「Ord」と一致するもの

interview with Lucy Railton - ele-king

 今春、イギリスのレーベル〈SN Variations〉から、本稿でご紹介するチェリスト/作曲家のルーシー・レイルトン(Lucy Railton)と、ピアニスト・オルガニストのキット・ダウンズ(Kit Downes)による作品集成『Subaerial』が送られてきた。アルバム1曲目“Down to the Plains”の中程、どこからともなく聴こえてくる木魚のようなパルス、篝火のように揺らめくパイプオルガンの音、ノンビブラートのチェロが直線的に描き出す蜃気楼、そして録音が行われたアイスランドのスカールホルト大聖堂に漂う気配がこちらの日常に浸透してくる。その圧倒的な聴覚体験に大きな衝撃を受けた。

 ルーシー・レイルトンの〈Modern Love 〉からリリースされたファースト・アルバム『Paradise 94』(2018)は、当時のドローン、エクスペリメンタル・ミュージックを軽く越境していくような革新的な内容であると同時に、音楽的な価値や枠組みに留まらないダイナミックな日常生活の音のようでもあった(アッセンブリッジな音楽ともいえるだろうか?)。その独自の方向性を持ちつつ多義的なコンポジションは、その後の諸作でより鮮明化していくが、前述の新作『Subaerial』では盟友キット・ダウンズとともに未知の音空間に一気に突き進んだように思われる。絶えず変化し動き続ける音楽家、ルーシー・レイルトンに話を伺った。

私には素晴らしい先生がいました。その先生はとても反抗的で、クラシック音楽の威信をあまり気にしない人だったので、その先生に就きたいと思いました。というのも、私はすでにクラシック音楽に対して陳腐で嫌な印象を持っていて、何か別のことをしたかったので。

ロンドンの王立音楽院に入学する以前、どのようにして音楽やチェロと出会ったのでしょうか。

ルーシー・レイルトン(LR):私はとても音楽的な家系に生まれたので、子供のころから音楽に囲まれていました。胎内では母の歌声や、父のオーケストラや合唱団のリハーサルを聞いていたと思います。父は指揮者で教育者でもありました。母はソプラノ歌手でした。父は教会でオルガンを弾いていたのですが、その楽器には幼い頃から大変な衝撃を受けてきました。私は、7歳くらいになるとすぐにチェロを弾きはじめました。その道一筋ではありましたが、子供の頃はいろいろな音楽を聴いていて、地元で行われる即興演奏のライヴにも行っていました。即興演奏やジャズは、私がクラシック以外で最初に影響を受けた音楽だと思います。そこから現代音楽や電子音楽に引かれ、ロンドンで本格的に勉強を開始しました。

王立音楽院在籍時印象に残っている、あるいは影響を受けた授業、先生はいましたか?

LR:英国王立音楽院では、特別だれかに影響を受けたことはありませんでしたが、私には素晴らしい先生がいました。その先生はとても反抗的で、クラシック音楽の威信をあまり気にしない人だったので、その先生に就きたいと思いました。というのも、私はすでにクラシック音楽に対して陳腐で嫌な印象を持っていて、何か別のことをしたかったので。その先生は、私に即興演奏や作曲することを勧めてくれて、練習の場も設けてくれたので感謝しています。
 それから、ニューイングランド音楽院(米ボストン市)で1年間学んだときは、幸運にもアンソニー・コールマンと、ターニャ・カルマノビッチというふたりの素晴らしい音楽家に教わることができました。彼らは私のクラシックに対する愛情を打ち破り、表現の自由とはどのようなものかを教えてくれました。同院にはほかにも、ロスコー・ミッチェルのような刺激的なアーティストが来訪しました。彼はたった1日の指導とリハーサルだけで、ひとつの音楽の道を歩む必要はないことを気づかせてくれました。私はその時点でオーケストラの団員になるつもりはなく、オーディションのためにドヴォルザークのチェロ協奏曲を学ぶ必要もありませんでした。創造的であること、そしてチェリストであることは、オーケストラの団員になるよりも遥かに大きな意味があることを理解しました。これはその当時の重要な気づきでした。

私は、チェロに加えて新しい音の素材を探していたのですが、それらのとても混沌としたシンセは、私が作りたい音楽にとって必要十分で甚大なものだと感じました。自分の好みが固まったところで、すべてのものを織り交ぜる準備ができました。

ジャズや即興演奏に触れる稀有な機会のなかで、クラシック以外の音楽に開眼されていったとのことですが、電子音楽やエレクトロニクスをご自身の表現や作品制作に取り入れるようになった経緯も教えていただけますか。

LR:それは本当に流動的な移行でした。まず、ルイジ・ノーノの『Prometeo』(ルーシーは同作の演奏をロンドンシンフォニエッタとの共演で行っている)のような電子音響作品や、クセナキスのチェロ独奏曲のような作品に、演奏の解釈者として関わりましたが、その間、実に多くの音楽的な変遷を遂げていきました。それは、私がロンドンのシーンで行なっていたノイズやエレクトロニック・ミュージシャンとの即興演奏、キット・ダウンズとの演奏、そしてアクラム・カーンの作品(「Gnosis」)におけるミュージシャンとの即興演奏に近いものです。インドのクラシック音楽のアンサンブルである「Gnosis」のツアーに参加した際、即興演奏の別の側面を見せてもらいましたが、それは実験とは無縁で、すべてはつながりと献身に関連していました。
 また20代の頃は、自分でイベントや音楽祭を企画していたので、自然と実験的な音楽への興味を持つようになりました。そういった経過のなかで、何らかの形で私の音楽に影響を与えてくれた人びとと出会いました。とくに2013年から14年にかけては多くの電子音楽家に出会いました。ことピーター・ジノヴィフとラッセル・ハズウェルとのコラボレーションでは、即興と変容が仕事をする上で主要な部分を占めていて、そういった要素を自分で管理することがとても自然なことだと感じ、いくつかのモジュールを購入して、シンセを使った作業を開始しました。
 それから、Paul Smithsmithに誘われてサリー大学のMoog Labに行き、Moog 55を使ってみたり、EMSストックホルムに行ってそれらの楽器(Serge/Blucha)を使ってみたりしました。
 私は、チェロに加えて新しい音の素材を探していたのですが、それらのとても混沌としたシンセは、私が作りたい音楽にとって必要十分で甚大なものだと感じました。自分の好みが固まったところで、すべてのものを織り交ぜる準備ができました。私のアイデンティティのすべてを、何とかしてまとめ上げようとしたのが『Paradise 94』だったと思います。

テクノロジーや電子音と、ご自身の演奏や音楽とのあいだに親和性があると考えるようになったのはなぜでしょうか。あるいは、違和感を前提としているのでしょうか。

LR:これらの要素を融合させることには確かに苦労しますし、まだ適切なバランスを見つけたとは言えません。チェロのようなアコースティック楽器をアンプリファイして増幅することは少々乱暴です。しかし、スタジオでは編集したりミックスしたり、あらゆる種類のソフトウェアやシンセを使ってチェロをプッシュしたりすることができて、それはとても楽しいです。ライヴの際、チェロをエレクトロニック・セットのなかのひとつの音源として使いたいと思っていますが、それをほかのすべての音と調和させるのは難しいですね。
 なぜなら、私がチェロを弾いているのを観客が見ると、生楽器と電子音のパートを瞬時に分離してしまい、ソロ・ヴォイスだと思ってしまうことがあるのです。また(チェロが)背景のノイズや音の壁になってしまうこともあり、観客だけではなく私自身も混乱してしまうことがあるのです。スタジオレコーディングでは何でもできますが、ライヴでの体験はまだ難しいです。

そして2018年に、〈Modern Love〉から鮮烈なソロ・デビュー・アルバム『Paradise 94』をリリースされます。先ほど、ご自身のアイデンティティのすべてをまとめ上げようとしたのが本作であるとお伺いしましたが、本作の多義的なテクスチュアや音色は、生楽器と電子音によるコンポジションと、そのコンテクストに静かな革命をもたらしていると思います。本作における音楽的なコンセプト、アイディアは何だったのでしょうか?

LR:私は、ミュージシャンとしてさまざまなことに関わってきた経験から多くのことを学んだと感じていました。『Paradise 94』を作りはじめるまでは、自分の音楽を作ったことがなかったので、いろいろな意味で自分の神経を試すようなものでした。私は初めて自分の声を発表しましたが、それは当然、自分が影響を受けてきたものや興味のあるものを取り入れたアルバムです。自分の表現欲求と興味を持っている音の世界に導かれるように、このふたつの要素を中心にすべてを進めていったと思います。素材や少ないリソースから何ができるかを試していましたが、このアルバムはその記録です。

‘Paradise 94’

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それぞれの楽曲は、別々の時期に制作されたものですか? また制作過程について教えてください。

LR:はい。完成までに約3年かかりました。終着点のない、ゆっくりとした登山のようなものでした。私は期限を決めずに作業をしていました。時間をかけて、気分的にも適切な時にだけ作業していましたし、その時期は、ロンドンとベルリンを頻繁に行き来していました。ロンドンではフリーランスのミュージシャンとして活動していましたが、ベルリンでは自分の仕事に専念するようになりました。その為このアルバムは、さまざまな場所や状況と段階で制作されたので、多くの点で焦点が定まっていませんでした。だからこそ、ヴァラエティに富んだレコードになっているのかもしれません。私はこの点はとても気に入っています。

本アルバムには、巻上公一さんが、“Drainpipe(排水管?)”で参加されてますね。巻上さんとはどのようにして知り合ったのですか?(私事ですが、巻上さんがコンダクトしたジョン・ゾーンの『コブラ』に参加したことがあります)

LR:巻上さんとは、日本のツアー中に出会いました。彼の芸術性には刺激を受けましたし、とても楽しい時間を過ごすことができました。実際にはアルバムのなかでは、あまり実質的なパートではなかったのですが、巻上さんとロンドンで一緒にパフォーマンスをしたとき、彼は’drainpipe’を演奏したのですが、それはとても特別なものでした。彼のエネルギーが、その時の私に語りかけてきました。当時の私は、レコーディングのためにいろいろな音を集めて準備していたのですが、巻上さんが親切に彼の音を提供してくれました。それは今も、素材の網目のなかに埋め込まれ、彼のインスピレーション記憶として存在しています。彼のパフォーマンスは、私のライブにも影響を与えてくれました。彼は素晴らしいアーティストです。

あらゆる点で。私は音楽業界に近づくことよりも、創造性に焦点を当て、自分と同じ価値観を共有できる人々と時間を過ごすことが重要だと感じています。私が音楽をやる理由はそこ(業界)にはありません。

2020年には多くの作品をリリースしています。はじめに、ピーター・ジノヴィエフとのコラボレーション作品『RFG - Inventions for Cello and Computer』についてお伺いします。あなたとピーターはLCMFで出会って、コラボレーションのアイディアについて話し合いました。それから、あなたの即興演奏を録音したり、ピーターがエレクトロニクスを組み立てたりしながら、一緒に作品を作り上げていきました。このプロセスから生まれた作品をライブパフォーマンスでおこなう際、そこに即興の余地はあるのでしょうか?

LR:『RFG - Inventions for Cello and Computer』における演奏は、固定された素材と自由なパーツの混在から成る奇妙なものです。そのため、ライヴで演奏するのは難しく、チャレンジングな部分があります。ピーターのエレクトロニクスは固定されているので、私は彼と正確に(演奏を)調整しなければならないので(その指標として)時計を使います。もちろん時計は融通が効かないので、更にストレスがたまります。このように苦労はしますが、これもパフォーマンスの一部であり、意図的なものです。私は作曲時に固定した素材を使って即興で演奏していますが、時には素材から完全に逃れて「扇動者」、「反逆者」、「表現力豊かなリリシスト」のように振る舞います。また、電子音のパートと正確に調整する際には、通常の楽譜を使用することもありますし、例えば、ピーターのパートとデュエットすることもあれば、微分音で調律された音のシステムを演奏することもあります。本作の演奏方法は、既知のものとかけ離れていることが多いので、ガイドが必要になります。それはなければ即興演奏をすることになりますが、(作品には)即興ができる場所と禁止されている場所がありました。

一般的にピーター・ジノヴィエフは、EMS Synthiなどのシンセサイザーを開発した先駆者と言われていますが、このコラボレーションにおいてピーターは、実機のシンセサイザーではなく、主にコンピュータを使用したのでしょうか?

