「K A R Y Y N」と一致するもの

 おかげさまで好評をいただいております、田亀源五郎(著)『ゲイ・カルチャーの未来へ』ですが、その出版を記念したトーク・ショウが大阪にて開催されます。出演は田亀先生ご本人と、『ゲイ・カルチャーの未来へ』の編集を担当したele-kingでもお馴染みの木津毅! 日時は12月10(日)で、会場は難波のロフトプラスワンWESTです。当日は田亀先生によるサイン会も予定されており、嬉しいことに『ゲイ・カルチャーの未来へ』以外の田亀作品の持ち込みも可とのこと。詳細は下記またはこちらより。ぜひ足をお運びください!

Teen Daze - ele-king

 カナダのアンビエント・ポップ詩人ティーン・デイズ(ジェイミソン・アイザックのソロ・プロジェクト)。彼ほど2010年代初頭の空気をまとっている音楽家もいない。チルウェイヴ、そしてドリーム・ポップ。今は消え去ってしまった気高いベッドルーム・ポップの10年代的な結晶。
 そんな彼の音楽を繊細すぎる、と思う人もいるだろう。しかし時が経っても、ジャンルのブームが過ぎ去っても、もしくは彼の音楽が変化を遂げても(バンド編成になったり、ソロになったり)、その音楽の本質は変わらない。
 2010年に発表された初期のデジタル・リリース『My Bedroom Floor』、『Four More Years』(カセット版もあり)、2012年にリリースされたファースト・フル・アルバム『All Of Us, Together』、セカンド・フル『The Inner Mansions』、2013年にリリースされサード・フル『Glacier』まですべて一貫しているのだ。世界の片隅で夢のような音楽を紡ぐこと。めぐる季節のような音楽を生みだすこと。
 そして2017年初頭にリリースされた5作目『Themes For Dying Earth』は、そんなティーン・デイズの現時点での最高傑作といっても過言ではないアルバムだった。ショーン・キャリー(Sean Carey)、ダスティン・ウォング(Dustin Wong)、サウンド・オブ・セレス (Sound Of Ceres)、ナディア・ヒュレット(Nadia Hulett)などの多彩なゲストを招きながら制作された『Themes For Dying Earth』は、やわらかな空気のようなアンビエンスがトラックに横溢しつつも、なによりメロディが際立っていた。バンドからソロに回帰しつつも、よりパーソナルな曲や録音方法で制作されていても、どこか「外」に向かって開かれているような開放感があったのだ。
 そう、ティーン・デイズはトラックメイクが優れているだけではなく、まずもって曲が良い。彼は優れたソングライターなのだ。それが彼の音楽の普遍性の要因に思える。つい口ずさんでしまうような親しみやすさと、しかし通俗に流されない品の良さがある。

 対して、今年2作目(!)となる新作『Themes For A New Earth』は,「『Themes For Dying Earth』と対をなす作品」とアナウンスされているアルバムで、全編インストゥルメンタルだ。『Themes For Dying Earth』制作時のトラックというが、いわゆる「アウトテイク集」といった雰囲気はなく、1曲めから最終曲までの流れもスムーズで、アルバムとして見事に構成されている。彼のアンビエント・アーティストの資質が全面化している作品といえよう。
 とはいえ、冒頭の“Shibuya Again”(なんという曲名!)を経て始まる2曲め“On The Edge Of A New Age”は、アンビエントなサウンドのなか、明確なビートもコード進行もあり、歌声が入ればヴォーカル・トラックになってしまいそうなほど。細やかに色彩豊かに展開するポップ・アンビエント・サウンドは丁寧に仕上げられた工芸品のようだ。

 つづく3曲め“Kilika”も同様にポップなインスト曲で、ギターのミニマルなアルペジオとシンセ・メロディが心地よい。4曲め“River Walk”はビートレスなアンビエント曲。サイケデリックに揺らめくギターの音色が耳にやさしい。同じくアンビエントな5曲め“An Alpine Forest”をはさみ、6曲め“Wandering Through Kunsthal”ではミニマルなビートが鳴る。曲調にはソングライティングの痕跡を感じさせるものの、アンビエントなサウンドからは冬の予感のようなものを感じてしまう。どこかザ・ドゥルッティ・コラムを思わせもした。
 7曲め“Station”、8曲め“Echoes”、9曲め“Prophets”のラスト3曲では、ブライアン・イーノを尊敬しているというティーン・デイズならではのアンビエント・サウンドが展開される。アルバムのアートワークのように冬の海をイメージさせるような清冽な音世界。『Themes For Dying Earth』が春から夏の記憶なら、『Themes For A New Earth』は秋から冬の記憶だろうか。

 それにしても「滅びゆく地球」をテーマにした『Themes For Dying Earth』がポップ・ミュージックのフォームを展開していたのに対して、夢の結晶のように美しいアンビエント音響へと至る『Themes For A New Earth』が「新たな地球」をテーマにしている点が面白い。季節が変わり世界が静寂に満ちるとき惑星が新生する、とでもいうように。
 地球と季節。春から夏。秋から冬へ。季節とは小さな死の連鎖である。惑星は死に、そして再生する。ティーン・デイズの音楽もまた(表現方法が電子音楽であっても、バンド編成であっても)、めぐる季節のようなライフ・ミュージックなのだと思う。

 また、『Themes For Dying Earth』や、本作『Themes For A New Earth』を聴いていると、不意に80年代の〈クレプスキュール(Crépuscule)〉や、ルイ・フィリップ(Louis Philippe)がアルカディアンズ(The Arcadians)でリリースした『Mad Mad World』を思い出した(先に書いたドゥルッティ・コラムも)。やはり小さな絶望と儚い美を感じるからか。そういえばJefre Cantu-LedesmaがAlexis Georgopoulosとコンビを組んだ『Fragments Of A Season』も同じようなムードのアルバムだった。
 ノイズからアコースティックへ? 今はこういったアコースティックとエレクトロニックのあいだにあるようなやわらかい音が求められつつあるのかもしれない。

 ちなみにオリジナル盤のリリースは『Themes For Dying Earth』につづいてティーン・デイズ=Jamison Isaakの自主レーベル〈フローラ(FLORA)〉からだが、CD盤(枚数限定盤)は日本優良のレーベル〈プランチャ(Plancha)〉から、愛情に満ちたデザイン/プロダクトでリリースされたことも付け加えておきたい。

BS0xtra with V.I.V.E.K - ele-king

 急な話ですが、今週の12月13日(水曜日)、ロンドンからダブステップのプロデューサー、V.I.V.E.Kが来日。これは、ブリストルを中心としたサウンド&カルチャーをここ東京に浸透させるべく始動した〈BS0〉の番外編〈BS0xtra〉(CHART参照)のゲストとしての来日になる。
  V.I.V.E.Kは、レーベル〈SYSTEM〉を主宰、サウンドシステム・カルチャーの視点からUKダブ/ダブステップをプレイする、現シーンの重要人物のひとり。いまアツい注目を集めている彼が、CONTACTのシステムをどう震わせるか、迎え撃つレギュラー陣が作り上げる空気とともにお楽しみください。

BS0xtra with V.I.V.E.K
at Contact Tokyo (Shibuya)
Wednesday 13th December 2017
9pm - 4am
¥1,500(w/1drink)

Facebook event page:
https://www.facebook.com/events/1991206010905951/

Guest:
V.I.V.E.K (SYSTEM, UK)
DJs:
DADDY VEDA (Antidote Concilium)
KILLA
Mars89 (Noods Radio Bristol / Radar Radio London)
NullDaSensei (TwinFox / NightVision)
OSAM GREEN GIANT (Soi Productions)


