「K A R Y Y N」と一致するもの

Various Artists - ele-king

 1月のある週末、私用のため静岡に行く機会があり、せっかくだからとローカルなクラブに顔を出した。土曜日の夜なんだし、そう思ってドアを開けると、90年代初頭に流行ったヒップ・ハウスにエレクトロ、さもなければブレイクビーツ・ハウスが鳴り響いている。ちょと待って、いまいったい何年だ? DJブースにいるのは20代前半の若者たちで、フロアで激しく踊っているのもそう。DJミキサーの両隣にある2台のターンテーブルにはレコードが回っている。
 これはいったいどういうことかと店主に尋ねてみると、ここ数年、若い世代ほどレコードを使い、若い世代ほど90年代モノをスピンするという。続いてその理由を問えば、まずレコードに関してだが、USBをぶっこんで100%完璧にピッチを合わせた、曲のつなぎ目もわからないデジタルなミックスが近年の世界的な潮流としてあるのはわかっていると。しかしミックスが、必ずしもすべてばっちり100%キマるとは限らないレコードには、やはり、どうしてもヒューマンな面白さがあるのだと。早い話、こっちはこっちで楽しい。たしかに、プレイの最中にミックスが微妙にずれたりするそのアナログな感覚がいまはなんだか新鮮に感じられてしまう。
 なぜ90年代のヒップ・ハウスやエレクトロなのかというその理由も興味深い。今日、新譜の12インチは下手したら2千円以上するが、中古の12インチなら500円からあるというリアルな経済事情もここには絡んでいる。しかもそれら12インチは21世紀でも立派に通用している。もちろん新譜(たとえばDJスティングレーのエレクトロ!)と交えつつの話なのだが、こうした傾向は日本全国で起きていることなのか、静岡のdazzbarだけの珍事なのかは知らない。いまどき誰ひとりとしてブランドものの服を着ていないってところがもう時代からズレているし、90年代的過ぎる。そもそもヒップ・ハウスやブレイクビーツ・ハウスなんてものは汗をかいて踊りまくるための音楽で、到底スタイリッシュとは言えない。あ、でもそうか、この子たちの目的は汗をかいて踊ることなんだ……。
 思えば90年前後のレイヴの時代のUKは、現在の日本と重なるところがあった。サッチャー・チルドレンと呼ばれた一部の優等生ビジネスパーソンを除けば、経済的にはおしなべて厳しく、だからこそクラブやレイヴは金のない階級のいろんな人間にとっての貴重な、そして少々ラディカルな娯楽となりえた。dazzbarの若いDJたちが無意識にやっていることは、「新しさ」に対するひとつの問いかけに思える。入場料1000円(1ドリンク)の古いヒップ・ハウスやエレクトロをかけているパーティにだって価値はあるんじゃないかと。それはヘタしたら、今日の日本をより正確に反映しているのかもしれない。

 90年代のDJカルチャーの遺産のひとつに〝リミックス〟という表現形態がある。いちど完成した楽曲をパーツごとバラしてあらたに音を足しながら組み替えることだ。90年代はリミキサーの時代だった。アンドリュー・ウェザオールという、2年前に他界したUKクラブ史におけるもっとも重要なDJ/プロデューサーは、90年代前半、リミキサーとしてそれはそれもう絶大な人気を誇っていた。ウェザオールのリミックスが収録されたレコードを見つけたら、誰もがそれを無条件に、売り切れないうちにと買った。オリジナルは知らないけれどウェザオールのリミックスなら知ってるなんてこもザラにあった。そもそも彼の名前が知られることになったのも、プライマル・スクリームの“I'm Losing More Than I'll Ever Have”というバラードを解体し、ハウスに再構築した“Loaded”という傑出したリミックスによってだったのだから。パーツの組み替え、ただそれだけのことが素晴らしいアートになりうるし、曲にあらたな輝きを加えることだってできる。

 本作『Heavenly Remixes 3 & 4』は、〈Heavenly〉というUKインディ・ロック系の老舗レーベルの楽曲において、アンドリュー・ウェザオールのリミックスを集めたCDで、レコードでは『3』と『4』に分かれている。なぜ『3』と『4』かと言えば、その前の『1』と『2』が同レーベルのほかのいろんなリミックス集で、『3』と『4』がウェザオール・リミックス集といことになるからだ。ウェザオールと〈Heavenly〉は、本作のような特別編が作れるほど深い付き合いがあったということでもある。
 本作に収められている16曲のリミックスのうち半分以上はわりと近年のもので占められていて、ぼくにとっては初めて聴くリミックスばかりだった。1曲目のスライ&ラヴチャイルドの“The World According to Sly & Lovechild”は、それこそ誰もが「アシィィィィィィィド!」とわめていた時代の産物で(昨年、念願叶って刊行した『レイヴ・カルチャー』の、Shoomという伝説的なパーティのところ参照)、ほかにもセイント・エティエンヌやフラワード・アップなど“Loaded”世代にはお馴染みのクラシック・リミックスは当然ある。しかし、その大半がトイ、オーディオブック、コンフィデンス・マン、グウェンノ、ジ・オリエレス、アンラヴド……などといった2010年代のインディ系の日本ではあまり知られていないであろうアーティストやバンドの楽曲だったりする。この〈Heavenly〉というレーベルも、90年代前半は日本でも人気レーベルのひとつだったが、近年において同レーベルの新譜が日本で積極的に紹介されることはほとんどない。

 90年代の音楽業界がリミックスという新たな価値に気が付くと、猫も杓子もリミックス・ヴァージョンを出すようになって、巷にはリミックスが氾濫した。雑誌の名称にもなった。リミックスはトレンドでハイプで、クールでファッショナブルだった。金のためにやったリミックスもさぞかし多かったことだろう。商売なんだから、それが悪いとは思わない。ジェフ・ミルズのように、そんなハイプを嫌ってどんな大物から依頼されても引き受けなかった人だっている。売れっ子中の売れっ子だったアンドリュー・ウェザオールのもとには、相当数のオファーがあったことだろう。なにせ彼がリミックスをしたら売れるから。しかしウェザオールもまた、商業的な理由によってそれを引き受けるタイプではなかった。自分が好きだったらやる、そういう人だった。

 本作は彼のベスト・リミックス集ではない。とはいえ、当たり前のことだが、本作に収録されたどのリミックスにもウェザオールらしさ──ポスト・パンク、クラウトロック、ダブ、テクノ、ファンク、エレクトロ──がある。そして、これも〈Heavenly〉なのだから当たり前のことだが、どのリミックスもインディ・ロックをダンス・ミュージックへと変換している。この人はUKのインディ・シーンを愛していたし、愛されてもいたとあらためて思う。だいたいウェザオールは、90年代に定着した〝リミックス〟という表現形態および付加価値が(おそらくフィジカルの売り上げが減少したことも手伝って)すっかり廃れてしまった今世紀においても、ずっとコツコツそれをやり続けていたのだ。そう、ずっと同じことを。
 アンドリュー・ウェザオールという人は、このリミックスをやったら人からどう見られるかなどというくだらないことを、考えたことすらなかっただろう。やりたいからやる、好きだからやる、愛がなければやらない、それだけだった。静岡のdazzbarでヒップ・ハウスをスピンしている若者たちも同じだ。君たちはまったく間違っていない。

talking about Hyperdub - ele-king

 2021年のエレクトロニック・ミュージックにおいて、こと複数のメディアで総合的に評価の高かった2枚に、アヤの『im hole』とロレイン・ジェイムスの『Reflection』があり、ほかにもティルザの『Colourgrade』とか、えー、ほかにもスペース・アフリカの『Honest Labour』もいろんなところで評価されていましたよね。まあ、とにかくいろいろあるなかで、やはりアヤとロレイン・ジェイムスのアルバムは突出していたと思います。この2枚は、ベース・ミュージックの新たな展開において、10年代のアルカそしてソフィーといった先駆者の流れを引き寄せながら発展させたものとしての関心を高めているし、そしてまた、〈ハイパーダブ〉という21世紀のUKエレクトロニック・ミュージックにおける最重要レーベルの新顔としての注目度の高さもあります。ロンドン在住の現役クラバー、高橋勇人と東京在住の元クラバー、野田努がzoomを介して喋りました。

■アヤとは何者?

E王
Aya
im hole

Hyperdub/ビート

高橋:先週はコード9に会いましたよ。

野田:なんで?

高橋:イースト・ロンドンのダルストンにある〈Café Oto〉というヴェニュー。大友(良英)さんや灰野(敬二)さんがよくやってる。

野田:うん、わかる、日本でも有名。Phewさんの作品も出してるよね。

高橋:そこでアヤがインガ・コープランドの新名義ロリーナと対バンしたんですよ。

野田:くっそー、その組み合わせ、最高だな。

高橋:インガ・コープランド、とくにハイプ・ウィリアムスって、ある種、ダンス・ミュージック以外にも注目しはじめた第二期〈ハイパーダブ〉を象徴するアーティストですよね。

野田:そう、いまハイプ・ウィリアムスの話からはじめようと思ってた。高橋くんって、(マーク・)ロスコの原画って見たことある?

高橋:テート(・モダン)で見たことあります。

野田:あの抽象表現絵画って絵葉書とかになってたりするけど、原画はものすごく巨大で。

高橋:ウォール・ペインティングですもんね。

野田:あの原画の前に立ち尽くすと、圧倒的なものを感じるんだよね。俺はドイツの、たしかデュッセルドルフで原画を見たんだけど、しばらくその前から動けなかったぐらい圧倒された。ハイプ・ウィリアムスのライヴは、自分が21世紀で観てきたなかでいまだベストなんだけど、そのときのハイプ・ウィリアムスのライヴは、言うなればジャングルやベース・ミュージックの抽象絵画だったんだよ。

高橋:なるほど。

野田:抽象化されたベース・ミュージック。そのときのライヴは、壮絶な電子ドローンからはじまったの。サブベースありきのね。もし、“ドローン・ダブ” なんて言葉があるとしたら、あれこそまさにそんな感じだった。それで最初にアヤを聴いたとき、ハイプ・ウィリアムスの続きがここにあると思ったんだよ。ほら、冒頭の電子ドローン、あれを大音量でちゃんとしたシステムで聴いたら、近いモノがあると思うし、電子的に変調された声もそう。

高橋:ははは、そうなんですね。僕にとってハイプ・ウィリアムスとは〈ハイパーダブ〉からの『Black Is Beautiful』ですよ。あのイメージが僕には強い。だから、サンプリングを重視したすごく変なポップ・ミュージックって印象です。

野田:そうだよね。コンセプチュアルでメタなエレクトロニカだよね。とくにその後のディーン・ブラントは音楽そのものを偽装する奇妙でメタなポップ路線に走るけど、あのときのライヴは、言葉が通じない日本人に対してサウンドで勝負したんだよな。そこへいくと、アヤは詩人であり、言葉の人でもある。しかしそのサウンドがあまりにも斬新なんだ。ちなみにさ、アヤってどこから来た人なの?

高橋:経歴を説明すると、出身は北イングランドのヨークシャー。いまって若手のアンダーグラウンドのミュージシャンでも、大学で音楽を勉強している人がすごく多いじゃないですか、ロレイン・ジェイムスとレーベルの〈Timedance〉を主宰しているブリストルのバトゥと彼のレーベルメイトなんかもそうだし。アヤもそうで、音楽大学でミュージック・プロダクションを勉強して、そこで出会ったティム・ランドというランドスライド(Landslide)名義でドラムンベースを作っていた先生に出会うんですよ。その人からアヤはアルカやホーリー・ハードンなどについて学んでいる。

野田:えー、大学でアルカを学ぶって。日本じゃ考えられない(笑)。

高橋:(笑)それがウェールズの大学で、アヤはそこからマンチェスターにいった。そこでベースやUKガラージのシーンへと入って、〈NTS〉マンチェスターとかその周辺の人たちとやっていた。で、『FACT Magazine』のトム・レア元編集長がはじめた、ロンドンの〈Local Action〉レーベルがあって、現行のベース系だけど、ダブステップよりもUKガラージとかから派生している、フロアで機能するようなレーベルです。そういったコミュニティにいたのがアヤ。そこではまだ、ロフト名義でやってた。

野田:ロフト名義のころから注目されてたの?

高橋:詩のパフォーマンスもやってはいたけど、リリースでは音がメインでしたね。ちなみに、トム・レアやその周辺のベース・ミュージックと日本でつながってるのはdouble clapperzのSintaくんとかじゃないかな。

野田:Sinta、素晴らしいな。

高橋:トム・レアってすごく敏腕ディレクターで、新しいことをいろいろやってる。いわゆるEDM的なものではない、カッティング・エッジなベース・ミュージックをロンドンから発信していた。そのなかのひとつとして、ロフトも注目されていた感じです。ロフトはブリストルの〈Wisdom Teeth〉からもリリースしていて、アンダーグラウンドのベース・ミュージック新世代のひとりとして認知されていましたよ。

野田:話が飛んじゃうけど、いまブライアン・イーノの別冊を作っているのね。60年代から70年代って、イギリスはアートスクールがすごかった。アートスクールという教育機関が、70年代のUKロックに影響を与えていたことは事実なんだけど、きっと、いまはそれが大学なんだね。

高橋:まあ、アートスクールが大学ですからね。ブレア政権時代に、いわゆる昔の職業専門学校みたいなのが大学になったりしている。その大学改編の一環で、それまでのアートスクールが大学になっているんじゃないかな。いわゆる美大みたいな感じに。

野田:なるほど。それでアルカについて教えたり、Abletonの使い方を教えたりしてるんだ。そりゃあ面白いエレクトロニック・ミュージックが出てくるわけだな(笑)。ブライアン・イーノがアートスクール時代の恩師からジョン・ケージや『Silence』、VUなんかを教えてもらったようなものだね。

高橋:似ているかもしれない。それこそ僕の在籍しているゴールドスミス大学はジェイムス・ブレイクの出身校ですからね。


Photo by Suleika Müller

野田:話を戻すと、アヤの『im hole』は2021年出たエレクトロニック・ミュージックではいちばん尖った作品だったよね。

高橋:尖ってましたね。

野田:しかもあれって、ベース・ミュージックだけじゃなく、ドローンやアシッド・ハウスとか、いろんなものがどんどん混ざっている。ハイブリットっていうのはまさにUKらしさだし、まあいつものことなんだけど、アヤのそれは抽象化されているんだけど、巧妙で、リズムの躍動感が抜群にかっこいいんだよ。

高橋:僕の好きな曲は4曲目の“dis yacky”です。

野田:あー、わかる、あのベースが唸るやつね(笑)。アルバムを聴いていって、あの曲あたりから踊ってしまうんだよ。部屋のなかで。

高橋:基盤にグライム、ダブステップとジャングルが入ってる。曲の作り方がほかの人とぜんぜん違います。ちなみに、アヤはもともとドラマーでリズム感がめちゃくちゃいいんです。あれって普通に聴くとダブステップと同じようなスピードなんですよ。でも、うしろで鳴ってるのが五連付のドラムロールで、その音だけ、だいたいBPMが170でジャングルと同じなんです。で、アヤはそのBPM170をエイブルトンで設定して作っているんだけど、普通に音楽を聴くときはダブステップやグライムで主流のBPM140で聴こえる。つまりポリリズムですよね。普通はそうやって凝り過ぎるとIDMっぽくなるというか、フロアではシラケちゃったりする。けれどアヤはそこのバランスがうまい、ぜんぜんサウンドオタクっぽく聴こえない。

野田:なるほど、たしかに。

高橋:僕はそこにある種の、ポリリズムとある種のクィアなアイデンティティの相関関係みたいなものがあるんじゃないかと思った。クィア・サウンドとはこれまでにない音を作り出す、それまでのサウンドの境界線をプッシュするというか。そこでポリリズムもリズムの多重性と考えられないかなと。ちなみにアヤ自身はトランスウーマンで、自分のジェンダー自認は女性って公表しているので、その自認がクィア、つまり男性でも女性でもない、というわけではないんですけどね。ただ彼女の生き方には、そういったクィア性はみてとれる。そういった表現をサウンド・テクスチャ―から感じるプロデューサーはいるけど、リズムでやってる人はそこまでいないような気がする。

野田:クィア・サウンド……、なるほどね、それっていま初めて聞いた言葉だけど、面白いね。だって、ハウスはゲイ・カルチャーから来ていて、やっぱりあのサウンドにはその文化固有のエートスが注がれているわけで、最近のエレクトロニック・ダンス・ミュージックでおもろいのは、気がつくとクィアだったりするんだけど、同じようにその独特なノリやその文脈から来ているテクスチュアがあるんだろうね。

高橋:10年代でいえば、〈Night Slugs〉なんかがクィア・シーンではすごい人気ですけどね。

■ソフィーの影響はでかかった


Photo by Suleika Müller

野田:アヤは〈ハイパーダブ〉がフックアップしたの? 

