「KING」と一致するもの

 去る3月、ブルックリンと大阪をつなげる企画がニューヨークで開催された。12日にブルックリン(オール・ガールズ)V.S.大阪、16日にニューヨーク(ノット・オール・ガールズ)V.S.大阪、ブルックリン代表がすべて女の子、ニューヨークは男の子も参加したため、こういうサブタイトルが付いている。

moon mama
moon mama
Hard nips
Hard nips
waterfai
waterfai
talk normal
talk normal

 ことのはじまりは、あふりらんぽのぴかのソロ・プロジェクト、ムーン・ママ(Moon♀mama)、そしてウォーター・ファイという大阪のふたつのバンドのニューヨーク・ツアーの企画からだった。それが我が〈ハートファスト〉の推薦するニューヨークのバンドとブッキングして、イヴェントに発展したというわけだ。ブルックリンと大阪という独特の文化を発信するふたつの都市、さまざまなバックグラウンドを持った人たちが一同に集まるのはとても興味深い話で、実際、両方のイヴェントで見かける人も多かった。お客さんとバンドともに交流を深め、バンド同士でも刺激を受けあっていたように思う。

 ブルックリン勢として出演したのは、トーク・ノーマルハード・ニップス、ニューヨークからはピカ★ユカ(あふりらんぽのぴか、元チボマットの本田ゆか)、プリチャー・アンド・ザ・ナイフが参加。ソーダー・ファインのエリン、DFAのジョナサンのお兄ちゃんでもあるアンディがDJとして盛り上げてくれた。

 "オール・ガールズ"ブルックリンのときは、会場はブルックリンのブルアー・フォールズ。ここはローワー・イーストサイドにあるアンダーグラウンド・ライブハウス件カフェの、ケーキ・ショップの2号店だ。"ノット・オール・ガールズ"ニューヨークのときはケーキ・ショップの隣にあるピアノスで開催された。

 トーク・ノーマルはブルックリンのガールズ・デュオ。ドラムとギターが絡むゴースト・パンクのような音を出す。SXSWを含む全米ツアー(with xiu xiu)、ヨーロッパ・ツアーに出るちょうど前日だった。この何日か前にも、マーケット・ホテルで、オーサム・カラー、タイヴェック、CSCファンクバンドとのショーがあったばかりだった。ついに日本ツアーも6月に敢行する。

 ウォーター・ファイは大阪の女の子5人組のポスト・ロック・バンドで、今回が初のアメリカ・ツアーとなった。ニューヨーク、プロヴィデンス、そしてSXSW(オースティン)でプレイをした。あふりらんぽのぴかは、ムーン・ママ名義のフォーク・ソロと、元チボマットの本田ゆかさんとピカ★ユカ名義で出演した。ぴかの全身からのエネルギーが爆発するようなドラミングと、ゆかさんの宇宙に彷彿させるようなシンセ音の絶妙なコンビネーション。どちらも内容の濃いショーだった。

 さて、続いて報告するのは、3月17日(水)~3月21日(日)のオースティン、テキサス州でおこなわれた音楽コンヴェンション、サウス・バイ・サウスvウエスト。世界中からたくさんのバンド、音楽関係者が集まる。SXSWショーケースのバンドは、MNDR、アベ・ヴィゴダ、ノーエイジ、ディデラス、ザ・オーシーズ、J・マスシス、ファックド・アップ、クリスタル・アントラーズ、マイナス・ザ・ベア、ザ・ドラムス、シザー・シスターズ他。私は、先出のウォータ・ファイ、ハード・ニップスとともにオースティンにやって来た。

 19日は気候もよく、夜もたくさん人が外に出て、歩行者天国のようになっていたが、翌20日は自分がいままで経験したなかでもっとも寒いオースティンだった。この日は、NYナイト・トレイン/パナシェ・ブッキングのオールディ・パーティ。ステージはインドア、コートーヤード(野外)、ハウス(野外)の3つで、合計47のバンドがプレイした。ダムダム・ガールズ、トーク・ノーマル、キッド・コンゴ・アンド・ザ・ピンク・モンキー・バーズ、チキン・スネーク、オーサム・カラー、ゴールデン・トライアングル、スクリーンズなどのアメリカ勢をはじめ、ブラジル、サンパウロからGarotas Suecas、アイルランドからSo Cow、日本からはニュー・ハウスなども参加した。ニューヨークでもっとも忙しいDJであるNYナイト・トレインのジョナサン・トウビンがDJを担当した。これだけでもすごいラインナップだ。SXSWといえば、どこでもパーティで、バンドもこの期間だけは、1日に2~3個ショーを掛け持ちする。ウオーターファイ、ハードニップスも3回ショーを敢行した。

 ここまで来たらジャパン・ナイトものぞいてみようということで、会場前まで行ったが、たくさんの人で入ることができなかった。今年のラインナップはアシッド・マザーズ・テンプル、オカモトズ、チャット・モンチーなど。日本のバンドというだけでかなり人が入る。

 今回はさらに、ニューヨークのインディ・バンドのブッキングを仕切っているTodd Pが、初めてメキシコのモンタレイでショーを開催した。オースティンとモンタレイをバスでつないで、SXSWに出演したバンド(しないバンド)を現地に送って、SXSWが終了する土曜日夜にあわせてスタートするものだ。今回はその第一回目なのだが、これが早速大混乱だった。ボーダーを超えようとしても越えられないバンドが多数発生したのだ。バスを待っても待ってもこない(待ち時間8時間、乗ってる時間11時間、さらに1日に2本など)、出演するはずだった半数以上がキャンセルになった。

 プレイできたのは、ダン・ディーコン、ライアーズ、ヘルス、ネオン・インディアン、アンドリュー・WKなどなど。結局、ノーエイジ、ザ・オーシーズ、ジャヴェリン、DD/MM/YYYY、ビッグ・トラブルズ、トーク・ノーマル、ジョナサン・トウビンなどはキャンセル。アメリカからメキシコを越えるというのは、それほど簡単ではないのだ。

 ニューヨークに帰って来たいまもまだ忙しい感じが続いているけれど、4月になってから、マーケット・ホテルというライヴハウスに警察が入ってクローズダウンになったり、この街はスローダウン気味だ。暖かくなって来たので、これからは野外ライヴなどにも注目していきたい。

CHART by JET SET 2010.04.13 - ele-king

Shop Chart


1

PRINS THOMAS

PRINS THOMAS S/T »COMMENT GET MUSIC
本年度ベスト・アルバム候補到着!!製作面ではLindstromの影に隠れがち(?)だったこの男ですが、やってくれましたね~遂に出た1st.アルバムは期待値を大幅に上回る傑作です!!

2

ERYKAH BADU

ERYKAH BADU NEW AMERYKAH PART TWO »COMMENT GET MUSIC
第四次世界大戦を越える問題の"New Amerykah Part Two"が遂に登場!!プロデューサー陣に9th Wonder、J.Dilla、Madlib、James Poyser、Shafiq Husayn等を招いた豪華な全11曲収録!!

3

ASWEFALL

ASWEFALL NEVERMORE »COMMENT GET MUSIC
日独両雄によるハイ・レヴェルなコラボレート第2弾!!クニユキ氏の新アルバム『Walking in the Naked City』からの先行カットとなる本作はHenrik Schwarzが達者なヴォーカルを聞かせる他、板橋文夫氏がピアノで参加!!

4

TIGA

TIGA OVERTIME REMIXES »COMMENT GET MUSIC
09年リリースのセカンド・アルバム『Ciao!』からのシングルカット。今回はスウェーデンの重鎮、Adam Beyer & Jesper Dahlbackコンビ、そしてMotor City Drum Ensembleとかなり4つ打ちなりミキサーを揃えてくれました!!

5

DJANGO DJANGO

DJANGO DJANGO WOR / SKIES OVER CARGO »COMMENT GET MUSIC
またやってくれましたー★デビュー・シングル"Storm"が大ヒットした当店期待のニュー・バンド!!Whitey直系のインディ・ダンス・サイケ・バンド、Django Django!!妖しいエキゾ・サーフと、シンセ・ダンス感、サイケなポップ・メロがゴチャ混ぜになった激傑作チューン!!メチャおすすめです。

6

CRUE-L GRAND ORCHESTRA

CRUE-L GRAND ORCHESTRA ENDBEGINNING (DJ NOBU REMIX) »COMMENT GET MUSIC
デラ最強なカップリング。DJ Nobu & Prins Thomasリミックス!!レーベル・コンピ"Post Newnow"に収録され最も12"の要望が高かったDJ NOBUによるリミックスと、05年作ながら今なおHarveyがスピンし続けるPrins Thomasの伝説的名リミックスをカップリング!!

7

JOSE JAMES

JOSE JAMES WARRIOR REMIXES »COMMENT GET MUSIC
ダブステップ以降のUKガラージュ仮面の新星SbtrktによるリミックスA1を搭載!!Giles Petersonが主宰を務める名門Brownswoodの看板シンガー、Jose James。最新作"Black Magic"からの超強力リミックス・カット第3弾!!

8

BARRYTONE

BARRYTONE SMOKIN' TUNES »COMMENT GET MUSIC
生ジャズ・ドラムが大暴れ☆音響派スウィンギン・ミニマル大傑作の誕生です!!☆特大推薦☆ガールズ・ヴォイスが練り込まれたキューテスト・エキゾ・パーカッシヴ・ミニマル特大ボムB1も収録。暑苦しくないところが最高過ぎます~!!

9

FRAN-KEY, CRYSTAL & ROGER

FRAN-KEY, CRYSTAL & ROGER MOONWALK ON THE ROCK »COMMENT GET MUSIC
昨年の衝撃アルバム・デヴューに続いてF,C & Rが遂に12"アナログをリリース!!デビューCDからの選りすぐりの3曲に加え、Jacques Renault & Marcos CabralによるNY新世代ユニット、Runnawayによる最高の90'sリヴァイヴァル型ハウス・リミックスを収録!!

10

DER DRITTE RAUM

DER DRITTE RAUM ROSA RAUSCH »COMMENT GET MUSIC
Joy Orbison最新作でもリミキサーを務めたActressを、今度はZombyがリミックス!!☆大推薦☆スクウィー以降の耳にもフィットする8ビット・メランコリック・ニューディスコB1や、カラフル・サイケ・ダブステッパーZombyによる傑作リミックスA2を搭載ですっ!!

interview with Gonjasufi - ele-king

 ラスヴェガスで暮らすヨガの先生がフライング・ロータスやその仲間たちと一緒にアルバムを作った――君はいったいどんな音楽を想像する?

 彼の名前はゴンジャスフィ(この名前の意味を、君はこの先のインタヴューで知ることになる。そう、素晴らしいその意味をね)、そして僕たちの多くは彼の歌をフライング・ロータスのセカンド・アルバム『ロスアンジェルス』に収録された"Testament"によって知しっている。フライング・ロータスはその歌を「時間を超越した、驚くべき汚物である」と表現しているが、聴けばわかるように、それはたしかにソウルフルだがまるで亡霊の声のようでもある。


Gonjasufi
A Sufi & A Killer

Warp / Beat

Amazon

 この度〈ワープ〉からリリースされるゴンジャスフィのデビュー・アルバム『ア・スーフィ&ア・キラー(A Sufi & A Killer)』が話題だ。『ガーディアン』は発売前から「今年何回も繰り返し聴くであろうアルバム」と賞賛し、あるいはまたゴンジャスフィを「電子のヘンドリックス」として再三にわたって紹介している。〈ストーンズ・スロウ〉以降におけるポスト・ヒップホップの音の冒険、〈ワープ〉におけるIDMの実験、この両者のおそるべきドラッギーな結合によって生まれらこの音楽は、さまざまな文化の衝突(イスラム教、トルコ、インド、ブルース、レゲエ等々)という文脈からTV・オン・ザ・レイディオやM.I.A.などとも比肩されている。が、そのどれとも違っている。西海岸のBボーイたちの実験とアシッド・ロックとの接続は、ヨガとイスラム教のスーフィという管を通して......とにかく世にも奇妙なサイケデリック・サウンドを創出したのである。

最初にのめり込んだのは、アイス・キューブやトゥー・ショートなんかの90年代の西海岸ヒップホップだったよ。ラップに誠実さや愛を感じて、すごく魅了されたんだ。

普段はヨガの先生をしているってホントですか?

ゴンジャスフィ:そうだよ、期間でいうと1年で半年間くらいは教えているんだけど、いまはちょうどこれから自分の修行にまた戻ろうかなと思ってる。すごく好きなんだ。

アルバムの話の前に、あなたのプロフィールについて教えてください。生まれはサンディエゴですよね。メキシコ人の母とエチオピア人の父のあいだに生まれている。あってますか? 

ゴンジャスフィ:あってるよ。

ご両親からの影響について教えてください。

ゴンジャスフィ:父はマイルズとかジャズをよく聴いていて、母はスペインやメキシコのラヴ・ソングをよく聴いていて、ふたりからの音楽的影響はとても大きいよ。

どんな10代を過ごされたのですか?

ゴンジャスフィ:学校に行って、普通にスポーツとかもしていたんだけど、マリファナを吸い出してから音楽の世界へ完全にのめり込んだね。そこから完全に音楽が人生の中心になっていったよ。

あなたの音楽との出会いについて教えてください。どんな音楽が好きになって、そしてどういう経緯で歌い、演奏し、音楽制作をするようになったのか?

ゴンジャスフィ:いろいろ音楽は聴いていたけど、最初にのめり込んだのは、アイス・キューブやトゥー・ショートなんかの90年代の西海岸ヒップホップだったよ。ラップに誠実さや愛を感じて、すごく魅了されたんだ。そして彼らを聴くにつれて、自分のなかから表現したい音や歌が生まれてきて、それを制作するようになったんだ。いまはレコーディングの知識もつけたし、いろいろできる幅が増えてきたと思うよ。

とても素敵な声をしていますが、影響を受けたヴォーカリストはいますか?

ゴンジャスフィ:そうだね、高校にいたときにレゲエ・ムーヴメントがあって、ボブ・マーリーはよく聴いたよ。あとはもちろんジミ・ヘンドリックス。彼はつねにヒーローだ。いまも生きているアーティストでいえば、ベス・ギボンス、ジャック・ホワイト、トム・ヨークの3人かな。

『A Sufi & A Killer』ではいろんな音楽をやっていますね。ヒップホップ的なものだけではなく、"Sheep"のようなアシッド・フォーク調の曲もあるし、"She's Gone"みたいなビートルズ調の曲もある。"Suzie Q"みたいなハード・ロックもあるし、"Stardustin'"みたいなジミヘンみたいな曲もある。あなたにとっての音楽的アイデンティティとは何になるのでしょうか?

