「KING」と一致するもの

interview with Genevieve Artadi - ele-king

 ジュネヴィーヴ・アルターディが歌う姿や歌詞を見ると、ついつい感情移入して、こんな気分の歌なんだろうな、と様々な感情が沸き起こる。しかし一方で、その感情表現で普通このハーモニーはないだろう、というような曲作りをしている気がして、冷静に音楽を聴いてクールだなと思ったりもする。実際、ジュネヴィーヴの歌は簡単に気持ちよく歌える展開にならず、聴いていくと「予測できること」からどんどん遠ざかっている。「ハーモニーと珍しいキーチェンジをつなぎ合わせて、メロディで接着する方法」という、ファンがジュネヴィーヴのチャンネルで書いていた説明には、なるほどと思った。そんな彼女の理知的にもみえる音楽プロセスや、音楽的リテラシーの高い人には出せないような感覚──衝動的で哲学的、皮肉でロマンチック、パンキッシュで繊細──といった絶妙なバランス感や身体的な感覚についても興味があった。

 今回の新作『Forever Forever』は、ラップトップ上で制作された前作『Dizzy Strange Summer』から一変、ルイス・コール(ds)、ダニエル・サンシャイン(ds)、ペドロ・マルチンス(g)、チキータ・マジック(Syn-Bs)、クリス・フィッシュマン(p)といった多くのメンバーが参加した、スタジオ・レコーディングだ。彼女が書いたビッグ・バンドのための曲が半数を占め、これまで積み上げてきたオーケストレーションのスキルがミュージシャンたちとの信頼関係によって一層発揮されている。ひとつひとつの素材が生き生きと立体的に描き出されているのだ。振り返れば、今作の重要人物、ベドロ・マルチンスが2019年に出していた、アントニオ・ロウレイロ(ds)、フレデリコ・エリオドロ(b)、デヴィッド・ビニー(as)、セバスティアン・ギレ(ts)、ジュネヴィーヴとのライヴ・アルバム『Spider’s Egg (Live)』では、ジュネヴィーヴの声がペドロのギターと有機的に重なる瞬間があり、今作に通じるような音色のレイヤーを聴くことができる。ここで共演したデヴィッド・ビニーは2021年にジュネヴィーヴを迎えたシングルもリリースしており、彼女がいかに現代の俊英たちに影響を与えているかよくわかる。

 そんなジュネヴィーヴが、新作に向かうまでのマインドや、それを形成している生活環境について答えてくれたことは、私たちにも前向きな生き方の示唆を与えてくれるものだった。
 昨年12月のルイス・コール来日公演のオープングステージを見た人は、ジュネヴィーヴが、今作でも存在感を誇るチキータ・マジックこと、イシス・ヒラルドらと組んだ女性チームの表現力の強さに目と耳を奪われたことだろう。そこで断片的に見せていた様々な感情を『Forever Forever』では、愛や感謝、安心といった肯定的な側面に目を向け、それらをミュージシャンたちとともに丁寧に表現している。もちろん彼女の言う「変なコードを使ったりというところは変わらない(笑)」のだけれど。

ポップ・ミュージックがシンプルなコードのみを使ったものでなければならないとは思わないし、ジャズは複雑なコードを多用するべきだとも思わない。ジャンルや曲のタイプに縛られずに自分の書きたいように書いている。

まずイシス・ヒラルドと、フエンサンタ・メンデスとの来日のパフォーマンスのことを聞きたいのですが、このふたりとはいまどんな活動をしているんですか?

ジェネヴィーヴ・アルターディ(Genevieve Artadi:以下GA):イシスとはよく一緒にやっていて。私も彼女のニュー・アルバムの “Dreams Come True” という曲で歌っているし、彼女が私の曲に参加してくれることもあれば、私が彼女の曲に参加することもあるし。パフォーマンスはよく一緒にやっているけど、共同で曲を書いたことはないから、近いうちに曲作りをすることを考えているところ。フエンサンタとは知り合って間もないんだけど、唯一一緒にやったのは、ルイス・コールのメトロポール・オーケストラとのコラボレーションプロジェクトだった。

あなたたちのパフォーマンスは様々な感情の表現があって、女性の感覚もうまく出ているように感じて私は共感したんですが、そういう部分も意識してスタートしたんですか?

GA:あまり男性とか女性とか深く考えたことはないんだけど……とにかくバンドのヴォーカルとして歌いたいと思っていたから、彼女たちとバンドを組んだら楽しいと思った。曲のいくつかは女性的な特性を持っているし、ヴォーカルをレイヤーで重ねるのが好きだから、女性の声の方がいいと思って。とにかく一緒にやったら面白そうと思ったのが理由かな。もちろん男性のミュージシャンともたくさんプレイしているし自分の音楽性に合えば、そこにこだわりはない。なにか主義主張があって決めているわけではなくて。ヴァイブが合えばという感じ。

イシスは、あなたの新作にも参加していますね。新作を作るとき、彼女からどんなインスピレーションをもらいましたか?

GA:彼女には制作の初期の段階から本当に深く関わってもらった。彼女は本当に面白いアイデアをたくさん持っていて、一緒に完成させた曲がいくつもある。それに、彼女から教わったこともいくつもある。例えば、私がきちんと音程を保っていないときは目で合図してくれたり。ライヴのときにはシンセも担当してくれていて、左手でコードを弾いて、右手でメロディを弾きながら歌も歌う。彼女はドラムマシーンもプレイする。彼女の曲を一緒にやったとき、すごく面白いリズムをドラムマシーンで編み出して。全然違う場所からやってきたようなオフセットのリズムで、それを曲にマッチさせていくのがとても興味深かった。それに、何と言ったらいいか……彼女の音楽は、とても強烈な個性と雰囲気を持っていて。そこにとてもインスパイアされる。

働きづめで、自分の時間を楽しむ余裕がなかった。余裕がないから、自分勝手に生きていたと思う。それは自由とは違う。いまは「気が狂っていた時期はもう終わり」という感じ(笑)。

あなたの音楽の経験で気になったことがあるんですが、幼少期にポリネシアン・ダンスをやっていましたよね。あなたの音楽につながっているんじゃなかと思って。

GA:うーん(笑)、そうね……10年ほどやっていたんだけど、ポリネシアン・ミュージックってとてもパーカッションの要素が強くて。6人くらいドラマーがいて、全員が違うリズムを刻んでいる。ダンサーは、リーダーのような人がいてその人の動きに合わせていく感じなんだけど、あまり頭で考えずにリズムを取りながら自由に踊れる感じ。だから、頭で考えずに自然とリズムを自分の中に取り込むことには役立ったかもしれない。それにメロディがとても綺麗で。綺麗なメロディをリズムに乗せるということは身についたかもしれない。

そもそもポリネシアン・ダンスに興味を持ったのはどういうきっかけで?

GA:母がフィリピンに住んでいたことがあって、そのときに興味を持ったみたい。詳しいことはわからないけど、先生をつけてそれなりに本格的にやっていたんだって。子どもの頃、母が姉にポリネシアン・ダンスを教えていて、それで家族でパームデールに移り住んでからも姉はいろいろなグループと一緒にダンスを続けていて。そこで知り合った女性……私の将来の義姉になる人なんだけど、彼女の家族はサモア人で、「一緒に踊らない?」と誘ってくれたのがきっかけでやり始めた。

面白いですね。それとブラジル音楽との関わりも興味があるんですが、あなたはアントニオ・カルロス・ジョビンの “Caminhos Cruzados” から影響を受けていますね。あなたの作ったビデオで知りました。

GA:カレッジ時代にヴォーカル・グループを指導していた先生に教えてもらった。初めて聴いたとき、「ワーオ、これは一体何!?」って感動して。あんな美しいメロディやハーモニーや歌声はそれまで聴いたことがなかった。色鮮やかで豊潤で……それでいて余計な装飾が何もなくて。見せびらかすような派手な演出は一切なくて、ただ感情の深みが表現されていて。この曲が持つメロディやハーモニーの展開にとにかく惹きつけられた。その頃、10曲かそのくらいブラジル音楽の曲について学んだんだけど、本格的にブラジル音楽を聴くようになったのは数年前にペドロ・マルチンスに出会ってから。

ペドロは今回のアルバムの全曲でギターを弾いているし重要な存在ですよね。彼との出会いと今回のコラボレーションのきっかけを教えてください。

GA:もともと私がこの “Caminhos Cruzados” を自分で歌った動画を投稿したことがきっかけだった。それをペドロが観て「君がポルトガル語で歌えるのは知らなかったよ」ってメッセージを送ってきて。ペドロがブラジル出身のミュージシャンだったことは知っていたけど、実際に会ったことはなかった。それで私がロンドンにいるときに、彼がメッセージを送ってきて。「ちょうどロンドンでアルバムのミキシングをしていて、君のショーを観に行きたいんだけど」って。それで、「一緒にステージでプレイしてみない?」と訊いたら、快諾してくれて。でも実際に顔を合わせたのはステージの上なの。その前に会うタイミングがなかったから、「ペドロ・マルチンス!」って彼の名前を呼んで、それでペドロがステージに上がった。それが出会い。そのあとすぐにペドロが、友人でベースプレイヤーのフェデリコと一緒にLAに来た。それで私たちの家に滞在して、セッションしたり一緒にギグを観に行ったり、音楽的なことを中心にして親交を深めていった。

なるほど。あなたの作品にブラジル音楽はどんな風に入っていますか?

GA:いかにもわかりやすい形で取り入れているとは思わないし、そうするつもりもない。どこかで影響を受けてはいるんだろうけど、自分の曲を書くときはあまり意識していないと思う。ただ、ブラジル音楽の持つ美しいメロディやハーモニーを思い出して、そんな曲を書いてみたいと思うことはある。

その曲作りのことなんですが、ジャズのヴォイシングやヴォーカル・アンサンブルをカリフォルニア大学で学んでいますよね。このときの経験はどのように生かされていますか?

GA:大学に通う前にもバンドを組んでいたことはあるけど、当時は曲の書き方もよく理解していなかったから、同じようなコードやメロディばかり繰り返し書いていた。だから、大学で違うコードの使い方やメロディの書き方、管弦楽法や他のミュージシャンと一緒に音楽を演る方法やインプロヴィゼーションの方法なんかについて広く学ぶことができたと思う。その上で私がいちばん気を付けていることは、自然な流れで曲を書くこと。ひとつのパートに固執して、そこで立ち止まってしまわないようにすること。教師は、曲の構成についてある一定のルールがあることをとても重要視していて、ここでこのコードは間違っている、このコードの次はこれが正しい、という法則に則っているけれど、私はなるべくフォーマットのようなものは考えずに、自然に、好きなように書くように心掛けている。ポップ・ミュージックがシンプルなコードのみを使ったものでなければならないとは思わないし、ジャズは複雑なコードを多用するべきだとも思わない。ジャンルや曲のタイプに縛られずに自分の書きたいように書いている。いちばん大切なことは、私が何を表現したいかということだと思っているから。だから、もちろん大学で学んだ音楽理論は役には立っているけど、それよりもコードの持つトーンや色味や、音楽の歴史のようなものの方が身についているような気がする。

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なるべくヴィーガンの食生活を貫くようにしていて。あとは1日2回、毎日瞑想する時間を持つようにしている。

前作からあなたの声の質感も変化しているように感じます。あなたは技術的にどうやって声をコントロールしていますか?

