「Ord」と一致するもの

FKA Twigs - ele-king

 すでに街中で写真を目撃した方もおられることでしょう。FKAツイッグスが3年ぶりとなる新曲“Cellophane”を公開しました。例によってまたMVがなかなかに奇妙かつ刺激的な仕上がりでございます。これはもしや、アルバムも近い?? 今度こそ出る……のか????

FKA Twigs

あなたのためにしなかったかしら? どうして私はあなたのためにしないの?

音楽やファッション、アート……芸術の垣根を超えたネクスト・レベル・アーティスト、FKAツイッグスが3年ぶりに新曲“Cellophane”を公開。


(Photo by Matthew Stone)

これまでの人生を通じて、可能な限りベストであることを私なりに追求していたけれど、今回ばかりは上手くいかなかったの。これまで頼ってきた全ての歩みを突き崩さなくてはならなかった。もっと深いところへ。再び築き上げよう。そして再スタートへ。 ──FKAツイッグス

イギリス・グロスタシャー出身でジャマイカとスペインにルーツを持つシンガー・ソングライターのFKAツイッグスは、3年ぶりとなる新曲“Cellophane”をMVと共に公開した。数日前に突如、本人のSNSからアーティスト写真が拡散されたほか、日本をはじめとした世界各国で彼女の写真が町中に張り出されるというプロモーションがスタートし、話題を呼んでいた最中の新曲公開となる。

ファッションアイコンとしても世界中から注目を集め、音楽とファッション、アート、テクノロジーと様々なジャンルの架け橋となるFKAツイッグスは、2012年にセルフリリースEP「EP1」を発表。2013年にはザ・エックス・エックスやカマシ・ワシントンらを擁するロンドンの先鋭レーベル〈Young Turks〉から「EP2」をリリースし、米音楽メディアPitchforkなどのメディアから絶賛されたほか、英BBCの Sound of 2014 にも選出された。その後デビュー・アルバム『LP1』を2014年に発表し、同年の英マーキュリー賞やブリット・アワードにもノミネートされている。FKAツイッグスは2015年に初来日し、その後フジロックにも出演している。

FKA twigs - Cellophane
https://www.youtube.com/watch?v=YkLjqFpBh84

“Cellophane”はFKAツイッグス本人が制作・プロデュースし、フランク・オーシャンやアンダーソン・パークらを手掛けたレコーディング・エンジニアのジェフ・クラインマンと、同じくフランク・オーシャン、ヴィンス・ステイプルズ、アール・スウェットシャツらを手掛けたマイケル・ウゾウルが制作に携わっている。新曲は、FKAツイッグスのキャリア史上最も“自身の内面をさらけ出した”楽曲となっているほか、2ndアルバムへの布石を感じさせるシングルとなっている。

今回公開された“Cellophane”のMVは、ビョークの“Mutual Core”のMVなどを手掛けたLAの映像作家アンドリュー・トーマス・ホワンが監督を務めた。同曲の歌詞「Didn't I do it for you? Why don't I do It for you?(あなたのためにしなかったかしら? どうして私はあなたのためにしないの?)」からも分かるような弱々しさとは対照的に、非常に力強い映像作品となっている。また、FKAツイッグスはこのMVのために数カ月も訓練を重ねたというポールダンスも見どころの一つ。ダンサーとしても活躍している彼女ならではの多才さにさらに磨きがかかっていることがうかがえる。

今から1年以上前に“Cellophane”を書いている時、すぐに映像の構想が思い浮かんだわ。このアイデアを形にするためにはポールダンスを習得しなきゃならないってわかっていた。だからそれを実行したのよ。 ──FKAツイッグス

日本をはじめとした世界各国でFKAツイッグスの写真が町中に張り出されるというプロモーションで話題の、FKAツイッグスのポスターを以下の店舗で明日より先着でプレゼント致します。*ポスターは先着で数に限りがございます。

タワーレコード札幌ピヴォ
タワーレコード仙台
タワーレコード渋谷 6Fインフォカウンター
タワーレコード新宿 9F洋楽カウンター
タワーレコード吉祥寺
タワーレコード秋葉原
タワーレコード横浜ビブレ
タワーレコード名古屋パルコ
タワーレコード梅田大阪丸ビル
タワーレコード難波
タワーレコード梅田NU茶屋町
HMV record shop 渋谷
HMV record shop 新宿ALTA
HMV record shop コピス吉祥寺
ディスクユニオン 新宿インディー・オルタナティヴロック館(6F)
テクニーク
(有)珍屋立川2号店
BEAMS RECORDS
BIG LOVE RECORDS Harajuku Tokyo
FLAKE RECORDS
RECORD SHOP FILE-UNDER
代官山蔦屋書店
Alffo Records
more records

label: Young Turks
artist: FKA twigs
title: Cellophane

Spotify : https://spoti.fi/2XJvdtp
iTunes : https://apple.co/2L1KXXv

Yoshinori Hayashi & DJ Today - ele-king

 昨年ノルウェイの良心〈Smalltown Supersound〉からファースト・アルバム『Ambivalence』を発表し、最近どんどん評価を高めているDJの Yoshinori Hayashi。一昨日のマシュー・ハーバートの来日公演でも身体にずしんと響く最高なテクノ・セットを披露してくれた彼が、詳細不明の謎の DJ Today とともにWWWβにてレギュラー・パーティをスタートさせることが決定。その名も《BRAIN MOSS/ノウコケ》。記念すべき第1回となる6月8日の前売り券には、Yoshinori Hayashi の未発表音源CDRも付属するとのこと。売り切れてしまう前にチェック!

