「KING」と一致するもの

interview with Daughter - ele-king

 ヴォーカル、エレナ・トンラの話し声は、録音を再生してもういちどはっとするくらい美しかった。それは発言内容以上の雄弁であり、拾い物でさえあった。彼女たち自身が繰り返すように、テクスチャーがまず重要だという彼らの音楽にとって、まずなによりのテクスチャーはエレナの声かもしれない。暗く深い油彩の質感の中に、のびやかに溶け込み色をやわらげる白い絵具──。


Daughter - Daughter

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 コクトー・ツインズやバウハウスの上にくっきりと打ち立てられたレーベル・カラーを崩さないまま、21世紀に入ってますます鮮やかにそのキャラクターを深めている〈4AD〉。ディアハンターにアリエル・ピンクにセント・ヴィンセント、グライムス、それだけ眺めても、インディ・ロックを代表する面々が集められているというばかりでなく、はっきりとヴィジョンをもってリリースがなされているということがわかる。ドーターはとくに〈4AD〉のオリジンというか、コクトー・ツインズやディス・モータル・コイルの幽玄や耽美を直系とするようなユニットで、デビュー・アルバムも同レーベルから。2010年代の黎明、ジャングリーにトゥイー、ギター・ポップや新しく台頭したローファイ・アクトなど溌剌と明るい音が優勢なインディ・ロック・シーンの中に、ウォーペイントらとともに沈み込むような憂愁を刷いた。

 音楽オタク的なところはまったくないが、彼らには、彼らのなすべきことがはっきり見えているようだ。セカンドとなる今作『ノット・トゥ・ディサピアー』は、前作より大きく変化することもなく前作よりもはっきりとドーターの音の輪郭を濃くしている。そしてエレナのヴォーカルも相俟って、「ドーターっぽい」という形容を他のバンドにも用いることを可能にするだろう。
 〈ホステス・クラブ・ウィークエンダー〉に出演するため来日していたドーターを訪ねた。

ドーター / Daughter
2010年にヴォーカルのエレナ・トンラを中心にロンドンで結成された3ピース・バンド。現在までに2枚の自主EPを発表。2012年、新人アーティスト発掘音楽フェスSXSWでのライヴが話題となり、英名門レーベル〈4AD〉と契約。翌年3月にデビュー・アルバム『イフ・ユー・リーヴ』をリリース。7月にはフジロックフェスティバル出演、つづけてその翌2月には〈ホステス・クラブ・ウィークエンダー〉で来日を果たした。そして2016年1月、セカンド・アルバム『ノット・トゥ・ディサピアー』を発表する。

メロディがサウンドの中に隠れているような──それこそリヴァーブの感じも大好きなんだ。あとはディスト―ションからリズムを感じたりとかも。(イゴール・ヒーフェリ)

以前にインタヴューさせていただいたときには、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインをお聴きになったことがないとおっしゃっていました。その後お聴きになることはありましたか?

イゴール・ヒーフェリ(以下イゴール):衝撃的だったよ。フェスで観る機会もあったんだけど、本当に素晴らしかった。

レミ・アギレラ(以下レミ):ラウドだったね。

みなさんは、メディアなどでそうした音とよく比較されることがあると思うのですが、あらためて、なぜ自分たちが彼らと比較されるのかお考えになった部分はありますか?

イゴール:そうだな、影響されていると指摘されることは多いけど、比較という感じではないかな。自分の中ではそれほど影響を受けたり似ていたりするとは思わないんだ。ぜんぜんちがう音だよ。

では、人々はどんなところを指して影響されていると言うのだと思います?

エレナ・トンラ(以下エレナ):質感じゃないかって思います。リヴァーブだったりヴォーカルの質感、エフェクターの効果……そういうところかなって。マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは偉大なバンドだから、比較されるのは素直にうれしいですね。

イゴール:僕も、彼らにかぎらずシューゲイジーな音っていうのはもともと好きで、メロディがサウンドの中に隠れているような──それこそリヴァーブの感じも大好きなんだ。あとはディスト―ションからリズムを感じたりとか。そういうところはあるんじゃないかと思う。

ドリーム・ポップとか「なんとかポップ」とか、みんな、わたしたちのことをとってもいろんな言葉を使って当てはめてくれていて、そのことをエンジョイしてるんです。(エレナ・トンラ)

みなさん若きギター・バンドでありながら、前作当時流行だったジャングリーなギター・ポップだったり、あるいは甘くて軽快な2ミニット・ポップだったりという方向にはまったく振れないですね。ポップ・シーンにあってけっして明るくならない、沈むような調子を保っているところがみなさんのかっこいいところでもあります。このあたりはどう考えていらっしゃいますか?

イゴール:僕は、自分たちがポップのシーンにいるとも思っていないし、ポップな曲を書こうと思っているわけでもないんだ。ただ好きなものをつくっているだけだから、努力してそうした状態を保っているという感じでもないしね。好きなことがやれて、それをみんなが受け入れてくれて、こうやって日本に来れたりしていることをとってもラッキーなことだと思っているよ。

エレナ:ドリーム・ポップとか「なんとかポップ」とか、みんな、わたしたちのことをとってもいろんな言葉を使って当てはめてくれていて、そのことをエンジョイしてるんです。それって、自分たちにどこにも属せない・属さない自由さがあるっていうことかなと思っていて。自分たちの好きなことをやりながら、そんな状態になっていることをうれしいと思っていますね。

一方で、今作には“ノー・ケア”という曲がありますが、あれなんかはバンドというフォームを超えて、表現の枠がどんどん広がっているような印象を受けます。

エレナ:ええ、たしかに他の曲ととてもちがいますよね。

そうですね、しかもバンドでできることを超えて発想されているというか。

レミ:自分たちの音楽のつくり方が自然にそうなっているということだと思うんだ。3人いることで可能性が広がっているから。たとえばエレナがギターとメロディ、それから歌詞をつくったりしている一方で、イゴールがいて僕がいていろんな組み合わせが生まれてくる。それは音楽の上でもパーソナリティの上でもそうなんだ。そこにエレクトロニックなものが組み合わさればまた広がっていく……自分たちにできることを最大限に生かして音をつくろうと思っているよ。それは僕たちにとってきわめて自然なことだね。

エレナがいてイゴールがいて僕がいて、いろんな組み合わせが生まれてくる。それは音楽の上でもパーソナリティの上でもそうなんだ。(レミ・アギレラ)

では思考実験として、あなたがたはギターも何も持たなくても、PC一台で音楽がつくれるという可能性もありますよね。でもそうしないでバンドというかたちを選択されているのはなぜなのか教えていただけますか?

イゴール:僕はギターだけど、ギターというのはそれこそ10代のころから慣れ親しんだ楽器で、演奏していて楽しいんだ。それに、エフェクトを使うことでさらに可能性も広がっていくし、テクスチャーをコントロールできる。シンセを使ったりソフトウェアを使ったりすることもできるんだけど、自分なりのサウンドをつくることができるのはギターかな。

その意味では〈4AD〉というレーベルはすごくあなたがたに合っていますね。ギターとその音のテクスチャーということについては歴史のあるレーベルだと思います。レーベルに対する思いを教えていただけますか?

エレナ:ギターのテクスチャーにかぎらず、いまの〈4AD〉は本当にさまざまなタイプの音が集まっていて素晴らしいレーベルです。でも昔の〈4AD〉ということで言えば、コクトー・ツインズなんかには自分たちに通じるものがあると言ってもらうこともあるし、自分たちでも影響を感じていますね。エレクトロニックなものにしろ、ギター・バンドにしろ──グライムスとかディアハンターとか──テクスチャーというものを重視しているレーベルだと思います。

〈4AD〉のサウンドを聴くと、思考というか思想というものを感じる。(イゴール)

イゴール:〈4AD〉は、ほんとによくサポートしてくれるレーベルで、プレッシャーというものがないんだ。繰り返すように、僕たちはテクスチャーやサウンドというものを重視しているけど、それについてもすべてのバンドが自分たちのスタイルというものを持っているから、〈4AD〉のサウンドを聴くと、思考というか思想というものを感じる。自分たちの主張ともいうべきものを自由に言える、表現できるということがこのレーベルの素晴らしいところだと思うよ。

ところで、イゴールとエレナは作曲を学校で学ばれているんでしたっけ?

イゴール:学校に行ったのはすごく大きなステップだったよ。僕はティーンエイジャーの頃からスイスでギターを弾いてきたんだけど、ロンドンに来てからは1年間、学校でソング・ライティングを学んだんだ。そこで作曲を学んだことがいまの自分たちのやりかたにそのまま通じるものかといえばそうではないんだけど、自分たちの使えるツールのひとつになっていることは間違いないよ。パーソナルなスタイルを作り上げるのは自分でやらなきゃいけないことで、それへのアプローチという意味では、必ずしも学校で習ったことばかりとはいえないかな。

なるほど。アルバムごとにいろんなテーマに取り組まれると思うんですが、一般にセカンド・アルバムはなかなか苦労や悩みの多いものだと言われます。あなたがたにとっては今回その意味でのプレッシャーや難しさはありましたか?

エレナ:その意識はあったんです。でも過剰な期待なんかはシャット・アウトして、そうしたプレッシャーを感じないようにしようと思いました。そして、すべての音の可能性に対してオープン・マインドであろう、って。それは自分たちの今回の目標でもあって、ヴォーカルにしろシンセにしろ、あらゆるアレンジを試して、いろんなことに挑戦したんです。3人の中でどんなふうに可能性に挑戦していくかということも大事な問題でしたし、「ドーター」っていうバンドの音を決めてしまっていたら、ここまでたどり着くことはできなかったと思います。

今回はスペースを借りたんです。だから何かアイディアを思いついたらすぐそこで試してみることができたし、みんなでそこに集まることもできた。(エレナ)

いろんなチャレンジがあるということですが、みんなでスタジオに入って考えるんですか?

イゴール:みんなで集まることもあれば、それぞれがアイディアを持ちよることもあるかな。

エレナ:今回はスペースを借りたんです。そこに楽器なんかを置いてもいるんだけど、ファーストのときはそういうことができなくてリヴィング・ルームを使っていたりしたから制限がありました。今回は、何かアイディアを思いついたらすぐそこで試してみることができたし、みんなでそこに集まることもできたから、3人のコラボレーションという感じのつくり方ができたんじゃないかなと思います。

なるほど。ではこのアルバムをつくっていた頃のことを思い浮かべていちばんに出てくる景色や様子を教えてもらえますか?

イゴール:すごく緊張感のあるプロセスだったんだ。1年かかって書きためたものを、2ヵ月半の間、同じ場所に籠って集中して仕上げたので(笑)。だから、詰め込みすぎたってことなのかな、2ヵ月半という時間が長い一日のようだったよ。

エレナ:山を登っていたようなイメージ。ひとりが転げ落ちそうになったら、誰かが「大丈夫? がんばろう」って言いながら支えて登る、という感じ(笑)。

ははは!

今回はかなり準備ができていたんだ。だから、なにかクラシックのコンサートみたいな感じかな。自分でたくさんのリハーサルをやっておいて、本番──レコーディングを迎えるっていう。(レミ)

エレナ:お互いにテストしあったりとか、簡単なことはぜんぜんなかったと思います。でもがんばって頂上に上ると、とっても美しい景色が待っていて。そこまでに行くのはとっても大変なんですけど……。

レミ:2ヵ月半のレコーディングに入る前に、今回はかなり準備ができていたんだ。少なくとも自分にとってはそうだったから、なにか、クラシックのコンサートみたいな感じかな。自分でたくさんのリハーサルをやっておいて、本番──レコーディングを迎えるっていう。ファーストのときは、曲がコンピュータに保存されたまま、それをどう演奏するかわからないままにスタジオに入ったりしていたけど今回はその意味で準備ができていたんだ。

では、サウンドの奥に自分が思い描いていた景色についてお訊ねしたいです。

なんだろう、ピンクと紫とブルーの、LAの空のイメージなんですけど……。(エレナ)

エレナ:“ニュー・ウェイズ”がいちばん最初に書いた作品なんですね。それで、この曲についてはロサンゼルスの夜をドライヴしているようなイメージがありました(笑)。

へえ! それはなぜです?

エレナ:なんだろう、ピンクと紫とブルーの、LAの空のイメージなんですけど……。サンセット。エレクトロニックなサウンドとオーガニックなサウンドが混じっていて、それの延長線上にあるイメージというか。

イゴール: LAはすごく暑くて、コンクリートの熱もあれば、僕らがそこにあるスタジオに行ったときが夏だったこともあって、本当に気温が高かったんだ。プロデューサーのニコラスはそこに住んでいたんだけど、屋根に上るとハドソン川から素晴らしい景色が見えたりして、そのコントラストが印象深くて……。LAという街自体がそう。海がありながら街もある、そういうものが混じったイメージかな。ファースト・アルバムはもっとランドスケープから影響を受けた、自然に近い音だったんだ。セカンドはもうちょっと都会的なものが入ってきて、それがエレクトロニックなものと結びついていると思うんだけど、やっぱりツアーで大きな街を回った要素があるかもしれない。東京とかロンドンとかニューヨークとかね。

なるほど、旅を音で記したようなところもあるわけですね。でも井戸水のように温度の変わらないところ、ドーターの美しいところを大事になさってください。

エレナ:ふふふ。ヒップホップにはならないと思います。

イゴール:そうだね(笑)。

Interview with METAFIVE - ele-king



質問:元をたどればここにいるO/S/Tの皆さんが……。

TOWA TEI:吸収合併されました。


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METAFIVE

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 昨年、ele-king編集部からMETAFIVEの取材をオファーされたとき、ぼくが手にしていた情報は、歌詞やクレジットなどの記載が皆無なアルバムの音源と、高橋幸宏、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳、ゴンドウトモヒロ、LEO今井からなる6人編成のバンドであるという、この二点のみだった。
 何も考えずに音源を再生した瞬間から、1曲目“Don’t Move”のインパクトにまずやられ、2曲目“Luv U Tokio”の遊び心いっぱいの仕掛けに思わず笑みがこぼれ、収録された12曲をすべて聴き終えたあとの心地よい興奮は、期待をはるかに超えていた。
 その期待値の超えかたは、ジョージ・ミラー監督やジョルジオ・モロダーといった、老境に入って久しいはずの巨匠が放った破格のカムバック作(前者は30年ぶりのマッドマックス・シリーズ最新作『マッドマックス/怒りのデス・ロード』、後者はソロ名義としては30年ぶりのニュー・アルバム『Déjà vu』)から受けた衝撃や驚嘆、あるいはデヴィッド・ボウイが癌と闘いながら珠玉の復帰作『ザ・ネクスト・デイ』(13年)に続いて、彼らしく尖鋭的な新作『★(ブラックスター)』(16年)を遺し、鮮烈な印象とともにこの世を去ったことへの深い感動とはまた別の意味合いで、伊達に年齢を重ねていない者たちの底力がどれほどのものかを思い知らせてくれた痛快事であった。
 平均年齢47歳のMETAFIVEは、日本のみならず世界のポップ・ミュージック史に大きな足跡を残した偉大なるバンドのメンバーを含む、一騎当千のミュージシャンの集合体である。楽曲制作に関してはプロダクションからポスト・プロダクションまでの全工程を担えるプロデューサー集団でもあり、ヴィジュアルの表現にも長けている。各人各様の才能と個性が見事に融合したMETAFIVEには、キャリアを重ねた者が自己の可能性をさらに拡張するための叡智がそこかしこに散りばめられている。そして、その進化の秘訣は、「メタ」という本作のタイトルにも使われたキーワードに集約される。
 “meta-”はギリシャ語に由来する接頭辞で、「後続」;「変化・変成」;「超越」「高次の」「抽象度を高めた」などの意を表わす。
 このバンドの言わば発起人となった高橋幸宏によると、METAFIVEというネーミングの由来は、“メタモルフォーゼ(変身、変態)”の「メタ」と、かつて細野晴臣がYMOのテーマとして提唱した“メタ(超)・ポップス”の「メタ」から来ているという。ちなみにYMOの2ndアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』(79年)の仮タイトルは、「YMO の音楽は超突然変異のポップスである」という意味合いを込めた『メタマー』であった。

 これからの世の中は、ひとまず表面的なものは全部捨てちゃって、人間が変わってゆかなけりゃ、解決しないような危機感がある。だれも先が読めないし、否定的な世の中だ。そんなときに、売れればいいような音楽ばかり作っていたら、まず自分がダメになってしまう。
 イエロー・マジック・オーケストラのテーマはメタ(超)・ポップス。
トミー・リピューマ(※YMOと契約を結んだアメリカのA&Mレコーズの名プロデューサー)に、プロモート用のメッセージを送ったんだ。内容は、「自分としては、この音楽をメタ・ポップスと呼びたい。われわれの目標は、メタマー(変形態)」。
──細野晴臣『レコード・プロデューサーはスーパー・マンをめざす』(79年/CBS・ソニー出版)