GA:それについては意識的にかなり自分でも努力してコントロールしている。今回のアルバムに関して言えば、曲作りとスタジオでのレコーディングの間にかなり時間があったから、何度も何度も歌を練習した。いくつかの曲はライヴで演奏したりもした。それで、実際にスタジオに入ったときには、ほぼワンテイクでレコーディングするようにしたかった。家で録音してみて歌い方を考えたりして、スタジオでは完璧に歌いこなすことで、歌に集中できるようにして。

私は前作の『Dizzy Strange Summer』を聞いて、愛の複雑さや自由への欲求を感じました。これを聞いた後に新作『Forever Forever』を聞くと、気持ちが洗われるような美しさや秩序を感じました。このアルバムを作るまでにどんな気持ちの変化がありましたか?

GA:いくつか大きな出来事があったけれど、いちばん大きかったのはペドロとの出会い。彼と付き合うようになったのは、私にとって本当に大きな変化だった。自分自身と向き合うようになったというのかな。自分の問題に向き合えるようになった。彼との関係を深めていく中で、瞑想を始めたり、本を読むようになったり、ティク・ナット・ハンやラム・ダスのビデオを観たり……自分を見つめ直したり、より健康な生活を意識するようになった。ちょうど彼と出会った頃は自分をもっと解放すべき時期に来ていたんだと思う。それまでの私は働きづめで、自分の時間を楽しむ余裕がなかった。余裕がないから、自分勝手に生きていたと思う。それは自由とは違う。いまは「気が狂っていた時期はもう終わり」という感じ(笑)。

(笑)どんなことを毎日の習慣にしているんですか? いまお話にも出ましたが、健康的な食事生活や、瞑想など何かルーティーンにしているものがあれば教えてください。

GA:可能な限りヴェジタリアンを選択している。充分なプロテインが摂れないときは卵を食べたりするけど、なるべくヴィーガンの食生活を貫くようにしていて。あとは1日2回、毎日瞑想する時間を持つようにしている。本当は瞑想する日もあればしない日もあるというようにしていきたいんだけど、瞑想するのとしないのでは私の心身の状態が全然違うの。

以前に比べて、精神的に落ち着いたり穏やかになったりしたと感じますか?

GA:そうね、前ほど感情的な起伏もないし、周囲の人たちに対してとても忍耐強くなったと感じる。自分の心の中に余裕が生まれたというか。家でひとりでいるときは前から心に余裕があったんだけど、逆にだらしなく過ごしてしまっていたし(笑)。でもいったん外に出ると、自分の社会での立ち位置というか、役割をつねに考えてしまっていた。なるべく聞き役に徹して、相手に緊張感を感じさせないようにしたり。私と話した人はみんな「君と話していると自分らしくいられる気がする」というようなことを言ってくれるんだけど、私自身は気を使いすぎてクタクタになってしまっていた。でもいまは人付き合いを円滑にできるだけのエネルギーを得た感じ。

先ほどお話しに出たティク・ナット・ハンのことをもう少し聞きたいです。

GA:私は何かの問題にぶつかると、すぐにグーグルに訊いちゃうよくないクセがあるの(笑)。でもそんな問題の答えをググってみても「そんなやつ追い出しちまえ」「あなたはそんな目に合うべき人間じゃない」みたいな、怒りに満ちた答えしか見つからなくて。でも、その自分の問題と仏教、ってググると、もっと根本的な解決方法が見つかることに気づいた。そこからティク・ナット・ハンのような名前に行き着いて、彼の本を読んだりビデオを観たりした。彼の言葉には本当に助けられた。

彼の教えであるマインドフルネスについて、あなたはどんな風に考えていますか。

GA:とても美しい考え方で……すべての人に彼の教えを実行してほしいと願っている。例えば、彼はイスラエルやパレスチナの人たちをひとつに結ぶことができると語っている。どんな人間同士でもコミュニケーションは可能であるということ、互いをコントロールすることは可能であるということ。それは戦いで相手を屈服させるという意味ではなくて、互いを尊重し合うということ。自分自身を大切にすることができれば他人を大切にすることもできる。自分の愛する人を大切にすることができるということ。私はほとんどの場面ではかなり忍耐強い人間だとは思うけど、いくつかの地雷があって、それを踏まれると怒りをコントロールできなくなるところがあった。でも、彼の教えを実行していく中で、かなり自分を律することができるようになってきたと思うし、これからも続けていきたいと思っている。

ティク・ナット・ハンのそんな考えは、あなたの今の音楽にも影響していますよね?

GA:そうね、そう思う。歌に対するアプローチに影響を与えていると思うし、音楽づくりのプロセスの中で、自分自身を律して根気強く向き合うことを教えてくれたと思う。自分の頭の中で考えすぎずに、人の意見もよく聞くようになったと思う。それに、自分の音楽をよく聴いて、いま自分がやるべきことや置かれている状況をよく理解することで、すべてのことがうまくいくようになったと思う。

できあがったものに完全に満足することはほとんどない。大体いつも、自分が表現したいことの半分くらいしか表現できない。でも、私はすべてを完璧に表現したい。

では今回のアルバムは、具体的にはどのような順番で作られたのですか?

GA:曲を書くときはいつもできるだけ自分の頭の中にあるアイデアを明確にしてから書くようにしている。ジャム・セッションは緊張するというか、得意ではないからそこから曲を作ることはほとんどない。2019年にスウェーデンのノーボッテン・ビッグ・バンドから、専属の作曲家にならないかというオファーがあって。それでコンサート用の曲をいくつか書いてデモを作った。コンサートが終わったあと、書き下ろした曲の半分を自分のソロ・ルバムに入れたいと思って。だからこのアルバムの曲のいくつかはふたつのヴァージョンが存在することになる。それからアルバム用に曲を書き足していって、スタジオでバンド・メンバーと相談しながら「ここにこれを入れよう」「このソロは誰が弾く?」という調子で作っていった。ああ、中にはそれより前に書いた曲もあるね。いちばん古いものは2017年頃に書いたんじゃなかったかな。とにかく、スタジオでみんなでアイデアを出し合って作ったものだけど、全体的なヴィジョンはすでに私の中にあって、それを明確にしてからレコーディングに入るというプロセスが私のやり方。

参加したミュージシャンからどんなアイディアや個性を引き出しましたか?

GA:ルイス・コールは全体に魔法を使ってくれた。それにピアノのクリス・フィッシュマン、ダニエル・サンシャインはドラムを何曲かと、ミックスとマスターを担当してくれたし、ヘンリー・ハリウェルがエレクトロニックな部分をやってくれた。彼は、私が作ったデモの何曲かのドラムをもっとクールなものにしてくれたりした。それと何曲かではダリル・ジョンズがベースを弾いてくれている。

Knower でのデビュー時からあなたの作曲の才能はとても評価されているし、今回特にあなたのプロデュース能力も発揮された内容だと思います。プロデューサーという立場で、この作品をどのように解釈し作ったか教えてください。

GA:そう言ってもらえて嬉しい。ありがとう。今回は、当初はビッグ・バンドのために作曲したから、いままでのようなプロセスは踏めなかった。いつもはデスクに向かって自分のアイデアをクリアにしていく作業なんだけど、どんな音を実際に入れるかというのはそれほど選り好みしないで曲を作っていった。でも、今回はここでサックスを入れる、ここで自分のヴォーカルをレイヤーで重ねる、というそれぞれのパートを曲作りの段階で細かく決めていく必要があった。もちろんどうしても隙間ができるから、それを少しずつ埋めていく感じの作業だった。ビッグ・バンドとレコーディングするわけだから、全てのパートにおいて私が指示を出せなければ曲を作ることは不可能でしょう? だから作曲と同時にプロデュースもすべておこなうというプロセスだった。演奏する人たちが興味を持ち続けられるように、その上で私がどんな曲にしたいか、そのヴィジョンを明確にするということに集中した。このアルバムはその延長上にあるものだと解釈している。

歌うことだけではなくプロデュースをすることや曲を作ることのやりがいはなんですか? 挫折しそうになったときは、どうやって乗り越えましたか?

GA:私はけっこう選り好みするタイプ。歌を歌うときは、その曲が「良いもの」(笑)でなければイヤなの。私はつねに自分がどんなものを求めているのか、明確なヴィジョンがあるけれど、それをどうやって実現すればいいかはわからない。とてもフラストレーションを感じる。自分が信頼している人と曲作りをするときはスムーズにやりたいことに近づけることができるけど、そうでない場合はまずは意思表示して、私の描いているものを理解してもらう必要があるでしょ? それがなかなか伝わらなくて、相手も「結局何がやりたいの? 自分にどうして欲しいの?」って戸惑うことになってしまう。すごく時間が掛かるし、できあがったものに完全に満足することはほとんどない。大体いつも、自分が表現したいことの半分くらいしか表現できない。でも、私はすべてを完璧に表現したい。だから、私は信頼する人たちと一緒に音楽を作るべきだという風に考えるようになった。もちろん誰かと一緒に作品を作るときは、それぞれのスケジュールを合わせなければいけないから、途中で長いこと待つ時間が必要になることもあるし、スケジューリングは本当に大変な作業。それでも、スタジオでコラボレーションをするのはとても好き。音楽づくりはそもそも共同作業だと思っているし。だから、私はプロデュースをするときも、みんなの意見にとてもオープンであるようにしている。それも、ただイエス・ノーを言うだけの存在ではなくて、いろいろな意見やアイデアを交わしながら一緒に作っていくことに積極的だと思う。でも最終的な判断を下すのは自分。自分の作品をプロデュースするということは、自分に決定権があって、最終的には自分の満足のいく作品にできるということ。とてもやりがいを感じる。

とても興味深いですね。スタジオでの作業を見てみたいです。今後コラボレーションしたいアーティストや、これからの予定を教えてください。

GA:そうね……ライアン・パワーとぜひ何か一緒にやりたい。ステレオラブレティシア・サディエールともぜひコラボレーションしてみたい。とにかく自分の好きな人たちと何か一緒にやれたらいい。ビョークともやってみたいけど……彼女がオファーを引き受けてくれるとは思えないけど(笑)。それと、すでに次のアルバムの構想ができあがっている。アニメを大量に観ていた時期だから、それに影響を受けたロックっぽい内容になるかもしれない(笑)。今回のアルバムとはかなり違ったものになりそうだけど、それでも変なコードを使ったりというところは変わらないと思う(笑)。

Main Source - ele-king

 VINYL GOES AROUNDから新たなアイテムの登場だ。今回は90年代ヒップホップを代表する金字塔、当時のニューヨークの熱気を伝えるメイン・ソースのファースト『Breaking Atoms』(1991年)がボックスセットとなって蘇ることになった。本編の2LPに加え、アルバムの顔とも言える “Looking At the Front Door” やあのナズの世界初登場曲 “Live At The Barbeque” などを切った、4枚の7インチが付属する(すべてピクチャー・ヴァイナル仕様)。ナンバリング入りの限定商品とのことなので急ぎたい。

MAIN SOURCEの伝説のファースト・アルバム『Breaking Atoms』がついにBOXセットになって発売!

