「KING」と一致するもの

DJ KOPERO - ele-king

TOP 10(家でよく聞いている曲)

■初めまして! 9sari Group/BlackSwanのサポートDJをしております、DJ KOPEROです! 今回からゆるりとチャート書かせてもらいます!今回は、この2ヶ月ほどの間で家でよく聞いている曲から選んでみました。意図せずUnsignedでFREE DLのものが多いですが、楽しんでいただければと思います。iTunesの肥やしにでもDLしてみてください。最後に少し告知させてください! 毎月第一水曜にSocial Club Tokyoで開催されているパーティー"FOREMAN"ですが、5月は〈DOGMA gRASS HOUSE Release Party〉と称して、5月4日月曜日みどりの日にYENTOWNtokyoのサポートのもと開催されます! 皆様ぜひ!

一冊をつかみに - ele-king

大好評発売中! 染谷将太さんが本を手にする表紙が目印、別冊ele-king第2弾は“音楽ファンのためのブックガイド”。「やってみたらほとんどが戦前のものになってしまった……」という編集長テヘペロ号だが、われわれ編集部員もこの本のなかに無数に開いた入口から、ぜひ一冊をつかみにいきたい。素敵な導き手と友人たちにいざなわれて。

4月、読書をはじめましょう。
“音楽ファンのための”ブックガイド


表紙には映画『寄生獣』などで注目の染谷将太さんが登場!

別冊ele-king 読書夜話──音楽ファンのためのブックガイド
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■インタヴュー
保坂和志、染谷将太、友川カズキ、寺尾隆吉、佐々木敦、増村和彦(森は生きている)、高城晶平(cero)、山崎春美、湯浅学

■ブックガイド
小説
小島信夫の6冊あまり 松村正人/21世紀の国内文学10 矢野利裕/21世紀の海外文学 石井千湖/終わりから70年目の戦争の4冊 松村正人/1990年代の6冊 矢野利裕

政治、思想、批評と教育
いまだ表現の自由は可能か!? 対談:五野井郁夫×水越真紀/古典と歴史 その読み方 石川忠司/転向論を読み直す 矢野利裕/「学校では教えてくれない」が意味すること 若尾裕/実践により「社会」を読むための5冊

詩と詩人たち
21世紀の短歌研究 永井祐/詩写真 Making Time 辺口芳典

サブ/カルチャー
オラリティー(声)とリテラシー(文字)の相克 三田格/意味もなく内側のスリルだけを頂くための20冊 山崎晴美/失われた音楽書を求めて 大谷能生/シーナ『YOU MAY DREAM』を再読する モブ・ノリオ/映画を観る筋肉 いま発見すべき映画本 樋口泰人


interview with Squarepushaer(Tom Jenkinson) - ele-king

 90年代、エイフェックス・ツインが発見した才能としてまず挙がるのは、マイケル・パラディナスとトム・ジェンキンソンのふたりだが、こと後者に関して格別なインパクトがあったことは、1996年のスクエアプッシャーのデビュー・アルバムの裏ジャケに掲載されたノートを読めばわかる。リチャード・D・ジェイムスは、トム・ジェンキンソンとの最初の出会いについて次のように記している。「次に僕が感じたのは、僕の両耳の骨を同時に打ち、そして10本の大麻煙草をまき散らしながら空気を圧縮し、光速において隣の部屋から伝わるモノフォニック音波のごときファジーなヴァイブだった」
 なんのことだかさっぱりだが、とにかく衝撃だったのだ。


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 トム・ジェンキンソンの、スクエアプッシャー名義としては14枚目のアルバム(編集盤を入れると15枚、カオスAD名義を加えると16枚目の)『ダモジェン・フューリーズ』が4月21日にリリースされる。全曲が、彼自身が開発したソフトウェアによって録音されたアルバムである。
 それがどんな作品になっているのかは、以下のインタヴューをお読みになって、想像していただきたい。ひとつの質問に対して彼の言葉がどれほどまき散らされ、両耳の骨をヒットするのか……発話量だけの問題ではない。速度感が重要だ。それは彼の新作の『ダモジェン・フューリーズ』へと展開される。
 すべての曲は1発録音、すべての曲は彼のオリジナルのソフトウェアによって生まれている。
 これまでトム・ジェンキンソンは、ドリルン・ベース、エレクトロニック・ジャズ、アシッド・ハウスへのオマージュ、架空のロック・バンド……フリーキーに、エキセントリックに、作品毎にいろいろなアプローチを見せている。すべて違ったコンセプトで、これだけたくさんの作品をリリースしていること自体が非凡なことだろう。そのなかにおいても、『ダモジェン・フューリーズ』は異彩を放っている。ある意味悪夢のIDM、強力な幻覚剤としてのブレイクコア……。

僕はこれまでに山ほどレコードを作ってきたわけで──。だからある意味、「どうしてもレコードを作りたい!」って風にまで、必死な気分にはならないんだよな。わざわざレコードを作るに値するとしたら、それは自分自身でも「これはオリジナルなものだな」と納得できる、そういうものを出す時だけだろうって感じているんだ。

この10年、今回のアルバムで使用したソフトウェア・システムを洗練させててきたといいますが、どのようなソフトウェア・システムなんですか?

TJ:オーケイ。まず、複数の異なる要素が集まって成り立っているんだよね。だから、大まかに言えば合成に関わる領域があり、サンプル・プレイバックに関わる領域、そしてソニック・プロセッシングを司る領域がある、と。だから……システムの大きなところはその3つの要素から成り立つと考えてもらっていいし、かつ、その3つの領域はそれぞれまたさらに小さないくつものパーツに伸びてもいる。だから、たとえば合成(シンセーシス)の領域には……まあ、僕は『インストゥルメンツ』と呼んでいるんだけど、基本的には、合成のプロセスを通じて得られるある種のサウンド面での可能性へと僕をアクセスさせてくれる、そういうソフトウェア群があそこには存在している、と。でまあ、そのうちのいくつかは僕からすればかなり独創的と思えるものだけど、またその一方で、伝統的な合成メソッドに即したソフトウェアもあってね。
 というわけで……シンセサイザーを知っている多くの人にとってはごくおなじみでよく使うような、そういった特徴機能も備わっているんだよ。たとえばフィルターだったり、オシレーター・バンクス、エンヴェロップといったものだね。
 とは言っても、僕からすればこのシステムが他とは違う、そう思える大きな点のひとつというのは、システムの制御面においてどれだけ自分に自由が利くかっていうことでね。だからたとえばの話、自分がとある作品に取り組んでいたとして、そこで合成プロセスの可能性の持つ一角だけに、小さな特定のエリアだけに縛られずに済むっていう。僕が何らかのコンポジションをやる時に求めるのは、その楽曲が展開していくのに伴い、自分に可能な限りの柔軟性を持たせるってことだから。でまあ、最初に君に言われたようにたしかに非常に複雑な話であって──。

通訳:(笑)。

TJ:──(笑)。っていうか、インタヴューの一環としてではなく、むしろ一冊の本の主要テーマとして語られてもおかしくないようなネタなんだよ。だからほんと、この場で君に話せるのは、ちょっとしたスナップ写真程度のシステムの概要ってことに過ぎないんだけども。

(中略:紙ele-king vol.16を参照ください)

すべてが一発で録音されたものというのが、興味深く感じられますが。

TJ:まあ……だから、このシステムに関する発想の一部は、これを……ライヴ・パフォーマンスで使えるものにしたいっていう。そう、重要なポイントというのは、このシステムを使うことで僕がコンサートにおいてエレクトロニック・ミュージックを生で演奏できるような、そういうシステムを組むことだったわけだ。というのも、これまで長いこと僕がライヴの場で体験してきたよくある状況ってのは、ソフトウェアに機材の数々、でっかいミキシング卓、それにギター他の楽器群といった諸要素が混ざり合ったものだったし──しかも僕は実質それらを自分ですべて操り、演奏するわけだから、ステージにそれらを持ち込むのが基本的に不可能になってきたっていう。

通訳:ははは!

TJ:いやまあ、やろうと思えば決して「不可能」な話ではないよね? ただ、それをやるのはコスト面で無理というか、それだけの数の機材/楽器をツアーの状況で連日運搬して、しかもちゃんといい音をライヴで出そうとしたら、お金が続かない、無理だよっていう。

通訳:たしかに。

TJ:だから、そこでよく生じるケースというのは……僕個人としては避けたいことなんだけど、やっぱりライヴ・ショウのそこここで妥協せざるを得なかったってことで。だけど、このソフトウェア・システムの重要な点……他にもいくつもあるけど、そのポイントのうちのひとつというのは、僕に可能にしてくれる──僕がスタジオでやっていることをライヴの場にも持ち来らせることができる、そうやってスタジオで使っているのとまったく同じシステムでライヴをやれる、そういうシステムを生み出すっていうことで。
 だから、自分が妥協する必要もないし、何も変えなくたっていい、『ライヴだから』ということでプロセスを単純化する必要もない。スタジオでやるのとまったく同じことをライヴに持って来れる、という。
 でまあ……それらの面を容易にしてくれるのが、システムをコンピュータの内部に構築することだっていう。もちろんとても、とても複雑なシロモノではあるけれど、結局はコンピュータというひとつの「箱」に収まっているわけだよね。だから、オーケイ、自分はこの他にもいくつか機材や楽器をステージに持ち込むけど、でもその中心になる、コアとなるのはコンピュータの内部で走っているシステムなんだ、という。

通訳:スタジオであなたが実際耳にしている、そのサウンドを希釈することなく、可能な限り近い形でライヴの観客にも届けたい、と。

TJ:そうそう、その通り! だから、何も変えなくていい、妥協しなくてもいい。スタジオで僕のやっていることがそのままダイレクトにステージに移し替えられる、と。で、僕はそれってとてもエキサイティングなことだと思うんだよ。それをやりたいと思ってはきたけど、自分のキャリアの初期からずっと、なかなか難しくて実現できなかったことでね。
 というのも、さっきも話したけど、自分のやっていることをライヴで再現するのには大量の機材・楽器の集合体が必要になってくるわけで……いや、だから、そうやって演るのだって全然オッケーなんだよ。それはそれで素晴らしいことだ! と思うし、そういう山ほどの機材を使ってプレイするのは、スタジオにおいては僕としてもいつだって問題なし、まったく気にならなかった。
 ただ、それをライヴのステージに持って行く際には、常にもうひとつの考え方が入り込んでくるっていうのかな、だから、このセッティングが果たして生のステージで機能するだろうか? と。要するに、あれだけの数の機材や楽器類をライヴのたびにあちこち移動させるってのは、単純な話、ほんと、金がかかり過ぎて無理だよっていう。
 そう、というわけで──うん、このシステムは、たとえばいったんボタンを押したら作業がスタートして、一切のサポートなしにある作品を最初から最後まで奏でることができる、そういうものである必然があった。編集もなし、バックアップの音源だの録音済み音源に頼ることもない。助けはゼロ。そうやって何もかもをライヴで、リアル・タイムでプレイするのが可能な、そういうものにしなくちゃいけなかった。そうやって、ライヴの場面で機能するものを求めていたわけだよね。だからこそ、この作品を作る際に僕がスタジオでやったのもそれと同じことだったっていう。要するに、各パートをひとつひとつ分けてレコーディングしていく、各楽器を別個のトラックに録音していった上でまとめる、みたいなやり方ではなかったし、だから最終的なエディット作業だったりポスト・プロダクションもなしの、シンプルなライヴ・テイクだったという。だからこのアルバムは、ほんと、基本的には……僕がライヴ・ギグでやるようなことをそのままスタジオで録音したもの、そういうのに近いんだよ。

