「K A R Y Y N」と一致するもの

Colleen - ele-king

 先日のある暑かった休日、ぼくは2年ぶりに釣りに出かけた。まあ、といっても道具をもって自転車で3~40分ほどで行けるところで、2年前までは子供を連れていったものだけれど、いまはもう親の相手などしない年頃なので、ぼくはひとりだった。2年のあいだに地形も変わり、自分の秘密のポイントだった場所も荒れ果てていたのだが、このままでは帰れないと諦めずに、丈高い草をかき分けながらあらたな場所を見つけ、しばらくそこで過ごした。貴重な初夏における、ちょっとした夢の時間だ。
 どうってことのないところなのだが、人が行き交う道路よりも低いところに降りて川のなかに入っていると、東京も、そして自分の人生も少し違って見える。ぼくがコリーンの音楽に覚える感覚はそれに似ている。特別なものなのどなにひとつないけれど、しかし彼女の音楽はぼくに夢の時間を与える。

 昨年編集部で作った『コロナが変えた世界』のなかで上野千鶴子氏が言っているように、本当に成熟した社会では、ジェンダーのステレオタイプにとらわれずに評価されるのが本来のあるべき姿なのだろう。ローレル・ヘイローの音楽は、彼女が女性で、男の作り手が多い電子音楽をやっているから評価されているわけではない。ただ純粋に彼女の作品には力があるからだ。実際ヘイローは、「女性電子音楽家」という括りを嫌悪している。
 しかしながら、歴史的な不平等さのなかではある程度の強制が必要なのもたしかだ。この春欧州では、歴史から除名されてきた女性の電子音楽家たちの歴史ドキュメンタリー映画『Sisters With Transistors(トランジスタのシスターたち)』(ナレーションはローリー・アンダーソン!)が上映されて話題になっている。日本でも上映して欲しいと切に願うが、すでにこの夏の上映が決まっている『ショック・ドゥ・フューチャー』という映画はフィクションではあるけれど、女性のエレクトロニック・ミュージシャンを主人公にした映画である。1978年のパリが舞台の、電子音楽なんてまだキワモノだった時代の話で、笑ってしまうほどマニアックな電子音楽がかかるのだが、映画の最初のほうで主人公が部屋に入ってシンセサイザーの前に座り、そして音を出す場面がある。鍵盤を押して出る、アナログ・シンセサイザー特有のファットなあの「ぶおぉん」という音。その瞬間に覚える嬉しい驚きを映画はとてもうまく表現している。あのサウンドこそ、夢そのものだ。あれが鳴るといつもと同じ風景が一瞬にしてどこか違ったものに思えてくる。コリーンの7枚目のアルバムには、そうした夢の電子音が鳴っている。

 もっともコリーンは最初から電子音楽家だったわけではない。音楽とは無縁の家に生まれ、文学に夢中になった10代を経てパリの大学で文学を専攻し、『失われた時を求めて』を読破したという彼女は、英語の教職に就くとチェロを買い、30歳にして初めて音楽のレッスンを受け、そして教師をしながら(生徒には自分の音楽のことを明かさずに)音楽活動をはじめている。ロンドンの〈Leaf〉からリリースされた初期の作品は、チェロなどの生楽器の演奏とオルゴールとを組み合わせたユニークなものだったが、作品はじょじょに電子化され、そして前作『A Flame My Love, A Frequency』においては完全なエレクトロニックへと発展した。新作の『The Tunnel And The Clearing(トンネルと、そして晴れること)』もまた、彼女の電子機材の音色を活かしたエレクトロニック・ミュージック作品である。
  
 アルバムの1曲目の“The Crossing”は、内省的で美しい──いや、彼女の作品は総じて美しいのだけれど──ミニマリズムの曲で、これから人生をどう生きようかと物思いに耽っているアンビエント・ポップだ。そして、綿のようなシーケンスに包まれながら「いま自分はこんなにも痛い」と歌う“Revelation(啓示)”へと繫がる。この曲は、いまの季節の朝の7時に公園のベンチで座っているときに感じることのできる透明感を有しているものの、悲しげだ。こうした今作のメランコリックなはじまりに関しては、彼女のプライヴェートにおける長年のパートナー(彼女のほぼ全作品のアートワークを手掛けていた)との別離が無関係であるはずがない。彼女は彼とともに過ごした思い出の地を離れ、バルセロナでひとり暮らしをはじめながら本作の制作に取りかかっている。言うなれば自己再生がこのアルバムのひとつの重要なテーマなのだ。
 内へと爆発しているのか外へと爆発しているのかと自問する“Implosion-Explosion(内破/爆発)”では、古いドラムマシンがリズムを刻み、シンプルなドローンを発信させつつ、駆け抜けていく感覚を展開する。そしてこの曲が終われば、エモーショナルで、しかも瞑想的とも言える表題曲“The Tunnel And The Clearing(トンネルと晴れること)”が待っている。
 それからドリーム・ポップ調の“Gazing At Taurus (牡牛座を見つめること)”へと続くのだが、同曲の2部にあたる“Night Sky Rumba(夜空のルンバ)”がぼくは本作でもっとも気に入っている。真夜中の静かなミニマリズムの後半におけるささやかな上昇は、じつに感動的だ。
 日本盤には2曲のボーナストラックが入っているが、オリジナル作品で最後の曲になるのが“Hidden In The Current(流れに隠されたもの)”だ。コクトー・ツインズがクラウトロックと出会ったかのような曲で、後半に湧き上がる渦を巻くような電子音には不思議な力強さがある。

 私は目覚めている
 私は目覚めている
 私はやっと目が覚めた
 私はやっと目が覚めた
 そしてひとりで立ち上がった
 そしてひとりで立ち上がった
“Hidden In The Current”

