「KING」と一致するもの

坂本龍一の1998年の『BTTB』が20周年記念盤としてリイシューされた。音楽遺産を現代的な解釈で甦らせたこの作品を聴くこと、彼の原点をいまいちど考察すること、昨年の『async』〜『REMODELS』と来て2018年の現在『BTTB』を聴くことは、わたしたちの視野を新しく広げるだろう。

爪を秘めてあえて穏やかに仕上げる

文:北中正和

 ピアノ・ソロのアルバムはクラシックにはいくらでもある。ジャズにもたくさんある。家庭名曲集その他の名前で有名無名の人が弾いているアルバムも昔から少なくない。80年代にはニューエイジ・ミュージックという名前の音楽も出てきた。近年はジャズ、クラシック、ポップス、アンビエントを横断するようなピアノ・ソロ・アルバムも増えている。
 20年前にこのピアノ・アルバムを作ることになったとき、坂本龍一の脳裏にはどんな思いが去来したのだろうか。著書『音楽は自由にする』の中で彼は、90年代のはじめごろから兆しはあった、『1996』というピアノ・トリオ・アルバムや『ディスコード』というオーケストラ曲を作った流れがあって、「自分の原点であるピアノ音楽を中心にしたアルバム」につながっていった、と語っている。『BTTB』はバック・トゥ・ザ・ベイシックの頭文字である。
 セッション・ミュージシャンとしてポップスの世界に足を踏み入れ、フュージョンのKYLYNやテクノ・ポップのYMOの時期を経てソロやコラボでも多彩な音楽を作ってきた彼は、その前は東京芸大の作曲科でいわゆる現代音楽の世界にいてジャズやロックにも興味を持っていた。さらにその前の少年時代はクラシックのピアノのお稽古もしていた。そんなふうに20世紀以前のさまざまな音楽を吸収してきた彼が「原点」という言葉をどこまで限定して使っているのかわからないが、少年時代に出会ったバッハやドビュッシーから現代音楽まで、あるいは部分的にはジャズまでを含むと推測しておこう。
 ピアノは18世紀から19世紀にかけて、ヨーロッパの産業革命の工業技術の進展とともに改良されてきた楽器で、ピアノの名曲として親しまれているクラシックの多くはその時期に作られている。20世紀のピアノ曲は技法の工夫と共にその先へ進んできた。
 20世紀末にピアノのアルバムを思い立ったとき、彼がそうしたピアノの歴史を想起しなかったとは考えにくい。彼にかぎらず、ピアノのアルバムを作るということは、本人が意識するにせよしないにせよ、また、好むと好まざるとにかかわらず、そんなピアノの歴史を受け継いで上書きすることを意味する。
 『BTTB』はエリック・サティに刺激を受けたと思われる“オパス”からはじまる。サティは生前は同時代のドビュッシーやラヴェルほどには評価されなかったが、20世紀後半に楽譜の発掘やレコーディングが続いた。ミニマル・ミュージックやアンビエントの先駆者という側面からクラシック・ファンにとどまらない人気もある。サティの影は“ローレンツ&ワトソン”にも見られる。19世紀末から20世紀初頭にかけて活動したサティの音楽の要素を20世紀末に置き、新しい要素と組み合わせてみるという楽しい遊びだ。
 ピアノの弦に響きを変える工夫を加えたプリペアド・ピアノを使った“プレリュード”や“ソナタ”は、当然、そのパイオニアである20世紀中期の現代音楽の巨人ジョン・ケージへのトリビュートだ。それに加えて、インドネシアのバリ島のガムランや、ガムラン的な音楽に取り組んだ西洋の作曲家たちへのオマージュも含まれているのかもしれない。いずれにせよ、プリペアド・ピアノをどのように演奏しているのか、どれくらいダビングしたのか、興味をかきたてられずにはいられない複雑なリズムや響きだ。この2曲から、水中マイクで録音した“ウエタックス”へと続くくだりは、このアルバムの中で最も現代音楽的に聞こえる部分だ。
 フランス語で歌を意味し、日本ではフランスの流行歌を指す言葉をタイトルにした“シャンソン”は転調の美しい小品。この曲をはじめ、ゆったりとした“ディスタント・エコー”、印象派的な“ソナチネ”、ロマン派的な“インテルメッツォ”などはこのアルバムの抒情的な側面を担っている。
 ふたつの“コラール”はタイトルからして賛美歌を意識して作られたのだろう。クラシックでは古い時代に栄えた様式だが、ここでは現代的に聞こえるのがおもしろい。カリブ海のドミニカ共和国で生まれ、サルサ・ダンスのチーク・タイムに愛用されるラテン歌謡の分野をタイトルにした“バチャータ”は、左手のリズムにわずかにラテン色が感じられるが、なぜこのタイトルにしたのだろう。娘の美雨のために作った“アクア”はJポップ的なキャッチーなメロディだ。
 こうして久しぶりに『BTTB』を聞き直してみると、曲ごとに多彩な音楽遺産を振り返りながら新しい要素を加えたアルバムであることがよくわかる。それだけ作曲の腕も試されるわけだが、自然な演奏を聞いていると、悩み抜いた印象はない。ポップスの制約から離れて彼はこのアルバムに楽しんで取り組んだのではないだろうか。現代音楽的な作品は、いくらでも鋭利だったり、衝撃的だったりすることが可能で、彼にもそういう作品があるが、ここでは爪を秘めてあえて穏やかに仕上げてある。バランス感覚のよさがよくわかるアルバムでもあると思う。


ピアノの前で

文:平井玄

 半世紀もたてば、思い出は朧になる。
 月に龍と書いてオボロ。俱利迦羅紋紋(くりからもんもん)のタトゥーが眼に浮かぶようだ。月夜に龍が舞う彫りとくれば舞台は女の背だろう。藤堂明保によれば、月は霞みを表す文字の形、龍の方はロウという音韻を示すという。50年、18000回の夜が過ぎる間にその月光の記憶は遠くかすんでいく。現在のビッグバン宇宙論からすれば、人ひとりの生きる時空は砂の粒より儚い。
 それでもこう言っておこう。天空を跳ぶ龍の艶かしい肢体がその一瞬を際だたせる──と。

 「青い月の光を浴びながら 私は砂の中に〜」と黒板に書かれていた。それもくっきりと。
 新宿御苑の緑に面した都立高校と区立中学校が背中合わせに並んでいる。薄いコンクリートの塀一枚を隔てた中学校の2階の窓からは高校の教室が覗ける。中学1年生がそこから見たのはどうやら音楽の階段教室らしい。
 「愛のかたみをみんなうずめて泣いたの ひとりきりで〜」
 誰がやったのか。「砂に消えた涙」の歌詞すべてが書き写されていた。1965年の初夏だったと思う。戦後まだ20年。大正期の白壁にくすぶる黒煙の痕。戦争を生き延びた旧制高校の校舎に似合わない色っぽい歌詞。楷書で綴るチョークの跡が鮮烈だった。まるで篠田正浩のアートシアター映画だ。「砂に消えた涙」は1964年5月にイタリアの歌手ミーナがリリースし、12月には漣健児の訳詞で弘田三枝子がカヴァーした曲。というより、漣は彼女が歌うことをイメージして書いた。13歳の脳髄には弘田三枝子自身の歌として濃密に刻み込まれている。
 「あなたが私にくれた愛の手紙 恋の日記」。カンツォーネというよりメローなR&B。低く歌いだされた声はワンフレーズごとに裏返り、地声と裏声の縫い目はまるでリストカットの傷痕。今カヴァーを聴けば、竹内まりやの囁きも矢沢永吉のゴスペル風もそれぞれにいい。それでも弘田三枝子のあの跳ねるような痛々しさは、1965年の何かだったと思う。
 それから3年後に同じ階段教室で、高校2年生の坂本龍一はある歌曲のコンサートを開く。アルノルト・シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」である。教室の使用許可など取っていないだろう。勝手に東京藝術大学声楽科の女子学生を呼んだ挑戦的なライヴだ。西洋近代音楽の素養など何もない1年生の私は、そのトンガリぶりに感じて教室の隅に座る。この時の衝撃、その訳のわからなさを今も考えている。これは『愛と憎しみの新宿』(ちくま新書)に少し書いた。1969年だったか、そこはオボロ。としても7月の山下洋輔トリオによる早稲田大学バリケード・ライヴのころである。──月夜に龍一が舞う。

 『BTTB』のリマスタリング盤を聴いて想うのはこの経験だ。電子楽器やさまざまなユニット、あるいはネット上で多くの音の実験、化合や交雑を重ねてきた。しかし彼の基底にあるのは端正なピアノの音である。
 今回それを強く感じた。back to the basicというのだからそれも当然だろう。そのbaseが彼の場合かなりアノマリーなのである。すべての作品のいたるところで、何かしら「解決を拒む」ような静かな異例性に満ちている。14の“Aqua”を聴くと、かえってリスナーは讃美歌のような清冽な高揚感を感じてしまうだろう。この曲だけがシンプルなメジャーコードで始まり「ヒーリング的、ニューエイジ系」といわれる由縁だ。それでも割り切れない残余が聞こえてくる。
 昨年、アエラ誌で久しぶりに彼と話をした。その最初に出たのは阿部薫のことである。「なんでそんな完全4度が弾けるんだ!」と、いきなり演奏中にマウスピースを外して阿部は言い放ったという。Bags’ Grooveにおけるマイルスとモンクの喧嘩セッションみたいなエピソードだが、これは事実である。私はその声を聞いていない。しかし1975年ごろのそういう空気は充分に吸い込んでいた。古典的な楽理書で「溶け合う」完全協和音程とされるような音感を、阿部の体は激しく拒む。憎んでいたと言っていいだろう。私もそうだから感染するのである。
 ところがロマネスク時代に対位法が発達すると、4度は不協和音とされるようになった。5度と違い「解決を必要とする」不安定さを残しているからだ。音の近代物理学をめぐる古のテーマだ。したがって最低音との関係で3度をめざして解決が図られる。それができない4度の使用は厳格対位法では完全に禁止された。坂本龍一のピアノはそういうところに踏み込んでいく。決して解決できない領域を彷徨うように。“Aqua”ではそれがよく出ているが、9“Chanson”や15“Energy Flow”にも気配を感じる。

 シェーンベルクに「別の惑星の空気を感じる」というバーンスタインは同時に「12音技法にも隠された調性がある」という。ジョン・ゾーンが「月に憑かれたピエロ」を演奏した「Chimeras」を論じるアレクサンダー・ラインハルトはむしろ「伝統的な調性への回帰」という。ところが無調から12音への狭間で創られたこの曲には、シュプレヒシュティンメという「語り歌」が介入してくる。この声のざわめきが聴く者に感覚の放浪を促すのである。こういうヴォイスの萌芽はドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」に生まれたという。ドビュッシーは坂本龍一の肌になじんだ作曲家なのである。いま思えば、あの音楽教室で演奏された曲はこういう流れの中にあった。
 「解決するな」。唇から血を流す阿部薫の問いかけに、ピアノを前にした坂本龍一は長い時間をかけて応えようとしたのではないか。青い月の光を浴びながら、私は道化師になって弘田三枝子を、阿部薫を想い出す。そして坂本龍一のピアノを聴いて、我々の時代が砂の中に深く埋めた問いを掘り出そうとするのである。


『async』〜『REMODELS』そして『BTTB』というこの流れ

文:野田努

 昨年の『async』〜『async - REMODELS』と来て、今回の『BTTB』再発というのは、ひとつの流れになっている。それはスタイルやジャンルの問題ではなく、内的な一貫性からくる流れのように思える。
 ぼくは“solari”という曲が好きだし、『REMODELS』では“LIFE, LIFE”のアンディ・ストットによるリミックス(remodel)・ヴァージョンが好きだし、なぜかというと昨年からずっとBBCのラジオではなんども再生されているからなのだが、しかしこと『async』は曲単位であれこれいうような作品ではないこともわかっているつもりだ。

