「K A R Y Y N」と一致するもの

現役看護師がコロナ禍で見つめた葛藤の日々

「新興感染症はいつも、医療従事者への差別とセットだ」
平穏だった日常はやがて逼迫する状況に押し流される──ささくれ立つ心、SNSや報道へのとまどいと動揺、恋人や家族への不安、医療現場の崩壊、そして自身も感染
Covid-19、通称新型コロナウイルス感染症、その最前線を経験した現役の医療従事者が思いを綴った手記!

目次

はじめに
第1章 差別
第2章 恋愛
第3章 組織
第4章 感染
第5章 医療崩壊
第6章 記憶
終章
あとがき

著者
1992年生まれ。日本赤十字看護大学卒。
2015年より看護師として急性期病棟に勤務。
手術や抗癌剤治療など、病気や怪我の集中的な治療を必要とする患者のケアに携わる。
2018年に医学書院「看護教育」にて、「学生なら誰でも知っている看護コトバのダイバーシティ」というタイトルで1年間連載を行う。
2020年に晶文社より『医療の外れで──看護師のわたしが考えたマイノリティと差別のこと』を刊行。
本書は2冊目の著書となる。


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Kai Whiston - ele-king

  数時間も経たないうちに、キャッスルモートン・コモンは全面的に機能する独立国家に、そこにいる者たちが全支配権を握る場所へと変容していた。イギリスのカントリーサイドにできた、自分たちの電力源、照明、住居施設、料理供給およびレジャー設備を備えた一時的自律ゾーンだった。(中略)そこになんたるカウンターカルチャーの楽園が広がっていたことか! 
       マシュー・コリン『レイヴ・カルチャー』(坂本麻里子訳)

 1988年と1989年がそうだったように、1993年もまた特別な年だった。この年、時代のモードは“E”から“L”にシフトし、アンビエントが流行って、ヒッピーがレイヴ・カルチャーに完全合流を果たした。1993年のグラストンベリー・フェスティヴァルはカラフルな絞り染めの服を着た人たちで賑わい、そしてこの年、イギリスの子供たちは家出をして、ニューエイジ・トラヴェラーズと呼ばれるトレーラーハウスに改造されたキャラバン(通称、ピース・コンヴォイ)に乗って、英国の田園地帯を漂泊するライフスタイルを選ぶようになった。
 かの有名なレイヴ禁止法、クリミナル・ジャスティスの背景にはじつはこのニューエイジ・トラヴェラーズの存在も大きかった。家出をして(近代文明を捨てて)トラヴェラーズになってしまうのは、中産階級の子供たちに多かったからだ。国から期待されている階級の若者がこぞってドロップアウトしてしまうことは、国にとって脅威であり、阻止する必要がある。
 ニューエイジ・トラヴェラーズは1993年のハイプでもあった。だから、ファッションにもなった。身なりはヒッピーでもしっかりクレジットカードを持っていたりとか、本物のトラヴェラーズがこの流行をよく思わなかったのも当然だ。とはいえ、トラヴェラーズとレイヴとの出会いは、この時代のもっともラディカルな文化形態でもあった。ぼくはその実態を知りたい一心で渡英し、(まだネットがない時代だったので)本を探して読んだり、UKの漂泊のカウンター・カルチャーについていろいろ調べたりもした。
 簡単にまとめると、これは60年代末におけるヒッピー時代のフリー・フェスティヴァル(金儲けのためにやらない、無料のフェス文化)に端を発している。70年代になるとハードコアなヒッピーたちは、バスやキャンピングカーなどを改造した車で暮らす、ノマディックな人生を選択するようになる。そして、古代文明で知られるストーンヘンジを聖地とし、かの地でフリー・フェスティヴァルをおっぱじめるのだった。やがてそこにアナーコ・パンクが合流、80年代にはヒッピー、パンク、左翼、アナキスト、反戦、環境系なんかの寄せ集めとしてこのアンダーグラウンド・シーンは活気づき、さらに発展していく。
 しかしながら、ときの首相サッチャーはこの事態を放っておくほど寛容ではなかった。本気でトラヴェラーズを叩きつぶそうと、1985年のストーンヘンジのフリー・フェスティヴァルに1300人以上の警官隊をかり出している。応戦したヒッピーと警察との内戦のごとき激突は、戦後最大の逮捕者を出した、通称「ビーンフィールドの戦い」として語り継がれている。
 政府からの厳しい弾圧によって、しばらくのあいだウェールズの森や山に潜伏していたトラヴェラーズだが、彼らはレイヴ・カルチャーと出会ったことで、ふたたび息を吹き返す。そのもっとも象徴的な出来事は、1992年の5月、キャッスルモートンで起きている。フリー・フェスティヴァルを目指して移動中だった400台のピース・コンヴォイが、警察網をかいくぐってキャッスルモートンに集合すると、〈DIY〉や〈スパイラル・トライブ〉のようなサウンドシステム所有者が合流し、ほとんどアドリブでパーティがはじまった。この騒ぎはニュースとして報道されたが、むしろそれが宣伝となって、全国からレイヴァーやなんかがぞくぞくと集まってきたしまった。で、結局のところそれは1週間ぶっ通しでおこなわれ、延べ4万人を動員したと言われる、巨大なフリー・レイヴと化したのだった。ストーンヘンジ・フリー・フェスティヴァル以来の大騒ぎとなったこれが当局を本気にさせてしまい、CJBへの引き金となるのだが、その一方でトラヴェラーズは、ポップ・カルチャーにおける文化的な勢力として『NME』の表紙を飾るほどの存在にもなった。ちなみ表紙の写真はミュージシャンではなくピース・コンヴォイだった。
 
 カイ・ホイストンは、ニューエイジ・トラヴェラーズだった両親のもと90年代末に生まれた。小さな村の、16歳の子供部屋のようなポスターだらけの家だったという。彫刻家だった父親はカイが幼少のときにドラッグが原因で死んでしまった。母親はレイヴのフライヤーや壁画などを手がけるヴィジュアル・アーティストで、田舎町では当然のことながら目立つ親子だった。子供のころのカイは、ただただ普通になりたかったという。
 10代のなかば、カイは低所得者向けの政府の制度によってパソコンを手に入れると、インターネットに没頭した。YouTubeにハマって、音楽にも関心を抱くようになった。そしてEDMを入口にして、続いてエイフェックス・ツインやダフト・パンクなど、とにかくエレクトロニック・ミュージックを聴くようになった。高校卒業後は母親に反発してビジネスのために大学に進んだが、何年かして彼が選んだのは音楽だった。
 インターネットを介してIglooghostと知り合い、彼といっしょに立ち上げたレーベル〈Gloo〉から最初のアルバム『Kai Whiston Bitch』を出すのは、カイがまだ20歳ぐらいの、2018年のことだ。それからカイはじょじょに頭角を表していった。前作『No World As Good As Mine』はいちぶで高い評価を得て、本作『Quiet As Kept, F.O.G.』に関して言えば、リリースする前から話題だった。彼個人のレーベルからのリリースになるこの最新作のコンセプトがニューエイジ・トラヴェラーズであることは、注目するに値する。
 
 「ニューエイジ・トラヴェラーズは間違っていなかった」と、クワイエタスのインタヴューでカイは話している。「宇宙人はたしかに存在し、ストーンヘンジで活動している」。初期のトラヴェラーズは、古代人(ないしはケルト文化)に共感し、宇宙人と交信するためにストーンヘンジに集まっていたのだ。
 それはさておき、カイは3年かけてこのプロジェクトに取り組んだという。最初は『Mono No Aware』に触発され、複雑で美しい音楽を作るところからはじまったというが、制作過程において、差別やタブーに耐えられず、長いあいだ自ら抑圧してきた自身のバックグラウンド──トラヴェラーズの文化──を解放することに決めた。ゆえに母親との対話は重要で、彼女は息子に、ビーンフィールドの戦いやキャッスルモートンについて教えた。トラヴェラーズは、「政治的な意味合いも含めて、時代を先取りしていた」とカイは語っている。

