90年代、エイフェックス・ツインが発見した才能としてまず挙がるのは、マイケル・パラディナスとトム・ジェンキンソンのふたりだが、こと後者に関して格別なインパクトがあったことは、1996年のスクエアプッシャーのデビュー・アルバムの裏ジャケに掲載されたノートを読めばわかる。リチャード・D・ジェイムスは、トム・ジェンキンソンとの最初の出会いについて次のように記している。「次に僕が感じたのは、僕の両耳の骨を同時に打ち、そして10本の大麻煙草をまき散らしながら空気を圧縮し、光速において隣の部屋から伝わるモノフォニック音波のごときファジーなヴァイブだった」
なんのことだかさっぱりだが、とにかく衝撃だったのだ。
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トム・ジェンキンソンの、スクエアプッシャー名義としては14枚目のアルバム(編集盤を入れると15枚、カオスAD名義を加えると16枚目の)『ダモジェン・フューリーズ』が4月21日にリリースされる。全曲が、彼自身が開発したソフトウェアによって録音されたアルバムである。
それがどんな作品になっているのかは、以下のインタヴューをお読みになって、想像していただきたい。ひとつの質問に対して彼の言葉がどれほどまき散らされ、両耳の骨をヒットするのか……発話量だけの問題ではない。速度感が重要だ。それは彼の新作の『ダモジェン・フューリーズ』へと展開される。
すべての曲は1発録音、すべての曲は彼のオリジナルのソフトウェアによって生まれている。
これまでトム・ジェンキンソンは、ドリルン・ベース、エレクトロニック・ジャズ、アシッド・ハウスへのオマージュ、架空のロック・バンド……フリーキーに、エキセントリックに、作品毎にいろいろなアプローチを見せている。すべて違ったコンセプトで、これだけたくさんの作品をリリースしていること自体が非凡なことだろう。そのなかにおいても、『ダモジェン・フューリーズ』は異彩を放っている。ある意味悪夢のIDM、強力な幻覚剤としてのブレイクコア……。
僕はこれまでに山ほどレコードを作ってきたわけで──。だからある意味、「どうしてもレコードを作りたい!」って風にまで、必死な気分にはならないんだよな。わざわざレコードを作るに値するとしたら、それは自分自身でも「これはオリジナルなものだな」と納得できる、そういうものを出す時だけだろうって感じているんだ。
■この10年、今回のアルバムで使用したソフトウェア・システムを洗練させててきたといいますが、どのようなソフトウェア・システムなんですか?
TJ:オーケイ。まず、複数の異なる要素が集まって成り立っているんだよね。だから、大まかに言えば合成に関わる領域があり、サンプル・プレイバックに関わる領域、そしてソニック・プロセッシングを司る領域がある、と。だから……システムの大きなところはその3つの要素から成り立つと考えてもらっていいし、かつ、その3つの領域はそれぞれまたさらに小さないくつものパーツに伸びてもいる。だから、たとえば合成(シンセーシス)の領域には……まあ、僕は『インストゥルメンツ』と呼んでいるんだけど、基本的には、合成のプロセスを通じて得られるある種のサウンド面での可能性へと僕をアクセスさせてくれる、そういうソフトウェア群があそこには存在している、と。でまあ、そのうちのいくつかは僕からすればかなり独創的と思えるものだけど、またその一方で、伝統的な合成メソッドに即したソフトウェアもあってね。
というわけで……シンセサイザーを知っている多くの人にとってはごくおなじみでよく使うような、そういった特徴機能も備わっているんだよ。たとえばフィルターだったり、オシレーター・バンクス、エンヴェロップといったものだね。