 人生に夢の時間は必要だが、それだけでは成り立たない。しかし、それでも夢が広がる。そんな音楽だ。
 映画『ショック・ドゥ・フューチャー』のエンドロールには、献辞として、ローリー・シュピーゲルをはじめとする女性電子音楽家たちの名前がずらっと記されてる。ぼくの家には、女性電子音楽家たちの作品が年ごとに増えていっている。それはもちろん「女性だから」気に入っているのではない。ただ純粋に好きな音楽があり、それを作っているのが女性だったというだけの話だが、このように時代は変わっていると。まあ、そんなわけで、釣りのほうはどうなったのかというと、ここでは書きません、今度会ったときに話すことにしょう。

Martin Gore - ele-king

 シカゴ・ハウスやデトロイト・テクノ、そして電気グルーヴなどに多大な影響を与えたシンセポップのスーパー・グループ、デペッシュ・モード。その中心メンバーのマーティ・ゴアが、かなり尖った野心的な作品をリリースする。今年の1月に発表したEP「ザ・サード・チンパンジー」とリミックス集の2枚組だが、これはもうテクノ/エレクトロニカ作品と言ったほうがいいだろう。発売は8月とまだ先の話だが、電子音楽好きにはたまらない内容なので、忘れずにメモっておくことをオススメする。
 ちなみにリミキサーには、サンパウロのテクノDJ、ANNAとWehbba(DMはブラジルでも人気)、ベルリンのBarkerやJakoJako、ドイツからはほかにThe ExalticsやChris Liebing、実験派のRroseやKangding Ray、そしてJlinなどといった、かなりアンダーグラウンドかつ実験的な顔ぶれを揃えている。

マーティン・ゴア (Martin Gore)
ザ・サード・チンパンジー + リミックス (The Third Chimpanzee + Remixed ~ Japan Edition)
Mute/トラフィック
発売日:2021年8月20日(金)
https://trafficjpn.com/news/mgjapan/

Tracklist
CD-1
1. Howler
2. Mandrill
3. Capuchin
4. Vervet
5. Howler’s End

CD-2
1. Howler (ANNA Remix)
2. Mandrill (Barker Remix)
3. Capuchin (Wehbba Remix)
4. Vervet (JakoJako Remix)
5. Howler (The Exaltics Remix)
6. Mandrill (Rrose Remix)
7. Capuchin (Jlin Remix)
8. Vervet (Chris Liebing Remix)
9. Howler (Kangding Ray Remix)
10. Mandrill (MoReVoX remix)

【マーティン・ゴア】
デペッシュ・モード(1980年結成)のオリジナル・メンバー&ソングライター(G/Key)。デペッシュ・モード以外の活動として、ソロ名義『Counterfeit²』(2003年)、また元デペッシュ・モードで現イレイジャーのヴィンス・クラークとのユニットVCMG『SSSS』(2012年)を発売。2015年、ソロ・プロジェクトMG初のアルバム『MG』発売。2001年1月29日、MGとしてEP『ザ・サードマン・チンバンジー』を発売。2020年、デペッシュ・モードはロックの殿堂(Rock & Roll Hall Of Fame)入りを果たした。

The Smile - ele-king

 トム・ヨークジョニー・グリーンウッド、そしてトム・スキナーによる新バンドが始動する。
 トム・スキナーといえば、UKジャズ・シーンにおけるキイパースンのひとり。自身のハロー・スキニーをはじめ、メルト・ユアセルフ・ダウン
サンズ・オブ・ケメットオスカー・ジェロームから松浦俊夫、ハーバート『One Pig』やフローティング・ポインツ『Elaenia』などのエレクトロニック系まで、数々の作品に参加してきた敏腕ドラマーだ。

 さすが音楽をしっかり追っているトム・ヨーク、目のつけどころがちがう(サンズ・オブ・ケメットの新作は今年のベスト・アルバム候補です)。まあトム・スキナーはジョニー・グリーンウッドの作品にも参加していたので、そのつながりもあるのだろう。なんにせよ、あっぱれなプロジェクトのはじまりだ。続報を待とう。

Burial - ele-king

 ベリアルが新曲 “Dolphinz” を5月21日に公開している。これは、昨年アナウンスされていた〈Hyperdub〉からのシングル “Chemz” のB面にあたる曲で、リリースの遅れていたヴァイナル盤の発売にともない、ようやくお披露目となった次第。不穏かつ美しい9分のアンビエント・サウンドを聴くことができる。

https://burial.bandcamp.com/album/chemz-dolphinz

 報じそびれてしまったけれど(反省)、じつはベリアルは4月29日にもロンドンのレーベル〈Keysound〉からも新曲を発表している。そちらはブラックダウンとのスプリットEPで(「Shock Power of Love EP」)、ベリアルは “Dark Gethsemane” と “Space Cadet” の2曲を提供。とくに前者がめちゃくちゃかっこいいんです。「暗いゲッセマネ(=イエスが最後の晩餐のあとに訪れユダに裏切られた、エルサレムの場所)」なる意味深なタイトルも気になるところ(イスラエルによるガザの空爆は5月11日だから、それとは関係ないと思われる)。合わせてチェックを。

https://burial.bandcamp.com/album/shock-power-of-love-ep

 民謡クルセイダーズのドキュメンタリー映画 『BRING MINYO BACK』を完成させるためのクラウドファンディングが開始されました(https://www.kickstarter.com/projects/minyo/bring-minyo-back)。
 あともう少し撮影と編集だそうで、なんとか完成しますように!

