「KING」と一致するもの

[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1.Joy Orbison / Shrew Would Have Cushioned The Blow EP | Aus Music

 "UKガラージ"がテムズ川から南に位置するクロイドン近郊で"ダブステップ"へとトランスフォームしたのは周知の通りである。そこからしっかりと広がって、あるいはインターネットや媒体などを通してウイルスの如く目まぐるしい速度で感染していったわけだ。いまは亡きクロイドンの伝説的レコード店〈Big Apple〉から育っていったダブステップの先導者たち――スクリーム、ハイジャック、ローファーなども、"ガラージ"というフィルターを通り、インスパイヤーされている。実は筆者は2001年から2004年までのあいだのロンドン在住中、サウスロンドンのクラハムノースに住んだことがある。が、当時サウスロンドンでこのようなムーヴメントが起こっていようとは知る由もなかった。たしかにクロイドンが位置する南ロンドン周辺は、古くからジャマイカン・ミュージックやジャングル、ドラムンベース、ガラージの恩恵を受けた音楽が豊富なエリアではあるが......。

 "ガラージ"の未来を担い、ポスト・ガラージの最左翼と称される20代前半の若者が昨年クロイドンからまた現れた。たった1曲により世界中を席巻してしまったジョイ・オービソン――本名はピート・オーグラディ(Pete O'Grady)という青年のことで、2009年の代表的なトラックとして取り上げられる「ハイフ・マンゴ(Hyph Mngo)」を発表したプロデューサーである。アーバン・サウンドのセンスとアイデアとクロイドンならではのサブカルチャー、そして"ガラージ"......まさにこれぞ"ミューテーション(突然変異)"というに相応しい音楽である。

 ジョイ・オービソンは、12歳からDJをはじめている。ハウスやUKガラージがその中心だった。そこから、エレクトロニック・ミュージックの知識を貯え、多様な音楽性のDNAを受け継いでいる。ゆえに彼がアーバン・ベース・ミュージックのネクスト・レベルを提唱するのも必然かもしれない。 最近では、ホセ・ジェームスの「ブラック・マジック」フォ ーテットの「ラブ・クライ」などのリミックスでも評価を高めている。

 今作「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」は、〈シンプル・レコーズ〉主宰のウィル・ソウル(Will Saul)とフィンク(Fink:〈ニンジャ・チューン〉所属)のふたりが運営しているレーベル〈Aus Music 〉からのリリースとなった。トレブルやミドルレンジがあまり広く用いられないサブ・ベース主体のダブステップに反して、上質なトレブル・サウンド・コラージュがプログラムされている彼のニュー・ガラージ感覚が注がれている。

 ひょっとしたら新たなサブジャンルの誕生かもしれない......ふたたびクロイドンから世界に向けて。そしてまたしても世界中で感染するのだろう。

2. Sbtrkt / 2020 | Brainmath

 この連載の2月でも紹介したサブトラクト(Sbtrkt)だが、UKガラージ色が濃かった変則ビートの「ライカ(Laika)」に続いて、〈ブレインマス(Brainmath)〉からミニマル x ガラージを基調とした大傑作EPが届いたので紹介しよう。タイトル・トラック"2020"は、アートワークが暗示するように近未来の世界を模写したシネマティックなサウンドで、ブリアルの浮遊間溢れるダーク・エレクトロニカ感覚をさらに押し上げ、深い叙情性に富んだアンビエント・ビートなトラックになっている。4つ打ちを取り入れたハード・ミニマルなドライヴ感と音響派コズミック・ガラージとでも言えばいいのか、その素晴らしい"ジャムロック( Jamlock )"、ディープ・ミニマル・ダブと共鳴するインダストリアル・ベルリン・ステップな"ワン・ウィーク・オーヴァー"、エレクトリックなシンセ群が魅力的に交感し、パーカッシヴなビートがそれをフォローするガラージ・ステップ"パウス・フォー・ソート"......収録された4曲すべてが素晴らしい。

 サブトラクトは最近はリミックス・ワークも好調で、オリジナルにいたっては発表するたびに新たな試みが具体化されている。彼もまた、新世代の旗手としてジャンルレスな活動をしていくだろう......と言うよりすでに各方面で話題だが......。いずれにせよ、これこそ近未来のダブステップである。と同時に、実にDJフリンドリーなサウンド・パックでもある。

3. Actress / Machine And Voice | Nonplus

 〈ノンプラス〉とは、ディープでアトモスフェリックなドラムンベースをリリースしていたインストラ:メンタル(Instra: Mental)主宰のレーベルである。インストラ:メンタルは、2009年に〈ノンプラス〉を立ち上げ盟友ディーブリッジ(dBridge)とともに「ワンダー・ウェアー/ノー・フューチャー」をリリースすると、続いてインストラ:メンタルの「ウォッチング・ユー/トラマ」を発表、シーンにディープ・ドラムンベースとでも呼ぶべき新風を巻き起こしている。ところが、2009年中頃からダブステップへとシフトしていくのである......もっともインストラ:メンタルの"音質"と"ダブステップ"との相性が抜群であったのは明らかだったのだが......。とにかく、彼らはダブステップへの転身により、アーティストとしてより輝き放ったのである。

 転身したとはいえ、その作品の大半は、トライバル・ステップやドラムンベース・トラックの作品でお馴染みの、アトモスフェリックなテッキー・ダブステップである。現在彼らはコズミック・ステッパー、エーエスシー(ASC)と一緒にアルバムを創作中とのこと......まったく楽しみな話と言うか、DJセットにどう組み込むか期待は膨らむばかりだ。

 そして、レーベル5枚目となったリリースは、先述のジョイ・オービソン「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」のリミックスも務めたアクロレス(Actress)である。アクトレス(女優)......と言っても男性プロデューサーで、彼の本名はダレン・J・カニンガム(Darren J Cunningham)というのだが。

 ビート職人としても名高い彼は、独特のビート・カットやハッシュする技術により、秀逸なエクスペリメンタル・トラックを世に送り出している。2004年にレーベル〈Werk Discs〉をスタートさせ、デビュー作「ノー・トリックス」を発表している。デトロイティシュなビート・マエストロとの好評価を受け、2008年には、ファースト・アルバム『ヘイジービル(Hazyville)』、2009年にはなんとトラスミー(Trus'me)率いるハウス・レーベルの〈プライム・ナンバー〉からディープな傑作「ゴースツ・ハブ・ア・ヘブン(Ghosts have a heaven)」をリリース、その多才ぶりを如何なく発揮している。

 今作「マシーン・アンド・ボイス」は、彼の新境地とも言うべきエレクトロな高音色を多用した新感覚なビートスケープだ。一見ごくありふれたビートメインのトラックのように感じたのだが......聴いていくとビートのプログラミング構成がランダムかつグルーヴィーにどんどん変化していく。予測不能に陥るエクスペリメンタルなこのトラックは、フライング・ロータスをどこか彷彿させるのだ。ハッシュされたヴォーカル・サンプルの注入具合といい、奇才の風格が漂う彼ならではのビート・コラージュである。

4. Von D & DJ Madd / U / It's Over | Boka Records

 いまもっともホットな......と言うか、流行っている......と言うか、制作者が目指しているといったほうが適切かもしれない。ダブステップのサブジャンルとして絶大な支持を得ているアトモスフェリック・ダブステップという潮流である。ロンドンの現在の事情に詳しい友人からそう聞いた。つまり、数年前のブリアルやコード9のようなアトモスフェリックな曲調は、あったことはあった......が、しかし、それを飲み込む程のダークな質感やインダストリアル・ノイズ・スケープといったものが上回っていたため、純粋の"アトモスフェリック"と言うものが流行りだしたのは、ここ最近に至っての話ではないであろうかと思う。どこか......このようなひとつのジャンルが派生していった流れは......と考えたとき、まったく同じ現象が時代を経ていま起こっていると気付いたのである。これは、90年代の中期に一世を風靡したドラムンベースのサブジャンル"アートコア"である。

 先日、DOMMUNEで開催した「DBS・スペシャル」(これを開催するにあたり尽力して頂いた神波さん、サポートして頂いた野田さん、カーズ、宇川さん並びDOMMUNEスタッフの方々、そしてジンク&ダイナマイトMCの素晴らしいプレイに心よりお礼申し上げます)にて、野田さんが推奨した"変人"ゾンビーの2008年のアルバム『Where Were U In '92?』という作品名が語るように、彼はまさにジャングルに没頭していたわけだが、その後、同じようにクロイドンのダブステップ・リーダーたちもジャングル、とりわけアートコアはに創造性をよりかきたてられ、心躍らせていたことだろう。LTJブケムと〈グッド・ルッキング〉、オムニ・トリオ、〈ムーヴィング・シャドー〉やファビオの〈クリエイティヴ・ソース〉等々......である。そういえば、昨年、スクリームが実に面白い作品をリリースしている。シャイFX主宰の〈デジタル・サウンドボーイ〉からの「バーニング・アップ」だ。これがまた......ただのアートコアよりのレイブ・ジャングルなのだ。初期〈ムーヴィング・シャドー〉をそのままをスケッチしたようなその姿勢に、彼の少年時代の記憶を聴こえるようだ。アートコアが築いた偉大な足跡は、今日に至ってもさまざまなところで受け継がれているのである。

 今回の作品「U / It's Over」は〈ボカ〉からリリースとなった。フランスのボンDとハンガリーのDJマッドによる共作だが、彼らの思考がアートコアに直結しているのは、この作品をもって証明できる。ブリージーな心地よさとファジーで温かみのあるその全体像は、コズミックな宇宙観とも違い、ファンクネス溢れるジャジー・ソール思考とも違う......やはりこれは、アートコア=アトモスフェリックなのだ。

5. Ramadanman / Ramadanman EP | Hessle Audio

 DJの視点からみて、このうえなく重宝する作品と言うのは多々ある。DJミックスによって素材の重なり具合によって作品の表情が180度変わったり、そこから予想だにしなかったグルーヴが生まれたりと......ロング・ミックス/ブレンドをこよなく愛す筆者の三台ミックス・スタイルにとって、小節単位でミックス部分を計算し、レコードをサンプルのように使うこの方法は、シンプルなサウンドほど変化させがいがあり、そこに"ハマる"貴重なものを見つける快感があるというわけだ。

 シンプルとはいってもごくありふれたトラックなら山ほどある。が、ここに、そうしたミックスのコンセプトに合致したトラックが、パンゲア(Pangaea)とラマダンマンのふたりが共同運営するディープ・ガラージ系のダブステップ・レーベル〈へッスル・オーディオ〉から出た。「パンゲアEP」に続いてリリースされたディープ・テッキー・リーダー、ラマダンマンのEPがそれである。ちなみにラマダンマンと言えば、〈へッスル・オーディオ〉の他、〈アップル・パイプス〉、〈セカンド・ドロップ〉、〈ソウル・ジャズ〉などからダブステップをリリースしている20歳そこそこの若手プロデューサー。今回は、高まる期待のなかのリリースである。

 さて、それで1曲目に収録された"I Beg You "「I Bet You」だが、パーカッシヴなビートにシンプルなベースが呼応し、サイドエフェクト的に絡むヴォーカル・サンプルがうまいアクセントになっている。テック×ガラージに対しての回答とも言うべきリズム・プロダクションだ。"No Swing"はタイトル通り、スイングしない。ドラムの乱打にエレクトロニカ調のエフェクト・ピアノ、ピョンピョン跳ねるゲーム音を混ぜて、実に混沌とした、スイングしそうもない音である。が、しかし、これがまた実に面白いように展開しているのだ。「ノースイング=リズミカルでなく調子が悪い」とは良く言ったもので、これはコミカル感覚なノースイング・ステップだ。

 続く"A Couple More Years"も、ちょっとおかしなチープでバウンシー・ベースがメインラインのトラックだ。意外とミニマルにミックスすれば、新たなテイストが現れるかもしれない。最後の"Don't Change For Me"は彼のルーツを掘り下げているようだ。レイヴ・ジャングルのアーメン・ビーツをプログラミングしているあたり、彼の好みがうかがえる。ラマダンマンはテッキーではあるが、ミニマルなトップ・アーティストたち(スキューバ、マーティン、2562等々)とはまた一線を画したセンスがあるのだ。明らかに"並"ではないその変化に富んだプロダクションは、いまだ底が見えそうにない......。ヴィラロボス、フランソア・K、ジャイルス・ピーターソンらがラマダンマンのトラックをスピンするところに、彼のユニークな存在感が証明されている。

#2:ダニエル・ベルとの対話 - ele-king


Daniel Bell
Globus Mix Vol.4
Tresor

 2000年にデトロイトからベルリンに移り住んできたプロデューサー/DJ、ダニエル・ベル。彼が同年にリリースしたミックスCD、『Globus Mix Vol. 4 - The Button Down Mind Of Daniel Bell』が先日リリースされた。このインタヴューは、そのライナーノーツを執筆するために行ったインタヴューを(ほぼ)そのまま書き起こしたもの。彼のキャリアにとって深い意味があったというこのミックスCDについて、そしてそれ以前とその後について、じっくりと語ってくれたのでここにご紹介したい。東京ではDBXライヴの(現在のハードウェア中心セットの)最終公演を含む来日ツアーも間近に控えているので、そちらもお見逃しなく!

僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから。

『Globus Mix Vol. 4 - The Button Down Mind Of Daniel Bell』が丸10年後に再発されたこと、そしてResident Advisorで2000年代のベスト50ミックスCDの第二位に投票されたことについてどう思いますか?

ベル:驚いたよね(笑)。いい意味で驚いた。いつだって自分が努力をして作り上げたものが評価されるのは嬉しいことだよ。いつだって作り手はそれを望んでいるからね。ただ、あれが発売されたのは2000年だったけれど、僕が実際に制作をしたのは1999年だから、00年代ということを強調されると自分の中ではちょっと違和感があるけれど。もう99年の暮れには完成していた。いま考えてもとてもいい時期だったと思う。それほど楽曲制作もしていなくて、僕にとっては初めてのDJミックスCDだった。だから、このオファーが来て、喜んでチャレンジすることにしたんだ。自分ではミックスCDを作ろうなんて考えたことがなかったから、〈Tresor〉から話が来たときは「面白そうだ」と思った。だから色んなアイディアを考えて、コンセプトを固めて......本当に時間をかけて取り組んだ。

では、〈Tresor〉側から来た話だったんですね。

ベル:そう。僕はその頃すでに〈Tresor〉......いや、正確に言うと〈Tresor〉の地下の階にあった別の〈Globus〉という、よりハウス寄りのフロアで何度もDJをした経験があった。そう、結構頻繁にやっていたね。当時まだデトロイトに住んでいたけど、年に3~4回定期的にプレイしに行っていた。そこでプレイするのはとても楽しくで、僕自身も好きだったから、その〈Globus〉のミックスCDシリーズをはじめると聞いて、しかも僕に参加して欲しいと言われて、ぜひやりたいと思ったんだ。

 

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コンセプトを練るところからかなり時間をかけて制作したとのことですが、どのような考えがあったんですか?