■V.I.V.E.Kプロフィール

 ダブステップ・サウンドにおいて、140bpmで制作された豊かな音楽の遺産に敬意を表しながらジャンルを推進していると賞されるアーティストは数えるほどしかいない。V.I.V.E.Kという別名で知られるヴィヴェク・シャルダは、そんなアーティストの中のひとりである。彼は、ダブステップのテイストメイカーや影響力のある人々の小さなグループの中で揺るぎない存在と言える。
 その音からも分かるように、V.I.V.E.Kは自身のインド人としてのルーツと、ドラム&ベースやダブをプロデュースしていた00年前後の初期の経験を基にした、豊かで多様なバックグラウンドを持つ。07年に〈On The Edge〉からダブステップの作品でデビューして以降、ダブステップのジャンルの中で最も尊敬されるレーベル〈DEEP MEDi〉〈Tectonic〉そして最も最近では〈SYSTEM MUSIC〉を通じ、アンセムを連発してきた。それらのリリースは、自身が受けてきた音楽的影響を組み合わせて、鋭い中域、軽快なスネア、重いローエンドの轟きを特徴とするサウンドを形成する能力を、レーベルがどこであれ示している。本当に美しい、メロディックな存在感は言うまでもなく。
 彼の音楽に加え、ロンドンに拠点を置くこのプロデューサーは、尊敬されるイヴェント・プロモーターとして、ダブとダブステップへの愛をカスタム・ビルドのサウンドシステムで融合させる。ピュアなサウンドと、とてつもない重低音を両立させる明確な努力を積み重ねてきた。英国内外で100%ダブステップのラインナップが消え、“ダブステップ”という用語が商業的な雑音と結びついている昨今において、〈SYSTEM〉はオリジナルのダブステップ・サウンドのファンのためのイヴェントへとステップアップした。 現在、〈SYSTEM〉と〈SYSTEM MUSIC〉はベースミュージック界で最も即座に認識されるブランドとなった。デビュー・リリース以来、V.I.V.E.Kが140bpmの音楽にどれだけの影響を与えたのか、これはその例のほんの2つにすぎない。彼は正にインスピレーショナルな看板役であり、他のプロデューサーがキャリア全体でするようなことを、たった7年で成し遂げている。

https://www.wearesystem.co.uk
https://www.facebook.com/viveksystem

Phuture - ele-king

 12/15(金曜日)、場所は渋谷VISION、シカゴ・ハウスの伝説、フューチャーがライヴをやります。もちろんあのフューチャー。「アシッド・トラックス」のフューチャーです。まあ、控え目に言っても必見ですな。

『EMMA HOUSE』
今回のゲストはDJ EMMAのアイデンティティに深く刻まれる“ACID”のオリジネーター“Phuture”が満を持して登場する。
1985年にDJ PierreとHerb J、Earl “DJ Spank Spank” Smithによってスタートしたシカゴ・ハウス・グループPhuture。アシッド・ハウスのイノベーターとして広く知られ世界でムーヴメントを起こした彼らのサウンドは必聴である。
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30年に渡り、東京のクラブシーンの第一線で輝き続けるDJ EMMA。
日本全国で数々のパーティを成功させ、永きに渡り日本のダンスミュージックシーンに多大な影響を与えてきた。DJ EMMAの代表するパーティ”EMMA HOUSE”は常にDJ EMMAが音楽と真摯に向き合う、まさに真のDJが作り出す唯一無二の世界。今回も国内外から豪華アーティストが集結する。今回のゲストはDJ EMMAのアイデンティティに深く刻まれる“ACID”のオリジネーター“Phuture”が満を持して登場する。1985年にDJ PierreとHerb J、Earl “DJ Spank Spank” SmithによってスタートしたシカゴハウスグループPhuture。アシッドハウスのイノベーターとして広く知られ世界でムーブメントを起こした彼らのサウンドは必聴である。

~LINE UP~

◉GAIA

RESIDENT:
DJ EMMA
LIVE:
Phuture
DJ:
PUNKADELIX (MAYUDEPTH)

◉DEEP

DJ:
DJ TASAKA
DJ Shufflemaster
Mustache X
LIL’ MOF

◉WHITE

KEN HAMAZAKI

◉D-Lounge

DJ:
MAGARA
YOPPI
LONO3 (NIGHTTRAIN)
yumi-cco
Daisuke G.

OPEN 22:00
¥3,500 DOOR
¥3,000 With Flyer
¥2,800 ADV


○e+
https://iflyer.tv/ja/event/295939/

○clubberia
https://clubberia.com/ja/events/274344-EMMA-HOUSE/

○RA
https://jp.residentadvisor.net/events/1035954

◉公式website
https://www.vision-tokyo.com/event/emma-house-5

いまだ眩い最高の夜 - ele-king

 現在のele-king読者の中で、1985年のニュー・オーダー初来日、もしくは87年の二度目の来日ギグを体験したというひとがどれくらいいるだろうか。もはや、その演奏や歌のあまりの下手さが伝説のように語り継がれている初来日の厚生年金会館2日目のステージは、『Pumped Full of Drugs』というビデオ作品としてリリースされているので、そのひりひりした緊張感溢れる演奏を追体験することは誰にでも簡単にできる。でも、実際にその場にいて伝説を目撃したひとはほとんどいないんじゃなかろうか。僕自身、年齢的にも住んでいた場所的にも行けたはずなのに、両方の公演とも行かなかった。大学受験を控えていたからとか何か理由があったはずだが、よく覚えているのは当時リリースされたばかりのアルバム『ロウ・ライフ』から、“パーフェクト・キッス”を使ったコンサートのCMがやたらにFM東京(初来日公演を開局15周年イベントの一環として主催し、生中継もした)で流されていたことだけだ。

 そんな時代から気の遠くなるほどの時間が流れた2016年5月、実に29年ぶりという日本でのニュー・オーダー単独ライヴが実現、どれだけオッサンオバサンだらけになるんだろうと思っていたが、伸ばせば手の届くような小さめな会場でのNOのお宝ライヴを求めてきたスタジオ・コーストの客席は、2000年代のフェスで彼らを知ってファンになったというような若いお客さんも多く、ちょっと意外だった。


New Order
NOMC15

Mute/トラフィック

Indie RockElectroPost Punk

Amazon Tower HMV

 その東京でのライヴから遡ること約半年、2015年11月17日にロンドンの名門ブリクストン・アカデミーで収録されたのが、こちらのライヴ盤『NOMC15』だ。タイミング的には、9月末に出た10年ぶりの新作アルバム『ミュージック・コンプリート』のツアーがパリを皮切りにスタートし、ブリュッセル、ストックホルム、ベルリンと欧州の主要な都市をまわった後の英国凱旋(この後国内をツアーで巡った)。演奏や歌もしっかりしているし、お客さんもかなり盛りあがって、本人たちが楽しくやっているのも感じられる。ちなみにこのアルバムは当初、LiveHereNowというレーベルからリリースされていた。