高橋:これはスティーヴ・グッドマン(コード9)がロフトのライヴに感銘を受けて、〈ハイパーダブ〉から出したとインスタグラムで言ってました。まずポエトリー・リーディング、詩のパフォーマンスがすごいとも言ってた。そしてあのサウンドテクスチャー。

野田:〈ハイパーダブ〉の資料によると、アヤはクィア文化に対しても批評的なことを言ってるよね。それも俺、興味深く思っててさ、自分がクィアでありながらクィア文化に対しても批評的であるということは、それが「LGBTQであるから評価するのは間違っている」ということだよね?

高橋:そうです。つまり、クィア文化そのものを批判しているんじゃなくて、そこに向けられる言葉に懐疑的なんです。「LGBTのサウンドはこうでしょ、LGBTのアーティストに求められるものはこうでしょ」、といったものを完全に拒否した音楽です。

野田:逆に言うと、それはジェンダーの認識がすごく成熟に向かってるということでもあるのかね。

高橋:そういう見方もできるかもしれません。だからこそかもしれないけど、リリックのなかでクィアなアイデンティティを全面にだすより、単純に自分が感じている日常的なこと、たとえば自分はヨーク出身で、マンチェスターを経由していま音楽をやっているとか、そういうことをうまい言葉遊びで表現してる。だから必ずしも、クィアやLGBTを取り巻く言説に対する批判だけにとどまらないアティチュードが面白いんですよ。

野田:言い方を変えれば、ジェンダーを超えたところで評価してほしいってことだよね。

高橋:もちろん。アヤはソフィーからの影響が強いアーティストなので。

野田:あらためて思うけど、ソフィーはホント、でかいなぁ。

高橋:ソフィーなんてでてきた当初、誰がやっているかさえわからなかったじゃないですか。でも、ブリアルとぜんぜん違うのはメディアとかにもでていて、ソフィーが顔をだすまえ、つまりアルバム『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』を出す前、インタヴューを受けても顔を隠して声も変えたりしてた。

野田:まさにそれはアヤもやってることだよね。

高橋:そう。〈NTS〉のラジオでもずっとやってた。ソフィーの影響だと思う。このアルバムにはソフィーが死んだ数日後に作ったという“the only solution i have found is to simply jump higher”という曲が入ってます。僕が買った『im hole』の本の謝辞にも「ソフィへ、すべての永遠の満月を(To SOPHIE for every full moon forever)」って書いてある。ポスト・ソフィーっていい区切りになりますよ。サウンド・ミュータントを追求するアルカやフロアで革新性を求めた〈Night Slugs〉もすごく影響力があるけど、ソフィーがやったハイパーポップがもっと重要みたいです。アヤとロレイン・ジェイムスはふたりともソフィーの影響下にありますからね。

野田:ああそうだね、ロレインも。


Photo by Suleika Müller

高橋:去年、僕が感動したDJは、ロレイン・ジェイムスが〈NTS〉でやったソフィーへのトリビュート・セット。あれは素晴らしい。ソフィーの楽曲だけじゃなくて、そのカバーもミックスしていて、みんなのソフィー像が浮かび上がってくるみたいなんです。 LGBTコミュニティに属するアーティストの紹介と言う意味でも、〈ハイパーダブ〉も頑張っていますね。クィア・アーティストとか、マージナルなアイデンティティの人をよくだすようになった。サウス・アフリカのエンジェル・ホ(Angel-Ho)とか。

野田:ところでアヤのライヴってどうだった?

高橋:2回観てますけど、去年のライヴ・ハウスみたいなとこでやったのは、黒いパーカーを着てステージにあらわれて、体を使ったボディ・パフォーマンスがすごかった。本人はスケボーもやっていて運動神経がすごくいいんです。

野田:あれで運動神経がいいなんて、ちょっと反則だ(笑)。

高橋:なんて言えばいいのかな……、ソフィーやアルカも、ライヴをやってるときってけっこうシリアスな感じになるんですね。でもアヤはそういう感じではない。どんなにシリアスになったときでも、アヤはお客さんとジョークを交えたコミュニケーションを取ることを忘れない。

野田:北部の人たちは、昔からロンドンのお高くとまったところに対抗意識を持ってるんだよ。

高橋:ありますね(笑)。うまく言えないんだけど、すごくイギリス人っぽいユーモアを持ったひとです。だからアルバムからは想像できないけど、すごくフレンドリーです。じょじょに曲が進むとパーカーを脱いで、すごくかっこいい衣装になってダンスしまくる、みたいな。その日はちょうど、アルバムにも参加してるマンチェスターのアイスボーイ・ヴァイオレットもMCでステージに現れました。アイスボーイのジェンダープロナウンは「They/Them」で、男性と女性でもないことを自認していますね。

野田:はぁ……(深くため息)、いまコロナじゃなきゃ、日本でもきっと見れたんだろうなぁ。君がうらやましいよ。じゃ、ロレイン・ジェイムスのことを話そう。彼女は〈ハイパーダブ〉が見つけたんじゃなく、ロレインが海賊ラジオに出演したとき、これは〈ハイパーダブ〉が契約しなきゃだめだろってリスナーが騒いで、で、〈ハイパーダブ〉が契約したっていう話を読んだんだけど。

高橋:たしかに。ロレインは同じ世代からの信頼がすごく厚いプロデューサーなんです。オブジェクト・ブルーというロンドンのプロデューサーや、ロレイン・ジェイムスのフラット・メイトで、〈Nervous Horizon〉を運営するTSVIと彼女は仲がいい。みんな非常にスキルフルで影響力のある作り手たちです。そういったロンドンのコミュニティがあるのは面白いですよね。

野田:面白い話だね。そういうのは日本からはぜんぜんわからないよね。

高橋:オブジェクト・ブルーさんは日本語が母国語のひとつだし、『ele-king』で日本語圏に向けて取り上げるべき人ですよ。最近ではジェットセットでもレヴューを書いてたな。彼女はレズビアンであることを公言していて、昔Twitterには自分のことをテクノ・フェミニストと呼んでいてかっこいいなと思いました。

野田:へー、それも興味深い。

高橋:そういうコミュニティからロレイン・ジェイムスがでてきてるっていうのは、ひとつありますね。いわゆる団体というよりも、友だちって感じですけど。

野田:ロンドンって再開発して物価が上がってボヘミアン的なアーティストが住めないって聞くから、もう新しいものは生まれないって思ってた。そういうわけじゃないんだね。

高橋:そんなわけでもないですよ。たしかにブレグジットの影響でボーダーは前ほど自由ではないけど、音楽シーンにインターナショナルな感じはあるかな。TSVIはイタリア人なので。ヨーロッパから人がたくさん集まってる。ベルリンみたいな雰囲気もあります。

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■ロレイン・ジェイムスの内省

E王
Loraine James
Reflection

Hyperdub/ビート

野田:そのロレイン・ジェイムスなんだけど、彼女の『Reflection』、俺はアヤ同様に、昨年ものすごく気に入ってしまってよく聴いたんだよね。ドリーミーで、内省的なところにすごく惹かれたよ。ロンドンに住んでる人とは、日本はだいぶ状況が違うから聴き方も違っているのかもしれないけど、いまロンドンはプランBでもって、すべてのクラブは解禁されて、マスクなしでみんな騒いでるわけでしょ? でも日本はまったく違うのよ。年末年始に久々にリキッドルームやコンタクトに行ったけど、当然マスク着用で、基本、みんな静かに踊ってる感じ。日本はさ、なんか陰湿な社会になっていて、相互監視がすごくて、その場で注意されるんじゃなく、ネットで批判されたりするんだよ。で、まあ、久しぶりにクラブやライヴハウスに行くとやっぱ楽しいんだけど、でも、いつまでこうやって、マスク着用で静かに踊ってなきゃならないんだろうかって思うと、途方に暮れるんだよね。だから相変わらずひとりでいる時間も増えたりで、内省的にならざるをえないというか、むき出しのエネルギーみたいなものより、内省的なものにリアリティを感じちゃう。俺の場合はロレイン・ジェイムスはそこにすごくハマった。それにアヤとは違ってロレインのほうがメロディックじゃない?

高橋:まあ、そうですね。

野田:メロディがはっきりしていて、そういう意味ではポップともいえる。

高橋:アヤはどっちかというと、リズムの実験。

野田:そうだね、あとテクスチュア重視。ロレインもリズムはこだわってるけど、メロディのところでは対照的かもね。あとさ、ロレインって、紙エレキングでインタヴューさせてもらったんだけど、ほかのインタヴューを読んでも、すごく誠実そうな人柄が伝わってくるじゃん? IDMは大好きだけど、ベタなポップスもけっこう好きってことも言うし。俺はレコードで買ったけど、レコードには歌詞カードがちゃんと入っている。彼女はファーストがすごく騒がれて、で、がんばりすぎて鬱になってしまって、だから決してドリーミーな言葉ではないんだろうけど、でもサウンドはドリーミーなんだよね。悲しみから生まれた音楽かもしれないけど、悲しい音楽ではない。

高橋:パワフルでエネルギッシュな音楽ですよね。

野田:あるイギリスのライターが書いたレヴューで共感したのが、「この音楽は絶望から生まれたかもしれないけど、もっとも絶望から遠ざかってもいる」みたいなね。

高橋:そういう意味で〈ハイパーダブ〉にいままでなかった音楽ですよね。ロレイン・ジェイムスは顔が見えるというか。そういうパーソナルな部分がでている。〈ハイパーダブ〉は「ハイパーなダブ」ですからね。音の実験みたいなところ。ロレインそういう意味で〈ハイパーダブ〉の新しい章のはじまりかもしれない。僕はファースト『For You and I』に漂っている、あの自分の生まれ育ったノースロンドンをサウンドで振り返る感じがすごく好きです。

野田:ブリアルを輩出したレーベルだから、やはり匿名性にはこだわってきたんだろうし。

高橋:〈ハイパーダブ〉は2004年にはじまったわけだから、もうすぐ20年近くになりますね。

野田:最初はカタカナで「ハイパーダブ」って書いてあったんだよね。サイバーパンク好きだから。

高橋:そうですよね。クオルタ330とか、いまも食品まつりとか日本人のも出し続けてますね。

野田:食品さんが〈ハイパーダブ〉から出したのはいちファンとして嬉しかったな。


Photo by Suleika Müller

■〈ハイパーダブ〉とレイヴ・カルチャー

野田:〈ハイパーダブ〉には、レイヴ・カルチャーをリアルタイムで体験できなかった人たちがレイヴ・カルチャーを再評価するっていうところがあるじゃない?

高橋:そうかな?

野田:そうじゃないの?

高橋:たしかにコード9の後輩とも言えるゾンビーやブリアルは、本人たちも言っているようにレイヴを直接経験していないですよね。でもコード9、スティーヴ・グッドマンは1973年生まれのレイヴ世代ですよ。それこそグラスゴー出身で、レイヴに行ってた。そしてエジンバラ大学で哲学を勉強して、それからウォーリック大学に移って、そこでニック・ランドとセイディー・プラントが教鞭を取っていて、マーク・フィッシャーなんかもいた。いま頑張って訳してるマーク・フィッシャーの『K-PUNK』にも書いてあるんですけど、CCRUのなかでひとつ共有されていたのは、ジャングルは哲学化する必要なんかなくて、最初から概念的だったということだと、そうマーク・フィッシャーは言ってます。

野田:〈ハイパーダブ〉って、ブリアルとコード9がそうだったように、すごくメランコリックだったでしょ。それってやっぱり、1992年はもう終わったという認識があったからだと思うんだよね。

高橋:たしかに。

野田:ノスタルジーとメランコリックは違っていて、ノスタルジーは過去に囚われている状態だけど、メランコリックは過去は終わってしまったという認識からくるものでしょ。彼らのメランコリーって、そういう意味で過去を過去と認め明日を見ていたというか。それをこの20年くらいのあいだ実践してきたのがすごいなと。

高橋:面白いのは、コード9は自分のことをジャングリストっていうけれど、彼はいちどもストレートなジャングルを作ったことはないですよね。しかも、やっぱり最初にコード9が注目されたのはダブステップのシーンであったわけで。かといって、ダブステップの曲ばかり作っていたかといえばそうではなくて、UKファンキーを作ったりとか、そういうこともやってた。いま彼のプロダクションは、フットワークの影響が強い楽曲がメインですね。

野田:そのときどきの変異体に柔軟に対応しているよね。でもずっと通底しているのはジャングルから発展したベース・ミュージックだよね。

高橋:それはあります。彼がいうように、〈ハイパーダブ〉はサウンドの伝染していくウイルスで、形が変わってもジャングルの要素は残っているんでしょうね。DJではコード9はいまも直球のジャングルをかけてます。

野田:ま、UKアンダーグラウンドのブルースであり、ソウルみたいなものだしな。ちなみにUKのレイヴおよびジャングルをリアルタイムで経験してる音楽ライターって、日本では俺とクボケン(久保憲司)だけだと思うよ。これ自慢だけど。

高橋:〈ハイパーダブ〉のレーベル・カラーとしてスティーヴ・グッドマンが最初から明言してる重要なことなんですけど、自分たちはIDMみたいな音楽は出さないと言ってます。彼はもっとシンプルなダンス・ミュージックのフォーマットに惹かれているのであって、いわゆるIDMとされる音楽の表現形態とは離れてると。

野田:レイヴ・カルチャーってのはラディカルだったけど、大衆文化のなかにあったからね。業界のエリートが集まってやってたものではないから。

高橋:たぶんスティーヴ・グッドマンが考えているのは、いわゆるIDMみたいに複雑なことをやらなくても、常にそのなかに、あえていうなら哲学的でコンセプチュアルな可能性は秘められているというか。そこの価値転換みたいなことを〈ハイパーダブ〉は実践としてやっているのではないかと。コード9と同世代のリー・ギャンブルが数年前に〈ハイパーダブ〉に移籍したときはびっくりしたけど、彼のレーベル〈UIQ〉にもそれを感じるかな。リー・ギャンブルの〈ハイパーダブ〉の作品はすごく複雑でコンセプチュアルで、僕にはIDMに聴こえるんですが(笑)。

野田:ブリアルが新しい作品をだして話題になってるけど、タイトルが「Antidawn」だよね。

高橋:造語ですね。

野田:そう、「反夜明け」って造語。それって明るいものに対する反対みたいな、否定的なニュアンスで受け取られてるよね。でもね、レイヴ・カルチャーってことを思ったとき、レイヴの真っ只中では誰もが「夜明けなんて来るな」と思ってるんだよ。だから、必ずしも「Antidawn」は否定的な言葉ではないとも思ったんだよね。

高橋:なるほど。アンダーグラウンドの世界が終わらない、というか。野田さんって『remix』で、日本で唯一ブリアルにインタヴューしている人ですよね。

野田:まあ、電話だけどね。

高橋:あれすごく面白くて。彼が音楽の比喩として使っているのが、公園とかにある石を裏返すと虫が元気にうごめいてると。クラブ・ミュージックはそういうものだと、太陽が当たらないほうが元気だろ、と。こういうことをしゃべる人なんだって(笑)。

野田:そうそう(笑)。彼はほんとうにアンダーグラウンド主義者だよね。

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■〈WARP〉や〈Ninja Tune〉との違い

E王
Burial
Antidawn

Hyperdub/ビート

高橋:「Antidawn」をどういうふうに聴きました?

野田:あれって日本にいるほうがリアリティを感じるよね。クラブに行きたくても昔のようには行けないじゃない。リズムがないってことはそういう状況の暗喩なわけで。

高橋:あれはロックダウン中に作られた音楽ですよね。個人的なことを話すとロックダウン中に、僕は散歩をたくさんしていた。クラブに行けない状況で、ヘッドホンをしながらパーソナルに聴く状況が増えた。その雰囲気にかなりぴったりですよね。レヴューでも書いたけど、僕はこの続きを聴きたいなって思わせる音楽だと思いました。

野田:スタイルとしてはサウンド・コラージュだよね。風景を描いている音楽。

高橋:野田さんは〈ハイパーダブ〉をずっと紹介してきたけど、いままでのUKレーベルの〈Ninja Tune〉や〈WARP〉との違いって何だと思いますか?

