「K A R Y Y N」と一致するもの

MULBE - ele-king

 バトルMCとして様々な大会で結果を残しながら、D.D.S とのラップ・デュオ、N.E.N としてもアルバムをリリースするなどアンダーグランド・シーンでその存在感を示してきたMULBE。一昨年(2019年)には NITRO MICROPHONE UNDERGROUND の MACKA-CHI がエグゼクティヴ・プロデューサーを務めるミックスCD『MOVE』にてソロ・デビューを果たし、そして、ついにリリースした 1st ソロ・アルバムが本作『FAST&SLOW』というわけだ。

 ラッパーとしての MULBE の最大の魅力であり、大きなアドバンテージとなっているのが、非常に特徴的な彼の声質だろう。喉の奥から絞り出すように発せられるその声は非常に荒々しくザラザラした感触で、一聴してそれと分かる存在感がある。90年代から2000年代にかけてのUSヒップホップと、さらに同時期の渋谷・宇田川町を中心とした日本語ラップシーンの流れなどが MULBE の音楽的な基盤となっていると思われるが、そういったソースを混在させながら作り上げる現行のブーンバップなスタイルのサウンドに、彼の声質は実に見事にマッチし、ガチガチに硬く韻を踏むリリックの世界観をよりドラマティックに演出する。

 ミックスCD『MOVE』と同様に、GRUNTERZ、MASS-HOLE、RUFF といった MULBE 自身とも繋がりの深いプロデューサー勢を中心に構成されている本作であるが、さらに今回が初共演という GRADIS NICE と DJ SCRATCH NICE の参加が作品により深い奥行きを与えている。GRADIS NICE がプロデュースを手がけた先行シングル曲 “STAY HERE” は、コロナによる自粛などがテーマとなっているが、ゲスト参加の MILES WORD (BLAHRMY)と共に世の中の閉塞感そのものをダークなトーンで表現しながら、どんな状況でも決して諦めない、強い不屈の姿勢を見せつける。一方、DJ SCRATCH NICE がプロデュースした “TAKE ME HIGHER” と “REPRESENT ME” はタイトルの通り自分自身が曲の中心にもなっているわけだが、サンプリングのネタ感が全面に出たプロダクションによってエモーショナルな部分がより引き出され、MULBE の特徴的な声質にまた別の彩りを与えている。

 フィーチャリング・ゲストも非常に魅力的なメンツが揃っている本作であるが、盟友 D.D.S (“WHAT WILL BE”)との相性の良さはもちろんのこと、メロウ・チューン “CAN'T KNOCK THE” での B.D. との共演も凄まじく格好良い。そして、AVE WORKS がプロデュースを手がける実にユニークでファンキーな “DO ORIGINOO” における、仙人掌とのコンビネーションは個人的にも本作のピークであり、サウンドとゲストとの組み合わせの絶妙さという意味でも突出している一曲だ。
 他にもイントロではじまり、ゲスト勢のシャウトを集めたスキットを挟んで最後はアウトロで締めるという、一昔前は当たり前であったようなアルバムの曲構成であったり、ときおり出てくるクラシック・チューンからのリリックの引用など、MULBE 本人の頑固なまでのこだわりが様々な箇所に詰まっており、そんな部分にもいちいちニヤリとさせられる。単なる日本語ラップ好きというよりも、ヒップホップが好きな人にこそぜひ聞いてほしいアルバムだ。

Bibio - ele-king

 やっぱりこのころから独特の音響だ。2006年に〈Mush〉からリリースされたビビオのセカンド『Hand Cranked(手まわし)』が、デラックス・エディションとなって15年ぶりに蘇る。レーベルは現在ビビオの所属する〈Warp〉で、おなじく〈Mush〉から出ていたファースト『Fi』(2005年)の復刻(2015年)につづくリイシュー企画となる。
 ぜんまい仕掛けのおもちゃのような「手まわし装置」が奏でるロウファイ・サウンドにインスパイアされた同作は、不完全であることの魅力を引き出そうとしている。最新作『Sleep On The Wing』もそうだったけど、つまり、いまのビビオのスタイルにつながるたいせつな原点のひとつというわけだ。
 デラックス・エディションには、今回初のCD化となる5曲が追加収録され、ビビオ本人によるライナーノーツが付属するとのこと。彼自身が同作をどう思っているのか確認できるのも楽しみだ。
 フォークトロニカの至極の1枚を、いまあらためて。

BIBIO
〈WARP〉との契約のきっかけにもなった〈MUSH〉期の名盤
『HAND CRANKED』が、初CD化音源5曲を追加した
デラックス・エディションとして
セルフライナーノーツ付の紙ジャケット仕様で再発決定!

聴く者の記憶や、心に浮かぶ情景に寄り添う心温まるサウンドで、幅広い音楽ファンから支持を集め、国内外のアーティストからも賞賛を集めるビビオの2006年にリリースした2ndアルバム『Hand Cranked』が、3月19日(金)にデラックス・エディションで再発決定! 現在では2010年代の〈Warp〉を代表するアーティストの一人と言っても過言ではないビビオだが、デビュー・アルバム『Fi』から3rdアルバム『Vignetting The Compost』までは、USのインディー・レーベル〈Mush〉から作品をリリースしている。今回再発が決定した2ndアルバム『Hand Cranked』は、2006年にリリースされ、当時からビビオを絶賛していたボーズ・オブ・カナダやクラークも所属した〈Warp〉との契約へとつながった作品である。

