「K A R Y Y N」と一致するもの

〈PAN〉 × 〈Hakuna Kulala〉 - ele-king

 ベルリンの〈PAN〉と、ウガンダはカンパラの〈Hakuna Kulala〉(〈Nyege Nyege〉のサブレーベル)が手を組んだ。『KIKOMMANDO』と題された新プロジェクトは、カンパラのシーンを新たな角度から切りとるもので、音源に加え写真やMVもその一環に含まれる模様。
 8月6日にリリースされるミックステープには Blaq Bandana や Ecko Bazz、Swordman Kitala や Biga Yut といった〈Hakuna Kulala〉のアーティストが参加。〈PAN〉の STILL が全曲のプロデュースを担当している。STILL ことシモーネ・トラブッキは、かつてザ・バグが先鞭をつけたエレクトロニック・ミュージックとダンスホールの折衷を継承する音楽家で、2017年の『I』が話題となった人物だ。
 それは対話だった、とトラブッキは今回のプロジェクトについて述べている。「シンガーたちに自信を持ってもらえるような音楽的土台をつくると同時に、わたしは彼らに挑戦もした。一緒に仕事をすることはアイディアを加速させ、発明というものがひとりだけでできるものではないことを明らかにする。それこそ『KIKOMMANDO』がわたしにとってアルバムでなく、ミックステープである理由だ」とのこと。
 現在 Ecko Bazz の “Ntabala (Rolex Riddim)” が公開中。他の曲も楽しみです。

V/A (Prod. by STILL)
Title: KIKOMMANDO
Format: Digital mixtape / Book
Label: PAN / Hakuna Kulala
Cat. No: PAN 124 / HK029
Release date: 6 August 2021

01. Blaq Bandana – Nkwaata (Prod. by STILL)
02. Ecko Bazz – Ntabala (Rolex Riddim) (Prod. by STILL)
03. Swordman Kitala – Rollacosta feat. Omutaba (Prod. by STILL)
04. Biga Yut feat. Florence – Ntwala (Prod. by STILL)
05. Biga Yut – Tukoona Nalo (Prod. by STILL)
06. High Cry Interlude (Prod. by STILL)
07. Jahcity – Njagala Kubela Nawe (Prod. by STILL)
08. Biga Yut – Plupawa (Prod. by STILL)
09. Winnie Lado – The Race (Prod. by STILL)
10. Florence – Bae Tasanze (Prod. by STILL)
11. Jahcity – Tukikole Nawe feat. Omutaba (Prod. by STILL)
12. Winnie Lado – Ahlam Wa Ish السماء هي الحد (Prod. by STILL)

N0V3L - ele-king

 分断と連帯、インターネットがもたらしたもの。「インターネットの発展は、奇妙な髭を蓄えた前世紀の古風な圧制者が夢見るほかなかった大規模な社会コントロールを約束したものだ」トマス・ピンチョンがジョージ・オーウェルの1984年の新装版における序文にそう記したのは2003年のことだったようだが、2021年の現代ではその言葉がより現実的な響きを帯びてきているように思える。テクノロジーによって利便性を手に入れ、価値観が変化し、そうして新たな問題が出現し積み重なっていく。

 「後期資本主義の不気味なディスコ」そう自ら評す N0V3L の 1st アルバムが表現するのは我々が生きるフィクションのような世界だ。『NON​-​FICTION』というタイトルが指し示す世界の断片、自己が引き裂かれ消費される(“UNTOUCHABLE”)、絶望が簡略化され必要性がリプレスされる(“GROUP DISEASE”)、ポスト・トゥルースのアリバイ(“EN MASSE”)、名前を選んでサイドを決める(“INTEREST FREE”)、平和主義者だが暴力と栄光に狂喜する(“VIOLENT & PARANOID”)、利益を生む抜け道(“PUSHERS”)、シニカルな、さもなければ悪意を持った管理者のレイティング(“STATUS”)、収録された全ての曲に『NON​-​FICTION』と名付けられたこの世界の断片が映し出されている。静かに吐き捨てられる短い言葉は、暗く影を落とした世界のトレンドを支配する検索ワードのようでもあり、窓の向こうに広がるモノクロの世界を形作っているもののようにも思える(いずれにしてもそれらの言葉はイメージと結びつく)。

 N0V3L はカナダのバンクーバーを拠点とするコレクティヴで、ジョン・ヴァーレイとノア・ヴァーレイ(この二人は兄弟だ)、ブライス・クロゲシー(ミリタリー・ジーニアスとしての活動でも知られ、本作のプロデュースもしている)の中心メンバー三人は同じくカナダのコレクティヴ、クラック・クラウドのメンバーでもある。クラック・クラウドの去年のアルバム『Pain Olympics』はサイバーパンクの世界で抗う集団を描いたかのようなポストパンクの傑作だったが、N0V3L のこの『NON​-​FICTION』は同じ世界を別のやり方で描いたもののように思えてならない。クラック・クラウドが直接的に抗った世界に対して N0V3L は感情を静かにぶつけ、虚無を抱えながらも、悲しみにまみれた怒りを「現実世界のフィクション」として表現する。

 1970年代後半から80年代前半にかけての音楽、ポストパンク、ニューウェイヴ、ノーウェイヴ、ギャング・オブ・フォーやジョセフ・K、ザ・キュアー、ジェームス・チャンス(彼らはジェームス・チャンスのバック・バンドを務めたこともある)、それらからの直接的な影響を感じさせながらも N0V3L が単なるリヴァイヴァル・バンドにならないのは、そこにいまの時代の空気がしっかりと反映されているからなのだろう。構造的な暴力、ポピュリズム、利益の為に不都合を作り出す企業、インターネットによる分断、何度もリヴァイヴァルが起きるポップ・ミュージックの世界では音楽がかつての時代にはなかった、あるいは変わっていった価値観と混じり合い、現実と相対する自己の表現として成立する。そしてそれこそがポップ・ミュージックあるいはポップ・カルチャーの魅力なのだろう。エンターテインメントの中に意見や立場や葛藤があり、作品の空気を通してそれらが語られる。だからこそ時を超え機能し続けるのだ。そのことはポストパンク/ニューウェイヴのスタイルを受け継いだ N0V3L 自身が証明している。

 そうして希望もある。インターネットの明るい部分、離れた場所に住む人びとによる連帯、2019年の初頭に “TO WHOM IT MAY CONCERN” のビデオが公開されたあの瞬間、赤と黒のギャングたち、僕たちはみんなあのビデオの中に入りたかった。「20世紀は一過性の世代を生みだし、世代の形成期は、無視することの出来ないインターネットの台頭と人間性の変化の初期段階に加わることに費やされてきた。(中略)全体的なメッセージとして、このビデオは、相互接続性によってコミュニティや帰属性をより強固に感じられるよう、傍観を越えた協調にフォーカスを合わせることを提唱している。このオーディオ・ビジュアルはまた N0V3L のパブリック・アイデンティティでありテーマの追求の基礎となるものでもある」ビデオに添えられた声明文の通りに、その強烈なヴィジュアル・イメージは頭のなかに残り続け、遠く離れた場所にいる人びとに刺激を与え行動を起こさせてきた。たとえばスクイッドのオリー・ジャッジが、ユニフォームのようだったビデオのなかの N0V3L と同じあの服を着て、ドラムを叩き唄うといった具合に(なんでそんなことが起きるのかは今年出たスクイッドの素晴らしいアルバムを聞くか、あるいは “Narrator” のビデオを見ればきっとわかる)。そうやって世界にストレンジャーたちのコミュニティが出来上がっていく。

 『NON​-​FICTION』は最後に少しの希望を残して終わる。「新しいやり方、ノスタルジア/現在を掴み取ったささやきのような/指と太古のアンセムの間に挟まった砂のような」 穏やかで物悲しい響きの中に過去が流れ込み、差し押さえの通知が無関心の未来へと我々を運んでいく。しかしそれは決して絶望ではない。分断と連帯、いまはもう存在しない取り壊された賃貸住宅で、80年代の機器(Tascam 388)を使って記録された現代、適応を強制され、引きずられ、それでも未来へと進んでいく。

interview with Jouska - ele-king


 北欧……といってもぼくはデンマークにいちど行ったことがあるだけで、ノルウェーはおろかスウェーデンにさえも足を踏み入れた経験がないので偉そうなことはとても言えない。でもひとつだけ、北欧がほかのヨーロッパ諸国と決定的に違っていることは最初の1日目でわかった。街にせよ、ホテルや飲食店のトイレにせよ、とにかく清潔なのだ。街中イヌの糞だらけだった90年代のパリとは偉い違いだった。このクリーンさは北欧の音楽に反映されているように思われる。ハウスであれアンビエントであれ、ジャズであれシンセ・ポップであれ、スカンジナビア半島で生まれる音楽にはこざっぱりとした清潔感があり、独特の透明感がある。北欧のこうしたアンダーグラウンドな音楽は、90年代は待っていては見つけられず、探そうという意志がなければ出会えないものだったが、その品質が国際的に評価されていったことで、いまでは北欧はそれ自体がひとつの音楽ブランドと言えるほどのファンを獲得している。

 ノルウェーに関して言えば、クラブ系ではビョーン・トシュケリンドストロームプリンス・トーマストッド・テリエジャガ・ジャジストなどなど……それから知性派としてはジェニー・ヴァルがいるし、近年ではスメーツと、そしてここに紹介するヨウスカがいる。

 ヨウスカ(Jouska)は、マリット・オティーリエ・ソービック(Marit Othilie Thorvik)とハンス・オラヴ・セテム(Hans Olav Settem)という20代半ばの2人によるプロジェクト。昨年、配信のみでリリースされたアルバム『Everything Is Good』が海外メディアや北欧ポップス・ファンのあいだで話題となって、先日〈Pヴァイン〉からCD盤/アナログ盤としてもリリースされたばかり。

 ヨウスカは、捻りの利いたエレクトロニカ・ポップスでリスナーを魅了する。彼らの屈折した感性は、アルバムのスリーヴにもうかがえる──美しい海と何かひどい目に遭遇したばかりの女性の顔、題名は「すべては良い(Everything Is Good)」。マリットのエーテル状のヴォーカルとハンスによる折衷的なトラックとのコンビネーションは、初期のスメーツに似ているが、ヨウスカはドリーム・ポップ色が強い。
 取材では、ぼくからの質問のほか、彼らと同世代の通訳の水島くんとの対話から彼らのライフスタイルやノルウェーのお国柄に関する話題など広範囲に渡って話してくれている。日本で暮らすぼくからしたらなかなか興味深い話ではあるが、しかし、やはり日本から北欧は遠い。たとえばノルウェーのオスロはよく知られるように、2022年の冬季オリンピック誘致に立候補したけれど、IOCからのあまりの財政負担が強いられる無茶苦茶な要求(宿泊施設の条件から移動手段や料理や酒の指定、国王との対面等々)をみて、きっぱりと撤退している。
 ……ま、とりあえずぼくたちはヨウスカの音楽を楽しみましょう。



ノルウェーの伝統的なポップ・ミュージックはだいたい年寄りのために作られてたりするから、僕たちの世代は自分たちが好きなものを好きなように作りたかったんだと思う。それは結果的にはノルウェーらしいモノではないけど、新しいモノではあると思うんだ。

ヨウスカはどのようにスタートしたのですか?

マリット(以下、M):私たちはオスロのミュージックスクールで出会ったの。最初は普通に遊んでいたんだけど、いつからか一緒にスタジオに入るようになったのよね。

ハンス(以下、H):だいたい7年前だよね。

M:そうね。初めて会ったのは2014年だと思う。

H:最初はマリットが音楽を作りはじめていて、それがめちゃくちゃカッコいいと思ったからほぼ強制的に入れてもらったんだ(笑)。それから最初のリリースの前に一緒にたくさんの音楽を作ったよ。最初の数年感はインストの曲やサンプルを中心に実験的でちょっと変わった楽曲までいろいろアイデアを練って作っていったよ。

オスロの音楽学校で出会ったということですが、音楽のプレイ面を学ぶ学校だったのですか? 

M:4年生のポップ・ミュージックをテーマにしていた学科だった。そこでは音楽をプレイすることはもちろんだけど、ビジネスも勉強したね。

H:両方だよね。オスロで唯一のポップ・ミュージックにフォーカスした授業を学べる学校だよ。ジャズやクラシックをプレイすることがほとんどだと思うんだけど。

ティーンのときとかはどんな音楽が好きだったの?

M: 私はけっこう何でも聴いていたと思う。昔はヒップホップでダンスをしてたんだけど、その影響もあってヒップホップやR&B、ポップ・ミュージックを最初は聴いていた。そこからだんだんとインディーを掘るようになったって感じかな。アルバムというよりかは楽曲ごとに聴いていたわ。プレイリストとかを作ってね。

H:マリットはナップスターでダウンロードして聴くのがお気に入りだったよね(笑)。いまの世代では一般的だよね。僕はもっとオールドスクールで、グリーン・デイとかビートルズのCDを買っていたし、マイナーなパンク・バンドや昔のロックンロール・バンドのCDを集めていたんだ。

M:彼はバンドもやっていたのよ。

H:そうだね。だからアルバムで聴くのが好きだったのかもしれない。

ちなみにノルウェーの音楽を聴いていたの?

H:うーん、ティーンのときはノルウェーの音楽には全然ハマってなかった。

みんな海外の音楽を聴いているのが普通なの?

