![]() 吉田ヨウヘイgroup ar Pヴァイン |
聡明さで名高い編集部小林氏から「YYGの原稿どうですか?」とメールが届いた。はて、私はヤング・マーブル・ジャイアンツの原稿などたのまれていたであろうかと小首をかしげたが略称の綴りがちがう。「来週レコ発なのでそこにまにあうようにアップしたいです」とも書いてある。ああなるほど、YYGとは吉田ヨウヘイgroupのことね、とピンときたが、どうもYYGと聞くとフェラ・クティの「J.J.D.」が頭のなかでながれだすからいけない。「ようこそ、カラクタ共和国へ」フェラの口上とざわめき、パーカッションの乱打とポリっていくリズム――それらはむろん本稿とは関係ない。とはいえ完全に明後日の方向ではないのかもしれない。YYGこと吉田ヨウヘイgroupは前にも増してグルーヴィになった。以下の原稿をお読みいただければおわかりのとおり、本人はあまり自覚していないようだが、ヴォーカルとコーラス、ギターと鍵盤、ベースとドラム、シャープな各パートが集約する音の像の輪郭はより明確になった。アレンジに耳を転じると、2017年のサウンド・プロダクションをみわたしたエレクトロニックなニュアンスを端々にのぞかせながらホーンを巧みにちりばめたアンサンブルは吉田ヨウヘイgroupらしさを忘れない。指先とギターとアタッチメントで何重もの音の層を織りなすギターは肌理細やかな楽曲に多様性をもたらし、“ブールヴァード”や“新世界”や“ユー・エフ・オー”やそのほかもろもろにつづく新たな代表曲の誕生を予感する、吉田ヨウヘイgroupの道のりはけっして平坦だったわけではなく、4枚目の新作『ar』まではさまざまな紆余曲折があった。2015年6月リリースの『paradise lost, it begins』以後におとずれた活動休止と8ヶ月後の再開。バンドは生き物だが、休眠中の彼らになにがあり、動き出したあとは以前とどうちがうのか。吉田ヨウヘイと西田修大にその顛末と『ar』にいたる過程を問うロング・インタヴュー。
諸般の事情でレコ発にはまにあいませんでしたが、彼らの演奏をみる機会が今後減ることはないだろう。吉田ヨウヘイgroupはいま心身ともに充実している。
すごいぞ吉田ヨウヘイgroup、ようこそニューYYGワールドへ。
次のアルバムはめちゃくちゃいいものにしなければいけないという覚悟が自分たちのなかにあったので、そこに向き合っていたあいだに、いまの自分たちだとこれは達成できる気がしないぞ、ということになったんですよね。 (西田)
メンバーにがんばれといっていいものなのか迷う機会も増えてきていたんです。俺らはがんばろうと思っているけど、そういうことをするのに迷いが生じてきた。 (吉田)
■去年の暮れ『別冊ele-king』でアート・リンゼイの原稿を依頼したときがちょうどライヴ活動を再開したころでしたよね。
吉田:ライヴの直前に原稿をお渡しして、そのあと観にきていただきましたね。
■率直なところ、活動を休止した事情はなんだったんですか。
西田:結果論なのかもしれないけど、自分は休んだことも休んでからの状態もそんなにネガティヴには思っていないんです。2015年に『paradise lost, it begins』をつくって、あのアルバムはみんなで合宿するくらいけっこう根を詰めてつくったんですが、そのあとの10月にO-EASTでワンマンライヴがあって、そこまではなんとかムリしても駆け抜けようという感じだったんですね。
■O-EASTも私拝見しました。
西田:『paradise lost~』という自分たちのなかでのいちばんの力作をつくったけど、FUJI ROCKに出たかったけど出られなかったり、届かないところがあったり、ほかのバンドに対して自分たちのほうが絶対にイケたという確信を得られていなかったところもあって、そのぶん迷いがあって、迷いがあるから余計にがんばっていたんですね。迷いをふりきるためにもとにかくいいものをつくらなきゃならないという状態がO-EASTまでつづいて、次をみなければならないという話になって、まためっちゃがんばったんですよ。根を詰めに詰めて(笑)。
■それが2015年?
西田:休む前だから2015から2016年にかけてですね。ですごいやっていて、そうなるとこう(両手で視界を狭めるポーズ)なるからできないこととかみえないことが自分たちのなかに増えてきて、しかもそれが一朝一夕に解決するようなことではなかったんです。次のアルバムはめちゃくちゃいいものにしなければいけないという覚悟が自分たちのなかにあったので、そこに向き合っていたあいだに、いまの自分たちだとこれは達成できる気がしないぞ、ということになったんですよね。一回考え直さなきゃいけないんじゃないか、このままだと全員どんどん疲弊してしまうんじゃないかという状態になったんです。俺の認識としてはそんな感じですね。
吉田:フルートの若菜ちゃんが辞めちゃったというのがひとつのきっかけではあるんですが、メンバーにがんばれといっていいものなのか迷う機会も増えてきていたんです。俺らはがんばろうと思っているけど、そういうことをするのに迷いが生じてきた。最初はなんの迷いもなくがんばれといっていたんですが、それをどうしようかなと思いつつ、メンバーも僕と西田も迷ってつかれてきちゃっているなと思ったときメンバーが辞めてしまって。全体が疲弊しているといえる状況があるなら休んだほうがいいんじゃないかという認識だったと思います、当時は。
西田:うんうん。
■メンバーのあいだに温度差があった?