通訳:なるほど。

TJ:だから……ああ、ほんと、だからなんだよ、この作品が生まれることになったきっかけというのは。っていうのも、僕は……僕がこの作品を始めた時──これはマジな話だけど、そもそもアルバムを作ろうなんて考えてもいなかったんだよ。最初にあったのはライヴをやるってアイデアだったしね、ってのも、そっちの方がもっとエキサイティングな考えだと自分には思えたし。というわけで、僕は「よし、このソフトウェアを使ってギグをやれるじゃないか」って考え始めたわけど、それを他の連中に聴かせてみたところ、「お前、これはレコーディングすべきだよ」って言われてね。録音しろ、レコーディングに記録しろ、と。

通訳:(笑)。

TJ:いや、っていうか……僕はこれまでに山ほどレコードを作ってきたわけで──。

通訳:ですよね。

TJ:──だからある意味、「どうしてもレコードを作りたい!」って風にまで、必死な気分にはならないんだよな。わかるでしょ? だから、僕は「なんとしてもレコードを作らなければ」みたいに思わないし……わざわざレコードを作るに値するとしたら、それは自分自身でも「これはオリジナルなものだな」と納得できる、そういうものを出す時だけだろうって感じているんだ。そうじゃなければ、別に自分はレコードを出さなくたっていいんだし。


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僕が音楽を作りはじめた頃、金なんてなかったんだよ。洗練された、ちゃんとした音楽作りのツールなんかにアクセスする手段は、当時の僕にはまったくなかったわけ。だけど、僕の中にはいくらでもアイデアがあったし……そういうわけで僕は、手当たり次第に何でも、自分に入手できる/使えるものをすべて駆使して音楽を作りはじめたってわけ。


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荒々しく、ある意味ハードな音楽だと感じました。何か構築されたものを破壊したいという衝動が、あなたにはあるのでしょうか? それともこのハードでスピーディーな展開は、あなたのパッションの表れですか?

TJ:そうだなぁ……まあ、その手の質問って、答えるのに苦労させられるものっていうかな。ってのも、ちょっと考えてもごらんよ、君自身が日常において何かやる時、それらの行為の理由が君にはいちいちはっきりわかっているかい?

通訳:──いいえ(笑)。

TJ:そういうこと、わかるよね? 僕は人間ってのはすべて、そういう側面を共有するものだと思うし……だから誰かが何かをやるのはなぜなのかというのも、おそらく何らかのちゃんとした理由もあるとはいえ、それと共に衝動や無意識下の心の動きみたいなもの、当人でもコントロールの利かないそうした要素とがごた混ぜになったところから来るんじゃないか? と。
 で、これはほんとに正直なところなんだけど、僕としては──このレコードも、そういう風に様々に物事が混じり合った一例になるだろう、そう思う。そうは言っても、これが自分の聴きたいサウンドなのはたしかだし、これがいまの自分の精神状態にフィットする、あるいはこのサウンドはいまの世界で起きている様々な状況にマッチしたものだ、そこは認めるよ。僕としてはこの作品の音はフィットすると思う……うん、現在の世界状況に見合った、あるいはそれに対するリアクションになっている、僕にはそう感じられるサウンドだ、と。
 だからまあ、それがこのレコードで僕がやろうとしたことの理性的な部分になるんだろうけど、その一方で、それだけがこの作品を構成する唯一の要素だ、そう言い切るのは誇張になるだろう、と。だから、たとえば僕があるひとつのアイデアから作品をはじめたとして……そうだな、非常にクリアなアイデアと共に、「こういう作品にしたい」とはっきとわかかった上で作りはじめたところで、それでもその楽曲が完成する頃までには、何らかの異なる要素が混じってくるものなんだよ。
 というわけで、僕は「この作品のありとあらゆるパートは、自分の狙った通りに作られたものだ」なんて風に、嘘をつく気はないっていう。別の何かが音楽に訪れるものだし、それによって自分自身ちょっと驚かされもするわけだけど……でも僕が思うに、コンポーザーとしてはそうした「サプライズ」も役立てるようにするべきだろう、と。そうしたサプライズに出くわした際に生まれる、一種の不思議なエネルギーみたいなものを利用するように努力すべきだろう、そう思う。だから、うん、それが答えになっていればいいけども。

通訳:お話を聞いていると、あなたはガチガチに考え込んで作るというよりも、音楽の流れに任せる、自然発生的な面を大事にしているようですね?

TJ:いやまあ、だから、ひとつだけではなく色んなアプローチを混ぜながらやっているってこと。要するにそのアプローチには様々な幅がある、色んなスペクトラムにわたるものであって、たとえばある音楽ピースについては自分にはっきりしたアイデアがある、その楽曲をどんなものにしたいかが前もってちゃんとわかっている、実際の作業をはじめる前の段階からそれが見えているってこともあるっていう。その一方で、別の楽曲についてはもう、自分でも何をやっているか皆目分からないままにただあれこれプレイしてる、なんてケースもあって(苦笑)。
 だから、そんな風に曲作りのアプローチには幅があるってことだし、でも僕が思うに、おそらくこの新作アルバムは比較的前者に近いもの、プランがあった上で作っていったというのに近いんじゃないかな。要するにもっとこう、理性的な決定に基づいて作っていった作品、という。
 とは言ったって、それでも……やっぱり難しいんだよな。だから自分としても今回は、偶然に生まれた要素や思いもよらない奇妙な出来事、往々にして音楽にスペシャルな側面や個性を与えることがある、そういったものを敢えて遠ざけようとしたっていう。うん、そうねえ、自然発生的な作り方かぁ。
 だけど、たとえばふっと「あ、音楽を作りたい!」って欲望に駆られたとしても、その場ですぐに、思った通りの音楽を作れるってわけじゃないからね。だから、思いつきそのものにのぼせてエキサイトさせられはしたって、実際に音楽を作るアイデアそのものは、やっぱりまとまりがあり、かつ明解なものだっていう。

あなたにとって、音楽は何を描き出すのでしょうか? 先ほどもちょっと話に出ましたが、今回の作品は世界情勢や社会他の状況に対するあなたのリアクションという面があり、影響されているようですね。新作の荒々しくハードな表現やサウンドも今の時代あるいは我々の生きる世界にマッチしていると思いますし、ここでのあなたは現在あなたのいる環境と、それに対して生まれる感情とを音楽で表現しているのかな、と。

TJ:うん、それはその通りだね。いいね。言い得て妙、それ以上うまくまとめるのは僕にも無理だ!

通訳:はははははっ!

TJ:(笑)いやいや、ほんとの話。だからまあ、僕が言いたいのは……うんうん、そうだよ、もちろんここには現在の世界に対する反応がこめられているし、そうだね、今の世の中には僕が怒りを覚えさせられるようなことが山ほどある。だから、作品を通じてその怒りが伝わってくるだろう、そう思う。
 そうは言いつつも……ただ、思うんだよね、音楽というものに対して作り手があらゆる責任を引き受けようとする、それは間違いなんじゃないか? と。ってのも、音楽には何かしら想定外のものが忍び寄ってくるものだし──だから好きなだけ綿密にプランを立てて、理性的に、また論理的にやろうとすることはいくらでもできるけど、実際は常に妙な出来事、予期すらしていなかった何かが音楽に忍び込んでくるわけで……だからなんだよ、音楽のそうした性質も含めて、作り手が音楽におけるすべての責任を負おうとするのはある意味難しいことだろう、と思うのは。
 たとえば僕は、自分が理性のもとに下した音楽的な決定に関しては「自分のもの」だと言えるけど、音楽の中で偶発的に生まれた何かや現象についてまで、自分でやったことだ/自分の責任の範疇だ、なんて言えっこないからね。もちろん、何もそれを「ロジックを越えた超常現象」として捉えるつもりはないけども、そうやってこう、偶然から何かが起きるっていう。うん、面白いものだよね? だから、レコード・スリーヴには「作曲:トム・ジェンキンスン」と記載されているわけだけど、でも──曲の中に含まれる様々な偶然の要素、それはいったい誰が書いたものなんだろう? と。僕が書いたものじゃないのは確かだよ(苦笑)。そうは言ったって、クレジットでは僕のものってことになるし……妙な話だよね(笑)?

僕は、自分が理性のもとに下した音楽的な決定に関しては「自分のもの」だと言えるけど、音楽の中で偶発的に生まれた何かや現象についてまで、自分でやったことだ/自分の責任の範疇だ、なんて言えっこないからね。


機械が作った……ことが今回のアルバムでは重要だと思いますが、今回のような特殊なアイデアは、ここまで来るのに、なかなか骨の折れることだったと思います。ソフトウェア・システムの洗練のために、あなたはどのような努力を積みかさねてきたのでしょうか?

