「KING」と一致するもの

今回のコラボレーションによって世界への扉が開かれたという感じかな。一緒にやるのが夢っていうアーティストがまだたくさんいる。そういう扉が開かれた気がするね(アンドリス)〔*オフィシャル・インタヴューより。以下同〕

 ムーンチャイルドの5作目となるアルバム『Starfruit』がリリースされる。
 バンド結成10年目という節目に制作された今作は、〈新たな扉〉を開ける作品 であり、彼らの〈コミュニティ〉が生んだメモリアル・アルバムでもある。

 南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校のジャズ科に通っていたアンバー・ナヴラン、アンドリス・マットソン、マックス・ブリックの3人は、ホーン・セクションに属するツアーで時間を共にすることが多く、意気投合し楽曲制作をおこなうようになった。2011年にムーンチャイルドとして活動を開始し、ファースト・アルバム『Be Free』(2012年)を発表したのちに、〈Tru Thoughts〉から3枚のアルバム(『Rewind』(2015年)、『Voyager』(2017年)、『Little Ghost』(2019年))をリリース。国際的なツアーをおこないながら知名度を上げ、前作のUSツアーでは、演奏した各都市で地元のチャリティを推進する活動も展開し、バンドとしての影響力も増していたところだ。

 ドラムとベース不在のこのバンドは、3人が管楽器をメインとしたマルチプレイヤーでソングライターであるのが特徴だ。各自が持ち寄ったビートを基盤に、ベースパートはシンセベースで担当し、キーボードとホーンによるハーモニーやヴォイシングは、大学のビッグバンドの授業で培ったテクニックをもとに複雑に練り込まれている。そこから感じられるのはひたすら心地良いフィーリングで、その音楽性が彼らの圧倒的な個性となっている。今作でも、曲作りのプロセスは変わっていない。

まずはそれぞれが個別に作るところから始めるから、ビートは常に選び放題の状態なのよ。各自1日1ビート、あるいは1日1曲というのを1ヶ月くらい続けて、そこから多くのアイデアが生まれた。でもその制作過程っていつもと変わらなくて、全員のアイデアを集めて、そのなかからやってみたいと思ったことをやるっていうのが私たちのやり方なの(アンバー)

 前作では、アコースティック・ギターや、カリンバなどオーガニックな楽器も積極的に取り入れながら音色の領域を広げ、ミックス、プロデュースを含め、全工程を3人で完結できるまでにそれぞれがレベルアップしていた。思えばムーンチャイルドは、デビュー作を出してからは、フィーチャリングを一切おこなわないアルバム作りを続けていた。その結果ブレない3人の世界が形成されてきたわけだが、今作では一転、堰をきったように、豪華面々をゲストとして迎え入れている。

 多数グラミー受賞経歴を持つベテラン、レイラ・ハサウェイや、現代のジャズ・シーンの面々と共演するアトランタ出身のヴォーカリスト、シャンテ・カン、ブッチャー・ブラウンの2021作でも大きくフィーチャーされていたシンガー、アレックス・アイズレー(アイズレー・ブラザーズのギタリスト、アーニー・アイズレーの娘)、そして、ラッパー陣も名うての面々が集う。LAの実力者、イル・カミーユ、BET(Black Entertainment Television)ヒップホップ・アワードで2020年のトップ・リリシストにも選ばれたラプソディー、さらに2020年にグラミー最優秀新人賞にノミネートされたニューオーリンズ・ベースのソウル/ヒップホップ・バンド、タンク・アンド・ザ・バンガスのヴォーカル、タリオナ “タンク” ボールや、マルチオクターヴの声域を持つボルチモア出身のラッパー/シンガー、ムームー・フレッシュといった多彩なキーウーマンが集結している。

 近年フィメール・ラッパーを取り上げるメディアの動きがあり、女性の在り方を彼女たちの立場から紐解く視点がこれまでにないほど広がってきたが、その流れにも呼応するかのような圧巻の顔ぶれだ。これらのゲストを迎えた曲では、アンバーのパートと、ゲストによるリリックのパートがあり、〈もう一人の違う私〉が見えてくるようで興味深い。また言葉の中に、愛を綴りながらも確固とした自身のアイデンティティが見え隠れしていて、夢を持っている女性の心境、音楽への強い志、これまでに植えつけられた女性観など、各所に現代女性のリアルを感じさせる部分がある。

いつも私の夢を応援してくれてた 裏方みたいに でも呑まれそうになるのは慣れてる
──“Love I Need feat. Rapsody”
良い彼女になろうとはしたんだ でも知っての通り 私が愛してるのはこのマイクだけ それが人生で大事なこと
──“Don't Hurry Home feat. Mumu Fresh”
母には祈りを捧げて耐えろと言われた 女の心は神聖不可侵であり続けるべきだから
──“Need That feat. Ill Camille”

彼女たちがやっていることを聴いて、さらに自分も曲に取り組んで、この曲ではどうしようとかどう歌おうかと考えているのと同時に、他のシンガーが自分では絶対に思いつかないような、本当に素晴らしいことをするのを目の当たりにするっていう、その過程はすごく楽しかったし、自分の創造する上でのマインドが開かれたと思う(アンバー)

 ゲストたちがテーブルに乗せていく多彩な表現がムーンチャイルドの新たな扉を開け、彼女たちに誘発されるように音楽的にもチャレンジングなプロセスが増えていった。

曲を各ゲストに送って、送り返してもらって、その人が曲をどういう方向に持っていったかによってさらに新たな要素やサウンドを加えたりという感じだった(アンバー)
“Get By” でタンクとアルバートがホーンのパートを歌ってるところなんかまさにそうだったよね。(中略)どの曲にも鳥肌が立つような瞬間があって、たとえば “I’ll Be Here” のブリッジのところでアンバーがやってることも好きだし、“Need That” のイル・カミーユも素晴らしくて、彼女がラップしている部分は元々の形から変化していて。変化した部分の作業はみんなが同じ空間に集まってやったもので、アルバム制作期間のなかでもレアな瞬間だった(アンドリス)

 今作のコラボレーションの源となるのは、10年の間に築かれたムーンチャイルドのコミュニティだ。そしてそのベースとなったのが、DJジャジー・ジェフである。彼は音楽コミュニティ向上のために毎年100人近くのアーティストを自宅に呼ぶなど、コラボレーション促進のための活動に力を入れている。ジャジー・ジェフは、ツイッターを通じて彼らの音楽を発見し、その後ジェームス・ポイザーと共にリミックス(“Be Free”(2013年)、“The Truth”(2017年))を買って出るほど、活動初期から3人の支持者だった。

ジャジー・ジェフはコラボレーションについてすごく力強いメッセージをくれて、それは、音楽は関わる人が多ければ多いほどよくなるってこと。その言葉がすごく印象深かった。一般的に言えば、自分だけの力でやり遂げなきゃいけないプレッシャーってあると思うの。自分だけでもアルバムを作れることを証明しなきゃいけないとか、自分の芸術性を証明しなきゃいけないとか。でも実際歴史的に見ると最高の音楽は複数人で作ったものが多いっていう。それで私も、より多くのアイデアを取り入れたいと思うようになった(アンバー)

 アンバーが語る通り、コラボレーションの話題は目白押しだ。現在進行中のアンバーのプロジェクトでは、〈Stones Throw〉レーベルの人気ビートメイカー/ピアニストのキーファーや、そのキーファーの公演で2019年に共に来日していたキーボード奏者、ジェイコブ・マンともアルバムを制作中のようだ。さらに今作でフィーチャーされているアルト奏者のジョシュ・ジョンソンは、ジェフ・パーカーの『Suite for Max Brown』やマカヤ・マクレイヴンの『Universal Beings』でも印象的な音色を与えるLAシーンの名脇役で、今後も彼らのコラボレーションは広がっていきそうだ。

 そしてもうひとり、ムーンチャイルドの畑を耕したキーバーンが、スティーヴィー・ワンダーだ。デビュー時期に彼らの音楽を知ったスティーヴィーは、毎年恒例となっている自身のチャリティ・コンサート「House Full of Toys」のオープニング・ステージに彼らを抜擢した。2012年12月のこのステージで彼らが演奏した、エリカ・バドゥの “Time's a Wastin” は、LAシーンとR&Bシーンの両方にムーンチャイルドの音楽を発展させるための決定打となった。

コンサートの短い時間で彼が言ったことがすごく印象に残っていて、彼の言葉を要約すると、自分は音楽を色で捉えないんだと。僕らが白人のミュージシャンで黒人の音楽をやっていることについても、今やっていることをやり続けなさいって言ってすごく励ましてくれたんだよ(マックス)

 このときに刻まれた志を胸に彼らはスキルアップを重ね、10年後のいま、ソウルやR&Bをルーツに持つ現代のメッセンジャーたちと共に、これからの扉を開く作品を生み出した。彼らはこの作品を、まさにコロナ禍で得た『Starfruit』と表現している。

この10年ムーンチャイルドを続けてきて、その間にバンドの周りに小さなコミュニティが築かれて、それはすごく嬉しいことだなと思っていて。それは長くバンドを続けてきてよかったと思う部分だね(マックス)

 彼らが築き上げた境地を、“I'll Be Here” の歌詞から感じてみよう。その言葉は、聴く私たちの扉を開け、背中を押すものでもあるはずだから。

代わりにノックしてくれたり歩いてくれる人は誰もいない 代わりに傷ついたり働いたりしてくれる人は誰もいない 代わりに感じてくれたり癒されたりする人は誰もいない きっと自力で見つけることになる だけど私はここにいるから これまで何度も聞いてきたでしょ ここまで来たなら扉を開かなくちゃ
──“I'll Be Here”

interview with Animal Collective (Panda Bear) - ele-king

「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。

 2021年10月、アニマル・コレクティヴのニュー・アルバム『タイム・スキフズ』からファースト・シングルとして切られた “プレスター・ジョン”。思わせぶりなタイトルのその曲を聴いたときに驚いたのは、伸びやかなアンビエンスをたっぷりと含んだドラムの響きを中心としたバンド・アンサンブル、そしてパンダ・ベアとディーキンとエイヴィ・テアが歌声を重ねて織り上げたメロディに、生き生きとしたよろこびのようなものが備わっていたことだった。バンド・アンサンブルのよろこび! そんなものをアニマル・コレクティヴに期待したことなんて、一度もなかったからだ。20年近いキャリアにおいて、彼らがバンド然としていたことなんて、ほとんどなかった。それほどの変化、これまでにない試みを、その曲に感じた。

 今回、パンダ・ベアことノア・レノックスに、『タイム・スキフズ』についてインタヴューをするにあたって最初にやったのは、このアルバムがどこからはじまっているのかを探ることだった。新作に至るまでの道のりを、少し振り返ってみよう。
 2016年の前作『ペインティング・ウィズ』は、ディーキンは不在で、パンダ・ベア、エイヴィ・テア、ジオロジストの3人がつくったアルバムだった。その後、2018年の『タンジェリン・リーフ』はパンダ・ベア以外の3人がつくったもので、これはコーラル・モルフォロジック(海洋学者のコリン・フォードとミュージシャンのJ.D.・マッキーからなるアート・サイエンスのデュオで、危機に瀕している珊瑚礁の美しさ、その保護などを映像作品やイヴェントを通して伝えている)とのコラボレーション、そして「国際珊瑚礁年」を祝すことを主眼にした映像作品だった。そして、2020年には『ブリッジ・トゥ・クワイエット』という、2019年から2020年にかけてのインプロヴィゼーションを編集した、抽象的なEPを発表している(もちろん、この間、メンバーはそれぞれにソロでの活動もしている)。
 2019年のライヴ動画を YouTube で見て気づいたのは、パンダ・ベアがドラム・セットを叩き、ディーキンを加えた4人でライヴをしていたことだった。そこには、いかにも「バンド」といったふうの並びで、新曲を集中してプレイする4人がいた。どうやら、『タイム・スキフズ』は、このあたりからスタートしているらしい。とはいえ、『タイム・スキフズ』という作品を、アニマル・コレクティヴがふつうのロック・カルテットとしての演奏を試みただけのアルバムだとしてしまうのは早計だ。

 プレス・リリースには、「成長した4 人の人間関係や子育て、大人としての心配事に対するメッセージを集めたものでもある」と綴られている。ひたすら音の遊びを続けていた4人の少年たちは、2022年のいま、誰がどう見ても「大人」の男たちである。言うなれば、『タイム・スキフズ』は、彼らが「成熟」という難儀なものをぎこちなく受け入れて、それをなんとか音に定着させたレコードとして聴くことができるだろう。
 子ども部屋のようなスタジオのラボで音に遊んでいたアニマル・コレクティヴのメンバーは、いま、それぞれの活動拠点で、その地に根づいた市民社会や共同体、家族のなかで生きている。そんなことを象徴し、『タイム・スキフズ』を予見させた出来事として、彼らがあるアルバムのタイトルを変更したことが挙げられる。『ブリッジ・トゥ・クワイエット』と過去のカタログを Bandcamp でリリースするにあたって、バンドは、“Here Comes the Indian(インディアンがやってきたぞ)” という2003年のデビュー作の題を “Ark(箱舟)” へと改めた。なぜなら、彼らは、当初のタイトルを「レイシスト・ステレオタイプ」だとみなしたからだ。
 今回のインタヴューでパンダ・ベアは、「アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについて」バンド内で意見をシェアしたと語った。それは前記のことと直接的に関係しているだろうし、現にこのアルバムには “チェロキー” というネイティヴ・アメリカンの部族、および彼らの文化が残る土地に由来する曲が収められている。
 4人の「元少年たち」が、極彩色のサイケデリックな夢を描いていたインディ・ロック・バンドが、なぜいま「アメリカのバンドであること」について考えなければいけなかったのか。それは、パリ協定からの離脱を断行し、議会襲撃事件を煽り、ツイッターから締め出されたあの男のことを思い出さなくても、じゅうぶんに理解できる。

 だからといって、身構える必要もない。最初に書いたとおり、『タイム・スキフズ』は、バンド・アンサンブルの自由で清々しいよろこびが詰まったLPである。ぼくにとっては、あの素晴らしい『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』や『ストロベリー・ジャム』に次ぐフェイヴァリットだ。
 さて。前置きはこれくらいにして、パンダ・ベアの言葉を聞こう。

ドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとかじっくり考えて。感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。

いま、どちらにお住まいですか? そちらは、パンデミックの影響はどんな感じでしょうか?

