Anchorsong / The Lost & Found EP(DVD付) Lastrum |
それは愚直なまでに直球な音楽のように思える――アンカーソングのことを教えてもらって、初めて聴いたときそのストレートさにたじろいだ。彼の音楽はテクノ、ハウス、ヒップホップのブレンドだが、ジャジーな曲をやろうがアシッディな曲をやろうが、アンカーソングの音楽はまったく直線的なのだ。
それは複雑になりすぎたダンス・ミュージックが失ったものかもしれない。とにかく......、ジェイムス・ブレイクやアクトレスのような乱雑さが騒がれているこのご時世のエレクトロニック・ダンス・ミュージック・シーンにおいて、あるいはまたチルウェイヴの徒労感が人気を博しているような、そして他方では世界の終わりのような"憂鬱"が10代のあいだで大きな共感を得ているこの国において、彼の真っ直ぐさは例外中の例外と言える。
アンカーソングは売れている。業界的にはほとんど無名に近いであろう彼の作品は、出せば1万枚以上を売っている。インストゥルメンタルのエレクトロニック・ミュージックとしては決して低い数字ではない。彼の作品は多くの耳を動かしているが、彼が集めているのは"若い"耳だ。
ロンドンで暮らすアンカーソングは、この2年半、ご当地のクラブ・カルチャーに身を浸しながら、そのトレンドに左右されずに音楽を作っている。それも......愚直なまでに直球な音楽を、だ。それは情熱のほとばしりのようなものの具現化なのだろう。多くのリスナーを惹きつけている彼のライヴ・パフォーマンスを観ると、それがよくわかる。「オレのほうを見ろ」、と彼は言っているのだ。
アンカーソングこと吉田雅昭が音楽活動をはじめたのはいまから6年前の2004年のことだった。MPCを使いながら、その場で打ち込みをしていくそのライヴ・パフォーマンスによって頭角を現してきた彼は、2007年5月にDJ三木祐司による〈Tailgate Recordings〉からデビュー・シングル「The Storytelling EP」を発表している。そしてそのわずか5ヶ月後の2007年の10月、アンカーソングは活動の拠点をロンドンに移すのだ。
ロンドンでも彼は地道に活動を続けながらシーンの共感者(The Go! Teamからザ・シネマティック・オーケストラ、もしもしレコードのジェイムス・ユールまで)を増やしつつある。2009年にはセカンド・シングル「The Bodylanguage EP」を発表、続いて今年の6月に3枚目のシングル「The Lost & Found EP」を発表している。新しいシングルも、先の2枚と同様にロングセラーになりそうな勢いだ。
ロンドンのキングスクロス駅の近くで暮らしている彼にskypeを使って話を訊いた。日本時間の午前9時、ロンドンは深夜の1時、ドイツとウルグアイの3位決定戦が終わってから3時間半後の取材だった。
日本にいたときにライヴの映像をYouTubeにアップしたんです。それを見つけたイギリスのジャーナリストが自分のブログに載っけてくれて。そうしたら世界中からメールが来たんですね。で、その人がロンドンに住んでいたことは知っていたので、こっち来てまずその人に連絡したんです。
■ロンドンでは小さなバーからライヴをはじめたそうですね。
吉田:こっちでは小さなバーでもプロモーターがいるんですよ。だから、まずはプロモーターに話を通さなければならない。彼らに自分の作品を持っていって自分の場を確保するという手もあるんですけど、僕はそういうやり方ではなかったんです。
■どうやってロンドンとのコネクションを作ったんですか?
吉田:日本にいたときに自分のライヴ映像をYouTubeにアップしていたんです。それをたまたま見つけたイギリスのジャーナリストが自分のブログに載っけてくれて。そうしたら世界中からメールが来たんですね。で、その人がロンドンに住んでいたことは知っていたので、こっち来てまずその人に連絡したんです。「こっちでライヴをやる機会はないか」「誰か紹介してもらえませか」みたいなメールを送ったんです。その人は、『ガーディアン』のジャーナリストだったんです。音楽のブログは趣味でやっていたことだったんですね。で、その人は「自分は直接、音楽業界を知らないけど、もういちどブログに載せて告知をしてみよう」と言ってくれて、「ライヴ場所を探している」ということをブログに載っけてくれたんです。そうしたらそれを通じてふたつライヴのオファーが来たんです。
■それはいい話ですね。
吉田:とてもラッキーでした。
■いまはそういうやり方で世界と繋がるっていうのもあるんですよね。
吉田:そうなんです。ライヴの映像をYouTubeにアップしたおかげで、ギリシャの人からもライヴのオファーがありましたから。それがロンドンに来る引き金のひとつでもあったんですよ。
■で、ギリシャには行ったんですか?