TJ:まあ……自分が何かを学んだりやったことのない何かに取り組む時ってのは、大体同じやり方なんだよね。いや、だから、もしも純粋に面白いから、楽しみのためだけに何かしらプログラムを組める、それだけの時間の余裕があるとしたら、それはいいだろうなぁとは思うんだよ。そうやって、ただ色んな可能性を探ってみる、様々なコンビネーションから何が生まれるのか、音響あるいは計算式の組み合わせからどんなものが出来るか、そうしたことを純粋に探っていくっていう。
 ところが、僕が何かしらプログラムを組む時ってのは大抵──自分の中にある音楽的なアイデアを実現させるためにトライしていく、そういうものなんだよ。だから、楽しみのためだけにやるってことは今まで一度としてなかったし、常に音楽的なアイデアが自分の作業のペースであったり、プログラム作業に求められる要素を規定している、みたいな。だからその結果として、僕は……んー、どうなんだろう? だから自分なりにいろいろと努力はするけど、それは何も学術的な枠組みに従ったもの、とある研究課題にまつわる広範で様々な知識を得ようってことではなくて、とにかく自分にとって有益なもの、自分の求める音響面での試みの数々を可能にしてくれる何か、そこに関して有効なものだけピックアップしながら学んできたっていう。
 たとえば、今ここで何か考えつくとして……そうだね、何らかのサウンドを僕が想像してみるとしよう。何かしら音のキャラクターを頭に浮かべてみて……で、そのサウンドを通じて、そのサウンドを生み出すことのできるようなシステムを頭の中で推定していこうとする、と。だから、サウンドが想像の中に浮かんだとして、オーケイ、では一体どうやってそれを具体化すればいいだろう? と。一発ボタンを押しただけで毎回その音を出せるような、そうしたシステムを作るのに自分はどうすればいいのか? と考えるわけだ。だから、もしかしたらそれって学校で教わるような、正規のアカデミックな学習にも含まれる演習法なのかもしれないけども。
 それでもまあ、僕がそういうシチュエーションにおいて何をやるかと言えば、とにかくプログラミングの環境に身を置いて、サウンドを使っていろいろとプレイしはじめてみる、それらのサウンドを取り込む方法をいろいろと試しながら、それが自分のイマジネーションの中に存在するサウンドにおおよそ近いものになっていくまでとにかくやってみる、という。だから努力はするし学びもするわけだけど、僕はかなりこう、そこには常にゴールが設定されていて、そこに向けて取り組んでいく、そういうやり方で学んでいるんだよ。だから、僕は常に「どうやったらこのサウンドをモノにできるだろう?」、「どうすればこれらのシークエンスを組織的に編成する手法にたどり着けるだろう?」という風に取り組んでいるわけ。どうやったら目標地点にたどり着けるだろう、どうやったらあそこに行き着くだろう、そう考えながらやっているっていう。従って……君に「これこれ、この音はどんな風に生まれるんですか?」って質問されたとしたら、僕には答えられることもあるし、答えられない場合もあるっていう。

通訳:(笑)。

TJ:っていうのも、僕の注ぐ努力、あるいは理解・知識というのはある特定のエリアに集中した偏ったものなわけで、それ以外の領域は僕にしてみたら存在すらしない、と。だから、僕は別に何でもこなせるオールラウンドなプログラマーじゃないんだし……っていうか、それはプログラムに限らず他にも当てはまる話だよね。
 たとえばある特化した分野においては、たぶん自分は世界でもベスト級のことをやっているんじゃないかと思えても、一方でそれ以外の分野については自分にはさっぱり分からん、なんてこともあるわけでさ。ハッハッハッハッハッ! だからまあ、妙な話ってことだけど、うん、だから通常はどうかと言えば、僕は音楽的な発想に引っ張られて色んなことに取り組んでいく、と。それはギターにしても同じ話で、「このギター・プレイについては、たぶん世界中を見渡しても、自分の他にこれ以上のことをやれる人間はあんまりいないだろう」って思えても、それ以外のプレイの仕方なんかについてはもう、それを試したことすらないし、自分には全然わかりません/どうやったらいいかも分かりません、っていう。だから……(苦笑)うん、僕はプロフェッショナルな専門家になることを目指しているわけではないんだし、そうだね、自分にとってはそれはある意味どうでもいいことなんだ。
 っていうのも、教科書なんかに従ってやるきちんとした訓練だとか学習ってのは、均整のとれたプログラマーを育成するって方向にもっと力点が置かれているし……それを楽器演奏の練習に置き換えてみれば、どんなスタイルやシチュエーションにも対応できる、色んな心得のあるギター・プレイヤーみたいなものを作り出すのをより重視するってことになる。だけど、僕はそういう人間じゃないんだ。僕はただ、自分にとって重要だと思えるアイデア群、そこに向かっていくだけのことだし、そのアイデアに関わりのないような、あるいは何の結果ももたらさないようなことだったら、それを学びたいなんて毛頭思わない。まあ、それにしたって単純に、違う時期ならまた話は別ってことなんだろうけどね。余裕があったらやってみたいとは思うけど、でも、自分には目標以外の何かに費やす時間がないっていう。だからまあ、そういうわけで今の自分がいる、と。
 だけど……教本やマニュアルを読みふけるのって、時に邪魔になることもあるわけじゃない? だから、むしろ本を放り出すってのもたまにはアリだし……そう、ほとんどもう、楽器を演奏する際にインプロをやるのに近いけど、プログラミングについても即興はできるってこと。そうやって、試しに色んなものを放り込んでスピーディーにひとつにまとめてみる、と。
 というのも、僕のプログラミングっていうのは……これまで自分の仕事を例にとって、「これがプログラミングの仕方です」って風に提示したことは一度もないんだよな。ってのも、本当に悲惨でしっちゃかめっちゃかだから。ただ、そうではあっても自分の作品に関しては有効なプログラムなんだよ。要するに、それらのプログラミングは僕がやりたいと思ったことをその通りにやってくれるし、結局、自分にとって重要なポイントもそこだけっていう。だから、もっともエレガントで、プロフェッショナルな出来で、かつ商業的にも成り立つような、そういうシステムを作るのが目的ではないってこと。とにかく僕がやりたいと思ったことを僕にやらせてくれる、そうしたシステムを作り出すのに尽きるんだ。


今の若い子たちが作っている音楽を聴くと、どれも同じ、均一化したソフトウェアで作られている。みんな同じソフトウェア、同じサウンドを使っているわけで……その状況に、正直僕は憂鬱にさせられるね。僕がエレクトロニック・ミュージックをやりはじめた、エレクトロニック・ミュージックに惹かれたそもそもの理由の一部には、なんというか、あの「冒険のスピリット」ってのがあって。

あなたがソフトウェアの開発に可能性を見いだした背景について教えて下さい。それがエレクトロニック・ミュージックが前進する道だと考え方らですか? あるいは、ソフトウェアや機材が均一化しつつある時代において、あなたなりの挑戦であると受け止めるべきなのでしょうか?

TJ:それは……まあ、これもまた、今まで話してきたのと同じように「どちから一方、ひとつだけ」って風には答えられない話なんだけど……だから根底にあること、っていうかそれについて僕が考えることのひとつに……僕が強く異議を唱えることのひとつに、「音楽作りのマーケット化」ってことがあってね。
 それはどういう意味かというと、今の時代、音楽を作る人びとは『この最新の商品を買わなくちゃ』って風に駆り立てられているわけだよね? それはもちろん、ソフトウェア製造会社、あるいは楽器メーカーによるマーケティング・キャンペーンが拍車をかけているんだけど……特に若いミュージシャンの場合がそうなんだけど、彼らはどういうわけか、新しい音楽を作り出す、今風で……そうだね、そこにファッショナブルなって要素も加わるんだろうけど、そういったトレンディで新しい音楽を作るためには、この最新の楽器、あるいはこの最新のソフトウェアをゲットしなくちゃダメなんだ、そんな風に感じるように仕向けられている。
 で、それらの最新商品を持っていないと、それはその人間にとって不利にさえなる、と。で、僕からしてみれば、どの会社もある種のミュージシャンをそうした商品の広告に起用しているのって、とどの詰まりは「もしもあなたがこのミュージシャンみたいになりたければ、我が社の商品を買うに限ります」って言ってるようなものじゃないか、と。「彼みたいなサウンドを作りたいなら、我が社の製品を買う必要があります」、「これこれこういう音をやりたいなら、その手段は当社製品を購入することです」……って具合だね。で、僕自身が出て来た状況がどういうものだったかと言えば、僕が音楽を作りはじめた頃、金なんてなかったんだよ。洗練された、ちゃんとした音楽作りのツールなんかにアクセスする手段は、当時の僕にはまったくなかったわけ。だけど、僕の中にはいくらでもアイデアがあったし……そういうわけで僕は、手当たり次第に何でも、自分に入手できる/使えるものをすべて駆使して音楽を作りはじめたっていう。だから……だからなんだよな、さっき言ったような現状のからくりに対して、僕がある種の不快感を覚えるのは。
 っていうのも、今の状況って、人びとが自分自身の想像力を使うことを助けてはくれないからね。そうではなく、人びとがサイフを引っ張り出してお金を吐き出すのを奨励するシステムっていう。いやほんと、思うんだよ、ああいった金儲けの仕方、消費の奨励っていうのは……だから、それはある会社が資金を求めているからだし、その根拠はビジネスを続ける、彼らが企業として存続していくためっていう。彼らが大金を求めるのは、人びとが音楽を作るのを助けるためではなくて、自分たちのビジネスを維持するため、と。だからある意味、そのシステムを信じる、それに乗っかってソフトウェアだのを買うのって、自分自身のためではなく他の誰かさんの要求に応じ、それに奉仕することでもある、という。
 だからまあ、これはあくまで僕の個人的な反応だけども、僕としては……そのからくりから何としてでも自分は逃れなければいけない、それは自分の義務だ、とすら感じるんだよね。で、そこから逃れる方法として僕にあるのは……いやまあ、もちろん僕だって、自分がそこから完全に逃れるのは不可能だという、その点は承知しているんだよ。というのも、僕だってこの、商品化された音楽に基づくシーンで活動しているわけだし、うん、僕はレコードを売って生活してる。それは事実だ。
 で、それはもちろん、買う側の人びとの求めるものに左右されもするわけだけど…………でもまあとにかく、そこにはもうひとつ、異なるアングルも存在していてね。これはここ10年くらいの話だと思うけど、ある種の古い楽器がほとんどもう、高額なアンティーク商品みたいになりつつあるっていう。フェティシズムの対象でも、あるいは非常に欲望値の高いオブジェでも、それをどう呼ぼうが構わないんだけど、それらのマーケットが伸びてきている。特に今で言えば、これはヴィンテージなギターやドラムといった古い楽器に限らず、昔のシンセサイザーも含むんだけど、ある種の古いシンセがものすごい額で取引されているんだよ。で、それもまたさっき話したメンタリティの顕われというのかな、「オーケイ、気の利いたソフトウェアを使って音楽を作るのもいいだろう。でも、もしも君が本物のサウンド、れっきとしたサウンドを求めているのなら──正真正銘のリアルなサウンドを手に入れたいのであれば、5千ポンド、1万、1万5千ポンドくらい支払わなければいけない」っていうね。その、アンティークな楽器にそれだけの金額を費やすっていう。
 で、僕から見ればそれってのは、さっきと似た話になるけれども、アンティーク商やコレクターたちのマーケットを潤している、彼らにミュージシャンたちが奉仕しているって風に映る。だけど実際の話、ヴィンテージ楽器を使わなくたって他の物を使って同じことはやれるんだし、別にどのシンセを使おうが可能なんだよ! 
 だから、元々の音楽的なアイデアさえ強力だったら大丈夫、問題になるのはアイデアがストロングか否か、そこだけだっていう。だから、この件についての僕のステートメントはそこになるね。
 というのも、僕は今のミュージシャンたちの多くは、マーケット主導なクソみたいなたわ言の数々によって間違った方向に引っ張られているなと感じるし、実際そのせいでミュージシャンたちは自ら、自主的に考えることをやめてしまったように思える。だけど大切なポイントっていうのは、君自身の持つイマジネーションや思いついたアイデア、君の中から自然に沸き上ってくる何かであり、そうした根本的な事柄こそが音楽においては重要なんだ、と。
 で、それらの頭に浮かんだアイデアをどうやって具体化させていくか? そこに関しては、まず自分でメソッドを選択すること。うん、メソッドをひとつ選ばなくちゃいけないね。ってのも、今言ったように、アイデアそのものが強力であれば、ある意味、いくつもメソッドを検討しなくたって構わないんだよ。レコードを聴く際に人びとが重視するのもそこだし、その音楽の背後にあるアイデアがどれだけストロングか? だからね。
 で……うん、それにまあ、質問の中で君が正しく指摘していたように、今の若い子たちが作っている音楽を聴くと、どれも同じ、均一化したソフトウェアで作られているっていう。みんな同じソフトウェア、同じサウンドを使っているわけで……その状況に、正直僕は憂鬱にさせられるね。
 っていうのも、僕がエレクトロニック・ミュージックをやりはじめた、エレクトロニック・ミュージックに惹かれたそもそもの理由の一部には、なんというか、あの「冒険のスピリット」ってのがあって。努力を重ねるスピリット、そして様々なことを探究していく精神というのかな、だからこう、ある種の奇妙な……メカニカルなロボットの世界とでもいうのか、未知の世界へと果敢に伸びていく小道とでもいうか、そういった感覚が僕にとってのエレクトロニック・ミュージックの魅力だったんだよ。だから……うん、それは僕には魅惑的に思えた。
 ところがそれが、いつしかこう……クリシェの並ぶ陳列室みたいなものになってしまってね、うん、僕はそれってとても悲しい現状だなと思うよ。だから、そう、このシステムを開発することにした、その動機にはいろいろとあるわけだし、いくつものファクターが絡んでいるけども、今言ったようなことも、そのうちのひとつだってこと。