90’sヒップホップ最高峰の名盤として今でも語り継がれているMAIN SOURCEのファースト・アルバム『Breaking Atoms』の2LPと4枚の7インチを収めたBOXセットがVINYL GOES AROUNDから発売されます。『Breaking Atoms』は言わずと知れた “Looking At The Front Door” や “Just Hangin’ Out” 等のヒップホップ・クラシックを生んだ名盤中の名盤!
またここに収録の名曲を組み合わせた7インチもそれぞれ4枚カット! これら全てがピクチャー・ヴァイナル仕様。特製のBOXにまとめて販売します。
今回も超限定(ナンバリング入り)での販売となりますのでお早めにお買い求めください。

Includes...
・Breaking Atoms 2LP
・Live At The Barbeque / Large Professor 7"
・Looking At The Front Door / Snake Eyes 7"
・Just A Friendly Game Of Baseball / Vamos A Rapiar 7"
・Fakin' The Funk / He Got So Much Soul (He Don't Need No Music) 7"

VGA-5011
MAIN SOURCE
BREAKING ATOMS - PICTURE DISC BOX

¥18,000
(With Tax ¥19,800)

*Free shipping within Japan for purchases over 10,000 yen.
※1万円以上のお買い上げで日本国内は送料が無料になります。

*Exclusively until April.3 2023.
※期間限定受注生産(~2023年4月3日まで)

*The products will be shipped in late April 2023.
※商品の発送は 2023年4月下旬ごろを予定しています。

*Please note that these products are a limited editions and will end of sales as it runs out.
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。

https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-5011/

Autechre - ele-king

 90年代後半には Max/MSP を導入し、初期のサウンドから大いなる飛躍を遂げたオウテカ。そんな彼らの「中期」とも言える00年代を代表する名作──忘れもしない春、転げまわる小さな金属球のごとき独特の響きがいまでも耳にこびりついている “VI Scose Poise”、同曲で幕を開ける『Confield』(2001年)と、同作をさらに発展させメロディアスな瞬間もたびたび顔をのぞかせる『Draft 7.30』(2003年)の2タイトルが、去る2月24日に(オリジナル盤リリース以来)初めてヴァイナルでリイシューされている。
 その復刻を記念し、両作をモティーフにしたTシャツおよびロングスリーヴTシャツが数量限定で発売されることとなった。現在ビートインクのオフィシャルサイトにてオンライン受注がスタートしている。締切は3月26日、商品の発送は4月中旬からとのこと。そういえば『Confield』も『Draft 7.30』も出たのは4月だった。訪れる春、オウテカを着て、オウテカを聴こう。

『CONFIELD』と『DRAFT 7.30』
オリジナルリリース以来初のヴァイナル・リイシューを記念し
サステナブル素材を使用したTシャツと
ロングスリーブTシャツが数量限定で発売決定!


Confield Black T-Shirt ¥5,500 (税込)
ECOPETのリサイクルポリエステルを採用
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13311


Confield Charcoal Grey Long Sleeve T-shirt ¥8,800 (税込)
オーガニックコットン100%
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13313


DRAFT 7.30 Black T-Shirt ¥5,500 (税込)
ECOPETのリサイクルポリエステルを採用
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13312


DRAFT 7.30 Charcoal Grey Long Sleeve T-shirt ¥8,800
オーガニックコットン100%
BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13314


label: Warp Records
artist: Autechre
title: Confield
release: Now On Sale
BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13255

tracklist:
01. VI Scose Poise
02. Cfern
03. Pen Expers
04. Sim Gishel
05. Parhelic Triangle
06. Bine
07. Eidetic Casein
08. Uviol
09. Lentic Catachresis


label: Warp Records
artist: Autechre
title: Draft 7.30
release: Now On Sale
BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13256

tracklist:
01. Xylin Room
02. IV VV IV VV VIII
03. 6IE.CR
04. TAPR
05. SURRIPERE
06. Theme Of Sudden Roundabout
07. VL AL 5
08. P.:NTIL
09. V-PROC
10. Reniform Puls

interview with Sleaford Mods - ele-king


Sleaford Mods
UK GRIM

Rough Trade / ビート
※ウィットに富んだ歌詞対訳付き

RapElectronicPost Punk

beatink.com

 いまのぼくがスリーフォード・モッズを愛し聴いているのは、UKの労働者階級に特別な共感があるわけでもなければ、今日のUKの政治的惨状を理解しようと思っているからでもない。そんなこと知ったこっちゃないし──というか、このおよそ10年ほどの我が国たるや、UKのことを案じるほどの余裕をかましている場合ではないのだ。ここ日本から見たら英国なんて腐っても英国であってはるか天上。かつてザ・クラッシュが歌ったセリフを借用して返してやろう。あんたら英国が悲惨だとしたら俺ら日本はどうなるのかと。
 ぼくのスリーフォード・モッズへの愛は、パンクへの愛だ。パンクの魅力のひとつはウィットに富んでいることにあるが、スリーフォード・モッズにはウィットがある。ウィットというのは “賢くて面白い” ことで(つまりバカにウィットはない)、セックス・ピストルズはウィットの塊だった。これにぴったり意味の合う日本語はおそらくないが、忌野清志郎にはウィットがあった。もちろん優れたブラック・ミュージックには優れたウィットの使い手が数多く存在し(その代表をいまひとり挙げるならジョージ・クリントンで、ぼくはサン・ラーもウィットの名人だと思っている)、一流のウィット使いはメタファーやダブル・ミーニングを巧みに多用する。スリーフォード・モッズのジェイソン・ウィリアムソンもメタファーとダブル・ミーニングの達人だ。『UK GRIM』=「悲惨なUK」もしくは「UKグリム(グリム童話、狼=資本主義に襲われる赤ずきんちゃん=庶民)」、あるいはまた、 “GRIM” に “E” を足して「グライム=汚れ」。
 スペシャル・インタレストもそうだが、パンク・ロックはそして、最悪な社会状況をネタにしながら最高にクールな音楽がこの世界にはあるという夢のある話をいまも保持している。深刻な現実があってタフな人生がある、が、それに打ち勝つことができるかもしれないという素晴らしい可能性、自分が自分自身であることを強調し(だからこの音楽は早くから女性や性的マイノリティに受けた)、この社会のなかで生きることを励ます音楽、それがパンクでありスリーフォード・モッズの本質である。
 というのも、彼らはマイブラやブラーやレディオヘッドよりも若いのに、彼らだけが “中年” と言われ続けている(ビートインクの過去の宣伝文句を参照されたし)。しかしながらこれは、ジェイソンとアンドリューがそれだけ苦労してきたことを意味している。つまり彼らは、人びとから無視されている報われない人たちの気持ちをより理解する能力を持っている可能性が高いということの証左でもあるのだ。また、スリーフォード・モッズの快進撃からは、こうしたロックやパンクやラップやエレクトロが、昔のように、若者だけの特権ではなくなったということもあらためて認識させられてしまう。彼らがブレイクしたのは40を過ぎてからだが、スリーフォード・モッズのサウンドと言葉は、笑えるがシリアスで、誰もそれをやっていなかったという意味において“新しかった” し、クリエイティヴだった(クリエイティヴであることを放棄していなかった)のである。これは人生論としても意味があるだろう。
 だから彼らの最新アルバムとなる『UK GRIM』は、こういう怒った音楽が21世紀にも生まれているのだという、年老いた元パンクにありがちな郷愁めいたところで評価する作品ではない。だいたい、アルバム冒頭を飾る表題曲の寒々しいベースが刻まれ、ビートが発動し、ジェイソンのラップが絡みつくと、もう居ても立ってもいられずにジャンプするしかないのだから。チキショー、なんて格好いいんだ。もっともアルバムは3曲目にとんでもない殺し屋を用意している。挙動不審で逮捕されたくなかったらドライ・クリーニングのフローレンスをフィーチャーした曲、 “Force 10 From Navarone” を間違っても渋谷を歩きながら聴かないことだ。これはザ・フォールの“トータリー・ワイアード” やPiLの “アルバトロス” のような、冷たいからこそ炎が燃えるタイプの曲で、希望を持てずに政治不信に陥っている民衆の醒めた感性と確実にリンクしている。アルバムはほかにも良い曲が目白押しで、 コニー・プランク&DAFを彷彿させる“Right Wing Beast(右翼の野獣) ” や トライバルなリズムを使った“Tory Kong(保守党コング) ” といった賢く笑える題名をもった曲もあれば、メロディアスなピアノを挟み込んだニュー・オーダー風の “Apart from You”、シンセ・ポップとオールドスクール・ヒップホップの中間にあるような“Rhythms of Class” も面白い。とにかくアンドリュー・ファーンは、最小の音数で、しかしヴァラエティに富んだサウンド作りに腐心し、それはかなりの確率で成功している。

 今回の取材にはサウンド担当、アンドリュー・ファーン(ステージ上で、静かに立ちながらボタンを押している男である)にも参加してもらった。彼の登場はエレキングでは初めてなので、エディットは最小限にとどめて掲載することした。彼らの誠実な人柄が見えると思うし、10年前と変わらない彼らのアティチュードもたしかめることができるはずだ。最初のほうではファッションについても話している。ジェイソンが服を好きな話は有名だが、アンドリューのTシャツ趣味にも前々から興味があったのだ。
 インタヴューを最後まで読んでいただければわかるように、国としては英国のはるか下にいる日本だが、同じように政治に絶望している人びとにとっての打開策においては、意外と共通し共有しうるヴィジョンがあるようで、そのこともまた、国も言語も違えどスリーフォード・モッズを好きになれる理由なのだろう。UKはお前の声なんか聞いちゃいないと、アルバムの冒頭でジェイソンは繰り返しているが、そこは日本もまったく同じ。たとえそうでも、スリーフォード・モッズとはこういうことなのだ──窮地に追い込まれても思い切りジタバタしよう、諦めずに言うことだけは言っておこう、で、楽しもうと、それはおそらく健康に良い。そう思いながら、今日もジタバタしよう。

だからアンドリュー、お前ははじめから、最初からモノにしてたんだと思う。俺たちの初期の写真から最近のものまで眺めてみても、お前は一貫してぴったりハマってた。お前の服装センスは生き残った、みたいな(笑)。

今年はちょうど、『Austerity Dogs』を出してから10年になるんですよね。その後スリーフォード・モッズ(以下、SM)は評価され、ファンを増やし、あなたがたの生活も音楽へのアプローチもだいぶ変わったと思いますが、新作『UK GRIM』を聴いて、SMのパッションも怒りもまったく変わっていないことに感銘を受けました。自分たちではそのあたり、どう思いますか? 