 細野晴臣は、この「メタマー」というテーゼについて、「ディーヴォの逆なんだ」と前掲書の中で語っている。
 1972年にアメリカのオハイオ州ケント州立大学(※70年5月4日、同大学構内で開かれたヴェトナム反戦集会の参加者に対して、警備に就いていた州兵が発砲し、死傷者が出るという「May 4th事件」が発生。それをきっかけにニール・ヤング作詞・作曲によるクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの名曲「オハイオ」が生まれたことで知られる)の美術学生、マーク・マザーズボーとジェラルド・V・キャセールが出会い、彼らが中心となって74年に結成されたディーヴォ(DEVO)は、「人間は進化した生き物ではなく、退化した生き物だ」という人間退化論に基づき、“De-Evolution”を短縮した“DEVO”をバンド名に冠し、コンセプチュアル・アートとしての音楽活動を開始した。
 ディーヴォはエレクトロニクスを取り入れたバンドの元祖的存在であり、クラフトワークとともにYMO に大いなるインスピレーションを与えたが、METAFIVEのメンバーをつなぐ接点となったロキシー・ミュージックやトーキング・ヘッズ、デヴィッド・ボウイらと、ブライアン・イーノを介してリンクしているといえる。つまりディーヴォの人間退化論を裏返した新たな人間進化論こそ、METAFIVEがめざす地平であり、しかもそれがけっして単なる理想論ではないことは、今作『META』の成果をみれば明らかである。

 《常に変化してゆくこと。ひとつひとつがすぐれていて、しかも際限なく、どんどんよくなってゆく。可能性が広がってゆくっていうのが、このグループ全体のコンセプトなんだ。このコンセプト以外に、レコーディング前に決まっていたのは、3人のメンバーが、それぞれ、3曲ずつ作品を書くこと、そして、レコーディング・スケジュールだけだった。》

 《考えてみたんだけど、音楽の魔術というのがあるんだね。もちろん、音楽だけで生きてゆくことはできないんだけど、人間の潜在意識に働きかけて、緊張させたり、悲観させたり、そういう現実的な力があることを思い出した。(中略)
 つきつめてゆくと、超感覚的なものを身につけてゆくようにしないと、ダメだと思った。すると、いまの自分じゃダメだ。病気じゃダメなんだ。歌を歌うにも、病気じゃ、それが聴いている人にうつってしまう。
 それくらい、音楽には力がある、と思ったんだ。だから、自分が健康なだけじゃダメで、もっと強い波動を持たなけりゃと思ったんだ。他人に売る曲を書くにも、無理に作ったんじゃなくて、ほんとうに自分の中から出てきたもの。何もいわなくても、必然的に人が動かされる、そういうものを作ろう。まず、そういうものを底辺に持とうと思った。》

 前掲書から引用した細野晴臣の思弁は、時を超えてMETAFIVEのメンバー全員の意識とおそらく共振するものであろうし、METAFIVEというスーパー・グループがYMOの根幹にあったコンセプトを引き継ぎ、発展させようという想いを内に秘めていることも、想像するに難くない。
 METAFIVEがYMOの再現ライヴを起点に誕生したことは、メタフィクション(※小説というジャンルそのものを批評する小説)のように「何かを取り込んだ何か」や「何かについての何か」といった自己言及的な方法論を用いているという意味で、最初からメタ的なはじまりかたであったが、理想的なメンバー構成のもと、正しき時と場を得ることで目覚めた理力(フォース)は、驚くべき「メタ(超越する、高次の)進化」をもたらすことを、今作で見事に証明してみせた。
 イエロー・マジック・オーケストラというバンドは、細野晴臣の構想によれば「ブラック・マジック(黒魔術)とホワイト・マジック(白魔術)、善と悪の対立ではなく、トータルな統合された世界」をめざすところからはじまったが、地球全体が当時危惧した以上の混乱に覆われ、文字通り存亡の危機に瀕しているいまとなっては、METAFIVEも、そしてぼくらも、「トータルな統合された世界」の実現は、少なくとも現実世界においてはほぼ不可能であろうというところからはじめざるをえないのではないか。
 ここにきて、ディーヴォの人間退化論がいよいよ真実味を帯びてきたといえるが、何が善で何が悪なのか判断不能な世の中においても、METAFIVEが示してくれたように、ひとりひとりが散り散りばらばらになるのではなく、有機的につながることで超えられるものは確かにあるのだ。
 今作を何度もリピートしながら原稿を書いていると、高揚のあまり、前説の範疇を超えて、話がスター・ウォーズ・サーガのようにめったやたらに広がってしまう。そろそろMETAFIVEの最年長(高橋幸宏)と最年少(LEO今井)の中間に位置する3人のメンバー、TOWA TEI、小山田圭吾、砂原良徳とのミーティングに移ろう。


TOWA TEI:幸宏さんが僕の家がある軽井沢にちょくちょく来て、いっしょにYMOのレコードを聴いたりするんです(笑)。

小山田:幸宏さん、YMO聴くの好きだよね。


METAFIVEのデビュー・アルバム『META』がいよいよ2016年1月13日にリリースされます。元をたどればここにいるO/S/T(Oyamada/Sunahara/TEI)の皆さんが……。

TOWA TEI(以下、TT):吸収合併されました。

M&Aの産物なんですね(笑)。では、その辺りから訊いてみたいと思います。お三方は、O/S/T名義で高橋幸宏さんのトリビュート・アルバム『RED DIAMOND 〜Tribute to Yukihiro Takahashi』(12年)に参加していますが 、O/S/Tはどのような経緯で結成されたのでしょう?

TT:結成とかそういう感じじゃないよね(笑)。はじめようとしていたのは、もう10年くらい前じゃない?

砂原良徳(以下、砂原):そうだね。オフィシャルなバンドっていうより、組合的な……っていうかレジスタンス的なもの(笑)。

TT:個人商店の組合ですよね。「3人で何かやれたらいいね」って10年くらい言ってたんですよ。幸宏さんにO/S/Tで(リミックスを)やってくれって頼まれる前に何かやったっけ?

砂原:やってないんですよ。でもテイさんのソロとかではあったよね。

TT:そうだったね。ふたりに「なんかやってよ」って声をかけて、「As O/S/T」として曲を出してたね(“SUNNY SIDE OF THE MOON”as O/S/T、6thアルバム『SUNNY』収録/11年)。

それが幸宏さんのトリビュートでいよいよ実体化されたわけですね。

砂原:打ち合わせとかやったよね。テイさんの事務所へ行ってさ、どういう風につくろうかって。

小山田圭吾(以下、小山田):あー、リミックスのときね。何を話したかあんま覚えてないけど。

楽曲は自分たちで選んだのですか?(“Drip Dry Eyes”O/S/T with Valerie Trebeljahr [from Lali Puna])

TT:そうですね。

ミーティングでは3人の意見は近かった?

TT:うん。でもぶっちゃけ、あれはまりんがたくさんやってたよね。それを僕と小山田くんで「いいね!」って言ってただけだし。「これもいいけど、ひとつ前のヴァージョンの方が良かったかな」とかね。

砂原:そんなことないよ(笑)。

TT:でも“Drip Dry Eyes”を選んだのはこのふたりで、僕じゃないんですよ。僕が提案したら決まっちゃいそうだったからね。O/S/Tでいつか6曲くらい作ろうと思っていました。そのくらいの曲数でもクラフトワークの初期を考えればアルバムといえるかなと。そうやって話していたんですが、全然具体化していなかったんです。まりんは「小山田くんは歌わない方がいいね」って言っていたよね。

砂原:そっちの方が3人でやりやすいと思ったんだよね。毎回フィーチャリングで誰かに歌ってもらって、僕ら3人がバックでやるのを考えてた。

TT:最初は誰に歌ってもらうか決まっていなかったんですが、幸宏さんとLEO(今井)くんに歌ってもらう方向で考えていました。幸宏さんからLEOくんとゴンちゃん(ゴンドウトモヒコ)とO/S/Tの3人で何かやろうと言われた時点で、「あ、吸収合併されたな」って思いました。それで良かったと思います。

その6人になってから最初の音源は、小山田くんがサントラを担当した『攻殻機動隊ARISE border:4 Ghost Stands Alone』(14年)のED曲、“Split Spirit”ですよね?

TT:そうですね。あの頃は、まだ名義は高橋幸宏&METAFIVEだったかな。

そのときの音源制作のやりかたは、最初に小山田くんがラフなデモを作って、みんなで回して、最後に小山田くんと幸宏さんとLEOくんとゴンドウさんで歌入れをしたという流れだったと。

小山田:うん。そういう意味では、バンドというよりは、まだ僕のプロデュースっぽかったかな。僕が言い出しっぺだったしね。だから一応、自分でやんなきゃなと。

ライヴも何回かやって、バンドが温まってきたから、フル・アルバムを作ることになったのですか?

砂原:最初はライヴだけをやっていて、そこからじょじょに曲も出来上がっていくんです。最後にライヴをしたのが去年(14年)の11月で、科学未来館というところなんですが、そのときは演奏も良かったし、映像も良かった。ライヴを録音してもらったんですけど、その状態もすごく良かったんです。だから、このままじゃもったいないと言いつつ、そこから活動をしていなかったんですけど。

TT:それで、その後の2月にメシ会を開くんです。

砂原:そこで誰かがアルバムを作ることを決めたんだよね。でも誰がアルバムを作るって言い出したのか覚えてないんですよ。

TT:水面下で幸宏さんのマネージャーの長谷川さんが動いているという話は聞いてたから、幸宏さんがそう考えていそうだとは思っていました。(当初の名義は)高橋幸宏&METAFIVEだったけれど、そこで幸宏さんは自分をM&Aして、6人のバンドにした。だからMETAFIVEに関しては幸宏さんありき、なんですよね。

砂原:ライヴをやるにしてもレパートリーがほとんどなかったので、YMOのカヴァーからはじめたんですよ。だからそこで持ち曲がほしいなと思っていました。

小山田:あとはテイさんのソロで、幸宏さんが歌った流れもあったよね。“RADIO”(TOWA TEI with Yukihiro Takahashi & Tina Tamashiro、7thアルバム『LUCKY』収録/13年)とか。

TT:そうだ。幸宏さんが“RADIO”をやりたいって言ってくれたんだ。(幸宏さんは)自分のコンサートでこの曲はやらないから、小山田くんがギターを弾いてこのメンバーでやれたらいいなと。最初は僕のヴァージョンでやっていたけど、途中からはまりんのリミックスを土台にして、ゴンちゃんのアレンジ、小山田くんのギター、LEOくんの歌を入れたらだいぶ変わった。

小山田:“Turn Turn”とかはテイさんがやっていたりするから(※細野晴臣と高橋幸宏によるSketch Showが02年に発表した1stアルバム『AUDIO SPONGE』に収録されたオリジナル・ヴァージョンの編曲にテイトウワが参加、07年の『細野晴臣トリビュート・アルバム-Tribute to Haruomi Hosono』にコーネリアス+坂本龍一によるカヴァーを収録)、いろんな曲が混じっているなかでMETAFIVEへの伏線があったりする。

その後、まとめ役は幸宏さんからテイさんへ移ったとか?

TT:全然そんなことないですよ(笑)。2番目に年長というだけで、幸宏さんとやりとりすることもあります。(幸宏さんが)僕の家がある軽井沢にちょくちょく来て、いっしょにYMOのレコードを聴いたりするんです(笑)。

小山田:幸宏さん、YMO聴くの好きだよね。

砂原:昔は聴けなかったと思うんだけど、時間が経ったから大丈夫なのかな。

TT:いつもは家でターンテーブルを2台触ることってめったにないんですよ。でも、(YMOの)“Ballet/バレエ”をかけて、幸宏さんの曲をそこに繋いだりとかしてました(笑)。けっこう面白かったです。プロダクションに関しては、METAFIVEの推進力はまりんだと思いますね。

砂原:いやいや。みんなが推進力になっている部分もある。でもLEOくんの存在はけっこう大きいですね。やっぱり若いやつが先頭を走るというか。そこにみんなが引っ張られているのもあると思うんですよね。

TT:LEOくんはプロダクションもやるし、詞も書けるからね。


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小山田:みんな一度バンドをやってるから、嫌なこともわかってるしね。

砂原:バンドを辞めた連中の集まりですから(笑)。


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今作は楽曲が粒ぞろいだから、1枚のアルバムとして本当に楽しめるんです。サンプル盤を何度もリピートして聴いていますが、LEOくんと幸宏さんのツイン・ヴォーカルの融合具合がとにかく素晴らしいと思いました。

TT:その組み合わせがみんな好きなので、それも推進力になっているというか、あのふたりに歌ってもらえる演奏をしようとする。話が戻りますけど、O/S/Tをやっていてもそうなった気はしますけどね。

リリースに先駆けてスタジオ・ライヴの映像が公開された“Don’t Move”は今作のオープニング・ナンバーですが、あれを1曲目に置くとか、シングル代わりになる曲だというのは、最初から決まっていたのですか?

TT:最初に聴いたときは難解すぎると思った。曲が全部揃ったときに“Luv U Tokio”もリード曲の候補だったんだけど、バンドとしての面白さを表現しているのは、“Don’t Move”の方なんじゃないかなと。

聴いていると、なぜかパワー・ステーションを思い出すんですよ。

砂原:あっ! それ、また言われた。

小山田:よく言われるんだよね。

LEOくんのヴォーカルの節回しがロバート・パーマーっぽいと思って。サウンドもけっこう近い。パワー・ステーション(※a)はデュラン・デュラン×シック×ロバート・パーマーだから、そういう意味では彼らも「メタ」なバンドですね。

※a デュラン・デュランのベーシスト、ジョン・テイラーと同じくギタリストのアンディ・テイラーがヴォーカリスト/ソロ・アーティストのロバート・パーマーとシックのドラマー、トニー・トンプソンを誘って結成したスーパー・グループ。85年にシックのバーナード・エドワーズのプロデュースにより同名のアルバムを発表、シングル第1弾の“Some Like It Hot”とT・レックスのカヴァー“Get It On”が大ヒットした。

砂原:それね、僕らまったく意識してなかったんですよね(笑)。ドラムの響きが強くて、LEOくんの声がそんな感じで、ちょっとファンクっぽくて、ゴンちゃんのホーンも入って、それでかなりパワー・ステーションに似たんです。でもそれで良かったと思いますよ。

TT:うん、全然OK。幸宏さんのアイディアで“Don’t Move”が1曲目になったんですが、それで良かったな。いちばんエクストリームだし。かと言って、この曲だけではこのアルバム全体を表現できているわけではないですけどね。

2曲目の“Luv U Tokio”もすごくキャッチーですよね。

TT:これは……スナック狙いです(笑)。

ちょっとひねったダンサブルなラヴ・ソングというか。日本語詞と英語詞の混合で、曲間に女性の語りが入ったり、「Tokio」というロボ声がシャレで入ったり(笑)、いろんなフックがある曲だなと。今作は1曲ごとにリーダーを交代しながら作ったのですか?

TT:ひとり2曲がノルマでした。“Don’t Move”は小山田くんの発動、“Luv U Tokio”はまりんからだし。

最初にどんな投げかけをしたのか教えてもらえますか?

