バンドを脱退していた時期でさえ多くのひとにとって彼は「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(以下 RHCP)のジョン・フルシアンテ」だっただろうし、バンドの最高傑作との呼び声も高い『Californication』に豊かな叙情をもたらしたギタリストであっただろう。だからこそ、先日発表されたバンドへの復帰のニュースは古くからのファンを中心として熱狂的に受け止められたし、やはりスタジアム・バンドのメンバーとして再びギターを鳴らす彼の姿を見たいというのが人情だ。
けれども彼のソロ活動をつぶさに追っていたリスナーは、フルシアンテが優れたエレクトロニック・ミュージックの作り手であることを知っている。過去のソロ作ではギター・ミュージックにエレクトロニックの要素を導入することもあったが、とくにトリックフィンガー名義を使ってからは、アシッド・ハウスやIDMのような純然たるエレクトロニック・ミュージックに集中している。彼の作るマシーン・ミュージックは新しいわけではないがとても端正で、そこからこぼれてくる叙情が何とも味わい深いものだ。
トリックフィンガーとしては3年ぶりとなるアルバム『She Smiles Because She Presses The Button』も彼の長所がよく表れた作品だ。初期オウテカのようなIDMあり、途中ジャングルの要素が飛び出してくるトラックあり、メロディアスなアシッド・ハウスあり。そのどれもがとても丹念に作られていることが聴いているとわかる。リズム・パターンや細かい音の配置はこれまでよりも洗練されていて、それは本人が言うように絶え間ない努力がもたらしたものなのだろう。ギタリストとしてもエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーとしても、その過剰なほどストイックな姿勢が彼の個性を生み出してきた。
それにしても、マシーンへのマニアックなこだわりや音楽に対する学究的な考察、エレクトロニック・ミュージックへの愛情(とくにオウテカへのとめどないリスペクト)などなど……を話し出すと止まらない、彼のチャーミングな音楽オタクぶりが発揮されるインタヴューとなった。本文にある通り、本作のあとには(本人曰く)ジャングル寄りのソロ・アルバムも用意されているそうなので、RHCP での活動のみならず、そちらも併せて楽しみにしたいところ。
それでは1万字超え、エレキング独占インタヴューをお届けしよう。
ロックスター扱いされることへの反動ではなくて、僕は頭のなかでも創作活動でも自由でいたいから、自分が関心あることを追求したいんだ。2007年の時点ではエンジニアでありたいって強く思ったし、自分で音楽を作りたかったし、ロックばかりを作り続けたくなかった。
■2000年代なかばにエレクトロニック・ミュージックの制作を本格的にスタートされたと思うのですが、当時はバンドのステージでロックスター扱いされることへの反動もあったのでしょうか?
ジョン:長い間エレクトロニック・ミュージックを愛していて、時期としてはレッド・ホット・チリ・ペッパーズで『Californication』を書き出したころからいちばん好きで聴いていた音楽はエレクトロニック・ミュージックだった。サンプル、ドラムマシーン、シンセサイザーらに魅了され、いろいろと遊んでみたりしたけど、2007年ごろに80年代初期の機材を発見して、しっくりきたというか自分に合っているものを見つけた。303、909、707とかね。そこから一度にいろいろな機材を一度にミキサーを通して録音できることを知って、そこからカセットテープの録音機やCDへ焼くこともできて……音楽をオーヴァー・ダブせずに作れることを知った。僕は4トラックでオーヴァー・ダブすることに慣れていたから、一度に1曲を丸ごとステレオで作れて、オーヴァー・ダブせずに作っている音楽がステレオから流れてきたことにすごく興奮したのを覚えている。ここでやっと自分が愛聴していたモノへの理解ができたよ。だからそれがトリックフィンガーの始まりといってもいいかな。
