「KING」と一致するもの

 〈パラダイス・ガラージ〉は、たくさんの、本当にたくさんの人たちのこうした思い出の中心だった。閉鎖10年以上経った今日も、〈ガラージ〉は聖なる場所として敬意をもって語られる。彼らは、そこは避難所であり、箱船であり、教会であり、寺院であり、家だったと言う。命を救われた、ストリートから足を洗うきっかけになった、生きる目的を与えられたと多くの人が口にする。こうした言葉でディスコを表現するのは奇妙に思えるかもしれないが、私たちは実際にひとつの部族のようだったし、部族の人々が何千年もやってきたことを、私たちも行っていたのだ。共に踊り、祝福することを通してコミュニティを築いた。古代の先祖たちのように、ドラムを叩き、顔にペイントし、月明かりの下で踊る、私たちはその同性愛者版の化身だっただけなのだ。私たちにとってそれが特に重要だったのは、ディスコから一歩外に出れば、まだ社会の除け者だったからだ。
――メル・シェレン『パラダイス・ガラージの時代』(浅沼優子 訳)


 僕がそのニュースを最初に知ったのは、ブルックリンのバンド、グリズリー・ベアのメイン・ソングライターのエド・ドロステのツイートだった。「7年付き合っている相手と今年結婚する予定のゲイとしては、このNYの平等な結婚でどれだけ興奮しているか説明できないぐらいだよ! (エド)」
 6月24日ニューヨーク州で、同性婚を合法とする法案 が州議会で可決し、ニューヨークはアメリカで同性婚を認める史上6番目の州となった(アメリカでは民法に当たる法律は主に州法である)。そのような話が進んでいたことを迂闊にも知らなかった僕は、次々流れてくるミュージシャンたちの歓喜と祝福のコメントを見て胸が熱くなり、次の瞬間それをネットでしか見られないことが残念に思えた。いま、ニューヨークはどんなに沸いているだろう!
 ......実際、ニューヨークの地元紙では大いに沸くゲイ・ピープルの写真が一面を飾り、そして週末のゲイ・プライドは相当な盛り上がりだったそうだが、その熱は日本にはほとんど伝えられていないように思われる。

 結婚というのは公的な制度であるので、同性婚が認められることによってさまざまな法的な権利がクリアになる。まずはこれが大きい。住居のこと、子どもを持った場合の親権、終末医療の問題、相続など......同性婚の是非についてはいまアメリカでもっともホットな議題のひとつだが、反対論者は根拠として宗教的・倫理的なものを挙げつつ、マイノリティの権利が拡大することを牽制している部分も大きいと僕は考えている。同性婚支持者が「平等な結婚」と表現するのもそういった理由だろう。
 だがそれ以上に、やはりこれはゲイとレズビアンにとってひとつの夢の達成である。結婚とはロマンティックに言えばその「愛」を社会が認める、ということだ。同性愛者たちが日陰のなかで生きる必要はなくなり、その愛を祝福されるときが訪れたことを告げている。それが、ニューヨークで実現したことは非常に重要なことである。

 ニューヨークはゲイの歴史にとって因縁の深い街だ。古くからアメリカ中、世界中からゲイが逃れるように集まりコミュニティを形成してきた都市であり、ここで1969年に起きた同性愛権利運動の端緒とされるストーンウォールの反乱は「ヘアピンの落ちる音が世界に響き渡った」という名文句とともに語り継がれている。ゲイ・カルチャーは長年アンダーグラウンドで発展を続け、ディスコが〈パラダイス・ガラージ〉とフリー・セックスの享楽のなかで頂点を迎える。そして地獄のようなエイズ時代も、この街は嫌というほど経験した。多くのものを喪いながら、いまでもニューヨークはたくさんのゲイたちが動かしている。

 ニューヨークのゲイ音楽にとって、ここ数年でのエピックはヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアの登場だろう。彼らはシカゴ・ハウスそして〈パラダイス・ガラージ〉の記憶と亡霊たちを召喚し、ディスコがいったい誰のための何のための音楽であったのかを完璧に思い出させた。地下のダンスフロアにダンスとセックスの快楽を求めに逃げてきたアウトサイダーたち、彼らがただすべてを忘れて踊るためだけの音楽。そして何よりも重要なのは、彼らはゲイ・カルチャーにおける、いや、ゲイの生における、愛ではなく孤独を、誇りではなく屈辱を、光ではなく影を、「今一度」鳴らしたということである。
 ゲイ・ポップスの多くは、多様な生き方とありのままでいること、それに「愛」を肯定し、それをほとんど過剰なまでにアッパーに祝福する。それはマイノリティであることの誇りを促すレインボー・フラッグの主張と合致するのだが、いまでも偏見が根強いことを思えばとても切実で、価値のあるものだとは思う。多くのゲイに支持されるレディ・ガガが歌っているのも基本的にそのようなことである。だが、その切実さがいったいどこから生まれたものか、時として見失われていることがあるようにも感じるのだ。
 ヘラクレス・アンド・ラヴ・アフェアが表現していることは、アントニー・ハガティをディーヴァに仕立てた"ブラインド"に集約されている。子どものころ、星が輝けばこの暗闇を後にできると思っていた。けれども年老いて、星は頭上で輝いているけれど、それは過去と未来とを悲痛に照らし出すだけで、「いま」を映し出しはしない。私は孤独で、何も見えないようだ......。"ブラインド"ではそのようなことが歌われている。その絶望的なまでの真実としての孤独をディスコのグルーヴに乗せることで、ただ刹那的なダンスを生み出している。それはまるで......その昔、毎晩ディスコに通い快楽に酔いしれ、エイズで命を失ったたくさんの名もなきゲイたちの記憶とともに踊るようだ。ヘラクレスの首謀者のアンディ・バトラーはどうしようもなくロマンティストであり、"ブラインド"はフランキー・ナックルズのリミックスによってはっきりとあの時代へと接続される。
 その暗闇は、たとえ時代が変わってもすべてのゲイが知っているものである。人生のある時点で、自分がこの世界でははみ出し者であると事実としてはっきりと悟るあの瞬間のことだ。誇りもありのままに生きることも、そして「愛」も、その暗闇がなければ輝くことはない。

 ニューヨークの同性婚の合法化は、かの地の同性愛者たちの長年の努力の結実である。彼らは警官に暴力を振るわれ、エイズで多くの恋人たちと友人たちを喪い、それでも権利を訴えることをやめなかった。それは、たとえ「社会の除け者」であることを自覚していた前世代のゲイたちのディスコ・ビートが鳴り止んでも、その想いは潰えなかったことの証明でもある。翻って、ストーンウォールの暴動が起こりようもないここ日本では、同性婚は夢物語だろうか、いや......。
 いまでも"ブラインド"を聴きながら目を閉じれば、ニューヨークのゲイたちの生と死に想いを馳せることになる。そしてニューヨークでも日本でも、あるいは世界中のあらゆる場所で、マイノリティにとってその暗闇は同じ冷たさに支配されていることが伝わってくる。すべてはその影から生まれる。やがてそれを知る者が、光と愛を求めて地上へと足を踏み出すだろう。

Chart by JAPONICA 2011.07.25 - ele-king

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IFEEL STUDIO

IFEEL STUDIO MORGENGRUSS III INTERNATIONAL FEEL / URY / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC

2

V.A. [LARRY HEARD / MOODYMANN / OSUNLADE]

V.A. [LARRY HEARD / MOODYMANN / OSUNLADE] MOXA VOL.1 - FOLLOW THE X REBIRTH / ITA / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
廃盤状態となっていたMOODYMANN"I'D RATHER BE LONELY"の再収録をはじめ、当コンピレーションのために制作された新曲となるLARRY HEARD"WINTERFLOWER"、そしてOSUNLADE"MOXA'S THEME"の豪華顔ぶれによる絶品アナログ・サンプラー!

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GROOVEBOY

GROOVEBOY GROOVEBOY EP3 UNKNOWN / US / 2011/7/21 »COMMENT GET MUSIC
80S'R&B名曲ALEXANDER O'NEAL feat. CHERELLE"NEVER KNEW LOVE LIKE THIS"をMARK E/EDDIE Cばりにざっくりとミニマル・ビートダウン化したA面"LOVE LIKE DIS"、そしてこちらも80S'ソウル名曲にしてサンプリング・ソースとしてもお馴染みのMTUME"JUICY FRUIT"を斬新にもレゲエ/ダブ・テイストでリコンストラクトしてしまったB面"WHAT U ARE"の今回も現行シーンの流れを的確に突いたDJフレンドリーな好エディットを披露の最高すぎる2トラック!

4

JOHNWAYNES

JOHNWAYNES HOOMBA HOOMA LET'S GET LOST / UK / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
DJ HARVEYもプレイする85年リリースのアフロ/バレアリック古典PILI-PILI"HOOMBA HOOMBA"のエディットA-1にはじまり、GWEN MCCRAE"FUNKY SENSATION"のボトム・ファットなエレクトロ・ファンク・スタイルでのドープ・ビートダウン・エディットB-1、そしてレゲエ・ネタを駆使したダ ビー・ディスコ・エディットB-2と、どれもかなり良い!

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V.A.

V.A. BLACK FEELING VOLUME 2 FREESTYLE / UK / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
LANCE FERGUSON率いるバンド・プロジェクトが様々な名義を使い分けて名曲の数々をファンク・カヴァー&コンパイルする人気シリーズ第2 弾。"NAUTILUS"のトロピカルなラテン・ファンク・カヴァーにはじまり、JORGE BEN"COSA NOSTRA"のディープ・ファンク・カヴァー、そしてJACKIE MITTOO"OBOE"、RONNIE FOSTER"MYSTIC BREW"まで、、鉄板ネタを極上ファンク・アンサンブルで再演してしまった最高すぎる一枚!

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DENSE & PIKA

DENSE & PIKA BAD BACK / VOMEE DENSE & PIKA / UK / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
<PLANET E>周辺という情報のみで全く持って詳細不明ながらそのクオリティの高さにはついつい反応せずにはいられない漆黒ドープ・ハウス2トラック届きました!MOODYMANN/THEO PARRISH系のデトロイト・ブラックスネスにベルリン地下経由のダブ・テクノ・サウンドの質感を混ぜ合わせたドープ・ブラック・ハウス!

