「K A R Y Y N」と一致するもの

Tony Allen × Jeff Mills - ele-king

 これは事件です。2016年の末、パリのジャズ・クラブにて共演を果たしたトニー・アレンとジェフ・ミルズの両巨頭ですが、その奇蹟のようなコラボがついにレコードへと結実。9月28日に10インチとしてリリースされます。しかも、レーベルは〈ブルー・ノート〉。このデトロイト・テクノの伝説とアフロビートの伝説との邂逅を逃す手はありません。先行公開されている収録曲“The Seed”を聴きながら、首を長くして待ちましょう。

artist: Tony Allen & Jeff Mills
title: Tomorrow Comes The Harvest
label: Blue Note
format: 10"
release: September 28th
EAN / JAN: 0602567786306

[tracklist]
A1. Locked And Loaded
A2. Altitudes
B1. On The Run
B2. The Seed

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disk union
HMV

Ali Shaheed Muhammad & Adrian Younge - ele-king

 おそらくウィルソン・ピケットの楽曲を由来とするのであろう『ザ・ミッドナイト・アワー』というアルバム。真夜中のソウルという言葉が実にふさわしいこのアルバムは、ア・トライブ・コールド・クエストのDJ/プロデューサーのアリ・シャヒード・ムハマドと、マルチ・ミュージシャンでプロデューサーのエイドリアン・ヤングのプロジェクトによるものだ。アリとエイドリアンの共演は、エイドリアンのプロデュースするソウルズ・オブ・ミスチーフのアルバム『ゼア・イズ・オンリー・ナウ』(2014年)にアリがフィーチャーされたことがきっかけで、その後TVドラマのサントラとなる『ルーク・ケイジ』(2016年)も共同制作している。その頃より『ザ・ミッドナイト・アワー』の制作は開始され、当初は2016年末頃にはリリース予定だったが、ここにようやく発表された。

 DJで熱心なレコード・ディガーであり、また法律の博士号も持つエイドリアンは、奥方と一緒にロサンゼルスでレコード・ショップ兼ジュエリー・ショップを経営し、また〈リニア・ラブズ〉というレーベルも運営している。もともとDJ/トラックメイカーだが、ヒップホップなどの元ネタから古いレコードをコレクトするようになり、そこからさらに楽器演奏を独学で学んでいった。1968年から1973年までを音楽の黄金時代ととらえ、その時期のソウル、ファンク、ジャズ、リズム・アンド・ブルース、ロックなどが好みという。当時のアナログな楽器や録音機材が生み出す温もりや奥行きのあるサウンドに魅入られ、自身で作品を作るときもそうした機材を導入するという凝りようだ。こうしたエイドリアンのこだわりにシンパシーを感じるアーティストは多く、これまでにアリやソウルズ・オブ・ミスチーフはじめ、デルフォニックス、ゴーストフェイス・キラー、ビラル、RZA、バスタ・ライムズ、スヌープ・ドッグ、ケンドリック・ラマーなどと作品制作、コラボ、共演している。ハモンド・オルガン、ミニ・モーグ、フェンダー・ローズなど鍵盤類から、サックス、ベース、ギターまで操る彼は、ヴェニス・ドーンというバンドも率いて『サムシング・アバウト・エイプリル』(2011年)、その第2集(2016年)もリリースしている。ヒップホップ方面との交流が深いエイドリアンだが、この第2集にはステレオラブのレティシア・サディエールをフィーチャーし、幅広い交友関係も見せている。そのレティシアと共演した“メモリーズ・オブ・ウォー”では、サントラのようにジャジーでシネマティックな曲作りも見せていたが、エイドリアンにとってサントラというのも重要なキーワードのひとつである。前述の『ルーク・ケイジ』ほか、デビュー作の『ブラック・ダイナマイト』(2009年)もブラックスプロイテーション映画のサントラだった。また、『サムシング・アバウト・エイプリル』も架空のサントラという設定で、ゴーストフェイス・キラーなどとのコラボ作にもそうした雰囲気が持ち込まれている。アイザック・ヘイズからモリコーネのサントラに影響を受け、ムーディーな音作りを好むというところも、彼のレコード・マニアたるゆえんだろう。