 LiveHereNowはミュートの子会社としてスタートしたライヴ収録&オンデマンド販売の会社で、当初はライヴ会場でアンコールが終わると数分後には当日の音を収録したCD-Rが買えるというシステムをウリにしていたが、最近ではもう少ししっかり作り込んだライヴ盤をCDとレコード+デジタル・データで後日(サイトからの直販で)リリースする形にシフトしているようだ。もしかすると、制作者側でまったく吟味したり後から修正したりというステップを踏まず、ミスなども含めてそのままファンの手にライヴ音源が渡ってしまう(≒ネットに出まわってしまう)という点があまりアーティストに好ましく思われなかったのかもしれない。ただ、熱心なファンにとっては、ライヴの現場で偶然起きるハプニングこそが貴重なもので、それがプロの手で録音/録画されて簡単に手に入るなんて夢のような話だ。今でこそ笑い話にしか聞こえないかもしれないが、素人が客席から録音したようなモノからコンサートのミキシング・コンソールからこっそりライン録音された音源が流出したものまで、貴重なブート盤を探し求めて西新宿の怪しいレコ屋を何店もさまようなんて時代があったのだ。先の『Pumped Full of Drugs』などは、東洋の僻地でのレアなステージを本国で見せるための公式ブートみたいなものだ。かつて石野卓球がこの日の演奏を「歌の出だしでいきなりキーを間違えて、すぐに音程下げて歌い出した」って説明してくれたことがあるんだけれど、確かに“コンフュージョン”や“ブルー・マンデー”がそんな感じでびっくりするし、DMXのドラムマシンが暴走気味でときどきリズムがずれてるし、さらに言うと、“ブルー・マンデー”では照明が意図せず眩しすぎたのか、バーナード・サムナーが「照明消せよ、このオ●ンコ野郎!」とマイクを通してスタッフに文句を言うところまで収録されている。セットリストにはある“パーフェクト・キッス”がカットされてるからおかしいなと思って前日のFM生放送の録音を探して聞いたら、キーがどうこうのレヴェルじゃなく声がよれよれでまったく歌えてないし、演奏の前に「OK、マザー・ファッカーズ」とか言っちゃってる(生放送中……)。当時は、本当にめちゃくちゃだったんだよね。この頃のライヴを年代順に見ていくと、ステージをこなすたびに毎度ミスを犯しながらも腕を上げ、数年後にはこの辺の曲もちゃんと歌えるようになってるという(笑)。

 もちろん、素人臭さや決して巧いとは言えない演奏も魅力と考えられてきたバンドにしたって、35年もやってきたら丸くなるし、技術だって向上する。それをニュー・オーダーらしくないと言うファンもいるだろう。たしかに、長年バンドに軋轢やひりひりした緊張感をもたらしていたピーター・フックはもういないし、11年にジリアン・ギルバートが復帰して以降の、新メンバー2人を加えた5人体制にもすっかり馴染んでしまった。もはや今のNOは、初期とまったく同じバンドだとは言えないかもしれない。でも、稚拙さや技術のなさをひらめきや天才的なソングライティングの力だけでねじ伏せてきたニューウェイヴの申し子みたいな存在が、二度の解散状態を経ていまだ現役で、さらに老成へ向かっている姿を拝めるのは、すごいことだと思うのだ。

 近年ワーナーからライヴ・ビデオはいくつかリリースしてきたNOだが、純粋に音のみのライヴ盤は所属レーベル発の正式なものがなかった。『ミュージック・コンプリート』はもちろん、『ムーヴメント』と『テクニーク』以外の全アルバムとヒット・シングルから満遍なくチョイスし、ジョイ・ディヴィションのカヴァーも2曲やるというベスト盤的な選曲、そしてその日にやった曲すべてをカットせず2枚組CDとして収録したのも、フッキーなしでもここまでやれたというバンド史上何度目かのピークのドキュメントとして秀逸だ。当初はあんなに苦しみながら歌っていた80年代のヒット・シングル曲を、ただきちんと歌いこなすだけじゃなく、レコードとは違う節回しで、ちょっとアドリブを交えたりしながら楽しげに歌っているのにも驚かされる。さらに、“トゥッティ・フルッティ”と“ピーポー・オン・ザ・ハイライン”ではブリクストン・アカデミーのすぐ近所に住んでいるというラ・ルー(エリー・ジャクソン)をゲストで迎え、アルバム同様のデュエット曲として聞かせてくれる。

 CDではバンドの演奏に音声を混ぜるのは意図的に一部の曲(“テンプテーション”や“ブルー・マンデー”)に絞られているが、会場のファンが大合唱しているのが少し垣間見える。英語の歌詞を全部覚えているわけもない日本のオーディエンスでは、そういうことはなかなか起きえない。ところが、海外のコンサートに行って、特にヒット曲をたくさん持ってるベテランだと、会場にいるほとんどのひとが歌っているんじゃないかという瞬間がある。今年6月、日本に来てくれる望みがほとんどないデペッシュ・モードを聞くために、わざわざベルリンまで出向いた。そこで目にしたのは、7.5万人収容可という巨大スタジアムを埋め尽くしたファンが、地響きのように“エブリシング・カウンツ”を大合唱するという信じがたい光景だった。ブンデスリーガのライバル・チームによる因縁の一戦とか、ワールドカップの決勝戦なら白熱したサポーターが声を重ねて応援する声がスタジアムに響き渡るのもわかるけど、デペッシュ・モードだからね! もちろん、ベルリンのオリンピック・スタジアムと、ロンドンのブリクストン・アカデミーじゃあ規模が全然違うけど、“アトモスフィア”や“ラヴ・ウィル・ティアー・アス・アパート”で大合唱が起きて、スクリーンにはあの「Forever Joy Division」と書かれたイアン・カーティスの画像が投影されていたと想像すると、やっぱりちょっと泣けてきてしまう。

 この王道的な、こなれてダラッとした中年バンドになったニュー・オーダーも愛おしい。でも挑戦的で尖った彼らもまだ諦めたくなくて、そういう意味では今年の7月にマンチェスター・インターナショナル・フェスティヴァルの一環として行われたスペシャル・ライヴの様子もぜひきちんと商品化して欲しいところだ。このライヴは“ブルー・マンデー”もその他の定番ヒット曲もほとんどやらず、映像も使わず、かわりに王立ノーザン音楽大学の学生12人から成るシンセサイザー・アンサンブルをバックに従え、ソリッドでエレクトロニックな演奏を披露した。しかも会場が、かつてトニー・ウィルソンが働いていたグラナダTVのスタジオだった場所だというから、BBCで放送された一部だけ(YouTubeで見られる)じゃなくて、全編を通して見て/聴いてみたい。

Yaeji - ele-king

 2017年も世界中のエレクトロニック・ミュージック・シーンを熱心に追いかけたが、なかでも注目していたのは、現在24歳のイェジというアーティストだ。
 韓国人の両親を持つ彼女は、ニューヨークで生まれた。その後はアトランタ、韓国、日本とさまざまな土地を巡り、現在はニューヨークに戻って音楽活動をしている。筆者が彼女を知ったのは、いまから約1年半前のこと。ニューヨークのDJ集団ディスクウーマンのサイトに、彼女のDJミックスがアップされていたのだ。さっそく再生ボタンをクリックすると、肉感的なハウス・ミュージックのビートが聞こえてきた。巧みに起伏を作りあげるDJスキルが際立ち、時折アシッディーなサウンドを混ぜるなど、飛び道具の使い方も上手い。これは良いDJだ! と思ったのをいまでも鮮明に覚えている。この才能を世界中の早耳リスナーが見逃すはずもなく、彼女はすぐさま引っ張りだこになった。ボイラールームやリンスFMというクラブ寄りのコレクティヴだけでなく、『ピッチフォーク』といったインディ・ロック寄りのメディアも取りあげたりと、幅広い層から支持されている。