■来日情報!

5/15 (FRI) 恵比寿 The Garden Hall

5/16 (SAT) 京都 The Star Festival



Jim O’Rourke Simple Songs
Drag City / Pヴァイン

Tower HMV Amazon

 サイト・トップをジャックしたあの「ヘンな」告知動画、いかがでしたか。なかなか全貌が明らかにならないジム・オルーク(Jim O'Rourke)13年振りとなるヴォーカル・アルバム『シンプル・ソングズ(Simple Songs)』、本日はジャケ写が公開になった模様。5月15日には日本先行発売となる。また新たなアー写も公開されている。長らくおなじみだったカヒミ・カリィ氏による写真も素敵だったが、廃棄物のようになっているジム・オルークもロマンチックだ。

 また、アルバムと同日発売を予定している『別冊ele-king ジム・オルーク完全読本 ~All About Jim O'Rourke~』の初刷版には、なんと!? 今年、赤塚不二夫・生誕80周年イヤーとしてさまざまな企画を展開するフジオプロとのコラボが実現!! (こっちが本題なのだ!?)

 ジム・オルークが赤塚キャラ化された特別描き下ろしのイラスト・ポストカードが綴じ込みで付いてくるぞ。

 今回はそのシルエット画像のみ特別に公開。以前より赤塚不二夫作品に親しんできたジム・オルークだが、これはファンならずとも大注目のイラストになるだろう。
 初版分のみですので、ぜひぜひご予約ください。


フジオプロ×ジム・オルーク シルエットなのだ!?

新たに公開されたアーティスト写真

■別冊ele-king  ジム・オルーク完全読本 ~All About Jim O'Rourke~

編集:松村正人
判型:菊判 / 160頁 *予定
ISBN:978-4-907276-32-4
価格:本体1,700円+税 *予価
発売:2015年5月15日

本人監修の“世界でもっとも完全に近い”ディスコグラフィも収録! 全キャリアとともに90年代~2000年代の時代精神までもを振り返る

1999年にリリースした『Eureka(ユリイカ)』は先鋭化と細分化きわまった90年代音楽の粋を集めた作品であっただけでなく、その実験とポップの相克のなかにつづく2000~2010年代のヒントを散りばめた、まさに世紀を劃す大傑作だった。
このアルバムでジム・オルークはシーンの中央に躍り出た。多面的なソロワーク、秀逸なプロデュースワークに他バンドへの参加、映画音楽にゆるがない実験性を披露した電子音楽の傑作群、さらに2006年来日して以降の石橋英子や前野健太とのコラボレーション――以降の活躍はだれもが知るとおりだ。
そして2014年5月、ジム・オルークは個人名義の「歌ものアルバム」を発表する。そこには『ユリイカ』以後の年月に磨かれた何かが凝縮しているにちがいない。
それについて訊きたいことは山ほどある、というより、このアルバムを聴き尽くすこと、ジム・オルークを多面的に知ることは音楽の現在地を知ることにほからない、のみならず、おしきせの90年代回顧を覆す問題意識さえあきらかになるはずだ。

■ジム・オルーク、新作『シンプル・ソングス』を語り尽くす~超ロング・インタビュー
気鋭の批評家たちによる新作大合評
■石橋英子、山本達久はじめ、バンドメンバーおよび関係者が語るジム・オルーク
■どこまで行けるか! ジム・オルーク「完全」ディスコグラフィ
■ジム・オルークを多面的に考察する論考集
■ジム・オルークを語った過去記事の再録も

一冊まるごと、ジム・オルークづくし!


interview with QN - ele-king


QN
New Country

SUMMIT

Hip Hop

Tower HMV Amazon iTunes

 以下に掲載するのは、紙版『ele-king Vol.7』(2012年10月20日発行)のQN(現・菊地一谷)のロング・インタヴューの後編、あるいは番外編である。雑誌のほうでは、自身がリーダーを務めていたヒップホップ・ポッセ、シミラボからの脱退の真相やノリキヨとのビーフ、これまでの彼自身の歴史といったディープな話を赤裸々に語ってくれている。

 そういうこともあって、ここに掲載するインタヴュー記事は音楽的な話題に絞ることができた。新しい作品を作るたび、変化と成長を楽しむようにフレッシュなサウンドに挑戦しつづける、ラッパー/プロデューサー、QN/菊地一谷。当時21歳だった若き音楽家が語った言葉は、過去・現在の彼の音楽をより深く聴くための手助けになるのではないだろうか。

 デート・コース・ロイヤル・ペンタゴン・ガーデン(以下、DCPRG)が2012年に発表した『セカンド・リポート・フロム・アイアン・マウンテン・USA』へのゲスト参加や彼らとのライヴ、同年6月に発表したサード・アルバム『New Country』やラウ・デフとのニュー・プロジェクト〈ミュータンテイナーズ〉の興味深いコンセプトについて語ってくれている。最新インタヴューとあわせて楽しんでほしい。

■菊地一谷 / きくちかずや
またの名をQN。2012年までヒップホップ・クルーSIMI LABに在籍。数多くのストリート・ネームを持ち、楽曲も多数手掛けてきた異才にして、理解され難い行動や言動でも記憶されるプロデューサー/ラッパー。前作『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』リリース後、菊地成孔プロデュースによる女優・菊地凛子の「Rinbjö」名義でのデビュー・アルバム『戒厳令』へも参加。2015年、音楽活動を再スタートさせることを宣言し、客演にSEEDA、菊地成孔、NORIKIYO、MARIA、RAU DEF、GIVVN(from LowPass)、田我流、菊丸、高島、北島などを迎えてのアルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』をリリースした。

きっかけはトロ・イ・モワでしたね。あそこから、アニマル・コレクティヴとかムーとかヤー・ヤー・ヤーズを聴くようになって。あと、ジ・エックス・エックスとか。


DCPRGの『セカンド・リポート・フロム・アイアン・マウンテン・USA』のなかの2曲に、シミラボはゲスト参加してますね。“UNCOMMON UNREMIX”、あれはラップを録り直してますよね?

QN:あれは録り直してますね。

DCPRGは、70年代初期のエレクトリック・マイルスに強く影響を受けているバンドですよね。QNくんやシミラボのラッパーの柔軟なリズム感がDCPRGのポリリズミックなリズムとハマってて、すごいカッコイイですよね。実際やってみて興奮しました?

QN:すげぇ興奮したっすね。〈ageha〉のライヴ(2012年4月12日に行われたDCPRGのアルバムの発売記念ライヴ)も良かったですね。 “UNCOMMON UNREMIX” と“マイクロフォン・タイソン”はもちろんやったんですけど、最後にアンコールで、“Mirror Balls”の生演奏に“The Blues”のラップを乗っけたのがとにかく記憶に残ってますね。あれは、テンション上がったっすね。

それは菊地さんのアイデアだったんですか?

QN:そうっすね。

菊地さんから録音やライヴのときに、「こうやってほしい」みたいなディレクションはありました?

QN:いや、とくに何も指示されてないっす。すげぇ自由にやらせてくれたっすね。「もう好きにやって」みたいな。

オファーのときに、シミラボへの熱いメッセージはなかったんですか?

QN:それはもちろんあったっすね。でも、ちょっと覚えてないっす(笑)。とにかく、シミラボをすごい気に入っていて、応援してるっていうのは言ってくれてましたね。で、オレらもなんとなくイヤな気がしなかったんです(笑)。直感ですね。

菊地さんのことは知ってました?

QN:いや、ぜんぜん知らなくて。

はははは。そうなんだ。シミラボの他のメンバーも?

QN:知らなかったですね。

じゃあ、DCPRGの音楽を聴いて、やろうと決めた感じですか?

QN:そうですね。音を聴いて、これだったらおもしろいものができるなって。ただ、個人的にはもうちょっとできたかなとは思いますね。

なるほど。ところで、『New Country』はこれまでの作品に比べて、ベースとビートが強調されて、よりグルーヴィになった印象を受けました。すごくいいアルバムだなって感じましたし、はっきりと音楽的飛躍がありますよね。

QN:そうですね。まぁ、シリアスなアルバムだとは思いますけど。なんて言うか、ヘイトしているわけじゃないんですけど、ヒップホップがすごい好きだったぶん、それ以外の音楽にもっと触れたくて、去年はずっとロック系の音楽を聴いてました。最近のロックは普通にMPCが使われていたりするから、それは自然な流れでしたね。チルウェイヴとかオルタナティヴ・ロックとかを聴くようになったんです。きっかけはトロ・イ・モワでしたね。あそこから、アニマル・コレクティヴとかムーとかヤー・ヤー・ヤーズを聴くようになって。あと、ベタですけど、ジ・エックス・エックスとか。ヒップホップだと、キッド・カディですね。すごいいいですよね。こういうやり方もあるのかって、影響受けましたね。キッド・カディはヒップホップだけど、なにかちょっと他の音楽も入ってる感覚があって。

キッド・カディはオルタナティヴ・ロックとかサイケデリックの要素もありますもんね。あと、歌詞が内省的ですよね。

QN:そうっすね。かなり内省的ですね。そうやっていろんな音楽を聴いていたのもあって、ネタ掘りが変わってきたんです。有名どころですけど、マイク・オールドフィールドの『チューブラー・ベルズ』にもハマって。『エクソシスト』の主題歌の原曲を弾いてるイカれてる人ですよね。あと、カンとかキャプテン・ビーフハートとか。オカモトズのレイジと彼の友だちの副島ショーゴっていうまじ熱いDJといろいろ情報交換してたんですよね。そのDJはオレの1コ下でとにかくヒップホップが詳しくて、オレはその頃ロックに興味持ってたんで。


結果的に、トーキング・ヘッズにたどりついて。

それは、前作『Deadman Walking 1.9.9.0』を制作しているぐらいの時期ですか?