BRAIN MOSS/ノウコケ

世界へ躍進する奇才プロデューサー/DJ Yoshinori Hayashi が詳細不明な DJ Today を召喚し、明快オブスキュアなレギュラー・パーティー《BRAIN MOSS/ノウコケ》をWWWβにて始動。前売には Yoshinori Hayashi の未発表音源CDR「Low rec series vol.2」付、合わせてY.Hオリジナル・グッズ、私物レコードなども販売予定。

2015年の〈Going Good〉からの衝撃デビュー作「終端イーピー」、Sotofett のリミックスも収録したEP「The Forgetting Curve」〈JINN Records〉等のリリース等を経て、2017年には Boiler Room に出演、2018年には「Uncountable Set」〈Disco Halal〉、「Harley's Dub」〈Jheri Tracks〉、そしてクラブ・ミュージック・シーンの外からも絶賛された 1st Album 『AMVIBALENCE』と怒涛のリリースで存在感を見せつけた Yoshinori Hayashi が、謎のベールに包まれた DJ Today と共にWWWβにて、レギュラー・パーティー《BRAIN MOSS/ノウコケ》を始動する。初回となる今回はレジデント2名によるオープンラストのセットを披露します。

特典として Yoshinori Hayashi の未発表音源CDR「Low rec series vol.2」を前売チケット購入者にプレゼント。
更にY.Hブランドのオリジナル・グッズや彼らのレコード・コレクションが少量、会場にて販売予定。

BRAIN MOSS / ノウコケ
LINE UP:Yoshinori Hayashi / DJ Today
2019/6/8 sat at WWWβ
OPEN / START 23:00
ADV ¥1,500 @RA + WWW店頭 w/ Yoshinori Hayashi Unreleased Track CDR
DOOR ¥1,500
※ 前売チケットを購入した方にはエントランスにて Yoshinori Hayashi の未発表音源を収録したCDR「Low rec series vol.2」をお渡します。
※ 未成年者の入場不可・要顔写真付きID / You must be 20 or over with Photo ID to enter

詳細:https://www-shibuya.jp/schedule/011100.php
前売:https://jp.residentadvisor.net/events/1256849

Yoshinori Hayashi (Smalltown Supersound / Going Good)

18歳より独学で音楽制作をスタートさせた林良憲は、2008年に作曲家/ピアニスト/プロデューサーの野澤美香に師事することで、その稀有な才能を花開かせた。2015年、衝撃のデビュー作「終端イーピー」は、探究心旺盛なフリークスのみならず世界中のリスナーを驚かせ、決してフロアライクとは言えない内容ながら Juno plus Best of2015 : Top 50 Singles に於いて6位に選出される。その後も世界中の様々なレーベルから、精力的なリリースを続けることで、彼の音楽は多くの人々を魅了してきた。2018年10月待望のデビュー・アルバム『AMBIVALENCE』をオスロの老舗レーベル〈Smalltown Supersound〉より発売。青山の MANIAC LOVE からスタートしたDJキャリアは15年に及び、House、Techno、Disco、Leftfield を転がるように横断し、時に危ういボーダーさえも往来するプレイ・スタイルは、古典的でありながら実験性に富び、独自のオブスキュアを形成することでダンスフロアに貢献。欧州ツアーや Music Festival への出演を重ね、世界的注目を浴びる今、更なる飛躍が期待されている。音楽的ロジックを最優先する彼の感性は今まさに渇望されている。

https://m.soundcloud.com/yoshinorihayashi13
https://www.facebook.com/yoshinori.hayashi13

DJ TODAY

プログレッシブな展開を構築するスタイルを信条とする。

https://soundcloud.com/s5tzlhappveu/heavy-mix

荒野にて - ele-king

 ひとりの少年が一匹の馬と荒野を歩いている。どこまでもどこまでも……。だがこれは西部劇ではない。現代アメリカの物語だ。
 オルタナティヴ・カントリー・バンドのリッチモンド・フォンテーンのフロントマンでもあったウィリー・ヴローティンの原作小説を、イギリス人監督アンドリュー・ヘイが映画化した『荒野にて』は、いわば現代のアメリカ文学の在りかを探る作品だ。それは社会が見放した場所にあると、この映画は言う。主人公は貧しい暮らしをする15歳の少年で、彼はふとしたことから簡単に現代社会のセーフティネットから滑落してしまう。インヴィジブルな存在の彼(ら)の姿を、カメラだけが捉えうるということだ。

 一見、少年が馬と出会って成長していく昔ながらの物語のようでいて、そうではないというところに本作の立脚点はある。主人公チャーリーは明らかに養育能力がない父親とのふたり暮らしで、学校にも通っていない。あるとき競走馬の世話をする男デルと出会い、仕事を手伝うようになる。そのなかで、若くはない競走馬であるピートに特別な感情を抱き始めるチャーリー。だが同時期に父親が手を出した女の夫に撲殺され、チャーリーは保護者を失ってしまう。そしてもう勝てなくなったピートが売られてしまうと知ると、長い間会っていない叔母に助けを求めるため、ポートランドからワイオミングに向けてひとりで車を走らせる。つまり、これは少年がアイデンティティを探すための通過儀礼としての旅ではまったくなく、ただ庇護を求めるための命懸けの道程なのである。
 貧しさゆえに養育能力のない親は『フロリダ・プロジェクト』でも描かれていたが、現代アメリカのリアルな問題なのだろう。そして本作では、チャーリーを救済するシステムや組織のようなものさえ登場しない。大人も彼を救うことはできない。一瞬、アウトサイダーを演じることに長けたスティーヴ・ブシェミが扮するデルが父親代わりを務めるかに見えるが、彼もまた自分の生活に困窮しているため、その役目を引き受けることもない(できない)。ケン・ローチやアキ・カウリスマキの映画でいつも見られる貧しき者たちが手を取り合うコミュニティのあり方は、あくまで古き良きヨーロッパ的理想主義なのだと本作を見ていると身に染みる。ここでは誰もが生き延びるのに必死で、だからチャーリーも自力で生き延びる術を探さねばならない。スマートフォンにもインターネットにも無縁の彼の行く道は、あまりにも過酷だ。