野田:そのふたつのレーベルはセカンド・サマー・オブ・ラヴの時代に生まれたってことが〈ハイパーダブ〉との大きな違いだよね。ただし、リアルタイムでレイヴやジャングルを経験するってことはそのダークサイドも知るってことで、あとからジャングルを形而上学的に分析することはできるだろうけど、あの激ヤバな熱狂のなかにいたらなかなかね……。

高橋:そういえば、野田さんは〈fabric〉から出たコード9とブリアルのミックスのことを形而上学的だって書いてましたね。

野田:で、ジャングルと併走して白人ばかりでドラッギーなトランスのシーンもあったし、だからあの時代(1992年)に〈WARP〉が“AIシリーズ”をはじめたことは、当時はものすごく説得力があったんだよね。IDMに関しては、その言葉はオウテカやリチャード・ジェムスもみんな嫌いで、だから90年代は“エレクトロニカ”って呼んでいたんだよ。そして、ではなぜ〈Ninja Tune〉や〈WARP〉がジャングルに手を出さなかったかと言うと、ひとつは、すでにレーベルがいくつもあった。〈Moving Shadow〉であるとか、4ヒーローの〈Reinforced〉であるとかゴールディーの〈Metal Heads〉であるとか、そういうオリジネイターに対してのリスペクトもあったし、でも、その革命的な音楽性に関してはドリルンベースなどと呼ばれたようなカタチで取り入れているよね。あと、ジャングル前夜のベース・ミュージックって、それこそブリープの元祖、リーズのユニーク3だったりするんだけど、そこと〈WARP〉は繋がってるじゃん。もともとシェフィールドのレコ屋からはじまってるわけで。そこに来てシカゴやデトロイトのレコードを買っていた連中が音楽を作るようになっていって、レーベルがはじまった。

高橋:それに対して、〈ハイパーダブ〉はウェブ・マガジンとしてはじまってるんですよね。その読者がブリアルであって、そこからいろいろつながった。そういう意味で、ゼロ年代のある種のインターネット音楽のパイオニアみたいなところもあったんじゃないかな。

野田:たしかにね。レコ屋世代からネット世代へってことか。

高橋:そういえば、スティーヴ・グッドマンは現実の政治性を全面にだす感じではなく、むしろ冷ややかに離れて見ていた印象があったんです。自分のイベントでは「ファック、テレザ・メイ」とMCで言っているのを見たりしましたけど(笑)。でも最近、ブラック・ライヴズ・マター以降の彼の言動をみると、〈ハイパーダブ〉がいまのブラック・ミュージックを世界に出すうえでのハブというか、ブラック・ミュージックを意識的に紹介していくことをひとつの重要な点として考えているってことをソーシャルメディアで公言しているんです。フットワークもそう。〈ハイパーダブ〉の00年代後半の功績のひとつとして、イギリスにフットワークを広く紹介した。

野田:それは〈Planet Mu〉でしょ。

高橋:〈ハイパーダブ〉と〈Planet Mu〉のふたつですね。〈ハイパーダブ〉はDJラシャドをだしてますから。また、〈ハイパーダブ〉から紹介されて以降、ラシャドはジャングルに興味を持つようにもなる。そういう相互関係も生まれてくる。コード9はいまもフットワーク・プロデューサーをどんどん紹介している。あと最近ではさっきのエンジェル・ホを出したり、南アフリカのゴム(Gquom)やアマピアノを紹介したり。西洋中心主義に陥いることなく、そういう音楽を意識的に紹介している。そういう意味で食品まつりを出したのも面白いですよね。

野田:〈ハイパーダブ〉はイギリスではどんなポジションなの? 

高橋:先日用があってブライトンに行ってレコ屋を覗いたんですが、「Antidawn」のポスターがメジャーなアーティストと並んでました。

野田:やっぱブリアルは別格だよね。でも、当然あの作品に対する批判はあるでしょ? あれだけ極端で、思い切ったことやっているわけだから。

高橋:ダンス・ミュージックじゃない点で、少し物足りなさを感じる人はいますね。あとはやってることがまえとそんなに変わってないから、もっと違うことをやればいいんじゃないかとか。そのまえにいくつか12インチをだして、そちらはダンサブルでいままでにないアプローチもあったから、そっちの続きが見たいって人も多いですね。

野田:そりゃまあ、そう思う人が多いことはわかる。

高橋:僕はロックダウン中、ダンス・ミュージックと同じくらいアンビエントもフォローするようになっていて。いわゆるアンビエント・サウンドのなかでも、すごくパーソナルな方向というか、そういうひとたちが増えたと思うんですよね。デンシノオトさんもレヴューを書いてますが、アメリカのクレア・ロウセイってひとはアンビエント音楽のうえで、すごくパーソナルなエッセイを朗読したり、すごく作り手の顔が見える音楽をやっている。

野田:ああ、なるほど。たしかにパンデミック以降、アンビエントの需要が拡大したのは事実で、「Antidawn」はブリアルにとってのアンビエント作品という位置づけもできるよね。

高橋:ロンドンの視点で言うと、コロナで休止しちゃったけど、エレファント・アンド・キャッスルの高架下にある〈Corsica Studio〉ってライヴ・ハウス/クラブで〈ハイパーダブ〉は「Ø(ゼロ)」というイベントを月イチでやってました。最初の回がコード9のオールナイト・セットで、さっき言ったインガ・コープランド、ファンキンイーブンやジャム・シティも出ていた回もありました。〈ハイパーダブ〉からリリースはしていないけど、ロンドンで活動しているプロデューサーをコード9がフックアップしていたんです。そういうブッキングは、彼ひとりでやるのではなく、たとえばシャンネンSPという黒人の女性のキューレーターと一緒にやっていたりする。ロンドンのダンス・シーンにはいろんな人種がいるわけだけど、その文化を意識的に紹介することも面白いと思いました。

野田:ポスト・パンク時代の〈ON-U〉みたいなものだね。俺さ、昔のレイヴ・カルチャーを思い出すとき、自分の記憶で出てくるのが、女の子の穴の空いた靴下なんだよね。これは91年にロンドンのクラブに行ったときの話で、当時のクラブはコミュニティ意識が強かったから、ひとりで踊っているとよく話しかけられたんだよ。「どっから来たの?」とか「何が好きなの?」とか。で、なぜかそんときある青年と仲良くなって、明け方「いまから家に来ない?」ってことになって、昼過ぎまで数人で車座になって紅茶を飲んで音楽を聴いたんだけど、そこにいたひとりの女の子が穴の空いた靴下を履いていたんだよね。それが俺にとってのあの時代のロンドンのクラブ・カルチャーであり、レイヴの時代の象徴というか、良き思い出だね。要するに、気取ってないし、牧歌的だったんだよ。

高橋:いまは牧歌的な感じではないかな……。日本とは比較できないオープンな感じはもちろんあるけど。

野田:じゃあ27歳くらいの俺がふらっと来て、そのまま誰かの家に行ったりすることっていまでもあるのかな?

高橋:それは僕もたまにありますよ。それこそ、ele-kingでレヴューを書いた2016年の〈DeepMedi〉の周年パーティのあと、ダブステップ好きの人と知り合って、その人の家で二次会しました(笑)。ブリアルかけたり、アンビエントかけたり。

野田:ああ、よかった。それ重要だよね。

高橋:でも、〈ハイパーダブ〉は牧歌的ではないですよね。もっと音楽そのものが持ってる凶暴な感じというか、サウンド・テクスチャ―であったりポエトリーの表現がつながるんだとか、いかに音そのものでサイエンス・フィクションのような、いわゆるウィリアムギブスンやJ・G・バラードを読んでるときの感じが蘇ってくるんじゃないかとか、そういうことですからね。

野田:そこが〈WARP〉や〈Ninja Tune〉との違いなんじゃない? そのふたつは幸福な時代に生まれたレーベルであって、〈ハイパーダブ〉はロンドンが再開発されていて、そのあと911もあって、荒野の時代に生まれたレーベルってことだよね。

HYPERDUB CAMPAIGN 2022
https://www.beatink.com/products/list.php?category_id=3

どんぐりず - ele-king

 1月27日、群馬のどんぐりずが神戸の Neibiss と福岡の yonawo を引き連れて東京でライヴ。実に4県にまたがるスペクタクルが、えびリキ(編集部注・恵比寿リキッドルーム)で繰り広げられた。題して「どんぐりず Presents “COME ON”」。「COME ON」はもちろん「OMICRON」のアナグラム(編集部注・違います)。どんぐりずは群馬県のラップ・デュオで、群馬県から他県には移住しないというのがポリシー。そのことを知ってからはコロナの感染状況をTVで観るたびに群馬県の感染者数も気になり、昨年などは首都圏と違って「1」という日が多く、あまり他県との交流がないエリアなのかなと思っているとオミクロン株の侵入とともに感染者数は一気に増大。落差という意味では関東のどの県よりも切迫感があるのではないかという気持ちでこの日のリキッドルームにのぞむこととなった……などとテキトーな群馬観をめぐらせていると、メロウなブラコン・サウンドを演奏しきった yonawo に続いて、どんぐりずのオープニングはラッパーの森が「イカ・ゲーム」のコスチュームで演歌を熱唱し始める。

 とんでもない場末感。これが群馬なのか。群馬の本質なのか。それとも休業宣言を出した氷川きよしへのエールなのか。いずれにしろ、溜めを効かせ、これでもかと声量にパワーを注ぐ森の歌いっぷりに客席は早くも沸き立っている。とんねるず “雨の西麻布”、タイマーズ “ロックン仁義”、瀧勝(編集部注・ピエール瀧)“人生” に続くメタ演歌のフロントライン。「悪趣味×悪趣味=ハイセンス」という不思議な世界である。かっこ悪いことはなんてかっこいいんだろう。これぞ持続可能な脱力サブカルである。そして演歌からブリープ・サウンドに切り替わり、“NO WAY” になだれ込む。やはり「落差」がキモである。そして、この日、最後まで鳴り響くことになるぶっといベースがフロアに轟きわたる。おおお。恵比寿が揺れる。東京が揺れる。台湾海峡が揺れまくる。スマホで地震速報をチェックすると、実際にその時刻に日向灘ではマグニチュード3.2が記録されていた。何かというと田島ハルコの話をしたがる二木信によると「ヒップホップでここまでベースを出すやつはいない」とのこと。ベース! とんねるず……じゃなかった、どんぐりずのベースはでかい!

 客を煽って大声を出させてはいけないという配慮なのか、MCがあまりにも優しい。まるで体育の授業を受けているようだった Charisma.com のステージ運びとは対照的にホームルームのようなMCである。今日は来てくれありがとう~。何を言っていいのかわからなくなった森は途中でMCをトラックメイカーのチョモに振る。なんて完成されていないステージだろうか。つーか、「イカ・ゲーム」のコスプレがまったく生きていない。ディスタンスをとったクラウドはフロアに浮遊し、森のMCに深くうなづくか、指でピースサインを掲げるのみ。声援もないし、客席からどんぐりを投げ入れるファンもいない。ベースが途切れると、音的にはシーンとしている。以下、「シーン」と表記した場合は「深いうなづき」と「ピースサイン」が乱立している場面をご想像ください(編集部注・スウェーデンの客は感動しても誰も声を出さずにシーンとしている)。MC明けは “powerful passion”。スカした英語のラップの後に♩なにもしゃべらないで~は流れ的にもハマりすぎ。MCでノリが止まってしまい、体を再起動させようとしていると、♩つかれたら おどればいい~というラインは、なんかツボりました。アウトロのシンセサイザーがぐんぐん音量を増し、けっこうサイケデリックになっていく。

 中盤は次から次へとメロー・ファンクを決めていく。ドローン風のバック・トラックが耳を引く “E-jan” はライヴで聴くとやや毒気が薄れる。♩なんだってやっちゃえばいいじゃん~正解もどうだっていいじゃん~ 誰かの目ん中で生きてる~ 良い子は寝てればいいじゃん~(♩イイ子はイイ子にしかなれないよ~とラップしていた安室奈美恵へのオマージュなのか) ここ数年、ヒップホップはなるべく聴かないように心掛けていたんだけど、どんぐりずだけは別。どんぐりずはどんぐりずだから聴くのであって、ヒップホップだから聴いているわけではない。「今日のために新曲を2曲つくってきました」。シーン。1曲目はフィッシュマンズ “Running Man” を思わせるユーフォリックなリズム・パターン。残念ながら歌詞は聞き取れず。2曲目は一転してなんとジャングル(編集部注・“dambena” でもやってますよ!)。僕は最初から踊りっぱなしだったんだけれど、ここで会場内の踊りはピタッと止まる。まるで戦略核兵器削減条約のように。ジャングルにMCをのせるとどうしてもラガマフィンになりがちだけれど、森はそうならず、いつも通り歯切れよくラップ。冷静に会場内を観察していた編集部・小林拓音によるとジャングルだけでなく、踊っていたのは「トラップのときだけでしたね」とのこと。「あと2曲で終わりです」。シーン。

 どんぐりずは明らかにネーミングの勝利だろう。スワッグなネーミングにはコンプレックスが内包されていることを見抜き、漢字だけで表記する対抗意識にも距離を置いている。ネーミングだけで彼らのニュートラルな自意識が伝わり、ヒップホップに様式美から入ることを避けられる。ヒップホップのヒの字ぐらいしかなかった90年代にスチャダラパーを聴き始めたときと同じ入り口がここには用意され、ヒップホップにまつわる言説から音楽を解放した状態で聴かせてくれるともいえる。♩俺が踊る理由 ただ音に夢中~(“powerful passion”)というのは、本当にその通りなのだと思う。アンコールのために yonawo がドラムスやキーボードを設置している間、どんぐりず(編集部注・ここまででどんぐりずと13回表記しています)は時間稼ぎだといって祭囃子をファンクに仕上げた「わっしょい!」をやり始めた。この曲は単純に面白いというだけでなく、群馬県がブラジル移民と共存し、他の県にはない独自の祭りカルチャーを発展させてきたことが背景には張り付いている。少なくとも彼らのPVはそういう作りになっていると感じさせる。これが群馬。群馬のキャラクタリゼイション。

 セッティングが整うと yonawo によるバンド演奏+チョモランマのギターに途中からオープニング・アクトの Neibiss も加えて “like a magic” をプレイ。ラップ・ナンバーではなく、5年前にシティ・ポップを気取っていた曲で、それはまるでスチャダラパーとスライ・マングースが合体したハロー・ワークスを思わせる演奏風景だった。どんぐりずがラップというフォーマットから逸脱していく姿はとても自然な感じがすると同時にまだちょっと早いという気もした(編集部注・編集部は実はひとつも注を書いていませんでした)。

ECD - ele-king

 これは朗報だ。転機を迎え、猛烈に時代とリンクしたECDの名作、イラク戦争のあった2003年にリリースされた『失点 in the park』が、ついにアナログ化される。ミックスは盟友 illicit tsuboi。ごりごりのサウンドに仕上げられているとのこと。メッセージがこめられたアートワークを眺めながら、じっくり聴きこみたい。

ECDが2003年に自主制作で発表した2000年代を代表する不朽の名作『失点 in the park』がリリースから約19年の時を経て奇跡のアナログ化! 盟友illicit tsuboi監修のもと2枚組/33回転でのプレスとなりオリジナルCDを再現した紙ジャケ仕様かつ拘りの見開きジャケット/シリアルナンバー付き/初回完全限定生産でのリリース!