LR:はい。実はピーターはアナログシンセで音楽を作っていたわけではないのです。もちろん、彼がアナログシンセを開発した功績は称えられています。しかし作曲家としては、伝統的なアナログ・シンセはあまり使っておらず、所有もしていませんでした。『RFG - Inventions for Cello and Computer』では、彼の2010年以降の他の作品と同様、コンピュータの技術やソフトウェアを利用しています。彼は常に私の録音を素材としていたので、作品のなかで聞こえるものはすべてチェロから来ています。彼がおこなった主な作業は、Kontaktやさまざまなプラグインを使って音を変換し、電子音のスコアをつくることでした。彼はソフトウェアの発展に魅了され、コンピュータ技術の進歩に驚嘆し魅了されていました。それと同時に彼は、人間と楽器(私やチェロ)がコミュニケーションをとるための新しい方法を常に模索していました。ですから、私たちの実験の多くは、コンピュータによる認識、特にピッチ、リズム、ジェスチャーに関するものでした。

同年、オリヴィエ・メシアンの『Louange à l'Éternité de Jésus』がリリースされましたが、このレコードの販売収益を、国連難民局のCovid-19 AppealとThe Grenfell Foundationに均等に分配されています。10年前に録音された音が、この激動の時代に明確な目的を持ってリリースされたことに感銘を受けました。

LR:LR:これは、私が24歳の時の演奏で、家族の友人が偶然コンサートを録音してくれたのですが、そのときの観客の様子や経験から、ずっと大切にしてきたものです。それが録音自体にどう反映されているかはわかりませんが、その演奏の記憶はとても強く残っています。そのことについては、ここで少し書きました
 当時の私は、自分が癒される音楽を人と共有したいと思っていましたが、この曲はまさにそれでした。最初は友人や家族と共有していましたが、その後、リリースすることに意味があると気づきました。その収益を、Covid-19救済を支援していた団体に寄付しました。そのようにしてくれた〈Modern Love〉(マンチェスターのレコードショップ’Pelicanneck’=後の’Boomkat’のスタッフによって設立された英レーべル)にはとても感謝しています。

INA GRMとの関係とアルバム「Forma」の制作経緯について教えてください。

LR:彼らは若い世代の作曲家と仕事をすることに興味を持っており、2019年にINA GRMとReimagine Europereimagine europeから(作品制作の)依頼を受けました。私はすでにミュージック・コンクレートや電子音楽に興味と経験を持っていたので、GRMのアクースモニウム(フランスの電子音楽家、フランソワ・ベイルによって作られた音響システム)のために作曲するには良い機会でした。この作品を初演した日には54台のスピーカーがあったと思います。私は主にチェロの録音、SergeのシンセサイザーとGRMのプラグインを使って作業しました。ただ、マルチチャンネルの作品を作ったのはこれが初めてでしたし、非常に多くのことを学びました。この作品が(音の)空間化の旅の始まりになりました。GRMのチームは、信じられないほど協力的で寛大です。作曲からプレゼンテーションまで、チームが一緒になって新しい作品制作を行います。私はこれまでとても孤独な経験を通してレコードを作ってきましたが、それらと(本作は)全く違いました。「Forma」(GRM Portraitsより、2020年リリース)では、とてもエキサイティングでチャレンジングな時間を過ごし、この作品を通して自分の音楽に新しい形をもたらしたと感じました。

'Forma'

Editions Mego · Lucy Railton 'Forma' (excerpt) (SPGRM 002)

今年の初めに、Boomkat Documenting Soundシリーズの『5 S-Bahn』がレコードでリリースされました。Boomkatのレヴューによると、ロックダウン下にご自宅の近所で録音されたそうですね。このアルバムに収められたサウンドスケープを聴いていると、あなたの作品は音楽的な価値や枠組みから逃れて、よりダイナミックな日常生活の音に近づいているように思えます。パンデミック以降、日常生活はもちろんですが、音楽制作に変化はありましたか?

LR:そうですね。あらゆる点で。私は音楽業界に近づくことよりも、創造性に焦点を当て、自分と同じ価値観を共有できる人びとと時間を過ごすことが重要だと感じています。私が音楽をやる理由はそこ(業界)にはありません。私は、業界の人びとがいかに自分の成功を求めて、互いに競い合っているかに気づきました。これまで音楽制作においても社会生活においても、彼らの期待や要求に気を取られ過ぎていました。いまでは、自分の価値観や芸術的な方向性をより強く感じていますし、それは1年以上にわたって家やスタジオで充実した時間を過ごしたからです。自分の方向性が明確になり、それを認めてくれる人やプロジェクトに惹かれるようになりました。ですから、今の私の音楽作りは、よりパーソナルなものに自然となってきています。来年には変わるかもしれませんが、それは誰にもわかりません。

新作『Subaerial』についてお伺いします。キット・ダウンズと一緒に演奏するようになったきっかけを教えてください。

LR:キットと私は、2008年にロンドンに留学して以来の知り合いで、長い付き合いになります。主に彼のグループで演奏していましたが、他の人とも一緒に演奏していました。『Subaerial』は、チェロとオルガンを使ったデュオとしては初めてのプロジェクトです。この作品は私たちにとても合っています。私は、ジャズクラブでチェロを弾くのはあまり好きではありませんでした。というのも音が悪いのが普通で、特にチェロの場合、私は音質に敏感です。オルガンのある教会やコンサートホールで演奏するようになってから、突然快適になり、アンプリファイの問題も解消され、表現力を発揮できるようになりました。
 教会では、音に空気感も温かみもあり、空間や時間の使い方もまったく違うものになります。このアイディアに辿り着くまで13年かかってしまいましたが、待った甲斐がありました。このアルバムは、私たちにとって素晴らしい着地点だと思います。私たちはお互いに多くの経験をしてきたので、自分たちの音楽のなかに身を置き、一緒に形成している色や形に耳を傾ける時間を持つことができます。チェロがリードしているように思えるかもしれませんが、実際にはそんなことはなく、私は部屋のなかの音に反応しているだけなのです。
 キットは最高の音楽家ですから、彼がやっていることからインスピレーションを得ることも多くありますが、私たちはすべてにおいてとても平等な役割を担っています。お互いが、非常に敬意を持って深く耳を傾けることができるコラボレーションに感謝しています。

Lucy Railton & Kit Downes Down ‘Subaerial’

このアルバムは、アイスランドのスカールホルト大聖堂で録音されたものです。あなたとキットは、なぜこの大聖堂をレコーディングに選んだのでしょうか? また、レコーディングの期間はどのくらいだったのでしょうか?

LR:車を借りて、海岸沿いの小さなチャペルからレイキャビックのカトリック教会まで、いくつかの教会をまわりました。実際にはすべての教会で録音してみましたが、スカールホルトでは最も時間をかけて録音しました、というのも場所、音響、空間の色が適切だったからです(太陽の光でステイングラスの赤と青の色が内部の壁に投影されることがよくありました)。だから、私たちは快適で自由な気分で、一週間を過ごしました。しかし、アルバムに収録されている音楽は、ある朝、数時間かけて録音したものを42分に編集したものです。

このアルバムは、基本的に即興演奏だと聞いています。レコーディングを始める前に、あなたとキットは何かコンセプトやアイデア、方向性を考えていましたか?

LR:いえ、私たちはただ何かをつかまえたかったのです。新曲を作るつもりではありましたが、しばらく一緒に演奏していなかったので、その演奏のなかで再開を楽しみました。また、ピアノではなくオルガンを使った作業は、私たちデュオにとってまったく新しい経験だったので、「音を知る」ことが多く、その探究心がこのアルバムに強く反映されていると思います。なので、ある意味では、新しい音を求めるということ自体がコンセプトでしたが、音楽を作ることは常に、未来への探求、そして発見だと思います。

今後の予定を教えてください。

LR:実はまだ手探りの状態で、先が見えない不安もあります。しかし、パンデミックが教えてくれたのは、このような状況でも問題ないということ、そして期待値を下げることです。「大きな」プロジェクトも控えていますが、最近は最終的なゴールのことをあまり考えないようにしています。その代わり、もっと時間をかけて物事をより有機的に感じ取るようにしています。なぜなら、そのポイントに向かう旅路が最も重要だからです。たとえすべての予定がキャンセルになったり、何かがうまくいかなかったとしても、創造の過程にはすでに多くの価値があり、それはすべて集められ、失われることはありません。

Lucy Railton & Kit Downes
タイトル:Subaerial
レーベル:SN Variations (SN9)
リリース:2021年8月13日
フォーマット:Vinyl, CD, FLAC, WAV, MP3

ルーシー・レイルトン/Lucy Railton
ベルリンとロンドンを拠点に活動するチェリスト、作曲家、サウンドアーティスト。イギリスとアメリカでクラシック音楽を学んだ後、即興演奏や現代音楽、電子音楽に重点を置き、Kali Malone、Peter Zinovieff、Beatrice Dillonほか多岐に渡るコラボレーションを行っている。また、Alvin Lucier、Pauline Oliverosなどの作品を紹介するプロジェクトにも参加している。2018年以降、Modern Love、Editions Mego/GRM Portraits、PAN、Takuroku等から自身名義のアルバムをリリースし、約50のリリース(ECM、Shelter Press、Ftarri、Sacred Realism、WeJazz、Plaist)に客演している。https://lucyrailton.com/

interview with Jeff Mills + Rafael Leafar - ele-king

override:乗り越える、覆す、制御不能

「ぼくがやろうとしていることは、人に理解させることではない、人の注意を喚起させることだ」とジェフ・ミルズは言った。いまから26年前の取材でのことだ。「まったく違う観点からまったく違う思考をすること」
 これはUKの批評家コジュオ・エシュンが言うところの「ソニック・フィクション」の概念と重なっている。旧来の思考から解放され、音楽をもって世界をとらえ直すこと。で、これこそ、アフロ・フューチャリズムの思考法と言っていいだろう。ジェフ・ミルズの新作『オーヴァーライド・スウィッチ』は、彼がこの30年に渡って追求してきた未来的思考の最新型の成果だ(ジェフは2009年のWIREの取材のなかでこう言っている。「ずっと前から、黒人として、黒人の子供として、僕ははるか先を見なければならないんだってことは理解していた」と)。
 1967年のデトロイトの大暴動では、それを鎮圧するために派遣された軍に市民がさらに応戦するという、その夏の暴動においてもっとも熾烈なものとして記録されているが、まさにその真っ只中、市街から安全な場所へと避難するため彼の両親が子供たちを連れて行ったところがモントリオールの万博だった。彼の地に展示された未来主義とユートピア、そして宇宙旅行は、幼少期のジェフ・ミルズの記憶に深く刻まれたという。
 なるほど。暴動と未来主義、これはたしかに初期ジェフ・ミルズや初期URを語る上では有効かもしれない。執拗にハードで、そして当時としてはダンスの範疇を超えた速さと日常を超えた空間。スウィングよりもスリル。地球人よりも宇宙人。プログラムされた思考を超越すること。が、あくまで30年前の話だ。最新作の『オーヴァーライド・スウィッチ』にもジェフの未来主義は貫かれている。それはいまも実験的ではあるけれど、より優雅で円熟した音楽として録音されている。
 『オーヴァーライド・スウィッチ』は、ジェフ・ミルズがデトロイトのマルチ楽器奏者、おもにジャズ・シーンで活躍するラファエル・リーファーと一緒に制作した。昨年ブラック・ライヴズ・マターの高まりのなか発売された、詩人ジェシカ・ケア・ムーア擁するザ・ベネフィシアリーズのソウルフルな1枚、トニー・アレンのバンドでピアノを担当していたJean-Phi Daryとのザ・パラドックス名義による官能的なフュージョン作品——新作は、ジャズ・シリーズとでも呼べそうなこれら2枚と連続しているようだが、趣は異なっている。パーカッションと管楽器の数々をフィーチャーした本作はおおよそフリー・ジャズめいているし、異空間を描こうとするアンビエントめいたフィーリングもあり、もちろんテクノも残されている。この30年間追い求めているユートピアへの夢もある。まあ、ひとことで言うなら、ジェフ・ミルズ宇宙探索機に導かれたアフロ・フューチャリズムのアルバムということだろうか。
 ちなみにアルバムの担当楽器は以下の通り。