M:そうだね。だいたいみんなアメリカやイギリスの音楽を聴いているよ。

日本とは全然違うね。日本人はだいたい日本の音楽を聴いているから。

H:個人的にノルウェーのポップ・ミュージックは良い方向にチェンジしたと思う。いまではアメリカの音楽のクオリティーと変わらないレベルにあるけど、昔は海外の音楽よりも劣っているように聴こえたんだ。あとポップ・ミュージックじゃないけど、80年代のファンクやディスコとか90年代のヒップホップとかカッコいいものも探せばたくさん出てくるよ。でもそれに気づいたのは最近かな。

なるほど。だから海外のサウンドに影響を受けているように感じるけど、それは自然なことなんだね。

M:うん、自然だよね。オスロのアーティストでノルウェーの音楽だけを聴いている人は私たちの周りには少なくてもいないし。

なるほど。そうしたらヨウスカのことについてもう少し話していきたいんですが、ヨウスカという名前の由来や付けた理由はありますか?

M:私が 「普段使わない/耳にしないクールな単語」って調べたときにヨウスカってワードがリストに載っていたの。まず見た目がカッコいいと思った。 ヨウスカって単語の意味は自分の頭のなかで架空の会話が何度も何度も繰り返されて頭のなかでグルグル回っていること。って感じなのだけど、そういった音楽を作りたかったからクールだと思ったのよね

H:取り憑かれたかのように何度も何度も強制的にね。なかなか目にしないワードで、他の単語では説明できないような言葉を使いたかったんだ。

M:私が見たそのサイトには日本の単語も載っていたよ

本当に?

M: うん。意味は理解できなかったけど、形がカッコよかったわ(笑)。

僕には何がカッコいいのかわからないけど、いろんな人から言われるよ(笑)

H:日本のカルチャーはカッコいいと思う。もちろん全部のことを知ってるわけではないけど、現代では昔よりも世界中のカルチャーが影響を与えあっていると思うし、それが良い感じに表現されているよね。例えば僕は日本のヒップホップとかをたまに聴くよ。意味は理解できないけど、それでもカッコいいと思う。

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グライムスはスペシャルだ。彼女が作り出したエイリアン・テクノ・ヴァイブスは僕らの音楽にも入っていると思う。FKAツイグスも本当に最高だしUSやUKからの影響はもちろん、フランスのエレクトロ・ミュージック・アーティストとかからも影響を受けている。

音楽制作について訊きたいんだけど、インスピレーションはどこから受けることが多いですか? 他の音楽からとかですか? それとも日常生活?

H:日常の経験から影響を受けるよ。僕たちは日常で起こったことをありのままに書いているわけではないけど、例えば何かに怒っているときは激しいビートができるし、いつも自然と頭に浮かんでくるモノをまずは作るようにしているから、落ち込んでいるときは自然とアンビエントなシンセサウンドが浮かんできたりする。ひとつの楽曲のなかにたくさんの感情が宿っていると思うけど、それは自然と湧き出てくる感情が音につながっているからだと思う。歌詞を書くのには苦労するときもあって、さっき話した自分たちのムードはサウンド面で表現することが多いのだけど、歌詞は抽象的に表現をして、聞いてくれる人がそれぞれの意味を見つけられるようんしたいんだ。これが僕たちの人生で起きたことだよって伝わえるわけではなくてね。僕たちは抽象画を書いて、最終的にそれがどのような絵なのかはリスナーに感じたまま受け取って欲しいんだ。

M:抽象的な音楽を作りたいというのは私たちのひとつのテーマであると思う。

リスナーに考えたり、色をつけるスペースを与えたいと?

M:そういうことだね。

たしかに”Everything Is Good” といいながらもサウンドはカオスティックで全然グッドではなかったり、頭のなかで映像が自然と浮かんでくる楽曲も多いですよね。

H:それは映画にも影響を受けることが多いからかな? たまに映画についての曲も書くよ。他のアートから影響を受けてまた別のアートを生み出すのは素晴らしいことだと思うんだ。

どんな映画に影響を受けたの?

H:『ショップリフター』って見たことある? 日本の映画だと思うんだけど。舞台は東京だっけ?

M:うーん、たぶん。

ああ、『万引き家族』ね。僕は観たことないけど、有名な映画です。

H:Hirokazu Koreedaの映画だよね。発音がわからないけど。

ヒロカズ・コレエダだね。

H:コレエダ? 発音するのが難しいね。でもとても影響を受けた映画のひとつだ。ベタだけど『パラサイト』も好きだね。

M:『マルホランド・ドライブ』……

H:イエス! 僕たちはデヴィッド・リンチが大好きだ。

M:最近私はMUBIというプラッフォトームでよく映画を見ている。知っている?

知らないなあ。Netflixみたいな感じですか?

M:似たような感じだけど、MUBIはもっと昔の映画、インディペンデントな作品やフィルム・フェスティヴァルで上映されたモノとかが取り扱われてるんだよね。最近『La Haine』というフランス映画は最高にクールだったわ。

へえ! 全然知らなかったよ。チェックしてみるよ!

H:日本のシリーズを見てたことあったよね? なんて名前だっけ?

M:名前忘れちゃったわ

H:あれ韓国のだっけ?

M:たぶん

H:ごめん日本と韓国はいつもゴチャゴチャになっちゃうんだ。

大丈夫だよ。僕もよくあるよ。あなたたちは自分たちの音楽を ”ベッドルームR&B”と呼んでいますね。プレスリリースによるとあなたたちはThe Internetやグライムスといったアメリカ(カナダ)のアーティストから影響を受けていると書いてあるけど、FKAツイグスやマッシヴ・アタックのようなUKのアーティストのスタイルとも親和性を感じます。ヨウスカが音楽を作る上で、アメリカのアーティストからの影響が多いのですか?

H: 面白いね。いま挙げてくれた4つのアーティストは僕たちにとっていちばん影響を受けているアーティストと言えるからね。とくにグライムスはスペシャルだ。彼女が作り出したエイリアン・テクノ・ヴァイブスは僕らの音楽にも入っていると思う。FKAツイグスも本当に最高だしUSやUKからの影響はもちろん、フランスのエレクトロ・ミュージック・アーティストとかからも影響を受けている。たくさんの音楽を聴いて、それぞれから影響を受けているし、国はあんまり関係ないかな。アメリカやカナダのアーティストが多い気もするけど、それは単純にアーティストがたくさんいるからだと思う。

M:私は自分がバンド・プレイヤーとしても参加しているノルウェーのSassy 009から大きな影響を受けている。バンドに参加してからはもちろんだけど、彼女と知り合う前からね。Sassy 009のアルバムのMixをしていた人が“Everything Is Good”のMixもしてくれたのよね。

マリットがSassy 009のプロジェクトに参加してから具体的にはからはどのような影響を受けましたか?

M:レコーディング・プロセスからソングライティング、とにかくいろんなことを影響されていると思う。彼女の音楽そのものはもちろん、美学のようなモノにも影響を受けているわね。スタジオワークで衝動的にイメージをサウンドに変化させるのがすごく魅力的で。音やテイク選びにも優れていて、彼女からサウンドのノイズ、アンビエント、歪みなどの使い分けを多く学んだと思う。

ヨウスカのサウンドには他にもテクノやアンビエントとかの音楽性も加えられていて、とてもオリジナルなモノだと思う。いつも音楽を作るときにヨウスカのオリジナリティーを出すことは意識してる?

M:そうだね! 私たちは自分たちのオリジナル・サウンドを作ることを意識してる。さまざまなアーティストからの影響を感じさせつつも、自分たちのオリジナル・サウンドとして成り立っているのはとても重要だし、聴いてくれた人がいままで聴いたことないような音楽を作りたいの。

インスピレーションをミックスして?

M:そういうことよ。

H:とにかくインスピレーションは多いほうが良いと思っているし、それをミックスすることで良いものが作れると思っているんだよね。

なるほど。楽曲制作では最初にゴールを作りますか?それとも感覚的に作りますか?

H:たまに制作に入る前にどんな曲を作りたいのかビジョンを描くことはあるね。もちろん感情に任せることもあるよ。怒りの感情が強いときはそういった曲になるし、悲しいムードだと自然とメランコリックな表現がキャプチャーされたりね。ただヴィジョンを描くとはいったけど、例えばあのアーティストのあの曲みたいな楽曲を作りたいとかはないかな。曲を作る前にこの曲を聞いてくれた人がどんなムードになってほしいのかを考える感じかな。

ライヴとかをイメージして?

H:そうだね。ライヴでのオーディエンスもヘッドフォンでひとりで聴いてくれる人もイメージかな。

H:ライヴで演奏することなんていまでは奇妙な話に思えちゃうね。悲しいけど。

日本ではキャパシティーを制限してライヴを開催できるよ。なんとかね。

M:本当に?

うん、完璧とは言えないけどね。僕も主催しているイベントがあったりするよ。

M:私たちを呼んでよ!

計画するしかないね! こんな時代終わったらね!

M:楽しみだわ。

話は代わるけど、マリットは好きなヴォーカリストやリリシストはいますか?

M:う〜ん、選ぶのが難しすぎるわ。

M:レナード・コーエンとスフィアン・スティーヴンスはとてもお気に入りね。私たちの音楽とはかけ離れてるけどね。

H:彼らのような少しメランコリックなアコースティック・ミュージックは小さいときから触れる機会の多い代表的なジャンルでもあるんだ。僕らは2人とも小さな街の出身だからカルチャーとかも発展してなかったし、悲しいムードから逃げ出したいときとかにレナード・コーエンやスフィアン・スティーヴンス、あとはダミアン・ライス(アイルランドのフォーク歌手)とかもよく聴いていたね。フォーク系のアコースティックな音楽は僕たちが10代の頃によく聴いていた音楽のひとつだと思う。

M:ボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンも大好きだわ。彼の音楽を初めて聴いてたとき、言葉では説明できないような感情に初めて陥った。感情爆発したかのようだったし、いままで聴いたことのない音楽のようだったの。

H:僕もだよ。彼のセルフタイトル・アルバムからはかなり影響を受けている。あのアルバムを聴いている間は完全に彼の音楽の世界に溺れているような感覚にさせられる。音が瞬間的に伝わってきて、それが景色を作り出すんだ。

僕も彼が大好きだよ。初めてコーチェラで彼のステージを見たとき、本当に遠くにいて彼の姿も見えないくらいだったんだけど、それでも彼が鳴らす音はダイレクトに伝わってきたりしてね。

H:2011年に観た彼のライヴはいまでも人生でもっとも素晴らしかったライヴのひとつだよ。さっき言った大好きなSTアルバムのツアーでね。

そのとき見れたのは羨ましいな。マリット何を考えているの?

M:女性で好きなリリシストは誰かな〜って考えてて。たくさんいすぎて決められないわ。

(笑)

M:グライムスの話はしたしなあ。Joan BaezやLinda Perhacsは大好きだわ!

H:ニコも大好きだよ。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは聴いたことある?

もちろん

H:ルー・リードのバンドね。彼女はいくつかの曲でコラボしたんだ。アンディ・ウォーホルが仕組んだんだよね。

H:おかしいことに2015年より後のアーティストについては何も語ってないね(笑)。

M:たしかに(笑)

ノルウェーにはほかに、クラブ系ではリンドストロームやトッド・ティエリ、プリンス・トーマスのような国際的なDJ / プロデューサーがいるのと、〈Smalltown Supersoun〉というレーベルもありますが、ヨウスカや他の同世代のアーティストにとって彼らはどういった立ち位置ですか?

H:もちろん、彼らは知っているよ! 彼らに影響を受けたと声を大きくしては言えないけれど、彼らのライヴを何回か見ているから、もしかしたらどこかで知らずと無意識で影響を受けているかもしれないね。〈Smalltown Supersound〉についても知っているけど、残念ながら繋がりはないかな。ただ、ノルウェーのレーベルやアーティストが世界的に評価されるのは嬉しいことだし、僕たちの世代やさらに若い人たちも含めて世界中に自分たちの音楽を発信したいと思っているのは間違いないね。

ジェニー・ヴァルはどう? 彼女もノルウェーの画期的なアーティストだと思うけど。

M:大好きだわ! 『Blood Bitch』というアルバムをめちゃくちゃ聴いてるよ。

H:あ! ちょっとまって!

M:彼女のコンサートは素晴らしかったわ。思ってるほどにノルウェーで有名ではないけどね。

(ハンズがTシャツを持ってくる)

わお! ツアーTシャツ?

M:猫を飼ってるから穴が空いてるけどね。これは日本語だよね?(“血売女“ という字が書いてある)

それは漢字だね。僕たちも使うよ。「Blood Bitch」って漢字を使って書いてあるね。

H:なるほど!

M: 私は彼女のダウナー落ち込んでいるときによく聴くかな。そういったダークな感情から逃げるのにちょうど良いのよね。

H:彼女はたくさんのノルウェーのアーティストに影響を与えていると思うよ

M: とくに女性ヴォーカリストにはね。

H:彼女は新しい女性SSWのシーンを早い段階から作っているからね。たぶん2010年くらいからかな。ノルウェーのいまのシーンにも繋がっているとても重要なアーティストだと思うよ。

LAでも人気だったよ。彼女のツアーはすぐにソールドアウトしてね。ようやくだけど、アルバムの話しも聞いてもいいですか?

M:もちろん


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日本やアメリカと比べるとここでは生計を立てるための機会がみんなに与えられていると思う。仕事を失ってもここでは大きな問題ではなくて、政府が新しい仕事を見つけるサポートをしてくれるんだ。


『Everything Is Good』は音はもちろん、コンセプトも素晴らしい1枚でした。まずあのジャケットが目を引くと思うのですが、あのジャケットを作る上での戦略や目的はあったのでしょうか?

