ひねりをきかせた言い回しが誤解を招き、まったく別の意味として、ときには真逆の意味として流通してしまうというのは、紙のメディアが中心となっていた時代から散見される事態ではあったけれど、インターネットの普及はその流通の速度と強度をより増幅させるようになった。いわゆる「炎上」というやつである。
1月23日、英『ガーディアン』紙に「ブライアン・イーノ:『われわれは40年間衰退してきた――トランプは再考する機会である』」という記事が掲載された。それはイーノ本人へのインタヴューをもとに構成された記事で、そこでイーノは、上位62人の富豪をバスに乗せて衝突させればいいなどと痛快なジョークをとばしていたので、これ大丈夫かいなと心配していたのだけれど、どうやら本当に「炎上」してしまったようである。ただし、そのジョークが原因ではない。
「40年間」というのはサッチャーやレーガンに代表されるネオリベラリズムの支配を指しており、イーノはそれを「(人類にとっての)衰退」だと捉え、トランプの勝利をその衰退の終わり(のはじまり)だと考えている。人類はこの40年間どんどん悪い方向へと進んできたが、いまこそがどん底の状態であり、つまりこれからわれわれは良い方向へ進んでいくしかない――そういうニュアンスでイーノは、ブレグジットやトランプの勝利について、われわれの「ケツを蹴り上げてくれた」という点で「喜んでいる」と発言しているのだが、どうもこの箇所が一部で「イーノはトランプを支持している」と解釈されてしまったようである。要するに、イーノはトランプがわれわれを良い方向へ導いてくれると主張している、と誤解されてしまったわけだ。
この「炎上」を受け、イーノは1月26日にフェイスブックにステイトメントを投稿している。彼はそこで「絶対に明確にしておきたいこと」として、トランプが完全に大惨事(disaster)であること、そしてブレグジットもまた大惨事であることを強調している。そしてそれ以上に大惨事なのは、われわれがそのような結果を引き起こす政治制度のなかに生きていることである、と彼は続ける。イーノはたしかにトランプの就任をターニング・ポイントだと考えているが、それはトランプが良い政治をおこなってくれると期待しているからではまったくない。トランプという出来事によって、現行の政治制度が根本的に壊れているという事実が明らかになったこと、まさにそれこそがチャンスなのである。それはクリントンが大統領になっていたら(あるいはUKがEUに残留していたら)見えなかったことかもしれない。だから彼は「喜んでいる」と発言したのだ。
イーノはトランプを支持してなどいない。それはちゃんと記事を読めばわかることだ。「熟考」という意味を持つタイトルの新作『Reflection』をリリースしたばかりのイーノだが、残念ながら世の中はまだまだ「熟考」からほど遠いところで動いているようである。
以下にイーノがフェイスブックで公開したメッセージの全訳を掲げる。あなた自身の目で、彼の意図を確認してほしい。(小林拓音)
今週のはじめに『ガーディアン』紙からインタヴューを受けたが、その記事の見出しにはこうあった:「われわれは40年間、衰退をたどってきた。トランプは、それを見直す機会だ」。(記事を読んでもらえれば明確だが)私はそのような意味で言ったのではない。この言葉により、私がトランプ支持者であることを示唆していると思っている人たちがいる(特にアメリカの一部のウェブサイト)。私の見解を知っている人ならだれでも、それは真実ではないとわかるだろう。
そこで、絶対にはっきりさせたいことがある。ドナルド・トランプは、全くもって最悪の事態だ。また、イギリスのEUからの離脱も最悪の事態である。このふたつを述べた上で、さらに最悪なのは、アメリカやイギリスに住むわれわれが――そして世界の他国も徐々に――このようなばかげた結果を生み出す政治体制の中に存在しているということだ。
今になってわかるのは、政治の仕事とは、嘘と偽りの上に成り立っており、民衆に本当の情報を与えることよりも収益や視聴率を重要視する、明らかに偏ったメディア機関によって促されているものだということだ。この体制全部が変わらなければならない。政治を引率する者だけでなく、われわれの政治的過程・社会的過程の奥底にある、より根本的なものが変わらなければいけない。民主主義は、情報を得た民衆を前提としている。つまり、腐敗したメディアにおいては成り立たない。トップの顔ぶれを変えたとしても、その下にある仕組み全体がそのままであれば、何も変わらない。裕福なものはさらに富を増し、中流階級は停滞し、貧困層はさらに貧しくなる。
私の望み――まさに唯一の望み――は、トランプが就任したことにより、彼の本性が明かされ、民衆が、トランプ本人と彼が象徴するすべてのものを激しくきっぱりと拒否することだ。彼のひどい政策、好戦的な愛国主義、傲慢さ、幼稚さ、嘘、偏見、視野の狭さ。トランプを拒否すると同時に、われわれは、彼をあんなにも愛し育て上げた、悪質なメディア/政治体制すべてを解体しはじめるだろう。
前に述べたように、私は、トランプが長い衰退のはじまりではなく、衰退の終わりを告げるものだと信じている。転換期だ。この40年間、われわれは、不平等や、恐怖に煽られた愛国主義と保守主義という深まる穴に、ほとんど気づかないまま滑り落ちてきた。トランプの大統領任務は、この状態を変えてくれる可能性がある。トランプが正しいことをやってくれるからではない。今回の選挙によって、政治体制がもっぱら機能していないということに民衆が気づき、今こそ自分たちで何とかしなければならないと活気づいたからだ。先週おこなわれた一連のデモは、この新たな傾向を反映している。
こんなところまで来ない方が、われわれにとって良かっただろう。だが、われわれはここまで来てしまっている。たとえ、クリントンが大統領に就任したとしても、(また、イギリスが「EU残留」を選んだとしても)、それは短期的には楽だったかもしれないが、アメリカやイギリスの政治体制を悩ます根本的な問題は解決されなかったと思う。トランプが選ばれたことによって、体制が壊れていることが疑いようもない事実という証拠になった。だから、これからは修復していこう。
2017年1月26日 ブライアン・イーノ
(翻訳:青木絵美)