インスト・バンドという言葉からはジャンルやサウンド感が伝わるわけではない。でも「インスト=ヴォーカルがいない」、もっと言うと「歌詞がない」という状態を指していて、それである種の線引きができるのでなんとなく納得してしまう。それは、カラオケ文化と無関係ではない気がしていて。
ヴィチアスのデビュー・アルバム『11034』を私は心待ちにしていた。日本のジャズにまつわる新しい動きを探訪しながら出会ったのがこのヴィチアスで、私は彼らのデモ音源を初期の頃から聴かせてもらい、いつかコンピレーションに収録して世に出せないかと密かに目論んでいた。
ヴィチアスは、ジャズを学んだメンバー4人からなるグループだが、日本のジャズ・フィールドでの活動は一切していない。その代わりに自らホスト・バンドとなってライヴ企画を打ち、様々なバンドをフィーチャーしたり、映像を駆使した表現方法で新たなジャンルのフィールドを切り開いている。それでもなお彼らの口からは「吉祥寺に今年できたライヴハウス NEPO なんかをみると、ライヴに映像が入ることがデフォルトになってますよね。さらに新しい見せ方を考えないと……」と、常に一歩先を行く話が飛び出してくるのだ。
また様々な対比が同居した音楽性もヴィチアスの特徴のひとつ。ヴォーカルがある、でもインスト音楽。ジャズの構造でできている、でもメロディーはポップスやロック。印象はというと、密度が詰まって濃い、でも淡い質感。といったように彼らはこの対比を、緻密に計算して楽しんでいるように見える。
ジャズを学んだ人たちが、様々な経験と人脈を経て生み落とす音楽が、全世界的にいまとても面白いが、彼らの作る音楽は、思えばそんな対比する異なる要素をどう作品に落とし込むか、そのアイディアや処理の仕方が非凡で、音楽理論を踏まえたうえでの遊び心があり大胆だったりすることが多い。面白さのひとつはそんな理由なのかもしれない。彼らの音楽は、ときにどんどん予期しない方向に形を崩していったり、また自身のアイデンティティに立ち戻ってそれを表出させたりと忙しい。それゆえに目が離せない。ヴィチアスはまさにそんなタイプの魅力をもったグループだ。
6月21日にタワーレコード限定で先行発売された『11034』が反響を集める中、今秋の正規リリースを控え、新たなレコ発の企画も進行中のヴィチアス。リーダーで作編曲を担当する中川能之(ギター)に話をきいた。
本当に理想的な状態だとインスト・バンドという言葉がなくなるくらいになれば良いなと思っています。
■まず始めに、バンド結成の経緯を教えていただけますか?
中川能之(以下、中川):僕は音楽学校のメーザーハウスでジャズ・ピアニスト佐藤允彦さんの作・編曲や音楽理論の授業を受けていたんですが、その学校のセッションで知り合ったのがドラムの安倍弘樹くんです。安倍くんは当時、東京キューバンボーイズの2代目のリーダー見砂和照さんにドラムを師事していたり、アントニオ・サンチェスが好きだったり、なんでも叩けるんですけど特にラテンに強いドラマーで。僕はちょうどその頃、曲を作りながらヴィチアスの原型になるような曲をギターのループマシーンを使ってひとりで試行錯誤していた時期で、形が見えてきたので安倍くんと栗山くんというジャズ・ベーシストに声をかけてトリオという形でスタートしたのが2015年くらいですね。その後、いまのベースの笠井トオルさんが入りました。
安倍弘樹(ドラム)
■笠井さんもジャズのスキルを持ちながら幅広く活動されている方ですよね。どんなきっかけで出会ったんですか?
中川:僕はメーザーハウスの他にギタリストの市野元彦さんのレッスンも受けていて、笠井さんは市野さんから紹介してもらいました。笠井さんの師匠が、市野さんのバンド(rabbitoo)のベースの千葉広樹さんで、そのつながりもあって。笠井さんは Avocado Boys のメンバーとしても活動されたり、ジャズに限らず色々とサポート仕事も多くされていて、ウッドベースでしっかりジャズが弾ける上で、エレベも弾けてエフェクターの使い方も上手で。シンセベースとか機材系にも強くいろんな引き出しが多い人なので、すごく助かっています。ヴィチアスは楽器隊としてはトリオ編成なので、ベースの持ち替えやエフェクターで曲ごとにヴァリエーションをもたせてくれる笠井さんのスタイルはヴィチアスのサウンドを大きく広げてくれていると思います。あとヴィチアスの曲はリズム的なギミックや複雑なドラムパターンも出てくるので、ベースは一段後ろに下がりつつもツボを押さえたプレイで、バンドの土台をしっかり支えてくれています。
笠井トオル(ベース)
■出会いのきっかけになった市野さんのレッスンのことについても伺いたいです。ヴィチアスの音楽はどんな部分で影響をうけていますか?
