「KING」と一致するもの

Michael Pisaro, Matthew Sullivan - ele-king

 今日発売の『ele-king vol.15』に向けてD/P/Iのインタヴューをおこなったわけであるが、かつての同居人に対しての真面目な質疑応答を経てアレックス・グレーのアーティストとしての核心に近づけた気がする。当時LAのあの家で暮らしていた時間が僕にとって最高にバカバカしく、そして最高にクリエイティヴであったのは、アレックス・グレー、ショーン・マッカン、マシュー・サリヴァンという異なるミュージック・バッググラウンドを持つ3人が、相乗効果によって確実に互いを向上させるという環境があったからだ。

 アメリカが失ったポップ・アイコンへの鎮魂歌としてのアンビエント・ユニット1958 - 2009のマシュー・サリヴァンとアレックス・トゥミー(ミラー・トゥ・ミラー/Mirror to Mirror)やジェフ・ウィッチャー(レネ・ヘル/Rene Hell)等の連中はゼロ年代初頭、「ニューウェーヴ・オブ・LAノイズ」と言われたようなシーンを形成するほど精力的に極端なパフォーマンスを展開させていた。彼らはほぼ同時期にノイズからアンビエントへ移行していった。
 同居していた当時、何度かマシュー・サリヴァンにそういった話を振ってみたが、彼いわくそれは意図的な移行ではなく、そもそもアメリカン・ノイズ・(ノット・)ミュージック・シーンに属したこともないし、アンビエント・ミュージックを志したつもりもないという。じゃあ君は君の音源やライヴをまだ体験したことのない人間からどんなサウンドなのか訊ねられたらなんと答えるんだ? という僕の質問を受けた彼は開け放たれた部屋の窓を指差しながら、こんな音だって言うさ、と笑いながら答えた。朝日が差し込む窓からは風が外の木立を揺らしながら吹き込んでいた。

 彼のギター・ミュージックとしてのプロジェクトであるアーン(Earn)のヘル・オン・アース(Hell on Earth)は個人的に昨年のベスト・アンビエント・レコードである。ある種の達成感を得たと語る彼はアーンとしての活動を停止し、また主宰していたDIYカセットレーベル、〈エクヘイン(Ekhein)〉も停止する。彼がミュージック・コンクレートに没頭するきっかけとしては、アカデミックに現代音楽を追求する自分とは異なるバッググラウンドを持つショーン・マッカンとの共同制作が大きいのはもちろんであるが、なにより彼自身の生活の変化にもよるだろう。それまでのレーベル・ワークスを打ち切り、〈プーバー・レコーズ〉での勤務をはじめた彼は、日々の通勤中に膨大なサンプリングと着想を得ているように思われる。一般論において車移動が当たり前であるLAでの生活において、この家の住民たちのように公共交通機関を主として移動する連中も珍しい。いつだったか、いわゆる通勤ラッシュ時に電車に乗っていた日本人の僕は、ガラガラの車内から見えるフリーウェイの猛烈な渋滞が奇妙でならなかった。妙な話であるが、僕はこのときマシュー・サリヴァンの、日常のありふれた情景とグロテスクさを切り取り、それ自体の意味を曖昧にしながら美しい音楽を編む行為に共感した。

 このレコードはマシュー・サリヴァンとアメリカの現代音楽におけるベテラン・コンポーザー/ギタリストであるマイケル・ピサロによるスプリットである。大げさな言い方かもしれないが、これは異なる世代によるアメリカの現代音楽のいまだ。軽薄な快楽主義者である僕が真面目な批評家がごったがえす領域に対してそんな台詞を放っていいものだろうか、はなはだ疑問ではあるが、このレコードの素晴らしさは無視できない。堅苦しいことは何も言えなくてもうしわけないが、少なくとも僕にはアクティヴィティが下がりがちな寒い日々の隙間にこのレコードが新たな意味をもたらしてくれている気がする。

 90年代のドラムンベース・シーンが生んだスター、ゴールディー。彼のレーベル〈メタルヘッズ〉は今年で20年を迎える(1994年は、ドラムンベースが最初に爆発した年でもあった)。ワックス・ドクター、ディリンジャ、ドック・スコット、アレックス・リース、フォーテックなどなど、ハードコア〜ドラムンベース〜ダークコア/アートコア……、レイヴ・ミュージックをより音楽的に洗練させたこのレーベル(そして4ヒーローの〈リーンフォースト〉)があればこそ、今日のUKベース・ミュージックがあると言っても過言ではない。マーラ、アントールド、アコードなども〈メタルヘッズ〉からの影響を認めている。
 今週末、ゴールディーは盟友ドック・スコットと共に東京でプレイ。彼らがどのようなプレイをするのか是非体感してほしい。日本からはマコトやDX、テツジ・タナカなど、国内のドラムンベース・シーンの第一線で活躍するDJたちも出演。

DBS 18th Anniversary
"METALHEADZ HISTORY SESSIONS"

2014年12月20日
@代官山ユニット

OPEN/START 23:30
CHARGE:ADV 3,300YEN  DOOR 3,800YEN

feat.
GOLDIE x DOC SCOTT

with.
MAKOTO
TENDAI
MC CARDZ
MC LUCID

vj/laser: SO IN THE HOUSE
live painting: The Spilt Ink

SALOON:
DX x JUN
TETSUJI TANAKA x DJ MIYU
STITCH x PRETTY BWOY
DJ DON x JUNGLE ROCK
DUBTRO x HELKTRAM

info. 03.5459.8630 UNIT
www.unit-tokyo.com
https://www.dbs-tokyo.com

<UNIT>
Za HOUSE BLD. 1-34-17 EBISU-NISHI, SHIBUYA-KU, TOKYO
tel.03-5459-8630
www.unit-tokyo.com

Ticket outlets:NOW ON SALE!
PIA (0570-02-9999/P-code: 246-233)、 LAWSON (L-code: 78221)、
e+ (UNIT携帯サイトから購入できます)
clubberia/https://www.clubberia.com/store/

渋谷/disk union CLUB MUSIC SHOP (3476-2627)、TECHNIQUE(5458-4143)、GANBAN(3477-5701)
代官山/UNIT (5459-8630)、Bonjour Records (5458-6020)
原宿/GLOCAL RECORDS (090-3807-2073)
下北沢/DISC SHOP ZERO (5432-6129)、JET SET TOKYO (5452-2262)、
disk union CLUB MUSIC SHOP (5738-2971)
新宿/disk union CLUB MUSIC SHOP (5919-2422)、Dub Store Record Mart (3364-5251)
吉祥寺/Jar-Beat Record (0422-42-4877)、disk union (0422-20-8062)
町田/disk union (042-720-7240)
千葉/disk union (043-224-6372)

GOLDIE (aka RUFIGE KRU, Metalheadz, UK)
"KING OF DRUM & BASS"、ゴールディー。80年代にUK屈指のグラフィティ・アーティストとして名を馳せ、92年に4ヒーローのReinforcedからRUFIGE KRU名義でリリースを開始、ダークコアと呼ばれたハードコア・ブレイクビーツの新潮流を築く。94年にはレーベル、Metalheadzを始動。自身は95年にFFRRから1st.アルバム『TIMELESS』を発表、ドラム&ベースの金字塔となる。98年の『SATURNZ RETURN』はKRSワン、ノエル・ギャラガーらをゲストに迎え、ヒップホップ、ロックとのクロスオーヴァーを示す。その後はレーベル運営、DJ活動、俳優業に多忙を極めるが07年、RUFIGE KRU名義で『MALICE IN WONDERLAND』をMetalheadzから発表、08年に自伝的映画のサウンドトラックとなるアルバム『SINE TEMPUS』を配信で発表。09年にはRUFIGE KRU名義の『MEMOIRS OF AN AFTERLIFE』をリリース、またアートの分野でも個展を開催する等、英国が生んだ現代希有のアーティストとして精力的な活動を続けている。12年、Metalheadzの通算100リリースに渾身のシングル"Freedom"を発表。13年には新曲を含む初のコンピレーション『THE ALCHEMIST: THE BEST OF 1992-2012』をCD3枚組でリリース。そして今年7月、ロンドンの名門クラブ、Ministry of SoundからのヴィンテージMIXシリーズ『MASTERPIECE』の3枚組CDを発表している。
https://www.goldie.co.uk/
https://www.metalheadz.co.uk/
https://www.facebook.com/Goldie
https://twitter.com/MRGOLDIE