 じっさいオープニングの“Between Lures”は、リスナーを1993年の英国の田園風景へと連れていくかのようだ。エイフェックス・ツインの“Xtal”でお馴染みの、ストリングスにフワフワしたシンセサイザーのリフ、そしてブレイクビーツの組み合わせがここにもある。プッシー・ライオットが歌っている“Q”はガバに近いハードコアで、宇宙人と交信する“Carrier Signal”ではトランシーなテクノを持ってくる。その名もずばり“Peace Convoy”は、メランコリックなベース・ミュージックが下地になっている。そしてジャングルの“ T.F.J.”へと続いていく──
 彼の音楽を説明する際に、ベース・ミュージックだのジャングルだのトランスだのと、スタイルを指す用語をぼくは使っているが、それらはその曲の説明として当たってもいるが大きく外れてもいる。というのは、カイ・ホイストンの音楽は、Iglooghostと同様に、デコンストラクト・クラブないしはポスト・クラブなどと呼ばれている、ハウスやテクノに対するポスト・モダン的な展開でもあるからだ。現実の現場(デトロイト、シカゴ、マンチェスター、ロンドンなどなど)の歴史とその社会のなかで生まれたスタイルではなく、いまあなたが文章を読んでいるここ(インターネット環境)から生まれている。そこでは空しいほどあらゆるスタイルの結合が可能で、だからなのだろう、ポスト・クラブの作品には、オリジナルのテクノやハウスよりも格段と音数が増えてしまっている。ジョイ・オービソンがジャングルをやれば1992年の音と直結するかもしれないが、カイがジャングルをやってもそうはならない。
 “Between Lures”のMVで、カイは賢明にキャラバンをひっぱたり押したりしながら、最後は、トラヴェラーズと警察との戦いの記憶と共に焼き払ってしまう。祝福、絶望、そして訣別が入り混じったその映像がほのめかしているように、本作はあの時代の再現ではなく、現代の文脈とサウンドをもってダンス・ミュージックを追求している。リスキーな人生を歩んできた彼の母親はこのアルバムに参加しているが、キャッスルモートンからちょうど30年後、その場にいた女性からやがて生まれた子供がこんな作品を作るというのは、決して悪い話ではないだろう。


※なお、トラヴェラーズとレイヴ・カルチャーの蜜月とその分裂に関して詳しく知りたい方は、冒頭に引用したマシュー・コリン『レイヴ・カルチャー』の6章を参照してください。

TYPE NINE - ele-king

 東京からハード・テクノを発信する〈09recordings〉と最近はテクノやハウスをモチーフにすることの多いファッション・ブランド〈WATERFALL〉がコラボTシャツをリリース。これは10月22日、青山VENT(Wall&Wall)にて開かれる〈09recordings〉主催の「TYPE NINE」にて限定発売される。
 ちなみに、同パーティには〈09recordings〉レーベルのオーナーで、東京のハード・テクノ・シーンを代表するDJ/プロデューサーのひとり、SHINICHIRO IMANARIをはじめ、レーベルの共同運営者でありDJのShintarø Kanie、テクノ界のレジェンド、DJ WADA、欧州からハード・テクノの使者AnGy KoRe & Gabriel Padrevitaなど、“ハード”にこだわったDJたちが集結する。速めのBPMのテクノやミニマルでがっつり踊りたい人たちはチェックして欲しい。

 なお、太っ腹な〈09recordings〉と〈WATERFALL〉から、エレキング読者に「TYPE NINE」コラボTシャツ1枚、〈WATERFALL〉から「DETROIT TECHNO」Tシャツ1枚、12月24日にCircus Tokyoにて開催される「TYPE NINE」へ来日予定のハード・テクノのレジェンド、PETDuoがデザインした「got techno ?」Tシャツ1枚の計3枚(サイズはL)をプレゼントします。
 応募は、info@ele-king.netまで、「好きなハード・テクノ・トラックを1曲」とご希望のTシャツを書いてメールをください(件名は、「〈09recordings〉〈WATERFALL〉Tシャツ・プレゼント」。名前不要)。当選者には編集部からメールを差し上げます。締め切りは、10月18日正午。Tシャツを着て「TYPE NINE」で踊りましょう!


①TYPE NINE×WATERFALLLコラボTシャツ L


②デトロイトTシャツ


③PETDuoデザインTシャツ


Kaitlyn Aurelia Smith - ele-king

 越境するハイパーポップは過渡期を迎えるどころか、新たな共鳴現象をもたらすようになってきているのかもしれない。数多なるエナジーを集約し、破壊と創生を幾度も繰り返すかのような展開をエクストリームに出力した果てのポップ・サウンド。と、定義しがたくも多様な響きで音楽性を日々更新するこの新興ジャンルは、マキシマイズされたポップネスを実験的に追求せんばかりに、複雑な自己探求のアプローチにジャンルを越境して作用している。

 アメリカのワシントン州とカナダのバンクーバーの間に位置し、豊かで美しい大自然を持つオーカス島が生んだLAの電子音楽家、ケイトリン・オーレリア・スミスのニュー・アルバム『Let’s Turn It Into Sound』はまさにその一例だ。現代的なアンビエント、ニューエイジ色が濃いこれまでの作品とは一転、今日のハイパーポップに振り切ったサウンドというよりは、カオスの先にある表現の可能性をアップデートするため、ハイパーなエッセンスを取り入れたエクスペリメンタル・ポップ作品となっている。

 モジュラーシンセサイザーを駆使し、エレクトリックで夢心地なテクスチャーを創造してきたケイトリン・オーレリア・スミス。2017年リリースの『The Kid』、2020年リリースの『The Mosaic of Transformation』では幻想的で端然としたきらめきを作中で醸し出してきた。そのきらめきは最新作『Let’s Turn It Into Sound』でコントラストを一気に高め、サウンドをポップに加速させているようだ。冒頭の “Have You Felt Lately?” ではピッチアップしたヴォーカルから跳ねるように “Locate” へと、奇妙な明るさのメロディと並走しながら大胆なビートで突き進んでゆく。ハイパーさがふんだんに散りばめられていながらも、昨今の流行を取り入れただけの表層的なサウンドだけに仕上がっていないのは、彼女の多面性をトリッキーに映し出すものとして音の断片がスマートに連動しているからだろう。ただエクストリームに傾倒するのではなく、かつてアンビエントやニューエイジでディープな心象世界を描いたように、ケイトリン・オーレリア・スミスに宿る感性が鮮やかな電子音の融合体となり、味わい深いカオスを優美に浮かび上がらせる。

 アルバム中盤、絶えまない刺激から解放されるビートレスな “Let it fall” に続き、シングル・リリースもされた “Is it Me or is it You?” の心地よい混沌にグリッチされながら誘い込まれ、“Check Your Translation” に差し掛かった頃にはもう、無限に広がる特異な世界を音に頼りながら掴むしかなくなってしまう。挑戦的に勢いよく引き込んでいった前半に比べ、アルバム後半は伸び伸びとしたサウンドスケープが “Pivot Signal” を起点に広がってゆく。純真なコーラスが耳を惹くハウシーな “Unbraid: The Merge” や、軽快なシンセが交錯する “Then the Wind Came” では曲をコラージュしたかのように終盤から脈を打ち、ラストは一貫とした雰囲気が漂う “Give to the Water” で聴き手を彼女の世界の根底に佇ませたまま作品を美しく締め括った。

 このアルバムはパズルであり、楽曲のタイトルは感情を分解したピースであるとケイトリン・オーレリア・スミスはたとえた。誰しもが喜怒哀楽という既存の枠には収まらぬカテゴライズ不能な感情、一筋縄ではいかない感性や意識の集合体である。そう訴えかけてくるかのように、彼女の世界に想いを巡らせながらパズルを組み立てようとすれば、自分自身が内包するピースの存在も見えてくる。そんな本作を彩るケイトリン・オーレリア・スミス流の研ぎ澄まされたハイパーサウンドは、あらゆる自己表現をエンパワーメントするピースとして色濃く活きていた。

Kendrick Lamar - ele-king

 Kendrick Lamarの新譜、『Mr. Morale & The Big Steppers』を巡って様々な衝撃があった。 発売前に公開したシングル「The Heart Part 5」のディープフェイク演出、収録曲“We Cry Together”の凄まじい隠喩的演技で表現したフェミニズム・メッセージ(*1)、ロー対ウェイド(Roe v. Wade)判例が覆されてまもなく“Savior”の舞台の締めで女性人権伸長を叫んだ事件など。そのなかで、トランスジェンダーの親戚を物語に呼んで彼らの人権を擁護するに当たってこれまでの宗教的スタンスを全面覆す“Auntie Diaries”はニュースボードの一欄を埋めるに値する。

 ただ、実際に話題になったのは曲中のクィア嫌悪的俗語(以下 ‘f-slur’)を繰り返す表現と登場人物に対するミスジェンダーリング、デッドネーミングなどによるものだった。実のところ、曲は意図的に問題領域に入る。例えば、伯母(伯父)について語る際に「伯母はゲイじゃない、女を食ったさ /she wasn’t gay, she ate pussy, and that was the difference」と口ずさむ俗語の爆撃を含め、幼い頃の話者がなんと「誇らしげに」f-slurを言わせたというマッチョイズムは価値判断に混乱を呼ぶ。曲の最後、「Faggot, faggot, faggot みんな言えるさ、その白人の子にniggaと言わせれるなら Faggot, faggot, faggot. We can say together. But only if you let a white girl say “nigga”」の句もまた聴者に判断を任せる場面で、まるでキリスト教聖書の「あなたたちのなかで罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい」(ヨハネによる福音書 8:7 新共 同訳)という節の変容を見せるようだ。前に彼がn-wordの意味を覆そうとしたように、f-slurに 関しても同様に試みる。