ベル:その頃出回っていたミックスCDは、ただの「スナップショット」というか、クラブのピークタイムのプレイをただ切り取ったようなものが多かった。とても直線的というのか......。それが悪いわけではないんだけど、僕はもっと違うことがやってみたかった。ちゃんと始まりがあって、中間があって、終わりがある、そういうものが作りたかった。それに、例えば車のなかだとか、友だちが家に来たときだとか、そういう場面でも聴いて楽しめる内容にしたかったんだ。とにかく、クラブのピークタイムからは出来るだけ離れたもの、内容のあるものにしたかった。そして、ある特定の雰囲気、それは自分のプロダクションでも一貫して伝えようとしている感覚なんだけれど、それと同じものを他の人の楽曲を使って伝えたいという考えもあった。やはり、それをするにはなかなか時間がかかったけどね。

ご自分の曲は?

ベル:2曲だけ使った。僕は自分の曲を作る際も、DJをする際も、一貫したテーマが自分のなかにあるんだ。孤独感や孤立感、周りから切り離されたような感覚......そしてそれが最終的には、別に気にしなくてもいいことだ、っていう......(笑)。

かなり抽象的な感覚ですね(笑)。

ベル:うん、そうだね(笑)。質問されたから一応説明しようとしたんだけど! おそらく、この感覚について話すのは初めてのことだと思うな。でも、この一貫したテーマに、僕の曲のタイトルや歌詞も基づいているんだ。すべて同じアイディアなんだよ。それはデトロイトという、当時僕が住んでいた街とも深く関係している。そして、このミックスCDを制作していたときは、すでにもう離れることを決めていたんだ。それも(断絶されたような感覚という)テーマの背景としてある。タイトルはね、アメリカ人のコメディアンでボブ・ニューハートという人がいて、『Button-Down Mind Of Bob Newhart』というアルバムを出しているんだ。ここから取ったんだけど、面白いのは〈Tresor〉がこれを『Button - Down Mind of Daniel Bell』(ボタンで区切ると)勘違いしたことだったんだけど......まあ、それは揚げ足をとるところじゃないから言わないほうがいいか(笑)。いずれにせよ、ボブ・ニューハートが意味していたのは、彼は一見いわゆるビジネスマンが着るような、ボタンダウン・シャツを着ていそうな真面目なタイプに見えるんだけれど、実は中身はクレイジーなんだ。だから皮肉というか、ジョークで彼は自分でこのタイトルをつけているわけだけど、親がこのレコードを持っていてね。子供の頃はその意味がわからなかったんだけど、なぜかずっと覚えていた。20年経っても記憶に残っているってことはいいタイトルなんだな、と思って(笑)。

それをミックスCDのタイトルにしたのは?

ベル:同じ考えで作ったものだからだよ。......何というのかな、とても整然としていて、精細で精巧な作りだけれど、その中身はちょっとぶっ飛んでいるというか、変わったものだから(笑)。

その、あなたの一貫したテーマというものがちょっと理解し切れていないんですが......。

ベル:いいよ、いいよ、それは理解しなくていい。僕個人の考えだから。

でも、そこがとても重要な気がするんですが、もうちょっと説明してもらうことはできますか? 先日、Resident Advisorに掲載されていた、2年程前のあなたのインタヴューを読んでみたんですが、そこにはあなたが子供の頃から引越しが多くて、まるで遊牧民のように帰るべき場所や属する場所がない、ということでした。それがあなたの作る音楽にも反映されていると。周囲と断絶されたような感覚とか、孤独感というのはそのことと何か関係あるんですか?

ベル:うーん、どうだろうなぁ。少しはあるかもしれないけど、僕自身はそれほど自分を遊牧民のようだとは思っていないんだ。いまはそういう人が他にもたくさんいるから、特別なことではないというか。あの記事を書いた人は、ちょっとその部分を誇張していたかもしれないね。でもたしかに、僕はデトロイトに移る前はカナダに住んでいて、そことデトロイトのダウンタウンは、かなりギャップがあったね。カナダではトロントの郊外で学校に通っていて、まあ綺麗で安全なところだった。そこからいきなりデトロイトだったから(笑)。でも、それはとても刺激的なことでもあったんだ。デトロイトで"アウトサイダー"として生活することは面白かったし、その体験から来ている音楽的影響は大きいと思う。僕のレコードは"Alien"とか、"Phreak"とか、そういうタイトルが多い。それに僕は、何がクレイジーかクレイジーでないかを規定するのか、ということを考えるのが好きで、"Electric Shock"とか"Outer Limits"というタイトルもそこから来ている。こうした考えが、このミックスCDにも共通しているんだ。でも、僕がそれを聴いた人が知らなくても、理解しなくても全然構わない。だから、僕はそういう考えでやっているというだけの話。

人は外見の印象だけでは判断できないとか、人が正気であるかどうかは他人には分からないといったことなんですかねぇ?

ベル:いや、そういうことじゃないんだよな...... 例えば、デイヴィッド・リンチの映画みたいなことだよ。一見するととても美しくて穏やかな環境なのに、何かがおかしい、っていう(笑)。あまりにでき過ぎていて、それが不気味、というような感覚。

なるほど! それはいい例えですね。ちょっと理解できた気がします。ちなみに、このミックスは最近聴き直したりしましたか?

ベル:いや、ここに来る途中それを考えていたんだけど、しばらく聴いてないな(笑)。2年くらいは聴いていないと思う。でも、もちろん、どんな内容かはよく覚えているよ。だからこそ聴き直す必要がない。僕にとって、これは一大プロジェクトだったからね。少なくとも丸一ヶ月は費やして作った。なぜそれほど時間をかけたかというと、当時ちょうどコンピュータでミックスを作るのが流行りはじめていて、曲をまるごとコンピュータに取り込んで、それをコンピュータ上で自動的にビートマッチして、とても正確なミックスを作ることが簡単にできるようになった。でも、僕はどうもそういうやり方に魅力を感じなくて。結局どういう方法を採ったかというと、ターンテーブルでミックスした。しかも10回くらい(笑)。同じミックスをね。そして、その10テイクのなかからいちばんいい部分を選び出して、コンピュータ上で編集したんだ。もっとも重視したのは、継続的な流れ(フロウ)がキープできているかどうか。10テイクだから、10時間分の素材を1時間に編集したということなんだ。本来そこまで時間をかけるものではないんだろうけど、たまたま僕も時間の余裕があったからね。DJもそれほど頻繁にやっていなかったし。というか、この少し前にDJ活動を一時休止したんだよね。97年かな。それまで1年半~2年ほどやってみて、DJをすることにすごくフラストレーションを感じるようになっていたんだ。

フラストレーション?

ベル:自分が本当にプレイしたいものがプレイできなかったから。たくさんブッキングはされていたんだけどね。その頃はほとんどアメリカでやっていて、大規模なレイヴが多かった。それが、自分のやりたいこととは全然違っていて。

より派手でハードなスタイルが求められていたということですか?

ベル:うん、そうだね。

だからこのミックスCDは、本当に自分のやりたいスタイルで作ったと?

ベル:そう。

では、このミックスを発表してからは、周囲の反応もだいぶ変わりましたか?

ベル:変わったね。面白かったのは、出した直後はまだ前のようなブッキングも来ていて、「今日はどんなプレイしてくれるのか楽しみですよ」と言うから、「ミックスCDは聴いてくれたよね?」と訊くと、「ああ、あのミックスCDみたいなのはやめて下さいよ!」なんて言われたりして(笑)。だから、ちゃんと理解されたというか、周囲にもわかってもらえたのは2003年とか2004年になってからかな。そういうシーンの人たちには静かすぎるというか、穏やかすぎたんだね。もっと小さいクラブにブッキングされるようになって、こういうスタイルでやれるようになってきた。でも、その過程でこのCDが大いに役立ったのは間違いないよ。僕がDJとしてどういうプレイをするか、ということを知ってもらえた。

 

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初めて〈Tresor〉に行ったときは、歩いてその草むらを通ったんだけど、コオロギの鳴き声が聞こえていた(笑)。田舎道を歩いているような気分になるんだけど、なかに入ったらジェフ・ミルズがDJしていた(笑)。

あなたがDJとして活動しはじめたのが90年代後半だったということにも驚きました。それまでDJはやっていなかったんですか?

ベル:それまではプロデュースばかりしていたからね。僕はクラブDJとしてこの世界に入ったわけじゃなくて、それまではバンドやヒップホップなんかをやっていた。86年頃かな、初めてハウス・ミュージックを聴いたとき、すごく興味を惹かれたんだ。すごく...... 空っぽな感じがして(笑)。こんなに空っぽな音楽をなぜ作るんだろう? なんて思って、クラブに行ってみたんだ。そしたら、それがクラブという環境では機能するということがわかって、本当に面白いと思ったんだ。当時は純粋なインストゥルメンタルのダンス・ミュージックというもの自体が新しかったし、それまで聴いたことがないものだった。僕もそれまで音楽をやっていたから、どんな機材を使ってどのように作っているかはすぐわかった。だから、自分でもやってみようって。そうやって曲を作りはじめたんだ。DJをはじめたのは、ぶっちゃけてしまうと、レコードを作っているだけでは生活できなかったから。その当時でさえもね。だから、曲作りを補うかたちで、DJもやってみようと思った。だから、それほど真剣に考えていなかったというか、それほど高いモチベーションがあったわけではなかったんだ。当時ブッキングされていたイヴェントにもあまり興味が持てなかったしね。本当にこのミックスCDを出してからだね、「やるなら本気で取り組もう、自分のベストを尽くそう」と思うようになったのは。それからDJとしての腕を上げるために時間も費やしたし努力もした...... それが僕にとってのこの10年だったというわけ。そのあいだあまりリリースをしていない理由だよ(笑)。

初めて〈Tresor〉でプレイしたときのことを覚えていますか?

ベル:うん、覚えているよ。最初に〈Tresor〉に行ったときのこともよく覚えてる。DJとしてでなく、客として行ったとき。たしか91年だ。

91年!オープンしたのはいつでしたっけ?

ベル:たしか、僕が行ったとき、まだオープンして数ヶ月しか経っていなかった。

では、本当に最初から知っているんですね。

ベル:ああ、その頃と比べると本当に(ベルリンが)変わったと思う。クラブのまわりには本当に何にもなくてね、壁があった場所だから、がらんとした巨大な空き地があった。それがいまはポツダム広場になっているんだから! あの頃はただの草むらだった。初めて〈Tresor〉に行ったときは、歩いてその草むらを通ったんだけど、コオロギの鳴き声が聞こえていた(笑)。田舎道を歩いているような気分になるんだけど、なかに入ったらジェフ・ミルズがDJしていた(笑)。強烈な印象だったね、それまでデトロイトでもベルリンのことはあまり知られていなかった。テクノやハウスがあるってことも知らなかった。情報がなかったんだ。本当に、〈Tresor〉が最初のきっかけだった。ジェフ・ミルズが〈Tresor〉レーベルからリリースすることになってからだ。

〈Tresor〉にはジェフ・ミルズの紹介で行ったんですか?

ベル:いい質問だな。どうだっただろう...... たぶん、ジェフではなくてベーシック・チャンネルのふたりだったと思う。モーリッツ・ヴォン・オズワルドとマーク・エルネストゥスだ。ベルリンに来たときはマークの家に泊まらせてもらっていた。

彼らとはレコードの販売などを通して知り合ったんですか?

ベル:いや、よくデトロイトに来ていたからね。デトロイトで出会ったんだ。みんな彼らとは知り合いだったし、いつも歓迎してくれて、家に泊まらせてくれた。とても良くしてくれたから、僕もときどきドイツに来て、マークの家に2週間くらい滞在させてもらっていたね。彼らを通してディミトリ(〈Tresor〉のオーナー)とも知り合った。92~93年のことだね。

 

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いまはレーベルすら介さずに個人がリリースできてしまうからね、デモがそのまま出てしまっているようなものも多い。さっきのコンピューターの話と重なるけど、何事も選択肢が増えれば増えるほど、クオリティは下がっていってしまうんだよ。

あなたの音楽を評価してくれるオーディエンスもヨーロッパのほうが多いんじゃないですか?

ベル:それはどうかな。たしかにUSは数で言ったら少ないけれど、とても熱心な人たちが多い。それにヨーロッパのように毎週大量のパーティがあるわけじゃないから、いいパーティーがあると本当に楽しみにしてくれる。それはそれでとてもいいものだよ。でもたしかに規模は小さいから、例えば2ヶ月アメリカに滞在して各都市でパーティをすると、1年間は次のオファーがない。それほどたくさんのクラブがあるわけじゃないし、お客さんがいるわけでもないからね。そこがヨーロッパとは違うね。

先ほどご自分でも触れていましたが、長いあいだプロダクションのほうはお休みしていますよね。いまはDJにフォーカスしようと考えているんですか?

ベル:そうだね、いまはDJにフォーカスしたいと思ってる。レコーディングしたい気持ちもすごくあるんだけど...... 曲の制作はずっと続けているんだけどね、レコードにしたいと思うほどきちんと完成させられたものがない(笑)。でもいつも新しい曲のアイディアはあるし、実際に作ってみてはいるんだ。ここ5年ほどはDJスケジュールをこなすのに忙しかったし、さっきも言ったように、DJとしてのベストを尽くしたいと思っているから、制作には集中できていない。それに、自分でレコードにしてもいいと思えるようなものが出来たときに限って、間違えてデータが消えてしまったり、スタジオの不具合があったり、何かハプニングが起こるんだ(笑)。僕、何かに呪われているみたい(笑)。

音楽的にはどういったものを制作しているんですか? 言葉で説明するのは難しいかもしれませんが。

ベル:うん、難しいな。ただ僕はいつもシンプルなものを作ろうとしている。複雑にならないように。その点ではいままで作って来たものと変わらないよ。そういう一貫性が僕にとっては大事だから。あとは、古い機材を中心に使っているかな。ドイツに来たばかりの頃は、ソフトウェアに凝った時期もあったんだけど、あるとき「あまり好きじゃないな」と気がついて(笑)。いまのほうがしっくり来ているね。これまで僕が作って来たものから飛躍のないものが作れるから。

ヴァイナルなんて時代遅れだという人もいるけど、僕が作りはじめた頃からすでに廃れたメディアだった。80年代後半には、すでにCDが主流になっていたからね。その頃からすでにカルトなものだったんだ。一部の人たちだけの、秘密の道具というかさ。とくにデトロイトでは、特別なものだった。レコードに関わっていることは、特別な世界に関わっていることだったんだ。

DJもヴァイナルでやっているんですよね? 他の手段を使おうと思ったことは?