THE STALIN Y - ele-king

 昨年、歴史的な再発を果たした『Trash』が異例のベストセラー中のザ・スターリン。その音楽がタイムレスであることを証明したわけだが、遠藤ミチロウ亡き後もザ・スターリン Yがその楽曲を生演奏する。今年の4月25日に福井県はあわら市の浄土真宗本願寺派専念の本堂で行われた、一夜限りの蘇りGIGを完全収録したDVDが発売される。全27曲90分以上におよぶ貴重なライヴドキュメンタリー。6月26日、詳しくはこちらを(https://inundow.stores.jp/items/60a755749a5b753d186b40af)。

THE STALIN Y
GO TO STALIN Live at Sennenji-Temple 25 Apr.2021
いぬい堂
定価:¥2750(本体 ¥2,500)
発売日:2021/6/26

1. メシ喰わせろ!
2. 廃魚
3. M-16(マイナー・シックスティーン)
4. 水銀
5. 先天性労働者
6. アザラシ
7. STOP JAP
8. 負け犬
9. 下水道のペテン師
10. 猟奇ハンター
11. 冷蔵庫
12. ロマンチスト
13. 解剖室
14. コルホーズの玉ネギ畑
15. 溺愛
16. バキューム
17. 肉
18. 豚に真珠
19. 欲情
20. STOP GIRL
21. 爆裂(バースト)ヘッド
22. 電動コケシ
23. インテリゲンチャー
24. 仰げば尊し
25. アーチスト~マリアンヌ
26. フィッシュ・イン
27. バイ・バイ "ニーチェ"

THE STALIN Y
イヌイジュン (Dr)
タバタミツル (G)
横山玲 (B)
スーザン (Vo)
光聲MADSAX (Guest)

THE STALIN Y
ザ・スターリンのオリジナル・メンバー:イヌイジュン(Ds)を中心に活動する令和のザ・スターリン的媒介。昨年解散を表明したが、早々に復活。イヌイジュン、タバタミツル=田畑満、横山玲、スーザン(GURU、黄金狂時代)の4人編成。

Eventless Plot - ele-king

 ギリシャを拠点とするエレクトロ・アコースティック・トリオ「イヴェントレス・プロット」は、テープ・オペレーションやモジュラーシンセを担当する Vasilis Liolios、ピアノの Aris Giatas、Max/MSPをもちいてデジタル・プロセッシングを手掛ける Yiannis Tsirikoglou ら3人のメンバーによって構成されている。
 活動開始は2002年。ボローニャ、ミラノ、テッサロニキ、スコピエ、アテネなどヨーロッパ各地でライヴ活動を展開し、インスタレーションや映画、ダンス・プロジェクトのためのサウンド・デザイン・作曲なども精力的に手掛けてきた。
 録音作品は2009年にテッサロニキのレーベル〈Granny Records〉からアルバム『Ikon』をリリースしてから、UKの〈Aural Terrains〉、〈Creative Sources〉、ロスアンジェルス〈Dinzu Artefacts〉などの世界各国の現代音楽・実験音楽レーベルから多くの作品を送り出してきた。2020年には最先端の現代音楽レーベルの老舗的存在〈Another Timbre〉からアルバムをリリースしたほどである。

 彼らのサウンドをあえて簡単に解説すれば「音のコラージュ」と「00年代以降のデジタル・プロセッシング・サウンドを現代において継承・発展させたエクスペリメンタル・エレクトロ・アコースティックな音」となるだろうか。特にデジタル・プロセッシングによる音の加工は、00年代以降の電子音響の系譜をいまも受け継ぐものだ。むろん彼らの音は形式に囚われているものではない。ときにクラリネット奏者、ときにハープ奏者、ときにサックス奏者などともコラボレーションを積極的におこない、音響/音楽の境界線を越境するようなサウンドを作り上げてきた。

 2021年にリリースされた『Phrases』(しかもセルフリリース作品。フィジカルとデジタルの両方でリリースされている)においては、デジタル・プロセッシングされたサウンドは、洗練と精巧の域にまで達しており、「一級の音響作品」という呼称に相応しい出来栄えである。
 本作はドイツ政府が設立した公的な国際文化交流機関「ゲーテ・インスティテュート」によるプロジェクトであるインタラクティヴ・ウォール・インスタレーション「Disappearing wall」(https://www.goethe.de/en/kul/erp/eur/21758431.html)のために制作依頼された6チャンネルの電子音響がベースとなっている(アルバム化にあたりステレオ・ヴァージョンへと再構築されている)。
 もちいられている音の要素はテープやモジュラーシンセ、ピアノ演奏、声などだ。それらのマテリアルをMax/MSPを用いた高度なデジタル・プロセッシングによって統合・接続し、精密かつ繊細な音響空間を生みだしている。ちなみにマスタリングを手掛けているのは電子音響の巨匠ジュゼッペ・イエラシ(!)。

 アルバムはアナログ盤ではA面(12分52秒)とB面(14分42秒)に1トラックずつ収録されている(デジタル版ではアウトテイクをコラージュした13分25秒の “Phrases (LP excerpt)” を収録)。どのトラックも00年代以降の精巧・緻密な電子音響の構造を継承し、発展・深化させたデジタル・プロセッシング・サウンドの結晶である。
 特に「声」は、本作の中心に位置するサウンド・エレメントといえよう。ハンナ・アーレントから引用されたテキストやハンガリーのノーベル文学賞受賞者であるイムレ・ケルテスの声明などがコラージュ/朗読されるのだが、その言葉、声の肌理、声の音響は、Yiannis Tsirikoglou によって精密に細やかに分解され、音響化されていく。「声」から言葉の「意味」が剥奪され、「音」それ自体となり、やがて声と言葉は別の遠近法を獲得し、言葉がまるで「オブジェ」のようにそこに「ある」かのような存在感を獲得する。その音はデジタルでズタズタに切り刻まれ、まるでドローンのように融解していく瞬間すらあるほどだ。

 イヴェントレス・プロットはアルバムのリリースにあたって次のように記している。
「多くの歴史的、哲学的な要素を持つテキストの言語、意味、国、時間が再検討され、音の特徴に基づいて分類され、異なる視覚的、代替的な解釈が引用されている」。そして「時空を超えたフレーズの録音から始まり、それらを加工し、ほかのさまざまな音源を加えることで、「観客」と「壁」のインタラクションに新たな次元を与える空間的なサウンド・インスタレーションが生まれる」。「ギリシャの壁に表示されたヨーロッパ文化からのさまざまな引用に基づいている」(https://eventlessplot.bandcamp.com/album/phrases)。
 そう、このアルバムはいわば「声」と「音楽」と「ノイズ」による引用(テクスチャー)の織物であり、どこかあのジャン=リュック・ゴダールの『映画史』のように、素材と素材が接続されることでヨーロッパの「歴史」が浮かび上がってくるような音響作品でもある。音による歴史のイコンのコラージュとでもいうべきサウンドスケープであり、引用・ブリコラージュされる、ヨーロッパの歴史の「音/言葉」の音響とでもいうべきか。
 じじつ、A面を占める1曲めでも「声」のモチーフが繰り返し現れ、それから意味が剥奪され、しだいにただの音響へと変化していくさまが展開する。そして突然、美しいピアノの響きが全面化し、現代音楽的な無調からノイズ/グリッチが交錯するのだ。加えてピアノの音であっても演奏の記録というよりは、サウンドのマテリアルをデジタル加工によってコラージュしたような印象が強い。美しくて、精巧で、緻密なサウンド・マテリアルのコラージュ。それが本作『Phrases』である。