今回のアルバムは2018年にレコーディングされて、前作とは同じやり方でまったく同じ機材ではないといえ、同じようなCDバーナーだし、小さな Mackie のミキサーで同期した。音楽性は前作とは違うし、もっと機材を使っていた。今回のアルバムは、4つ以下かな。最後の曲 “Sea YX6” は、ドラムマシーン RY30 でしか使っていないし、シンセサイザー DX100 だけを使っている。だからこの曲では、これが最小数かな。ほかの曲では、平均的に3つ、4つ以上の機材は使っている。これらの Elektron Monomachine、Analog Four、Analog Rhythm らはとてもパワフルなんだ。だから YAMAHA RY30 ドラムマシーン、Analog Four ドラムマシーンを使った。あ! 1曲だけ ROLAND606 ドラムマシーン機材を使っている。“Plane” でね。いろいろな方法でエレクトロニック・ミュージックを作ってきたよ。でもライヴでこうやって作るのは、すごく楽しい方法だったよ。課題は、数少ない機材から最大限のものを作り出すことだけど、その挑戦すら楽しめたよ。最後の曲で1つのドラムマシーンから1曲を完成させることは、とても満足したし、いろいろとやりながら学べたし、あの機材がどれだけ有能かもわかったよ。
だからバンドのロックスター扱いされることへの反動ではなくて、僕は頭のなかでも創作活動でも自由でいたいから、自分が関心あることを追求したいんだ。2007年の時点では自分自身がエンジニアでありたいって強く思ったし、自分で音楽を作りたかったし、ロックばかりを作り続けたくなかったし、それらをやったことでこの音楽を作ることへたどり着いたんだ。
■エレクトロニック・ミュージックを制作し始めたころを振り返って、あなたはエレクトロニック・ミュージックを「学んでいた」と表現していました。いまもエレクトロニック・ミュージックを「学んでいる」という感覚ですか? それとももう少し別のものに変化しましたでしょうか。
ジョン:エレクトロニック・ミュージックに限らず、音楽全般に対して僕は「学ぶ」姿勢でいるんだよね。RHCP で制作してきた音楽もだけど、愛聴していたレコードやCDを聴きながらいっしょにギターを弾くんだ。60年代、70年代で他のミュージシャンがやってきたことを暗譜するんだよ。これをやることによって、曲をかいて、自分がどんなスタイルの音楽を作りたいかわかる。だから僕にとっては、ほかのひとが過去にやったことを知ることで自分への成長にもつながるし、音楽を作ることと学ぶことはイコールだと思う。
だからエレクトロニック・ミュージックも同じで、ヴェネチアン・スネアズといっしょに音楽をやったことで良いことを学んだし、この過去12年間はリリースしていない音楽をたくさん作ることができた。彼といっしょに仕事することで学ぶことがたくさんあった。たくさん曲を作って、ライヴからそのままステレオでレコーディングして、ふたりで同時に多数の機材を使って、自分たちでミックスもして。そのやり方でたくさん学んだ。あと、いつもエレクトロニック・ミュージックの歴史に着目しているのはいちばん気になる音楽だし、ほかのひとの作品を聴くことでどうやって作っていいか発見があるからなんだ。真似から始まって最終的には僕っぽいと言われる音楽になると思うけど。ほかのひとがやってきたことをなぞることで、もっと高いところへいけるんじゃないかって思う。なんかすごく性格もよくて、ひとから好かれていて、楽器を弾きだしたらそこから人間性が表現されるひとっているよね。みんなはそういうひとに引きこまれるよね。僕はそういうタイプじゃないんだよ。僕は本当に努力を積み重ねないとダメだし、クリエイティヴな部分を頭のなかで活性化させて、柔軟性をもって、頭の回転も早くしないとダメなんだ。いつも何かにインスパイアされてないとダメなんだ。十代のとき、僕の友だちのなかで全然練習してなくても素晴らしいものをすぐにできちゃうタイプのひとがいて、僕も真似しようと思ったけど難しかった(笑)。だから早い段階で僕はひとに気にいってもらえるような音楽を作るためには、何倍も努力をしなくてはならないということに気づけたよ。ひとに好かれようが好かれまいが、僕はとにかく頑張らなくてはいけないんだ。
■あなたにとって、トリックフィンガーの楽曲はあなたのパーソナリティをどの程度反映したものだと感じますか?