ベル:試してみたことはあるよ。DJソフトが出てきたばかりの頃は試してみたし、実際に現場で使ってみたことも何度かある。でも結局は、あまり面白いと思えなかった。僕の好みの問題だね(笑)。DJにしても、制作にしても、コンピュータを使うと、あまりにもできることの選択肢が多すぎるんだ。僕の場合は、選択肢がある程度限られていたほうが、自由を感じる。だからいまは制作も少ない機材しか使っていない。その機材でできることを最大限に引き出したいと思う。ヴァイナルでDJするのも同じ理由だ。あとはヴァイナルの音がやはり好きだしね。それに、DJには他のDJがかけない曲、持っていない曲を「ディグる」という使命がある(笑)。それをやるにも、ヴァイナルの方が面白いものが発見できるよね。まだまだデジタル化されていない曲はたくさんあるから。

でも無数にあるデジタル・ファイルのなかからも、いい曲を「ディグる」ことは出来るんじゃないですか?

ベル:たしかに。でも、その二つを比較すると、やっぱりヴァイナルの方がより面白いものが発見出来るよ。デジタル・オンリーのリリースよりもね!

そうでしょうね(笑)。いまはヴァイナルにするコストが割高な分、ヴァイナルになる曲のクオリティーはかなり保たれていると思いますから、ヴァイナルを中心に聴いた方がいいものに出会えるかもしれません。

ベル:実際のところ、毎週リリースされるヴァイナルをチェックするだけでもすごい時間がかかるのに、それ以上聴くことはできないよ。デジタルはさらに量が多いし、それらをフィルターするものが何もない。かつてはデモをレーベルに送って、そこで認められたものがリリースされていたけど、いまはレーベルすら介さずに個人がリリースできてしまうからね、デモがそのまま出てしまっているようなものも多い。さっきのコンピューターの話と重なるけど、何事も選択肢が増えれば増えるほど、クオリティは下がっていってしまうんだよ。いまはヴァイナルなんて時代遅れだという人もいるけど、僕が作りはじめた頃からすでに廃れたメディアだった。80年代後半には、すでにCDが主流になっていたからね。その頃からすでにカルトなものだったんだ。一部の人たちだけの、秘密の道具というかさ。とくにデトロイトでは、特別なものだった。レコードに関わっていることは、特別な世界に関わっていることだったんだ。機材だってそうだよ、僕らが使っていたものなんて、既に誰も見向きもしないような時代遅れのものだった。今はみんなが大金を積んでそういう古い機材を買うけど、当時は捨てられてしまうようなものだったんだ。だからこの文化は常に、「古いものを使って新しいものを作り出す」ことが全てなんだよ。僕はその考え方が好きなんだ。そこに惹かれた。だから、それを変えることはないと思う。

最後に月並みな質問ですが、DJとして、いま面白いと思うアーティストやシーンはありますか?

ベル:こういう質問はいつも答えるのに困るんだよな。いま何か言っても、半年後には興味が無くなっていたりするから(笑)。でもね、実のところ10年前、15年前から買っているのと同じアーティストのレコードをいまも買っていることが多い。最近デトロイトの、すごいベテランの人たちがまたいい作品を出しているね。僕にとってはすごく嬉しいし、インスピレーションになる。僕のさらに上の年代の人たちが、いま素晴らしい作品を出している。

例えば?

ベル:デラーノ・スミスやノーム・タリーといった人たちだよ。彼らは僕が曲を作りはじめた頃から活躍していたオールドスクーラーだからね。

そういえば、少し前にデリック・メイにインタヴューしたときもデラーノの話をしていたんですよ。高校生のときに衝撃を受けたハイスクールDJだったって(笑)。私はわりと最近の人なのかと思っていたんですが。

ベル:そう思うのも無理はないよ。だって、僕も彼がレコードを出していたなんて記憶がない。多分、プロデュースは結構最近始めたことなんじゃないかな。でも素晴らしい。これほど長く音楽に関わっている彼らのような人たちが、いまとてもクリエイティブでユニークな作品を作っていることはとても励みになる。

 

Pavement - ele-king

 ライヴに行けば2種類の人間がいる。ライヴ民と非ライヴ民だ。ざっくりとした分け方だが、ライヴ民とはライヴという一種の「祭」の機能を身体で理解し、その内側を生きることができる人びとのこと。非ライヴ民とはその「祭」から疎外されてしまう人びとのことだと仮定しよう。前者にとって、「なぜライヴに行くのか」という問いは愚問だろう。だが後者にとってこの問いは、まるで逆まつげのような異物感を伴ってライヴ中もついてまわる。これはその後者によるレポートであると思っていただければ幸いだ。

 ペイヴメントというのは、ライヴにアイデンティティのあるバンドではない。おそらくライヴでしか味わえない魅力などそんなに多くないはずだ。むしろ、どこで再生されても等しく心に働きかけるような曲自体のプレゼンス、そして曲と音を通しての「あり方」の提示が彼らの魅力の中心だろう。だからそれがいちど頭にインストールされれば、必ずしも生の演奏が持つ意味は大きくない。ライヴという場が持つ祝祭性、一回性のなかで活きてくるバンドとは異なり、アルバムが重要だ。ヘッドホンのなかのペイヴメントがペイヴメントであると言いたいくらいである。先に述べると、今回のライヴではそのことを再確認した。

photo : Yuki Kuroyanagi

 USインディのシーンでは、ここ2年ほどローファイ、ローファイと騒がしい。いちやく頭角を現したノー・エイジを皮切りに、ヴィヴィアン・ガールズやリアル・エステイトら〈ウッドシスト〉周辺、またディアハンターなど、USのソフィアはこぞって「ローファイ」を再解釈しているかに見える。音にあえてクリアではないものを求めるという、この高度な写生論に彼らが共鳴しているのはよくわかる。だが、「ローファイ」といって実際に思い浮かべるような音に比べるとそれはかなり凝ったものに聴こえる。どちらかといえば深めのリヴァーブが彼らのサウンドの鍵であって、場合によってはシューゲイザーと認識されてしまうほどだ。では何が彼らを「ローファイ」と呼ばせたがるのかというと、スタイルである。

 玉石混淆だが、前掲のアーティスト群は各々がそのスタイルのなかに鋭く批評性を巻き込んでいる。ウェルメイドなものに対する批評が「ローファイ」だとすれば、彼らはまぎれもなく「ローファイ」だ。また、同じくアーティな志向性を持ったバンドであっても、ブルックリン周辺の表現主義的なアート・ロックや、チャリティ・コンピレーション・アルバム『ダーク・ワズ・ザ・ナイト』参加バンドらのアップデート版アメリカーナに対しては距離感がある。前者にまつわる「世界」という、後者にまつわる「アメリカ」という物語性(の調達)。こうしたものに対するさめた視線を感じる。たとえ必要なものだとしても、「つくりもの」を信じない。ウェルメイドなものや、音が帯びる物語性にはクールに一瞥を与え、不透明さの中に剥き身のリアリティを探り当てるスタイルだ。

 とはいえ、数バンド、数アーティスト以外は、「ローファイ」もファッション化を免れないようだ。音に金をかけず、大声を出さず、リヴァーブでごまかしながらちょっとばかりひねった曲をやるという省エネ・モードを「かっこいいでしょ?」とばかりに提示されると、「ローファイ」概念の濫用ではないかと多少の憤りを禁じ得ない。どん詰まりの90年代をともかくも踏み抜いて前進するという、ペイヴメントの一周回ったポジティヴィティ――それは極めて知性的に、だらだらとした韜晦にまぶしながら準 備されたが――は、あまり引き継がれていないように思う。

 だから、自分個人としてはペイヴメントのありようを見ておきたくて行った。がっかりするような演奏でなければなんでもいい。もともとそう複雑な曲もない。しかし「ファッション・ローファイ」では鳴らせないものが聴けるだろう......。さらに極端に言えば、見ることでなにかいいことがあるのではないか。原点に立ち返り、もういちど人生を見つめ直せるのではないか。そのようなつもりでチケットを買われた方も多いと思う。それを安易だと笑うのはたやすい。だが、ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。

 会場は新木場スタジオコースト。落ち着いていて居やすい雰囲気だった。今回はベスト・アルバムを出したタイミングでもあるし、再結成ライヴという性格から推しても、内容はベスト的なものとなるだろう。2日目だったが、もともとレポートを書くという予定もなく、ネットでセット・リストを調べたりということもしなかったから、メンバーがさっさと登場するや唐突に演奏をはじめ、2曲目にして"シェイディー・レイン"を披露したのには思わず破顔一笑、驚いてしまった。そうか、今日はきっとほんとに名曲のオン・パレードだぞ。人びとの期待で、空気に色がついているようだった。

photo : Yuki Kuroyanagi

 演奏はとくに大きくアレンジが異なったりするでもなく、スティーヴン・マルクマスのヴォーカルも、あの芸風なのでほぼCDで聴くのと変わらない。この人自体が変わらない。とくに年をとった感じもない。唯一の映像作品『スロー・センチュリー』に収められたふたつのライヴに比べても遜色ないくらいである。もちろんあのライヴは、最高傑作の呼び声高い『ブライトゥン・ザ・コーナーズ』とラスト作『テラー・トワイライト』のあいだのものだ。最充実期とも呼べそうな1999年の映像であるから、そういうオーラは充満している。だが、やはり基本的には温度に差のないバンドなのだろう。そんなふうに感じさせる演奏だった。思弁的な生活者として、一定のブレなさを持ったマルクマス像がよく表れている。気難しげな冗談で、わずかな違和感や居心地のわるさを生み出すところも変わらない。この人の醸す違和感といったら、まるでジャコメッティの『歩く男』だ。

 もうひとつ気づくのはメンバーの立ち位置である。ゆるやかに弧を描いて、ほぼ一直線に並んでいる。ベースのマーク・イボルドがセンターで若干前に出ているのは、この人の性分と言うか、「前に出たがる正直者」といったキャラクターのまんまで愛敬だが、他のメンバーがそれをあたたかく受け入れている感じがDVDのイメージ通りでよかった。マルクマスは舞台下手で淡々とやっている。ペイヴメントらしい。ひとりひとりをナチュラルに重要視する姿勢が表れているのだろう。タンバリンやら奇声コーラスやらの名アクトで愛されるボブ・ナスタノヴィッチもドラム・セットのスティーヴ・ウェストとギターのスコット・カンバーグの間に並んで、気合いの入った「仕事」をみせていた。

 セット・リストは『テラー・トワイライト』以外からまんべんなくといったところで、初期、中期の名曲ぞろいだ。それぞれ思い入れの強い曲があると思うが、中盤、"ステレオ"からの興奮といったらなかった! "サマー・ベイブ"、"カット・ユア・ヘア"、"アンフェア"もこのあたりではなかっただろうか。周囲の人びとの動きが"ステレオ"で堰を切ったように激しくなったのが印象深かった。だいたいみんな、同じように聴いている。アンコールという形でこの後さらに6~7曲。"ストップ・ブリージン"や"ヒア"、"トリガー・カット"と、いよいよ大詰めである。

 しかし、どうだろう。自分は「何」を見、聴いているのだろうか?このあたりは非ライヴ民の悲しい性質かもしれないが、だんだんモニターで中継映像かなにかを観ている感覚に襲われるのだ。ペイヴメント自体の変わらなさもあるかもしれないが、いま、ここで、本物のバンドを前にしているという感覚から隔てられる感じがある。バンドにも観衆にも悪いところはない。PAシステムには、若干あるかもしれない。あの野外フェスのような異常な音量の低音とキックには、催眠作用というか、感覚を麻痺させるようなところがある。ペイヴメントとは、ローファイとはいえとても繊細な音をしたバンドだ。CDのようにクリアな音で聴きたいと、どうしてもそう思ってしまう部分がある。

 その点で言えば"ステレオ"の直前の"ファイト・ディス・ジェネレーション"は唯一いただけなかった。まるでソニック・ユースかスピリチュアライズドかといった轟音サイケデリック・ジャム。これはこれで充分にトリップ感があってクールだったのだが、なにか饒舌で、よそよそしい気持ちがした。しかしまだまだこれでは説明できない。このぼんやりした感触は皆が抱いているものなのだろうか? ぼんやりしながら、「このままではそろそろ終わってしまうな、しっかりいまを噛みしめなくては」と思い、そのためにまたぼんやりを繰り返す。

 わからなくなってきてしまった。ライヴと言いつつ、我々はセット・リストに興奮しているだけなのではないだろうか? だれもがイントロで、はじめのリフの一音で一喜する。曲名が判定できた瞬間がマックスで、あとはどちらかというと現実感がない......めいめい、これまでのペイヴメント体験を脳内で反芻するばかり、ということはないだろうか。
これは自分個人のライヴ体験の未熟さ、あるいは再結成ライヴという性質上からいって当たり前のことかもしれない。それが悪いわけでもない。だが、ライヴという形態のひとつのアポリアを示しているとは言えないだろうか。勤務先の店舗でベスト・アルバムのサンプルをかけていて、1曲1曲にそわそわし、歓声を挙げ、同僚の肩を揺さぶり、涙していた数日前の体験は、いまのこのライヴ体験に劣るだろうか?