interview with Irmin Schmidt - ele-king

 昨年、ミュート(日本ではトラフィック)から過去作品が一挙に再発され新たなリスナーを増やしつつあるクラウトロックの雄、カン。その勢いはまだまだ止まらない。この4月にサブスクが遂に解禁されたのに続き、5月からはライヴ盤のリリースもはじまった。全3タイトルが予定されているこの〈カン・ライヴ・シリーズ〉、第1弾は5月28日リリースの『ライヴ・イン・シュトゥットガルト 1975(Live In Stuttgart 1975)』だ。
 カンは約10年間の活動期間中に膨大な数のライヴをおこなったのだが、しかし、公式リリースのライヴ・アルバムはわずかに『Music (Live 1971 - 1977) 』(99年)1作のみである。しかもその盤は、音質があまり良くなかった。音質も内容も圧倒的に素晴らしい『The Peel Sessions』(英BBCでのスタジオ・ライヴ音源集)なる作品も95年にリリースされたのだが、これはイルミン&ヒルデガルト・シュミット夫妻が運営する〈Spoon〉レーベルのコントロール外にあり、いまや入手がなかなか困難だ。

 そんな状況をとくに憂えていたのがヒルデガルト(言うまでもなく、彼女はずっとカンのマネージャーだった)で、彼女はかなり前から「カンの素晴らしいライヴの記録を世に出すべきだ」とイルミンに言い続けていたという。今回のライヴ・シリーズの背景にもそんな内助の功があったのか? といった内輪の事情も含め、当時のことをイルミンに語ってもらった。

たとえば今回のシュトゥットガルトのテープだけれども、あれはひとつのセット、1本のコンサートを丸ごととらえたものだった。今回のニュー・リリースで私が求めていたのは、ひとつのセットをまるまる発表することだった。だから、聴き手はひとつのセットの持つドラマトゥルギーをたどることができるわけだ。

まずは、素晴らしい音質に驚きました。これまで唯一の公式ライヴ・アルバムだった『Music (Live 1971-1977)』とは比べものになりませんね。元になった音源は自分たちで録音/保有していたものでしょうか?

イルミン・シュミット(以下、IS):いや、そうではない。実は、カンのライヴは、ちゃんと成功した形でプロフェッショナルに録られたことが一度もなかった。だから、私たちがこれまでに出したものはいずれも──それがブートレッグであれ、私たち自身が発表したものであれ、ちゃんとしたライヴ・アルバムとは言えなかった。『Music (Live 1971-1977)』の音源は、異なる会場で演奏されたバラバラの楽曲を集めたものに過ぎないし、音質も“最高に素晴らしい”ものではなかったわけで(苦笑)。プロによってレコーディングされた良いライヴ音源がそもそも存在しなかったからね。
 ところが、ロンドンに住むアンディ(アンドリュー)・ホールという、カンの長年の熱心なファンがたくさんのライヴ音源をカセットで収集していてね。彼は70年代に私たちのたくさんのコンサートを追っかけていた。彼のテープ・コレクションは、彼自身が会場で録音したものだけではない。自分で観に行けなかった場合、彼は他のファンの録ったそのギグの音源をカセット等で入手しようと努めてきた。
 というわけで、アンディの手元には大量のカセットがある。彼自身、あるいは他の人々によって録られた、アマチュア・レコーディングのテープ群がね。で、「いつかそのすべてを聴いてみよう」というアイディアはずっとあったんだ。でも、それはやはりかなり怖い、覚悟のいるジャンプでね。というのも(苦笑)、その大半は非常にクオリティが悪いから。そんなわけで……私はずっと、それらの音源すべてに耳を傾けるのを断っていた。しかし、とうとう私の妻のヒルデガルト、カンのマネージャーで〈Spoon〉のオーナーでもある彼女に「いや、いまこそあれらのテープのいくつかを聴くときだ」と説き伏せられてね。彼女の意見に従い、アンディの助けを借りて聴いていったところ、発見したんだ──そう、たとえば今回のシュトゥットガルトのテープだけれども、あれはひとつのセット、1本のコンサートを丸ごととらえたものだった。今回のニュー・リリースで私が求めていたのは、「あるギグからはひとつのピースを、そしてまた別のコンサート音源からひとつのピースを」という具合に選ぶのではなく、ひとつのセットをまるまる発表することだった。だから、聴き手はひとつのセットの持つドラマトゥルギーをたどることができるわけだ。基本的には即興とはいえ、それでもそこには構造があるんだ。私たちのコンサートのスペシャルなところはそこだった。というわけで、私はこのシュトゥットガルトでのコンサート音源を発見し、気に入った。そしてそのテープを可能な限り修復し、こうしてできあがったというわけだ。今後も、これと同様の作業をいくつかのテープでおこなう予定だ。

これまでもライヴのブートレグ音源はネット上にたくさん上がっていましたが、いまおっしゃったアンディ・ホール以外にも、そういう音源保有者に今回アプロウチしたのでしょうか?

IS:いや、それはない。本物の、アメイジングなコレクターでありファンであるアンディの提供によるものだけだ。

今回のライヴ・シリーズ(全3作の予定)のために取り寄せ、聴いた音源は、全部でどれくらいの量と長さ(時間)があったのでしょうか?

