「K A R Y Y N」と一致するもの

Seven Davis Jr - ele-king

 70年代には日本のウィスキーのCM出演でもお馴染みだった黒人エンターテイナーの草分け、サミー・デイヴィス・ジュニアの名前を捩ったセヴン・デイヴィス・ジュニア(本名はサミュエル・デイヴィス)。ここ1、2年でのさまざまなシングルやEPリリースを通じ、アンダーグラウンドなハウス系クリエイターというイメージが定着したが、そもそもはシンガーとしてキャリアをスタートし、メジャー・デビュー寸前までいった。テキサス州ヒューストン出身で、その後サンフランシスコへ移り住んだ彼は、サミー・デイヴィスJrも属した一家の親分であるフランク・シナトラから、ナット・キング・コール、バート・バカラック、プリンス、ステーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、アレサ・フランクリンといったアーティストの影響を受け、ソウル、ゴスペル、ジャズなどに親しんできた。その後、ハウスやジャングル、ジュークやベース・ミュージックなどクラブ・サウンドに触れてトラック制作も始め、現在はロサンゼルスを拠点にシンガー/プロデューサー/ソングライターとして活動する。

 彼がクラブに通いはじめた頃のサンフランシスコのハウス・シーンでは、マーク・ファリナがヒップホップ、ジャズ、ダウンテンポ、トリップ・ホップなどもいっしょにプレイし、クロスオーヴァーなスタイルが脚光を集めていた。そうした自由な音楽性に感化され、彼もジミ・ヘンドリックス、ビートルズ、アース・ウィンド&ファイアー、ヒートウェイヴ、ポーティスヘッド、トリッキー、ビヨーク、Jディラ、フュージーズとさまざまなサウンドを聴き、自身の作曲やプロダクションに反映させていった。そして発表した本ファースト・アルバム、たとえば“サンデイ・モーニング(Sunday Morning)”や“ノー・ウォーリーズ(No Worries)”ではムーディーマン、“ウェルカム(Welcome Back)”ではセオ・パリッシュ、“フリーダム(Freedom)”ではフローティング・ポインツとの類似性も見出せる。しかし、ジャイルス・ピーターソンの“ワールドワイド(Worldwide)”出演時のインタヴューによると、本人にはあまりそうした意識はないようで、むしろ前述のシナトラやプリンスからの影響が強いとのこと。本作おいてはそのプリンスはじめ、リック・ジェイムズ、Pファンク、アフリカ・バンバータ、アーサー・ベイカーなどを彼なりに咀嚼・昇華しており、フリオ・バシュモアをフィーチャーした“グッド・ヴァイブス(Good Vibes)”、フラーコをフィーチャーした“ビー・ア・マン(Be A Man)”、“エヴリバディ・トゥー・クール(Everybody Too Cool)”などがその表れだ。また“ファイターズ(Fighters)”には彼の中にあるゴスペル・フィーリングが露わになっており、アンプ・フィドラーやジェシー・ボイキンス3世などのシンガー・ソングライターに通じるところも見出せる。先鋭的なトラックも作り出す一方で、自身の音楽の基盤にある歌も忘れてはいないのがセヴン・デイヴィス・ジュニアなのだ。

New Order - ele-king

 しっかし……ジョイ・ディヴィジョンの『アンノウン・プレジャーズ』のTシャツって、ここ数年でもっとも売れているロックTシャツじゃないのかね。こんなにまでピーター・サヴィルの初期のデザインが普及するとは……80年代や90年代にはまず考えられなかったことです。ワタクシ野田は、1990年には『テクニーク』のTシャツを着ていました。背の首のあたりに小さくバンド名が入っているヤツですね。胸にプリントされたあのジャケのヴィジュアルの色が落ちるまで着ていたナー。あー、懐かしい。
 まあ、そんなことはどうでもいいんですけど、ニュー・オーダーの10年ぶりのニュー・アルバム『ミュージック・コンプリート』から、ファースト・シングル曲の“レストレス”がいよいよ試聴できます!

 なお7月29日(水)よりiTunesにてシングルの販売が開始されます。

 https://apple.co/1Lt0S9M

 ああ、それから、今回、Tシャツ付限定盤もリリースされるそうです。初心に戻って『アンノウン・プレジャーズ』のTシャツを本気で着ようかなと思っていたんですけど、この新作もかなりイイです。

《Tシャツ付限定盤 商品概要》
タイトル:ミュージック・コンプリート:Tシャツ付限定盤
発売日:9月23日
定価:6,000円(税抜)
*CDの収録内容は、通常盤と同様。

*Tシャツ:ニュー・オーダーの全てのデザインを手がけてきたピーター・サヴィルと、adidasなど世界的な活躍をしているデザイナー、倉石一樹とのコラボレーション。サイズは、S, M, L, XLの4サイズ。
*商品詳細はこちらにて。https://trafficjpn.com/news/neworder3/


[amazon] https://amzn.to/1HU97aZ
[Tower Records] https://bit.ly/1HRvi2V
[HMV] https://bit.ly/1gYNRs2
[disk union] https://bit.ly/1eLrBjO
[iTunes] https://apple.co/1Lt0S9M
[Traffic Store] https://bit.ly/1dPQNVD