ジェイソン:あー……とにかく、自分たちのやってることが相当に気に入ってる、ってのがあるんじゃない? 俺たちはなんであれクズなことは絶対にやるつもりがないし……それだと、俺たちの場合はとにかくどうしたって機能しないんだ。俺たちが興味を掻き立てられる何かである必要があるし、かつ、自分たちもその上にしっかり足を据えて立てるものじゃなくちゃならない。ってのも、そうじゃなかったら、不愉快なものになるだろうし、俺たち自身にとってもあんまり良くない何かに変わってしまうわけでさ。でも、俺にとって運が良かったことに、「良い作品を作りたい」って点に関して、自分と同じくらい目先が利いてて鋭く、かつパッションのある――俺は自分はそうだと思ってるんだけど――そういう人間に出会うことができたんだよね。だから、そんな俺たちふたりが合わされば自分は心配する必要はない、ってのかな……要するに、アンドリューは標準以下な質のものには一切我慢しないし、うん、とにかく彼は妥協しないんだ。というわけで、それがあるから、すごくうまくやれてるっていう。

アンドリュー:(うなずきつつ)もうちょっと「誰のお口にも合う」ようなアルバムを作っていたとしたら、きっと俺たちは自分たち自身にがっかりしちゃうんじゃない?

ジェイソン:ああ、だと思う。でも、そうは言いつつ――アンドリュー、お前も以前に言ってたけど、本当に良い作品が生まれるのには、アルバムごとにある程度の運の良さも伴うものだ、って点もあるんじゃない? またも素晴らしい歌を書けて俺たちはすごくラッキーだな、と思うし。実際、これらはグレイトな楽曲群だし、俺たちは今回のアルバムを本当に誇りに思ってる。それはすべての曲に言えることであって。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:でもまあ……どうなんだろうな、自分でもわからない。とにかくハード・ワークと固い決意の産物じゃないかと俺は思うけどな……。

アンドリュー:うん、それだね。そうは言っても、はじめのうちは幸運にも恵まれたよな、じゃない?

ジェイソン:たしかに。

アンドリュー:俺たちのはじまりの時点ではツキがものを言った。ただ、なんというか、俺たちのいる音楽の世界――っていうか、これはどのメディア(媒体)形態でもそうなんだけど――いったんドアが開いてなかにさえ入れれば、他の連中よりももっと多くの機会に恵まれるようになる、そういう世界で俺たちが生きているのは事実なわけで。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:悲しい話だけど、現実はそうなんだよね。

ジェイソン:まあ、そういう仕組みだからな。

アンドリュー:ああ。で、誰であれあのドアを抜けることができた奴は、ドアを潜った際の自分にあったもの/それまでやっていたことを維持する必要があると思うけど、残念ながら多くの人間がそれを棄てているよね。で、音楽産業に吸収されてしまう、というか。

ジェイソン:その通り!

アンドリュー:それをやったって、良いことはなんにもないよ。だから、それでクソみたいなアルバムを作ることにして、でもやっぱり失敗したから、デビュー時にもともとやっていたことに立ち返りました、なんてバンドもなかにはいるわけで。自分を曲げずに頑張り続けなくちゃ(笑)!

ジェイソン:だな、自分を通さないと。

不平だらけ。ほんとブーたれてる。で、ほんと、いまってそれくらい悲惨なことが余りに多過ぎだしさ……しかも、この状態はまだこれからも続くと俺は思う。

アンドリューさんは主にビート/音楽面を担当していますが、SMにとってのこの10年で変わったこと変わらなかったこととは何だと思いますか? あなた自身の機材やギアはどう変化しました?

アンドリュー:ああ、毎回、少しずつ変わってるんだ。思うに、過去10年くらいの間に、音楽作りのためのテクノロジーは以前よりずっと安価になったし、ちょっとしたギアもあれこれも比較的買いやすくなって。だから、何か新しいガジェットを購入したら、それが自分にとって音楽をもっと作るインスピレーションになる、という。それはやっぱり、使えるお金がいくらかあるところの利点だよね、対して以前の自分は全然お金がなかったから。昔はジェイルブレイク済みのiPad(※jailbreak=脱獄。基本iOSを改変し使用できるアプリや機能を拡張すること)を持ってて――

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

アンドリュー:(笑)おかげで、無料のキーボードだのシンセだののソフトウェアを全部使えてさ。それって良いよね。何か新しいものを作り出すために、別に多くは必要ないってことだから。
ジェイソン:ああ、それは必要ない。

せっかくの機会ですし、アンドリューさんに訊きたいことがほかにいくつかあるんですが、まずはあなたのTシャツの趣味について質問させてください。

アンドリュー:(苦笑)オーケイ!

ジェイソン:(爆笑)

坂本:(笑)。たとえば今日は「HARDCORE」とロゴの入ったTシャツでかっこいいですが、これまでピカチューであるとか――

アンドリュー:(笑)うん、あのピカチューTはまだ持ってる!

坂本:シンプソンズ、はたまたディズニーのパロディTであるとか、いつもユニークなTシャツを着ていますが、どんなこだわりがあるのでしょうか? 

アンドリュー:(笑)まあ、単にヴァイブってことだよ! とにかくパッと見て、「これはイエス」、「これはノー」、そのどっちかに分かれるしかないっていう(苦笑)。だから、別にギャグとして笑えなくたっていいんだし……要はファッションと同じ話というのかな、「これ、自分は着るだろうか、それとも?」ってこと。うん、基本的にはそれだけ。

坂本:なるほど。

アンドリュー:まあ、たまには背景にちょっとしたストーリーが含まれることもあるけどね……。あ、たとえば、いま話に出たディズニーのパロディT(※「Walt Disney」のお城のロゴを「Want Drugs?」に書き換えたもの)、あれは色んなTシャツを作ってるイタリア人男性の製作したもので、彼は俺にああいうおふざけTをたくさん送ってくれるんだよ。でも、それにしたって、俺がいつもある種の類いのTシャツを着てるからなんだろうしね、うん(笑)。

ジェイソンさんは服装にこだわりがあると思いますが、アンドリューさんのファッション・センスに関してどのような意見をお持ちでしょうか? たまに「こいつ、いったい何着てるんだ?」と思ったりしませんか?

アンドリュー:ブハッハッハッハッ!

ジェイソン:ああ、たぶん、若い頃の俺だったらそう思ってただろうな。若いとほら、まだもうちょっとナイーヴで、頭が悪いもんだし――

アンドリュー:うん。

ジェイソン:――それでこの、「バンドってものはこういうルックスであるべき」云々の概念でガチガチなわけで。

アンドリュー:だよな、うんうん。

ジェイソン:でも、思うに、俺たちも歳を食うにつれて――だから、誰でもある程度の歳になると、「人間は人間なんだし」ってことになるんじゃない? 歳を重ねて何かが加わるっていうか、要するにアンドリューはアンドリュー自身でいるだけなんだし、彼が彼以外の他の誰かになろうとしたって意味はない。同じことは俺にも当てはまるし、自分以外の誰かになろうとは思わないな……そうは言いつつ、俺自身もアンドリューの服装センスからちょっといただいてきたんだけどね。確実に、以前よりも少しカジュアルな方向に向かってる。近頃の俺は、もっとショーツを穿くようになったし。

坂本:たしかに。

アンドリュー:でもさ、ショーツ着用って、それ自体がデカいじゃん? 

ジェイソン:ああ。

アンドリュー:ハイ・ファッションの息の根を止めたのが、実質、スポーツウェアだったわけで……。

ジェイソン:ああ、基本的にそうだよな。だからアンドリュー、お前ははじめから、最初からモノにしてたんだと思う。俺たちの初期の写真から最近のものまで眺めてみても、お前は一貫してぴったりハマってた。お前の服装センスは生き残った、みたいな(笑).。

アンドリュー:(笑)うん。

ジェイソン:お前は見事にやってのけた。

アンドリュー:アッハッハッ!

坂本:(笑)

ジェイソン:いやだから、俺だって、写真のなかでいくらでも自前のデザイナー・ブランド服を着て気取ってポーズを決められるけど、ほかの連中もみんなその手のルックスだと、「それって違うだろ」と思うし。っていうか、ちょっとアホっぽい見た目だよな。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:そうは言ったものの――昔だったらたぶん買う金のなかったような洋服を買うのは、やっぱり躊躇するだろ、お前だって?

アンドリュー:うん、そこだよなー。

ジェイソン:多くの面で、お前はいまやいっぱしの、ファッションの今後の雲行きを予想していく予報官なんだしさ。

アンドリュー:ああ。でもそれをやるのは、時間が経つにつれて、ややこしくなっていくよな。

ジェイソン:うん、(苦笑)予想するのは確実にむずかしくなっていく。そこは、お前もちゃんと考えないと。だけどさ、心配しなくちゃいけないのはかっこいいスニーカーを履いてるかどうか、その点だけに尽きるような時点にまで達したんだから、それってかなりナイスじゃない? ハッハッハッ!

アンドリュー:たしかに、その通り(苦笑)。

アンドリューさんは、Extnddntwrk(extended network)名義でずっとソロ活動もしています。アンビエントやエクスペリメンタル、最新作ではジャングルもやっていますが、こちらのほうのコンセプトもせっかくの機会なので教えてください。

アンドリュー:いや、これといったコンセプトはなくて、完全に自己満足でやってる。思うに00年代あたりって、エレクトロニカのシーンもまだ揺籃期だったんだよな。なかでもとくに、98年〜01年の時期。俺も軽く関わったあの当時のシーンには、誰でもやれる家内工業めいたところが少しあったし、日本もきっとそういう状況だったんだろうと思う。

坂本:ええ。

アンドリュー:ところが、その、いわばポスト・エイフェックス/ポスト・オウテカ的なヴァイブを備えたシーンもいったん終わりを迎えたわけで……もちろんそのシーンはいまも存在してるけど、あの当時の方がはるかに人気が高かった。だからなんだ、さっき言った家内工業的なノリで、俺がアルバムを1枚出したのも。でもまあ、とにかくそういうことだし――かなり「ポスト・エヴリシング」な感じ、ってことなんじゃない? 自分の見方はそれだな。ポスト・アンビエントに、ポスト・あれこれに……で、俺からすれば本当に、それらすべてをひとつにまとめたのがエレクトロニカだ、そう思うから。あれはダンス・ミュージック界の一部を形成していた、ダンス以外の色んな音楽、ブライアン・イーノ等々を聴いていた人びとのことだからさ。とにかく、俺はほかとはちょっと違うことをやろうとしているだけなんだ、(ハウス/テクノの)四つ打ちビートから離れていこうとしながら。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:その意味ではドラムン・ベースの果たした役割も大きかったよ。ドラムン・ベースは素晴らしい。さっきジャングルを指摘されたけど、俺のパートナーがクリスマス・プレゼントにロニ・サイズのヴァイナル盤を贈ってくれて。

坂本:それは良いですね!