 しかし、“i”(2015)にて黒人軽蔑的俗語のn-wordのプライド化を望めたのはその言葉がすでに一種の結束軸として作動するからである。その一方、f-slurはどうだ?  Eli Clareは卑猥な単語には感情的で社会的な歴史を荷に持っており、その悲しみと鬱憤の記憶からどのような欠片がプライドを見出せるか問い詰めることの重要性を強調する(*2)。 そのような限界を考慮した上でも、曲の価値を却下したくはない。まずこれは曲に対して「トラン スジェンダーについて話せるか」(*3)を尋ねるいくつかの意見に同意しがたいし、曲はそれでも有効な転覆と旋回を示している。その結果、倫理と正体化のグレーゾーンに暖かな風を押し寄せる感動を、私は大事にしたい。

 曲のフォーカスはやがて話者と家族の準拠集団、すなわち教会から排除されたもう一人に当てられる。 Kendrickとその家族がクリスチャンであることはアメリカでそんなに特殊な情報ではないはずだ。それでもKendrickにおいて神は「Real」(『good kid, m.A.A.d city』、2012)、 「How Much a Dollar Cost?」(『To Pimp a Butterfly』、2015)、「GOD.」 (『DAMN.』、2017)などのように彼の主なアルバムの結論部にいつも存在していた。つまり、 彼の音楽世界において宗教という要素は無視しがたいのだ。いや、 Kendrickだけではない。近現 代の大衆音楽史の根幹にあるスピリチュアル、ゴスペル、ブルースなどは奴隷制の時期、教会を媒 介にして登場した。教会は聖書の記録・読解権力を用いて奴隷制を内在化する戦略を建てたが、究極的な解放を説破したメシアのメッセージは平等と解放の火種となった。これは教会という空間の特殊性を表すとともに、大衆宗教においてヘゲモニーがどちらに向かうか知れる重要な指標とも考え得る。

 Mary-Annを排除する教会コミュニティと歓待する家族コミュニティの対比からもその構図はよく現れる。「牧師先生、あなたの隣人を愛すべきでしょ?  Mr. Preacher Man, should we love thy neighbor?」この節を境にクァイヤーの声は背景から曲の前景に現れて教壇の権威を覆 し、「宗教の代わりに人類愛を選んだその日、家族は和解し全ては許された /The day I chose humanity over religion, the family got closer. It was all forgiven」と、キリスト教で「許し」 を担う神の権威すらも簒奪する。イエス・キリストが同じ理由で当時の宗教指導者たちから迫害された話を思い浮かべると、Kendrickがカヴァーアートと舞台で荊棘の冠を被っている理由もまた推測できる。

 教会はクィア嫌悪などを通じて脱近代社会へのアンチテーゼ戦略をとって彼らの前近代的想像力を固執するなか、「神が死んだ」時代は教会という空間の存在理由を問い続けている。ただ記憶すべき なのは、教会は本来、権力の圧政に苦しむ弱者のための空間であったことだ。聖書の記録はすなわち長きディアスポラたちの歴史であり、そんななかで「集い」のもたらす価値は想像を超えるものだっ たであろうし、その過程での試行錯誤はそのまま新たな聖書に加わった(*4) 。個人と集団、言語の裏 面にて交差する複雑な脈絡を論じるに、この場は非常に狭いはずだが、足らない議論にもかかわら ずこのように記録を残したい。その脈絡の林をくぐり抜けたのち、個人が歓待されてこそコミュニ ティgが健康に回復することを曲が強弁するように、我らが各現場で書き綴る日記は、歴史になるはずだから。

(*1)  coloringCYAN, “Kendrick Lamar, 「Auntie Diaries」 (부제: 힙합의 노랫말과 여성혐오의 관계에 대한 단상)”, 온음(Tonplein), 2022.08.27, https://www.tonplein.com/?ckattempt=1

(*2)  Eli Clare, Exile and Pride: Disability, Queerness, and Liberation, Duke University Press, 1999.

(*3) Stephen Kearse, “Kendrick Lamar: Mr. Morale & The Big Steppers Album Review”, Pitchfork, 2022.05.16, https://pitchfork.com/reviews/albums/kendrick-lamar-mr-morale-and-the-big-steppers/

(*4)  拙稿, “사탄의 음악을 연주하고 말았습니다만?! : CCM에서 나타나는 대중음악과 예배음악의 경계 혹은 조건
サタンの音楽を奏でちゃったのですが?!:CCMに現る大衆音楽と礼拝音楽の境界もしくは条件”, Various Critics Vol. 3, 2022.01.25, https://posty.pe/l8f69k.

原本(韓国語):https://www.tonplein.com/?p=1875101.

interview with Strip Joint - ele-king

 自由を我(ら)に。そんなタイトルをデビュー・アルバムのタイトルに冠した、まだ若いインディ・ロック・バンドが現れた。ここ日本からである。いまの閉塞的な日本で生きる若者たちが思い描く「自由」とは、いったいどのような感触をしたものだろうか?

 Strip Joint のファースト・アルバム『Give Me Liberty』には、その感触のようなものがたくさん入っている。溌剌としたギター・ロック・チューン “Leisurely”、“Lust for Life” にはじまり、ウェスタン・テイストのあるトランペットが印象的な “Hike”、ジョイ・ディヴィジョンやギャング・オブ・フォーのリズム感覚を想起させる “Yellow Wallpaper” ……と、アルバム序盤からアレンジメントの多彩さとアンサンブルの完成度の高さに驚かされるが、それらは海外のインディ・ロックからの影響をたっぷりと吸収したものだ。この内向きな国から「自由」を思うとき、海の外のインディペンデントな音楽を聴くことは彼らにとって必然だったのだろうと感じさせる。そしてそれらの曲はすべて、はちきれんばかりにエネルギッシュだ。
 Daiki Kishioka を中心として2017年から Ceremony として活動をはじめ、メンバー・チェンジと改名を経て、ライヴハウス活動をメインに地道な活動を続けてきた Strip Joint。男女6人編成のこのバンドは、トランペットとキーボードを生かした、いわゆるギター・ロックのステレオタイプをはみ出すスタイルをすでに獲得しているところがまずその魅力である。マリアッチに影響されたインディ・ロック・バンドを連想する “Against The Flow” や、ミドル・テンポで鍵盤の響きを生かしながらリリカルに情景を描いていく名曲 “Oxygen”、“Liquid” など、アルバム後半のナンバーは多楽器によるアンサンブル志向の米国インディ・ロックを彷彿させる。歌詞を書く Daiki Kishioka が英米文学の素養があることもあって言葉は英語で(CDには日本語対訳が掲載されている)、積極的に国外の音楽と文化的・感情的に繋がっていかんとする意思が表れている。

 以下のインタヴューでは、最近は同時代のインディ・ロックを意識的に聴き過ぎないようにしていると Daiki Kishioka は話しているが、やはり現行のUKインディ・ロックの活況とシンクロする部分があるのではないかと自分は考えている。ジャンルも編成もスタイルも好き勝手にやっている彼らを指して、もう何度めかもわからない「ポスト・パンク・リヴァイヴァル」ではなく、近年は「ポスト・ブレクジット・ニューウェイヴ」とする表現もあると聞くが、その、「何でもアリ」すなわち「この窮屈な場所からどこへだって行ける」という感性は、海の外のインディ・ロックに影響されていなければ得がたいものだったろう。偉そうな大人たちがめちゃくちゃにした彼らの現在からも、生まれる何かがあるのだと──『Give Me Liberty』のクロージングを飾るアップテンポのロックンロール・チューン “Suddenly I Loved You” の自由な輝きを聴くと、そんなふうに思えてくる。

みんなが同じ音楽に熱狂するっていうことをミュージシャンがしていていいのかなって思うようになって。みんなと違うところを発見するのが俺のやるべきことだと思うようになったので、最近は新しいものを追いかけなくなりました。

今日は、いまの20代がなぜ海外のインディ・ロックに影響を受けたロック・バンドをやっているのかを聞きたいと思っています。岸岡さんはアークティック・モンキーズとの出会いが大きかったとのことですが、彼らに対して「自分の音楽だ」みたいな感覚があったのでしょうか。

Daiki Kishioka(以下、DK):アークティックに関しては、インディ・リスナーとしていろんな音楽を聴くなかで、アレックス・ターナーの音楽性の変化や、言っていることの変化、佇まいの変化を追っていくのが楽しかったんです。そのレベルまで好きになれる唯一のバンドでした。

そういう存在はアークティックが初めてだったんですか?

DK:じょじょにそういう存在になって。いまに至るまで特別ですね。

野田:アークティックは後追いだよね?

DK:後追いです。4枚目(『Suck It and See』)がすでに出ているときに知って、リアルタイムで聴き出したのは5枚目(『AM』)からですね。

野田:そうなんだ。ぼくはやっぱり1枚目(『Whatever People Say I Am, That's What I'm Not』)をいちばん聴いたけどね。どれがいちばん好きなの?