 アンドリュー・ヘイは前作『さざなみ』で長く寝食をともにした夫がいながらも孤独に直面することになる老いた女性を繊細に描いていたが、21世紀のゲイ映画史に残る傑作『ウィークエンド』でもまた、じつに親密な映像で主人公たちの心の動きを捕まえていた。『荒野にて』においてもチャーリーとピートだけのシーンの叙情性が際立っており、彼らが向き合うときのカメラのふとした切り返しにさえ特別なものが宿っている。良い教育を受けてこなかったためだろう、大人の前ではあまり言葉を持たないチャーリーがピートだけに向けて想いを吐露する場面もまた、か弱い存在への優しい眼差しに貫かれている。その、誰も知らないその瞬間を共有するのが映画であると……ヘイはよくわかっている。そのとき、世界から見捨てられたチャーリーの寄る辺なさ、それでも沸き起こる生への渇望は観客ひとりひとりのものになる。
 そして、ラストで流れるボニー・プリンス・ビリーによるR. ケリーのカヴァー“The World's Greatest”が立ち上げるいじらしいまでのリリシズム。原曲では自分の存在を誇示するものだったはずが、フラジャイルなフォーク・ソングとなったこのヴァージョンでは、現代における敗残者をギリギリのところで支える歌になる。ウィル・オールダムが小さな声で歌う──僕は巨人、僕はワシ、僕はジャングルを駆けていくライオン、僕はこの世界の偉大な者……。それは、この世界から滑落する者がそれでも「偉大な者」であることを希求する祈りの声だ。

(ここから物語の結末に触れています)

 それにしても、チャーリーは保護者となる叔母に救われたからまだ良かったものの、そうでなければどうなっていたのだろう? あのままホームレスになっていたか、命を失っていたか……。途中、病院の医師や警察官が子どもを保護する施設の存在を言及するが、本作ではどうも信頼できないものとして扱われていたように感じる。そしてそれは、何だかんだ言って自助が良しとされるアメリカの現実を反映させたものなのだろう。車に跳ねられ死んでしまうピートは、保護者を見つけられなかった場合のチャーリーの姿にほかならない。
 アメリカにはいまも広大な荒野がある。そのなかで、並んで彼方を見つめるチャーリーとピートの姿は本当は「見えない存在」などではなく、誰もが見ようとしない存在ということだ。わたしたちは彼らの姿を探さなければない。その声に、耳を澄まさなければならない。

予告編

Visible Cloaks, Yoshio Ojima & Satsuki Shibano - ele-king

「FRKWYS」シリーズ15作めとしてヴィジブル・クロークスと尾島由郎、柴野さつきらのコラボレーション作品がリリースされた。レーベル・インフォメーションによれば、尾島の音楽の熱心な聴き手であったヴィジブル・クロークスが尾島にコンタクトを取ったことがはじまりらしい。その後、音源のやりとりを経て、2017年にヴィジブル・クロークス来日公演の際にスタジオに入りレコーディングをおこなったという。

 この出会いと共作は必然だった。ヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランは、『Fairlights, Mallets And Bamboo』というミックス音源や、吉村弘の『ミュージック・フォー・ナイン・ポストカード』の再発など、近年、日本のアンビエント・ミュージックの海外における再発見に尽力した人物でもある。その彼がかつてのインタヴューで日本の環境音楽について語る際に吉村弘、芦川聡らと共に尾島についても語っていたのだ。そう、80年代から90年代初頭に花開いた日本のアンビエント/環境音楽シーンにおいて、尾島は吉村と芦川らと共に重要な存在なのである。
 じじつ、尾島はワコールが文化の事業化を目指して建設した槇文彦設計による複合文化施設スパイラル(ワコールアートセンター)をはじめ、リビングデザインセンター OZONE、東京オペラシティ・ガレリア、キャナルシティ博多などの各種施設用の環境音楽を制作し、実に多岐に渡るサウンドデザインやサウンドシステムの開発に携わってきた音楽家だ。特にスパイラルの館内環境音楽として制作された『Une Collection Des Chainons I』と『Une Collection Des Chainons II』は、環境と音楽の関係性を澄んだミニマリズムで包み込んだアンビエント音楽の傑作として名高いアルバムだ。
 一方、柴田さつきは、エリック・サティの演奏における日本有数の現代音楽曲のピアニストであり(サティ研究家にして詩人、ピアニストのJ. J. バルビエに師事)、尾島との数々のコラボレーションでも知られている音楽家である。本作でもその緻密に電子加工されたサウンドの向こうにガラスの光のようなピアニズムが聴き取ることができる。