Jeff Mills : Keyboards, electronic drums and percussion
Rafael Leafar : Bass Flute, Bass Clarinet, Soprano & Tenor Sax, Soprano Sax, Double Soprano-Sopranino Saxes, Fender Rhodes, Wurlitzer, Moog Synth, Moog Sub 37, Yamaha CS, Oboe, Contra-Alto Clarinet

 パンデミック以降、ほとんどすべてのDJのギグが中止になってしまったなか、与えられた時間のほぼすべてを創作に費やしているひとりがジェフ・ミルズだ。彼はこの間、無料で読めるオンラインマガジン『The Escape Velocity』を創刊させ、未来主義にこだわったその誌面はすでに3号までが公開されている。彼の〈Axis〉レーベルからの作品数にいたっては、この2年ですでに50作以上を数えている。そのなかで、ジェフ・ミルズ自身のソロと彼が関わっている作品は10作以上(※)。さらにまた、今年は30周年を迎えたベルリンの名門中の名門〈トレゾア〉からは初期の名作の1枚『Waveform Transmission Vol.3』(常軌を逸した時代のミニマル・テクノの金字塔)がリイシューもされている。
 ほとんどワーカーホリックと言えるこのベテランのDJ/プロデューサーは、パンデミック以降ようやく動きはじめたヨーロッパのダンス・シーンのツアーから帰ってきたばかりだった。じつは昨年もジェフ・ミルズには別冊エレキングの「ブラック・パワー」号のためにzoomで取材させてもらっているので、今回は二年連続の取材となる。ジェフはいつものように温厚に、自らのうちに秘めている思考について話し、デトロイトからはラファエル・リーファーーが彼のジャズへの熱い思いを語ってくれた。

いまの世のなかは間違ったことがあまりにも多くて、解決の糸口を探す合理的なアプローチが必要だ。何事にもそれを超越できる、あるいは避けて通る方法があるという希望を提案したかった。

ヨーロッパでのDJはどうでしたか?  

ジェフ: みんなまたパーティに来ることができてハッピーな雰囲気だった。とはいえ、やっぱりいままでとはちょっと違う。他人と近づいて息がかかったりすることが自然と気になったりしてしまう。いままでは気にも留めていなかったことに注意を払うようになってしまった。でもお客さんはみんなマスクなしで、飲んで騒いでって感じだったけれどね。

とくにすごかったのはどこですか?

ジェフ:クラブではロンドンのファブリックかな。もっとも最近ではアムステルダムだったかな。屋内で1000人くらいの規模のイベントがあったんだけど、年齢層が低くて、みんなマスクしてなかったんだよね。

マイアミはどうなんですか?

ジェフ:マイアミではクラブはかなり前からオープンしているよ。だからパーティに行くことができるし、DJもプレイできる。僕は数ヶ月前にジョー・クラウゼルを観に行ったくらいしか出かけていないけれど、そのときもいろいろなところを触らないようにしようとか、人とあまり近づかないようにしようとか、感染しないように気をつけていたけど。

アメリカのコロナの状況はいま(10月9日)はどうなっているのでしょうか?

ジェフ:いま現在のことで言えば、感染者も死者も数は減ってきている。

日本と同じですね。

通訳:いやー、日本とはちょっと規模が違います。(10月9日発表ではフロリダ州の昨日の感染者は3141人。パンデミックがはじまってから300万人以上の感染者、56400人の死者を出していますから、日本とは比較にもならない。フロリダの人口は約2200万人。ちなみにアメリカのワクチン接種率は現在56%)

ラファエル・リーファーさんとは初めてなので、バイオ的なことを質問させてください。デトロイトでは多くのヒップホップとロックと、あと少しのテクノ‏/ハウスだと思いますが、ジャズというのはかなり少数派なのではないでしょうか? もちろんデトロイトには70年代のトライブ・レーベルがあったように、ジャズの伝統があることは知っていますが、あなたはどうしてジャズの道を選んだのか教えてください。

ラファエル:家族が音楽好きで、それがまずはいちばん大切なポイントだった。8人兄弟の家族で、つねに音楽に囲まれて育ったからね。ジャズ、ファンク、ロック、ソウル……両親は僕が本当に小さい頃からジャズを聴かせていてね、4〜5歳のときには父と一緒にトランペットを吹いたりしていたほどだ。そんな幼い頃からジャズに出会ったことは幸運だったと思っているよ。
デトロイトはいまでもジャズに関してもパワーハウスと呼べるけどね。外にいる人たちからは見えないかもしれないし、業界としての重要性はないかもしれないけれど、いつだってミュージシャンはデトロイトに存在していて、その影響力は変わっていない。ちなみに、1940年代はデトロイトに古くからあるスタジオのサウンドシステムを求めて多くのジャズ・ミュージシャンがレコード制作をしている。マイルス・ディヴィスやチャーリー・パーカーもそこでレコーディングしたことがある。経済的な理由からスタジオはニューヨークやカリフォルニアに移っていってしまったけれど、僕たちはまだここにいるんだ(笑)。ウェイン・ステイト大学、ミシガン州立大学、ミシガン大学など優秀なジャズ・プログラムのある学校も多いのもミュージシャンが集まってくる理由のひとつだね。

あなた個人はなぜジャズを選んだのですか?

ラファエル:僕は自分のことをジャズ・ミュージシャンと思っていない。それがデトロイトのユニークなところかもしれないね。ジャズはデトロイトのシーンのバックボーンとしてつねに存在しているけれど、音楽家として生き残っていくためにはジャズ以外のさまざまな音楽にも精通していなくてはならないんだ。ひとつのジャンルにこだわっているわけにはいかない。ニューヨークだったらジャズ一本でやっていけるかもしれないけど、デトロイトではそういうわけにはいかないんだ。

曲制作というのはストーリーテリングのようなものだ。アフロ・フューチャリズムが好きな人たちが、このアルバムに興味を持ってもらうにはどのようなしたらいいか、何か特別な方法があるかは考えた。

このプロジェクトは、もともとジェフの頭のなかにあったものなんですか? それとも、ラファエルさんと出会ったことで生まれたのでしょうか?

ジェフ:ラファエルと出会ってからだね。タイトルの『オーヴァーライド・スウィッチ』、何かを超越するというコンセプトは、レコーディングの最初のほうで、たぶん“Homage”を制作しているときに思いついた。制約できないもの、妥協できないもの、カテゴライズができないもの。すべてを超越して、リセットするようなものを共同制作したいと思ったんだ。普通に考えられる音楽、好きか嫌いかで判断される音楽はこのアルバムには当てはまらない。一緒に作業をはじめてますますこの考えに確信を得るようになった。ラファエルが僕のトラックに加えてくる音を聴いて、僕は次の作業に移る基礎を考えることができたし、彼と会話をすればするほど、どんどん組み上げられていった。そうしているうちに、このコラボレーションが単なる共同作業ではないとますます痛感していったね。ジャズとか、テクノ、エレクトロニック・ミュージックなどといった範疇を超えていったと思う。だから『オーヴァーライド・スウィッチ』というタイトルがコンセプトと合ってふさわしいと思った。

ラファエルさんはどのようにしてジェフと出会ったのですか?

ラファエル:URのマイク・バンクスを介してだね。サブマージのビルにあるスタジオを借りていた時期があって、そこでマイクと出会ったんだ。会話するようになって、僕がやっている音を聴いてもらったり、音楽全般の深い話をするなかで、あるときジェフの名前が出てきたことがあってね、ジェフの昔の曲を僕に聴かせてくれたんだ。で、ある日、マイクがジェフの最新作を持ってきて、「これに君の演奏を重ねてジェフに送ってみたらどうだろう?」と言った。それで僕は軽い気持ちでそれをやった。それをジェフが気に入ってくれたと。

ジェフは、The Beneficiaries、The Paradoxなど、ここのところコラボレーションが続いていますが、それは理由があるのですか?

ジェフ:とくにコラボレーションを探し求めているわけではないんだ。でも機会に恵まれたときは、二度とないチャンスかもしれないから積極的に取り組むようにしている。だいたいこういうことは、狙ってできるものじゃないからね。それに、他のミュージシャンと交わることは刺激的だし、同じヴィジョンや似たような考えを持ったアーティストと出会う幸運に巡り会えたら、何かを作ろうと思うのは当然のことだ。長いキャリアのなかでずっとひとりで制作し続けるほうが不自然だよ。

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音楽は人びとの心を自由にするものだということをつねに忘れてはいけない。そのプロセスにはさまざまなアプローチがある。『オーヴァーライド・スウィッチ』」はマインドをリセットして、何か目の前の障害に向かっていくというようなテーマだ。

いままでのジェフの作品とはリズムへのアプローチが違っていますよね。それはなぜですか? 今回のリズムのコンセプトについて教えてください。

ジェフ:ひとつは、トニー・アレンと共演して学んだことが今回のプロジェクトに反映されている。アコースティックのドラムスがエレクトリック・ドラムとマッチしたときに生まれる特別な感覚、アルバムにはそれがある。ストリングスやベース・ラインでも表現したいアイディアがあって、自分だけでスタジオで作業していたものもあった。とはいえ、ラファエルとは青写真があったわけではなかった。とくにディレクションもなしで、トラックをラファエルに送って、彼がどう感じるか、何をきっかけに次のレベルに進展させていくのかとても楽しみにしながら、制作は進行したんだよ。

お互いの音をなんども往復させたんですか?

ジェフ:だいたい2回往復だったかな。僕がトラックを送って、ラファエルがそれに音をかぶせて、それにさらに僕が音を足したりしてからミックスをして。エディットもだいぶした。音を省いたり、動かしたり。ポストプロダクションの作業はけっこうやったけど、ふたりのあいだのやり取りは2回だったと思う。

離れたところで音を加えながら、セッションしている空気感を出すのはなかなか難しいと思うのですが、その感じは出ていますよね。

ジェフ:そこはラッキーだった。ラファエルはスタジオを移動する最中で機材をいろいろと変えたりして、逆に音にヴァリエーションを持たせる結果になった。ラファエルはじつにたくさんのホーンのパーツを送ってきたから。多くの音源から選ぶことが可能だったし、送られてきた音を聞くだけで何時間もかかるような作業だった。そこから、どの音を残し、どの音を削るか、そしてどう楽曲を構築していくかを考えていった。パーカッションを加えたり、必要な要素を加えて、リズムやメロディをエディットした部分もあるけれど、大まかにはラファエルが演奏した段階で曲の構成は出来上がっていたと言っていい。空気感に関しては、最初からアルバムを制作する意図があったから、違和感のないように同じテクスチュアを持たせるように心がけた。もっとも、細かい計算をしたわけではなく、あくまでもフィーリングを大切にしたんだけどね。

ラファエルは出来上がった曲を聴いてどんな風に思いましたか?

ラファエル:すごく興奮したよ。ジェフがどういう風に自分の送ったホーンを料理するのかを楽しみにしていたから。じっさい、いまジェフが言ったように、ものすごい量のパーツを送ったからね。彫刻を作るような感じかな。ジェフが渡した素材を形づくって彫刻にしていくような。

出来上がった曲は想像していたようなものでしたか? それともまったく違った?

ラファエル:そうだな。想像と違ったというべきかな。最初に送られてきたのはドラムトラックのみだった。

2曲目の“Crashing”やそれに続く“Homage”、後半の“Soul Filters”にはサン・ラーやアフロ・フューチャリズムを感じたのですが、意識されました?

ジェフ:曲制作というのはストーリーテリングのようなものだ。その方法論はたくさんある。最初からはじめるものもあれば、話の途中からはじまるストーリーや終わりからはじまるものもある。そいう意味で自由に曲の構成を決めた。アフロ・フューチャリズムやフューチャリズムが好きな人たちが、このアルバムに興味を持ってもらうにはどのようにしたらいいか、何か特別な方法がないものかと思考したよ。圧倒的なホーンを中心に、その他のパーツの順序やアレンジを決めるのにかなり頭を使った。ラファエルはディープで重圧感のあるホーンをたくさん用意したから、それらを聴くというよりは体で感じるように集中して、たとえば重圧感が感じられるようなフリーケンシーを音のレアーの下の方に置いたりとか、ずいぶん工夫した。そうやることで、ストーリーがよりカラフルにヴィヴィッドになるからね。

サン・ラーの影響はありますか?