 もちろん、音楽制作でも才能を発揮している。それが広く知れわたるキッカケは、現代社会へのプロテストをテーマにしたコンピレーション『Physically Sick』だった。このコンピには、アムファング、パーソン・オブ・インタレスト、シャイボイといった名の知れたアーティストも参加していたが、そのなかでも彼女が提供した“Feel It Out”は埋もれなかった。自らのウィスパー・ヴォイスを活かした中毒性たっぷりなグルーヴと、〈Underground Quality〉周辺のディープ・ハウスを想起させる妖艶なサウンドスケープは、その他大勢から抜けだすための眩い輝きを見せつけていた。
 いまでは、彼女の作品がリリースされるたびに、そのことを多くのメディアが報じるようになった。〈Godmode〉から出たファーストEP「Yaeji」をはじめ、サウンドクラウドで公開されたドレイク“Passionfruit”のリワークなど、バズった作品はいくつもある。

 そんな熱狂のなか、彼女は2枚目のEP「EP2」を発表した。全5曲入りの本作は、“Passionfruit”のリワークを収録するなど、「Yaeji」以降の流れを受け継ぐ内容だ。音数を絞ったミニマルなディープ・ハウスが基調にあり、そこに彼女のヴォーカルが乗るというスタイルを深化させている。とりわけ印象的なのは“Raingurl”だ。艶かしいハウス・ビートに、いくつもの声が交わっていく高揚感は、どこか情事を思わせるものがある。本作以前から“Untitled”としてDJでプレイすることが多かった曲であり、そういう意味では待望の収録と言える。

 本作中もっとも異質という点でいえば、“Drink I'm Sippin On”も見逃せない。この曲で彼女は、トラップやベース・ミュージックのエッセンスを取り入れているのだ。英語と韓国語が用いられた歌詞は内省的な雰囲気を醸し、それに呼応するサウンドもいつも以上にディープな空気を創出する。多くの人が驚く変化とも言えそうだが、今年10月にボイラールームで披露したDJでは、ザ・バグ“Jah War (Loefah Remix)”をプレイするなど、もともとベース・ミュージックを好む傾向があった。そう考えると、流行りを意識した付け焼き刃的なものではなく、彼女の嗜好が反映された自然な流れの結果として、“Drink I'm Sippin On”は生まれたと言っていい。

 彼女の音楽には、ミスター・フィンガーズムーヴ・Dといったハウスの歴史を感じさせる瞬間もあれば、〈100%Silk〉以降のインディ・ダンスに通じるメロディアスな側面もある。また、ドリーミーな雰囲気にはチルウェイヴの残滓を見い出すこともできるだろう。こうした多角的な解釈を可能とするサウンドが彼女の持ち味だ。
 そのサウンドと同様、彼女の周りに集う人たちも多様性で溢れている。先述のディスクウーマンを筆頭に、〈Godmode〉はパンクやノイズを中心に扱っていたレーベルだし、韓国のエレクトロニック・ミュージック・シーンで注目を集めるクリーク・レコードも彼女と交流がある。これらの人たちを繋ぎ、ひとつの流れとして捉えたい者たちは、彼女の活動から目を離さないほうがいい。

interview with Cassie Ojay (Golden Teacher) - ele-king


Golden Teacher
No Luscious Life

Golden Teacher / ビート

DiscoFunkDubAfroPost-Punk

Amazon Tower HMV iTunes

 昨年出たパウウェルのアルバムは、やはりひとつの画期だったのだろう。今年に入ってからというもの、チック・チック・チックマウント・キンビーキング・クルールやLCDサウンドシステムなど、80年代のポストパンク・サウンドを導入した作品のリリースがあとを絶たない。アラン・ヴェガの遺作もこの流れに位置づけることができるし、エンジニアにスティーヴ・アルビニを迎えたベン・フロストもまたこの趨向に従っていると言える。そんなポストパンク・イヤーを締めくくるかのように、オプティモに見出されたグラスゴーの6人組バンド、ゴールデン・ティーチャーがファースト・フル・アルバムを完成させた。
 シングルで展開していた実験的な側面はやや控えめに、よりダンサブルな方位を志向した『No Luscious Life』は、ESGやダイナソー・L、コンクやマキシマム・ジョイといった先輩たちのイメージを振り撒きつつも、クラブ・カルチャーを経由した今日的なプロダクションとアフリカ音楽の独自の解釈をもって、単なる回顧主義に留まらないポテンシャルの片鱗を覗かせている。
 今年はアンビエント~ニューエイジの領野でも80年代を参照する動きが目立ったが、それはおそらくいまの情況が、かつてのレーガン=サッチャー=中曽根の時代と似通っている、ということなのだろう。ゴールデン・ティーチャーのこのアルバムもそのような時代のムードに敏感だ。「甘い生活なんかない」と謳うアルバム・タイトルは昨今の世相を反映しているかのようだし、じっさい“Sauchiehall Withdrawal”では最低賃金で働かざるをえない人びとのことが歌われている。

   

いつだって一生懸命働いてる でもなんで?
いつだって一生懸命働いてる でもなんで?

 メンバーそれぞれで出自が異なるという彼らは、そもそもどのようにして出会い、ともに音楽を作り始めることになったのか。そして彼らはいまどのようなことを考えているのか。ヴォーカルのキャシー・オジェイが答えてくれた。

テーマは最低賃金で働くことについて。以前はストリートの組合があったから良かったんだけど、いまは存在していないから、労働条件が悪化しているの。ときに罠にはめられているような気がするのよね。

ゴールデン・ティーチャーはどのように結成されたのですか? アルティメット・スラッシュとシルク・カットというふたつのグループが母体になっていると聞いたのですが。

キャシー・オジェイ(Cassie Ojay、以下CO):私たちのほとんどがグリーン・ドア・スタジオ(若いミュージシャンたちのための育成コースを運営している拠点)で出会ったの。当時、オリヴァーとローリーはアルティメット・スラッシュ(Ultimet Thrush)にいて、サムとリッチはラヴァーズ・ライツ(Lovers Rights)っていうバンドにいた。チャーリーはブルー・サバス・ブラック・フィジー(Blue Sabbath Black Fiji)っていう素晴らしいバンドにいたんだけど、彼はその時点でツアーの経験も豊富で、曲もたくさん書きためていたの。一方私は、そのときまだ高校を卒業したばかりだった。まだ17歳で、歌うことが大好きだったから、そんな重要な時期に彼らと出会えたのはすごく良かったわ。いろんなことを学んで、たくさんのことを吸収している時期だった。みんな出会ってから、互いに成長し合ってきた。そして、自然にバンドを組むことになったの。それまではただ自由に一緒に音作りをしているだけだったんだけどね。チャーリーに初めて会ったときは、ほとんど話さなかった。暗い部屋に入って、自分たちが聴いたことのない、他のメンバーが作ったトラックの上から、ふたりでヴォーカルを乗せたの。それが結果的に3枚めのシングル「Party People」としてリリースされることになったのよ。

「ゴールデン・ティーチャー」というバンド名の由来を教えてください。

CO:由来はマジックマッシュルーム(笑)。でも、グリーン・ドア・スタジオを運営している人たちがみんなオズの魔法使いみたいだったから、ゴールデン・ティーチャーたちという意味も込めているのよ。私たちは先生たちからすごく影響を受けているし、レコーディングする機材を使わせてもらったりもした。そのふたつから来ているの。

バンド・メンバー全員に共通しているものは何でしょう?