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BUILD AN ARK

BUILD AN ARK THE STARS ARE SINGING TOO DISQUES CORDE / JPN / 2011/7/22 »COMMENT GET MUSIC
才人CARLOS NINO率いるスピリチュアル・ジャズ・コレクティヴ=BUILD AN ARK、結成10周年を記念するメモリアル・ニュー・アルバム!今作は過去のライブ・パフォーマンス、リハーサル、レコーディング・セッション、コラボ レーションにて残された未発表音源の数々からCARLOS NINO自身が厳選コンパイルしたというこれまでの活動歴10年での全ての年代における音源を収録したいわゆる裏秘蔵ベスト音源集的内容の一枚。

8

MURO

MURO DIGGIN' ICE -MURO'S BREEZY SOUL- KING OF DIGGIN' / JPN / 2011/7/21 »COMMENT GET MUSIC
90年代「DIGGIN'ICE」シリーズ制作当時に収録候補となった楽曲や、続編用に考えていた楽曲を中心にコンパイル/ミックスしたという今 作までの 10年以上の時間の隔たりを全く感じさせない当シリーズならではのクール&ブリージンな空気感をしっかりと保った、まさに当時の秘蔵ミックス的内容の一 枚。

9

COYOTE

COYOTE HALF MAN HALF COYOTE IS IT BALEARIC? / UK / 2011/7/16 »COMMENT GET MUSIC
COYOTE待望のファースト・フル・アルバム!全編に渡り揺らめくダブワイズが要所で効いた幽玄バレアリック~アコースティック・チル・トラック、ダウンテンポetc..野外/海辺での開放感ある現場やラウンジ空間でのゆったりしたDJプレイには勿論、リスニング・アイテムとしてもばっ ちり重宝する聴き心地の良い絶品内容。今夏の清涼音楽としてもいかがでしょうか。ジャケット・アートワークも◎

10

DR. DUNKS / JUSTIN VANDERVOLGEN

DR. DUNKS / JUSTIN VANDERVOLGEN SO GOOD FEELING / VERSIONS KEEP IT CHEAP / US / 2011/7/11 »COMMENT GET MUSIC
首謀者DR.DUNKSサイドは和やかなミッド・クラップ・グルーヴに流麗なストリングス、色鮮やかなギター/キーボード・リフが爽快に掛け合っ ていく最高に突き抜けた絶品サマー・ブギー・トラック。そしてB面の盟友JUSTIN VANDERVOLGENサイドもバレアリック・フィールなギター/キーボード・リフが軽快に織り成すこれまた夏仕様な絶品ディスコ・トラックで、こちら 終盤あたりでタイトな四つ打ちグルーヴへと移行する展開もナイスな逸品。

 ヴィンセント・ラジオが陸前高田までバンクシーの映画を上映しに行くと聞いて、その車に飛び乗った。「あとひとり乗れる」というカードが切られれば、コールしない手はない。胴元がヴィンセント・クルーならカモられる可能性も低い。
 車が動き出す直前までわかっていなかったけれど、ヴィンセント・ラジオでは全国のリスナーに呼びかけて、援助物資を募り、現地ではそれらを配布しながらレイヴ・パーティを開催する予定だった。なるほど、この人たちがやることはひとつしかないんだなー。反戦デモをやろうが、ネット・ラジオをやろうが、被災地に物資を届けに行こうが、ターンテーブルを回すことしか頭にない。そんな連中だったのである。そう、だから、免許を取ってから2度目の運転だというベーナーさんのハンドルさばきで午前3時に高速を飛ばしつつ、当然のことながら「人、来るかな~」というのが全員の心配事になった。仙台から2人来るらしいとか、石巻からツイートがあったとか、少ない人数の足し算に明け暮れ、「若者は少ない」という固定観念が車内を幽霊のように徘徊し続けた。ほどなくして朝日が昇っても感動はまるでなく、ただ単に暑いだけだった。
 このムードを断ち切ったのはガイガー・カウンターだった。ロクのアッコちゃんがムードマンから借りたというロシア製の小型マシンに電池を入れ直したところ、東京で「0.1」もなかった表示が急に「0.3」、「0.4」と上昇し始めた。上がったり下がったりで直線的に数値が上がっていくわけではないけれど、郡山市を通過する頃には上限が「0.7」から「0.8」を更新し、とあるサーヴィス・エリアでは屋外で「1.2」を超える瞬間もあった(屋内だと「0.3」)。目に見えて数値が変化していくというのはやはり不必要に恐怖感を掻き立てられる。あるいは、この場から早く立ち去りたいと考えてしまう一方で、この数値のなかで暮らし続けている人たちがいることも考えざるを得なかった場面でもあった。矢作俊彦がいま、『スズキさんの休息と遍歴』を書き直したとしたら、果たしてどんな展開になるのだろうか? ドーシーボーの再出発を願いたい。

 一関インターまでは7時間ぐらいで辿り着いた。予定通り、スーパーマーケットが開店する時間だったので、イーオンでバーベキューの材料を仕入れることに。海産物はわかるけれど、ペット・ボトルがなぜか驚くほど安い。ビールや炭も買い込んで、様々な物資が詰まりに詰まった車に、さらにそれらをギュー詰めにし、再び海岸沿いまで1時間半の距離を進む。どこまで行っても景色は平穏で、頭に思い描いていたような惨状はどこからも立ち現れてこない。だんだんと避暑地に迷い込んだような気分になりかけた頃、ひしゃげた自動車がポツポツと目に入り出す。そして、山間の道を抜けたところで、景色はいきなり連続性を失った。そこからは何もなかった。真っ平な平野が果てしなく広がり、所々に瓦礫が積み上げてあるだけ。出発する日の昼間、近所でばったり会った保坂和志が少し前に気仙沼に行ってきたそうで、「陸前高田は見事に更地になっていた」と話していた通りだった。
 津波で父親を亡くしてしまったヤングカルビの実家がレイヴ会場だった。地元に戻った彼を励ましに行こうというのがそもそもパーティを企画した動機だったそうで、グーグル・アースで見てみると、なるほど庭も広いし、敷地内には家屋も5軒ぐらい建っているように見える。ヤンカルのお父さんは最初は助かったにもかかわらず、誰かを救助しようとして、結果的に津波の犠牲になったという。後で知ったことだけれど、お父さんは政治家で、共産党の及川一郎議員という人だった。
 カーナビに従って進んでいたら、あるはずの橋が落ちていて、道がいきなり途絶えてしまう。そのまま適当に車を迂回させていると、ふいに小学校らしき建物が見えてきた。ヤンカルの実家は少し高台にあり、後で聞いたところでは、その小学校が津波の防波堤になったという。そこを過ぎると、ヤンカルが庭先に立っていて、ヤアと手を挙げた。ようやく着いた。昼間の暑さは東京とかわらない。ガイガー・カウンターはとっくに落ち着いている。

 少しは休めるかと思ったけれど、昼ごはんにソーメンを食べただけで、すぐにサウンドシステムやスクリーンの設営がはじまり、支援物資を分けて並べる作業がはじまった。なんだかんだいって夜通し騒いでしまったに近いので、誰もほとんど寝てないにもかかわらず、全体の作業は何かを悟ったようにテキパキと早い。ヤンカルが使っていたシーツを石黒景太が指揮を取って即席のスクリーンに仕立て上げたものはなかなかの傑作だった。アッコちゃんが支援物資を並べていくセンスもとてもいい。サウンドデモの時もそうだったけれど、誰が指示するでもなく、自然と役割が決まっていき、どこからともなく現れたおじさんが「バーベキューはオレが仕切る」といって炭に火を入れてくれる。作業の合間にヤンカルのお母さんから「水が出るようになった時は本当に嬉しかった」など、被災地の現状をあれこれと教えてもらう。電話線がまだ回復していない上に、ソフトバンクがつながりにくいというのはやっぱり不便もいいところで、当然のことながらインターネットも観ることができないし、ヴィンセント・ラジオも中継は断念せざるを得なかった。
 なんとなく形が整ってきたと思ったら、早くも人が集まりはじめてきた。予定では午後5時からのスタートだったところを、そのままスタートさせてしまうことにする。僕はバーベキューを焼いたり、Tシャツを「えり好み」する人の相談相手を務めたり。人が商品を「えり好み」することがどれだけ楽しいことなのか。サイズを見たり、色を見たり。300枚近く提供してもらったので、それなりに贅沢な気分を味わってもらえたのではないだろうか。明日、バスケットの試合があるのにユニフォームが流されてしまったという女の子はRAW LIFEのTシャツを人数分、抱えて持っていった。上から下(=靴)までその場で全部、着替えてしまうおばさんもいた。
 DVDプレイヤーのような電子機器が人気だったのは当然として、それ以外では、子どものおもちゃ、女性用の化粧品、全巻揃ってるマンガとDVDはほとんど全部が持ち帰ってもらえた。カードを集めていた男の子は次の日の朝もまた貰いに来たりした。まったくダメだったのはアナログ盤とVHSテープ。VHSのなかには02年のイタリア映画で、家族の一員を失ったがために崩壊しかけていた家族がなんとか持ち直すという『息子の部屋』もあり、これはとてもいいものを提供してくれたと思っていたのだけれど、やはりVHSということだけで、残念ながら誰も手を伸ばしてはくれなかった。ノラ・エフロンが『奥さまは魔女』のリメイクを手がけたDVDも残っていたので、僕の文章を読んでくれているという青年に強く奨めてみた。ノラ・エフロンはスリーマイル島の原発事故が起きる前に南部で被爆についての問題提起を起こそうとして殺された女性を追う『シルクウッド』で脚本を務めたことがあり、主演のメリル・ストリープとは、09年に『ジュリー&ジュリア』でも再びコンビを組んだユニークな映像作家である。『奥さまは魔女』でもヘンなところにヒッピー・カルチャーの符号が散りばめられていて、なかなか通り一遍のリメイクではない。50年代の女優にしか見えなくなっているニコール・キッドマンを観るだけでも楽しい作品ではないか!
 スケートボードを見つけた子どもの嬉しそうな叫び声もまだ耳に残っている。お父さんもお母さんもスケボーをやっていて、自分だけが持っていなかったらしい。プロテクターを提供してくれた人もいたので、セットで持って帰ってもらい、親子3人で楽しそうに記念写真を撮っていった。本やCDはやはり好みが分かれるので、あれはないかこれはないかという注文にはなかなか応じられるものではなかった。ヒップホップに興味があるという女の子にはデ・ラ・ソウルやスパンク・ロックなど10枚ほどを見繕ってあげた。フライング・ロータスが残っていたのは意外だったけれど、ジャケットに何も書かれていなかったせいのようで、「あれ、フライング・ロータスが残っているな」と僕がいうと、すぐに持っていく人はいた。