 とはいえやはりラスト直前の"スピット・オン・ア・ストレンジャー"には感激もひとしおだった。会場全体がどよめくようで、意外でもあり、うれしくもあった。ナイジェル・ゴドリッジをプロデューサーに迎えた異色のラスト作『テラー・トワイライト』から、その日唯一のナンバーである。自分は世代的にも遅れて聴きはじめた人間であるから、主要なファン層は初期作を好むと思い込んでいたが、この反応から考えても『テラー・トワイライト』の重要性がわかる。いまそれぞれが、この曲の浮遊感としみじみとした旋律のなかで、ペイヴメントを聴いていた当時何をしていたのか思い出しているだろう。いま聴いている最中の人もいるかもしれない。スーツのサラリーマン、前に並んだカップル、心と記憶はひとりひとりのものだ。

 ペイヴメントは甘い言葉をかけてくれるバンドではない。メソメソと泣きたい気持ちを助長してくれるバンドでもない。メッセージを掲げるということもなく、むしろメッセージを人に強要することに対して強い嫌悪感を働かせる。それぞれが勝手にやっていくという倫理、そこにあるものを使ってなんだかんだやっていけるというスタイル。だからペイヴメントとは、自分の人生に対して腹を括ったときにはじめて鮮やかに耳に流れ込んでくるものではないだろうか。そのように流れ込んできたときの、それぞれの人びとの記憶と心が発光していて、いま上空から眺めたなら、この住所のあたりがぼんやりと明るいに違いない。

 ラストは"キャンディット・フォー・セール"。まさに腹を括ろうとしているものの歌だ。「アイム・トライイング」(俺はがんばってる)という、ヤケクソと苛立ちと、それを突き抜けたエネルギーを含んだ詞を多くの人びとが連呼しているのは本当に楽しく、これはさすがにライヴならではの体験だった。連帯するわけでもない、ひとりひとりの「アイム・トライイング」。ペイヴメントはファッションではない。猛然と明日もがんばろうと、いや、よりよく生きようという気持ちになる。安易だと笑うのはたやすい。だが――重複を許していただきたい――ロックやポップスがそのように切実に機能することを否定するのは困難だ。

CHART by JET SET 2010.04.27 - ele-king

Shop Chart


1

WOOLFY / DJ SPUN

WOOLFY / DJ SPUN WHATCHAWANNADO VOL.2 »COMMENT GET MUSIC
新興リエディット・レーベル"Whatchawannado"第2弾がヤバイんです!!Stone Throw配給によるエディット・シリーズ第2弾。本作では"Woolfy"と"DJ Spun"のニュー・ディスコ界のドンお二方をフック・アップ。これからの季節の重宝必至ですのでお見逃しなく。

2

ARSENAL

ARSENAL OUTSIDES »COMMENT GET MUSIC
またもやベルギーからの驚異。Cut CopyでDelphicな青春ダンス・ロック・キラーを超感動Remix!!当店注目のベルジャン・デュオArsenalによる、Cut CopyのムードとDelphicの高揚が襲うロマンティック・インディ・ダンス・キラー!!Compuphonic、Gui BorratoによるRemixも死ぬほど素晴らしい!!

3

CX KIDTRONIK

CX KIDTRONIK BLACK GIRL WHITE GIRL »COMMENT GET MUSIC
これはトンでもない!!キラー・アバンギャルド・ヒップホップ!昨年復活を果たしたAnti Pop Consortiumの元DJ、鬼才CX KiDTRONiKのピクチャー盤12"+CD仕様の限定盤がStones Throwからリリース!さらにC/WにはMF Doom a.k.a. King Geedorhaをフューチャー!

4

CYPRESS HILL

CYPRESS HILL RISE UP »COMMENT GET MUSIC
復活作にして最高傑作!「Cypress Hill」8thアルバム、遂に入荷です!!6年も待ったかいがあった・・・B-Real、Sen Dog、Dj Muggs、Eric Boboの4人が自らが持つ魅力をじっくりとビルド・アップし集約、余す所無く封じ込めた待望過ぎる8thアルバム堂々完成です!

5

DANNY THE DANCER PRESENTS OTO GELB

DANNY THE DANCER PRESENTS OTO GELB A DISCO CLASSIC »COMMENT GET MUSIC
Daniel Wangさんのリエディットはやはり他とは一味も二味も違います!!昨年の来日、そして今年の元旦の恵比寿ガーデンホールでもスピンしていたキラー・チューンが遂にアナログ・カット。これは最高です、買って下さい。

6

MIM SULEIMAN

MIM SULEIMAN NYULI »COMMENT GET MUSIC
先日のDommuneプレイも最高だったMaurice Fultonのプロデュース!!ザンジバル出身のシンガーMia Suleimanによる1st.アルバム『Tungi』からの先行カット。Maurice Fultonプロデュースによるグレイト・モダン・アフロ・ポップ!!

7

MAKOSSA & MEGABLAST / DISKOKAINE

MAKOSSA & MEGABLAST / DISKOKAINE CD TWELVE SAMPLER 1 OF 2 »COMMENT GET MUSIC
辺境ビーツ・ファンにも大推薦のレフトフィールド・トライバル・ディスコ傑作A1!!マンレコの人気シリーズ"Funk Mundial"への参加でもお馴染みMakossa & Megablastと、GommaのDiskokaineによる強力スプリットっ!!

8

FLYING LOTUS

FLYING LOTUS COSMOGRAMMA »COMMENT GET MUSIC
US西海岸の怪物Flying Lotusが豪華ゲスト陣を迎えた歴史的傑作を完成!!Thom YorkeやLaura Darlington(Long Lost)、Dorian Conceptらも参加、漆黒の崩壊寸前グルーヴで冒頭から突っ走る脅威の17トラックス+1(T18)!!

9

JEFF MILLS

JEFF MILLS THE DRUMMER PT.3 »COMMENT GET MUSIC
全世界で限定300枚という超限定シリーズ"The Drummers"の最終章がこちら!!Jeff氏自身も実は若い頃はドラマーだったという経緯から、自らがリズム・マシーンを用いて表現する本シリーズがいよいよ最終章となりました。自身が尊敬するという音楽史上重要なドラマー達の名前をタイトルに付けた入魂のDJツールです!!

10

V.A.

V.A. AFRO BALEARIC EP »COMMENT GET MUSIC
絶人気Sol Selectasシリーズ第10弾★今回はアフロです。メチャクチャ最高ですー!!前作のクンビアに続いて、今回はアフロ篇!!Radioheadをハイライフ風に仕立てたA-1、Bow Wow Wow"I want Candy"をトロピカル・ディスコにしたA-2がズバ抜けてます!!

[House] #1 by Kazuhiro Abo - ele-king

1. Henrik Schwarz / Ame / Dixon / A Critical Mass Live EP | Innervisions

 ダンス・ミュージックを聴きはじめたばかりの友人に日々質問攻めにされている。たいていの場合、質問の内容は「この曲ってなんていうジャンルなの?」というものである。そんな友人に「これはダブステップっていうんだよ」だとか「これはミニマル・テクノね」などと教えているうちに、彼もだいぶ詳しくはなってきたのだが、いまだにハウスとテクノに関しては判別に困ることがあるらしい。友人曰く「生音だとか、ヴォーカルが乗ってたらわかるんだけど。テック・ハウスとかミニマルとか、いまいち違いがわからないものがある」とのことなのだ。僕自身、ジャンル分けにおける、ある種の縄張りのようなものにはあまり頓着しないほうなので、たいていの場合は、「あんまり気にすることないと思うよ。気持ちよく踊れればそれでいいじゃない」とお茶を濁してしまうのだが、本人が気になるというのならばしょうがない。本当は「とにかくいろいろ聴いて自分の好きなものを探せ!」と一喝すべきなのかもしれないが......。

 そういえば、僕がクラブカルチャーに足を踏み入れた90年代の終わり頃には、そこまで悩むようなこともなかったように思える。記憶を遡ってみると、テクノとハウス、言ってみれば4つ打ちのエレクトロニック・ダンス・ミュージックの領域が双方向に侵食の度合いとその速度を増していくその契機になったのは、05年にリリースされたアーム(Ame)の「Rej」である。これがミニマル・テクノとディープ・ハウス両方の現場で熱狂的な支持を集めたことに端を発していたように思える。

 このシングルは、そのアームが「Rej」を発表したレーベル〈インナーヴィジョンズ〉の看板アーティストたち、ヘンリック・シュワルツ、ディクソンとともに昨年おこなった〈a critical mass〉ツアーでのライヴ・テイクを収録したものだ。ライヴのコンセプトは「テクノ的アプローチによるフリー・ジャズ」だったそうだが、しかしこの演奏からフリー・ジャズの持つ力学――作法や理論による束縛から脱却しようとするエネルギーを感じることは難しい。むしろライヴ・テイクであるにも関わらず、そして4人で演奏しているにも関わらず、そこから発せられるサウンドはそのコンセプトとはまったく逆の印象さえ覚える。無駄をいっさい削ぎ落とした、ひたすらストイックに反復する強固なマシン・グルーヴである。

 A面に収録されているのは、2003年にリリースされたヘンリック・シュワルツによるロイ・エアーズの"Chicago"のカヴァーのライヴ・エディットで、原曲に含まれていたヴォイス・サンプルなど多くのパートは消失し、ミニマル・チューンに再構築されている。ジワジワと厚みを増すアシッド・シンセとハイハットの微細なディケイの変化によってグルーヴは紡がれていく。

 B面に収録されている"Berlin-Karlsruhe-Express"では、中期のアシュ・ラ・テンペルを彷彿させるかのようなシンセ音のレイヤーが幾重にも折り重る。なんともダイナミックなテック・ハウスである。

 同期された3台のラップトップ・コンピュータと2台のキーボード、そしてドラムマシンによって演奏されるこれらのミニマルなサウンドは、強固なシステム的束縛の上に存在するように思える。が、しかし、だからこそプレイヤーの一瞬の閃きによるインプロビゼーションが、その束縛との対比によって拡大され、そして聴衆に大きなカタルシスを与える。この現象こそが彼らの目指した「ミニマル・テクノ以降のフリージャズ」なのかもしれない。また、友人への説明に苦労しそうだ......。

2. Sly Mongoose / Noite | ene

 同期型ラップトップ・ライヴ・ユニットの次に紹介する1枚は、一転して"人力コズミック・ハウス/ディスコ"とでも言うべき作品である。

 リーダーでベースの笹沼位吉、キーボードの松田浩二、ギターの塚本功、パーカッションの富村唯、そしてトランペットのKUNIという完全生バンド編成から成るスライマングースは、2002年に結成し、腕利きのライヴ・バンドとして地道な活動を続けている。ザ・スカタライツやロヴォらと競演するいっぽう、そのトラックは海外の人気DJによるミックスCD――レディオ・スレイヴの『Radio Slave Presents Creature Of The Night』やリトン & サージ・サンティアゴ(Riton & Serge Santiago)の『We Love...Ibiza』など――に収録されている。要するに、海外のダンスフロアからの支持も集めている稀有なバンドなのだ。

 "Noite"は、昨年発表したメジャー・デビュー・アルバム『Mystic Daddy』に収録の、空間を捻じ曲げながら疾走するようなシンセ・リードと、レゲエ・マナーを基調とした粘りながら地を這うベースが印象的なトラックである。この度、ノルウェーにおけるコズミック・ディスコの鬼才、プリンス・トーマスによる13分にも渡る大作リミックスを収録してのシングル・リリースとなった。レーベルは、先日"13"時間に渡るロング・プレイで幕を閉じた〈青山LOOP〉の老舗パーティ〈DANCAHOLIC〉をオーガナイズしていたDJ CHIDAが主宰する期待のレーベル〈イーネ〉である。

 プリンス・トーマスのリミックスは、オリジナルのグルーヴに敬意を払いつつも、ピアノとテープ・エコーによるフィードバック・ノイズをフィーチャーした2分を超える荘厳なイントロからはじまる。そしてじわじわとビルドアップさせながら、ミステリアスなヴォイス・サンプルを加え、あるいはYMOの"ファイヤークラッカー"を彷彿とさせるオリエンタルなフレーズ・サンプルを散りばめながら、まさにコズミックなディスコ・チューンとなっている。

 自身のDJプレイにおいてもアナログにこだわるCHIDA氏のレーベルからのリリースだけに、ダイナミック・レンジはとても広く、クリアなサウンドの盤になっていることも特筆したい。

3. Underground Resistance / All We Need / Yeah | UR

 まず最初に断っておかなければならないのは、高校3年の夏休みにわざわざ地元の青森から上京し、宇田川町のレコード・ショップでアンダーグラウンド・レジスタンスのバックパックを購入し、現在に至るまでほぼ1日も欠かさず使用し続けているような僕が冷静で客観的な批評眼をもってURの音楽を語ることができるか、非常に怪しいということだ。もちろん、できる限りの努力は試みるが......。

 アンダーグラウンド・レジスタンスの魅力を端的に語るならば、強いメッセージ性を持ちながら、それを決して言語だけではなく、トラックにおいてもときに攻撃的に、そしてときに力強くロマンチックなサウンドで饒舌に物語るマッド・マイクのスタイルにある。2007年の「 Footwars」以来のシングルは、マッド・マイクとデトロイトのベテランDJ、ジョン・コリンズとのプロデュース作品で、URクルーのDJ スカージ(DJ Skurge)がエディットで参加している。それはシンプルで力強いゴスペル・ハウスだ。おそらくマッド・マイクによるであろうレーベル面に記された――「本物ぶった偽者のサウンドに飽き飽きしているお前に本物がなにか教えてやろう。なに、簡単なことさ、ファンクがあればそれでいいんだ」――とういこの言葉の通り、これらのトラックは愚直なまでに骨太なファンクネスで満ち溢れている。

 "All We Need"、"Yeah"、それぞれのタイトルは曲中に使用されているヴォイス・サンプルに由来している。そして、レコードから採取されたであろうそれぞれのサンプルは大きなニードル・ノイズを発する。それがよりいっそう荒々しくラフな雰囲気を醸し出している。サンプルを支えるトラックもざっくりとしたエディットが施され、手弾きと思われるシンセサイザーやギターのレイヤーで構成されている。ラップトップ・コンピュータ1台でいくらでも綿密なプログラミングや編集が可能な現在のやり方と逆行するかのようである。

 このEPに一貫しているテーマは原点回帰だろう。ノイズが乗ったままのサンプル使いや、確信犯的にラフなエディットは、音楽制作の初期衝動を想起させるエッセンスとして抜群の効力を発揮している。風邪をひいたときにはファンクを爆音で聴くことで治すというほどに、ファンクに並々ならぬ思いを持っている男、マッド・マイクである。ファンクがあればそれでいいと言う気持ちに一片の嘘もないのだな! ......と関心してしまうのは、ちょっと感動屋がすぎるだろうか?