中川:市野さんは rabbitoo のようにいわゆるジャズだけに収まらない音楽を作られる一方で、レッスンではご自身がバークリー出身ということもあり、オーセンティックなこともしっかり体系立てて教えていただいています。特にコード・ヴォイシングのヴォキャブラリーを増やしてどうプレイに落とし込むかというところの影響が大きいと思います。ヴィチアスの楽曲は、ギターとヴォイスが同じメロディラインをなぞるというところが特徴のひとつとしてあるんですが、編成としてコード楽器がギターしかないという状況で、そういったメロディーとコードをギター1本でどう弾くかがサウンドに直結する部分になっています。コード・ヴォイシングのヴォキャブラリーや、メロディーとポリフォニックに動く内声ラインをどう弾くか、というようなことは、市野さんから学んだことが活かされていますね。
■最近では、嘴音杏(しおん・あん)さんがヴォイス担当として加入されましたね。
中川:ヴォイスを入れようとなったときに、何人か候補の方を挙げていったんですが、声質と音域の広さ、楽器的に声を操れるスキルも持っているという点で彼女にお願いしました。杏ちゃんは自身のソロ名義やユニットもいくつかやっていて、安倍くんと笠井さんがサポートで入っていたりしたので、そういうつながりもあって。あと加入後に知ったんですが、彼女はクラシックの声楽の素養もある人なので、まさに楽器的に声を使えるという点でもぴったりでした。
トリオの頃は僕の声をヴォーカル・エフェクターで加工してヴォイスのラインを入れていたのですが、杏ちゃんのおかげで音域という面での自由度がかなり広がったのも大きいですね。ギターで良い音で弾ける音域でメロディーを作ると、メロが盛り上がったところで男では出ない音域になってしまいがちで。僕は男性の中では音域がかなり高い方なんですがそれでも出ないところを杏ちゃんは余裕でピッチも安定して出せるので、作曲上の制約がなくなって広がったということが大きくて、今後の作曲でも新しいものができると思っています。
あとはライヴでの再現性やアレンジの面でも、純粋に人手が増えるのでその部分でも広がっていくだろうなと感じています。4人揃った初ライヴは、8月20日の新宿 MARZ が決まっているので、そこに向けてライヴならではのアレンジなども詰めていきたいですね。
嘴音杏(ヴォイス)
いまジャズは大学などでもアカデミックに研究されているし、YouTube にも山ほど解説動画があって、共通スキル化しやすくなっていると思うんですが、そうなるとそこがスタートラインになってしまうので、そこから先の部分での分化を考えるとジャンルを越えたものになりやすい。
■ヴィチアスのコンセプトのひとつとして、いわゆる歌詞が入るヴォーカルとは違うところを目指していますよね。
中川:そうですね。楽器的な声の使い方、スキャットというか歌詞がないスタイルには色々な可能性があると思っているので、今後も追求していきたいです。
■ジャズというフィールドとの関係性は意識しますか?
中川:声の楽器的な使い方という点では、いわゆるジャズ的なスキャットや、現代的なジャズ・ヴォーカル、例えばアントニオ・サンチェスのバンドでのタナ・アレクサのヴォイスとサックスとでユニゾンするスタイルや、タチアナ・パーハがピアノと声だけのユニゾンで歌ってるようなスタイルはジャズ・フィールドではもちろん例が多くあるんですが、ヴィチアスは少し立ち位置が違うかなと思っています。
僕たちのやっているものは、曲のフォーム構成やメロディーをポップス寄りなところに落とし込んでいるので、そういうバランスとしてもジャズのスキャットともちょっと違うし、一方で主メロを歌うパートがいるという意味でもいわゆるインスト・バンドとも違うバランスを目指していて。そういった指向性の中でサウンドを構成する要素として、ジャズのコード感であったりポリリズムであったりを作曲の構造の中に取り入れているので、あまりジャズ・シーンに対してどういう立ち位置でいようか、というようなことは考えていないですね。
■ヴィチアスは、ジャズというより、新しいインスト音楽という方向性ですね?