H:僕たちは大惨事のようなシチュエーションを描きたかった。そもそもウェディングドレスを中古ショップで見つけて、それを持ってビーチに行ったんだ。ウェディングドレスといえば “ロマンチック”や“幸せ”のようなポジティヴな感情を象徴するモノだと思うんだけど、それを身につけながら悲しみや憂鬱のようなモノを表現したかったんだ。

“Everything Is Good”というタイトルなのに楽曲がメランコリックなのと同じだね。

H:そういうことだね。

M:ドレス全体は見えないけどね。

マリットは撮影日について覚えていることはある?

M:私たちは一日中海にいたんだけど、とにかく寒い日だったのよね(笑)。身体についた砂を設立されているシャワーで洗い流したんだけど、とにかく水が氷水みたいで。もう本当に最低だったの。もしかしたらそのムードがその写真にも現れてるのかもね(笑)。

そもそもオスロにビーチがあるのを知らなかったよ。

H:ノルウェーのビーチはLAのようなビーチではないけどね。砂浜は狭いし、だいたい寒いよ(笑)。

撮影はいつだったんですか? まさか冬じゃないよね?

M:もし冬に撮影していたら私たちはいまここにいないわ(笑)。去年の春くらいね。

どっちにしてもビーチに行くには早すぎるね(笑)。

H:ノルウェーにはビーチに行くベストタイミングが7〜8月しかないからね(笑)。ちなみに日本のどこに住んでるの?

神奈川というところに住んでるよ。電車で30分くらいで東京にいけるところ。よくこの質問されるのだけど、住んでるところを説明するときは、もしNYが東京だったら、NZに住んでるって説明するんだけどわかるかな?

H:NYとNZね。村上春樹の本を読んでるから東京近辺の街や駅の名前とか少しわかるよ。都会的でコンパクトな街のイメージがあるね。

東京の満員電車は想像できる?

H:できるよ。昔やってたバンドのMVでフィルム班が東京に撮影しに行ったことがあったんだけど、そのとき彼らは小さな電車にたくさんの人が乗っている映像を撮ってきてね。しかも他の人を無理やり電車に押し込んでいるんだ。

M:OMG

だね。最悪だよ。アルバムの話に戻るけど、『Everything Is Good』の制作に限って言うと、一番影響を受けた3組のアーティストを教えて下さい

M:グライムスは確実ね あとは……。

H:ノルウェーのスメーツも入るかな。

H:いままで触れてこなかったけど、テーム・インパラにもたくさん影響を受けているね。グライムス、スメーツ、テーム・インパラの3つのアーティストの間にいるようなサウンドを作りたかったんだ。テーム・インパラの大好きなところはダークな曲でもといかく音がとにかく心地良いところで、高揚させるような楽曲の中で同時に悲しみやダークさが味わえるのが好きなんだよね。

たしかにヨウスカのサウンドにも包まれるような心地良さがありますよね。

M:そこは意識したわね。水が流れるように自然に身を委ねられる心地良いサウンド作りをとくにシンセサイザーの音で意識したわ。

H:あとは「Euphoria」というドラマにも影響を受けたね。雰囲気やヴィジョンがとてもクールなんだ。チェックしてみて。

見てみるよ。 『Everything Is Good』というポジティヴなアルバム・タイトルですが、内容はもっとメランコリックでダークでエモーショナルですよね。何故こういったアイロニカルな表現をタイトルで使用したのでしょうか? まったく情報がなければサマーチューンが詰まったアルバムをイメージします(笑)。

H:大事なところだね。アルバムはダークでメランコリックなモノに仕上がったんだけど、アルバム内容をそのまま表現するようなタイトルはつけたくなかった。もっと面白くしたかったのさ。アルバムのタイトルを見てから聴いてもらえれば一瞬でそれがアイロニカルな表現だって気づいてもらえると思うし、ちょっとクスッとしてほしくてね。予想していたサウンドと別のものを届けたかったんだ。僕たちはペテン師ではないけど、サプライズが好きでね(笑)。

(笑)ヨウスカの音楽には哀しみが含まれていると思うのですが、その哀しみはどこから来た哀しみですか? 個人的な心配事や出来事、もしくは日々の生活の中で感じること? もしくはもっと外の世界で起きている社会問題とかからですか?

M:混ざっていると思う。もちろんパーソナルな経験から来ることもある。そしていまの私たちが置かれている状況とかからもね。例えばInstagramにいいね!とフォロワーを稼ぐために写真を上げるのは本当にストレスになるし、この状況にまだ慣れない。それでも残念なことにいまでは社会の大きな一部になってしまっているでしょ。そういった日々の小さなことから気持ちがダウナーになってそれが楽曲のムードにも反映されていると思う。

ときどき全部やめたくなるよね。

H:本当にね。それに僕たちは神経質だと思うんだよ。いろいろ考えてしまうし心配ごとも多い。でも自分たちの性格がこういう人間だって知ってからは感情を自分たちの音楽で表現したいと思ったよ。無理に明るい音楽を作るんじゃなくてね。悲しいかもしれないけど、同時に美しいかもしれないから。

感情を吐き出せる場所があるのは素晴らしいことだと思うよ。 ちなみにパーソナルなこと以外だとノルウェーのダークな部分から影響があったりするんでしょうか?

M:あるわよ。

例えばどんな? ノルウェーには行ったことがないので、多くの情報を知ってるわけではないけど、そんなアウトサイダーにはノルウェーはとても良い国に見えます。カレッジに無料で行けたり、医療システムも平等で整ってる。僕はアメリカが好きだけど、とても問題が多すぎて良い国とは言えないし、日本に良いイメージを見る人も多いけど、治安は良いけどじつは自殺者が多い国なんて良い国とは言えないよね。そういう意味でいうとノルウェーは外部者からしたらパーフェクトな国にも見えたりするんだけど、そうじゃないかもしれないよね。ノルウェーのダークなポイントはあったりするのでしょうか?

H:そうだね、まずたしかにノルウェーやスウェーデン、デンマークといった国は世界のなかでもとくにラッキーな国だと思うよ。国の決まりや政治においてね。小さい国だからまとめやすいというのも大きいと思う。例えば僕たちはほとんどの国民が政府を信じているし、世界的に見るとそれはユニークなことだと思う。例えばアメリカでは政府と国民の間には溝が空いていると思う。政治家と市民はまるで違う世界に住んでいるかのようにね。でもノルウェーでは誰もが誰かしら政治に関わっている人を知っているから、格差がなくて親近感を持ちやすいんだ。それは多くの人たちが持っている社会主義的な考え。ほんとうの意味での社会主義ではないのかもしれないけど、平等主義者というのかな。

平等主義者? 例えばどんなことから感じるの?

H:日本やアメリカと比べるとここでは生計を立てるための機会がみんなに与えられていると思う。仕事を失ってもここでは大きな問題ではなくて、政府が新しい仕事を見つけるサポートをしてくれるんだ。たぶんだけど、日本やアメリカでは一度仕事を失ったら、それは人生に大きく作用するような出来事になっていると思うし、自殺とかにも繋がってくると思うんだけど。

そうだよ。

H:日本はアメリカよりマシでしょ?

うーん、経済的な格差にしてはマシだと思う。アメリカにはホームレスが多すぎるしね。LAを離れてNYCに行ったときがあったんだけど、しばらくNYで生活してLAに戻ってきたら友だちがホームレスになってた。そういったことが普通に起きたりするんだ。彼はたった23歳だったのにね。ところでノルウェーのダークポイントは?

H:人びとがとても孤立しているんだ。自分自身の抱える問題や感情を人に話すのも苦手だし、新しい人たちと出会うのを恐れているところかな。なかには生まれてから死ぬまで同じ環境のなかで同じ人たちと過ごす人たちもいるよ。日本にも似ている部分があるよね?

そうだね。日本人はとくにシャイだから。でもノルウェー人もシャイなの? 僕には数人ノルウェー人の友だちがいるけど、彼らめっちゃ喋るから(笑)。逆に珍しいのかな?

H:そうだね。レアだよ。ノルウェー人はとてもシャイだと思う。

M:ノルウェー人は偏見が強いよね。

H:そうだね。ノルウェーの人は偏見が多いと思うし、すぐに他人をジャッジする傾向にあると思う。たしかに他の国よりも住みやすい国ではあるんだけど、それをわざわざランキングっぽい感じで表現していたりする。それは社会的にはよくないと僕は思うかな。

M:甘やかされて育った子供みたいにね。

M:気候も関係あると思う。冬なんてとにかく暗いし寒いんだけど、それらが人のムードとかにも直接関係していると思う。

H:ノルウェーより南から引っ越してきた人たちは、とにかく冬になると落ち込むよ。なんつったって、太陽が出ないからね。

M:真っ暗よ。

H:この気候はノルウェーの人たちのワガママな正確を生み出しているひとつだと思う。世界的には考えられないかもだけど、あの冬があるし、僕たちは毎年夏に長い夏休みを取る権利があると思ってるからね(笑)。

そろそろアルバムの話に戻りたいのですが、4曲目に収録されている“Pink”という曲にはDoglover95というアーティストがゲスト参加していますよね。彼はオスロのラッパーのようですが、元々繋がりがあったのでしょうか? 

H: うん、彼のことはもともと知っていたよ。彼がリリースしたアルバムが大好きだったんだ。

M:彼の音楽ではノルウェーのラッパーでは珍しい実験的なサウンドなんだよね。

H:ノルウェーのラッパーはだいたいキャッチーなモノを目指して作るんだけど、彼はもっといろんなモノを取り入れていてユニークな存在だよ。人としても最高なヤツだから一緒に仕事できて嬉しかったね。

M:プロデューサーとしても素晴らしいの。

アルバムを作ってるときに記憶に残ってることってあります?

M:フィレンツェに2週間行ったときがあって。

H:ダラシないノルウェー人だね(笑)。

M:アルバムの制作もスタートしてね。すべてが素晴らしい体験だったのよね。

H:建造物やムードとか街を歩いているだけで感じることがたくさんあったんだ。ダビンチとか偉大なアーティストがたくさん生まれた街だからね。滞在するだけで感じるモノがとにかく多かったんだよね。音楽を作るのには最適な場所だね。

ノルウェーからそんなに遠くない?

H:遠くないよ。飛行機で3時間くらいかな。

それは良いよね。ヨーロッパに住んでいると、いろんなところに気軽にいけるのがいいよね。

M:うん。文化や言葉が違う国に気軽にいけるのはアーティストにとって良いことだと思う。

アルバムのなかでとくにお気に入りの曲はある?

H:僕のお気に入りは冒頭の”Everything Is Good”だよ。個人的に一番ピュアな曲だと思うし、アルバムのムードを1曲で表現できた曲だと思うんだ。メランコリックな気持ちにもなるし、楽曲の最後のカオスなアレンジが好きだね。

M:私は“Beat Up You Baby”がお気に入りね。まずメロディが好きなの。脳内のなかをグルグル回ってる感じがするのよね。この曲は他のアーティストとは全然違うオリジナリティのある曲にとくに仕上がっていると思う。インディー・ギターとR&Bヴォーカルをミックスしたスタイルがとくにうまく表現できたかな。

アルバムのラスト・トラックである“”♰shadow♰は作中もっとも実験的な曲ですが、この曲のアイデアはどこから来たんですか?

H:(笑)Shadowだよ(猫をみせる)。

M:フィレンツェで作った曲だよね。

H:フィールド・レコーディングでイタリアの子どもたちが公園で遊んでいる様子を録音したんだけど、それをあらためて夜中に聴いているとメランコリックな気持ちにさせられてね。ただ、子どもたちが理解できない言語で喋っている要素が録音されているだけなのに、ノスタルジックが止まらなかったんだ。だからこのサンプルの上でヨウスカらしい即興シンセを乗せて、アルバムのラストアンセムにしたんだよ。

M:フィールド・レコーディングでとてもノスタルジックになって、私は子供の頃の感情を思い出したの。子供のときに飼っていたペットが死んじゃったこととかね。本当に残酷で辛かった。当時はその私が大切にしていたウサギが死んでしまったことを理解もできなかったの。この曲はそのウサギとShadowを重ねた曲だね。この子もいつか死んでしまう日が来るわけだし。

H:だから「shadow」の隣に♰がついているんだ。

M:あらためてお葬式をやっているかのようにね。

とても悲しい終わり方ですね。

H:だね。

オスロの音楽シーンについてもっと訊きたいのですが、先ほどスメーツやSassy 009というアーティストが話題になりましたが、個人的にはDas Bodyや Lokøyといったアーティストも好きで、こういったエレクトロ・ミュージックにR&Bが加わったスタイルの素晴らしいアーティストがオスロから続々と出てきているような気がするのですが、それに理由などはあると思いますか?

H:たしかにオスロではつねにどこかしらの若いアーティストのコミュニティーがいつも急激に成長をしている感じがあるよ。理由としては、まずアーティスト同士の距離が近くて影響与えあっていることかな。オスロという街は大都市に比べると規模が小さいから知り合いが音楽を作っていることも多くて、そういった知り合いがカッコいいものを作っていると自分も作りたくなる。そういった連鎖が生まれていると思う。コラボレーションとかもやりやすい環境だと思うしね。他にはライヴをプレイする場所もたくさんあるし、ノルウェー政府からサポートを受けられることもたくさんの若い子が音楽をやっていける余裕がある理由の大きいなひとつだと思う。

政府に支援されている?