ジェフ: いや、サン・ラーよりはクラシック作曲家のグレゴリー(ジョルジュ)・リゲティの影響が大きい。彼の作品は次に何が起こるかわからない。突発的なものが次から次へと続いていく。ホーンを中心にそのような雰囲気で曲を作っていくのが面白いと今回は思った。“Sun King”がその良い例だ。長い楽曲で構成が定まらず流れに身をまかせるしかない。

ラファエル:ジェフが最初に言っていたことは同感だ。僕のリスペクトするアーティスト、ジョン・コルトレーンはかつて「私はときには曲の終わりから演奏をはじめる」と言ったことがある。コルトレーンの演奏は予想できないし、同じ曲でもまったく違って聞こえる。僕もそういったアプローチがつねに頭にある。
アフロ・フューチャリズムというのは、過去と未来に重点を置いて、過去の重圧、地球に根を張りつつも未来、宇宙との繋がりを考えるという思想だけれど、僕は未来を考えるには、いま現在も大切だと思っている。自分がソロ演奏するときにはいま、この瞬間を体現する必要がある。だから僕がアフロ・フューチャリズムを考える場合には過去からつながる現在を表現し、それが演奏中のインプロヴィゼーションになっていく。さまざまなホーンでいろいろな音を表現して。

アフロ・フューチャリズムとは、過去の思い出よりも未来の可能性にかける、というような意味合いもあると思います。このアルバムは、昨年盛り上がったBLMムーヴメント以降に制作されたアルバムなわけですが、そのようなサブジェクトが潜んでいるのでしょうか?

ジェフ:それは正しいと言える。つまり、いまの世のなかは間違ったことがあまりにも多いじゃないか。いま必要なのは、解決の糸口を探す合理的なアプローチなんだ。このアルバムで、いまあるものを超越できるということ、あるいは避けて通る方法はあるんだという希望を提案したかった。困難を乗り越えることができる精神状態を作れるよう自分に暗示をかけるみたいなもので、どんな苦しい状況にあっても進化への道筋は残されていると。誰が何をしようが、何を言おうが、振り回されない、前に進むための自信をつかむというか。それがこのアルバムの基本的な考えだ。こうした考えがフューチャリズムと同じとは言わないけれど、方法論として似たところもあると言えるんじゃないかな。違った考え方を啓蒙することで未来がより良くなるという、そういう思想。それは否定的な思想にもなりうるけれど、このアルバム『オーヴァーライド・スウィッチ』の場合はポジティヴな思考を主張している。僕らの音楽が少しでも人の役に立てればいいと思っているんだ。

ジョン・コルトレーンはかつて「私はときには曲の終わりから演奏をはじめる」と言ったことがある。コルトレーンの演奏は予想できないし、同じ曲でもまったく違って聞こえる。僕もそういったアプローチがつねに頭にある。

昨年世界中で盛り上がったBLM以降、何か状況の変化の兆しはありましたか? UKではDJネームを変えるような人たちもいたり(例:ジョーイ・ネグロ)、レーベル名を変えたりとか(例:ホワイティーズ)、変化がありますが。

ラファエル:BLMはあまりにも大きなテーマだな。そして黒人のなかにおいても、それをひとつのトライブと捉えていいのかという議論もある。世のなかにはさまざまの肌の色のさまざまな考えを持った美しい人たちがいて、僕がそれを代表して何かを言うことはできないと思っているし。でも、DJネームを変えるような些細なことはかえってムーヴメントの妨げになっていると思うよ。重要なのは、この400年のあいだ、黒人が何を成し遂げようとしてきたのかということで、まずはそのことを考えるべきなんだ。表層的な政治性は本当に必要な変革を達成するうえでは邪魔だと言える。

ジェフ:僕も同感だ。400年ものあいだ、黒人の生命はおもちゃのように扱われ、弾圧され続けて、ひどく破壊されてきた。BLMは400年に渡る制度的な拷問に対抗する闘いで、黒人家庭、黒人街、黒人教育などに対するすべての破壊と闘っている。これは、今後も継続していく戦いだ。BLMによって改善されたこともあるし、変化も起きた。一時的でないことを希望するよ。でもBLM以前より黒人の人生が良くなったと結論づけるのは難しいね。時間が教えてくれるだろうけれど、少なくともより多くの人の意識が高まったのは事実だ。そして結果を見る機会は再び訪れるだろうね。アメリカ国民がよりブラウン(非白人)になるにつれて、白人の恐怖感を見る機会は増えるかもしれない。白人はいままでよりいっそう内省的になるかもしれない。彼らはいままでには経験しなかった気持ち、かつてのように優遇されている状況ではないことをより意識するようになるかもしれない。それがBLMによる変化なのか、単なる偶然かはわからない。でも事実は変わらない。この国はかつてないスピードでブラウンが増え続けている。いまはこの変化に気づく最初の段階なのかもしれないね。アメリカはいつだって白人だけの国ではなかったし、黒人の人口比率は彼らが思っているほどに低くはない。もちろん黒人以外の非白人も増え続けているからね。

なるほど。それはそうと、ジェフはこのコロナ禍で『The Escape Velocity』というオンラインマガジンを創刊しました。今回の『オーヴァーライド・スウィッチ』もそうですが、何かから脱出したいというような気持ちがあるのでしょうか?

ジェフ:音楽は人びとの心を自由にするものだということをつねに忘れてはいけない。そのプロセスにはさまざまなアプローチがある。『オーヴァーライド・スウィッチ』はマインドをリセットして、何か目の前の障害に向かっていくというテーマだ。『The Escape Velocity』は瞬間、比率、A地点からB地点へ到達して自由になる過程をテーマにしている。ふたつのプロジェクトに類似性はあるけれど、どちらも結局は音楽が人を解放するという僕の基本概念に基づくものだ。無から何かをクリエイトすることはとてもパワフルなことだし、そこには自分の感情の延長が存在する。音楽を通して、言葉とは違う次元での会話が可能になる。

なるほど。最後にラファエルさん、最近のデトロイトの音楽コミュニテイはどんな感じしょうか?

ラファエル:若いミュージシャンがたくさんいるよ。デトロイトはいつだってミュージシャンの巣窟だ。素晴らしいジャズ、ゴスペル、ファンク、R&Bのミュージシャンなど多くの才能を輩出しているからね。デトロイトには、例えばロスアンジェルスとハリウッドのつながりのような、いわゆるプラットフォームがない。昔はモータウンがあったけれど。それに、ジェフもよく知っていると思うけれど、デトロイトの公立学校では音楽教育が廃止されてしまった。けれど、それでデトロイトの子供たちのクリエイティヴィティがなくなったわけではない。才能を止めることはできず、何かしら違う形で姿を現してくると思う。僕がデトロイトのシーンで素晴らしいと思うのは、すべてのジャンルがつながっていることだ。それがユニークなサウンドを生み出しているんだと思う。

ジェフ: 違うジャンルのミュージシャンの交流はあるの? ジャズとエレクトロニックとか、ヒップホップとか。

ラファエル:もちろん。とくに若い子たちのあいだでは。お互い何をしているかチェックしあっている。同時に才能ある者はデトロイトを出ていってしまい、他の都市のシーンを支えているという事実もある。ニューヨークに行けば、どんなジャンルでも必ずデトロイト出身のミュージシャンがいるよ。ロスにはたくさんのデトロイト出身のヒップホップ・プロデューサーがいる。例えばKarriem Riggins。ジャズとヒップホップをミックスした最初のプロデューサーのひとりだ。もちろんJ. Dillaも。ニューヨークにもデトロイト出身の偉大なジャズ・ミュージシャンが大勢いる。Gerald Cleaverとかね。

ジェフ:デトロイト・テクノとジャズのミュージシャンのあいだの交流は?

ラファエル:それはマイク・バンクスが長年やってることだよね。Shawn Jones、Jon Dixonといったアーティストはマイクが後押ししてきた。僕もそれに加担している。やらない理由がないだろう?

そうですよね。では、これからもデトロイトから面白い作品が出てくるのを期待しましょう。今日はありがとうございました。ところで、ジェフはDJのブッキングはこの先もけっこう入っているのですか?

ジェフ:じょじょに増えてきているよ。2022年はもうスケジュールがいっぱいになりつつある。いままではプロモーターも政府の要請がいろいろと変わって、なかなか前もってイベントを企画することができなかったけれど、状況が良くなってきて、ヴェニュー、アーティストなど事前にブッキングできるようになってきたので今後は元に戻っていくと思うよ。

(※)The Escape Velocityからのリリースが現在44作品(すべてジェフ以外のアーティスト)、Millsart名義のEvery Dogシリーズがvol.5~13 まで9作(すべてデジタルのみ2020年)、ソロ作品では『Clairvoyant』(アルバム)、「Think Again」 (Millsart名義)、Jeff Mills + Zanza21による「When The Time Is Right」。また、エレクトロニック・ジャズ系のリリースでは、ジェフ自身が関わったThe BeneficiariesとThe Paradoxをはじめ、Byron The Aquarius、Raffaele Attanasioといったアーティストの作品もリリースしている。

Black Country, New Road - ele-king

 2021年はUKのインディ・ロック/ポスト・パンク新世代たちの活躍が目覚しい。ロンドンの7人組、ブラック・カントリー、ニュー・ロードもムーヴメントの中心の一組だ。今年2月5日に鮮やかなデビュー・アルバム『For the first time』を送り出している彼らだが、そのほぼ1年後にあたる2022年2月4日、早くもセカンド・アルバムをリリースする。総力をあげて制作したそうで、これまでのスタイルを大胆に更新した作品になっているとのこと。まだ4ヶ月ほど先ですが、楽しみに待っていましょう。

Black Country, New Road
全英チャート初登場4位を記録、2021年の年間ベスト筆頭として満点レビューを多数獲得した衝撃的デビュー作発売から1年、早くもセカンド・アルバム『Ants From Up There』を2022年2月4日にリリース決定!
ファンの間ですでにライブ・アンセムとして知られる傑作シングル「Chaos Space Marine」が先行曲として解禁!