◆ メジャーレーベルとの契約を終了して完全インディペンデントとなり、ECD自身で全てを制作したアルバム『失点 in the park』。それまでに身に着けたスキル、ギミックなどを一切排し、生身のECDが淡々と感情を吐露する衝撃的内容は発売当初、困惑と戸惑いをリスナーに巻き起こしたものの、従来の狭いカテゴリーから脱却して新たなる音楽荒野を目指す、その姿勢がやがて大きな共感を呼び、口コミによってHIP-HOPリスナー以外にもその存在が知られるところとなり、現在ではJ-POPの名盤としても語り継がれている名作中の名作。2003年のオリジナル・リリースから約19年の時を経て奇跡のアナログ化が実現。
◆ 盟友illicit tsuboi監修のもと全8曲をあえて2枚組/33回転で製作することで作品のイメージをさらに増幅させるゴリゴリなサウンドに仕上げられている。
◆ 2003年に杉並区の公園の公衆トイレで起きた落書き事件の写真を用い、リリース当時大きな話題となったジャケットはオリジナルのCD/紙ジャケ仕様で再現し、かつ拘りの見開きジャケット/シリアルナンバー付き/初回完全限定生産でのリリースとなります。

ECD 2003年の傑作アルバムがいよいよLPにて復刻!
メジャー契約も切れ彼1人で出来ることといえば、PORTA ONEの4トラックカセットMTRで録音することだけ。
サンプラーキーボードRoland W-30を叩いてラップするスタイルは、正にアコギ弾き語りスタイルのHiphop版そのものであり、彼史上最もシンプルかつ鋭い内容に自他共に「これを超えることは不可能」と言わしめたアルバムでもある。
個人的にもエポックメイクだと思っており、しかるべきフォーマットで出さないと意味がないと思い収録時間度外視で2LPフォーマットでリリースさせて頂くことになりました。これはECD本人の夢でもあり、こうして2022年に叶ったことは大変意義があるなと。
これでまたECDに足りなかったピースが埋まった。
感謝。
──The Anticipation Illicit Tsuboi

[商品情報]
アーティスト: ECD
タイトル: 失点 in the park
レーベル: Final Junky / P-VINE, Inc.
発売日: 2022年4月20日(水)
仕様: 2枚組LP(見開きジャケット仕様/シリアルナンバー付き/完全限定生産)
品番: FJPLP-001/2
定価: 5,940円(税抜5,400円)
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/wn4VUH3v

[TRACKLIST]
A1 FREEZE DRY
A2 EVILE EYE
B1 迷子のセールスマン
B2 1999
C1 Island
C2 DJは期待を裏切らない
D1 貧者の行進 (大脱走Pt.2)
D2 Night WALKER

Soichi Terada - ele-king

 寺田創一。90年代の日本における偉大なハウサー、または相撲のジャングリスト、あるいはヴィデオ・ゲームのコンポーザー……。いや、僕にとっては寺田創一というより、むしろソウイチ・テラダと言ったほうがしっくりくる。「『サルゲッチュ』のひとで、ハウスもやってるよ」なんて不思議な文句に焚きつけられ、はじめて手に取った『Sound from the Far East』のことを思い出す。あるいは、ディスク・ユニオンで偶然見つけた『The Far East Transcript』はいまでも僕のお気に入りの一枚だ。前者はアムスの〈Rush Hour〉、後者はロンドンの〈Hhatri〉、すべて海外から再発されたものだ。また他方では、パリは〈My Love Is Underground〉からのリリースでも知られるブラウザー。『ele-king』にもたびたび登場するDJのアリックスクン。彼らジャパニーズ・ハウスへの愛とリスペクトをむんむんと匂わせる愛すべきオタクなフランス人らによっても、これら90年代における日本のレガシーに光を当てるきっかけが作られていたのであった。オランダ、イギリス、フランス……。ソウイチ・テラダと遭遇したとき、僕はそれが外からきた音楽だとばかり思っていた。

 このたび18ヶ月にも及ぶ期間を経て完成させたアルバムは、いままでのような過去のアーカイヴないし再発ではない。先述した『Sound from the Far East』は〈Rush Hour〉のハニー(Hunee)によって編まれた、ジャパニーズ・ハウスの再燃を示す決定的なコンピレーションだったが、今作もある意味では決定的な一枚と言える。なぜならジャパニーズ・ハウスのヴェテランによる25年ぶりのフルレングス作品。そして、アルバムの11曲すべてが完全に新しいマテリアルをもって作られている。例によってオランダの〈Rush Hour〉から。ソウイチ・テラダによるファースト・アルバム、『Asakusa Light』がやってきた。

 オープナーの “Silent Chord” におけるフィルターのかけられたシンセ、ハイハットやベースでじりじりと展開を付けていくさま、そしてキック……は登場しない。ああ、ソウイチ・テラダはやはりハウスのマエストロだ。ハウスの最も単純かつ重要な四つ打ちという要素をあえて消す。しかしその “静寂な和音” とは対照的に、僕の鼓動は緊張感とともにじょじょに高まる。否応無しに次の展開を期待させられる。早くキックをくれ! とでも言わんばかりに。でもそのあとは安心。低音の効いたキックがしっかりと作品の足場を固めている。やがてベースも絡みついてくる。背後を覆うディープなシンセのパッド。あるいはチープでかわいらしいメロディ。たまに日本めいた何某かの具体音も聴こえてくる。そして何よりも、90年代ハウスのあの特徴的なピアノのコード弾きがいたるところにある。いやはや、2022年においてあの鍵盤を聴けるだけでもう満足だ。

 アルバムは概してベーシックなハウスの要素で敷き詰められており、それらはテラダによる完璧な操作と配置によって見事なハウス・トラックへと昇華されている。ここまでストレートで純度の高いハウス・アルバムを1時間にも及ぶ長さで完成させたのは、さすがというほかない。

 ソウイチ・テラダはアルバムを作るにあたって、30年まえのフィーリングを思い出すことからはじめたという。古いMIDIデータを掘り起こし過去の経験を思い出しながらコンポージングしたこと。それらのプロセスは〈Rush Hour〉の助けも借りつつ進められたという。また、最終的にロジックに統合したものの、機材面でもソフトウェア・プラグインではなく、当時のローランドやヤマハの実機を使用しているという。つまり過去に立ち戻り、見つめることなくしてこのアルバムは完成し得なかった。そして、その過程において自分のなかに見出した「心の光」を、彼は『Asakusa Light(浅草の光)』と呼んだのだった。

 「心の光」とは果たして何だろうか? CDの解説でも触れられているが、それは内なる感覚の話であってやはり抽象的な回答に留まっている。真意は本人のみぞ知るところであろう。しかしひとつ確かなのは、『Asakusa Light』には間違いなく彼の「光」が息づいているということだ。それは当時の──芝浦GOLDでハウスに出会い、ニューヨークにまで飛び込んだ彼が持っていた「光」だ。それは情熱、興奮や喜びという言葉に言い換えられるのかもしれない。あるいは彼のシグネチャーともいえるあの素敵な満面の笑み、そこに醸し出される楽しげな雰囲気。もしくはそれは僕たちがクラブに行った夜に感じる刹那の幸せと似ているかもしれない。後ろを振り返り過去を見つめることをもって作られたこのハウスには、僕を前へと向かわせるポジティヴな感情で満ち溢れている。

今回のコラボレーションによって世界への扉が開かれたという感じかな。一緒にやるのが夢っていうアーティストがまだたくさんいる。そういう扉が開かれた気がするね(アンドリス)〔*オフィシャル・インタヴューより。以下同〕

 ムーンチャイルドの5作目となるアルバム『Starfruit』がリリースされる。
 バンド結成10年目という節目に制作された今作は、〈新たな扉〉を開ける作品 であり、彼らの〈コミュニティ〉が生んだメモリアル・アルバムでもある。

 南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校のジャズ科に通っていたアンバー・ナヴラン、アンドリス・マットソン、マックス・ブリックの3人は、ホーン・セクションに属するツアーで時間を共にすることが多く、意気投合し楽曲制作をおこなうようになった。2011年にムーンチャイルドとして活動を開始し、ファースト・アルバム『Be Free』(2012年)を発表したのちに、〈Tru Thoughts〉から3枚のアルバム(『Rewind』(2015年)、『Voyager』(2017年)、『Little Ghost』(2019年))をリリース。国際的なツアーをおこないながら知名度を上げ、前作のUSツアーでは、演奏した各都市で地元のチャリティを推進する活動も展開し、バンドとしての影響力も増していたところだ。

 ドラムとベース不在のこのバンドは、3人が管楽器をメインとしたマルチプレイヤーでソングライターであるのが特徴だ。各自が持ち寄ったビートを基盤に、ベースパートはシンセベースで担当し、キーボードとホーンによるハーモニーやヴォイシングは、大学のビッグバンドの授業で培ったテクニックをもとに複雑に練り込まれている。そこから感じられるのはひたすら心地良いフィーリングで、その音楽性が彼らの圧倒的な個性となっている。今作でも、曲作りのプロセスは変わっていない。

まずはそれぞれが個別に作るところから始めるから、ビートは常に選び放題の状態なのよ。各自1日1ビート、あるいは1日1曲というのを1ヶ月くらい続けて、そこから多くのアイデアが生まれた。でもその制作過程っていつもと変わらなくて、全員のアイデアを集めて、そのなかからやってみたいと思ったことをやるっていうのが私たちのやり方なの(アンバー)

 前作では、アコースティック・ギターや、カリンバなどオーガニックな楽器も積極的に取り入れながら音色の領域を広げ、ミックス、プロデュースを含め、全工程を3人で完結できるまでにそれぞれがレベルアップしていた。思えばムーンチャイルドは、デビュー作を出してからは、フィーチャリングを一切おこなわないアルバム作りを続けていた。その結果ブレない3人の世界が形成されてきたわけだが、今作では一転、堰をきったように、豪華面々をゲストとして迎え入れている。

 多数グラミー受賞経歴を持つベテラン、レイラ・ハサウェイや、現代のジャズ・シーンの面々と共演するアトランタ出身のヴォーカリスト、シャンテ・カン、ブッチャー・ブラウンの2021作でも大きくフィーチャーされていたシンガー、アレックス・アイズレー(アイズレー・ブラザーズのギタリスト、アーニー・アイズレーの娘)、そして、ラッパー陣も名うての面々が集う。LAの実力者、イル・カミーユ、BET(Black Entertainment Television)ヒップホップ・アワードで2020年のトップ・リリシストにも選ばれたラプソディー、さらに2020年にグラミー最優秀新人賞にノミネートされたニューオーリンズ・ベースのソウル/ヒップホップ・バンド、タンク・アンド・ザ・バンガスのヴォーカル、タリオナ “タンク” ボールや、マルチオクターヴの声域を持つボルチモア出身のラッパー/シンガー、ムームー・フレッシュといった多彩なキーウーマンが集結している。

 近年フィメール・ラッパーを取り上げるメディアの動きがあり、女性の在り方を彼女たちの立場から紐解く視点がこれまでにないほど広がってきたが、その流れにも呼応するかのような圧巻の顔ぶれだ。これらのゲストを迎えた曲では、アンバーのパートと、ゲストによるリリックのパートがあり、〈もう一人の違う私〉が見えてくるようで興味深い。また言葉の中に、愛を綴りながらも確固とした自身のアイデンティティが見え隠れしていて、夢を持っている女性の心境、音楽への強い志、これまでに植えつけられた女性観など、各所に現代女性のリアルを感じさせる部分がある。

いつも私の夢を応援してくれてた 裏方みたいに でも呑まれそうになるのは慣れてる
──“Love I Need feat. Rapsody”
良い彼女になろうとはしたんだ でも知っての通り 私が愛してるのはこのマイクだけ それが人生で大事なこと
──“Don't Hurry Home feat. Mumu Fresh”
母には祈りを捧げて耐えろと言われた 女の心は神聖不可侵であり続けるべきだから
──“Need That feat. Ill Camille”

彼女たちがやっていることを聴いて、さらに自分も曲に取り組んで、この曲ではどうしようとかどう歌おうかと考えているのと同時に、他のシンガーが自分では絶対に思いつかないような、本当に素晴らしいことをするのを目の当たりにするっていう、その過程はすごく楽しかったし、自分の創造する上でのマインドが開かれたと思う(アンバー)

 ゲストたちがテーブルに乗せていく多彩な表現がムーンチャイルドの新たな扉を開け、彼女たちに誘発されるように音楽的にもチャレンジングなプロセスが増えていった。

曲を各ゲストに送って、送り返してもらって、その人が曲をどういう方向に持っていったかによってさらに新たな要素やサウンドを加えたりという感じだった(アンバー)
“Get By” でタンクとアルバートがホーンのパートを歌ってるところなんかまさにそうだったよね。(中略)どの曲にも鳥肌が立つような瞬間があって、たとえば “I’ll Be Here” のブリッジのところでアンバーがやってることも好きだし、“Need That” のイル・カミーユも素晴らしくて、彼女がラップしている部分は元々の形から変化していて。変化した部分の作業はみんなが同じ空間に集まってやったもので、アルバム制作期間のなかでもレアな瞬間だった(アンドリス)

 今作のコラボレーションの源となるのは、10年の間に築かれたムーンチャイルドのコミュニティだ。そしてそのベースとなったのが、DJジャジー・ジェフである。彼は音楽コミュニティ向上のために毎年100人近くのアーティストを自宅に呼ぶなど、コラボレーション促進のための活動に力を入れている。ジャジー・ジェフは、ツイッターを通じて彼らの音楽を発見し、その後ジェームス・ポイザーと共にリミックス(“Be Free”(2013年)、“The Truth”(2017年))を買って出るほど、活動初期から3人の支持者だった。

ジャジー・ジェフはコラボレーションについてすごく力強いメッセージをくれて、それは、音楽は関わる人が多ければ多いほどよくなるってこと。その言葉がすごく印象深かった。一般的に言えば、自分だけの力でやり遂げなきゃいけないプレッシャーってあると思うの。自分だけでもアルバムを作れることを証明しなきゃいけないとか、自分の芸術性を証明しなきゃいけないとか。でも実際歴史的に見ると最高の音楽は複数人で作ったものが多いっていう。それで私も、より多くのアイデアを取り入れたいと思うようになった(アンバー)

 アンバーが語る通り、コラボレーションの話題は目白押しだ。現在進行中のアンバーのプロジェクトでは、〈Stones Throw〉レーベルの人気ビートメイカー/ピアニストのキーファーや、そのキーファーの公演で2019年に共に来日していたキーボード奏者、ジェイコブ・マンともアルバムを制作中のようだ。さらに今作でフィーチャーされているアルト奏者のジョシュ・ジョンソンは、ジェフ・パーカーの『Suite for Max Brown』やマカヤ・マクレイヴンの『Universal Beings』でも印象的な音色を与えるLAシーンの名脇役で、今後も彼らのコラボレーションは広がっていきそうだ。

 そしてもうひとり、ムーンチャイルドの畑を耕したキーバーンが、スティーヴィー・ワンダーだ。デビュー時期に彼らの音楽を知ったスティーヴィーは、毎年恒例となっている自身のチャリティ・コンサート「House Full of Toys」のオープニング・ステージに彼らを抜擢した。2012年12月のこのステージで彼らが演奏した、エリカ・バドゥの “Time's a Wastin” は、LAシーンとR&Bシーンの両方にムーンチャイルドの音楽を発展させるための決定打となった。

コンサートの短い時間で彼が言ったことがすごく印象に残っていて、彼の言葉を要約すると、自分は音楽を色で捉えないんだと。僕らが白人のミュージシャンで黒人の音楽をやっていることについても、今やっていることをやり続けなさいって言ってすごく励ましてくれたんだよ(マックス)

 このときに刻まれた志を胸に彼らはスキルアップを重ね、10年後のいま、ソウルやR&Bをルーツに持つ現代のメッセンジャーたちと共に、これからの扉を開く作品を生み出した。彼らはこの作品を、まさにコロナ禍で得た『Starfruit』と表現している。

この10年ムーンチャイルドを続けてきて、その間にバンドの周りに小さなコミュニティが築かれて、それはすごく嬉しいことだなと思っていて。それは長くバンドを続けてきてよかったと思う部分だね(マックス)

 彼らが築き上げた境地を、“I'll Be Here” の歌詞から感じてみよう。その言葉は、聴く私たちの扉を開け、背中を押すものでもあるはずだから。

代わりにノックしてくれたり歩いてくれる人は誰もいない 代わりに傷ついたり働いたりしてくれる人は誰もいない 代わりに感じてくれたり癒されたりする人は誰もいない きっと自力で見つけることになる だけど私はここにいるから これまで何度も聞いてきたでしょ ここまで来たなら扉を開かなくちゃ
──“I'll Be Here”

interview with Animal Collective (Panda Bear) - ele-king

「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。

 2021年10月、アニマル・コレクティヴのニュー・アルバム『タイム・スキフズ』からファースト・シングルとして切られた “プレスター・ジョン”。思わせぶりなタイトルのその曲を聴いたときに驚いたのは、伸びやかなアンビエンスをたっぷりと含んだドラムの響きを中心としたバンド・アンサンブル、そしてパンダ・ベアとディーキンとエイヴィ・テアが歌声を重ねて織り上げたメロディに、生き生きとしたよろこびのようなものが備わっていたことだった。バンド・アンサンブルのよろこび! そんなものをアニマル・コレクティヴに期待したことなんて、一度もなかったからだ。20年近いキャリアにおいて、彼らがバンド然としていたことなんて、ほとんどなかった。それほどの変化、これまでにない試みを、その曲に感じた。

 今回、パンダ・ベアことノア・レノックスに、『タイム・スキフズ』についてインタヴューをするにあたって最初にやったのは、このアルバムがどこからはじまっているのかを探ることだった。新作に至るまでの道のりを、少し振り返ってみよう。
 2016年の前作『ペインティング・ウィズ』は、ディーキンは不在で、パンダ・ベア、エイヴィ・テア、ジオロジストの3人がつくったアルバムだった。その後、2018年の『タンジェリン・リーフ』はパンダ・ベア以外の3人がつくったもので、これはコーラル・モルフォロジック(海洋学者のコリン・フォードとミュージシャンのJ.D.・マッキーからなるアート・サイエンスのデュオで、危機に瀕している珊瑚礁の美しさ、その保護などを映像作品やイヴェントを通して伝えている)とのコラボレーション、そして「国際珊瑚礁年」を祝すことを主眼にした映像作品だった。そして、2020年には『ブリッジ・トゥ・クワイエット』という、2019年から2020年にかけてのインプロヴィゼーションを編集した、抽象的なEPを発表している(もちろん、この間、メンバーはそれぞれにソロでの活動もしている)。
 2019年のライヴ動画を YouTube で見て気づいたのは、パンダ・ベアがドラム・セットを叩き、ディーキンを加えた4人でライヴをしていたことだった。そこには、いかにも「バンド」といったふうの並びで、新曲を集中してプレイする4人がいた。どうやら、『タイム・スキフズ』は、このあたりからスタートしているらしい。とはいえ、『タイム・スキフズ』という作品を、アニマル・コレクティヴがふつうのロック・カルテットとしての演奏を試みただけのアルバムだとしてしまうのは早計だ。