QN:そうすね。で、結果的に、トーキング・ヘッズにたどりついて。

トーキング・ヘッズ! どのアルバムですか?

QN:アルバムはひととおり持ってるんですけど、衝撃だったのは、『ストップ・メイキング・センス』っていうDVDでした。あれを観て、「わおー!」って思って。とくに好きな曲は“ジス・マスト・ビー・ザ・プレイス (ナイーヴ・メロディ)”ですね。わかります?

いや、その曲、わからないです。

QN:あとはトム・トム・クラブとかにやられましたね。『New Country』を作るきっかけは、わりとトーキング・ヘッズにありますね。

それは興味深い話ですね。トーキング・ヘッズのどこに魅力を感じました? ファンクとロックを融合した音とか、いち早くアフリカ音楽にアプローチしているところか、いろんな側面がありますよね。

QN:そうっすね。いろいろありますけど、これはもうヒップホップだなって思ったんです。だから『New Country』は、オレの勝手なイメージですけど、質感的には、トーキング・ヘッズを意識したんです。そういうのもあって、バンド編成みたいなニュアンスでトラックを作ろうって考えたんです。

Talking Heads “This must be the place (Live: Stop Making Sense)”


『Deadman Walking 1.9.9.0』にもコーラスの女性ヴォーカルや、ヴァイオリン奏者、ギタリストが参加していますよね。シンセを弾いてるサドラーズ・ウェルズっていうのは、たぶんQNくん本人じゃないですか?

QN:あれはオレですね。サンプリングで作っている以上は、要はある意味で、他人の音楽をパクッてるのに近いじゃないですか。これまでは、まあ、盗むっていう発想だったんです。『New Country』は、ギター、ドラム、シンセ、ベースがいて、ラッパーのオレが前に出ているっていう大体5人組ぐらいのバンド編成のつもりで作ったんすよ。そこに、フィーチャリングでたまにホーンが入ってきたりするっていう。でも、基本的にはギター、ドラム、シンセ、ベースをイメージしてサンプラーをいじってましたね。あとちょっと、オレのひねくれが出ちゃって、昔のドラム・マシーンみたいな荒れてる音にしたりもしてますね。


ヒップホップから離れようと思ったら、逆にヒップホップでありたいと思ったというか。

トーキング・ヘッズをはじめ、いろんな音楽に耳を傾けたのが大きかったんですね。ジ・XXを聴いてるってことは、UKのベース・ミュージックも聴いてました?

QN:それは大きかったっすね。去年はもうUKに行こうかなぐらいでしたよ。

そこまでだったんだ。UKのベース・ミュージックのどこに魅力を感じました?

QN:「踊れるなー」ってとこがデカかったっすね。

でも、『New Country』はそこまで思いっきりダンサンブルでもないよね。

QN:まぁ、そうっすよね。1、2、3曲めまでは踊れる感じだとは思いますけど。ヒップホップから離れようと思ったら、逆にヒップホップでありたいと思ったというか。いざ離れてみたら、やっぱヒップホップだなっていう感じになって。『New Country』はバンド編成のイメージといっても、すげぇヒップホップに向き合いましたね。向き合ったって言うと堅苦しいんですけど、思い出して作ったっていう感じですかね。1年間、ロックばっか聴いてきたぶん、なんかちょっと振り返るじゃないですけど。

『New Country』は全曲、QNくんがプロデュースしてトラックを作っていますよね。これははじめてのことで、ひとつの変化ですよね。理由はあったんですか?

QN:そうっすね。シンプルに考えて、必要だと思ってる人だけを呼びましたね。いろんなラッパーに参加してもらってますけど、ビートは全部自分で作りたかったんです。コンセプトが自分の中に強くあったのと、自分の等身大のアルバムを作りたかったので。

QNくんはほんとにハイペースで作品を発表しつづけてますけど、『New Country』はいつから作りはじめたんですか?

QN:『Deadman Walking 1.9.9.0』のリリースが去年の12月だから、『New Country』のビートは12月から4月ぐらいまでに作りましたね。マスタリングの日までレコーディングしてて、超やばかったっす(笑)。『Deadman Walking 1.9.9.0』を作ったあと、思った以上にイメージがわいてきて、リリースする予定はなかったんですけど、1月の段階で7曲ぐらいできちゃったんです。なんかすげぇミニマルっていうか、音数が少ないものができてきて。

音数が少ない、ミニマルというので思い出したんですけど、『New Country』のいくつかの曲を聴いて連想したのは、バスタ・ライムスの“プット・ユア・ハンズ・ホウェア・マイ・アイズ・キャン・シー”だったんですよね。

QN:あー、なんとなくわかります。

Busta Rhymes “Put Your Hands Where My Eyes Can See”

あと、古くて新しい音の質感とかちょっとひねくれたサンプリングのセンスとか、RZAのソロ作の『バース・オブ・ア・プリンス』とかRZAの変名のボビー・デジタルに近いものがあるなぁと。

QN:もしかしたら、それは近いっぽいっすね。わりと。そうかもしれないっすね。『ボビー・デジタル・イン・ステレオ』はたまたま聴いてたっすね。フランス語かなんかのスキットがすげぇ好きで。

『New Country』にはこれまでの作品に比べて、ファンクを強く感じたんですよね。個人的に僕はいままでのQNくんのアルバムでいちばん好きです。本人的にはどうですか?

QN:ほんとっすか。うれしいっすね。ただ、ファンクももちろん好きっすけど、でも意外とファンクっていう気持ちはなかったかな。うれしいことなんですけど。


オレは大人にはならないんで。それはもう考えないようにしてる。

ところで、QNくんはこれまで大人なることを拒絶するような態度をラップで表現してきたと思うんですけど、いまはどうですか? “Better”でも「まだ自分はクソガキだ」ってラップしてますけど。

QN:ああ、『Deadman Walking 1.9.9.0』までは、もう大人になんのか、なっちゃうのか、みたいな感じだったんですけど、『New Country』ではもう開き直ってますよね。“DaRaDaRa”でも「誰がオレをこんなにした? 誰がオレをこんなにアホにした?」とか言い出しちゃってますし(笑)。けっこう開き直ってるんすよ。

QNくんにとって大人になるっていうのはどういうことですか?(笑)

QN:いやー、難しいっすねー(笑)。オレは大人にはならないんで。それはもう考えないようにしてる。

大人になるというのは、QNくんにとってネガティヴな意味合いがあります?

QN:いや、ぜんぜんネガティヴだとは思ってないっすけど。

でも、大人に対する反発心みたいのを強く感じますけどね。

QN:それは、自分にウソをつきたくないっていうのがいちばん近い感覚かもしんないっすね。もちろん尊敬できる大人もたくさんいるんですけど。いままでは、普通や常識をいちおう見て知っておかないと自分がいい方向に行かないんじゃないかって思ってたんですよ。でも、シミラボを辞めるタイミングあたりで、「それは違うよな」って思ったんです。ありのままの自分を認めていかないと、どうすることもできないなって。だから、オレはいまヒップホップもすげぇわかりやすいものが好きですね。自分が好きな90年代のヒップホップがあらためてフィードバックしてきてる感じがありますね。


これまでの自分は何かを演じていないと自分を維持できないタイプの人間だったのかなーって思うんです。でも、このアルバムあたりから、普通に自分のいろんなものを認めてやれるようになった気がしますね。

それと、『New Country』のクライマックスの、“Better”“船出~New Country~”“Flava”の3曲がとくにそうかもしれないけれど、リリックも明瞭に聴き取れて、言葉を伝えようという意識を感じました。

QN:自分の言葉でラップするというのを意識して、それができたのかなとは思います。やっと自分の言葉に消化して表現することができはじめてきたかなって。まだまだ煮詰められるとは思いますけど。『New Country』は、ほんとにすっげー勢いで作ったんですよ。朝から夜まで1日で3曲とか作って。ほんと余計なことを考えなかったっていうことっすね。

勢いもあるんでしょうけど、コンセプチュアルなアルバムでもありますよね。

QN:ほんとそうだと思うんす。でも、ぶっちゃけ後付けですけどね。というか、後付けもなにも、2、3ヶ月の間に自分に起きた現象が全部の曲に自然とはまったんです。それはじつは自分でもけっこうびっくりしてるっていうか。それだけ歌詞がたぶんスマートに出てきたってことだと思いますね。

アルバムのタイトルを直訳すると、“新しい国”ですよね。この言葉が意味するところはなんですか? QNくんのなかにイメージとかあったりします?

QN:そうっすね。どうなんだろ? タイトルどおり、自分の理想郷の話っすね。「ほんとはこうだったらいいのに」みたいな話でもありますね。ただ、『New Country』は、自分で言うのもなんですけど、ほんとにヒップホップのアルバムだと思ってて。ラップもフッド・ミュージックに近づいたっていうか。ラップのフロウの取り方も雑って言えばすごい雑で、細かいって言えば細かいっていう。そういう感じとか、ちゃんとオリジナルのヒップホップに近づいたのかなっていう気はしてますね。いちばん自分らしいアルバムになったんじゃないかなって。これは超イルな発言なんですけど、これまでの自分は何かを演じていないと自分を維持できないタイプの人間だったのかなーって思うんです。でも、このアルバムあたりから、普通に自分のいろんなものを認めてやれるようになった気がしますね。大げさなこともたぶん言ってないし、自分の中にあるもので表現できたかなって。

なるほど。

QN:あと、『New Country』を制作してるあいだ、人との関係とかいろいろシャットアウトしてたっていうか。それぐらいの気持ちになっちゃって。他の音楽とかぜんぜん聴かなくなって。そうじゃないと自分がもたないぐらいの現象が起きてて。とにかくアルバムを作ることしか考えられなかったですね。しかも、自分が作ったものに納得できなかったりもして。まあ、生々しい感じでした。


もう変えてますね(笑)。ヘルメスって名前に。でも、もう変えないっすね。次の名前で終わりっす。それを末永く使おうかと。

ところで、QNって名前を変えるって話を聞いたんですけど、ほんと?