小山田:“Don’t Move”は、(『攻殻機動隊ARISE』のために)“Split Spirit”を作ったときに1回やってるんだけど、メンバーが多かったから、回したデモが戻ってきたときには、けっこう(トラックが)埋まっちゃったんだよね。あと、前は僕があらかじめ作りこんでいたから、自分の色が強すぎたような気がした。今回はもうちょっとバンドっぽくやりたいと思っていて、ベースとドラムとギターくらいしか入っていない薄めのトラックをみんなに回したんですよ。最初のトラックには上モノが入っていたんだけど、それをカットした状態で回しました。そこにテイさんとLEOくんがヴォーカル・ラインと上モノを考えてくれて、次にまりんがオーケストラを入れてくれて、ゴンちゃんがホーンを入れて、幸宏さんがドラムを入れて。だから戻ってきたものは、ひとりの顔が見えないものというか、全員の感じがすごく出たかな。

TT:小山田くんが最後にバッサリ切ったもんね。たしかに、そうしないと音数がちょっと多かった。次作があるかどうか未定だけど、制約の美学を課すのはありかなと思います。ひとり担当するのは2トラックまで、とかさ。

小山田:そうだね(笑)。まんべんなく全部のトラックに音が入ってる必要もないし。入っていてもバランスは良い方がいい。

TT:ひとり4つでやったら、4×6で24トラックだね。昔は24トラックとか48トラックで十分に(曲が)できていたじゃないですか? いま200トラックとか使うひといるもんね(笑)。

小山田:まぁ、1stアルバムだったし、とくに何も決めずにはじまったので、みんな濃いものを最初に出していた。だから、こういうアルバムになったんだけど。

TT:“Albore”は僕が発動の曲で、はじまりのサビのメロディは僕が作りました。オケも作ったんですけど、ハネていたところをまりんが修正して、僕が入れたシャッフルを外して、もうちょっとスクエアにして、ドラムの音も全部変えたんです。鳴っている雰囲気はそのままなんですけどね。バンドっぽいですよね。小山田くんのギターがそこに入ってきて、どんどん変わっていきました。明るい曲が暗くなったということはないんですけど、曲の骨組みは残ったまま、面白い形になっていったかな。

“Albore”は幸宏さんとLEOくんのダブル・ハーモニーからはじまって、YMOのフィーリングもありつつ、踊れるテクノというか。

TT:僕はそれをアルバムの冒頭にもってくるのもありかなと思ったんですよ。だけど、“Don't Move”ではじまるのも、それはそれでいいなと。

たしかに、あのふたりのハモりでアルバムがはじまると、「おおっ!」というインパクトがありますからね。

TT:でも僕が発動したんだから、本来なら仕上げも僕がやるべきだったんですけど、やらなかったです。まりんにまかせっぱなし。僕は育ての親。生むだけ生んで、1歳ぐらいから会っていない、みたいな(笑)。

砂原:テイさんのアルバムでも作業をやっているし、他人の曲をいじるのは日常的にやっているので、自然にやれたといいますかね。

TT:僕は返ってきたものにさらに自分で手を入れることもするんですが、今回はそれがあんまりなかったよね。返ってきたものが良かったら、こっちでエディットする必要もないもんね。

たしかに全員の色が混ざって、そこがしっくりきて……という意味では、実にバンドらしい作品ですよね。

砂原:最初はこの6人が集まっても、各々がちゃんと役割をもったバンドになるのかどうか不安でした。でもちゃんとなるもんなんだなと。

TT:そういう意味では、ひとりだけガツガツしているひとはいないよね。

砂原:年齢的にもよかったのかもしれないね。もうちょっと若かったらこうはいかなかったかもしれない。

小山田:みんな一度バンドをやってるから、嫌なこともわかってるしね。

砂原:バンドを辞めた連中の集まりですから(笑)。

フリッパーズ・ギターだって最初は5人組だったでしょう。それが最近忘れられがちじゃない?

小山田:僕も忘れがちなんだよね(笑)、最初は5人だったって。

LEOくんはソロでやりつつ、向井(秀徳)くんとKIMONOSをやっている。

TT:でも、彼はバンドは初めてだって言いはってるよね。

彼には若いだけじゃない勢いも感じました。

TT:若いだけじゃないですよ。それに、そんなに若くもないでしょ(笑)。

小山田:若すぎないっていうのもよかった。

フロントマンとして様になっているし、独特の存在感がある。日本語と英語の両方で詞を書けるし、スウェーデン語もできるんでしょう?

小山田:LEOくんはスウェーデンと日本のハーフ。お母さんがスウェーデン人で、“Luv U Tokio”で喋ってるのはLEOくんのお母さん。

あのナレーション、LEOくんのお母さんだったんだ! 

TT:僕はLEOくんと話してると英語圏のひとと話してる感じがするけどね。ふたりで英語で話すことも多い気がするな。

彼が書く詞にはヴィジターの視点を感じます。常に外から見ているというか、ストレンジャーっぽい感覚だなと。

TT:ちょっと日本語がユニークだよね。

砂原:特徴ありますよね。「これワタシ」みたいな。

小山田:一人称がワタシだもんね。

砂原:「LEOくん、これってこうだっけ?」って訊いたら、「うん……」みたいな(笑)。

METAFIVEはスター・プレイヤーが集まって結成した、言わばスーパー・グループではあるけれど、単に「顔」で集まっていない独自のバンドらしさを感じるんです。

TT:AKBですかね(笑)。

テイさんは“Albore”と“Radio”の2曲を主導された?

TT:そう。僕と小山田くんには“Radio”と“Split Spirit”があったので、お互いあと1曲でよかったからノルマが低かった。

砂原:シード枠みたいに途中からトーナメントに参加した感じだったよね(笑)。

小山田:その2曲は僕とテイさんの曲だけど、アルバム・ヴァージョンに関してはまりんに育ててもらった(笑)。

砂原さんが各曲の土台を作った?

砂原:いやいや、そんなことないですよ。みんなそれぞれ2曲ずつ出してますからね。

小山田:でもプロダクションに関してはまりんがやっていて、後半はマスタリングやミックスも中心的に担当してたよね。

砂原さんが主導した2曲というのは?

砂原:僕は“Luv U Tokio”と、後ろから2曲目の“Whiteout”ですね。

“Whiteout”はメランコリックなメロディとLEOくんの内省的な歌声が相性抜群で、心に残りますね。エレクトロニカとかテクノの要素も少し感じます。

砂原:何っぽいっていうのかな。ヒップホップっぽいところもあるし、ファンクなところもあるし。音はちょっと黒っぽいんだけど、上に乗ってる要素は白いかな。
 僕、最初はみんなが曲を出すのを見てたんですよ。それである程度見えてきたところで、足りないものを出そうと思ってたんです。“Luv U Tokio”はテイさんから「リード曲らしいものを作るように」っていう指令が出たんですよ(笑)。

TT:僕のノルマは終わっていたので、言うだけなら言えるなと(笑)。

砂原:それで比較的わかりやすいものを作りました。ある程度できたところでテイさんに聴かせて、テーマとかをどんどん言ってもらったかな。全体的に勢いのある曲が多かったので、“Whiteout”はちょっとクールダウンさせるために作りました。

これは砂原さんがメロディを作ってから、LEOくんに詞を書いてもらった?

砂原:そうですね。とりあえず「立ちくらみの曲を作りたい」っていうテーマだけ考えて。

歌詞カードなしに聴いていて、「〜shades of gray」っていうフレーズに引っかかって、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』と何か関係があるのかと思ったんだけど、ここで歌詞カードをさっと見たら、“Shed some light on your shades of grey”(灰色だらけに少し明かりを点す)と韻を踏んでいる。ライミングしただけで別にあのベストセラー小説や映画とは関係ないのかもしれないけど、フックとして洒落てるなって。

TT:今回はひとつこだわりがあって、歌詞カードに英語詞と対訳を全部(シンメトリーに配置して)載せてるんですよね。(英語詞と日本語詞のパートを)まったく反転させて、アートワークも黒と白だったり……本当は予算の関係で黒と白しか使えなかったりして(笑)。

小山田:コンセプチュアルな感じで白黒反転させて、日本語と英語が反転してる。

砂原:でも、最近対訳が載ってる作品はあんまりないよね? 日本企画版とかならありそうだけど。

TT:読み応えはありますね。まだ読んでないけど(笑)。

このサウンドにあのふたりのツイン・ヴォーカルが載るとなれば、いったい何を歌っているのか興味を引かれて、歌詞を知りたくなりますよ。

TT:アナログ盤だと歌詞(を載せるスリーヴ)がもっと大きいんで、そのときにじっくり歌詞を見ながら聴こうかなと思います。

このなかですごく苦労した曲ってありますか?

TT :うちらの活動に関しては、ものすごく悩んだっていうのはないかな。

砂原:メールで曲を投げたあとに「どうしようかな」って悩んでいても、一周して曲が戻ってくると解決されてることが多かったですね。

たしかにそこはバンドの強みですよね。

砂原:ひとりだと作業が止まっちゃうので……。

TT:それで10年くらい作業が止まってたんでしょう?

砂原:ははは(笑)。いまも止まってます(笑)。

ぼくは全曲好きなんですが、ラスト・ナンバーの“Threads”はこのバンドならではのエッセンスが凝縮された曲に聞こえます。メロディは幸宏節が炸裂してるし、全員のテイストが見事に融合してる。これを最後に聴くと気分が上がりますね。

砂原:“Threads”はもっと幸宏さんっぽかったけど、テイさんはけっこう手を入れましたよね。

TT:そうですね。暇だったから(笑)。ただ、幸宏さんはご自分でおっしゃっているけど、けっこう幸宏さんとゴンちゃんの曲って、(はじめから)でき上がっちゃってたんですよ。

砂原:そうですよね。余白があんまりない状態で回ってきたから。

TT:アレンジもできてたから、そのまま進めばいいんですよ。幸宏さん主導の“Threads”と“Anodyne”のドラムをまりんに整理してもらって、そこからもうちょっと足したり引いたりしたんだよね。

“Anodyne”の日本語のサビが歌謡曲っぽくて、おそらく幸宏さんが書いたフレーズだと思いますが、歌謡曲の全盛時代を通過しているひとならではのものを感じました。

砂原:最初はもっと歌謡曲っぽかったと思いますね。テイさんのシンセが入ったら、突然ジャパンっぽくなって、ニューウェイヴ感が強くなった(笑)。

間奏はフリューゲル・ホルンですよね。ギター・ソロは小山田くん?

小山田:あれはLEOくんだね。

その味付けもすごく面白い。サビは歌謡曲っぽいのにニューウェイヴなアレンジで、そこに宙を舞うようなフリューゲル・ホルンとうねりまくるギターのソロが入る――このハイブリッドなミックスは新鮮でした。

TT:なるほど……それは評論家ならではの視点で、渦中にいるときはそうは思っていなかったですね。曲はできてるから、何かを入れたり、何かを引いたりすることしか念頭になかった。ゴンちゃんの“Gravetrippin'"では小山田くんのギターが炸裂してる。

それを聴いて、コーネリアスがリミックスした、Gotyeの“Eyes Wide Open”っぽいと思った。リズムはスカっぽい性急なテンポで、わりとコーネリアス・テイストだなと。

砂原:ギターがかっこいいよね。

小山田:ゴンちゃんにしてはずいぶんロックっぽい曲だと思ったけどね。デモの段階で良かった。

各曲のデモを聴くと面白そうですね。デラックス・エディションで再発するときにはぜひ……。

TT:出さないです(笑)。

“W.G.S.F.”は誰の主導ですか?

TT:これもゴンちゃんですね。

これもコーネリアスっぽい変拍子のニューウェイヴだなと思いました。

小山田:ファンキーっていうよりも、8ビートっぽいのがゴンちゃんの曲には多いね。

TT:LEOくんとゴンちゃんの曲は、素質的にロックっぽい気がしたね。幸宏さんはポップスというか。

全体的にダンサブルなトラックが多くて、そこはテイさんの味なのかな、と推測していたんですが。

小山田:最初にまりんが「踊れる感じがいいね」って言ってたんだよね。

砂原:なぜかというと、ライヴ先攻のバンドだったんで、体が動くような曲の方がいいんじゃないかと。

TT:かといって、EDMみたいな感じじゃないでしょう?

そういう感じはしなかったですね。ダンスといってもタテノリではなく横揺れのグルーヴで、ファンクなノリがあって、そこにニューウェイヴとか、ときどきノー・ウェイヴやポスト・パンクの要素も感じたり。でもR&Bのテイストもあって、すごく好きな感じでした。METAFIVEみたいなコスモポリタンが作るハイブリッドな音楽を気に入るひとは人種を問わず世界中にたくさんいると思うし、海外のひとたちに聴かせて感想を聞いてみたいですね。

TT:僕らのなかでは、ダンサブルなものが通奏低音としてあった上でのバンドを描いていました。でも、かといってEDMじゃない。だからクラブ・ミュージックっていうのは意識してないかもね。だけどクラブでたまにバイトしてるんで(笑)、要素としては入ってるんです。僕は自分のDJのときにMETAFIVEをかけますよ。“Don't Move”もずいぶん前からかけてるし。

砂原:“Don't Move”をかけてるとき、僕は客席に行ってちゃんと音をチェックしてます(笑)。

“Don't Move”は、テイさんのセットではどういう役割ですか?

TT:4つ打ちなんだけどロック、みたいな。EDM聴くくらいならロックを聴いてた方が楽しいですよね。

砂原:あとファンク色は強いですよね。

TT:そうですね。ファンクはいつも好き。あとロキシー(・ミュージック)。ジャケットはロキシー感が出てると思う。

砂原:とにかく引用だらけなんだよね。

ジャケットの絵を描いた五木田(智央)くんには何かキーワードを投げかけましたか?

TT:(アルバムを作ってる)途中で“Don't Move”と“Luv U Tokio”を聴かせたんですよ。幸宏さんが五木田くんの絵をけっこう好きなんだよね。五木田くんは小山田くんとまりんと同い年で、彼の兄貴が僕と同い年。それもあって音楽的なボキャブラリーが合うんです。それで五木田くんにMETAFIVEの印象を聴いてみたら、LEOくんと幸宏さんの声がブライアン・フェリーとかデヴィッド・バーンっぽいと。僕らが好きなロックとかニューウェイヴの感じを、五木田くんも音で解釈してくれたんで、(デザインの)内容は何も話さなかったんですよ。それで完成した作品を聴かせたら、「ロキシーっぽいね」と。それでロキシーってジャケットにバンド名しか書いてないからMETAFIVEもバンド名だけで、書体も細い方がロキシーっぽさが出るんじゃないか、とか。そこは幸宏さんも同意見でした。

そもそもバンド名は、最初はMETAMORPHOSE FIVEで、それをテイさんが縮めてMETAFIVEになったそうですね。

TT:でも、いずれにしろバンド名はMETAMORPHOSE FIVEにはならなかったでしょう。長いし、同じ名前のイベントがあるし。幸宏さんはイベントの「METAMORPHOSE」を知らなかったんじゃないかな。途中からMETAでもいいんじゃないかという説もあったよね。最近はみんなMETAって呼んでるけど(笑)。僕は、五木田くんは7人目のメンバーだと思っていますけどね。これだけ理解してくれる絵描きはいないんじゃないかなと。五木田くんは自分で作っている音楽も面白いんですよ。めちゃくちゃ多重録音していて、昔はバンドをやってたみたいですね。まりんがマスタリングしてあげなよ(笑)。

砂原:曲を送ってください(笑)。

最後にハンコを押すみたいに、アートには名前を付けてやることが必要なんですね。

TT:でもやっぱし、カラオケでは“Luv U Tokio”がいいんじゃないんですかね。

その曲名もいいですよね。

TT:あれはずっと“Tokio 2000”って言ってたよね。それで、「オリンピック、ちょっとまずくね?」って話すようになって(笑)。

砂原:「泥舟だ。逃げろ!」っていう(笑)。

「オリンピックまで日本はもつのか……!?」っていう。

小山田:“Luv U Tokio”ってちょっと歌謡コーラス系じゃないですか?

ロス・プリモスの“ラブユー東京”が元ネタでしょ?(笑)

小山田:METAFIVEになる前はCOOLFIVEとかって呼んでたんだよね。いまはおっさんばっかりだから、なんとなく歌謡コーラス的な感じもいいかなと(笑)。

たしかに「歌謡曲」と言うよりも「歌謡コーラス」ってピンポイントで言った方が気分だね(笑)。でも、そういう意味では「ちょっと女っ気がないな」とは思いました。例えばテイさんは、ご自身の作品を作るとき、必ず華やかな女性の存在を意識してフィーチャーされていますよね。そういうフェミニンな、もしくはグラマーな要素は、今回は必要ではないと思われたのですか?

TT:僕が若いときに衝撃的だったことのひとつが、YMOのメンバーのなかにいる矢野(顕子)さんの存在だったんですよ。あと“Nice Age”とかサビを女のひとが歌ってて、メンバーじゃねぇじゃん!みたいな(驚きがあった)。そういうときに、もちろん幸宏さんの歌も好きなんだけど、その対称に女性の声があると。これはいま分析するとしての発想ですが、幸宏さんを立たせつつ、何かがあった方がいいな、と考えていたかもしれないです。実は“Luv U Tokio”のサビのところはヒューマン・リーグ(※英国シェフィールド出身のシンセポップ・バンド。結成当初はボウイ、ロキシーとジョルジオ・モロダーを掛け合わせたような実験的な電子音楽を志向していたが、リード・ヴォーカルのフィル・オーキー以外の主要メンバーが脱退してへヴン17を結成。残ったオーキーらはディスコでスカウトした音楽歴ゼロの女子2人をヴォーカル兼ダンサーとして加入させ、「エレクトリック・アバ」と評される大胆な路線変更を行い、80年代初頭のMTV揺籃期に全英・全米チャートNo.1を記録した“Don’ t You Want Me”などの大ヒットを放った)のイメージでした。LEOくんが歌っているパートは女性のイメージだったんですよ。そしたらまりんに「外注はやめましょう」って却下された(笑)。

砂原:メンバーが豊富なんで、身内でやりましょうと。

TT:でもLEOくんと幸宏さんとで成立したんで、結果的にはこれで良かった。間奏のところに「かわいい娘(の声を)入れようよ」って言ったんだけど、またまりんに却下された。そこで「身内がいい」って言うから、LEOくんのお母さんになったんだよね(笑)。

砂原:でもLEOくんのお母さん、すごく良かった。60年代の(外国の)万博のソノシートに入ってるようなノヴェルティ感がある。そしたら、昔、NHKで本当にアナウンサー的なことをやってたみたいだね。

TT:独占契約して他のバンドでやるなって言わないと(笑)。


[[SplitPage]]


TT:僕らはクラブでDJをしてるから、いまどういう音が流れているかも知ってるけど、そういう耳で聴いても古くさくない自負がありますね。

砂原:マーケティングをやるとしたら、スネークマンショーみたいなギャグっぽい音楽は、逆にやれるかもしれないんですけどね。


META
METAFIVE

ワーナーミュージック・ジャパン

Synth-PopElectro FunkYMO

Amazon

2作目を作ることになったら、女性ヴォーカルを入れるのもありかな、と思うんですけど、却下ですか?

