1990年代半ばにドイツのベルリンで結成されたジャザノヴァ。3人のDJと3人のプロデューサー/トラックメイカーから成るこのユニットが生まれた時期は、クラブ・ジャズ・シーンが躍進しており、ニュー・ジャズやフューチャー・ジャズと呼ばれる新しい音楽が生まれていた。当時はジャズを接点にさまざまな音楽ジャンルが融合し、カール・クレイグのインナーゾーン・オーケストラやロニ・サイズのリプラゼントなどが活躍していた。そうした時代に一躍脚光を浴びたのがジャザノヴァだ。
古い時代のジャズ、ソウル、ブラジル音楽、ラテン、アフロなどの音素材を、まるで実際に生演奏しているように錯覚させる緻密なサンプリングで再構築し、テクノ、ハウス、ヒップホップ、ドラムンベースなどを通過した新しい未来の音楽として提示する。彼らの手法は、それ以降のニュー・ジャズ~クロスオーヴァー・シーンの指針となり、多方面にも影響を及ぼした。『In Between』(2003年)、『Of All The Things』(2008年)とアルバムを発表していくなか、ジャザノヴァの音楽性は徐々に変化していく。エレクトロニクスとアコースティックな要素が融合していた『In Between』に比べ、『Of All The Things』では多くのシンガーを起用し、生演奏に比重を置いた作風となっていた。当時はメイヤー・ホーソンなどが台頭してきていたが、そうしたヴィンテージ・ソウル的な作品もあった。その方向性は最新作『Fankhaus Studio Sessions』(2012年)でさらに加速し、これは完全なバンド・スタイルでおこなったスタジオ・ライヴ集である。パーソネルもプロデューサー/トラックメイカーとセッション・ミュージシャンが主で、実際のところDJメンバーはほとんど関与していない。つまり、当初のジャザノヴァとは異なるものなのだ。
Alex Barck Reunion Sonar Kollektiv/Pヴァイン |
一方、そのDJメンバーであるアレックス・バークは、現在はソロ活動をメインでおこなっている。DJとして多忙な日々を送っていたアレックスは、2011年にプロマー&バークというユニットで『Alex And The Grizzly』を発表する。フォウナ・フラッシュ、トゥルービー・トリオ、ドラムレッスンといったユニットで、ジャザノヴァとともにドイツの音楽シーンを牽引してきたクリスチャン・プロマーとのユニットだ。
音楽的にはディープ・ハウス、テック・ハウス、テクノ、ミニマルといった要素を軸とし、アレックスの普段のDJプレイを反映したものと言えるが、中に自身でヴォーカルを取ったりしたものや、シンガー・ソングライター的な要素を感じさせるものもあり、またフォークからクラシックやオペラ、バレアリックにチルアウト、そしてエスニックなど多彩なテイストを盛り込み、彼らの豊富な音楽的知識や経験が生かされていた。
そして、2013年の秋、アレックスのキャリア初となるソロ・アルバム『Reunion』が完成した。『Alex And The Grizzly』の延長線上にある作品と言えるが、プロマー&バークではどちらかと言えばクリスチャン・プロマーがプロダクションの実務を仕切っていたのに対し、『Reunion』ではアレックスは完全に独り立ちし、作曲やプログラミングをはじめとしたスタジオ・ワークは全て自身でおこなっている。
今回は自分で歌ってはいないが、代わりに多くのゲスト・シンガーを招き、ヴォーカル曲が多くなっていることも特徴だろう。レッド・ブル・ミュージック・アカデミーのイベントのDJで来日中のアレックスに、この『Reunion』のことを中心に、DJやジャザノヴァのこと、最近の音楽シーンについてなど、いろいろ語ってもらった。
音楽があまりにも溢れすぎているからガイドが必要だと思う。僕たちの世代のジャズDJが一番良い選曲者になれると思う。僕たちはどんなジャンルも新旧も問わず何でもチェックしているからね。この20年間で僕たちは音楽を俯瞰的にみる術を培ってきたから。僕たちの選曲者としての存在価値は、今後どんどん重要になっていくはずだよ。
■初のソロ・アルバムのリリースおめでとうございます。DJ、そしてジャザノヴァのメンバーとして20年近くやってきて、今、このタイミングでソロ作を出したのは、どんな理由からですか?