R.I.P. 菊地雅章 - ele-king

 編集長をつとめた2誌があいついで休刊し職を失い、宇川直宏に「おくりびと」の称号をおくられて数年、私はそろそろ肩書きを「追悼家」にあらためようと思いはじめている。東京都在住・43歳(男)・追悼家・歩合給――と、よわよわしい冗談のひとつもいいたくなるほどこの夏は逝くひとばかりである。6月11日のオーネット・コールマンさんの訃報を知ったときは反射的にキーボードを叩いたが、こうもつづくとなると悲しみより呆然とし、こみあげる悔しさに怒りもこもる。
 数日後文化人類学者の西江雅之さんが亡くなり、何日かかしてイエスのベーシスト、クリス・スクワイア氏が歿した、と書くのもわれながら意外だが、17のとき、グレコのリッケンバッカー・モデルのベースを手にした理由の八割はレミーで、のこりの二割はイエスの上品なメンバーのなかでひとり無骨だった彼の影響もなくはなかったことを、中年期の胃酸とはひと味ちがう思春期の甘酸っぱさとともに思い出したのが彼の訃報に接した6月末。ところがそれでも終わらない。七夕の日に菊地雅章さんが、翌日に相倉久人さんがあいついで鬼籍に入るにいたってはこの世のそのものがみいられた気になったがおそらくそれはただしくなく、世にムーヴメントやシーンと呼ばれるものがあれば、そこに身を投じるひとの多くは同世代であり、たがいに感化され合ったつくり手と彼らに感化かれた私たちは、喜びも悲しみも幾星霜、ともに年を重ね、彼らがついに先に逝くとき、そこに共時性をみて歎息する。今年の夏はほんとうに多いわね、これで昭和が、20世紀がまた遠のいたな、と。
 そこには世代の、地域のかかわりがあり、それを超えた音楽が本が映画が無数の表現がひとと結ぶかかわりがあるが、菊地雅章さんと相倉久人さんの関係は前者だった。60年代、ともに銀座・銀巴里に出入りし、プーさんは金井英人、高柳昌行、富樫雅彦とのジャズ・アカデミーを組織し、新世紀音楽研究所に発展するなかに、すでにジャズを論じはじめていた相倉さんもいた。その後の錯綜した人間関係のアヤを描くには私は役不足だが、論争をひとつの踏み板としたジャズの、それもまた燃料だったのだろう。ジャズはみるみる成長し、60年代の終わりを待たず、プーさんはジャズを学びに海を渡り、アメリカで手にしたものをもちかえり、つくりあげたファーストが1970年の『Poo-Sun』であり、そこには電化前のマイルスのぎりぎりの表面張力と同質のものがみなぎっていた。プーさんは70年代を、ギル・エヴァンスやエルヴィン・ジョーンズといった斯界の巨人と共闘しつつ、その可能性の発展に賭け、80年代にそれは『Susuto』『One-Way Traveller』といったフュージョン~ファンクの傑作に実を結んだことは、DJカルチャーまっさかりの90年代、一部で発掘の対象となっていたがいまのように「和ジャズ」とすでに呼ばれていたか、記憶は定かでない。いずれにせよ、そのダンスミュージックとしての真価を実地にはかるには、菊地成孔のDCPRG(現dCprG)の「Circle/Line」の再演まで、つまり20世紀の終わりまで待たねばならなかったが、その数年前、私はバイトするレコ屋にはいってくる毎月の新譜にテザード・ムーンがクルト・ワイルを演奏したアルバムをみつけたのだった。不勉強ながら、プーさんがゲイリー・ピーコックとポール・モチアンとレギュラー・トリオを組んでいたのは3枚目のその作品でようやく知った。クルト・ワイルといえば、ダグマー・クラウゼからハッピー・エンド(あのはっぴいえんどではなく英国のブラバンのこと)まで幅広い層に人気のドイツ系ユダヤ人作曲家であり、私はその前年に出たナチス時代の『頽廃芸術展』に範をとった4枚組の日本盤(eva)で、ブレヒト/ワイル、ブレヒト/アイスラーをかわりばんこに聴いていたがその日からバイト中はテザード・ムーンの『Play Kurt Weill』(1994年)を聴くことにした。
 小川隆夫氏のライナーによれば、プーさんはワイルをギル・エヴァンスに教えてもらったという。「アラバマ・ソング」「バルバラ・ソング」「モリタート」はブレヒトとのコンビの曲で「モリタート」はジャズ・ファンにはソニー・ロリンズだろうし、「スピーク・ロー」はスタンダードである。ところがここでの3人は、ワイルの「歌」を音の元素に還元し、主従関係どころか楽器のキャラクターからも離れ、それを自由に交換する場のなかに始原のリズムとハーモニーをうかびあがらせる。私はプーさんばりに唸り、店長にたしなめられたが、ピアノトリオのそのようなあり方はそれまで知らなかったし、いまもほかに似たようなのがあるとは思わない。テザード・ムーンの2004年の最終作『Experiencing Tosca』にも、ベースをゲイリー・ピーコックからトーマス・モーガンにチェンジした2012年のECM盤『Sunrise』にもかたちを変えてそれはあたかも菊地雅章のピアニズムの道行きのように引き継がれている。菊地雅章は間章を畏怖させたピアノというおそるべき楽器に抗するでも迎合するでもないやり方で別の場所へ運ぼうとした。プーさんの具合が悪いらしい、と伝えられてからも、私はなぜだか菊地雅章の歩みが止まるとは思わなかったのは彼の独歩の歩調から来る印象だったのかもしれない。相倉さんが司会をつとめた銀巴里セッションで終演後もひとりピアノに向かいバラードを弾きつづけたという逸話さながら、菊地雅章は人類がこの世界から退場するさいの客出しの伴奏者なるにちがいない。その夢想はあえなくやぶれ、マイルス・デイヴィスとの出会いの記録と同じく、プーさんのあり得べき音楽のいくつかは失われたが、のこされたものはすくない。おそらくこれからも生み出されるだろう。サークルは閉じてはいないのである。(了)