パンダ・ベア(PB):リスボンだよ。コロナはオミクロンの波が来て2、3週間感染拡大が続いていたけれど、ようやく終わりに近づいてきたところなんだ。感染者数は激増しても入院や死亡者数がかなり抑えられていたから、それなりにうまくいったと言えるんじゃないかな。(編集部註:取材は1月中旬)

まずはディーキンがバンドに戻って、4人で再び演奏や作曲をするようになった過程や理由を教えてください。

PB:10代でバンドをはじめたときにもともとのアイディアとしてあったのが、緩くつながる集団というか、必ずしも毎回4人全員が参加するというものではなかったんだよ。それぞれがいろんなことをやる、っていう考え方が気に入っていたんだ。その時々で呼び名も変えていいかもしれないし、ジャズのミュージシャンがよくやっているみたいに、その時参加している演奏者の名前がバンド名になる、みたいな。たとえば、トリオとして集まって5年くらいライヴやレコーディングを精力的にやる。でも、それぞれが他の人とも組む。そうやって常に変化し続けるというのが、グループの最初のアイディアだった。でも一時期はそのアイディアから遠ざかっていたような気がするんだよね。2006年頃の4年間くらいは従来的なバンドの周期だったというか、レコーディングして、ツアーをして、というのをひたすら繰り返していて。でもこの7、8年くらいはもともと持っていたエネルギーを取り戻した感じがあって、僕としてはすごく気に入っているんだよ。それによって新鮮味を保つことができると思うし、次がどうなるか予測できないのがいいと思う。お互いが柔軟に、自由に、いろんなことができるようにしたいんだ。そして、今回はこれを作るということに関して、全員が一致していたんだよ。

なるほど。2019年に4人が演奏しているライヴ動画をいくつか見たら、セットリストは新曲ばかりでした。『タイム・スキフズ』 の作曲や制作がはじまったのは、2019年頃でしょうか? 制作プロセスについて教えてください。

PB:最初の曲作りからアルバムのリリースまでの期間は、たぶん今回が最長だと思う。もちろん、パンデミックが事態をさらに悪化させたわけだけど、たぶん、たとえパンデミックがなかったとしても、僕たちにとっては構想期間がかなり長かったと思う。曲ができるまでのサイクルは、普段はもっと短いからね。その(2018年の)ニューオリンズのミュージック・ボックス(・ヴィレッジ)という場所でやったライヴは全部新しい曲で構成していて、その多くが最終的に『タイム・スキフズ』の曲になったんだよ。とにかくそれが制作の初期段階で、たしか2019年の前半にそれがあって、ナッシュヴィルの郊外の一軒家に全員で集まったのが2019年8月。そこからさらに僕も曲を書いて、ジョシュ(・ディブ、ディーキン)も曲を持ち込んで、デイヴ(デイヴィッド・ポーター、エイヴィ・テア)もさらに数曲を持ってきて、3週間くらい、曲をアレンジしながらうまくいくものとそうじゃないものを仕分けて、そのあと9月、10月頃にアメリカ西海岸の短いツアーがあって、12月にはコロナが中国を襲って、クリスマス後、1月初頭にまた集まって、最終的なアレンジをしたり曲を仕上げたりといったセッションをして、そのあとすぐにレコーディングをするつもりだった。そうしたら、知ってのとおりコロナの波が来て、2020年3月にスタジオ入りする予定だったんだけど、でも2月にはそれが叶わないことがはっきりしてきた。それからは、「じゃあ、どうするか」という話になって、「リモートでやるならどうするか」といったことを諸々話しあって、結局、2020年夏の終わり頃にリモートで作業を開始したんだ。だから、選曲はどことなく、「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。でも、かなりいいものに仕上がったと思うよ。

実際、『タイム・スキフズ』は、本当に素晴らしいアルバムです。長いキャリアにおける最高傑作だとすら思います。さて、本作をレコーディングした場所は、アシュヴィル、ボルティモア、ワシントン、リスボンと4か所が記されています。それは、いまおっしゃったように、4人がリモートでレコーディングした場所ということですよね。

PB:そう。一度も同じ場所に集まることなくレコーディングしたからね。

それぞれの場所でどんなレコーディングをしたのか、それらをどう組み合わせていったのかを教えてください。

PB:ジョシュはキーボードをメインにやって、あとは自分が担当するヴォーカル・パートを録って、ブライアンが電子系、モジュラー・シンセ、サウンド・デザインといった感じのものを、デイヴはベースで、それは僕らにとっては新しいことで、あとは歌だね。それから、他にもクロマチック・パーカッションとか細々したもの。それで、僕は最初、自分のところでドラムを録ったんだけど、その録音がいまひとつで、それでリスボンのちゃんとしたスタジオに2日ほど入って、今度はしっかりマイクも何本も使って再度ドラム・トラックを全部やって。それで、自分たちでミックスしたものをロンドンのマルタ・サローニのところに送ったんだ。

ミキシングを担当したマルタ・サローニと仕事をすることになった経緯や、彼女のミキシングがどうだったのかを教えてください。彼女は、ブラック・ミディからボン・イヴェール、ホリー・ハーンダン、ビョーク、トレイシー・ソーン、デイヴィッド・バーンなど、幅広いミュージシャンと仕事をしていますよね。

PB:彼女のミキシングには大満足だよ。素晴らしい仕事をしてくれたと思う。きっかけが思い出せないけど……ケイト・ル・ボンの曲かな……いや、ちがうかも。ビョークのミックスをやったのはわかってるんだけど(『Utopia』、2017年)。とにかく、彼女の手がけたいくつかの作品がすごくよくて、それでお願いしたい人のリストに入れてあったんだ。そして、最初に何人かにミックスをお願いしたなかで、彼女のものがこのアルバムに合っていて。もちろん他の人のものもすべて素晴らしかったんだけど、彼女の視点が今回の音楽に適していたんだ。

最近のライヴでは、あなたがドラム・セットを叩いていて驚きました。このアルバムでも全曲で叩いていますね。近年のアニマル・コレクティヴにおいて、これは珍しいことでは?

PB:ドラムが自分の第一楽器であるとは言わないけど、アニマル・コレクティヴにおいては、まあ、僕が「ドラムの人」だね。ドラムが必要となったら、デフォルトで僕がやる感じになっているよ。ある意味、今回、これまでとはぜんぜんちがったドラムの演奏方法を考えたというのが、曲作り以外での僕のいちばん大きな貢献だったと思う。まず、いろんなドラマーの YouTube の動画を見まくったんだよ。ジェイムズ・ブラウンのドラマーのクライド・スタブルフィールドだったり、ロイド・ニブ、バーナード・パーディ、カレン・カーペンターだったり。そして僕はドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとか、そういったドラムのサウンドについてじっくり考えて。演奏のパターンについて考えるよりも、感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。だから、そういった演奏をするために、毎日練習して、それまで自分が達していなかったレヴェルを目指した。考えてみたら、そもそもそれが昔ながらのアプローチなのかもしれないけど、自分にとってはまったく新しいことだったんだよ。

[[SplitPage]]

アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。

あなたのそんなドラム・プレイもあって、アルバムからは生のバンド・アンサンブルが強く感じられます。そもそも、どうしてこういうサウンドになったのでしょうか? これは、バンドにとって、原点回帰なのでしょうか?

PB:ある意味ではそうで、別の意味ではちがうと思う。楽器を使って、演奏ベースで何かをやるっていうことで言うと、たしかに初期の頃を思い出させるものがある。『ペインティング・ウィズ』(2016年)や『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』(2009年)は、もっとサンプルを駆使した、完全にエレクトロニックの領域のものだった。『センティピード・ヘルツ』(2012年)では今回のような方向性を目指したというか、音楽のパフォーマンスという側面に傾いて、ステージ上で汗をかくといいうような、理屈抜きのフィジカルなところを目指していたと思うんだ。だから、創作面では、振り子のように行ったり来たりしているんだよね。前回とは逆の方向に振れるというか。まったくちがう考え方をすることでそれがリフレッシュになるし、それで自分たちがおもしろいと思いつづけられて、願わくはオーディエンスにとってもそうであればいいなって。そういうことについての会話があるわけではないけれどね。だからそれが目標というわけではないけど、でも気づくと結構そうなっているんだ。

タイトルのとおり、アルバムのテーマは「時間」なのでしょうか?

PB:それもテーマのひとつだね。音楽がタイム・トラヴェルの乗り物みたいなものだ、という話をしたことは覚えているよ。時間を戻したり進んだりさせてくれるものだよな、っていう。その音楽に思い出があったりして、だから大好きなんだけど、聴くのが辛い時期があったりもする。自分のなかで思い出と音楽が融合して、大好きなんだけど聴くと辛い時期が蘇ってしまうから聴けない、とかね。それだけ強力に時間と結びついていることがある。そういうことは、作る上ですごく考えていたね。特にいまの時代は家に閉じ込められがちだから、いまという時間、あるいは、その閉じた空間から抜け出すというのが、僕らがやりたいと願っていたことで。それから、他にも、アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。それは、これまであまりやってこなかったことだと思うんだ。

なるほど。それに関連するのかもしれませんが、アルバムについて、エイヴィ・テアのステイトメントに「最近、よく考えるのは、どうして音楽を作るのかということ、そして音楽が今、与えてくれるものは何なのかということだ」とあります。このことについてのあなたの考え、そしてそれを『タイム・スキフズ』でどう表したのかを教えてください。

PB:これまで、音楽をキャリアとして、仕事として20数年やってきて、そうすると、やっぱり「自分はまだこれをやっているけど、じゃあ、そこにどんな意味があるのだろう?」と考えるようになる。どうして他の人に聴いてもらうために作っているのか、自分は何を成し遂げたいのか、といった問いが絶えず浮かぶようになって。おそらく、その答えは、常に変わるんだけどね。でも、同時に、根幹的な部分にはふたつのことがあって、ひとつは、自分が1日また1日と生きていく上で、すごく楽しいものだということ。何かアイディアが浮かんでそれを形にすることにはちょっとした興奮があるし、もし出来がよければ達成感もある。そして、それで元気になれる。もうひとつには他の人とのコミュニケーション方法だということで、願わくは、それが愛とリスペクトを広めることに繋がってほしい。そのふたつが僕にとって音楽をやる根拠で、そこは変わらないね。それが今作の音楽にも表れていることを願うけど、あからさまに表現されているってことはないと思う。ただ印象としてそうであれば嬉しいよ。

また、そのステイトメントには、「楽曲はリスナーをトランスポートさせる能力を持っている」とあります。これは、まさにアニマル・コレクティヴやあなたの音楽を表した言葉だと思うんですね。物理的な移動が困難になったいま、「音楽がリスナーをトランスポートすること」についての考えを教えてください。

PB:それに関して、果たして音楽よりいい方法があるのかっていうくらい……。まあ、僕はゲームをよくやるんだけど、それは音楽とはまたぜんぜんちがう種類で、自分の脳を忙しい仕事に従事させることによって瞑想状態が生まれるというもので。僕がゲームをすごく好きなのは、ある意味、自分のスイッチをオフにできるからなんだよ。脳の、何かについて心配している部分をゲームで陣取るというか。音楽はもっと……作用としては似ているけど、かなりちがう。もっと会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって……。でも、考えれば考えるほど、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。たまに、プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、っていう。でも、ゲームはひとりの経験だから……。いや、やっぱり話せば話すほど、同じなんじゃないかと思えてきた(笑)。

ははは(笑)。音楽=ゲームですか。ところで、「音楽がリスナーをトランスポートすること」は「リスナーを現実から逃避させること」とも言い換えられますよね。逃避的な音楽はいいものなのでしょうか、悪いものなのでしょうか? どうお考えですか?