H:そうなんだ。だから誰しもが弁護士や医者を目指す必要はないんだ。そういった財政的な支援があるから僕たちはメジャーなポップを作らなくても済んでいる。楽器を買ったり、アルバムを制作したりするのはお金がかかることだけど、僕たちアーティストはそういった音楽活動することで欠かせないことに関して財政的支援を受けられるんだ。

M:あと、目立ちたいってのもあると思うな。ノルウェーではだいたいがポップ、ヒップホップ、フォークみたいな音楽をやってる人が多いから、だから違うタイプの音楽を作ればシーンのなかで目立つしね。

H:ノルウェーの伝統的なポップ・ミュージックはだいたい年寄りのために作られてたりするから、僕たちの世代は自分たちが好きなものを好きなように作りたかったんだと思う。それは結果的にはノルウェーらしいモノではないけど、新しいモノではあると思うんだ。それで結果的にそういった思考を持ったアーティストはオスロに集結する。それ以外の街ではなかなか活動が難しいからね。

M:私たちは別々の街で育ったけど、どちらとも音楽をやってる人はいなかったね。本当にやりたいならオスロに引っ越してくるのが主流なのよ。小さい街にとって悲しいことかもだけどね。でもオスロに引っ越してきて、すれ違う人が全員カルチャーに対して興味を持っているような感じがあるわ。

他のジャンルのアーティストとも関わったりしますか?

H: うん、いろんなジャンルのアーティストと関わるよ。僕たちはプロデューサーとしても活動しているからね。とくにアコースティックな音楽や実験的なジャズ、更にはノイズミュージックのようにヨウスカよりも実験的なモノをやったりもする。自分たちのなかでリミットを立ててしまうとつまらなくなってしまうからね。そういったこともあって僕たちはいろんなアーティストと繋がりがあるよ。

InstagramでSafarioと一緒に仕事をしているとこを見たよ。

H:そうだね、最近彼と仕事をしているよ!

彼はもっとアメリカのベッドルーム・ラップっぽい感じだよね。他のアーティストとかもジャンルをまたいで仕事をしている人が多いの?

H:あんまり多くはないかな。だいたいの人たちは同じジャンルの人たちと一緒に仕事をしたり遊んだりしているからね。LokøyやSafarioのようになかにはジャンルを超えて色々やっているアーティストもいるよ。個人的には自分たちとまったく違うアーティストと仕事をすることは最高だと思っている。全然違う趣味のなかでお互いが好きなモノを見つけたら、それは大きな発見にもなって自分自身をアップデートすることにも繋がるからね。

クラブとかには遊びに行くの? 

M:行かないわね。

H:いまは行かないね

M:昔から行かなかったじゃない。オスロにはクールなクラブは多くないの。

H:オスロにはクールなクラブはあんまり多くないんだ。少しはあるけど、だいたいオスロのパーティ・カルチャーといえば、飲んで、酔っ払ったら外で休憩して、良い感じの人を見つけてセックスするみたいな感じだからね。ただここ10年間でいろいろ変わってきていると思う。最近レイヴ・パーティを主催する人が増えていて、そこではクールな音楽がいつも流れているんだ。街の中心にあるクラブだとせいぜい2〜3くらいしか良い場所があるかないかって感じかな。

なるほどね。クラブ・カルチャーは若い子には根付いていませんか?

H:クラブに行くのは高いんだよね。ノルウェーの人はだいたいお金をそこそこ持ってるけど、それ以上にアルコールが高いんだ。だから若い人がクラブで朝まで過ごすにはハードルが高くてね。半月の給料を一夜で溶かすようなモノだよ。

本当に? 普段から高いの? それともクラブ内でだけ?

H:どこ行っても高いけど、クラブはとくに高いね。アルコールのルールが厳しいんだ。

日本とは真逆だね。日本は他の国よりも安くアルコールをクラブで買えるよ。でも逆にドラックには超厳しいから海外のお客さんからはたまに文句言われてるよ(笑)。

H:ノルウェーもドラッグに対しては少し厳しいかな。でもいろいろ変わっていて、マリファナはたぶん合法になっていくと思う。

最後にオススメのオスロの新人アーティストを3組教えて下さい。

M: まずはJuni Habel(ユニ・ハベル)彼女はインディーフォークSSWね。最高なの。

H:少しジョニ・ミッチェルに似てるかな。メロウでチルなフォークでめちゃくちゃ最高だよ。

M:Niilasも最高ね。

H:彼はエレクトロ・プロデューサーだね。彼はずっとDJとして活動していたんだけど、最近自身のデビュー・アルバムをリリースしてね。それが最高なんだよ。クラブっぽさもあるんだけど、メランコリックな要素もあってね。彼は自身の音楽にサミー族の音楽やカルチャーをミックスしようと挑戦しているんだ。サミー族の話は聞いたことある?

ごめん知らないや。

H:彼らはノルウェーの先住民なんだ。ドイツやデンマークから人びとがノルウェーに移住してくる前からノルウェーの北の地域に住んでいた人たちで、まったく違うカルチャーのなか生活していた。アメリカのネイティヴ・アメリカンと同じ感じだね。Niilasはそういったサミーの伝統音楽とヨーロッパのテクノやUKのブレイクビーツをミックスしているんだ。

M:後はアンビエントもミックスされているわ。

なるほど。ノルウェー人にしか作れない音楽ってことだね。

M:うん、そのとおりだわ。

もう一組は誰でしょうか?

H:たくさんいるから選ぶのが難しいね。

M:Murmurかな。彼女は私と一緒にSassy 009のバンドメンバーをしているの。

H:Murmur はライヴがカッコいいんだよね。日本にも一緒に行きたいよ。

M:私は彼女の唄声が大好きなの。彼女の歌い方は少なくてもここでは他の人とは全然違うのよね。

H: 僕たちみたくノルウェーのアーティストはシャイだから囁くように歌ったり、メロウな感じで歌ったりすることが多いんだけど、彼女は身体の全体から声を出すように歌うんだ。

名前もカッコいいね。ヨウスカ、Murmur、Sassy 009でツアーをできたら最高だね。

M:そうだね! せっかくリリースもできたしいつか日本にも行きたいわ!

追悼ジョン・ハッセル - ele-king

“悪行と善行の観念を越えたところに平原が広がる。我々はそこで会おう”  ジャラール・ウッディーン・ルーミー(13世紀ペルシャの神秘主義詩人)

 ジョン・ハッセルに電話インタヴューしたのはちょうど1年前の昨年7月だった

 実はそのとき、もしかしたらこれが最後の取材になるんじゃないか……という予感があった。彼の問答には、明晰さのなかにも随所で精神的衰弱が垣間見られたから。取材3ヶ月前の同年4月には、ジョン・ハッセルの生活サポートのためのファンドが立ち上がったことをブライアン・イーノがツイートしていたが、当時ハッセルは、骨折治療とコロナ禍での健康不安により生活が困窮していたという。昨年の新作『Seeing Through Sound』により、新たなリスナーを増やしていただけに、彼の逝去はあまりにも残念だ。

 件のインタヴュー記事では『Seeing Through Sound』のことだけでなく、過去のキャリアについてもかなり語ってもらった。彼の業績に関する総論的追悼文をここで書いても、インタヴュー記事の内容の繰り返しになってしまうので、ここでは、彼の音楽的基盤から枝葉まで、その具体例を聴きながら改めて全体像を把握することで、追悼文に代えさせていただく。

ジョン・ハッセルに多大な影響を与えた音楽家たち

1. Stan Kenton『This Modern World』(53年)

 ハッセルは1937年3月、米テネシー州メンフィスに生まれた。父親が大学時代に学生バンドで吹いていたコルネットを手にしたのが小学生の時。十代半ばになるとジャズに親しみつつ、ジュークジョイント(黒人向け音楽バー)にも通っていたという。とくに魅せられたのが、スタン・ケントンのビッグ・バンドだ。“プログレッシヴ・ジャズ”を標榜し、斬新なアンサンブルを展開したケントンの50~60年代の作品は、いま聴いても驚かされる。「第四世界」の種のひとつがこの奇妙なハーモニーとリズムのなかにはあった。ちなみに、デビュー当時のキング・クリムゾン(とくにイアン・マクドナルド)もケントンに絶大な影響を受けていた。

2. Karlheinz Stockhausen「Gesang Der Jünglinge (少年の歌)」(56年)

 ハッセルはNYなどでトランペットと作曲を学んだ後、妻のマーガレット(70年代に離婚後は、前衛専門のピアニスト、カトリーナ・クリムスキーとして活動)と共にドイツに渡り、現代音楽の大家カールハインツ・シュトックハウゼンに3年弱(64~66年)師事した。カンのイルミン・シュミットやホルガー・シューカイもクラスメイトだった。渡独前からシュトックハウゼンの「少年の歌」(ミュジーク・コンクレートと電子音楽を統合した初期の傑作)に心酔し、切ったり貼ったりのテープ・マニピュレーションを独自に試みていたというハッセルは、留学時代には、50年代米国ジャズ・ヴォーカル・グループ、ハイ・ロウズの作品をコラージュしたりもした。シュトックハウゼンの下で習得した電子機器の使い方やプログラミング、テープの切り貼り等の技術は、80年代以降の彼のサンプリング・ワークの土台になった。

3. Terry Riley『In C』(68年)

 「私は彼のことが大好きだったし、お互いの妻も含め、ひとつの家族のような関係だった」と語るように、ドイツから米国に戻ったハッセルがもっとも親しくつきあい、また影響も受けたのがテリー・ライリーだ。帰国したハッセルを待ち受けるように60年代後半の米国現代音楽界で沸騰しつつあったのが現代音楽のニュー・モード、ミニマリズムだが、そのブレイクスルーの象徴的作品であるライリー『In C』の初録音盤(68年)にはハッセルと妻マーガレットも参加している。

4. Pandit Pran Nath『Ragas』(71年) 

 ハッセルは、テリー・ライリーとともにミニマリズム・ムーヴメントを牽引していたラ・モンテ・ヤングのドローン・プロジェクト《Theater of Eternal Music(永久音楽劇場)》にも加わり(ヤングの74年のライヴ盤『The Theatre Of Eternal Music - Dream House 78'17"』に参加)、そこから導き出した「垂直の音楽」(時間軸に沿った旋律聴取ではなく、微細な音色や倍音などの感知を通して音の深奥まで下降し体得する音楽的アナザー・ヴィジョン)という概念を元に、やがて「斜めの音楽」という独自の世界を目指していった。その思考過程を土台固めしてくれたのが、すでにライリーとヤングが師事していたインド古典声楽の大家パンディット・プラン・ナートだ。ハッセルは72年、ヤング夫妻に同行してインドに赴き、ナートの下でインド古典声楽の修業をした。やがて、音のなかに曲線を描くナートの歌唱技術は、トランペットを共鳴管として歌わせるハッセルの演奏技法そのものとなっていった。ハッセルはナートから学んだことを「自分の音楽の中で最も大きなポジションを占める」と告白している。

5. Μiles Davis“He Loved Him Madly”(74年)

 ライリー&ヤングやパンディット・プラン・ナートと並びハッセルの表現にもっとも大きな影響を与えたのがエレクトリック期(60年代末期~70年代半ば)のマイルズ・デイヴィスだ。ピックアップを仕込んだマウスピースを歌うように響かせ、エンヴェロープ・フィルターなどで電気処理するというハッセルの演奏技法は、当時のマイルズのワウ・ペダルを参考にしたものであり、その技法は今日ニルス・ペッター・モルヴェルなどによってさらに発展している。ハッセルはいくつかのインタヴューでとくに愛着のあるマイルズの作品として『On The Coener』(71年)や『Live-Evil』(72年)などを挙げているが、音色やムードが最も近いのは『Get Up With It』のA面曲“He Loved Him Madly”だろう。これがハッセルのソロ・デビュー作『Vernal Equinox』に直接的に影響を与えたことは想像に難くない。

11枚で俯瞰するジョン・ハッセルの軌跡

1. Jon Hassell『Vernal Equinox』(77年)

 ジョン・ハッセルの名前と「第四世界」なる新コンセプトを一躍世界に広めたのは言うまでもなくブライアン・イーノとの連名で発表された『Fourth World Vol. 1 - Possible Musics』(80年)だが、そこで示された斬新なサウンド・プロダクションの大半、そして彼の表現の核である夢幻的官能性は既にこのソロ・デビュー作の中に十分すぎるほど認められる。キーワードの「第四世界」こそ明記されてはいないが、コンセプト自体はこの何年も前から彼の頭のなかにはあった。乱暴に言ってしまえば、本作にイーノがエレクトロニクスでトリートメントを加えたのが『Fourth World Vol. 1 - Possible Musics』だったのだ。米ピッチフォーク誌の「アンビエント・アルバム歴代ベスト50」リストでも47位に選出されているが、個人的にはベスト10に入れるべき作品だと思う。ハッセルは近年のインタヴューでこう語っている。「当時私は、電子技術を組み合わせた管楽器によってラーガとミニマリズムの相克を探求していた。最近、本作に内包された種子が自分にとっていかに重大なものだったかが改めてわかり、驚嘆した」

