「KING」と一致するもの

ele-king vol.32 - ele-king

 弊社サイト、エレキングをお楽しみのみなさん、こんにちは。早いものでもう12月、紙エレキング32号、刊行のお知らせです。今回はレコード店とアマゾンのみ、明日(15日)に先行発売されます。なお、書店は25日発売です。詳しくは公式ページをご参照ください。そして、これはもう、単刀直入に申し上げますが、ドネーションだと思って購入していただければ幸いです。たとえば、最近で言えばガゼル・ツインルーシー・レイルトンワジードなどのインタヴューを楽しんでいるリスナーは日本では少数かもしれません。しかし、日本ではとくに後ろ盾のないこうした海外アーティストや作品の紹介、ほかでは読めないコラム(たとえば小川充のジャズ・コラムから三田格の映画評NY在住のジル・マーシャルのポップ・エッセイなど)を継続するには、やはりどうしてもみなさんのご理解とサポートが必要です。ひとりでも多くの読者が購買者になっていただければ、エレキングもより記事を充実させることができます。以上、編集部からのお願いでした。

 さて、それでは紙エレキング32号を簡単に紹介します。特集は「2010年代という終わりとはじまり」、それと「2023年年間ベスト・アルバム」です。まずは前者について、これはいつかやりたいと思っていた企画で、ちょうどそのディケイドを代表するひとり、OPNが新作を出したことがあって今回やることにしました。きっちり10年代というよりは、リーマンショック(2008年)からコロナ前(2019年)まで、このおよそ10年で、まずは音楽を取り巻く状況がドラスティックに変化したからです。これは、かつてレコードやCDで音楽を聴いていたことがある世代にはわかってもらえる話だと思います。また、これは90年代にリアルタイムで音楽を聴いてきた世代にしかわからない話になってしまいますが、ゼロ年代になって更新の速度がいっきに落ちたと言われている音楽シーンが、それではテン年代になってどうなったのかという問題もあります。と同時に、web2.0以降の環境が、あるいは世界規模の大衆運動が音楽にどのように影響を与えたのかなど、その10年はあらためて整理したいトピックでいっぱいです。何が名作と言われているのかは、もう、それこそインターネットを見ればすぐにわかることなので反復する必要はないでしょう。おもに、そうした最大公約数からこぼれ落ちている大切な事柄に焦点を当てつつ、構成してあります。複数のライター諸氏が選んでくれた「10年代の名盤/偏愛盤」はいろんな人が見ても楽しいと思います。
 「2023年年間ベスト・アルバム」に関しては、ひとつだけエクスキューズをここに書いておきます。ぼく(野田)の印象になってしまいますが、2023年は、とくに大きな波はなく、いくつものさざ波があった、そんな1年だったと思います。いつもこの順位を決める際に指標としているのは、良い悪い/好き嫌い/上手い下手といった相対的な価値観ではなく、その斬新さが社会にとってどんな意味があるのかという(これも相対的と言えるかもしれませんが)、その一点です。2023年の多くの音楽にも、もちろんその強度はあるのですが、なにかが突出していたというよりは、みんな均等に良かったという印象です。なので、今回の年間ベストの1位から3位の3枚に関しては、エレキングというメディアの個性がいつもよりよく出ていると思います。
 ある意味こうした事態は、スウィフティーズやリトル・モンスターズが読者ではないであろうエレキングにとっては、歓迎すべきことかもしれません。とはいえ、いまのこのさざ波のような奇妙な感じは、2024年も続くのかどうか、それとも大きな波の前触れなのか、これからも期待と不安を抱えながら、見守りたいと思います。そのためにも、(しつこくてすいません)紙エレキング32号をどうぞよろしくお願いいたします。