PB:たしかにそうで、逃避できるっていうのはいいことではあるけど、それがいきすぎるのは心配だね。特にいまの時代、お互いのことが必要だし、繋がりを持ちつづけるべきだと思うから、逃避しすぎるのはどうかと思う。閉じこもったり逃げたりする理由がありすぎない方がいい。だから、現実から気を逸らすものではなくて、コミュニケーションだったり、薬であったりすることが望ましいかな。

では、具体的にアルバムの曲について聞かせてください。“Walker” は、スコット・ウォーカーに捧げた曲だそうですね。スコット・ウォーカーは、私も大好きなアーティストです。彼のどんなところに惹かれますか?

PB:彼の声がすごく好きで、彼は僕がもっとも好きなシンガーのひとりなんだ。自分で歌う時、以前はもっと柔らかいというか弱い感じだったんだけど、でもスコットの声にすごく影響を受けたんだよね。彼の声には強さがあるというか、胴体から出てくるみたいな声と歌い方で、それに彼の歌は非常に男っぽい感じがしてかっこいいと、個人的に思う。それから、彼がキャリアの初期に大成功して、でも「自分の道はこっちじゃない」と感じて、常に探求を続けて、自分なりのキャリアを築いていったという部分にも超刺激を受けたしね。

音楽は会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって。でも、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、って。

フェイヴァリットの曲はありますか?

PB:全部好きだよ。超変な実験的なやつも好きだし、アートっぽいものも好きだし。でも、いちばん好きなのは『スコット2』(1968年)とか『スコット3』(1969年)とかの番号がついたアルバムかな。

“チェロキー” についてお伺いします。ノースカロライナのチェロキーは、ネイティヴ・アメリカンのチェロキー族の文化がいまも残る土地だそうですね。これは、どうやってできた曲なのでしょうか? 先ほどおっしゃっていた、「アメリカのバンドであることと折り合いをつける」ということが関係しているのでしょうか?

PB:そうだね。この曲がそのもっともあきらかな例で、これは自分たちにとって、いまアメリカのバンドであることがどういうことなのかを考えた曲だと思う。チェロキーというのはデイヴの家の近くの地域で、たしかハイキングに行ったりもするらしいし、彼はこの曲でその問いに向き合っていると思うよ。

デイヴが書いた曲なんですね。

PB:そう。なんというか、曲の内容について、バンド内で「これはどういう意味か?」ということを逐一話していると思われているかもしれないけど、実際はそういうことはあまりやらないんだ。たまに「この一節、すごくいいけど、何を考えて書いたの?」とか聞くことはあるけど、でも「曲を書いた。内容はこうだ。さあ、君たちはどう思う?」的なことはほとんどなくて、ただそのまま受け止めることが多い。だから、残念なことに「何についての曲ですか?」と訊ねられても「ええと……」となっちゃうんだよね(笑)。僕個人にとっての意味はわかるけど、デイヴの代弁はできないからさ。

わかりました。本日はありがとうございました。日本で4人のライヴを聴ける日を心待ちにしています。

DJ Harrison - ele-king

 ヴァージニア州リッチモンド出身のジャズ・ファンク・バンドのブッチャー・ブラウンは、2014年のアルバム・デビュー以来着実にキャリアを積み上げ、2020年には〈ユニヴァーサル〉傘下のジャズの名門〈コンコード〉から『#KingButch』をリリースするに至った。ザ・ルーツのようなヒップホップ・バンド的な要素とメデスキ、マーティン・アンド・ウッドのようなジャム・バンド的な要素を併せ持ち、さらにガレージ・パンクとジャズ・ファンクをミックスさせた上で、ロバート・グラスパー、クリス・デイヴテラス・マーティンサンダーキャットのような新世代ジャズを通過したバンドと言える彼らは、ニコラス・ペイトン、クリスチャン・スコット、カマシ・ワシントンなどとのツアーやレコーディングでセッション・バンドとしての技術も高く評価される。マルチ・インストゥルメンタリストでプロデューサーのDJハリソン、ベーシストのアンドリュー・ランダッツォ、ギタリストのモーガン・バーズ、ドラマーのコリー・フォンヴィル、サックス&トランペット奏者のマーカス・テンニーの5人組で、メンバーのソロ活動やほかのミュージシャンとのセッションもいろいろとおこなっており、スピンオフ的なグループのマーカス・テンニー・トリオ(テンニー、ランダッツォ、DJハリソンのトリオ)もある。

 そんなブッチャー・ブラウンのリーダー的存在のDJハリソンがソロ・アルバムをリリースした。彼の本名はデヴォン・ハリソンで、2013年の『モノトーンズ』以来これまでにいくつかアルバムやミックステープをリリースしてきている。またブッチャー・ブラウンやマーカス・テンニー・トリオ以外にも、ライブラリー・ミュージックに特化したザ・スペースボム・ハウス・バンド、コリー・フォンヴィルとのドラムズ・ヴァーサス・ローズ・デュオやペイス・カデッツ、サンズ・オブ・フォードと多数のプロジェクトを抱えて精力的に活動している。2017年の『ヘイジー・ムーズ』は〈ストーンズ・スロー〉と契約してリリースしており、今回の新作『テールズ・フロム・ジ・オールド・ドミニオン』も〈ストーンズ・スロー〉からとなる。

 彼の父親はラジオDJで、そんな父親の影響でさまざまな音楽を聴いて育った。また幼い頃のヴァイオリンのレッスンにはじまり、高校時代のドラム・レッスン、大学でのジャズの専門教育とさまざまな演奏技術や理論もマスターし、独学でもほかの楽器演奏の習得やプログラミングやサンプリングなどDJスキルも身に着けた彼は、ザ・ルーツのクエストラヴはじめマッドリブ、クリス・デイヴ、テラス・マーティンのように演奏家とプロデューサー/トラックメイカーを兼任するアーティストだ。ジャズやジャズ・ファンクを軸にヒップホップやダウンテンポ、ビート・ミュージックなどからアフリカ音楽と多彩な要素が交ざった『ヘイジー・ムーズ』は、どちらかと言えばトラックメイカーとしてのDJハリソンを表現したものだった。そして、ラジオ・ショーを意識した作りはラジオ育ちの彼らしいものだ。

 自宅のベッドルーム・スタジオでひとりで作った『ヘイジー・ムーズ』に対し、『テールズ・フロム・ジ・オールド・ドミニオン』は基本ひとりでやりつつも、スティミュレーター・ジョーンズ、ナイジェル・ホール、ピンク・シーフ、ビリー・マーキュリーなどゲストとのコラボを交えたものとなっている。
 1980年代的なエレクトリック・ブギーの “ビー・ベター”、口笛とギターとブラジル音楽的なアプローチが印象的な “バック・イン・ザ・ハウス”、スローモーなメロウ・グルーヴの “シティ・ライツ” と多彩な音楽が並ぶ。アンビエントとも前衛音楽ともつかない幻想的な “ヘル・オン・アース” の直後に、スティミュレーター・ジョーンズをフィーチャーしたコズミックなジャズ・ファンク・ディスコ “2021ディスコ” が続く構成など、やはり本作もラジオ・ショー的な作品となっている。ナイジェル・ホールが歌う “コフィー” は、ロイ・エアーズのブラック・プロイテーション映画のサントラでレア・グルーヴ・クラシックとして有名な楽曲のカヴァーだが、余韻を残しつつ1分程度で終わってしまうところもラジオ・ショーならではだろう。
 Jディラ的なビートの “ファーロウ” や “RVAフォリーズ”、ピンク・シーフをフィーチャーした “コスモス” などヒップホップとの繋がりの深さを見せる点もDJハリソンの特徴だ。一方で “カワイ・ヴォヤージ” はカワイの電子ピアノの演奏に口笛を絡めたドリーミーなナンバーで、クインシー・ジョーンズがトゥーツ・シールマンをフィーチャーした “ヴェラス”(イヴァン・リンス作曲)を彷彿とさせる。そして、ディーン・ブラントを思わせるローファイで実験的な “ビー・フリー” と、その多彩さゆえに掴みどころがない印象を与えるが、裏を返せばDJハリソンが無限の可能性、自由な音楽性を持っていることの証でもある。

interview with edbl - ele-king

 現在、もっとも音楽シーンが活気づいている街として注目を集めるサウス・ロンドン。ジャズ、ヒップホップやR&B、ロックやインディ・ポップ、フォークやシンガー・ソングライター系とさまざまな分野で新しい才能が次々と登場してきているのだが、そうした中で2019年頃より話題となっているのが edbl である。edbl とはエド・ブラックウェルによる個人プロジェクトで、もっぱら彼はプロデューサー/トラックメイカー/ギターなどの楽器演奏に徹し、ビート集からシンガーやラッパーたちとのコラボ作品をリリースしている。タイプとしてはネオ・ソウルやR&B、ローファイ・ヒップホップなどをサウンドの基調とし、ギター演奏が中心となるためにシンガー・ソングライター的なアプローチも交えている。同じサウス・ロンドンやロンドン全体で見ると、トム・ミッシュロイル・カーナージェイミー・アイザックあたりの次を担うアーティストと目される存在だ。

 シングル数曲がスポティファイの人気プレイリストにピックアップされるなどして注目を集めた後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリース。こうしてイギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集め、これら音源をまとめた日本独自の編集盤として『サウス・ロンドン・サウンズ』を2021年にリリース。そして今回、昨秋に発表した新作の『ブロックウェル・ミックステープ』も日本でリリースされる運びとなった。そんな edbl に音楽をはじめたころまで遡り、どのようにして現在のスタイルを築き、新作を含めて様々な作品を作っていったのか、そしてこれからどこへ向かっていくのかなどを訊いた。

ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。

昨年リリースされた日本独自の編集盤の『サウス・ロンドン・サウンズ』に続き、日本では2枚目のアルバムとなる『ブロックウェル・ミックステープ』をこの度リリースしますが、まだあなたの経歴やプロフィールが広く伝わってはいませんので、改めて音楽をはじめたきっかけなどから伺います。もともとはリヴァプール近郊のチェスターという町に生まれ、7歳でギターを手にしたときからあなたの音楽人生はスタートしたそうですね。どんなきっかけではじめたのですか?

edbl:僕はチェスターで育ったんだけど、生まれたのは実はドイツのハイデルベルクという街なんだ。でもそこには1年くらいしかいなかったから、僕の地元はチェスターということになるね。ギターをはじめたきっかけとしては僕には3人の姉がいて、彼女たちはみんな幼い頃から楽器を弾いていたんだ。だから自分も取り残されないように、楽器を弾ける年齢になったらすぐに何かをはじめたいと思っていた。母親はギターが少し弾けて、姉のうちのひとりもギターを弾いていた。当時の僕はギター・サウンドのアーティストを聴いていてギターがかっこいいと思っていたからギターを選んだ。それがいまに至るというわけだよ。

いまも作曲はギターからはじめることが多いそうですが、ギターという楽器のどこに魅力を感じたのでしょう? また影響を受けたり好きだったギタリストはいますか?

edbl:ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。僕はギターの教師もやっているんだけど、教師をやっていて特にそう感じる。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。だからすぐに入り込むことができる。そういう点に魅力を感じたね。僕はあまり辛抱強いタイプではないから、ギターですぐに何かを演奏できるようになったときは感激した。すぐにギターが大好きになって、そこからいろいろと積み上げていった。
ギターを学び続け、周りの友人でもギターを弾いてる人がいたから社交的なつながりも生まれ、10歳くらいのときに友人と曲を作ったりしていたよ。遊びで作った曲だから酷いものばかりだったけどね。曲はすごく酷かったけど、作曲するのはすごく楽しかった。そういうギターの様々な魅力があったから僕はギターをずっと続けてきた。僕はいままでに素晴らしいギタリストたちと一緒に仕事をしてきたけれど、僕自身はギタリストにすごくハマっていたというわけではないんだよ。僕は幅広いポップ・ミュージックを聴いて育った。ロックを聴いていた時期も少しはあったけど、このギタリストが特に好きで聴いているとか、ギターのテクニックやバトルにすごく興味があるという感じではなかったんだ。自分が聴いている曲をギターで弾ければそれで良かった。

そうなんですね。では、最初は主にどんな曲を弾いていたのでしょう?

edbl:ギターを習う人なら誰でも最初に習う4~5曲を弾いていたよ。 ザ・モンキーズの “アイム・ア・ビリーヴァー” や、ボブ・ディランの “ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア”、ヴァン・モリソンの “ブラウン・アイド・ガールズ” など、ギターの名曲と言われるような曲だよ。もう少し大きくなってからはビューティフル・サウスというイギリスのバンドを聴いていたから、彼らの曲を弾いていた時期もある。それからアコースティック・サーフ系のジャック・ジョンソンも。当時の僕はそういう音楽がとても好きで、ジャック・ジョンソンの音楽はほとんどがアコースティック・ギターが基盤の曲だったから、曲を聴いて練習さえすれば彼のアルバムとほぼ同じようなサウンドが自分でも出せる。それができるのが楽しかった。