 『ザ・ミッドナイト・アワー』のプロジェクトに関して、エイドリアンはサンプリングなどをせず、全て楽器演奏だけで作ってみようと提案したそうだ。アリはソウルズ・オブ・ミスチーフの『ゼア・イズ・オンリー・ナウ』のリミックス・アルバムを手掛け、そのときは全ての楽曲を生演奏のみで作り変えた。アリにとって初めての楽器演奏によるアルバムとなったが、それが自信となって『ザ・ミッドナイト・アワー』の制作へと繋がっていったのである。ATCQが実際にサンプリング・ネタにしてもおかしくないようなアルバム、というのが念頭にあったそうだ。全部で20曲収録というたいへんヴォリュームのあるアルバムで、演奏はエイドリアンとアリのほか、ヴェニス・ドーンのメンバーらが参加している。従ってエイドリアン・ヤング、及びヴェニス・ドーンのアルバムの延長線上に位置する作品と言えるだろう。ゲスト・アーティストもエイドリアンやアリに関連する人が多く、ビラルやレティシア・サディエールに始まり、シーロー、ラファエル・サディーク、マーシャ・アンブロージアス、クエストラヴ、ジェイムズ・ポイザー、キーヨン・ハロルドらが参加。“ソー・アメイジング”にはルーサー・ヴァンドロスがフィーチャーされているが、彼が生前の1986年に残した歌を、アリとエイドリアンの新たな演奏に乗せる形となっている。“クエスチョンズ”は未完成段階のトラックをケンドリック・ラマーが聴いて気に入り、自身のヴァースを乗せて『アンタイトルド・アンマスタード』(2016年)に収録していた。そこでは“アンタイトルド・06”となっていたが、シーローの歌を入れて完成したヴァージョンとなる。

 ビラルの歌う“ドゥ・イット・トゥゲザー”は、ロータリー・コネクションの系譜に位置するような作品で、エイドリアンが自身の音楽を呼ぶダーク・サイケデリック・ソウルという言葉がピッタリだ。エイドリアンはビラルの『イン・アナザー・ライフ』(2015年)のプロデュースを行なったが、ゴスペル的なエモーショナルさを持ちつつも、オルタナティヴなテイストもあるビラルの歌の特性を生かした曲となっている。レティシア・サディエールが歌い、キーヨン・ハロルドがトランペット、クエストラヴがドラムを演奏する“ダンス・アス・モーメント・デランス”は、基本的にはビート感の強いジャズ・ファンクだが、レティシアのスキャットによって優美さや浮遊感が生まれており、相反する要素をひとつにまとめた好例と言えるだろう。新進女性シンガーのエリン・アレン・ケインが歌う“ラヴ・イズ・フリー”は、『ザ・ミッドナイト・アワー』全体のカラーに通じるヴィンテージ感を醸し出すR&B。ストリングスを用いたゴージャスなサウンドは、往年の〈モータウン〉や〈スタックス〉などの音作りを彷彿とさせる。“ダンス・アス・モーメント・デランス”も“ラヴ・イズ・フリー”も、一聴瞭然なのはドラムの音の太さで、これはやはりアナログ・テープで録音しないと生み出せないものだろう。『ザ・ミッドナイト・アワー』は、そうした音に対する贅沢なこだわり、飽くなき追求が見られるアルバムだ。

Likkle Mai - ele-king

 リクル・マイは、日本のレゲエ・シンガーとして国際舞台でもっとも評価されているひとりで、強いてたとえるなら日本のマーシャ・グリフィスと言えるような素晴らしいアーティストだ。彼女は、世界中の誰もがルーツ・レゲエは時代遅れだと認識していた90年代に真っ直ぐなルーツ・レゲエをやって世界を驚かせたバンド、ドライ&ヘヴィーのヴォーカリストとして登場した。バンドを脱退した後もソロ活動を続けているわけだが、すでに『Roots Candy』や『Dub Is The Universe』、『mairation』など魅力的な作品を残している。2014年には3・11への彼女なりのアンサーとして、レゲエと民謡を融和させた『きたぐにのはる』も話題になった。
 リクル・マイはいつだってレゲエをベースにしながら、人生や社会に関して、シンプルで力強い言葉をソウフルな声で歌う。彼女の音楽はいつだって大らかで、なおかつプロテスト・ミュージックで、いつだって人を元気にさせる。去る7月18日に、4年ぶりのミニアルバム『Rise Up』がリリースされた。ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が参加し、彼女の盟友でもあるブリストルのロブ・スミスが1曲、ミックスしている。リクル・マイらしい、ポジティヴなヴァイブレーションのじつに溌剌とした作品だが、なによりもすごいのは、長年続けてきている人が持ち得る感情の深みが見えること。ぜひぜひチェックして欲しい。
 また、リクル・マイは精力的なライヴ活動もしている。10月からは「Likkle Mai Rise Up TOUR 2018」も予定されているので、近場の人はぜひ! 彼女のライヴは最高なんで。詳しくはリクル・マイのホームページをご覧ください。

