「K A R Y Y N」と一致するもの

蓮沼執太 - ele-king


蓮沼執太フィル
時が奏でる

B.J.L. AWDR/LR2 蓮沼執太フィル vinylsoyuz

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 「今日は取材、兼、指揮者ということでよろしくお願いします」。
 わたしに向けた蓮沼執太の一言があまりにも衝撃的だったために、あやうく上りのエスカレーターを一目散に下るところだった。もちろん絶対に違うとはわかっていながら、頭の中には、ポンコツ指揮者のためにせっかくの曲がめちゃめちゃになり、猛烈なブーイングを浴び、舞台のど真ん中で恥も外聞も忘れて号泣するわたしの姿があった。反射的に浮かんでくる被害妄想を振り払ったはいいものの、いい意味でもわるい意味でもこんなに動悸が止まらない開演までの待ち時間はない。被害妄想が正しくないとして、そうじゃない指揮者っていったい?
 だんだん事情が飲みこめてくる。わたしのまわりには同様に橙色の当日パンフレットをわけもわからず持たされ、蓮沼執太から同様の宣告を受けたであろうひとたちが、不安そうに立ち尽くしている。ある者はキョロキョロとあたりをみまわし、ある者は当日パンフレットを凝視してなんらかのヒントを得ようとし、ある者は「ごめん指揮者になったから待ち合わせ時間まにあわない」「は?」「いやだから指揮者」「??」という噛み合わないやりとりを友人とLINEで行っていた(わたしです)。
 そのまま開場直前の舞台へ、疑問符を頭から数本生やしたままのわたしたちは連れていかれる。そこで明かされたのは、本日5曲めに披露する新曲“Time plays – and so do we.”で、観客全員(!)が6通りのインストラクションに従って演奏に参加すること、わたしたちはフィルのメンバーのうちのひとりを指揮する役割を担うこと、わたしが大谷能生担当であること(畏れ多いよ!)、簡単な指揮の方法。なにせサクラではなく、ついさっきそこで捕まえてきたばかりの新鮮な観客なので、動揺は著しく、スタッフのひとにあれこれ尋ねてみようとするのだけれど、スタッフのほうはスタッフのほうでてんやわんや感が滲み出ている。それはそうだろう、どんな不測の事態にも臨機応変に対応するのが役目だとはいっても、ここには不測の事態しか存在しない。これから何が起こるのか完全に把握しているひとはこの場に誰もいない。もちろん演奏のルールは周知されている。しかし、どれだけ懇切丁寧に説明を受けても、新曲がいったいぜんたいどのような演奏になるのか、想像できた者はこの場に誰もいない。この場に誰もいないまま、開幕の時間は刻一刻と迫る。

 どうしてこのようなコンセプトの新曲が発表されるに至ったのか? それを説明するためにはTPAMの話をしなければならない。TPAMとは、今年で第18回めの開催となる国際舞台芸術ミーティングである。期間中は横浜の徒歩圏にある多様な文化施設を会場に、さまざまなプログラムが催される。蓮沼執太のTPAMへの参加は、蓮沼執太フィル以上に多種多様な、ジャンルの枠をまるで気にしていないメンバーの、いい意味でのやりたい放題によって、類似したもののみあたらない作品に仕上がっていた、詩人・山田亮太(TOLTA)とのコラボレーション『タイム』にひきつづき、じつは二度めである。少々長いが、蓮沼執太『作曲:ニューフィル』を招聘した今回のディレクター、野村政之の言葉を全文引用してみよう。

先般の震災と原発事故の経験は、私たちの社会に対する信用を総じて覆しました。信用とは「計算」あるいは「コントロール可能性」のことです。コントロールできないのは資本主義や放射性物質だけではなく、私たちの生命も人間関係も同じである……私たちは生まれたときから受動態であるということに、改めて気付かされたわけです。主体的な能動性から客体的な受動性へ。計算された構築から不確定な生長へ。個々バラバラに受動態で生まれてきた私たちが、他者と連結し、どのように、うまくやりながら生きていけるのか。破局が潜在する不確定な社会でどのように共同性を育んでいけるのか。そうした「生命」と「関係」に対する受動性、それを前提とした「生」の行方、「分断」と「共同」についての考察になるような作品を選びました。(野村政之)

 この一文を読むのと読まないのとでは、“Time plays – and so do we.”で行われていたことの受け止め方も、だいぶ変わってくるに違いない。“Time plays – and so do we.”は、個々バラバラに集まった聴衆が、耳を澄まし、めまぐるしく変容するその場の空気の流れに身を委ね、時には流れに棹をさしながらも、ある一定の共同性を常に保っていなければ、美しい演奏に導くことはおろか、そもそも演奏そのものが成り立たない作品だからだ。当日パンフレットが橙色のひとは指揮者を、空色のひとは紙鉄砲を、緑色のひとはハンドクラップを、桃色のひとは毛笛を、灰色のひとは風船を、黄色のひとはコーラスを――強制的に役割を押し付けられ、その役割に多少は反抗したとしても受け入れる努力はし、他者との調和を乱すことなく、各々の可能な範囲で奮闘すること。そのような営みは、わたしたちに、震災後に、急激に、切実に、求められるようになったふるまいではなかったか?

 いやいや、肝心の演奏の話をしよう。“Time plays – and so do we.”の演奏が美しかったかといえば、決してそうではないだろう。実際、終わったあとのKAATのロビー、帰り道、ツイッターで幾度となく「失敗作だったのでは?」「消化不良感。」などという言葉が吐き出されていた。そしてそれは、純粋にフィルの演奏だけを聴きに来たひとにしてみれば、当然の反応だったのかもしれない。指揮がうまく伝わらなかったり(これもわたしです)、任意のタイミングで鳴らした音がやたらと重なっていきなりうるさくなったり、逆に変なタイミングで妙な静寂が訪れたりもした。ホールが満席になれば優に千人を超える。それだけの観客が思い思いに演奏していれば、それはまあ、ピシッとまとまるほうがおかしい。ただ、わたしの胸のなかには、奇妙な肯定感が生まれていた。まとまらなくていいのではないかと。多様性を祝福するというか、バラバラであることを心から微笑ましく思えるような貴重な体験だったことは間違いない。

 そのような思想は、舞台美術からも見出すことが可能である。つい先日、〈アートフェア東京〉のベスト賞ともいえる賞「ベーコンプライズ」を受賞したことで注目の的となっている現代美術作家・毛利悠子の手掛けた装置が、今回の公演で果たしていた役割について触れておこう。舞台の中心で強烈な存在感を放っていた、ごちゃごちゃとした、アンバランスな、本来隣にあるはずのないものを強引に寄り添わせたような独特な形状の装置は、ただの飾りではない。当日パンフレットが灰色のひとは、その装置の上部にある巨大な風船が膨らむたびに手元の小さな風船を膨らませてブシュウゥ~ッという間抜けな音を出し、黄色のひとはその装置の下部にあるバスドラムが鳴るたびに「アー」とコーラスするよう仕向けられていたのだから。ここまで舞台美術を演奏中に観客が凝視しなければならないケースはめずらしいのではないか? わたしは劇場のかなり後方に座っていたのだけれど、そこからは、蓮沼執太、フィルのメンバー、始終動いている装置、観客、それらがぐちゃぐちゃと混ざりあって、臓器となり、皮膚となり、毛となり、顔となり、まるでひとつの生き物に近づいていくようにみえていたのだ。稚拙なたとえで申し訳ないが、宮崎駿監督作品『千と千尋の神隠し』をご覧になったかたは、カオナシが物凄い勢いでさまざまな生物を呑み込んでいく場面を思い出していただきたい。あれがもうちょっと綺麗になったかんじ、というのがいちばん近いだろうか。

一斉に振り向く光の中、一緒に行こうと言ったのは誰?
熱烈なノックの中、ぼくはうまれる時を、たずね、たばね、 
蓮沼執太“ONEMAN”(『時が奏でる』)

蓮沼執太フィルがバラバラでありながらも、確固とした統一感を時折みせる、その秘密が少しつかめたような気がした。

蓮沼執太 公式サイト 
https://www.shutahasunuma.com/performance/2697/

第5回:占われたい女の子 - ele-king

 もうすぐ小学生になる長女は、小学生女子のご多分にもれず占いの本に夢中です。子ども向けの占い本は、いまも昔も赤・ピンク系の装丁で、男児向けのものはいっさい見あたりません。中身も昔と変わらず「あなたは心があたたかい人気者ね」といった謎のお姉さん口調の性格診断を中心に、ラブ運、友達運といった人間関係、そして将来の職業が並びます。一方、同じ年頃の男の子が執心していることといえば、努力・友情・勝利のフィクションや、ゲームのパラメータ上げでしょうか。まわりからどう見られているかによって人生が決まると信じている女児と、個人の努力でパラメータを上げれば友情も職業も(美女も?)ゲットだぜ! と信じている男児。小学生にもなると大人と変わらないネ……とお母さんはなんとなく酸っぱい気持ちになります。