QN:いや、もう変えてますね(笑)。ヘルメスって名前に。でも、もう変えないっすね。次の名前で終わりっす。それを末永く使おうかと。でも、なんかいま、女の子に訊くと、たいがい「QNの方がいいよ」って言われるんですよ。「ヘルメスっていうのヘルペスみたい」って。

はははは。じゃあ、変えないほうがいいよ。名前を変えると、せっかくQNで有名になったのにもったいないよ。

QN:そうですよね。だから次で最後かなって。名前を変えたら、ツイッターのフォロワー200人ぐらい減っちゃって(笑)。

このタイミングで普通はQNって名前は捨てないですよね。

QN:そうっすよね。でも、オレが新しい動きをして、それについて来れなかった人だけがたぶんフォロー外してるんだろうから、それはそれでいいかなって。完全強気っす。

強気だなぁ。

QN:はい。あと、オレら界隈でいま、ミュータントっていう言葉が流行ってるんですよ。シミラボも最初は街に黒いシミができて、その黒い液体が人の形になって、音楽を作りはじめるっていうストーリーがあったんです。要はSFなんすよね。ミュータントって突然変異体って意味ですけど、もともとは差別用語だったと思うんです。奇形児とかをミュータントって呼んだりして。べつにオレはハードな環境で育ったわけじゃないけれど、社会不適合者っていう意味ではミュータントなんじゃないかなって。でも、社会不適合者とかミュータントは特別な能力を持ってる人たちなんじゃないのかなって。

なるほどー。

QN:で、ミュータントとエンターテイナーを掛け合わせて〈ミュータンテイナーズ〉ってレーベルを立ち上げたんです。俺とラウ・デフがまとめたグループ名でもあるんです。いまはその新しいプロジェクトでアルバムを制作中っていう感じですね。


出版不況があたりまえのこととなり、ベストセラーとそうではない本の二極化が進むなか、それでも書店には本を特集した、本のための本が多く見受けられるのは、消えつつあるものへのノスタルジーなのでしょうか?

この本はそうは思いません。本という「メディア」がつねに再考されるのは読者の動機をこえる「体験」を「読む」ことがもたらすことにあります。
本書ではまずもってそのような本を探し求めます。一見してカタログ風ですが、この本は利便性だけを追究するものではありません。

2015年を映しながら、しかしことさら現在にこだわらないことによって過去より現在を腑分けする「読む」こころみを、ぜひ本書を開いて探してください。

〈目次〉
第1章
■小説■
音楽と本の関係 高城昌平(cero)インタビュー 聞き手:磯部涼
タルホ座流星群ふたたび 増村和彦(森は生きている)インタヴュー 聞き手:野田努
世界の外に立たない思考 保坂和志 インタヴュー
小島信夫の6冊あまり 松村正人
メタフィクションの功罪とパラフィクションの現在 佐々木敦インタヴュー
アンケート 私の3冊 湯川潮音
21世紀の国内文学10 矢野利裕
小説のマジカルタッチ ラテンアメリカ文学の世界 寺尾隆吉インタヴュー
21世紀の海外文学 石井千湖
終わりから70年目の戦争の4冊 松村正人
1990年代の6冊 矢野利裕

第2章
■政治、思想、批評と教育■
いまだ表現の自由は可能か!? 対談:五野井郁夫×水越真紀 松村正人
アンケート 私の3冊 寺尾紗穂
古典と歴史 その読み方 石川忠司
強制と自発のアレンジメント 転向論を読み直す 矢野利裕
「学校では教えてくれない」が意味すること 若尾裕
実践により「社会」を読むための5冊

第3章
■詩と詩人たち■
21世紀の短歌研究 世界の底の13歌集13首 永井祐
渇きを癒す書物 満員電車を見送る方法 友川カズキインタヴュー
詩写真 Making Time 辺口芳典

第4章
■サブ/カルチャー■
貫読のススメ 画竜点睛を欠くことの心得 湯浅学インタヴュー
結末は最後まではわからない 染谷将太インタヴュー
オラリティー(声)とリテラシー(文字)の相克 三田格
読書というポップ 山崎晴美を作った本 山崎晴美インタヴュー
意味もなく内側のスリルだけを頂くための20冊 山崎晴美
矛盾体が生み出す言葉 失われた音楽書を求めて 大谷能生
ロックの“夢見る力”は無限大 シーナ『YOU MAY DREAM』を再読する モブ・ノリオ
映画を観る筋肉 いま発見すべき映画本 樋口泰人

写真:菊池良助 小原泰広

頑津 雲天 - ele-king

 『世界のレイヴの歩き方』──ページをめくれば出てくるわ出てくるわ、世界各地のいかれた連中、色とりどりのいかれた場面……ああ、懐かしい。いや、これは現代の光景だぞ。
 レイヴの本といえば日本では清野栄一の『レイヴ・トラヴェラー』が有名だが、先日刊行された『世界のレイヴの歩き方』には紀行文的な、情緒的な要素はいっさいない。ガイド&紹介に徹している。実用性を重んじているわけだ。
 欧州、東欧、北欧、アメリカ、南米、アフリカ、オーストラリア、東南アジア、東アジア、日本……世界中のレイヴ/野外フェスが紹介されている。評判の良いもの、そして、オーガナイズのしっかりしたものを選んでいるのだろう。ホームページのアドレス、開催期間、入場料、アクセスといった基本情報をはじめ、音楽の傾向、トイレやシャワー、気候対策、水が飲めるかどうか、ドリンクの値段、場所によっては買い出しの仕方や食事のことまで紹介している。その心得や準備について触れながら、野外で虫対策や盗難対策にも言及。筆者が現役レイヴ・トラヴェラーだけあって、経験に基づいた実践的な情報/アドバイスが載っているわけだ。これはありがたい。
 
 しっかし、高いですな、いまどきのレイヴは。NYのEDM系のレイヴなんて3日で4万円。マイアミのEDMは5万円。ビールがは1000円弱。で、水が600円だとよ。入場料が高いレイヴとは、高級な立ち食いそば、値がいい発泡酒……ぐらいに矛盾してみえるが、これまた、時代は変わったということだろう。
 もちろんそんな高級レイヴは、ほんの一握りなのかもしれない。ハンガリーの、見るからに牧歌的な村で1週間にわたって開かれるフェスは、入場料は2万円弱。開催期間を考えれば、安い。会場内には食品や日用品も売られている。携帯の充電の施設まである。ここまで充実していればだいぶ安心。アウトドアを甘く見ていると本当に酷い目に遭うし、我慢比べをするわけではないので、最初はやっぱ、施設がしっかりしているところのほうが気が楽だ。
 台湾のレイヴのように、まだ小規模ながら、目を引くものもある。解説を読んで写真を見ている限りはロケーションもヴァイブもかなり良さそうだ。あるいは、ブラジルの海辺の会場で開かれるレイヴは、みんな上半身裸だし、見るからにラテンのりで、いかにも激しそうで、ちょっと自分には合わないかなと思ったり。いまや欧州のパーティ文化の拠点となったクロアチアのレイヴはふたつ紹介されている。日本のアンダー・グラウンドなレイヴもいくつか、それぞれのコンセプトとともに紹介されている。

 本書のあとがきで筆者はこう書いている。少し長いが、筆者のスタンスがわかる文章なので引用しよう。
 「レイヴァーたちがもっとも嫌うのは商業主義だ。レイヴガイドブックをうたう本書で、企業のバックアップを受けたEDMフェスを紹介していることに首をひねった方も多いだろう。だが、あえてそうしたのは、今、野外パーティ自体がかつてない大きな過渡期にあるからだった。客と一緒に砂ぼこりにまみれて回すDJがいる一方で、何千万という高額ギャラを要求するDJがヘッドライナーに名を連ねる現実。ダンス・ミュージックもまた、格差社会の波に洗われている。だが、そうした状況も長くは続かないだろう。実際、スーパースターDJたちはユース・カルチャーのシーンから閉め出され、アメリカに拠点を移すなど、二極化が進み始めているともいう。ダンス・ミュージックとは本来、アンダーグラウンドなものである」

 そもそもレイヴ・カルチャーとは、高い入場料のライヴ・コンサートや敷居の高いディスコに白けた連中が、だったら自分らで集まって、好きなレコードをかけて踊ったほうがよほど楽しいと思ってはじまったパーティの規模が大きくなったものだ。ハウス・ミュージックのなかのヒッピー的な要素が拡大されたものだった。無料でやるのが本物だと思って、警察に止められるまで無料でやり続けた連中もいたな。パーティが終わってもその場に残って、あらたな人生をはじめた連中もいた。レイヴによって、どれほどの人間の人生が狂ったことか……。まあ、みんなが赤ちゃんだった時代の話だけど。
 そんな風にうぶだったレイヴ・カルチャーも今ではすっかりグローバルな娯楽産業となったようだ。だがね、この動きは、興行師がシーンに関わるようになった90年代の前半からはじまっている。レイヴには、アンダーグラウンドな理想主義と平行して、どうしようもない下世話さもあった。いかがわしい連中もいた。アホも多いし、そんなキラキラしているものじゃない。だいたいがラフだったし、僕は下世話なところも含め、まあ、面白がったわけだ。
 レイヴとはその場限りのコミューンだ。あらかじめ終わりが決められた、刹那的な共同体。だから良かったんだろう。永遠の共同体ではないことが最初からわかっていたから。あれが永遠に続いたら……やばいよな(笑)。
 そして、レイヴ・カルチャーとは経験だ。エクスペリエンス。経験しなければわからない。どんな経験も終わったとき、良かったと思った。絶対に、どんなことがあっても忘れるものか。この景色を目に焼き付けておこう。そう思ったよ。ほとんど忘れてしまうんだけどね。

 初心者は経験者と一緒に行ったほうがいい。行けるうちに行ったほうがいいんじゃないかな。命短しレイヴせよ若者だ。僕はずいぶんと行った。いろいろ経験済みだ。恐い思いもしたけど、もしまた行けるなら、もちろん行くさ。だって、本当に面白いもん。大勢の人間とひと晩の経験を共有するのはいいものだよ。でも、くれぐれも気をつけてな。

※著者の頑津雲天さんが、ele-kingのために最新レイヴ画像/最新のいかれ連中画像を提供してくれました。どうぞ現代のレイヴの場面をお楽しみ下さい。


■磯部涼+九龍ジョー・著
『遊びつかれた朝に
──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』

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 『遊びつかれた朝に──10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』の名コンビが、今度は噂のみなとみらい〈BUKATSUDO〉に登場! 音楽はもちろん、それ取り巻くさまざまなコンテンツや文化、風俗を、現場の皮膚感覚から言葉にしてきた人気ライター、九龍ジョー、磯部涼。両者による「音楽ライター編集講座」がこの5月末から開講されるようだ。コミットしてきた場所はそれぞれに異なるが、彼らが足を使ってつぶさに眺めてきたもの、つないできたもの、そのやり方を知ることは、いま何かを考え、行動を起こしたいと思う人にとって大きなヒントとなり勇気となるだろう。そこにはただの“書きかた”に終わるはずのない──音楽文化を「つづる」だけではなく「つくる」ための発想が充填されているはず。ともあれシラバスだけでも刺激的だ。詰まりまくった全6回、参加してみてはいかがだろうか!