吉田:難しいのはみんなそれぞれが音楽にしっかり強くやる気があって、ただぼくや西田のやる気とメンバーのそれには方向の違いみたいなのも感じたりして、でも僕自身も自分たちのやる気の出し方が正しいとは思えなくなっていたところもありました。こうがんばるのが本来のがんばる姿でしょといったりするのはムリがあるという気にもなっていたということですね。
■ある種の閉塞感ですね。
吉田:そうですね。ほぼ全員のメンバーに、仮に自分たちとバンドやるのをやめても音楽をつづけるだろうなという感覚もしっかりあったし、その場合それががんばっていないとは全然言えない、ただの押しつけだなと感じていたというのもあります。
■西田くんの話を総合するとバンドの理想像に到達するには各人のボトムアップが必要だということですか。
西田:完全にそうです。
■ひとつの結論が出ていったん休止することになったあいだおふたりはなにを目標にしていたんですか。
西田:俺はバンドを休止するとき、自分のなかでもいろんなことをすごく考えたんですけど、いまに較べると迷いがすごく多かったです。それに気づけていないところがある一方で、自覚している課題もけっこうあった。みんなで楽しく自然にやればいいものができるんだよというのを俺は大正解だけど大間違いだとも思っていたんです。そのとおりだけどそれを音楽のなかでやるとき、絶対にできなきゃいけないことがでてきたり、根性出さなきゃいけない場面が出てきたり、逆に根性を出そうとするあまりできないことが出てきたりすると思っていました。そこらへんがすごいグチャグチャになっていて、それを整理したいとは思っていました。
■西田くんっぽいね(笑)。
西田:(笑)。音楽をどのようにやるのが自分とバンドにとって最良なのかということですね。音楽にどういうふうに向き合うのかということを考えていました。
■ことギターに限定していうと自分もスキルアップしなきゃいけないし、ということですか。
西田:それはずっと思っていました。ギターをスキルアップしなきゃいけないという悩みはいまのほうがポジティブに強いですけどね。
■吉田くんはどうですか。
吉田:休止に入った直後に思ったんですが、自分の作曲がメンバーのプレイヤビリティを活かすようにつくっていた意識があったんですが、それはほんとうにそうなのかと考えました。打ち込みでいいならプレイヤビリティのシバリがなくなるじゃないですか。そのときにつくるものはちがうのかとか、自分がほんとうにつくりたいものがあるとして、いままで作った曲はそれに適合していたのか、それとも制限がかかっていたのか、どっちなんだろうとか考えました。ほんとうにいい曲を書けるようになりたいという話を(西田と)いちばんしていたので、自分がほんとうにいい曲を書けるようになりたいと思っていた気がします。
西田:ひととどういうふうにやっていくかというのは、休んでいるあいだふたりとも考えていたんですよ。俺たちにとってずっと大きな悩みだったから。
吉田:そうだね。
■とりあえずの結論というかこういうふうにやっていこうというのが出たのがいつくらいで、どういう方向性をとると決めたんですか。
吉田:ふたりでは休止中も一緒にやってもいたんですが、10ヶ月ぐらいして吉田ヨウヘイgroupをもう一回やりたいなとなったときに、どういうふうにひとを誘うかというのにあらためて悩みました。もう一回やろうというのは、昔の曲をやろうとか、この延長線上でもっといいものをつくりたいよねという話が自分たちのなかで高まったので、ぼくももう一回やろうと思ったんですけど、前に思っていたメンバーとの関係だったり、どういうふうにバンドをやっていけばいいのかという悩みには答えが出ていなかったので、とりあえずベースとドラムはサポートで、やっているうちにかたちを見つけようとなりました。心の通い合いのようなものがあったほうがいいのかどうかもわからなくなっていたんです。すごく巧くて一回でやってくれるひとがベストなのか、そうじゃなくて融通の利くひとがベストなのか、どっちもあるひとじゃなきゃダメなのか、それにあてはまるひとがいてもそのひとがやってくれるのかもわかっていなかったんです。これはついこないだまで相談していたことでもあるんですよ。だから悩みつつスタートしたんです。
■それで4人で再スタートすることになった。でもベースとドラムがいないのはバンドにとっては大きな変化ですよね。
吉田:今後かかわってもらう人との関係をどうするべきかには不安がありましたが、こと演奏に対しては、どういう演奏をしてほしい、どれくらいの水準であってほしいという理想のイメージはすでにあったんで新しい試みにわくわくしてもいました。
■そのころはのちに『ar』につながる音楽の青写真はあったんですか。
吉田:なかったよね(と西田氏に)。
西田:あったけどなかったというか。俺はとにかく“ブールヴァード”とか“ユー・エフ・オー”とかやりたかったんです。吉田ヨウヘイgroupの曲は自分のなかではずっとやっていかなきゃならない曲、そうだよね吉田さん? とふたりで話してがまんできなくなって再開したんですよ。いろんな作り方があるけど結局、自分たちが目指していたもののつづきを見なきゃいけないよねということだったんです。それでメンバーに全員声をかけてひとりひとりと話し合って、いまのメンバーがのこって、じゃあどうしようかとなったときに、サポートのひとを呼んだらどうかとか、4人だからこそできるサウンドがあるかもしれないとなったり、それを一個一個悩みながら進めることだけを目標に再開したので『ar』のイメージはないままスタートしたのが実情です。
ダープロのリーダーのデイヴ・ロングストレスは今回のアルバムでソロみたいになって、生バンドでもなくなり女声コーラスもなくなり、自分の好きだった要素はごっそり抜けたはずなんですけど、あれ? いままでよりいいんじゃない、という衝撃があったんです。 (吉田)
■アルバム制作に本腰をいれはじめたのはいつですか。
吉田:断言するのは難しいのですが、アルバムにはいっている“分からなくなる前に”は休止前にできていて、体制も決まっていないので音源をつくるのはきついから一曲だけデモを録ってそれをYouTubeに公開するのを、2016年9月に再開だったから、2016年の内にやろうと目標を立てました。
■そういえば“分からなくなる前に”のソロ裏のコード進行はデートコース(現dCprG)の「ミラー・ボールズ」を参照した?
吉田:ああデートコースもそうですね! あのとき考えてたのはスライでした。
■元ネタのほうだったんですね。『フレッシュ』の――
吉田:“イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ”です。
■“分からなくなる前に”ができたら数珠つなぎに曲ができた?
