「K A R Y Y N」と一致するもの

interview with Matthewdavid - ele-king


Matthewdavid
In My World

Brainfeeder / Beat Records

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 マシューデイヴィッドはロサンゼルスの空のような男だ。僕がどれだけくだらないことを喋ろうが、いくら現在の音楽マーケットに悪態をつこうが、いつでも穏やかで、真摯なまなざしを向けながら人の言葉をひとつひとつ丁寧に咀嚼し、紳士的に自分の見解を述べる。そのたたずまいはつねに涼しげ、本当にメガ・爽やかな男であり、時折あれ? 軽く後光差してない? と思ってしまうほどの輝くポジティヴ・オーラで、語りかけるものの身を包んでしまう。それでいて完全に超変人。

 本作『イン・マイ・ワールド』の完成直後、彼から受け取ったデータを初めて通しで聴いたとき、僕は愕然とした。近年にないほどの深い感動をおぼえた。いったいどうなってるんだ? どうやったらこれだけポップでありながら最高にドープなソングライティングができるんだ? 彼にしか創ることができない最高のレコード。結婚と娘の誕生によってかけがえのない家族を得た彼が人生のひとつの集大成として完成させたこのレコード。彼の過去の膨大なアンビエント・ワークスの中で僕がしばしば垣間みてきた彼の人生の苦悩や不安、葛藤──僕が体験したことのない人生の山なみを乗り越えた先に広がる光と闇が渾然一体となる遥かな宇宙、それをマシューデイヴィッドは愛で包み込もうとしている。控えめに言っても最高傑作、僕の今年度最高のレコードだ。

 インタヴュー中に登場するマシューの奥さんであるディーヴァ・ドンペ(Diva Dompe)は、かつてブラック・ブラックやポカホーンテッドなどでバンド活動をおこない、現在はディーヴァ(DIVA)としてLAを拠点にソロ活動をおこなうアーティスト。マシューとの結婚、娘のラヴ誕生後も滞ることなく積極的にライヴ・パフォーマンスや、自らが主催する瞑想プログラムなどをおこなっている。不定期ではあるが彼女も〈ダブラブ〉でヒーリング・プログラム、「イアルメリック・トランスミッションズ(Yialmelic Transmissions)」のホストをつとめている。

■Matthewdavid/マシューデイヴィッド
フライング・ロータス主宰〈ブレインフィーダー〉の異端児にして、自らも時代性と実験性をそなえるインディ・レーベル〈リーヴィング〉を主宰するLAシーンの重要人物。非常に多作であり、カセット、ヴァイナル、配信など多岐にわたるリリースを展開。2011年に〈ブレインフィーダー〉よりデビュー・フル・アルバム『アウトマインド(Outmind)』を、2014年に同レーベルよりセカンド・アルバム『イン・マイ・ワールド』を発表した。


たぶん、君は僕の「幸福の涙」にチャネリングしちゃったんだと思うよ。

やあマシュー、またこういったかたちでインタヴューができて本当に光栄だよ。はじめに正直に言わせてくれ。『イン・マイ・ワールド』を聴いて泣いたよ。ここ数年でもっとも感動したレコードのひとつだと言っていい。

MD:ありがとう。じつは最近泣き虫なんだよ。このアルバムの制作中もよく泣いていたから、たぶん、君は僕の「幸福の涙」にチャネリングしちゃったんだと思うよ。

「幸福の涙」にチャネリング!!!! 何かスゴいねそれ。でも僕も大袈裟な言いまわしかもしれないけど、このレコードを通してマシューの人生と、それに照らし合わせた僕の人生を追体験させられたよ。

MD:共感してくれたみたいだね。それこそ僕が成し遂げたいことのすべてさ。アートのかけらが無機質な社会を貫き、全人類が共有可能な感情レヴェルの最深部を掘りおこす……この音楽はまだまだ、ぜんぜん、抽象的なんだよ。まだ相当難解だし実験的なんだけど……。僕はこのイカレたスタイルで、もっとポップな音楽を制作するようユル~く試そうと思うんだ。より広いオーディエンスへ向けていくことも重要だしね。

うん。間違いなく共感した。極論を言えば、すべての人間は一生の間、人生経験や内面世界を誰とも完全に共有することはできないんだけど、僕らは他者の人生経験や内面世界を自分たちのそれと照らし合わせることで誰の人生や感覚でも共感できる。そういう意味でこのレコードはすんごいスムーズだと思うんだよね。『イン・マイ・ワールド』は抽象的で難解なエクスペリメンタルとポップの完璧なバランスの上に成り立っている。そのバランスの支点にシュッと人が入り込めるようになってるってゆーか……

MD:そうさ! これは解放なんだよ! 僕が求めているのは解放なんだ! 僕らはしばしば僕らのマインドが解放を求めていることに気づけないんだ。僕はこのアルバムをひたすら外へ向かってゆく魂の表現に感じている。すごいダイレクトなんだよ、何も後ろには抱えないで前に向かってく感じ。これがリスナーの解放に働きかけるんだ、ちょうど僕がこれを制作していたときに体験したように。僕は人々がもっと寛容でオープン・マインドなっていくように感じるんだ、すべてにたいして。すべてが癒えるのさ。
 もし誰かがこのレコードを試しに聴いてみてフィーリングがあまり合わなかったり、好きになれなかったりしてもだよ、それでもそこにはリスナーへの影響があって成立するある種のポジティヴ&ヒーリングがあるんじゃないかって感じているんだ。それが僕のゴールなんだよ。

マスタリングとミックス・ダウンをしているときに僕のベイビーが生まれたんだよ。僕は最後の手を加えて構成を形作った。

解放だね。ジャケも全裸だしね! 勝手な感想なんだけど、『イン・マイ・ワールド』は非常にストーリー性に富んだ作品に思えるんだ。スーパー・スイートなラヴ・ソングで幕が開けたと思ったらさまざまな感情が押し寄せてきて、気がついたら壮大な精神の旅へ向かっている。最終的には生命と芸術的欲求の根源、宇宙のはじまりまで遡ってまた帰ってくるみたいな……

MD:そうさ! これらの曲で物語を編むのはマジで大変だったんだよ! 正直に言うと当初の予定でははじめから終わりまでの流れはこうじゃなかったんだ。だけどアルバム制作が最終段階に入ってさ、マスタリングとミックス・ダウンをしているときに僕のベイビーが生まれたんだよ。僕は最後の手を加えて構成を形作った。

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物語、つまり『イン・マイ・ワールド』のストーリーで織られたタペストリーは、情熱と探求による献身の時間を経て、語られるべき時を迎えたのさ。


Matthewdavid
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けっこうな時間をこのアルバム制作に割いてたよね? いくつかの曲は1~2年前にできあがっていたじゃん。でもこのアルバムでの聴こえ方ってかなり違うし、マスタリングとミックス・ダウンのときにさ、以前作った曲もショワ~って変容した感じ? 家庭を持ったマシューが見えた新たな物語の世界へさ。

MD:バラさないでくれよ……(笑)。ご存知のとおりこのアルバムを作りあげるのに何年もかかったよ。たぶん2~3……いや、何年かかったか正確に言うのも難しいな。2曲めの“コズミック・コーラー”は何年も前に作ったビートものだったし。
 僕の人生、つまり新たな家族を得るまでの変遷が、長年あたためてきたアイデアに、あらためて僕を頭から飛び込ませてくれて、そのチカラづよさに気づかせてくれたんだ。まだ完成するまえの話だよ。たくさんの古いアイディアが成熟、変容して、全体像を結ぶ曲となっていった。物語、つまり『イン・マイ・ワールド』のストーリーで織られたタペストリーは、情熱と探求による献身の時間を経て、語られるべき時を迎えたのさ。愛、思いやり、感情移入といったもっとも深い情熱が誠実な創造力を走らせてくれるんだ。

さっきも言ったけどジャケが最高。写真が相当キテる。とくにライティングと表情が。このポートレート撮影にあたってコンセプトはあったの?

MD:いや~、ニコラス・マレーが撮影したフリーダ・カーロのポートレイトを参考にしたんだよね(https://indigodergisi.com/wp-content/uploads/2014/01/frida-kahlo-by-nickolas-muray.png)。ディーヴァの友人の素晴らしい写真家であるローガン・ホワイトのおかげさ。リヴィングにデカいライティングを用意してもらってさ、僕らでベンチやら植物やらハリボテやらセッティングして……僕らが実験を開始してから一時間かそこいら経った頃かな、よっしゃ、全裸でベイビー抱いて撮ろうぜ! ってなって。

いや、普通ならないって……

MD:ちがうライティングや表情も試してみてさ、異なった趣きを演出するように、僕らの幸せを内省的でアーティスティックな雰囲気に再現してみたんだ。僕のベイビーは人生と愛を、人類の成長と進歩を象徴しているんだ。

マシューはディーヴァ(Diva)といっしょにあのけっこうマジな瞑想をしてるの? いくつかのトラックはディーヴァの曲のコンセプトに近いものを感じるよ。てか、3曲めなんかモロに“パーペチュアル・ムーン・ムーズ(Perpetual Moon Moods)”でディーヴァのアルバム・タイトルとカブってるし。ネオ・ペイガニズムとかアニミズムみたいなものには惹かれる?