ジョン:僕のパーソナリティそのものが反映されているよ! さっきも言ったようにまずは、ほかのひとがやっていることを聴いたりすることから始まる。このアルバムで言ったら “Noice” では、ドラムンベースのプロデューサーAMIT (エイミット)からのインスパイアだった。彼は、半分ドラムンベースでやるんだけど。そのアイデアを気に入って、R-130 だけでやってみたんだ。あと、ほかにふたつ機材を使って。あのリズムは彼からインスパイアされたものなんだ。“Sea YX6” は、オウテカが作ったEPで RY30 だけを使ったものがあって、彼らのインタヴューでひとつの機材だけを使うことに対する価値観とかも読んだ。そのアイデアにインスパイアされた。“Brise” は、Elektron の Analog Four や Analog Rhythm を使った。これらは、ジェネレイティヴな音楽をシンプルに作れて、楽しいやり方だと思う。機材にプログラミングして、それらが機材から出てきて、次はどんなものが出てくるかわからないからワクワクする。メロディは毎回リズムとともに変わるし、ドラムやメロディは、この “Brise” ではジェネレイティヴ。“Plane” のメロディもジェネレイティヴで、“Amb” は、メロディとベースラインはジェネレイティヴだし、“Rhyme Four” は特有のメロディがある。だから時と場合によってランダムなものが出てくる。とくに “Plane” と “Brise”。ジェネレイティヴな音楽は、マーク・フェルにとくに影響されている。“Brise”は彼や彼がいたグループの SND でやっていたことに感化されたよ。サウンドを聴いていると機材へ命令するのではなく、機材とコミュニケーションを取っている感じがするんだ。それでそこから出てくる結果に驚いたりするんだよね。そういった過程が楽しいよ。
だから全部僕っぽいと思うよ! メロディ、リズムのセンスは全部僕らしいと思うし。ここで使っている言語──あらゆる機材の使い方やプログラミングは、確実にほかのひとたちからの影響を受けているね。ギターを演奏しているときも同じだよ。僕のギターは、僕っぽいんだけれど、僕自身はだれかを真似しようとしているんだ。
コンピューターに制限のプログラミングをすることによって、ジェネレイティヴ音楽が生まれている。だからジェネレイティヴ・ミュージックとAI音楽の区別がつかないな。コンピューターは結局人間がプログラミングしなきゃならないし。
■今回の『She Smiles Because She Presses The Button』はいつごろ制作した楽曲を収録しているのでしょうか?
ジョン:2018年にレコーディングしたね。収録した楽曲たちの経緯は不思議な形で出てきたんだよね。できるだけ簡潔に答えられるようにするね。
数年、音楽をあまり作らない時期があったんだ。2015年ごろかな。自分のメインとしている家に住んでなくて、違うところに住んでいたんだよね。それでメインにしている家に帰ってからスタジオを立ち上げて、いままでやったことのないやり方で音楽へアプローチしはじめたんだ。出来が悪くても気にしなかった。結果が良くなくても気にしないことにした。何かをやり遂げたかなんかどうでもよかった。僕自身が高いところまでチャレンジしてさえいればよかったんだ。そうやって持っている機材でやったことのないことにトライしたことで、新たな発見もあったんだ。音楽を作っていくことでいちばん大切なことに着目していたし、曲の完成とかアルバムを完成することが目標ではないなか、一年間それを続けたんだ。だから今作と9月に出るものは、一年間丸ごと曲作りに時間を費やせた結果なんだ。ゴミみたいなものをたくさん生産したけど、そこからたくさんのことを学んだよ。前はFMシンセも DX7、DX100 の使い方すらわからなかった。だからその時期に使い方を覚えた。Analog Four や Analog Rhythm の使いこなし方も努力した。やれるだけの実験をこの機材らで試したよ。あんなひどい音楽を作って我慢できたのが不思議で仕方がないよ(笑)。でも本当にいい結果を願い続ける自分に疲れたんだ。オーヴァー・ダブもやらなかったよ、スタジオでもリビングでも。僕は一度もコンピューターからドラムマシーンをプログラミングしたことがないんだ。ドラムマシーン自体からやるから。とにかく自分の首をしめることをやめたんだ。最終的に自分が聴きたい音楽が生まれたらいいって決心したんだ。でもその怠けてた時期があったからこそ、「こんなのやってられない。ちゃんと始まり、中間、終わりという点を考えて曲を作ろう」って考えたんだ。そのときに今作の曲や9月にリリースされるものが出てきたんだよ。
■先にリリースされたEP「Look Down, See Us」と今回のアルバムはどのような関係にあるのでしょうか?
