「KING」と一致するもの

Ryuichi Sakamoto | Opus - ele-king

 近所の本屋で立ち読みをしていたらBGMがなんとも素敵なドローンに変わった。スーパーの上にある店にしては粋な選曲じゃないかとうっとり耳を傾けていたら、店員さんが押している台車が視界の端に入ってきた。ドローンどころか音楽でもなくて、台車がガラガラと立てていた音だった。ガラガラガラ……。いや、でも、坂本龍一が言っていたのは、こういうことだよなと気を取り直す。あらゆる音に音楽を聴き取るということはこういうことだろうと。ほんの数秒だったけれど、それはとても素敵なドローンだった。自分が好きな種類の音だったことに変わりはない。台車の重さだとか、店員さんが押すスピードだとか、様々な条件が重なって出た音がそれだったのである。それから数日後、同じ本屋の前を通りかかると、再び、ガラガラガラ……と同じ音が聞こえてきた。ああ、また、台車の音かと僕の脳は初めからその音を音楽としては受けつけてくれない。覚めきった脳である。もう一度ぐらい騙されてくれてもいいではないか。そして、そのまま歩き続けると、その音は台車ではなく福引きのガラガラポンを回す音だった……

 坂本龍一の最後のピアノ演奏を収めた記録映画。坂本龍一が音響設計に携わった109シネマズプレミアム新宿で観ることができた。『Playing The Piano 2022』と同じく坂本龍一がひたすらピアノを弾き続けるだけで、「opus」は「作品」の意(『BTTB』の冒頭を飾る〝Opus〟はかなりゆっくりとしたアレンジに改められている)。

 最初の曲は〝Lack of Love〟。坂本龍一の訃報が伝えられた直後にSpotifyで1位になった曲である。死後に何が起きるか予言していたみたいで、ちょっと驚く。真上とか横からカメラが寄っていくのではなく、穏やかでどことなくミステリアスなピアノを演奏する坂本龍一の背後からカメラが近づいていく。もしも撮影しているのが他人であれば、坂本は手を止めて振り返るような気がするけれど、息子が監督だからだろうか、無防備な背中は振り返ることなく、後ろを向いたまま。背中というより「気配」の視覚化と言いたい。こんなところから見ていいのだろうか。そんな気分に襲われる。大袈裟にいえば家族の一員になれたようなオープニングである。

 宣伝資料には「コンサート映画」と謳われている。だとしたら、以下、具体的な曲名は伏せて「作品」を眺望してみよう。意外な選曲。意外な曲の構成をひた隠しにして宣伝の片棒を担ぐことにしたい。ユーチューブを検索すると坂本龍一は自分がかかわった映画についてあれこれと話す動画をたくさんアップしていることがわかる。そして、そのどれもがあまり視聴されていない。『あなたの顔』や『さよなら、ティラノ』など、いろんな映画を見てもらいたくて彼は勝手に宣伝していたのだろう。僕もいまは似たような気持ちである。

 ピアノの演奏を収めた映像となると背中ばかりを映し出すわけにはいかない。坂本親子といえどもそこまでは前衛ではない。何曲か観ていると、定石通りに手元のクローズ・アップが映し出される。角度の妙なのだろうか、手元のクローズ・アップを何度か観ているうちに坂本の両手が2匹の魚に見えてきた。飛び魚が水面を跳ねて泳ぐように坂本の両手が抜いたり抜き返したりを繰り返す。曲が終わると両手がふわっと宙に持ち上げられる。坂本龍一追悼号で坂本とコラボレーションを続けたテイラー・デュプリーにどうして『Disappearance(減衰)』というタイトルにしたのか尋ね、「2人とも人生や自然の儚さに惹かれていたから」(p43)という答えを得たのだけれど、坂本がふわっと手を宙に持ち上げると、手の先にはまだ音が残っていて、それがゆっくりと空中に消えていくプロセスが目に見えるよう。曲の終わりだけではない。ひとつの音が現れては消え、次の音が現れては消える。その繰り返しに2匹の魚が自然と重なっていく。

 『Opus』が捉えたのは、結果的に最後の演奏ということになったわけだけれど、どういうわけか、枯れた演奏という感じはしなかった。どの曲も次の演奏はなく、「これで終わり感」のようなものはあるのに、そのことと「枯れる」という感覚が結びつくことはなかった。似たような和音を続けざまに抑えたり、少しずつ音階がずれていく展開など、なんというか、正解を探り続けているというのか、坂本の中で完結したものを聴かされているという気がしないのである。うまく言えないけれど、この世界には感情のツボがあって、そこを一緒になって探っているような能動的な気分になっている。僕は長いあいだ『B-2 Unit』や『Esperanto』がとても好きだった。だけど『Out Of Noise』が自分の気持ちに入り込んだ瞬間から初期の作品には幼さを感じるようになり、以前と同じ気持ちで聴くことができなくなって名盤として同列に扱うことも無理になり、それだけ『Out Of Noise』が醸し出す慈しみやスケールの大きさに圧倒されて〝Merry Christmas Mr. Lawrence〟が無限大に膨れ上がったヴィジョンに包まれたような気がしていた。『Opus』を観ていて感じたこともそれに似たものがあり、枯淡の境地というような距離感のあるものには思えなかった。

 そして、それらとまったく違ったのが〝Tong Poo〟。この曲だけは「次はない」という気がしなかった。やはりこの曲にはこれからYMOを始めるぞという坂本の野心が目一杯つまっていたからだろう。それまでずっと続いていた穏やかな海とは違い、〝Tong Poo〟からは人生の荒波に乗り出す期待がいまだに躍り出してくる。だからか、逆説的に「枯れた演奏」という表現がこの曲だけには当てはまると思う。少なくとも『BTTB』に収められた獰猛なヴァージョンと比較したらそれこそ老いを感じさせる演奏ではある。そして、他の曲とはあまりにトーンが違うからか、〝Tong Poo〟だけはすぐに演奏が始まらない。ほかの曲でもやり直しや単純な失敗はあったのだろうけれど、調子を整える場面を残したのはこの曲だけだったというのは映画の構成的にも正解だったと思う。

 ピアノ1台だけなのにベースが聴こえてくるような気がする曲もある。演奏しながら鼻の下を伸ばす仕草も監督は逃していない。比較的好きではなかった曲もまったく違った曲に聴こえた。〝Merry Christmas Mr. Lawrence〟は様々な時期の演奏を聴いてきたつもりだけれど、極端に高音を強調した初期の演奏や最も落ち着いた2010年代の演奏、あるいはイントロの前に別なイントロがついたヴァージョンなど、そのどれとも異なる演奏で、音階が違うわけではないと思うけれど、そこはかとなく音数が多い気がして、あまりに簡素だった『Playing the Piano 2022』やモチーフによってテンポが急変する〝Merry Christmas Mr. Lawrence - Version 2020〟の演奏がまだ頭に残っているせいか、一度だけでは消化できない情報量が耳に残ったままになっている。この情報量をしばらく頭の中で転がし続けられることが、おそらくは幸せなことなのだろう。

PS

 昨年始めに『12』のレビューで坂本龍一が盛んに大学生の僕たちを笑わせようとしたことを書き、これを読んでくれた小山登美夫が、イヴェントが終わってから坂本さんに「暗いよ」と言われ、だからしつこく笑わせようとしたのだということが判明いたしました。40年前も前のナゾがいまさら解き明かされるなんて。


PIED PIPER OF FUNKINGHAM - ele-king

SEALD

KING JAMES VERSION - ele-king

interview with Lias Saoudi(Fat White Family) - ele-king

 ロックの本質をラディカルなものだと捉えているバンドマンは絶滅種に近い、とまでは思わない。日本からUKを見た場合、リアス・サウディやスリーフォード・モッズのような人たちはすぐに思い浮かぶけれど、まだ紹介されていないだけで、じつはほかにもいる。だから、UKロックがいよいよファッショナブルな装飾品になった、というのは早計だ。が、こんにちのロック界がラディカルなものを求めているのかどうか……ぼくにはわからない。
 ジョン・ライドンやジョー・ストラマー、あるいはポスト・パンク世代たちのインタヴューが面白かったのは、彼ら彼女らが、自分が言いたくても言えなかったことを言っていたから、という気持ちだけの話ではない。彼ら彼女らの発言には、たとえ平易な言葉であっても社会学や哲学、政治の話を聴いているかのような、知性に訴えるものもあった。リアス・サウディのインタヴューは、あの時代のUKインディ・ロックの濃密な実験が完全に消失されていなかったことを証明している。意識高い系へのウィットに富んだ反論という点では宮藤官九郎の「不適切にもほどがある」と微妙にリンクしているかも……いやいや、ファット・ホワイト・ファミリーのリスナーの大部分は昭和など知らない、ずっと若い世代です。
 とまれ、ファット・ホワイト・ファミリーが5年ぶりの4枚目のアルバムをリリースするまでのあいだ、バンドの評判が母国において上がっているとしたら、ベストセラーとなった共著『1万の謝罪』の効果もあろう。が、音楽シーンにおける難民となっている彼らだから見えている光景を、人はもうこれ以上、目を逸らすことができなくなってきているという状況があるとぼくはにらんでいる。この、いかんともしがたいダークな事態が続くなか、風穴をあけんとジタバタし、破れかぶれにもなり、じつを言えばなんとしてでもロックンロールを終わらせたくない男=リアス・サウディへの共感は、スマートではないからこそさらに熱を帯びることだろう。彼にはいま、作家としての道も開けているそうだが、ぼくとしては、ひとりでも多くの日本人がファット・ホワイト・ファミリーの音楽を聴いてくれることを願うばかりだ。


中央にいるのが、取材に応えてくれたリアス・サウンディ

テイラー・スウィフトを聴く方が、あの手のバンドを聴くよりも「侮辱された」って気にならないだろうな。例の「ポスト・ポスト・ポスト・ポスト・パンク」バンドの手合いね。生真面目で、時機に即した正義感あふれる歌詞、たとえば「自分たちはどれだけ移民を愛してるか」だの、ジェンダー問題云々、まあなんであれ、そのときそのときでホットな話題を取りあげる連中。

素晴らしい新作だと思いました。

Lias Saoudi(LS):オーケイ。

この時代のムード、とくにやるせなさや空しさをひしひしと感じました。

LS:うん。

最初にアルバムを通して聴いたとき、いちばん心にひっかかったのは、“Religion For One”でした。ぼくは英語の聞き取りのできない日本人なので、頼りはサウンドだけです。その次が“Today You Become Man”で、これが気になったのはサウンドと曲名です。ほかの曲も好きですが、この2曲から感じた、恐怖、混乱、倒錯的な快楽、目眩、空しさ、これらはこのアルバムのなかで重要な意味をなしているように思いました。この感想についての感想をお願いします。

LS:ああ、だから一種の、想像力およびアクションの麻痺、みたいなことなんだろうな。ある種……それが注意力を引きつけるのは当然のことだ、というか。だって、それ以外に何も起きてないわけだから。

通訳:それは、現在の世界では何も起きていない、ということでしょうか?

LS:そう。いまやこう、ぞっとするくらいの停滞状態、というポイントにまで到達したと思うし。だから一種の、この……アポカリプスか何かの一歩手前、って状態が恒久的に続いている、みたいな? つまり、そうなる寸前の段階で時間が凍りついて止まってる感じ。だから逆に、いっそ物事が崩れ落ちてくれる方がむしろ救いになるんじゃないか、と。それってだから、永遠に変わらない型/枠組みが存在する、波頭が砕けることはない、ということだし。とにかく、そういう……まじりっけなしの不安感がある、と。で、思うにそれがおそらく、「これ」と明確にわかるやり方で、ではないにせよ、おれが伝えようとしてることなんじゃないのかな。とは言っても〝Today You Become Man〟、あの曲は、おれの兄の体験した割礼のお話で。

通訳:えぇっ? そ、そうなんですか!

