「K A R Y Y N」と一致するもの

[Drum & Bass / Dubstep] by Tetsuji Tanaka - ele-king

1. Mark Prichard / Elephant Dub/Heavy As Stone | 〈Deep Medi Musik〉

 「?」と言うキーワードを使うとき、決まってマーク・プリチャードの〈Ho Hum〉からリリースされた10インチ「?」を思い出す。2008年9月20日、 DBS〈DRUM & BASS x DUBSTEP WARZ〉にて筆者とユニットフロアで共演したマーラが1曲目にスピンした鮮烈な作品だ。何故ならこれは......ノンビートだからである。漆黒アンビエントが5分以上続くそのオープニングに会場は一時......静まり返った! 「なんだ、この曲は!?」、みんなそう思ったに違いない......文字通り「?」であった。そこからのマーラのプレイは言うまでもなく素晴らしいものであったが、いろんな意味を含めて話題をさらったセンセーショナルな作品が「?」だ。
 マーク・プリチャードは、UKエレクトロニック・ミュージックの巨匠として古くはグローバル・コミュニケーション、リロード、ジェダイ・ナイツ名義などで活躍していたベテラン・プロデューサーである。最近では〈WARP〉からアルバムを発表したハーモニック313(HARMONIC 313)名義としても名高い、エクスペリメンタルな孤高のサウンド・クリエーターだ。無限とも言えるその懐深いサウンド・スケープは、どのシーンにおいても抜きん出ており、数多くの名作をリリースしている。
 マーラの〈Deep Medi Musik〉からついにリリースした"Elephant Dub"は、彼の無限の創造性による産物となった。ダーク・サイドな音楽像の根底を掘り下げたかのようなヒプノティック・サウンドで、硬質にリヴァーブするビートと底知れぬ深いべースラインが共鳴している。まったく彼ならではのサウンド・オリジナーションである。"Heavy As Stone"だが、美しくも切ない女性ヴォーカルがトライバルでアトモスフェリックなトラック群と交感し、さらにポエトリーがよりいっそう全体像を際立たせたハイブリッド・ジャズ! 彼のサウンド・クリエーションはまったく無限であるとあらためて感じた。時代性を超越した作品である。

2. Hyetal & Shortstuff / Don't Sleep/Ice Cream | 〈Punch Drunk〉

 UKダブ・カルチャーの拠点"ブリストル"でもダブステップは刻々と進化を続けている。90年代初期のジャングルがレイヴを席巻していたように......。その進化の過程とともに、ピンチの〈Tectonic〉と双璧の如く歩んで来たのがぺヴァーリストの〈Punch Drunk〉。90年代のジャングル/ドラムンベース・ムーヴメントを通って来たであろう彼らブリストル・ダブステッパーたちは、UKダンス・ミュージックの特性である"ハイブリッド"を巧みに取り入れた全く新しいブリストル・サウンドの提唱者となった。
 その〈Punch Drunk〉からエレクトリック・ミニマルと称され、傑作の呼び声高い「Pixel Rainbow Sequence」を〈Reduction〉から発表したブリストルの新星ハイタルとポスト・ガラージ/ファンキー・クリエーターで〈Ramp〉からの「Rustling/Stuff」が記憶に新しいショートスタッフがタッグを組んでのリリース。アーバンなガラージ・テイスト溢れるエレクトリックなファンキー・ダブステップで、現在巷で話題のアントールド(UNTOLD)やゲーオム(GEIOM)などのミニマル X ガラージを混合させたニューフォーム・サウンドである。試行錯誤の末、細分化されてきたダブステップのなかでも今年もっとも注目されるであろうこのサウンドは、ジャンルを越えて脚光を浴びるポテンシャルを有す存在になろうとしている。その動向、その先の化学変化は刮目に値するムーブメントであり、今後のシーンにおいて最重要に位置づけられるひとつであろう。

3. Kryptic Minds / Badman/Distant | 〈Swamp 81〉

 筆者は、とにかくクリプティック・マインズのダブステップ・サウンドが大のお気に入りである。〈Tectonic〉からの「768」、ピンチ&ムーヴィング・ニンジャ「False Flag -Kryptic Minds RMX-」や〈Osiris〉の「Life Continuum/Wondering Why」、〈Disfigured Dubz〉から「Code 46/Weeping」など......最近のリリースすべて注目している。
 遡ることドラムンベース時代〈Defcom〉から数多くのダーク・サイバー・ドラムンベースを量産してシーンに一時代を築いて以来、一遍も変わらない硬質なビート・プロダクション、実に重く太い漆黒ベースラインとテッキーな音色――ドラムンベース・サウンド・クリエーションをそのままダブステップに変換してしまったと言っていいくらい一貫したサウンド・スキルが大いに繁栄されている。さらに素晴らしいのが、ミックスした時のその状態だ。ブレンドの最中でも己の主張性を損なわないそのグルーブ感満載のサウンド・ポテンシャルは実に素晴らしく、特にミニマルとのブレンド・ミックスをオススメしたい。スライトリー・ミスティック・ダブステップとも捉えれる唯一のプロデューサーだ。
 今回もダブステップのオリジネーターのひとりであるローファー〈Loefah〉主宰〈Swam P81〉からのリリース。前作にあたるアルバム『One Of Us』でその存在感を遺憾なく発揮した崇高なるダーク・ダブステップそのままに、今作も続編的アプローチを見せている。
 ダブステップ界でも現行のクラブ・ミュージック・トレンドである"エレクトロ"ムーヴメントに触発された作品が目立つなか、彼ら自身の音楽性を常に貫くその姿勢が真のダブステップ・プロデューサーとして認知されようとしている。今後も変わらないであろう確信がある。そう、昔と変わらず、彼はずっとこのサウンドを貫いてきたのだから。

4. Sbtrkt / Laika | 〈Brainmath〉

 サブトラクト(Sbtrkt)。脅威のニューカマーとして昨年のデビュー以来、破竹の勢いで上り詰めた天才エレクトリック・ダブステッパー。すでにベースメントジャックス、フランツ・フェルディナンド、モードセレクター、ゴールディといった大物達のリミックスを手掛け、ミニマル~ガラージ~ファンキー~エレクトロと縦横無尽に行き来している今年その動向がもっとも期待されている大注目株である。
 今作「Laika」は、ゾンビー(Zomby)のエレクトロ・スケープの傑作「Digital Flora」やアントールド〈Untold〉のミニマル・ガラージ「Flexible」に続くように〈Brainmath〉からの限定リリース。このトラックもすでにポスト・ガラージとして注目され、シーンで話題をさらっている。近い将来、その才能でシーンを掌握するであろう彼のサウンド・コンダクトから目が離せそうにない.......。

5. Eprom / Never(Falty DL Rephresh) | 〈Surefire〉

 イーピーロム(Eprom)は、サンフランシスコ在住の新進気鋭ウエスト・コースト・ベース・テクニシャン。ファンキーの要素とテッキーなカッティング・ビート、ハッシュされた女性ヴォーカルにアトモスフェリックな上ものを巧みにコントロールした、これぞニュー・テック・ファンキーだ。アメリカやカナダでも大盛り上がりを見せているダブステップやベースライン・ミュージックだが、アメリカでその代表格と言えば、ファルティDL(Falty DL)、6ブロック(6Blocc)、スターキー(Starkey)、ノアD(Noah D)等々だ。今回の"Never"のリミックス・ワークを担当したのがファルティー・DLだ。
 〈Planet Mu〉から発表した傑作アルバム『Love Is A Liability』やシングル「Bravery」、〈Ramp〉からの「To London」等々......名門レーベルからの信頼も厚い才能豊かなプロデューサーだ。もちろん今回のリミックスも名門レーベルに恥じぬ秀逸なディープ・ファンキーに仕上がっている。この先もアメリカ/カナダ・ダブステップ・シーンのホットな動向も追走しなければならない。刻々と独自の進化を遂げているのだから。

 来月の連載はサウンドパトロールと合わせて、先日大盛況で幕を閉じた2月13日のDBS〈2010ゴールティ VS ハイジャック〉のパーティ・リポートもお送りしますので乞うご期待!

