「Ord」と一致するもの

Yuri Shulgin - ele-king

 よくアナログ盤は音がいいからという感覚的な話を聞くが、いま現在、12インチのヴァイナルEPなるメディアが意味するところは、90年代(=欧米のインディにとってカジュアルなリリース形態)とも、80年代(=ディスコ目的のリリース形態)とも違っている。高価にはなったが、その意味するところは、19世紀ヴィクトリア朝時代のウィリアム・モリスによるアーツ・アンド・クラフツ運動と似ている。そう、〝量〟に抗する手段である。
 いや、〝量〟というよりは、インターネット地獄に抗する手段というべきだろうか。カイル・ホールの素晴らしいアルバムがヴァイナル・オンリーの配信ナシで5千円することも、まったくもってアーツ・アンド・クラフツ運動のコンセプトと重なりはしないか。
 ウィリアム・モリスとは、19世紀の大英帝国を代表するデザイナーで、そして貧困を憎む社会主義者だった。イギリスで『資本論』を真っ先に読んだ人物としても知られ、英語版のデザインを手がけてもいる。カール・マルクスの娘とともに社会主義同盟のメンバーとして、ストリートでラジカルな演説をうったほどの人だ。モリスが世界を変えるために試みたアーツ・アンド・クラフツ運動による工芸品は、しかし結果、高価であるがゆえに、彼が味方した労働者に買えるものでなかったという矛盾があった。
 だからといって大量生産された安いものばかりを買うことは、職人気質や手工芸というものをこの世界から追放することに加担する。インディ音楽シーンにおいて、いまさらアナログ盤やカセットが重要な意味を持つに至った理由と大いに重なる話だ。そして、Yuri Shulgin(ユーリ・シュリジンと読むのでしょうか。わかる方教えてください)の2年ぶりの新作からは、これが12インチ・ヴァイナルでなければならない理由がよくわかる。デジタルで満足している人には悪いけど、ずば抜けている。そろそろ音楽について語るべきだろう。

 ホアン・アトキンスが「ジャズは先生(Jazz Is The Teacher)」なる曲を発表したのは1992年で、いまここでその時代に起きていたことを振り返ってみるのは、Yuri Shulginの新作を絶賛する理由がより見えやすくなるかもしれないが、そうした分析はときにうっとうしくもあるので、まず単刀直入に言うべきことは、このアナログ盤に彫られた4曲すべてに気持ちが揺さぶられる力があるとういこと。計算されながらも、優れた直観による力強い音響と抱擁、個性、美しい逸脱がある。ミスよりも勢い(グルーヴ)を重視しているところもいい。
 A面1曲目の“Nothing In The City”の出だしのリズムとコードは、飲んでいるビールを思わず吹き出してしまうほどマッド・マイク直系だが、タメの効いたベースライン、ブレイク、躍動するサックスと美しいソウル・ヴォーカル、華麗なピアノのソロ、これら抑制されたジャズの断片と連続してアシッド・ハウスがミキシングされたとき、まあ、微笑まずにはいられない。ジャズが〝先生〟で、音楽的向上心を意味するなら、アシッド・ハウスとは下々の祝祭へのリスペクトを意味する。
 続く“Polyphonic Mind ”を特別なものにしている要素のひとつにもリズムを刻む彼のベースがあり、ヴィブラフォンとサックス、ギターの即興がある。タイトルが言うように、すべての音が“ポリフォニック”に構成される、混然としていて、パワフルで、ハウス・ミュージックが本来持っている猥雑さが根を張るようにある。“Nothing In The City”と同様に、トランペット以外の楽器はすべて彼自身によって演奏されているが、これはフュージョンではないしIDMでもない。1993年のURを継承する音と言えるだろう。
 B面の2曲はダブの探求となる。“Livetrackrecording (Dubby) ”はベーシック・チャンネルを彷彿させ、“#1stereo (Analog Jam) ”はアンビエントを展開、こちらの2曲にもアシッド・ハウスとジャズがある。
 
 Yuri Shulginはロシア在住のプロデューサー(ベーシストとしてヴァクラなどの作品に参加している)で、アントン・ザップのレーベル、〈Ethereal Sound〉から2011年にEPを出している。いや、EPしか出していない。Mistanomistaという名義でもイタリアのレーベルから2枚出していて、その2枚と本人名義の3枚すべてがもっと広く賞賛されるべきものだ。本作は2年ぶりの新作になる。彼の音楽は小さなレーベルから発売されたアナログ盤でのみ発表されている。

 90年代から現在までを通じて、もっとも幅広いシーンで愛されてきたといえるエレクトロニック・アクト、アンダーワールド。来月には6年ぶりにフル・アルバム『イフ・ラー』が発表される予定で、2012年にロンドンオリンピック開会式の音楽監督を務めて以来だという新曲“アイ・エグゼイル(I Exhale)”も公開され話題を集めている。
 そして今回は緊急来日の情報が解禁となった。抽選で一夜限りのスペシャル・ライヴ(彼ら推奨のハイファイヘッドフォンを使用)を体験できるほか、2次会場にて360度映像のライヴ・ストリーミングも楽しめるようだ。なお、この企画はの一環であり、本展ではカール・ハイドとリック・スミスによるペインティングと音のインスタレーションも見られるとのこと。それぞれ日程や詳細は以下のとおりだ。

アンダーワールドが緊急来日! ライヴで渋谷をジャック!
世界的デザイン集団「TOMATO」結成25周年記念大型企画展に登場!

3月16日に6年ぶり7作目となる最新スタジオ・アルバム『バーバラ・バーバラ・ウィ・フェイス・ア・シャイニング・フューチャー』をリリースするアンダーワールドの緊急来日が発表された。3月12日から4月3日に渡って、Parcoが東京・渋谷から世界に向けて開催する、世界的デザイン集団Tomato (www.tomato.co.uk) の結成25周年記念エキシビション「THE TOMATO PROJECT 25TH ANNIVERSARY EXHIBITION “O”」 のハイライトとしての来日となり、エキシビション初日に「Underworld Live: Shibuya Shibuya, we face shining future」と題したパフォーマンスで華を添える。

Tomatoの創立メンバーでもあるアンダーワールドのカール・ハイドとリック・スミスは、3月12日渋谷某所で、抽選に当選された幸運な200名のオーディエンスに向け、彼らが推奨するBowers & Wilkins 社製P5 ハイファイヘッドフォンを 使った一夜限りの「SUPER-HIGH-QUALITY-LIVE-TO-HEADPHONE」ライヴを行う。

さらに、今回のライヴは、この春開局する「渋谷のラジオ」(87.6MHz FM)とのコラボレーションで、ラジオ電波を通じて、渋谷の街へ生放送。最新アルバム「Barbara Barbara, we face a shining future」に収められた楽曲も初披露される。(詳細後日発表)

また、このライヴでは、「Galaxy」プロデュースによるライヴストリーミングを2次会場にて開催予定。「Gear VR」とともに360度映像で楽しめるかつてない体験をお届けし、さらに本企画に協力する「Galaxy」と「Bowers & Wilkins」がよりその空間を盛り上げます。(詳細後日発表)

この他、エキシビション本展への参加としてKarl Hydeによるペインティング作品と、Rick Smithによるサウンド演出からなるアートインスタレーションも展示される予定。(Gallery X: 渋谷パルコ・パート1 B1F)

詳細はコチラ >>> www.parco-art.com

また先日ブリストルで開催された6ミュージック・フェスティバルから、不朽の名曲「Cowgirl」と新曲「I Exhale」のパフォーマンス映像も公開されている。

「Cowgirl」 https://youtu.be/BmpBbnPSOTI
「I Exhale」>>> https://youtu.be/l2wOC1JIP1o

8月にはSUMMER SONIC 2016にも初出演を果たすアンダーワールドの6年ぶり7作目となる最新スタジオ・アルバム『バーバラ・バーバラ・ウィ・フェイス・ア・シャイニング・フューチャー』は3月16日にリリース。 日本盤CD限定のスペシャル・フォーマットとして、Tomatoがデザインを手がけたTシャツ付セットも限定数販売される。なお、2月29日(月) までに対象店舗(※オンラインストアは除く)で、日本盤CDを予約すると、オリジナル・A4クリアファイルがアルバム購入時にプレゼントされる。

Labels: Smith Hyde Productions / Beat Records
artist: UNDERWORLD(アンダーワールド)
title: Barbara Barbara, we face a shining future
『バーバラ・バーバラ・ ウィ・フェイス・ア・シャイニング・フューチャー』
release date: 2016/03/16 WED ON SALE
price: ¥2,450+tax
商品情報はこちら:https://www.beatink.com/Labels/Underworld/BRC-500/

Vol.81:Random access NY - ele-king

 今年もまたこの時期がやってきた。あー、アメリカにいるなー、と思える瞬間。スーパーボウルである。アメリカのプロフットボール「NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)」の優勝決定戦。アメリカで感謝祭の次に多くの食料が消費される日。

 アメリカでは、プロ・アメリカンフットボールが国民的にいちばん人気のあるスポーツ(33%)で、次が野球(15%)、その次が大学アメリカンフットボール(10%)である(ハリス・インタラクティブ2015年12月調べ)。プロと大学を合計した場合は43%で、2人に1人のアメリカ人はアメリカン・フットボール好き、というほど人気ぶり。アメリカの国技になっている。

 筆者は去年まで、スーパーボウルにも、ハーフタイム・ショーにもまったく興味はなかったが、たまたま去年、スーパーボウル時にいたバーで、ゲームを大きな画面で上映していた。周りはやんややんやの大盛り上がりで、ルールのわからない私には、まったく「???」だったのだが、そこまでアメリカ人を惹き付けるスーパーボウルとは何ぞや、と興味を持った。ルールは、実際きちんとは把握できていないのだが、4回の攻撃権で10ヤード進むと得点を入れることができる。まわりの友だちが、「いまのは……」とプレイごとに説明してくれるのだが、すぐに次のプレイに進み、「お~、ぎゃ~、ダメ~!!」など大声で野次を飛ばすので、ルールはいつまでも理解できないまま。詳しくはこのリンクを参照(https://www.nfljapan.com/guide/rule/)。

 観るほうも、自分の人生をかけるように真剣で、私はまわりの人の反応を見るほうがおもしろかった。

 ゲームの前に、真っ赤なパンツ・スーツと真っ赤なアイシャドウのレディ・ガガがナショナル・アンセム(国家)を独唱。グランドピアノ一台とガガのみで、後ろには、巨大なアメリカ国旗が広げられ、選手、オーディエンス、会場が一つになり、皆が胸に手を当て敬意を払う。その前では手話で国歌を通訳している女性がいたり、中継で海軍が敬礼している様子が写されたり、あらためて国家的行事なんだなと。ガガは堂々と落ち着き払い、その様子はオペラ歌手のようにもみえる。そしてお決まりの飛行機が飛ばされ、ゲームはスタート。

 ゲーム内容は割愛するが、スーパーボウルはCMの祭典といわれるほど、流されるCMにも気合が入っている。バドワイザー、T Mobile、アマゾン、コルゲートなど、ここで流すCMは500万円を超えるとか。私が好きだったのは、ケチャップのヘインズ。

 ホットドッグになったダックスフンドがヘインズ・ソース・ファミリーに向かって、パタパタ走っている。「かわいいー」と周りの反応も○。緊張感あるゲームの間、ひととき癒される。スーパーボウルのCMはどれも気合が入っているので見る価値ありだが、オーディエンスのダイレクトな反応もわかりやすい。いけてるユーモアを入れると反応するが、さじ加減がちがうと×なのだ。受けると思って作るとだめらしい。

 ハーフタイムショーには、今年はコールドプレイ、ビヨンセ、ブルーノ・マーズが出演。演奏者、ダンサー、チアリーダー、エキストラ、たくさんの人を巻き込み、豪華絢爛に会場を一つにする。

 コールドプレイがメインアクトなのだが、まずフィールドで歌うクリス・マーティンの後ろをたくさんのファンが走り抜ける。ステージは虹色に飾り付けられ、マーチング・バンドや応援団が登場、虹色の花傘を振りまわし、フィールドがお花畑のようになる。彼らが3曲歌った後にブルーノ・マーズが登場。そこで雰囲気ががらりと変わり、その後のビヨンセで、観客の心をガツーンと鷲づかみにした感がある。ビヨンセはこの一日前にニュー・シングル“Formation”をリリースしたばかりで、その曲を披露。ブラックパンサー党を彷彿させる、黒人女性ダンサーを何十人も従え、娯楽の場に政治的意味を盛り込み、ハーフタイムショーの主役を軽く持って行った。その後にコールドプレイが“Clocks”を演奏しはじめると、いままでのハーフタイムショーの映像が映し出され(ポール・マッカートニー、マイケル・ジャクソン、U2など)、3人がいっしょに登場し、“Fix You”、“Up&Up”と続く。最後は、観客席が「BELIEVE IN LOVE」と文字になって映し出され、まわりがすべて虹色に染まる。

 このショーだけでジーンと来るし元気を100倍ぐらいもらった気がする。これだけアメリカが一つになる日ってあるのでしょうか。 今年は、大統領選もあり、すでにドナルド・トランプとヒラリー・クリントン、バーニー・サンダースあたりの話題で持ちきりだが、皆アメリカにプライドを持っているし熱い! いろんな暗い話もあるが、これを観ると万事OK。スーパーボウルへの情熱は、アメリカを象徴している気がする。この国から生まれる音楽がタフなわけである。

Setlist:

Coldplay“Viva La Vida”
Coldplay“Paradise”
Coldplay“Adventure of a Lifetime”
Mark Ronson and Bruno Mars“Uptown Funk”
Beyonce“Formation”
Coldplay“Clocks”“Fix You”“Up&Up”

(参考リンク)
https://pitchfork.com/news/63378-beyonce-mark-ronson-bruno-mars-join-coldplay-for-super-bowl-halftime-show/

interview with IO - ele-king

タグ付きのティンバーで街中をムーヴィン
――IO“Soul Long”

 千歳船橋の駅前でIOと合流する。真っ白のタイトなパンツを穿き、丈が短めの黒いブルゾンのようなアウターを着ている。すらりと伸びる長い足が強調されてみえる。握手を交わして二言三言会話する。あっさりしているが、よそよそしくはない。無愛想でもなく、ヘラヘラもしていない。威圧的でもなく、必要以上に低姿勢でもない。ダンディだが、笑うと10代の少年のようなあどけなさもある。クールだ。ひとつ前の取材でIOの対談相手だったというOMSBに別れを告げ、KANDYTOWNのラッパー、GOTTZの運転する車に乗り込み、閑静な住宅街を抜けファミレスへと向かう。このあたりはIOとKANDYTOWNのホームだ。


IO
Soul Long

Pヴァイン

Hip-Hop

Tower HMV Amazon iTunes

 ラッパー、IOのファースト・アルバム『SOUL LONG』は2016年の東京のヒップホップを占う一枚と言える。彼が所属するKANDYTOWNはこの1、2年で東京のシーンの話題をさらうクルーとなった。2009年頃に世田谷を主なフッドとする数十人の仲間たちによってKANDYTOWNの原型はできあがる。クルーの名前が付いたのは一昨年ぐらいだという。そして、2014年にフリーミックステープ『KOLD TAPE』、2015年にフィジカル・アルバム『BLAKK MOTEL』と『Kruise'』を発表する。KANDYTOWNのアーバンとストリートの間を行くような洒落たサウンドとファッションに多くのヘッズが魅了された。メンバーの中にはすでにソロ・アルバムをリリースしているラッパーもいる。が、『SOUL LONG』は彼らが脚光を浴びて以降に初めてクルー内のラッパーが出すソロ・アルバムだ。

『SOUL LONG』のサウンドはソウルフルでレイドバックしている。ときにファンキーだ。意味よりも感覚を重視するIOのラップには情熱がほとばしっている。言葉に強烈な主張はないが、彼と彼の仲間たちの日常とアーバン・ライフが刻まれている。ジョーイ・バッドアスやプロ・エラに通じるものもある。さらに、ベテランから中堅、若手まで国内のヒップホップのサウンド・メイキングをけん引するプロデューサーたち――MASS-HOLE、Neetz、KID FRESINO、DJ WATARAI、OMSB、Gradis Nice、Mr. Drunk、MURO、JASHWON――の渾身のトラックが聴ける。昨年不慮の事故で亡くなったIOの親友で、KANDYTOWNの中心人物・YUSHIのビートもある。ミックスとマスタリングはI-DeAだ。

 いま、男も女もヘッズの多くがIOとKANDYTOWNのライフスタイルやファッション、身振りや表情や態度、ラップ・ミュージックに新しい時代のクールのあり方を感じはじめている。そんなIOは1月で25歳になったという。KANDYTOWNの仲間、アルバムの制作――MUROやMUMMY-Dとのやり取り、作詞法、K-TOWN、そしてIOの考えるクールの美学についておおいに語ってくれた。

■IO / イオ
幼少期より同じ街で育ってきたメンバーで構成されているKANDYTOWN LIFEの中心メンバーであり、JASHWON、BOMBRUSH!、LostFace、G.O.Kらを擁するクリエイター集団、BCDMGのメンバーでもある。ラッパー以外にもアート・ディレクター、ヴィジュアル・クリエイターなど表現者として多彩な顔を持つ。2014年末にUNITED ARROWS企画のサイファー「NiCE UA 37.5: “Break Beats is Traditional”」にMUROのDJのもと、ANARCHY、KOHHらとともにKANDYTOWNのメンバーであるYOUNG JUJU、DONY JOINTと揃って参加したことでストリートのみならずファッション界隈からも注目を集め、KID FRESINOの最新作『Conq.u.er』にも客演するなど、待望される中で2016年2月、デビュー・アルバム『Soul Long』をリリースする。

ずっと曲は作っていたんですけど、出すことをあんまり意識してこなかったんです。

アルバムの制作はいつから始めたんですか?

IO:アルバムを出すって決まったのが夏の終わりぐらいだったと思います。それからトラックを集めて、自分がリリックを書いてレック(録音)しはじめたのが11月中旬ぐらいからだと思います。だから、自分が実際に制作してた期間は2ヶ月ないぐらいだったと思いますね。KANDYTOWNの動きやCARHARTT WIPとのミックステープ(IO, DONY JOINT, YOUNG JUJU『Nothing New EP』)を作ったりもしていたので、ソロの制作が少し遅れてしまいました。

IO,DONY JOINT,YOUNG JUJU feat. KANDYTOWN“All bout me”

IO,DONY JOINT,YOUNG JUJU“We & 4Ever U”

KANDYTOWNは2014年にフリーミックステープ『KOLD TAPE』、2015年にフィジカル・アルバム『BLAKK MOTEL』と『Kruise'』を出しましたね。KANDYTOWNは2009年ぐらいにはクルーとしての形ができあがって、名前が付いたのが一昨年ぐらいですよね。なぜ、ここ1、2年で急に活動が活発になったんですか?

IO:ずっと曲は作っていたんですけど、出すことをあんまり意識してこなかったんです。クルー全体で50曲ぐらい……いや、もっとありましたね。それを一度まとめてフリーで出してみようとなった。それが『KOLD TAPE』だった。出してみると思ったより反響があって自分たちが動けば状況も変わることがわかったんです。それからみんな意識して作品を作って出すようになったのはあります。作品への反響や変化が起きる事にビックリはしましたね。オレらはずっと何十人しかいない小箱でやっていたのにいきなり何百人もの前でやるようになったりして、ステージもどんどん大きくなっていったから変化は感じました。それはKANDYTOWNのみんなが感じていると思います。

IO“K14 (Noise Ver)”

KANDYTOWN “KOLD CHAIN (Kruise' Edition)”

KANDYTOWNはどういう場所でライヴをしてきたんですか?

IO:30人入ればパンパンに見えるようなところばかりです。行ってもラッパーとか出る側の人間しかいないようなところ、そこでさっきまでLIVEしてたやつらが今度はフロアで俺らのLIVEを睨んで見てるみたいな。そういう感じがほとんどでした。町田だとVOXとかFLAVA、あと、下北沢のthreeや渋谷のNo Styleは多かった。そういうところでやってましたね。

BANKROLL“LOST MY MIND (BANKFRIDAY -Last week-) Presents by KANDYTOWN”

オレは外は全員敵っていう雰囲気でしたね(笑)。だから、あんまり外のヤツと話す気はないし、関わるつもりもなかった。

これまで活動してきて現場で顔を合わせたり、フィールしたり、仲良くなったりする同世代はいましたか?