https://likklemai.com/2/live-schedule/



LIKKLE MAI
Rise Up

Hanx Records/MK STARLINER
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Blawan - ele-king

 2010年に〈Hessle Audio〉から「Fram」をリリースしてクラブ・シーンに登場した Blawan こと Jamie Roberts は、翌2011年に数多くの優れた作品を発表して一躍注目のプロデューサーに。同年 Radiohead が“Bloom”の REMIXER に抜擢したことがそれを象徴的に表している。初期の作品は元ドラマーゆえか、複雑なリズム構成とリズムトラックの高音域の独特な抜けの良いサウンドが特徴的で、この頃はまだクリーンなサウンドの UK BASS といった感じだったが、Alberto Marini と Domenico Cipriani のユニット The Analogue Cops との共同制作の経験を通して、彼の制作スタイルは大きく変化した。その経緯についてはこちらのインタヴュー記事が参考になると思うが、簡単に言うと Ableton (PC)主体からハードウェア主体へと移行し、それ以降のプロダクションではざらついた音色が増えることに。

 The Analogue Cops とは以降も度々共作し、3人で Parassela としても作品を発表するなど、Jamie が彼らから大きな影響を受けていることは、リンク先のインタヴュー記事での発言からもうかがい知れる。
 そして新たな制作スタイルの獲得と Pariah こと Arthur Cayzer との出会いが上手く符合したのか、ふたりのユニット Karenn も2011年に始動し、同年〈Works The Long Nights〉から 12" をリリース。Karenn での活動についてはこちらの記事に詳しく書かれていて、この頃から Jamie はモジュラーシンセにはまっていったようだ。

 2013年には Surgeon とも共作し、Trade 名義で 12" をリリース。2015年に自身のレーベル〈Ternesc〉を立ち上げて、モジュラーシンセ道を邁進。2016年は Bored Young Adults 名義でBPMを落として Jamie 流実験的ハウス 12" を〈The Trilogy Tapes〉から、さらに Shifted の〈Avian〉から Kilner 名義でモジュラーシンセが炸裂する実験的テクノ・トラック集『Walk Type』をリリース。『Walk Type』と2017年に〈Ternesc〉からリリースした『Nutrition』はどちらも大作だが、この2作はあくまでも 12"×2 という体裁でのリリースだった。そして2018年、遂に Blawan が初のアルバム『Wet Will Always Dry』を発表した。

 アルバム冒頭にふさわしく、しばらくの間 BPM を取れない細かく不安定なリズムが刻まれ、緩やかに入って来た持続音だけが取り残される不思議な展開で幕を開ける“Klade”。やがてハイハットが刻まれはじめ、クレッシェンドしていき、変則打ちのキックが入ってくる。持続音はキックに寄り添うように緩やかにうねりながら歪(いびつ)に歪(ひず)んだり、ヴォリュームが大きくなったり小さくなったりしながら、全体的にはクレッシェンドしていき、聴く者の気分を高揚させる。短いブレークが明けると2拍4拍に高音のアクセントが入ってきて興奮はいやまし、リズムトラックにもキックより少し高いタムが加わり勢いは増す。出ている音の構成要素としてはこれぐらいのもので、シンプルであるがゆえの力強さとヴァリエーションを増す持続音のうねりが相まって、早くも最高潮に達する興奮が冷めやらぬうちにリズム隊がひとつひとつ抜けていき、最後に残された持続音も間も無く終息する。