DOC SCOTT (aka NASTY HABITS, 31/Metalheadz, UK)
"King of the Rollers"と称される至高のDJ、ドック・スコットはダークコア、テックステップ、リキッドファンク等の潮流を生む革命的トラックの数々でドラム&ベース・シーンの頂点に君臨する最重要アーティストの一人である。14歳よりヒップホップDJを開始。その後、デトロイト・テクノ/シカゴ・アシッドハウスに触発され'91年から制作を始め、第1作"Surgery"がグルーヴライダーの支持で大ヒット、ハードコア・テクノ/レイヴ・シーンに頭角を現わす。華やかなレイヴ時代の終焉と暗い現代社会を反映したダークかつハードなサウンド、ダークコアを先駆けた彼は、ドック・スコット及びナスティ・ハビッツの名義で"Drumz"、"Dark Angel"、"Last Action Hero"等の傑作をReinforced、Metalheadzから送り出し、ドラム&ベースの革新に貢献する。'95年には自己のレーベル、31を設立し、"Shadow Boxing"に代表されるテックステップと呼ばれるサイバー・サウンドの急先鋒となり、オプティカル、ペンデュラムらの才能を逸早く見いだした。DJとしては伝説のMetalheadz Sunday Sessionsのレジデントをつとめ、シャープなミキシングと独自のプログラミング・スキルでクラウドを絶頂へ誘う、シーンの至宝である。実に7年ぶり、待望のDBS帰還!
https://www.facebook.com/DOCSCOTTOFFICIAL
https://twitter.com/docscott31
https://soundcloud.com/docscott31


Sound Patrol - ele-king

 萩原健太さんはオソロしい。何日も何日もぶっ続けで『ボブ・ディランは何を歌ってきたのか』を書きつづけ、ということは、その間も繰り返しボブ・ディランを聴きつづけ、ほぼ400ページを書き終えたと思ったら、「じゃー、ボブ・ディランでも聴くかな」と、実際に聴いたそうなのである。信じられない。僕はといえば、今年は1月2日から『ハウス・ディフィニティヴ』のために何万曲というハウス・ミュージックを聴きつづけ、2ヵ月を過ぎた頃にはハウスが嫌いになってきて、3月もなかばになると、憎しみさえ芽生えつつあったというのに。時間に追われながら、来る日も来る日もトントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントンヘイヘイホートントントントントントントントントントントントントントントン……(足立正生『幽閉者 テロリスト』参照)。もう、とにかくほかのリズムが聴きたかった。ハウスというより、4つ打ちのリズムが拷問だった。そのときは何を聴いたのか忘れてしまったけれど、ようやく『ele-king Vol.15』の編集作業から解放され、特集と関係ないものが聴けるようになったら……以下のようなものに埋没しているわけですね。細かく調べるのは面倒くさいので、正確なことが知りたい人は竹内正太郎のツイッターをフォローしてくださいね(間違っていたら、きっと彼が調べてくれる……)。校了してから聴きはじめたので、ここに挙げたものは年末号には載っていません!


felicita / Mmmhm


 フェリチータ。イタリア語で「幸せ」。思わずミニ・アルバムを買ってしまいましたが、「幸せ」というのにはあまりにアヴァンギャルド。ロンドンに住むアジア系の女性だそうです。ケロ・ケロ・ボニトに対するマウス・オン・マースからのアンサーか。

Night & Tickets / August Morning In My City

 フィッシュマンズをドローン化させたような1曲。これも思わずカセットを買ってしまいましたが、こういうのはコレだけでした。アルバム・タイトルは『本当に夏が嫌いなんだよ(actually i really hate summer)で、どうやらロシアの人らしい。

Rabit / Sun Dragon


 何が起きているのか考えたくないグライムの新星。ロティック(Lotic)とかテキ・ラテックス(TTC)とかロクな人がミックスに使ってません。スラック(Slackk)といい、2015年はグライムですね(希望的観測)。

Raaskalbomfukkerz


 アムステルダムでスクォッテイングをしている人たちだそうです。ノイエ・ドイッチェ・ヴェレをちょっとヒネッた感じ。手術前の患者の体を使って演奏するとか、スウェーデンの『サウンド・オブ・ノイズ』という映画と発想が似てるのかな。

Vince Staples / Blue Suede


 これはもうあちこちで騒がれてます。西海岸のラッパーです。ジェイ・ミルズ“フー”を悲しいモードに切り替えた感じ?

Gypsy Mamba / BLESS THA RATCHET


 西海岸からまた変り種。ルーマニア系だそうです。あったようななかったような。EPには入ってなかった。

Nederlandse Maatschappij Ontwikkeling / Full Spectrum Intercourse


 アムステルダムの2人組。ひとりはジャズ系のようで、タイコたたきまくりのちょっと変わったミニマル。

Russo / Purple Earth


 トーン・ホークのレーベルからデビューしたアリ・ルッソのデビュー・シングル。この人もニューヨークの映像作家だそうです。

NxxxxxS / Vaporlove


 デビュー・アルバムも出ましたが、これはそれ以前の曲。渋谷のスクラッブル交差点を映せば、なんでもヴェイパーウェイヴになると思ってるだろー。「エヌ・ファイヴ・エックシーズ」と読むみたい。パリから。

One Circle / Transparency


 コード9が持ち上げていたイタリアのダブステップ、ヴァーゲ・ステーレことダニエル・マナがセーラーかんな子のDJチャートでもおなじみスターゲイトことロレンツォ・センニらと組んだグライムの変り種。

(おまけ)

Dinner Music / Blood Quantum 2013


保坂和志 - ele-king

 「たびたびあなたに話してきたことだが僕は鎌倉が好きだ」この書き出しはヴィクトル・ユーゴーの『ライン河幻想紀行』から借用した、とそれこそ保坂さんはたびたび語っておられる。先日の『朝露通信』の刊行記念のトークでもいっていた。そうやってはじまる『朝露通信』は読売新聞夕刊紙連載の新聞小説で、単行本化にあたり、連載1回分をひと見開きに、2013年11月から今年6月までの185回をおさめたこの本は、『未明の闘争』以後であらたな領域にはいった保坂和志の『未明の闘争』以後の、こういってよければ、いくらか凪いだてざわりの中編である。

 物語は冒頭のとおり鎌倉と、3歳まで暮らした山梨の情景と記憶が錯綜するというより、入れ子状になったというより、まるでパズルのピースがちりぢりになりながら、関係するその全体が動いていくたたずまいをみせる。保坂和志は同じくトークで、2枚強(800字とちょっと)の文字数のなかで、右から左へ読みすすめるうちに右に書いてあったことを忘れる書き方をこころみたといっている。それは小説の制度と形式にたいする保坂和志のデビューから一貫する違和というより恒常的な思考の再帰であり、『未明の闘争』という大仕事を終えたあとであっても、その問題意識にはいささかのゆらぎもない。いやゆらぎはなくはない、水面は凪いでいても明鏡止水の状態などではなく、三千世界を映しだす朝露は静的なようでいながらふるふるふるえ、次の瞬間には蓮の葉から流れ落ちる、そのようなゆらぎ方で『朝露通信』はせわしなく過去をゆききする。

 幼稚園に小学校、そのころ流行った遊びにテレビに音楽にマンガ、1956年生まれの作者にとっての子ども時代だから1960年代を中心とした記憶のピースが散りばめられる。奈緒子姉に英樹と清人の兄、過去作品にも登場した人物がここにもひょっこり顔を出し、『カンバセイション・ピース』の舞台となった山梨の実家を鎌倉に移った高志は休みのたびに何度もおとずれる。私は発売中の『音楽談義』の取材で今年8月21日そこをおとずれた。甲州街道は調布をすぎ相模湖をかすめるあたりからどんどん山深くなり、トンネルを抜け甲府盆地にはいり、笛吹川と釜無川の合流する富士川にかかった橋をこえたとき、『朝露通信』にあるようにたしかにのぼり勾配になっている感触を車内でも感じた。保坂さんの母方のご実家におじゃますると、『カンバセイション・ピース』で描写されたとおりの間取りがそこにほんとうにあっていたく感激した。東西に縦に長い建物で、玄関からの二間つづく部屋の縁側がL字型にとりまき、階段は吹き抜けになって東の窓から陽がさしている、そこからの写真は『音楽談義』の187ページに載っているのでぜひ手にとってみてください。