 曲によってさまざまなアプローチを見せている『async』は、表面的には優しく見せながら荒涼としていて、抽象的でありながら忘れがたい作品だ。破壊的かもしれないが、それは計算されたものでも政治的主張を果たすものでもなく、逃避でもない。推測で言えば、それは本当に、自分の運命に決意している音楽かもしれないと思う。そしてそれは、露骨な商業主義など眼中にない作品だ。曲の短さも、とりとめのなさも、ありきたりの耽溺を寄せ付けないでいる。とらえどころがないというのに強烈な作品。
 ある意味では孤独なアルバムと言える『async』がそして『REMODELS』となり、(コーネリアスと空間現代を除いては)インストゥルメンタル音楽の気鋭の追求者たち(主にエレクトロニック・ミュージックのシーンにおいて活躍している)によって再構築されたことは、いかなる自発的な芸術表現もアクチュアルに機能するという意味において時代から逃れらないということであり、リミックス盤という媒介によって坂本龍一の創出した旋律の数々はさらにまた多層に拡散したということもである。
 高度に専門化されたクラシック音楽出身の坂本龍一だが、おもにぼくのように体系的な音楽学を知らない感覚的なリスナーが多くを占めるポップ・フィールドで活躍してきている。そして、ときとして発せられる無防備なきわめて情熱的な政治的発言や行動において、日本のポップ・フィールドでは浮いてしまっている。坂本龍一のなかには、音楽がそれ自体として自立しない、社会から切り離されて自己充足的に存在するものではないという感覚が一貫してあるのだろう。音楽に自閉していればこと足りると思っているほとんどの日本のミュージシャンとはそこが決定的に違うし、それは彼が困難な立場を引き受けているということでもである。『BTTB』リリース当時の背後状況に関しては、後藤繁雄さんによる散文詩的ドキュメンタリー『skmt 坂本龍一とは誰か』に詳しい。それはそうとして、最初に書いたようにぼくは『BTTB』を『async』〜『async - REMODELS』という流れで聴いている。

 坂本龍一の原点回帰作として知られる『BTTB』は、クラシカルな曲からガムランやプリペアド・ピアノなど多彩な試みが聴けるものの、わかるひとにしかわからないというアルバムではない。好きなことを好きなようにやったイノセントな作品なのだろうけれど、『async』より口当たりが良いアルバムで、いろんな局面での再生可能な万能薬だ。ピアニストのアルバムであり、また同時に『BTTB』から数年後にエレクトロニカ/IDMからも派生するモダン・クラシカルなる名称のサブジャンルの先駆けと位置づけることもできる。敷居が高く習練を要するクラシック音楽と素人の逆襲とも言えるエレクトロニック・ミュージックのシーンとの回路。サティ風の悲哀を帯びた調べの“Opus”のような曲は彼の内面と決して明るくなれない社会の見通しとどこかでリンクしているのだろうし、しかもそれは、ポスト・モダニズム的なんでもありの修羅場とは微妙に距離を置きながら、アンチ・ミュージックめいた側面を擁するエレクトロニカ/IDMとも接続している。なんとも自由奔放な、おおらかな円環が描かれているようだ。
 それはラヴェルでもドビュッシーでもサティでもなく、コーネリアス・カーデューでもない。世代を超えて成り立つ音の連なりのなかに、坂本龍一にしか描けない円環が見える。音楽は境界線を越えることができるということをぼくたちは知っている。内的な作品であっても、外側に大きく広がる。今年はモダン・クラシカルの起点となったマックス・リヒターの『The Blue Notebooks』(2004年作)がこちらは15周年ということでグラムフォンからジェイリンのリミックス入りで再発されたし、ローレル・ヘイローの新作においてもクラシック音楽との結合術が見て取れたから言うわけではないけれど、『BTTB』はいまこそ聴く必要があるアルバムだ。『async』から『REMODELS』へと漂泊したぼくたちが着地する場所=日々の営みとして、これほど温かく、心休まる穏やかなところはほかにないのだから。


坂本龍一 「energy flow」


Directed by Neo s. Sora and Albert Tholen
Produced by Zakkubalan
zakkubalan.com
goodbabyfilms.com

The ROCKSTEADY BOOK - ele-king

 ロックステディというのはジャマイカの音楽のひとつで、1968年あたりから1969年あたりまで、スカからレゲエに移行するあいだのおよそ3年のあいだに流行ったスタイルを呼んでいる。スカよりもテンポを落として、美しく、ラヴリーで親しみやすいメロディがそこに加わる。その甘いサウンドの数々は、歴史のほんのわずかな期間に生まれた奇跡的なユートピアに思えて仕方がない。
 この度リットー・ミュージックから刊行される石井“EC”志津男さん監修による『The ROCKSTEADY BOOK』は、世界で初めてのロックステディ本だ。ディスク紹介もあり、識者やマニアの話もあり、主要ミュージシャンのインタヴューも掲載されている。入手しやすい基本的なアルバム作品ももちろん紹介されている。ある時代までのジャマイカの音楽は7インチが中心だったので、レゲエにハマるひとはこの恐ろしい7インチ道に入っていくわけだが、本書にはロックステディの7インチ(のオリジナル盤)がたくさん紹介されている。当時にしか出せない音響もさることながら、そしてレーベルやジャケットの雑な印刷の感じやいまでは再現不可能な色合いもまた良いんだよな~。
 ロックステディの魅力を知っているひとにはこれ以上の説明は不要だろうけれど、まだロックステディと出会っていないひとこそぜひトライして欲しい。メロウな音楽が好きなひとはマストだ。この世にはこんなにラヴリーな、奇跡のような音楽があることを知って、ちょっとぐらいは生活が明るくなって、嬉しくなると思いますよ。

監修:石井“EC”志津男
The ROCKSTEADY BOOK (ザ・ロックステディ・ブック)
リットー・ミュージック
Amazon

Brainfeeder X - ele-king

 こんにちは。ロス・フロム・フレンズにドリアン・コンセプトにブランドン・コールマンにルイス・コールにジョージア・アン・マルドロウにと、最近〈Brainfeeder〉関係のお知らせが続いていますが、ついに決定的なニュースが舞い込んできました。設立10周年ということでここ数ヶ月さまざまなアクションを起こしてきた同レーベルが、アニヴァーサリー・コンピレーションをリリースします。詳細は下記をご確認いただきたく思いますが、錚々たる面子が参加しています。CDは2枚組で、ディスク1はこれまでの〈Brainfeeder〉の作品から選りすぐったレーベルの歴史を紐解くような内容、そしてディスク2は新曲や蔵出し音源を詰め込んだレアトラック集となっています。現在、そのディスク1からフライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスが先行公開中です。リリースは11月16日。しっかりお財布をマネージしておきましょう。

BRAINFEEDER 10周年記念コンピレーション・アルバムが登場!
フライング・ロータスやサンダーキャットなどの初出し音源が22曲!
レア曲も満載!
全36曲を収録し、豪華パッケージで11月16日(金)リリース!
フライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスが解禁!

設立10周年を迎え、怒涛のリリースラッシュ、ソニックマニアでのステージまるごとジャック、売り切れグッズ続出のポップアップショップなど、凄まじい勢いを見せているフライング・ロータス主宰レーベル〈Brainfeeder〉が、輝かしい10年の歴史の集大成としてコアなファンはもちろん、すべての音楽ファンを魅了する超豪華コンピレーションのリリースを発表! レーベルの歴史を彩る代表曲に加え、フライング・ロータスやサンダーキャットなど初出し音源が実に22曲! さらに初めて公式リリースされるレア曲も加えた必聴コンピ『Brainfeeder X』は11月16日(金)リリース! 今回の発表に合わせて、フライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスが解禁された。

Brandon Coleman - Walk Free (Flying Lotus Remix)
https://www.youtube.com/watch?v=VhkoMyG1v2c

ジャズ、ヒップホップ、ファンク、ソウル、ハウス、アンビエント、テクノ、フットワーク……あらゆるスタイルのDNAを再編成し、類まれな審美眼を持って、真のグッド・ミュージックを送り出し続けてきた〈Brainfeeder〉。時代が時代なら、サン・ラとも契約を果たしただろうし、アリス・コルトレーンの神秘的かつ霊妙な魂を宿した唯一無二のレーベルと言っても過言ではないだろう。ジョージ・クリントンは、そのほとんどの作品を〈Casablanca Records〉から発表しているが、〈Brainfeeder〉との契約は、ファンクの神にとっても至極当然の展開として、幅広い音楽ファンが喜びをもって支持した。そしてこれは〈Brainfeeder〉以外のレーベルでは全くもって想像できないことである。

LAに端を発したビート・ミュージック・シーンの勃興の中で産声をあげた〈Brainfeeder〉の世に放つ作品には、レディオヘッドからJ・ディラ、エイフェックス・ツイン、DJシャドウ、ボーズ・オブ・カナダ、ドクター・ドレー、ジョン・コルトレーンとその妻のアリス・コルトレーン、ポーティスヘッドなどからの影響が見受けられつつ、そこには必ず刺激的な革新性が存在している。

代表曲を中心に過去〜現在をまとめたDISC 1
ディスク1は、サンダーキャットやテイラー・マクファーリンといった新世代ジャズのキーマン達、先鋭的ヒップホップで注目を集めたジェレマイア・ジェイ、ベース・ミュージックにテクノやハウスを融合させたオランダ人プロデューサー、マーティン、フットワーク/ジュークの最高峰レーベル〈TEKLIFE〉のクルー、DJペイパル、そしてレーベル設立当初からフライング・ロータスと共にビート・ミュージック・シーンを盛り上げたティーブスやデイデラス、トキモンスタら、ジャンルやバックグラウンドを問わず、秀でた才能を発掘し、世に送り出してきたレーベルの懐の深さが味わえる。サンダーキャットの人気曲“Friend Zone”のロス・フロム・フレンズによるリミックスや、フライング・ロータスによるブランドン・コールマンのリミックスもディスク1の最後に聴くことができる。

DISC 2には初出し音源やレア曲が満載!
ディスク2は、フライング・ロータスもプロデューサーとして参加し、バッドバッドノットグッドをゲストに迎えたサンダーキャットの新曲“King of the Hill”が冒頭を飾る。ラパラックス、ロス・フロム・フレンズ、ドリアン・コンセプト、ジョージア・アン・マルドロウら新曲も数多く収録される他、フライング・ロータスとサンダーキャット、シャバズ・パラセズから成るウォークが、ジョージ・クリントンをフィーチャーして発表した“The Lavishments of Light Looking”が初めての公式リリースという形で収録され、先日ついに日本でも公開され話題を呼んだ、フライング・ロータス初長編映画『KUSO』のサウンドトラックからは、バスドライバーをフィーチャーした“Ain't No Coming Back”など、フライング・ロータス関連のレア曲も収録。またPBDY(ピーボディ)、ミゲル・アトウッド・ファーガソン、リトル・スネイク、テイラー・グレイヴスら、これまでもレーベルに貢献しつつ、今後リリース作品が期待される注目アーティストもここで紹介されている。参加アーティストの一人、ストレンジループは、今現在フライング・ロータスの革新的なライヴ・パフォーマンスのヴィジュアルを担当している知る人ぞ知る存在。そしてロカスト・トイボックス名義でフィーチャーされているデヴィッド・ファースは、俳優、声優、映画監督、ビデオアーティストなど、様々な顔を持ち、フライング・ロータスとはミュージックビデオや映画『KUSO』でもコラボレートしている鬼才だ。

全フォーマット、趣向を凝らしたパッケージ
今作のアートワークは、〈Brainfeeder〉の印象的なオリジナル・ロゴを手がけたチャールズ・ムンカが担当。4枚組LPボックスセットは、ディスク一枚一枚がデザインの異なるインナースリーヴに収納され、10周年記念ロゴが型抜きされたハードケース入り。国内盤CDは、解説書が封入され、数量限定の初回盤は、LPボックスセットのデザインを踏襲した特殊スリーヴケース付きの豪華仕様となっている。なお輸入盤CDのフロントジャケットは、4種類のカラー展開で発売される。

〈Brainfeeder〉の輝かしい功績と“今”、そして未来を詰め込んだ超豪華コンピレーション・アルバム『Brainfeeder X』は11月16日(金)世界同時リリース! 今作は、〈Brainfeeder〉10周年キャンペーン対象商品となり、国内盤CDには、初回盤、通常盤ともに10周年記念ロゴ・ステッカー(3種ランダム)が封入される。

label: BRAINFEEDER / BEAT RECORDS
artist: Various Artists
title: Brainfeeder X

限定国内盤2CD BRC-586LTD ¥2,800+税
特殊スリーヴケース付き/解説書封入

通常国内盤2CD BRC-586 ¥2,500+税
解説書封入

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9868

[TRACKLISTING]

DISC 01
01. Teebs - Why Like This?
02. Jeremiah Jae - $easons
03. Lapalux - Without You (feat. Kerry Leatham)
04. Iglooghost - Bug Thief
05. TOKiMONSTA - Fallen Arches
06. Miguel Baptista Benedict - Phemy
07. Matthewdavid - Group Tea (feat. Flying Lotus)
08. Martyn - Masks
09. Mr. Oizo - Ham
10. Daedelus - Order Of The Golden Dawn
11. Jameszoo - Flake
12. Taylor McFerrin - Place In My Heart (feat. RYAT)
13. MONO/POLY - Needs Deodorant
14. Thundercat - Them Changes
15. DJ Paypal - Slim Trak VIP
16. Thundercat - Friend Zone (Ross from Friends Remix)
17. Brandon Coleman - Walk Free (Flying Lotus Remix)

DISC 02
01. Thundercat - King of the Hill (feat. BADBADNOTGOOD)
02. Lapalux - Opilio
03. Ross from Friends - Squaz
04. Georgia Anne Muldrow - Myrrh Song
05. Dorian Concept - Eigendynamik
06. Louis Cole - Thinking
07. Iglooghost - Yellow Gum
08. WOKE - The Lavishments of Light Looking (feat. George Clinton)
09. PBDY - Bring Me Down (feat. Salami Rose Joe Louis)
10. Jeremiah Jae - Black Salt
11. Flying Lotus - Ain't No Coming Back (feat. BUSDRIVER)
12. Miguel Atwood-Ferguson - Kazaru
13. Taylor Graves - Goku
14. Little Snake - Delusions
15. Strangeloop - Beautiful Undertow
16. MONO/POLY - Funkzilla (feat. Seven Davis Jr)
17. Teebs - Birthday Beat
18. Moiré - Lisbon
19. Locust Toybox - Otravine

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〈Brainfeeder〉10周年キャンペーン実施中

CAMPAIGN 1
対象商品お買い上げで、〈Brainfeeder〉10周年記念ロゴ・ステッカー(3種ランダム/商品に封入)をプレゼント!
CAMPAIGN 2
対象商品3枚お買い上げで、応募すると〈Brainfeeder〉10周年記念特製マグカップもしくはオリジナル・Tシャツが必ず貰える!