IO:俺はほとんどないです。

けっこう孤立してたんですか?

IO:シーンでやってる人たちと現場で会ってちゃんと話したりすることは全然なかった。オレはメンバーの中でもとくになかった方だと思います。SANTAとかメンバーによってはいろんな人と仲良くしてたりはあったと思いますけど。

あと菊丸くんはMCバトルに出たりソロ・アルバムも出したりしてますし、RYOHU(呂布)くんも独自にいろんな活動をしてきていましたよね。

IO:菊丸は人当たりもいいですしね。オレは外は全員敵っていう雰囲気でしたね(笑)。だから、あんまり外のヤツと話す気はないし、関わるつもりもなかった。オムス(OMSB)くんとかとかSIMI LABとかは昔からLIVEとかで会ってましたけど、そんなに仲良く遊んだりとかはしてなかったですし、オレはずっと地元で仲間と遊んでいた感じですね。

じゃあ、『KOLD TAPE』のリリースをきっかけに状況や環境がガラッと変化した感覚なんじゃないですか?

IO:そうですね。あとはソロで言えばBCDMGに入って、その反響もありますね。

IO“DIG 2 ME”Produced by JASHWON(BCDMG)

アルバムのトラックメイカーの豪華さはやはり最初に目を引きますよね。人選はどのようにしていったんですか?

IO:まず、カッコイイ人のカッコイイビートでとやれればいいなっていうのがありました。あと、あまり外の人とやったこともなかったですし、自分が昔から聴いていたMUROさんやMUMMY-Dさん(Mr.Drunk)とか、そういう人たちとできたらうれしいなというのもありましたね。そういう部分はアルバムのプロデューサーのNOBUさんやPヴァインの升本さん(A&R)にやってもらった感じです。だから、プロデューサーに関してははわりとお任せしました。オレはとにかくその中からフィールしたビートを選ばせてもらって決めていきました。

とにかくカッコイイビートでやりたかったっすね。

エグゼクティヴ・プロデューサーがJASHWONさんで、コ・プロデューサーがNOBU(a.k.a. BOMBRUSH)さん、クリエイティヴ・ディレクターがKANDYTOWNのNeetzさんですよね。それぞれどういう役割分担でアルバムを制作していったんですか?

IO:JASHWONさんに大まかな流れを作ってもらって、NOBUさんとアイディアをより明確にしていった感じですね。Neetzはレコーディングをすべて担当してくれて、たとえば、2つレックしたらどちらのフロウを選ぶかとか、そういう細かいところまで関わってくれた。そういう感じですね。

プロデューサー陣やトラックメイカーとのやり取りの中でアルバムの根幹に関わるような印象に残っている言葉やキーワードはありますか?

IO:とくにないですかね。いままで通り、あるトラックに思いついた言葉を1小節1小節歌っていくというのは変わらなかった。

たとえば、MUROさんやMUMMY-Dさんとはどういうやり取りがありました?

IO: MUROさんのスタジオにお邪魔してレコードを選ばせてもらいましたね。

へぇぇぇ。

IO:MUROさんとNOBUさんとレコードを聴きながら、この曲カッコいいですね。みたいな話をして、あとはMUROさんがやってくれました。

MUROさんの仕事場に行ったわけですよね。貴重な体験だと思うんですけど、どうでしたか?

IO:シーンを作ってきた方だし、あまり経験できないことだと思うのでうれしかったですね。

MUMMY-Dさんには「どんな曲がいいかな?」と訊かれたので、好きな曲を18曲ぐらいCD-Rに焼いて渡したんですよね。ナズからジェット・ライフまで、自分の好きなニュアンスの曲をCD-Rにして。

MUMMY-Dさんとのやり取りはどうでした。「Plush Safe He Think」では「耳ヲ貨スベキ」ってワードで最後のヴァースを落としてるじゃないですか。

IO:はい。

RHYMESTERも聴いてきたんだろうなと。

IO:そうですね。リスペクトですね。MUMMY-Dさんには「どんな曲がいいかな?」と訊かれたので、好きな曲を18曲ぐらいCD-Rに焼いて渡したんですよね。ナズからジェット・ライフまで、自分の好きなニュアンスの曲をCD-Rにして。

粘っこいベースとどっしりしたビートが絡む90Sマナーの曲じゃないですか。仕上がったトラックを聴いてどうでした?

IO:いい意味で驚きがありましたね。もっとフレッシュで明るめのトラックかなってなんとなくイメージしてたんだけど。来たものはいつもオレが好んで選びそうなトーンのトラックだった。オレの曲とかも聴いてもらっているのかと思うぐらいで。メロウで哀愁のあるトラックで俺の好きな色でした。

他のビートメイカーとも同じようにやり取りがあったんですか?

IO:いや、あとは基本的にトラックを送ってもらって、その中から自分の好きな曲を選ばせてもらいました。(KID)FRESINOには、去年ニューヨークに行ってPV撮ったときにFRESINOの家で何曲か聴かせてもらって、いくつかもらうトラックを決めていましたね。

KID FRESINO 「Special Radio ft IO」

GOTTZ:1曲め(「Check My Ledge」/MASS-HOLEのビート)が決まったのはけっこう最後の方ですよね。

IO:いちばん最後だったと思います。MASS-HOLEさんのトラック、カッコイイよくて、ストックを送ってもらって、8曲ぐらいはやりたいのがありましたね。

スタジオにKANDYのみんなが溜まっていたので、「いいワードくれよ」みたいな感じで言葉をもらったりしていましたね。

ファースト・アルバムは誰にとっても名刺代わりになるじゃないですか。そういう意味での気負いやプレッシャーはなかったですか?

IO:そこはあまり気にしなかったですけど、KANDYTOWNのIOとはちがうIOが出せたらいいなと思いました。

制作で悩んだり苦労したりはしなかったですか?

IO:多少はありましたね。時間が無くてとにかくそれがキツかった。まあ自分が悪いんですけど。

宿題をギリギリまで残すタイプ?

IO:完全にそうですね。

それはリリックを書きあぐねたとか?

IO:ぜんぜんありました。スタジオにKANDYのみんなが溜まっていたので、「いいワードくれよ」みたいな感じで言葉をもらったりしていましたね。ひとつワードをもらったら、「次はどうくる?」とか誘導してみんなで作り上げたヴァースもありますね。たとえば、DONYが何かのワードを出したら、GOTTZがそこに付け足すワードを出して、さらにRYOHUが加える。そうやって1小節を作って、「OK! じゃあ次に行こう!」って。ラップの勉強にもなりましたね。ここで言葉を切るのがカッコイイとか、ここで間を置いた方がいいよねとか、みんなでラップの勉強しているみたいな感じになっておもしろかったですね。

GOTTZ:「ここは(韻を)踏まない方がかっこいいんじゃないの?」と誰かが言ったりして。

IO:そうそう。モヒートで韻を踏みたいからそのためにみんなで考えたりした。

GOTTZ:IOくんに振られて考えていたのに、「いや、アル・パチーノだろ」と答えを出したりすることもあった。

IO:あった、あった(笑)。ワードを出してもらってるのにぜんぜんちがうって言って、結局ひとりで解決させることもあった。

時間のあるときは羽田空港の屋上に行ったりしますね。車で行く間にビートを聴いて、屋上に着いたらバーッと8小節とか1ヴァースとか書く。

それはおもしろい話ですね。具体的にどのヴァースをみんなで作りました?

IO:“City Never Sleep”の2ヴァースめですね。そのヴァースを最初は“Check My Ledge”で使っていたんですよ。でも、このヴァースは“City Never Sleep”の方に使った方がいいと思って変えたりした。

スタジオでリリックを書いてそのままレックしていた?

IO:ほぼそのやり方でした。何曲かは家である程度書いてからスタジオに行きましたね。あと、オレは車で走ってるときにけっこう書くんです。書くというか、ボイスメモで録音するんです。ビートを聴いて、そこに浮かんだ言葉をハメていく。時間のあるときは羽田空港の屋上に行ったりしますね。車で行く間にビートを聴いて、屋上に着いたらバーッと8小節とか1ヴァースとか書く。それから空港内にある国際便のカフェでホットミルクを買って、帰りにボイスメモで録りながら帰る。そういうことをやってましたね。

ファーストだからこれだけは言っておきたい!ということはありました?

IO:あまり無いかもしれないです。「オレってイケてるでしょ」「オレらってクールでしょ」、基本的にはそれがベースだと思います。それは昔から変わんない。とにかく、オレらは「この街でクールにプレイしてるんだぜ」っていうのをひたすら言って見せているって感じだと思います。

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(クールって言葉の定義は)シンプルなことだと思います。仲間を大事にするとか、女の子を大事にするとか、親を大事にするとか。

クールって言葉をよく使うじゃないですか。IOくんが定義するクール、またはクールな男ってどういうものですか?

IO:はははは。それは、すごく難しい(質問)じゃないですか(笑)。でも、ほんとにシンプルなことからだと思います。仲間や女の子を大事にするとか、親を大事にするとか。だから、テンションが低くて冷静であんまりはっちゃけないのがクールっていうわけではないです。

GOTTZ :Neetzのスタジオに「KoolBoy―10のルール―」みたいな紙が貼ってあるんすけど、9個までしかないんですよ。「ピザはピッツアと呼べ」とか書いてある(笑)。

はははは。

IO:いや、ほんとは11個あるんです。オレが4、5年前にバーッと書いたんです。紙が2枚あったんですけど、2枚めがどこかにいっちゃったから壁には9個で終わっているんです。「1日1回熱いシャワーをキメる」「誰の事も見下すな」とか書いた「KoolBoy―10のルール―」なんですけど、じつは11個めがある。それは「ルールにしばられるな」と。クールじゃないですか?

自分でルールを並べて、最後に「ルールにしばられるな」と。

IO:はい。でも当たり前のことだと思いますね。おばあちゃんには優しくするとか、ゴシップに振り回されないとか。オレの中には11個以上ありますね。


じつは11個めがある「KoolBoy ― 10のルール ―」

やっぱりクールの定義が明確にありますね。

IO:ですね。

クールにつながる話なんですけど、ラッパーや先輩、俳優とか歌手でもいいですし、カッコイイと思うってどういう人ですか?

IO:挙げたらキリないですけど、いまパッと出てくるのは『モ'・ベター・ブルース』(監督・スパイク・リー/1990年公開)のデンゼル・ワシントンですね。

僕もあの映画だいぶ昔に観ました。ジャズ・トランぺッターの話ですよね。

IO:言葉で説明するのは難しいですけど、あのデンゼルのストイックさがすごいカッコイイと思う。何時から何時まで楽器を練習すると決めて、音楽に対してちゃんと向き合う姿勢とかが渋いと思う。自分にそういうストイックさがないからかもしれないけど、そういう習慣のある男はカッコイイと感じますね。他にもジョー山中とかアル・パチーノとか自分の父親とか、NOBUさんやJashwonさんもGottzもクールだと思います。

KANDYTOWN“IT'z REVL (IO, RYOHU, Mr.K, MUD)”

フッドは街っていう感じで、タウンはもっとディープでオレらとか俺たちがいま立っている場所とか状況っていう意味かもしれないですね。

IOくんのファッションや立ち振る舞い、ラップにも街の匂いをすごく感じるんですね。ラップの中でも、シティ、タウン、フッドという単語が出てくるじゃないですか。その3つはどのように使い分けていますか?

IO:その言葉を言ったときのオレに訊いてみないとわからないですね。


IO
Soul Long

Pヴァイン

Hip-Hop

Tower HMV Amazon iTunes

たとえば、“City Never Sleep”という曲名は“Town Never Sleep”では意味が変わってくる?

IO:タウンは寝ますね。

タウンは寝るんだ。

IO:ガン寝です。

シティは?

IO:寝ないです(笑)。

アハハ。

IO:シティは大まかに言うと東京だったり世の中という意味が大きいと思うんです。タウンはオレらが居るとことか今みたいな事かもしれない。フッドよりタウンの方がオレ的には狭いかもしれないすね。

一般的にはフッドは近所でタウンは街だからフッドの方が狭いですよね。でもそこは感覚的には逆なんですね。

IO:逆かもしれないですね(笑)。フッドは街っていう感じで、タウンはもっとディープでオレらとか俺たちがいま立っている場所とか状況っていう意味かもしれないですね。

KANDYTOWNの“K”は喜多見の“K”ですよね。

IO:そうですね。

IO“City Never Sleep” (pro. by JASHWON for BCDMG) - Official Video -

(K TOWNとは)オレたちを作ってくれた街。べつに何かがあるってわけじゃないんですよ。ただ、オレたちが育ってともに時間を過ごして、いまもいる街ですね。

K TOWNをまったくの部外者に説明すると、どういう街ですか?

IO:オレたちを作ってくれた街。べつに何かがあるってわけじゃないんですよ。高いビルが建ってたりとか、いいブティックがあるとか、そういうわけでもない。ただ、オレたちが育ってともに時間を過ごして、いまもいる街ですね。

KANDYTOWNのメンバーはこの周辺の団地や一軒家でそれぞれ育っている感じなんですね。

IO:そうですね。オレらには団地で生まれたヤツもいるし、ハイクラスなシティ・ボーイもいる。全員がゲトーなわけでもないし、全員がハイソサエティでもない。だからといってお互いにヘイトもなく、みんながリスペクトし合ってる。そういう生まれた環境は抜きでオレらはずっと遊んできたんです。団地で遊ぶこともあるし、誰かの家で遊ぶときもある。バランスはいいと思いますね。

そういういろんなバックグラウンドの仲間が自然に仲よくしているんですね。

IO:そうですね。誰かを僻んだりもしない。団地で生まれたって事に引け目を感じたり、変な形でそこに固執してるやつはいないと思う。ラッパーとしてしっかりレペゼンするときはして、高みを目指す。みんなが目指すところはだいたい同じ方向だと思うし。逆にいい生まれでもそれに感謝して以上を目指せば素晴らしいことだと思う。それがHIPHOP的にハンデになるとも思わない。ほんとにシンプルにこの街にいっしょにいるっていう感じですね。

最近はどんな遊び方をしているんですか。飲み屋に行ったりとか?

IO: あまり居酒屋とかは行かないんで。だいたいは恵比寿のソウル・バーですね。〈SOUL SISTERS〉っていうよくしてもらっているソウル・バーがあって、そこにけっこう溜まっています。そこからクラブに行ったりもするときもありますね。途中で来るヤツもいるし、途中で帰るヤツもいる。で、残ったヤツでフッドに戻って来てレコーディングして曲を作る。そういう感じです。

そういう流れの中で曲が大量に溜まっていったんですね。実際、それぞれの作品の曲数も多いですよね。

IO:そうですね。街で遊んで、地元に帰って、曲を作る。それだけなんで苦でもないし、遊んでいたら自然とそのぐらいの曲が溜まっていたんです。でも、はじいた曲もあるから実際にはもっとありますよ。純粋にラッパーだけで10人は超えているんで曲数は多いですね。

街で遊んで、地元に帰って、曲を作る。それだけなんで苦でもないし、遊んでいたら自然とそのぐらいの曲が溜まっていたんです。

KANDYTOWNのメンバーはラッパーやビートメイカーやデザイナーだけじゃないわけですよね。

IO:そうですね。そういうヤツらも数え出したらもうわけがわからなくなりますね。ラップしていないヤツもたまにステージに上がっているし、「今日来てるんだね」って感じですね。

「遊びに来てるならステージに上がりなよ」という感じ?

IO:いや、言わなくても上がってる(笑)。

ははは。IOくんにとってKANDYTOWNの仲間とは何ですか?

IO:友だちですかね(笑)。

それは言い替えてるだけでしょ(笑)。

IO:KANDYTOWNは多くがラッパーでライバルでもあるけど、今回オレがソロを出すとなったときにみんながいろいろなサポートをしてくれた。穴があったら誰かが埋めたり、お互い支え合ったりしてアルバムができて、すごく仲間のありがたみを感じたんです。でも、ほんとは支え合うとかはあまり言いたくないんですけど……

そういうこと言うのがちょっと恥ずかしい?

IO:そうですね。でも、今後誰かが何かをするときには、オレも自分がしてもらったように全力でサポートできればいいなとは思いますね。だから友だちです。

さっきのリリックの制作過程の話を聞いていても共同作業の側面も相当大きそうですもんね。

IO:ほんとにそう思いますね。メンバーのみんながこのアルバムが好みかはわからないけど、みんなを代表して作ってやっと1枚できたという気持ちはありますね。

そういう責任感みたいなものはあった?

IO:ほんとにもうありんこぐらいの。

ふふふ。

IO:KANDYTOWNやBCDMG、P-VINE、プロデューサーやトラックメイカー、いろんな人が関わってサポートしてくれたから、そういう人たちの期待を裏切りたくないという気持ちはありました。でもそれがプレッシャーにはなっていないですね。

KANDYTOWN“Skweeze Me”

『SOUL LONG』は去年亡くなられた親友のYUSHIさんのノートに書いてあった言葉からきているんですよね。

IO:響きがよかったですね。フィールして、ほんとうにそれだけですね。YUSHIのリリック帳を読むと、おそらく“SO LONG”という意味だと思うんですけど、オレもまだわからないし一生わからないかもしれない。いろんな想像をさせてくれる言葉だから、聴いた人、見た人がそれぞれ感じて解釈をしてくれればいいかなと思います。

YUSHIさんが亡くなったとき、それまでの人生で初めて考えたことはありましたか?

IO:うーん、まだあんまりわかんないです。そのことをまだ冷静に理解できていない。もうそろそろ1年経つんですけど。

発売日(2月14日)が命日ですよね。

IO:そうですね。亡くなったときにどう思ったとかはあんまりこう……会いたいなとか淋しいなとか、そういうのは思うんすけど……。

整理がまだついてない?

IO:一生つかないかもしれないです。6歳からいっしょだったんで、起きてることがよくわかんない。まだあんま理解できてないです。

YUSHI“42st.”

BANKROLL“KING”

フェイクな音楽はやりたくない。自分がやりたくない音楽をやることほどキツイものはないと思うんですよ。

インナースリーヴの最後のページにYUSHIさんの顔のタトゥーが入った肩がうつっているじゃないですか。あれはIOくんの肩ですか?

IO:そうですね。YUSHIがNYが大好きだったのでYUSHIのお姉ちゃんとNYに行って、YUSHIの骨を撒いてきました。そのときにハーレムで入れてきました。

アルバムへの反響はこれからだと思うんですけど、今後ラッパーとしてどうしていきたいですか?

IO:このアルバムはもう自分の中での評価は下っているんで、次のステージに活かして音楽をやれる時期にやれるだけやって自分のラップをして、仲間と楽しくクールにやる。もうそれだけですね。

ギラギラした野心みたいなものはそこまでない?

IO:もちろんリッチになりたいとは思います。でも、フェイクな音楽はやりたくない。自分がやりたくない音楽をやることほどキツイものはないと思うんですよ。だから自分が納得できるのがいちばん重要なことです。その上でみんなが認めてくれてお金もついてきたらいちばんいいと思う。ラッパーやラップをナメているわけではなくて、ラッパーだけが自分の可能性だとは思っていないんです。いまのオレがいちばん好きなのが音楽だからラップしているんです。そういうことなんです。だから自分の好きな音楽をやってそのあとに結果がついてくる。それが成功だと思いますね。先のことはわからないですね。

■IO リリース・ライヴ情報

2016.3.25 (金)
BCDMG Presents IO 『Soul Long』 Release Live
@ 代官山UNIT & SALOON
OPEN/START 23:00
Release Live: IO (KANDYTOWN)
Live: KANDYTOWN
more information coming soon...

interview with Mark Stewart & Gareth Sager - ele-king

 マーク・スチュワートにとって音楽とは、ひとつには、政治的声明を表すものだろう。それが革命運動の扇動者のように見えるのは、彼のヴォーカリゼーションに怒りで煮えたぎったものがあるからだ。激しく、ふつふつと燃える炎のような正義感がUSブラック・ファンクとフリー・ジャズ、ジャマイカのダブ──彼らはファンカデリックをコピーして、『オン・ザ・コーナー』とサン・ラーとプリンス・ファーライに心酔した──、そしてUKのパンクとの融合のなかで醸成される。1979年、ザ・ポップ・グループという名前で彼らが世界に登場したときのインパクトは相当なものだった。


The Pop Group
For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?