エレキング編集長 野田努

L’Rain - ele-king

 ブルックリン育ちのミュージシャン兼キュレーターのロレインことタジャ・チークは、3作のアルバムを通じて、彼女が「approaching songness(歌らしさへの接近)」と呼ぶ領域間で稼働してきた。その音楽は、記憶と連想のパリンプセスト[昔が偲ばれる重ね書きされた羊皮紙の写本]で、人生のさまざまな局面で作曲された歌詞とメロディーの断片が、胸を打つものから滑稽なものまで、幅広いフィールド・レコーディングと交互に織り込まれている。それはつねに変化し、さまざまな角度からその姿を現す。ニュー・アルバム『I Killed Your Dog』の “Our Funeral” の冒頭の数行で、チークはオートチューンで声を歪ませて屈折させ、息継ぎの度に変容させていく。焦らそうとしているわけではなく、一節の中に複数のヴァージョンの彼女自身を投影させるスペースを作り出そうとしているのだ。高い評価を得た2021年のアルバム『Fatigue』のオープニング・トラックは、「変わるために、あなたは何をした?」との問いかけではじまっている。ロレインは確かな進化を遂げながら、その一方でチークは、これまでの作品において、一貫性のある声を保っているのだ。ループするギター、狂った拍子記号、糖蜜のようににじみ出る、心を乱すようなドラムスなど、2017年の自身の名を冠したデビュー盤でみられた音響的な特徴は、『I Killed Your Dog』でも健在だ。同時にロレインは、これまでよりも人とのコラボレーションを前面に打ち出している。今回は、彼女とキャリアの初期から組んできたプロデューサーのアンドリュー・ラピンと、マルチ・インストゥルメンタリストのベン・チャポトー=カッツの両者が、彼女自身と共にプロデューサーとしてクレジットされているのだ。チークが過去の形式を打ち破ることを示すもっとも明白なシグナルは、気味が悪くて注意を引く今作のアルバム・タイトルに表れている。『I Killed Your Dog』の発売が発表された際のピッチフォークのインタヴューでは、これは彼女の「基本的にビッチな」アルバムであり、リスナーの期待を裏切り、意図的に不意打ちを食らわせるものだと語っている。また他のインタヴューでは、最近、厳しい真実を仕舞っておくための器としてユーモアを利用するピエロに嵌っていることに言及している。これは、感傷的なギターとピッチを変えたヴォーカルによる “I Hate My Best Friends(私は自分の親友たちが大嫌い)” という1分の長さの曲にも表れている。(念のため、実際には彼女は犬好きである。)
 メディアは、ロレインの音楽がいかにカテゴライズされにくいかということを頻繁に取り上げている。だが、チークが黒人女性であり、予期せぬ場で存在感を発揮していることから、これがどの程度当たっているのかはわからない。その点では、彼女には他のジャンル・フルイド(流動性の高い)なスローソン・マローン1(『Fatigue』にも貢献した)、イヴ・トゥモア、ガイカやディーン・ブラントなどの黒人アーティストたちとの共通点がある。「You didn’t think this would come out of me(私からこれが出てくるとは思わなかったでしょ)」と、彼女は “5to 8 Hours a Day (WWwaG)” で、パンダ・ベアを思わせるような、幾重にも重ねられたハーモニーで歌っている(「この歌詞の一行は間違いなく、業界へ向けた直接的な声明だ」と彼女はClash Musicでのインタヴューで認めている)。
 『I Hate Your Dog』 では、チークがこれまででもっともあからさまにロックに影響された音楽がフィーチャーされているが、彼女のこのジャンルとの関係性は複雑なものだ。最初に聴いたときに、私がテーム・インパラを思い浮かべた “Pet Rock” について、アルバムのプレス・リリースにはこう書かれている──2000年代初期のザ・ストロークスのサウンドと、若い頃のロレインが聴いたことのなかったLCDサウンドシステム──これには、一本とられた。
 彼女の初期のアルバムと同じくシーケンス(反復進行)は完璧で、各トラックを個別に聴くことで、その技巧を堪能することができる。これは、トラックリストに散りばめられたスキットやミニチュアに顕著で、アルバムのシームレスな流れに押し流されてしまいがちだ。33秒間という長さの “Monsoon of Regret” は、微かな焦らしが入ったような、混沌とした曲であり、“Sometimes” は、アラン・ローマックスがミシシッピ州立刑務所にループ・ペダルをこっそり忍び込ませたかのような曲だ。
 “Knead Be” がアルバム『Fatigue』の言葉のないヴォーカルとローファイなキーボードによる1分間のインタールードで、ヴィンテージなボーズ・オブ・カナダのようにワープし、不規則に揺れる “Need Be” をベースにしている曲だと気付くには、注意深く聴き込む必要がある。この曲でチークは、そのトラックに沈んでいたメロディーの一節を、小さい頃の自分に、物事がうまくいくことを悟らせる肯定的な賛歌へと拡大した。ただ、その言葉(「小さなタジャ、前に進め。あなたは大丈夫だから」)はミックスの奥深くに潜んでいるため、歌詞カードを見ないと、何と歌っているのか判別するのが難しい。
 初期の “Blame Me” のような曲では、チークはひとつのフレーズのまわりを、まるでメロディーの断片が頭の中に引っかかってリピートされているかのようにグルグルと旋回する。『I Killed Your Dog』では、何度かデイヴィッド・ボウイの “Be My Wife” のようなやり方で、一度歌詞を最後まで通したかと思うと、またそれを繰り返して歌う。あらためて聴き返すと、彼女が足を骨折した後に書いたバラード調の “Clumsy(ぎこちない・不器用)” ほどではないが、歌詞は、その歌詞に出てくる問いかけ自体に回答しているかのように聴こえる。“Clumsy” では曲の最後に、冒頭で投げかけた問いへと戻る。「想像もつかないような形で裏切られたとき、(自分が足をついている)地面をどのように信頼しろというの?」
 彼女はまだ、答を探り続けているのかもしれない。
 終曲の “New Years’ UnResolution” は、チークがアルバムを「アンチ・ブレークアップ(別れに反対する)」レコードと表現したことを端的に表している。この曲でも、歌詞がループとなって繰り返されるが、今回はその繰り返しの中で、歌詞が大きく変えられているのだ。彼女はその言葉には、別れた直後と、かなりたってから、後知恵を働かせて書いたものがあると説明している。バレアリックなDJセットで、宇多田ヒカルの “Somewhere Near Marseilles -マルセイユ辺り-” と並べても違和感のない、ダブ風のキラキラと揺れる光のようなグルーヴに乗せて、チークは、陰と陽のような、互いを補いあう2つのヴァースを生み出している。

ひとりでいるのがどんな感じか忘れてしまった
雨を吐いて 雪を吐き出す。
日々は、ただ古くなっていく
何も持たないということがどんなものか知っている?
どんなものかは知らないけれど
あなたは今夜ここに来る?
私から電話するべきか あるいは無視するべき? 私は……する
恋をするということがどんな感じか忘れてしまった
太陽を飲み込んで 雪を吐き出す
日々は、古くはならない。
何かを持っているということがどんなことか知っている?
ふたりともそれを知っている。
ただ真っ直ぐに私の目を見て
あなたから私に電話するべきか あるいは私を無視するべき? あなたは……する

 彼女はいまや、人生を両側から眺めることができたのだ。


L’Rain - I Killed Your Dog

written by James Hadfield

Across three albums, L’Rain – the alias of Brooklyn-raised musician and curator Taja Cheek – has operated in an interzone that she calls “approaching songness.” Her music is a palimpsest of memories and associations, interleaving fragments of lyrics and melodies composed at different points in her life, with field recordings that range from poignant to hilarious. It’s constantly shifting, revealing itself from different angles. During the opening lines of “Our Funeral,” from new album “I Killed Your Dog,” Cheek contorts and refracts her voice with AutoTune, morphing with each breath she takes. It isn’t that she’s playing hard to get, more that she’s making space for multiple versions of herself within a single stanza.

“What have you done to change?” asked the opening track of her widely acclaimed 2021 album “Fatigue.” L’Rain has certainly evolved, but Cheek has maintained a consistent voice throughout her work to date. Many of the sonic signatures from her self-titled 2017 debut – looping guitar figures, off-kilter time signatures, phased drums that ooze like treacle – are still very much present on “I Killed Your Dog.” At the same time, L’Rain has become a more collaborative undertaking: She’s quick to credit the contributions of producer Andrew Lappin – who’s been with her since the start – and multi-instrumentalist Ben Chapoteau-Katz, both of whom share producer credits with her this time around.