IS:これまでの時点で──聴いたのは昨年だったけれども──まあ、かなりの時間をかけて聴いたよ。非常に多くのテープを、数週間かけて聴いていった。とはいえ、まだあと2作品発表する予定がある。つまり、計3本のコンサートは聴くことになる。それらの中から選んでいくことになるだろうし、もしかしたらさらにそれ以上聴くことになるかもしれない。おそらく、まだしばらくの間は続くのではないかな。

たとえば、すでに100時間以上のテープをお聴きになった、とか?

IS:私にももはやどれだけ聴いたかわからないけど、さすがに100時間ということはないだろう。ほら、少し聴いてみれば「これはクオリティが悪いから聴く価値はなし」と気づくし。あまりに質が悪くて手の施しようがない、と(ゴホゴホッと咳払いする)。その一方で、「これは可能だろうか、それとも?」を見極めるべく、非常に注意深く3〜4回耳を傾けるものもある。そうやってすべてをふるいにかけ、価値の有無の判断をつけていくわけだ。それにもちろん、関わってくるのは技術上のクオリティだけではない。
 というのも、私たちがライヴでやったこと、あれは相当にユニークだったから。私たちは常に、何を演奏するかわからないままでステージに上がった。前もって決めたセットはなく、私たちは完全に即興で演奏していた。もちろん、ときには、すでに録音済みのピースやレコードに収録したものを引用したことはあったよ。けれども、それらは引用に過ぎなかったし、時にまったく変化させられてしまうこともあった。そのおかげで、私たちが引用している原曲が実際は何なのか、誰も聴き分けがつかないこともあった。『The Lost Tapes』には〈Dizzy Dizzy〉のライヴ音源が入っているけれども、スタジオ音源とは別のヴァージョンと感じられるだろう。実際私たちは、同じ曲名でもときに違うピースを演奏していたんだよね……あれはたしかクロイドン(ロンドン南東部の郊外)公演だったと思う。とても良いコンサートだったんだが、観客は「〈Yoo Doo Right〉をやれ!」とせがみ続けていて、会場全体が「Yoo―Doo―Right!、Yoo―Doo―Right!」と叫んでいる感じだった。仕方なく我々も観客の声に応じて〈Yoo Doo Right〉をプレイしたんだが、お客の誰もそうだと気づかなくて、演奏後もあの曲をコールし続けていたんだ。

(笑)。

IS:こちらとしては「いやー、いまプレイしたばっかりなんだけど…」という感じでね。フッフッフッフッフッ! ある意味あれが、レコードに収めたピースに対する私たちの姿勢だったんだ。私たちはレコード音源をそのまま再現するためにリハーサルをやる、ということは絶対にしなかった。再生産(reproduction)は禁止されていたんだ。

今回の音質向上のためのマスタリングに関して、具体的にどのような作業をしたのか、 手順を説明してもらえますか?

IS:プロセスとしては、まず私のスタジオに、ルネ・ティンナー(註:カンの元音響エンジニア)と共に入った。ルネは1973年以来カンで一緒に仕事してきたし、私のソロ作品でも仕事してきた仲だ。私とルネは私のスタジオでテープを聴き、それらの音を良くすればどういう結果になるだろう? という点に関して、それぞれ異なる視点から考えていった。けれども、主体となる修復作業は私とルネではやらなかった。私たちはとにかく「これは修復に値するだろうか? 修復可能か?」を見極めようとしていったんだ。その過程の中で、よし、これなら何かできるだろうと思ったものを選別し、そこからはアンドレアス・トークラー(註:『The Lost Tapes』他カンの近年の復刻音源のリマスタリングを担当してきた音響エンジニア。80年代にはキーボード奏者としてもディシデンテン他の作品に参加)のリマスタリング・スタジオに持ち込み、本格的な修復作業にとりかかっていった。

骨の折れる作業だったんでしょうね。

IS:とにかく実に多くの素材に耳を傾けた。そうやって「たぶんこれは修復可能だろう」、「これはもしかしたら音質を向上できるんじゃなか」と取捨選択していった。まず私のスタジオでは、音質を良くするべく、さまざまなフィルターやデヴァイスを用いて実験し、音質向上が可能であるらしいとわかったら、そこから先は自分たちではやらずに、素晴らしい仕事をやってくれるトークラー氏の運営するスタジオに音源を持ち込んだ。で、彼は修復作業にとりくみはじめ、「自分に最大限やれるのはここまで」となったところで、私たちも彼のスタジオに出向き、その上でさらに最後の微調整をおこなった。たとえば「ベースのこの箇所をもうちょっと良くできないか」とか「ここのギターをもう少し」といった具合にね。で、彼はそれらの意見を取り入れ、注文に見事に応えてくれたんだ。

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私たちがライヴでやったことは相当にユニークだった。私たちは常に、何を演奏するかわからないままでステージに上がった。私たちは完全に即興で演奏していた。時には、すでに録音済みのピースやレコードに収録したものを引用したことはあった。けれども、それらは引用に過ぎなかったし、まったく変化させられてしまうこともあった。

今回出る第1弾はシュトゥットガルトでの75年のライヴ音源ですが、これを最初にリリースした理由について教えてください。

IS:そりゃまあ、どれかひとつを選ばないとはじまらないしね。で、おそらく次の作品は……ブライトンのコンサートになるんじゃないかな? あるいは、もしかしたらまた別の、ドイツでのコンサートになるかもしれない。うん、私にもわからないな。第1弾作品にこれを持ってくるのが良いと思った理由は何か…それは非常にパーソナルな決定であって……けれどもまあ、ミュート・レコードの面々に私たち夫婦やエンジニアたちも含めて全員が最終的に「これがシリーズのはじまりにふさわしい、ベストだ」という結論に至ったわけだ。

75年当時、カンはシンガーのいない4人編成でしたが、当時のバンド内の雰囲気、メンバー同士の関係はどういうものでしたか?