ジョン:「Look Down, See Us」は、リリースされる数か月前に作られたんだよね。だから僕にとっての最新の音楽はあのアルバムに入っている。あれは僕の大きなスタジオで制作されたんだ。もっとギアもあるし、コンピューターもあったりで。だからあれは、今年の9月に出るアルバムとは違うことをやったものなんだ。あのジャングルにこだわった一年があったからこそ、2019年は違うアプローチで柔軟性をもって、自分へ課題を与えるようにしたんだ。楽して、ただ同じパターンを続けないようにね。「Look Down, See Us」は、僕がいろいろな場所へ行ってから新たな場所へ行こうとしたものかな。
■アルバムのリリース元となる〈Acid Test〉は 303 へのこだわりがあるユニークなレーベルですが、〈Acid Test〉、あるいはそのサブレーベルの〈Avenue66〉からアルバムをリリースすることは、どのような意味を持ちますか?
ジョン:〈Acid Test〉はそうだね。303 へのこだわりのあるレーベルだから、303 を使用している音楽しかリリースしないんだよね。今回は 303 を使用していないんだよ。だからこそ〈Avenue66〉に上手くハマったんだ。
■アルバム・タイトルはエレクトロニック・ミュージックを作ることの純粋な喜びが表現されているように感じたのですが、一人称が「She」なのはなぜですか?
ジョン:僕自身、ボタンを押して音楽を作ることが好きだからね。でも正直に話すと僕の彼女 Aura-TO9 (アーティスト名)のパソコンのログイン画面に彼女の写真が出てくるんだ。それは彼女自身の写真で、彼女が笑顔でカメラのシャッターを押そうとしている姿の写真が出てくるんだ。だから僕が、彼女はボタンを押すことによって笑顔になるって言ったら、彼女が「それは素敵なアルバムのタイトルになるね」って言った流れからなんだよ(笑)。
■1曲目の “Amp” からそうですが、あなたの楽曲はとてもメロディックだと感じます。エレクトロニック・ミュージックにおけるメロディの要素をどのように捉えていますか?
ジョン:ポップ・ミュージックでメロディを作るのとは違うものだよね。ロックでもね。ポップでもロックでも、(メロディは)音楽の要素のなかでいちばんメインであってその他はメロディに合わせる形だけど、エレクトロニック・ミュージックでは、ドラムがリードしていて、メロディがドラムに合わせるし、たとえドラムがシンプルでも僕にはそう聴こえる。だからじょじょにやっていくうちに繊細なメロディを生み出さなければならなくなった。エレクトロニック・ミュージックを始めたとき、サビばっかり出てきたんだ。MPC3000 とかでプログラミングしようとしていて、途中でサビみたいなところが出てきちゃって、頭を悩ませたよ。そういう書き方に慣れていたからなんだろうけど。だからもっとリズミカルで繊細なメロディが書けるように勉強したんだ。あとは、いろんな方法でメロディへアプローチするやり方を考えたんだ。ポップではキャッチーなメロディを作ることを目指すけど、エレクトロニック・ミュージックでメロディはいろいろな役割を果たせる。メロディは、半分効果音、半分メロディでいられるし、音符であったと思ったら次から聞こえる音は、音符というより効果音みたいな。それかハーモニーであったり、一音ではなくどんな音でもいいんだ。そこから音とサウンドのコンセプトのなじませ方というのが分かっていくんだ。スムーズな物語のように。だからこれらにはすごく時間をかけたし、発展していったものと言えるかな。
アーロン・ファンクと僕が普段音楽を作るときは、僕がドラム、メロディを担当して、じょじょに僕はメロディ担当、彼はドラム担当になり、たまにベースを僕がやったり、彼がやったり……。それでたまにメロディ自体ドラムみたいに聴こえたものを僕が作ったり、彼が小さなドラムマシーンでメロディを作ったり……いろいろ。でも僕にとって彼は世界のなかでも好きなドラマーで、だから彼のドラムをサポートするためのメロディを考えたりもした。それが大きな影響を与えたとも言える。こういうやり取りを誰かとやったことはなかったからね。RHCP にいるときもドラムはメロディに沿って作られているし、ギターもそうだし、ベースもだし。だからリードを取るドラマーがいて、僕はメロディだけど、そのドラムをサポートすることによってメロディの要素に対する捉え方が変わったね。メロディを生産することやメロディを機材で作っているときにサウンドに対して焦点を当てているから、メロディはどちらかというとそのサウンドに向けて存在している、サウンドを強調させる要素だと思う。だからデジタル機材で音を作ることにすごく時間をかけるんだ。そこからそのサウンドに合った一音を見つけるんだ。CだからとかDだからとかEだからとかではなくて。いいサウンドを仕上げて、そこにあった一音を見つけなかったら台無しになるからね。ギターの演奏とは全然違うことだね。
9月に〈Planet Mu〉からリリースするものは全部ブレイクビーツだよ。今作や〈Planet Mu〉から出すアルバムは、ギターは一切入れてないし、歌ってもいない。その方法で自分を表現するのが好きなんだ。
■“Noice” は反復するリズム・パターンとヴォーカル・サンプルの重なりが印象的なトラックです。初期レイヴのようなムードもあり、アルバムのなかではほかの楽曲と際立って個性が異なるように感じるのですが、このトラックの課題は何だったのでしょうか?