The most obvious signal that Cheek is breaking with past form on her latest release is in the album’s lurid, attention-grabbing title. As she told Pitchfork in an interview when “I Killed Your Dog” was first announced, this is her “basic bitch” album, pushing back against expectations and deliberately wrong-footing her listeners. She’s spoken in interviews about a recent fascination with clowns, who use humour as a vessel for hard truths. In this case, that includes a minute-long song of gooey guitar and pitch-shifted vocals entitled “I Hate My Best Friends.” (For the record, she loves dogs.)

Media coverage frequently notes how resistant L’Rain’s music is to categorising, though it’s hard to say how much this is because Cheek is a Black woman operating in spaces where her presence wasn’t expected. In that respect, she has something in common with other genre-fluid Black artists such as Slauson Malone 1 (who contributed to “Fatigue”), Yves Tumor, GAIKA and Dean Blunt. “You didn’t think this would come out of me,” she sings on “5 to 8 Hours a Day (WWwaG),” in stacked harmonies reminiscent of Panda Bear. (“That line is definitely a direct address to the industry,” she confirmed, in an interview with Clash Music.)

“I Hate Your Dog” features some of Cheek’s most overtly rock-influenced music to date, although her relationship with the genre is complicated. According to the press notes for the album, “Pet Rock” – which made me think of Tame Impala the first time I heard it – references “that early 00’s sound of The Strokes and LCD Soundsystem that L’Rain never listened to in her youth.” Touché.

Like her earlier albums, the sequencing is immaculate, and it’s worth listening to each track in isolation to appreciate the craft. That’s especially true of the skits and miniatures scattered throughout the track list, which can get swept away in the album’s seamless flow. The 33-second “Monsoon of Regret” is a tantalising wisp of inchoate song, reminiscent of Satomimagae; “Sometimes” is like if Alan Lomax had snuck a loop pedal into Mississippi State Penitentiary.

It takes close listening to realise that “Knead Be” is based on “Need Be” from “Fatigue,” a one-minute interlude of wordless vocals and lo-fi keyboards that warped and fluttered like vintage Boards of Canada. Here, Cheek takes the wisp of melody submerged within that track and expands it into a hymn of affirmation, in which she lets her younger self know that things are going to work out – though her words of encouragement (“Go ’head lil Taja you’re okay”) lurk so deep in the mix, you’d need to look at the lyric sheet to know exactly what she’s singing.

On earlier songs such as “Blame Me,” Cheek would circle around a single phrase, like having a fragment of a melody stuck in your head on repeat. Several times during “I Killed Your Dog,” she runs through all of a song’s lyrics once and then repeats them, in the manner of David Bowie’s “Be My Wife.” Heard again, the words sound like a comment on themselves – no more so than on the ballad-like “Clumsy” (written after she broke her foot), when she returns at the end of the song to the question posed at its start: “How do you trust the ground when it betrays you in ways you didn’t think imaginable?” It’s like she’s still grasping for an answer.

Closing track “New Year’s UnResolution” – which best encapsulates Cheek’s description of the album as an “anti-break-up” record – also loops back on itself, except this time the lyrics are significantly altered in the repetition. She’s explained that the words were written at different points in time, both in the immediate aftermath of a break-up and much later, with the earned wisdom of hindsight. Over a shimmering, dub-inflected groove that wouldn’t sound out of place alongside Hikaru Utada’s “Somewhere Near Marseilles” in a Balearic DJ set, Cheek delivers two verses that complement each other like yin and yang:

I’ve forgotten what it’s like to be alone
Vomit rain spit out snow.
Days, they just get old.
Do you know what it’s like to have nothing?
I don’t know what it’s like.
Will you be here tonight?
Should I call you or should I ignore you? I will...
I’ve forgotten what it’s like to be in love
Swallow sun spit out snow
Days, they don’t get old.
Do you know what it’s like to have something?
We both know what it’s like.
Just look me in the eye.
Should you call me or should you ignore me? You will...

She’s looked at life from both sides now.

TESTSET - ele-king

 TESTSETの曲でいちばん好きなのは “Moneymann” だ。ピキピキときしむ電子音やファンキーなベースがカッコいいのはもちろんなのだけれど、理由はもっと単純で、カネが生み出す関係性やそれが引き起こす状況を歌っているとおぼしきリリックに、日々カネのことばかり考えているぼくはどうしても引きこまれてしまうのだ。さりげなく挿入される日本語の「さりげない さりげない えげつない」には何度聴いてもドキッとさせられる。ほんとに、そうだよね。だから、今回のライヴを迎えるにあたってもこの曲をもっとも楽しみにしていた。
 ふだんはフラットな恵比寿ガーデンホールのフロアに段差が設けられ、椅子が用意されている。どうやら着席の公演のようである。にもかかわらず、照明が落とされるやいなや一斉に、オーディエンスのほぼ全員が立ち上がった。まあそりゃそうだろう。ファンクネスあふれるTESTSETの音楽はからだを揺らしながら体験したほうがいいに決まっている。

 響きわたる鳥の鳴き声。1発目はアルバム同様、“El Jop”。電子音の反復とギターの残響がいやおうなくこちらのテンションをあげてくる。そして待ち望んでいた曲はすぐにやってきた。印象的なコインの音に導かれ “Moneymann” が走りだす。ステージ後方には株価の変動をあらわしているかのようなグラフ、数値化された世界が映し出されている。ライヴだと一層なまなましさが際立つというか、円安に物価高がつづく今日、この切迫感にはほかのオーディエンスたちもきっとハッとさせられたにちがいない。