吉田:それまでの3ヶ月ぐらいのあいだにフランク・オーシャンが話題になっているのを耳にしたりダーティ・プロジェクターズの今年出たアルバムのMVを見たりして、いままでとちがう音楽が出てきたんだなと思っていたときだったので、“分からなくなる前に”のデモを録り終えた2017年の1月あたりにそのへんをとりいれるべきか否か、自分たちで煮詰めていくところからはじまりました。
西田:あの時期毎晩のようにその話していたよね。
■ダーティ・プロジェクターズは吉田くんの座右のバンドだもんね。
吉田:そうですね。ただダープロのリーダーのデイヴ・ロングストレスは今回のアルバムでソロみたいになって、生バンドでもなくなり女声コーラスもなくなり、自分の好きだった要素はごっそり抜けたはずなんですけど、あれ? いままでよりいいんじゃない、という衝撃があったんです。ドラムの音やプロダクションに感動したんですけど、吉田ヨウヘイgroupのいままでやってきたことの延長線上にこの凝り方は存在していないとも思いました。自分たちはこれまでも、これはいいけどべつにやらなくてもいいよね、というものはあっさり切り捨ててやりたい音楽に邁進してきたところもあったのでどうしようと悩みました。できないけど感動しちゃって、これやったほうがいいのかって。
■そもそもやりたかったですか。
吉田:あれがやれないと自分たちのこともいいとは思えないんじゃないかと、そのときは考えたんです。凝った音像にじっさいに感動したわけだから、こういうものをつくれないと自分たちがいいアルバムをつくったとは思えなくなるだろうなと考えて、そういうことができるように成長しなくちゃいけないんじゃないかということですね。
西田:俺が思うのは、そうはいっても、吉田さんはやりたくないことがあまりないひとなんですよ。そこは気が合うんですけど、バンド・サウンドかそうじゃないかということにかかわらず、こういうのは俺たちはやんなくていいよというのがあまりなくて、決める基準としてはすごく乱暴な言い方をするとそのときいちばんいいとなっていることをやりたい。それを自分たちのフォーマットにどうあてはめるかというのをずっとやってきたつもりだったんですけど、今回は「これがいい」と思ったときに、自分たちのとったことのないプロセスがいちばん多い状態だったんですよ。
■で、どうしたの?
吉田:西田くんがパソコンを買いました(笑)。
西田:そうなんですよ(笑)。
■カタチからはいる派だ(笑)。
西田:その前にオーディオインターフェイスも買ってシステム自体をごっそり変えました。
■それまでバンドのなかでPCを使うようなことあった?
西田:使っていないですし、なんならいまも使ってないっス。カオス・パッドをギターに通したことはありましたけど、システムごとごっそり変えないとムリじゃないという話を吉田さんにしていて、ようはギターを弾くような感覚でラップトップをあつかえないと(これからはダメなんじゃないと)。
吉田:サードのときの反省としてぼくはけっこうミックスも担当していたのでポストプロダクションのことも考えていたんですが、イメージの音があってシンセサイザーでできるだろうと思っていてもけっこうできなかったんですよね。シンセサイザーは自分のなかでは根性があればけっこういけるとイメージしてとりくんでみたんですけど。
■根性をみせるポイントはどこ(笑)?
吉田:たとえばアルペジエイターに憧れてシンセサイザーを手に入れてそれに模した音はがんばればできると思ったんですが、すごい時間がかかるし、それにあんまり良くもならなかったんですよ(笑)。逆にギターやドラムの演奏とか、バンドにかかわるものだとしっかり時間をかければうまくいくので。だから音色をつくるのは難しいというか、(音楽をつくる)インターフェイスがちがうと難しいんだね、という話はよくしました(笑)。
ダーティ・プロジェクターズを聴いて、(ああいった)ミックスとかキックの音づくりはパソコンをナチュラルに使えるようにならないとできないとなったときにふたりでPCをもちよって一緒に曲をつくるというのを週何回やるというバンド練みたいなことをやったこともあります。当時は新しい音源のリズムトラックをどうするかも決まっていなくて、定期的にはバンドの練習をしてなかったからそれにあたることをPCでやればできるようになんじゃないかって(笑)、曲もできていいんじゃないのとなったんです……けど。
■その曲ってなに?
吉田&西田:“トーラス”です。
■成果はあったということじゃないですか。
吉田:そうですね、でき上がったときは興奮して、しばらくしてからだめだったなぁってなったりしたけど。
西田:インタヴューのなかで、そういえばそうだったと気づくことが多いんですけど、いままでは「あれはやってみたけどちがった」と思っていたじゃない。
吉田:そう思ってた。
西田:でもいま話してみて(PCでの作業を)やったことがでかいのかなとも思った。
[[SplitPage]]“トーラス”をつくってわかったのは、あれは打ち込みでできた曲だけど生演奏でもいけるかもということだったんですね。 (吉田)
俺は吉田さんに打ち込みの適性がないとは思わないけど、その期間でベストを尽くそうとなったら生演奏しかなかったんですよ。 (西田)
![]() 吉田ヨウヘイgroup ar Pヴァイン |
■話は変わるけど、タイヨンダイは私のダチなんだけど。
西田:かっけえ(笑)!
吉田:ほんとうのダチはそういう言い方しなさそうですけど(笑)。
■そうだよね(笑)。タイヨンダイはダーティ・プロジェクターズの新作にも参加していますが、彼も同じようなことをいっていましたよ。アナログシンセもギターも遊びのような手仕事の感覚だと。
吉田:ぼくらもがんばればそうなるのは感覚的にはわかっていて、ただ自分たちはギターについては一緒にいなくても練習するけど、どうしても打ち込みはひとりでは進まなかったんです。ひとりでやるのを目指したんですけど、会ってるときしかやらなかった(笑)。次作への課題ですね。でも時期がきたらやれる感覚もあります。
西田:目指していたのはフィジカルな状態だったんですけどね。悩めなかったんですよ、ギターのようには。わからなさすぎるものは悩めない(笑)。でもなにかをつくるには悩めなきゃいけないよね、とも思っていたから――といいながら、逆にいうと悩んで、悩んだままほかに楽しいことができたのかもしれない。
■たとえば?
