「KING」と一致するもの

Mars89 - ele-king

 ことにイギリスと比較した場合、日本がアンダーグラウンド・シーンに対するリスペクトの少ない国であることは、国内から影響力を持ったDIYレーベルがなかなか生まれない現状からもうかがえる。まあ、イギリスが特殊なのかもしれないが、強者にすり寄り弱者に冷たいのは何も政府のことだけではないし、アンダーグラウンドでサウンド・アートを追求しているミュージシャンたちは相変わらず苦戦を強いられていることだろう。とはいえ、昔と違っていまは(たんなる内輪になってしまいがちなリスクはあるものの)細分化された小さなシーンがいくつもあり、bandcampなどを介して海外との回路も作れるので、自国内でのサポートがなくても活動を続けやすいことはせめてもの救いなのかもしれない。Mars89は、ここ数年の東京のアンダーグラウンド・シーンにおいてもっとも目覚ましい活躍を見せているDJ‏‏/プロデューサーのひとりで、彼の名声もイギリスや欧州のほうが大きい(なにせ、トム・ヨークがリミックスをするくらいだ)。去る5月上旬にリリースされた彼にとって初となるアルバムは、現在アテネに拠点を置く〈Bedouin Records〉からリリースされている。日本にもし『ガーディアン』のようなジャーナリズムと文化を重んじる真性の左派メディアがあったなら、大きくフィーチャーされたであろう作品(であり、アーティスト)だ。
 
 まあいい。そう、彼には時代の潮目を感じ取る嗅覚があったことも大きい。Mars89がカセットテープ作品「Lucid Dream EP」をブリストルの〈Bokeh Versions〉からリリースした2017年は、アンダーグラウンドにおけるダンスホールとダブの再研究が高まりはじめた時期でもあった。〈Bokeh Versions〉がロウ・ジャック vs タイム・カウの「Glacial Dancehall 2」をリリースし、ジェイ・グラス・ダブスが頭角を現し、あるいはレイムが「Reel Torque Volume 13: Our Versions Of Their Versions」を出したりといった具合に、新しい世代が自由な発想をもってダンスホールやダブを再解釈する、シーンのそんな動きのなかでMars89も脚光を浴びた。
 
 2018年のシングル「End Of The Death」においてもそれを確認することができるように、Mars89には彼独自のサウンドがあった。ぼくが思うに彼の初期のサウンドは、アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンの“ユーグン”におけるリミックスやタックヘッドのプロデュースなどを手がけていた1980年代半ばのエイドリアン・シャーウッドに通じるセンスがある。インダストリアル・ダブの再解釈と言えるもので、つまり混沌とし、テクノとの境界線は曖昧となって建築現場のノイズと親和性を持っている。それが情け容赦ない攻撃性を帯びているのは、Mars89がこうした彼の作品を、オリンピックを前に東京都がジェントリフィケーション(都市の高級化)を加速させていた時期に録音していたことも無関係ではないだろう。豪華なリミキサー陣で話題になった「The Droogs」でも、彼の産業廃棄物めいたダンスホール・スタイルは圧倒的だった。しかも彼はそこに留まらず、「New Dawn」や「Night Call」といった最近のシングルにおいてヴァリエーションを着実に増やしている。いまやMars89は、ドレクシアの深海やブリアルが描く深夜の裏通りと共振しながら、アンダーグラウンド・レイヴを掘り下げているように見受けられる。「Night Call」にいたってはダブステップとの接続も果たしているし、たとえば“North Shibuya Local Service”などは、日本にもしゴス・トラッドザ・バグが着手したダブの異形接合体を継承する者がいるとしたらMars89ではないかと思わせてしまう曲だったりする。
  
 そんなわけで『Visions』は待望のファースト・アルバムだが、ありがちな〝これまでの総集編〟にはならなかった。ここにはMars89にとっての新章と言えそうな、あらたな試みがある。1曲目からしてそうだ。旋回する電子ループの向こうから4/4キックドラムが聴こえるという“They made me do it”は、デトロイトのロバート・フッドによる暗いハード・ミニマルとリンクする、ジャンル分けするならテクノのタグを付けられる曲だ。もっとも、それぞれの音の位相は独特で、音の歪み方も過剰だし、いわゆる4つ打ちのテクノとは質感が少々異なっている。だが、ビートの入り方はテクノのそれで、喩えるなら、どこかの地下室でおこなわれているレイヴを地上の少し離れた場所から聴いているような錯覚を覚えてしまう、そんな遠近法を持った曲だ。しかもこうしたアプローチはこの1曲だけではない。“Flatliner”という曲などは、ディストーションをかけられた電動工具によるミニマルのごとしである。
 これまでのダブ路線を踏襲する曲はもちろんある。たとえば“Auriga”という曲がそれで、ずたぼろになったメランコリックなダンスホール・レゲエとでも言えばいいのか、そんなサウンドだ。他方ではダーク・アンビエントめいた様相も配置されているし、“Nebuchadnezzar”なる曲にはクラウトロックめいた催眠的なリズムがある。

 「This album is dedicated to the city dwellers who live with the rats and crows in the gaps of the city where the giant capital tries to control everything.(このアルバムは、巨大資本がすべてを支配しようとするシティの隙間で、ネズミやカラスと暮らすシティ・ドウェラーズ(都市生活者)に捧げられている)」と本人がジャケットに記しているように、『Visions』はポリティカルな作品でもある。Mars89の「シティ」は、日本がアメリカ型の消費生活に憧れ、この国もひょっとしたら欧米のように豊かな国じゃないかと信じられていた時代の「シティ」とはまるっきりの別物だ。「Don't dream the past. Remember the future.(過去を夢見るな、未来を思い出せ)」とも彼は記しているが、Mars89は、明るいイメージの未来を描けないでいる今日の日本を生き、足下をたしかに未来に向かおうとしている。徹頭徹尾ダークだが、ここには自由があるし、売れることよりも出したい音がある。それがアンダーグラウンドってものだ。誇り高き音の実験場であり、それは世界に開かれている。
 最後の“Goliath”から“LA1937”への展開では、錯乱したハード・テクノの混沌からドランベースの断片が宙を彷徨う静寂さへとたどり着く。夜が明ける前に、我々はふらふらになりながら、地下からようやく地上に這いずり出て、地面に腰を下ろしひと息ついて空を見る。よし、まだいける。もういちど地下に潜ろう。いわばポスト・レイヴ・カルチャー。Mars89の冒険は、はじまったばかりである。