LS:(苦笑)うん、彼は子供の頃に割礼を受けて……おれたちは半分アルジェリア人の血が混じってるんだ。だから兄は父方の故郷で、北アフリカの山々で割礼を受けた、と。

通訳:なるほど。かなり残忍な儀式、という印象ですが。

LS:ああ、かなりむごい。兄は麻酔も受けずにカットされたし……

通訳:ぐわぁ〜っ、聞いてるだけで痛そうで、きついなあ。

LS:フハハハハッ! でも、だからなんだよ、あの曲がかなりナーヴァスなものに響くのは。

音だけだと、あの曲はフィリップ・K・ディックの小説で描かれる悪夢みたいで、強烈に惹きつけられました。

LS:なるほど。一種、そうかもね。ハッハッハッハッ!(※ディックは「陰茎」を意味する言葉でもある)

通訳:たしかに……(苦笑)。

LS:でも、あのとき兄は5歳くらいだったはずで。だからあの曲では、兄があの思い出を語るときにやるおれたちの父親の物真似、それをおれが真似てるっていう。あの曲で起きてるのは、そういうことだよ。

このグループのなかに、アルバート・アイラー的な面はあるよね。思うに……おれ自身は、フリー・ジャズに造詣が深いとは言えないだろうな。ただ、誰もが色々でっちあげたというか、アルバム作りのあの時点で、みんな、思いつくままクソをあれこれと壁に投げつけて、何がこびりつくか見てみよう、と。

フリー・ジャズは聴くんですか? “Today You Become Man”にその影響がありますが、もしそうなら、とくに好きな作品/アーティストは?

LS:まあ、このグループのなかに、アルバート・アイラー的な面はあるよね。思うに……おれ自身は、フリー・ジャズに造詣が深いとは言えないだろうな。ただ、誰もが色々でっちあげたというか、アルバム作りのあの時点で、みんな、思いつくままクソをあれこれと壁に投げつけて、何がこびりつくか見てみよう、と。

通訳:(笑)

LS:あの曲は実は、9人で演奏した、20分近いジャムみたいなものだったんだ。だからアルバムに収録したのは、そこからカットした短い部分。

通訳:ジャムから編集してアルバム向けの尺にした、と?

LS:っていうか、あの曲のヴォーカルにとって「これだ」と完璧に納得できる、その箇所だけ使った。

FWFの10年の歩みを綴った、アデル・ストライプとあなたの共著『Ten Thousand Apologies: Fat White Family and the Miracle of Failure(1万の謝罪:ファット・ホワイト・ファミリーと失敗の奇跡)』(2022)はいつか読みたい本です。レヴューを読む限りでは、FWFの歴史においての、おもにドラッグ常用者の手記みたいなものらしいですが、合ってます?

LS:ああ……。

通訳:もちろんドラッグ体験ばかりではなく、バンド・ヒストリーも追っているのでしょうが。

LS:まあ、本の多くは、おれとおれの弟(Nathan Saoudi)の生い立ちについて、だね。アルジェリア半分/英国半分の子供で、北アイルランド、そしてスコットランドで育ち……ということで、まあ、とにかくちょっとばかし奇妙なお膳立てだったわけ。で、続いて20年くらい前のロンドン音楽シーンの話になり、みすぼらしい生活、一時的なスクウォット暮らし等々……不潔さ、カオス、ドラッグが山ほど出てくるよ、うん。でも、どうなんだろ? たぶん、これくらい早い時点でああいう本を書くのは、ちょっと妙なんだろうな。ただ、パンデミック期だったし、おかげでほかに何もやることがなかったし、だったらまあ、ここでひとつ過去を吟味してもいいだろう、と。当時は音楽活動をまったくやってなかったし。

この本を書こうと思った動機について聞きたいのですが、たしかに「バンドの伝記」はちょっと早いですよね。いまおっしゃったように、コロナがきっかけだった? それともいつか書きたいと思っていた?

LS:いいや、たぶんアデル・ストライプは、どっちにせよこのバンドのバイオグラフィを書くつもりだったんだと思う。彼女はパンデミックの前から、おれに協力を要請していたからね。パンデミックが世界的に爆発したまさにその頃に、おれたちは日本・中国・台湾・香港etcを回ってるはずだったんだよ(※2020年3月に予定されていたがキャンセルになったツアー)。だから本来は、おれがロード生活の合間に彼女にいくつかのパラグラフをメールする予定だったわけ。ところが何もかも一時停止し、バンド全員が家にこもっていたし、ほんと、こりゃ執筆には完璧なタイミングだな、と。うん、あれはまあ、一種のセラピー的なプロセスだったというか。どうかな? とにかく、もっと過去に起きた、とんでもなくカオスな出来事の数々を自分なりに理解するのに役立った。ほんの少しだけど、それらからなにがしかの理解を引き出せた。

書名を『Apologies(謝罪)』としたのはなぜ? 単純な話、まわりに迷惑をかけたからでしょうか?

LS:んー、おれが思ったのはそれよりももっとこう、このバンド内には常に、非常に悪意に満ちた、有害な対人関係の力学が存在してきたわけ。おかげでその歴史は丸ごと、絶え間ない川の流れのような無意味な謝罪の連続、みたいな。つまり、あれは一種の内輪ジョークというか。ほとんどもう、いちいち相手に謝るのすら面倒くさいというのに近い。どうせまた険悪になるんだし、だったら中身のない謝罪ってことだから(苦笑)。

通訳:なるほど。バンド内のテンションや個人間の葛藤もありつつ、それでも仲直りし再出発するものの、でもまた誰かがおじゃんにする、の繰り返しで続いてきた、と。

LS:まあ、悲惨なのは、この……「仕事」というのか何というのか、そのいちばん魅力的な面というか、本当はたぶんそうするべきじゃないのに、でも続けたくなってしまう、その理由って、パフォーマンスをやることと、そしてそれにまつわる経験すべてのもたらすハイなんだよね。だから、おれたちの間で起きた口論の数々は、みんなの生きてる自然界での当たり前の人間関係だったら、たぶん完全な仲違い・絶交に繫がっていただろう、そういう類いのものだったわけ。普通なら、自然死していたはずだ。でも、おれはこの、いわば痛みを感じにくい生命維持装置めいたものをまとい続けていたし、それって風呂に浸かったまま生きるようなもんで、だから毎晩のようにマジにエクストリームなことをやっていた、と。ところがいったんライヴが終わるや、一気に罪悪感が出てきて、全員がハイな状態のままで「ごめんな」「悪かった」とか、謝り合うわけ。すると急に、「何もかも滅茶苦茶だけど、それでもオーライ!」って信じることができるっていう。それってある意味……勝手な思い込み・妄想なんだろうな。一種、毛布をひっかぶってイヤなものは遮断する、そういう幻想っていうかさ。そうやってひたすら目をつぶって邁進し続け、でも状況はどんどん悪化し、恨みや憤りもどんどん積み重なっていく、と。うん、そんなとこ。

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そもそもこのバンドは常に、なかばダダイスト的な、社会実験みたいなものだったからね。だから、ヒットを出して大きく当てる、みたいなことはハナから意図してなかった。

“Religion For One”には不思議なパワーを感じます。負の感情が横溢していますが、この曲には陶酔感もありますよね。曲ができた経緯を教えてください。

LS:えーと、あの曲を書いたのはいつだったっけ? フーム……ああ、パンデミックが起こる直前に、おれは曲を書き始めて、それとフィンガー・ピッキングのギター奏法も勉強し始めたんだ。フィンガー・ピッキングでギターを弾きたいとずっと思ってきたし、ここでもまたパンデミックが、アコギで指弾きをやるのを習得する格好のタイミングになった、と。で、おれはちょっとした曲を作り始めたし、それらは、そうねえ……「えせレナード・コーエン」調とでもいうか? 単に自分で浸って書いていたし、あとまあ、〝Suzannne〟をギターで弾こうとえんえん練習してたから、というのもある。で、そのプロセスのなかからこの曲が浮上してきた、みたいな。たしかあの頃は、ルーマニア人の悲観主義作家/思想家のE・M・シオラン(Emil Mihai Cioran)をよく読んでたな。

通訳:ほう。

LS:彼の文章はまあ、「宇宙的にブラックな笑い」、みたいな? で、あのときのおれが向かおうとしていたのも、そのノリだったわけ。というわけで、そうだな……(小声でつぶやく)さて、あの曲を書いたのはいつだったかな、はっきり思い出せない……まあともかく、いまからずいぶん前の話だよ。おれが、いわゆる「タートルネックを着た、真面目なフォーク吟遊詩人」になろうとしていた間に書いた曲だ。

通訳:(笑)ボブ・ディランみたいな?

LS:そう、ボブ・ディランか何かみたいな(笑)

FWFのなかは、ロックにおける成功とはいったいなんなのか?という、カート・コベイン的なヒニリスティックな疑問があるのでしょうか? たとえば、大衆受けする曲を書いて、こうして取材を受けて、売れて、儲かるという、それらすべてのポイントってなんなんだ? みたいな。

LS:いや、おれは複数のバンドを掛け持ちしようとしてるし、執筆活動もやる。だから、9時5時の普通の仕事をせずに食いつなぐためには、色んなことをやらなくちゃいけないわけ。だからおれからすれば、自分が標準的な職に就くのを回避できたら、それは漠然とした「成功」と捉えていいだろう、と。もっとも、公正を期すために言うと、今のこの仕事(=バンド〜アーティスト活動)だって、ある意味、普通の仕事と同じくらい嫌いなんだけどね。普通の仕事をやってる方が、たぶんもっと経済的に楽だろうし。ってことは、自分はそこすら勘違いしてたんだろうな、つまり自分なりの「成功」の定義のレベルですら、あまりうまくいかなかった、と。いやだから、以前のおれは、ステージに登場しただけで、バンドがまだ何も始めてないのに観客が拍手喝采する、そうなったら成功だろうと思ってたんだよ。ほら、人気を確立したバンドのライブだと、彼らがステージに上がった途端に、もうお客は拍手するわけじゃない? そうなったら、たぶん自分はそれだけで満足だな、昔はそう思っていたわけ。でも、満足するってことはなかった。それ以外にも、求めることはいろいろあるっていう。ただ、近頃じゃ……スポティファイ等々の権力を持つ側が基本的に、「お前にはなんの価値もない」と決めてしまったわけでね。だからおれたちも、「ロックンロールのサクセスとは何か」の定義/尺度を格下げしなくちゃならなかった、と。その公式見解に足並みをそろえるのは可能だし、そうすればもうちょっとバンドも長続きするかもしれないけど、そもそもこのバンドは常に、なかばダダイスト的な、社会実験みたいなものだったからね。だから、ヒットを出して大きく当てる、みたいなことはハナから意図してなかった、という。まあ、いわゆる「インディ・ロック」と呼ばれる類いの音楽で実際に成功してるもの、それらの実に多くはマジに、もっとも憂鬱にさせられるような戯言だしね。あれを聴くくらいなら、おれはむしろ……いや、実際にテイラー・スウィフトを聴いたことはないけど、たとえば彼女の類いの音楽を聴く方が、あの手のバンドを聴くよりも「侮辱された」って気にならないだろうな、と。つまり、例の「ポスト・ポスト・ポスト・ポスト・パンク」バンドの手合いね。生真面目で、時機に即した正義感あふれる歌詞、たとえば「自分たちはどれだけ移民を愛してるか」だの、ジェンダー問題云々、まあなんであれ、そのときそのときでホットな話題を取りあげる連中。それこそもう、「いま熱い」トピックを次々に繰り出す糸車みたいだし、しかもそのすべてに歯を食いしばるようなひたむきさが備わってて。だから、ユーモアにもセックスにも欠けるし、ただひたすらこう、「乾いてる」という。そういうのには、おれはとにかく、一切興味が持てない。

通訳:カート・コベインについてはどう思いますか? ニルヴァーナは90年代でもっとも成功したロック・バンドのひとつになり、彼はその重圧に苦しみました。で、大ヒット作のパート2ではない『In Utero』を作ったのは一種の「自己サボタージュ」だったと思います。『In Utero』はいまではクラシック・アルバムとされていますが、当時はニルヴァーナのキャリアを棒に振ると言われた問題作でしたし――実際、彼は自らの命を絶ってしまいました。彼のそういう厭世的なところは、理解/共感できたりしますか?

LS:そうだな、今日の……おれたちが生きてる時代の音楽の歴史って、実際面での再編成に影響されてるんじゃないかな。つまり、音楽をやってもちっとも金にならない、と。その点は本当に、とにかく何もかもの力学を丸ごと変えたと思う。不可能だ、と。だからもう、そうしたことをやる権限はないわけ。おれが見渡す限り、そういうタイプのスター、あるいはならず者的な存在は見当たらないし、うん、少なくともロックンロールの世界では、そうした人物は過去の遺物だね。まあ、もしかしたらカニエが、ラップ界でその旗を振ってるのかもしれないけど(苦笑)?

