「KING」と一致するもの

Miru Shinoda - ele-king

 バンド・yahyelでの活動、〈Protest Rave〉運営メンバーといった一面でも知られる音楽家・篠田ミルが、ソロ・デビュー作となるEP「Pressure Field」を昨年リリース作『epoch』のプロデュースなどで関係を深めた松永拓馬と共同運営するレーベル〈ECP〉より10月22日にリリース。

 映画音楽やサウンド・アートの領域までを広く行き来する傍ら政治的アクションにも積極的にかかわる彼によるEP「Pressure Field」は、変容する社会への疑問を投げかけるかのようなメッセージと、実験性とポップセンスが同居する巧みなサウンド・デザインによって構成された6曲入の作品。音楽家として社会を見つめ、音で問題提起を続けてきたかれなりの、現況へのアンサーか。以下詳細。

Artist:Miru Shinoda
Title:Pressure Field(EP)
Label:ecp
Format:Digital
Release: 2025.11.5
Streaming:https://linkco.re/nBDz4muE

Tracklist:

1. Big Site
2. Hottest Summer
3. Good Morning Mr.Kishida
4. Power Plant - Fukushima 250117
5. Sine Waves in The Rain
6. Path

All songs written/produced/mixed by Miru Shinoda
Mastering: Wax Alchemy
Artwork: Atsushi Yamanaka
Label: ecp
Artist Photo: Kenta Yamamoto
PR: Masayuki Okamoto
Production: スタジオ さ組

――――――

これまで松永拓馬、ACE COOL、Rinsaga、May J.ら多彩なアーティストとの楽曲制作や、yahyelメンバーとしての国内外での活動、また舞台・映画音楽、ファッションムービーのサウンドデザイン、サウンドアートの領域まで、様々な創作の場を越境してきた音楽家・篠田ミルが、ソロデビューとなるEP《Pressure Field》を発表する。

更新され続ける猛暑、身体に染みついた新自由主義、福島の発電所が放つノイズ、雨の中でゆらぐ正弦波。
『Pressure Field』は、圧力変化の個人的な備忘録であり、その音響的な軌跡である。

篠田ミルはこれまで、コロナ禍のライブハウス・クラブカルチャーを守るムーブメント『#SaveOurSpace』や、クラブカルチャーに根ざしたサウンドデモ『プロテストレイヴ』を企画するなど、政治的アクションにも深く関わってきた。

また、2024年には相模原市藤野の自然環境を舞台とした野外イベント『by this river』を開催し、自然環境の中で音楽と観客が一体化するような実験的空間を創り上げた。2025年には、被災地支援を行うbeatfic experimentとのコラボレーションのもと、福島県で開催された『rural 2025』にて、「被災の記憶に耳を澄ますこと」を主題に、ポータブルラジオを使ったサウンドパフォーマンス“Tuning for Pray”を初演。さらに、音楽家・原摩利彦の声がけのもと、パレスチナ・ガザでレコーディングした音を元にした楽曲の購買で支援に繋げる『THEY ARE HERE』プロジェクトへ共同発起人として参加している。

こうした実践に共通するのは、「音と場」の関係性を通じて、社会に対する聴覚的な応答を試みる姿勢である。

今回のソロデビューEPは、これら長年のコラボレーションと分野横断的な経験を凝縮し、個人的なステートメントとして結実させるもの。ポップな感覚とアヴァンギャルドな質感、そして社会や環境への鋭敏な感受性が交差する作品となっている。

また、本作品は2024年に篠田ミルと松永拓馬が設立したレーベル/プラットフォーム「ecp」よりリリースされる。

●篠田ミル / Miru Shinoda

1992年生まれ。音楽家。
2015年にyahyelのメンバーとしてデビュー。以降、松永拓馬やACE COOL、Rinsagaなど多くのアーティストと楽曲提供やプロデュースを行う。また、ファッションブランドのルックムービーや映画音楽、舞台音楽の作曲、サウンドインスタレーションやパフォーマンスの制作にも携わる。
2024年には松永拓馬と共にレーベル・プラットフォーム《ecp》を設立、神奈川県藤野にてイベント《by this river》の開催に携わる。
また、これまでに《プロテストレイヴ》や《D2021》などの表現活動を通じたアクティビズムにも、企画や運営を通じて積極的に参加している。

近年の主な参加作品:
・サウンドパフォーマンス “Tuning for Pray”(2025)
・ACE COOL『明暗』(2024)
・松永拓馬『Epoch』(2024)
・橋本ロマンス『饗宴』(2024)
・Rinsaga『Saga』(2022)
・May J.『Silver Lining』(2021)

Herbert & Momoko - ele-king

 イギリスの電子音楽家、マシュー・ハーバートがドラムと歌を主とした表現を手がけるモモコ・ギルとのユニット「Herbert & Momoko」にて約6年ぶりの来日公演を実施。静岡の〈FESTIVAL de FRUE 2025〉でのDJセットを皮切りに、東京・福岡・札幌・京都・金沢の全6都市をめぐるジャパン・ツアーとなる。

 Herbert & Momokoは、ミニマル~エクスペリメンタルな側面で知られるマシュー・ハーバートの数々のプロジェクトのなかでもハウス・ミュージックとヴォーカルを軸とした、実験性とポップ・センスが同居したユニット。本年6月には〈Strut Records〉からコラボ・アルバム『Clay』を発表。ふたりがつむぐ、晩秋のメランコリックな気分にぴったりの世界観に浸ってみましょう。

Herbert & Momoko Japan Tour 2025

11/01 SAT SHIZUOKA at FESTIVAL de FRUE 2025 *DJ set feat. Momoko live vocals
Les Claypool's Bastard Jazz / AKIRAM EN / anaiis & Grupo Cosmo / Capablanca / CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN / DJ Sotofett / DOGO / Enji / E.O.U / ffan / GEZAN / Joana Queiroz & Manami Kakudo / MASCARAS / Nakibembe Embaire Group ft.Naoyuki Uchida / Ohzora Kimishima / Powder / Rubel / Solar / Yamarchy / 7e / 鏡民
https://festivaldefrue.com

11/04 TUE TOKYO 18:00 at WWW X *Duo Live Extended Show
DJ: 5ive [Thinner Groove]
https://www-shibuya.jp/schedule/019224.php

11/07 FRI FUKUOKA 22:00 at Keith Flack *Duo Live
DJ: p.co [SEXTANS] / Tatsuoki [Broad] / vvekapipo [hertz]
https://t.livepocket.jp/e/herbert_momoko

11/08 SAT SAPPORO 20:00 at Precious Hall *Duo Live
DJ: midori yamada (the hatch)
https://t.livepocket.jp/e/20251108herbert-momoko

11/13 THU KYOTO 19:00 at Metro *Duo Live
Front Act: Kazumichi Komatsu
https://www.metro.ne.jp/schedule/251113

11/14 FRI KANAZAWA 18:00 at PALAIS *Duo Live
DJ: FUTOSHI SUGIKI / Susumu Kakuda
https://pa-lais.com/schedule/2025-11-14

tour promoted by WWW & melting bot
tour poster: Andry Adolphe


Matthew Herbert

Matthew Herbertは受賞歴のある作曲家、アーティスト、プロデューサー、作家であり、その革新的な作品の幅は30枚以上のアルバム(高く評価された『Bodily Functions』を含む)から、アカデミー賞受賞映画『ファンタスティック・ウーマン』の音楽、ナショナル・シアター、ブロードウェイ、テレビシリーズ(『Noughts and Crosses』、『The Responder for BBC』)、ゲーム(『Lego』)、ラジオのための音楽にまで及ぶ。ソロ演奏、DJ活動、自身の21人編成ビッグバンドや100人合唱団を含む様々なミュージシャンとの共演で、シドニー・オペラハウスからハリウッド・ボウルまで世界中でパフォーマンスを行い、インスタレーション、演劇、オペラも創作している。

Quincy Jones、Ennio Morricone、Serge Gainsbourg、Mahler といった象徴的なアーティストのリミックスを手掛け、Bjork の長期にわたる共同制作者でもある。ロイヤル・オペラ・ハウス、BBC、ドイツ・グラモフォンなどから作品を委嘱されているが、最も知られているのは、日常音やいわゆる「ファウンド・サウンド」を電子音楽へと昇華させる音響表現である。代表作『ONE PIG』は豚の誕生から食卓へ、そしてその先までを追った作品だ。2018年には初著書『The Music』を Unbound 社より出版。現在はラジオフォニック研究所のクリエイティブ・ディレクターを務める。