 とはいえ『朝露通信』は『カンバセイション・ピース』のように稠密な細部を読み風景をたちあげるのではなく、家から外へ、ひととひとのかかわりが育む生活のなかへ思いを遊ばせていく。そのうち、冒頭の二人称であったはずの「あなた」は作中に回収され、現在時の作者とともに東北を旅することになるだろう。すると北上川(またしても川だ)をわたる前の平坦なまっすぐな道を郵便配達のオートバイが猛スピードで走っていく。この場面(28回)はとても印象深い。そのすこし前にはこうある。「郵便配達夫というとどうしてもシュヴァルのことを書かなくてはいられない」
 ここでいうシュヴァルとは「シュヴァルの理想宮」のシュヴァルである。
 保坂和志はおりにふれシュヴァルのことを書いてきたが、私は1990年の夏、壁がなくなった後のベルリンを見たいと、ドイツ在住の叔母を頼って渡独したついでに理想宮にもいったのは叔母の夫であるドイツ人のピーター(ドイツ語では「ペーター」)に、マサト(ドイツ語では「マザトゥ」)、おまえのオヤジは郵便屋らしいなと訊かれ、私は「ヤー」といった。
 「祖父も曾祖父もポストオフィサーだった」私の答えにピーターは「?」といったふうに首を傾げながらも「だったらなおさらだ。シュヴァルの理想宮にいったらどうだ。パリで美術館をめぐりするより価値がある、なにせ郵便屋がひとりでつくったものだからな」とつづけた。
 叔母は大学だか短大だか、それとも学校とは関係なく当時奄美のひとたちにとっての東京である大阪(横浜にあたるのが尼崎)に出てきて、どういうめぐりあわせか知らないがジャズ喫茶をはじめたのはいいがある日突然店をたたみ、メールスのジャズ祭にいくといったきり日本に戻らず、向こうで所帯をかまえた、その連れ合いがピーターなのだが、彼は船の設計の仕事をしていたものの、そのときは勤め先を告発したかどでクビになりかつての雇い主と係争中の変わり者だと私の母はいっていた。私はシュヴァルなんて聞いたこともなかったが、そういったピーターの窄まった真剣な目つきはよく憶えていて、数ヶ月欧州大陸をうろついたあげく、イギリスからフランスに戻り、パリから電車とバスの本数がすくなかったのでヒッチハイクで私は理想宮にたどりついた。その偉容は思ったより小ぶりなせいでかえって異様さを増し、浜際の隆起珊瑚がなにかを象っているように見えるのに似ているものの、自然の造形よりはあたりまえだが人工的――なのに構造物が自己増殖するようないまだ途上の不安定さと、なにかが発生することが根源的にもつ構築への意思のようなものを同時に、というより一挙に感じさせた。あらゆる様式の元がある建築の「胚」みたいだった。私はそのときはバルセロナにはいかなかったので、ガウディ建築は目にしなかったのだけど、サグラダ・ファミリアを見てもきっと理想宮に含まれていると思ったにちがいない。

 といったとりとめのないことを『朝露通信』は思い起こさせる。しかしそれだけではない。

 たとえば95回はこんな一文ではじまる。
「僕はもしあと十年遅く生まれていたら小説を書いてないで音楽をやっていたと自分で確信する、僕は音感は楽譜的に悪いというか学校で習う音楽的に悪いというか、とにかくろくなもんじゃないから音楽をやっていたとしてもきっと成功しなかっただろう、でもそんなこと関係ない、「そんなこと関係ない」という生き方の証明と実践こそが僕にとっての音楽だ、」
 私はこれを読んで胸が熱くなった。これこそロックの原点だ。私はあと10年遅く生まれたなら音楽にかかわっていただろうか。その仮定は検証できないから意味はない、と看破することはしかし悪い大人のいい方でしかない。ましてやノスタルジーなどでもない。そしてこの一文は『朝露通信』のまさに10年後の世界である70年代を(おもに)語った『音楽談義』ともたぶんに響きあっている。『朝露通信』と『音楽談義』との関係は、保坂さんは前者を書いていた裏で湯浅さんと後者をしゃべっていたからだけではない。音楽から、虚構や批評、もっといえば歴史と私たちひとりひとりの記憶にいたるまで、放っておけば奥行きを失いがちなものへ、同学年のふたりが記憶をもちよることで光をあてなおす作業だったかもしれない、余白を埋めながらあたらしい余白をつくりだしたのかもしれない、というようなことをあさってのトークではお話しするかもしれませんし、あさっての方向にいくかもしれませんが、ともあれ、みなさん、12月14日は万障お繰り合わせのうえ、青山ブックセンター本店へぜひおこしください!

■『音楽談義 Music Conversations』(Pヴァイン)刊行記念
保坂和志×湯浅学 トークイベント

 それぞれ小説家と音楽評論家として活躍する同学年のふたりが、おもに70~80年代のロック、ポップス、歌謡曲までを語り明かす、紙『ele-king』の同名人気連載が『音楽談義 Music Conversations』としてついに単行本化! 音楽論にして文学論であるばかりか、時代論で人生論。他の記事とは圧倒的に流れる時間の異なるこのゆったり対談は、このスピードでしか拾えない宝物のような言葉と発見とにあふれています。今回はその番外出張版トークイヴェント! 雑誌のほうでは毎度紙幅の都合で泣く泣くカットする部分もありますが、
イヴェントとこの新刊(保坂氏ゆかりの山梨での出張対談を含め、8時間におよぶ追加対談を含めた充実の内容!)はそんな部分もばっちり収録のディレクターズカット版。
このふたりにしか出せないグルーヴを堪能してください!

■概要
日時 2014年 12月 14日 (日)
開場 14:30~
開始 15:00~
料金 1,080円(税込)
定員 110名様
会場 本店 大教室
お問合せ先 青山ブックセンター 本店
03-5485-5511 (10:00~22:00)
ウェブサイト https://www.aoyamabc.jp/event/hosaka-yuasa/

■著者紹介
保坂和志(ほさか・かずし)
1956年山梨県生まれ。90年『プレーンソング』でデビュー。93年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、95年『この人の閾(いき)』で芥川賞、97年『季節の記憶』で谷崎潤一郎賞、平林たい子文学賞を受賞。著書に『カンバセーション・ピース』『小説修業』(小島信夫との共著)『書きあぐねている人のための小説入門』『小説の自由』『小説の誕生』『小説、世界の奏でる音楽』『カフカ式練習帳』『考える練習』など。2013年『未明の闘争』で野間文芸賞受賞。近刊に『朝露通信』。
湯浅学(ゆあさ・まなぶ)
1957年神奈川県生まれ。著書に『音海』『音山』『人情山脈の逆襲』『嗚呼、名盤』『あなのかなたに』『音楽が降りてくる』『音楽を迎えにゆく』『アナログ・ミステリー・ツアー 世界のビートルズ1962-1966』『~1967-1970』『ボブ・ディラン ロックの精霊』(岩波新書)など。「幻の名盤解放同盟」常務。バンド「湯浅湾」リーダーとして『港』『砂潮』など。近刊に『ミュージック・マガジン』誌の連載をまとめた『てなもんやSUN RA伝 音盤でたどる土星から来たジャズ偉人の歩み』(ele-king books)がある。

■書籍情報

Amazon

『音楽談義 Music Conversations』
70年代、僕たちは何を聴いていただろう。
ボブ・ディラン、レッド・ツェッペリンから、歌謡曲、フォーク、ジャズまで! 保坂和志と湯浅学が語りつくす。
レコードへの偏愛を語り、風景が立ち上がる。
小説家、保坂和志。音楽評論家、湯浅学。同学年のふたりが語るフォーク、ロック、ジャズ。音楽メディアでも文芸誌でも絶対に読めない、自由奔放な音楽談義。
著:保坂和志・湯浅学
発売日:2014年11月28日
四六判、ソフトカバー、全256頁
定価:本体1,800円(税別)


ゴーン・ガール - ele-king

 尋ねる人間を間違っているとしか思えないのだが、ごく稀に「デートにオススメの映画ってある?」と質問されることがあり、面倒なので「映画とは基本的にひとりで観るものであって、デートに“使える”ものではありません」と答えるようにしている。すると相手は訊く人間を間違えたという顔をするのだが(だから間違ってるんだってば!)、困ったことに今年はこのクリスマス・シーズン、僕のイチオシのデート映画がある……それがデヴィッド・フィンチャーの新作『ゴーン・ガール』で、なぜならこれは一種のロマンティック・コメディになっているからだ。

 原作は女性作家ギリアン・フリンの同名小説。ミズーリ州の子どものいないある夫婦の妻が、5年めの結婚記念日の朝に失踪する。現場となった自宅には争った跡があり、そして大量に血を拭きとった反応が出てきており、さて……というところから物語は始まる。原作を読むにしても映画を観るにしても、これ以上中身について知らないほうが楽しめることは間違いないので、できるだけ前情報を入れずに劇場に足を運んでほしいと思う。犯人は誰なのか? トリックは? などと普通のミステリーの観方をしていると、ド肝抜かれること間違いなしだ。
 だから以下の文章は余計な情報に過ぎない。が、ひとつ言いたいのは、これは世間を覆うミソジニーに対するブラック・コメディになっているということである。原作もけっこう笑いながら読んだけれども、映画は相当笑いながら観た。ベン・アフレックによる呆けた顔の鈍感なハンサムくんがあまりにもピッタリ過ぎて、ロザムンド・パイク(『ワールズ・エンド』のヒロインのイギリス人女優です)演じる「手に負えない女」の見事さと相まって、2人のベスト・カップルぶりを見ているだけで愉しい。ここで描かれるような女が怖い男(たち)と、そのことにひるまない女(たち)の闘いはたぶん、今日も世界のあらゆるところで繰り広げられている。思えば、『セブン』、『ファイト・クラブ』、『ゾディアック』、『ソーシャル・ネットワーク』と、その代表作において基本的に「男どもの映画」を撮ってきたフィンチャーは、前作にあたる『ドラゴン・タトゥーの女』と本作では、かつて『エイリアン3』や『パニック・ルーム』でやろうとしていた(そしてあまりうまくいっていなかった)闘う女についての映画にあらためて取り組もうとしているのではないか。その意味では本作の脚本を原作者のフリンが手掛けていることは奏功しており、ここで「男の手に負えない女」であるエイミーは何やら新時代のヒーローのようにも見えてくる。女性から見るとどうなのだろう。