西田:ギターを弾くのがただ楽しいとかですよ(笑)。
■それ以降はふつうの作り方に戻っていったんですか。
吉田:“トーラス”ができた段階でメンバーのクロちゃんがやっているTAMTAMが『EASYTRAVELERS mixtape』を出したんですね。TAMTAMの新譜はばっちりエンジニアの方に録ってもらっていて、聴いたら、“トーラス”とはキックの音のレベルがちがって、どっちがかっこいいかと100人に訊いたら100人ともTAMTAMのほうだというような音の質だったんですよ。ぼくはサンプルライブラリーからすごくかっこいいキックの音やスネアの音を選んで組み合わせれば自然と全体もかっこよくなるだろうと思っていたのにTAMTAMを聴いたら彼らの音のほうがかっこよかった。俺らはギターの音だったら録音した次の日改めて聴いて、あれ、かっこよくないぞと思うことはあんまりないんですが、打ち込みに対しては判断する力がまだないんだなとそのタイミングでわかってきたというか。逆にいままでに自分たちが得意だとも思っていなかったドラムやギターの音色にたいする判断のほうが点数高いんだなとわかったときがあって、そこでちょっと変えようということになったんですね。
■そこで判断したんですね。
吉田:もっと慣れれば、この音を打ち込んだら全体がこうなるとわかるところまでくると思うんですけど、どれだけ時間がかかるかわからなかったので。“トーラス”をつくってわかったのは、あれは打ち込みでできた曲だけど生演奏でもいけるかもということだったんですね。TAMTAMのアルバムにも自分たちが打ち込みに求めていた質感もあったので、だったら生演奏が得意だからそっちをがんばろうと路線変更して一気につくりだしました。
■のこりの曲は短い期間でつくったんですか。
吉田:アルバムのなかでは西田は“piece 2”も書いているんですが、感覚的には西田が平行して2、3曲書いてくれた感じで、自分が“トーラス”と“分からなくなる前に”、“フォーチュン”とかができていたから7曲か8曲書いた感じなんですけど、1ヶ月半で4曲ずつみたいな感じだったかな。
西田:吉田さんは後半にかけて尻上がりでした。今回は悩みながら決めずに進めたから、俺思ったのはさ、アルバムは今年絶対出したかったじゃん。
吉田:うん。
■納期を設定していた?
西田:納期というより今年絶対音源出してそれをいいものにしたいという思いですね。俺は吉田さんに打ち込みの適性がないとは思わないけど、その期間でベストを尽くそうとなったら生演奏しかなかったんですよ。方向性を決めていくなかでやりたいことが出てきて、作曲にかんしてはどんどん尻上がりになったイメージです。制作が進むにつれ、やりたいことが明確になってきた。吉田さんが後半につくった曲については最初からブラッシュアップされていた気がします。
吉田:レコーディングが2回にわかれていて、リズム隊の録音は6月と8月でしたが、2曲宅録で10曲レコーディングしたイメージなんですよ。“piece 1”と“piece 2”は家でリアンプしたほぼ宅録なんですが、のこり10曲で5曲ずつ録音した感じで、6月に録音してそこで軽くミックスしてもらったんですけど、ドラムが完璧にイメージどおりの音になったんです。この音なら曲いっぱいできるなと思って自分のなかで加速がついた気がします。
■ドラムの音が決まるとアルバムが像を結びますからね。
吉田:そうですね。
■『ar』のドラムの音はこれまでよりちかいですね。
吉田:いままではほんとうにジム・オルークが理想だったので3メートルぐらいの距離で聴いているドラムの音が好きだったんです。それが50センチの音にしなきゃいけないと思って。生演奏でありながらドラムの音がちかいというイメージもTAMTAMのアルバムでついてはいたものの、自分たちにできるのかは半信半疑だったのが、録音を経てじっさいにできたのでこの音だったらこういう曲がかけるぞと一気にわかってきたところがあります。6月まではちょっと余裕があったのでそれほどハイペースではなかったんですが、6月のあと8月までに4、5曲書かなきゃいけないと決まっていたのでそこからハイペースだったよね。
西田:そうだね。後半は迷いもなかったからね。だけど最初から迷いなかったらつまらないアルバムになっていたかもしれない、と俺は思っていて、6月のレックのときにこれだったらできるとなってからは早かったんですが、悩んでいたのは“トーラス”がいちばんなんですよね。演るときにまた悩むんだけど、どちらが好きかといわれると両方好きだから、今回のアルバムには両方はいったんじゃないなかと思います。『ar』はだから、濃淡があると思いますよ。
■期間が短いと演奏を詰めていく時間は足りなかったんじゃないですか。
吉田:それはサポートを含めてみんなが頑張って埋めてくれました。西田もいろんなひとに呼ばれてスタジオワークをこなしてお金をもらうようなこともあって、「1ヶ月練習して録音するのは、バンドだと短く感じるかもしれないけど演奏者としては短くはないんじゃないかな」と、教えてくれたのも大きかったです。
■最初に話題にした、個々をどれくらいブラッシュアップするかという課題をクリアしていたということですね。
吉田:そうですね。
西田:それに加えて思うのは、短い期間でできた曲はデモの時点で演奏者がどういうことをすればいいのかわかるような音源だったんですよね。吉田さんのなかに明確なイメージがある感じがした。
■それは西田くんだからじゃない?
西田:俺はもちろんそうだけど、曲自体がこういう演奏が理想だというのは楽器をがんばってやろうとしているひとならわかるものだったと思いますよ。“chance”という曲とか、「拡がった現実」はアレンジを悩んだけど、Bメロのパートとか、どういうふうにしたらいいのか明確でしたよ。その期間でできた曲で苦労したのは“1DK”だけでした。
■“1DK”はなぜ苦労したの?
西田:ふつうに演奏が難しかったからです。テクニック的に難しかったから苦労したけど、それ以外そうでもなかったのは吉田さんがいうとおり信頼できていたのと曲自体が演奏に要請しているものがはっきりあったからなんですよね。
■たとえば西田くんがほかの現場に行くときは、どのような演奏が理想かわかりづらいこともあるでしょ。
西田:それはありますね。
■そういうときはどうする?
西田:うーん。困りますね(笑)。
■そのあげくどうするの?
