「Ord」と一致するもの

Saint Etienne - ele-king

 いまの若い世代はどうかわからないけれど、少なくともぼくの世代あたりまでは、日本にはイギリスのポップ・カルチャーへの強い憧れがあった。いまとは比較にならないぐらい、ある時期までのイギリスは文化の吸引力がすごかったのだ。そして音楽はつねに文化の中心だった。で、その最初の爛熟期=スウィンギング・ロンドンに象徴される60年代のポップ・カルチャーを快く思っていなかった同国の政治家がトップに立ったのは、1979年のこと。セイント・エティエンヌは、快楽を目的とする人生を否定したその人=マーガレット・サッチャーが11年続いた首相の座を退任した1990年にロンドンで結成されている。バンド名はフランスのフットボール・チーム、ASサンテティエンヌから取られた。
 そして、サラ・クラックネル、ボブ・スタンリー、ピート・ウィッグスの3人によるポップ・カルチャーに恋した音楽は、スウィンギング・ロンドンと当時はまだ最先端だったハウス・ミュージックとを調合し、ニール・ヤングの深いラヴソングを甘美なラウンジ・ミュージックへと変換してみせた。彼らはポップにおけるイギリス的なるもの、すなわちセンスの良いスタイリッシュな折衷主義を強調したわけで、これが90年代初頭の日本で受けないはずがなかった。

 セイント・エティエンヌが2012年にリリースした『Words and Music by Saint Etienne』というアルバムは、トップ・オブ・ザ・ポップスをきっかけに“世界を探検する“ことを覚えた10代の若者の話からはじまる。『NME』のポール・モーリー(80年代の人気ライターのひとり)が書いた記事を読み、〈ミュート〉や〈ファクトリー〉や〈ZOO〉、それからニュー・オーダーやデキシーズに夢中になるという、ひとりのインディ・ミュージック・ファンの思春期のストーリーが描かれている。また、同アルバムにはドナ・サマーやKLFへのオマージュも含まれていたりするのだが、このように、セイント・エティエンヌの音楽においてはポップ・ミュージックそのものが主題であり、コンセプトにもなり得ている。
 1992年の彼らの魅力的なシングル「Nothing Can Stop Us」の裏ジャケットの写真は、ソファーに座ってビリー・フューリー(マルコム・マクラレンも愛した50年代UKのロックンローラー)を表紙にした雑誌を手にしているヴォーカルのサラだ。そして同曲を収録した1991年のデビュー・アルバム『Foxbase Alpha』は、彼らの部屋にあるレコード・コレクションとその時代のロンドンにおけるポップ・カルチャーから生まれた作品だった。レトロなポップ・ミュージックを切り貼りしたそのアルバムは、海外では「インディ・ポップ」、日本では「インディ・ダンス」と括られているジャンルのひな形であり、いまだそのジャンルを代表するクラシカルな1枚となっている。
 しかしながらセイント・エティエンヌにおけるもっとも輝かしい瞬間はその次のアルバム『So Tough』にある。前作以上にサンプリングを駆使し、ポップのいろんな輝きをつなぎ合わせ、巧妙なスタジオ・ワークによって完成させた彼らのセカンドは、『ファンタズマ』が90年代渋谷のレコード文化から生まれた作品であると言うのなら、ある意味似たようなアプローチをもって、それより先立つこと4年前に多彩なポップ・カルチャー(この作品においてはフレンチ・ポップ、ヒップホップ、エレクトロニカ、そして映画などなど)をなかば感傷的にブレンドした作品だった。ポップ・ミュージックを愛する者たちのためのエレガントで洗練されたポップ・ミュージック。しかもそれは、いかにも90年代的な陶酔感を有した、けだるく甘美なサウンドでいっぱいだった。そんなポップの腕のたしかな調理人であるセイント・エティエンヌが『Foxbase Alpha』から30年目の今年、90年代末を主題とする新作を出したと。しかも通算10枚目になるそのアルバムが、じつにメランコリックで悲しみに包まれているとなれば、これはもう、放っておくわけにはいかない。
 というのも、思慮深いセイント・エティエンヌが、90年代がテーマだからといって自分たちの過去の焼き直しなどしないことは、まあ想像がつく。ジョン・サヴェージやサイモン・レイノルズ、マーク・ペリーまでならまだしも、ダグラス・クープランドにまでライナーを依頼するほど音楽評論や読書が好きな彼らの創作行為には、大まかに言って批評性も備わっている。彼らが現在という地点からあの時代をどのように描くのかは、まったくもって興味深いところだ。
 

字幕
「失われた黄金時代としての90年代後半の楽天主義を振り返りますか?」
「それは、素朴で妄想と愚かさの時代だったと思いますか?」
「あなたはすべてを憶えていますか?」
「記憶の霧を通して」 
「あなたには確信がありますか?」

 だいたいこの、『私はあなたに伝えようと努力してきた(I've Been Trying To Tell You)』という含みのある言葉をタイトルにしたアルバムは、手法的には『So Tough』を踏襲しながら、じつになんとも不思議な作品で、たとえばバンドのトレードマークであるサラの歌がまともに入った曲が、1曲と言えるのか2曲と言えるのか3曲と言えるのか、まあそんな感じなのだ。アルバムの大半がインストで、たまに聞こえるサラの声はサンプリングされた断片としてミックスされているか、さもなければ亡霊のごとく靄のなかで歌っているかのようで、これは明らかに『スクリーマデリカ』よりも『メザニーン』やボーズ・オブ・カナダのほうに寄っている。
 さらに奇妙なことだが、たとえば“Little K”や“Blue Kite”といった曲のなかには、ある種ヴェイパーウェイヴめいた響きや反復もある。かつてそこにあったリアルの喪失。90年代初頭の快楽主義を謳歌する人生観や無垢だったダンス・カルチャーは、90年代後半になるとトニー・ブレアを通じてエリートたちのものになるか、もしくはおおよそすべてがただの娯楽産業へと姿を変えた。
 あるいは、ベリアルがレイヴ・カルチャーのレクイエムを作ったように、本作もまた叶わなかった夢への痛みをもった鎮魂歌と言えるのかもしれない。今回のサウンドは、「インディ・ポップ」というには少し無理があって、エレクトロニカやトリップホップ、アンビエント・ポップなどと呼んだほうがまだしっくりくる。いずれにしても本作には、90年代のセイント・エティエンヌが武器として持っていたスタイリッシュなレトロ・ポップのパッチワークはない。だが、ここにはリスナーを惹きつける力がたしかにあり、ぼくはけっこう気に入っている。とくに冒頭の“Music Again”〜“Pond House”は圧巻で、そして後半に待っている2曲──“I Remember It Well”から“Penlop”にかけてのいささかホーントロジーめいた展開もみごとだ。それは亡き者たちの囁きであり、アンビヴァレンスであたかも終わりの合図のようでもあるのだけれど、が、しかしセイント・エティエンヌがその甘美な響きを失うことはなかった。最後に収録された“Broad River”という、フォーキーなアンビエントは、とくに目新しいサウンドではないが、ぼくにはずいぶんグッと来る。きっとノスタルジーに浸ることが、この曲においては許されているのだろう。 


 

Radiohead - ele-king

 本日10月2日は『Kid A』リリース21周年。ということで、11月5日に発売を控える話題のリイシュー盤『Kid A Mnesia』の、高音質ライヴ上映会の開催がアナウンスされている。
 発売日の前日に当たる11月4日、東京のヒューマントラストシネマ渋谷、大阪のシネリーブル梅田の2館で開催。完全招待制とのことで、詳しくは下記を。

RADIOHEAD
今日は何の日?

世紀の名盤『Kid A』発売21周年!!
話題の再発盤『Kid A Mnesia』リリースを記念して
東京/大阪の超高音質映画館でライヴ上映イベント開催決定!!