 なお、アルバムのデザインは日本人DJのゾディアック。彼は同レーベルの作品のデザインを多数手がけているが、ほかにも大阪の音響作家、Ryo Murakamiが主宰する〈Depth Of Decay〉レーベルのデザインも担当している。チェックしましょう。

Salamanda - ele-king

 韓国のエレクトロニック・ミュージックが熱い。ドリーミーな電子音を響かせるソウルのデュオ、サラマンダが3枚目の新作をNYのレーベル〈Human Pitch〉から6月10日にリリースする。アルバムにはレゲトンやダブの要素もあるようだ。

 ほかにも、Yeong DieBela (マスタリングやアートワークはジェシー・オズボーン=ランティエ)、haepaary などなど、近年ソウルから個性豊かなエレクトロニック・ミュージックの作り手が続々と登場してきている模様。要注目です。

独自の感性でベッドルームとフロアを横断するミニマル~アンビエント・ミュージックを探求する韓国ソウルを拠点とするプロデューサー/DJデュオ、Salamanda(Uman Therma / Yetsuby)がNYの新進気鋭レーベルHuman Pitchとサインしてサード・アルバム『ashbalkum』を完成し、待望の日本デビュー!
ユニークなパーカッシヴ・アレンジをアクセントにデュオ編成の斜め上を行くリズムの器用さと遊び心に満ちたユニークで魅力的なサウンドで超現実へと導く!

本作『ashbalkum』は、私たちがどのように周りの世界と関わっているのか、私たち自身の存在、言語、そして自然そのものが無限に変化しうるという、魅惑的な見解を示している。

2021年の夏、甘い夢と美しい悪夢の間にあるシュールな風景の中で書かれた『ashbalkum』は、私たちの騒がしい現在を反映した遊び心のある静けさにアクセスする。遠くの親密さと静と動、立ち止まりながら動き、すぐ頭上に迫る黙示録前の世界の圧力から辛くも逃れることができる。

喜びと友情と実験に満ちた彼らの共同エネルギーによって、Salamandaは聴き手をさらなる超現実へと導いてくれ、そのサウンドは、まったく新しい境地に到達し、ただ楽しく、今を生きることを目的としている。

私たち自身と自然界との間で交わされる同調性とイントネーションは、万華鏡のような動きのある色合いに変化しながら、鮮やかな幾何学模様に溢れ、調和のとれたトーンの繭の中に織り込まれている。映画音楽の世界観、クラブの輝くような多重性、ミニマルな作曲の大胆なステートメントに対する二人の共通の愛が、ユニークで魅力的な音楽ヴィジョンに遊び心を持って再構築されている。ヴォイスは楽器のように抽象化され、心地よいブレス・ワーク、レイヤー・コーラス、催眠的ポップの破片が交互に現れ、やがてガス状の蒸気のうねりに消えていく。アグレッシヴなレゲトンのスネア、デンボウのリズム、ダブの時間軸と空間認識の広がりなど、それぞれの楽曲にユニークなパーカッシヴ・アレンジが施されている。デュオ編成の斜め上を行くリズムの器用さには遊び心があり、不遜な構成と蛇行するドラムワークのバランスを保ちつつ、決してダンサブルさも損なわず巧みなバランスで構築されている。

『ashbalkum』の名前の由来は、韓国語で「現実」が「夢」であることに気づくという、象徴的かつ音韻的な再解釈から来ている。このユーモラスな実存主義を新しい意味に変換することが、ashbalkumの核心となるものである。

夢は常に私たちの考えを反映していますか? 私たちが夢の中で感じることは本当ですか?
最終的にサラマンダは、これらの質問に答えようとするのではなく、そのすべての楽しい限界に喜びを感じている。

Artist: Salamanda
Title: ashbalkum
Cat#: ARTPL-170
Format: CD / Digital
※日本独自CD化
※ボーナス・トラック1曲収録
Release Date: 2022.06.10
Price (CD): 2,000yen + tax

Track List:
01. Overdose
02. Melting Hazard
03. Rumble Bumble
04. Mad Cat Party (feat. Ringo the Cat)
05. Living Hazard
06. Coconut Warrior
07. Hard Luck Story
08. Kiddo Caterpillar
09. Stem
10. Catching Tails
11. Cold Water Manufacture [Bonus Track for Japan]

https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/top/releases/artpl-170/

Jazz Is Dead - ele-king

 キイパースンはふたり。アンドリュー・ウェザオールも褒めていたというマルチ楽器奏者にしてプロデューサーのエイドリアン・ヤング。もうひとりは、ア・トライブ・コールド・クエストのDJ/プロデューサーのアリ・シャヒード・ムハンマドだ。ケンドリック・ラマー作品にも参加しているこのコンビは、レジェンドたちとコラボしていくシリーズ「Jazz Is Dead」を2020年にスタートさせている。
 ele-kingでも取り上げた「001」にはロイ・エアーズ、マルコス・ヴァーリ、アジムス、〈Black Jazz〉のダグ・カーン、ゲイリー・バーツ、ジョアン・ドナート、ブライアン・ジャクソンと、そうそうたる面子が参加しているが、彼らとはそれぞれ単独のアルバムまで制作(「002~008」)、その後インスト盤「009」とリミックス盤「010」をもって同シリーズは完結した……。
 のだが、嬉しいことに、第2シーズンの開始がアナウンスされた。今回も腰を抜かすようなレジェンドたちに召集がかけられている。ロニー・リストン・スミス、〈Tribe〉のフィル・ラネリンにウェンデル・ハリソン、まさかのトニ-・アレン(生前録音)……まずは第1シリーズ同様、多彩な面々が参加した挨拶がわりの一発「011」が6/29に、その中から最初の単独コラボ・リリースとなるジーン・カーンとの「012」が6/15に発売(どちらもアナログはもうちょい先)。これは見逃せない案件です。

“僕たちは先人に敬意を払いながら音楽を作る。それが僕たちの目的なんだ” - アリ・シャヒード・ムハンマド

プロデューサー、マルチ・ミュージシャンとして60~70年代のSOULやJAZZを新たな視点で現代に甦らす鬼才 "エイドリアン・ヤング" と、"ア・トライブ・コールド・クエスト" のメンバーとして90年代以降の HIP HOP シーンに多大な影響を与えた "アリ・シャヒード・ムハンマド" によるプロジェクト「Jazz Is Dead」第2シーズンがついにスタート!