DK:3枚目(『Humbug』)、4枚目ですかね。

野田:そうなんだ。1枚目はダメ?

DK:ダメじゃないですけど、23、4歳くらいになってくると、聴けないですね。

えー(笑)!(木津は当時21歳)

野田:ぼくは40歳過ぎて聴いてたよ(笑)。

(一同笑)

じゃあ、もうすぐ出る新譜(『The Car』)も楽しみですね。

DK:そうですね、純粋にファンとして。

それまでも岸岡さんは親御さんが持っていたポスト・パンクのレコードを聴いていたということですが、世代的には、海外のインディ・ロックを聴くひとが周りに少なかったんじゃないかと思うんですよ。J-POPはともかくとしても、海外の音楽でもラップやポップスのほうが勢いがあったと思うし。そんななかで、どうやって海外のロックを発見したんですか?

DK:音楽体験の最初期は小学生のときまで遡りますけど、それこそ、クラスメイトがJ-POPのコンピレーションを作って配ってたりしていて。でも、その「キミとボク」みたいな世界観に入りこめなくて。そもそも小学生の恋愛なんて恋愛以下だし、入りこめるわけないじゃないですか。でもみんなが、大人の欲望を模倣するというか、それを自然なものとして受け入れているのにまず違和感がありました。それよりも、言葉はわからないけど、もっとシンプルでパワフルなもののほうがいいじゃんって思っていたのが小中学生のときですね。フー・ファイターズやグリーン・デイからロックに入り……、家にもストーン・ローゼズ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、あとシャーラタンズ、オーシャン・カラー・シーンなんかがあったんですよ。

それは充実したレコード・コレクションですね。

DK:ありきたりなポップ・ミュージックじゃなくて、聴きながら陶酔的になれるものですね。高校生のときにギターを買って、そういうのを流しながら自分でアンプ繋いでいっしょに弾いてました。その頃にバンドをはじめましたね。最初はドラマーで。芸術系の高校に行ってたひとに誘われて、彼は若いのにアーティストとしてやっていくことに意識的でした。ザ・ホラーズフランツ・フェルディナンドみたいな、ポスト・パンク・リヴァイヴァルの美学を自分たちに課してやっていたひとたちで。自分で哲学持って音楽をやろうと思ったのは、そのバンドからの影響が大きかったです。

なるほど。僕は自分の経験として、10代のとき音楽のテイストが合うひとを周りに見つけにくかったんですけど、岸岡さんは音楽の話が合うひとやコミュニティとの出会いはスムーズだったんですか?

DK:それは、ツイッターで。

へえー! でも、いまっぽい話かも。

DK:学校では、俺が「アークティックいいぜ」って周りに薦めると2人ぐらい「いいね」って言ってくれたんですけど、いっしょに音楽をやろうとはならないし。自分の世代だと中2か中3ぐらいでみんなツイッターをはじめるので、ネット上でみんなが自分の好きなものにワイワイ言う、みたいなものは見ていました。当時 The 1975 が出てきたとこで、「あいつらはカッコいいのか」みたいな議論があったりして。そこで知り合ったひとに誘われました。

なるほど、ちょっとひねくれた集まりのなかから(笑)。その後、岸岡さんご自身が Ceremony を作って、それが Strip Joint になっていくわけですけど、それも自然と音楽志向の合うひとと出会っていったんですか?

DK:オリジナル・メンバーのうち、いまもいるギターの島本さんは趣味が合う感じでしたね、ザ・スミスとかが好きで。ドラムの西田くんは、もうちょっとオルタナとかエモ寄りです。学生のつながりのなかで、「こいつならいっしょにやれる」って思えるひとを探してきたって感じでしたね。

音楽的なテイストで言えば、インディ・ロック志向の強いひとを集めた感じなんですか?

DK:ポスト・パンク・リヴァイヴァル以降の流れのインディ・ロックは自分にとってはいちばん思い入れがありますが、メンバー全員にとって特別なジャンルかと言われるとそうじゃないと思います。西田はヒップホップやハードコアも好きだし、ジャズやフュージョンなど、それぞれに幅広く聴いてる感じです。

野田:ちなみに Ceremony っていうのはジョイ・ディヴィジョンの曲名から取ったの?

DK:なんとなく頭にはあったんですけど、取ったというわけではないんですよ。

僕の印象としては、とくに活動初期は英国ポスト・パンクからの影響が強いように感じたんですけど、ポスト・パンク・リヴァイヴァルも含めて、惹かれたポイントはどういったところだったんですか?

DK:そもそもオリジナル・ポスト・パンクは通ってなくて、あとから雑誌で得た知識なので、そこについて語るのはちょっと気が引けるんですけど。ただ、機械的で痙攣するようなビートや、ダンス・ミュージックなんだけど不自然なダンス感覚なんかは、ジャンルとしてのポスト・パンクの好きな部分かな。

まずは何よりもサウンドの部分が。

DK:踊れるっていうのが大きいですね。

なるほど。あと、Strip Joint はバンド・アンサンブルとしてはトランペットとキーボードがいることによる個性も大きいですよね。それらが必要だと感じたのはなぜだったんですか?

DK:小さい頃からテレビで演歌が流れるとよく聴いていたんですけど、非ロックの要素がたぶんもともと好きだったんですよ。それこそアークティック・モンキーズも、ある時期から60年代頃のポップスからの影響を受けてますけど──ザ・スリー・ディグリーズやオージェイズみたいなコーラス・グループなんかに──、「こういうの俺も好きだな」と早い段階から思っていたので。本当なら小さいオーケストラを入れたいぐらいで。あとはキング・クルールが出てきたときに、「やべえ」ってなって(笑)。ここ5年ぐらいですかね、いわゆるインディ・ロックが音楽的に広いジャンルになったのと共振したいという想いもありました。

社会からのメッセージをひとつひとつ聞いているとしんどいじゃないですか。自分のナマの感情が死んでいく感じがする。そういったものに対して反抗をしてもいいんだぜ、みたいなところですかね。

いまのキング・クルールの話は象徴的なように思いますね。ここ10年くらいで注目されるUKのインディ・ロックは音楽的により折衷的になっていますが、そういう同時代のバンドの動向はやはり気になっているんですか?

DK:かつては気になってましたが、みんなが同じ音楽に熱狂するっていうことをミュージシャンがしていていいのかなって思うようになって。みんなと違うところを発見するのが俺のやるべきことだと思うようになったので、最近は新しいものを追いかけなくなりました。

そうだったんですね。ただ、メンバー間でいま熱い音楽みたいな話にはなるんじゃないですか?

DK:長谷川白紙が熱いという話はありましたね。あと藤井風とか。

へえ! それは意外かも。

DK:たとえばブラック・カントリー、ニュー・ロードは話題にすら挙がらないですし……。たぶん、みんなチェックはしてると思うんですけど。

えっ、それも意外です。

DK:自分たちとやってることが近いかも、みたいな意識もあまりない気がします。やっぱり背景からすべて違いますからね。

なるほど。バリバリ意識してるのかなと勝手に思っていたので、それは面白いですね。いま名前が出たブラック・カントリー、ニュー・ロードはアンサンブル自体が民主的に作られているという話もありますよね。Strip Joint は岸岡さんがリーダーということですが、サウンド自体はメンバーの意見が反映されてどんどん変化する感じなんでしょうか。

DK:俺がリーダーとして最終判断をする立場にあるので、「これでいいかな」みたいな感じでメンバーが聞いてくるというのはあります。ただ、アルバムに入っている “Hike” と “Against The Flow” って曲は1年半前くらいにリハをしたときに、俺がスタジオに入らず、他のメンバー5人でアレンジを考えてもらったことがあって。

“Hike” と “Against The Flow” はアルバムのなかでも、とくにアレンジが異色の曲ですよね。

DK:それで面白いアイデアが出てきたので。なんとなく西部劇っぽいイメージみたいな話はしてたんですけど、あそこまでドラマティックに大仰な感じになると思っていなかったので、びっくりしました。アルバムは半分ぐらいがメンバーのアイデアを有機的に生かしたもので、残り半分は俺が頭のなかで緻密に組み立てたものをみんなにそのまま演奏してもらった感じです。ゆくゆくは有機的な部分がもっと増えていったらいいなって思ってますけど。

いまのはいい話ですね。“Hike” や “Against The Flow” がアルバムに入っていることによって、Strip Joint の個性が目立っているところがあると思うので。いっぽうで、歌詞の世界観やテーマはどんなふうにメンバー間でシェアしているんですか?

DK:みんなでアレンジを練るっていうのはありつつも、まずはデモを俺が渡しているので、そのときに歌詞を見てもらう感じですね。

歌詞が英語なのは自然な選択だったんですか?