とは言っても、僕からすればこのシステムが他とは違う、そう思える大きな点のひとつというのは、システムの制御面においてどれだけ自分に自由が利くかっていうことでね。だからたとえばの話、自分がとある作品に取り組んでいたとして、そこで合成プロセスの可能性の持つ一角だけに、小さな特定のエリアだけに縛られずに済むっていう。僕が何らかのコンポジションをやる時に求めるのは、その楽曲が展開していくのに伴い、自分に可能な限りの柔軟性を持たせるってことだから。でまあ、最初に君に言われたようにたしかに非常に複雑な話であって──。
通訳:(笑)。
TJ:──(笑)。っていうか、インタヴューの一環としてではなく、むしろ一冊の本の主要テーマとして語られてもおかしくないようなネタなんだよ。だからほんと、この場で君に話せるのは、ちょっとしたスナップ写真程度のシステムの概要ってことに過ぎないんだけども。
(中略:紙ele-king vol.16を参照ください)
■すべてが一発で録音されたものというのが、興味深く感じられますが。
TJ:まあ……だから、このシステムに関する発想の一部は、これを……ライヴ・パフォーマンスで使えるものにしたいっていう。そう、重要なポイントというのは、このシステムを使うことで僕がコンサートにおいてエレクトロニック・ミュージックを生で演奏できるような、そういうシステムを組むことだったわけだ。というのも、これまで長いこと僕がライヴの場で体験してきたよくある状況ってのは、ソフトウェアに機材の数々、でっかいミキシング卓、それにギター他の楽器群といった諸要素が混ざり合ったものだったし──しかも僕は実質それらを自分ですべて操り、演奏するわけだから、ステージにそれらを持ち込むのが基本的に不可能になってきたっていう。
通訳:ははは!
TJ:いやまあ、やろうと思えば決して「不可能」な話ではないよね? ただ、それをやるのはコスト面で無理というか、それだけの数の機材/楽器をツアーの状況で連日運搬して、しかもちゃんといい音をライヴで出そうとしたら、お金が続かない、無理だよっていう。
通訳:たしかに。
TJ:だから、そこでよく生じるケースというのは……僕個人としては避けたいことなんだけど、やっぱりライヴ・ショウのそこここで妥協せざるを得なかったってことで。だけど、このソフトウェア・システムの重要な点……他にもいくつもあるけど、そのポイントのうちのひとつというのは、僕に可能にしてくれる──僕がスタジオでやっていることをライヴの場にも持ち来らせることができる、そうやってスタジオで使っているのとまったく同じシステムでライヴをやれる、そういうシステムを生み出すっていうことで。
だから、自分が妥協する必要もないし、何も変えなくたっていい、『ライヴだから』ということでプロセスを単純化する必要もない。スタジオでやるのとまったく同じことをライヴに持って来れる、という。
でまあ……それらの面を容易にしてくれるのが、システムをコンピュータの内部に構築することだっていう。もちろんとても、とても複雑なシロモノではあるけれど、結局はコンピュータというひとつの「箱」に収まっているわけだよね。だから、オーケイ、自分はこの他にもいくつか機材や楽器をステージに持ち込むけど、でもその中心になる、コアとなるのはコンピュータの内部で走っているシステムなんだ、という。
通訳:スタジオであなたが実際耳にしている、そのサウンドを希釈することなく、可能な限り近い形でライヴの観客にも届けたい、と。
TJ:そうそう、その通り! だから、何も変えなくていい、妥協しなくてもいい。スタジオで僕のやっていることがそのままダイレクトにステージに移し替えられる、と。で、僕はそれってとてもエキサイティングなことだと思うんだよ。それをやりたいと思ってはきたけど、自分のキャリアの初期からずっと、なかなか難しくて実現できなかったことでね。
というのも、さっきも話したけど、自分のやっていることをライヴで再現するのには大量の機材・楽器の集合体が必要になってくるわけで……いや、だから、そうやって演るのだって全然オッケーなんだよ。それはそれで素晴らしいことだ! と思うし、そういう山ほどの機材を使ってプレイするのは、スタジオにおいては僕としてもいつだって問題なし、まったく気にならなかった。