レディオヘッド4thアルバムにして “音楽史における20世紀最後の名盤” とも謳われる『Kid A』が本日10月2日に発売21周年を迎えた。

来月11月5日には『Kid A』とその双子作品である『Amnesiac』の発売20/21周年を記念して、未発表/レア音源を追加したひとつの3枚組作品『Kid A Mnesia』のリリースが控える中、発売日前日の11月4日に東京はヒューマントラストシネマ渋谷、大阪はシネリーブル梅田の映画館2館でライヴ上映イベント(無料/完全招待制)が開催されることが決定。本日よりBEATINKのTwitterにて参加者の募集が開始。当選した来場者には当日非売品ポスターがプレゼントされる。

なお、ヒューマントラスト渋谷およびシネリーブル梅田に導入されている音響システム「odessa」は、映画の魅力を最大限引き出すため専用に開発されたカスタムメイドのスピーカーシステム。音の輪郭はもちろんのこと、音の余韻・消え際まで繊細に再現できるのが特徴となる。映画館の音を最適に調整するプロ集団ジーベックス協力のもと、今回の条件下でレディオヘッドのライヴが映画館上映されるのは世界初となっており、ファン必見のイベントとなっている。

[イベント内容]
RADIOHEADライヴ上映会
○日時
2021年11月4日(木)*スタート時間は会場によって異なる
○場所
・東京:ヒューマントラストシネマ渋谷
〒150-0002東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocotiビル 8F
*上映開始時間は決定次第ご案内

・大阪:シネ・リーブル梅田
〒531-6003 大阪府大阪市北区大淀中1丁目1-88 梅田スカイビルタワー イースト 3F・4F
*上映開始時間は決定次第ご案内

○上映内容
未定

○応募方法
BEATINKのTwitterアカウントの該当ツイートにて募集
https://twitter.com/beatink_jp?s=21

11【注意事項】
※ご来場の際は、当館にて行われているマスク着用をはじめとした新型コロナウイルス感染症予防対策へのご協力をお願いいたします。
ご協力いただけない場合には、ご鑑賞をお断りさせていただく場合がございます。
※当館の『新型コロナウイルス感染予防の取り組み』については下記URLをご覧ください
https://ttcg.jp/topics/2020/05201300_10996.html

※新型コロナウイルス感染拡大の状況によって、開催日時を変更させていただく場合がございます。予めご了承ください。

※イベント内容は、予告なく変更または中止になる場合がございますので、予めご了承ください。

■その他、混雑状況など詳細につきましては、劇場までお問い合わせ下さい
ヒューマントラストシネマ渋谷 TEL:03-5468-5551
シネリーブル梅田 TEL:06-6440-5930

HTC渋谷
https://ttcg.jp/human_shibuya/topics/2021/07272157_13653.html  

CL梅田
https://ttcg.jp/cinelibre_umeda/topics/2021/03121449_13989.html

label: XL Recordings / Beat Records
artist: RADIOHEAD
title: KID A MNESIA
release date: 2021.11.05 FRI ON SALE


国内盤3CD:
XL1166CDJP ¥3,500+税(税込 ¥3,850)
[国内盤特典]歌詞対訳・解説付/ボーナス・トラック5曲収録
高音質UHQCD仕様

輸入盤3CD:XL1166CD
限定盤3LP(レッド・ヴァイナル):XL1166LPE
通常盤3LP(ブラック・ヴァイナル):XL1166LP

日本盤3CD+Tシャツ:
XL1166CDJPT1(日本盤3CD+Tシャツ)*サイズS-XL ¥7,500+税

限定レッド・ヴァイナル+Tシャツ:
XL1166LPET1(限定レッド・ヴァイナル+Tシャツ)*サイズ S-XL ¥11,250+税

BEATINK.COM
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12094

Gina Birch - ele-king

 もっとも重要なポスト・パンク・バンドのひとつ、ザ・レインコーツのメンバー、ジーナ・バーチがジャック・ホワイト主宰のレーベル〈Third Man Records〉から初のソロ作品(7インチ・シングル)を発表した。そのタイトルは「フェミニスト・ソング」で、曲の出だしはこんな感じ。「私はフェミニストかって訊かれたらこう言う、無力なんてまっぴらだ。孤独なんかくそ食らえ」、この怒りに満ちたアンセミックで強力な曲は、そのコーラスで「都会の女の子、私は戦士だ!」と繰り返している。同曲はすでにザ・レイコーツのライヴでも披露されていたが、この度初めての録音となった。なおミックスはキリング・ジョークのユースが担当しており、彼は同曲のアンビエント・ミックスでもその手腕を発揮している。現在は配信でも聴けるが、7インチ盤は10月末にはお店に出回っている予定。


Koji Nakamura+duenn+Takuro Okada - ele-king

 ナカコーと duenn が主催するプロジェクト《Hardcore Ambience CH.》の最新映像作品に、ゲストとして岡田拓郎が登場している。先日の GONNO × MASUMURA のライヴでもギターで参加し華を添えていた岡田だが、ナカコーと duenn のサウンドにマルチプレイヤーの彼が加わることで、いったいどんな化学反応が生まれるのか? ぜひ動画を観て確認してみてください。

ナカコーとduenn主催のアンビエントに特化したプロジェクト『Hardcore Ambience CH.』
今回はKoji Nakamura+ duenn + 岡田拓郎によるライブパフォーマンスを公開。

『Hardcore Ambience』は、“ナカコー”(Koji Nakamura, Nyantora, LAMA, exスーパーカー)と、福岡を拠点とするコンポーザー “duenn” によるライブや映像作品を展開するプロジェクト。
第5回となる今回は、ライブゲストに孤高の天才音楽家“岡田拓郎”を迎え、ナカコー・duennと共演する。岡田拓郎はバンド「森は生きている」で活動したのち、現在ソロ活動の他にもギタリスト, プロデューサー, ミキシング・エンジニアとしても活躍している。今回のライブでは岡田のマルチプレイヤーならではの特質的な演奏に、ナカコーのギターと、duennのシンセが加わり、どこか温かみと優しさが感じられる音楽映像作品に仕上がっている。

Hardcore Ambience CH.

■HARDCORE AMBIENCE #5-2【LIVE】-Koji Nakamura + duenn + Okada Takuro

■URL https://youtu.be/Bn13y3fHo_U

dip in the pool - ele-king

 近年ヴィジブル・クロークスとのコラボなどを機に再評価の高まっているdip in the pool。木村達司と甲田益也子から成るこのデュオが、なんと、ラリー・ハードをカヴァー。曲はミスター・フィンガーズ名義で89年にリリースされた“What About This Love”。10月20日に発売されるアルバム『8 red noW』に収録されます。
 また10月8日・11月13日・12月5日には東京・京都・札幌での公演も決定している。あわせてチェックしておこう。

Sarah Davachi - ele-king

 カナダのカルガリー出身の音楽家/作曲家サラ・ダヴァチーの新作がリリースされた。サラ・ダヴァチーは、近年重要な新世代のドローン・アーティスト/音楽家である。今作『Antiphonals』は、サラの2021年新作である。本作もまたバロック音楽とミニマル・ミュージックとドローン音楽の領域を融解させるようなアルバムに仕上がっている。

 サラ・ダヴァチーの音楽は、アルバムをリリースするごとに音楽的・音響的な境地が深まっていった。特に2018年に〈Students Of Decay〉から発表された『All My Circles Run』、同年の〈Ba Da Bing!〉から出た『Gave In Rest』以降から、サラ・ダヴァチーのサウンドのテクスチャーから「硬さ」がとれはじめ音が柔らかくなり、ドローン作家として個性が自律してきたように思う。
 加えて作曲家としての深度・練度も深まってきた。まるでバロック音楽を思わせるような優美な音楽性を纏いはじめているのである。バロック音楽的な古典的な技法を駆使した音楽性や響きに、現代的なドローンを対置する手法がより際立ってきたのだ。
 じっさい2018年の『For Harpsichord / For Pipe Organ And String Trio』や、2020年の『Cantus, Descant』などの楽曲には、クラシック音楽の伝統を継承しつつも、サウンドとして刷新するような面が多くみられた。
 それもそのはずでサラ・ダヴァチーは哲学を学んだのち、カリフォルニア州「Mills College」で電子音楽やレコーディング・メディアの修士号を修了し、現在は「カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)」にて、ポピュラー、実験音楽、古楽などにおける楽器と音色の美学的影響についての研究を行なっているというのだ。いわば研究者である。
 もしかすると初期のドローン・サウンドの「硬さ」は、バロック音楽のチェンバロや弦楽器の音を引き伸ばしたようなものとも言えるかもしれない。そこから彼女は、より親密な音響空間をめざして、サウンドの研磨していったのだろう。毎年複数枚リリースされるアルバムも、その研究成果の途中報告という意味合いもあるのかもしれない。むろん、創作への意欲の結晶といえるだろう。

 ともあれサラ・ダヴァチーは多作なのである。2013年に最初のアルバム『The Untuning Of The Sky』以降、毎年欠かすことなくアルバムを発表しているし、2015年以降は、年に二作の以上もリリースしている。
 2018年には『For Harpsichord / For Pipe Organ And String Trio』、『Gave In Rest』、『Let Night Come On Bells End The Day』など代表作ともいえるアルバムも3作も送り出し、2019年は、Ariel Kalmaとの共作『Intemporel』、『Pale Bloom』などの傑作を、2020年には『Figures In Open Air』、『Gathers』、『Cantus, Descant』など充実した3作のアルバムをリリースしたのである。最初に書いたように、ここ数年、その作品の成熟度、充実度・達成度には目をみはるものがある。
 2020年は、サラ・ダヴァチーは自ら主宰するレーベル〈Late Music〉を設立した。過去作に加えて、『Figures In Open Air』や『Cantus, Descant』などのアルバムをリリースした。新作『Antiphonals』もまた〈Late Music〉からのリリースだ。

