一昨年の圧倒的な来日公演も記憶に新しいララージ。エレクトリック・ツィターを駆使した幻惑的なサウンドは近年のニュー・エイジ・リヴァイヴァルにも大きな影響を与えてきたわけだが、今回の新作ではなんとツィターは一切使われていない。『Sun Piano』なるタイトルどおり、生ピアノだけを演奏した作品なのだ。でも、心配ご無用。天上から降り注ぐ光のようなイメージはそのままに、あのララージ的世界をさらに拡張したものになっている。ここでは、新作の内容のみでなく、ピアノとツィター、ピアノと自身の関係についても詳しく語ってもらった。
ピアノというのは、非常に肉体的な打楽器だ。肉体的に、リズミカルに自己表現する楽器。ハーモニーと音色で表現する楽器。さまざまな楽器のなかでも、触れ合うのが純粋に楽しいと思う楽器なんだ。
■元々ピアノを勉強していたあなたが、今回ソロ・ピアノのアルバム『Sun Piano』を発表したのはとても納得のいくことですが、同時に、これだけピアノ演奏が達者なあなたが、なぜこれまで一度もピアノ作品を作らなかったのか、改めて不思議に感じました。まずは、このアルバム制作の背景、経緯を教えてください。
ララージ:ピアノは私の人生のなかで、重要な位置を占めている楽器だからね。人生の薬のようなものさ。ピアノは常に私の表現の軸にある楽器だが、これまで私は主にエレクトリック・サウンドの実験を進めてきた。そんななかで、近年のアルバムのレコーディングを見てきていたプロデューサーのマシュー・ジョーンズ(Matthew Jones)に言われたんだ。「そろそろピアノでソロ・アルバムを作る頃だろう」って。それが、この新作を作ることにした理由さ。自分のなかで、その助言がとてもしっくりときた。ピアノはずっと好きだったから、時が来たんだね。私の中で、このタイミングでピアノ・アルバムを作るというのはとても自然なことだったんだ。これまでほとんど弾いたことのなかったグランドピアノを使ったりもして、そういう部分でも純粋に楽しかった。ピアノの前に座って、弾くことを素直に楽しむ時間が幸せだったよ。作業にとりかかり始めたのは2018年の頭で、その年の12月に録音を開始した。
■ピアノだけのアルバム制作に際し、なにか戸惑ったり難しかったことはありますか。
ララージ:ピアノだからといって、難しいということはなかったよ。だた、物理的な面で大変だったことがひとつあって……レコーディング途中で、エンジニアのジェフ・ジーグラー(Jeff Zeigler)が拠点を移したんだ。スタジオを引っ越したのさ。それで、ミキシングが途中で止まるなど、作業が遅々と滞ってしまったのが大変だったね。あとは、コロナ・ウイルスの関係でスケジュールの変更もいろいろとあったし。それ以外にはとくに問題はなかった。
■カート・ヴァイルやメアリー・ラティモアなどとの仕事で知られるジェフ・ジーグラーが録音/ミキシング・エンジニアを担当した経緯は? また、録音に際し、ジェフとはどのような対話がありましたか。
ララージ:ジェフとは、ダラス・アシッド(Dallas Acid)とのコラボレーションの際に知り合った。ニューヨークのブルックリンでね。2年前にLaraaji/Arji Oceananda/Dallas Acid 名義のコラボ・アルバム『Arrive Without Leaving』を出した時のことだ。ジェフ・ジーグラーとダラス・アシッドと私を繋げてくれたのは、『Arrive Without Leaving』でエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたクリント・ニューサム(Clint Newsome)だ。私とジーグラーは初対面の日から2日間、一緒にスタジオで過ごした。彼は今、私のライヴの際にもシステム・エンジニアを務めてくれている。サウンドのクオリティにこだわる人で、仕事をする上でとても頼もしいよ。レコーディング中に彼と話したことは…そうだな……「どうしたら椅子がきしむ音を消せるか」ということと、「今日のランチはどこにするか」ということぐらいかな(笑)。真面目な話、私たちは、感情の面で偏りが出ないようには気をつけていた。穏やかな面と、攻撃的な面とのバランスをちゃんと持っている作品にしたかったんだ。