砂原:そのときにならないと全然わからないですね。テイさんの“LUV PANDEMIC”っていう曲があるんですけど、ライヴでそういう曲をやるときは女の子に出てもらったりしましたよね。

TT:そうですね。この前、まだ21の水原佑果ちゃんに出てもらったんです。

砂原:ライヴの最後に女の子に出てきてもらうと、ちょっといいなっていうのはありますよね。

ヒューマン・リーグとまではいかなくても、音楽的には女性の声が入っている方がカラフルだし、そういうMETAもちょっと見てみたい気がしました。

TT:まりんも自分の曲で女のひとのヴォーカルを使ってるよね?

砂原:そうですね。踊りと歌は女性の方がいいって、僕は思っているんですよ。

TT:そこで幸宏さんとLEOくんっていうのはどういうこと?

砂原:ああ……ちょっとわかんないですね(笑)。

TT:でも、「Radio〜」って言っている女性の声は今回生かしている(※“RADIO [META Version]”にはTina Tamashiro & Ema のコーラスがフィーチャーされている)。

小山田:あとゴンちゃんの娘の声だよね。最初の「メタ!」ってやつ。

まったく野郎だけというわけじゃないんですね(笑)。今作を作ってみて、かなりの手応えがあったと思うのですが、今後どうしたいか、目標みたいなものはありますか?

TT:まずはワンマンだよね。ライヴをやってもレパートリーがなかったのが、このメンバーだからこそできる曲が十分にできたので、美味しいものがある関西では優先的にフェスに出て(笑)。それでみんなの反応を見て手応えを確かめてから、これから何をやるのかを決める感じじゃないですかね?

砂原:次の作品を考えるよりも、ライヴの準備をしなきゃとか。

小山田:それにみんなそれぞれ(の活動を)やってるからね。若者が集まってバンドでやったるぜ、みたいな感じでもないから。

海外リリースをして、一回くらいツアーをやると面白い反応が来る気がするんですが、テイさんは海外ツアーはNGですか?

TT:そんなことないですよ。いまはインターネットもあるし、どこへ行ってもラーメン・ブームだし。僕は90年代から海外ツアーをやってるけど、海外は昔とはだいぶ違いますよね。ヨーロッパの方がいいかな。昔、アメリカをツアーで2周したけどギヴ(・アップ)でしたね。

砂原:すべての食い物がバターの味みたいな(笑)。

TT:すべての味はバターを基調に、肉か魚を食べるみたいな。肉だけのときもありましたからね。

砂原:いまって、ツアーを周るっていうよりも、フェスを周るって感じじゃないですか? そこも昔と変わりましたよね。でも向こうの反応は聴いてみたいね。行く行かないは別として。

TT:いま海外ではあんまり盤って作らないですよね? 

これだけ英語詞がフィーチャーされている作品だし、海外向きだと思いますよ。

砂原:英語と日本語の区別に対する認識も、昔とは変わってきていると思うんです。とあるアメリカの女の子の曲を聴いていたんだけど、最初は英語なんだけど、途中から完全な日本語になるんだよね。それで調べてみたら、その子が昔は日本にいて英語も日本語も両方喋れるみたいなんですよ。途中で日本語になるのは本当にびっくりして、なんかもう(英語とか日本語とか)関係ないなと思いました(笑)。

TT:僕も最初のソロを出したときに、英語の曲をもっと入れろとか、インストが多いとか言われましたね。“Technova”とかリード曲なのに、なんでポルトガル語なんだ、とかね(笑)。考え方、古いなーと思った。

そういう意味では、世界がグローバル化したことで良くなったところもあって、異文化を昔ほど抵抗感なく受け入れて楽しむ土壌ができて来たのかもしれない。

砂原:“江南スタイル”とかって、ことばは関係ないじゃないですか?(笑)

最近の韓国は、日本よりも先に音楽の新しいスタイルを躊躇なく受け入れて発信もするからすごいですよね。

TT:10年前にアジアへ行ったときは、日本のものをマネしていた感じだったんです。でも数年前に韓国やインドネシアへ行ったら、韓国がデフォルトになっていた。和食屋へ行ってもKポップが流れているんですよ。それを見て中国人とかがキャーキャー言ってる。

ここ数年疑問に思っていることのひとつが、日本における「歌の上手さ」の基準がかつて自分が思っていた基準と変わってしまって、それこそ三代目(J Soul Brothers from EXILE TRIBE)とか、ああいう歌い方がデフォルトになっているような気がして。ヴォーカル・スクールの先生をやっているミュージシャンの友だちに訊いてみたら、それはKポップの影響大なんだと。ここ最近のアメリカのチャートでヒットしている曲によくあるヴォーカルの発声のスタイルを日本より先に韓流が消化して、それを日本が後追いで取り入れているという説を聞いて、なるほど……と納得したんです。

TT:日本より韓国の方がアメリカに近かったですよね。韓国語の発音の方が英語に近いっていうのもあるのかもしれないですね。

砂原:韓国の音圧感も、日本じゃなくて、アメリカとかヨーロッパの感じなんだよね。アメリカに近いかな。

TT:そのテリトリーを取られちゃった感じですね。ウチらには関係ないけど。

砂原:Kポップはエンターテイメント性が強いのかな。遊園地ぽいっていうか。

テイさんやコーネリアスとはまったくクロスしない感じですよね。

TT:まったくしないですね。

リミックスもコラボレーションもしていないし。マーケットに合わせて音楽を作るということを、METAFIVEのメンバーは誰もやって来なかったという共通項はありますね。

砂原:この前、“Don't Move”のビデオを見たときに、それがないから良いと思いましたね。それがないからこその勢いがあるのかなと。

TT:三代目とか、それ以外のEDMみたいなトレンドを気にしていないというか。

ロック魂やファンク魂を感じて、すごく清々しかったですね。

TT:僕らはクラブでDJをしてるから、いまどういう音が流れているかも知ってるけど、そういう耳で聴いても古くさくない自負がありますね。

砂原:そういうマーケティングをやるとしたら、スネークマンショーみたいなギャグっぽい音楽は、逆にやれるかもしれないんですけどね。

たしかにMETAFIVEでスネークマンショーみたいなギャグをフィーチャーした作品はありかもしれない。だれか尖ったひとたちと組んだMETAFIVE版『増殖』はぜひ聴いてみたいですね。……野田さん、何か補足したいことはありますか?

野田(以下、△)ちなみにテイさんから見て、どういうところで、このふたりとは気が合うと思いますか?

TT:同世代にあんまりいないんですよね。64年生まれって高野寛くんくらいしか合うひとがいなくて。ふたりは5つ下だけどたまたま共通言語が多いっていうだけのことです。

△それは趣味が合うということですか?

TT:趣味が合うかはわからないですけど。他の趣味とか全然知らないので。

砂原:テイさんの世代だと、まだ生で楽器をやっているひとが多かったですよね?

TT:ケンジ・ジャマー(鈴木賢司)さんとか?

小山田:あー。僕、中学生くらいのときに、学生服を着た天才ギタリスト少年って言われて登場したのを覚えてるな。

TT:あとはパードン木村さんとか。

△小山田くんやまりんはバンドに参加していたので、複数の人間で音楽をやっていた経験はありますけど、テイさんは基本的にソロでやっていますよね。そういう意味で、テイさんが誰かといっしょにやるのはどういう感じですか?

TT:このふたりも、ひとりでやっていて停滞してるんだろうなと思ったから、気楽にO/S/Tやんないかって10年前に持ちかけたんですよ。有言不実行でしたけど(笑)。

O/S/Tという名前だから、映画のサントラからはじめる手もあったかなと。

TT:依頼があれば、ですけど。それ、いいですね。

砂原:いまはMETAFIVEが子会社になりましたもんね(笑)。

映画部門もぜひ。

TT:いや、でも僕一回やったことあるんですけど、きつかったですね。何曲か決めていた劇伴とかあったけど。

砂原:僕もやったことあります。小山田くんもやってますよね。

TT:ひとつの作品を全部やるのってきつくない?

砂原:僕の場合は制作サイドが優しくていろいろ言うことを聞いてくれましたね。けっこうサントラって(音楽を)ぶつ切りにされちゃうじゃない? 「えー! こんな使い方するの!」みたいなことはなかったな。

TT:坂本(龍一)さんとご飯を食べていて、「サントラっていうのは、画を見て音がないともたないな……っていうところからはじめるんだ」と言われて、「あ、そうなんですね!」って(笑)。知らなかったからね。僕が音楽を担当した『大日本人』(松本人志監督/07年)はテーマ曲から作った。それはすっと通ったんですけど、他は松本人志さんがピンとこないってことで、大変でしたね。二度とやんないって思いましたけどね。

砂原:僕も音が必要なところに(音を付ける)っていう考えなんですけど、もっとわかりやすくストーリーを感じて音を付けるパターンが多い気がするんですよね。だから解釈がひとつしかない。それはつまんないというか、考える余地はあった方が面白いと思うんですけど。

TT:個人的には、音が少ない映画は好きなんですけどね。使うべきところにバシッと入っているのがいいですよね。車に乗っていてカーステからラジオが流れて、カットが変わったときにそれがラインになって原曲の実音が流れたりとか。そのくらいの感じが好きなんです。数年前の『ドライヴ』(ニコラス・ウィンディング・レフン監督/11年)はすごく上手いなと思いました。使っている音楽はテクノだけでしょう?

『ドライヴ』は映像がすごく80年代っぽかったですよね。

TT:音楽はフレンチ・テクノのひと(クリフ・マルティネス)の曲で、どうしてここで「ズデデデ、ズデデデ」って鳴るのかなって思うんだけど、カットが変わったときに「あ!」と思う。伏線的にイントロのシーケンスを弾いたりするのが良かった。

砂原:小山田くんが言ってたけど、最近の映画は効果音が適当というか。

小山田:僕がやったのはアニメで画面の情報が少ないでしょう? だから音楽の量がけっこうあるんだよね。あとバトル・シーンとか効果音が多いからさ(笑)。規模が大きい映画だから、まず音響監督さんがいて、音効さんがいて、それから音楽があって、っていう感じで、楽曲を必要な場面で入れるのもその音響監督さんがやるんだよね。だから、とりあえず素材をたくさんくださいと言われて、それでバンバンと素材になる音を出して、そのなかから監督が選ぶような感じだったから、あんまり自分で考えて音楽をやれたという感じでもないんですよ。いま教育番組(NHK『デザインあ』)の音楽をやっているんだけど、それに関しては、もうちょっと狭いプロダクションで、僕も入っていっしょにできている感じがあるんだけどね。

砂原さんがサントラを担当した作品というと、“神様のいうとおり”(いしわたり淳治&砂原良徳+やくしまるえつこ、TVアニメ『四畳半神話大系』主題歌/10年)ですか?

砂原:それはエンディング・テーマですね。サントラは韓国と日本の合作で妻夫木聡とハ・ジョンウが出ていた映画(『ノーボーイズ、ノークライ』キム・ヨンナム監督/09年)を担当しました。わりと自由にやらせてくれました。

TT:昨日『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』を2回観たんですけど、けっこうずっと音が鳴ってるんですよね。あれ、うるさかったですか?

ぼくはあれを観て、ジョン・ウィリアムズはさすがだな、と思いました。引き出しが広いし。

TT:僕も上手いと思うんですよ。足すだけじゃなくて引くことも上手だし。全部スコアの世界なんだけど、新しい登場人物のレイのテーマに、それまでの曲をアレンジしたものがミックスされていたりとか。2回見たので冷静に観察できたんですけど、とにかく自分には全く作れない世界だと思いました。教授のサントラの世界もすごいですけどね。いまディカプリオ主演の映画(『レヴェナント:蘇えりし者』アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督/16年1月全米公開)の音楽もやっているでしょう? けっこう重い感じの映画ですよね。そういうのじゃなくて、「音があってもなくてもいいから」という作品の依頼はO/S/Tへ(笑)。

例えばタルコフスキーの映画を観ると、劇中で使われる音楽よりも水の音が頭に残ったりするんです。「映画音楽」というものを音響的に捉えていて、そういう映画を初めて観たのでハッとさせられた記憶があります。武満徹もタルコフスキーが好きで、いちばん音楽的な映画作家だと評価していて、なるほどそういう見方もあるなと。

TT:(映画作家のなかには)音楽を効果的に使いたいという方もいると思うんですよね。音で(観客を)心理的に引っ張っていく劇伴的なアプローチと、逆に音を聴かせるだけじゃもたないから、そこで印象を付けるためには(既成の楽曲の)選曲でも可能というか。『大日本人』は全部自分で作らなきゃと思っていたけど、ヴィンセント・ギャロみたいにやってもよかったかな。

ギャロは選曲のセンスが絶妙ですよね。『ブラウン・バニー』(03年)のサントラも1曲目に60年代のTVドラマ『トワイライト・ゾーン』の劇中歌を持ってきたり、『バッファロー'66』(98年)ではイエスの隠れた名曲を持ってきたりとか。

TT :それで自分で作った曲もむちゃくちゃ良かったりするじゃないですか? ああいうのはいいですね。ということは、ハリウッド映画じゃないってことですね(笑)。

砂原:ハリウッド系は大変そうだよね。

△でも、DJカルチャーではハリウッドへ行ったひとが多いよ。デヴィッド・ホームズとかさ。あとはフレンチ・ハウスのカシアスとか。

砂原:そうか! カシアスは昔からよくできてたから、そうなるのはわかる気がする。

小山田:ダニー・エルフマン(※ロサンゼルスのニューウェイヴ・バンド、オインゴ・ボインゴの元リーダー。80年代から映画音楽を多数手がけ、特にティム・バートン監督との名コンビで知られる)とか。

エルフマンのポジションはちょうどいい按配じゃない? 仕事するときのスタンスは小山田くんに似てるかもね。ティム・バートンの他にもハリウッド大作からインディペンデント映画まで作品本位で手がけていて、アカデミー賞作曲賞ノミネートの常連だし。ダニー・エルフマンってキム・ゴードンの高校時代の彼氏なんだって。キム・ゴードンの自伝を読んでいたらそう書いてあってびっくりした。それって意外だよね。

小山田:そうなんだ。あの自伝買ったけど、まだ読んでないんだよね。

△インタヴューを始める前に、小山田くんが『スター・ウォーズ』より『未知との遭遇』派だというのを聞いて、すごく意外でしたね(笑)。だってコーネリアスのイメージって、絶対に『スター・ウォーズ』じゃないですか?

TT:そうなの?

小山田:僕は『未知との遭遇』です。

※ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』第1作(「エピソード4/新たなる希望」)とスティーヴン・スピルバーグ監督の『未知との遭遇』はいずれも77年に全米公開、78年に日本公開という同時期に上映され、SF 映画ブームを巻き起こした。

音楽的には『未知との遭遇』のテーマの、あのリフの方が耳に残るよね。

小山田:♪タララララ〜。僕、ライヴで絶対にあのフレーズ弾くんだよね。

砂原:弾いてたよね(笑)。でも『FANTASMA』の頃のコーネリアスだと、ちょっと『スター・ウォーズ』っぽい感じはあったかもね。

TT:まりん、『スター・ウォーズ』ひとつも観てないくせに(笑)。

……という感じで話は尽きませんが(笑)、最後にあらためて、お三方から見たヴォーカリストとしての幸宏さんとLEOくんについて、見解を聞かせてください。

TT:さっき言ったことと同じになりますけど、もしもO/S/Tでアルバムを作っていたとしても、LEOくんと幸宏さんは最高のヴォーカリストだと思うので、吸収合併されて良かったなということですかね。

砂原:テイさんがよく言っているんですけど、自分のヴォーカリストのデフォルトは幸宏さんの声だと。僕もYMOで幸宏さんの声を聴いていたので、そういう感覚に近いですね。

TT:「Tokio」って言ってたのは教授だけどね(笑)。

砂原:LEOくんはバンドをはじめるときのミーティングで出会ったんですけど、彼がMETAFIVEをやっていくうえでキーになるような気がしていました。最初はなんで彼を呼んだのかわからなかったんですけど、KIMONOSは知っていたので、その「わからなさ」に何かあるなと。

小山田:幸宏さんとバンド(高橋幸宏 with In Phase)をやっていたジェームズ・イハの代役で入ってきたんだよね。ユニヴァーサルで幸宏さんを担当していたひとがレオくんも担当していたという縁もあるし。

TT:ギターもキーボードも打ち込みもできて歌も歌えるから、自分に近い存在っていうことも、幸宏さんにはわかってたんだよね。だから僕らに紹介しようと思ったのかな。

砂原:“Whiteout”の歌詞を書いてもらったときも、僕は何となく「立ちくらみ」っていう情報を伝えただけだったのに、彼の解釈がすごく良かった。

TT:僕もタイトルは“Albore”って伝えただけ。夜明けに作ったということもあるし、バンドをはじめることも新しい夜明けだという気がするとか、最近は音楽にしか夢はないよね、っていう話を飲み屋で散々したので。それでできた詞を見たら、すごくポエティックだった。(テーマやイメージを)具体的に良いことばにする才能がある。

小山田くんは?

