「KING」と一致するもの

interview with Shinya Tsukamoto - ele-king

 生まれて初めてNHKの朝ドラを観ている。笠置シズ子にも興味はあったけれど、塚本晋也の新作で主人公を演じる趣里が朝ドラでも主役を張っていると知り、その振り幅にまずは興味が湧いた(ついでに『東京貧困女子』も最初だけ観た)。内覧会で一足先に『ほかげ』を観ていたので、朝ドラで歌劇団のルーキーを演じる趣里がとても幼く感じられ、『ほかげ』では生活に疲れて先の見えない人物像がしっかりと造形されていたのだなと改めて趣里の演技力に感心した。『ほかげ』は戦後の闇市を舞台にした作品で、居場所のなくなった人々が暗中模索を続ける群像劇。前半と後半で異なる主題を扱い、戦争によって滅茶苦茶になった日本の心象を様々な視点から洗い出す。誰もが無表情のままで、喜怒哀楽のどこにも触れないのは塚本作品の本質が剥き出しになっている気がする。


©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

 『鉄男』シリーズや『六月の蛇』といったカルト作品のイメージが強かった塚本晋也が8年前に『野火』でいきなり政治的な話題に首を突っ込んだ時はけっこう驚かされた。とはいえ、政治的なテーマばかり撮り続ける「専門家」よりもアレックス・コックスやアダム・マッケイのようにアホなことばかりやっていた人が自分たちの領域を政治に侵された途端、一気に作風が変わり、自分たちがやっていたことを守るために政治的になるという姿勢が僕はとても好きなので『野火』には喝采を叫んだし、同じ衝動に突き動かされている『ほかげ』にも同じように拍手を送りたい。そして、ブレインフィーダー別冊で取材した際に「塚本晋也に会いたい!」と吠えていたフライング・ロータスのCDをごっそり携えた野田努と共に塚本晋也が待つユーロ・スペースに向かうのであった。渋谷の街はそろそろハロウィンの気運が高まっていた頃である。

戦争が終わったら「終わったー」といってみんな伸び伸びするというイメージがあったんですけど、『野火』をつくってから、戦争が終わっても、ぜんぜん戦争は終わってないと思っていた人たちがたくさんいたことがわかったんですね。

(フライング・ロータスについて少し説明してから)40年前に1週間ほど熊野の山のなかで水木しげるさんとご一緒する機会があったんですね。

塚本:おう、おう。

『ゲゲゲの鬼太郎』を描いた人だということぐらいしか僕は知らなかったので、水木さんに片腕がないことも知らなくて。驚いてしまって。その1週間で、戦争の話をたくさん聞かせてくれたんですね。で、東京に戻って水木さんの戦記物を全部読んだんです。変わった話もいろいろあったんですけど、それまで考えてもみなかったのが復員兵の話で。戦争に行った兵士が日本に帰ってきて居場所がないなんてことがあるとは想像もしなかったんですね。で、日本の映画をいろいろ思い出して見たんですけど、復員兵の話なんてあったかなあと思って。スケキヨぐらいしか思い当たらなかったんです。(*スケキヨ=『犬神家の一族』の登場人物)

塚本:(笑)ツボにはまりますね。世代が似てる。

『ほかげ』には大雑把に言って3パターンの復員兵が出てきますけど、どうしてあの3パターンにしようと思ったんですか?

塚本:子どもの主観でそれぞれの復員兵には出喰わしてるから、ひとりひとりの背景はわからないんですね。その3つが合わさると何があったかということが浮き彫りになって、どうしてみんなこんなことになってるんだろうと、みんなに共通の歴史があったんだということがわかるようになっています。確かに、その3つを関係づけないで観ちゃうと「なんで?」となっちゃいますよね。でも、どうしても結びつけるとは思うんですよ。最初の復員兵が夜中にわめき散らして、どうしてあんなことになってるのか、最初はわからないと思うんだけど、彼に何があったかは最後でわかると思うんです。最初にあの3パターンを考えたわけではなくて、頭から脚本を書いていって、自分で納得がいくように進めていった結果なんです。シンプルな構造が最初にできたので、自然にああなったんですね。

座敷牢に閉じ込められていた復員兵はどの段階で?

塚本:わりと最初からいましたね。

短いですけど、強烈な印象が残りました。

塚本:そうですね。俳優さんが素晴らしく演じてくれて。セリフがないわけですから、演技にかかってるところがありますよね。とても存在感を感じさせてくれました。

彼らはみな『野火』の戦場から生きて戻ってきた人たちと考えていいんですよね?

塚本:そうですね、僕はそのつもりです。

戦争の後始末というか、戦争が起きた後のことをどうするんだという意識ですよね?

塚本:それはありました。戦争が終わったら「終わったー」といってみんな伸び伸びするというイメージがあったんですけど、『野火』をつくってから、戦争が終わっても、ぜんぜん戦争は終わってないと思っていた人たちがたくさんいたことがわかったんですね。

高齢の方にたくさん取材をされたと聞いたんですが。

塚本:それは『野火』の時ですね。皆さん、80歳を越えられてたんで。資料も少ないし、実際の声を聞いとかなきゃと思って。今回は資料がかなりあったので、そこまではしませんでした。

そうなんですね。

塚本:戦争孤児の資料はかなりあったんですよ。でも、復員兵の話はほぼないんです。本当の「加害性」について書いてあるのは。ベトナム戦争に比べるとほんのちょっとだけしかない。

ベトナム戦争だと『ディア・ハンター』だとか『シザーハンズ』だとか映画もわりとありますよね。ストレートなのはウイリアム・ワイラーの『我が生涯の最良の時』ですか。

塚本:ああ、それ、観てないです。

え、意外ですね。それこそ3人の帰還兵の話でPTSDに苦しめられる話です。タイトルも皮肉です。

塚本:それは観よう(と、タイトルをメモする)。

『我が生涯の最良の時』はリアリズムで、『ほかげ』もそれに近いし、『野火』もそうですけれど、塚本作品に期待する荒唐無稽さとは違いますよね。

塚本:前は戦争が迫ってるとか、そういった危機感を感じないでつくってたし、それどころか『マトリックス』が出た時に、ああ、先にやられちゃったと思ったぐらいで(笑)。

あー(笑)。

塚本:どちらかというとヴァーチャル・リアリティの世の中に生きている自分がいて、暴力もファンタジーとして描いてたんです。人間のなかには暴力性があるんだし、観たいんだから、観ればいいし、それがガス抜きになって、実際に(暴力を)やる人も減るだろうという方便をつけていたんですけど、『野火』の3年ぐらい前から戦争を身近に感じるようになっちゃって。ファンタジーとして描くには暴力があまりに近づいてきたと思って、むしろ近づきたくないという思いがあったんですね。こんなに嫌なものに近づきたくないよっていう表現なんです。

逆の印象ですけどね、『野火』は。

塚本:どっちにしろ暴力描写は出てきちゃうんですけど(笑)。以前とは使い方が違います。

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©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

いまは変態性がなくなっちゃったんです(笑)。変態の時は、人間の肌は鉄みたいな硬いものに接している時にフェティシズムが香り立ってエロが際立っていたんですけど。

なるほど。黒沢清さんの『トウキョウソナタ』は、当時観た時、最後に天才的なピアニストが出てきて問題が全部解決しちゃうという安易な終わり方に思えちゃったんですけど、安倍政権になってから見直したら、ぜんぜん印象が変わって、日本人がそんな奇跡みたいなものにしかすがるものがなくなっているという皮肉に観えたんですよ。息子がアメリカ軍に入隊するというエピソードも安倍政権が安保法制を強行採決した後だと、もはや予言みたいだったなと。実際にいま、自衛隊は米軍の傘下にいるようなものですからね。黒沢さんは早かったのかなって。

塚本:黒澤監督はそこまでお考えになってつくったんですね。

……と、思いましたけど。塚本監督が『野火』を撮らなくちゃと感じたのも同じ流れだったということですよね?