アレックス・バーク(以下AB):昨年の7月から1年間、家族と一緒にレユニオンという島で生活することになって、そこではベルリンにいたときのようにスケジュールに縛られることなく、何の計画も立てずに音楽に取り組んでみようと思ったんだ。最初からアルバムを作ろうとしたわけじゃない。でも、島の空間や時間にすごく刺激されて、この1年はアルバムを1枚作るのにちょうどいい期間だと感じるようになっていった。向こうにはスタジオがないから、仕方なく自分のラップトップとヘッドフォンだけで制作していたんだけどね。
■レユニオンはフランスの海外県で、アフリカのインド洋上にあるマダガスカル東方の小島なのですが、ベルリンを離れてここに移ったきっかけは何ですか?
AB:僕の妻はヨーロピアン・スクールの教師なのだけれど、彼女が海外に1年間赴任して教えるという交換プログラムの話をもらい、それがレユニオンだったんだ。彼女が行きたいと言ったとき、初めは一緒に行くのを少し躊躇した。DJにとって1年というのは長い時間だからね。でも、突然これは何か違う世界に触れるいい機会なんじゃないかという直感があったんだ。それまでベルリンにしか住んだことがなかったからね。実際、ベルリンを外から見ることが出来たのはいい経験だったよ。ベルリンではみんな「ベルリン・サウンド」を作るんだ。それはハードなテクノやハウス・ミュージックなんだけど、僕の好きな音楽ではなかった。だから、あのうるさい街を離れられてよかったよ。
■CDジャケットになっているビーチの写真も、レユニオンでの風景なのですか?
AB:これはレユニオンに着いたその日に撮った最初の写真なんだ。とても美しい島で、まさにパラダイスだよ。現地の人は親切で、ピースフルだし、いろんな人種が混ざっている。中国系、インド系、黒人系のクレオール、それからフランス系と、皆それぞれ違っているけど、そうしていろんな血が混ざりあうことにより、美しい人が生み出されるんだ。そして、暖かいし、食べ物も最高だし、とくに魚は新鮮だよ! 老後には移り住みたいねとも思ったよ(笑)。
■イビサのように観光地化されたところとは違うのですか?
AB:イビザのようなところとは全く違うね。フランスから多少の観光客がいる程度で、ずっと少ないよ。手つかずの自然の楽園というイメージかな。ナイト・ライフはないし、ホテルも少しだけ。とてもピュアな島だよ。火山があったり、4,000m級の山があったりする。それに美しいビーチもあって、全部揃っているんだ。ぜひホリデイに行くべきだね。
■ということは、レユニオンではDJの機会などはなかったわけですか?
AB:プティヨンというとても小さいクラブでレジデントDJをやっていた。ただ、それはクラブというより家族や友達を集めたバーのようなところだったよ。それ以外はやらなかった。代わりに「エレクトロピカル」というフェスティヴァルのオーガナイズをしていて、ドイツから、例えばAMEのフランク・ヴィーデマンやクリスチャン・プロマーを呼んだり、ほかにジェフ・ミルズとか、フランスから何人かのアーティストをブッキングする仕事をしていた。あと11月と4月に2回ほどミニ・ツアーをやって、ヨーロッパの国々を回ったり、日本にも行ったりしたよ。
■アルバムではレユニオン島出身のクリスティーヌ・セーラムというシンガーが歌っていますが、彼女とはどのように出会ったのですか?
AB:向こうに着いたとき、たまたま誰かから彼女のCDをもらったんだ。島にはマロヤという奴隷制の時代から続く伝統的な音楽があって、彼女はその分野でとても有名な歌手なんだよ。で、そのCDを聴いて、僕は彼女の声に恋をしたんだ。知り合いを通して何とか彼女にコンタクトを取りたいと思ったところ、実は僕がプティヨンでプレイする時にいつも彼女が来てくれていたことがわかってね(笑)。それで、すぐ紹介してもらった。すごく才能があって、フレンドリーで素晴らしい人だよ。そうやって仲良くなって、一緒に音楽を作ったんだ。実はこれからふたりで新しいアルバムを作ろうと考えていて、来年にもう一度レユニオンに行って、レコーディングをしようと計画中なんだ。
■レユニオンには独自の音楽文化があるのですか?