DK:最初にはじめたバンドが英語だったので、その延長でしかできてないっていうのはあります。いつか日本語でも書けるように、もっと幅を広げていく必要があるんだろうなとは思ってるんですけど。聴いてきたものの影響を素直に出したというのもあったし、リズム感が好きというのもあります。

サウンド的にもフィットする?

DK:それはそうですね。英語できちんとポップスを作ることも、日本人がやってできないわけがないじゃないかという想いはあります。

あと、岸岡さんが英米文学の素養があるのも関係しているのかなと僕は想像しているんですけど。

DK:そこは出したかったんでしょうね。こういうのを知ってるぞ、というのは(笑)。

(笑)具体的に、アルバムに入っている文学からの影響はありますか?

DK:“Yellow Wallpaper” って曲は、シャーロット・パーキンス・ギルマンの同名の小説(邦題『黄色い壁紙』)から取ってます。それがすごく面白い小説で、いまはフェミニズムの文脈で評価されている短編なんですけど。女性が主人公で、医者の夫に「あなたは安静にしてなければならない」と言われて、言われたとおりにしていたら頭がおかしくなって、壁紙からひとが出てくる妄想を抱くという内容のホラーです。現代で生きることの抑圧みたいなものを、そこから着想を得て自分なりに書いてみようと思いました。

そうだったんですね。アルバム・タイトルの『Give Me Liberty』はエミリー・ブロンテの同名の詩からの引用ということでしたが、フェミニズム文学からの影響は意識的にあったんですか?

DK:うーん、それは偶然だと思います。

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自分たちがやってることの意味を話し合おうよっていう時間があって。で、大事なのは自由なんじゃないかって話が出たんですよ。そのときは「Liberty」って言葉は出てないですけど、たぶんそのことが頭にあって

最近は変わってきていますけど、インディ・ロックは長らく白人男性中心の文化でもありましたよね。いまの話って、偶然にせよ Strip Joint にフェミニズム文学の影響が入っているのが面白いと思ったんですよ。Strip Joint はメンバーの男女比が自然に半々になっているのもいいなと個人的は感じています。

DK:それは自然な成りゆきでしたね。まあでも、俺の性格的に男友だちよりも女友だちのほうができやすいというのもあります。

へえー! いいですね。

DK:最初、島本さんを誘ったのも話しやすかったし、音楽の趣味があったというのがあって。はじめサポートで入ったトランペットの雨宮さんとキーボードの富永さんは、島本さんのサークルの友人だったので、それも自然な流れでしたね。

日本のインディ・ロックのシーンもまだまだ「男子」が中心の文化なのかなと、僕は個人的には感じてしまうところがあるんですけど、Strip Joint は自然と男女が混ざっている感じがあって現代的だなと思います。ただ、メンバーがやや多いなかで苦労することはありますか?

DK:うーん……ステージが狭い。

(笑)でも、それはカッコいいと思いますよ。

DK:そうですか(笑)。ギターとか当たりそうになりますね。

逆に、6人いることの強みは感じますか?

DK:面白い音楽をやっているなってパッと伝わりますし、そう言われることも多いですね。サウンドの幅も広がりますしね。ギター、ベースだけじゃできないオーケストレーションがあるので、作曲者としてのやりがいはあります。面白いバンドのコンポーザーでいられるのは楽しいですね。

岸岡さんはピアノを学ばれていたということもあると聞きましたが、コンポーズしたい気持ちも強いんですね。

DK:そうですね。

そのコンポーザーとしての姿勢もあって『Give Me Liberty』はアレンジメントの幅が広いのがいいと思います。こういうファースト・アルバムにしたいというのは事前にあったんですか?

DK:これまでもアルバムを作ろう作ろうと言ってたんですけど、自分たちにアルバムを作る能力があるんだろうかと不安に思ってたんですよ。で、曲がいろいろあるなかでどうやってレコーディングしようか悩んでいたところを、〈kilikilivilla〉の与田さんに出会って。それでいろいろ相談できて、レコーディングのこともわかっている方がいてっていうところで、ようやく自分たちのベストを尽くすのを心置きなくできる状況になりました。時間があったのでデモを作りためることもできて……、だから純粋に自分たちにできるベストをやろうっていうのがいちばん大きかったですね。

それはファースト・アルバムらしい話ですね。与田さんからリクエストはあったんですか?

kilikilivilla与田:とりあえず4年ぐらい活動していたなかからベストを選ぼうって感じですね。アルバムとしてのイメージというよりは、この曲は入れてほしい、この曲はこういう感じにしてほしいというようなリクエストはけっこうしました。

なるほど。ちなみに最高のファースト・アルバムと言われて思いつくのは?

DK:まあアークティックでしょうね(笑)。

野田:やっぱり1枚目もいいよね(笑)。

DK:MGMTのファースト(『Oracular Spectacular』)も最高ですね。あとはやっぱりオアシスじゃないですか。あとさっき与田さんとも話してたんですけど、プライマル・スクリームのファーストも最高ですね。

それらに共通するものってありますか? なぜ最高なのか。

DK:瑞々しさ、ですね。自分たちのファーストがどんな価値があるのかわからないので、並べていいのかわからないですけど(笑)。

いや、全然並べてだいじょうぶだと思いますよ。とくに達成感があるのはどんな部分ですか?

DK:時間かけて準備したのもあって、同じような曲ばかりじゃなくて、バラエティのあるものにできたとは思います。あと、昔の曲を突っこむこともしたんですけど、そのままでは入れたくなくて、歌詞の書き換えもしたんですよ。英語圏のひとに読まれても、文学的な意味で言いたいことが何かというのは伝わるものになっていると思います。

なるほど。これは野暮な質問ですが、その「言いたいこと」をあえて説明するとどういうものになりますか?

DK:そうですね……まともに生きていて、社会からのメッセージをひとつひとつ聞いているとしんどいじゃないですか。自分のナマの感情が死んでいく感じがする。そういったものに対して反抗をしてもいいんだぜ、みたいなところですかね。

いまの社会の閉塞感に対する苛立ちがある?

DK:ボーッとしてると、自分のなかにある感受性や、心を動かす想像力がだんだん薄れていくのがわかるし。そうじゃないときの自分のほうが好きだから、それを忘れないという決意表明として曲を書いているところはあります。

ギター、ベースだけじゃできないオーケストレーションがあるので、作曲者としてのやりがいはあります。面白いバンドのコンポーザーでいられるのは楽しいですね。

アルバム・タイトルのなかの「Liberty」というのも、社会的な言葉でもありますよね。このタイトルにした理由をあらためて教えてください。

DK:メンバーで自分たちがやってることの意味を話し合おうよっていう時間があって。で、大事なのは自由なんじゃないかって話が出たんですよ。そのときは「Liberty」って言葉は出てないですけど、たぶんそのことが頭にあって、パラパラと詩集をめくってるときに目に留まった言葉です。自分が大事にしていることを端的に表したいい言葉だと思ったし、バンド・メンバーと共有できるとも思ったし。メッセージ性があるのもいいと思いました。

そういうところも含め、Strip Joint はインディらしいDIY精神があるバンドだと思います。そういったインディペンデント精神はライヴハウスでの活動ともつながっていると感じますが、Strip Joint にとってライヴ活動を続けていく意義はどういうところにありますか? かなり頻繁にライヴをすることを自らに課しているそうですが。

DK:バンドの数が多いなかで、きちんと存在をアピールしないとあっという間に忘れられるっていうのを、一年くらい活動しなかった時期に体感してるので。そこは責任を持ってライヴを続けていきたいと思っています。いまやっている規模よりももうちょっと集客できるようになって、これまでお世話になってきた小さなライヴハウスに恩を返したい気持ちもあります。ただ、自分たちのやりたいことをやって、自主企画をやって、ってしていてもなかなかうまくいかないことが多くて。これからどんどん大人になっていくなかで、不安や自信の持てなさのほうが正直大きい。圧倒的に売れなかったとしても健全にバンドを続けていくあり方を探すというのは、今後のシリアスな課題ですね。

その不安のなかでもとにかく動く、っていう時期なんでしょうか。

DK:そうですね。月イチで必ずライヴをして、次のアルバムも作って、みんなで協力していきたいというところですね。

そんななかで、自主企画イベント〈iconostasis〉では多様なミュージシャンが出演されているとのことですが、ああいったイベントをするモチベーションはどんなものですか?

DK:10代のときに東京に出てきて、インディ・ロック・バンドの出てるイベントにテクノやトランスのアクトが出演し、彼らがジャンルの垣根なく情報交換していたりしていたのを見てたんですよ。そういうパーティがすごくカッコよかったんですよね。バンドが順番に出てきて、終わったらライヴハウスのひとに頭下げて、打ち上げして、みたいなのじゃなくて、アーティストそれぞれが主体的にやっているのがいいと思ったし。自分がバンドをやるなかでも、いわゆるバンド・イベントみたいなものじゃないものをイチからやりたいと思っていましたね。今回はずっと続けていたことの集大成として企画しました。

いやほんと、アーティスト主体であるのが伝わってくるイベントですね。では最後に、Strip Joint としての今後の最大の目標は何でしょう?