 ヴィジブル・クロークスのスペンサー・ドーランとライアン・カーライルが名作『Une Collection Des Chainons I』と『Une Collection Des Chainons II』のようなサウンドを本作の制作において求めていたかは知らない。が、実際にアルバムとしてまとまったサウンドを聴いていると、まさに「Une Collection Des Chainons」的なアンビエンスが、4人の見事なコラボレーションによって2010年代末期的で精密な音響工作による美しい電子音楽へと深化していたことに何より耳が奪われてしまった。80年代末期から90年代初頭の日本的環境音楽がモダンにアップデートされたように感じられたのである。
 アルバムには全8曲が収録されている。どの曲も電子音の微細な変化、ピアノの響きとその抽出と変化、声と人間とマシンの融解など、マシンとヒューマンの境界線が少しずつ溶け合っていくようなサウンドに仕上がっている。まさに光の粒子のように見事な音響空間だ。じっと聴いているだけで聴覚が洗浄されていくような感覚を覚えたほどである。

 この清冽な感覚は、80年代から90年代初頭の日本の環境音楽が持っていた「水と空気」のテーマを継承しているのではないか。じじつ、1曲め冒頭では水が滴り落ちるのだ。
 以降、アルバムは電子音、ピアノ、声、旋律、持続、反復し、磨き上げ抜かれた音を生成変化させていく。そしてフラグメンツの美学とでも形容すべき7曲め“Stratum”を経て、慎ましやかな感動を放つピュアにしてミニマルな終局“Canzona per sonare no.4”で終わる(日本盤はボーナストラックが1曲追加されている)とき、環境と音響と耳の関係が清冽に拡張されたような感覚を覚えた。ここにおいてアンビエントという概念すらも「音楽」という環境の中にゆったりと溶け合っていくさまを聴くことになる。繰り返し何度も何度も聴きたい。この音で耳と空間を潤したい。空間に優雅な香りをのこす上品な香水のような電子音楽アルバムである。

 何よりこのアルバムは、90年代の音響、00年代の残響を経た10年代的な環境を象徴する作品に思える。それは音響派、ポストクラシカル、アンビエントへの変化を意味する。近年の日本を含めた世界各国のニューエイジ音楽の再発見はそのことを証明していよう。
 本作は、そのような潮流のなかで生まれた世代を超えた見事な共作にして象徴的作品だ。話題のコンピレーション・アルバム『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』を聴いた後にぜひ本作を続けて聴いてみてほしい。環境音楽の現在が瑞々しく鳴り響いていることに気がつくはずだ。これぞ Kankyō Ongaku 2019。

 ハウス・ミュージックは、今日世界でもっとも広く愛されているダンス・ミュージックのスタイルのひとつ。そのスタイルは1980年代のシカゴで発明されていることは有名だが、それはアンダーグラウドで起きたため、当時の状況や細かい経緯についてはあまり明らかにされていなかった。ジェシー・サンダースが『ハウス・ミュージック──その真実の物語』を著すまでは。
 ジェシー・サンダースは、いちおう歴史上最初にハウスのレコードを作ったと言われている人物で、また、栄光と悪名にまみれた〈Trax〉レーベルの設立者のひとりでもある。そして、最初のハウスのヒット作、“Love Can't Turn Around”の作者のひとりでもある(もうひとりは、そう、ファーリー・ジャックマスター・ファンクだ)。
 不思議なもので、ひとを惹きつける音楽作品には、個人の才能だけでは生まれ得ない何かがある。UKのポストパンクやジャマイカのレゲエ、NYのディスコや初期ヒップホップなんかのように、時代と環境が音楽に魅力を与えることはおうおうにしてある。その後スキル的にも環境的にも向上したのに関わらず、乱雑さのなかで生まれた初期作品の魅力を越えることができなかったというアーティストは珍しくない。
 シカゴ・ハウスも時代と環境が作った音楽と言える。シカゴ・ハウスとは、そう、ハウスの原点であり、いまではハウス・ミュージックは、世代的にもひとまわりしてしまい、若い世代の音楽にもなっている。世代や国に関係なく、たくさんのひとを踊らせる音楽として広がっている。『ハウス・ミュージック──その真実の物語』はその起源についての、その時代と環境についての物語だ。もちろん、ほとんど同時代に生まれたデトロイトのテクノ、NYのガラージュとの繋がりについても触れられている。
 発売は今週水曜日(4月26日)。これを読むと、ますますハウスが好きになること請け合いです。
 また、『ハウス・ミュージック──その真実の物語』と同時に、ジェシー・サンダースが最初に関わった伝説のハウス・バンド、Z・ファクターの幻のアルバム『ダンス・パーティー・アルバム』も再発される。シカゴ・ハウス・フリークにはマストな作品で、まだニューウェイヴ・ディスコの延長だったプレ・シカゴ・ハウスの若々しさ、楽しさが詰まっている。こちらのほうもチェックしてみてください。

『ハウス・ミュージック──その真実の物語』
ジェシー・サンダース(著) 
東海林修+市川恵子(訳)
西村公輝(解説)
2019/4/24 
本体 2,800円+税 
ISBN:978-4-909483-27-0

Disk Uunion
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【アルバム詳細】
Z-FACTOR Feat. JESSE SAUNDERS 『Dance Party Album』
Z・ファクター・フィーチャリング・ジェシー・サンダース 
『ダンス・パーティー・アルバム』
発売日:2019年4月26日
価格:¥2,400+税
品番:PCD-24836
★解説:解説:Dr. Nishimura (Sunline Records/Lighthouse Records/悪魔の沼) 
★世界初CD化

