わたしにとって幼少期に聞いた「音楽」という記憶は「ポンキッキーズ」のことだ。まだ柔らかい心の芯に毎日刷り込まれたあのポップ・ミュージックは、いまでも簡単に口ずさめてしまう。デトロイトではそんなポンキッキーズな年齢の子供たちが、テクノやハウス・ミュージックを楽しめるイヴェントが存在している。気になっていたこのイヴェントにやっと今年行くことができたので、レポートしようと思います。
デトロイトのミュージック・フェスティヴァルといえば、5月に開催される〈ムーヴメント〉がある。これは世界的にも有名なミュージック・フェスティヴァルだが、毎年夏に同じくデトロイトで〈バックパック・ミュージック・フェスティヴァル〉というものがひっそりと開催されている。今年は8月3日に開催され、8回目を迎えた。このミュージック・フェスティヴァルは「成功するための基礎がない上では、子供の成功はない」という考えのもとスタートした、親子で一緒に楽しむことができる音楽イヴェントだ。
イヴェントの中心にいるのは子供たち。その子供たちの成長の手助けをするために、来場者は入場料として20ドル程の募金をするか、子供用バックパック(日本でいう、リュックサック)を寄付として持ってくる。つまり、このイヴェントの最終目的は、集めた募金なども使用し、学習環境が整っていない子供たちにバックパックや学用品などをいき渡らせること。
もちろんアーティストもボランティアでの出演で、今年のラインナップは、ホアン・アトキンス、エディ・フォークス、テレンス・パーカー、アルトン・ミュラー、ジェイ・ダニエル、そして、デトロイト・テクノ・ミリティア。昨年は、デリック・メイやギャラクシー2ギャラクシー、タイムライン、リック・ウィルハイトなども出演、そこにローカルDJも加わって現地ならではの豪華な内容だった。
開催場所のデトロイトのBelle Isle Parkは自然博物館や湖もある外周を車で20分程の島、会場となっていた広場の横の川でも居合わせた釣り人は終日退屈そうに揺れる波紋を見つめていた。
エントランスにて日本で購入してきたバックパックを渡し会場内に入ると、オープン直後だったのでまだ客は20名程しかいない???。ブースはふたつに別れている。それぞれのタイムテーブルを見ながらどういった行動にしようか考えていると、オープニングアクトのDJ Headはいきなり子供抱いて登場(!)。左手に子供、右手でEQと、まだ眠気も覚めない朝10時の豪快な姿にこれが本当のデトロイト・アンダーグラウンドなのか......と思いながら芝生に座り、無料で配られていた朝ご飯のパンケーキをかじった。
1時間づつ約総勢30名程のアーティストが出演し、音楽以外にも子供が楽しめるように、大きなトランポリンやお絵描き教室、フェイス・ペインティングなどのアクティビティが多数用意されている。早い時間帯はやはり家族連れが多く、父親のDJプレイを聞いたり芝生を駆け回ったり、夢に身を委ねているかのようなただただ穏やかな時間が流れていた。
歴代のデトロイトテクノのアートワークを担当しているHAQQもこの日は子供と一緒に来場、DJブースから少し離れた、涼やかな風が抜ける木の下でライヴ・ペインティングを行っていた。キャンバスに、HAQQの娘がバックパックを背負っている絵が描かれていく。わたしはその横で、向こうに響くベースラインに耳を傾けながら、HAQQの子供ふたりを相手にキャッチボールをするというなんとも平和的な時間を過ごした。毎年まとまった休みも取れず、たいした夏の記憶もないわたしは、この絵に描いたような「夏休み」に、ここ数年の空費した夏を取り返した気になった。
客層は幅広く、なかには傘寿のお祝いを迎えているであろうおばあちゃんもいらっしゃっていた。毎年、自ら車を運転をして会場まで遊びにきているというそのおばあちゃんは、ステッカーだらけの車イスに乗り、まるで赤子と優しく会話をしているかのように音楽を聞いている。そしてムーディーマンの"Shades of Jae"がかかった途端、車いすから立ち上がって拳を振り上げた! その瞬間、オーディエンスは一体となり、嬉々たる空気に満たされた。こうゆう瞬間があるから、わたしはクラブ・ミュージックが好きでたまらない。
とくに楽しみにしていたアーティストはジェイ・ダニエル、そして自らのレーベルからレコードもリリースしているデトロイト・テクノ・ミリシア。ジェフ・ミルズに影響を受けたという彼らは一昨年の〈ムーヴメント〉では5人で5台のターンテーブルを使用していたが、この日はふたりで4台ターンテーブルを駆使し、次から次へとミックスされる率直なハード・テクノでオーディエンスを魅了した。
だんだんと空に紫色のグラデーションかかり、湿度が上がって子供たちはいなくなった頃、大人たちはシカゴの女性DJ、CZ Boogieの野性的なプレイに歓声を上げ、ダン・ハートマンの"Relight My Fire"で合唱。そして、このブースのトリのテレンス・パーカーに後ろ髪をひかれつつ、わたしはホアン・アトキンスに向かった。ホアン・アトキンスはクラシックなシカゴ・ハウスを連発しイヴェントは幕を閉じた。
このイヴェントにはドラッグはもちろんだが、アルコールの販売すらない(水すら売っていないというのには少々驚いたが)。運営自体も各自のサポートとDIY精神によりどうにか成り立っている感じだ。それでも、この街で生まれた音楽を愛し、こうやって子供たちのためにたくさんのアーティストが集まり、そこに純粋に音楽を求めて良質なオーディエンスが集まる。とてもシンプルなことだけれど、ナチュラルにできてしまうデトロイトのシーンに羨望した1日だった。
以下はこのイヴェントのオーガナイザー、Judy Sheltonのインタヴューです。このイヴェントについていろいろお話を伺いました。どうぞ!