ただ、それをライヴのステージに持って行く際には、常にもうひとつの考え方が入り込んでくるっていうのかな、だから、このセッティングが果たして生のステージで機能するだろうか? と。要するに、あれだけの数の機材や楽器類をライヴのたびにあちこち移動させるってのは、単純な話、ほんと、金がかかり過ぎて無理だよっていう。
そう、というわけで──うん、このシステムは、たとえばいったんボタンを押したら作業がスタートして、一切のサポートなしにある作品を最初から最後まで奏でることができる、そういうものである必然があった。編集もなし、バックアップの音源だの録音済み音源に頼ることもない。助けはゼロ。そうやって何もかもをライヴで、リアル・タイムでプレイするのが可能な、そういうものにしなくちゃいけなかった。そうやって、ライヴの場面で機能するものを求めていたわけだよね。だからこそ、この作品を作る際に僕がスタジオでやったのもそれと同じことだったっていう。要するに、各パートをひとつひとつ分けてレコーディングしていく、各楽器を別個のトラックに録音していった上でまとめる、みたいなやり方ではなかったし、だから最終的なエディット作業だったりポスト・プロダクションもなしの、シンプルなライヴ・テイクだったという。だからこのアルバムは、ほんと、基本的には……僕がライヴ・ギグでやるようなことをそのままスタジオで録音したもの、そういうのに近いんだよ。
通訳:なるほど。
TJ:だから……ああ、ほんと、だからなんだよ、この作品が生まれることになったきっかけというのは。っていうのも、僕は……僕がこの作品を始めた時──これはマジな話だけど、そもそもアルバムを作ろうなんて考えてもいなかったんだよ。最初にあったのはライヴをやるってアイデアだったしね、ってのも、そっちの方がもっとエキサイティングな考えだと自分には思えたし。というわけで、僕は「よし、このソフトウェアを使ってギグをやれるじゃないか」って考え始めたわけど、それを他の連中に聴かせてみたところ、「お前、これはレコーディングすべきだよ」って言われてね。録音しろ、レコーディングに記録しろ、と。
通訳:(笑)。
TJ:いや、っていうか……僕はこれまでに山ほどレコードを作ってきたわけで──。
通訳:ですよね。
TJ:──だからある意味、「どうしてもレコードを作りたい!」って風にまで、必死な気分にはならないんだよな。わかるでしょ? だから、僕は「なんとしてもレコードを作らなければ」みたいに思わないし……わざわざレコードを作るに値するとしたら、それは自分自身でも「これはオリジナルなものだな」と納得できる、そういうものを出す時だけだろうって感じているんだ。そうじゃなければ、別に自分はレコードを出さなくたっていいんだし。
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僕が音楽を作りはじめた頃、金なんてなかったんだよ。洗練された、ちゃんとした音楽作りのツールなんかにアクセスする手段は、当時の僕にはまったくなかったわけ。だけど、僕の中にはいくらでもアイデアがあったし……そういうわけで僕は、手当たり次第に何でも、自分に入手できる/使えるものをすべて駆使して音楽を作りはじめたってわけ。
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■荒々しく、ある意味ハードな音楽だと感じました。何か構築されたものを破壊したいという衝動が、あなたにはあるのでしょうか? それともこのハードでスピーディーな展開は、あなたのパッションの表れですか?
TJ:そうだなぁ……まあ、その手の質問って、答えるのに苦労させられるものっていうかな。ってのも、ちょっと考えてもごらんよ、君自身が日常において何かやる時、それらの行為の理由が君にはいちいちはっきりわかっているかい?