今回のデラックス・エディションには、今回初めてCD化となる “Madame Grotesque” “Cantaloup Carousel (1999)” “Firework Owl” “Odd Lips” “The Last Bicycle” の5曲が追加収録され、ビビオ本人によるセルフライナーノーツ付の紙ジャケット仕様となる。

当時持っていたのは、本当に最低限のレコーディング機材だった。手頃なマイクが数本、カセットレコーダー、音声レコーダー、MDレコーダー、手頃なサンプラー、手頃なギター数本、そしてiMacが1台。

デビューアルバム『Fi』に収録された楽曲のいくつかで用いたサンプリングやアレンジの粗削りな手法は、1998年に初めて採用したものだ。それらのトラックを制作した後に思い出したのは、ぜんまい仕掛けの玩具や、メリーゴーラウンドもしくは回転木馬の模型のこと、それから幼い頃に観ていた70年代の子供向けテレビ番組のことで、番組ではそうした玩具や模型が生き生きと動いていた。ループ音源を単純に重ねたサウンドは、いびつで不完全な周期に従っていて、そこには機械的な性質が活かされているだけでなく、有機的で人間味のある質感(その要因の一端は、自分で弾いたギターのサンプリングを手動で起動していたことと、クオンタイズすなわち機械によるタイミングの補正を行わなかったことにある)も表現されていた。そしてクランクを手で回す(hand cranked)装置というアイデアから生まれたささやかな発想が、このアルバムのテーマになった。そうした装置が生み出す素朴なローファイサウンドを再現し、簡素で不完全であることの魅力を引き出したいと思っていたんだ。

──Stephen Wilkinson

本作を聴けば、キラキラ輝くモザイク模様の音像の彼方に広がる光りに包まれた絶対的な安心感、幼少の頃の記憶へと皆を誘うローファイで心に響くメロディーラインはもちろん、サンプリングされた自然音、テクスチャー、カラー、そしてノイズ、そのすべてを通して、ビビオの独特な音世界が、当時すでに完成されていたことがわかるファン必携の一枚。

label: BEAT RECORDS / WARP RECORDS
artist: BIBIO
title: Hand Cranked (Deluxe Edition)
release date: 2021/03/19 FRI ON SALE

国内盤CD
ボーナストラック追加収録/解説書封入
BRC-664 ¥2,200+税

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11683

TRACKLISTING
01. The Cranking House
02. Cherry Go Round
03. Quantock
04. Black Country Blue
05. Marram
06. Aberriw
07. Zoopraxiphone
08. Dyfi
09. Ffwrnais
10. Woodington
11. Above The Rooftops
12. Snowbow
13. Maroon Lagoon
14. Overgrown
Bonus Tracks
15. Madame Grotesque
16. Cantaloup Carousel (1999)
17. Firework Owl
18. Odd Lips
19. The Last Bicycle

Kenjyo chiba and YUASA - ele-king

 エレクトロニック・ミュージックのプロパーではない作家の作ったエレクトロニック・ミュージックというのに、かねてより目がない。元々はひとりの楽器演奏家として、あるいは生楽器を抱えたバンドマンとして活動をスタートさせた人たちのするエレクトロニック・ミュージックというのは、グリッド感覚やループ等を自明のものとしない構造にしても、コンボ的奥行き感をおもわせるミックスにしても、あくまでそれが彼/彼女らにとっては「トラック」でなく「ソング」であるということの徴が、どこかしらに片鱗として残されているように思うのだ。いかにダンス・ミュージック志向であっても、また、マシナリーな律動に貫かれていようとも、どこかでソングであること(イコール「ポップ」であること)へ開かれているような……細野晴臣もそうだし、私にはときにKLFの音楽も、そう思えてくるときがある。

 本作『Devotions~concoction of sutras and sou』は、プログレッシヴ・ジャズ・バンド WUJA BIN BIN のメンバーであり、鈴木慶一やケラリーノ・サンドロヴィッチ、原田知世、くるり、堂島孝平……等々他大勢のレコーディング/ステージで、トロンボーン奏者として八面六臂の活動をおこなってきた湯浅佳代子が、エレクトロニック・ミュージック作家として取り組んだ最新ミニ・アルバムである。
 これまでも、鈴木慶一や KERA からの影響を感じさせるシアトリカルかつポップなブラス・ミュージック集である初作『「How about this??」-妄想劇伴作品集-』、初期シンセサイザー音楽へのオマージュ溢れるコズミックなセカンド・アルバム『MONORITH~fictional.movie.soundtrack.2』(傑作!)をソロ作品としてリリースしてきた彼女だが、今回の新作はなんと、静岡県は河津町の禅寺栖足寺の千葉兼如住職とコラボレートしたダブルネーム作品となっている。この千葉氏、もともと自身でもサックスを操るミュージシャンらしいのだが、本作ではその腕を披露しつつも、本職たる経の読み上げをメインとして加わっている。
 そもそも、なぜこの異色の組み合わせが発足したのかを説明しておくと、それは、今般の時節柄が大きく関わっているという。深い不安に囲まれるコロナ禍おいて、にわかに心身の具合を崩してしまう人たちが続出していることは御存じの通りだが、そうした状況へ、お経と音楽によって安寧を届けようというふたりの篤心が、このプロジェクトの発端となっているのだ。まず昨年7月に、(本作にも収録された) “Devotions ~般若心経Hannyasingyou~” のMVが先行してアップされ、8月には単曲でデジタル・リリースされた。栖足寺の須弥壇をプロジェクション・マッピングで演出した鮮烈な映像や、本職による般若心経とドープかつポップなエレクトロダブ風のサウンドが合一したトラックが一部で話題となり、爾来海外リスナーにも騒がれていた。もしかすると、「あー! あの曲ね」という読者もおられるかもしれない。
 それにしても、このインパクトはものすごい。千葉氏は、コロナ前から栖足寺本堂で毎週末鮮やかなライティングを伴った演奏会をおこなっていたようだ。そうきくと、ここ数年で大きな話題となった、福井市の浄土真宗本願寺派照恩寺の住職:朝倉行宣による「テクノ法要」を思い出すが、メディア・アーティスト川村健一によるヴィジュアルとともにあちらがより均整の取れたエレクトロニカ的な音楽性を特徴としているとすれば、こちらはもっと荒削り、というか、もっと「インディー」的かつプリミティヴな肌触りを持っているような……いうなればこれは……野趣溢れる経と自生の電子音のマリアージュというべきか。