応募方法:
対象商品の帯に記載されている応募マークを3枚集めて、必要事項をご記入の上、官製ハガキにて応募〆切日までにご応募ください。

キャンペーン対象商品

キャンペーン詳細はこちら↓
https://www.beatink.com/user_data/brainfeederx.php

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『Brainfeeder X』にもフィーチャーされているハイパー・マルチスペック・アーティスト、ルイス・コールが12月に来日!

TOKYO: 2018/12/13 (THU) @WWW X
OPEN 19:00 / START 19:30

KYOTO: 2018/12/14 (FRI) @METRO
OPEN 18:30 / START 19:00

前売 ¥5,800(税込)
別途1ドリンク代 / ※未就学児童入場不可

チケット詳細

[東京公演]
イープラス
●ローソンチケット 0570-084-003 (Lコード:74741)
チケットぴあ 0570-02-9999
Beatink
Clubberia
iFLYER

INFORMATION: BEATINK 03-5768-1277 / www.beatink.com

[京都公演]
イープラス
●ローソン (Lコード:56266)
ぴあ

INFORMATION:METRO 075-752-2787 / info@metro.ne.jp

Alex Zhang Hungtai - ele-king

 ここは自分のいるべき場所ではない。人生のある段階において、そう感じたことのある人は多いだろう。思春期なんてたいがいそういうもんだと思うし、何かの役に立つことを叩き込まれる学校や何かの役に立たなければ存在価値を認められない会社なんかにいたら、そう感じないことのほうが少ないくらいだろう。
 とはいえその感覚が生きているあいだずっと絶え間なく続くという人も、さすがにそれほど多くないのではないだろうか。かくいう僕自身も、ふだんどこにいても「ここは自分のいるべき場所ではない」と強く感じてしまう質なのだけれど、それでも自室で布団にくるまって眠りに落ちているときだけは、そこが自分の居場所だと実感することができる。だから、何年ものあいだずっと疎外感を味わい続けるというのがどういう状況なのか想像するのはなかなか難しい。しかも、それがたんなる主観の問題ではなくて、きわめて歴史的・政治的な事情に起因するものだとしたら?

 2011年の『Badlands』で一躍脚光を浴び、ロウファイ・リヴァイヴァルとリンクする形で浮上してきたダーティ・ビーチズことアレックス・チャン・ハンタイ。当時のインタヴューが『ele-king vol.03』に掲載されているが、そこで彼はダーティ・ビーチズの音楽のレファランスとしてゴスペルやブルーズ、50年代のロックンロールとともに、アラン・ヴェガやアート・リンゼイ、ヴィンセント・ギャロなどの名を挙げている。それらの音楽が彼のルーツの一部であることは偽らざる真実なのだろう。
 けれども彼はその後『Water Park OST』(2013年)などでアンビエントの要素を取り入れていき、ダーティ・ビーチズ最終作となった『Stateless』(2014年)ではロカビリーやポストパンクの遺産を放棄、サックスとドローンの共存という斬新なアイディアを試みている。その手法は昨年のラヴ・テーマのアルバムにおいてさらに探究されることになるが、そうした彼の音楽的変容は、どうも彼自身のアイデンティティの問題と深く関わっていたようだ。

 本名のアレックス・チャン・ハンタイ名義で送り出された新作『Divine Weight』がおもしろいのはまず、それが〈NON〉からリリースされている点である。台北に生まれ、幼くしてトロントへ移住、10代をホノルルで過ごし、00年代にはモントリオールへ、その後リスボンに引っ越し、最近はLAで暮らしているという彼の移動の歴史そのものが、なるほどたしかに〈NON〉のコンセプトたる「ディアスポラ」と親しみのあるものだと言うことはできる。とはいえ各地を転々とする音楽家は他にもたくさんいるのだから、ただそれだけの理由で〈NON〉が彼を迎え入れたのだとは考えにくい。というか、そもそも彼はなぜ「ダーティ・ビーチズ」という成功したエイリアスを葬り去り、本名で活動することを選択したのだろう?

 今年6月に公開された『FADER』のインタヴューで彼は、「アレックス・チャン・ハンタイ(Alex Zhang Hungtai)」という名前それ自体が中国の政治的な分裂を体現していると語っている。「張」というファミリー・ネームは、それがまったく同じものであるにもかかわらず、中国では「Zhang」と、台湾では「Chang」と、香港では「Cheung」と綴られるのだそうだ。他方で「Hungtai」は台湾のスペルだが、同様に「Hongtai」とも「Heungtai」とも綴られうるだろう、と。つまり「チャン・ハンタイ」という名には中国と台湾の対立の歴史が組み込まれているわけで、そこにさらに「アレックス」という西洋の名が加わるのだから事態は複雑である。

 そのようなアイデンティティの混乱を抱える彼の新作には、「ここは自分のいるべき場所ではない」という感覚が充満している。本作に収められた曲たちはどれも部分においてティム・ヘッカーを想起させるが、その音響はヘッカーより寂寥としており、濁度も高い。美しくも不穏な冒頭の“Pierrot”は、『Stateless』や『Love Theme』で試みられていたサックス・ドローンの最新型だ。ジャズのコードやサックスらしい音色までをも捨て去ったその孤高のサウンドは、声楽を取り入れた“Matrimony”を経由して、“This Is Not My Country”でひとつの頂点へと達する。何より曲名がすべてを物語っている。飽和する無場所性。
 続く“Yaumatei”は、彼が香港の油麻地(ヤウマテイ)で暮らしていたときにそのネオン街の喧騒に圧倒され、自分自身が根絶されているように感じた経験が元になっているのだという。興味深いことに件の『FADER』のインタヴューにおいて彼は、その油麻地を生者と死者がともに徘徊する街として描写し、その様を永劫回帰の概念と結び付けてもいる。そのようなアレックス・チャン・ハンタイの見立てはチーノ・アモービの「横断的固体化」とも共鳴するだろうし(『ele-king vol.22』参照)、そういう視座を彼ないし彼の歩んできた人生が持ちうるという、まさにその可能性こそが彼と〈NON〉との出会いを用意したのではないか――。そうした示唆を振りまきながら本作は、ホドロフスキーからインスパイアされたという長尺のパイプオルガン・ドローンへとたどり着いて、厳かに幕を下ろす。まるで、けっして実現されることのない救済を索めているかのように。

 先述の『ele-king vol.03』のインタヴューにおいて彼は、かつて自身のプロジェクトに「ダーティ・ビーチズ」なる名を与えた理由を明かしている。曰く、「モントリオールの友人たちのバンド、ポストカーズ(Postcards)の歌詞が由来です。シンガーがギリシャからの移民で、ビーチに佇む、自分でも特定できない実在しない国から疎外されていると感じている男の話だったんです」。つまり、「ここは自分のいるべき場所ではない」という感覚それ自体はドローンへと舵を切るまえから彼のなかで渦巻いていたということであり、そんな彼がダーティ・ビーチズ最終作を「ステイトレス=無国籍」と名付け、軸足をインディ・ロックから実験音楽へと移し変えたのは、ロウファイやロックの手法ではその無場所性をじゅうぶんに表現できないと考えたからではないだろうか。彼によるそのようなフォーマットの変更こそが、2010年代という時代のなかで起きた何がしかの変化を告げ知らせている、そんな気がしてならない。


interview with Orbital - ele-king

音楽の核……つまり作家でいう声……はつねに自分の中にあるもので、俺が14歳のとき、初めて作曲をしたときから現在に至って存在するものだ。それは人間の核のようなものであり、変わらないものだ。


Orbital
Monsters Exist

ACP Recordings / Pヴァイン

Techno

Deluxe Edition
Amazon Tower HMV iTunes

Standard Edition
Amazon Tower HMV iTunes

 もはや習性というのか、オーソドックスなテクノやハウスのシングルも日に10から20枚は試聴してしまう。RAが毎月集計しているベスト50もイントロぐらいは聴いている。コンピレーションもバリバリ聴いている。この夏のお気に入りはDJコーツェ“Hawaiian Soldier”やバンボウノウ“Dernier Metro”、あるいはデイヴ・アジュ“They Sleep We Love”やトマ・カミ“Sharp Tool In The Shed”などだった。テル“Cool Bananas”のベース・ラインが頭から離れず、あまりの暑さでバカになったのかと思う日もあった。
 古くからの読者がいるとしたら少しは驚いてもらえるのではないかと思うのだけれど、〈ハートハウス〉や〈ストリクトリー・リズム〉、〈リリーフ〉や〈トレザー〉の新作まで聴いている。というより、ここ数年はその辺りの音を聴いていてもまったく違和感がないといった方がいいだろうか。ごく最近、リリースされた例で言えば『Future Sounds Of Jazz』の「Vol. 14」に〈ニュー・グルーヴ〉から91年にリリースされたベイジル・ハードハウス“Breezin’”が紛れ込んでいたり、ハーバート「Part Two」や「Part Three」がリプレスされ、ペギー・グーが“At Night”をリミックスし、そもそも〈ムードミュージック〉のコンピレーション・タイトルが「バック・トゥ・ザ・フューチャー」である。ぜんぜん進歩がないというか、大して違いがないなら、どうせだったら懐かしい曲を聴いちゃうぞと思うこともしばしば。テクノやハウスの新曲にはそれぐらい新鮮味が薄い。90%以上がただの焼き直しだし、ヴァリエイションの域を出ない。そう思って、ある種の充実感を求めてクラシックばかり聴き出すと、いつのまにか80年代も通り越してピンク・レディーまで聴いているので、過去というのは実に恐ろしい。しかも再発見などというファクターも潜んでいたりするので実にややこしい。皆さんはどうやって過去から逃れているのでしょうか。
 オービタルのクラシックも強力である。正直言ってデビュー当初から現在に至るまで、そんなに難しいことや抜きん出たことをやってきた人たちだとは思わないんだけれど、にもかかわらずオービタルやアンダーワールドが国民的バンドとしてイギリスの音楽界にしっかりと君臨しているということは、その単純さがイギリスの国民性だとかウサギの穴だとかにピッタリとハマってしまったからだと考えるしかないだろう。僕はアメリカの音楽ではドライすぎるし、日本の音楽はウェット過ぎると感じるタイプなので、その中間あたりを狙ってくるイギリスの音楽が最も肌には合っている。“Chime”や“Belfast”、“Lush”やゴールデン・ガールズ名義の“Kinetic”は飽きないし、嫌いになりようがないというか。
 オービタルは2002年に解散し、2009年に活動再開、さらに2014年にまた解散するなど、まったくもって安定感がないけれど、この10年ぐらいはおそらく弟のポール・ハートノルだけが曲をつくり、兄のフィル・ハートノルはライヴを手伝っているだけというスタンスに見える。なので、6年ぶりとなる新作の『Monsters Exist』もポール・ハートノルがインタヴューに応じてくれた。


俺がやっていることは、初期のロックンロールの人たちがやっていたことと大して変わらないと思う。バディ・ホリーの“Peggy Sue”を聴いても、俺は同じことをやっていると思う。

イギリスは学校教育でDJのやり方を教え始めましたけれど、オリジナル・レイヴ世代としてはどう思われます? 政府としては外貨を稼ぐ手段として肯定したということだと思いましたけれど。

ポール・ハートノル(Paul Hartnoll、以下ポール):それは知らなかったな! DJもスキルのひとつだ。それを学ぶのは良いことなんじゃないか? レイヴ・カルチャーを取り巻く状況は30年前、ひどいものだった。政府が実際に何を考えて、そういう教育を始めたのか分からないが、おそらく政府で働いているやつの多くが昔はレイヴァーだったんだと思うよ。だからレイヴ・カルチャーはイギリスに浸透しているし、レイヴ・カルチャーはいまとなってはイギリスの一部だと言えると思う。

同様にイギリスでは建築法が変わり、これから建設される建物の中では大きな音を出してもDJやオーガナイザーが罪に問われることはなく、建築業者が罪に問われることになりました。今年はフェンタニルのせいでイギリスの野外フェスはすべて中止のようですけれど、基本的にはここまでレイヴ・カルチャーが肯定されるということについてはどう思いますか? クリミナル・ジャスティス・ビルに違和感を表明していたあなたたちとしては。

ポール:建築法について詳しいことは分からないが、この国の騒音に対する対応は、俺が知っているなかでも最悪だと思う。俺が訪れたことのある他の国では、どこでもサウンドシステムやPA関係の法律が、イギリスのものよりずっと優れている。イギリスの騒音規制や時間規制は不自由なものばかりだ。特にPAの音に関しては非常に制限が厳しい。バカげた話だよ。俺が行く他の国の多くが、騒音に関してはイギリスよりも良い法律が設定されている。

青木:それは他のヨーロッパの国ということですか? それとも一般的に海外の方がイギリスよりも音を出しやすいと?