4. madmaid / Who Killed Rave at Yoyogi Park EP | Maltine Records

 E王
DOWNLOAD LINK→ https://maltinerecords.cs8.biz/69.html

 プロディジーが初来日し、東京ドームでライヴをした1993年に産声をあげ、2008年に当時若干15歳ながら代々木公園で開かれていた初期ハードコア・テクノにフォーカスしたフリー・レイヴ〈MAD MAX〉にて、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのネット・レーベル、〈マルチネ・レコーズ〉代表のトマド(Tomad)に見出されるという、筋金入りのレイヴ・キッズにして日本のダンス・ミュージック・シーンにおける新星中の新星"まどめ"ことmadmaidのシングルを紹介しよう。

 〈マルチネ・レコーズ〉からリリースされた彼のデビュー作「Who Killed Rave at Yoyogi Park EP」は、2ライヴ・クルーの『Fuck Martinez』が「ファック・マルチネ」に聞こえるこという空耳一点張りで展開する"Too Mad To Fuck"、往年のコカ・コーラのCMソングをサンプリングしながら牧歌的ベースライン・ハウスに仕上げた"Buy Me Cola"(ビールじゃなくて本当に良かった......!)など、思わず年齢を疑いたくほど巧みなプログラミングセンスで構築されたトラックが収録されている。そして、そこには素晴らしい悪ノリ、悪ふざけ、悪ガキ感溢れる荒唐無稽なサンプリングが散りばめられているというわけだ。自身でデザインしたというジャケットもどこまでも人を食ったできになっていて、僕が最早この上ないほどハマっていると言わざるを得ない。

 驚いたことに、2ライヴ・クルーや、ユーロマスターズといった往年のIQひと桁チューンを無邪気にサンプリングして切れ味鋭いベースライン・ハウスに仕立て上げるこの早熟すぎる16歳のトラックは、早くも海を渡り、ニューヨークのビッグ・パーティ〈Trouble & Bass〉でもプレイするUK出身のプロデューサ、カンジ・キネティック(Kanji Kinetic)にプレイされ、反響を呼んでいる。しかし、そんなことよりも、我々が本当に驚くべきことであり、信じがたいことはIDチェックによって20歳以下のクラブへの入場が厳しく制限されている東京のクラブ・シーンにおいて、彼のプレイを合法的に楽しむにはあと3年もの年月が必要だということだ。我々がいますべきことは3年間コーラを冷やし続けることか、はたまた10代でも堂々と存分に遊べて、表現出来る場を作ることか......。答えは明確だろう。

5. Santiago Salazar / Your Club Went Hollywood | Wallshaker

 アンダーグラウンド・レジスタンスを母体とするバンド・ユニット、ギャラクシー2ギャラクシーやロス・エルマノス(Los Hermanos)のメンバーでもあり、イーカン(Ican)名義でも活躍するS2ことサンティアゴ・サラザールがデトロイトのアーロン・カール(Aaron-Carl)の〈ウォールシェイカー〉レーベルからリリースした新作は、現在のUSアンダーグラウンド・クラブ・シーンに対するUR流儀での痛烈な問題提起である。イーカン名義のラテン・フレイヴァーなサウンドは影を潜め、感情を押し殺したようにダークなフェンダーローズの反復フレーズとフランジャーによって金属感を増したハイハットに添えられるのは「車を停めるのに20ドル、入場するのに25ドル、ドリンクを買うのに12ドルもかかる」というコマーシャリズムに傾倒したクラブ・シーンを批判するポエトリー・リーディングだ。サラザールはこう続ける「一体アンダーグラウンドに何が起こってるんだ?」

 ポエトリー・リーディングが佳境にさしかかるにつれてトラックも熱を帯び、アンダーグラウンド・レジスタンスの名曲"インスピレーション"を彷彿とさせるようなソウルフルなシンセとドラマチックかつ浮遊感溢れるストリングスフレーズが挿入される。

 ここで語られているような問題は決してアメリカのシーンだけの話ではないだろう。建前としてはアンダーグラウンドを名乗りながらも、ときに、当人も気づかぬうちに、ゆえにその実はハリウッド化されてしまっているような現場は少なくない。それだけならまだしも、結局のところはどっちつかずでエンターテイメントとしてのクオリティすらハリウッドの劣化コピーにしかなっていないようなパーティも少なくない。現実的な問題としては、パーティを作る上で商業的意図が介入することは避けることができないが、その上で常に自らを省みることの重要性を思い出させてくれる1枚と言えるだろう。

6. VSQ / This Is That | Kalk Pets

 DJプレイ、とりわけひとりのDJが朝までプレイするようなロングセットは、レコードによって紡がれるその世界観をしばしば旅に例えられる。今回最後に紹介するのは、そういう意味では"旅情"を高めるのに最適な1枚だ。

 ドイツのエレクトロニカ・レーベル〈カラオケ・カルク(Karaoke Kalk)〉は、どこか牧歌的で、どこかアコースティックな趣があるサウンドを多くリリースすることで知られている老舗レーベルである。その〈カラオケ・カルク〉を母体として、ミニマル・ハウスに特化したサブレーベル〈カルク・ペッツ〉の19作目はハンノ・リヒトマン(Hanno Leichtmann)によるプロジェクト、ザ・ヴルヴァ・ストリングス・カルテット(The Vulva String Quartet)ことVSQの作品である。本作は、昨今のミニマル/テック・ハウスにありがちな、エッジのたったパルスやノイズは形を潜め、ひたすら柔らかで催眠的な音響世界が展開されている。

 A1に収録されているエフデミン(Efdemin)のリミックスはこの上なくシックで美しいミニマル・ハウスである。音程感を失うギリギリの瀬戸際に踏みとどまった、低周波のサイン波によって奏でられるベースラインと、虚空を漂うかのような2拍ループのシーケンスの向こう側には、極々小さな音量で高いピッチのランダム・シーケンスが配置されている。パーカッションの存在に気づいた頃に、今度はフィルタリングとダブ処理を施されたアコースティックピアノが現れる。意識の遷移を見透かされているかのように音の主題が移り変わっていくさまは、さながらディズニー映画の『ファンタジア』のようにサイケデリックだ。

 B1に収録されているオリジナル・ヴァージョンは、硬めの音色によるイーブン・キックと変調されチョップされたアコースティック・ピアノと地底で蠢くようなサイン波ベース、そしてタイトルをリフレインするヴォイス・サンプルで構成されたダビーなミニマル・トラックだ。B2にはロングセットのクライマックスにプレイしたくなるドラマチックなテック・ハウス"This is Not the Last Song"が待っている。揺らめくシンセパッドのレイヤーは、ぼんやり明るくなったダンスフロアの照明を、2拍4拍のタイミングで入ってくる発信音は小鳥の囀りを連想させる。エッジを取り去って体への浸透圧を高めるかのようなミックスをほどこされたこのトラックは、一晩を踊り明かした夜の住人たちに朝を告げるにふさわしい音楽である。

interview with Shugo Tokumaru - ele-king

 トクマルシューゴの『ポート・エントロピー』を聴いていると元気になる。決まりごとで窒息しそうなこの世界の外側へと道が開けるようだ。「......すべきだ」「......しなきゃいけない」という、社会の常識のようなものの手綱をゆるめ、「ま、いいか」と思えてくる。シュールレアリスティックなこの音楽を聴いていると、愉快な気持ちになって、気持ちも上がるのだ。森のなかのアヴァンギャルドなパーティのようなこの音楽を聴いていると、いちいち子供に「うるさい」と怒る気をなくす。


Shugo Tokumaru
Port Entropy

P- Vine

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 それは想像を快楽とする者にとってはまたとないプレゼントである。『ポート・エントロピー』を聴いていると......変な言い方だが、ますます音楽を聴きたくなる。というか、音楽を好きになる。その自由な広がりにおいて。

 この音楽の背後からは膨大な量の作品が広がる――フォーク、ジャズ、エレクトロニカ、カンタベリー、あるいはスラップ・ハッピーやファウストの諧謔性。あるいはマッチング・モウルの素晴らしき"オー・キャロライン"......もし『ポート・エントロピー』にもっとも近接している作品を1枚挙げるとするなら、僕は『そっくりモグラ』(の前半)を選ぶだろう。さらにもう1枚挙げるならパスカル・コムラードの玩具と前衛とポップのカタログのなかから選ぶだろう。

 こう書いたからといってみんなに誤解して欲しくないのは、この音楽が過去の亡霊たちの再現ではないということ、これは後ろを向いている音楽ではないということ、つまりたったいまこの現在を生きている音楽だということだ。

あるはずの音楽......「ホントはあるはずなのになぁ」とずっと思っていた音楽を具現化する、だから"想像"を具現化する作業なんです。僕には伝えたい言葉は何もないんです、メッセージとかね。自分の曲のなかではそれはない。

ひとりでしか作れない音楽だと思うんですね。緻密だし、ものすごく凝っているし。その"ひとりで"っていうのは日常生活における属性でもあるんですか? ひとりでいるほうが好きとか?

トクマル:基本的にはひとりでいるほうが好きですね。5人以上いるときつい。

5人という制限は経験上?

トクマル:そうですね。食卓を囲めるくらいの人数でないと気持ち悪くなってきますね(笑)。

バンド(GELLERS)なら大丈夫?

トクマル:いまやっているバンドは幼なじみなんで。

気を遣わない?

トクマル:そうですね。居心地がいいですよね。

ひとりで作っている音楽のほうが好き?

トクマル:そういう感じではないです。むしろあまり聴かないかもしれない。

ひとりで作っていて辛いこともあるでしょう?

トクマル:イメージ通りいかないときはつらいですね。でも、基本的にはひとりで作っているのはそうとう面白いですけどね。自分が面白がれるものしか作らないようにしているというか、人に聴いてもらうわけだから、自分がやってて面白くないと、あとになってからきついですよね。作る前にイメージしていて、その段階から面白いっていうのでなければ、CDには入れたくないですよね。

じゃあ、作る前はゴールというものが見えているんですね。

トクマル:そうですね。ゴールは見えています。

じゃあ、自分の頭のなかには音楽が鳴っていて、それに近づけるために作っていくという。

トクマル:そうですね。

さすがですね(笑)。

トクマル:そのやり方しかできないんです。でないと不安でしょうがないというか、作りながら曲をどんどん育てていくやり方っていうのはアリだと思うんですけど、僕は子供の頃から違うんですよ。物事を順序立ててやっていくというやり方で......。

じゃあ、フリー・ジャズみたいなインプロヴィゼーションの美学よりも『サージェント・ペパーズ~』みたいにあらかじめ設計されて作り込まれたものを好む......って、トクマルシューゴの音楽を聴けばそりゃそうですよね。

トクマル:だけど10代の頃はフリー・ジャズにハマったたんです。僕はそこに幻想を抱いていたんですね。「この音が来たら次のこの音が来て、こうなったからこうなるんだ......」って、そこを僕はすごい研究したんです。

研究熱心な......。

トクマル:そうですね。だいぶ好きですね。フリー・ジャズはよく聴いていたんです。

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Shugo Tokumaru
Port Entropy

P- Vine

Amazon

トクマルシューゴの音楽を聴くと、あまりにもいろんな要素が詰め込まれていて、この人は何の影響を受けたのかというのが掴みづらいというか、とにかく多様なものを感じるんだけど、やっぱムチャクチャ聴いていたんですか?

トクマル:もう、とにかく聴いていました。CDを集めるのも好きだったし、知らないCDやアーティストがいるのがイヤだった。

「知りたい」って感じで?

トクマル:もっと良いものがあるんじゃないか、もっと自分にフィットしたものがあるんじゃないかと思っていたんです。自分の作りたい音楽も見つかるんじゃないかって、「ここにあるはずなのに、何でないんだろう?」って、そう思ってました。

へー、それは興味深い話ですね。そこまでマニアックなリスナーになったのっていつからですか?

トクマル:んー、そうですね、14とか。パンクにすごくハマってしまって。

それはすごく意外ですね(笑)。

トクマル:ハハハハ。それまではビートルズとかクイーンとか、マイケル・ジャクソンとか......を聴いていたんですけど、パンクを聴くようになると面白いエピソードがどんどん出てくるんです。

たとえば?

トクマル:実はこの人はこれこれこういう人から影響を受けていて......とか。それで、どんどん遡っていったんです。そこからいろんなアーティストを知っていったんです。

追体験ですよね。

トクマル:そうです。そこから派生した音楽をたどっていくと、プログレやサイケ、フリー・ジャズ、もっと古い音楽とか、そういう風に探していくのがすごく好きでしたね。

へー。

トクマル:それで自分にいちばんフィットする音楽を探していくんですよね。

1日のほとんどの時間は音楽に費やされていたんでしょうね。

トクマル:そうですね。学校にもライナーノーツだけを持って行ったり(笑)。

ハハハハ。

トクマル:読んでましたね。

でも高校生のときは小遣いもかなり限られているし。

トクマル:だからみんなと協力し合って、それがいま一緒にやっているバンドのメンバーだったので、ちょうど良かった(笑)。

へー。しかし、パンクがきっかけという話がホントに意外だったなぁ。いまやっている音楽はむしろその真逆とも言えるじゃないですか。

トクマル:そうですよね。

そうやって音楽を探していって、最初に自分にフィットした音楽は何だったんですか?

トクマル:んー、なんだったのかなぁー。中学の2~3年のときにキング・クリムゾンとドアーズにものすごくハマったことがあって。しかもそれをアナログで聴くというのが、もう、至高の時間帯で(笑)。

ハハハハ、キング・クリムゾンのどのアルバムなの?

トクマル:キング・クリムゾンは『レッド』までぜんぶ揃えたんです。で、聴いていると、その時期のもやもやした気持ちと重なっていくというか......。

キング・クリムゾンとドアーズって、でもまた違いますね。

トクマル:そうですか? 僕的にはすごく似ていて、どちらも聴いていてぜんぜんハッピーにならないというか(笑)。

キング・クリムゾンというのは、なんとなくわかる気がするかなー。トクマルシューゴの曲に奇数拍子があったりするし、あと、ギターもロバート・フリップみたいなところがあるし。

トクマル:好きですね。

最初からギターだったんですか?

トクマル:その前にピアノをやっていました。

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Shugo Tokumaru
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ところで、トクマルシューゴの音楽、とくに今回のアルバムを語るうえでひとつキーワードとされるのは"ファンタジー"だと思うんですね。ファンタジーとしての音楽、メルヘンとしての音楽、そういう風に言われたとき違和感はありますか?

トクマル:ファンタジーやメルヘンという言葉が好きじゃないんですけど、意味合いとしてはぜんぜんアリだと思います。ファンタジーやメルヘンというと、どこか女々しい感覚があって、それが苦手なだけです(笑)。

空想世界......というかね。

トクマル:いちおうパンクから入ったので、そういう女々しいのが苦手なだけで、意味としては当たっていると思います。実際に作っているモノはそういうモノなので、メルヘンという言葉は大嫌いですけど(笑)。

僕もパンクから入ったんですが、女々しいモノが大好きだということにあるときに気がついたことがあって(笑)。

トクマル:ハハハハ、まさにそういう感覚ですね。

リスナーとしてもそういう、ある種の別世界を構築していくような音楽を好んで聴く傾向にあるんですか?