2021年、Matthewと聴覚をテーマにした Enrique Sanchez Lansch による特別ドキュメンタリー『A Symphony Of Noise』が公開された。10年以上にわたり撮影された本作は、電子音楽家、アーティスト、サウンド活動家としての Matthew の約20のプロジェクトを追う。彼はまた最近、音を用いた作曲の倫理に関する博士号を取得し、次の実験的プロジェクトでは10億を超える音を聴取することを基盤としている。

https://www.instagram.com/matthewherbertmusic


Momoko Gill

Momoko Gillは、ロンドンを拠点に活動する新進気鋭のアーティスト。プロデューサー、作曲家、作詞家、そしてマルチ・インストゥルメンタリストとして、ドラムと歌を中心に多彩な表現を展開し、注目を集めている。オックスフォードに生まれ、京都・横浜・サンタバーバラ・ロンドンで育ったバックグラウンドを持ち、その幅広い感性を音楽に注ぎ込む。Matthew Herbert、Alabaster DePlume、Tirzah、Coby Seyなど、英国の個性豊かなアーティストたちと共演し、ジャズ、アヴァンギャルド、エレクトロニックの狭間で独自の存在感を示してきた。ロンドンのクリエイティブ・コミュニティTotal Refreshment Centreを拠点としている。

2025年には Matthew Herbert と Clay を共同プロデュース。そもそもの始まりは、Herbert のアルバム『The Horse』収録曲を Momoko がリミックスし、その音を Herbert が高く評価したことだった。また、詩人/ラッパー Nadeem Din-Gabisi とのデュオ An Alien Called Harmony ではプロデューサーを務める。さらに2026年初頭には、自己プロデュースによるデビュー・ソロアルバムを Strut Records からリリース予定。
親密さと深みを併せ持つ歌声で、ジャンルと物語性、そして音響実験の境界を押し広げながら、独自の音楽世界を切り拓いている。

https://www.instagram.com/momokogill

Oneohtrix Point Never - ele-king

 ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが『Again』以来、2年ぶりのアルバムを発表する。題して『トランキライザー(精神安定剤、鎮痛剤)』、つまりわれわれを穏やかにさせてくれるようなサウンドに満ちている、ということだろうか。いやいや、これまでも多くコンセプチュアルな作品を送りだしてきたダニエル・ロパティンのことだ。まったく逆の可能性だってありうるわけで……10月20日にMVとともに公開された新曲 “Lifeworld” と、その前日19日に投下された “For Residue” と “Bumpy” の都合3曲、むむむ、これはどっちだ……!? CDとLPの発売は11月21日、配信開始は11月17日とのことなので、OPNが踏みだす新たな一歩がどのようなものになっているのか、あれこれ想像を膨らませておこうではないか。

Oneohtrix Point Never

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
ニュー・アルバム『Tranquilizer』を発表!
「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」の3曲が解禁!
アルバムは11月17日デジタル配信、11月21日にCD・LPが発売

現代音楽シーンにおいて、静かに、しかし圧倒的な影響力を持つワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下OPN)が、ニュー・アルバム『Tranquilizer』を発表! 〈Warp〉より11月17日(月)にデジタル/ストリーミングで配信がスタートし、11月21日(金)にCDとLPが発売される。アルバム発表にあわせて、新曲「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」が解禁され、OPNならではの幻想的で超現実的なサウンド世界が姿を現す。

Oneohtrix Point Never - Lifeworld (Official Video)
Youtube:https://youtu.be/YfjsyKFbyqM

「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」の3曲配信開始
https://warp.net/opn-tranquilizer

精神安定剤を意味する『Tranquilizer』の出発点は偶然の光景だった。歯医者の椅子に横たわり、歯に響く振動を受けながら、ふと見上げた蛍光灯のカバー。灰色のタイル天井に貼られた、青空とヤシの木のプリント──安っぽい人工の楽園。その瞬間、OPNは問いかける。この世界の音とは何か。日常と非日常がかろうじて均衡を保ちながら共存する、この薄っぺらな現実の音とは。

さらに、数年前、インターネット・アーカイブから、巨大なサンプル・ライブラリがインターネットから忽然と消えた事件も創作の引き金となった。90年代から2000年代にかけての何百枚ものクラシックなサンプルCD──シーケンス、ビート、パッド、バーチャル楽器。『サイレントヒル』から『X-ファイル』まで、数え切れない作品に陰影を与えてきた音源たちが、一瞬にして闇に呑み込まれたという出来事。それは文化の断絶、時代の記憶を繋ぐ回線が無慈悲に断ち切られるような体験だった。幸いにも、失われかけた音の断片は再び救出され、文化的アーカイブとして息を吹き返す。本作は、過去への逃避とは何を意味するのか、そしてその先に何が待っているのかを問いかけ、超現実的でディープなテクスチャーで聴く者を包み込む。

失われた音の断片をもとに、『Tranquilizer』は音の幻覚を描き出す。静謐なアンビエンスがデジタルの混沌へとねじれ、日常の質感は感情の奔流へと変容する。忘却と廃退に形づくられたレコード。現実と非現実の境界はぼやけ、サンプルはノイズへと溶け込み、夢の中で扉がきしむ音を立てる。今作のOPNは、これまで以上に没入的だ。ノスタルジーではなく、失われた音を新しい感情の器として再構築している。

このアルバムは、かつて商業用オーディオ・キットとして作られた音源群に形を与えた作品だ。陳腐なサウンドの索引を裏返しにしたようなもの。今日の文化の奥底にある狂気と倦怠を最もよく表現できる、プロセス重視の音楽制作へと回帰した作品なんだ。 ──Oneohtrix Point Never

アルバム発表にあわせて解禁された「For Residue」「Bumpy」「Lifeworld」の3曲は、メディアの崩壊、アンビエントな不穏さ、そして儚い美が交錯する、まさにOPNらしい世界が描かれている。

アートワークは、インディアナ州を拠点とするアーティスト、アブナー・ハーシュバーガーによって描かれた絵画で、アブナーが育ったノースダコタの平原を抽象的かつ有機的に再構築している。忘れ去られた素材や農村風景に根ざしたそのビジュアルは、『Tranquilizer』のテーマである崩壊、記憶、クラフト感と呼応する。

過去20年にわたり、OPNは世界有数の実験的エレクトロニック・ミュージックのプロデューサー/作曲家としてその名を確立し、21世紀の音楽表現を刷新し続けている。初期の『Eccojams』はヴェイパーウェイヴを生み出し、『R Plus Seven』や『Garden of Delete』といった作品はデジタル時代のアンビエント/実験音楽を再定義した。さらに、サフディ兄弟の『グッド・タイム(原題:Good Time)』と『アンカット・ダイヤモンド(原題:Uncut Gems)』やソフィア・コッポラの『ブリングリング(原題:The Bling Ring)』の映画音楽を手がけ、今年最も注目を集める映画のひとつであるジョシュ・サフディ監督作『Marty Supreme』の音楽も担当。またザ・ウィークエンド、チャーリーXCX、イギー・ポップ、デヴィッド・バーン、アノーニとのコラボレーションでも知られている。

OPN待望の最新アルバム『Tranquilizer』は、11月17日(月)にデジタル/ストリーミングで配信され、11月21日(金)にCDとLPが発売される。国内盤CDにはボーナストラック「For Residue (Extended)」が追加収録され、解説書が封入される。LPは通常盤(ブラック・ヴァイナル)に加え、限定盤(クリア・ヴァイナル)も発売。限定盤LPは数量限定の日本語帯付き仕様(解説書付)でも発売される。さらに国内盤CDと日本語帯付き仕様盤LPは、Tシャツ付きセットも発売決定。

label : BEAT RECORDS / Warp Records
artist : Oneohtrix Point Never
title : Tranquilizer
release : 2025.11.21
商品ページ : https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=15439
TRACKLISTING :
01. For Residue
02. Bumpy
03. Lifeworld
04. Measuring Ruins
05. Modern Lust
06. Fear of Symmetry
07. Vestigel
08. Cherry Blue
09. Bell Scanner
10. D.I.S.
11. Tranquilizer
12. Storm Show
13. Petro
14. Rodl Glide
15. Waterfalls
16. For Residue (Extended) *Bonus Track

CD+Tシャツセット

LP+Tシャツ

CD

LP

限定LP


R.I.P. D’Angelo - ele-king

緊那羅:Desi La(訳:編集部)

 人は大衆音楽における「才能」について、歌声や見た目の特別さを指して語りがちだ。どんなふうに歌い、叫び、あるいは甘く歌い上げるのか、とか。だが、音を「どのように聴いているのか」、そしてさまざまなジャンルの音楽をレゴブロックのように組み合わせ、過去の黄金の瞬間を細かく分解し、それを吸収し、「なんてこった!」と神々しいまでに独自なひらめきにうなずきながら、人びとを椅子から立ち上がらせ、心を動かすようなかたちに再構築する、その才能についてはあまり語られないかもしれない。D’Angeloは、2025年10月14日、わずか51歳という若さでこの世を去った。彼をめぐっては、メディア、共演者、ファン、そして彼のイメージや遺産で商売をしようとするSNS上の人びとから、さまざまな思い出が語られるだろうけれど、彼に正しく敬意を捧げるためには、彼を「ミュージシャン」と呼ぶだけでは足りないと私は思っている。彼はむしろ「技師(エンジニア)」であり、「建築家」だった。プリンスやマイルス・デイヴィス、パーラメントのように音楽を構築した偉大な建築家たちの系譜に属する存在だ。