 小節頭にアタックが来る、リズムと柔軟な持続音(歪なメロディー)を兼ねた音が印象的な“Careless”。ボトムを重たくキープする4つ打ちと裏打ちハイハットにアルペジオ・シークエンスが隠し味的に繰り返される上を主旋律たる歪に揺らぐメロディーが響き渡ることで絶妙なグルーヴが生まれ、そこに Jamie お得意のヴォイスサンプルが被さってくる。ブレークが明けて8小節後に16分で刻むハイハットが入ってくるところが、たまらなくかっこいい。

 曲の冒頭から繰り返されるシークエンスの拍頭と感じていた音が、キックの小節1拍目とずれていて、さらに3小節置きに2拍裏でアクセントが入るので拍を追いながら聴いているとかなり混乱してしまうトリッキーな“Vented”。こういう曲はシンプルな4つ打ちの2拍4拍にスネアが入る曲と MIX すると、それまで頭が引っぱられていた聴こえ方とまったく違う印象でシークエンスが聴こえるようになるから面白い。人間の脳はいろいろと錯覚する。お化けでも出てきそうなひょろひょろとした音が漂うブレークが明けると、16分刻みのハイハットを伴ったキックが勢いを増して帰ってくる。やがて再び冒頭のシークエンスが入ってきて、また頭が若干混乱することで曲の勢いが鈍るように感じるのは自分が悪いのか。

 “North”はいきなりモジュラーシンセの柔軟で変化に富んだフレーズが飛び込んでくる。そして間髪入れずにフルスロットルの4つ打ちキックが打ち鳴らされ、ハイハットが加わる。ほぼこれだけで後はモジュラーを巧みに変化させていけば曲はできたようなものだ、と言わんばかりのシンプルさだが、力強くてかっこいい。ブレークではさらに混沌としたフレーズが一瞬挿入されるが、それもかっこいい。中盤のキックメインのパートの上をレゾナンスとヴォリューム控え目で漂うモジュラーも気持ち良い。とくにブレークでキックが抜けると不安定さが際立ってその気持ち悪さが気持ち良く、そこからシームレスにメインのフレーズへと変化していき、帰ってきたキックと共に最後まで走り抜ける。

https://soundcloud.com/ternesc/north

 “Stell”の冒頭から繰り返されるシークエンスはのちにメインフレーズへと変化する種のようなもので、突然変異のように音が引き伸ばされた様な、Arca のジャケットを音に変換した様な、そんな主旋律が非常に印象的。4つ打ちのキックの上を16分裏で小さめに、8分裏で普通(音量)にハイハットを、2拍目にスネア、8分裏にハイハットを入れることでビートがスイングして、グルーヴを生んでいる。ブレークでは細かく刻まれながらタイムストレッチして多様に変化するハイハットとリヴァーブの彼方へ遠ざかっていく主旋律が合わさって、めちゃくちゃかっこいい。

https://soundcloud.com/redbullmusicacademy/blawan-stell-first-floor-premiere

 そしてラストを飾るのが新機軸の“Nims”。これまでに Blawan がこれほどメロディアスなアルペジオ・シークエンスを主軸に据えたことがあっただろうか。たしかに Bored Young Adults の“But We Need This Bench”でもキラキラとしたフレーズは鳴っていたが、これほど前面には出ておらず、主役はあくまでもどこか鬱屈とした低音域の旋律だった。初めてのアルバムを出すに当たって、こういう曲を作れるようになったということも大きいのではないだろうか。このアルバムではモジュラーシンセにより習熟したという自信が、勢いとなって全曲に漲っているように感じる。一皮剥けた、こなれた、という感じがする。もはやかつてのように複雑に組み込まれたリズムは必要ない。事実このアルバムでは1曲目の“Klade”を除いて全てイーヴンキックで構成されている。それでも工夫を凝らせばグルーヴは生まれるし、かつシンプルにすることで生まれる力強さが備わっている。そして全曲にモジュラーシンセによる印象的なフレーズが炸裂している。6分前後の曲が8曲収録されているが、少しもダレることがなく、一気に聴き通せる快作。

 Karenn での相方、Pariah もソロとしては6年、Karenn でのリリースからも4年のブランクを経て、これまでの〈R&S〉からではなく、〈Houndstooth〉からアンビエント・スタイルの美しい作品『Here From Where We Are』をリリース。またふたりでやってくれることを期待しながら、ふたりの最新作同士をロングミックスして擬似 Karenn プレイを楽しみたい。