SACHIHO (S/VERSION DUB EXPERIENCE) - ele-king

セカンドフロア的なHOUSE&BASS 10選

Flying Saucer Attack - ele-king

 フライング・ソーサー・アタックが帰ってきた。最後のアルバム『ミラー』のリリースが2000年なので、じつに15年ぶりの復活である。1992年にブリストルにて、デヴィッド・ピアースとレイチェル・ブルックによって結成されたフライング・ソーサー・アタック……そうなんです、ブリストルなんです。私ごとで恐縮ですが、筆者のなかでブリストルと言えば、ザ・ポップ・グループと〈サラ・レコード〉とこのフライング・ソーサー・アタック(以下FSA)なんです。その音が発せられた瞬間から時間の感覚がねじ曲がり、空気がピンと襟を正して異様に張りつめたかと思えば薄雲のように流れ、あらぬ方向に浮遊する。そんな、もはや暴力的(〈サラ・レコード〉のパンクが好きなくせにパンクスになれない感じ&後ろめたいノスタルジアもある意味暴力的ですよね!)とも言えるほどの光と影のグラデーションは、ブリストルの音楽の多くに宿されていて、後のトリップホップ〜ダブステップにも受け継がれることはみなさんご存知でしょうからここでは割愛。
 シューゲイザー〜ポストロック界隈からの羨望の眼差しはもちろん、昨今のアンダーグラウンド・シーンにしっかりと根づいた感のあるギター・ドローン〜アンビエントの先駆けとしても刺激的なサウンドを聴かせてくれるFSAの居場所は、いつの時代も深くて遠い。そして、本作『インストゥルメンタル 2015』では、そんなシーンの背景に色目を使うことなく、さらに独自のフォームで深いところを潜水し、わがままに美しく遠くまで漂流する。

 最高傑作と名高いセカンド『ファーザー』(1995)リリース後にレイチェルがムーヴィートーンズの活動に専念するため脱退。デヴィッドのソロ・プロジェクトとなったFSAは、本来備えていたインダストリアル気質を徐々に強め、先述のアルバム『ミラー』(2000)では、ドラムンベースなどのデジタルビートまでも導入する事態に……ややや? そんなデヴィッドが迷走する様子に激しい戸惑いを覚えたのも今は昔。有終の美ならぬ締めくくりの悪さに一抹の不安を抱えていたものの、15年ぶりに彼から届いたサウンドはまぎれもなく初期のFSAが持っていたレイドバックしたフィードバック・ギターが100パーセント。ビートも歌もなく無駄を削ぎ落として折り重なる反響ギターが波のごとく寄せては返し、時が経つのを忘れてしまう。ここには当然ワイヤーのカヴァーもなければスウェードのカヴァーもない(もちろんシリル・タウニーもない)。しかし、ギターとテープとCDRのみを使用して組み立てられた音響は、かつての壁のように空間を埋めつくす山びこ超音波ノイズだけでなく、ざらついてゆらめきながら隙間を活かして枯れ落ちるアシッド・フォーキーな催眠メロディーを鳴り渡らせ、ときに教会音楽の格調〜英国トラッドの気品も感じさせてくれたりするからじつに味わい深い。これをダンディズムと呼ぶのか。

 まるで15年の空白を一つひとつ埋めていくかのように並べられた15曲のサウンド・エクスペリエンス。お馴染み、デヴィッドのベッドルームから広がる田園銀河なサイケデリアは、テクノロジーの進化とは寄り添うことなくテープのヒスノイズと手をつなぎ、いまも変わらずローファイ仕立てなサイエンスフィクションの夢を見る(さらにマスタリングがベルリンの秘所〈ダブプレーツ&マスタリング〉で施されているというのも聴きどころ!)。

 ただシンプルに、タイトルに1から15までの番号だけが与えられ、日記のように綴られるギター小曲たち。かつてのドラマチックな展開はそこそこに、多彩な音色と奏法のヴァリエーションにピントを絞った下書き的な作風に、もしかすると少し物足りなさを感じる向きもあるかも知れない。だけれど、この晩年のジョン・フェイヒィ〜ローレン・コナーズ、はたまたヴィニ・ライリーにも通じる恐ろしく繊細で過激な熟成——もしくは、ときどき仄見えるロマンチシズムは、デヴィッドのもつ孤独感とギタリストとしての資質を浮きぼりにするには十二分な作品となっている。

   *****

 とか言いつつも、90年代にFSAが残した名曲 “マイ・ドリーミング・ヒル” “クリスタル・シェイド” “ソーイング・ハイ” “オールウェイズ” のような、ぶつぶつ囁くデヴィッドのヴォーカルと、ぼんやりぼやけながらも強烈な輝きを放つバンド・サウンドを期待するのは筆者も同じところ。『インストゥルメンタル 2015』は、もちろんオリジナルなギター音響作品として素晴らしいのだけれど、未完の美学が見え隠れするがゆえに、聴けば聴くほど「その次」を提示するための序章のような作品に思えてくるのは筆者だけだろうか? なので、きっと今度はこんなにも待たされることなく、間髪入れずに空飛ぶ円盤の再攻撃がはじまるにちがいない。というか、そう信じたい。

九龍ジョー - ele-king

 音楽、映画、演劇、お笑い、プロレス、落語、歌舞伎、女装……更新されていく日本のポップ・カルチャーのフロンティアをつぶさに追い、丹念にドキュメントする一冊。まだ名づけられていない事柄に深くコミットし、取材と執筆を通して現場をつくり、リスペクトと共感をもってそれらをつなげてきた、真性の編集者/ライター九龍ジョーによる初の単著。

社会は変態の夢を見るか矢野利裕

 九龍ジョーの初単著『メモリースティック』は、「1章 音楽と映画のインディペンデント」「2章 非正規化する社会と身体」「3章 格闘する記憶をめぐって」という3章からなる。ライター・九龍ジョーの持ち味は、刺激的なカルチャーをいち早く見つけてきては、それを紹介することだと言える。だからだろう、『メモリースティック』も、ネットなどの反応を見ていると、知られざる刺激的なカルチャーを紹介した、という受け取られかたが多いように思える。もちろん、間違いではない。というか、その通りである。しかし、本書に圧縮されたファイルを僕なりに解凍すると、その印象は少し変わる。膨大な固有名が詰まった『メモリースティック』を貫いているのは、おそらく変態‐性なのだ。