■「音楽文化のつづり方 〜どう聴くか、どう書くか、どう編むか〜」
講師:九龍ジョー×磯部涼
全6回

詳細
ライターあるいは編集者として雑誌、単行本ほか各種媒体で活躍する講師ふたりが、音楽についてどう書くか、どう編むかを教える〈音楽ライター編集講座〉です。
音楽ライターや編集者を仕事にするのであれば、いわゆる「レビュー」や「インタビュー」の技術だけではなく(もちろんそれらの“粋”も伝授しますが)、数々の現場や音楽から派生する周辺文化も含め、そこに「どう関わるか」までを視野に入れる必要があるという認識のもと、講師自身の経験や古今東西の音楽批評、ジャーナリズム論、雑誌論、ライター論、現場論なども踏まえながら、いまに“使える”ポイントを実践的に解説します。

【スケジュール】
第1回 ガイダンス
5/30(土) 14:00〜17:00
講義全体のイントロダクションのほか、取材の方法、原稿の執筆、その他ライターや編集者の基本テクニックを伝えます

第2回 批評の歴史と実践について 
6/13(土) 14:00〜17:00
過去の音楽批評を参照しながら、現在の音楽をとりまく状況について書く際に、それをどう活かすかを考えます

第3回 他ジャンルとの関係について
6/27(土) 14:00〜17:00
映画、演劇、文学、コミックなど隣接する他ジャンルとの関わりの中で
音楽について書くことの意義と方法を考えます

第4回 ケーススタディ 
7/11(土) 14:00〜17:00
実際に音楽に関わる現場に出かけ、取材のワークショップを行います

第5回(最終回) まとめ
7/25(土) 14:00〜17:00
講義全体のまとめを行うとともに、音楽文化をつづることをどう仕事にしていくのかを、具体的に伝授します

【講師】
九龍ジョー(くーろん・じょー)

1976年生まれ。いくつかの職種を経て、20代半ばで出版業界入り。編集者、ライターとしてポップカルチャーを中心に、原稿執筆や雑誌、単行本編集を行う。編集近刊に坂口恭平『幻年時代』(幻冬舎)、『MY BEST FRIENDS どついたるねん写真集』(SPACE SHOWER BOOKs)など。著書に『メモリースティック ポップカルチャーと社会をつなぐやり方』(DU BOOKS)、共著に磯部涼との『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(ele-king books/Pヴァイン)などがある。


磯部涼(いそべ・りょう)

78年生まれ。90年末より音楽ライターとして活動を開始。主に日本のマイナー音楽と社会の関わりについてのテキストを執筆し、04年に単著『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)、11年に『音楽が終わって、人生が始まる』(アスペクト)を刊行。その他、編著に風営法とクラブの問題を扱った『踊ってはいけない国、日本』とその続編『踊ってはいけない国で、踊り続けるために』(共に河出書房新社)、歌詞がテーマのインタヴュー集『新しい音楽とことば――13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』(SPACE SHOWER BOOKS)、共著に九龍ジョーとの『遊びつかれた朝に――10年代インディ・ミュージックをめぐる対話』(ele-king books/Pヴァイン)等がある。

【定員】25名様
【料金】全5回 28,000円(税込)
【場所】BUKATSUDO

申し込み
https://music-writer1.peatix.com/

BUKATSUDO公式サイト
https://www.bukatsu-do.jp/

ADRIAN SHERWOOD - ele-king

 いや、実際に震えたんですよね。芝浦のGOLDっていう伝説的なクラブにエイドリアン・シャーウッドが来たとき、もう、どんな風に彼がDJしたのかと言えば、カセットテープを使ってて。マッサージのように、音が床から全身に響く。その低域の迫力たるや、さすがだと思いました。
 俺はエイドリアン・シャーウッドになりたい。こう言ったのはアンドリュー・ウェザオールでしたが、UKのDJ/プロデューサーにとってシャーウッドはヒーローです。彼はジャマイカで生まれたダブの技法を、ロック、ヒップホップ、インダストリアル、テクノ、ベース・ミュージックに応用して、道無き場所に道をつくりました。最近では、ピンチと組んで、ダブステップとUKダブとの華麗な結合に成功しました(https://www.ele-king.net/interviews/004243/)。
 4月18日(土)、代官山ユニットにて、エイドリアン・シャーウッドの生ミックス・ショーがあります。クラシック・セット(DJ)、最新セット(マルチトラック)、そしてにせんねんもんだいのライヴを生ダブ・ミックスという3本立てです。
 今週末は、エイドリアン・シャーウッドのライヴ・ミキシングに震えろ!

ADRIAN SHERWOOD
"AT THE CONTROLS" X 3

4/18 (Sat) @ 代官山 UNIT
Open / Start 18:00 Ticket : 前売 ¥4,500 当日 ¥5,000

MIX 1:’79 ~ ’89 クラシック DJ Set !
MIX 2:対決!Nisennenmondai 生DUBミックス!
MIX 3:マルチ・トラック最新セット!

UNIT: https://www.unit-tokyo.com

OSAKA
4/16(Thu) @ CONPASS
more info: www.conpass.jp

NAGOYA
4/17(Fri) @ CLUB MAGO
more info: club-mago.co.jp

interview with Kikuchi Kazuya - ele-king


菊地一谷
CONCRETE CLEAN 千秋楽

Pヴァイン

Hip Hop

Tower HMV Amazon iTunes

 アニマル・コレクティヴ、ムー、ヤー・ヤー・ヤーズ、マイク・オールドフィールド、ジ・エックス・エックス、トーキング・ヘッズ、プリンス……、QN改め菊地一谷の口からは年代もジャンルも雑多なミュージシャン、バンドの名前が出てくる。人騒がせな行動のおかげで、筆者が彼に出会ったときの大切な第一印象を忘れそうになっていたことに気づく。菊地一谷は音楽好きのラッパー/プロデューサーで、レコードを掘るのも大好きな男だった。一時は音楽への情熱が薄れたのかと思わせる発言も耳にしていただけに、再び音楽への情熱を取り戻したと聞けてうれしかった。

 菊地一谷はQN名義で昨年リリースした『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』からMPCとトライトンでの制作へ移行している。そこで彼は、スウィズ・ビーツのミニマリズムとエッジの効いたコールド・ファンクが合体したようなヒップホップ・サウンドを展開した。菊地一谷名義のファースト・アルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』のサウンドはその深化形であり、さらに本作にはプリンスやトラップ・ミュージックや90年代ブーム・バップの要素も多分に含まれている。ちょっと未来的な感じだ。
 また、SEEDA、NORIKIYO、菊地成孔、田我流、北島、高島、MARIA、RAU DEF、菊丸、GIVVN(LowPass)といったゲスト陣が参加しているものの、菊地一谷が彼らに食われていない、というのがもうひとつのポイント。ゲスト・ラッパーに頼りっぱなしでお茶を濁したような作品ではない。謙虚に見せつつも主役は俺だというエゴを出しているのがいい。さらにさらにこの男、どこか放っておけないという気分にさせるさびしげな詩情を持っているからズルイ。

 取材場所へ登場した彼は筆者にドトールのコーヒーと茶菓子を手渡し、「どうぞよろしくお願いします」と言った。ん? あれだけ拒絶していた大人になったのだろうか。仕事をして、飯を食って、仲間とチルして、音楽を作る。そういう日常のサイクル、菊地一谷流のヒップホップ的ライフ・スタイルからこの最新作はできあがっている。そのように菊地は語った。さて、その真意とは?

■菊地一谷 / きくちかずや
またの名をQN。2012年までヒップホップ・クルーSIMI LABに在籍。数多くのストリート・ネームを持ち、楽曲も多数手掛けてきた異才にして、理解され難い行動や言動でも記憶されるプロデューサー/ラッパー。前作『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』リリース後、菊地成孔プロデュースによる女優・菊地凛子の「Rinbjö」名義でのデビュー・アルバム『戒厳令』へも参加。2015年、音楽活動を再スタートさせることを宣言し、客演にSEEDA、菊地成孔、NORIKIYO、MARIA、RAU DEF、GIVVN(from LowPass)、田我流、菊丸、高島、北島などを迎えてのアルバム『CONCRETE CLEAN 千秋楽』をリリースした。

“CLEAN”という言葉が出てきたのは、これまでのちょっとイリーガル感のある作品じゃなくて、ヒップホップであっても若い世代に悪影響のない音楽を作りたかったからなんです。

まずやはり『CONCRETE CLEAN 千秋楽』というタイトルですよね。

菊地一谷(以下、菊地):最初からシンプルかつライトな聴きやすい音楽を作ろうというコンセプトがあって、タイトルも菊地一谷の頭文字を取って『KK』にしようと考えてたぐらいなんです。でも、客演を集めていくなかでSEEDAくんのフィーチャリングが決まって、俺がふざけて『CONCRETE GREEN』をもじったりしていたら、『CONCRETE CLEAN』にたどりついた。“CLEAN”という言葉が出てきたのは、これまでのちょっとイリーガル感のある作品じゃなくて、ヒップホップであっても若い世代に悪影響のない音楽を作りたかったからなんです。

“イリーガル感”のある作品とは、『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』のこと?

菊地:それもそうですけど、僕自身がいま普通に働いてクリーンな生活をしていたから、そこからもきてますね。あとなにより、『CONCRETE GREEN』は僕の憧れのアルバムだったんですよ。僕らの世代にとってあのコンピはすごく大きい。『CONCRETE GREEN 5』以降、とくに『CONCRETE GREEN 8』や『CONCRETE GREEN 9』ぐらいになると、若い世代もかなり収録されていたから、「俺にもいつかオファーがくるんじゃないか」と思ってたんです(笑)。でも自分は入ることができないまま終わってしまった。だったらもう自分で作るしかないなと。だから、このアルバムは『CONCRETE GREEN』のパロディと思っていただきたいです。

ということは、『CONCRETE GREEN』監修者であるSEEDAと“神奈川ハザード”で共演できたのは感無量なんじゃないですか?

菊地:それはめっちゃありますね。SEEDAくんとNORIKIYOさんといっしょに曲を作れたのは大きいです。“神奈川ハザード”は、SEEDAくんが川崎出身で僕が相模原出身なんで、神奈川つながりで曲を作りましたね。

実際いっしょに制作してみてどうでしたか?

菊地:SEEDAくんのヴァースはフリースタイルなんですよ。じつは僕が半分騙したんです(笑)。

どういうこと?