 プレス・リリースには、「成長した4 人の人間関係や子育て、大人としての心配事に対するメッセージを集めたものでもある」と綴られている。ひたすら音の遊びを続けていた4人の少年たちは、2022年のいま、誰がどう見ても「大人」の男たちである。言うなれば、『タイム・スキフズ』は、彼らが「成熟」という難儀なものをぎこちなく受け入れて、それをなんとか音に定着させたレコードとして聴くことができるだろう。
 子ども部屋のようなスタジオのラボで音に遊んでいたアニマル・コレクティヴのメンバーは、いま、それぞれの活動拠点で、その地に根づいた市民社会や共同体、家族のなかで生きている。そんなことを象徴し、『タイム・スキフズ』を予見させた出来事として、彼らがあるアルバムのタイトルを変更したことが挙げられる。『ブリッジ・トゥ・クワイエット』と過去のカタログを Bandcamp でリリースするにあたって、バンドは、“Here Comes the Indian(インディアンがやってきたぞ)” という2003年のデビュー作の題を “Ark(箱舟)” へと改めた。なぜなら、彼らは、当初のタイトルを「レイシスト・ステレオタイプ」だとみなしたからだ。
 今回のインタヴューでパンダ・ベアは、「アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについて」バンド内で意見をシェアしたと語った。それは前記のことと直接的に関係しているだろうし、現にこのアルバムには “チェロキー” というネイティヴ・アメリカンの部族、および彼らの文化が残る土地に由来する曲が収められている。
 4人の「元少年たち」が、極彩色のサイケデリックな夢を描いていたインディ・ロック・バンドが、なぜいま「アメリカのバンドであること」について考えなければいけなかったのか。それは、パリ協定からの離脱を断行し、議会襲撃事件を煽り、ツイッターから締め出されたあの男のことを思い出さなくても、じゅうぶんに理解できる。

 だからといって、身構える必要もない。最初に書いたとおり、『タイム・スキフズ』は、バンド・アンサンブルの自由で清々しいよろこびが詰まったLPである。ぼくにとっては、あの素晴らしい『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』や『ストロベリー・ジャム』に次ぐフェイヴァリットだ。
 さて。前置きはこれくらいにして、パンダ・ベアの言葉を聞こう。

ドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとかじっくり考えて。感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。

いま、どちらにお住まいですか? そちらは、パンデミックの影響はどんな感じでしょうか?

パンダ・ベア(PB):リスボンだよ。コロナはオミクロンの波が来て2、3週間感染拡大が続いていたけれど、ようやく終わりに近づいてきたところなんだ。感染者数は激増しても入院や死亡者数がかなり抑えられていたから、それなりにうまくいったと言えるんじゃないかな。(編集部註:取材は1月中旬)

まずはディーキンがバンドに戻って、4人で再び演奏や作曲をするようになった過程や理由を教えてください。

PB:10代でバンドをはじめたときにもともとのアイディアとしてあったのが、緩くつながる集団というか、必ずしも毎回4人全員が参加するというものではなかったんだよ。それぞれがいろんなことをやる、っていう考え方が気に入っていたんだ。その時々で呼び名も変えていいかもしれないし、ジャズのミュージシャンがよくやっているみたいに、その時参加している演奏者の名前がバンド名になる、みたいな。たとえば、トリオとして集まって5年くらいライヴやレコーディングを精力的にやる。でも、それぞれが他の人とも組む。そうやって常に変化し続けるというのが、グループの最初のアイディアだった。でも一時期はそのアイディアから遠ざかっていたような気がするんだよね。2006年頃の4年間くらいは従来的なバンドの周期だったというか、レコーディングして、ツアーをして、というのをひたすら繰り返していて。でもこの7、8年くらいはもともと持っていたエネルギーを取り戻した感じがあって、僕としてはすごく気に入っているんだよ。それによって新鮮味を保つことができると思うし、次がどうなるか予測できないのがいいと思う。お互いが柔軟に、自由に、いろんなことができるようにしたいんだ。そして、今回はこれを作るということに関して、全員が一致していたんだよ。

なるほど。2019年に4人が演奏しているライヴ動画をいくつか見たら、セットリストは新曲ばかりでした。『タイム・スキフズ』 の作曲や制作がはじまったのは、2019年頃でしょうか? 制作プロセスについて教えてください。

PB:最初の曲作りからアルバムのリリースまでの期間は、たぶん今回が最長だと思う。もちろん、パンデミックが事態をさらに悪化させたわけだけど、たぶん、たとえパンデミックがなかったとしても、僕たちにとっては構想期間がかなり長かったと思う。曲ができるまでのサイクルは、普段はもっと短いからね。その(2018年の)ニューオリンズのミュージック・ボックス(・ヴィレッジ)という場所でやったライヴは全部新しい曲で構成していて、その多くが最終的に『タイム・スキフズ』の曲になったんだよ。とにかくそれが制作の初期段階で、たしか2019年の前半にそれがあって、ナッシュヴィルの郊外の一軒家に全員で集まったのが2019年8月。そこからさらに僕も曲を書いて、ジョシュ(・ディブ、ディーキン)も曲を持ち込んで、デイヴ(デイヴィッド・ポーター、エイヴィ・テア)もさらに数曲を持ってきて、3週間くらい、曲をアレンジしながらうまくいくものとそうじゃないものを仕分けて、そのあと9月、10月頃にアメリカ西海岸の短いツアーがあって、12月にはコロナが中国を襲って、クリスマス後、1月初頭にまた集まって、最終的なアレンジをしたり曲を仕上げたりといったセッションをして、そのあとすぐにレコーディングをするつもりだった。そうしたら、知ってのとおりコロナの波が来て、2020年3月にスタジオ入りする予定だったんだけど、でも2月にはそれが叶わないことがはっきりしてきた。それからは、「じゃあ、どうするか」という話になって、「リモートでやるならどうするか」といったことを諸々話しあって、結局、2020年夏の終わり頃にリモートで作業を開始したんだ。だから、選曲はどことなく、「リモートでやって繋ぎ合わせても大丈夫なくらいに熟知している曲はどれか」っていう決め方になっていたような気がするね。このアルバムの制作は、曲がりくねった川を進んでいくような感覚だった。でも、かなりいいものに仕上がったと思うよ。

実際、『タイム・スキフズ』は、本当に素晴らしいアルバムです。長いキャリアにおける最高傑作だとすら思います。さて、本作をレコーディングした場所は、アシュヴィル、ボルティモア、ワシントン、リスボンと4か所が記されています。それは、いまおっしゃったように、4人がリモートでレコーディングした場所ということですよね。

PB:そう。一度も同じ場所に集まることなくレコーディングしたからね。

それぞれの場所でどんなレコーディングをしたのか、それらをどう組み合わせていったのかを教えてください。

PB:ジョシュはキーボードをメインにやって、あとは自分が担当するヴォーカル・パートを録って、ブライアンが電子系、モジュラー・シンセ、サウンド・デザインといった感じのものを、デイヴはベースで、それは僕らにとっては新しいことで、あとは歌だね。それから、他にもクロマチック・パーカッションとか細々したもの。それで、僕は最初、自分のところでドラムを録ったんだけど、その録音がいまひとつで、それでリスボンのちゃんとしたスタジオに2日ほど入って、今度はしっかりマイクも何本も使って再度ドラム・トラックを全部やって。それで、自分たちでミックスしたものをロンドンのマルタ・サローニのところに送ったんだ。

ミキシングを担当したマルタ・サローニと仕事をすることになった経緯や、彼女のミキシングがどうだったのかを教えてください。彼女は、ブラック・ミディからボン・イヴェール、ホリー・ハーンダン、ビョーク、トレイシー・ソーン、デイヴィッド・バーンなど、幅広いミュージシャンと仕事をしていますよね。

PB:彼女のミキシングには大満足だよ。素晴らしい仕事をしてくれたと思う。きっかけが思い出せないけど……ケイト・ル・ボンの曲かな……いや、ちがうかも。ビョークのミックスをやったのはわかってるんだけど(『Utopia』、2017年)。とにかく、彼女の手がけたいくつかの作品がすごくよくて、それでお願いしたい人のリストに入れてあったんだ。そして、最初に何人かにミックスをお願いしたなかで、彼女のものがこのアルバムに合っていて。もちろん他の人のものもすべて素晴らしかったんだけど、彼女の視点が今回の音楽に適していたんだ。

最近のライヴでは、あなたがドラム・セットを叩いていて驚きました。このアルバムでも全曲で叩いていますね。近年のアニマル・コレクティヴにおいて、これは珍しいことでは?

PB:ドラムが自分の第一楽器であるとは言わないけど、アニマル・コレクティヴにおいては、まあ、僕が「ドラムの人」だね。ドラムが必要となったら、デフォルトで僕がやる感じになっているよ。ある意味、今回、これまでとはぜんぜんちがったドラムの演奏方法を考えたというのが、曲作り以外での僕のいちばん大きな貢献だったと思う。まず、いろんなドラマーの YouTube の動画を見まくったんだよ。ジェイムズ・ブラウンのドラマーのクライド・スタブルフィールドだったり、ロイド・ニブ、バーナード・パーディ、カレン・カーペンターだったり。そして僕はドラムを音色の楽器だと考えるようになり、どう叩くとどういう音色になるかとか、そういったドラムのサウンドについてじっくり考えて。演奏のパターンについて考えるよりも、感触やスウィングがどう曲にフィットするかを考えたんだ。ロックのヘヴィなサウンドではなくて、すごく軽くしたかったというか、静かに演奏したいと思ったんだよね、ほとんどメカニカルと言えるくらいに。だから、そういった演奏をするために、毎日練習して、それまで自分が達していなかったレヴェルを目指した。考えてみたら、そもそもそれが昔ながらのアプローチなのかもしれないけど、自分にとってはまったく新しいことだったんだよ。

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アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。

あなたのそんなドラム・プレイもあって、アルバムからは生のバンド・アンサンブルが強く感じられます。そもそも、どうしてこういうサウンドになったのでしょうか? これは、バンドにとって、原点回帰なのでしょうか?

PB:ある意味ではそうで、別の意味ではちがうと思う。楽器を使って、演奏ベースで何かをやるっていうことで言うと、たしかに初期の頃を思い出させるものがある。『ペインティング・ウィズ』(2016年)や『メリウェザー・ポスト・パヴィリオン』(2009年)は、もっとサンプルを駆使した、完全にエレクトロニックの領域のものだった。『センティピード・ヘルツ』(2012年)では今回のような方向性を目指したというか、音楽のパフォーマンスという側面に傾いて、ステージ上で汗をかくといいうような、理屈抜きのフィジカルなところを目指していたと思うんだ。だから、創作面では、振り子のように行ったり来たりしているんだよね。前回とは逆の方向に振れるというか。まったくちがう考え方をすることでそれがリフレッシュになるし、それで自分たちがおもしろいと思いつづけられて、願わくはオーディエンスにとってもそうであればいいなって。そういうことについての会話があるわけではないけれどね。だからそれが目標というわけではないけど、でも気づくと結構そうなっているんだ。

タイトルのとおり、アルバムのテーマは「時間」なのでしょうか?

PB:それもテーマのひとつだね。音楽がタイム・トラヴェルの乗り物みたいなものだ、という話をしたことは覚えているよ。時間を戻したり進んだりさせてくれるものだよな、っていう。その音楽に思い出があったりして、だから大好きなんだけど、聴くのが辛い時期があったりもする。自分のなかで思い出と音楽が融合して、大好きなんだけど聴くと辛い時期が蘇ってしまうから聴けない、とかね。それだけ強力に時間と結びついていることがある。そういうことは、作る上ですごく考えていたね。特にいまの時代は家に閉じ込められがちだから、いまという時間、あるいは、その閉じた空間から抜け出すというのが、僕らがやりたいと願っていたことで。それから、他にも、アメリカのバンドであることについて、昨今それが自分たちにとって何を意味しているのかについても、けっこう話したね。いくつかの曲には、僕らがそのことと折り合いをつけようとしているのが感じ取れる要素があると思う。それは、これまであまりやってこなかったことだと思うんだ。

なるほど。それに関連するのかもしれませんが、アルバムについて、エイヴィ・テアのステイトメントに「最近、よく考えるのは、どうして音楽を作るのかということ、そして音楽が今、与えてくれるものは何なのかということだ」とあります。このことについてのあなたの考え、そしてそれを『タイム・スキフズ』でどう表したのかを教えてください。

PB:これまで、音楽をキャリアとして、仕事として20数年やってきて、そうすると、やっぱり「自分はまだこれをやっているけど、じゃあ、そこにどんな意味があるのだろう?」と考えるようになる。どうして他の人に聴いてもらうために作っているのか、自分は何を成し遂げたいのか、といった問いが絶えず浮かぶようになって。おそらく、その答えは、常に変わるんだけどね。でも、同時に、根幹的な部分にはふたつのことがあって、ひとつは、自分が1日また1日と生きていく上で、すごく楽しいものだということ。何かアイディアが浮かんでそれを形にすることにはちょっとした興奮があるし、もし出来がよければ達成感もある。そして、それで元気になれる。もうひとつには他の人とのコミュニケーション方法だということで、願わくは、それが愛とリスペクトを広めることに繋がってほしい。そのふたつが僕にとって音楽をやる根拠で、そこは変わらないね。それが今作の音楽にも表れていることを願うけど、あからさまに表現されているってことはないと思う。ただ印象としてそうであれば嬉しいよ。

また、そのステイトメントには、「楽曲はリスナーをトランスポートさせる能力を持っている」とあります。これは、まさにアニマル・コレクティヴやあなたの音楽を表した言葉だと思うんですね。物理的な移動が困難になったいま、「音楽がリスナーをトランスポートすること」についての考えを教えてください。

PB:それに関して、果たして音楽よりいい方法があるのかっていうくらい……。まあ、僕はゲームをよくやるんだけど、それは音楽とはまたぜんぜんちがう種類で、自分の脳を忙しい仕事に従事させることによって瞑想状態が生まれるというもので。僕がゲームをすごく好きなのは、ある意味、自分のスイッチをオフにできるからなんだよ。脳の、何かについて心配している部分をゲームで陣取るというか。音楽はもっと……作用としては似ているけど、かなりちがう。もっと会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって……。でも、考えれば考えるほど、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。たまに、プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、っていう。でも、ゲームはひとりの経験だから……。いや、やっぱり話せば話すほど、同じなんじゃないかと思えてきた(笑)。

ははは(笑)。音楽=ゲームですか。ところで、「音楽がリスナーをトランスポートすること」は「リスナーを現実から逃避させること」とも言い換えられますよね。逃避的な音楽はいいものなのでしょうか、悪いものなのでしょうか? どうお考えですか?

PB:たしかにそうで、逃避できるっていうのはいいことではあるけど、それがいきすぎるのは心配だね。特にいまの時代、お互いのことが必要だし、繋がりを持ちつづけるべきだと思うから、逃避しすぎるのはどうかと思う。閉じこもったり逃げたりする理由がありすぎない方がいい。だから、現実から気を逸らすものではなくて、コミュニケーションだったり、薬であったりすることが望ましいかな。

では、具体的にアルバムの曲について聞かせてください。“Walker” は、スコット・ウォーカーに捧げた曲だそうですね。スコット・ウォーカーは、私も大好きなアーティストです。彼のどんなところに惹かれますか?

PB:彼の声がすごく好きで、彼は僕がもっとも好きなシンガーのひとりなんだ。自分で歌う時、以前はもっと柔らかいというか弱い感じだったんだけど、でもスコットの声にすごく影響を受けたんだよね。彼の声には強さがあるというか、胴体から出てくるみたいな声と歌い方で、それに彼の歌は非常に男っぽい感じがしてかっこいいと、個人的に思う。それから、彼がキャリアの初期に大成功して、でも「自分の道はこっちじゃない」と感じて、常に探求を続けて、自分なりのキャリアを築いていったという部分にも超刺激を受けたしね。

音楽は会話的というか、作曲者、あるいは演奏者とリスナーとの対話があって。でも、ゲームにもそれがあるように思えてきたな。プログラマーの意図を考えるからね。何を考えてこのゲームのシステムを構築し、プレイヤーにどういう効果をもたらそうとしたのだろうか、って。

フェイヴァリットの曲はありますか?

PB:全部好きだよ。超変な実験的なやつも好きだし、アートっぽいものも好きだし。でも、いちばん好きなのは『スコット2』(1968年)とか『スコット3』(1969年)とかの番号がついたアルバムかな。

“チェロキー” についてお伺いします。ノースカロライナのチェロキーは、ネイティヴ・アメリカンのチェロキー族の文化がいまも残る土地だそうですね。これは、どうやってできた曲なのでしょうか? 先ほどおっしゃっていた、「アメリカのバンドであることと折り合いをつける」ということが関係しているのでしょうか?