ジョン:ノイズ音楽から始まった。僕はピタやファーマーズ・マニュアルみたいなひとたちが好きで。リズムやメロディに重点を置いてないものが好きだから。ただサウンドだけっていうところが好き。で、僕のサウンドクラウドに聴けるものを1曲載せたんだけど、それは “A3t1ip” っていうんだ。ピタ(Pita)と A3 をもじった。だからこの曲は、ノイズ音楽から始まって、そこからさっき話した半分ドラムンベースのスタイルにしていって、そこでノイズに対して音量エンベロープをつけた。だから冒頭、音量が上がる感じあるよね。もともとはそれぞれ別々のノイズ音楽をくっつけたものなんだ。ヴォーカル・サンプルが終わりのほうで出てきたりするしね。最後のほうはすごく人工的なドラムマシーンの音で、ロボットっぽいんだよね。でもクラシックなジェームズ・ブラウンのブレイクビーツのビートを刻んでいるんだ。あのアイデアは、トランス・ミュージックのアーティスト Komakino (コマキノ)からもらったんだ。具体的に言うと、彼らのEP「Energy Trancemission」に収録されている曲 “Outface(G60 Mix)” のなかのサンプル・ヴォイスが「マザー・ファッキンなブレイクビーツをくれ!」って言うんだけど、そこから始まるのはブレイクビーツではないリズムなんだよね。で、それがすごく人工的なサウンドなんだ。それにインスパイアされたよ。コンピューターで作るときは何千ものサンプルを選べるけど、ヴィンテージな機材を使うときはそうはいかない。どれがこのサウンドに合っているかっていうやり方だよ。
基本的にサンプル・ミュージックのファンで、女性ヴォーカルの入ったサンプルが好き。シンガーが参加するのと全然違うんだ。サンプルのヴォーカルは機材に生かされるから誰かがその音楽に向かって歌っているわけではない。どんな風にそのヴォーカルが使われることも知らないわけだから。そのサウンドがすごく好きだよ。
■リズム・パターンは一聴してシンプルな部分もありますが、注意して聴くと非常に緻密で複雑なプログラミングがなされています。以前、リズムのプログラミングにはけっこうな時間をかけると聞いたのですが、このアルバムのトラックもリズムは時間をかけて作ったのでしょうか。それとも以前より早くなった?