子ども向けの占い本の数々

 とはいえ、「将来の職業」欄の変遷は、大人目線でみると案外おもしろいものです。私が子どもだった80年代の占い本では、保母、美容師、看護婦、教師、お菓子屋さんといった昔ながらの女性的なお仕事に、ファッションデザイナー、イラストレーター、音楽家、マンガ家、作家、タレント、女優といった華やかな(でも食べていくまでに成功するのはなかなか大変な)職業が並んでいるのが定番でした。ところが2007年刊行の『キラキラ人相&手相うらない』(ポプラ社)では、「株をはじめたら大金もちになるかも!?」という生々しい指南が登場。もっとも新しい2013年10月刊行の『ハッピー&ラッキーうらない入門』(小学館)には、「あなたはふつうの社員。会社のためにコツコツとがんばる人だよ」と、女性総合職が浸透しつつも正社員になるのも一苦労な現状を踏まえ、リアルなアドヴァイスを下してくれます。また「コンピュータプログラマー」「医者」「研究者」といった、かつての占い本にはなかった理系職が普通に挙げられています。「パティシエ」「ゲームクリエイター」「料理研究家」「ショップ店員」「起業家」が多いのもイマドキです。複数の本で「公認会計士」が挙げられているのは、勝間和代の影響でしょうか。

 世の趨勢に合わせてヴァラエティ豊かになっていく「将来の職業」欄ですが、時代を超えて共通していることがあります。「専業主婦」がほとんど出てこないのです。どの占い本も、「家事が得意なあなたには専業主婦がおすすめ。子どもの手が離れたらパートで家計を助けるといいわ」「母性あふれるあなたには、子どもをたくさん産んで大家族を仕切る肝っ玉母ちゃんがぴったり」などとは言いません。「将来の夢はお嫁さん」という人はいつの時代も一定数いるはずなのに。おそらくこれは、主婦業はだれにでもできることだと思われているのが原因なのではないかと思います。「あなたには他の人にはない特別な才能がある」と女児の気持ちをアゲる占い本には不向きなのでしょう。が、バカにされがちな家事も、やってみるとそれなりに才覚がものを言う作業だったりします。カレー一つ作るにも、骨からダシをとって3個のタマネギを飴色にしてトマト缶を煮詰めて作るカレーと、ルーの箱書きの通りに作るカレーとではだいぶ違います。もうちょっと尊敬してくれてもいいんじゃないの……?

 そんななか、「いま、アメリカでは専業主婦がかっこいい!」とする書籍が翻訳されたと聞きました。その名も『ハウスワイフ2.0』(エミリー・マッチャー著、森嶋マリ訳)。さっそく購入して読んでみると、ところどころアレ? と首をひねる点が。 「典型的な専業主婦が大勢いるとわかったのだ」として例示されているのは、ひとり暮らしのアパートで野菜を育て、ジャム作りをしている博士課程在学中の33歳独身フェミニスト女性、郊外の自宅の裏庭で鶏や蜂、野菜を育てつつ料理も裁縫もする大学院卒の28歳独身男性、自宅でコンピュータ関連の仕事をしながら精子提供で子供を3人以上生み、ホームスクーリングで育てようともくろむ高学歴レズビアンカップルの3組。誰一人として専業主婦じゃなくないですか? むしろビッグダディ? 「典型的な専業主婦」の部分は、原文を見ると“New Domesticity types”とありました。また、「この流れを、“ハウスワイフ2.0現象”と呼ぶことにした」は、原文では「I call this phenomenon "New Domesticity"」となっています。どうやら原著のキーフレーズは「ハウスワイフ2.0」というより、 “New Domesticity”であるようです(原著の副題にもこのフレーズが使われています)。

ハウスワイフ2.0
日本版としてリリースされた、『ハウスワイフ2.0』(文藝春秋)


日本版の表紙は自己啓発風ですが、原著の表紙はセルフレームのメガネ女子がキュート!

 “New Domesticity”の例として他に登場するのは、家庭菜園、編み物、手作り石鹸、重曹掃除、天然成分の洗剤、レトロな器、自家製パン(およびそのための小麦粉挽き)、保存食作り、自家製ヨーグルト、オーガニック食、米粉マフィン、手作り子供服、古着のリメイク、自然育児(アタッチメントペアレンティング、スリング、マタニティヨガ、自宅出産、長期間の母乳育児、オンデマンド母乳、布オムツ、オムツ無し育児、胎盤サプリ、ベビーマッサージ、ホリスティック栄養学、木製玩具、アンチ予防接種)、代替療法、地産地消、家のリフォーム、脱サラして田舎で農業、自作陶器のネット販売。IT関連の仕事をしながら料理ブログを開く20代男性や、稼ぎを地産の食材につぎ込む30代独身キャリアウーマンも紹介されています。僭越ながら私が“New Domesticity”の訳語として日本語の似たような言葉をあてはめるなら、「暮らし系」といったところでしょうか。上記のような生活を紹介し、「ていねいな暮らし」「シンプルライフ」を謳う『クウネル』『天然生活』『かぞくのじかん』といった“暮らし系”雑誌類が日本の女性誌コーナーの一画を占めるほど増えたのも、21世紀以降の出来事です。

 『ハウスワイフ2.0』には、ライオットガール・ムーヴメントに憧れ、彼女たちがポスターや音楽テープを手作りしているところから手芸や裁縫に行き着いたというハンドメイド界のカリスマ女性が登場します。また編み物入門本『Stitch 'n Bitch』を出版したフェミニズム雑誌『Bust』の編集長デビー・ストーラーは、女がしてきたことを見下すのはフェミニズムではないと訴えています。そういえば日本でも、男性中心の古本界で二束三文で売られていた『女の手仕事』『暮しの手帖』系の古本に価値を見いだした若い女性たちがネット古本屋を立ち上げるのがブームになったことがありました。オルタナティヴ・カルチャーの渦中にいた女性たちが、昔ながらの女の手仕事が軽視されていることに違和感を覚え、その復権を目指すところも、日本の暮らし系に通じるところがあります。

 暮らし系は女性が中心とはいえ専業主婦に限った話ではなく、おもに高い教育を受けたクリエイティヴな層に担われているように、アメリカの「“New Domesticity”も、高学歴女性(と少なからぬ男性)が牽引するムーヴメントであるようです。『ハウスワイフ2.0』では、不況による就職難、家庭と両立できない長時間労働や女性に冷淡な企業文化への失望、環境への意識、大量消費社会への忌避感情などがその燃料となっていると分析しています。女性の高学歴化に比して社会進出が難しく、女性の家事負担が大きい国と言えば、日本もアメリカに負けていません。日本で暮らし系が流行るのも(それがわざわざ現象として取り上げられないほど自然に浸透しているのも)道理です。「女ならやって当たり前」で、決まったやり方以外は許されない──誰にも顧みられない家事育児はつらいけど、自分の趣味をいかしてインターネットで褒められたりスキルを共有できる家事育児は楽しい。この感覚、私にも覚えがあります。日本との違いは、“New Domesticity”に走る世代(20~30代)の親はウーマンリブ世代で、仕事にかまけて家事育児をないがしろにした母親への反発が根っこにあるということ。子供にかまいすぎる日本の“毒親”とは対照的です。いずれにしろ、理念を追求しすぎる極端な親は子どもにとっては迷惑なものなんですね。気をつけていきたいところです。

 同書は、元新聞記者の著者が“New Domesticity”な多数の男女にインタヴューして得た豊富な事例をもとに、多面的にDIY・インディペンデント・ムーヴメントの意味を説き明かそうと試みているジャーナリスティックな書籍です。時におしゃれなライフスタイル・ブログへの素朴な憧れを吐露するものの、掃除洗濯嫌いを自称し、仕事が生きがいだと語る著者の視線は一貫してシニカル。日本版の版元のコピーにあるような「キャリア女性の時代は終った。いまこそ新しい主婦になろう」と、むやみに女性間の対立を煽る内容ではありません。それどころか、社会での女性の発言権を確保するために女性も働きながら子育てできる社会にすべきだと主張し、労働者階級を含めた働く母親への社会的サポートの薄さを手厳しく批判しています。また、ほとんどの人はハンドメイドで身を立てるのは難しく、Etsy(※)で売る程度の収入では離婚したら生活していけないのだから、経済的な自立は誰にとっても重要だとも。そもそも著者がこんな本を書けるのも、キャリアがあればこそです。男性の育児休暇の取りにくさ、掃除機やトースターといった家事おもちゃが(ピンクとパープルの)女児向けばかりであることにも警鐘を鳴らしています。でも、著者の意図を汲んで「いま、アメリカでDIY・インディペンデント・ムーヴメントが熱い理由」と喧伝したところで、注目が集まることはなかっただろうとも思います。『ハウスワイフ2.0』が話題になったのは、とりもなおさず女性間の対立を煽る体裁でパッケージングされているからでしょう。女性のライフスタイルを云々するエッセイは、おおざっぱに女性をラベリングする内容であればあるほど話題を呼び、売り上げを伸ばしてきました。結婚しなければ「負け犬」で、子どもを産まないと「オニババ」、そうならないためには「小悪魔」にならなくちゃ。もう魑魅魍魎だらけです。
※アメリカで人気の販売サイト。ユーザー間でハンドメイドの商品を売買できる。(編注)