塚本:時期は合いますよね。急に近づいた気がして。安倍政権がもう一回、戻ってきちゃった時ですね。前の内閣の時も嗅覚的にはあったんですが、心配な感じは。きっと一回、引っ込んでいる間に設計図をしっかりつくったんでしょうね。早く憲法を変えてとか。どういう段取りでやるか決めて、復活してから着実にやってたんでしょう。『野火』をつくった時も、世の中的にはまだそれほどの危機感はなかったんですよ。だから、つくってはみたものの響かない可能性もあるかなとか、すぐ(上映も)終わっちゃうかもなとは思ってたんですよ。でも、公開してる時に、その時は戦後70年の年だったんですけど、その年にちょうどキナ臭さを感じる人が大勢出てきたので、その人たちの琴線に引っかかったと思うんです。『野火』を上映してる時に、いろんな法案が強行採決されていって。

僕は日本は本気で戦争をやる気はないと思いますけど、それこそ中国軍200万人に対して自衛隊は18万しかいないし、いますぐに10倍にしようという気配もないし。ただ、戦争が近づいてくるというムードだけで塚本作品のようなエロ・グロ・ナンセンスは最初に取り締まられると思うんですよね(笑)。

塚本:そうですよね、気配はありますよね(笑)。そうなったらめちゃくちゃやられるんじゃないですかね。

『野火』で作風を変えたにしても、塚本作品には武器に対するオブセッションがずっとありますよね?

塚本:そうですね、(武器に対する興味が)もっとあれば、もっと複雑で映画も面白くなると思うんですけど、これが案外、嫌いだったんです(笑)。こんなにヤなものなのに、武器が大好きで、頬ずりしたいというのだったら、映画がもっと複雑になると思うんですけど、案外嫌いなんで、どっかあっさりしちゃうんですよ。

なるほど。

塚本:でも、僕の映画で武器をペロペロしたりすると喜ぶ人がいるんで、実感としてちょっと薄い癖に、そのテーマに惹きつけられているという感じがあって。『鉄男』は当時、僕は変態だったので……

いまは違うんですか?(笑)

塚本:いまは変態性がなくなっちゃったんです(笑)。変態の時は、人間の肌は鉄みたいな硬いものに接している時にフェティシズムが香り立ってエロが際立っていたんですけど。

実感を込めて『鉄男』はつくっていたわけですね(笑)。でも、『斬、』の刀も同じじゃないですか?

塚本:あの頃になると、そうですね、あれも『鉄男』なんですけどね、SFじゃないだけで。

そうですよね。

塚本:刀という鉄と一体化するまでの話ですからね。武器はもうヤだと思っているのに、自分でも変態性を思い出すために奮い立たせたんですよ。

そういう感じだったんですか。なるほど。そのヤだと思っているものを今回の『ほかげ』では子どもに持たせましたよね? いまの話の流れでいくとロクなことをしてませんよね(笑)。

塚本:そうですね、いま、あまりに大事なことなので、どこからいえばいいかな。たとえば宮崎駿さんとかも戦争大っ嫌いだと言ってるのに零戦の映画つくったり、けっこう皆さん、戦争は嫌いなのに武器が好きな人は多いから、難しいところなんですけど。えーと、『2001年宇宙の旅』の最初で、猿が木の棒で別な猿を叩き殺して欲しいものを勝ち取った時に人類の夜明けが始まって、その木を空に投げると宇宙船になってピューっと落っこってくるというシーンが全部を物語っているというか、あれは木でしたけれど、人って、こう、鉄と出くわした時に、恋愛がそこから始まっているので、いくらそこから鉄とか武器が憎いものになっても別れようとはならないんですね。憎くても切り離せない。人間と武器はどうしても切り離せないというのが自分のテーマにはなっています。

世界中のあらゆる国家が捨てませんよね。どうしても武器は持ってる。

塚本:そう、みんな鉄が大好きだから、交通事故が多くても自動車を止めようとはならないし、機械と恋愛しているというのがまずはあります。『鉄男』もそうだし、『斬、』の刀をピュッと空に投げると『野火』の世界になって戦車やらなにやら爆発的な量の鉄になるんです。自分の映画では自分というものと鉄の歴史を描いていたんですけど、自分と都市やテクノロジーの関係が、『野火』をつくった頃から、年齢のせいもあると思うんですけど、ついに自分よりも次の世代のことが心配になって、心配で心配でたまらなくなって、あえて子どもに一番恐ろしい武器をもたせちゃったんだなって、いま、言われて気づいたので、それを子どもがどう扱うのかなという話を無意識につくっていたんだなと思いました。

『トウキョウソナタ』で息子がアメリカ軍に入る話と少し重なるのかもしれませんね。『斬、』の時には核武装の話も出ていたので、一般の人にも刀を持つ気持ちになれますかというメッセージに受け取れたんですよ。

塚本:はい、そういう話ですね。

武装する覚悟はありますかと。選挙権を持つような人には『斬、』の問いも有効だと思うんですけど、でも、もっと小さな子どもが武器を持ってしまうと、そのレベルではないですよね。いままでの武器と見せ方も違うし、『ほかげ』の子どもも隠して持っていたし。

塚本:そうですね。無意識ですね。最後に趣里さんが自分の映画にしては珍しくストレートなことを子どもに言うんですけど、すごいじわっと来るのは、やっぱりそういうことがあったからなんですね。また趣里さんがすごいはっきり言うんですよ。あれは感動しましたよ。

確かに。

塚本:趣里さん、ありがとうって。よくぞそこまではっきり言ってくれたって。

塚本監督が書いたセリフなんですよね。

塚本:そうなんですけどね。

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©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

前は映画をつくるのは楽しくてやってたんですけど、戦争映画はやらなきゃいけないという感じなんです。あと1本でやめますけど。そのあとは変態に戻りたい。変態が生きられる世の中にしないといけませんよ(笑)。

現場ではアドリブなんかもあったんですか?

塚本:あんまりないですね。遊んでるシーンぐらいかな。遠足ごっこで。

上官の家に向かっている時に男の子が鼻を啜り上げるシーンがすごくよかったんですけど、不思議な感動があって。

塚本:観てますね(笑)。あれは演出ではないです。自然な成り行きで、そのまま使わせてもらいました。

あの子は動きだけで表現しますよね。感情がすり切れちゃってるというか。

塚本:親が死んでるところから始まってますからね。

とはいえ、あの子が報酬を受け取らないのはさすがに大人っぽすぎると思ったんですけど。

塚本:あの年代になると、もう自意識はあるので、人を撃った行為でお金を受け取ることはできないと思いますよ。

そうですか。

塚本:あるいは直感的にイヤだと思ったか。

塚本監督の視点はあの子に一番近いんですか? 銃だけ持っていて、どうやって生きていくのかなとか考えちゃうんですけど。

塚本:あの子に近いのかもしれないですね。戦争孤児のエピソードにもすごい共感があったんですよ。

戦後、実際に見かけたわけではないですよね。

塚本:そうですね。資料から浮かび上がって来るものです。自分が戦争孤児だったことは、皆さん、隠してるんですよ。戦争孤児だというといじめられたみたいで。


©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

ああ。国というのは、戦争はするけど、まったくケツを拭いてないというか、後ろにいろんなものを残したまんまなんですね。

塚本:本当にそうなんですよ。戦争後遺症になった人はいなかったということにしたみたいなんです、日本は。大和魂で片づけられちゃったみたいで。戦争で気分が悪くなるような奴は日本にはいないと。いないって言われると家族は隠さないといけないし、国は実際には後遺症の研究はしてたみたいで、資料もたくさん残ってるんですけど、戦争が終わった途端に研究もやめちゃったんですね。

研究をしてたこと自体は最低限の良心があったように感じますけど。

塚本:いや、良心というよりヤベエっていう感じじゃないですか。みんな、こんなんなっちゃってるよーとか。でも、そういう人がいると認めたら賠償もしなくちゃいけなくなるから、なかったことにしたんでしょうね。

そうか。

塚本:そういう人たちは、その後、高度成長期の時は仕事をしていて忘れられたんだけど、定年になってから、夜、悪夢が蘇ってきて死ぬまで続いたそうです。

『野火』と『ほかげ』を足すと、やっぱり『ゆきゆきて神軍』を思い出しますよね。

塚本:戦争は調べれば調べるほど人間のどうしようもなさが露呈してくるんですよ。あともう一発は作らないといけないと思うんですけど、調べているとうんざりしますよ。

やらなきゃいけないって(笑)。

塚本:前は映画をつくるのは楽しくてやってたんですけど、戦争映画はやらなきゃいけないという感じなんです。あと1本でやめますけど。そのあとは変態に戻りたい。

(笑)。

塚本:変態が生きられる世の中にしないといけませんよ(笑)。

どうして高校生の時に『野火』を読もうと思ったんですか?