『Wet Will Always Dry』
 豪雨被害に遭われた方々の濡れた心が、いつの日か乾くことを願って

 『NYタイムス』の記事で、坂本龍一がよく行く日本食レストランの話があった。彼はその店の音楽が嫌いで、普通なら何も言わないでそこを立ち去るのだが、そのレストランは彼のお気に入りなので、音楽の選曲を担当させてくれないかと申し出た、という。ふんふんと頷きながらこの記事を読み進めていくと、同時に『CODA』が紹介されていた。


https://coda.mubi.com

 2014年6月、咽喉癌の段階3と診断された彼は、7月10日に公表し、治療に専念することにした。Alejandro González Iñárritu監督から突然電話があったのは、何ラウンドかの化学治療を終えた翌年の春のことだった。坂本龍一は、明日もし可能ならLAに来てくれないか、と言われた。起きたばかりでボーとしていたこともあり、休養期間にも関わらず、イエスと答えていた。20代から仕事をし、こんなに長く休んだのは初めてで、仕事をしないことが悪に感じていた頃だった。生命の危険を経験したことで、彼の創造力のモチベーションが上がり、音への追求が果てしなくはじまった。

 という、彼が癌治療をはじめてからの、休養期間に撮影されたドキュメンタリーだ。彼のミュージシャンとして、そしてひとりの人間として、音への情熱、社会に貢献する姿勢、癌後の人生についてなどが、彼の作品や昔の映像を合わせながら綴られている。彼のひと言ひと言に頷き、作品の美しさに体が震え、人間味溢れるキャラクターに親近感を覚えた。

 彼は2011年、津波の被害にあった福島に赴き、原子力反対の運動に積極的に参加し、津波の後に生き残ったピアノで、疎開している人達のためにコンサートを開き、現地のアイコンとなった。ピアノを弾き、災害の後に残ったこれこそが、自然の調律になっている、と彼は思ったと言う。物は自然のままが真の姿なわけだが、現代に生きる私たちは、それを忘れがちだ。

 雨の降る音、鳥が飛び交う音、木がそよぐ音など、自然の音に反応し、北極に行って水の音を録音したり、大雨の降る日に外に出てバケツを頭から被り音を感じたり、シンバルを持ち込んで、バイオリンの弦をあてたり、コーヒーカップで円を描くように音を出したり、理想の音を求め続ける姿が描かれる。

 彼の昔のバンド、テクノ・ポップのイエロー・マジック・オーケストラのライヴ映像や、若かりし日々の坂本さんのインタヴューや音楽、そして俳優としての姿──『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』の映像(ベスト・オリジナル・スコア賞を受賞)ばかりか、昔の東京の映像なども盛り込まれている。時代背景からも様々な想いを馳せることができる映画だ。

 この映画は、威厳としたリンカン・センター(https://www.lincolncenter.org)で見るのが筋かと思ったが(NYは7月末から公開で2映画館のみ)、坂本さんの家にも近い、こじんまりしたシネマ・ヴィレッジ(https://www.cinemavillage.com/)で観賞した。ゆるい雰囲気で、広告もほとんどなく、売り切れにもならず、何気に心地よい。『CODA』のおかげで新しい映画館も発見できた。

Mary Lattimore - ele-king

 まるで現代の音響型フォーク・ミュージックだ。まるで木漏れ日のアシッド・フォークのような音楽/演奏は、インストものという範疇や領域を超えて聴き手の耳と心に、優しく語りかけてくる。ひたひたと時が進み、ゆっくりと時間が逆行するような感覚。もしくは穏やかな陽光のなか不意に時が止まってしまうような感覚。メアリー・ラティモアは、前作『At The Dam』(2016)以来、2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Hundreds of Days』によって、これまで以上に「音楽の本質」を見出した。それは音/時の持続による「幸福」の発見である。

 そもそもフィラデルフィア出身にして現LA在住のアンビエント・ハーピストであるメアリー・ラティモアの奏でるハープは、2013年に〈Desire Path Recordings〉から発表した傑作ファースト・アルバム『The Withdrawing Room』からすでに不思議な存在感を持っていた。心地良い肌触りの絹のような感触であっても、その透明な響きの芯には確かな存在感があったのだ。空気の層に溶け合ってしまうような音とでもいうべきか。ジュリア・ホルターからサーストン・ムーア、カート・ヴァイルまでも魅了し(人気バンドのリアル・エステートと共にツアーを回ってもいたらしい)、2014年には「Pew Center for Arts & Heritage」のフェロー賞を受賞したことも納得である。