レーベルなどの情報ではティーンのときはブラーとかフォールズとか、主にギター・サウンド系のロック・バンドを聴いていたとあります。友だちとバンドも組んでたそうですが、やはりそうしたロックを演奏していたのですか?

edbl:うーん、ロックではなかったと思う。イギリス以外で人気があったかどうかわからないけど、当時はインディー・ポップというジャンルがイギリスにあって、僕たちのバンドもそういう音楽をやっていたんだ。ギター・サウンドも入っているけれどポップの要素も強くて、アメリカのバンドで近いものだとストロークスだと思うけど、ストロークスよりもっとポップな感じの音楽なんだ。ヴァンパイア・ウィークエンドやザ・シンズもインディー・ポップに入ると思う。アークティック・モンキーズはインディー・ポップではないけれど、僕たちのバンドは彼らの影響を受けていたね。そういう感じの音楽をバンドではやっていた。アップテンポなポップ・ソング。ウォンバッツというリヴァプール出身のインディーズ・バンドがいちばん近いかもしれない。

ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。ロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。ライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。

そのときはカヴァー曲をやっていたのですか? それともオリジナルの楽曲も作っていたのでしょうか?

edbl:最初はカヴァー曲ばかりやっていたけれど、オリジナルの曲も作っていたよ。作曲は主に僕がやっていたけれど、他のバンド・メンバーと一緒にやることもあった。とても楽しかったよ。誰かと一緒に音楽を作るという経験はあのときが初めてだったかもしれない。そしてでき上がった曲をライヴで披露していた。僕たちのバンドは別に有名でもなんでもなかったけど、バンド・メンバーと一緒に曲を作って、それをライヴで演奏するというのはすごく楽しかったよ。

その後リヴァプール・インスティテュート・フォー・パフォーミング・アーツ(LIPA)に進学して音楽を本格的に専攻するのですが、親友のアディ・スレイマンとの出会いがあり、あなたの音楽人生にも大きな影響を与えることになります。まず彼の影響でR&Bやヒップホップ、ソウル系のサウンドに嗜好が変わったそうですね。その頃は具体的にどんなアーティストを聴いていましたか? また自身の楽曲制作にもそうした影響が表われはじめたのですか?

edbl:もちろんだね! 大学に入って自分とは全く違う音楽の嗜好を持つ人たちと出会ったことは、ものすごく大きな影響になった。影響とか以前にとても楽しかったんだ。様々な種類の音楽を初めて聴くという体験は最高だったよ。その経験が僕自身の楽曲制作を形成していったと思う。大学に入学した当初はインディー・ポップやインディー・ロックを聴いていて、自分もバンドをやってそういう音楽を歌ったりしていた。さっきも話したけどアメリカだとストロークスとか、イギリスにはインディー・バンドがたくさんいて、ザ・ウォンバッツやザ・ピジョン・ディテクティヴズなど。当時はそういう音楽が大好きだった。大学には僕と全く違う背景だけれど、同じように音楽に対する熱意がある人たちばかりがいた。そのときにローリン・ヒルやエリカ・バドゥ、ディアンジェロといったアーティストたちを教えてもらったんだ。それまで僕は彼らのことを聴いたことがなかった。
 ヒップホップも同様で、それまで僕はヒップホップをそんなに聴いてこなかったし、ヒップホップがどういうものであるのかさえもよく知らなかった。でも大学で仲良くなった女友だちがいろいろ教えてくれた。当時はスポティファイ以前の時代だったから、ハード・ドライヴで音楽を保存していたんだ。だから大学ではハード・ドライヴを持ってお互いの寮の部屋を訪ねて音楽を交換していた。そのときにア・トライヴ・コールド・クエスト、ジュラシック・ファイヴなどのヒップホップを教えてもらった。僕はとにかく全てを吸収したよ。すごく楽しい経験だった。その頃からR&Bやヒップホップを好んで聴くようになったね。そして自然にR&Bやヒップホップを作曲したり制作することに喜びを感じるようになっていった。

また学生時代の最後はアディ・スレイマンのバンドにギタリストで参加し、アジア・ツアーもおこなったそうですね。楽曲も彼と一緒に作っていて、その頃の作品はエイミー・ワインハウスの影響が強かったそうですが、あなたにとってアディはどんなパートナーでしたか?

edbl:あの頃は本当に最高な時期だったよ。そもそもアディとの関係は友だちとしてはじまったんだ。大学がはじまって数週間のうちに、いろいろな人たちが集まって一緒にセッションをしていた。LIPA にはギタリストを必要としているシンガーがたくさんいるし、誰かのためにギターを弾きたいというギタリストもたくさんいるからね。大学がはじまったその週くらいにアディを見かけたから、「僕たちのセッションに参加しないか?」と彼を誘ってみたんだ。そこで彼の歌声を聴いた。それは当時もいまも素晴らしい声だ。いちばん近い表現として「男性版のエイミー・ワインハウス」と言えるかもしれないけれど、彼女の声とはやはり全く違うソウルフルでユニークな声をしている。そのときは確か2010年だったと思うけど、彼に「君のためにギターを弾きたい」と言ったのを覚えているよ。彼もそれを快諾してくれた。さっきも話したように、僕と彼は最初は友だちからはじまったんだ。だから一緒に遊びに行ったり、くだらない冗談を言い合ったりしていた。それから音楽を一緒に作るようになった。
 その後大学2年のときに彼と一緒に住むことになった。大学3年のときも一緒に住んでいた。音楽を作るようになったのは一緒に住みはじめてからだったね。一緒に住んでいたからとても自然な形で音楽制作ができた。家で彼が歌いはじめたら僕がそれに合わせてギターを弾くという、そんな感じだった。それがよかったんだと思う。彼の曲で “ロンギング・フォー・ユア・ラヴ” というのがあるんだけど、それは僕が作ったギターのループがガレージバンドという音楽アプリにあったから、それを彼に聴かせたんだ。そしたら彼は「すごくいいね!」と言ってその場でループに合わせて曲を作りはじめた。それが彼にとってヒット曲になったんだ。一緒に住んでいた頃は、そういういくつもの小さなセッションが自然に起こっていた。
 そして僕たちの音楽もお互いに上達していった。学生時代の最後はアディが音楽業界から注目されるようになって、僕たちが卒業する頃にはアディはマネージメント契約やパブリッシング契約、レーベル契約を結んでいて、彼は音楽をフルタイムでできるようになった。そして彼のチームに僕を招いてくれたから僕もフルタイムで音楽ができることになった。

LIPA ではアコースティッキー・ギター・シンガー・ソングライター(Acoutic-y Guitar Singer Song Writer)という自身のプロジェクトをやっていたそうですが、これはどんなものだったのですか?

edbl:大学時代にアディと一緒に音楽制作ができたのは素晴らしいことだったけれど、僕は昔から自分だけの作曲もしてきて、オリジナルの曲を作ることも好きでやっていたんだ。だから大学では別のバンドにも所属していて、そこでも作曲をしていた。最初のころに完成された曲は先ほど話したようなインディー・ポップ調の曲が多くて、フル・バンドで演奏するようなものだった。でも、僕は自分ひとりでギターを弾いてフォークっぽい音楽やフィンガー・ピッキングをするギター音楽を演奏するのも好きだった。だから自分の本名である「エド・ブラック(ブラックウェル)」として音楽を公開しはじめた。それがフォーキーでシンガー・ソングライター寄りの音楽なんだよ。
 その名義でギグを何回かやって、楽曲もスポティファイに載っているけれど、そこまでの人気は出なかった。僕としても売れるために作っていたわけではなくて、楽しいからやっていただけだった。edbl もまさかここまで広まるとは思っていなかったけどね。edbl 名義の音楽とは全く違うけれど、僕はいまでもフォーキーな音楽を作るのが好きだから、去年も曲をひとつ公開したよ。「エド・ブラック」名義で少しプロダクション色が強いけれど、やはりフォーキーな感じの曲。まあ僕が好きでやっている個人プロジェクトみたいなものだね。

なるほど。では「edbl」というプロジェクト名は「エドブラ」と発音するのですね!

edbl:そうだよ!

当時はアディ・スレイマンとのコラボ、自身のプロジェクトのほか、さまざまなシンガー、シンガー・ソングライターとのセッションをおこなって自身の音楽を磨いていったわけですが、たとえばどんな人たちとセッションしていましたか? また、そうした出会いがいまに繋がって、あなたの作るトラックとシンガーとのコラボという現在のスタイルへなっているわけですよね?

edbl:その通りだと思う。でもコラボレーションの多くは大学時代以降のものが多いんだ。大学時代は音楽をプロデュースするということにあまり興味を感じていなかった。僕はライヴ演奏をするギタリストだったからギグをやるのが大好きで、いろいろな人たちと一緒に、もしくはあるバンドのギタリストとして演奏することが多かった。だから一時期は4つか5つのアーティストたちのギタリストをしていたこともある。ギグをたくさんやってすごく忙しい時期だった。いまでもギグは大好きなんだ。コラボレーションに関して言うと、LIPA では作曲の授業があった。他人と一緒に同じ空間で「じゃあ何か作ってみよう」という経験はそのときが初めてだった。全くのゼロからという状態で。そりゃ最初は不安だったけれど、徐々に慣れていったし、同じ大学の知り合いや顔見知りだったからそこまで違和感があったというわけじゃなかった。
 楽曲のプロダクションをはじめたのは、その後の時期に友人とポップ調の曲を作るようになってからだった。その曲をプロデュースする人が必要になって、僕たちはロジックというソフトウェアの基本的な操作を知っていたから、まずデモを作ってそこから曲を作り上げていった。ロジックはいまでも使っているよ。でも、これは大学を卒業してから数年経ってからの話なんだ。

では在学中はセッション・ギタリストとして、大学の仲間や他のアーティストたちとギグをやっていたということですね?

edbl:そうなんだ。アディとも一緒にやっていたし、僕はナイン・テールズというバンドをやっていて、そのギグもやっていた。それから『サウス・ロンドン・サウンズ』にも参加しているジェイ・アレキザンダーという人と一緒にギグもやって、音楽もリリースしていた。それ以外にもシンガーと一緒にギタリストとしてギグをやったり、バーのギグでカヴァー曲を演奏したりもしていた。だからいろいろな人たちと数多くのギグをこなしていたんだよ。

LIPA 卒業後はアディと一緒にロンドンに出てきて、彼のツアーに参加するほか、ソングライター、ビートメイカー、ミュージシャンとしての自身の活動も展開していきます。リヴァプールとロンドンではやはり環境も大きく変わりましたか?

edbl:確かに慣れるまでには時間がかかったね。実はアディと僕は、リヴァプールからロンドンに移る間にノッティンガムに引っ越したんだ。ほんの9ヶ月という間だったけどね。すぐにロンドンに移住するには少し抵抗があったけれど、リヴァプールには大学で3年間もいて遊びまくっていたから(笑)、まずリヴァプールを離れたいという思いもあった。だから静かに音楽の仕事ができる所ということでノッティンガムに移ることにしたんだ。でも実際のところ、最初はそう簡単に行かなかった。先ほど話したように、僕とアディが作曲をしはじめた頃は同じ屋根の下で暮らしていたから、セッションが自然に起きて作曲できていたんだけど、ノッティンガムに移ってからは「今日は曲を作ろう」と決めて作業をしようとしていたから、少し強制的な感じがあったんだ。僕たちはもともと友だち同士だからすぐに気が紛れてしまうし、あまり強制的に作曲することに慣れていなかった。だからノッティンガムにいる時期はそこまでたくさんの曲ができなかった。ノッティンガムはひとつの移行期だった。
 そしてロンドンに移った。ロンドンに移ったことは正しい選択だと思っているし、僕たちはロンドンに移ってよかったと思う。でもロンドンは大都市だし、僕はロンドンに知り合いがそんなに多くいなかったから最初は不安もあった。ロンドンでもアディと一緒に住んで、僕たちは作曲を続けていた。ロンドンに移ってよかったのは、僕が他の人たちとセッションしたり、音楽の仕事をするようになったということだね。ノッティンガムではアディとしかしていなかったから。ロンドンに移ってからは人脈を広げて、色々な作曲家などと一緒に仕事をするようになったんだ。イギリスのプロデューサーや作曲家の多くはロンドンに集まっているから、僕にとっては最適な街だった。

サウス・ロンドンのブリクストンを拠点にしていますが、デヴィッド・ボウイの生まれ故郷だったり、ザ・クラッシュの曲の舞台になったりと、ロックのイメージが強い街です。サウス・ロンドンの音楽の盛り上がりが日本にも伝わる昨今ですが、そのなかでもブリクストンのいまのシーンはどんな感じですか?