 『Antiphonals』ではこれまで追及・実践・実験されてきた「バロック音楽(古楽)とドローン/ミニマル音楽などの現代音楽の交錯」がいよいよ完成の域に達してきたような印象を持った。これまでの作風を継承しつつ、その音楽世界を深めているのである。2枚組『Cantus, Descant』の中で自らの音楽技法を試行錯誤した結果、より浄化された音楽が生れてきたとでもいうべきか。
 じじつ、『Antiphonals』冒頭、“Chorus Scene” ではヨハン・セバスチャン・バッハのような、もしくはバロック音楽のごとき楽曲を展開している。しかも微妙な半音の使い方には、楽曲の調性を浮遊させるような効果があり、現代音楽的ともいえる響きの残滓を、バロック的な楽曲に忍び込ませているのだ。実に秀逸な曲だと思う。ギターのための曲というのも興味深い。
 同時にまるでコリン・ブランストーンなどの70年代のシンガーソングライター・アルバムのようなムードも醸し出している(歌のないシンガーソングライティング・アルバムのように?)。続く2曲目 “Magdalena” では、透明なカーテンのゆらぎのようにアンビエンスな音が往復し、次第に、より大きなアンビエント・ドローンに変化していく。これも見事な曲である。

 この冒頭の2曲は本アルバムの個性をよく表している。簡素な楽器による古楽的な楽曲と霞んだ質感のドローン風の楽曲の往復だ。まるで西洋音楽史の300年を往復するようにアルバムは構成されていくのである。余談だが古楽とドローンの交錯という意味では、アンビエント・ドローンの名匠とも言えるドイツのシュテファン・マシューの楽曲に通じるように感じられた。
 加えて楽曲の向こうでかすかに聴こえる(鳴っている)小さな音のノイズも良い。まるでカセットを再生したときのような小さなヒスノイズがどの曲にも流れているのだ。本作特有の霞んだ音色の音響空間が、このノイズによって巧みに演出されていることはいうまでもない。録音には名機 RE-501 Chorus Echo と TEAC A-234 が用いられ、ミックスをサラ・ダヴァチー本人が手がけている。マスタリングは〈Recital〉主宰するカリフォルニアのアンビエント作家のシーン・マッキャンが行なっていることも忘れてはならないトピックだろう。

 このアルバムは単に実験的であったり、高尚で堅苦しい音楽ではまったくない。「プログレッシヴ・ロックのキーボード・パートのみで構成されているアルバム」とアナウンスされているように、本作にはバロック的・クラシック的な楽曲のみならず、ドローンやエクスペリメンタルな楽曲にもある種の親しみやすさ、聴きやすさがあるのだ。クラシカルな音楽がよりシンプルな音像のドローンへと変化したような楽曲とでもいうべきか。このような傾向は新世代のドローン音楽家全般に見られる。例えばスウェーデンのストックホルムを拠点とするカリ・マローンのオルガン・ドローンを思い出して欲しい。
 新しい世代の音楽家にとってはなにより「音楽」であることが重要なのであり、実験も古典も分け隔てなく存在するのかもしれない。このフラットな感性にこそ新しい時代/世代の知性を感じる。
 いずれにせよ、ドローンとしての透明な魅力と、モダン・クラシカルとしての曲の練度など、この『Antiphonals』は、2010年後半以降のエクスペリメンタル・ミュージックとモダン・クラシカルの交錯の結果として生まれた素晴らしい作品である。2019年にリリースされたカリ・マローンの『The Sacrificial Code』と並べつつ、何度も繰り返し聴きたい名品だ。

interview with Jordan Rakei - ele-king

すでにハッピーな人をもっとハッピーにすることができる、そう信じているんだ。セラピーは何も、鬱や、PTSDといったものの治療ばかりとは限らない。あれは実は、この世界をもっとより客観的に眺めるのを助けてくれる、アメイジングな道具なんだよ。

 これまで3枚のアルバムをリリースし、新世代のシンガー・ソングライターとしてのポジションを確立させたジョーダン・ラカイ。もともとニュージーランド出身で、オーストラリアで活動基盤を築いた後にロンドンへ渡り、そこでトム・ミッシュロイル・カーナーアルファ・ミストリチャード・スペイヴンといった面々とコラボし、さらなる成功を収めていく。さらにはアメリカのコモンとも共演するなどワールドワイドに活躍の場を広げているジョーダンだが、そうした活動の華々しさに対して音楽そのものには非常に繊細で内省的な面がある。セカンド・アルバムの『ウォールフラワー』(2017年)がそうした一枚で、ネオ・ソウルの新星と持てはやされたファースト・アルバムの『クローク』(2016年)とは違う世界を見せてくれた。「AIシステムに立ち向かう人間の未来」を描いたサード・アルバムの『オリジン』(2019年)では、テクノロジーやネット社会が進化したゆえのディストピアへの警鐘を鳴らし、一方でディスコやAORテイストのダンサブルなサウンドも目立っていた。

 3枚のアルバムでそれぞれ異なる世界や音楽性を披露してきたジョーダンだが、ニュー・アルバムの『ワット・ウィ・コール・ライフ』もまた、いままでとは違う作品となっている。録音スタイルで見ると、いままではひとりでスタジオに入ってトラック制作をすることが多かったのだが、今作はすべてバンドとリハーサルしながら曲作りをおこなっている。そして、歌詞の世界を見ると実体験に基づくパーソナルな作品が多く、より深みとリアリティを増したものとなっている。結果として『ウォールフラワー』のように内省的でアコースティックな質感の楽曲が多いのだが、そこにはセラピーによって自己の振り返りをおこなったこと、ブラック・ライヴズ・マター運動を通じて自身のルーツに思いを馳せたこと、そしてコロナ禍での生活など、さまざまな経験が『ワット・ウィ・コール・ライフ』を作っている。音楽家としてはもちろん、ひとりの人間としてのジョーダン・ラカイの成長が『ワット・ウィ・コール・ライフ』にはあるのだ。

振り返ってみると、実は非常に多くのアドヴァンテージを与えられてきたじゃないか、と。単に自分の肌の色、そして自分のジェンダーのおかげでね。自分の特権を理解することを通じて、格差をもっと縮めようとし、できるだけ誰にとっても平等なフィールドをもたらしたい。

今日は、お時間いただきありがとうございます。

ジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei、以下JR):いやいや、こちらこそ、取材してくれてありがとう!

いまはどんな感じですか?

JR:うん、アルバムが出たところでハッピーだし、エネルギーの波に乗ってる感じ(笑)。エキサイトしていて、アルバム・リリースのドーパミンが出てるよ。フフフフッ!

(笑)。近年のあなたを振り返ると、2019年にリリースしたサード・アルバムの『オリジン』のリリース後、日本公演も含むワールド・ツアーやアメリカの公共ラジオNPRがおこなうライヴ企画「タイニー・デスク・コンサート」への出演、『オリジン』を絶賛したコモンとの共演、別名義のハウス・プロジェクトであるダン・カイによるアルバム『スモール・モーメンツ』のリリース、コンピ・シリーズの『レイト・ナイト・テールズ』や〈ブルーノート〉のカヴァー・プロジェクトである『ブルーノート・リ:イマジンド 2020』への参加など、忙しい活動が続いていました。

JR:うんうん。

そうした中でコロナ禍があり、以前とは日常生活や社会、そして音楽業界も変化してきていると思います。あなた自身や周りではいろいろ変化はありましたか?