ゴンジャスフィ:うーん、もちろんさまざまな音楽に影響を受けてきたんだけど、ヒップホップ以外でいえばレゲエとロックが大きいと思う。1995年から2003年くらいまではすごいレゲエに魅了されていたし、それ以降、とくに最近はロックにはまっているよ。さっき挙げたトム・ヨークやジャック・ホワイトなんかのね。

あなたにとっての最大の音楽的ヒーローは? ジミ・ヘンドリックス?

ゴンジャスフィ:もちろん。ジミは世界いち最高にクレイジーなマザー・ファッカー野郎さ。

ちなみに20代はどのように過ごされていたのですか? マスターズ・オブ・ザ・ユニヴァース(Masters Of The Universe)というヒップホップ・クルーとして活動していたと聞きますが、音楽活動はずっと続けていたのですか?

ゴンジャスフィ:とにかくマリファナを吸いまくった。もうそればかりやっていたし、ドラッグからなにからすべてやり尽くしたね。活動としてはマスターズ・オブ・ザ・ユニヴァースのクルーとしてラップしたり、ビートを作って、CDを自主制作して、それを路上で売ってマリファナを買う足しにしていたよ。Orko(マスターズ・オブ・ザ・ユニヴァース)とThavius Beck(グローバル・フロウテイションズ)と一緒にベイ2に住んでいて、あいつらにMPCの使い方とかを教えてもらったんだ。その頃は、いろんな家のソファを転々としていて、そのときもずっとそのふたりとつるんでいたから本当にかけがえのない仲間だと思ってる。

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大学でイスラム教を学びはじめたのと、ムスリムの友人との出会いがきっかけでイスラミズムに興味を抱くようになった。定められたやり方で生きることに疑問を持ちはじめて、人生のより神秘的な側面に注目するようになっていった。

あなたの音楽に強いてジャンル名を付けるとしたら何になるのでしょうか?

ゴンジャスフィ:難しいな(......とても悩んで)、ロック、サーフ、ハードコア、それらのあいだとか。考えた事もないから全然思いつかない。

どういう経緯でメインフレイム(Mainframe)やザ・ガスランプ・キラー(The Gaslamp Killer)たちと出会ったのでしょうか? また、彼らと出会う以前からあなたはヒップホップ的な方法論に関心があって、それを用いて音楽を作っていたのですか? スマック(Sumach)名義でCDRで発表した作品というのはどんなものだったのでしょう?

ゴンジャスフィ:ザ・ガスランプ・キラーはサンディエゴでよくライヴをしていた箱でDJをしていたのと、よく行くレコード・ショップの店員だったから知るようになって、メインフレイムはMHEを通じて知ったんだ。実際フライング・ロータスとはそのふたりを通して出会ったんだよ。19歳の頃からヒップホップは作っていたし、マスターズ・オブ・ザ・ユニヴァースとしても活動していたから、もちろんふたりに会う前からヒップホップは作っていたよ。スマック名義で発表したのはすべてラップとヒップホップだしね。

ヒップホップにおいてあなたがもっとも影響を受けたのは誰ですか?

ゴンジャスフィ:うーん、そうだな(またとても悩んで)。やっぱり俺のクルー(Masters Of The Universe)かな。MPCなんかを教えてくれたのも彼らだし、一緒に生活したり、いろんなところで影響を受けたからね。

フライング・ロータスとはどんなところで意気投合したのですか? 音楽性? 

ゴンジャスフィ:まずザ・ガスランプ・キラーと俺が一緒にプレイしているのをフライング・ロータスが気に入ったんだ。そして彼がメインフレイムにビートを送って、メインフレイムが俺にそのビートを送ってきたんだよ。それに歌を乗っけてできたのが"Ancestor"なんだ。だから"Ancestor"を作った時点では彼とは会ってすらいなかったんだよ。ただ互いの音楽に対する愛や情熱が共鳴して繋がる事ができたと思っているよ。

〈ワープ〉のことは知っていましたか? そして、知っていたとするなら、どのような印象を持っていましたか?

ゴンジャスフィ:知っていたよ。サンディエゴの友人たちが〈ワープ〉のブロードキャストにはまっていたからね。印象としては、個人的にロゴがとにかくかっこいいと思ってたよ。ただまわりに比べたらそこまで〈ワープ〉にのめり込んではいなかったし、当時は〈ワープ〉の存在の巨大さにまったく気づいていなかった。あまりに巨大でナイーヴになることもあったよ。エイフェックス・ツインを聴きはじめたのも、ここ数年の話だしね。

おそらくあなたのコスモポリタン的な感覚から、たまにTV・オン・ザ・レイディオと比較されていますが、彼らの音楽は聴いていますか?

ゴンジャスフィ:全然聴かないな。あまり興味が沸かないからね。いまは最初に挙げたトム・ヨークなんかのほうに傾倒しているのもあるし、彼らを聴くと何か救われる気持ちになるんだ。TV・オン・ザ・レイディオからはそういった気持ちが生まれないし、クソにしか聴こえないよ。

M.I.A.は?

ゴンジャスフィ:聴かない。"Paper Plane"は聴いたけど、アルバムとして聴いたことはないよ。

イスラム教、とくにスーフィとの出会いについて教えてください。

ゴンジャスフィ:サンディエゴの大学でイスラム教を学びはじめたのと、ムスリムの友人との出会いがきっかけでイスラミズムに興味を抱くようになった。それと同時に、なにか箱のようなもののなかに収まって、定められたやり方で生きることに疑問を持ちはじめて、人生のより神秘的な側面に注目するようになっていったんだ。

名義をスマックからゴンジャスフィに変えたのも関係がありますか?

ゴンジャスフィ:その友人がスーフィズムに入ってったこともあって、スーフィズムに本当に心を魅了されたんだ。まさにハマったとも言えるよ。そのときも葉っぱをよく吸っていたし。それで名前をゴンジャスフィ(注:ガンジャ+スーフィ)に変えたんだ。

スーフィは今回のアルバム『A Sufi & A Killer』においてもタイトルになるほど重要な要素だと思いますが、スーフィというのはあなたのこれまでの人生のなかでどのようなものなのでしょうか? 

ゴンジャスフィ:自分を変革し、啓蒙してくれるものだよ。スーフィと出会って、さまざまなものが内面から溢れでたとも言える。

スーフィの神秘主義はあなたの音楽にどのような影響を与えましたか?

ゴンジャスフィ:直接的に音楽的に影響を与えたというよりも、自分を何か枠の外へと導いてくれたと思っているんだ。例えばメディア、学校、神もそうだけど人びとが閉じ込められるようなその枠の外へと連れ出す感じさ。

具体的に修行をされたのですか?

ゴンジャスフィ:そうだね、いちばんの修行はヨガをすることだよ。2004年くらいから友人を通じてはじめたんだけど、俺に取ってはヨガもスーフィも同じなんだ。ヨガがいつも、「自分が誰か」、「自分とは何か」を教えてくれるんだ。感情をコントロールすること、怒りやネガティヴな感情を昇華することをヨガを通して学んでいるよ。

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まずこの曲は警察について歌った曲なんだ。たったいま俺はカリフォルニアへ行く途中で車を止めて、このインタヴューをしているんだけど、このあいだ(約50分)に俺は5回も警察に職務質問されているんだ。

あなたの音楽における政治性について話してもらえますか?

ゴンジャスフィ:うーん、政治は大嫌いだし、政治にはいっさい関わりたくないと思っている。アメリカではつねに政治は偽善で、ハリウッドのような腐ったシーンも生み出している。それには常に反抗していたいと思っているよ。 

『A Sufi & A Killer』の"A Killer"というのは誰のことを指しているのですか?

ゴンジャスフィ:それはバランスを表しているんだ。誰もが内に持つ二面性。それをこのタイトルで表しているんだよ。だからSufiがKillerでもあるし、KillerがSufiでもあるんだよ。裏返しているだけで本質は同じものさ。

アルバムの1曲目の"(Bharatanatyam)"はスーフィの音楽なんですよね?

ゴンジャスフィ:そうだよ。魂や祖先に対する敬意を払う意味を込めたスーフィのダンス・ミュージックなんだ。

シングルカットされた"Kowboyz & Indians"は何にインスパイアされた曲なんでしょうか?

ゴンジャスフィ:そうだね、何にインスパイアされたかなー。もちろんインドには影響を受けてるよ。ここで歌っていることは、ジョン・ウェインなんかに代表されるハリウッドで作られたカウボーイ・イメージを捨てろってこと、そして本物のカウボーイはヒマラヤ山脈を、牛を引いて歩く小さな少年なんだってことなんだ。これもさっき話したメディアの枠の外へ飛び出すことだから、ヨガやスーフィにインスパイアされたともいえるね。

"Klowds"は何の音楽からの影響なんでしょうか? インド音楽ですか?

ゴンジャスフィ:もちろんインド音楽から影響を受けているし、このサンプルはトルコのサイケバンドをザ・ガスランプ・キラーがリ・エディットしたものなんだ。インド音楽はラビ・シャンカールのような古典も聴くし、ボリウッドのような大衆音楽も聴くよ。

収録曲がだいたい2~3分ですが、これには理由がありますか? 

ゴンジャスフィ:とくに理由はないよ。編集したのはザ・ガスランプ・キラー、フライング・ロータス、メインフレイムだしね。

最後の曲"Made"が終わったあとに隠しトラックがありますが、どのような理由からなんですか?

ゴンジャスフィ:まずこの曲は警察について歌った曲なんだ。たったいま俺はカリフォルニアへ行く途中で車を止めて、このインタヴューをしているんだけど、このあいだ(約50分)に俺は5回も警察に職務質問されているんだ。これはそういった腐った奴らに対して歌った歌なんだよ。ボーナス・トラックのつもりで置いたから曲間に空白が入っているんだ。

最後に日本のリスナーにメッセージをお願いします。

ゴンジャスフィ:これはすごい難しいなー。本当に日本の文化に心から感動しているし、尊敬しているんだ。初めてのインター・ナショナル・ショーとして日本に行ったときも、いろんなところで愛を感じながら日本の文化の美しさに魅了されたんだよ。ひとりひとりが互いを尊敬して敬意を払うところや謙虚なところとかね。日本から2年前にアメリカに帰って来たときには、アメリカの仲間にとにかく日本の素晴らしさを伝えたよ。だから日本のファンに伝えるとすれば、これからも俺の手本でいてくれってことかな。かなうものなら心から再来日を果たしたいと思ってる。前にライヴしたときは俺が何をするか全然わからなかっただろうけど、いまはこうしてレコードも多く出てるから、より理解してもらえると思うからさ。もし叶うなら本当に名誉なことだと思うよ。ついでにいまアナログなテープ・マシーンも探してるから、もし誰か持ってる人がいたら連絡して欲しいな!

 

Hard Talk - ele-king

わざと日本語ラップ・シーンに言及しているのに、そこを残念って言われても困る。そういう意図でやってるんだから。――環ロイ

提灯記事ばっかりなのが、また日本語ラップの閉鎖性だと思うよ。というか、それが普通だと思って納得しているのはおかしいよ。――二木信

 あっという間だった。環ロイと僕、そして同席したくれたY氏は渋谷の喫茶店で3時間ぶっ通しで話し込んだ。相手の話を真剣に聞き、自分の言葉で語り、そして時に沈黙した。最初、環ロイが待ち合わせ場所の喫茶店に入って来たとき、こちらの想像以上に殺気立っているように感じられた。いや、怒っていたのかもしれない。


環ROY
Break Boy

Popgroup

AmazoniTunes

 この話は2ヶ月以上前に遡る。2月頭、僕が書いた環ロイの2作目となるソロ・アルバム『BREAK BOY』のレヴューが『ele-king』にアップされた。その後、環ロイから反論のメールが僕の元に届く。反論の中身については環ロイ自身の言葉に譲るが、メールはけっこうな長文だった。正直驚いた。それから何度かやり取りをして、結果、このような形で環ロイの反論を聞く取材をするに至った。それが大まかな流れだ。

 環ロイは音に貪欲なラッパーである。鎮座ドープネスやシーダやK・ボンらと同じように未知の音の航海に勇んで船出しようとする冒険心を持っている。彼はここ数年で、様々なジャンルのトラックメイカーとタッグを組んでアルバムを立て続けに5枚制作し、スカイフィッシュ、やけのはら、ピーチボーイらをリミキサーとして迎えてもいる。僕の経験から言うと、環ロイは日本のラッパーとしてはだいぶ珍しいタイプだ。

 論点を簡潔に言うと、「そんな幅広い音楽性を持った環ロイが、なぜ、ここに来て日本語ラップにあえてこだわろうとしたのか、またそこに毒を吐いたのか」ということである。とはいえ、それはあくまでも議論の出発点でしかない。話題は、クレバ、表現の自由、音楽ジャーナリズム、七尾旅人との出会いなど多岐におよんだ。われわれは皮肉じみたことも言い合ったかもしれないが、がっぷり四つで組み合った。

環ロイ:アルバムをみんなに「良いよ」って言われると思ったのに、二木にああいう風に書かれて、すげぇムカついて。それを彼女に話したら、「みんなに良いって言われるなんてあり得ない」って言われた。

あの原稿のどこに引っ掛かったの?

環ロイ:わざと日本語ラップ・シーンに言及しているのに、そこを残念って言われても困る。そういう意図でやってるんだから。

いや、残念というか、あれだけのトラックメイカーを集める幅広い音楽性を持って日本語ラップの枠を飛び越えて来た環ロイが、なんでまた日本語ラップにこだわっているのかなって。最初は素朴な疑問ですよ。

環ロイ:日本語ラップに対して言及しているのが「もったいねぇ」って言ってるわけでしょ?

もったいないというか、もうちょっとナチュラルに突き抜けると思っていたから。そもそもなんでそこまで日本語ラップにこだわったの?

環ロイ:フラグメント、エクシー、DJ ユイ、オリーヴ・オイル、ニューディールと連作を続けたのに、そんな理解されてないなって思ったから。

理解されないというのは?