ビクターエンタテインメント

Post-PunkFunkDub

Amazon

 『ハウ・マッチ・ロンガー』は、ザ・ポップ・グループの『Y』に続くセカンド・アルバムで、『Y』と同様に必聴盤だ。ここには──For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?(我々はいつまで大量殺戮を見過ごすのか?)、We Are All Prostitutes (我々は売春婦)などなど、より挑発的な強い言葉が並べられている。アートワークは新聞のコラージュで、冷戦時代の核戦争への不安が露わにされている。サウンドは、『Y』のファンクがよりアグレッシヴに研ぎ済まれている。
 この度、このアルバムがリマスタリングによって再発される。近年、ブリストルへの注目──ピンチからヤング・エコーまで──がまたもや高まっているということもあるだろう。マーク・スチュワートの精力的なソロ活動の成果もあるだろう。もちろん、再結成したザ・ポップ・グループのライヴの評判の良さもあるだろう。そして、この音楽がいまだエッジを失わない、リズミックな躍動に満ちたダンサブルな音楽だからでもあるだろう。
 マーク・スチュワートは最近の作品で、現代人を、魂の抜かれたゾンビだと表現している。電車に乗っていると、車両に乗っている人の半分以上が、スマホに目も耳も首も手も、魂(ソウル)も、そして生きる世界までも支配されているように見える。『ハウ・マッチ・ロンガー』は、インドネシアのバリ島の合唱、ケチャのループからはじまるが、それは当時もいまも、世界における倫理を伴わないテクノロジーの更新への警鐘として機能する。挿入されるベース&ドラム、ギターと声は、戦いの狼煙のようだ。が……、しかし、取材の部屋で喋っているマーク・スチュワートとギタリストのギャレス・セイガー(ザ・ポップ・グループ~リップ・リグ&パニック)は、大声でバカ笑いをする、いたってファンキーなオジサンたちだった。

イギリスのコービンやアメリカのサンダースやギリシアのチプラスは、とくに若者たちの関心を政治へ向けさせている。それこそ『ハウ・マッチ・ロンガー』を作っていたときにザ・ポップ・グループがやっていたことだよ。

『ハウ・マッチ・ロンガー(For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?)』をリリースしてから35年の年月を経てからのリマスター盤のリリースとなるわけですが、オリジナル盤とはどこがどう違うのでしょうか?

ギャレス・セイガー(Gareth Sager、以下GS):新しいやつの方が音が抜群に良い。実はマスタリングの出来が最初はパッとしなかったんだ。リマスターによって音にパンチが出たし、現代的な感じになったよな。とくに歌詞の聞こえも良くなったと思う。まるでつい昨日書かれたみたいだぜ(笑)。

オリジナル・ヴァージョンの聞こえもいいと思いますよ。

GS:きゃははは。

『ハウ・マッチ・ロンガー』はジャケのインパクトもあったので、目と耳の両方に来ましたけど、とにかく最初のドラムとベースが入った瞬間にぶっ飛びました。

GS:サウンド自体は変わっていないから安心しろな。

マーク・スチュワート(Mark Stewart、以下MS):ああ、サウンドは変わっていないぜ。俺たちがやったのはリミックスじゃなくてリマスターだからな。俺たちは何時間も何時間もかけて、ライヴ感を出すために細かいところまでいじった。テクノロジーが進歩したおかげで、当時のサウンドが損なわれることがなくてよかったよ。

『ハウ・マッチ・ロンガー』においてとくに重要な曲はなんだと思いますか?

GS:毎日変わる(笑)。

MS:そのときの気分でも変わるよな。最近になってこのアルバムについて気づいたことがある。俺たちは何年も『ハウ・マッチ・ロンガー』に入ってる曲を演奏してこなかったんだが、これを作った当時の自分が曲のなかにいて、何かアドヴァイスをしているように感じるんだ。妙な気分だよ。若い頃の自分と隣り合わせなんて映画みたいだろ? 
 このアルバムには14歳ぐらいのときに実家のベッドルームで書いた歌詞も入っている。まさかその歌詞がいまになって社会情勢的な意味を持つなんてな。俺たちがまたいっしょにバンドをやるようになってから、ヨーロッパや中東ではヤバいことが起きるようになった。そういうことを35年前の俺の歌詞は訴えていて、似たような出来事がニュースから流れてくる。ファック……。恐ろしいことだ。

いま、9.11以降に生まれた歪みがものすごく恐ろしいものとして露わらになってきているし、また、ヨーロッパでは難民問題も大きいですよね。こうした情況も今回のリイシューに関係しているんですか?

GS:偶然だな。

MS:その通り。この前、ブライアン・ウィルソンの『ペットサウンズ』のドキュメンタリーを見ていたんだが、彼も似たようなことを言っていた。「昔書いていたことが、現実になりつつある」だったかな。俺たちは当時、バリ島のモンキーチャント(注:バリ島で行われる男声合唱。別名はケチャ)みたいなことをやっていた。音楽と芸術のシャーマン的な用法というのかな。存在する並行宇宙を音楽という儀式を通して覗き込んでいた。世界をツアーをしていてわかったんだが、俺たちのライヴはまるで教会みたいなんだ。いまではその状態のことを自分は「チャーチ・オブ・ウィンドウ(church of window)」と呼んでいる。音楽に合わせてひとびとが自身を解放すると、強い力に触れることができるというか……。前に俺たちがサマー・ソニックに出たときの演奏を見たんだが、ガレスが即興をやっているとき、俺は何もしないでぼーっと突っ立っているだけ。まるでステージの上に俺の「実存」があるようだった。エネルギーの球体がステージ上に浮かんでいる感じだ。

『ハウ・マッチ・ロンガー』の時代は、マーガレット・サッチャーという倒すべき敵がはっきりしていましたが、現在はいかがでしょか。そういえば、スコットランドの独立を求めるSNP(スコットランド国民党)が、先日の総選挙でイングランドの左派勢力からも高い得票率を得ていましたね。

GS:サッチャーは右傾化のはじまりだったな。SNPは政策的にはまっとうな左派だから、かつては労働党に投票していたイングランドの左派層からの得票率を上げたわけだ。

そして、労働党の党首にはベテランのジェレミー・コービンが就きましたよね。

MS:彼はずっとレフトと呼ばれてきた。彼のことばには希望のメッセージがあるから、支持政党を持っていない普通の人間からも支持を得られる。いまのイングランドには、バカなエリートが多い。そいつらは民衆は洗脳して、ひとびとから人生の舵を奪ってしまう。自分たちで何も考えられないゾンビを量産しようとしているってわけだ。でも、イギリスのコービンやアメリカのサンダースやギリシアのチプラスは、とくに若者たちの関心を政治へ向けさせている。それこそ『ハウ・マッチ・ロンガー』を作っていたときに自分たちがやっていたことだよ。
 俺は政治とは人生の活力だと思って積極的に政治に関わるようにしていた。核兵器撲滅デモにも協力したし、いろんな集会でもライヴをやった。そのひとつのトラファルガー広場での集会には、核兵器に反対するために50万人が集まった。若者たちは自分に政治と未来を変える力があると感じることができたんだ。詩人として俺はこう思う。ひとびとが世界について知れば知るほど、その情報が伝播していき、最終的には自分たちを取り巻いている幻想を壊すことができるとね。それではじめて、お互いの考えを交わすことが可能になるはずだ。

GS:俺にとって『ハウ・マッチ・ロンガー』は特定の政党の考えを代弁するものではないな。そういったものに固執せずに、マークの歌詞は様々な状況をどんどん告発していくだろ? そしてひとびとの目をグローバリゼーションや飢餓へと向かわせる。

MS:笑えるんだが、その数年後にバンド・エイドがはじまった(笑)。俺が“フィード・ザ・ハングリー”を歌った後だ。俺はジャーナリストのジョン・ピルジャー(John Pilger)のカンボジアに関するレポートに刺激されたんだけど、そのあとにマイケル・バーク(Michael Buerk)という別のジャーナリストがやったアフリカの飢餓報道がバンド・エイドに繋がったんだ。

ところで、『ハウ・マッチ・ロンガー』を作っているとき、バンドは解散寸前だったというのは本当ですか?

MS:そんなことが言われているのか。初耳だぜ。

バンド内で何か摩擦があったとか?

GS:そんなのいつものことだぜ(笑)。摩擦がなきゃ集団で良いものなんて作れっこないよ。

MS:仲が良くなかったらそれは全部ギャレスのせいだな(笑)。

GS:ぎゃははは。

マークのメッセージのラディカルさは、ギャレスにはいき過ぎているように見えませんでしたか?

GS:それはない。言ってしまえば全員ラディカルだからな。ブリストルは小さい街だから、みんな同じ本屋にいって、同じ本に影響を受けていたりした。メンバーで共有していた情報は同じだったんだ。ま。パラノイアの集団だったよな。ぎゃははは!

MS:ぎゃははは! いまは違うけどな(笑)。当時はいろんなものに飢えていた。エクストリームな音楽、クレイジーなアイディア……、自分の頭を肥やすためにいろんなものが欲しかった。狂ったコンクリート・ポエトリー、フリー・ジャズ、実験的な電子音楽……。シーンの裏側にあるあらゆるものを見ようと心がけていた。このアルバムは日本に大きな影響を与えたって聞いたんだけど、実際そうなのか?

ファーストもセカンドも同じように影響を与えましたよ。

MS:ケーケー・ヌル(KK NUL)がセカンドに影響を受けたって言ってたな。

実際どこまで影響受けたのかわからないけど、音楽を通して政治や社会を考える契機にはなったと思います。そういえば、当時、このアルバムが出た頃のUKのロックは、ただ単に音楽活動をするんじゃなくて、さっきマークが言ったように積極的に社会運動に関わっていましたよね?

MS:俺がポップ・グループをやめた理由のひとつは、バンドが嫌だったからではなくて、世界に存在する不平等を見つめることが難しくなったからだ。「芸術に何ができるのか?」、こんな質問を自分によくぶつけていたよ。この前、イギリスのジャーナリストに「最近恥ずかしかったのはいつ?」という質問をされた。子どもに見つめられたとき、その子どもの未来がどうなるのかを考えると思う。世界をこのままにしておくことはすごく恥ずかしいことだ。もし自分が何もしないゾンビだったら、子どもたちの未来は明るいものではないだろう。“ウィ・アー・オール・プロスティチューツ”では、他人を責めるのは偽善だと言ってる。だから『ハウ・マッチ・ロンガー』は俺にとってファーストの『Y』よりもパーソナルなものだ。ひとに説教を垂れるのではなく、自分の感じる苦悩を歌っているんだからな。

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マーク:あとさ……、スタジオには栽培中のマッシュルームがあったんだよな。
ギャレス:ああ、いまでもよく覚えているよ。空がきれいで流れ星がたくさん見えたことをな。あれはマジカルな体験だった。

どうして今回のリマスター盤でラスト・ポエッツとの“ワン・アウト・オブ・マネー”と“ウィ・アー・オール・プロスティチューツ”を入れ替えたんですか?

GS:“ウィ・アー・オール・プロスティチューツ”は、もともと入る予定だったんだよ。当時、急いで作業を進めていてマスタリングしたものが届かなかったから、ラスト・ポエッツとの曲を入れた。だからライセンスの問題で入れ替えたわけではない。

ちなみに、2014年に公開されたイギリス映画『プライド』はご覧になりましたか?

MS:マイナー・ストライキについて映画だろ? 見たよ。俺たちが若かったころを映している映画だ。マイナー・ストライキは1984年だから、ポップ・グループよりもちょっと後だけどね。ただね、ロンドンに比べて、ブリストルには階級の問題はそこまでなかったんだ。当時、ロンドンの労働者階級のひとびとのなかには、北部へ出稼ぎに行く者もいた。でもイングランドの地方都市だと規模が小さいから、階級のバリアは大して意味をなさなかった。当時、ブリストルにはナイト・クラブが一軒しかなかったから、いろんな階級や人種が1カ所に集まっていたよ。

なるほど。『ハウ・マッチ・ロンガー』制作時で、ふたりがよく覚えていることを教えてください。

MS:俺たちがこのアルバムを録音した場所は、ウェールズのド田舎だ。イギリスで『ザ・ヤング・ワンズ(The Young Ones)』というコメディ番組がやってたんだけど、たしか5人の登場人物が海に行く回があって、俺たちのノリはまさにそんな感じだった(笑)。ギャレスはいつも歯磨き粉を持ってくるのを忘れててさ(笑)。ダニエルのママは靴下にいつもアイロンをかけてくれた。俺はそれまで靴下にアイロンをかけるヤツがいるなんて思いもしなかったよ(笑)。

GS:ぎゃはは! 

MS:あとさ……、ふふふふ(笑)、スタジオには栽培中のマッシュルームがあったんだよな。

GS:ああ、いまでもよく覚えているよ。空がきれいで流れ星がたくさん見えたことをな。あれはマジカルな体験だった。

つまりあの作品にはマッシュルームが関係していると?

一同:ぎゃっっはははは!(大笑)

(ここで、マークは席を立って筆者にハイタッチ)

MS:サイケデリックな体験だったぜ(笑)!

それであの音響だったんですね……。

GS:いや、俺はマッシュルームを使わなかったぜ(笑)。

なるほど、あのミキシングは、本当にパーフェクトだと思いました。

一同:ぎゃっっはははは!(大笑)

MS:ありがとうよ。ふふふふ。

おところで、互いのどんなところが好きですか?

GS:ガハハハハ! こいつに好きなところなんかなんもないぜ(笑)!

はははは(笑)!

MS:当たり前だろ、俺たちはファッキンなバンクスだからな(笑)。イングランドのパンクスは成長してクラブへ行くようになると、他にアホなガキがいないか探しまわってケンカするんだよ。フーリガンやギャングは違う。ギャング同士が近所に住んでいても、決してケンカしたりはしないんだ。

はははは。ギャレスから見てマークはどんな人物ですか?

MS:おいおい、いつまで女性誌みたいな質問を続けるんだよ。

一同:ぎゃはははは!(大笑)

MS:次は俺の好きな食べ物を訊くんだろ(笑)!

はははは、いや、ギャレスから見てマーク・スチュワートはどんなアーティストなんでしょうか?

GS:『ハウ・マッチ・ロンガー』の歌詞がマークを表していると思うよ。メンバー全員が考えていた政治的な事柄や時事問題を代弁してくれてもいる。

ギャレスがとくに好きな歌詞はどれですか?

GS:“ウィ・アー・オール・プロスティチューツ”だね。

とくにどの部分ですか?

GS:どの母音の使い方が良いとか、どの発音が好きとかそういうことか(笑)? 

一同:ぎゃっはははは!

GS:いや、マジメに答えよう。「子どもたちは俺たちに刃向かい立ち上がるだろう(Our children shall rise up against us)」というフレーズを選ぶよ。

なるほど。今日はどうもありがとうございました。



Arca - ele-king

 きたる6月4日(土)~5(日)、長野県木曽郡木祖村「こだまの森」にておこなわれるTAICOCLUB'16の出演者としてArcaが発表された。これが二度目の来日になるが、もちろんビョークの作品への参加を経て、問題作『ミュータント』リリース後の初めての来日になるので、注目される方も多いだろう。また、エレクトロニック・ミュージックのアクトとしては、すでにOPNの出演もアナウンスされている。

interview with agraph - ele-king

 遠くから眺めると光ばかりの美しい夜の都市は、寄ればそれがさまざまな要素の過密な集合であることを露呈する。同じように、大雑把な環境で聴けば抒情的なエレクトロニカだと思われるagraphの音楽は、微視的に検分すれば、音響的な配慮をきわめてコンセプチュアルに凝らされた、細密な情報の塊であることが見えてくる。

 寄っても寄っても細部がある。それは世界の構造を模写するようでもあり、あるいは音のオープンワールドともたとえられるかもしれない。その意味で、agraphは彼自身がそう述べるように「表現者」ではない。つくる人、だ。

E王
agraph
the shader

ビート

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 だから、彼が彼自身を「作曲家」と呼ぶのはとてもしっくりくるように思う。エゴを発信するのではなく、世界の構造をつくることを自らの仕事だとする認識。さらには、これはagraphの憧れと矜持とをともに表す肩書きでもあるだろう。作曲家とは、スティーヴ・ライヒなりリュック・フェラーリなり、彼が思いを寄せる先人たちに付せられた呼び方でもあるから。

 しかし、そうした偉大な名前や以下語られる愛すべき小難しさにもかかわらず、agraphの音楽は本当に開かれていてポピュラリティがある。この『the shader』は、たとえばフィリップ・グラスの『フォトグラファー』が多くのひとに聴かれたというように、ジャンル意識や予備知識にわずらわされない地点で、ミニマル・ミュージックを更新する。

 ポップなものが偉いと言うわけではない。しかし、たとえば“inversion/91”が、そうした彼の中の両極端な嗜好や音楽性をとても高い水準で結びあわせていることに感動せざるをえない。わかりやすいのではなく、普遍性がある。自由でありながら、聴かれるということを考えぬいている。自分の神に正直でありながら、ひとが見えている。「ミュ~コミ+プラス」とインディ・ミュージック誌とにまたがって新譜を語る。そんな若いひと、じっさい他にいるだろうか。

 オーディオセットの前で腕組みをして聴けばそれに応えてくれ、雑踏や車中に聴けば、何気なく置かれたバケツさえ、本作の持つ「構造」の上に配置されたものであるかのように感じられる。これを書き終えたら田舎の母親に商品リンクをメールしてあげようと思っている。彼女はきっと「なんやわからんけど、いいわ~」と言ってくれるにちがいない。「なんやわからんけど」が時代を進め、「いいわ~」が時代をなぐさめるだろう。それはオーヴァーグラウンドでもアンダーグラウンドでも変わらない。筆者にとっても本作は2016年のベストだ。

agraph / アグラフ
牛尾憲輔によるソロ・ユニット。2003年、石野卓球との出会いから、電気グルーヴ、石野卓球、DISCO TWINS(DJ TASAKA+KAGAMI)などの制作、ライブでのサポートでキャリアを積む。ソロアーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル〈PLATIK〉よりリリースしたコンビレーション・アルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』にkensuke ushio名義で参加。
2008年にソロユニット「agraph」としてデビュー・アルバム『a day, phases』をリリース。WIREのサードエリアステージに07年から10年まで4年連続でライヴ出演を果たした他、2010年10月にはアンダーワールドのフロントアクトを務めた。2010年にはセカンド・アルバム『equal』をリリース。2016年2月、サード・アルバム『the shader』が発表される。

agraphさんのインタヴューってけっこうたくさんネットで読めるんです。なので、基本的なバイオの部分をざっとまとめさせてくださいね。
 まず、石野卓球さんにご自身のデモ──イタロ・ディスコを聴いてもらうところからはじまるんですよね。そこでかなり辛い反応をもらって、もっと自分に素直に音をつくらなければと反省・奮起なさる。そしていまの音楽性というか、agraphの始点ともなる“Colours”(コンピ盤『GATHERING TRAXX VOL.1』にkensuke ushio名義で収録)が生まれる。

agraph:はい。

そして、その「素直」につくった音楽がやがてファースト『a day, phases』(2008年)になり、そこからダンス要素なんかも引いていって、さらに正直に自分の音を追求していく先に、セカンド『equal』(2010年)が形を結んでいく、と。

agraph:はい。

その追求の過程にはレイ・ハラカミさんであったり、カールステン・ニコライだったり、あるいはエイフェックス・ツインであったり、そういったアーティストへの素朴な憧憬も溶け込んでいるでしょうし、ジョン・ケージからスティーヴ・ライヒ、あるいはマルセル・デュシャンといった人たちの思考なり実験なりの跡が、まさに「graph」として示されている……。

agraph:いやあ、「はい」しか言えないですね。

すみません、強引に物語みたいにしちゃって。そこまではいろんな記事に共通する部分なんですよね。なので、「はい」と言っていただければひとまず次に進めます(笑)。

agraph:はい。すべて私がやりました(笑)。

僕がこれまで影響を受けてきた要素を俯瞰的に配置することが、今回の作品をつくっていておもしろかったことです。

ありがとうございます(笑)。では今作はというところですが、すごく部分的な印象かもしれないですけど、冒頭の“reference frame”の声のパートだったり、ラストの“inversion/91”のマレットを使う感じとかライヒっぽいんですけど──

agraph:ああ、マレットを使おうとすると、どうしてもああいうフレーズが出てきてしまうというか。ライヒの印象が骨身に沁みているんですよね。他の曲でも使っている「フェイジング」っていう技法なんかもそうで。