 あらためて、演者は4人。向かって左から永井聖一(ギター)、LEO今井(ヴォーカル)、砂原良徳(キーボード)、白根賢一(ドラムス)が横一列に並んでいる。背後のスクリーンやメンバーの近くに設置された電光の棒も込みでステージをつくりあげるという点において、TESTSETのライヴはコーネリアスのそれと似ている(今井が動いたりMCを入れたりするところは異なるものの)。つまりはメンバーのキャラクターなり人間性なりにたのまないということで、ようするにテクノだ。ファンクに寄った曲が多いのもなるほど、テクノのルーツのひとつに想いを馳せれば不思議はない。

 アルバムとおなじオーダーで4曲が終わると、今井が最初のMCを放つ。「ほぼ全出しセットでまいります」。今年のラスト・ライヴということで、気合いがみなぎっているのが伝わってくる。じっさいこの日は『1STST』から全曲が演奏され、「EP1 TSTST」からもいくつかピックアップされていたように思う。METAFIVEの曲も披露され、TESTSETのファンク・サウンドがMETAFIVEの発展形であることを再確認させられる。
 ゆえにもっとも注目すべきは、終盤に差しかかったころに差し挟まれた高橋幸宏のカヴァーだろう。インタヴューで砂原が「いちばん好き」だと発言していた81年のアルバム、『NEUROMANTIC』のオープナーだ。スクリーンには雨の映像が流れている。歌詞をググってみると、たしかに窓を雨が伝っている。「だれかがここにいたはずなのに/痕跡さえもない/ただ顔の記憶だけが」。このバンドの出発点がどこにあったのかを思い出させる、なんともせつない追悼──であると同時にそれは、どこか鎖を断ち切るようなポジティヴな意味合いを含んでいるようにも受けとれる。彼はもういないんだ、と。

 MCで今井は「来年はもっとたくさんライヴをやる、新しい曲もつくっていく」と語っていた。もしかしたら、TESTSETがほんとうにはじまるのはこれからなのかもしれない──そんな期待を抱かせてくれる、熱気に満ちた一夜だった。

少年ナイフ - ele-king

 ロックンロールはいつだって、なんて素敵なんだ。60代になってもこの真理は変わらないことはとても幸せなことだと思う。ライヴ・ツアーで世界をまわって過ごす60代のロック・バンドという存在はいまさらめずらしいものではないし、ライヴの最中にそんな “感慨” を噛み締めるなんてこともないのだけれど、それでもそれを感じることに胸が熱くなる瞬間のあるライヴというのもいいものだ。

 今年の春には、1981年の結成から40年を(コロナ・パンデミックのために2年遅れて)祝ったイギリスとヨーロッパのライヴ・ツアーを成功させてきた少年ナイフは、「過去を振り返ったこともないし、将来の計画を立てたこともなかった」という、彼女(たち)らしい緩めの時期設定で、少し早い年末ライヴが秋葉原の Club Goodman であった。


 フロアの一角には、10年ぶりくらいだという「フリーマーケット」で、ギターや古本や手作りアクセサリーなんかが並んでいる。そういえばいろんな年代物の少年ナイフTシャツを着ている客の率が非常に高い。つられて買いたくなるくらいだ。きっと昔からのファンもいて、半分くらいの年齢に見えるガールズもいるし、人種国籍たぶん幾分バラエティにとむ。そんなこんなで、開演に向かって、ゆっくりじわじわと、とてもあたたかいスペースになっていく。


 古い曲と新しい曲がかまうことなく続いていく。こういうことでもまた、時制が少年ナイフ世界のものになっていく。
 “Twist Barbie” は30年前の曲だけれど、30年後にフェミニズムの副読本みたいな『バービー』の映画を観た私には、バービーに投影される女の子や元女の子たちの愛の経過というか、愛憎にも似た、あの子どものおもちゃとしては過剰にセクシーな曲線美を持たされた塩ビの質感の、ピンクピンクのバービーハウスを知っていると同時に、その完全無欠なドリームランドですら、自分の老い(死)を見つめてしまったために追放されることになった最新の「バービー物語」も知っていて、そのランドの設定はさながら、寿司やアイスクリームやクッキーやバームクーヘンや、あるいはバイソンやセイウチやカッパやフジツボことなんかを歌い続けてきた少年ナイフの世界がふっと重なったりもする。食べ物や動物のことをロックに載せるこのバンドの、ミラクルでマジカルなワールドの床がやっぱり畳であるとは、最新アルバム『Our Best Place』のジャケットにある通りだし、このライヴでも披露されたその一曲目 “MUJINTO Rock” で紹介される無人島には王も女王も大統領も首相もいない、私を邪魔するものは誰もいない。「電車はありません、飛行機、車はありません、国境はありません、ロック、ロック、無人島ロック」という感じ。少年ナイフの「ロック」は同じ顔の仲間であふれた塩ビの町ではない、「私を邪魔するものは誰も住んでいない(でも動物はきっとたくさんいる)」島でじゃんじゃんかき鳴らされる。


 かっこいい。ロック・ツアーをしながら老いていく女が、21世紀にはじゃんじゃん現れるだろう。メンバーが変わったり、また戻ったりしながら、11月に年末ライヴをやったり、にこにこフレンドリーに「私の邪魔をする人はいない」と唯我独尊な世界を描いてみたり、バームクーヘンについて詳細に語ってみたりする、“男性社会” としての近代世界から、自分の「時間」というものを取り戻した、あるいはもともと手放さないでいた、「無人島ですら、自ら王にも女王にもなろうとしない女」のロック・ツアーだと思う。なんて考えてみたら、しかしそれはラストの “Daydream Believer” はそういう世界を、もう一周外からみている人のようにも浮かび上がらせるかのようで、それはもう夢心地の一夜となった。


様々な話題作・注目作が公開された2023年を振り返り、さらには公開が待たれる2024年の注目作の数々を情報通たちが厳選して紹介。

見逃してしまった2023年の重要作に改めて出会い、見逃せない2024年の注目作に備えよう!