通訳:(笑)たしかに。

LS:(笑)「マジにファッキン狂った男」をやってて、危ない奴だ、と手かせ足かせで拘束されるっていう。一方でロックンロールはいまや、ブルジョワ階級の道楽めいたものになってる。こけおどしの儀式/祭典みたいなもんだし、これといった文化的な生命力は、そこにはもはやない。とにかく都会暮らしの中流階級のガキが繰り広げる仮装大会だし、要するに、そこには鋭い切れ味がすっかり欠けている、と。だから、いま言われたような「成功を拒絶する」型の声明を打ち出すのは、もう、どんどんどんどん、むずかしくなる一方なわけ。ってのも、メンバー全員が完全に頭がおかしくなり、あっという間に爆発してしまうことなしにバンド活動を続け、作品を出しツアーに出続けるのは、もう不可能だから。いまバンドをやってる連中は、そこにこもってODできるような私邸すら持ってない。三回離婚しても慰謝料を払えるほど稼いでもいないし、個人的なメルトダウンを起こしたら逃げ込める私有牧場も持ってない。コカインは高過ぎて買えないから、それより安いスピードに切り替えるしかないし、ヘロインの代わりにフェンタニル(※合成オピオイドの鎮痛剤)を使う……みたいな感じで、とにかくあらゆる基準において、何もかもが格下げされてきた。もちろんほかのすべて、生活基準etcもグレードが落ちてるけど、音楽におけるそれは、とりわけひどい。音楽がいかにシェアされるか、という意味でね。それこそもう、基準なんて存在しない、というのに近い。少し前に――これまた一種の「ロックンロールの自殺者」と呼んでいいだろうけど――デイヴィッド・バーマンに関する記事を読んで。

通訳:ああ、シルヴァー・ジュウズの(※1989年結成のUSバンド。2005年にラスト・アルバムを発表し09年に解散、フロントパーソンのバーマンは2019年に新プロジェクトをデビューさせたものの程なくして自殺)。

LS:うん。デイヴ・バーマンについて読んでたんだ、彼が自ら命を絶つ少し前にリリースした、最期のアルバムがとても好きだから。

通訳:『Purple Mountains』ですね。

LS:そう。あれはほんと……今世紀のもっとも美しいレコードのひとつ、というか。それくらい、本当にあのアルバムが好きで。でまあ、それで彼に関する記事を読んでたんだけど、そこに「彼はナッシュヴィルに家を買った」みたいな記述があって。90年代のレコード売上げ等々で彼には家を買えた、と。それを読みながら、おれは……いやだから、シルヴァー・ジュウズを聴くと、そのいくつかはとんでもない内容で(苦笑)。

通訳:(笑)

LS:それこそ、もっとも商業性のないオールドスクールなフォーク・ロックみたいなノリだし、歌詞にしてもへんてこで脱線気味。どう考えても「ヒット曲満載」ってもんじゃないし、支離滅裂で。だから「えぇっ、デイヴ・バーマンはあれでも家を買えたんだ!」と驚いた。「一体どうやって?」と思った。でも、ああそうか、90年代だったからか、と納得したっていう。

通訳:時代もありますし、あの頃のナッシュヴィルでも、郊外ならまだなんとかなったんじゃないですか?

LS:ん〜〜、たしかに。それはそうだな。ナッシュヴィルの不動産価格をきちんと調べた上でじゃないと、これに関して早合点はできないかもしれない。

通訳:(笑)。いまは、たとえばナッシュヴィルで腕を磨いたテイラー・スウィフトの成功で再び新世代のカントリー・シーンが盛り上がり、状況も違うんでしょうが。

LS:だけど、カントリーは常にかなり人気があるジャンルだと思うけど? それって、アメリカ国外のおれたちみたいな連中には認識できない、そういうもののひとつだと思う。ただ実際には、カントリーはアメリカでいちばん人気のある音楽と言っていいくらいポピュラーで。ヘタしたらヒップホップよりビッグかもしれないし、産業としてもめちゃめちゃ巨大だろうし。で、その再重要地点がナッシュヴィル、みたいな。だから、いまはもちろん90年代ですら、家の価格はかなり高かったんじゃないかと思うな……。ちょっと話が逸れたけども。

メンバー全員が完全に頭がおかしくなり、あっという間に爆発してしまうことなしにバンド活動を続け、作品を出しツアーに出続けるのは、もう不可能だから。いまバンドをやってる連中は三回離婚しても慰謝料を払えるほど稼いでもいないし……みたいな感じで。

たしかに。質問に戻りますが、先ほど「音楽にヴァイタリティがなくなってしまった」とおっしゃっていましたが、文化全般についてはいかがですか? 60年代末のカウンターカルチャー、パンク〜レイヴ・カルチャーの時代に比べて、文化の力が弱まったという意見がありますよね。あなたもそう思いますか? もしそういう自覚があるようだったら、その苛立ちというのはFWFに通底していると言えるのでしょうか?

LS:まあ、基本的にインターネットがそうした物事のすべて、君がいま挙げたようなサブカルチャーetcのポテンシャルを一掃してしまったんだと思う。それらはみんな、「ポスト・インターネット時代」においては認知不可能なものになってしまった、と。人びとの頭のなかに入り込んでしまう、この、奇妙な均質化と関連してね。つまり、インターネットの本質に不可欠なのは、可能な限り誰もがほかのみんなと似たり寄ったりになる、ということだし、そうすればマシンもより円滑に機能するわけで。思うに、かつて特定のファッションなり、音楽やサウンドなり、とある地域なりの周辺に集まって融合したエネルギーというのはすべて……そのエネルギーはきっと、何かに対する反抗だったり、あるいは単に、抑圧された表現の奔出だったんだろうけども――それらは全部、この「オンライン空間」みたいなものにパワーを集中し直したんじゃないかと。というわけで、意地の悪いケチな争い合いの数々に、色んなヴァイラル/TikTokのバズの堆積物の山だの……要するに君は、エンドレスに連続する、減少していく一方の無数の「無」を前にしてる、みたいな。フィジカルな世界で有機的に成長していくことのできる、真の意味での焦点/中心点ではなくてね。何もかもからそれが剥ぎ取られてしまい、そうした過去のサブカルetcに対するノスタルジアがそれに取って代わった感じ。おかげで、安っぽいイミテーションだのパロディが絶え間なく出て来るし、いまやもう「パロディのパロディの、そのまたパロディ」みたいな地点にまで達してる。でも、たとえばUKを例にとってみても――もちろん、音楽はいまだに英国有数の大産業だし、もっとも稼ぐ輸出産業のひとつなんだよ。ただ、そんな国なのに、全国各地で小規模のライヴ・ハウスやクラブ会場が消えつつあって、その存在は風前の灯。代わりに、新たなアリーナ会場が作られてる。

通訳:ああ、そうですよね。

LS:アリーナ公演のチケット代が天井知らずで上がる一方で、200〜300人規模のヴェニューは店じまいしてるわけ。だからなんというか、ギー・ドゥボール的な「スペクタクルの社会」になってる、というか? そこにはプラスチックでにせの「神」的存在が次々担ぎ出され、古風なロックンローラー、それこそテイラー・スウィフトでもいいし、ポール・マッカートニーでもいいけど、その手の重々しい「巨人たち」が登場する、と。ただ、そんな見世物はどう考えてもこっちも即応できる反応的なものじゃないし、観客が参加することも、何か加えることもできない。そこでは何もかも司令部からのお達しに従っているし、すべては大企業型の、こちらを疎外するような中央集権的なノリ。でも、そこが変化するとは、おれは思わないな。というのも、60年代等々の、文化がまだ重要だった時代から遠ざかれば遠ざかるほど、それに対するノスタルジアは強まる一方だろうから。人びとは20世紀半ば以降の半世紀を振り返って、あの頃は文化的に最高な時期だったと思うんだろうし、とくに、ポップやロックンロールといったタイプの音楽に関してはそうだろうね。ただ、あれらは本当にその時代特有の、かつ、当時の社会経済およびテクノロジー状況に固有の音楽であって。つまり、あの頃にはまだ第二次大戦後復興期の若々しい元気さがあったし、ある種のナイーヴさもあったわけで。新たに生まれた各種テクノロジーに対する、子供のあどけなさに近いものもあったし、そうやってラジオやロックンロールのパワーをコントロールしていった若者たちに、まだ企業/体制側も追いついていなかった、と。うん、いまの時代に、それはまったく不可能な話だと思う。

新作には、ダンサブルな曲がいくつかあります。“What’s That You Say”や“Bullet Of Dignity”のことですが、こうしたエレクトロ・ディスコな曲をやった経緯について教えてください。つまり、あなたはダンス・ミュージックにどんな可能性を見ているのか。

LS:いや、っていうか、おれはDecius(ディーシアス)って名前のダンス・ミュージックのプロジェクトもやってるんだ、パラノイド・ロンドンの奴らと一緒にね。そこではクラシックなハウス〜テクノ系の音楽をやってるよ。でもまあ、ダンス・ミュージックへの傾倒は以前からあったし、何年もの間に自然に、徐々にそっちに向かっていたんだと思う。だから、とくに深く考えてのことじゃないね。たまたまそういう流れだった、と。おれたち、ドナ・サマーのファンだし。

通訳:(笑)彼女は最高です! とにかく『Forgiveness Is Yours』は時代のムードに合っている作品でとても気に入っています。どうも、ありがとうございました。

LS:ありがとう。バイバイ!

4月のジャズ - ele-king

 先日、サックス/フルート奏者のチップ・ウィッカムのインタヴューをおこなったが、そこでも話題に上ったのがハープ奏者のアマンダ・ウィッティングだ。チップ・ウィッカムのアルバム『Blue To Red』(2020年)、『Cloud 10』(2022年)に参加しているが、彼と出会ったのはマシュー・ハルソール率いるゴンドワナ・オーケストラのツアーで、そこから親交がはじまっている。マシュー・ハルソールゴンドワナ・オーケストラの作品においてはハープがとても重要な位置づけにあり、必ずと言っていいほどハープ奏者がフィーチャーされてきた。ハープはだいたい女性奏者が演奏することが多く、ゴンドワナ・オーケストラにおいてもこれまでレイチェッル・グラッドウィン、マディ・ロバーツ、アリス・ロバーツが務めてきており、現在それを担うのがアマンダ・ウィッティングである。ほかにもミスター・スクラフジャザノヴァグレッグ・フォート、ヒーリオセントリックス、レベッカ・ヴァスマン、DJヨーダなどと共演してきた彼女は、自主製作で3枚ほどのアルバムをリリースした後、2020年に〈ジャズマン〉から『Little Sunflower』を発表。フレディ・ハバードの名曲をカヴァーしたこのアルバムにおいて一躍注目のハープ奏者となる。そうしてマシュー・ハルソールやチップ・ウィッカムなどとも交流を深め、『After Dark』(2021年)、『Lost In Abstraction』(2022年)にはチップも参加している。


Amanda Whiting
The Liminality Of Her

First Word

 最初はクラシック・ハープを学び、その後ジャズの演奏をはじめるようになったアマンダ・ウィッティングだが、チップ・ウィッカムのインタヴューでは彼女について、1960~1970年代に活躍したジャズ・ハープ奏者の草分けのひとりであるドロシー・アシュビーに近いタイプの演奏家で、メロディアスでソウルフルな演奏が特徴にあると言っていた。そうしたところもあってか、ジャズにおいてもクラブ・ジャズ寄りのアーティストや、エレクトロニックなクラブ系アーティストにも起用されるのだろう。2023年には〈ファースト・ワード〉に移籍して、ヒップホップ/ソウル系のプロデューサー・チームであるダークハウス・ファミリーの片割れであるドン・レイジャーとの共演作『Beyond The Midnight Sun』をリリースしている。ジャズだけでなく幅広いタイプの音楽にアマンダのハープは見事にフィットすることを示したアルバムだった。

 そして、それから1年ぶりの新作『The Liminality Of Her』がリリースとなった。編成はハープ、ベース、ドラムス、パーカッションで、今回もゲストでチップ・ウィッカムのほか、女流DJ/シンガー/プロデューサーのピーチが参加する。そのピーチをフィーチャーした “Intertwined” と “Rite Of Passage” は美しいメロディーと繊細なムードに包まれ、モーダル・ジャズとソウル・ミュージックが結びついた最高の作品と言える。“Liminal” はアフロ・キューバンとジャズ・ファンクが融合したようなリズムで、ドロシー・アシュビーの〈カデット〉時代の名作『Afro-Harping』(1968年)、『Dorothy’s Harp』(1969年)、『The Rubáiyát Of Dorothy Ashby』(1970年)を彷彿とさせる。“Nomad” のハープはまるで琴のような音色で、「遊牧民」というタイトルどおりのエキゾティックなムードを演出する。もっともダンス・ジャズ的な作品は “No Turning Back” で、アフロ・キューバン調の転がるパーカッションに乗った軽快な演奏を披露する。クラブ・ミュージック系アーティストからも彼女が支持される理由がわかる演奏だ。