 録音は76年、トロントのヨーク大学エレクトロニク・メディア・スタジオ。参加しているのは、「永久音楽劇場」の仲間であり、人体の自律神経を用いた音楽作品 (バイオ・フィードバック・ミュージック) で一躍注目を集めていた実験音楽家デイヴィッド・ローゼンブーム、純正律や現代音楽的ガムランなどで80年代に有名になる実験音楽家ラリー・ポランスキー、パリから米国に移ったばかりのブラジル人パーカッション奏者ナナ・ヴァスコンセロスなど、実験音楽と民族音楽の両方を自在に行き来するクセ者ばかり。そしてエンジニアを務めたのは、80年代以降、ブライアン・イーノやダニエル・ラノワの右腕的コラボレイターとして、あるいはリアルワールド系作品のプロデューサーとして大活躍することになるマイケル・ブルック。当時パンク・シーンでギターを弾いていたブルックは、ここでのハッセルとの出会いをきっかけに、世界中の民族音楽に興味を持つようになったという。

2. Talking Heads“Houses In Motion”(80年)

 「こういう作品を待ち望んでいた」と絶賛したとおり、『Vernal Equinox』はブライアン・イーノに絶大な影響とインスピレイションを与えた。そしてハッセルもまた、イーノとの出会いをきっかけにポップ・ミュージック・シーンと関わり始めた。その最初のコラボ・ワークが、トーキング・ヘッズの傑作『Remain In Light』 への参加だ。アフリカ音楽のリズムを大胆に取り込んだ本アルバムへの賛辞“原始と電子の融合”は、そのままハッセルの「第四世界」のコンセプトでもある。翌年出たイーノとデイヴィッド・バーンの連名による『My Life In The Bush Of Ghosts』にはハッセルは参加しなかったが、そこで展開されたエスノ・エレメントのコラージュ・ワークは、元々はハッセルのアイデアであり、後年彼はインタヴューで「二人にパクられた」と恨み言をつぶやいている。

3. Jon Hassell『Aka / Darbari / Java - Magic Realism』(83年)

 ハッセルは、マレー半島の山岳少数民族セノイ族の夢理論をモティーフにした『Dream Theory In Malaya (Fourth World Volume Two)』(80年)を経て、この次作では「第四世界」上に「マジック・リアリズム」という新コンセプトを積み重ねた。ここでは、世界初のデジタル・サンプリング・キーボード「Fairlight CMI」を導入し、ピグミーのコーラスやセネガルのドラム、イマ・スマックのレコードなど様々なサウンド・エレメントを細分化、再構築している。サンプリング/コラージュやミニマリズム、インドのラーガなどから始まったハッセルの初期キャリアの、これが最高到達点だろう。

4. David Sylvian「Brillant Trees」(84年)

 ハッセルが参加したロック系作品のなかで、『Remain In Light』と並びもっとも有名かつ印象的なのが、デイヴィッド・シルヴィアンの初ソロ・アルバム『Brilliant Trees』だろう。全7曲中の2曲でトランペットを演奏。ハッセルの参加がどういう経緯だったのかは不明だが、本アルバムには元カンのホルガー・シューカイ(ハッセルとはシュトックハウゼンの同門)も参加しており、もしかしたらホルガー経由(推薦)だったのかもしれない。ちなみにカンにも「第四世界」とは似て非なる「E.F.S.(Ethnological Forgery Series=民族学的偽造シリーズ)」というコンセプチュアル・ワークがあった。

5. Kronos Quartet「Pano da costa (Cloth from the Coast)」(87年)

 クロノス・クァルテットがハッセルに委嘱した弦楽四重奏曲。クロノスのアルバム『White Man Sleeps』に収録。ハッセルをクロノスに紹介したのは、クロノスにたくさんの楽曲を提供しているテリー・ライリーである。ここでの演奏にはハッセルは参加していないが、楽曲自体はハッセルの世界そのものだ。おそらくここから発展したのだろう、クロノスの93年のアルバム『Short Stories』ではハッセルの師パンディット・プラン・ナートが歌った曲も入っている。

6. Jon Hassell/Farafina『Flash Of The Spirit』(88年)

 デビュー作『Vernal Equinox』で電子音楽家デイヴィッド・ローゼンブームにもンビラやタブラ等を担当させるなど、当初からパーカッションに強いこだわりを持っていたハッセルがブルキナファソの伝統音楽打楽器アンサンブル(7人編成)ファラフィーナとガップリ四つに組んだ作品。バラフォンやタマ、ジャンベなどが複雑に織り成すアフリカン・ポリリズムのなかをハッセルの電化トランペット/キーボードが蛇行する様は「第四世界」音楽のわかりやすいサンプルか。パーカッシヴな名曲としては、同年にジャン=フィリップ・リキエル他とイタリアでライヴ録音した「Pygmy Dance」(91年のオムニバス盤『Ai Confini / Interzone』に収録)もお勧めだ。

7. Les Nouvelles Polyphonies Corses With Hector Zazou「In La Piazza」(91年)

 フランスの前衛室内楽ユニット「ZNR」での活動を経て、80年代にはアフリカ他世界中の伝統音楽を独自に加工したキッチュなエスノ・ポップで名を馳せた才人エクトール・ザズー。なかでも人気が高いのが、コルシカ島のポリフォニー・コーラスを素材にしたアルバム『Les Nouvelles Polyphonies Corses Avec Hector Zazou』だ。ハッセルは3曲に参加。様々な声とトランペットがもつれ合いながら描くヒプノティックな曲線が美しい。

8. Jon Hassell & 808 State「Voiceprint」(90年) 

 ハッセルは都市のノイズに焦点を当てた90年のアルバム『City:Works Of Fiction』あたりからクラブ・ミュージックやヒップホップとも接近しはじめた。同年には『City:Works Of Fiction』のオープニング・ナンバー「Voiceprint」の808 Stateリミックス・ヴァージョンを含むミニ・アルバムと12インチ・シングル「Voiceprint」もリリース。後年にはリカルド・ヴィラロボスやアルカなどもハッセルをサンプリングしている。

9. Jon Hassell & Bluescreen『Dressing For Pleasure』(94年) 

 パブリック・エナミーをヴォーカル・サンプリングした『City:Works Of Fiction』以上にヒップホップ色濃厚な作品がブルースクリーン(DJを含む4人組)と組んだ『Dressing For Pleasure』だ。デューク・エリントンのエキゾティック・チューン“Bakiff”を含む細かいサンプリングで精緻に構成しつつ、全体を貫くのはブレイクビーツ。

10. Jon Hassell / I Magazzini「Temperature Variabili」(95年)

 ハッセルはライ・クーダー絡みの映画音楽にもいくつか参加しているが、『Sulla Strada』はイタリアの前衛劇団「イ・マガッツィーニ」の演目のための音楽集だ。アルバム全体にわたりハッセルが過去に試みてきた様々な技法やスタイルがちりばめられ、随時、イ・マガッツィーニの声もランダムに混入される。サウンド・スペクタクルとして非常にヴァラエティに富み、面白い作品だ。

11. Jon Hassell『Fascinoma』(99年)

 ナット・キング・コールのスタンダード・ナンバーとして有名な“Nature Boy”(モンド/エキゾティカ文脈で知られる奇人作曲家エデン・アーベの作)で幕を開け、デューク・エリントンのナンバーなどもカヴァした異色アルバム。ハーモナイザー等エフェクターなしの素ペット演奏も聴ける、一種のジャズ回帰/回顧作。しかしバンスリや木魚の音が突然出てきたり、「キャラヴァン」にタンブーラが妖しく絡みつく「Caravanesque」なんてのがあったりと、どこまでもハッセル・フィルターを通した幻想のジャズである。ジャズ・ピアニストのジャッキー・テラソンが全面参加し、プロデュース/ギターはライ・クーダー。

Yoshiko Sai - ele-king

 70年代に活躍した奈良出身のシンガーソングライター、佐井好子。『萬花鏡』(1975)『密航』(1976)『胎児の夢』(1977)『蝶のすむ部屋』(1978)の4枚のアルバムを残し、00年代にはJOJO広重とのコラボ作『Crimson Voyage』(2001)や、山本精一らを招いた復帰作『タクラマカン』(2008)を発表している。
 去る7月7日に、上記『Crimson Voyage』以外の5枚のアルバムをまとめたボックスセット『佐井好子全集 THE COMPLETE WORKS OF YOSHIKO SAI』がリリースされているが、これが海外で話題となっているのだ。
 同ボックスセットはなんと〈ラフ・トレード〉で販売され、さらにヴァイナル・ファクトリーでは、「今週のお気に入りのヴァイナル・リリース10」として『密航』(1976)が、コアレス坂本龍一&デヴィッド・トゥープココロコシャロン・ヴァン・エッテンらと並んでピックアップされている。
 それだけではない。昨年大きな注目を集めたUSのラッパー、ベニー・ザ・ブッチャーが3月にドロップした曲 “Plug Talk” (EP「The Plugs I Met 2」収録)では、佐井のヴォーカルがサンプリングされているのだ。使用されているのは、夢野久作からインスパイアされた『胎児の夢』収録の表題曲で、儚く妖しいヴォーカルが全篇をとおしてループされている。

 ここへ来て急浮上している佐井好子。今後も再評価の行方を注視したい。

佐井好子、70年代の名作が待望の復刻&『タクラマカン』の初アナログ化!
ファン垂涎の新曲7INCHと直筆サイン、ブックレットを封入したBOXを限定発売!

佐井好子全集
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定価:¥29,700(税抜¥27,000)

※P-VINEオンラインショップ、ディスクユニオン限定
※完全初回数量限定生産

BOX商品内容
① 今回発売のLP5枚
『タクラマカン』、『萬花鏡』、『密航』、『胎児の夢』、『蝶の住む部屋』
② 7inch record
A面:「日本一小さな村」(山本精一が監修/コラボした新曲です)
B面:「暗い旅」(書籍『青いガラス玉』にのみ付けられたCDから日活映画『少女地獄』(1977年)挿入歌のフルヴァージョン。バックはコスモス・ファクトリー)
③ ブックレット(B5判24~30Pを予定)
秘蔵写真や本人による詩、イラストそしてJOJO広重による「佐井好子ストーリー」をまとめたもの
④ 7inchとブックレットを投げ込んだ直筆サイン入りの白ジャケット(直筆ナンバリング付き)

タクラマカン
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定価:¥4,180(税抜¥3,800)

※初アナログLP化

夢野久作/谷崎潤一郎/つげ義春の世界観が! 独自の幻想ワールドでファンを魅了する佐井好子30年振りの新作! 1978年の4枚目を最後に「自分の気に入った歌が出来るまでは」と休止宣言をして、、30年。やっと完成しました。その幻想魅惑の世界をサポートするのは山本精一、早川岳春、芳垣安洋、JOJO広重、片山広明、プロデュースは吉森信。更に渚にての柴山伸二も参加! より熟成し妖艶な佐井好子の世界が堪能できる! ジャケは勿論本人によるイラスト!

萬花鏡
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定価:¥4,180(税抜¥3,800)

極めて耽美幻想的歌手=佐井好子1975年衝撃のデビュー・アルバム。日本的な土着性~民謡的歌唱が幽玄な空想世界へ誘う名作のアナログLPが限定復刻。大野雄二のアレンジも冴えわたる。

密航
PLP-7124
定価:¥4,180(税抜¥3,800)

「密航」をテーマにシルクロードあたりの異国情緒溢れる佐井好子幻想ワールドが炸裂する傑作アルバム。まさに女性にしか描けない世界、、聞くものをゆるやかにインナートリップさせる。眠れぬ夜の脳内に彷徨うシルクロード。

胎児の夢
PLP-7125
定価:¥4,180(税抜¥3,800)

1枚目に続き大野雄二がアレンジャーとして参加しより音楽的要素を支えた夢野久作的怪奇性極まる佐井ワールド。タイトルの「胎児」が示すようにより内なる精神世界への旅。佐井好子弱冠24歳、詩人で画家で歌手としての孤高なる存在。ジャケも傑作。

蝶のすむ部屋
PLP-7126
定価:¥4,180(税抜¥3,800)

山本剛トリオをバックにした極めてジャズ色の強いアルバム。内なる精神世界から外の世界へ出口を見出したかのようなシュールでダイナミズムな世界。この78年のアルバムの後、佐井は「自分が気に入る曲が書けなくなった」と世界に旅に出る、、、、

Andy Stott - ele-king

 アンディ・ストットが一介の優れたテクノ・プロデューサーから、確固たるオリジナリティを持った作家として認知されるようになったきっかけは、彼の出身地であり、いまも住み続けるマンチェスターの〈Modern Love〉からリリースされた2011年作の『Passed Me By』であると誰しもが同意するだろう。同年はジェイムズ・ブレイクサブトラクトのファースト、ジェイミー・XXとギル・スコット=ヘロンの『We’re New Here』、ハイプ・ウィリアムズも健在で……。とにかく、それらと肩を並べて、電子音楽の集合的記憶には、あの煙をあげるテクノ・アルバムは大きな足跡を残している。当時、僕はスコットランドのグラスゴーにいて、彼の地の名門テクノ・レコード店、ラブアダブで『Passed Me By』のジャケットに魅了され、試聴せずに盤をそのままレジへ持っていった。店員はスコットランドなまりで「This is a beatiful record」と呟いた。
 同じ年に出たEP「We Stay Together」と同作がコンパイルされたCD盤も発売され、三田格は同じ時期に〈Type〉から再発されたポーター・リックスの名盤『Biokinetics』と並べてストットを論じている。当時21歳だった、ダブステップとそれ以降の音楽に熱を上げていた僕にとって、ベーシック・チャンネルと彼らが残したものは十分に吸収できていたわけではない。同レヴューで三田がいう「新たなリスナー」とは自分のことだなと思い、両者の音を比較し、ダブテクノの旅へと足を踏み出した(ちなみにストットはヴラディスラフ・ディレイの “Recovery Idea” を2008年にリミックスしていて、ここには『Passed Me By』の姿はまだない)。
 空間表現や流動的なサウンドイメージ、DJユース/フロアでの機能性という尺度において『Biokinetics』に軍配が上がるかもしれないが、過去を想起させるというよりは、油絵のブラッシュ・ストロークのごときあのスモーキーでダビーでヴァイレントに歪み、幻想的ですらあるサウンドはいまだに個性を放っている。同じ年に出たベリアルの名EP「Street Halo」もリピートしまくっていた時期だったこともあり、リズム的にもテクスチャー的にも、当時は僕は完全に『Passed Me By』の世界の方に引き摺り込まれた。あの音にはたしかに「いま」があったのだ。このような経緯を辿った「新たなリスナー」たちは、けっして少なくはないだろう。