1stアルバム『For the first time』に対する称賛

バトルスとかサンダーキャットなどにも似た形で、熱狂的なブレイクを果たす予感がビリビリとする - rockin’on
現代のギター音楽における重要なマイルストーン - CLASH
独創的な曲作りと荒々しくもテクニカルな演奏でリスナーを引き込んでいく - Music Magazine
もし世界に救いが必要なら、それは彼らかもしれない - The FADER
名作 - Loud & Quiet 10点満点

ロンドンを拠点に活動する、アイザック・ウッド(ヴォーカル/ギター)、ルイス・エヴァンス(サックス)、メイ・カーショウ(キーボード)、チャーリー・ウェイン(ドラム)、ルーク・マーク(ギター)、タイラー・ハイド(ベース)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン)の7人から成るバンド、ブラック・カントリー・ニュー・ロード。2021年のベスト・アルバムの一つとして各方面から評価され、メディアからの満点レビューが続出、全英チャート初登場4位の快挙を達成した衝撃のデビュー作『For the first time』に続くセカンド・アルバム『Ants From Up There』を2022年2月4日にリリースすることが発表され、アルバムからの先行配信曲「Chaos Space Marine」が公開された。

https://bcnr.lnk.to/afut

本楽曲は既にライブではファンの間で人気の楽曲で、混沌としながらも整然とした楽曲についてフロントマンのアイザック・ウッドは次のように語っている。

これまで書いたなかでも最高の曲だ。
この曲には、アイデアがあれば誰のものであってもすべて投入した。
だから、この曲の制作は、本当に早かったし、ユニークなアプローチでもあったんだ──とにかく何もかも壁に投げつけて、それをすべてくっつけたままにしておく、という感じだった。
──アイザック・ウッド

本作は、バンドが総力をあげたアルバムで、これまであった様式を大胆に更新した作品でもあり、自然に完成した作品でもあり、巧みなバランスの仕上がりとなっている。デビュー作の『For the First Time』では、伝統音楽のクレズマーやポスト・ロック、そしてインディー・ロックを融合させていたが、その独自の製法を『Ants From Up There』では、さらに発展させ、伝統的なミニマリズムやインディー・フォークやポップ、そしてオルタナティブ・ロック、すでに彼ら独特のものとなっている多彩なサウンドを他に類を見ない形で結合させることに成功した。

アルバムのレコーディングは、バンドの長年のエンジニアであるセルジオ・マシェッコとともに、ワイト島のシャーレ・アビー・スタジオで夏に行われた。深いところに根ざしたバンドの信念を詰めこみ、それが結果としてあらわれたアルバムに対して、メンバー自身も大きな満足を感じているという。

ずっと興奮していた。
制作は本当に楽しかった。残りの人生で自分が手がけるもののなかでも、これが最高の出来事になるかもしれないと、認めているようなかんじ。それでいいと思っている。
──タイラー・ハイド

ブラック・カントリー・ニュー・ロードのライブ・パフォーマンスは、すでに音楽ファンから最高級の評価を得ており、英ガーディアン紙は「UKで最高のライブ・バンド」と評した。この秋には、43日間のUKおよびヨーロッパ・ツアー、そして年明けにはアメリカでのソールドアウト・ツアーが予定されている。

待望のセカンド・アルバム、『Ants From Up There』は2022年2月4日にCD、LP、カセットテープ、デジタルでリリース! 国内盤CDには歌詞対訳・解説が封入され、ボーナストラックが収録される。また輸入盤CDは通常盤に加え、ライブ音源が収録された2枚組デラックス盤CDもリリースされる。LPはブラック・ヴァイナルの通常盤、ブルーマーブル・ヴァイナルの限定輸入盤、日本でしか発売されないクリスタル・クリア・ヴァイナルに日本語帯が付いた日本限定盤、ライブ音源が収録された4枚組デラックスLPで発売される。なお、BIG LOVE RECORDSでは数量限定のサイン入りヴァイナルの発売も予定されている。

[商品情報]
label: Ninja Tune / BEAT RECORDS
artist: Black Country, New Road
title: Ants From Up There
release date: 2022.02.04 fri on sale

国内盤CD BRC685 ¥2,200+税
国内盤特典:ボーナストラック追加収録/歌詞対訳・解説書封入


日本限定カラー盤2LP(帯付き/クリスタル・クリア・ローズ) / ZEN278JP
デラックス輸入盤2CD / ZENCD278X
輸入盤2LP(ブラック) / ZEN278
限定輸入盤2LP(ブルー・マーブル) / ZEN278X
デラックス輸入盤4LP(ブラック) / ZEN278BX
カセット / ZENCAS278

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12146

TRACKLISTING

[CD / BRC685]
01. Intro
02. Chaos Space Marine
03. Concorde
04. Bread Song
05. Good Will Hunting
06. Haldern
07. Mark’s Theme
08. The Place Where He Inserted the Blade
09. Snow Globes
10. Basketball Shoes
+ Bonus Track

[Deluxe CD / ZENCD278X]
Disc 1
01. Intro
02. Chaos Space Marine
03. Concorde
04. Bread Song
05. Good Will Hunting
06. Haldern
07. Mark’s Theme
08. The Place Where He Inserted the Blade
09. Snow Globes
10. Basketball Shoes

Disc 2
01. Mark’s Theme (Live from the Queen Elizabeth Hall)
02. Instrumental (Live from the Queen Elizabeth Hall)
03. Athens, France (Live from the Queen Elizabeth Hall)
04. Science Fair (Live from the Queen Elizabeth Hall)
05. Sunglasses (Live from the Queen Elizabeth Hall)
06. Track X (Live from the Queen Elizabeth Hall)
07. Opus (Live from the Queen Elizabeth Hall)
08. Bread Song (Live from the Queen Elizabeth Hall)
09. Basketball Shoes (Live from the Queen Elizabeth Hall)

[2LP Tracklist]
Side A
A1. Intro
A2. Chaos Space Marine
A3. Concorde
A4. Bread Song
Side B
B1. Good Will Hunting
B2. Haldern
B3. Mark’s Theme
Side C
C1. The Place Where He Inserted the Blade
C2. Snow Globes
Side D
D1. Basketball Shoes

[Deluxe 4LP]
Ants From Up There
Side A
A1. Intro
A2. Chaos Space Marine
A3. Concorde
A4. Bread Song
Side B
B1. Good Will Hunting
B2. Haldern
B3. Mark’s Theme
Side C
C1. The Place Where He Inserted the Blade
C2. Snow Globes
Side D
D1. Basketball Shoes

Live from the Queen Elizabeth Hall
Side A
A1. Mark’s Theme (Live from the Queen Elizabeth Hall)
A2. Instrumental (Live from the Queen Elizabeth Hall)
A3. Athens France (Live from the Queen Elizabeth Hall)
Side B
B1. Science Fair (Live from the Queen Elizabeth Hall)
B2. Sunglasses (Live from the Queen Elizabeth Hall)
Side C
C1. Track X (Live from the Queen Elizabeth Hall)
C2. Opus (Live from the Queen Elizabeth Hall)
C3. Bread Song (Live from the Queen Elizabeth Hall)
Side D
D1. Basketball Shoes (Live from the Queen Elizabeth Hall)

Jamael Dean - ele-king

 これまでEP「Black Space Tapes」やソロ・ピアノ作などのリリースを重ねてきた〈Stones Throw〉の新星ジャズ・ピアニストが、ついに正式なファースト・アルバム『Primordial Waters』をリリースする。ジャズ・サイドとヒップホップ・サイドに分かれた2枚組の大作になっている模様。ヨルバ族のディアスポラが主題とのことで、テーマの面でも興味深い。注目しましょう。

JAMAEL DEAN
Primordial Waters

Kamasi Washington、Thundercat、Miguel Atwood-Ferguson、Carlos Nino等とのコラボレーションやパフォーマンスを経て、ピアニストJamael Dean(ジャメル・ディーン)の正式なデビューアルバムが遂に完成!!
自身のグループによる演奏を収録したジャズサイドと、その演奏をサンプリングしたヒップホップ/ビート・サイドという、全20曲の注目作!!
Stones Throwとringsにより、日本限定盤MQA対応仕様の2CDでリリース!!

これまでもEPやソロ・ピアノ作で、ジャメル・ディーンはその才能の片鱗をうかがわせた。ラッパーのジャシーク、ビートメイカーのジーラとしても勢力的に音源を発表してきた。そして、待望のファースト・アルバムが届いた。自身のグループ、ジ・アフロノーツと録音されたジャズ・サイドと、その音源を使ったヒップホップ/ビート・サイドの二部構成で、ヨルバ・ディアスポラをテーマとした壮大な物語を完成させた。(原 雅明 ringsプロデューサー)

アーティスト : JAMAEL DEAN(ジャメル・ディーン)
タイトル : Primordial Waters (プライモーディアル・ウォーターズ)
発売日 : 2021/12/08
価格 : 3,000円+税
レーベル/品番 : rings / Stones Throw (RINC82)
フォーマット : 2CD (日本企画限定盤) MQA対応
バーコード : 4988044070684

*MQA-CDとは?
通常のプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティのハイレゾ音源をお楽しみいただけるCDです。

Official HP : https://www.ringstokyo.com/jamael-dean-3

新時代の扉がいま開かれる──
ビジネス、社会、ゲーム……私たちの生活はどう変わるのか?

最近ニュースなどでよく見かけるようになった “メタヴァース”。
オンライン上の3D仮想空間のことを指すそれは、“インターネットの後継” とまで呼ばれている。
はたしてそれは私たちにどのような影響を及ぼすのか?

セカンドライフ、VRChat、cluster、「バーチャル渋谷」、フェイスブック、Oculus Quest 2、ブロックチェーン、NFT、『フォートナイト』、『Roblox』、MMORPG、『竜とそばかすの姫』、『ソードアート・オンライン』……

いま多方面から注目を集める “メタヴァース” を初心者向けに解説、
様々な角度からその魅力に迫る!

インタヴュー:三淵啓自、宇川直宏(DOMMUNE)、國光宏尚&新清士(Thirdverse)、今井晋、TREKKIE TRAX、池上英子、藤嶋咲子
コラム:飯田一史、小谷真理、斉藤賢爾、白石嘉治、巽孝之、田中 “hally” 治久、藤田直哉、三田格、エフゲニー・モロゾフ


contents

◆interview
三淵啓自 メタヴァースが変える世界──先駆者セカンドライフの持続性から未来を探る
宇川直宏 無限の幻想を共有すること──ヒッピー・ムーヴメントが果たせなかった夢の続き
國光宏尚&新清士 来るべき「オアシス」への道筋──SNSとゲーム、VR、ブロックチェーンの交差がメタヴァースを実現する (取材:葛西祝)
今井晋 スラングと身振り手振りの重要性──『フォートナイト』が脚光を浴びた理由
TREKKIE TRAX クラブ・カルチャーをもう一回やり直している感覚──VRChatでワールド・ツアーを敢行、DJ集団が目撃した景色とは
池上英子 人間は古来よりずっとアヴァターを使ってきた──文明そのものを成り立たせるヴァーチャルの力
藤嶋咲子 「声」の熱量を、意志を表現する──ヴァーチャル・デモの可能性

◆how-to
メタヴァースを体験するには何が必要? 事前に用意しておきたいもの
実際にメタヴァースを体験してみよう① ヴァーチャルSNS/ソーシャルVR編
実際にメタヴァースを体験してみよう② オンライン・ゲーム/ゲーム型コンテンツ編

◆column
巽孝之 『スノウ・クラッシュ』使用前後──ニール・スティーヴンスンのSF的想像力
斉藤賢爾 ブロックチェーン、NFTと個別に構築されるメタヴァース
田中 “hally” 治久 プレヒストリック・メタヴァース──「ごっこ遊び」はいかにして「メタヴァース」へと至ったか
藤田直哉 『竜とそばかすの姫』と日本的メタヴァース
飯田一史 アインクラッドはなぜ特別なのか──『ソードアート・オンライン』におけるアヴァターの「顔」
白石嘉治 「分身」の夜のうた──VRの淵源、アルトーの「潜在的現実」によせて
小谷真理 現実における性差の歪さをいかに変えることができるか──漫画『ルサンチマン』が突破した壁
三田格 異世界へ転生すると何が起きる?──メタヴァースの先にあるもの
エフゲニー・モロゾフ もうひとつのデジタル世界は可能だ──プライヴァシーの向こう側 (訳:土田修)

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
紀伊國屋書店
honto
e-hon
Honya Club
mibon本の通販(未来屋書店)