AB:レユニオンは奴隷制時代の典型的な植民地だった。そして、アメリカのブルースやアフリカやブラジルの伝統的な音楽のように、レユニオンにはマロヤという音楽があるんだ。でも、それは実は1980年代まで演奏するのを禁止されていたんだよ。当時のミッテラン大統領が解禁して、一般に聴くことができるようになった。音楽的には打楽器のみの編成で、ある種トランシーな要素がある。カヤンバという大きなシェイカーのような楽器やルーラーという打楽器を使っていて、それらと歌だけから成り立つ音楽なんだ。パフォーマンスを見に行くと、老人でさえもトランス状態で踊っている。少しブードゥーの音楽に似ているところもあって、とても興味深いね。それとミニマルな要素もあるから、DJとしてプレイできるかもね。心の奥深くに入り込んでくるような音楽だよ。
■クリスティーンが歌う“Oh Africa”は、そのマロヤに影響を受けた部分もあるのですか?
AB:そうだね、この曲と“Reunion”が島の文化から最も影響を受けたものだと思う。アルバムのすべての曲が島に影響を受けたものとは言い難いけれど、あの島がこの音楽を作る時間と場所をくれたわけだから、そうした意味でレユニオンのあらゆるものから着想を得ているアルバムなんだ。そのなかでも「Oh Africa」は直接的な影響を大きく受けているよ。リズムもマロヤのスタイルだし、大きなシェイカーを使ったり、クリスティーヌの歌声だったり、明らかにこのアルバムのハイライトだと思う。
[[SplitPage]]今回のアルバムは初期のジャザノヴァに近い、DJ的なプロデュース・ワークを重視した曲作りなんだ。いろいろリミックスを手掛けたりとか、最初のアルバムの頃のね。ジャザノヴァはライヴ・サウンドへ変化していくにつれて、よりクラシックなソング・ライティングに基づく明確な骨組みの音楽へと曲調も変化していった。
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■レユニオンから受けた着想という話でいうと、“Doubter”“Reset”“Spinning Around”といった曲からはバレアリックなムードが漂っているのですが、それはレユニオンでのレイドバックした生活から育まれたものと言えそうですか?
AB:バレアリックという言葉を出すなら、それはレユニオンでの生活以前から自分のなかに存在してきたと思う。言うなれば根源的なバレアリックの感触に、いつも大きなインスピレーションを得ているんだ。意図的にそれを嗜好しているわけではなく、純粋に内面から出てくるものなんだ。僕のDJを知っている人は、そういった音楽をかけるのが好きだと理解してくれるんじゃないかな。子供の頃の僕はポップ・ミュージックをよく聴いてたけど、改めて自分なりのバレアリックということを分析するなら、例えば当時好きだったシャーデーのような1980年代のポップ・ミュージックに繋がりがあるんじゃないだろうか。だから、それは直接的な影響というより潜在的なもので、ポップ・ミュージックに囲まれて育った僕の子供時代の環境から自然と湧き出し、音楽を作る時に表面に浮かんでくるんだ。バレアリックというものを僕は意識しているわけではなく、それは言うなればポップ・ミュージックなんだけど、ポップ・ミュージックもバレアリックに通じているんじゃないかな。曲作りにおいてもバレアリックなものを作ろうとしているわけじゃない。敢えて言うなら、コーラスがあって、ヴァースがあって、フックが魅力的という古典的な曲作りが好きなのかも知れないね。それはロック・ポップ的な音楽、例えば昔スミスなどを聴いていた時から僕の中に生まれたんじゃないだろうか。
■バレアリックという言葉を出したのは、プロマー&バークでアル・ディ・メオラの「Pictures Of The Sea (Love Theme)」のカヴァーをしていて、そうした部分からも繋がるところを感じたので訊いたわけです。