通訳:──いいえ(笑)。
TJ:そういうこと、わかるよね? 僕は人間ってのはすべて、そういう側面を共有するものだと思うし……だから誰かが何かをやるのはなぜなのかというのも、おそらく何らかのちゃんとした理由もあるとはいえ、それと共に衝動や無意識下の心の動きみたいなもの、当人でもコントロールの利かないそうした要素とがごた混ぜになったところから来るんじゃないか? と。
で、これはほんとに正直なところなんだけど、僕としては──このレコードも、そういう風に様々に物事が混じり合った一例になるだろう、そう思う。そうは言っても、これが自分の聴きたいサウンドなのはたしかだし、これがいまの自分の精神状態にフィットする、あるいはこのサウンドはいまの世界で起きている様々な状況にマッチしたものだ、そこは認めるよ。僕としてはこの作品の音はフィットすると思う……うん、現在の世界状況に見合った、あるいはそれに対するリアクションになっている、僕にはそう感じられるサウンドだ、と。
だからまあ、それがこのレコードで僕がやろうとしたことの理性的な部分になるんだろうけど、その一方で、それだけがこの作品を構成する唯一の要素だ、そう言い切るのは誇張になるだろう、と。だから、たとえば僕があるひとつのアイデアから作品をはじめたとして……そうだな、非常にクリアなアイデアと共に、「こういう作品にしたい」とはっきとわかかった上で作りはじめたところで、それでもその楽曲が完成する頃までには、何らかの異なる要素が混じってくるものなんだよ。
というわけで、僕は「この作品のありとあらゆるパートは、自分の狙った通りに作られたものだ」なんて風に、嘘をつく気はないっていう。別の何かが音楽に訪れるものだし、それによって自分自身ちょっと驚かされもするわけだけど……でも僕が思うに、コンポーザーとしてはそうした「サプライズ」も役立てるようにするべきだろう、と。そうしたサプライズに出くわした際に生まれる、一種の不思議なエネルギーみたいなものを利用するように努力すべきだろう、そう思う。だから、うん、それが答えになっていればいいけども。
通訳:お話を聞いていると、あなたはガチガチに考え込んで作るというよりも、音楽の流れに任せる、自然発生的な面を大事にしているようですね?
TJ:いやまあ、だから、ひとつだけではなく色んなアプローチを混ぜながらやっているってこと。要するにそのアプローチには様々な幅がある、色んなスペクトラムにわたるものであって、たとえばある音楽ピースについては自分にはっきりしたアイデアがある、その楽曲をどんなものにしたいかが前もってちゃんとわかっている、実際の作業をはじめる前の段階からそれが見えているってこともあるっていう。その一方で、別の楽曲についてはもう、自分でも何をやっているか皆目分からないままにただあれこれプレイしてる、なんてケースもあって(苦笑)。
だから、そんな風に曲作りのアプローチには幅があるってことだし、でも僕が思うに、おそらくこの新作アルバムは比較的前者に近いもの、プランがあった上で作っていったというのに近いんじゃないかな。要するにもっとこう、理性的な決定に基づいて作っていった作品、という。
とは言ったって、それでも……やっぱり難しいんだよな。だから自分としても今回は、偶然に生まれた要素や思いもよらない奇妙な出来事、往々にして音楽にスペシャルな側面や個性を与えることがある、そういったものを敢えて遠ざけようとしたっていう。うん、そうねえ、自然発生的な作り方かぁ。
だけど、たとえばふっと「あ、音楽を作りたい!」って欲望に駆られたとしても、その場ですぐに、思った通りの音楽を作れるってわけじゃないからね。だから、思いつきそのものにのぼせてエキサイトさせられはしたって、実際に音楽を作るアイデアそのものは、やっぱりまとまりがあり、かつ明解なものだっていう。
■あなたにとって、音楽は何を描き出すのでしょうか? 先ほどもちょっと話に出ましたが、今回の作品は世界情勢や社会他の状況に対するあなたのリアクションという面があり、影響されているようですね。新作の荒々しくハードな表現やサウンドも今の時代あるいは我々の生きる世界にマッチしていると思いますし、ここでのあなたは現在あなたのいる環境と、それに対して生まれる感情とを音楽で表現しているのかな、と。
TJ:うん、それはその通りだね。いいね。言い得て妙、それ以上うまくまとめるのは僕にも無理だ!
通訳:はははははっ!