JR:いい質問だね。うん、あれで僕は……コロナが(昨年春)ロンドンに広まったとき、あそこから確か、僕たちは4ヶ月近くロックダウン状態に入ったんだ。で、あの状況のおかげで僕は、自分に音楽があるってことをありがたく思うようになったね。音楽は僕にとってホビーであり、と同時に自分のキャリアでもある。もちろん、自分の家にこもってばかりいたから、ロックダウン期はやっぱりとても退屈ではあったんだ。ただ、僕はアルバムを作っていたし、サイド・プロジェクトとしてダン・カイ名義で『スモール・モーメンツ』を作ったり。だからあのロックダウン期間中の多くを、自己投資する時間を見出しながら過ごしていた、というのかな? これがパンデミック状況じゃなかったら、僕は大抵他の人びとの作品をプロデュースしたり、ツアーをやったり、他のアーティストのために曲を書いて過ごしているわけで、今回はほんと、自分自身にフォーカスできる滅多にない機会だった、みたいな。だからなんだ(笑)、ここしばらくとても生産的だったのは! コンピレーションをまとめることもできたし、〈ブルーノート〉のプロジェクトにも参加でき、『スモール・モーメンツ』に今回のアルバム、と。うん、ほんと創作にいそしんでいたなぁ自分、みたいな(笑)。そんなわけで音楽的な面で言えば、自分のために時間を割くことができるようになったのは本当に良かったし、一方でパーソナルな面では、些細なことにもっと感謝するようになった。たとえば友人に会う機会を以前より大事に思うようになったし、それだとかディナーで外食に出かけることとか。外食はいままで別に大したことないと思っていたんだけど、ロックダウン中はそうした機会はすべて僕たちから取り去られてしまったわけで。だからいまの自分は、人生全般に対してもっとありがたさを感じるようになった。

ニュー・アルバムの『ワット・ウィ・コール・ライフ』は、そうしたコロナ禍によって変わってしまった世界と結びつく部分はありますか?

JR:ああ、そうなんだろうね。今回のアルバムの響きには、もうちょっとこう、静観的というのか、内省的な要素がある。自分に言わせればよりダークというか、かなり楽しくダンスフロア向けだった『オリジン』に較べて、もう少しエモーショナルかつダークなんだよ。だから、そうした面は部分的にインパクトを受けたと思う。けれども、実際に僕がこのアルバムを作っていた間は、僕のスピリットそのものはかなりポジティヴだったんだ。先ほども話したように、ロックダウン中は時間をすべて自分のために使えたわけだし、アルバムを作ることに対して相当エキサイトしてもいた。だから、やや入り混じっているというのかな、アルバムには明るくポジティヴな面もあるし、一方でかなりダークな部分もある。僕自身としてはかなり良いミックスになったと思ってるよ。

『オリジン』のテーマには「AIシステムに立ち向かう人間の未来」があり、テクノロジーやネット社会が進化したがゆえのディストピアを描いていましたが、『ワット・ウィ・コール・ライフ』におけるテーマは何でしょうか?

JR:主たるテーマと言えば、心理セラピーを受けに行き、そこで自分が学んだ教訓すべて、だったね。自分の子供時代について、結婚したこと、オーストラリアからロンドンへの移住、自分の両親、そして兄弟との関係についてなどなど、セラピーを通じて学んだ教訓のすべて。というわけで基本的にアルバムの全体的なストーリーは僕が自分自身について学んだことだし、それらを聴き手とシェアしようとしている。だから歌詞の面での表現も、いわゆる内面で観念化したものより、もっとずっとパーソナルになっているっていう。

具体的にどのようなセラピーだったのですか? いわゆる「セラピストのもとに通い、寝椅子に横たわって過去を語る」というもの?

JR:(笑)その通り。そもそもは実験として、面白そうだからやってみよう、ということだったんだ。というのも、セラピーを受けた当時の自分はかなりハッピーな状態だったし、とにかくセラピストがどんなことをやるのか興味があった。自分はそういったことに詳しくなかったから、実際はどんなものなんだろう? と。そんなわけで、とてもオープン・マインドかつハッピーな状態でセラピーを受けにいったところ、セラピストの女性からあれこれ質問されていくうちに、この(苦笑)、自分の心の内側にフタをしてあった邪悪な部分みたいなものをいろいろ明かしている自分に気がついた、というか。

へえ、そうなんですか!

JR:うん、かなり驚異的な体験だった。セラピーの過程をナビゲートしていくのを手伝ってくれる、いわば第三者的な存在の人と一緒に自分自身の人生を振り返る、という行為は。そうだな、おかげで自分の子供時代にも戻ることになったし、学校で起こった様々な出来事だとか、もっと小さかった頃の兄弟との思い出なども出てきて……あれはかなりいろんなことを明かしてくれる体験だったし、僕はセラピーをみんなに勧めているんだ。そうは言っても、中には自らの過去に改めて深く潜っていくのがとても難しい、と感じる人も確実にいるだろうし、無理にではないよ。ただ、いま現在の自分を人間として理解するのに、セラピーは非常に役に立つと思う。

でも、あなたはセラピーを受けるには若過ぎじゃないかと思うんですが(笑)?

JR:ハハハハハッ!

実験や興味半分でやってみたとはいえ、普通セラピーと言えば、メンタル面で問題があるとか、「中年の危機」に際して受けるものではないかと?

JR:フフフッ! それは、僕がいわゆる「ポジティヴ・サイコロジー」というコンセプトを信じている、というところから来ている。どういうことかと言えば、メンタル・ヘルスの療法や心理学で用いられるツールを使い、悲しい状態からノーマルな状態に持っていくのではなく、通常の状態からハッピーな状態へ、そしてハッピーな状態からさらにハッピーな状態に人間を導いていく、というもので。だから僕はセラピーを利用することで、すでにハッピーな人をもっとハッピーにすることができる、そう信じているんだ。セラピーは何も、鬱や、PTSDといったものの治療ばかりとは限らない。あれは実は、この世界をもっとより客観的に眺めるのを助けてくれる、アメイジングな道具なんだよ。

そうやってセラピーを通じて子供の頃のこと、両親や兄弟との関係、ロンドンに移住して自立したこと、結婚生活について、両親の夫婦関係と自身の夫婦関係との比較や理解など、いろいろなことに考えを巡らせました。また、幼い頃からの鳥恐怖症や――

JR:うん、フフフッ!(苦笑)

その根源となる予測不可能なものに対する恐怖など、自身の内面にあった疑問がいろいろわかってきたと聞きます。恐れは克服できました?

JR:(うなずきながら)あれはおかしな話でね。僕のこれまでの人生ずっと、鳥は恐れる対象だった、みたいな。バカげた、根拠のない恐怖なんだよ。自分では説明がつくんだけど、ただ、いまだに鳥はおっかない。ほんとバカらしいよね、でも、なんとか克服しようとがんばっているところだよ。でまあ、僕が気づいたのは、鳥は……僕のいろんな恐れの中心めいた対象だったんだけど、いまやそれを、予測のつかないものに対して抱く恐れを象徴するものとして捉えている、みたいな? 僕はルーティンを守ったり、前もって計画を立てるのがかなり好きな方だし、けれどもたとえば、誰かに立ち向かうといった予測不可能な事柄、知らない人に面と向かうのは本当に怖い。それだとか社交面で感じる不安もあって、他の人びとと接して社交する状況にもビビる。そういったものはどうなるか予測できないし、何につけても、予測不可能なものには苦戦してしまうんだね。というのも……そうだなぁ、自分の中に何らかの反応が引き起こされてしまう、というか? セラピーに通って気づいたことのひとつも、僕はそういう体験には困難を感じるってことだったね。

ライヴ・パフォーマンスの場ではどうなんでしょう? あれも見知らぬ人が多く集まる、ある意味予測不可能な状況だと思うんですが。

JR:(笑)確かに。ただ、ライヴは対処できるんだ。おもしろいことに、僕はアガることがまったくなくてね。ステージに上がるのが怖いってことは一切ない。どうしてかと言えば、自分は本当にしっかり練習してきたし、リハーサルもよくやって、観客に向けて自分がどんなことをやりたいかきちっと把握している、という感覚があるからで。それに大抵は、観客もこちらのやることに拍手を送ってくれるわけで(笑)。ある意味、観客が喝采してくれ、僕が何か語りかけるとみんなが笑いを返してくれる、というのはある程度は予想可能だし、その状況を自分も理解している、と。とは言っても、(単独公演ではなく)フェスティヴァルでプレイするのは少し勝手が違って、状況を予測するのがやや難しくなるね。お客さんも僕が何者か知らないし、だからフェス出演では普段より少しだけナーヴァスになる。うん、それは自然な成り行きだし……とは言っても、基本的に僕はステージではアガらない。

そうしたセラピーによって音楽制作も影響されるところは大きかったのでしょうか?