西田:がんばりますよ(笑)。でも俺は吉田ヨウヘイgroupの音楽については理解するべきだし、その自負もあるんですけど、『ar』について思うのは、くりかえしになりますが、デモの時点でどういうことをすべきかわかる曲が多かったんですよ。曲が「こういう演奏をしてほしいーよー」みたいな(笑)。それでできた曲はある意味全部フィジカルな仕上がりだと思います。それ以前の時期の“トーラス”や“サースティ”もフィジカルだとは思うんですけど、もうちょっとちがう質感だと思う。レコーディングの1ヶ月間を短く感じなかったのは曲がそういった感じだったからだと思います。
■フィジカリティという感じだと『ar』はグルーヴを強調した曲が多い気がしました。
吉田:それはほかの方にもいわれましたけど、自分は正直わからないです(笑)。自分のイメージはグルーヴにかんしては以前とおなじくらいのものがみえていたはずで、再現度のちがいが大きいかもしれない。
■さっきいったドラムの音色も相まってグルーヴ感をより感じるのかもしれない。
吉田:それはそうかもしれないです。いままでのドラムが3メートルぐらい離れて、オフマイク気味にベースやギターと一体に聞こえる感覚をめざしていたんですけど、ドラムが50センチのちかさになるとそれぞれが屹立して聞こえるのかもしれない、ポリスみたいに(笑)。各パートがそれぞれ前に出て、聴いているひとのなかで合わさるような音の作り方ですね。
次のアルバムどうするって話になったとき、ぼくがグラウンド・ゼロの『革命京劇』みたいにしたい、といったんですよ。 (吉田)
■リズムにかんしていえば、西田くんのギターがこれまではメトロノミックに全体を引っ張る役割があったと思うんです。そういところから『ar』では西田くんのギターに自由なスペースが増えている気がしました。
吉田:それは完全にそうです。思っているとおりです。
■演奏の個人的な聴かせどころはどこですか。
西田:難しいですね(笑)。全部です(笑)。
■これ『ギター・マガジン』の取材じゃないよ(笑)。
西田:(笑)。いや全部なんですよ、ほんとうに。全部なんですけど、苦労せず自然に、自分のいままでやってきたことをやっと出せたぜ、この曲つくってくれてありがとうと思えたのは“Do you know what I mean? ”です。この曲がないとそのプレイができないんですよ。
■それって冒頭のカッティングのところ?
西田:あとフレーズの組み方とか。
■ああー。
西田:でも苦労してなくはないや(笑)。ヴォイシングにかんしてはめっちゃ苦労していて、今年受けた影響を出したかったし、考えてやった感じです。リズムにかんしては吉田さんが昔からこういうのかっこいいよねって進めてくれたのを超参考にしました。マサカーのフレッド・フリスとか。
■ああー。
西田:そのカッティングをずっと曲で使いたかったけど、そういう曲がなかったのでそれをやっと曲で聴いてもらえますよ、どうですか、というのが“Do you know~”ですね。
■フリスなんだ、これ。
西田:そうです完全に。それと石若駿くんと一緒にやっている影響が超でかくて、彼が教えてくれたヴォイシングをバンドの曲に取り入れたかった。新しいのと前からやりたかったのの両方がはいっているという意味では“Do You know~”だし“フォーチュン」もめちゃくちゃ気に入っているし“トーラス”のギターにかんしては苦労しました。“トーラス”については全部苦労したんですけど(笑)。
吉田:この一年西田くんはジャズ界隈のひとと仲良くなったんですよ。
■ジャズ界隈のひととやるのはどう? 彼ら演奏が上手ですよね。
西田:すくなくとも自分がかかわっているミュージシャンは全員信じられないくらいすごいです。
■シュンとしたことあった?
西田:俺は音楽、ギターをつづけられないんじゃないかと思ったことは何度もあります。いまも常にある。でもそういうのがあったからよかったんですよ。彼らと演奏するのになにができるとなると、こっちでやってきたことも極めていかなきゃいけないじゃないですか。そうなったとき、俺はバンドやってきているぞとか、ここにかんしてはけっこう考えてきたぞというのをみつけるきっかけにもなっていて、凹まされることもあるけど単純に教えてもらうことも多いですよ。
■西田くんは“piece 2”も作曲していますね。この曲のアルペジオはなにで弾いているの?
西田:ウクレレです。“piece 2”はさっきいったみたいにシンセサイザーの使い方が自分たちは長けていないけどそういうふうにしたいとなったときに吉田さんに相談して、もしかしたらラップスティールだったらそういった感じになるかも、となってラップスティールを入れたんですけど、なにかものたりなくて、なにかを足したかったんですけどぜんぜん思いつかなくて吉田さんと話していたら、ラップスティールなんだからいっそウクレレでどう、といわれたんです。
■ハワイつながりだ。
吉田:西田くんの家にラップスティールとウクレレがあったんです(笑)。
■高木ブーさんみたいですね(笑)。
西田:ちょうどユニオンで『ブルーハワイ』ってレコードを100円で買って聴いていたのもあって(笑)、これなしだよね、というテンションで相談したら、いや意外と合うぞといわれてやってみたら合ったんですよ(笑)。
■“piece 1” “piece 2”という小品もあり、『ar』は構成がすばらしいです。曲順はすんなり決まりましたか。
吉田:ぼくは忘れていてメンバーが2回ぐらいいってくれてうれしかったのが、去年メンバーと飲んでいて、次のアルバムどうするって話になったとき、ぼくがグラウンド・ゼロの『革命京劇』みたいにしたい、といったんですよ。
取材に立ち会った編集部小林:おー(と突然声をあげる)。