偉大なる先人達と繰り広げた濃密なライヴ・イベント「Jazz Is Dead」を発端に現代における "JAZZ" をあらゆる角度から切り崩し再構築していくこの新たな試みは、JAZZ ファンはもちろんのこと HIP HOP、レア・グルーヴなどジャンルやカテゴリー、そして世代をも超越したリスナーを惹きつけるサウンド!

ロイ・エアーズ、ゲイリー・バーツといったジャズ~ジャズ・ファンクのレジェンド奏者達やアジムス、マルコス・ヴァーリらブラジル音楽シーンの重鎮らと繰り広げられた第1シーズンでのコラボレーションに続き、第2シーズンではコズミックなジャズ・ファンク~フュージョンの先駆者である鍵盤奏者ロニー・リストン・スミスを皮切りに、伝説的なブラック・ジャズ・レーベル〈Tribe〉の創始者であるフィル・ラネリン、ウェンデル・ハリソンとの競演、さらにはフェラ・クティの右腕としてアフロビートを創造したドラム奏者トニー・アレン生前のレコーディングなど、ボーダレスにさらなる深化を遂げたコラボレーションを展開!

-SERIES 2 Teaser-
https://youtu.be/HISI1kFlSss

アーティスト:ADRIAN YOUNGE & ALI SHAHEED MUHAMMAD / エイドリアン・ヤング&アリ・シャヒード・ムハンマド
タイトル:JAZZ IS DEAD 011 / ジャズ・イズ・デッド 011
【CD】発売日:2022.6.29/定価:¥3,300(税抜 ¥3,000)/PCD-17842/輸入盤国内流通仕様/帯・日本語解説付
【LP】発売日:2022.11.23/定価:¥6,600(税抜 ¥6,000)/PLP-7844/5/輸入盤国内流通仕様/帯

[試聴]
https://jazzisdead.bandcamp.com/album/jazz-is-dead-011

「Jazz Is Dead」セカンド・シリーズ開幕!! コロナ禍の中、レーベルの原点でもあるライヴ・イヴェントが開催できない苦しい状況においても無事に完走したファースト・シリーズ全10作品により、LAアンダーグラウンドやジャズの界隈でいま最も衆目を集める存在となった〈Jazz Is Dead〉が早くもセカンド・シリーズをスタート。開幕を告げる鐘となるのは、前回と同じく、セカンド・シリーズでリリースが予定されているアルバムから1曲ずつを収録したコンピレーション。

今回のラインナップには、コズミックなジャズ・ファンク~フュージョンの先駆者であるロニー・リストン・スミスを皮切りに、〈Black Jazz〉からのリーダー作や、同レーベルの数々の名盤で印象的な演奏を残したベーシストのヘンリー・フランクリン、同じく〈Black Jazz〉を代表する歌姫にして、ファースト・シリーズでもアルバムをリリースしたダグ・カーンの奥方であったジーン・カーン、さらには伝説的なブラック・ジャズ・レーベル〈Tribe〉の創始者であるフィル・ラネリン、ウェンデル・ハリソンまでもが登場。これだけでも、レア・グルーヴ~ブラック・ジャズの好事家たちにとっては夢のような企画ながら、ジャンルや世代を越境したコラボレーションをその魅力とする〈Jazz Is Dead〉らしく、2020年に惜しくも亡くなった、フェラ・クティの右腕としてアフロビートを創造したトニー・アレンや、1973年に名門〈Impulse!〉に唯一残したアルバム『En Medio』がラテン/チカーノ・ジャズの傑作としてLA界隈で今なお語り継がれるギャレット(ゲイリー)・サラチョもそのラインナップに名を連ねる。

そして、もしかしたらセカンド・シリーズにおけるダークホース、最大の聴きどころになるかもしれないのは現行LAジャズ・シーン注目のコレクティヴ、カタリストとのコラボレーション。これまでのリリースでも、カタリストのドラマー、グレッグ・ポールが随所でプレイしていたため、気心知れた関係故に他の大御所陣との作品とは一味違うサウンドに乞うご期待。前回同様、最後にはエイドリアンとアリのユニット、ザ・ミッドナイト・アワーによる新曲も収録。

[Track List]
1. The Griot feat.Henry Franklin
2. Love Brings Happiness feat.Lonnie Liston Smith and Loren Oden
3. El Cambio Es Neccesario feat.Garrett Saracho
4. The Avenues feat.Katalyst
5. Come As You Are feat.Jean Carne
6. Ebun feat.Tony Allen
7. Running With The Tribe feat.Phil Ranelin and Wendell Harrison
8. Phoenix feat.The Midnight Hour
* LP収録曲 SIDE A:M1-M2 / SIDE B:M3-M4 / SIDE C:M5-M6 / SIDE D:M7-M8


アーティスト:ADRIAN YOUNGE & ALI SHAHEED MUHAMMAD / エイドリアン・ヤング&アリ・シャヒード・ムハンマド
タイトル:JEAN CARNE (JAZZ IS DEAD 012) / ジーン・カーン(ジャズ・イズ・デッド 012)
【CD】発売日:2022.6.15/定価:¥3,300(税抜 ¥3,000)/PCD-17843/輸入盤国内流通仕様/帯・日本語解説付《JAZZ/RARE GROOVE》
【LP】発売日:2022.7.27/定価:¥4,950(税抜 ¥4,500)/PLP-7862/輸入盤国内流通仕様/帯《JAZZ/RARE GROOVE》

[試聴]
https://jazzisdead.bandcamp.com/album/jean-carne-jid012-preorder

〈Jazz Is Dead〉、セカンド・シリーズ第二弾! コロナ禍の中、レーベルの原点でもあるライヴ・イヴェントが開催できない苦しい状況においても無事に完走したファースト・シリーズ全10作品により、LAアンダーグラウンドやジャズの界隈でいま最も衆目を集める存在となった〈Jazz Is Dead〉、セカンド・シリーズの第二弾が登場。第一弾のコンピレーション『JAZZ IS DEAD 011』で狼煙を上げ、いよいよ本始動と言える今作は、〈Black Jazz〉を代表する歌姫、ジーン・カーン!!