KREVA - ele-king

 オープニング――クレバが昨年リリースした通算5作目(ベスト盤を含む)のソロ・アルバム『心臓』から、ファンキーなナンバー"ACE"、それから"K.I.S.S."、"I Wanna Know You"といったミディアム・テンポのラヴ・ソングを一気に畳み掛ける。その颯爽とした滑り出しに、横浜アリーナを埋めた1万人を超えるオーディエンスは大きな歓声とダンスで応える。バックには、DJ SHUHO、DJ HAJI、MPC4000を操る熊井吾郎が控え、ビートとスクラッチを絶妙なタイミングで繰り出し、息の合った、テンポの良いステージングを魅せていく。さすがに半年かけて到達したツアーのファイナル初日らしい仕上がりだ。

 激しい火柱が噴き出す派手な演出とともにクレバが登場した時、「さあ、今日は盛り上がるぞ!」とばかりにいっせいに腰を上げた熱狂的なオーディエンスの気合いには凄まじいものがあった。クレバがサングラスを外そうとすれば、客席から黄色い声が飛び、彼が曲間のMCで何事かしゃべれば、ファンはじっと聞き耳を立て、時に笑い、時に大きな拍手で応じた。目の前にいるのは、紛れもなくひとりのスターだった。登場の仕方も、かけていたサングラスも、あれはきっとマイケル・ジャクソンを意識していたのだろう。実際、"あかさたなはまやらわをん"は、マイケル・ジャクソンの楽曲をマッシュアップしたヴァージョンで披露された。ステージのバックに設置された巨大スクリーンの映像といい、照明の使い方といい、エンターテインメントをやろう、という気概がひしひしと伝わってくる。

 違和感がないわけではなかった。2007年11月24日の武道館ライヴでも感じたことだったが、とにかくひっかかるのは、クレバの過剰なファンサーヴィスと彼のあり得ないほどの健全さである。例えば、古内東子と共同プロデュースした"Tonight"をヴォコーダーを弾きながら濃密に歌い上げるパフォーマンスは素晴らしかったが、楽器の練習をどれだけ頑張ってきたかをセンチメンタルに語る前口上や「だから、お母さんのように見守ってください」というエクスキューズが、このよく練られた舞台に必要だとはどうしても思えず、僕はそれによって興ざめしてしまった。クレバの人気の秘密の背景には、彼の音楽や人生に対するひたむきな姿勢がある。そのことを考えれば、彼はファンの期待に応えていただけなのかもしれないのだが......。「健全さ」については、クレバに限らずJ・ポップの抱えるオブセッションとも言えるので、いつかまた別の機会に書いてみたい。

 さて、今回のツアーのきっかけになった『心臓』は洗練された大人のラヴ・ソング集である。僕を含め、多くの人がそのムードに浸る快楽を楽しむことができる。それは、現在のUS・R&Bを牽引する売れっ子、ザ・ゲームとの同時代性を感じるR&B寄りのヒップホップ・アルバムである。と同時に、どこか懐かしさを覚えるそのスタイリッシュなサウンドと言葉は、現代のシティ・ポップスでもある。むしろクレバの先達として僕が連想するのは、山下達郎や角松敏生に代表される、ブラック・ミュージックを独自の方法でポップスへと変換してきたシンガー・ソングライター/プロデューサーたちだ。クレバは、彼らと比較されるぐらいのことを『心臓』で成し遂げたと言っていいだろう。古内東子を客演に迎えた、ウワモノのシンセ音がメロウなムードを演出する"シンクロ"、AORをサンプリングした"瞬間speechless"、"I Wanna Know You"、キーボーディスト、さかいゆうを迎えた、うねるシンセ・ベースが時間の流れを変えるような"生まれてきてありがとう"など、どれもが高い完成度をほこっている。

 ライヴの後半ではクレバがこれまで試みてきた「歌」への挑戦を総ざらいし、言い換えれば、「歌えるラップ・ミュージック」によって大衆性を獲得してきたソロ活動5年間の集大成を見せつけた。ソロとなった年にリリースした2枚のシングル、"音色"と"希望の炎"、前述した"Tonight"、"瞬間speechless"といった曲だ。なかでも"希望の炎"は印象的な曲だ。この曲の、「そうさ俺は最低の人間/ホントの事だけ書いてもいいぜ/書いたらみんながひっくり返る/だから 今じっくり耐える/ビッグになれる なれないどっち/考えたこともないぜ 本気」というリリックを聴くと、クレバが確信犯的なセル・アウターとして何を譲って、何は譲ってこなかったのかがよくわかる。クレバが、SEEDAやSHINGO★西成と共演することはあっても、彼らのような(ときに危うい)言葉を吐くことはない。その代わり、音楽的洗練を突き詰めることに集中して、メインストリームで成功してきたのだ。

 ライヴのラスト、「お前の成功は俺の成功 俺の成功はどう?/もしそうなら そりゃもう最高/行けるとこまでどこまでも行こう」("成功")と力強く客席に問う言葉は、様々な矛盾をひっくるめた上でさらに突き進もうとする宣言のように会場に響くのだった。

Shop Chart


1

LEONID

LEONID Deepentertained STATIK ENTERTAINMENT / GER / »COMMENT GET MUSIC
ECHOSPACE、ECHOCORD、ORNAMENTSなどの著名レーベルがヨーロッパを震わすELECTRIC DUBの世界。'94年から運営されている老舗レーベルからセレクト、若手のLEONID(SISTRUM)が"アナログ"でMIXした作品。丁寧に構成を意識した流れで、初めから終りまで一貫して保たれた世界観は、上質のエレクトリック・ミュージックで味わえる安らぎを与えてくれます。

2

GLIMPSE

GLIMPSE Music:03 FOUR:TWENTY / JPN / »COMMENT GET MUSIC
「% BLACK」シリーズで鮮烈に登場、その後も素晴らしい作品をリリースしてきた彼らの新作MIX CDは、FOUR:TWENTY音源のコンピレーション!! "DE9以降"とも呼べる、27トラックをEDIT、1枚にまとめた秀作です。8つに分けられたパートそれぞれに、核となるトラックを配置し、メロウさとGROOVE感の両立に成功!!! MIX MAGの月刊アルバム賞にもセレクト!!!

3

JESPER DAHLBACK

JESPER DAHLBACK What Is The Time Mr Templar? P&D / FRA / »COMMENT GET MUSIC
来日DJがヘビースピンしたことで、日本でも一気に火がついたDEEP HOUSE CLASSICが遂に再発!! スウェーデンのSVEKが97年にリリースした"WHAT IS THE TIME..."!!! ミステリアスなフレーズと低音が利いたシンプルなグルーヴは、まだまだ現役。SVEKカタログの中でもBJORN TORSKEと共に高い人気をキープ、この機会を逃すべからず!

4

CINDERFELLA LTD

CINDERFELLA LTD Ephemeris EP A:RPIA:R / ROM / »COMMENT GET MUSIC
THOMAS MELCHIOR変名!!! 東欧ルーマニアからの新鋭レーベル「a:rpia:r」からCADENZA、PERLONなどのトップレーベルから作品を発表してきたMELCHIOR PRODUCTIONでもおなじみの彼。勿論VILLALOBOSもPLAY、緻密なプログラミングとクラブで絶大な威力を発揮する低音のグルーヴは必聴!!

5

LUCIANO

LUCIANO Etudes Electroniques CADENZA / SUI / »COMMENT GET MUSIC
2007年にCADENZAよりリリースされたLUCIANOのWパックが再入荷!!! この時期のCADENZAのレーベルカラーとも言える、ミニマムなビートと透明感のある音色を多様、レコードの溝いっぱいを使った尺の長いアブストラクト・トラックを4曲収録。TOPレーベルの名に相応しい世界観は間違いなく極上であります。未CDですので、是非ゲッツ!です。

6

MIRKO LOKO

MIRKO LOKO Seventynine Remixes CADENZA / GER / »COMMENT GET MUSIC
マストバイ!!!! CARL CRAIG & RICARDO VILLALOBOS の黄金コンビ再び!!! 2009年にCADENZAよりリリースされた絶品アルバムよりのREMIX 12inchカット!!! 特にCARL CRAIG REMIXがトップクオリティの仕事っぷり!! 抑揚を利かせたコンガと、CRAIGらしいBIGなメロディーワークが相まって、クライマックス感を演出する長尺トラック!!!