 実をいうと、「テクノ法要」より以前から、お経と電子音楽の組み合わせというのはすごく新奇なものというわけではない。90年代のヒーリング・ミュージック(筆者提案のタームでいう「俗流アンビエント」)のブームから、プロによる読経とアンビエント・テクノ的なトラックを合体させたお手軽な癒やし系(トリップ系?)CDというのは、いま全然話題に上らないだけで、結構あったりするのだ(中には、サンバとお経を合体させた異常にアッパーなCDもあったりする)。そう考えるなら、本作もそういった伝統の上にあると思われる。しかしながら、ああした「商品」っぽいCDたちと本作を決定的に隔てているのが、「奏でること/読み上げること」への、ひたむきなほどの献身だろう。湯浅の操る電子音にしても、アナログ・シンセを含む実機を扱うことによって紡ぎ出され、その響きはあくまで太く、筋肉質だ(彼女が吹くトロンボーンやユーフォニアムももちろんそう)。土屋雄作(バイオリン)、宮川剛(ドラム)という生楽器演奏の活躍もごく効果的で、とくに、生ドラムのスポンテニアスなプレイは素晴らしいし、千葉兼如のサックスを交えたホーンのジャズ・ロック的なアンサンブルも面白い。そして、主役たるお経も、その声は朗々としてハリがあり、ヴォイス・コントロール(という語を読経に対して使って良いものなのかどうかわからないが)も、実に音楽的だ。
 個人的なベストは、④“INORI ~Traverse across the universe”。禁欲的なリフレインが敷かれた中で、マニ・ノイマイヤーやヤキ・リーベツァイトを思わせる生ドラムと、電子音が跳ね回るこれから思い起こすのは、やっぱり『ゼロ・セット』だったりする(もしコニー・プランクが喜多郎をプロデュースしたら……というような世界といったらわかりやすだろうか)。他にも、鈴木慶一からの影響を感じさせる③、現代版和レアリックな⑤、アブストラクトな和ブレイクビーツ⑥など、全編通して面白い。

 ずばり、異色作。これはやはり、スマートな編集感覚を内在化したエレクトロニック・ミュージックの器用者にはつくることができない世界だと感じる。特定のジャンルを想起させる指示的な要素があったとしても、全体に漂っているのは、シンセサイザー等の電子音楽と初めて相対したあの時代のイノヴェーターたちが実践したような、「まずは音を出してみよう」という未整理の興味からくる、湧き上がる悦びのようなものだ。それはもしかすると、すぐれた仏教者が朗々と経を上げるときに抱くであろう法悦のようなものとも、どこかで似ているのかもしれない。

Sleaford Mods - ele-king

 最新作『Spare Ribs』がUKチャートの4位を獲得したスリーフォード・モッズ(アナログ盤のチャートでは1位)。そのことからも彼らの人気っぷりがうかがえるが……そう、イギリスでは『ガーディアン』がジェイソンに「好きなTV番組は?」「好きな小説は?」「好きな食べ物は?」と尋ねる記事まで出るくらいのスターなのだ。他のメディアでも彼らは大人気である。
 さて、アルバムから3本目となるMVが発売日の少しまえに公開されていたのを報じそびれていたので、紹介します。曲は “Nudge It”。レーベルメイトにあたるメルボルンのバンド、アミル・アンド・ザ・スニッファーズのヴォーカリスト、エイミー・テイラーが客演している。

 この曲で歌われているのは階級制度にたいする不満と、もうひとつ、労働者階級のことをわかったつもりになって語る、労働者階級じゃないひとたちへのフラストレイションだ。「想像してみてくれ。自分に限られたオプションしか残されていなくて、今週どうやってやり切るかもわからない。住みたくもないジメジメしたアパートの窓から外を見ると、気取った奴らが写真撮影してるんだ。“クールな建物じゃん。俺らは君らの痛みがわかるよ” ってね」と、ジェイソン・ウィリアムソンはコメントしている。
 スリーフォード・モッズは、リアルだ。

最新作『Spare Ribs』から新曲「Nudge It」MV公開!