PB:そうだね。この曲がそのもっともあきらかな例で、これは自分たちにとって、いまアメリカのバンドであることがどういうことなのかを考えた曲だと思う。チェロキーというのはデイヴの家の近くの地域で、たしかハイキングに行ったりもするらしいし、彼はこの曲でその問いに向き合っていると思うよ。

デイヴが書いた曲なんですね。

PB:そう。なんというか、曲の内容について、バンド内で「これはどういう意味か?」ということを逐一話していると思われているかもしれないけど、実際はそういうことはあまりやらないんだ。たまに「この一節、すごくいいけど、何を考えて書いたの?」とか聞くことはあるけど、でも「曲を書いた。内容はこうだ。さあ、君たちはどう思う?」的なことはほとんどなくて、ただそのまま受け止めることが多い。だから、残念なことに「何についての曲ですか?」と訊ねられても「ええと……」となっちゃうんだよね(笑)。僕個人にとっての意味はわかるけど、デイヴの代弁はできないからさ。

わかりました。本日はありがとうございました。日本で4人のライヴを聴ける日を心待ちにしています。

Jana Rush - ele-king

 去る2021年、野心的なアルバム『Painful Enlightenment』を送り出したシカゴの気鋭のフットワーク・プロデューサー、ヤナ・ラッシュ。新作ミニ・アルバムの発売がアナウンスされている。リリースは3月25日、〈Planet Mu〉より。現在、リード・シングルとしてDJペイパルとの共作曲 “Lonely” が公開中なのだが……これはオーネット・コールマンですね。ジャジーなムードに注目。

https://planet.mu/releases/dark-humor/

interview with edbl - ele-king

 現在、もっとも音楽シーンが活気づいている街として注目を集めるサウス・ロンドン。ジャズ、ヒップホップやR&B、ロックやインディ・ポップ、フォークやシンガー・ソングライター系とさまざまな分野で新しい才能が次々と登場してきているのだが、そうした中で2019年頃より話題となっているのが edbl である。edbl とはエド・ブラックウェルによる個人プロジェクトで、もっぱら彼はプロデューサー/トラックメイカー/ギターなどの楽器演奏に徹し、ビート集からシンガーやラッパーたちとのコラボ作品をリリースしている。タイプとしてはネオ・ソウルやR&B、ローファイ・ヒップホップなどをサウンドの基調とし、ギター演奏が中心となるためにシンガー・ソングライター的なアプローチも交えている。同じサウス・ロンドンやロンドン全体で見ると、トム・ミッシュロイル・カーナージェイミー・アイザックあたりの次を担うアーティストと目される存在だ。

 シングル数曲がスポティファイの人気プレイリストにピックアップされるなどして注目を集めた後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリース。こうしてイギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集め、これら音源をまとめた日本独自の編集盤として『サウス・ロンドン・サウンズ』を2021年にリリース。そして今回、昨秋に発表した新作の『ブロックウェル・ミックステープ』も日本でリリースされる運びとなった。そんな edbl に音楽をはじめたころまで遡り、どのようにして現在のスタイルを築き、新作を含めて様々な作品を作っていったのか、そしてこれからどこへ向かっていくのかなどを訊いた。

ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。

昨年リリースされた日本独自の編集盤の『サウス・ロンドン・サウンズ』に続き、日本では2枚目のアルバムとなる『ブロックウェル・ミックステープ』をこの度リリースしますが、まだあなたの経歴やプロフィールが広く伝わってはいませんので、改めて音楽をはじめたきっかけなどから伺います。もともとはリヴァプール近郊のチェスターという町に生まれ、7歳でギターを手にしたときからあなたの音楽人生はスタートしたそうですね。どんなきっかけではじめたのですか?

edbl:僕はチェスターで育ったんだけど、生まれたのは実はドイツのハイデルベルクという街なんだ。でもそこには1年くらいしかいなかったから、僕の地元はチェスターということになるね。ギターをはじめたきっかけとしては僕には3人の姉がいて、彼女たちはみんな幼い頃から楽器を弾いていたんだ。だから自分も取り残されないように、楽器を弾ける年齢になったらすぐに何かをはじめたいと思っていた。母親はギターが少し弾けて、姉のうちのひとりもギターを弾いていた。当時の僕はギター・サウンドのアーティストを聴いていてギターがかっこいいと思っていたからギターを選んだ。それがいまに至るというわけだよ。

いまも作曲はギターからはじめることが多いそうですが、ギターという楽器のどこに魅力を感じたのでしょう? また影響を受けたり好きだったギタリストはいますか?

edbl:ギターは初心者でも入りやすい楽器だと思うんだ。僕はギターの教師もやっているんだけど、教師をやっていて特にそう感じる。トランペットやヴァイオリンは、良い音を出すまでに結構時間がかかるからね。ピアノもそうだけど、ギターは初めてのレッスンでコードをいくつか弾けるようになるところがいいと思う。だからすぐに入り込むことができる。そういう点に魅力を感じたね。僕はあまり辛抱強いタイプではないから、ギターですぐに何かを演奏できるようになったときは感激した。すぐにギターが大好きになって、そこからいろいろと積み上げていった。
ギターを学び続け、周りの友人でもギターを弾いてる人がいたから社交的なつながりも生まれ、10歳くらいのときに友人と曲を作ったりしていたよ。遊びで作った曲だから酷いものばかりだったけどね。曲はすごく酷かったけど、作曲するのはすごく楽しかった。そういうギターの様々な魅力があったから僕はギターをずっと続けてきた。僕はいままでに素晴らしいギタリストたちと一緒に仕事をしてきたけれど、僕自身はギタリストにすごくハマっていたというわけではないんだよ。僕は幅広いポップ・ミュージックを聴いて育った。ロックを聴いていた時期も少しはあったけど、このギタリストが特に好きで聴いているとか、ギターのテクニックやバトルにすごく興味があるという感じではなかったんだ。自分が聴いている曲をギターで弾ければそれで良かった。

そうなんですね。では、最初は主にどんな曲を弾いていたのでしょう?

edbl:ギターを習う人なら誰でも最初に習う4~5曲を弾いていたよ。 ザ・モンキーズの “アイム・ア・ビリーヴァー” や、ボブ・ディランの “ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア”、ヴァン・モリソンの “ブラウン・アイド・ガールズ” など、ギターの名曲と言われるような曲だよ。もう少し大きくなってからはビューティフル・サウスというイギリスのバンドを聴いていたから、彼らの曲を弾いていた時期もある。それからアコースティック・サーフ系のジャック・ジョンソンも。当時の僕はそういう音楽がとても好きで、ジャック・ジョンソンの音楽はほとんどがアコースティック・ギターが基盤の曲だったから、曲を聴いて練習さえすれば彼のアルバムとほぼ同じようなサウンドが自分でも出せる。それができるのが楽しかった。

レーベルなどの情報ではティーンのときはブラーとかフォールズとか、主にギター・サウンド系のロック・バンドを聴いていたとあります。友だちとバンドも組んでたそうですが、やはりそうしたロックを演奏していたのですか?

edbl:うーん、ロックではなかったと思う。イギリス以外で人気があったかどうかわからないけど、当時はインディー・ポップというジャンルがイギリスにあって、僕たちのバンドもそういう音楽をやっていたんだ。ギター・サウンドも入っているけれどポップの要素も強くて、アメリカのバンドで近いものだとストロークスだと思うけど、ストロークスよりもっとポップな感じの音楽なんだ。ヴァンパイア・ウィークエンドやザ・シンズもインディー・ポップに入ると思う。アークティック・モンキーズはインディー・ポップではないけれど、僕たちのバンドは彼らの影響を受けていたね。そういう感じの音楽をバンドではやっていた。アップテンポなポップ・ソング。ウォンバッツというリヴァプール出身のインディーズ・バンドがいちばん近いかもしれない。

ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。ロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。ライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。

そのときはカヴァー曲をやっていたのですか? それともオリジナルの楽曲も作っていたのでしょうか?

edbl:最初はカヴァー曲ばかりやっていたけれど、オリジナルの曲も作っていたよ。作曲は主に僕がやっていたけれど、他のバンド・メンバーと一緒にやることもあった。とても楽しかったよ。誰かと一緒に音楽を作るという経験はあのときが初めてだったかもしれない。そしてでき上がった曲をライヴで披露していた。僕たちのバンドは別に有名でもなんでもなかったけど、バンド・メンバーと一緒に曲を作って、それをライヴで演奏するというのはすごく楽しかったよ。

その後リヴァプール・インスティテュート・フォー・パフォーミング・アーツ(LIPA)に進学して音楽を本格的に専攻するのですが、親友のアディ・スレイマンとの出会いがあり、あなたの音楽人生にも大きな影響を与えることになります。まず彼の影響でR&Bやヒップホップ、ソウル系のサウンドに嗜好が変わったそうですね。その頃は具体的にどんなアーティストを聴いていましたか? また自身の楽曲制作にもそうした影響が表われはじめたのですか?

edbl:もちろんだね! 大学に入って自分とは全く違う音楽の嗜好を持つ人たちと出会ったことは、ものすごく大きな影響になった。影響とか以前にとても楽しかったんだ。様々な種類の音楽を初めて聴くという体験は最高だったよ。その経験が僕自身の楽曲制作を形成していったと思う。大学に入学した当初はインディー・ポップやインディー・ロックを聴いていて、自分もバンドをやってそういう音楽を歌ったりしていた。さっきも話したけどアメリカだとストロークスとか、イギリスにはインディー・バンドがたくさんいて、ザ・ウォンバッツやザ・ピジョン・ディテクティヴズなど。当時はそういう音楽が大好きだった。大学には僕と全く違う背景だけれど、同じように音楽に対する熱意がある人たちばかりがいた。そのときにローリン・ヒルやエリカ・バドゥ、ディアンジェロといったアーティストたちを教えてもらったんだ。それまで僕は彼らのことを聴いたことがなかった。
 ヒップホップも同様で、それまで僕はヒップホップをそんなに聴いてこなかったし、ヒップホップがどういうものであるのかさえもよく知らなかった。でも大学で仲良くなった女友だちがいろいろ教えてくれた。当時はスポティファイ以前の時代だったから、ハード・ドライヴで音楽を保存していたんだ。だから大学ではハード・ドライヴを持ってお互いの寮の部屋を訪ねて音楽を交換していた。そのときにア・トライヴ・コールド・クエスト、ジュラシック・ファイヴなどのヒップホップを教えてもらった。僕はとにかく全てを吸収したよ。すごく楽しい経験だった。その頃からR&Bやヒップホップを好んで聴くようになったね。そして自然にR&Bやヒップホップを作曲したり制作することに喜びを感じるようになっていった。

また学生時代の最後はアディ・スレイマンのバンドにギタリストで参加し、アジア・ツアーもおこなったそうですね。楽曲も彼と一緒に作っていて、その頃の作品はエイミー・ワインハウスの影響が強かったそうですが、あなたにとってアディはどんなパートナーでしたか?

edbl:あの頃は本当に最高な時期だったよ。そもそもアディとの関係は友だちとしてはじまったんだ。大学がはじまって数週間のうちに、いろいろな人たちが集まって一緒にセッションをしていた。LIPA にはギタリストを必要としているシンガーがたくさんいるし、誰かのためにギターを弾きたいというギタリストもたくさんいるからね。大学がはじまったその週くらいにアディを見かけたから、「僕たちのセッションに参加しないか?」と彼を誘ってみたんだ。そこで彼の歌声を聴いた。それは当時もいまも素晴らしい声だ。いちばん近い表現として「男性版のエイミー・ワインハウス」と言えるかもしれないけれど、彼女の声とはやはり全く違うソウルフルでユニークな声をしている。そのときは確か2010年だったと思うけど、彼に「君のためにギターを弾きたい」と言ったのを覚えているよ。彼もそれを快諾してくれた。さっきも話したように、僕と彼は最初は友だちからはじまったんだ。だから一緒に遊びに行ったり、くだらない冗談を言い合ったりしていた。それから音楽を一緒に作るようになった。
 その後大学2年のときに彼と一緒に住むことになった。大学3年のときも一緒に住んでいた。音楽を作るようになったのは一緒に住みはじめてからだったね。一緒に住んでいたからとても自然な形で音楽制作ができた。家で彼が歌いはじめたら僕がそれに合わせてギターを弾くという、そんな感じだった。それがよかったんだと思う。彼の曲で “ロンギング・フォー・ユア・ラヴ” というのがあるんだけど、それは僕が作ったギターのループがガレージバンドという音楽アプリにあったから、それを彼に聴かせたんだ。そしたら彼は「すごくいいね!」と言ってその場でループに合わせて曲を作りはじめた。それが彼にとってヒット曲になったんだ。一緒に住んでいた頃は、そういういくつもの小さなセッションが自然に起こっていた。
 そして僕たちの音楽もお互いに上達していった。学生時代の最後はアディが音楽業界から注目されるようになって、僕たちが卒業する頃にはアディはマネージメント契約やパブリッシング契約、レーベル契約を結んでいて、彼は音楽をフルタイムでできるようになった。そして彼のチームに僕を招いてくれたから僕もフルタイムで音楽ができることになった。

LIPA ではアコースティッキー・ギター・シンガー・ソングライター(Acoutic-y Guitar Singer Song Writer)という自身のプロジェクトをやっていたそうですが、これはどんなものだったのですか?

edbl:大学時代にアディと一緒に音楽制作ができたのは素晴らしいことだったけれど、僕は昔から自分だけの作曲もしてきて、オリジナルの曲を作ることも好きでやっていたんだ。だから大学では別のバンドにも所属していて、そこでも作曲をしていた。最初のころに完成された曲は先ほど話したようなインディー・ポップ調の曲が多くて、フル・バンドで演奏するようなものだった。でも、僕は自分ひとりでギターを弾いてフォークっぽい音楽やフィンガー・ピッキングをするギター音楽を演奏するのも好きだった。だから自分の本名である「エド・ブラック(ブラックウェル)」として音楽を公開しはじめた。それがフォーキーでシンガー・ソングライター寄りの音楽なんだよ。
 その名義でギグを何回かやって、楽曲もスポティファイに載っているけれど、そこまでの人気は出なかった。僕としても売れるために作っていたわけではなくて、楽しいからやっていただけだった。edbl もまさかここまで広まるとは思っていなかったけどね。edbl 名義の音楽とは全く違うけれど、僕はいまでもフォーキーな音楽を作るのが好きだから、去年も曲をひとつ公開したよ。「エド・ブラック」名義で少しプロダクション色が強いけれど、やはりフォーキーな感じの曲。まあ僕が好きでやっている個人プロジェクトみたいなものだね。

なるほど。では「edbl」というプロジェクト名は「エドブラ」と発音するのですね!

edbl:そうだよ!