塚本:偶然なんですよ。日本の文学に目覚めてあれこれ読んだんです。薄いわりに濃密そうだなと思って。『野火』とか『黒い雨』とか『砂の女』とかシンプルなタイトルで、濃密そうだと惹かれるんです(笑)。

『万延元年のフットボール』とかダメなんですね。

塚本:それは未読でした。外国の本も読めなかった。登場人物の名前が長いのもダメだったんです(笑)。

『ほかげ』はそれ以前に誰にも名前がついてないですよね。「女」とか「復員兵」とかもはや記号ですよね。

塚本:僕ね、3人以上出るとダメなんです。4人、5人になると、もう分かんなくなるんです(笑)。

『ほかげ』は前半と後半で視点が変わるし、人数が多いというほどではないですけど、塚本作品にしては複雑ですよね。

塚本:複雑ではないけど、パタッと様変わりするのは珍しいですね。

最近は都市よりも自然を撮りたいということでしたし、後半はほとんど自然の風景でしたね。

塚本:前半のシチュエーションで行くのもストイックでいいんですけど、自分のなかでは黒澤明監督の『天国と地獄』のパロディの気分があるんですよ。

ああ。でも、塚本監督は自然を撮っていても、『斬、』なんか密室みたいでした。

塚本:そうですね。

開放感がまったくない。武器と同じで塚本監督には抜け出られないものがあるというか。

塚本:ああ。密室も嫌いなんだけど好きというか。『HAZE』とか撮ってますから。(*『HAZE』=狭い空間に男が閉じ込められた短編)

閉所恐怖症でしたよね、そういえば。僕もそうなんですけど。

塚本:僕は金縛りにしょっちゅう会うんですけど、あれが閉所の極限です。

いまでも?

塚本:いまでもしょっちゅうですね。子どもの時からずっと恐怖です。


『ほかげ』にちらっと出てくる傷痍軍人は僕も当時、見たことがある。大島渚『日本春歌考』の冒頭にもちょっと出てくる。しかし、戦後すぐの闇市はさすがに見たことがない。塚本監督も実際に体験したわけではないものの、その痕跡に惹かれて、最初は短編のつもりで撮り始めたのが『ほかげ』だったそうである。それが思いの外、長い作品になってしまったと。「(闇市は)憧れだったんですね。ヤクザとか愚連隊とかテキ屋とかパンパンとかオカマとか、そういう人たちが活躍していて、もうカオスで」と塚本監督は話していた。『ほかげ』が闇市だけの作品にならなかったのは、やはり『野火』のインパクトがまだ監督のなかで衰えていなかったからだろう。そして、もう一本、戦争映画を撮るつもりだとは本文中にあった通り。これも覚悟して待つこととしたい。『ほかげ』の試写を観た夜、帰りに渋谷の道玄坂を下りながらメイド服の女の子がズラっと並んでいるのを目にして、闇市のエネルギーはまだ続いているのかもしれないと僕は思った。

『ほかげ』

11月25日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開

監督・脚本・撮影・編集・製作:塚本晋也
出演:趣⾥、森⼭未來、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、⼤森⽴嗣
助監督:林啓史/照明:中⻄克之/⾳楽:⽯川忠
⾳響演出:北⽥雅也/ロケーションコーディネート:強瀬誠
美術:中嶋義明/美術デザイン:MASAKO/⾐装:佐々⽊翔/ヘアメイク:⼤橋茉冬
製作:海獣シアター/配給:新⽇本映画社
2023年/⽇本/95 分/ビスタ/5.1ch/カラー
配給:新日本映画社
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
https://hokage-movie.com/#about

Philip K. Dick - ele-king

 三田格がまだ20歳そこそこの若者だったころ編集した本に、『あぶくの城―フィリップ・K.ディックの研究読本』がある。「あぶくの城」というのはパレ・シャンブルクというノイエ・ドイッチェ・ヴェレのバンド名の日本語訳だが、たしかにディック風な響きがある。当時まだディックなんて作家は、ほとんど知られていなかった時代に(まあ、パレ・シャンブルクもだが)、それは日本で初めて編まれた研究読本だった。ぼくの記憶では、たしか三田格の文章の題名は「サイコロを振るのは俺だ」とかなんとかキザな題名で、この男は何者なんだろうと思った。
 今回の主役は、『あぶくの城』ではない。気鋭のドゥルーズ研究者がディックに挑んだ『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』(ダヴィッド・ラプジャード著 堀千晶訳 月曜社)。その刊行記念としてトークショーがある。翻訳を担当したドゥルーズ研究者として名高い堀千晶、そして三田格。司会は早助よう子。
 ひょんな理由から、今年はン十年ぶりに『高い城の男』を再読して、60年代に書かれた小説でありながら、日本人のオタク気質の描き方のうまさに舌を巻いたばかりだった。フライング・ロータスもディックは愛読しているし、グレッグ・テイトは『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を逃亡奴隷の物語として解釈している。もういちどディックと出会うときが来た。

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日時 12月3日 15時~
会場 shy 室伏鴻アーカイブカフェ(東京都新宿区早稲田鶴巻町557 小笠原ビル1F)
https://www.facebook.com/cafeshy
会費 1500円(飲食代込) 定員20名 *トーク後にワインと軽いおつまみを出します。

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AMBIENT KYOTO 2023最新情報 - ele-king

 好評開催中の「AMBIENT KYOTO 2023」、最新情報のお届けです。会場ごとに撮りおろした参加アーティストの作品動画が本日より公開となります。坂本龍一+高谷史郎、コーネリアスバッファロー・ドーター山本精一の4組分、2023年末までの限定公開です。

 あわせて、イベント情報も発表されています。12月10日(日)、坂本高谷作品が公開されている京都新聞ビル地下1階にて、原摩利彦+中山晃子、古舘健+YPY(日野浩志郎)、E.O.U.+Saeko Ehara、小松千倫+jvnpeyによるパフォーマンスが披露されます。その後京都メトロにてアフターパーティも予定されているとのこと。ぜひ足を運んでみてください。

AMBIENT KYOTO 2023
-撮り下ろし作品 スペシャルムービーを2023年11月20日(月)より期間限定公開
-コラボレーションイベント ACTIONS in AMBIENT KYOTO 12月10日(日)開催決定
会期:2023年10月6日(金) - 12月24日(日)

2023年10月6日(金)より12月24日(日)まで、京都の2会場を舞台に開催されている、アンビエントをテーマにした音・映像・光のインスタレーション展「AMBIENT KYOTO 2023」より最新情報をお送りします。

参加アーティスト 坂本龍一 + 高谷史郎、コーネリアス、バッファロー・ドーター、山本精一 の作品動画を、会場ごとに撮り下ろし、11月20日(月)より2023年末まで、期間限定で公開いたします。

また、「AMBIENT KYOTO 2023」とのコラボレーションイベントとして、「ACTIONS in AMBIENT KYOTO」の開催が決定しました。12月10日(日)には、「坂本龍一 + 高谷史郎 | async - immersion 2023」作品が展開されて いる京都新聞ビル地下1階にて、ライブ・パフォーマンスが行われます。
その他、「Farmoon x Miu Sakamoto "wonder" X AMBIENT KYOTO 2023」が開催されるなど、会期終了まで様々 なコラボレーションイベントも実施する予定です。

会期も折り返し地点を迎えた「AMBIENT KYOTO 2023」をさまざまな角度からお楽しみください。

◉会場: 京都新聞ビル地下1階
坂本龍一 + 高谷史郎 | async - immersion 2023

動画リンク: https://youtu.be/6TzTRUlqb9A

坂本龍一が2017年に発表したスタジオ・アルバム『async』をベースに制作 された高谷史郎とのコラボレーション作品の最新版。京都新聞ビル地下の広 大な空間を使い展開するサイトスペシフィックなインスタレーション。

作品詳細・アーティストコメント
https://ambientkyoto.com/exhibition

◉会場:京都中央信用金庫 旧厚生センター
Cornelius、Buffalo Daughter、山本精一 3組のアーティスト作品

動画リンク: https://youtu.be/70Y0hRh3EjM

Cornelius : QUANTUM GHOSTS / TOO PURE / 霧中夢 -Dream in the Mist-
Buffalo Daughter : Everything Valley / ET(Densha)
山本精一 Silhouette

詳細は下記よりご覧ください。
作品詳細・アーティストコメント https://ambientkyoto.com/exhibition
作品&アーティスト概要資料 https://www.how-pr.co.jp/pressrelease/2023_AmbientKyoto_works.pdf