ポール:海外全般だね。イギリスのように音に関してヒドい制限がある国はあまり聞いたことがないよ。

2年前のウクライナやハンガリーなどレイヴを取り巻く状況はイギリス以外のヨーロッパでは非常に厳しいものがありますが……

ポール:断っておくが俺はプロモーターでもないし、他の国に住んでいるわけでもない。だからレイヴをやれる状況についてはよく知らない。だが、オフィシャルなクラブやフェスティバルに関して言うと、イギリスは厳し過ぎる騒音の制限のせいで、自由にやらせてもらえないことが多い。俺がいままで行ったことのある国でのクラブやフェスティバルの方が、騒音の制限がないから、ずっと良い音が出せる。他の国でレイヴをやるのがどれだけ大変かというのは、俺ははっきりとは言えないが、ちゃんとした音響を組める場合には、他の国でやる方がずっと良い音が出せることは確か。

マット・ドライハースト(Mat Dryhurst)やアムニージア・スキャナー(Amnesia Scanner)などブロック・チェーンがレイヴ・カルチャーを初期衝動に揺り戻すと考えているプロデューサーもいますが、オービタルとしてはレイヴはどのような方向に向かうべきだとお考えですか?

ポール:ビットコインがどうやってレイヴ・カルチャーを変えることができるんだい?

青木:匿名の番号を招待状として人々に渡し、その番号からレイヴの場所などの情報を入手できるという仕組みだそうです。

ポール:つまり、違法レイヴへの招待状をブロック・チェーンで送るということだな?

青木:そうです。ですからプロモーターの情報も匿名のままで、招待状を受け取った人しかレイヴには行けないということです。

ポール:それは考えたな! 80年代後半にやっていたやり方よりも、そっちの方が良いな。昔は、どこかのガレージから、特定の時間に、秘密の電話番号にかけなくてはいけない、とかそんなだった。レイヴが、どんな方向に向かうべきかは分からない。俺は一度もレイヴを企画したことがない。それは他のやつの仕事だ。俺じゃなくてプロモーターの仕事だ。俺は演奏する方だ。それにオービタルとして、俺たちは毎回、機材を持って参加する。だから、ステージや機材の設置や解体があるから、違法レイヴでは演奏ができない。何千ポンドもする機材を持って違法レイヴに出るにはリスクが大き過ぎる。だから俺たちは違法レイヴには出たことがない。過去に、若い頃、違法レイヴでDJをしたことならあるよ。でもいまはそういうことはやっていない。フェスティバルなどの出演に力を入れている。

オービタルがいま鳴らすべきだと思うサウンドはあなたの内面から湧いてくるものですか、それとも外部からの刺激に対するリアクション?

ポール:トリッキーな話だが、両方だと思うね。音楽は内面から湧いてくるものだ。音楽の核……つまり作家でいう声……はつねに自分の中にあるもので、俺が14歳のとき、初めて作曲をしたときから現在に至って存在するものだ。作曲のスキルは上達していると思う。話すのと同じで、自分の表現したいこと、つまり声を、音楽にして表すというスキルだ。そのスキルは時間をかけて徐々にうまくなっていく。その一方で、音楽のスタイルは、外部からの影響が大きいと思う。テレビドラマの音楽やダンス・ミュージックなど、他の人の音楽を聴いて、「これは良いな。俺もこういうのをやってみよう」と思う。それが外部から影響されたスタイルだ。だが奥にある、自分が発する声で、感情的なもの、そして、どうやってコードをまとめるか、というのはあまり変わらない。それは人間の核のようなものであり、変わらないものだ。外部から得るスタイルは、人間が着る服のようなもの。服を着て、その服で1年を過ごす。そして服を着替える。服には移り変わりがある。スタイルにも移り変わりがある。それは、他の人のスタイルと交換可能だから楽しい部分だ。だが実際の声の部分に関しては、もしラッキーなら、人々は君の声を好きでい続けてくれるだろう、という程度。俺は音楽を30年間書いてきた。オービタルの声をみんながまだ好きでいてくれるということは、俺にとって幸運なことだと思う。

ユーチューブで、この春に行われた「The Biggest Weekend Belfast 2018」を観ましたが、新曲の“Tiny Foldable Cities”から“Satan”に続くところなど新旧の曲が完全にシームレスで繋がっていました。時間の隔たりにはなんの違和感も感じていないという感じですか?

ポール:感じないね。さっき話したことと繋がるけど、スタイルには移り変わりがある。スタイルは30年で変わったけど、その変化は繰り返している。現在の音楽には80年代の音楽の影響が非常に強い。ネットフリックスの最新映画を観たときも、設定は現在なんだが、音楽は80年代のティーン映画『プリティ・イン・ピンク』でかかっているようなものだった。いまでもそういうのが人気なんだ。音楽とスタイルは流行を繰り返す。デカい車輪のようなものだ。車輪は泥を走り、その途中で様々なものを拾って行く。そして新しい技術などが生まれる。俺たちは、短時間で作曲された曲“Tiny Foldable Cities”をかけ、次に古い曲である“Satan”をかけた。だが“Satan”は数年前、俺が曲を少し改良したんだ。だから新しいフレーヴァーが加えられている。曲は同じだ。つまり同じ声だ。だがスタイルが変わった。だが面白いことに、俺が改良するときに選んだスタイルは80年代中盤から後半にかけてのスタイルだった。だから“Satan”は過去のスタイルを加えることによって、新しくなり、いま、オシャレと言われている音へと前進したことになる。そんなことになるなんてクレイジーだろ? ライヴのセットを考えるとき、俺たちには30年分の音楽から選択する。だから曲と曲を繋げたときにうまく繋がる曲を選ぶようにする。そこからつくり上げていく。とにかく、スタイルは移り変わっていくものだ。スタイルで遊ぶのはとても楽しいことだと思うが、音楽の本質、奥にある声というものが何なのかということを考えて、ライヴのセットを組む必要がある。あのセットでは“Satan”をあそこに持ってきたことでうまくいったと思う。“Tiny Foldable Cities”はソフトでメロディックな曲だから、その後は、テンションを上げる必要があった。だからうまくいったと思う。

『Monsters Exist』の音作りはむしろ90年代を念頭に置いていると思ったんですが、90年代と現在で最も似ているところと、まったく異なっていると思うところは何ですか。

ポール:面白いね。俺たちは90年代の音に影響を受けて今回のアルバムを作ったとは思わない。だが無意識にその影響はあるのかもしれない。アルバムをミキシングしたのはスティーブ・ダブと言う、ケミカル・ブラザーズのアルバムのプロデュースやミックスをしている人だ。彼も俺たちと同じくらいの業界経験を持つ、オールドスクールな人だ。俺たちと彼には90年代というルーツが共通してある。それが自然に音楽に反映されたのかもしれない。それは意識していなかったことだ。意識したのは、音楽がそうでなくても、プロダクションに関しては踊れる感じにするということだったね。それで、質問の後半部分は何て言っていたんだっけ?

青木:90年代と現在で最も似ているところと、まったく異なっていると思うところは何ですか。

ポール:いまの技術は90年代のものとまったく異なっているね。エレクトロニック音楽に関しては特に、やりたいことが簡単にできるようになった。デジタルレコーディングが可能になってからは、ロック音楽も同様だと思う。90年代頃からデジタル技術が出始めていたけど、まだテープに録音するのが主流だった。それは制作過程の早い段階で物事を決定しなくてはいけないということだった。いまは何も決めなくて良い。アルバムをリリースするギリギリ前まで変更が可能だ。そういうことが簡単にできるようになった。いまは、自分を律するということを知らなくてはいけない。どの時点で作品が完成したかを見極めるのは、作曲家やプロデューサーやエンジニアにとって、何よりも偉大なスキルだと俺は思っている。アイデアがあってそれを、この地点から、あの地点へと持っていく。そして、あの地点へ持っていったらそれは完成だ。その途中で考えが変わることも、もちろんあるだろうが、この地点からあの地点へ行き、それを達成したから、このアイデアは良しとして完成とする。そして次に進む。それが大事だと思う。その方が音楽のアイデンティティも上手く保つことができると思う。アイデアをずっと練り回していたり変え続けたりしているのは危険だ。パレットで色を混ぜているのと同じで、ずっとやっていると最終的には茶色くなって終わる。せっかく綺麗な色が作れるというのに。

青木:では90年代と現在で最も似ているところは何でしょうか?

ポール:何だろう……音楽はほぼ同じだと思う。昔から変わっていない。音楽はトライブが基本となっているものだ。クラシックを含まない、フォーク音楽のことだけどね。ここで言うフォーク音楽にはロックもダンス・ミュージックも含まれる。楽譜を書いてつくる音楽ではなくて、耳を使って作曲するような音楽。クラシックではなくて、民芸としての音楽。そういう音楽はあまり変わっていないと思う。俺がやっていることは、初期のロックンロールの人たちがやっていたことと大して変わらないと思う。バディ・ホリーの“Peggy Sue”を聴いても、俺は同じことをやっていると思う。俺は歌ってはいないし、そのやり方も全然違うけど、ノリの良いリズムに響きの良いメロディが被さっている。あまり複雑でもないし長くもない。同じ感じだろ? だから音楽はあまり変わっていないと思う。技術は変わったよ。制作をするのがずっと簡単になった。だが簡単になったのはまやかしで、誰もが音楽をつくれると思ったら、それは違う。ギターを誰にでも渡すことはできるが、全員がギターを弾けるというわけじゃない。スタジオや技術に関しても同様だ。スタジオで作業できても、自分が達成したいヴィジョンがなくては、スタジオで混乱するだけだ。ヴィジョンを達成するということが本当のスキルだと思っている。そういう意味では、音楽自体はまったく変わっていない。

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俺にとって「Monsters Exist」というのは「この先、洪水注意」と書いてある道路表示のような、注意警告だ。中世の古い地図を見ていて、この先にはドラゴンやモンスターがいるから、その絵が描いてある、そんなイメージ。

タイトルにある「Monsters」と聞いて僕が最初に想像したのは、例の「GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)」というやつでした。ジョージ・グライダー(George Gilder)は最近の著作『ライフ・アフター・グーグル』でビーグ・データを解析するというビジネスモデルは終わると予言しています。シンギュラリティも起きないと。ちょっと楽観的かなと思いますが、「GAFA」とあなた方の「Monsters」観はズレますか?