 では、やっぱり女と男はわかり合えないのだというシニカルな映画かと言えば、そんなことはないように僕は思うのだ。物語は想定外の展開を見せながらやがて、不思議な「共闘」体制へとなだれ込んでいく。それを皮肉と見なすかは意見のわかれるところだろうけど……僕には強烈にロマンティックなものに感じられる。絶対に相容れないものをお互い抱えながら、しかしそれすらのみ込んでいく夫婦という不条理。それが149分たっぷりエンターテイメントしており、フィンチャーのベストではないにしても余裕たっぷりの充実作だ。
 ちなみに、スタイリッシュなサウンドトラックはすっかりフィンチャー組となったトレント・レズナー&アッティカ・ロス。

予告編

原作
https://www.amazon.co.jp/dp/4094087923


Ariel Pink Parade! - ele-king

 アニマル・コレクティヴに見出だされたサイケデリック奇人にして、現USインディ最高峰のソングライターであるアリエル・ピンクが、ソロ名義では初となるフル・アルバム『ポン・ポン』をリリース。
 サン・ローランのキャンペーン・モデルに抜擢されるなど近年その存在感をセレブかつアーティに変化させた彼だが、本作においては憧れのキム・フォーリーとの共作を果たし、自らの揺るぎないバックボーンと彼独自の世界をあらためて示している。
 この一見しただけでは到底うかがい知ることのできない『ポン・ポン』の魅力を、ヴィジュアル、レヴュー、インタヴューの3本立て“パレード”でお伝えしよう。


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Dayzed Inn Daydreams
──アリエル・ピンクと『ポン・ポン』に寄せる9つのイメージ
デザイナー西村浩平の手掛けるブランド〈DIGAWEL(ディガウェル)〉制作のヴィジュアルを公開

Albun Review
Ariel Pink - Pom Pom
4AD / ホステス

ケヴィン・エアーズ? ピーター・アイヴァース? 言葉をすりぬけて踊る怪作ポップ・アルバムを吉田ヨウヘイと松村正人がつかまえにいく

interview
完熟サイケデリック!
──アリエル・ピンク、インタヴュー

キム・フォーリーと「ジェロー」の関係から日本人女性の結婚問題まで。人生をめぐってユーモアとアイロニーが半ばしもつれる、アリエル・ピンクの舌好調トーク

interview with Ariel Pink - ele-king

 アニマル・コレクティヴが見出したサイケデリック奇人(アニコレに自作音源を渡すところから彼のキャリアははじまる──)にして、とくに〈4AD〉移籍前後の2000年代末からは有無をいわさぬバンド・フォームで現在形インディ・ロック最良の瞬間を紡ぎ出してきたソングライター、アリエル・ピンク。この秋、彼はその「ホーンテッド・グラフィティ」ではなく、自身のソロ名義として初となるフル・アルバム『ポン・ポン』をリリースした。


Ariel Pink - Pom Pom
4AD / ホステス

Indie RockPsychedelicPunk

Tower HMV Amazon iTunes Review

 活動初期──8トラックのカセット・レコーダーで録音された、落ち着きなくスキゾフレニックな楽曲(の断片)群を、おっかなびっくりR.スティーヴィー・ムーアなどと比較しながら追っていた頃からはや10年にもなるだろうか。その途上、〈4AD〉からのリリースとなった2作『ビフォア・トゥデイ』(2010年)『マチュア・シームス』(2012年)は、彼のキャリアに大きな曲り角を築いた。とくに前者は、整ったバンド・アンサンブルやAOR的なロジックによってそれまでの彼の音にポップスとしての肉付けを与え、「またとなく洗練されたキワモノ」として畏怖と喝采とともにシーンに迎えいれられた。かつ、そのことがむしろ、彼と彼の音楽のエキセントリックな佇まいの奥に偏屈さとともにぎちぎちに詰まっていた、サイケデリックやプログレッシヴ・ロック、あるいはパンクのアーカイヴをふとぶとと解放したかにも見えた。その2作が素晴らしかったのは、なにも彼が折からのエイティーズ・ブームに乗ってダサい懐メロをクールに鳴らすアーティストになったからではなくて、彼自身のサイケデリックのアウトプットをいきいきと市場と時代感覚につなげたからだ。

 そして、その2枚の「成功」は、たとえば彼をサン・ローランのキャンペーン・モデルに抜擢するまでに、その存在感をセレブかつアーティに変化させもした。しかし変わったのは存在「感」であって、彼自身はむしろ音同様に、変わらないばかりかそのコアをずん胴のようにぶっとくしている。今作で自身憧れのキム・フォーリーとの共作を果たし、自らの揺るぎないバックボーンを示してみせたのはその象徴ともいえるだろう。

 よって今作は前2作よりは未整理で、しかし『ウォーン・コピー』(2003年)や『ザ・ドルドラムス』(2004年)など初期作品よりはきめ細かい、まさにいまの彼の立ち位置だからこそ放出できる、おいしさ剥き出しのアルバムになっている。この、微分積分では肉薄できず、さりとて天然や薄っぺらなエキセントリックではありえない怪作は、まさに「かえるの王様」のごとく気味わるくキュートで、高貴だ。アイロニーとユーモアが半ばしもつれ、それはそのまま彼の生全体をも照らしだしている。そう、このインタヴューと作品からは、「30代がいちばん楽しい」とうそぶくアリエル・ピンクの人生観と人間論にも触れてほしい。未熟と老いのあいだに、彼は彼一流のつかみどころのなさでもってその完熟ボディを差し出している。

■Ariel Pink / アリエル・ピンク
LA出身のアーティスト、アリエル・ピンクことアリエル・マーカス・ローゼンバーグ。10代の頃から音楽活動をはじめ、アニマル・コレクティヴの〈ポー・トラックス〉などから数多くの音源をリリース。2010年に〈4AD〉より4人組ロック・バンド、アリエル・ピンクス・ホーンテッド・グラフィティ名義で『ビフォー・トゥデイ』を発表。「ピッチフォーク」で9/10点を獲得し、同年の年間ベストではリード・シングル「ラウンド・アンド・ラウンド」が100曲中の1位を獲得、NMEで8/10点を獲得するなど2010年度の国内外年間ベストアルバムを総なめにした。2012年のセカンド・フル『マチュア・シームス』リリースを経て、今年2014年、ソロ名義では初のアルバムとなる『ポン・ポン』を発表し、さらなる期待を集める。

たしかに僕はジェローそのものだけど(笑)。

さっそくですが、“ゴス・ボム(Goth Bomb)”では「なんで書くとカクカクになっちゃうんだろ?」と歌っていますね。それに対して「pom pom」というのは書いてもカクカクにならない言葉や感覚だと思いますし、あなたの音楽自体、カクカクにならない──つまり何かの型にはめられることなくあなた自身の心のかたちを表していると思います。
 それはそうとして「pom pom」とは何でしょう?

アリエル・ピンク(以下AP):おもしろい質問だな(笑)。「pom pom」が何かなんて初めて訊かれたよ。いままでの中でいちばん変な質問(笑)。何だろう……いざ聴かれるとわかんないな(笑)。中国語の文字とか?

そうなんですか(笑)。

AP:なんとなくね。いま感じたのはそれ(笑)。意味はないけど。

今作には制作年代の古い曲が混じっていますか?

AP:入ってないよ。曲の一部には前に思いついたものとかもあるけど、曲自体はすべてだいたい2~3ヶ月で書いてるから。

では、何かしらのコンセプトのもとにまとまりをもって制作されたものでしょうか?