当時はアディ・スレイマンとのコラボ、自身のプロジェクトのほか、さまざまなシンガー、シンガー・ソングライターとのセッションをおこなって自身の音楽を磨いていったわけですが、たとえばどんな人たちとセッションしていましたか? また、そうした出会いがいまに繋がって、あなたの作るトラックとシンガーとのコラボという現在のスタイルへなっているわけですよね?

edbl:その通りだと思う。でもコラボレーションの多くは大学時代以降のものが多いんだ。大学時代は音楽をプロデュースするということにあまり興味を感じていなかった。僕はライヴ演奏をするギタリストだったからギグをやるのが大好きで、いろいろな人たちと一緒に、もしくはあるバンドのギタリストとして演奏することが多かった。だから一時期は4つか5つのアーティストたちのギタリストをしていたこともある。ギグをたくさんやってすごく忙しい時期だった。いまでもギグは大好きなんだ。コラボレーションに関して言うと、LIPA では作曲の授業があった。他人と一緒に同じ空間で「じゃあ何か作ってみよう」という経験はそのときが初めてだった。全くのゼロからという状態で。そりゃ最初は不安だったけれど、徐々に慣れていったし、同じ大学の知り合いや顔見知りだったからそこまで違和感があったというわけじゃなかった。
 楽曲のプロダクションをはじめたのは、その後の時期に友人とポップ調の曲を作るようになってからだった。その曲をプロデュースする人が必要になって、僕たちはロジックというソフトウェアの基本的な操作を知っていたから、まずデモを作ってそこから曲を作り上げていった。ロジックはいまでも使っているよ。でも、これは大学を卒業してから数年経ってからの話なんだ。

では在学中はセッション・ギタリストとして、大学の仲間や他のアーティストたちとギグをやっていたということですね?

edbl:そうなんだ。アディとも一緒にやっていたし、僕はナイン・テールズというバンドをやっていて、そのギグもやっていた。それから『サウス・ロンドン・サウンズ』にも参加しているジェイ・アレキザンダーという人と一緒にギグもやって、音楽もリリースしていた。それ以外にもシンガーと一緒にギタリストとしてギグをやったり、バーのギグでカヴァー曲を演奏したりもしていた。だからいろいろな人たちと数多くのギグをこなしていたんだよ。

LIPA 卒業後はアディと一緒にロンドンに出てきて、彼のツアーに参加するほか、ソングライター、ビートメイカー、ミュージシャンとしての自身の活動も展開していきます。リヴァプールとロンドンではやはり環境も大きく変わりましたか?

edbl:確かに慣れるまでには時間がかかったね。実はアディと僕は、リヴァプールからロンドンに移る間にノッティンガムに引っ越したんだ。ほんの9ヶ月という間だったけどね。すぐにロンドンに移住するには少し抵抗があったけれど、リヴァプールには大学で3年間もいて遊びまくっていたから(笑)、まずリヴァプールを離れたいという思いもあった。だから静かに音楽の仕事ができる所ということでノッティンガムに移ることにしたんだ。でも実際のところ、最初はそう簡単に行かなかった。先ほど話したように、僕とアディが作曲をしはじめた頃は同じ屋根の下で暮らしていたから、セッションが自然に起きて作曲できていたんだけど、ノッティンガムに移ってからは「今日は曲を作ろう」と決めて作業をしようとしていたから、少し強制的な感じがあったんだ。僕たちはもともと友だち同士だからすぐに気が紛れてしまうし、あまり強制的に作曲することに慣れていなかった。だからノッティンガムにいる時期はそこまでたくさんの曲ができなかった。ノッティンガムはひとつの移行期だった。
 そしてロンドンに移った。ロンドンに移ったことは正しい選択だと思っているし、僕たちはロンドンに移ってよかったと思う。でもロンドンは大都市だし、僕はロンドンに知り合いがそんなに多くいなかったから最初は不安もあった。ロンドンでもアディと一緒に住んで、僕たちは作曲を続けていた。ロンドンに移ってよかったのは、僕が他の人たちとセッションしたり、音楽の仕事をするようになったということだね。ノッティンガムではアディとしかしていなかったから。ロンドンに移ってからは人脈を広げて、色々な作曲家などと一緒に仕事をするようになったんだ。イギリスのプロデューサーや作曲家の多くはロンドンに集まっているから、僕にとっては最適な街だった。

サウス・ロンドンのブリクストンを拠点にしていますが、デヴィッド・ボウイの生まれ故郷だったり、ザ・クラッシュの曲の舞台になったりと、ロックのイメージが強い街です。サウス・ロンドンの音楽の盛り上がりが日本にも伝わる昨今ですが、そのなかでもブリクストンのいまのシーンはどんな感じですか?

edbl:僕個人は特に影響を受けてはいないんだけれど、ブリクストンの歴史でもうひとつ加えるとしたらカリブ地域の影響が多々あるということだね。ブリクストンにはレゲエ音楽やカリブ料理屋がたくさんあって、カリビアンのコミュニティーがある。デヴィッド・ボウイの生まれ故郷でもあるけれど、そういう一面も大きい。サウス・ロンドンは最高だよ。僕はいままでにロンドンの3カ所に住んだけれど、その全てが南の街だからサウス・ロンドンには馴染みがあるんだ。
 ロンドンは都市自体がとても多様な都市だから、シーンについては答えるのは難しいな。たとえばハウス・ミュージックが好きな人がいたら、ロンドンの南にも東にも北にも、その人が楽しめるシーンがあると思う。それはダブステップやポップスや、僕のシーンとされているR&Bやソウルでも同じことが言えるんだ。ロンドン全体に様々なシーンが散らばっていて、僕の経験からすると特定のエリアがR&Bやソウルに特化しているという感じはないと思う。サウス・ロンドンというかロンドン全体の素晴らしいところは、多数のクリエイターやアーティストが集まる坩堝だということなんだ。それからライヴ・ハウスとかクラブなどのヴェニューもそう。小さな会場から大きな会場まで全てがロンドンにはある。全てが混在している都市なんだ。

最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思う。

あなたのキャリアに戻りますが、ソロ・アーティストとして2019年に “テーブル・フォー・トゥー” でデビューし、その後 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” “ビー・フー・ユー・アー” “アイル・ウェィト” など精力的にシングル・リリースをおこないます。特にアイザック・ワディントンと組んだ “ザ・ウェイ・シングス・ワー” がスポティファイの人気プレイリストにいろいろピックアップされたことにより、あなたの人気に火がつきはじめます。ストリーミング時代ならではの露出の仕方かと思いますが、何か意識してアプローチしていったところはあるのでしょうか?

edbl:そうだね、ストリーミングは僕の場合は上手くいったけれど、ブレイクするのに苦戦するときもある。僕は自分の楽曲がいくつかでき上がってきた時点で、一般の人たちに聴いてもらうにはスポティファイかアップル・ミュージックに載せるのが妥当だと思った。フィジカルという形式で音楽を出すのもひとつの案で、僕は日本などでそれができたことを幸運だと思っているけれど、最近のリスナーはストリーミング・サーヴィスを使って音楽を聴いているからね。だからスポティファイに自分の音楽を載せることは当然の決断だった。幸運なことにスポティファイは僕の音楽に対して最初からとても協力的で、当時の僕は無所属のアーティストだったけれど、僕の音楽をスポティファイのプレイリストに加えてくれた。スポティファイの協力があったからこそ、僕のいまのキャリアを築くことができたと思う。

だいたい自宅のリヴィングで楽曲を作っているそうですが、まずギターでコードを弾き、それをロジックに落とし込んでビートを作っていくことが多いそうですね。それから、シンガーなどのゲストとはときに対面して、ときにはデータのやり取りでメロディや歌詞をつけ、それをまとめて楽曲を完成させるというスタイルですか?

edbl:いい質問だね。そうだよ。いまインタヴュー中の僕がいるのがちょうどリヴィング・ルームで、ここで作曲をしているんだ。作曲の流れもいま君が言った感じで合っているよ。具体的な作業はアーティストごとに違ってくるけれどね。大抵の場合、僕は3つの異なったスタート地点から作業をはじめるようにしている。まず、僕は一緒にやるアーティストのオリジナル楽曲を聴くんだ。デモやすでにリリースされているものなどをね。そしてギターかピアノを使ってコードのループを作ってみる。3つくらいのヴァージョンを作っておくことが多いかな。そしてアーティストがミーティングなどに来たときに、その3つのアイデアを聴かせると、そのうちのどれかひとつか、場合によってそれ以上を気に入ってくれる。ひとつもないときは、じゃあ他のことをやってみようということになるけど(笑)。たいていの場合はアイデアのうちのひとつは気に入ってくれて、それを基盤にして曲を作っていき、僕はビートを作っていく。
 でもメロディや歌詞に関しては、アーティストによって取り組み方が違うから僕も毎回アーティストに合わせて作業を進める。アーティストによってはひとりで座って、静かな環境でハミングしながら、スケッチを1時間くらい続けてから「よし、できた!」と言ってヴァースやコーラスを歌ってくれる人もいる。他のアーティストだと、僕に聴こえるように歌って、たくさんのヴォイス・メモを録音して、聴いている僕が「それいいね!」と言ったりする。そして僕が「この部分をこうやって、ああいうふうにやってみるのはどうかな?」と提案したりもする。こちらのほうがよりコラボレーション色が強い作業と言えるかもしれない。歌詞に関しても、作詞は僕の得意分野ではないから、アーティストに全てを任せて、僕はプロデュース面を強化する場合もある。
 でもアーティストによっては作詞がそこまで得意ではない人もいるから、そういう場合はふたりでテーブルに座ってお茶を飲みながら、一緒に歌詞を書き上げたりする。僕の関与度はアーティストによって違うんだけど、僕はアーティストであると同時にプロデューサーとしての視点が強いから、いつの場合もできる限りアーティストに融通の利く対応をしたいと思っている。アーティストはひとりひとり全く違う人たちだからね。

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歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。

その後、2020年にビート集の『edbl ビーツ』第1集、2021年に同作の第2集を出し、一方でシンガーやラッパーたちとのコラボ集の『ボーイズ&ガールズ・ミックステープ』を2020年にリリースし、イギリスのみならず世界中の早耳音楽ファンの注目を集めます。これら音源をまとめて日本から『サウス・ロンドン・サウンズ』がリリースされ、昨秋にリリースした新作の『ブロックウェル・ミックステープ』もリリースされる運びとなりました。ロンドンに出てきてからすっかり世界的に注目される存在となったわけですが、これまでの自身の歩みを振り返ってどう思いますか?

edbl:とても驚いていると同時に感激しているよ。僕は大学を2013年に卒業したから、音楽業界に入って様々な活動を続けて10年近くになるんだ。アディのバンドや他のアーティストたちと演奏したり、作曲やプロダクションもたくさんしたし、バーでのギグやウェディング・バンドなど数多くの活動をしてきた。それは全て僕の旅路の一部であり、最高の経験だった。先ほどの質問にもあったように、僕は2019年の夏に4つの曲をリリースしたんだけど、当時は何の期待もしていなかった。フォーク・シンガー/ソングライター名義のエド・ブラックみたいな反応で、気に入ってくれる人はいるだろうけれど、何万人ものリスナーがつくとは思っていなかった。でも最初に edbl に対して比較的たくさんの人が好意的な反応を示してくれたときは、本当に勇気づけられたよ。最初はほんのわずかな人数だったけれど、ある程度のファンベースがあるとわかった時点で『edblビーツ』第1集のような作品を作ることに対して価値を見出せる、僕の音楽を聴いてくれる人がいるとわかっているほうが作曲の励みになるし、背中を押されている感じになる。まあ、僕の音楽を聴く人が誰もいなくても僕は音楽を作り続けると思うけれど……。
 しかも僕の成長はとても自然で段階的なものだったからよかった。たった1曲をリリースして一夜で有名人になる、というパターンではなかったからね。それはそれで楽しいと思うけれど(笑)、edbl プロジェクトの良いところは2019年以来、順調に上昇を続けてきている点だね。今後は edbl プロジェクト以外の仕事をやらなくて済むだろう。去年も数多くの edbl プロジェクト以外の仕事を止めることができて、edbl プロジェクトに集中することができたからね。それはとても嬉しいことなんだ。僕の夢は edbl プロジェクトだけをやっていくことだから、いまはまさに夢を実現しているところだよ。とても最高な流れで、自分はとても幸運だと思っている。

日本では同じロンドンのトム・ミッシュ、ロイル・カーナー、ジェイミー・アイザック、ジョーダン・ラカイなどに比較されることもありますが、あなたの場合は彼らのように自ら歌ったりせず、あくまでギターを中心としたマルチ・ミュージシャン/トラックメイカーに徹して、歌はゲスト・シンガーに任せるといった印象があります。そのあたり、何か自身のサウンドやスタイルに対するこだわりはありますか? また、自分で歌をやらないのには何か理由があるのでしょうか?

edbl:歌に関して僕は少し変わっているのか、僕はいままでバンドをやって歌っていたし、フォーク・サウンドのエド・ブラック名義では歌っているから、歌うことはできるんだ。でも edbl プロジェクトだと、ビートや音楽を作りはじめるとすぐにR&B/ソウル界隈の人たちのことが連想されて、「これは自分が歌うよりもあの人が歌った方が絶対いい曲に仕上がる」と思ってしまうんだ。だから edbl プロジェクトでは、当初から自分の歌よりも他の人の声を使っていた。僕もときにはビートに合わせて歌って、メロディを考えたりセッション中に何かを思いついて、それを曲に使ったりするんだけど、大抵の場合メロディを作曲したり歌詞を書いたりするということは、edbl プロジェクトとは全く違った次元のことだと僕は捉えているんだ。僕は自然に素敵なR&Bのメロディを思いつくことができないからね。少なくともいまの段階では。でも今後はそういう要素も edbl プロジェクトに加えていきたいと思っているんだ。
 それから僕の声は、シンガー・ソングライター寄りの声だと個人的に思っているところがある。それをもっと edbl プロジェクトのサウンドに合うような声になるようにしている最中なんだ。でも僕は歌うのが嫌いってわけじゃないんだよ。『ブロックウェル・ミックステープ』の “ネヴァー・メット” というニック・ブリュワーというラッパーが参加している曲は、僕がコーラスを歌っているんだ。それはクレジットに掲載していないかもしれない。大ごとにしたくなかったからね。最初は僕が歌ったものを録音して、他の人にこのパートを歌ってもらおうと思っていたんだけど、音源をミックスしたら自分の声でも悪くなかったから、そのまま自分の声を使うことにした。たくさんのゲストを起用するのも良いけれど、自分でできることが増えればそれに越したことはないからね。
 それから磯貝一樹という日本人のギタリストと作品をリリースする予定があって、その作品では僕が歌っているよ。作品の大部分がインストゥルメンタルなんだけど、それに合わせたメロディがいくつか思い浮かんだから、僕がヴォーカルを加えることにした。とても楽しい体験だったよ。だから自分が歌うということに関しては、まだ練習中で徐々にビルドアップしていきたいと思っている。いつか僕だけのヴォーカルが使われている曲を発表することができるかもしれない。そういう曲を作りたいとは思うけれど、サウンド的にマッチしているものでなくてはならないと思うんだ。

僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。

それは楽しみですね! 『サウス・ロンドン・サウンズ』でもそうでしたが、『ブロックウェル・ミックステープ』もほぼ1曲ごとにシンガーやラッパーが入れ替わり、そうしたいろいろなコラボを楽しみながらやっている印象があります。こうしたシンガーたちとは日頃のセッション活動から交流を深め、それが発展して作品に参加してもらったり、コラボしているのですか?

edbl:コラボに至るには様々な方法があるよ。去年あたりからは面識のないアーティストとの連絡の取り合いがベースとなって、コラボに至ったケースが増えたね。その流れとしては、まずスポティファイなどで気に入ったアーティストを見つけたら、DMやメールなどで連絡を取りあう。その逆もあって、僕の音楽を聴いたアーティストが一緒に仕事をしたいと僕に連絡をくれるときもある。この時点では何の面識もない初対面同士だから、最初はお互いのことをいろいろと話し合うことにしている。最低は1時間くらい、それ以上のときもある。アーティストにはそれぞれ違った個人の音楽的背景があるから、そういうストーリーに興味があるんだ。それに、音楽を作る作業はときにはパーソナルなことも関わってくるし、心の痛みを伴うこともある。だからそのためにも、お互いがどういう人間かというのを知っておくのはいいことだと思うんだ。そういう意味での「セッション」、つまりメールやスポティファイやインスタグラムでのやり取りから関係性が生まれるときもある。
 でも僕がプロデューサー活動をはじめたばかりの頃は、全く別の方法でコラボレーションをしていたんだよ。自分が作ったビートがあったら、自分の知り合いのなかからそのビートに合う人で、僕のプロジェクトに参加してくれそうな人を考える。いまでは幸運なことに、僕にはある程度の土台ができているから、コラボレーションしてくれる人の幅も可能性も増えた。数字が全てというわけではないけれど、アーティストによっては僕のフォロワー数やリスナー数を見て、「この人はこういう活動をしてきて、成功しているな」と一目で分かりやすい方が、仕事をしたいと思う人もいるだろう。でも駆け出しの頃の僕はそんな実績もなかったし、フォロワーもいなかったから、知り合いのなかで誰がこのトラックに参加してくれるだろうということを考えていた。
 最初にリリースした4つのシングルもそういう流れで作られたんだ。“シンメトリー” という曲にフィーチャーされているティリー・ヴァレンタインは、僕が edbl プロジェクト以前に作曲やプロダクションのデュオをやっていたときに知り合ったんだ。だから edbl プロジェクトの数年前から一緒に作曲をしたことがあった。そして edbl プロジェクトをはじめたときに、この音楽のスタイルにはティリーがぴったりだと思った。そうやって彼女とコラボレーションすることになった。
 “ザ・ウェイ・シングス・ワー” で歌っているアイザック・ワディントンに関しては、実は当初はジェームス・ヴィッカリーというアーティストにこの曲を歌ってもらっていたんだ。イギリスの素晴らしいR&Bのアーティストだよ。でも僕がこの曲をリリースしたいと思った時期に彼はアメリカのマネージメント会社と契約を結んでいたから、契約上の都合で彼の音源はリリースできなくなってしまっていた。そこでまた振り出しに戻ってしまったんだけど、いろいろなタイミングが重なって結果的にとても良いものが生まれた。ちょうどその頃の僕はアディとツアーをしていて、マチルダ・ホーマーというアーティストがアディのサポート・アクトだった。そしてアイザックはマチルダのバンドでピアノを弾いていた。ふたりは恋人同士でもあったと思うけど、僕たちはみんなで一緒にツアーをしていて、僕はアイザックの声をすごく気に入っていた。そこでアイザックに、「僕が作ったビートがあるんだけど、この曲で歌ってくれないか?」と頼んだら彼もビートを気に入ってくれて曲で歌ってくれた。そんな流れだった。
 それから、“ビー・フー・ユー・アー” のジェイ・アレクザンダーは、先ほども話したけれど大学の友だちで、長いこと一緒に作曲をしていた。だから彼とのコラボレーションはとても自然な流れだった。そして4つ目のシングルでコフィ・ストーンが歌っている “アイル・ウェイト” は、アイザックのときと似たような流れで、コフィはアディのバーミンガム公演のサポート・アクトだったから、僕はコフィと知り合いになり、自分で作ったビートがあるからそれに参加してくれないかと彼に頼んだんだ。
 こんな具合に最初の頃はとても自然な流れでコラボレーションが生まれていた。僕自身も音楽活動を長く続けていたおかげで、アディとツアーする状況に恵まれ、その場にいた様々なアーティストたちに声をかけて曲に参加してもらうように頼むことができた。先にある程度の関係性が築けていたほうが、断然一緒に仕事をしやすいと思う。全く知らない他人から連絡を受けていたら、アイザックもコフィも「この人は誰なんだろう?」って思うかもしれないけれど、先に友人としての関係性ができていれば、彼らに「暇なときに家に来て、何か一緒に作ってみないか?」と気軽に誘うことができる。だから僕は当初からとても才能ある人たちと自然にコラボレーションするという機会に恵まれていたと思う。