【コラボレーションイベント】
ACTIONS in AMBIENT KYOTO

京都新聞本社ビル地下1階の坂本龍一+高谷史郎による「async - immersion 2023」のために設置された横幅20mを超えるLEDスクリーン、そして、30台以上のスピーカーを活用した4組のコラボレーション・ライブ・パフォーマンスを開催します。広大な空間にエクスペリメンタルな音響が漂います。終演後にはmetroにてアフターパーティーを開催予定。詳細は、下記ウェブサイトをご覧ください。
https://interference-resonance.ekran.jp/

開催概要 日時:12月10日(日)
会場: 京都新聞ビル地下1階

ライブパフォーマンス
・原摩利彦と中山晃子が初のコラボレーション。
・古舘 健とYPYこと日野浩志郎によるオーディオビジュアルのデュオパフォーマンス。
・近年、クラブ/レイブシーンで大きく注目を集めるE.O.U.のパフォーマンスに、AIとジェネラティブアートを組み合わせたビジュアル作品を発表しているSaeko Eharaが映像で参加。
・現代美術と音楽の間で活動する小松千倫と新進ビジュアルアーティストであるjvnpeyによるコラボレーションパフォーマンス。

公式ホームページ. https://ambientkyoto.com
X.  https://twitter.com/ambientkyoto
Instagram. https://www.instagram.com/ambientkyoto
Facebook. https://www.facebook.com/ambientkyoto

水谷:まずこの写真を見てください。これ91年の『The Source』っていう雑誌なんですけど、この年のヒップホップのチャートなのですが。

山崎:1位はNWA。大々的に取り上げられていますね。

水谷:歴史的にはこの4位のパブリック・エナミーはどうかなと思いますが、PEやNWAはすでに大スターで別世界なので置いといて。2位がブランド・ヌビアン。3位がATCQの『Low End Theory』。5位がデ・ラ・ソウル。で、6位にメイン・ソースの『Breaking Atoms』なんですけど。

山崎:6位に『Breaking Atoms』って当時の日本の状況からしたらこれはものすごく評価が高いですね。7位のゲトー・ボーイズ、これも日本ではあまり聞かなかった気がします。

水谷:ゲトー・ボーイズは本国アメリカでは当時から評価が高いです。リリックがいいんですよ。日本人ではわからない部分ですが、それでこの評価がついていると思います。このアルバムに入ってる「Mind Plays Trick On Me」はクラシックですね。

山崎:僕はこの頃はレアグルーヴ一色でヒップホップを全然聴いてなかったので、当時の状況はあまりわからないですが、ナイス・アンド・スムースはオザケンがらみで人気があったとか、そんな事しか記憶ないです。『Low End Theory』とかはもちろん後から聴きましたけど。

水谷:今回は『Breaking Atoms』のサンプリングの芸術性について語らせていただきたいのですが、この写真の中で比べてみると、デ・ラ・ソウルはアルバム通してかなりの楽曲数をサンプリングで贅沢につかっているので、カラフルな仕上がりになっている。Mighty Ryedersの「Evil Vibrations」使いで有名な、「A Roller Skating Jam Named "Saturdays"」もここに収録されています。ATCQの『Low End Theory』はセンスの良いサンプリングとそもそものレコーディング状況がめちゃくちゃ良くて音質が良いという印象。1曲目のロン・カーターのベース演奏がとても評価されてましたね。ギャングスターはジャズ・サンプリングで、DJプレミアはまだネクスト・レベルに行っていない頃。サイプレス・ヒルのこれは名盤ですね。この後ロックな方向にいくのですが、このアルバムはネタの使い方がよくていいですよ。

山崎:当時この並びに『Breaking Atoms』が入ってくるってちょっと驚きですね。今ではその良さは広まっていますが。アメリカでは最初から高評価だったんですね。

水谷:そうですね。当時は『Breaking Atoms』は渋いというか、派手さはあまり感じなかったので僕もそうでもなかったのですが、でも今あらためて振り返ってみると、このアルバム、サンプリングですごいことをやっているんですね。

山崎:確かに聴いてみると複雑な作りをしているというか、同時代の主流だったネタ一発ではないですよね。

水谷:今回は細かなところまで分析しつつ、『Breaking Atoms』におけるメイン・ソースの偉業を伝えられればと思います。またVGAのYouTubeチャンネル、MOMOYAMA RADIOでは『MAIN SOURCE SAMPLING 90% ORIGINAL PEACH MOUNTAIN MIX』と題して、メイン・ソースのサンプリング素材のみで作ったMIXも公開中です。ぜひ聴きながらご一読ください。

□Snake Eyes

水谷:冒頭を飾るこの曲の始まりのネタはIke Turner and The Kings of Rhythm の「Getting Nasty」。

山崎:この始まり方は(良い意味で)渋いですね。

水谷:デ・ラ・ソウルはどちらかというと「Evil Vibrations」がわかりやすい例ですけれど、洗練されたサウンドを上手く使いますが、メイン・ソースは60年代後半のソウル/ファンク系をよく使いますね。泥臭い楽曲というか。当時は僕も高校生なので、どうしてもお洒落で派手なデ・ラ・ソウルを優先して聴いていましたね。

山崎:でもラージ・プロフェッサー(メイン・ソースの主要メンバー)もまだ十代後半か、二十歳そこそこ。このセンスは日本人からするとそうとう大人っぽい。

水谷:このイントロを経てJohnnie Taylorの「Watermelon Man」からJesse Andersonの「Mighty Mighty」へと展開する。どちらも60年代の楽曲です。

山崎:渋いサンプリング・センスですが1曲目にふさわしいテンション高めの楽曲に仕上げているところが素晴らしいですね。

□Just Hangin' Out

水谷:メインのネタになっているのはSister Nancyの「Bam Bam」なのですが、これもまたメイン・ソースの特徴ですね。レゲエ・ネタをよく使います。ラージ・プロフェッサー以外の2人のメンバー、K-CutとSir Scratchは兄弟なんですが、ジャマイカ系のカナダ出身なんです。

山崎:エディー・グラントを親族に持つらしいですよね。

水谷:メイン・ソースというとラージ・プロフェッサーばかりが目立っていますが、K-CutとSir Scratch(の兄弟)もいい仕事してたんだと思います。メイン・ソースの音には彼らのエッセンスも大きく反映されている。
そしてそこに重ねてくるもう一つのネタが、Vanessa Kendrickの「"90%" of Me Is You」です。

この曲はグウェン・マクレエのヴァージョンがヒットして有名ですが、このVanessa Kendrickの方がオリジナルなんです。このレコード、ノーザン・ソウル人気曲でもあるんで800USD以上で落札されたりもする激レア盤なのですが、91年でグウェン・マクレエじゃなくてこっちを使っているって相当すごいですよ。

山崎:グウェン・マクレエよりもこっちのバージョンの方が内容もいいですね。でも普通なら市場に数の多いグウェン・マクレエを使いそうですが。

水谷:この曲が入っているグウェン・マクレエのアルバムにはもう一つネタものとして有名な曲もあるので、グウェンの「"90%" of Me Is You」はネタとしては定番なのですが、他とは違うことをやってやろうというラージ・プロフェッサーの気概が感じられるチョイスです。

□Looking At The Front Door

水谷:これもまたメイン・ソースの重要な楽曲です。

山崎:これはドナルド・バードの人気曲「Think Twice」ネタですね。

水谷:ATCQ も『People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』(1990年)収録の「Footprints」で同じ曲の同フレーズをサンプリングしていますが、厳密に言うと使っている場所は全然違う箇所です。ATCQではフレーズそのままなのに対してこちらはThe Pazant Brothers and The Beaufort Expressの「Chick A Boom」を重ねて使っているあたり、メイン・ソースの方が一歩先に行っている感じがします。「Looking At The Front Door」のシングル・カットは1990年と、この二つはほぼ同時期のリリースなのでどっちが真似したとかはないかと思いますが。

山崎:「Footprints」はStevie Wonderの「Sir Duke」のイントロで始まって「Think Twice」に繋がっているので今聴くと大味に感じてしまいますね。

水谷:メイン・ソースはコーラスというか歌ネタの重ね方がうまいんですよ。普通なら別曲のメロディを重ねるって音と音がバッティングしてうまくいかないと思うんですけどね。相当な技量と努力を感じますね。

山崎:イントロもDetroit Emeralds の「You're Getting a Little Too Smart」を使っていてかっこいい。ビートのセレクトのセンスも抜群です。

水谷:イントロから曲に入る箇所でKen Lazarusの「So Good Together」の声を使用していてそこもハマっている。これもレゲエですね。で、このネタは次に繋がるんです。