 2章の最後「鏡になってあげると大島薫は言った」は、AVの話題からはじまって、リアル男の娘・大島薫が紹介される。この「ノンホル/ノンオペの男性にしてAV女優」という変態‐性こそが、本書の核心だと思う。大島をまえにして、九龍は言う。「彼女がそうであるように、ぼくたちも自分の欲望のポテンシャルを低く見積もらないほうがいい」と。つまり、「変態であれ!」ということだ。いつのまにか成立している社会や秩序や規範のありかたに目を奪われず、変態であれ!――このメッセージに、強く共感する。大島薫が登場する記事の直前、「「女装」のポテンシャル」と題された座談会では、松井周(劇団サンプル)、鈴木みのり(ライター)、Koyuki Katie Hanano(モデル・女装男子)、井戸隆明(『オトコノコ時代』編集長)が、それぞれセクシュアル・アイデンティティをめぐって言葉を交わしている。印象的なのは、馴染みのない人からすれば、大雑把に括ってしまうかもしれない「女装」のありかたが、当事者たちにとっては、それぞれ非常に微細な差異を持っているということだ。考えてみれば、当然のことである。座談会ではそのような、それぞれ固有の性のありかたが披瀝されている。ドゥルーズ&ガタリを参照する九龍が、「人間の数だけ「n個の性」がある」(「トランスするサンプル」)と言うとおりだ。だとすれば、これはマイノリティ/マジョリティという数の水準を超えて、すべての人に投げかれられるべき問題である。わたしたちは、自らの性をどのくらい解放/抑圧しているのだろうか。いつのまにか成立している社会や秩序や規範のなかで、自らの変態‐性を見て見ぬふりしていないだろうか。

 九龍は、そもそも舞台芸術にトランスジェンダーの物語が多いことを指摘し、「ジェンダーという社会的構築物とセクシャリティとの間にすでに「演じる」という要素が入っている」(「トランスするサンプル」)と言う。九龍からすれば、わたしたちは程度の差こそあれ、みな変態である、その変態‐性を一般社会に馴染ませながら生きている、ということになる。いつの間にか成立した普通を「演じる」ことで、社会を生きている。これはなにも、性に限ったことではない。わたしたちは、あらゆる領域において、固有の生と社会的な生の偏差を演劇的に埋めている。九龍の舞台への関心は、おそらくここから来るのだろう。チェルフィッチュ、五反田団、サンプル、あるいは、落語やお笑い、プロレスにいたるまで、九龍にとって舞台芸術とは、わたしたちが抱く演劇的な真実とでもいうべきものを、現出させてくれる空間なのかもしれない。変態とは、「アブノーマルabnormal」を意味すると同時に、「メタモルフォーゼmetamorphose」を意味する。社会的・秩序的・規範的な生から脱し、なにか別の存在に変身する、その瞬間に顕わになる変態‐性を九龍は見逃さないだろう。固有の生と社会的な生が重なるその瞬間を、リアルな身体とキャラクターの身体の「二重性」を抱えたミスティコのその跳躍を(「ロロと倉内太のポップな反重力」)、立川志らくによる「これからは師匠(立川談誌‐引用者注)は自分の身体に入ってきて落語を喋るんだ」と思うことにした、というその発言を(「江戸の風の羽ばたき、立川談誌の成り行き」)、九龍は見逃さない。

 『メモリースティック』が、知られざる刺激的なカルチャーを紹介した、というのは、その通りである。とくに1章で紹介されている、前野健太、松江哲明、どついたるねん、大森靖子、韓国のインディ音楽など……。九龍は、いまだ知られざるミュージシャンやクリエイターが一般的な認知を得ていく過程をリアルタイムでドキュメントしていた。しかし、その営みを単なる紹介として捉えないほうがいい。それはまさに、固有の文化が社会に認知されていく――その変態の瞬間を保存したものなのだ。九龍の『メモリースティック』はさしずめ、名づけえぬ変態たちを「名前を付けて保存」する作業だということか。「ポップカルチャーと社会をつなぐやり方」という本書の副題は、その地点から見るべきだろう。九龍は、「ドラマ性をはぎ取られた真空の位相でこそ、「正しい」も「間違い」も「真面目」も「でたらめ」もすべてが可能になる」(「現実を夢見る言葉の位相」)と言うが、変態‐性を秘めるポップカルチャーこそ、社会自体の変態可能性をはらんでいる。『メモリースティック』においては、インディーシーンも労働問題もセクシュアリティの問題も、変態の夢を見ているのだ。


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「ぴんときた」は、奇跡だろうか?綾門優季

 突然で恐縮だが、九龍ジョー『メモリースティック』の話をはじめるにあたって、『メモリースティック』収録には惜しくも間に合わなかった九龍ジョー氏の最近の仕事である『ポストラップ』について述べさせてほしい。

 劇作家のわたしは田舎から上京して5年、『メモリースティック』に収録されているイヴェントや舞台に関して残念ながら目撃することが叶わなかったものも多く、また舞台は直接目撃したものしか熱っぽく語れない特別なジャンルなので、ご容赦願いたい。過去の記録映像を参照したところで、その場に立ち会っていなければ意味がないのだ。

 『ポストラップ』は政治批判をリリックに織り込むなど、社会性の高い内容が話題を呼んだ気鋭のラッパーSOCCERBOYと、演出家・チェルフィッチュ主宰の岡田利規がタッグを組んだ、異色な組み合わせが功を奏した公演であり、SOCCERBOYの攻撃的なリリックに、岡田利規のリリックとは相反するように思えることもある不自然で予測不能の振付が、えもいわれぬ効果を生み出し、場内を興奮の渦へと導いていた。

 その回はたまたま九龍ジョー氏が司会をつとめるアフタートークが催されたのだが、そこで観客のどよめく事実が発表された。じつは『ポストラップ』が決まるまで、 SOCCERBOYも岡田利規もお互いのことをほとんど知らず、両者の知り合いである九龍ジョー氏がぴんときたので、試しに組ませてみた、というのである。端的にいって、九龍ジョー氏がこの世に存在していなければ、SOCCERBOYと岡田利規は手を組むどころか、知り合わないまま一生を終えていた可能性もじゅうぶんにあった。そして、『ポストラップ』が存在しなければまた、わたしのその日の「すっげえもんみた!」という帰り道の高揚も、この世に存在することが叶わなかったのである。