目次

対談 ハリウッドの現在、そして映画の未来 町山智浩×宇野維正
Pick Up Review
 ただ走る映画――『レッド・ロケット』 上條葉月
 #MeToo ムーヴメントに連なる重要作――『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』 児玉美月
 スクリーンの向こう側にも楽園などなかった――『Pearl パール』讃 高橋ヨシキ
 ハラスメント加害者の視点――『TAR ター』 戸田真琴
 配信で絶大な人気を保つアダム・サンドラー――『バト・ミツバにはゼッタイ呼ばないから』 長谷川町蔵
 令和のグラインドハウス映画―― 『プー あくまのくまさん』 ヒロシニコフ
 昼メロ世界が描き出す映画とドラマの複雑な隔たり――『別れる決心』 三田格

アンケート 2023年間ベスト&2024年の注目作
 伊東美和/宇野維正/大久保潤/大槻ケンヂ/片刃/上條葉月/カミヤマノリヒロ/川瀬陽太/北村紗衣/木津毅/児玉美月/堺三保/佐々木敦/佐々木勝己/侍功夫/品川亮/柴崎祐二/城定秀夫/高橋ターヤン/高橋ヨシキ/田野辺尚人/月永理絵/てらさわホーク/戸田真琴/Knights of Odessa/中沢俊介/夏目深雪/ナマニク(氏家譲寿)/西森路代/長谷川町蔵/はるひさ/樋口泰人/ヒロシニコフ/藤田直哉/古澤健/堀潤之/町山智浩/真魚八重子/三田格/三留まゆみ/森直人/森本在臣/柳下毅一郎/山崎圭司/吉川浩満/涌井次郎/渡邉大輔

鼎談 「観たい映画を観るだけだから」――2023年総括&2024年の展望 柳下毅一郎×高橋ヨシキ×てらさわホーク

2024年の注目作
 2024年注目アクション映画 高橋ターヤン
 2024年の注目ホラー映画 伊東美和
 2024年注目のSF映画 堺三保
 2024年注目のアメコミ映画 てらさわホーク
 2024年公開予定 ヨーロッパ映画注目作 渡邉大輔
 アジア映画2024年注目作 夏目深雪

対談 反=恋愛映画の2023年 佐々木敦×児玉美月

*レコード店およびアマゾンでは12月15日(金)に、書店では12月25日(月)に発売となります。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
12月15日発売
amazon
TOWER RECORDS
12月25日発売
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
ヨドバシ・ドット・コム
HMV
honto
Yahoo!ショッピング
7net(セブンネットショッピング)
紀伊國屋書店
e-hon
Honya Club

【P-VINE OFFICIAL SHOP】
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
 ※書店での発売は12月25日です。
丸善/ジュンク堂書店/文教堂/戸田書店/啓林堂書店/ブックスモア
紀伊國屋書店
三省堂書店
旭屋書店
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

DARTHREIDER - ele-king

 音楽、映画、文筆、各種番組出演と、多方面にその才を発揮しているラッパーのダースレイダー。
 2023年は、衆院選・参院選で突撃取材を敢行したドキュメンタリー『劇場版 センキョナンデス』に、沖縄知事選と米軍基地問題を描いた『シン・ちむどんどん』と、2本も映画が公開されているが、さらに今度は新たな著作の登場である。
 題して『イル・コミュニケーション──余命5年のラッパーが病気を哲学する』。若くして脳梗塞、糖尿病、腎不全などを発症してきたダースレイダーが、病とのつきあい方、予期せぬ事故との遭遇における生き抜き方などを伝授する1冊とのこと。
 試しにぱっと中を開いてみると、ヒップホップのブレイクのループに関する話から生き抜いていくためのエネルギーの話に移っていくところがあったり、いやこれはかなりおもしろい本の予感がひしひし。
 版元はライフサイエンス出版で、新たに創刊されたシリーズ「叢書クロニック」(様々な領域の語りを通して、病や健康について考えるというコンセプトらしい)の栄えある第1弾として上梓される。

ダースレイダー
イル・コミュニケーション──余命5年のラッパーが病気を哲学する(叢書クロニック)

ライフサイエンス出版
ISBN: 978-4-89775-471-0
C1010
四六判並製/256頁
定価2,200円(本体2,000円+税10%)
2023年11月30日発売
https://www.lifescience.co.jp/chronic/index.html#illcom_0246

interview with Lucy Railton - ele-king

 ルーシー・レイルトンのライヴではひとつの音を構成する複数の「聴こえない音」がある。それが突如可聴域にあらわれる。増幅されたバイオリンの旋律が会場の壁や床、観客の手元にあるビールグラスに共振することで、モノフォニックな音のハイフンが生まれ、不安定な声部連結が起こる。またあるときはノンビブラートで演奏する持続音から汽笛のようなハーモニクスがあらわれて空間と調和する——弦楽の特定帯域を加減すると別帯域にあった潜在的な音が幽霊のように漸進してくる現象と似ている——その西洋音楽の語彙だけではとらえきれないライヴの数ヶ月後、ルーシーから新作が届いた。

「実験音楽」という用語はまさに「市場」を目的としたものであり、カテゴリーとはそのためのものに過ぎないと思います。

TW:MODE(https://mode.exchange/)3日目のソロ・ライヴとても印象に残りました。まず、日本滞在中のことなどお伺いできればと思います。

LR:今回の日本での旅では、とても素晴らしい時間を過ごすことができました。フェスティヴァルの主催者であるロンドンの33-33と東京のBliss Network、そしてベアトリス・ディロンYPYカリ・マローンスティーヴン・オマリー、エイドリアン・コーカーという素晴らしい仲間たちと東京で過ごしました。それから、藤田さん(FUJI||||||||||TA)の田舎にある自宅を訪問し、自然のなかで彼の家族と静かな時間を過ごすことができました。日本に来たことはありましたが、今回は特別でした。

TW:新作『Corner Dancer』は何かしらのコンセプトに基づいているのでしょうか。それとも音楽的直感を起点として作られたのでしょうか。

LR:今回はさまざまなアプローチをとりました。私はときに構造、空間、美学について明確なアイデアを持っていて、多くの意味を持つ身近な素材から音のイメージを構築していくこともあれば、表現の衝動から自由に音楽を作ることもあります。また、私の音楽は自分がいま感じていることを表しているので、このアルバムは私が昨年経験してきた様々な状態をトレースしたものでもあります。