MD:そうだね、コンセプチュアルな面では扱っているテーマ/リリックの言葉選びの点では近いものがあるよ。僕が自分の音楽のなかで話そうとしている事柄はいろいろあるんだけど、その内のいくつかは君が言うような「ネオ・ペイガニズム」や「オカルト」、「秘術」と呼ばれる類いのものだ。LAでのエナジー交流のコミュニティがあって、僕も彼女もその中でいっしょに瞑想してるよ。秘技である古代の治癒術を学んだり、不安や恐怖をどのように消すのかをコミュニティの中での創造行為を通じて学び、段階的な行動とともに共有していくんだよ。

僕が自分の音楽のなかで話そうとしている事柄はいろいろあるんだけど、その内のいくつかは君が言うような「ネオ・ペイガニズム」や「オカルト」、「秘術」と呼ばれる類いのものだ。

近年のマシューの作風であるソウルやR&Bのチョップ&スクリュー、オリエンタルなメロディ、未来的ダブ・エフェクトも非常に洗練された新たな形でこのアルバムの曲に表れているよね。なにより今回はマジで唱いまくってるしラップしまくってる。それがなによりこのアルバムを愛に満ちたものにしているしね。月並みなことを言って申し訳ないんだけど、〈ブレインフィーダー〉からの前作『アウトマインド』からの変化は明らかなんだ。話が重複しちゃうけど、結婚や娘の誕生などマシューの人生には最近大きなことがいっぱいあったわけで、状況や環境の変化は君のアートにも絶対影響するじゃん?
 “アウトマインド”を制作してたときからふりかえってみて、いったい何がもっともマシューの音楽に影響を与え、どんな方向に変化したと思う? マシューを再びラップすること、唱うことに突き動かしたのはなんだろう?

MD:これは僕にとってとても重要なことなんだけど、愛の明白なテーマを投影するためには、よりよいプロダクション・クオリティでの歌とラップのヴォーカルが不可欠なのさ。若い頃の僕がヒップホップの洗礼を受けたことは、僕が真に自由な自己解放に向かっていくはじまりだったんだ。高校の頃にビートを作りはじめてビートにラップをのせた。初期のフルーティーループスと初期のACID PROで作ってたね。自分自身の存在意義や怒れる10代のフラストレーションなんかを込めて、ほとんどパンク的反抗精神なんだけど、あくまでそれをヒップホップを通して発散していたのさ。当時の僕のラップはすべて自分自身に関する事柄だった。ティーネイジャーとしての足掻き、教師や政府、ときには両親への足掻きもね。

愛の明白なテーマを投影するためには、よりよいプロダクション・クオリティでの歌とラップのヴォーカルが不可欠なのさ。

 いま、僕がこれらの人々に見せつけてやりたい唯一の事柄は感謝と尊敬の念なんだ。すべての人類へのメッセージさ。みんなが愛を持ちつづけるかぎり僕には未来への希望と楽観があるんだ。人間は意識を高めればお互いに助け合い、共感し合うことができるんだ。意識の飛翔(Mind Flight)+意識の拡張(Mind Expansion)= 宇宙の移行(Space Migration)なんだ。「みんなが愛を持ち続ける限り」……僕はこのテーマをこの新たな身体表現として語りかけたいんだ。インスト・アルバム(『アウトマインド』)のようにテーマをコッソリと埋め込むかわりにね。勇敢になるときがきたのさ、世界がひとつになるための最大の可能性といえるこの普遍的なテーマを表現するときがきたんだ。僕らは娘を「ラヴ」と名づけたんだ。彼女やこの地球に存在するすべての人間が宇宙の光を内包しているようにね。

たしかに君がこのアルバムで壮大な愛と平和の「意識の拡張」を試みてるのはよくわかるんだ。でも僕がこれを聴いて感じたのは、君が今回掲げる普遍的なテーマの強度とでも言おうか。単なるヒッピー気取りのハリボテじゃない強度、それはマシューがいままでの人生で体験してきた憤り、葛藤、失望といったリアリティがあるからこそ成立しているように聴こえるよ。

MD:その通りだよ。光と闇は一体だ。そして僕らは自分たちからその多くを学ぶことができる。夜のもっとも深い闇を通り抜けるようにね。その秘密は闇の中で沸き返ったり固まったりしているんだよ。僕らは眩い光と漆黒の闇の間でおこなわれる、認めざるをえない交換を理解することで宇宙の秘密、魂の秘密を見つけるんだ。この考え方が僕の音楽を強固なものにし、マジで僕のヴィジョンを強いものにしているんだ……そこだよ。僕らはいま同じ波長で話をしているんだ。
 僕がマジに焦点をあてたいことがあるんだ。僕の友だちやコミュニティもつねにそれを談義してきた。僕らの国には深刻な戦いがあるんだ。たぶん他の国々でもそうだけど、これは闇との戦いなんだ。僕らの国は、僕らが生きていくことから追いたてるドラッグ、計画、道具、組織を作り出した。恐怖を僕らの心にしみ込ませることで、僕らが絶対に闇に立ち向かえないように、完全に闇を恐れてしまうようにね。これは不健康だから変わる必要があるんだ。僕らがもっと目を向けて認めなくてはならないのは、人間社会と意識の解放において教育と試練をもって闇を抜けていくことなんだよ。

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これ以上もう境界線なんてほとんどないんだよ。いつだって僕らは音楽の境界を解放してきたんだ。


Matthewdavid
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少し話題を変えるけど、マシューを取り巻くLAのローカル・シーンも最近変化している? もしくは見え方が変わってきた?

MD:すべての物事は絶え間なく続く変化と流動の段階にある。それは音楽シーンもいっしょさ。僕はたくさんの音楽をたくさんの時間で考える。あらゆる歴史の点から、あらゆる国からやってくる、あらゆる種類の音楽について。ロサンジェルスはインスピレーションを受けるには本当にエキサイティングな場所だ。エレクトロニック・ミュージックは〈ロー・エンド・セオリー〉で、ジャズはサンダーキャットで、アンビエントやニューエイジ、実験音楽のリヴァイヴァル・ライフスタイルは僕やゲド・ゲングラスやキャメロン・スタローンズが担っているようにね。これらの芸術行為はつねに混ざりあってひとつのものになろうとしている……これがいま起きていることさ。ここでは、僕はソウルやR&Bミュージックを作って、「変テコ・ポップ」や「変テコ・ソウル」をショウで披露して、オーディエンスはつねに何か新しいものに興奮し、敬意を抱いてくれるんだよ。

最近誰かとコラボレーションしている? 家族とのコラボレーションは『イン・マイ・ワールド』の中には入ってる?

MD:アルバム・カヴァーの家族写真だけかな。じつはディープ・マジック(Deep Magic)の古い曲をリミックスして3曲めの“ザ・ムード・イズ・ライト”に使っているよ。インドでサンプリングしてきた子どもたちの声は最後の曲の“バーズ・イン・フライト”に使っているね。
 “イン・マイ・ワールド”以外だと、仕事でマジでたくさんの人とコラボレーションしつづけているよ。友だちの音楽をたくさんミキシングしてマスタリングして、〈リーヴィング・レコーズ〉のリリースもやりながらね。

〈リーヴィング・レコーズ〉も年々ヴァラエティに富んだリリースになってきたよね?マシューと〈リーヴィング〉も繋がりの深い〈ストーンズ・スロー〉や〈ロー・エンド〉周辺も以前よりも懐の大きなものになっていってる気がするんだけど。それって前も訊いたかもしれないけど君らによるものが大きいんじゃないかな。

MD:これ以上もう境界線なんてほとんどないんだよ。いつだって僕らは音楽の境界を解放してきたんだ。

子育てが忙しいのにけっこうイヴェントにも顔出すし、ライヴもやってるよね? 最近LAで印象に残ったイヴェントとかライヴってある?

MD:昨日は〈ロー・エンド・セオリー・フェスティヴァル〉だったんだよ! 全部ジャングルとドラムンベースのセットでプレイしてやった! ステージ上でキモいくらい踊り狂っちゃってさ、そしたら観客がガンガンのせてくるもんだからドンドンアガっちゃって……。みんなすごい楽しんでたし、僕のほうも新たなスタイルでパフォーマンスをするのはいつだって最高だね。ラップと歌もチョコっとやったよ。

うわ! それ行きたかったなー。君めっちゃクネクネ踊るもんね。数ヶ月前にさ。ロー・エンドにDJ Earlといっしょに観にいったの憶えてる? あれすっごいヤバかったよね。ジャングルからジューク/フットワーク系もハマってる? アルバムに収録されてる“ウェスト・コースト・ジャングル・ジューク”は超キラー・トラックだよ。このスタイルだけの12インチとか切ってよ。

MD:すごいハマっちゃってるよ。すごく楽しいしエナジーに満ちてるんだ。こういったもののヴァイブレーションをもろに受けたらクレイジーに突っ走らずにはいられないよ。ありがとうマシュー・サリヴァン(Matthew Sullivan)! 僕にジャングルを発見させてくれて感謝するよ!
 ジャングルはフットワークの親でもある……だけど僕はヒップホップのバッググラウンドで育った。ヒップホップはサンプリング・ドラムとブレークだろ? ジャングルはそこからブレークを取って2倍の早さにしちゃうんだ! 超楽しいよ! フットワークとジュークはベースにベースにベースにベースさ。IDMとドラムンベースはリズムとシーケンス、それからタイミングを永久飛行に……よっしゃ行こうぜ!