DK:10年後、20年後にも、自分の書いた曲に誇りを持って演奏できていればそれでいいと思います。

そのためにもっとも必要なことは何だと思いますか?

DK:日々めげずに、前向きに、やるべきことをやっていくことかなと思います。

それはストイックな。これからの地道な活動に期待しています。

DK:ありがとうございます。

 インタヴューの後日、小岩のBUSHBASHで開催されたStrip Joint主催のイベント〈iconostasis#7〉に足を運んだ。そこには洒落ているが自然体のインディ・キッズたちが集まっていて、思い思いに個性的なインディ・ミュージシャンたちの音を楽しんでいた。
 6人には狭く見えるステージに登場した Strip Joint は、生演奏でも高いアンサンブル力を発揮し、集まったオーディエンスの熱を上昇させていた。アルバム収録曲以外にもジャジーな揺らぎが感じられる実験的な曲も披露され、バンドのさらなるポテンシャルを思わせる一幕もあった。が、何より重要なのは、大きな場所でなくとも、確実に自分たちの手で音楽をシェアする空間を作り上げようとする意思が漲っていたことだ。Strip Joint がより多くのひとに発見されるのは、そう遠くのことではないだろう。

Zettai-Mu“ORIGINS” - ele-king

 大阪の KURANAKA a.k.a 1945 が主宰するパーティ、《Zettai-Mu “ORIGINS”》最新回の情報が公開されている。今回もすごい面子がそろっている。おなじみの GOTH-TRAD に加え、注目すべき東京新世代 Double Clapperz の Sinta も登場。10月15日土曜はJR京都線高架下、NOONに集合だ。詳しくは下記よりご確認ください。

Zettai-Mu “ORIGINS”
2022.10.15 (SAT)

next ZETTAI-MU Home Dance at NOON+Cafe
Digital Mystikzの Malaが主宰する UKの名門ダブステップ・レーベル〈DEEP MEDi MUSIK〉〈DMZ〉と契約する唯一無二の日本人アーティスト GOTH-TRAD !!! ralphの「Selfish」 (Prod. Double Clapperz) 、JUMADIBA「Kick Up」など(とうとう)ビッグチューンを連発しだしたグライムベースミュージックのプロデューサーユニット〈Double Clapperz〉Sinta!! CIRCUS OSAKA 人気レギュラーパーティー〈FULLHOUSE〉より MileZ!!
大阪を拠点に置くHIPHOP Crew〈Tha Jointz〉〈J.Studio Osaka〉から Kohpowpow!!
27th years レジテンツ KURANAKA 1945 with 最狂 ZTM Soundsystem!!
2nd Areaにも369 Sound を増設〈NC4K〉よりPaperkraft〈CRACKS大阪〉のFENGFENG、京都〈PAL.Sounds〉より Chanaz、DJ Kaoll and More!!

GOTH-TRAD (Back To Chill/DEEP MEDi MUSIK/REBEL FAMILIA)
Sinta (Double Clapperz)
MileZ (PAL.Sounds)
Kohpowpow (Tha Jointz/J Studio Osaka)
and 27years resident
KURANAKA a.k.a 1945 (Zettai-Mu)
with
ZTM SOUND SYSTEM

Room Two
Paperkraft (NC4K)
FENGFENG (CRACKS)
Chanaz (PAL.Sounds)
DJ Kaoll
Konosuke Ishii and more...
with
369 Sound

and YOU !!!

at NOON+CAFE
ADDRESS : 大阪市北区中崎西3-3-8 JR京都線高架下
3-3-8 NAKAZAKINISHI KITAKU OSAKA JAPAN
Info TEL : 06-6373-4919
VENUE : https://noon-cafe.com
EVENT : https://www.zettai-mu.net/news/2210/15

OPEN/START. 22:00 - Till Morning
ENTRANCE. ADV : 1,500yen
DOOR : 2,000yen
UNDER 23/Before 23pm : 1,500yen
※ 入場時に1DRINKチケットご購入お願い致します。

【予約はコチラから】
>>> https://noon-cafe.com/events/zettai-mu-origins-yoyaku-7
(枚数限定になりますので、お早めにご購入ご登録お願い致します。
 LIMITED枚数に達した場合、当日料金でのご入場をお願い致します。)

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Tribute to Ras Dasher - ele-king

 「ONE BLOOD, ONE NATION, ONE UNITY and ONE LOVE」。LIVE はいつもこの一言から始まった。本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった“RAS DASHER”。彼といっしょに音楽を作ってきた仲間から、 最大限の感謝を込めて、それぞれのアーティストが現在進行形の音を天に響かせる追悼と音の祭典が開催される。

10/14 (金) 場所: 新宿Loft
Open:18:00-Til Late 27:00

REGGAELATION INDEPENDANCE & Special Guests from Cultivator & KILLA SISTA
MILITIA (SAK-DUB-I x HEAVY)
光風 & GREEN MASSIVE
UNDEFINED

BIM ONE PRODUCTION
LIKKLE MAI (DJ set)
MaL & JA-GE
外池満広 *Live
I-WAH & MARIKA
176SOUND
OG Militant B
山頂瞑想茶屋 feat. FLY-T
And more

Sound System by EASS HI FI

Food:
新宿ドゥースラー


Adv. ¥4,000
Entrance ¥4,500

前売りチケット情報
ZAIKO
https://tokyodubattack.zaiko.io/e/voiceoflove
ローソンチケット https://l-tike.com/order/?gLcode=72177
( Lコード:72177)

INFO
新宿LOFT 
tel:0352720382 


About Ras Dasher:
 80年代後半〜90年代初頭、SKA バンドのトランペットから始まったという彼の音楽キャリア、 その後 JAMAICA や LONDON を旅して帰国後、レゲエ・ヴォーカリストとして歌うようになった。 下北沢のクラブ ZOO (SLITS) で行われていたイベント「ZOOT」などに出演し、Ska や Rockstedy のカヴァー曲を歌っていた。
 その後、Mighty MASSA が始めた Roots Reggae Band “INTERCEPTER" の Vocal として参加、 Dennis Brown や Johnny Clark の ROOTS REGGAE を主に歌っていた。 95年頃、前述の クラブZOOT では、MIGHTY MASSA が本格的にUK Modern Roots Styleの SOUND SYSTEM を導入し、自作の音源を発表し始める。 発足よりシンガーとして参加し、97 年に MIGHTY MASSA の1st 12inch 「OPEN THE DOOR/LOVE WISE DUB WISE」 (Destroid HiFi) がリリース。 (Singer RAS DASHER として録音された最初のリリース) 後の MIGHTY MASSA 作品への参加 (2001 年 Album『ONE BLOW』、2003年 7inch 「Love Wise Dub Wise」) や DUB PLATE の制作に繋がっていく。 また、INTERCEPTER も音楽性の趣向がUK Modern Roots色が強くなり INTERCEPTER 2 として活動が始まり、 後の DRY & HEAVY の 秋本“HEAVY" 武士と RIKITAKE が加入し、その出会いが CULTIVATOR の結成に繋がっていく。

 CULTIVATOR は、何度かメンバーチェンジと試行錯誤を繰り返し 徐々にオリジナルの楽曲とサウンドアイディアで LIVE 活動が始まったのが90年代ももうすぐ終わる頃。 2000年に1st 12 inch Vinyl 「Promise Land/More Spilitual」を〈Reproduction Outernational〉レーベルからリリース.。この音源と DIRECT DUB MIX を取り入れた LIVE が注目される。
 2001 年 6月 1st CD mini album “BREAKOUT FROM BABYLON”をFlying Highレーベルから発表。 同年 FUJI ROCK FESTIVAL (RED MARQUIE)にも出演を果たした。また、 UK SOUND SYSTEM の重鎮 ABA SHANTI」の東京公演や、IRATION STEPPERS, ZION TRAIN の東京公演のフロントアクトを務めるなどLIVE も活発化し、2003年3月 2nd CD album 『Voice Of Love』 をリリース。 2004 年にこれらのシングル・カットとして 「Hear the voice love / In My Own / Freedom of reality」と 「Aka-hige /Spanish town」を発表した後、残念ながら活動を休止となった。


■Cultivator - 『Voice of Love』 レコードリリースについて
 Bim One Production / Riddim CHango Recordsの1TAによる、国産ルーツ/Dubの魅力を再評し新たな視点を深堀りするべくスタートするレーベル〈Rewind Dubs〉が始動!
 記念すべき第一弾は、2003年発表のCultivatorの名作CDアルバム『Voice of Love』 をLPアナログ用にリマスターした復刻盤! 本作は昨年惜しくもこの世を去ってしまった同バンドのフロントマン、Ras Dasherをトリビュートした限定300枚の再発作品である。
https://rewinddubs.bandcamp.com/releases

■ Voice of Love / Cultivatorオリジナルロゴ復刻T-シャツ販売決定
限定枚数販売!お見逃しなく!