 インスタグラムを何気なくスクロールしていたとき、私は残念ながら、あの“Untitled (How Does It Feel)”のヴィデオでの一瞬の性的イメージばかりを強調するインフルエンサーたちの投稿を目にしてしまった。彼を性的対象としてしか見ないそうした悪魔的な心性こそが、いくつかある理由のうちのひとつ——彼がキャリアの大部分を通して長く姿を消していた理由のひとつ——ではないのか。あの映像で焼きついた彼の官能的なイメージは、当時の大衆の記憶から決して消えることはないだろう。が、それは彼の真の才能を示すものではなかった。彼を讃えるということは、彼が望んだかたちで見られること、そして彼の激しい努力の結実を讃えることでもある。

 D’Angelo——本名マイケル・ユージーン・アーチャー——はヴァージニア州の生まれで、ファレルと同郷である(ヴァージニアの水にはたしかに何かがあるのだろう)。彼は教会の少年として育ち、ゴスペルを愛し、そしてソウル、ロック、ファンクの黄金時代の巨人たち——アル・グリーン、ジミ・ヘンドリックス、フェラ・クティ、プリンスなど——に憧れた。彼のヒーローもまた、みんな同じく「建築家」だった。音に対する鋭敏な耳を持ち、アレンジ、バンドの選択、そして全体的なプレゼンテーションにおいて非凡なセンスを備えた音楽家たちだ。彼は成長するにつれて、それらの創造者たちの手がけた構造を解きほぐし、彼らがどう音楽を創出しているのかを考究した。とりわけ、プリンスだ。彼がひとりでスタジオとサウンド全体を完全に支配していたその姿に魅了され、「あれが自分だ」と感じたはずだ。

 音楽業界が何かとレッテルを貼りたがるなかで、D’Angeloが『Brown Sugar』でシーンに登場し、最初のすばらしい成功を収めてから、彼には「ネオ・ソウル」という称号が与えられた。1995年のデビュー当時から、そして続いて登場したエリカ・バドゥの『Baduizm』(1997年)などと並び、その呼称は一定の妥当性を持っていたと言える。というのも、ヒップホップはもともとソウル/ファンクに影響を受けており、ネオ・ソウルの進化は、文化的にも経済的にも支配的となったヒップホップからの影響の「フィードバック・ループ」を示していたからだ。セクシーでチルなヴァイブス、しかもストリートの匂いもある。
 じっさいD’Angelo はネオ・ソウルの特徴をすべて体現していた——ヒップホップの影響を受けたタイトなビート、滑らかなヴォーカル、無駄のないプロダクション、社会的意識をもった歌詞、グルーヴに乗った重心の低いフロー、そして技巧に走らないセクシーな歌声……。
 多くのミュージシャンとは異なり、D’Angeloが遺した公式アルバムはわずか3枚のみだ。しかしそのどれもが前作を凌ぐ傑作であり、『Black Messiah』(2014)はまさにその頂点に立つ作品だった。彼が病に倒れる前に取り組んでいた未発表の音楽も、いずれ何らかの形で日の目を見ることになるだろうが、現時点では、『Black Messiah』こそが彼の到達点であり頂点である。もちろんそれは、『Voodoo』(2000)や『Brown Sugar』を軽んじてよいという意味ではない。むしろいまとなっては、これら2作を、音楽だけにすべてを賭けたひとりの男が歩んできた、その進化の道筋としても味わえる。

 もし私が「ブラックネス(黒人性)」という概念を音楽的革命として講義する授業を開くとしたら、『Black Messiah』収録の“The Door”という曲をかけるだろう。70年代的なハーモニーとファンクのリフが全編を覆い、厚みのあるファンク・ベースが鳴り響き、1940年代のブルーズ的スライド・ギターのクレッシェンドでは、スライドが弦に擦れる音までミックスに残されている。90年代的なデジタル録音のようなアンプ・ディストーションはなく、リラックスしたホンキートンク調のビートに乗せたファルセットの歌声。ファンク特有の切れ味あるストップ&スタートのイントネーションがありながら、歌唱技巧を排している。そしてたしかなダウンビートが、教室で机を叩いてビートを刻み、まわりの仲間が手拍子を合わせていた高校時代のあの瞬間を黒人たちに思い起こさせる。そうしたすべてが、この1曲のなかに凝縮されている。
 D’Angelo はまた、「ブラック/アフリカ的な音楽学習法」の価値を体現していた。ブルーズ、ゴスペル、ジャズ、あるいはアフリカの伝統音楽——いずれにおいても、黒人音楽とは共同体的な営みであり、集中して意図的に聴くことによって成り立っている。複数のパートが重層的に動きながらも、汗をかくことなく完璧に同期している。ビートとビートのあいだにはたっぷりとした呼吸がある。「重要なのは何を演奏するかではなく、何を演奏しないかだ」とマイルス・デイヴィスが言ったように。
 デビュー作で成功を収めたにもかかわらず、D’Angelo は資本主義的商業システム——すなわち大手レーベルという獣——の餌食になることを拒んだ。アーティストの首筋に息を吹きかけ、スタジオに押しかけては「早くリリースを」「長いツアーを」「最大の利益を」と迫る連中に対して、彼は「くそくらえ」と言い放ち、ルーツのクエストラヴとともに5年間もの冬眠に入ったのだ。……5年だ! 大学の学位を取るより長い。その「大学」が『Voodoo』であり、さらにそれを3倍にしたものが『Black Messiah』だった。
 反資本主義的な精神を貫きながら、D’Angelo は「ブラック・ヒストリーの音」を追い求め、それに人生を捧げた。彼は、過去の偉大な音楽家たちの独自性の蒐集家であり、各アルバムの制作にあたっては、その音楽を研究し、向き合い、ジャムし、さらにまた向き合い、あらたな協働者を招き入れてはまた向き合い、ヴォーカルだけで2年を費やしてもなお、音楽とともに座り続けた。その結果、『Voodoo』と『Black Messiah』は聴く者の前で雲を切り裂き、天を開く。細部にまでこだわり抜いたサウンド・デザインが機能する要素を徹底的に磨き上げ、極限まで高めている。
 建築家とは機械や建物の「内部構造」を見る者である。それを組み合わせることで以前よりも高い創意を生み出す。構造の逆解析を行い、どの瞬間においても楽曲を「最高なもの」として立ち上がらせる。そのような能力を持つ者。D’Angeloには「駄作」と呼べるアルバムがひとつもない。それは、彼が——良い意味で——あまりにも「良いアルバムを作ること」に執心していたからだ。そして、彼は待ち、さらに待ち続け、それが熟するのを見届けた。

 D’Angelo の壮大さ、彼のパフォーマンス、優しさ、録音作品は、視界の果てまで広がるほどの賛辞の波を呼び起こした。しかし残念なことに、彼を苦しめたある種の悪魔が誘発した逮捕、依存、鬱などが彼の早すぎる死に影響した可能性がある。皮肉なことに、彼を押し上げたその「社会的イメージ」こそが彼の首にかかった重すぎる錨となり、彼はそこから抜け出そうともがいた。注目すべきは、『Black Messiah』がD’Angeloのアルバムのなかで唯一、彼自身の姿がジャケットの表にもその裏面にも登場していない作品であるという点だ。焦点は完全に「作品そのもの」に置かれている。
 彼の焦点は、つねに芸術そのものに向けられていたのだ。そして2025年のいま、私たちはようやくその全体像を享受できるのである。その美しさ——彼の微笑み、その語り口、彼が遺した物語とそこに刻まれた教訓、そして何よりも音楽への絶対的な献身——そのすべてを、ありのままに味わえるのだ。


People often talk of talent as if it`s only a person’s singular singing voice or their particular look. How they sing, shout or croon. But not enough of how they hear and put the Lego blocks of multiple genres of music together, pick apart the golden moments of excellence of the past, take them in and head nod to the “goddamn!” pure heavenly idiosyncrasies and reassemble them in a way that move people from their seats and into their hearts. D`Angelo has left us at the early age of 51 years old this past October 14th 2025. There will be many memories of him from media, collaborators, fans and social media types looking to capitalize on his image and legacy. But to properly give tribute to him, I feel it`s appropriate to knight him not a mere musician but an engineer. An architect. In the vein of other architects like Prince or Miles Davis or Parliament. Doomscrolling on Instagram, I unfortunately ran across posts by influencers only emphasizing his sexuality from that one moment in time with the video "Untitled (How Does It Feel)", but that objectifying demon mind is actually the reason among several others for his long absence for the majority of his career. That image will never disappear from the public conscious of that time but that wasn`t his talent. To honor him is to honor how he wanted to be seen and the result of his intense efforts.

D`Angelo, born Michael Eugene Archer in Virginia, just like Pharrell (I think there is something in the water in VA for sure), was a church boy who grew up with love for the Gospel and love for the titans of the soul, rock, and funk era, i.e. Al Green, Jimi Hendrix, Fela Kuti, and Prince just to name a few. All his heroes were also fellow architects. Musicians with keen ears for sound, arrangement, band selection, and overall presentation. And as he grew up dissecting those creators and how they moved - he particularly was mesmerized by Prince`s one man command over the studio and his sound - D`Angelo said that`s me.