中川:自ら新しいインストと名乗るのはおこがましいですが、インスト・バンドってなんだろう? と以前からよく考えることはあって、インスト・バンドっていうのは改めて考えると少し変な言葉なんですよね。僕自身、人に自分の音楽を説明するときに「インスト・バンドやってます」って言っちゃうことが多いんですが、一口にインストと言ってもロックなインストもあればファンクやソウルなインストもあって、インスト・バンドという言葉からはジャンルやサウンド感が伝わるわけではないですよね。でも訊いた方も「あ~そうなんですね」となんとなく納得するという不思議な便利さもあるがゆえに僕もついつい使っちゃうんですけど。でもそれってつまり、「インスト=ヴォーカルがいない」、もっと言うと「歌詞がない」という状態を指していて、訊いた方もそれである種の線引きができるのでなんとなく納得してしまうのではないかと。それは、インスト・バンドという言い方が日本独特なものか分からないですが、いわゆるカラオケ文化と無関係ではない気がしていて。
■要するに、リスナーが「歌えるかどうか」、という線引きを音楽に対してしていると。
中川:はい。そういうある種線引きされている、いまインストといわれる音楽の領域をいかに広げられるかということを大げさに言うと考えていて、本当に理想的な状態だとインスト・バンドという言葉がなくなるくらいになれば良いなと思っています。それは歌詞をつけないという僕たちのコンセプトに続いている部分なんですが、「声が入っている状態でリスナーも歌えるようなメロディーがあり、実際に声がメロディーを歌っているんだけど歌詞がないインスト的なサウンド」、という僕たちの音楽をどう聴いてもらえるか、いまの日本の音楽シーンの中でどう評価されるか。それが新しいインストになれるかどうかにつながるんだと思います。
[[SplitPage]]
中川能之(ギター)
自分が日本のインディー、オルタナな音楽シーン、特にライヴハウスで身近に触れていた音楽から得た美意識というか。「これはアリ、これはナシ」といった肌感覚はミクロ的には個人史であり、マクロ的には日本の音楽史の一部でもありという意味ではオリジンになりうるのかなと思っています。
■海外の動きは意識していますか?
中川:ゴーゴー・ペンギンはサウンド感やリズムの仕掛けが好きでよく聴きますね。直接的にそこから何か分析して取り入れたりっていうのはしていないんですが、彼らのインタヴューを見るとDAW上で作ったものを生演奏に置き換えるというプロセスを経ているみたいで、ヴィチアスと似ている部分があるかなと思っています。自分の作曲のやり方として、僕はギタリストですけれど作るときはピアノで作るんですね。ピアノの方がギターよりもヴォイシングや音域の制約が少ないので。なので、ヴォイシング含めてDAW上でスケッチを書いて、そのコード・ヴォイシングとメロディーの流れをギターで置き換えるという作業をしています。もちろんピアノのヴォイシング全てをギターに置き換えるのは構造上無理なので、再現と言うより翻訳に近いですが、一度作品としてカチッと作り上げたものを生に置き換えるというプロセスは似ているかなと思います。
■ゴーゴー・ペンギンはアドリブ主体のジャズとはちょっと違って、作品性が先に来ているという感じがしますよね。
中川:そうですね。ものすごく大雑把に、個人のスキル同士がぶつかるというタイプをアメリカ的、構築された作品をどう演奏するかというタイプをUK的とするなら、僕たちも後者なのかなと思います。ゴーゴー・ペンギンとかを聴いていると音響面のテクスチャーのこだわりがすごくあって、リヴァーブ感のこだわりとか録音後のミックス感も含めてかなり詰めてるんだろうなと思います。そういうところの音響的なテクスチャーへのこだわりは、僕たちが声を入れていることにつながるんですが、ヴォイスというのはすごく音響的なテクスチャ・コントロールに優れている楽器だと思っていて、それは他の楽器にはない部分だと思うんです。そういった意味で音響的なテクスチャー含めた作品性を重視するヴィチアスのコンセプトにも近しいものを感じます。
■ヴィチアスの音響のこだわりはある種UKっぽいですよね。他にいま盛り上がっているジャズについてどう見ていますか?