小山田:幸宏さんとLEOくんがちょうど最年長と最年少で、共通している部分も感じているし。さっきブライアン・フェリーとデヴィッド・バーンって言ったけど、両方ともブライアン・イーノが関わっている感じで(笑)。

TT:あとディーヴォもイーノだよね(※78年の1stアルバム『Q:Are We Not Men? A:We Are Devo!(頽廃的美学論)』のプロデュースをイーノが手がけた)。“Don't Move”の大サビみたいなところはディーヴォっぽく歌って、って言ってたんだけどね。

小山田:ちょっとマーク・マザーズボー(※ディーヴォのオリジナル・メンバー。ウェス・アンダーソン監督作品など映画音楽も多数手がける)が入ってる感じ。そういうイメージで僕は作ったから。

砂原:幸宏さんとLEOくんは声の混ざり方もいいし、コントラストもあるし。

小山田:静と動の混じり具合が絶妙だなって。これだけ良い素材だったら、何をやってもそこそこ良い料理が作れそうだなっていう。

まさに理想のツイン・ヴォーカルという感じがしますね。

TT:親子であってもおかしくない年齢ですよね。それでふたりともブリティッシュ・アクセントがベースにあるんですよね。幸宏さんの師匠がピーター・バラカンさんだから。そのうえでアメリカン・アクセントもいける。

小山田:LEOくんもずっとイギリス育ちだもんね。

TT:でも僕の曲で、「これはワタシ、どっちで歌えばいいですか?」って訊いてくれる。アメリカンか、それともブリティッシュ・アクセントか、って(笑)。

たしかにアルバムの全曲で、ふたりのヴォーカルの独特の混ざり方やコントラストが鮮やかに栄えているのが、成功の第一の要因だと思います。

TT:みんながふたりのツイン・ヴォーカルが好きだから、結局全曲歌ものになったっていうことですからね。それは想定していなかったでしょう?

砂原:それはすごい成果でしたね。そういう決まりを作ったわけじゃないんですよ。

そういえばゴンドウさんの役割はどんな感じでしたか?

砂原:ゴンちゃんはホーンとかスパイス的なアレンジをやってくれるし、プロダクションもできる。だから僕は悩んだときはゴンちゃんに相談してました。

TT:あと、幸宏さんはなくてはならない存在というか。幸宏さんって最初にプロダクションありきの音楽を作るひとのハシリじゃないですか? その頃ってマニピュレーターがいたんですよね。いつの間にか自分たちでやるようになって、シンセを買ったらプリセットが1000個とか入っていて。でも幸宏さんは、その分オールド・スタイルを貫きたいと思っている。自分で詞を考えたいし、衣装も考えたいし、ライヴの選曲も考えたい……そういうオールマイティなタイプなんですよ。幸宏さんだけ自宅スタジオがないじゃん? あれは美学なんだよね。家にはドラムもシンセも何もないっていう。アール・デコの鏡とかはまだあるらしいよ(笑)。

小山田:そういえば幸宏さんの家、行ったことあるな。あの時計、まだあったよ。

TT:だから、僕が軽井沢の自宅でレコードとシンセとターン・テーブルを置いて、DJをだーっとやってるのを「だせえな」って思ってるはず(笑)。

そんなわけないですよ(笑)。でも「ダンディとは美学を生きた宗教のように高める者」というボードレールの定義に従えば、ダンディという称号が似合う日本のミュージシャンは、加藤和彦さん亡きいまとなっては幸宏さんが最後かもしれない、という気もします。
METAFIVEは、パーマネントなバンドとしてのポテンシャルに計り知れないものがあるので、これからの展開次第では大化けして、予想を超える飛躍を見せてくれる予感もあってワクワクしているんです。ディーヴォが『In The Beginning Was The End:The Truth About De-Evolution』(76年/チャック・スタットラー監督)みたいなショート・フィルムを作ったように、METAFIVEならではの映像作品も作ってもらえると嬉しいですね。

interview with Mystery Jets - ele-king


Mystery Jets
Curve Of The Earth

Caroline / ホステス

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 ミステリー・ジェッツというこのロンドンのバンドのことは、「テムズ・ビート」という呼称とセットで記憶している方が多いにちがいない。彼らの最初のアルバム『メイキング・デンス(Making Dens)』がリリースされてからもう10年にもなろうとしているが、テムズ・ビートこそは、人々が「ヨウガクの国内盤」を普通に買っていた最後の時代を華やがせたバズ・ワードのひとつであり、彼らのアルバムはそこに象徴的な彩りを与えるものでもあった。そういった呼び名はメディア主導のカテゴライズに過ぎず、本人たちにそれを牽引するというようなつもりもなかったと言われるかもしれないけれど、そこに前後してモッズのやんちゃにアイリッシュ・フォークの牧歌性、UKトラッドを何度めかの新鮮さで甦らせたバンドがいくつも矢継ぎ早に見つけだされたことはたしかで、少しエキセントリックな佇まいの中にサイケの系譜ものぞかせたミステリー・ジェッツもまた、ロックをリヴァイヴァルとしてしか知らない2000年代の耳に共感と興奮を与えてくれた。ほかにもその頃は「ニューレイヴ」とか「ニュー・エキセントリック」とか、UKのロックは元気だったし、そうした言葉を泡沫のように生み出し伝えるメディアも元気だったことが、ひとかたまりで思い出される。

 そこで、つづいてリリースされたエロール・アルカンのプロデュースになるセカンド『トゥエンティ・ワン』(2008)までは聴いて、あとはどうなったか知らない、という方も正直なところいらっしゃるのではないだろうか。あのときはただ時代の息吹を聴き、祭を楽しんでいたのであって、とくにミステリー・ジェッツそのものを聴いていたのではなかった、というような──ポップ・ミュージックのそれもまたダイナミックでおもしろいところだから、その酷薄な享受のしかたを責めないでいただきたいと思うが、しかしそうであればこそ、ほとんどが一時で姿を消していったそれらバンド群において、後々もリリースをつづけて10年にもなろうというミステリー・ジェッツには、「何かがあった」ということになる。時が移り、状況が変わり、騒がしい情報に影響されることもなく聴いた『カーヴ・オブ・ジ・アース』は、優しく懐かしかった。当時が懐かしいというのではなくて、もっと普遍的な、親しく温かみのある感覚。地球のモチーフにしたジャケットにスケール感のある冒頭曲“テロメア”からは気宇壮大なテーマを、また『ホール・アース・カタログ』をコンセプトに据えスチュアート・ブランドとの対話が下敷きにあったというエピソードからはサブ・カルチャーと未来についてのヴィジョンの提示があるのかと先走って想像してしまうが、“ボンベイ・ブルー”から先こそがこのアルバムだと言いたい。それはここで語られているように、むしろ若き日の父、若き先人たちのイノセンスへの共感というべきパーソナルでかつ普遍的な感覚に端を発し、そのために多くのひとの感情に優しく響く音になっているように思われる。
 この「普遍」というところへと、彼らは一枚ごとにバンドとして全力を傾けるべきテーマを掲げながら、こつこつと進んできたのではないか。ウィリアム・リースの言葉からさらに推量れば、それは時代から自由になって、内側から出てくる自分たちの記憶やルーツが自然と溶けだしたようなものなのかもしれない。リヴァイヴァルやリファレンスという「わざわざ」の意図なくそれはUKのポップスであり、穏やかで優美な、薄曇りのサイケデリック・ロックだ。“サタナイン”が美しい。
 昨年11月の〈ホステス・クラブ・ウィークエンダー〉明け、質問に答えてくれたのはウィリアム・リースとカピル・トレヴェディだ。

ミステリー・ジェッツ / Mystery Jets
2004年にブレイン・ハリソン、ウィリアム・リース、カイ・フィッシュ、カピル・トレヴェディが結成した4人編成バンド。2006年にファースト・アルバム『メイキング・デンス』をリリースし、「テムズ・ビート」の象徴として世界的な評価を浴びる。セカンド『トゥエンティ・ワン』につづき、2010年には名門〈ラフ・トレード〉移籍後初となるサード『セロトニン』を発表。2012年にオリジナル・メンバーであるカイが脱退するも通算4作めとなる『ラッドランズ』を作り上げ、2015年には新メンバー、ジャック・フラナガンを迎え入れ5枚めのニュー・アルバム『カーヴ・オブ・ジ・アース』を完成させた。

過去を研究することがいちばん大きかったと思う。それにはロンドンに戻らなければならなかったんだよ。(ウィリアム・リース)

今作の背景にはアメリカーナの研究があるということですが、どんなものを聴いていらっしゃいました? あるいは、それは音楽にかぎらない探求だったのでしょうか?

ウィリアム・リース(以下ウィリアム):今回のアルバムにはあまりそういうところはないかもしれないな。

そうなのですか? それはごめんなさい。では、前作のお話をうかがっても?

ウィリアム:あのときはすごく新鮮な体験だった。テキサスに行って、スタジオをつくって、音楽を生んで、レコーディングする──それは僕たちがずっとやりたかったことなんだ。夢でもあった。とくにアメリカ大陸から生まれてきた音楽を愛してきた身としては、すごくやりたかったことなんだよ。でも、この作品にはその痕跡はあるかもしれないけど、具体的にどんな影響があるかというと、明確には言えないな。音楽的な影響というよりは、もっと本質的な意味で、その体験を経たことによって今作では過去を振り返らなければならないということに気づいたんだ。それで、若い頃に聴いていた音楽をたくさん聴き返して、ロンドンに戻って、かつてそれを聴いていた場所でもういちど音楽をつくってみた。……そうだね、過去を研究することがいちばん大きかったと思う。それにはロンドンに戻らなければならなかったんだよ。

なるほど。アメリカというものにぶつかって、あらためて見えてきた英国について教えてください。

ウィリアム:そういうふうに自分で考えたことはなかったけど、たしかに感じられるものはあったような気がする。おもしろいもので、アメリカ文化という、自分とはぜんぜんちがうものに触れて──「これじゃない」というものに触れて、はじめて人は自分を意識できるのかもしれないね。そういうところはあったかもしれない。ただ、作品について言えば、“『ラッドランズ(Radlands)』パート2”をつくることはできなかった。それに自分たち自身をそのまま表す作品にしなきゃいけないということはわかっていた。『ラッドランズ』は架空のキャラクターを設定して生まれた作品だったけど、今回はもっとパーソナルな作品だ。それがイギリス的かどうかということになると自分にはわからないし、そこはもう自分にとっては重要なことではないんだ。
 むしろ、それはファースト(『メイキング・デンズ(Making Dens)』)でやったことかもしれない。あれは、曲名からしてもものすごくイギリスっぽいものだったと思うよ。シド・バレットだったりキンクスだったり、自分たちの好きなアーティストたちを意識していたし、自分たちもその系譜に並びたいと思っていたんだ。でもいまは「国」というレベルではないところで自分たちのアイデンティティを持ちたいと考えているかな。もちろん、聴いてくれた人がこの作品をイギリス的だと思ってくれたとするなら、それはどんなとこなんだろう? って興味深いよ。

いまは「国」というレベルではないところで自分たちのアイデンティティを持ちたいと考えているかな。(ウィリアム)

カピル・トレヴェディ(以下カピル):どこでレコーディングをしてどういうことをやるかというのは、ひとつ前の作品の反動も大きいよね。3作めのときは、とても大きくて洗練されたスタジオで録ったから、次はアメリカの田舎の家をスタジオにしてみようと思ったし、そうするとその次(今作)はもういちどロンドン──自分たちが育ったところでやってみようということになる。それが自分たちにとっての新しいチャレンジってことだよね。

なるほど、よくわかりました。「テムズ川のほとりの小屋で録音された」と聞くと、どうしてもつい原点や精神的な拠り所を求めての録音だったのかなと想像してしまって。必ずしもそういうわけではないんですね。

ウィリアム:ロンドンという意味でのルーツではなくて、もっとパーソナルなルーツに戻るべきだと思った、ということかな。この10年間、自分たちがバンドでやってきたこと、それから人間として変化してきたこと──恋愛だったり人との関係だったりね──を振り返らなければならない時期だったのかもしれない。実際にバンドもひとつのチャプターが終わって次の分かれ道に突き当たったようなところがあって、そういう意味でもいったんホームに戻るということが重要だったんだ。
 もっと現実的なことを言えば、家族や友だち、ロンドンに戻っていっしょにいなきゃいけない人たちもいた。そんな事情もありながら、そういうことも全部が曲に反映されていったのは不思議なものだよね。パーソナルだというのはそういうことかな。

『ホール・アース・カタログ』っていうのは、あの時代にはたしかに生きていたイノセンスや楽観性を表現しようとしたものだと思うんだ

ええ、なるほど。一方で資料などを拝見すると今回はスチュアート・ブランドとの対話やコミュニケーションが今作の大きなインスピレーションになっているという紹介もあります。そのあたりはどんなことがきっかけで、どのようなやりとりになったのでしょうか?

ウィリアム:今日はいくつものメディアから『ホール・アース・カタログ』についての質問を受けたんだ。そのたびに新しく答えを発見するような気がする。いま思ったのは、やっぱり『ホール・アース・カタログ』っていうのは、あの時代にはたしかに生きていたイノセンスや楽観性を表現しようとしたものだと思うんだ──60年代という時代の持っていた、ね? 僕たちのパーソナルな視点から言えば、かつてブレイン(・ハリソン)のお父さんのヘンリーもバンドのメンバーだったんだけど、彼は『ホール・アース・カタログ』をリアルタイムで知って感じていた人間なんだよ。だから僕たちにとっては過去といまがつながるような感動があったかな。当時の若い男の人たちはそのオプティミズムやイノセンスを表現していたわけだけど、それはかたちは異なれど僕たちも表現していることなんだ。本質は同じなんだよ。それに『ホール・アース・カタログ』はインターネットの先駆けみたいなものでもある。インターネットにおいてもっともポジティヴな部分は人をつなごうとするところ、点と点をつないでコミュニケーションを生むところだよね。それは過去といまがつながるということでもあるし、ヘンリーと僕らがつながるというパーソナルなことでもある。

その「イノセンス」や「楽観性」というのは、本来、音楽がもっともたやすく体現しうるものでもあると思うんですね。でも世の中が複雑きわまりなくなっていくものだから、いまの音楽はますます多大な情報量を含みこんで表現しなければいけなくなっているようにも思われます。そういう、一種息苦しい状況の中で、音楽が提案できるものが何かという、その答えが今作にあると考えていいですか?

カピル:まず、オプティミスティックなものがいちばん強く聴こえるのは、それがちゃんと意識されたものである場合だと思う。実際に絶好調なときにオプティミスティックな曲を書くよりも、たとえばすごく苦しい状況にあったりしても──自分の楽観的な部分が脅かされるような状況であってもなお楽観的であろうとするときに、その表現は強いものになるんだ。

まず、オプティミスティックなものがいちばん強く聴こえるのは、それがちゃんと意識されたものである場合だと思う。(カピル・トレヴェディ)

ウィリアム:たとえばいまパリはテロを受けて大変な状況を迎えているよね(取材は2015年11月に行われた)。そんなときに、ただバカみたいに楽観性を振りかざして曲を生むことなんてできないと思う。だからこの作品もオプティミスティックに聴こえたとしても現実的なことを表現しているつもりなんだ。曲というのはひとつのプロセスであって、そこで提示してあるものは自分たちの苦しかったり不安だったりする経験でもあるんだけど、それにただ打ちひしがれてしまうのではないという部分を表現したいというか──どうやってそれを赦すか、とか、どうやってそれと折り合いをつけるか、それでも前に進むにはどうしたらいいか、とかね。
 ビートルズとかキンクスの曲を聴くと、いまの時代にはないナイーヴさみたいなものを感じる。僕はその時代を生きたわけじゃないからわからないけれども、そういうことにはちゃんと理由があったはずだし、何かいまとはちがう明るさみたいなものもあったんだと思うんだ。ただ、いまという時代はいろんなところであまりにいろんなことが起きているけれども、そこにちゃんとした原因や理由みたいなものが見出しにくいというか。なんでそうなったのか? そうしたことがごちゃごちゃになってグレーに見える。いまの音楽にはそのエッジが表れていると思うし、自分たちの作品にもそれは表れているんじゃないかと思うよ。ある意味で、明るいだけではなくてビタースウィートなものにね。今作はそういう意味でのオプティミズムを持っていたかもしれない。

ビートルズとかキンクスの曲を聴くと、いまの時代にはないナイーヴさみたいなものを感じる。(ウィリアム)

60年代という時代が抱いていた理想と、いまの時代が抱けるものとの差のなかで、楽観性ということのポジティヴな意味を考えているわけですよね。……すごく思索的なバンドなんだなあとあらためて驚いているのですが、でもあえてお訊ねすると、そういうことへの回答を音楽で行う必要はないじゃないですか? きっとキャリアを重ねていくなかで取り組むテーマや音楽観も大きくなっているのではないかと思うのですが、そのなかでいま自分たちの目指すべき音楽のかたちをどんなふうに考えていますか?