なるほど、でも今回念頭にあったのはリュック・フェラーリなんだそうですね。

agraph:リュック・フェラーリのほうが大きいですね。ケージであったりライヒであったり、僕がこれまで影響を受けてきた要素を俯瞰的に配置することが、今回の作品をつくっていておもしろかったことです。その配置の仕方とか俯瞰的に見るという行為自体がフェラーリの影響ということになるかもしれない。

“プレスク・リヤン”だと。

agraph:そうですね。ひとつひとつのメロディとか、あるいは細かいアレンジを追っていくと、それぞれライヒだったりいろいろな影響があると思うんですけど、それはもう一要素に過ぎないというか。

たしかに、そういう部分もあるというだけですよね。なるほど、ご自身の影響源を意識的に編集してるわけですね。

agraph:そうですね。それからサーストン・ムーアがやった“4分33秒”。あれは音が鳴っている“4分33秒”なんですね。演奏を4分33秒分切り取っているというだけ。つまり、4分33秒っていう枠の中で何かが起きていればいいっていうところまで音楽を俯瞰的に見ているんですよ。そういうことにすごく共感したということもあります。ミュージック・コンクレートみたいなものって、とても現代音楽的なアプローチなんだけど、その構造自体がおもしろいというか。3曲め(“greyscale”)なんて、ラジオ・エディットをつくったりするようなキャッチーなフレーズの出てくる曲ではあるんだけど、それもじつは、そんなフレーズなりメロディがあって、後ろには不穏なテクスチャーが鳴っていて……というパースペクティヴがおもしろいのであって。
 そうやって構造をつくると、世界観が立ち上がると思うんですね。……世界観というか、雰囲気というくらいの曖昧なものですけれども、そのかたちをつくりたかったんです。

なんというか、前作の『equal』について、「イコール」っていうのはバランスなんだというようなことをおっしゃっていましたよね。世界を構成している情報量はものすごいわけだから、人間にはその全部は処理しきれないと。全部受け取ったらパンクしちゃう。でも、どうやったらパンクしないで適度に世界を感知できるのかっていう、その適度さを探るための調節弁がイコールなんだ──強引にまとめると、そういうようなことを説明されていたと思います。

agraph:そうですね。

で、そうやって世界の情報量を適度に調節することが『equal』の取り組みだったとすれば、いまのお話をうかがう限り、今作はその構造自体を……

agraph:うん、構造自体を把握すること。『equal』について思っていたことはその通りなんだけど、いま言われたような言葉で考えたことがなかったので、なるほどなあって感じですね。今回のアルバムはすごく長い時間をかけた結果、ものすごく細かいことをやれていて、『equal』に比べてずっと情報量も多いと思うんです。メロディを追いきれないし、リズムのパターンに乗りきれないし、コードのプログレッションを把握しきれないと思う。で、そこまで突き放すと、音楽を俯瞰的に見れるんですよね。主観的に歌おうとか踊ろうとか思わないから。そして、そんなふうに前のめりに聴けなくなったときに、構造が見えてくる。そこに世界観が立ち昇る。……と、思うんですよね。今回の制作にあたっては、本当によくリュック・フェラーリを聴いていた時期があったんです。そのときは、意識があるんだかないんだか、寝てるんだか起きてるんだかが曖昧で、ぼやっと視界を把握していたような、すごく説明しづらいリリカルな状況が生まれてきたりしましたね。

inversion/91”……あの曲ができたときに、このアルバムのことがわかった。

agraph:それからもう一点。“inversion/91”っていう曲は、アントニー・ゴームリーっていう彫刻家のつくった「インマーション(IMMERSION)」っていう作品をオマージュしてるんです。日本語では「浸礼」ってタイトルで呼ばれてたりします。コンクリートの塊なんですけど、中に人型の空洞があるんですよ。それで、「浸礼」っていうのはキリスト教の儀式のひとつなので宗教的な意味がある作品なんだとは思うんですが、僕がその作品を見たときに感じたのはもっとちがうことなんですね。その……彫刻って、彫り上げたり作り上げたりするものじゃないですか。たとえば人型であるならば木から削り出したり粘土で練り上げたりする。でもこの作品は、空間をコンクリートで埋めることで空間を削りとる作品なんだなと思ったんですよ。ということは、これは彫り上げ作り上げるという意味での彫刻の概念に、マイナス1を掛けたものだなって。反転してるんですよね。

あ、「反転(inversion)」ってそういうことですか! うまい。

agraph:そうです。でも同時に、これは彫刻の概念そのものだとも思った。彫刻って何? と問われたときの答え。辞書にこのまま載っていいものだって感じたんです。背理法で考えると、これの反対が彫刻になるっていうことだから。

なるほど、それで「マイナス1を掛ける」っておっしゃったわけですか。

agarph:そう、絶対値は一緒なんだけど反対側に行っている。だから、逆に、向こうに彫り上げているものが鮮明に見える──というのはただの僕の解釈なので、そんなこと作者はもとより、誰も思ってはいないかもしれないですけども。
 で、今回は、音楽に含まれる構造を意識させるっていうことに、最後の曲で行きつけたので、そういうアルバムなのかなと思いました。

おお、ラストの曲で「反転」ってタイトルを見ちゃうと、つい短絡的に「これまでやってきたことをひっくり返す」みたいな意味かなって想像するんですけど、ひっくり返すんじゃなくて反対側に出っ張るみたいなニュアンスなんですね。

agraph:そう、反対側に出ることで、いままでやってきたことがよく見えるってことです。なんか、狙ったというよりは行きついたという感じで。アルバムのタイトル『the shader』のベースには文学的なコンセプトがあるんですけど、それは同心円状に影響が広がっていくというようなものなんですね。で、その円のエッジの部分に“inversion/91”があったんです。そこまで行きついた……だからあの曲ができたときに、このアルバムのことがわかった。

僕は「表現する」っていう言葉がすごく嫌いで。インタヴューとかで思わず「表現する」って言っちゃって、「つくる」って言い直すんですけど(笑)。

「同心円状に広がる」というのは、さっきおっしゃっていた、(世界の)構造部分を築くことによって上に表れてくる影響、みたいなことですか。

agraph:そうです。構造っていうのは、いちばんマスな話なのでもちろん大事なんですが、『the shader』っていうタイトルについて、いちばん最初にその言葉の器に入れる水としてあったものは、もうちょっと感覚的なんです。散歩しているときのことだったんですが、ちょうど陽が昇ってきて、そのとき、木についてる葉っぱの、葉脈が透けて見えたんですよ。で、葉が光を隠すことによって、光がそこにあることを理解できるなって思った。「影なすもの」によって光は感知される。それで「影なすもの=the shader」というタイトルにしたんです。同心円状に広がっていく上に、影を成すなにかがあって、それによって構造がわかるという、そういうコンセプトで。まあ、それは文学的な意味においてのことなので、わざわざ言うものでもないんですけど。

なんか、コウモリって目が見えなくて、超音波をぶつけて、その反響というか跳ね返りでモノがそこにあることを感知するっていいますけれども、agraphさんが物事を理解するやり方自体が、ちょっとそういう独特の傾向をもっておられるみたいに感じますね。今作のコンセプト云々にかかわらず。

agraph:単純に、僕には物理趣味があって。詳しくはないんですけど、そういう本を読むのが好きなんです。統一場理論とか相対性理論とか。そうした世界のありかたみたいなものを読んでいると、ちょっと神秘主義すぎるかもしれないけれど、翻って音楽の場合はどうなのかなって、観測者の立場みたいなものに立って考えてしまう。そうすると、いまソナーに喩えてくださいましたけど、自分は少し引いて、俯瞰したところから物事をつくっていきたいんだろうなって思います。

agraphさんの音楽は、表面的な音の上ではベッドルーム・ポップに近接するものとして考えることができると思うんですけど、でもベッドルームって、ある意味では自意識の延長みたいな場所じゃないですか。あるいはロックのような音楽も自分の内側からじかにつかみにいくものだったりしますよね。agraphさんはそういうエゴというか、直接的に世界をつかみにいくみたいなことはぜんぜんないわけですか。

agraph:僕は「表現する」っていう言葉がすごく嫌いで。それ、あんまりよくわかんないんですよ。なぜ嫌いかっていうこともよくわかんないんですけど。だから、よくインタヴューとかでも思わず「表現する」って言っちゃって、「つくる」って言い直すんですけど(笑)。

ああ、なるほど!

agraph:自意識みたいなものを自分で言ったり、「俺はこうなんだ」っていう意識をすることがすごくイヤで。それは思い返せば自分のアート趣味に根ざしていると思うんですけどね。個人的にはまずデュシャンがあって、ジョセフ・コスースがあって、90年代のターナー賞作家たちがある。つまり僕はネオ・コンセプチュアリズムのアーティストが好きなんです。たとえば日本なら2011年以降に顕著だと思うんだけど、リレーション・アートみたいなものが主流にあるじゃないですか。アートにはサジェストがあるべきものだし、90年代以降は、そのサジェストの方向が人間だったり社会だったりに行くものが多く目について。僕、そういうものにまったく興味がないんですよ。コスースとかって、ひとつひとつの物体に対して、その先にあるアイコンを目指していくっていうか、イデアを目指していくじゃないですか。そういうふうに概念自体を語り上げることに興味がある。人間には惹かれないんです。

ははは! たしかに「表現する」っていうと木から像を彫り上げていくみたいな方向のニュアンスですよね。

サンプリングとコンクレートって、誤用があるんですけど、まったくちがうものなんですよね。絵画と写真くらいちがう。

ところで、agraphさんはあまりサンプリング・ミュージックというか、ヒップホップ的な方法にはならないですよね? “プレスク・リヤン”というお話も出ましたが、テープ・ミュージックのようなものがイメージされていて。

agraph:意識しているわけじゃないんですが、そんなにサンプリングはやらないんですよ。サンプリングっていう手法を取りはじめたこと自体が最近で。

前作の中の“a ray”とかはビル・エヴァンスをサンプリングされてますけども、なんというか、ヒップホップのサンプリングとはちょっと発想がちがうような感じがするというか。

agraph:サンプリングとコンクレートって、誤用があるんですけど、まったくちがうものなんですよね。絵画と写真くらいちがう。それで僕の場合、コンクレートでありたいという気持ちが少しあるんです。いわゆるカットアップの手法とかは自分の中にあまりない。……職業柄、たとえば電気グルーヴの仕事をするときに、サンプリングをしたりということはあるので、技術としては知っているんですけど、僕のルーツになくて。

あはは。

agraph:日本でコンクレートをちゃんとやったり、論じていらっしゃる方として、大友良英さんとか鈴木治行さんがいらっしゃいますよね。僕の通っていた大学には鈴木さんがいらっしゃったんですよ。僕は指導を担当いただいたわけではないんですけど、尊敬も影響もあって、コンクレートについては調べたりもしたんですね。そんなこともあって、音を録る、録音して使うっていうっていうほうに意識が向かなかったんです。

そうなんですね。加えて、ビートへの意識なんかもそれほど強くはないというか。どちらかというと音響に関心が向かれるという感じなんでしょうか。

agraph:そうですね。ビートっぽいもの、「ステップ」のつくもの、あるいはグライムだったりとか……そういうものはまったく通ってないんですよね。マネージャーさんによく「お前は黒さが足りない」って言われるんですけど(笑)。

黒さ信仰はありますよね。コンプレックスというか。でもagraphさんは自由でいらっしゃる(笑)。

agraph:いやいや、僕はコンプレックスだらけですよ。だからこうやって難しげなことを言って虚勢を張ってるんですよ(笑)!

いつかもっと何も気にしなくなったときに、きっと「ピー」とか「ガー」とかやっちゃうんだとも思うんです。それをやるために必要な経験はものすごく大きいはず。

でも、「難しげ」とはいいつつ、agraphさんが目指されているのは一種の快楽性でもあると。他のインタヴューでも読んだんですけどね。それはやっぱり、ミュージシャンとしての目標というか。

agraph:そうですね、ミュージシャンというか、ポピュラー作曲家としての矜持なのかなあと。

「ポピュラー作曲家」という意識がおありになる?

agraph:あるんですよね。象牙の塔にいるわけじゃないですし。音大閥どころか、ちゃんとした音楽教育を受けているわけでもなくて、憧れているだけなんですよ。いま普通のひとが小難しい現代音楽といって思い浮かべるのは、滅茶苦茶やってるようにみえる曲だと思いますけど、そういうものも書けないし、数学を使ったようなもの、みたいなものも書けないし。自分のできることの範囲でそういうものへの憧れを取り入れて、つくりあげていくというだけなんです。

よりポピュラリティのあるものを積極的に目指されたいということではなく? 「ポピュラー作曲家」みたいなかたちを意識されるのはなぜなんですかね?

agraph:なぜなんでしょうね。僕はこの5年間、agraphとして音楽をつくっていたので、agraph以外ほとんど何もやっていなかったんですよ。つまりポピュラリティのあることをやらせていただいてたというか。電気グルーヴでもやらせていただいたり、アニメの劇伴だったり、LAMA(中村弘二、フルカワミキ、田渕ひさ子とのバンド)だったりとか。だから、その揺り戻しでもっとマニアックなことをやっていてもおかしくないはずなんですけどね。

なんでしょう、原体験みたいなものと関係があるとか?

agraph:ああ、TMNETWORKとか。それもそうかもしれないですけどね。

だって、憧れているものと、目指されているものが、すごいちがってるじゃないですか(笑)。ある面では。

agraph:いやあ、でも、僕が「ピー」とか「ガー」とかってノイズだけ出していたら、こんなふうに取材に来てくれないじゃないですか(笑)。それに、「ピー」「ガー」っていうのは、自分だけでできることなんですよ。だけど、それを一人でやるには自分にはまだ深みがないというか。いまは、より難しい音楽を追求するのと、もっとポピュラリティを持ったものの間にいて、遊んでいたいという感じなんです。僕が今回のアルバムでやったようなことって、一生はやれないと思うんですよ。
 でも、いつかもっと何も気にしなくなったときに、きっと「ピー」とか「ガー」とかやっちゃうんだとも思うんです。それをやるために必要な経験はものすごく大きいはず。表面的には、やろうと思えばすぐにやれちゃうことなんですね、それって。でもちがいを出すのはとても難しいんです。そのためにいまは人のできないことをやったりしたい。

いまは、ポップ・ミュージックという形態を通して他者に出会う、みたいなことでしょうか。しかして、ひとりでやれる「ピー」「ガー」に向かう……。

agraph:そうかもしれないですね。そういう音は、いまは昔よりずっとつくりやすくなっているはずなんですけどね。でも最初からそうしていたら……もしagraphをやっていなかったら、僕は電気グルーヴの裏方ではあったかもしれないけど、ステージでやることはなかったかもしれない。バンドも組まなかったかもしれないし、mitoさんとやることもなかったかもしれないし、劇伴やプロデュース、楽曲提供だってそうです。そういうところの経験は、誰もかれもが持っているものでもないから、おもしろいものにつながるんじゃないかなという期待もあるんです。先の見通しはぜんぜんないので、どうなるかはわからないですけどね(笑)。

agraph - greyscale (video edit)

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普通のポップ・アルバムとして聴ける要素を残したいし、(抒情的なピアノが用いられていることは)ポピュラリティのある作曲家としての矜持なのかもしれないです。

さて、ではアルバムの話に戻りまして。冒頭の曲のタイトルなんですが、“reference frame”っていうのは何の「基準」なんですか?

agraph:「こういうアルバムですよ」っていう。

ははは! すごい。

agraph:これからいろんなことを言いますけど、こういうグラフになってますよ、という。x軸とy軸がこう引かれてますよ、基準点はこれですよと。

なるほど。では、その基準点にピアノが鳴っていることの意味を考えたりとかしていくのは、ちょっとちがいますか?

agraph:なるほど、そこは、配置のひとつというか。今回はひとつひとつの楽器自体にそれほど意味はないんですよね。

冒頭でピアノが出てきて旋律が奏でられると、つい叙情的なアルバムの幕開けと考えてしまうというか。

agraph:いえいえ、それもそうだと思うし、さっきの快楽性の話もそうですけど、普通のポップ・アルバムとして聴ける要素を残したいし、ポピュラリティのある作曲家としての矜持なのかもしれないです。もちろんどう取っていただいてもかまわないんですけどね。僕自身としては、よくピアノのことを指摘されはするんですが、そんなに意識していないんです。というか、あんまりピアノを弾いていたときの意識自体が残ってないかも。今回、構造のことを考えた記憶はあるんだけど、ひとつひとつの音のことを覚えていないんですよね。
 僕はこの5年間のうちに、一度アルバムを放棄しているんですけど──『equal』のつづきになるからやめよう、って思って捨てちゃったものがあるんです。で、今回はそれをコンクレートでいうテープみたいなものとして使ってつくっているんですけど、そうすると5年前の自分のことなんて覚えていないから、本当に再配置という感じだったんですよね。演奏しているときの細かい意識のことは覚えていない。

ピアノ弾きみたいな意識はないんですね。なるほど。

agraph:いろんなひとに出会う中で、僕よりピアノに思い入れのある人はいっぱいいるなあって思って。じゃあ僕はいっか! と。音に対するフェティシズムはあるので、使っている音はいっぱいあるんですけどね。

同心円状に広がる時間はきっとあると思うんですよね。そうだ、「時間」は今回の裏テーマだったと思います。

“asymptote”という曲ですけれども、「漸近線」というとこれは「基準」たる“reference frame”に対して漸近していくという?

agraph:“reference frame”でxとyを引いて、ああ漸近していくんだなあという。

交わらないという。その交わらなさって何のことなんですかね?

agraph:あれは、終わらない曲なんですよ。もちろん時間で切ってますけれどね。そういうふうに極限にいたる、というか。同心円状に広がっていくっていうイメージのお話もしましたけれど、この曲は、その先がどこまでもどこまでも、極限まで行くんだろうなって思ったんですよね。有限ではあるんだけど果てがない……そんな意識をつくっていこうとした曲ですね。

終わらない時間というのは、なにか、リニアなものとしてのびていくイメージでいいんですか?

agraph:同心円状に広がる時間はきっとあると思うんですよね。そうだ、「時間」は今回の裏テーマだったと思います。音楽って時間芸術であって、時間以外に音楽を特徴づけるものはないというか、時間しか持っていないということが音楽の唯一の特徴だと──僕はそう考えるので。“inversion/91”では時間の使い方に発展や発見があったけど、“asymptote”も「終わらない、極限にいたる」というところで、時間に対する意識が強かったですね。逆に1分くらいの曲もつくってみたいと思ったけど(笑)。

そういえば終わらないわりに短く切られている。

agraph:「終わらない」と「始まらない」は同じかなと。

抒情的でロマンティックな部分というのはやっぱり要素なんですよね。自分がピアノを弾いているときの気持ちは封入されているんだけど、それはすべてもう息をしていない。

「すべての要素をドライに配置しただけ」というふうにおっしゃいますが、その語りの中にもしかしたらトリックがあるのかもしれないですけど、でも一方で、もっと普通にドラマチックな、エモーションの幅を感じるようなところもあるんですが。

agraph:それはね、いま思い返すとなんですけど、アンドレアス・グルスキーの、ジャクソン・ポロックの絵を撮った作品があるんですけど、僕はその写真がすごく好きで。ポロックのああいうアクション・ペインティングみたいなものって、すごく熱量をもって描かれるものじゃないですか。関連して、「絵の中にいるときに絵なんか意識しない(=自分が何をしているかなんて意識しない)」っていうような言葉もあったと思うんですけど、そんなふうにつくられるものの、その写真を撮るっていうのはすごい残酷なことだなと思ったんですよね。ポロックの無意識とか、絵の中にいるというすごくエモーショナルな状態をパッケージしてしまう。封をしてしまう。真空にしてしまう。その行為ってすごく力のあることだなと思って。それで、僕の音楽をエモーショナルに聴けるというのは、さっきの話のように、ひとつひとつの要素としてピアノを弾いているし、盛り上げるためにエフェクトを使っているし、叙情的な部分も含んでいるからなんだけど、それを一歩引いてパッケージするということでもあったかもしれない。だから、抒情的でロマンティックな部分というのはやっぱり要素なんですよね。自分がピアノを弾いているときの気持ちは封入されているんだけど、それはすべてもう息をしていない。

撮られて配置されている。なるほど……こんなふうに作者に解題を求めるのって、はしたないことなのかもしれないですけど、やっぱり聞いておもしろいこともあると思うんですよね。

agraph:いや、僕もなるべく言いたくないんですけどね。文章家じゃないし、伝わり方だっていっぱいあるし。でも音楽雑誌とか批評で自分の評価が辛いと、わー、伝わってなーいって思いますね(笑)。