7

COBBLESTONE JAZZ

COBBLESTONE JAZZ Chance EP WAGON REPAIR / CAN / »COMMENT GET MUSIC
まもなくリリースされる2NDアルバムからの12inchカット!! やはり、MATHEW JONSONのメインプロジェクトだけあり、やはりずば抜けたGROOVEを見せ付けてくれます!!! モダンでアダルトなJAZZっぽさとフロアでも通用するミニマルなうねり。迷わずゲット。

8

RADIQ

RADIQ Mo' Roots PHILPOT / GER / »COMMENT GET MUSIC
FUMIYA TANAKAからも絶大な信頼を得、OP.DISCの主宰でもあるベテラン・プロデューサー半野喜弘のメインプロジェクト・RADIQが、いま注目のPHIPOTから!!! フェンダーローズ、カッティング・ギター、オルガンを巧みに混ぜ合わせて、大人の雰囲気を漂わせる、ブラックグルーヴを発生させている絶品ヴァイナル。

9

LOUIE VEGA

LOUIE VEGA 10 Years Of Soul Heaven MINISTRY OF SOUND / UK / »COMMENT GET MUSIC
ダニー、ケリチャン、オスンラデも賛辞のコメントを寄せる中、10周年を迎えたSOUL HEAVENの記念盤はルイヴェガによる豪華三枚組。Disc 1ではテクノへのアプローチを感じさせる硬質なセット、Disc 2では彼らしいソウルフルなハウスミックス、Disc 3では火照った体を心地よく揺らしながら冷ますアンミックスド。満足度は5/5!!!

10

JOSE JAMES

JOSE JAMES Blackmagic EP BROWNSWOOD / UK / »COMMENT GET MUSIC
濡れ濡れのシルキーヴォイスにマッチした4強プロデューサー(Flying Lotus、Moodymann、DJ Mitsu The Beats、Taylor McFerrin)によるトラック。きっと10年経ってもいろんな文脈で引っ張り出されるであろう完璧な1枚。まずは試聴を!

Bob Blank - ele-king

 1978年にムジーク(Musique)の『キープ・オン・ジャンピン』の大ヒットによってディスコの頂点へと登り詰めたのがエンジニアのボブ・ブランクで、その当時、スイティーヴ・ダクィストがアーサー・ラッセルとの"キス・ミー・アゲイン"の録音のためにブランクのスタジオ〈ブランク・テープス〉を手配すると、録音に神経質なアーサー・ラッセルが喜びを隠しきれなかったというエピソードが物語るように......、あるいは当時、ニューヨークのアートの中心であった〈キッチン〉に関わっていたラッセルがディスコを本気でやろうと決心したときにブランクの『キープ・オン・ジャンピン』を研究したように......、それからラッセルがアレン・ギンズバーグをブランクに紹介したように......、そう、ボブ・ブランクはディスコ全盛期のニューヨークの、喩えるならクラウトロックにおけるコニー・プランク、ルーツ・レゲエにおけるリー・ペリーのような存在と言えよう。彼はディスコの一流の職人のひとりで、実際に関わった作品の数はあまりにも多い。〈サルソウル〉や〈プレリュード〉や〈ウェスト・エンド〉といった名門から、〈ZE〉のようなポスト・パンク......なんてものではない、なにせ〈サルソウル〉前夜からそこにいたのだ。作品を挙げれば枚挙にいとまがないが、ひとつ言えるのはファンクからラテン、ディスコからミュータント・ディスコの時代にかけて、彼は間違いなくダンスのエキスパートだったということである。

 『ザ・ブランク・ジェネレーション』は、そんなブランクの膨大なカタログから『Last Night DJ Saved My Liffe』の著者が13曲を選んだもので、マニアックな選曲によってブランクの多様な側面を楽しめる内容となっている。

 サン・ラの"ホエア・パスウェイズ・ミート"やジェイムス・ブラッド・ウルマーの"ジャズ・イズ・ザ・ティーチャー、ファンク・イズ・ザ・プリーチャー"といったジャズとファンクとディスコの融合、ザ・ネセサリーズ(アーサー・ラッセルもメンバーだったニューウェイヴ・バンド)の"ステイト・オブ・アート"やリディア・ランチ(ノーウェイヴの女王)の"ア・クルーズ・トゥ・ザ・ムーン"といったポスト・パンクのミュータント・ディスコ、チャランガ76(ヒスパニック系のバンド)の"ミュージック・トランス"のようなセクシーなラテン・グルーヴ......他にも、ひと癖もふた癖もあるディスコ・ナンバーが揃っている。ジェイムズ・ブラウンのライヴでバック・コーラスを務めていたブランクの妻ローラ・ブランクの"ワックス・ザ・ヴァン"(アーサー・ラッセルによるバレアリック・クラシック!)、バンブレビー・アンリミティッドの"アイ・ガット・ア・ビッグ・ビー"(底抜けに明るいガラージ・クラシック)、フォンダ・レイ"オーヴァー・ライク・ア・ファット・ラット"(ヒップホップのDJからも愛される永遠のクラシック)、そして素晴らしいとしか言いようがないグラッディ・ナイトの"イッツ・ア・ベター・ザン・グッド・タイム"のウォルター・ギボンズのリミックス・ヴァージョン等々......。

 このコンピがあなたの人生を救うことはないが、ディスコの奥深さを知ることはできる。ディスコとは刹那的な音楽だが、いまも鑑賞にたえうる音楽なのだ......という言い方はボブ・ブランクに失礼だろう。先述したように、彼はディスコのコニー・プランクなのだから。なお、リリース元はゼロ年代の初っぱなの『ディスコ・ノット・ディスコ』シリーズによってDFAなど新しい世代によるレフトフィールド・ディスコの登場を準備して、アーサー・ラッセル・リヴァイヴァルをうながした〈ストラット〉。ラッセル周辺をはじめ、小野洋子からカンやイエローまで収録した『ディスコ・ノット・ディスコ』も好企画だったけれど、これも負けじと劣らぬ気の利いたコンピレーションである。

CHART by BEAMS RECORDS 2010.02 - ele-king

Shop Chart


1

Ellen Allien

Ellen Allien aLive 02 BEAMS BRAIN »COMMENT GET MUSIC
「仮想のライブセット」をテーマにしたコンセプチュアル・ライブミックス・シリーズ"aLive"第2弾。エレンお得意の壮大なストーリー性を感じさせる流れと、ミステリアスかつドラマティックにスパークしていく展開、そして美しくも鮮烈なその音楽性は絶品!

2

Four Tet

Four Tet There Is Love In You Domino »COMMENT GET MUSIC
Four Tetのニューは、最高だった前作の路線を引き続いたディープ・ミニマル・ジャズ。エレクトロニクスと生音の質感が折り重なり、ミニマリスティックに綴られていく桃源郷のようなグルーヴがタマラナイ!

3

中島ノブユキ

中島ノブユキ 人間失格 Universal »COMMENT GET MUSIC
BEAMS RECORDS大推薦のピアニスト、中島ノブユキが手掛けた、現在公開中の映画「人間失格」のサウンドトラック。中島の表現力と映画監督荒戸源次郎の世界観、そして太宰治の描写力が交差した、儚く、しかしどこまでも美しい作品。

4

Jose James

Jose James Blackmagic Brownswood Recordings »COMMENT GET MUSIC
ホセ・ジェイムズの2ndアルバムは、フライング・ロータスからムーディーマン、ミツ・ザ・ビーツら豪華プロデューサー陣を迎えた一大ソウル絵巻。スタイリッシュで官能的な歌声が、そんな多彩なプロデュース陣によって一層の深みを増した、ソウルフル・アルバム。

5

Mark E

Mark E Mark E Works 2005 - 2009 Merc »COMMENT GET MUSIC
コアなソウル~ディスコ~ハウス系クラブ・ミュージック・リスナーから、今最も注目を集めるといっても過言ではない、UKはバーミンガムのクリエイター、マークEが、コレまでアナログでのみリリースしてきた作品をまとめたアルバムを遂に発表!数多く出回るディスコ・リ・エディット作品とは一線を画す、ソウルフルなエッセンスが凝縮されたマッドで腰に来るグルーヴが素晴らしい!