 本作では、その瀟洒な響きの美しさに加えて、楽曲それ自体の魅力もさらに深まった。2017年にヘッドランズ・アートセンターの音楽アワードを授与されたメアリー・ラティモアは、サンフランシスコ沿岸のビクトリア朝の古い建物で、何人もの芸術家たちと共に2か月の夏を過ごした。そこで彼女は、ゴールデン・ゲート・ブリッジの丘にある広い納屋を与えられ、自由にハープを演奏し、本作を録音したという。ハープだけではなく、グランド・ピアノ、ギター、キーボード、テルミンまで多彩な楽器が用いている。
 そんな心からリラックスできる空間での録音は、本作の楽曲にこれまで以上に豊穣な音楽性をもたらしたようだ。楽器は、いっそうまろやかな響きに、楽曲は、さらに心に染み入るような素朴な美しさを獲得した。まるで伝統的なフォーク・ミュージックのように。

 全7曲、冒頭の“It Feels Like Floating”からして、まるで米国と英国の国境を融解するような音響フォークを展開している。なかでも9分に及ぶ6曲め“On the Day You Saw the Dead Whale”は筆舌に尽くしがたい。フォーキーなコード進行のなかで、ハープの爪弾き、やわらかなピアノ、きれいな空気のようなアンビエント/ドローンが交錯する。光の結晶のなかに、いくつもの音楽が、いくつもの時間が、いくつもの記憶が、うっすらと溶け合っていくのだ。クラシカルも、エレクトロニカも、アンビエントも、フォークも、すべてが「音楽」という奇跡の中に、色彩が溶けるように融解する。

 本作をもってして(現時点における)メアリー・ラティモアの「最高傑作」として称しても過言ではない。聴くことで得られる穏やかな幸福、そして時間が、音楽の波のように息づいている。


butaji - ele-king

 一橋大学で起きたアウティング事件は、性的指向を本人の意思によらず明らかにしてしまうことが人権侵害にあたるということを世に知らしめたという点で、報道されたことにじゅうぶんな意義があったものだ。ほんの数年前まで性的指向がテレビでとくに疑問もなく笑いのネタとされていたような国で、だ。が、同時に報道やそれを巡る言説からどうにも痛ましさが消えなかったのは、それがある「恋心」の問題でもあったからだと思う。人権やカウンセリングにまつわるガイドラインを作る手助けにはなるだろう、しかし、彼の想い自体は永遠に行き場を失ってしまった。わたしたちはSNSや何やらで事件に対する自分の意見を述べながら、じつは、その行き場のなさに立ち尽くすしかないことを忘れているのではないか。
 butajiは本作に収録されたスロウなソウル・バラッド“秘匿”において一橋大のアウティング事件から影響を受けたと表明し、そして、死んでしまった彼の「恋心」の内側にたどり着き、そこに留まろうとする。歌のなかで。「まっすぐに声も出ないほどの拒絶をどこか求めている/何もかも 暴かずにいれたら/愛は特別なまま/君は特別なまま」……ファルセットを駆使しながら、情感のこもった歌を聴かせながら、そしてbutajiは混乱を隠さない。“秘匿”はそして、「認められたら」と何かを切望するように繰り返して終わる。それはつまり、いわゆるLGBTマターが社会に「認められたら」、だろうか。いや……。

 七尾旅人の大ファンだったというシンガーソングライターbutajiのセカンド・アルバム『告白』。いわゆる素朴なSSW作を想像して再生ボタンを押したリスナーは、いきなりの重たいビートの連打に面食らうだろう。やがて重ねられるファンキーなブラス・セクションと女声コーラス、シンコペートするメロディをなぞるセクシーなヴォーカル。オープニング・トラック“I LOVE YOU”は誤解を恐れずに言えば、昭和時代の歌謡曲のテレビ・ショウのような煌びやかなアレンジだ。もちろんプロダクション自体はモダンなので近年の「オルタナティヴR&B」とのシンクロを感じるひとも多いだろうが、なんと言うか、華やかな衣装を着たシンガーがオケを従えているイメージが浮かぶのである。ドゥワップ風のコーラスが導入となる2曲めの“奇跡”もハンド・クラップがアクセントになるエレクトロニック・ソウルで、得意のファルセットからときにかすれる低音までヴォーカルが自在に行き来する艶やかなポップ・ナンバーだ。ファーザー・ジョン・ミスティがアメリカのショウビズ文化を参照しているように、どこか日本の歌謡曲文化を遡っているように聞こえると書けば伝わるだろうか? J-POPのリスナーにもリーチするキャッチーさと色気でもって、まずはbutajiが華美なポップ・ソングの名手であることを『告白』はアピールする。