中川:UKに限らずですが、折衷感があるものがいま多いですよね。いま、現代的なジャズは大学などでもアカデミックに研究されているし、YouTube にも山ほど解説動画とかあって、それゆえに吸収、共通スキル化しやすくなっていると部分もあると思うんですが、そうなるとそこがスタートラインになってしまうので、そこから先の部分での分化を考えるとジャンルを越えたものになりやすいという側面はあるのかなと思います。そういったジャズをインプットしやすくなっているという状況にあって、自分の中にあるオリジンの部分というのをどうミックスするのか、ジャズにある種のレガシーとして接する人が共通して取り組んでいるところなのかなと思います。
■なるぼど。では、ヴィチアスにとっての「オリジンの部分」というのは何ですか?
中川:やはり、楽器を始める前の頃も含めて、僕がいままで聴いてきたポップスやロックのフィールドからの影響がいちばん自然に出るのかな。例えばヴィチアスの曲だとハーモニーの部分では、ポリモーダルや調性を薄めてあったりと、かなりジャズの要素が強いんですが、メロディー自体はポップス的に気持ちいいと思うラインを追っていたり、曲のフォーム構成はポップス的なA‐B‐サビのくくりになっていたりします。あとこれはなかなか言葉では表現しにくいのですが、自分が日本のインディー、オルタナな音楽シーン、特にライヴハウスで身近に触れていた音楽から得た美意識というか。「これはアリ、これはナシ」といった肌感覚はミクロ的には個人史であり、マクロ的には日本の音楽史の一部でもありという意味ではオリジンになりうるのかなと思っています。そういったところをジャズ・プラスアルファのオリジンの部分として追求していきたいと思っています。
歌詞が入っていて音量が小さいと聴いている方としてはストレスになると思うんです。どうしても言葉や内容を聞き取ろうとしてしまうから。僕たちの音楽は歌詞がないので、声とそれ以外の音のミックス・バランスを普通の歌モノとは変えて工夫することができます。
■ロックやポップスはどんなものを聴いてきたんですか?
中川:普通に生活していて耳に入るような、いわゆる J-Pop ももちろん聴いていましたが、やはり自分が音楽をやるようになってからライヴハウスとかで生で見たバンドの影響も大きいと思います。地元にはライヴハウスがあんまりなかったので、東京に来て J-Pop とは別のインディー、オルタナな音楽シーンを体感したときの衝撃は大きかったです。初めて Ryo Hamamoto さんや Peridots さんのライヴを生で見たときは衝撃を受けましたし、そんなにライヴは観れてないですがベベチオさんとかも好きでよく聴いてました。シンプルに声とメロディーがいい人が好きで。最近知った方だと阿部芙蓉美さんがとても素晴らしかったです。
■中川さんは色々な音楽をインプットしていますよね。ボン・イヴェールの作品をDJでかけたときに好きだとお話したことも印象に残っています。
中川:ボン・イヴェールはエフェクティヴな加工やアレンジが素晴らしい面もありつつ、コアになっているフォーキーな感じも好きです。シンプルに良い声とメロディーが好きってのは、多分いちばん最初まで遡ると親が聴いていたカーペンターズが好きだったみたいなところもあると思います。良い声と良いメロディーってのがコアにあるので、弾き語りスタイルから大胆にアレンジやテクスチャーを変えても通底する良さがある人というのに魅かれているというところはあると思います。
■最近はケイトリン・オーレリア・スミスも聴いているんですよね? オーガニックな要素をもつ声とエレクトロニックな人工的な音という対比したサウンドの処理についてはヴィチアスにとってもテーマだと思うのですが、その点で工夫されていることはありますか?
中川:彼女は声とモジュラーシンセを主体にする中での、作曲性とミニマル・ループ感のバランスが素晴らしいなと思います。モジュラーシンセに比べると僕たちは基本はアコースティック寄りではあるんですけと、ギターのエフェクトで高域の倍音成分を出して Pad っぽい音を入れたり、ベースにオクターヴァーをかけて低域を拡張したりといったサウンド処理はしています。
■今回のアルバム『11034』についてはどうですか。作品トータルの聴かせ方で意識されていることはありますか?