ウィリアム:それはなかなか答えにくいな。音楽はある明確な何かを表現しようと思ってつくるものじゃないからね。それは自分が生きてきたことの結果として生まれるもので、たしかにタイトルなりコンセプトなりがついてひとつの製品として作品ができあがっているように見えるかもしれないけど、音楽そのものはそれそのものだけを表現している──極端に言えば、曲のほうからやってくるものなんだ。だからこそ、生まれてきたときはぜんぜん複雑なものではないし、実際に複雑にも聴こえないと思う。つくるのにものすごく努力したり考えたりはするけどね。それをインスピレーションと呼ぶ人もいるけれど、曲をこれだというかたちにするのはコンセプトじゃないんだよ。

DUBKASM - ele-king

 ブリストルを拠点に活動するDJストライダとディジステップによるレゲエ/ダブのデュオ、ダブカズムが2月に来日ツアーを行う。2013年に発表された“ヴィクトリー”は、ダブ界の重鎮ジャー・シャカやダブステップのパイオニア、マーラにもプレイされ、多くの人々に愛されるアンセムとなった。去年リリースされたマーラによるリミックス・バージョンも、発売後すぐにソールド・アウトになるほどの人気ぶりだ。

Victory - Dubkasm (Mala Remix)

 世界各地域において独自のシーンを持つサウンドシステム文化において、グローバルな広がりはもちろんのこと、現地のミュージシャン同士の繋がりを見るだけでも心が踊るものだ。テクノ・シーンでも評価される〈リヴィティ・サウンド〉のペヴァラリスト、ダブステップやグライムのシーンで活躍するカーン&ニーク、スミス&マイティとして多くのクラシックを生み出したロブ・スミス。日本でも馴染み深い彼らは、各々が少しずつ異なったフィールドに身を置いているものの、ブリストルというひとつの街のなかで実に有機的な関係性を築いている。

 そのなかで重要な役割を果たしているのがダブカズムのふたりだ。ブリストルにみずからのスタジオを構え、自分たちのプロダクションに専念するだけではなく、他のプロデューサーたちとも積極的にコラボレーションを続ける彼らは、ブリストルのハートのような存在なのかもしれない。2014年に発表された“マイ・ミュージック”の音楽とビデオで描かれるのは、ブリストル、ひいては他の街のミュージシャンたちとダブカズムの繋がりだ。テクノロジーの発達により、個人作業の可能性がどこまで拡張される現在。そんな時代においても、素晴らしい音楽は人々が交差する「場所」からやってくることを、彼らは思い出させてくれる。

 ツアーは2月5日からはじまり、東京、京都、福岡、相模原、札幌の5都市をダブカズムが巡る。東京公演ではロブ・スミスことRSDもプレイする予定だ。近くの会場でブリストルのハートを心して聴こう。

'My Music' - Dubkasm meets Solo Banton (Feat. Buggsy)

Dubkasm( from Bristol, UK)

DJ StrydaとDigistepは、15才の頃に地元ブリストルで体験したJah Shakaのセッションで人生を変えられ、サウンドシステム文化に没入していく。以降、20年以上に渡りトラック制作/ライヴ&DJ/ラジオ番組などでシーンに関わり続けている。そのトラックはJah Shaka、Aba Shantiらのセッションでも常連で、昨年リリースの「Victory」はここ日本でもアンセムと化している。09年に発表したアルバム『Tranform I』は高い評価を受け、全編を地元の盟友ダブステッパーたちがリミックスしたアルバムも大きな話題となった。最近ではMalaやPinch、Gorgon Soundらとの交流も盛んで、ダブをキーにした幅広いシーンから厚い信頼を獲得している。2016年2月、BS0の第2弾として待望の初来日を果たす。


interview with Jehnny(SAVAGES) - ele-king


Savage
Adore Life

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 勇敢なるサヴェージズのセカンド・アルバム『アドーア・ライフ』が出る。4人の女性によるこのバンドは、全員見た目も黒でビシッと決まって格好良く、グラマラスで、いまでもロックが娯楽以上の大きな意味を持つ音楽だと思っている、という点において説得力を持っているバンドのひとつだ。彼女たちはときに好戦的で、ストイックで、そして音楽には強く訴えるものがある。何を?
 ロックの歌詞というのは、通常、言ってる内容と、見ている視点のあり方との関係によって評価される。そう、こいつはどの位置から物事を見ているのか(ブレイディみかこなら、地ベタ)。スリーフォード・モッズのみすぼらしさは、彼らの見ている場所、視点のありかを表している。つまり、パブで飲んだくれているうだつの上がらない老若男女を受け入れているし、彼らはきっとわずか1行で社会を描写できる。あるいは、ディアハンターは、社会のアウトサイダーの気持ちをいまでもすくい上げる役割を果たしている。ブラッドフォード・コックスが芸能界入りすることもなければ、社会に馴染めないはぐれ者たちとの親近感を失うことはないだろう。それはかつてロックと呼ばれた音楽の大前提だ。
 そこへいくとサヴェージズはどうだろう。彼女たちの音楽は本当にシンプルだ。難しいことをやっているわけではないし、ある意味、基本に戻っているとも言える。いわゆる大衆音楽と呼ばれるものとは一線を画していた頃の、ロックが耳障りの良い“ソフト”に転向する前の、あるいはパンクの時代の、攻撃的でやかましくハードだった頃のロック。ぼくが思い出したのは、ひとつ挙げると、パティ・スミスのセカンド・アルバムだった。
 だが、サヴェージズの歌詞に物語や文学性はない。ただ実直に言いたいことを簡潔に言っているように思えるし、今回のアルバムで、曲調がパティ・スミスっぽいと感じてしまった“ADORE”という曲も言葉は直球で、意訳すれば、いくら人生で暗いことがおきても、なんだかんだと「私は人生が愛おしい、人生を敬愛している」と繰り返される。
 新作は“愛”のアルバムである。
 それでは以下、ジェニー・べス(Vo)への電話取材の模様をどうぞ。

サヴェージズは決して政治的なことを取り扱うバンドじゃない。よく、人間は環境の……社会や政治的環境の産物だ、みたいな言われ方をするけれど、私は案外、人間性が先にあって環境や社会や政治が生まれていくんじゃないか、って思ったり。私が自然体で歌っていることが私を取り巻く環境や、ひいてはもっと大きな社会的な環境になっていく……ってことになるんじゃないかしら

まずはインタヴュアーからの感想ですが、「重たくて美しいアルバム」とのこと。重たい、というのは、聴き応えがある、という意味で、つまりはすぐには理解しきれないかもしれないし、もしかしたらカジュアルには楽しめないタイプのアルバムなのかもしれない……。

ジェニー:わぉ。まず、美しい、というのは、ありがとう。そして、ただ美しいんじゃなくて重たい、というのも嬉しい。悪い意味の重たさじゃなくて、前向きにいろいろと考えたことが詰まっているという意味での重たさは、たしかにあるかも。でも、すごく自由に楽しんで作れたアルバムなのよ。別に思いつめて重たくなっちゃったわけじゃない(笑)。今回、レコーディング中もそれぞれのパートをバラバラに取り組んでいたから、みんな、やりたいことをとことん追求できたのよね。それは私の歌や歌詞にも言えることなんで、うん、思い切りやれたアルバムなのはたしかよ。

その結果、愛が題材になったんですか。

ジェニー:結果的に、ね。

それがいまのあなたの書きたいことだった?

ジェニー:そういうことになるわね。うん、そうだと思う。というか、前から自分の中にはあった題材だけど、最初のアルバムでは書くのをあえて避けていたんで。あの時はバンドとして他に表明しておくべきことがいっぱいある気がしていたから、ラヴ・ソングを書くよりは、自分たちがこういうバンドなんだ! ってことを訴えるような、こういうバンドがいまもここに存在しているんだ! って叫ぶような曲に専念していたの。それを経て、今回はまた違った面を見せたいと思った、っていうのはあるかも。意識してラヴ・ソングをフィーチャーしたつもりはないんだけど。

それは、あなた個人の変化でもあり、バンドの変化でもあり……

ジェニー:うん、そういうこと。愛って普遍的なテーマだから、常にそこにあるわ。何も、このアルバムに向けて急に書き始めたわけじゃない。ただ、自信とか経験とか、制作中の自由な雰囲気とかに後押しされて解放されたテーマってことだと思う。

最近のヨーロッパの社会的・政治的な空気を見ていると、もしかすると「愛」といっても個人的なものではなく、もっと大きな「愛」なのかなとも思えるのですが。

ジェニー:パーソナルでもあり、ソーシャルでもあり、でもポリティカルではないわね。サヴェージズは決して政治的なことを取り扱うバンドじゃない。ただ、思うんだけど、人間と社会や政治の関係って、どっちが先なのかな。よく、人間は環境の……社会や政治的環境の産物だ、みたいな言われ方をするけれど、私は案外、人間性が先にあって環境や社会や政治が生まれていくんじゃないか、って思ったり。それでいくと、私は決して社会や政治で起こっていることを歌にはしないけど、逆に私が自然体で歌っていることが私を取り巻く環境や、ひいてはもっと大きな社会的な環境になっていく……ってことになるんじゃないかしら。わかる? 人間……っていうか、アーティストはとくにそうだと思うんだけど、まわりから影響される部分は当然あるにしろ、あくまで発信は自分、なのよね。少なくとも私が、自分の感覚や感情よりも周囲の状況のことを優先して書くことはあり得ない。アーティストとしての私は自分が環境なんだと思う。

あぁ、なんか素敵な表現。

ジェニー:あはは。

すごく内側を見つめる作業。

ジェニー:そう。

前作に比べると、怒りはおさまっているような印象も受けます。

ジェニー:あぁ、たしかに剥きだしには怒っていないかも。でも、まったく怒っていないわけじゃないわ。腹の立つことが無くなったわけじゃないから(笑)。でも、なんかこう、怒りも咀嚼できるようになった、ってことなのかな。

世の中には、1st アルバムの頃以上に怒りが満ちているようにも感じますが。

ジェニー:たしかに。でも、それをそのまんま映し出すのが私たちではない、というのがさっきの話なわけ。ね?

世の中に愛が足りないから愛の歌を、というわけではない(笑)。

ジェニー:違う、違う(笑)。

例えば“Adore”という曲も愛を歌っていて、いままでのサヴェージズとはちょっと路線の違うエモーションを感じるという声もあります。ジャンルでいったらソウル・ミュージックのような。

ジェニー:わぉ。それ、私は褒め言葉として受け取っておくわ。

バラードでこそないけれど。

ジェニー:うん。わかる。セクシー、かも(笑)。ソウル・ミュージックって、私にはそういうイメージ。私はヒップホップ的な音の作り方が大好きだから、そういう音楽もよく聴いてはいるわ。サヴェージズがそうやって音を作ることはないけど、ドラマーのフェイが音楽性豊かなドラマーだっていうのが私達の強みになってると思う。リズムを刻むだけじゃなくて、曲の感情を伝えてくれるのよね、彼女のドラミングは。

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スリーフォード・モッズは大好きよ。共演もしたし。ディスマランドで共演したの。えぇと、あれは……バンクシーか! バンクシーのディスマランドで一緒にやったわ。


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このアルバムの雰囲気を「スピリチュアル」と表現したら当たってますか?

ジェニー:あぁ……うん、そうね、ラヴというよりはソウルだし、それよりもスピリットかもね。あとセクシャリティ。これは前から言っていることだけど、セクシャリティは私にとって最大のテーマでもある。セックスって本当の自分でいられる、一番安心できる場所なのよ、私にとっては。それをすごく感じさせてくれる展示会が去年、パリであって…えぇと……あ~、名前を忘れちゃった(苦笑)、フランス人の女性アーティストの作品群だったんだけど、あんなふうに自分のセクシャリティを表現できるというのは素敵だなぁと思って。なんなんだろう、表立って語ることをタブー視されるエリアだけど…、いや、だから、なのかな、私が取り組んでみたいと思うのは。つまり、そこまで解放されて初めて真に自由になれると思っている、というか。セックスは安心できる場所。Sex is safe!……って、なんか力説しちゃったけど(笑)。

(笑)、スピリットと同義語なのかどうか、私にはよくわからないけど。

ジェニー:スピリチュアルであることが高尚でセクシャリティが低俗、みたいな分け方は絶対に違う。

うん……。

ジェニー:解放、という点では同義語なんじゃないかな。

つまり、愛を歌うようになったことも含めて、このアルバムには解放されたサヴェージズがいる、と。

ジェニー:そういう言い方はできるわね。別に、前のアルバムで私たちが制約されていた、というわけではないけど、気持ちの上でもミュージシャンシップ的にも色んなことができる余裕ができたんだと思う。

歌詞の上でも?

ジェニー:うん、さっきも言ったように、今回はパート毎に作業だったから、早くやらなくちゃ、とか、メンバーを待たせてるから、とかいう心配をすることもなく、自分のやることにじっくり専念することができたの。私の出番は最後だから、みんなが作ってきたものを聴いてかなり驚かされたわ。わぁ、こんなことができるんだ、みんな! って。刺激されて私の歌もより思い切った表現になった、というのはありそう。詞はいつも書き溜めているものの中から曲に相応しいのを選んで仕上げていったんだけど、ファーストの頃よりもお互いのことがよくわかって、遠慮のない仲になっているから気持ち良く歌えた歌詞もあると思う。

バンド内からの刺激。

ジェニー:そういうこと。

外からの刺激、ということでは、その展示会や、他に何かありましたか。

ジェニー:本はよく読むわ。とくにギタリストのジェマ・トンプソンとは、面白い本を読むと郵便で送って交換したりしてる。この前はふたりでゲーテの『ファウスト』にはまって……というか、その前に映画版にはまったんだけど(笑)、原作は16世紀……だっけ?(編注:ファウストが実在したのは16世紀で、ゲーテが書いたのは19世紀) 映画はロシア制作で、ちょっと前のやつ。知ってる? あれを観ちゃったの(笑)。すごく美しい映像だけど、うわぁ、勘弁して……っていう場面もいくつかあって、観て良かったような、観たくなかったような……

それこそ美しくて重たい、という感じでしょうか。

ジェニー:そう、そう! それで思い出したけど、あの映画のラストシーンを観ながら思ったのよ、これは自分たちのアルバムで表現してみたい世界観だ、って。いままで忘れてたくらいだから、そのまま実践したとはとても言えないけど(笑)、でも、どこか深層心理に残っていたのかも。

ゲーテの『ファウスト』ですよね。

ジェニー:そう、ドイツのヒーロー(笑)。

アルバムを締めくくる“This is What You Get”、“Mechanics”あたりの曲は痛みを伴いますね。こういう終わり方にしたかった理由があるんでしょうか?

ジェニー:“Mechanics”は、ある意味、未来に目を向けている曲よ。少なくとも私はそう思ってる。愛というものを……そうね、愛の可能性、というか……、この愛を本当に自由にしてあげた場合、将来的にどういうものになるか、という可能性を歌っているつもり。恋に落ちるにしても、恋から落ちこぼれるにしても、何の縛りもなく自由に、心のままに身を任せていたらどうなるか……という、うん、だから、いまはまだここにないもの、存在していないものを歌っている。わかる(笑)? 想像の世界、ってことね。だからこそ、あの曲でレコードの幕を下ろすことが重要だったの。未来に向けて開かれた扉、という意味で。

あぁ、なるほど。そこまで読み取れるか、は英語力も関わってくるかな……。

ジェニー:あはは、でも、それはフランス人が相手でも同じよ。ただ。サヴェージズの曲は言葉を理解しなくても伝わるものがあると私は思ってる。音楽そのものやサウンドが、何かしら意味を伝えてるはずだから。あるいは意味の感覚、というか…、だから、歌詞で私が言おうとしている意味そのものじゃなくてもいいの。どの曲も……必ずしも歌詞に書かれている意味で捉えてくれなくてもかまわないし、その人の感覚で楽しんでもらえるのがいちばんいい。それが可能な曲であることがだいじだと思ってる。

時間が迫ってきたので、最後にシンプルな質問をいくつか。まず、あなたはブラッドフォード・コックスが好きですよね。

ジェニー:うん! 大好き!