正直なところ、最近、クレイジーなジャングルやドラムブレークにハマっちゃってて……それからフットワークを少々……。僕は実験を試みながらこれらのスタイルがヒップホップやソウル、アンビエントと合体していくのにワクワクしてる。

〈ダブラブ(dublb.com)〉でマシューがホストを務めているウィークリー・プログラム、「マインドフライトメディテーション(Mindflight Meditation)」について教えてよ。

MD:毎週2時間、〈ダブラブ〉でおこなっている僕の音楽瞑想プログラムさ。ほとんどの場合、すべてが即興で、すべてがライヴでおこなわれ、聴者の意識レヴェルを高め、変性に向ける、アンビエント/エレクトロニック/ドローン/フィールド・レコーディングなどで構成される番組だよ。ひょっとしたら僕の音楽活性化体験の中でもっとも満たされて報われているものかもしれないな! この種のパフォーマンスや即興はいつもホーム・スタジオでおこなってるんだ。僕ん家のリビングで、僕の家族と……だけどもそれをブロードキャスト、〈ダブラブ〉を通じて世界中に配信できるのはとてもうれしいよ。ヒーリング・ヴァイブを共有するんだ! これまでにたくさんのゲストを迎えて僕とコラボレーションやライヴ・パフォーマンスをおこなってきた。ディンテル(dntel)、 mndsgn、M・ゲド・ゲングラス、d/p/i、ホワイト・レインボウ(white rainbow)など……いろんな人が遊びに来るけど大抵の場合は僕ひとりでやってるよ。

とりあえず近いところで企んでることがあったら教えてよ。

MD:さっきも言ったけど、正直なところ、最近、クレイジーなジャングルやドラムブレークにハマっちゃってて……それからフットワークを少々……。最高のヒップホップ・グループ、アウトキャストのミックス・プロジェクトとジャングルだね! そろそろくるでしょ。僕は実験を試みながらこれらのスタイルがヒップホップやソウル、アンビエントと合体していくのにワクワクしてる。

君がどれだけアウトキャストが好きなのかは知ってるよ。このアルバムを聴いてケンドリック・ラマーも好きなのかなって思ったんだけど。

MD:ケンドリックは好きだよ。だけどアンドレ3000はもっと好きだな。あえて言いたいんだけど、僕はケンドリックが持っているようなスマートで未来的でイケてるスタイルはあきらめなきゃいけないな。彼には本当に滑らかなヴォーカル・プロダクションもあるよね。正直に言うと、ケンドリックのサウンドは彼のヴォーカル・プロダクションによって最高のものになっていると思うし、そこからインスパイアされるよ。アウトキャストはいつだって境界線をブッ壊してるんだ。でも僕にとってもっとも重要な要素は、彼らがどうやってヴォーカル・プロダクションにおいてピッチを使っているかなんだ。型にはまらない、ファンキーな、ギャングスタなレイヤー感とサイケ・エフェクト……。

最後に締めのメッセージがあれば……

MD:僕のレーベルの〈リーヴィング・レコーズ〉は〈ストーンズ・スロー〉の協力の下、たくさんの奇妙なアルバム・リリースを控えている。きたる一年、僕はもっと〈ストーンズ・スロー〉のオフィスで働くことになると思うよ。可能なかぎり情熱的で革新的なアートに焦点をあててサポートとリリースをつづけていくよ!
 そして最大の感謝の念を僕のコミュニティ、家族、友だちにつつましく表するよ。
 愛してるぜリョウ!

OGRE YOU ASSHOLE - ele-king

 「ルール/不気味なルール/見えないルール/無慈悲だルールは」と、オウガ・ユー・アスホールは新曲「見えないルール」で歌っている。全盛期のラ・デュッセルドルフを彷彿させるリズム、興奮から冷めていくような興奮がはじまる。ベテランDJのALTZが、この、避けようのない不安のなかを淡々と疾駆するごとき曲をクラブ仕様にリミックスする──どうか、クラブでプレイして欲しい。
 6月30日、夜10時の京王線に乗った。車中には、集団的自衛権に反対するデモ参加者たちが乗っている。安部首相は破壊的なまでに日本を変えようとしている。レコードは回って、音を立てる。本人たちの真意がどこにあるかわからないが、「見えないルール」は、聴けば聴くほど、いまの日本を歌っているように思えてしまう……のは僕だけだろうか……。「あなたの周りを/気づけば占領/あそこのあたりを/踏み越えれば終了」
 オウガ・ユー・アスホール「見えないルール EP feat. ALTZ」、不気味なルールががうごめいている7月2日、いよいよ発売。


OGRE YOU ASSHOLE - 見えないルール EP feat. ALTZ [12inch Analog]
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#5 eastern youth 吉野寿 後編 - ele-king

この頃から俺、一人で飲みにいけるようになったんですよ。一人でウロウロするようになって。そしたら自分と同じように一人でウロウロしている人が、世の中にはいっぱいいるってことに気づいたんですよ。

前編はこちらから

──今回インタヴューさせていただくにあたって、eastern youthのアルバムをあらためて活動順に全部聴き直してみたんです。そしたら『Don quijote』がすごく印象的で。歌っていることの本質はいまと変わらないのですが、歌詞から連想される世界観が荒涼としているというか。この頃の吉野さんはどんな心境だったんでしょうか?


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DON QUIJOTE

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吉野:どんな感じだったんでしょうね……。「ドン・キホーテだなあ」って思ったんですよね。

──ご自分が……?

吉野:そう……ですねぇ……。この頃からCDのセールスが落ちてきて、レコード会社から首の皮一枚だみたいなことを言われて、さんざん脅されてたんですよ。さすがにもう(工事)現場の仕事とかには戻りたくなかったし、なにより自分との戦いに負けたくなかった。でもその戦っている相手が己の主観でしかない、幻のようなもののような気がしていたというか。「いったい何と戦ってるんだろう、俺は?」みたいな。ただ戦わなきゃ敗れるということだけはハッキリしてるんだけど、同時に勝つということもない戦い。

──どういうことですか?

吉野:負けたくないってことをあえて具体的に言うなら、生き延びたいってこと。だからこの戦いにおいて勝つということはないんです。前からそう思って生きてきたんですけど、恐らくこの当時はそれをより強く感じていたんじゃないですかね。……『Don quijote』って、どんな曲が入ってましたっけ?

──“暁のサンタマリア”とか“大東京牧場”とか。

吉野:あー、はいはいはい。この頃から俺、一人で飲みにいけるようになったんですよ。それまでは友だちを誘ってたりしてたんだけど、いよいよ誰もいなくなってきて、一人でウロウロするようになって。そしたら自分と同じように一人でウロウロしている人が、世の中にはいっぱいいるってことに気づいたんですよ。それを見てたら、結局(自分の人生は)一人で戦わなきゃダメなんだっていうことがわかったんです。「俺たちには仲間がいるからな」とかいうんじゃなくて。

──それって吉野さんが何歳くらいのときですか?

吉野:35~6ですよ、たしか。

──じつは僕いま37歳なんですが、まさに同じような心境なんですよ(笑)。

吉野:あははは(笑)。でもね、それは子どもの頃からずっと続いてて、いまも続いてる感覚なんです。結局一人なんだっちゅーか。眼鏡の内側には一人しかいなくて、一人の窓からみんなを見ている。結局一人に帰ってくるというか。そういうのがずっと心の軸になっている感覚なんで。このアルバムではそれがとくに強調されていたのかもしれませんね。この頃の俺は荒んでたんですかね……。いまも十分荒んでるんですけど(笑)。バリバリ。ヤバい(笑)。

俺は人間の形をした虚無袋みたいなもんです。それでその虚無みたいなもんにぶっ殺されそうになるんですよね。なるというか、つねになってるんですよ。だけど、それが当たり前の状況なんだと思うんです。

吉野:虚無ですね。俺は人間の形をした虚無袋みたいなもんです。どこを切っても虚無しか出てこないし、逆さに振っても虚無しか出てこない。もう砂漠っていうか、「空洞です」っていうか。それでその虚無みたいなもんにぶっ殺されそうになるんですよね。なるというか、つねになってるんですよ。油断してると、膝から崩れ落ちそうになる。「なんだこりゃあ、ダメだ」って。だけど、それが当たり前の状況なんだと思うんです。自分の荷物は自分で背負うしかない。虚無を打ち負かしてやるとか、うっちゃるとか、誤魔化すとかじゃなくて、それごと生きていこうっていうか。

──それが吉野さんの戦いであり、eastern youthが歌っていることであるわけですね。

吉野:言いたいことはただひとつ。虚無を背負って、それでも生きていくんだっていうこと。もやもやっとしているものなんで、グッと形にするのはエネルギーが必要な作業なんですけど。

──虚無を背負って生きていく、と思えるようになったのはいつ頃ですか?

吉野:心筋梗塞で半殺しになったときから(https://natalie.mu/music/news/21916)。最初倒れたとき、「死ぬ」と思ったんですね。「あーあ、これまでか。こりゃ死んだな」って。でも、生き残ったわけですよ。集中治療室で寝転がってて「やったー! 死ななかった」と思ったけど、「たぶんこれはいままでみたいにバンドはできんだろう。何もかもパーだな」って感じたんです。そのときは先のことなんてわかりませんから。

──でも、パーじゃなかった。

吉野:そう。パーじゃなかったんですよね。結局生きているうちは生きていくしかないんですよ。泣こうが喚こうが生きていくしかないっていうか。虚無だろうが、絶望だろうが、生きていくしかねえわけです。そう思えたら清々したんですよ。それまでは「俺はいつまで生きるんだ?」とか「いつ死ぬんだ?」って思ってたから。もちろん死んで終わらせてしまいたいと思うことはいまでもあるけど、焦んなくても死ぬよっていうのがわかってしまったんですよ。

──なるほど。

もちろん死んで終わらせてしまいたいと思うことはいまでもあるけど、焦んなくても死ぬよっていうのがわかってしまったんですよ。

吉野:人はそれぞれ持ち時間というものを与えられていて、それが終われば死にたくねえって言ったって死ぬ。虚無だろうが絶望だろうが、「いま生きてる時間を生きるしかないんだな」っていう覚悟ができたっていうか、腹が決まったっていうか。そんな気がしましたね。そんときがくりゃ、焦んなくてもいずれ死ぬなら、もうなるようになれと思って。そしたら清々したっていうか、さっぱりしたっていうか。シンプルになりました。迷わなくなりましたね。

──死に対する考え方が変わったということですか?