アンドリュー:うん、ただし、アナログ再発されていないから中古盤だったんだ。要するに言いたいことは、あの頃はああいう実に素晴らしいアルバムがコマーシャル面でも成立可能だったんだな、と。すごくクールな作品だけど、それにも関わらず誰もがあれを聴くことになったし、ああいう作品が「ドア」を通り抜けて人びとに達したわけ。で、当時あの手のエレクトロニック・ミュージックを作っていた連中の夢がそれ、何か実に驚異的な作品をやってのけ、それを多くの人びとに届けることだったんだと思う。ほかにもたくさんいるよね、ポーティスヘッドやマッシヴ・アタックといったバンドが、多くの耳に音楽を届けてみせたんだから。

ドライ・クリーニングのヴォーカル、フローレンス・ショウが登場する “Force 10 From Navarone” は最高にクールでしたが、このコラボはどういう経緯から実現したのでしょうか?

ジェイソン:ドライ・クリーニングは2021年の『Spare Ribs』向け英ツアーでサポートを担当してくれてね。俺は彼らの出したデビュー・アルバム(『New Long Leg』)にかなり魅かれたし……俺たちふたりとも、「彼らは本当に興味深いな」と思ったわけ。で、アンドリューが“Force 10 From Navarone”の音楽パートを送ってきたとき、俺もすぐに「おっ、これは良いな」とピンときたし、曲のアイディアをまとめていくうちにフローレンスに参加してもらったら良さそうだなと思いついて。そこで彼女に興味はあるかな?と打診してみたところ、ラッキーなことに彼女もやる気だった、という。あとはご存知の通り。

アンドリュー:ああ。

ジェイソン:うん、あれは俺にとっても、アルバムのなかで抜きん出たトラックのひとつだね、間違いない。

彼女の無表情な歌い方はとてもユニークですが、SMはドライ・クリーニングのどんなところが好きなのでしょうか?

ジェイソン:やっぱり、フローレンスのヴォーカルが俺は大好きだな。でも、バンドの側も素晴らしい。

アンドリュー:だよね。

ジェイソン:ほとんどもう、相当ミニマルなものに近いというか……要するに余計なあれこれでゴタゴタしてないっていう。

アンドリュー:たしかに。

ジェイソン:あのバンドの連中は全員、かなりミニマルなプレイヤーだよな。

アンドリュー:それに、多くの面でかなりオリジナルなバンドでもあるし。

ジェイソン:うんうん。

アンドリュー:いやだから、音楽スタイル云々で言えば色んな影響を受けているだろうけど、こと「現在のシーンで何が起きているか」って点から考えれば、彼らはほんと、突出した存在っていうか。

ジェイソン:ああ、同感。

アンドリュー:フローレンスはもちろんだけど、それだけじゃなく、音楽そのものもね。

ジェイソン:たしかに。だから、彼らはすべてを兼ね備えてるバンド、それは間違いない。

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もうちょっと「誰のお口にも合う」ようなアルバムを作っていたとしたら、きっと俺たちは自分たち自身にがっかりしちゃうんじゃない?


Sleaford Mods
UK GRIM

Rough Trade / ビート
※ウィットに富んだ歌詞対訳付き

RapElectronicPost Punk

beatink.com

『UK GRIM』は、前作『Spare Ribs』に較べて「怒った」アルバムだ、という印象なのですが――

ジェイソン:ああ、うんうん。

今作におけるジェイソンさんの怒りは、イギリスに住んでいないぼくたち日本人にとっても共有できることが多いです。

アンドリュー:グレイト!

で、あなたは基本的にイギリスのことを書いていますが、しかしSMはドイツなどイギリス国外にもファンがいます。日本にだって熱狂的なファンがいます。なぜ言葉が大きな位置を占めるSMの音楽が、イギリス国外/非英語圏でも受けるのか考えたことがありますか?

ジェイソン:あー……どうなんだろ、俺にもどうしてかわからないけど、結局は「音楽」ってことじゃない? 俺たちの音楽には違うタイプのスタイルが色々と混ざってるし、もしかしたらそれらが聴き手にも少し聴き馴染みのあるものに感じられる、とか? さっきアンドリューも話していたように、エレクトロニカも多く残響してる音楽だし、アンビエントやサウンド・スケープ的なものもあり、なんでもありだしね。ああ、それにパンクも混じってる。

アンドリュー:とは言っても、それって「だからじゃないか」と推量するしか俺たちにはできないことだよね。

ジェイソン:うん、その通りだ。

アンドリュー:それに、(非英語圏でも)英語を話す人はたくさんいるんだし。

ジェイソン:たしかに。

アンドリュー:かつては大英帝国があったわけで、それで俺たちイギリス人は、人々に――

ジェイソン:――みんなに英語を話すよう強制した、と。

アンドリュー:そうそう(笑)。

ジェイソン:ハッハッハッハッ!

前作はわりと歌っていましたが、今回はラップがほとんどです。それというのも、怒りが前面にでているアルバムだから、というのもあると思うのですが、いかがでしょうか? 

ジェイソン:うん。まあ、正直、ふたつの要素が組み合わさってる。『Spare Ribs』を書いてた頃、俺は背中を痛めていたせいで鎮痛薬をたくさん服用してたし、それにロックダウン期でもあった。だから、どうしたって普段より少し大人しくなるってもんだし、ほとんどもう、一種の発育不全みたいな状態になったというか。で、そのふたつの要素が合わさったことで、あのアルバム(『Spare Ribs』)収録曲の多くはかなり……とは言っても、アンドリューの作った音楽部そのものは、部分的には『UK GRIM』と同じくらいアップテンポなものだったとはいえ、ヴォーカル面で言えば、俺はいつもより少し退いて力を緩めたっていうのかな、いやほんと、あの頃はかなり(薬の副作用/COVID他の)ショックで打ちひしがれていたと思うし……。

アンドリュー:いつもより少しこう、メランコリックな時期だった、っていうか。

ジェイソン:イエス、その通り。ほんと、そうだったよな、じゃない?

アンドリュー:内省的になった。

ジェイソン:そうそう、あれは自分の内側に目を向けた時期だったし、思うに――それゆえに、「あの時期」の俺たちにしか書けなかったであろう、そういうアルバムになったんじゃない?

アンドリュー:うんうん。

ジェイソン:だからあの時期にふさわしい内容だったと思う。でも『UK GRIM』、これは「ポスト・パンデミック」なアルバムだし――うん、とにかく、これらの楽曲を書いていた頃の俺はものすごく怒ってたっていう(苦笑)。

アンドリュー:アッハッハッハッハッ!

坂本:(笑)。でも、「ジェイソンはいつも怒ってる」って印象があるんですよね。過去に、SMは「UKでもっとも怒れるバンド」という形容を捧げられたこともありますし。

アンドリュー:(苦笑)。
ジェイソン:(爆笑)。

なのでお訊きしたいんです。ジェイソンは、もちろん私人として/プライヴェートでは幸せな方だと思いますが――

ジェイソン:ああ、その通り。

アンドリュー:うんうん。

こうやって、ステージや音楽表現において常に情熱的で、ド迫力で、怒りを持続されるのは、すごく疲れるし、たいへんなことだと思います。ジェイソンさんは、怒り続けるのに疲れたりはしないのですか? 

ジェイソン:いや、それはない。ノー。というのも、俺はその在り方は「正しい」在り方だと思うから。フィーリングってことだし、だから疲れはしない。まあたまに、毎晩立て続けにギグをやるのに、ちょっと消耗させられることはあるけどさ。

アンドリュー:ああ、ツアー自体は疲労することもある。

ジェイソン:とはいえ――

アンドリュー:いやだから、それはある意味、俺たちがイギリス人だってことなんじゃないの(苦笑)?

ジェイソン:(笑)だな! たしかに。俺たち、いっつも不満たらたらな連中だし……。

坂本:(笑)

アンドリュー:「ここんとこずっと、ブーブー文句ばっか言ってるな、俺」みたいな(笑)。

坂本:メソメソ泣き言と文句ばかり垂れている、と。

ジェイソン:(笑)その通り! 不平だらけ。ほんとブーたれてる。

アンドリュー:ハッハッハッ!

ジェイソン:(苦笑)で、ほんと、いまってそれくらい悲惨なことが余りに多過ぎだしさ……(真顔に戻って)しかも、この状態はまだこれからも続くと俺は思う。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:このまま続いていくだろうな。でも、ある程度までは、俺たちも以前の状態に戻りつつある。だから……このアルバム(『UK GRIM』)がいつもよりやや怒りの度合いが強いのはたぶん、俺たちは去年、ギグ/ツアー生活に一気に引き戻されたから、というのもあるかもしれないよ? ものすごく慌ただしいスケジュールをこなしたし、このアルバムのなかの怒りやフラストレーションの多くは、もしかしたら、多忙なツアーで消耗したことから来たエネルギーでもあったのかも? まあ、俺にはわからないけど……。

坂本:なるほど。いや、とかく日本人は、文化/慣習として怒りを忘れがちな「水に流そう」な民族なので。

ジェイソン:ああ、そうだろうね。

坂本:一種の東洋哲学でしょうし、そんな我々からすると、あなたみたいに怒りの火を絶やさず燃やし続けるのは疲れないのかな、と思うわけです。我々も、あなたから学んだ方がいいのかも……?

ジェイソン:(爆笑)ブハッハッハッハッ!