あはは!

agraph:傷ついて帰って、枕を濡らすんですよ。

そんな抒情的なシーンがあったとは(笑)。

すごく悔しいんですけど、OPNには耳を更新されたという気持ちがあって。

一方で、部分や要素で聴くと“reference frame”のマレットというか、マリンバみたいな音が出てくる部分は、一瞬OPNみたいになったりもするじゃないですか。

agraph:ギャグですけども(笑)。

「ニヤッ」て言うとちょっとやな感じですけど、すごい同時代のものが聴こえてうれしいというか。

agraph:すごく悔しいんですけど、OPNには耳を更新されたという気持ちがあって。今回リュック・フェラーリを聴いていた時期とOPNやヴェイパーウェイヴを聴いていた時期があるんですけど、後者については誰もべつにメロディもコードもリズムも聴いていないと思うんですよね。僕自身はそうで。そこに立ちのぼっている湯気のような世界観だけを聴いている。リュック・フェラーリもそうなんです。それから、とくに理由もないままリュック・フェラーリとベーシック・チャンネルを聴いたりもしていたんだけど、ベーシック・チャンネルもそうだしアンディ・ストットもそうだと思って。テクノとかハウスとかも、それからカールステン・ニコライにしても、僕はテクスチャーと世界観を眺めているというか、それが好きだと思って聴いていたんですよね。僕の聴取体験の中では、歌える部分や踊れる部分に惹かれて聴いていたこともあったけど、いまはそういうことがないなと思いました。そういう気づきのきっかけにはなりましたね。

OPNを似たようなアーティストと分けているのはコンセプチュアルなところかなと思いますね。アルカとかはその点、一時の若さで成立しているものでしかなくて、それが美しくもあるけど圧倒的に弱いというか。

agraph:彼もまた構造的なんだと思うんですよね。一つ一つの要素には、どうしても読み取らなきゃいけないような意味はない。そこには勝手に共感を覚えるんです。アラン・ソーカル事件はご存知ですか? アラン・ソーカルというひとが、ある哲学論文を評論誌に送るんですけど、それは文学とか哲学にすごく難解な数学とか物理とかを結びつけて書かれた、まったくでたらめな意味のないものだったんです。当時はそういうものを結びつけるのが流行っていたので、彼はわざとそういうことをして、そのでたらめさが見破られるかどうか試したわけなんですよ。でも、評論誌には「そういうものを結びつけるのはよくない」という意見に反論する論文としてそれが掲載されてしまったので、ほらやっぱり意味がないじゃないかということになった。……という時代に、まさにフランスの現代思想を数学と結びつけていた急先鋒である女性哲学者がいるんですが、OPNが彼女のことをフェイヴァリットに挙げているのをたまたま見て。僕は彼とも話したんだけど、彼はこの事件のことを知らないと言いはっていた。でも、たぶん嘘じゃないかって(笑)。

ははは! ええ、だって……

agraph:そう、だって、あんたがやっていることがアラン・ソーカルじゃないか、と。

いや、お話の途中でオチが見えましたよ。たしかに。

agraph:僕はそこに勝手に共感するんですよね。いや、本当に知らないんだと思うんですが(笑)

agraphさんご自身がたとえ時代やシーンを意識していなかったとしても、OPNがいたりagraphさんがいたり、それぞれの点が結びたくなってしまうように存在しているんですよ。その意味で時代性のあるアーティストさんなんだと思うんですが。

agraph:いやー、早く見つけてほしいですよ。

ヴェイパーウェイヴは、90年代の文化、っていう具体的な形をテープにしてるんだと思うな。あれは写真に近いんじゃないかな。すごく偽悪的な。

しかし意外だったのがヴェイパーウェイヴをちゃんと聴いていらっしゃるというところで。いったい、牛尾さんにヴェイパーウェイヴなんて必要なんですか?

agraph:ヴェイパーウェイヴは単純に質感がよかったです。流行った頃は好きでした。もうけっこう経ちますよね。

でも、あれこそはサンプリング・ミュージックの──

agraph:いや、僕はあれコンクレートだと思う。

なるほど。とすると、インターネットという環境からの?

agraph:うーん、90年代の文化、っていう具体的な形をテープにしてるんだと思うな。あれは写真に近いんじゃないかな。すごく偽悪的な。

へえ! 表面的な行為としては、「ネット空間からゴミをたくさん拾ってきてどんどん奇怪なものをつくりました」ってだけのイタズラか遊びみたいなもので、でもそのこと自体が時代の中で批評的な意味を帯びて見えたわけですよね。ただ、ご指摘のように、引っぱってこられるネタがなぜかしら特定の年代や国に固執しているのはたしかで。それで盛り上がったんだという部分も否定できない。

agraph:そうそう。おもしろいんですよ。それに、もっと僕の個人的な趣味嗜好の部分で言うなら、シンセサイザーの音色について発見があったということですね。90年代の前半の音がわりと使われているじゃないですか? 僕は83年生まれなので、ちょうどそのころは意識が芽生えはじめた時期なんです。だから、そういう音がいちばんカッコ悪く感じられる。絶対にさわっちゃいけない音色だったし、シンセサイザーだったんだけど、それを忘れていたところに放たれたカウンター・パンチだったんですよね、ヴェイパーウェイヴは。あの時期「~ウェイヴ」はいっぱいあったけど、僕はそのなかでいちばんおもしろかったかな。在り方が。

結局ジェイムス・フェラーロとかは現代美術館にまで入りこみましたからね(東京アートミーティングⅥ “TOKYO”──見えない都市を見せる https://www.mot-art-museum.jp/exhibition/TAM6-tokyo.html)。

agraph:そうですよね。それもわかるんですよ。ただ──さっき触れたように、彼らの求めるテープの先が90年代なのだとすれば、きっと、社会だったり文化だったり人類だったり、「ひとの営み」に視座があるじゃないですか。僕の趣味からすれば、そこには興味がないんですよね。

なるほど、構造と、あとは音だったと。

agraph:リュック・フェラーリは2007年に亡くなっているんですけど、作品はいまも出ているんですよ。それは彼が遺した作品の中に、このテープを使って何かやれっていうようなものがあるようで。たとえばそれで、奥さんであるブリュンヒルド=マイヤー・フェラーリさんが作品をつくられたりしている。その構造と同じかなと思うんです。僕は奥さんも音楽家としてとても好きなんですけどね。

僕は詩に対する理解がまったくないんです。

ところで、「言葉」っていうレベルにはとくに探求しようという欲求はないんですか? 言葉というか……ライヒとかには、たとえば“テヒリーム”みたいなものがあるわけじゃないですか。ルーツにつながるヘブライ語の中に降りていくというか。今回の作品の中にも声とか言葉を持った部分がありますけど、今後そういうテーマなんかは?

agraph:あれはすごく迷いました。人間を描くのがいやなので、発声をどうしようかなと思って……音楽を規定するときに詩が入ってくるのがすごくいやなんですね。僕は詩に対する理解がまったくないんです。大学ではケージの『サイレンス』の詩を扱ってもいるんですけど、でもやっぱり自分でつくるというのは難しかったですね。セカンドで円城塔さんに文章をお願いしたのは、あの方だったら意味にとらわれない複素数平面を音楽と言葉でつくれるんじゃないかと思ったからで……。なかなか難しいですね。

そうか、前作には円城さんが添えておられますよね。でも、「詩」というと複雑になりますけど、「言葉」というともうちょっと算数や科学で扱えそうな対象になりませんか。

agraph:それはまだ僕の能力不足ですね。群論的な──言葉が指し示すことができる領域とそうでない領域があるという、そういう複雑系の話から使えるものは出てくるかもしれないですけど、理解も足りないし。

いやいや、五・七・五・七・七って、もう千何百年も残ってきた韻律ですけど、あれとかをagraphさんが微分積分してくださいよ。

agraph:あれはおもしろいですよね。「タタタタタ・タタタタタタタ・タタタタタ」……。僕は子どものころからああいう韻律をぜんぶ変数にして、たとえば「タタタタタータ」っていうリズムがあったとして、そこに何を入れるのがおもしろいかっていうのを考えていたんですよね。「ハシモトユーホ」とか、入りますね(笑)。韻律っていうものにはすごく興味があるんだけど、でも自分の中ではなかなか解決のつかない要素が多いから、いつかは。

agraphさんがやってくれないと。楽しみにしていますね!

5年間で、過去3日だけ霧がかかった日に巡り会えて、いまのところその3日は逃さず写真を撮りに行っているんですよ。

最後に、今作のジャケットについてうかがってもいいでしょうか。アートワークとして用いられているのは、ずばり渋谷です?

agraph:あれは●●●●です。内緒です。

内緒ですか(笑)。

agraph:特定できるものを何も残したくないんですよね。インタヴューでこんなに話しておいて言うことでもないですが(笑)。「何だろう?」って思ってほしくって。アルバムをつくるときに杖の代わりになるような写真を撮ることがあって、その中の一枚です。

「何だろう?」って思いましたよ。ご自身で撮られた写真なんですね。

agraph:そうです。

最近は、アー写ひとつとっても、ミュージシャンがどこの街で写ってたら画になるんだろうというのがわからなくて。渋谷下北ではないし、どこで写ってたとしても「たまたま」というだけで。そもそも地理が何も語らないというか。

agraph:ないですよね。

あのジャケは、だからといって「どこでもなさ」を表している感じでもなくて。

agraph:この5年間で、過去3日だけ霧がかかった日に巡り会えて、いまのところその3日は逃さず写真を撮りに行っているんですよ。それでたまたま撮れたものなんですが。

構造の上に霧のように立ち上がる世界っていうイメージにもつながりますね。

agraph:もやっとしたもの。それに、器に注ぐ水が「shader」(=影なすもの)であるという、作品のコンセプトも出せればなと思いました。

では記事の中でもぜひ数枚ご紹介させてくださいね。本日はありがとうございました。

agraph - the shader(ティザー)

interview with Swindle - ele-king

 ぼくが初めて買ったスウィンドルのレコードは、〈ディープ・メディ〉から出た2012年の“ドゥ・ザ・ジャズ”なので、彼の音楽を最初からリアルタイムで聴いてきたわけではない。彼がロンドンの〈バターズ〉からシングルをリリースしていたことも、2009年にすでに自分のレーベルからアルバム『カリキュラム・ヴィータイ(履歴書)』を出していたことも、あの赤いスリーヴが店頭に並んだときは知らなかった。でもあのベースラインとハンドクラップを聴いて、一瞬でぼくは彼の虜になってしまった。当時のダブステップ界隈ではテクノへの接近がひとつの流れになっていて、DJのピンチが言うように、それはある意味「コールド」な感覚を有するものだ。そこにスウィンドルがあのジャジーでファンキーな熱い曲を持ってきたのだから目立たないわけにはいかなかった。
 2013年、スウィンドルが〈ディープ・メディ〉からアルバム『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』をリリースし、それにともなうライヴをUKで行うと発表したとき、ぼくは迷うことなくロンドン行きのチケットを買った。そのときにピンチのコールドなセットも、アコードのひとりシンクロの透き通ったベース・ミュージック・セットも、ジェイムズ・ブレイクのクラシック・ネタ満載のDJも見たけれど、それらと比べ物にならないほどスウィンドルのライヴはポジティヴに感じられた。このインタヴューで彼が言うように、自身のルーツにも目を向けたその音楽は、流動的なシーンのなかでも強いのである。


Swindle
Peace, Love&Music

Butterz / Pヴァイン

BassFunkJazzDubstepGrime

Tower HMV Amazon

 初来日の2013年にはじまり、これまでにスウィンドルは4回も来日しており、世界中をツアーでまわってきた。2015年に先述の〈バターズ〉から発表した『ピース, ラヴ&ミュージック』は、ツアー先で出会ったミュージシャンとの共作を多く収録し、JMEとフロウダンというグライムの重鎮MCも参加した快作だ。
 2016年、スウィンドルは〈バターズ〉のレーベル・メイト、フレイヴァDと来日ツアーを行った。東京公演にはレーベル・オーナーであるイライジャとスキリアムも急遽参加し、その夜が大いに盛り上がったことは言うまでもない。この取材はそのバックステージで行われた。投げかける質問に対して、そのことばの意味を噛みしめるようにして、スウィンドルはじっくりと答える。彼の音楽が情熱的なように、彼自身もまた素晴らしい男だ。そのことが少しでも伝わればと思う。

スウィンドル / Swindle
スウィンドルはロンドン出身のマルチ奏者、プロデュサー、DJとして活動している。2006年より自主制作で自分の音楽をリリース、多くのプロジェクトに関わってきた。2013年にはベース・ミュージックの人気アーティストマーラの〈ディープ・メディ〉レーベルより『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』をリリースし、DJ、ライヴ・アクトとして世界規模のツアーを行ってきた。
ジャイルス・ピーターソンのワールドワイド・アワードにて披露したパフォーマンスと、ボイラールームでのジャズの伝説的キーボーディスト、ロニー・リストン・スミスとのギグが大きな話題を呼び、現代における最も将来有望なエレクトロニック音楽の若手として今後の活動が期待されている。

俺は何かオファーをされたら、その依頼の内容には完全には従わないタチだ(笑)。音楽以外でもそう。もし「黄色い外観、赤い屋根、窓はふたつ、芝生つきの家を作れ」って言われても、絶対にその通りには作らないと思う。俺は自分の住みたい家しか作らないだろうな(笑)。

『ele-king』に本人が登場するのは初めてなので、最初の質問は「スウィンドルって誰?」にしましょう。

スウィンドル(Swindle、以下S):オーケー! スウィンドルは平和と愛と音楽の使者。ファンク、ジャズ、ベース・ミュージックに根付いた新しいサウンドの開拓に、その人生の大半を捧げている。1987年生まれ、ロンドンのクロイドン出身。料理が好き。スポーツはやらないしテレビも見ない。

では音楽をはじめたのはいつですか?

S:小さいときから何かしら音で遊んでいて、12歳ぐらいのときにキーボードをはじめたね。プレイステーションと同じように楽器もオモチャみたいなものだった。それで14歳のときにトラック・メイクにハマって、DJをするようになったのもちょうどその頃だ。絵に描いたような音楽好きな家族からの影響がデカいね。

たしかお父さんはギターを弾いていますよね?

S:そうそう! 実は親父は『ピース, ラヴ&ミュージック』のジャケットに写っているんだよ。俺とマーラといっしょにいるのがおやじ。2013年にロンドンのファブリックでライヴをやったんだけど、そのときにいっしょに撮った(笑)。

そうなんですか! ぼく、あの日ファブリックへあなたのライヴを見に行ったんですよ。DJ EZからロスカ、ジョーカー、ピンチまで出ていて豪華な夜でしたよね。あなたはグライムやダブステップのプロデューサーとして知られていますが、最初はどんなジャンルが好きだったんですか?

S:ドラムンベースだね。あとGファンク。そのふたつといっしょに育ったようなもんだよ。

ダンスミュージックからR&Bのようなトラックまで手掛けるあなたのスタイルからプリンスを連想したりもしました。あなたはいろんな楽器ができますから、プロデューサーとしてだけではなく、マルチ・プレイヤーという点でも共通しています。

S:なるほどね。でもオレはプリンスのレコードをそこまで持ってないんだ。もちろん聴いてはいるけれど、それはオレの音楽を聴いたひとが「お前はもっとプリンスを聴いたほうがいいよ」ってオススメしてくれたから。でも彼がアーティストのプリンスとして完成するまで、多くのファンク・ミュージシャンと共演してるだろ? ブーツィ・コリンズやジョージ・クリントンとかとね。俺も彼らから多大な影響を受けているから、その意味ではプリンスと音楽的に共通点があってもおかしくないよ。

ではあなたが理想とするミュージシャンは誰ですか?

S:クインシー・ジョーンズだね。間違いない。彼は究極のプロデューサーだと思っているよ。

UKアンダーグラウンドでは?

S:ロニ・サイズやデリンジャー。数え切れないくらいいる。

ドラムンベースのプロデューサーですね。あなたはダブステップ・プロデューサーのシルキーとも共作を残しています。あなたのスタイルは彼にも通じるところがありますよね。ダブステップのシーンで、シルキーはフュージョンやファンクをいち早く参照していました。

S:たしかに。シルキーに初めて会ったきっかけも、知り合いに彼をチェックした方がいいってアドバイスされたからなんだけどね。それで実際に会っていっしょにやることになった。ブリストルのジョーカーともそんな感じだったな。俺たちにはサウンド面で共通点があるけど、お互いの音からインスパイアされているわけではない。似たような音楽経歴を持っていたから共感できたんだと思う。俺が17歳くらいのときあいつとはネットで知り合った。それから曲を交換して意見を出し合っていたけど、実際に会ったのはその数年後だったね。

インターネット世代らしいですね。ちなみに〈バターズ〉のイライジャとはどうやって知り合ったんですか?

S:それもネットだね。あれは2009年だったかな。テラー・デインジャが俺たちを繋げてくれたんだ。MSNってサイトでみんな連絡を取っていた。当時はフェイスブックとかはなかったんだけど、そういったソーシャル・メディアとMSNの違いは相手の顔がわからなくて、曲だけが公開されているってこと。だから余計な情報なしに、音だけで相手を判断できたってわけだね。「うお!こいつの曲ヤベえじゃん!」と思ったらすぐに連絡、みたいな感じだった。

アルバムのライナーにはあなたがイライジャの「グライムを作ってみれば?」というオファーを断ったエピソードが載っています。詳しく教えていただけますか?

S:そのときにはもう普通なことはやりたくなかったんだ。それは自分のスタイルじゃないってわかっていたからね。一生グライムのトラックを作ることはできるよ。でも俺は何かオファーをされたら、その依頼の内容には完全には従わないタチだ(笑)。音楽以外でもそう。もし「黄色い外観、赤い屋根、窓はふたつ、芝生つきの家を作れ」って言われても、絶対にその通りには作らないと思う。俺は自分の住みたい家しか作らないだろうな(笑)。

なるほど。でもあなたの曲はジャズやファンクの要素が強いけれども、グライムのフォーマットを完全に捨て去ったこともありませんよね。グライムの何があなたを魅了するのでしょうか?

S:グライムは常に「新しいアイディア」でできているってとこだ。グライムの主役は若者で、17とか18、ひょっとしたらそれよりも若いやつらが音楽を作っている。その世代の多くには養う家族も恋人も子供もやるべき仕事もないだろ? だから全ての想像力が音楽に向かう。その結果、ルールに縛られない興味深い音楽が生まれてくるわけだ。ロックやファンクが好きなのも同じ理由だよ。ジェームズ・ブラウンがオーディエンスを驚かせたとき、彼には従来のルールなんか通用しなかった。シカゴのフットワークだってそう。ルールがない場所からヤバい音楽はやってくる。

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人生でベストDJができたと語る2015年3月21日DBSの様子

世界をツアーして、旅先の音楽を自分の音楽に取り入れるってことの重要性もマーラから学んだ。いまって世界中をツアーで回るDJはたくさんいるけど、彼らがその経験を自分たちの曲に反映させることって、あんまりなくない? それってすごくつまんないことだ。未知なる場所での新しい出会いから得られるものってすごく大きいし、その影響は絶対に音楽にもいい形で現れるって俺は思うんだけどね。

ちなみにMCをやったことはないんですか?

S:実は昔、ドラムンベースのMCをやっていたよ(笑)。マジメにやっていたわけじゃなかったけどね。MCでは自分を表現できないってわかったから、そっちの方向には進まなかったな。

あなたがファンクやドラムンベースに熱中しているとき、周りのひとたちもそういった音楽を聴いていたんですか?

S:親父がジャズ、友だちはガラージやドラムンベースって感じだったね。だから俺のなかで音楽のバランスが取れているんだと思う。グライムやファンキー・ハウスを聴くようになっても、いろんなジャンルを並行して聴いていたよ。

当時のあなたはオーバーグラウンドのチャート・ミュージックをどのように捉えていましたか?