edbl:僕個人は特に影響を受けてはいないんだけれど、ブリクストンの歴史でもうひとつ加えるとしたらカリブ地域の影響が多々あるということだね。ブリクストンにはレゲエ音楽やカリブ料理屋がたくさんあって、カリビアンのコミュニティーがある。デヴィッド・ボウイの生まれ故郷でもあるけれど、そういう一面も大きい。サウス・ロンドンは最高だよ。僕はいままでにロンドンの3カ所に住んだけれど、その全てが南の街だからサウス・ロンドンには馴染みがあるんだ。
 ロンドンは都市自体がとても多様な都市だから、シーンについては答えるのは難しいな。たとえばハウス・ミュージックが好きな人がいたら、ロンドンの南にも東にも北にも、その人が楽しめるシーンがあると思う。それはダブステップやポップスや、僕のシーンとされているR&Bやソウルでも同じことが言えるんだ。ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、僕の経験からすると特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。サウス・ロンドンというかロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。それからライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。全てが混在している都市なんだ。

最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思う。

あなたのキャリアに戻りますが、ソロ・アーティストとして2019年に “テーブル・フォー・トゥー” でデビューし、その後 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” “ビー・フー・ユー・アー” “アイル・ウェィト” など精力的にシングル・リリースをおこないます。特にアイザック・ワディントンと組んだ “ザ・ウェイ・シングス・ワー” がスポティファイの人気プレイリストにいろいろピックアップされたことにより、あなたの人気に火がつきはじめます。ストリーミング時代ならではの露出の仕方かと思いますが、何か意識してアプローチしていったところはあるのでしょうか?

edbl:そうだね、ストリーミングは僕の場合は上手くいったけれど、ブレイクするのに苦戦するときもある。僕は自分の楽曲がいくつかでき上がってきた時点で、一般の人たちに聴いてもらうにはスポティファイかアップル・ミュージックに載せるのが妥当だと思った。フィジカルという形式で音楽を出すのもひとつの案で、僕は日本などでそれができたことを幸運だと思っているけれど、最近のリスナーはストリーミング・サーヴィスを使って音楽を聴いているからね。だからスポティファイに自分の音楽を載せることは当然の決断だった。幸運なことにスポティファイは僕の音楽に対して最初からとても協力的で、当時の僕は無所属のアーティストだったけれど、僕の音楽をスポティファイのプレイリストに加えてくれた。スポティファイの協力があったからこそ、僕のいまのキャリアを築くことができたと思う。

だいたい自宅のリヴィングで楽曲を作っているそうですが、まずギターでコードを弾き、それをロジックに落とし込んでビートを作っていくことが多いそうですね。それから、シンガーなどのゲストとはときに対面して、ときにはデータのやり取りでメロディや歌詞をつけ、それをまとめて楽曲を完成させるというスタイルですか?

edbl:いい質問だね。そうだよ。いまインタヴュー中の僕がいるのがちょうどリヴィング・ルームで、ここで作曲をしているんだ。作曲の流れもいま君が言った感じで合っているよ。具体的な作業はアーティストごとに違ってくるけれどね。大抵の場合、僕は3つの異なったスタート地点から作業をはじめるようにしている。まず、僕は一緒にやるアーティストのオリジナル楽曲を聴くんだ。デモやすでにリリースされているものなどをね。そしてギターかピアノを使ってコードのループを作ってみる。3つくらいのヴァージョンを作っておくことが多いかな。そしてアーティストがミーティングなどに来たときに、その3つのアイデアを聴かせると、そのうちのどれかひとつか、場合によってそれ以上を気に入ってくれる。ひとつもないときは、じゃあ他のことをやってみようということになるけど(笑)。たいていの場合はアイデアのうちのひとつは気に入ってくれて、それを基盤にして曲を作っていき、僕はビートを作っていく。
 でもメロディや歌詞に関しては、アーティストによって取り組み方が違うから僕も毎回アーティストに合わせて作業を進める。アーティストによってはひとりで座って、静かな環境でハミングしながら、スケッチを1時間くらい続けてから「よし、できた!」と言ってヴァースやコーラスを歌ってくれる人もいる。他のアーティストだと、僕に聴こえるように歌って、たくさんのヴォイス・メモを録音して、聴いている僕が「それいいね!」と言ったりする。そして僕が「この部分をこうやって、ああいうふうにやってみるのはどうかな?」と提案したりもする。こちらのほうがよりコラボレーション色が強い作業と言えるかもしれない。歌詞に関しても、作詞は僕の得意分野ではないから、アーティストに全てを任せて、僕はプロデュース面を強化する場合もある。
 でもアーティストによっては作詞がそこまで得意ではない人もいるから、そういう場合はふたりでテーブルに座ってお茶を飲みながら、一緒に歌詞を書き上げたりする。僕の関与度はアーティストによって違うんだけど、僕はアーティストであると同時にプロデューサーとしての視点が強いから、いつの場合もできる限りアーティストに融通の利く対応をしたいと思っている。アーティストはひとりひとり全く違う人たちだからね。

[[SplitPage]]

歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。

その後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリースし、イギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集めます。これら音源をまとめて日本から『サウス・ロンドン・サウンズ』がリリースされ、昨秋にリリースした新作の『ブロックウェル・ミックステープ』もリリースされる運びとなりました。ロンドンに出てきてからすっかり世界的に注目される存在となったわけですが、これまでの自身の歩みを振り返ってどう思いますか?

edbl:とても驚いていると同時に感激しているよ。僕は大学を2013年に卒業したから、音楽業界に入って様々な活動を続けて10年近くになるんだ。アディのバンドや他のアーティストたちと演奏したり、作曲やプロダクションもたくさんしたし、バーでのギグやウェディング・バンドなど数多くの活動をしてきた。それは全て僕の旅路の一部であり、最高の経験だった。先ほどの質問にもあったように、僕は2019年の夏に4つの曲をリリースしたんだけど、当時は何の期待もしていなかった。フォーク・シンガー/ソングライター名義のエド・ブラックみたいな反応で、気に入ってくれる人はいるだろうけれど、何万人ものリスナーがつくとは思っていなかった。でも最初に edbl に対して比較的たくさんの人が好意的な反応を示してくれたときは、本当に勇気づけられたよ。最初はほんのわずかな人数だったけれど、ある程度のファンベースがあるとわかった時点で『edblビーツ』第1集のような作品を作ることに対して価値を見出せる、僕の音楽を聴いてくれる人がいるとわかっているほうが作曲の励みになるし、背中を押されている感じになる。まあ、僕の音楽を聴く人が誰もいなくても僕は音楽を作り続けると思うけれど……。
 しかも僕の成長はとても自然で段階的なものだったからよかった。たった1曲をリリースして一夜で有名人になる、というパターンではなかったからね。それはそれで楽しいと思うけれど(笑)、edbl プロジェクトの良いところは2019年以来、順調に上昇を続けてきている点だね。今後は edbl プロジェクト以外の仕事をやらなくて済むだろう。去年も数多くの edbl プロジェクト以外の仕事を止めることができて、edbl プロジェクトに集中することができたからね。それはとても嬉しいことなんだ。僕の夢は edbl プロジェクトだけをやっていくことだから、いまはまさに夢を実現しているところだよ。とても最高な流れで、自分はとても幸運だと思っている。

日本では同じロンドンのトム・ミッシュ、ロイル・カーナー、ジェイミー・アイザック、ジョーダン・ラカイなどに比較されることもありますが、あなたの場合は彼らのように自ら歌ったりせず、あくまでギターを中心としたマルチ・ミュージシャン/トラックメイカーに徹して、歌はゲスト・シンガーに任せるといった印象があります。そのあたり、何か自身のサウンドやスタイルに対するこだわりはありますか? また、自分で歌をやらないのには何か理由があるのでしょうか?

edbl:歌に関して僕は少し変わっているのか、僕はいままでバンドをやって歌っていたし、フォーク・サウンドのエド・ブラック名義では歌っているから、歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。だから edbl プロジェクトでは、当初から自分の歌よりも他の人の声を使っていた。僕もときにはビートに合わせて歌って、メロディを考えたりセッション中に何かを思いついて、それを曲に使ったりするんだけど、大抵の場合メロディを作曲したり歌詞を書いたりするということは、edbl プロジェクトとは全く違った次元のことだと僕は捉えているんだ。僕は自然に素敵なR&Bのメロディを思いつくことができないからね。少なくともいまの段階では。でも今後はそういう要素も edbl プロジェクトに加えていきたいと思っているんだ。
 それから僕の声は、シンガー・ソングライター寄りの声だと個人的に思っているところがある。それをもっと edbl プロジェクトのサウンドに合うような声になるようにしている最中なんだ。でも僕は歌うのが嫌いってわけじゃないんだよ。『ブロックウェル・ミックステープ』の “ネヴァー・メット” というニック・ブリュワーというラッパーが参加している曲は、僕がコーラスを歌っているんだ。それはクレジットに掲載していないかもしれない。大ごとにしたくなかったからね。最初は僕が歌ったものを録音して、他の人にこのパートを歌ってもらおうと思っていたんだけど、音源をミックスしたら自分の声でも悪くなかったから、そのまま自分の声を使うことにした。たくさんのゲストを起用するのも良いけれど、自分でできることが増えればそれに越したことはないからね。
 それから磯貝一樹という日本人のギタリストと作品をリリースする予定があって、その作品では僕が歌っているよ。作品の大部分がインストゥルメンタルなんだけど、それに合わせたメロディがいくつか思い浮かんだから、僕がヴォーカルを加えることにした。とても楽しい体験だったよ。だから自分が歌うということに関しては、まだ練習中で徐々にビルドアップしていきたいと思っている。いつか僕だけのヴォーカルが使われている曲を発表することができるかもしれない。そういう曲を作りたいとは思うけれど、サウンド的にマッチしているものでなくてはならないと思うんだ。

僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。

それは楽しみですね! 『サウス・ロンドン・サウンズ』でもそうでしたが、『ブロックウェル・ミックステープ』もほぼ1曲ごとにシンガーやラッパーが入れ替わり、そうしたいろいろなコラボを楽しみながらやっている印象があります。こうしたシンガーたちとは日頃のセッション活動から交流を深め、それが発展して作品に参加してもらったり、コラボしているのですか?

edbl:コラボに至るには様々な方法があるよ。去年あたりからは面識のないアーティストとの連絡の取り合いがベースとなって、コラボに至ったケースが増えたね。その流れとしては、まずスポティファイなどで気に入ったアーティストを見つけたら、DMやメールなどで連絡を取りあう。その逆もあって、僕の音楽を聴いたアーティストが一緒に仕事をしたいと僕に連絡をくれるときもある。この時点では何の面識もない初対面同士だから、最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。それに、音楽を作る作業はときにはパーソナルなことも関わってくるし、心の痛みを伴うこともある。だからそのためにも、お互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思うんだ。そういう意味での「セッション」、つまりメールやスポティファイやインスタグラムでのやり取りから関係性が生まれるときもある。
 でも僕がプロデューサー活動をはじめたばかりの頃は、全く別の方法でコラボレーションをしていたんだよ。自分が作ったビートがあったら、自分の知り合いのなかからそのビートに合う人で、僕のプロジェクトに参加してくれそうな人を考える。いまでは幸運なことに、僕にはある程度の土台ができているから、コラボレーションしてくれる人の幅も可能性も増えた。数字が全てというわけではないけれど、アーティストによっては僕のフォロワー数やリスナー数を見て、「この人はこういう活動をしてきて、成功しているな」と一目で分かりやすい方が、仕事をしたいと思う人もいるだろう。でも駆け出しの頃の僕はそんな実績もなかったし、フォロワーもいなかったから、知り合いのなかで誰がこのトラックに参加してくれるだろうということを考えていた。
 最初にリリースした4つのシングルもそういう流れで作られたんだ。“シンメトリー” という曲にフィーチャーされているティリー・ヴァレンタインは、僕が edbl プロジェクト以前に作曲やプロダクションのデュオをやっていたときに知り合ったんだ。だから edbl プロジェクトの数年前から一緒に作曲をしたことがあった。そして edbl プロジェクトをはじめたときに、この音楽のスタイルにはティリーがぴったりだと思った。そうやって彼女とコラボレーションすることになった。
 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” で歌っているアイザック・ワディントンに関しては、実は当初はジェームス・ヴィッカリーというアーティストにこの曲を歌ってもらっていたんだ。イギリスの素晴らしいR&Bのアーティストだよ。でも僕がこの曲をリリースしたいと思った時期に彼はアメリカのマネージメント会社と契約を結んでいたから、契約上の都合で彼の音源はリリースできなくなってしまっていた。そこでまた振り出しに戻ってしまったんだけど、いろいろなタイミングが重なって結果的にとても良いものが生まれた。ちょうどその頃の僕はアディとツアーをしていて、マチルダ・ホーマーというアーティストがアディのサポート・アクトだった。そしてアイザックはマチルダのバンドでピアノを弾いていた。ふたりは恋人同士でもあったと思うけど、僕たちはみんなで一緒にツアーをしていて、僕はアイザックの声をすごく気に入っていた。そこでアイザックに、「僕が作ったビートがあるんだけど、この曲で歌ってくれないか?」と頼んだら彼もビートを気に入ってくれて曲で歌ってくれた。そんな流れだった。
 それから、“ビー・フー・ユー・アー” のジェイ・アレクザンダーは、先ほども話したけれど大学の友だちで、長いこと一緒に作曲をしていた。だから彼とのコラボレーションはとても自然な流れだった。そして4つ目のシングルでコフィ・ストーンが歌っている “アイル・ウェイト” は、アイザックのときと似たような流れで、コフィはアディのバーミンガム公演のサポート・アクトだったから、僕はコフィと知り合いになり、自分で作ったビートがあるからそれに参加してくれないかと彼に頼んだんだ。
 こんな具合に最初の頃はとても自然な流れでコラボレーションが生まれていた。僕自身も音楽活動を長く続けていたおかげで、アディとツアーする状況に恵まれ、その場にいた様々なアーティストたちに声をかけて曲に参加してもらうように頼むことができた。先にある程度の関係性が築けていたほうが、断然一緒に仕事をしやすいと思う。全く知らない他人から連絡を受けていたら、アイザックもコフィも「この人は誰なんだろう?」って思うかもしれないけれど、先に友人としての関係性ができていれば、彼らに「暇なときに家に来て、何か一緒に作ってみないか?」と気軽に誘うことができる。だから僕は当初からとても才能ある人たちと自然にコラボレーションするという機会に恵まれていたと思う。