〈Jazz Is Dead〉のファースト・シリーズの5作目にて登場したダグ・カーンの奥方でもあったジーン・カーン。70年代前半の〈Black Jazz〉時代には、ダグ・カーンのスピリチュアル~ブラック・ジャズの名盤『Spirit Of The New Land』、『Revelation』の二作にて、「featuring the voice of Jean Carn」という表記で文字通りヴォーカリストとして参加。その後、フィリー・ソウルの総本山〈Philadelphia International〉に移籍し、ギャンブル&ハフやデクスター・ワンゼルのプロデュースの元、あのラリー・レヴァンがヘヴィ・プレイした “Free Love” や “Was That All It Was” など数々のガラージ・クラシックを収録したディスコ・クラシック・アルバムを3枚吹き込み、ジャズ・ファンだけでなく、ソウル~ディスコ界隈からも支持の厚い彼女。

今回、ザ・ミッドナイト・アワー(エイドリアン・ヤング&アリ・シャヒード・ムハンマド)のバックアップの元で送り出す久しぶりのソロ・アルバムは、“People Of The Sun”、“The Summertime” といった曲名にも表れているように、暖かく、陽気なムードの楽曲を中心とした内容に。思わず惚けるメロウなソウルと、否が応でも踊り出したくなるグルーヴィーなジャズが等しく配合された極上のバッキング・トラックの上で、とても齢75とは思えない衰え知らずのきめ細かなヴォーカルを披露するジーン・カーン。70年代のソウル・ジャズ系のレア・グルーヴ・アルバムにひっそりと収録されていそうな “People Of The Sun”、ジャズ・ヴォーカリストとしての本領を発揮する “My Mystic Life”、ネオ・ソウル調のお洒落な “The Summertime”、これから踊れるジャズ系DJのレコード・バッグの常連になりそうな緩急の効いた “Black Love” と、繰り返しになりますが、70代とは思えない歌声の力強さ、表現力にはただただ驚くばかり。ザ・ミッドナイト・アワーの二人の音楽の懐の広さも堪能できる、またまた素晴らしいアルバムが誕生。

[Track List]
1. Come As You Are
2. People Of The Sun
3. Visions
4. My Mystic Life
5. The Summertime
6. Black Rainbows
7. Black Love
* LP収録曲 SIDE A:M1-M4 / SIDE B:M5-M7

Horace Andy - ele-king

 ホレス・アンディは黄金の喉を持っている。ヴィブラートのかかったファルセット・ヴォイス。甘い声だが、しかし言葉は反骨的だ。「金、金、金、金、それがすべての悪の根源(Money, money, money, money/Is the root of all evil)」、永遠の名作『ダンス・ホール・スタイル』の冒頭でこう歌った彼は、本作『ミッドナイト・ロッカー』でもこう歌っている。「金、金、お前には心がない」。ホレンス・アンディだけがマッシヴ・アタックの全作品で歌っているのは、彼がブリストル・サウンドの根幹のひとつとしてあるジャマイカのレゲエ・シーンから出てきた歌手だからという、ただそれだけの理由ではないだろう。両者のあいだには精神的な繋がりもあるに違いない。
 
 ホレス・アンディが70年代に残した全作品が必聴盤であり、1982年にNYの〈ワッキーズ〉からリリースされたくだんの『ダンス・ホール・スタイル』までの全作品が人気盤だ。その魅力的なバックカタログにおいてもホレス・アンディは傑出したシンガーのひとりと言えるが、彼はしかもマッシヴ・アタックの作品でフィーチャーされたことによって専門的なレゲエ・リスナー以外にも広く知られるにいたっている。でもっていまこうして〈On-U〉からアルバムをリリースしたと。UKのポスト・パンク時代に生まれたこのレーベルは、それこそブリストル・サウンド創造における重要な起爆剤であり、影響源のひとつでもある。それを思えば〈On-U〉からホレス・アンディのアルバムが出ることそれ自体が、じつに感慨深いことなのだ。
 もっとも、このプロジェクトに人一倍気合いを入れたのは、レーベルの主宰者であり、ミキシングボードを操作しているエイドリアン・シャーウッドだろう。故スタイル・スコットのドラムも使いながら、御大に失礼のないようレーベルのオールスター的なメンツをバックに揃えている。ベースにはダブ・シンジケートや古くはアスワドやニュー・エイジ・ステッパーズの仕事で知られる故ジョージ・オーバンの演奏を使っているが、ダグ・ウィンビッシュも参加している。
 話は少し逸れるが、超絶なテクニシャンであるウィンビッシュは、元々はシュガーヒル・ギャング(オールドスクール・ヒップホップのもっとも有名なレーベルのハウス・バンド)のメンバーで、80年代はタックヘッドなどで活躍、その後はマーク・スチュワートからミック・ジャガーのバックまで務めるという、恐ろしく幅広い活動を続けている。ぼくとしては、30年前の来日ライヴで初めて彼の演奏を目の当たりにし、心底ぶっ飛ばされた思い出がある。だから、本作の目玉のひとつであるマッシヴ・アタックの“セイフ・フロム・ハーム”の最初のベースライン(オリジナル曲はサンプリングのループ)をウィンビッシュが弾いているという細部にも、けっこう熱くなったりするのだ。
 
 『ミッドナイト・ロッカー』は完璧なルーツ・レゲエの作品で、シャーウッドはこのスタイルの純然たる輝きを研磨することに専念している。アレンジも緻密で、適切なタイミングをもって最高の演奏を挿入する。シャーウッドらしい空間の美学も健在だが、まあとにかく、これでもかというくらいにルーツ・レゲエの作品に仕上がっている。ルーツ・レゲエらしい旋律、展開、曲調、味付けがされているし、ホレス・アンディは終始その豊かな歌声でリスナーを魅了しているが、まずはアルバムの冒頭でラスタを高らかに語り、いかにもいまの時代に合いそうな、ルーツ・レゲエらしい黙示録的な終末観を歌い上げている。よく言われていることだが、ラスタはその旧約聖書に基づいたジェンダー観においてときに左派リベラルからの反感を誘発している。が、サイモン・レイノルズが言うように、そうした留保事項を、(良くも悪くも)音の勢いがかき消してしまう。議論の余地はあるが、その音がポスト・パンク時代の女性たちの創造行為にも影響を与えたことも事実なのだ。