吉田:“Crossing Frankfurt Four Times”とか“Red Mao Book By Sony”とか、短い曲と普通の尺の曲が混在してるのがすっごいかっこいいじゃないですか、1分半~2分ぐらいの曲がいっぱいあるアルバムって。それだったらアルバムつくる負荷も低いと思ったんです。
■それ大友さんに失礼じゃない! グラウンド・ゼロは制作の負荷が低いって吉田くんがいっていたって大友さんにいっちゃうよ(笑)。
吉田:(かぶりをふりながら)ちがいます、ちがいます。
西田:(とりなすように)ながれが意識できるということです。
吉田:(狼狽しながら)俺がつくると歌ものの4~5分ぐらいの曲がはいるので、6曲は4~5分台の曲、それと1分半の曲を6曲みたいなイメージのアルバムをつくりたかったということです。そのときは西田はまだ作曲していなかったけど、1分半の曲だったら力を発揮してくれるんじゃないかなというイメージがそのときあって、6曲ぐらいなら現実感もあると思ったんです。
■なるほど。
吉田:それでアイデアのひとつとして『革命京劇』みたいにしたいといっていて、ただ結構間があったんで自分ではすっかり忘れていたんですけど、5月ぐらいに西田もクロちゃんも、『革命京劇』みたいにしたいんだったらこれはこうなんじゃないですか、といってくれたことがあって、ああそういったな、と思い出しました。アルバムの“シアン”や“chance”は“piece 3” “piece 4”でもいいかと最初思っていたんですよ。
■たしかに尺は短いですね。
吉田:“Do you know~”も“トーラス”をつくったあとにふと思いついて2時間ぐらいで書いたんです。なので最初はこういうインタールードをつくりたいんだよね、ということで1分半の曲のつもりで書いて、それが気に入って倍くらいになったので別のインタールードつくらなきゃと思っていました。そもそも1分半ぐらいの曲を量産しようという気があったんです。
[[SplitPage]]ARはことばとして使われなくなるんだろうと思っていたんですよ。だからレトロフューチャー的な、廃れていくけど昔あった概念というニュアンスもちょっとこめていたんですね。 (吉田)
![]() 吉田ヨウヘイgroup ar Pヴァイン |
■そのようなアルバムの題名を『ar』にした理由はなんですか。そういえば、そのころライヴ会場で偶然会ったよね。
吉田:ジェフ・パーカーのコットン・クラブでのライヴです。
西田:あれがたしか7月だったから。タイトルを付けたのは9月ですね。
■じゃあそのあとくらいですね。
西田:タイトルはもともと短い単語にしたいとは思っていたんですよ。とくに明確な理由があるわけではなくふわっとした気分だったんですが、それまでのタイトルが長かったのもあって短い字面でいいのないかなという話をしているなかで期限が迫って、わりと最初の段階で決まった気がします。吉田さんは悩んだと思いますけど。
吉田:そうだよ! さらっと見せたけど割と考えたよ!
西田:(笑)。最初にみたときにこれはいいと思いましたよ。
■なぜ『ar』なんですか。
西田:SFっぽくしたくて、ここ1年ぐらいの気になる音楽には、ダープロなんかもそうだけどSF近未来感があるなと思っていて、AR(Augmented Reality=拡張現実)ということばは情報が映像にかさなる感じじゃないですか。それと、音楽を聴きながら歩いているときになんとなく情報量が付加される感じがちかいと思ったことがあったんです。みているものに色彩や情報を与えるのは、音楽はもとからそうだったんじゃないかなという考えをかさねて、「AR」ということばには両方の要件が備わっていると思ったんです。
■そのことばは最新のテクノロジーとセットですが、テクノロジーの進歩について吉田くんは肯定的ですか。
吉田:その点で俺勘違いしていて、ARってなくなるんだと思っていたんですよ。以前は「VR(Virtual Reality=仮想現実)/AR」って書かれていたのに、ここ2年くらいPSVRとか、VRがらみの商品ばかりみるようになっていたので、ARはことばとして使われなくなるんだろうと思っていたんですよ。だからレトロフューチャー的な、廃れていくけど昔あった概念というニュアンスもちょっとこめていたんですね。そうしたらARの新機種をよくみるようになって、ARのほうが難しい技術で今後出てくるとわかってちょっとあてがはずれました。
西田:でもARってことばは吉田さんっぽいですよ。俺にとって吉田さんは機械に強いというか、理知的でコンセプトを立てるひとのイメージがあるんですよね。でも一方でARってエモーショナルに受け止めようと思えばいくらでもそうできることばで、吉田さんがレトロフューチャー感っていっていたのはそういうのとも関係あると思うんですよ。吉田さんの歌詞とかもほんとうにそういった感じだと思うんですよ。表現するのは人懐こかったり感覚的なことだったり、いったらエモいといわれるようなことかもしれないけど、表現するにあたってはそれだけじゃないんですよね。
■歌詞の面では女性陣おふたりが作詞をしていますが、すごく吉田ヨウヘイgroupっぽい歌詞だと思いました。吉田くん以上に吉田くんっぽい気すらします。
吉田:ふたりには曲を書くから歌詞を書いてくれとお願いしたんですけど、俺は自分っぽくとか制約を与えると書けないと思ったので、なにも要求しなかったんですけど、結果的にふたりは吉田ヨウヘイgroupでやるならぼくの詞に寄せたほうがいいと思ったらしく、自分のなかでの通じるところを出そうと思いながら書いたみたいです。
■まったく助言せず?
吉田:ぼくは自分で歌詞を書いたあと西田にみてもらうんですけど、ここは意味がわからない、どうとればいいのか、ということで直しがはいったりするんですね。それとおなじことは彼女らにもしてもらおうとは思っていて、書いた歌詞の筋が、だれにもわかるのは難しいですけど、ある程度わかる人が多いようにはしてくれとお願いして、ふたりとも二、三回やりとりした感じでした。
■意図したとおりだった?