バックパックを持たずにペンや本などを手に持っていたり、スーパーの袋に入れて持ち歩いて登校している子供たちを見かけたことが全てのはじまりでした。それを見て、私自身も何ができるだろうと考えはじめて、このイヴェントのアイディアが浮かびました。はじめにデリック・メイにこの話をしたら、彼は快諾しこのイヴェントの第一人目のスポンサーとなってくれました。
■開催目的を詳しく教えていただきますか?
Judy Shelton(JS):私たちが実施している、学校の子供たちを観察するプログラムで、バックパックを持たずにペンや本などを手に持っていたり、スーパーの袋に入れて持ち歩いて登校している子供たちを見かけたことが全てのはじまりでした。それを見て、私自身も何ができるだろうと考えはじめて、このイヴェントのアイディアが浮かびました。はじめにデリック・メイにこの話をしたら、彼は快諾しこのイヴェントの第一人目のスポンサーとなってくれました。当初のイヴェントは〈デトロイト・ハウス・ミュージック・ピクニック〉という名前の通り、「バックパックや学用品などを持ち寄ってピクニックに来て音楽を楽しもう」というような、とても親しみやすい内容のもので、ゲストを招きいれる形でスタートしました。
それから1年のあいだにデトロイトの経済はさらに悪化して、多くの人が失業してしまいました。以前イヴェントに学用品などを寄付してくれていた人たちが、いまは助けを必要とする側になっているんです。昨年、2012年は、いままでにないかたちで次のステージへとイヴェントを前進させ、URと協力して〈バックパック・ミュージック・フェスティヴァル〉の開催を迎えました。ここにたどり着くまでの長年のあいだ、つねにデリック・メイ、ケヴィン・サンダーソン、ジェフ・ミルズらともさまざまなことに取り組んできました。彼らは活動資金を募る架け橋としても協力をしてくれて、確実に子供たちにバックパックや学用品にいき届くようにしたのです。私たちは8つの機関と提携していてるのですが、そのうちのひとつのミシガン大学がおこなっているキッズキャンプにいるのは、身寄りのない子供や何らかの問題を抱えている子供たちです。彼らにもバックパック、学用品など必要なものがいき届くように取り組んでいます。
デトロイトでは、子供たちがアートに触れる機会がなくなってしまっているのが現状です。子供たちにテクノやハウスが好きになってもらえるような機会をつくっています。ヒップホップ色が強いものは、デトロイト・ヒップホップという感じで。シカゴ・ハウスも子供たちに好かれています。
■ 通常の音楽イヴェントのように大人だけの入場にして、募金を集めたりするにするなどさまざまな方法があったと思いますが、子供も一緒に楽しめるようにしたのはなぜなのでしょうか?
JS:子供たちが親とイヴェントに遊びにきて楽しい時間を過ごし、そしてその中で募金を募り、学用品などが必要としてる子供たちの元に届くというものにしたかったのです。
このイヴェントの一番の目的は、わたしたちの子供たちの未来に目を向けることです。毎年、イヴェントの主旨は変わっていませんが、今年は更に子供たちとイヴェントがより深く関わることができるようにすることが目標でした。そこで今年は〈サンライズ・ブレックファースト〉を開き、子供たちは朝8時~10時のあいだ、無料で朝食を食べれるようにし、その代わりに親たちにはイヴェントに10ドルの募金をしてもらうという形にしました。
その他、より楽しめるようにアトラクションを多く盛り込みました。大きなトランポリン、フェイス・ペインティング、3Dピクチャー、子供たち向けのアートセラピー、他にはミュージックタイムという子供たちが音楽をつくる広場も設けたりもしました。
■デトロイトにはテクノの他にもたくさんの素晴らしい音楽文化がありますが、 なぜテクノやハウスのアーティストがメインのイヴェントにしようとしたのでしょうか?