 『ミッドナイト・ロッカー』は、ホレス・アンディのキャリアの後期における代表作になるだろう。シャーウッドの長年の研究が活かされているし、ホレス・アンディの黄金の歌声も衰えることを知らない。そしてシャーウッドは、つい先日は〈On-U〉レーベルの最新のコンピレーション『ペイ・イット・オール・バックVOL.8』をリリースしたばかりで、7月には先にニュースを流したように、ダブ・シーンにおける女性たちをテーマにコンピレーションを出すことになっている。
 

RILLA - 遊撃 release party - ele-king

 今年の頭、上海の〈SVBKVLT〉からEP「遊撃」(こちらのサウンドパトロールを参照)をリリースした京都のプロデューサー、RILLA。a同作のリリース・パーティが6月10日(金)、東京は下北沢 SPREAD & ILLAS にて開催される。同じく近々新作を発表する COMPUMA や 5月にアルバムをリリースした Mars89 に加え、シークレット・ゲストも登場予定とのこと。梅雨を吹き飛ばそう。

RILLA - 遊撃 release party

テクノを遊撃するベースからのサイケデリック・ハンター
上海のカルト・レーベル〈SVBKVLT〉よりEP「遊撃」をリリースした京都のRILLAが東京では6年ぶりの出演となる完全復活のリリパを開催。

SHACKLETONやKarafuto(Tanaka Fumiya)等も招き、ダブステップとテクノを試みたKEIHINとの伝説的なパーティALMADELLAやGRASSROOTSでのレギュラー・パーティGUERILLA~LOCUS、CISCOやJestsetのテクノ・バイヤー等の活動を経て、ヒップホップ、レゲエ、ダブステップ、ハウスにも共通するベースラインとテクノの音響空間が交わるエッジを際立たせてきたDJ/プロデューサーRILLA。2020年にTorei主宰の〈Set Fire To Me〉からのEPリリースを皮切りに長年の活動休止から再開に至り、続いて中国オルタナティブ・クラブの起点Allの初期において基盤ともなったGaz Williamsよるカルト・レーベル〈SVBKVLT〉から本年EP「遊撃」をリリース、作品を出しながらもコロナ禍の自粛によって現場から遠のいていたRILLAが東京では6年ぶりの出演、完全復活を遂げる「遊撃」のリリパを開催。ゲストにダブを起点に”沼”なる特異なサイケデリアを創り出してきたCOMPUMA、日本人アーティストも多数リリースするUKの〈Bedouin〉からアルバムをリリースしたばかりのMars89のライブ・セット、〈Set Fire To Me〉のレーベル活動におけるキュレーションでも着実な歩みを見せるTorei、ダブの奥地へ突き進む京都のGunilla、そして現在活動休止中のRILLAの盟友でもあるシークレット・ゲストが東京での復活を祝してラインナップ。ILLASでは実験音楽としてのPSY(サイケ)をテーマにサイケxブレイクなトランス・コアとも言えるHARETSU、野外からクラブまで精力的な活動で現行のトランス界隈を疾走するTEI TEI、渋谷の新スポットTangleやFLATTOPの一員でもあるジャズコレクティブNoNationsの実験派Tonydot、スローテンポなオーガニック・テクノ/エレクトロに邁進する鏡民がラインナップ。

ゆったりとしたダブステップやダンスホールから高速的なフットーワークやシンゲリのようなマルチレイヤーのリズムとベースの矢を放ち、サイケデリックな沼や渦となって覚醒していくある種の儀式のような世界観を通じ、オーガニックにテクノを拡張するRILLAの遊撃が始まる。

RILLA - 遊撃 release party
2022/06/10 FRI 23:00 at SPREAD & ILLAS
ADV ¥2,000 / DOOR ¥2,500 / U23 ¥1,500
+1D for All entrance fees

https://ra.co/events/1537995

遊撃@SPREAD

RILLA - Release set -
Secret Guest
COMPUMA
Mars89 - LIVE
Torei
Gunilla

PSY@ILLAS

HARETSU
TEI TEI
Tonydot
鏡民

artwork: Tianyi
layout: ginji kimura

promoted by melting bot / Local World

- 全てのエントランス料金に別途ドリンク・チケット代¥600がかかります / All entrance fees plus a ¥600 drink ticket fee.
- 再入場可 ※再入場毎にドリンク・チケット代として¥600頂きます / 1 drink ticket ¥600 charged at every re-enter

RILLA [SVBKVLT / Set Fire To Me]

嗚呼、人情とベースライン。福岡より上京した、あの屈強な霊長類(学名:ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ)を思わせる特徴的な風貌を持ったその男とダンス・ミュージックを出会わせたのは専門学校時代の友人という縁、DJをはじめたのも友人の「お前レコード持ってるならやってみろよ」という言葉、そして現在のDJの基礎、いわゆる“やられた音”としてその後のその男の趣向を決めたのは、そのDJ練習の音に嫌気がさした、隣人の保育士が差し出してくれたDJ KENSEI氏のミックステープであった。ここでも縁、いやそれは言い換えれば人情でもある。そこでヒップホップに衝撃を受け、そしてブレイクビーツ、エレクトロニカへと開眼していく。2002年、名門CISCOテクノ店への入店とともにバイヤーとして働くうちに、ジャングル、テクノ、ダブステップと、そのサウンドの趣味を広げた。いつしかその名前がRILLAと定着しはじめた頃、東高円寺の名店GRASSROOTSに出入りするうちにさらに耳が深く、広がることでいまのDJスタイルへと日々進化していく。それもこれも人との出会い人情であった。ヒップホップもレゲエもダブステップもテクノもハウスも、その男がかける音は基本的にベースラインのグルーヴがある(聴こえずとも)、そしてどこか遠くが温かい(聴こえずとも)。今宵もどこかで、人情とベースラインでスピーカーと身体を揺らしている。嗚呼。