吉田:最初に“フォーチュン”の歌詞が届いたときにぼくに寄せようとして書いているのは分かりました。“フォーチュン”ってタイトルはちょっとかわい過ぎるかなと最初は思ったんですけど、割とすぐに慣れて、これはこれですごくいいなと思うようになりました。
■私はまったく違和感なかったけどね。最初は音源だけを聴いたから、クロさんが歌っているのはわかったけど歌詞は吉田くんが書いているのだろうと思いましたから。
吉田:それはうれしいですね。
西田:歌詞にかぎらず、バンドのすべてをコントロールするのはムリだと思うんですよ。ドラムのチューニングとかベースの弦のどのポジションでEを弾くかなんて、なかなかこっちで全部は決め切れないけど、みんな吉田ヨウヘイgroupのなかでならどうすべきかということを今回やってくれているんですよね。いままでに較べたらそういった部分がすごく多いし、レックを二回にわけて、最初にできあがった音がよかったから、それでいいんじゃないといって後半に臨めたのもよかったですね。そのぶん余白みたいなものをのこした状態になったところもあって、それまでだと俺たちも細部にこだわっていたのが、もっとなにかいいものを足せないかなとか、ミックスや自分たちのプレイに集中したから単純にはいっているものが増えていると思います。
といいのこして所用のため西田修大はギターを担いで颯爽と去っていった。12月に予定するレコ発(12月20日渋谷WWW X)をはじめ、たてこんでいる予定にそなえ、ふたりはスタジオでの練習帰りに取材に応じてくれていたのである。のこされた吉田ヨウヘイはもっていたギターを全部下取りに出して購入したご自慢のギブソン335への愛を蕩々と述べる。取材はすでに終了しているが、四方山話はひきもきらない。サブカルチャーに耽溺した人間にとって音盤コレクションや本棚がいかに聖域だったか、メタルのドラマーは凄く好きな人が多い訳ではないが、そのなかでミスター・ビッグのパット・トーピーは図抜けていた、いやあれはハードロックだから、でも彼はインペリテリにいたからメタルですよ、やっぱりいちばんかっこいいのはロリンズ・バンドみたいなバンドですよね、いややっぱりハイナー・ゲッベルスだよ、そもそもぼくは中学のときアルバート・キングの『ブルース・パワー』がほしくて近所のCD屋に毎日通い詰めたら哀れんだお店の方にPヴァインのカタログをいただいたんです、それなら私は――というテッペンまわった居酒屋さながら蜿蜒とくりひろげた会話から吉田ヨウヘイの歌詞への考え方を抜粋して以下に記す。
ぼくはあんまり強いこと言ったりDVなんて絶対できないけど、すぐ怒ったりしそうなやつのほうがモテるみたいな矛盾は日常生活でも映画とか見てても感じたり。そういうなんというか描きにくい曖昧なとこを描きだそうとしてみたらうまくいったことがあって。 (吉田)
■私は吉田くんの歌詞には独特の不安定さがあって好きなんですが、歌詞を自己分析されたことはありますか。
吉田:音楽の音符とかリズムに対しては分析的な視点が自然と出てくるんですけど、たとえば映画だとカメラアングルとかカット割りとかまったくわからないんですよ。プロットがどうだとか。楽しむためでも、ロジカルな視点がいっさいはいってこなくて、ただ受け入れて、よかった、よくなかったで終わっちゃうんですよ。歌詞も自分のなかではずっとそうで、なんとなくいい、わるいくらいしかなくて、つみあげていけるものがないから、外から学ぶことができないんです。そうすると歌詞については自分の手法を洗練させるしかなくて、ことばにするに足るものと考えたとき、それに値するのは不安定さだったりするんです。ぼくの思っている不安定さって、日常会話で「俺こんなことを思っているんだよ」、って繰り返しいっちゃったら嫌われるヤツというか。曲という1年に一度ぐらいのアルバムの発表のタイミングにしか外に出ないことばで、音源というかたちでプレゼンテーションするなら出していいかなと思うんです。たまにしか出さないなら光るもの、そういったマテリアルがあると思っていて、自分はほんとうは話したいけど遠慮していることを歌詞というかたちで掬うとうまくいくなとある時期から思いはじめたんです。
■ある時期っていつ?
吉田:このバンドをはじめてからです。三十になるちょっと前にはじめたんですけど、それぐらいからです。西田に「もうちょっと歌詞に起伏があったほうがいいんじゃないか」といわれていて。だから起伏を起こすときに自分がとれる手法として不安定さを象徴する場面をおりこんでいくとうまくいくなと思うようになりました。
■題材は日常にありますか。
吉田:たとえば“chance”なら知り合いの女性がイギリス人と結婚して、もとの姓名の間にイギリス人のミドルネームが入ったんです。名前がおんなじまま、英語のミドルネームが追加されるって凄いな、どういう心境の変化なんだろう、と思ったことがあって。“chance”の歌詞は、それをディテールにして、鬱屈しているのを外国人と結婚して名前をマイナーチェンジして心機一転する、みたいなイメージで書きました。
■吉田くんは、日本語で書く制約は世代的にも感じないですよね、きっと。
吉田:でも聴いたひとから字余りがあると指摘されたことはありますよ。
■それもいいところだと思うけどね。
吉田:自分では制約は感じていなかったんですけど問題を指摘されることはあったので、今回はちょっと意識して、西田にも相談して大丈夫なんじゃないといわれたので許容できる範囲におさまっているといいなと思うんですけど。
■字余り感もさほど気にしていなかったと。
吉田:ユーミンのメロディも英語で歌うとああいうメロディにはならないと思うんです。言語感覚から出てくるメロディは絶対あると思っていて、ユーミンっぽいメロディや細野さんの『HOSONO HOUSE』のときのメロディなんかは日本語でないと生まれないメロディで、そっちのほうに憧れているところがあるので日本語の制約は感じていないです。
■作詞家で憧れているひとはいないんですか。というか、さっきの話だと作詞というものを分析することはないということか。
吉田:松山猛さん、松本隆さんは大好きです。自分も「一張羅の涙」みたいなことばを本当は書きたいんです。なにを言っているかよく分からなかったり、用法は正しくないけど素敵でイメージの広がりがあることば。それをやるには、本来その名詞を形容しない形容詞を前にもってきてハッとさせるという手法があるのは理解しているんです。でもそれには語彙が必要で、自分は語彙を身につけようと生きてきたのにぜんぜん身につかなかったんです。
■編集の仕事もやったことあるんだから語彙はあるでしょう?