ジョン:前よりは確実に早くはなったけど、プログラミングに時間を要すことで価値を見出せることがあるよね。ほかのエレクトロニック・ミュージシャンですぐに音楽が作れるように機材を全部準備したり、機材をどこにでも持って行って、5分もしたら1曲が生成されるような方法を聞くけど、僕はそれはやらない。僕はまっさらな状態から始めるんだ。今作に収録されたすべての曲は、それぞれ違うグループの機材が使われていて、一曲ずつセットアップが違った。(次に発表されるアルバムの)『MAYA』を作っていたときは、2、3週間かけてブレイクビーツを作ったり、DX7 の音を作ったり、それぞれの要素を作って、最終的に音楽として成り立つようにしていた。でもどんな風に仕上がるかもわからない上、テンポぐらいしかわからない状態なんだ。2、3週間……いや、もしかしたら1か月ぐらいかけて、ブレイクビーツや DX7 の音だけを作っていた。それは幸せなことだよ。僕は音楽を作るとき、早く仕上げることは求めてないから。DX7 で音を作ることだけでも僕は満たされるんだ。ブレイクビーツを作るときも。そのほかにもデジタル・マルチ・エフェクトをいろいろ試しているときも楽しい。その過程が済んだら音楽を作る段階へ入るんだ。早く作っても僕の場合、1週間はかかる。あんなに時間をかけて作ったものを一切使わないということもあるんだ。
時間の効率は確かに悪いよ。でもすごく人生のなかで幸せなひとときでもあるからね。話は戻るけど、今作はさっきも言ったように丸一年あってからの制作段階に入ったからね。アーロン・ファンクと音楽を作るときは、とにかくプレッシャーがかかるよ。彼ぐらい早くプログラミングしなきゃって思うからね。でも幸運にも彼は機材に対する準備をかけるからね。だからプログラミングは僕より早くても時間をかける長さは僕と同じぐらい。彼に追いつくまで数年はかかったし、当初は足を引っ張っているんじゃないかって思ったし、彼に待ってもらうことも多くて。でもその課題をこなしたことで、お互い3、4日プログラミングにかけて、それが過ぎたらレコーディングに入れるようになったよ。だから早くなったけど、時間をかけることが好きだよ。これが質問の答えだね(笑)。
■あなたは初期のアシッド・ハウスやテクノなどに、純粋に音楽的な関心を長く寄せてきたと思うのですが、いっぽうで当時の80年代末ごろから90年代初頭ごろのレイヴ・カルチャーに思い入れや憧憬はありますか?
ジョン:エレクトロニック・ミュージックに関しては90年代初期かな。あと、その後の90年代末ごろと2000年代初期。それらの時期に思い入れがあるかな。レイヴ・カルチャーに関しては、2000年代末ごろかな、いちばん思い入れがあるのは。僕のガールフレンド、マルシーのアーティスト名である Aura T-09 が、ここLAのレイヴで長年プロモーターをやっていて、ウェアハウスのパーティーとかも催行していたんだ。彼女は新しい音楽にすごくアンテナを張っていた。僕は彼女に2009年だったか2010年に出会って、それで付き合う前から彼女からレイヴ・ミュージックを教わったんだ。レイヴ好きの友だちがいながらも2008年ごろまで興味がわかなかったかな。本当にこの12年の間で変わったことではあるよね。あらゆることをその前から見てきたけど、90年代にいちばん好きなレイヴ・ミュージックが出てきたころ、僕は麻薬中毒者でそれどころじゃなかったからね(笑)。何が周りで起きているかもわからなかったし、薬にハマってしまっていた(笑)。どこにも行ってなかったよ。
ジャンルでいったらジャングルが好きだよ。9月にリリースするアルバムがあるんだけど、それはジャングルなんだ。今作とは違ってコンピューターで作ったんだ。9月のは、Renoise で作って、他にもいろんなハードウェアを使ったよ。DX7 とか。だからこれはジャンルでいったら僕にとってのジャングル、IDMというところかな。ジャングルからインスパイアされているけど、僕特有のものでもある。ジャングルよりIDMっぽいとは思うけど、ジャングルに影響されているし、好きな音楽のテイストだよ。あとゲットー・ハウス・ミュージックも好き。シカゴの〈Dance Mania〉レーベルから出てるDJディーオンとか。シンプルなエレクトロニック・ミュージックならDJファンクやポール・ジョンソンとかもすごく好きだな。IDMだったらエイフェックス・ツイン、ヴェネチアン・スネアズ、 オウテカ、スクエアプッシャーとか。1999年ごろに発見してから彼らには影響されたし、大好きなアーティストたちだよ。あとジャンルでいったらフットワークも好きだからDJラシャドも好きなんだ。彼女のマルシーのおかげでDJラシャドの音楽は、フットワークが世界的に認知される前や〈Planet Mu〉に入る前から知っていたんだ。この10年の間だったら、ベリアルの音楽も好きだね。彼のメロディへのアプローチからはとてもインスパイアされているし、彼の音楽全般的に魅了されるんだ。それでテクノもジャングルもドラムンベースも好きだけど、UKガレージも好きで……わりといろんなジャンルが好きで、ハウス・ミュージックもいろいろ好きだな。ダブステップの初期もいいよね。でもとくにジャングル、ブレイクビート・ハードコアが好きで掘り下げれば、サンプルやブレイクビーツが好き。だから9月に〈Planet Mu〉からリリースするものは全部ブレイクビーツだよ。今作(『She Smiles~』)は全部ドラムマシーンで作ったからね。9月のは、ドラムマシーンもあるけどメインはブレイクビーツですごくテンポが速いんだ。
万人受けするものではなかったとしても数百人のひとが好きになってくれるかもっていう部分を楽しんだ。それにレッド・ホット・チリ・ペッパーズへ復帰して、たくさんのひとに愛されるような音楽を制作する楽しさも同時に味わっているんだ。
■あなたは以前からAIについて考えを巡らせているとのことでしたが、以前よりもさらに人工知能が発達する現在、AIが作る音楽と人間が作る音楽を分けるポイントはどこにあると考えていますか?