 DJはヴィンセントのシバちゃん、阿部周平、2マッチ・クルーのポエム、石黒景太、ヤンカルが交代で好きな曲をかけまくった。後で聞いたところによると、ロックンロールをリクエストしたおばさんがいて、シド・ヴィシャスの「カモン・エヴリバディ」をかけてもPILをかけてもツイストで踊っていたそうだ。それは、ちょっと見たかったかもしれない。残ってしまったアナログ盤からシバちゃんがアニタ・ベイカーのカヴァ1曲をプレイする。「リング・マイ・ベル」をレゲエ調にアレンジしたもので、その日、聴いた音楽では行きの車のなかで聴いたクラフトワークのライヴと共になぜか強く印象に残っている。
 6時半の定例放送でヤンカルが自分の家でTシャツやCDを配っていると告知すると、来る人がどっと増えて、最終的には70人ぐらいの賑わいになっただろうか。仮設住宅や避難所の人たちも来るのかなーと聞くと、「あの人たちは来ないと思う。慰問疲れもあるし」という返事。なんとなく、被害の程度で同じ地域でも混ざり合うことがない垣根が生じている気配を感じてしまう。決定的だったのは何人かの人が「福島には行かねえ」といっていたこと。それ以上のことは何も言わないけれど、これはさすがに何をかいわんやである。日本がひとつになれるなんて幻想もいいところだというか。あるいは「仙台は復興のエネルギーに満ち溢れていますよ」という意見も耳にした。どうやらこことは違うムードのところもあるということを教えてくれたようで、当たり前のことだけれど、ヴィンセント号がたまたま陸前高田に着いたから、僕は被災地に対してひとつのイメージを持つことができたけれど、そうではなくて仙台に着いていればまったく違うイメージを持って帰っただろうし、相馬市に着いていれば車から降りることさえ躊躇したかもしれない。出発する前に「陸前高田に行ってくる」とEメールを送っておいた友人から、帰ってみると「福島はどうでしたか?」という返事が来ていた。福島以外は被災地だということが忘れられているといういい証拠である。日本どころかいまの東北をひとつにすることは頭山満にも田中清玄にもきっと無理に違いない。
 若い人は思ったよりも多かった。しかし、年輩の方々がガツンと盛り上がっているので、なかなかバンクシーの映画を上映するタイミングに入れない。午後7時を過ぎると、一気に涼しくなり、食べたり呑んだりもさらにいい感じになってしまう。とはいえ、映画を楽しみにしてきた人もいるはずだから、なんとか踏ん切りをつけて、予定よりだいぶ遅れて『イグジット・スルー・ザ・ギフト・ショップ』がシーツの上で封切られる(東京での公開も同じ日)。僕にしても、これがメインの目的だったので、がっちり観るつもりが、やはり徹夜明けには無理があったか、眠ったり起きたりで半分ぐらいしかストーリーはわからなかった。はは。なかなか正体をつかめないのがバンクシーということで、ここは諦めるしかないでしょう。震災前に試写を観ていた人の話から登場人物が欲望を交換してしまう話なのかと思っていたけれど、バンクシーはたしかにブレインウォッシュの欲望を適えているかもしれないけれど、バンクシーの欲望がどこに行ったかは表面的には明確にならないので、そんな単純な映画ではないのかなという印象が残ったのみ(後で石黒くんから凄まじい解釈を聞かされ、驚いてまた寝てしまった)。

 最後に花火。片付けは明日にして、いきなり寝てしまった阿部周平に続いて、みんなも総崩れで寝た......のかと思ったら、3時まで呑んでいた人もいたらしい。そのパワーを被災地の復興に役立てましょう!
 次の日はヤンカルとお母さんの案内で被災地をあちこち見て回ることに。釣り堀かと思ったら陥没した住宅地だったり(そういえば自動車が突き刺さっていたか)、海のそばに野球場があったのかと思ったら、そこまで海が広がったのだというし、新しい電信柱の横には倒れたままの電信柱や信号機がそのまま放置され、だんだん瓦礫の山にも目が馴れてきて、素材別に分けて積み上げてあることが分かってきたり。基本的には何もないので、何もないとしか書きようもなく、僕たちはここに街がひとつあったのかなーと思うばかり。何もなくてもヤンカルたちが見れば何かを思い出すだろうし、僕たちは何も思い出さないというだけのことである。ヤンカルのお母さんが、当時まで働いていた病院の辺りを指差してくれる。地震の後、津波勧告はなく、虫の知らせで患者さんたちを山の上に運び上げたところ、直後に津波が押し寄せてきたという。陸前高田はアイヌの子孫が移り住んできたところだという話もどこかで聞いた。地名には高台に住む人という意味もあるとか。道端の泥から阿部周平が文字通り7インチ・シングルをディグったら、それは山口百恵「赤い衝撃」だった。
 気仙沼にも足を延ばした。ここはどういうわけか一軒置きに家屋が倒壊し、何もなくなってしまった陸前高田とは対照的に、雑然といろんなものがあり過ぎるという印象が残った。実はここまで書かなかったことがある。震災直後には東京でもハエが急に増えた時期があったけれど、陸前高田でもハエは非常に多かった。僕たちが食卓を囲んでいる間も誰かが追っ払っていないと、どこかにハエがとまってしまい、顔や手にもすぐにたかって来た。それが、気仙沼ではそれが倍増していた。それどころか、臭気がものスゴく、最初は窓を開けるのも耐えられなかった。陸前高田は海水浴をメインとした観光地で、いわゆる漁港ではなかった上に、すべてが押し流されてしまったから、ウジの湧きようがなかったのに対し、気仙沼のような漁港はそうはいかなかったらしく、どうやら冷凍保存されていた水揚げがことごとく街中にぶちまけれ、そのまま腐り果てたために、どこを掘ってもウジだらけになったということらしい。これには参った。少しでも窓を開けると、あっという間に車のなかがハエだらけになってしまう。1匹、追い出そうとすれば、5匹は飛び込んでくる。街中を抜け、海に出てしまう方がまだしもだった。もう、インドにでも行ったと思って諦めるしかない。週刊誌などで見かける「少しは復興している」などという表現が僕にはとても信じられなくなった。
 最後に石油コンビナートの跡地を見ようと思ったものの、通行止めになっているようで、それは適わず、それを最後にヤンカルたちの車と別れ、ヴィンセント号はそのまま東京へ進路を向けた。おそらく僕たちは必要以上にくだらないことを言い合いながら(それはいつものことか......)。

写真 → https://vincentradio.com/report.html

PS
8月6日にヨコハマ創造都市センターで「<表現>としてのデモ」と題して、劇作家の宮沢章夫さんとトーク・イベントをやります。司会は桜井圭介さん。
https://www.parc-jc.org/event_tpamiyss2011.html

[Electronic, House, Dubstep] #8 - ele-king

1.Hype Williams - Kelly Price W8 Gain Vol II | Hyperdub


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 ハイプ・ウィリアムスが〈ハイパーダブ〉から12インチ・シングルをリリースすることがまず驚きでしょう。いくらダブという共通のキーワードがあるとはいえ、ダブステップとチルウェイヴが結ばれるとは......思わなかった。
 今年〈ヒッポス・イン・タンクス〉からリリースされたサード・アルバム『ワン・ネーション』は、レーベルが〈ヒッポス・イン・タンクス〉ということもあって、ドローンやアンビエントというよりはチルウェイヴ色が強く、しかも実に不健康そうな多幸感を持ったアルバムだったが、このシングルもその延長にある音楽性だ。まあ、〈ハイパーダブ〉もダークスターのようなエレクトロ・ポップを出しているくらいからだからなぁ。しかし......ハイプ・ウィリアアムスはこれでますます目が離せなくなった。アンビエント・ポップということで言うなら、A1に収録された"Rise Up"は最高の1曲だ。

2.LV & Message To Bears Feat. Zaki Ibrahim - Explode / Explode (Mothy's Implosion) | 2nd Drop Records


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 〈ハイパーダブ〉からのファンキーよりの作品やクオルト330とのコラボレーションで知られるダブステッパー、LV(先日、ファースト・アルバムを発表している)とブリストルのメッセージ・トゥ・ベアーズ(熊へのメッセージ)とのコラボレーション・シングルで、この後リミックス・ヴァージョンがリリースされるほどヒットしたという話で、実際にダンスフロアに向いている。ミニマル・テクノの4/4キックドラム、メンコリックなシンセサイザーのループとスモーキーな女性ソウル・ヴォーカルが浮遊するトラックで、ポスト・ダブステップというよりはヒプナゴジックなテクノである。

3.FaltyDL - Make It Difficult | All City Records


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 これはフォルティ・DLによる"ハウス"シングルだが、まるでヤズーがダブステップの時代に蘇ったような、エレクトロ・ポップと強力なダンスビートのブレンドで、ニューヨークらしいというか、しかしそれは彼がいままで手を付けていなかった引き出しのひとつを見せているようだ。
 B面の"ジャック・ユア・ジョブ"も力強いアッパーなビートの曲だ。リピートされる「ゲット・ユア・ジョブ(仕事を見つけろ)」という声はネーション・オブ・イスラムのルイス・ファルカンの声だが、それは90年代に人気のあったガラージ(歌モノの)ハウスのアーティスト、ロマンソニーの有名な"ホールド・オン"からのサンプルだと思われる。アイルランドのヒップホップ系のレーベルからのリリース。

4.The Stepkids, - Shadows On Behalf | Stones Throw Records


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 今年の9月にデビュー・アルバムのリリースが予定されている〈ストーンズ・スロー〉の大器。数か月前のリリースだが、昨今のソウル・ミュージックの復興運動における注目株なので紹介しておこう。まあこのレーベルが推し進めているジャズ、ソウル、ファンクにおける新古典主義のひとつと言ってしまえばそれまでで、感覚的に言えば、ザ・クレッグ・フォート・グループやギャング・カラーズ、あるいは〈エグロ〉レーベルとも共通する。綺麗なデザインがほどこされた透明のヴァイナルで、白地にエンボスのジャケも良い。

5.LA Vampires Goes Ital - Streetwise | Not Not Fun Records


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E王 アマンダ・ブラウンがついに三田格と!? というのはさすがにない。イタルは、〈100%シルク〉からソロ・シングル「イタルのテーマ」を発表しているダニエル青年によるプロジェクト名で、これはアマンダとのコラボレーション12インチ・シングル。パンク・ダブ・ダンスというか、彼女がダンス・ミュージックをやるとこうなるのだろう、危なそうな人たちがひしめく不法占拠した地下室における饗宴で、リー・ペリーがポップに聴こえるような過剰で砂嵐のようなダブ処理は相変わらずだが、ぶっ壊れたドラムマシンが暴走したようなアップテンポのビートは素晴らしい。それにしてもこのデッド・オア・アライヴのようなアートワークは......(笑)。

6.The Martian - Techno Symphonic In G | Red Planet

 今年も親分(=マイク・バンクス)はメタモルフォーゼにやってくるそうだ。あの男のことだから当然こんかいの日本の惨事についてはいろいろ考えているようだ。それで1年前に発表した火星人の6年ぶりの新曲がヴァイナルで登場した。タイトル曲はクラシック・デトロイト・スタイルで、B面1曲目に収録された"Reclamation(再生)"は題名からして東日本に捧げられているようにも感じられる。B面2曲目の"Resurgence "はじょじょにビルドアップテクノ・ファンク。

7.Vondelpark - nyc stuff and nyc bags EP | R & S Records

 ロンドンのバレアリック系チルウェイヴの2作目だが......実はまだレコード店に取り置きしたまま......。また次回にでも!