JR:ああ、確実に作詞面では影響された。どの曲も、歌詞に関してはあのセラピー体験について、みたいなものだから。ただし音楽面で言えば、「たぶんそうじゃないか」ってところかな……? たぶん影響されたんだろうな、僕はあのムードにマッチするような音のパレットを作り出そうとしていたわけだし。そうしたムードの多くは生々しくエモーショナル、かつアトモスフェリックなものだったし、僕はあれらのストーリーを運び伝える詩的な媒体を与えたかった。そうだね、セラピーは僕に、歌詞そして音楽の両面で大きく影響したと思う。

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自分の傷つきやすさを捨てて、誰かに対してやっとオープンになれた自分についての歌だし……それはほんと、メタファーを使って書けることではない。

昨今の社会情勢が『ワット・ウィ・コール・ライフ』にも反映されていて、たとえば“クラウズ”はブラック・ライヴズ・マター運動に触発された曲です。あなたのルーツを辿ると、父親はクック諸島のマオリ族出身で、母親はニュージーランドの白人という混血ですが、肌は白かったので白人としての扱い、いわゆる「ホワイト・プリヴィレッジ」を受けてきた。で、オーストラリアという白人が大半の国で育ち、その後イギリスへ渡った。BLM運動によってそれまであまり気にしてこなかった自身の肌の色やルーツを見つめ直し、それによって受けてきた経験に思いを馳せて書いたのが“クラウズ”というわけです。改めてこの曲にこめたメッセージについて教えてください。

JR:うん、いま言われたことは基本的にあの曲をよく要約してくれている。ただ、あの曲で僕が話しているのは……まず、自分は人種が混じっていると自覚した、というのがあって。だから、これまで成長してきた間に、人種が混じっているということすら忘れてしまっていたんだよね、というのも僕の肌の色はご覧の通り白人のそれなわけで。で、ああした(BLM運動の)様々なことが起きていた中で考えていたんだ、「ああ、自分の父親の肌の色がブラウンだったことをすっかり忘れてたな!」と。父親はニュージーランド、そしてオーストラリアで暮らしてきた人生の間ずっと、ああした経験に対処してきたに違いないし、でも僕はそれについて彼と話し合ったことがなかった。彼がこうむったかもしれない人種差別に、僕はちゃんと共感したことがなかった、というか。で、先ほど言われたような自分が受けてきた特別扱い、純粋に自分の肌の色ゆえに与えられた特権について僕も考えさせられたし、白人の多い国オーストラリアで育ったことについて考え、また現在もロンドンのような場所で暮らしているし──ロンドンはもちろん多文化社会とはいえ、やはり白人が多いわけで。だから僕はとにかく、「ちょっと待てよ」と思った。というのも、僕はこれまでずっと一所懸命働いてきたし、自分が成功できたのはその努力の賜物だよ。ところがそんな自分のこれまでを振り返ってみると、実は非常に多くのアドヴァンテージを与えられてきたじゃないか、と。単に自分の肌の色、そして自分のジェンダーのおかげでね。白人の男性であるおかげで自分は成功を収めることができたというか、ハード・ワークに由来するものではなく、自分は最初の段階から得をしてきたんだな、と。で、あの曲は一種、そこから来る自分の罪悪感というか、その点を理解し、自ら認め、その上で問題に取り組みつつ前に進んでいこうとする歌なんだ。自分の特権を理解することを通じて、格差をもっと縮めようとし、できるだけ誰にとっても平等なフィールドをもたらしたい、そういうことだと思う。

そうしたリアリティと向き合うのは難しいことですよね。あなたが非常に努力して現在の立場にいるのは我々も理解していますが、現在の社会では「白人男性」のアイデンティティはとても多くの角度から敵視されてもいて。

JR:(うなずきつつ聞いている)。

そうしたアイデンティティの持ち主というだけで批判されてしまうのは、フェアではないんじゃないか? という気持ちも抱きます。たとえばの話、私からすれば旧型の「白人男性の特権」の象徴と言えばドナルド・トランプで。

JR:フハハッ!(苦笑)

彼は親からビジネスを受け継いだだけで、まさに父系社会の産物ですが、あなたはそうではなく自力でここまで来た。そんなあなたが罪悪感を抱くのは、逆にこちらもモヤモヤしてしまいます。とても複雑な話なので仕方ないとはいえ……。

JR:そうだね、複雑だ。だから、さっきも話したように、自分の中でも入り混じっているんだと思う。これまでずっと、本当に努力を重ねてきたのは自分でも承知しているからね。ただ、それと同時に、たとえば……キャリア初期の頃、僕はもっとトラディショナルなソウル・ミュージックを作っていたわけだよね。ところが、UKはもちろんアメリカ、いやそれ以外の世界中にも、とんでもなく優れた黒人のソウル・シンガーで、成功していない人たちはいる。でも、僕は白人でそれをやっていたからちょっとした存在になったというか、アウトサイダーながらソウル・ミュージックをやっている風変わりな奴みたいなものになって、人びとから「おっ、彼は白人なのにこういう音楽をやってて変わってるぞ、クールだ、彼の音楽を流そう」と注目された。その点ひとつとってすら、伝統的なソウルのコミュニティの中では僕には違いがあり、それが有利に作用して初期の自分が他の人より成功することに繫がった、というか。間違いなく僕は努力したし、練習も多く重ねて歌もさんざん歌い、少ないお客相手に何年も演奏するなどの下積みはやってきた。けれども、一方で、それとは別の側面では恩恵を受けてもきたんだよ。

“ファミリー”をはじめ家族や兄弟などについて書かれた曲もいろいろあります。家族や兄弟などプライヴェートな部分を歌詞にするのはとても勇気がいることかと思います。また歌詞も以前のように曖昧で比喩的なものではなく、“ファミリー”や“アンガーディッド”では直接的な言葉を使ってストレートに表現している場面もあります。ソングライティングをする上でいろいろ心境の変化があったのでしょうか? 以前に比べて自分をさらけ出すことを恥ずかしく思わなくなったそうですが。

JR:うん、それは確かにある。特に、君の言う通り“ファミリー”のようなトラックはそうだね。以前の僕は両義的な曖昧さ、そしてメタファーを用いて歌詞の意味合いを隠すのが好きだった。それはきっと僕自身に、ストーリーをオープンにさらけ出す自信が充分なかったからだろうね。ところが“ファミリー”では、あのストーリーを語る唯一の手段は本当に、比喩を用いずダイレクトに語ることだけだろう、そう思えた。その方が、もっと理解しやすいからね。そうは言っても、アルバム曲のいくつかにはやっぱり抽象的というか、比喩を用いたものもあるけどね、僕はああいう曲の書き方のスタイルも好きだから。ただ、数曲は、自分がこの内容を本当に語りたいのならばダイレクトに書くしかない、というものだね。たとえばさっき君の挙げた“アンガーディッド”、あれは妻との出会い、そしてそこで自分の傷つきやすさを捨てて、誰かに対してやっとオープンになれた自分についての歌だし……それはほんと、メタファーを使って書けることではないし、どんな風だったか、とにかくありのままに書く以外になかった(笑)。だから、そうしたふたつの書き方の混ざったものだし、おそらくそれは自分も成長した、人間として以前より成熟しつつあるってことなんだろうね。おかげで、場合によってはもっとオープンになった方がいいこともあると気づかされたっていう。

そうやって歌詞の中で自分を出し、弱さも見せることには勇気が必要だと思います。

JR:うん、僕もそう思う。妙な話だけれども、僕の場合、歌を通じてそれをやる方がずっと楽に感じられるんだ。たとえばどこかで友人と会って、そこで「お前の子供時代がどうだったか教えてよ」と友人に言われたら、面と向かって話す方がずっとやりにくいだろうな、みたいな?(苦笑)

(笑)確かに。

JR:いざ話そうとすると難しい。でも、それを歌に書くとなったら、曲作りは僕自身のスペースの中でやれるし、ある意味音楽の後ろに隠れて語ることができる、という面もあるからね。んー、まあ、音楽の中での方がほんと、自分をさらけ出すのがずっと楽なんだ。で、いまの自分としては、その方向にもっと進んでいきたいな、と。

サウンド面を見ると、いままでのようにあなたがある程度のベース・トラックを作った上で必要に応じてゲスト・ミュージシャンを入れて録音していくのではなく、バンドとしてスタジオに入っていちからサウンドを作り上げていくレコーディングがおこなわれています。あなたのバンドはいろいろツアーをしてきて結束も強くなり、今回はそうしたバンド・サウンドを求めてレコーディングに入ったのですか?