With the music industries need to label, D`Angelo`s entry into the scene and initial success with “Brown Sugar” was given the mantle of Neo-Soul. And to some extent with his debut in the 1995 and other titanic releases in the same period like Erykah Badu`s Baduizm in 1997, this is warranted as hip hop was initially influenced by soul/funk and Neo-Soul`s evolution signaled a feedback loop of influence by the dominance of hip hop culturally and financially. Sexy chill vibes but street.

D`Angelo exhibited the hallmarks of what was to be Neo- Soul; clear, hard hip-hop influenced beats, smooth vocals, uncluttered productions, socially relevant lyrics, in the pocket groove heavy flows, and sexy vocals that avoided theatrical gymnastics.

Until many musicians, D`Angelo leaves behind only 3 official albums. But each one is a classic greater than the one before with “Black Messiah” being the crowning achievement. I`m sure that music he was working on before his previously unannounced cancer disabled him will see the light of day in some way, but for now “Black Messiah” is the apex of his known work. That doesn`t mean sleep on “Voodoo” or “Brown Sugar.” Instead, just enjoy the evolution from a man solely focused on it.

If I could teach a class on blackness as a concept of musical revolution, I might play a song like “The Door” from “Black Messiah.” An unassuming song drenched in 70`s harmonic funk recitations, thick funk bass, 1940`s blues slide crescendos with the noise of the slide gracing the strings left in the mix, no amp distortion a la 1990`s digital recording, falsetto singing to a relaxed honky tonk sing song beat, the crispness of funk stop start intonation leaving out vocal gymnastics, and a solid down beat that gives black people memories of that guy in the class room who banged on the desk in high school to make a fire beat while his friends clapped in unison around. All of this in one song.

D`Angelo also represents the value of the Black / African method of studying music. Black music, whether blues or gospel or jazz or traditional African, is a communal situation filled with intensive intentional listening, focused and deliberate, layered instrumentation with multiple parts moving but in sync without breaking a sweat. Lots of breathing between the beats. “It`s not what you play but what you don`t” as Miles Davis used to say. D`Angelo despite his debut album success, refused to be the meat for the capitalist commercial beasts that major labels often are, breathing down the necks of artists, visiting them in the studio in effort to push them for a quick release, a long tour, and maximum profits. D`Angelo said fuck them and went into a five year hibernation with Questlove of The Roots ..... 5 YEARS!!!! just to produce “Voodoo.” 5 years is longer than

getting your degree in university. In this case though, the university was “Voodoo” and then times that by 3 with “Black Messiah.” Anti-capitalist in his endeavours, D`Angelo rested on his devotion to the “sound” of Black history in his eyes. A collector of the idiosyncrasies among his favorite musicians of the past, in making each album, he studied and sat with the music, jammed and sat with the music, invited new collaborators and then sat with the music, spent almost 2 years just doing vocals and still sat with the music. And it shows cause in particular “Voodoo” and “Black Messiah” separate the clouds from the heavens for listeners, letting loose a sound design meticulous with it`s attention to the things that work and amping them up.

An architect sees the inside of the machine or the building, the innerworks that when put together create greater ingenuity that before, reversed analysis of construction that allows each song to be see at a moment`s notice as great. D`Angelo doesn`t have any bad albums because he was too intent (in a good way) to make a good album. And he waited and waited til it gestated.

Though the grandeur of D`Angelo, his performances, his kindness, his recordings created waves of accolades that rolled exponentially as far as the eye could see, unfortunately certain demons haunted him leading to arrests, addiction, depression and so forth, all of which may have contributed to his untimely departure. His social image, the very thing that propelled him forward became an albatross, too heavy to bear but he did his best to break free. Take deep note that “Black Messiah” is the only D`Angelo album where he doesn`t appear on the cover or back sleeve. The focus was fully on his art. The beauty now of 2025 is we can enjoy the beauty of his smile, his diction, his stories, lessons learned and absolute devotion to music.

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高橋芳朗

 ディアンジェロが逝ってしまった。死因は膵臓癌。51歳だった。かつての公私におけるパートナー、アンジー・ストーンが3月1日に交通事故で他界したのがまだ記憶に新しい中での思いがけない訃報。プリンスと共に彼の最大のインスピレーション源だったスライ・ストーンも6月9日に亡くなったばかりだ。スライの死を受けて、ディアンジェロの諸作を改めて聴き直していた方も多かったと思う。

 ディアンジェロは、1990年代以降で最も強大な影響力を有したアーティストのひとりだ。ただし、彼が30年に及ぶキャリアで残したアルバムはたったの3作。1995年の『Brown Sugar』、2000年の『Voodoo』、そして2014年の『Black Messiah』。もともと完璧主義だったことに加え、2000年代は薬物/アルコール依存、相次ぐ逮捕騒動などで活動が停滞。寡作ぶりに拍車をかけることになった。

 ディアンジェロの3作のアルバムはすべて掛け値なしに破格の傑作といえるが、彼は現在に至る名声を実質最初の2作で確立している。人種差別撤廃を訴えるブラック・ライヴズ・マター運動を背景に作られ、ザ・ルーツのクエストラヴが「俺たちの世代にとっての『There's a Riot Goin' On』」と激賞した『Black Messiah』も強力だが、真のゲームチェンジャーはやはり『Brown Sugar』と『Voodoo』。特に『Voodoo』は決定的だった。

 ビヨンセはディアンジェロへの追悼コメントで彼を「The Pioneer of Neo-Soul」と讃えたが、ディアンジェロが『Brown Sugar』と『Voodoo』によって果たした功績を端的にまとめるならば、それはまさに「ネオソウルの音楽像を作り上げたこと」となる。ディアンジェロが編み出したネオソウル・サウンドの最大の特徴は、J・ディラの作風に着想を得た揺らぎ(ズレ)のあるビート、そこから生じる聴く者をじわじわと引きずり込んでいくような深みのあるグルーヴ。その原点といえる試みは『Brown Sugar』収録の “Me and Those Dreamin' Eyes of Mine” で確認できるが、完成を迎えるのは5年後の『Voodoo』まで待たなくてはならない。

 『Voodoo』のビートの革新性は、レコーディング時の数々の逸話が浮き彫りにしてくれる。たとえば、ギタリストとしてのゲスト参加が決まっていたレニー・クラヴィッツがサンプル・トラックのドラム・パターンに違和感を訴えて「これでは演奏ができない」と辞退したエピソードなどは、ディアンジェロが描いていたヴィジョンがいかにセオリーから逸脱していたかを示す好例だろう。だが、何よりも興味深いのは『Voodoo』の大半の曲でドラムを担当しているクエストラヴの証言だ。彼はレコーディングに際して、ディアンジェロから「徹底的に正確さを削ぎ落としてほしい。絶対にうまくいくから俺を信じろ。グルーヴをキープしつつ、とにかくだらしなく叩くんだ」と要求されたという。

 正確さこそが命であると考えていたクエストラヴはディアンジェロの注文通りに演奏するのに約1ヶ月もの時間を費やしたそうだが、その成果──クエストラヴが言うところの「泥酔しているかのような演奏」──が最も如実に表れているのが以降ネオソウルのひとつのプロトタイプとして継承されていくことになる “Playa Playa”や “Chicken Grease” だ。ここで打ち出されているフィーリングは現在ネオソウルとして紹介されているあらゆる作品から聴き取れるのはもちろん、もはや今日のモダン・ミュージックを語る上で欠かせないものになっている。

 ミュージック・ビデオと併せてディアンジェロのアイコンになっている “Untitled (How Does it Feel)” がたくさんのオマージュ・ソングを生み出し続けている事実も含め、彼と『Voodoo』の遺伝子はいまもなおそこかしこで見つけることができる。ディアンジェロのデビューから30年、『Voodoo』のリリースから25年。これだけの歳月を経ているにもかかわらず、そのレガシーがなんら古びることなくフレッシュなアイデアとして有効性を維持しているのは驚異的と言うほかない。1990年代にデビューしたレジェンドのなかでも、ディアンジェロの音楽は若い世代にとって比較的「近い」位置にあったのではないだろうか。

 でもだからこそ、この世界にディアンジェロがいない現実をなかなか受け止めきれずにいる。ジョージ・クリントンがケンドリック・ラマーやフライング・ロータスとコラボするような未来が、きっと彼にもあったと思うのだ。

Autechre meets Kohei Matsunaga - ele-king

 来年2月頭に予定されているオウテカの来日公演のサポート・アクトが決定した。オウテカが全面の信頼を寄せるNHKことコウヘイ・マツナガ――なぜ〈Unsound Osaka〉に出演しなかったのかわからない、関西エレクトロニック・ミュージックの第一人者とも呼ぶべき、アカデミアとポピュラー・ミュージックの間に橋を架ける男――、この共演はひじょうに楽しみです。大阪公演はすでに完売しているが、東京はまだチャンスがある。公演情報はこちらから。

J.Rocc - ele-king

 アメリカ・ロサンゼルスを代表する老舗ヒップホップ・レーベル〈Stones Throw〉を拠点に、マッドリブやJ・ディラなどそうそうたる面々と活動をともにしてきたレジェンドDJ、Jロックの約2年ぶりとなる来日公演が決定。