ポール:ズレてはいないと思うよ。俺はその企業のことは全然考えていなかったけどね。俺にとっての「Monsters」は政治家やいじめっ子だ。だが確かに、いま挙げた4大企業も「Monsters」として捉えることができるね。俺にとって「Monsters Exist」というのは「この先、洪水注意」と書いてある道路表示のような、注意警告だ。中世の古い地図を見ていて、この先にはドラゴンやモンスターがいるから、その絵が描いてある、そんなイメージ。「モンスターはいるから気をつけなくちゃいけない。剣と盾を持って自分を守らなきゃいけない」。そんなメタファーだ。個人的に俺はモンスターが誰であるかということは言わないようにしている。「ドナルド・トランプはバカ者だ」というタイトルのアルバムを出すこともできるが、そんなことをしてもトランプ支持者を怒らすだけだ。「Monsters Exist」というタイトルのアルバムを出せば、トランプ支持者でも「そうだ、俺もグーグルは嫌いだ」と納得してくれる。人に鏡を向けているようなものだ。「君にとってのモンスターは誰だ?」と。君にとってのモンスターが誰であるか考えてほしい。君は「GAFA」を思いついて、それはそれで結構なことだ。アルバムを聴くとき、そのモンスターたちについて考えてほしい。それが君の聴き方であり、そうすることによってアルバムは君のモンスターについて語るだろう。そういう聴き方をしてもらいたい。

オービタルが紡ぎ出すメロディは古くは中世のジョン・ダウランドに通じる英国調というか、どことなく無常観が内包されていると感じますが、この世界の可能性をどこかで諦めているという感覚があるんでしょうか? 『Snivilisation』(94)などはその感覚が怒りとして出てきたのかなと。

ポール:その作曲家は知らないな。むしろレイフ・ヴォーン・ウィリアムズのような音が入っていると俺は勝手に思っているけれど。だがそれもフォーク音楽が大好きだということが共通していると思う。イギリスの古いものからの影響は多い。70年代のテレビ音楽や、BBCのラジオフォニックワークショップ(『IDMディフィニティヴ』P37参照)でかかっていた音楽などが、オービタルの音楽に反映されている。それらの音楽にはフォークな感じがあり、オールドイングリッシュな感じがしていたから。俺はフォーク音楽もよく聴く。その影響も俺たちの音楽に出ていると思う。俺は昔から中世っぽい音や、フォーク音楽が好きだった。レコーダーやパイプオルガンの音など、当時のインストラメンテーションが好きだ。管楽器のサウンドは魅力的だと思う。オーケストラの管楽器セクションも昔から好きだ。だからそういう時代や音の影響は確かにある。君が言ったジョン・ダウランドもイギリスの典型的な作曲家なら、彼の影響もオービタルの音楽に反映されていると思う。ジョン・ダウランドという名前だな? メモして後で調べてみよう。確かにオービタルの音楽には英国調な、フォークロア的な要素が含まれていると思う。そしてこのアルバムには怒りも含まれている。『Snivilisation』ではパンクロックやインダストリアル・ファンクのダークな過去に迫った作品だった。〈ファクトリー・レコード〉など、エレクトロニック音楽のムーディーな一面に対する俺たちの愛情を表現したアルバムだった。

ちなみにゴージャスな音作りは全体に楽しい響きがまさっていて、タイトルが示すような危機感はあまり喚起されませんでした。そういう聴き方じゃダメなんですよね?

ポール:そんなことないよ。どんな聴き方をしてもいいんだ。このアルバムには、ニヤリとしてしまうようなサウンドは確かにある。元々は怒りのこもったアルバムを作ろうという話をしていた。政治的にもこの世の中は怒りであふれている。その一方で、その混乱から逃避できるようなものをつくりたいという気持ちもあった。そのふたつの意図のちょうど真ん中くらいに着地できたと思う。タイトルは『Monsters Exist』で、アルバム・アートもそれらしいイメージが描かれている。だがモンスターが誰であるかということは明確にしていない。俺にとっては、現代のサウンドトラックみたいなものだ。映画音楽やテレビ音楽を手がけるアプローチと一緒で、現代の状況に合った音楽を作るような感じで今回のアルバムをつくった。だから恐ろしい部分もあるし、爆笑してしまう部分もある。この時勢において、イギリスがEUを脱退したのは、狂気の沙汰としか言いようがない。政治家やブレグジット支持者は何をやりたいのかまったく分かっていない。いや、彼らは、古き良きイギリス帝国に戻ろうとしていたんだ。それは本当にバカげたことだ。イギリスがどれだけ保守的でちっぽけな諸島だということが分かるだろう。“Hoo Hoo Ha Ha”や“P.H.U.K.”などの曲はアッパーで楽しい曲だけどそこには歪みもある。ピエロが乗っている車や、車輪がいまにも取れそうなジェットコースターのような歪みがある。「わーい! ジェットコースターだ! でも本当に死ぬかもしれない!」そんな感じ。そこには奇妙にひねくれた感じがある。それが現在のヒステリックなイギリスを表している。イギリス国民は、ブレグジットという崖っぷちへ喜び勇んで走っている。だが、その先はどうしたら良いのか誰も分からない。本当に話にならないよ! 俺はヨーロッパに行くと、「俺はブレグジットを支持しなかった。あれとは一切関係ない」と、まずみんなに謝らないといけないから本当に恥ずかしいよ。とにかく、アルバムは現状を表現したサウンドトラックだ。そこには“Monsters Exist”や”The Raid”などダークな雰囲気の曲もあれば、最後には大学教授であるブライアン・コックスが深い真理を語っている曲もある。現在の世界の状況やそれに対する忠告が含まれている。“Vision OnE”は「これは一体何を意味するんだ?」という感じもあるし、英国調のフォークっぽい感じもある。“Vision OnE”は比較的今回のアルバム制作段階の初期にできた曲だ。「何が起こっているの? 俺たちは何をやっているんだ?」という警告がなされている。

『Monsters Exist』を聴いてもしょうがないと思う人は誰かいますか? ロシア叩きに忙しいテリーザ・メイを除いて。

ポール:テリーザ・メイが聴いたら、少しは彼女の役に立つんじゃないかな? いや、むしろ鏡を見て自分に聞いてほしい。「私はブレグジットを実現した間抜けとして歴史に残って良いのだろうか?」と。それは冗談で、すべての人がアルバムを聴くべきだ。そしてすべての人がアルバムを買ってくれたら嬉しい。

ちなみに10日ほど前、フランス政府が環境問題に取り組む気がないことに反発してフランスのユロ環境相が電撃辞任しました。こういう政治家は信用できますか?

ポール:この政治家については知らないから、いま、君が言ったことに対するコメントしかできないけど、それは正しいことをしている人のような気がする。政治家がそういう形で辞任するときは、信条があってそうすることが多い。最近の政治家は、政治家としての仕事をする人よりも、キャリア志向で政治家をやっている人が多い。政治家なら状況が良くなっても悪くなっても自分の信条を貫くべきだ。権力を保とうとするゲームをしているやつらが多すぎる。だからそのフランスの政治家には、正しいことをやろうという姿勢が感じられる。そういう人がたくさん政治に参加してくれたら良いと思う。

今回、ゲストで参加しているのは物理学者のブライアン・コックスだけですか?

ポール:そうだ。彼の、人生を肯定する「何をやってもOK!」という内容のスピーチを最後に入れた。彼のテレビ番組が大好きで、彼に連絡を取り、最終的に、俺が話してもらいたかったそのままのことを話してくれたから最高だったよ。彼と話し合って、最近、彼が読んだ本からの結論部分を彼が読んでくれた。そしてそれを持ち帰り、素敵な曲になるようにまとめた。

ちなみに前作『Wonky』でレディ・レッサー(Lady Leshurr)を起用したのはなぜですか? グライム嫌いにも届いてしまう彼女の才能はすごいですよね。

ポール:彼女は素晴らしいよ。友人を介して彼女を知ることになった。俺たちは女性のラッパーを探していたんだ。彼女の名前が挙がったから、“Lego”という彼女の曲を聴いて「彼女は最高だ! 俺たちにぴったりだ!」と思った。まさに俺たちが求めていた人材だった。何年か前、BBCの「アーバン・プロームス(URBAN PROMS)」というテレビ番組に出演していたときも出演者の中で圧倒的に彼女が上手かったよ。

君にとってのモンスターが誰であるか考えてほしい。アルバムを聴くとき、そのモンスターたちについて考えてほしい。それが君の聴き方であり、そうすることによってアルバムは君のモンスターについて語るだろう。

若手で気に入っているのはネイサン・フェイクだとか。ほかに若手のプロデューサーでひとり、同世代のプロデューサーでひとり、それぞれ気になる人を挙げて下さい。

ポール:同世代のプロデューサーで好きな人と若い世代のプロデューサーだね。同世代だと俺はエイフェックス・ツインの音楽をいまでも楽しんでいる。彼は本当に笑わせてくれるよ。ミステリアスに見せているペルソナも好きだし、彼の音楽はいつも興味深い。彼の音楽のすべてが好きというわけではないけれど、興味はそそられる。彼は最高だよ。新鮮味を失っていない。あとは誰かな? 若い世代だとネイサン・フェイクと同世代でジョン・ホプキンスが好きだ。そんなに若くもないけど、俺にとっては若い世代だ(笑)。彼はつねにダンス・ミュージックやエレクトロニック音楽の構成が何であるかという限界に挑戦していると思う。だから彼には興味がある。“Emerald Rush”という最近の彼の曲は素晴らしい。とても面白い曲で、この曲を聴くと、「これはどうやってつくっているんだ?」と気になる。エレクトロニックな音で、俺に「これはどうやるんだろう?」と疑問に思わせることができるというのは良いことだ。

ローレル・ヘイローがゴールデン・ガールズ名義の“Kinetic”を『Minutes From Mirage』でミックスしていて、ちょっと驚きました。最近、あなた方の曲を若手が使って、その使い方などで驚かされたというようなことはありますか?

ポール:ないね(笑)。

青木:あるでしょう!

ポール:“Belfast”がミックスされたのをどこかで聴いたけど、それももう8年くらい昔のことだ。俺は最近はもう踊りに行ったりしない。フェスティバルやレイヴには行くけど出演者として行く。これはあまり言いたくないけど、50歳になった俺はもうあまりレイヴしなくなってしまったんだ。クラブにも行かない。嫌いなわけじゃないけど、もう興味がなくなってしまった。俺には子どもが3人いる。彼らと家でホラー映画を見ている方が楽しい。だがフェスティバルやレイヴに行くときは会場を歩き回り、どんなイベントなのか自分でも体験するようにしている。最近のイベントがどんな感じかを見るのは楽しいし興味深い。俺も実はどこかで最近、ゴールデン・ガールズがかかっているのを聴いたんだ。どこだったかな? 嫌だな、思い出せない。どこかでかかっていて、この曲がまだかかっているなんて面白いなと思った記憶がある。“Kinetic”は変な曲で、あの感じがずっと続く。

さらに新作から離れてしまいますが、個人的にはニコラス・ウィンディング・レフンの『Pusher』でサウンドトラックを手掛けたことも驚きでした。あれはどんな経緯で手掛けることになったのでしょう。

ポール:昔からの友人でロル・ハモンドという奴がいて、彼はドラム・クラブというバンドをやって、ドラム・クラブというクラブもロンドンで経営していた。

行ったことあります。地下鉄の廃線にあったクラブですね。

ポール:そう。彼が『Pusher』の音楽監督をやっていて、俺たちに合う仕事だと思ったらしい。彼が連絡をくれて「やらないか?」と聞いたとき、俺たちはちょうど『Wonky』をミキシングしているところだったから「時間がない」と答えた。だが、彼から再び連絡が入り、「頼むからやってくれよ!」と言われたので、それならオービタルとしてやることにして、フィルにも参加してもらうことになった。『Wonky』のアルバムをミキシングしにロンドンに通う電車の中で、サウンドトラックの作曲のスケッチをすべて完成させ、アルバムをミキシングしている傍ら、サウンドトラックの作曲を進めた。サウンドトラックのスケッチを数週間で完成させ、『Wonky』のミキシングが終了した後、2週間かけてサウンドトラックをミキシングして完成させた。すごく楽しい企画だったし、参加できたことは光栄だったよ。

最後の質問です。あと何回ぐらい解散する予定ですか?

ポール:数週間後には解散する予定だよ。それは冗談で、もう解散はしないと思う。俺たちは約束をしたんだ。どんな馬鹿げた事情や理由があっても、バンドは解散させないと。バンドはこの先ずっと続ける。それが俺たちの計画だ。

青木:ありがとうございました! 日本に来るのを楽しみにしています!

ポール:ありがとう! 日本には来年の夏まで行く予定がないんだけど、もっと早く行きたいからそれが実現できるようにプッシュしているんだ。いまはライヴで忙しいから詳しくはまだ分からないけど、早くまた日本に行きたいよ!

青木:お待ちしています!


Georgia Anne Muldrow - ele-king

 怒濤の〈Brainfeeder〉祭り、続きます。かつて〈Stones Throw〉からデビュー・アルバムを発表し、マッドリブとのコラボや、エリカ・バドゥ、モス・デフ、ディーゴらの作品への客演で知られるLAのシンガーソングライター/マルチインストゥルメンタリストのジョージア・アン・マルドロウが〈Brainfeeder〉と契約、同レーベルより最新作をリリースします。国内盤CDとデジタルは10月26日に先行発売(輸入盤CD&LPは11月2日発売)。なお、10月24日発売予定の『別冊ele-king』には、彼女のインタヴューが掲載されます。そちらも合わせてご期待ください。

Georgia Anne Muldrow

現代のニーナ・シモンとも称される才媛、ジョージア・アン・マルドロウ、
フライング・ロータスをエグゼクティブ・プロデューサーに迎え、
設立10周年を迎えた〈Brainfeeder〉から待望の最新アルバムを発表!
アルバムから先行配信曲“Aerosol”が解禁!