Various Artists - ele-king

 紙ele-kingのベース・ミュージック特集の飯島直樹さんの原稿には、このわずか半年のあいだにダブステップという言葉が消え、ベース・ミュージックという言葉に統一されつつある現状が書かれていたが、考えてみればダブステップというサブジャンル用語が登場してから、僕が知ってるだけでも8年は経っているので、まあ、そろそろ寿命なのかなという気がしないでもない。初めてダブステップという言葉を聴いたときは、それ以前の「スピード・ガラージ」や「2ステップ・ガラージ」という用語があまりにも短命だったがゆえに、ダブステップも同じ運命を辿ると思っていたから、いまはよくここまで拡大したものだと思う。ダブステップという言葉にはその出自である「2ステップ」と「ガラージ」が含まれているという点において良かったと思うが、さすがにこの1~2年における拡張された姿をみると、あれもこれもダブステップと括るには無理が生じてきているのも事実だ。とくにシーンにジョイ・オービソンのような、積極的に4/4のキックドラムを用いる作り手が出てくるとハウス・ミュージックとの境界がまず曖昧になる。そしてそれはこの音楽がいま間口を広げていることを告げている。ダブステップのごっついビートには、多くの女性が入って行きづらいという指摘がかねてからあったが、これなら貴婦人も踊れる。

 ロンドンの〈アウス・ミュージック〉を運営するウィル・ソウルは、もともとハウス・ミュージックの文脈にいた人で、その耳を惹きつけた新世代のプロデューサーが、ラマダンマン、アップルブリム、ジョイ・オービソン、そして最近ではジョージ・フィッツジェラルドといった連中である。このレーベルにおける大きな輝きのひとつはジョイ・オービソンの「The Shrew Would Have Cushioned The Blow」だが、ちょうど彼が〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉から出した目の覚めるような「Hyph Mngo」(2009年)に続いたこの12インチのタイトル・トラックは、あぶくのようなチョップド・アップ・ヴォーカルと波打つシンセ、そしてガラージを最小限の音数で表すビートとベースで構成されている。それから温かいアンビエント系のコードがクラクラするループのなかに途中から挿入されるという、極上のディープ・ハウスの質感とメソッドが応用されたトラックだ。シングルに収録されたもう1曲の"So Derobe"は――個人的にはもっとも気に入っているトラックのひとつだが――、シカゴ・ハウスのバウンスするベースラインとミニマル化した2ステップ・ビート、控えめなパーカッション、そしてアシッディなチョップド・アップ・ヴォーカルによって構成されている。それはハウシーだがハウスではなく、完璧なまでに〈ヘッスル・オーディオ〉と〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉にリンクしている。
 コンピレーション・アルバム『アウス・ミュージック・プレゼンツ・セレクテッド・ワークス』をもっとも特徴づけるのは、ラマダンマンとアップルブリムとの共作「Void 23 EP」に収録されたカール・クレイグによるエディット・ヴァージョンだろう。それはポスト・ダブステップがデトロイト・テクノと本格的に出会った記念碑的なトラックで、クレイグはこの若いダンス・ビートにメリハリを与え、勢いを強調している。
 また、レーベルの看板アーティスト、リー・ジョーンズのトラック"As You Like It"をリクルーズがリミックスしているが、それもこのレーベルの趣向を象徴している。それは......オールド・ファンにはお馴染みのペーパークリップ・ピープルにおける、あの長いイントロを経てあわてることなくアップリフティングしていくハウス・ミュージックで、途中から挿入されるジャズのコードのループといっしょにグルーヴが生まれていく......そうしたソウル・ミュージックの感覚こそが、ウィル・ソウルがもっとも愛するところである。
 アルバムには、他に〈ホットフラッシュ・レコーディングス〉の主宰者スキューバ、それからラマダンマンのもうひとつの名義、ピアソン・サウンド、そしてオービソンに次ぐ期待の若手、ジョージ・フィッツジェラルドらの曲が収録されている。フィッツジェラルドの"Silhouette"の、ミュート気味のシンセのループによるイントロは、まあもろにアリル・ブリカというか、ウィル・ソウル自身のトラックにも共通するスタイルの、いわばデリック・メイ好みともいえる美しいアトモスフィアを持っているが、ミニマルなビートにはUKベース・ミュージックの痕跡がある。後半に重ねられるR&Bヴォーカルのスムーズなループはブリアルのようにスリリングではないが、しかしより多くの人には馴染みやすい軽やかさを持っている。それは〈アウス・ミュージック〉にとって大きな魅力なのだ。

 とても面白いフェスティヴァルに行ってきた。ベルリンでは誰もが知っているが、ドイツ国外ではほとんど知られていないフェスティヴァル、FUSION(https://www.fusion-festival.de/)。その理由はノン・コマーシャル、ノー・プレスというポリシーにある。いっさいの宣伝、PRをしないばかりか、ラインナップすらほとんど公表しない。そこに毎年なんと8万人にも上る来場者がやってくる。

 1997年からはじまったというこのFUSION、数年前から「他のフェスティヴァルとは全然違う、面白いから行ってみろ」といろんな人に薦められていた。ただ今年になるまで行く機会がなかったのは、チケットが入手出来なかったから。プレス枠なんてものはないので、取材を申し込んで潜入、という裏の手も使えない。毎年記録的な速さで売り切れるチケット、今年の分は昨年の12月に発売され、数十分で確か6万枚を完売したというから驚愕だ。今年の分も気づいたときにはとっくに売り切れていたわけだが、たまたま知人が余分に買っていて譲ってくれるというので行けることになった。(尚、毎年日曜日1日券だけ当日に会場入口で販売される。)

 あらゆる意味で特殊なフェスティヴァルだ。まず、ラインナップがほとんど事前に公表されない。ウェブサイト上でいち部のバンドなどは告知されていたが、それが告知される際にはすでにチケットは売り切れているので集客にはまったく影響しない。入場の際に配られる地図付きプログラムを見て、初めてその内容の全貌が明かされる。しかし、はっきり言って大して有名なアーティストは出ない。今年は初日である6/30(木)にスティーヴ・バグやモグワイ、最終日にM.A.N.D.Y.といった知名度の高いアクトが出ていたものの、数百組に上る出演者のうち、日本でも知られているような有名どころは一割以下。つまり、ほとんどが地元で活躍するアーティスト。私もそういう人たちのことはそれほどわからないのだが、どうやら主にベルリン、ハンブルグ、ライプツィヒのアンダーグラウンド・シーンを支えている人たちのようだ。

 つまり、来場者は「~~が見れる」という理由ではなく、フェスティヴァルそのものに魅力を感じてやって来る。その意味では日本でいうところの朝霧ジャムやラビリンスに近いかもしれない。しかし、規模は全然違う。なんとステージは20もある! ダンス・ミュージックだけでなく、ワールド系からロック、ダブ/レゲエ、演劇に映画、子供向けエリアなどもある。そしてほとんどの来場者がキャンプをするので、キャンプ・エリアが広大。グリッド状に仕切られたキャンプ・エリアには「道」が作ってあり、それぞれにストリート名までついている。ちょっとした村が出現したような感じだ。

 公式な開催期間は木曜日から翌週月曜の昼くらいまでだが、聞いた話によると、水曜くらいまで音を出しているステージもあるとか。私は4泊もキャンプをする気合いも道具も持ち合わせていなかったので(生温くてスミマセン!)、土曜の午後から日曜にかけて、一泊だけ行ってきた。場所は、ベルリンから来たに車で2時間ほど(あるいは電車で1時間、さらにバスで30分強)のところにあるレヒリンという村にある、レーツというソ連の空軍基地跡地。少しググってみたところ、1918年に建造され、第三帝国時代にドイツ空軍が軍用機の設計や訓練に使用され、第二次世界大戦後にはソ連軍の戦闘機やヘリコプターの基地として1993年まで使用されていたそうだ。なんとも東ドイツらしい歴史を持った場所である。

 FUSIONは1997年からはじまっているので、今年で14回目。現在は、主催者がこの敷地を買い取り、管理している。主催しているのはKulturkosmosという非営利団体。「取材はお断り」というスタンスのようなので直接問い合わせることは控えたが、ウェブサイトにフェスティヴァルの趣旨などがきちんと説明されている(でもいつかは主催者に話を聞いてみたいものだ)。それによると、彼らのモットーは4日間の「共産主義ホリデー」を提供すること。日本の感覚だとドキリとさせられるような政治的ステートメントだが、すべてのプログラムはこの考えに基づいて組まれている。その徹底ぶりは感心してしまう。

 先に述べた通り、完全にノン・コマーシャルを貫いている。当然のことながら、企業によるスポンサーシップ、広告、プロモーション等はいっさいない。チケットの価格も4日間で80ユーロと手頃で、到底利益を出そうとしている価格設定ではない。キャンプ・エリア、駐車場の使用料はナシ。これもチケット代に含まれているのだ。フェスティヴァルを実現する経費をまかなうために有料になっているだけ。実際、100以上、2000~2500人のネットワーク団体のスタッフに加え、3000人以上のボランティアが運営を支えているらしい。80ユーロのチケットには10ユーロの「ゴミ券」がついている。入場時に全員に渡される大きなゴミ袋いっぱいにゴミを集めて換金所に持って行くと、10ユーロが戻って来る仕組み。だから会場はゴミが少なく、チケット代は実質70ユーロということになる。さらに、フェスティヴァル内には「労働省」があり、事前にか開催期間中にここに申し出て6時間の労働に従事すると、なんと40ユーロがもらえる! どんな人でも遊びに来れるように、完全にバリアフリー設計。会場には一切の段差がない。13歳以下の子供は無料!(13歳~18歳の未成年者は、親の許可書を持ってくれば同伴でなくてもいいらしい)

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 会場には飲み物や食べ物を売る出店がかなりの数あり、何の不自由もなく好きなものを楽しめる。もちろんベジタリアンやヴィーガン仕様の店も多数あり、酒を出すバーもたくさんある。近隣都市の飲食店業者が出店しているのだが、価格もベルリン市内の平均と変わらないか、それより安いくらいだ。例えばビールは2.50ユーロ、コーヒーは1.5ユーロ、一食分のシチューが4ユーロなど。そしてこの売り上げは、各店舗がそれぞれ持ち帰るのではなく、なんと統合されて協力スタッフや団体に分配されるという。それが青少年育成プログラムや、文化事業、左翼政治プロジェクトに還元されていくのだそうだ。まさに共産主義!