AP:いや、コンセプトはない。僕のこれまでのレコードの中でコンセプトをもとに書かれたものは一枚もないんだ。曲を書いている期間や場所が曲に関係してくるっていうのはあるけど、それはコンセプトではない。作ってレコーディングしていくという過程で曲のコレクションができて、そこからアルバムという固まりを作っていく。それだけがアルバム制作におけるルールなんだ。
 みんなには、それをアルバムというひとつのまとまりとして聴いてもらってもいいし、デジタルで1曲ずつを楽しんでもらってもいい。どう楽しむかはリスナー次第だからね。僕はただ、その楽しみ方のオプションができるだけたくさんできるように、なるだけ多くの時間を費やして最高の作品を作るだけ。みんなが、CD、ヴァイナル、iTunesのどれにおいてもその作品を楽しめるようにね。

“ジェロー(Jell-O)”の、子どもたちと録音された映像が印象的でした。非常に楽しそうですし、子どものなかに混じると、ますますあなたの存在が際立ちます。アリエル・ピンクは父でも母でも叔父でも兄でもなく、大人でも子どもでもない。まるでジェロそのもののようです。ジェロにはシンパシーがありますか?

AP:はは。おもしろいコメントだね。たしかに僕はジェローそのものだけど(笑)。この質問、何を答えたらいいのかな(笑)。ジェローはゼラチンで、ビル・コスビーがCMのキャラクターで……彼らは新しいマスコットが必要なんだろうな。ビル・コスビーに対してちょっとした論議があったから、今度は僕を起用すれば安心かも(笑)。いや、ダメだろうな。僕も問題になりそう。日本とアメリカはちがうかもしれないけど、アメリカでは僕はあまり好かれてないから(笑)。

そうなんですか? ジェローにシンパシーはあります?
AP:あるよ。その理由は、キム・フォーリーが食べてるから。歯がポロポロとれてしまうかもしれないから、彼は柔らかい食べ物を食べないといけないんだ。人生の最期には、ジェローばっかり食べてるかもしれないね。実際そうなるかはわかんないけど。

キムはまさに天才。大先輩だし、心から尊敬してるよ。彼のことはアートみたいに保存したほうがいいと思う。最近の世の中、あまり人を尊敬して評価するってことが減ってきているけど、僕はそれくらい彼を尊敬してるんだ。

いま、キムの名前が出ましたね。たとえばランナウェイズには、背後に仕掛け人としてのプロデューサーがいて、それによって商品として仕立てられた女の子たち、というイメージもあったと思います。あなたは「ポップ」という概念についてさまざまな意見と感情をお持ちの方だと思うのですが、キム・フォーリーはその意味ではあなたにとってどのような存在ですか?

AP:キムはまさに天才。大先輩だし、心から尊敬してるよ。彼はいろいろなことを乗り切って、いまだに彼なりのやり方で生き抜いてる。ちがう時代に創られたアートを見ているようだよ。神殿みたいな。彼のことはそういうアートみたいに保存したほうがいいと思う。最近の世の中、あまり人を尊敬して評価するってことが減ってきているけど、僕はそれくらい彼を尊敬してるんだ。

ランナウェイズとキムに関しては?

AP:商品っていうのはその通りだと思う。世の中の多くは商品、製品だからね。人間みなそうさ。両親がセックスして作られるもの。だから製品なんだし、しかも消費されるものだからね。みんな一生生きるわけじゃない。希望や夢を持った商品。それでいいんじゃない?

ランナウェイズには特別リスペクトする気持ちがあるのですか? パティ・スミスは嫌い(と、前回のインタヴューで答えてくださいました)で、ランナウェイズは好きという理由をおうかがいしたいです。

AP:好きだよ。ランナウェイズはいい。彼女たちって、女だけど好きなんだよね(笑)。

女だとダメなんですか(笑)。

AP:僕が女嫌いっていうのは周知の事実さ(笑)。

わたしも女性なんですが……。

AP:そうなの!? じゃあもうこれ以上話せないね、ははは。

パティ・スミスも女性だから嫌いなんですか?

AP:パティ・スミスは好きじゃない。これは逆に、彼女が男っぽすぎるから。僕は男も嫌いなんだ(笑)。彼女は男性的すぎるんだよね。ずっとキッチンにいたほうがいいと思う。お茶を入れてさ。もうたくさんいいレコードを出してるから、今度はたくさんのおいしいパウンドケーキを作って、僕にジェローを作るべきだね(笑)。ウケるな(笑)。

ランウェイズに対するリスペクトに関してはどうでしょう?

AP:もちろん尊敬してるよ。ランナウェイズは……彼女たちを尊敬してるかって質問はお門違い。なぜなら、僕は人生の中で出会うすべての人をリスペクトしてるし、パティだって嫌いだけど尊敬はしてる。ただ、彼女の作品を好きで聴くかって言われたら答えがノーだけどね。それはただの一人の人間の意見であって、彼女が一生懸命活動していることに関してはもちろん尊敬の念がある。子どもを産む人もリスペクトするし、しかもそれはもっと大変なことだろうしね。
 ランナウェイズは出産をしているメンバーもそうでないメンバーもいるけど、彼女たちを尊敬しているのは、やっぱりキムの存在。彼に才能があるのと、やっぱりLAのプロデューサーが関わっていると、この街(LA)との深い繋がりを感じることができるんだ。ローカルな感じがいい。僕が好きな感じにプロデュースされてるから好き。パティはニューヨークだろ? ニューヨークのプロデューサーたちはあまり好きじゃないんだ。でもラモーンズは超好きだけど。やっぱりそこも、ビーチ・ボーイズの影響があるからかな。

60年代、70年代、80年代、それぞれのキム・フォーリーの仕事の中で好きなものを挙げてもらえないでしょうか?

AP:"モーター・ボート(Motor Boat)"や60年代の"ザ・トリップ(The Trip)"なんかが好きだけど……答えられないよ。たくさんありすぎるし、僕が好きなのは、キムが書く音楽だけじゃなくて、彼の生き方や人生すべてだからね。
 彼はレーベルや業界のアウトサイダーだから。最初はかなりインサイダーな立場だったけど、彼はそこから自分自身になろうとしてきた。ストリートで才能があると思う人間を見つけて、その人のために曲を書いたり。しかも、彼はそこからヒットを作り出してきた。最近は、ヒットを作ろうとすることや成功を目指すことがよくないともされているけど、キムには成功したいという熱意がつねにあったんだ。その熱意がないと、成功ははじまらない。それを知っておかないと、人間どこにも進めないと思うんだ。失敗があるからこそ成功もあるわけで。みんな、それを乗り越えないとね。

彼になくて自分にあるものは何だと思いますか? 何かひとつ挙げるとすれば。

AP:時間。僕には時間がある。いや、わからないね。僕も今夜死ぬかもしれないし、キムといっしょにこの世を去るかもしれない。彼に残された時間は短いけど、キムはまったく仕事量を減らしてないんだ。病床で未だに活動してるよ。人が休めといってもきかないんだ。そこも彼の好きなところだし、影響されてる。

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30代を満喫してる。10代の後、20代を飛ばして30代に入りたかったくらいさ。


Ariel Pink - Pom Pom
4AD / ホステス

Indie RockPsychedelicPunk

Tower HMV Amazon iTunes Review

以前インタヴューで誕生日を数えないとおっしゃっていましたが、あなたの感覚ですと、あなたはいまいくつくらいなのでしょう?

AP:何だって? 年齢は誰にだって言ってるけど(笑)。ネットで見てみなよ。wikipediaとか、そこらじゅうに載ってるから隠せない。マネージャーもいないから、何かを隠して良いイメージを作るとか、そういうことはできないんだよな。もしできるんだったら、もっと前からやってたけど。もしそうしてたら、批判されることなく素晴らしい愉快な人間で通ってただろうね(笑)。

実年齢関係なく、あなたの感覚では何歳ですか?

AP:無限。不変だよ。

そうきましたか(笑)。

AP:実際は36だけど(笑)。君は?

わたしは32です。

AP:日本って独身の女性がたくさんいるだろ? 来日したときに感じたんだ。すっごい変な感じがした。日本って、僕の中ではいちばんおかしな場所なんだ。文化って意味でね。日本の女性って、果たしてパーティーにいったりバーにいったりして男性と知り合ったり惹かれ合ったりすることがあるのかな? って思った。道で女性同士で固まって、高い声でいっしょに笑い合ったりしてるのは見かけたんだけど、一方で男性側は一人でヘッドフォンを付けて一人で歩いてる。どうやって男女出会って結婚するんだろう? って思ったね。結婚が想像できなかったんだ。2005年の話だから、いまはちょっと変わってるかな? みんなデヴィッド・ボウイみたいな派手な格好をしてたのを覚えてるよ。とくに大阪。髪型もいろいろだし、超デヴィッドだった(笑)。クールだったね。

たしかに、固まって行動することはアメリカより多いかもしれませんね。飲み屋も個室が多いし。

AP:じつは似てる人が多いなと思った。みんな個性的に見えるけど、同時に同じようにも見えるんだ。日本を批判してるわけじゃけっしてないよ。僕だって変だし。でも僕はどんな格好したとしても、人から何を言われるかは気にしない。でも日本では、みんなが人からの判断を恐れているように感じたんだ。クジャクみたいにいろいろな表現はできるけど、何かを気にしてる、みたいな。32歳で日本がそういう状況なら、いまみたいにこうやって電話で話してる相手とデートしてみるのもいいかもね(笑)。空港で待っててくれる? ははは。その前に来日が実現しないとね。日本にはまたぜひ行きたいと思ってるんだ。


日本って独身の女性がたくさんいるだろ? 来日したときに感じたんだ。すっごい変な感じがした。日本って、僕の中ではいちばんおかしな場所なんだ。文化って意味でね。1

“ピクチャー・ミー・ゴーン”はとても美しい曲ですね。MVも、人生後半の苦さとともに、若さのもつ永遠性を抒情的に表現する素晴らしいものでした。ここで歌われている題材は、年齢など外部的な要素からすれば、いちばんあなたの「等身大」ともいえるものですが、あなたは自分が老い、また死ぬことについてどのようなヴィジョンをもっていますか?