TJ:(笑)いやいや、ほんとの話。だからまあ、僕が言いたいのは……うんうん、そうだよ、もちろんここには現在の世界に対する反応がこめられているし、そうだね、今の世の中には僕が怒りを覚えさせられるようなことが山ほどある。だから、作品を通じてその怒りが伝わってくるだろう、そう思う。
そうは言いつつも……ただ、思うんだよね、音楽というものに対して作り手があらゆる責任を引き受けようとする、それは間違いなんじゃないか? と。ってのも、音楽には何かしら想定外のものが忍び寄ってくるものだし──だから好きなだけ綿密にプランを立てて、理性的に、また論理的にやろうとすることはいくらでもできるけど、実際は常に妙な出来事、予期すらしていなかった何かが音楽に忍び込んでくるわけで……だからなんだよ、音楽のそうした性質も含めて、作り手が音楽におけるすべての責任を負おうとするのはある意味難しいことだろう、と思うのは。
たとえば僕は、自分が理性のもとに下した音楽的な決定に関しては「自分のもの」だと言えるけど、音楽の中で偶発的に生まれた何かや現象についてまで、自分でやったことだ/自分の責任の範疇だ、なんて言えっこないからね。もちろん、何もそれを「ロジックを越えた超常現象」として捉えるつもりはないけども、そうやってこう、偶然から何かが起きるっていう。うん、面白いものだよね? だから、レコード・スリーヴには「作曲:トム・ジェンキンスン」と記載されているわけだけど、でも──曲の中に含まれる様々な偶然の要素、それはいったい誰が書いたものなんだろう? と。僕が書いたものじゃないのは確かだよ(苦笑)。そうは言ったって、クレジットでは僕のものってことになるし……妙な話だよね(笑)?
僕は、自分が理性のもとに下した音楽的な決定に関しては「自分のもの」だと言えるけど、音楽の中で偶発的に生まれた何かや現象についてまで、自分でやったことだ/自分の責任の範疇だ、なんて言えっこないからね。
■機械が作った……ことが今回のアルバムでは重要だと思いますが、今回のような特殊なアイデアは、ここまで来るのに、なかなか骨の折れることだったと思います。ソフトウェア・システムの洗練のために、あなたはどのような努力を積みかさねてきたのでしょうか?
TJ:まあ……自分が何かを学んだりやったことのない何かに取り組む時ってのは、大体同じやり方なんだよね。いや、だから、もしも純粋に面白いから、楽しみのためだけに何かしらプログラムを組める、それだけの時間の余裕があるとしたら、それはいいだろうなぁとは思うんだよ。そうやって、ただ色んな可能性を探ってみる、様々なコンビネーションから何が生まれるのか、音響あるいは計算式の組み合わせからどんなものが出来るか、そうしたことを純粋に探っていくっていう。
ところが、僕が何かしらプログラムを組む時ってのは大抵──自分の中にある音楽的なアイデアを実現させるためにトライしていく、そういうものなんだよ。だから、楽しみのためだけにやるってことは今まで一度としてなかったし、常に音楽的なアイデアが自分の作業のペースであったり、プログラム作業に求められる要素を規定している、みたいな。だからその結果として、僕は……んー、どうなんだろう? だから自分なりにいろいろと努力はするけど、それは何も学術的な枠組みに従ったもの、とある研究課題にまつわる広範で様々な知識を得ようってことではなくて、とにかく自分にとって有益なもの、自分の求める音響面での試みの数々を可能にしてくれる何か、そこに関して有効なものだけピックアップしながら学んできたっていう。
たとえば、今ここで何か考えつくとして……そうだね、何らかのサウンドを僕が想像してみるとしよう。何かしら音のキャラクターを頭に浮かべてみて……で、そのサウンドを通じて、そのサウンドを生み出すことのできるようなシステムを頭の中で推定していこうとする、と。だから、サウンドが想像の中に浮かんだとして、オーケイ、では一体どうやってそれを具体化すればいいだろう? と。一発ボタンを押しただけで毎回その音を出せるような、そうしたシステムを作るのに自分はどうすればいいのか? と考えるわけだ。だから、もしかしたらそれって学校で教わるような、正規のアカデミックな学習にも含まれる演習法なのかもしれないけども。