坂本:いや、「水に流そう」も良いことだと思うんですが、そうやって忘れてしまうと、同じ過ちを繰り返すことにもなりますし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:でもさ、そうやって水に流すほかないんじゃない? 昔、アンドリューがよく言ってたように、「俺たちが(歌のなかで言っていることを)ストリートで実際に行動に移したら、きっと逮捕されるだろう」ってこと。

アンドリュー:その通り。

ジェイソン:だから、ノーマルな日常生活の場面では、他の人びとと同じように落ち着いていることは大事だと俺は思っていて。というのも、俺は暴力はなんの解答にもならないと思うし――独善的になるだとか、言葉の暴力で罵るだとか、そういうのはとにかく答えじゃないだろう、そう思うから。だけど、「レコードのなかで」であれば、現実よりももうちょっとファンタジーを働かせることが許されるわけで。

アンドリュー:その通り。

坂本:作品のなかでの表現、ということですしね。

ジェイソン:うん、表現ってこと。だから俺としても、歌詞の面でああやって色いろと実験するのはかなり好きだし、それをやるのは全然OKだと思う。で、それって……俺たちがやってるのって、そういうことじゃないかな? 「これ」といったルールは、別にないんだし。

アンドリュー:ああ。要は、セラピーってことだよ。

ジェイソン:うん! たしかにそうだ。

アンドリュー:だから、あれをやるのはお前にとっては一種のセラピーだし、と同時におそらく、それを聴くリスナーにとってのセラピーにもなっている、と。

ジェイソン:ごもっとも、その通り。

アンドリュー:胸のなかにたまってる思いを吐き出してスッキリする、という。

ジェイソン:だね。

アンドリュー:それに、いまはほんと、そういう音楽って多くないし。

ジェイソン:ない、ない。

前進していくための唯一の道は、小さな空間を、ちょっとした余裕を自分に与えることだと思う。自分自身に、自分の家族に、自分の周囲のコミュニティに、息をつけるちょっとした余裕/小空間をもたらすこと。ここを生きていくには、それしかないと思う。

ジェイソンさんが政治的なことを歌詞に込めるとき、リスナーにどんな期待を抱くのでしょうか? リスナーにもそのことを気づいて欲しいから? 考えて欲しいからとか?

ジェイソン:ふむ(考えている)。

坂本:人によっては「ミュージシャンは政治的なコンテンツを扱う必要はない。こちらをエンターテインしてくれればいい」という考え方の持ち主もいますし。

アンドリュー:いや、それは本当だよ。別に政治について歌う「必要」はないんだしさ。

坂本:はい。でもあなたたちの場合、政治を取り上げずにいられないんじゃないですか?

アンドリュー:(苦笑)。

ジェイソン:それは避けられないよね。だからまあ、こちらとしては人びとが楽しんでくれればいいな、と願うしかないわけで。そうした内容が聴き手のなかに議論等の火花を起こすか否か、そこは俺はあまり気にしちゃいない、というか……いやもちろん、俺たちの歌を聴いて、人びとがより広い意味での社会構造に対して疑問を抱き始めてくれたとしたら、嬉しいことだよ! というのも、それをやってる人間の数は充分多くないと思うし。ただ、それと同時に思うのは――俺たちとしては、とにかく人びとが自分たちの音楽を気に入ってくれればいいな、と。というのも、これをやって俺たちは生計を立ててるんだし。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:だから、別の言い方をすれば――俺たちはこの仕事を心からエンジョイしながらやっているし、聴き手の皆さんもお楽しみいただけたら幸いです、そういうことじゃないかと。

イギリスの労働者階級/文化のポジティヴな面、あなたが好きな面について話してください。

アンドリュー:……うーん、それは答えるのがタフな質問だな。

ジェイソン:むずかしい質問だ。

アンドリュー:……(笑)皆無!

坂本:いいとこなし、ですか? そんなことはないでしょう(笑)。

アンドリュー:ハッハッハッハッハッ!

ジェイソン:あんま多くないな。俺は、洋服は間違いなく良いと思うけど。

アンドリュー:うん。いや、だから……(軽くため息をつく)話しにくいことだよね、ってのも、イギリスの労働者階級ってかなり独特だから。

ジェイソン:ああ、ユニークだ。

アンドリュー:で、英国人であるがゆえに、それを(客観的に)語るのは自分たちにはあまり楽なことじゃないんだと思う。というのも、自分たち自身のことなわけで。

ジェイソン:うん、うん。

アンドリュー:俺は、ヨーロッパに行くたび、その違いにもっと気づかされる。たとえば、ヨーロッパ各国ではヴァイブがどれだけ違うか等々。それで、イギリスはかなりユニークなんだな、と思ったり。

坂本:なるほどね。

アンドリュー:でも、イギリス国内にいると「それが当たり前」になっちゃうわけで。

ジェイソン:それに、いまの俺たちは、厳密な意味での「労働者階級の環境」っていう概念とはコネクトしてないんじゃないか、みたいに思う。

坂本:ああ、なるほど。

ジェイソン:それくらい、俺たちはとにかく多くの意味で、自分たちの小さな世界のなかに存在している、と。でも……そうは言っても、俺はやっぱりいまも、ワーキング・クラスの服装/ユニフォームは好きだよ。それと、労働者階級の人びとが中流階級の人からどれだけかけ離れているか、両者の間の隔たりがいまだに実に大きいか、というところも。

アンドリュー:うん。

ジェイソン:で、労働者階級の人たちをリスペクトの念と共に扱うって点には、本当に意識的でなくちゃならないんだ。ってのも、多くの場合、人びとは労働者階級を見下していると思うから。彼らの使う言葉が違う、装い方が違う、やってる仕事の職種が違う、所有品が違う、たったそれだけの理由でね。だけど、だからって、労働者階級を動物扱いしていいってことにはならないだろ? それくらい明確な階級間の隔たりが存在してるってことだし、でも労働者階級の面々だって、中流階級人と同じように、その「構造」の範疇内で生きているんだよ。だから実は(本質的には)違いはないし、とにかくコンテンツに差があるだけ。その提示の仕方が違う、という。

アンドリュー:なるほど。

ジェイソン:だけど、見た目が違うからって、彼らはイコール動物だ、ってわけじゃないだろ?

アンドリュー:それは絶対ない。

ジェイソン:うん、そんなことはあり得ない。それってすごく単純な意見だろうけど、絶対に憶えておく必要のあるものだと思う。

『UK GRIM』を聴いていると、イギリスでは物事が本当に深刻で重くなっているんだな……と感じます。

ジェイソン&アンドリュー:うん。

一方で、日本も物価が上がって深刻な状況になりつつあるし、イギリスでここ最近ずっと騒がれている「Cost of Living Crisis」が起きています。

ジェイソン:そうなんだ……でもさ、日本の政治家はどうなの?

ただし日本は、イギリスとはかなり違います。というのも、我が国にはイギリスの労働党のような大きな野党がないので、さらに深刻だったりするんです。与党に絶望している人たちが支持したい野党がないんです!

ジェイソン:オーケイ、そうなんだ。

対してイギリスは、ここしばらくの間で労働党の支持率が上がっていて、少なくともまだ一種の希望があるかな、と思います。で、こうした先行き不安な現実のなかを庶民はどう生きていったらいいと思いますか? 

アンドリュー:……かなりでかい質問だな!

坂本:ですよね、すみません……。

アンドリュー:(笑)

ジェイソン:前進していくための唯一の道は、小さな空間を、ちょっとした余裕を自分に与えることだと思う。自分自身に、自分の家族に、自分の周囲のコミュニティに、息をつけるちょっとした余裕/小空間をもたらすこと。ここを生きていくには、それしかないと思う。というのも、ほんと、それ以外の誰にも頼れないような状況だからさ。いや、たぶん、これまでもずっとそうだったんだろうけど、いまはとにかく、状況がさらにタフになってるじゃない? だから、苦痛を軽減してくれるちょっとした緩衝ゾーンは自分自身、各自の内側から出て来るんじゃないか、と。その人自身の姿勢から生まれる、そういうことじゃないかな。うん、それしかないんじゃないかと思う……ってのも、いまは国家にも頼れないし、っていうか、他人の多くも頼りにできないし。それくらい、生活がハードになってるってことだよね。で、その状況はすぐに変わらないだろうな、と俺は思う。

ここ数年、UKからは新手の魅力的なインディ・バンドが出てきました。ドライ・クリーニングもそうですし、シェイム、キャロライン、ブラック・ミディなどなどがいます。ただ思うのは、そうしたインディ・ロック・バンドの多くは中流階級出身ですし、その手の音楽のファン層も中流階級が占めている印象です。そこを責めるつもりはないのですが、ただインディ・ロックは、かつては(ザ・フォールからニュー・オーダーやオアシスまで)もっと労働者階級の子たちのものだったのではないか? とも思います。そうではなくなってしまった現状については、どう思っていますか?

ジェイソン:――正直、労働者階級の人びとはグライムにハマってるんじゃないかと思うけど?

坂本:ああ、たしかにそうですね。

アンドリュー:だよな。

ジェイソン:グライム、あるいはUKヒップホップと言ってもいいけど、そっちに移ってる。俺の実体験から言えば、労働者階級の面々はラッパーになりたいって傾向の方がもっと強いよ。

アンドリュー:ほんと、そう。インディ・ロックはそれよりもっと中流階級向け、みたいな(苦笑)? でも、さっきも話に出た労働者階級って話で言えば、いまのイギリスはかなり変化した、というところもあると思う。もうちょっとアメリカっぽくなってきてるって意味でね。それくらい、もっと様々な階級のレヴェル/細かい隔たりができてきてる、という。いまはロウワー・ミドル・クラス(やや低級な中流。いわば、労働者階級あがりで中流に達しつつある層)もあるし……。

ジェイソン:うん。

アンドリュー:で、そこはアメリカも同じで、あの国じゃ人によっての経済/収入面での異なる区分が10個くらいあるわけでさ。で、それに似たことが、イギリスでも起きつつあるんじゃないかと俺は思う。

ジェイソン:うん、アンドリュー、それは大きいよ。

アンドリュー:だからって労働者階級が存在しなくなる、ってわけじゃないし、いまでもいるんだよ。ただ、貧困線にはまだギリギリ達していないものの、それでもお金が全然ない、という人びとはいるわけでさ。うん……。

ジェイソン:うん……妙な状況だよな。だけど、さっきの君の指摘、インディ・ロックが労働者階級のものではなくなっている、というのは当たってると思う。でも、いまのインディ・ロックって正直、あんま先進的じゃない、ほとんどそんな感じじゃない? もちろん、そうじゃない連中もいるけど……。

アンドリュー:ちょっとレトロな感じだよね?

ジェイソン:うん。多くのバンドのやってることは、あんまりプログレッシヴとは思えない。

アンドリュー:エルヴィスっぽく聞こえる。

ジェイソン:エルヴィスか(苦笑)。

最後の質問です。いま手元に自由に使える500ポンドがあったら何を買いますか?

アンドリュー:そうだな……。

ジェイソン:500ポンドあったとしたら? たぶん、俺が買うのは……んー、なんだろ? 正直、思い浮かばない。だから銀行に預金する。ってのも、いま、自分が何を買いたいかわからないし、必要なものはぜんぶ買ったと思うし。

アンドリュー:ハッハッハッ!