JR:その通り、まさにそう。僕がこの作品で捉えたかったのは……以前は、音楽はすべて自分で書いて、ライヴの準備のためにそれをリハーサル場に持ち込んで皆でプレイする、というものだった。で、彼ら(=バンド)は毎回、さらに良いサウンドにしてくれるんだよ。というわけで僕も「彼らと一緒に書かなくちゃいけないな」と思ったんだ、そうすれば、レコーディングする前の段階で彼らにもっと良いサウンドにしてもらえるから(笑)。というわけでスタジオに入って──うん、これまた混ざっているんだよね。彼らバンド側の出してきたアイデアをすべて享受しつつ、でも、自分自身にも挑戦を課したかったから、僕は今回は典型的な、オールドスクールなプロデューサーの役割を自分にもっと割り当てたんだ。ある意味少し後ろに退いて、耳を傾けた。キーボード、ギター、といった具合に各パートに集中するよりも、むしろもっと音楽全体の視界を聴くというか、音楽そのものと、そこからどんなフィーリングを受け取るかに耳を傾けていった。だから実際、今回はスタジオのコントロール・ルームで過ごすことが多かったんだ、他のみんながレコーディングしている間も、自分は昔気質なプロデューサー役をやっていたっていう。あれをやるのはチャレンジだったけれども、とても楽しんだし、これまでとはまた別のやり方で音楽について多くを学んだ、という気がしている。僕はアルバムごとに音楽作りのプロセスを変えていくのが好きだし、だから次のアルバムではまた違う創作過程を踏むかもしれないよ(苦笑)、まあ、どうなるかわからないけれども。ただ、今回のようなアルバムの作り方は素晴らしかったね、うん。

ウェールズの田舎で友人のミュージシャンたちと作ったそうですが、利便性の高いロンドンではなくウェールズを選んだのは何か理由がありますか?

JR:(笑)それは、僕たちは気を散らされるあれこれから逃れたかったからなんだ。僕としては、このレコーディング・セッションを一種の曲作りのために向かう小旅行とか休暇、それとも田舎の隠遁所で過ごす経験、みたいなものにしたかった。でも、いつもとは違う空間にいると、なんというか、自分の頭を別の働き方のモードに置くことになる、というのかな? たとえば、ロンドンにいたとしようか。僕たち全員がロンドンでこのアルバムを制作していたとして、ある日ひとつトラックを仕上げたら、みんな「さーて、どうやって家に帰ろうかな。夕飯は何を食べよう?」と考えなくちゃならない。日常生活のあれこれも考えながらやっているわけ。ところが田舎に滞在していると、日常は忘れて音楽だけに集中することになる。散歩に出かけて、木立の中を歩いて樹々を眺めているうちにインスピレーションが湧いて、スタジオに戻ってまた別のトラックに取り組んで、それで“ファミリー”ができ上がった、とか。だからあれは本当にオープンで、かつリラックスした音楽の作り方だった。と同時に、プレッシャーもあったけどね、自分たちが何をやろうとしているのか、僕たちにはまったくわかっていなかったから。でもその一方で、ああやってスタジオにいられるのはとても解放的な体験だった。だからあの2週間は本当に、くつろぎながらあの環境に入っていった、というか。

バンドのメンバーが全員揃って強制的にスタートするのではなく、ジャム・セッション的なことをしていく中でメンバーからいろいろなアイデアが生まれ、そうした自然発生的でクリエイティヴな雰囲気の中で楽曲が磨かれていったと聞きます。ただ、前もって何も決まっていないと、「さて、どうしようか?」と途方にくれてうまくいかない場合もたまにあったんじゃないかと……。

JR:(苦笑)。

自由だったセッションを、どんな風に舵取りしていったんでしょうか?

JR:いや、意外なことに、そういう困った場面に僕たちはあまり出くわさなかったよ(笑)。それにはクールな逸話があって……ある朝、僕たちは作業をはじめて1曲仕上げたんだ。アルバムの6曲目の“ワット・ウィ・コール・ライフ”、あれをその朝に録り終えた。よし、ということで、ランチを食べ昼休みをとって、作業再開になった。ところがみんな腹一杯ランチを食べたせいで、かなり無気力になってしまって。

(笑)。

JR:(苦笑)おかげで、みんなやる気を起こそうと必死だった。僕はそうじゃなかったけどね、そもそも、普段からそんなに食べない方だから(笑)。で、自分はまだエネルギーが余っていたし、一方でバンドの連中は満腹で不活発になっていて、でも僕は「よし、あのシンセサイザーで何かやろう」って感じで。そこで、“アンガーディッド”のイントロになっていくベース・ラインを弾きはじめた。だからなんだ、あの曲の冒頭部がとても剥き出しな感じになったのは。そういう風に自分が淡々と弾いていたベース・ラインに過ぎなかったからだし、でも、弾いているうちにこれはいいぞ、レコーディングしよう、と思い立った。そこからはじまったようなものだったし、徐々に僕はあの曲、“アンガーディッド”へと組み立てていった。ああした素敵な、ゆったり動いていく歌が生まれたのは、僕たちがみんなパスタを腹一杯食べてダルくなっていたからだった、という(苦笑)。

(笑)。

JR:(笑)あのときくらいだったかな、僕たちが作業を進めるのにてこずったのは。でも、ある意味あれはあれで良かったんだ、だってあそこから“アンガーディッド”が生まれたんだからね。

ビートメイカー的で、よりプロセスの細部まで突っ込んでいくタイプのプロデューサーではなくて、今回の僕はもっと俯瞰するプロデューサーをやってみたんだ。

メンバー間の意思疎通が豊かであるからこそ生まれる雰囲気ですし、先ほどもおっしゃっていたように、今回あなたはいわばクインシー・ジョーンズ的に全体像を見るアプローチをとった、と。やはり、そこにはあなた自身のミュージシャンとしての成長もあったわけですか?

JR:その通りだ。おそらく、5年くらい前の自分にこの作品は作れていなかっただろうと思う。ロンドンで過去数年、実に多くのミュージシャンをプロデュースし一緒に仕事してきたし、いろいろな人びとのために曲もたくさん書いてきた。そうやって僕はある意味、制作プロセスへの異なるアプローチの仕方を学んできた。そこで考えたんだ、これと同じことを自分のアルバムでやってみたらどうだろう? と。プレイヤーとして演奏の多くをこなすというより、むしろもっと総合プロデューサー的にあらゆる面に目を配る、というね。で、アーティストでありつつ自分でそれをやれるのは本当にラッキーだと思っているよ、セッションそのもの、あるいはクリエイティヴなプロセスを前進させるためにプロデューサーに頼らざるを得ないアーティストをたくさん知っているからね。でも、僕には自分の音楽をどんなサウンドにしたいか、そのヴィジョンがちゃんとあるし、と同時に曲を書いてもいる。だから非常にラッキーというのかな、曲を書くことができ、かつ、それをどう仕上げるか、プロセスの最後まで見通すこともできるのは。自分の頭の中にヴィジョンが存在するからね。で、それはこれまでの経験を通じて学んだことだったし、クインシー・ジョーンズ的な全体を見るスタイルのプロデューサーという意味で、確実に自分ももっと進歩したと思う。たとえばそうだなぁ、フライング・ロータスのようなビートメイカー的で、よりプロセスの細部まで突っ込んでいくタイプのプロデューサーではなくて、今回の僕はもっと俯瞰するプロデューサーをやってみたんだ。

『オリジン』では曲作りにおいてスティーヴィー・ワンダーやスティーリー・ダンからの影響を述べていましたが、『ワット・ウィ・コール・ライフ』を作る上で聴いていたのはローラ・マーリング、スコット・マシューズ、ジョニ・ミッチェル、ジョン・マーティンだそうですね。新旧のフォークやフォーク・ロック系のシンガー・ソングライターたちですが、彼らのどのような部分があなたの音楽に影響を与えているのでしょうか?

JR:彼らみたいな人たちは、音楽の中でもっとストーリー・テリングを基盤にしているからだと思うし、それに音楽的にもはるかにそぎ落とされて簡潔だよね。もちろん僕のアルバムはそぎ落としたものではないし、実に多く幾層も音が重なっている。とはいえ、思うに自分は、彼らの歌詞の書き方、そしてその歌詞の伝え方からインスピレーションをもらったんだろうね。それから、ハーモニーとメロディに対する彼らのアプローチの仕方にも。たとえば、スティーヴィー・ワンダーは非常にエキサイティングなハーモニーを使うんだ、非常にジャズ・ベースなハーモニー、あるいはファンクが強く基盤になったハーモニー、といった具合に。でも、今回のアルバムで僕はあまりそれはやっていなくて、それよりもっとソングライターがベースの、非常に多くレイヤーを重ねたものになっている。うん、そういったことに自分は足を踏み入れていったんだね、より歌がベースの、フォークが基盤の音楽へと。で、「このフォークがベースになっている音楽を、どうやったらもう少しモダンな、エレクトロニックな響きを持つものにできるだろう?」と自問していた。だからこのアルバムは新旧の世界の間に架かった橋、そこに存在するものだと思う。

以前のインタヴューではボン・イヴェールとも共演したいといったことも述べていました。世間からはネオ・ソウルというイメージで捉えられがちなあなたですが、いま述べたようなアーティストたちや『ワット・ウィ・コール・ライフ』のサウンドからは、よりアコースティックでフォーキーな世界を指向しているのかなという気がしますが、いかがでしょうか?