スリーフォード・モッズの最新アルバム『Spare Ribs』は、2021年1月15日(金)世界同時リリース。日本流通盤CDには解説書が封入される。アナログ盤は、通常のブラック・ヴァイナルに加え、数量限定クリア・グリーン・ヴァイナルが同時発売。各店にて予約受付中。

label: BEAT RECORDS / ROUGH TRADE
artist: Sleaford Mods
title: Spare Ribs
release date: 2021/01/15 FRI ON SALE

国内使用盤CD
 RT0197CDJP ¥2,000+税
CD 輸入盤
 RT0197CD ¥1,900+tax
LP 限定盤
 RT0197LPE (Clear Green Vinyl) ¥2,600+tax
LP 輸入盤
 RT0197LP ¥2,600+tax

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11535

Bicep - ele-king

 こいつはめでたい。先日リリースされたバイセップのニュー・アルバム『Isles』が、なんと、UKチャートの2位にランクインしている。そう、彼らはUKでは1万人規模の公演を即完させるビッグなグループなのだ。

 そのバイセップの新作が「島」をテーマにしているところは興味深い。タイトルの「島々」とは、彼らの故郷たるアイルランド島と、現在拠点を置くグレイトブリテン島を指しており、そこには複雑な感情が込められている。ベルファスト生まれのデュオにとってイングランドはべつの島であり、べつの国なのだ。
 かつて地元にシャインというクラブがあったこと、そこでロラン・ガルニエがDJをしたこと、同郷の先輩デヴィッド・ホルムズがシュガー・スウィートというクラブをやっていたこと──それらが彼らにとっていかに大きなことだったか、ふたりは「アイリッシュ・タイムズ」紙に語っている。緊迫した宗教問題を背景に持つ北アイルランドにおいて、特定のコミュニティに属さないクラブという場へ足を運ぶことは、ある種の解放でもあったと。
 また同紙で彼らは現在のコロナ禍についても、じぶんたちが2009年の金融危機のときに出てきたことを振り返りながら語っている。いわく、アーティストは互いに助けあい、互いに親切であらねばならない、と。この、クラブが満足に役割を果たせない時代において、バイセップのダンス・ミュージックがチャートの上位に食いこんだことは、とても大きな意味をはらんでいるだろう。

 2月26日にはオンラインでのライヴ配信が予定されている。下記よりチェック。

UKチャート初登場2位獲得!
ディスクロージャーに続く新世代UKダンス・アクトの大器、
バイセップの最新作『Isles』は現在発売中!
2月26日には貴重なオンライン・ライブ配信も開催!

UKダンス・ミュージックの新たな大器、ここに登場 - ele-king

近未来的な音色は我々の耳と脳を揺さぶるだろう - MUSIC MAGAZINE

次代のスタジアム級ダンス・アクトがルーツを見つめ表現力を格段に向上 - bounce

UKガラージからIDMまで内包、多様に広がるダンス音楽 - Pen

ブログからスタジアムへ──フリー・シェア時代のバイセップ成功物語 - Mikiki

逆境に立ち向かうためのダンス・ミュージック - Mikiki

北アイルランドのベルファスト出身でロンドンを拠点に活動するマット・マクブライアーとアンディ・ファーガソンから成るユニット、バイセップ。UKで1万人規模の公演を即完させる人気を誇る、今最も注目を集める彼らの最新作『Isles』がUKチャート初登場2位を獲得! 伝説のブログ "FeelMyBicep" から始まった彼らのキャリアだが、今やディスクロージャーに続く、新世代UKダンス・アクトの中心であり、名実ともにアンダーワールドやケミカル・ブラザーズといったスタジアム級のアーティストにも肩を並べるであろうトップ・アーティストとして世に認められる形となった。

Bicep - Isles
https://bicep.lnk.to/isles

本日より、代官山 蔦屋書店にてバイセップとブラック・カントリー・ニュー・ロード(Black Country, New Road)のアルバムリリースを記念し、〈Ninja Tune〉コーナーが登場! 両作品の新作展示に加えて、今週末からは〈Ninja Tune〉のレーベルグッズが店頭に並ぶ予定となっている。

期間:2月1日~2月18日
https://store.tsite.jp/daikanyama/

また、彼らは2回目となるオンライン・ライブ配信、"Bicep Global Livestream”を日本時間の2月26日19:30より公開する予定となっている。配信では過去作に収録されている曲のリメイク版や、最新作『Isles』に収録された楽曲のエクステンデッド・バージョンなどが披露される予定。前回同様、スクエアプッシャーのアートワークやビデオを手がける Black Box Echo によるビジュアルを楽しむこともできる。

日時:2月26日(金) 19:30~ (日本時間)
チケット:https://bit.ly/35C5WIn

更に、リリースを記念して現在彼らのアートワークからのインスピレーションを得た "Isle Album Filter" がインスタグラムで公開中!
https://www.instagram.com/ar/1259988877720444/

2年に及ぶ制作期間を費やした『Isles』は、2017年のデビュー・アルバム『Bicep』から表現力を発展させ、さらにベルファストで過ごした若き日から10年前にロンドンに移るまでの間に彼ら自身の人生と音楽活動に影響を与えてきたサウンド、経験、感動をより深く追求しており、その期間に彼らが触れてきた音楽の幅広さが、アルバムの極めて多彩な音を形成している。ふたりとも、ヒンディー語の歌声が遠くの建物の屋上から聞こえてくることや、ブルガリア語の合唱曲の断片が通りすがりの車から耳に届いてくることや、ケバブ屋で流れるトルコのポップ・ソングの曲名がわかるかもしれないとわずかに期待しながら Shazam を起動することが楽しかったと述べる。一方で、故郷を離れて過ごす時間は、自分たちが島を渡り今の場所にたどりついたことについて、より深く考える機会にもなったという。

待望の最新作『Isles』は発売中! 国内盤CD、輸入盤CD/LP、カセットテープ、デジタルで発売され、国内盤CDには解説が封入、ボーナストラックが収録される。また、輸入盤LPは通常のブラックに加えて、限定のピクチャー盤、さらには国内盤CDと同内容のボーナストラックが収録された3枚組のデラックス盤が発売されている。

label: Ninja Tune / Beat Records
artist: Bicep
title: Isles
release: 2021/01/22

国内盤CD、輸入盤CD、輸入盤LP(ブラック)、限定盤LP(ピクチャー盤)、カセットテープ商品ページ:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11475