Ras Dasher - Voice of Love T-Shirts (White / Black)
Cultivator Logo T-Shirts (Black)
M / L / XL / 2XL
¥3,000

七尾旅人 - ele-king

 七尾旅人の音楽では、その声で発する言葉がすなわち旋律でありリズムで、文節が編曲だ。そこにギターと歌がありさえすればすべてを描くことができる。完成/未完成という二元論を越えたその自由なさまはジャズのインプロヴィゼーションに近いのかもしれないが、七尾旅人は音が言葉(日本の言葉は欧米の言葉と違って、アクセントを変えても意味が通じる。ゆえに音表現としての自由度は高い)なので、伝達されるものは具体性を帯びている。それが甘いラヴソングであれ、力強いプロテスト・ソングであれ、そうした言葉の具体性は、彼の音世界の自由さと、ときに衝突しかねない。が、彼の親密な声が、そよ風のような響きと意味のある言葉を共存させる。要するに、七尾旅人の音楽では、彼とギターがあれば、すなわちそこは宇宙なりと言わんばかりにひとつの世界が出来上がってしまっているのだ。
 ジョアン・ジルベルト的というか、そんなミュージシャンはなかなかいないわけだが、だから彼の世界にさらなる演奏を加えることも、それをひとつのパッケージのなかに記録することも、決して簡単ではないと思う。ところが、20人以上の個性的な演奏家(Shingo Suzuki、Kan Sano、山本達久などなど)を招いて制作された『Long Voyage』は、彼のボヘミアンな風情の、風のような自由さをこれまででもっとも絶妙に、音においても表現している。音が言葉で、言葉が音の七尾旅人の世界がここにあらたに生まれている。それがまずひとつの素晴らしきことだ。

 もうひとつのことを書く前に、日本に七尾旅人がいて良かったとつくづく思う。コロナ渦における彼の極めて個人的な、しかし驚くべき救援活動(フードレスキュー*ほか)に関してはただただリスペクトしているが、いまここで書いておいきたいのは、経済的な弱者に対して鬼のように冷酷な社会のなか、七尾旅人が弱き者たちの側に強い思いを寄せていることだ。先日、ロンドンの大学で講義をしている高橋勇人と長話をした際、彼はおもむろに日本でいちばんコビー・セイに近いのは七尾旅人なんじゃないかと言った。音楽性はまるっきり違うが、それはたしかに言えていて、どちらもこの厳しい現実をどう生きていくのかをシリアスに考え、訴えている。『Long Voyage』のジャケットはまるでファンタジーだが、作品の中身は絵空物語ではない。CD2枚組のこの大作は甘く優しい調べに満ちているが、同時に生々しい日本の現実も描かれているのだ。
 
 オープニング・トラック“Long Voyage「流転」”は、本作が彼の長いキャリアにおいてもっとも成熟した作品であることを、この時点で告げているようだ。ジャズ・ピアノが印象的なインストルメンタル曲のこれは、ぼんやりとしながらも夢のようで、夜更けの海にゆったりと浮かぶ客船を思わせる。そして、続く“crossing”のさりげない歌のなか、あたかも替え歌のような調子で、最後に「ダイヤモンド・プリセス」が歌われると、世界はいっきに2020年1月に巻き戻される。恐怖と不安でいっぱいだった、あのときへと。
 長き航海ははじまった。オンエア向きだが、未来に関しての意味あるメッセージを持った“未来のこと”をはさんで、コロナ禍の困窮者たちを歌う“Wonderful Life”が待っている。2021年の3月、名古屋入管施設で亡くなったウィシュマさんを忘れてはいけないと“入管の歌”があって、それからBLMに触発されたのであろう、植民地主義を主題とした“ソウルフードを君と”が文字通りスウィングする。
 何度も繰り返すようだが、今作における七尾旅人の音楽は、たとえ歌詞で表現される世界が荒涼としていても、じつに表情豊かで甘美な響きを携えている。何気なく聴いていればその深いメッセージを忘れてしまうほどに、楽曲は滑らかに展開されるのだ。そこではときにジャズの成分が機能している。家出少女を題材にした“リトルガール、ロンリー”にもジャズの色気がある。口笛とギターのユニゾンからはじまり、ピアノが生気溢れる演奏をし、ストリングスがみごに調和する“フェスティバルの夜、君だけいない”のような曲も、『Long Voyage』における言葉と音の相乗効果によるサウンド面の傑出したところを象徴していると言えよう。
 
 CDの2枚目は、詩の朗読の“Long Voyage「停泊」”からはじまる。ギターの演奏をバックに、歴史の断片(17世紀の貿易からウクライナ戦争、震災、遭難、個人史、彼の愛する犬の話など)が、切り貼りされたメモ用紙を淡々と読み上げるかのように展開する。場面は変わって、ブルース・ロック調の“荒れ地”がずっしりと、そして力強い声で、いま我々が生きている世界を歌い上げる。その後には、“ドンセイグッバイ”や“if you just smile(もし君が微笑んだら)”といったロマンティックで、心のこもったラヴソングが続く。愛犬に捧げたのであろう“Dogs & Bread”で微笑めば、両親の若き日々を歌っているのであろう“『パン屋の倉庫で』”が彼の慎ましい幼少期を辿る。それからさらに曲の位相は変わって、シンプルな言葉に夢を載せながら、軽妙なリズムの“ダンス・ウィズ・ミー”が未来への期待を仄めかす。
 アルバムはしかしそれが終わりではない。死んでしまった在日韓国人の女性を歌う“미화(ミファ)”があって、遊び心ある大道芸のような“Long Voyage「筏」”によってこの大作は一瞬賑やかで、一瞬切ない、不思議な幕の閉じ方をする。とくに最後から2曲目の順番については好き嫌いが分かれそうだが、彼の野心的な構成は安易な結末を望んではいないと、そういうことなのだろう。CDには、七尾旅人から、この作品に込めた思いや制作の背景が記されたカードが封入されている。ネットやストリーミングで読めないそれは、一読に値する文章であることをぼくはここに記しておこう。
 
 2022年は、長尺の大作が目につく。ビッグ・シーフケンドリック・ラマー、そしてここに七尾旅人の『Long Voyage』。どれもがこの難しい時代と向き合ったアルバムだが、七尾旅人に関しては、自分と同じ国で暮らして歌っている点において、その言葉はより切ない。だいたい、疫病、戦争、そして元首相の銃殺と、いったい、いまはどんな時代なのだろうかと思う。さらに加速する格差社会、強行される国葬……時代のこの暗い影をそうそう光に変えることはできないかもしれないが、『Long Voyage』はその暗さを隅に追いやろうとはしている。“荒れ地”において七尾旅人はこんな風に歌っている。「荒れ果てた道の真上に/轍は続く‏/明日を目指して」
 しかしまあね、明日を目指すといっても、荒れ果てた道を生きること自体がほんとうにたいへんだ。本作には、荒野の時代において苦境に立たされている人たちへの励ましめいた側面もある。だから聴くたびに喜びが増していくのだろう。想像力に富み、スケールの大きな作品だと言えるが、親密でこじんまりともしている。泥臭いことを歌いながら、洒脱でもある。現実とファンタジーが同時に存在し、この上なく個人の話(たとえば猫好きにとって、ここに猫が不在なことはアンフェアに思うかもしれない)も混じっているがゆえに戸惑うところもあるが、彼が愛し、支援しているものが何かは明白だ。それが彼の最良の歌となって、心に響く宝石のような音楽といっしょにパッケージされている。『Long Voyage』とはそういう作品だ。
 
 
* 七尾旅人のフードレスキューの素晴らしさについては、紙エレキングvo.28の水越真紀の論考「自助共助公助のうそ——七尾旅人のフードレスキューが救った言葉」を参照。

R.I.P. Pharoah Sanders - ele-king

 2022年9月24日、ファラオ・サンダースが永眠した。享年81歳。昨年フローティング・ポインツとの共作『Promises』をリリースした〈ルアカ・バップ〉からのツイッターでニュースが拡散されたが、終の棲家のあるロサンゼルスで家族や友人に看取られて息を引き取ったということで、おそらく老衰による死去だったと思われる。享年81歳というのは、2年前に他界した交流の深い巨星マッコイ・タイナーと同じで、短命が多いジャズ・ミュージシャンの中でも比較的高齢まで活動したと言える。
 ジャズの歴史のなかでも間違いなくトップ・クラスのサックス奏者ではあるが、長らく正当な評価がなされてこなかったひとりで、日本においても長年あまりメジャーなジャズ・ミュージシャンという扱いは受けてこなかった。フリー・ジャズや前衛音楽の畑から登場してきたため、ある時期までは異端というか、アンダーグラウンドな世界でのカリスマというレッテルがつきまとってきた。ただし、1980年代後半からはクラブ・ジャズやレア・グルーヴの世界で若い人たちから再評価を受けると同時に、バラード奏者としても開眼し、かつてのフリー・ジャズの闘士という側面とはまた異なる評価を得ることになる。

