前作から約3年半程のインターバルをおいて「上腕二頭筋の2人組」が2枚目のフル・アルバムを発表した。またも〈Ninja Tune〉からのリリースである。〈Ninja Tune〉とバイセップの相性はとても良さそうで、特定のジャンルに囚われないスタイルや、どこかギークっぽい部分も見せながら洗練されたサウンドやデザインが光る部分など共通項はとても多い。彼らの代名詞とも言えるブログ「FeelMyBicep」もペースが早まることもなければ遅くなることもなく、黒い無機質なバックグラウンドのブログページに毎月淡々と自分たちが気に入ったアーティストのミックスや音源を紹介していくスタイルは2008年にスタートさせた当初から何も変わっていない。イギリス国内で1万人規模の公演チケットを即完売させるまでの人気に上り詰めても地に足をつけた活動があるからこそ、彼らのアイデンティティーはブレることなくより先へ先へと進化していくのだろう。
そんな彼らが2枚目のアルバムにつけたタイトルは『Isles』。出身地である島国の北アイルランドはベルファストから飛び出して、世界を飛び回り続けた2人が自身のキャリアやアイデンティティーを振り返って作ったとされる今作にはどんなメッセージが込められているのだろうか? アルバムの制作秘話だけでなく、近年の活動やコロナ禍で変化したライフスタイルやマインドなどに迫ってみた。(Midori Aoyama)
必ずしもクラブで盛り上がるものに縛られる必要はないという考え方だったんだよ。曲には長生きしてもらいたいから、まずは曲としてのしっかりとした土台を作って、それを発展させていこうと。(アンディ)
■前アルバムから約3年での新しいリリースです。アルバムのプロモーションやリリース・ツアーなど多忙ななか、どのようなキッカケやモチベーションで今作に挑んだのでしょうか?
マット・マクブライアー(以下マット):2019年の1月にツアーが終わって2週間休んで、そのあとすぐにスタジオに入ったんだ。そのあと4ヶ月くらいはツアーの予定がなかったから、毎日スタジオに通って、特に曲を書こうということもなく、4ヶ月ひたすら楽しんでジャムっていろいろアイデアを試したり、毎日違うことをやって、デモの分量もすごいことになって。ただし20秒くらいの短いアイデア程度のものばかりだったけどね。
■具体的にアルバムの制作にかかった期間はどれくらいですか?
マット:そんな感じで4ヶ月くらいいろいろ試して、2019年の夏あたりにアルバム制作に向けてアイデアがまとまりはじめて、とはいえそのあとも結局8、9ヶ月ほどかけて、完成したのは2020年の2月くらい。だから1年と1、2ヶ月だね。
■いままでのプロダクションで見せたいわゆるストレートなハウスやディスコというよりも、UKガラージやブロークンビーツ、レイヴ・サウンドがさらに色濃く表現されているように感じました。アルバム全体のサウンドやコンセプトで特に気をつけた部分はありますか?
アンディ・ファーガソン(以下アンディ):たしかに制作過程の早いうちに、あまり四つ打ちやハウスは入れないようにするっていうのを決めたんだ。というのもそういうのをやりたければライヴでいつでもできるから。だからアルバムにはもっといろんなビート・パターンやサウンド・デザインに時間をかけて作って、必ずしもクラブで盛り上がるものに縛られる必要はないという考え方だったんだよ。それでかなり自分たちを解放できた部分はあったと思うし、自由にやれたと思う。アルバムのコンセプトとしては、アルバムとして家で聴くヴァージョンがありつつ、ライヴで曲を発展させていこうっていう。というのも前作も2年ツアーしてるうちに最終的にはかなり違うものになってて、それがすごく面白かったからさ。曲には長生きしてもらいたいから、まずは自由に曲としてのしっかりとした土台を作って、それを発展させていこうということだね。
■冒頭の “Atlas” ではイスラエルの歌手オフラ・ハザがサンプリングされています。この曲で彼女を使おうと思ったのはなぜでしょう?
マット:彼女はイタロ・ディスコのレコードを作ったことがあって、それを聴いたのがきっかけ。ちなみに bicepmusic.com って僕らのサイトに特設サイトを作って、今回使ったサンプルをどこで見つけたかとか全部書いてあるよ。かなり詳しく書いてあって便利だからぜひチェックしてみて。
(訳注:以下ウェブサイトより抜粋→彼女のアルバム『Shaday』に収録された “Love Song” というアカペラ曲を聴いて、カタルシスを生むそのエネルギーに圧倒され、その声をサンプラーに取り込み、それが “Atlas” の出発点となった)
いろんな音楽をディグるのは本当に面白い。でもそこに自分たちの印を刻みたいとも思ってるんだ。あまりその影響を濃くしすぎないようにはしてる。ひとつのルーツだけではなくいろんなものがせめぎ合ってる感じを出そうと。(アンディ)
■シングル曲 “Apricots” には Gebede-Gebede “Ulendo Wasabwera Video 1” と The Bulgarian state radio & television choir “Svatba (The Wedding)” がサンプリングで用いられていますね。両者の声がうまい具合に同居して独特のグルーヴを生んでいますが、かたやアフリカの音楽、かたやベルギーの合唱です。対照的な素材ですが、これらの民族音楽をこの曲で同時に使おうと思ったのはなぜでしょう? また、それらの音源にはどのように出会ったのですか?