6

Stim

Stim Expo3000 Stylus »COMMENT GET MUSIC
様々なユニットのメンバーとして活躍中のミュージシャン達が集い、ライブを中心に活動してきたStimによる初のアルバム。スピリチュアルジャズ、アフロ、ワールドミュージックのエッセンスを内包しつつ、メロディアスでグルーヴィーに奏でられるミクスチャー・サウンドは、クラブジャズ~ジャム系ファンにまでオススメ。

7

Joao Gilberto

Joao Gilberto Chega De Saudade El »COMMENT GET MUSIC
廃盤の為長らく入手困難となっていた、ジョアン・ジルベルトのデビュー・アルバムにして記念碑的作品が、ボーナストラックを追加してリイシュー。この盤なくしてボサノヴァはあり得ない、とまで言われるボサノヴァ史上に残る歴史的作品、リマスタリングも嬉しい!

8

Henning Schmiedt

Henning Schmiedt Wolken Flau »COMMENT GET MUSIC
空間を不思議に彩る独自のリリースを続けるFlauより、ピアニスト、ヘニング・シュミットの2ndアルバムがリリース。前作に続き静かなピアノの音色を軸に、透明感溢れるフレーズと、より開放的で温かみの増したメロディは、時間がゆっくりと流れていくような優雅で上品なサウンド。心落ち着く1枚です。

9

V.A (Mixed by Quantic)

V.A (Mixed by Quantic) Caja Y Guacharacha Mochilla »COMMENT GET MUSIC
フォトグラファーB+が主宰するレーベルMochillaからのミックスCDシリーズに2009年のアルバム"Tradition In Transition"が最高だったQuanticが登場!今回はアルバムでも披露し、現在彼が最も愛するというコロンビア、キューバの豊潤な音楽を、自由な発想の元にコンパイル&ミックス。アコーディオンの音色と独特のリズムは、未開のワールドミュージックの魅力をじっくり堪能させてくれる嬉しい1枚!

10

V.A. (Conpiled by Keb Darge & Paul Weller)

V.A. (Conpiled by Keb Darge & Paul Weller) Lost & Found : Real R'N'B & Soul BBE »COMMENT GET MUSIC
久しぶりとなる世界屈指のコレクター、ケブ・ダージ御大のコンピレーションは、なんとあのポール・ウェラーとタッグを組んだ、最強のリズム&ブルース・コンピ!言わずと知れた音楽界の巨人2人が選ぶ、50~60年代の純粋でオーセンティックなソウル、リズム&ブルースは、老若男女が理屈抜きで楽しめる、流石の選曲!

CHART by JET SET 2010.02.25 - ele-king

Shop Chart


1

HARVEY PRESENTS LOCUSSOLUS

HARVEY PRESENTS LOCUSSOLUS GUNSHIP / LITTLE BOOTS »COMMENT GET MUSIC
DJ Harvey新ソロ・プロジェクトが遂に始動!!今春の久々の再来日も既に話題沸騰、今や世界一影響力のあるDJ、HarveyによるMap of Africa以来となるオリジナル楽曲リリース!!

2

JOSE JAMES

JOSE JAMES BLACKMAGIC EP »COMMENT GET MUSIC
何故に全世界500枚限定プレス!?絶対少な過ぎるでしょうGilesさん・・・。Flying LotusによるA1、MoodymannのA2、7"が即完売だったMitsu the BeatsのB1、Taylor McFerrinによるB2の計4曲を収録!

3

EDDIE C

EDDIE C BETWEEN NOW AND THEN »COMMENT GET MUSIC
カナダの期待の才能が早くもMule Musiq系列Endless Flightからリリース。 Mark E、The Revengeに続く期待のポスト・ビートダウン・ニューカマーEdward Currellyによるソロ・リリース第4弾。

4

LAST ELECTRO-ACOUSTIC SPACE JAZZ & PERCUSSION ENSEMBLE (YESTERDAYS NEW QUINTET)

LAST ELECTRO-ACOUSTIC SPACE JAZZ & PERCUSSION ENSEMBLE MILES AWAY »COMMENT GET MUSIC
天才MadlibによるY.N.Q.別名義ジャズ・プロジェクト、初の公式アルバムが登場です!!【名盤誕生】Miles Davisにインスパイアされた次世代スピリチュアル・ジャズの極み。これまでの活動の統括しつつネクスト・レヴェルへの幕開けを告げる、彼の最高傑作!

5

CHARLIE ALEX MARCH

CHARLIE ALEX MARCH HOME/HIDDEN »COMMENT GET MUSIC
Metronomy~Your Twentiesを繋ぐインディ・シンセ・ジーニアス。遂にアルバム完成です!!素晴らしすぎます!!Your Twenties初期メンバーでもあった鬼才Charlie Alex March、待望の1st.アルバム。予想以上に甘く美しいインディ・シンセ・ワールドには言葉がありません!!

6

DR. RUDE

DR. RUDE ALBUM SAMPLER 1 »COMMENT GET MUSIC
衝撃のN.E.R.D.ネタも飛び出すダーティ・ベルジャン・ジャンプ傑作リミキシーズ!!当店激プッシュ中のベルジャン・ジャンプ・シーン。代表格レーベルZooから、看板クリエイターDr. Rudeによる仕掛けと反則満載のリミックス12"が登場!!

7

V.A.

V.A. K2 EDITS EPISODE ONE »COMMENT GET MUSIC
Karizumaの覆面プロジェクト、K2による作品が初のCD化!2009年7月にリリースされた「A MIND OF IT'S OWN V2.0 - THE UPGRADE」が大好評だったKarizmaとは一味違う魅力が味わえる究極の一品。

8

MIRKO LOKO

MIRKO LOKO SEVENTYNINE / CARL CRAIG,VILLALOBOS »COMMENT GET MUSIC
買って損はさせません、話題作到着!!Carl CraigそしてRicardo Villalobosと現在のテクノ・シーンに於ける2大巨匠がリミックスを担当した超話題作!!

9

FANTASTIC MR FOX

FANTASTIC MR FOX SKETCHES EP »COMMENT GET MUSIC
☆大推薦☆箱庭キュートな卓上チャーミング・ダブステップ/UKガラージュ傑作Wパック!!LV "Don't Judge"でのリミックスも素晴らしかった新鋭が、スコティッシュ新星Loops Hauntのリリースでも話題の名門Black Acreから再登場リリース!!

10

RAINER WEICHHOLD

RAINER WEICHHOLD FLASHMOOBING »COMMENT GET MUSIC
ストリングスのメロディーが螺旋を描く強力なモダン・ミニマルハウス!!Great StuffのA&Rとしても活躍するRainer Weichholdによる新作!! Chloeを筆頭にSebastien Leger、 Oxia, DJ Madskillzらがプレイ、サポート!!

Bomb The Bass - ele-king

 マッシヴ・アタックの新作に比べて、復活第二弾となるボム・ザ・ベースの新作はあまりにも話題になっていないな。湾岸戦争が勃発したころは、どちらも「戦争を想起させるから」というよくわからない理由で改名を強制されてたくらい影響力のあるアーティストだったんだけどな。まぁ自分も08年にやはり〈!K7〉からリリースした復活作のことはまるで知らなかったし、長年裏方に徹してしまった人が再度スポットライトを浴びようというのは容易ではないのだろう。

 ボム・ザ・ベースことティム・シムノンは、87年のデビュー曲「Beat Dis」や、プロデュースしたネナ・チェリー「バッファロー・スタンス」の印象が強すぎて、洗練されたサンプリング魔術師、UKヒップホップ~アガれるDJミュージックの第一人者といまだに思われているところがある。しかし、実際には91年のセカンド・アルバムあたりからもうどよーんとした雰囲気やダブ趣味、それにとってつけたようなR&B歌唱が乗るというありきたりな路線になってしまい、まぁそういうのだったらブリストル勢とかほかにいくらでもいいアーティストがいるという時代に突入していくなかで急速に人気が陰っていく。一方で、プロデューサーとしてはビョーク、シンニード・オコナー、ギャヴィン・フライデー、カーヴ、デペッシュ・モードなどを手がけ、お、これはフラッドとかマイク・ステントとかみたいな職人の道を歩むのか......などと思っていたら、いつのまにかそっちの道も途絶えてしまっていたようだ。