 「Red Bull BC One Last Chance Cypher 2025」のアフター・パーティとして渋谷・O-EASTを舞台に開催される東京公演ほか、名古屋・札幌・大阪・京都をめぐるジャパン・ツアーを開催する。名古屋公演と京都公演ではヴァイナル・セットが披露される予定。

Stones Throw presents J.Rocc Japan Tour 2025

11/7(Fri) Tokyo 東京 @ Spotify O-East
11/8(Sat) Nagoya 名古屋 @ JB'S
11/12(Wed) Sapporo 札幌 @ Precious Hall
11/15(Sat) Osaka 大阪 @ Joule
11/16(Sun) Kyoto 京都 @ Ace Hotel

11/7(Fri) Tokyo 東京

Stones Throw presents J.Rocc Japan Tour 2025 - Tokyo
“Red Bull BC One Last Chance Cypher 2025 After Party”

会場:Midnight East Shibuya (Spotify O-EAST & Azumaya)
Open: 24:00 | Close: 5:00
ADV ¥4,000 (+1D) / DOOR ¥5,000 (+1D) / U-23 ¥3,000 (+1D)

Tickets (Zaiko / RA / e+)
Zaiko
RA
e+: 近日発売スタート

Lineup:
〈O-EAST〉
J.ROCC | DJ KOCO aka SHIMOKITA
LIVE: OMSB | DJ: 16FLIP | Minnesotah

〈EAST 3F〉
Aru-2 w/ Asei Muraguchi | BudaMunk | MET | Olive Oil | SOUSHI

〈AZUMAYA〉
DJ Mitsu the Beats | GABAWASH | Katimi Ai | Lil' Leise but Gold | Whelmey

※ドリンク代別途必要。
※U23チケットは当日券のみの販売になります。(要顔写真付き身分証明書。)
※20歳未満入場不可。(要顔写真付き身分証明書。)
※出演者は予告なく変更になる場合がございますので、予めご了承ください。
※客席を含む会場内の映像・写真が公開されることがあります。

more info : https://shibuya-o.com/east/schedule/red-bull-bc-one-last-chance-cypher-2025-after-party/


11/8(Sat) Nagoya 名古屋

会場: Club JB’S
“J.Rocc Japan Tour 2025 Nagoya x Vintage Posse” *Vinyl set*
Open: 22:00 | Close: 5:00
Tickets ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000
Info: https://club-jbs.jp/schedule/j-rocc-japan-tour-2025-in-nagoya/


11/12(Wed) Sapporo 札幌

会場: Precious Hall
“J.Rocc Japan Tour 2025 Sapporo x exrail”
OPEN: 19:00 | Close: 2:00
Info: http://www.precioushall.com/


11/15(Sat)Osaka 大阪

会場: club Joule
”Stones Throw J.Rocc Japan Tour 2025 Osaka”
Open:22:00 | Close:5:00
料金: ADV ¥3500 | DOOR ¥4000
Lineup:J.Rocc, Kzyboost (Live), Scratch Nice, S-kaine (Live), Dy, Ikkei, Anchin and more
Info: https://club-joule.com/events/stones-throw-j-rocc-japan-tour-2025-osaka/


11/16(日)Kyoto 京都

会場: Ace Hotel Kyoto
”Stones Throw J.Rocc Japan Tour 2025 Kyoto at Ace Hotel” *Vinyl set*
Open:17:00 | Close:23:00
More Info coming soon: https://acehotel.com/kyoto/



(photo by Cherry Chill Will)

J.Rocc (Stones Throw | Beat Junkies | Los Angeles)

LA出身のレジェンドDJにして、ターンテーブリスト集団ビート・ジャンキーズの創設メンバー。20年以上にわたりLAビートシーンの中心人物として活躍してきたJ・ロック。Stones Throwクルーの一員としてマッドリブやJ・ディラ、ブラックスター(モス・デフ/ヤシン・ベイ+タリブ・クウェリ)と世界各地をツアーし、さらにドクター・ドレのラジオ番組ではレジデントDJを務めた経歴を持つ。

ヒップホップを基盤に、ファンク、ソウル、ジャズ、ディスコ、ハウスまで縦横無尽に操る唯一無二のDJスタイルと、ダイナミックかつファンキーなプレイで、世界中のフロアを揺らし続けている。

DJ Deep - ele-king

 終電で渋谷へ。10月に入り湿気もいくらかマシになり、深夜のクラブ活動もずいぶん動きやすくなった。道玄坂周辺は相変わらず盛り場を愛する人々でごった返していたが、僕には早くこの雑踏をかき分けて〈O-EAST〉へ向かう理由がある。今夜はフランスのハウス・シーンにおける重要DJが東京へ帰還する日だ。
 DJディープことシリル・エティエンヌ。ロラン・ガルニエとともに――彼らがやっていたパーティ名のごとく“目を覚ませ!”とばかりにパリにアンダーグラウンドなダンス・ミュージックを叩き込んだ張本人のひとり。こと90年代フランスは、フィルター・ハウスやフレンチ・タッチなる言葉が注目されていただろうし、カシアスやダフト・パンクが商業的成功をもって迎えられた時代と言えるかもしれない。
 しかしその時代、〈F Communications〉のようなシーンの良心と関わり、サン・ジェルマンを模範としながら、パリの〈Rex Club〉にムーディーマンをいち早く招聘するなど、この地に根を張りハウス・ミュージックに並々ならぬ情熱を注ぎ続ける男がいたのだ。

 ん? 到着したと思ったら入り口が閉まっているような……。戸惑っていると、どうやら3Fのロビーのみ使用するとのこと。なるほど、メイン・フロアは使わず一部のフロアとバー〈東問屋〉で構成された〈MIDNIGHT EAST〉の形態があるのか。日にちを間違えてないことに安堵しつつ入場。このバーではムードマンをはじめスロウモーションズの面々が今夜を演出するようで、気になりつつも足早に階段を上がる。フロアは例えるなら表参道〈VENT〉のメイン・フロアをさらに一回りこじんまりさせた感じか、さらに小さいかも? そこでは、ヴォヤージュ・ヴォヤージュのプレイが終盤を迎えつつあり、横にはすでにDJディープが構えていた。
 やせ型で長身のこのフランス人は、Tシャツ一枚に眼鏡というシンプルな装いで――フランス人らしい上品さは垣間見えるものの、レコード屋でディグってきた音楽オタクがそのままフロアに現れたような出で立ちだった。自身のYouTubeでは、〈Nu Groove〉などレーベルTシャツを着用しつつ愛するレコードを素朴に紹介していたが、フロアでもまったく同じ雰囲気を放っていた。当たり前だが、DJの選んだ音楽を媒介にそこに居合わせた人々が夜を明かすのに、大仰な舞台やブランドの服はあってもよいが、必須ではないということだ。そのままの取り繕わない佇まいにプレイまえから信頼度が高まる。

 (ここからはシャザムの力を借りつつ)全体的には彼の得意分野であるハウスを軸としながら、いろいろな音が鳴っていた。序盤はヴォーカルを中心に据えた選曲が目立ち、ルイ・ヴェガ率いるエレメンツ・オブ・ライフ “Children of the World” やテン・シティ “Love Music” など往年のヴェテランの近年作を回していたのが印象的だった。ピアノ、ホーン、ゴスペル調のヴォーカル……四つ打ちに乗せてさまざまなサウンドが繰り出されるなか、中盤以降になるとシャザムもお手上げになっていき、音の質感もいくらかテッキーに、フロア仕様のサウンドへと突き進んでゆく。
 ふとあたりを見ると、友人と談笑しながら身体をかすかに揺らすひと、スピーカーの目のまえに陣取り音の響きを体感するひと、音に聴き入りながらひとりただ踊るひと、それぞれが音楽を共有しつつ、しかしみな違う感じ方をしていたように思えた。終盤に差し掛かるといってあっと驚くような山場を作るわけでもない。ミキシングの曲芸で魅せるスタイルでもない。プレイに派手さはなかったかもしれないが、DJディープは最後までこのささやかで自由な空気をキープするプレイに徹していたように思う。この2時間はあっという間に過ぎ去り、締めのゴンノへとバトンタッチされた。
 このままフロアに残るかバーで余韻に浸るのも良いかと思ったが、少し早めにフロアを去る。夜明けまえのいちばん冷たい時間が好きだ。ぎゅうぎゅう詰めの汗だくなフロアも楽しいが、今夜のように多くはない人数が親密な空間で多様に踊っている夜もまた素敵だな、なんて思いふけりながら歩いていると、もう肌寒い秋の夜風を実感した。

YUKSTA-ILL - ele-king

 東海地方を拠点に長きにわたる活動を続け、同世代のコレクティヴ〈1982S〉(MASS-HOLE、MR.PUG、仙人掌、 ISSUGIらが所属)にも名を連ねる三重県鈴鹿市在住のラッパー・YUKSTA-ILLが、およそ2年半ぶりとなる13曲入のニュー・アルバム『82PLACE』のリリースを発表し、ジャケット、トラック・リストを公開。リリース日は2025年11月5日(水)とのこと。