 この九龍ジョー氏の「ぴんときた」は、奇跡だろうか? ならば、『メモリースティック』は奇跡に満ち溢れた本と呼んでいいだろう。松江哲明と前野健太の幸福な遭遇を筆頭に(奇しくも前述の岡田利規は初の子ども向けの作品となる『わかったさんのクッキー』で前野健太に劇中歌の作曲を依頼している)、九龍ジョー氏が仕掛けた、完全に意図的な「未知との遭遇」が、本来であれば存在しなかった作品を生み出しつづけている。

 『メモリースティック』は、その記念すべきドキュメントの一部始終である。刮目せよ。

Lee Bannon - ele-king

 名義にどのような使い分けがあるのかはわからないが、今作を聴くかぎりそれはリー・バノンというよりもファースト・パーソン・シューター(FPS)の夢のつづきを追う作品であるように感じられる。2012年に1枚だけアルバムを残している彼のもうひとつのソロ・プロジェクト、FPSの音には、チルウェイヴ最良の時の記憶が刻まれていた。「ピュア・ベイビー・メイキング・ミュージック」……ああ、彼はFPS名義の作品をそう呼んだのだ。そして封じた。この名義はディスコグスにも登録がない。彼にとっては、それはあまりにピュアな、そしてパーソナルなものだったのだろう。そこで一人称視点や主観性のつよい世界が意識されていることはFPSという名にもあきらかだ。しかしクラムス・カジノやスクリューやウィッチ・ハウスとも共有するところの多い彼の音は、そうした主観性とディープに結びつきながら、鈍重に、ずぶずぶと、そしてドリーミーに、現実や外の世界をふやかしていく、まさに時代の音でもあったのだ。

 リー・バノンの新作がリリースされた。本名はフレッド・ワームズリー。サクラメントに生まれ、ドクター・ドレーやウータン・クランを聴いて育ったという彼は、2012年のデビュー・アルバム『ファンタスティック・プラスティック』以来、ヒップホップに軸足を置きつつもしなやかに音楽性を変容させてきた。翌年の『オルタネイト/エンディングス』ではジャングルを、そしてこの『パターン・オブ・エクセル』ではアンビエント・ポップを展開する。今年2015年は彼をニューヨークへと引っぱり出すきっかけとなったジョーイ・バッドアスのプロデュースで、話題盤『B4.DA.$$』にも参加している。時代にしっかりと沿いながら、好奇心旺盛な活動スタイルがたのもしい。

 さて、アンビエントな作品への意志は以前から語られており、先述のFPSもアンビエント・ポップといって差し支えないプロジェクトだったけれども、今作は思いきってビートを排したトラックも多く、FPSの先にあったはずの世界を朦朧と立ち上げている。サンプリングや旋律を結ばないさまざまな音の断片が、ゆるいコード感のなかに漂うさまは、ノサッジ・シングの新譜にも通じるようであり、プールをモチーフにしたジャケットのイメージとよく響きあう。

 冒頭の“グッド/スイマー”で水音が挿入されたり、水中空間へと意識が遷移するかのように突然くぐもったプロダクションに切り替わったりするのは、ワームズリーらしいゲームのオン・オフ装置の趣向だろう。はじまるぞ──と、わたしたちはその世界の入り口に立たされる。時の感覚と光の感覚を狂わされる、水中世界。たゆたうような感覚とともに、3分に満たない、短冊のような音とストーリーを潜り抜け、突如としてはじまるブレイクビーツに足をすくわれたり(“インフラッタブル”)、ホワイトノイズにつつまれ、オーヴァーコンプ気味に壊れたピアノが奏でるロマン派ふうのワルツに身をゆだねたり(“ダウ・イン・ザ・スカイ・フォー・ピッグス(DAW in the Sky for Pigs)”)、マーク・マッガイアがオールディーズを弾いたらかくやというトリッピングなギター独奏(“ディズニー・ガールズ(Disneµ Girls)”)でしばし思考をとめたりしながら、水族館さながらのヴァリエーションに彩られた旅を終える。

 コンセプトがとがっているわけでも、アンビエント・ポップのブームがひと段落したいま目新しいなにかを提示しているわけでもないけれども、よくもこんなに見よう見まねのアンビエントで遊びたおしたなという爽やかさがある。イーノもケージも関係ないというふうの無邪気さが、作品全体にポップ・ミュージックとしての風通しをあたえている。ニューエイジふうのいかがわしさや、ドローン寄りにサウンドスケープをひろげていく瞬間も、まったくうるさくなく、むしろそうしてミニチュア化されたアンビエントの引き出しの数々がたのしい。

 このひどい暑さを避けて、心地よい没入へと導いてくれるアルバムだ。自身が広げたこの固有結界さながらの異空間で、願わくはワームズリーにはピュアな夢をみつづけてほしい。

 イスラエルのガレージ4ピース、ブーム・パム。日本人にもどこか親しみぶかく懐かしいメロディやサウンドは、辺境マニアのみならず、広いリスナー層から愛されるにちがいない──。小島麻由美のデビュー20周年を記念した最新アルバムは、地中海随一のサーフ・スポットとして知られるテルアビブ産のサーフ・ロック・バンド、ブーム・パムとの心躍るコラボレーション作となった。代表曲の数々が新鮮な音とアレンジでよみがえる! 発売に合わせて、オフィシャルMV“白い猫”も公開された。映像を手掛けるのはいまをときめくVIDEOTAPEMUSIC!