Shabaka
Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace

Impulse! / ユニバーサル

 シャバカ・ハッチングスは2022年にシャバカ名義でのソロ・アルバム『Afrikan Culture』をリリースしていて、今回リリースした『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』はその第2弾となるもの。『Afrikan Culture』はごく僅かのゲスト・ミュージシャンの手は借りるものの、基本的にはシャバカひとりの演奏のみで完結していた。従って非常にシンプルな楽器編成で、サウンドも原初的なものとなる。ほかのプロジェクトではサックスを演奏することが多いシャバカだが、このプロジェクトではフルート、クラリネット、尺八などで、それ以外にヴォイスも交えている。シャバカはいろいろなプロジェクトをおこなうなかでも、どこかに自身のルーツであるアフリカの音楽を感じさせる作品づくりをおこなってきたが、このソロ・プロジェクトはもっともアフリカ色が色濃く表れたもので、それも現代的なジャズへと行きつく遥か以前の民謡というか、原型的な音をそのまま抽出したようなものだった。

 『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』は参加ミュージシャンが増え、カルロス・ニーニョブランディ・ヤンガー、ミゲル・アットウッド・ファーガソン、エスペランザ・スポールディング、ジェイソン・モランらアメリカのミュージシャンも加わっている。また、フローティング・ポインツアンドレ・3000などクラブ・ミュージックの分野のひとたちから、アンビエント/ニュー・ミュージック界の巨匠であるララージ、エスカ、モーゼス・サムニーリアン・ラ・ハヴァスなどシンガー・ソングライター、ソウル・ウィリアムス、エルシッドなど詩人やラッパーと幅広い人脈が集まる。こうしたアルバムはともすると散漫な印象になってしまう危険性があるが、『Afrikan Culture』にあったような原初的な音楽性は損なわれていない。そして、基本的に音数や楽器はミニマルな構成となっていて、“End Of Innocence” や “As The Planets And The Stars Collapse” など静穏とした世界を展開する。ゲスト・ミュージシャンは多いが、個人個人の色は極力出さないようにしていて、あくまでシャバカの絵のなかの背景の一部となっているようだ。ハンドクラップのようなリズムの “Body To Inhabit” はエレクトロニクスを交えた作品ではあるものの、極めてプリミティヴな音像を持つもので、かつて1980年代にジョン・ハッセルブライアン・イーノとやっていたアフリカ音楽とアンビエントの融合を思わせる。


Glass Beams
Mahal

Ninja Tune

グラス・ビームスはオーストラリアのメルボルン出身のギター、ベース、ドラムスのトリオで、覆面をしてパフォーマンスをするというミステリアスさが話題を集める。東洋音楽と西洋音楽を融合したエキゾティスズム溢れる音楽性を持つが、リーダーのラジャン・シルヴァの父親がインド出身で、幼少期からラヴィ・シャンカール、アナンダ・シャンカール、R.D.バーマン、カルヤンジ・アナンジなどのインドの音楽に親しんできたという背景がある。インドや中近東、東南アジア、北アフリカなどの音楽と、ジャズ・ファンクやサイケ・ロックなどが結びついたのがグラス・ビームスなのである。クルアンビンあたりと共通するところもあるが、より民族音楽の色合いが強いバンドと言えるだろう。

 2021年にオーストラリアで「Mirage」というEPをリリースした後、2024年に〈ニンジャ・チューン〉と契約してミニ・アルバムの『Mahal』をリリースした。“Mahal” はインドや中東で宮殿を指す言葉で、その言葉どおりエキゾティックな旋律を持つジャズ・ファンクとなっている。基本的にはスリーピース・バンドであるが、“Orb” では尺八やフルートのような音色だったり、おそらくシンセで作ったミステリアスなSEを交えてサイケな空間を作り出している。“Black Sand” におけるギターもシタールを模したような音色で耳に新鮮だ。


Kenny Garrett & Svoy
Who Killed AI?

Mack Avenue

 デューク・エリントン、アート・ブレイキー、マイルス・デイヴィスらジャズ界の巨星たちと共演してきて、一方でクリス・デイヴジャマイア・ウィリアムス、シェドリック・ミッチェルら現代ジャズの精鋭たちを自身のバンドから輩出してきたサックス奏者のケニー・ギャレット。自身のリーダー・アルバムでは『Trilogy』(1995年)や『Pursuance: The Music Of John Coltrane』(1996年)のようなモードを追求した作品から、ファンクやソウル色の強い『Happy People』(2002年)、中国やアジアをモチーフとした壮大な『Beyond The Wall』(2006年)など多くの傑作を残している。ソロ・アーティストとして頭角を現したのは1990年代半ば頃からで、それ以降は現代で強い影響力を持つサックス奏者のひとりであり続けている。ロバート・グラスパーも修業時代に彼と共演し、いろいろ影響を受けたと述べていたことがある。

 近年は『Sounds From The Ancestors』(2021年)などアフリカ回帰色の強い作品を発表していて、そんなケニー・ギャレットの最新作はスヴォイことミハイル・タラソフとの共演作。ロシア出身のスヴォイはアメリカのバークリー音楽院に留学し、ジャズ・ピアノを学ぶと同時にエレクトロニック・ミュージックも手掛けるようになった。これまでに『Automatons』(2009年)のようなダンス~エレクトロニカ的なアルバムをリリースする一方、ミシェル・ンデゲオチェロ、レニー・ホワイトなどジャズ・ミュージシャンとも度々共演している。ケニー・ギャレットのアルバムにも『Seeds From The Underground』(2012年)、『Pushing The World Away』(2013年)でそれぞれヴォーカル、ストリングス・アレンジを担当し、今回はアルバム丸ごとでコラボレーションを行っている。ケニー・ギャレットもかつてQ・ティップの『Kamaal The Abstract』(2001年録音)に参加するなど、ヒップホップやクラブ・ミュージック系アーティストとの共演に対して寛容なスタンスを持つ人で、スヴォイとの共演についてもチャレンジングな気持ちで臨んでいる。『Who Killed AI?』というタイトルが示すように、AI時代の現代を表現したもので、スヴォイの作るエレクトロニックなトラックをバックにケニーのサックスが即興演奏を繰り広げる。マイルス・デイヴィスがAIを通じてコーチェラで演奏したらという “Miles Running Down AI” や、ケニーのソプラノ・サックスがスヴォイのシンセを通じてエレキ・ギターのような音色へ変調する “Divergence Tu-dah” など、これまでのキャリアからまた大きく飛躍する斬新なアイデアに満ちた作品集となった。

interview with Shabaka - ele-king

 シャバカ・ハッチングスに以前インタヴューをしたのは、ザ・コメット・イズ・カミングで来日した2019年のことだった。他のメンバーに比べて発言は控えめだったが、観客と共に演奏に伴うエネルギーや生命力を育んできたということを語っていたのが、特に印象に残っている。実際、そのライヴも、並行して取り組んでいたサンズ・オブ・ケメットシャバカ・アンド・ジ・アンセスターズの活動も、外に向かうパワフルでポジティヴなエネルギーに満ちたものだった。現行のUKジャズ・シーンを語るときに、その牽引者として真っ先に名前を挙げられる存在だった彼が、シャバカ名義でリリースしたソロEP「Afrikan Culture」は、しかし、そのイメージを覆すものだった。
 テナー・サックスの代わりに「心理的な楽器」だという尺八やフルートが演奏され、エネルギッシュな演奏の対極にある、メディテーショナルで内省的なサウンドが展開された。シャバカの音楽をこれまで聴いてきたリスナーの多くが期待したサウンドではなかっただろう。その才能を称えてきた、特にジャズのメディアやジャーナリストからの反応も一部を除いては鈍かった。だが、「Afrikan Culture」は決して一過性の特殊な作品ではなく、新たな活動のプロローグであると捉えた人も少なくはなかった。このときに、すでに幾度か一緒に録音をおこなっていたカルロス・ニーニョから伝え聞いた話からも、シャバカの本気度は伺い知れたのだ。
 「Afrikan Culture」のリリース後、これまでのバンド活動をすべて休止し、尺八の演奏に集中的に取り組み、そして、ファースト・ソロ・アルバムの『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』が完成した。慣れ親しみ、当たり前だと思ってきた前提を離れて、自分の身体感覚とパーソナルな関係性から取り組んできたことの結果として、このアルバムがあることは、インタヴューから伝わるはずだ。その音楽はインサイドにあるのか、アウトサイドにあるのか、ジャズではよくそういう分け方をする。インタヴューで言及されているアンソニー・ブラクストンの音楽は、いまもアウトサイドだろう。シャバカの音楽は? このインタヴューから感じたのは、新たな楽器にひとりで向き合って習得したことをジャズのコンテクストに還元しようとしている音楽が『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』には収められているということだ。

自己発見、とまでは行かないけど、勇気を持って「これからは、これまでは表に出してこなかった、自分のなかのこういう音楽性を強調したい」と言えるようになったということさ。

(質問者は)カルロス・ニーニョの音源をリリースするなど個人的に繋がりがあって、彼からあなたと録音をした話を大分前に聞かされました。まだ、あなたがサックスを吹いて、バンドでアグレッシヴにライヴをしていた頃です。カルロスと繋がったのは最初、不思議に思いましたが、その後のあなたの活動を見て、とても合点がいきました。あなたが現在のような音楽性に変わるきっかけ、理由は何だったのか、まずはそのことから伺わせてください。

S:僕にしてみれば、自然な成り行きだったんだ。バンドを結成するというのは、共通の語彙を持つレパートリーを作ることだ。成功すれば、それを世界中に届け、広め、みんなは楽しんでくれて、何をそのバンドから期待できるかを知る。でもそうだとしても、僕個人が他にもやりたいと思っていることがないわけじゃないし、他に面白そうだなと僕が感じる音楽の作り方はあるのかもしれない。アーティストであるということは、自分が面白いと思うことを探し続けることであり、どこまで自分を押し進められるかということだ。アンソニー・ブラクストンが語る “感情のランドスケープ” に関する引用を読んだことがある。観客に対して発信する感情のアウトプットの裾野を広げる能力、ということだ。僕の場合はサックスを通じてエモーションを発信してきた。だが、それがすべてだということじゃない。そのとき、その観客に対して発せられ、その時期のアーティストとしての僕の本質を具現化するのが、たまたまサックスだったというだけ。そして僕がどう感じるか、何を発しなければならないと感じるかは日毎に変わる。つまり自己発見、とまでは行かないけど、勇気を持って「これからは、これまでは表に出してこなかった、自分のなかのこういう音楽性を強調したい」と言えるようになったということさ。

自己発見と言われましたが、サックスから、フルートや尺八に演奏楽器を変えたことで、どんなことを発見したと思いますか?

S:たくさんあるけど、一番はサックスを吹くのにどれほど身体に大きな緊張をかけていたかという発見だ。だから尺八を学ぶことで、僕のサックスのテクニックは向上した。そのことを、サックス奏者に会うと僕はいつも言うんだ。尺八を吹きはじめると、先生についていなかったとしても、多くのことを学ぶ。じつに難しい楽器で、いろいろな問題にぶち当たる。でもその問題がサックスを演奏するための基本的テクニックを理解し、演奏をさらに上達させるのに役立つことになる。なかでも緊張することなく、力と勢いを生み出すにはどうすればいいかが、いちばん難しい問題だった。攻撃的な緊張感をかけることなく、大きなエネルギーを得るにはどうすればいいか? 何度かレッスンを受けたことがある気功に似てるんじゃないか、というのが僕なりの答えだった。ゆっくりとした動きの流れのなかで、いかに違うソースからエネルギーを生み、送り出すか。力ではなく、エネルギーの流れ。いかにエネルギーを前に動かすかということだ。さらにテクニカルな話もできるけど、きっと聞いても面白くないと思うのでここでやめておくよ(笑)。

アンドレ3000もインディアン・フルートを演奏して、『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』にも参加していますね。フルートを選んだことも含めて、彼の転向をあなたはどう思われましたか?

S:最初、SNSでフルートを吹きながら歩き回ってる動画を見たときは、面白いなと思った。で、カルロス・ニーニョに声をかけられて彼のレコーディングに参加したときに、長い時間を一緒に過ごし、話もした。そのとき、本人からこれからはフルートを主な楽器、もしくは “声” として、音楽作りをしていくんだという話は聞いていたんだ。

実際に彼に参加してもらってのレコーディングはどんな感じでした?