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
丸善/ジュンク堂書店/文教堂/戸田書店/啓林堂書店/ブックスモア
旭屋書店
有隣堂
TSUTAYA
未来屋書店/アシーネ

interview with BADBADNOTGOOD (Leland Whitty) - ele-king

 トロント出身の3人組のバンド、バッドバッドノットグッド(以下BBNG)の、5年ぶりとなるニューアルバム『Talk Memory』がリリースされた。
 BBNGは、トロントの有名大学、ハンバーカレッジのジャズ・プログラムで出会った、アレックス・ソウィンスキー(ドラム)、チェスター・ハンセン(ベース)、リーランド・ウィッティ(サックス、ギター)から成るバンドで、数多くのアーティストとのコラボレーション活動で知られている。2010年結成以後、ヒップホップを中心とした楽曲のインストゥルメンタル・カヴァーが注目され、その後自身の作品リリースと並行して、ゴーストフェイス・キラーと共作アルバムを発表し、ケンドリック・ラマーをはじめとする人気アーティストの楽曲プロデュースを手がけるなど、彼らはつねにバンドの外の世界と混じりあいながら活動を進めてきた。MFドゥームダニー・ブラウンサンダーキャットフランク・オーシャンからスヌープ・ドッグ、ブーツィー・コリンズまで、彼らの共演者は枚挙に暇がない。
 2014年、彼らが初めてレーベルと契約したアルバム『III』のリリース時、大阪にある小規模ライヴハウス、CONPASSで彼らのライヴを見た。当時、彼らを形容する新世代ジャズという言葉が指す音楽は、いまほど振り幅が広くなく、ヒップホップのビートを強調する生演奏といったイメージがあったが、実際見たライヴはむしろロック・バンドの印象に近かった。レイドバックするグルーヴよりも、前に前に繰り出す音の波動が、衝動的なエネルギーと同時に発散されていて、演奏する彼らもオーディエンスも同じようなフィーリングを交換し合っていた。終演後もバンド・メンバーは観客と写真を撮り合い、自分たちの写真をコラージュした手作り感満載のステッカーを手渡しで配っていた。
 数年が経ってリリースされた2016年のアルバム『IV』には、作り込まれた緻密な作風があり、ライヴのカジュアルな印象との違いに驚いたが、その後の大規模な世界ツアーの反響を見ると、彼らの演奏は大きな会場になっても以前のライヴと変わらないテンションを持っていることがわかった。そして、なぜここまで多くのアーティストが彼らとコラボレーションしてきたのか合点がいった。
 インタヴューでも答えてくれているが、ツアー中にウッドブロックを紛失してしまったことがあり、空になったウィスキーの瓶を用いた、「ジムビームのパーカッション」の演奏が盛り上がりメディアでも取り上げられていた。その曲はケイトラナダと作った “Lavender” だったのだが、この曲を聴いた筆者の子供たちが、手元にあった割り箸をとっさに掴み、思い思いにリズムを取りはじめたのには驚いた。この様子に、瓶を叩く彼らの姿が重なり同じ音楽を共有するというリアルな感覚を覚えたからだ。なるほど、彼らの音楽には、共に音を出したくなる魅力があるのだろう。今年 TikTok で大ヒットした “Time Move Slow” のリメイク動画も、同じような衝動から生まれたに違いない。BBNGの音楽がここまで広がりを見せるのは、音楽への衝動を引き出す力が、彼らの活動の中に備わっているからなのだと思う。
 さて、今回のニュー・リリースは、どんなメンバーがコラボレーションに加わっているのだろう。過去と現在を繋ぎ新たな文脈で自己を表現する、地域も時代性も異なるアーティストが集結している。ブラジルの伝説的なアレンジャー/プロデューサーのアルトゥール・ヴェロカイ、マンチェスター出身で現代のUKシーンを代表するプロデューサー、フローティング・ポインツ、アンビエント/ニューエイジの巨匠、ララージ、デトロイトのジャズとクラブ・ミュージックを体現するドラマー、カリーム・リギンス、そのデトロイトでハープをジャズに取り入れた先駆者、ドロシー・アシュビーを継承するブランディー・ヤンガー、Pファンクの真髄を知るLAのプロデューサー/サックス奏者、テラス・マーティン。さらに、UKからジョー・アモン・ジョーンズ、日本では Ovall といった世界中のミュージシャンが先行シングルをカヴァーし、このリリースは大きなプロジェクトへと発展しはじめている。
今回のインタヴューは、サックスやギターなど複数の楽器を操るマルチプレイヤー、リーランド・ウィッティが担当してくれた。非常に温和な対応が印象的だった。

メロディに関しては、歌えるようなメロディを作ろうと心がけているよ。歌えるようなら愛着も湧くし、記憶に残りやすいと思うから。その代わりテクスチャやサウンドをユニークなものにしたり、ハーモニーを少し複雑なものにしたりする。

少し前の話からはじめたいのですが、前作の『IV』の成功で世界を飛び回ってツアーをしてきたと思います。その中で印象的な経験を教えてください。

リーランド・ウィッティ(Leland Whitty、以下LW):そうだね、僕たちは確かにツアーで世界各地を回ることができた。その思い出はひとつひとつが特別なものだけど、特に印象に残っているのは、ホームのトロントにある Massey Hall という会場でやったギグ。レッドブルが主催のイベントで、たくさんの友人を誘って彼らと一緒に演奏することができて、弦楽部門も入れることができた。トロントを象徴する、とても美しい会場なんだ。僕たちは今までに Massey Hall で数多くの公演を見てきたから、自分たちがそこでギグをやるということは僕たち全員にとって特別なことだった。もうひとつ印象に残っているのは、サンパウロでアルトゥール・ヴェロカイの前座を務めたとき。彼のセットはオーケストラが入っていて、その最後の4曲で僕たちもジョインして、僕たちがいままでずっと大好きな曲として聴いてきた、アルトゥール・ヴェロカイの曲を、彼のオーケストラと一緒に演奏した。感激するほど素敵な体験だったよ。あの機会があったから、アルトゥール・ヴェロカイとの関係性を確立できたと思う。

この数多くの経験が『Talk Memory』にフィードバックされていると思いますが、曲作りからレコーディングまでのプロセスを教えてください。

LW:様々な場所でライヴをしてきたという経験は、今回のアルバムの大きなインスピレーションになっている。僕たちは、とても長い間、アルバム『IV』のツアーをしていたから、その期間に、アルバムの曲を進化させて、形を変化させていったり、即興演奏を長く取るようにしていった。そうしたことで、曲がさらに自由になっていったという実感があったから、それを今回のアルバムの音楽に反映させたかった。今回のアルバムの考え方としては、全てが前もって作曲され、練習されているということだった。レコーディングの2ヶ月前に曲が完成されていたものが多かったと思う。だから曲は、とても新鮮なもので、かつ、丹念に練習されていたから、レコーディングのプロセスはとても手短に、シームレスにおこなうことができた。自分たちがどういう演奏をして、何を成し遂げたいのかということが既に明確になっていて、自信もついていたからね。だからレコーディングのときは、ライヴでおこなう即興演奏のような感じはあまりなかったんだ。

でも今回のアルバムには即興された部分も収録されていますよね?

LW:その通り。全ての曲は、それぞれメロディ、ハーモニー、形の構成が全てでき上がっているんだけど、そこに大抵、ひとりかふたり分のソロを入れられる余白が残してあるから、そこで即興ができるようになっているんだ。元々の構成をしっかり作って、それに自信を感じられるようになっていたからこそ、即興をするというときに、より自由に演奏することができたと思う。

ツアーのインスピレーションと言えば、新録に収録されている “Open Channels” ではウッドブロックのリズムが印象的でしたが、もしかすると、ツアーでお馴染みになったジムビームのボトルパーカッションを使っていまか?(笑)

LW:ハハハ! アルバムでもそうすれば良かったね! 実際に使ったのは本物のウッドブロックだよ(笑)。“Lavender” という曲をライヴで演奏したときに、曲にはサックスのパートがないから、僕はパーカッションをやったんだけど、パーカッションが行方不明になっちゃったから、ジムビームのボトルをシンバルのスタンドにくっつけて、それを使ったんだ。

盛り上がっていましたよね。BBNGの曲を聴いていると、耳に残るメロディがあって、70年代のレコードと重なるようなときがありますが、過去のそれとは異なる何かが混じって新鮮な響きなり、それがBBNGの個性になっている気がします。曲作りではどんなことを意識していますか?

LW:感情に訴えかけるような音楽を作ろうという意識はある。メロディに関しては、僕たちそれぞれのアプローチがあると思うけれど、僕個人としては、歌えるようなメロディを作ろうと心がけているよ。メロディに関しては、知性に訴えるものである必要はないと思っていて、歌えるようなら愛着も湧くし、記憶に残りやすいと思うから、僕個人はそういう面を大切にしている。その代わりテクスチャやサウンドをユニークなものにしたり、ハーモニーを少し複雑なものにしたりする。それが君の言っていることかもしれないね。メロディを、より現代的で個性的なものへと昇華させる。それにしても、僕たちの音楽が古くて馴染みのある感じに聴こえるというのは嬉しいことだね(笑)

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僕たちはアルトゥール・ヴェロカイの大ファンだから、一切のディレクションをしなかったんだ(笑)。そしたら彼はアレンジの音楽を作曲して、スタジオを予約して、ミュージシャンを雇って、録音した音楽を僕たちに送ってくれた。それを聴いた僕たちは一瞬で圧倒されたよ。

新作について、話を移しますが、今作はBBNGの初期の作品の影響となったアーティストのオマージュとのことですが、まずその点についてお聞きしたいです。

LW:僕たちがアルトゥール・ヴェロカイを知ったのは、MFドゥームが彼をサンプリングしていたのがきっかけだった。だからこのふたつのコネクションは非常に強い影響だと思う。特にBBNGの初期の影響はジャズとヒップホップだからね。ジャズをサンプリングしたという影響も大きかったし、サンプリングという技術のおかげで、僕たちは、ブラジル音楽や、その他のジャンル──MFドゥームを発見していなかったから聴いていなかったかもしれないジャンル──の音楽という世界への扉が開けた。だからアルトゥール・ヴェロカイとMFドゥームからは強い影響を受けている。今作に関して言えば、僕個人としてはブラック・サバスやマハヴィシュヌ・オーケストラ、マイルス・デイヴィス、フローティング・ポインツなどもたくさん聴いていたよ。

他にもたくさんの共演者がいますが、過去の音楽を継承しながら自分の色を作っている現在のアーティストや、現在の音楽シーンで新たなイメージで活躍しているベテランがいて、地域も世代も幅広い人選になっていますね。

LW:人選についてはその通りだと思うね。実際に会ってレコーディングしたのは、テラス・マーティンカリーム・リギンスのふたりだけで、それは僕たちがロサンゼルスでこのアルバムをレコーディングしていて、彼らがロサンゼルスにいるアーティストたちだったという理由から。元々彼らとはツアーをしているときに知り合って、交友がはじまった。もちろんそのずっと前から彼らのことは知っていたけど、彼らのライヴを実際に聴いてから、より刺激を受けた。だからこのふたりと一緒にレコーディングできたのはラッキーなことだった。その後に、アルバムのメイントラックを全て撮り終えたんだけど、パンデミックが発生してしまったから、残りのゲストたちとのやりとりは全てEメールだったんだ。まあそれもあって、国や地域性を特に意識せずに、誰とコラボレーションしたいかということを自由に考えることができた。でもやっぱり、ゲストたちと仕事をするときは、同じ空間で一緒に音楽をやる方が断然いいよ。今回はララージブランディー・ヤンガー、そしてアルトゥール・ヴェロカイに自分たちの音楽を送ってという形になったけれど、彼らとコラボレーションできたのは素晴らしい体験だった。

ゲストとはそれぞれどんなやり方でレコーディングをしたのでしょうか? コンセプトやイメージを共有するために取った方法を教えてください。

LW:最初に(リモートで)コラボレーションしたのはアルトゥール・ヴェロカイだった。僕たちは当初からストリングスのアレンジを音楽に加えたいと思っていて、自分たちでアレンジをしようかと考えていたんだけど、誰かがアルトゥール・ヴェロカイに頼んでみようと提案したんだ。アルトゥール・ヴェロカイは非常に多作な人で、いまでも数多くのアーティストたちのプロジェクトを手掛けているにもかかわらず、僕たちのプロジェクトに関わることに対しても快諾してくれた。僕たちはアルトゥール・ヴェロカイの大ファンだから、彼に対して「あなたが手がけるものなら何でも、僕たちの音楽にぴったりとはまると思います」と言って一切のディレクションをしなかったんだ(笑)。そしたら彼はアレンジの音楽を作曲して、スタジオを予約して、ミュージシャンを雇って、録音した音楽を僕たちに送ってくれた。それを聴いた僕たちは一瞬で圧倒されたよ。
 その次に依頼したのはララージだったかな。僕たちはララージの音楽もずっと聴いてきていて、今回の “Unfolding” という曲に彼の美しいテクスチャを全体的に加えたら、素敵なアンビエントな曲になって、とても合うと思った。彼とはZoomで連絡を取り合っただけで、実際にはまだ会ったことがないんだ。ララージは自宅にスタジオのセットアップができていたから、そこで録音してもらった。
 ブランディー・ヤンガーも、彼女の自宅でレコーディングしてもらったんだけど、彼女は僕たちにいわゆる「贅沢な悩み」を与えてくれた。彼女は “Talk Meaning” の演奏を3テイク分、送ってくれたんだけど、3つともすごく素晴らしくて、ひとつずつが個性的なものだったから、選ぶのがすごく難しかったんだ。しかもそれが、アルバムを完成させてミックスへ送る直前の、パズルの最後のピースだったんだ。

アルトゥール・ヴェロカイに関しては何の指示もしなかったということですが、他のゲストたちとはコンセプトやイメージを共有したのでしょうか? それとも音楽をゲストに送るだけで後はゲストに任せるという感じでしょうか?