CO:私たちって、みんな本当にキャラが違うのよね。それがこのバンドの利点になっていると思う。みんなが異なる音楽のテイストと世界観を持っていて、それがうまく機能している。自分たちで互いを刺戟し合っているのよ。たとえばチャーリーはファンクが大好きなんだけど、彼がファンクのトラックを作ろうとしても、他のメンバーの影響が入るから、ふつうのファンク・トラックには仕上がらない(笑)。共通点があるとすれば、それは音楽への情熱ね。その音楽が違っても、注ぎ込む愛情は同じなの。それが混ざり合っておもしろいものが生まれているんだと思う。

あなたたちの音楽からはESGやアーサー・ラッセルの影響が感じられます。バンド・メンバーはじっさいにはどのような音楽から影響を受けてきたのですか?

CO:さっきの答えとも繋がるけど、みんな影響を受けてきたものが違うの。私個人は、子どもの頃はゴスペルに影響を受けていた。あとはポール・ロブソンがお気に入りだった。そういった音楽がきっかけになって、自分も歌いたいと思うようになったの。あと、母親が〈Studio One〉のレコードをたくさん持っていたから、それも聴いていた。一方で、チャーリーはマイケル・ジャクソンとかプリンスとか、そういう音楽が好きなの。だから、ニューヨークからデトロイトまで、影響は本当に幅広いのよね。

通訳:ESGやアーサー・ラッセルの影響に関してはどう思いますか?

CO:ESGはよく言われる。でも、彼らのパンクの精神は私たちと共通していると思うけど、音楽的にあまり影響を受けているとは自分では思わない。一緒にツアーをしたからライヴも何度か見たけど、やっぱり共通しているのはパンク・スピリットだと思う。

じっさいに彼らとツアーをして接してみた感想は?

CO:すごく良い経験だった! ヒーローにはじっさいには会わない方がいいとか言われてるけど、会えて本当に良かったわ。一緒にツアーができて、すごく光栄だった。

通訳:彼らから何か学びましたか?

CO:学んだとは思うけれど、彼らってすごくプライヴェートを大切にする人たちで、私たちは逆にやかましいのよね(笑)。でも、バックステージの雰囲気はすごく良かった。互いのパフォーマンスも見られたし、私たちも彼らもそれを楽しむことができて本当にナイスだった。

かつてESGやダイナソー・Lといったバンドが成し遂げた最大の功績は何だと思いますか?

CO:いい質問ね。ESGは女性だけのバンドだったし、かつメッセージ性の強い音楽を作っていた。それは革新的だったと思う。あと、それなのに複雑すぎずシンプルだったのがすごく良かったと思う。そのふたつのバンドが、当時はふつうではなかったことをその時代にやっていたと思うの。彼らはその時代の柵を乗り越えた。そこが最大の功績だと思う。

あなたたちの最初の3枚の12インチは〈Optimo Music〉からリリースされています。オプティモのふたりとはどのように出会ったのでしょう?

CO:オプティモはかなり長い間グラスゴーで活躍しているんだけど、彼らが毎週日曜日にクラブ・ナイトをやっていたとき、メンバーの何人かがそれに通っていたの。私は若すぎて行けなかったんだけどね(笑)。10歳くらいだったから(笑)。それでエミリーが彼らを知っていて、私たちのEPを彼らに送ったの。それを彼らが気に入って、リリースが決まったのよ。私もそのクラブ・ナイト行きたかったな~(笑)。最初のEPを出したときも、高校を卒業したばかりでまだ17歳だった(笑)。だから、最初は若すぎることがコンプレックスだったのよね。でも、いまはもう24歳だから大丈夫(笑)!

2015年にはデニス・ボーヴェルとの共作12インチも出していますね。そのときのコラボはどういう経緯で実現したのですか?

CO:彼が誰か他のミュージシャンとグリーン・ドアでレコーディングしていて、それを知ったオプティモのキースが、私たちと彼を繋げてくれたの。それで、ゴールデン・ティーチャーの曲のヴァージョンをレコーディングすることになった。実際に彼とは会わなかったんだけど、彼がスタジオに入って、すでにでき上がったヴァージョンをアレンジしてくれたの。会ったことはないけど、すごくいい人って聞いてるわ。

スリッツやマキシマム・ジョイといったバンドからも影響を受けたのでしょうか?

CO:マキシマム・ジョイは受けていると思う。でもスリッツは……受けているとすれば、彼女たちのエナジーかな。うまく説明できないけど、彼女たちの型破りなところ。彼女たちがカヴァーしたマーヴィン・ゲイの“I Heard It Through The Grapevine”を聴いたとき、あのパッションとヴォーカルから感じられる怒りに驚かされたわ。あの本物な感じがすごく良かった。心を動かされた。マーヴィン・ゲイのソウルフルなヴォーカルにまったく引けを取らなかった。私たちのサウンドはもっと落ち着いているかもしれないけど、感情やパッションをそのまま出しているところはゴールデン・ティーチャーも同じね。

あなたたちにとって「ダブ」とは何ですか? 技法や技術でしょうか、それとも音楽のスタイルやジャンルのことでしょうか、あるいはもっと他の何かでしょうか?

CO:個人的には、ノスタルジックな気分にさせてくれるもの。自分が聴いて育ってきた音楽だから、本当に素晴らしいダブを聴いたときは、最高の気分になれる。レコーディングのテクニックとして、ダブ、ディレイなんかを使いはするけど、自分たちの音楽がダブっぽいとは自分では思わないの。だからバンドにとってダブはテクニック。私たちのスタイルではないわね。

その後〈Optimo Music〉からは離れ、2015年には12インチ「Sauchiehall Enthrall」と、最初の3枚をまとめたコンピレーション『First Three EPs』をご自身たちでリリースしています。そして今回のアルバムもセルフ・リリースです。そうすることにしたのはなぜですか?

CO:それが可能だからよ。最近はみんなDIYだし、自分たちがやりたいことに対してアクティヴ。だから、自分たちでできることは自分たちでやりたい。その方が自分たちでコントロールもできるし、自分たちにとってはそれが自然なことなのよね。

何かにインスパイアされることは誰もが許されていることだけど、何が盗みになるかはきわどいところ。それをクリアにするためには、アフリカに対するじゅうぶんな理解が必要だと思う。

新作1曲目の“Sauchiehall Withdrawal”は賃労働についての曲だそうですが、賃労働についてはどうお考えですか? 音楽制作と似ている点はありますか?

CO:そのタイトルは、グラスゴーのメイン・ストリートの名前なのよ。そのストリートへのオマージュなの。どちらかといえば、テーマは最低賃金で働くことについて。以前はストリートの組合があったから良かったんだけど、いまは存在していないから、労働条件が悪化しているの。ときに罠にはめられているような気がするのよね。音楽制作と繋がる部分はあると思う。だって、ここ数年の音楽業界ってボロボロでしょ(笑)? もう音楽でお金を稼ぐことって、できなくなってると思う。ニューヨーク、パリ、いろいろなところで演奏できているけど、それが終わればグラスゴーに帰ってレストラン・バーでバイトしてる。バンドにいるだけじゃもうお金は作れない。クリエイティヴになる空間と状況を得るにはお金も必要なのに、すごく残念なことよね。でも、それが現実なの。自分たちもそれを経験しているから、歌詞にそれが出てくるのよ(笑)。

2曲目“Diop”はセネガルの歌手アビー・ンガナ・ディオップ(Aby Ngana Diop)へのオマージュとのことですが、セネガルの音楽もゴールデン・ティーチャーに影響を与えているのでしょうか?

CO:セネガルだけじゃなく、西アフリカ全体の音楽に影響を受けているわ。

通訳:どのようにしてそういった音楽に触れるきっかけができたのでしょう?