【Track List】
1. I Am The DJ
2. Fantasy (vocal)
3. Thorns
4. Fantasy (Instrumental)
5. Fast Cars
6. My Ride
7. Her Way

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Plaid - ele-king

 きました。今年30周年を迎える〈Warp〉の良心、プラッドが新たなアルバムをリリースします。同レーベルを初期から支え続け、多くの名作を送り出してきた彼らデュオですが、今度はいったいどんな試みにチャレンジしているのでしょう。現在、“Maru”と“Recall”の2曲が公開中。躍動的なビートと美しいメロディの映える前者、インダストリアルで重厚な後者、どちらもたまりません。発売日は6月7日。ああ、プラッドよ。

P L A I D

今年30周年を迎える〈WARP〉のオリジネーター、プラッドが6月に待望の最新作『Polymer』 をリリース! 先行シングル「Maru」と「Recall」が解禁!

エイフェックス・ツインやオウテカと共に長きに渡ってエレクトロニック・ミュージック・シーンを牽引する〈WARP〉の看板アーティスト、プラッド。大胆で、心に響くエレクトロニック・ミュージックを創り出している彼らが、10枚目となるスタジオ・アルバム『Polymer』を6月7日にリリースすることを発表すると同時に、アルバムより“Maru”と“Recall”の2曲を先行解禁した。

Maru:
https://www.youtube.com/watch?v=mBpVycuV7xM
Recall:
https://www.youtube.com/watch?v=EYXiESVnERY

反復される機械的なビートに美しいメロディが心地よい“Maru”、そして“Recall”ではOPNのサンプリング使いも思い起こさせるかのようなビートに加え、インダストリアルなサウンドが聞こえてくる、紛れもなく〈WARP〉、そしてプラッドのサウンドを奏でている。

エネルギッシュなサウンド、明るくメロディックで体の奥に響くリズム、催眠剤のようなテクスチュアーを駆使してクリエイトしたアルバム『Polymer』は、おそらく彼らにとって今までで最もまとまりのあるダイレクトな作品といえるだろう。感情のうねり、感化、インスピレーションなど幅広く網羅した『Polymer』は、今の時代のために作られたアルバムだ。特徴的なポリフォニー、公害、政治から影響を受けており、環境、合成品、生存と死、人々の繋がりと断絶といったテーマをぶつけている。

革新的なデュオ、エド・ハンドリーとアンディ・ターナーは、90年代初期に所属していたザ・ブラック・ドッグから枝分かれし、プラッドとして活動を始めた頃から、エレクトロ・ミュージックの領域を大きく広げてきた。2019年に設立30周年を迎える〈Warp Records〉の大黒柱として、エイフェックス・ツイン、オウテカ、ナイトメアズ・オン・ワックスらと共に、レーベルの輝かしい功績を称える存在となっている。持ち前の冒険心と遊び心溢れるアプローチが、ビョークとの共作に繋がったり、また、マーク・ベル(LFO)、アルカ、ハクサン・クロークといったアーティストとのコラボレーションに繋がっている。

『Polymer』で扱っている問題点や利点は、このアルバムにとって良いテーマになるだろうと感じた。反復性の強さ、忍耐力と厄介な固執、天然物 vs 人工物、シルクとシリコン、それらがぼくらの生活に与える重要な影響だ ──Plaid

プラッドの最新作『Polymer』は6月7日(金)に世界同時リリース。国内盤にはボーナストラック“Sol”が追加収録され、さらに解説書が封入される。iTunes でアルバムを予約すると、公開中の“Maru”と“Recall”がいち早くダウンロードできる。

label: WARP RECORDS / BEAT RECORDS
artist: PLAID
title: POLYMER
release: 2019.06.07 fri ON SALE

国内盤CD:BRC-601 ¥2,400+tax
ボーナストラック追加収録/解説書封入

[ご予約はこちら]
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10233
iTunes : https://apple.co/2ZlbUs3
Apple Music : https://apple.co/2DkUYIP

TRACKLISTING
01. Meds Fade
02. Los
03. Maru
04. Ops
05. Drowned Sea
06. The Pale Moth
07. Dancers
08. Nurula
09. Recall
10. All To Get Her
11. Dust
12. Crown Shy
13. Praze
14. Sol (Bonus Track for Japan)

Matmos - ele-king

 ここ数作でもっともファンキーなアルバムなのではないだろうか。そしてそれは、リズムパターン以上に音色によって醸される印象によるところが大きい。すでに明らかにされている通り、マトモスの通算11作目となる『Plastic Anniversary』はすべてプラスティックが「鳴らす」音によって構成されている。プラスティックをおそらく棒状のもので打楽器のように叩いて発生させたボン、ボヨン、ボコンというような気の抜けた音が連なりパターンを生むことで、ファニーで脱臼感のあるグルーヴが生み出される。オープニングの“Breaking Bread”がこのアルバムのムードを完璧にプレゼンしている――子どもがその辺のプラスティックオモチャを叩いた音が、そのままダンス・ミュージックになったような無邪気なリズム。身体に直接響く愉しさ。だがプラスティックの使用はパーカッションに留まらず、筒状のものに空気を通すことで管楽器として用いたり、擦って弦楽器を模した旋律やノイズを発生させたりといったものにも及んでいる。この多彩なサウンド……「企業の持ち物だから」という理由でプリセット音を使用しないことで有名なのはマシュー・ハーバートだが、マトモスはここで企業が廃棄したジャンクから膨大な種類の音を生み出している。それはもちろん、わたしたちの現代生活がいかに膨大なプラスティック製品に囲まれているかを示すことでもある。
 その主題にエコロジーがあることは間違いなく、昨年のG7においてプラスティック製品ゴミを減らすことが提唱された「海洋プラスティック憲章」にアメリカが署名しなかったことが直接のモチベーションになっているだろう(ちなみに、もう一カ国署名しなかったのは日本である)。昨年末の紙エレキングでも言及されたように、いま音楽の様々な層でエコロジーがコンセプトになっているのは、オバマ時代に進んだことがトランプ政権以降一気に逆戻りしたような気分を多くの人間が噛みしめているからだ。無茶苦茶な言動で暴れるトランプ政治に対してこうした一枚上手の発想でアンチを繰り広げるのは、さすがアイデアという名の知性を重んじてきたマトモスだと……まずそこを強調しておきたい。