 「自分が何者で、どうふるまい、どんな大人になるべきなのか」を教えてもらいたがる小学生女児たちがピンクの占い本を読みふけるように、大人の女性たちも「女のライフスタイル本」に走り、メディアは大げさに取り上げます。この『ハウスワイフ2.0』も日本版のタイトルのせいか、読まれもしないうちからその手のエッセイ本と勘違いされ、「高収入の夫に養われてロハス生活なんて」などと一部で揶揄されているようです(同書に登場する専業主婦の多くは中産階級。中には布をトイレットペーパー代わりに洗って使い回すエクストリーム節約術を駆使する人も!)が、優雅なロハス主婦だったとしてもいいと思うんですけどね。なぜ女性の選択ばかりがやり玉に挙げられ、注目されるのでしょうか。

 おそらく社会も、そして女性たち自身も、女性にも自我や欲望があり、その欲望に従って人生を選びうるのだという事態に慣れていないのです。私たちの母親世代には、人生の選択肢などほぼなかったのですから。そして世にあふれる「無垢な美少女」「尽くす母親」といった自我や欲望を持たぬ女性を理想像として描き出す作品の数々。そうした文化に触れるうちに自我や自分の能力への自信、承認欲求などの欲望を恥じるように刷り込まれた女性たちは、「自分は客観的に見て何に向いていて、本当は何をしたいのか。そのために何をするべきなのか」を突き詰めて考えることが怖くなり、「何をすれば叩かれないのか」「何を選べば“正解”なのか」を教えてくれる本にすがりたくなる。これでは自分と異なる選択をした同性が幸せそうにしているたびに不安になってしまいます。たぶん問題は、結婚するかしないか、働くか働かないか、子供を産むか産まないか、どちらが正しいのかということではなく、自分の欲望におびえ、何を欲しているかにちゃんと向き合えないまま大人になってしまうことなんだろうと思います。「子ども産まないと叩かれちゃうの? 心折れそうだから産むわ~」というまるで主体性のない理由で子どもを産んだりしている私がこんなことを言うのもなんですが(結果オーライでよかったです……!)。

 無垢な女性像を内面化しないで。自分の欲望におびえないで。二女の母として我が子たちにはそう伝えたい。しかしその前に、私自身が、「公務員など安定した仕事につきそう。ハデさはないけどマジメだから、結婚あいてにはぴったりね」と貪欲に彼の将来を品定めする女児向けの占い本におびえている場合ではないのかもしれません(でも、怖い!)。



ギークマム 21世紀のママと家族のための実験、工作、冒険アイデア
(オライリー・ジャパン)
著者:Natania Barron、Kathy Ceceri、Corrina Lawson、Jenny Wiliams
翻訳:星野 靖子、堀越 英美
定価:2310円(本体2200円+税)
A5 240頁
ISBN 978-4-87311-636-5
発売日:2013/10 Amazon

 デッドビートと言って「おっ」と反応する人は、かなりの玄人。
 とはいえ、90年代末からどどどと出てきたベーシック・チャンネル・フォロワーのなかで、POLEに続いて、音にうるさい玄人たちから評価されたのがカナダのデッドビートだった。ことダブ好きにとっては、こと低音好きにとっては、デッドビートはいわばダブのレフトフィールド、つまり本物なのである。
 彼の新作は、かつてリズム&サウンドのMCとして名を馳せたティキマンとの共作。このリリースにともなう来日が来週金曜日、南青山ORIGAMIにてあります。
 共演は、ゴストラッドとレベル・ファミリア。ウルトラ硬派最新ダブの夜へようこそ。

3/21(金) DEADBEAT “The Infinity Dub Sessions” Release Party公演概要

 現行ミニマル・ダブのトップランナー、Deadbeatのリリース来日公演開催! さらにGOTH-TRADがExclusive Techno Setを披露し、なんと秋本“HEAVY”武士(ex.Dry&Heavy)とのユニットREBEL FAMILIAもライヴを敢行! 進化を続けるダブの最新型を体感せよ!

 ベルリンを拠点に活躍しScape、Wagon Repair、Cynosure、Musique Risqueeをはじめとする数多くの著名レーベルからリリースを重ね、ライヴ・アクトとしてもSonar、Transmediale、MUTEKといった世界各地のビッグ・フェスティヴァルに出演するカナダ人アーティスト、DeadbeatがTikiman名義でも知られているSt.Hilaireとのコラボレーション・アルバム『The Infinity Dub Sessions』をひっさげの来日!

 Deadbeatを共演をするのは、彼以上のアーティストは居ないといっても過言ではない日本が誇るサウンド・オリジネイター、GOTH-TRAD。なんと今回はなかなか聴く事ができないExclusive Techno Setを披露!! ミキシングを自在に操り、様々なアプローチでダンス・ミュージックを生み出し、MALA主宰によるレーベルDeep Medi Musikから数々の楽曲をリリース。ヨーロッパ~アメリカ~カナダ~オーストラリア~アジアでのツアー等、現在、日本人アーティストの中で年間最も世界中からオファーされ賞賛を浴びているアーティストの一人であるGOTH-TRADとDeadbeatの共演は見逃せません。

 さらに、そのGOTH-TRADと秋本“HEAVY”武士(ex.Dry&Heavy)とのユニット"REBELFAMILIA"がORIGAMIでLIVEを敢行!!!
 野外フェスティバルMETMORPHOSEでの衝撃のデビュー・パフォーマンスにはじまり、FUJI ROCK FESTIVAL等のGIGを経てROSSO、BOOM BOOM SATELLITES、ゆらゆら帝国等と共演。REGGAE LEGENDのMAX ROMEOとの楽曲など、今までリリースしたアナログはことごとく即日完売しオーディエンスから熱烈なプロップスを集める。その名を世界に轟かせる日本が世界に誇るREBEL FAMILIAが、ORIGAMIに新たな1ページを刻む。

 絶え間なく進化を続けるダブの世界最新型を体現するトップ・ランナー達がオンリーワンのサウンドシステムを持つ表参道ORIGAMIに集結する! 強力なスピリットを伴った力みなぎるダブ・テクノ、ベースミュージックの夢の共演をお見逃しなく。

[日程] 3/21(Fri)
[公演名] DEADBEAT “The Infinity Dub Sessions” Release Party
[OPEN] 22:00
[PRICE] 3,500yen

[出演]
MAIN FLOOR:
DEADBEAT
REBEL FAMILIA
GOTH-TRAD -Exclusive Techno Set-
DJ MIKU
SHIGETO TAKAHASHI

GALLERY FLOOR:
ngt. (rebel base)
SHIMAMU (Chord Memory)
HIROMI NOGUCHI (groundrhythm)
KATORI YOSHITAKA (Flowers)

[会場名] ORIGAMI
[住所] 〒107-0062
東京都 港区 南青山 3-18-19 FESTAE表参道ビルB1F(表参道交差点)
[電話] 03-6434-0968
[URL] https://origamientertainment.jp/
[facebook イベントページ]
https://www.facebook.com/events/1410325882558580/

DEADBEAT (BLKHRTZ / ~Scape / Wagon Repair / from Berlin)

 ベルリンを拠点に活躍するカナダ人アーティストScott Monteithのソロ・プロジェクトであるDeadbeat。Monolakeとのコラボレーション「Atlantic Waves」やStephen Beaupreとの「Crackhaus」としても知られる彼は、これまでにWagon Repair、Cynosure、Musique Risqueeをはじめとする数多くの著名レーベルからリリースを重ね、ライヴ・アクトとしてもSonar、Transmediale、MUTEKといった世界各地のビッグ・フェスティヴァルに招かれている。
 かつてScottは、数々のソフトシンセを開発しシーンの先端を切り開いてきたモントリオールのソフトウェア製作会社Applied Acoustics Systemsに務めていた。その最先端デジタル技術に関する広い知識と創作への深い探究心によって産み出されるサウンドはハウスやテクノから切れ味鋭いデジタル・サウンドによるダンスホール、または超重量級のダブまで変幻自在。名門レーベル~Scapeからリリースされた3枚のアルバムはBasic Channel系譜の金字塔作品としてカルトな人気を得ている。
 また、2008年発表のアルバム『Roots And Wire』は、Tikimanをフィーチャーしたダブ・ベースのトラックからテッキーなミニマル・テクノまでを展開。まったく新しい進化型ベルリン・サウンドはネクスト・ダブ・サウンドとして世界中のリスナーから絶賛された。
 2009年秋にはBEAMS RECORDSがスタートさせたコンセプチャルなミックスCDシリーズ『aLive 01』の第1弾アーティストとして作品を提供。エクスペリメンタルなスタイルに攻撃的で根太いグルーヴが独創的な内容となっている。
 2010年にリリースしたミックスCD『Radio Rothko』ではマスタリングにBasic Channelのエンジニアとして名高いPoleことStefan Betkeを迎え、現行ミニマル・ダブの集大成ともいえる作品を発表している。
 2011年には自身のレーベルBLKRTZをスタートさせ、アルバム『Drawn And Quartered』をリリース。また翌年にソロ名義8枚目のアルバムとなる『Eight』をリリース。2013年にはNYブルックリンのレーベルThe Agricultureの主宰のEscape ArtことJames Healyが新たに立ち上げたレーベルAir Textureのアンビエント・コンピレーション・シリーズ『Air Texture Volume III』をDJ Oliveと共に担当。
 そして2014年の3月にはTikiman名義でも知られているSt. Hilaireとのコラボレーション・アルバム『The Infinity Dub Sessions』をBLKRTZからリリースすることが決定している。


interview with Ana Tijoux - ele-king

ラテンアメリカは、自立のために絶え間ない闘いを繰り返し、非植民地化のために必死で生きている。私たちの微笑みを壊す、キャピタリズムの沈黙の支配を前にしながら。


Ana Tijoux (アナ・ティジュ)
Vengo(ベンゴ)