TW:作曲をするとき特定の音色または音響を想定していますか。その場合、演奏行為の結果を確認しながら進めていくのでしょうか。

LR:このアルバムを作りながら、私は音楽を作るときに様々なアプローチを取るのが心地よいことに気づきました。私の音楽家としての存在は多岐に渡るので、創作に対する方向性も興味も多様です。スタジオでもステージ上と同じように、アイデアや表現を即座に伝達するような演奏をすることもありますが、そういうときはあなたが言うように特定の音響を探求しているのかもしれません。アルバムの楽曲 “Rib Cage” や “Held in Paradise” では、私にとってまったく新しいプロセスで作業しています。新しい美学や形、色、アイデンティティに取り組んでいます。ほかの創作と同様、究極的には展開するイメージ、あらわれる声、形成される形への執着です。チェロだけを使って作業をすることもありますが、この楽器は私にとって非常に馴染みのある音で身体の経験です。チェロは私の血であり故郷であり古い友人と話しているようなものなので、創造性が別の意味を帯び、深く個人的で古いものと繋がろうとする試みになります。

TW:作曲をする際に典拠、文脈は重要ですか? 文脈は時代と共に再解釈されていく面もありますが。

LR:私は音の抽象的な同一性、音そのもの、そして音の由来となる歴史的、物語的背景双方に関心がありますが、どちらか一方が重要というわけではありません。私のチェロは所有している楽器の中で最も高価なものですが、今回のアルバムではiPhoneで録音した(チェロの)音も聴くことができます。日本製のBOSS SP-303デジタル・サンプラーとエフェクト、GRMのツール、壊れた弓の毛、Buchlaのサンプル、アーカイブ録音によるチーターの声などを使っています。私は音のエネルギーとキャラクターに夢中になっていて、それは私の創作方法の道標にもなります。ほとんどの場合、音そのものに直接心を奪われ、その音がどこから来たかよりも音自体の物語りに耳をかたむけています。

TW:超低周波音(周波数100Hz以下の音)を楽曲に使用することと、近年の音楽再生環境やエンジニアリングの変化は関係していますか?

LR:それらのトラックは再生システムに依存しているため、サブ周波数を聴くことができるのは一部の人だけかもしれません。なのでこれは少し意地悪なトリックです。私は音楽が大きな空間、劇場やクラブ、洞窟などで演奏されることを想像しているので、多くの人にとって聴こえない音であるにもかかわらず、サブ周波数を使用しています。私は、サブ周波数の物理的な影響と私たちの生理的な反応に興味があり、そういった感覚を呼び起こすためにサブ周波数を使用しています。そして、私のミックスダウンの方法は少々型破りで、ときに完全にアンバランスで奇妙なものですが、それによって挑戦的なリスニング体験を生み出すので、私にとっては非常に魅力的です。

Lucy Railton ‘Blush Study’ from album 'Corner Dancer'

チェロは私の血であり故郷であり古い友人と話しているようなものなので、創造性が別の意味を帯び、深く個人的で古いものと繋がろうとする試みになります。

TW:サブ周波数に関連してもう少しお伺いできればと思います。音の現象といいますか、聴こえない音が聴こえるというような音のパラドックスに関心があるのでしょうか? “Suzy In Spectrum ”では完全四度を繰りかえし聴いているうちに様々な倍音が聴こえてきました。

LR:もちろんチューニング・システムを扱う音楽家として、音の現象学は私がやっていることの大部分を占めています。『Suzy In Spectrum』では、和音(とその倍音)を分析しパラメーターの選択によって設計されたハーモニーを生成するスペクトル変換ツールを使っています。つまりある意味では、チェロの和音から自然な倍音(これを「現象」と呼ぶこともできますが)を聴いていることになるわけですが、それに加えて合成された和声素材を聴いていることにもなります。これを音の中のゴースト、背景のフェード、オーラのように扱っています。

TW:ライヴ・パフォーマンスでは演奏をする環境だけではなく、オーディエンスにも影響を受けますか。

LR:そうですね、ライヴでは空間にこだわります。ライヴ会場のWall&Wall(http://wallwall.tokyo/)はドライな音の四角い空間で、素晴らしい音響システムがあることは知っていました。とてもシャープで構造的なサウンドを会場に持ち込みたかったし、クラブスペースで予想される大音量に逆らうような音量を工夫しました。音のステレオイメージを美しくする一方、会場全体をとても静かにしなければなりませんでした。私はそのようにして人々を近づけるのが好きです。そうすることで自分がどこに誰といるのか、どのように聞いているのかを感じ取ることができます。

私は「巨匠」や「専門家」にはあまり興味がありません。伝統は厳格さや俗物主義につながるものであり、私は創造する上でこのふたつの要素にアレルギーがあります。

TW:主要楽器ではないツールやソフトウェアを使って作曲をする際に困難やジレンマを感じることはありますか。またどんな楽器であれその特性や性質を知っておく必要はありますか。

LR:私の楽器であるチェロに関しては、非常に規律ある技術的立場から取り組んできました。もう30年も演奏しているので、どのように音作りのツールとして使うかは熟知していますし、チェロの音の可能性を探求することはやめたというか、もう十分に知っていると思います! チェロに比べれば多くのことに関して私は初心者ですが、ほかの楽器の技術やプロセス、テクノロジーにおける新しさや好奇心が、私の創造性の多くを駆り立ててもいます。私は「巨匠」や「専門家」にはあまり興味がありません。伝統は厳格さや俗物主義につながるものであり、私は創造する上でこのふたつの要素にアレルギーがあります。私は慣れていない方法も自由であると感じる場合は採用しますし、創造の妨げになるようなことがあれば直ちにその道具を使うのをやめます。例えば“Held in Paradise”では、ヴァイオリンを膝の上に置き、チェロのような持ち方でシンプルなコードを弾いています。チェロであそこまで高い音域を弾くのは技術的に難しいので、ヴァイオリンという選択肢が高音域を自由に演奏することに役立ちました。これは私が困難にどのように対処しているかを示す好例です。私は苦労するのではなく、創造的になるための流動的な方法を見つけるようにしています。テクニカルで複雑なメソッドには興味ありませんが、そういったことも時間が経つと出来るようになったので、実際は簡単に作業できるものだけを使っていると思います。

TW:ジャンルというのは普段意識することがない一方で、音楽史上厄介かつ複雑な問題でもあります。そこであえてお伺いしたいのですが「実験音楽」がひとつのジャンルにもなった現在、音楽における実験とは.……?