AP:おもしろい意見だね。僕自身は、年を取って、もうすぐ死ぬかもしれない父親のアングルでこの曲を書いたんだ。彼には息子がいて、でも自分が死んでしまうと、息子は彼の背景を知らないままになってしまう。だから、彼がどういうふうな人生を歩んできたのかを息子に伝えるメッセージを残すんだ。ヴィデオやYouTube、iCloudにアクセスしたりダウンロードしてそれを見ることができるって伝えてる。息子が興味を持つ年齢になったら、父親のことを知れるようにね。いまの時代って家族アルバムがないだろ? だから、インターネットやコンピューターにアクセスして、そこで歴史をしるしかないんだ。

自分自身が老いること、死ぬことに関してはどう思いますか?

AP:ぜんぜん怖くもないし、歳をとることはいいことだと思う。ここ2年の自分を見ても、よりよい選択ができるようになっていると思うし、いま起こっている何かは、その先の何かにつながっていると思うから。次や先の何かの道しるべなんだよ。

20代に戻りたい、と思うことは?

AP:まったくないね。30代を満喫してる。10代の後、20代を飛ばして30代に入りたかったくらいさ。

グランジと呼ばれた音楽にはどのような感想がありますか? 詞にカート・コバーンが出てきますね。

AP:どうだろう……いくつか好きなのもある。サウンド・ガーデンの初期の作品とか。あと、メルヴィンズもよかったな。ビッグ・ビジネスも好き。グランジっていうムーヴメント自体には……どうだろう……。

グランジをわりと聴いたりはします?

AP:聴かないね。てか、僕は音楽を聴かないから。

カート・コバーンに関しては?

AP:彼は好きじゃなかったけど、亡くなってから好きになった。ひどいと思うかもしれないけど、彼はヘビメタの命を奪ったからね。それにはがっかりだったんだ。僕はヘビメタが大好きだったから。カード・コバーンは長髪の人間全員をズタズタにしたんだよ(笑)。

では、スパークスは意識しますか?

AP:イエス。彼らの音楽には影響されてるよ。アレンジがララララララ(ドミソドソミドの音程で歌う)みたいな感じで……これ、どう説明していいかわからないけど、とにかく彼らはジャンルとジャンルの間にいるような存在だと思うんだ。パワーポップやサイケでありながら、エクスペリメンタル・バンドでもありコメディ・バンドでもある。そこが好きなんだよね。

曲作りのときに意識したりは?

AP:いや、それはないね。曲を書くときに他のバンドやアーティストのことを頭に置きながら書くことはまずないから。できてみて、あ、コレ聴いたことあるなっていうパターンはあるけど。

アニマル・コレクティヴはエイヴィ・テアとパンダ・ベアという色の異なる柱によって成り立っていますが、その両者ではどちらにより音楽的なシンパシーを感じますか?

AP:どちらとも言えない。彼らは彼らで個性的なことをやってるから、つながりを感じることはないね。あるとしても、2人とはそれぞれちがうつながり方をしてるし、どちらがっていうのはないよ。

そのつながり方とは? それぞれの何に対してつながりを感じますか?

AP:エイヴィは、人にはわからないテリトリーがある。彼にはチャレンジ精神があって、ソングライティングに対してもリスクを取るんだ。未知のテリトリーに入るんだよ。ソングライティングや方向性で、いろいろと挑戦するんだ。パンダ・ベアには彼の特徴的なスタイルがあるし、彼の音楽は感情に訴える。そこかな。

なるほど! ありがとうございました。

AP:ありがとう! いい一日を!

あるいは単純に、UKセレブの面白人物伝かもしれないが、それは、左翼がサヨクになったこの国で、いまあらためて「左翼」を考える契機かもしれない。それは、ガチガチに固く、真面目にしか政治を語れないことへの刺激剤かもしれない。それは、政治家に舐められている我々への励ましの言葉かもしれない。「ザ・レフト──UK左翼列伝」の刊行を記念して、紙エレキングでも人気の、ブレイディみかこと水越真紀の筆談をお届けしよう。

日本を含め、左翼が衰退したすべての国で言われていることだと思いますが、左翼は往々にしてほかの左翼に対して心が狭い。自分こそが正しい左翼なんだと分裂を繰り返し、弱体化してきました。──水越真紀


ブレイディみかこ
ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝

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水越真紀 『ザ・レフト──UK左翼列伝』、一言で言うと、めちゃめちゃ面白かったです。ケン・ローチやダニー・ボイルなど日本人もよく知る正統派の「左翼」から意外性のあるミスター・ビーンやハリボタの作者J・K・ローリング、それに日本から見ていると右派左派理解の難しいモリッシーやジュリー・バーチル、ハチャメチャな元ハッピー・マンデーズのベズ(好きだな、この人)やフットボール選手のジャスティン・ファシャヌのような非正統派など多岐にわたる「左翼」たちを、UKの歴史や現実を踏まえた分析でそのレフト性を浮き彫りにしていますね。
 たとえばスコットランド独立に対する意見にしても移民政策やナショナリズムの考え方にしてもここに登場する人たちの考え方はそれぞれに違う。違うけれど、たしかに全員が「レフト」なんだと読み解かれてていく。日本を含め、左翼が衰退したすべての国で言われていることだと思いますが、左翼は往々にしてほかの左翼に対して心が狭い。自分こそが正しい左翼なんだと分裂を繰り返し、弱体化してきました。日本でもイラク戦争や原発事故などがあると、左翼の結集が試みられますが、持続した力にはなっていません。なんてことを思いながら読むと、どの人物の言動にもぶれずに、なおかつ寄り添うブレイディさんの視線はとても示唆的でした。このラインナップはすぐに決まったんですか?

ブレイディみかこ そう言ってくださると救われます……。わたしはずっとウェブで書いて来たので書き下ろしって初めてで、書いたらすぐ人前に出せるウェブとは違い、一人で闇夜を延々と自転車こいでるような感じでしたから。
 ラインアップは、最初はケン・ローチでというのは決めてました。今年は個人的に彼の『ザ・スピリット・オブ・45』を見たというのが大きくて、あれで英国への疑問が一気に解けた感じがありました。安倍氏が「戦後レジームからの脱却」と言ってますが、英国の戦後の起点は「どレフト」だったという。そしてサッチャーが「戦後スピリットからの脱却」をはじめていまのブロークン・ブリテンに至っている様がばーっと綺麗に繋がった気がしたんです。左派の分裂と弱体化についても、「レフト・ユニティー」という彼の政党の名はいかにも象徴的なので、そこからはじめたいと思っていました。
 それ以外の人選は行き当たりばったり。というか、今年の時事問題や自分が考えていたことの遍歴になってる気がします。たとえばUKIPの台頭が騒がれるとモリッシーを思い出したり、スコットランド独立投票が近くなるとJ・K・ローリングを思い出したり。「左翼とはこういう人だ!」が書きたかったわけではなく、どちらかといえばそういうのを揺るがすような人選にしたいと思ってました。左翼本って「こうでなくてはいけない」になりがちな印象がありますから。エレキングなんで本当はもっとミュージシャンがいたら良かったんでしょうが、アーティストはレフトで当たり前みたいなところもあるし、やっぱ闇夜の自転車こぎですから、自分で書いてて退屈しない人というのが最優先でした。