 なんの情報もインプットせずにCDをプレイヤーに入れて再生すると、いきなりきらびやかな歌ものエレポップが流れてきて、驚かされる。元はエレポップなデペッシュ・モードをプロデュースしてもかなりダークな『Ultra』になっちゃったティムなのに、なんなのこの変貌ぶりは。いや、たしかに日本だけじゃなく、世界中でエレポップ風の打ち込みトラックバックにして女性ヴォーカルが唄うスタイル、流行っているよ......しかしここまで開き直ってもいいのかね。――と半分くらいまで到達して、箸休めもなにもなく全曲その調子なので資料に手を取って再度びっくり、なんとプロデューサーがギ・ボラットではないか! その昔、まだ彼が注目される前に〈Kompakt Pop〉から出た歌ものエレクトロな「Like You」がものすごい好きでずっとDJバッグに入れていた者としては、ティムのようなポップ職人でありDJミュージックのパイオニアが現在のフロアの最前衛でさらに西洋的音楽観だけでない素養を持つギ・ボラットにアルバム全体を任せるなんて、と少し泣けてしまったよ。で、改めてCDを頭までリワインドして正座して聴き直してみる。

 ポール・コンボーイ、リチャード・デイヴィス、ケリー・ポーラーら哀愁を帯びた男性ヴォーカルを聞かせるゲストを起用し、アッパーになりすぎず繊細なアレンジワークを展開。昨今、巷に腐るほどあるただの手法としてなんとなくデケデケシンセ鳴らしてみましたという類とはちがい、ヴィンス・クラークやジョン・マーシュ(The Beloved)あたりのかつての仕事のように、エレクトロニクスへの偏愛が生みだしたプラスチックの宝石みたいに安っぽさはあっても愛おしい輝きに満ちている。正直、これがボム・ザ・ベースの作品である必然性はまったくない気もするが、例えばミス・キティンあたりが当初のチープさを脱しよう脱しようとして、プロダクションに力を入れれば入れるほど魅力を失っていったのとは真逆で、ハイ・プロダクションの世界からストリート的猥雑さ、シンプルさにおりてきて、なおかつ本来のポップとしての質を失っていないというのは、なかなか思い切った挑戦だ。しかし、売れるフックが欲しかったとはいえ、10年前のボツ曲に違いない、マーティン・ゴアの参加した陰鬱なインスト曲で最後を締めるのはどうなのかと。別に悪い曲だとは思わないけど、どう考えてもここだけ違和感があるんだよね。

第2回 FULXUS - ele-king

終わりなき日常のフルクサス〈二〉
1984ヨーゼフ・ボイス〈一〉

 私は気づけば更新が大幅に遅れてしまったが、前回書いた通り、明日には終わってしまうヨーゼフ・ボイスの展覧会の会場に会期ぎりぎりに飛びこみ、妻と子ども(と、このときは妻の両親もいた)を引きまわすように慌ただしくまわったものだから、展示の細かな内容はもちろん、会場の水戸芸術館の一角でうずくまるようにして考えこんだことはすでに薄れつつあるが、ここに記そうと思う。

 ボイスは、これも前回書いたが、フルクサスと結びつけるのはむずかしい作家であるのは、彼は60年代初頭にフルクサスに接近しながら、活動をともにするうちに、おもに思想の齟齬から離れはじめたと思われるからだ。1978年5月9日に死去したマチューナスを追悼し、ボイスはナム・ジュン・パイクとともにデュッセルドルフの州立美術館の一角で、「In Memoriam George Maciunas」と題した〈アクション〉(フルクサスにならえば〈ハプニング〉)をおこなったが、これはボイスとフルクサスを出会わせた触媒であり友人でもあったパイクを、フルクサスの中心人物であったマチューナスとの関係にとりこんだボイス流の社会関係を基底にした追悼の様式であり、同時にフルクサスという流動体の、別の意味ではきわめて「音楽的」な運動への彼なりの批評でもあった。パイクは元は19世紀末のウィーン楽派の研究にはじまり、50年代末から60年代にかけてシュットクハウゼンの門下生でもあった音楽家であり、彼のドイツや日本への親和性がボイスのフルクサスへのコミットをうながしたのはまず間違いないだろう。

 今回『ボイスがいた8日間』と題した水戸芸術館の順路通りにたどればほとんど最後にあたる第9室で上映された、1984年6月2日の夜の草月会館でのアクション「2台のピアノのためのパフォーマンス」(のちに「コヨーテ・」に改題)でもパイクはアクションに参加し、リーディングとコヨーテの咆哮を模したボイスの(文字通りの)ヴォイス・パフォーマンスに、即興的で訥々としたピアノをかぶせていた。私はヴィデオ上映で、けっして音響が完璧とはいえない環境でこの演奏を初めて見たが、端的にはこのアクションは「音楽」ではなかった。フルクサスの運動の精神的な支柱だったジョン・ケージ(彼のことも私はこの連載でいつか書きたいと思っているが)の「実験」音楽が音楽を内から外へ領域を拡大させるように進んだのにたいして、ボイスは音楽を外からさわろうとする。パイクは音楽の不可能性こそをめざし音楽自体を止めてしまったが、ボイスにとっての音楽は彼が平行して手がけたドローイングやオブジェクトやインスタレーションやマルチプルや、もっといえば思想や哲学や教育といった諸要素のなかでも下部に位置するものだったのだろう。私はいいとか悪いとかでなくて、音楽は不意にやってくる。音楽は様式をつねに待望しているのだけど、演奏の再現性は身体性と環境にたやすく左右され、様式は決定稿をつねに先送りされることになる。この遅延を使ってクラシック音楽はロマン派から今日まで命脈を保ってきたが、ポピュラー音楽にしてみれば、決定稿は発表当初からパッケージの形で存在していて、私たちは街頭からコンビニの店内にいたるまで不意打ちのように決定稿を聴かされるはめになった。 先月あたりか、朝日新聞のコラムで天野祐吉が「正月に福袋売れないのは、私たちは本当は買いたいものがないから買うのだ」と書いていて(うろおぼえの引用なので正確ではないです)思うところがあったが、これは音楽にも起きている。消費から音楽を考えれば、たぶん聴きたいものはそうはない。私たちは音楽という不意の受動的な体験に、能動的に向かうことでかろうじて、音楽を成立させなければならないということは、数年前ににわかにとりざたされた「聴取」という言葉にもあわれている。『ゼロ年代の音楽』のレヴューの一部でも書いたのでよろしければご覧いただきたいですが、「聴取」をめぐるここ数年の問題意識は音楽の「聴く方」だけでなく「やる方」の自意識に重きが置かれたもので、ミュージシャンは音楽を演奏するとともに聴かなければならないのである。このまえ、山本達久と千住宗臣という若手を代表するドラマーふたりにインタヴューしたときに気づいたが、ある曲の楽想を尋ねた質問に彼らは「ドラムセットに座って叩いているときに聞こえる音を再現しようと思った」と答えた。もうリスニング・ポイントはオーディオ・マニアックな愉悦を超えて、音楽を演奏する主体の耳に届く音をさえ再生する方向へ(無意識に)動いていて、音楽の需要/受容がライヴの現場へ回帰した現象とそれは同期するといえなくもない、との前提がある現在からボイスとパイクのパフォーマンスをふりかえると、やはり音楽未然なのだった。私は繰り返すが、これをいいとも悪いとも思わない。フルクサスは音楽的だったと前回書いた私の意図は、彼らは音楽的受動性をもっていて、ある局面において表現が音楽のダダイスティックなパロディとして現れるときもそこには音楽の反語として音楽に抜けるバイパスがあるのだけど、ボイスの音(声)は意味――自然、環境といったものから受けたインスピレーションのようなもの――は伝えるが、その音には意味以上のものは感じられなかった。むしろこれが無意味なノイズならボイスの声は聴く人たちのなかにある様式との軋轢をもたらしたのだと思うが、ノイズではなくそれは彼のいうように「アクション」であり、反復された「行為」よりも「意味」が前にでてくる(彼がパフォーマンスに黒板をもちいたいたのもそれに拍車をかけた)からそれは「ミニマル」でもない。私はリハーサル風景や公演後の質疑応答をふくめた2時間のヴィデオをすべてみたわけではないので、ボイスの意図はべつのところにあったかもしれないが、本番の演奏でいちばん面白かったのは、それまでピアノで断片的なモチーフを淡々と弾いていたパイクが脇に設置されたマイクをピアノの鍵盤に叩きつけたとき、その集音部がポロッとはずれた瞬間だった。背中越しにパイクを写していたヴィデオ・カメラはパイクが狼狽した姿をのがさず、水戸芸術館の巨大の立方体にちかい上映空間のスクリーンの前にいた私は笑いだした。私以外の誰も笑っていなかった。しかし私はそのときアクションにハプニングが裂け目をつくった気がして、血が沸き立ったようにうれしくなり、うろたえたパイクの肩を叩きたくさえなった。