トクマル:んー、あるかもしれないですね。ただ、ホントに無差別に聴くのが好きなんですよね。

日本の音楽からの影響はあるんですか?

トクマル:あると思いますよね。子供の頃から耳にしてきたモノだから、あると思いますね。

コーネリアスなんかもファンタジーだと思うんですけど、シンパシーはありますか? 欧米ではトクマルシューゴとよく比較されていますが。

トクマル:好きですけど、そんなに詳しくはないですが......

聴いてなかった?

トクマル:10代の頃のはホントに洋楽ばかり聴いていて、むしろ日本の音楽は避けていたようなところがあったんです。

コーネリアスがクラウトロックだとしたら、トクマルシューゴはソフト・マシーンというか、カンタベリーかなと思ったんですね。だから似ているようで違っているとも言える。

トクマル:でも、言われてみれば、すごく近い感覚があるのもわかるんです。

ファンタジー、という言葉を敢えて使わしてもらうと、自分自身ではファンタジーを作っているという意識はあるんですか?

トクマル:結果的にそういう面はあると思います。ただ、もっと単純なところで、自分が作りたい音楽を作るっていうところがありましたね。"空想"は後付のところもあるんです。あるはずの音楽......「ホントはあるはずなのになぁ」とずっと思っていた音楽を具現化する、だから"想像"を具現化する作業なんです。

ああ、なるほど。まずは音ありきなんですね。

トクマル:そうですね。

じゃあ、言葉というのは自分のなかでどういう風に考えていますか?

トクマル:僕には伝えたい言葉は何もないんです、メッセージとかね。自分の曲のなかではそれはない。

感情を伝えるというタイプでもないですよね。

トクマル:そうですね。感情を伝えるタイプでもないです。具体的なワードを述べたいというわけでもないんです。ただ、想像のきっかけになればいいかなと思っているんです。僕は夢日記から歌詞を取っているんです。夢日記をずっと付けているんです。

へー。

トクマル:そこから引用するんです。たとえば......テレビというものがあるとしたら、「テレビ」という言葉を使わずに「四角い箱」という言葉を使うとする、そうすると想像の幅が広がるんですよね。もし10年後に同じ作品を聴いたとしたら、想像の幅を広げたほうが違った聴こえ方をすると思うんです。10年後に思う「四角い箱」になるんです。

そういう、別世界を見せてくれる表現に関して、音楽以外で好きなモノはありますか? 

トクマル:映画は好きですね。いまはそんなに観ている時間がないけど、昔は1日3本みたいな感じで観ていましたね。

とくに思い入れがあった監督は誰ですか?

トクマル:映画もやはり、とくにひとりという感じじゃないんですよ。もう自分のなかで決めるんですよ。今月はヒッチコックをぜんぶ観るんだ、とか。デヴィッド・リンチをぜんぶ観るとか。リンチにハマったときもあったし、B級アクションにもハマりましたね。けっこう好きでしたね。

ホントに何かひとつって感じじゃないんだね。

トクマル:そうなんですよ。すぐに飽きてしまうんです。

文学作品は?

トクマル:芥川とか......。

ハハハハ、まったく意外だね(笑)。

トクマル:ハハハハ。ひと通り読むんですよ。でも、いつの間にか苦手になってしまった。

童話文学は?

トクマル:ないですよね。

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Shugo Tokumaru
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質問変えますけど、海外ツアーを最初にやったのはいつですか?

トクマル:2006年ですかね。

どこをまわったんですか?

トクマル:ヨーロッパでしたね。

「ラムヒー」には2008年のアメリカ・ツアーの模様を編集したDVDが付いていましたね。

トクマル:あれが初めてのアメリカ・ツアーだったんです。

海外ツアーというのはトクマルシューゴにとってどんな体験なんですか?

トクマル:初めてリリースしたのがアメリカのレーベルで、なかなかツアーに行けなくて、だから現実感がなくて、その現実感をすり合わせていく感じでしたね。行ったことがないところで出会ったことのない人の前でやるというのは、経験としてすごい良かった。

アメリカのレーベルからデビューして、ツアーしたのはヨーロッパだったんだ。

トクマル:そうですね。

ヨーロッパはどこに行きました?

トクマル:最初はひとりで行って、フランス、スペイン、それから北欧もまわりましたね。フェスにも出たし、狭いところでもやりました。

ギター一本で?

トクマル:そうですね。

日本で出すことは考えていなかったんですか?

トクマル:出せるものなら出したかったんですけど。ファーストの前に作ったアルバムがあって、それがたまたま友だちの友だちを通じてアメリカでレーベルをはじめた人に伝わって、「出したいんだけど」という話になって、ホントに偶然だったんです。びっくりしたというか、ぜんぜん現実感がなかった。

自分から海外で出したいと思ったわけじゃないんだ。

トクマル:ぜんぜん。デモテープをレーベルに送るという考えがなかったですからね。

じゃあどうしようと思ってたんですか? 自分の作品を。

トクマル:とりあえず、作りたいから作っていた。30、40ぐらいになったらCDを1枚出したいなぐらいに思っていたんです。

なるほど。育った国とは違う文化圏で演奏することが、自分の作品のなかにフィードバックされることはありますか?

トクマル:音楽的なものよりも、想像に関するフィードバックのほうが大きいですね。見たことのない風景、聞いたことのない会話とか、それを記憶しておくとあとで夢に出てくるんです。それがまた夢日記に書かれて、ひょっとしたら歌詞になったりとか(笑)。まあ、そんなイメージなんですけど。もちろんそのときの対バンの演奏を聴いて「おー!」と思うことはありますけど。

こないだはテレヴィジョン・パーソナリティーズと一緒にやったんですよね。そのときのライヴがすごかったという話を聞いて。

トクマル:あれはすごかった。昔から大好きだったし、一緒に出れて光栄でしたね。いままで好きだった人と一緒にできるというのは嬉しいですね。

トクマルシューゴの音楽は受け手によってかなり違うだろうから、テレヴィジョン・パーソナリティーズと一緒にやっても合うのかしれないけど、片方では。

担当者Y氏:フライング・ロータスともやってますしね。

ハハハハ。いいですね。

トクマル:シカゴで(笑)。『The Wire』のイヴェントでしたね。だから面白いライヴにはいっぱい出させてもらっているんです。初めてライブをやりはじめてから、たしか数回目のライヴがマジカル・パワー・マコさんと一緒だった。

濃いねー。

トクマル:すごい嬉しかったし、「なんでオレここにいるんだろう?」って思った。対バンには恵まれていましたね。あげればキリが無いほどいろんな大好きだった人たちと一緒に演奏出来たりして。

ニューヨークのライヴでは現地の人たちとバンド演奏していたじゃないですか。あれは譜面を渡して?

トクマル:そうですね。あらかじめ譜面を渡しておいて。1~2回リハーサルをやって。

そういう形式のライヴは多いんですか?

トクマル:少ないです。でも、こないだヨーロッパ行ったときはアイスランドの人たち(Amina)と一緒にやったんですが、そのときも譜面を渡してやりましたね。

なんかね、トクマルシューゴの音楽からはパスカル・コムラード的な自由な感性を感じるんですよ。

トクマル:もちろんパスカル・コムラードは大好きなんですけど、それを目指してここまで来たというよりも、すごい回り道をして結局ここまで来たという感じなんですよね。

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Shugo Tokumaru
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なるほど。『ポート・エントロピー』は、ホントに力作だと思ったんですけど、やはり『EXIT』から2年半もかかったと言うことは、本人的にもそれなりの強い気持ちがあったんじゃないかと思います。そのあたり聞かせてください。

トクマル:そうですね、かなりありましたね。自分のなかでスタンダードなものを作って、基盤を固めたかったというのがありましたね。そうしたら次、何をやってもいいかなと、どこにでも行けるというのがありました。

曲はたくさん作るほうですか?

トクマル:あまり作らないほうなんですが、今回は50~60曲ぐらい作りましたね。

そのなかから選んだ?

トクマル:多作じゃないんですけどね。

ひとりで。

トクマル:はい。

完成の瞬間は自分でわかるものなんですか?

トクマル:わかります。

いま目標にしているミュージシャンはいますか?

トクマル:いないですね。好きな人はいますけどね。

若手と言われているミュージシャンで共感がある人はいますか?

トクマル:んー......。音楽的な意味で言えばウリチパン郡。それと倉林哲也さん。

ブルックリンのアニマル・コレクティヴやグリズリー・ベアみたいな連中はどうですか?

トクマル:もちろん。僕のライヴ・バンドも手伝ってくれたベイルートやザ・ナショナルとかもですね。

世代的にも近いでしょう。

トクマル:近いです。グリズリー・ベアは僕のことを見つけてくれてレーベルに紹介してくれたりもして嬉しかったです。たぶん、あの辺の人たちと僕に共通するのが、すごくたくさんの音楽を聞いていて、いろんなところにアンテナを張ってるってことなんですよね。単純に音楽好きというところから出発している。そこにいちばん共感しますね。なんであんな音楽が生まれたのかというと、そこだと思うんですよ。「こういう音楽もあってもいいんだ」という気持ちから生まれている。グリズリー・ベアもアニマル・コレクティヴもダーティ・プロジェクターズも、ああいう人たちはそうだと思うんです。

そう思います。ちなみに『ポート・エントロピー』というタイトルは?

トクマル:とくに意味はないです(笑)。ブルース・ハーク(Bruce Haack)という音楽家がすごく好きで、彼の作品で『キャプテン・エントロピー』というのがあって、そこからの引用です。

ジャケットのアートワークは?

トクマル:幼なじみに頼んだんですよ。曲だけ聴かせて「描いて」って(笑)。何もディレクションはしていない。それで何枚も何枚も描いてくれてそのなかから選びました。

これが音楽に相応しいと。

トクマル:うん、そうですね。

CHART by STRADA RECORDS 2010.04.20 - ele-king

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1

AFRIKANZ ON MARZ

AFRIKANZ ON MARZ THE ROAD WE TRAVEL OUT HEAR AUDIO(UK) / 2010年4月14日 »COMMENT GET MUSIC
ご存知Ashely BeedleとUKのキーボード・プレイヤーDarren Morrisによるユニットが12インチをリリース!アフロなパーカッションに洗練されたピアノやシンセ、さらに子供によるコーラスがバッチリな極上セミ・インスト・ハウス!展開も文句なし!

2

VA

VA VINYL CUTS:2 SOUL HEAVEN (UK) / 2010年4月14日 »COMMENT GET MUSIC
DEFECTED系列の良質レーベルSOUL HEAVENからの3曲入りEP!中でもKing Street 等からの数々のヒット曲でお馴染みのベテラン・シンガーStephanie Cookeを起用したB1がグッド!シットリとしたアーバンなトラックに彼女の繊細な歌声がバッチリ!ピーク・タイムのチョイ前や遅い時間帯にイイ雰囲気を作れそうな上質なヴォーカル・チューンです!

3

DANNY CLARK & JAY BENHAM

DANNY CLARK & JAY BENHAM CALL IT DONE(feat.ANDREA LOVE) SOLID GROUND(UK) / 2010年4月14日 »COMMENT GET MUSIC
1作目、2作目共にヒットしているUKの注目株SOLID GROUNDレーベルから待望の第3弾!今作も期待を裏切らないストレートでソウルフルな女性ヴォーカル・ハウス!

4

PACIFIC HORIZONS

PACIFIC HORIZONS UNIVERSAL HORIZONS PACIFIC WIZARD FOUNDATION(US) / 2010年4月15日 »COMMENT GET MUSIC
DJ HARVEYやTHE REVENGE、RAY MANGらがプレイしている話題盤!チープな打ち込みトラックにスパニッシュ調のアコースティック・ギターがなんとも哀愁漂うB面が最高!遅めのトラックにサイケデリックなギターソロが印象的なA面もプログレっぽい仕上がりでグッド!

5

RON TRENT

RON TRENT ALTERED STATES-2010 REMIXES PRESCRIPTION(US) / 2010年4月14日 »COMMENT GET MUSIC
シカゴ・ディープ・ハウスの大御所RON TRENTが90年にWAREHOUSE RECORDSからリリースした出世作「ALTERED STATES」の2010年ヴァージョンが登場!しかも同じくシカゴ・ハウス のベテランTERRY HUNTERのリミックスと現在は高額レア盤となった92年オランダのDJAX-UP-BEATS盤でのCARL CRAIGによる傑作リミックスも同時に収録!これは買うしかないでしょう!

6

BIG STRICK

BIG STRICK 100% HUSTLER(W-PACK) FXHE(US) / 2010年4月14日 »COMMENT GET MUSIC
Omar-Sの従兄弟Big Strickが人気の「7 Days」に続き今後は2枚組のアナログをリリース!この2枚組、1枚はBig Strickによるオリジナル曲で、もう1枚はOmar-Sによるリミックスという構成!荒削りでオールド・スクールなドープ・ハウス・サウンドが圧巻!

7

LY SANDER AND MICHAEL J COLLINS

LY SANDER AND MICHAEL J COLLINS YOU WERE THERE EP ELECTRIC MINDS(UK) / 2010年4月15日 »COMMENT GET MUSIC
Arthur Russellトリビュート作品で注目を集めるロンドンのレーベルElectric Mindsから!グルーヴィーなクラシックス調のトラックに男性のヴォイス・サンプリングやディープなシンセが乗ったB1、遅めのビートにパーカッションや神出鬼没なスイープ音で構成された個性的なB2あたりがオススメです!

8

BIG ZIS

BIG ZIS SUURE RAGE-REMIXES VOLUME 03 NATION MUSIC(GER) / 2010年4月15日 »COMMENT GET MUSIC
スイスのアーティスト奇才Franziska SchlapferのユニットBig Zisのリミックス・シングル!ResopalやSthlmaudio等からのリリースで知られるAgnesによるリミックスを収録しており、太めのトラックに浮遊感のあるシンセや男性のヴォイス・サンプリングがカッコいいインスト・ハウスに仕上がっております!

9

HENRIK SCHWARZ AND KUNIYUKI

HENRIK SCHWARZ AND KUNIYUKI ONECE AGAIN MULE MUSIQ (GER) / 2010年4月14日 »COMMENT GET MUSIC
HENRIK SCHWARZとKUNIYUKIによる強力タッグ!特にオススメなのはB面のKUNIYUKIによるヴァージョン!太めのグルーヴィーなトラックにパーカッションやピアノ、さらにHENRIK SCHWARZによる渋いヴォーカルがフィーチャーされたディープ・ジャジー・チューン!