環ロイ:日本語ラップ・シーンからもっとちやほやされると思ったけど、そうでもなかった。でも、他のシーンからはそれなりに満足いく手応えを得られた。俺のやっていることがわかりづらいんだなって。みんな、言葉が好きだから。特に今、生き様を提示する系を求めているから。だから、「生き様比べだけならまっぴら」って"任務遂行"でラップしてる。

環くんが考える日本語ラップ・シーンはどこなの?

環ロイ:昔は『FRONT』とか『BLAST』があって。今はすげぇあやふやで、ないのかもしれないんだけど、やっぱりあって。俺は日本語ラップ・シーンって言われるところから出て来て認知されたから。MCバトルを見て、俺のことを好きになりましたって人も多いわけでしょ。そういう人たちに対して、あの連作の5枚は振り回し過ぎたと思った。オーセンティックな、何の新しさもないビートの上でエッジの尖ったラップだけして欲しい奴がけっこういる。そういう奴らをシカトしてやって来たから、落とし前をつけたかった。一言で言えば、落とし前感だね。

メールに「責任感がある」って書いていたでしょ。それは日本語ラップに対する責任感なの?

環ロイ:そう。だって、俺、『さんぴんCAMP』を超見てたし、ジブラのファーストを発売日に買ったし。2000年代前半まで出てた日本語ラップの音源はそんなに数がないからほとんど聴いてた。

そういう責任感を捨ててるところが環ロイの面白さだと思ってたんだよね。

環ロイ:それは次でいいかなと思った。さっき言ったけど、俺のやっていたことがわかりづらかったって気持ちがあった。わかって欲しいのよ。すごく単純な話だよ。自分が出て来た村の住人にもわかって欲しいという願望が強い。

"任務遂行"と"Jラップ"は、ある意味日本語ラップ・リスナーに対する挑発だよね。

環ロイ:そうもなるよね。この前、ケン・ザ・390と5時間ぐらい話して、あいつと俺の立場は違うけど、考えてることはほとんど一緒ですごく驚いた。二木はヒップホップ・シーンをどう思うの?

どう思うっていうのは?

環ロイ:日本語ラップ・シーンってあるよね?

それは実体としてあるんじゃないの。

環ロイ:あるよね。『Amebreak』とかサイバーエージェントもあるしね。

『Amebreak』からも取材依頼来るんでしょ?

環ロイ:来る。シーンの裾野を広げるためにやっていますって人がいるじゃん。メジャーでやっている人たちはそういうこと言いたがるでしょ。俺も〈ローズ・レコーズ〉のコンピに入って、5周年のパーティに出たり、(石野)卓球さんのイヴェントに出たり、2008年は〈センス・オブ・ワンダー〉と〈フジ・ロック〉に出た。俺もシーンの裾野を広げるのに貢献してるじゃんって思う。「シーン、シーン」、気持ち悪いな(笑)。

ハハハ。たしかに気持ち悪い。あちこちのジャンルのトラックメイカーと5枚もアルバムを作って、いろんなイヴェントに出演しているのにあまり評価されなくてムカついていたわけだ。

環ロイ:そう。そういうのをあからさまに言うと外側に対してエンターテイメント性を孕むと思ったの。

逆じゃないかな。日本語ラップ・ファンは喜ぶけど、そうじゃないリスナーは小さいとこで何を言っているんだって思うよ。

環ロイ:でも、小さいところでやっているのはもう共通概念だよ。というか、わかりきってる。他の畑の人と話すとみんなヒップホップ通ってるし、好きだって感じるよ。でも、日本語ラップ・リスナーは閉鎖的でコミットしづらいと思ってるでしょ。アジカン(アジアン・カンフー・ジェネレーション)の後藤(正文)さんはTwitterで自発的にヒップホップの人に絡んで行ってる。

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ちゃんと売れて、しかもクリエイションもしっかりやっているものを作るのがいちばん難しいんだよ。――環ロイ


環ROY
Break Boy

Popgroup

AmazoniTunes

日本語ラップの閉鎖性ってなんだと思う?

環ロイ:端的に言うと、プレイヤーが音楽好きじゃなくて、ヒップホップを好きっぽいんだよね。

実際、音楽をあまり聴かないラッパーの人は多いからね。

環ロイ:その閉鎖感から生まれる強さはあるから、それはそれで成立すればいいんだけどね。海外はそれで成立しているけど、海外と比べても仕方ない。シーンの裾野を広くしたいって言うなら、ウェルカム感を出した方がいいと思う。

環くんも裾野を広げたいって気持ちがあるんだ。

環ロイ:というか、いろんな人からわかってもらった方が売れるからいいじゃん。小さいところでやってるんじゃないのって言ったけど、内側でこういう反乱分子がギャンギャン言っているのが、俺はエンターテイメントになると思ったけどね。

原稿に書いた通りなんだけど、俺はもっとナチュラルに突き抜けるのを期待していたから。

環ロイ:でも、今回はもったいなくていいんだよ! 先は長いから。

ケリをつけたかったんだ。

環ロイ:それはある。だって、俺、キングギドラとか超歌えるよ。

環ロイが日本語ラップの閉鎖性を象徴する存在なんだろうね。

環ロイ:そう、とくに俺の世代ね。

環くんが日本語ラップが嫌だなと思う理由のひとつは、音楽と関係ない、不良的な封建制が強いのもあるんじゃない?

環ロイ:それもすごく嫌だなと思う。不良、ヒップホップ、音楽なんじゃない、あの人たちのプライオリティって。俺は、音楽、ヒップホップ、社会生活だからさ。

そういう風に日本語ラップのルールから解き放たれているのが環ロイの面白さだと思う。

環ロイ:でも、始めたときからそこに関わってないから。そこにしがらみを感じたことはないよ。

じゃ、環くんのコンプレックスって何?

環ロイ:なんだろうね。それについては鎮座(ドープネス)とも話していて。〈さんぴんCAMP〉があってさ......。

〈さんぴんCAMP〉に勝てないって気持ちがある?

環ロイ:そうじゃないんだよ。あんなのどうでもいいじゃんって思う。

どっちだよ(笑)。

環ロイ:あれに引っ張られている奴らがムカつくんだよ。でも、それに引っ張られている奴も多いから。「じゃあ、わかりやすく言ってやるよ」って。それで"J-ラップ"を作った。

〈さんぴんCAMP〉は行った?

環ロイ:行ってない。

俺も行ってないんだよね。その当時いくつぐらい?

環ロイ:歳は一緒でしょ?

〈さんぴんCAMP〉は96年だから。

環ロイ:中学生とかでしょ。その頃、ヒップホップ聴いてないもん。やっぱ、それはどうでもいいや。三千人集めるイヴェントなんてそこら中でやってんだもん。そうじゃなくて、それをいまだに言ってることに「バカか!」って思う。

でも実際、日本のヒップホップ史の象徴的なイヴェントだからね。それは事実としてあるよ。それにこだわる、こだわらないはまた別問題。俺だってあまりにこだわっている人を見ると、そりゃバカだなって思っちゃうよ。

環ロイ:それそれ。そのバカだな感を活動で示して来たけど、あんまり伝わっていないから、そのバカだなって思う対象に。それをシカトしてスルーするのが大人の対応なんだけど、俺はわからせてやりたくなるから。

「鎮座DOPENESSよりも大人じゃねー」って"J-RAP"でラップしているからね。

環ロイ:あの人はそんなのスルーして行こうとしているし。俺はいちいち言いたい。というか、言わないと気持ち悪い。

そこが妙に言い訳がましく聴こえちゃった部分なのかも。

環ロイ:その意味が全然わかんないんだよ。

「ゴタクじゃねーぞ/感情をぶつける」って、"任務遂行"でラップしているけど、結局ゴタク並べてるなって感じたから。言い方は悪いけど、なんか理屈くさいなって思ったんだよね。それは率直な感想。

環ロイ:それは歌詞が?

そう。環くんの批評性はすごく面白いと思ってるんだけど、ラップでああいう風に出されて、なんか引っ掛かっちゃったんだよね。

環ロイ:じゃあ、俺の歌詞が悪いじゃん。ゴタクじゃなくて、「お前らムカつくからちょっとわかれよ」って言ってるんだけど。ちょっと言い方が悪かったかな。「あえてゴタクで感情をぶつける」って言えば引っ掛かんなかったの?

いやー、それはどっちでも同じだったと思う。でも、あそこが面白いところだった。

環ロイ:意味わかんねぇ。じゃあ、「最高」とか「良いよ」って書いてよ。売れる枚数に影響およぶよ。

およばないよ(笑)。

環ロイ:及ぶよ。俺らのレーベルはまだ小さいんだから。

関係ないよ。

環ロイ:そう? 提灯記事書けばいいよって思っちゃうんだよね。

それだったら、『Amebreak』だけでいいじゃん。

環ロイ:まぁ、そうだよね。

提灯記事ばっかりなのが、また日本語ラップの閉鎖性だと思うよ。というか、それが普通だと思って納得しているのはおかしいよ。提灯記事じゃない方が面白いじゃん。

環ロイ:そういうのが普通って思ってないよ。提灯記事じゃないほうが俺も楽しいし。でも俺は傷つくからヤダ。

Y氏:そんなことで傷ついたら。

しょうがないよ。

Y氏:やんない方がいいってことになっちゃわない?

環ロイ:それは彼女も言ってた。

そもそもラッパーなんてディスり合いじゃん。

環ロイ:いや、プレイヤーにディスられんのはいいじゃん。

なんでライターはだめなの? プレイヤーじゃなくても文句言っていいでしょ。

Y氏:レヴュー書いてくださいって言うの止めた方がいいって話になっちゃうよね。記事が出ない方がいいってことになっちゃうよ。

環ロイ:俺がもっと偉くなって、書かせてくださいって言われるぐらい頑張りますよ。俺のアルバムを載せたらその媒体がプロモーションになるようにしますって。

Y氏:もちろんそこまでなればね。

つまりは書かれて傷ついた話だよね。

環ロイ:そう。

でも、本心でもないのに「最高」って書かれるほうが嫌じゃない。

環ロイ:知らぬが仏じゃん。

そもそも俺はアルバムがつまらないとは書いてないからね。

環ロイ:そういう風に読めないよ。

そうかー?!(笑)

環ロイ:他の良いところを書いてよって思うじゃん。

書いてるよ。トラックメイカーの選び方とか、あれだけ多彩なヴァリエーションのビートに乗せることのできるラップのスキルとか、いろんな音楽を貪欲に聴いてチャレンジしていることとか。

環ロイ:うん。"任務遂行"で「外野はすでに騒いでるぞ」って言って終わってるじゃん。最近、Twitterでいろんな人と喋ってて、アジカンの後藤さんとかクラムボンのミトさんとかストレイテナーのドラムの(ナカヤマ)シンペイさんとか。みんな良いって言ってくれるよ。

そんなにいろんな人から認められてるんだからいいじゃないですか。

環ロイ:彼女も同じこと言ってた。でも、俺が出て来た村の幹部面している奴がいるじゃん。

ああ。

環ロイ:そういう奴らが俺のことを無視なの。なんか悔しいわけよ。だから、"任務遂行"は、わざと日本語ラップ好きが好きそうな感じにした。

トラックを?

環ロイ:トラックって言うか、あの感じが。

パンピーくんが作った"go! today"のトラックがいちばんオーセンティックだと思ったけど。

環ロイ:そうだけどさ。"Jラップ"と"任務遂行"は、日本語ラップ好きな奴が好きそうじゃん、って思ったの。

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曲がりなりにも日本語ラップについて書いて来たライターとして、"任務遂行"や"Jラップ"についてはちゃんと反応しないとって気持ちはあったよ。無視はできない。――二木信


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"Jラップ"で唯一評価できる先輩はクレバだけ、みたいなことをラップしているよね。なんで、クレバなの?

環ロイ:ライムスターを言い忘れちゃった。

でも、クレバは特別なんでしょ?

環ロイ:クリエイティヴだから。

俺も『心臓』は大好きだし、傑作だと思う。

環ロイ:クリエイティヴなことをできる場所まで持っていって、クリエイティヴなことをしているから。クレバと同じことを、完全に同じクオリティで音楽的に遜色なく別の奴がやっても、あんなに売れない。キック・ザ・カン・クルーを経て、「クリスマス・イブRap」を出して、武道館ライヴやって、ソロで1枚目、2枚目、3枚目を出して、4枚目の『心臓』ができているから。「俺が大丈夫って言ったら売れるよ」っていう説得力をつけて来てるからできる。例えば、「THE SHOW」に「one for the money.two for the show~」っていうフックがあるけど、あんなのメジャーの奴は無理って言うから、普通は。

どういうこと?

環ロイ:「one for the money」って、第一に金だってサビで言っているわけでしょ。もし別の奴がそういうシングルを出しますって言ったら、メジャーの人は絶対拒否ると思う。あそこまで含蓄を持った活動をして来てなかったら、無理だと思う。

でも、そういう意味じゃ、ジブラもクリエイティヴなんじゃないの?