S:あんまりチェックはしてなかったね。自分がフォローすべき音楽があまりないように思えたんだ。チャートのなかには金儲けにために作られているようにしか思えない曲もあったしね。そういった類のモノに昔から興味が持てなくてね。いまでもメジャーのラジオ番組は全然聴かない。

ラジオということばが出ましたが、『ピース, ラヴ&ミュージック』ではラジオのような編集がされている箇所もあります。10代の頃、あなたは海賊ラジオを聴いて育ったとも聞いています。

S:その通り。毎日聴いてたよ。俺にとってラジオとは海賊ラジオだっていうくらいにね。10代? もっと若かったよ(笑)。初めて海賊ラジオを聴いたのって、たぶん6歳のときだ。うちに古いコンピューターがあって、それを使ってカセットにラジオを録音してたのを覚えているな。海賊ラジオの電波を探すのって本当に巡り合わせが重要だったんだよ。特定の日、サウス・ロンドンの特定の場所、特定の時間。この条件が揃わないと電波を受信することすらできなかったし、かっこいい曲がかかった途端に電波が途切れて、同じ曲には二度と出会えないってことなんてしょっちゅうだったよ。ネットのポッドキャストやCDじゃ絶対に味わえない体験だった。

エリック・ドルフィーみたいですね。「音楽を聴き、終わった後、それは空中に消えてしまい、二度と捕まえることはできない」。

S:それそれ(笑)! ホント、音を捕まえるためにカセットがあってよかった(笑)。そういった具合に、本当のラジオが何なのかを知る前に海賊ラジオに出会ったわけ。

6歳だったわけですもんね(笑)。このアルバムでは、グラスゴーのマンゴズ・ハイファイとの“グローバル・ダンス”の前に、ラジオ中継のようにマンゴズの会話が入ってきます。

S:それは彼らがやっている本物のラジオ番組からの抜粋なんだよね。曲を作った日にそのラジオの放送があったんだけど、そこに俺も出演したんだよ。音楽に対して正直になることはオレのテーマなんだけど、ラジオは人生の重要な一部でそのテーマともつながってもいる。

そうでしたか。あなたはその曲でコラボしているグライムMCのフロウダンとグラスゴーでプレイしています。スコットランドってグライムがそんなに人気がないようにも見えるんですが、あなたはどう思いますか? またスコットランドとイングランドとオーディエンスの反応に違いはありますか?

S:いまはそんなことないんだよ。スコットランドに限らず、UKのメインストリームでもグライムはすごく大きな存在感を持っている。反応の違い? 酒だよ(笑)。「こいつらどれだけ飲むんだ!?」っていうくらいスコティッシュはウィスキーが好きだよね。ケルトの血はクレイジーだ(笑)。ロンドンは雰囲気的にちょっと閉じているところもあるけど、スコットランドはオープンだからやりやすかった。

2013年にあなたはソロと『マーラ・イン・キューバ』のキーボーディストとして2回来日していますよね。マーラからバンドへの参加のオファーがあったそうですね。

S:マーラとはいっしょに作業をする機会があったんだけど、ちょうどそのときに彼は『マーラ・イン・キューバ』をライヴでやることを計画していてね。「キーボード弾けるんだからセッションに参加しないか?」って誘われて、すぐに了解の返事をしたよ。
 あの作品、それから一連のセッションからはものすごくインスパイアされた。音楽を表現するのに必ずしもDJである必要はないんだって気づけたから、自分のバンドを持とうと思ったし、それを実行する上でマーラ・バンドへの参加は大きな自信にもなった。
 世界をツアーして、旅先の音楽を自分の音楽に取り入れるってことの重要性もマーラから学んだ。いまって世界中をツアーで回るDJはたくさんいるけど、彼らがその経験を自分たちの曲に反映させることって、あんまりなくない? それってすごくつまんないことだ。未知なる場所での新しい出会いから得られるものってすごく大きいし、その影響は絶対に音楽にもいい形で現れるって俺は思うんだけどね。

おっしゃるように、あなた自身も自分のバンドを率いて演奏を行いますが、それは文字通りライヴです。いまって、クラブにラップトップを持ち込んでエイブルトンのコントローラーをいじっているだけでもライヴって呼ばれる時代ですよね。そういう状況についてどう思いますか?

S:すごい音楽をやるプレイヤーもいるから、そのスタイルを決して否定はしないよ。でもなかにはステージに立ってタバコ吸ってプレイ・ボタンを押して金を貰っているヤツもいる。ふざけんなって話だよな。そんなのオーディエンスにとっては、家でユーチューブを見ているのと変わらない。ちなみに俺もよく「ツアーでエイブルトンを使ってライヴをやれば?」って言われるんだけど、これからもそれは絶対にやらないと思う。やっぱり俺が考えるライヴはバンドがいてこそ成り立つものなんだよね。それにDJするのも大好きだから、ひとりでツアーをするときはDJで十分だよ。もし現場にキーボードがあったら曲に合わせて弾きたいけどね。

マーラのレーベル、〈ディープ・メディ・ミュージック〉から出した“ドゥ・ザ・ジャズ”であなたを知ったリスナーは多いと思います。あの曲はどうやって生まれたのか教えてくれますか?

S:オーケー。本当のことを話そう。あの曲が生まれたのは、母親の家の地下室で夜も遅かったな。それで俺はめちゃくちゃクサを吸っててさ……(笑)。で、気づいたら朝になっていて曲が完成してたんだよ。作っている間のことはまったく覚えてない。あのベースラインが先にできたのか、ハンドクラップが先だったのかも記憶にないね(笑)。

Swindle - Do The Jazz (DEEP MEDi Musik) 2012

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どれだけ「愛と平和」を叫んでも、「愛と平和」がこの世界に満ち足りたことってないだろ? だったらそれを打ち出す必要があると俺は思う。それがダサいって言われようとも、自分のことを「平和と愛と音楽の使者」って呼ぶことに何の躊躇もしないよ。それに、なんで「愛と平和」はダメで、「ギャングスタ」や「悪」のイメージはいいんだ? 売れるから? そんなのおかしいと思うね。だったら俺は言いたいことを言うよ。


Swindle
Peace, Love&Music

Butterz / Pヴァイン

BassFunkJazzDubstepGrime

Tower HMV Amazon

では『ピース, ラヴ&ミュージック』についてお訊きします。作品が発表された2015年はグライムのアニヴァーサリー・イヤーとも言える年で、ボーイ・ベター・ノウの結成、それからロール・ディープのファースト『イン・アット・ザ・ディープ・エンド』のリリースからちょうど10年という節目でした。そしてあなたは今回のアルバムでボーイ・ベター・ノウのJME、ロール・ディープの主要メンバーだったフロウダンと共演しているわけです。ノヴェリストやストームジーといった若手も注目されていますが、なぜこのふたりを選んだのでしょうか?

S:そうか、気づかなかったけどたしかに10年だね。当時からふたりの大ファンだったよ。俺は曲を作るときに、「この曲には絶対にあのアーティストが必要だ!」って制限を設けるようなことはしないし、いまの流行りとか、売れ線とかが共作者を選ぶ基準にはなることもない。だって音楽じゃん? 自分の意図が伝わる相手といっしょにやらなきゃ、結局は自分に嘘をつくことになる。今回も音楽を優先した結果、相手がフロウダンとJMEになっただけだよ。「音楽がビジネスを決めるのであって、ビジネスが音楽を決めるのではない」。これに尽きるね。

あなたから見たふたりの違いとはなんでしょうか? 音楽的、人間的、どんな側面でもかまいません。

S:うーん、違いは多いね(笑)。だから共通点について言わせてもらうよ。ふたりともどんな状況でも自分自身になることができるよね。そこがふたりの魅力だよ。だからこそスタイルの違いが出てくるんだと思う。
 ちなみにさっき若手MCの名前が出たけど、俺は彼らのスキルがベテランたちに劣っているとはこれっぽっちも思わない。というかそれは個性の問題であって、優劣の問題ではないよね。いつの時代も比較の上での良し悪しをつけるのは簡単だし、その基準は個人によっても変わる。だから音楽を楽しむ上では個性の違いを尊重するべきだと思うんだよ。

ネット上の動画などであなたのスタジオを見ることができますが、今作はあそこで作られたんですか?

S:このアルバムは世界のいたるところで作ったよ。ちなみにこのアルバムを作っている間、俺は3回引っ越しててさ(笑)。ちょうどそのときロンドンでいい物件が見つからなくてね。いまロンドンでは昔から住んでいるひとたちが、街を出ていかざるを得ない深刻な状況になっているんだよ。ロンドンの外からやってくる人口の増加や家賃の高騰が影響している。だから俺もロンドンを離れるしか術がなかったんだ。いまでもロンドンが大好きだし、自分のことをロンドナーだと思っているけど、音楽のためにはロンドンを出るしか選択肢はなかった。やっぱり都会だと隣人との間隔が狭くて満足に音を出せないからね。いまはロンドンから1時間くらいはなれた田舎に住んでいる。住民の誰も俺のことをしらないような街だよ。だからゆっくりできるし、音楽にも没頭できている。ツアーで刺激的な場所に行くことができるから、いまの街に何もないことは大して問題にならないね。

世界のいたるところで曲を作ったとおっしゃいましたが、例えば一曲目のアッシュ・ライザーとのコラボ曲“ロンドン・トゥ・LA”はロサンゼルスで作ったということですか?

S:その通り! いつもスタジオを持ち歩いていたからね。俺はロスのロウ・エンド・セオリーでプレイしたんだけど、この曲はそのショーの前にだいたい完成していたよ。

スタジオを持ち歩いていた……?

S:つまり、バッグにサウンド・カード、スモール・マイクとか必要なものを詰め込んでツアーに出かけた(笑)。ロサンゼルスはエコパークが最高だったね。それで現地でレコーディングしたものをイングランドに持ち帰って編集をした。あとから外国の知り合いに音を送ってもらったりもしたね。アルバムの日本語の部分はパーツースタイルのニシピーにお願いしたよ。

あなたはよくシンガーと共演していますが、どのように歌が生まれるのでしょうか?

S:理想としては音楽と歌詞が同時にできることが望ましいよね。“ロンドン・トゥ・LA”では俺がどういう歌詞にしたいかシンガーに要望を伝えた。曲を作ったとき、俺は文字通りロスにいるロンドン・ボーイで、気分は2パックの“トゥ・リヴ・アンド・ダイ・イン・LA”や“カルフォルニア・ラヴ”みたいだった。そのときの俺の気持ちを知ってほしくて、あの歌詞ができたってわけ。

Swindle - London To LA Ft. Ash Riser

世界各地に思い入れがあると思いますが、日本はあなたにとってどんな場所ですか?

S:たくさんの場所に行ったけど、日本は世界で一番音楽をプレイするのが楽しい場所だよ。けっしてお世辞じゃない。オーディエンスの反応、人間性、どれも最高だ。前回ロスカと出たDBSは、俺の人生で一番楽しいDJだった。いつか日本で自分のバンドのライヴをやりたい!

今回のアルバム収録曲の多くにはあなたのツアー先での様子が動画で収められていますが、それを試みた理由とはなんでしょうか?

S:そのアイディアを思いついたのは『ロング・リヴ・ザ・ジャズ』のあとだね。俺は日本に来るのがこれで4回目なんだけど、音楽をやっていなかったらフィリピンにも南アフリカにもロサンゼルスにもグラスゴーにも行けなかったと思う。あんまり恵まれていない境遇だったからね。そんな俺に音楽が世界に出る機会をくれたんだ。だから自分は音楽に感謝する必要があると思ったし、それを自分の作品に還元する必要性を感じた。自分のツアー先での様子をドキュメンタリー的に動画に残すことはその方法のひとつだね。
 それと別にあることを伝えたかった。俺は世界中を回って、人種、文化、言語といったあらゆる差異を目の当たりにしてきたけど、ひとつだけ共通点を発見したんだ。クラブで俺がプレイ・ボタンを押したあとのフロアの反応は、世界のどこに行ったって変わらなかった。そのことをどうしても記録してみんなに見せたかったね。それから、素晴らしいパーティには、必ず素晴らしいひとびとが関わっていることも伝えたかった。

個人的には“マシンボ”のPVで、フィリピンのコミュニティへあなたが出向いて、現地のミュージシャンたちとセッションする様子にびっくりしました。

S:あれはすごい体験だったなぁ。フィリピン土着の竹でできた楽器を“マラシンボ”ではメインで使っている。共作者のヒラリアス・ドーガのスタジオで録音したんだけど、その小屋も竹でできてんだよ(笑)! 自分が住んでいる地域の山に生えてる竹を自分で採ってきて作ったらしくて、その山の名前がマラシンボって言うんだよね。もちろんフルートからパーカッションにいたる彼の楽器は自作で竹でできている。いままでそんな人間に会ったことがなかったから衝撃だったよ。彼はすごくスピリチュアルなひとで、霊のために音楽を作っているらしい。
 こんな出来事があった。俺はヒラリアスとレコーディングをするために彼の
場所へ行ったんだけど、そこは電話も通じないようなところでさ。フェスに俺は出る予定だったから、他の出演者を含めて5人でヒラリアスに会いでかけた。その場所に着くとヒラリアスがいて、彼の楽器も置いてあるわけ。で、連れのひとりがその楽器のなかからフルートを手に取って吹こうとしたとき、ヒラリアスが「やめとけ! そのフルートには霊が入っているから危険だぞ!」って言うんだ。でも彼はそのフルートを吹いちゃってさ。それでしばらくして振り返って彼を見たら意識を失っていた……。「だからやめとけって言ったんだよ。霊が彼に憑依したんだな」ってヒラリアスは言うんだ。40分くらいで彼は目覚めたんだけど、彼は自分が寝ていることさえ覚えていなかった。言っとくけど本当の話の話だからね。だから“マラシンボ”を聴くとその出来事を思い出すよ。

Swindle - Malasimbo Ft. Hilarius Dauag (Philippines)

アルバムのタイトルに「平和と愛と音楽」を掲げた理由を教えてください。

S:その3つが世界的にどんな人間にも共通している事柄だからだね。それに、たとえ音楽をやらないひとでも平和と愛を必要とする。それに音楽を聴いたときって、好き嫌いを問わずに何かしらの感情を抱くだろ? そういった意味でも音楽は全人類に共通していると思ったから選んだんだ。

なるほど。でもポピュラー音楽の歴史を振り返ってみると、「愛と平和」は散々歌われてきたテーマで、現在はシニカルな態度をとって、それを口にするミュージシャンを馬鹿にするひとも少なくありません。そういう状況で「愛と平和」を打ち出すことに躊躇しませんでしたか?

S:まったくしなかったよ。だってどれだけ「愛と平和」を叫んでも、「愛と平和」がこの世界に満ち足りたことってないだろ? だったらそれを打ち出す必要があると俺は思う。それがダサいって言われようとも、自分のことを「平和と愛と音楽の使者」って呼ぶことに何の躊躇もしないよ。それに、なんで「愛と平和」はダメで、「ギャングスタ」や「悪」のイメージはいいんだ? 売れるから? そんなのおかしいと思うね。だったら俺は言いたいことを言うよ。

そういう覚悟がある上でやっているからこそ、あなたの音楽は多くの人に届いているのかもしれません。あなたのライヴをロンドンで見たとき、最初は「白人がやっぱり多いんだな」と思っていたんですけど、いざライヴがはじまって周りを見回したら、ブラック、アジア系もたくさんいてびっくりしました。あなたの音楽はフロアの人種をミックスしていたんです。

S:それは俺が音楽をやる上で超重要なテーマだ。俺が作っているのは特定のジャンルの音楽っていうよりもミクスチャー・ミュージックだと思う。俺の母親はホワイト、父親がジャマイカ人で、ジャマイカ、イングランド、イタリアの血が俺には流れている。でも見た目がブラックだから俺と兄弟は幼い頃につらい差別を受けたこともあった。だから人種や文化をミックスすることは、俺の人生においてとても重要なことだと意識するようになったね。個人的には音楽においてその壁を越えることは、差別するよりも簡単だと思うんだ。俺はブラックやアジアン、どんな音楽も好きだけど、ただ好きになりさえすれば壁は越えられる。音楽にもう「色」は関係ないね。
  俺がベース・ミュージックをやる理由のひとつには、そのルーツがレゲエにあることも関係しているよ。レゲエはジャマイカ人の苦しみから生まれたけど、いまはジャマイカにルーツがあるかどうかなんて関係なく世界中でポピュラーになっているだろ? それはまさに俺が音楽でやりたいことだ。どんどん人種や文化の壁を壊していきたいね。

これからの活躍に期待していますね。では最後に日本のリスナーにメッセージをお願いします。

S:これで4回目の来日だけど、毎回日本に来るたびに素晴らしいオーディエンスの期待に応えようと思えるよ。ツアー中、2年前に撮った俺との写真を見せてくれるひとや、今夜来るのが初めてだってひとにも会えて最高だった。また絶対に戻ってくるよ! 素晴らしいイベントを企画してくれたDBS、グッドウェザー、それから日本で俺の作品の流通に関わっている方々にも感謝したい。みんな本当にありがとう!

取材協力:DBS

Swindle All Time Best

Quincy Jones – Body Heat – A &M Records – 1974
Herbie Hancock – Just Around The Corner – CBS – 1980
George Benson – White Rabbit – CTI Records – 1971
Ed Rush & Optical – The Creeps(Incredible And Deadly!) – Virus Records – 2000
Bad Company – Inside The Machine – BC Recordings – 2000
Dr. Dre – 2001 – Aftermath Entertainment – 1999
Zapp &Roger – So Ruff, So Tuff – 1981
Parliamentの全ての作品

Double Clapperz - ele-king

January 10 Tracks.

interview with Yo Irie - ele-king


ベース・ハウス歌謡、グライム歌謡、ポスト・Jディラ歌謡……。入江陽が大谷能生と共に制作したアルバム『仕事』のテーマがネオ・ソウル歌謡だったとしたら、それに続く、セルフ・プロデュースの新作『SF』はさながら現代版リズム歌謡のショーケースだ。もしくは、昨年、幾つかの日本のインディ・ロック・バンドが真正性を求めてシティ・ポップからブラック・ミュージックへと向かっていったのに対して、彼の音楽にはむしろニュー・ミュージック・リヴァイヴァルとでも呼びたくなるような浮世の色気が漂っている。「くすぐりたい 足をかけたい クスっとさせたい あきれあいたい/たのしいこと しようぜ 俺と おそろしいとこ みてみたい 君の こどもぽいとこ 守りたい それも ところてんとかで 包みたい」(“わがまま”より)。そんな怪し気な誘いから始まる『SF』について、この、まだまだ謎の多いシンガーソングライターに話を訊いた。

入江陽 / Yo Irie
1987年生まれ。東京都新宿区大久保出身。シンガーソングライター、映画音楽家。学生時代はジャズ研究会でピアノを、管弦楽団でオーボエを演奏する一方、学外ではパンクバンドやフリージャズなどの演奏にも参加。2013年10月シンガーソングライターとしてのファースト・アルバム『水』をリリース。2015年1月、音楽家/批評家の大谷能生氏プロデュースでセカンド・アルバム「仕事」をリリース。映画音楽家としては、『マリアの乳房』(瀬々敬久監督)、『青二才』『モーニングセット、牛乳、ハル』(サトウトシキ監督)、『Sweet Sickness』(西村晋也監督)他の音楽を制作。2015年8月、シンガーソングライターbutajiと『探偵物語』、同年11月、トラックメイカーsoakubeatsと『激突!~愛のカーチェイス~』(7インチ)をともに共作名義でリリース。




作詞、作曲、歌、アレンジ、それぞれを全部違うひとがやる曲っていうのは、最近のポップ・ミュージックではあんまりないかなと。









入江陽

SF


Pヴァイン


Tower
HMV
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今回のアルバム『SF』は入江さんのセルフ・プロデュースになります。前作『仕事』(2015)は大谷能生プロデュースでしたけど、現行のダンス・ミュージックをいかに翻訳するかという点では、『SF』も基本的にはその“仕事”を引き継いでいると思いました。ただ、前作のテーマとして“ネオ・ソウル歌謡”みたいなものがあったとしたら、今回はビートがよりカラフルになっている。そこには、さまざまなトラックメイカーを起用していることも関わっているんでしょうが、まずは、今回のアルバムを自分でプロデュースしようと思った経緯を教えてください。

入江陽(以下、入江):ファースト・アルバムの『』(2013)は自分のバンドでつくったのに対して、セカンドは大谷さんにトラックを作っていただき、そのうえで歌を歌いました。それを踏まえて、今回のアルバムでは、いったんは自分ひとりでやってみようと思ったんです。トラックメイカーの方も、身近で同年代のひとといっしょにやろうということを念頭に置いて。大島(輝之)さんだけはベテランの方なんですけど、他の方々は自分の上下3歳以内で、交友範囲も友だちかその友だちくらいというか。あと、前回の大谷さんのプロデュースは、ゆっくりした、打点がズレたリズムのヒップホップということがテーマでもあったので、今回は逆に速い曲とか普通の8ビートとかもやっています。


イタリア / 入江陽 MV (ファースト・アルバム『水』より)

実際は『仕事』も、“鎌倉(feat. 池田智子 (Shiggy Jr.))”、“フリスビー”、“マフラー”……のようなポップな楽曲もありましたけど、先行MVとして公開された“やけど(feat. OMSB from SIMI LAB)”のようなポスト・Jディラ的なビートが多かったので、どうしてもそっちの印象が強くなってしまったというか。一方、『SF』にも“おひっこし”のような後者寄りの楽曲もありますが、全体的には前者寄りなのかなと思いました。

入江:おっしゃるように“やけど”の印象が強いと思ったので、そうじゃない曲を今回はつくろうと思いました。



入江陽 - やけど [feat. OMSB (SIMI LAB)]



入江陽 - 鎌倉 [duet with 池田智子(Shiggy Jr.)]