『ブロックウェル・ミックステープ』ではヌビアン・ツイストのチェリース・アダムス・バーネットも参加していますが、他はまだあまり日本では知られていないシンガーが多い印象です。あなたから見て特にオススメのアーティスト、注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:このプロジェクトの魅力のひとつは、様々なアーティストとコラボレーションできることなんだ。『ブロックウェル・ミックステープ』でもある程度名の知れたアーティストから、ロージー・Pのようなまだ1曲しか曲をリリースしたことのない新人まで、幅広いアーティストたちに参加してもらっている。ロージー・Pはまだすごく若くて、とても才能がある。彼女は素晴らしいよ。僕はそういうアーティストたちに、このプロジェクトという基盤を提供してあげられることを嬉しく思っている。そうするとこのプロジェクトが彼らの旅路の一部になっていく。
 オススメのアーティストに関して言うと、edbl の楽曲に参加してくれたアーティストは全員聴いてもらいたいと思う。僕が彼らと一緒に仕事をしたのは、彼らが素晴らしいアーティストだと思ったからだし、彼らのオリジナル作品もとても素晴らしいからね。それに歌のスタイルも多様だ。ラップする人もいるし、オルタナ・インディーっぽい人もいるし、ジャズを歌う人もいるし、ソウルのヴォーカリストもいる。僕がいままで一緒に仕事をしてきたアーティストたちで、特に気に入っているのはチェリース、それから “シンプル・ライフ” で歌っているエラ・マクマーレイ。彼女も新人で、“テイク・イット・スロウ” というとても美しい曲をリリースしているからぜひ聴いてみて欲しいね。それはすごくオススメ。とにかく、edbl の楽曲に参加しているアーティストはみんなチェックしてもらいたいね。

ありがとうございます。では、あなたのミックステープにはいないアーティストで最近注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:もちろん! 最近の注目というか、僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。彼はロイル・カーナーやジョイ・クルックスといった、僕も大好きなアーティストたちともコラボレーションをしてたりする。彼も去年とても素晴らしいアルバムを出したね。

『ブロックウェル・ミックステープ』の楽曲は、いままでの流れからのネオ・ソウルやローファイ・ヒップホップ調のものがある一方で、“ネヴァー・メット” や “レモネード” のようなディスコとジャズ・ファンクがミックスしたスタイルが出てきているのも印象的です。このあたりはアンダーソン・パークキートラナダ、トム・ミッシュなどにも通じる流れですが、新しいスタイルへの挑戦と捉えてもいいですか?

edbl:その点に気づいてくれて嬉しいよ。僕が音楽を作ると、自然にローファイ・ヒップホップ調のBPMが90~100くらいのものができるんだ。そこが自分の心地よい領域というか得意分野なんだと思う。でもときにはハウスやディスコに近いものを作るときもある。そういうスタイルも大好きだからね。でも自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。そういう楽曲を作るのは楽しかった。そこで今回の “ネヴァー・メット” や “レモネード” のような曲ができたときに、マネージャーにそれを送ってこの edbl プロジェクトに合っているか尋ねてみたんだ。マネージャーは新しいスタイルの曲はテンポが速かったり、コードの感じが少々違うかもしれないけれど、edbl らしいサウンドの要素は十分入っているから、プロジェクトとの一貫性はあると言ってくれた。これらの曲ができ上がったエピソードも面白いんだよ。
 “レモネード” は僕がフォローしている、素晴らしいプロデューサー/マルチ演奏者でカウントという人がいるんだけど、その人がビート・チャレンジという企画をしていて、彼の作ったドラム・ループを無料でダウンロードして好きに使えるように提供したんだ。僕はそれをダウンロードして “レモネード” のトラックを作った。そして以前も一緒に仕事をしたキャリー・バクスターにそのトラックを聴かせたら、ヴォーカルで参加したいと言ってくれたので、彼女は僕の家に来て “レモネード” の歌詞を書き上げたんだ。
 そして、ニック・ブリュワーが参加してくれた “ネヴァー・メット” のときはまた違ったアプローチで、僕とニックは音楽的な背景が全く異なっていた。むしろ共通点がほとんどなかったくらいだった。だから話し合いの時間を長くとって、お互いが納得する妥協点を探ろうとした。すると僕たちはマック・ミラーが大好きだということがわかり、マック・ミラーにはアンダーソン・パークと一緒にやっている曲で “ダング” というのがあって、僕はその曲がすごく好きだったからそれをニックに聴かせたんだ。ニックもその曲を気に入ってくれたから、その曲が “ネヴァー・メット” の基盤になったんだよ。この2曲は自分の得意分野より少し外れたものだったけれど、普段とは違うスタイルに挑戦するのは楽しかったし、そういう挑戦を今後も続けていきたいと思っている。

自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。

“アイ・エイント・アフレイド・ノー・モア” “B.D.E.” “ブレス・サムシング・ニュー” のようなボサノヴァを取り入れた曲もあなたの魅力のひとつです。“ブレス・サムシング・ニュー” はロージー・Pの歌声が少しトレイシー・ソーンを彷彿とさせるところもあり、エヴリシング・バット・ザ・ガールのようなネオ・アコを想起させました。ギター・サウンドを特徴とするあなたならではですが、特にボサノヴァやブラジル音楽の影響を意識したところはありますか?

edbl:影響はあると思うけれど、それはおそらく無意識的なものだと思う。僕はトレイシー・ソーンもエヴリシング・バット・ザ・ガールも知らないから、いまメモしておいたよ。このインタヴューの後にチェックしてみるね。僕はアコースティック・ギターが昔から大好きで、子どもの頃からアコースティック・ギターを学んでいて、クラシック・ギターの練習もしていたから楽譜を読むこともできる。エレクトリック・ギターをはじめたときは、クラシック・ギターが嫌いになったことも一時期あったけど、親にやめないように説得させられて続けていた。でも続けて本当に良かったと思っている。右手と左手のテクニックがとても流暢になるからね。そのおかげで僕はフィンガー・ピッキングやリズム基調のギター演奏が得意になったんだと思う。
 それからアディと一緒に活動していたとき、彼はエイミー・ワインハウスにすごくハマっていて、AOL Sessions という動画(https://www.youtube.com/watch?v=OTpcLir9pQo)を見せてくれたんだ。エイミーはまだとても若くて、バンドはついているんだけどアコースティックな演奏で、ナイロン・ストリングのギターがメインになっている。僕もナイロン・ストリングのギターは昔から持っていて、いまでも使うことがあるよ。エイミーのギタリストを務めているフェミという人は素晴らしいギタリストで、非常にリズミックでもある。僕はその影響を受けて、自分自身もリズミックなギタリストであると自覚している。僕はギター・ソロやリード・ギターなどはあまり得意ではないというか、できることはできるけれど、自分の強みだとは思っていない。昔からリズミックなギターの演奏が好きで、ギターをドラムのように叩いたりするときもあるくらいなんだ。そういう影響からボサノヴァ調のリズムや楽曲が生まれたんだと思う。意識的にブラジル音楽を聴いてきたわけではないんだけど、ブラジル音楽などのリズムは昔から大好きだった。

ではネオ・アコやフォーク系のアーティストからの影響はいかがでしょうか?

edbl:edbl のサウンドにはあまり影響していないと思うけど、影響は確かに受けていると思う。僕が大好きなフォーク・ギターのアーティストはベン・ハワード。それからボンベイ・バイシクル・クラブというバンドも大好き。インディー・ロックのバンドなんだけど、彼らの2枚目のアルバムはアコースティックで見事だった。それからダン・クロールという LIPA の先輩で素晴らしいシンガー・ソングライターや、マリカ・ハックマンも好き。マイケル・キワヌカのソウルフルなフィンガー・ピッキングも大好きだし、ボン・イヴェールのようなオルタナティヴなフォークのサウンドにも大きな影響を受けている。いまでもそういう音楽は大好きだよ。edbl プロジェクトに影響を与えているとしたら、おそらく無意識的なところから来ていると思うけれど、多様な音楽的背景があるのは大切なことだと思うからね。

“B.D.E” や “ブレス・サムシング・ニュー” ではホーンとの見事なアンサンブルも披露しています。シンガーだけではなく、こうしたホーン・プレイヤーがあなたのサウンドに彩りをもたらしているわけですが、彼らのようなミュージシャンとも日頃からいろいろセッションしているわけですか?

edbl:そうなんだ、僕はトランペットの音が大好きでね、理由はわからないけれどジャズの影響からかもしれない。それにアディも昔から自分の音楽にホーンを取り入れていて、僕たちがフル・バンドとギグをやりはじめた頃からずっとトランペット演奏者を入れていた。僕は以前にもホーン・プレイヤーとセッションをしたことはあったけれど、ツアーしたのはあれが初めてだった。音色がとても素敵で、シンプルな表現をしているときでも、その場の雰囲気を盛り上げてくれる。トランペットやサックスを吹く姿も様になっているし、音も最高だ。
 アディのツアーに同行していたのはマーク・ペリーという演奏者だった。そして僕が『edbl ビーツ』第1集の制作をはじめたとき、僕はこの作品にミュージシャンに参加してもらいたいと考えていた。幸運なことに僕はアディのツアー・バンドの素晴らしい演奏者たちを知っていたから、マークに声をかけて参加してもらった。でも実はマークにはかなり過酷な労働をさせてしまったんだよ。1日で7曲か8曲分の演奏をしてもらったからね。トランペットという楽器は実際にあまり長い間演奏することができないらしい。長時間演奏すると口が痛くなってくるそうなんだ。だから彼の貢献にはとても感謝しているよ。彼にはあの日かなり無理をさせてしまったけれど、結果としてとてもいいものができた。
 それからジェイミー・パーカーというピアニストともよく一緒にセッションをしているよ。彼も最近オリジナルの作品を作るようになって、僕も一緒に作ったりしているんだ。それも楽しみなプロジェクトだ。だから僕は様々なミュージシャンたちと日頃からセッションしているよ。トランペットのマークとは edbl プロジェクトを開始した当初から一緒に仕事をしてきて、いまでもその関係は続いているんだ。

いまはコロナもあったりしますが、普段はライヴ活動もおこなっているのでしょうか? アルバムではゲスト・シンガーも多いので、メンバー集めも大変そうですが……

edbl:2020年の初めの頃に「今年は edbl のライヴができたらいいな」と思っていたんだけど、パンデミックが起こってしまったから実現できなくなってしまった。でもパンデミックは edbl プロジェクトにとっては良いことだったと振り返ってみれば思うんだ。その当時、僕はまだたくさんのギグやバーでのライヴをやっていたんだけど、その全てがパンデミックの影響で中止になった。それは残念なことで、僕は手持ち無沙汰になってしまったけれど、同時に edbl プロジェクトやプロダクション作業に集中する時間ができたということだった。僕のスケジュールに変更がなかったら、これほどまでの時間はなかったからね。ある意味で不幸中の幸いだったのかもしれない。パンデミックがあったから僕は毎日自宅にこもり、パソコンでビートを作り続けていた。そして徐々に技術的にも上達していった。
 でもライヴ活動はつねに頭の片隅にあるよ。自分が音楽に夢中になって、音楽で生計を立てていきたいと思ったのもライヴ音楽からの影響だからね。だから edbl のライヴをやりたいとは思っていたし、どうやって再現するのかも考えていた。
 そして去年はブッキング・エージェントと契約を結び、来年の3月にイギリスでヘッドライナーとしてのライヴをおこなうことが決定したんだ。ものすごく楽しみだよ! でも同時に、これが edbl としての初ライヴだから不安もあるけれどね。アーティストは最初にライヴを重ねて知名度を上げて、曲のレパートリーを増やしていくパターンが多い。アディと僕がライヴ活動をはじめた頃は5曲くらいしか持ち歌がなかった。ライヴで演奏する曲を増やすためだけにアディが作曲していた時期もあったんだよ。ライヴの日までに書いている途中の曲を完成しなければいけないというときもあった。でも僕のいまの状況はそれとは真逆で、僕はすでに90曲以上の楽曲があるけれど、3月のライヴが初のライヴとなる。それはそれで自分が最も得意な曲を選んで演奏できるからいいんだけど、ヘッドライナーですでにチケットが完売しているライヴが、自分にとって初めてのライヴというのは緊張するよ。最高な体験になるのは間違いないと思うけどね。
 ライヴのセッティングに関しては、なるべく多くのゲスト・アーティストたちに参加してもらって、曲ごとにステージに上がってもらって、僕と共演する形にしたいと思っている。ライヴ・バンドがついているから、僕はギターに専念して演奏できるし、アーティストもライヴ・バンドと共演できる。いろいろなゲストたちに自分の歌う曲の番になったらステージに上がってもらって、次の曲はまた別のゲストにステージに上がってきてもらうという感じにしたいんだ。ツアーをするときはヴォーカリストひとりに同行してもらうことになると思う。大勢のゲストをツアーに同行させたい気はもちろんあるけれど、それは何かと大変になってしまうからね。