LW:ほとんどの場合、ゆるい感じの指示しかしない。例えば、ララージのときは、彼特有のドローンな感じを曲全体に纏わせてくれたらいいと思って、そういう漠然とした感じを伝えた。僕たちの指示がなくても、ララージは自分で選択した道を歩んで、最終的にあの仕上げ方をしていたと思うけれどね。ブランディーの演奏に関しては、ジャズで言う「コンピング」という、メロディーに合わせて伴奏する形式に近かった。ハープはとても美しい響きを持つ楽器だし、彼女の演奏も素晴らしいから、僕たちの漠然とした指示だけでも良いコラボレーションになった。“Unfolding” と “Talk Meaning” はどちらもオープンな曲というか、余白が十分に残された曲だったから、ララージもブランディーも自分たちが望むような演奏ができたと思う。

アーティストのたまごのような人たちにとって、他の人たちとアイデアを共有したり話し合ったりすることのできるコミュニティがあるということは、お互いの成長を助けるという意味でとても大切だと思う。

前作は自分たちのスタジオでのレコーディングで、今回はLAのヴァレンタイン・スタジオでの録音ですが、どんな違いがありましたか?

LW:前作『IV』は自分たちのスタジオでレコーディングしたから時間的な余裕があった。前作も今作もテープに録音されたものなんだけど、テープ録音をするときは、ある特定の姿勢でその録音方法に取り組まないといけないんだ。だけど、前作は時間的な余裕があったから、細かいことを気にして直したり、セッティングを変えたり、完璧なシンセのトーンを見つけようとしたりして、時間を贅沢に使っていた。僕はオーバーダブを何度もやって、自分のパートや演奏に対して過剰に批判的になって、完璧なものが撮れるまで録音を延々とおこなっていた。でも、LAのヴァレンタイン・スタジオでレコーディングしたときは、状況は全く違うものだった。主な理由としては、スタジオ・エンジニアのニックがものすごく早いペースで仕事をする人で、僕たちがどんな提案や難題を彼に投げても、つねにレコーディングする準備ができているというタイプの人だったからなんだ。だからニックはバンドのもうひとりのメンバーみたいな感じだったよ。さっきも話したように、今回のアルバムでは、曲を事前にしっかりと練習していたから、自分たちがやりたいことが明確になっていた。だから今回のレコーディングの方が、前回よりもずっと少ないテイク数で終了した。通常なら、僕たち全員が満足するものが撮れるまで何度もレコーディングするんだけど、今回は全ての曲が4テイク以下で済んだ。

前回のように、レコーディング機材のセッティングは頻繁に変えて工夫しながら録ったのですか?

LW:セッティングは少し変えたけれど、全ては僕たちがアクセスしやすいようにセッティングされていた。機材に関しては、ヴァレンタインは60年代に作られたスタジオだから、そこにあった機材の多くは、僕たちが最も好きな60年代という時代からのものなんだ。そういう機材に囲まれてレコーディングできたのもアルバムに影響を与えたと思うよ。保存状態が完璧なヴィンテージのマイクや、美しいミキシング・コンソールや外付け型のプレアンプやイコライザーなどは、アルバムのプロダクションに大きな影響を与えたと思う。楽器に関しては、僕たちはトロントからLAに行ったから、必要最低限のものしか持っていかなかった。僕はサックスとフルートを持っていき、チェスターはベースを持っていき、アレックスはシンバルを持っていったけれど、それ以外のものは全てスタジオに完備してあった。ギターやアンプなど素晴らしいコレクションが備わっていたよ。僕がいままでに触ったピアノや聴いたピアノの中で最も美しい音を出すスタインウェイのグランド・ピアノもあったし、フェンダーローズもあった。そういう素晴らしい楽器がたくさんあったから、実際に自分たちでそういう楽器を弾いてみると、とても良い刺激になった。

いまの時代は技術革新が進んでいるから、スマートフォンやノートパソコンを使える人なら誰でも、良い作品を作ることが可能だと思う。でも僕は音楽というものは、それ以上に、コラボレーションが基盤となっている活動だと思っている。様々な人たちと様々な環境で一緒に仕事をしていくという技術を身につけることは非常に重要なことだと思うから、それが将来、不要なものとしてなくならないことを願うよ。

全体の音質作りに関して参考にした作品はありますか?

LW:今回のアルバムのプロダクションや音質作りに関しては、ディアンジェロを参考にした部分があった。だからアルバムをディアンジェロのアルバム『Voodoo』を手掛けたラッセルに仕上げてもらったことはとても重要な意味合いがあった。それから、ブラック・サバスやマハヴィシュヌ・オーケストラ、ジミ・ヘンドリクスといったもう少しヘヴィーな音楽も参考にしたし、ルディ・ヴァン・ゲルダーが手掛けた昔のジャズ、例えばコルトレーンやウェイン・ショーターなどによる素晴らしい音響のレコードも参考にした。プロダクションやアレンジメントやテクスチャや即興に関しては、アルトゥール・ヴェロカイのレコードを今回も参考にしているよ。

ラッセル・エレヴァードはこの新作にどのように関わっていますか?

LW:彼は素晴らしい音楽をたくさん手掛けてきたレジェンドだ。そんな人と一緒に仕事ができたということ自体が光栄で素晴らしい経験だった。彼とスタジオに入って、彼の作業を実際に見ることができたら最高だったんだけど、パンデミックの影響で残念ながら、彼と実際に会って仕事をすることはできなかった。アルトゥール・ヴェロカイとララージとブランディー・ヤンガーがオーバーダブをしたパートはデジタルでレコーディングされたんだけど、それ以外の僕たちのパートは全てアナログでレコーディングされたものだった。それをラッセルに送ることによって、ラッセルはそのプロセスを引き継いでくれた。彼はミキシングのときはプラグインを一切使わないし、素晴らしいアナログ処理の機材を所有している。彼は僕たちの素材を全て上手にまとめ合わせてくれて、温かみのある層を加えてくれた。それにミキシング・エンジニアとしての絶妙さというのにも長けていて、アルバム全体にかけて、テクスチャやトーンのニュアンスを絶妙に調節してくれた。曲を書いて演奏した僕たちでさえあまり気づかない箇所も彼は微妙な処理をしてくれて、音楽全体を素晴らしいものに仕上げてくれた。

ところで、新作から逸れますが、初期の活動場は、アレックスのお父さんが持っていて提供してくれた地下室だったり、チェスターのお父さんがあなたたちの好きなヤマハ・シンセサイザーの CS-60 を探し回って見つけてくれたりと、ファミリーの応援が垣間見られるエピソードを記事で読みました。家族やコミュニティとの関わりもBBNGの活動の重要な点だと感じますが、あなたたちが家族やコミュニティとどのように関わり合ってきたのか教えてください。

LW:そうだね、家族は僕たちにとってものすごく重要な存在だ。アレックスの父親のビルは、昔からバンドのいちばんの支援者だった。ビルはいつも僕たちのことをライヴ会場まで車で連れていってくれたんだ。ライヴのときは、機材を車に積んだり、降ろしたり、会場内へ運んだりしないといけないから、彼のサポートは本当に心強かったよ。最近はパンデミックの影響であまりバンドの家族と会うことができなくなってしまったけれどね。僕の両親はカナダにいるんだけれど、かなり遠く離れているから、ここ2年くらい会っていないんだ。でも今度トロントにまた引っ越してくるからもうすぐ会える。僕の両親も僕の音楽活動をずっとサポートしてくれているよ。コミュニティに関しては、アーティストのたまごのような人たちにとって、他の人たちとアイデアを共有したり話し合ったりすることのできるコミュニティがあるということは、お互いの成長を助けるという意味でとても大切だと思う。ただそれも最近のパンデミックのせいで、ライヴが開催されなくなってしまったから、友人に会う機会も減ってしまったし、友人のアーティスト活動をサポートするのも難しくなってしまった。でも、通常の状況においては、そういうコミュニティ内でサポートをし合って、成長していくということが僕にとってはとても大切なことだったね。

最後に、これからの音楽シーンに関して思うことを教えてください。

LW:いまの時代は技術革新が進んでいるから、スマートフォンやノートパソコンを使える人なら誰でも、良い作品を作ることが可能だと思う。それはすごいことだと思うし、多くの人にそのアクセスがあるということは良いことだと思う。でも僕は音楽というものは、それ以上に、コラボレーションが基盤となっている活動だと思っている。様々な人たちと様々な環境で一緒に仕事をしていくという技術を身につけることは非常に重要なことだと思うから、それが将来、不要なものとしてなくならないことを願うよ。人と一緒に音楽をやることの良い点というのは、コミュニティが育まれ、広がっていくということ。そのコミュニティが、個人やアーティストとして成長できる場になるし、活躍する機会も増えて行くと思う。お互いの成長や発展をサポートし合っているコミュニティに多く広く所属している方が、成功する機会も増えていくと思うんだ。音楽業界で成功するのは難しいことだと思うけど、人と関わっていく技術や、コミュニティを大切にするということは成功する上でとても役に立つと思うよ。

Pat Fish(Jazz Butcher) - ele-king

 10月7日の朝、Twitterを見たら「パット・フィッシュ(ジャズ・ブッチャー)さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申します。」というGlass Modern Recordsの公式アカウントのツイートが目に飛び込んで来た。
 しばらく言葉を失った。慌てて検索し、その情報がどうやら間違いではないことを確信すると、三十数年前に買い揃えたレコードを引っ張り出して1stアルバムの『In Bath Of Bacon』から聴き直しはじめた。
 ザ・ジャズ・ブッチャーは、自分の中で五本の指に入るくらい好きなアーティストだ。そんなクラスの人が亡くなるのは8年前の大滝詠一以来だろうか。

 ザ・ジャズ・ブッチャーとの出会いは高校年の頃。御茶ノ水の輸入盤屋を漁っていて「モノクローム・セットが好きな人に! バウハウスのデビッド・J参加」と書かれていた2ndアルバム『A Scandal In Bohemia』(1984)に興味を惹かれて買ったのが最初だった。どちらのバンドも好きだったからだ。
 とは言うものの、手元にある『A Scandal In Bohemia』はキングのNexusレーベルから出ていた国内盤なので、輸入盤屋で購入したという記憶と矛盾がある。まぁ、三十数年前の話だから、しょうがない。
 とぼけたマンガが描かれたジャケットから、それがシリアス一辺倒のバンドではないことはわかっていたが、聴いてみるとネオアコっぽい曲、ガレージ・パンクっぽい曲、果ては童謡っぽい曲(しかも調子っぱずれなコーラスが入る)と、曲調はとりとめないのだけれど、ちょっとザラついた感触の歌声がそれらを上手くまとめていた。なんといっても全編に漂うユーモアのセンスが肌にあった。確かにモノクローム・セットと通じるものは感じる。
 しばらく『A Scandal In Bohemia』を狂ったように聴いたが、このザ・ジャズ・ブッチャーに関する情報は音楽誌には全く出てこない。もちろんネットで調べることなんて出来ない時代だ。頼りは国内盤についていた森田敏文氏の書いたライナーノートのみ。ジャケットを見ると4人組のバンドだと思ったけれど、どうやらザ・ジャズ・ブッチャーというのはヴォーカルのソロ名義でもあるらしい。ん? どういうことだ? 