ゲストに関して、同年代かつ親しいひとを選んだというのは、趣味趣向が近いひとがよかったということですか? あるいは、その方がコミュニケーションが取りやすいから?

入江:どちらかというと今回はコミュニケーションのほうですね。長いつきあいのひとばかりというか。

やはり、大谷さんだと恐縮してしまうとか?

入江:いやいや(笑)。もちろんそれもありましたけど、それが嫌だったわけではないです。ただ、その反動というか。

大谷さんとはいまも一緒に入江陽バンドをやっていますもんね。

入江:そうです。それに、毎回違うほうがおもしろいかなと思いまして。

不勉強ながら、今作のゲストは知らない方が多かったのですが……。

入江:まぁ、友だちって感じなので。

10曲中4曲を入江さんと共同で作曲をしている「カマクラくん」というのは?

入江:シンガーソングライターで、メロディを書く能力がすごく高い人です。なので、そこだけ担当してもらって、アレンジやトラックは違うひとにつくってもらいました。

入江さんのようなシンガーソングライターが、作曲にゲストを招くというのは珍しいですよね。

入江:僕が書くメロディだと少し凝ってしまう気がしたんです。でも、カマクラくんが書くとすごくシンプルで覚えやすくなるので、何曲かお願いしたというか。それに、分業する楽しさもありました。作詞、作曲、歌、アレンジ、それぞれを全部違うひとがやる曲っていうのは、最近のポップ・ミュージックではあんまりないかなと。

作業の手順としては、トラックをもらってから、それに合わせて曲を書いていった感じですか?

入江:そういう曲もあります。“おひっこし”と“悪魔のガム”がそうですね。それ以外の曲は、まず、大体のコードとメロディを書きました。


入江陽 - おひっこし (Lyric Video)


『仕事』のときも「ネオ・ソウル歌謡」と言いつつ、だんだんとアレンジが変わり、結局、全曲がバラバラという感じになったんですが、今回も音像としてのコンセプトはなくなっていったというか。

『仕事』がネオ・ソウル歌謡だとしたら、『SF』はハウス歌謡もあれば、EDM歌謡もあれば、グライム歌謡もありますけど、そういった、いわゆる現代版リズム歌謡の見本市みたいなものをつくろうというテーマはあったんですか?

入江:途中までは80年代っぽい音像にしようと考えていたんですけどね。エンジニアの中村(公輔)さんともそんなふうに話していたものの、送られてくるのがそれとは関係ないトラックだったりして。『仕事』のときも「ネオ・ソウル歌謡」と言いつつ、だんだんとアレンジが変わり、結局、全曲がバラバラという感じになったんですが、今回も音像としてのコンセプトはなくなっていったというか。

参加したトラックメイカーの方たちは、普段はダンス・ミュージックをつくっているひとが多いんでしょうか? 4曲を手掛けている「Awa」は、ダンス・ミュージックの手法を使ってシティ・ポップをつくるユニット「檸檬」にも参加していますよね。ちなみに、入江さんはその檸檬の7インチ「君と出逢えば」にヴォーカルとしてフィーチャーされています。

入江:そうですね。Awaくんはクラブ・ミュージックやヒップホップが好きで。檸檬にはギターやアレンジで参加していて、エスペシアにも1曲提供していました。

〝hikaru yamada〟というのは?

入江:ライブラリアンズという女性ヴォーカルのユニットもやっています。前作『仕事』の表題曲の共同制作者でもあります。でも、yamadaくんもAwaくんもやっている曲が好きというよりも、友だちだから誘ったという感じですかね。5年くらいのつきあいで、ふたりとも年齢が1つ下なので。mixiのコミュニティで知り合ったんですが(笑)。

どんなコミュニティだったんですか?

入江:いまとなっては少し恥ずかしいんですが、「近現代和声音楽好きなひとたち」みたいな(笑)。“悪魔のガム”の耶麻ユウキさんってひとは、yamadaくんの大学の先輩ですね。彼はグライムとかハウスが好きみたいで、3歳くらい上です。

「Teppei Kakuda」は?

入江:彼はちょっと変わっていて、トラックメイカーでもあるんですけど、バークリーのジャズ作曲科を中退して去年日本に帰ってきた方なんです。だから和声や譜面にも強い。それでドラムも叩いています。ここも友だちだったので誘いました(笑)。

そして、最後に「Chic Alien」。

入江:butajiくんと共作した“別れの季節”(入江陽とbutaji『探偵物語』収録)のトラックメイカーで、このひとも3歳くらい下なんですけど。

ちなみに、いまやっている入江陽バンドのライヴもすごくいいですが、あのメンバーでアルバムをつくろうとは思わなかったんですか?

入江:アルバムのアレンジはアルバムでやって、ライヴはまた別でリアレンジしたらおもしろいかなと。

『Jazz The New Chapter』(シンコー・ミュージック)がピックアップした現行のクロスオーヴァー・ジャズのように、打ち込みと生演奏の相互作用を意識している?

入江:それはちょっと考えていて、あとはバンドではできないこと、ライヴではできないことを音源でやりたいんですね。まぁ、レコ発はバンドでやるのでかなり矛盾していますが。ライヴ用のアレンジに関しては、大谷さんが音源を初めて聴いたところからはじめる。そうやって、翻訳をしていく過程で、失敗したり成功したりするのがおもしろいというか。あと、音源として良質なトラックを作る能力と、ライヴで演奏する能力はまた別なので。


粗悪さんとは、ふたりのユーモアの感覚というか、ふざけたい感じが一致したんです。同い年なのもあるかもしれません。

入江さんのディスコグラフィーにおいて、『仕事』と『SF』の間のリリースで特に重要なものがふたつがあると思って。ひとつはbutajiとつくったEP『探偵物語』(2015)で、クレジットを確認せず初めて聴いた時、カヴァー集かと勘違いしたくらいポピュラリティを感じました。もうひとつは粗悪ビーツとつくった7インチ「激突!~愛のカーチェイス~/薄いサラミ」で、あれはトラップ歌謡というか、大谷さんが現行のヒップホップ/R&Bを取り入れた延長にありますけど、さらにモダンかつイビツになっていました。

入江:探偵物語は、butajiくん作曲のものが多かったので、そういう感じになったのかもしれませんね。粗悪ビーツさんとの7インチは、粗悪さんのトラックがマイナー・コード一発の構造なので、相性がいいかなと思って歌謡曲っぽくつくってみたのと、ふたりのユーモアの感覚というか、ふざけたい感じが一致したんです。同い年なのもあるかもしれません。「同い年ですよね」って言ったら、「学年はいっこ上だから」って怒られましたけど(笑)。

それにしても、さっきからやたらと年齢のことを気にしますね。

入江:いや、年齢が近いということを言いたかっただけなんですけど……たしかに気にするほうかもしれないです。一方で、年齢が近いひとに対してもタメ口を使うのがヘタで(笑)。

それは恐縮してしまって?

入江:僕は医学部だったんですが、誰にでも敬語で話す文化があったんです。5浪して入ってくるひととかもいますから、使い分けがけっこうやっかいなんですね。それがまだ抜けてないのかもしれません。

なるほど。歳上を敬うためではなく、事を無難に運ぶために敬語を使う。

入江:よく言えば、敬語でも仲良くできる。悪く言えば、誰とでも壁ができている感じですね。

これは悪口じゃないんですけど、大谷さんのトラックは複雑ですし、僕の歌詞もめちゃくちゃじゃないですか(笑)?

『SF』では『探偵物語』と「激突!」の方向性が合わさっているというか、より積極的に現行のダンス・ミュージックを取り入れている一方で、ポップな印象を持つひとが多いと思うんです。

入江陽とbutaji - 探偵物語




激突!〜愛のカーチェイス〜


入江:実際、明るい曲調も多いと思います。

BPMも早いし、リズムの手数も多い。

入江:前作とはまた違うことをやって、音楽性の幅を広げたかった感じですね。

『仕事』がリリースされた時、僕は入江さんのことを知らなかったので、まるで突然現れたかのように思えました。そのあと、渋谷〈OTO〉でやっている〈Mango Sundae〉というヒップホップのイヴェントで、大谷さんとのデュオのライヴを観ましたが、MCがぎこちないことを大谷さんにずっとダメだしされていて(笑)。でも、曲と歌は文句なしにいいので、大谷さんはこんな変わった才能を持つひとをどこで見つけてきたんだろうと。アルバムが出たあと、本格的にライヴをやりだしたという感じですか?

入江:弾き語りやバンドでのライヴは数年前からやっていましたが、『仕事』リリース後、ライヴの機会が増えましたね。

やはり、『仕事』を出したあとに経験してきたことは大きい?

入江:だいぶ大きいですね。2015年は『仕事』をきっかけにライヴをたくさんやりましたし、誘いも増えたので。

『仕事』の頃の話でいうと、当時、『ele-king』に載った矢野利裕さんが聞き手で、入江さんと大谷さんがふたりで答えたインタヴューを改めて読んだら、そんなにインディと呼ばれるのが嫌だったのかと思って。2015年末に恵比寿〈リキッドルーム〉のカウントダウン・イヴェント(2016 LIQUID -NEW YEAR PARTY- + LIQUIDOMMUNE Presents『遊びつかれた元旦の朝に2016』)に出てもらいましたけど、ブッキングしたフロアが「インディ・ミュージック」という括りだったので、申し訳ないことをしたなと。

入江:いやいやいや(笑)。出演できてとてもうれしかったです。本当にありがとうございます。大谷さんと僕におそらく共通しているのが、インディ音楽とメジャー音楽をあまり分けて考えていないというか。リスナーとしての耳がそういう分かれ方をしていない、という話な気がします。

他方、あのインタヴューでは一貫して「インディじゃなくて、J-POP、歌謡曲なんだ」ということを言っていて。本当に当時から自分の音楽にそこまでポピュラリティがあると思っていました?

入江:思っていました。でも、これは悪口じゃないんですけど、大谷さんのトラックは複雑ですし、僕の歌詞もめちゃくちゃじゃないですか(笑)? 本当にポピュラリティを求めているのか、っていう。

僕もそう思うんですよ。たとえば、入江陽の音楽のオルタナティヴさだとか、ステージ上のどこかキマっていない佇まいだとか、聴いている方、観ている方がそわそわするあの感じは、もしポピュラリティを目指しているのだとすれば、単に未熟な部分として片付けられてしまいますよね。ただ、そうではないんじゃないか。

入江:未熟な部分もあると思うんですけど、大谷さんもぼくも違和感みたいなものが好きでやっている部分もあるので、それは自己矛盾というか。たぶんその話でのメジャーという言葉は、聴く耳の問題だと思うんですよね。松田聖子やジュディ・アンド・マリーみたいに、歌が真ん中にバーンとある感じでやりたいっていう精神論というか(笑)。

『SF』は『仕事』よりもポップになったと思うんですけど、それは狙ったところ?

入江:今回、それは個人的にはなくて、どちらかといえば技術的な挑戦の意味合いが大きかったんです。例えば1曲目の“わがまま”は、速い曲をつくりたいと思って取り組んだ。前作やライヴでやっている曲のBPMを測ったら、大体が100前後だと分かって、マンネリ化してはダメだなと感じたんです。

ライヴをやっていく中で気持ちに変化があった?

入江:そうですね。ライヴの音源を聴いたら全部いっしょというか。

遅い曲で客を掴むのは難しいですよね。特に対バンがいる時は。

入江:厳しい状態を強いられたときもあったので(笑)。

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べつにインディ感が嫌いとかではないんですけど、自分の声でやる場合にはエセ商業感があったほうがおもしろいんじゃないかとは思っていまして。

ポピュラリティと言えば、影響を受けたアーティストとして井上陽水の名前をよく挙げていますよね?

入江:井上陽水さんのようになりたいというよりは、井上陽水さんのように変なことばを使いながらも、とても美しい歌詞を成立させることへの憧れ、みたいなものはありますね。

先程挙げたインタヴューで、大谷さんが『仕事』は『氷の世界』(1973)を目指したと言っていて、それはちょっと意味が分からないなと思ったんですけど……(笑)。

入江:あれは『氷の世界』ぐらいの曲を作る、っていう気合いのことだと思うんですけどね。ヘタに言い換えて大谷さんに「違う」って言われるのも怖いですけど(笑)。

『氷の世界』は日本初のミリオン・セラー・アルバムですからね。むしろ、僕は『あやしい夜をまって』(1981)とか『LION & PELICAN』(1982)なんかに入っている、EP4の川島裕二がアレンジした楽曲のヤバさに近い感覚を入江さんの音楽に感じるんですが。

入江:川島裕二ってバナナさんのことですよね? 大好きです! あと、今回、エンジニアの中村さんと80年代っぽい音にしたいって相談する中で、リアルにそれを目指せる機材がスタジオに増えていったんです。そのおかげで、本格的な80年代の音になったのかもしれないですね。あの頃の陽水のアルバムはいま聴くといい意味でうさん臭いというか……。

ポピュラーな例として挙げましたけど、実際はいちばん売れていなかった時期ですしね(笑)。

入江:あとすごくバブル感がするというか。ぼく世代の耳で聴くと新鮮だと思うんですけどね。

僕もよく知らなかったんですが、DJのクリスタル(Traks Boys/(((さらうんど)))/Jintana & Emeralds.)と呑んでいるときに、川島裕二がアレンジした「背中まで45分」を聴かせてもらい、ぶっ飛ばされて、中古レコードを買い集めるようになりました。べつに狙ったわけじゃないんですが、さっきも〈レコファン〉で……(87年のアルバム『Negative』のレコードを取り出す)。

入江:あー、これはいちばんすごいジャケの! タイトルも酷いですよね。売れる気がない。

この後に“少年時代”(1990)が出て、世間的には復活するというか。いや、セルフ・カヴァー集の『9.5カラット』(1984)なんかは売れたのか。

入江:べつにインディ感が嫌いとかではないんですけど、自分の声でやる場合にはエセ商業感があったほうがおもしろいんじゃないかとは思っていまして。

ポピュラーな音楽が好きというよりは、ポピュラーな音楽の中で実験的なことをやってしまったがゆえに、商業的には失敗してしまったものが好き、とか?

入江:僕がお金がかかっている感の音楽をやったらおもしろそうだなと。

あるいは、日本のインディ・ポップでは、何年も前から「シティ・ポップ」がキーワードのひとつになってますけど、入江さんの音楽からはむしろ「ニュー・ミュージック」を感じます。

入江:たしかにシティ・ポップ感はないですよね。

かつてのシティ・ポップもいまのシティ・ポップも架空の都市を歌っているというか、言い換えると土着性から逃れようとするものだと思うんですけど、入江陽の場合、海外の音楽を参照していても、どこか土着的な感じがするからそう思うんですかね。

入江:あと、シティ・ポップの歌詞は風景描写的だったり、BGMとしての機能も重要だと思うのですが、僕の場合、必ずしもそういう感じではないですよね。









入江陽

SF


Pヴァイン


Tower
HMV
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そういえば、『SF』をつくりはじめた際にどうして「80年代」をテーマにしようと思ったんですか?

入江:4つ打ちと8ビートが多いので80年代っぽい音が合うんじゃないかと。あと、アレンジを70年代っぽくしてしまうと、僕の声だと完全に渋くなってしまう予感がするので(笑)。

さっきのブラック・ミュージックの話にも通じるんですけれども、今年はラップもかなり聴いたので、憧れを強めていて。

インディ云々の話を蒸し返すと、『仕事』は決して孤高の作品というわけではなくて。昨年の日本のインディ・ロックでは、ブラック・ミュージックの要素をいかにして取り入れるかということがある種のトレンドになりましたよね。そういった作品を聴いたりはしました?

入江:Suchmos(サチモス)とか普通にかっこいいと思いました(笑)。

入江陽とは真逆のスタイリッシュな音楽ですよね(笑)。

入江:なんというか、そういう流れのものも聴いてはいるんです。でも、意識すると変になってしまいそうなので……。作り手それぞれがあまり意識しあわずに、その時どきで好きなことをやったほうが、自然な流れが生まれておもしろくなると思うんです。だから、今回もその流れをそこまで意識したわけではないですね。ただ、やっぱり自分の声はブラック・ミュージックっぽいんだなとか、リズムの揺らし方とかがネオ・ソウルっぽいんだなということは再確認したんですけど。

『仕事』はある意味で大谷さんとの共作だったわけですし、ポスト・Jディラ的なビートをどう消化するかという問題意識は、JAZZ DOMMUNISTERSの延長線上にあるとも言えると思うんですよね。一方、『SF』は大谷さんのプロデュースがなくなった分、入江さんがもともと持っていたニュー・ミュージック感がより強く出たとか?

入江:ニューミュージック感はファーストの『水』にも少しあると思うので、それは言われて腑に落ちるところはあります。

『探偵物語』を聴いたときにそう思いましたね。実際、「夏の終わりのハーモニー」(井上陽水・安全地帯、1986)のカヴァーも入ってますが。

入江:butajiくんの声質も、往年の何かを感じるというか。カラオケ感があまりなくて歌手っぽいというか。上手いというよりも歌い上げているところが自分とは近いのかなと。

そういえば、先程、井上陽水のように歌詞を書きたいと言っていましたが、今作の作詞は井上陽水とラップのライミングが合流したような感じがあります。

入江:さっきのブラック・ミュージックの話にも通じるんですけれども、今年はラップもかなり聴いたので、憧れを強めていて。

いまって、歌とラップの境目がどんどん曖昧になってきていて。ヤング・サグとかフェティ・ワップとか。

入江:そうですよね。ラップのひとたちが歌っぽくなっていたりして。「ポストラップ」とおっしゃっていたのが個人的にはすごくしっくりきました。

僕がラジオで入江さんの作詞を「ポストロックならぬポストラップ的だ」と評したことですかね。補足しておくと、もともと、「ポストラップ」という言葉を使い出したのは岡田利規で、彼がラッパーの動きを拡張するというテーマでSOCCERBOYに振り付けをした公演のタイトルだったんです。それに対して、僕は、現在、もっとも影響力のある表現はラップで、むしろ、他の表現はそれによって拡張されているのではないかと、岡田さんの意図を反転させた意味で「ポストラップ」という言葉を使い出したんですね。いまの話だと、入江さんもラップはけっこう聴いていると。

入江:そうですね。

『仕事』にOMSBが参加していたのは、大谷さんの人脈ですよね。それがきっかけで聴き出したという感じですか?

入江:それもありつつ、もともと、SIMI LABも聴いていて、最近だとRAU DEFさんの新譜がすごくかっこよくて。あとは5lackさんPUNPEEさん兄弟とかへの憧れが強くて、今回も韻を踏む方向に……(笑)。

ただ、実際にがっつりタッグを組むのは粗悪ビーツのようなオルタナティヴな存在という。

入江:なんというか、ぼくが正統派のヒップホップを意識しすぎずに、そこまで堅い韻を意識しすぎずに、勘で作ったほうがおもしろい面もある気がします。個人の中の誤訳というか。そういう部分は粗悪ビーツさんに、個人的には共鳴します。

作詞は即興ですか?