3枚組デラックス盤商品ページ:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=11477

tracklist:
01. Atlas
02. Cazenove
03. Apricots
04. Saku (feat. Clara La San)
05. Lido
06. X (feat. Clara La San)
07. Rever (feat. Julia Kent)
08. Sundial
09. Fir
10. Hawk (feat. machìna)
11. Light (Bonus Track)
12. Siena (Bonus Track)
13. Meli (I) [Bonus Track]

R.I.P. Sophie - ele-king

野田努

 スコットランド出身のエレクトロニック・ミュージッシャン/DJのソフィー(Sophie Xeon)が2021年1月30日、事故によって亡くなった。アテネの自宅で満月を見るため手すりに登った際、バルコニーから滑り落ちたという。没年34歳。なんということか。
 ソフィーの並外れた才能はひと言で言い表すことができるだろう。オウテカと〈PCミュージック〉の溝を埋めることができるおそらく唯一の存在だったと。トランス・ジェンダーの彼女は10年代におけるクイア・エレクトロニカ(アルカないしはロティックなど)を代表するひとりでもあったが、同時にヴェイパーウェイヴと並走していた、“楽器としてのPC” を使う世代によるエレクトロニック・ポップ・ダンス・ミュージックにおけるもっとも前衛的なアーティストでもあった。
 アンダーグラウンドにおける彼女の最初の名声は、グラスゴーのダンス・レーベル〈Numbers〉のシングルから来ている。「Bipp」は東京でも話題になったEPで、この過剰な人工的音響、甲高い女性ヴォーカル、遊び心たっぷりのべたべたにキャッチーすぎるメロディのレイヴ・ポップ・ソングは、当時はダブステップ以降のハウスやテクノに力を入れていた同レーベルのなかでは言うまでもなく浮きまくっていた。また、もうひとつ初期の代表曲 “Lemonade” にいたっては、もう、狂った機械によるポップスの再利用ないしは早送りしたR&Bによるダンス・ミュージックと言えばいいのか、ポップスの楽しい解体と言えばいいのか……、後に彼女はアヴァン・ポップと括られもするが、レイヴからラップ/R&Bを吸収した〈PCミュージック〉世代によるキャンプ趣味の入ったバブルガム・ポップのもっとも急進的な展開であったことはたしかだった(聴き方によってはエイフェックス・ツイン風にも聴ける)。その最初の成果はシングルを集めた彼女の最初のアルバム『Product(製品)』(2015)となっている。
 続く2018年の『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』はポップと電子音楽の実験がみごとに交流する娯楽性豊かなエレクトロニカ・ポップ作品で、彼女の世界的な評価をものにした正式なデビュー・アルバムだが、そのなかの代表曲のひとつにマドンナの(80年代半ばのリリース時は伝統主義的な男から批判された曲) “マテリアル・ガール” のリフを使った “Immaterial” があるように、彼女の音楽には男性中心社会への批評も含まれていたのだと思う。とはいえJポップにもアプローチしたのは、それが一概にフェミニンな文化とは思えない日本人としては複雑な思いも正直あるけれど、土台を持たない根無し草なところはソフィー作品と共通するのかも……、いや、彼女にはダンス/レイヴ・カルチャーがある。
 だとしても、そのイマジネーションはひとつのスタイル、ひとつのカテゴリーに収まるようなものでもなかった。10年代の若く新しい感性を象徴する存在だったし、まさにこれからが期待されていた人だけに、本当に残念でならない。