□Large Professor

山崎:次の曲はその名も「Large Professor」です。

水谷:この曲のトラックのメインで使われているネタ、以前はわからなかったんですよ。でも好きな曲だったので、この軽快なカッティング・ギターの原曲はなんなんだろうってずっと思っていました。で、その後、判明したんですけど、これも先ほどのKen Lazarusの「So Good Together」なんです。

山崎:調べてみたらこの曲はカナダのモントリオール出身のシンガー・ソングライター、アンディ・キムのヒット曲のカバーなんですね。レゲエ・シーンでもほぼ知られていない、こんな超マイナーな楽曲を91年にチョイスしているなんて驚きです。

水谷:カナダといえばK-CutとSir Scratchもカナダ出身なので、そこでつながってきますね。

山崎:この流れからCharles Wright & The Watts 103rd St Rhythm Bandの曲を経て、The Mohawksの「The Champ」に繋がる流れもスムースですね。The Mohawksはジャマイカ系イギリス人バンドなので、ここでもレゲエ要素が入っている。しかもお決まりのブレイクではない、オルガン部分を使っています。

水谷:ジャマイカ系カナダ人ならではの知識とラージ・プロフェッサーのセンスがあわさったからこそこの曲はできたんだと思います。奇跡の楽曲ですね。

□Just A Friendly Game Of Baseball

水谷:これはLou Donaldsonの「Pot Belly」使いですね。この曲はUltimate Breaks & Beats25th(1991)にも入っています。

山崎:この曲はDivine StylerのIt's a Black Thing(1989)やATCQの「Can I Kick It?」(1990)のB面に入っているシングル曲、「If the Papes Come」(1990)でも使われている定番曲ですね。メイン・ソースもこれはほぼそのまま使用していますが、途中でJBや9th Creation に加えてElephant's Memoryというサイケロックバンドの楽曲「Mongoose」を差し込んでくるあたりのセンスは素晴らしいです。

□Scratch & Kut

山崎:この曲はちょっと珍しい感じですね。ドラムマシン的なビートにその名の通りスクラッチとカットインがメインのインスト曲です。K-CutとSir Scratch、二人のスクラッチもかっこいいですね。

水谷:この曲はタイトルも二人の名前ですし、兄弟がメインなのではないでしょうか。
ザ・サイエンスが幻のセカンドとして、兄弟だけになってしまったサードの『Fuck What You Think』はラージ・プロフェッサー脱退という事実が先行しての低評価ですが、意外と良いネタをサンプリングしているんですよ。そのチョイスは本『Breaking Atoms』でもうかがい知れますし、やはり3人揃っていいバランスなんですね。

山崎:ここまででざっとではありますが、A面の楽曲を解析しました。B面の話は次回ということで。

水谷:B面には「Live At The Barbeque」もありますから。

山崎:これもネタ定番のBob James「Nautilus」を革新的な使い方しているので詳しく分析しつつ、ザ・サイエンスについても触れながらアナライズしていきましょう。


Main Source / Breaking Atoms
https://anywherestore.p-vine.jp/en/search?q=main+source


MAIN SOURCE / THE SCIENCE Limited Test Pressing
https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-5012/

Wolf Eyes - ele-king

 昨年、アーロン・ディロウェイの来日公演を実現させた日本の〈Rockatansky Records〉が、今度はウルフ・アイズの新作アルバムをリリースした。
 ここしばらくはあまり目立っていなかったアメリカはアナーバーのノイズ・デュオだが、今年は〈Warp〉傘下の〈Disciples〉からすでに2枚のアルバムを発表し、そしてさらにまた新たなノイズを解き放つ。来年もまた動きがありそうだし、最近知った人も注目してみてください。



Wolf Eyes
Dumpsters & Attitude

Rockatansky Records
https://wolf-eyes.bandcamp.com/album/dumpsters-attitude

/|/ /-/ /< - ele-king

 世界を飛び回る、異端の電子音楽家、われらがNHKコーヘイの新作がまたしてもリリースされる。今度はパウウェルのレーベルから。以下、レーベルの資料より。
 これは現在のためのアルバムだ。なんとも残酷な世界だが、『ホワット・ユー・ノウ』は純粋な楽観主義だけを扱っている。 実際、現在の地政学的情勢を考えると、この音楽のあまりの高揚感に戸惑う人もいる。かつて坂本龍一は彼の音楽についてこう語った。「この人は、私にはよく理解できない世界観を持っている.....」
 アルバムのトラックは、コーヘイ・マツナガの研ぎ澄まされたシンセサイザーによって、やる気を起こさせ、元気を与えてくれるだろう。 1時間以内に気分が良くなるか、さもなければお金を返せだ!(いや、そんなことはないはず)

/|/ /-/ /<
What You Know [DIAG064]

Diagonal Records

https://nhkyxkoyxen.bandcamp.com/album/what-you-know-diag064

仙人掌 & S-kaine - ele-king

 ソロMONJU、〈DOGEAR RECORDS〉の一員として東京を中心に活動を続けているラッパー、仙人掌。その新作は、大阪の若きラッパー/ビートメイカー、S-kaine との共作アルバムだ。『82_01』というタイトルにあらわれているように、82年生まれと01年生まれによるこのタッグは、地域のみならず世代も超えたコラボとなっている。
 配信ではすでに聴くことができるが、1曲追加収録曲のあるCD盤は11月20日にリリースとのこと。チェックしておきましょう。

11/20 (MON) より全国CDショップにて販売開始予定

82年生まれ、東京のHIPHOPをリードするMC・仙人掌の久々のまとまったリリースは、01年生まれ、大阪は西成で育った次世代のHIPHOPを担うMC/ビートメイカー・S-kaineとガッツリ組んだジョイント作、その名も『82_01』だ。場所も世代も越えて絡み合う二頭の龍が耳元で火を噴けば、彼らが見つめた街の景色、フロアで踊る友達や仲間の姿......痛みや救いの混じり合った、たくさんの夜の記憶がすぐさま鮮明に立ち上がる。とりわけ目を見張るのは、仙人掌とS-kaineの両者が刺激し合い、それぞれのラップに新たなフィーリングを宿らせていることだ。成熟した仙人掌のラップはより深く街の声に呼応して軽快に躍動し、若きS-kaineは自身の存在をHIPHOP史へとさらに色濃く書き記すようにドープな夜を鋭くライムしている。そう、『82_01』は彼らが夜の街へ繰り出し、繋がり、お互いのこれまでに触れて、それぞれが自らを更新したことの証明なのだ。そうして生まれた、このみずみずしく強靭なグルーヴは、再生するたびに強度を増して、あなたの身体に染み付いた夜の痕跡を、何度でも明日の希望へと書き換えていくだろう。ここにある可能性を、その耳でたしかめて欲しい。

Title : 82_01
Artist : 仙人掌 & S-kaine
Release Date : 2023/11/20 (MON)
Format : CD
Price:¥2.500- (税別)

■Track List

01. STEEL ATTITUDE Prod By ENDRUN
02. SWITCH ON Prod By ENDRUN
03. BIRDS (feat. CHAKRA) Prod By GWOP SULLIVAN
04. STRANGE LENS Prod By LAF
05. 残党2023 (feat. MC Spirytus) Prod By Juda
06. UNDER THE MOON Prod By DJ GQ
07. RETURN TRIP (feat. SEDY NEZZ) Prod By Juda
08. WISH Prod By Juda
09. OUR MUSIC Prod By Juda
10. 82_01 TO CONTINUE Prod By Juda

All Produced By 82_01
Track 3,4 Cuts By DJ K-FLASH
Mix&Mastered By TAKANOME
Design&Layout By SPECDEE
Photo By CAYO IMAEDA
Recorded By J.Studio Tokyo,BMJ Studio Fukuoka,WMI Studio Osaka,103LAB.