IS:……(苦笑)もう50年近く前のことであることを考慮に入れてもらわないとね。フッフッフッフッ! 時間的距離をこれだけ置いてしまうと、記憶は変化し、あるいは消え、そして色もついてしまうわけで。うん……(考えながら)思うに、あの1974〜75年頃というのは、私たち4人、つまりバンド設立時からのメンバーでやっていた、いわば「本当のカン」だったわけで、特別な時期だったんだ。当時の我々は、音楽的な相互理解という意味で非常に良い状態にあった。ときにパーソナルな面ではメンバー間で問題が起きたとしても、いざステージに立てば、それ(個人間の問題)は音楽自体にはいっさい関わってこなかった。あの時期は私たちの活動歴のなかでも、本当に、非常に良い時期のひとつだったんだ。それはわかるはずだよ。このシュトゥットガルト・コンサートにセットが丸ごと1本そのまま収録されていることを考えればね。あれはすべて完全に即興で演奏されたものであり、それだけ非常に深い音楽的理解がメンバー間にあったに違いないと、聴き手は気づくはずだ。

シンガーがいないことによって、逆にバンドのパワーや魅力はどういう点で向上したと、当時のあなた自身は思っていましたか?

IS:向上した、ポジティヴに作用したとは私には言えないな……いや、「自分たちにシンガーは必要ない」と私たちが気づいた点、そこはポジティヴだったけれどね。シンガーがいるべきである通常のロック・バンドとは違い、私たちにその必要はない、と。シンガーの存在はある意味慣習的なものであり、しかし私たちの音楽はいずれにせよ慣習的なものを必要としてはいないんだ、という点に私たちは気づいた。うん、それは、ひとつあったね。けれども、その一方、とりわけダモがいた頃は、彼とは素晴らしく息が合ってやりやすいと感じたし、彼が良いシンガーだったのは事実だ。というわけで…シンガーがいないのはポジでもネガでもなく、とにかくたまたまああなったわけだ。私たちも「もう、これ以上シンガーは必要ない」と思ったし、この4人のままでやろうと思った。そうだね、あれは良い決断だったし、とてもうまくいったことは、このコンサート音源を聴いてもらえばわかるはずだ。

今回のアルバムには計5曲が収録されていますが、曲名は全て「1」「2」…と番号になっています。先ほどもおっしゃっていたように、それはこれらのピースが完全に即興だったからだと思いますが、過去作品から引用されたリフやメロディがあったら、具体的に教えていだけませんか。

IS:基本的に、そこはリスナー諸氏にまかせるよ。

「あれ、これは〈Dizzy Dizzy〉かも?」といった具合に、リスナー各人が自由に解釈してくれればいい、というわけですか?

IS:そういうことだ。実際、私たちのレコーディングした楽曲からの一種の引用句が演奏している楽曲のフロー(流れ)の なかに出てくることはたまにある。そして、「これはあの曲」と聴き分けられることもあるだろうし、そうではないこともある。たとえば、あるときホルガーが〈Vitamin C〉のベースを引用していても、他のメンバーは〈Vitamin C〉ではなくまったく別の曲を演奏してたりもする。

(笑)。

IS:それもまた、私たちの間でおこなわれる一種のゲームだったんだ。そう、誰かがボールを投げ入れ、それをキャッチした人間は、しかし放ってきた人間にボールを戻さず、引用を返すことなしに、どこか別の方向にボールを持っていってしまうような。で、そこから何か新しいものが生まれてくる。つまり、私の言わんとしているのは、リスナーに「ここの1分間、あるいはここの30秒か33秒の間で私たちが引用したのはこの曲です」とスポットを当てたくはない、ということ。自分の耳で発見していって欲しい(笑)。

75年といえば、スタジオの録音システムが2トラック録音から16トラック録音に変わった頃ですが、録音環境の変化によって、ライヴでの演奏スタイルや音の組み立て方にもなんらかの変化はありましたか?

IS:ああ、それはあった。あのマシンを使うことの是非、それに関して多くの議論が生じたね。というのも、好きなだけ演奏してテープに録り、それを消去してやり直すことができるようになったわけだから。けれどもまあ、この議論については、本当に昔の話という気がするし、私自身はここで、その細かいところまで話したくないんだ、すまないが(苦笑)。

75年の11月、ホルガー・シューカイは、英国ツアー中に知り合ったロスコー・ジー(Rosko Gee)にカンのベイシストにならないかともちかけました。

IS:そうだね。

つまり、ホルガーは当時、ベイシストとしての自分の役割を終わらせたいと思っていたと考えられます。

IS:ああ。でも、実際に彼がベイスをやめたのはもっと後で、76年頃だったのではないかな? あの時点では私たちはまだ4人でやっていたし、思うに……非常に複雑なシチュエーションだった。ホルガーはよくジャッキー(ヤキ・リーベツァイト)から批判されたし、それで彼ももうたくさんだということになり、「だったら、自分に別のことをやらせてくれ」と。で、彼はたまたまロスコーに出会い、ロスコーもトラフィックを抜ける頃だった。私たちもロスコーとは良い仕事をしたんだよ。とくに最初のうちは良かった。でも、ロスコーにとっては“ヒエラルキーも作者も存在しないグループ”という発想は理解しにくいものだったんだ。
 またその頃、ホルガーはテープやラジオ受信機などを使い、とても奇妙なことをやりはじめて……うん、彼はやや別の場所に行ってしまったんだね。それ自体は面白おかしく、とても良かったんだが……当時の私たちにとっては、そういった要素をひとつのグループの概念の中に統合するのが難しかった。ホルガーの作ったあれらのサウンド群を新たなスタイルへ統合するとしたら、それにはもっと時間がかかっただろう。でも、時間は残されていなかった。ホルガーは脱退してしまったから。

すでにこのシュトゥットガルト・ライヴの頃には、ベイシストとしてのホルガーの演奏がバンド内で問題になっていたのでしょうか?