10

PRINS THOMAS

PRINS THOMAS PRINS THOMAS(W-PACK) FULL PUPP (GER) / 2010年4月15日 »COMMENT GET MUSIC
人気のPRINS THOMASが2枚組のアルバムをリリース!なんと全て自分自身で楽器を演奏したものを多重録音した作品で、メランコリックな和める曲からプログレみたいなナンバーまで聴き応え十分の仕上がり!

CHART by JET SET 2010.04.20 - ele-king

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1

JEFF MILLS

JEFF MILLS THE OCCURRENCE (限定盤ヴァイナル・ディスク仕様) »COMMENT GET MUSIC
日本初、新たなメディア、ヴァイナル・ディスク仕様盤が登場です!!未だにDJ Mix CDの金字塔と言われる『Mix Up Vol.2』(96年)そして一挙45曲もミックスした『Exhibitionist』(04年)から6年、待望のミックスアルバムが遂に完成です!!こちらは初回限定盤、CDサイドとヴァイナル・サイド2面仕様のヴァイナル・ディスク盤です。

2

ZEN-LA-ROCK

ZEN-LA-ROCK THE NIGHT OF ART EP »COMMENT GET MUSIC
傑作2ndアルバムから遂にアナログ・シングルが登場!コレは相当コブ付いてます!『THE NIGHT OF ART』からのアナログ・シングルが登場!Dam-Funkファンも絶対注目のアーバンでメロウなエレクトロ・ファンクです!

3

FUCK BUTTONS

FUCK BUTTONS OLYMPIANS »COMMENT GET MUSIC
大傑作2nd.からビューティフル・トリッピン・キラーがカット。なんとJ. Spaceman Remixです!!MGMT がSonic Boomなら、こちらはJason Pierce from Spiritualized★Andrew Weatherall Prod.のオリジナルも強力ですが、さらにAlan Vega Remixまで入ってる廃人寸前グリーン・ヴァイナル盤!!

4

MAVIS FT. CANDI STATON

MAVIS FT. CANDI STATON REVOLUTION - DARKSTARR REMIXES »COMMENT GET MUSIC
DJ Cosmo主宰Bitches Brewから話題のMavisがライセンス・リリース!!昨年のHorace Andy & Ashley Beedle"When The Rain Falls"も素晴らしかったですが、これも最高です!!

5

PSYCHOBUILDINGS

PSYCHOBUILDINGS BIRDS OF PREY »COMMENT GET MUSIC
激烈オススメ★Nite Jewel meets Washed Outなロウファイ・ブリージン・シンセ爆裂キラー!!話題沸騰のブルックリン・トリオ、Psychobuildingsのデビュー・7インチ!!KIndess"Swinging Party"にも匹敵のArthur Russell直系浮遊シンセ・ポップ。メチャ最高です!!

6

AHMED JANKA NABAY

AHMED JANKA NABAY BUBU KING »COMMENT GET MUSIC
Very BestもEl Guinchoも吹き飛ぶモダン・トロピカル・アフロ・グルーヴ!!メチャおすすめ★LemonadeにTanlinesをリリースするTrue Pantherから。西アフリカのブブ・ミュージックをモダンに展開するJanka Nabayの超強力12インチ!!

7

SHORTSTUFF / TAYLOR

SHORTSTUFF / TAYLOR REGRESSION / SQUEEGE »COMMENT GET MUSIC
☆大推薦☆泣けるほどに甘酸っぱいです。卓上チャーミング美麗ガラージュ・ポップ大傑作!!レジェンドGeiomも参加のコンピ12"で幕開けた要注目ガラージュ・ポップ新興レーベルWigflexより、Four Tetファンにも大推薦のキューテスト美麗スプリットが登場!!

8

MITTEKILL

MITTEKILL ZUM SPIELPLATZ »COMMENT GET MUSIC
ダブステップ以降のレフトフィールド・ポップ・リミックスも搭載の美麗鍵盤音響ハウス傑作!!☆大推薦☆ドイツの老舗Kitty Yo周辺から登場した当店激注目のベルリンの新鋭デュオMittekill。鬼才デュオGoldwillによるリミックスx2も素晴らしいです!!

9

SCOTT FERGUSON

SCOTT FERGUSON MIDWEST BORN & BRED EP »COMMENT GET MUSIC
マイナーリーグの底力を見せ付ける燻し銀のベテランScott Ferguson、快調です!!活動再開の主宰レーベルFerrispark発'10年二発目。ザックリとした質感のバウンシーなキックとロウなベースが大変にカッコイイ、これぞUSミッドウェスト・グルーヴ。

10

LAYO & BUSHWACKA!

LAYO & BUSHWACKA! FEMMER FATALE »COMMENT GET MUSIC
う~ん、これはハマリます!!秒殺だったブート"Daa Daa Din"も話題なLayo & Bushwackaによるニュー・シングルはコズミック・ディスコ・ミーツ・ミニマルなドープなハマリ系ディープ・チューン!!

#4:I hate Pink Floyd - ele-king

 1975年、マルコム・マクラレンがニューヨークに滞在していたとき、キングスロードの〈SEX〉で店番をしていたバーナード・ローズ(後のザ・クラッシュのマネージャー)は店に出入りするひとりの19歳の若者のTシャツに注目した。彼はピンク・フロイドのTシャツを着ていたが、そのバンドのロゴの上には「I hate......」という言葉が殴り書きされていた。若き日のジョン・ライドンに関する有名な話である。そしてこれはパンク・ロックがその出自においてヒッピー(プログレッシヴ・ロック)と対立構造にあったことを物語る逸話として、のちに何度も繰り返し語られてきたおかげで、「マルコムが初めてジョンと会ったときに」されたり、「TシャツにはI hate Pink Floyd」と書かれていたりとか、話が真実とは多少違ってしまったほどだ。

 今年の2月18日付の『ガーディアン』に「I don't hate Pink Floyd」という興味深い記事があった。54歳のジョン・ライドンが「実はオレはピンク・フロイドが嫌いではなかった」とカミングアウトしたのだ。「彼らは偉大な作品を残している」とあらためてピンク・フロイドを評価するばかりか、『ザ・ダーク・サイド・オブ・ザ・ムーン』は好きな作品だったことさえ明かしている。「ただ、彼らの思い上がった態度が気にくわなかったんだ」

 しかしライドンは、その後の彼の人生で何度かデイヴ・ギルモア(ピンク・フロイドのギタリスト)と話す機会を得て、その偏見はなくなったという。元パンク・ロックのアイコンはこう回想している。「まったく問題がなかった」と。

 「なんだよ~、いまになってそりゃないぜ」、この記事を読んで正直がっかりした。そしてしばらく考えた。何故なら、どんな理由があったにせよ、結果的に「I hate......」という言葉がパンク・ロックにおいて強力なモチベーションだったことは間違いないからだ。大人への憎しみ、政治家への憎しみ、社会への憎しみ、金持ちへの憎しみ、ポップ・スターへの憎しみ......で、まあ、思えば、「I hate......」という感情ほど現代において自主規制されているものもない......んじゃないだろうか。

 音楽シーンをたとえに話すとしよう。日本のシーンを支配しているのは、おおよそ多元主義と迎合主義だ。迎合主義というのは大衆に媚びることで、人気者を集めて商売にする。自分には用がない世界だし、どうでもいいと言えばどうでもいい。1977年、チャートを支配していたのはディスコ・ポップとユーロ・ポップで、パンク・ロックは大衆性という観点で言えば、明らかに"どん引き"されていたのが事実であり、しかしその後の文化的影響力という観点で言えば"どん引き"されたマイナーなそれは革命的だったのだから。"売れている"という観点で音楽を評価するときの落とし穴はパンクからもよく見える。ややこしいのは多元主義のほうだ。

 多元主義という思想は、簡単にいえば、「どんなにものに良いところはあるのだから多様性を認めよう」という口当たりの良い考えである。その象徴的なメディアをひとつ挙げるなら『Bounce』というフリーマガジンだ。90年代に生まれたこのメディアは、まさに多元主義的に誌面を展開している。J-POPもドマイナーなインディー盤も並列する。それはリスナーの"選択の自由"を広げるものである。悪いことではない。多くの人がそう思った。ちなみに僕はこの雑誌から、10年ほど前、いち度だけわりと長目の原稿の執筆依頼を受けたことがあったが、そのときに「批判だけは書かないで欲しい、それはうちの方針ではないので」と言われたことを覚えている。まあ、メディアのコンセプトを思えば理解できる話だし、"紹介"だけでも価値のあることはたくさんあるので、僕はその言葉に従った。

 そう、従った。が、しかし、多元主義にとって予想外だった......のかどうかは知らないが、結局のところそれが市場原理にとって都合がよいものだったということだ。そりゃーたしかに、資本主義にも、いや、小泉純一郎にだって良いところはあるかもしれない。そう思った途端に、世界は恐ろしく窮屈に感じる。なにせそれは、働いて、買うだけの生活に閉じこめられることで、それがいったい何を意味するのか考えて欲しい。このあたりの理論は専門家に委ねるが、まあかいつまんで言えば、シーンが「I hate......」という言葉を失ったときに得をするのはメジャーのほうなのだ。いっぽう、多元主義の誘惑に負けたマイナーほど惨めなモノはない......"自由"こそが最大の強みであったはずの彼らも所詮はかませ犬、メジャーの引き立て役であり、マイナーはメジャーの骨をしゃぶるだけである。これを音楽界における新自由主義と言わずして何と言おうか!

 いや、あるいは......それは単純な話、シーンは「I hate......」という情熱を失っただけの話かもしれない。"嫌悪感"を表明するのはエネルギーがいる。疲れるし、面倒だし、もうどうもでも良くなっているということなのかもしれない。われわれは骨抜きにされ、狭いカゴのなかで飼い慣らされてしまったのだろうか。「I hate......」というのは、善悪の議論ではなく、この窮屈な日常の向こう側に突き抜けたいという欲望の表れだというのに(レイヴァーたちはその感覚を知っている、たぶん......)。

 

 ザ・フォールの新作――通算27作目らしい――『ユア・フューチャー・アワー・クラッター』を聴いた。アルベール・カミュの小説『転落』から名前を頂戴したザ・フォールといえばポスト・パンクの代表格のひとつで、オルタナティヴTVらと並んであの世代におけるキャプテン・ビーフハート(そしてカン)からの影響だが、言うまでもなくバンドの最大の魅力はマーク・E・スミスにある。唸るような、ぼやくようなヴォーカリゼーションで知られるこの男は、中原昌也と三田格とジョン・ラインドンを足してさらに濃縮したようなキャラを持つ。躊躇することなく「I hate......」、いや、「死ねばいい」ぐらいのことを言い続けているひとりだ。


イギリスの音楽界でもっとも気難しい男、
マーク・E・スミス。

 マーク・E・スミスが大衆に媚びることは絶対にあり得ない。彼がいかに本気で学生を憎んでいるのかを喋っているのを読んだことがある。彼は、ハゲ頭を帽子で隠すオヤジを容赦なく憎んでいる。僕は女子高生を憎み、飲み屋で人生論をかますオヤジを憎んでいる。10代の頃から。実家が居酒屋なので、子供の頃から酔っぱらった人間を見てきているのだ。

 なぜ女子高生かって? 最近ある青年から女子高生との音楽をめぐる対話を読まされたからだよ。彼は女子高生に『ロッキングオン』や『ムジカ』、『スヌーザー』や『エレキング』、あるいはテレフォンズなどについて話を聞いているのだけれど(この企画の意図自体、僕にはようわからなかった)、それを読みながら「あー、若い頃はホントに女子高生が嫌いだったよな~」と思い出したのである。本当に憎んでいた。ユーミンを好むような、女子高生であることに満足しているような女にいち度たりとも好意を抱いたことがない。

 いまでも女子高生嫌いは変わらない。よく下北沢の駅を利用するのだが、小田急線から井の頭線に乗り換える階段で、短いスカートのケツの部分を押さえながら上っている女子高生を見ると腹が立つ。いったい誰がお前の臭いあそこを覗くというのか......あの手の女がどんな音楽を聴いているか調査してみるがいい。それは酒の席で自分の人生自慢を展開して、説教をたれるオヤジの聴く音楽と同じようなものだろう。しかし、多元主義的に言えば、そんな女子高生にもオヤジにも良いところもあるのだ。そして、こうした無意味な議論から素早く離れ、走れるだけ走り、やれるだけやって、飛ばせるだけ飛ばす、それがロックンロールに象徴される欲望ってヤツである。

 ザ・フォールの新しいアルバムはマーク・E・スミスのこんな言葉で終わる。「おまえにロックンロールは向いていない」

 人はいかにしてタフであると同時に負け犬になることができるのだろうか? (略)このムーヴメントは失敗をあがめていた。月並みな言葉で成功することはその人自身の言葉で失敗したことを意味し、失敗することは成功を意味していた。――ジョン・サヴェージ

 

追記:この原稿は3月に執筆されている。マルコム・マクラレン――R.I.P.

interview with Gold Panda - ele-king

 「知恵のない4歳半のマイク・スキナーのようだ」――ある人はゴールド・パンダの音楽をこんな風に評している。本国イギリスでは期待の新人として評価され、リトル・ブーツ、ブロック・パーティ、シミアン・モバイル・ディスコ等々、人気アーティストのリミックスを手掛ける彼は、自分の最初のアルバムのリリース先を日本のレコード会社に決めた。


Gold Panda
Companion

エイベックス・トラックス

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エセックスのBボーイだった彼だが、日本語を学ぶために自分のレコード・コレクションを売るほどの日本文化好きでもある――『ガーディアン』にはそう記されている。「そしてエイフェックス・ツインのように、彼は100トラックも作り貯めている。際だったトラックのひとつである"マユリ"にひび割れた音とやたら低いベース、それからビットとバイトが一緒になったエイフェックス・ツインのグルーヴがあるのも偶然の一致ではないだろう」
 "マユリ"? なんていう曲名だ。彼のオモチャ箱をひっくり返したようなエレクトロニック・ミュージックを聴きながら、その曲名が気になって、質問のひとつにメモった。資料を読むとアニメが好きで、日本語も少しなら話せるとある。テクノ好きな日本オタクなのだろう。それにしても何故"マユリ"? 
 もうひとつ、テクノ好きな日本オタクにしてはいくつかの曲はエモーショナルだし、"ロンリー・オウル"はフォー・テットのような哀愁を帯びている。それにオタクが"ポリス"なんて曲名のハード・テクノを作ったりはしないだろう。いずれにせよ、パンダの音楽には訴えるモノがある。お世辞抜きにして僕は彼の音楽を好んで聴いていたのである......。

どうせ普通の仕事をやってもクビになったりうまくいかないんだから、音楽をちゃんとやってみようと思い直した。そしてロンドンに引っ越して、また音楽に取り組んだんだよ。

iPodのなかにあなたの音楽を入れてよく聴いているんですよ。

パンダ:ホント?