吉田:はい。アテネで小さなイヴェントをやっている人だったんですけど。
■アテネ、すごいですね。
吉田:YouTubeさまさまでしたね(笑)。
■2007年?
吉田:2007年の10月ですね。
■とはいえ、ロンドンで日本人が音楽活動するのはそう簡単なことじゃないじゃないですか。
吉田:かもしれないですね。
■そういうなかで、ロンドンのライヴハウスで活動をしはじめて、いろんな共感者を増やしていくわけなんでしょ?
吉田:いやー、でもライヴをやる度にお客さんが増えていったわけではないですよ。ただ、最初にやったふたつのライヴを通して、そのイヴェントに来ていたプロモーターの人にいろいろ紹介してもらったり。それでその人の知り合いの知り合いにあってすそ野が広がっていったというか。
■なんでロンドンに住もうと思ったの?
吉田:それまで東京で3年くらいやっていたんですね。東京でもそれなりに手応えはあったんです。だけど、ダンス・ミュージックの規模で言えばやっぱヨーロッパのほうがぜんぜん大きいし、違う国でやっても受ける自信はあったんです。そういった、さらなる飛躍を求めてロンドンに渡ったというのがまずあります。ただ、それ以上の理由としては......まあ、僕自身が音楽ファンなので、ポップスの歴史そのものを作ってきたイギリスという国に対する興味がありましたね。もともとロックが好きだったんです。ビートルズとかレッド・ツェッペリンとかブラック・サバスとか。そういう音楽を聴きながら育ってきたので、やっぱその国に対する強い好奇心はありましたね。
■ビートルズとかレッド・ツェッペリンとかブラック・サバスとか......って、何年生まれですか(笑)?
吉田:そうですね(笑)。ただそれが受け継がれて、その遺伝子を持ったミュージシャンがたくさんいるわけですから。
■まあ、そうですね。
吉田:クラブ・ミュージックに関しては最先端だと思うし、ひとりの音楽好きとして刺激を求めてきたというのはありました。
■DJクラッシュみたいに逆輸入というか、海外で評価されて日本を見返すっていうカタチがあるじゃないですか。
吉田:明確に意識していなかったけど、あるかもしれないですね。ただ、僕のやっている音楽の日本での規模を考えると、3年活動してきてけっこう厳しいなというのもあったんです。
■そうだね。J-POPやりながらとか、あるいは別の仕事で働きながらとかでもない限り、インストのエレクトロニック・ミュージックだけで食っていくって、現状の日本では厳しいからね。
吉田:僕のやっているような音楽(エレクトロニック・ミュージック)を聴いている人の数がこっちは圧倒的に多いんです。もちろん日本で活動してきたので、日本のリスナーのことはいつも意識してますけど、イギリスではこういう音楽を聴いている人の数が多いというのは魅力でした。
[[SplitPage]]アルバムはやっぱ、1枚通してナンボだと思っているので。最初から最後まで、ぜんぶ意味がある作品にしたいんですね。いま僕の手元にある楽曲では、まだそれができるレヴェルに達してないなと思っているんです。
■先日、ele-kingでボノボの前座を務めたときの話を書いてくれたじゃないですか。3000人規模のあの会場の大きさやオーディエンスの写真を見ると、びっくりしちゃうからね。
吉田:とくにボノボみたいなアーティストは日本ではまだまだですよね。ああいう、チルアウト系と呼ばれるアーティストがあの規模でライヴをやってもお客さんがついてくるところがロンドンの音楽シーンの懐の深いところかなと思いますね。
■サマー・オブ・ラヴを通過しているって感じがするよね。やっぱああいう音楽も業界全体で盛り上げていこうという気概は感じるものなの?
吉田:そうですね。だけど、やっぱそこはアーティストによって差は出ますけどね。実は昨日、デイダラスの前座をやったんですね。
■おー。いいじゃないですか。
吉田:同じ音楽ではないですけど、アンダーグラウンドでエレクトロニック・ミュージック系という点ではボノボと同じじゃないですか。
■しかもフライング・ロータスのレーベルだしね。
吉田:ですよね。しかもキャリアも長い。だから、集客を期待していたんですけど、ぜんぜんそうじゃなかったんです。
■何で?
吉田:ロサンジェルスということなのか......、こっちで暮らしてて感じるのは、ひとりでラップトップでやっていることへの厳しさみたいなことなのかなと。バンドでやっている人とラップトップでやっている人とでは、明らかに見方が違うように思うんです。とくにお客さんの見る目が違いますね。
■あー、それってイギリスっぽいのかも。ラップトップではお客さんのほうがライヴだと認めてくれないのかね。
吉田:そうかもしれないです。
■アンカーソングはどのくらいのペースでライヴをやっているの?