環ロイ:そうなの? 超好きな曲もあるけど。

流行のサウンドを取り入れたトラックもよくできていると思うし、彼のメッセージに若者が鼓舞されるのもわからないでもない。

環ロイ:クレバのそれはトレースの加減なんだよね。アメリカのやっていることをまんまトレースして上手いですねっていうのは、俺が言ってるクリエイティヴではない。

『心臓』は、Jポップのラヴ・ソング的な要素と歌謡曲の哀愁の感性とUSのヒップホップとR&Bを絶妙なバランスでミックスしているよね。俺はそこがすごくクリエイティヴだと思った。あとクレバって、ヒップホップをブラック・ミュージックの歴史の中で捉えているよね。だから、古内東子と一緒にやっても違和感がないし。実はそういうラッパーやトラックメイカーはあまりいないと思う。

環ロイ:それそれ。俺のクリエイティヴってそれなんだよ。ヘンリー・ダーガーってヘンな画家がいるじゃん。家でひたすら描いて、死んだ後に絵が見つかった人。あの人は芸術のマックスを行ってて最強にクリエイティヴだけど、誰にも理解されないまま死んでいくわけじゃん。それは嫌なんだよ。「わかる奴だけがわかればいいや」っていうのは、俺のクリエイティヴの意味からは外れちゃうの。

大雑把に言うと、ちゃんと売れたいってことでしょ。

環ロイ:ちゃんと売れて、しかもクリエイションもしっかりやっているものを作るのがいちばん難しいんだよ。アンダーグラウンドでわかる奴しかわからないマックスと、めちゃめちゃ売れるマックス、その真ん中を保ちながら続けていくのがいちばん難しいから。クレバはそこをやってるからクリエイティヴだと思う。

クレバの音とラップはクリエイティヴだと思うけど、リリックがそこまで刺激的だとは思わない。

環ロイ:そこに同意できないから、この話はたぶん成立しない。俺は最強だと思う。作詞家だと思う。ラッパーと作詞家ってイコールじゃないからさ。ラッパーはラップを書く人だから、作詞とはまた別なんだよ。だけど、クレバは作詞家も兼ねてる。だから、メジャーの検閲っていうレベルじゃないんだよ。この国のシステムのなかでやれることを最大限ギリギリまでやってる。資本主義のシステムのなかでメジャー・レーベルがあって、利益追求するための組織があって、そのなかでどれだけ多くの人に伝えられるかということと、自分が表現したいことの綱渡りなんだよね。

『心臓』のクレバのリリックはラヴ・ソングの詩としては秀逸だと思うけど、刺激的な綱渡りをしているとまでは思わない。クレバの話からは逸れるけど、USのメジャーはスヌープやグッチ・メインのように存在そのものがイリーガルみたいなラッパーを出すよね。それは表現の自由という意味では健全だと思う。

環ロイ:まぁ、人殺しでもめちゃくちゃCD売れるからね。俺もそう思うよ。でも、音楽やる奴にそこまで負荷をかけられても困るって感じなんだよね。

クレバや環くんがそこに挑戦して欲しいという話じゃまったくないよ。悪いことをラップすればいいということでもない。ここで俺が言っているのは表現の自由の問題だから。例えば、D.Oがああいうことになって、メジャーはアルバムを発売中止にしたけど、そういう日本の音楽業界の体質はやっぱりおかしいよ。

環ロイ:そうだね。でもそんな論理は無茶だよ。それはアメリカに戦争で負けたのが悪いっていう話になってくるから。徳川幕府が悪いっていう話になってくるから。三百年間、封建制度作ってさ。武士に生まれたら次も武士、農民は永久に何代も農民みたいな時代が三百年続いていたわけじゃない。そういう話になってくるよ。

それについてはよくわからない。

Y氏:ふたりは同じことを言ってるように聞こえますけどね。もちろん、クレバがそういうドギツイことまでチャレンジしないのは、彼がしたくないからで。実際にそういうことやっている人たちが売れてないのは、そこまで良くないからでしょ。インディでもものすごく良ければ、百万枚とか売れる可能性はある。ただ、それぐらいのレベルじゃないから、売れてないだけじゃないかな。

表現のレヴェルがそこに達していないと?

Y氏:生活のリアリティはあるかもしれないけど、求められてないっていうか。要するにオーディエンスの問題。それは、完全に日本の音楽聴いている人たちの意識を変えるようなすごいものを作って行かないとひっくり返らない。

環ロイ:それもそれで無茶だよ。それはものを作ることに直結している側面もあるけど、システムの話になって来ちゃうじゃない。ラジオ局がどうだとかさ。

ちょっと話を戻していいですか。『BREAK BOY』には"バニシングポイント"っていう曲があって、フラグメントとの『MAD POP』には"primal scream"っていう曲があるじゃない。プライマル・スクリームが好きなの?

環ロイ:なんとなく好き。アルバムは全部持ってるけど、メンバーの名前は知らない。

ロックンロールしてて、ダンス・ミュージックもやってる、ああいう雑食的な音楽が好きなのかなって。

環ロイ:そこが好き。毎回違うじゃん。ジャンブラ(ジャングル・ブラザーズ)もそうだけど。

"Break Boy in the Dream"で七尾旅人とやることになったのはどういう経緯だったの?

環ロイ:旅人くんと対バンで一緒になったときに話しかけたのが最初の出会いだね。名前はあちこちで見てて、ずっと気になってはいた。で、対バンする前に旅人くんのファーストを聴いたのね。それですごく好きになった。「なんてアヴァンな人だ!?」って。で、ライヴを観に行ったり、旅人くんが俺のライヴに遊びに来てくれたり、飯食ったりしてたら仲良くなった。とりあえず、俺がすげぇファン。

へー、仲良いんだね。

環ロイ:仲良いのかな? 俺がファンだよ。"Break~"のヴァースを録音した日にフックができてなくて、フックは歌がいいなーって漠然と思ったのね。その瞬間に「旅人くんに歌を入れてもらったら素敵かも!」って思いついて、スタジオから電話したら「いいよー」って。「Rollin' Rollin'」と構造が似てんなーってできてから気付いた。でも「いい曲できたから関係ねーかー」って。旅人くんは、音楽を創造することに対して「殺気」を持ってる人だね。真剣度が高いんだと思う。

なるほど。

環ロイ:ところでさ、レヴューで気の抜けたデジタル・ロックがどうのこうのとか書いてたよね。あれは、どの曲のことを言ってるの?

「いくつかのトラックが気の抜けたデジタル・ロックが空騒ぎしているように聴こえてしまうのは、どうにももったいない」って書いた。それこそ"任務遂行"とかもそう思ったよ。

環ロイ:デジタル・ロックなの? 俺は超オーセンティックなヒップホップだと思うけど。

あれは音質のことだから。なんでこんなにシャカシャカした音にしちゃったのかなって。

環ロイ:俺もちょっとマスタリングには満足してないから。

どこらへんが?

環ロイ:音のでかさが揃ってないとか。俺はもっと暴力的な音にしたかった。ミックスもね。だからそんなこと書くなよって思った。

いや、書くのはいいじゃない。

環ロイ:ヤダ。"任務遂行"はデジタル・ロックなの?

あと"バニシングポイント"。

環ロイ:でしょ。いくつかってどれだよって思って。1個は"バニシングポイント"だろうなって思ったけどさ。ヒムロ(ヨシテル)さん怒ってたらしいよ。

あと"うるせぇ"とかも。

環ロイ:超ヒップホップじゃん。デジタル・ロックは、マッド・カプセル・マーケッツとかプロディジーみたいなサウンドじゃないの? それは、"バニシングポイント"しかねぇじゃんと思って。

だから、あれは音質のことだって書いてるよ。

環ロイ:そうなんだ。分かりかねるわ。

「ここで音質について語るのはフェアじゃないかもしれないが」ってエクスキューズまで付けてる。ビートの組み方やトラックの構造がデジタル・ロックだとは書いてない。

環ロイ:ああ、そういう意味なんだ。あの文章はジャンルとしてデジタル・ロックって思っちゃうよ。音質を俺の好きにやったら、全然違うことになるから。

だから、フェアじゃないかもしれないって書いているんですよ。

環ロイ:でも、それ、困るよね。50枚ぐらい売り上げ下がるんじゃないの、あれで。

下がんないよ。

環ロイ:わかんないよ。下がった分を二木が買えよ。

レヴューで批判されている盤って気になって聴きたいなって思う場合もあるし。いずれにせよ、提灯記事を読んでも何も引っ掛からないでしょ。

環ロイ:俺、高校生の頃、提灯記事とかわかんなかったからさ。騙されてたよ。

いまの人はわかるよ。しかし、環くんがこんなにショックを受けていたとは思わなかった。もっと「ちげーよ!」って感じかと思ってた。

環ロイ:俺は普通に傷つくけどな。「ちげーよ!」はあるけど、売り上げが下がったらどうしようっていう小心者が出てくるよ。

曲がりなりにも日本語ラップについて書いて来たライターとして、"任務遂行"や"Jラップ"についてはちゃんと反応しないとって気持ちはあったよ。無視はできない。「環ロイは日本語ラップに対する愛憎をラップしているから、偉い!」とだけはさすがに書けない。

環ロイ:別にそんな風に書けって言ってないし。「堅苦しい」って言わなくていいじゃんって思うわけ。今回のアルバムで、俺は「村の人」じゃありません、みたいにはできなかったんだよ。

俺はその感覚がわからない。

環ロイ:そりゃないだろうね。

だから、環ロイほど自由に音楽をやって来たラッパーが、なんで日本語ラップに今さらこだわるのか疑問だった。

環ロイ:話が戻って来たね。地元愛だよね、やっぱ。

なるほど。

環ロイ:日本語ラップに影響を受けて、2000年代前半まで信じてたから。キングギドラの頃のK・ダブ・シャインが韻を踏まないのはラッパーじゃないみたいなことをラップしていて、そういうのを真に受けて来たから。でも、信じていた世界がエデュケイトして来たことが、音楽を聴く上でそんなに意味がなかったっていう。

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だから、「ヒップホップをリスペクト」みたいな原理主義の右翼よりは俺のほうがわかっているぞっていうのがあるから。――環ロイ


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自分が影響を受けて来た人たちに振り向かれない悲しさもあったと。それがコンプレックスってことなのかな。

環ロイ:そうかな?! K・ダブ・シャインは大好きだからね。

ヒップホップってもっと自由だろって伝えたい?

環ロイ:うん。いまなら、ダブステップがいちばん先鋭的なヒップホップの概念を継承している音楽だよって俺は思う。でもみんなわかんないんじゃん? 「ズッツーター、ズッツーター」って汚い音でビートが鳴っていて、ファンクからのサンプリングを乗っけてたり、最新のハイファイなUSのラップとか、そういうのしかヒップホップじゃねぇと思ってるから。

まぁね。でも、それをみんなに求めるのは酷だと思うな。幅広く音楽を聴いていればわかることだけど。

環ロイ:「音楽やってんなら音楽を聴けよ」って思うじゃん。

もちろんそうだけど、でも、仕方ないと思うんだよね。

環ロイ:仕方ない奴は仕方ない奴でいいけどさ、自分の食い扶持を広げていくことができないだけだから。でも、「俺はヒップホップを愛しているからシーンをでかくしたい」とか、そんな絵空事を言ってるんだったら、そっから考え方変えて行けよと思う。

多くの人に理解されたいと言いながら、ヒップホップ以外の音楽をあまり聴かなそうだしね。

環ロイ:うん。そのクセにシーンのなかで近親相姦して、「これが俺らのヒップホップだ!」って言っていて、それじゃ何も変わらないじゃん。パラダイム・シフトしたいじゃん。だから、ゴタクを言ったんだよね。フラグメントのレーベル(術ノ穴)のコンピに、フィッシュマンズの"マジック・ラブ"にダブステップのリディムをバコンと入れてるだけの曲があって、超カッコイイの。それって超ヒップホップじゃん。ベースをボンボン入れて、ハイ終わりみたいな。あんまりダブステップを知らないけど、エクシーにいっぱい吹き込まれて聴いている限りは、ヒップホップの曾孫ぐらいの場所で概念を相当継承している音楽だなと思った。

同じようにヒップホップ聴いて来た人たちにはそういうことをわかって欲しいと。

環ロイ:うん。

なるほど。それが責任感なのかなぁ。

環ロイ:わかんない。そうかも。

みんな責任感を持ってるの?

環ロイ:俺の世代はそうだよ。スラックはそういうのないから、ああいう風にできる。

ああ。

環ロイ:責任感が芽生える必要もなかったっていうか。でも、俺の年代は違う。26ぐらいから上は、何かしらあると思う。コマチにも感じるしね。ライヴのときにヒップホップの裾野を拡げるためにやっているって強調してたから。

俺、コマチはユニークだと思うよ。タロウ・ソウルやケン・ザ・390もヒップホップの裾野を広げたいみたいなことを言うよね。でも、俺にはディープな音楽性を譲る時の言い訳に聞こえちゃう。

環ロイ:って思うじゃん。俺もそう思ってた。でもなんか俺に似たものがあるんだよ。たぶん。

裾野を広げる使命感のためにこの音楽性なんですって言われたら、こっちとしたら何も言えなくなっちゃうよね。それはずるくないかって。言った瞬間に台無しじゃない。

環ロイ:ずるくねーよ。ケン・ザ・390と話したら、俺と似たようなことを考えてた。表現された音楽の形は違えど、俺と似たコンプレックスがあるなって。ヒップホップの裾野を広げるって本気で思ってるんだよ。

彼らは本気だと思うし、音楽を真剣にやっているのもわかるよ。でも、俺はタロウ・ソウルとケン・ザ・390の音楽にセルアウターとしての説得力を感じない。

環ロイ:でも、言い訳ではないんだよ。音楽がたいしたことないねっていう二木の論理は別に自由だけど、それを言い訳にして、ああいうものを作ってるんだろっていうのは邪推だよ。

Y氏:そういう風に聴こえてしまうのは邪推じゃないよね。

そう、邪推ではない。だって、彼らの過去の活動も知った上で、いまのメジャーでの音を聴いて、裾野を広げたいって発言が言い訳に聞こえちゃうんだから。

環ロイ:それはしょうがないね、まぁね。そこはもうわかった。それでいいです。

ところで、あの原稿で言いたかったことはわかってもらえました。

環ロイ:俺の反論は何だったの? 意味あったの?

"任務遂行"や"J-RAP"に辿り着くまでの道程はよくわかったし、わざわざなんでああいうことを言うのかもわかった。

環ロイ:そう思うのは自由だから、しょうがないじゃんってことだよね。

自由だからしょうがないじゃんっていうか......。

環ロイ:意外とそこにはドラマがあったんだねってこと?

だいたいわかっていたけど、発見もあった。

Y氏:こういう反応があるのが正しいんじゃないの、ロイくんの狙いとしては。

環ロイ:そうなのかな? 反応せざるを得ないように作ったんだもん。

だから反応しているわけですよ。

環ロイ:俺のやっていることをシーンの価値観のなかにいる人たちにもガッツリ伝えたいなっていう。

それならば、アルバム全体で徹底的に啓蒙するべきだったかもね。

環ロイ:それをアルバム全部でやったら、うるせぇじゃんって思うんだよね。汎用性ないし。

でも、そこまでやったらすごいインパクトがあったと思う。

環ロイ:それはちょっと無理だわ。それはライターとして面白がって言ってるんだろうけど、そんなの売れなそうじゃん。

ビートとラップがカッコ良ければ売れると思うし、シーンの外の人から見てもヘンな奴がいるなーって見られるかもしれない。

環ロイ:スキャンダラスではあるけど、それは無理だね。やりたくない。企画盤としてミニアルバムを作るのはやぶさかじゃなかったけど、今回は徹底的に啓蒙するほど手間は使いたくなかった。でも、2、3曲はやりてぇなみたいな。もうやりたくないよ。

啓蒙って上から目線に聞こえるけど、クレバがライヴでやっていることも啓蒙だと思うし。

環ロイ:啓蒙ねぇ。

ヒップホップってやっぱりそういう要素がある音楽だと思う。

環ロイ:「そういう音楽でもありますね」感が嫌なんだよね。

でも、実際にそうだから。

環ロイ:でもさ、リスペクトがヒップホップだとか、ヒップホップで救われたとか、みんなそういうことを言いたがるじゃん。それが嫌で。

嫌なの?