CO:それはバンドのメンバーによって違うと思う。私の場合は、先祖が西アフリカ人だから、周りにあってつねに聴いて楽しんできた音楽なの。私は特にナイジェリアの音楽に影響を受けているわね。ハイライフ。たとえばフェラ・クティとか。オリヴァーとローリーはガーナによく行くから、ガーナの伝統的なドラムのリズムなんかに影響を受けている。みんなそれぞれ、アフリカの音楽とはパーソナルな繋がり方をしているの。

かつてトーキング・ヘッズが『Remain In Light』を出したとき、「欧米や先進国による第三世界の搾取だ」というような批判がありました。そういう見解についてはどうお考えですか?

CO:アフリカ音楽の要素の質問が出たとき、ちょうどこのことを話そうと思っていたところよ。じっさい、多くの白人ミュージシャンたちがアフリカ全体の音楽を取り入れていると思う。でも、彼らはそれでお金を稼いでいるけど、アフリカ現地のミュージシャンたちはじゅうぶんな稼ぎを得られていない。だから、文化の横領だといえば、それは否定できない。すごく難しい問題よね。何かにインスパイアされることは誰もが許されていることだけど、何が盗みになるかはきわどいところ。それをクリアにするためには、アフリカに対するじゅうぶんな理解が必要だと思う。トーキング・ヘッズの問題もすごく難しい問題だけど、多くの欧米のミュージシャンたちが第三世界のものを使って利益を得るという現象が続いているのは事実だと思う。この問題って、すごく複雑よね。エルヴィスもそうだと思う。ブラック・ミュージックを盗んで、お金を儲けたミュージシャンのひとりだと思うわ。でも、それによって黒人は何の利益も得られなかった。それは、いまも起こり続けているんじゃないかな。グラスゴーって、すごく白人が多いの。でもその中でも私たちって、メンバーそれぞれがいろいろな場所のミックスで、多種多様なバンドなのよね。そんな私たちの音楽がグラスゴーから世界に届いて、受け入れてもらえているのは嬉しいわ。

3曲目“Spiritron”では「We go interstellar, we never look back」と歌われていて、またシンセの一部はコズミックで、ギャラクシー・2・ギャラクシーのフュージョンを連想しました。これはどういうテーマで作られた曲なのでしょう?

CO:それはチャーリーに聞かないとわからない(笑)。私たちは互いのクリエイティヴさを尊敬して、その領域は邪魔しないようにしているから、私にはわからないの(笑)。みんなが自由に受け取ってくれたら、それがいちばんよ。

日本からはなかなか見えづらいのですが、いまグラスゴーのクラブ・カルチャーやアンダーグラウンドな音楽シーンはどのようになっているのでしょう? 注目しているアクトや動向があれば教えてください。

CO:グラスゴーの音楽シーンはすごくいいわよ。毎日ギグがあるし、チケットも高くない。街自体がクリエイティヴな街だし、音楽をやりやすい環境だと思う。周りの友だちにもアーティストやミュージシャンが多いから、互いを刺戟し合えるし、活動がやりやすいのよね。トータル・レザレット(Total Leatherette)っていうバンドがすごくいい。グラスゴーから出たこれまでのバンドの中で、いちばんエキサイティングなバンドだと思う。聴いたら衝撃を受けると思うわ。

ゴールデン・ティーチャーは2013年にフランツ・フェルディナンドのリミックスを手掛けていますが、今後リミックスしてみたいアーティストはいますか? あるいは逆に、自分たちの曲のリミックスを依頼したいアーティストがいれば教えてください。

CO:してもされても、ルーツ・マヌーヴァとコラボしたら、すっごいクールな作品が生まれると思う(笑)。

昨年のパウウェルのアルバム『Sport』から最近出たマウント・キンビーの『Love What Survives』まで、いま「ポストパンク」がひとつのトレンドになっているように思うのですが、2010年代後半にこういった80年代の音楽からインスパイアされた音楽をやる意義は何だと思いますか?

CO:わからないけれど、当時の音楽を新しいレコーディングの仕方や技術でやることでおもしろいものが生まれるんじゃないかしら。あと、2017年の音楽ってシンセばかりでオートチューンだらけでしょ? でも、アナログさや本物の音を求めると、いまでも80年代や昔の音楽にインスパイアされたものができ上がるんじゃないかしら。

他のバンドやDJにはない、ゴールデン・ティーチャーの最大の強みは何だと思いますか?

CO:やっぱり、私たちひとりひとりのパーソナリティがぜんぜん違うところね。もちろんみんな仲良しだけど、互いに妥協することがない。みんなが強い性格だから、全員の意見がすべて反映される。だからこそさまざまなジャンルが混ざった曲ができ上がるの。方向性もころころ変わる。ひとつのことにとらわれず、たくさんのものが詰まった大きな塊を作れるのが私たちの強みだと思うわ。

通訳:ありがとうございました!

CO:ありがとう! いつか、東京に行けるのを楽しみにしているわ!

interview with TOKiMONSTA - ele-king


TOKiMONSTA
Lune Rouge

Young Art / PLANCHA

Hip HopElectronic

Amazon Tower HMV iTunes

 トキモンスタが帰ってきた。2年前に重大な脳の障害を患った彼女は、二度にわたる手術の影響により音楽はもちろんのこと、動くことも話すこともできない状況にあったのだという。リハビリを終えた彼女はすぐにこのアルバムの制作に取り掛かったそうで、そのような闘病体験が霊感を与えたのか、新作『Lune Rouge』はこれまでの彼女のサウンドとは異なる優美さを湛えている。LAのビート・シーンから登場し、〈Brainfeeder〉からのリリースで一気に重要なプロデューサーの地位へとのぼり詰めた彼女だが、このニュー・アルバムは、フライング・ロータスの影響下にあったかつてのビートとも、EDMに寄ったセカンド・アルバムとも異なるポップネスを獲得している。ビートはより躍動的に、メロディはより叙情的に、ヴォーカルはよりソウルフルになった。そしてそこに、あるときはひっそりと、またあるときは大胆に、韓国や中国のトラディショナルな要素が落とし込まれている。この『Lune Rouge』における新たな試みは、めでたく復帰を遂げたトキモンスタの今後の道程を照らす、輝かしい燈火となることだろう。そんな彼女のこれまでの歩みを振り返りながら、4年ぶりとなる新作についてメールで伺った。

私の目標は、これらの伝統的なサウンドを、フェティシズムやアジア文化のエキゾチックな感覚ではない方法でシェアすること。この問題にどうやってアプローチするかはとても気をつけているわ。

あなたは幼少よりピアノなどを習い、クラシック音楽を学んでいたそうですが、そこからヒップホップに興味を抱くようになったのはなぜなのでしょう?

トキモンスタ(以下、T):じつはもともとピアノは弾いていなくて、両親の影響でクラシック音楽を学んでいたの。つまりクラシックが私の音楽の最初の入り口。それから私が他の音楽に触れることができる年齢になったとき、次に好きになったのがヒップホップだったわ。

ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックを制作する際に、クラシックの素養はどのような助けになっていますか? あるいは逆に、その素養が足枷になることもあるのでしょうか? たとえば、プレイヤーとしてのスキルが作曲の可能性を狭めてしまうことはあると思いますか?

T:私は自分の音楽にクラシックのポジティヴと感じる側面のみを取り入れ、好きではないところは取り入れない。たとえば、私はクラシック作品の物語性は好きだけど、ルールや制約は好きではないの。

あなたは2010年にファースト・アルバム『Midnight Menu』を発表し、翌2011年に〈Brainfeeder〉からEP「Creature Dreams」をリリースして脚光を浴びました。あなたの出自はLAのビート・シーンにあると思うのですが、いまでもLAのシーンに属しているという意識はお持ちでしょうか?