 私自身もフュージョンとかを除いたなかでは、マイルス・デイヴィスでもジョン・コルトレーンでもなく、ファラオ・サンダースが初めてのジャズ体験だった。1990年ごろだと思うが、それまでロックにはじまってヒップホップとかハウスとかクラブ・ミュージックを聴いて、そこからソウルやファンクなども掘り下げていったなか、ファラオの “You’ve Got To Have Freedom” をサンプリングした曲から原曲を知り、それからファラオの世界にハマっていった。“You’ve Got To Have Freedom” はいまだ自分にとっての聖典であり、ジャズという音楽の尊さや気高さ、自由というメッセージに溢れた曲だと思う。
 フリー・ジャズというタームではなく、スピリチュアル・ジャズという新たなタームが生まれ、いまはカマシ・ワシントンなどがそれを受け継いでいるわけだが、その源流にいたのがファラオ・サンダースであり、現在のサウス・ロンドンのシャバカ・ハッチングスにしろ、ヌバイア・ガルシアにしろ、多くのサックス奏者にはファラオからの影響を感じ取ることができる。サックスという楽器にとらわれなくても、音楽家や作曲家としてファラオというアーティストが与えた影響は計り知れないだろう。

 改めてファラオ・サンダースの経歴を紹介すると、1940年10月13日に米国アーカンソー州のリトル・ロックで誕生。クラリネットにはじまってテナー・サックスを演奏し、当初はブルースをやっていた。1959年に大学進学のためにカリフォルニア州オークランドへ移り住み、デューイ・レッドマン、フィリー・ジョー・ジョーンズらと共演。その後1962年にニューヨークへ移住し、本格的にジャズ・ミュージシャンとして活動をはじめる。最初はハード・バップからラテン・ジャズなどまで演奏していたが、サン・ラー、ドン・チェリー、オーネット・コールマン、アルバート・アイラー、アーチー・シェップらと交流を深め、フリー・ジャズに傾倒していく。
 そうしたなかでジョン・コルトレーンとも出会い、1965年に彼のバンドによる『Ascension』へ参加。コルトレーンのフリー宣言と言える即興演奏集で、マッコイ・タイナーやエルヴィン・ジョーンズら当時のコルトレーン・グループの面々のほか、アーチー・シェップ、マリオン・ブラウン、ジョン・チカイら次世代が競演する意欲作であった。これを機にジョン・コルトレーンはマッコイやエルヴィンとは袂を分かち、夫人のアリス・コルトレーンやラシッド・アリらと新しいグループを結成。ジョンと師弟関係にあったファラオも参加し、1967年7月にジョンが没するまでグループは続いた。

 コルトレーン・グループ在籍時の1966年、ファラオは2枚目のリーダー作となる『Tauhid』を〈インパルス〉からリリース。“Upper Egypt & Lower Egypt” はじめ、エジプトをテーマとしたモード演奏と即興演奏が交錯し、自身の宗教観を音楽に反映した演奏をおこなっている。ファラオの演奏で特徴的なのは狼の咆哮とも怪鳥の叫びとも形容できる甲高く切り裂くようなサックス・フレーズで、高度なフラジオ奏法に基づきつつ、内なる情念や熱狂を吐き出すエネルギーに満ちたものだが、すでにこの時点で完成されていたと言える。
 コルトレーン没後はショックのあまり暫く休止状態にあったが、未亡人であるアリス・コルトレーンのレコーディングに参加するなどして徐々に復調し、1969年に〈ストラタ・イースト〉から『Izipho Zam』を発表。1964年に夭逝したエリック・ドルフィーに捧げた作品集で、ファラオにとって代表曲となる “Prince Of Peace” を収録(同年の『Jewels Of Tought』では “Hum-Allah-Hum-Allah-Hum-Allah” というイスラム経典のタイトルへ変えて再演)。シンガーのレオン・トーマスと共演した作品で、当時の公民権運動やベトナム戦争に対する反戦運動にもリンクするメッセージ性のこめられたナンバーである。ある意味でスピリチュアル・ジャズの雛型のような作品で、現在のブラック・ライヴズ・マターにも繋がる。

 レオンとのコラボは続き、同年の『Karma』でも代表曲の “The Creator Has A Master Plan” を共作。彼らの宗教観とアフリカへの回帰、アフロ・フューチャリズム的なメッセージが込められたナンバーだが、こうしたアフリカをはじめ、アラブ、インド、アジアなどの民族色を取り入れた作風が1960年代後半から1970年代半ばにおけるファラオの作品の特徴だった。1970年代前半から半ばは〈インパルス〉を舞台に、『Deaf Dumb Blind-Summun Bukmun Umyunn』『Black Unity』『Thembi』『Wisdom Through Music』『Village Of The Pharoahs』『Elevation』『Love In Us All』などをリリース。『Wisdom Through Music』と『Love In Us All』で披露される名曲 “Love Is Everywhere” に象徴されるように、愛や平和を表現した楽曲がたびたび彼のテーマになっていく。
 また、『Elevation』で顕著なインド音楽のラーガに繋がる幻想的な平安世界も、ファラオの作品にたびたび見られる曲想である。グループにはロニー・リストン・スミス、セシル・マクビー、ジョー・ボナー、ゲイリー・バーツ、ノーマン・コナーズ、ハンニバル・マーヴィン・ピーターソン、カルロス・ガーネットなどが在籍し、それぞれソロ・ミュージシャンとしても羽ばたいていく。彼らは皆スピリチュアル・ジャズにおけるレジェンド的なミュージシャンたちだが、ファラオのグループで多大な影響や刺激を受け、それぞれの音楽性を発展させていったと言える。

 1970年代後半にはフュージョンにも取り組む時期もあったが、〈インディア・ナヴィゲーション〉へ移籍した1977年の『Pharoah』では、1960年代後半から1970年代初頭に見せた無秩序で混沌とした演奏から変わり、水墨画のように余計なものをどんどん削り、ミニマルに研ぎ澄ましてく展開も見せている。時期的にはブライアン・イーノがアンビエントの世界に入っていった頃でもあり、もちろんファラオ本人にそうした意識はなかっただろうが、ある意味でそんなアンビエントともリンクしていたのかもしれない。
 そして1979年末に再びカリフォルニアへと拠点を移し、〈テレサ〉と契約して心機一転した作品群を発表する。その第一弾が『Journey To The One』で、前述した “You’ve Got To Have Freedom” を収録。フリー・ジャズやフュージョンなどいろいろなスタイルを通過したうえで、再び原点に立ち返ったようなネオ・バップ、ネオ・モードとも言うべき演奏で、かつての〈インパルス〉時代に比べ軽やかで、どこか吹っ切れたような演奏である。ピアノはジョー・ボナー、ジョン・ヒックスというファラオのキャリアにとって重要な相棒が、それぞれ楽曲ごとに弾き分けている。
 1981年の『Rejoice』は久々の再会となるエルヴィン・ジョーンズほか、ボビー・ハッチャーソンらと共演した作品で、女性ヴォイスや混成コーラスが印象的に用いられた。同年録音の『Shukuru』ではヴォイスやコーラスとストリングス・シンセを多層的に用い、ジャズに軸足を置きながらもニュー・エイジやヒーリング・ミュージックに繋がる世界を見せる。一方で1987年の『Africa』では、アフリカ色の濃いハイ・ライフ的な演奏からモード、バップ、フリーと幅広く演奏しつつ、バラードやスタンダードなどそれまであまり見せてこなかった世界にも開眼。穏やかだが情感溢れる演奏により、これ以降はバラードの名手としての評価も加わるようになり、1989年の『Moon Child』、1990年の『Welcome To Love』といったアルバムも残す。

 このように正統的なジャズ・サックス奏者としての地位も確立する一方で、1987年の『Oh Lord, Let Me Do No Wrong』ではレゲエを取り入れた演奏も見せるなど、つねに新しいことに対する意欲や探求心を持って演奏してきたミュージシャンである。1990年代以降はクラブ・ミュージックの世代から再評価されたことを自身でも受け、ビル・ラズウェル、バーニー・ウォーレル、ジャー・ウォブルらと共演した『Message From Home』『Save Our Children』を発表している。日本のスリープ・ウォーカーから、ロブ・マズレクらシカゴ/サン・パウロ・アンダーグラウンドなど、国、世代、ジャンルの異なるミュージシャンとの共演も盛んで、そうしてたどり着いたのが遺作となってしまったフローティング・ポインツとの『Promises』であったのだ。文字通り死ぬまでボーダーレス、ジャンルレス、エイジレスで自由な活動を続けた稀有なミュージシャンだった。

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