5年間務めたGRASSROOTSでのレギュラー・パーティ“GUERILLA”~“LOCUS”、KEIHINとのテクノとダブステップ、そして未知の体験を提供する不定期開催の"ALMADELLA"を経て2012年より京都に拠点を移す。2020年にはTorei主宰のレーベル「Set Fire To Me」より1st EP「SFTM002」をリリース。2022年上海カルト名門「SVBKVLT」からのデビュー作「Yugeki / 遊撃」は、Rillaが初めて日本国外に進出する作品となる。またNTS Radio、Kiosk Radio、Refuge Worldwideなどの海外ラジオにもミックスを提供している。

https://www.soundcloud.com/rilla-almadella
https://www.instagram.com/rilla_dj
https://www.twitter.com/rilla_
https://www.facebook.com/almadella.rilla

Rilla – Yugeki / 遊撃 EP
Label : SVBKVLT
Release Date : 21st January 2022
Cover Design : Tianyi
Mastering : Raphael Valensi
Buy : https://svbkvlt.bandcamp.com/album/yugeki-ep

Tracklist
1. Get Up Eight
2. Isn’s
3. Seven Stars
4. Fifth Wave
5. ARP MDS
6. Get Up Eight (Howie Lee Remix)
7. Isn’s (Osheyack Remix)
8. Fifth Wave (Hyph11E Remix)

Julian Sartorius & Matthew Herbert - ele-king

 イーライ・ケスラーの跡に道ができている……のかもしれない。主にドラム・ソロでインプロヴィゼーションを展開してきたケスラーはニューヨークを拠点にレッドー・ホース名義や〈Pan〉からのソロ作、あるいはオーレン・アンバーチとのジョイント作『Alps』でも大した注目を集めなかったものの、10年代後半にローレル・ヘイロー『Dust』と OPN『Age of』に相次いで起用されたことによって急速に知名度を上げ、タイミングよくリリースされた〈Shelter Press〉からの『Stadium』でようやく彼自身の作家性も広く認めらることになった。細かく緩急をつけたドラミングやリズムの起点がどこにあるのかわからないフィールド録音とのアンサンブルなど演奏の可能性を再認識させ、プロセッシングに頼りきっていたアンビエント・ミュージックにも大きな刺激をもたらしたことは確か。これに続いたのがウィル・ガスリー。オーストラリアのドラマーで現在はフランスを拠点にするガスリーもまたデビューから10年以上陽の目を見ず、カントリー・ブルースからミュジーク・コンクレートと幅広く模索を続けたのちファイアー!オーケストラに参加したことでオーレン・アンバーチと交流が深まり、同じくアンバーチとのジョイント作『Knotting』や、アンバーチとガスリーにマーク・フェルとサム・シャラビまで加えた『Oglon Day』をリリース。様式性を完全にオミットしたケスラーとは異なり、はっきりとガムランに寄ったドラミングを聞かせるガスリーは、南インドの音楽に接近していたマーク・フェル(詳しくは『アンビエント・ディフィニティヴ改訂版』P276)とはさらに『Infoldings』『Diffractions』と立て続けにコラボレート・アルバムを制作し、偏執的ともいえるパーカッション・サウンドをこれでもかと展開した。ガムランにフォーカスしたなソロ作『Nist-Nah』ではダイナミズムを最小限にとどめ、『Stadium』と同じくドラミングの「間」をクローズ・アップし、その試みは8人編成のアンサンブル・ニスト・ナーという新たなユニットを始動させるに至っている。ケスラーやガスリーがアンビエント・ミュージックと親和性が高かったことは興味深く、その線だけでもマット・エヴァンスや金子ノブアキなど気になる人は数多いる。サイモン・ポップしかり、ライオンズ・ドラムしかりである。

 2004年にフリー・ジャズのコリン・ヴァロン・トリオとしてスイスからデビューし、09年にシンセ・ポップのエレクトリック・ブランケットにも加わったジュリアン・サートリアスもソロや数多くのユニットで『Nist-Nah』や『Stadium』を思わせるアトモスフェリックなドラミングを多く試み、とくに10日間に渡ってヒッチハイクを続けながら路上で演奏したという『Hidden Tracks: Basel - Genève』はエレクトロニクスもプロセッシングも一切行わずエディットだけで構成したという快作。いわゆるドラムセットを運び歩いたわけではないようで、ガムランを思わせる細かな鐘の音の連打や意味不明な打撃音が瞑想性を誘いそうで誘わないという微妙なラインで展開されていく。スイスのSSW、ソフィア・ハンガーのバックで叩く機会の多いサートリアスと見事なコラボレーション・アルバムを完成させたのが、そして、マシュー・ハーバート。コロナ禍に映画のサウンドトラックを5枚続けてリリースし、レトロなハウス・アルバム『Musca』でダンスフロアへの帰還も果たしたハーバートがかなりアグレッシヴなアプローチでサートリアスを追い詰め、『Hidden Tracks: Basel - Genève』と同じ人なのかと思うほどオープニングから緊張感が途切れない演奏が続く。『Drum Solo』というタイトル通り、ハーバートは自分では音を出さず、サートリアスのドラムにリアルタイムで手を加えているだけだという。とてもそうは思えないけれど、ハーバートが耳にしていたであろう核となるドラムの演奏は確かに聴き取れるし、これにディレイなのかサンプリング・ループなのかぜんぜんわからないけれど、シンバルの音をそのままドローンにしてしまったり、種々様々な音があっちからこっちから襲い掛かっていく。全体のタイトさとその持続はメビウス&プランクがフリー・ジャズをやっていたらこうなったかなという感じで、オウテカにしか聞こえないというレヴューも見かけたけれど(確かに中盤はそうかも)、鬼気迫るムードはこのアルバムが〈Accidental〉傘下に設けられた新たなライン〈Album In A Day(1日でアルバムを仕上げる)〉からのリリースであったことも一因を成していたのだろう(ミックスもその日のうちに終わらせたという)。いや、しかし、ハーバートはコンセプトの鬼である。この人はこのまま生涯を貫き通すにちがいない。


Vladislav Delay - ele-king

 ヴラディスラヴ・ディレイの新作が〈Planet Mu〉からリリースされる。タイトルは『Isoviha』で、これはフィンランドがロシアの占領下にあった18世紀のIsoviha時代から取られている。また、レーベルによればその音楽は「ハイパーモダン・ムジーク・コンクレート」のこと。リリースは7月15日。
 