 ところが、先述の“秘匿”を過ぎたころから、このアルバムがじつは非常に内省的なアルバムであることがわかってくる。“Over The Rainbow”を想起させるピアノ唱歌の小品“someday”、柔らかいアコースティック・ギターの調べと誠実な歌があくまで中心にある“花”。ピアノの和声にどこか日本風のメロディが寄り添う“あかね空の彼方”やフォークトロニカ~ポスト・ロックのアンサンブルを思わせる静謐な“予感”といった比較的長尺の楽曲は、歌にじっくり浸ることを聴き手に要求するバラッドである。そうしてbutajiはゆっくりと時間をかけながら、自分だけの抽象的な感傷や心の揺らぎをひとつずつ解き放っていく。「予感」というのは彼の歌が醸す感情をよく表した言葉で、つまり、はっきりとした形を取らない心象風景を繊細に立ち上げるのがbutajiの歌だ。「じっと目を見る/その顔にある迷いも/幾ばくかの優しさの 予感がする」。ふと日々のなかに現れる慈しみや愛情に似た何か。ここまで来ると、“I LOVE YOU”や“奇跡”のようなゴージャスなポップ・ソングも、butajiの内面の奥から絞り出されたものであることが伝わってくる。どれもが生々しく、官能的だ。

 『告白』はファースト『アウトサイド』で提示したシンガーとしての表現力の豊かさを保ったままトラック・メイカーとしてのbutajiの音楽性の広さを示したアルバムだが、強いて言うならこれはソウル・ミュージック集だろう。それも、とてもパーソナルでデリケートな。「認められたら」と彼が懸命に歌うとき、その歌が願うのは恋心がその行き着く場所を見つけることだ。彼自身がその感情を「認められたら」。これは恋なんかに苦しんでしまうか弱い男の子による(/のための)ソウル音楽であり、ということは、フランク・オーシャン『チャンネル・オレンジ』からのそう遠くない反響である。このラヴ・ソング集は弱さや迷いを隠さないがゆえにこそ、とても勇敢に響いている。

Yves Tumor - ele-king

 イヴ・テューマー? イヴ・テューモア? いまだ正しい発音がわかりませんが、さまざまな名義でチルウェイヴやらハウスやらを試みてきたショーン・ボウイが Yves Tumor 名義で2016年に〈PAN〉からリリースした『Serpent Music』は、なんとも形容しがたいそのサウンドをもって新たな時代の息吹を感じさせてくれる、たいへん優れたアルバムでした(『IDM definitive』をお持ちの方は278頁を参照)。その彼が昨年〈Warp〉と契約したことは大きな話題となりましたけれども(紙エレ21号をお持ちの方は43頁を参照)、ついに新曲がお披露目です。これはもしかしたら、近いうちにアルバムも出るのかもしれませんね。ただただ楽しみです。

YVES TUMOR
〈WARP〉が新たに契約した奇才、イヴ・トゥモア
ニュー・シングル「NOID」を公開

ベルリンの前衛レーベル〈Pan〉よりリリースしたデビュー・アルバム『Serpent Music』で、ソウル・ミュージックの新たな形を提示したイヴ・トゥモアが、〈Warp〉移籍後初となるシングル「Noid」をリリース!