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終わりなき日常のフルクサス〈二〉
1984ヨーゼフ・ボイス〈一〉

 水戸の妻の実家に帰ったあとに、私はその場面を何度もかみしめながら、数年前に表参道のライヴハウスでみたチャールズ・ヘイワードの単独公演を思い出した。「ディス・ヒートの伝説的ドラマー」の煽り文句で身動きとれないほど盛況だった初来日時とはちがい、このとき表参道でおこなった単独ライヴはほどよい集客だった。演奏はドラムとヴォイスをメインに小物(サンプラーやラジカセ)を絡めたパンキッシュかつポップなヘイワードらしい即興でたのしかったが既視感はいなめず、私はどこか確認するような気持ちにもなっていた。終盤にさしかかりヘイワードはドラムセットから舞台の中央にでてきて、小物のひとつのラジカセの取っ手をつかみゆっくりと回しはじめた。ラジカセが旋回するごとにそこから流れる音がヘイワードを中心にした円周の上で奇妙なドップラー効果を生み、速度があがると音程も変わっていく。見た目にも音響的にもこのパフォーマンスは私たちを惹きつけ、場はしだいに盛り上がり、ヘイワードもラジカセをまわしにまわし、最高速度になったとき......ラジカセの取っ手が外れ、本体は横に舞台横にすっ飛び、壊れた。私と私の隣に座っていたカメラマンの塩田正幸は叫び声をあげた。ヘイワードは運動の慣性でなおも数回腕をまわしたが、顔には唖然とした表情が張りついていて、それは1984年6月2日の草月会館でみせたパイクと重なるものがあった。このようなことがあると場の空気は一変する。あのあと、ヘイワードは猛然とドラムを叩きだし、パイクの演奏の色彩は変わった。だが、ボイスはそれに触発されない。ボイスの位置からはパイクが死角になっているのか? 彼は鼻孔から吸いこみ喉の奥をとおし絞り出した空気をマイクで増幅し、黒板にその場で書き記したスコア--それは音価を示したリズム譜のようなものと思われる--をチョークでなぞりながら咆哮をコントロールしている。

BEUYS IN JAPAN
ヨーゼフ・ボイス
よみがえる革命

フィルムアート社

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今回の展覧会の副読本『ヨーゼフ・ボイス よみがえる革命』(フィルムアート社)で高橋瑞木氏は「例えば、美術家の赤瀬川源平は、東野芳明と写真家の安齊重男との鼎談で「見てはいけなかったものを見てしまった」と語り、草月ホールのパフォーマンスを中座したと告白している」(文中の脚注指示は省略した)と書いたが、赤瀬川源平とおなじ気持ちになった観客はすくなからずいたはずで、仮に中座してもアクションの「価値」(とはつまり「意味」だが)は損なわれなかったに違いない。パイクはときに童謡のメロディを弾き出し、パフォーマンスに起伏をつくろうと試みるが、舞台上手のボイスは巌のような意味の塊に見え、アクションは千代に八千代につづくかのようにさえ思われたが、あるとき唐突な終わり方をした。私は切断にも似たその休止がアクションの意味を増幅させて驚いた。「コヨーテ・」は制止し、ボイスが執拗に指し示した意味の塊が舞台から消え去ったあとにかえってその重みをました気がしたのだった。アクションがイナクション(INACTION)になったとき初めて私はその上に悠久の時間が流れだしたとでもいえばいいのか、時間を超えた普遍さえほのめかされた気分になった。彼はあの1984年6月2日の草月会館にいた観客だけが相手だったのではなく、草月会館の外の木々のざわめきと通じ、ポストモダンが喧しくいわれだした1984年から歴史を遡り、無人の時間に達しようと吠えつづけたようでもあった。もう彼の行為は音楽の様式との相克が問われるようなものでなく、「音楽ではなく」、だが「音楽になり得る」なにかだったのではないか。

 それはまたボイスとフルクサスとの差異をに思わせるものでもあった。彼の重要なモチーフのひとつである脂肪が温度によって液体にも固体にもなるように、つねに流動体を意図したフルクサスとボイスは共有できる領域をもちながら、他方で溶け合わないものがあり、それはボイスの創作上の哲学からきていると思われるが、詳しくは次回書きます。

Mayfair Set - ele-king

 明け方に雪そっくりな虫が降り誰にも区別がつかないのです 
穂村 弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』

 ゴミを見てゴミを美しいと思う、それがシットゲイズ(shitgaze)という感性だ。さらに言うなら、そこには逆説的なニュアンスがあってはならず、ふつうに美しいと思うのでなければならない。なぜゴミがふつうに美しいのか。それは、ゴミが世界に対する自らのアナロジーとして感じられるからだ。自らばかりではない。我々の、人びとの、みんなの生がゴミのよう。ゴミのように輝いている。そういう認識である。

 シットゲイズという言葉は、レイト・ゼロ年代を、あるいは10年代のグレーな幕明けを思うとき、影送りのように眼裏をかすめる。見ての通り「シューゲイズ(shoegaze)」に「シット(shit)」を掛けた言葉で、一群のバンドや音を指す。なるほど深いリヴァーブやフィードバック・ノイズといったシューゲイズ・サウンドの輪郭を持ってはいるが、本家シューゲイザーに色濃くうかがわれるセカイ系的な甘美さはない。あるのはミクロな日常性を加工なしに垂れ流す不敵さ。オハイオのローファイ・デュオ、サイケデリック・ホースシットのマット・ホワイトハーストの発言がこの言葉の起源となるようだが(2009年に『シットゲイズ・アンセムズ』というミニ・アルバムも出している)、我々が思い浮かべる具体名としては、タイムズ・ニュー・ヴァイキングやイート・スカル、シック・アルプス。またノー・エイジやウェイヴス、ヴィヴィアン・ガールズまで含めてもよいだろうし、ウッズ率いる〈ウッドシスト〉、ブランク・ドッグス率いる〈キャプチャード・トラックス〉、〈イン・ザ・レッド〉といったレーベル名をぼんやりと思い浮かべれば間違いはない。ローファイでガレージー、リヴァービーでダウナーな音は映画『ガンモ』の描き出したような郊外的な閉塞や絶望をはらみながらも、それをとくに苦にしない一種の知性でもってゼロ年代的な風景を照らし出す。ヴォーカル・スタイルにも共通性があって、なんだかみんなそのもやもやした音の向こうでいっせいに、わーっと、つぶやいている。遠方でペイヴメントが結像するようなローファイ2.0、そうした一群だ。

 さて、そんなローファイ2.0の中心地、USシーン最大のサイケ/シューゲイズ・コロニー〈ウッドシスト〉より、人気2バンドのメンバーによるコラボ・ユニットのデビューEPがようやくCDでリリースされた。ブランク・ドッグスことマイク・スナイパーと、ダム・ダム・ガールズのディー・ディーという小憎い男女デュオだ。ブランク・ドッグスが自身の〈キャプチャード・トラックス〉よりリリースしたダム・ダム・ガールズのデビューEP『ダム・ダム・ガールズ』は昨年大いに話題になり、自らも〈イン・ザ・レッド〉からのセカンド・アルバム『アンダー・アンド・アンダー』で日本でもいっきに存在感を増した。メイフェア・セットとしてのデビュー・シングル『オーレディー・ウォーム』は〈キャプチャード・トラックス〉からリリースしている。じつにUSらしい、バンド同士の有機的な横のつながりがシーンを生み出す好例と言える。