AB:僕はドイツの海沿いの街で生まれたので、海がずっと心象風景になっているんだ。海を見ながら何時間も座っているのが好きだよ。いつもその風景に影響を受けているし、頭のなかにそのイメージがあるんだ。だから、アル・ディ・メオラの“Pictures Of The Sea”が僕の好きな曲というのは、わかりやすいだろ(笑)。
でも、これはあまりにも美しい曲だけどクラブでかけられるタイプのナンバーじゃないから、いつかそのクラブ・ヴァージョンを作りたいと考えていたんだ。いいカヴァーができればとね。ジャザノヴァの最初のアルバムにも“Sub-Atlantic”という素晴らしいインタールードがあるけど、これも海の風景から来ている。そういった具合に海のサウンドとイメージが僕の頭のなかにいつもあるんだ。僕の家族はホリデイにフランスの海沿いの別荘に行くけど、できればそこにずっといたいくらいだよ(笑)。ベルリンには海がないからね、湖はたくさんあるけれど。
■今回のアルバムで、ジャザノヴァやプロマー&バークの時と違いを意識した点はありますか?プロマー&バークとは繋がりはあるかもしれないが、最近のジャザノヴァのサウンドは違うと思うのですが。
AB:今回のアルバムは初期のジャザノヴァに近い、DJ的なプロデュース・ワークを重視した曲作りなんだ。いろいろリミックスを手掛けたりとか、最初のアルバムの頃のね。ジャザノヴァはライヴ・サウンドへ変化していくにつれて、よりクラシックなソング・ライティングに基づく明確な骨組みの音楽へと曲調も変化していった。ただ、僕はDJとしてキャリアをスタートしたから、DJ的な手法による音楽を求める部分もあり、それがプロマー&バークに繋がったのかもしれない。で、今回のアルバムにはそうしたDJ的な要素もあるし、一方で単体の曲として聴けるものでもある。楽曲ごとを重視しながらクラブでもかけられるという、ちょうど中間のものなんだ。
■プロマー&バークのアルバム制作時に、クリスチャン・プロマーからエイブルトン・ライヴなどの機材などの使い方を教えてもらったそうですね。今回は独りで制作して、それらの使い方は上達しましたか?
AB:音楽的な面ではジャザノヴァのときにもチームからいろいろ学んできて、その次に実務作業や技術面でクリスチャンからより多くのことを学んできた。教えてもらうというより、いつも彼が作業する隣りに座って、それを見ながらいろいろ質問していたね。彼は本当に短時間で制作できるプロデューサーで、アイデアがあればパッと作ってしまう。プロマー&バークのアルバムは10日で作ってしまったんだ。彼からは多くのことを学んだよ。コンプレッションやシグナル・チェインニングといった複雑な技術についてもね。でも、まだ僕は完璧なプロデューサーではないので、このアルバムの制作中にも、ときどき彼に電話して質問しなければならなかったよ(笑)。
■それでは、アルバムを作るごとにだんだんと上達していますね。
AB:そう、制作しながら学んでいるんだ。15年もの間エンジニアと一緒に働きながら、コンプレッサーがこんな調子なら、サウンドはこんな感じなる、という風に試行錯誤しながら学んできた。でも、そうした学習の成果に満足するかどうかは、結局のところはとても個人的な感覚によるんだ。今回のアルバムに関して、自分では80%の完成度だと思っている。僕にとってこのプロダクションはパーフェクトなものとならなくても、ある程度形が整っていればOKという感じなんだ。ヘッドフォンで作ったということを考えれば上出来かもしれない。もし、これと同じアイデアで同じアルバムを、誰かビッグなプロデューサーと組んで作れていたら、より良いものになったかもしれない。独りで全部を手掛けると、外からのインプットがないし、頭のなかがグチャグチャに混乱することもあるんだ。とくにミックス・ダウンのときが大変で、神経を消耗する作業だよ。今回も最終ミックス・ダウンでは1カ月の間寝られな日が続いて、ずっと気分が悪かったよ(笑)。1年でスパッと完成させたかったから、何とかやり遂げたけどね。
■プロマー&バークでは自分でも歌っていましたが、今回はたくさんのヴォーカリストが参加しています。どうして自分で歌わなかったのですか?