T:私はいつもビート・シーンの一部であると思ってる。私たちはみんなLAでスタートして、いつもルーツはそのサウンドにあると感じているけど、私たちはそこから旅立ち、皆それぞれ異なる個性を持つミュージシャンへと進化しているわ。

カマシ・ワシントンやルイス・コール、ミゲル・アトウッド・ファーガソンらに代表されるようなLAのジャズ・シーンとは交流がありますか? また、彼らのようなプレイヤーと楽曲制作をしてみたいと思いますか?

T:私は現代のLAのジャズ・シーンが大好きで、すべてのアーティストを深く尊敬しいるわ。

同じ年にあなたはディプロやスクリレックスとツアーを回っていますね。そして翌2013年にはEDMのレーベルからセカンド・アルバムとなる『Half Shadow』をリリースしています。ファースト・アルバムとは異なる作風へシフトしましたが、そのときはどのような心境の変化があったのでしょう? EDMに関心があったのですか?

T:ディプロやスクリレックスとツアーを回ったけど、私の音楽は何も変わってないわ。「EDM」は作っていないし、いまだにアグレッシヴなダンス・ミュージックを作ったことはない。でも一方で、私はそれをひとつの芸術形態として尊重し、とても楽しいものだと思っているわ。私は〈Ultra〉から作品を出したけど、〈Ultra〉は私が作る音楽を制作してほしがっていたわけではないし、レーベルのアーティストがすでに作ってきた多くのものと同じものを作りたくはないと思っていたの。『Half Shadow』はもしかしたら〈Brainfeeder〉や他のレーベルでリリースされていたかもしれないけど、私はただ、より大きなレーベルでビート・シーンのサウンドが受け入れられるかどうかを見たいと思ったのよ。

昨年デュラン・デュランをリミックスしていましたよね。それはどういう経緯で?

T:デュラン・デュランのリミックスは、彼らから依頼が来たの。まさか彼らが私の音楽に興味があるとは思ってなかったので、依頼が来たときはとても驚いたわ。私は彼らとツアーもしたの。ツアーはシック・フィーチャリング・ナイル・ロジャースも一緒だった。私のようなエレクトロニック・アーティストにとって非常にユニークで、信じられない体験だったわ。

今回のニュー・アルバムはファーストともセカンドとも異なる作品に仕上がっています。本作の制作を始めた直後、難病を患ったとお聞きしていますが、病中の体験は本作に影響を与えましたか?

T:私はもやもや病という脳の病を患い、それを手術しなければならなかった。手術の副作用により、話すことも、言語を理解することも、身体をうまく動かすこともできず、さらには音楽を理解することもできなくなってしまった。もう一度音楽を理解できるようになるかどうかわからなかったときはとても恐ろしかったけど、最終的にはすべてが回復し、正常に戻った。精神的な能力を取り戻すとすぐに、私はこのアルバムの制作に取りかかったわ。

『Lune Rouge』ではヴォーカルがフィーチャーされたトラックがアルバムの半数以上を占めていますが、自身の楽曲に歌やラップといった言葉を乗せることにはどのような意味がありますか? ご自身で作詞されている曲はあるのでしょうか?

T:このアルバムでヴォーカルが配された曲は、それが適切だと思ったの。私はヴォーカルを別のひとつの楽器としてとらえることが好きだから。私はアルバムの2曲めの“Rouge”を自分で作詞して歌っているわ。

本作は1曲め“Lune”から2曲め“Rouge”までの流れや、ピアノが耳に残る4曲め“I Wish I Could”など、メロディアスな印象を抱きました。そういったメロディの部分と、ヒップホップのビートとを共存させるうえでもっとも注意を払っていることはなんですか?

T:私はつねに自分の音楽に感情だけでなく躍動感が欲しいと思っている。メロディは感情を作り、打楽器とドラムは躍動感を作る。両者の間には良いバランスがあるから、私はいつもそれを見つけようと努力しているわ。

先行公開された8曲めの“Don't Call Me”では、マレーシアのYuna Zaraiをフィーチャーしています。彼女とはどういう経緯で一緒にやることになったのでしょう?

T:Yunaとはマネージャーを通じて会ったのだけど、私たちはもともと互いの作品の大ファンだったのね。彼女は素晴らしいアーティストであると同時に素晴らしい人物でもある。この曲は本当に理解のある人によって生み出されたから特別なの。

あなたは過去に何度かアンダーソン・パクと共作していますが、近年の彼の活躍についてどう思っていますか?

T:私はアンダーソンがスターになっていくのを見るたびにハッピーな気持ちになってエキサイトしてる。彼は弟のような存在だし、私はただ彼がもっともっと輝く様子を見ていたい。

ご自身のルーツのひとつである韓国では、近年ヒップホップやR&Bを中心に、インディ・ロックやダンス・ミュージックなど幅広いジャンルで質の高い音楽が生まれていますが、現在の韓国の音楽で注目しているものはありますか?

T:私はいつも、変化している韓国の音楽にいつも興味を持っているわ。いまのところは、ビートや電子音楽を作る現地のプロデューサーについて学んでいるところね。

6曲め“Bibimbap(ビビンバ)”で使われているのは伽倻琴(カヤグム、Gayageum、가야금)でしょうか?

T:うん、そうよ!

最終曲“Estrange”でも伝統的な弦楽器が用いられていますが、これはなんという楽器でしょう? また、このアルバムには他にも韓国の音楽の要素が含まれていますか?

T:“Estrange”で使っている楽器は中国の弦楽器なの。アルバム全体にほのかに韓国の要素を通底させているわ。特に目立つのは“Bibimbap”だけどね。

積極的にそういった音を取り入れるのは、ご自身のルーツを打ち出したいという思いが強いからなのでしょうか?

T:私は多くの文化の中から伝統音楽に触れるのが好きなの。自分が韓国人である以上、当然韓国のカルチャーから生まれた音楽にもっとも親しみがあるわ。多くの人びとはモダンな音楽や、もしくはたぶん「オールディーズ」のような音楽に焦点を当てがちだけど、何世紀にもわたって存在してきた伝統音楽にはとても豊富な音楽があるの。

そういった要素を打ち出すことで、アジアの文化を世界に広めることができるという側面もありますが、逆に偏見やオリエンタリズムを増大させてしまう可能性もありますよね。そのバランスについてはどうお考えでしょう?

T:私の目標は、これらの伝統的なサウンドを、フェティシズムやアジア文化のエキゾチックな感覚ではない方法でシェアすること。この問題にどうやってアプローチするかはとても気をつけているわ。

いま〈88rising〉が、インドネシアのリッチ・チガや中国のハイヤー・ブラザーズなど、アジアのヒップホップを精力的にプッシュしていますが、そういった動きについてどう見ていますか?

T:彼らがやっていることは大好きよ。私たちがステレオタイプなアジア人のギミックや誇張として見なされない限り、あらゆる音楽分野で世界的に評価されることは素晴らしいわ。

あなたはTwitterでときおりトランプやホワイトハウスについて発言しています。いまの合衆国の状況についてはどのようにお考えですか?

T:私は現政権に不満を持ち、彼らの選択、コメント、決定に失望している。でも、つねに希望を持っているし、未来を楽しみにしているわ。

あなたの音楽について、いまでも「女性」という枠で括って捉えようとする人もいるのではないかと察します。そのことにストレスを感じることはありますか?