環ロイ:くだらねぇなって。ヒップホップなんて、ただのツールでしかないじゃん。ヒップホップをリスペクトとか言っているんだったら、電車リスペクトとか、i-podリスペクトとか、ビル・ゲイツリスペクトみたいになるじゃん。それは、ただの言語だから。別の方法でリスペクトを示せばいいじゃん。俺はそうしたいよ。

環くんがヒップホップ・カルチャーから受けたいちばんのインパクトは何?

環ロイ:わかんない。

何かあるでしょ。

環ロイ:俺はけっこう間違っちゃった感があるから。ヒップホップを間違ってチョイスしちゃったかなって。俺は坊ちゃんだったなぁ、みたいな。

それはヒップホップのゲットー至上主義的な考え方に引っ張られ過ぎだよ。別にそんなものは関係なくない。

環ロイ:その通りだけど、そう思っちゃうよね。

ヒップホップにしろ、テクノにしろ、ダンス・ミュージックにしろ、レイヴにしろ、一般的な社会で好ましいとされる生き方から道を踏み外させる力のある文化でもあるわけじゃない。そういう意味で、どうなのかなって。

環ロイ:見た目とか雰囲気。田舎のヤンキーが暴走族に憧れるみたいな感じ。で、俺はセンス良かったからヒップホップになった。

センスの問題なのか、それ(笑)。

環ロイ:だから、「ヒップホップをリスペクト」みたいな原理主義の右翼よりは俺のほうがわかっているぞっていうのがあるから。

じゃあ、環くんが音楽を作る上で、ヒップホップや音楽以外に影響を受けているものって何かある?

環ロイ:あんまり考えたことない。やっぱ音楽じゃん。

音楽以外では?

環ロイ:手塚治虫が「漫画家はマンガを読んで漫画を描くな」って言ってて。それをそのまま置き換えると、「ヒップホッパーは、ヒップホップを聴いてヒップホップを作るな」になる。さっきも言ったけど、ヒップホップでしかヒップホップを表現できないのはヤダ。近親相姦だなって。そこにいて安心している感じもするし。アメリカの最新のハイファイな音を真似したり、外国のファンクとかソウルばっかりサンプリングしてさ。

あと、ジャズのサンプリングとかね。それは、90年代の東海岸ヒップホップが日本で異常に影響力を持ってるからね。

環ロイ:『FRONT』と『BLAST』のせいでしょ。

それはたしかにあるかもね。

環ロイ:そこから細分化されたからね。

90年代中盤のヒップホップばかりかけるパーティにたまに出くわすことがあって、ああいうのはつまらないと思う。いろんな新しい音楽があるのに。

環ロイ:聴いている方は、『FRONT』や『BLAST』を読み込んで来た世代がやってるってわかってないよ。事務所に古い『BLAST』があるから、たまに読むの。昔、メイスってラッパーがいたでしょ?

いたいた。

環ロイ:あいつのことをボロクソ書いてんの。「ダセー」って。50セントのラップなんて、あいつ以降なわけじゃん。

ああ、なるほど。

環ロイ:シーダくんのラップは勿論すげぇんだけど、彼がやる前に、ああいったフロウはドーベルマンインクがバック・ロジックのプロデュースでトライしてるからね。ヒップホップのライターってそこはスルーしてたでしょ? 意味わかんねーから。

90年代のヒップホップの話は、青春時代に聴いたものから逃れられてないってことだよね。常に新しいものを追う気持ちになれてないってことだと思う。

環ロイ:懐メロ大会だよ。

そうね。

環ロイ:懐メロで良しとしているのはセンス悪いよ。そこをわかってないじゃん。

センスが悪いっていうか、新しい音楽も面白いのにって素朴に思う。

環ロイ:うん。

やっぱクラブ行って、新鮮な音楽を爆音で聴きたいじゃん。それが、90年代に聴き飽きた音だったりするとがっくし、みたいな。

環ロイ:でも、なんでそうなってるのかを考えたら答が出るように思う。

どういうこと?

環ロイ:俺は新しいのを作んないと気持ち悪いから作るけどさ。同じことを繰り返して楽しい人もいるってことでしょ。そこはなんとも言えないけど。

青春時代のインパクトが強いってことじゃない。

環ロイ:それは俺のなかで、音楽好きじゃなくてヒップホップが好きなんだっていう話につながる。

新しい音楽を追うのは体力の要ることだしね。

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売れているとか売れていないとかはどうでもいい。そういう評価基準で音を聴いてないから。 ――二木信


環ROY
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Y氏:いずれにせよ、"任務遂行"と"J-RAP"はロイくんの狙いどおりだったと思うんだけど。

環ロイ:そうなんですか?

Y氏:だって、Jラップのフィールドの人の反応を待ってましたっていう感じでしょ。そのフィールドにいる人だからこその今回の反応なんだから。俺からしてみれば、全く気にしてなかったから。でも、あえて言ったことで響いてる。

環ロイ:だから、もっとよく書いてよって話だよ。

Y氏:でも、それをよく書いたらダメでしょ。話がつながっていくことで気づく人も絶対多いよ。

何? また売り上げの話?

環ロイ:よくわかったね。

Y氏:俺がJラップ好きだったら、これ買ってみようかなって思うよ。

レヴューがあって、この記事がアップされれば、どんな曲なんだろうって思うよ。

環ロイ:こんだけ言ってたらね。

でも、逆に言うとハードル上げてるよ。

環ロイ:上げてるね。なんだたいして過激じゃねぇじゃんってなるよね。

そんなに過激じゃないってことは言っといたほうがいい。

環ロイ:そこまで過激ではない。"任務遂行"でゴチャゴチャ言ってわかりやすくして、後半はもっと広い世界があるよって示唆してる。で、(七尾)旅人くんとやったケツの曲で次につながるっていう感じなの。意外とそうやってコンプレックスを浄化していく作業でもある。まあ、いろんな奴が聴いてくれたら、それでいいのかもね。しかも、あのジャケでさ。

あのジャケっていうのは?

環ロイ:曽我部恵一さんみたいな。

これは自分で提案したんだ。

環ロイ:してない。ああなっちゃった。「おめぇらできねぇだろ」ぐらいやったほうがいいんじゃねぇみたいな。

その対抗心、わかりにくいなぁ。

環ロイ:(坂井田)裕紀くん(ポップグループのオーナー)が俺を説得するために言っていたことだけどね。アンダーグラウンドのラッパーはジェケで顔を隠した写真を使ったりするから。

現実問題として顔を撮られたくないんだろうね。

環ロイ:そうだね。そっちのほうがでかいかもね。

そっちのほうがでかいと思う。

環ロイ:じゃあ、顔写真をジャケにすんなよってなるじゃん。

あれは「俺は顔を出せない」ってアピールなんじゃない。たぶん。

環ロイ:ああ、不良アティテュードなんだ。

だと思うよ。

環ロイ:へぇー。あんまり意識してなかった。それ、カッコイイな。でも、キッズ的にはカッコイイけど、資本主義社会システムのなかだとただのはぐれ者でしかないじゃん。

ヒップホップははぐれ者が生きられる世界でもあるんだから。

環ロイ:全然生きられてないよ。それができてないのは......。

そういう人たちだけの責任だとは思わないけどね。

環ロイ:それ、さっき俺が言ったじゃん。

言ったっけ?

環ロイ:言ったよ。システムは俺ら全員で作っているからさ。アメリカに戦争で負けたからって話につながるじゃん。

戦争の話はよくわからないけど、MSCやベスやシーダの音楽はこのままの社会システムでいいのか?って注意を喚起したよね、結果的に。

環ロイ:俺はそういう考え方があまりなかったから。

前に環くんにインタヴューしたとき、彼らと違うリアリティを表現したいと思わない?って訊いたの覚えてる?

環ロイ:覚えてない。そしたら?

「金持ちを相手にしたいなー」って(笑)。

環ロイ:それは、ああいう人たちより育ちがいいから、できないんだよ。

育ちが良くても社会との軋轢は生じるでしょ。

環ロイ:あるね。でも俺はシステムに順応したフリをしてハッキングしたほうがカッコイイって思うんだよ。そのほうが訴える絶対数も増えると思うし。だから、俺のほうがカッコイイじゃんって思ってるよ。それしかできないんだけどさ。

体制に忍び込んで反体制的なことを表現していると。

環ロイ:そういうつもりでやってるよ。

そこまではわかんなかった。

環ロイ:アウトロー文脈じゃ、やっぱ勝ち目ねぇしさ。そういう人間でもないし。むしろ溶け込む。バイトしてた時、普通にしてても明らかに浮いてたけどね。

溶け込めなさそうだよね。

環ロイ:溶け込んでいる風にできるから。クレバもハッカーだと思うし。

どこらへんが?

環ロイ:USのヒップホップの手法を織り混ぜていく感じとか。

また話が戻って来ちゃった。

環ロイ:〈横浜アリーナ〉のライヴでエフェクターの説明してたじゃん。あんなの普通に生きていたら、なかなか聞けないよ。2万ぐらいで買える機材でこんなに楽しいことができるって教えるのは、あの人じゃないとできない。

なるほど。それなら音楽に合わせてそれぞれがもっと自由に踊っていいんだよっていうメッセージのほうが重要だと思った。みんなが同じように手を振る一体感はやっぱり違和感あったよ。

環ロイ:クレバの判断上、それをやっても効果はそんなに望めないって思ったんじゃねぇかな。よりポップな選択をしたんだよ。二木が言うような啓蒙はクリティカルだけど、クレバは自由に動いていいよって言われてもわかんねぇっていう奴のほうが多いと思ったんでしょ。より多くの人に伝わる選択をしたんだよ。そこは急に求めんなよってことだよ。みんな、じょじょに頑張ってるんですよ。だって、パラパラがこの間まで流行ってたんだぞ。そういう現実があるよ。あんな大勢の人間にコミットできるクレバは二木より考えてるんだよ。

多くの人にコミットできているのはすごいことだと思う。

環ロイ:考えの賜物だと思うから。

でも、多くの人にコミットできている人がすごいって論理でいくと、売れている人がいちばんって話になっちゃうから。

環ロイ:っていう論理もあるじゃん。

それは資本主義の論理だから。

環ロイ:だって資本主義の社会じゃん。それは学歴社会みたいなもんで、ひとつの評価軸になることは否めない。

否めないとは思うよ。

環ロイ:それでいいじゃん。

だから、資本主義は絶対じゃないから。

環ロイ:もちろんそうだよ。

そもそも俺は売れているとか売れていないとかはどうでもいい。そういう評価基準で音を聴いてないから。売れている云々とは別のところで俺なりにクレバの音楽に思うところがあるというだけの話だよ。

環ロイ:ムカつくな。俺の大好きなクレバに対して。俺にとっては唯一ヘッズに戻させてくれるラッパーだから。

『心臓』はかなり聴いたし、大好きだよ。でも、ライヴには素直に乗れなかった。環くんはあの場にいて、心底燃えた?

環ロイ:楽しいよ。多くの人間にコミットできているラッパーの数が少ないからっていう、さっきの評価軸による力が大きいとは思う。それでいて、ラップの内容はハードコア・ラップじゃん。ファンキー・モンキー・ベイビーズに比べたら、ヒップホップっていう文脈のなかから出て来た人のラップだよ、やっぱ。音楽やってる人はみんなクレバ好きだよ。簡単に言っちゃうと、あの人はセンスいいんだよね。国内で音楽やっている人がぶつかる何かしらの壁に対しての壊し方なのか、いなし方なのか、その手法のセンスがいい。ハッカーってそういうことだよ。あの人こそ言わないだけで、日本語ラップ・シーンを超意識しているよね。ヒップホップであるっていうことにも超意識的だしね。

 今回の取材にはここには書き切れない長い後日談がある。が、それについていまは言うまい。僕が環ロイの音楽を聴いて何を言おうが書こうが自由だし、環ロイがそれに対して異議を唱えるのももちろん自由だ。また、当然のことながら、読者の方々がこの記事を読んでどんな意見を持ち、発言しようとまったくの自由なのである。そして、当たり障りない提灯記事を読みたいか、正直な意見や感想が記された記事を読みたいか、その判断は最終的に読者に委ねられている。僕が環ロイの取材を通して、いま、最後に言いたいのはそれだけだ。

CHART by JET SET 2010.04.06 - ele-king

Shop Chart


1

HENRIK SCHWARZ & KUNIYUKI

HENRIK SCHWARZ & KUNIYUKI ONCE AGAIN »COMMENT GET MUSIC
日独両雄によるハイ・レヴェルなコラボレート第2弾!!クニユキ氏の新アルバム『Walking in the Naked City』からの先行カットとなる本作はHenrik Schwarzが達者なヴォーカルを聞かせる他、板橋文夫氏がピアノで参加!!

2

HIKARU

HIKARU SUNSET MILESTONE »COMMENT GET MUSIC
渋谷、宇田川町のレコード・ショップ「Sleeping Bugs」がレーベルとして始動!まずは交流深いDJ達のミックスCDシリーズ「The Sound of Space」をリリース。初陣を華やかに飾るのはHikaru(Blast Head)!

3

FLOATING POINTS

FLOATING POINTS PEOPLES POTENTIAL »COMMENT GET MUSIC
☆☆年間ベスト候補筆頭☆☆ステッピー・ニュー・ディスコ超話題盤が遂に正規リリース!!Four Tetの"Sing"でもリミキサーを務め、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのFloating Points。片面プレス先行プロモが即完売した噂の新作が正規リリースされました!