 ただ聴きながらいろいろと考えていると、次第に本作がもっと多層的な問いを含んでいることがわかってくる。本作はカップルであるドリュー・ダニエルとマーティン・シュミットのアニヴァーサリーを祝したものだそうだが、そこに「プラスティック」という冠がつくのは、ふたりがゲイだからだ。つまり、プラスティックが「偽物」のメタファーとして使われてきたことをアイロニカルに効かせているのである。タイトル・トラック“Plastic Anniversary”ではまるで結婚式のようなファンファーレが高らかに、しかし微妙に音程を外しつつ奏でられる。ヘテロ・カップルのそれと比べて「偽物」だとされているゲイのリレーションシップが、そこではプラスティックの力で祝福される。そうした「偽物性」への言及は、深読みすると、オーセンティックな生音による音楽に比べて下に見られることが少なくなかったエレクトロニック・ミュージックも射程にしていて、あからさまに初期エレクトロを意識したと思われる“Silicone Gel Implant”などは、ふたりからのエレクトロニック・ミュージックへの愛の表明に思えてくる。実際本トラックはアルバムでももっともチャーミングで思わず微笑まずにはいられない。もっとも馬鹿げたトラックはデタラメなサンバのリズムとホイッスルが野放図に鳴り響く“Collapse of the Fourth Kingdom”で、純粋主義者が聴いたら怒鳴り出すんじゃないかと心配になるほどふざけている。だが僕たちは知っている……この素っ頓狂なユーモアこそがマトモスであり、そしてたぶん、「インテリジェント・ダンス・ミュージック」だ。
 いっぽうで警察がデモを圧するときに使用されるライオット・シールドから発生させた音を使った“Thermoplastic Riot Shield”は不穏な音響と高圧的なインダストリアル的打音に覆われており、対立が激化する現代のBGMのようだ。総じて本作はプラスティックという「偽物」に支えられ、そして破壊される現代社会の(矛盾に満ちた)ポートレイトであり、その混沌のなかでそれでも遊ぼうとする図太い姿勢の表れである。実験性とコンセプト性に支えられたIDMが再び重要性を増すなかで、マシュー・ハーバートとマトモスというかつて「コンセプトロニカ」とも呼ばれた才能が、いまだにアイデアを失わずに独創的なやり方で闘っていることに何だか救われる想いがすると言うと大げさだろうか。だが、相変わらず愉快で妙ちくりんなダンス・ミュージックが詰まった本作に、彼らの闘志をいつにも増して見てしまうのは僕だけではないはずだ。


Loski - ele-king

 「グライムのゴッドファーザー」と呼ばれるワイリーの自叙伝『Eskiboy』に、ワイリー自身がこのように語っている箇所がある。

いまのUKのブラック・ボーイがもっともやってはいけないのは、殺し合うことだ。社会はそれをプログラムしている──ドラッグ──実際のところ、何かクソみたいなものに巻き込まれるように仕向けるものが多い。でも違ったようにもできるんだ、もしお前が俺のブラザーだって分かったら、なぜだってお前にパンチしたり、ナイフや銃を抜いたりしなきゃいけないんだ?

 ワイリーはここで、ロンドンのギャング同士のビーフのことを問題にしている。本作『Mad Move』でデビューした Loski も、そんな南ロンドン・ケニントンを本拠とする「ハーレム・スパルタンズ(Harlem Spartans)」というギャングのメンバーだ。彼らは、410、150 といったギャングと敵対し、67 や 86 といったギャングとは協力関係を結んでいると言われている。そうした南ロンドンの敵対関係の中で、お互いのラッパーは、インスタグラムライブで、あるいはYouTubeビデオやラップ・チューンで、敵対するギャングを挑発し合っている。彼らがビデオ中にフードやダウン、マスクで顔を隠しているのは、言うまでもなく同じエリアの中で襲われるのを防ぐためだ。

 モノトーンで、どれも「似たような」ドリル調のトラックは、ビーフを演出するための舞台装置である。また、ホットな挑発・ビーフの裏側には冷たく悲しい現実がある。ギャングスタのメンバーの中で、10代や20代はじめで命を落とす者がいる。例えばハーレム・スパルタンズのラッパー、SA/Latz は道端で何者かにナイフで刺されて運ばれた病院で亡くなった。ワイリーが言っているのは決して比喩ではなく、本当の意味で「殺し合って」いるのだ。
https://www.thesun.co.uk/news/6876884/camberwell-stabbing-victim-pictured/