[仙人掌 & S-kaine プロフィール]

東京を中心に活動するMONJU / DOGEAR RECORDSの一員であるラッパーの仙人掌と、大阪の次世代を担う気鋭のラッパー/ビートメイカーのS-kaine。
82年生まれと01年生まれという場所も世代をも超えて、HIPHOPという共通言語のみで繋がり生まれたスペシャルジョイント。

Road Trip To 全感覚祭 - ele-king

 GEZANが主宰するレーベル〈十三月〉による野外イヴェント、「Road Trip To 全感覚祭」が急遽開催されることになった。これまで「全感覚祭」は入場フリーの投げ銭制という独自のアイディアで運営されてきたフェスだが、パンデミックをはさみ、あらためて「Road Trip To 全感覚祭」としてひさびさに敢行される。
 会場は川崎のちどり公園。今回はチケット制で、明日8日より発売開始。GEZANのほか渋さ知らズ、ゆるふわギャング、踊ってばかりの国などなど、出演者30組も発表されている。マヒトゥ・ザ・ピーポーによるメッセージとともに、下記からご確認ください。

GEZAN主宰レーベル・十三月が主催する野外イベント『Road Trip To 全感覚祭』、開催地詳細や出演者30組を発表! (※マヒトゥ・ザ・ピーポーよりコメントあり)

GEZAN主宰レーベル・十三月が11月18日(土)深夜に開催する野外イベント『Road Trip To 全感覚祭』の現時点での詳細が明らかになった。今回発表されたのはライブアクト15組、展示やマーケットなどで参加する作家/アーティスト16組の計31組で、更なる追加発表も予定されているとのこと。

【全感覚祭】は十三月が “面白さの価値は自分で決めてほしい” というコンセプトで入場フリーの投げ銭制で開催してきた野外フェス。2019年以来、コロナ禍を経て久々となる今回は『Road Trip To 全感覚祭』と題しての緊急開催。
開催地は全感覚祭では初となる川崎・ちどり公園。20時オープン21時スタート、全感覚祭ならではの濃厚ラインナップが明け方まで展開される。

また今回は投げ銭ではなく、金額別のチケット制となることも併せて発表された。チケット金額については先着順で来場者が選べる形となっている。
来場予定の方は特設サイトに掲載されている『Road Trip To 全感覚祭』に向けてのマヒトゥ・ザ・ピーポーからのステートメント、そして注意事項を熟読の上で明日、11月8日(水)21時からPeatixにて販売されるチケットを申し込んでほしい。

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Road Trip To 全感覚祭

act :
GEZAN
渋さ知らズ
ゆるふわギャング
踊ってばかりの国
切腹ピストルズ
moreru
鎮座DOPENESS
Glans
やっほー
KOPY
abos
penisboys
高倉健
YELLOWUHURU
THE GUAYS
and more…

artist :
STANG
飯田団紅
Masahiro Yoshimoto
Teji
高橋盾(UNDERCOVER)
harune.h
とんだ林蘭
前田流星
ソノダノア
北山雅和
YUICHIRO TAMAKI
佐藤円
NAZE
蝉丸
名越啓介
池野詩織

2023.11.18 saturday midnight
Chidori Park, Kawasaki
open/start 20:00/21:00

Ticket : Peatix 【 https://zenkankakusai2023.peatix.com
A : ¥3,000 / B : ¥5,000 / C : ¥7,000
11/8 wed. 21:00 ON SALE

※18歳未満のお客様は保護者様同伴の上ご来場ください。保護者様がいらっしゃらない18歳未満のお客様の入場はお断りいたします。
※23時~4時の間は18歳未満のお客様は会場内に滞在出来ませんので必ずご退場お願いいたします。
※会場受付にてIDチェックを行います。顔写真付き身分証明書をご持参ください。
※チケットを複数枚ご購入される方は、ご入場時必ずチケット分の人数が揃った状態でご入場ください。

info : zenkankaku@gmail.com

ビジュアルとアーティストと作家の第一弾を公開しました。
2023/11/18、Road trip to 全感覚祭を川崎ちどり公園で20:00から日の出にかけて開催します。期間の限られた中でチーム一丸、火ついた矢のごとく駆け抜けています。
来場する方は下にある注意事項やステートメントを必ず読んでからエントリーお願いします。

会場のキャパは2000人になります。この人数以上は来場できません。
販売方法はPeatixで¥3000¥5000¥7000のチケットを11/8(水) 21:00より販売します。チケット枠にはそれぞれ限りがある購入制で当日はこれにプラス、投げ銭を募集し、2000円以上で全感覚手ぬぐいを手に入れられます。
今日までに事前投げ銭やTシャツなどサポートしてくれた方、本当にありがとう。できることできないこと、たくさんの気持ちがありますが今祭はもちろん、このRoad tripを来年の全感覚祭につなげていきます。

駐車場は使用できないので車は原則禁止です。渋谷駅からJR川崎駅まで約30分、川崎駅よりタクシー 約10分、バスで約20分でこれるアクセスのいい場所になります。都内からタクシーでも8000円くらいでこれるので、相乗りしてくるのも推奨です。

アーティストの告知してから10日前後で本番という興行目線をぶっちぎった開催で、人が集まるのか、集まったとて予算がはまるのか、無事走り切れるのか、億万の不安はありますが全集中力を総動員していい時間をたぐりよせる。
会場で必要な資材やは準備がギリギリなのもあってコストがあがってしまった。とにかく背伸びせずに今やれることの全力をやる。

祭りをはじめると当たり前のことなんて何一つないんだと実感する。ステージ一つ、音響一つ、ゴミ箱一つ、演者や裏方の気持ち一つ、何一つ当たり前のことなんてないのだと気づく。
出演してくれる演者も二つ返事でのってきてくれたアーティストばかりで、同調ではなく同時代を並走する気概に心あおられる。

11/18 レーザーで祭壇をつくろうと思ってる。先日出演したfrueでも色んな人とたくさんOLAibiの話をした。祭りでそんな風に話すことは健全だと思う。距離が近かった人も遠い人もいるだろうけど、音楽を生きてきた人はピュアな意識を世界に溶かしてきたのだから、友達とお客さんも境界もないし、さよならのためじゃない花をそなえたい。きっと笑ってくれると思うんだな。

ルールはルールで、それ以上にその場所その瞬間で想像力と思いやりが交錯するところをイメージしています。
2023年、終わりに向かっていく今、わたしたちがやり残したこと、Road Trip To 全感覚祭よろしくお願いします。

(マヒトゥ・ザ・ピーポー)

CS + Kreme, Kassem Mosse, livwutang & YPY - ele-king

 今年精力的にパーティを開催してきたファッション・ブランドの〈C.E〉。その2023年最後のパーティの内容が発表されている。〈The Trilogy Tapes〉から作品をリリースするメルボルンのCS + Kremeは今回が初来日。
今年充実のアルバムを送り出したカッセム・モッセ。さらにそこに〈C.E〉のパーティには初出演となるlivwutangYPYの2組が加わる。全4組中3組がライヴでの出演とのことで、新しい試みに満ちた〈C.E〉のパーティを堪能しよう。会場はおなじみの表参道VENTです。

[11月27日追記]
 新たに追加出演者が発表されました。ロンドンをベースに活動するDJのCõvcoが登場。また、会場のみ限定で販売されるTシャツについても告知されています。


ブライアン・イーノ - ele-king

 グラム・ロック、アート・ポップ、エレクトロニック・ミュージック、前衛、アンビエント等、いくつもの領域にリーチし「万能ポリマス」ぶりを誇ってきたブライアン・イーノにも死角がある。ライヴ・パフォーマンスだ。

 ライヴ活動を完全に回避してきたわけではないが、近年では2009&10年開催の芸術祭向けプログラム「This is Pure Scenius!」、21年にアクロポリスで弟ロジャーと初コンサートと、散発的なのは確かだ。ワークシャイ(仕事嫌い)ならぬツアーシャイ? その意味でも、ロキシー・ミュージックを脱退しソロに転じて50年後に、イーノが「Ships across Europe」と題してヴェニス、ベルリン、パリ、ユトレヒト、ロンドンを初めてツアーすることになったニュースは世界の音楽ファンを驚かせた。

 ヴェネツィア・ビエンナーレで特別功労賞を受賞したイーノは、同ビエンナーレ音楽部門向けのプログラム制作を依頼された。結果生まれたクリスチャン・ヤルヴィ指揮バルト海フィルハーモニーとの共演作『Ships』を、フェニーチェ劇場でのプレミア後、欧州数カ所のコンサート・ホールで披露。2016年のアルバム『The Ship』篇、そして過去の作品からセレクトされた「歌もの/ヴォイスもの」篇から成る二部構成だ。ゲストとして、イーノ組常連リオ・エイブラムス(G)とピーター・チルヴァース(Keys)、そして声楽家/作曲家メラニー・パッペンハイムと俳優ピーター・セラフィノヴィッチ(朗読)も参加した。