小島麻由美"白い猫"(Official Music Video)

小島麻由美デビュー20周年企画、Boom Pamとのコラボ作『With Boom Pam』収録曲より“白い猫”のオフィシャルMVがYouTubeより公開された。
 監督は、前作『路上』のオフィシャルMV"モビー・ディック"を手掛けたVIDEOTAPEMUSICが担当、テルアビブ・サーフロック・サウンドとして生まれ変わった小島ワールドをミステリアスな世界観で表現したMVに仕上がっている。

■アルバム詳細


Tower HMV Amazon

小島麻由美『With Boom Pam』
DDCB-12078 / 2015.07.22 on sale / 2,593Yen + Tax /
Released by AWDR/LR2

[収録曲]
01.アラベスク / Arabesque
02.泡になった恋 / Bubble on the beach
03.ブルーメロディ / Blue melody
04.セシルのブルース / Blues de Cécile
05.蝶々 / Tick tuck
06.エレクトラ / Elektra
07.蛇むすめ / Snakegirl
08.トルココーヒー / Turkey coffee
09.モビーディック / Moby dick
10.白い猫 / Chat blanc


Boom Pam(ブーム・パム)

【小島麻由美】デビュー20周年企画第一弾!
地中海サーフロックバンド【Boom Pam(ブーム・パム)】との前人未到のコラボレーション作が登場!
【小島麻由美】の代表曲の数々が地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!
デビューシングル『結婚相談所』(95年7月21日)、デビューアルバム『セシルのブ-ルース』(95年8月19日)より20年。
2015年、様々な記念リリースやコンサートが予定さている20周年企画第一弾として、小島麻由美と地中海サーフロックバンドBoom Pamとの前人未到のコラボレーション作が登場!イスラエル・テルアビブで結成されたBoom Pamは、地中海随一のサーフスポットとして知られるテルアビブ産のサーフロック・サウンドをベースにアラビアの音階も貪欲に取り入れたオリジナリティ溢れるサウンドが特徴。
その人気は本国に止まらず、ヨーロッパでも高い評価を得ており、日本でも『FUJI ROCK FESTIVAL'14』での来日をはじめ、二度の来日ツアーを行い徐々に認知を広げている。そのサウンドに魅せられた小島麻由美のオファーにより、この予測不可能な奇天烈コラボレーションが決定。
小島麻由美の代表曲の数々が、地中海を経由してテルアビブ・サーフロック・サウンドとしてリボーン!

■小島麻由美プロフィール
東京都出身。「古き良き時代」の音楽を愛するガールポップ・シンガー/ソングライター。1995年7月、シングル「結婚相談所」でデビュー。
現在までにオリジナルアルバム9枚、ミニアルバム2枚、シングル16枚、ライブCD1枚、ベストアルバム2枚、映像DVD2タイトルを発表。
ジャケットにも多く使用される自筆イラストがトレードマークで、1999年NHK「みんなのうた」への提供曲「ふうせん」では、三千数百枚に及ぶアニメ原画も提供。イラスト&散文集『KOJIMA MAYUMI'S PAPERBACK』もある。
映画、CMへの歌唱、曲提供多数。近年では2011年~現在放映中の『キッチン泡ハイター』CM曲を歌唱。海外での活動は、2001年仏盤コンピレーション参加。2001~2002年「はつ恋」が任天堂USAのCM曲として北南米にて1年間に渡り放映。公演は2006年JETRO主催『Japan Night』(上海)、2009年『Music Terminals Festival』(台湾・桃園)参加など。
2014年7月、4年ぶりとなるオリジナルリリースとしてミニアルバム『渚にて』、12月3日にはフルアルバム『路上』をリリース。『SUMMER SONIC 2014』への出演など、本格的に活動を再開する。デビュー20周年となる2015年には活発なライブ、リリースを絶賛計画中。https://www.kojimamayumi.com/

■ライブ情報
小島麻由美デビュー20th記念ツアー『WITH BOOM PAM』
出演 : 小島麻由美 with Boom Pam

[大阪公演]
■ 2015年8月31日(月) @梅田 Shangri-La
OPEN / START 19:00 / 19:30
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://eplus.jp/kmwbp/ (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月3日(金) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 21:00
予約期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 14:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 清水音泉 06-6357-3666 (平日12:00-17:00) 
https://www.shimizuonsen.com

[東京公演]
■ 2015年9月1日(火) @下北沢 GARDEN
OPEN / START 19:30 / 20:00
TICKET 前売 4,500円 / 当日 5,000円 (1ドリンク別) 
2015年7月18日(土) 一般発売

オフィシャルWEB先行予約 (抽選)
受付先 : https://sort.eplus.jp/sys/T1U14……001P006987 (PC&モバイル)
受付期間 : 2015年6月19日(金) 12:00 – 2015年6月30日(火)23:00
抽選日 : 2015年7月1日(水) 18:00
結果確認期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月4日(土) 18:00
入金期間 : 2015年7月2日(木) 13:00 – 2015年7月5日(日) 21:00
オフィシャルHP先行受付販売確定日 : 2015年7月5日(日) 15:00以降
問合せ : 下北沢GARDEN 03-3410-3431  https://gar-den.in/


Marii (S・LTD) - ele-king

丸くて尖ってる10曲 (順不同)

interview with Unknown Mortal Orchestra - ele-king


Unknown Mortal Orchestra
Multi-Love

Jagjaguwar / ホステス

Indie Rock

Tower HMV Amazon iTunes

 ルーバン・ニールソンには尊敬できる友人と家族がいて、そうしたひとたちへの信頼や情愛、そして生活が、音楽とふかく結びついているのだろうということが、ありありと想像される。USインディのひとつのかたちとしてそれはめずらしくないことかもしれないけれど、日本で家族や友人の存在が音楽にあらわれるとすれば、もっと極端な表出をともなうか(写真をジャケにしたりとか、歌詞や曲名に出てきたりとか)、あるいはごくふつうの家族や友人として絆や影響関係があるというレベル以上には表現に出てこないか、どちらかであることが多いのではないだろうか。そう考えると、生活における音楽の根づき方や楽しみ方、機能の仕方は、あちらとこちらとではまるで異なったものなのだろうとあらためて感じさせられる。

 本当は、2011年にリリースされた彼らのファースト・アルバムが、シーンにどのようなインパクトをもたらし、どのようにUSインディの現在性を体現していたか、というようなことから書くべきだと思うのだが、それはレヴューや前回インタヴューをご参照いただくとして、ここでは、今作があまりにそうした世事から離れているように感じられることを記しておきたい。