水越 へえ! 行き当たりばったりとは思えないですね。でもそう思えないというのは実は、こんなにバラエティに富んだ「レフト」の生き方、考え方があるという「現実の当然さ」と私の「左翼」への先入観のギャップから生まれる印象なのかもしれないですね。その多様な人たちへのブレイディさんの一貫した共感的な視線は、移民という立場ならではの冷静さによるのかなとも思いました。生まれる国は選べないけど、暮らす国は選ぶことも出来る。その選び続ける視線であることの温かさと冷静さに、日本で生まれてそこに住み続け、日本を見ているる私の視線が批評されているようにも感じました。生まれた場所にその後も住むことを“選んでいる”と意識するのは難しいことですね。
 この「レフト」たちの考え方に共通して通底している階級意識へのブレイディさんの共感が説得力になっています。格差が問題になっているこの数年の日本では、よく「格差は悪いことではなく、悪いのはそれが世代を超えて固定することだ」と言われます。また、ブレア時代に「イギリスの階級社会はもうほとんどないといってもいい。階級間の出入りはそれほど簡単になっている」と書いたものを読んだこともありました。どちらも格差、階層を否定するものではなく、努力次第で上昇できるかが重要なのだという考え方ですが、「階級(格差)社会である」ということが資本主義社会の動かぬ前提であるとするなら、その社会で(上昇しない)アンダークラスも人間らしい暮らしが出来ることが重要だという考え方だってあることを私はつい忘れちゃう。女は、というか男女雇用均等法が施行された80年代日本の“女の時代”フェミニズムは男たちより一足早く新自由主義的競争社会を「要求させられて来た」ようなところがあるし……。
 ブレイディさんが英国で暮らしてから20年くらい? 日本にいる頃からパンク少女だったということだから、移住前から知識はあったでしょうが、実際に暮らす間に「階級社会」への感じ方、見方に変化はありましたか? 

ブレイディ 96年に英国に出直して来て、最初の数年はロンドンの日系企業で働いて所謂ジャパニーズ・サークルのなかで生きていましたから、その頃は階級とかそういうのは新聞のなかで読むことでした。海外在住邦人って、よく「日本人は階級の外」って言うんですよね。実際、あの日系サークルのなかで暮らしているとそういう錯覚に陥るのはわかる。それは「私たちは度外視されてる」という意識なのか、「私たちは特別」という意識なのか、たぶん両方なんですが、多くの日本人はすごいコンプレックスと優越感を両方持ってる。国民としてナルシスティックなのかもしれないですね。だから安……、いや、ここではやめときます。
 で、わたしが自分も階級の一部だと実感するようになったのは地方に引っ込んでからです。日本人からアジア系移民になったというか。いろんなタイプの英国人を知るようになったのもそれからですし。
 英国は政治もなんだかんだ言ってずっと2大政党制で、「右 & 金持ち層」の保守党 vs「左&労働者層」の労働党というわかりやすい構図なので、レフト or ライトの観念と階級は切り離せません。どこの階級にいるか(またはどこの階級に優しい政治を志向するか)が政治のコアにある。これは日本人のわたしには新鮮でした。あと、貧乏なのは自分の責任。という所謂サッチャー的アイディアは英国ではどうも広まりきれないというか、ちゃんと働いている自分が貧乏なのは社会の責任だろ。みたいな主張を堂々とする気質が庶民には根強くあって、貧乏だから恥ずかしいというより、そっちの方が先に来る。なんでだろうなあ? と思っていたんですが、それも『ザ・スピリット・オブ・45』で解けました。あれが起点ですから、そらそうなるだろうと。
 たとえば、ブライトンは超リベラルと言われている街で、英国で唯一みどりの党の国会議員を輩出し、市議会もみどり一色なんですが、彼らの支配がはじまって住民税がめっちゃ上がってる。環境に優しい政策は金がかかりますから。下層民はそれに苦しめられていて、左翼グループがみどりの党の選挙運動にカウンターをかけたりしていている。レフトというのは理想論を唱える人ではなく、貧民に寄り添う人という考え方が古典的にあるんだと思います。やっぱディケンズの国というか。
 わたしは貧乏な家庭の子供でしたが、貧乏なのは親のせいだと思っていたし、母親は「力のない親でごめんね」といつも謝ってました。けれども日本の政治の冨の分配の仕方が違ったら異なるシナリオもあり得たんだと気づいたのは、「庶民が真面目に働いても貧乏なのは政治のせいだ」と高らかに言える人びとがいる英国に来てからです。だから今回の本でもそこら辺は根底にあります。それはいまの日本にも大事なことに思えましたし。

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「大義なさすぎ解散」なのに、日本の人びとは「しゃーないなー」と受け入れてる印象を受けます。「英国社会はぶっ壊れているけどみんな『しゃーないなー』と許容して生きている」と前作でわたしは書きましたが、英国では権力者に舐めきられているときの「しゃーないなー」はない気がします。 ──ブレイディみかこ

水越 そうですね。日本にもとても大事なことだと思います。日本では再配分後に母子家庭などで貧困率が上がるとか、生活保護の支給捕捉率は2割と言われていたり、最低賃金は先進国最低だったり、「一億層中流」が前提の政策が長らく続いて来た結果、貧困対策というものがわけわからなくなっているんです。一方で、性別や世代間の利害格差は顕著で、とくに世代間格差についてはこの数年、それこそ階級闘争の様相を呈しています。たしかに全体には世代間の経済格差は開いていますが、貧しい若者が高齢の生活保護受給者を攻撃したりするのは、そこは対立するところじゃないだろうと……。自分が社会のなかでどんな存在なのかを考える指標のようなものが、階級意識なんて持ちようのない若者にも、総中流幻想が抜けない老人にもない。それから、昔から言われていることですが、日本の勤労層が自ら選んで、闘い取ったものがない。皆保険も生活保護も、社会党ではなく、自民党政権が整備して来たわけで、両党の支持層も経済的階層で分かれていたわけでもないですし。というように、英国と日本では環境はずいぶん違うのですが、この本はそうした違いを越えたところで考えさせられることがたくさんありました。
 たとえばミスター・ビーンことロワン・アトキンソンの侮辱する権利、ヘイト表現に関する考え方や、ビリー・ブラッグのナショナリズムについての主張、それからケン・ローチがあえて“極左”政党を立ち上げる理由なんかも、いま日本にある問題を考えるヒントになると思います。モリッシーの揺らいでいるように見えるスタンスの根っこが謎解きのように明らかにされているところは本書の圧巻かと思いますが、最近、政治にあまり興味のない若い人たちに自分のことを「どちらかと言えば右かな」と言う人がけっこういるんですね。少なくとも昔はそんなこと言う若者には会ったことありませんでした。でもいろいろ話してみると、「どこが“どちらかと言えば右”なわけ?」だったりする。モリッシーとは正反対だけど、ジュリー・バーチルやベズも併せて、「自分は誰?」ということを考えるにはとてもいい列伝ですね。
 これを読んで思い出したのですが、92年くらいにプライマル・スクリームのボビー・ギレスピーにインタヴューしたとき、彼は「僕はマルキストだ」と言ってました。彼の父親が炭坑労組の活動家でマルキストだったようですが、ソ連崩壊の翌年、世界の左翼が脱力しているさなかにきっぱりと「僕はマルキスト」と言われてちょっとひるみましたよ。その後もすごく昔ながらの左翼的なことを言う英国や欧州の若者に何人か出会って、あっちの若者は素朴だなー、なんでこんなにまっすぐにそういうこと言えるんだ? なんて思ってた時期もありました。この本を読むと、その解答にも出会えましたね。とはいえ、UKでもいまではそういう若者は少ないんじゃないですか?

ブレイディ 炭鉱、労働者、マルクスみたいなレフトは、やっぱサッチャーをリアルで経験した世代で、トニー・ブレアの時代がレフトをへろへろにした(労働党も含めて)ので、サッチャーを知らない若い世代はまた違う。と思ってたんですけど、どうもここ近年、保守党政権の政治が酷いですから、サッチャー世代のレフトのような考えが戻って来てます。若い世代がそれを発見している。オーウェン・ジョーンズというライターがいて、よくテレビにも出てる著名人ですけど、彼なんかは30歳ですが(ベビーフェイスで15歳ぐらいに見えるとっつぁん坊やですが)頭のなかは「70歳の労働党員」と言われるぐらいクラシックな左翼で、すごく本が売れてて人気があります。ああいう若者が、必要とされる時代にぽんっと出て来るのを見ると、たとえブランクがあっても脈々と流れて来たものは途絶えてないんだなあと思います。
 モリッシーは発言だけを読むともう滅茶苦茶(笑)なので、一生懸命解説しました。でも、ああいう方向での解説は、英国に住んでいなければわたしにはできなかったと思います。ビリー・ブラッグは、実はスコットランド独立投票があったときに「民族的ナショナリズムと市民的ナショナリズム」という記事をYahoo!ニュースの個人ページに上げたことがあって、こんなの英国在住者しか読まんだろうと思っていたら、日本からのPVが多くて驚いたことがありました。だから、その辺は日本の人びとのヒントになればと思いながら書きました。聖ジョージが中東から来た人だったというのはとてもディープだし。
 そういえば、スコットランドに関して言えば、独立反対派が勝ったのは高齢者が反対票を入れたからという後日談もあって、やっぱ「大義より年金」という切実な想いがあったようで、高齢化の進む社会ではもう何かが大きく変わることはあり得ないのか。みたいな議論もありました。日本の世代間の対立と通じるものがあるかもですね。
 ポリティクスには大義が必要。というのも実はこの本のテーマで、選んだ人たちもみんな方向は違うにしろ大義がある(モリッシーみたいにあり過ぎて滅茶苦茶になる人もいますが)。折しも日本では「大義なき解散」とか言われているので、出た出た出たと思ってました。「大義なさすぎ解散」なのに、日本の人びとは「しゃーないなー」と受け入れてる印象を受けます。「英国社会はぶっ壊れているけどみんな『しゃーないなー』と許容して生きている」と前作でわたしは書きましたが、英国では権力者に舐めきられているときの「しゃーないなー」はない気がします。