 トラック3の"ジャンクト!"(12インチの方ではトラック1)。何遍聴いてもそのたびに「こんなに速い曲だっただろうか?」と感じるシットゲイズの名曲だ。この逸るようなリズム感は上記のローファイ勢のなかにぜひとも聴き取ってもらいたい要素である。ノリはスカしたようにゆるいのだが、リズムは意外に切迫しているのが彼らだ。そしてゆらゆらした温泉のようなリヴァーブを取り去っても、かなりしっかりメロディが残る。達観しているようで青い。そうした切ない要素が特にストレートに出ているのがメイフェア・セットである。それゆえに例えば『ピッチフォーク』等では辛めの点数を付けられるのだろうが、おそらくはディー・ディーによるところのこのやや甘口なドリーム・ポップ・テイスト、c86的なメロディ志向は、間違いなく2009年を牽引したエレメントのひとつである。彼女の少年のような声もいい。そしてブランク・ドッグスのローファイ/シューゲなプロダクションは彼一人のときよりも彼女の声が添うときに雄弁だ。ローファイな録音の、粗い粒子の一粒一粒がこの世界を取り巻くゴミのよう、自らもそのひとつだ......。それはなんとなく雪のようでもあり、美しい。誰にも区別はつかない。虫か、ゴミか、雪か。

 冒頭の歌にはわずかに世界への呪いを感じるが、シットゲイザーはその後の世界を生きている。この世はクソかも知れないが、それは生まれてきたときからそうだったし、自分もクソみたいなものなのだろう。それはまあそれでいい。それはべつに、世界が美しくないことを意味しないのだから。シットゲイズな感性にはどちらかといえば肯定的な知性がある。そしてメイフェア・セットのサウンドは、少なくともゴミのように美しい。

interview with あるぱちかぶと - ele-king

 ごく常識的に考えて、人生には何の目的もないから、せめて生きているかぎりの自我実現の目標を立て、それがどんなに儚いものであるにせよ、また可能であれ不可能であれ、歴史のなかにおのれの生の痕跡を残しておきたい、という考え方がある。またその一方、人生には何の目的もないから、自我なんかどうでもよく、何か一つの目的をそこに設定して、信じるにせよ信じないにせよ、それに向かってしゃにむに突っ走り、おのれを滅ぼすと同時に世界をほろぼしてしまいたい、という考え方がある。
澁澤龍彦「輪廻と転生のロマン」

 永遠を信じないならどっちみち同じだよ
あるぱちかぶと"或蜂"

 あるぱちかぶとの『◎≠(マルカイキ)』は突然変異体だ。ラッパーらしからぬラッパーによる、ヒップホップらしくないヒップホップのアルバムは、最初から孤立することを覚悟しているようにも思える。自称デラシネ(根無し草)が創造したこの作品は、新しい楽曲に関して言えば、韻を踏むことさえまるで気にしていない。彼が執着するのはラップの約束事よりも、まるで戯作や短編小説を書き上げるようにひとつのリリックを完成させることなのだ。

あるぱちかぶと
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◎≠(マルカイキ)

Slye

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 そして『◎≠(マルカイキ)』は葛藤の物語だ。自己分裂をテーマに展開する"或蜂"。そして、「体はひとつ/感情はななつ/気分は無数(略)いくら数えても数えても数えても数えても数のほうが足りない」という"頭"、「お前はいまでもあそこに座ってぼくを待っている」――フィリップ・K・ディックの『ヴァリス』のように分裂症をトリックとする"日没サスペンデッド"。

 トピックは他にもある。"トーキョー難民"では聴き手がそれを理解するよりも早く地名が連射される。そして聴き手の脳裏に街の姿を想像させる。レトリカルな"コケシの笑み"や"葉脈は性懲りもなく"も面白い。こうした過剰な言葉遊びは彼の独壇場でもあろう。アルバムのベストのひとつであろう"完璧な一日"は、1日のなかで人が生まれ成長し、大人になり、そして死んでいく様が描かれる。なんとも奇妙な叙情詩である。
 あるいは、"元少年ライカ"を聴いていると僕はとても切ない気持ちになる。あるぱちかぶとは、宇宙の霊魂に過去の記憶を語らせながら、ひとりの無名の人生に慈しみを注いでいるようだ。そして聴き終わってからあらためて驚くのは、この詩人がまだ23歳であるという事実なのだ。

 よって僕は、このラッパーがいったいどんな青年なのか知りたくなって、2月某日の昼下がりに下北沢で待ち合わせることにした次第である。約束の時間よりも5分ほど遅れて着くと、彼はそこに立っていた。

どんな青年だろう? ってずっと気になっていたんですよ(笑)。しかし......間違ってもラッパーだとは思われないだろうね。

はははは。

何故ラップ表現をやることになったんですか? 

2005年にやりはじめたときはもっとヒップホップしてたと思うんですけどね。

ヒップホップらしくないヒップホップのアルバムだよね。

最初はヒップホップであることを意識してました。ラップすることは昔からの憧れだったんです。中学のときに聴きはじめていて......。

そんなに早くから! 中学生のときから好きだったんだ。

はい。やりはじめたのが高校生のときでした。友たちの誕生日を祝うお金がなくて曲をプレゼントしたのが最初でしたね。やっぱり、自分のなかに表現したいという欲求がたぶん他人よりはあると思うんです。

それはヒシヒシと伝わるよ。

それがなんでラップなのか? ってことですよね。それがいちばん、自分が伝えたいことを表現するうえで有効に思えたからです。

小説には向かわなかったんだ。

小説は好きですけど、自分の言葉を音楽にのっけて抑揚つけながら発話する、そのやり方が自分にはしっくりくるんだと思います。

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あるぱちかぶと
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◎≠(マルカイキ)

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ちなみに中学のときに好きだったラッパーは?

中学のときはアメリカに住んでいたんです。そこでラジオでいつも流れていたんです。

当時は?

エミネムのセカンドが出たぐらいですね。

マーシャル・マザース』だよね。

ジェイ・Zも聴きました。

ブルー・プリント』?

その前後です。あとアウトキャストですね。

スタンコニア』だね。

そうです。

長く住んでいたんですか?

中学の3年間です。

インターナショナル・スクールみたいなところ?

普通の現地の中学でした。

英語には馴染んでいたんだ。

ただラップは、耳障りの良さで聴いていましたね。

なるほど。先日、アルバムの発売記念のライヴを観たんですけど、とてもラッパーとは思えないというか、不思議な違和感を発していたんだけど(笑)。

そうですね。

自分のなかではヒップホップ文化に対して親密な感情を抱いているんですか?

ないですね......いまとなってはない。ヒップホップ愛はなくなったけど、表現するというところで残っている感じです。

方法論としてだけ残っている?

中学のときに好きになって、それでラップをはじめたくらいだからヒップホップへの愛情は強いほうだと思っていたんです。けど、いざ活動をはじめてみて、まわりを見渡してみたら自分のそれはそこまで強いものではないと、そう思うところが大きかったんですね。それに、好きでいればいるほど飽きてくるというのもあって、だったらもう固執しなくてもいいかと、そうなっていきましたね。

アルバムを聴くとそこはすごくよくわかる。聴いているだけでどの曲が古いか新しいかがわかる。ヒップホップのクリシェがある曲と、それをまったく度外視している曲とがあるよね。"元少年ライカ"のような曲になると韻を踏むことにもう囚われていないでしょ。

そうですね。

"大震災"みたいなヒップホップらしい曲も僕は格好いいと思うんだけど。

"大震災"は、自分のなかではもう3年ぐらい時間が空いているんですよね。声の出し方がもう違ってきているし。

ヒップホップ以外の音楽は好きになったことはない?