マット:“Apricots” は元々インストゥルメンタル曲で、ストリングスとコードだけだったんだ。多くの場合僕らはピアノで曲を作りはじめて、実際の音楽を先に考えて、あとからそれを速くしたり遅くしたりといった提示方法を考えるんだよ。というわけでコード進行がまずあって、そこからいろいろアイデアを試したんだけど、どれもうまくいかなくて、たしかブルガリアのサンプルが先だったと思うけど……まあここ10年くらい、ダンス・ミュージックを作るようになってからというもの、スポンジみたいにいろんなものを吸収してきて、レコード・ショップに行くたびに、クラブでかけたいレコードだけじゃなくてサンプルに使えそうとか、つねに獲物を追いかけてる感じなんだよ。しかもロンドンに住んでるから世界中のあらゆるカルチャーに触れることができるし、あらゆる音楽を聴くことができる。店で耳にした曲が気になったら Shazam して、つねに探しててさ。というわけで僕らのパソコンに入ってるライブラリーは膨大なものになってて、曲を作ってて煮詰まったりするとライブラリーをチェックして、これはいいかもと思ったらサンプラーに取り込んでピッチをいじって。ただ問題は、それをやっても95%は失敗すること(笑)。“Apricots” はおそらくサンプルを組み合わせてうまくいった最良の例じゃないかな。ふたつ掛け合わせてうまくいくことなんてほとんどないからさ。世界の全然違う場所の、全然違うヴォーカル・スタイルがうまい具合に対照をなしているんだよ。
■似たような合体の試みをしていたアーティストに、アフロ・ケルト・サウンドシステムがいます。彼らの音楽は聴いたことがありますか?
アンディ:知らなかったけど、ケルトとアフリカ音楽ってそれ最高だな! 聴いてみる!
■“Atlas” のサンプルも “Apricots” のサンプルも、いわゆる西洋のポップ・ミュージックではないものです。“Rever” や “Sundial” などのヴォーカルもエキゾチックさを感じさせます。そこは意識的にそういう素材選びをしたのでしょうか? たまたまですか?
アンディ:さっきマットも言ってたけど、ロンドンに住んでるからあらゆる音楽を吸収するんだよね。そうやっていろいろ聴いたものが自分が作る音楽にも反映されるんだと思うし、ただあくまで自分たち独自のハイブリッドにしたいというのはある。ふたりともノースイースト・ロンドンに住んでて、文化的にとんでもなく多様な街だし、通り過ぎる車からも通りがかった店からも世界中の音楽が聴こえてきて、フェスティヴァルがあってカーニヴァルがあって、そういう環境でいろんなカルチャーのいろんな音楽をディグるのは本当に面白い。でもそこに自分たちの印を刻みたいとも思ってるんだ。あまりその影響を濃くしすぎないようにはしてるんだ。それは自分たちの曲を作ってるときもそうで、あまりにトランスっぽすぎるなとかディスコっぽすぎると感じたら、ちょっと違う方向に持ってったりして、ひとつのルーツだけではなくいろんなものがせめぎ合ってる感じを出そうとしてる。たとえばヴォーカルがインドだったら他の要素はインド感ゼロにして対比させるとかね。他の文化の音楽を複製しようとしてるわけじゃないからさ。
■UKガラージ風の “Saku” には Clara La San が参加しています。彼女は〈Hyperdub〉の DVA の作品やイヴ・トゥモア作品への参加で知られるシンガーですが、この曲で彼女を起用しようと思ったのはなぜ?