ジェイソン:だから、預金する!

(笑)わかりました。アンドリューさんは?

アンドリュー:(笑)貯めないで使うんだとしたら、たぶん俺は、実は必要のない余計なものを買っちゃうだろうなぁ。いや、ここんとこずっと、Polyendが気になってチェックしてて。

ジェイソン:へー、そうなんだ。

アンドリュー:あれは一種のガジェットみたいなもんで、トラック・シークエンサー機能とかが付属してて。たしか450ポンドくらいだから、ちょうどいい値段かな。

ジェイソン:それ、買うつもりなの?

アンドリュー:いやいや、別に必要じゃないんだってば! でも、気になってついチェックしちゃうんだ。で、眺めながら「別に欲しくないし、自分には必要ないだろう……」ってブツブツつぶやいてるっていう。

ジェイソン:クハッハッハッハッ! スクロールする指が止まらない、と(笑)

アンドリュー:いやー、だから、商品レヴューとかあれこれ読んで、「ああ、こりゃ結構なプロダクトだな」と思いつつ、でも「自分には必要ないか……」と考えあぐねる、その手の商品だってこと。

ジェイソン:(笑)

アンドリュー:でも、プレイステーション・ポータブルの端末は、CeXで中古で買った(※CeXは中古のPC/ゲームソフト/DVD等をメインで扱う英テック系チェーン)。

ジェイソン:へえ、どんな具合? 良いの?

アンドリュー:いや、まだ届いてないんだ。オンラインで通販したから、明日届く予定。あれはもう入手できないんだけど(※PSPは2004年に発表され、2014年に日本国内出荷終了)、「ビートレーター(Beaterator)」ってアプリが使えるんだ。あれはロックスター・ゲームスとティンバランドが2007年に合同開発したアプリ(※実際の発表は2009年)で、ミュージック・シークエンサー等の機能が収まってる。

ジェイソン:(笑)ナ〜イス! それ、かなり良いじゃん?

アンドリュー:値段は140ポンドくらいだったはず。でも、プレイステーション・ポータブルがイギリスで最初に発売された2005年頃は、自分には手が出ない値段だったんだよ。発売当時は、どうだったんだろ、500ポンドくらいしたんじゃない? でも、こうして中古の端末を140ポンドでゲットしたし、ゲームも色いろついてくる、と。オールドスクールな楽しさを満喫できるよ、これで。

ジェイソン:っていうか、良い楽しみ方だよ、それは。

坂本:もう時間ですので、このへんで。今朝は、お時間を割いていただいて本当にありがとうございます。

ジェイソン&アンドリュー:こちらこそ、ありがとう!

坂本:『UK GRIM』はとてもパワフルなアルバムで、大好きですし――

ジェイソン:ありがとう。

アンドリュー:どうも!

 なお、日本がいまどんな政治的な状態にあるのかをわかりやすく理解するために、エレキングでは『臨時増刊:日本を生きるための羅針盤』を刊行した。『UK GRIM』を聴きながらその本を読んでいただけたらこのうえなく幸いである。とくに巻頭の青木理氏の話は、安倍政権以降の日本がいったいどうなっちまったのかをじつにわかりやすく解説している。立ち読みでもいいので、チェックして欲しい(たのむよ)。
また、今回の取材も例によって坂本麻里子氏の通訳を介しておこなわれたわけだが、『UK GRIM』の日本盤には、ジェイソン・ウィリアムソンのウィットに富んだ言葉を、彼女がみごとな日本語に変換した訳詞が掲載されていることもここに記しておく。これを読むためにCDを購入する価値は大いにある。

Cornelius - ele-king

 去る2月22日にアナログ12インチ・シングル「変わる消える」をリリースしたばかりのコーネリアス。今度はアナログ7インチ・シングルの登場だ。題して「火花」。作詞作曲とも小山田圭吾の手による作品である。「変わる消える」はセルフ・カヴァー的な立ち位置だったので、オリジナル曲としては今回の「火花」がひさびさの新曲となる。発売は5月17日、楽しみに待っていましょう。

Cornelius
火花

収録曲
Side A
 火花
Side B
 QUANTUM GHOSTS
Lyrics & Music by Keigo Oyamada

5月17日発売
WPKL-10008
¥1,900(税抜)/ ¥2,090(税込)
アナログ7インチ・シングル
https://Cornelius.lnk.to/hanabi

YMO、プログレッシヴ・ロック、テクノ、ニューウェイヴ……
いま初めて明かされる、ゲーム音楽の知られざる背景

「この国が生んだもっともオリジナルで、もっとも世界的影響力のある音楽」とまでいわれる日本のゲーム音楽。
はたしてそれはいったいどのようなバックグラウンドから登場してきたのか?
数々の名曲・名作を生み出してきた作曲家たちは何を聴いて育ってきたのか?

プロのコンポーザーたちのリスナーとしての遍歴を掘り下げることで浮かび上がる、ゲーム音楽の源泉──

田中宏和/Hiro/古代祐三/細江慎治/小倉久佳音画制作所/TAMAYO/下村陽子/並木学/菊田裕樹/山岡晃/大山曜/岡素世/川田宏行/杉山圭一/竹ノ内裕治(TECHNOuchi)/中潟憲雄/山根ミチル/渡辺邦孝

四六判ソフトカバー/304頁

目次

序文 ゲーム音楽という名の群像劇 (田中 “hally” 治久)

第一部

Hiro×細江慎治 ゲーム音楽における「フュージョン感」の正体
中潟憲雄×大山曜×渡辺邦孝 プログレッシヴ・ロックは不治の病──世代を超えて伝わるその魅力
並木学×竹ノ内裕治(TECHNOuchi) 90年代、どうしようもなくテクノに魅せられた日々
山岡晃×杉山圭一 ニューウェイヴ、それははかないもの、それは人を驚かせるもの
下村陽子×山根ミチル クラシック育ちだからこその感性──演奏の挫折から作曲家の道へ

第二部

田中宏和 レゲエ・バンドの経験が「ポケットモンスター」の音楽を作るうえでも役立ちました
小倉久佳音画制作所 「筒美京平になりたい」と思っていました
川田宏行 ロック、ラウンジ、ブラック・ミュージックが大きな柱
TAMAYO YMO関連は片っ端から、コラボとか演奏参加とかそういうものも全部
岡素世 原体験はクラシカル、YMOとクイーンの青春からアシッド・ジャズ~トリップホップへ
古代祐三 YMOとアイアン・メイデンにハマり、LAでニュー・ジャック・スウィング~ヒップハウスを知る
菊田裕樹 広く浅く、70年代がまるごとひとつの体験

あとがき (糸田屯)

【著者プロフィール】
田中 “hally” 治久 (たなか・はりー・はるひさ)
ゲーム史/ゲーム音楽史研究家。2001年にライター活動を開始し、ゲーム音楽のルーツ研究に先鞭をつける。またチップチューンという言葉と概念を日本にもたらし、それを専門とする作編曲家としても活動する。主著/監修に『チップチューンのすべて』『ゲーム音楽ディスクガイド』『インディ・ゲーム名作選』『インディ・ゲーム新世紀ディープ・ガイド』など。

糸田屯 (いとだ・とん)
ライター/ゲーム音楽ディガー。物心がついたときからゲーム音楽とプログレッシヴ・ロックに魅了され、digにいそしむ日々を送る。『ゲーム音楽ディスクガイド』『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』などに執筆参加。

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ニッポン人のブルース受容史 - ele-king

皆がブルースに熱くなった――。

1960年代から70年代にかけて、まだアメリカは遠く、レコードを一枚手に入れるのにも時間と手間をかけなければならなかった頃、ロック熱の高まりとともに、日本の音楽ファンの間で急激に注目されたブルース。

まだ情報も少ない手探り状態の中、ブルースに取り憑かれた者たちは、この底知れぬ音楽とどう向き合ってきたのか。

当時の雑誌記事、アルバム評、来日公演リポート、現地取材、日本人によるブルースなど、いくつもの視点、未公開写真を含む豊富な図版、読み応えあるテキストで、日本でブルースがどう受け入れられてきたかを伝える史上初の試み!

寄稿者:吾妻光良、鈴木啓志、永井ホトケ隆、ほか

B5判ソフトカバー/368頁/カラーページ多数

Contents

Intro ブルースがはるばるやってきた

chapter I 1960's
chapter II 1970-73
chapter III 1974-76
chapter IV 1977-80
chapter V ブルースああでもないこうでもない
chapter VI ブルース・ライヴの衝撃
chapter VII 日本人ブルースの夜明け
chapter VIII そっと部屋にしのびこむブルース
chapter IX ブルースたった今

Outro Final Moanin’─謝辞

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LEX - ele-king

 それは2017年の3月。まだ14歳だった。初めて世に発表した曲は “こっち見ろ!(Look At Me!)” のリミックス。ダブステップの重要人物、マーラディジタル・ミスティックズ)を大胆にサンプルしたXXXテンタシオン2015年の同曲が、ショウビズ的なレヴェルで大きな注目を集めることになったのが2017年の2月ころ。なのですぐさま反応していることになる。早い。二重の意味で。
 湘南出身のラッパー、LEXはその後自殺未遂を経て死ねなかったことに意味を見出し、本格的に音楽の道を進むことになる。サウンド的にはトラップやイーモ・ラップ以降の感覚をポップに表現、4つ打ちやロックの技法も貪欲にとりいれてきた。精神的不安定、そこから逃れるためのドラッグ、あるいはスマホ、インスタにTikTok──リリックには洋の東西を問わず2010年代を支配することになった鍵概念が散りばめられ、結果、彼は多くのティーンから絶大な支持を獲得。当人もまた10代の代弁者であることを意識していたという。

 他方で彼は同世代のリスナーたちに「べつの見方」を提供することにも心を砕いてきた。2019年4月にリリースされたファースト・アルバム『LEX DAY GAMES 4』のコンセプトは、SNSにとらわれていたり、現実よりもゲームのほうがリアルに感じられたりする状況からティーンたちを解き放つというもので、冒頭 “STREET FIGHTER 888” ではレトロなピコピコ音が鳴り響いている。90年代までのVGMを特徴づけるチップ・サウンドは、以降もときどき彼の曲に顔をのぞかせることになるギミックだ。
 市販薬によるオーヴァードースかヴィデオ・ゲームか──。トー横キッズじゃないけれど、逃走の選択肢が少ないティーンたちの代表たりえているラッパーは、もしかしたら彼以外にもいるのかもしれない。カネを稼ぐことへの執着や「勝つ」という強迫観念、それらヒップホップ/ラップ・ミュージックの世界における定型を活用する一方で、LEXは同業者にはなかなかやれないことをやってのけてもいる。たとえば耳による意味把握が困難なことばたちが走り抜けていく “GUESS WHAT?” (セカンド『!!!』収録)のMV。そこではいまは亡き安倍元首相による国会答弁の様子がブラウン管=旧時代を象徴する機器に映し出され、それをつまらなさそうに眺めるキャラクターたちが配置されていた。政権への違和の表明だ。