4

LEMONADE

LEMONADE PURE MOODS »COMMENT GET MUSIC
遂に到着ー★人気爆発トロピカル・インディ・ダンス・ユニットがさらにぶちあげる猛烈最高マキシEP!!絶対マストでお願いします!!ごぞんじ西海岸ユニットLemonadeが、Vampire WeekendもFriendly FiresもEl Guinchoもなぎ倒す最新レコーディングス!!全5曲ともアルバム未収録、CDリリースなしです。

5

RAW DOPE POSSE

RAW DOPE POSSE LISTEN TO MY TURBO »COMMENT GET MUSIC
埋もれた88年の東海岸産、鬼レア・カルト・クラシックが入荷しましたッ!涙Muro & K-PrinceのMix Tape"Wkod The Golden Era Of HipHop"にも収録された一曲! 中古市場では1万円から2万円は当たり前!

6

POLLYESTER

POLLYESTER GERMAN LOVE LETTER »COMMENT GET MUSIC
Nite Jewel、jj、そしてドイツにはPolyester。またもや超最高です!!メチャクチャおすすめ★前作"Roung Clocks EP"が激ヒットとなったドイツの女性シンガー/トラックメイカー、Pollyester。待望のサード・シングルが到着しましたー!!

7

COBBLESTONE JAZZ

COBBLESTONE JAZZ THE MODERN DEEP LEFT QUARTET »COMMENT GET MUSIC
待望のアナログ盤が登場です!!先行シングル、そして先立ってリリースされたCD盤も絶好調な最強、フリースタイル・テクノ・ジャムバンドCollolestone Jazzのセカンド・アルバム!!アナログ盤も出ました。

8

FOUR TET

FOUR TET SING RMX PART 2 »COMMENT GET MUSIC
☆☆特大推薦☆☆爆裂ヒット美麗名曲"Sing"のリミックス12"第2弾が登場!!当店激推し新鋭Moscaによるアフロ・トライバル・ファンキー・リミックスと、レジェンドDelinquentに見出された新星Hardhouse Bantonリミックスを収録!!

9

ACTRESS

ACTRESS PAINT, STRAW AND BUBBLES »COMMENT GET MUSIC
Joy Orbison最新作でもリミキサーを務めたActressを、今度はZombyがリミックス!!☆大推薦☆スクウィー以降の耳にもフィットする8ビット・メランコリック・ニューディスコB1や、カラフル・サイケ・ダブステッパーZombyによる傑作リミックスA2を搭載ですっ!!

10

U.B.'S

U.B.'S STONE FOX CHASE 2009 (TODD TERRY REMIX) »COMMENT GET MUSIC
Area Code 615のカヴァーをTodd Terryがハウス・リミックス!あの有名なブルース・ハープのフレーズとブレイクがお馴染みの、Area Code 615"Stone Fox Chase"をTodd Terryがハウス化!!

ALMADELLA - ele-king

 カラフトがはじまった頃に到着。入口に並んでいるとDJを終えたばかりのリラ(このパーティの主役のひとり)が「うぉうぉうぉ~」と叫んでいる。店に入るとまだ早い時間なのにかかわらず酔っぱらったシロー・ザ・グッドマンがいる。同じ日に〈エイジア〉でまわしていたそうだ......が、まだ12時をまわったばかりで、〈モジュール〉のなかの雰囲気はパーティはこれからだといった感じだ。
 ビールを持って下のメイン・フロアに入る。良い感じに埋まっているフロアを強引に横切って、DJブースのカラフトのところまでいく。カラフトのダビーなセットにダンサーたちは心地よく体を揺らしている。

photo Yasuhiro Ohara
  photo Yasuhiro Ohara


 〈ALMADELLA〉はアンダーグラウンドのエレクトロニック・ミュージックにおいて前向きに新しい要素を取り入れていくパーティで、東京でもっとも早い時期からテクノとダブステップとのブレンドを試みていたひとつとして支持を得ている。静岡の〈ラジシャン〉周辺ではこういうのをシンプルに「音好き」と表現する。音を聴くのが好き、音を聴くのを面白がっている、積極的に面白い音を求める、そういう人間のことをざっくり「音好き」と呼ぶ。で、僕はちゃんと......というかたまたま偶然なのだが、1ヶ月以上前からリラとケイヒンのミックスCDを聴いて予習してきていたのだ。そしてもちろん、シャックルトンが〈パーロン〉から発表した『スリー・EPs』も聴き込んでいる。それらは「音好き」を惹きつけるには充分な内容だ。  

 カラフトがコントロールするテクノ・アンダーグラウンドの途中で酒を買いに上の階に行くと、吉田タロウと遭遇した。こういう場で彼と会ってしまうとテクノやダブステップどころではない、サッカーの話になってしまう。彼はFC東京の近況を話し、僕は清水エスパルスと小野伸二の素晴らしさについて語った。実は僕はその翌日の昼過ぎから等々力である川崎フロンターレとの試合に行かなければならなかった。正直な話、生で小野伸二のプレイを見れるのが楽しみでならなかった。
 と同時に、僕には深い悲しみがあった。大好きだったサッカー・ジャーナリストの大場健司氏が数日前に他界したのである。氏は、静岡のみで刊行していたサッカー雑誌『Goal』の編集者を経て、清水エスパルスをずっと追っていたジャーナリストだ。分野は違えど、メディアの人間として僕は彼の活動を本当に尊敬していたし、彼の運営する『Sの極み』という有料サイトの会員でもあった。誠意のある書き手だったし、愛情と批評精神を忘れない人だった。僕の友人であり脚本家の上杉京子が同級生だったこともあって、近い将来、僕は彼に会うはずだった。いや、彼と会えなくても彼の文章がこの先もずっと読めれば良かった。僕は彼の読者のひとりだった。自分にとって大切な書き手をひとり失うことは、途方もなく悲しいことだ。

 金曜日の深夜のダンスフロアに戻ろう。シャックルトンがいたので、軽く挨拶をした。あなたの作品が好きだと話し、ハルモニアのリミックスも良かったと伝えた。そしてふたたびフロアに戻った。フロアは満員電車状態だった。カラフトからシャックルトンに代わると歓声が起きた。彼のトレードマークでもあるトライバルなパーカッションがフロアを揺さぶると、歓声はさらに上がった。UKファンキーのダークサイドとでも言いたくなるような彼のシンコペーションするドラム・プログラムはオーディエンスを容赦なくダンスへと向かわせる。

マイクを持って叫ぶドラムンベースの王様!photo Yasuhiro Ohara


 あるDJから興味深い話を聞かされた。いまDJがダブステップをかけたら仕事を失うという、そういう話だ。その人の"現場"では、セットのなかで2割ぐらいしかプレイできないという。なるほど、それはたしかにつらい。DJにとってその手の挑戦は慎重にならざる得ないものだろう。
 とはいえ、良い時代になったものだ、とも思った。"仕事"という言葉が遣えるのだから。僕がこの音楽と関わりはじめて、田中フミヤがまだ19歳でテクノをまわしはじめた頃は、良くも悪くもこれを"仕事"という基軸で考えたことはなかった(だからまあ、商売が下手なままきてしまったのだけれど)。
 また、90年代初頭では、多くのクラブにおいてテクノはつまはじきものだった。NY経由のハウスが正当であり、アシッド・ジャズが人気があって、テクノなんてものは既存のクラブ・カルチャーからは相手にされていなかった。が、当時の僕たちには自信があった。新しい世代にとってテクノはひとつのシグナルである。連中にはわからないだろう、しかし、僕たちより下の世代はこの狂った音楽を好むに違いない......。数年後、その通りになった。
 ダブステップも移りゆく時代のシグナルなのだ。その晩もちゃんと新しい「音好き」たちがフロアに詰めかけていたじゃないか。

[Techno] #4 by Metal - ele-king

1. Oni Ayhun / 004 | Oni Ayhun (GER)

E王 あーっ......すっかり騙された......とんだ深読みだった。ベルリンのアンダーグラウンドから突如出現し、ミステリアスなアートワークとコンセプチュアルなサウンドが話題のオニ・アイフン。このレーベルから出された001はアシッド・ベースが独特のねじれを持ってうごめくミニマル・テクノと、ブライアン・イーノとのコラボレーションなどでも知られる現代音楽家ジョン・ハッセッルの電子トランペットをサンプリングした、深い音響のダーク・アンビエントだった。特殊なエッヂングが施されたヴァイナルとともに、それはコアなリスナーのあいだで即座に話題となった。002ではドレクシアを髣髴とさせるような、ブレイクビーツ主体の不穏な気配のデトロイティッシュ・テクノを聴かせ、プレス・シートにはチリ出身のロシア系ユダヤ人映画監督アレハンドロ・ホドロフスキーの処女作『ファンド・アンド・リス』からの引用がプリントされていた。

 それから、ジョン・ゾーンにリスペクトを捧げるユダヤ系ドイツ人のテクノ・プロデューサーで、ステファン・ゴールドマンの〈マクロ〉からリリースされたパトリック・カウリーの未発表音源のリミックスを手がけたことから、ユダヤ系のトルコ人(ayhunはトルコ人の姓名に良く使われている)かと思っていたのだが......。  003では北欧の自然をアートワークに、ギャラクティックなシンセが印象的な力強いダンストラックと、メランコリックなビートダウン・トラックだった。〈ワークショップ〉のシリーズにも近い質感で、〈ハードワックス〉系の影をちらつかせた。そして昨年ベルリンでのライヴでその正体がようやく明らかになった。オニ・アイフンはなんと、スウェーデンの姉弟によるエレクトロ・ユニットのザ・ナイフの弟、オーロフ・ドレーイェーの変名プロジェクトだった。ミステリアスなプロモーションは周到に仕組まれた偽装だった。

 ザ・ナイフは、姉であるカーリン・ドレーイェーのヴォーカルをフィーチャーしたニューウェイヴ・リヴァイヴァル系のダンス・ユニットで、"Silent Shout"の大ヒットによってスウェーデンのグラミーを受賞している。ポップ・フィールドで活動する彼らだが、シングル盤のリミックスではレディオ・スレーヴやトレント・モーラー、トロイ・ピアースなどをフィーチャーし、テクノのリスナーを意識したプロモーションを展開していた。

 また、オーロフ・ドレーイェーは本人名義でナイン・インチ・ネイルズの"Me,I'm Not"のリミックスを手がけているが、ここではミニマルを基調とするアンビエント・ハウスを披露している。そんな彼がソロとして自分の音楽の探求に向けたプロジェクトがこのオニ・アイフンなのだ。

 004では、まずランダムに動くアシッド・ベースと突発的なノイズをアクセントとするミニマル・テクノがある。その裏では、ファットでローファイなブレイクにエコーがかかり、じょじょにミニマルへ・テクノへ変化する。BPMの同期用いたトラックだ。音響的にも深みがある。プレスシートにはこの2トラックが引き起こす化学反応が論文調にまとめられ、「NaHCO3 + H+ → Na+ + CO2 + H2O」なる化学式で表されている。まだ公にはその正体を公表してはいないため、これも彼らしいフェイクのひとつだろう。そうしたギミックは抜きにしても、このプロダクションは素晴らしい。同じく今月リリースされた〈コントラ・ミュージック〉からのジェイソン・ファインのリミックスも秀逸だ。

2. Billy Shane / Runner EP | Stead Fast (GER)

 デッド・ビートやイントリュージョンとともにミニマル・ダブを発展させるビート・ファーマシーことブレンダン・モーラーがスタートした注目の〈ステッドファスト〉から5番目となるリリースは、フランソワの〈ディープ・スペース〉一派から頭角を現し、独自のダブ音響を拡大するブルックリン出身の新鋭、ビリー・シェーンによるストイックなミニマル・ダブである。ニューヨークで生まれ育ち、ボビー・コンダースやフランキー・ナックルズ、初期のシカゴ・アシッドに影響を受け、長年DJとして活動していた彼ではあるが、その作品には回顧的な色合いはいっさいない。〈ベーシック・チャンネル〉を経由して新たな発展を見せるニューヨークのIMAを伝えるサウンドとなっている。

 表題作の"Runner"は硬質だが柔軟なグルーヴを刻む。現在のミニマル・ダブの雛形とも言えるクアドラントの傑作"infinition"が甦ったようだ。下する中域のシンセが広がりを見せ、DJユースで使いやトラックに仕上がっている。低域が強調されダビーで音響的な深みがある"Hole"、ベン・クロックのようにタイトなグルーヴのアシッド・ハウスを聴かせる"Fach"、収録されているすべてがフロアに直結したミニマル・テクノだ。ブレンダン・モーラーによるエコロジスト名義でのリミックスは、ストレートなミニマルを聴かせるオリジナルをねじ曲げて、土着的なグルーヴがうなりをもったシンセとともに広がる、プリミティヴでトランス感のある曲に変換している。

3. Mike Shanon / Under The Rader | Cynosure (GER)

 モントリオール出身でベルリン在住のミニマル・プロデューサーであるマイク・シャノンの運営する〈サイノシュアー〉が昨年発足から10周年を向かえた。月日が経つのは本当に早い。ゼロ年代のテクノの最前線にはアクフェンに端を発するモントリオール勢がいつもその名前を連ね、10年のあいだにテクノの世界地図は大きく変わった。マイク・シャノンは大きなヒット作こそ出していないものの、マシュー・ジョンソン、デット・ビートとともにアクフェンが切り開いた土壌を拡大してきたアーティストのひとりである。

 今回のリリースはレーベルの10周年を記念したダブル・パックの10インチで、そうそうたる面子のリミキサーを起用されている。オリジナルはいままでにはないアプローチを見せたもので、ロソウルのシングルにも起用されていたベルリン在住の女性ヴォーカリスト、ファディラがジャジーに歌っている。マイク・シャノンらしいアシッド・ベースにファディラのヴォーカルが絡む。トランシーに疾走する切れのあるミニマル・テクノだ。

 リカルド・ヴィラロボスによるリミックは、もはや一聴しただけでわかる彼らしいリズムのミ二マル・ハウスだ。ヴォーカルの抜き差しとともにじょじょに変化していく、本当に細かいエディットが施されたもので、〈パーロン〉からの作風にも近く、そしてまたキャシーのトラックにも近い質感だ。デット・ビートのリミックスは原曲のトランス感を生かしながら、独自のベース・ミュージックへと拡大している。〈ブッシュ〉や〈プラスティック・シティ〉などに作品を残しているロッゾことマウンテン・ピーポーのリッミクスはまさに現在のフロアの気分を捉えたもので、オリジナルのヴォーカルを生かしたグルーヴィーなテック・ハウスはぞくっとするほど美しい。