LR:その用語はまさに「市場」を目的としたものであり、カテゴリーとはそのためのものに過ぎないと思います。私は、声を使ったりクラシック音楽の解釈を通じて実験しているオペラ歌手たちに会ったこともありますが、私はそれを文字通りなにか新しいものを探求しているという理由から「実験的」であると言います。ジャズのドラマーがシンバルで新しいサウンドを実験することも同じく重要です。民俗の伝統や古代の宮廷音楽に根ざす人びとも同様に実験していました。実験なしにはなにもはじまりません。問題なのは、ほとんどすべての音楽が実験的であるのに、なにがほかのジャンルと実験音楽を分けるのでしょうか? その質問には正確に答えることはできませんが、このラベルを付けられている私が知っている音楽家たちは、そのこと自体あまり気にしていないと思います。私たちは新しいことに挑戦し、自分を追い込む個人であるという考えがアーティストの特性だと思いますし、これをやっていないなら何をしているのでしょう?

TW:最近はどんな音楽を聴いていますか?

LR:今週は. . . . Tirzah『trip9love...??? 』、Wolfgang von Schweinitz『Plainsound Study No. 1, Op. 61a』、 Kendrik Lamar 『Mr. Morale & The Big Steppers』、Matana Roberts 『Coin Coin Chapter Five in the Garden』、Ellen Arkbro and Johan Graden『I get along without you very well』。

Alvvays - ele-king

「聞いたよ、帰ってきたんだって」フィードバックのノイズの上でモリー・ランキンがそうやって歌いはじめるとそこにあった時間の隔たりが消えたような感じがした。まるで子ども時代の友だちと久しぶりに会ったときみたいに思い出といまとがあっという間に繋がる。

 カナダのインディ・ポップ・バンド、オールウェイズの久しぶりの来日公演、エンヤの “The River Sings” を出囃子にちょっとかしこまって、だけどもリラックスしてステージに現れたオールウェイズはそんな風にライヴをはじめる。昨年、5年ぶりにリリースされた素晴らしい3rdアルバム『Blue Rev』のオープニング・トラック “Pharmacist”、この曲以上に今回のライヴをはじめるのにふさわしい曲はきっとないだろう。2018年以来のジャパン・ツアーだ。東京からはじまって名古屋、大阪、そしてまた東京、今日の追加公演の会場となった神田スクエアホールの空気もあっという間に暖かなものに変わっていく。その名の通りスクエアホールは四角く天井が高くて、それが体育館や地元の小さなホールを思わせなんだか余計にノスタルジックな気分になる。
 2分と少しで曲が終わってMCなんてなくバンドはちょっとぶっきらぼうに次の曲に入る。続くのは同じく3rdから “After The Earthquake”、最初のギターのフレーズできらめくように空気が揺れる。そうして “In Undertow”、“Many Mirrors” と2分台、3分台名曲たちが次々に繰り出されていく。ハンドマイクに持ち替えしゃがみこみエフェクトをかけながらモリーが歌う “Very Online Guy”、1stアルバムに戻って “Adult Diversion”(この曲を聞くといつも口元に手をやったあのジャケットが浮かんでくる)、全ての曲に心の奥底をなでるような力強くも美しいメロディがあって、ギターとシンセサイザーのフレーズと相まり目の前の光景がノスタルジックなものに変わって行く。そう、待ち望んでいたものがここにはあるのだ。

 それにしてもオールウェイズはイメージする以上に不思議なバンドだ。 およそインディ・ポップと呼ばれるバンドとは思えないくらいに、シェリダン・ライリーのドラムが力強く主張し、アレック・オハンリーのギターがかき鳴らされ、強度はあるのに1曲1曲が短くて、4分に到達することはほとんどない。曲が終わった後も軽いやりとりだけで余韻を残さずすぐに次の曲にいってそれもなんだかちょっとパンク・バンドみたいだなと思った。いままでまったく結びついていなかったけれど開演前にSEでバズコックスの “You Say You Don't Love Me” が流れていて、あぁ『Blue Rev』のオールウェイズにはこの要素が確かにあるなって思ったりもした。素晴らしいメロディを持っているというのは両者に共通していることだけど、オールウェイズは、さらにそこにシンセとコーラスがあってそれがインディ・ポップの部分を大きく担っているのかもしれない。確かに存在するパンク・スピリットを胸にシューゲイザーに寄せてキラキラと水面の光が反射するインディ・ポップを奏でたみたいなバンド、この日のオールウェイズはそんな印象で、まったく一筋縄ではいっていなかったけど、でも全体として出てくる音はとても優しく幸福感がまっすぐに入ってきた。それがなんとも不思議で淡々と幸せな時間がずっと流れていっているようなそんな感じがした。

 だが、やはり全ては曲の良さに集約されるのかもしれない。中盤の “Tom Verlaine”、“Belinda Says” の素晴らしい流れ、アーミング奏法でギターが鳴らされ、浮遊感が体を駆け巡る。モリー・ランキンのヴォーカルは地に足を着けその中心に存在し、ケリー、シェリダン、アビー、3人のコーラスが陶酔感をプラスする。楽曲の真ん中に歌があるからこそ、こんなにも輝きが拡散されていくのだろう。それは決して神秘的なものではなくて、とりとめなのない日常に接続しそれ自身を輝かせるようなもので、そこにきっと淡さと幸福感が宿っている。

 アンコール、リクエストに応えるみたいな形で “Next of Kin” が演奏される。そうして間を置き、ツアーの感謝の言葉が述べられた後に演奏された “Lottery Noises” は曲自体が美しい余韻のように思えて、心が満たされていくのを感じた。そうやってまた日常に帰っていく。明かりがついてパッツィー・クラインの “Always” に送り出されて会場を後にする。外はもちろん夜空だったけどそれもなんだか違って見えた。