S:すごく良かったよ。すごくいいヴァイブが流れていた。僕も彼も、とにかくフルートでジャム演奏するのが好き、という似たところが根底にあると感じたよ。先生につかずに楽器を学ぶと経験することのひとつさ。独学だと当然、楽器とすごく長い時間を過ごすことになる。4時間くらい楽器を手に持っているだろ。するとゆっくりと、楽器が、自分が何をしなきゃならないかを教えてくれるようになる。自分自身をチェックし、呼吸をチェックし、一貫したメロディを作り、どんなヴァリエーションが作れるかを試し……というように。僕も彼も楽器へのアプローチの仕方という意味では、とても似た考え方に基づいているんだと思った。一緒にスタジオに入り、ただ演奏したんだ。メロディを吹き、ジャムし、一緒にリズミックなアイディアを作っていった。とても良かったよ。

コメット・イズ・カミングやサンズ・オブ・ケメットのときの僕は、エネルギーが僕に要求するもの、一定のエネルギーや音量、特定のプレイを示唆するヴァイブレーションに囚われがちだった。でもいまはもっと静かで控えめで、それでいてたくさんのエネルギーが生み出される、より集中したプレイができる。

『Afrikan Culture』リリース時のTidalのインタヴューで、「いつになったらテクニックの蓄積を止めて、音楽を作るという本質的な考え方に向き合いはじめるのか」という発言をしていたのがとても印象に残っています。これは、テクニックというものに対して、必要だが、それに囚われるべきではないという意味合いでしょうか? 

S:この考え方に対してはいろんな意見を聞いたよ。ただ僕個人の練習のしかた、というか、僕の気質のせいもあるんだろうけど、僕はテクニックを超えるには、基本のテクニックが必要だと考える派だ。それをコントロールする必要があるんだ。ここで言うテクニックとは、身体の全パーツの全ての動きをコントロールすることと、自分の心がイメージしていることがつながるということだ。心のなかで想像することと身体ができることを結びつける能力、それが僕の考えるテクニックだ。毎日スケールを演奏すれば、長音(long note)を出せるようになるだろう。小さな動きに気持ちをフォーカスできるようになるからだ。それってとても重要なんだ。つまり “こうしたい” と頭で考えたアイディアと、それを実行することの間に遮るものが何もないということだからさ。それに対して、テクニック面で何か問題があっても、その問題を認識できず、解決できなかったら、“こうしたい” と望むことと達成できることの間に隔たりが生じる。でもその産物として、何か面白いことが生まれるケースもある。だから必ずしも、テクニカルな能力がないからといって、音楽的に、もしくはクリエイティヴに、オルタナティヴな、隠れたものの裏にある道を見つけられないわけじゃない。ただ僕個人としては、自分のコントロール内でそういったオルタナティヴな道を見つけたいと思っている。テクニックの面で、自分が “こうなる” と想像するものに遅れをとると、それがフラストレーションになってしまうんだ、僕は。

そもそも、ジャズを演奏することは、肉体的に負荷のかかることなのでしょうか?

S:ああ、そうなんじゃないかな。そもそも即興的で創造的な音楽という意味でも、ジャズの定義は難しいものだ。クリエイティヴに想像的に、それまで一度も聴いたことがないような、もしくは自分でも演奏したことがないような、想像から生まれた音楽を演奏するために自分自身を掘り下げなければならないのだから、当然肉体的にきついこともある。だって自分の想像力が求めるのが、そういう音楽だったらそうするしかないじゃないか。誰か他のコンポーザーが書いた曲を演奏するんだったら、はじめる前にどれだけ肉体的にきついかを正確に数値化し、心の準備をすることができるがね。たとえば、ステージで演奏中、エネルギーとヴァイブが溢れ、そういう状況が生まれ、想像力のなかでものすごくぶっ飛んだ何かが聴こえたとする。もしかするとそれはその一晩のスピリット、インスピレーションから生まれた何かなのかもしれない。あるフレーズが頭に浮かぶんだが、それは楽器のいちばん下からいちばん上まで一気に飛び越えるようなフレーズで、君はそれを演奏することの大変さに気づくと同時に、どうしてもこれをやらなきゃと思うわけさ。それって肉体的にはかなり負荷がかかる。あえてやらなくてもいいことかもしれない。でも、深いクリエイションに関わることというのは、そういうものだ。なので、この手の音楽(ジャズ)に自分がオープンでいるには、フィジカルとテクニック、そして創造的な能力に対して敏感でいなきゃならないのさ。

フルートや尺八を演奏することによって、ジャズを演奏することの意味合いはあなたの中で変化しましたか? 

S:ああ、大きく変わったよ。僕と “尺八との人生” には段階があるんだけど、いまはあと少しで、伝統的な学びをスタートできるところまで達している。レパートリーを学びはじめられるところまで来てるんじゃないかなと。これまで僕が専念してきたのは、身体と楽器の関わり合いということだ。楽器にどう息を吹き込むか、どう演奏するかに気持ちを集中させてきた。そういった精神的な学びの過程でも、物事は作り出される。さっきも話したアンドレとの関係……楽器を持ってスタジオに入り、ふたりで何時間も長音を吹き、どこに連れて行かれるのかを知ろうとする。するとそこで何かが開くんだ。創造性の火花が散って、世界が広がる。これまで僕がジャズを練習し、演奏するときというのは、それ以前に出会ったフレーズや語彙を “どれだけ思い出せるか” にかかっていた。ところがいまやっているように、尺八のような新しい楽器を練習し、概念化するためのアプローチを探求することは、新たな可能性を開くことになり、ジャズのような馴染みのあるコンテクストに立ち戻ると、可能性という意味でアイディアが活性化される。例を挙げるなら、以前よりもずっと長音を吹くようになったよ。長音を吹くということは、それだけ集中しなければならない。昨日もレコーディング・セッションだったんだけど、強さのなかでも以前よりも冷静でいられ、自分のミスをもコントロールできたんだ。たとえばコメット・イズ・カミングやサンズ・オブ・ケメットのときの僕は、エネルギーが僕に要求するもの、一定のエネルギーや音量、特定のプレイを示唆するヴァイブレーションに囚われがちだった。でもいまはもっと静かで控えめで、それでいてたくさんのエネルギーが生み出される、より集中したプレイができる。ジャズの状況のなかに自分をおいても、高い集中力を保てるようになった。まるで激しさの波が何度押し寄せようとも深くに錨が下ろされていて、僕はそこを軸に進みたい方向が決められる気がするんだ。

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僕にとってのレコーディング・セッションは最初の爆破による爆発のようなもの。そのあとのプロダクション過程で、岩のなかにあるものや美しさを削り取っていくんだ。

『Perceive its Beauty, Acknowledge its Grace』を制作するにあたって、当初思い描いていたヴィジョンがあれば教えてください。

S:ヴィジョンは何もなかったよ。今回に限らず、僕は最終形はこういうものにしたい、というヴィジョンを持たずにレコーディングをはじめ、その時々に起きることにオープンに対応し、次は何しようかと考える。決定を下すプロセスはあくまでもオープンであるべきだし、ヴィジョンは探究の過程で生まれてくるものさ。ひとつの決定が、もしくはターニング・ポイントが次の何かにつながるわけで、そうやっているうちに、そのプロジェクトの方向性や雰囲気が見えてくる。それこそがバンド・リーダーの役割なんじゃないかと思うよ。バンド・リーダーは音楽が向かうべき本来の方向を見極め、その方向に物事が流れるように仕向け、これから取り掛かる音楽について全員がどう考えているかを確認する。流れを円滑にし、強化する。

楽曲はどの程度予め準備されていたのでしょうか?

S:答えるのが難しい質問だな。というのも、メロディは何ヶ月も前から、あくまでも自分のためにたくさん書いていた。どのフルートでどうメロディを演奏しようかと理解したかったからだ。僕自身の音楽的な気質を理解したい。僕はメロディの何が本当は好きなんだろう? と。だからたくさんのメロディをノートに書きとめた。セッションではノートを開いてそのメロディを自分でも、ミュージシャンたちにも使おうと思ってたんだ。でもセッションに必要なのは、雰囲気とプレイへのアプローチなのだと思い直した。そこで雰囲気はどうしたいか、長い話し合いをし、どんなプレイや即興演奏を求めているかという点については意見を言った。セッションでは、長い演奏を続けた。本当に長かった。40分くらいノンストップでプレイし、そのなかであらかじめ僕が考えていたメロディが出てくることもあった。そしてセッションが終わった後で、その部分を取り出した。ヴァン・ゲルダー・スタジオでのレコーディングの後、フルートのためだけのセッションを数日設け、パートを書き直したり、さらにミュージシャンを呼んで演奏してもらい、全体的なアレンジと作曲をおこなったんだ。そんなわけで、最初から情報があったのではなく、あったのは方向性と雰囲気だけ。そこから情報を掘り出すという大変な作業がはじまったんだ。鉱山でダイヤを採掘するのを例に挙げると、まずは採石場を爆破し、大量のダイヤを含んだ岩石を手に入れる。そのなかにはダイヤや貴重な物質が含まれているけど、爆破の直後だから荒い状態なんだ。僕にとってのレコーディング・セッションは最初の爆破による爆発のようなもの。そのあとのプロダクション過程で、岩のなかにあるものや美しさを削り取っていくんだ。何時間も何度も聴き直し、すでに録音したなかの何をどう加えようか、と考える。それはまた別のプロセスなのさ。

ヴァン・ゲルダー・スタジオの名が挙がりましたが、どんなサウンドや雰囲気を求めて、そこを選択したのでしょう?

S:インティメートでエネルギーやヴァイブ感に溢れた雰囲気ということを考えたとき、ジャズにとって最も有名なスタジオのひとつだからね。コルトレーンはじめ、僕のたくさんのヒーローたちにとっていいスタジオだったんなら、僕にとってもいいに違いない。何がすごいのか自分で確かめてみたい、僕が大好きな多くの音楽のサウンドと雰囲気を生み出したスタジオを経験したい、と思ったんだ。実際にスタジオに入り、その素晴らしさがわかった。いままで僕が訪れたなかで最高のスタジオだったよ。周りがそう言ってるからではなく、本当に素晴らしい音響環境なんだ。特にフルートを扱う際には、音がその空間にどうフィットするかというのが重要だ。自然環境であるか、共鳴室かにかかわらず。まさに音響的に優れたサウンドになるべく、ゼロから設計されたスタジオ。ルディ・ヴァン・ゲルダーのこだわりがそこかしこにあった。音が反響する表面が何もなく、すべて木製。全てが曲線で、尖った角がない。そして屋根の高い建物。実際にプレイする側の視点に立った設計さ。僕が全力で演奏にエネルギーを注ぎ込んだら、スタジオがその音を受け取ってくれる気がした。まるでコンサートホールみたいに、僕が出した音が反響することも抑えられることもなく、スタジオにそのまま映し出される。もし静かで繊細な演奏がしたいと思えば、音は広がり、残響を残すことも可能だった。つまりとてもダイナミックな対比を可能にする余白のあるスタジオなんだ。さらに今回は雰囲気が大切だったので、ダイナミック・バランスを敏感に感じ取れるよう、セパレーションもヘッドホンも使わずにレコーディングした。そうすることで全員が “聴く” ことを余儀なくされる。レコーディング・セッションでは自分の周りの動きを調整する能力があれば、その瞬間に自分のやっていることを無視することができる。
 2年前の僕のフルートのテクニックはいまとは違っていた。2年間の練習を経て、腕を上げることができた。スタジオでの僕は、周りの人間に比べれば自分をうまく投影することができなかった。だって他のみんなは自分の楽器に慣れ親しんでいた人たちだ。そこで全員に、楽器のテクニックという意味だけでなく音楽的にも、僕のレベルに寄ってほしいと思ったんだ。とても面白い点なんだよ、これって。もし自分にとって望ましいテクニックがないとき、どうやって意味あるものをクリエイティヴに作り出す解決策を見つけるか。その答えが、全員で深く、インティメートに聴くことだと思えた。それを可能にするには、まるでリハーサルでジャム演奏をしているような空気のなかでやること。実際、そんな最初のリハーサルで最高の音楽は作られることもある。マイクをセットアップする前、コートを脱ぐ前。誰かがピアノで弾いたリフに、楽器を大慌てで手にして一緒に弾いたときに生まれるマジック。マイクのセッティングが終わり、バランスもレベルも決まったときにはマジックは少し失われる。次に、クラブやフェスティヴァルでマイク、もしくはレコーディング卓というテクノロジーに向かって演奏し、そのテクノロジーが今度はモニターというテクノロジーで自分の出した音を返してくる。その段階では自分が作っているものとは全く違うものになってるんだ。でもそれはそれでいいんだよ。ギグをやる、レコーディングをすることは、そういった様々なテクノロジーのつながりの瞬間を理解し、その領域のなかでどう演奏するかを理解することなのさ。でも今回のレコーディングでは、僕自身と音楽とミュージシャンの間の根本的なつながりを、より感じるものにしたかった。フルートを吹く僕とミュージシャンたちとの間のつながりを、テクノロジーが断絶するのはイヤだったんだ。

カルロス・ニーニョは、即興演奏と作曲されたものの演奏の区別をわざと曖昧にするようなアプローチで、ずっと自身の作品を作ってきました。録音に大胆な編集も加えてきました。あなたは即興や作曲に対して、いまどんな考えを持ち、どんなアプローチをしていますか?