 そんなふうに時代性や批評性から外れて、なお愛され流通する作品というのはとても幸せなものだと思う。しかし考えてみれば〈ジャグジャグウォー〉自体がそうした音楽を愛するレーベルなのだろう。それでいて閉塞したり孤立したりすることなく、その時代その時代にきちんと自分たちの位置をキープし、新しい才能を迎えいれていく柔軟さを持つところがすばらしい。〈ファット・ポッサム〉や〈トゥルー・パンサー〉など、トレンドや時代性という意味において発信力と先見性のあったレーベル群をへて、前作から〈ジャグジャグ〉に落ち着いているのは、本当に彼らにとってもよいかたちなのだと思う。

 元ミント・チックス──キウイ・シーンからポートランドへと移住してきたルーバン・ニールソン、彼が率いる3ピース、アンノウン・モータル・オーケストラ。3枚めのアルバムとなる今作は、彼にとっては、家を買って家族で引越し、バンドにもメンバーがふえ、実の弟やジャズ・ミュージシャンである父もゲスト参加する「家族の」アルバムになった。それは、そんなふうにはアルバムのどこにも謳っていないけれども、音の親密なぬくもりに、そしてデビュー作からの変化のなかに、如実に感じられる。小さな場所で築かれた大切なものとの関係が、とりもなおさずそれぞれの音の密度になっている、というような。

 ニールソンにとって、ヴィンテージな機材やテープ録音のローファイなプロダクションを愛する理由は、きっとそうした親密なものたちへのまなざしや彼らとの付き合い方につながっている。それが人であれ音楽であれ、自身の好むものに対して、外のどんな要因にも引っぱられないつよい軸──それを本作タイトルにならってマルチ・ラヴと呼んでみてもいいだろうか──を、この3作めまでのあいだに、彼は見つけたのだろう。作品を重ねるごとにそれは浮き彫りになり、時代ではなく人の心に残る音へと、変化しているように感じられる。

■Unknown Mortal Orchestra / アンノウン・モータル・オーケストラ
ニュージーランド出身、米国ポートランド在住ルーバン・ニールソン率いるサイケデリック・ポップ・バンド。デビュー作『アンノウン・モータル・オーケストラ』(2011)はメディアからの高い評価とともに迎えいれられ、グリズリー・ベア、ガールズ等とのツアーを重ねるなかで、2015年には通算3作めとなるアルバム『マルチ・ラヴ』をリリースする。

いまは2年前よりもだんぜんハッピーだよ。

まずは、驚きました。UMOだというのははっきりわかるんですが、単にサウンドが変わったというよりは、キャラクターが変わったというか、人間としての変化や進化といったような次元での差を感じました。この2年間で、ご自身の上にどのような変化を感じますか?

ルーバン・ニールソン(以下RN):ここ2年は、いろいろなことがあったんだ。レーベルも新しく〈ジャグジャグウォー(Jagiaguwar)〉になったし、マネージャーもトム・ウィローネン(Tom Wironen)に変わった。新しいドラマーも加入したし、最近は新しいキーボート・プレイヤーも入ったんだよ。個人的には家を買って、家族といっしょにそこに越したんだ。すごくいい時間を過ごせていると思う。本当に楽しくもあり、かなり忙しくもある。こういうすべての変化があったおかげで、いまは2年前よりもだんぜんハッピーだよ。

トランペットはお父さんだそうですね。ジャズ・ミュージシャンでいらっしゃるかと思いますが、ジャズのなかでもどのようなあたりをおもに演奏されるのでしょう?
また、参加曲や今作において、何かアイディアやディレクションについての摺合せはありましたか?

RN:最近は、彼はおもにいくつかのビッグ・バンドの中でジャズ・プレイヤーとして活動しているんだ。そういった大きなアンサンブルの一部になるのがすごく楽しいと言ってるし、親父はそういうのが本当に好きなんだと思う。レゲエ・バンドとツアーをすることもあるんだ。彼はさまざまなスタイルの音楽を演奏してきたし、いまでもそれは変わらない。

録音環境に変化はありますか? ヴィンテージな質感は変わりませんが、やはりディクタフォンやオープン・リールのレコーダーを?
一方で、肌理(キメ)の整った、スマートなプロダクションになったという印象もあります。

RN:昔のよしみで、一度か二度だけディクタフォンを使った。おもに使ったのは〈フォステクス〉の8トラック・リールで、テープ・レコーディングしたんだ。今回は2、3台いい機材を使う事ができて、そのおかげで大きな変化が生まれた。ニュージーランドにある、ハンドメイドで機材を製造している〈Ekadek〉社の〈Kaimaitron〉っていうカスタム・ミキサーを手に入れたんだ。あとは、〈Retro Instruments〉のPowerstripも使ったし、ミックスには〈Chandler〉社のMini Mixerを使ったね。それらの機材は、音質にすごく大きな影響を与えてくれた。同時に、古いスプリング・リヴァーブや、ヴィンテージのアナログ・ディレイ、フェイザー・ペダルといった昔のローファイの機材も使ったんだ。今回は、ハイファイとローファイが混ざり合っているんだよ。

すべては楽しむことからはじまる。自分のスタジオの中で、レコーディング、ミックス、演奏をするのは本当に楽しいんだ。

プロダクションが少しクリアになることで、派手なパッセージなどはないものの、あなたがたがテクニカルなバンドだということがより見えるようになった気がします。そのあたりはどう感じておられますか?

RN:いいことだと思う。年を重ねると、そういうふうに評価されるのがうれしくなってくるね。

具体的にはとくに“ユア・ライフ・ワン・ナイト(Ur Life One Night)”のリズムなどに驚きます。アレンジの色彩のゆたかさもそうですし、冒頭のシンセも新鮮でした。あなたにとってはちょっと「あそんでみた」というところですか?

RN:すべては楽しむことからはじまる。自分のスタジオの中で、レコーディング、ミックス、演奏をするのは本当に楽しいんだ。あのイントロは、まず僕の弟がいくつものコードをプレイして、僕がそれをデジタルのピッチ・シフターにつないで、各コードをPro Toolsを使ってさらに細かく区切っていった。だから、あの変化はかなり早く起こったんだ。作っていてすごく楽しい曲だったよ。

制作の上で、あなたの相談役となるのはとくに誰でしょう? バンド以外の人物ではどうでしょう?