 特筆すべきは、確固としたアンチ・ナチの姿勢。ウェブサイト上にも、注意事項として「ナチお断り!」と宣言しているだけでなく、「ナチを見かけたら通報して下さい、即刻退場してもらいます」とまで書いてある。さらに、「Thor Steiner着用禁止」もルールとされている。Thor Steinerは私も昨年Banchouさんのブログを読むまで知らなかったのだが、ネオナチ・ブランドとして認知されているドイツのアパレル・メーカー。ブランド名をググって頂ければわかるが、アバクロと見間違うようなさわやかイメージのオンラインショップがあり、ドイツ国内にいくつも店舗をチェーン展開している。だが、これを着用しているということは、イコール、ネオナチの思想を支持しているという意思表示とされ、FUSIONでは許されない。

 ベルリンで普段生活していると、ネオナチの脅威は感じることはほとんどないのだが、ドイツのとくに東部では根強く存在している。ベルリン市内でも、クラブや飲食店が多いフリードリッヒスハイン地区のすぐお隣であるリヒテンベルグ地区は、すでに危ないと聞いているので、それより東には行かないようにしている(ちなみに、ベルリンのThor Steinerショップはこのフリードリッヒスハインにある)。そのネオナチの対抗勢力が、「アンティファ」だ。アンティファはアンティ・ファシストの略、ドイツではAntifaschistische Aktionという運動として結束しており、FUSIONの会場ではたびたび彼らのシンボルである赤と黒の旗が見られた。ステージや出店にも赤が多用されていたのも、これに関係あるのだろう。アンティファのいち部にはナチの暴力には暴力で対抗すべきとする考えがあるようで、そのことが批判の対象にもなっているという。もちろんピースなアンティファもいるが、彼らが集うこのフェスティヴァルにネオナチがやって来たら、一触即発状態になるのは間違いない。だから、最初からお断りなのだ。

 では、どんな人たちがFUSIONに来ているのか。出演者、主催者、協力者、ボランティアだけで数千人に上るので、誰が客で誰がフェスティヴァル側の人間なのか、もうよくわからない状態なわけだが、会場を見回すと、まあ実に多種多様な人びとが集っている。20~30代の若者が大多数を占めるだろうが、かなり上の年代の人たちもいる。筋金入りのヒッピーやラスタやパンクスもゲイも混ざり合っている。熱心な音楽ファン風もいるし、ただの酔っぱらいやぶっ飛んだレイヴァーみたいな連中もいる。いかにも大学生みたいなグループも多いし、「毎年来てます」という感じの私と同年代くらいの落ち着いた社会人風もいる。英語もよく聞こえて来たし、オランダ語やイタリア語も耳にした。会場内の様子を見ているスタッフはいるのだろうが、いわゆるセキュリティはほとんどいない。いち度おんぼろの小さな車でパトロールしているのを見かけただけ。ケンカやトラブルも見かけなかった。とにかく寛容、そして平和。アナーキズムの実験場のようだった。

 基本的には「やりたい放題」なのだが、しっかりやるべきことはやっている。立派な救護センターがあり、場内救急車も待機。消防署もあったようだ。トイレの数も充分で、並んだとしてもせいぜい数分。日本の大型フェスのように毎回30分も並ばなければいけなくて膀胱炎になっちゃううよ! なんてことはない。いわゆるボットン便所が嫌な人は、50セント払うと紙がちゃんとあって水洗の、ロイヤル・トイレ(!)を利用することもできる。シャワーも同様で、ドアなし(壁で仕切ってあるだけで外から丸見え......)、水だけのシャワーなら無料で使えるが、お湯の出るシャワーは有料。フェスティヴァルの要であるステージやサウンドシステムにはきちんとお金をかけて設営してある。FUNKTION-ONEなどのいいシステムを入れて、設備は大型コマーシャル・フェスティヴァルに引けを取らない。夜には花火が打ち上げられていた。各ステージのライティングやデコレーションも凝っていて、決してお金をかけているわけではないが、工夫と遊び心でどこもいい雰囲気を作り出している。

 た・だ・し! 今年は何と言っても天候に恵まれなかった......木・金曜は曇りだったのだが、土・日はほとんど雨。ちょうど私が行った土曜日の夜から日曜の午後にかけてはベルリン(近郊)では珍しいバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われた。あまりに雨が強かったので、見るのを諦めた野外ステージのアクトもいくつか。ちゃんと見たのはドイツが誇るプログレバンド、グルグル(!)とリディア・ランチ(!)のバンドくらいだろうか(笑)。いずれも屋内だったので。あとはティーフシュワルツとシア・カーンをチラ見。それ以外はダブ・ステーションというユルいチルアウト・スペースでレゲエを聴いたりしていたりして。フェスティヴァルに雨はつきものなので、雨のせいで台無しになったとは言わないが、天気が良かったらどれほど素晴らしかっただろうと考えずにはいられない。もう毎年行っているという私の同居人も、「今年が今までで最悪だったかも。バーで働くシフトがあったんだけど、もう限界で帰って来ちゃった!」と日曜の夜に帰って来た。だから、今年の私のFUSION体験は音楽を聴きにいったというよりは、フェスティヴァルそのものを見学しに行ったという感じだ。

 でも、とてもいい体験だった。
 フェスティヴァルの社会的意義、人が集うということ、そこで平和に共存していくことの意味などを改めて考えさせられた。

 今年の12月には出遅れないようチケットを買って、来年また行きたい!

Joseph Nothing Orchestra - ele-king

 ジョセフ・ナッシングといえば、いまをときめく〈プラネット・ミュー〉からデビューした、IDMにおける過激な異端児としてファンのあいだでは知られている。まあ、DOMMUNEのアタリ・ティーンエイジ・ライオットの番組で披露した彼のライヴをご覧になった方は、そのあたり、よくご存じでしょう。2001年にリリースされた彼の『Dummy Variations』(七尾旅人も1曲歌っている)は、いまではIDM~ブレイクコアにおけるもっとも重要な1枚として歴史的な評価を受けているが、それから10年後のいまもジョセフ・ナッシングは唯一無二のエレクトロニック・ミュージックの作り手として健在だ。
 ......で、ワールズ・エンド・ガールフレンドが主宰する〈Virgin Babylon〉からリリースされたジョセフ・ナッシング・オーケストラの『スーパー・アース』のリミックス・アルバム『スーパー・アース・リミックス』が、同レーベルと〈分解系レコーズ〉から共同リリースされた。しかも無料ダウンロードですよ! クリックせよ!

詳細: https://www.virgin-babylon-records.com/information/

分解系レコーズ : https://bunkai-kei.com/
Virgin Babylon Records : https://www.virgin-babylon-records.com/

Joseph Nothing Orchestra
super earth remixes

01march of the last battalion (for promise Go-qualia remix)
02.every beauty has its scum(yaporigami remix)
03.super earth(we're not alone mix)
04.Gliese581(iserobin remix)
05.EBE pt01(joseph nothing mix)
06.Gliese581(FutonDisco remix)
07.lullaby for a patient(joseph nothing mix)
08.Gliese581(joseph nothing remix)
09.Izsak-Delporte(DJまほうつかい remix)
10.a shine on your head(CDR remix)
11.halo23(joseph nothing remix)
Bonus Track
12.super earth(original)

Art work : タカノ綾
2011 Aya Takano/ Kaikai Kiki Co.,Ltd All Rights Reserved.

*Go-qualia
自ら新鋭ネットレーベル「分解系レコーズ」を主宰し、
その他多くのネットレーベルから楽曲/リミックスを発表。
アニメ・ゲーム等の現代を彩る文化を素材に分解、再構築し
新たなエレクトロニック・ミュージックの可能性に迫る。
楽曲の持つ美しさとある種のPOPさには定評があり
待望のCDアルバムをVirgin Babylon Recordsより今秋リリース!
自らのオリジナルな世界を新たに追求した意欲作となっている。
https://bunkai-kei.com/

*FUTON DISCO
ポップスユニット"オーラルヴァンパイア"のメンバーによるソロプロジェクト。
あくまでベッドルームテクノを受継ぐスタイルだが、
全ての情報や情念を布団の中で処理させようとした事が災いしクリーチャー化した。
布団の中で制作をし、布団の中でLIVEを行う。
https://auralvampire.com

*CDR
15歳の時から毎日のように作曲活動を続けているトラックメイカー。
ライヴでの他の追随を許さない発狂パフォーマンスがJoseph Nothingの目にとまり、2011年にJoseph Nothing Orchestraのメンバーとしてスカウトされる。
多作家であり、いままでに数百枚のCD-Rと5枚のCD、3枚の7インチ等をリリース。また、世界各国からのフリーmp3リリースも盛んである。
現在、自らのCD-Rレーベル「NEO RDC REC」運営中。
https://www.asahi-net.or.jp/~zr3a-tnmt/

*Yaporigami
1984年生まれ。山梨県出身。Brighton在住(英国)。
日本と英国を拠点に活動する電子音楽家"Yu Miyashita"によるソロプロジェクト。
これまでにHz-records, Symbolic Interaction、Merry Worksなどから作品をリリースし、国内外多数のコンピレーションアルバムに参加。
近年は"Yu Miyashita"名義の活動も精力的に行なっており、2011年5月には昨年復活を果たした名門レーベル"Mille Plateaux"から"Yu Miyashita"名義での1stアルバム"Noble Niche"をリリース。
ノイズ、グリッチといった素材を駆使し、Yaporigami名義ではビートのある作品、Yu Miyashita名義ではノンビート作品を生み出している。
https://www.underarrow.com

*iserobin
機材に囲まれたいがためにKORG Electribeを購入し音遊びを開始、現在に至る。
ダンスミュージックとあまり親和性の無いジタバタビートに胡散臭いメロディ。
ライブは主にごちゃ混ぜ系イベントにお呼ばれされてはハードシーケンサー+エフェクタ武装でジタバタ演奏を披露している。
https://iserobin.otherman-records.com/

*DJ まほうつかい
DJまほうつかいはターンテーブルを持っていないDJです。まほうのちからで音楽を作ります。MIX CD『世界の終わりmix』や自作のサントラ盤『イメージアルバム・ディエンビエンフー』、さらにX JAPANのコピーバンドなど、その音楽性は常に変化。相対性理論presents「実践III」や、フリージャズの聖地新宿PITINNなどで演奏を行う異端の音楽家。最新のプロジェクトはヘヴィメタルをエレクトロニカの文法で再構築した「Metaltronica」。2011年Joseph Nothing、蓮沼執太、芳川よしのらのリミックスを含むアルバム『Metaltronica』リリース予定。本業はマンガ家の西島大介です。
https://www.simasima.jp/

interview with Seekae - ele-king

 夢見るシーケイは、コンピュータ・ゲームへの情熱とIDMによる叙情主義が融合する珍しいバンドである。スポーツ好きのオタク的な感性とギャグが奏でるメランコリーという言い方もできる。
 その美しく、そしてロマンティックな響きによって、アルバム『+Dome』のリアクションも好調だという話だが、謎に包まれたオーストラリアのこのバンドは、ビビオやマウント・キンビーに代表されるような、ここ2~3年のIDM/グリッチにおけるドリーミーな展開における珍種というか、以下のメール・インタヴューを読んでいただければわかるように、シーケイには"笑い"もある。なるほどー、それが彼らの"美"の背景にあるものだったのか......。

シドニーのエレクトロニック・ミュージック・シーンはそんな大きくないけど、少しずつ成長していると思う。僕らが最初ライヴをやりはじめた頃、どんどん知らないバンドを発見したり、知らなかったシーンを見つけてったりしたのを覚えているよ。

いまオーストラリアのどちらにお住まいですか?