 開演前からスモークがうっすら漂う会場内。後方にキーボード、ドラム他の演奏台がひな壇式に組まれただけのシンプルなステージだ。着席しても、イーノの重い腰を上げさせたのは何か? なぜ「今」実現したのか?と素朴な疑問が頭をよぎる。その疑問は、ヤルヴィとバルト海フィルを実際に体験して氷解した。イーノ自身、『The Ship』のライヴ版を構想していく中で浮かんだ「スコアではなくハートから演奏する、若くフレッシュな演奏家を」という要望を彼らはすべて満たしていた、と述べているが(しかも「海」が名前に付くので「船」とも語呂がいいのが決め手だったらしい)、このオケがあってこそ実現可能なパフォーマンスだった。

 客電が落ち、数秒の沈黙の後、フルートの響きがかすかに流れてくる。フルート奏者を先頭に両袖からオーケストラのメンバーがひとり、またひとり……と暗いステージに足を踏み入れ、徐々に増すアンビエンスの中に霧笛を思わせるホーンが寂しげにうなる。ドローンやかすれる弦が生むノイズは「綺麗ではないアンビエント」で、『The Ship』のモチーフのひとつであるタイタニック号の夜間航行の雰囲気。ヴァイオリン他の手持ち楽器を担当するミュージシャンは演奏しながらステージを淡々と歩き回り、その光景は雑踏のようでもあり、幽霊の群れのようでもあり、集団労働の場のようでもある。全員、黒地に様々な色の大きな丸を染め抜いたTシャツ&黒ズボン姿。ひな壇の上の、シンセ他のハードウェアが囲む中央ブースにイーノが立った。

 バルト海沿岸10国(ヤルヴィの出身国エストニアも含む)の音楽家育成のため2008年に設立されたユース・オーケストラを母体とするバルト海フィル(32名)は見たところ20〜30代。ハープやチェロといった大型楽器奏者以外は椅子を使わず譜面台もなしで、リード/弦/金管勢は曲の展開に合わせて持ち場を変え、観客に背を向けたり床に座ったり、コーラスを添える。バスティルとの共演はオーソドックスなスタイルで演奏しているが、今晩の彼らは「バックの楽団」ではなく文字通り「パフォーマー」だ。

 それ以上に目を奪うのがヤルヴィの指揮ぶり。「熱血指導」と形容される彼のスタイルは、クラシック音楽ファンの間ではつとに知られているらしい。一応ステージ前方中央がポジションとはいえ、団員の中に分け入って面前で細かく指示を出し、歩き回り、跳ね、グルーヴにノり、歌い、フレームドラムを叩き、満面の笑顔で観客を煽る――イーノはヤルヴィを「船長」と呼び、かつ「この人はトチ狂ってる!(笑)」と紹介していたが、ここまで「全身を使ってコンダクト」する指揮者にはお目にかかったことがない。ジャズやヒップホップを吸収した室内楽アンサンブルから始まり、スティーヴ・ライシュからマックス・リヒターまで多彩な共演を果たす等、20世紀の重鎮(旧世代)と彼らに影響されたコンポーザー(新世代)を橋渡しする意欲的なこの御仁(作曲家でもある)は、なるほど複数のモードとジャンルが混じった本パフォーマンスのキャプテンにふさわしい。

 ゆえにこの型破りなコンサートをデイヴィッド・バーンの『American Utopia』と比較する声があったのも、ある程度は理解できた。しかし『Ships』は『〜Utopia』のようにガチに振付けされたミュージカルではなく、ストーリー性も「提示」というより「喚起」だ。それは、刻々とモーフしていく音像と抽象的なヴォーカリゼイション――『The Ship』で歌われる/朗読されるのは、第一次世界大戦時の歌やタイタニック号沈没報告書等をアルゴリズムを用いて変換・生成した言葉だ――というコンポジションの性質が大きい。

 20分以上にわたるダーク・アンビエントなタイトル組曲“The Ship”は、冒頭のさざめきがいつしか群青の海に姿を変え、ピンスポットに浮かび上がったイーノが歌い始める。ハーモナイザーで加工しているものの、ロシア正教会聖歌風の歌唱が深々と響く。アルバム版はシンセが基調だが、オケの生音で聴くと立体的な隆起性や重力がそこに加わる。『The Ship』は元々オーディオ・インスタレーションとして創案され、多種多様なスピーカーやチャンネルが用いられた。イーノは「スピーカー群をオーケストラ楽器の一群のように捉える」と語っていたが、このパフォーマンスはその発想を逆転させたものと言える。演奏者が移動し、向きを変え、しゃがんでいた状態から立ち上がるにつれ、サウンドの遠近・高低・バランスも微妙に変化。「動き回るオケ」というのは一見ギミックぽいが、それは『The Ship』を生演奏で体験するための必然だった。

 雅楽的なパーカッションに同期して照明が明滅し、女性と男性のミステリアスなささやき――テープではなく、リアルタイムで加工されてはいただろうが、ブレスやマイクとの距離等々で声の響き方を見事にコントロールしている――が入り混じる。すれ違う記憶、もどかしさ。クリス・マルケルの映画を思わせる瞑想的なムードの中、最後は「Wave, after wave / after wave…」のリフレインが引き潮のように残った。

 続く“Fickle Sun”組曲は、コントラストを強調しドラマ性を高めた演奏だった。“Fickle Sun 1”で、チェロやヴィオラが敷く不気味なドローンの上をイーノの達観した「And on the day the work is done…」の声が流れる。縁の下の力持ち的存在だった管楽器が威力を発揮し出し、弦の刻む重音とねじられうめくヴォーカルも緊迫感を煽る。暗かった舞台をオレンジの照明が煌々と照らし、吹き荒れるスモーク――クレッシェンドの迫力はさながら『地獄の黙示録』の爆撃場面(いや、この楽曲のモチーフを思えば『西部戦線異状なし』か)で、うなり、振動する大音圧が皮膚にじかに感じられる。ドゥームメタルのライヴに近い聴体験だったが、決して耳に負担ではないのはライヴ音響担当者の功績だ。ほんと、とんでもなく良いサウンドだった。

 業火が吹き荒れた後に、「All the boys are falling down…」と歌い始めるイーノ。このパートはマニピュレートしない地声で、無防備なぶん哀感が増す。古い宗教歌や民謡を彷彿させるハーモニーがせりあがり、「テ・テ・テ・テ・テ…」と一音をループする女声が精霊のように飛び交う異界に落ち、舞台は暗転した。しばし間を置き、頭上から黄金色の照明がハープに注がれ、その雅びなメロディとコントラバスのかすかなタッチを伴い、セラフィノヴィッチが美声で朗読を披露。短歌にしろソネットにしろ、詩とは本来こうして「耳で聴く」ものだったのを思い起こす。声は楽器だ。

 ムードが落ち着いたところで舞台全体に少しずつ照明が復活し、フルートの調べに導かれる形でヴァイオリン奏者9名もステージに戻ってくる。デリケートな潮のごとく満ちていく音の海の中から、紛うことなきルー・リードのあのコード感覚が浮上してくる。それだけで筆者は不覚にも涙してしまったが、甘くも芯は太い声でイーノの歌いあげる「And now I'm set free / To find a new illusion」にどうしようもなく情感が高まり、涙腺の堰は決壊。ステージ上の全員が初めて一斉に観客に顔を向け、照らされた観客席と一体となった。「私は自由になった/また新たな幻影(物語)を見つけるために」のフレーズのイーノ解釈は、歴史という名の「物語の累積」から解放され、自分自身で新たな物語を見つける自由を得た歓びだ。未来に希望を捧げるフィナーレ。

 この貴重な機会を無駄にするわけにはいかないとばかりに、「じゃあ、あと何曲かやるよ」と第二部がスタート。「50年近く前に書いた曲だ」のMCに場内にさざめきが走り、照明が緑/青/紫にスイッチしのどかな鳥の歌声と川のせせらぎが響き出す――名曲“By This River”だ。至福。ピアノのパートをハープが紡いだことで、アルカイックとモダンが混ざり合った不思議に根元的で透徹した原曲の味わいに素朴でメルヘンな響きが増している。ピアニッシモな美とメランコリーで内側から輝く素晴らしい演奏だった。