Adrian Sherwood - ele-king

 今年も精力的に活動を続けている〈On-U〉のエイドリアン・シャーウッド、このUKダブのパイオニアが女性ダブ・シンガーたちをフィーチャーしたコンピレーションをリリースする。収録された10曲はすべてシャーウッドがプロデュースしたものだが、歌っているのは彼がUKや世界中で出会った女性シンガーたち、日本からはリクル・マイが参加している。しかも、すべての曲が英語以外の言語で歌われているという、これは男性中心社会への反論であると同時に、英米中心社会(ないしは河野太郎が憧れた5アイズ)への反論でもある。
 ダブ・ミュージックにおける女性を称えようと思った理由について、シャーウッドは次のように述べている。「多くのシンガーが、ダブ/レゲエの舞台は男性のもので、威圧的でさえあると感じている」と言っていた。だから、アーティストを招いて、私たちのリズムトラックに、すべて英語以外の言葉で好きな曲を歌ってもらうことにしたんだ」
 
 アリ・アップとスタイル・スコットに捧げられたこのアルバム、リリースは7月22日とまだ先の話だが、ナイスな企画なのでニュースにしておきました。



Various Artists
Adrian Sherwood Presents: Dub No Frontiers

On-U

https://adriansherwood.bandcamp.com/album/adrian-sherwood-presents-dub-no-frontiers

リコリス・ピザ - ele-king

 ちょうど1年ぐらい前に『男組』を読み直した。1974年から少年サンデーに連載された暴力マンガで、物語を駆動させていく原理が『北斗の拳』や『クローズ』と同じくテストステロンだけに依拠していた作品。「本物の男がどうした」とか「男同士だ」といったジェンダー・バイアスが他のあらゆるファクターを押さえ込み、屈託のないストーリーを可能にしていく。「男とは何か」という定義や説明はもちろんない。2001年からビッグコミックスピリッツで始まった『オメガトライブ』も同じように男たちの勢力争いを柱にした暴力マンガで、『男組』にSF的要素を加味し、ストリートの抗争から次第に自衛隊の改革へと論点が社会性を帯びていく。『オメガトライブ』が物語を駆動させる原理はしかし、「男」ではなく「ニーチェ」である。「力への意志」が男たちの抗争を焚きつけ、本当の絶望を味わった者だけが「超人」になれるというニーチェの思想にストーリー展開は規定され、「愚民を統率する」という『男組』のファンタジーは国民国家のスケールで上書きされていく。暴力革命を駆動する原理が「男」から「意志」に変化したということは実存主義が2000年代の少年マンガでは有効に機能していたことを示している。実存主義というのは人間が生きることに意味や目的はないとした思想で、人間が生きるのは意志によるものとした。それこそ世界は、理性的とはとてもいえない人間の意志がぐっちゃぐっちゃに渦巻く最悪の場所だとショーペンハウアーやニーチェは考えたのである。そう、ポール・トーマス・アンーダーソンの群像劇には必ずといっていいほど「意志の強い男」が登場し、これでもかと周囲を引きずり倒し、その行動も結果も滑稽を極めたものが多い。その頂点ともいえる作品が2017年の『ファントム・スレッド』で、ダニエル・デイ=ルイス演じる服の仕立て屋が芸術家じみたことを追求すればするほど滑稽度は増し、「意志の強い男」がどれだけチープな存在かということが完膚なきまでに描写されていた。無意味で無目的な世界にあって、何かを前に進めようとする人間の「意志」にも大した価値は認めない。そのように主張しているとしか思えないポール・トーマス・アンダーソンによる5年ぶりの新作が『リコリス・ピザ』である。マーク・ウォールバーグやホアキン・フェニックスに継いで、歴代の「意志の強い男」に抜擢されたのは誰かと思えば急逝したフィリップ・シーモア・ホフマンの息子、クーパー・ホフマンである(映画初出演)。

 1970年代のロサンゼルス。15歳のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は25歳の撮影助手アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)をデートに誘う。歳も離れているし、最初はまったく取り合わなかったアラナは意外にも誘いに応じ、数度の会話を経て次第に彼女が人生に迷い、いわゆる「クォーター・ライフ・クライシス」に陥っていることがわかってくる(そうでなければデートの誘いには応じなかっただろう)。ゲイリーは子役の俳優で、人気番組の端役として撮影に参加するためにロサンゼルスからニューヨークに飛び、ステージ・ママのスケジュールが合わないことからアラナが付き人として同行する。スージー・クアトロが流れる時点で何をか言わんやという感じだし、案の定、撮影の現場を経験することでアラナには微妙な変化が訪れる。ポール・トーマス・アンダーソンは『パンチドランク・ラブ』の「細い廊下」や『ザ・マスター』の「エレヴェーター」など狭いスペースに人々を詰め込むとなぜか印象的なシーンに仕上げる傾向があり、『リコリス・ピザ』でも楽屋からステージまでの「廊下」にスタッフやキャストが鈴なりになってスタンバッているシーンはやはり抜群で、妙な空気感を挟んで「観客の前に出る」という興奮がアラナに別世界を意識させたことがダイレクトに伝わってくる。そして、アラナはその撮影で知り合った別の俳優と交際を始め、「俳優が天職だ」と言っていたはずのゲイリーはウォーターベッドの販売に乗り出していく。アラナをデートに誘い、取材で顰蹙を買う発言をし、ウォーターベッドの販売を始めるなどゲイリーの役回りはストレートに「意志の強い男」で、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』や『ザ・マスター』といった大作とは影響を及ぼす範囲が小規模というだけで、意志の強さが随所で試される展開はこれまでの作品とまったく同じ。アラナもウォーターベッドの販売を手伝いはじめ、ある時、みんなで『カラーパープル』や『バットマン』を手掛けた映画プロデューサー、ジョン・ピーターズ(ブラッドリー・クーパー)にウォーターベッドを届けにいくことに。ここでトラブルが起きる。ウォーターベッドを設置したゲイリーたちはあれこれあって派手ないたずらを仕掛けた次の瞬間、自分たちも窮地に陥ってしまう。(以下、ネタバレといえばネタバレ、解釈といえば解釈)このトラブルを乗り切ったのがゲイリーではなく、アラナの「意志の強さ」なのである。「山師」を主人公にした『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は石油を採掘する話がメインだったけれど、『リコリス・ピザ』にはオイルショックという時代背景が巧みに織り交ぜられ、アラナは必要なはずの石油を一滴も使わずにトラブルから抜け出してみせる。それはまるで石油の上に築かれたロサンゼルスという都市の繁栄や男性文化を逆回転させているようなシーンで、「人間の意志が渦巻く最悪の場所」がその出発点まで一気に押し戻されたような徒労感を伴うものだった。窮地を抜け出し、疲れ切ったアラナは、そして、ふと視界に入ったポスターを見て選挙活動のヴォランティアに応募する。商売人と宗教家しか出てこなかったポール・トーマス・アンダーソンの作品に政治家というものが初めて加わった。