ジョン:ジャンルでいったらジェネレイティヴ・ミュージックがある意味AIが作る音楽っぽいけど、厳密に言ったらAIが作った音楽ではないしね。誰かが昔、AIが作る音楽であったらジェネレイティヴしかないんじゃないかって言っていたんだけど……。音楽の要素で忘れてはいけないのが、制限をかけること。誰かがまず制限をかけることをプログラミングしないとね。コンピューターに制限のプログラミングをすることによって、ジェネレイティヴ音楽が生まれている。だからジェネレイティヴ・ミュージックとAI音楽の区別がつかないな。コンピューターは結局人間がプログラミングしなきゃならないし、いろんな計算、選択、判断はできるかもしれないけど、それは人間がプログラミングした範囲内だし。それが重要なところじゃないかな。オウテカが何年か前にリリースしたCD10枚組のボックスセット『NTS Sessions』があるんだけど(註:正しくはCD8枚組、LPだと12枚組)、あれらの音楽は自分たちが作ったプログラムから生産したはず。何年かかけて作ったプログラムだとか。あのプログラムは、たしか短時間で音楽を作ることができるって見解でいる。ボタンを押したら出てくるものすべてが全部オウテカみたいなサウンドを生産するプログラムなんだ。で、彼らは何が出てくるかもわからない状態ではあるんだけど、コンピューターがプロデュースしている間に彼らはそれを操縦することができる。そこでいらないものを省いたり、必要なものを増やすことができる。再生が始まったら操縦できるとはいえ、もし彼らがいなくなってしまったらあのプログラムは人類が生存する限り、ずっとオウテカみたいなサウンドを生み出せるということだ。だから僕のなかでは、AI音楽といったらそれがいちばん近いのかなって。そのプログラムを作っていく過程でやれることよりもやれないことをプログラミングしていくことの方が重要だったわけで……。だからコンピューターがどんなものを生み出すかというよりも、制限されているということが重要だよね。だから繰り返すけど、ジェネレイティヴ音楽とAI音楽を見分けるポイントの違いはわからないな。それに音楽を生み出すには、自由というより制限をかけることが重要だからね。制限のなかでの自由は生まれるけどね。
■トリックフィンガーはエレクトロニック・ミュージックにフォーカスしたプロジェクトだと思うのですが、ひとりのミュージシャンとして、ギタリストのアイデンティティとエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーのアイデンティティが今後融合していく可能性は感じていますか?