MUSIC CAMP

MUSIC CAMP

 ラテン・ヒップホップといえばマイアミやニューヨーク、ロサンゼルスのラテン系ルーツを持つアーティストたちによるスペイン語のヒップホップを思い浮かべる人のほうが多いのではないだろうか。それも間違いではないが、すべてではない。ここでは、いままで大々的に語られることがなかった、反米運動やグローバリズムに抵抗するために確立されたラテンアメリカのアンダーグラウンド・ヒップホップついて説明したい。
 2000年代初頭、ブラック・パンサー思想を継承するキューバのフェスティヴァル、「ブラック・オーガスト」は、エリカ・バドゥ、ザ・ルーツ、モス・デフ、コモン、ファット・ジョーらを含む米国のアーティストたちとキューバやラテンアメリカのアーティストたちが参加し、国を越えたアーティスト同士の交流を目的にした、伝説的なイベントだった。その動きに触発され、2005年からラテンアメリカじゅうのアンダーグラウンド・ヒップホップのアーティストを集めた、サミット的フェスティヴァル、『クンブレ』がベネズエラで始動する。同国では前大統領のウーゴ・チャベス政権による、ゲットーでのヒップホップを媒介にした教育や社会活動が政策を行っており、クンブレもその一環だった。そして、ドミニカ共和国、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、チリ、プエルトリコなどラテンアメリカ全域に『ヒップホップ・レボルシオン(ヒップホップ革命)』と呼ばれる大きなムーヴメントが広がり、2010年ごろまで活発化していた。

元大統領チャベス政権のヒップホップ政策により生まれた、ベネズエラのオクマレ・デ・トゥイという村の少年たちによる、ヒップホップ・クルー、ムーチョクモの曲〈Nuestra Juramento(俺たちの誓い)〉。
ベネズエラでは、現大統領、ニコラス・マドゥロ政権への反体制デモが起こり、紛争状態と米系大手メディアは報道する。一刻も早く同国の混乱が治まることを願うばかりだが、そんな今でこそ、表向きに報道されていなかったチャベス政権の活動を伝えるこのビデオを紹介したい。

 そんなラテンアメリカ全域を巻き込んだムーヴメントの功績により、メッセージと高い音楽性を持つヒップホップ・アーティストが着実に増え、現在ではメジャーとアンダーグラウンドの垣根もなくなりつつある。
 プエルトリコのデュオ、カジェ13はヒップホップ、レゲトンを自在に操り、ポップ・シーンを股にかけるメジャー・アーティストの代表といえる。2013年末に発表されたミュージック・ビデオ、「Multi_Viral」は、ウイキ・リークスのジュリアン・アサンジとレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのギタリスト、トム・モレロがゲスト参加した曲であり、パレスチナのベレンを舞台に、ビデオ撮影が行われた。もちろん、そこには反キャピタリズムのメッセージが込められている。

カジェ13「Multi_Viral」。カジェ13の戦闘的ラップと、ジュリアン・アサンジの朗読、トム・モレロのロックギターが炸裂。

 メジャーに君臨しながらも、プエルトリコの米国からの独立のために活動し、大胆なメッセージを放つ彼らは、ラテンアメリカのみならず、世界中に刺激を与えている。

 また、英国のDJジャイルズ・ピーターソンは、かねてからキューバの首都ハバナのアーティストたちと組んだプロジェクト「ハバナ・クルトゥラ」の活動を2009年から継続しているが、そこには、ヒップホップ・グループのロス・アルデアーノスやドブレ・フィロのビートメイカー、エドガロ・プロドゥクトー・エン・ヘフェら硬派なアーティストたちが参加している。

エドガロ・プロドゥクトール・エン・ヘフェ「VIDA」

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グラミーにノミネートされただけでも、嬉しくて狂いそうだった。だっていままでに、ノミネートされたチリ人アーティストは私でふたり目だったし、決してメジャーではないチリの文化やヒップホップを世界に知らしめるための扉が開いたと思った。


Ana Tijoux (アナ・ティジュ)
Vengo(ベンゴ)

MUSIC CAMP

MUSIC CAMP

 ラテンアメリカのコンシャス・ラップが、もはやマニア向けなものではないことを示すのが、チリのMC、アナ・ティジュの活躍だ。
 ジャイルズ・ピーターソンのレーベル、ブラウンズウッド・レコーディングスのコンピレーション、『Brownswood Bubblers』にも曲が収録され、アルゼンチンの鬼才音楽家、グスターボ・サンタオラージャが率いるグループ、バホフォンド・タンゴ・クラブの『Supervielle』や、ウルグアイのシンガー・ソングライター、ホルヘ・ドレクスレールの最新作『Bailar en cueva』にも参加し、コロンビアを拠点とする英国人DJ、クアンティックとコラボレーションしたEP「Entre Rejas/Doo Wop(That Thing)」を発表するなど、さまざまなジャンルのアーティストからのラヴ・コールを受けている。

 米国グラミーのラテン・オルタナティヴ部門で、2作目『1977』(2011年)と3作目『ラ・バラ』(2012年)で、二度もノミネートされていることも、彼女が注目を集めるきっかけとなった。だが、アナは明らかに先進国の音楽界でトップになることをゴールとはしていない。

 筆者は2011年に、アナにインタヴューする機会を得たのだが、それは彼女のアルバム『1977』がグラミーにノミネートされたロサンゼルスでの授賞式直後だった。惜しくも受賞は逃したが、彼女にとって、それは重要な問題ではないというように、こう言った。

「グラミーにノミネートされただけでも、嬉しくて狂いそうだった。だっていままでに、ノミネートされたチリ人アーティストは私でふたり目だったし(2000年にロックバンド、ラ・レイが同部門でノミネート)、決してメジャーではないチリの文化やヒップホップを世界に知らしめるための扉が開いたと思った」

 グラミーで、アナがラップする機会を得たことには深い意味がある。というのも、米国の新自由主義に踊らされた、アウグスト・ピノチェトが1973年に起こしたチリの軍事クーデターにより、フランスに亡命した活動家の両親から1977年に生まれた女性こそが、アナ・ティジュだったからだ。アナの一家は、ピノチェト政権崩壊後の1993年に、チリへと戻った。発言や表現の自由を得た現地の若者たちのあいだで、産声をあげたヒップホップに、彼女は魅せられていった。
 だからこそ、米国の、世界中から注目される音楽の祭典で、彼女の抵抗のライムが響き渡ったことは、歴史的な出来事だったのである。

アナ・ティジュのアルバム『1977』に収録された同名曲。トム・ヨークがお気に入りとTwitterで発言して話題になった。

「私は母国で政治のために闘った両親の娘であることを誇りにしている。日々の会話のなかや、育て方にも彼らのポリシーが現れていた。私がヒップホップを選んだのは、言葉を書くことが大好きで、それをリズムに合わせることも、音楽そのものも好きだから。そして何よりも自分のメッセージを的確に表現できるから。私にとって音楽はセラピー、エネルギーであり、感覚、怒り、羞恥、喜び……つまり、すべての感情をひとつにするもの」

 アナ・ティジュの2作目の『ラ・バラ』は、ピノチェト政権末期の1990年3月にチリで公布された教育基本法により、教育の民営化が進み、学生や教員たちにとって不利な状態が続いていた状況を打開するため、2011年に学生運動が激化した頃に制作された。デモの参加者はのべ120万人以上。中心となるのは中高生を含む学生たちだ。
 同アルバムのシングル・カットされた曲、“ショック”は、不正を繰り返す権力者たちへの怒りと、世の中を変えようと立ち上がる者たちへの惜しみないリスペクトを込めた曲だ。それは、クーデターや大惨事といった衝撃に便乗し、復興や改革の裏に入り込む資本主義にメスを入れる、カナダのジャーナリスト、ナオミ・クラインの著書『ショック・ドクトリン』にインスパイアされ作られたという。“ショック”のプロモーション・ヴィデオは、実際に占拠されている学校で撮影され、主人公は、運動に参加している学生や関係者たちの姿だ。衛星テレビ局アルジャジーラでも、アナの勇気ある行動は大きく取り上げられ、“ショック”はチリの学生運動に欠かせないテーマ曲となった。