シーケイ:シドニーだよ。


Seekae / +Dome
Rice Is Nice Records/Pヴァイン

Amazon iTunes Album Review

『+Dome』、とても興味深い作品でした。あの1枚のアルバムのなかにはIDM、フォーク、ヒップホップ、クラウトロック、アンビエントなどなど、いろんな要素があります。シーケイの音楽的な背景を知りたいと思うんですが、まずはどうやって3人が出会い、どういう経緯でバンドが生まれたのか教えてください。

シーケイ:3人とも共通の学生仲間なんだ。最終的には卒業して、ウェットTシャツ・コンテストで3人同時に再会したんだ。ステージ上で女の子たちがあり得ないことをやっているなか、僕らは機材の話をしたり、好きなIDMのプロデューサーの話とかをしていたんだ。シドニーに戻ったのと同時にバンドを組んだよ。

結成は何年で、SEEKAEという名前はどうやって付いたんですか?

シーケイ:2007年の頭に結成した。最初はコマンダー・キーンというゲームからそのまま名を取って名乗ってたんだけど、他にその名を使ったバンドがいるって知ってシーケイに変えたんだ。ジョージが喘息の発作を起こしたときに出す音と響きが似てるから、その名にしたんだ。

どんな編成なんですか? ドラム、ギター、エレクトロニクスって感じですか?

シーケイ:何度も変わっているんだけど、いまはドラム、ギター、メロディカ、ラップトップ、シンセ、ドラム・マシーン、MPD、MPC、APCとTLCだね。

2008年のデビュー・アルバム『The Sound Of Trees Falling On
People』は、今回のアルバムで言うと、2曲目の"3"のような、ドリーミーな感じだったんでしょうか?

シーケイ:そうだね。1枚目はよりクリーンで、どこかナイーヴないち面があったと思う。そのひとつの要因は、自分たちにそこまでプロダクションの技術が備わってなかったし、どちらかというとアルバムではなく、ミックステープという感覚で作ったからかもしれない。今作はそこから離れ、美学を追求して、よりダークな領域に進もうとしたものなんだ。

デビュー・アルバムのアートワークが熊だったのは何故ですか?

シーケイ:とくに理由はないよ。何かかっこいいな、と思っただけだね。ジョンの従兄弟が描いた絵なんだけど、見た瞬間アルバムのジャケにしようって決めたよ。

『The Sound Of Trees Falling On People』を発表してからの3年はどんな風に過ごしていたのですか?

シーケイ:たくさんライヴをして、ツアーをして、練習して、作業をして、飲んできたよ。

3曲目の"Blood Bank"や9曲目の"Two "みたいなアブストラクトなグリッチ・ホップみたい曲は、今回から新しく入った要素なんですか?

シーケイ:ある意味そうだね。この2曲はアルバムのなかでも踊れる曲になっているし、前作に比べるとよりベースに引っ張られてる曲だと思う。クラブやガレージ・ミュージックをすごく聴くようになって、その辺の影響が反映されているのかな。"Blood Bank"とかはアルバムでいちばん古い曲で、前作を出してからわずか1年後に完成した曲だね。

メランコリックな4曲目の"Reset Head"とか大好きなんですが、これはいつぐらいにいできた曲なんですか?

シーケイ:2010年末に完成した曲だね。リズムは思い描いていたんだけど、メロディが無かったんだ。ジョンが家でギター・ラインを考えてきて、そこからもうすぐでき上がったね。

3人のメンバーにとって共通のテーマとは何だったのですか?

シーケイ:最初は"髭"のはずだったんだ。でもジョージがすぐ飽きてね。いまは"コンピュータ・ゲームと自由とその他もろもろ"だよ。

ボーズ・オブ・カナダとフライング・ロータスでは、どちらが好きですか?

シーケイ:どちらも大好きだよ! ボーズ・オブ・カナダはとくに最初のアルバムを作るときに、大きな影響を受けたね。でもその後はフライング・ロータスの大ファンにもなった。ちょうどジョンが先週ニューヨークで見てきたよ!

〈ワープ〉とか〈ニンジャ・チューン〉のようなレーベルの音とか、UKのシーンからの影響は大きいですか?

シーケイ:もちろん。あのようなレーベルから出てきた音はバンドがはじまった頃、すごく好きだった。だから、そうしたレーベルが無かったら、僕らも存在しなかったと言っても過言ではないかもね。

シーケイにとってのもっとも大きな影響は何ですか?

シーケイ:スタークラフト2(ゲーム)と冷凍のフィッシュ・フィンガーズ。

ビビオとかにちょっと似てるかなと思ったんですが、どう思いますか?

シーケイ:その繋がりはわかるね。『アンビヴァレンス・アヴェニュー』とかの美学は今回僕らが目指した方向と似ていると思うんだ。音に独特の温もりがあって、ゆえに生きた感じに聴こえるんだよね。

ダブステップは好きですか?

シーケイ:うん。でもSkrillexとかじゃないやつね。

マウント:キンビーとは仲良しなんですか?

シーケイ:FIFAのゲームで負けるまでは仲良かったよ。負けて以来ちょっと気まずい感じかな(笑)。

地元ではどんな活動していたんですか? シーケイのような音楽に理解のあるシーンは存在するんですか?

シーケイ:シドニーのエレクトロニック・ミュージック・シーンはそんな大きくないけど、少しずつ成長していると思う。僕らが最初ライヴをやりはじめた頃、どんどん知らないバンドを発見したり、知らなかったシーンを見つけてったりしたのを覚えているよ。今は48/4や104 CollectiveのCleptoclecticsというアーティストとかとは仲良くて、一緒にいろいろやったりしているよ。

こうした音楽をリリースするレーベルはありますか?

シーケイ:何個かね。〈Feral Media〉というのは面白いレーベルだよ。でもシドニーにいるほとんどのエレクトロニック系アーティストは海外での契約を目指しているね。

地元のシーンを活性化したいと思いますか?

シーケイ:もちろん。そして僕らの仲間のGhoulとかCollarbonesといったアーティストが少しずつ認知されてきているのは良いことだと思っている。最初の火花は見えたから、これからは爆発が起きるのを期待しているんだ。

自分たちの音楽を自分たちなりに言葉で定義すると、なんとなりますか?

シーケイ:もデロン・ウィリアムズ(訳注:バスケ選手)がKenny Calmuschi(訳注:ちょっと正体不明です。別つづりでジャズのベーシストは出てきますが......)の上で次から次へとダンクを決めている感じだよ。あとエレクトロニックだね。

"Reset Head"をはじめ"Mingus"や"Underling"、"Two"やタイトル曲の"+Dome"など、メランコリックな曲調が印象的なのですが、それはあなたがたの感情から来るモノなのでしょうか? それともメランコリックな音楽がただ好きだから?

シーケイ:難しいね。ある意味僕らの感情を表現している部分もあるし、逆にメランコリックな音楽の独特な美しさや素直さには昔から惹かれている部分もある。だから、自分たちが最高に気分が良くても、書く曲はメランコリクだったりもするしね。

目標としている音楽ってありますか?

シーケイ:つねに変動するけど、時と環境を選ばずに、何度も聴きたくなるような音楽を作りたい。どんな気分でも聴けるようなね。と言いつつ、完全なるクラブ・バンガーも書きたっかりするんだけどね(笑)。

アルバム・タイトルの『+Dome』ってどういう意味ですか?

シーケイ:スタジオで落ち込んだときにみんなで聴くケニー・GのB面曲なんだ。(訳注:たぶんでたらめな冗談)

アルバム最後に収録されているフォーク・ソング"You'll"はバンドが今後目指す方向のひとつと見ていいんですかね?

シーケイ:そうかもね。ま、お楽しみってことで。


 「ele-kingキャンペーン」も開催中のタワーレコード新宿店にて、「ele-king vol.2」の刊行を記念したトーク・イヴェントを開催します。
 野田&松村の紙ele-king編集チームに加え、今回はチルウェイヴの伝道師として「ele-king」でも多数の記事を執筆している橋元優歩さんが登場。

 「ele-king vol.2」発売記念トークショー
・出演者:野田努、松村正人+橋元優歩
・日時:2011年7月22日(金) 19:00~
・場所 タワーレコード新宿店9F NEWAGEコーナー 【観覧フリー】
・【お問い合わせ先】 TOWER RECORDS新宿店 03-5360-7811

 タワーレコード新宿店にて「ele-king vol.2」をお買い上げの方に特典引換券を配布いたします。トーク終了後、引換券をご持参のお客様には特典をプレゼント。
*引換券は無くなり次第配布終了となります。

・出演者の都合により、内容等の変更・イヴェント中止となる場合もございますので予めご了承下さい。
・対象商品の不良品以外の返品・返金はできませんので予めご了承ください。
・特典引換券をお持ちの方にイヴェント終了後、特典との交換をさせて頂きます。
・特典引換券はイヴェント時のみ有効とさせていただきます。特典のお取り置き等は出来ませんので、予めご了承下さい。
・特典引換券を紛失 / 盗難 / 破損された場合、再発行はいたしませんのでご注意下さい。
・イヴェント中は、いかなる機材においても録音 / 録画 / 撮影は禁止となっております。



interview with Takeshi "Tico" Toki - ele-king

 数年ぶりの国立。駅は改装中だった。
 土生"Tico" 剛は「腹減ったからカレー食べる」と言った。僕はビールを頼んだ。ウェイトレスのお姉さんは土生君にも「お飲み物は?」と訊いたが、彼は「水があるからいい」と答えた。「もったいないし」......。
 『太陽と花嫁』は日々の暮らしに必要とされるであろう愛を誘発する音楽だ。アルバムにはいろんな愛が詰まっている。
 6月後半の曇天の昼下がり、国立の古くて品が良い喫茶店で、土生"Tico" 剛と会った。

家族は早めに九州に逃がして、俺は家にひとりでいてテレビ見ていたの。そんで頭おかしくなってきたから、ちょっと自然のヴァイブスを取り戻そうと思って、温泉に行って、そこで冷静に考えたの。


LITTLE TEMPO
太陽の花嫁

PヴァインE王

Amazon iTunes

さっそくだけど、今回も良いアルバムで......、素晴らしかったですよ。

土生:ヤーマンっす。

聞いた話だと、レコーディング中にちょうど地震があったんだって?

土生:そうだね。制作期間中にそれがあって。

どんな感じだったんですか?

土生:それね、録音してるときじゃないけどね。その日にリハーサルがあって、で、俺は外で弁当食おうと思って...食おうと思った瞬間に来て。

外で弁当食おうと思った瞬間というと?

土生:立川の警察署に出頭してて。

ハハハハ、なんで?

土生:罰金のカネ払わなくて、呼び出し食らってたの。

なんの罰金?