それでもまあ、僕がそういうシチュエーションにおいて何をやるかと言えば、とにかくプログラミングの環境に身を置いて、サウンドを使っていろいろとプレイしはじめてみる、それらのサウンドを取り込む方法をいろいろと試しながら、それが自分のイマジネーションの中に存在するサウンドにおおよそ近いものになっていくまでとにかくやってみる、という。だから努力はするし学びもするわけだけど、僕はかなりこう、そこには常にゴールが設定されていて、そこに向けて取り組んでいく、そういうやり方で学んでいるんだよ。だから、僕は常に「どうやったらこのサウンドをモノにできるだろう?」、「どうすればこれらのシークエンスを組織的に編成する手法にたどり着けるだろう?」という風に取り組んでいるわけ。どうやったら目標地点にたどり着けるだろう、どうやったらあそこに行き着くだろう、そう考えながらやっているっていう。従って……君に「これこれ、この音はどんな風に生まれるんですか?」って質問されたとしたら、僕には答えられることもあるし、答えられない場合もあるっていう。
通訳:(笑)。
TJ:っていうのも、僕の注ぐ努力、あるいは理解・知識というのはある特定のエリアに集中した偏ったものなわけで、それ以外の領域は僕にしてみたら存在すらしない、と。だから、僕は別に何でもこなせるオールラウンドなプログラマーじゃないんだし……っていうか、それはプログラムに限らず他にも当てはまる話だよね。
たとえばある特化した分野においては、たぶん自分は世界でもベスト級のことをやっているんじゃないかと思えても、一方でそれ以外の分野については自分にはさっぱり分からん、なんてこともあるわけでさ。ハッハッハッハッハッ! だからまあ、妙な話ってことだけど、うん、だから通常はどうかと言えば、僕は音楽的な発想に引っ張られて色んなことに取り組んでいく、と。それはギターにしても同じ話で、「このギター・プレイについては、たぶん世界中を見渡しても、自分の他にこれ以上のことをやれる人間はあんまりいないだろう」って思えても、それ以外のプレイの仕方なんかについてはもう、それを試したことすらないし、自分には全然わかりません/どうやったらいいかも分かりません、っていう。だから……(苦笑)うん、僕はプロフェッショナルな専門家になることを目指しているわけではないんだし、そうだね、自分にとってはそれはある意味どうでもいいことなんだ。
っていうのも、教科書なんかに従ってやるきちんとした訓練だとか学習ってのは、均整のとれたプログラマーを育成するって方向にもっと力点が置かれているし……それを楽器演奏の練習に置き換えてみれば、どんなスタイルやシチュエーションにも対応できる、色んな心得のあるギター・プレイヤーみたいなものを作り出すのをより重視するってことになる。だけど、僕はそういう人間じゃないんだ。僕はただ、自分にとって重要だと思えるアイデア群、そこに向かっていくだけのことだし、そのアイデアに関わりのないような、あるいは何の結果ももたらさないようなことだったら、それを学びたいなんて毛頭思わない。まあ、それにしたって単純に、違う時期ならまた話は別ってことなんだろうけどね。余裕があったらやってみたいとは思うけど、でも、自分には目標以外の何かに費やす時間がないっていう。だからまあ、そういうわけで今の自分がいる、と。
だけど……教本やマニュアルを読みふけるのって、時に邪魔になることもあるわけじゃない? だから、むしろ本を放り出すってのもたまにはアリだし……そう、ほとんどもう、楽器を演奏する際にインプロをやるのに近いけど、プログラミングについても即興はできるってこと。そうやって、試しに色んなものを放り込んでスピーディーにひとつにまとめてみる、と。
というのも、僕のプログラミングっていうのは……これまで自分の仕事を例にとって、「これがプログラミングの仕方です」って風に提示したことは一度もないんだよな。ってのも、本当に悲惨でしっちゃかめっちゃかだから。ただ、そうではあっても自分の作品に関しては有効なプログラムなんだよ。要するに、それらのプログラミングは僕がやりたいと思ったことをその通りにやってくれるし、結局、自分にとって重要なポイントもそこだけっていう。だから、もっともエレガントで、プロフェッショナルな出来で、かつ商業的にも成り立つような、そういうシステムを作るのが目的ではないってこと。とにかく僕がやりたいと思ったことを僕にやらせてくれる、そうしたシステムを作り出すのに尽きるんだ。
今の若い子たちが作っている音楽を聴くと、どれも同じ、均一化したソフトウェアで作られている。みんな同じソフトウェア、同じサウンドを使っているわけで……その状況に、正直僕は憂鬱にさせられるね。僕がエレクトロニック・ミュージックをやりはじめた、エレクトロニック・ミュージックに惹かれたそもそもの理由の一部には、なんというか、あの「冒険のスピリット」ってのがあって。
■あなたがソフトウェアの開発に可能性を見いだした背景について教えて下さい。それがエレクトロニック・ミュージックが前進する道だと考え方らですか? あるいは、ソフトウェアや機材が均一化しつつある時代において、あなたなりの挑戦であると受け止めるべきなのでしょうか?