 市長選に立候補しているジョエル・ワックス(ベニー・サフディ)はおそらくゲイを公言していた市会議員のハーヴィー・ミルクとイメージをダブらせたものだろう。意志の強さを示すことで「クォーター・ライフ・クライシス」を抜け出したアラナはワックスの元でその才覚を表し、議員のPR動画を企画して撮影するなど、今度はゲイリーがアラナの仕事を手伝うようになる。そして、ゲイリーは議員の事務所で「ピンボール・マシーンが違法ではなくなる」という情報を入手し、誰よりも早くピンボール・マシーンを揃えたゲーム・センターをオープンする。ピンボール・マシーンがアメリカで違法だったというのは初耳で、調べてみると1920年代に禁酒法が成立した後、同じようにピューリタン的な価値観でスロットマシンなどが問題視され、1940年代にはピンボール・マシーンも正式に違法になったのだという。村上春樹『1973年のピンボール』とかザ・フー“ピンボールの魔術師”はどういった文化的意味合いを持っていたのかなという疑問も浮かんではきたけれど、まあ、そこは飛ばそう。いずれにしろ1976年のアメリカでピンボール・マシーンは復活し、ゲイリーの店は初日から大変な賑わいを見せる。ロサンゼルスを変えてみせるという議員の意気込みに共鳴していたアラナはゲイリーの志の低さに憤り、ゲイリーの行動を巡って2人は口論になる。そして、ゲイリーは「僕が声をかけていなければ、君はまだ生徒たちの写真を撮っていた」と、アラナの現在を全否定してしまう。このセリフは、男がチャンスを与えなければ70年代のフェミニズムは始まりもしなかったという意味にも受け取れるし、「クォーター・ライフ・クライシスに陥っている女」は存在しても「意志の強い女」は存在しないとゲイリーが認識したがっているようにも受け取れる。そして同時にポール・トーマス・アンダーソンがこれまで描いてきた「意志の強い男」は男だけが意志を押し通せる社会を背景に生きてきたからそれが可能になっていただけで、必ずしも個人の力ではないことに気づいていないから滑稽に見えるのだということがあらわになっていく(ブラッドリー・クーパーやショーン・ペンの演技が本当にそのことを理解させてくれる。そう、『リコリス・ピザ』ではゲイリーやジョン・ピーターズだけでなくショーン・ペン演じるジャック・ホールデンも畳み掛けるようにして滑稽に描かれ、「意志の強い男」たちはまとめて葬り去られている)。しかし、ポール・トーマス・アンダーソンはそのような「意志の強い男」を見捨てるような結末にはしなかった。ゲイの描き方がどうだという議論もありそうだけれど、ワックスのパートナーが放った「みんなクズだよ」というセリフがマイティ・ワードと化してすべてを肯定し、それこそ『リコリス・ピザ』は少年マンガのようなエンディングに突入する。「理性的とはいえない人間の意志が渦巻く最悪の場所」が見事に幕を閉じるのである。

 アラナ・ケインを演じるアラナ・ハイムは3姉妹でロサンゼルスのロック・バンド、ハイムとして活動し、映画は初出演(3姉妹はそのまま姉妹役で出演)。音楽は『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来の付き合いとなるジョニー・グリーンウッド(レイディオヘッド、ザ・スマイル)。70年代のヒット曲が随所で流れるなか、ゲイリーとアラナがウォーターベッドに寝転ぶシーンでウイングスの“Let Me Roll It”がねっとりとした空気を運んできたのは、参りましたという感じ。

edbl - ele-king

 トム・ミッシュ以降を担うロンドンのプロデューサー、エドブラック。シングル曲で注目を集め、それらをまとめた編集盤『South London Sounds』で日本デビュー、新作『Brockwell Mixtape』も好調の彼だが、日本独自企画だった前者『South London Sounds』がアナログ化されることになった。しかもクリア・レッド・ヴァイナル。限定販売とのことなのでお早めに。

サウス・ロンドンから登場した新世代の才能=エドブラック(edbl)による日本デビュー・アルバム『South London Sounds』がクリア・レッド・ヴァイナルでリリース! 日本国内ではVINYL GOES AROUNDでの独占販売が決定。

トム・ミッシュやジェイミー・アイザックなど、ここ数年音楽シーンを賑わせているサウス・ロンドン・シーンから登場した新たなる才能の持ち主であるエド・ブラック。

トラックメイカーであり、プロデューサーであり、そしてギタリストでもあるアーティスト、エドブラックがこれまでデジタルのみでリリースし話題を呼んだトラックの数々を厳選/集約した日本独自企画による注目のアルバムがクリア・レッド・ヴァイナルでリリースされます。

日本国内はVINYL GOES AROUNDでの独占販売。限定数につきお早めにお買い求めください。

・VINYL GOES AROUND 販売ページ
https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-7749c/

・edbl - The Way Things Were Feat. Isaac Waddington (Official Music Video)
https://youtu.be/Mb95_G2bSxU

[リリース情報]
アーティスト:edbl
タイトル:South London Sounds
品番:PLP-7749C
フォーマット:LP(CLEAR RED VINYL)
価格:¥3,850(税込)(税抜:¥5,500)
※商品の発送は2022年6月中旬を予定しています。
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。
※商品は一部他店にて流通するアイテムとなります。

[TRACK LIST]
・SIDE A
1. Charmaine Feat. Zach Said
2. Symmetry Feat. Tilly Valentine
3. Hard To Tell Feat. Carrie Baxter
4. Nostalgia Feat. Taura Lamb
5. Less Talkin' Feat. JAE
・SIDE B
1. Cigars Feat. Alfie Neale & Jarki Monno
2. (Baby Can We) Lift This Up? Feat. Hemi Moore
3. Table For Two Feat. Tilly Valentine & Bran Mazz
4. The Way Things Were Feat. Isaac Waddington
5. Breakfast In Bed Feat. Joe Bae

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