Alvvays Japan Tour 2023 at Zepp Shinjuku Setlist 11/28/23

Alvvays Japan Tour 2023 at Kanda Square Hall Setlist 12/01/23

Alvvays Japan Tour 2023 at Zepp Shinjuku Setlist 11/28/23

Alvvays Japan Tour 2023 at Kanda Square Hall Setlist 12/01/23

Element - ele-king

 日本のダブ・レーベル〈Riddim Chango〉が、サブレーベルとして新たに〈Parallel Line(パラレル・ライン)〉を始動させる。より実験的な方向に寄ったダブをリリースしていくそうで、まずは第一弾、エレメントの12インチが発売される。すでにイギリスのNoodsラジオでプレイされたり、ドン・レッツから高い評価を得たりしているとのことだ。チェックしておきましょう。

Cat No: LINE001
Element “Nine Mall EP”
発売日: 2023 年12月13日
Format: 12 インチレコード & デジタルリリース
Tracks:
A-1 Element feat. I Jahbar “Chicken Gravy Shorts”
A-2 Element “Chicken Gravy Dub”
B-1 Element “Nine Mall”
B-2 Element “Martian Gravity”

過去13 作品に渡り、オルタナティブなダブ、ダンスホールをリリースし、世界中のDJ、サウンドシステムからサポートを受けてきたRiddim Chango Records がよりエクスペリメンタルなダブにフォーカスしたサブ・レーベルとしてParallel Line をスタート!

第1 作のNine Mall EP はレーベルを手がけるElement によるテクノ/エクスペリメンタルなダンスホール/ダブの4 曲を収録。2022 年にブリストルの前衛レーベルBokeh Versions と共同でリリースしたAndromeda EP に続きDuppy Gun MCs のI Jahbar を客演に迎え、アブストラクト/SF ダンスホールチューンのChicken Gravy Shorts とモジュレーション・ディレイを多用した強烈なダブワイズChicken Gravy Dub をA 面に収録。

B 面ではPulsar のインダストリアルなドラムサウンドを使用したテクノ・ダンスホールNine Mall とレゲトン/デムボウのリズムを取り入れたオブスキュアでメランコリーなダンスホールMarian Gravity を収録。

マスタリングには国内レゲエアーティストの多数を手がけるE-mura、レーベルのロゴは1-Drink(石黒景太)、アートワークはAki Yamamoto が担当。

WaqWaq Kingdom - ele-king

 DJスコッチ・エッグという名前を聞いて「おお」と思うのは、2000年代後半にチップチューンあるいはハードコアに慣れ親しんでいた人が大半だろう。当時ブライトン在住だった日本人シゲル・イシハラによるソロ・プロジェクトで、ゲームボーイ上で動作するシーケンサー、ナノループのみで生み出すハードコアによってUKのクラブ・シーンを席巻し、恐らく欧州でもっとも有名なチップチューン・アーティストとなった男である。

 ただし彼は、チップチューンの「シーン」とはほとんど接触を持たず、距離を置いていた。筆者は彼がDJスコッチ・エッグを名乗る前年、数奇にも知遇を得ていて、なぜか一緒に地元のラジオに出演したりしたこともあったのだが、その頃彼はチップチューンにあまり興味を示さず、もっぱらハードコア~ブレイクコアを注視していたのを覚えている。じっさいDJスコッチ・エッグのサウンドも「チップ」あっての「ハードコア」ではなく、「ハードコア」あっての「チップ」だったと思うし、それだからこそ誰も彼の「本気」には追随できなかったのだ。

 やがてイシハラはゲームボーイのみによるサウンドに限界を感じ、2008年以降は同名義での新譜を出さなくなるが、2010年には第三期シーフィールにベーシストとして加入、ハードコアに留まらない新たな才能を示しはじめる。第三期シーフィールのドラマー、イイダ・カズヒサ(ex. ボアダムス)とは、同時期にドラム・アイズを結成し、そこでもダビーなサウンドに深く傾倒した。そのいっぽうでDJスコッチ・ボネットという新しい名義で予測不可能なブレイクビーツ~ミクスチャー・サウンドを展開してみせたりもしている。こうした活動の広がりは、この頃に Ableton LIVE の扱いをマスターしたことと無関係ではなさそうだ。

 これらに続くさらなる新展開として、キキ・ヒトミ(キング・ミダス・サウンド Vo.)とのコラボレーションによる、ワクワク・キングダムがある。欧州在住歴の長いふたりによる「近いのにあえて遠ざけた日本」とでも言いたくなる不思議な和情緒を感じさせるこのユニット、デビュー作の『Shinsekai』(2017)は〈ジャータリ〉からのリリースということもあってダブ色の強いものだったが、第2作『Essaka Hoisa』はポスト・ダブステップ的な質感を軸としつつ、表面的なスタイルにはこだわらず、全体としてはよりビート感の強いサウンドを形成した。一部楽曲には明確な日本語ヴォーカルを加え、表現にもさまざまなユーモアをにじませている。

 今回の『Hot Pot Totto』もこれと同じ軸線上にあるが、軽快さと諧謔の配合度合いはいっそう高まっているように思われる。誤解を恐れずにいえば、彼らの世界観に寺田創一+金沢明子の Omodaka の手法をまぶしたかのような──とにかく楽しく聴かせるところが増えている印象だ。筆者はこの音を聴いて、イシハラと過ごした20年前のひとときを思い出した。当時私は日本からの AD AAD AT ツアー遠征チーム(Ove-NaXx、Utabi ら)に同行したのだが、それをブライトンでもてなしたのが彼だったのだ。そのとき彼は無邪気に人を笑わせ和ませることに長けた、とてもユーモラスな人間だった。彼のそうした側面がかつてなくポップに表出したのが、今回の作品ではないかと思うのだ。もちろん彼のサウンドメイキングは20年前とは比較にならないほど熟達しているに違いないのだけど。

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