では、スリーフォード・モッズは?

ジェニー:あははっ! 大好きよ。共演もしたし。ディスマランドで共演したの。えぇと、あれは……バンクシーか! バンクシーのディスマランドで一緒にやったわ。

次に、あなたが思わず口ずさみたくなるようなポップ・ソング、メロディのある曲、というと何でしょうか。

ジェニー:う~ん……新しいので?

新しくても古くても、どこの国のものでも。

ジェニー:わあ……いっくらでもあるんだけど、ちょっと待ってね、コレっていうのを考えてみるから……

OK。

ジェニー:そうだなぁ、ポップ・アーティストってことでいうとマイケル・ジャクソンが私の子供の頃の一番好きなアーティストで、10代の頃は本当にマイケル・ジャクソンに入れ込んでたから、彼の曲が思い浮かぶんだけど……、あ、そういえば、実はビヨンセのこの前のレコードがけっこう気に入ってるのよね、私。

へえ……。

ジェニー:かなり衝撃だったわ、自分がビヨンセのレコードを気に入るなんて(笑)。

(笑)

ジェニー:あはは。でも、たぶんプロダクションなのよね、私が惹かれたのは。曲そのものっていうよりも、一部の曲の音の作り方とか響きとか……、あと、けっこうアンダーグラウンドまで掘って音を作ってる感じはすごくいいと思った。あ! 新しいところでは FKAツイッグスはすごく好き。彼女は存在がポップ・アーティスト! って感じがする。ヘンだけど、そこがいいのよね。ポップなのに極端にヘン。そういうの、私は大好きなの。メインストリームだと、そんなところかなあ……って、全然ポップ・ソングじゃないし、歌えないわね(笑)。

interview with Courtney Barnett - ele-king


Courtney Barnett
Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit

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 いや、すいません、申し訳ないっす、web ele-kingのレヴュー原稿もたまにしか書けないほど、昨年ぼくは本作りに時間を費やしていまして、このコートニー・バーネットの取材なんか10月31日ですよ。前日にリキッドルームでライヴがあって、その翌日土曜日の朝11時、と手帳に書いてある。
 周知のように、彼女のデビュー・アルバム『サムタイムス・アイ・シット・アンド・シンク、サムタイムス・アイ・ジャスト・シット(ときに座って考えて、そしてまさに座る』は、時代のトレンドとはまるっきり離れているのに関わらず、たくさんのメディアが2015年の年間ベスト・アルバムの1枚に選んでいる(もちろん紙エレキングでも選んだ)。最近ではグラミー賞の新最優秀新人賞にもノミネートされて、アルバムの評価の高さをあらためて印象づけている。

 ロックはスーパースターとともに終わるのではない。簡潔にまとめてみよう。彼女の音楽にはふたつの点において素晴らしい。ギター・ロック音楽としてのソングライティングのうまさ、もうひとつは言葉の素晴らしさだ。
 彼女の歌には、昔ならボブ・ディランやヴェルヴェッツの曲で歌われるような魅惑的な人物が登場し、わずか1行の言葉でしょーもない人生の切ないものを言い表す。だいたい、どの曲のどの歌詞のどの部分でもそうなのだ。アルバムのなかに、なにか特別なトピックがあるわけではない。だが、彼女の曲で描かれる日常のすべての瞬間は,とても大事なものになる。物語があり、わずか言葉の密度は濃く、具象的でありながら、多数の人間の思いを集めてしまう。

 ロック/ショー・ビジネスの世界の最悪なところは、成功すると一般社会ではありえないほど過保護な扱いをうけることにある。まあ、売れもしないのに過保護にされているロック・ミュージシャンも少なくはないよな。で、さて、彼女への取材だが、初来日で大盛り上がりだったライヴの翌日、しかも午前中だし、場所は観光客で賑わう渋谷だし、ああ、眠たいだろうなぁ、機嫌が悪かったら嫌だなぁ……などと案じていたのだけれど、これがまた、ステージで見た彼女と同じように虚勢をはることもなく、コートニー・バーネットは実にさっぱりとした顔で、渋谷の喫茶店にぼくらよりも先に着いていたのです。
 ライヴも良かったし、取材に駆けつけたぼくと小原がますます彼女のファンになったことは言うまでもない。

昔から男女関係とか車について歌ってるようなポップ・ミュージックには全然興味なかった。自分が好きなミュージシャンはもっと深いところに響くものを歌っているように思えたし、私はそういう歌に考えさせられてきた。それが正しい理解であるかどうかは抜きにしてね。

さっぱりとした表情で安心しました。あなたはツアー中で、ライヴの翌日で、しかもこんな早くの取材だから疲れているかなと思ってちょっと心配していたんです。

コートニー・バネット(Courtney Barnett、以下CB):ははは(笑)。ちょっと早かったけど全然大丈夫。

ライヴをやって、3時くらいまで飲んで、そして朝早くに取材を受ける方もいるので(笑)。

CB:前だったら飲んできてたかもね(笑)。

体は強い方なんですか?

CB:この2年間はずっとツアーをしてたから、体力と精神的な面の自分の限界がわかったというか。必要なときはゆっくり休むようにしてるかな。

昨日のライヴもすごくよかったんですけど、このアルバム(『Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I just Sit』)は2015年聴いたなかでも大好きなアルバムなんです。まず、このタイトルとジャケットがすごくいいですよね。あなたの音楽はグルーヴィーで踊れる音楽でもあると思うんですが、それとは対照的に「座って考えて」というタイトルで、ジャケットには椅子の絵が描かれています。

CB:このアルバムの多く毎日つけている日記にインスピレーションも受けてるんだけど、そういうのを書いてるときって日常についてじっくり考えることができる。だから私の日常を反映した内容になっていると思うな。それから、なんていうかなぁ。自分と向き合って作ったから、瞑想的な感じ(笑)? そういうフィーリングが強いかも。曲を書くときは集中するために都会を出て、田舎へ行ったりすることもあるな。私のライヴはエネルギッシュだけど、それとは反対に歌ってること内省的だったりする。こんな感じで、私はそういう対象的なものが混在しているのが好き。

あなたが音楽に夢中になった理由を教えてもらえますか?

CB:音楽にハマったのは10歳のときで、そのときから私はギターをはじめた。そういうピュアなときって、取り憑かれたように練習するでしょ? だから弾き方もどんどん上手くなっていって、曲を覚えるのが単純に楽しかった。それから曲を書くようになるんだけど、それが自分のコミュニケーション手段になると気づけたのは大きかったと思う。普段は言葉で言えない気持ちとか考えを音楽なら伝えられるわけだもん。時間が経つにつれて、自分の歌から何かを感じ取ってくれるひとも増えてきて、これって超ポジティヴなことだなって気づいた。えと、ちゃんと説明できてるかわからないけど(笑)。

10歳のとき、最初はアコースティック・ギター?

CB:うん。はじめは家族の知り合いがアコギを貸してくれたんだけど、ボロくてチューニングがすぐズレちゃうやつだった(笑)。でも私は本気で練習したかったから、親に頼んで新しいのを誕生日に買ってもらったのよ。

いまのポップ・ミュージックって、シンセであったりとか、エレクトロニクスが入っているのがほとんどです。しかし、昨日のライヴやアルバムも、あなたは昔ながらのギター・サウンドに拘っています。それはなぜですか?

CB:昔、実家で親がクラシックとかジャズを聴いていて、私はニール・ヤングとかを聴いてた。だから、あんまりエレクトロ系とかメジャーなポップ・ソングにハマったことがないのよね。だからそれは関係あるんじゃないかな。あと楽器が少ない生な音とライヴ感があるものが大好き。そういう音楽には曲を作ったひとのエネルギーが込められているような感じがしない? そこにはスタジオを歩く足音が聞こえてきそうな臨場感があるからすっごくワクワクする。

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ポップ・ミュージックが人気である時間ってほんの一瞬だし、そこにはお金と広告がすごく絡んでる。それとは反対に、自分にいまでも響く音楽は年代を問わずにつねに新しく聴こえる。だから、ロックや本物の音楽はいまでも時間を超越することができるんじゃないのかな。


Courtney Barnett
Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit

Marathon Artists/トラフィック

Indie Rock

Amazon

目標にしていたミュージシャンは誰ですか?

CB:うーん、自分が小さかったときにお兄ちゃんがジミ・ヘンドリクス(注:本来ならロックの最初のスーパースターになるべく男だったが、人種的偏見がそれを阻んだとも言われる)とかニルヴァーナとか聴かせてくれたな。私、左利きでギターも左なんだけど、彼らもそうだからインスパイアされたのかも(笑)。PJハーヴェイやパティ・スミス、トーキング・ヘッズ、テレヴィジョン……、絞りきれないけどそういう人たちがお気に入りよ。

小原(カメラマン)はニルヴァーナだと言って、僕はヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ローデッド』みたいなアルバムだと思ったんですけど、どっちの感想が言われて嬉しいですか?

CB:へー、そうなんだ(笑)。うーん、両方かな。私はいろんなタイプの音楽に影響を受けてきたから、ヴェルヴェッツもグランジも好き。自分の音楽にはそのふたつの要素が入っているんじゃないかな。そうやって聴いてくれるひとによって、違う要素を見つけてくれるのは楽しいし、すごく嬉しい。

言葉を喋るような歌い方はどこから来ているんですか?

CB:自分で曲を作りはじめたとき、ギターを弾きながら自分の日記を読み上げてメロディをつけてたんだけど、そのときに自分のスタイルができたと思う。それに私は自分のことをいいシンガーだと思ってなかったから、歌と喋りの中間っていう歌い方はすごく心地よかった(笑)。そうすれば緊張もしないし、自分の言いいたいこともはっきりと言えたのは大きかったな。

おしゃべり好きだったから、ああいう歌い方になったのか、あるいは喋れないんだけどギターを持つと喋れるようになるのか、どっちなんでしょうか?

CB:うーん……。私はそんなに喋る方じゃないかなぁ。すくなくとも普段はね(笑)。子どものときに私があまりにも喋らないものだから、親がすごく心配してたのを覚えてる(笑)。でも自分の内側に思いはあったから、それをアウトプットする方法として音楽が私にはあるって感じかな。

ちなみに理想とする歌詞は誰のものですか?

CB:うーん、答えられないかも。それぞれにいいものがあるからな……。

じゃあもしカヴァーをやるとしたら誰を選びますか?

CB:レモンヘッズとかはカヴァーしたことある。うーん、その質問の答えもすぐには思い浮かばないな(笑)。

ギタリストとしてインスパイアーされたアーティストはいるんですか?

CB:さっきも出てきたけど、ジミ・ヘンドリクスだと思う。サウンド的にはニール・ヤング&クレイジー・ホースが好き。最近だとスティーヴン・マルクマスとか。

ピックを使わずに指でずっと弾いてきたんですか?

CB:うん、ずっとそうやって弾いてきた。弾き語りをはじめたときから、あんまりピックの音が好きじゃなくってね。あとピックよりも指で弾いた方がリズムにもノりやすかった。

子どもの頃になりたかったものって、ほかに何かありましたか?

CB:いろいろあったな(笑)。当時から音楽に興味があったけど、漫画家になりたかったし、動物が好きだから動物園でも働いてみたかった。あとプロのテニス選手(笑)。

えー。では、あなたの生まれ育った場所を比喩的な言葉を使って説明してもらえますか?

CB:生まれたのはタスマニアで、育ったのはシドニー。具体的でもいい? ビーチやサーフィンが有名で、私が子どもだったときは、水辺や茂みをみんなで走り回ってた。

なんか、すごくのびのびとした少女時代を過ごしてるじゃないですか! さっきあなたが挙げたロック・ミュージシャンたちは、心のどこかに屈折感があるでしょ?

CB:そういえばそうかもね。でも私の家はすごくハッピーだった(笑)。

ではあなたは、あなたの好きな音楽のどういうところに共感を覚えるんですか? あるいは彼らの何があなたに突き刺さったんでしょうか?

CB:小さいときに歌詞の内容を完ぺきに理解していたわけじゃなくて、音楽から伝わってくるエネルギーに惹かれたというかな……。自分が歌詞を書くようになってから聴き方も変わってきたから、どう影響を受けてきたのかは断定できない。でもたしかなのは、昔から男女関係とか車について歌ってるようなポップ・ミュージックには全然興味なかった。自分が好きなミュージシャンはもっと深いところに響くものを歌っているように思えたし、私はそういう歌に考えさせられてきた。それが正しい理解であるかどうかは抜きにしてね。

その影響がこのジャケットに描かれている椅子に象徴されるようなことなんでしょうかね。

CB:タイトルとジャケットにそれが反映されているのは間違いないよね。それから、時間をかけて物事を別の角度から観察してみることのメタファーに、そのふたつはなっているつもり。

では最後の質問です。ロックにはそれなりの歴史があって、いろいろな偉大なミュージシャンや多くの傑作が生まれてきました。いまこの時代でもしロックという音楽が機能するとしたら、どのような機能があると思いますか? いまでも往年のクラシック・ロックは人気がありますが、あなたのような新しい世代のロックは過去の名盤よりも軽視されがちなところがあるように思ういますので。

CB:そうだなぁ……。機能というか、音楽のよさっていうものは、それがどう良いのかによって判断されるべきでしょう? クラシック・アルバムには人気のものもあるし、忘れ去られるものがあるし、出てから10年後に人気になるものもある。そういう音楽、つまり本物の音楽って、いまのポップ・ミュージックと比べることはできないものだと思う。だっていまのポップ・ミュージックが人気である時間ってほんの一瞬だし、そこにはお金と広告がすごく絡んでる。それとは反対に、自分にいまでも響く音楽は年代を問わずにつねに新しく聴こえる。だから、軽くてつまんないポップと違って、ロックや本物の音楽はいまでも時間を超越することができるんじゃないのかな。

Millie & Andrea - ele-king

  現代のエレクトリック・ミュージックを代表するレーベルのひとつ、UKの〈モダン・ラヴ〉に所属するアンディ・ストットとデムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカーによるプロジェクト、ミリー&アンドレアの来日公演が決定した。
2014年のアルバム『ドロップ・ザ・ヴァウェルズ』はインダストリアルかつ、ふたりのジャングルのバックグラウンドもかいま見える傑作。そのリリース後にアンディとデムダイクは来日ツアーも行ったものの、ミリー&アンドレアとしてステージに上がることはなかった。
この約2年の間にも数々のリリースでシーンを沸かせてきたふたりが、今回の来日でどのようなライヴ・セットを披露するのかに期待しよう。東京公演にはヤジとハルカによるツイン・ピークスや、国内でのライヴは久しぶりのエナ、独自のテクノ/ノイズ観を探求するコバらが出演。

root & branch presents UBIK
Millie & Andrea

日程:2016年2月26日金曜日
会場:東京 代官山 UNIT
時間:Open/ Start 23:30
出演:
Millie & Andrea (Modern Love, UK) Live
Twin Peaks (Future Terror, Black Smoker) 3 Hours Set
ENA (7even, Samurai Horo) Live
Koba (form.)
料金:¥3,500 (Advance) 1.23 sat on SALE!!
Information: 03-5459-8630 (UNIT)
https://www.unit-tokyo.com/
Ticket Outlets:
PIA (287-002), LAWSON (70967), e+ (eplus.jp), diskunion CLUB MUSIC SHOP (渋谷, 新宿, 下北沢), diskunion 吉祥寺, TECHNIQUE, JET SET TOKYO, DISC SHOP ZERO, clubberia, RA Japan, UNIT

【Millie & Andrea 大阪公演】
日程:2016年2月27日土曜日
会場:大阪 心斎橋 CIRCUS
出演:Millie & Andrea (Modren Love, UK)
more acts to be announced!!
時間:Open/ Start 23:00
料金:¥2,500 (Advance), ¥3,000 (Door)
Information: 06-6241-3822 (CIRCUS)
Ticket: https://peatix.com/event/141308


Millie & Andrea (Modern Love, UK)


2008年に結成されたMILLIE & ANDREAは、MODERN LOVE傘下のヴァイナル・レーベルDAPHNEからハンドメイド仕様ヴァイナルを2008年から2010年の間にゲリラ的に限定リリースして、カルトな話題を集めた。作品をリリースする度にその評価を拡大させ続けているANDY STOTTは、2014年11月にリリースした『Faith In Strangers』でポスト・インダストリアル・ブームを凌駕する充実度と多面性を以て圧倒的存在感を示した。MILES WHITTAKERは、DEMDIKE STAREで幽玄的なインダストリアル・サウンドの美学を追究、多くのリスナー層に訴求するその普遍性を兼ね備えた作品は世界中で賞賛されている。2014年初頭、500枚限定ヴァイナルでリリースされ即日完売となった最新ベースサウンド~トラップに挑んだ作品「Stage 2」で更なる注目を集めた。同年4月には満を持してアルバム『Drop The Vowels』をリリースした。制作に2年の歳月を掛けたこのアルバムは、彼等の飽くなきビートの追求が結実した傑作として、ダブ~ミニマル~ベースミュージック~インダストリアルを通過した孤高のストリート・ベース・サウンドの金字塔として大きな話題となった。多忙な個々の活動の為、中々実現しなかったMILLIE & ANDREAとしての超レアなライヴ・セット、お見逃しのない様に!