アナ・ティジュ 『ショック』のPV(日本語字幕付き)

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私のなかで、南とは北からの度重なる圧力に立ち向かう抵抗の力だと意識している。ラテンアメリカとアフリカの歴史は非常に似通った部分があり、それは音楽的にも交差している。アフリカはすべての母だと意識しているし、それを拒むのは、私たちの歴史を拒むことになる。

 そして、3月9日にリリースされた最新作の『ベンゴ』(「私はやってきた」の意味)は彼女の決意とともに出現したアルバムといえる。リリックは、グローバリズムやキャピタリズムに抵抗する姿勢を示しているのはもちろんだが、前作よりも、ルーツやコミュニティの大切さ、自治、環境問題や女性の人権についてを深く物語っている。
 まさに南からの声明ととれる同作について、アナ・ティジュが、メール・インタヴューに答えてくれた。

「アルバムタイトルとなった同名曲“ベンゴ”はその構想の段階からメロディもメッセージも、とても自然な形で生まれた。友人たちとの日々の会話のなかで、私たちのアイデンティティについて語ってきたことが原点となった。この曲は、アルバムの根幹について要約しているものだと思ったの」


Ana Tijoux (アナ・ティジュ)
Vengo(ベンゴ)

MUSIC CAMP

MUSIC CAMP

 アルバムのアートワークには、メキシコ革命の戦士やサパティスタ民族解放軍の乳飲み子を抱えた女性、チリを含む南米を拠点にする先住民族マプーチェの老女、そしてアナの子どもの頃と重なる少女の姿が描かれている。闘い続ける女性たちの姿が並んだ、素晴らしいイラストだ。

 「チリ人アーティストのパブロ・デ・フエンテが手がけた。最終的にこのイラストのコンセプトはほとんど彼が決めたものだけど、事前に私たちは人生やこのアルバムに収録された曲について語り合い、それを彼がイメージして描き上げた。だからこそすごく美しいものになったの」

 今作は、南のルーツを感じさせる音がふんだんに入っているのが特徴だ。アンデス地方のフォルクローレで使われるケーナやチャランゴのざわめきと、太いパーカッションの振動や、美しいクラシックやジャズの旋律と交わり、豊かなバンドサウンドとなっている。そこに載せられた鋭いライムが聴く者の心に突き刺さる。

「ラテンアメリカ由来の楽器を加えたのは、ずっと前から自身に問いかけてきたテーマからだった。私たちのルーツに回帰するためには、どうやって音楽で向き合えるのかを模索した結果だった。このプロジェクトに、かつて共演したことがなかった異なるジャンルの演奏家たちが参加し、経験を共有できた。そのプロセスは、実に豊かでパワーに満ちたものだった」

 学生運動が沈静化したように見えるチリの現況だが、先住民の土地利権問題などは根本的には解決していない。同国の状況について、アナはこのように語る。

「チリは現在欠陥を抱えた困難な状況にある。それは恒久的に信頼性を失ってしまった状態なの。いままでの不当な歴史で受けた、数々の深い傷口を広げたまま、なんとか確立している場所。政府が誠意を持った解決に向かって動いていないあいだに、この複雑な怒りを込めた私たちの隔たりは大きくなっていくいっぽう。ラテンアメリカは、自立のために絶え間ない闘いを繰り返し、非植民地化のために必死で生きている。私たちの微笑みを壊す、キャピタリズムの沈黙の支配を前にしながら」

 本作で、白眉といえるのが、ラテンアメリカとアフリカを意識したリリックが印象的な〈Somos Sur〉(「私たちは南」)だ。

「私のなかで、南とは北からの度重なる圧力に立ち向かう抵抗の力だと意識している。ラテンアメリカとアフリカの歴史は非常に似通った部分があり、それは音楽的にも交差している。アフリカはすべての母だと意識しているし、それを拒むのは、私たちの歴史を拒むことになる」
 さらに、同曲に参加する、パレスチナの血を引く、英国人MC、シャディア・マンスールの畳み掛けるようなラップに圧倒される。シャデイアはアラブ圏初の女性MCとして知られている。
 「シャディアのラップを聴いたときに、強烈な印象を受けた。彼女の力強い言葉のなかに、絶え間ない熟考を読み取った。私は彼女と何かやらなければいけないと心に誓った。私たちは以前から交流はなかったものの、最初にコンタクトをとったときから、瞬発的に理解しあうことができた。私たちの世界へ向ける目線は同じであり、彼女は素晴らしい音楽家である以上に、人生の同志であると感じる」

 言葉と音をしっかりと握りしめ、地上にやってきたアナ・ティジュ。彼女の南からの視線は、きっと日本のリスナーの心を打つだろう。

「このアルバムに命を吹き込むため、共有するために、招いてくれるところにはどこへでも行きたい。日本でも『ベンゴ』が発売されたことに感謝している。私の友人たちでもある米国のヒップホップのアーティストたちは、日本でツアーしたこともあるんだけれど、リスナーが真摯で、ブラック・ミュージックやヒップホップ文化の背景にも理解があるって感動してたの。心からあなたたちの大地を訪れたいし、あなたたちの文化を知りたい。そして音楽と言葉によってもっと近づきたい」

Méta Méta - ele-king

 先日、アンビエント・ミュージックの作家で知られる畠山地平氏と、紙エレキング最新号のフットボール特集のためブラジルW杯について語り合った(特集には、尊敬する今福龍太氏の原稿、ブレイディ家のW杯座談会も掲載されている)。
 この1〜2年、〈スペック〉からのオピトープや自身のレーベル〈White Paddy Mountain〉が話題となっている畠山氏だが、そのキャリアは長く、2006年にシカゴの名門〈クランキー〉からデビュー・アルバムを出して以来、国内外のレーベルからコンスタントに作品を出し続けている。サンバを踊るわけでもなければ、DJをするわけでもなく、オアシスローゼズを熱唱するわけでもない氏は、ミニマル/アンビエントと呼べる作品を発表しながら、ボールを足であつかうこのゲームを愛しているのだ。
 僕は、フットボールといえば南米スタイル、ことブラジルのスタイルを崇拝している。速い人よりも、大きい人よりも、高く飛べる人よりも、足元がうまい人、フェイントがうまい人を尊敬している。プレミアに代表される、スピーディーでガチンコな現代プロ・フットボールの世界から取り残されているのだ。
 ……というような話を畠山氏と延々としたのだが、ふと思えば、今日ブラジル音楽というコーナーがCDショップにあるとしたらその多くはボサノヴァやら過去の遺産に占められている。ロックのコーナーでも何でもそうなのだが、僕自身もいまだにジーコ、ソクラテス、ファルカン、セレーゾの時代のブラジルから逃れられていないようにも思える。正直、いま現在のブラジル代表についてはよくわかっていないし、ネイマールにロナウジーニョほど熱狂できない自分がいることも知っている。ノスタルジーという病にかかっているのだろうか……そうかもしれない……(時代は変わった。日本代表から静岡人がいなくなり、長谷川健太がG大阪で指揮をとり、セレソンは俊足になった)。

 ブラジルのユース・カルチャーはいまどこで聴ける? 僕は、2010年の『Oi! A Nova Musica Brasileira!』というサンパウロの若い世代のバンドを集めたコンピレーションを聴いた。CDケースには「あなたはここに、ブラジルのソニック・ユースやクラフトワークを見つけるでしょう」などと記されたステッカーが貼ってある。
 その2枚組のなかにはルーカス・サンタナの曲も入っている。彼の音楽は、かつてコパカバーナで大学生が歌ったボサノヴァとは別の、世界中の情報が身近になった今世紀特有の混ざり方をしている。手法的には、今日の都市の若者ならではの折衷主義だが(たとえばUKならダブとUSアーバン・ミュージックを混ぜたりするところを、彼らはサンバ・ルーツと北半球の目新しい音楽を混合する。90年代末にもDJマーキーがいたよね)、しかしブラジル人の歌には、そのアクセントには、リズムには、ポルトガル語だろうと英語だろうと、独特の訛り、響き、うねりがあって、それはきっと永遠なのだと思わせる。ネイマールのなかにもペレは生きているはずだ。どこまでもひらべったい、フラッターなポストモダンを生きようと、失われないものがある。

 ルーカス・サンタナを出したレーベルの〈Mais Um Discos〉は、昨年、『Daora: Underground Sounds of Urban Brasil-Hip-Hop』なる興味深い題名の、ブラジル・ヒップホップのコンピレーションを出している。コンパイラーはザ・ルーツやプリンス・ポールとも共演経験があり、〈ニンジャ・チューン〉とも繋がりのあるというロドリゴ・ブランドンなる人物で、僕は未聴だが、このアルバムの最後に登場するるのが、メタ・メタである。本作『メタル・メタル』は彼らにとって最初のアルバムだ。