 前置きが長くなったが、ハーレム・スパルタンズ所属の Loski のソロ・デビュー・アルバム『Mad Move』がリリースされた。Loski のラップのトーンは常に一定で、トラックに対するメロディの置き方は非常に独特で耳に残る。2016年リリースの“Hazards”など、ドリル・トラックで一躍ヒットした Loski のフル・アルバムは待望であった。

 シングルで先行リリースされた DigDat とのコラボ・チューン“No Cap”は、8小節ごとにヴァースを交代していき、掛け合いのようにラップを披露していく。「No Cap」という言葉(正直に話す、といった意味である)自体はUSヒップホップから生まれたスラングだが、そこにUS/UKの垣根はないようだ。UKギャングスタの界隈で人気を博するストリート・ブランド「トラップスター(trapstar)」から、フェンディ、オフ・ホワイトといった高級ブランドへと着こなしをクールにアップグレードし、ガルウィングをあけて走る Loski は、DigDat とともに、いかに自分のギャングが上か、また服やナイフ、銃について、淡々とラップしていく。そのあまりに淡々としたフロウには彼の冷静さ、余裕さが感じられるが、冷静さの中には常に Opps (敵対するギャング)への脅し文句が散りばめられている。

[DigDat]
トラップシーズン2だ、太い客をデトックスさせないようにな
80年代みたいに街角でトラップ、ビギーと D-Roc みたいに
束がシューズボックスに入りきらない、リーボックしか入ってなかったのを思い出す

 ここでは札束を入れるシューズボックスの話からスライドして、Loski の次のヴァースでシューズの話が繋げられる。

[Loski]
ディースクエアード、 ルイヴィトン、あと少しのフェンディ、
クールなキッドにはギャルが寄ってくる
俺のエリアを荒らすなよ、もしやっていいならこの若僧はスプラッシュ*してる
スニーカーに500以上つかう、ジェット・リー以上

 アルバムには“Hazards”の続編“Hazards 2.0”などドリル・チューンが半分、そしてもう半分はアフロビーツ・トラックが収録されている。

 アルバム後半に収録されている“Boasy”。アップテンポなドリル・トラックに乗っかる Loski の中でとりわけ耳を引いたヴァースがあった。

[Loski]
Amiri jeans、洒落たキッズ、スワッグニュー
じゃあなんで俺がリアルかって、俺には人生を変えられる瞬間があった
でもブロックに戻れば、それがドリルを犠牲にやることかどうか
他のラッパーにはきっとわからないだろう
すごくうまくいっているときですら、あれ**が流れるんだ

 1本10万円は下らないアミリジーンズ。成功したキッズである Loski がなぜかその人生を肯定しているように聞こえないのは、そのあとのラインで、Tiggs Da Author が「俺たちはみんな友達がシステムにロックされてしまう」と歌っているからだ。ここではシステムを警察と読み替えられるし、ロックするとは刑務所に入れられてしまうことだと読める。Loski の苦悩とは過去の記憶に苛まれたり、大切な仲間を失ってしまう状況からの逃れられなさだろうか。彼はこの状況を音楽で表現し、ブロックを抜けだそうとする。ドリル・チューンは単に敵対するギャングを脅すだけではない。彼が歩んできた人生を必死に描くアートであり、おそらくこの現実を肯定するための手段であるのだ。Loski の冷たくハードなラップからは南ロンドンの現実が滲み出てしまう、このアルバムはそんな生生しい感覚をまとったアルバムである。


* 「スプラッシュ」とは「ナイフで刺す」という意味。
** 前後の流れから「血」ではないかと推測した。

Rupert Clervaux - ele-king

 昨年来日を果たし、この5月には再来日も決定しているロンドンのプロデューサー、ベアトリス・ディロン(Beatrice Dillon)。彼女との共作で知られる音楽家にして詩人のルパート・クレルヴォー(Rupert Clervaux)が、ソロ名義としては初となるアルバム『After Masterpieces』を5月24日にリリースする。同作は古代の神話や認識論、言語や音楽の起源などをテーマに扱っているそうで、〈RVNG〉からのリイシューが話題となったLAのシンセ奏者アンナ・ホムラー(Anna Holmer)や、かつてルパートが創設/プロデュースしたUKのポストロック・バンド、シアン・アリス・グループ(Sian Alice Group)のメンバーであり、その後オー(Eaux)の一員としても活動していたシアン・エイハーン(Sian Ahern)、サックス/トランペット奏者のエベン・ブル(Eben Bull)が参加しているとのこと。リリース元がロンドンの気鋭のレーベル〈Whities〉というのが最大のミソで、『After Masterpieces』は同レーベルにとって初のフルレングス作品となる。これは期待。

https://whities.bandcamp.com/album/after-masterpieces

魂のゆくえ - ele-king

 未来に希望が持てるかどうかは、次の世代のことを想像してみるとわかる。ますます肥大化する高度資本主義経済、広がる格差、暴走する政治、止められない気候変動……。2020年に生まれた子どもが働き盛りになる2050年をおもに科学の力で予想したときに、様々なデータが示すのは絶望的なものばかりだ。つまりたんなる主観とか思いこみではなくて、客観的な事実や計算で証明されたものだということ。それを知りながら、子どもをこの世界に産み落とすのは現代の罪なのだろうか? いま、思想やカルチャーなど様々な層でダークなムードが立ちこめているが、多くの人間が明るいイメージを未来に抱くことができないのは間違いない。