では最後に今後の活動予定や、何か新しいプランがあればお願いします。

edbl:僕はこれからもいろいろなアーティストたちとコラボレーションをしていくから、今後はさらにビッグなアーティストたちと一緒に仕事ができたらいいと思う。ロイル・カーナーやジョイ・クルックスなどは僕が聴いてきたアーティストで、いつかぜひ仕事をしたいと思っている人たちだから、彼らのようなビッグなアーティストたちとも仕事をしたいし、より幅広い分野の人たちと仕事をしていきたいと思っている。それから先ほども話したけれど、日本人ギタリストの磯貝一樹とのコラボレーション作品をリリースする予定で、それは日本でもリリースされると思うよ。とても楽しみだ。
 また今年は比較的短い作品をリリースしようと考えているんだ。ビート集やミックステープを作るのも楽しいんだけど、かなりの作業量で、ビート集は19曲ずつ収録されているからミックスの作業が結構大変なんだよ。だから今年はもっと短い、EPのような作品をリリースしていこうと思っている。EPにつきひとりのアーティストとコラボレーションをして、4、5曲を収録するような感じで、そういうのをいくつかやろうと思っている。楽しみだよ。あとはライヴ活動だね。最初のライヴは3月にあって、6月にはブロックウェル・パークという公園のフェスティヴァルに出演するよ。この近所にある公園なんだ。だから今回のミックステープは『ブロックウェル・ミックステープ』というのさ。今年はそれ以外にもいくつかライヴができたらいいと思ってるよ。

vol. 133 : NYインディ界のサウナ達人 - ele-king

 日本ではここ数年サウナ・ブームが続いているが、パンデミックの最中のNYインディ・シーンにも、サウナにハマってサウナのための音楽『Music for Saunas Vol.1』を発表した人物がいる。ブルックリンはイーストウィリアムバーグで男4人のルームメイトと住むカイル・クリュー(Kyle Crew)その人である。
 彼は、Consumablesというインディ・ロック・バンドのギター兼ヴォーカリスト、マンハッタンのマーキュリー・ラウンジやリッジウッドのTVeyeなどでプレイするローカル・バンドで、オーディエンスは友だちがほとんどだが、友だちが多いのでフロアはいつも満杯。夏には彼のルーフトップに機材を運んでショーも披露する。マンハッタンが見渡せる絶景のルーフトップには、いつも人が押し寄せ、夜な夜なパーティになる。
 現在カイルはパートナーと一緒にオイスター・ビジネスをやっている。メイン州からのオイスターをNYのレストランに卸したり、バーでポップアップをしたり、配達したりと忙しい。私はポップアップでよく一緒になる。
 ほかにもカイルは手品をしたり、バスケットボールのコーチをしたりしているが、今回はサウナに重点をおいて話を訊いた。

■サウナにハマったきっかけは?

カイル:10年以上の前の話だけど、マリファナで捕まって刑務所で数ヶ月過ごしたことがあるんだけど、その後も5年間、定期的にドラッグのテストをされていたんだ。そんなとき、サウナで汗をかくと、どんな有毒な薬もオシッコとなって流れるという話を本で読んだ。それから僕のサウナ愛がはじまった。2009年だったな。

■あなたがサウナに求めるモノは?

カイル:明らかな期待は、めちゃくちゃ暑くなって汗だくになることだね。それを何度もやってるから、いまはサウナの後に来る冷たいシャワーの静穏を期待してる。何度もサウナを利用することで健康にも利点があるみたいだし。基本的に、身体は熱い温度に晒されると熱でショックを受けたタンパク質を放出する。これは身体が「死んじゃダメ」と言ってるんだ。このストレス反応が、運動と同様に体を弾力的にさせるんだよ。

■自宅にサウナを作った理由は?

カイル:パンデミックで強制的に隔離され、自分の「巣」を最高に繁栄させたいと思った。家で植物を育てたり、家をリノベーションしたり……、で、サウナは最高の付け足しだった。ニューヨーク市から車で数時間のところに住む年配の女性が出した広告を見つけたんだ。彼女は未使用のそれを市場価格より下($600≠7万円弱)で売ってくれた。良いディールだったよ。

■1日にどのくらい入ってるの?

カイル:1日に1回以上入るね。1日に30〜45分は欠かさない。

■日本はここ数年空前のサウナブームで、サウナに行って「ととのう」ことが目的になっているのですが、「ととのう」という感覚は、サウナに6分以上入ったあとに水風呂に1分ほど入って出た後にやってくる、ドラッギーな感覚のことです。わかりますか?

カイル:わかるなー、その気分! 僕もだいたいサウナの後は冷たいシャワーを浴びて、身体にショックを与える。スピードボールみたいにね。これは二日酔いにもいいよ。

■日本のサウナ室の多くがテレビが設置されていて、ぜんぜん瞑想的ではないんです。あなたがサウナの音楽を作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?

カイル: 退屈が強いモチベーションで、それがたぶん、このアンビエント・アルバムを作ろうと思った主な理由かな。それと、サウナに入っている30分のあいだに聞けるバックグラウンド音楽として、究極にカタルシスなモノを作りたかった。エッセンシャル・オイルと一緒に合わせて、自分の感覚を剥離する別の見地だね。「サウナのための音楽」は、ヨガ、メディテーション、ウォーキングなど、いろんな文脈でプレイできる。

■インディ・ロックとサウナに共通することってなんだと思いますか?

カイル:たくさんあるだろうけど、どちらもニッチで、熱いことだろうね。

■あなたにとって理想的な人生とはどんな生き方ですか?

カイル:遊びがあって、コミュニティがあって、親切さがある生活かな。自分の趣味を商品化することに躍起になってしまったたくさんの友だちを見てきて思うのは、野心は大切だと思うけど、ずっとそればかりでは疲れるってことかな。

■パンデミックがなかなか終わりそうにないですが、現在の状態にいつまで耐えられますか?

カイル:多くの人と同じで、ぼくはパンデミックには疲れているよ。すでにコロナに2回も感染しているんだ。ライヴ・ミュージックがまたキャンセルになるのも、もう勘弁してほしい。でも、じつは思ったほど悪くもないとも言える。刑務所にいたから隔離、退屈、恐怖などについて人に教えることができるし、自分の適応力には誇りを持ってるよ。

■あなたが昨年もっとも愛した音楽は?

カイル:友だちのバンドbodegaが2022年に出るアルバムを真っ先に聞かせてくれたんだけど、もう何回も聞いてる。あとは古いカントリー・ミュージックをたくさん聞いてる。ぼくは大好きなんだよね。Buck Owens, Lee Hazlewood, Townes Van Zandtとか。

*なお、カイルは現在、『Music for Saunas』の「Vol.2」を制作中。

[編集部註:サウナに関する上記の発言はあくまでカイル・クリュー氏個人の見解であり、科学的根拠に基づいているかどうかは不明です。]

Bonobo - ele-king

『Fragments』の仕上がりがすこぶるよい。せっかくなので作者であるボノボの進化の過程をふりかえってみよう。
 ボノボことサイモン・グリーンが英国南部のブライトンに生まれたのは1976年、前年には CAN がこの地でおこなったライヴの模様が先日出た未発表のライヴ盤『Live in Brighton 1975』でつまびらかになったが、まだ生まれてもいないサイモンは当然その場にいあわせていない。他方で長ずるに音楽の才能を開花させ20代前半には地元のクラブ・シーンを中心に頭角をあらわしはじめたグリーンはミレニアム期に地元の〈Tru Thoughts〉のコンピにクァンティックらとともにボノボ名義で登場、2000年には同レーベルから『Animal Magic』でアルバム・デビューもかざっている。くすんだジャズ風の “Intro” にはじまり、個性的な組み立てのビートが印象的な “Silver” で幕をひく全10曲は、形式的にはブレイクビーツ~ダウンテンポに分類可能だが、細部のモチーフがかもしだすエスニシティやトリップ感とあいまってラウンジ的な風合いもただよっている。むろんすでに20年前のこととてサウンドにはなつかしをおぼえなくもないが、いたずらにテクノロジーに依存しすぎないグリーンの音楽的基礎体力が本作を時代の産物以上のものに仕立てている。その3年後、ボノボはこんにちまで籍を置く〈Ninja Tune〉から2作目の『Dial 'M' For Monkey』をリリース。ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』をモジったタイトルがあえかな脱力感をさそう反面、スピードに乗せた場面転換は本家もかくやと思わせるほどスリリング。フルートやサックスの客演、サスペン仕立ての設定もあって、前作よりもジャズのニュアンスがせりだしているが、そのジャズにしても、キレよりもコク重視のハードバップ風味だった。

 管見では、ワイルドな表題の上記2作をもってボノボの野生期とみなす。形式的にはダウンテンポという先行形式に範をとって自身の立ち位置を定めるまでの期間とでもいえばいいだろうか、母なる森から音楽シーンという広大な平原にふみだそうとするボノボの冒険心を感じさせる黎明期である。むろんそれによりボノボの歩みがとどまることもなかった。むしろ野生期の記憶をふりはらうかのようにボノボの歩幅は伸張していく。前作から3年後の2006年の『Days To Come』──「来たるべき日々」と名づけたサード・アルバムはその例証ともなる一枚といえるだろう。サウンドは機材環境を刷新したかのようにクリアさを増し、アルバムも全般的にみとおしがよくなっている。とはいえボノボらしいオーガニックさは減じる気配なく、グリーンはみずから演奏する生楽器のサウンドや民俗楽器のサンプル・ソースとデジタル・ビートを巧みに組み上げている。ヴォーカリストの起用も本作にはじまるスタイルであり、インド生まれのドイツ人シンガー、バイカと同郷のフィンクを客演に招き、現在につながるスタイルの完成をみた。その基軸はなにかといえば、種々雑多な記号性とそれにともなうサウンドの多彩さと耳にのこるメロディといえるだろうか。サイモン・グリーンのセールスポイントはそれらを提示するさいのバランス感覚にある。クンビアであれアフロビートであれ、ベース・ミュージックであれ、ボノボはそれらをフォルマリスト的にもちいるのではなく、響きに還元し自身の声として構成する。グリーンはアーティストであるとともに第一線で活躍するDJでもあるが、ボノボのカラーはDJカルチャー以降の音楽観の反映がある。2006年の『Days To Come』、次作となる2010年の『Black Sands』ではサウンドのデジタル化がすすんだせいでその構図はより鮮明になっている。これをもって私はボノボの技術革命期と呼ぶが、このころはまた作品の評価とともにボノボの認知度が高まった時期でもあった。
 呼応するように『Black Sands』でボノボはミックス作を発表しフルバンドでのツアーにものりだしていく。グリーン自身も、このころを境に拠点をブライトンからニューヨークに移し、余勢を駆るかのごとく制作入りし2013年にリリースした『The North Borders』では “Heaven For The Sinner” にエリカ・バドゥが客演するなど話題に事欠かなかった。作風は彼女が参加したからというわけではなかろうが、ニューソウル~R&B風の流麗さと、ダブステップ以後のリズム・アプローチをかけあわせてうまれた2010年代前半の空気感をボノボらしいリスニング・スタイルにおとしこむといった案配。さりげない実験性とくっきりした旋律線がかたどるフィールドはボノボの独擅場というべきものだが、その領域はクラブのフロアとリスニング・ルームの両方にまたがっているとでもいえばいいだろうか。没個性におちいらない汎用型という何気に難儀なスタイルを確立したのが『The North Borders』であり、本作をもって私はボノボの認知革命期のはじまりとする。ものの本、たとえば数年前の大ベストセラー『サピエンス全史』では認知革命なる用語をもって「虚構の共有による人類の発展」と定義するが、サピエンスではなくボノボをあつかう本稿においては「創作上の発見による音楽的な飛躍」となろうか。これはサイモン・グリーンの内面の出来事ともいえるし、ボノボの音楽が私たちにもたらすものともいえる。この場合の認知はかならずしも意識にのぼらないこともあるが、2013年の『The North Borders』以降、2017年の『Migration』、最新作の『Fragments』とこの10年来のボノボの3作が認知革命期におけるボノボの長足の進歩を物語っているのがまちがいない。
 とりわけ「断片」と題した新作『Fragments』ではこれまでの方法論の統合、それもボノボらしい有機的統合をはかるにみえる。