■自宅ではこれまでもずっとピアノを弾いてきたのですか。
ララージ:毎日弾くよ。夜はいつもイヤホンを付けて弾いている。ピアノというのは、非常に肉体的な打楽器だ。肉体的に、リズミカルに自己表現する楽器。ハーモニーと音色で表現する楽器。さまざまな楽器のなかでも、触れ合うのが純粋に楽しいと思う楽器なんだ。音程もたくさんあって、強弱も幅広くつけられるから。
■若い頃は、大学でクラシック・ピアノを学びつつ、趣味でジャズ・ピアノを弾いていたと一昨年の日本での取材時に言ってましたが、いま自宅で好んで弾くのはたとえばどういう音楽ですか。
ララージ:自宅では、即興演奏しかやらないんだよ。だから、いつも新しい曲を弾いているんだ。ジャズのような、エネルギッシュなものをフリー・フォームで弾いたりはするが、楽譜を見てクラシックの曲を弾いたりは、もうしないね。即興が楽しすぎて、それどころではないから(笑)。
■伝承曲“シェナンドー(Shenandoah)"以外の『Sun Piano』収録曲もすべて即興なんですか。
ララージ:うん、すべて即興だよ。楽譜は書かない。まずはテーマとなるハーモニーを見つける。そしてそのテーマに従って、肉付けの部分の作曲を即興で進めていくんだ。
■作品全体がイノセンスな輝きに満ちていますが、本作を作る際、あなたの頭のなかにはどのようなイメージ(情景)がありましたか。
ララージ:ある時は、深呼吸を頭のなかで想像する。そうすると穏やかな、リラックスできる曲になる。ある時は、楽しく踊る脚を想像する。そうすると踊り出したくなるような曲になる。そしてある時は、雲の上の高いところでダンスをする、天使や妖精みたいな、想像上の生き物を想像する。それが、君が言ったような「イノセンスな輝き」につながっているのかもしれないね。
[[SplitPage]]太陽は、自然界のなかでも私がとくに好きな存在だ。自らのエネルギーを放出して、世界を明るく照らす。私はそんな太陽からインスピレーションをもらって、自分の芸術を表現している。活気とエネルギーがあって、光を分け与えられるようなものとしてね。このアルバムを『Sun Piano』というタイトルにしたのも、それが理由だ。
■伝承曲“シェナンドー"には何か特別な思い入れや想い出があるのでしょうか。
ララージ:これはアメリカン・フォークのなかでもとくにお気に入りの曲なんだ。そこから着想を得てグランドピアノで即興をするのも面白いかなと思ってね。実は、これまでも長いこと“シェナンドー"をベースにしていろいろと即興をしていたんだよ。それをたまたまこの新作に入れてみようかなという気になってね。今回は大きな教会のグランドピアノで演奏したから、反響で自分らしい音が聴こえるんだ。そういう、自己満足のようなものだね。一度やってみたかったっていう。大学で合唱の時にこの曲を歌ったり、アメリカに実際にあるシェナンドーという場所に行ったことがあったりと、いろんな思い出のある曲なんだよ。
■長年ツィターを演奏してきたことは今作でのピアノ演奏にも何らかの影響を与えているはずだと思いますが、もしそうだとしたら、具体的にはどのような影響でしょうか。
ララージ:私がツィターを使いはじめたのは1974年だ。ツィターはむきだしのミニチュア・ピアノのようなものだが、ピアノではできないことができる。ハンマーを使って演奏することもできるし、ピアノよりもメロディーの幅が広がるんだ。だから、ツィターでの実験を通して発見したことを逆にピアノでできないかなと模索することなんかがあるし、そこからさらに新たな発見に出会うこともある。私がツィターと初めて出会ったのは、当時お金が必要で、ギターを売ろうと思って訪れた楽器の質屋だった。ブルックリンのね。でもお金に替えるかわりに、そこにあったツィターと交換してしまった。神に導かれるようだった。そんな出会からこの楽器をいじり始め、いろいろと面白い音を見つけ、それを人前で披露できるまでになった。きっと運命だろうね。