好きなタイプの音楽なんです。IDMスタイル、グリッジ・ホップ、ブレイクコア、クラウトロック......エレクトロニック・ミュージックのいろんなスタイルが詰まっている。あなたの音楽リスナーとしての履歴書を見ているようですよ(笑)。

パンダ:今回いろいろ取材されたけど、僕の音楽性をちゃんと指摘したのは君が初めてだよ。いま君が言ったスタイルが僕は本当に好きなんだけど、何故かダブステップと言われてしまう。とくにIDMスタイルとグリッジは大好きだ。スクエアプッシャーが大好きなんだ。

ちょうどあなたの音楽と同じ部類に入るアーティスト名をメモってきたんだけど、えー、読み上げますね。ビビオ、スクエアプッシャー、ミュージック、エイフェックス・ツイン、クリス・クラーク、フライング・ロータス、フォー・テット......。

パンダ:イエイエ、そうだね、そして僕は彼らのチープ・ヴァージョンだ。彼らと同じ質のものを作りたいんだけど、僕がやると安っぽくなってしまう。僕はスクエプッシャーの弟を知っているよ。シーファックス(Ceephax)、知ってるよね? アンディ・ジェンキンソン、彼はとても良いヤツだよ。

ホント?

パンダ:彼がエセックスに住んでいたことがあって、それで知り合ったんだ。音楽っていうよりも、彼女とか友だちとか、そういうので共通点があってそれで近くなって。

なるほどね。ちょっと話が前後するけど、あなたの資料に、大きく「イースト・ロンドンのダブステップ・プロデューサー」と書いてあるんですけど。

パンダ:えー!

だからダブステップと言われるんだよ。まあ、音を聴けばこれがダブステップではないってことはわかるんだけど、日本の音楽メディアは怠惰だから、ベンガもスクリームもブリアルだってちゃんと聴いていないんですよ。資料にそう書いてあると、「これがダブステップか」と鵜呑みにしちゃうんです。君の責任じゃないけど(笑)。

パンダ:そうだったのかー! 知らなかった。僕はダブステップは好きだよ。ダブが好きだから。でもそれは僕のスタイルではない。君の前の取材でもダブステップだと言われたばかりだよ(笑)。

ハハハハ。新種のダブステップでいいじゃないですか。

パンダ:(日本語で)ムカツクー。

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ハハハハ。じゃ、あなたと日本との結びつきについて話してもらえますか?

パンダ:最初はアニメだった。15歳のとき、『アキラ』が大好きだったんだ。ストリート・ファイターも好きだったし、どんどん日本の文化にのめり込んでいった。日本のヴィデオ・ゲームも集めはじめたんだけど、イギリスではホントに高くて、ひとつ100ポンドもする。それでも僕は日本の文化にハマっていったんだ。で、19歳のときに、僕は思いきって東京に行った。ちょうどフィルという友だちが東京に住んでいて......サブヘッドという名前で活動していたんだけど。

フィル? えー!!! マジですか!!! びっくり。そうかー、それでわかった。アルバムのなかに何で"マユリ"って曲があるのか。質問するつもりだったんだけど。(注:フィルはマユリちゃんの元彼氏で、フィルは彼女の家に住んでいた)

パンダ:そうだよ。まさにそのとき川崎のマユリの家に泊まったんだ。観光客みたいにお金があるわけじゃないから、観光地には行かなかったけど、居酒屋行ったり、カラオケ行ったり、すごく刺激的だった。川崎、渋谷、新宿、目黒......すべてが面白かった。

それ何年?

パンダ:1999年。

はぁー。僕もマユリちゃんの家に何度か遊びに行ったことがあったよ。

パンダ:15歳で、僕が音楽を作りはじめた頃、フィルはいつも僕を励ましてくれた。「お前なら音楽で食っていける」って言うんだ。自分はダメなんじゃないかって思っていると、「You can do it, you can do it, you can do it」って言うんだ。そんなのジョークだと思ってたし、友だちだから言ってくれるんだと思っていたよ。だけど、彼が死んだとき、どうせ普通の仕事をやってもクビになったりうまくいかないんだから、音楽をちゃんとやってみようと思い直した。そしてロンドンに引っ越して、また音楽に取り組んだんだよ。ロンドンではセックス・ショップで働いてたりしたんだけど、友だちと通じてブロック・パーティのリミックスをやることになったり......。

ホントびっくりだね。フィルとは何回か飲みに行ったなぁ。下北で彼が酔っぱらってしまって、店内でスティーヴィー・ワンダーを歌ったこともあったよ。

パンダ:モータウンが大好きだったよね。僕は彼が亡くなるときに看取ったんだ。

そうなんだ。

パンダ:彼は年を取りたくないって言っていた。だからああやってパーティという人生を終えて、星になって飛んでいったんだと思っている。

彼は本当に自由に生きていたからね。僕より年上で、ターザンみたいな体格の人だったけど......ボクサーだったんだよね?

パンダ:そうだよ。とても強かった。そういえば、1970年代に彼がやっていたロック・バンドの写真を持っているよ。僕の叔父さんと一緒にバンドをやっていたんだ。

へー、そんなに近い関係だったんだね。幼なじみ?

パンダ:ていうか、僕が生まれたときから知ってるよ。

デヴィッド・ボウイみたいなことをやっていたのかな?

パンダ:聴いたことがないからわからないけど、写真を見るとパンク・ロックみたいだったね。うん、たしかにフィルは、デヴィッド・ボウイが大好きだったよね。

好きだった。

パンダ:だから彼が危篤状態になったときに、僕は"スターマン"を再生してそのイヤホンを彼の耳に突っ込んだんだよ。

それは良かった。ところでフィルのサブヘッドはハードな音楽だったけど。

パンダ:そうだね。

あなたの音楽はまた違っているよね。

パンダ:フィルはハッピーな人間だっただろ? でも僕は悲しくて孤独な人間なんだ。僕は自分のエモーションを音楽に反映させているから、それで彼とは違ったものになるんだろうね。

いやー、僕はあなたのことを日本のアニメが大好きで、〈リフレックス〉のカタログを揃えているようなオタクかと思っていましたよ(笑)。

パンダ:ハハハハ。

本当ですよ(笑)。

パンダ:わかるよ。ある部分は本当だからね。マニアとまではいかないけど、アンダーグラウンドなマンガが好きなんだ。丸尾末広とか。ちょっと危ないヤツ。

丸尾末広は僕らの世代では人気があったんだよ。日本語で読んでいるの?

パンダ:そう。でもアメリカでも出ているんだよ。絵が変えられているんだけどね。ただ、日本では2千円で買えるけど、イギリスではその倍以上するんだ。

古本屋さんを探せばいいですよ。

パンダ:他にオススメは?

花輪和一とか......あとでメールするよ。ところで日本の文化でアニマやマンガ、ゲーム以外には惹かれなかった? 音楽とか?

パンダ:そうだね。「これだ!」っていうモノじゃなくて、もっと日常的なモノというか、街の雰囲気とか好きだね。

へー、日本人からすると「なんだこのクソつまらない街は」って感じなのに。

パンダ:なんでだろうね。僕のなかではすごく興味深いんだ。なんてことはない風景が好きなんだよ。たとえばこの窓の向こうのマンション、あのミニマルな感じとか。イギリスにもマンションはあるけど、日本の建物はもっと規則正しくきっちりしているように見える。何故かわからないけど、それが気持ちいいんだ。僕は金がないから、新幹線に乗って名所を見て回っているわけじゃないんだけど、日本人の普通の生活のなかで「それがいいな」と思えるところがたくさんあるんだ。

へー。

パンダ:先日も友だちと山形に行ったんだけど、そこで見た日常の風景がとても良かった。ぶらっと行ったときに偶然目に入る景色が好きなんだ。目的地を決めて苦労して観光するのは性に合わないんだろうね。それは音楽でも同じなんだ。自分で、フィニッシュを決めて作ると、うまくいかないときにイライラしてしまう。だけど、もっとリラックスしてやっていけばうまくいく。だから曲作りも、てきぱきと済ませるんだ。素早くできた曲のほうが出来がいいんだよ。逆に、時間がかかってしまった曲は収録しなかった。

今回はどこに泊まっているの?

パンダ:市川の友だちのところ。まだ日本で行ったことのないところばかりだし、また日本に住みたいよ。

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アルバムも日本先行発売なんだよね。

パンダ:日本のために何かしたいと思っていて、〈エイベックス〉が出してくれるというので、やっと夢が叶った。

日本のためを思うなら、サッカーの日本代表に対する意見を聞かせて欲しいですね。

パンダ:ハハハハ。ワールドカップは好きだけど、フットボールはそんなに好きじゃないんだ。

イギリス人と言えば、パブとフットボールとオアシスだと思っているんで(笑)。

パンダ:ハハハハ。おかしいね、昨日パブに行ったら、たしかにフットボールの映像が流れていて、オアシスがかかっていたよ(笑)。

でしょ。でも、僕がゴールド・パンダのことを知ったのは、『ガーディアン』のサイトの音楽欄の新人紹介の記事でだったんです。読んだ?

パンダ:読んだ。

「彼は捨てられた音の破片から美しい音楽を作る」とか、「ちょっとグライミーな天才だ」って書かれていたんです。すごく評価されていた。すでに人気アーティストのリミキサーでもあるわけだし、イギリスのレーベルから出したほうが売れるんじゃないかと思うんだけど。

パンダ:たしかにそうかもね......いや、でもそんなにオファーが来てないよ(笑)。それに、一箇所に留まっているのは好きじゃないんだ。それぞれの場所で違うものを出すのも面白いんじゃないかな。

コネクションもあるじゃない。

パンダ:コネクションはあるけど、彼らが僕の音楽を好きだとは思わないでしょ(笑)。シーファックスともただの飲み友だちだしさ、音楽の話をしたことがないからね。次はまた別のレーベルから出すかもよ。何で〈エイベックス〉と契約したかと言えば、「J-POPワイフが見つかるかも」って(笑)。

J-POPワイフ?

パンダ:J-POPのスターと知り合って(笑)。

ハハハハ。好きなJ-POPのスターは?

パンダ:ホントに好きなのは椎名林檎。

彼女はイギリスで受けていたよね。

パンダ:木村カエラも可愛い。

えー?

パンダ:音楽はどうでも良いけど。

音楽は酷いからね。

パンダ:椎名林檎はそこは違うよね。ポップだけど良い音楽をやっていると思う。日本での評価は知らないけど、ポップでリスペクトされるってすごいことだから。

でもJ-POPの80%がゴミだと思っているでしょ。

パンダ:そこはイギリスも同じ(笑)。でも、ほとんどの日本人はそれが良いと思っているんだから、君が間違っているかもよ(笑)。

だね(笑)。

パンダ:ハハハハ。

ところ音楽作りは最初はどこから入ったの?

パンダ:サンプリングから入った。最初はヒップホップを作っていたからね。フィルの親友だった僕の叔父さんからサンプラーをもらって、父親のロックのレコード・コレクションからサンプリングしていた。パフ・ダディみたいなタイプのヒップホップだったよ。だけど、スクエアプッシャーの『ビッグ・ローダ』を聴いてびっくりしてしまって、それからブレイクコアやドリルンベース、ドリルンベースというのはドラムンベースのクレイジー・ヴァージョンなんだけど、まあ、そっちの方向に進むんだ。

デデマウスも『ビッグ・ローダ』に衝撃を受けたと言っていたな。

パンダ:あのアルバムはショックだった。オウテカはダメだったけど。オウテカはずっと好きになれなかったんだ......でも、最近になってようやく彼らの良さがわかったよ。音楽のプロセスというものが伝わってくる。セックスと同じでやっているときが興奮するんだ。終わったらもうどうもいい、そんな感じだよ。僕もそこは共感できる。ブリアルにもそういうところがあるよね。彼はツアーをやらない。家で音楽を作っているときが彼にとっての幸福な時間なんだ。僕もこうして取材を受けていると"自分"という気がしない。音楽を作っているときが"自分"だと思う。

ちなみにゴールド・パンダという名前はどっから来たんですか?

パンダ:最初は下らない、バカみたいな名前ばかりにしていたんだ。彼女から「あなたの好きなものをふたつ付けたものにしたらどう?」と言われて、で、色と動物にしてみようと思って、最初に思いついたのがピンク・ワーム。

ハハハハ。ピンク・ワームいいね。

パンダ:なんだかインダストリアル・バンドみたいでしょ。それがイヤだったので、第二候補だったゴールド・パンダにしたんだ。

最近、動物の名前を付ける人が多いでしょ。パンダ・ベア、グリズリー・ベア、フリート・フォクシーズとか。

パンダ:そうなんだよ。あと"ゴールド"も多いよね。ゴールデン・シルヴァース、ゴールデン・フィルターズ......「クソ、なってこったい、"ゴールド"も多いし、動物の名前も多いじゃないか!」って(笑)。「どうしよう?」と思ったんだけど、音楽がぜんぜん違うからいいかと。

なるほど。

パンダ:うん、似た音楽がなくてラッキーだった。

しかし、今日はびっくりしたな。こんなところでフィルの親友と会うとはね......、アルバムの最後の曲名がなぜ"ポリス"なのかも訊かなくてもわかちゃっいました(笑)。

パンダ:フィルも僕もポリスが嫌いだからね。まったく良い思い出がない。昔新聞配達をやっていたときもライトが点いてないって止められたり、ホントに良い思い出がない。悪いことしてないのに、イヤな思いをするんだ。女友だちのひとりが警察になって、しかも警察と結婚したんだ。もう彼女とは会わないだろうね(笑)。いい人もいるんだろうけど、会ったことがないんだ。

ミー・トゥー!

 かつてのエイフェックス・ツインのように、本当に彼にはアルバム3枚分ぐらいの曲のストックがあるらしい。テクノ好き――とくにIDMスタイルが好きなリスナーはしばらく聴きたい音楽に困らないだろう。ちなみに彼は"BBCの世論調査における2010年のサウンド"のひとつにリストアップされている。

 

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