 『タクシードライバー』や『レイジング・ブル』といった70年代からのマーティン・スコセッシ作品をはじめとして、シドニー・ポラック、ブライアン・デ・パルマといった大物との仕事(脚本)で知られる映画作家ポール・シュレイダーの監督・脚本作である『魂のゆくえ』は、現代というのがいかに憂鬱な時代であるかを語るのに、トランプ政権以降ますます重くのしかかってくる環境問題をまずその入口にしている。主人公はニューヨーク郊外にある小さな教会「ファースト・リフォームド」の牧師を務める男トラー(イーサン・ホーク)。教会は小さいものの由緒正しい歴史を持ち、長くそこにいるトラーはそれなりに信頼を得ているようだ。あるとき、彼は信徒の女性メアリー(アマンド・セイフライド)から夫がひどくふさぎこんでいるから話を聞いてやってほしいという相談を受ける。実際に夫マイケルに会って聞くところによると、夫婦は環境活動家であり、そのため授かった子どもが産まれることは喜ばしいことと思えないと吐露し始める。未来はどう考えても破滅的だろうと。マイケルは鬱を患っていた。
 そこからトラーがたどる心境の変化や行動は、『タクシードライバー』を現代にアップグレードしたものだと言っていい。つい最近もプロットだけ見れば同作を彷彿とさせるリン・ラムジー『ビューティフル・デイ』があったばかりだが、『魂のゆくえ』はそちらよりも精神的に近い。すなわち脚本家本人の手によって、70年代後半のアメリカを覆っていた閉塞感を見事に捉えた名作を想起させる物語が生み出されているのだ。だがはっきりと異なる点があって、『タクシードライバー』が持っていたスコセッシが得意とするところのロック感覚がここには(当然だが)まったくなく、ひたすら静謐かつ重々しい空気に覆われている。髪をモヒカンにして鏡に映る自分とにらみ合ったロバート・デ・ニーロは当時における反社会的ロック・ヒーロー像に他ならなかったし、社会の底辺で犠牲になっている少女を救うというヒロイズムがそこにはいくらか乗っていたはずだ。ベトナム戦争の後遺症を引きずっていた作品とはいえ、その根底には、世界はより良い方向に変えられるはずだというカウンター・カルチャーからの精神がまだ流れていたように思う。しかし、『魂のゆくえ』のトラーの姿がTシャツにプリントされたり、ロック・バーの壁にポスターで貼られたりすることは絶対にないだろう。彼はひとり、よく整頓された清潔な部屋で酒に浸るばかりだ。『タクシードライバー』においてトラヴィスがベトナム帰還兵だったことと、本作のトラーがイラク戦争で息子を失くしていることも示唆深い対比だ。どちらもアメリカ政府の横暴の被害者なのだが、トラーの場合それが直接な体験と身体性を伴っていなかったためだろうか、ひたすら孤独に閉じこもっており、自身も抑鬱状態にある。

 心を壊していたマイケルが銃で自殺してしまい、彼に少なからず同調していたトラーは遺言に従い環境汚染が進む港湾のほとりで葬儀をおこなう。合唱団がニール・ヤングの“Who's Gonna Stand Up?”を歌う――「地球を救うのは、立ち上がるのは誰だ? そのすべては、わたしとあなたからはじまる」――。そのことがメディアに報じられると、皮肉にも自身が所属する教会が環境汚染の原因を作っている大企業の寄付を受けていることがはっきりする。未亡人となったメアリーと交流を続けながらも、ますます内省を深めていくトラー。そして……。
 この世界で子どもを持つことに深い罪悪感を抱くマイケル、自分の所属する組織が環境破壊に加担しているのは間違いだと気づくこととなるトラー、両者は世間的な価値観から言えば狂ってしまった人間だということになるのだろう。けれどもふたりは、良い世界であってほしいと――とりわけ次の世代にとって――願っているだけだ。現代で生き抜くためにはその願いを「なかったこと」にするしか方法はない。いま鬱は大きな社会問題だとよく言われるが、もしかすると、世界が良くあってほしいと思い悩む人間のことを「鬱」と呼ぶシステムになっているだけなのかもしれない。主人公が宗教に関わる人間であり、彼が壊れていく物語だということも、現代において何かを信じることの困難をよく表している。

 映画は終盤のクライマックスに向けてスピリチュアルな問いに向かっていくのだが、これもまた、科学やデータでは絶望を乗り越えられない時代であることを示しているだろうか(トラーが神秘的な体験をするシーンはタルコフスキーの『サクリファイス』からの引用が指摘されている)。けれども癒着にまみれたキリスト教(教会)もまた、アメリカの民の救いにはならない。音楽を手がけたラストモードのアンビエントもまた厳かさを増していくが、当然キリスト教的な響きとはかけ離れたものだ。そのムードのなかいくらかドラマティックに訪れるラスト・シーンがトラーにとっての救済だと言えるのか、あるいはどこまでも世界を変えることの不可能性を示しているのか、その判断は難しい。
 しかしながら、少なからずカウンター・カルチャーやアメリカン・ニューシネマの時代の当事者であったポール・シュレイダーがいま70歳を過ぎ、わたしたちが直面しているもっとも重い問題を見据えながら、軽々しい希望を抱くことができない映画を産み落としていることには恐れいる。いま次の世代のことを思いやることは、未来を良くしたいと願うことは、どこまでも絶望し、狂うことである。その重さを、静かな怒りを、わたしたちはここでただ受け止めるしかない。

予告編

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