JR:そうだね。以前の自分は……いや、誰もが僕のことをこの、「ソウル・シンガーの新星が登場」みたいに評してくれたこと、それはとても感謝しているんだよ。ただ、僕はいつだって非常に幅広く音楽を聴いてきたし、たとえば昔作った「ソウル」なレコードにしても、他に較べて少しオルタナな曲がいくつか混じっていたこともあった。要するに僕の中には常に、異なる領域を探ってみようとする側面があるっていう。ダンス・ミュージックのプロジェクトであるダン・カイをやったり、あるいはセカンドの『ウォールフラワー』ではもっとアコギ寄りだったりしたのはだからだし、僕はアルバムごとに異なるサウンドを探究している。本当にたくさんいろんなタイプの音楽を聴いているから、毎回、それらすべてを聴き手とシェアしたいと思う。だから次のアルバムではまた、もしかしたらガラッと違うサウンドをやるかもしれない(笑)。とはいっても、現時点ではどうなるかまだわからないけどね! ただ、自分はきっと違うことをやるだろう、それは確信しているし、それが楽しみでもあるんだ。というのも僕はアルバム作りを、ファンや人びとに対して自分の持つ音楽的に異なる側面を見せる場であると同時に、ある種の学びのプロセスとして考えているから。僕は決して「これ」という風に、たとえば「僕はソウル・シンガー」と狭いひとつの箱に分類されたくないし、それは自身について「ソウル・シンガー」のレッテルだけに留まらない、もっとずっと多くのことをやる人間だと感じているからであって。そうだな、それが僕のキャリアのゴールみたいなものかな、(ジャンルや名称の区分云々を越えて)もっと「アーティスト」になりたい。

あなたの数多くの側面をパッケージした総合的な存在を目指す、と。

JR:そういうことだね。

先ほども「次はどうなるか」という話がありましたが、今後の予定やプロジェクト、やってみたいことなどお聞かせください。まずは、可能になったところで本作向けのツアーがあるでしょうが、それを終えたら?

JR:うん、やってみたいと思っていることはいくつかある。とはいっても現時点ではまだ歌詞のコンセプトはちゃんと考えていないんだけどね、僕は前もって歌詞コンセプトを想定するのが好きだから。でも、そうだね、やりたいと思っていることがふたつあって、まずひとつはクック諸島に戻ること、なんらかの形で自分の家系的な遺産を受け入れる、ということで。だからたぶん、何ヶ月かクック諸島に滞在して、地元ミュージシャンとコラボしながら曲を書く、みたいな。それができたら本当に素晴らしいだろうと思うんだ、自分自身のカルチャーと再び触れ合うということだからね。でも、それと同時に……発表したばかりの今回のアルバムは、音の重ね方やアレンジという意味で自分としてはかなり密度の濃い作品だと思っていて。だからぜひそれとはまったく逆の、思いっきりそぎ落とした作品、ミニマル調なものをやりたいと思っているんだ(笑)。

(笑)なるほど。

JR:(笑)僕はずっとこういう感じでやっているんだよ。ファースト・アルバムを作って、あれはかなりファンキーな作品だったから、次はもっとスローなものを作る必要があると思ったし、それでセカンドはスローなものになった。で、サードはまたファンキーな内容だったし、対して今回のアルバムはものすごく密度が濃い……という具合で、自分は作品を作りながら何もかものつり合いをとっている、そういう感覚がある。でもまあ、現時点でやりたいと考えているのはそのふたつだね。クック諸島でのなんらかのコラボレーション、そしてもっとシンプルな美しい音楽をやる。とにかくシンプルで、聴いていてリラックスできるような音楽を。というのも、いまちょうど、アンビエント・ミュージックにハマっているところでね。だからもしかしたら、2時間近い長さのアンビエントな曲をやる、とか?(笑)

それはいいですね。たまたまですが、私もアンビエント音楽はここ最近よく聴いています。

JR:いいよね、美しい音楽だ。

アンビエントの古典、ブライアン・イーノ作品だとか……

JR:うんうん、ブライアン・イーノね! 瞑想をやっているときや電車に乗って移動中に、僕もブライアン・イーノの『ミュージック・フォア・インスタレーションズ』なんかを聴いている。とにかく美しい経験というか、一種のムードを、心を落ち着けるムードを感じさせてくれる音楽だ。

もう時間ですので、終了させていただきます。今日はお時間いただきありがとうございます。また、あなたとバンドの皆さんが日本にツアーに来られる日を楽しみにしています。

JR:うん、できれば来年、日本に行くつもりだよ!

Popp - ele-king

 ミュンヘンからツイン・ドラムのジャズ・ユニット、ファジー(Fazer)のサイモン・ポップによるセカンド・ソロ。ハッセル&イーノ『Possible Music』を思わせる2年前の『Laya』と同じく打楽器だけで構成されたインプロヴァイゼイション・アルバム。複数の打楽器や細かいパーカッション・ワークを駆使し、全体にインド音楽のテイストを残しながらもアフリカ色が強くなったことで同じようにスタティックな作風でも静謐さの種類に変化がもたらされている。ファジーが元々、ラウンジ・ミュージックに近い音楽性だったこともあり、テンションをみなぎらせるようなインプロヴァイゼイションではなく、かといってニューエイジのようなユルユルでもなく、ビアトリス・ディロンへのクラブ・ジャズからのアンサーというのか、スティーヴ・ライヒから可能な限り緊張感を取り除いたアンビエント・ドラミングというのか。あくまでも演奏を基本にしていることでフィールド・レコーディングとプロセッシングでつくり出すアンビエント・ミュージックにはないオーガニックなムードが全体のトーンを決めている(90年代の雰囲気を出すためにゲート・リヴァーブとピッチ・シフトは多用したらしい)。サイモン・ポップはファジー以外の活動としてアブシュタン(Abstand)やファジーのドラマー2人によるファジー・ドラムス名義のアルバム『Sound Measures』などでミニマルにフォーカスした試行も並行して続けており、そのためか、サイモン・ポップのソロ作を取り上げた欧米のレヴューでは「サード・ストリーム・ミニマリズム」という定義がやたらとコピペされて使われているものの、僕が調べた限りどこにも定義の内容は書かれていない(ので、よくわからない)。お笑いの第7世代みたいなものなのだろうか?



 前作の『Laya』は鐘の使い方やランダムなビートの刻み方など明らかにメディテイションを目的としていて、フィジカルではなく音の効果は意識に集中していた。『Devi』ではそれがガーナのリズムなど東アフリカのリズムを取り入れた結果、一転してフィジカルに訴えかける要素が増え、全体的に内省的な気分を誘発するものではなくなっている。“Gundel”や“Jilu”などインドとアフリカが融合し、なんとも気持ちのいいハイブリッドに仕上がっていて、透き通るような残響音が美しい“Myna”や、いまにもデヴィッド・アレンがごにょごにょとマントラじみたヴォーカルを歌い出しそうな“Dama”などどの曲も素晴らしく、『Devi』はドイツのミュージシャンがアフリカ音楽を取り入れた最高傑作といえるのではないだろうか(“Xolotl”は食品まつりのリミックスが聴いてみたい)。クラシック大国ドイツによるアフリカ音楽の受容はこれまで悲惨としか言いようがない過程を辿ってきた。ボアダムズ『77 Bore Drum』にヒントを与えたらしきナイアガラ(クラウス・ヴァイス)や最近のアフロ・ハウスまで、まったく横揺れがしないドイツ人のアフリカ趣味は彼らの生真面目な性格を伝えるだけで(なにせメトロノミック・ビートである)、カンのヤキ・リーベツァイトを例外としながらマーク・エルネスタスによるジェリ・ジェリやタイヒマン兄弟によるアフリカとの交流によって発展してきたクラブ・ミュージックの片隅でようやく重要が喚起されてきた程度だろう。その上でのサイモン・ポップであり、『Devi』なのである。

 70年代のクラウトロックでもミヒャエル・フェッター(Michael Vetter)やドイター(Deuter)がインド音楽をメインに似たようなことはやっていた。しかし、これらとモンバサやオム・ブッシュマンといったドイツのジャズ・ドラムが結びつくことはなく、2017年にヤン・シュルツ(=ヴォルフ・ミュラー)が『Tropical Drums Of Deutschland』を編纂することで新たなフュージョンの可能性が出てきたということなのだろう。70年代の空気と80年代のテクニックが結びつき、これに「サード・ストリーム・ミニマリズム」wを加えることでサイモン・ポップの音楽性は立ち上がってきたといえる。“Higlehasn”がクラフトワーク“Tanzmusik”のアンビエント・ヴァージョンに聞こえてしまったのは僕だけだろうか。ちなみに「Laya」はインドの音楽用語、「Devi」はインドの女神を意味しているのかなと思うけど、正確にはよくわからない。

YOUNG JUJU - ele-king

 この春にEP「LOCAL SERVICE 2」をリリースしたKANDYTOWN。同クルーのYOUNG JUJU、現在はKEIJUとして活動するラッパーが2016年に発表した記念すべきファースト・ソロ・アルバム『juzzy 92'』がアナログ化される。オレンジのクリア・ヴァイナル仕様で完全限定プレスとのこと。客演にもプロデュースにも豪華面子が集結した1枚を、いま改めてヴァイナルで楽しもう。

KANDYTOWNのYOUNG JUJU(現KEIJU)が2016年に発表したファースト・ソロ・アルバム『juzzy 92'』がオレンジのクリア・ヴァイナル/帯付きジャケット/完全限定プレスで待望のアナログ化!