吉野:どうなんでしょうね。ただ死に対する恐怖は倒れる前よりも、確実に強くなっていますね。夜中に突然目が覚めて「このまま死ぬんじゃないか?」って眠れなくなったり、お風呂入っていてちょっと目眩がすると「もうダメか」って思ったり。俺の身体はもう「死ぬ」という感覚を知っているから、その恐怖とつねに隣り合わせで生きている感じです。昔は死ぬのなんて大して怖くなった。「死ぬときゃ死ぬんだ。どうにでもなりやがれ」と思ってたんですけど、いざ一回本気で死にかけると死の山は想像以上に高いというか。「死ぬって並大抵のことじゃねえぞ」って思うようになっちゃったんですよね。

──よりリアリティを持って死を意識するようになったと。

吉野:死ぬのは前より怖くなりましたけど、だからなおさらいましかねえんだっていうか。いましかねえから「ちゃんとやれ」っていうか。世の中の大人として「ちゃんとやれ」っていう意味じゃなくて、自分の生きたいように生きてくれっていうか、生きろっていうか、やれっていうか。焦燥感や虚無感はあるけど、それを克服しようがしまいが死ぬときゃ死ぬっていうね。だったらそれごと行くしかねえ。俺はそう思ってますね。

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誰かのせいで自分はいまこんなふうになってる、こんな目にあっているっていうふうにすり替えようとしてる。その誰かを踏みにじることで俺は救われるんだ、みたいな考え方はすごく情けないことだと思います。


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──震災以降、日本は死を意識するようになったと思うんですよ。でもそこから生まれた焦燥感や虚無感から、悪い意味で「自分の生きたいように生きていく」とか「人よりも自分」とか、まるでタガが外れてしまったような気がします。自分勝手になったというか。では、吉野さんはいまの日本をどのように見ていますか?

吉野:難しいですね。……一言で言うならムカつく。「何言ってんだお前ら、正気かよ」って思うようなことが普通になっていると思います。なんて言えばいいのか……。パンドラの箱が開いちゃいました、みたいな。身も蓋もないような感じになっているなとは思いますよね。

──それはどういった部分に感じるのですか?

吉野:インターネットとかで匿名の発言が表に出ることが増えましたよね。そういうところで、たとえば拝外主義みたいなものを正当化しようとしてるように思うのですよ。「みんな、そう思ってるだろ?」って。それでそこに居場所を見出そうとしている。そんな人が多いように感じます。だから安倍晋三が総理大臣なわけだし。嫌な国だな、腐っとるなと思うわけです。やっぱりみんな余裕がなくなっているんじゃないですか? 俺だって余裕ないけど(笑)。

──ヘイトスピーチなどをする人や、ネトウヨと呼ばれる人たちのことですね。

吉野:江戸時代の身分制度のようなもんですよ。彼らは自分よりも下のものを無理矢理作り出して、自分の人生がうまくいかないことに対する不満、実社会でどうにもならない自分の鬱憤を、自分よりの下みたいなものを踏みにじることで解消しようとしている。自分を認めさせようとしている。そんなふうに思うのです。承認要求みたいな。でも本当は自分自身のうまくいかなさなんてのは、自分で背負っていかなければならんのです。己の人生とがっぷり四つで戦っていかなきゃ打開なんてぜんぜんされないのに、誰かのせいにすることによってそれをごまかしているような気がする。いや逃げようとしている。そんなことして自分の行動や論理が合理化されるとでも思ってるんですかね? 情けない。

──なぜ彼らはそうなってしまったと思いますか?

吉野:俺も彼らがなんでそんなこと言うのか、ハッキリとした理由はわかりません。だけど自分の人生や孤独というものに耐えきれない根性なしであるというのは間違いないですよね。ちゃんと自分の人生を戦ってないというか、(自分の問題を)誰かのせいにして「自分は悪くない」と思っているってことじゃないですか。誰かのせいで自分はいまこんなふうになってる、こんな目にあっているっていうふうにすり替えようとしてる。その誰かを踏みにじることで俺は救われるんだ、みたいな考え方はすごく情けないことだと思います。自分の問題は自分で打ち壊さないと。それができないやつらが多くて、そいつらが差別したりするんでしょうね。だから余計に腹が立つ。

人間は誰しもが一人なんです。最終的には一人なんですよ。

──吉野さんはヘイトスピーチに反対するデモにも参加されているらしいですね。

吉野:みんなそれぞれ事情があるよ。街なんてそれぞれがいろんな事情を背負って、隣り合わせて、小競り合いをしながら関わり合っているんですよ。人間なんて最終的には一人ですからね。その人が死んだら全世界はなくなるのと同義なんですよ。だから一人の人間っていうのは全宇宙と言ってもいいわけですよね。だからこそちがっていて当たり前だし、だからこそおもしろいし、そうやって街はあるべきだと思うんです。人間とはそういうものでしょう。なのに、彼らはひとつの型みたいなものを作り上げて、「自分はそこのメンバーだ」「それが自分のアイデンティティの核だ」と思うことで、自分を認めたがっている。しかもそうじゃないやつらを踏みにじる。「俺はそうだけど/お前はそうじゃない/だからお前はクソだ」「俺は持ってる/お前は持ってない/だからお前はクソだ」。でもね、そんなのは幻想ですよ。幻です。幻みたいなものを信じようとしている。その根性のなさに腹がたつ。国家も民族も全部幻ですよ。人間は誰しもが一人なんです。俺っていう人間、君っていう人間。一人ひとり。それがいっぱいいりゃあ、村にもなるだろうし、街にもなるだろうし、国にもなるだろうけど、最終的には一人なんですよ。一人と一人が関わるからいろんなことが起こってくるけど、結局国だの民族だのってのは幻だと思う。人間はそんなもので割り切れん。人間をなんだと思ってるんだって。舐めやがって、っていう気持ちですよね。

──では最後の質問です。吉野さんにとってレベル・ミュージックとはどんなものですか?

吉野:俺ねえ、考えたことないんですよ(笑)。「レベル・ミュージックって何?」っていうか。レベルっていうのは闘争のことですよね。闘争って人それぞれちがうと思うけど、俺にとっては生き残ることなんですよ。「冗談じゃねえぞ、殺されてたまるか」ってことです。それだけです。

──ということはeastern youthで歌っていることこそが、吉野さんにとってのレベル・ミュージックであると。

吉野:レベル・ミュージックかどうかはおいといても、闘争の歌であるということは間違いないです。あくまで俺っていう人間がどうにかこうにか生きていくんだっていう。俺は歌を政治闘争とか社会に訴えかけるような「手段」にはしたくないんですよ。そういうことじゃなくて、一人の人間がどうにかこうにか生きていくことがすでに闘争なんだと思うんです。戦わないと生きていけないです。だから、何に向かって戦っているのかわからないけど、わからないけど殺されそうになってるわけです。

俺は歌を政治闘争とか社会に訴えかけるような「手段」にはしたくないんですよ。そういうことじゃなくて、一人の人間がどうにかこうにか生きていくことがすでに闘争なんだと思うんです。

 俺はどうして生きてっていいか、どう歩いてっていいかわからないけど、それを掴もうとするのもひとつの戦いですよね。いわゆる社会に対してもの申すみたいな歌が自分の中から自然と出てきて、それが必要だと思ったら歌うかもしれないですけど、基本的に俺にとって曲を作って歌うということはそういうことじゃないんです。「こうやったら世の中よくなるよ」とかを歌にしたくない。「これを買ったら、あなたの人生はもっとよくなりますよ」っていうのと同じでしょ(笑)。

──仮に僕がそういった曲を聴いて鵜呑みにしてしまえば、それは思考停止ということですしね。

吉野:うーん、なんていうか、答えみたいなものは自分でたどり着かないとダメだと思うんですよ。人に答えを提示してもらったって、それは答えにならないんです。だから、自分にとっての答えを探すしかなくて。ただそうするだけ。ただ探し続けていくことだけが大事なんです。たどり着くことが大事かっていうのは俺の問題じゃない。ただ探すだけ。それが目的であって、到達点ではない。というか、到達点はないんです。

──最初から言っていたことと変わらないわけですね。

吉野:そう、シンプルです。でも年々ヴォキャブラリーが崩壊していっている(笑)。口も頭もぜんぜん回らない。信じていた語彙みたいなものも信じられなくなってしまって、バラバラになっているんですよね。昔は「信念」とか「真実」とかってものをもうちょっとは形のある状態で信じていたと思うんですけど、いまはまったく信じてなくて。信念も真実もそんなもんはねえっちゅーんだ、っていうか。本当はあるんだけど、「それは何か?」と言われると「これです」って言えるもんじゃないっていうか。たしかなものは何もないっていうか。歳とったらたしかなものが増えていくのかなって思ってたんだけど、逆で、どんどんどんどん剥がれ落ちていって、なんにもたしかなものがなくなってきたんです。ただ命が一個あるだけで。でもそれが大事なことなんじゃねえかなって。

歳とったらたしかなものが増えていくのかなって思ってたんだけど、逆で、どんどんどんどん剥がれ落ちていって、なんにもたしかなものがなくなってきたんです。ただ命が一個あるだけで。

 正しさとかよくわからない。ただ、自分が生きてるように他のやつも生きてるんだっていうのは真実です。それは尊重されるべきだと思う。尊重されるべき人間とされなくていい人間っていうのはいないわけだから。自分が人間として生きていたいのであれば、他の人も人間として生きてることを受け入れないと。そうじゃないと、自分が人間ではなくなってしまう。それはたしかだと思います。そんぐらいしかわかんないです。で、どうしたらいいんだっていうことは、いろんな人がいろんなこと言いますし、自分のバカな頭でなんとか理解しようとしていますけど、やっぱり明確な答えなんてわからんのです。どんどんわからんくなってきてます。でもどうにかこうにか生きたいとは思っています。

■ライヴ情報
極東最前線巡業 ~Oi Oi 地球ストンプ!~
2014年8月30日(土) 渋谷クラブクアトロ
open 17:00 / start 18:00  ¥3,500(前売り/ドリンク代別)
出演:Oi-SKALL MATES / eastern youth

ticket
ぴあ(P:230-946)
ローソン(L:77597)
e+(QUATTRO web :5/17-19・pre-order:5/24-26)
岩盤
CLUB QUATTRO