吉田:月に2~3本、多いと4本ぐらいですか。
■ライヴはじゃあ、けっこうやっているんだね。作品に関しては、イギリスのレーベルと契約しているわけじゃないんだよね?
吉田:そうなんですよ。そこがいまの課題なんです。自分の力不足っていうのもあるんですけど、だけどどのレーベルでも良いってわけじゃないし、出しっぱなしでノー・プロモーションのレーベルも見てきているので。
■慎重にならざる得ない?
吉田:ですね。ないわけないんです。メールを送ってくれたレーベルもあったんです。でも、やっぱそこは考えてしまいますね。
■アンカーソングはこれまでアルバムを出してないですよね。3枚ともepでしょ。これはどんな理由で?
吉田:ヴォーカリストを起用せずに、インストだけでアルバムを作りたいという目標があるんです。たとえばアルバム1枚、12曲、50分だとしたら、本当に最後まで飽きさせることなく聴いてもらえるアルバムを作ることはとても難しいと思うのです。僕自身、インストだけのアルバムで好きなアルバムとなると数えるほどしかない。考え過ぎかもしれないけど、作るんだったらそういうものにしたいんです。アルバムはやっぱ、1枚通してナンボだと思っているので。最初から最後まで、ぜんぶ意味がある作品にしたいんですね。いま僕の手元にある楽曲では、まだそれができるレヴェルに達してないなと思っているんです。
■シングルでいろいろ試したいという感じなのかな?
吉田:自分の音楽性がまだガチっと固まっていないと思うんですよ。
■「ザ・ボディーランゲージEP」がジャジーで、メロウなフィーリングのシングルだとしたら、最近出した「ザ・ロスト&ファウンドEP」はよりダンサブルになっていると思ったんですけど。この変化みたいなのは意図的なものなの?
吉田:いや、違いますね。たまたま入れたかった曲があって、それを軸に構成したらそうなっただけなんです。
■ロンドンのライヴ活動の経験がフィードバックされたってわけではないんだ? あるいはロンドンのクラブ・カルチャーに触発されるとか。
吉田:こっちに来てからクラブに遊びに行く回数もかなり多いんですけど、正直、その影響を真正面から受けている感じでもないんです。ロンドンに来た最初の頃は、たしかにそういう気持ちもあったんですよ。自分の音楽性がこういうものだという確固たるモノがなかったですし、こっちに来て最先端のもの、モダンなものを取り入れたいという思いがあったんです。それでクラブに遊びに行くんですけど、2年半暮らしてみてわかったのは、ダンス・ミュージックのシーンのサイクルの早さですよね。いまはダブステップが流行の頂点にいるような感じになってますけど、先を見ている人たちからするとすでに廃れはじめているというようなことも言われているんです。
[[SplitPage]]僕がこっちに来てからの2年半だけでも、ダブステップが急成長して、そしていま下りはじめているのがよくわかるんです。最先端を追いかけていることの空しさも感じるんです。そのことは、僕がこっちに来てわかったいちばん大きなことかもしれないなと思うんです。
■ロンドンは昔からそれがありますよね。だけど、ジェイムス・ブレイクみたいなのを聴いているとまた新しい波が来ているのかなというのも感じるんですけど。
吉田:はい、そうですね。ただ、これはシニカルな言い方かもしれないですけど、ダブステップはじきに終わると思うんです。ブリアルみたいな本当に突出した人たちは残っていくと思うんですけど......。変な話、いまレコード契約を狙っている人たちはみんなダブステップを作っていますよ。
■それはそうだよね。ムーヴメントってそういうものだから。90年代のテクノのときだってそうだったし、シニカルというよりも「そういうもの」ってことだと思うし、それを土台にまた違う展開があるわけだしね。
吉田:そうですね。僕がこっちに来てからの2年半だけでも、ダブステップが急成長して、そしていま下りはじめているのがよくわかるんです。最先端を追いかけていることの空しさも感じるんです。そのことは、僕がこっちに来てわかったいちばん大きなことかもしれないなと思うんです。
■なるほど。
吉田:それで僕は、モダンとレトロの狭間をいくような音楽を作りたいと思うようになったんですよね。周囲からジャンル名を与えられるような音楽もいいんですけど、僕はそういうのとはまた違う音楽を目指したいなと思うようになったんです。風化されない音楽を目標にしたいんです。いまでもクラブに頻繁に遊びに行っていますけど、自分が本当に感じることができた「これだ」というものは、そういうことです。
■それは頼もしい話だね。
吉田:ただ、そう思えるようになったのも最近のことで、作品にそれが活かされるのは次からでしょうね。
■最近のアンカーソングの音楽を聴いて、ロンドンの流行に左右されている感じは受けなかったし、わかる人ににだけわかればよいという閉鎖性も感じなかったけどね。もっと幅広く聴かせたいという気持ちは伝わったけど。
吉田:はい、そこはそうですね。
■目標としているアーティストはいるんですか?