 これはもちろんへヴィメタルの作品ではない。メタ・メタは、歌手、サックス奏者、ギター奏者の3人組で、先日来日したトニー・アレンが参加しているくらいだから、アフロ・ラテンのリズムを意識している。ジャズといえばジャズだが、パンク・ジャズで、曲によってはラウンジ・リザーズ(ジョン・ルーリー、アート・リンゼーのギターで知られる80年代NYのジャズ・バンド)を思い出さずにはいられない。決してうるさくはないが、破壊的な演奏がときに突き刺さる。無調(フリー)な演奏も挿入される。サン・ラやザ・ストゥージズが好きで、またバンドはブレイディみかこさん推しのUKのポストパンク・ジャズ・バンド、メルト・ユアセルフ・ダウンへの共感を表明している。躍動感は高まり、情熱はほとばしる。衝動的でもなく、無闇にわめいたりもしないが、熱い演奏だ。そして、歪んでいても華麗だ。
 この美しいカオスに、現在のブラジルの社会状況がどこまで関わっているのかはわからない。が、無関係とは思えない。何か強い気持ちを感じるし、音楽的には、影響を受けたあらゆるもの──トン・ゼーからソニック・ユースまでもが吸収されている。が、こうしてどんなに混ざろうとも、彼らの音楽からブラジルらしさが失われることはない。高度な演奏技術を持っているギターは、まるで最高潮のセレソンを見ているようだ。ギターもサックスも、アフロサンバ/アフロビートと一体となって時空を駆け抜ける。そして僕は、休日の小学校の校庭で肩リフティングしている少年と会う。ブラジルW杯の僕のサウンドトラックは決まった。

弓J (S) - ele-king

サディスティックでキレキレなものからディープハウス寄りな漂えるものまで、テクノ、ハウスと混ぜてかけれるベース周辺を10曲。

3/29(土)はKABUTOくんをゲストに「S」を開催します。ぜひ!

女3人がテクノ、ハウス、ベースで攻める「S」@KOARAを不定期開催でオーガナイズ。
次回は3/29(sat)開催。ゲストはKABUTO(CABARET/LAIR)。

偶数月第1水曜「Radical Simplicity」@Bar Jam、偶数月第3火曜「SUPER DRY!」@KOARA、にレギュラー参加。
その他、都内各所にて活動中。

twitter | S blog

S的ベース周辺 10選 (2014.3.9)


1
Objekt - Fishbone - Objekt

2
Second Storey - Still Seas/Just Mortal - Houndstooth

3
Bass Clef - Stenaline Metranil Solar Flare - Punch Drunk

4
Pasteman & Tanka - Torino - 877 Records

5
Nubian Mindz - Only Lover - Teng

6
H-Sik - Sonic Rage - Black Acre

7
Jam City - Worst Illusion - Night Slugs

8
Jack Dixon & Rick Grant - Muted - Man Make Music

9
Aardvarck - Brawa - Skudge

10
Kloke - To The Rescue - Granholme

GET ACTION - ele-king

 ちょっと自分の話をする。
 ぼくは1975年生まれで、89年ごろにバンドブームの直撃を受けて音楽に興味を持った。ブームが去るのは早かった。坪内祐三『昭和の子供だ、君たちも』によれば90年3月までだったそうだ。ブームを支えた高校生たちが卒業すると同時にブームも終了したということで、ぼくが高校に上がるころにはもう終わっちゃっていたということである。
 ブルーハーツ(当時)の真島昌利は92年リリースのソロ・アルバム『Raw Life』発売時に「バンドブームが終わって、けっきょく日本はチャゲアスじゃねえか!」と発言している。よく言われることだが、あれは「バンドブーム」であって「ロックブーム」ではなかったのだ(功罪あって、収穫も多かったとは思いますが)。
 それでも自分はブームが去ってからもしつこくロックを聴きつづけ、とくにボアダムス界隈とパンク~ハードコアに夢中になる。なんといっても90年代のパンク・シーンはすごく盛り上がっていた。
 ぼくが大学時代に初めて結成したバンド(少年ナイフのコピーバンドでした・笑)のギタリスト(「T君」としておこう)とはもともとラモーンズやジョニー・サンダースが好きということで意気投合したのだが、その後はけっこう違う方向に進み、ぼくはノイズとかファストコア/パワーヴァイオレンスにどっぷりハマり、T君はガレージやパワーポップのほうに行ったのだった。そんな彼に教えてもらったバンドのひとつが、この映画で取り上げられたティーンジェネレイトだったのである。
 静岡出身のレコード・マニア、Finkが兄のFifiとともに結成したのが前身バンド、アメリカン・ソウル・スパイダーズ(ASS)。映画は兄弟が故郷を訪ねるところからはじまる。ひょっとしたらここに出てくるレコード屋やライヴハウスには野田編集長も通っていたのかな、とか、なんて思いながら観るのも楽しいかと。
 ストゥージズ~MC5的なガレージ・ハードロックを演奏するASSは、バンドブームの日本には居場所がなく、最初から海外のレーベルにデモテープを送り海外に演奏の場を求めていく。バンドブームとそのあとの空洞化したシーンにあって、90年代には続々と海外に活動の場を求めるバンドが増えていくのだが(ゼニゲバとかメルト・バナナとか)、なかでも彼らは周囲に先駆けていた部類だと思う。
 ヴォーカリストが活動拠点をアメリカに移すためにASSを脱退、バンドはそのままFinkがヴォーカルとなってTeengenerateと名前を変えるとともに、音楽性もよりシンプルなロックンロールへと変更。映画の中では「あんまり練習しなくてもいいような音楽」なんていう表現がされている。
 基本的にはパンク・バンドにカテゴライズされることの多い彼らだが、50年代のロカビリー、60年代ガレージ~プロト・パンク、ブリティッシュ・ビート~モッズ、NYパンクに77パンク等々と続くロックンロールの歴史すべてを取り込んだその音楽は、〈Crypt Records〉の名コンピ『Back From the Grave』シリーズなどに端を発するロウファイ(サンフランシスコ周辺などの奇天烈なバンド群を指すケースもあるが、この場合はガレージ・パンク系)のムーヴメントとも時を同じくし、世界的な評価を得てバンドの大躍進がはじまるのである。
 以後、映画のキャッチコピーにもあるように結成からわずか3年のあいだに「年間海外ツアーおよそ80本、総制作楽曲73曲、世界10か国から音源発売」――解散までのバンドの勢いはおそらく本人たちにもよくわからぬまま駆け抜けたという感じだろう。
 そして本作にも登場するThe5678'sやJackie & The Cedrics、ギターウルフ、Supersnazzといったバンドたちもけっして後を追ったというわけではなく、それぞれ独自に海外で熱い支持を得ており、それが逆輸入されるような形で国内のシーンも盛り上がっていくことになる。規模は小さかったかもしれないが、その熱さは「DOLL」の誌面などから傍目にも伝わっていた。
 結局バンドは93年から95年末までという非常に短い期間で突然の解散を迎える。「そんなに短かったんだ」という感じもするが、あの頃はいまと密度が違ったというか、1年がもっと長かったような気がする(自分が暇な大学生だったからかもしれないが)。ちなみに解散間際のライヴ映像には、最前列かぶりつきで盛り上がっているT君が映り込んでいて感慨深いものがありました。

 今回の映画を監督したのは映画館〈シアターN〉の支配人として数多くのロック・ドキュメンタリーを世に出してきた人物であり、さすがにツボをおさえた王道のドキュメンタリーに仕上がっている(もちろんバンドへの強烈な愛とリスペクトあってのものだ)。
 よくもまあこんな映像が残っていたな、というライヴ映像の数々はもちろんどれも超かっこいいのだけれど、やはり中心となるのはFinkとFifiの兄弟をはじめ、元メンバーたちのコメント。とくにベースのSammyのいい意味でくだけた発言の数々には試写室でも笑いが起きていた。
 そして周辺人物たちの人選もツボを押さえている。個人的にとくに重要だと思うのは、当時おそらく日本で唯一このシーンをしっかりと伝えていたライターの関口弘(少なくとも紙メディアでは、氏が「DOLL」や「クロスビート」に寄稿していたレビューがほぼ唯一の情報源だったんじゃなかろうか)。ギターウルフをはじめ、先述したような同時代・同シーンのバンドマンたち、それに個人的には高円寺のレコード店BASEの飯島氏がアメリカで目撃したエピソードがものすごくぐっときたので実際に観てみてください。ぼくはあそこでちょっと泣きました。

90年代半ばというインターネット普及前、レコード店が現場でありメディアだった時代である。ガレージもハードコアも毎週のように面白い7インチ・シングルがたくさんリリースされていて、お店に通うのがすごく楽しかったのだ。おかげでいまでもぼくは7インチというメディアがいちばん好きですね。というか実際いまでもレコード屋は現場でありメディアなのだけど、忘れられがちだ。
そして「90年代中盤のライヴハウスのおもしろさ」というのは個人的にも大事なテーマなのだが、その感じをすごくよく伝えるドキュメンタリーである。もっと大事なのは、ティーンジェネレイトはすでになくとも、Fifi率いるFirestarter、Fink率いるRaydiosという最高のロックンロール・バンドが健在だということ。ロックンロールというのは50年代から、ときにレッテルを貼りかえられながら連綿と続いているのである。

3/15(土)~3/28(金) 新宿シネマカリテにて連日21:00より
2週間限定レイトショー!