TJ:それは……まあ、これもまた、今まで話してきたのと同じように「どちから一方、ひとつだけ」って風には答えられない話なんだけど……だから根底にあること、っていうかそれについて僕が考えることのひとつに……僕が強く異議を唱えることのひとつに、「音楽作りのマーケット化」ってことがあってね。
それはどういう意味かというと、今の時代、音楽を作る人びとは『この最新の商品を買わなくちゃ』って風に駆り立てられているわけだよね? それはもちろん、ソフトウェア製造会社、あるいは楽器メーカーによるマーケティング・キャンペーンが拍車をかけているんだけど……特に若いミュージシャンの場合がそうなんだけど、彼らはどういうわけか、新しい音楽を作り出す、今風で……そうだね、そこにファッショナブルなって要素も加わるんだろうけど、そういったトレンディで新しい音楽を作るためには、この最新の楽器、あるいはこの最新のソフトウェアをゲットしなくちゃダメなんだ、そんな風に感じるように仕向けられている。
で、それらの最新商品を持っていないと、それはその人間にとって不利にさえなる、と。で、僕からしてみれば、どの会社もある種のミュージシャンをそうした商品の広告に起用しているのって、とどの詰まりは「もしもあなたがこのミュージシャンみたいになりたければ、我が社の商品を買うに限ります」って言ってるようなものじゃないか、と。「彼みたいなサウンドを作りたいなら、我が社の製品を買う必要があります」、「これこれこういう音をやりたいなら、その手段は当社製品を購入することです」……って具合だね。で、僕自身が出て来た状況がどういうものだったかと言えば、僕が音楽を作りはじめた頃、金なんてなかったんだよ。洗練された、ちゃんとした音楽作りのツールなんかにアクセスする手段は、当時の僕にはまったくなかったわけ。だけど、僕の中にはいくらでもアイデアがあったし……そういうわけで僕は、手当たり次第に何でも、自分に入手できる/使えるものをすべて駆使して音楽を作りはじめたっていう。だから……だからなんだよな、さっき言ったような現状のからくりに対して、僕がある種の不快感を覚えるのは。
っていうのも、今の状況って、人びとが自分自身の想像力を使うことを助けてはくれないからね。そうではなく、人びとがサイフを引っ張り出してお金を吐き出すのを奨励するシステムっていう。いやほんと、思うんだよ、ああいった金儲けの仕方、消費の奨励っていうのは……だから、それはある会社が資金を求めているからだし、その根拠はビジネスを続ける、彼らが企業として存続していくためっていう。彼らが大金を求めるのは、人びとが音楽を作るのを助けるためではなくて、自分たちのビジネスを維持するため、と。だからある意味、そのシステムを信じる、それに乗っかってソフトウェアだのを買うのって、自分自身のためではなく他の誰かさんの要求に応じ、それに奉仕することでもある、という。
だからまあ、これはあくまで僕の個人的な反応だけども、僕としては……そのからくりから何としてでも自分は逃れなければいけない、それは自分の義務だ、とすら感じるんだよね。で、そこから逃れる方法として僕にあるのは……いやまあ、もちろん僕だって、自分がそこから完全に逃れるのは不可能だという、その点は承知しているんだよ。というのも、僕だってこの、商品化された音楽に基づくシーンで活動しているわけだし、うん、僕はレコードを売って生活してる。それは事実だ。