ジョン:まずアーティスト名について整理したいんだけど、9月に出すアルバムはジョン・フルシアンテの名前で出すんだ。僕名義でエレクトロニック・ミュージックのものは過去にわりとリリースしているから、トリックフィンガーがエレクトロニック・ミュージックのときの名前とは限らないんだ。でもたしかにトリックフィンガーではインストのみだし、一切僕がギターも演奏しなければヴォーカルもいれてないものではあるね。
あとどれだけのひとが知っているかわからないけど、僕名義で出したアルバム『Enclosure』こそヴォーカル、ギター、エレクトロニック・ミュージックが融合されてるね。あれこそ僕自身がエレクトロニック・ミュージシャンでありながらソングライターでもあり、ギタリスト、シンガーでもあることが融合した作品だね。あのようなアルバムはすごく好きだけど、エレクトロニック・ミュージック好きにとってはポップすぎるって言われるし、ロックが好きなひとにとってはエレクトロニック・ミュージックすぎるって言われるし……。あのころは、ひとに自分の音楽をどう思われようとも自分が挑戦するものを作りたかったんだ。僕のコンセプトは、いい曲を書いて、それを崩壊するっていう考えだった。コードを抜いては、それをねじって、合わなくても同じようなヴォーカルのメロディにして……なんてことをやっていた。万人受けするものではなかったとしても数百人のひとが好きになってくれるかもっていう部分を楽しんだ。変なものを作っても、それを好んでくれるひとたちが現れることをね。それに RHCP へ復帰して、たくさんのひとに愛されるような音楽を制作する楽しさも同時に味わっているんだ。これもまた別の課題ではあるけどね。
RHCP で作っている音楽と自分のソロ・プロジェクトに関して大きく違うのは、エンジニアリングの部分だね。僕はもう13年も自分自身がエンジニアをやっているから、ギターをレコーディングしていても何していてもこだわるんだろうな。RHCP で90年代末や2000年代に使用していたシンセはずっと使っている。でもエレクトロニック・ミュージックをやるときは、ギターもヴォーカルも入れない。ギターで曲作りをするときは、ベースやドラムセット、シンガーと何ができるかってことに着目している。それをいまもリハーサルしているよ。リハーサルのあとや週末にリハーサルをしていないときは、ずっとドラムマシーンで遊んでるんだ。いいインストゥルメンタルの音楽ができないかなって。いちばん好きな音楽ではあるからね。だから『Enclosure』や『PDX』でやったようなアルバムを作るとは思えないな。言い切れないけど、今作や〈Planet Mu〉から出すアルバムは、ギターは一切入れてないし、歌ってもいない。その方法で自分を表現するのが好きなんだ。もともと60年代、70年代のオールド・ソウルやファンクが好きでそれのサンプルの大ファンだった僕だけど、いままで以上に研究して、リズムやセンスをそこからもらってギターを演奏しているよ。だからいまの RHCP での僕のギターの演奏はそれらの影響が大きいし、ギターの練習をしたことによって、エレクトロニック・ミュージックの方面でもいい音楽が生まれたと思っているんだ。ギターでの曲作りはこの数年やっていなくて、練習に徹した。でもそれが、エレクトロニック・ミュージックのほうへもうまくいい影響になったと思っている。
■いまちょうど話が出ましたが、レッド・ホット・チリ・ペッパーズへの復帰が発表され、いまはパンデミックでライヴができないとはいえ、今後バンド活動も活発になっていくだろうと思います。ただ、そのなかでもソロの楽曲制作は続けられますよね?
ジョン:その通りだね。バンドに復帰したのはエレクトロニック・ミュージックを続けられることがわかっていたからだし、両立できる余裕もあるしね。夏にライヴをやる予定だったんだけど、全部来年へ延期になった。だから来年の夏には RHCP のライヴ活動が実現できることを願っている。いまは曲の制作中だよ。目標は今年の終わりにはスタジオに入ってアルバムの制作に入るか、もしくはアルバムを作り終えることなんだ。復帰したらすぐに曲作りが始まって、新曲が出せるようにしようという話だったし。バンドのメンバーとして1998年に戻ったときからエレクトロニック・ミュージックを作らせてもらっていて、時間に余裕があるのもありがたい。僕はロック・ミュージシャンとして、エレクトロニック・ミュージシャンとして、ふたつの表現がしたいし、自由でいたい。9月に出すアルバム『MAYA』は僕の愛猫の名前なんだ。昨年癌が見つかって、最近亡くなってしまったんだ……。RHCP の『Stadium Arcadium』の制作に入る寸前に飼いはじめて、そこからずっと僕が音楽を作るときも音楽を聴いているときも練習しているときもずっと僕の隣にいたんだ。だから彼女の名前をアルバムのタイトルにつけたかったんだ。