 今作『Never The Right Time』は『Passed Me By』から10年という節目にリリースされたアルバムである。この間、デムダイク・ステアのマイルズ・ウィテカーと組んだミリー&アンドレア『Drop The Vowels』(2014)ではハードコア/ジャングルをスマートに換骨奪胎。コンスタントに二、三年の周期でリリースされた3枚のアルバムと1枚のEPでは、『Passed Me By』で植え付けたイメージに縛られることなく、エレクトロからグライムにいたるまで、実に多くの手法やテクスチャーにストットは挑戦している。
 結論を先に記せば、今作にはそのようなサウンドにおける彼の冒険が凝縮されているといっても過言ではない。2012年作『Luxury Problems』以降、彼の作品にたびたびシンガーとして登場してきた彼のピアノ教師でもある、アリソン・スキッドモアにも今作では多くのスポットライトが当てられている。もちろん、サウンド・アイデンティティを保持しつつ、スタイルのアップデートにも余念がない彼のアティチュードも健在である。
 具体的にサウンドを見てみよう。冒頭 “Away not gone” はギターからはじまる。マイクで拾われたというよりは、オーディオ・インターフェイスにシールドを直挿ししたかのようなテクスチャーが、淡いリヴァーブで広がっていき、高音域の弦はフロントカヴァーのカモメたちのように鳴いている。クレジットにギタリストの名前はないが、この表現方法は去年デムダイク・ステアとアルバム二作を発表したギタリスト、ジョン・コリンのものにも通じる。そこにシンセ高低域をカヴァーするシンセと、スキッドモアのヴォーカルが重なっていく。
 二曲目の表題曲では引き続きスキッドモアがマイクの前に立つが、それよりも印象的なのがリズム・プログラミングだ。左チャンネルで淡々とリードを取るクローズドハットが一貫したリズムを刻むなか、ストットのシグネチャー・サウンドでもある歪んだシンバルやクラップが別方向から飛んでくる。冒頭のメインを飾るヴォーカルは、楽曲中盤をすぎるころにはこのリズムと完全に入れ替わっていた。
 左右のチャンネルに広がるサウンドステージを最大限に活用したプロダクションは、ダークなアルペジエイターとダンスホールのようにも響くリズムが交錯する “Repetitive Strain” でも顕著だ。ストットの手腕はエコーとリヴァーブを駆使するダブエンジニアのそれというよりも、マテリアルのミキシングに長けたトータル・プロデュースの方向に成長を遂げたようで、レヴォン・ヴィンセントのトラックの上でジ・XXが歌っているような “Don’t know how” は、各パートがバンドのように非常にバランスよく組み合わさっている。壮大なピアノ・アンビエント “When It Hits” を挟んだ後の “The Beginning” は、ポストパンクからマッシヴ・アタックをも射程においたようなヴォーカル曲で、次はFKAツィッグスともストットは仕事ができるんじゃないかとも思わせる。
 ここまで楽曲のエネルギーは、過去作と比べると透明度の高い川のように流れているが、7曲目の “Answers” でストットのダークサイドが表出する。アタック感がほぼ消去されたかのようなキック/ベース連続体が、上下にバウンスするようなイメージを伴いながら、エコーで乱反射するリズムと転がり続けるチューンの律動感は、拍子のカウントすら困難なほど跳ね上がる。ブレイクごとにベースのテクスチャーは切り替わり、サウンドはかなりヴァイオレントに生成変化を遂げたあと、天上のごときゆるやかなエンディングが待っている。ベースとシンセリードで成り立つウェイトレス・グライムの手法にも通じつつ、ブリストルのバツが率いる〈Timedance〉のような恐るべきテクニックを持った若手世代とも共振するような、最高にエクスペリメンタルな一曲である。
 欲を言えばこのダンス・バイブをアルバム最後にかけて聴きたいところだが、ストットは不意打ちをするかのように、今作二度目のアンビエントである “Dove Stone” をラストの前に投下。坂本龍一が愛機のプロフェット5を奏でているかのような、穏やかで荘厳なオーケストレーションだ。坂本の17年作『Async』のリミックス集『Async - Remodels』にアルカやワンオウトリックス・ポイント・ネヴァーらと参加しているストットだが、彼の影響は自身の楽曲においても表出しているようである。
 そこからアルバムは最後のスローなヴォーカル・ナンバー “Hard to Tell” に漂着し、ギターとシンセ・ストリングスで幕を閉じる。

 ダンス・フロアでストットを知ったリスナーにとって、『Never The Right Time』は同じアーティストであると思えないほど異色に映るはずだ。僕が彼のライヴを最後に見たのは2018年6月15日、ロンドンのオヴァル・スペースにおいてだが、そのときは他の出演者であるアイコニカ、デムダイク・ステア、そしてリー・ギャンブルと比べても、非常にパワフルでバウンシーなダンスセットを披露していた。2019年のEP「It Should Be Us」も、穏やかであるといえども、フロアを意識したプロダクションを保持していた。
 2021年、『Biokinetics』は〈Mille Plateaux〉からまた再発される。そのような回帰とは異なり、10年前の地点からは予想し得ない方向にストットは向かった。先ほど、本作にはこれまでの10年が凝縮されていると書いたが、それは単なる繰り返しを意味するのではなく、彼は自身の学びと培ったサウンド・マナーを保ちつつ、シンガーとともにそこで生まれた可能性をさらに肥大化させている。同年代である盟友のデムダイムのふたりや先のリー・ギャンブルが、アンビエントなどと並行して、ダンス・ミュージックのあくなき探求も止めないことを鑑みれば、同じことをストットにも期待しないではいられない。でも、世界のダンス・フロアが閉まった2020/2021年という時代を考えれば、『Never The Right Time』には我々に寄り添う最高のリアリティがある。ここではむしろ、その時代との同期性にこそ評価を与えるべきなのだろう。
 「真っ暗な窓からは街灯も車の明滅も見えない/あるのは冬のような容赦のない冷たさ」。本作を締め括るスキッドモアの歌詞は、緩やかな演奏とは対照的に痛烈に現実をすくい上げている。

きれはし - ele-king

いま話題のピン芸人、ヒコロヒーって何者?

独特の世界観と言語センスでブレイク中、いまやテレビにラジオはもちろん、ウェブメディアや雑誌などへの執筆でもひっぱりだこの女性芸人ヒコロヒーが初のエッセイ集を刊行!

noteに発表されたエッセイから厳選して加筆したものに書き下ろしを加え、下積み時代の情けなくも可笑しいエピソードから、急激に注目を集めるようになった最近の心情までがユーモラスかつシャープに綴られています。

著者略歴
1989年生まれ、愛媛県出身。近畿大学の落語研究会に所属し、学園祭で松竹芸能にスカウトされる。松竹芸能大阪養成所を経て、2011年デビュー。世界観や台詞で魅せるコントを中心に活動するピン芸人。趣味は映画鑑賞、絵画鑑賞、読書、酒、煙草、麻雀、イラストなど。テレビ朝日「キョコロヒー」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」、TBSラジオ「24時のハコ」(7月パーソナリティ)などに出演中。主な執筆活動は、かがみよかがみ「ヒコロジカルステーション」(朝日新聞社)、水道橋博士のメルマ旬報「ヒコロヒーの詩的で私的な無教養講座」(BOOKSTAND)、BRUTUS「直感的社会論」(マガジンハウス)など。

目次

はじめに
まるこ
宇宙
方言
タイムリープ
岐阜営業
コリドー前編
コリドー後編
サマージャム
彼女たちについて
バイト
ドンキのジーパン
電子書籍
春はスピッツ
お客
2020
香水
チェックリスト
おわりに

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interview with Kaoru Sato - ele-king

 「過去をコントロールするのは誰だ」と言ったのはジョージ・オーウェルだが、音楽作品における未発表曲集というのは、ときに過去の意味を変えることができる。じっさいはもっと違った音楽がプロデューサーやレーベルの意向によってひとつの局面にのみ焦点が当てられた場合は、とくにそうだ。1980年に大阪の〈Vanity〉から『R.N.A.O Meets P.O.P.O』なるアルバムをリリースしたR.N.A.オーガニズムという佐藤薫がプロデュースしたプロジェクトの未発表音源集を聴いていると、思い通りに発表できなかった過去が現在において新鮮に聴こえることもありうるのだと、あらためて思う。高価に取引されている1980年の〈Vanity〉盤をユーチューブで聴いてみると、なるほどたしかに時代を感じさせて面白いのだが、棚からキャバレー・ヴォルテールの“Nag Nag Nag”を引っぱり出していることは明白で、しかし佐藤薫のレーベル〈φonon〉からリリースされる未発表音源集『Unaffected Mixes ±』においては、より抽象的で、このプロジェクトの遊び心と実験性がより際立っている。ときには(それこそその後のEP-4に通じるところの)露骨なまでの政治性もあり、R.N.A.オーガニズムのラディカルで、アイロニカルな表情は際立っている。暗い時代に虚飾の明るさを描くのではなく、むしろ悪夢を描いて逆説的に夢を見るというメソッドは、それこそ70年代末のUKポスト・パンクの多くがやったことだった。

 以下のインタヴューは、今年の2月にZOOMにて収録したもので、R.N.A.オーガニズムや今回リリースされる『Unaffected Mixes ±』についての話以外にも、ぼくにとって佐藤薫は近くて遠い人だったこともあって、作品のこと以外にも、個人的に知りたかったことも脈絡なく訊いている。散漫になってしまったことをお詫び申し上げるとともに、その全貌がいまだ不明瞭なままの日本のポスト・パンク期における重要な記録(ドキュメント)に注目していただけたら幸いである。(敬称略)

ティアックのカセットマルチトラックレコーダーが79年に出るんですよね。それによってかなり状況が変わりました。まず、スタジオではなく家でも自由な時間に音を作れるようになった。それで、どんどん断片を作っていった。

R.N.A.オーガニズムのことはまったく知らなかったんですけど、今回聴かせていただいてまず思ったのは、いまの音だなと。たとえば〈Edition Mego〉や〈Diagonal〉みたいなレーベルから出ても全然不自然ではない音ですよね。佐藤さんもそう思ってリリースするのでしょうけれど、まず、この作品をお出しになることの経緯みたいなところから教えてください。

佐藤:ちょっと複雑でしてね。基本的にこれらは〈Vanity〉での音源なんですよ。〈Vanity〉で録った1枚目のアルバム(『R.N.A.O Meets P.O.P.O 』)の音源をもとに、ぼくたちが自分たちで勝手に作っていたやつなんですよね。要するに、阿木譲が諸々の事情によってリジェクトし、出さなかった音源です。

もともとは〈Vanity〉で出すつもりで録音したものだったということでしょうか?

佐藤:いや、〈Vanity〉で出した作品を録ってるときに、仮落としとかの音源をカセットコピーしていろいろ自分たちでカットアップ/ダビング/編集などアレンジしていたんです。でも一応〈Vanity〉でスタジオも用意してもらって録ったものですから、好き勝手にするつもりはなかった。阿木譲との関係がもっとうまくいってれば早いこと出せてた気もするんですけどね。まあ、当時出たアルバムのほうは、阿木譲の好みによってストレートな感じのミックスのアルバムになってるんですね。その意味ではボツテイク集ということになります(笑)。

今回この未発表音源を出すにあたって、佐藤さんのほうである程度リマスタリングはされたと思うんですけど、若干の、音の加工みたいなことはされたんですか?

佐藤:曲の頭出しで削ったりしたほかには加工はほとんどしてないです。あと断片を多少つなげたりしたトラックも入ってますね。で、カセットで残っていたので、すべて一度しっかりアップコンバートしてからリマスタリング的作業をしただけです。

R.N.A.における佐藤さんの役割は、全体のプロデュース、サウンドのプロデュースですか?

佐藤:そうです。録りはじめたのが78年くらいで、初期の音源も入ってるんですけど、みんなでリハーサルスタジオで遊びで録ってた音源も含まれています。〈Vanity〉で出すという話になった段階で録音したものもありますし、大阪でのレコーディング中に録音したものもあります。

佐藤さんはもともとは京都でずっとDJをされてたんですよね。R.N.A.の人たちは佐藤さんのDJに来るような人たちだったんですか?