 その長いキャリアのなかで築き上げた絆は固い信頼関係となり、プロデュースにはRAMZAやKojoeといったアーティストもかかわっている。以下、作品詳細。

Artist:YUKSTA-ILL
Title:82PLACE
Label:P-VINE, Inc. / WAVELENGTH PLANT
Format:Digital / CD / Cassette
Release: 2025.11.5
品番: CD / PCD-27094 TAPE / PCT-75
定価: CD / 2,970円(税抜2,700円)TAPE / 2,750円(税抜2,500円)

【購入はこちらから】
https://anywherestore.p-vine.jp/collections/yuksta-ill

Tracklist
※TAPEはSIDE AがM1-6、SIDE BがM7-13になります

1. FULL CIRCLE(produced by OWLBEATS)
2. LOOK BACK FOR THE...(produced by T-TRIPPIN' from DAZZLE 4 LIFE)
3. HUMBLE PEEPS(produced by UCbeats)
4. RIGHT ON CUE feat. GINMEN(produced by GRADIS NICE)
5. QUESTION feat. J.COLUMBUS(produced by Cedar Law$)
6. Y.O.L.O. feat. CJ from HOMEBOYZ(produced by P3T-BUSTARD / directed by DJ KIYOSHIRO)
7. IT IS WHAT IT IS(produced by MATSUIGODZILLA)
8. ROLLIN' RING 'RESE(produced by M.A from BONGBROS)
9. GRIT-N-GRIND(produced by RAMZA)
10. MINDFULNESS feat. MILES WORD(produced by MET as MTHA2 / scratched by DJ 2SHAN)
11. 82PLACE feat. 1982S(produced by MASS-HOLE)
*1982S are MASS-HOLE, MR.PUG, 仙人掌, ISSUGI & YUKSTA-ILL
12. SUBWAY feat. JASS & Äura(produced by Kojoe)
13. NEW DECADE(produced by DJ SCRATCH NICE)


 東海エリアのクルー「RC SLUM」に所属し、同世代コレクティヴ「1982S」にも名を連ねる三重県鈴鹿市在住のラッパー、YUKSTA-ILL。地元をベースに長きに渡ってヒップホップ・シーンで活躍し、近年ではMCバトルのシーンにも復帰して絶妙なバランス感覚で界隈でも活動しており、2023年には自身のプロダクション「WAVELENGTH PLANT」を設立したことも大きな話題となったが、約2年半ぶりの通算5枚目となる待望のニューアルバム『82PLACE』のジャケット、トラックリストが公開!

 ラッパーとして短くないキャリアを誇るYUKSTA-ILLだけに全国各地に同胞とも言える仲間たちが多数存在しており、本作は「82PLACE」のタイトルの示す、自身の現在地、これまでの軌跡、その過程で見つけた居場所をコンセプトに地域/クルー/世代の枠を超えた面々が集結。客演としてその1982Sの面々(MASS-HOLE、ISSUGI、仙人掌、Mr.PUG)を筆頭にMILES WORD(BLAHRMY)、JASS(Tha Jointz)、J.COLUMBUS、GINMEN、CJ(HOMEBOYZ)、Äura、プロデューサーとしてGRADIS NICE、DJ SCRATCH NICE、KOJOE、MASS-HOLE、RAMZA、T-TRIPPIN'(DAZZLE 4 LIFE)、Cedar Law$、MET as MTHA2、OWLBEATS、MATSUIGODZILLA、M.A(BONG BROS)、UCbeats、P3T-BUSTARDが参加!

 また今アルバムのアートワークは、主宰するレーベルWAVELENGTH PLANTからリリースされたこれまでの作品や企画するイベントのフライヤ等を手掛けるデザイナーのSaäkåが担当しており、CDには全収録曲のデザインが収められたブックレットを含め、Saäkåプロデュースのアート作品として楽しむ事の出来るものとなっている。

<プロフィール>

YUKSTA-ILL

三重県を代表するRAPPER。東海屈指名古屋RC SLUMに所属しつつ、地元に根差すレーベルWAVELENGTH PLANTを主宰。ホーム鈴鹿や隣町四日市にて複数のパーティーを仲間達と企画。時としてILLADELPHの名の元にDJを嗜む。
これまでに最新作「82PLACE」を含めフルアルバム5枚、ミニアルバム2枚、MIXCD3枚、そしてシングル曲を無数にドロップ。様々なアーティストの作品に名を連ね、客演バースをキック。MCバトルには重きを置かず、距離を取りながらも意表を突いて参戦。UMB2007名古屋、UMB2009名古屋、12年のブランクから復帰後、KOK2023三重のタイトルを奪取。
また、HIPHOPとバスケを繋げる草の根活動を展開。好きが高じてハーフタイムショーを主とするユニットGNGを結成。すべての側面において自己新更新を心掛け、力を尽くす1982式のMC。

Jakob Bro & Midori Takada - ele-king

 あなたに出会うまで。
 この「あなた」という言葉から、誰の顔が思い浮かぶだろうか。

 デンマーク出身のギタリスト、ヤコブ・ブロは、〈沈黙の次に美しい音〉を掲げるジャズ/現代音楽レーベル〈ECM〉から数多くの作品を発表してきた。彼は、コペンハーゲンで見た高田みどりのパフォーマンスに感銘を受け、共演の願いを託して彼女に一通の手紙を送った。
 クラシックを出発点に、環境音楽やアフリカ・アジアの音楽、即興や演劇まで、ジャンルを超えて探求を重ねてきた日本のパーカッショニスト、高田はその手紙に戸惑い、返事を出すまでに約2年の歳月を要した。
 やがて、ベルリンで初共演を果たしたふたりは、いくつかのライヴを経て、東京で初の共作アルバムを録音する。それが本作『あなたに出会うまで』である。

 オープニングのタイトル曲 “Until I Met You(あなたに出会うまで)” では、まだ出会えていない誰かを探し求めるかのような、揺らぎと余白に満ちた音像が姿を現す。ブロのギターのフレーズを、高田のマリンバがそっと追いかけ、ときにぴたりと重なり合う──一音ごとの対話が、この作品の核心を象徴している。
 “Landscape 2, Simplicity” では、高田の奏でる多彩な音色が、中心部のメロディの周縁に薄くきめ細やかな膜を幾重にも重ね、そこに生命の気配を宿していく。その響きは、まばたき──目を閉じ、開き、また閉じる一瞬の動き──を引き伸ばし、7分45秒間にわたる聴覚の風景を映し出す。
 ギターとピアノがユニゾンで旋律を紡ぐ “Infinity” は、螺旋を描きながら絶えず形を変えていくミニマルな構造だ。風に運ばれてゆっくりと表情を変える雲のごとく、音は決して同じ輪郭をとどめない。
 “Sparkles” では、ブロのギターが艶やかに弾け飛ぶ。チクタクと刻む時計を思わせるリズムが、アルバム全体の景色に眩い輝きと力強さを与えている。
 ラストを飾る “Floating Forest” は、開始直後から即興的な呼応が生まれ、ゴング(銅鑼)の音色が水面に波紋を描くように広がり、作品全体へ溶け込んでいく。そしていつしか、その佇まいは聴き手の耳の奥からも姿を消す。

 このアルバムは、どこか子守唄のような、まどろみの境界に漂う淡い気配をまとっている。だがそれは、決して眠りへと誘うだけのものではなく、私たちの内側へと深く降りてゆき、感情や記憶の層を少しずつ解きほぐしていく。
 高田はかつて、2017年にリイシューされた『鏡の向こう側』のライナーノーツ掲載のインタヴューで、(クラシック音楽とアフリカやアジアの音楽の対比を踏まえながら)音楽は本来、外の世界に向けて力を誇示するものではなく、自分の体の変化や他者との関係を確かめながら、自らの内面に向かってできていくものである──といった趣旨の考えを示している。その音楽観は今作にも受け継がれ、音の隅々にまでその思想が刻み込まれている。
 子守唄の例えは、単なる比喩ではない。かつて歌い手自身をも慰め、支えるものであったように、この作品もまた、私たちが自分自身の深部へと入り込み、忘れかけていた感覚や意志を呼び覚ますための契機となっている。

 ふたりの音楽へのまなざしには、根底に共通するものがある。
 高田は、2024年の『ele-king vol.33』のロング・インタヴューで「私がミニマリストであるとか、アンビエント・ミュージシャンであるとか、自分でそういうふうに限定したことは一度もない」と語っているが、その姿勢はブロにも重なる。
 2025年4月の対談*で、ブロは自身について、ギターを弾くという行為そのものに執着はなく、ジャズ・ミュージシャンとすら考えていない、と語り、こう続ける。「私とみどりさんに共通しているのは、スタート地点にオープンさと自由さがあること」
 ふたりを貫く創作の精神には、既存の枠組みを超えてなお、表現の地平を押し広げ、まだ見ぬ可能性を掘り起こそうとする意志が息づいている。
 同じ対談のなかで、高田はその背景にある考えを次のように語る。「まずは自分を否定すること。それは辛いし、とても恐怖ですが、そこを乗り越えて初めて手に入ることってあると思うんです。(中略)そこで初めて、孤独に耐えてまでやりたいことがある、という強い意志を持っている人が得られる自由がある」