土生:交通関係。

あー、交通関係。

土生:で、その帰りに国立で腹減ってたからカキフライ弁当大盛り買って食べようとした瞬間に、ガーっと(地震が)来て。カキフライ2コ落ちたんだよ。夜にリハーサルだったから、がんばってスタジオに行ったんだけど、誰も連絡取れずで。

携帯繋がらなかったからね。

土生:ものすげー時間かかったね、スタジオまで。で、誰も来るわけないよね。電車もストップしてるから。(田村)玄(一)さんは車でスタジオに向かったらしんだけど、すごい渋滞で途中で断念して、結局家に帰るまで8時間かかったって言ってた。

スタジオは遠いの?

土生:吉祥寺だから近いんだけど。

じゃあまあそんなに。

土生:スタジオにポツリとひとりで、ふと、俺も練習してる場合じゃねぇじゃんと思って、また2時間ぐらいかけて帰ったの。

リハっていうのは、もうアルバムを録音しはじめていたの? 録る前の段階?

土生:録る前の段階で、リハして良い感じになった曲は録っていって、また次の2~3曲をリハして録音するって感じで、いっきに全曲録るわけじゃないんだよね。震災前に録音してた曲も、もちろんあるよ。

途中だったんだね。だいたい完成まで、どのぐらい残していたの?

土生:半分ぐらいかなぁ。

半分ぐらい。

土生:震災直後でパニックだったから、いろいろメンバーと話したんだけど、「こんなときだから逆にやりましょう」みたいな。熱い想いがメンバーそれぞれにあったね。

心強いね。

土生:そうそう。あらためて契りを交わしたんだよ。ちぎり......。

福島第一原発の影響は?

土生:もちろんあったよ。家族は早めに九州に逃がして、俺は家にひとりでいてテレビ見ていたの。そんで頭おかしくなってきたから、ちょっと自然のヴァイブスを取り戻そうと思って、温泉に行って、そこで冷静に考えたの。

なるほど。そういう大きなことがあったから、当初予定されていたものとは違った箇所が出て来きたと思うんだけど、どうなんですか?

土生:いや、自分ではわからない。たぶん意識していなくても、音に出ているんじゃないかと思うんだけど、とくに意識して何かを変えたってこともないから。

あらかじめ曲は決まっていたから?

土生:そう、年明けに、たこ焼きパーティしながら、みんなでデモテープを聴いて。2月は練習して、アレンジして、で、良くなって来たら録音するって流れになってた。

じゃあ、やることは決まっていたんだね。

土生:そう。

とくに何か変えようとは思わなかったんだね。

土生:ただ気持ち的には強くなったね。みんな。

ああ

土生:だから音にも、そんなところが出てるんじゃないかなと思うんだけど。

『太陽の花嫁』っていうタイトルも決まっていたの?

土生:決まってない。

それはあとからなんだ。

土生:うん、曲名はいっさい決まってなかったから。

あー。

土生:最後の最後まで。

なるほどね。

土生:デモの段階では曲名を決めないんだよね、言葉でイメージが固まっちゃうから。どんどんセッションしてくなかで変わっていくものだから、曲は。

で、どうして『太陽の花嫁』っていうタイトルにしたの?

土生:究極の幸せっていうか、愛......溢れ出る愛。太陽は生命の源だしね。

まあそうだね。生命の象徴というかね。

土生:そうなの。

曲名も土生君がつけるの?

土生:いや~、曲名で俺の出番はないよ。リトテンは曲名の検閲が厳しくて。

民主制だから(笑)?

土生:そうなんだよ。なかなか通らない。とにかく曲名決めるのが難関で、曲作るよりたいへんだっていう

でも、さすがに今回は満場一致だった?

土生:そうだね。泣いてたね、みんな。号泣してたね。

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『太陽の花嫁』っていうタイトルは、究極の幸せっていうか、愛......溢れ出る愛。太陽は生命の源だしね。


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太陽の花嫁

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リトルテンポって、すごくキャリアがあるバンドで......。へたしたら結成して20年ぐらい経っているでしょ。

土生:余裕で経っているね。学生の頃にいっしょにバンドやってた連中もいるからね。

92年に結成だっけ? ラティチュードが1995年ぐらいでしょ。

土生:かなー。その前にシングルを出してるんだけどね。

まあ、とにかくそのぐらいのキャリアがあるわけだけど、アルバムも10枚以上出してるし。で、『山と海』(2008年)以降、なんかすごく吹っ切れた印象受けるんだよね。

土生:うん。

それまでのアルバムも俺はみんな好きなんだけど、『山と海』より前は、アルバムごとに工夫しているというか、初期の頃はヒップホップの影響が強いし、『ケダコ・サウンズ』(2001年)の頃は、こういうこと言うと嫌がるかもしれないけどラウンジーな感じもあるし、『スーパー・テンポ』(2005年)の頃はもっと躍動感が強調されている感じがするんだけど、『山と海』からは、タイトルが象徴的だと思うんだけど、削ぎ落とされた感じがあるんだよね。あえてベタな言葉を使っているというか。

土生:敢えてってこともなくて、自然に出てくるんだよね。

そこはやっぱ、何か吹っ切れたってところじゃない?

土生:そうだね。うん。

どういう部分が。

土生:自然でいいんじゃないかなっていう。何かこう大きな野望を抱いてとか、「ブチかましてやる」とかって感じじゃなくて。自然体でいたいな。

その前は野望があったの(笑)?

土生:野望あったよ。紅白歌合戦に出演するとか(笑)。

過去の作品を聴き直すと凝っているんですよ。

土生:すごい凝っているね。あの時代はサイケだった。

なぜ『山と海』になったの?

土生:自然そのものに憧れてたね。街を否定するわけじゃないけど、いちばん必要なのは、ありのままの自然。ベタだけど、俺、ホントにそう思うんだよね。自然のなかで遊ぶのが好きなの。本来は自然といっしょに生きているわけだけど、都会で生活していると人間本来の感覚が麻痺してきちゃうんだよ。だから、なるだけ山と海に行って遊びたいなっていう気分だった。

そういう、自然のままでやる、ありのままの自分たちで良いって、言葉でいうのは簡単だけど、実際にやっていくのって、また別のことだと思うんだけど。

土生:何も考えていない。考えていたらできないから。感覚じゃない。

それは経験から来るものなのかな?

土生:そう、みんなそういう感覚だと思う。言葉じゃない世界。

録音がやっぱ違うと思った

土生:そうだね。スタジオや録音の仕方で変わる部分は大きいと思うけど、結局、精神的な部分が大きく作用するよね。

そこはミュージシャンが鍛えられていくってことなんだろうね。

土生:日々、修行です。

曲は土生君が作ってるんでしょ? どんなふうに?

土生:俺ね、ゼロワンっていう時代遅れのキーボードがあって、16チャン打ち込めるのよ。それで、ベースラインだったり、リズムだったり、あとメロディだったりを軽くスケッチしておいて、で、そういうスケッチがいっぱいあるのよ、俺。

へー

土生:そのなかで、イケてるなと思ったヤツを育てるわけ。で、ある程度まで自分で育てたら、みんなのところに持って行って、曲を育ててもらうの。

そのスケッチっていうのは日常的にやってるの?

土生:毎日、定期的にはできないよ。突然の合コンもあるからね(笑)。

ふーん。

土生:だからアレだよ、理論とか楽典みたいなので作っている人がいるかもしれないけど、俺はまったくそういう部分で作らないから。なんだろうな......ホントに......言葉では言えないね、それは。

ああ。

土生:そんな高度なことをやってるつもりはぜんぜんないけど、とにかくイメージが膨らんでいくだけだからさ、いかにそこを広げるかって作業だね。

『太陽の花嫁』は最近のスケッチを編集したって感じなのかな?

土生:いや、昔にできてた曲もあるし、1年なのか2年なのか、その期間はわかんねぇな。

まあとにかく、土生くんの毎日の、その気分になったときのスケッチがベースにあるんだね。

土生:今回にいたるまで、いろんな人とセッションして、そんななかで曲が生まれたってこともあったし、アルバム用に新たに作ったヤツもあるし、すべて流れだね。

作り方に変化はある?

土生:変わらない。

変わらないんだ。

土生:うん、ぜんぜん変わらない。昔からデモ作るのはゼロワンだし、楽器弾きながやることが多いね。リズム流して、ベース弾いたり、パン叩いたり、ギター弾いたり。

もともとはギターだもんね。

土生:そう、サイコビリー。

ちょっと話しが戻るんだけど、福島第一原発がボカーンといったとき、けっこうミュージシャンみたいに自由に移動できる立場の人で東京離れた人は多かったじゃん。土生くんはそのときどう考えてた?

土生:俺はぶっちゃけ、仲間のいるところからは逃げられなかった。自分だけそうゆうことはできなかった。ただ、家族は避難させたよ。まだちっちゃい子供がいるから。放射能ヤバいから。でも俺はレコーディングを延期する気はなかったし、やりたくねぇってヤツがいれば、そうしたけど、そういうこと言う人はいなかったからね。

でもミュージシャンという職業なら、わりと移動しやすいわけじゃん。

土生:俺個人で言うと、東京の人間だし、国立で生まれ育っているから、俺のふるさとは多摩、武蔵野なの、だから、そこを簡単に離れる感じではないね。あと俺は東京にいる仲間といっしょに音楽やってるから、それは大事な縁だと思ってるから、その縁を大事にしたいっていうのもあるよ。そこが俺の最大のポイントだね。縁で繋がっていて、金で繋がっているわけじゃないからさ。

曲名の言葉のなかに、そういう......なんだろう、一生のうちに一度か二度あるかないかのような大きな出来事は反映されている?

土生:しているはず。

ああ、そっちではしてるんだ。

土生:自然賛歌だから、リトテンは。

ああ。

土生:どんくらい伝わってるのかわからないけど。"ときめき☆リダイアル"とか(笑)。

はははは、それは自然賛歌とは言えないかもね(笑)。最高の曲だけどね。こういう名曲をおちゃらけたタイトルにするところがリトテンらしいね。

土生:いや、でもね、真剣に考えてみて、片思いの好きな子にリダイアルするときの気持ち、もう忘れてるでしょ? その感じ。

リダイアルって携帯の文化だからね。俺はいまでもときめき☆手紙って感じだから。

土生:そこは融合してるんだよ。現代社会と。

じゃあ、2曲目の"雨の日には"とか、含みがあるんだ?