4. To Rococo Rot / Forwardness Fridays | Domino (UK)

 トゥー・ロココ・ロット(上から読んでも下から読んでも)はベルリン出身のロナルドとロベルトのリポック兄弟とデュセッルドルフ出身のステファン・シュナイダーによる3人組みによるエレクトロ・アコースティック・バンドだ。1995年に〈キティ・ヨー〉からのデビュー、〈サブ・ポップ〉や〈ファット・キャット〉など、ポスト・ロックやエレクトロニカのフィールドからのリリースを重ね、現在は主に〈ドミノ〉を中心に活動している。ドラムとパーカッションを担当するロナルド・リポックはタルヴェルターのメンバーとして〈モール・ミュージック〉からダビーなダウンテンポをリリース。ギターを担当するロバート・リポックは〈ラスターノートン〉から美しいアンビエントをリース、現代音楽の方面からの注目を集めている。ベースのステファン・シュナイダーはマップステーションとして〈シュタオプゴルド〉から秀逸なエレクトロニカをリリースしている。

 今回のシングルは〈ドミノ〉からリリースされたニューアルバム「Supeculation」からのファースト・カットで、リミキサーにはダブステップとテクノを行き来する、シャックルトンとトラヴァーサブル・ワームホールが起用されている。両リミキサーの起用もさることながら、オリジナルの"Forwardness"は優雅なアンビエンスに溢れた傑作で、彼ららしい温かみのある素晴らしい演奏が収録されている。レコーディングはデュッセルドルフにあるクラウトロック・バンド、ファウストのスタジオでおこなわれ、ファウストのメンバーであるヨーヘン・イルムラーがピアノやオルガンで参加したという。どこまでも多幸感に満ちたアンビエント・ハウスは、同じくデュッセルドルフで活動していたクラウト・ロック・バンド、ノイ!のメンバーであったミハエル・ローターのソロ作を髣髴とさせる。

 そのいっぽうでは、ホワイト盤にスタンプだけの12インチが話題を呼び、テクノやダブステップのリスナーに注目されているトラヴァーサブル・ワームホールのリミックスも面白い。原曲のピアノのリフを上手く生かしながら、ダークで落ち着いたフロア・フレンドリーなダブステップに変換している。このトラヴァーサブル・ワームホールは90年代にハード・テクノ界を席巻したフランキー・ボーンズの実弟で、〈ソニック・グルーヴ〉などからハード・ミニマルをリリースしていたアダムXの覆面プロジェクトである。

 シャックルトンによる"Fridays"のリミックスは、エクスペリメンタルなオリジナル(シーケンスされたAMMとでも言おうか)をストレートに加工し、ディストーションのかったギターのリフに演説調のヴォーカルを絡ませながら、じょじょにトランスしていく。ダークで力強いダブステップだ。さまざなアイデアの詰まった素晴らしい12インチだ。

5. Floating Points / Peoples Potential | Eglo Recording(UK)

 クラブ・ジャズとダブ・ステップとテクノを結びつけ、さまざまな方面から注目を集めるフローティング・ポインツことサム・シェパード。 〈R2〉からリリースされたデビュー・シングル"Love Me Like This"では、セオ・パリッシュのようなスローなファンクを聴かせ、ジャイルズ・ピーターソンをはじめとするクラブ・ジャズ系のDJからの支持を集めている。〈プラネット・ミュー〉からリリースされた"J&W Beat"は初期のブラック・ドックにも似た雰囲気のトラックで、新世代のインテリジェント・テクノとして、ダブステップやテクノDJからの支持を集めている。

 あるいは、自身が立ち上げた〈エグロ・レコーディング〉からの"vacume boogie"は70年代のジャズ・ファンクが変調したような、そしてアナログ・シンセの響きが独特なビートダウン・トラックで、オランダの〈ラッシュ・アワー〉系とも近い作風だった。

 そして、今月〈ドミノ〉から出たフォーテットの"sing"のリミックスでは、メランコリックな原曲の雰囲気を上手く生かし、バウンシーなテクノへと変換した。また、〈ニンジャ・チューン〉から出たボノボの"Eyes Down"のリッミックスでも、UKガラージやダブ・ステップからの影響をほどよいアクセントとする、バレアリックで美しいエレクトロ・ブレイクを披露した。

 すべてのリリースはここ1年以内のものだ。いかに彼の急速に頭角を現しているかがわかるだろう。

 ここに挙げた〈エグロ〉からのニュー・シングルではジャジーなピアノとシンセが煌めく、デトロイト調のブレイク"peoples potencial"と、シカゴ・ハウスに接近し、ファットなベース・ラインにフェンダーのローズ・ピアノが絡むジャジーで力強いアシッド・ハウス"Shark Chase"が収録されている。彼はUKアンダーグランドの音楽シーンを自由に歩きながら、ジャズやレアグルーヴをもとにデトロイトを解釈しているのだろう。イーブンキックにとらわれない曲を創出するフローティング・ポインツは、アズ・ワンやスタシスの正当な後継ともいえるのではなかろうか。

[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1.F / Energy Distortion Part 1 ~ 3 | 7even

 フランスと言う国は、「優雅で艶やか、華々しく華麗」などとイメージしてしまう。実際、表面上はそう見える。筆者はフランスという国の思想、国民性、感性がとても好きで、すでに5~6回は訪れたのだが、毎回その裏の顔に驚かせられる。コスモポリタンならではの荒んだ一面が随所にあるからである。貴族階級の華々しさとコスモポリタンが融合した何かそのフランス独特のギャップに魅了されるのかもしれない......ビューティ&ダーティの反面性が違った形で自身を共鳴しているようで。フランスのようにもっとも芸術産業が国民的支持を得ている国柄で創られるダブステップ......まさにエフのサウンドはこの影響下に培われた産物だ。
 
 そのサウンドをひも解くとアンダーグラウンド・ミュージックの神髄である地下音楽さながらの暗黒感が少し漂うアトモスフェリックにフランスの洗練された気品に満ちた感覚を取り入れたサウンドが垣間みれる。このサウンドは、さまざまな要素が入っている。が、一貫した構築、一遍の迷いもないプログラミングは、 ほぼミニマルを注入したダブステップである。聴いてみると......昨年大ヒットした2562のセカンド・アルバム『アンバランス』に酷似した感覚を憶えるが......次第に......"酷似"していると感じた自分の無知さ加減に恥ずかしくなる。ダブステップのアナザーサイドと捉えれるその深くもソフィスティケイトされた独創的創造性、これがフランス産のオリジナル・ダブステップなのだと。
 
 エフのメイン・リリースを担っている〈セブン〉は、グレッグ・G率いるミニマルライクなダブステップ・レーベルである。筆者もDBSにてグレッグ・Gとは何度も共演したこともあって、実際素晴らしい人柄の人物だが、レーベルの方向性に関しては、るぎなく、しかも時折遊び心のあるフランス的感覚を持っている。ダブステップ最重要レーベルのひとつだろう。ちなみにその他に所属しているアーティストは、ヘリクサー(Helixir)、リクハン(Likhan)など。今後の動向にも注目である。

2. Jack Sarrow / Terminal/Tormented | Tectonic

 今日のベース・ミュージックにおけるニューウェイヴ="ダブステップ"の発展に大きく貢献しているのが〈テクトニック〉である。UKにおけるピュア・ダブ・カルチャーの音楽都市であるブリストルを拠点に、レーベル・モットーの「If your chest ain't rattling, it ain't happening」(胸が高ぶらなければ何も起こってない証拠)が示す通りの活動を続け、すでに数々のビック・アンセムを世に送り出している。ダブステップが南ロンドンにてガラージの突然変異的に誕生してから、それを先導したアーティストたち(デジタル・ミスティック、シャックルトン、ホース・パワープロダクションズ、ローファーなど)が、こぞってダークなガラージ・サウンドを土台とするダブステップに傾倒していったなか、ピンチはダブ、ミニマル、グライム、ガラージをシャッフルしたニュー・フォーム・サウンドで大きな支持を集めている。彼の音楽的バック・グラウンドにおいて、ダブと同等に大きな影響を与えたのが"ディープ・ミニマル"だ・ベルリンのベーシック・チャンネルやチェーン・リアクション、そしてリズム&サウンド......。いわゆるミニマル・ダブである。その影響は現在でもレーベルに色濃く反映されている。
 レーベルは今年に入っても勢いが衰える気配はなく、刺激的なリリースを続けている。昨年、筆者ともUNITフロアで共演したピンチがダブでスピンしていたのがジャック・スパロウによる"Terminal"である。そのディープで濃密な一夜に相応しく、それは暗く蠢きながら響きわたる残響感たっぷりのトライバル・テック・ファンキーで、レーベルのテイストを残しつつ、今年最注目のアーバン・ムーヴメント"UKファンキー"を効果的に取り入れたフロアサイド・ステップとなっている。フリップサイドの"Tormented"だが、まるでベルリンとブリストルをミックスしたかのような暗黒地下ダブステップ、シャックルトンの〈スカル・ディスコ〉へのアンサー・バックと捉えたいほどだ。年々活発しているテクノ/ミニマルとの交流は、お互いのジャンルがマンネリズムを打開する起爆剤としても機能しているのである。
 さて、〈テクトニック〉の新たな核になろうとしているジャック・スパローだが、そのデビューは、2007年〈センスレス(Sensless)〉からリリースされた「Spam Purse」であった。その後、2008年テクトニックのサブ・レーベル〈イアーワックス(Yearwax)〉からの「For Me/Lights Off」、マーク・ワンの〈コンタージャス(Contagious)〉からの「I And I」で頭角を現し、彼の名前を決定的にしたのは、2009年ピンチの「Get Up」のジャック・スパロウ・ミックス)である。そして、テクトニックからの前作「The Chase」......。今年も彼の高度かつ深いプロダクションから目が離せそうにない。

3. LV & Untold / Beacon | Hemlock

 いまや奇才として名高いアントールド主宰の〈ヘムロック〉。UKベース・カルチャーを最先端ニュー・ガラージ・サウンドで引っ張る彼だが、レーベルの起源は2008年「Yukon」に遡る。独特の変拍子によるビート・パターンとミニマルが持つ無機質な静寂性、ガラージが持つヒプノティックで柔軟な高揚性、どこかポスト・ロック的アプローチも垣間みれるサウンド・コントロールによって、ダブステップのシーンのみならず他ジャンルからも注目されているプロデューサーである。今作は、〈ハイパーダブ〉からのリリース「CCTV/Dream Cargo」やアントールド自身の「Walk Through Walls」のリミックスを手掛けたダビー・エレクトロの旗、LVとタッグを組んでいる。フリップサイドには〈ホットフラッシュ〉から「Maybes」、「Sketch On Glass」を発表したUK3人組のホープ、マウント・キンビー(Mount Kimbie)がリミキサーとしてセットアップする。遊び心を取り入れつつエレクトロ色の強いダブステップで、まさにたコンテンポラリー・ニュー・ガラージといったところ。リリースされるごとに〈ヘムロック〉の歴史が塗り替えられ、吸収した先に......また生まれる。

4. Donae'o / Riot Music | Diigital Soundboy

E王 これは先日の3月16日のダブステップ会議@DOMMUNEにて、飯島直樹さんが推薦したドネオーの「Riot Music」だ(......ダブステップ会議では、とても有意義な時間を共有できました。野田さん、飯島さん、エクシー君およびdommuneのスタッフの方々全員に深くお礼申し上げます)。さて、アーバンR&BとしてのUKガラージ・シーンにおける至高の存在、ドネオーは、昨年発表したUKファンキーを取り入れた傑作『Party Hard』によってシーンで大きな話題となった。その最新リリースは何とシャイ・エフェックスの〈デジタル・サウンドボーイ〉から発表。〈デジタル・サウンドボーイ〉と言えば、昨年の7月の〈DBS〉にて待望の再来日を果たしたシャイ・エフェックスと最新アルバムによって不動の地位を確立したダブステップ・プロデューサー、ブレイキッジを主軸とするベースライン・トップ・レーベルである。今回の「Riot Music」では、リミキサーにダブステップ界のエース、スクリームを起用。〈デジタル・サウンドボーイ〉からの前作「Burning Up」と同様に、初期ジャングルに回帰するかのように、懐かしのレイヴ・ジャングルを彷彿とさせるアーメン・ブレイクを打ち出している。
 ところで、ジャングル/ドラムンベースではごく一般的なビート・パターンであるが、スクリームがふたたび持ち出して脚光を浴びているブレイクビーツの代名詞"アーメン・ブレイク"を解説しよう。そのオリジナルは、ウィンストンズ(The Winstons)の"Amen, Brother"曲内の8小節のドラムにある。それをさらにサンプリングして、ループして、広く用いられている。それはソフト"ReCycle!"――サンプル・ビートを分解、構築してブレイクビーツを再生成する――よって幅広くシーンで重宝されるのである。
 スクリームのような大物トップ・プロデューサーが自身の影響を明かすような作品をリリースすることによって、ダブステップとドラムンベースは今後も"親戚"のような関係を保ち続けるだろう。インフィニティーと呼ばれるUK名うてのダンス・ミュージック・カルチャーとしてお互い存在し続けているのだから。

5. Headhunter & Djunya / DJG & XI / El Presidente/Putney Says | Surefire Sound

 前回のサウンド・パトロールでも紹介したサンフランシスコ発〈シュアフィイアー〉だが、早くも第二弾がリリースされた。今回は、広くテクノ・シーンでも通用するであろうトラックを要している強力なアーティストで、2組のコラボレーションを実現している。シーンの代表レーベル〈テンパ〉などからカッティング・エッジなリリースを続けるヘッドハンターと元ドラムンベース・プロデューサーであったジュジュ率いる〈ナルコ・ヘルツ(Narco Hz)〉からテッキーでオーガニックなダブステップを発表しているDJアンヤが組んで生まれたテック・ダブステップである。もうひと組は、同じくサンフランシスコを拠点し〈ナルコ・ヘルツ〉、〈アンタイトルド!(Untitled!)〉、〈チューブ10(Tube 10)〉などから傑作を発表しているテッキー・ダブステッパーのDJジーとカナダ・トロント出身でテック・ミニマル・レーベル〈イマーズ(Immers)〉からの「000」が話題となったザイがコンビを組んで、ダークでミニマル・インフルーエンスなテクノ・シンフォニック・サウンドを披露する。フロアの空気感を一瞬のうちに変えうる力を持ったトラックで、使うものの意志とは無関係に作用する攻撃的なシンセ群が......防御反応を無力化させる最先端のリーサル・ウエポンとも言えるだろう。解放のさらにそのまた向こう側へ......。