IS:……まあ、申し訳ないが、私はこうしたことがらについて事細かに話したくないんだ(苦笑)。非常に分厚い、カンのバイオグラフィ本『All Gates Open』が3年前に出版されたが、あのなかですべて説明されているし、あまりにも遠い昔の話だ。それに、こうして取材で話していると、私の話もまた新たなヴァージョンになってしまう(=記憶の変化等で以前とは少しずれた見解になる)かもしれないし……不可能なことなんだよ、一方では実に強力なものに思えて、しかしその一方では実にフラジャイルでもあった、カンのような集団における複雑なシチュエーションを説明するのは。……そうなるしかなかったんだ。

次はおそらく75年のブライトン公演になるのではないかな? そしてその次は、ダモが参加してからの、ごくごく初期のライヴ出演から何か出すつもりだ。とても古い、たしか72年のコンサートで、たぶん使えそうだけれども、現時点ではまだわからない。

わかりました。と言いつつ、またも思い出話になるのですが……このシュトゥットガルトでのライヴ当日のことで、何か憶えていることはありますか? エピソードやトラブル、会場の雰囲気など……

IS:誰もがそれは質問してくるんだが(笑)……実は、ひとつも憶えていないんだ。まったく記憶にない。昔のコンサートのことで憶えているのは……何かとても変わった、特別なことが起きたときのコンサートぐらいだね。ステージ上でのハプニングに限らず、楽屋で何かが起きたとか、コンサート会場で誰かしらスペシャルな人物と出会った時のことは憶えているんだが…とにかくこの時のコンサートに関しては、私はいっさい、何も憶えていない。

つまり、このときは何のトラブルもなく、非常にスムーズに進んだコンサートだったわけですね。

IS:ああ、きっとそうなんだろうね。自らのやったことを聴き返す作業のなかでひとつあるのは……聴いているうちに「ああ、しまった、ここで自分はこれをやるべきではなかった」ということばかり思い出してね。突然、ある種恥ずかしくなって、そのギグや何かに満足できなくなり、ネガティヴな面を思い出してしまう。あるいは、それとは逆に、あるコンサートで起きた驚異的な何かを思い出すこともある。
 たとえば、憶えているのは、あれはブリストル……いや、バーミンガムでのコンサートだったな。その長いセットの音源もあるんだが、クオリティがあまりにもひどくてね。だから、使用できるかどうか私たちにもまだわからないのだが、あのコンサートが素晴らしかったということだけは私も憶えているんだ、本当に、グレイトなセットだった。あまりにも良かったから、とあるピース──それは30分ほどの長さなんだが──の終わりには、とんでもなくすさまじいエネルギーのせいで座席に腰掛けていた観客が総立ちになってね。聖なる瞬間という感じだった。そういった瞬間のことはよく憶えているんだよ。
 あと、別のコンサートで思い出すのは……ツアー中に具合が悪くなり、ステージ上で39度ほどの熱が出た。それでも、薬品やスピード等を飲んでなんとかライヴをこなすことはできたんだが、演奏の最中に突然バタッと気を失い、オルガンの鍵盤上に突っ伏してしまったんだ。で、少し経ってハッと我に返った。あれはまあ、ほんの数秒かそこらだったとは思うけれども、観客は絶叫して大いに盛り上がっていてね。オルガンに突っ伏すとものすごく大きな音が出るから、皆、あのサウンドもショウの一部だと思い込んでいたわけ(笑)。

このライヴ・シリーズは計3枚のリリースが予告されていますが、第2弾、第3弾の予定はどうなっていますか? 決まっていたら教えてください。

IS:う〜ん、私にもまだわからないんだよ。次はおそらく75年のブライトン公演になるのではないかな? そしてその次は、ダモが参加してからの、ごくごく初期のライヴ出演から何か出すつもりだ。とても古い、たしか72年のコンサートで、たぶん使えそうだけれども、現時点ではまだわからない。75年のライヴとはまったく違って、洗練度が低いというか、まだある種非常にベイシックな状態にある。あと、ヨーロッパ各地のラジオ局でおこなったラジオ・レコーディング音源もいくつかあり、それらも使うかもしれない。ダモとやった、とても良い20分のセットがひとつあるんだ。でもこれもいまの段階ではまだはっきりしたことはわからないね。

日本ではこの5月に、カンがサントラを担当した映画『Deadlock』(1970年制作)が初めて正式公開されます。あのサントラを作った時のエピソードで何か憶えていることはありますか? 50年以上前の話になりますが(笑)。

IS:ああ、本当に初期の仕事だね。でも、よく憶えているんだよ、これは。映画の監督ローラント・クリックは最終ミキシング作業のたった2日前に私たちに音楽制作を依頼してきてね。実は、もともと監督本人がギターを弾いて音楽はつけていたんだが、誰もが「本当に美しい映画なのに、お前のクソったれなギター・プレイのせいで台無しだ」と指摘したんだ(笑)。

(苦笑)

IS:「ここにはグレイトな音楽をつけるべきだ!」とね。とりわけ、あの映画の編集者だったペーター・プルツィゴッダ――彼は『CAN Free Concert』(註:1972年ケルンでのカン・フリー・コンサートの模様を捉えたドキュメンタリー作品。後年『CAN DVD』に収録)を撮った人物でもあるけれども、彼が私たちに音楽を依頼すべきだとギリギリの時点で監督を説得してね。というわけで、クリック監督は私たちのスタジオにやって来て、こちらも「やりましょう」と承諾した。ただし、彼にスタジオから出ていってもらい、こちらにいっさい指図しないことを条件にね(笑)。
 で実際、ひとつのパートを、私たちはその夜にレコーディングしたんだ。翌日、私はベルリン行きのフライトに乗り、録ったばかりのその音源をプルツィゴッダと一緒に映像に合わせ、夕方にはケルンに舞い戻り、再び次のパートのレコーディングをおこなった。その往復に3〜4日かかったし、音楽そのものは4日〜5日で作り上げたはずだ。私はミキシング作業にも立ち会い、最後の頃は、ベルリン-ケルン間の移動中に1時間ずつ寝るだけ、という状態になっていた。そして、ベルリンのミキシング・スタジオに詰めていたとき、最後にローラントと私との間で議論になってね。で──まあ、これはその場にいた連中に聞いた話なんだが──彼らいわく、私はいきなり泣き出し、椅子から転げ落ちて倒れたらしいんだ。目が覚めたらどこかの部屋で看護婦に付き添われていて、「シュミットさん、もう大丈夫ですから安心してください」と(苦笑)。気絶したんだ。

ギリギリの状況下で全精力を振り絞った仕事だったわけですね。

IS:(苦笑)うん。あれはおそらく、カンの作った映画音楽のなかでもほぼベストなものじゃないかと思う。少なくとも、非常に良いもののひとつだし、私はいまでもとても気に入っている。あの映画そのものも大好きだよ。

わかりました。日本での正式公開は初なので、カンのファンもきっと喜ぶはずです。本日はお時間をいただきまして、どうもありがとうございました。どうぞ、くれぐれもお体にはお気をつけください。

IS:うん、そちらもね。2日前に、私とヒルデガルトは2回目のワクチン接種を受けたばかりなんだ。

それは良かった! この調子でいけば、今年は事態も少しノーマルに戻るかもしれませんね。

IS:その「ノーマル」がどんなものであれ、ね(笑)。オーケイ、バイバイ!