■ヨーロッパ近代社会や思想と結びついた平均律(equal temperament)ピアノの音は、雲や虹のようなあなたの世界とは相容れないのでは……などと想像しがちですが、あなたのなかでは何の違和感もありませんでしたか。
ララージ:これまでずっとツィターで音楽的な実験を続けてきて、今回はそれを活かしたいと思ったんだ。長い間使ってきたツィターだから、これまでの経験を活かしてあげないとと思ってね。私にとっては、まずはそこが重要だった。ただ、今回のアルバムのようにピアノを使
うとなった時に、例えばピアノを違う周波数に調律して弾くのは違和感があるよね。たとえば純正律とか。そもそもピアノとツィターでは奏でられる旋律にも違いがあるし。純正な音程ではない平均律は、音色としてはいわゆる不協和音をはらんでいるが、一方でそれは、他楽器との調和に役立つ。つまりここでは、ツィターで培ってきた旋律の構成手法を活かすための平均律なんだ。
■本作は3部作の第1弾であり、次作は『Moon Piano』だとすでにアナウンスされています。『Sun Piano』と『Moon Piano』の違いや関係について説明してください。
ララージ:『Sun Piano』は明るく、楽しく、燦然と輝く、アグレッシヴなリズムを奏でるアルバムだ。これから出る他の2枚に比べ、オープンなんだ。『Moon Piano』はより女性的で、柔らかく、内省的で、そして静か。この2作品に関しては、同じ即興セッションのなかから生まれた。使ったピアノも同じだが、感情の世界の別の面が表現されている。穏やかな面と、攻撃的な面とね。そして3枚目は『Through Illumines Eyes』というタイトルだ。そのアルバムでは、エレクトリック・ツィターとピアノを同時に演奏している。感情の面では、とても明るく、燦々と輝いており、まぶしいくらいだ。イメージとしては、グランドピアノとエレクトリック・ツィターの間だね。ピアノとツィターを、自分で同時に演奏しているから。私はピアノを両手で弾きながら、途中からピアノを伴奏にして右手でツィターを弾くこともできるし、ツィターのループをかけながらピアノを重ね
ることもできる。ドラマーみたいな感じだね。
■あなたは常に時代の空気を意識してきたと以前語ってくれましたが、今回のソロ・ピアノ作品はいまの時代とどのように共振すると考えていますか。
ララージ:太陽は、自然界のなかでも私がとくに好きな存在だ。自らのエネルギーを放出して、世界を明るく照らす。私はそんな太陽からインスピレーションをもらって、自分の芸術を表現している。活気とエネルギーがあって、光を分け与えられるようなものとしてね。このアルバムを『Sun Piano』というタイトルにしたのも、それが理由だ。音楽を聴くことで、聴き手はそこに平穏を見つけられると思う。落ち着くことができる。それは、静かな曲だけではなくて、元気な曲にも言えることだと思っているんだ。いまの世のなかで起こっていることを考えて、不安で気持ちがざわざわしている時にでも、音楽を聴けば自分のなかにバランスを見つけることができる。今回の3部作を聴くことで、一旦落ち着いて、リラックスし、状況を客観的に観察し、そしてもう一度平穏を取り戻せるような感情の世界に自分を導いてくれれたらと思っている。
■このアルバム制作を通し、ピアノという楽器に関して新たに発見したこと、気づいたことはありましたか。
ララージ:今回は教会で演奏したんだが、音の反響があるから、これまで聴こえていなかった音が聴こえた。ピアノの音の奥深さと、ハーモニーの広がりを感じたよ。グランドピアノ自身が奏でる豊かな音色が聴こえてきた。それから、ピアノの椅子が鳴らすキーキーという音にもリスペクトを払うようにしようと気づけた(笑)。ピアノに没頭しているときに鳴る音だからね。ジェフ・ジーグラーとのレコーディングがあったからこそ、これまで気づいていなかったピアノの音を発見できたというのもあるね。
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