(問い合わせ)
SMASH : 03-3444-6751
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vol.12 『Transistor』 - ele-king

 

 みなさまご無沙汰しております、NaBaBaです。久しぶりの更新ですが、今回は最近遊んだインディーズ・ゲームをご紹介したいと思います。その名も『Transistor』です。

 『Transistor』は今年の5月にリリースされた〈Super Giant Games〉開発のアクションRPG。2011年に処女作『Bastion』をリリースして以来の2作目という、新興のインディーズ・スタジオですが、作品の完成度の高さからすでに今世代の代表的なスタジオの一つと目されていると言えるでしょう。


今回ご紹介する『Transistor』と、スタジオの前作『bastion』のトレイラー。

 古くからのゲーマーなら、ゲーム・デザインやアート・スタイルから『聖剣伝説』等ピクセルドット時代の日本の名作RPGを想起されるかと思います。そうした日本の作品からの影響については彼ら自身認めるところでありますが、実際のところ彼らの作品はドットの代わりにデジタルペイントで画面を構築しており、より繊細且つ高解像度になっています。そこからは、オリジナリティと同時に日本の黄金期のゲームへのリスペクト、そして日本の感性に追いつき、追い越してしまいそうなものを感じます。

 
〈Super Giant Games〉の作品のアートワークは美しく繊細で、どこか懐かしい。とくにわれわれ日本人にとっては。

 往年の日本へのリスペクトは多くのインディーズ・デベロッパーが持っていて、とりわけ2Dプラットフォーマーへの影響は計り知れないものがあるでしょう。たとえば2010年の傑作アクション・ゲーム『Super Meat Boy』は、作中のショート・ムービーにさまざまな日本作品へのオマージュを入れることで、その敬意を明らかにしていましたし、最近発売された『Broforce』は見るからに『魂斗羅』シリーズの影響を感じさせるなど、明示・非明示を問わず、彼らの作品のなかにはいまなお日本の過去のゲームの面影がしのばれます。


初っ端から『ストリートファイターII』へのオマージュたっぷりな『Super Meat Boy』。いろいろなBroが登場する『Broforce』は、往年のハリウッド映画とともに、『魂斗羅 』シリーズの影響も強く感じさせる。

 しかし一方で、両者の間にはなかなか埋められない溝もありました。それは日本のアニメチックな表現スタイルで、この点について肉薄するようなものは欧米からは長らく出てきていませんでした。しかし近年のインディーズ作品からはわずかながらその境界を超えるものが出てきはじめており、その一つが先の『Bastion』であり、またはアメリカの〈カートゥーン〉と日本の『ヴァンパイア』シリーズのキャラクター・デザインを組み合わせたかのようなアートワークの『Skullgirls』、そして今回ご紹介する『Transistor』です。

Skullgirlsからは、『ヴァンパイア』シリーズをはじめ、〈カプコン〉黄金時代のキャラクター・デザインのエッセンスを感じる。

■Jen Zee氏によるアートワークは圧巻の一言

 『Transistor』の魅力は先ほども述べたように世界観、とくに日本的感性をも感じさせるアートワークにあります。ゲームの舞台はCloudBankと呼ばれる近未来都市で、歌手をしていた主人公のRedが陰謀に巻き込まれつつ、その過程で手に入れた謎の剣Transistorを使って戦っていくというのが大まかなストーリー。

 前作『Bastion』は優れているとはいえ、穿った見方をすれば日本の『聖剣伝説』等の作品の延長線上にある世界観だと言えなくもなかったのですが、本作はサイバーパンクにアール・ヌーヴォー様式を交えた、よりオリジナリティの高い世界観になっています。

 
時おりイベント・シーンで挿入されるイラストも美しく、オリジナリティがある。

『Bastion』と『Transistor』のアート・ディレクションは、いずれもJen Zeeという方がほぼひとりで手掛けており、彼女のアジア系アメリカ人という出自は、欧米産のゲームでありながらも日本的感性に通ずる、繊細でアニメチックなデザインのアートワークにつながっていると断言できるように思います。

 彼女のイラストは〈Deviant Art〉の氏のページ(https://jenzee.deviantart.com/)でも見ることができます。しかし、同じくイラストを生業としている僕の身から憚りなく言わせていただくと、このページで見られる彼女のイラスト一枚一枚はそれだけでは圧倒的というほどではない。もっと優れたイラストの描き手はまだまだいるというのが実状でしょう。

 しかしゲームのアート・ディレクションという観点で彼女の業績を見た場合、およそ匹敵し得る仕事を成した人などほとんどいないのではないでしょうか。前述したように『Bastion』にせよ『Transistor』にせよ、キャラクター・デザイン、背景デザイン、個々のゲーム用のアセット作成、各種イラストに一挙に携わっているのは驚異的です。

 そんな、一人の絵描きによる完全に統一された世界観の強さが、『Transisotr』にはあるのです。

■RPGではお馴染みのシステムに一捻り加えたゲーム性

 〈Super Giant Games〉はアートだけのスタジオではありません。肝心のゲーム・デザインの方でもその完成度はたしかなもの。ジャンルとしてはアクションRPGの部類に入りますが、前作『Bastion』がオーソドックスなアクションRPG的なシステムだったのに対し、今回の『Transistor』はそこにも工夫を加え、さらなる進化、オリジナリティを獲得しています。

 本作の戦闘はアクションRPGの呼び名どおり、基本的にはリアルタイムで進行し、プレイヤーはその中で攻撃したり回避したりといったことをするわけですが、「Turn()」と呼ばれる作中のシステムを使うとそれが一変するのです。

 Turn()を発動すると時間が静止したような状態になり、プレイヤーはその状態から次の行動を予約する事ができます。1回のTurn()でできることの上限は各行動のコストにより制限され、予約した行動は基本的に間髪を入れず一方的に実行できる。

 要するにRPGのターンシステムとほとんど同じなのですが、任意のタイミングで発動させることが可能で、また、一度用いると使ったコストの分だけクールダウンが必要となります。そのため、アクションRPG的な面とターン性RPG的な面をそのときどきの事情を見ながら使い分けていく戦略性、またTurn()を使ったときの一方的に敵を蹂躙できる爽快感が本作のおもしろさの一つとなっているのです。

Turn()の仕様は動画で確認するのが一番わかりやすい。

 もう一つおもしろいのが「Functions」という独自の成長要素。基本的にはレベルアップ時に手に入るFunctions、これはいわばいろいろな効果を持ったカードのようなもので、それを武器であるTransistorに直接組み込むか、組み込んだFunctionsへのさらなるアップグレードとして使うか、自分自身に組み込むかによって効果がまったく異なってきます。

 正直なところ、このシステムはかなり複雑。僕も理解するのに暫く時間がかかり、完全に使いこなせたのは2周め以降でした。そこが1つの欠点でもあるのですが、逆に、理解できればこれほど自由度が高くて奥深いものもない。それぞれFncutionsの差別化がうまくいっており、組み合わせの実験ができる機会もあるので、毎回異なるカスタマイズにするもよし、一つの方向性を洗練させるもよしで、人によって千差万別のプレイスタイルが生みだせるでしょう。

 
Functionsの種類は16種×それぞれ3つの特性を考えると組み合わせ方は膨大だ

 1周8時間前後のプレイ時間で、登場する敵の種類もそう多いものではありません。しかし敵ごとの差別化がこれまたしっかりできていることと、このFunctionsの組み合わせの自由度、Turn()の戦略性のおかげで、中弛みもなく一貫して楽しく遊ぶことができました。むしろ前述する複雑さもあって、ゲームとしての本番は2周めからとも言え、2周めは同じFunctionsの2枚めが手に入るので、同一Functionsの掛け合わせによるさらなる自由度と深みが待っています。


■『Transistor』の音楽

 海外の大作ゲームにおいて、音楽がどんどん映画音楽と同じ方向性を突き詰めつつあるのに比べ、インディーズの方はもっと扱う曲の幅が広く、また、同じくインディの音楽アーティストと組むことも多いと言えます。

 『Transisntor』もその例に忠実で、ブルックリンのインディ・バンドControl Groupのメンバー、Darren Korb 氏が手がけたサウンドトラックがなかなか魅力的な出来です。主人公Redの職業が歌手ということもあり、たびたびヴォーカル入りの曲が挿入されたり、Turn()発動中は曲にハミングが挿入されたりといった作りこみも繊細でいい。

 またヴォイスアクトも、登場キャラクターは少ないですが、どれも良質で楽曲と同じく繊細さを感じさせるのが気に入っています。

 なお、サウンドトラックは単体で販売されている他、Youtubeでも公式で無料配信されているので、興味のある方は聴いてみるとよいでしょう。



■まとめ

 インディーズの勢いは止まる気配がありません。それはまさに破竹の勢いで、数はもちろん質的にも素晴らしいものが増えてきています。従来のコンシューマ・ゲームが大作化と少数化の一途をたどっているのとは対照的で、業界全体の勢力図はつねに変動していますが、多様性という点ではいまがもっとも熱い時期と言えるのではないでしょうか。

 この『Transistor』も間違いなく本年を代表するインディーズ・ゲームの1本として数えられましょう。これがわずか12人のスタッフによって作られたというのだから驚きだし、また記事中何度も触れたように、そのできあがった作品が日本的センスに肉薄しているのも驚きであります。

 pixivやDeviant Art、いまはなきCG Hub等のイラストSNSを見ていると、外人でありながら日本的感性を感じさせる、または日本らしさと欧米らしさの良いとこ取りのようなスタイルのアーティストをよく見かけます。そんな彼らのほとんどがJen Zee氏と同じく中国系、あるいは韓国系の出自であるというのは特筆すべき点であり、きっと今後も彼らのそうしたセンスを掛け合わせたインディーズ・ゲームが登場してくることでしょう。