吉田:尊敬しているミュージシャンはたくさんいますけど(笑)。
■尊敬しているのはミュージシャンを3人挙げてください。
吉田:ビョークと、DJシャドウと......。
■ビョークというのはアンカーソングという名義を聞いたときにすぐわかった(笑)。
吉田:ビョークと、DJシャドウと......まあ、ビートルズですかね。
■はははは。その組み合わせすごいね。ちなみに新作の「ザ・ロスト&ファウンドEP」というタイトルはDJシャドウの曲名から来ているの?
吉田:それは関係ないです。本当の意味は駅の落とし物の拾得所みたいな意味なんですけど、「無くしたモノが見つかる」というような意味と同時に、「ひとつの物語が終わって、また新しくはじまる」みたいなニュアンスもあるんです。
■アートワークのリンゴの地球っていうのが面白いなと思ったんですけど。
吉田:それはデザイナーさんのアイデアです。いびつなカタチが良いっていうことで、時計とかも試したんですけどね。でも、結局、世界地図になったんですけど。削ったことでカタチが表れるというのも、「ザ・ロスト&ファウンドEP」というタイトルに重なっていいかなと思ったんです。
■ところで、ライヴのあの派手なパフォーマンス、MPCを打ち込んで、鍵盤を弾きながらやっていくような生演奏にも近いスタイルは最初からだったんですか?
吉田:そうですね。ソロで初めてライヴをやったときから基本はあのスタイルでしたね。ただ、意図的にやったわけではないんです。僕はもともとバンドをやっていて、事情があってメンバーがいなくなったとき、「どうしようか?」と思ったんですけど、アコギ一本で歌うシンガーソングライターには興味がないし、ダンス・ミュージックをやりたいと思ったんです。そのとき、まずはライヴをやりたいと思ったんですね。で、自分にラップトップとターンテーブルは使わないという制限を課したんです。で、MPCは楽器っぽいなと思ったんですね。最初は部屋でヒップホップのトラックみたいなのを作っていたんです。そしたら、作っているプロセスそのものが面白いんじゃないかと気がついたんです。「これをそのままステージでやってみよう」って。
■こんど(7月29日)DOMMUNEであのライヴをやってもらえるということで、とても楽しみにしています。
吉田:こちらこそ。
■しかし、なんでロック好きがダンス・ミュージックをやろうと思うようになったんですか?
吉田:バンドが好きだったので、バンドを止めたときに音楽を止めようかと思いました。でも、結局、諦めきれなかったんです(笑)。
■インストに目覚めたのは、やっぱDJシャドウが原因なの?
吉田:初めて聴いたインストものがシャドウっていうわけじゃないんですけど、シャドウの音楽がずば抜けてすごいと思えたんですよね。ライヴの良かったんですよ。インストの音楽を聴くようになって、ケミカル・ブラザースからエイフェックス・ツインまで、いろんなライヴを観に行ったんです。でも、どれも心の底から楽しめなかったんです。音楽はすごい好きなのにライヴが面白く思えないという、悲しみすら感じていたんです。でも、シャドウだけはライヴが良かったんです。『In Tune And On Time』というDVDを観ました?
■いや、そこまで追ってないなぁ。
吉田:『ザ・プライヴェート・プレス』(2002年)の頃のツアー・ライヴを収めたDVDなんですけど、素晴らしいですよ。
■シャドウでいちばん好きなのはどのアルバム?
吉田:『ザ・プライヴェート・プレス』が初めてリアルタイムで聴いたアルバムだったんです。いまは『エンドトロデューシング.....』が好きですけど。最初はサンプリング主体の音楽に憧れがあったんです。実際、「ザ・ボディーランゲージEP」の頃はまだそれを捨て切れていないんです。ただ、僕自身がレコード・コレクターではないので、その方法論では限界があるなとも思っていたんです。
■アンカーソングの音楽は純粋なエンターテイメントなんですか?
吉田:エンターテイメントですね。もちろん個々の楽曲に意味はあるんですけど、それをリスナーに押しつけたくはないんですよね。伝えたいモノはないです。
※7月29日、AnchorsongはDOMMUNEにてライヴ演奏を披露します。 7時からトークショー。9時からLIVE:Anchorsong(FEAT. サイプレス上野)+ DJ: MIGHTY MARS & 三木祐司 (T-SKRABBLE DJ'S)