JS:私が育った背景と深く関係しているんですが、デリック・メイとは私が13~14歳からの交友関係で、当時〈KS〉というクラブがあったのですが、そこで長年プロモーターとして多くのパーティを一緒に開催していました。私にとって音楽は自分自身の大切な一部で、それは昔もいまも変わっていません。その自分が大切にしてきた音楽、子供たちへの愛、長年友好関係を築いてきた仲間たち──全てを合わせたときに、自然な流れでいまの活動のかたちができていったのです。
■デトロイトの子供たちを取り巻く現在の状況で、感じていることがあれば教えてください。
JS:Eメールやフェイスブックを通して、デトロイトの経済破綻がどのようにイヴェントへの影響するかと懸念するメッセージがいろいろな人から届きました。そこで私自身もイヴェントにどのような影響があるかと考えてみたのですが、「イヴェントには影響するかしら? いや、何も影響しないんじゃないか」と思ったんです。出た答えとして、「デトロイトの経済が降下していく」=「デトロイトの子供たちが降下していく」ということではないということです。
私たちにはコミュニティがあって、その支え合って生きている人びとの集まりが子供たちにはついていることを知っています。経済が破綻して現状は決していいものではありません。しかし、どんなときでも、立ち直る過程の前には、厳しい状況に直面することは避けられません。いまデトロイトは厳しい状況に直面していますが、デトロイトには素晴らしい人びとがいます。多くの才能を持った人たちを輩出しています。音楽面でもモータウン、テクノが生まれた場所なのです。自分らの大切なものが何かを見つめて、自分たちがもつこのコミュニティで何ができるかと問いかけながら前向きに進んで行けば、未来は必ず良い方向に向かうと確信しています。
■デトロイトの子供たちは音楽が好きだと感じますか?
JS:ええ、もちろん! デトロイトの子供たちは音楽が大好きです。子供たちにテクノやハウスが好きになってもらえるような機会をつくっています。ヒップホップ色が強いものは、デトロイト・ヒップホップという感じで。シカゴ・ハウスも子供たちに好かれています。デトロイトでは、子供たちがアートに触れる機会がなくなってしまっているのが現状です。学校では音楽や絵を描ける、そんな普通の授業もなくなっています。なので、私たちは、アートセラピーを設けたりして、子供たちにアートと繋がる機会をつくってあげています。なかにはカール・クレイグの財団が音楽を教えているもの、マイク・ハッカビーが音楽制作を教えるなどさまざまな活動があります。
■募金を集めていますが、集めた募金は具体的に何に使用されるのでしょうか?
JS:バッグパックの購入やペンや紙、クレヨン、のり、などの学用品です。私たちの活動は、幼稚園から高校までのあいだの子供たちが対象ですが、家のない子供たちや身寄りのない子供たちはもっと高い年齢の場合もあります。その子供たちのためにも必要な物を購入するのに使用します。他には、活動のなかで実施している読み書きのプログラムのために使用しています。子供たちが読書する機会が減っていることから、このプログラムを今年スタートさせました。必ずしも学校で読んでいるような本だけを購入して読ませるのではなく、彼らが読みたいと思った本から読みはじめてもらっています。これに関しては、イヴェントに来る人びとにも寄付してもらえる本を持ち寄ってもらったりもしています。
■これだけデトロイトのアーティストが集まると、アーティスト同士の交流の場所にもなりそうですね。
JS:出演するアーティストはボランティアで彼らの時間を提供していて、ひとつのコミュニティとして私たちの子供たちのために、アートのためにみんなが協力してイヴェントが成り立っています。これらがこのイヴェントを特別なものにしているのです。こんなにアーティストが集まって、しかも無償でプレイするなんて不思議だ! と驚く声をききますが、自分たちのコミュニティをサポートするという目的のもとアーティストたちが集まって参加しているのです。ケニー・ラーキン、ジョン・ディクソン、テレンス・パーカーなどたくさんのアーティストがイヴェントに参加してプレイしています。世界をツアーしているアーティストも、こうしてホームタウンのデトロイトに戻ってきて参加してくれているのです。アーティスト同士も知り合いで、昨年はシカゴからウェイン・ウィリアムズもイヴェントに参加してくれました。
■今後どのようなイヴェントにしていきたいと考えていますか?
JS:私たちの今年のゴールはバックパックを3000人分、学用品を5000人分にのばすこと、私たちが取り組んでいるプログラムの子供たちに必要な学用品が行き届き、さらに他の子供たちへもいき届くようにすることです。