S:コメット・イズ・カミングのアルバムを考えてみてくれ。どれも全て、基本は即興演奏だ。スタジオに入り、僕らは即興で4日間くらい演奏した。そのあとは、今回の新作の過程と似ているのだけど、即興的に作曲された瞬間を探し出し、そこから楽曲を作り出す。それはたとえば、不要なものを取り除く作業だったり、様々なシンセサイザーのメロディやドラム・パートを加えたり。でもサックスだけは加えたことはなくて、すでに演奏したのが全てだった。少なくともコメット・イズ・カミングではね。この例を挙げたのは、即興演奏というのが、ときに作曲のアンチテーゼのように見なされることが多いからだ。でも作曲というのは、そこに与えられたアイディアを意識し、それらのアイディアが一貫した音楽システムや表現を作り上げる方法に対して、意図的であるプロセスでしかない。そしてこのアプローチは、希望すれば即興演奏にも取り入れることができる。自分はその場で即興的に作曲しているのだという意識を持って即興演奏をすれば、その作曲は一貫性や、入り組んだニュアンスを持つものになるだろし、繊細でディテールのあるものになる。でももし、自分の知らないことを探しているのだという考えのもとに即興演奏するなら、有機的に形が見つかり、一貫性は二の次になる。どちらが良くて、どちらが悪いという話ではない。ただ即興に対するアプローチの差、というだけさ。僕の場合、スタジオでは大概、即興演奏。でも曲を書くときは作曲的であることを意識する。それは曲が書けた後で、別レベルの作曲がおこなわれることをわかっているから。さっきも言ったように、即興演奏のなかから特定の瞬間を取り出して、レンガのように組み立てて、他の作曲を作り出す。すべてはアプローチの仕方ってことだと思う。コンポーザーによっては書き留めてある複数のアイディアをもとに即興演奏する人もいる。そのアイディアをどこから得るのかといえば、頭に浮かんだインスピレーションだろう。一方で、システムの枠内で曲を書くコンポーザーは、ピアノの前に座って曲を書くかもしれない。その場合はシステミックなハーモニーの置き方をし、そこから音楽の素材を得るのかもしれない。でも僕が知る、そしてリスペクトするコンポーザーの多くは、インスピレーションで曲を書くタイプだ。楽器の前に座り、インスピレーションを音楽情報にかえ、ピアノで演奏し、紙の上に書き出す。作曲の次なる段階は、思いついた音楽的素材を整頓してアレンジすること。多くの場合、僕がやってるのもそういうことだ。当初の曲を書いたときの要素を、スタジオでテープが回っている間、他のミュージシャンたちと形にする。それが終わったら作曲/プロダクションへと移るのさ。

僕にとっていちばん重要なのは、音楽がスタートからフィニッシュまで、どういう弧を描いて流れていくかだ。そこからどんな感情の旅路をたどるのか。

このアルバムはリスニングのさらなる可能性を提示した作品だと感じましたが、音楽にせよ、自然音や環境音にせよ、音を聴くということに関して、あなたのなかで以前と変化したことはありますか?

S:ああ。弧(arc)に注意を払うようになったことかな。それはこのアルバムでとても重要だったことであり、理解するのにいちばん時間がかかった部分だ。音楽自体、その構造を考えると複雑なものなわけだけど、僕にとっていちばん重要なのは、音楽がスタートからフィニッシュまで、どういう弧を描いて流れていくかだ。そこからどんな感情の旅路をたどるのか。1曲の終わりが次の曲のはじまりに流れていく様子とか、そこからどういう感情を僕が感じるか……そんなふうにしてアルバムを聴きはじめたんだ。違った曲の寄せ集めではなく、1曲がたどる旅が、次の曲のはじまりへどう呼応するか。アルバムはトータルで完全な作品になるということ。旅路、という言い方がいちばん正しいね。ひとつの作品としてのアルバム。いわゆるジャズと呼ばれる音楽では、1曲のなかでひとりのソロ奏者が他の奏者とインタラクトし、すごい旅をすることはある。もしくは1曲に4人のソロ奏者がいて、それぞれのソロの即興が次をどう導くかが、旅の重要な点だったりする。1曲における旅路のことばかりで、アルバムとしての旅路は無視されるか、あまり多く語られない。今回のアルバムにトラディショナルなジャズというコンテクストでの即興があまりないのは、ソロの瞬間の旅路ではなく、1曲から1曲への旅路が重要な要素だったからだ。

今回、多彩なゲストが参加していますが、どういった基準で選んだのですか?

S:答えはじつにシンプルで、全員がここ数年間のツアーの間に僕が会ったことがあり、話したことがある人たちだ。連絡を取り続け、何か一緒にやりたいねと話をしていた。なので、僕から連絡をして参加してくれないかとお願いした。全員、これまでになんらかの関係があった人たちだよ。一緒にやったらどうなるだろうか? と。そして嬉しいことに全員が “イエス” と言ってくれた。多くの場合、直感だよ。最初のレコーディングの後で加えたゲストは、音楽を聴き返し、すでにできたものをより強調する上で、誰が適任だろう? と考えて決めた。最初の(ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでの)レコーディング・セッションでのミュージシャンは、ここ数年に連絡を取り合ってたなかで僕が一緒に何かを作りたいと感じた、お気に入りのミュージシャンたちだ。スタジオに入ったとき、特にこうしようという決まった考えがあったわけではなく、どう演奏したいか、どう相互にプレイし合いたいか、ということだけだったので、やっていて楽だった。結果にがっかりさせられることは何ひとつなかったよ。最終的な目的地は誰にもわかってなかったわけだから、何をやってもそれで正しかったんだ。

今作は〈Impulse!〉からリリースされます。〈Impulse!〉というレーベルと、そこからリリースされた作品について、あなたはどのような印象を持ってきましたか? 

S:独創性に富んだレーベルだという印象だな。そしてアーティストのコミュニティを抱えていたレーベル。〈Impulse!〉と聞くと、特定のサウンドと音楽へのアプローチと時代を思い浮かべる。その時代は一定期間に止まることなく、その後も現代に合うように形を変えて続いた。最初はまずどうしたってコルトレーン、ファラオ・サンダースアリス・コルトレーンといった時代を思い浮かべるが、興味深いことにそこで終わることなく、その後も素晴らしいアルバムを作り続けた。たとえばガト・バルビエリ……そして70年代、80年代と続いていった。そんなクリエイティヴ・ミュージックのレガシーの一部になれることをとても嬉しく思うよ。

特に影響を受けた作品があれば教えてください。

S:チャーリー・ヘイデンの『Liberation Music Orchestra』にはとても影響を受けたよ。あれはアルバム全体を通して、素晴らしい作曲的フォームと弧を持つアルバムのいい例だよ。当然ながら(コルトレーンの)『A Love Supreme』も。クリシェだと言われるかもしれないが、クリシェにはそれだけの理由があるのさ。音楽史のなかでも、本当に素晴らしいアルバムだと思う。あまりにたくさんありすぎて、何枚か挙げると他のアルバムが嫉妬するんじゃないかと思うんだけど。オリヴァー・ネルソンの『Truth』(『The Blues And The Abstract Truth』)もじつに独創性に富んだアルバムだ。チャールズ・ミンガスのアルバムもあるね。

最後に今後のライヴの予定はありますか?

S:ああ、いまもライヴ・ツアー中だよ。何本かギグをやった。5月にはヨーロッパ・ツアーをおこなう。今回のアルバムはバンドでのアルバムじゃないので、決まったミュージシャンがいつもいるわけではないんだ。いまの僕は必ずしも決まったミュージシャンを必要としていない。もちろんアルバムからの皆が知っている曲をライヴでもやりたいんだが、固定のグループでそれをやるのではなく、クリエイティヴな表現としておこないたい。とはいえ、ヨーロッパ・ツアーではハープ2台、シンセサイザー、ピアノ、そして僕がフルートというグループが決まっている。一方でアメリカでやってきたのは、ベース2本、エレクトロニクス、ドラム、ハープというラインナップ。今度やるNYではハープ、エレクトロニクス、フルート、ドラムになるし、他の都市ではトランペット(アンブローズ・アキンムシーレ)、フルート、ドラムになる……というように変動的なんだ。ハープをフィーチャーするものが中心だが、ハープなしということもある。基本的には、アルバムにもたらされたのと同じ雰囲気を一緒に探ってくれるミュージシャンということだよ。


interview with Larry Heard - ele-king

 1980年代なかばの、黎明期のシカゴ・ハウスにおいて、ラリー・ハードはディスコの変異体であるこの音楽を地球外の幻想的な境地へと導いた。その当時、ラリー・レヴァンの〈パラダイス・ガラージ〉やデイヴィッド・マンキューソの〈ザ・ロフト〉でもプレイされた“Mystery of Love”というその曲は、いま聴いてもなお、ミステリアスな妖しさをまったく失っていない。時代を超越した曲のひとつだ。遅めのピッチと不安定なシンセサイザー音のなか、ブライアン・イーノにいわく「官能的で流動的なブラック・ミュージック」の本質を内包し、ジョン・サヴェージにいわく「ジョー・ミークが60年代初頭に目指した不気味なサウンド」にも近接している。リヴァーブのかかったロバート・オウェンス(のちのFingers Inc. のメンバー)の声は奇妙でありセクシャルで、ドラムマシン、意表を突いたクラップの残響にピアノ、すべてが異次元で乱舞し、こだましている。これほどハウス・ミュージックが持っている音楽的な可能性が凝縮されたトラックは、当時はほかになかった(まあ、アシッド・ハウスのことはひとまず置いておこう)。同じことが“Can You Feel It”にも言える。キング牧師の演説ともミックスされることになる、ディープ・ハウスを定義したあの曲のアンビエントなフィーリングとミニマリズム、そしてモノ悲しいメロディがデトロイト・テクノ(とくにデリック・メイとカール・クレイグ)に与えた影響はあまりにも大きい。
 ハードは、それから40年近くの時間を経て、15枚のソロ・アルバムと50枚以上のシングル盤を出している。アンビエント、ダウンテンポなジャズ、R&B、アシッド・ハウスからテクノ……。高校時代はジャズ・フュージョンのバンドのドラマーとして奇数拍子を叩くのが好きだったハードは、卒業後、市の社会保障局での夜間勤務をはじめたため、当時街を席巻したハウス・ミュージックをクラブではなくラジオで知った。彼は最初、ドラムマシンを買い、しばらくしてからローランドのJupiter 6を買った。そしてカセットレコーダーで録音したのが、“Mystery of Love”(そして “Washing Machine” )だった。1985年、自身のレーベル〈Alleviated Records〉を設立し、ハードはその曲の12インチ・シングルを自分で売った。
 クラブ・ミュージックの歴史では、素人が偶発的に作ったモノが大受けし、ものすごい影響力を持ってしまうことがある。ラリー・ハードにそれはない。すべての曲は彼が意図をもって創造したものだった。『Another Side』(1988)と『Ammnesia』(1989)という決定的なアルバムのあと、メジャーからの2枚のアルバム『Introduction』(1992)と『Back To Love』(1994)ではR&Bからニュー・ジャック・スウィングまで披露したハードだが、彼はメジャーで稼ぐことよりも自分の音楽道を優先することにした。ゆえにハードは、数年のあいだは、仕事をしながら音楽制作をするというライフスタイルを選んでいる。彼にとって重要なのは、その音楽が自分にとって純粋であるということなのだ。それはいまでも一貫している(1994年から2005年にかけて、ハードは自身の名義で9枚のアルバムを出しているが、それはメジャーに「Mr.Fingers」という名義を買われてしまったからだった)。
 だが、2018年、20年ぶりにミスター・フィンガーズ名義のアルバム『Cerebral Hemispheres』を〈Alleviated Records〉からリリースし、昨年と一昨年には『Around the Sun』を連続でリリースして、世界のいろんなところにいる彼のファンを喜ばせた。ここにきて精力的な展開を見せているハウス・ミュージックから登場した眩い巨星の、以下、来日直前インタヴュー。どうぞ。

シカゴはときどき恋しくなります。 何年も住んでいたから、シカゴの人びとや物事、そして全体的な雰囲気が恋しい。 しかし、私は別のところへと進化してきた。

まだメンフィスに住んでいますか?