 こうした世界の動きに対して、日本のゲーム・デベロッパー、またはイラストレーターが従来のコンシューマ、インディーズともに出遅れているのは残念なことではありますが、それはおき、ひとまずは海外ゲーム市場のこの盛り上がりを素直に喜びたいと思います。

DBS presents PINCH Birthday Bash!!! - ele-king

 この日ユニットに集まった人びとは、ピンチが2台のターンテーブルの前に立っていた150分間に一体何を期待していたのだろう。やはり、彼がシーンの立役者として関わったダブステップか? それとも、彼の新しいレーベル〈コールド・レコーディング〉で鳴らされる、テクノやUKガラージがベース・ミュージックと混ざり合った音だったのだろうか? ピンチがフットワークを流したら面白いな、なんて想像力を働かせていた人もいたのかもしれない。
 実際に会場で流された音楽は、それら全てだった。
 
 ジャー・ライト、エナに続いたピンチのステージは、テクノの轟音とともにはじまった。そこに重低音が混ざるわけでもなく、リズム・パターンが激しく変化するわけでもなく、ストイックな四つ打が会場を包み込んでいく。
 ピンチがロンドンでダブステップの重低音を体感し、それをブリストルへ持ち帰り自身のパーティを始めるまで、彼はミニマルやダブ・テクノのDJだったのだ。ここ1年でのピンチのセットのメインにはテクノがあるわけだが、自分自身のルーツに何があるかを理解しないうちは、新しいことなんぞ何もできない、と彼は証明しているようにも見える。
 〈コールド・レコーディングス〉から出たばかりの彼の新曲“ダウン”はまさにテクノと重低音、つまりピンチ過去と現在が混ざり合った曲だ。
 先日発売された同レーベルの初となるコンピレーション『CO.LD [Compilation 1] 』は、去年の4月からレコードでのみのリリースをまとめたものになっており、参加しているエルモノ、バツ、イプマン、エイカーという新進気鋭のプロデューサーたちは、自分たちを形作っているジャンルの音を現在のイギリスのシーンに置ける文脈のなかで鳴らしている。
 例えば、イプマンはダブステップの名門レーベル〈テンパ〉や〈ブラック・ボックス〉からのリリースで知られていたが、〈コールド・レコーディング〉から出た彼の曲“ヴェントリクル”では、テクノの要素が前面に押し出されており、意外な一面を知ったリスナーたちを大きく驚かせることになった(イプマンがレーベルのために作ったミックスではベン・クロックが流れていた)。
 「アシッド・ハウス、ハードコア、ジャングル、UKガラージ、ダブステップ以降へと長年続く伝統からインスピレーションを受けた、進化し続ける英国のハードコア連続体の新たなムーヴメントのための出口」が〈コールド〉のコンセプトだが、ピンチ自身と彼が選んだプロデューサーたちは、伝統から学ぶスペシャリストである。このコンピを聴くことによって、それぞれのプロデューサーたちの影響源だけではなく、彼らの目線を通してイギリスのクラブ・ミュージックの歴史までわかってしまうのだ。 

Pinch-Down-Cold Recordings


Ipman Cold Mix


 開始から30分ほどして、流れに最初の変化が訪れる。ピンチは若手のグライムのプロデューサーであるウェンによるディジー・ラスカルのリミックス“ストリングス・ホウ”をフロアに流し込んできた(彼のミックスの技術はずば抜けて高く、色の違う水が徐々に混じっていくようなイメージが浮かぶ。手元にはピッチを合わせてくれたり、曲の波形を可視化してくれるデジタル機器は一切無く、レコードのみだ)。今年に入りアコードをはじめ、多くのDJにサポートされてきたアンセムはオーディエンスたちにリワインドを要求させたが、「まだ早いよ!」といわんばかりにピンチは4つ打へと戻っていく。

Dizzee Rascal-Strings Hoe-Keysound Recordings


 ちなみに、この日流れていたテクノも面白いチョイスだった。「うおー! これDJリチャードの〈ホワイト・マテリアル〉から出たやつだ!」という情報に富んだ叫び声が聞えてきたのだが、DJリチャードはジョーイ・アンダーソンやレヴォン・ヴィンセントと並ぶ、アメリカ東海岸のアンダーグラウンド・シーンにおけるスターだ。彼らが作る曲はときに過剰なまでのダブ処理が施され、リズムにもヴァリエーションがあるため、ベース・ミュージックのシーンでもたびたび耳にすることがある(ペヴァラリストのセットにはしばらくレヴォン・ヴィンセントの“レヴス/コスト”があった)。
 おそらく、アメリカで育った彼らも、スコットランド生まれブリストル育ちのピンチと同じようにベーシック・チャンネルのうつろに響くミニマル・テクノを聴いてきたのだろう。国境を越え、似たルーツを持ち違った土壌で生きるプレイヤーたちが重なり合う現場には驚きと喜びがつきものだが、この夜はまさにそんな瞬間の連続だった。

DJ Richard-Leech2-White Material


 とうとう、この日最初のリワインドがやってくる。ピンチがマムダンスとともに〈テクトニック〉からリリースした“ターボ・ミッツィ”が流れるとフロアが大きく揺れ、DJはレコードを勢いよく、そして丁寧に巻き戻す。だが、直ぐに頭から曲は始まらない。ピンチは拳で自分の胸を叩いて、フロアに敬意を示す。するとイントロのシンセサイザーがじわじわとフロアに流れ始めた。気がつくと、フロアはオーディエンスではなくパーティの熱気を作り上げるDJの「共犯者」で埋め尽くされていたのだった。

Mumdance&Pinch-Turbo Mitzi-Tectonic Recordings


「Yes, I’m」という声ネタとハンド・クラップが鳴り始めた瞬間、フロアの熱気はさらに上がる。それは、ブリストルのニュー・スクールの優等生であるカーン&ニークの“パーシー”を、ふたりが成長する土壌を作り上げたピンチが流すという、感動的な場面でもあった。世代から世代へと時代は嫌でも変わっていくものだが、この日34歳の誕生日だったピンチはその変化を楽しんでいるようだった。
 ラストのダブステップからジャングル、フットワークという流れにいたるまで、フロアをDJはロックし続けた。曲が鳴り止むとピンチはフロアへ合掌し、オーディエンスとゴス・トラッドに拍手の中で150分間のロング・セットは幕を閉じた。

Kahn&Neek-Percy-Bandulu

TechnoGrimeBass Music

V.A.
CO.LD [Compilation 1] 

Cold Recordings/ビート

Amazon HMV Tower

第20回:ヤジとDVとジョン・レノン - ele-king

 先日、通勤バスの中で新聞を広げていると祖国の話題が出ていた。東京都議会で女性議員に対して性差別的なヤジが飛び、国内で大きな話題になっているという。『ガーディアン』紙のその記事は、日本が男女平等指数ランキングで常に下位にランクされている国であることを指摘し、ジェンダー問題の後進国だと書いていた。まあ、ありがちな「東洋は遅れてる」目線の批判的な内容である。
 こういう記事が出ると、「女性が強い英国では絶対にあり得ない」「アンビリーバブル」みたいなことを英国在住日本人の皆さんがまた盛んに言い出すんだろうな。と思った。わたしも10年前ならそう思っていた。
 が、今はそうは思わない。

                 ******

 BBC3で『Murdered By My Boyfriend』というドラマが放送されてちょっとした話題になった。「恋人に殺された」というタイトルの当該ドラマは、パートナーの青年にDVを受け続けて最後には亡くなってしまった若い女の子の実話をドラマ化したものだ。
 17歳で同年代の青年に出会い、すぐに妊娠して子供を産んだ少女が、嫉妬深くて幼稚なパートナーから家庭内で暴行され続け、4年後には殴り殺されていた。というストーリーは、英国のある階級では「あり得ない」話ではない。英国内務省が2011年に発表した資料によれば、英国でもっともドメスティック・ヴァイオレンスの被害に遭っているのは16歳から24歳までの女性だそうだ。このドラマのモデルになった事件では、恋人を殺した青年は、生活保護受給者でありながら血統犬のブリーダーをやって不法に収入を得ていた貧民街の男だった。
 例えば、ブライトンの病院やチルドレンズセンター(地方自治体運営の子供と親のためのサポートセンター)などのトイレに入ると、個室の内側にA4サイズのナショナルDVヘルプラインのポスターが貼られている。
「あなたはドメスティック・ヴァイオレンスの被害者ですか?虐待されている女性を知っていますか?」
というスローガンと共に、幼児の手を引く若い女性の後ろ姿の写真が印刷されている。まさに『Murdered By My Boyfriend』のストーリーみたいなポスターだが、そうしたイメージが使われているということは、やはりDVの被害者には子持ちの若い女の子が多いということだろう。
 英国における若きシングルマザーの数の多さはこれまでブログ(&拙著)で何度も書いてきた。日本では、「出来たら始末しちゃえ」というのがティーン女子の一般的対処法だったと記憶しているが、英国の場合は、何故か産む。といっても、わたしはミドルクラスから上の人の生活様式は知らないので、労働者階級だけの話かもしれない。が、わたしの知っている世界では、十代の女の子たちは堕胎より出産を選ぶ。
 それは先の労働党政権がシングルマザーに優しい福祉制度を確立したせいもある。ぶっちゃけ、無職者に子供がいれば、すぐ役所から家をあてがわれ、生活保護も貰えるという時代が長く続いたので、下層社会の女子には、就職や進学しない代わりに子を産んで生活保護受給者になるというライフスタイルのチョイスが存在したのである。
 キャリアを持つ女性たちが子供を産まなくなった代わりに、十代で妊娠したシングルマザーたちが生活保護を受けながら続々と子を産み続けて行く様は、この国では階級による女たちの分業がはっきりと出来上がっているようにも見えた。ミドルクラスの女たちは外で働き、下層の女たちは生活保護を貰いながら子供を産み増やす。実際、シングルマザーへの優遇は人口の老齢化に歯止めをかけるための国家戦略だったのではないかとさえ思えてくる。UKでは2011年に1972年以来最高の新生児出生数が記録され、過去40年間で最高のベビーブーム到来と騒がれたが、ヨーロッパでそんな報道があったのはこの国ぐらいのものだろう。