彼女は本当に素晴らしいよ。ロバータ・フラックやニーナ・シモン、エラ・フィッツジェラルドを彷彿とさせる。特別な存在だよ。 - Mos Def
これからは彼女の時代だ。 - Ali Shaheed Muhammad(A TRIBE CALLED QUEST)

今年設立10周年を迎え、夏にはソニックマニアでステージをまるごとジャックしたアニバーサリー・イベントを大盛況のうちに終え、ますます勢いを増すフライング・ロータス主宰レーベル〈Brainfeeder〉。ロス・フロム・フレンズ、ドリアン・コンセプト、ルイス・コール、ブランドン・コールマンと怒涛のアルバム・リリース攻勢が続く中、フライング・ロータス自らがエグゼクティブ・プロデューサーを務めたジョージア・アン・マルドロウの〈Brainfeeder〉移籍第一弾アルバムが発売決定。

ケンドリック・ラマー、エリカ・バドゥ、ATCQ、ブラッド・オレンジ、マッドリブ、ビラル、ロバート・グラスパーら名だたるアーティストが支持する現代のニーナ・シモンとも称されるジョージア・アン・マルドロウにとって3年ぶりのオリジナル・アルバムとなる本作は、大半の楽曲を引き続き自らがプロデュースを行い、ピッチフォークでベスト・ニュー・トラックを獲得した先行シングルにしてタイトル曲“Overload”を含む4曲では、50セントからスヌープ・ドッグ、TDEやOFWGKTA諸作などを手がけてきた西海岸屈指のプロデューサー・デュオ、マイク&キーズ、共同エグゼクティブ・プロデューサーとしてフライング・ロータスに加え、アロー・ブラック、公私ともにパートナーであるダッドリー・パーキンスが参加した力作となっている。

アルバムからは2枚目となるシングル「Aerosol」が9月14日に公開。オランダ人ヒップホップ・プロデューサーのムーズを迎え、回顧的なリリックが映えるスローモー・ファンクを披露している。

Georgia Anne Muldrow - 'Aerosol'
https://youtu.be/nqGOU6d5pLA

「アルバム『Overload』は抑制の中での実験なの。私は、世界中の才能あるアーティストたちの力を借りて、できるだけ明瞭に自分自身を何らかの形に押し込めている。ライブはその解釈を実験する場になる。そこで私と(私のバンドである)ザ・ライチャスは、押し込めたその内容を楽しげな騒音に解放する。この二つのエネルギーがずっと私の中でバランスを取ろうとせめぎ合っていた。生まれたときから……あるいは何かをレコーディングしたいと思ったそのときから。そして、忍耐と規律と忠誠のおかげで、どこが力を入れるベストなポイントなのか、少しずつ明らかになってきた」

と本人が語る通り、彼女の偉大なキャリアにおいてもターニングポイントとなるであろうニュー・アルバム『Overload』は〈Brainfeeder〉より国内盤CDとデジタルが10月26日(金)に先行リリース(輸入盤CD/LPは11月2日発売)。国内盤CD歌詞対訳、解説書が封入され、ボーナストラックが追加収録される。またiTunes Storeでアルバムを予約すると、公開中の“Aerosol”、“Overload (feat. Shana Jenson & Dudley Perkins)”がいち早くダウンロードできる。

また、今回のリリースは〈Brainfeeder〉10周年キャンペーン対象商品となっている。


Brainfeeder10周年キャンペーン実施中

CAMPAIGN 1
対象商品お買い上げで、〈Brainfeeder〉10周年記念ロゴ・ステッカー(3種ランダム/商品に封入)をプレゼント!
CAMPAIGN 2
対象商品3枚お買い上げで、応募すると〈Brainfeeder〉10周年記念特製マグカップもしくはオリジナル・Tシャツが必ず貰える!

応募方法:
対象商品の帯に記載されている応募マークを3枚集めて、必要事項をご記入の上、官製ハガキにて応募〆切日までにご応募ください。

キャンペーン詳細はこちら↓
https://www.beatink.com/user_data/brainfeederx.php

label: BRAINFEEDER / BEAT RECORDS
artist: Georgia Anne Muldrow
title: Overload

国内盤CD BRC-583 ¥2,400+税
ボーナストラック追加収録 / 解説・歌詞対訳冊子封入

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Swamp Dogg - ele-king

 これはぶち飛んだ。この4月にリリースされたマウス・オン・マース『ディメンジョナル・ピープル』には数多のゲストがフィーチャーされ、そのなかでもスワンプ・ドッグがクレジットされていたことにはかなり驚き、その経緯についてヤン・ヴァーナーにも訊いてみたばかりだった(「エレキング」22号参照)。それだけのことでスワンプ・ドッグの新作を聴いてみようと思った。いや、それだけではない。タイトルに「オート・チューン」と入っていたことが決め手だった。『愛と喪失とオート・チューン』。どんなタイトルだろうか。スワンプ・ドッグことジェリー・ウイリアムズ・ジュニアは今年77歳になるヴァージニア州のブルースマン。これが、そう、オート・チューンで声を変形させ、ブルースやソウルを歌いまくっている。“I'll Pretend”ではボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンまで従えている。サイケデリックである。細かいギターのカッティングではじまり、シンセ・ベースに導かれた”$$$ Huntin’”などはもはやエレクトロだし、アルバート・キングがモダン・ブルースで、ファンタスティック・ネグリートがコンテンポラリー・ブルースなら、『愛と喪失とオート・チューン』はそれこそフューチャー・ブルースというしかない。ほとんどフィードバック・ノイズだけでソウル・ナンバーを歌い上げる”Sex With Your Ex”やブレイクビーツでがっしりとしたリズムを刻む“She's All Mind All Mind”も素晴らしい。

(全曲試聴可)
https://www.npr.org/2018/08/30/641286054/first-listen-swamp-dogg-love-loss-and-auto-tune

 プロデューサーはまさかマウス・オン・マースじゃないだろうなと思ったらライアン・オルスンという人で、どうやらボン・イヴェール周辺の人らしい(よく知らない)。カニエ・ウエストの『808s&ハートブレイク』など最近の音楽はオート・チューンだらけだなあと感じていたスワンプ・ドッグはどうやらオルソンに自分の曲を好きにいじらせたらしく、言ってみればギル・スコット・ヘロンのラスト・アルバムをジェイミー・XXがリミックスして『ウイ・アー・ニュー・ヒア』(11)として生まれ変わらせたのと同じ経過をたどったものだと想像できる。元々、サイケデリックな表現を核としてきた人なので、そのようにして曲が変形していくことにはこれといった抵抗もなかったのだろう。出来上がったサウンドを聴いて「驚いちゃったね、もう(I was knocked out by what I heard. I couldn't believe it was me. It's some of the greatest and outrageous music I've ever heard come out of the Swamp Dogg.)」みたいな発言をしている。『ウイ・アー・ニュー・ヒア』と大きな違いがあるとすれば作者名にオルスンの名前は入れず、自分の名前だけがクレジットされているところだろう。リリース元のホームページでは「スワンプ・ドッグは国宝だから」とまで言い放っていて。

 「1977年にローリング・ストーンズはいらない」と歌ったクラッシュの歌詞をまともに受け取り、阿木譲の『ロック・マガジン』で紹介されていたディスコやニューウェイヴばかり聴いていた僕は1986年にロンドンで忌野清志郎と知り合い、彼の音楽に打ちのめされたことで一種のアイデンティティー崩壊を起こしてしまった。それまで否定していたオールド・ロックに感動してしまったのだから、これはもう大変なショックで、価値観が揺らいだままどうすることもできず、どっちも好きなのが自分だと思えるまでに1年間も悩んでしまった。いまから思うと、よくもそんなことで世界の終わりでも来たかのように悩み続けられたなとも思うけれど、あの時期の自分に聴かせてやりたいと思うアルバムが『愛と喪失とオート・チューン』です。驚いただろうな、オレ~。それともまったく意味がわからなかっただろうか。

 それにしても、ジョン・ハッセルといい、ジョージ・クリントンといい、今年は70代がどうかしてますよね。山根会長とか。

interview with Cornelius - ele-king

 『Mellow Waves』は、決してトレンディなサウンドというわけではないし、シーンを調査して作ったというよりは独自のアプローチを持っていて、日本のポップスとしては珍しく、言うなればここ数年のジェイムス・ブレイクからザ・XX、フランク・オーシャンらをはじめとするメランコリーな潮流にリンクするアルバムだった。歌の主題はバラ色の生活でもなければ太陽でもなく、雨や夜と共鳴する内省的なものばかりで、しかし音のほうは新鮮だった。時代感覚に優れているし、たとえばエイフェックス・ツインや坂本龍一と同じステージに出ていっても違和感のない日本のロック・ミュージシャンは、小山田圭吾のほかに誰がいるのだろう。控え目に言ってもこれはすごいことだし、日本のことに若い音楽の多くが政治と同じように内向きになっている現状を考えれば、どんなに歳をとっても尖っていて、土着性に対してもドライでいられるコーネリアスは、いまでも希有な存在だと言える。
 この度リリースされる『Ripple Waves』は、『Mellow Waves』と同じ時期に発表されたアルバム未収録曲とリミックス・ヴァージョンをひとつにまとめた編集盤で、いわば企画盤。当然ながら小山田圭吾はこの場で、彼らしい悪戯っぽさと音楽との戯れとを見せ、楽しみの部分を膨らませている。つまりちょっとうれしくなるCDだ。言うまでもなくうれしくなることは、良いことだ。たとえちょっとでも。
 だいたい1枚のアルバムにおいて、ドレイクのカヴァーとフェルト(※80年代前半のチェリー・レッドを代表するバンドのひとつで、暗く切なく叙情的なギター・サウンドとヴォーカルを特徴とする)のリミックスを並列させるという大胆な発想は、面白い。細分化され、ともすれば趣味の差異化を競い合うだけになったシーンを見透かすようで、あるいはまた、“夢の奥で”のようなコーネリアスからのヴェイパーウェイヴへの回答と呼べるような曲もあるが、これもアルバムの一部としてハマっている。

 フェルトは別格(というか特別枠)として、リミキサーのラインアップからは彼なりの“いま”が見える。UKジャズを代表するレーベルのひとつ、〈22a〉で活躍するレジナルド・オマス・メイモードIV、NYのインディ・ロック・バンド、ビーチ・フォシルス、メルボルンのソウル/ファンク・バンド、ハイエイタス・カイヨーテ、先述したフェルトのローレンス、そして細野晴臣と坂本龍一という巨匠ふたり。なかでも坂本龍一によるアンビエント・ミックスは、『Mellow Waves』というプロジェクトの最後を飾るのに相応しく、これがまた……、まったく素晴らしい切なさと美しさを携えている。
 こうした企画盤の多くはコア・ファンを対象にしたものなのだろうけれど、『Ripple Waves』はそれだけで片付けてしまうにはもったいない、『Mellow Waves』とは別の輝きをもっているわけです。ひょっとして、三田格に言わせれば食品まつりがいないじゃないかとなるのだろうけれど、まあいいじゃないですか、それでもここにはコーネリアスと一緒にドレイクとヴェイパーウェイヴと坂本龍一とフェルトがいる。こんなイカれた企画盤はそうそうあるもんじゃない。E王(推薦盤)でしょう。

『Mellow Waves』はひとつ自分で全部世界観を作っているものなんですけど、これはそこから派生していったものなので、半分は自分であり、それぞれのアーティストの作品だから。というかほぼリミックスというよりも彼らの作品に近いような感じになっている。

『Mellow Waves』をリリースして、日本全国ツアーからはじまって、アメリカとヨーロッパに行って。ずっとライヴで忙しかったんじゃないですか?

小山田:うーん。まぁまぁですかね。今年はライヴをやっていましたね。

去年から。

小山田:まぁ去年から。

その前に『FANTASMA』のツアーをやっていますが、今回のライヴツアーとは全然違ったと思います。やっていてどうですか?

小山田:楽しかったですね。まだちょっとあるんだけど。

例えば、US、UK、あるいはソナー、ヨーロッパとか今回の新しいセットで行ってリアクションはどうでしたか?

小山田:うーん。良いんじゃないかな(笑)。いままでのなかでいちばん楽しいツアーですね。

どんな意味で楽しかったのですか?