 決定的だったのはおよそ1年前、2022年の1月にドロップされた “Japan” だろう。明らかにニルヴァーナを模したサウンドをバックに、やや抽象的な音声が「若者金ない 大人も病んでいる/なのにこの国はシカトをかます/大胆な演説をカマして何度も嘘をつく」と臆することなく歌いあげている。ブリテン島であればこれくらいは「普通」の範疇に含まれるのかもしれない。けれどもここは日本。名指しで国家を批判する19歳の表現に、拍手を送らないわけにはいかない。
 さらに重要なことに彼は、「オトナ=既得権益をむさぼる老害」というありがちな単純化にも与していない。「政府の意見にうんざりするよ/俺達に優しいフリをするのに/働き詰めの若者 老後に困る老人」──高齢者の「集団自決」を推奨する30代後半の御用学者とはえらいちがいで、豊かな共感力と想像力を持ちあわせているからこそ出てくるリリックだ。10代から圧倒的に支持されているファッション・アイコンであり、人気曲 “なんでも言っちゃって” (プロデューサーはKM)のようにご機嫌な曲を書くことのできるラッパーが、他方でこういうシリアスなテーマにも果敢にチャレンジしていることの意義は、「若者の政治離れ」などという惹句がまかりとおる時代・地域にあって、はかりしれない。

 今年1月にリリースされた5枚めのアルバム『King Of Everything』には、しかし、“Japan” は収録されなかった。テーマが異なるということなのだろう。シンプルなギター・ポップ調の “大金持ちのあなたと貧乏な私” のように、置かれた環境や身分のちがいを描写することで格差社会を喚起させる曲もあるにはある。だがこれまで以上にポップさを増した新作は、全体的に、「思春期」の総括のような様相を呈している。昨年20歳を迎えたことが影響しているのかもしれない。
 序盤は「強い自分」を誇示するタイプの曲が目立つが、後半ではよりセンシティヴな感情に光が当てられている。LEXの武器のひとつである、微細に震えるヴォ―カリゼイション。それがいかんなく発揮された “This is me” ではリスナーの承認欲求を受け止め、苦しみに寄り添ってみせる。ドラッグ依存を描写する “If You Forget Me” とセットで聴くと、なぜ彼がティーンから熱烈に支持されているのか、その理由が見えてくるような気がする。アガったり落ちたり、攻撃的になったり優しくなったり、小さな成功を収めたり大きな失敗を繰り返したり、もう四方八方ぐしゃぐしゃで、なにをどうしたらいいのかわからない──だれもが10代に経験しやがて卒業していくことになる苦悶を、等身大で表現してみせること。
 その総決算が THE BLUE HEARTS “歩く花” の本歌取たる最終曲なのだろう。「自分の色も分からない」「窮屈な檻」に閉じこめられている主人公は、「どなたか僕を刺してください」と声を絞り出す。思い浮かべるのはカート・コベインの「俺は俺を憎んでる、死にたい(I Hate Myself and Want to Die)」だ。若さの特権ともいえる過剰な自意識を、みごとにとらえたフレーズといえる。
 このアルバムはきっと、ある種の成長痛の記録なのだと思う。主人公とともにLEXはいま、オトナの世界に足を踏み入れようとしている。「自分」ではなく社会へと目を向けた “Japan” はその前哨戦であると同時に、これから進む先を指し示す道標だったのではないか。だからこそ収録されなかったのではないか。

 まもなくLEXは21歳を迎える。それはすなわち彼が今後、20歳で銃殺されてしまったテンタシオンがけっして歩むことのかなわなかった道を踏破していくことを意味する。現時点でこれほどの共感力・想像力を持つアーティストだ。20代、30代、40代、50代、60代……歳を重ねるごとにその表現には磨きがかかっていくにちがいない。

東京銭湯サウナガイド - ele-king

銭湯サウナの気楽なたのしみ

様々な設備を搭載した高級サウナや大自然の中のテントサウナなど、豪華な施設の開店も相次ぎますますとどまることを知らないサウナの大ブーム

しかし一方で忘れられないのが、生活空間と密着した「銭湯」のサウナです。

昭和の薫りを残す老舗から、リニューアルで新たな魅力を備えた新世代銭湯まで、サウナー視点でのおすすめ銭湯を徹底紹介!

銭湯ファンから熱い注目を浴びるデザイナー銭湯の先駆者、今井健太郎インタヴューも掲載!

目次

今井健太郎 インタヴュー
路線別おすすめ銭湯30選 31
サウナ女子(サ女子)が女性にオススメする銭湯10選
都内銭湯サウナリスト

※東京都の銭湯(公衆浴場)の入浴料は2023年3月現在、500円となっています。
 本書に記載されている「サウナ料金」は、サウナ利用に際して入浴料以外に追加で支払う料金を示します。
 その他、本書に記載の情報は基本的に2023年3月現在のものです。

●執筆者プロフィール

大木浩一
1972年生まれ。子供の頃から銭湯が好きで、数年前サウナの魅力に気付くも、スピリチュアルな方面は若干苦手な永遠のサウナ初心者。サ室のテレビでやっててうれしいのは大相撲か『秘密のケンミンSHOW』。好きな水風呂の温度は16度。

サウナーヨモギダ
北海道旭川市出身。サウナに救われたのをきっかけにサウナの普及活動を始める。サウナに関する執筆、講演、コンサルタント、イベントの主催、メディア出演などを主に行っている。著書に『熱波師の仕事の流儀』(ぱる出版)。

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Dirty Projectors + Björk - ele-king

 00年代ブルックリンを代表するバンド=ダーティ・プロジェクターズと、ビョークによるコラボEP「Mount Wittenberg Orca」が13年の時を経て蘇ることとなった。DPにとっては代表作『Bitte Orca』(2009)を出したころで、ノりにノっている時期。ビョークにとっては『Volta』(2007)と『Biophilia』(2011)のあいだのタイミングに当たる。巧みなコーラス・ワークを聴かせるDPとビョークの特異なヴォーカルがみごとに融合したポップかつ実験的な名作だが、新装版にはなんと20曲もの未発表音源が追加されるという。あの美しいハーモニーをもう一度、新しいかたちで楽しみたい。

Dirty Projectors + Bjork

ダーティー・プロジェクターズとビョークによる奇跡のコラボレーション作品が20曲の貴重な初出し音源を追加収録して新装盤『Mount Wittenberg Orca (Expanded Edition)』として4月28日にリリース決定!

09年4月にデイヴ・ロングストレス率いるダーティー・プロジェクターズとビョークがニューヨークで行ったチャリティ・コンサート用に書き下ろした7曲をスタジオ・ヴァージョンとして収録した奇跡のコラボレーション作品『Mount Wittenberg Orca』。2020年にデジタル配信され、2011年に〈Domino〉によってCD化された本作が、4月22日のレコード・ストア・デイに合わせて初LP化! また4月28日には日本限定で新装盤CDのリリースも決定! 新装盤には、20曲の貴重な初出し音源が追加収録される。

Dirty Projectors + Bjork - On and Ever Onward
https://youtu.be/qfLXxrJ0cZU

両者の交流は、2008年に発表されたビョークの2ndアルバム『ポスト』のトリビュート・アルバム『Enjoyed: A Tribute to Bjork's Post』にダーティー・プロジェクターズが参加し、ビョークがダーティー・プロジェクターズのヴォーカル・アレンジを気にいったことから始まったという。

オリジナル盤は、デイヴ・ロングストレスとビョークが、1500年代にオペラが生まれたイタリアの小劇場について話したことをきっかけに、マンハッタンの小さな書店「ハウジング・ワークス」にて、アンプなしでパフォーマンスをするために書き下ろされた7曲が収録されている。ドラムやギターは一切使用されず、ほとんど声だけで構成された本作は、どこか童話のようでもあり、不可思議な未来から届いた合唱曲のようでもある魅惑的な楽曲集であり、ダーティー・プロジェクターズのディスコグラフィーの中でも異彩を放つ名盤であると同時に、音楽家ビョークの底知れる才能を理解する上でも重要な作品と言える。ビョークの力強い歌声、デイヴ・ロングストレスのしゃがれたリード・ヴォーカル、ダーティー・プロジェクターズのメンバー、アンバー・コフマンとエンジェル・デラドゥーリアン、ヘイリー・デクルのコーラスが、驚くべきハーモニーを生み出している。3日間のリハーサルを経て、まるで50年代初期のロックンロールのようなシンプルかつダイレクトな形で録音され、オーバーダブはリードヴォーカルのみという特殊な制作方法も、本作に特別な魅力を加えている。

日本限定の新装盤CDには、オリジナルのスタジオ音源7曲に加え、2009年に「ハウジング・ワークス」にて披露された実際のライブ音源や、デモ音源、リハーサル音源などの全て初だしとなる未発表音源20曲を加えた全27曲収録の超豪華盤となる。今回の新装盤CDには、歌詞対訳と解説書が封入され、本作の魅力を最大限楽しめる内容となっている。

label: Domino
artist: Dirty Projectors + Bjork
title: Mount Wittenberg Orca (Expanded Edition)
国内盤CD release: 2023.04.28
輸入盤LP release: 2023.04.22 (RSD商品)

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13297

tracklist:
国内盤CD
01. Ocean
02. On And Ever Onward
03. When The World Comes To An End
04. Beautiful Mother
05. Sharing Orb
06. No Embrace
07. All We Are
08. Intro (Live from Housing Works, 2009)
09. Ocean (Live from Housing Works, 2009)
10. On and Ever Onward (Live from Housing Works, 2009)
11. When The World Comes To An End (Live from Housing Works, 2009)
12. Beautiful Mother (Live from Housing Works, 2009)
13. Sharing Orb (Live from Housing Works, 2009)
14. No Embrace (Live from Housing Works, 2009)
15. All We Are (Live from Housing Works, 2009)
16. Wave Invocation (Inverness Demo I)
17. Motherwhale Song (Inverness Demo II)
18. Whale Watcher Song (Inverness Demo III)
19. Fugal Swim (Inverness Demo IV)
20. First Duet (Inverness Demo V)
21. Migration (Unfinished Inverness Demo)
22. Jubilation (Inverness Demo VI)
23. Benediction (Inverness Demo VII)
24. When the World Comes To An End (Freewrite)
25. When the World Comes To An End (Vocalise Rehearsal Rough)
26. Beautiful Mother (Vocalise Rehearsal Rough)
27. On and Ever Onward (Full Rehearsal Rough)

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443