AB:歌いたくなかったんだ(笑)。プロマー&バークのときは特別で、そもそも他のシンガーに歌ってもらうためのガイドラインとして僕が歌ったんだ。でも、それを聴いて「いや、こっちの方がいいよ」、「君が歌うなんてクールだよ」と言う人がいた。一方、いい意見だけじゃなくて、ある人たちは「ダメだ」と言った。クリスチャンと僕は、むしろそうした意見の違いがあった方が、結果的にアルバムとして良いものになるんじゃないかなと思って、それで自分の声を残したんだ。でも、今回はインスト・トラックの方で手一杯だったし、他のシンガーが歌う方が良いと考えたんだ。もちろん、彼らに僕の考えはいろいろ伝え、イメージとかは実際に歌って聞かせたりしたりもし、最終的に彼らがそれを形にした。まあ、僕はレッスンを受けたプロのシンガーじゃないし、たまに歌うこともあるけれど、今回はそれを選択しなかった。家で子供たちに歌うことは大丈夫だけど、才能のあるシンガーではないからね(笑)。
■いろいろなタイプのシンガーがいますが、フェットサムの歌う“Why & How”やジョナサン・ベッカリーの“Doubter”を聴くと、こうしたシンガーの起用によってシンガー・ソングライター的な要素を代弁しているように感じます。
AB:準備段階で電話越しに歌って聞かせ、いろいろアイデアを交換していったんだけど、参加した全てのシンガーが素晴らしい仕事をしてくれたと思う。僕にとって完璧なコンビネーションだったね。ジョナサンは全ての曲をやりたいと思っていたみたいで、僕が3曲頼んだのに、5曲もやってきたんだ。僕はNGを出したけどね(笑)。でも、彼の声は大好きだよ。彼の別のプロジェクトのアーネストはハウス寄りの音楽だけど、今回はそのイメージから少し変わっている。偶然にも彼の次のプロジェクトはジョナサン・ベッカリー名義のアルバムで、これもまた異なるものだけれど、よりディープで奇妙な感じがするね。僕のアルバムでは、それらにはない新しいイメージを取り入れてくれて、とてもいいものになった。
フェットサムは昔からの友人で、ジャザノヴァが運営するソナー・コレクティヴからソロ・アルバムをリリースしている。今回もとても面白いレコーディング・セッションだったよ。バック・トラックが終わった後も、彼はアカペラでずっと歌い続けていたので、それを録音して使ったんだ。彼は才能のある力強いシンガーだよ。ほかに、スティー・ダウンズも僕の古くからの友だちで、彼も今度ソナー・コレクティヴからアルバムを出すけれど、ジャザノヴァでプロデュースをしている。ビア・アヌビスはまだ21才のとてもクレイジーな女の子だけど、ベニー・シングスのプロデュースした素晴らしいデビュー・アルバムがもうすぐ出るよ。彼女の声は天使みたいなんだ。彼女がデモを送ってきて、それを聴いた瞬間にファンになって、僕のアルバムに参加してもらおうと決めた。いつか大きなアーティストになると思う。
■“Doubter”はライやザ・ウィーケンドなどオルタナティヴなR&Bのアーティストに通じるナンバーで、ジェイムス・ブレイクの世界観に結びつくような曲だと思います。
AB:最初この曲はインストの予定だった。ドイツの古いジャズ・レコードからのドラム・ブレイクを使ったもので、とても奇妙な感じに仕上がったんだ。でも、ジョナサンがそれを聴いてヴォーカルをやりたいといったので、僕はOKした。彼は聖歌隊のような重層的なヴォーカルを入れた。当初、僕にとってこれはアルバムの途中に入るインタールード的な位置づけだったから、君が言うようなジェイムス・ブレイク的なフィーリングは、僕よりジョナサンが持ち込んだものだと思う。歌詞やヴォーカルが入ることによって、オルタナティヴなR&Bになったんだろうね。ジョナサンにありがとうといわなくちゃ(笑)。初めて聴いたとき、この曲に乗ったヴォーカルに吹っ飛んだんだ。
[[SplitPage]]誰かが“ニュー・オーダーに触発されたみたいだと言ったんだ。それには全く気付かなかったのだけれど、もしかしたら人生のある時期に吸収したものが、知らず知らずのうちに出てきたのかもしれない。僕はニュー・オーダーのアルバムを全部持っているからね。
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■“Oh Africa”のアフリカ・テイスト、“Move Slowly”でのレゲエやフォークのテイスト、“Why & How”でのゴスペルなど、ルーツ・ミュージックの要素とエレクトロを融合させたアルバムだと思います。このような融合はジャザノヴァのときからやっていましたが、それは自然と生みだされたのですか?