 英国の女は強い。というイメージが、マーガレット・サッチャーに代表される上層の働く女から来ているのは間違いない。確かにあの階級の女たちは、時代錯誤なセクシスト発言でも受けようもんなら言った男を完膚なきまでに叩き潰すだろうし、彼女たちが肩パッドで武装して戦って来た歴史があるからこそ、英国の上層の男たちは滅多なことは言えないのだ。
 が、同じ英国でも、下層の世界はまるで違う。
 下層社会には、家庭で「ビッチ」、「雌牛」、「淫乱女」と呼ばれて殴ったり蹴ったりされている女たちもいる。底辺託児所に勤めていた頃、顔の傷のあるアンダークラスの女たちを何人も見た。裏庭で恋人に蹴りを入れられている女性も見たことがある。彼女たちの子供は、そんな母親の姿を見ながら育つ。子供のために良くないとわかっていながら、早くこんな生活は清算しなければと思いながらも、彼女たちはいつも顔に傷を負っていた。そして彼女らの子供たちは成長し、母親を殴った男たちと同じことを自分の女にするようになる。その、乾いた現実の反復。
 いったいぜんたい、ここはほんとうに女が強い国なのだろうか。

                 ******

 以前、職場で顔に青痣をつくって出勤してきた若い保育士がいた。目の下のあたりが広域に青くなっている。寝ぼけて階段から落ちて手すりに顔をぶつけたと言っていた。彼女は20歳のシングルマザーで、同世代の恋人と同棲している。
 一見してぎょっとするような青痣だったので、彼女はオフィスに呼ばれた。保護者たちの反応を心配して、マネージャーが当惑しているようだった。
 10分ほどして、彼女は憤然としてオフィスから戻って来た。
 「しばらく自宅待機しないかって言われた。痣がひどくて子供たちが怖がるかもしれないから、もう帰れって」
 「・・・・それって、有給の自宅待機だよね、もちろん」
 「ノー。自分の有給休暇を使って休めって言われた」
 「違法でしょ、それ」
 「うん。だから帰らない。働く」
 彼女はそう言ってプレイルームに玩具を並べ始めた。
 その日、子供を預けに来たミドルクラスの母親たちが彼女の痣を見た時の表情は忘れられない。明らかに誰もがDVによるものだと思っている様子で、ハッと驚いてから憐れみを示す表情になる人もいたが、「こんな人間に子供を預けて大丈夫だろうか」という不安を顔に出す人、あからさまに嫌悪感を示す人もいた。
 医師やプレップ・スクールの教師といった高学歴の働く女たちの「顔に青痣のある女はうちの子には触らないでほしい」的なリアクションは、ある意味、日本の都議会で飛んだヤジぐらいあからさまで野卑だった。
 女という性をすべて一まとめにして「シスターズ」と叫ぶフェミニズムはいったいどれほど現実的なのだろう。少なくともUKでは、たいへんに嘘くさい。

               *********

 ジョン・レノンが「一番嫌いなビートルズの曲」と言った歌がある。
「他の男と一緒にいられるぐらいなら
 死んでくれたほうがまし
 用心したほうがいい
 俺は分別がなくなるから」

 『Run For Your Life』は、英国では今でもDVを連想させる曲として語られる。レノンは、この曲の歌詞ははプレスリーの『Baby Let's Play House』にインスパイアされたとものだと言った。
 が、晩年には「書いたことをもっとも後悔している曲」とも発言している。

 亡くなる数年前、彼は最初の妻を殴っていたことを暗に認めるような発言をした。『プレイボーイ』誌のインタヴューでこう言ったのである。
 「僕は自分の女に対して残酷だったことがある。肉体的な意味で、どんな女性に対しても。僕は殴る人間だった。自分を表現することができないと殴った。男とは喧嘩し、女は殴った」

 英国には「強い女とジェントルメン」の構図とは全く別の世界が存在している。
 その世界は上のほうが先に進めば進むほど後方に取り残されて行く。格差が広がれば広がるほど、進んだ世界と遅れた世界のギャップは大きくなる。
 警察の発表によると、2013年第4四半期でDVの件数は15.5%増えたそうだ。

The Encyclopedia of Kroutrock - ele-king

 ジュリアン・コープの真似をすると、「僕はかつてクラウトロッカーだった」。英米のポップ・ミュージックのクリシェに飽きたとき、クラウトロックは、穴に落ちたアリスのように、何か特別な世界に迷い込んだかのようにワクワクしたものだ。60年代末から70年代前半にかけてのジャーマン・アンダーグラウンドが繰り広げた音の実験は、淫らなほどサイケデリックで、信じがたいほどのフリーク・アウト・ミュージックで、あり得ないほどの単調さと最高のギミックで、聴いている人の想像力をどこまでも拡大する。そして、ただそのジャケットを手にしただけでも興奮する。こうして人はクラウトロッカーへの道を歩みはじめるのだ……

 もともとクラウトロッックとは、1960年代末から70年代前半にかけてのウェスト・ジャーマン・アンダーグラウンドへのアイロニカルな表現として、イギリスのメディアが使った言葉だ。カエルを食べるフランス人をフロッギー(カエル野郎)と呼ぶように、キャベツの酢漬けを食べるドイツ人のロックをクラウト・ロックと呼んだのだ。
 いまではにわかに信じられないだろうが、1970年代は、アングロ・アメリカンこそがロックだった。ピンク・フロイドを擁するUKは、ヨーロッパにおいてコネクトしていた国だったが、しかし、ジミヘンもスライもVUもザッパもマイルスもアメリカだ。そんな情勢において、ドイツのロックがすぐさま発見され、そしてすぐさま正当な評価を得ることはなかった。
 が、1974年にクラフトワークの「アウトバーン」がヒットしたこと、カンやタンジェリン・ドリームがドイツ国外で成功したこと、UKのグラム・ロッカーがドイツに目を向けたこと等々、さまざなな要因が重なり、道は開けていった。それはパンク・ロックによって再評価され、やがてハウス・ミュージックやテクノにおいても再々評価された。クラウトロッカーは増え続け、いつの間にかドイツ以外の国の音楽でも、マシナリーなドラミングのミニマルなロックをクラウトロックと形容するようになった。

 著者の小柳カヲルは、クラウトロックの書き出しを、モンクスからはじめている。アングロ・アメリカ圏からやって来たガレージ・バンドこそが、クラウトロックにおけるミッシング・リンクだと言ったのはジュリアン・コープだが、ドイツ在住の米兵による、酩酊した、デタラメなこのガレージ・バンドは、こんな歌詞をわめいている。「俺たちは兵隊が好きじゃない。何故、ベトナムの子供たちは殺されなければいけないのか? ジェイムス・ボンド? 誰だそれは? 止めてくれ」
 また、モンクスとは別の局面では、ご存じのようにカールハインツ・シュトックハウゼンがいた。この電子音楽の父は、ザ・ビートルズの1967年の『サージェント・ペパーズ〜」のジャケにも登場しているように、その影響はポップ・カルチャーの世界にも及んでいた。また、1968年にフランク・ザッパがおこなったドイツ・ツアー、同年にリリースされたVUのセカンドなどもオリジナル・クラウトロッカーに影響を与えてた。1968年には、ベルリンではタンジェリン・ドリームが、ミュンヘンのコミューンではアモン・デュールが、ケルンではカンが始動している。1969年にはクラフトワークの前身のオルガニザッツィオーンが最初のアルバムを出している。
 
 『クラウトロック大全』は、パンク〜ポストパンク〜(テクノ)を通過した今日からの視点によって編集されている。よって、オリジナル・クラウトロッカーが最初のピークを終えたあとの、80年代のノイエ・ドイッチェ・ヴェレ(ジャーマン・ニューウェイヴ)の時代までを範疇としている。とくにコニー・プランクとホルガー・シューカイのふたりは、この時期までたくさんの良い仕事をしているのと、クラウトロック以降/ダンス・カルチャー以前の西ドイツのアンダーグラウンドのアーカイヴが日本ではまだされていなかったこともあり、思い切って、この機会に取りあげてみた。
 また、ドイチュラントという国が、近世までは、バイエルンだとか、ブランデンブルクだとか、地方分権だった時代が長かったため、それぞれの地方への帰属のほうが強い側面がある。よって、本書ではクラウトロックを分類する際に、年代順でもアルファベット順でもなく、都市ごとに分類している。

 ひと昔前は、クラウトロックを聴くには、マメにその手のレコード店を歩き回り、そして、見つけたら、ときには思い切って大枚をはたく必要があったが、いまでは掲載している作品の多くが入手しやすい。これを機会に、ひとりも多くのクラウトロッカーが生まれることを期待している。
 なお、ディスクユニオンで買うと先着でクラトロック・ポスター+ポストカードがもらえて、タワーレコードとHMVで買うとノイ!のポストカードがもらえる。ちなみに、本の表紙はクラウス・ノミではなく、コンラッド・シュニッツラーです。(野田)


 ※著者の小柳カヲル氏が主催する〈SUEZAN STUDIO〉からは、先日、ノイエ・ドイチェ・ヴェレの名門〈Ata Tak〉に残された数々のシングル・レコードを1枚のCDと3枚の7インチ・アナログ・レコードに収録したボックス・セットをリリースしたばかり。デア・プランの7インチの、モーリッツ・RRRによる素晴らしいアートワークが復刻したのです。