Photo by Masao Nakagami (TARGET EARTH)

幻のロック・バンド“TEEN GENERATE”のドキュメンタリー映画が2014年3月、公開! なんと監督は日本でもっとも多くのロック映画を上映しつつも2012年に閉館となった映画館、〈シアターN渋谷〉の元支配人・近藤順也さん。本当にかっこいい音楽を知ってもらいたいという思いだけで作られた映画『GET ACTION!!』が、今週末より〈新宿シネマカリテ〉にて限定レイトショー!

公式サイト https://www.get-action.net/

■映画『GET ACTION!!』公開記念イベントin新宿シネマカリテ
☆3/15(土) 初日舞台挨拶
ゲスト:Fink、Fifi、(以上TEENGENERATE)、近藤監督
☆3/18(火)「あの頃僕らは最前列にいた!」
ゲスト:TSUNEGLAM SAM(YOUNG PARISIAN)、近藤監督
☆3/21(金)「音楽ドキュメンタリーはどこへ行く!?」
ゲスト:樋口泰人(映画評論家、boid主宰)、川口潤(映像作家)、近藤監督
☆3/22(土)「90年代初めのUSツアーってこんな感じでした!」
ゲスト:TOMOKO(SUPERSNAZZ)、Fifi、近藤監督
☆3/27(木)「間もなく公開終了! ズバッと総括!」
ゲスト:Fifi、近藤監督

さらに、クロアチアで世界最速上映決定!
本作の公開発表と同時に欧米の様々な国から上映への問い合わせがあり、中でも最も早い問い合わせがあったのが、何とクロアチア! サッカー以外に馴染みの薄い国ではありますが、今年で8回目を迎える“FILM FESTIVAL DORF”から熱心な誘いを受けました。聞くところによるとプログラム・ディレクターが94年のヨーロッパ・ツアーでスロヴェニアにて彼らのライヴを観ているというTEENGENERATEの大ファン! 上映は現地時間3/8(土)の17:00~ということで世界最速上映となりました! 世界で最初の上映がクロアチアというのもTEENGENERATEらしいエピソードではないでしょうか!?

Sima Kim (Umor-Rex / Blwbck) - ele-king

韓国を拠点に活動するプロデューサー/音楽家。大学で音楽学を学び、2011年から音楽制作を開始。mu-nestからリリースされたコンピレーションアルバムでデビュー、以降はrural colours、umor-rex、ginjoha, soft corridor recordsと数多くのレーベルから作品をリリース。2012年には東京で初めてライブパフォーマンスを行う。これまでpost-classical, ambient, droneなどに影響を受けた楽曲を発表していたが、フランスのレーベルBLWBCKからリリースした最新EP『Ur Silhouette』は浮遊感のあるダークなシンセにボーカルやトラップなどの最新のビートを取り入れた意欲的な作品として注目を浴びる。今後、本国のみならず世界中での活躍が期待されるアーティストだ。
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Current Top 10


1
Kurtag / Jelek / ECM

2
芦川聡 / Still Park Piano Solo / Sound Process

3
Henri Dutilleux / Au Gre Des Ondes / ECM

4
Flying Lotus / Such A Square / self-release

5
Ametsub / Vestige For Wind Day / Nothings66

6
Balam Acab / Welcome / Tri Angle

7
Canooooopy / 骨蒔く真鍮馬 [boneprints of brasshorses] / Virgin Babylon

8
メトロノリ / 水面 / selfーrelease

9
Eadonmm / Mirage / Day Trippers Records

10
The Salovers / Sad Girl / TAIYO

カタコト - ele-king

 カタコトって何者? 快速東京のメンバーがいるとかいないとか?
 YANOSHITの言葉を借りれば「♪カタコトのカは快調~/カタコトのタは体調/カタコトのコは好調~/カタコトのトはトウチョウ~?」(“Man In Da Mirror”)とのことで、あるいは『bounce』誌のインタヴューによれば「カタコトっていうのは概念なんですよね。いわば宗教……ですよね」(MARUCOM)とのこと。ううん? まあ彼らがそう言うのであればそういうことなのだろう……。

 とにかく。カタコト、超待望のファースト・アルバムである『HISTORY OF K.T.』をプレイすれば、このヤングでギャングなボーイズが何者かなんてことはどうでもよくなってしまう。『HISTORY OF K.T.』はとんでもなくゴキゲンでグルーヴィで──もっとも重要なことに、底抜けに楽天的だ。
 だってこのご時世に「♪安心なのさ/安心なのさ/安心なのさ/安心なのさ~」(“からあげのうた”)なんてだれが歌えるのだろう(とはいえもちろん「こんなループに乗せて歌う日本の平和な音楽」というアイロニカルな一節は無視すべきではない)? ふざけたおしすぎて意味不明で笑かしてくれる謎のブックレットやスキットにはいったいどんな意味が? ……つまり、カタコトにしか表現できないへんてこな抜けの良さ=大衆性が、アルバムにはぎゅうぎゅうに詰まっている。
 元気の良さとふざけっぷりはティーンだった頃のオッド・フューチャーの悪ガキどもと同じくらいだ。でもカタコトは露悪的な猟奇趣味じゃない。というよりは、橋元さんが書いているように(https://www.ele-king.net/review/live/003305/)「コミカルな妖怪たち」あるいはオバケみたいな「はっきりした正体不明さ」でもって肯定的な開放感をめいっぱい呼び込んでいる。

 “Man In Da Mirror”にはビースティ・ボーイズとB級ホラー映画が、VIDEOTAPEMUSICを迎えた“リュックサックパワーズ”にはローファイと裏山の冒険が、“G.C.P”にはファンクとパンクが、“魔力”にはサイケデリックと超能力が、“からあげのうた”には童謡が、“Starship Troopers”にはアシッド・フォークと昆虫採集が、“ピアノ教室の悪魔”には学校の怪談とゲームボーイがそれぞれひしめきあっている。そして、どの曲にも映画と食べ物とヒップホップへの愛が詰まっている。それは、何かの間違いでそういったものをぜんぶ洗濯機に投げ込んで回してしまって、ぐっちゃぐちゃのかっちかちのぴっかぴかの一塊の何かとして取り出されたような、ストレンジで強引なラップ・ロックとして形成されている。

 もちろん僕らをそわそわさせるあの名曲“まだ夏じゃない”も、ゴキゲンでキュートなお宝探し冒険譚“Gooonys”もパワーアップして再録されている。とくに“Gooonys”は最高だ。カタコトというバンドをよく表している。
 YANOSHITはここで「心が未だにTeen-age/もしかしたらと思った大人が大冒険」なんてヴァースをぶちかましていて、RESQUE-Dのフックは「鎖繋がれてるモンスター」「悪餓鬼6人集めて映画にすれば大人が感動する」といった具合だが、果たしてカタコトはティーネイジャーの心を持った大人なのか、それとも「悪餓鬼」なのか、はたまた鎖に繋がれた「モンスター」なのか? もしも「モンスター」だったとしたら大変だ。いまに鎖をぶっちぎって僕らに襲いかかってくるかもしれない……。

 『HISTORY OF K.T.』は愉快痛快な一撃だ。スチャダラパーとRIP SLYMEの王座を奪うのは、もしかしてカタコトなんじゃないの? そんなことまで想像させるだけのポップネスとユーモアがきらきらと炸裂している。

“玉之丞ウィンク”に気をつけろ! - ele-king

劇場版も絶賛公開中。ドラマ『猫侍』に惚れ込んだ岡田屋鉄蔵が、“浪人斑目久太郎(北村一輝)”と“怪猫玉之丞”を活写する! 猫好きの目と筆は本作をどうとらえるのか。そして、この北村一輝が……すごい!