ENA (7even, Samurai Horo)

Drum & Bassから派生した独自な音楽の評価が高く、ジャンルを問わないTop DJからのサポートを受け、Resident AdvisorのPodcastに自身の曲を中心としたMixを提供。多数のレーベルからリリースを重ねると同時に、楽曲のクオリティの高さからミキシング/マスタリングの評価も高く、様々な作品にエンジニアリングでも参加。7even Recordings, Samurai Horoなどヨーロッパを中心に多数の作品をリリース。
https://ena-1.flavors.me/

Twin Peaks (Future Terror, Black Smoker)

Black Smoker RecordsのYaziとFuture TerrorのHarukaの友情に基づいたコンビ。様々な手法、機材を導入したそのセットはDJとライブのハイブリッド。それぞれの音楽的な背景を活かしてはいるが、どちらのDJともかけ離れた世界観を提示。

Koba (form.)

線の細いキック、マシンノイズが混じったハードウェア産ベースライン、硬質なハイハット、ダブルアクションのスネア。徹底したマテリアルの配置と、その裏側から大きくうねり次第に厚みを増していくグルーヴに抱き合わせた「緊張感」と「高揚感」を投げ込むDJ / Producer。「温度」に固執した楽曲の選定は、ミニマルミュージックの根底に在る「変化に伴うリズムの層と層の浮き沈み」を簡潔に提示し、そこにオリジナルの素材を組み込む事で確立するサウンドTechno / Dubの解釈を広義に着地させる。2010年より、音楽行為において「演奏」に到達するまでの着想を様々な媒体でコミュニケートする極建設的DJレーベル「form. (フォーム)」を展開。翌2011年には、レーベル初のリリースとなるMIX CD「Thought to Describe」を発表。自身のダブプロダクトを再認識する為のライブレコーディングをコンポジットした。現在は「form.」の企画・運営と、「SOLISTA」にてレジデントDJを勤める。
www.soundcloud.com/koba-form

A Guide For The Catastrophist - ele-king

『カタストロフィスト』のかたわらに - ele-king

 10年、いや15年前まではマニアックな音盤を手に入れるなら、幸運を祈るか大枚をはたくしかなかった。発掘音源であれ再発であれ、純粋な新作であっても、極端にリスナーのすくない音盤はリリースされた瞬間から残部僅少で、しかるべき筋にあたるか足で稼ぐしかない。電子音楽や実験音楽、アングラなジャズ、ロック、異形のポップ、カルトスターたちの奇盤、珍盤、廃盤、海賊盤はよくないけども、売り切れは彼らとの永遠の別れを意味し、買おうにも刷り部数が3桁以内なら、プレス工場から好事家の棚に直行するようなものであり、あとはディーラーとコレクターの独壇場、ビギナーにとっては焼け野原である。音楽が骨董あつかいされることへの呪いにちかい批判は本稿後半でおこなうとして、そのまえに、私は本媒体がたちあがって日もあさいころだから、4、5数年前になるが、コラムでフルクサスについて連続して書いたとき、次はヘンリー・フリントかワルテル・マルケッティにしよと思った。思ったまま、放置してしまったのはひとえに私の不徳のいたすところだが、そもそもそう考えたのは、彼らはこの手のひとにしては比較的まとまった数の作品があったからである。

「2004年2月26日、63歳のヴァイオリニストで、作曲家、哲学者、作家のヘンリー・フリントが珍しくラジオ番組に出演した。それは、ラジオ番組の司会者で、詩人、そしてオンライン・アーカイヴのサイトUbuWebの創設者のケニー・G(スムースジャズのスターではない方の)——本名ケネス・ゴールドスミス——のゲスト出演者としてだった」

 デイヴィッド・グラブスは著書『レコードは風景をだいなしにする ジョン・ケージと録音物たち』の「はじめに」「序章」につづく第1章「ラジオから流れるヘンリー・フリント」をこのように書きおこす。本文はつづけて、この放送を聞き逃したとしても、ご心配にはおよびません。というのも、番組の音源はそこで流した曲のリストとともにUbuWebに3時間におよぶMP3ファイルとしてアップしてあるからだ、とつづく。グラブスにしたがってUbuWebのフリントのページを開くと、いちばん下に番組の音源がのこっており、クリックすると老境にさしかかったフリントの声がいまも聴ける、いつでも聴ける。来年でも再来年も、再来年のつぎをどういうかは知らないが、そこでも、UbuWebが存在し、全面的なコンテンツの見直しでもないかぎり未来永劫聴くことができる。

 つくづくいい時代になった。私だけでなくだれもがそう思うにちがいない。喫茶店や会議室で、ウィットに富んだ会話を交わしながら知らない名称やトピックをPCやスマホで検索する輩にはなおのことそうだろう。もっとも、ひとがしゃべっているときに画面を見るのはおよしなさい。
 ところがこれには注意が必要だ。あなたのいま聴いているフリントのインタヴュー音源はすでに十年前の出来事イベントなのである。
 グラブスは録音物が宿命的に帯びる反復聴取とそこに積もる時間の経過、交換可能な商品としての録音物、それと録音の差異、ひいては音を録る行為そのもの、フィジカルからデジタルにいたるメディア(媒体)の変遷史およびそれが録音物にあたえた(る)影響を、彼のはじめての本で丹念にたどっていく。伴奏者はジョン・ケージ。ケージをめぐる本は地球上に無数にあるが、彼の音楽が内在的に必然的にはらむ問題の系を更新するともにあらたに提起する野心的なとりくみで本書はとりわけ重要である。

 まず、レコードからデジタルへメディアがきりかわり、よりハイファイに音楽を聴く環境が整ったことをグラブスは評価する、これには目をみはった。というのも、私たちはアナログとデジタルではアナログに軍配をあげるのが粋な通人と考えがちだからである。むろん私もその一派で、長年レコードの音のまろやかさと芯の太さこそ音楽を聴く悦びと思い生きていた。グラブスの問題提起を要約するとこうなる。モートン・フェルドマンのような「まばらで抑制的な」しかも長時間およぶ楽曲を再生するには、収録時間が長く原理的にノイズのない再生環境が適している。そのほうが作曲者の意図──を汲んだ演奏者の意図──によりちかい。私たちはフェルドマンをメタリカなみの音量で聴くこともできるし逆もまたしかり。リスナー主導型の聴取スタイルはレコードを歴史と作者の思惑から切り離し、個々人の用途に奉仕する方向へうながしたが、音楽の誕生当時の狙いを精確に再現するには分解能やSN比も視野に入れるべきではないか。「Play Loud」の但し書きのあるレコードはいっぱいあっても「Play Quiet」と書き添えたものはほとんどみない。これはつまり、レコードを聴くとはいうまでもなく「集中的聴取」であるからか、あるいは、音楽は音のおりなす美学であるため、無音ないし微音、雑音は音楽にあたらない。どうも後者である気がしてならない。でなければ、代々木オフサイト、ヴァンデルヴァイサー楽派が21世紀に存在感を示した理由がない。グラブスは本書でおもに20世紀音楽を論じているが、音響以後の2000年代の傾向は1950年代(「4分33秒」の初演は1952年、チュードアの手になる)に端を発し、60年代を通じてテクノロジーとの相関で避けて通れないものになったと言外ににじませている。
 音楽と音はおなじなのかちがうのか、ちがうならどうちがうのか。
 ケージのたてた沈黙の問いを二項対立で解こうとするからおかしなことになる。おなじく音楽と音を峻別し、それぞれに個別にあたるのも無効である。前者を社会学者的(な広く浅い)知見、後者を専門家的(狭く深い)それとするなら、結局どちらも無難にならざるをえない。『別冊ele-king』第4号での岸野雄一の「ケージの理論はケージにしか使えない(中略)ケージの理論を援用して実現された音楽も、ケージの理論を援用して他の音楽を繙こうとした批評も、面白いと思ったものはひとつもない」という発言の行間にはおそらくそのような問題意識が横たわっている。ケージでもベンヤミンでもマクルーハンでもリオタールでもいい、彼らのことばのキャッチーなところだけとりだして見出しでわかった気にならないことだ。そもそもわかるとはなにがわかるのか。わかるとは思考停止のいいかえにすぎないのではないか。私たちは引用を相田みつをめいた手ごろな箴言ととらえるのではなく、自身の文脈にムリに沿わせるのではなく、そこにできた外部の嵌入する裂け目ととらえなければ断片はたやすく情報に堕す。音楽と音も似た関係にあり、両者の截然と区別できず、不断に嵌入し合う状態をケージは作曲であらためて耳に聞こえるものにしたかったのではないか。たとえ沈黙の側についたにしても、沈黙の底から躁がしさが沸きあがってくる、と古井由吉が書きそうな耳のありかた。ケージは鈴木大拙からそれをうけとり、おそらく折衷的なやりかたで彼の作曲の方法の一部とした。

 そんなある日、私はレコード屋でアルバイトしていると午前中で人気のない店内にひとりの女性客があらわれた。レジに立ち慣れると、お客さんがなにを求めやってきたか、年恰好、立ち居ふるまいでわかるようになるのは不思議である。私はああこの妙齢の女性は購入された商品に不備があったんだな、と直感した。眉間のシワがけわしい。案の定、妙齢の女性は陳列棚のCDに目もくれず一直線に私のほうへ歩み寄ってこういった。
「不良品なので交換してください」といって妙齢の女性はCDをさしだした。もうしおくれたが、これは90年代なかごろの話です。Jポップの呼称が定着し猫の杓子もCDを買った音楽業界の方々の夢の時代のことだ。
 わかりました、と私はいった。確認します。といっても、ご覧にとおり、店内にはバイトの私以外、だれもいない。社員と先輩バイトは客がいないのをいいことにウラで一服しているのだろう。音楽に携わる人間はスロースターターなのだ。レジを空けるわけにもいかない。仕方なく私は店内放送用のプレイヤーにCDをいれた。どういった不備でしょうか、と私は訊いた。ノイズが聞こえるんです、と妙齢の女性は答えた。何曲めですか。1曲めです。
 わかりました。かけてみると、ヒップホップに影響を受けたミドルテンポのファンキーなトラックがかっこいいディーヴァもののJポップ(どうしてもだれのCDだったか思い出せない)、90年代はこういった音楽がハシカのごとくはやったが、私と妙齢の女性はそのグルーヴに身じろぎもしない。ありましたでしょ、と妙齢の女性はいう。私はまったくわからない。もう一度頭からかける。30秒も経たず、妙齢の女性はやっぱりありましたね、という。Aメロから先にいけない。何度かけても聞こえるんですよ、と妙齢の女性がぷりぷりするぶん、私はへどもどする。ハードコアやノイズの聴きすぎで耳がバカになったのだろうか、と焦った。もうしわけありませんが、ノイズが聞こえた時点で教えていただけますか、と私はお願いした。3度めにかけるやいなや妙齢の女性は天上のスピーカーを指さした。ここです! その仕草に、私は仏陀が生まれてすぐ天を指して「天上天下唯我独尊」といった姿をかさねてひれふしそうになった。
 ──いわれてみればたしかにそうだ。ノイズである。レコードの針音のサンプリングが数秒間。CDなのにあたかもターンテーブルでかけているような錯覚、というより記号が喚起するものを狙ったプロデュース・ワークであるが、彼女はそれをノイズととらえた。私は彼女に、これはこれこれこういった意図の音楽上の演出なのでほかの商品にもかならずはいっています、と説明しおひきとり願ったが、内心おどろいた。そしてそのおどろきの意味するところは『レコードは風景をだいなしにする』を読むと前と後ではちがったものになった。彼女はCDというノイズのない媒体の特性を前景化し、私は音楽をいわゆる文脈で聴いた。テクノロジーと音楽の歴史がそこで交錯する。どちらが上か下ではない。

 ケージの著書『サイレンス』所収の「無についてのレクチャー」の最後にこうある。「テキサス出身の/女性は言った/テキサスには/音楽がない/テキサスに音楽が/ない理由は/テキサスにレコードがあるから/テキサスにレコードをなくそう/そうすればみんな歌いだす」これは『レコードは風景をだいなしにする』の第5章「テキサスからレコードをなくせ」冒頭に引用されている(引用は同書より)。以上の文の前にケージは以下の文を置いた。

 「中国の青銅製品/なんていいんだろう/だがこの美しい品々は/他人が/作ったものであり/所有欲を/かき立てがちだが/私は自分が何も/所有していないのを/知っている/レコード収集/それは音楽ではない/蓄音機/は楽器ではなく/ひとつの/ものである/ものは別のものにつながるが/楽器は/無に/つながっている(中略)それに/LPレコード/ですら/ものなのだ」(ジョン・ケージ『サイレンス』水声社/p222〜22 引用にあたり約物を省き、アキと改行を「/」であらわした)

 のちにケージみずから「Indeterminacy(不確定性)」にももちいたこの一文がこの本の通奏低音になっていることは火をみるよりあきらかである。くりかえしになるが、グラブスはレコードによる音楽の反復聴取、所有と共有、さらに音楽を録ることそのものに彼の思考は遡行する。レコードと磁気テープ(ハードディスクといいかえてもいい)の差異、プリントと写真機のちがい、あるいはバルトいうところの「プンクトゥム」、映像とそこに映るもの──他分野との類比にはさらにつっこんだ考察も必要だろう(とくにラカンを掠めるのは感心しない)が、リュク・フェラーリ、ベイリーとAMMとコーネリアス・カーデューなどなど、すでに半世紀とはいわないまでもそれほど前の先達の作品から今日的な問題を剔出する語り口は闊達で鋭く、ユーモアも忘れない(荘子の無用の用のくだりなど、わが身につまされました)。グラブスが研究者であるとともに類い稀な音楽家であることの裏書きではあるが、となると、彼が音楽家として身を立てた90年代、とくにポスロック〜音響の季節以後にこれらの問題はさらにどのような変遷を経て現在にいたるのか、彼の考えを読んでみたくなるのは人情というものだろう。それまで、私たちは本書を読み、そこに登場する作品を聴き考える猶予ができる。さいわいなことに専門店で清水の舞台から飛び降りなくともそれらの音楽にふれるためのトバ口に立てるのが21世紀だと、グラブスもいっている。それほどこの本は現在的であり、くりかえすが、きわめて野心的なこころみである。

追記:
と書いたところで、デイヴィッド・グラブスさんが来日されると知りました。やったね! 彼のCDと本を片手にかけつけましょう!


Jesse Ruins - ele-king

 インディ・シーン、ひいてはクラブ・シーンでも世界的にその存在感を強く示しているバンドJesse Ruins。彼ら新曲とリミックスの合計6曲をコンパイルした『EVE』が3月11日に発売される予定だ。フォーマットは12インチ(枚数限定)とバンドキャンプでのデータ配信になる模様。
 ダイナミックでときに抑制されたリズムと、緻密にコントロールされた数多の音から最後まで目が離せない。目隠しの状態で聴けば、この音楽がベルリンで、またはNYアンダーグラウンドで生まれたと思うリスナーもいるだろう。どんなシーンにもコネクトできる可能性を内包しつつも、実態が掴めないサウンド。実にJesse Ruinsらしい1枚だ。
 リミキサー陣には〈1080P〉などのカセットテープ・レーベルからリリースしているTlaotlon、東京若手テクノ・コミュニティIN HAにも所属するRafto、謎のルーキー・デュオSuburban Musikらが参加。幽玄でロウなテクノ・サウンドから、ときにダビーな側面も噴出する個性溢れたリミックスに仕上がっている。できることならターンテーブルを使い、心して向き合いたい6曲だ。

Jesse Ruins - EVE – Teaser

Jesse Ruins
“EVE”

税込定価 2500円
<収録曲>
A side
1, Eve Liquid
2, Wet King
3, Mineral

B side
1, Mineral (Tlaotlon Remix)
2, Mineral (Rafto Remix)
3, Eat A Holy Monitor (Suburban Musik -Suburban Boys RMX)

予約受付はこちらで受付中
Jesse Ruins Bandcamp
MAGNIPH store

Jesse Ruins
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