小林拓音

 追悼の声が鳴りやまない。最初に訃報を伝えたのは〈PAN〉だった。以降リーフルニスガイカアルカジミー・エドガーといった彼女とコラボ経験のあるアーティストはもちろん、批評家サイモン・レイノルズが「コンセプトロニカ」というくくりで彼女と並べて論じたホーリー・ハーンダンチーノ・アモービリー・ギャンブル、さらにはRP・ブーマイク・パラディナスフライング・ロータスハドソン・モホークニコラス・ジャーズリザ・ブラック・ドッグジェイリンイグルーゴーストエンジェル・ホパテンまで、数え切れないほどの音楽家たちがそれぞれの想いを吐露している。これほどアンダーグラウンドから愛されたポップ・スターはそうそういないのではないだろうか。
 そう、彼女はスターだった。ソフィーの音楽が持つキャッチーさは多くの大物たちをも惹きつけ、2013年の “BIPP” や翌年の “Lemonade” のヒット以降、彼女はマドンナやチャーリー・XCX、カシミア・キャットやヴィンス・ステイプルズといったメインストリーム陣営のプロデュースを手がけていくことになる。対象はJポップにまで及び、きゃりーぱみゅぱみゅのために曲をつくったりもしていたらしい(未発表)。それら大きめの仕事のなかでとくに印象に残っているのは、安室奈美恵&初音ミクの “B Who I Want 2 B” だ。擬似デュエットのために空間を調整しながら、ピキピキとバッシュのようなエフェクトで疾走感を演出していくさまは、いま聴いても唸らされる。
 このころまでのソフィーはまだ素性を明らかにしていない。匿名的ないし記号的なスタンスで活動していた彼女は2017年の “It's Okay To Cry” で初めて自身がトランス女性であることを公表。そのセクシュアリティは2018年のファースト・アルバム『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』において全面展開されることになる。
 以前この作品のレヴューを書いたときは、テーマよりもサウンドのほうに引っぱられていた。トレードマークだった「バブルガム・ベース」の衣装を脱ぎ捨てアヴァンギャルドなテクノ~エレクトロニカの手法をふんだんに導入、モノマネに陥らぬよう独自に改造を施しながら、しかしポップな部分も大いに残存させた『Oil Of~』が、彼女のベストな作品であるという認識はいまでも変わらない。その圧倒的な音の強度は今日でも他の追随を許さない。
 ただ、あらためて聴きなおしてみて、このアルバムが持つコンセプトにももっと注目すべきだったと反省している。タイトルからして意味深だ。「すべての真珠の内側じゃない部分(=外側)の油」とは、いったいなんなのか? ひとはたいてい、見た目ではなく内面を重視すると、口ではそう言う。けれども外の油こそ、真珠を輝かせるものなのではないか──そんなメッセージとしても受けとれる。スコットランドはとくに保守的だとも聞くが、内と外とで異なる性を生きねばならなかった彼女にとってそれは、非常に切実な問題だったにちがいない。
 サード・シングルとなった “Faceshopping” では、「わたしの顔はショップの正面/わたしの顔は実店舗の正面玄関/わたしのお店はじぶんが向きあう顔/じぶんの顔を買うとき、わたしは本気」と、謎めいたことば遊びをとおして、アイデンティティの問題と消費社会の問題が同時に喚起される。この曲のMVではNYのドラァグ文化から影響を受けた目のくらむような光の点滅が多用され、型にはめられた彼女の顔が粉砕される。この、ことばと映像(=油)が共犯して音(=真珠)の射程を広げるありさまは、総合芸術的な試みとも言えるだろう。
 このようにサウンドの冒険とセクシュアリティの表出、深いコンセプトを一緒くたにして、メインストリームめがけてぶん投げたこと。それが『Oil Of~』の要であり、ソフィーの独創性なわけだけど、もうひとつ忘れてはならないポイントがある。随所で顔を覗かせる、レイヴ・カルチャーの断片だ。
 翌年リリースされた同作のセルフ・リミックス盤もぜひ聴いてみてほしい。ことばは相対的に後景へと退き、フロアを意識した機能的なビートが導入され、さまざまな電子音が縦横無尽に空間をかけめぐっていく。ミックスCDのごときシームレスな展開も含め、これは、『Oil Of~』がそのテーマを展開するために縮減させていた、ダンス・カルチャーにたいする敬意の表明だろう。ここには総合芸術としてのコンセプトロニカから切り落とされる、躍動と快楽がある。彼女の敬愛するオウテカがどれほど尖鋭的な試みを為そうとも、けっしてダンスから離れようとはしないのとおなじだ。
 たしかに、オウテカとの奇妙な巡りあわせに想いを馳せるといたたまれない気持ちになってくる。つい先日、長い長いときを経てようやく念願のリミックスがリリースされたばかりだったのだから。生前に完成型を聴けたことがせめてもの救いかもしれない……と思う一方で、しかしヒーローからの贈り物を受けとった直後に、月を眺めようとして落下死するというのは、物語としてあまりにできすぎではないだろうか。

Cabaret Voltaire - ele-king

 未曾有の事態のなかでまずはサウンドとして強度のある、しっかりした音楽を生み出すこと、それはやはりそれなりに人生経験を積んだ者だからこそ為しえることなのかもしれない、と昨年、26年ぶりに放たれたキャブスのアルバム『Shadow Of Fear』を聴いて思った。じっさいリチャード・H・カークは下記のように、制作はコロナ禍によってさほど影響を受けなかった、と語っている。
 そのすばらしい快作につづいて、EP「Shadow Of Funk」が2月26日にリリースされる。さらに、3月26日と4月23日には2枚のドローン作品が控えているというのだから精力的だ。いずれも『Shadow Of Fear』と関連する作品だという。大ヴェテラン、リチャード・H・カークは止まらない。

Loota - ele-king

 2015年。韓国のラッパー、キース・エイプの “It G Ma” にフィーチャーされ、翌年にはフランク・オーシャン『Blonde』に参加、近年は Tohji とのコラボもおこなうなど、着々とその存在を知らしめてきた埼玉出身のラッパー Loota が2年ぶりの新作シングル「Sheep / Melting Ice」を発表している。耳に残るフロウとパリのプロデューサー、サム・ティバによるトラックとが描き出す、寂しげな風景に注目だ。

Loota による2年ぶりの新譜「Sheep / Melting Ice」がリリース。プロデュースは Sam Tiba、MVは Mall Boyz の Yaona Sui が担当。

盟友 KOHH らと参加した “It G Ma” で世界に轟かせ、Frank Ocean 『Blonde』の制作に参加するなどグローバルな活躍で注目され続けているラッパー、Loota。近年では Sebastian、Surkin といったヨーロッパ圏のプロデューサーとの協業や、Tohji ら若手アーティストとのコラボレーションなど、さらにその活動の幅を広げ続けている。

本作は、2019年2月に 2nd album 『Gradation』のリリースから2年ぶりとなるスプリット・シングル。プロデューサーとして両曲に Sam Tiba を起用し、独自のフローと内省的なリリックが冬に合う印象的なリリースとなった。

リリースと共に公開される “Melting Ice” MVは Mall Boyz の Yaona Sui が、アートワークはスイスのデザインチーム ARMES を率いる Philippe Cuendet が担当しており、曲の持つ寂しさや肌寒い情景を見事にビジュアルに落とし込んでいる。