中川:アルバムに関していえば、いちばん気を使ったのはヴォーカルとのミックス・バランス処理ですね。それをどうするかエンジニアさんと何度もやりとりして詰めていきました。ヴォーカルのリヴァーブ感と音量・音響的なバランスの取り方というのはいちばん気を使っていて、どうしても声が入ると声をメインに聴こうとしてしまうと思うんですよね。そうなったとき、ギターも同じ主旋律を弾いているので、ギターの中にある声と他の音とのバランス感覚が大事になってきます。
あと、先ほど話した歌詞を入れていないことにも通じるのですが、歌詞が入っていて音量が小さいと聴いている方としてはある種ストレスになると思うんです。どうしても言葉や内容を聞き取ろうとしてしまいますから。僕たちの音楽は歌詞がないので、声とそれ以外の音のミックス・バランスを普通の歌モノとは変えて工夫することができます。
■曲の構成についての聴きどころや、アルバムのなかで思い入れのある曲について教えてください。
中川:1曲目の“How days slided”はバンドで最初に合わせた曲なのですが、この曲はいわゆる初期モードと呼ばれるワンモード主体の構造になっていて、マイルス・デイヴィスの“So What”とかと作りが似ているんですけど、そういったモーダルな感じともうひとつ、この曲は、5と4のポリリズムになっているのが特徴で。そういった自分の中で実現したかった音楽的な要素を、初めて曲の形にできたという意味では、この曲でユニットの方向性が見えた部分でもあるので思い入れがありますね。
歌詞って映像喚起力が強いと思うんですが、それゆえに歌詞が入るとどうしても言葉の映像喚起力に音楽が勝てないというか、音楽自体が持つ微細な映像喚起力がマスキングされてしまう気がして。
■やはりジャズの構造が入っているんですね。影響を受けているジャズはどのあたりです?
中川:ジャズの中でも自分がいちばん好きで影響を受けたのはマイルス・デイヴィスの『ネフェルティティ』あたりのサウンドで、いまでもよく聴き返してます。特にウェイン・ショーター作曲の“Fall”が好きで素晴らしく美しい曲なんですが、その曲のハーモニー、音楽的な用語でいうと4度和音を主体とした非機能的なハーモニーの連結といった部分はヴィチアスの作曲にもかなり影響を受けていると思います。
■ポリリズムにこだわっているということですが、ヴィチアス独特のリズムを生み出すドラムについての注目ポイントはありますか?
中川:変拍子やポリリズムを取り入れると勢いプレイヤー視点でのドラミングになりがちだと思うんです。でもドラムの安倍くんはそういったリズム遊びを楽しみつつも、ドラマーのエゴにならないようにあくまで音楽的な流れを重視したプレイができるので、そういったトータルのバランス感がポイントかなと思います。ドラムの音質についてですが、今回のレコーディングでは、60年代のヴィンテージのドラムセットにシンバルはいまっぽい音色のものを組み合わせることで、いまの時代のサウンドの中にも伝統的なジャズっぽさも少し匂わせる工夫をしています。
■躍動感を出すためにこだわっている部分や、ダンス・ミュージックとの接点についてはどうでしょう?
中川:5と4のポリリズムを使った曲がいくつかあって、その中でキックの4つ打ちではなく5つ打ちというのをやっていて、それはダンス要素のひとつとして意識的に使っている部分ではあります。キックの4つ打ちはダンス・ミュージックに限らず一時期のロックなどでも多用されたこともあり、ある種の定型感すらありますが、ポリリズム、メトリック・モジュレーションを入れることで新鮮さを出せると思っていて。つまり、定型による既視感と、何か違うぞという違和感が同居するので、5に限らずポリリズムから出てくるキックの変拍子打ちにはまだ掘られていない音楽的な鉱脈があるのではと思っています。
■ポリリズムについても以前から研究されていたんですか?