 『あなたに出会うまで』というタイトルは、ブロと高田の出会いの時間を指し示すにとどまらない。
 それは、自身の奥底へと分け入り、恐れや孤独を引き受けながらもなお、何かを求めて歩み続ける過程の先にしか触れ得ない、到達点の一端をも暗示している。そして音楽とは、そうした、まだ名もなきものへと手を伸ばし続ける営みなのかもしれない。
 この作品に耳を澄ませるとき、私たちはその “あなた”──すなわち、制約から解き放たれた自己と、静かに向き合うことになるのだ。


* Always Listening by Audio-Technica(オーディオテクニカ)|高田みどりとヤコブ・ブロが語る、境界線の向こう側 ——音楽の本質をめぐる対話
https://www.audio-technica.co.jp/always-listening/articles/midoritakada-jakobbro/


Terry Riley - ele-king

 満90才になった現在も日本で暮らしながら精力的に作曲活動を続けているテリー・ライリー(1935年6月24日、米カリフォルニア州コルファックス生まれ)。その卒寿を一緒に祝いたいと、去る6月には盟友デイヴィッド・ハリントンがクロノス・クァルテットを率いて自腹で来日し、共演コンサートもおこなわれたが、この豪華ボックス・セットもソニーからの卒寿祝いということだろうか。箱に収められたのは、米CBSの「コロンビア・マスターワークス」レーベルからリリースされたライリーの初期4作品——『In C』(68年)、『A Rainbow in Curved Air』(69年)、ジョン・ケイルとのコラボ作『Church of Anthrax』(71年)、『Shri Camel』(80年)で、日本盤にはデイヴィッド・バーマンなど当時の制作プロデューサーたちによる詳細な回想録の完全和訳及び独自の解説文を収めたブックレットも追加されている。テリー・ライリーという音楽家が何者で、どういうことをやってきたのかが入門者にもよくわかるはず。
 作曲家/演奏家としての60年以上にわたるキャリアにおいて、ライリーの表現スタイルや手法は時代と共に変化してきたわけだが、根幹となる部分、具体的に言えばミニマリズム、サイケデリア、ニュー・テクノロジーの活用、一種のガイア思想、即興、インド音楽、純正律といった特質はこの「コロンビア・マスターワークス」の作品群においてほとんど確立されていた。その後今日に至るまでの膨大な作品も、これらを土台として展開、深化してきたと言っていい。そういう意味でもこのボックスは、マニアにとってもライリー初心者にとってもありがたい。

ハ長調で書かれた53の短いパターン(フレーズ)の譜面を演奏者たち(人数も使用楽器も自由)が任意に繰り返す“In C”こそは、20世紀現代音楽の新しい扉を開いたアメリカン・ミニマリズムの金字塔である。64年に作られたこの曲はジャケット裏面に楽譜が印刷されたオリジナルLPではAB面に分断して収録されていたが、CDではもちろん途切れなしの全1曲。お披露目ライヴ時にエレキ・ピアノで参加したスティーヴ・ライヒはこの作品の革命的構造にインスパイアされ、以後、彼なりのミニマリズム道を開拓していくことになる。
 アルバム『In C』の68年の録音に参加したニューヨーク州立大学バッファロー校演奏芸術センターのメンバーには、デイヴィッド・ローゼンブーム(ヴィオラ)やジョン・ハッセル(トランペット)、スチュアート・デンプスター(トロンボーン)など、その後前衛音楽シーンで活躍する作曲家/演奏家たちが名を連ねた。オープニングでピアノの高音パルスを叩き、最後までアンサンブル全体をリードしたマーガレット・ハッセル(当時のジョン・ハッセルの妻)とは、86年にカンのスプーン・レーベルからもソロ・アルバムを出すカトリーナ・クリムスキーその人である。
 ちなみに、本作が録音された68年4月末といえば、カンもいよいよバンドとして始動した頃だが、そもそもイルミン・シュミットが欧州最先端の現代音楽を捨ててポップ・ミュージックに転向するきっかけも、66年の渡米時にテリー・ライリーやラ・モンテ・ヤング等による新潮流に触れたことだった。ライリーの自宅セッションにもしばしば参加したシュミットは、特別な演奏技術を持たない者でも参加できる新しい音楽に激しいショックを受けたという。リーダーを決めず、参加者ひとりひとりの自由意志でアメーバのように形が変わってゆくスポンテイニアスな本曲について、ライリーは後年こう語っている。「この曲では、良いアイデアを持っている音楽家どうしが演奏しながらお互いのアイデアをひとつにして音楽を作りあげていくことを学ぶ。それは今の世の中ではとても必要なことだと思う」。その表現の根底を貫く自律性とデモクラシー、あるいは一種のアナキズムこそは、カンの基本信条でもあった。
 2024年暮れには、京都・清水寺の大舞台で日本人音楽家たちとライリーによるライヴ(ライリー自身が参加する実演はこれが人生最後と本人が明言)がおこなわれて大きな話題になったが、この曲ほどジャンルを問わず世界中の様々な音楽家たちから演奏/録音されてきたライリー作品は他にない。
 厳格な理論に支えられた無調音楽が幅を利かせていた現代音楽シーンに向けてひとつの明澄なトーン(しかもハ長調)だけで切り込んだこのレコードは、ライリーが12音技法などを学んだカリフォルニア大学バークリー校の教授たちにショックを与え、音楽学部からは追放されたというが、批評家たちからは「20世紀の決定的な傑作のひとつ。新たな美学を定義する最重要作品だ」などと絶賛された。当時学生だった作曲家ジョン・アダムズは「驚くほど挑発的で、学術至上主義モダニズムの狭量で形式ばった世界に対してロバート・クラム(60年代アンダーグラウンド・コミックス運動の創始者)の中指を突き立てているようなアルバムだった」と回想している。

 ライリーの音楽哲学あるいは生き方の基本理念が打ち出された『In C』に続き、翌69年に出たのが東洋/インドの香り濃厚な完全ソロ・ワーク『A Rainbow in Curved Air』だ。ロック/ジャズ・シーンにも強い影響を与えたこの名作は、私が初めて聴いた(高2の1975年)ライリー作品ということもあり、個人的にもとりわけ思い入れの強いアルバムだ。過去何度も書いてきた紹介文の中から2本だけ再掲しよう。
 「これぞ聖典。新しい手法とスタイルで現代音楽のニュー・フェイズを提示し、更に70年代以降のロック/ジャズから今現在のエレクトロニク・ミュージックまで絶大な影響を及ぼし続けているという意味で、20世紀音楽史上最重要作品のひとつである。電子オルガン&パーカッションによる即興ソロ演奏を多重録音したアルバム・タイトル曲(LPのA面)では、左手がシーケンサーのように規則的に刻む奇数拍子の低音パターン上で、右手が東洋風のモーダル・パッセージを高速で展開してゆく。もう1曲(LPのB面)の〈Poppy Nogood and the Phantom Band〉は、タイムラグ・アキュムレイター(時間差集積機)なる独自開発のテープ・ディレイ・システム(言うまでもなく元祖フリッパートロニクス)を駆使した電子オルガン&ソプラノ・サックスの複雑な多重録音。ジョン・コルトレインのモード・ジャズやビル・エヴァンスの多重録音作品『Conversations With Myself』等とも絡めて語られるべきか」    
 「60年代、ひたすらドローンの強度と反西洋的/反近代的音響を追求し続けた頑固者のラ・モンテ・ヤングに対し、同じくミニマリストながら、テリー・ライリーはテープ・ループ・システムなどの新技術を用いての巧みな即興とか、モーダルでミステリアスなメロディ展開といった点でロックやジャズのリスナーに対する訴求力が強く、いわば“ポップな幻覚性”をもってロック・シーン(サイケ~プログレ)にも絶大な影響を及ぼした。その代表的アルバムが68年の『In C』と69年の本作だろう。電子オルガンが奏でる類型化した細かい音のモデュールが、テープ・ループ・システムによって次々と再生されてゆき、その微妙なズレの堆積の中、天空から光のシャワーが降り注いでくるようなマジカルな感覚が生み出されるアルバム・タイトル曲は、まさにサイケデリックそのもの」
 あるいは、レッド・ツェッペリン『フィジカル・グラフィティ』の解析論考文中で「イン・ザ・ライト」に触れた箇所には「インド風味たっぷりのイントロ部分、キーボードのモーダルなうねりと弓弾きギターのドローン音が醸し出すヒプノティックなムードは、『A Rainbow in Curved Air』や『Persian Surgery Dervishes』といったテリー・ライリーの初期作品そのままである」なんてくだりもあったり。
 ライリーがテープ・ループ・システムという新技法に取り組みだしたのはまだカリフォルニア大学バークリー校で学んでいた60年代初頭のことで、その技法を62~63年のパリ遊学時代に究めた彼は60年代後半にはソロ・ライヴで実践するようになった。また、パンディット・プラン・ナートの下で70年から本格的に学びだすインド音楽も、既に60年代から熱心に聴いていた。あるインタヴューで彼は、60年代前半にサンフランシスコでラヴィ・シャンカール&アラ・ラカのコンサートを聴いた時の感動と覚醒についてをこう語っている。
 「アメリカでは彼らはまだ無名で、観客はその音楽に戸惑っていたけど、私にとってはまったく奇妙に聞こえなかった。ステージ上の2人は楽しそうで、素晴らしいジャズのやり取りを思い出させた。私は本当にそんなものに出会ったことがなかった。そして、それが自分の音楽が進むべき方向だと気づいたんだ」
 当時の若者たちに対して本作が強い訴求力を持ったのは、これが反戦とラヴ&ピースの時代の空気にぴったり合致していたからでもあった。LPのジャケット裏に書かれた「そしてすべての戦争は終わった。あらゆる種類の武器は禁じられ、人々は嬉々としてそれらを巨大な鋳造所に持ち込み、武器は溶かされ……(略)すべての境界が消滅した……」という詩的文言が表明する一種のユートピア思想は、60年代から現在まで一貫してライリーの背骨になってきたものであり、それはたとえば宇宙探索をモティーフにしたクロノス・クァルテットとの共作『Sun Rings』(2019年)でもはっきりと謳われている。