アンディ:たしか Spotify で彼女を見つけたんだよ。自分たちが探してた声の特徴がいくつかあって、それで彼女の声を聴いたときに、何と言うか、間違いなく僕とマットが「これぞ90年代のR&Bだ!」って共感できるようなものだった。それで連絡取りたいとなって。僕らのように音楽を作ってて歌えないとなると(笑)、つねに頭のなかで歌を想像してるんだけど、彼女の声は瞬間的に僕の頭のなかの空白を埋めてくれたんだよ。
マット:それにコントラストが大事だから、彼女の声って僕らの音楽とすぐに結びつくようなものではなくて、それが面白いと思ったんだよね。昔のR&Bというか、甘くていい感じで、“Saku” のあの岩のごとく堅牢なドラムと彼女の声が、まさに僕らが求めるコントラストだったんだ。
[[SplitPage]]ライヴ中にちょっとミスっても次の日誰も覚えてないけど、ストリーミングだとビデオカメラで録画されてて最悪(笑)。運転免許の試験みたい。ライヴってそもそもの趣旨がライヴであって、記録じゃないんだよね。(マット)
■今作も〈Ninja Tune〉からのリリースになりますが、レーベルから特別なオーダーはありましたか?
アンディ:いや、レーベルからは全然なくて、むしろ自分たちの目指すところがあって、ファースト・アルバムの成功があったから、その前作の感じを引き続き楽しんでもらいたいっていう思いと、新しいものを提示したいという思いの狭間でどうしようかという。でも〈Ninja〉はこっちから送るものに対してはものすごくオープンだった。
■おふたりもレーベルを運営されていますが、自分たちのではない別のレーベルからリリースすることのメリット、デメリットはなんでしょうか?
マット:僕らのレーベルはいわば愛で成り立ってるもので、商業面はまったく考えてないんだ。かなりアンダーグラウンドな音楽を中心に扱ってて、ラジオでかかるような音楽を狙ってるわけではなく、DJ向けのアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックだからさ。自分たちが出会った無名のアーティストを育てるのも素晴らしいことだしね。一方〈Ninja〉が組織としてやってることはまさに驚異的で、彼らがやってるような仕事を自分たちがやるなんて絶対に不可能だよ。
アンディ:だね。つねに新しいアイデアを提案してくれたり、僕らのアイデアを具現化してくれたりするんだよ。多くの場合、〈Ninja〉が音楽以外の、たとえばアルバム・カヴァーのデザインだったり諸々の負担を軽くしてくれて、自分たちは音楽に集中できるんだ。
■Instagram を通してスタジオの風景やカスタムした機材を鳴らしたりしてますね。フローディング・ポインツやリッチー・ホウティンがDJミキサーをプロデュースしたように、いつか自分たちオリジナルのミキサーやシンセサイザーを作ってみたいと思ったことはありますか?
アンディ:お気に入りの機材って結構1、2ヶ月で変わったりして、それが面白いというか、音楽を作る上で新たな機材から刺激を受ける部分はあるんだよ。僕らは古い機材も好きだしモジュラーシンセのような現代的なものも両方好きなんだけど、基本的にはモジュラーシンセがオリジナル機材のようなものだよね。自分で組み合わせて新しく追加できるから。それに音楽を作る際にシンセをそのままで使うことはほとんどなくて、たとえばギターペダルを3つかませたりしてつねに独自の音を作ろうとしてるんだ。
マット:そうだね、モジュラーがあればいいかもな。あと今作で結構やろうとしてたのが、たとえば実際の80年代のシンセサイザーを使ってそれをモジュラーにフィードしてある種のハイブリッドな音を生み出すとか。“Atlas” なんかはそういう40年もののテクノロジーと最新テクノロジーから生まれた交配種なんだ。
■9月におこなわれた『BICEP LIVE GLOBAL STREAM』も素晴らしい反響があったようですね。過去のインタヴューで「クラウドが大きいほど緊張する」と言っていたのを拝見しました。観客が目に見えないライヴ・ストリーミングは緊張しましたか?
アンディ&マット:さらにひどかったかも(笑)。
アンディ:観客の数はストリーミングの方が多いかもしれないのに、その場にはマットと僕以外誰もいないっていう。普段はステージ上で雑談したりしてるんだけど……
マット:大体ステージ前は軽く飲んだりしてるけど、ストリーミングはめちゃくちゃ明るいところでシラフでさ。あと普段ならライヴ中にちょっとミスっても次の日誰も覚えてないけど、ストリーミングだとビデオカメラで録画されてて最悪(笑)。ライヴってそもそもの趣旨がライヴであって記録じゃないんだよね。
アンディ:大きいクラウドを前にしたときの緊張とは全然種類が違う。
マット:なんか運転免許の試験みたいな感じ。
■2月に予定している2回目のライヴストリームではロンドンのサーチ・ギャラリー(Saatchi Gallery)を舞台にすることが決まっていますね。ふたりにとってこの場所への特別な想いはありますか?