AB:人はそれぞれに音楽の歴史を持っているよね。初めに両親のコレクションを聴きながら育って、僕のようにコレクターになったら、たくさんの音楽をひたすら聴いていくんだ。いつも思うのは、幾つかのアイデアはそうしたレコード・コレクションに基づいているということ。そして、その幾つかは直接的な影響を及ぼす。例えば“Spinning Around”では、僕の好きなディスコ/ブギーのレコードのなかから、アフィニティの“Don’t Go Away”をサンプリングした。こうした直接的なものとは別に、もっとさりげないもので内面から出てくる影響がある。例えば誰かが“Atmosphere”を聴いて、ニュー・オーダーに触発されたみたいだと言ったんだ。それには全く気付かなかったのだけれど、もしかしたら人生のある時期に吸収したものが、知らず知らずのうちに出てきたのかもしれない。僕はニュー・オーダーのアルバムを全部持っているからね。
だから、自分で意識できる直接的な影響と、どこから来たかわからない無意識下の影響がミックスされたのが、このアルバムだよ。実を言うと僕の場合、曲の作りはじめは最終的にどんな曲になるのかわかっているわけではないんだ。曲作りをどんどん進めていって、ある時はこっちへ、別の時には全く違う方向へ行ったりもすることもありうる。大袈裟かもしれないけど、ひとつの曲について200通りのアレンジを作ったんだ。音楽制作でどこへ行くかを自分で決められるというのは、とても素晴らしいことだと思う。それが今回のアルバム制作の中で楽しかったことだよ。ジャザノヴァのようにたくさん人がいると、意見を譲らないといけない時もある。だけど今回は自分で決断が出来るし、音楽自体が方向性を決めることもあるんだ。
■曲の面白さという点では、「Reunion」は11分を超す大作で、フィールド・レコーディングを取り入れたり、プログレのような展開があったり、とても実験的で意欲的な作品です。この曲のアイデアはどこから生まれたのですか?
AB:この曲はとても特別なものだ。レユニオン滞在の最後の1週間に作ったもので、「さよなら」という意味のこもった曲なんだ。実際の島から最も影響を受けた曲でもある。初めに島の美しさ、パラダイス的な側面があって、次にサイクロンや火山といった生々しい自然の側面が現れる。そういった島全体を表現したかったんだ。日の出、昼の時間や風景、サイクロン、波、サメなどを一緒にしたんだ。幸運なことに、ドイツのプログレ・バンドのポポル・ヴーが1975年に作った『Aguirre』のなかから、ドラム・ソロを使う許可をもらった。前に彼らの曲のリミックスを手掛けたんだけれど、予算がなかったから、代わりに『Aguirre』のドラムのトラックをもらうように頼んでいて、それが今回に生きた。この曲のふたつ目のパートにそのドラムが使われているんだよ。僕の妻はいつもはハッピーでメロウな曲が好きなんだけれど、この曲を聴くと島のイメージが浮かび上がってくるということで、アルバムではこれが彼女の一番のお気に入りなんだ。
■“Reset”はホット・チップや2ベアーズのジョー・ゴダード、“Don't Hold Back”はディスクロージャーなどを彷彿とさせる部分があります。最近はスピード・ガラージから、ポスト・ダブステップのようなベース・ミュージックを通過した新世代のハウス・サウンドが大きな影響力を持っています。あなたもこうした若い世代のアーティストに触発されることもありますか?