佐藤:ではないです。美大の学生であったり、ひとりはディスコの従業員というかそんな感じで(笑)。みんな音楽家ではない。好きに集まって遊んでいた一部がユニット名を名乗ってやりはじめた感じですね。

いまだとこのサウンドはグリッチとかミニマルとかインダストリアルとか呼ぶと思うんですけど、冒頭にも言ったように、いま聴いて充分に魅力があるサウンドだと思いました。だからこの先駆的作品が、佐藤さんとバンドのメンバー3人のあいだでどうやって作られていったのかを知りたく思います。

佐藤:アルバムのリリースが決まったころ、ティアックのカセットマルチトラックレコーダー(CMTR)〈タスカム244〉が79年に出るんですよね。初代ウォークマン発売と同じ年です。それによってかなり状況が変わりました。まず、スタジオではなく家でも自由な時間に音を作れるようになった。それで、どんどん断片を作っていった。あらかじめ曲があって作っていたわけじゃないんですよ。それまでは、オープンテープやカセットテープを再生しながら音を重ねてダビングしたりと、面倒で涙ぐましい作業を練習スタジオで繰り返していたわけです。宅録黎明期の到来です。大音量のアンプ出力や繊細な生音はスタジオにCMTRを持ち込んで録音。それを自宅であれこれいじりまくるという。それにCMTRだと、ちょっとした過大入力でサチッたり特定の音源で隣の別トラックに音漏れしたりと、ピグマリオン効果というか実験者効果がおもしろくて。CMTRはプロやプロの卵の音楽家に貢献したのはもちろんですが、アマチュアや非音楽家にとっては革命的ツールでした。

ちょっとエキゾティックな感覚のコラージュも試みていますよね。1981年にはイーノとデヴィッド・バーンの『マイ・ライフ・イン・ブッシュ・オブ・ゴースツ』が出て来ていますが、ああいうの出たとき俺らのが早かった、とか思いませんでした(笑)?

佐藤:そこまでは思いませんでしたけど(笑)。ただ、ぼくはDJでそういうことをやっていましたね。

クラフトワークやカンと同時にフェラ・クティやブラジル音楽なんかもかけたりしていたそうですね。

佐藤:そう。それ以外にも、かけ方であったりとか、BPMを合わせるとかそういう単純なことではなく、エフェクトを入れたり、LチャンとRチャンで違う曲を流したり、そういう遊びをぼくは70年代から相当やっていたんです。だからサウンドをコラージュするということに関しては、ぼくのなかでは自然だったんですよね。

DJだったということが大きかったんですね。

佐藤:いまから考えるとそういう気はしますね。

率直にいってキャバレー・ヴォルテールからの影響を強く感じたんですけど、実際はどうでしたか?

佐藤:みんな好きでしたからね。アイドルと言ってもいいくらい(笑)。

〈Vanity〉から出ているアルバムはキャブ色が強いですよね?

佐藤:そうですね、それは阿木さんの好みも大きい(笑)。〈Vanity〉のアルバムでは、曲の体を成さないような感じのミックスやDJ仕様のビートトラックを使ったものは、全部リジェクトされてしまったんです。今度出す未発表トラック集にはたくさん入ってるんですけどね。

今度〈φonon〉から出るアルバムの音源は、かなりアブストラクトですもんね。

佐藤:そうですね。

阿木さんがボツにしたという今回の未発表のほうが圧倒的に尖ってます。

佐藤:阿木さんはライヴもしてほしかったんで、最初のアルバムではわかりやすい曲をピックアップしたということだと思いますよ。

でも、当時じっさいのライヴはやらずにカセットテープだけ流したんですよね?

佐藤:そう、そうなんですよ(笑)。なにも説明せずに流れるもんだから、インターミッションのBGMのように通り過ぎて、メンバーが客席にいても誰も気づかないし気にも留めないという事態となりました(笑)。

それはもう、佐藤さんらしい発想じゃないですか?  いかにもEP-4的な。

佐藤:そうですね(笑)。まあ、本人たちもまったく音楽家でも何でもなかったんでね。だったらそういう形でやってみようかと。

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佐藤さんの場合はシステムに対するテロリズムじゃないですけど、音楽のメタなところから揺さぶりをかけるみたいなことをしてきたと思います。R.N.A.にもその感覚があるのかなと思いましたが、先ほども言いましたが、DJだったことが大きかったように思います。

佐藤:非常に大きいと思います。いろんな箱でまわしましたから。六本木でもやっていたし、関西に移ってからはパートタイムで何件か回るみたいなことをやってたんです。だから、ほかのDJがやっていないようなこと、違うことを意識して、工夫してやるようになった。いまでは当たり前ですけど、当時はあまりそういう考え方はなかったと思います。選曲もそうですけど、どういうミックスをするか、そういうことには人一倍気を使ってたところはありますね。

当時の佐藤さんの選曲リストとかみたいですね。

佐藤:75年くらいまでは基本的にブラック・ミュージックばかりだったんですけどね(笑)。

しかしなぜ佐藤さんは、ディスコから離れてパンクやポスト・パンク、あるいはクラウトロックみたいなとこにいったのでしょうか?

佐藤:ひとつ大きかったのはアフリカ音楽とブラジル音楽でした。それに当時のディスコには制約があって、70年代前半からかけたいけれどかけられないというフラストレーションがずっとあったんです。同時にアメリカのリズム&ブルースがどんどん判で押したようなディスコ・ミュージックになっていってしまった。そういうことが重なったんでしょうね。

佐藤さんにとって、クラフトワークやポスト・パンク的なものの魅力とは何でしたか?

佐藤:黒くないのに踊れることと、汗をかかないこと(笑)。単純にダンス・ミュージックとして新しいという直感。そこがいちばん惹かれたところじゃないかな。

失礼な言い方になってしまいますが、ぼくのなかで佐藤さんはリチャード・カークとすごく重なっているんです。

佐藤:ははは。

だって、あの人たちはもともとブラック・ミュージックが大好きですよ。それがああいうインダストリルなサウンドになった。インダストルになってからも、キャブスには強いビートがあるじゃないですか。同じように、ブラック・ミュージック的なものは佐藤さんにもずっとあるんだと思います。だからEP-4にはファンクがあるわけだし、じっさい数年前にユニットでやったライヴでもパーカッションを取り入れてリズムには注力されていた。決してホワイティ―な音楽とも思えないんですけど、ブラックネスがないところに共感したとはどういう意味でしょうか?

佐藤:おそらく黒さって言い方がちょっと違うのかもしれませんが、どういったらいいかな……、ビートがこう埋没していくような音楽が、まぁいわゆるブラック・ミュージックのなかから生まれてきたら面白いなと、いまそう思ってるんですけどね。波形としては明らかなリズムを持たない音楽がブラック・ミュージックのなかから出て来たら面白いんじゃないかと、ぼくはずっとそう感じているんです。わかりやすい音の例だと、サン・ラや電子マイルスの弾くシンセサイザーかな。クラフトワークにはそれがあった。ノイにもそれを感じたんです。これで踊ったら気持ちいいなと。まあどちらも現代音楽的遺伝子の濃い音ですから、特殊なウイルスが情報交換に関与したのかも──というのがR.N.A.オーガニズムのスタートアップコンセプトの中核です(笑)。

やっぱり、佐藤さんにはダンス・ミュージックというコンセプトはひとつありますよね?

佐藤:それはありますね。だから、ダンスにはけっきょくビートがなくてもいいんじゃないかとなってきたんですよね。70年代の終わりから80年代くらいにクラブ・モダーンでDJをしていたとき、その前後にはいろいろ違う曲もかけましたけど、完全なノイズ・ミュージックでも人が踊りはじめたんですね。そのときの状況をみて、やっぱりそういうことだったんだと確信しましたね。まあ、外から見ると異様な光景でしたけどね。

でもひょっとしたらそれが20年早いことをやってたかもしれない。

佐藤:ははは、まぁそうですね(笑)

メビウスとコニー・プランクの『Zero Set』が1983年だから、アフリカ音楽とヨーロッパ的なるもののミクスチャーは70年代末から80年代初頭にかけてあったひとつの共通感覚なんでしょうね。京都では佐藤さんがそれを実践されていて、ほかの都市でもそうしたことが起きていた。

佐藤:そう思いますね。ただぼくの場合は、踊りを突き詰めて電子パルスに行ってしまった。リズムを切り刻んだり圧縮/伸長してるうちに、人間の技では認識不可能なハイパーポリリズムや、数年に一拍刻まれるような日々の生活に埋没したリズムというか、リズムではなくパルスに行きついたというね。『Zero Set』の名が出たので補足しておきますが、オーネット・コールマンの『Dancing In Your Head』なんかも複雑なバイアスのかかったミクスチャーとしての共通感覚を感じますね。『Zero Set』のひと時代前の作品ですが、オーネットは母国よりヨーロッパで圧倒的人気があったし、特にドイツでは現代音楽を学んだりしていてクラウトロック周辺には影響力があったと思います。

でも当時これを出していたらやっぱり厳しかったなっていう感じはします。アナーキックなパンクのように受け取られて、そのままでは理解されなかったんじゃないかな。やはり適切な時間というのは必要かと。長いか(笑)。

佐藤さん個人としては今回R.N.A.オーガニズム出すにあたって、どのような感想を持ってますか?

佐藤:けっきょく記憶との戦いになっていて、俺ほんとにこんなんやっていたのかなっていう(笑)。まったく記憶にないものもあったり面白い。でも当時これを出していたらやっぱり厳しかったなっていう感じはします。アナーキックなパンクのように受け取られて、そのままでは理解されなかったんじゃないかな。やはり適切な時間というのは必要かと。長いか(笑)。

でも〈Vanity〉って、当時3〜400枚とか、そのぐらいの枚数しかプレスしていないじゃないですか。しかも海外には熱を入れてプロモーションしたようですが、おそらく国内ではほとんどされていませんよね。こういう音楽がもっとしっかりした流通のもとプロモートされてリリースされていたら、日本の音楽シーンも少しは違ったものになっていたんじゃないかなと思いますけどね。ぼくなんか全然知らなかったし。佐藤さんにとっては、いまこうやって評価されることは複雑だったりしますか?

佐藤:阿木譲は意図してなかったと思いますが、はなから〈Vanity〉は日本の音楽シーンに向けて音を発信していたレーベルではなかったように思います。R.N.A.の場合も明らかに海外からのオファーが多くて、R.N.A.は〈Vanity〉のなかでも特殊なのかなという感じはしますけどね。だいたい〈Vanity〉はいろんなものを出していて、それこそプログレからパンクまで。ヴァイナル・コレクター向けのショーケースみたいな。そこでもR.N.A.はちょっと特殊だったと思います。

この時代の佐藤さんにとってなにか大きな影響ってありましたか?

佐藤:このころは本当に目まぐるしい時代だったので、とにかく場所のことや音のこと、そういうものを支えるための組織を作ったりだとか、そっちのことをより考えていましたね。自分たちでオーガナイズして演奏できる場所をもっと広げていくということですね。音楽に関しては、ぼくは自分でやる音楽と聴く音楽があまりに違うので人は驚くんですけど、聴いていたすべての音楽から影響されているんじゃないでしょうか。

それでは別の質問にいきます。佐藤さんにとって阿木譲さんとはどういう存在でしたか?

佐藤:ぼくと阿木さんの関係は、あんまり触れちゃいけないと思われているみたいです。でもじっさいは、ぼくと阿木さんと特別なにかあったわけでもなんでもないんです。むしろいい関係にあったんじゃないかな、とぼくは思っているんだけど。ただ、周りからはね、阿木さんからこうされた、ああされたという話ばかりでね(笑)。

佐藤さんがそこであいだに入ったりしたんですか?

佐藤:それでぼくが煙たがられる存在になってしまった。だから『ロック・マガジン』にはEP-4のことはまったく書かれていないんです。

ポスト・パンク時代に日本からは良い作品がたくさん生まれているんですけど、いくつかのレーベルに関しては問題があったという話は聞きますね。UKの〈ラフ・トレード〉みたいなレーベルはアーティストとの契約の仕方まで公平にするよう変えましたけどね。

佐藤:阿木さんはもともと歌手だったから、歌手時代に自分がやられたことと同じことをやってしまったんでしょうね。ただね、亡くなるちょっと前にも同じようなことがあったんですよ。〈Vanity Records〉の音源に関しては全部自分だけのものだって言い張るわけです。歌謡界と同じ発想で日本初を謳うインディー・レーベル運営しちゃうのはまずい。いくらなんでもそれはない、少なくともアーティストとレーベル半分半分だと思います。

少なくとも著作権は曲を作った人のものです。

佐藤:基本はアーティストのものですが、阿木さんはスタジオ代を払っているから、そういう意味では一緒に作ったようなものじゃないですかと言ったんだけど、死ぬまで譲らなかったですね。だから曲が切り売りされていたこともあったりして。しかも無断でやるんです。ほかのアーティストも同じことをさんざんされている(笑)。いくら音楽を聴く耳が先端でも、そんな態度では音楽もDIYもへったくれもないですからね。まあ晩年はずいぶん落ちついたようですが。

今回、R.N.A.についての当時の阿木さんの文章(https://studiowarp.jp/kyourecords/r-n-a-organism-%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%88-1980/)を読ませていただいたんですけど、何を言いたいのかぼくには理解できない文章でした。ただ、熱量は感じますけどね。

佐藤:音楽の紹介誌としては先端をいっていたとは思います。

それはたしかにそうですね。それでは、松岡正剛さんは佐藤さんにとってどんな存在ですか?