で、それはもちろん、買う側の人びとの求めるものに左右されもするわけだけど…………でもまあとにかく、そこにはもうひとつ、異なるアングルも存在していてね。これはここ10年くらいの話だと思うけど、ある種の古い楽器がほとんどもう、高額なアンティーク商品みたいになりつつあるっていう。フェティシズムの対象でも、あるいは非常に欲望値の高いオブジェでも、それをどう呼ぼうが構わないんだけど、それらのマーケットが伸びてきている。特に今で言えば、これはヴィンテージなギターやドラムといった古い楽器に限らず、昔のシンセサイザーも含むんだけど、ある種の古いシンセがものすごい額で取引されているんだよ。で、それもまたさっき話したメンタリティの顕われというのかな、「オーケイ、気の利いたソフトウェアを使って音楽を作るのもいいだろう。でも、もしも君が本物のサウンド、れっきとしたサウンドを求めているのなら──正真正銘のリアルなサウンドを手に入れたいのであれば、5千ポンド、1万、1万5千ポンドくらい支払わなければいけない」っていうね。その、アンティークな楽器にそれだけの金額を費やすっていう。
で、僕から見ればそれってのは、さっきと似た話になるけれども、アンティーク商やコレクターたちのマーケットを潤している、彼らにミュージシャンたちが奉仕しているって風に映る。だけど実際の話、ヴィンテージ楽器を使わなくたって他の物を使って同じことはやれるんだし、別にどのシンセを使おうが可能なんだよ!
だから、元々の音楽的なアイデアさえ強力だったら大丈夫、問題になるのはアイデアがストロングか否か、そこだけだっていう。だから、この件についての僕のステートメントはそこになるね。
というのも、僕は今のミュージシャンたちの多くは、マーケット主導なクソみたいなたわ言の数々によって間違った方向に引っ張られているなと感じるし、実際そのせいでミュージシャンたちは自ら、自主的に考えることをやめてしまったように思える。だけど大切なポイントっていうのは、君自身の持つイマジネーションや思いついたアイデア、君の中から自然に沸き上ってくる何かであり、そうした根本的な事柄こそが音楽においては重要なんだ、と。
で、それらの頭に浮かんだアイデアをどうやって具体化させていくか? そこに関しては、まず自分でメソッドを選択すること。うん、メソッドをひとつ選ばなくちゃいけないね。ってのも、今言ったように、アイデアそのものが強力であれば、ある意味、いくつもメソッドを検討しなくたって構わないんだよ。レコードを聴く際に人びとが重視するのもそこだし、その音楽の背後にあるアイデアがどれだけストロングか? だからね。
で……うん、それにまあ、質問の中で君が正しく指摘していたように、今の若い子たちが作っている音楽を聴くと、どれも同じ、均一化したソフトウェアで作られているっていう。みんな同じソフトウェア、同じサウンドを使っているわけで……その状況に、正直僕は憂鬱にさせられるね。
っていうのも、僕がエレクトロニック・ミュージックをやりはじめた、エレクトロニック・ミュージックに惹かれたそもそもの理由の一部には、なんというか、あの「冒険のスピリット」ってのがあって。努力を重ねるスピリット、そして様々なことを探究していく精神というのかな、だからこう、ある種の奇妙な……メカニカルなロボットの世界とでもいうのか、未知の世界へと果敢に伸びていく小道とでもいうか、そういった感覚が僕にとってのエレクトロニック・ミュージックの魅力だったんだよ。だから……うん、それは僕には魅惑的に思えた。
ところがそれが、いつしかこう……クリシェの並ぶ陳列室みたいなものになってしまってね、うん、僕はそれってとても悲しい現状だなと思うよ。だから、そう、このシステムを開発することにした、その動機にはいろいろとあるわけだし、いくつものファクターが絡んでいるけども、今言ったようなことも、そのうちのひとつだってこと。
■来日情報!
5/15 (FRI) 恵比寿 The Garden Hall
5/16 (SAT) 京都 The Star Festival