 その後もレコード屋で見かけると購入していたのだが、ミニアルバムやらコンピレーションやらライヴ盤やらが多く、なかなかディスコグラフィーが把握できなかった。
 しかもこの頃発売されたサイコビリーのオムニバスにも、参加していたりして、もうなんだかよくわからない。
 途中でザ・ジャズ・ブッチャー・コンスピラーシーなんて名前になってたのも意味不明だったし。
 でも、情報が限られていたこの頃は、こんなことがよくあった。愛聴しているのに、そのバンドのことをよく知らなかったりするのは珍しいことではなかった。そしてその情報不足の得体のしれ無さが、まだザ・ジャズ・ブッチャーには似合っていたのだ。

 1988年の『Fishcotheque』からは、どインディーなグラス・レコードから名門のクリエイションへと移籍。以前よりも少しマジメになったような印象もあったけれど、唐突にJ.B.C.名義でローリング・ストーンズの“We Love You”を打ち込みダンストラックでカバーしてみたりと、わけのわからなさは健在だった。
 アラン・マッギーが「オアシスでもうけた金で、俺はジャズ・ブッチャーのアルバムをリリースし続けるのさ」と言ったなんて記事を読んだこともあったけれど、愛されてたんだなぁ、ジャズ・ブッチャー。
 クリエイション移籍以降も新譜が出れば買い続けていたけれど、正直グラス時代ほど熱心に聴き込むことはなかった。いや、それでもたまに聴くと「あれ、この時期のも悪くないな」なんて思ったりはしてたけれど。

 そして90年代後半からは次第にリリースの間隔も空いていき、ザ・ジャズ・ブッチャーの活動もフェードアウトしていった。
 でも、自分の中ではずっと重要なアーティストだった。『A Scandal In Bohemia』収録の“Girlfriend”はDJをやる時の定番だったし(あと初期のギタリストだったマックス・エイダーのソロ“My Other Life”も!)、ここ最近はサブスクリプションサービスをチェックする時にはザ・ジャズ・ブッチャーのアルバムがどれくらいあるかを目安にしていた。

 2018年に彼が「なんらかの病気」ということで治療の費用をクラウドファンディングしていると聞いた時はドキリとしたのだけれど、それからずっと闘病していたのだろうか。
 そういえば、彼がパット・フィッシュという個人名をクレジットするようになったのは1990年の『Cult Of The Basement』以降なので、あんまりパット・フィッシュという名前はピンと来ない。自分にとっては、彼はやっぱりザ・ジャズ・ブッチャー、もしくはブッチなのだ。
 お疲れ様、ブッチ。

Bonobo - ele-king

 ジャンルとしてのダウンテンポがある。90年代初頭に生まれたクラブ・ミュージックのサブジャンルで、スロー・テンポ(90bpmほど)のビートと雰囲気のあるメロディアスな上物、そして折衷的な構造に特徴を持ち、トリップホップからチルウェイヴ、ヴェイパーウェイヴなんかもそれに該当するものがあったりする。日本ではサイレント・ポエツが有名だが、欧州にはたくさんのダウンテンポ作家がいて、UKのボノブはその代表格のひとり。2017年の『マイグレーション』はダウンテンポの高みにある作品で、全英チャートでトップ5入り、米ビルボードのダンス・アルバム・チャートでは1位を記録した。
 このたび、このダウンテンポの真打ちが、5年ぶりとなる待望の最新作『Fragments』を年明けの2022年1月14日にリリースすることを発表した。
 合わせて新曲“Rosewood”のMVも公開。
 
Bonobo - Rosewood

https://bonobo.lnk.to/fragments/youtube

 最新アルバム『Fragments』には、シカゴ発の新世代R&Bシンガー、ジャミーラ・ウッズ、88risingの日系R&Bシンガー、Joji(ジョージ)、ジョーダン・ラカイ、LAのシンガー‏/マルチインストゥルメンタリスト、カディア・ボネイなどのゲストがフィーチャーされている。
 また、新曲“Rosewood”を聴いても察することができるように、『Fragments』はなんでもダンス寄りの内容らしい。数曲のバラードもあるようだが、アルバム全体としてはダンスフロアに向けて作られているという。ボノボいわく「自分がどれほど、満杯のオーディエンスとその律動、互いにつながっている人々が大好きだったか、何度も思いだした」
 ってことは、ダウテンポを極めた達人の新たなる挑戦になるのだろうか……

 なお、『Fragments』は2022年1月14日 (金)にCD、数量限定のCD+Tシャツセット(ニール・クラッグが手がけたアートワークを採用)、LP、デジタルでリリース。国内盤CDには解説が封入され、ボーナストラック「Landforms」が収録。また、Oカード付きのamazon限定CDも発売予定。LPはブラック・ヴァイナルの通常盤、レッド・マーブル・ヴァイナルの限定盤、特殊パッケージにアートプリントが封入されたクリスタル・クリア・ヴァイナルのデラックス盤、限られたお店だけで手にはいるゴールド・ヴァイナルのストア限定盤で発売。さらに、レッド・マーブル・ヴァイナルの限定盤は数量限定でサイン入りの発売も予定されている。



Bonobo
Fragments

Ninja Tune / Beat Records
release: 2022/01/14

https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12132
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12133

tracklist:
国内盤CD
1. Polyghost (feat. Miguel Atwood-Ferguson)
2. Shadows (feat. Jordan Rakei)
3. Rosewood
4. Otomo (feat. O’Flynn)
5. Tides (feat. Jamila Woods)
6. Elysian
7. Closer
8. Age of Phase
9. From You (feat. Joji)
10. Counterpart
11. Sapien
12. Day by Day (feat. Kadhja Bonet)
13. Landforms (Bonus Track)

House music - ele-king

 ハウスは12インチの文化とよく言われる。それは、僕がハウスを気に入っているひとつの理由でもある。ロックを聴いていた高校生のころは「フルレングスのアルバム以外認めない」なんて謎にオラついていたけれど、いまではアルバムという単位にちょっと重く感じてしまうときがある。その点、12インチは気軽に針を落とせるし、基本的には音がいいし、なにより安いのだ(あくまで、アルバムと比べて)。僕のサウンド・パトロールではアルバムに縛られず、お気に入りの12インチ、EPやコンピレーションなど、さまざまなフォーマットでリリースされたダンス・ミュージックを定期的に紹介することをコンセプトに据えている。それらにはアルバムと違った聴きかた、楽しみかたがあると思うので、以下に紹介する5枚をぜひ聴いてみてほしい。


V.A - BEAUTIFUL PRESENTS: BEAUTIFUL VOL 1 〈Beautiful〉

 ロンドンの〈Beautiful〉は、Reprezent RadioやBBC Radio1で活動しつつ、かたや『Fabric Presents』では、モーター・シティ・ドラム・アンサンブルやオーヴァーモノに続いてそのミックス・シリーズに抜擢されるなど、いま勢いに乗りまくっているシェレリが新たに設立したレーベル。その第一弾となるコンピレーションは、「ブラック・エレクトロニック・ミュージックをセレブレートするためのホーム」と言う通り、ロレイン・ジェイムズ、イーロン(:3LON )、ティム・リーパー、カリーム・アリなど、性別を問わずエレクトロニック・ミュージックの若い才能たちが一堂に会している。コンピレーションで曲数が多いから通して聴くのは大変かもしれないが、騙されたと思ってオープナー“Sirens”と続く“THE PSA”だけでも聴いてみてほしい。〈Beautiful〉は黒人、クィア、女性であるひとびとの良きプラットフォームを目指しているようだが、それはこのコンピの人選を見ても明らかだ。シェレリの野心的な試みにはこれからも目が離せない。


V.A - Melodies Record Club #002: Ben UFO selects 〈Melodies International〉

 フローティング・ポインツによる、リイシュー専科の〈Melodies International〉。このレーベルの『Melodies Record Club』シリーズは、DJやアーティストが12インチで過去のレアな音源をキュレーションする企画で、記念すべき第一回はフォー・テット、そして今回はベン・UFOがセレクトするなど、フローティング・ポインツと馴染み深い面々が担っている。電子音楽の先駆者のひとりとして数えられるローリー・シュピーゲルによる、“Drums”の実験的な7分間のアフリカン・マシン・リズムが最高なのは言うまでもないが、僕は B面のオロフ・ドレイジャーによる“Echoes From Mamori”のほうにさらなる衝撃を受けた。これは、彼の友人が企画したエキシビジョンのためにCDでリリースされた音源だそうで、アマゾンとベルリンで録音したカエルや鳥のサウンドから始まる、およそ13分もの長大なハウス・ミュージックに仕上がっている。『Melodies Record Club』のこれからのラインナップとして、ハニー(〈Rush Hour〉)、ダフニ(カリブー)、ジャイルズ・ピーターソンなどをそのキュレーターとして予定している。非常に楽しみだ。


Kush Jones - Rugrats / Basic Bass 〈FRANCHISE〉

 シカゴで生まれた正真正銘のアンダーグラウンドなダンス・ミュージック、ジューク/フットワーク。しかし、ご紹介するものはシカゴでなくニューヨークで、もはやこれをジューク/フットワークと呼んでいいのかと思うくらいの変異ぶりを感じる。ブロンクスで生まれ育ったクッシュ・ジョーンズは、シカゴにおける猥雑でゲットーな同ジャンルの正統な旗振りというより、そのフォームをよりエクスペリメンタルに前進させようと試みるDJと言うべきかもしれない。彼と同じ〈Juke Bounce Werk〉のクルーであるDJノアール、EPが待たれるマンチェスターのアンズ、そしてブルックリンのDJマニーと、リミックス陣も抜かりなく豪華な面々が揃えられているところもポイント。ベスト・トラックはDJマニーによる不協和音ギリギリを狙っていくかのような“Rugrats”のリミックスかな。


effgee - Good Morning 〈fellice records〉

 ドイツはハンブルクを拠点とする、エフギーことフェリックス・ガスによるモダン・ハウス。彼自身によって2021年に設立された〈fellice records〉のレーベル第一弾で、イタリアでの生活をもとに、fellice(フェリーチェ、イタリア語で「幸せ」を意味するらしい)なフィーリングを伴った音楽を提供している。“Place”のオーガニックで温かみのあるハウス・グルーヴは、彼のソウルやジャズを背景としたドラマーとしての出自がおそらく関係しているのだろう。奇妙で不確かないまの時代において、自分のサウンドとデザインをアウトプットするための必要性を感じたことがレーベル設立の動機で、その通り今作のサウンドとアートワークはエフギー自身がすべてを手がけている。ウクライナのヴァクラをいち早く紹介したことでも知られるUKの〈quintessentials〉から、2009年のレーベル・コンピレーションに登場していたらしいが、まったく知らなかった。要チェックです。


Project Pablo - Beaubien Dream 〈Sounds Of Beaubien Ouest〉

 前回にならって、最後はまたもや再発物で締めよう。〈Sounds Of Beaubien Oust〉(SOBO)から、記念すべきカタログ第一番が約5年ぶりのリイシュー。カナダはモントリオールを拠点に活動するプロジェクト・パブロことパトリック・ホランドの出世作。デジタルですでに持っていたので、今回のリプレスをヴァイナルで買うか迷っていたけれど、あたふたしているうちに売り切れ……。なにはともあれ“Closer”を聴いてほしい、ふわふわした夢見心地なディープ・ハウスが鳴っている。モントリオールは極寒の地だと聞くが、たしかにどこか寒々しいテクスチャも感じられ、これは秋が終わった冬に聴きたいハウス・ミュージックかもしれない。

CAN - ele-king

 〈ミュート〉からCANのライヴ・シリーズ第二弾の詳細が発表された。今回の音源は1975年のイギリスのブライトンでのライヴから。『ライヴ・イン・ブライトン 1975』(LIVE IN BRIGHTON 1975)として、12月3日にCD2枚組のフォーマットで発売される。
 レーベルによるとアルバムには、ミヒャエル・カローリのヴォーカルがあり、ヤキ・リーベツァイトの信じがたいドラムがあり、彼らのヒット曲“Vitamin C”のジャム・セッションがあるそうだ。現代だから可能になったライヴ盤。楽しみに待ちましょう。

 


 
CAN
LIVE IN BRIGHTON 1975

2021年12月3日発売
解説: 松村正人 / 海外ライナーノーツ訳

Tracklist
[CD-1]
1. Brighton 75 Eins
2. Brighton 75 Zwei
3. Brighton 75 Drei
4. Brighton 75 Vier
[CD-2]
1. Brighton 75 Fünf
2. Brighton 75 Sechs
3. Brighton 75 Sieben

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431