AB:実は最近のハウス・サウンドが大好きなんだ。ベースを重視する方向に向かっていて、とてもいいと思う。ディスクロージャーに関しては、本当に初期から追いかけていて、いつかビッグな存在になるだろうと思っていたけど、ここまでになるとは思わなかったよ。ディスクロージャーは僕たちのシーンにとってとても重要な存在だと思う。彼らは良いビートと良いプロダクションで良質のポップなハウス・サウンドを生み出して、アルバムはNo.1を取ったわけだからね。若い人たちを僕らの世界に招き入れて、よりディープでより面白い世界へと導く存在だと思う。ディスクロージャーやジョー・ゴダードはその扉を開いたんだ。
■このアルバムはハウス的なスタイルの曲が多いですが、例えばジュークとかチルウェイヴになど他のスタイルにも興味を持ったりしますか?
AB:これはいつも変わらないことだけれど、良い音楽であれば何でも興味を持つよ。僕たちのシーンの良い面として、ボーダーレスに何でもチェックするというところがある。フェスティヴァルで誰かほかのシーンの人に会ったとして、彼らは僕たちの音楽を知らないけれど、僕らは彼らのことを知っていることがよくあるんだ。ただ、クラブ・ジャズだけじゃなくてね。
例えばトロ・イ・モアの新しいアルバムはとても素晴らしいと思うよ。思うに最近の若い子たちはジャンルを必要としていないんじゃないかな。もしそれがい曲であれば、彼らはiPodにダウンロードするだけなんだ。でも、逆に言えば音楽があまりにも溢れすぎているから、彼らにはガイドが必要だと思う。そうした点でたぶん僕たちの世代のジャズDJが、彼らにとって一番良い選曲者になれると思う。僕たちはどんなジャンルも新旧も問わず何でもチェックしているからね。この20年間で僕たちは音楽を俯瞰的にみる術を培ってきたから。僕たちの選曲者としての存在価値は、今後どんどん重要になっていくはずだよ。
■ボーダーレスという話について、今回のイベントに同じくブッキングされたフォルティDLやコアレスといったアーティストは、いろいろな音楽的要素や柔軟性を持っていて、まさにボーダーレスなアーティストの新世代だと思います。こうした若い世代の活躍についてどう思われますか?
AB:フォルティDLやコアレスは未来の音楽と言うより、次のシーンの予感をはらんだ現在の音楽なんだと思う。彼らのような存在はいつも興味深い。日夜音楽作りに関わっているなかで、一番大事なのはいつもそこに未来があることなんだ。もし、ただ過去を振り返っているままだったり、未来に興味を無くしてしまったら、終わりだと思うし、退屈だ。僕はドイツでふたつのラジオ番組を持っているけど、いつも新しいものが入ってくるという意味でとても大切なことなんだ。もし、毎日同じものをかけなければならなかったら、気分が悪くなるよ。もちろん僕にも好みや価値観があるから、新しければ何でも良いというわけではないけれど。
いまはベース・ミュージックをはじめ、イギリスから起こるムーヴメントの影響が強いけど、僕にとってはずっとドイツのシーンよりも面白いものだった。いつもUKから来る2ステップやブレイクス、ダブステップ、レゲエに夢中になっていたんだ。ドイツに住んでいて、周りにはドイツの音楽があって、いくつかは良いものもあったけれど、過去も現在も総じてUKのシーンに惹かれることが多いね。
■ベルリンやその周辺のシーンはいまどのような感じですか? スキューバやモードセレクターが活躍しているようですが。
AB:ベルリンのシーンは、実はベルリンの人によって作られているわけではないんだ。現在のシーンの90%はベルリンで生まれ育った人ではなく、外から来た人たちによってつくられているんだ。スキューバもイギリスから来たわけだしね。だから、モードセレクターは地元が生んだほとんど唯一のアーティストかもしれない。でも、世界中からあらゆる影響が持ち込まれているわけだから、それは決して悪いことではない。巨大なメルティング・ポット状態なんだ。以前はただベルリン生まれのサウンドだけだったのだけれど、いまは国際的になった。だから、例えば素晴らしいソウル・シンガーや面白い音楽を作っているキッズに街で会える機会がある。良い方向に変化していると思う。人は増え続けているし、音楽的には良いことだと思う。
[[SplitPage]]ディスクロージャーに関しては、本当に初期から追いかけていて、いつかビッグな存在になるだろうと思っていたけど、ここまでになるとは思わなかったよ。ディスクロージャーは僕たちのシーンにとってとても重要な存在だと思う。彼らは良いビートと良いプロダクションで良質のポップなハウス・サウンドを生み出して、アルバムはNo.1を取ったわけだからね。
■今個人的に注目しているアーティストはいますか?DJで良くプレイするアーティストなどはいますか?