(2021年4月14日収録)

Eli Keszler - ele-king

 今日における最重要パーカッショニストと呼んでも過言ではないイーライ・ケスラー。ヘルム『Olympic Mess』からローレル・ヘイロー『Dust』『Raw Silk Uncut Wood』、OPN『Age Of』やダニエル・ロパティン『Uncut Gems』まで、数々の話題作に関わってきた異才──彼の新作がなんと、グラスゴーの〈LuckyMe〉からリリースされる。
 日本でもコロナ禍によって街の音が変わったけれど、ケスラーの新作『Icons』ではロックダウン中のニューヨークでかき集めたさまざまな音がコラージュされているようだ。現在アルバムより “The Accident” のMVが公開中です。これは楽しみ。

Eli Keszler

盟友OPNとのコラボレーションでも知られる
唯一無二の鬼才パーカッショニスト、イーライ・ケスラーが
最新作『Icons』を〈LuckyMe〉より6/25にリリース!
新曲 “The Accident” のMVが公開

ニューヨークを拠点とするパーカッショニスト/作曲家/サウンド・アーティストのイーライ・ケスラー。これまでに、〈Empty Editions〉、〈ESP Disk〉、〈PAN〉、〈Shelter Press〉といった先鋭的なエレクトロニック・ミュージックのレーベルからリリースを重ね、前作『Stadium』では Boomkat のアルバム・オブ・ザ・イヤーに選出された。また、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンが手がけたサフディ兄弟の傑作『Uncut Gems』のスコアへの参加や、ローレル・ヘイローとのコラボレーション、Dasha Nekrasova 監督の長編映画『The Scary of Sixty First』のオリジナル・スコアの作曲など活動の幅を広げ続ける彼が、最新作『Icons』を〈LuckyMe〉より6月25日にリリースすることを発表した。現在先行配信曲 “The Accident” のMVが公開されている。

Eli Keszler - The Accident
https://youtu.be/elWW-QQx8IQ

アルバム中、ドラム、パーカッション、ヴァイブラフォン、マリンバ、フェンダーローズ、その他多数の楽器がイーライ自身によって演奏されている。ゲストには往年のコラボレーターでもあるヴィジュアル・アーティストのネイト・ボイスがギターシンセで参加、更に中国やクロアチア、その他世界中のさまざまな場所で録音されたサウンドが使用されており、中には渋谷の富ヶ谷公園のサウンドも含まれているという。また、本作はアメリカの抽象主義、夢のような古代のメロディズム、インダストリアルなパーカッション、アメリカの1920年代ジャズエイジのフィルムノワール、帝国の衰退などの様々な要素の断片が散りばめられたコンセプチュアルな作品となっている。

『Icons』は、旅行や輸出入といったことが事実上停止していた時に作った音楽だ。僕は夜な夜なマンハッタンを歩き回って、車のアラームが数ブロック先まで聞こえるような、誰もいない静かな街の録音を集めた。そこでは、電気の音や自転車のギアの音といったものが大半を占めていた。昨年はずっとマンハッタンに滞在していたけど、1つの場所にあんなに長く滞在したのはここ10年の中でも初めてだった。マンハッタンは基本的に閉鎖されて、不規則なペースで動いていた。救急車、抗議活動、ヘリコプターなどの激しい状態から、美しくて奇妙な、穏やかな静寂のような状態まで、街が揺れ動いているように見えた。僕はそこで、何か奇妙で美しいことが起こっていると思ったんだ。権力が崩壊し、人々が変化していた。『Icons』では、僕たちの目の前で劣化して朽ち果てていく神話的な表現を用いて、僕らの壊れやすくて不安定な現実の中に美を見出すような音楽を作ったんだ。 ──Eli Keszler

イーライ・ケスラーの最新作『Icons』は6月25日リリース! 国内流通仕様盤CDには解説が封入され、他にも輸入盤CD、輸入盤LP(ブラック・ヴァイナル)、インディー限定盤LP(クリア・ヴァイナル)、デジタルと各種フォーマットでリリースされる。

label: LuckyMe
artist: Eli Keszler
title: Icons
release date: 2021/06/25 ON SALE

BEATINK.COM: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11877

tracklisting:
01. the Mornings in the World
02. God Over Money
03. The Accident
04. Daily Life
05. Rot Summer Smoothes
06. Dawn
07. Static Doesn’t Exist
08. Late Archaic
09. Civil Sunset
10. Evenfall
11. We sang a dirge, and you did not mourn

Eli Keszler Official Website
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Oneohtrix Point Never & Rosalía - ele-king

 最新作『Magic Oneohtrix Point Never』が好評のワンオートリックス・ポイント・ネヴァーから、新曲 “Nothing’s Special” の到着です。どこまでも広がる交遊録、今回のコラボ相手は近年ポップ・シーンでぐいぐい名を上げている、バルセロナ出身の歌手ロザリア(ジェイムス・ブレイク『Assume Form』やアルカ『KiCk i』での客演が印象的でしたね)。同曲は『mOPN』最終曲 “Nothing’s Special” の更新されたヴァージョンで、また違った角度からアルバムの魅力を引き出してくれるような仕上がり。チェックしておきましょう。

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