RN:ジェイク(ベース)にはよく相談するんだ。彼とは長年ずっといっしょに音楽を作っているし、僕たちは、音楽やプロダクションに関して話をするのが大好きでね。レコードやアイディアをいっしょに分析するのが大好きなんだ。それ関係の話題だったら、果てしなく話していられる。バンド以外だと、父親と弟と話すのが好きだね。

誰か組んでみたいエンジニアやプロデューサーはいますか?

RN:クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)とナイル・ロジャース(Nile Rodgers)、それにガブリエル・ロス(Gabriel Roth)。

以前は、あなたが60年代的なサイケデリアを参照するのは、もしかするとシューゲイズ・リヴァイヴァルなど、2010年代的なサイケデリックの盛り上がりに対する違和感があったからかと思っていましたが、もっと根が深そうですね。そこには何があるのでしょう?

RN:自分でもわからない(笑)。ただそういうサウンドが好きなだけだよ。僕のお気に入りのレコードは、60年代や70年代の作品なんだ。

仮にギターを禁止されたら、どのように音楽をつくりますか?

RN:シンセサイザーかサンプラーを使うね。

「マルチ・ラヴ」というのは、憎しみや戦いに打ち勝つための愛の武器のようなものだと思っていた。ロマンティックなアイディアとはかけ離れていて、すごく理想主義的だったんだ。

“マルチ・ラヴ(Multi Love)”には「3人の人間が並んだときに生じる欲望の三角関係」という説明がありましたが、それは「the eternal triangle」という言葉とはまったくニュアンスのちがうものですね。これがタイトルになったのはなぜでしょう?

RN:信じられないかもしれないけど、あのタイトルはバンドをはじめる前に思いついたものなんだ。「マルチ・ラヴ」というのは、憎しみや戦いに打ち勝つための愛の武器のようなものだと思っていた。ロマンティックなアイディアとはかけ離れていて、すごく理想主義的だったんだ。アルバムのタイトルは最初の歌詞だし、俺の人生もアルバムもそれとともにはじまった。この言葉を思いついて、言葉の意味を見つけ出そうとしてから、僕の人生と作品はかなり変化したんだ。

3人という集団は、社会の最小単位でもあると思います。あなたはミニマムな社会というような意味で「3人」からなる関係に興味を抱くのですか?

RN:自分たち自身にとっての新しいストーリー、そして人生の新しい道を作りたいと思ったんだ。ある意味、政治的な感じもした。共存しようとすること、それを機能させるために進化しようとすることは、すごく勇敢な気がして。新しい方向へ進む中でのひとつの動きのような感じだったんだ。

共存しようとすること、それを機能させるために進化しようとすることは、すごく勇敢な気がして。

“ネセサリー・イーヴィル(必要悪)”というタイトルなども社会や世界というレベルで生まれてくる発想だと思います。あなたがそうした大きなレベルから思考することの理由には、あなたが移住のご経験をされている(=アメリカの外部からアメリカを見る視点がある)ことも関係しているでしょうか?

RN:アメリカに住んでいながらその言葉の意味をより深く知っていくのは、エキサイティングでもあり悲しくもある。この国(アメリカ)には、無限の可能性と陰湿な嘘の両方が根を張っているからね。歴史とラヴ・ストーリーには共通点がたくさんある。アメリカで人生を生き抜くと、さまざまなレベルから物事を見れるようになるんだよ。

南米風の“キャント・キープ・チェッキング・マイ・フォーン(Can't Keep Checking My Phone)”なども楽しいです。ベースが心地いいですね。こうした曲はどのようにつくっていくのですか? セッションがベースになるのでしょうか?

RN:この曲は、ドラム・トラックから作りはじめたんだ。まず、弟に、僕が彼に送ったいくつかの曲をベースに何かを作ってくれと頼んだ。ディスコに捻りを加えたような作品を作りたくてね。彼が送ってきたドラムは、本当に完璧だった。コードやメロディといったほかのものはすでに考えていたんだけど、普段もそれをできあがったドラム・トラックに入れて、後からベースをつけていく。この曲のメイン・コーラスのベース・ラインを書いて演奏したのはジェイクで、ヴァースのベースを書いてレコーディングしたのは僕だよ。

90年代のR&Bにはリスナーとして思い出がありますか? シンガーをプロデュースしたいというような思いはあります?

RN:そういった音楽にはかなりハマっていたんだ。子どもの頃、自分の親のショー以外で初めて見たのはボーイズ・トゥ・メン(Boys Ⅱ Men)のコンサートだった。いまでもSWVはよく聴いてる。彼らとテディ・ライリー(Teddy Riley)のコラボ作品は本当にすばらしい。そういう作品は、俺が子どもの頃にラジオで流れていたんだ。もしシンガーをプロデュースするなら、自分がプロデュースするにふさわしいプロジェクトで作業したい。いまはツアーですごく忙しいけど、あっちやこっちで数人のアーティストとコラボレーションしているよ。

テレビドラマや映画などで、ここしばらくのあいだおもしろいと感じたものを教えてください。

RN:Netflix(※アメリカのオンラインDVDレンタル及び映像ストリーミング配信事業)で、『ホワット・ハプンド・ミス・シモーヌ』っていうニーナ・シモン(Nina Simone)のドキュメンタリーを見たばかりなんだけど、あれはかなり気に入ったね。彼女はまさにクイーン。本当に素晴らしくてパワフルな存在だと思う。彼女のストーリーは、痛みや喜び、葛藤や鬼才をめぐる壮大な旅なんだ。それから、しばらくテレビや英語を観る時間がそんなになかったんだけど、『ゲーム・オブ・スローンズ(Game of Thrones)』の新シーズンは最近観たよ(笑)。俺は負け犬が好きなんだけど、あの番組に出てくるのは弱者だらけだから、お気に入りのショーなんだ。

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