土生:その先にストーリーがあるからね。雨の日には......野田さんは可愛いギャルとデートしました。相合い傘がとっても楽しかったで~す。とか。

原発問題でいえば、雨の日には恐怖も加わっちゃったじゃない、僕らの日常のなかで。

土生:でも雨は本来綺麗なもんだからね。放射能の雨はイメージしてないね。もっとその先の綺麗な雨をイメージしてるよ。

たしかに曲自体も綺麗な曲だし、それで、"水平線"とか"そよかぜ通り"とか、自然を連想させる曲名が多いんだね。

土生:そう、イメージしてるね。すごくポジティヴに。

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自然そのものに憧れてたね。街を否定するわけじゃないけど、いちばん必要なのは、ありのままの自然。ベタだけど、俺、ホントにそう思うんだよね。自然のなかで遊ぶのが好きなの。

表現者って自分が抱えた重たさを表に出す人と出さない人がいるけど、土生くんは後者だよね。

土生:重たいもの、別にないからね。

はははは、、そんな事ないでしょう(笑)。そこにリトテンの、大袈裟に言えば哲学みたいなものを感じるんだよね。

土生:そんなこと考えてないけどね。

そんなことないでしょ。

土生:そんな暗くないからね、俺。

それは暗い暗くないって......。

土生:うん、わかるよ、言ってる意味は。俺は確実に後者だね。

でも、自分で聴いてる音楽には、そうした重さを出してるものだってあるじゃん。

土生:もちろん。

でも、自分が作る作品は絶対にそうはならないんだよね。

土生:性格じゃないのかな。

ホントに性格的なこと?

土生:だと思うよ。

ますますそうなってる感じもするんだよね。10年前はもうちょっと重たさを出していたじゃん。子供たちに歌ってもらったりとか(VOICES OF FLOWERS )。

土生:だから天然になったんだよね。天然の状態に近づいたんだと思うよ。

はははは。

土生:マジで。

なるほど。

土生:ジャンルもどうでも良くなった。

それは音楽に出てるよね。

土生:ジャンル越えだね。

リトテンの音楽は、もはやエキゾティックに聴こえないんだよね。この国の音楽に聴こえるんだよ。

土生:DNAから発してるからね。

はははは、

土生:俺も演奏で出稼ぎが多いから、日本のいろんなところ行くしさ、そういうところでたくさん自然のヴァイブスや人の情けを受けるからね。

おそらくリトテンが表象している日本とは、そういう日本なんだと思うよ。

土生:東京以外はホントに面白いね、日本。

前も言ってたよね。

土生:そういうエキスが入っちゃってるんだよ。理屈や言葉じゃない世界だね。

土生くんはさ、片目が見えないじゃない。そのことは土生くんのなかでどれくらいの......。

土生:忘れてたね(笑)。片っぽが見えてれば充分じゃねーの。

はははは、去年、こだま(和文)さんが本(空をあおいで)を出したじゃん。そのなかに土生くんの話しが再録されているんだよね。タケシの話しとして。

土生:まあしょうがないよね。自分で勝手にやっちゃった話だから。

こだまさんが、そういうことを引き留めなかった自分を悔やんだって書いてたけど。

土生:無理無理そんなことは。

ふーん

土生:まあでも、半分死にかけたからね。

どのくらい入院してたの?

土生:けっこう入院してたかな。路上に止まって駐車してた車にぶつかったんだけど、すぐに記憶なくなって、その車の人が救急車呼んでくれて。

いい人だったね。

土生:仁義がある、すごくいい人だったね。

相手は大丈夫だったの?

土生:その人は、車から出てたんだよ。

じゃあ、土生くんがひとりで突っ込んじゃったわけか。

土生:そう。

その経験はやっぱ大きかったわけでしょ?

土生:そりゃそうだよ。死にかけたからね。三途の川でバーベキューしてきたよ。

どんな思いだったの?

土生:あんま覚えてねぇかな。

ブライアン・イーノが交通事故に遭って、入院先の病室のベッドのなかで雨の音を聴きながらアンビエント・ミュージックのコンセプトを考えたっていうエピソードがあるけど。

土生:へー、いい話だね。

きっとそういう大きな事故って、音楽で表現している人にとって大きな契機になるでしょ。『ラティチュード』の頃はまだ事故してないでしょ?

土生:いや、『ラティチュード』の頃かなぁ。たぶんその頃だと思う......だったような気が......。頭を強打したんで覚えてねぇな。

それでスティールパンにしたの?

土生:事故ったからじゃなくて、その頃まだ玄さんが正式メンバーじゃなくて、アルバムにゲストで参加してもらったりしてて、俺、パンすごく好きだったけど金がなくて買えなかったんだよね。そんな話したら玄さんが中古で安く譲ってくれて、それが縁で、そっからこう、花が開いていった。

練習はどこでやったの?

土生:家でやってたよ。ぜんぜん問題ないよ。近所のバアちゃんも、「綺麗な音ねぇ~」とか言って、みかんくれたりしてたから。

でも、そういう死にかけたことって、自分にどんな変化をもたらしたと思う?

土生:どうかなー。......まだ余計なこと考えるしね。(小さな声で)合コンしたいとかさ

え?

土生:合コンしたいとかさ!

はははは、またそんなこと言って。

土生:だから事故した当時は煩悩を削ぎ落としていたんだよね。それでも俗世間に戻ってくると、人間とはバカなもので、煩悩が生まれてくるんだ、やっぱり。あれしたい、これしたい......って。

『ロン・リディム』はそう言われると、いちばん澄んでるのかな?

土生:そうかもしれないね。言われてみれば、めっちゃピュアだったかもしれない。

じゃあ、『ケダコ・サウンズ』ぐらいは?

土生:『ケダコ』ぐらいになると、もう煩悩まみれなんだよ(笑)。

そうは言いながら、その煩悩を捨てたときの土生くんも残っているでしょ。

土生:残ってるよ。そのイメージはつねに持っている。なかなかそうはいかないんだけどね。

合コンは照れ隠しでしょ?

土生:なかなか実現しないからね(笑)。

はははは、

土生:ぶっちゃけ、そんな時間ないんだけど。

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俺個人で言うと、東京の人間だし、国立で生まれ育っているから、俺のふるさとは多摩、武蔵野なの、だから、そこを簡単に離れる感じではないね。あと俺は東京にいる仲間といっしょに音楽やってるから。

あと......結婚して、子供ができたっていうことも、リトルテンポを変えた要素だよね。

土生:それは大いにあるね。子供が生まれ、そこでやっぱ愛がでかくなるわけだから。

物事を発するときの足下みたいなのが違ってくるしね。

土生:自分に対しての音楽じゃなくなっちゃうね。若い頃は、自分が心地よいとか、俺がいちばんカッコいいとか、そんなことばっか考えていたんだけど、逆にいま他人を笑かそうとか、楽しませようとか、なんかそういう気持ちのほうがでかいね。

「ワイワイ祭り」もそうだよね。あれも『山と海』以降でしょ。そういうこともぜんぶリンクしてるでしょ。

土生:そうだね。

あれはなぜ「ワイワイ祭り」なの?

土生:あれはもう、人間本来の歓喜を取り戻そうという。

素晴らしいね、それは。

土生:マジにホントそうだよ。だから、ワイワイなんだよね。

ワイワイって?

土生:ワイワイ、ガヤガヤ。みんなでワイニーダンス!

俺、一昨年の日比谷野音でやった「ワイワイ祭り」は行って、すごく楽しかった。
今年はやるの?

土生:今年はリキッドルームで、9月16日(金)に、レコ発とワイワイ祭りをかねてやるから。

今年で何回目?

土生:4回目だね。

また野外でやって欲しいね。

土生:地方でもやりたいけどね。去年は国立でやって、さすがにキャパが狭いだろうって。

ライヴハウスでしょ。

土生:そこがいいんじゃん、超ライブ&ダイレクトで。地元で、みんな一体となって、汗だくになってやるっていうね。


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なるほどね。土生くんは『太陽の花嫁』のなかで1曲選ぶとしら何を選ぶ?

土生:やっぱタイトル曲だね。

ああ。

土生:やっぱいちばん愛があふれてたね。あふれ具合がハンパじゃなかった。みんな泣いてたからね。

今回はこのジャケットにも泣いたけどね。すごく良いよね、この絵。

土生:ジャケットのアイデアはベースの白水(生路)とテレパシー交換して小鳥が出てきたの。タイトルも何も決まってないときにパッと俺の心に飛んできたんだよ。いつもはタイトルが決まってから描くんだけど、今回はタイトルも何も言葉がない状態で、小鳥が出てきたね。しかもそれ......日本画だからね。

いい絵だね。

土生:ベースの白水が描いてるんだよね。希望だね。

たしかにね。じゃあ、最後に月並みで申し訳ないんだけど、読者にメッセージを言ってもらおうかな。

土生:あのー、随時合コン募集中だよ、みなさん。気軽に、現場であったら僕に声をかけてください。

CDを買うように言わないと。

土生:いや、CDはコピってくれればいい。いいんだよ、買わなくたって。金ねぇよ、みんな。だからコピって聴いてくれ。

アナログ盤も出るからね。

土生:そうだよ。若い子は音楽を携帯みたいのばっかで聴いてると耳が腐るから、アナログでいい音を体感してください。

カッティングもロンドンなわけだよね?

土生:あったりめぇーよ(笑)。ケヴィンといっしょにね。間違いないよ、なにせ〈グリーンスリーヴス〉のカッティングやってた人だからね。

それは間違いない。じゃあ、そこには〈グリーンスリーヴス〉と同質の溝が。

土生:そうなんです、刻まれている。ただ、正確な発売日が見えないんだよね。アメリカのプレス工場が混んでいるんだよ。

あ、だっていまUSのインディはアナログばっかだよ。

土生:そうみたいね。

あとカセットテープね。

土生:カセットいいね。俺もそれやりたいな。みんな、デッキ持ってるんですか?

買ってるみたいよ。

土生:俺はずっとカセットだよ。デモテープ渡すのもカセットだし、カーステもカセットだし。炊事はカセットコンロだし(笑)。

それはすごいね。決して贅沢な費用があるとは思わないけど、リッチな音を作っていると思うよ。

土生:気合いがあれば、そんなに金かけなくてもできるんだよね。

そこはやっぱ熟練していくんだね。

土生:そこはやっぱ中央線沿線が鍛えてくれた。だって間違いないもん。俺たちが使っているスタジオも吉祥寺で、もともとは国分寺にあったし。中学でパンクやってたときに、そこで練習してたんだよね。それがいま吉祥寺に移って、録音とリハができる老舗スタジオになっているんだよね。それもやっぱ縁だよ。話し変わるけど、野田さんは配信で聴くの?

基本的には聴かないけど、最近、アメリカのオッド・フューチャーっていって、配信でばっか作品出してるヒップホップの子たちの音楽にハマっちゃって、それを何本もダウンロードしたよ。そいつらの音楽はきっと土生くんも好きだと思うよ。パンクだよ。

土生:そういう風に新しいものが出てくるのは良いことだね。

ホントにそうだね。じゃあ、今日はどうもありがとうございました。

LIVE情報
7月29日(金) 新潟: FUJIROCK 2011
9月16日(金) 東京: リキッドルーム 『太陽の花嫁』レコ発記念LIVE
Info : https://www.littletempo.com/ | https://twitter.com/#!/Little_Tempo

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