LH:はい、いまもメンフィスに住んでいます。引っ越しというのは、住む場所を変えるという大きな仕事だ。だから、いつも遊び半分でやっているわけじゃない。だから、メンフィスに定住して楽しんでいます。

シカゴが恋しいですか?

LH:そうですね、シカゴはときどき恋しくなります。 何年も住んでいたから、シカゴの人びとや物事、そして全体的な雰囲気が恋しい。 しかし、私は別のところへと進化してきた。そのほうが自分にとって平和だし、自分の考えを聞いたり、自分のアートに集中するために必要な静けさが得られるんです。

2022年〜2023年、2年連続で『Around the Sun』をリリースしました。この2作には、ハウス、ソウル、ジャズ、フュージョンなど多彩な音楽性があり、あなたの集大成的な作品のように感じました。

LH:ああ、これらのレコーディングはすべてロックダウン中に完成しました。そしてそれはいつも......作品の集大成なのかどうかわからないけど......以前は別々に使っていたプロジェクト名が、いまはひとつの場所に集まったような感じなんです。
 そう、だから、そういうことなんです。 ジャズもあれば、クラシックもあるし、トライバルな要素もある。いろんなところに行ける。 音楽は冒険です。

家ではどんな音楽を聴いていますか?

LH:なにか特定の音楽というよりは、ほとんどすべてのスタイルの音楽を聴いています。自分のリスニングを自分で記録はしてないので、それが何かは……、そんなことを考えること自体が私には不自然なんです。私は本当に、いま自分が楽しんでいることを楽しんでいるだけです。その瞬間にいるのであって、そのことを記録したりはしていません。でも、じつはメンフィスでラジオ番組をやっているんです。誰でもそれを知ることができるように、あらゆる種類の音楽をブラウズしています。WYXR.org、 そこに私の番組がアーカイヴされています。ここにはプレゼンターという仕事をしているときの私の仕事があります。自分のためだけでなく、つねに人びとのために音楽をかけています。

あなたは、ここ数年は、聴力器官の関係でDJとしての活動はあまりしていないのでしょうか?

LH:ツアーはいくつかやりました。 2017年からロックダウンがはじまるまでのあいだは、ライヴ・ツアーをしました。自分の聴覚は、いまでも守る必要があるんですけど。できるだけ気をつけようと思っています。

日本のツアーに関してコメントをいただけますか?

LH:日本に戻れてうれしいです。そして、私が来ることを喜んでくれていることもうれしく思います。

誰かに何かを感じろと言うつもりはありません。「それ」とは、人それぞれです。 何を感じるかを人に指図するのは、ある意味支配的です。

「Can you feel it?」は、ハウス・ミュージックの本質を言い表しているような言葉ですよね。今回の日本ツアーを通じて、もちろん音楽を楽しんでもらうことが前提ですが、リスナーに何を感じてもらいたいと思いますか?

LH:誰かに何かを感じろと言うつもりはありません。「それ」とは、人それぞれです。 何を感じるかを人に指図するのは、ある意味支配的です。 そう、ひとびとには自由が必要です。参加することで、その人が個人として何を感じるかを感じることができます。すべての人が同じ人間ではありません。だからひとりひとりが違う何かを感じることになります。私はつねに最高の音楽をプレイしようと心がけています。 可能な限り最高のものをです。 そして、オーディエンスが何に反応するかに注意を払います。そして、必要に応じて調整します。

あなたは数年前に、ようやく自分の曲の権利をTRAXから得ることができましたが、あなた自身の過去の作品のアーカイヴ作業は進んでいるのでしょうか?  コンピレーションを出す予定はありますか?

LH:ええ、そうです。 何百曲も何千曲も作ってきましたが、私の音楽カタログの大部分は〈TRAX〉とは関係ありません。3、4曲はあるかもしれません。とんでもないことになっていましたが……。とにかく、過去の曲を使っていろいろなことができるようになるにつれて、私は、自分の作品のカタログの大きな部分に焦点を当てなければならないでしょう。ただ、いまはまだその予定はありません。

あなたのシカゴ時代、80年代に作った作品で、いまでもとくに思い入れがあるのはどの作品でしょうか?

LH:“Mystery of Love”は初期の曲だけど、いまも特別な曲です。あの曲にはロバート(オウェンス)も参加しています。いま、私たちは一緒に交流し、創造しはじめています。だから特別なんです。 この曲のヴォーカル・パートは私にとっては画期的な出来事でした。なんとかうまくいったし、素晴らしいことでした。ただ、どの曲にも特別な思い入れがあります。プレハブのサンプルをただ寄せ集めたようなものではありません。長い年月と進化を経ていま振り返れば、前時代的な方法で作られたものです。それでも私から生まれたものであって、私の小さな小さな手で演奏されたものなんです。

“Mystery of Love”がカニエ・ウェストにサンプリングされたことで、あなたのリスナーは増えたと思いますか?

LH:そうは思いません。 ビッグネームが来て、突然自分の大ファンになったからといって、感動することはないでしょう。 名前が重要ではありません。その名前と一緒に去っていくことが問題です。誰かの宣伝に頼りたいとは思いません。 トレンドや誰かの影響などではなく、私が出会いたいのは、自分の音楽に真摯に向き合ってくれる人たちです。

シカゴの若い世代が生んだ、フットワークのような音楽は聴かれますか?

LH:フットワークが何なのか正確には知らないのです。だから、それについて何か言うには、実際に見たり聞いたりする必要があります。それに、ジャンル用語というものは、世代から世代へと移り変わるものです。私は引退した人間ではないし、音楽を聴く以外は何もせずに座っているわけでもありません。 音楽以外のことをする生活もあります。家事や育児も自分でしています。だから、あらゆるスタイルやムーヴメントを研究する時間がないのです。

私はそして、その状況に美を吹き込み、穏やかさのなかにセラピー効果のある音楽を吹き込もうとしています。 躁鬱で怖くて抑圧的とか、そういうものではありません。つねに問題があるからこそ、私は安らぎを注入しています。世界は完璧ではないし、これからも完璧にはならないでしょう。

あなたが若かった80年代、90年代のアメリカに比べて、現代のアメリカ社会は良くなっていると思いますか?

LH:政治的な質問ですね。 私はミュージシャンです。ミュージシャンとして、いま起こっていることにポジティヴな何かを吹き込もうとしています。私がいる場所、他のみんながいる場所のために。みんなここにいるんです。だから、何が良いのか、何が悪いのか、すべてを議論しています。悪いと思うのなら、良くするために何かしているのでしょうか?  悪くするようなことをしているのでしょうか? ポジティヴなことをしているのなら、それ自体が良くしようとしていることになります。アメリカが良くなろうが悪くなろうが、私にはどうすることもできません。 私はひとりの人間に過ぎない。ここには何億人もの人びとがいます。他の人たちが何をしようと、私にはどうすることもできない。私がコントロールできるのは、私がすることだけです。私はそして、その状況に美を吹き込み、穏やかさのなかにセラピー効果のある音楽を吹き込もうとしています。 躁鬱で怖くて抑圧的とか、そういうものではありません。つねに問題があるからこそ、私は安らぎを注入しています。世界は完璧ではないし、これからも完璧にはならないでしょう。しかし、音楽や芸術のような、ちょっとした楽しみや癒しみたいなものがあるんです。。

いま、あなたが音楽を制作するうえでのインスピレーションはどこから来るのでしょうか?

LH:哲学的な質問のひとつですね。 実際に音楽家になっている人たちが、インスピレーションがどこから来るのかを考えているのか、あるいは、別のシナリオとして、インスピレーションを受けるたびに、横道にそれてドキュメントを書き始めるということもないでしょう。音楽をやりながら自分の伝記作家にもなるという、これらふたつのことは同時にできません。私は、作曲、クラフト、エンジニアリング、そして最近必要とされている他のすべてのことに100パーセント集中したいと思っています。新しい音楽テクノロジーやその他もろもろに。 そんなことをしていると、 宇宙のなかで物思いにふける時間もないのです。私はスタジオにいなければならないんです。

最後に、日本のファンにメッセージをください。

LH:愛しています。 私のことを気にかけてくれてありがとう。 また日本に来て音楽を分かち合えることを楽しみにしています。そして、特別な経験をしましょう。まだ経験したことがない、その経験が何であるかは言えない経験を。いいものになると期待しています。

【Larry Heard aka Mr.Fingers Japan Tour 2024】

4.26(Fri) 名古屋 @Club Mago
music by
Larry Heard aka Mr.Fingers
ayapam D.J. (WIDE LOOP)
Longnan (NOODLE)
2nd room DJ:
xxKOOGxx (Raw Styelz, VINYL)
HIROMI. T PLAYS IT COOL.
food: ボヘミ庵
Open 22:00
Advance 3,000yen(https://club-mago.zaiko.io/item/363289
Door 4,000yen
Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F TEL 052-243-1818

4.27(Sat) 東京 @VENT
=ROOM1=
Larry Heard aka Mr.Fingers
CYK
=ROOM2=
SHOTAROMAEDA
SATOSHI MATSUI
Pixie
Hikaru Abe

Open 23:00
DOOR: 5,000yen
ADVANCE TICKET: 4,500yen (優先入場)
(https://t.livepocket.jp/e/vent_20240427)
SNS DISCOUNT: 4,000yen
Info: VENT http://vent-tokyo.net
東京都港区南青山3-18-19 フェスタ表参道ビルB1 TEL 03-6804-6652

4.28(Sun) 江ノ島 @OPPA-LA
- the ORIGINAL CHICAGO -
DJ: Larry Heard aka Mr.Fingers, DJ IZU
artwork SO-UP (phewwhoo)
supported Flor de Cana
Open 16:00 - 22:00
"Limited 134people" Mail Reservation  *SOULD OUT*
5,000yen / U-23 : 3000yen (http://oppa-la.net)
Door
6,000yen / U-23: 4,000yen
Info: OPPA-LA http://oppa-la.net
神奈川県藤沢市片瀬海岸1-12-17 江ノ島ビュータワー4F TEL 0466-54-5625

5.2 (Thu) 大阪 @Club Joule
DJ: Larry Heard aka Mr.Fingers, DJ Ageishi, YAMA, Chanaz (PAL.Sounds)
PA: Kabamix
Coffee: edenico
Open 22:00
Door 5,000yen
Advance 4,000yen (e+ 3/22~販売
https://eplus.jp/sf/detail/4073520001-P0030001)
U-23 3,000yen
Info: Club Joule www.club-joule.com
大阪市中央区西心斎橋2-11-7 南炭屋町ビル2F TEL 06-6214-1223

Larry Heard a.k.a Mr.Fingers (Alleviated Records & Music)

ゴッドファーザー・オブ・ディープハウス、シカゴハウスのオリジネーター、Mr.FingersことLarry Heardはシカゴのサウスサイドで生まれ、両親のジャズやゴスペルのレコードコレクションから音楽に興味を示すようになる。ローカルバンドでドラムを演奏していたが、シンセサイザーに魅かれ、1984年からシンセサイザーとドラムマシンでの音楽制作を開始する。1985年、Mr.Fingersとして”Mystery Of Love” でレコードデビュー。シカゴではハウスミュージックが全盛期を迎える中、1986年にリリースされたMr.Fingers ”Can You Feel It”は説明不要のハウスミュージック名曲として知られる。
1988年にリリースされたMr.Fingersファーストアルバム『Amnesia』や、Fingers Inc.(Larry Heard、Robert Owens、Ron Wilson) アルバム『Another Side』ではハウスミュージックの創造性を追求し、シカゴハウス最高峰アルバムとして評価されている。1992年、ディープハウスを背景にR&Bやジャズ、コンテンポラリーな要素を取り込んだ、Mr.Fingers アルバム『Introduction』でMCAよりメジャーデビュー。
1994年、Black Market Internationalよりリリースされた、Larry Heard名義としてのファーストアルバム『Sceneries Not Songs, Volume One』では、フュージョンやニューエイジをLarry流に昇華し、チルアウトやダウンテンポに傾倒した作風によってアンビエントハウスという言葉を産んだ。
作品はその後もコンスタントにリリースされながらもLarryは突如シーンからの引退を宣言し、コンピュータープログラミングの仕事に専念するためにメンフィスに移る。
Track Mode主宰のBrett Dancerを筆頭に、アトランタのKai AlceやデトロイトのTheo Parrishらの功労によって、アンダーグラウンドなネットワークを通じてLarryは再度シーンと接触し、2001年にLarry Heard名義のアルバム『Love's Arrival』のリリースを伴いカムバックする。
現在もメンフィスを拠点に活動し、Mr.Fingers名義での最新アルバム『Around The Sun Pt.1』(2022年)、『Around The Sun Pt.2』(2023年)を自身主宰のレーベルAlleviated Records&Musicからリリース。
彼の過去の作品が数多く再発されている近今、13年振りの来日となる。

http://alleviatedrecords.com

Free Soul - ele-king

 橋本徹手がけるコンピ・シリーズ「Free Soul」がスタートしたのは1994年。つまり今年で30周年を迎える。このアニヴァーサリーを祝し、VINYL GOES AROUNDからTシャツの登場だ。なんとヴァリエーションは30! しかも昨年発売されたときとは異なる30色だという。さらにトートバッグも3ヴァージョンが展開。完全受注生産とのことで、早めにチェックしておいたほうがよさそうだ。

今年もやります。Free Soul Tシャツが昨年とは違うカラーバリエーションで30色展開。加えてレコード収納できるトートバッグも3色で販売!