これまでも静かに、しかし確かな作品を発表し続けてきた Loota。国境と世代を超えたそのクリエイティビティが遺憾無く発揮されている今作を、耳や目の肥えたリスナーは是非一度聞いてみて欲しい。

“Melting Ice” MV
https://youtu.be/epI4kW8e6kI

各種配信サービスにてリリース
https://linkco.re/gBQUfc0A

◆商品情報
アーティスト:Loota
タイトル:Sheep / Melting Ice
リリース日:2021年1月29日

◆About Loota

Loota

盟友 KOHH らと参加した “It G Ma” で世界に轟かせ、Frank Ocean 『Blonde』の制作に参加するなどグローバルな活躍で注目され続けているラッパー。

近年では Sebastian、Surkin といったヨーロッパ圏のプロデューサーとの協業や、Tohji ら若手アーティストとのコラボレーションなど、さらにその活動の幅を広げ続けている。

Instagram:https://www.instagram.com/supadupaloo/
Twitter:https://twitter.com/_Loota_
Youtube:https://www.youtube.com/channel/UCv5ca0LVoMsLSs1MQjJEb_A

Allen Ginsberg's The Fall of America - ele-king

 公民権運動にヴェトナム戦争にと、激動の時代に詩人アレン・ギンズバーグが全米を旅してものした詩集、『アメリカの没落』(1973年発表)の50周年記念プロジェクトが始動している。
 同詩集をミュージシャンたちが独自に解釈する──というのがこのプロジェクトの主旨で、名うての音楽家たちが集結したコンピがデジタルで2月5日に、フィジカルでは6月4日に発売されるのだけれど、なんとそこに坂本慎太郎が参加しているのだ。
 しかも驚くなかれ、同コンピにはヨ・ラ・テンゴサーストン・ムーア&リー・ラナルド、アンジェリーク・キジョーにハウィー・B、ディヴェンドラ・バンハートなどなど、そうそうたる顔ぶれが並んでいる。テーマ的にもまさにいまのアメリカにふさわしい(というと語弊があるけど)きわめて今日的なものだし、これは聴いておきたい1枚ですね。詳細は下記を。