入江:そうですね。ことばを発音して作るというか。前はもう少し書いていたんですけどね。語感を重視するようになりましたね。

まさに「ポストラップ」だと思うんですけど、ポップスだと思って聴いているものがヒップホップだったりとか、そこの境目が曖昧というか。

ただ、入江陽の音楽に関して、「すごくいいんだけど、歌詞はどうなんだろう?」という意見をちらほらと見聞きするんですよね。僕もそれについては思うところがあって。たとえば、ポストラップ的な側面でいうと、入江さんはまだライミングすることを面白がっている段階であって……井上陽水と比べるのも何ですけど、彼のようにライミングの連なりから新たなイメージを生み出すまでには至っていない曲が多いように感じます。実際、前作のインタヴューでは歌詞を重要視していない、考えないでつくっていると言っていましたよね。

入江:その発言の意図は、意味が成り立っている文章をつくることにはこだわらず、いろいろな言葉を並べて聞いたときに、全体として、何か不思議な印象、面白い印象があるものをつくりたかったというか。あとは、無意識に浮かんでくる言葉を尊重している部分もあります。

今回の歌詞では、“わがまま”がいいと思いました。入江さんの歌詞には一貫して、歪な恋愛みたいなテーマがあると思うんですけど、それがいままでになくはっきりと描けているなと。

入江:ありがとうございます。先程言ったように、以前は何か特定の印象を与えることを恐れていた感じはあって、それでおそらくはぼんやりしていたんだと思います。

「シュール」って言われがちじゃないですか?

入江:「シュール」だけだと、伝わっていないところがあると今回は思いました。それで“わがまま”は情報を絞って、かなりはっきりとイメージを伝えようとしたというか。

作詞をする上での恥ずかしさみたいなものが消えた?

入江:それもありますね。あとは、曲によって言葉遊びの量を変えた部分もあります。“STAR WARS”とか“悪魔のガム”は、恋愛とか金とか、ぼんやりとしたテーマはありつつも、意味よりはことば遊びを重視しています。

なるほど。そして、ラップからの影響も大きいと。

入江:かなりありますね。あるというか、意識しなくても入っちゃっている感じがして。まさに「ポストラップ」だと思うんですけど、ポップスだと思って聴いているものがヒップホップだったりとか、そこの境目が曖昧というか。

そういえば、以前、『仕事』のあとに、次はどういう作品をつくるのかと訊いたら、ラップのひとたちと一緒にやりたいみたいなことを言っていたような。

入江:もしかしたら粗悪さんといっしょに、もう少しいろんな方とやろうとしていたのかもしれません。

粗悪ビーツのDJで、ラッパーのマイクリレーに混じって入江さんが「金貸せ~」みたいなことを歌う未発表曲がかかっていて、かなりインパクトがありました。

入江:あれは“4万貸せ”って曲なんですけど、ラッパーのなかに混じってしまったときにああなってしまった結果が楽しいというか。

粗悪さんからいきなりメールがきて、「入江さん、今後のテーマが決まりました。今後は哀愁です」って(笑)。

粗悪ビーツとの共作は今後も続けていくんですか?

入江:はい。今も新曲をつくっていて、今後もいっしょにつくっていこうと思います。

何かひとつにまとめることも考えている?

入江:ぼくも粗悪さんも曲が多いタイプというか、わりとサクサク、悪くいえば雑にできる方なので、まとまってできる予感もかなりありますね。いまのところ“心のみかん”という、“薄いサラミ”のシリーズを作っています(笑)。

そういえば、どうして、入江さんの歌詞のモチーフは食べ物が多いんですか?

入江:それは完全に自覚したんですけど、好きだからですね。前は自覚がなかったんですけど、今回、作詞していたら食べ物がどんどん出てきて。口ずさみながら作ると、ふだん言っていることばが出てきてしまうというか。でも、グルメなわけじゃなくて、粗悪さん同様にジャンクなものが好きなんですけど。

粗悪ビーツがSNSに写真を上げてる粗悪飯ですね。あれはジャンクを通り越してハードボイルドというか。自宅でインタヴューをした時につくってくれたんですけど、100円ショップで買った包丁とまな板で、安売りの豚肉とネギを床に屈んだまま刻んで、煮込んだだけのものが鍋ごと出てきて。酒は発泡酒とキンキンに冷やしたスミノフでした。

入江:粗悪さんは計算してやっている部分もあるけど、天然でやっている部分もありますよね(笑)。



沈黙の羊たちの沈黙 feat.DEKISHI, OUTRAGE BEYOND, onnen, 入江陽

[prod by soakubeats]



彼のつくるトラップにはブルースを感じるんですよね。トラップが好きになったのは、ブラック企業で働いていたときにあのトリップ感が辛さを忘れさせてくれたからだって言ってて。

入江:哀愁があってそこが歌謡曲っぽいというか。いきなりメールがきて、「入江さん、今後のテーマが決まりました。今後は哀愁です」って(笑)。前からそうでしょ! って思いましたけど。

入江さんにとってラップ・ミュージックはどういうものですか? 自分からは遠い音楽という感じ?

入江:音楽好きとして音楽を聴いてしまうところがあって、ヒップホップを聴いていても感動するのは、本人のリアルなストーリーよりもライムの技術とかです。ヒップホップも黒人さんたちから生まれた高度なリズムの芸術だと感じていて、それを日本人がぼやかしたらこうなったというか。なので、クラシックと同じ耳で聴いてしまうところがあって。

ゴシップやゲームを面白がるのではなく、あくまでも音楽を聴いているのだと。

入江:もちろん実話やらのストーリーに感動することもありますし、興味も無くはないんですけど、どちらかというと音楽的な技術の部分に興味がある感じですね。

揺らぎのリズムが好きすぎるので、全体としてはあえて回避したところはありますね。なので反動でいまは揺らいだものがやりたいです(笑)。

『SF』のトラックには、さまざまなダンス・ミュージックの影響が感じられるという話をしましたが、入江さん自身もそういったものは聴いているんでしょうか?

入江:勉強しようと思ったんですけど今回の制作には間に合わずで、ぜんぜん知らないです(笑)。トラックのジャンルが何かわからないのに、聴いてダメ出しをするというか。

トラックメイカーと共作する上で、やり取りの往復はあった?

入江:かなりありましたね。

結果、「グライム歌謡」といってもグライムをそのままトレースしたようにはなっていないというか。

入江:恐らく“悪魔のガム”の耶麻さんのトラックはグライムを意識していると思うんですけど、ミックスの段階ではグライムであることを無視して、歌モノとしてどう聴こえるかという点を重視しましたからね。そういう意味では、今回、音楽の細かいジャンルへの意識は弱いかもしれないです。むしろ、歌モノとしてどう聴こえるか、への意識が強いです。

『仕事』では、大谷さんがヒップホップだったりR&Bだったりを意識していたと思うんですけど。

入江:ちょっと共通していると思うのは、大谷さんもR&Bを参照しつつも、結局、歌モノとしてどう響いているかを意識しているような気がするんです。

一方で、大谷さんとの趣味の違いも感じるなと。〈OTO〉でライヴがあった時、彼と話していたら、DJがかけているEDMっぽいトラップに対して、「オレは頭打ちの音楽がダメだから、こういう今っぽいヒップホップが苦手で」みたいなことを言っていて。

入江:でも、この前〈リキッドルーム〉で、「現場でデカい音で聴けばなんでも最高だ!」って言ってましたよね(笑)。

いい加減だな(笑)。

入江:けっこう共感しましたけどね(笑)。

ただ、大谷さんから入江さんにプロデュースが移ったことによって、やはり、リズムの感覚は変わったんじゃないですかね。もちろん、『仕事』を引き継ぐような揺らいでいるトラックもありますが。

入江:“おひっこし”ですかね。揺らぎのリズムが好きすぎるので、全体としてはあえて回避したところはありますね。なので反動でいまは揺らいだものがやりたいです(笑)。

オープニングの“わがまま”とかアッパーな4つ打ちですもんね。

入江:そうですね。“わがまま”についてはBPM150以上というのが自分のテーマだったので。


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シンガー然として入り込んで歌うわけではなく、むしろ……ぜんぜん入り込めないというか。だから、歌っている自分につねに違和感を感じていますね。

弾き語りではなくハンドマイクで歌うことには慣れてきましたか?

入江:最初よりは慣れてきましたね。2月、3月のレコ発ではもっと慣れた姿を見せられるかと思います(笑)。だいぶ楽しめる感じにはなってきました。

入江さんはキャリアの途中でシンガーになったわけじゃないですか。先程、ポピュラーなものを目指しつつ、隠しきれないオルタナティヴさがあるという話をしましたけど、実際、ナチュラル・ボーン・シンガーというわけではない。歌がすごくうまいので、ついそう思ってしまうのですが。

入江:楽器ばかりやっていたので、本当は楽器だけでやりたいんですけど、歌ったときのほうが反応がよかったので、そこは需要に合わせていこうと。自己啓発本的に言うと「置かれた場所で咲きなさい」的な(笑)。好きなことより、需要があることをしなさいという。そういう感じでやっているので、シンガー然として入り込んで歌うわけではなく、むしろ……問題かもしれないですけど、ぜんぜん入り込めないというか。だから、歌っている自分につねに違和感を感じていますね。

内面を掘り下げたり、文学性にこだわるのではなく、ライミングで遊びながら歌詞をつくるのもそういった理由からですか?

入江:それはありますね。自分の歌い方で超シリアスな歌詞だと聴いていられないというか(笑)。「歌は本格的なのに、歌詞にはこんなのが入っているの?」っていうのが楽しいというか。

でも、リスナーとしてはディアンジェロみたいなオーセンティックなものも好きなんですよね?

入江:たしかに矛盾してますね。でも、ディアンジェロみたいになりたかったら筋トレをしているハズですし(笑)。正直、ブラック・ミュージックはそんなに掘っていないというか。ディアンジェロは本当に好きだけど、ブートまでチェックしたりというわけではなくて、ある曲のある部分の展開が好きという感じなので。……よくも悪くも浅く広くが好きなところがあって。ラップもそうですし。

ラップに関して言うと、昨年、菊地成孔さんに歌詞についてのインタヴューをした時、「ポップスとラップは言葉の数が一番の違いですよね。僕が目指すのはその二つを融合していくことで、ポップスにおける歌のフローや音程が、ラッパーのライムと同じくらいの細かさで動いていくということが、ネクスト・レベルじゃないかなと思っているんです。今のポップスのメロディって変化が大らかじゃないですか。でも、ラップのフローはもっと細かいですよね。で、ジャズのアドリブなんかも細かいわけで、ああいう感じでラップにもうちょっと音程がついたものというか……そうやって歌えるヴォーカリスト、そうやって作詞できるソングライターがこれから出てくるんじゃないかと」と言っていました(SPACE SHOWER BOOKS、『新しい音楽とことば』より)。入江さんの歌はそれに近いというか、最近のラップが歌に寄っていく一方で、入江さんの場合は歌からラップへと寄っていっていますよね。

入江:それは自覚的にしていたところはありますね。

それは、やはり、ラップが構造的に見ておもしろいから?

入江:構造や技術に興味があるのはその通りですね。今後はルーツというか、自分がどういう音楽が好きだからどんな音楽をやるのか、ということにも取り組みたいんです。でも、『SF』に関しては「そのときに思いついたこと」という美学でやっていました。無意識的に生じているものの方に可能性を感じているというか。

ルーツは、じつはクラシックが大きいですね。

では、自身のルーツは何だと思いますか?

入江:ルーツは、じつはクラシックが大きいですね。大学のアマチュア・オーケストラでオーボエを吹いていましたから。ただ、それを歌で掘っていっても、“千の風になって”みたいになってしまうので避けたいなと(笑)。

アルバムは打ち込みが中心ですが、オーケストラを使ってみたいと思ったりもする?

入江:生楽器のアンサンブルを使いたいとは思いますね。『SF』の反動でいま聴いているものがキップ・ハンラハンとかなんです。

キップ・ハンラハン! 意外ですけど、いいですね。ちなみに、現在、バンドはサックスやトラックに大谷さん、ギターに小杉岳さん、ベースに吉良憲一さん、ドラムスに藤巻鉄郎さん、キーボードに別所和洋さんというメンバーですが、それは固定?

入江:しばらくはあのメンバーでやっていこうと思っています。編成にウッドベースとトラックが入っているので、生感と生じゃない感が混じるのがおもしろいなと。

ライヴ盤の制作は考えていないんでしょうか?

入江:それはちょっと考えています。いまのバンドは、メンバー全員、ジャンルの出自が少しずつズレていて。たとえばドラムとウッドベースの2人はジャズやポストロックなんですけど、ギターの小杉くんはロックしか弾けないので、全体のアンサンブルとしてはジャズへいけないっていう縛りがあるんです。逆にあんまりロックの方にもいけないので、そこらへんがおもしろいんです。あと、大谷さんのリズムのクセがすごく強いので、それがバンドに必ず入ってくるっていうか。みんな器用なのか不器用なのかわからないキャラクターというか(笑)。

『SF』にはさまざまなタイプの楽曲が入っていますけど、考えてみると、butajiや粗悪ビーツとのコラボレーション、そして、バンドと、それぞれ、試みとしてベクトルがバラバラですよね。ヴォーカルが強いのでどれも入江陽の歌になっているんですが。

入江:悪いことばしか出てこないんですけど、「浅く広く」とか「飽きっぽい」とか「ミーハー」な部分が自分にはすごくあるんです。

共作が好きなんですか?

入江:好きですね。

『SF』のつくり方もそうですが、「入江陽と○○○」みたいな名義がこんなに次々と出るシンガーソングライターも珍しいなと。

入江:「入江陽と○○○」はシリーズ化したいと考えてますね。他のシンガーソングライターのみなさんの性格って、もっと一貫性があって内省的だと思うんですけど、ぼくはぜんぜん違って。飽きっぽくて、いろんなひととやってみたいというか。あんまり自分と向き合うタイプではない。ただ、今回、歌詞に関してはゲストなしで、自分で書いてみました。だからといって私小説的なアルバムなわけではないですけどね。

先程から、内面を掘り下げることに興味がないというような発言が多いですね。

入江:それが強いんですが、今後は内面を掘り下げていこうと思っていて。

「今後は内面を掘り下げていこうと思っていて」って、自然じゃない感じがありありですね(笑)。

入江:そこが他のシンガーソングライターと違いますよね(笑)。リスナーとして聴いたときに、泣き言的なものが出てくるのが個人的に苦手なんです。もっと楽しませてほしいというか。私小説的なアルバムもいつかは作ってみたいですけどね。

私小説的なアルバムもいつかは作ってみたいですけどね。

地元の新大久保について書いてみたり?

入江:新大久保のストリートについて(笑)。やっぱり住んでいると色々と思うことがあるので、そういうことに関しては書いてみたいですね。

ただ、現状でも、入江さんの歌に漂う猥雑さみたいなものからは、何となく新大久保の雰囲気が感じられます。

入江:それはすごく影響している気がしますね。発砲事件があったりとか、ビルからひとが落ちてきたりとか、そういうことを何度か体験したので。僕自身はリアルに治安が悪いところに住んでいたわけじゃなくて、ぜんぜん安全なところに暮らしていましたけど、それでも垣間見えたことはすごくありましたからね。

最近の新大久保は綺麗ですけど、ぼくは20歳くらいのときに、駅から大久保通り沿いをちょっと行ったところにある雑居ビルで出会い系サイトのサクラの仕事をやっていて。あの頃の街にはまだまだ猥雑な雰囲気が残っていて、いつもそれにあてられてげんなりしてました(笑)。

入江:マジっすか。ぼくはあの近くの喫茶シュベールとかの近くに防音室を見つけてしまって。

スタジオも新大久保なんですか?

入江:そうなんですよ。かつては世田谷に住んでいるひとに憧れていたので、「何で自分は新大久保に生まれたんだろう」と思ってたんですけど(笑)。汚いところではなくても、きれいなところでもないですからね。それで、飯田橋や神楽坂の方に住んでみたんですけど、ちょっと刺激が足りなくて。そんなときに新大久保にワンルームの防音室を発見したので戻ってきました。


嘘でもいいから、聴いている間はすごく景気がいいとか。そういうもののほうがいいかなと。

しかし、今回、お話をきいて、『仕事』のインタヴューで疑問を持った「ポピュラリティについてどう考えているのか」という部分に合点がいきました。もちろん、ポピュラリティど真ん中の音楽を目指してはいるものの、まるでディラのビートのようにズレが生まれてしまう。それこそが入江陽の面白さなんだと。

入江:ぼくにとってポピュラリティのあるものが好きというのは愛嬌みたいなもので、それがないと遊び心は生まれないような気がして。実際には、ポピュラリティのある音楽というと「多くのひとに聴かれている~」って意味ですよね。だから、言葉のチョイスが間違っていたのかもしれないです。

また、内省的な表現に距離を置いてきたというのもなるほどなと。そこでも、洒落っ気だったり、はぐらかしが重要で。

入江:私小説的なものやシリアスなものを避けてきたというよりは、フィクションだったり愛嬌のあるものにどちらかというと興味があるというか。嘘でもいいから、聴いている間はすごく景気がいいとか。そういうもののほうがいいかなと。あと、かわいいものが好きなのかもしれません。最近も思いつきでDSを買ってポケモンをやっているくらいなので(笑)。気持ち悪いかもしれませんが、喫茶店でプリンとかがあったら絶対に頼むみたいな。今回の歌詞にしても、かわいい物好きの面が出ているんじゃないでしょうか。

……そうでしょうか?(笑)

入江:「カステラ」って言うだけでもかわいいなって(笑)。自分がかわいくなりたいというわけではなくて……一概に言うのは難しいんですけど。

ポピュラリティのあるものを目指して金をかけたのに失敗してしまったものが面白い、と気付いたのも収穫でした。

入江:そこに感じているのも愛嬌であって。あるいは、成功しているものでも……。たとえば、ダフト・パンクとかも好きなんです。音楽的にあれだけ高度なのに、一貫してエンタメで。ジャケからアー写からすごく遊び心がありますし、サービス精神を感じる。そういう心の豊かさに惹かれるんです。相手への思いやりを持つ余裕を感じるというか。変な言い方ですけど(笑)。

(笑)。まぁ、余裕がない時代ですからね。

入江:そうかもしれません。

音楽メディアの年間チャートを総嘗めにしたケンドリック・ラマーのアルバムなんかも、メッセージにしてもラップのスタイルにしてもまったく抜きがないところが、現在を象徴しているのかもしれません。一方で、そういったチャートにはまったく出てこないフェティ・ワップみたいな緩いラップも売れているんですが、音楽好きはシリアスだったり密度が濃かったりするものを評価しがちで。

入江:リスナーとしてはシリアスなものも好きですが、自分がつくる場合は、どちらかというと愛嬌がある表現の方が得意かもしれません。以前、女性シンガーソングライターの作詞の仕事を引き受けたことがあって、そのひとがすごくシリアスなひとだったんですよね。厳しい環境で育って、親子関係でも苦労して……みたいな。で、彼女の曲の作詞を偽名でやってほしいと。それがぜんぜんできなくて。すぐにふざけたくなっちゃうんです(笑)。それは自分の出自がおめでたいというのもあるのかもしれないんですけど、実際にツラいひとにツラいものを聴かせても……って思ってしまうというか。

その話を訊くと、入江さんの歌詞の、ダジャレのようなライミングの印象も変わってきますね。

入江:それはよかったです。本当にダジャレはくすっと笑ってほしいくらいの感じなので(笑)。

まとめると、前作『仕事』は比較的曲調に統一感があったからこそ、今回の『SF』はカラフルなつくりにしてみた。それは、変化したというよりは、対になっているような感じだと。

入江:そうですね。今作のような内容「だけが」やりたかったわけではなくて、これ「も」やりたかった感じです。

ただ、ポリュラリティという観点から考えると進化だと思いますし、売れるんじゃないでしょうか。

入江:そうなるとうれしいです(笑)。

入江陽 - UFO (Lyric Video)



UFO(live)/入江陽バンド@渋谷WWW



入江陽 "SF" Release Tour 2016

【京都公演】
2016年2月6日(土) @ 京都UrBANGUILD
OPEN 18:30 / START 19:00
ADV ¥2,800(+1D) / DOOR ¥3,300(+1D)
w/ 山本精一、もぐらが一周するまで、本日休演

【名古屋公演】
2016年2月7日(日) @ 名古屋今池TOKUZO
OPEN 18:00 / START 19:00
ADV ¥2,300(+1D) / DOOR ¥2,800(+1D)
w/ 角田波健太波バンド(角田健太(vo.g)、服部将典(ba)、渡邉久範(dr)、j­r(sax)、tomoyo(vo.key) )
※角田波健太波バンド「Rele」入江陽「SF」ダブルレコ発

【東京公演】
2016年3月30日(水) @ 渋谷WWW
OPEN 19:00 / START 19:30
ADV ¥2,800(+1D) / DOOR ¥3,300(+1D)

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