佐藤:松岡さんはもう、お兄さんみたいな存在ですね。

松岡さんは佐藤さんのことが大好きなんですよね。いまでも佐藤さんのことを話しますから。

佐藤:77〜78年ぐらいですかね、松岡さんが京都に遊びに来てらしたときに初めて会いましたね。別人だと思っていたDJをやっている人間と音楽を作っている人間が同一人物だったことが松岡さんには面白かったそうです。松岡さんが京都に来るといっしょに遊んでもらって、ぼくが東京にいたときには泊めてもらったりしていました。

佐藤さんは一時期音楽活動から遠ざかってましたが、この十年間は精力的に動いています。レーベルも始められていたり、活動を再開されていますけど、現在のようにはじめた理由はなにかあったんですか?

佐藤:いちばんの理由は居所を探し出されてしまって、音源を形にしてくれる〈ディスク・ユニオン〉がアーカイヴとしてちゃんと取り上げてくれたことがきっかけです。以前にもそういう話はぽつぽつあったんだけど、一切応じなかったんです。自分で作ってきた音は自分たちでやりたい形で表に出したかった。EP-4以外の仕事を形にしてくれるんだったら活動を再開しましょうという話で始まったんです。

2018年から〈φonon〉もスタートされていますが、レーベルをはじめたのはどんなきっかけがあったんですか?

佐藤:2013年くらいからレーベルのやり方をいくつか考えていました。アナログがやりやすくなってきたということで、当初はアナログ盤のレーベルを考えていたんです。同時にEP-4の新作を作りたいと思っていましたから、アーカイヴがひと段落したところで、そういう作業に入りつつあったんですけど……、一身上の都合というか、家族の介護にシフトしなければいけないことになって、いま信州に住んでいます。だから、移動しないでレーベルをやる方法を考えはじめたんです。ネットと知り合い関係をうまく繋いで、制作費基本ゼロの現物支給でという最低限のシステムを考えて、これだったら電子系の人たちとか、すでに音源を持っている人に声を掛けたらなんらかのかたちでやっていけるんじゃないかなと。それで始めたのが〈φonon〉です。
 だから、一般的なバンド形態の音はちょっと無理なんです。制作費もないから、録音スタジオを使うのも難しい。フィジカルで出したいと思うものがあれば聴かせてもらって、ぼくの方でも面白いと思ったら出すという。レーベル側でのネット配信による販売は基本ありませんし、すべての権利はアーティストが持つので配信したい場合は自由にしてもらっています。お金をかけないで、最低限の流通は確保して、なおかつアーティストは現物支給で手売りすれば、最低限の収入にはなる。だいたいそういうシステム・モデルができたので、なんとかここまで続いてます。

もうそろそろEP-4の新作が出てもいいんじゃないかなと(笑)。

佐藤:いまのところどうしようもないです。EP-4の命運は家族の案配にかかっているとよく言われます(笑)。

そうですか、でもシングルぐらいはそろそろ聴きたいですね。今日はどうもありがとうございました。

(2月26日、ZOOMにて)

試聴リンク(シェア可):https://audiomack.com/sp4non
φononレーベル・サイト:www.skatingpears.com

Sam Prekop - ele-king

 ザ・シー・アンド・ケイクサム・プレコップの最新EP、デジタルのみで配信されていた「In Away」が、日本限定でCD化されることになった。宇波拓によりCD盤専用のマスタリングが施されており、また完全未発表のボーナス・トラックも追加収録されているとのこと。これはフィジカルで持っておきたいアイテムです。

Sam Prekop(サム・プレコップ)
『In Away』(イン・アウェイ)

企画番号:Prekop-JP 1 / HEADZ 252(原盤番号:なし)
価格:1,800円 + 税(税込定価:1,980円)
発売日:2021年7月30日(金)※(配信の海外発売:2021年5月7日)
フォーマット:CD
バーコード:4582561395406
原盤レーベル:The Afternoon Speaker

1. In Away イン・アウェイ 5:23
2. Triangle トライアングル 3:54
3. Quartet カルテット 3:30
4. Community Place コミュニティ・プレイス 3:17
5. So Many ソー・メニー 4:52
6. Sunset サンセット 3:06

Total Time: 24:19

※ Track 6…日本盤のみのボーナス・トラック

Recorded and mixed in Chicago, February - April 2021 by Sam Prekop
All songs written by Sam Prekop
Mastered by Taku Unami
Photographs by Sam Prekop

A collection of recent tracks from my home studio, of which I've spent plenty of time in this past year or so! These pieces arrived in a similar fashion as the works on my last record "Comma". Basically culled from long rambling recording sessions where the more interesting elements hopefully emerge and present as starting points for further development. These five pieces are the most recent results of this process, I hope you enjoy and thanks for listening!
Sam

セルフ・タイトルの1stソロ・アルバムが永遠の名盤として再評価される中、The Sea and Cakeのフロントマン、サム・プレコップが、彼のインスト・ソロ作史上、最もポップでメロディアスな作品を日本のみでCD化。
Bandcamp以外、配信サービスの取り扱い無し、全曲CD用のマスタリングされ、完全未発表のボーナス・トラックも追加収録。
常に刺激的な電子音楽と美しい写真を追求し続けるサムの現在地がここにある。

昨年(2020年)夏に日本先行でリリースされた、最新ソロ・アルバム『Comma(コンマ)』(THRILL-JP 52 / HEADZ 247)が、彼のトレードマークでもある魅惑的なウィスパー・ヴォーカルを封印した、アナログ・シンセをメインに制作されたインスト・アルバムであったにも拘らず、高評価を獲得し(ピッチフォークも8点越え)、これまでのファン以外にも広くアピールしたザ・シー・アンド・ケイクのフロント・マン、サム・プレコップ。
1999年に発表された1stアルバム『Sam Prekop(サム・プレコップ)』(THRILL-JP 21 / HEADZ 42P)の日本での紙ジャケCD化に続き、Thrill Jockey盤でのLPのリプレスされることになり(Pale Pink盤の限定カラーLPもあり、間もなく日本のレコード・ショップにも並びます)、サムの新旧作品に注目が集まる中、(この1年ほど掛けて作られた)サムの自宅スタジオで今年の2月から4月の間に制作され、Bandcampのみで配信リリースされた最新音源(5曲入りEP)が日本盤のみでCD化されます。

近年海外でも再評価が進む清水靖晃、尾島由郎、吉村弘、イノヤマランド他の80年代の日本のニューエイジやアンビエントの名作群にもインスパイアされた『Comma』の延長線上にありながらも、ビートは控えめに、よりポップでメロディアスなサウンドに仕上がっており、サム本人の撮影による美麗なジャケット写真のイメージ通り、爽やかで透明感のある電子音楽集となっています。

自ら録音・ミックスを手掛けた、サムにとって初のセルフ・リリース作品で、日本盤のみ完全未発表の新曲「Sunset」をボーナス・トラックとして追加収録。
(CD化に際し、David Grubbsのコラボレーターでも知られる、HOSEの宇波拓によって、全曲リマスタリングされており、厳密にはBandcamp音源とも違っております)
ライナーノーツは、編著『シティポップとは何か』(河出書房新社)の刊行を控える、柴崎祐二が担当。
現在、Bandcamp以外、海外も含め配信サービスでの取り扱いの予定はございません。

Sam Prekop is an artist whose music is painted in hues all his own. Both solo and as part of The Sea and Cake, Prekop’s distinct and lithe compositions distill his ceaseless curiosity into bracingly sublime music. In Away follows Prekop’s 2020 LP Comma and takes the next steps into his new compositional approach to crafting more overtly rhythm-based modular synthesized pieces, deftly whittled into vivid pop prisms. Working this time with both modular synthesis and keyboard-based synths, Prekop obscures the line between architectural sequencing and subtle performances. The resulting pieces levitate effortlessly from delicate atmospheres to rippling dances with Prekop’s guiding hand gently leading each movement towards the stirringly unfamiliar.

The six buoyant pieces on In Away were developed through Prekop’s daily practice of manipulating new systems of modular synthesis, recording, and deep listening. Acting as a curator to his own museum of sounds, Prekop poured over hours of improvisations using different modular combinations to select compelling moments which could act as a framework for his arrangements. His unique approach to shifting texture and juxtaposing timbres then layered each frame with minute details and potent melody. The Buchla 208c scintillates and plucks with near-acoustic tones atop a bed of warm drones. Lightly sizzling percussion throbs beneath coursing cascades. Each moment strikes a meticulous balance between captivating surprise and gratifying outcome.

サム・プレコップは、自身の音楽を全て独自の色彩で描き出すアーティストです。ソロでも、The Sea and Cakeのメンバーの一員としても、プレコップの個性的でしなやかな作曲群は、彼の絶え間ない好奇心を刺激的で崇高な音楽に精製しています。『In Away』は、2020年に発売されたプレコップのLP『Comma』に続く作品で、彼の新しい作曲アプローチの次のステップとして、よりあからさまなリズム・ベースのモジュラー・シンセサイザーを使って、鮮やかでポップなプリズムを巧みに削り出した作品を制作しています。モジュラー・シンセシス(シンセサイザーによる音の合成)とキーボード・ベースのシンセサイザーの両方を使った今回の作品では、構築的なシーケンス(配列)と繊細なパフォーマンスの間の境界線が曖昧になっています。その結果、作品は繊細な雰囲気から波打つようなダンスまで楽々と浮遊し、Perkopの手助けによってそれぞれの動きを刺激的で聴き慣れないものへと優しく導きます。

『In Away』に収録されている6つの作品は、モジュラー・シンセシス、レコーディング、ディープ・リスニングなどの新しいシステムを操作するという、プレコップの日々の演習を通して開発されました。自らの音の博物館の学芸員のように、Perkopは様々なモジュラーの組み合わせを使った即興演奏を何時間も掛けて行い、アレンジのフレームワークとなるような魅力的な(感動的な)瞬間を選び出しました。テクスチャーを変化させたり、音色を並置したりする彼のユニークなアプローチは、その結果、それぞれのフレームに微細なディテールと強力なメロディを重ね合わせました。(米Buchla社製のアナログシンセサイザー)「Buchla 208C」が輝きを放ち、暖かいドローンのベッドの上で、音響に近いトーンを弾きます。素早く進むカスケード(直列)接続の下では、軽やかに揺れるパーカッションが鳴り響きます。一瞬一瞬が、魅惑的な驚きと満足のいく成果の間で、細心のバランスを取っています。

Sound Patrol - ele-king

夏といえばダンスの季節です。いくつか注目のシングルをピックアップしてみました。ワクチン接種が進んでいるUKでは来週19日からクラブが通常営業を開始するとのことですが(問題なきことを切に願います)、たとえ緊急事態宣言下であっても、ダンス・ミュージックはいつだって我々にとってのエネルギー源であり、かけがえのない音楽なのです。

Overmono - BMW Track / So U Kno Poly Kicks

https://overmono.bandcamp.com/album/bmw-track-so-u-kno

TesselaとTrussによる期待の兄弟ユニット、オーヴァーモノ(https://www.ele-king.net/news/008102/)によるニュー・シングル。彼らの才能は、“BMW Track”を聴くとよくわかる。音数少なめのブレイクビーツ・テクノによるリズムの格好良さ。ダンサーたちを魅了すること間違いない。早送りのヴォーカル・サンプルを使った“So U Kno”に至ってはレイヴの季節にぴったり。よし、踊るぞ(どこで?)。


Eomac - Cracks Planet Mu

https://eomac.bandcamp.com/album/cracks

ベルリンからアイルランドはダブリンに移住したプロデューサー、Eomacによる〈Planet Mu〉からのアルバム。内省的で、じつに多彩な内容だが、とにかく、“What Does Your Heart Tell You?”という曲を聴いてほしい。素晴らしいでしょう?


LSDXOXO - Dedicated 2 Disrespect XL Recordings

https://lsdxoxo.bandcamp.com/album/dedicated-2-disrespect-ep

フィラデルフィア出身ニューヨークからベルリンへ、LSDXOXOによる〈XL Recordings〉からの一撃。ボルチモア・クラブおよびゲットー・ハウスの猥雑さとパワーを咀嚼した4曲入り。まずは“Sick Bitch”でも。ダンスフロアの次期スターは彼か?


One Bok - Zodiac Beats Volume 1 & 2 AP Life

https://aplife.bandcamp.com/album/zodiac-beats-volume-1-2-003

〈Night Slugs〉で知られるBok BokによるOne Bok名義でのEPで、グライム、トラップ、ドリル、ダブ、ベース・ミュージックの混合。ダンス・ミュージックだが、この虚しい夏にはぴったりの荒涼感覚が見事で、家でリスニングも楽しめる。


RP BOO - All My Life. Planet Mu

E王


https://soundcloud.com/rp_boo/all-my-life

RP BOO9月リリース予定のニュー・アルバムからの先行曲(配信で購入可)。シカゴのフットワークの重鎮、オールドスクールを意識しつつ、ディープ・ハウスに接近か。これはもう、アルバムを期待しないわけにはいかないでしょう。


Jon Dixon - The New Tomorrow EP Visions Inc

https://visionsrecordings.bandcamp.com/album/jon-dixon-the-new-tomorrow-ep

デトロイトからはアンドレスの新譜(Sweetest Pain / Sweetest Moaning)も良かった。しかし、ここはGalaxy 2 GalaxyやTimelineの鍵盤奏者でもあり、ハイテック・ジャズ・テクノのプロデューサーでもあるジョン・ディクソンの最新シングル、ソウル・ミュージックとしてのテクノをどうぞ。落ち込んでばかりの毎日でも、なんかやる気にさせます(何を?)。

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