『ブロックウェル・ミックステープ』ではヌビアン・ツイストのチェリース・アダムス・バーネットも参加していますが、他はまだあまり日本では知られていないシンガーが多い印象です。あなたから見て特にオススメのアーティスト、注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:このプロジェクトの魅力のひとつは、様々なアーティストとコラボレーションできることなんだ。『ブロックウェル・ミックステープ』でもある程度名の知れたアーティストから、ロージー・Pのようなまだ1曲しか曲をリリースしたことのない新人まで、幅広いアーティストたちに参加してもらっている。ロージー・Pはまだすごく若くて、とても才能がある。彼女は素晴らしいよ。僕はそういうアーティストたちに、このプロジェクトという基盤を提供してあげられることを嬉しく思っている。そうするとこのプロジェクトが彼らの旅路の一部になっていく。
 オススメのアーティストに関して言うと、edbl の楽曲に参加してくれたアーティストは全員聴いてもらいたいと思う。僕が彼らと一緒に仕事をしたのは、彼らが素晴らしいアーティストだと思ったからだし、彼らのオリジナル作品もとても素晴らしいからね。それに歌のスタイルも多様だ。ラップする人もいるし、オルタナ・インディーっぽい人もいるし、ジャズを歌う人もいるし、ソウルのヴォーカリストもいる。僕がいままで一緒に仕事をしてきたアーティストたちで、特に気に入っているのはチェリース、それから “シンプル・ライフ” で歌っているエラ・マクマーレイ。彼女も新人で、“テイク・イット・スロウ” というとても美しい曲をリリースしているからぜひ聴いてみて欲しいね。それはすごくオススメ。とにかく、edbl の楽曲に参加しているアーティストはみんなチェックしてもらいたいね。

ありがとうございます。では、あなたのミックステープにはいないアーティストで最近注目のアーティストがいたら教えてください。

edbl:もちろん! 最近の注目というか、僕がずっと尊敬しているプロデューサーのひとりにスウィンドルがいる。彼もアーティスト兼プロデューサーとして活動しているけど、全てをライヴで演奏する人で、キャリアも結構長いね。彼の音楽はとてもソウルフルで素晴らしいサウンドなんだ。彼はロイル・カーナーやジョイ・クルックスといった、僕も大好きなアーティストたちともコラボレーションをしてたりする。彼も去年とても素晴らしいアルバムを出したね。

『ブロックウェル・ミックステープ』の楽曲は、いままでの流れからのネオ・ソウルやローファイ・ヒップホップ調のものがある一方で、“ネヴァー・メット” や “レモネード” のようなディスコとジャズ・ファンクがミックスしたスタイルが出てきているのも印象的です。このあたりはアンダーソン・パークキートラナダ、トム・ミッシュなどにも通じる流れですが、新しいスタイルへの挑戦と捉えてもいいですか?

edbl:その点に気づいてくれて嬉しいよ。僕が音楽を作ると、自然にローファイ・ヒップホップ調のBPMが90~100くらいのものができるんだ。そこが自分の心地よい領域というか得意分野なんだと思う。でもときにはハウスやディスコに近いものを作るときもある。そういうスタイルも大好きだからね。でも自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。そういう楽曲を作るのは楽しかった。そこで今回の “ネヴァー・メット” や “レモネード” のような曲ができたときに、マネージャーにそれを送ってこの edbl プロジェクトに合っているか尋ねてみたんだ。マネージャーは新しいスタイルの曲はテンポが速かったり、コードの感じが少々違うかもしれないけれど、edbl らしいサウンドの要素は十分入っているから、プロジェクトとの一貫性はあると言ってくれた。これらの曲ができ上がったエピソードも面白いんだよ。
 “レモネード” は僕がフォローしている、素晴らしいプロデューサー/マルチ演奏者でカウントという人がいるんだけど、その人がビート・チャレンジという企画をしていて、彼の作ったドラム・ループを無料でダウンロードして好きに使えるように提供したんだ。僕はそれをダウンロードして “レモネード” のトラックを作った。そして以前も一緒に仕事をしたキャリー・バクスターにそのトラックを聴かせたら、ヴォーカルで参加したいと言ってくれたので、彼女は僕の家に来て “レモネード” の歌詞を書き上げたんだ。
 そして、ニック・ブリュワーが参加してくれた “ネヴァー・メット” のときはまた違ったアプローチで、僕とニックは音楽的な背景が全く異なっていた。むしろ共通点がほとんどなかったくらいだった。だから話し合いの時間を長くとって、お互いが納得する妥協点を探ろうとした。すると僕たちはマック・ミラーが大好きだということがわかり、マック・ミラーにはアンダーソン・パークと一緒にやっている曲で “ダング” というのがあって、僕はその曲がすごく好きだったからそれをニックに聴かせたんだ。ニックもその曲を気に入ってくれたから、その曲が “ネヴァー・メット” の基盤になったんだよ。この2曲は自分の得意分野より少し外れたものだったけれど、普段とは違うスタイルに挑戦するのは楽しかったし、そういう挑戦を今後も続けていきたいと思っている。

自分の得意分野から少し外れたスタイルに挑戦して自分を追い込むのもいいことだと思うんだ。

“アイ・エイント・アフレイド・ノー・モア” “B.D.E.” “ブレス・サムシング・ニュー” のようなボサノヴァを取り入れた曲もあなたの魅力のひとつです。“ブレス・サムシング・ニュー” はロージー・Pの歌声が少しトレイシー・ソーンを彷彿とさせるところもあり、エヴリシング・バット・ザ・ガールのようなネオ・アコを想起させました。ギター・サウンドを特徴とするあなたならではですが、特にボサノヴァやブラジル音楽の影響を意識したところはありますか?

edbl:影響はあると思うけれど、それはおそらく無意識的なものだと思う。僕はトレイシー・ソーンもエヴリシング・バット・ザ・ガールも知らないから、いまメモしておいたよ。このインタヴューの後にチェックしてみるね。僕はアコースティック・ギターが昔から大好きで、子どもの頃からアコースティック・ギターを学んでいて、クラシック・ギターの練習もしていたから楽譜を読むこともできる。エレクトリック・ギターをはじめたときは、クラシック・ギターが嫌いになったことも一時期あったけど、親にやめないように説得させられて続けていた。でも続けて本当に良かったと思っている。右手と左手のテクニックがとても流暢になるからね。そのおかげで僕はフィンガー・ピッキングやリズム基調のギター演奏が得意になったんだと思う。
 それからアディと一緒に活動していたとき、彼はエイミー・ワインハウスにすごくハマっていて、AOL Sessions という動画(https://www.youtube.com/watch?v=OTpcLir9pQo)を見せてくれたんだ。エイミーはまだとても若くて、バンドはついているんだけどアコースティックな演奏で、ナイロン・ストリングのギターがメインになっている。僕もナイロン・ストリングのギターは昔から持っていて、いまでも使うことがあるよ。エイミーのギタリストを務めているフェミという人は素晴らしいギタリストで、非常にリズミックでもある。僕はその影響を受けて、自分自身もリズミックなギタリストであると自覚している。僕はギター・ソロやリード・ギターなどはあまり得意ではないというか、できることはできるけれど、自分の強みだとは思っていない。昔からリズミックなギターの演奏が好きで、ギターをドラムのように叩いたりするときもあるくらいなんだ。そういう影響からボサノヴァ調のリズムや楽曲が生まれたんだと思う。意識的にブラジル音楽を聴いてきたわけではないんだけど、ブラジル音楽などのリズムは昔から大好きだった。

ではネオ・アコやフォーク系のアーティストからの影響はいかがでしょうか?

edbl:edbl のサウンドにはあまり影響していないと思うけど、影響は確かに受けていると思う。僕が大好きなフォーク・ギターのアーティストはベン・ハワード。それからボンベイ・バイシクル・クラブというバンドも大好き。インディー・ロックのバンドなんだけど、彼らの2枚目のアルバムはアコースティックで見事だった。それからダン・クロールという LIPA の先輩で素晴らしいシンガー・ソングライターや、マリカ・ハックマンも好き。マイケル・キワヌカのソウルフルなフィンガー・ピッキングも大好きだし、ボン・イヴェールのようなオルタナティヴなフォークのサウンドにも大きな影響を受けている。いまでもそういう音楽は大好きだよ。edbl プロジェクトに影響を与えているとしたら、おそらく無意識的なところから来ていると思うけれど、多様な音楽的背景があるのは大切なことだと思うからね。

“B.D.E” や “ブレス・サムシング・ニュー” ではホーンとの見事なアンサンブルも披露しています。シンガーだけではなく、こうしたホーン・プレイヤーがあなたのサウンドに彩りをもたらしているわけですが、彼らのようなミュージシャンとも日頃からいろいろセッションしているわけですか?

edbl:そうなんだ、僕はトランペットの音が大好きでね、理由はわからないけれどジャズの影響からかもしれない。それにアディも昔から自分の音楽にホーンを取り入れていて、僕たちがフル・バンドとギグをやりはじめた頃からずっとトランペット演奏者を入れていた。僕は以前にもホーン・プレイヤーとセッションをしたことはあったけれど、ツアーしたのはあれが初めてだった。音色がとても素敵で、シンプルな表現をしているときでも、その場の雰囲気を盛り上げてくれる。トランペットやサックスを吹く姿も様になっているし、音も最高だ。
 アディのツアーに同行していたのはマーク・ペリーという演奏者だった。そして僕が『edbl ビーツ』第1集の制作をはじめたとき、僕はこの作品にミュージシャンに参加してもらいたいと考えていた。幸運なことに僕はアディのツアー・バンドの素晴らしい演奏者たちを知っていたから、マークに声をかけて参加してもらった。でも実はマークにはかなり過酷な労働をさせてしまったんだよ。1日で7曲か8曲分の演奏をしてもらったからね。トランペットという楽器は実際にあまり長い間演奏することができないらしい。長時間演奏すると口が痛くなってくるそうなんだ。だから彼の貢献にはとても感謝しているよ。彼にはあの日かなり無理をさせてしまったけれど、結果としてとてもいいものができた。
 それからジェイミー・パーカーというピアニストともよく一緒にセッションをしているよ。彼も最近オリジナルの作品を作るようになって、僕も一緒に作ったりしているんだ。それも楽しみなプロジェクトだ。だから僕は様々なミュージシャンたちと日頃からセッションしているよ。トランペットのマークとは edbl プロジェクトを開始した当初から一緒に仕事をしてきて、いまでもその関係は続いているんだ。

いまはコロナもあったりしますが、普段はライヴ活動もおこなっているのでしょうか? アルバムではゲスト・シンガーも多いので、メンバー集めも大変そうですが……

edbl:2020年の初めの頃に「今年は edbl のライヴができたらいいな」と思っていたんだけど、パンデミックが起こってしまったから実現できなくなってしまった。でもパンデミックは edbl プロジェクトにとっては良いことだったと振り返ってみれば思うんだ。その当時、僕はまだたくさんのギグやバーでのライヴをやっていたんだけど、その全てがパンデミックの影響で中止になった。それは残念なことで、僕は手持ち無沙汰になってしまったけれど、同時に edbl プロジェクトやプロダクション作業に集中する時間ができたということだった。僕のスケジュールに変更がなかったら、これほどまでの時間はなかったからね。ある意味で不幸中の幸いだったのかもしれない。パンデミックがあったから僕は毎日自宅にこもり、パソコンでビートを作り続けていた。そして徐々に技術的にも上達していった。
 でもライヴ活動はつねに頭の片隅にあるよ。自分が音楽に夢中になって、音楽で生計を立てていきたいと思ったのもライヴ音楽からの影響だからね。だから edbl のライヴをやりたいとは思っていたし、どうやって再現するのかも考えていた。
 そして去年はブッキング・エージェントと契約を結び、来年の3月にイギリスでヘッドライナーとしてのライヴをおこなうことが決定したんだ。ものすごく楽しみだよ! でも同時に、これが edbl としての初ライヴだから不安もあるけれどね。アーティストは最初にライヴを重ねて知名度を上げて、曲のレパートリーを増やしていくパターンが多い。アディと僕がライヴ活動をはじめた頃は5曲くらいしか持ち歌がなかった。ライヴで演奏する曲を増やすためだけにアディが作曲していた時期もあったんだよ。ライヴの日までに書いている途中の曲を完成しなければいけないというときもあった。でも僕のいまの状況はそれとは真逆で、僕はすでに90曲以上の楽曲があるけれど、3月のライヴが初のライヴとなる。それはそれで自分が最も得意な曲を選んで演奏できるからいいんだけど、ヘッドライナーですでにチケットが完売しているライヴが、自分にとって初めてのライヴというのは緊張するよ。最高な体験になるのは間違いないと思うけどね。
 ライヴのセッティングに関しては、なるべく多くのゲスト・アーティストたちに参加してもらって、曲ごとにステージに上がってもらって、僕と共演する形にしたいと思っている。ライヴ・バンドがついているから、僕はギターに専念して演奏できるし、アーティストもライヴ・バンドと共演できる。いろいろなゲストたちに自分の歌う曲の番になったらステージに上がってもらって、次の曲はまた別のゲストにステージに上がってきてもらうという感じにしたいんだ。ツアーをするときはヴォーカリストひとりに同行してもらうことになると思う。大勢のゲストをツアーに同行させたい気はもちろんあるけれど、それは何かと大変になってしまうからね。

では最後に今後の活動予定や、何か新しいプランがあればお願いします。

edbl:僕はこれからもいろいろなアーティストたちとコラボレーションをしていくから、今後はさらにビッグなアーティストたちと一緒に仕事ができたらいいと思う。ロイル・カーナーやジョイ・クルックスなどは僕が聴いてきたアーティストで、いつかぜひ仕事をしたいと思っている人たちだから、彼らのようなビッグなアーティストたちとも仕事をしたいし、より幅広い分野の人たちと仕事をしていきたいと思っている。それから先ほども話したけれど、日本人ギタリストの磯貝一樹とのコラボレーション作品をリリースする予定で、それは日本でもリリースされると思うよ。とても楽しみだ。
 また今年は比較的短い作品をリリースしようと考えているんだ。ビート集やミックステープを作るのも楽しいんだけど、かなりの作業量で、ビート集は19曲ずつ収録されているからミックスの作業が結構大変なんだよ。だから今年はもっと短い、EPのような作品をリリースしていこうと思っている。EPにつきひとりのアーティストとコラボレーションをして、4、5曲を収録するような感じで、そういうのをいくつかやろうと思っている。楽しみだよ。あとはライヴ活動だね。最初のライヴは3月にあって、6月にはブロックウェル・パークという公園のフェスティヴァルに出演するよ。この近所にある公園なんだ。だから今回のミックステープは『ブロックウェル・ミックステープ』というのさ。今年はそれ以外にもいくつかライヴができたらいいと思ってるよ。

DJ Stingray 313 - ele-king

 これは嬉しいニュース。昨年の「Molecular Level Solutions」リリース時に予告されていたとおり、DJスティングレイのファースト・アルバム『F.T.N.W.O.』が、彼自身の主宰する〈Micron Audio〉から4月11日にリイシューされる。アートワークも刷新された模様。
 もともと同作は2012年にベルギーの〈WéMè〉からリリースされていた作品で、長らく入手困難な状態がつづいていた。これを機に、ドレクシアの魂を継承する第一級のエレクトロを堪能したい。

 なお今回のリイシューに先駆け、〈Micron Audio〉からはコペンハーゲンのプロデューサー Ctrls によるEP「Your Data」もリリースされる。2月28日。そちらもぜひチェックをば。
 

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