山本精一 - ele-king

 昨年のアルバムだがみすごすのもどうかしている。あるレコードのすばらしさは新しさが左右するものではない。むしろときの経過とともにじわじわと真価がきわだつ作品も稀にだが存在する。
 山本精一の『セルフィー』はその典型である。世に出たのは昨年暮れ、そのことは6曲目の「ハッピー・バースデイ(to invisible something)」の丸括弧内の文言にあらわれている。「目にみえないなにか」の誕生を祝うこの歌はギターの弾き語りを土台にシンセサイザーが彩りを添えるフォーク調の楽曲で、歌唱法も衒いなさとあいまった朴訥な印象が支配的だが、不穏なムードが満ち潮のごとく高まるシンセの間奏直後の「お誕生日おめでとう 永遠の一里塚」につづき、堰を切ったように「ずっとおめでとう」のリフレインがはじまるころには山本の歌う「目にみえないなにか」とはまちがいなく新型コロナウイルスであろうと思いあたり、世界を前にした聴き手の視界はぐんにゃりゆがむ。
 なんとなれば、山本精一が社会的事象をこれほど直截に歌いこむのもめずらしい。むろん山本の、ことに歌の系列の音楽の背後には現代性が束になって脈打っている。ただし山本はそれらをあからさまな共感や抵抗のかたちにあらわすのをよしとしなかった。社会性は主体のフィルターが篩にかけられたあと抽象的、象徴的な平面に定着し、それらのことばとポップでときにサイケデリックなサウンドからなる楽曲は絶妙な均衡をみせる――山本精一の「うた」のあり方の一端をしめすこの方法論は90年代に羅針盤の諸作や Phew との協働作『幸福のすみか』(1998年)などの傑作に実を結び、世紀もあらたまり10年たった2010年代以降、より稠密な顔つきをしめすようになった。2010年の『プレイグラウンド』、翌年の『ラプソディア』から2014年の『ファルセット』さらに『童謡(わざうた)』とつづく楽曲志向の作品では書法はさらに巧みに、編曲は大胆さをましている。この時期山本は『ライツ』や『パーム』などでアコースティック・ギターの作曲と演奏と録音の実験を並行してすすめており、結果山本の2010年代以降のアルバムはこれらの要素が斑状にあらわれる、その調停の手さばきをさして職人的とも形容できる境涯は山本精一の孤高を意味する一方で、作品のもつ力線は外よりも内に向かうかにみえた。すなわち内省による探求であり、それにより作家性はきわまったが、しかしいたずらな難解さにおちいることもなかった。その事態をさして私は職人的といい、日々の営みのごとくときを置いてとどく山本精一の音楽を心待ちにいていた。
 それがかわったのはおそらく2020年のコロナ禍によるものであり、幾多の音楽関係者をさいなみ、いまなおその「禍中」にとらえて離さない事態の深刻さと無関係とはいえない。ことにその影響はソーシャル・ディスタンスにも配信にもなじみがたい小規模のライヴハウスに顕著で、山本が店長兼オーナーの大阪の難波ベアーズでも、さまざまな工夫と苦闘をくりひろげているのは昨年来ちらほら耳にする、そのことと『セルフィー』の関係性は推測の域だが、2010年代なかばまでの作品の空気と異なるのはあきらかである。
 原因のひとつに編成の変化をあげることできる。この10年の山本のソロはおもに千住宗臣が担ったドラムスをのぞき、歌とギターとベースは山本自身の手になることが多かった。ドラムスさえも、たとえば『童謡(わざうた)』などでは手ずから味のあるリズムを刻んでいる。すみずみまで意識のおよんだその音楽空間こそ山本精一のひととなりであると同時に、先にあげた内側への志向を裏書きするものだが、スタジオにおける録音という行為を密室化する思考でもある。それによりスタジオは居室と化し録音は宅録ににじりよるから機材の水準と場所の記名性を問わない。どこにいてもそうなのだ。ところが『セルフィー』ではドラムスの senoo ricky、鍵盤関係では西滝太、IEGUTI、坂口光央など、過去数作とはくらべものにならないほど(というほどではないけれども)参加人員はふえている。ひとの出入りが風通しのよさにつながっているとは、いささか牽強付会だが、いくつかの手が楽曲に加わることで密室的な空気感が減じているのもたしかである。ただし歌の底流にながれるものはかわらない。ギターのフィードバックとトリルではじまる1曲目の “フレア” はカーテンを開き窓の外をながめるような幕開けらしい楽曲だが、視線の先にひろがるのは渺々たる充足とは無縁の世界である。世界認識におけるこのような見立ては『ラプソディア』の “Be”、『童謡(わざうた)』の “ゆうれい” でも聞こえる山本精一の歌詞の根底をなすもので、そこには存在論的な不安のようなものに穿たれ、空洞化した主体が夢のなかでみずからをみつめつづけるような自己言及的で背理的な空間がひろがっている。『セルフィー』にもそれは再帰し、“フレア” にも分身譚を想起する一節があるが、主題よりむしろ主題の影にちかく、歌詞にうかがえる志向はむしろ外に向かっているのは「急に発火すること」が転じて「急変すること」を意味するフレアの語義から推測できる。付言すると、フレアとは写真が趣味の方には太陽などのつよい光源にレンズを向けるとおこる光学現象とも、天文ファンには太陽の表面の爆発をさす天文用語としてもおなじみだが、フレアがおこるのが太陽の大気にあたるコロナなのも、なにやら関係がありそうである。というのはさておき、内と外どちら向きでも山本精一の自己問答の旅は終わらないのは2曲目の表題曲 “セルフィー” の「自分を追いかけてどこまでも歩いて」の一節にもあらわれている。それではあまり変わらないではないかともうされる御仁にはそのとおりだとも、そうではないともお応えしたい。
 というのも、本作における変化の主眼は主体ではなく環境の側にあるからである。ポストメディア時代の社会/環境における権力が規律型からコントロール側に変容するのはドゥルーズの指摘をまつまでもなく自明だが、そのような空間はたとえばこれまでの学校や会社のような閉じた規律型の空間ではなく、ネットワークをとおした「開かれた環境」になる。だれもがそのなかを自由に、いわば外向きに横切ることができるが、パスワードとかICカードとか所定の認証のなければどのような門もくぐれない。主体どうしはネットワークでつながるもバラバラで、出来事ごとに流動的にむすびつく。きっかけになるのは情動であろう――などと述べると堅苦しいが、情動をエモさや共感と言い換えると、身のまわりの現実がたちどころにあらわれはしまいか。1990年代とも2000年代とも、10年前ともちがうこのような環境下では音楽よりもそれをいかに伝えるかが大きなウェイトを占めることになる。
 伝達の変化は音楽と聴き手の距離をつづめ、それにより親密さの質もかわっていった。親密さは対象との心理的な距離というより図式化した情動への即時的な反応となり、ときとともに亢進したこの構図は音楽そのものに還流する。音楽家とリスナーによる際限のない先読みのゲームはベンヤミンのいう創作の産屋である孤独さえゆるさず、その回路となるネットワークはかつてベッドルームを外部につなげるバイパスだったが、いまやそこをたどって外部が逆流する裂け目になった。
 あらゆる場所が開かれていく多動的な環境下で山本精一は表現をたもちつづけた。『プレイグラウンド』以降、2010年代の諸作を一貫する対抗的なあり方をオルタナティヴといわずして、なにをそう呼べばいいのか私はわからないが、これらの作品は超然とした面持ちとあいまって名人芸的な受け止められ方だったのではなかったか。
 『セルフィー』も方法的にはその延長線上だが、2010年代にあがった成果をとりまとめ、新たに踏み出した一歩といえる。アコースティック基調の “セルフィー” や “カヌー” はフォークよりもトラッドよりも武満徹のギター曲を私に想起させるし、「どんな顔にでも足跡がついている どんな顔にも指紋が浮かんでいる」と歌い出す4曲目のタイトルはポール・サイモンのサイモンと同じく「Simon」と書いて仏語読みで「しもん」というが、聴くたびに思い出すのはトー・ファット(Toe Fat)のファーストのレコード・カヴァーである。このジャケットを手がけたのはヒプノシスで、バンドの中心人物ケン・ヘンズレーはのちにユーライア・ヒープの『対自核』で大仕事をやってのけたが『セルフィー』の発売の2週間前に世を去っている。むろんこれは余談だが、そのようなものまで、ザッパ的な共時性にまねきよせるのが山本精一の総合力であり、その底なしの懐にはノイ!的なメトロノミック・ビートもクラスター風のアンビエントも入れば、Satoshi Yoshioka の手になる “windmill” のIDMを思わせる微細なビートもふくまれる。曲を重なるごとにサイケデリックな潮位は増し、やがて “Future Soul” と題した終曲でゆっくりと閾値を超えていく。『セルフィー』とはそのさいに放射する白熱した逆光のなかに浮かび上がる山本精一の真新しい自画像をさすのであろう。

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