マット:というか一般論としてロンドンには無数にアート・ギャラリーがあって、つねに展示が入れ替わってて目新しいものが見れるから、ふたりとも休みのときにギャラリーを巡るのが好きなんだよ。だからギャラリーが閉まってるこの時期にそこを使うっていうのは自分たちにとっては理にかなった選択だった。というか、空っぽのギャラリーを使える機会なんておそらく二度と訪れないだろうからね。特にサーチ・ギャラリーなんてさ。パンデミックによっていろいろ最悪なことが起こってるけど、サーチ・ギャラリーを使えることは唯一僕らにとって良かったことだな。
アンディ:空っぽのギャラリーを歩き回って録音してみると、いまの世の中の不気味で奇妙な感じが反映されてすごく興味深いんだよね。だからある意味でいまライヴストリームをやるには完璧な場所だと思う。
僕らの地元の北アイルランドもすごく美しいところで、ほとんどが田舎で丘や山や海だし緑が多いからその影響も受けてると思う。それは自分の一部であり、そういう風景のなかで育ったからさ。(マット)
■コロナ禍で突如いままでと違った生活様式をしいられることになりましたが、2020年の1年を振り返って生活面で何か変わったことはありましたか?
マット:まずふたりとも以前よりも健康になったと思う。たくさん寝てるし。ツアー中は必然的に空港で食事したり、ほとんど寝れなかったりして、アドレナリンが出てる状態で生きてて。去年はそれがなくなって、ゆっくり食事したり、睡眠のサイクルもいい感じになって、規則正しい生活になってさ。それは非常にポジティヴな変化だね。
アンディ:あと一歩引いて自分たちが音楽でやりたいことや楽しいと思うことについてじっくり考えられた。もちろんツアーが恋しいっていうのはあるけど、もし元どおりになったら(元どおりになって欲しいけど)、そのときはそれを当たり前だと思わずに感謝の気持ちが芽生えるだろうと思う。それにツアーがあるときは見落としていた、他の大事なことにも目を向ける必要があるっていうことも改めて考えたしね。
■Instagram で拝見しましたが、夏にアイルランドの自然の写真も掲載していましたね。自然や地元の風景、スタジオやクラブとかけ離れた空間が自分たちの音楽に与える影響はありますか?
マット:それは間違いなくある。
アンディ:うん。曲を書いているときはいろんな風景を想像するんだよ。クラブでかかってるところはあんまり浮かばないかもね。これはアイスランドで雪が降ってるなかを歩いてる感じとか、アイスランドに行ったことはないんだけど想像したり(笑)。
マット:機材持ってノルウェーやスウェーデンの北の方まで行って氷河を眺めながらEP作りたい、っていうのはずっと言ってるね。
アンディ:リアルじゃない、記憶と想像が生み出す氷河でもいいのかもしれない。
マット:まあ逃避だよね。でも僕らの地元の北アイルランドもすごく美しいところで、ほとんどが田舎で丘や山や海だし緑が多いからその影響も受けてると思う。それは自分の一部であり、そういう風景のなかで育ったからさ。ベルファスト出身だけど、実はベルファストも緑が多いんだよ。
アンディ:普段は気づかないけどね。でも世界を旅してみるとアイルランドの緑の多さに改めて気づくよ。
■制作のスピードもさることながら、並行してブログの更新やレーベルのリリースも引き続き精力的ですね。「Feel My Bicep」としての2021年の予定を教えてください。
マット:今年はレーベルにも力を入れて行こうと思ってる。いくつかリリースが控えてるんだ。それ以外は基本的にスタジオに入っていろいろ実験しながらやってみようと思ってる。あとダンスフロア向けのものを書くつもり。最近あまりそっちにフォーカスしてなかったからね。
■この3つの上腕二頭筋のロゴがここまで大きな存在になると、ふたりで音楽をはじめたときは想像していたでしょうか?
アンディ:それちょうど今日話してたんだよ。あのロゴはマットが10年前に20分で描いたものなんだ(笑)。
マット:あとでもっといいロゴを考えるつもりだったんだけどね。すごいシンプルだし、シチリアとかマン島とかいろんな旗に似てて、3つの上腕二頭筋ってアイデアは別にオリジナルじゃないんだよ。でもまあロゴだからシンプルな方がいいんだよね。
アンディ:あと、完璧じゃないから不思議なバランスが生まれてるところもいい。
マット:手描きだから左右対称じゃないんだよ。若い頃って無邪気であんまり深く考えてないからさ。でも丸だからデザイン的に使いづらいこともあって、Tシャツにはいいんだけど、バランスをとるのが難しいんだ。
■最後に、日本でも多くのファンがアルバムのリリースを楽しみにしています。オーディエンスに向けてメッセージをお願いします。
マット:日本の人たちに聴いてもらうのがめちゃくちゃ楽しみだし、このアルバムを楽しんでくれることを願ってる。それからまた日本に行ける日を待ち望んでる。日本は僕らが大好きな国のひとつで、行くたびに最高の時間を過ごしているんだ。あと、みんな安全に過ごしてほしい。