 『A Rainbow in Curved Air』の発売(69年10月28日)からわずか3ヵ月後に録音されたのが、ジョン・ケイルとのコラボ作『Church of Anthrax』だ。これは「前衛音楽とロックは接近してひとつになりつつある」と考えたジョン・マクルーアの提案で実現したもので、『A Rainbow in Curved Air』とほぼ同時期に録音されたケイルの初ソロ・アルバム『Vintage Violence』(70年3月発売)の翌71年にリリースされた。マクルーアはライリー、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドを抜けたケイルと同時期にアーティスト契約を結んだCBSコロンビアの統括ディレクターだ。ラ・モンテ・ヤング率いるドローン・コレクティヴ「シアター・オブ・エターナル・ミュージック」のメンバーとして60年代半ばからの友人だったライリーとケイルはマクルーアの提案を喜んで受け入れたが、具体的に案を練ったり意見をすり合わせる時間がなかったため、ほとんどスタジオ即興セッション風の録音になった。
 準備不足だったことは、完成した作品からも伝わってくる。ケイルの生ピアノによるミニマルなコード・プレイにライリーのソプラノ・サックス多重録音が蔦のように絡みつく「ヴェルサイユ宮殿の鏡の回廊(The Hall of Mirrors in the Palace of Versailles)」はまさにこの2人ならではの世界だが、残りの4曲ではケイルの腕力の強引さ(英ウェールズの炭鉱町育ち!)がしばしばライリーの魅力をかき消してしまっており、全体的に中途半端な印象は否めない。ライリーは、録音セッション自体は楽しんだものの、完成した作品にはかなり不満があったようで、後年こんな発言をしている。
 「最終的なミックス作業の際、既に録音済みのトラックにジョンが大量のエレキ・ギターを重ねだしたため、私が大切にしていたキーボードの演奏が聴こえにくくなってしまった。このことで意見が衝突し、私はミックス作業の途中で退席した。結局アルバムは、私抜きでジョンとマクルーアによって完成させられた。そのことで精神的に疲弊した私は、ニューヨークの部屋を引き払い、カリフォルニアに戻ることにしたんだ」
 と言いつつも、ライリーはケイルの音楽家としての才能は十分認めていたし、時の流れと共に、ロック的な彼らのやり方にも一理あったと思うようになり、90年頃には『Church of Anthrax II』を作ろうとケイルに提案したという。しかしケイルはコラボ作ではなく、自分がライリーのソロ・アルバムをプロデュースしたいと主張したため、結局企画はご破算になった。ケイルがプロデュースしたライリーのソロ・アルバムってのも聴いてみたかったが。
 ちなみに、ケイルが書いたヴェルヴェッツ風のヴォーカル入り曲“The Soul of Patrick Lee”で歌っているアダム・ミラーは、当時ケイルと親しかったシンガー・ソングライターで、ケイルがプロデュースしたニコの『Desertshore』(70年12月発売)にもコーラスとハルモニウムでゲスト参加している。また、2人のドラマー、ボビー・コロンビーとボビー・グレッグは、前者がブラッド・スウェット&ティアーズのリーダーで、後者はボブ・ディランやサイモン&ガーファンクル他の作品でも活躍した敏腕セッションマンだ。

 『Church of Anthrax』からなんと9年。「マスターワークス」からの最終作として80年にリリースされたのが『Shri Camel』だ。70年1月に『Church of Anthrax』を録音して間もなくライリーは、北インド古典音楽キラナ派の声楽家パンディット・プラン・ナートの正式な弟子となり、インド音楽に没入していった。60年代後半、ライリーと親友ラ・モンテ・ヤングは一緒に、プラン・ナートのラーガ歌唱を収めたテープを熱心に聴き、心酔していたという。当初、多少のためらいもあったライリーの弟子入りは、先に入門していたヤング&マリアン・ザズィーラ夫妻から背中を押されてのことでもあったようだ。プラン・ナート自身はヒンドゥー教徒だが、生まれ育ちはパキスタンのラホールで、音楽の師もイスラム教徒だったせいか、両方の教義を守り、その歌唱にもスーフィズム(イスラム神秘主義)の色が濃い。プラン・ナートはまた、ラーガ(インド音楽の旋法)の伝統を重視しつつも、ラーガを通して自由に表現することを心掛けており、その開かれた姿勢にライリーは強く惹かれたという。弟子入り後のライリーは毎年のようにインドに赴いてラーガの習得に励んだ。「特に70年代の前半は、だいたい1年の半分はインドで修業し、半分はヨーロッパやアメリカで演奏したりプラン・ナートのライヴを企画・運営したりしていた」という。
 彼は既に60年代後半から譜面を書かずオルガン+テープ・ディレイ・システムで自由に即興演奏するようになっていたが、70年代の厳しい修業に伴いその表現はインド音楽とスーフィズムのニュアンスをどんどん強めていった。そうしたスタイルの総決算とも言うべき1枚が、このアルバムである。西ドイツのラジオ・ブレーメンからの委嘱で75年からプロジェクトがスタートし、76年に最初のヴァージョンを上演。改良を重ねて77年にサンフランシスコで録音され、80年にリリースされた。
 リボンコントローラーやタッチヴィブラートなどシンセサイザー的機能も備えたライリーの愛機「ヤマハ YC-45D コンボオルガン」(マイルズ・デイヴィスも使っていた)を純正律にチューニングしているのはいつもどおりだが、ここでは2台のテレコによるタイムラグ・アキュムレイターの代わりにデジタル・ディレイ・システムを使い、16チャンネル・テレコで録音している。結果、サウンドの質感は以前とはちょっと変わっている(クリア化)が、格段に細分化された純正律音が揺らめきながら複雑に絡み合い、多層化し、全体の構造が迷宮性を深めている。旋律のつらなり方からは、ライリーがいかにラーガを習得してきたか、そしてジャズをどれほど深く愛しているかがはっきりと窺えよう。また、最後に収められたスペイシーな大曲「氷の砂漠(Desert of Ice)」などは、本作が作られていた頃に出たアシュラ/マニュエル・ゲッチング『New Age of Earth』(76年)との共振も感じさせる。
 ライリーは本作の録音後まもなく、クロノス・クァルテットとの出会いをきっかけに譜面での作曲を再開し、クラシック(現代音楽)の世界にも純正律を取り込んでゆくわけだが、純正律の魅力については、ラ・モンテ・ヤングの金字塔的作品「The Well-Tuned Piano」(64年から作曲し始め、87年に5枚組LPとしてリリース)を引き合いにだしながら、こう語っている。
 「『The Well-Tuned Piano』は、純正律のピアノ音楽における真の偉業であり、私自身もこの方法で音楽制作に取り組みたいという気持ちにさせてくれた。純正律にチューニングし直すと、ヨーロッパのピアノとは全く異なる、より純粋で豊かな音色になり、様々な表情が生まれてくる。倍音成分が互いに共鳴し合い、独特の響きになるんだ。ピッチ自体がひとつの作品と言えるだろう」
 この作品によって60~70年代のライリーの表現は集大成された感があるが、そこに至る流れを詳細に把握し、ライリーの本質により深く触れたい人には、70年代に様々なレーベルからリリースされたヒプノティックな作品群を聴くことをお勧めする。たとえば、71年ロサンジェルス&72年パリのライヴ音源集『Persian Surgery Dervishes』(72年)、75年ベルリンでのライヴの記録『Descending Moonshine Dervishes』(82年)、『Happy Ending』(72年)や『Le Secret De La Vie』(75年)といったサントラ盤、あるいは82年にミュンヘンで録音された『Songs for the Ten Voices of the Two Prophets』(83年)等々。「ミニマル・ミュージックの作曲家というよりはサイケデリック・ミュージシャン」を自認するヒップな修行僧の姿をはっきりと確認できるはずだ。

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