T:たしかにそれは少し過剰な表現のように感じるわ。でもそれは二面性を持った問題ね。女性プロデューサーの稀少さを強調するために、人びとは、私のような「女性プロデューサー」によってこのトピック全体が転換されていることを理解する必要があると思うわ。それはいつか、これ以上議論する価値がないほど一般的になるでしょう。

文化的なものには、すでに根付いてしまった社会的な因襲や慣習を変える力が具わっていると思うのですが、あなたが曲を作るときに、そういったことを意識することはありますか? 音楽や言葉や映像、アートやファッションなど、文化が持つ力についてどのようにお考えですか?

T:アーティストとしての私にとって、創造する理由とは、私が創造する必要性を満たすことなの。動機を持ったり、(ポジティヴでもネガティヴでも)政治的な課題のために音楽を作ったことはないわ。 私の目には、芸術ははっきりしていて、とても純粋なマナーの中で存在することができるように見える。でも芸術はその周りに文化を創造し、文化は人類の他の側面(政治や社会的活動など)と相互作用する。そこで私たちは、アート(音楽、ヴィジュアル、書かれたもの、ファッション、すべてのもの)がどのように文化になり、社会に変化をもたらすのかを見ている。私は自分の創造性を伝えるために音楽を作っているけど、その音楽は独自の生命を持って、インパクトを生み出し、変化を促す能力を持っているわ。それはとてもパワフルだと思う。

「誰が買うんだよ! ま、あたしは好きだけどね」
――一青窈(歌手)

「早く買わないと“発禁”だぞ!」
――安齋肇(ソラミミスト)

「『我々が歌にするまでもない、お悩みですな』男はそう言って、再生釦を指で押した。」
――安田謙一(ロック漫筆)

日本歌謡界から失われて久しい「もののあはれ」の精神をなおも堅持し、ますますラジカルに時代を遡行しつづける孤高のファンク・バンドO.L.H.が、満を持して初の書籍をリリース。地上波から排除されたすべての「身の下」の悩みを、O.L.H.のふたり(sinner-yang & aCKy)が“完全かつ最終的に”解決する。

今はなき知の巨人・吉本隆明をして「うますぎる」と唸らせた特異な言語感覚、反“恥”性主義の現代に燦然と輝くゲスな知性が、リテラシーいかんを問わず、等しく人民の良心を逆撫でする!

■表紙カヴァーはキング・テリーこと湯村輝彦、数多の挿絵は根本敬でお届けします。

Visionist - ele-king

 2015年に〈パン(PAN)〉から発表されたヴィジョニスト(Visionist)=ルイス・カーネル(Louis Carnell)のファースト・アルバム『セーフ(Safe)』は、UKグライム・カルチャーをベースにしつつ、インダストリアルとヴェイパーウェイヴ的なサウンドを拡張させたかのようなアルバムであった。すでに2年前のアルバムだが、今もって不思議な存在感を放つ作品である。じっさい当時のインダストリアルやエクスペリメンタルの潮流においても透明に輝く石のような異物感を称えていたように思う。ジャンルの共通事項に収まりがつかない作品だったのだ。
 そして2017年、ハイプ・ウィリアムス(Hype Williams)の賛否両論となった復帰・新作『レインボウ・エディション(Rainbow Edition)』をリリースした〈ビッグ・ダダ・レコーディング(Big Dada Recordings)〉からヴィジョニストの新作『ヴァリュー(Value)』が発表された。この2年ぶりの新作でインダス/ヴェイパーな要素は解体され、ノイズとクラシカルな成分で混合されたサウンドが全面的に展開されている。暴発性と折衷性と優雅さが同時発生しているエレクトロニック・サウンドとでもいうべきか(折衷という意味では、リー・ギャンブルの新作『マネスティック・プレッシャー』に近い)。
 アートワークはカニエ・ウェスト(Kanye West)の『ザ・ライフ・オブ・パブロ(The Life Of Pablo)』のアートワークを手がけたPeter De Potterが担当している。

 宗教歌のような澄んだ声が、こま切れにエディットされ電子ノイズのなかに掻き消されていく1曲め“セルフ-(Self-)”からアルバム世界に引き込まれる。そこからシームレスにつながる2曲め“ニュー・オブセッション(New Obsession)”では、ガラスが砕け散るような猛烈なノイズとインダストリアル・ビートが天空の歌声のごとき澄んだヴォイス・サウンドにレイヤーされ天国と地獄が記憶の中に再現されるような感覚を覚えた。そして一転して静寂な楽園を思わせるクラシカルな3曲め“オム(Homme)”、脳内に蠢くネットワークのごとき神経的なノイズから讃美歌のようなヴォイスへと展開する4曲め“ヴァリュー(Value)”と、アルバムは螺旋階段を描くように展開する。
 このアルバムはノイズとクラシカルという両極を統合しようとしているのではないか? などと思っていると、5曲め“ユア・アプルーヴァル(Your Approval)”ではヴォーカル曲が披露される。ノイズと人間の統合。人間の(再)承認。破壊と再構築。ヴァイオレンスとエレガンス。ノイズとクラシカル……。このアルバムでは相反する概念や現象が互いに衝突している。だからこそピアノの悲しげな音色と激しい音色のビートとが交錯し、相反するふたつの極が離反・統合されていく6曲め“ノー・アイドル(No Idols)”が本アルバムを象徴するトラックなのであろう(MVも制作されたのだから)。

 楽園のように静謐な7曲め“メイド・イン・ホープ(Made In Hope)”を経て、8曲め“ハイ・ライフ(High Life)”では空へ上昇するようにヴォイスと電子音が交錯する。そしてこのトラック以降、アルバムのムードはやや変わってくる。まるで天国への昇天を希求する音楽のように、前半と中盤で交錯されてきた(対立と融合を繰り返してきた)ノイズとクラシカルな要素が統合されるのだ。
 ゆえにアルバムは、涙の雫のようなピアノ、シンセ・ヴォイス、微かなノイズに、激しい電子ノイズがレイヤーされ暴発したかと思えば、それらすべてが消え去ってしまうラスト曲“インヴァニティ(Invanity)”で終焉を迎えるのだろう。ふたつの音=極が統合される。その先にあるのは人間性の再承認か。その価値の再創造か。

 ノイズとクラシカル。ふたつの対立が統合され、融解し、昇天し、消失する。どこか弁証法的なアルバム構成であり、一種のコンセプト・アルバム(なんという20世紀的表現!)にも思えるが、「物語」よりも「不穏化していく世界」に対する存在論的な問題の方が表面化している点が21世紀初頭的だ。ポスト10年代(来るべき20年代!)の行方を模索するサウンドのように感じられる。
 本作には2010年代のインダストリアル/テクノ以降の「ネクスト」が潜んでいる。もしくはワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(Oneohtrix Point Never)『ガーデン・オブ・デリート(Garden Of Delete)』以降の「世界」への予兆に満ちている。電子ノイズに託される「世界への不安」の意識。それに抵抗する「個」の生成。それゆえの「情動」の発生。引き裂かれる「個」の存在。『ヴァリュー』は、その名のとおり「人間」の価値を再定義するかのようなアルバムだ。人間の終焉から人間の再承認へといった具合に。
 このアルバムからはインターネット環境化において自我がバラバラに分断され、日々、不安と不穏とに苛まれている2010年代後半を生きているわれわれ人間にむけてのメッセージが「暗号」のように発せられているように思える。われわれはそろそろ「インナースペースの病」から脱して「新しい地球地図」(ネオ・ジオ?)を描くときが来ているのかもしれない。

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