岡田屋鉄蔵
2007年「タンゴの男」(宙出版)でデビュー。2010年奇譚時代劇『千』(白泉社)発表後、時代劇ジャンルに活動の場を広げる。2011年、歌川国芳一門を題材にした『ひらひら国芳一門浮世譚』(太田出版)を発表、文化庁メディア芸術祭推薦作品に選出され評判を得る。現在『口入屋兇次』(集英社)『無尽-伊庭八郎伝』(少年画報社)『むつのはな』(太田出版)を同時連載中

 幕末の江戸、主人公である元加賀藩剣術指南役斑目久太郎は、剣の道をひたすら追い求め、その凄まじい太刀筋から「まだら鬼」の異名を取る剣豪であった。ゆえあって役を解かれ、いまは浪人となり江戸で仕官先を探す毎日。しかし戦国時代ならいざ知らず、泰平の世にあって剣の腕だけで雇い入れる藩もなく。ツテもコネもない上に愛想笑いの一つもできない愚直で無骨ですこぶる強面な斑目久太郎。必死の就職活動も空しく、気づけば絵に描いたような貧乏浪人に。内職でもして当座をしのげばよいものの元剣術指南役のプライドが邪魔をする。まるでリストラされた潰しの利かないサラリーマン。ああ生きるのに不器用な男の悲哀はいつの世でも変わらない。

 さて、斑目は困っていた。半年溜めた家賃を今月中に払わなければ長屋を出て行ってもらうと大家から宣告されていたのだ。いよいよ住む家すら無くなる危機に。無宿人となっては洒落にならん、なんとか金を調達しなければと焦る斑目。そこへ奇妙な依頼が舞い込む。依頼人は大店の番頭佐吉と名乗る男。店の主人与左衛門が玉之丞と言う魔性の猫に取り付かれ魂を抜き取られている、主人を助けるためにこの猫を成敗してほしいと言うのだ。猫を斬るなど侍のやることではないと断る斑目に、相手は化猫、ただの猫にあらず、立派な侍の仕事だと佐吉は必死に食い下がる。尋常ではない佐吉の様子、加えて報酬は金三両。気乗りはしないが金のためと斑目は化猫退治を引き受ける。佐吉の手引きで深夜の大店に忍び込み、化猫玉之丞の部屋へと向かう。豪奢な部屋の真ん中に絹の座布団で鎮座まします玉之丞、後ろからエイと斬り込むその瞬間、玉之丞が振り向いた。

 大きく愛らしい目が斑目を捉え、鈴のように軽やかにニャーンと一声。
 斑目の動きが止まる。

©岡田屋鉄蔵

 ……というところまでをYoutubeの予告動画で観た。昨今珍しい娯楽時代劇。加えて北村一輝の浪人姿。とどめは主演の玉之丞。これは観なければならんドラマだ、とゴーストが囁いた。直感とも言う。第六感か。何でもいい。ともかく時代劇&猫好きのアンテナにビンビンと引っ掛かったのだ。だがまだ油断はならない。「萌え」とか言うてるしな。猫が歩く度に「ぷきゅっぷきゅっ」とか妙な効果音ついたりしないとも限らん。甲高い声で人語喋るやも知れん。おまけに語尾が「~にゃん」だったりしたら目も当てられん。正直わたしはその手の動物ドラマが苦手なのだ。とくに猫はいかん。猫は猫のままでいい。愛らしさを強調する必要などないのだ。すでに完璧なものに何かを足すのは蛇足というものだ。猫の考えていることなど人にゃ分からんし分からなくていいのだ。妙な効果で可愛いアピールされたらいっそ白ける。どうかそれだけは止めてくれ。重度の猫好きなら誰もが思うであろうが普通の人にはどうでもいい期待と不安を抱いて第一話放映を待った。

 放映初日、まずオープニングで「おお!」と思った。格好いい。歌詞の土臭さ、そしてイントロに使われているズルナ(なのだろうか?)の独特な響きが、現代的でありながら地に足のついた演出を感じさせ時代劇とうまく噛み合っている。これぞ娯楽時代劇! という感じだ。そして途中途中で挟まれる玉之丞&斑目画像の犯罪的な愛らしさ。この時点で床を転げまわった。期待が高まる。高まり、高まって、そのままエンディングまで一気に視聴。そして確信した。これは猫好きによる猫好きのためのドラマだ。

©岡田屋鉄蔵

 懸念材料だったアテレコも効果音もなく、画面の玉之丞は気侭にフリーダム。自然体でありながらどのシーンもこれでもかと猫好きのツボを突いてくる。昔、サーカスの調教師から猫を調教するのは相当難しいと聞いたことがある。とすると、さらっと流しているあのカットもこのカットも現場の努力と忍耐のたまものか。特筆したいのはオープニングと第2話に出てくる玉之丞ウィンク。抱き上げた斑目と目があった時に玉之丞がゆっくりとウィンクするこのカット。一体どうやって撮ったのか。奇跡としか言いようがない。画面の前で魂を抜かれ与左衛門化した視聴者はわたしだけではないはずだ。たまらぬ。

 全話を通して、猫飼いなら頷かずにはいられない猫あるある満載なのも制作側の猫愛を感じ「分かってらっしゃる…!」と言わざるを得ない。布団で小便、留守中の悪戯、蚤の洗礼、口に合わなければ腹ペコでも食わないグルメ舌……などなど、斑目が玉之丞に翻弄される姿にいちいち「あるある」と頬が緩む。ちなみに玉之丞は三猫一役で撮っているそうで、あなご(メイン、くりくりの大きなブルー・グリーンの瞳)、さくら(鼻筋が通ったゴールドの瞳)、大人さくら(最年長、動じない貫禄演技とまろやかボディ)がそれぞれ場面にあった役をこなしているとか。どの場面がどの猫なのかを当てるという楽しみ方もできる。

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 さて、ココまで書いて猫語りしかしていないことに気づいた。内容についても触れておこう。コメディベースではあるが、コメディだからという甘えはなく至極真面目に作られた作品だ。何より制作側の熱意と情熱を感じさせ観ていてわくわくする。「萌え」が売りの作品は少しでも制作側の「こういうの好きなんだろ? ほらヨ」的な傲慢さが見えると萎えてしまうのだが、猫侍は最後まで楽しめた。面白いものを作ろう、楽しませようという制作側の熱気と遊び心が、オープニング、エンディング、予告、アイキャッチにいたるまで行き渡っている。

 時折差し込まれる現代的要素や横文字は計算されたギャグなので素直にクスリと笑えるし、そもそも娯楽時代劇に「時代考証ガー」などと突っ込みを入れるのは野暮というもの。視聴者に斑目の心の声が聞こえるという手法は漫画的だが嫌いではない。時代劇では珍しいので最初は驚いたが慣れると斑目の意外と怖がりで俗っぽい心の声が楽しくなる。同時に、元剣術指南役の凄腕剣豪という遠い存在が、「うちの駄目なお父さん」くらい身近な存在になりぐっと感情移入しやすくなるのだ。悪を裁く闇のヒーローがいるでもなく、将軍のご落胤が暴れるわけでも陰謀渦巻くわけでもなく、極悪人も聖人君子も出てこない。登場するキャラクターは誰もが人間的で当たり前で、地に足がついている。「基本的にみな根はいい奴」というファンタジーを嫌味なく描いているのは素晴らしいと思う。最終的にはどのキャラクターも嫌いになれないのだ。斑目を執拗に狙う水責めの政や、仕官の道を故意に閉ざしたかつてのライバル内藤勘兵衛、さらには不良武士蜂谷孫三郎ですら、最後はなんだか憎めない。トラブルを巻き起こした番頭佐吉も気持ち悪い男だな……だったのが「お前、しっかり幸せになれよ!」とエールを送りたい相手になっている(ところでこの佐吉役水澤紳吾の演技がべらぼうに上手い、視聴時にはぜひ注目していただきたい。最終3話はその迫真の演技にぐいぐい引き込まれるだろう)。

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 気侭な玉之丞と生活するうちに、武士として父として男して「あらねば」「あるべきだ」にがんじがらめだった斑目が、憑き物が落ちたようにホッと肩の力を抜けるようになった。観る人にも同じように心地よい脱力と爽やかな癒しを与えてくれる、それが猫侍ワールドだ。1話20分程度という長さもいい。現代社会の荒波を泳ぎ疲れた夜はちょっとだけ夜更かしして猫侍の世界に癒されてみてはどうだろう。第1話で嵌った人はその週末は空けておくといいかもしれない。我慢できず全話一気視聴からのリピート再生ルートをたどると思われる。

©岡田屋鉄蔵

 放映終了からペットロスならぬ玉之丞ロスに悩まされた人にとっては、待ちに待ったDVD発売。(BDが出なかったのが返す返すも残念だがDVDの売り上げ次第ではまだ出るチャンスが残っていると信じている)玉之丞関連書籍も続々発売。猫好きならば手に入れて損はない。いますぐ本屋へGOだ。そして今月ついに劇場版も公開された。ドラマ版に負けない素晴らしいキャスト、音楽、そして大画面の玉之丞&斑目! 萌えるもよし、癒されるもよし。こちらもリピート間違いないので手前の懐が少々不安だが気にしない!


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猫侍

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劇場版も現在公開中

全国15局ネット、BSフジ、ひかりTV、スターキャットなどで放送中の、猫好き、動物好きの枠を超えて評判を呼んでいる連続ドラマ『猫侍』が、全編撮り下ろしのオリジナル・ストーリーで映画化。絶賛公開中だ。
主演は、たしかな演技力と強烈な個性を併せ持つ実力派・北村一輝。映画版オリジナルのキャストとしてヒロインに蓮佛美沙子、敵役に寺脇康文を配し、〈EDO WONDERLAND日光江戸村〉の全面協力によりリアリティ溢れる日本最大級の江戸の街並みの中で全編を撮影。『ねこタクシー』『幼獣マメシバ』『くろねこルーシー』の製作チームが“笑い”と“癒し”で贈る剣客ムービー。

公式サイト 
https://nekozamurai.info/


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