6. Ben Verse / Flip The Coin | Wheel & Deal

 〈クランチ・レコーズ〉というディープ・アトモスフェリックなドラムンベース・レーベルを率いていたバース(Verse)がペンデュラムの一員としてのビッグ・ヒットを成し遂げて早2年......そのあいだ、ダブステップの末恐ろしい躍進が破竹の勢いで進行......誰も止められない速度で世界中で感染し続けている。その勢いはいろいろなプロデューサーやDJを巻き込んでいるが、彼らも例外でなく、いち早くペンデュラムのアルバムなどで取り入れていた。そしていま、エヌ-タイプ(N-Type)の〈ウィール&ディール〉からベン・バース名義でダブステップ界におけるソロ・デビューを果たす。
 硬質かつマッシブなビートと妖しくも切ないシンセ使いがフロアをより引き立てる"Flip The Coin"。先日の〈dommune〉でも筆者が大変お世話になったフロアライクなアンセムだ。一方の"Inhale"はスライトリーなダビー・リヴァーブ・シンセとシンプルに共鳴するカッティングエッジなフロアダブとなっている。
 それにしても......世界的に有名なロック・ドラムンベースの王者さえも振り向かせ、虜にさせるこのダンス・ミュージック......あらためてダブステップのとんでもない快進撃を感じてしまう。初期のジャングル・シーンのときと同じ現象がいままさにに起こっている。

7. Blokhe4d / Full Circle/Skylines | Hospital

 先日発表したダーク・サイバー/ニューロ・ファンクの集大成的コンピレーションアルバム『Bad Taste Vol.3』でサイバー・シーンをリードする最後の大物伝道師マルディーニ&べガス(Maldini & Vegas)。長らくバッド・カンパニー名義で活躍していた彼らだが、音楽性の違いなどにより、フロントマンであったDJフレッシュとDブリッジが立て続けに離脱し、ソロ・アーティストとして成功を収めるなか、彼らは一貫してバッド・カンパニーの強力サイバー・サウンドを守り続けている。
 そして昨年暮れ頃から、マルディーニ&べガスにユーマン(Uman)も加えた新たなドラムンベース・ユニット、ブロックヘッド(Blokhe4d)を始動。先述のコンピレーションなどで立て続けにサイバー・アンセムを発表し、確実にフロアをロックしている。
 今作はあのリキッド/エレクトロ・ドラムンベースのトップ・レーベル〈ホスピタル〉からニューカラー・ヴァリエーションを携えリリースした。その疾走感溢れるスペイシー・ファンクな空間処理技術を惜し気もなく披露し、エレクトロ感といったトレンドも注入し、絶妙なホスピタル・サウンドとなっている。みんなが待ち望んだ作品がダンスフロアを通して発表される......このサウンドのお陰でフロアは隙間なく満たされるのである。

8. Netsky / Eyes Closed/Smile | Allsports

E王 最近はこんな呼び方をするアーティストは、ほとんど存在しなかった。ドラムンベース・シーンにとって久しぶりに現れたベルジアンの"超新星"と呼ぶべき逸材......と、もはやこう呼ぶべきではないぐらいのスピードで駆け上がったニュー・スター・プロデューサーが、そう、ネットスカイだ。しかもまだ20才前後の幼顔が残る若者だから、これがまた衝撃なのだ。
 ダブステップで例えるならスクリームに近い神童性を感じるネットスカイは〈ホスピタル〉とサインを早々済ませ、「Escape」、「Memory Lane」など現在ダブプレートで席巻しているエレクトロ・ロック・チューンのリリースを控えている。今後さらに期待されるプロデューサーだ。今作「Eyes Closed / Smile」は、ジャンプ・アップ・レーベル〈グリッドUK(Grid UK)〉傘下のリキッド・レーベル〈オール・ソーツ(All Sorts)〉からドロップされた特大エレクトロ・アンセムだ。ドラムンベース・シーンが下降気味な現在において、彼の出現は、今もっともホットな出来事である。数年後にハイ・コントラスト、ブルックス・ブラザーズを凌駕する次代の才能を秘めたアーティストとして、彼のポテンシャルに今後も刮目していかなければならない。どんな時代でも不遇のときこそ、救世主現わる。そう願わずにはいられない存在になるよう願っている。

 さて、最後に、何人かの方からリクエストがあったので、3月16日〈DOMMUNE〉にて筆者のセットのプレイリスト公表します。今後ともどうぞ宜しくお願いします!!

TETSUJI TANAKA - MINIMAL x DUBSTEP set 3/16 DOMMUNE PLAYLIST

1. AL TOURETTES/Sunken〈APPLE PIPS〉
2. SCUBA/Negative〈NAKED LUNCH〉
3. KRYPTIC MINDS/Wondering Why〈OSIRIS〉
4. MONOLAKE/Alaska(SURGEON RMX)〈IMBALANCE COMPUTER〉
5. RESO/Toasted〈PITCH BLACK〉
6. JOSE JAMES/Blackmagic(JOY ORBISON RMX)〈BROWNSWOOD〉
7. PATTERN REPEAT/Pattern Repeat 01a〈PATTERN REPEAT〉
8. BEN VERSE/Flip The Coin〈WHEEL & DEAL〉
9. RAMADANMAN & APPLEBLIM/Justify〈APPLE PIPS〉
10. INSTRA:MENTAL/Futurist〈NAKED LUNCH〉
11. APPLEBLIM & PEVERELIST/Over Here(BRENDON MOELLER RMX)〈APPLE PIPS〉
12.J OY ORBISON/Wet Look〈HOTFLUSH〉
13. F/Energy Distortion〈7EVEN〉
14. VALMAY/Radiated Future〈BLUEPRINT〉
15. MARLOW/Back 4 More〈BOKA〉
16. ROB SPARX/2 Faced Rasta(RESO RMX)〈Z AUDIO〉
17. F & HEADHUNTER/Dedale〈TRANSISTOR〉
18. MARLOW/Druid〈NO COMPANY〉
19. INSTRA:MENTAL/No Future(SKREAMIX)〈NON PLUS〉
20. SCUBA/I Reptured(SURGEON RMX)〈HOTFLUH RMX〉
21. SUBEENA/Circular〈IMMIGRANT〉
22. SCUBA/Aeseunic〈HOTFLUSH〉
23. SILKIE/Head Butt Da Deck〈DEEP MEDI MUSIK〉
24. GUIDO/Chakra〈PUNCH DRUNK〉
25. KOMONAZMUK/Bad Apple〈HENCH〉
26. HARRY CRAZE/Wa6〈DEEP MEDI MUSIK〉
27. KRYPTIC MINDS/The Weeping〈DISFIGURED〉

Sunburned Hand Of The Man - ele-king

 先日、dommuneの〈ダブステップ会議〉で話したように、キエラン・ヘブデン(フォー・テット)はここ数年で注目すべき音の冒険家のひとりである。彼自身のレーベル〈テキスト〉から発表したブリアルとのスプリット・シングル、そしてアルバムのリリースに先駆けてリリースされたシングル「ラヴ・シティ」でフィーチャーしたふたりのリミキサー――UKファンキーを代表するロスカといま将来を期待されているジョイ・オービソン――を選択するセンス、そしていまから遡ること2007年、USアンダーグラウンドに広がるフリー・フォークのシーンにおいてその中核をなしているサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンの『ファイアー・エスケイプ』(リリース元はノルウェイの〈スモール・タウン〉で、アートワークはヤマツカ・アイ)のプロデュース......こうした彼の新しい動きに対する素早い働きかけとその成果には舌を巻くばかりだ。それらヘブデン絡みの作品のすべてが良いのだ。

 とくに注目したいのは、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのプロデュースである。何故なら、サンバーンドのようなコミュニティめいた、サイケデリックでフリーキーなインプロヴィゼーション集団に彼のようなエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーが手を加えることは、その筆舌に尽くしがたい音の複雑さを結局のところポップという現代の信仰のもと、ただ手際よく単純化しかねないからである。サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのようなバンドが、何故大量なリリースを続けているかと言えば(1998年からはじめて、すでに50枚以上)、バンドにとっての目的が演奏行為そのものにあり、その演奏プロセスにのみ真実があり、そしてその結果などは極端な話、まあ、どうでもいいからであろう......というのは僕の勝手な憶測だが、もし本当にそうであるのなら、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンのプロデュースとはバンドの生命にとっての矛盾となる。そういう観点から言えば、ヘブデンは勇気ある試みをしているのだ。

 サーストン・ムーアの〈エクスタティック・ピース!〉からリリースされた『A』は、『ファイアー・エスケイプ』以来のヘブデンのプロデュース作である。以前バンドが〈エクスタティック・ピース!〉から出したアルバム名が『Z』だったので、それに準じて『A』なのだろう。例によってアートワークが秀逸で、ポスターも封入されている。こうした姿勢はこの10年のUSアンダーグラウンドにおいて顕著で、それが商品である前にアートであることを主張しているようだ。それはまあ、いつものサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンである。もっともメディアからの"フーリー・フォーク"というレッテルを拒むかのように、ここ数年彼らははジェリー・ガルシアとジョン・フェイヒィとの中間で鳴っているようなフォーキーな感触を表に出していない(ように思われる、すべて聴いているわけではないのだけれど)。

 新しく録音されたサウンドは、僕の耳にはこれは、サンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンとフォー・テットのコラボレーション作のようだ。フォー・テットのアルバムをサンバーンド・ハンド・オブ・ザ・マンがプロデュースしたと言って良いほど『ファイアー・エスケイプ』以上にエレクトロニック色が際だっている。そして〈エクスタティック・ピース!〉の好みが反映されているのだろう、『A』は『Z』同様にささくれ立っている。あるいは『ファイアー・エスケイプ』より悪戯っぽく、フリーキーだ。電子のイズが耳に付くが、もちろん彼らがブラック・ダイスの背中を見ているようなことはない。フォー・テットが最新作で見せたミニマリズムとダブ処理がところどころで顔を出していて、それが『ファイアー・エスケイプ』にはない効果を生んでいる。

 思いつきで作ったような1分ほどの曲が4曲、3~4分の曲が4曲、7分の曲がふたつある。"ナウ・リフト・ジ・アウター・フィンガー"は不規則な電子ノイズとドローンとファンク・ベースの奇妙な混合で、"ロフト・アット・シー"はクラウトロック的ドラミングと抽象的なミニマル・ダブとのブレンドによるスリリングな展開を持った曲。"ア・レッド・ラグ・トゥ・ア・ブル"は酔っぱらったコニー・プランクがスタジオで踊っているような曲だ。"ザ・ブック・オブ・アビリティ"もユニークな曲で、ヘア・スタイリスティックとベーシック・チャンネルのあいだでこだましている。"アクション・フィンガー"はアルバムのなかでは唯一シンプルな曲で、いわば宇宙ステーションで演奏される電子ノイズとノイ!である。

 『A』は、『ファイアー・エスケイプ』の評判の良さも手伝って実現した作品だろう。僕は、いまの時点で『ファイアー・エスケイプ』か『A』と問われれば迷わず『ファイアー・エスケイプ』を選ぶけれど、数ヶ月後には考えを変えているかもしれない。なにせまだ買って間もないからね。入荷してもすぐに売り切れてしまい、再入荷をこの1ヶ月待っていたのである(好きな人がいるのだ、この世界のいたるところに)。

Burning Star Core - ele-king

 昨年末、正式にリリースされた地味なドローン集『インサイド・ザ・シャドウ』(Rは05年)に続いて、早くもライヴ・アルバムがお目見え。07年にリリースされた驚異の『オペレイター・デッド...ポスト・アバーンドンド』と同じ布陣(つまりヘア・ポリス)に加えて、2人の固定メンバーと、曲によって6人のサポートが出入りしている。つまり、かなりな大所帯の演奏記録。ライヴ・テイクはこれまでRかカセット(それも10本組とか)でリリースされることがほとんどだったのに、97年から08年までの音源から素材を選んで珍しくヴァイナル化され、エディットなどでそれなりに手を加えている模様。レーベルはゆらゆら帝国をニューヨークで迎え撃った〈ノー・クオーター〉。

 KTL、ブラック・マジック・ディスコ(以下、BMD)、そして、バーニング・スター・コアー(以下、BSC)がこぞって07年にサイケデリック・ドローンの頂点を極めたことは『ゼロ年代の音楽』(河出書房新社)のあとがきでも触れた通り。いずれもモノトーンが基調だったドローンをそれぞれのやり方で大きく旋回させ、カラフルに、そして、ゴージャスに変容させ、なかでもBSCのそれは地から湧き出るマグマのごとく、不気味な低音部の蠢きが凄まじかった。

 KTLはアートだろう。実際に、舞台音楽のためにつくられたものだし、マイ・キャット・イズ・アン・エイリアンとジャッキー・オー・マザーファッカーが融合したBDMは前者の資質に引きずられるようにして宇宙空間へと誘うトリップ・ミュージックの極めつけのようなものだった。それに対して、BSCから感じ取れるものは、その大半が暴力衝動に近く、自分でも抑えきれない感情を混乱したまま吐き出しているだけといわれれば、その通りだとしかいいようがない。あらゆる感情が渦を巻き、それらが何も整理されず、混沌としたままであることにしか価値がない。ヒドいものだ。いい大人の聴くものではない。ひとついえることがあるとすれば、1977年は遥かに遠く、セックス・ピストルズではもはや足りないということか。『アセンジョン』辺りのジョン・コルトレーンを音圧を倍増させて聴いているなどというものでは、まったくない。どいつもこいつも死んじまえ。それだけ。そのような気持ちを満たしてくれる音楽は、しかし、意外と少ないものである。

 個人的なことを書いてもしょうがないとは思うけれど、KTLやBMD、そしてとりわけBSCと出会っていなかったら、自分はどうなっていただろうと思う。生きることにはこれといって意味がないとしても、音楽を聴くことでそれに意味を与えることはできる。ここまで世界にファック・ユーを突きつけるということは、まだ、それだけ世界に期待しているということだともいえる。そうでなければいま頃、僕はビートルズのボックス・セットでも買っているに違いない。ハイホー。

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