 『Fragments』は “Polyghost” のミゲル・アトウッド・ファーガソンによるポール・バックマスターばりの流れるようなストリングスで幕をあける。場面はすぐさま題名通り陰影に富む “Shadows” へ。この曲に客演するUKのシンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイをはじめ、『Fragments』には4名のシンガーやかつてグリーンがプロデュースを担当したアンドレヤ・トリアーナのヴォイス・サンプルなど、12曲中5曲が歌もの。その中身も、シルキーなラカイから “From You” でのジョージの雲間にただようようなトーン、〆にあたる “Day By Day” でのカディア・ボネイのポジティヴなフィーリングにいたるまで多彩かつ多様。それらの要素を最前から述べているグリーンのバランス感覚ともプロデューサー気質ともいえるものが編み上げていく。『Fragments』という表題こそ認知革命期らしく抽象的だが、むろんその背後にはこの数年のグリーンの経験と思索がある。ブライトンからニューヨーク、ニューヨークからロサンゼルスへ、拠点を移しツアーに明け暮れたこの数年の生活が導くインスピレーションは2017年の『Migration』に実を結んだが『Fragments』における旅はそれまでとは一風かわったものだった。というのも2019年にはじまった『Fragments』の制作期間はパンデミック期とほぼかさなっており、物理的な移動はままならなかった。この期間グリーンはあえて都市を離れ、砂漠や山、森などの自然にインスピレーションをもとめたのだという。そのようにして時機をうかがう一方で、リモートによるコラボレーションもすすめていったとグリーンは述べている。シカゴの歌手で詩人のジャミーラ・ウッズとコラボレートした “Tides” もこのパターンだったようだが、アトウッド・ファーガソンの弦、ララ・ソモギのハープ、グリーンの手になるリズム・セクションとモジュラー・シンセが一体となり、潮のように満ち引きをくりかえすこの曲はアルバム中盤の要となるクオリティを誇る。しからば制作の方法は作品の質に関係ないのかと問えば、そうではないとボノボは答えるであろう、生き物が環境の変化に適応するように音楽家が制作環境に順応することはあっても、音楽が進化の過程を逆行することはないと。
 進化とはいつ来るとは知れない未来へ向けて手探るようになにかをすることであり、不可逆の時間(歴史)の当事者として現在を生きつづけることでもある。アンビエントやノンビートにながれがちな昨今の風潮をよそに、ダンス・ミュージックにこだわった『Fragments』の12の断片こそ、ボノボの次なる進化の起点であり、その背後にはおそらくサイモン・グリーンの音楽という行為へのゆるぎない確信がある。

Klara Lewis - ele-king

 2022年1月。エクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Editions Mego〉から本年最初となるアルバムがリリースされた。クララ・ルイスのライヴ録音アルバム『Live in Montreal 2018』である。その名のとおり録音場所はカナダのモントリオール、録音時期は2018年。
 4年前の録音か、などと思うなかれ。ここで繰り広げられているエクスペリメンタル・サウンドには、2022年のいまだからこそ刺さるゴシックのムードに満ちているのだ。この時代に〈Editions Mego〉がリリースする意味は十分にある音源といえよう。

 スウェーデンのサウンド・アーティストであるクララ・ルイスは、ワイアー/ドームのグラハム・ルイスの娘でもある。彼女は1993年生まれで、これまでソロ作品『Ett』(2014)、『Too』(2016)、『Ingrid』(2020)の三作、デジタル・リリースのライヴ録音『Ingrid (Live at Fylkingen)』を一作、サイモン・フィッシャー・ターナーとのコラボレーションアルバム『Care』(2018)をリリースしている。
 加えて昨年2021年にはペダー・マネルフェルトとの共作EP『Klmnopq - EP』を〈The Trilogy Tapes〉から発表した。ちなみにクララ・ルイスはペダー・マネルフェルトのレーベルから2014年に『Msuic EP』をリリースしてもいる。
 決して多くはないが、充実したリリース作品ばかりだ。なかでも2016年にリリースした『Too』は10年代中期のエクスペリメンタル・ミュージックを代表するアルバムである。暗く霞んだ質感の音色のなか、さまざまなサウンドが細やかにコラージュされていくサウンドスケープは絶品のひとこと。クララ・リスは、この『Too』で新世代サウンド・アーティストとしての存在感をマニアに見事に突きつけた。

 さて、『Too』が世に出た2016年から2年後、つまりは2018年のライヴ音源が本作『Live in Montreal 2018』である。その2年でクララ・ルイスのサウンドがどう変化したのか。そのさまが『Live in Montreal 2018』には実に鮮明に記録されている。よりダークになっていったとでもいうべきか。逆に考えればダーク/ゴシック的音響空間は、『Too』に既に横溢していたともいえる。これが『Too』をもって2010年代の重要エクスペリメンタル・ミュージックの重要作といえる理由でもある。
 では『Live in Montreal 2018』と『Too』の違いは何か。『Live in Montreal 2018』はライヴ音源であってオリジナル・アルバムではない。いわば「場」でサウンドが生成変化を繰り返すような音響である。アーティストの意志によって音が配置され構成され定着されたアルバムとはそこが違う。そのことを差し引いても、まずいえることは、『Too』と比べるとコラージュされる音と音がより細やかになり、かつ大胆に接続されているという点である。
 アルバムは長尺1曲だが曲自体は三つのブロックに分かれている。不穏・不安をベースにしつつ、全体を包み込む空気やムードが生成されていく。讃美歌のような音楽の断片、霞んだインダストリアルなリズム、ゴーストのようなノイズやドローンなどが、ゴシックのムードを損なわずに、ループされ、コラージュされる。
 幽霊のように実体を欠いた音が音響全体に揺らめき、世界への不安が音響の美しさへと結晶している。彼女はどこか不定形な「不気味さ」に取り憑かれているようにすら思えるほどに。

 私はクララ・ルイスが2018年に発した不気味で美しいサウンドのコラージュを、まるで霧の中に立ちすくみ、微かな光に目を凝らすように、手を差し伸べるかのように、耳をそばだてて繰り返し聴き込むだろう。闇夜の迷い子のように。それほどの聴取体験が『Live in Montreal 2018』にはある。そう私は信じている。

誰だって傷ついている
そんな個人的なことが
政治につながる

女性議員、活動家らが自らの人生と政治理念を語る──
吉田はるみ、大石あきこ、五十嵐えり、福島みずほ、三井マリ子、田村智子、石嶺香織、辻元清美

好評のエレキング臨時増刊シリーズ第五弾は、女性政治家たちへのインタヴュー集!

菊判/192頁

目次

呪文という序文──期待と期待外れと絶対の信頼について (水越真紀)

 現場で聞く声
吉田はるみ 「成長」より「分配」が先です
大石あきこ 多数派でなくてもやり方次第で物事は動かせる
五十嵐えり 「自己責任だから貧困でも我慢しなさい」は不正義

 世界につなぐ声
福島みずほ 「生きづらさ」は社会を変える契機にもなる
三井マリ子 ノルウェーに学んだ「ジェンダー平等」社会
田村智子 ジェンダー問題を通して資本主義を乗り越える

 闘う歌の声
石嶺香織 生活と政治はこんなにもつながっている
辻元清美 経済成長を促すカギは女性政策にある

「女がいないと1日も社会は回らない」 (土田修)

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
紀伊國屋書店
honto
e-hon
Honya Club
mibon本の通販(未来屋書店)

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
丸善/ジュンク堂書店/文教堂/戸田書店/啓林堂書店/ブックスモア
旭屋書店
有隣堂
TSUTAYA
未来屋書店/アシーネ

Cantaro Ihara - ele-king

 70年代ソウルのマナーを取り入れたグルーヴィなサウンドで注目を集めるミュージシャン、イハラカンタロウ。彼によるウェルドン・アーヴィンのカヴァー「I Love You」が7インチで2月2日にリリースされる。イハラ本人による訳詞が印象に残る、メロウな1曲です。ミニライヴも予定されているとのことなので、下記をチェック。

 ちなみにウェルドン・アーヴィンはニーナ・シモンのバンド・リーダーだったキイボーディストで、ブラック・アーツ・ムーヴメントとリンクした“To Be Young, Gifted and Black” の作詞者として知られている。90年代にはモス・デフとコラボ、2002年の死の後にはマッドリブが丸ごと1枚トリビュート・アルバムをつくったり、Qティップがその名をシャウトしたりするなど後進への影響も大きい(ドキュメンタリー「Digging for Weldon Irvine」にはジェシカ・ケア・ムーアも登場しコメントを述べている)。

Weldon Irvineによるレア・グルーヴ~フリー・ソウルクラシック「I Love You」を日本語カヴァーした“イハラカンタロウ”最新シングル解禁! 完全限定生産7インチシングルの発売も記念してタワーレコード渋谷店でのインストアライヴも決定!

70年代以降のソウルやAORをベースに幅広い音楽スタイルやエッセンスを吸収したサウンドで現代のクロスオーヴァー・ソウルを体現する“イハラカンタロウ”。本日解禁となるWeldon Irvineの名曲「I Love You」日本語カバーは、全国各地のラジオ局でパワープレイも続々決定するなど現代のジャパニーズ・ソウルとも言うべきメロウ&グルーヴィーなサウンドで好評を得ています! さらに極上のメロディと洗練されたアレンジやコードワークで聴かせる自身の新曲「You Are Right」と「I Love You」とのカップリングによる7インチシングル発売を記念して、2/6にタワーレコード渋谷店でのインストアライヴも決定、お見逃しなく!

・「I Love You」(Official Audio)[日本語歌詞字幕付き]
https://youtu.be/dMyNM4NzAT4

イハラカンタロウ インストアイベント
■日時:2月6日(日) 15:00~
■会場:TOWER VINYL SHIBUYA(タワーレコード渋谷店6F)
■内容:ミニライブ&サイン会
■参加方法:観覧フリー

詳細はこちら
https://p-vine.jp/schedules/145605

【リリース情報】
アーティスト:イハラカンタロウ
タイトル:I Love You / You Are Right
7inch Single (2022.2.2 Release)
レーベル:P-VINE
品番:P7-6291
定価:¥1,980(税抜¥1,800)

[Track List / Digital Single]
・I Love You (2022.1.19 Release)
・You Are Right (2022.2.2 Release)

[Purchase / Streaming / Download]
https://p-vine.lnk.to/T4f5Ij

【イハラカンタロウ プロフィール】
1992年7月9日生まれ、作詞作曲からアレンジ、歌唱、演奏、ミックス、マスタリングまで手がけるミュージシャン。都内でのライヴ活動を中心にキャリアを積み2018年に1st EP『CORAL』を発表、聴き心地の良い歌声やメロディ、洗練されたアレンジやコードワークといったソングライティング能力の高さで徐々に注目を集めると、2020年4月に1stアルバム『C』(配信限定)、同年12月にはアルバムからの7インチ「gypsy/rhapsody」をリリースし各方面から高い評価を受ける。またギタリスト、ミックス&マスタリングエンジニアなど他アーティストの作品への参加など幅広い活動を行なっている。

Twitter:https://twitter.com/cantaro_ihara
Instagram:https://www.instagram.com/cantaro_ihara/

Livwutang - ele-king

 おなじみのファッション・ブランド、〈C.E〉が展開するカセットテープ・シリーズ。記念すべき30本目が発売されている。
 今回のアーティストは Livwutang。デンバーで育ち、2014年にシアトルへと移住、現在はニューヨークを拠点に活動している新進のDJだ。

https://soundcloud.com/livwutang

 もともと海賊ラジオでDJをやっていた彼女は、日本では無名だがシアトルのアンダーグラウンド・コミュニティにおける重要な存在で、数々のパーティのオーガナイズに協力、レーベル〈Truants〉へミックスを提供したりもしている。
 試聴は〈C.E〉のサイトより(右上の再生ボタンをクリック)。

アーティスト:Livwutang
タイトル:Unburiedness
フォーマット:カセットテープ
収録音源時間:約60分(片面約30分)
価格:1,100円(税込)

発売日:2022年1月26日水曜日
販売場所:C.E
〒107-0062 東京都港区南青山5-3-10 From 1st 201
#201 From 1st Building, 5-3-10 Minami-Aoyama, Minato-ku, Tokyo, Japan 107-0062

問合せ先:C.E
www.cavempt.com

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443