ともあれ、エレクトロニカ・ポップという領域において、近年稀にみるアルバムである。ぜひともアルバムを聴いてほしいと思う。リスニング後、あなたの感覚が浄化されるだろうから。

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