吉田:(苦笑)。語彙の部分で大事だったのは例えば「行く」ということばを使うときにあまり多用しないで同じ意味の別の言葉に書き換えるとか、そういったことだったんですよ。ふつうのひとが使わないことばは逆に使っちゃいけなかったんです。日常的なことばでスノッブじゃないように書くのが大事なので、それに慣れた自分にはそういった淡々としたことを書くほうが向いていました。
■淡々としたことばの使い方でも、でも私が読むとおもしろいことばづかいを吉田くんはすると思うんですよね。たとえば、「動く」を「動き」にするように動詞を名詞化するのは語彙があると「律動」とかそういった難しいことばになっちゃうんだけど、そうしないことで動詞と名詞が二重化してことばの世界が厚みを増すというかね。
吉田:豊富な語彙を諦めてからは、逆に自分の歌詞の世界だと難しいことばが出てくると浮いちゃうので、そういったことばは使わないようにはしているんですよね。
■たとえば微熱少年がいるなら平熱の淡々とした風景のよさもあると思うんですよ。
吉田:歌詞については、『ar』では書いたあとの感覚が前とはちがっていたんです。3枚目まではあえてほとんどの曲をラヴソングにするようにしていたんです。というのも、歌詞に起伏をつけるには女の子を主人公にしたラヴソングだとやりやすいと気づいたんです。ぼくはあんまり強いこと言ったりDVなんて絶対できないけど、すぐ怒ったりしそうなやつのほうがモテるみたいな矛盾は日常生活でも映画とか見てても感じたり。そういうなんというか描きにくい曖昧なとこを描きだそうとしてみたらうまくいったことがあって。
■そういうことあるのかな、あるのかもねえ。
吉田:一回自分を完全に離れるからお話が作りやすいのかもしれなくて。身勝手なひとを好きになってしまうというような起伏の作り方だと歌詞がまわっていくなと思っていて、前回まではそれをモデルケースに書いていたんですけど、今回それをいつのまにか忘れていたのか、危ない場面を書こうとしなくても詞としての危なさが勝手にはいるように書けるようになっていた感じがして。
■最初にいった不安定さを嗅ぎつける能力が恋愛にかぎらなくなったんじゃないかな。
吉田:感覚的にはそうですね。
■セカイ系という言い方はかなり前の流行り言葉で、オタク的な文脈で使われることが多いけど、吉田くんの歌詞にはそれと似た空間性があると思いました。なにかが起こるかもしれない不安定さを皮膜一枚向こうに感じているような。
吉田:セカイ系って全体感ではなく一対一の関係が大事になってしまうということですか。
■一体一の関係の背景があるという意味では全体感というより遠近感でしょうね。
吉田:ぼくは会話に没入したいんだけど周辺視野のことが気になってしまう、その場面のイメージはめちゃくちゃ強いですね。
■おそらくそうだろうね。そうしてふとした所作の意味を考えてしまう。
吉田:喫茶店で大きな声で別れ話をするのはイヤみたいなのがあるかもしれません(笑)。ほんとはそんなこと考えずに相手の話に集中しないといけないはずなのに、周りがなぜか見えてしまう、みたいな(笑)。そういうのが詞の原動力になっているかもしれないです(笑)。
■私はそんなとき、超越者の審判がくだされたと感じますが、それはさておき、吉田さんの歌詞では作中人物がよく後悔しますよね。夜考えていたことが朝起きると色褪せて思えるような感じ。
吉田:レイモンド・カーヴァーが好きなんですよね。予想よりわるいことが起きてそのまま終わるような話が多いじゃないですか。ぼくは自分の歌詞についてはできるだけハッピーエンドで終わらせようと思ってますけど。レイモンド・カーヴァーですごい好きな話が、夫婦喧嘩してる時に冷蔵庫が壊れて、冷凍したものとかがどんどん溶けてきちゃって、もういろいろ最悪っていう。
■ほかに作家で好きなひとはいますか。
吉田:ヴォネガットです。ぼくは小説も分析的に読めなくて、どうして文学があるとか、ぜんぜんわからなかったんですが、ヴォネガットの『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』を読んだときに、いろいろやって最後子ども全員育てるじゃないですか。おそらくテーマは「ひとにはやさしくしよう」っていう凄いシンプルなことなのに、それをそのままいってもだれも聞いてくれない、でもこういうことがあるからやさしくしなくちゃいけないんだよいうメッセージを伝える。「ひとにはやさしくしよう」という一行のことを人の胸に響くように伝えるためにディテールがいろいろ必要で、それがこの小説なんだと感じたんですよね。歌詞でもその形式に則ることにしています。この歌詞のいいたいことはこれ、もちろん具体的に言い切れることじゃない場合もありますよ、でもそのうえで、これをいうにはそれが説得力をもつ文脈をつくらないと伝わらないと思い、それにはディテールへの共感がいるという観点からつくっています。“1DK”だったら一緒に暮らしてしあわせだったのが、あるきっかけでキツくなってきてそれをなんとかしたいというストーリーを設定していて、それに説得力をもたせるには、ふたりの喧嘩を描くのではなくて、家に行ったら仲がわるいのがまるわかりじゃんという状況を書くほうが共感度高いと思って。村上春樹を読んでいるときに思ったんですが、村上春樹の読者は小説のなかで起こっていることが、「これは自分にしかわからないことを書いてくれている」と思っている気がするんです。ただ、実際は100万部とか売れるわけだから、そう考えているひとが100万人いる。自分にしかわからないようにみえる表現というのがあって、歌詞を書くときはできるだけそういうものにしたいな、と思っています。
■たとえばフィッシュマンズなんかはそうだったと思うんです。大勢いるんだけど舞台の上の佐藤伸治と一対一で向き合うようなありかたは、不特定の他者との共感が主流になるとなかなかなりたたない。最後に吉田くんのなかにロックシーンだけじゃなく日本の音楽の現状に対して思うことはありますか。
吉田:ぼくはほんとうに不満を感じないほうですね。ぼくの場合、本来才能に恵まれているのに世に出られなかったわけじゃなくて、二十歳ぐらいのときの音楽を聴くとじっさいにクオリティが低いんですよ。ふつうにクオリティが低くてライヴハウスで怒られていた(笑)。三十でようやくインディーズで出せるようになって。自分の実力と聴くひとの数が印象のなかではほとんど乖離していないんですよ(笑)。(了)






先週の土曜日はリキッドルームでDYGLという若くて格好いいロック・バンド(次号の紙エレキングの表紙です)のライヴを観たあとに、UGの石崎雅章君と三茶で会って酒を飲みながら時間をつぶし、23時からOrbitというDJバーでやるという、デトロイトからやって来た永遠の絵描き、アブドゥール・ハックのライヴ・ペインティングに出向いた。