中川:特別ポリリズムの研究をしていたわけではないですが、サークルの先輩ギタリストが元ティポグラフィカの今堀恒雄さんのローディーをしていたり、周りにそういう音楽が好きな人がたくさんいたので音楽的なトピックとしてポリリズムの構造についての知識はありました。その時点では知識として理解していただけなので、実際にポリリズムの乗り換えができるとか、身についたと言えるようになったのは作曲の中に取り入れてからですね。
■ヴィチアスは映像をライヴで取り入れていますよね。そのあたりのこだわりについても教えてください。
中川:そうですね。ライヴVJはチーム内に担当してくれる人がいて結成当初から一緒に活動しています。映像というかライヴでの視覚的な演出との関係は今後も追求したいなと思っています。歌詞って映像喚起力が強いと思うんですが、それゆえに歌詞が入るとどうしても言葉の映像喚起力に音楽が勝てないというか、音楽自体が持つ微細な映像喚起力がマスキングされてしまう気がして。歌詞を付けていないのはそういう意味でもあるんです。音楽の持つ微細な映像喚起力とライヴの視覚的な演出と、どういう形がベストなのかというのは常に摸索しています。
■ヴィチアスのネーミングも視覚的な要素と関連しています?
中川:ライヴを見てくれた人から、曲から連想するイメージが青っぽいと言われたことが多かったので、そこから連想して決めました。ちなみに今回のアルバム名は、「ビチアス海淵」の深海の深度から取っています。
■対バンはどんなタイプのバンドとやりたいですか?
中川:安倍くんの尊敬するアントニオ・サンチェスの前座をやりたいねというのは冗談ながら話したことはありますが(笑)、サンチェスは無理にしても、そういった編成やスタイルに共通項のあるジャズ系の人たちともやってみたいですし、逆にがっつり歌モノの人ともやってみたいですね。たとえば個人的に青葉市子さんが大好きなんですが、そういった歌がコアにある人たちと並びでやらせてもらっても遜色ないくらいに、ヴィチアスのスタイル=「声が入っているインスト」という音楽性が広く聴いてもらえるようになりたいなと思います。
■ポストロックのバンドも良さそうですよね。
中川:そうですね。ベースの笠井さんがポストロック好きで色々詳しくて。僕も downy さんとか大好きで、奇数連符ノリなど凝ったリズムの仕掛けも自然にロックマナーの中でグルーヴさせているのはすごいし、かっこいいなと思います。ヴィチアスも結成当初からポストロックっぽいという感想をいただくことも多いですし、リズムや音響面でこだわりがあるかっこいいバンドも多いので機会あればぜひポストロックの方々ともご一緒したいです。
■ヴィチアスは、ポストロックやジャズの要素もあるし、メンバーそれぞれの素養が形になっていますよね。
中川:バンドでの曲のアレンジにしてもやはり自分にないものが入ってくることで良い意味で自分がデモで作ったものとはかなり違う仕上がりになるので、そういう意味ではすごくバンドっぽいなと思います。各メンバーの音楽的なカヴァー領域が共通項もありつつ重なってない部分がかなり広くて。若干宣伝になりますが(笑)、アルバムCD帯から登録できるファンの方々に向けた限定メルマガの中で、メンバーが好きな曲をコメント付きでオススメするっていうのをやっているんですが、僕自身も知らないアーティストや曲がたくさんあっていつも楽しんで聴いています。
■最近のギタリストで中川さんが注目している人は誰ですか?
中川:やっぱりジュリアン・レイジや、ニア・フェルダー、ギラッド・ヘクセルマンあたりはすごいなと思います。音楽的に素晴らしいのはもちろんですし、生でライヴとか見ると単純に「楽器が上手いって素晴らしいことなんだ」と改めて思います。その上で、オーセンティックなジャズ・プラスアルファの自分の音楽的なオリジンの部分をちゃんと融合させていて素晴らしいと思います。あと最近ライヴで観た人だと、チック・コリアのバンドにも抜擢されてたチャールズ・アルトゥラもすごかったです。音の粒の揃い方が尋常じゃなく綺麗でした。
特にギラッド・ヘクセルマンはジョン・レイモンド、コリン・ストラナハンとやっているリアル・フィールズも大好きで。フリューゲルホルン、ドラム、ギターのトリオ編成でボン・イヴェールやトム・ヨークの曲もやっているんですがエフェクトのアイディア、ポリフォニックなラインアプローチなどギタリスト目線でも楽しめますし、全体での構成やアレンジもとても素晴らしいと思います。
■では最後に、今後の予定を教えてください。
中川:まだ詳細な時期は決まってないですが、アルバムの一般発売とレコ発に向けて色々と進めています。あとは次の作品にむけての楽曲制作も始めているので、ぜひSNS等で続報チェックしてもらえると嬉しいです。