小山田:いろいろかな。ちゃんとできるようになってきたというか。日本でやっている感じをそのまま持っていけている感じがします。行程的にもそこまで過酷じゃなく、お客さんもわりと皆喜んでくれて。

ロンドンにいる知り合いが、仲の良いレコード店から連絡があって、「今日コーネリアスが店に来た!」って言っていたそうです(笑)。

小山田:どこの? シスター・レイかな……。

どこかわからないけど2カ月くらい前かな。

小山田:ロンドンで結構レコード屋に行きましたね。

ちょうどそのときその人は、細野晴臣さんのライヴに坂本龍一さんと髙橋幸宏さん。小山田君たちが出たときのライヴを観ているんですよ。

小山田:YMOで出たとき。それはたまたまコーネリアスでヨーロッパに行っていて。細野さんがロンドンでやるというから、ロンドンに残って細野さんを観て帰ろうと思っていたら、じゃあやるよ! みたいな感じになって(笑)。

急遽でることになったんだ(笑)。

小山田:そうです(笑)。

UKはブリクストン?

小山田:ブリクストンのフィールド・デイというフェスです。

ヨーロッパはソナー?

小山田:うん。

(といいながら、電子タバコを吹かしている様子を見ながら)

小山田君、タバコを止められなくて苦労しているでしょ(笑)。

小山田:いや、いまこれがお気に入りで(笑)。

宇川(直宏)君がタバコを辞めたのを知ってる?

小山田:そうなんだ! そういえば吸っていなかったような気がする。でもウーロンハイをガボガボに飲んでいましたよ(笑)。

どこであったの? 

小山田:「AUDIO ARCHITECTURE展」という展覧会の関係でこの前ドミューンに出演したときに久しぶりに会いました。

ドミューンにでたんだ! すごいね。

小山田:いやぁすごいなぁ宇川君……。こっちでスイッチングしながら、こっちでツイートしながら、俺と喋って、ウーロンハイを飲むという(笑)。それでこっちで喋って参加したりしながら。4人分くらいのことをやっていたよ(笑)。全部がハイテンションで。

すごいよね(笑)。

小山田:聖徳太子みたいだった(笑)。

たしかに(笑)。このリミックスとか未発表曲とかは、『Mellow Waves』を録音したときに作った曲もあれば、それ以降に作った曲もあって、それをまとめたものだと思うんですけど、本当に良いアルバムだなと思いました。いちいち驚きがあったんだけど、ドレイクの“Passionfruit”のカヴァーに結構驚きました。こんなのいつのまにだしていたんだと思って。

小山田:これはSpotify Singlesという、Spotifyだけのシングルみたいなものがあって。

ニューヨークで録ったんでしょ?

小山田:そうです。Spotifyの会社のなかにスタジオがあって。

ドレイクの“Passionfruit”にしたのはなぜ? 好きだからなんだろうけど。

小山田:Spotify Singlesは、1曲オリジナルで1曲カヴァーみたいなことが決まっていて、最初全然違うのを言ったんですけど、そうしたら向こうのマネージャーやレーベルの人にそんな誰も知らないような曲をやっても意味ないとか言われて。それでえぇーと思ってこれを思いついて。逆に皆びっくりして良いかなと思いました。曲が好きだったんですけどね。

その場で決めたの?

小山田:その場ではなくて、行くちょっと前に決めてこれやりますよと一応言ってから。

小山田君がドレイクを聴いていることがすごく意外だった。

小山田:そんなにちゃんと聴いていないですけどね(笑)。でもこの曲は好きだった。

未発表曲が全部CD化されたのもすごくはまっているなと思いました。“夢の奥で”なんかもこうやって聴くと良い曲ですよね。

小山田:曲なのかなんかわからないけど……。

これはヴェイパーウェイヴを意識したわけではないでしょ?

小山田:うーん、ヴェイパーウェイヴに近いものはありますよね。これはうちのおじいちゃんがしゃべっているんですよ。ヴィデオもあって、MVもあるんですけど自分で作りました。子供の頃の自分がしゃべっている声がこれに入っているんですけど、実はその映像が残っていて、その映像を使って作りました。

これもすごく良かったな。アルバムの後半はリミックスが続くわけですが、このリミキサーの人選はもちろん小山田君が自分で選んだのですか? 

小山田:うん。そうです。

どうしてこの人選になったんですか?

小山田:最初はSpotifyとかそういうサブスクリプション用にリミックスを何曲か作りたいと言われて、何人か名前を出したんですよ。坂本さんと細野さんは『Mellow Waves』が出たときに『サウンド&レコーディング』のリミックスを付けるという企画でお願いしたやつです。ほかの人選に関しては、国とか世代とかジャンルとかがばらける感じで、自分が聴いてみたいと思う人という感じですかね。

フェルトのローレンス(笑)。これはいちばん笑いました(笑)。

小山田:これはねぇ、いちばんヤバイですね(笑)。

よくコンタクトが取れましたね。

小山田:コンタクトが取れるという話があって、ローレンスのマネージャーという人と連絡がつきました。高校性ぐらいからずっと大好きで、どういう人かというのも何となく知っていたし、相当な変わり者だという話も聞いていました。リミックスとかやったことが無いと思うのでどうゆうものがでてくるのかなぁっていう。

たくさんのニューウェイヴ・バンドというか、好きなものがたくさんいるなかでなぜフェルトだったの?

小山田:なんか……、好きなんですよね(笑)。興味があったんですよね。やってくれそうな感じもちょっとしたので。

フェルトを聴き直していたとかそういうことじゃなくて?

小山田:フェルトは常に聴いていますね。今年ちょうど再発したんですよね。それでまたちょっと気になって。

再発したこととかよくチェックしてるね。

小山田:チェックはしていますよ。ローレンスのことは気にしています常に(笑)。〈Heavenly〉というレーベルが作った『Lawrence of Belgravia』というローレンスの映画があるらしいんですよ。日本語訳は出ていないんだけど、ローレンスのドキュメンタリーみたいなやつで、それをすごく見てみたいなと思いますね。

ある種の伝説みたいな人になっているのかな?

小山田:そうじゃないのかなぁ。

孤高の人だもんね。

小山田:本当に孤高の人だし、フェルトの作品はフェルトというものとしてすごく完成されているし、相当いろんな人に影響を与えていると思うんだけど、評価がだいぶ低い。人としても音楽としても興味がある人ですよね。

『Mellow Waves』のテイストとフェルトというのは、たしかにあるなとは思ったんだよね。

小山田:ちょっとあるでしょ。

だから『FANTASMA』のときではないじゃん。

小山田:じゃないですね。なんか曇っていて悲しげみたいな感じはフェルトにすごくありますよね。

これは歌ったり演奏したりしたわけではないんだね。

小山田:声が入っているんですよね。コ〜ネ〜リア〜ス♪って入っていて、ぼくの名を呼ぶ声が入っている(笑)。自分は暴力温泉芸者とかを思い出したんだけどね。中原君のコラージュとかを思い出したんだけど。ああいうちょっとナンセンスなセンスみたいなものがあるなぁと思って。彼はミュージシャンではないというか、楽器を演奏したりということはあんまりしないから、どういうものになるのかなと思っていたけど、フェルトとかいまやっているゴーカート・モーツァルトとかともまた全然違う感じになっておもしろかった。

これはコーネリアスの昔からのファンからしてみたらいちばんうけるというか。

小山田:曲は置いといて。

この組み合わせはなるほどと思いましたよ。ぼくはビーチ・フォシルスを知らなかったんだけど、ニューヨークのインディ・バンド?

小山田:ブルックリンの若手インディ。

これは若い世代にひとつ託そうみたいな感じ?

小山田:うん(笑)。単純にビーチ・フォッシルズのアルバムが好きだったんです。いまどきの若いインディーのバンドをひとつ入れたいなと思って。いわゆるインディー・ロックっぽい感じでね。

レジナルド・オマスさんも意外だったね。ぼくもロンドンのこの辺の人たち、〈22a〉周辺の人たちの音がすごく好きで聴いています。

小山田:かっこいいですよね。この前ブリクストンのフィールド・デイというフェスでライヴがあって、近所だから行くと言ってきてくれて会いました。若い人でした。ヒップホップなんだけど、全然オラオラしている感じじゃない。プリンスとかスライとか、あとリズムが独特で好きなんですよ。

やっぱり聴いて?

小山田:うん。好きで聴いていて。

ハイエイタス・カイヨーテはメルボルンのバンドだよね? これも知らなかったな。

小山田:この人たちは結構話題になったよね。メジャーだし。

ヴィジュアルだけみると、ロータリー・コネクションみたいな感じだね(笑)。

小山田:たしかに(笑)。ロータリー・コネクションぽいね(笑)。音楽的にも近いかもね。ちょっとサイケデリックなソウル・ファンクみたいな感じで。めっちゃ演奏が上手くて、プレイやーとしても皆すごくて。ビートの解釈がすごく斬新。

これも聴いて好きだったからやろうという感じ?

小山田:うん。

最後は、巨匠ふたりのリミックスで見事に締められるわけですが、ぼくはこれで初めて聴いたんだよね。

小山田:本当にいろいろなメディアで発表していたから、ひとつにするとやっとちゃんと聴ける。

細野さんはベースを弾いているわけではない?

小山田:たぶん弾いてはいないと思うんだよね。

普通にリミックス?

小山田:うん。

坂本さんは『async』に入っていてもおかしくないくらいの曲になっていて。

小山田:うん。『async』の世界ですよね。

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アナログだけで出ているやつもあるし、Spotifyだけとか、YouTubeだけとか。それだけだとまとめて聴けないからこういう形にコンパイルしたものという感じで。

『Mellow Waves』は一枚の完成されたアルバムだから、ひとつの世界にまとまっていてすごく緊張感がある作品だけど、今回の『Ripple Waves』は基本的には『Mellow Waves』の兄弟アルバムみたいな感じなんだけど、逆に遊び心があって、良い意味で気楽に聴けるリラックスした作品かなという感じもしました。『Mellow Waves』とは対照的な明るいアルバムになっているでしょ? それがすごく良かったんですよ。小山田君自身は聴いてみてどうだった?

小山田:『Mellow Waves』はひとつ自分で全部世界観を作っているものなんですけど、これはそこから派生していったものなので、半分は自分であり、それぞれのアーティストの作品だから。というかほぼリミックスというよりも彼らの作品に近いような感じになっている。

特に後半はね。この新曲はこのために録ったの?

小山田:このためというか、このあとツアーがあるんですけど、ツアーで新曲を一曲やりたいなと思っていて、ツアーでやる曲として作りました。これで聴くとなんだかよく分からないと思うんだけど(笑)。

“Audio Check Music”って何の企画だっけ?

小山田:テクニクスのターンテーブルのための企画を発展させた曲で、オーディオをチェックするため用の曲。言うとおりにしていくとステレオの調整ができるという。

これを1曲目持ってくるところが良いよね。コーネリアスらしい遊び心からはじまるという。

小山田:これは1曲目しかないですよ(笑)。

たしかに(笑)。しかし、贅沢なオーディオ・チェックCDだよね。

小山田:音楽としても聴けるからね。

このなかで小山田君が良く聴く曲は? 好きな曲は? わりと客観的に聴けるでしょ?

小山田:そうですね。なんでしょうね。みんな好きですけどね。ビーチ・フォッシルズの曲は好きですね。みんな好きです。ハイエイタスも良いし。

そうだね。個性がすごいそれぞれでているよね。

小山田:自分の曲を聴いている気がしないですね(笑)。

ドレイクは?

小山田:ドレイクは、これはまぁ……。スタジオでせーので録音しなくちゃならなかったので、さらっとやった感じですね(笑)。

そうなんだ。でもコーネリアス・サウンドにちゃんとしているもんね。R&Bみたいなものも聴くの?

小山田:ちょいちょい。

全体的に最近気になった音とかある?

小山田:それ毎回聞かれるけど、毎回同じものを答えている。クルアンビンっていう人知っている? テキサスのバンドで、3人組でタイの音楽とかが好きとか言っていて、ほぼインストなんだけど。ドラムのやつが黒人でヒップホップのDJかなんかで、ギター・インストみたいな感じの。独特で。

ちょっとワールドっぽい、インドネシアとかタイとかそんな感じのやつ。あれ良いよね。

小山田:ビートの感じとかヒップホップが好きそうな感じで。頭の拍だけ抜いたり、すっごいセンスが良いなと思って。

あれが好きなんだ。

小山田:あれを良く聴いている。

ぼくも好きです。今年の頭くらいにでたやつね。

小山田:あとなんだろう、ちょいちょいあるけど。

これだけインターネットでいろいろなものが手に入るから、昔みたいにレコード屋とかになかなかいかなくなるじゃない。どういう所で新譜をチェックするの?