◆ KANDYTOWNのラッパー、YOUNG JUJU(現KEIJU)が2016年に発表したファースト・ソロ・アルバム『juzzy 92'』が待望のアナログ化! 客演にはIO、DONY
JOINT、Neetz、Ryohu、GottzのKANDYTOWN勢に加えてB.D.やFEBB、プロデュースにはKANDYTOWNからNeetzにRyohu、MIKI、Fla$hBackSからFEBBとJJJ、さらにはJashwon、Jazadocument、MASS-HOLE、DJ Scratch Nice、U-LEEが参加! MASS-HOLEのプロデュースで先行カットされた "The Way" やIOとNeetzが参加した "Angel Dust" といったライブでもお馴染みな楽曲や縁の深いB.D.とのコラボによる"Live Now"(プロデュースはJJJ)等を収録した傑作!
◆ 親交の深かったFEBBのレコメンにより、ミックス&マスタリングはベニー・ザ・ブッチャーやカレンシー、スモーク・DZAら多くのドープな作品を手掛けている名エンジニア、ジョン・スパークス(John Sparkz)が担当!
◆ フォトグラファー、嶌村吉祥丸氏が撮影し、イラストレーター/グラフィック・デザイナー、上岡拓也氏とIOがディレクションしたアートワークをベースに、CDにはなかった日本語帯を付属したアナログ盤がオレンジのクリア・ヴァイナル/完全限定プレスでリリース!


[商品情報]
アーティスト:YOUNG JUJU
タイトル: juzzy 92'
レーベル:KANDYTOWN LIFE / BCDMG / P-VINE, Inc.
発売日:2021年11月23日(火)
仕様:LP(オレンジ・クリア・ヴァイナル/帯付きジャケット/完全限定プレス)
品番:PLP-7193
定価:3.740円(税抜3.400円)
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/OAG7L0bu

[トラックリスト]


1. Hallelujah
 Produced by DJ Scratch Nice
2. The Way
 Produced by MASS-HOLE
3. Angel Dust feat. Neetz, IO
 Produced by Neetz
4. Tap This feat. FEBB
 Produced by FEBB
5. First Things First
 Produced by FEBB
6. Skit 24/7
 Produced by MIKI
 Backing Vocal by IO
7. Live Now feat. B.D.
 Produced by JJJ
 Contain a sample from Shota Shimizu "Overflow" (JPSR01200783).
 Licensed by Sony Music Records.
 (P)2012 Sony Music Records


1. Ready
 Produced by JASHWON
2. Prrrr. feat. DONY JOINT
 Produced by Jazadocument
3. Speed Up
 Produced by Ryohu
 Backing Vocal by Ryohu
4. Til I
 Produced by U-LEE
5. DownTown Boyz feat. Ryohu
 Produced by Ryohu
6. Worldpeace feat. Gottz
 Produced by JJJ
 Backing Vocal by Ryohu
7. Outro
 Produced by Jazadocument

All Songs Mixed & Mastered by John Sparkz

Anthony Naples - ele-king

 夏も終わろうとしている。じょじょにではあるが気温も下がり、肌が冷たくなるのを感じる。UKとは違い、こと日本において「夏の狂騒」なるものはほぼなかった(というか禁止された)わけだが、それでもやはり、こうして季節の節目を予感すると、なにか僕のなかの気分も変わってゆくような……。クレイジーなクラブ・バンガーもおおいに結構だけれど、いまは少し落ち着きたい。良質なハウスを提供していたアンソニー・ネイプルズが、こうしてアンビエント、あるいはダウンテンポへ急接近したことは、まさにいまの移ろいにフィットする。『Chameleon』は来る秋のための、あるいは夏に失望させられたひとのためのサウンドトラックになりうる作品だ。

 ニューヨークのアンソニー・ネイプルズは、〈Mister Saturday Night〉や〈The Trilogy Tapes〉などからいくつかの12インチをドロップ。現在は自身のレーベル〈Incienso〉と〈ANS〉を拠点に、前者ではDJパイソンダウンステアズJのような才能を紹介しつつ、後者では自身の近年作をリリースしている。フォー・テットによる〈Text Records〉からドロップされた2015年の『Body Pill』にはじまり、自身の〈ANS〉における2019年の『Fog FM』までを俯瞰すると、彼のフルレングス作品はクラブ/フロアから得られた反応をアルバムへ落としこんだ印象が強かったが、『Chameleon』では大胆と言えるほどにダンス・ミュージックから離れており、彼にとって初めて、シンセサイザー、ギター、ベースやドラムといった楽器の生演奏を主軸に制作されたという。

 全編を通して落ち着いたアンビエンスが充満しているものの、それは聴き手の邪魔をしないサウンドに終始するのでなく、ベースとの絶妙な絡み合いを生み出しながら、ときにエレクトリック・ギターは躍動し、ドラムは有機的に働き、そして随所にシンセのデジタルな音が散りばめられている。そのなかでもとりわけ、エレクトリック・ギターを中心に作られたサウンドスケープが驚きをもって迎えられるべき点だろう。タイトル・トラックの “Chameleon” ではフェイザーをぐっとかけたギターの反復が重要な役割を果たしているし、“Massive Mello” におけるギターのストロークとベースのコンビネーションは素晴らしく、後半における短いギター・ソロでは、万華鏡のようなサイケデリアすら感じさせる。

 近い雰囲気を持つアルバムとして2018年の『Take Me With You』がある。しかしそれはクラブで踊ったあと、友人たちと誰かの家でくつろぐムードを表現した、アフターアワーのための音楽であった。むしろ『Chameleon』において、クラブやそれに付随するあれこれはもはや無関係と言える。インタヴューによれば、いくつかの曲はホルガー・シューカイやハルモニアなどのクラウト・ロックから影響を受けたと語るし、ロックダウンで長らくすみに追いやられていた過去のレコードをたくさん聴いたとも。そこにはA.R.ケーン、コクトー・ツインズ、コナン・モカシン、はてはニール・ヤングまでもが含まれている。この取り留めのない聴取の経験がサウンドそのものに影響を与えたとは感じないが、今作がフロアにまったく縛られていないことはこの事実からもひしひしと感じる。アンソニー・ネイプルズは今作において、DAWを立ち上げたモニターを前に座るハウス・プロデューサー然とした態度を選ばなかった。その代わり、小さなループ・ペダルと OB-6 のシーケンサーを手に取り、ひとりで自由なジャム・セッションらしきもの──本人はそれについて、楽器を嗜んでいた子どものころを思い出したと語る──をえんえんと続けた。その結実が『Chameleon』の音世界なのだ。

 また、『Chameleon』には言葉が見当たらない。もちろん歌詞はないし、それぞれのタイトルの多くがひとつの単語のみであり、音楽において一般的に具わる、言葉を通した聴き手への語りかけはほとんどない。いや、むしろ言葉がないからこそ、僕はこの音楽に耳をそばたて、ひとり目を閉じながら想像をふくらませるのかもしれない。しかし、それでもなお言葉に着目するならば、クローザーにおける “I Don’t Know If That’s Just Dreaming”、「夢を見ているのかどうか、私にはわからない」と。これはひとつの手がかりになるだろう。つまり、今作は夢見心地のアンビエントやダウンテンポではなく、夢にいるのかどうか、そのはざまで揺れ動き、聴き手の想像力を喚起しながら、いつのまにかどこかへ連れていってしまう音楽なのだ。写真家であり妻のジェニー・スラッテリーとダウンステアズJによるアートワークも示唆に富む。秋に咲く彼岸花の写真は意図的にゆがみ、ねじ曲げられている。それは少なからず音楽の危機を感じた今夏を経た僕(ら)にとって、これからのゆくすえを考えさせるような意味を持たせる。ほんとうに、聴いていると、思いもよらぬ考えごとや空想があれやこれやと押し寄せてくるじゃないか。

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