AB:さっきも言ったようにディスクロージャーはとても良いと思っている。ベルリンではコミックス(Commixxx)がいいと思う。彼はいつか成功するんじゃないかな。まだ出てきたばかりだけれど、トラックは素晴らしいし、ベルリンのシンガーとやったものなどは最高だよ。他にもたくさんあってひとつに絞ることはできないけれど、コミックスは外せないな。あと、また言うけどビア・アヌビスのアルバムは本当に美しい。彼女はとても若いけれど才能があるんだ。彼女をリトル・ドラゴンのマネージメント・チームと一緒に手掛けているんだけど、このプロジェクトが成功すれば、これまでで最大級の仕事になるはずだ。
■ジャザノヴァ自体は今後どういった方向に進むのでしょうか? 現在は生バンド的な方向で、アレックス自身の方向性とは違うように感じますが。
AB:実は次回のアルバムの制作がはじまっているけど、ファーストとセカンドの中間のようなものになると思う。ポップなものというより、よりシリアスなダンス・アルバムになるよ。よりクラブ寄りでアップ・テンポの曲が増えるけれど、ライヴ・ミュージシャンと一緒にやった生演奏も録音していく。ライヴをはじめた初期は、どちらかと言うと静かで大人しい曲が多かった。でも、それから何千人もの観客の入るライヴでは、より力強い演奏が必要だと気づいたんだ。それで、次回のアルバムをよりダンサブルなものにしようと思っている。僕の好みだしね。すでにムラトゥ・アスタケとレコーディングをしたし、ポール・ランドルフに続く新しいシンガーも起用する予定だ。でも、最後の瞬間まで完成形がどうなるのか、それはわからないね。
■プロマー&バークの方も継続していますか?
AB:たくさんのライヴをやっているよ。新しい曲もすでに10曲ほどラフ・スケッチがあるんだ。クリスチャンの仕事はものすごく速いから、30分もあれば1曲作ってしまうんだ(笑)。次の夏までにはアルバムに取り組むと思う。いまはツアーやスタジオ・ワーク、ソナー・コレクティヴでのオフィス・ワークが溜っているから、それが済んだらクリスチャンとスタジオで作業することになると思う。
■最後にファンへのメッセージをお願いします。
AB:僕のメッセージはいつも変わらない。「何かを信じていれば、必ずそこに手が届く」ということだ。それは機材や何かではなく、頭のなかにあるアイデアのことなんだ。資源は頭のなかにある。あとは、ただそれを取りだす術を見つけるだけ。そして、その方法は信じることだと思う。たとえいま、君の作った音楽が売れなかったとしても、もしそれを信じていたら、いつか人に理解されるようになるんだ。過去に渡って素晴らしい仕事をしてきたアーティストを何人も知っているよ。彼らは自費でレコード制作していたけれど、当時は誰もそれを理解していなかった。でも、今では彼らはヴィジョンを持った素晴らしいアーティストと見なされている。それはそのときに評価されるものとは限らない。タイムカプセルに残され、20年後に評価されるかもしれない。そして、そういう考え方が何かを信じる手助けになるだろう。ごくまれに一晩で成功する者もいるかもしれないけど、大半は長い時間を経て花開くものなんだ。だから、あせらずに時間をかけてじっくりやるべきだと思う。