とくに他に深くのめり込んだってことはないですね。高校時代はヒップホップ一辺倒でしたから。高校のときに日本に帰ってきて、日本語のヒップホップも聴きはじめました。シンゴ02、餓鬼レンジャー......、あとは降神も聴きました。

知り合いから「あるぱちは降神と似てる」という話を聞いたことがあって、でも違うよね(笑)。

影響は受けていると思うんですけどね。

でも、降神にはカウンター・カルチャーってものがあるじゃないですか。『マルカイキ』にはそれがないでしょ。

そうですね。政治性もないし、プライヴェートなことを言ってるだけとも言える。

"元少年ライカ"は不思議な曲で、人の一生を綴っているんだけど、そこには批評性というのがない。シンゴ02や降神には、多かれ少なかれ、"戦い"というものがあるでしょ。

そういう"戦い"のようなものが僕にはないから、平々凡々とした日常を描写するしかないんです。

ただ、"元少年ライカ"や"完璧な一日"で描かれる凡庸さがとてもユニークに思えたんですよ。その凡庸さを茶化すのでもなく嘆くのでもなく、バカにするんでもなく、どこか優しい眼差しを注いでいるでしょう。というか、あの曲には音楽表現にありがちな感情の起伏のようなものがない。しかし、それでも大量の言葉がある。で、いったいどこからこの大量な言葉が出てくるんだろうというのが謎で......。

 

 そして、あるぱちかぶとが『マルカイキ』のコンセプトを明かしてくれた。以下、彼の説明をまとめてみた。
 アルバムにはふたつの自分がいる。ひとりは、この先社会で生きていくにはパッションや感受性がないほうが楽であると考えている。彼は自らを去勢し、そして生きていくことを望む。もうひとりはまったくその逆で、パッションや情念に生きる人=それが或蜂(あるぱち)という人格になって表象される。アルバムの最後の曲"日没サスペンデッド"では、結局、すべてを葬り去った(去勢した)自分がそれでどうなったのか? ということを空想して描いている――という。



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あるぱちかぶと
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◎≠(マルカイキ)

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パッションが重荷になるとはどういうことなんだろう?

ヒップホップに入れば入るほど、それに突き返される感覚があって。

それはなにかトラウマめいたものが......。

いや、僕はごくごく普通の大学生だと思いますよ。

人前に出てラップしたり、作品を出したりすることはものすごいエネルギーを使うことだし、"トーキョー難民"や"完璧な一日"のファスト・ラップにしてもパッションなしではあり得ない表現だよね。だからものすごい自己矛盾を抱えたままやっているということなんだね。まさか死の誘惑みたいなのが......?

それはないです。ただ、社会でうまくやっていくにはフラットになるしかないというのがあって。そこではパッションは余計である、という考えですね。

時計仕掛けのオレンジ』は権力によってフラットにさせられてしまうけど、あるぱち君は自らあの手術台に載ったほうがいいんじゃないかと。

そうです。

それは世代感覚と言える?

ある意味では世代とも言えると思うんですけど、ただこの発想自体が僕のなかで生まれたものです。僕はそれをどんどん膨らませていった。

リリックのなかに村上春樹や芥川龍之介が出てくるけど、文学からの影響が強いんでしょうね。

ものすごく強いです。

"元少年ライカ"は『スプートニックの恋人』でしょ?

いや、あれは実は、カウリスマキの『過去のない男』なんです。

そうだったんだ。"元少年ライカ"のなかの「けれどもきっと私は、愛しておりました」という繰り返しがあるけど、あの言葉は何で出てきたの?

なんでしょうね。たとえどんなに辛い記憶であっても、まったく記憶がないよりはいいというような意味でしょうね。

あるぱちかぶと

 大学でポーランド語を専攻する彼は、彼の文学趣味について話しくれた。村上春樹、島田雅彦、夏目漱石、太宰治......。彼は彼の村上作品の解釈(とくに『羊をめぐる冒険』『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』『ダンス・ダンス・ダンス』について)、村上春樹と三島由起夫の共通点、あるいは近代文学への関心、あるいは『豊饒の海』について話してくれた(それはなかなか面白い話だったけれど、話が脱線しすぎるので省略します)。


確固たるメッセージがあるときは、無理してまでも韻を踏もうとは思わない。落語は韻を踏まずに最後まで聞かせる。そこにはラップとの共通点があると思うんです。


英語ができるんだから、英語でラップしようとは思わなかった?

それまったくなかった。ただ、エクシーと知り合った当初、彼は「英語でラップしてくれ」と言ってきましたけど(笑)。

はははは(笑)。

最初はだから英語でやろうとしたけど、それも止めました。自分から「日本語だけでやる」って言ったんです。英語ができるといってもネイティヴ・レヴェルなわけじゃないし、たんに格好良さだけだから。

韻にはついては?

韻を踏むことで、思いも寄らない言葉が出てくることもあるんです。それは楽しいんですけど、確固たるメッセージがあるときは、無理してまでも韻を踏もうとは思わないです。僕にとって韻を踏むことはある種の照れ隠しなんです。

韻を踏まずにラップするのって、挑戦だよね。

落語が好きで。落語は韻を踏まずに最後まで聞かせる。そこにはラップとの共通点があると思うんです。

ちなみに誰が好きですか?

立川流が好きですね。とくに立川談志が好きです。他は古今亭志ん朝も好きですね。で、一時期、自分のまわりの友だちのラップのライヴを観ていて、すごくマンネリを感じたことがあったんです。同じ繰り返しに思えて。だけど、落語の場合は、同じリフレインでも言葉の(意味が)どんどん膨らんでいくようなところがあって。その落語の面白さをラップに導入することがいま僕の考えていることです。



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あるぱちかぶと
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◎≠(マルカイキ)

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なるほど。それはまさに勝負どころですね。ところでバックトラックについてどう考えているの?

自分から声をかけました。まず僕のなかに曲のイメージがあって、それを(トラックメイカーに)説明して、トラックができたら言葉を詰めていくって感じです。

けっこういろんな人たちが作っているよね。結局、何人のトラックメイカーが参加しているんですか?

7人ですね。実際に会ったことがない人がひとりいます。my space上でやりとりしたっていう人が。でも、アルバム全体はそれなりにまとまりのある音になったと思います。

たしかにそうだね。エクシーとはどういう出会いだったんですか?

大学に入ったときにラップしたいと思っても、まわりにラップがわかる友だちがいなかったんです。そうしたら僕の従兄弟が同じ年に大学に入って、彼が友だちにひとりいるよと。それがエクシーだったんです。当時彼は成城大学だったんですけど、そこの学際で初めてのライヴをやりました。曲ができたのが本番の前日で(笑)。いま考えるととんでもない。

彼とは気があったんだね。

そうですね。彼が学生の......例えば早稲田のギャラクシーというサークルを紹介してくれたり、そこで知り合った人たちと一緒にイヴェントをやったりしてたのもエクシーで、そこに出してもらったり......、だから最初の頃は、彼におんぶにだっこでついていった感じでしたね。

たとえばゼロ年代のラップ......MSCやシーダは聴かなかった?

聴きませんでした。

まわりの友だちは聴いていたでしょう?

聴いていました。

みんな「すげー」って言ってたでしょ? 興味は持たなかったの?

僕は持たなかったんですよ。

自分の表現の目指すモノとは違うって感じだったんですか?

そうなんです。違うと思ってました。

では、共感できる人はいた?

うーん......。

レディオヘッドは?

好きですけど......、あれもまた僕とは違うし。

あれは社会派でもあるからね。

そうなんです。ラップでポエトリー・リーディングみたいなことをしている人たちもいると思うんですけど、そういうのも熱心に聴かなかったし......、うーん、なかなか名前が出てこないですね。

海外にもいない?

中学のときはナズが好きで自分で訳したりしてたけど、彼のパンチラインに惹かれたり......、でも、うーん......、日本語ラップって、僕は独自の文化になっていると思うんです。音楽というよりも、もっと幅が広いものになっていると思うんです。

ちなみにアルバムに対するまわりの反応はどうだったんですか?

やっぱ「ラップが早いね」とか、「言葉が多いね」って言われますね。ただ、それは僕にとって意外なんです。ラップはそもそも言葉が詰まっているものだと思っているから。こないだiTunesで"完璧な一日"を無料配信したんですけど、「息苦しい」という感想が多くて、「ラップってそもそも息苦しいでしょう」と思ったんですよね(笑)。

そんなことはないよ(笑)。でも、「息苦しい」という気持ちもわかる。ていうか、考えるスキを与えない早さでラップするじゃない? なんでそんな早口なの?

それは落語の影響ですね。ブレイクなしでたたみかけるような感じを出したいと思ったんです。隙間がもどかしいと思って。

 最後に、不思議な響きのアルバム・タイトルについて。「回」がまるくなって「まるかい(◎)」、もうひとつが「キ」、それで「マルカイキ」となる。ふたつの記号が自己矛盾や対立を表しているとのこと。

 最後の最後にもうひとつ、"トーキョー難民"には松尾芭蕉の頃の「偲ぶ都」の感覚をいまの時代に照射したとのことで、曲において早口で連射される地名は「移動」を表しているとのこと、「移動」が自分の「ホーム」であると、あの曲はそういう、本人の言葉で言えば「前向きな」コンセプトであると――。

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