1994年に始まったコンピレーション・シリーズの“Free Soul”30周年を記念して、VINYL GOES AROUNDでは、昨年に引き続き“Free Soul”のロゴをプリントしたTシャツを販売いたします。昨年同様30種類のカラーバリエーションですが、昨年の色の組み合わせとは全く異なるバリエーションでお届けいたします。またレコードの収納が可能な“Free Soul”オリジナル・トートバッグも3色で展開いたします。

完全受注生産になりますのでお早めにどうぞ。

※1万円以上のお買い上げで日本国内は送料が無料になります。
※商品の発送は 2024年6月上旬ごろを予定しています。

https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-1041/

VGA-1041
Free Soul Official T-Shirts

Military Green / Mint Green / Light Blue / Lime / Safety Green / Dark Chocolate / Charcoal / Natural / Cardinal Red / Gold / Cornsilk / Sapphire / Stone Blue / White / Black / Navy / Ash / Indigo Blue / Purple / Pistachio / Red / Royal / Olive / Orange / Sand / Sky / Sport Gray / Irish Green / Prairie Dust / Maroon

S/M/L/XL/2XL
¥3,000 (With Tax ¥3,300)

VGA-1042
Free Soul Official Tote Bag

Natural / Blue / Pink

H40cm × W33cm × D15cm (Handle 58cm)
¥3,000 (With Tax ¥3,300)

※Tシャツのボディはギルダン 2000 6.0オンス ウルトラコットン Tシャツになります。
※期間限定受注生産(~2024年5月12日まで)
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。

CAN - ele-king

 1977年のCANとはいえ、興味深いことこのうえない。とくにクラブ・ミュージック・リスナーからは圧倒的に支持されている『Flow Motion』(1976)を経てからのライヴ。つまり、ディスコ、ダブ、レゲエの影響を吸収してからのCAN、しかもここにはベースでロスコー・ジーが参加、ホルガー・シューカイはエレクトロニクスに集中している。早く聴きたい。本シリーズもいよいよ佳境にですな〜。

CAN (CAN)
ライヴ・イン・アストン 1977 (LIVE IN ASTON 1977)

発売日:2024年5月31日(金)
TRCP-310 / JAN: 4571260594425
2,500円(税抜)
紙ジャケット仕様
元セックス・ピストルズ/ グレン・マトロックによるオリジナル・ライナーノーツ 
及びその日本語訳付

Tracklist
1 Aston 77 Eins
2 Aston 77 Zwei
3 Aston 77 Drei
4 Aston 77 Vier

■プロフィール
CANはドイツのケルンで結成、1969年にデビュー・アルバムを発売。20世紀のコンテンポラリーな音楽現象を全部一緒にしたらどうなるのか。現代音楽家の巨匠シュトックハウゼンの元で学んだイルミン・シュミットとホルガー・シューカイ、そしてジャズ・ドラマーのヤキ・リーベツァイト、ロック・ギタリストのミヒャエル・カローリの4人が中心となって創り出された革新的な作品の数々は、その後に起こったパンク、オルタナティヴ、エレクトロニックといったほぼ全ての音楽ムーヴメントに今なお大きな影響を与え続けている。ダモ鈴木は、ヴォーカリストとしてバンドの黄金期に大いに貢献した。2020年に全カタログの再発を行い大きな反響を呼んだ。2021年5月、ライヴ盤シリーズ第一弾『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975』を発売。同年12月、シリーズ第二弾『ライヴ・イン・ブライトン 1975』を発売。2022年10月、シリーズ第三弾『ライヴ・イン・クックスハーフェン 1976』を発売。2024年2月、ダモ鈴木 逝去。同月、ダモ鈴木が在籍していた黄金期のライヴ盤『ライヴ・イン・パリ 1973』を、続いて本作『ライヴ・イン・アストン 1977』を5月に発売。

www.mute.com
http://www.spoonrecords.com/
http://www.irminschmidt.com/
http://www.gormenghastopera.com

Beyoncé - ele-king

 ちょうど1年ぐらい前に公開された映画『レッド・ロケット』は落ちぶれたポルノ男優がテキサスに戻り、別居していた妻の家に転がり込むところから話は始まる。サイモン・レックス演じるマイキー・セイバーは虚勢だけで生きている男で、けして弱みは見せず、マリファナを売りさばく仕事にありつくとまたたく間に勢いを取り戻していく。そして、ドーナツ・ショップで働くストロベリーちゃんをロサンゼルスで売り出せば業界でもう一花咲かせられるという野心を抱くようになり、計画を実行に移そうとする……。マイキーはエネルギッシュで猥雑、デリカシーのかけらもなく、とてもパワフルな男として描かれる。この作品が何を表現しているかは明確で、作品の冒頭、マイキーが故郷に足を踏み入れると、そこにはくたびれた看板が置いてあり、彼の背中を見送るようにして「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」の文字が大写しになる。そう、マイキー・セイバーとはトランプ支持者のことであり、『レッド・ロケット」が提示するのは「アメリカをもう一度偉大にする」とは具体的にどんな人がどんな動機で何をするのかという一例なのである。タイトルに使われた「レッド・ロケット」とは犬のペニスが勃起している状態を指すスラングで、監督のショーン・ベイカーがその前に撮った『フロリダ・プロジェクト』と同じくラスト・シーンはマイキーの願望が凝縮されたファンタジー・ショットで締めくくられる(前作では泣かされたけれど、今回の幻想は大笑い)。

 敗者としてテキサスに戻ってきたマイキー・セイバーがトランプ支持者の心情を映し出しているとしたら、テキサス出身のビヨンセがアメリカ3部作のパート2にあたる『Cowboy Carter』でテキサスやアメリカ南部を再び視野に入れる時、それは民主党支持を表明する勝ち組の視点から見えているものがここには潜んでいると疑うべきだろう。ビヨンセがパンデミックを機に制作を始めた「アメリカ3部作」のパート1にあたる『Renaissance』が都会の風景だったとしたら、自身の本名とリベラルを代表するジミー・カーターの名を掛け合わせたらしきタイトルの『Cowboy Carter』が描き出すのはカントリー・サイドの眺めであり、幼少期の記憶を更新しながら、それこそデヴェロッパーのような改造が南部の音楽に施されたものとなっている。カントリーやブルースやロックンロール、あるいはブルーグラスやザディコやニューオリンズ・ファンクがトラップやコンテンポラリーと接続され、モダンにつくり変えられた南部の心象風景として展開されている。ビヨンセ自身はそれらをクロスオーヴァーとは捉えていず、白人の音楽だと考えられているカントリー・ミュージックなどにブラック・ルーツを見出す作業だったと発言している。いわば「見落とされてきた歴史」を顕在化させる試みということだけれど、どうだろう? 実際、リンダ・マーテルを始め、カントリーと深く関わってきた黒人ミュージシャンが多数起用され、歴史の教科書を正確に書き直す性格を持たされていることは確かだけれど、ビヨンセの検証は音楽史を隅から調べ上げたように厳密なものではないし、僕にはむしろビヨンセが幼少期に聞いていたカントリーやサザン・ソウルの影響でアルバム全体に70年代のトーンを帯びていることが興味深かった。オープニングからしてザ・フーみたいだし、全体に幼少期のビヨンセがラジオを聴いているという設定らしく、ノイズの合間からチャック・ベリーが流れ、配信オンリーの “Ya Ya” ではナンシー・シナトラやビーチ・ボーイズがサンプリングされている。あるいはデラニー&ボニーやデレク&ドミノスといった70年代のサザン・ロックがダブって聞こえる曲も少なからずで、70年代に白人のロック・ミュージシャンがブラック・ミュージックに入れ込んでいた時と裏返しの心情が投影されているような気がしてくる。オリジナルの “Protector” だけでなく、 “Jolene” のようなカントリーの代表作をビヨンセがカヴァーしているというと、ふざけているとか、共和党=カントリーという図式にビヨンセが殴り込みをかけているような印象を持ちがちだけれど、70年代にエリック・クラプトンなどがやっていたことが搾取というよりは憧れに基づく行為だったように、いずれの作業も単純に音楽で人種という壁を乗り越えていたと感じられる要素の方が強い。少なくとも僕にはそう感じられた。ビヨンセが何を意図していたにせよ、『Cowboy Carter』には無意識に滲み出してしまう部分に予想外の面白さがあり、取り込んだ要素に逆に侵食されている面もあるのではないだろうか。民主党支持を表明する勝ち組ならではの平和的なヴィジョンが無邪気に展開され、単純にそれを楽しめるか、もしくは不快に感じるかは聴く人のポジションによって様々に異なることも容易に想像できる。アメリカの政治的な風土から遠く離れた日本列島で聴く限り、 “Bodyguard” は折衷派の先駆けであるスライにも聞こえるし、チャック・ベリーのカヴァー “Oh Louisiana” はレジデンツかオート・チューンを使ったスワンプ・ドッグにも聞こえてくる。ちなみに参加ミュージシャンもスティー・ワンダー、マイリー・サイラス、ポール・マッカートニー、ウイリー・ネルソン、ポスト・マローンと、どこかで線を引いて分断することがしにくいメンツになっている(そういう人たちがわざわざ選ばれている?)。また、3部作のパート2だからか、 “II Most Wanted” や “Riiverdance” のように “i” と表記すべき部分がすべて “ii” と表記され、ポール・マッカートニーのカヴァーも “Blackbiird” となっているのに、なぜか “Oh Louisiana” だけは例外的に “i” のままである(?)。

 ビヨンセはアメリカ3部作で彼女なりの『音楽図鑑』のようなものをつくりあげるつもりなのだろう。まさかのハウスやまさかのカントリーの次は、まさかのジャズか、まさかのメタルだろうか。それともパート1が東海岸でパート2が南部だったからパート3は西海岸?

 冒頭で「すべてを失ったトランプ主義者と、すべてを手に入れた民主党支持者」を対比させ、共和党支持者に僕は言及しなかった。トランプ支持者には共和党の支持者ももちろん含まれるだろうけれど、カニエ・ウエストとドナルド・トランプを繋いだキャンディス・オーウェンズのように元々は民主党支持だったという人が少なからずいて「トランプ対民主党」という構図はリベラル同士で反目し合っている内ゲバのような面も強いと僕は思っている。現在、トランプにもバイデンにも投票したくない人たちはアメリカでダブル・ヘイターズと呼ばれている。アメリカに住む僕の友人はオバマ以前からすでにそうした気持ちになっていると話してくれたことがあるし、コメディ作家のティナ・フェイは彼女の代表作『30ロック』で「(次の選挙で)みんなにはオバマに入れると言っているけれど、私は入れないもんね」とウィンクし、「民主党を信用できない」という空気を2000年代初頭に早くもギャグにしていたことはさすがだというしかない。共和党にも民主党にも入れたくない。その頃からこれが正解だったはずなのに、新自由主義に舵を切った民主党に絶望し切れなかったリベラルが単にもう一方の選択肢だったトランプや共和党支持に反転してしまったことはどう考えても視野の狭い判断でしかない。与えられたものの中からしか選べない。自動販売機の外側に選択肢を持たないとしたら、あなたは民主党を支持するビヨンセの『Renaissance』を聴きますか? それとも『Cowboy Carter』を聴きますか?

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