 目下、海外では「YouTubeからインディ・ミュージックがいなくなる?」という議論が起きている。
 YouTubeがサブスクリプション(定額制)サービスをはじめるという話は、ご存じの方も多いだろう。サービス開始にあたって、YouTubeは、メジャーよりも悪い条件での契約( The Worldwide Independent Network (WIN)によれば『フェアは言えない条件』)をインディ・レーベルに強いているというのだ。そして、新しい契約に合意しないインディ・レーベルは、コンテンツを取り下げられてしまう状況にあるという。
 このところ、ほとんどの海外(音楽)メディア──『ガーディアン』から『ピッチフォーク』がそのことを話題にしている。有料化自体を反対する『GIZMODO』のようなメディアもある。
 こうした動きに対して、XLをはじめとするインディ・レーベルは反対の動きを見せ、アメリカのインディ・レーベル連合A2IMは米連邦取引委員会に抗議、契約の不当性を問うているという。また、レディオヘッドのエド・オブライエンは、今回の衝突のもっとも危惧すべきこととして、『ビルボード』に以下のようなコメントを寄せている。「インディ・アーティストとレーベルは、音楽の未来の最先端にいる。彼らを規制することは、インターネットをスーパースターとビッグ・ビジネスのために構築するという危険を孕んでいる」
 たとえば、日本では洋楽が売れなくなった……などとこの10年よく言われる。たしかに旧来の産業構造においては売れなくなったのだろうが、これはインターネットの普及によって消費のされ方が大ヒット依存型から脱却したに過ぎないのではないか、ということを本サイトをやっていると感じる。たとえば、アジカンを好きなマサやんがアルカを聴く──前者はともかく後者のような実験的な音楽は、ネット普及前の世界では、それなりにマニアックな店に行かなければ聴けなかったが、いまでは簡単にアクセスすることができる。ひと昔前なら「売れないから」という理由で店から閉め出された多様性は、この10年、より身近なところに来ている……はずだった。
 何にせよ、インディ・ミュージックのファンにとって、今後の動向が気になるところだろう。(野田)

Hundred Waters - ele-king

 ピッチフォーク系列の映画サイトであるザ・ディゾルヴでは絶賛されTMTではボロカスに書かれたスパイク・ジョーンズの『her』だが、そのあまりにフワフワとした物語と映像に、ジャ・ジャンクーの『罪の手ざわり』において返り血を浴びながらナイフを握りしめる労働者の女に喝采を送った僕などは「どんだけ傷つきたくないねん」と朦朧とした頭でツッコまずにいられなかった。しかしながら題材的にもムード的にも現代的であることは間違いなく、そしてそれをもたらしているのは主人公が恋するOSのスカーレット・ヨハンソン演じる「声」である。デジタルの海のなかで抱ける官能とメランコリアがあるとすれば、そのもっとも手っ取り早い触媒は生々しい発話であるだろう。コンピューターの声としては妙に艶っぽいヨハンソンの囁きは、インターネット時代のその後の近未来において唯一たしかな人間臭さとして響いていた。まあ、さすがにあのセックス・シーンはないなーと思ったけど。

 フロリダ出身の4人組バンドであるハンドレッド・ウォーターズはおそらく、そうした声の響きがもたらす現代性に自覚的だ。はじめに聴いたときは、これは紙版『ele-king』vol.6における特集「エレクトロニック・レディランド」の続き、すなわち女性ソロ・ユニットの作品だと思ったのだが、そのくらいヴォーカルのニコール・ミグリスの声がバンドのコアとして成立している。生音を使いながらエレクトロニカの方法論で作られたトラックはデジタル的にカッチリとしているが耳触りは徹底してオーガニックで、いわばラップトップ時代のフォーク・ミュージックだ。フォークトロニカという呼び方ももちろんできるわけだが、しかしフォー・テットの『ポーズ』~『ラウンズ』時代をそのジャンルのピークとするならば、ハンドレッド・ウォーターズにはもっと歌に対するはっきりとした志向が感じられる。ほかのIDM、ラップトップ・アーティストのように声を加工し素材として使っても不思議ではない音楽ではありながらも、そうはしないことが肝だ。

 なぜかスクリレックスのレーベルと契約した2枚め。2010年代のアーティストらしく音楽的語彙は豊富で、10年前くらいのビョークやムーム、フォー・テットを思わせるエレクトロニカが中心にはあるが、もちろん今様のアンビエント・ポップの感性を備え、“アニマル”のようなダンス・トラックではトライバルな風合いもあるのでバット・フォー・ラッシーズや、遠景に6、7年前あたりのギャング・ギャング・ダンスが見えてくるのもおもしろい。が、たとえば中盤のハイライトとなる“ブロークン・ブルー”~“チャンバーズ(パッシング・トレイン)のひたすら幻想的で物悲しいメロディがアルバムの色彩を深めていることを思えば、トラックの多様性はあくまでバンドのスペックである。夜空にきらめくような音色を携えながら放たれるコケティッシュなニコールの声が響かせようとしているのは、このデジタル時代のエクスタシーだ。それは『her』の取ってつけたような(疑似)恋愛よりも、僕にははるかにロウなコミュニケーション欲求に聞こえる。オープニングの1分少しのアカペラ風トラックはもっともチャーミングな小品だが、そこで彼女はすでに「わたしに愛を見せて」と宣言することからはじめているのだから。


Eddi Reader
Vagabond

Reveal / ソニー・ミュージック

Review Tower HMV Amazon iTunes

 エディ・リーダーの来日公演がいよいよ間近に迫ってきた。私自身もとても楽しみにしている。5月に日本盤が発売となった5年振りのニュー・アルバム『ヴァガボンド』も(毎度のことながら)じつに素晴らしい作品だったからなおさらだ。

 エディの魅力とは何なのだろう。いつも何気な〜く聴いてしまっていて、正直なところこれまで彼女の魅力について深く考えたことがなかったけれども、第一の魅力がその歌声にあることは明白だ。無邪気な少女性と大らかな母性のちょうど中間を行く、伸びやかなその声の魅力はなにものにも代え難い。陳腐な表現だが、まさに心洗われる声だ。

 そしてもうひとつ。「何気な~く」聴いていると述べたけれど、いま思うに、その何気なく聴けてしまう感じこそが重要なのではないか。はっきり言って彼女の音楽には革新性と呼べるものはないし、刺激的とも言い難い。じゃあ保守的で退屈なのかと問われれば、断じてそんなことはなく、むしろいつも瑞々しい感動を与えてくれる。ひと言で言えば、彼女の音楽は純度100%の“グッド・ミュージック”なのである。奇をてらうことなく、ただ実直にいい歌といい曲を届けようというその姿勢は、フェアーグラウンド・アトラクション時代から現在に至るまで1ミリもブレていない。そして、そんな彼女に裏切られたことはいまのいままで一度もない。言うなれば、彼女のもうひとつの魅力とは、この上ない「安心感」だと思う。

 私だって、常日頃は刺激的な音楽を探し求めている。だが、それと同時に、何も考えずただ気持ちよく身を委ねることができ、かつ充足感を与えてくれる音楽の存在というのも非常に大切にしている。私は後者のような音楽を、最大限の敬意と愛着を込めて“障らない音楽”と勝手に呼んでいるのだが、この“障らなさ”を実践できる音楽家というのはじつはなかなかいない。いや、ただ障らないだけのイージーリスニングみたいな音楽ならそこら中に転がっているわけだが、そこに充足感までを求めるとなると、これがじつに貴重なのだ。そんな中で、エディ・リーダーは私にとって“障らない音楽”界のヒロインなのである。繰り返しになるけどこれ、めちゃくちゃ褒めてますからね。

 エディのライヴの思い出というと、私にとっては2005年のフジロックが挙げられる。当時のタイムテーブルはもうすっかり忘れてしまったし、他にも刺激的なアクトを多数観ていたはずだが、もはやその記憶も薄れてきた。だが、あのとき苗場の山に響いた彼女の歌声の清らかさだけは、鮮烈な記憶としていまも脳裏に焼き付いている。これが私にとって初の生エディ。それまでも作品は愛聴していて、その素晴らしさは十分享受しているつもりでいたが、いやいや甘かった。ステージでの彼女の歌は本当に生き生きとしていて、バンドとともに作り出すアットホームな雰囲気も最高。野外での開放感も相俟って、ラストの“パーフェクト”の大合唱ではその多幸感のあまり感極まったのを覚えている。もちろんライヴにおける彼女にもギミックなど一切ない。飾らないステージにシンプルなバンド、あとは歌だけだ。それで十分。ライヴでの彼女の魅力は、間違いなくアルバムを超えていた。

 さあ、今年もエディ・リーダーが日本にやってくる。今回はフェアーグラウンド・アトラクションでの来日時にこけら落としを行った名古屋〈クラブクアトロ〉の25周年アニバーサリー公演を含む東名阪のツアーだ。

 また、新作『ヴァガボンド』の日本盤リリースに加え、来日を記念して、フェアーグラウンド・アトラクション3作とエディの初ソロ作の計4タイトルが紙ジャケット仕様の完全生産限定盤として再発された。
(詳細 https://www.sonymusic.co.jp/artist/EddiReader/info/438207

 彼女のことだから、今回も素晴らしいステージになるのは間違いのないところだろう。そして、ひょっとしたらアニバーサリーイヤーならではのサプライズもあるかもしれない。思いっきり期待して、あとわずかに迫ったその日を待とうじゃないか。

■エディ・リーダー ジャパン・ツアー

大阪公演
6月28日(土)
Umeda CLUB QUATTRO
18:00開演
前売り¥7,000(税込/ドリンク別)
(問)スマッシュウェスト06-6535-5569

名古屋公演
6月29日(日)
Nagoya CLUB QUATTRO
“Nagoya Club Quattro 25th Anniversary”
18:00開演
前売り¥7,000(税込/ドリンク別)
(問)クラブクアトロ 052-264-8211

東京公演
7月1日(火)
Shibuya CLUB QUATTRO
19:30開演
前売り ¥7,000(税込/ドリンク別)
(問)スマッシュ 03-3444-6751

チケット発売中
https://smash-jpn.com/live/?id=2109

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