Yves Tumor - Noid
https://youtu.be/Edthfw5Pbxk

『Serpent Music』が、アルカやブライアン・イーノらと並んで、Pitchforkの【The 20 Best Experimental Albums of 2016】に選出されるなど、最高級の評価を獲得し、注目を集めたにも関わらず、まだまだ謎の多いイヴ・トゥモア。昨年行われた貴重なインタビューの中でも「多くの人は私の存在が何なのか困惑してると思う。けどそれでいい」と自ら語っている。

それでも今回の新曲リリースは、ますます新たな展開に期待させる素晴らしい内容となっている。

label: WARP RECORDS
artist: Yves Tumor
title: Noid

iTunes: https://apple.co/2OgBkBL
Apple Music: https://apple.co/2LoC4XP
Spotify: https://spoti.fi/2uRYfLr

tofubeats - ele-king

 昨年、デジタル社会への疑問符とご機嫌なJ-POPとヒップホップとハウスとヴェイパーウェイヴをまぜこぜにした問題作、『FANTASY CLUB』をリリースした日本のデジタル・ポッピズムのエースが、1年4ヶ月ぶりのオリジナル・アルバムを発表する。レーベルからの情報によれば──9月1日に公開予定の映画『寝ても覚めても』主題歌である「RIVER」や、土曜ドラマ24『電影少女 -VIDEO GIRL AI 2018-』主題歌「ふめつのこころ」、先行配信が決定しているデジタルシングル「RUN」などの豪華な収録内容になる──とのこと。また、──毎回注目されるアートワークなどの詳細は追って公開予定──とのことで、とにかく、注目ですね。
 また、『FANTASY CLUB』のリミックス&インスト・ヴァージョンが7月27日より配信&ストリーミングで発表される。あのアルバムのトラックはかなり良かったので、こちらもぜひチェックして欲しい。

tofubeats 4th album 「RUN」
WPCL-12943 税抜価格:\2,800
※初回プレス分のみブックレット特殊仕様
※tofubeats本人によるアルバム・ライナーノーツ封入

<デジタル配信>
・デジタルシングル
「RUN」7月27日より配信&ストリーミングスタート

・デジタルアルバム
「FANTASY CLUB REMIXES & INSTRUMENTALS」 7月27日より配信&ストリーミングスタート
昨年、5月24日に約1年半ぶりとなるメジャー3rdアルバム 「FANTASY CLUB」をリリース。 アナログ盤も制作した大人気の「FANTASY CLUB」をリミックスしてバージョンアップ。
今回 デジタルアルバムとしてリリースする「FANTASY CLUB REMIXES & INSTRUMENTALS」はHIPHOPシーンで大注目を浴びた「LONELY NIGHTS」や 「YUUKI」等、全13曲を リミックス&インストゥルメントとして収録。

価格:1,200円
1. LONLEY NIGHTS(TB HOUSE BOOTLEG)
2. SHOPPINGMALL(HOUSE & SCREWED)
3. WHAT YOU GOT(TB DJ DUB)
4. STOP(dj newtown STO REMIX)
5. SHOPPINGMALL(TB REMIX)
6. YUUKI(TB LIVE DUB MIX)
7. YUUKI(dj newtown YUU REMIX)
8. CHANT #1(instrumental)
9. SHOPPINGMALL(instrumental)
10. LONLEY NIGHTS(instrumental)
11. WHAT YOU GOT(instrumental)
12. YUUKI(instrumental)
13. CHANT #2(instrumenta

DJ HOLIDAY - ele-king

 今年アルバムを出したハードコア・バンド、ストラグル・フォー・プライドの今里といえば、ここ1~2年はDJ HOLIDAY名義で、かなり精力的にDJとして活動しています。もっぱらレゲエをよくプレイしているそうですが、そんな彼が、〈アリワ〉音源のミックスCDを出しました。
 〈アリワ〉はUKレゲエにおける重要レーベルのひとつで、その主宰者であるマッド・プロフェッサーは、UKダブにおける重鎮であると同時にラヴァーズ・ロックのプロデューサーの第一人者でもあります。
 で、ラヴァーズ・ロックというのは、UKにおいて生まれ80年代に発展した、文字通りラヴリーでメロウなレゲエのスタイル。恋人とのひとときのための音楽です。日本でもずっと人気ジャンルとして聴かれ続けています。もちろんele-kingも大好きです。
 そんな甘々なジャンルの音源をDJ HOLIDAYが選曲し、ミックスしたのが『ARIWA tunes from my girlfriend’s console stereo』。すごくいいですよ。オススメです!


DJ HOLIDAY
ARIWA's tunes from my girlfriend's console stereo.

ARIWA/OCTAVE-LAB
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