小山田:新譜はYouTubeとかSpotifyとかが多いですね。

YouTubeとかって?

小山田:YouTubeは動画を観る感じだけど。iTunesで買ったりもするし、CDもたまに買うし。

Spotifyとか新しいリスニング環境には慣れた?

小山田:うん。ガンガン使っています。

ガンガン使っている(笑)。あれに馴れる人と馴れない人がいるみたいだね。やっぱりCD、レコード時代を知っている世代だと。

小山田:いろいろあってめんどくさいけどね。Spotifyで聴いていて、買ってiTunesに取り込んで、Spotifyでは聴けないみたいな(笑)。アナログだけ持っているみたいなのとか。

Spotifyとかこんなに便利なもので、こんなにたくさん聴けるなんて。電車に乗っていてもこれさえあれば時間潰せるしって思うくらい聴いちゃうんだけど。でも家で聴くときはCDで聴きたいかなっていう。

小山田:え、盤で聴いている? CDをかけて聴いているんだ。それは結構珍しいんじゃない?

あとはアナログ盤。

小山田:アナログ盤ね。アナログ盤はたまに聴く。CDを盤で聴くことは無い。CDはリッピングしてパソコンで聴く。

えぇーそうなんだ。

小山田:まぁいろいろだね(笑)。

でも最近ついに若いDJで、CDで音楽を聴いたことがないという世代に会いましたよ。だから逆にUSBかアナログ盤。

小山田:アナログはまだ使うんだ。

逆にアナログは若い子たちが好きだから、むしろアナログを買う人たちって結構若い子たち。カマシ・ワシントンの8000円のアナログ盤を一生懸命買っているやつとかいるからね。

小山田:うちの息子もそうだ。レコードは俺より全然買う。

DJやるときはアナログ盤にまた戻ってきているんだよね。

小山田:うちの息子はたまにDJをやっているけどアナログだね。

そうでしょ。10代〜20代前半の人で最近は多いよね。逆にCDJの使い方が分からないというのが面白い。音楽の聴き方の選択肢がホントに増えたよね。

小山田:このアルバムがまさにそういう感じなんだよね。アナログだけで出ているやつもあるし、Spotifyだけとか、YouTubeだけとか。それだけだとまとめて聴けないからこういう形にコンパイルしたものという感じで。

じゃあこういう作業って、ひとつにまとめる意味でも重要だよね。

小山田:うん。これからそういうのにきっとなるよね。というか、もういまなっているのか。

そういう意味では、プラット・フォーム的なメディアとしてCDは全然役目があるでしょう。

小山田:CDというかアルバムという概念が、アイコン的なものがジャケットとしてあって、まとめられないとちゃんと聴けないというのはまだあるよね。

ドレイクのカヴァーとか、ぼくは知らなかったもんなぁ。ところで、今回のジャケットも『Mellow Waves』と同じ路線だね。

小山田:版画の中林(忠良)さんという僕の叔父さん。

『Mellow Waves』のジャケットは何とも言えない、何もない感じがあるのに対して、『Ripple Waves』のジャケットは人が複数いるじゃない。だからそれも今回のアルバムを象徴しているのかなって。

小山田:そんなイメージです。

コーネリアスはリミックスを自分もやったり、あるいはリミックスされたりということが多いわけだけど、小山田君のなかではリミックスをしてもらうという作業が好きだよね。

小山田:単純に自分が興味ある人に頼んでいるので、どんなのになるのかというのは楽しいですよね。

それは人選も含めて?

小山田:うん。

このあとこれだけツアーがあって、しばらくはコーネリアスとしての活動というのはライヴを中心にやっていく感じですか?

小山田:そうですね。ツアーが終わったら、日本でのツアーはやらないと思うんですけど。このあとアジアがあって、来年またアメリカとかヨーロッパとかちょっと行こうかなと思っていますけどね。

今年の『Mellow Waves』のツアーはこれが最後だ。

小山田:うん。1年くらいやってきたんで。

このセットでは最後だね。

小山田:去年やっていたセットでまだできていなかった曲とかもだいぶ増えるので、もうちょっと完成版みたいな感じになる。前はライヴハウスだったんだけど、今回はホールなので、中高年の人にやさしい(笑)。そういうところでしかできない演出とかもあると思う。

去年のリキッドルームでのライヴとはまた全然違うコーネリアスが。

小山田:やっぱりライトとか映像とかライヴハウスだと天井が低いから、あんまりわからないと思うんだよね。

じゃあ『Point』のころ並みのすごいライヴをやるの? あのときのライヴって映像とかシンクロして。

小山田:全然こっちのほうがちゃんとしていると思う。

え! あれよりもさらに進化している(笑)。ライヴを楽しみにして、『Ripple Waves』を聴くようにということですね。ありがとうございました。

小山田:ありがとうございました。

 

※『Ripple Waves』と同時に、『Mellow Waves』のアナログ盤もリリースされます。ダブルジャケットで、こちらはまたアートワークが見応えもある。

10 イン・サークルズ(3) - ele-king


 8月も半ばを過ぎると急に涼しい日が訪れることはまだ例外になっていないようで、ひと段落つくのと同時に何か始まるような気がする一刻があるものだが、ともかくそんな秋めく日に岡田拓郎の「The Beach EP」が発売された。そんな日のように安堵と焦燥をもたらすこの音楽は、1回でも多く再生されればこの上ないが、僕の上にも別種の安堵がやってきた。安心を求める道理もないのだが、結局のところ少し気持ちが整ったのだろう。自分で勝手に決め込んだ心配ごとを気遣っていることに気がついたとも言える。それは打楽器についてで、告白するとコラムの第1回「はじめにドラムありき」というタイトルは野田さんにつけてもらったもので、その意味を今になって感じはじめているというわけだ。自分が思っているよりも打楽器のことを考えているみたい。

 その少し前のお盆辺りには、ひどい猛暑を抜けて阿蘇へ行った。阿蘇の記憶と言えば、とくに何もはいっていないリュックサックを自慢げに背中にしょって、火口すれすれを歩いたことで、小学校にあがるずっと以前のことだと思う。記憶には、ロープウェイも、エメラルドグリーンの火口湖も、柵も、待避壕も、強風もなく、ゴツゴツとした赤茶の地面を歩きながら、すぐ左下に見える急斜面に全視線を注ぎ込み、スリルと絶対に落ちない理由ない確信が入り交じりただ恍惚として歩いたことが残っている。今度はどうかとぼんやり思っていたが、とくになんの引き金もなく、ただ地震にて立ち入り禁止になったロープウェイ乗り場と外国人観光客を横目に強風の中をルート通りに歩いておわった。記憶のアップデートは、思い出すことのきっかけになりするすると引き出してくれる場合のみ有効で、壊さずに元の境界からいまの場所に移し替えるのはなかなか困難で、そこに時間が加われば余計にそうみたいで、現実の閾で肝心なものが消え失せるならさっさと踵を返した方がよいこともある。地元大分に拠点を移してからは、よりそのことに気をつかっていないといけない。

 打楽器に関しての最初の記憶は、薄暗い音楽室にあったギロについてで、どうしてか使い方がわかっているはずなのに、扱ってみると当然上手くいかず、本来醸し出すはずの雰囲気を遠目に感じるだけで終わった。使い方がわかっていたというイメージ先行は、テレビのドキュメンタリーで見た南米の葬式の演奏がえらく陽気だったことや、親のカーステで流れていた“コンドルは飛んでいく”が只管はいったカセットの影響からだろうか。

 このギロについてはいまアップデートしている。元々パーカッションに興味を持ったのはシェイカーやマラカスからで、持続音が鳴っているところになにかリズムの肝が隠れているのではないかと感じたところからはじまった。そこを感じてから打音の太鼓やドラムへ行こう、と。2年前大分に戻るにあたって購入したシェケレを山で振っているときも、あらためてそんなことを思い出して、これは相当いい楽器だなと思ったものだが、いまギロでさらに身の程をしらされている。マラカス3年ギロ8年とはよく言ったもので、なかなかどうして奥が深い。あの独特な遠心力のかかったビートを出せたときはきっと気持ちいいだろう。目的を醸すとすればOLD DAYS TAILORのドラムに生かしたいからで、わかりやすいノリのある音楽ではないからこそ直接見えないビートが肝になってくることにメンバーで気づきはじめたからだ。ギロがヒントのひとつになりそうだ。

 言うまでもなく今年の夏はひどく暑く、クーラーを使えたことは幸運だったけど、読書すらままならず、ギロとアフリカンチームでの練習に明け暮れた。ドラムは夕方にならないと陰らない山練習は自殺行為だし、夕方は夕立が怖いので、1階のカフェの営業時間外にブラシで小さい音で叩いた。しかし夕立がこんなに少ない夏はもはや珍しくもないのだろうか。パーカッションはいろいろ習ったけど、ドラムを習ったことは一度しかない。それは15年程前、のちの師匠からシェイカーの極意を伝えてもらった次の日で、その極意のままだと必然的に叩く軌道のスタートは胸のあたりからはじまって、また胸のあたりに「返す」ことになるのだが、そのとき言われたのが「スティックの場合はここからなんだよ」ということで、そのときスティックの先のチップはスネアのすぐ上にあった。ドラマーなら誰でも知っている。自分も知っていた、つもりだった。でも突然思い出して、現実の閾とリンクした。小さい音で叩いたせいか。アップデート。堂々巡り。イン・サークルズ。

Parliament - ele-king

 若い頃は1ヶ月のレコード代で5万は使っていたが、いまは1年間カミさんと合わせて医療費10万以上は使っている。そのぐらいで済んでいるだけでもラッキーかもしれない。若い頃はジョギングなんかしているミック・ジャガーを死ぬほど軽蔑していたものだが、いまは毎週末区民プールで泳いでいる。悲しいよのぉ。歳を取るとは診察券が何種類も増えることであり、医療をより身近に考えることである。悲しくもしかしリアルな、そして我々が生きていく上で必要不可欠な問題をサブジェクトに、パーラメントがこの名義では38年ぶりとなる新作をリリーする──というのはなんともファンキーだ。題して「医療詐欺の犬(メディケイド・フロード・ドッグ)」。
 オバマケアの喪失も大きいし、ジョージ・クリントンは数年前に長年のドラッグ中毒から立ち直り、そしていまは合法的なドラッグ治療に身をさらしていると、70を越えたファンケンシュタイン博士はそう言っていた。アメリカの医療費はハンパなく高額だし。こうした医療/健康という観点から社会を覗いたときの違和感/憤りを音楽に込めるというのは、さすが。というかパーラメントがこんな社会派だったことがあったのだろうか。ジョージの観察眼は、習慣病からSNS文化、保険勧誘員にまでおよんでいるようだ。なんにせよ、ジョージはその鋭さを失っていない。これはアメリカの闇夜への逆襲だ。1曲目の“医薬用クリープ”のシンセベースとトラップのリズム(それは本作で何回か出てくる)、不気味な童謡コーラス、ホーン、そして堂々たるトロンボーン。格好いいけれど……しかし決して楽観的ではない。なにせ「お母さんが昨晩、廊下で倒れて寝てしまった……」のだから。
 本人によれば、ケンドリック・ラマーの『トゥ・ピンプ・ア・バタフライ』への参加は大きかったようで、ジャズへのアプローチを見せている“アンチソーシャル・メディア”は完全にその影響だという。ちなみに歌詞のほうはソーシャル・メディアの病みを扱っていると思いきや、嫌っている人間ほどソーシャル・メディアをやっているということらしい。それから“69”は、1969年を主題にした曲で、こんな時代だからこそあの頃の理想主義を思い出そうということらしいです。
 パーラメントならではの宴会のりというか、“On Fire”や“Loodie poo Da Pimp”(ケンドリックに捧げたと思われる)のような、そしてかなりキラーな“Kool Aid”のような、教会でゴスペルやりながらトリップしていくようなヨコ揺れ感覚はもちろん健在で、4年前のファンカデリック名義のアルバムはCD3枚だったが、こんどはこんどでCD2枚でおよそ2時間ある。全23曲+1、ゆるゆるではあるが、なぜか心強くなるサウンドが惜しみなく収録されているというわけだ。とくに1枚目のCDの後半から2枚目の最後までは、P-ファンク節満載。まあ、泥臭い音楽である。つまり商品として加工される前の生々しさ、ムーディーマンのようなそれがここにもある。

 ところで、こないだの来日時に編集部はジョージ・クリントンに対面取材しました。10月発売の「フライング・ロータスとブレインフィーダー」特集号に掲載されるので、どうぞお楽しみに。(取材時にもっともシュールだったのは、撮影のためジョージ・クリントンと小林さんが同じエレヴェイターに乗ったことだった。お互い無言でただ笑みを交わしただけだったというが、想像しただけでもオソロシイ……)
 

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