水越 2001年のデータなのでちょっと古いですが、イギリスの若年層投票率は日本よりさらに低いようですね。90年代の終わり頃、実際の選挙時に模擬投票をするというイギリスでの小学校教育を紹介したテレビ番組を見たことがあります。ちょうど、卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱に反対する埼玉の県立高校生たちの運動が「子どもを政治に利用している」というような文脈で批判されていた時期で、子どもを政治から隔離しようとする日本社会の論調とは対極にあるなあと思ったんでした。日本の高校でも60年代には制服廃止運動などが成果を上げたこともあったのに、というか、そうした運動を契機にしてということでしょうが、未成年者が政治に関わることを悪とする社会的認識が広まってきた。でも、政治的な問題意識や感覚って、大人になったからって自然に身に付くものではないですよね。
 ところで「大義」って、多くの日本人はあんまり好きじゃないんじゃないかな。大東和共栄圏なる大義のためと言われた戦争が、負けてみれば侵略の言い換えみたいなものだったというのが、いわば日本における「1945年の精神」ですから。大義が国を滅ぼすことを身を以て体験した“記憶”が途切れたところに、大義でっかちな右翼が出て来て、さらに大義アレルギーが進みそうかも。 今回の選挙の「大義のなさ」批判はメディアが言ってるだけで、それこそブレイディさんの視線の根っこともいえる「地べた」辺りでは「大義なんて恥ずかしい」くらいの感覚のように思います。でもこういうのを「しゃーないなー」と許しちゃう感覚は自民党派閥全盛時代終焉以降から次第に減退していて、いまはもうすっかり白けきっています。テレビでの選挙関連番組もこの15年で最低ということですし。白けと「しゃーないなー」という許容は、同じ帰結になるわけですが。白けにしろ諦めにしろ、日本社会の場合、ポスト大東和共栄圏時代の大義や正義についてとかそのための闘い方とか、政治のあらゆることから遠ざけられて育った世代がもうかれこれ50歳、ということがあると思うんです。ただ、こういうのは心の深いところで「継承」されるものがおおきいので、「大義」に裏切られた恨みが深い元軍国少年の子どもたち世代より、団塊ジュニアが言論界でも存在感を持つようになって来たことで変わることもあるかもしれないとも思っています。

ブレイディ 若者の投票率って、たしか前回の2010年の総選挙で50%だったと言ってたよなーと思いつつ国会の資料を見てみました。18歳から24歳で51.8%ですね。わたしはこれでも相当高いと思ってるんですが(笑)、資料を見るとブレアの時代はどんどん落ちて30%台まで行ってたんですね。英国はいまの日本みたいにしょっちゅう総選挙してるわけじゃないんで、2010年の次は2015年になるわけですが、今度はUKIP効果もあってたぶん上がると思います。
 若い層で投票してないのはやっぱうちの近所にいるような子たちで、彼らは選挙なんてどこでやってるか知らないと思います。アンダークラスってのはそうなるように国から製造されたようなところもありますから。以前どっかのシンクタンクの調査結果で、若年層の選挙に行っていない人びとのグループ(要するにうちの近所にいるような若者たち)が、金銭換算するともっとも保守党の緊縮財政の影響を被っている額が多いってのがあって、18歳から24歳の層が投票するのは法的義務にするべきだという意見を言ってた人もいました。英国も若者の政治に対する「白け」というか、こっちはよくdisillusionedとか言いますけど、それは史上最高と言われています。でも、ぼんやり幻滅している君たちこそが一番ひどい目に合わされる層なんだよということを若者に言ってる大人たちはいますし、日本の安……、というのはやはりここではやめておきます。
 実はさっきまでBBCでディベート番組を見てまして、UKIPのナイジェル・ファラージ党首とラッセル・ブランドが対決してて面白かったんですけど、ラッセルについては『ザ・レフト』でも書いてますし、今回のWEBエレキングの連載でも書いてるようにREVOLUTION系の人なので、やっぱちょっと発言が過激になったりして他の政治家とか観客とかに呆れたような顔をされてたんです、「やっぱお話にならないわ、コメディアンだし」みたいな感じで。そしたら客席に座っていた白髪頭の短髪のおばあさんが、「いやラッセルが言ってるのは……」とか言って理路整然と彼のエクストリームな主張を昔ながらのクラシックなレフトの論理に翻訳してみせたんです。見てて何かちょっと感動してしまって、ラッセル・ブランドも目を潤ませて拍手してましたけど、ひょっとして英国では若い世代と老齢者こそが通じ合う時代になってんじゃないかなと思って。ケン・ローチの世代は婆ちゃんもただ者じゃない(笑)。
 英国も来年は選挙なんですけども、今度のは「イデオロギーの戦い」になるって番組中でも政治家や観客たちが盛んに言ってましたね。スコットランドの後なんで。ってのもあると思います。けど、やっぱ英国の人ってイデオロギーとかそういうのが基本的に好きなのかもしれないですね。どんなに幻滅しても、大義アレルギーはない。というかむしろいまこそそれを求めてるんだと思います。

以下、後編につづく

ザ・レフト──UK左翼セレブ列伝 - ele-king

保育士として“ゴシップ記者”として、かあちゃんとして、音楽好きとして、英国のいまを見つめる大人気社会派ライター、ブレイディ・みかこによる待望の新刊!

Mrビーン、映画監督ケン・ローチやダニー・ボイル、元ハッピー・マンデーズのベズ、元スミスのモリッシー、ビリー・ブラッグ等々……
英国大衆文化はかくも「左翼」がお好き。しかし、では、何故に?

更新のたびに大反響を呼ぶweb版『ele-king』の連載「アナキズム・イン・ザ・UK」、Yahoo!ニュースなどへの記事執筆でもおなじみのUkb在住ライター・ブレイディみかこが、12人の英国人セレブの人生を通して、政治リセットの現代に「左翼の意味を問う」書き下ろし痛快エッセイ!

ANDREAS DORAU JAPAN TOUR 2014 - ele-king

 アンドレアス・ドーラウといえば、「フレート・フォン・ユーピター」の大ヒットで知られる、ノイエ・ドイッチェ・ヴェレのファンはもとより、80年代エレポップ愛好家にとっては忘れられないティーンエイジ・ポップ・アーティストである。『クラウトロック大全』によれば、いまもしっかりと活動を続けていて、多作とは言えないが、アルバムも出している。一時期ドイツ国内ではアイドル並みの人気だったそうだが、本人は商業主義に迎合することなくポップを忘れずに、試行錯誤を繰り返しながら、現在に至っている。
 出演する日本人のミュージシャン/DJのメンツも面白い。なんと、DE DE MOUSE、JINTANA & EMERALDSのライヴもあるし、この機会に、ドイツの電気仕掛けのティーンエイジ・ポップを、ぜひ、体験して欲しい。

■12月19日(金) 新宿 LOFT open/start 23:30
LIVE:アンドレアス・ドーラウ / DE DE MOUSE(VJ:rokapenis) / CHERRYBOY FUNCTION
DJ:CMJK / peechboy
LOUNGE DJ:永田一直 / 梶本聡 / 37A / 李ペリー
ALIVE PAINTING:中山晃子

■12月20日(土)15:00~22:00
BASEMENT MONSTAR王子 / 東京都
LIVE:アンドレアス・ドーラウ / JINTANA & EMERALDS / BTB / Omodaka
DJ:COMPUMA / Sammie(SOUCHI MEGANE) / 来夢来人

■12月22日(月) 大阪 北堀江 club vijon open/start 17:30~22:00
北堀江CLUB vijon / 大阪府
LIVE:アンドレアス・ドーラウ / AUTORA / aSymMedley
set change BGM selection:shop MECANO
LOUNGE LIVE:909state
LOUNGE DJ:hitch / otooto22

オフィシャルサイト:https://otooto22.com/dorau
問い合わせ先:ichbinad@gmail.com


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