 続いて、最新作『Foreverandevernomore』から“Who Gives a Thought”。「誰が蛍のことを気にかけるだろう」という問いかけから始まる歌詞は、川のテーマ続きで納得だ。ディテールに富んだサウンドでアンビエントなサウンドスケープが構築されており、オケの繊細な演奏を堪能。ヤルヴィが振り始めたシェイカーにのってドラムがリズムを刻み、リオ・エイブラムスが軽やかなフレーズを吹き流す。「まさか、“Spinning Away”!?(だったら嬉し過ぎる!)」――と一瞬思ったが、ソロ・コンサートなのでやはりそんなことはなく、(これまたレアなイーノのヴォーカル・アルバム)『Another Day on Earth』収録の“And Then So Clear”。

 この晩初めて一般的な意味での「グルーヴ」が広がり、前列にじーっと座っていた高校生くらいの少年が嬉しそうに身体を揺らし始める。プロセスされたヴォーカルは『Age of』期のOPNを思わせる響きだったが、イーノらしいリリカルでポジなメロディと歌詞の朝焼けのイメージ、バラ色の照明に包まれ、ステージ上の38名が作り出す「歌」――文字通り全員が合唱し、「演奏」していないプレイヤーも楽器のボディを軽く叩きパーカッション部に貢献していた――はあまりに温かく、「アァァァ〜ッ」の最後のコーラスはゴスペル合唱団を思わせるグロリアスさ。これが普通のコンサートだったら、観客も立ち上がり歌に参加していたことだろう。

 スタンディング・オベイションと鳴り止まないアンコールの喝采を受け、パフォーマーがステージに戻ってくる。ヴィオラとチェロのリズミカルなリフがズン・ズン……と拍動し始めムードは一転、不穏に。マリンバも加わりスティーヴ・ライシュ的なミニマリズムが形成され、パッペンハイムの朗誦がダークなサウンド・ポエトリーを編んでいく。演奏後、この“Bone Bomb”(『Another Day on Earth』収録)の背景についてイーノは以下のように語った:

「新聞を読んでいて、自爆テロ犯になることを決意したパレスチナ人少女と、その逆の立場にいるイスラエル人医師の談話、その両方に出くわした。医師いわく自爆テロ犯の骨片は一種の散弾になり、被害・負傷は悲惨さを増す。一方、少女は自分が役に立つにはそれ以外にない、と考えている。実に悲しいことだ。曲を書いた当時(※第二次インティファーダ期)、私は『この紛争はなんとか解決するだろう』と思っていたが、もちろんそれは甘い考えだった」
「過去12日ほどの間に戦火は激化し、パレスチナ人の子供は4千人近く、おそらくイスラエル人もそれくらい命を落としている。にも関わらず英政府は、イスラエル支援のために軍艦を送り込んでいる。とにかく――停戦しようじゃないか! 今夜のマーチャンダイズ販売の収益はチャリティ団体『Medical Aid for Palestinians』に寄付されます。皆さんもぜひ、停戦を求める次回のデモ(※イギリスでは10月14日以来毎土曜に行進がおこなわれている)に参加ください。それが無理でも、寄付をしてください」

 このツアーの始まる少し前に、パレスチナ・イスラエルの即時停戦を訴えるアート・コミュニティからの公開書状にイーノは署名している。しかしこの真摯な人道的呼びかけに対し、満場一致の大喝采……とはいかず、客席の反応がやや及び腰だったのは軽いショックだった。イーノのファンであるような左派〜リベラル勢の間ですら、パレスチナ・イスラエル戦争に対するスタンスを表明することは一種のタブー、触れられたくない腫れ物なのか、と(もちろん、「純粋に音楽を聴くために来たのであって、政治に関する説教は要らん」と感じる観客がいても当然だが)。ちなみに前労働党党首のジェレミー・コービンも観に来ていたが、彼は「一般市民の犠牲に対する批判」としてパレスチナ支援を表明したことで反ユダヤ主義の疑惑をかけられ、党員資格を一時停止されたことがある。それくらい歴史的・政治的・感情的に複雑に入り組んだ問題であり、分断でささくれたこの時代、おいそれとクチバシを突っ込まない方が無難な「火中の栗」なわけだが、公なプラットフォームを持つ者としての責任を放棄せず、自らの信念をはっきり打ち出したイーノに筆者は感動した。

 「この曲を、パレスチナ・イスラエル紛争の犠牲者への一種の鎮魂歌に作り替えました」の言葉に続き、“Making Gardens Out Of Silence”。原曲は寂寥たるアンビエント・ピースだが、コオロギの鳴き声をイントロにサウンドがゆったり膨らんでいき、ヴォコーダー等で処理されたヴォイスの切れ端が織り込まれながら、やがてコズミックな聖歌に発展。宇宙へ――この感覚は、最後に披露された“There Were Bells”の悠久な響きにも流れていた。鳥の声のフィールドレコーディング(空)から始まり、現在のイーノが誇るディープな歌声がおごそかに(地に)降り積もっていく。「Never mind, my love / Let’s wait for the dove」――実に悲痛なメロディは、おそらくこの晩もっともエモーティヴな歌唱で客席に落ちてきた。ミラーボール調の照明はさながら光の祭典で、激しく隆起するサウンドもアナザー・ワールドに向かっていくが、イーノの歌は地に足を着けていた。

 まさに「乗り切った」と言いたい熱演。喝采の中、改めての挨拶でヤルヴィが「皆さん、ブライアン・イーノです!」と紹介し、ライヴ音響エンジニア(3名)&照明スタッフの秀逸な仕事にも謝辞が送られ、熱いねぎらいの喝采が起こる。楽団員、ゲスト・パフォーマーら、全員がステージ前列に並び、そろってお辞儀――これはロック・コンサートでは「お約束」の図式だが、中央のイーノがぼーっと突っ立ったままだったのが印象的だった(ヤルヴィに促され、「あ、そうだっけ!」とばかりに、慌ててお辞儀に参加していた)。ベテランでありながら、この人はどこまでも「素人」だ。

 その微笑ましい姿と、三世代――イーノを最年長に、中年(ヤルヴィ他)、青年(オケ)――が達成感いっぱいの笑顔を浮かべる光景を見ていて、イーノの語った音楽システムの「ヒエラルキー」を思い出した。彼は伝統的な西洋クラシック音楽のオーケストラ構造を、神を頂点に、その声を耳にし記譜した作曲家とそれを指揮するコンダクターが上部に、その下に演奏家が位置し、またそれら演奏家の中でも第一奏者から副奏者までいる……というトップダウン型のピラミッドになぞらえた。対してアフリカ音楽では、実はもっとも大事な基盤を成しているのは単純なビートを淡々と鳴らし続けるいわばヒラの演奏家だ。

 この形容は「音楽はそもそもその成り立ちからして政治的」という話の中で出て来たものだったが、後者の例が民主主義モデルのそれであるのは言うまでもない。この晩の演奏にしても、ポップ〜ロック系コンサートであればヴォーカルが担うフォーカル・ポイントは固定せず、歌う場面でたまにスポットライトが当たる以外はイーノも終始後方に潜んでいた。先述したように、「歌い手」ではない指揮者やオケのメンバーも合唱していた。有機生命体のように全パートが関わり合い、シナプスで連携し、その場の状況に自らの意志・判断でリアクションする集団。それはまさに一隻の大きな船だった。

 アンビエント曲をオケに翻案していく過程で、クラシック音楽界では耳慣れないような、抽象的なリクエストも飛んだことだろう。だが、ヤルヴィとバルト海フィルは「楽譜に書かれた通りの指定を忠実に遂行する」クラシックの伝統に縛られない若さ、そして生き生き自己主張しながらも全体像に貢献するポジなエネルギーで、イーノのアイディアを具現化したと思う。キャリア初期に、イーノはポーツマス・シンフォニアやスクラッチ・オーケストラといった、素人も参加OKの実験的な楽団に加わったことがあった。以降、アートの大海をひとりでボートを漕いで進むことが多かったとはいえ(エゴ云々ではなく、次々生まれるアイディアを形にするのにはその方が速いからだろう)、コラボレーションから生まれるシナジーは常に大事にしてきた。遂に理想的なオケと出会った彼は、75歳にしてこの初体験に果敢に挑んだ。その衰えないチャレンジ精神、サウンドとビジュアルに対する尽きせぬ好奇心、そして過去数年より顕著になっている活動家としての面をひとつにまとめて提示してみせた、まさに「イーノのナウ」が凝縮された素晴らしいコンサートだった。


SET LIST

The Ship
Fickle Sun 1
Fickle Sun 2 - The Hour Is Thin
Fickle Sun 3 - I’m Set Free

By This River
Who Gives a Thought
And Then So Clear
_________________

Bone Bomb
Making Gardens Out Of Silence
There Were Bells

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