菊地:最初はレコーディングと言わないで、「家に遊びに来てください」って誘ったんです。それで自分の部屋やリヴィングで遊びながらいい感じになってきたところで、「フリースタイルでいいんで俺のアルバムに入ってほしいです」ってお願いしたんです。SEEDAくんには、「お前、ハメたっしょ?」って言われました(笑)。そう言いながらもSEEDAくんは、30分ぐらいフリースタイルしてパリッと作ってくれました。

だからなんですね。SEEDAのリラックスした、隙間の多いフロウがすごい気になってたんですよ。“神奈川ハザード”の2人のラップには中毒性がありますね。

菊地:そうですね。でも僕はリリックを書きましたね。

NORIKIYOとの共作はどうでしたか? NORIKIYOをディスした曲以降、2人の関係について気にしているファンやヘッズもだいぶいますよね。

菊地:自分のいまの考えではビーフはよくないです。自分がNORIKIYOさんをディスったことを振り返ると、自分のやり方は間違っていたと思いますね。ああいうディスやビーフにヒートアップしてくれた人もいますけど、人のことをおとしめる音楽はやっぱりよくないなと。とはいえ、NORIKIYOさんをディスったのには理由があって、相模原の地元でずっと憧れ続けてた存在だったからなんです。単に営業妨害や邪魔をしたかったわけではなくて、音楽的に勝負したかったんです。だけど、それがああいう形になってしまった。そういうことを今回NORIKIYOさんに話したら理解していただけて、あらためて音楽的な部分で勝負させてもらいましたね。


人のことをおとしめる音楽はやっぱりよくないなと。

今回の作品で僕がまず素晴らしいと思ったのは、豪華なゲスト陣に菊地一谷が食われていないところなんです。フィーチャリングの多い作品の場合、聴く側からすると主役のラッパーがゲストのラッパーに負けていないかというのはいちばん気になるポイントでもあるじゃないですか。そこは考えてアルバムを構成したんじゃないんですか? ヴァースをラップしてる人たちに食われてないだけではなくて、菊地成孔や田我流はフックで歌ってもらうだけにとどめてますよね。

菊地:そこはゲストのみんなに無理のない程度に際立ってもらうようにお願いしたんです。それもありますし、僕がキチキチに気張った音楽が好みじゃないのもあって、さっぱり作ってほしいって依頼したんです。田我流くんは、「ヴァースも書きたいしフックもやる」と言ってくれたんですけど、フックで歌ってもらうだけにしました。田我流くん、SEEDAくん、NORIKIYOさん、それに菊地(成孔)さんはみんな大御所ですし、そのほうが高級感も出ると思ったんです。だからメインの役割は僕がやって、ゲストの人たちにはちょっと食べてもおいしいキャビアみたいな感じになってもらいましたね。ただ、MARIAにはヴァースまで書いてもらった曲(“続BETTER”)とフックだけの曲(“SLAVE ROCK”)をそれぞれ作ってもらって、RAU DEFにもかなり協力してもらってますね。

菊地一谷 feat. 菊地成孔“成功までの道のり”

菊地一谷 feat. MARIA“SLAVE ROCK”


名前に頼らないで自分の音楽とスタイルが評価されればいいし、それで存在感を示せればおもしろい展開が作れるんじゃないかと思って名前を変えました。

ところで、このタイミングでまた名前を変えたのはどうしてですか? 

菊地:QNっていう名前にいろんなバックグラウンドがついてしまったから、それに収拾をつけるために名前を変更したのがまずありますね。それと、しょっちゅう名前を変える人間が作品をポンポン出して、その上で注目されるのはそれなりのハードルだと思うんです。だから、自分への試練ですね。名前に頼らないで自分の音楽とスタイルが評価されればいいし、それで存在感を示せればおもしろい展開が作れるんじゃないかと思って名前を変えました。

それでなぜ菊地一谷?

菊地:菊地凛子さんからオファーが来たときに(菊地一谷はRinbjö『戒厳令』に参加)、「ハリウッド女優からオファー来た!」ともう舞い上がってしまって、しかも菊地成孔さんからもオファーが来てるし、もう菊地一派に入れてもらおうと完全な独りよがりでこの名前にしました。

なんだそれ……(苦笑)。

菊地:菊地一派に入りたいがためだけにこの名前にしましたね。

おふたりは何か言ってましたか?

菊地:いや、複雑な顔してたっすね。「ま、いいよ。勝手にやれば」みたいな感じだったと思います(笑)。

そりゃ反応のしようがないですよね。ぜったいまた名前変えるでしょ?

菊地:ファッションでも大人ラインと自由度の強いキッズのラインがあったりするじゃないですか。菊地一谷はそういう意味では大人路線ですね。

ただ少し前に話したときは、音楽への情熱が薄れているような発言をしていたけど、音楽への興味や探求心も復活してきたんじゃないですか?

菊地:そのとき言ったことは撤回したいですね。

それはよかった!

菊地:いまは音楽は宇宙の世界で、キリがないほどいろんな構成が作れると思ってますね。あとけっきょくレコーディングがすべてなんです。ただ日々ダラダラと生活してる人間がレコーディングのときだけ急にちゃんとできるはずがないんです。毎日の生活があってはじめてレコーディングがあるということにようやく気づいたんです。たしかに音楽への興味がなくなったときはあって、そのときはファッションに興味が行ってましたね。そういう時期があったのもいまはよかったと思ってますね。


ただ日々ダラダラと生活してる人間がレコーディングのときだけ急にちゃんとできるはずがないんです。毎日の生活があってはじめてレコーディングがあるということにようやく気づいたんです。

たしかに服は超持ってそうだよね。見るたびにちがうファッションだもんね。

菊地:服や靴の量はヤバいですね。(取材場所のP-VINEの会議室を見回して)ここが埋まるぐらいありますね(笑)。


トラップ・ミュージックをヒップホップでクラシックとされてる90年代のサウンドに混ぜたような音が作りたかったですね。

なるほど。もう少しアルバムの話をしたいんですけど、『CONCRETE CLEAN 千秋楽』は『DQN忠臣蔵~どっきゅんペチンス海物語~』の延長線上にありますよね。サウンドのひとつの核は電子ファンクですよね。

菊地:それもあるし、グッチ・メインのプロデューサーだったり、ウェスト・コーストのヒップホップだったりにけっこうハマってたので、そういう要素もあると思いますね。それと自分としてはわりとクラシック路線を狙っていきましたね。

たしかに菊丸との“菊エキシビション”とか菊地流のGファンクですよね。クラシックな路線を狙ったというのはもう少し具体的に言うとどういうこと?

菊地:最近のトラップ・ミュージックも聴き慣れると悪くないなっていう感じがあって、そういうトラップ・ミュージックをヒップホップでクラシックとされてる90年代のサウンドに混ぜたような音が作りたかったですね。

『NEW COUNTRY』を出したあとのインタヴューでは、トーキング・ヘッズの『ストップ・メイキング・センス』にインスピレーションを受けたと話してましたけど、そこに関していまはどうですか?

菊地:トーキング・ヘッズはいまも好きですけど、当時ほどは熱が入っていないですね。どちらかと言えば、最近は新しい音楽を聴いてる感じですね。

たとえば?

菊地:最近はプリンスのアルバム(『Art Official Age』)がおもしろいと思いましたね。

Prince“Breakfast Can Wait”

あのアルバムはよかったよねー。

菊地:あと、昔はレコードで音楽をかなり聴いてたんですけど、いまはMixcloudを再生したりしてさっぱりした感じで音楽を聴いていますね。音楽を聴くのもそうだし、音楽の制作もさっぱりやってますね。午前中に仕事して、夜は友だちとお酒飲んだりしてチルして、その流れで音楽をさくっと作ると。だから、今回はパラデータのやり取りもしてなくて、ミキシングもマスタリングも自分でやってますね。スタジオに入ってレコーディングするっていう気張った制作の仕方ではなくて、ライフ・スタイルの一環として音楽を作るようになりましたね。

生活の流れで作ってパッと出すと。そういう制作がいまの菊地一谷の考えるヒップホップらしさなんですか?

菊地:そういうふうに思ってますね。

ラテンにはラテン、ジャズにはジャズのコード感があるのもなんとなくわかってきていて、もちろん専門的なことを言いはじめたらちゃんと勉強した人にはかなわないけど、独学ミュージックでそのあたりも追及していきたいですね。

いまもMPCとトライトンで制作してますか?

菊地:『DQN』からトライトンを導入しましたね。

しかしマスタリングまで自分でやったんですね。

菊地:全部〈ミュータント・エンパイア・スタジオ〉っていう自宅スタジオで作ったっすね。MARIA、RAU DEF、SEEDAさん、菊丸、GIVVNもそこレコーディングしてます。やっぱりお金をかけてスタジオを借りて作業して、毎回パラデータを作って制作すると、どうしても1、2年に1枚のペースが限界になる。もっとはやいスパンで僕の音楽を聴きたい人に自分の音楽を提供したいと考えたときに、今回のようなスタイルがいちばんでした。

そうすると、これからだいぶ制作のペースが上がる感じですか?

菊地:いちおうペースは上がる予定です(笑)。『CONCRETE CLEAN』のシリーズは今年中に最低でももう2作完成させようと思ってます。

へええ。音楽にたいして再びピュアになってきたんじゃないですか?

菊地:そうですね。そう言っていただけたらありがたいです。

“コンクリート・ピュア”なんじゃないですか?(笑)。

菊地:はははは。だと思いますね(笑)。

ところで、今回作りたい理想の音というのはありました?

菊地:作りたい理想の音はたしかにあるんですけど、言葉で説明するのは難しいし、今回はあんまりそういうことを考えなかったですね。今回のトラックはここ1年ぐらいで作ったもののなかから選んでいて、このアルバムのために新しく作ったのは“アチチチ”と“SLAVE ROCK”ぐらいです。今回の菊地一谷のファーストはこれまで作ってきたビートがメインで、次の作品で自分の理想に近づけたいですね。個人的にはMARIAとの“続BETTER”のビートや“アチチチ”のラテンっぽい感じが気に入ってますね。

“アチチチ”はラテンだよね。

菊地:意外とラテン音楽とか好きなんですよ。

そうなんだ。レコードを掘ってる?

菊地:ラテン系の音楽はかなり掘って聴いてます。ラテンにはラテン、ジャズにはジャズのコード感があるのもなんとなくわかってきていて、もちろん専門的なことを言いはじめたらちゃんと勉強した人にはかなわないけど、独学ミュージックでそのあたりも追及していきたいですね。

なるほどー。なんか話をきいてると、大人になってきた感じですか?

菊地:はははは。やっぱりバレてるんすね、そういうこと(笑)。自分のライフ・スタイルって考えたときに、こだわりを持っていくうちにいまの形に近づいていますね。

2012年のインタヴューでは大人になりたくないと言っていましたもんね。

菊地:いまもずっとキッズでいたいと思ってるし、僕の音楽を聴いてくれるリスナーのことも考えてますけど、ただ好き勝手やるだけでは意味がないと思うんです。菊地一谷はファッションで言う大人ラインとして、音楽を大事にしていきたいと思いますね。




本インタヴューにつながる“QN”時代のお蔵出しインタヴューを公開中!

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